伊織「もう…いないのよ」 (21)
初投稿です。本編はほとんど無視します。
書き溜め有です。すぐに終わります。
おかしな部分がありましたら、指摘をしてくださるとありがたいです。
それではよろしくお願い致します。
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暑さが厳しい夏の日。すっかりメジャーとなった765プロ。その事務所の中で、キーボードを打つ音が響く。
「暑いわね…。」
日は傾いていた。それでも夏の蒸し暑さは緩まず、誰もいない事務所で、そう呟いた。
「…こんなものかしら。…ふぅ。」
事務仕事を終え、イスにもたれかかり、一息つく。キーボードを打つ音が止み、いくらもしないうちに扉が不快な音をたてて開いた。
「あら、伊織。いたのね。」
「律子。おかえり。」
765プロのプロデューサーである秋月律子が、コンビニの袋をぶら下げて帰ってきた。
『水瀬伊織』という名を半年前まではおそらく知らぬ人はいなかっただろう。彼女がトップアイドルの地位を確立したのは5年前の話だが、その人気は一向に衰えなかった。
「髪、短くなったわね。」
「そうね、少し邪魔だったから。」
「似合ってると思うわ。肩までというのもなかなか新鮮ね。」
「結構気に入ってるわ。」
「今でも考えるわ…伊織があのままアイドルを続けてればって。」
「そうね…私も考えるときはあるわ。」
「ねえ伊織、本当によかったの?その…アイドルを引退して…。」
「…ええ、少し心残りはあるけれど。これでいいのよ。」
窓を見て、少し力なさげにそう言った。
「やっぱり、彼のことかしら。」
「…そうよ、あいつは…一年で戻ってくるって言った。でも…二年経っても、三年経っても帰ってこなかったわ。それでも…もしかしたら帰ってくるかもしれないから待っていたわ。心の中ではわかっていたのよ…。でもっ…!」
「伊織…。」
「…アイドルを続けていると、どうしてもあいつのことを考えるから…。私、ようやく認められたのよ。あいつは…もういないって…。」
「まだ、そうと決まったわけじゃないわ。もしかしたら…」
その後の言葉を、律子は言わなかった。いや、言えなかったのだろう。5年という長い年月で、彼女がどれほど苦しんだのだろう。彼女はその苦しみを乗り越えようとしている。この先の言葉を言ったら、また彼女を苦しめることになるかもしれない。そんなことを考えていると、律子は言葉がでなかった。
「…結局。プロデューサーという職に就いた時点で、あいつのことを諦めきれていない証拠なのよね。」
そう言うと、伊織は力無く鼻で笑った。夕日を浴びた顔は、一層輝きを増していた。
「私だけだわ。いまだに現実を見ていない。みんな、しっかり現実を見ようとしているのに…。」
「ねぇ、伊織。あなたがプロデューサー殿とどういう関係だったかは、この事務所のみんなが知っているわ。だからみんな、あなたがどれだけ傷ついているかわかっているつもりよ。でも、過去に縛られたままで、楽しかった思い出までも無くしてしまうのはダメだと思うわ。」
「あんたと私。さっきと言っていることが逆ね。」
「…ええ。私はやっぱり、あなたに前を向いて生きてほしいもの。…それが、辛いことであろうとも。」
「ありがと律子。私は大丈夫よ。もう、心配いらないわ。」
そう言って、伊織は口元を緩ませた。
「またそうやって…!伊織、あなた半年前からずっと笑ってない!ただ逃げてるだけじゃない…!あなたは、ただ逃げているだけよ!」
「…そろそろ春香の収録が終わる頃ね。行ってくるわ。」
「ちょっ…、待ちなさい伊織――」
伊織は、聞こえてなかったかのように、静かに扉を閉め、立ち去った。
「…伊織。」
伊織が去り、少し経った頃。事務所に一本の電話が入った。呆然と立っていた律子は、ハッとして電話をとった。
「はい、765プロです。」
「………えっ…!?」
車を運転しながら、伊織は考えていた。逃げていると言われ、何も言い返せなかった。自覚はあった。みんなが、彼の思いを受け取り、アイドルを続けていた。美希だって辛かったであろう。いや、今も苦しんでいるかもしれない。それでもアイドルを続けていた。彼の願いを実現させるために。それなのに、みんなより先にトップアイドルになった自分はアイドルを引退した。彼がいない苦しみに耐えきれず、逃げていた。笑うことまで…忘れていた。
「…わかっているわよ…そんなこと。」
自分に言い聞かせるように言った。その目は泳いでいた。逃げていただけの自分を一番変えたいのは、他ならない自分だからだ。
「…着信?」
さすがに車に乗りながら電話を行うわけにはいかないので、路肩にとめて、ケータイを手にとる。律子からだった。
「…もしもし律子?どうしたの。」
『伊織。今ね、ハリウッドにいた凄腕の敏腕プロデューサーが日本に来ているの。そういうのは私よりあなたが適任だと思ってね。行ってくれるかしら?』
「はぁ?ハリウッドの敏腕プロデューサー?なんでわざわざ私が会わなきゃいけないわけ?春香はどうすんのよ。」
『春香は私が迎えにいくわ。それに、あなたにはそのプロデューサーをスカウトしにいってほしいの。日本にこのまま留まるらしいから。』
「…わかったわ。それで?その敏腕プロデューサーとやらはどんなやつなのよ。」
『ふふっ、百聞は一見にしかずよ、見ればどんな人だかわかるわ。それじゃあね。』
「ちょっ、ちょっと律子…!」
半ば一方的に電話を切られた伊織は、ふてくされながら空港へと向かった。
「ハリウッド…ねぇ…。」
その言葉を聞くと嫌でも思い出してしまう。ついさっき、決意を固めたはずなのに。
「私、こんなに弱い女だったかしら。」
どうしても期待を抱いてしまう。甘えてはいけない。彼がいなくても、自分は歩まなくてはいけない。一人でもプロデューサーとしての職務をこなさなければいかない。それなのに、彼のことが頭から離れなかった。
「…プロデューサー。」
そんなことを考えているうちに空港に到着した。人はまばらだが、いつもより少々人は少ないようだ。
「…好都合ね。さて、敏腕プロデューサーとやらはどこかしら。」
その時。伊織は少し疑問を持った。
「律子は、なんでこのことを知っていたの…?」
たしかに、ハリウッドから敏腕プロデューサー来るとなれば、スカウトしたくなる気持ちはわかる。ただ、律子はかなり詳細な情報を入手していた。他のプロダクションは来てる様子はない。それなのに、だいぶ細かい情報も握っていた。それが不思議でならない。
「いったいどこから…?」
答えは思いの外、早く出た。
「本人からなら…。」
ハリウッドに律子の知り合いはいたか。そんなことを聞いたことはない。…いや、聞いたことがなくても知っているはずだ。
「まさか…。いや、そんな…。」
あるわけがない。5年も音信不通だった人間が、いまさらひょっこりと帰ってくるのか。だが、一番しっくりくる回答だった。
「……あっ。」
飛行機が、到着した。
「…あの人…ね。」
伊織の視線の先には、スーツを着た若い男が歩いていた。少し見ただけで、確かに誰かわかった。伊織の口元が、少し緩んだ。
「ねぇ、そこのアンタ。」
「彼」は、声のする方向に振り向いた。伊織の目は微かに泳いでおり、やや鼻声ぎみだった。自然と、伊織の口から言葉が溢れた。
「おかえり、ずいぶん遅かったじゃない。」
終わりです。なんか、一瞬で終わりましたね。
指摘をしてくれといっておきながら指摘をしていただく時間もありませんでした。
読んでくださった人がいるとは思いませんが、
ありがとうございました。
後日談は今度暇があれば書いてみます。
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