あらいを作った奴を探すゲームがあるらしい (40)
部長がいたくごきげん麗しくないのは,無理からぬ話で.
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会社の業績はいつまでたっても左肩上がりで,それは彼の懐具合にダイレクトに響いた.
無能な上役は未だに引退する気配を見せない.
それだけならまだしも,時間の浪費としか思えない会議を開いては,現状を嘆いてみせたりして.
決まることといえば,世間様のスピードに比べればナメクジが這っているのかと疑う企業戦略と,それから社員たちの待遇改悪だ.
先だって部長が提出した企画だって,判子がついて帰ってくる頃には,すでに他社に出し抜かれていた.
上役達はと言えば,企画が出るのが遅かっただの,プレゼンが悪かっただの.
たまったものじゃない.
大学時代の友人たちと,久しぶりに飲んだ.
彼らは皆,今の仕事にやりがいを持って働いている.多少の不満はあるだろうが,少なくとも自分よりは、ずっと.
中には,もともと同じ会社に入っていた奴もいた.
早々に見切りをつけて出て行ってしまったんだが,今となっては彼の判断の正しさを誉め称えるしか無い.
どこを見ても,どこを向いても,嫉妬に近い憧れか失望か,その二択だった.
翌日,部長の胸中に燻っていた不満は,ブスブスと大きな音をたてはじめていた.
いったい誰の責任だ?
業績が傾くのも,収入が減っていくのも,同期に置いて行かれるのも,有能な新人が次々と出ていってしまうのも.
ブスブス.
それでも,火がつくことはない.
社長室に怒鳴り込むような,そんなドラマチックな展開は,妄想でしか果たされない.
それができる性質だったならば,どれだけ俺は救われるだろう.
ただただ泥舟が少しでも長く浮かぶように,あちこち走り回るしか無いのだ.
だから,彼がせいぜいすることと言えば,些細なミスをした部下を,必要以上に怒鳴りつけるくらいだった.
とすれば,平社員のわだかまりは,当然の帰結だと言える.
内部書類の,ちょっとした体裁の問題だ.
部長がその場でちょっと手直せば,済むといえば済む.
再発を防ぐなら,メールででもちょっと注意すればいい.
仮にそのまま書類が通ってしまっても,誰も困りはしないだろう.
そんな風に思うから,平社員はやりきれない思いで説教を聞いていた.
とうとう生活態度にまで話は及んで,神経と奥歯がすり減っていくのが自覚できる.
形として,自分のミスで責められているというのが,余計に辛い.
もうやめてくれとも言えずに,部内の同情の視線を集めながら,両手を背中で縛られて磔にされていた.
エーミールはまるで世界のおきてを代表でもするかのように,なんとかかんとか.
運が悪かった,運が悪かったのだと念じるしか無い.
念じるだけで部長の口を封印する能力に突然目覚めないかと,半ば真剣に考えたりする.
なんだそれ,ちょっと面白そうだ.
彼の頬が緩んだ瞬間を,部長が見逃すわけも無く,火に油を注ぐ結果となるのだった.
これは,自業自得.
部長のお小言は止まらない.
彼の頭はすでに,帰りに誰とどんな店で散財するかというところに費やされはじめていた.
もちろん,酒の肴は,この事についての愚痴になるだろう.
溜め込んでしまっては,精神衛生上よくない.
目の前にサンプルがあるんだから.
ようやく開放された頃には,もう就業時間をくるりと半周したあたりで.
席に戻ると,同僚がぽんと肩をたたいてくれた.
ため息を長々と吐いて,あぁ,駄目だ,まだ心の何処かがささくれだってる.
目の前には安っぽい作りのボールペン.
少しの間,指の上でくるくると回して,それをゴミ箱に投げ捨てた.
まだ使えるけれども,それよりも今は,イライラを少しでも解消したかった.
それからカバンを掴むと,ネクタイを緩めて,同僚が待つ玄関に急いだ.
だから清掃員の憤りにとっては,それは本当にきっかけにすぎなかった.
ゴミ袋を突き破ったボールペンに,再び目をやる.
チープな,1本20円もしないだろうそれの,透明プラッチックの胴体から突き出た銀の先端.
そんなものに,彼の掌とプライドは容易く傷つけられてしまった.
薄汚れてカサカサな,他人よりも大きな手は,現状に懸命に耐える自分そのものだ.
オフィスで涼みながら,カタカタとキーボードを打つスーツと,汗と汚れと不愉快な香りに包まれる清掃服.
その対照を嘆かない日はなかったし,今この瞬間に至っては,沸騰するような心の中.
そんな歯車が狂ったのは,世界規模の不況の煽りから,相次ぐ契約不履行がまわりまわり,彼の会社に覆いかぶさった時だ.
たくさんの契約とはつまり,積もる債務の割合と同義なわけで.
あっさりとクビをはねられ,あとには大きなお腹を抱えた妻とマイホームだけ.
訂正するなら,ローンがまだまだ残っているという意味で,アザーズホームと呼ぶべき代物だった.
このスレタイは卑怯
彼の精神は,沼地のどん底.
家族を養うには,収入が必要だ.これは当たり前の話.
再起をかけて入念な準備に傾ける時間もなく,ただただ流されるように清掃員のポストに収まる.
>>20
私も少し,そう思います
ホームを手放して,安普請のアパートに2.5人暮らし.
やがて3人暮らしとなっても,生活が軌道に乗るまでの我慢と,続けざるをえない.
歩くたびにギシギシと床板が鳴り,風が吹けば窓ガラスはガタガタと揺れる.
隣の住人が酒を飲み,大声で歌う歌は,不愉快な程に現実と乖離した甘ったるいポップスだ.
その度に彼は耳を塞ぎ,若い頃にはあれほどあったはずのエネルギーを絞り出そうと努力した.
低空飛行の人生,自分の上を悠々と飛び越す最新型の戦闘機の群れに,ブルルンと古びたエンジン音は届かない.
しかし,いつか見せる浮上のために,このプライドと怒りだけは失わない必要があった.
腕時計の鋭い秒針が,あの頃と変わらずピタリと頂点を指した.
今飛べているのが奇跡だとして,この先の浮上を期待しているのは間違いかもしれない.
であっても,人はパンのみにて生くるにあらず,神の口より出ずる,一つ一つの御言葉にて生く,というやつで.
この場合,俺を救う神は,どこのどいつで,この責任のツケをどう払うのか.
そんな精神が,妻の感情を大きく揺さぶったのは必然だった.
まぁ,その,悪い方にだけど.
突然仕事を辞めて帰宅した夫に説明を求めるのは,妻の義務と言ってもいい.
しかし夫の口から出てくるのは,パンク・ロックのような言葉ばかり.
信じられない,と妻は思った.
実際,言った.信じられない.
どこか自慢げである夫の頬を張り飛ばしさえした.
隣の部屋にはようやく寝付いた赤ん坊がいる.
彼女は,眠る我が子を起こさないように気を使いながら,夫を詰問するという見事な器用さを発揮した.
夫は目をぱちくりとさせている.
自分の考えが受け入れられないと悟ってのものではなく,ただただ妻の剣幕に驚いていた.
妻は感情的に夫を罵りながら,冷えていく頭の中を感じ取った.
以前,彼が職を失った時.
確かに先の暮らしに不安こそ覚えた.
けれども,理不尽な目にあったこの男を,更に責め立てるのが自分の役目ではないと,はっきり分かっていた.
その意味では,彼女は実に良く出来た奥さんだったと思う.
しかし,もし,今回の彼の決断が,私ならば許してくれるという,甘い考えに則っているのだとしたら.
妻は自分を嫌な女だと思った.
パンク・ロックの精神を鼻で笑う,冷たい男が嫌いだ.
かと言って,パンク・ロック・スターの代行者の様に,熱い男も嫌いだと知った.
俺は信じていると熱く叫びながら,その実,様々な圧力に心を折られ続けて,いつか,いつかと嘆く男こそが,好きなのだ.
そうと分かったところで,今の感情を抑えられないことは,明白だった.
妻の言葉がはらんだ怒気は,着々と刺を増して.
ビリビリとした刺激が,やがて鳥かごを揺らす.
レースのカーテンの中で,インコは,身を震わせた.
喉奥から,キュルルと哀れな音が鳴る.
静かで,しかしヒステリックな声が,小さな心臓を締め付けていた.
色褪せた尾羽がはらりと落ちた.
だから僕は,この責任は誰が取るべきかと頭を抱える,インコの神様に同情する.
また1つ羽根が落ちる.
更に細かな羽毛が散る.
その羽毛は,風に乗って.
おしまいです
スレタイに引っかかった人は,すいませんがIDの数字の数だけ腹筋をお願いします
読んでくださって,ありがとうございました
言い忘れていましたが,平社員の名前が山岡であることは,私とここで読んでくださった皆さんの間の秘密です
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