ジョナサン「安価で奇妙な冒険がしたい」(103)
僕の名前はジョナサン・ジョースター。父のような一人前の紳士を目指すごく普通の少年だ。
今日から僕に家族に増える。父の恩人の息子、ディオ・ブランドーだ。歳は僕と同じらしい。仲良くなれるといいな。
「かえして! かえして! 手が取れるゥ!」
女の子の悲鳴が聞こえる。声のする方へいってみると、二人の男が女の子をいじめていた。
精巧な人形。もう少しで腰に届きそうな髪。なかなか育ちの良い家の子なのだろう。
彼女の走る姿勢はまるで動きがちぐはぐで、走り回る二人の男の間でキャッチボールになっている人形に一向に追いつけない。
反面、男の片方は、余ったズボンの裾をまくりあげている。
身体の成長を見越して大きめのものを買ったか、あるいは兄弟のものを使いまわしているのか。
どちらにせよ、そう金銭面に余裕のある家庭では無いのだろう。
金持ちを、ただ金持ちだというだけで目の敵するというのは、今ではそう珍しく無い話だ。
かつて知と礼節の象徴だった貴族位は、時代とともに大きく変わってしまった。
暴利を貪って君臨する支配階級と、家柄を商品にして新興の投資家に売り渡した没落貴族。
その中で真の紳士たる貴族など、数えるほどしかいない。
「よし! 人形の服を脱がしてやるぜ!」
僕は当然 >>2 をする
波紋疾走!
かつて僕の父、ジョージ・ジョースターは奇妙な東洋人と出会ったことがあるという。
馬車の事故によって生死の境を彷徨った父は、ダリオ・ブランドーの介抱を受けたあとも、全身に後遺症が残っていた。
そんな時、父の下には、多くの医者が訪れて匙を投げていき、次いで魔術やら錬金術やらを使うと称する輩が現れ、やはり皆去っていった。
もはや治る見込みは無いと誰もが確信したころ、その東洋人は雨でずぶ濡れになりながらジョースター家にやってきた。
心優しい父は二つ返事でこの素性不明の男に一日部屋を貸し、男は代わりに父を治療したのだという。
治療を行うところは、誰も見ていない。ただ、父が完治した結果には反論のしようが無かった。
話が街に伝わる頃には男は既に姿を消しており、その名前すらも定かではない。
僕は、その男から特別な呼吸法を教わっていた。
「な、なんだぁー?」
男たちの足元の草に波紋を流した。植物は生命磁気。波紋を流せば自由に動かせる。
引き合う長草が男の足に絡みつき、動きを止める。
「はっ……はっ……追いついた。返してもらうわ!」
これで良い。紳士は自分のしたことを殊更に誇るものではない。
波紋を解いて男を開放し、僕は静かにその場から立ち去った。
蹄鉄が地面を固める音がする。車輪の回る音は滑らか。
市場へ向かう馬車とは違い、荷台の軋む音も無い。
間違いない、ジョースター家への来客だ。
はたして漆黒の馬は門の前で足を止め、岩のような筋肉を伝う汗が美しい。
そのいななきに合わせる様にスーツケースが投げ出された。
成り上がりの富豪が着るスーツは、いかにも動きづらそうだ。
彼らは老舗のテーラーが仕立てる服の可動性を知らず、自分で自分の動きに制限をかける。
生地の持つ物静かな光沢は、主人の動きに合わせて皺を寄せる瞬間のグラデーションにこそ現われるというのに。
だが目の前の少年は違う。彼には気品がある。
でなければ、馬車から飛び降りる動作があんなに美しいはずがない。
「>>5」
僕は相手の空気に飲まれまいと一回深呼吸をして、それから相手に声をかけた。
ジョナサン「アナルを拡げて腕をいれるッ!その激痛は波紋ローションでやわらげるッ!」
紳士服を知り尽くした僕の手に掛かれば、同年代の相手の服など3秒で脱がせることができる。
下に限ればその半分で可能。ベルトを外して引きずりおろすッ!
「アナルを拡げて腕をいれるッ!その激痛は波紋ローションでやわらげるッ!」
くらえッ! 僕の研究し尽くした妙技を!
「甘っちょろいぞ、ジョナサン・ジョースター!」
な、なんだ、この感じ。まるで毎日浣腸でもやってるのかってくらいの清涼感、締め付け。
絶妙な動きで僕の手を奥へ導き、それでいて前立腺には触れさせてくれない。
そして何だ、この奥にある硬いものは。汚物じゃないぞ!?
「ぼ、ぼっちゃま、それは……!?」
次の瞬間、ディオは一瞬で居住まいを正してスーツケースを手に取っている。何たる早業……!
そして出迎えに出た執事の視線の先、僕の手には大人のおもちゃが残っていた。
その日、僕の食事は抜きとなった。僕は泣いた。
ベッドに頭をこすりつけて泣いた。僕の血と汗と青春を吸ったこのベッドだけが、僕の努力の跡だ。
ベッド下に隠した宝物たちが消えた部屋は、少しだけ涼しい気がした。
ディオは次々と僕の領域を犯していった。
一階トイレ、二階トイレ、離れのトイレ、使用人用のトイレ……。
もはや僕の心が休まる場所は自室しかなく、段々と外出が増えていった。
外で出来た友達と過ごす時間は心地が良かった。
飽くなき知の探究、美しい筋肉美と汗に彩られた日々。
だがそれさえも、ディオの牙は見逃さない。
「みなさん! ここにいるアベサンに代わって、新しい友人が参加したいとの申し出がありました」
「な……ディオ!」
「新しい友人を知るために、>>9に参加させてみるのもいいかと思うのですが、どうでしょう」
天皇陛下
どういうことだってばよ……
「コーさんが動くのか……!」「コーさん……!」「おい、誰か止めろよ」「あいつ生きて帰れるのか」
「い、いや、俺達は歴史の動く瞬間を見ているのかもしれない」「コーさんって誰」「ついにあの御方が動くのか」
ディオは戸惑った。ジョジョと試合になるものだと思っていたからだ。
「初めてみるけど、コーっていうのかい? よろしくね」
大仰な身振りで相手に握手を求め、その隙に左手でグローブの中の石を抜いておく。
相手がジョジョ以外なら、まずはフェアで清々しいイメージを作ることに専念するべきだ。リスクを犯してまで完勝を目指す必要は何処にもない。
「いえ、それは皆さまがつけられたニックネームになります。koe――キングオブイーストの略なのだそうです」
東洋人の年齢は、西洋人には読み取りづらい。顔の彫りの浅さ、背が低さが、東洋人全体を子供のように感じさせてしまう。
だから20代の天皇が混ざっていたとしても、そう大きな違和感は無かった。
西洋風に直された髪は、精悍な顔と相まってユダヤ系の青年のような雰囲気を作る。
堂々としたヒゲは少年たちの中にあって確かな存在感を表していた。
「キングオブイースト……? 随分と立派な名前だね。そんなに強いのかい? お手柔らかに頼むよ」
「ええ。『剣は敵を断つものにあらず。迷いを断つにあり』――必要以上に相手を痛めつける心積もりなど毛ほどもありませんとも」
ディオは感じ取った。相手の視線が己の身体をすり抜けてその先のものに向かっていると。先ほど抜き取った石のことが見透かされているのだと。
この場の全員の意識が二人に集中した、完全なタイミング。誰もディオがグローブから石を抜き取った瞬間を見ることなどできないはずだった。
だというのに、ディオの身体自体が目隠しとなり、絶対に気付きえないはずの位置にいる相手が、気づいている。
(俺は自分の手で場の注目を集めたと思っていた……だが違う。連中が、このコーという男に集中していたんだ!)
後に闇の帝王を名乗る男。そして旭日の帝王と呼ばれた男。これが二人の出会いであったッ!
「ところでブランドーくん。我々のゲームは遊びじゃあないんだ。闘うなら、自分に金を賭けてもらう。もちろんコーさんも了承済みだ」
(ど、どうする。さっきジョジョの奴が今月のお小遣いを全てコーに賭けてやがった。相当な強敵と見て間違いない……。
だがここで出し渋り、挙句の果てに負けるようでは、この集団の実権を握ってジョジョを排除する計画はいきなり座礁する)
「もちろんいいとも。さあ、やろうかコーさん」
ディオはお小遣い三か月分を帽子の中に放った。
周囲の少年たちが、ほとんど見たことも無い大金に眼を白黒させている。
(どうだッ! 東洋の猿にこれだけの賭け金が用意できるはずが無い! 当然レートは下がる。
これで俺は勝負のリスクを最小にしつつ、同時に並みの男ではないとアピールができる!)
だが天皇は平然と同額を支払い、ボクサーグローブをはめて構えを取った。
「グッド。ルールを説明しよう。顔面に一発入れば即負け。ボディはいくら打たれてもいいが、ノックダウンは勿論10カウントだ。いいね」
「顔に一発入れば勝ち。素手でやるのと変わらないな。そのルールならロンドンでやっている」
審判が下がり、ディオと天皇の視線が絡み合う。
ディオの視線はその後天皇の身体へと移り、蛇のように執拗に構えの隙を伺う。
それと対照的に、天皇の視線はディオの瞳の奥深くへと刺さっていった。
(こ、こいつ……自然体なのに隙が無い。中国武術の極致、無構えの構えというやつか?)
ゴングの音が響き渡る。初めて出会った強敵を前に、ディオは奇妙な感情を覚えた。
ある種親しみに近いものだ。この相手は並はずれているがために、誰にも理解できない。
きっと今受けている声援も、この男にとっては不協和音にしか聞こえないのだろうと思った。
「やってやる! お前を倒せるのはこのディオをおいて他にいないッ!」
開幕一閃、ディオの身体が吹っ飛んだ。
「容赦ねえ……」「やった! これでコレクションを集め直せる」「流石コーさん」「何が何だか分からない」
どこにヒットしたのかすら分からない速攻。困惑した審判がとりあえずカウントを取り始めたところで、ディオが起き上がる。
「貴様、何故俺の顔面を狙わなかった? なめているのか?」
「もしそうしたなら、あなたは敗北を認められなかったでしょう?」
「良い趣味してるじゃないか。後悔させてやるよ。このディオをコケにしたことを!」
踏み込むと見せかけて、地面に蹴りつけて体重を後ろに。素早く身をひく。
ほとんどディオの踏み込みと同時に放たれた天皇のストレートを、ディオが撫でる様にして捌く。
一瞬の接触はディオの反作用の力を与え、今度こそディオが天皇との距離を詰める。
「あくまでボディを打ってのノックダウン勝利にこだわる姿勢、その奢り高ぶりこそが貴様の隙だ!」
ディオのパンチが天皇の顔面を狙う。一撃目をガードされ、そのまま間髪入れず第二撃を腹に向けて。
天皇は飛び退いて身をかわし、即座にディオの元に飛びかかる。狙いはやはりディオの腹。
「気付いたようですね。己自身のあやまちに」
走り寄る勢いによって重心移動の力を得た攻撃は、まさにボクシングにおける居合抜き!
ディオはかろうじて天皇の攻撃をガードするが、その拳を通じて伝わる衝撃によって受けるダメージが思わずよろめく。
「どういう、ことだ……」
天皇は追い打ちをかけようとはせず、その場に立ち止まってディオを眺めている。
悠然とした立ち姿には、しかし相変わらず隙が無い。
「あなたは強い。しかしその心は隙だらけだということです」
ディオの全身に、痺れにも似た感覚が走る。外部から供給された過剰なエネルギーが、ディオの身体の均衡を崩す。
まだ十分な余力を残しているはずの身体が、何故か膝をつく。手で身体を支えなくて崩れ落ちてしまう。
「何をした……」
ディオの身体が地面に倒れ伏す。無様に地面とキスをさせられるのは、ダリオ・ブランドーに酒瓶を投げ付けられて以来のことだ。
屈辱の炎に身を焦がしながら、しかしディオは起き上がることはできない。
「何をしたと聞いているんだァ! 答えろ!」
最後の一押しをするようにディオの身体を激しい衝撃が奔り、体中の筋肉が引き延ばされる。
仰向けで手足を張り詰めた姿勢は青虫か何かのよう。
「貴方には分かりますまい。しかし、この力を望むのならば……そのしるべは我が国の旗にあります」
ディオはテンカウントが流れていくのをただ黙って聞いていることしかできない。
天皇は柔和に笑う。ディオには、その笑みは嘲りのものとしか思えなかった。
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