【安価】勇者「オレとキミとで」 魔女「魔法習得ね」 (1000)



・勇者と魔女が『安価魔導書』で打倒魔王を目指すSS

・一日のうちに連投や複数投下等は不可

・不定期更新



例)

●27『GeSxHwdA0』
  呪文効果:重力を操作する魔法
  習得条件:魔女の命令に勇者が丸一日従う



<重要>

◎魔法の「呪文効果」と「習得条件」の2つを書き込む

◎「習得条件」には必ず「勇者」と「魔女」が参加する



・「>>27に書き込まれた魔法」は「安価魔導書の27ページに載っている」として扱う

・「魔法を書き込んだコメントのID」が「GeSxHwdA0」の場合、魔法の呪文は「GeSxHwdA0」となる



・「魔女」というのは「魔法使いの女の子」という意味

・魔法は「勇者のすぐ傍にいて、かつ習得条件を共に満たした魔女」しか使えない




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1404706169




―――セドサル王城・国王の間―――



王様「よくぞ参ったな、勇者よ」

王様「機は熟した。ついにお主に動いてもらう……期待しておるぞ」


勇者「はっ! 必ずや、魔王を倒してみせますっ!」

勇者「すぐに仲間を集め、旅に……」


王様「いや、仲間はすでに集めておる」

王様「それに、今すぐ旅に出る必要もないのだ」


勇者「……え?」


王様「お主には、セドサル王国の秘宝『安価魔導書』を授ける」

王様「あとの詳しいことは、あの少女に訊くがよい」スッ


勇者「!」




魔女「……。」





―――王城・大広間―――



勇者「キミが、王様の言ってたオレの仲間なんだよね? よろしく」

魔女「……」ジッ

勇者「?」

魔女「あなたが勇者なんだ。なんか思ってたのと違ったな」

勇者「え……」

魔女「歳はアタシと同じくらい? 15歳くらいとか」

勇者「う、うん。今は15歳。今年で16だけど」

魔女「同級生なんだ。ふぅん」

勇者「えっと、早速なんだけど……旅に出なくても良いって、どういうこと?」

魔女「コレのこと、聞いたことないの?」スッ

勇者「それって、もしかして王様の言ってた……」


魔女「そう。これが『安価魔導書』だよ」


呪文効果「水を操る」
取得条件「勇者と魔女がどちらかがもらすまでおしっこ我慢勝負する」

呪文効果「一兆度の火球を撃ち出す」
取得条件「勇者が魔女を蝋燭責め」




勇者「魔導書ってことは、魔法が書いてあるの?」

魔女「魔法の呪文と、効果と、それから習得方法ね」

勇者「習得方法?」

魔女「ある種の契約かしら。条件を満たせば、書かれてる魔法を習得できるの」

勇者「なるほど。じゃあ今すぐ旅に出なくていいっていうのは……」

魔女「バカな人じゃないみたいで安心したよ。そう、強力で有効な魔法を習得してから旅に出るの」

勇者「そういうことか。猶予はどれくらいなのかな?」

魔女「最大で1年くらいかしら」

勇者「1年!?」





魔女「もちろん、3日くらいでとんでもない魔法を習得できる可能性もあるけどね」

勇者「最悪の場合で、1年くらいかかるかもってことか」

魔女「そういうこと。じゃあ早速、『安価魔導書』の中身を見てみましょうか」ペラッ

勇者「……」ゴクリ


魔女「えっと……6ページ目がかろうじて読めるわね。『XkyiD10Lo』……水を操る呪文だって」

勇者「へぇ。習得条件は?」

魔女「アタシとアナタのどちらかが漏らすまでおしっこ我慢勝負する、だって」

勇者「はぁ!? ちょ、ええっ!?」///





魔女「気持ち悪いから興奮しないで」

勇者「いや、興奮はしてないけど……! でも、そんな条件……!!」

魔女「ええ、もちろんこんなのやるわけないわ」

勇者「……え?」

魔女「なに?」

勇者「いや……習得しなくてもいいの?」

魔女「たかが水を操る程度の呪文のために、こんなくだらないことやるわけないでしょ。常識で考えてよ」

勇者「うっ……まぁ、そっか。普通に考えればそうか……うん」

魔女「なにも書かれてる魔法を全部習得しなくてもいいのよ。コスパの良い魔法だけ選んで習得すれば十分でしょ」

勇者「じゃあ、習得条件に見合ったすごい魔法を探しながら……」

魔女「ええ。地道に魔王を倒す準備を整えていきましょ」





―――王城・勇者の私室―――



勇者「『安価魔導書』かぁ」

勇者「そんな秘宝があったなんて、全然誰も教えてくれないんだもんな」チラッ


メイド「わ、私も知りませんでしたよっ!?」///


勇者「ほんとかなぁ? 教えたら修行サボるかもしれないから、黙ってろって言われたとか」

メイド「ほ、ほんとに知らなかったです!」

勇者「あはは、からかってごめん。メイドさんは嘘つける人じゃないし」

メイド「そ、そうですよ、もうっ」ホッ





メイド「お相手の魔女様というのは、どのような方でしたか?」

勇者「うーん、目が冷たいかなぁ。すごく距離を感じるっていうか」

メイド「性格というよりも、もしかすると人見知りをされる方なのかもしれませんね」

勇者「そんな雰囲気は感じなかったけどなぁ」

メイド「……び、美人さん、ですか?」

勇者「ああ、うん。それはあると思う。正直ちょっとドキッとしたよ」

メイド「……そうですか」ガクッ

勇者「でもオレは、よく笑ってくれる子のほうが好きかな。美人はすぐ飽きるとも言うしさ」

メイド「さすが勇者様、わかってらっしゃいますね!」ニコニコッ!!

勇者「う、うんっ?」





コンコン



勇者「ん? どうぞー」


ガチャッ


魔女「失礼します。ちょっと話が……、あれ?」


メイド「!」バッ

勇者「座ってていいよ、メイドさん。彼女がさっき言ってた魔女さん」

メイド「はじめまして、メイドと申します!」ペコッ

魔女「はじめまして。お取り込み中だったなら……」

勇者「いや、いいよ。それよりどうしたの、魔女さん?」

魔女「同い年なんだし、呼び捨てにしない? 私も勇者って呼ぶから」

勇者「ああ、うん。わかったよ」


メイド(早くもタメ口&呼び捨て!?)ガーン





メイド(これが噂に聞く肉食系女子! お、おそろしいっ……!)

メイド「し、失礼しますっ!」ササーッ


ガチャ バタンッ



勇者「あ……。べつにいてもいいのに」

魔女「話、いい?」

勇者「あ、そうだった。どうしたの?」

魔女「とりあえずいくつか『安価魔導書』の解読できるページを読んでみたんだけど」

勇者(仕事熱心だなぁ)

魔女「とりあえずまとめてみたから、これを見て」ペラッ





○006『XkyiD10Lo』
  呪文効果:水を操る
  習得条件:勇者と魔女がどちらかがもらすまでおしっこ我慢勝負する

○007『JMYmPCuy0』
  呪文効果:一兆度の火球を撃ち出す
  習得条件:勇者が魔女を蝋燭責めする

○009『vumtQOEb0』
  呪文効果:体勢の瞬間的変更
  習得条件:勇者と魔女が三日間手をつなぎ続ける

○011『kehl/TySO』
  呪文効果:傷をそれなりに癒す
  習得条件:勇者と魔女が二日間断食する

○014『DEfhjt+t0』
  呪文効果:自分の分身を1~3体まで発生させる
  習得条件:勇者と魔女が忍者屋敷で修行する





勇者「一兆度ってどれくらいなの?」

魔女「知り合いに聞いてみたら、とりあえずこの惑星は消し飛ぶらしい」

勇者「ええええっ!?」

魔女「それでなくても習得条件がコレだから論外だけど」



勇者「体勢の瞬間的変更ってどういうこと?」

魔女「よくわからないけど、これも条件が無理」

勇者(ムリではないと思うけど、まぁ初対面の男女じゃヤダよね……)



勇者「あ、これは? それなりって言葉が気になるけど、回復魔法みたいだよ」

魔女「ええ。私もこれは習得して損はないかなって思ってる」

勇者「二日も断食っていうのは辛いけど、絶対イヤってほどでもないね」





魔女「けどその前に、この分身魔法を習得した方がいいと思う」

勇者「忍者屋敷で修行……か。うん、時間がかかるわけでもなさそうだね」


魔女「それに、たとえば「断食」と「運動」を同時にやるのは相性が悪いけど……」

勇者「ああ、そっか。オレたちの分身がそれぞれ分担してくれれば、魔法習得も効率的だね」

魔女「そういうこと。だから、まずはこの分身魔法……『DEfhjt+t0』を習得しよう」

勇者「わかった。それで、いつからにする?」

魔女「アタシは今からでも大丈夫だよ」

勇者「魔法習得がどんなものなのか早く知りたいし……うん、それじゃあ早速実践してみようか!」


効果:パーティーの状況判断能力が長時間上昇する
条件:メイドをパーティーに加える




―――セドサル王国郊外・ウルタル忍者屋敷―――



忍者「事情は相分かった。そういうことなれば、拙者―――このウルタル忍者屋敷十二代目当主・忍者が」

忍者「勇者殿、魔女殿に修行をつけさせて頂こう」


勇者「お願いします」ペコッ

魔女「お願いします」ペコッ


忍者「しかし分身の術というのは、主に目の錯覚を利用した催眠幻覚の術」

忍者「それを修行したところで実体分身を作り出すことはできるのでござろうか?」





魔女「多分、分身の修行に限らず、忍者らしい修行さえすれば条件はクリアできるんだと思います」


忍者「なるほど、委細承知」

忍者「では拙者たちが日頃の基礎体力作りにて行う訓練を、お二方には受けて頂こう」

忍者「この屋敷で訓練を行うからには、泣き言の一切は耐え忍んでいただくが……宜しいか?」


勇者「はい。よろしくお願いします!」ペコッ

魔女「……よろしくお願いします」ペコッ





―――ウルタル忍者屋敷・訓練場―――



勇者「ふぅ……」


勇者「忍者修行なんて言うくらいだから、てっきり水面を歩いたりでもするのかと思ったけど……」

勇者「普通に走り込みとかの体力づくりをやるんだね。俺たちは素人だから当たり前だけど」


魔女「……」


勇者「そういえばあの忍者さん、身長が1メートルくらいしかなかったよね」

勇者「全身黒布で覆われてたし、声もかなり抑えてたせいで、年齢も性別もわからないし」

勇者「なんていうか、『ザ・忍者!!』って感じがしてすごいかっこよかったよね!」


魔女「…………」


勇者「ねぇ、魔女。さっきからどうかしたの?」


呪文効果「何かに挟まった時のみ空間を行き来する」
取得条件「万をも超える人から信頼を得る」

思ったんだが一人で何回も呪文安価だしてる奴いるな、詠唱被るからID変わるまで待てよ




魔女「見ればわかるでしょ!! 疲れ果ててるのよ!!」


勇者「!?」ビクッ

魔女「訓練場のトラックを50周もして、なんでそんなにピンピンしてんの!?」

勇者「いや、勇者としていろいろ訓練してるから……」

魔女「アタシは一日中ずっと教科書とか文献と睨めっこするのが仕事なんだよ!」

勇者「いや、そんなことオレに言われても……」


忍者「忍の修行は、忍耐の修行」ヒュッ


魔女「!?」ビクッ

勇者「あ、忍者さん……いつの間に」





忍者「修行は体力をつけることもさることながら、疲労・苦境に耐えることが最大の目的にござる」

魔女「……ごめんなさい」


勇者「……。」


勇者「忍者さん。ここから先の修行ノルマは、オレと魔女で協力しちゃダメですか?」

勇者「それぞれ50周ずつしないといけないなら、俺が80周すれば、魔女は20週で良い、みたいに」


魔女「……!」


忍者「……本来なれば、そういったことは認められないのでござるが……」

忍者「しかしお二方は現在、任務のため協力してこの場所へと潜入している身」

忍者「なれば、相方の苦手とする分野を補うという行為を、拙者が止める筋合もなし」


勇者「じゃあ……!」


忍者「委細承知。勇者殿の申し出を許可し、以降の修行はお二方の達成値を合計するものと致す」





―――ウルタル忍者屋敷・正門前―――



忍者「十二代目当主・忍者の名において。現時刻をもって、修行は完了と致す」



勇者「あ、ありがとう、ございました……」ゼェゼェ

魔女「……。…………。」ゼェゼェ


忍者「お二方、よくぞ最後まで修行をやりきったでござるな。堅気にしておくには惜しい人材よ」

忍者「今日のところはしっかりと体を休めることをお勧め致す」

忍者「それでは、再び拙者共の力添えを欲する折には、遠慮なく召還致せ」


勇者「はい……」

魔女「……」





忍者「ふ。二度と御免といった面構えでござるな」

忍者「拙者の“分身”も任務完了」

忍者「これにて御免」


ドロンッ


勇者「え……消えた!?」

魔女「……分身は目の錯覚だとか言ってたくせに、自分はちゃっかり使えたってことだね……」

勇者「さ、さすがは十二代目当主……」





勇者「はぁ……もうすっかり日が暮れちゃってるよ。早く帰ろう」

魔女「……」

勇者「ねぇ魔女、呪文のことはまた明日でいいかな? もう疲れちゃって、今日は寝たいからさ」

魔女「……うん」

勇者「魔女? 歩けないなら、馬車でも呼ぶ?」

魔女「いや、違くって……その……」

勇者「?」


魔女「……ううん、なんでもない」スタスタ


勇者「な、なんだ……?」



魔女(……ありがとうって言うタイミング、逃しちゃった……)





―――王城・勇者の私室―――



ガチャッ


メイド「勇者様、朝ですよ~。朝食をお持ちしました!」ニコッ


勇者「んんん……あと5時間……」

メイド「5時間もしたら朝食じゃなくて昼食になっちゃいますよう」

勇者「うーん……仕方ない、起きるか」ムクッ

メイド「ふふっ、おはようございます♪」

勇者「うん、おはよ……痛ッ!? き、筋肉痛が……!!」ビキッ

メイド「ゆ、勇者様!? 大丈夫ですかっ!?」





勇者「イタタ……」

メイド「横になってください! 足が痛いんですか?」

勇者「昨日、ずっと走りっぱなしでさ……」

メイド「それなら私にマッサージさせてください!」

勇者「ほんとに? メイドさんのマッサージは久しぶりだなぁ」

メイド「勇者様のために、腕を上げておきましたから」モミモミ

勇者「おお~……ほんとだ。やばい、超気持ちいい……」





メイド「昨晩にでも呼んでくださればよかったのに」クスッ

勇者「ええっ? さすがに悪いよ」

メイド「そんなことありませんよ! 次からは、呼ばれたらすぐに飛んできますから!」モミモミ

勇者「ほんとに? ……ああ……っていうかマジで気持ちいい……」

メイド「ふふっ、そう言っていただけると嬉しいです♪」モミモミ

勇者「……あー」コテッ

メイド「勇者様?」

勇者「……」スヤスヤ

メイド「わあっ、寝ちゃだめですよぉ勇者様! まだごはんが~……!?」ワタワタ





―――王城・小会議室―――



魔女「DEfhjt+t0」


ボゥン!!


勇者「おお……!」


魔女「成功したみたいだね」

魔女2「本当に増えたけど、自分が分身だって自覚があるアタシはいる?」

魔女3「立ってた場所からしてアタシじゃなさそうだけど、自覚はないかな」


勇者「オレから見ても、ぜんぜん見分けがつかないよ」


魔女「アタシも見分けつかない。紛らわしいから、一旦分身を解除するね」





魔女「ひとつわかったのは、どうやら勇者の近くじゃないとこの魔法は使えないらしいね」

勇者「そうなの?」

魔女「1人のときにも呪文を唱えてみたけど、魔法は発動しなかった。でも今はできた」

勇者「オレたち2人がそろってないと、魔法は使えないってことか」

魔女「いざ旅に出るときは、片時も離れないようにしないといけないね」

勇者「え……」

魔女「冗談だよ、冗談」





魔女「あれから『安価魔導書』の解読を進めてたんだけど」

勇者「なにかイイ魔法はあった?」

魔女「気になるのはいくつかね。年齢を操る呪文とか、しばらく能力があがる呪文とか」

勇者「へぇ。魔女が気になるってことは、条件も緩めなの?」

魔女「他のに比べるとね。あとは……そうそう、人に存在を気づかれなくなる呪文とかも」

勇者「それはすごいな。それから傷を癒す呪文もあったっけ」

魔女「そうだね。まぁ1つずつゆっくりやっていこっか」

勇者「……」

魔女「どうかした?」

勇者「あ、いや、べつに」

魔女「?」


勇者(なんか微妙に、喋り方が打ち解けてる……? 気のせいかな?)





魔女「さっき言った呪文の詳細は、こんな感じ」ペラッ



○011『kehl/TySO』
  呪文効果:傷をそれなりに癒す
  習得条件:勇者と魔女が二日間断食する

○023『+cridnAa0』
  呪文効果:対象の外見年齢を10年単位で変えられる
  習得条件:勇者と魔女が1日で様々な年齢層の人間50名から感謝の言葉をもらう

○024『WKLmDMDO0』
  呪文効果:対象の筋力を中心として全ての能力が上昇させる
  習得条件:勇者と魔女で協力し五体以上の魔物を討伐する

○026『lHeHMq8t0』
  呪文効果:人に存在を気づかれなくなる
  習得条件:勇者と魔女が一日誰とも出会わずにいること





魔女「魔物の討伐は、なにか強力な呪文を習得してからのほうが楽だと思う」

勇者「まぁ、そうだよね。じゃあ断食と隠れるのは、分身でやるとして……」

魔女「感謝の言葉を貰うっていうのは、たぶん「2人一緒に50人」じゃないとダメだと思う」

勇者「オレたちで手分けはできないってことか」

魔女「だけどアタシたちの分身同士をペアにすれば、手分けができる」

勇者「分身は3人までできるから、1人余る……」

魔女「そう。1ペアにつき25人。それがノルマだね」





―――王城・廊下―――



勇者「いろんな年代の人たちから「ありがとう」って言われなきゃいけないんだよね」

魔女「50人も会えば、嫌でもバラけそうだけど」

勇者「それじゃあ、目についた困ってる人を片っ端から助けていくってカンジか」

魔女「わざわざ助けなくっても、褒めたりすれば「ありがとう」って言ってくれそうじゃない?」

勇者「え、そういうのもアリなの……?」





メイド「あ、勇者様! それと、魔女様も」


勇者「……。」チラッ

魔女「……。」コクリ


メイド「?」キョトン


勇者「メイドさんはすごく頑張り屋さんだよね」

メイド「……へ?」

魔女「それにすごくかわいいし、そのくせ体つきが大胆だし」

メイド「え、えっ!? どうしたんですか、急に!?」///

勇者「いつもみんなが言ってるよ、メイドさんが傍にいてくれるだけで元気になれるって」

メイド「そ、そんなことは……!」///

魔女「謙遜しなくていいよ、メイドさんは言わずと知れた、セドサル王城のアイドルだもん」

メイド「ええええっ!? いつからそんな、畏れ多いことに……!?」





魔女「勇者も結婚するならメイドさんみたいな子がいいでしょ?」

勇者「そうだね、もしそんなことになったら毎日が楽しすぎるだろうね」


メイド「―――ッッッ!?!?!?」ボンッ ///


勇者「メイドさん、いつも元気をくれてありがとう!」

魔女「ありがとうございます、メイドさん」


メイド「こっ、こちらこそ、ありがとうございますっ!!」ペコペコ



勇者「よし、じゃあまたね、メイドさん」クルッ

魔女「しつれいします」クルッ



メイド「……え? え??」



勇者「あと49人かぁ」スタスタ

魔女「意外とすぐかもね」スタスタ




メイド「…………ええっ?」ポツーン






―――セドサル王国・ヴァー商店街―――



魔女「結構いろんな人から感謝されたね。もう半分はいったかな」

勇者「本当に『ご来店ありがとうございました』はカウントに含んでよかったのかな……」

魔女「たぶん大丈夫だって」

勇者「意外と適当だなぁ」

魔女「えー、そんなことないよ」

勇者「まぁとにかく、できるだけ困ってる人を探そう」

魔女「でもそんな都合よく困ってる人なんて……」



僧侶「…………神よ……」シクシク



勇者「……いっそ見ていて凄惨なくらい困ってるみたいだね」

魔女「……それはもう、軽く引くくらい困ってるね」





僧侶「ボクが道案内をしようとして、逆にもっと迷わせちゃった観光客の人たちと……」

僧侶「ボクが不用意に餌をあげたばっかりに、鳩が集まって大パニックになった公園の子供たちと……」

僧侶「ボクがうっかり時間を間違って伝えたせいで、待ち合わせに遅れかけたお爺ちゃんお婆ちゃんたちを……」


僧侶「助けてくれて、ありがとうっ……!!」ペコペコ



勇者「まるでオレたちのためにみんなを困らせといてくれたのかってくらいの大惨事だったね……」

魔女「キミはもう、家から出ない方が世の中のためかもしれないね……」


僧侶「うぅ……それは司祭様にもよく言われるの……」


勇者「ある意味才能だなぁ……まぁ、オレたちとしては助かったんだけど」

魔女「もうアタシたちのグループだけで50人超えたよね、たぶん」





僧侶「そうだ、なにか2人のために恩返しさせてくれないかなっ!?」


勇者・魔女「「結構です」」ビシッ


僧侶「あうっ!?」ガーン


勇者「いや、そりゃそうだろ。あれだけの大惨事を見ればさ」

魔女「キミと関わってたら、どんな目に遭うかわかったもんじゃないよ」


僧侶「そうだよね……ボクなんて、ドブ糞ゴミ虫だもんね……生きてる価値ないもんね……」シクシク


勇者「いやそこまでは言ってないけど……」

魔女(め、めんどくさい子だなぁ……)


ポロッ


勇者「ん?」





僧侶「あっ」ヒョイッ


勇者「え、今の、札束じゃなかった?」

魔女「うん、アタシもそう見えた」


僧侶「う……あの、みんなにはナイショでおねがい……」///


勇者「それはいいけど、え、そのお金はなんなの?」

魔女「そこはかとなく事件の匂いが……」


僧侶「ううん、悪いことはしてないよっ!? これは、ちょっと賭場で一発当てて……」///


勇者「はぁ!?」

魔女「ちょ、聖職者がなにやってるの!?」





僧侶「あ、もちろん儲けは教会とか孤児院に寄付してるよ?」

僧侶「というか、それが目的でお金を稼いでるの。昔から教会が資金難で潰れかけるたびに……」

僧侶「ボクって賭け事がなぜか強いみたいで、たまにやるといっぱい勝つんだぁ」ニコッ


勇者(か、かわいい顔して、とんでもないことを……)


僧侶「そうだ、札束いっぱいもらったから、お礼に1個あげよっか?」スッ


勇者「い、いや、大丈夫だから!」

魔女「なんか怖い! もう行こうよ勇者!」

勇者「そ、そうだね! じゃあバイバイ!」

魔女「さよならっ!」


僧侶「あっ……! あの、いつか恩返しに行くからね!」


僧侶「……って……あれ? “勇者”?」





―――王城・小会議室―――



ゆうしゃ「うおー、ほんとにねんれいがかわったぞー」


魔女「……」

ゆうしゃ「まじょ、どうかしたの?」キョトン

魔女「う、ううん、なんでもない!」

ゆうしゃ「?」


魔女(か、かわいいっ……! 5歳くらいの勇者……やばい、部屋に持って帰りたい!)///


ゆうしゃ「じゃあ、もとにもどしていいよ。まほうをしゅうとくしたのはわかったから」

魔女「……」

ゆうしゃ「まじょ?」

魔女「……えっと、も、元に戻すのはどうやるんだったかなー?」シレッ

ゆうしゃ「ええーーーっ!」ガーン





ゆうしゃ「はやくもとにもどしてくれよー!」ポカポカ

魔女「あー、うん、今日はちょっと疲れちゃったから」

ゆうしゃ「こいつおもっくそめがおよいでやがるぞー!」

魔女「あ、そうだ。ねぇ勇者……ちょっとアタシの部屋に―――」



ガチャッ



メイド「あら、魔女様だけですか? お夕食の準備ができたのですが……」

ゆうしゃ「あ、めいどさん! たすけて、まじょがいじわるするんだ」トテトテ

メイド「えっと……? 誰かのお子様かしら?」

ゆうしゃ「ゆうしゃだよ!」


メイド「ゆッ―――」





メイド(…………ゆ)



メイド(勇者様のお子様ぁぁーーーっ!?)ズガガーンッ!!



メイド「うわぁあああああああんっ!!」ダッ


ガチャッ バターンッ!!



ゆうしゃ「え!? めいどさーん!?」





―――王城・廊下―――



勇者「“感謝されるグループ”のオレたちは、そろそろ魔法を習得したのかな?」

魔女「たぶん大丈夫じゃない? それよりアタシたちは、明日からの断食に集中しなきゃ」

勇者「それもそっか。よし、今日は外で死ぬほど食い溜めしたし……」ポンポン

魔女「なるべくずっと寝て、動かないようにしないと後で辛いからね?」

勇者「わかってるって。それじゃ」

魔女「うん」スタスタ





勇者「さて、明日から2日間はずっと寝たきりかぁ」スタスタ


…ァァァアアン!!


勇者「ん? 誰か走ってくる……」


メイド「びぇぇええええんっ!!」ダバダバ


勇者「ええっ!? なんでメイドさんが泣きながら廊下を爆走してるんだ!?」

勇者「ちょ、メイドさん! どうしたの!?」


メイド「あ……ぁ……勇者様ぁ……」ウルウル





勇者「なにがあったの!? 誰かに襲われたとか……!?」


メイド「ち、ちがいますっ……、勇者様……その、家庭をお持ちだったんですね」

メイド「さきほど、勇者様のご家族の……えっと、小さくて可愛らしい……お子様が……」


勇者「え……」

勇者(もしかして―――)



勇者(オレの実家の妹が、城に来ちゃったのか!?)





勇者「あいつ、勝手に城に来たのか……」

メイド「!!」

勇者「誰かに迷惑かけたりしてなかった? オレに似て、結構ヤンチャなヤツだからなぁ」

メイド「……父親似なんですね」

勇者「え、まぁ、そうだね。顔は母親似なんだけどさ」

メイド「……十分父親似でしたよ……むしろ父親そっくりでしたよ」

勇者「え、そ、そう……?」




勇者「……ていうかなんでウチの両親の顔知ってるの?」

勇者「もしかして妹だけじゃなくって、両親まで来てた?」



メイド「えっ」

勇者「えっ」




※あとで誤解は解けました。




―――王城・廊下―――


魔女「断食してる勇者は、おとなしく寝てる?」

勇者「うん。それと空き部屋で隠れてる方も大丈夫だと思う」

魔女「そう……それじゃあアタシたちは、新しい魔法の習得に集中しよう」

勇者「今日はどんな魔法なの?」

魔女「妖精を召喚するっていう魔法だね。それから余裕があれば、もう一つかな」

勇者「へぇ、妖精かぁ……」

魔女「習得条件はけっこう簡単だから、サクッとやっちゃおう」

勇者「よぉし、頑張るぞ!」





―――王城・厨房―――



○054『QzLSDaHL0』
  呪文効果:妖精を召喚する
  習得条件:勇者と魔女が自らの血を加えたクッキーを作る


魔女「まずはクッキーを作らないと」

勇者「オレはクッキーなんて作ったことないけど、魔女は? 作ったことあるの?」

魔女「アタシもないけど……作り方は調べて来たし、なんとかなるでしょ」

勇者(ほんとかなぁ。魔女ってば、意外と適当なところあるからな)

魔女「勇者は隣で見てて、たまに手を出すくらいでいいよ」

勇者「……まぁそこまで言うなら、魔女に任せるよ。でもほんとに大丈夫なんだよね?」

魔女「もう、しつこいなぁ勇者は。アタシに任せといてよ」

勇者「はいはい」





魔女「えっと、この粉入れてぇ……あと卵……あっ、殻入っちゃった。まぁいっか、カルシウムだよね」グチャグチャ

魔女「あれ、なんかダマがなくならないな……でもこれはこれで食感のアクセントになるかも?」ポイッ

魔女「大さじってどれくらいよ……具体的に書いてよ。さじってどれ? もういいや、これくらいでしょ」ドバッ

魔女「よし、これを冷やしたら、型抜きで……え、余ったところもったいなくない? 包丁で切ろっと」ザクザク

魔女「あとはじっくり焼けば……ちょっと、なんで爆発したの!? うわ、こっちは焦げてるし!」ボンッ ボフッ





魔女「……で、できあがり~★」


ボロボロッ…


勇者「…………いろいろ言いたいことがありすぎてまとまらないけど、頑張って一言にまとめるよ」

勇者「食材に謝れっ!!」


魔女「な、なんでよぉ! 頑張ったのに!」


勇者「これがクッキーだと言うなら、バーベキューの金網の下で燃えてるアレもクッキーだよ!!」

勇者「そんでこの白っぽい欠片はなんだよ! なにがカルシウムだよ、殺す気か!」

勇者「もう全部雑! 魔法使い養成学校でなにを学んできたの!? よくそんなんで魔法使えるね!?」


魔女「……っ」フルフル

魔女「うっさいなぁ! だったら勇者が作ればいいじゃん! もう知んないバカ!」ダッ


勇者「あ、魔女……!」





―――王城・廊下―――



魔女「ばかばかばかっ……!」スタスタ


メイド「あ、魔女様。厨房は使い終わりましたか?」


魔女「えっ……、ううん、まだ……」

メイド「あら、そうですか?」

魔女「……」

メイド「あの、違っていたらごめんなさい。もしかして……ケンカ、しちゃいましたか?」

魔女「!」

メイド「あ、やっぱり」クスッ





魔女「……勇者が、アタシの作ったクッキーを、木炭だって……」

メイド(ゆ、勇者様がそんなこと言うなんて、よっぽどですよ……)

魔女「そりゃ失敗しちゃったけど……がんばったのに」

メイド「それはいけませんね。魔女様も悪気はなかったのですから、優しい言葉をかけてあげるべきかもしれません」

魔女「そ、そうだよ!」パァァ

メイド「ですが、もう一度だけ厨房へ戻ってみてくださいませんか?」

魔女「……え?」

メイド「それで勇者様がとっても優しい方だということが、よくわかると思います」ニコッ





―――王城・厨房―――



魔女「……」コソッ



勇者「えっと、これでよくかき混ぜて……」カチャカチャ

勇者「ああそっか、粉はちょっとずつ入れないとダマになるのか」


魔女(アタシなんていなくても、普通に作ってるし……)

魔女(ていうか、追いかけてくれてもいいのに……ばか)

魔女(あれ? アタシのクッキーはどこ? もう捨てたのかな?)

魔女(ゴミ箱には、入ってないし)

魔女(え、もしかして……)





勇者「あ、魔女!」クルッ


魔女「!」

勇者「さっきは言いすぎたよ、ごめん」

魔女「ううん……悪いのはアタシだから、その、ごめん」

勇者「じゃあ仲直りってことで、今度こそ2人でクッキー作ろう!」

魔女「あの……さっきのアタシのクッキー……」

勇者「ああ、うん。食べちゃった」

魔女「!!」

勇者「砂糖すっごい入れてたから、見た目よりは苦くなかったかな……はは」

魔女「……」


グイッ


勇者「お?」

魔女「は、はやく作ろ」

勇者「そうだね。でも今度は、2人でじっくり作っていこう」

魔女「……うんっ」





勇者「よし、これで生地はできた!」


勇者「あとは、これを焼くだけか」

魔女「勇者、その前に」

勇者「ああ、そうだった」


サクッ


ポタッ… ポタタッ…


勇者「こんなもんでいいかな?」

魔女「うん。はい、絆創膏」ペタッ

勇者「あ、ありがと……、じゃあ魔女にも」ペタッ

魔女「……あり、がと。……は、早く焼いちゃおうよ」

勇者「そうだね」ガチャッ





勇者「できたー!」

魔女「やった! すごい、普通にクッキーだ! 茶色い!」

勇者「なんか喜ぶポイントがおかしいような……」

魔女「うっさい、ばか!」ペシッ

勇者「いてっ。なんだよ、急に攻撃的だなぁ」

魔女「いいの。それよりどうする? これ、血が入ってるけど……」

勇者「また俺が全部食べてもいいけど……もしかしたら妖精が食べるかもよ?」

魔女「ええー? それはどうかなぁ」

勇者「とりあえず、せっかくだから召喚してみよう、妖精を!」

魔女「ん。それじゃあ……」スッ





魔女「QzLSDaHL0」


パァァ…!!



妖精「」ポゥン!!



勇者「おお……! 出た!」

魔女「でも、ちょっと待って。これって妖精っていうより……幼児?」

勇者「……妖精って羽根とか生えてるのかと思ってたよ」

魔女「でも空中に浮いてるから、妖精で間違いはないのかな?」

勇者「なんかこの子、魔女に似てない……?」

魔女「え? 違うよ、勇者に似てるんだよ」


妖精「ぱぱ、まま♪」ギュー


勇者「………………え? ど、どういうこと!?」

魔女「まさか……この子、アタシたちの血で、いま生み出された妖精なんじゃ」

勇者「……え、つまりどういうこと?」


魔女「端的に言うと……アタシたちの、子供、みたいな……」





―――王城・廊下―――



勇者「どうするの、この子……」

魔女「どうするもこうするも……どうしよう」

勇者「とにかく育てるしかないか。自分で生きていける感じじゃないし」ナデナデ

妖精「きゃっ、きゃっ♪」

魔女「アタシの性格からして、子供の面倒見るとか無理だと思う……」

勇者「オレは妹の世話してたことがあるけど、でもずっと付きっきりってわけには……」


メイド「魔女様。勇者様と仲直りはできましたか?」ニコッ


勇者「あ、メイドさん」

魔女「仲直りっていうか……うん、まぁ」プイッ





メイド「ふふっ。……あら? この子は……」


妖精「ぱぱ、まま」ギュー




メイド「………………。」





勇者「え、えっと、メイドさん、これは……」

メイド「今度こそ……今度こそ本当に、本当なのですね……」ウルッ

勇者「いや、そうじゃなくって! 話を……」

メイド「お幸せにぃぃぃっ!!!!!!」ダッ

勇者「メイドさぁぁあああん!?」





―――王城・勇者の私室―――



メイド「またしても早とちりしてしまって、ごめんなさい……」シュン

勇者「いや、今回のは無理もないよ。でもほんとに任せて大丈夫?」

メイド「はいっ! 私、子供とか大好きですから!」ナデナデ

妖精「♪」ギュー

勇者「この妖精も、メイドさんに懐いてるみたいだし……じゃあ、お願いするよ」

メイド「はいっ」

勇者「妖精は成長が早いらしいけど、この子が小さいうちはなるべく一緒に手伝うから」

メイド「勇者様は、いいお父様ですね」

勇者「はは、やめてよ。それじゃ、行ってくるから」

メイド「はい、いってらっしゃいませ!」


メイド(な、なんだか子供を授かった新婚さんみたいな会話……!!)///





―――王城・小会議室―――



魔女「どうだった?」

勇者「メイドさんがお仕事しつつ見てくれるって。忙しいのに申し訳ないけど」

魔女「そっか」


魔女(冷静になってみたら、アタシも子供好きだし、惜しいことしたかも)

魔女(でもペットも植物もすぐ死なせちゃうタイプだしな……はぁ)


勇者「どうかした?」

魔女「う、ううん、なんでもない」

勇者「それで、次の呪文もやっちゃう?」

魔女「そうだね、そのつもりだよ。これも結構簡単だし、意外と役に立つかもしれないから」

勇者「へぇ、どんな呪文?」

魔女「えっとね」ペラッ





○058『OWmamHZi0』
  呪文効果:対象に距離を無視して打撃を与える
  習得条件:勇者と魔女が腕の限界になるまでひたすらパンチの素振りをする


勇者「へえ、面白い魔法だね」

魔女「ただの遠距離攻撃じゃなくって、ちゃんと制御すれば絶対に避けられないってところがポイントね」

勇者「でもこれって、魔女が使う呪文なんだよね?」

魔女「唱えるのはアタシだけど、勇者に使わせることもできるから大丈夫」

勇者「へぇ。じゃあ、さっそく始めようか」

魔女「うん」





魔女「…………。」グタッ


勇者「いや早すぎだろ! オレあと3時間はできそうなんだけど!」

魔女「あとは任せた……」

勇者「オレがバテる頃には、魔女は元気になってそうだなぁ……」

魔女「勇者は体力だけはあるもんね」

勇者「いや、血筋もある! 血統だけは偉大だぞ!?」

魔女「自分で言っちゃうんだ、それ……」

勇者「……まぁ、偉大なる勇者様は結構祖先なんだけどさ」

魔女「でも『安価魔導書』の封印が解けて、しかも実際使用できてるから、勇者も十分選ばれし者だよ」

勇者「お、おぉ……ありがとう」

魔女「べつに」プイッ

勇者「そういえば、魔女はどうやって選ばれたの? 魔女もすごい血統だったり?」

魔女「……だいたい想像つくけど、言いたくない」

勇者「?」





勇者「……もう、限界……」グタッ

魔女「お疲れさまー」

勇者「このやろう、すっかり回復しやがって……」

魔女「まぁまぁ。じゃあ早速魔法を試してみるから、ちょっと立って」

勇者「もう限界って言ってるだろ!」

魔女「じゃあしょうがない、アタシがやるか」

勇者「……え、なんてこっち向いて構えてんの?」


魔女「OWmamHZi0」


勇者「いてっ!」ペシッ

魔女「おー、ほんとに距離を無視してる。叩いた感触もあるよ」

勇者「痛い痛い! もう十分わかったから!」ペシペシ

魔女「なにが木炭だこのやろー!!」

勇者「あ、これ実験とかじゃない! 完全に私怨だろちくしょう!」ペシペシペシペシ





―――王城・勇者の私室―――



勇者「あー、疲れた」

メイド「ふふ、お疲れ様です」

勇者「メイドさんも仕事があるのに、この子のこと任せちゃってごめんね」

妖精「……」スヤスヤ

メイド「いえいえ、メイド長に事情を説明したら、お料理やお掃除はほとんど免除になっちゃいまして」

勇者「え、仕事がなくなったってこと!?」

メイド「そうではなく、勇者様のお手伝いを最優先しろということだと思います」

勇者「ああ、そういうことか。ビックリした」

メイド「私は元々勇者様のお世話係ですから、勇者様のお子様のお世話をするのもお仕事のうちです」

勇者「じゃあ今まで以上に、メイドさんにお世話になっちゃうね」

メイド「は、はいっ! それはもう、お世話させていただきます!!」///





―――王城・小会議室―――



勇者「うお、ほんとに見えない! ちょっと声出してくれない?」


勇者「……」

勇者「全然聞こえない! これほんとにすごい魔法だね!」


ペシペシ


勇者「痛い痛い! 叩けとは言ってない!」ガシッ

勇者「あ、いちおう触れるんだ。ほんとに認識ができないってだけなんだな」

勇者「……ん? この感触は……?」ムニュッ


ドガッ


勇者「ぐえぇ!? 腹パンしやがった!」

勇者「痛い痛い痛い! なんで怒ってるんだよ!? どこ触ったのオレ!?」





魔女「……とにかく、存在を認識されなくなる魔法は無事習得できたね」

勇者「は、はい……そうですね」

魔女「昨日一日中隠れててくれたアタシたちの分身に感謝だよ」

勇者「でもオレたち2人がその魔法で見えなくなったら、オレたち同士も見えなくなるんじゃないか?」

魔女「消えてる人同士は、認識できるから大丈夫」

勇者「お、おう……すごい都合がいいな」

魔女「それくらいは魔法を生み出した魔術師も考えてるよ」

勇者「もうこれだけあれば魔王も倒せるんじゃないか?」

魔女「そんなに甘くはないでしょ。べつに攻撃が当たらなくなるわけじゃないんだから、範囲攻撃でおしまいだよ」

勇者「うーん、そう上手くはいかないか」





魔女「さて、今日はこれから出かけるけど、その前に……」ゴトッ

勇者「なにそれ?」

魔女「見ればわかるでしょ。植木鉢と、花の種よ」

勇者「もしかして、それも習得条件なのか?」

魔女「そう。この魔法のね」ペラッ


○088『WxN0tWY00』
  呪文効果:植物を操る
  習得条件:勇者と魔女が植物を立派に育てる


勇者「植物を操る、か。これもすごい魔法だね」

魔女「習得しておいて損はないでしょ。だからアタシたちがよく使う、この会議室の窓際で育てるわ」





勇者「部屋じゃダメなの?」

魔女「せっかく芽が出ても、妖精が引っこ抜いたら水の泡でしょ」

勇者「いや、じゃあ魔女の部屋とか」

魔女「……アタシ、サボテンを枯らせる女よ」

勇者「ああ……」

魔女「だからここで育てるの。それに勇者とアタシでって書いてあるんだし、2人で世話しないと」

勇者「それもそうか。ちなみにこの種はなんの種なの?」

魔女「エーオテミスっていう植物で、5日~10日くらいで綺麗な花を咲かせるらしいわよ」

勇者「へぇ。魔法習得は別にしても、咲くのが楽しみだな」

魔女「それじゃあ、2人で植えよう」

勇者「うん!」





勇者「これでよし、と」

魔女「さ、さっそく水入れた方がいいかな……? とりあえず……1リットルくらい?」

勇者「溢れるわ! コップ半分くらいで適量だよ」チョロチョロ

魔女「もう……分量は数字にしてよ! 適量ってどれくらい? 立派に育てるってなに!?」

勇者「普通以上なら立派だよ。愛情込めて育てれば、綺麗な花が咲くはずだ」

魔女「ふぅん……」

勇者「じゃあ、そろそろ行こうか。どこかに出かけるんでしょ?」

魔女「うん。暗くならないうちに行かなきゃ」

勇者「ちなみに、目的地は?」


魔女「周囲の住民からは、こう呼ばれてるらしいよ……『幽霊屋敷』って」





―――セドサル王国郊外・ヴィーテカトル屋敷―――



◎087『PQHxyF+n0』
  呪文効果:対象の身体を小さくする
  習得条件:勇者と魔女が小人族に口付けしてもらう


勇者「こんなボロボロの屋敷に、ホントに小人族がいるのか?」

魔女「そういう噂なの。ここが幽霊屋敷と呼ばれているのは、小人族の悪戯という線が濃厚らしいよ」

勇者「へぇ……じゃあ、早速入ってみようか」スタスタ

魔女「う、うん……」


魔女(お、思ってたより雰囲気あるな……。でも勇者もいるし、だいじょうぶだよね……?)ドキドキ





ギギギ…


勇者「お邪魔しまーす! 誰かいますかー?」


シーン…


魔女「誰もいるわけないでしょ。ここは何十年も空家なんだから」

勇者「もしかしたらホームレスとか盗賊が住処にしてるかもしれないじゃないか」

魔女「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよ!」

勇者「まぁこんな老朽化した床板じゃ、それこそ幽霊や小人でもないと、隠れられやしないか」ギシギシ

魔女「……」





勇者「よし、中を探索してみようか」

魔女「……暗くて歩きづらそうだね」

勇者「そうだね、足元に気をつけていこう」

魔女「…………それに老朽化してるから、もしかしたら床が抜けちゃうかも」

勇者「たしかに。慎重に進まないとね」


魔女「………………ばか」ボソッ





・・・・・・


勇者「1階はもうあらかた探し終えたかな?」

魔女「そうね。さっさと2階も探して、こんな埃っぽいところから早く出ましょう」

勇者「2階への階段は……ああ、あそこか」

魔女「……2階は、もっと暗いのね」

勇者「外から見えたけど、2階は窓がすくなかったからね」

魔女「……」





ギシッ ギシッ


魔女(怖くない、怖くない……お化けなんていないし)

魔女(いたとしても魔法生命体……魔物の一種だよ、うん)

魔女(ふ、ふふ……このアタシに怖いものなんてないもん! そう、お化けなんて恐るるに足ら―――)



勇者「あっ!」



魔女「―――ッッ!!??」ビックゥ!!



ズルッ


魔女「―――ぁ」

魔女(やばっ、落ち―――!?)





ガシッ ギュッ


魔女「!!」///

勇者「だ、大丈夫、魔女!? よかった、間に合って……」

魔女「よよよかったじゃ、ないわよっ! な、いき、いきなり、おっきな声だして……!! ばかっ!!」ペシッ

勇者「ご、ごめん。オレも驚いてさ」

魔女「な、なにがよ……」

勇者「ほら、階段の表面をよく見て」

魔女「……! これ、足跡……」

勇者「暗くて気づかなかったけど、たくさんの『小さい足跡』と、それから『大きい足跡』が一つあるんだ」

魔女「ほんとだ……小人の足跡と……それから他に、人間がこの屋敷の中にいる……?」

勇者「ハッキリとはわからないけど、けっこう小柄な人みたいだね。とにかく警戒しよう」





魔女「うん……それより、その……近いんだけど」ジッ

勇者「え? ……ああっ、ご、ごめん!」バッ

魔女「いや……うん」

勇者「驚かせてごめん。今度から気を付ける」

魔女「……」

勇者「でも2階の床が抜けたりしたら大変だし、ここからは手を繋いでいこう」スッ

魔女「!」

勇者「やっぱりやだ? それなら、このベルトを……」


ギュッ


勇者「!」

魔女「は、はやく行こ……」

勇者「……う、うん」





勇者「2階はほんとに暗いな……」

魔女「……」ギュッ

勇者「!」


勇者(もしかして魔女、暗いのが怖いのか?)

勇者(いやいや魔女に限ってそんなことは……でも、どうなんだろう)

勇者(普通に聞いても、意地張っちゃいそうだしなぁ)

勇者(とりあえず魔女を窓側にしてあげるか)グイッ


魔女「!」


魔女(アタシを窓側に……普段ぜんぜん気が回らないくせに、こういうときだけ……)





勇者「……ん?」

魔女「な、なに?」

勇者「いや、今あそこの……扉が開いてる部屋に、ネズミみたいな小さいものが動いたような」

魔女「もしかして、小人かな?」

勇者「見てみよう」


ギシッ ギシッ…


勇者「お邪魔しまー……」



ギシッ



勇者「―――っ!?」バッ


ガスッ!!





勇者「ぐあっ!?」


魔女「えっ!? 勇……」

勇者「離れろ、魔女! 誰かいる!!」ドンッ

魔女「きゃっ!?」


勇者「誰だお前は!」


「……。」





魔女「OWmamHZi0」

勇者(距離を無視する呪文……!)

魔女「勇者!」

勇者「おっけー!」ブンッ


ドガッ!!


「きゃっ!?」ドサッ


勇者「よし、今だ……!」バッ


小人「やめてくださーいっ!!」ピョコッ


勇者「!?」ピタッ

魔女「!?」





魔女「こ、小人族……」

小人「っ」プルプル

勇者「!」


小人たち「……」ゾロゾロ


勇者(部屋の奥にも、いっぱい小人族が……!)





小人「騎士おねえちゃんを、いぢめないで!」


勇者「騎士おねえちゃん?」チラッ


「……小人! あぶないから隠れてなさい!」


小人「で、でもぉ……」


勇者「いやオレたちに戦う意思はない! ここには事情があって、小人を探しに来ただけなんだ!」

魔女「彼は『勇者』だよ。これ以上戦うなら、王国を敵に回すことになるよ」





「ゆ、勇者だとぉ……?」


ギシッ ギシッ…



騎士「それはこの騎士ちゃんの一番キライな人間よっ!」ビシッ



勇者「…………。」

魔女「……小学生?」


騎士「あんたたちより年上だぁぁぁーっ!!!」ジタバタ





・・・・・・


騎士「あたしの名前は騎士。19歳」

騎士「……じゅう、きゅう、さいっ!!!」クワッ

騎士「このボロ屋敷の所有者だったヴィーテカトル家の遠縁にあたる貴族よ」フフン


勇者「へぇ。オレは勇者、15歳。よろしくね」

魔女「あたしは魔女、15歳。よろしくね」


騎士「よろしくねじゃないわよ! この人生の先輩である騎士ちゃんに向かって、なにタメ口きいてんのよアーン!?」


勇者「いや、だって……ねぇ?」

魔女「小学生に敬語って、周りから見たら変に見られそうだし」


騎士「じゅう! きゅう!! さいっ!!!」クワワッ





騎士「それで、その……『安価魔導書』? それで来たっていうのはわかったけど」

騎士「具体的に条件はなんなのよ?」


魔女「アタシたちが、小人族に口付けしてもらうことだよ」


小人「口付けって……ちゅーですかぁ!?」///


騎士「なんでこの子たちがあんたたちに協力しないといけないのよ」

勇者「もしできたらってことでいいんだ。どうしても無理なら仕方ない」

騎士「ふぅん。じゃあだめよ、帰りなさい」

魔女「アンタはこの子たちの何なの?」





騎士「保護者……いいえ、飼い主ってカンジかしら」

騎士「うちが所有してるボロ屋に幽霊屋敷なんて噂が立ってたから、個人的に調査に来たのよ」

騎士「そしたらこの子たちを見つけて……、私より小さい子たちががんばって生きてる姿に感動しちゃってね」

騎士「食べ物を持ってきてあげたりしてるうちに仲良くなって、今に至るってわけよ」


勇者「そっか。まぁそこまで強い魔法ってわけでもないし、今日のところは諦めよう」

魔女「……まぁ、そうだね」

騎士「ちなみに、どんな魔法だったわけ?」





勇者「対象の身体を小さくするっていう魔法」

騎士「―――っ!?」

勇者「けど、対象の年齢を操るって魔法と若干被ってる気がしないでもないし、諦めよう」

騎士「―――ッ!!??」

魔女「じゃ、帰ろっか」

勇者「そうだね」


騎士「ま、待ちなさいよ!!」ギュッ


勇者「?」





騎士「……小人。この人たちに、ちゅーしてあげられる?」

小人「ええっ!?」///

勇者「え、急にどうしたの?」

騎士「い、いいからっ」

小人「……き、騎士おねえちゃんが、そう言うなら……」///

騎士「そう……。あんたはほんとにイイ子ね」ナデナデ

小人「えへへぇ……///」ニコッ

勇者「えっと、ほんとうにいいの?」

小人「ふ、ふつつかものですがっ……!」///

勇者「……じゃあ、お言葉に甘えて」チラッ

魔女「……」コクッ





・・・・・・


魔女「PQHxyF+n0」


ポゥン


小勇者「おおー、縮んだ! 服も一緒に!」


小人「わ、私と同じくらいの大きさですね……!」

小勇者「そ、そうだね。これが小人の視点なのかぁ」


小勇者「……」

小人「……」


小勇者・小人((なんか同じ大きさになったら、急にさっきのが恥ずかしくなってきた……))///





騎士「これであんたたちの目的は達成ってわけよね?」


魔女「……それで、アタシたちになにをしてほしいの?」


騎士「話が早くて助かるわ。……なーに、難しいことじゃないのよ」

騎士「ずばり、さっき言ってた『年齢を操る魔法』で、この騎士ちゃんを小学生くらいまで戻しなさい!」


魔女「……? 今でも十分……」


騎士「そういうことじゃないわよーっ!!」ジタバタ





騎士「ほら、まだ成長期だった頃に戻って、よく食べてよく寝るのよ!!」

騎士「筋トレも修行もしないで、夜更かしもしないで、バランスよく栄養を摂取するの!」

騎士「そしたらちゃんと身体が成長するでしょ!?」


魔女「…………。」


騎士「きーっ! なによその同情に満ち満ちた眼差しは! 年下のくせに、この騎士ちゃんを見下してんじゃないわよ!!」

魔女「まぁ、べつにいいけどね。じゃあ……」





魔女「+cribnAa0」




騎士「………………。」




騎士「え、なにか変わった!?」ガーン



魔女「魔法は効いてるはずだけど……」

魔女「+cridnAa0」



ゆうしゃ「うわ、なんだよきゅうに!」チマッ



魔女「ほら、このように」

騎士「ほ、ほんとだ……子供になってる」





魔女「じゃあ、アタシたちはそろそろ帰るから」

ゆうしゃ「ええー!? そのまえにもとにもどしてよ!」ポカポカ



騎士「ふ、ふふ……これで夢にまで見たダイナマイトボディに……」

小人「騎士おねえちゃん、目が濁ってる……」





勇者「ねぇ魔女。あの子に魔法かける時、呪文間違えてなかった?」

魔女「え、うそ? ほんとに?」

勇者「いや気のせいかもしれないけど」

魔女「まぁどっちでも同じでしょ」シレッ

勇者「はは、そうだけどさ」





魔女「それより勇者、あの子が最初に、一番嫌いな人間は勇者って言ってたけどさ……」

勇者「ああ、あれ? オレって結構恨み買ってるらしいから」

魔女「なんかやらかしたの?」

勇者「そういうわけじゃないんだけど……ほら、勇者が生まれるとさ、一気に注目集まるじゃん?」

魔女「まぁ、そりゃそうだよね。口コミも新聞も大賑わいだったでしょ」

勇者「そうすると、その時期に有名だったりちやほやされてた人の話題が一気に消し飛んじゃうわけで……」

魔女「ああ……」

勇者「たぶんあの子も、なにかすごいことをしたすごい子だったんじゃないかな。オレの影に隠れちゃっただけで」

魔女「勇者は罪な男だね」

勇者「はは。これでも苦労してるのだよ」





―――王城・勇者の私室―――



勇者「なんか1日でかなり大きくなってない?」

メイド「はい。それに単語だけではなく文章でも話し始めてるんです」

勇者「まだ生後2日目なのに!?」


妖精「ぱぱぁ、みてみて~」スイー


勇者「おお、ほんとだ……しかも浮くだけじゃなくて飛ぶようになったのか」

メイド「おかげで屋外に出るときは気が気じゃありません……」

勇者「どっか飛んで行っちゃったらまずいもんね……」


妖精「?」フワフワ





勇者「妖精。メイドさんから、あんまり離れちゃだめだよ?」

妖精「はーい♪」

勇者「やれやれ、わかってるのかなぁ」ナデナデ

妖精「ぱぱすき~♪」ギュー

メイド「本当に勇者様に懐いていらっしゃいますね。ちょっと妬いちゃいます」

勇者「そりゃあオレの血から生まれたらしいしなぁ」

メイド「そういえば魔女様は、妖精ちゃんと会わなくてもいいのでしょうか……?」

勇者「魔女は子供苦手みたいから。まぁ、そのうち会わせるよ」

メイド「……妖精ちゃんは成長が早いみたいですけど、大丈夫でしょうか……」

勇者「?」





―――王城・小会議室―――



ザァァアアアッ!!


勇者「うわあ、今日はすっごい雨だね。朝なのに夜みたいに暗いし」

魔女「そうだね、おあつらえ向きに豪雨が降ってるね」

勇者「え? ちょ、まさか……」

魔女「うん、そのまさかだよ」ペラッ


○056『nWH8bEgTO』
  呪文効果:対象に電撃を放つ
  習得条件:勇者と魔女で豪雨時に半径50mの魔法陣を作成する





勇者「……。」

魔女「そんな露骨に嫌な顔しないの。こっちよりは楽でしょ?」ペラッ


○069『jEo05dN50』
  呪文効果:対象に電撃を放つ
  習得条件:勇者と魔女で悪党などを10人倒す


勇者「はぁ……しょうがない、行こうか」

魔女「あ、その前に。そっちの腕を貸して」

勇者「?」スッ





魔女「メイドさんから聞いたよ。昨日の怪我、けっこう酷いんでしょ?」スッ

魔女「kehl/TySO」


パァァ…!!


勇者「あ、そっか。2日間の断食も終わったから……」

魔女「そう、治癒魔法が使えるようになったの。さっそく試してみようと思って」パァァ

勇者「なんか……すごく暖かい……それに痛みも引いてきたよ」

魔女「とりあえず腫れが引くまで続けるね」パァァ





勇者「まだちょっと痛むけど、たいぶマシになったよ」

魔女「見た目にはもうわからないね」

勇者「それで、えっと魔法陣? 半径50メートルってことは、直径100メートル?」

魔女「描く魔法陣が指定されてるなら大変だけど、なんでもいいなら単純な魔法陣描けばいいでしょ」

勇者「魔法陣はなにで描くの?」

魔女「水に強い特殊な石灰だね。それでも流されないうちに描いちゃわないとだけど」

勇者「じゃあ分身を使って速攻で終わらせよう」

魔女「うん」





―――セドサル王城・庭園―――



ザァァアアアッ…!!



勇者3「よし、完成した!? どんな感じ!?」

魔女2「そっちの方流されちゃってる!」

勇者4「これほんとに半径50メートルある!? 誰か測ってるの!?」

魔女3「え、なに? 雨がうるさくて聞こえないんだけどー!」



勇者「速攻で終わらせるどころか、全然進まない!」

魔女「もう傘とか意味ないくらいの豪雨だし、すっごい寒い……」ガタガタ





・・・・・・


勇者「よし、これ上手くいったんじゃない!? ちゃんと円の中に六芒星描けてるよ!」

魔女「うん、完璧! 終わり! 撤収ー!」バチャバチャ





勇者「はぁ……なんだかんだで2時間以上もかかっちゃったな……」グッショリ

魔女「さ、寒いぃ……!」ガタガタ

勇者「ああもう、早くお風呂入ってきなよ。部屋に戻ろう」

魔女「う、うん……」プルプル





―――王城・勇者の私室―――



メイド「37度6分。やっぱり勇者様の方も、熱が出ちゃってますね」

勇者「うぅ……2人揃って風邪ひいちゃったかぁ……」

メイド「あんな大雨の中でずっと走り回ってたら、当り前ですっ! もっとお体を労わってください!」

勇者「ご、ごめん。けほっ」

メイド「いい機会ですから、しばらくゆっくりお休みになってくださいね」

勇者「妖精のこと、よろしくね」

メイド「はい。しばらくは私の部屋でお世話させていただきますね」

勇者「うん……ありがと……」

メイド「治癒術師の手配もしているので、きっとすぐによくなりますよ」

勇者「うん……」

メイド「それでは、おやすみなさい。お昼にはお粥をお持ちしますね」ニコッ





・・・・・・



勇者「はぁ……情けない。これくらいで風邪をひいちゃうなんてなぁ」

勇者「ここのところ慣れないことばっかりでストレス溜まってたのかもな」

勇者「とにかく今はゆっくり休まなきゃ……」


ガチャッ


勇者「ん? メイドさー――」





魔女「……///」ポケー



勇者「……ん? ……えっ!? なにやってるの、魔女!?」

魔女「これ……」ペラッ

勇者「んん?」



○082『9MdEwAXc0』
  呪文効果:対象に風邪をひかせる
  習得条件:勇者と魔女が風邪をこじらせる





魔女「ぜんぜん、習得する気のない、魔法だったけど……せっかくだから……」

勇者「わざわざそのためだけに、風邪をこじらせに来たの!? バカなんじゃないの!?」

魔女「バカってゆーな……勇者のくせに……」ポフッ

勇者「ああもう、ここに来るだけで力尽きてるじゃない! 顔真っ赤だし!! 熱は何度あるの?」

魔女「40度」

勇者「バカヤロウ!!?」





魔女「あれ……勇者も、分身魔法を使えるの……?」

勇者「すでに目もやられてる!? くそぅ、これじゃあ部屋まで帰れないか……!」

魔女「さむい……さむい……」モゾモゾ

勇者「ちょ、なにやってるの!? ベッドに潜り込むのはマズイって絶対!!」///

魔女「なんだよぉ……アタシ風邪ひいてるんだから優しくしろよぉ……」ギュゥゥ

勇者「うわぁ病人特有の心細くなるアレが始まってる! オレだって優しくされたいよ! プリンとか食べたいよ!」





魔女「……そんなに、いやなの?」


勇者「え……?」

魔女「……」

勇者「いや、というか、その……」





勇者(な、なんで急に、そんなしおらしくなるんだよ)

勇者(もしかしてほんとに、風邪で心細くなってるのか? 1人で寝てるのが嫌なのか?)

勇者(そういえば実家の妹も、風邪ひいたときはよく怖い夢を見るとかで、泣きながら母さんの布団に潜り込んでたっけ)

勇者(魔女だって、まだ15歳の女の子だもんな……それに、高熱で意識も朦朧としてるだろうし)

勇者(まぁ……いいか)





勇者「いいよ、いっしょに寝ようか」

魔女「……!」

勇者「オレも寒いなって思ってたところだし……40度もある湯たんぽが来てくれて嬉しいよ」

魔女「……ばか」

勇者「はは。ほら、もう十分風邪はこじれたよ。だから、もうゆっくり休もう」

魔女「うん……」キュッ

勇者「!」

魔女「勇者、顔赤くない?」

勇者「か、風邪ひいてるからねっ!」///





・・・・・・


魔女「……んぅ」ギュゥ


勇者(はぁ……こんな可愛い寝顔がすぐ近くにあって、ゆっくり休めるわけないよなぁ)

勇者(図らずも魔女の思惑通り、オレの風邪もこじれてくれそうだ)

勇者(というか、どんどんオレの胸の中に、布団の中に埋もれていく……そんなに寒いのか)


コンコン


勇者「!?」ビクッ





勇者(やばっ……メイドさんか!?)

勇者(こんなところ見られたら、また暴走しちゃうかも……!)

勇者(くっ……ええいままよ!)ギュッ バサッ



ガチャッ



メイド「勇者様、失礼します。治癒術師の方をお連れしました」

勇者「え、ああ、うん! ご苦労様!」ダラダラ





メイド「あら、勇者様……すごい汗ですね。いまお拭きしま―――」

勇者「いや、いいから! 大丈夫、いっぱい汗かかないと良くならないからねっ!!」

メイド「そ、そうですか? ……ところで勇者様、やけにお布団が膨らんでいませんか……?」

勇者「そんなことないんじゃないかなぁ!? あ、ほら汗で布団が張り付くのが気持ち悪いからさ!」

メイド「ではやっぱり、お体をお拭きしま―――」

勇者「いやいい! これでいいんだ! 逆にこれでいい!! 逆にね!!」

メイド「ぎゃ、逆にですか……? まぁ、勇者様がそうおっしゃるなら……」





勇者「……そ、それで治癒術師っていうのは……」

メイド「あ、はい。それでは、勇者様をお願いします」スッ



僧侶「うん、まかせて!」



勇者(ほぎゃああああああっ!!?)





メイド「彼はラートルム教会の神父候補生である、僧侶様です」

メイド「治癒術に非常に長けてらっしゃるということで、その道ではとても有名なのだそうで……」

メイド「ご多忙の身であるにも関わらず、勇者様のことをお話ししたら、すぐにと駆けつけてくださいました」


僧侶「やっぱりあなたが、かの有名な勇者さんだったんだっ!」///


メイド「あら、お知合いでしたか……?」

僧侶「以前一度、すごく困ってるところを助けてもらったの! だからその恩返しがしたくって!」

メイド「そうでしたか。ふふっ、さすがは勇者様です」ニコッ





勇者「お、恩返しとか、気にしなくてイイヨ……? いや、ほんとに……」ダラダラ


僧侶「もぉ、ボクの腕前、信用してないでしょ!」

僧侶「たしかに普段はちょっとうっかりしちゃうときがあるけど、治療でミスしたことは一回もないんだからっ!」


勇者「いや、そういう問題ではなく……」

メイド「それでは私もお手伝いしますね。まずは布団をどかして―――」

勇者「メイドさんは他のお仕事に行ってていいよッ!! オレなんかのために時間を費やしちゃいけない!!」

メイド「え、あの、勇者様のお世話が私のお仕事なのですが……」

勇者「ぐっ……あ、そうだ! 妖精のこと見ててあげて! オレが構ってあげられない分もね!!」

メイド「そ、そうですか……? それでは、妖精ちゃんのことを見てきますね」

勇者「……」ホッ





メイド「あ、ついでに魔女様のお部屋も覗いて……」

勇者「それはいけないッ!!」

メイド「ど、どうしてですか!?」

勇者「魔女は寝顔を見られると、それはそれはもう手が付けられないくらいにブチギレるんだ……!」

メイド「そ、そうなのですか!? 魔女様にそんなエキセントリックな一面が……!?」

勇者「そうなんだ……だから、魔女の部屋にはあとでオレが行くから、メイドさんは妖精のことをよろしくね!」

メイド「わ、わかりました……魔女さんを、よろしくお願いしますね」

勇者「任せてっ!!」

メイド「それでは、えっと、失礼します……」


ガチャッ





勇者「ふぅぅ……」ダラダラ

僧侶「えっと、それじゃあ治療するから、布団をどけるね?」スッ

勇者「ちょっと待ったぁ!!」

僧侶「!?」

勇者「……そ、その前に、そこのお風呂でシャワー浴びたら……? ほら、ずぶ濡れだしさ?」

僧侶「ええっ!? いや、いいよそんなの!」///





勇者「いやいや、オレのためにわざわざ来てくれたキミが風邪をひいたら大変だ! 着替えはオレの服貸すから!」

僧侶「いいってば! な、なんでそんなにボクをお風呂に入れたがるの!?」

勇者「それは……ええい、男なら黙って入れ! そんな可愛い顔してても、男なんだろ!?」

僧侶「か、かわっ……!?」///

勇者「どうなんだ!」

僧侶「お、おおおおとこだよ!? も、もちろん男だよっ!?」///





勇者「じゃあ風呂入るよな!?」

僧侶「そ、それとこれとは話が別だよ! ボクは勇者さんを治療するために来たんだから! ほら、布団を……!」グイッ

勇者「……っ」グググ…

僧侶「なんで抵抗するのさ!?」

勇者「いいから風呂入れ! お願いだから! オレのためを思うなら、風呂に!」

僧侶「ボクをお風呂に入らせてなにをするつもりなの!? も、もしかしてボクの秘密を知ってるの!?」グイグイ

勇者「布団をめくろうとするんじゃない!」グググッ





僧侶「じゃ、じゃあ勇者さんが布団から出てきてよ! そして上着を脱いで!」

勇者「お前が脱いだら、オレも脱ぐ!」

僧侶「なんでぇ!? や、やっぱりボクの秘密を知ってるんでしょ!? ボクがほんとは、おん―――」


モゾモゾ



魔女「ゆうしゃ、うるさいぃ……」ピョコッ



勇者「あ」

僧侶「―――」





僧侶「きゃあああああああああああああああっ!?」


勇者「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」





ドタバタッ!!



ガチャッ!!



メイド「勇者様! 何事ですか!?」





勇者「え、なにが?」


メイド「あ、あれ……? いま、この部屋から女性の悲鳴と、勇者様の叫び声が……」

勇者「ああ、今の? 治療が終わったから、ちょっと喉の体操をね」

メイド「そ、そうなのですか……? ま、まぁ何事もなかったのならよかったです……」

勇者「はは、心配かけてごめん」

メイド「あの、僧侶様はどちらに……?」

勇者「魔女の部屋に送り届けたよ。終わったらオレの部屋にまた来るってさ」

メイド「そうですか…………ところで、勇者様」

勇者「うん?」



メイド「なんだかその布団、さっきよりも膨らんでいませんか……?」





・・・・・・


僧侶「これでよしっと」

僧侶「病原菌をおとなしくさせて、解熱もしたけど……」

僧侶「でも消耗した体力は回復しきってないから、今日は安静に。ゆっくり休んでね」


勇者「はい……」

魔女「……」スヤスヤ


僧侶「あと……えっと、ああいうのは、あんまりよくないっていうか……///」モジモジ

勇者「いや違うんだよ! これは魔女が熱にうなされて潜り込んできた、言わば事故であって……!」

僧侶「そ、そっちもだけど……、ううん、な、なんでもないっ……///」

勇者「……?」





僧侶「えっと、それじゃあボクはもう行くね」

勇者「まだすごい雨だし、もっとゆっくりしていったら?」

僧侶「ううん、これ以上ここにいたら…………意味、なくなっちゃうかもだし」

勇者「……?」


僧侶「なんでもないっ! じゃあね! ばいばい!」ダッ





勇者「……」

勇者「はぁぁぁ……」ドサッ

勇者「今日だけで一気に老けた気がする」

勇者「まったく、人の気も知らないで、幸せそうに寝ちゃってさ」ツン


魔女「……むにゃ」プニ


勇者「ほら魔女、これ以上誰かに見つからないうちに、部屋に戻るよ」

魔女「んぅ……」モゾモゾ

勇者「ああもう、抱っこするから捕まって」グイッ

魔女「ん」ギュッ





ガチャッ



勇者「え」



メイド「大変です勇者様! 魔女様が、お部屋からいなくなっ……て…………」



勇者「メ、メイドさん、その……これは、そのですね……」

魔女「……むにゃ」ギュゥゥ



メイド「………………おめでとうございます」


ガチャッ



勇者「なにがッ!? メイドさん!? その虚ろな目でなにを祝ったの!!?」




※あとで誤解は解けたけど、勇者は熱がぶり返しました。





―――王城・小会議室―――



魔女「ほら見て勇者! 植木鉢!」

勇者「わ、ほんとだ! もう芽が出てるんだ!」

魔女「昨日は一日中雨だったけど、元気に育ってくれてよかった」

勇者「そうだね。この調子なら立派な花が咲いてくれそうだ」





魔女「そういえば勇者、体調はもういいの?」

勇者「……まぁね。安静にしてたら、なんとかなったよ」

魔女「まったく、風邪ひいてるのに安静にしてないからだよ。しっかりしてよね」

勇者「ねぇ魔女……ほんとうに昨日のこと覚えてないの? オレの部屋に来たことも」

魔女「だからそんなことしてないってば」

勇者「……いや、まぁ、いいけどさ……」


勇者(ウソついてる感じはしないし……)

勇者(ほんとうに高熱にうなされて、無意識で行動してたのか)

勇者(……まぁ、役得ってことで、オレの心の中に留めておこう)





―――勇者の私室―――



メイド「そうして世界に、再び平和が訪れましたとさ。めでたしめでたし」


妖精「おおー」

勇者「この絵本はどうだった?」

妖精「すごかった! ゆうしゃってすごい! ぱぱすごい!」

勇者「この勇者は、パパじゃないんだけどね……」





メイド「ですが、これからそうなるんですよね」ニコッ


勇者「あはは……まぁ、その予定で頑張ってるよ。」

妖精「よーせーもついてく! ぱぱといっしょがいい!」

勇者「え、それはちょっと……」


メイド「妖精ちゃん? パパはすぐに帰ってきますから、それまで私とお留守番しましょう?」ニコッ





妖精「えぇー? はぁい……ぷぅ」プクッ

勇者「おお、メイドさんの言うことはちゃんと聞くんだね」

妖精「うんっ! よーせーはいいこだもん! いいこだから、ぱぱほめてぇ?」

勇者「よしよし、妖精は良い子だね。偉いぞぉ」ナデナデ

妖精「えへへぇ♪」ギュゥ





勇者「さて、と」スクッ

メイド「お出かけですか?」

勇者「うん。今日はちょっと、セドサル王国の外に行ってくる」

メイド「ええっ!?」


妖精「?」


勇者「久しぶりに剣を差すなぁ。腕が鈍ってないといいけど」

メイド「ま、まさかもう旅に出かけられるんですか……!?」





勇者「ううん、違うよ。これも習得条件でさ。すぐに帰ってくるから、夕飯の準備、よろしくね」

メイド「そ、そうでしたか……。では、腕によりをかけた料理で、お待ちしてますね」ニコッ

勇者「うん」ニコッ



勇者「それじゃ、行ってきます!」ガチャッ


メイド「行ってらっしゃいませ」ペコッ

妖精「ませー!」





―――セドサル王城・城門前―――



魔女「もう、勇者ってば遅い!」


勇者「ごめんごめん。えっと、それでどっちに向かうの?」

魔女「北の関所から王国の外に出て、そこからドゥルチャナ平原に向かうの」

勇者「そこで、魔物を五体以上倒せば……」

魔女「そう。一時的ではあるけど、全体的な能力アップができるようになるわけ」ペラッ


◎024『WKLmDMDO0』
  呪文効果:対象の筋力を中心とした全ての能力を上昇させる
  習得条件:勇者と魔女で協力し五体以上の魔物を討伐する





勇者「戦闘に使えそうな魔法って、どれくらいあったっけ?」

魔女「特に使えそうなのは……分身、電撃、体格の縮小、距離の無視、存在感の消失かな」

勇者「あれ、意外とガチな魔法が多いんだね……」

魔女「意外ってなによ。アタシが選んでるんだから、役に立つ魔法に決まってるでしょ」

勇者「そっか。ところで、これから習得するつもりの魔法ってリスト化してあるの?」

魔女「もちろんしてあるわよ。こんな感じ」ペラッ

勇者「どれどれ」





魔女「あっ!!」/// バッ



勇者「……え?」

魔女「ううん、なんでもない! そ、それより早く出発しようよ!」スタスタ

勇者「え、ああ、うん……?」





―――セドサル王国・北の関所―――



魔女「ねぇ勇者、まだ手続き終わらないの?」イライラ


勇者「しょうがないだろ、『勇者が王国から出るのには国王の許可が必要』なんて知らなかったんだから……」

魔女「自分のことなんだから知っといてよ!」

勇者「無茶言うなよ……王国から外に出るって、今朝知らされたんだぞ?」

魔女「まったくもう……」





勇者「……ところで、どうしてドゥルチャナ平原なんだ? そこになにかあるの?」

魔女「ちょうどその辺りで、魔物による事件が頻発しててさ」

勇者「事件?」

魔女「王国に出入りする商人が、立て続けに襲われてるらしいんだ」

勇者「それは……危ないな。商人たちは大丈夫なの?」

魔女「幸い、死者は出てないそうだけどね」





魔女「魔物を目撃したっていう被害者たちによると、相手は8体前後のグループ」

魔女「数はまちまちだけど、いずれも草のあいだを素早く駆け抜けて、姿も見せずに移動するんだって」

魔女「そうして移動中の商人たちを取り囲んで、食糧や金品なんかを奪い取る」

魔女「まぁ、馬車を使ったり傭兵を雇ったり、もうあらかた対処はされてるらしいけどね」





勇者「人間を食べるんじゃなくて、持ち物を……それも金品を狙うあたり、知能が高そうだね」

魔女「あるいは裏で手を引いてる者がいるのか……ってところかな」

勇者「けどそんなに噂になってるんじゃ、みんな馬車を使っちゃうでしょ?」

魔女「そうなんだよね。だから徒歩で、しかも一人で移動する商人を捕まえて、同行させてもらうのがベストなんだけど」

勇者「そんな都合のいい商人がいるわけ……」





商人「失礼。ドゥルチャナ平原へ出る、北の関所というのはここでいいのかしら?」



勇者「―――っ!!」ゾクッ


勇者(な、なんだ……? 一見すると、まるで王女様みたいな気品があるけど……)

勇者(同時に、近寄りがたい威圧感も放ってる……オレたちと同じくらいの歳に見えるのに……)

勇者(こういうの、なんて言ったかな。たしか―――“カリスマ”だったか)





勇者「はい……ここが北の関所ですけど……」

商人「そう、ありがとう。……あら、関所の兵が見当たらないようだけれど?」

勇者「今はちょっと、城と連絡を取ってもらってて……すみません」ペコッ

商人「そう。フフフ、構わないわ。急ぎではないもの」





魔女「あの、アナタは商人なの?」

商人「そうよ。これからドゥルチャナ平原を越えて、マアパイ村へ行くところなの」

魔女「一人で?」

商人「ええ」

魔女「徒歩で?」

商人「ええ」


魔女「……勇者」チラッ

勇者「……よかったら、オレたちと一緒に行かない? 一人歩きは物騒だしさ」





商人「フフフ、生憎だけれど……お父様に、男性と行動を共にしてはいけないと言いつけられているの」


魔女「そうなんだ……」ジッ

勇者(そんな目で見るなよ! オレは悪くないだろ!?)

勇者(だけど……くそぅ、せっかくの、奇跡みたいに都合のいい出会いだったのに……)

勇者(なんかもう、勢いでなんとかなんないかな……?)






勇者「いや、じつはオレ、女なんだよ!」




商人「……」


魔女(なに言ってるの勇者!?)

勇者(なに言ってるんだオレ!?)


商人「……あなたが、女ですって……?」


勇者「あ、いや、その、なんというかっ……!?」ダラダラ







商人「そうとは知らないで、失礼なことを言ってしまったわね。ごめんなさい、許して頂戴」ペコッ



勇者「…………え?」

魔女「は?」





商人「わたしとしたことが、女性を男性と間違えるだなんて……気を悪くしたでしょうね」


勇者「い、いや……」


商人「あなたが女性だというなら、いっしょに行動しても問題はないわね」

商人「さっきの言葉は、撤回させてもらってもいいかしら」

商人「わたしは商人。よろしくね」ニコッ


勇者「よ、よろしく……」

魔女「……よろしく」



勇者(……ま、まじでか……!? どんだけ疑うことを知らない純真無垢なんだ!?)





―――ドゥルチャナ平原―――



商人「わたしは商人。レアアノス商会の幹部を務めているわ」


魔女「レアアノスって……セドサル王国でも最大手の企業じゃない」

勇者「か、幹部って……その歳で?」

商人「年齢なんて、関係ないわ。大切なのは、価値のあるモノを見定めてきた年月だもの」キリッ

勇者「そ、そうなんだ……」

商人「まぁ、もうすぐ16歳ということで、煩わしいお見合い話にも悩まされているけれどね」クスッ





魔女「アナタは、この平原にまつわる“あの噂”は知っているのよね?」

商人「フフフ……ええ、もちろん知っているわ」

魔女「そう……」


商人「商人が徒歩でドゥルチャナ平原を歩いていると、見かければ幸せになれる魔物と会えるのでしょう?」ドヤァ


勇者「……え?」

魔女「……は?」

商人「フフフ、別の商会の人から聞いたのよ。それでわたしもお目にかかろうと思ってね」ドヤドヤ

魔女「え、いや、あの……」





勇者(そうなの、魔女?)コソッ

魔女(そんなわけないでしょ。この人完全に騙されてるよ)ヒソヒソ

勇者(やっぱり……じゃあ教えてあげないと)

魔女(だけど教えたら、王国に引き返しちゃうかも)

勇者(なら、どうするんだよ……?)

魔女(仕方ないから、適当に話を合わせとこう)

勇者(オレの性別の件といい、あっさり騙されすぎだろ……)

魔女(よく商会の幹部なんて務まってるよね)

勇者(なんか放っておけない危うさのある人だなぁ……)





商人「もしかして、あなたたちも、その魔物を見に?」


勇者「えっ!? あ、うん、そうなんだ!」

魔女「アタシたちも知り合いから聞いて……ねぇ?」

勇者「そ、そうそう! 知り合いの商人から……あはは」

商人「そう……フフフ、それは良い友人を持ったものね」

勇者「う、うん……」





商人「ところであなたたちの服や装備は、どれも一級品ばかりなのね。名のある家柄なのかしら?」

魔女「そ、そんなことないよ。相手に舐められないように、良いものを身につけるようにしてるの」

商人「それは良い心がけね」

勇者「物の価値をすぐに見抜けるなんて、さすがは商人さんだね」

商人「フフフ、良い物を見極めることが仕事だもの」ドヤァ

勇者「へ、へぇ」

商人「それで、二人は姉妹なのかしら?」

勇者「……う、うん、そう……姉妹だよ」

商人「そう……フフフ、そんな気がしてたわ」ドヤヤァ


勇者(物を見る目はスゴイのに、人を見る目が完全に無いんだよなぁ……)





クイクイ


勇者「ん?」

魔女(勇者、あそこ見て)ヒソヒソ

勇者(!)

魔女(草をかき分けながら、なにかがたくさん近づいて来てる。どうやらお出ましのようだよ)

勇者(ほんとだ……商人さんには逃げてもらう?)

魔女(アタシと、勇者の分身たちでどうにかするから。勇者はこの人の注意を逸らしてて)

勇者(ええっ? 注意を逸らせったって……)

魔女(もしもパニック起こされたら面倒でしょ。ほら、時間がない! 早く!)

勇者(こんなことならステルス魔法でこっそりついて来ればよかったんじゃ……)





勇者「えっと……商人さん! 突然だけど、話があるんだ!」

商人「フフフ、なにかしら? 改まっちゃって」クルッ

勇者「…………その、なんというか……」



勇者(ど、どうしよう。とりあえず大声出して振り向かせたはいいけど……)

勇者(あ、魔女とオレの分身たちが戦いだした! もっと静かに戦えよ! バレちゃうだろ!)

勇者(どうする……? この人の注意を引くには……)

勇者(っていうかこの人なら、すごい適当な嘘でも信じちゃいそうなんだよなぁ……)





商人「なにか、言い出しづらいことなのかしら? フフフ、もしかして愛の告白かしら?」

勇者「そ、そうなんだ!」

商人「……え?」

勇者「えっと、一目惚れで……!」



勇者(なにを言ってるんだオレは……!?)

勇者(だけどもう、後には引けない! 今この人を振り向かせて、魔法が飛び交う地獄絵図を見せるわけにはいかないんだ……!)





勇者「さっきお見合いがどうとか言ってたけど、もしかして、もう既に……?」

商人「いいえ、そんなことはないけど……でも勇者、あなた女の子でしょう?」

勇者「あ、愛に性別なんて関係ないと思うんだ!」

商人「……それは、そういう形の愛もあるとは思うけれど……」

勇者「いや、むしろ最近は同性愛が急増してるらしいよ!」

商人「そ、そうだったの? それは知らなかったわ。ごめんなさい」

勇者「だから問題は、商人さんの気持ちだけなんだ!」

商人「……」





商人「でも……ごめんなさい」

勇者「そ、そっか……」

商人「今は、仕事に全力を注ぎたいの。だから……」

勇者「ううん、いいんだ。急に変なこと言って困らせて、ごめん」


勇者(よし、あっちの戦闘は終わった……かな? 終わったっぽいな、うん)

勇者(はぁ……こんな時間稼ぎなんかのために、無駄に傷つくことになるとは……)ガクッ





商人「けど……ねぇ勇者」スタスタ

勇者「うん?」


ギュッ


勇者「―――っ!?」


商人「わたしたち、お友達から始めましょう?」

勇者「え……」

商人「今日こうして出逢ったのも、なにかの縁だもの。それに……」

勇者「それに?」

商人「同性とはいえ、告白なんて生まれて初めてだったの。とても嬉しかったわ」ニコッ

勇者「……!」


勇者(あっれぇ、なんだろう……この締め付けるような胃の痛みは……!!)キリキリ





―――マアパイ村―――



商人「結局、ここまで送ってもらってしまったわね。ありがとう」

魔女「ううん、ついでだから気にしなくていいよ」

勇者「幸運の魔物は見られなくて残念だったけどね」

商人「フフフ、そうね。それはまた今度」クスッ





商人「勇者」コソッ

勇者「?」

商人「今度会う時までに、同性愛について勉強しておくわね」ヒソヒソ

勇者「はいっ!? む、無理しなくてもいいよ!?」

商人「いいえ、友達のことは、より深く理解したいもの」ニコッ

勇者「……アリガトウ」キリキリキリキリ





商人「では、また近いうちに、王国で会いましょう。それまで、御機嫌よう」


勇者「うん……またね」フリフリ

魔女「さようなら~」フリフリ




魔女「最後、あの人なんて言ってたの?」

勇者「…………なんでもないっ!!」

魔女「?」





―――王城・小会議室―――



勇者「………………。」ズーン



魔女「えっと……勇者がすごいブルーなんだけど、なにかあったの?」

メイド「それが、その……今日は久しぶりに、“あの方”が城を訪れるようでして……」

魔女「あの方?」

メイド「勇者様の師匠にして、『王国最高戦力』の一人に数えられていらっしゃる方です」

魔女「王国最高戦力……って、なにそれ。大魔導師とか?」

メイド「他にも『武神』『死神を呼ぶ女』『千の技を持つ女』などと呼ばれておりまして……」

魔女「な、なんだか物騒な二つ名ね……」





魔女「でも、勇者の師匠なんでしょ? ならどうしてあんなに勇者が落ち込んでるの?」

メイド「……実際にお会いになれば、お分かりいただけるかと……あの、私はそろそろ失礼しますね」ススー


勇者「待ってメイドさん! 逃げる気か!?」


メイド「そろそろ妖精ちゃんが起きる時間ですので、失礼します~!」タタッ


ガチャッ バタンッ





勇者「……くぅ」ガクッ


魔女(今までいろんな勇者を見てきたと思ってたけど、こんな勇者は初めてだなぁ)

魔女(なんかちょっと、カワイイかも……なんてね)

魔女(だけどなんでこんなに落ち込んでるんだろ……そんなに怖い人なのかな)

魔女(王国最高戦力とか武神って言われてるくらいだから、岩のような筋骨隆々の肉体とか?)





トン、トン、トン…


勇者「!!」ビックゥ!!

魔女「?」

勇者「こ、このノックの仕方は……師匠っ!!」

魔女「え、さっき言ってた人?」



ガチャッ…


 ギギギ…





武闘家「……。」



魔女「……?」


勇者「し、師匠……」

魔女「え、この人が!?」



魔女(筋骨隆々ところか、触ったら折れちゃいそうなくらい手足が細いじゃない……)

魔女(肌も青白いし、体も小さいし……あ、でも表情は優しそう)

魔女(これが王国最高戦力? アタシにだって勝てちゃいそうだけど)





武闘家「けほっ、こほっ……久しぶりだな、勇者くん」ニコッ


勇者「あ、はい……! ほら、早く座ってください!」スッ

武闘家「ふふ、ありがとう。……む、この椅子は硬いな。勇者くんの膝に座らせてもらおう」ポスッ

勇者「まぁ、いいですけど……。それより、もしかして道場からここまで歩いてきたんですか?」

武闘家「ああ。おかげで死にそうなくらい全身が痛いよ。げほっ、けほっ」

勇者「ああもう、呼んでくれればオレが迎えに行ったのに!」





魔女「あの……もしかして、病気なんですか?」


武闘家「キミが噂の、勇者くんのパートナーだね」

魔女「パ、パートナーって……そんな言い方……」

武闘家「私は武闘家。シヴァロス道場の看板を守っているんだ」ニコッ

魔女「……アタシは魔女です。よろしくお願いします」

武闘家「ああ、よろしくたのゴブァッ!!」ビチャビチャ

魔女「きゃああああっ!! ち、血がっ……!?」





勇者「ああもう、ほらこっち向いてください」フキフキ

武闘家「んっ……こうして血を拭ってもらうのも、久しぶりだね」ニコッ

勇者「吐くなら吐くって言ってくださいよ。また服が血まみれだ」

武闘家「ふふ、すまない。咳かと思ったら喀血だったんだ」


魔女「え? ええっ?」





勇者「師匠は……武闘家さんは病弱でさ。子供の頃からいろんな病気に罹りつづけてるんだ」

武闘家「おかげで『王国最弱生物』『疫病神』『死神に呼ばれる女』『千の病を持つ女』なんて二つ名がついて……」

魔女「あれぇ!? アタシの聞いた二つ名と微妙に違う!!」





武闘家「二十歳まで生きてたら大往生って医者に言われてるから、あと2年くらいは頑張って生きるさ」

勇者「普通の人間なら軽く数百回は死んでるような状態で、なぜか生きてますもんね」クスッ

武闘家「身体が弱いのか強いのか、ハッキリしてほしいよ、まったく」クスッ


アッハッハッハ


魔女(わ、笑えねぇ……)





勇者「それで師匠、今日はどんな用事なんですか?」

武闘家「ああ、そうだった。わざわざ勇者くんの膝に座るためだけに、ここまで来たわけじゃない」ペラッ

魔女「ん……? あ、その紙! アタシが安価魔導書から抜粋した……!!」

武闘家「魔女ちゃんのポケットから先ほど失敬した。げほっ、こほっ。ふむ、なるほどなるほど」

魔女「い、いつの間に……!?」

勇者「師匠のやることにいちいち驚いてたら疲れるよ、魔女」





武闘家「ふむ……これなんか面白そうじゃないか。ちょっとやってきなよ」スッ


○224『lALjY1M60』
  呪文効果:大爆発を起こす
  習得条件:勇者と魔女でドラゴンを討伐する


魔女「ドラっ……!? その魔法は条件が難しすぎてチェックいれてませんよね!?」

勇者「無理ですって絶対! っていうか、そんな物騒な習得条件の魔法もあったんだ!?」


武闘家「そうかい? それじゃあ……ちょっと走ってきなさい。休まずにね」


○277『jH8yi4SjO』
  呪文効果:対象の身体に風の力を付与する
  習得条件:勇者と魔女で合計30キロ休まずに走る


魔女「いや、その魔法も効果がよくわからないからチェックは入れてないんですが……」





武闘家「行かないのなら、これをやってもらうよ?」


○133『ayuDK62E0』
  呪文効果:対象を幽体離脱させる
  習得条件:勇者と魔女が瀕死に陥る


魔女「……え?」

勇者「魔女、走るぞ!!」グイッ

魔女「ちょ、勇者!?」

勇者「師匠はマジで瀕死にしてくるから! 走った方がマシだ!」ダッ


武闘家「行ってらっしゃい」ニッコリ





・・・・・・



武闘家「おかえり。ふむ。勇者くんが24キロ、魔女ちゃんが6キロかい」


勇者「ぜぇ、ぜぇ……」

魔女「……」グタッ


武闘家「お疲れさま。じゃあ次はこれなんかどうだい?」


○052『WwYbdn1SO』
  呪文効果:10分先までの未来を見る
  習得条件:勇者と魔女が魔法を使わずに10分間呼吸を止める





勇者「殺す気ですか!?」

魔女「……そ、それは、物理的に不可能、だから……チェックしてない、でしょう……!!」ゼェゼェ


武闘家「勇者くんはともかく、魔女ちゃんは無理か……けほっ。ああそうだ、ちょっと仮死状態にしてみようか?」ニコッ


魔女「この人、どれくらい本気で言ってるの……?」

勇者「冗談だと信じたいけど、いろいろ前科があるんだよなぁ……」ガクッ


絶対信条が「経験に勝るものなし」や「肉体を鍛えるなら、まず精神から」な気がしてならないよ……




・・・・・・



武闘家「運動して、お腹が減っただろう? お昼御飯だよ」


グツグツ…


勇者「……なんですか、これ……」

武闘家「地獄激辛味漬け野菜鍋」

勇者「なんて?」

武闘家「地獄激辛味漬け野菜鍋」

勇者「……」

魔女「……」


○235『3YVIWflK0』
  呪文効果:対象に高温を錯覚させる
  習得条件:勇者と魔女で地獄激辛味漬け野菜鍋を完食する


武闘家「召し上がれ」ニコッ





勇者「……」パクッ

魔女「……ど、どう?」ドキドキ


勇者「ッ」ゴフッ!!


魔女「勇者!? 水っ! 水はどこですか!?」

武闘家「ほら、お水」スッ

魔女「いやこれ水じゃなくてカキ氷……あっ!?」


○172『e9bO2M2/0』
  呪文効果:冷気を操る
  習得条件:勇者と魔女がカキ氷を大量に食べ激しい頭痛を味わう


魔女「鬼ですか!?」


武闘家「頑張ってね」ニッコリ





勇者「」チーン

魔女「口が痛い……頭も痛い……」


武闘家「鍋はほとんど勇者くんが食べたね。さて、腹ごしらえが済んだら、次はあれだ」


魔女「あれって、もしかして……」

武闘家「その通り。げほっ、こほっ……爆弾の材料だよ」


○190『MsInpXCF0』
  呪文効果:投擲用の爆弾を生み出す
  習得条件:勇者と魔女で爆弾を製作し爆発させる


勇者「ば、爆弾……!?」ムクッ

武闘家「おや起きたかい。休憩は終わりだよ」


勇者「休憩……?」

魔女「休憩……?」

武闘家「休憩」ニコッ


まさかイズミ先生みたいな師匠だと思わなかった
てっきり「ガハハ」みたいな笑い方をするガサツなタイプかと……




武闘家「設計図見ながら組み立てるだけとはいえ、油断してると手首が吹っ飛ぶから気をつけるんだよ」

勇者「……。」

魔女「やるしかないみたいだし……始めよっか、勇者」

勇者「……じゃあ魔女はそっちの外殻を組み立てて。オレ火薬詰めるから」

魔女「え? あ、うん」


武闘家「……」





勇者「いや、だから雑だってば! 置いてある部品は全部ちゃんと使えよ!」

魔女「……これでもできてるけど」

勇者「設計図通りにやるの! 木炭クッキーの悪夢を忘れたの!?」

魔女「…………」ムスッ

勇者「え……もしかして怒った?」

魔女「おこってない」ムスッ

勇者「いや怒ってるよね……?」

魔女「おこってないもん」プイッ

勇者「しまった、木炭クッキーは地雷だった……!!」





勇者「慎重に入れてね。ゆっくり……」

魔女「よいしょ……」コトッ

勇者「よし。それじゃあ魔女、最後にこれを閉じて」

魔女「うんっ」カチャッ


勇者「できたー!!」

魔女「やった……!」





武闘家「ふふ、お疲れさま。……こほっ、けほっ。じゃあ早速それを窓から投げてみよう」


勇者「窓から!? それは危なくないですか!?」

武闘家「大丈夫大丈夫。威力は大したことないって話なんだ。ほら早く」


勇者「……じゃあ、魔女。いっしょに投げよう。右手出して」スッ

魔女「う、うん」スッ

勇者「いくよ? せーのっ!」

魔女「えいっ!」ポイッ



ヒュゥゥゥ… ポトッ






ドガァァアアアンッ!!




勇者「―――」ブワッ

魔女「―――」ブワッ






武闘家「おやおや、あっはっは! 地面に穴が開いてしまったようだね。上手に作ったじゃないか」



魔女「勇者っ!! この人アタマおかしいよ!! 殺されちゃうっ!! アタシたち殺されちゃうよ!!」グイグイ

勇者「お、おちついて魔女! なんだかんだで数年一緒にいたオレも生きてるから!」


武闘家「案の定、外で騒ぎになってるね。勇者、ちょっと外に行って、事情を説明してきてくれ」


勇者「『武闘家さんが城に来てる』って言えば、『ああ、なるほど……』ってなりますよきっと……」スタスタ


ガチャ、バタン


魔女(ええっ! じゃあアタシ、この人と2人っきり!?)





武闘家「げほっ、ごほっ! ごぼっ……がはっ」ビチャビチャ


魔女「だ、大丈夫ですか!?」

武闘家「……いま、『あわよくばコイツ死なないかな』とか思ってないかい?」ヨロッ

魔女「思ってませんよっ!!」

武闘家「それはよかった。ふふ、喀血くらいいつものことさ。うちの布団は一日三回洗っているんだ」

魔女「は、はぁ……」





武闘家「……勇者くんは、いい子だろう?」


魔女「え? な、なんですか急に……」


武闘家「なにも言わなくても、キミより4倍も走る」

魔女「……」

武闘家「ゆっくり走ったらキミの走る距離が増えてしまうから、彼は無理してハイペースで走ってたんだよ?」

魔女「え……?」

武闘家「鍋を食べたのは、ほとんど勇者くんだったけど……彼は辛い食べ物が大の苦手だって、知ってたかい?」

魔女「そ、そうなんですか!?」

武闘家「爆弾作りだって、不器用なキミが火薬に触らないように気を遣っていただろう?」

魔女「あ……」





武闘家「私はあと数年しか、あの子のことを見ていてあげられないだろう」

武闘家「だから私が守らなくても生きていけるように、彼が泣いてしまうくらいシゴいたこともあった」

武闘家「ふふ、おかげで恐れられてしまったけどね……」


魔女「……」





武闘家「キミたちは、どれだけ走っても、辛いものや冷たいものを食べても、そうそう死ぬことはないだろう?」

武闘家「これから先、きっと何十年も生きていけるんだろう?」

武闘家「とても健康な身体を持ってるんだ。それに勇者くんは、キミのことを嫌いになったりしないよ」

武闘家「だから習得条件の選定に、そんなに怯えることはない。もっと自信と勇気を持ちなさい」


魔女「……はい」





武闘家「あの子はきっと、魔王さえ倒せるなら自分と刺し違えたっていいと思っている」

武闘家「それに勇者くんは、これから先、キミを命がけで守ろうとするだろう」

武闘家「……弱くて危なっかしくて優しいあの子のことを、傍できちんと支えてあげてね」


魔女「は、はいっ」


武闘家「ふふ。まずは、キミが敢えて目を逸らしてる魔法に目を向けることだよ。恥ずかしがらないでさ」

武闘家「紙は返すよ。それじゃあ私は、この辺で」スタスタ


魔女「か、帰っちゃうんですか?」





武闘家「布団から出ていいのは一日二時間までって、医者に言われてるんだ」

武闘家「もうずいぶん過ぎてしまった。身体が死ぬほど痛いし、そろそろ布団の上に戻るとするよ」



武闘家「私の愛する弟子のこと、頼んだよ」ニコッ



ガチャ、バタン



魔女「…………。」





・・・・・・



勇者「すげー怒られた……オレ悪くないのに……」トボトボ


ガチャ


勇者「ん? あれ、師匠は?」

魔女「……もう帰ったよ」

勇者「ああ、活動限界か。言ってくれれば道場まで背負っていくのに」

魔女「……ねぇ、勇者」

勇者「ん?」





魔女「武闘家さんのこと、嫌い?」

勇者「大好きだけど?」


魔女「……泣くほどシゴかれても?」


勇者「うーん、辛いっちゃ辛いけど……」

勇者「でも俺のことを想って鍛えてくれてるのは伝わってくるしなぁ……」

勇者「だから早く一人前になって、師匠を安心させてあげたいよ」


魔女「……そっか」

勇者「?」





魔女「アタシ……もっとがんばるから」


勇者「え?」


魔女「勇者に庇ってもらってばっかりじゃなくて、アタシも勇者のこと……」

魔女「えっと、その……そういうことだからっ! 以上っ!」


ガチャ、バタン



勇者「お、おう……?」ポカン



呪文効果:フラグが旗として見える
習得条件:勇者が最低3つフラグを建てる(その中に魔女関係がなければならない)


魔女って勇者にもうフラグ建てられているよな?




―――王城・勇者の私室―――



妖精「やーだーのー!」ギュゥゥ


勇者「よ、妖精……?」

妖精「今日はパパといっしょがいいの! ずっといっしょにいるの!」ギュゥゥ

勇者「メイドさん、これは一体どういう……?」


メイド「えっと……おそらく、ここのところあんまり構ってもらえていなかったのと……」

メイド「それから妖精ちゃんが成長して、自我が強くなったからかと……」





勇者「成長か……そういえば生後一週間だけど、見た目はもう七歳くらいに見えるね。さすが妖精……」

メイド「一日につき一年くらいということですね」

勇者「このままあと一ヶ月もしたら、オレの母さんくらいになっちゃうのかな?」

メイド「妖精というものは、自立心が生まれると成長が止まると聞きましたよ?」

勇者「へぇ……じゃあ反抗期になったら止まるのかな。ずっと『パパ嫌い』とか言われるのか……」

メイド「そ、それはどうでしょうね……」





妖精「パパきらいなんて言わないよ?」

勇者「そうだといいんだけど、こればっかりは、いつか来ちゃうんだよなぁ」

妖精「……言わないもん」

勇者「だからその前に、しっかり妖精と遊んであげないとね」

妖精「え!? ほんとにっ!?」パァ

勇者「うん。妖精が遊んでくれる今のうちに、ちゃんと遊んでおきたいしね」

妖精「やったぁ! パパ大好き!」ギュッ


勇者「そういうわけだからメイドさん、ちょっと魔女に……」


 コンコン…





勇者「ん? もしかして……。どうぞー!」


 ガチャッ


魔女「勇者、今日は街に…………あっ」


妖精「……」


魔女「え、この子って……」





勇者「ほら魔女、こっちにおいでよ」

メイド「よ、妖精ちゃん。あの人は……」



妖精「ねぇパパ、ママ。あの人だれ?」



勇者「えっ」

メイド「あ……」


魔女「―――」





メイド「あ、あの人は、妖精ちゃんのママでっ……」

妖精「え? あれ? ママは、ママでしょ?」キュッ

メイド「いえ、その、私は妖精ちゃんのお世話をしているだけで……」

妖精「お世話をしてくれるから、ママなんじゃないの?」

メイド「え……あの、それは……」チラッ



魔女「……やっぱり、今日はいい」クルッ



メイド「あ、魔女様……!!」

妖精「?」


勇者「妖精、すぐ戻るから」ダッ


妖精「あ、パパっ!」





―――王城・小会議室―――



勇者「ここにいたんだ……」


魔女「……なによ」


勇者「ちゃんと妖精と話し合おうよ。あの子は良い子だから、そうすればわかってくれるよ」

魔女「べつにいいよ。気にしてないし」

勇者「気にしてないなら、あそこから逃げなかったんじゃないか?」

魔女「……」





勇者「もう妖精も大きくなったし、魔女が世話したって死んだりしないよ」

魔女「世話は、メイドさんが……」

勇者「そうだけど、魔女も可愛がっていいんだよ。それとも子供は嫌い?」

魔女「……好き」

勇者「じゃあオレの部屋に戻ろう。妖精が、今日はいっしょに遊びたいんだって。だから魔女もいっしょにさ」

魔女「……で、でも」

勇者「ほら、早く早く!」グイグイ

魔女「あっ、ちょっと……心の準備が……」///





―――王城・勇者の私室―――



ガチャッ


メイド「あ、勇者様、魔女様!」


勇者「ただいま」

魔女「……」


幼女「……。」


勇者「ほら、魔女」

魔女「う、うん」





魔女「妖精……ちゃん。……えっと、撫でてもいい、かな?」

妖精「え? うん」

魔女「じゃあ……」スッ

妖精「んっ」ナデナデ


魔女(か、かわいい……!)///

魔女(目がクリッとしてて、やわらかくて……花みたいな甘い匂いがする)///

魔女(世話を任せたっきりなのが気まずくて、顔を合わせないようにしてたけど)

魔女(仮にも生みの親なら、悪いことしちゃったな……)





魔女「妖精ちゃん。アタシとも、仲良くしてくれる?」

妖精「うん、いいよ?」

魔女「……ありがと」

妖精「でも……」フワッ

魔女「?」



勇者「お?」ギュッ

妖精「パパのこと、取っちゃヤだよ!」



魔女「むぅ……」


メイド「……ふふっ」クスッ


>>330を少し訂正
呪文効果:色んなフラグ(死亡フラグや恋愛フラグ)が旗として見える(フラグの種類によって違いがある)
習得条件:勇者が最低3つフラグ(種類はとわない)を建てる(その中に魔女関係がなければならない)




―――王城・小会議室―――



騎士「くるルルルゥゥァァアアアアッ!!」ドバァンッ!!



勇者「!?」ビクッ

魔女「あ……いつぞやの小学生」


騎士「小学生じゃないと何度言えばわかんのよ!! そしてあんた! そこの魔法使い! ふざけんじゃないわよ!?」


魔女「……なんのこと?」

騎士「この騎士ちゃんの身体を小学生当時に戻せって言ったのに、戻ってないじゃないのよ!?」

魔女「あ、やっぱり?」

騎士「やっぱりッ!? 驚くとか取り繕うとかもないわけ!?」





勇者「もう、だから言ったじゃないか。呪文間違えてなかったかって」

魔女「使い慣れてない魔法だから、うっかり」


勇者「でもその見た目で、よく自分の身体が戻ってないってわかったね?」

騎士「2年前の修行中に怪我した傷痕が、腕に残ってたのよ! 肉体の時間を戻したなら、傷跡も消えてるはずでしょ!?」

勇者「ああなるほど、たしかに」





勇者「でも誤解しないで、べつにキミへ意地悪しようとしてやったわけじゃないんだ。これは、うっかりミスで……」

騎士「だったら早く、もう一回魔法を……」

勇者「あああっ!!」

騎士「え!? な、なによ……!?」





勇者「ねぇ魔女。さっき言ってた球体の件だけど」


○129『JIJdQPEB0』
  呪文効果:自分の周りに半球状のバリアを張る
  習得条件:勇者と魔女が球体の中に入り、転がって1キロ移動する


魔女「どうしたの? やっぱり2人が入れる球体なんて用意できないんじゃない?」

勇者「この子を見てたら閃いた! 大きな球体がないなら、オレたちが小さくなればいいんだよ!」

魔女「……ああっ! なるほど、そういうことね」


騎士「え、えっ……?」





勇者「そうと決まれば、透明で中に出入りできる球体を探そう! 」

魔女「そうね。……あ、でもアタシたちにとっての1キロでいいのかな?」

勇者「オレたちが20分の1サイズになったら、50メートルでいいんじゃないか?」



魔女「じゃあ、あとで魔法かけてあげるからアンタも手伝って」

騎士「え!? なんでこの騎士ちゃんがそんなことしなきゃ……」

魔女「ほら早く行くよ」グイグイ

騎士「ちょ、ちょっとぉ!? なんなのよーっ!?」ズルズル





―――セドサル王城・庭園―――



勇者「ちょうどいいサイズのガラス球が見つかってよかったね」

魔女「見た目はフラスコに近いかな。蓋が閉じきらないみたいけど、窒息しないで済むと考えれば悪くはなさそうね」


騎士「……なんでもいいから、さっさと終わらせなさいよ」ムスッ





勇者「じゃあ騎士ちゃん、オレたちが中に入ったら、ゆっくりと転がしていってね」

騎士「『騎士ちゃん』じゃないでしょ」

勇者「ああ、ごめんね。騎士」

騎士「ちっがうッ!! 『騎士様』、百歩譲って『騎士さん』でしょ!? 年上を敬いなさいよ!!」

勇者「でももうすぐ魔法で9歳になるんでしょ? じゃあそんなこと言ってられないんじゃない?」

騎士「うっ……で、でも、先に生まれたのは騎士ちゃんなんだから、敬いなさいよぉ……」





勇者「じゃあ、騎士お姉さん。手伝ってください、お願いします!」ペコッ

騎士「っ!! ……しょ、しょうがないわねっ! そこまで言うなら、手伝ってあげるわよっ! ふふん♪」///


魔女(うわぁチョロい……)





・・・・・・


コロコロ…


騎士「…………」コロコロ



小勇者「こ、これ思ったよりきついな……暑いし、狭いし、疲れるし」トテトテ

小魔女「ねぇ、もうちょっとゆっくり転がして……わっ!?」ズルッ

小勇者「うわぁ!? ちょ、魔女!」ドテッ

小魔女「ご、ごめ……きゃあ! ちょっと、変なとこ触んないでよ!」///

小勇者「いいから早くどいて! 起き上がれな……イタっ!?」ゴチッ



騎士「…………」コロコロ





騎士「……ねぇあんたたち、楽しそうなところ悪いけどさ」


小魔女「たのしくない!」


騎士「事情を知らない城の人たちには、騎士ちゃんが1人でガラスを転がしてる、頭おかしい人みたいに見えるって知ってた?」

騎士「さっきから、庭師の人たちが気の毒そうな顔でこっち見てくるんだけど……」

騎士「っていうか騎士ちゃんはこれでも有名貴族のお嬢様なわけで、家の名前に傷がつくんだけど……」


小魔女「仕方ないでしょ。ステルス魔法を使ったら、今度はガラス球が勝手に転がってる状態になっちゃうし」

小勇者「いいからオレの上からどいてよ魔女……」

小魔女「わ、わかってるわよっ!」///


騎士「はぁ……これもナイスバディのためよ、騎士。今が我慢の時なのよ……」





小勇者「ところで騎士……さん。どうしてそんなに体の大きさにこだわるの?」

騎士「はぁ? そんなの決まってるでしょ。こんな身体じゃ、不便だからよ」

小勇者「不便?」

騎士「身体が小さければ戦闘でも不利だし、高いところのものも取れないし、周りに舐められるし」

小魔女「舐められるのはアナタの人柄なんじゃない?」

騎士「はぁ!?」





小勇者「そ、それは言い過ぎだけど、でもたとえばオレも魔女も、こないだの小人ちゃんを、小さいからって舐めたことはないよ」

騎士「小人を……? まぁ、あの子は可愛いし、守ってあげたくなるけど……」

小勇者「だけど騎士……さんは、可愛く振る舞ったり、守られたりはしたくないと」

騎士「そりゃあ、もうすぐ二十歳だもん……“綺麗だね”とか言われたいわよ……」

小勇者「可愛いって言われることを受け入れさえすれば、むしろその身体のほうが良いんじゃない?」

騎士「……でも、そんなの子ども扱いじゃない」





小勇者「可愛い大人っていうのもたくさんいるじゃないか。むしろいつまでもその姿を保っていられるのはすごいことだと思うよ」

小魔女「まぁ、たしかに。羨ましがる女も多そうだよね」

騎士「そ、そうなのっ!?」

小勇者「逆に中途半端に成長しちゃったら、それはどこにでもいる普通の女の子でしょ?」

騎士「そういう言い方をすれば、そうかもしれないけど……」

小勇者「いつまでもお人形みたいな、妖精みたいな愛らしい姿でいられるのは、すごい個性だよ」

騎士「うっ……」///





小勇者「べつに無理して止めたりはしないけどさ。だけどもっと今の自分に自信を持ってもいいんじゃないかな。ねぇ、魔女?」

小魔女「そうね。それに魔法で取り繕った自分なんて、案外つまらないものだし」


騎士「…………。ほら、休憩が終わったなら、さっさと続けなさいよ」コロコロ


小勇者「うわぁ!?」グラッ

小魔女「きゃあ!?」コテッ


騎士「……ふんっ! あんたたちに言われなくたって、この高貴な騎士ちゃんは、自分に自信を持ってるわよっ!」コロコロ

騎士「それに見た目がどうであっても、中身で“綺麗だよ”って言わせて見せるんだから!」コロコロ


騎士「ふふっ、見てなさいよぉ、ガキんちょども!!」コロコロコロ





・・・・・・



勇者「協力してくれてありがとう、騎士……さん」

騎士「お礼を言われる程のことでもないわよ。……あと、次にその妙な間を挟んだらぶつわよ」

魔女「肉体の年齢は、そのままでいいんだよね?」

騎士「いいわよ。騎士ちゃんはありのままが一番魅力的なんだからね」

魔女「ちなみに肉体の年齢を進めれば、10年後・20年後にどうなってるかを試せるけど……見てみる?」

騎士「そ、それはなんか怖いから遠慮しとく……」





騎士「ふん、二度とあんたたちとは会わないって決めてたのに……」

魔女「なんで?」

騎士「『勇者』になんて、関わりたくないもの」

魔女「……以前もそんなこと言ってたけど、どうしてアンタは勇者を目の敵にするの?」

勇者「オレは、キミになにかした覚えはないんだけどなぁ」


騎士「……やっぱり忘れてるのね」


勇者「え?」





騎士「それとも、あんたにとってはその程度のことだったのかしら」

勇者「ちょ、ちょっと待って。まじでオレ、なんかやっちゃったの!?」

騎士「やってくれちゃったわよ! この騎士ちゃんのプライドをズタズタにして、家の名前にまで泥をつけてくれたわよ!!」

勇者「はい!? いや、全然身に覚えが……!」

魔女「……勇者になにをされたの?」スッ

勇者「え、魔女さん? なんで手のひらをこっちに向けてるの? 危ないから下ろそう? ね?」





騎士「4年前……勇者の魔王討伐遠征の旅についていく仲間が募集されたわ」

騎士「国王陛下は各分野のスペシャリストに声をかけて、そこから勇者が選ぶっていう形式みたいだった」

騎士「この騎士ちゃんも、剣術のスペシャリストとして声をかけられたわ……」

騎士「そしてその結果! 信じられないことに、この騎士ちゃんが落とされたのよ!」

騎士「当然、他の貴族たちには笑いモノにされて、ウチの家は王国内で肩身の狭い思いをさせられることになった……!」

騎士「だから『勇者』なんて嫌いなのよ! どうせ、この身体を見て弱そうだとでも思ったんでしょ!?」





勇者「……お、思い出した! たしかにそんなことがあった!」

魔女「そんな招集があったんだ。アタシも全然知らなかったよ」


騎士「ふんっ、今さら思い出して謝ったって遅いんだから。ぜったい旅について行ったりなんかしてあげないわよ!」


勇者「いや、どのみち騎士さんはぜったい連れて行かないけどね」

騎士「……はぁ!?」

勇者「だって、その時国王様に選んでもらった人を、オレは“全員”落としちゃったんだから」

騎士「え……」





勇者「騎士さんが落とされて、他の貴族たちは笑ったらしいけど……騎士さんのご両親には怒られたの?」

騎士「……ううん、むしろ良かったって、言ってくれたけど……」

勇者「そりゃそうだよね。絵本なんかじゃ美談にされてるけど、魔王討伐遠征なんていつ誰が死んでもおかしくないし」

騎士「まさか……」

勇者「不合格の基準は、“女の子”と“家族のいる人”だったんだよ。そしたら気がつけば全員落としちゃっててさ」

騎士「……で、でも王国のために命を捧げるのは国民の……」

勇者「騎士さんは、そのまま順調に生きてれば貴族として不自由なく立派に生きていけるんでしょ? ならそれでいいじゃない」

騎士「……」





魔女「そういうことだったのね。まぁ誤解が解けてよかったじゃない」

勇者「はは……恨まれるのは気分がよくないからね」

魔女「でも全員不合格って……勇者1人で魔王を倒せるわけないでしょ。人が良いのは結構だけど、基本アンタはバカだよね」

勇者「うっ……まぁ結果として、今は魔女がいてくれるから……」

魔女「……。ほっといたら勇者は1人で死にそうだし、仕方ないからついてってあげる」プイッ

勇者「手厳しいなぁ……頼りにしてます」





魔女「じゃあ、そろそろお城に戻ろうよ」

勇者「そうだね。……騎士さんも、もう帰るんだよね?」


騎士「あ、うん……」


勇者「城門までは送っていくよ。さ、行こう」



騎士「……手伝うわ」





勇者「え?」

騎士「安価魔導書……だっけ? それ、手伝う。いいでしょ?」

勇者「まぁ、いいけど……」

魔女「どういう風の吹き回し?」

騎士「危なっかしい後輩の面倒を見てあげるって言ってるのよ! ありがたいでしょ!?」

勇者「お、おう……」

騎士「ふふっ、じゃあ決まりねっ!」


騎士「あんたたち、この騎士ちゃんの力が必要な時は、いつでも呼びなさい♪」





―――王城・小会議室―――



ドタドタドタ… ガチャッ



勇者「魔女えも~ん!!」


魔女「nWH8bEgTO」


勇者「ぎゃんッ!?」バヂヂッ!!



魔女「血相変えて、どうしたの?」

勇者「いきなり電撃飛ばしてくるヤツがあるかよ……」プシュゥゥ…

魔女「なんとなく不愉快なあだ名が聞こえた気がしたから。それより、なにかあったの?」





勇者「そ、そうだ……! ねぇ魔女! オレが一時的に女になれる魔法ってないかな!?」

魔女「あるよ」

勇者「そうだよな……そんな都合のいい魔法があるわけ…………え?」

魔女「あるってば。こういう魔法でしょ?」ペラッ


○247『M8vNIwtA0』
  呪文効果:対象の性別を本来の性別と逆にする。
  習得条件:勇者は女装、魔女は男装をしたまま外出して一日を過ごす。


勇者「そう、まさにこういうのだよ! ねぇ魔女、今日はこれを習得しよう!」

魔女「べつにいいけど……なんで急に?」

勇者「うっ……それは……」

魔女「それは?」

勇者「……。じつはさっき……」





―――セドサル王城・城門前―――



勇者「城の前でオレを呼んでる女の子がいるって、誰かと思ったら……」


商人「フフフ。数日ぶりね、勇者」ニコッ


勇者「よ、よくオレの居場所がわかったね」

商人「北の関所で、あなたのことを訊いたの。けれどまさか、お城に住んでるとは思わなかったわ」

勇者「……住み込みの、庭師みたいなものだよ」

商人「そうだったの。それでせっかくだから、こうしてあなたに会いに来てみたのだけれど……迷惑だったかしら?」

勇者「と、とんでもない! そうだ、これからどこかに行く?」





商人「それなら、わたしの家に来てみないかしら?」

勇者「え……いいの?」

商人「もちろんよ。あなたの話を“お父様”にしたら、是非とも一度会ってみたいって言い出して」

勇者「商人さんの、お父さんって……」

商人「レアアノス商会の会長よ」

勇者「―――かッ!?」

商人「お父様にあの日のことを事細かに説明したら、是非とも勇者に会ってみたいって」





勇者(事細かに説明!? 商人さんが騙されて平原に行って、そこで告白してきた男にしか見えない自称女のことを!?)

勇者(そ、それ絶対バレてる! オレが男だってバレてるし、ヘタしたら商人さんを手籠めにしようとしてる悪漢だと思われてる!!)

勇者(なにがなんでも、商人さんの家にお邪魔するわけにはいかない……!!)





勇者「急に訪ねたら、その、迷惑なんじゃないかなっ!?」

商人「そんなことはないわ。お父様も是非にって」

勇者「う、あ、あの、でも……!」

商人「ああ、だけど今日は、お父様は大切な商談があるのだったわ」

勇者「そ、そうなんだ! それは残念だなぁ!」ホッ

商人「それでは明日、お父様を連れて、こちらから伺うとするわ」ニコッ

勇者(あばばばば!!)





商人「フフフ、安心して」


ギュッ


勇者「!?」///


商人「同性愛はまだ勉強中だけれど……お父様がなんと言ったって、わたしたちは友達よ」

商人「それに勇者は誠実で素敵な女の子ですもの。きっとお父様だって気に入ってくださるわ」ニコッ





―――王城・小会議室―――



勇者「―――というわけでして……」

魔女「なんて不誠実で不敵な男の子なんだろうね」

勇者「そのオレの嘘は、魔女にも責任の一端はあったと思うけどね!?」

魔女「それで、明日までに本当に女の子になっちゃえば、責任逃れができると考えたわけだ」

勇者「オレが『勇者』だってことはバレてないはずだから……かなり苦しいけど、とにかくそれで乗り切る!」

魔女「もう、しょうがないなぁ。そういうのはこれっきりにしてよね」

勇者「ありがとう! 恩に着るよ!!」ペコッ

魔女「まったく調子いいんだから」





―――セドサル王国・ヴァー商店街―――



勇者「自分から言い出しといてアレだけど……これ、思ったよりきついよ……」///

魔女「そう? 疲れないし、条件自体は楽だと思うけど」

勇者「男装はバレても大してダメージないけど、女装はバレたら社会的に死ぬんだよっ!」

魔女「大丈夫だってば。ほら、前髪の長いウィッグで顔を隠してればバレないよ」

勇者「うぅ……///」サッ サッ

魔女「ちゃんと下着も女物にしてきた?」

勇者「し、してるよ……ああもう、しかもスカートだからスースーする……!」///

魔女「ふーん。風が吹いたら面白いね」

勇者「面白くないっ!」





勇者「それより魔女の男装もなかなか様になってるね」

魔女「そう? と言っても、勇者の服着て、帽子被ってるだけだけど」

勇者「もともと凛々しい系の顔だから、似合ってるよ」

魔女「……メイドさんみたいに女の子らしくなくて悪かったね」

勇者「え、いやそういう意味じゃないって。邪推しないでよ」

魔女「ふん。勇者の女装も似合ってるよ。アタシの着てたその服は学生服だから、そのまま女学校に潜り込めるよ。良かったね」

勇者「良かないよ!!」





・・・・・・



勇者「ああもう、魔女のやつどこ行ったんだろ……ちょっと目を離した隙に」キョロキョロ

勇者「いっしょに行動するっていう条件じゃないから、べつに問題はないんだけど」

勇者「こんな格好で1人にされたら心細いじゃないか……」

勇者「どうしよう……はぐれたからって、勝手に1人で帰るわけにもいかないし」



僧侶「あの、お困りですか?」



勇者(げっ……!?)





勇者「い、いいえまったく(高音)」

僧侶「え? でも今、誰かとはぐれたって……」

勇者「全然困ってません。どうぞお気づかいなく。それでは」スタスタ

僧侶「あっ……」



勇者(あの男の子、たしか僧侶くんとか言ったっけ……くそぅ、こんな格好で知り合いに会うなんて……!!)

勇者(ただでさえ、助けるどころかいつも状況を混乱させるあの子のことだ)

勇者(ここで関わったら、絶対ロクなことにならない!!)スタスタ





勇者「……」チラッ


僧侶「……」テクテク


勇者(ぎゃあああっ! ついてきてる! すごい心配そうな顔でついてきてるよ!!)

勇者(どうしよう、困ってるのに強がってるのがバレてしまった……)

勇者(このまま魔女と合流できなかったら、大変なことになる!)



勇者(どうしよう……あ、そうだ。今のオレは一応女の子ってことになってるんだった)

勇者(どうにかしてこれを利用できないかな)

勇者(女の子じゃないと入りづらい場所に行けば、ついて来れないはず……)キョロキョロ





勇者(……あっ! あの見るからにファンシーなスイーツカフェならどうだろう)

勇者(いくら可愛い顔してても男の子。女の子だらけの店には抵抗があって、入ってこれまい)


勇者(よし、そうと決まれば)スタスタ


ガチャッ


勇者(よし、これで……)


ガチャッ


勇者「えっ」

僧侶「あっ」





―――スイーツカフェ・カップル専用席―――



勇者「……。」


僧侶「えっと、ごめんね……こんなことになるだなんて……」


勇者「まさかカップルに間違われるなんてね……」

僧侶「ボクがあわてて一緒に入っちゃったせいで……ほんとにごめんね……」シュン

勇者「……いや、テンパって店員さんに否定できなかったオレ……私も悪いから。気にしないで」

僧侶「あ、ありがとうっ。せめてここはボクが奢るから、好きなものを食べてね」ニコッ

勇者(甘いもの食べるために入店したわけじゃないんだけどなぁ……)





僧侶「はぐれちゃった人は探さなくていいの?」

勇者「あ、うん……大丈夫。住んでるところは同じだから、探さなくてもいいんだ」

僧侶「なんだ、そうだったんだ」ホッ


勇者(ウィッグと声作りのおかげか、現状ではオレが『勇者』だと、そして男だとはバレてないみたいだ……多分)

勇者(1人だと心細いから魔女を探してたわけだし、こうして2人になった今、無理に魔女を探さなくてもいいかも?)

勇者(と、とにかく今は、ボロを出さないように気をつけないと!)





僧侶「注文は決まった?」

勇者「あ、うん。じゃあこのコーヒーゼリー入りのコーヒーフラペチーノで……」

僧侶「へぇ……女の子にしてはけっこう渋いもの頼むんだね」

勇者「えっ!? ……あ、えっと、やっぱりこの、プリティーデカ盛りデラックスパフェにしようかなぁっ!!」

僧侶「わぁ、それ美味しそうだね。ボクもそれにしよっかなぁ!」

勇者「え? けっこう甘いもの好きなんだね? 男の子なのに」

僧侶「あっ!? ……やっぱり、コーヒーゼリー入りコーヒーフラペチーノで……」

勇者「?」





・・・・・・



勇者「……。」モグ…モグ…

勇者(おえっぷ……甘いものは嫌いじゃないけど、さすがにこの量は胸焼けする……飲み込むのが辛い……)


僧侶「……。」チュプ…チュル…

僧侶(うえぇ、苦いよぉ……。プルプルしてて気持ち悪いし……ごっくんできない……)


勇者(僧侶くんが奢ってくれるらしいから、コーヒーを追加オーダーするのは申し訳ないし……)

僧侶(神父様にもらったお小遣いもあんまり多くないし、また注文するのはちょっとなぁ……)


勇者(苦いので口直ししたい……ど、どうにかして僧侶くんのコーヒーを飲めないかな……)

僧侶(甘いのでお口直ししたい……ちょっとでいいから、パフェくれないかなぁ……)


勇者「……」チラッ

僧侶「……」チラッ





勇者「そ、そのコーヒー美味しい?」

僧侶「う、うん! おいしいよ! そっちのパフェはどう?」

勇者「すごく甘くて、その、美味しいよ……!」

僧侶「そうなんだぁ、へぇ~、ちょ、ちょっとボクも、食べてみたいかも……なんて」チラッ

勇者「!! そ、そっか! オ……私もそっちの、飲んでみたいかなぁ、なんて……」チラッ

僧侶「……じゃあ、交換する?」

勇者「……いいの? ……なら、そうしよっか」





僧侶「あ……」

勇者「どうかした?」

僧侶「そこの張り紙……『カップル席では、食器やストローなどの追加はできません★』って……」

勇者「え、それってつまり……」

僧侶「うん……」





勇者(か、間接キス!? しかも男同士で!?)

僧侶(いくら相手が女の子でも、さすがにそれは……!?)///


勇者(くっ、だがコーヒーなしでこのプリティーデカ盛りデラックスパフェを乗り切れるのか勇者よ!?)

僧侶(うぅ、でも残したら食材がかわいそうだし……相手は女の子だから、これはノーカンだよねっ!?)///


勇者(ええいままよ、なるようになれ!)

僧侶(ああ神よ、おゆるしくださいっ!)





勇者「じゃあ、パフェとコーヒーを交換……あっ」

僧侶「ど、どうしたの?」

勇者「さっきの張り紙の横に……『食べ物を交換するときは食べさせてあげないと、料金は倍になります★』って……」

僧侶「ええっ!?」///

勇者「カップル限定とはいえ、なんてお節介な店なんだ……!!」///

僧侶「……店員さん、すごいこっち見てる」


勇者「……。」

僧侶「……。」





僧侶「は、はいっ!」スッ

勇者「えっと……いいの?」

僧侶「うん……ボクの、いっぱい飲んでいいよっ」///

勇者「それじゃあ……遠慮なく」ズイッ


僧侶(わわわっ……ほ、ほんとに口つけちゃった……!)///

勇者(店内の視線が集まってる……なにこれ死にたい)///





勇者「じゃあ、オ、私のパフェも……はい、あーん」スッ

僧侶「うぇっ!?」///

勇者「あの、これ恥ずかしいから早く……」///

僧侶「あ、そ、そうだよね、ごめんっ! ……あ、あーん」///



魔女「……。」



勇者「……え」

僧侶「―――」パクッ





魔女「どうぞ続けて」



勇者「……ちゃうねん」

勇者「……そういうのとちゃうねん……」

勇者「わかるでしょ……? 魔女はわかるよね? そういうのじゃないって……ね?」


魔女「いいよ、言い訳しなくて。アタシ気にしてないから」

魔女「べつに『必死こいて探してやったのになに男とイチャついてんだ』とか思ってないから全然まったく」

魔女「これっぽっちも。」





勇者「いやあの……話せば長くなるのですが、できれば事情を聞いていただきたいなと……」

魔女「わざわざ勇者の女装に付き合ってやってるのに、こんな仕打ちを受けるとは思ってなかったけど、全然気にしてないよ」

勇者「だ、だからこれには深いわけが……」


僧侶「え……勇者? 女装?」


勇者「あっ……!」





僧侶「……え、あれ? ちょ、まさか…………ああっ! 勇者さん!? ウソっ!?」

勇者「だ、騙すつもりじゃなかったんだけど……」

僧侶「えええええっ!? じゃあ、まさか、ボク、勇者さんと……か、間接……///」カァァ



僧侶「ひゃあああああっ///」ダッ





勇者「あ、僧侶くん!?」ガタッ

魔女「勇者には話があるから、座って」

勇者「…………はい」ストッ


魔女「なにか言うことは?」

勇者「ごめんなさい」

魔女「勇者は男の子が好きなの?」

勇者「滅相もございません」

魔女「ほんとに?」

勇者「天地神明に誓って」

魔女「ふぅん……まぁ、どうでもいいんだけど」プイッ





魔女「じゃあ、アタシになんか甘いもの奢ってよ。それで今回のことはチャラにしてあげる」ストッ

勇者「それくらいならお安い御用…………あっ」

魔女「どうかした?」

勇者「……財布、城に忘れてきたみたい」

魔女「…………。」

勇者「こ、ここは一旦帰って、それから仕切り直そう! とりあえず今は城に……ん?」



僧侶「……」





勇者「僧侶くん! よかった、戻ってきてくれたんだ……あの、さっきのは……」

僧侶「……ない」

勇者「え?」

僧侶「……財布、どっかに落としてきちゃったみたい」ジワッ

勇者「ええ!? お店の外で!?」

僧侶「うん……ごめんなさい」ウルウル

勇者「いや、それはしょうがないけど……オレも財布忘れてきちゃったから……」



勇者「……。」チラッ

僧侶「……。」チラッ



魔女「……こ、こいつら……!!」





―――王城・小会議室―――



ガチャッ


女勇者「……ただいまぁ」


魔女「おかえり。あの商人さんのお父さん、ほんとに来たの?」

女勇者「うん……すぐに帰ったけど、すっごい懐疑の視線を向けられたよ……」

魔女「女体化して、顔つきどころか身長とか体型も変わっちゃってるけど……商人さんには疑われなかったの?」

女勇者「『成長期だから』って言ったら、『フフフ、なるほどね』って納得してくれた」

魔女「……あの人、ほんとに大丈夫かな。いつか悪い人に騙されて酷い目に遭いそう」

女勇者「それはオレも心配だよ……だから親御さんも過保護になっちゃうんだろうね……」





魔女「商人さんは帰ったの?」

女勇者「今はオレの部屋にいるよ。オレの部屋を見てみたいって言われてさ」

魔女「ふぅん。くれぐれも、変な気は起こさないようにね」

女勇者「わ、わかってるって! ……あ、そろそろ男に戻してくれる?」

魔女「可愛いからずっとそのままでもいいんじゃない?」

女勇者「勘弁してよ……着替えるから、外で待っててくれる?」

魔女「はいはい、早くしてね」ガチャッ





・・・・・・



魔女「ところで勇者、これ見てよ! じゃーん!」バッ


勇者「あっ! 小会議室で育ててた花が、蕾になってる!」

魔女「種を植えてから、8日くらい経ったかな。エーオテミスは長くて10日くらいで咲くらしいから、きっともうすぐだね」

勇者「楽しみだなぁ、どんな花が咲くんだろ……!」

魔女「たった一つの花でも、こうやって育っていくのを見るのは楽しいのね」

勇者「一生懸命育てたからだよ。魔女も最初に比べたら、植物の育て方がわかってきたんじゃない?」

魔女「そう、かもね。これでもうサボテンを枯らせたりはしなくて済むかも」

勇者(それは多分、枯れたんじゃなくて腐ったんだと思うけどね……)





魔女「あ、まだ商人さんがいるなら、この魔法を習得してみない?」ペラッ


○405『VoO2XviP0』
  呪文効果:対象に嘘を本当だと信じさせる
  習得条件:勇者と魔女が特定の人物に五つ嘘をついて信じさせる


勇者「ええっ? これ以上商人さんを騙すの……?」

魔女「今さら5個も10個も変わらないって」

勇者「もう既に5つくらい嘘はついてると思うんだけどなぁ」

魔女「アタシたち2人で嘘つくんだよ。だから勇者だけでついた嘘はきっとノーカンなんじゃない?」

勇者「……まぁ簡単な嘘でいいっていうなら楽勝だね。さっさと終わらせちゃおうよ」

魔女「じゃあ、勇者の部屋に行こう」

勇者「うんっ」





―――王城・勇者の私室―――



ガチャッ


勇者「お待たせ、商人さん」

魔女「アタシは久しぶり、だね」


商人「ええ。やっぱり2人は姉妹だから、ここでいっしょに住んでいるのね」ドヤッ


魔女「ま、まぁね。アタシの部屋も、そう遠くないよ」

商人「フフフ、やっぱりそうなのね」ドヤヤッ


勇者(……嘘その1、オレと魔女が姉妹)





商人「あら勇者、また体つきが変わったのではなくて?」

勇者「う、うん……成長期だからね、はは……」

魔女「そうそう、成長期は個人差があるからね、無理もないよ。アタシも日によって体型が結構変わっちゃうから」

商人「そうなの? わたしは緩やかな成長期だったから、すこし羨ましいわ」


勇者(……嘘その2、オレと魔女は日ごとに体型が変わる)





商人「ところで、勇者の……好きな人の傾向については、そちらの妹さんもご存じなのかしら?」

勇者「ま、まぁね。なんせ、魔女も同性愛者だから」

魔女「!?」

商人「あら、そうだったの?」

魔女「う……うん。その通りだよ。だから勇者の性癖も認めてるんだ」


勇者(……嘘その3、オレと魔女は同性愛者)





商人「わたしも女の子どうしの恋愛については勉強しているのだけれど」

商人「そもそも男女の恋愛もしてこなかったものだから、うまく行かないの」

商人「ごめんなさいね、勇者」


勇者「ううん、全然大丈夫だよ! むしろオレに頑張って合わせてくれなくても……」

魔女「勇者は普通に友達で満足してるから」

商人「友達のことは、すこしでも理解したいのよ。わたし、学校にも行かせてもらえなかったから、あまり友達がいなくってね」

勇者「え……?」

商人「幼い頃から家庭教師に教わっていたのよ。一般教養、経済学、帝王学、いろいろとね」ドヤドヤ

魔女「さ、さすがはレアアノス会長令嬢……」

勇者「文字通り、深窓の令嬢ってわけか」





商人「あなたたちも、なんだか育ちが良さそうだけれど……もしかして高い身分なのではなくて?」


勇者「え!? いや、そんなことはないよ。ただの王城住み込みの庭師みたいなものだから……」

商人「庭師にもこんなに立派な部屋を用意するだなんて、セドサルは豊かね」

魔女「い、いろいろな仕事を請け負ってるからね……!」

勇者「そうそう! ドゥルチャナ平原にお使いを頼まれたりね!」

商人「随分とオールマイティな庭師なのね」


勇者(……嘘その4、オレと魔女はオールマイティな庭師)





勇者「ともあれ、今日はゆっくりしていってよ。せっかく商人さんのお父さんに認めてもらったことなんだし」

商人「そうね。フフフ、さっきの勇者ったら、お人形のようにぎこちなかったわね」

勇者「だって相手は会長さんだよ? そりゃ緊張もするよ……」

商人「そんなことは気にしなくてもいいのよ。多少の無礼があったとしても、わたしが手を出させないもの」

魔女「会長は、商人さんには甘いの?」

商人「フフフ、とても甘々よ。外ではそんな素振り、おくびにも出さないけれど」

勇者「そうだったんだ……」





商人「あなたたちも、可愛がられて育ったのではなくて?」

勇者「え? ……あ、そうだね! オレたち姉妹は、けっこう自由に育てられたかな!」

魔女「特に勇者がね」

勇者「いやいや、魔女こそ」

商人「フフフ、楽しそうなご家庭のようね」クスッ


勇者(……嘘その5、オレと魔女はいっしょに甘やかされて育ってきた)





勇者「魔女……もういいかな?」ヒソヒソ

魔女「うん、さっきので5つだし、これで……」ペラッ


魔女「え?」


勇者「どうかした?」

魔女「条件が達成になってない……!?」

勇者「え、どういうこと……?」





魔女「アタシたちは5つ嘘をついた。なのに条件は達成されてない……つまり」

勇者「……商人さんが、信じてない……? いや、そんなハズは……」

魔女「普通に考えれば、むしろ信じる方がおかしい嘘ばかりだったけど……じゃあ、まさか」

勇者「もしそうだったら……。もっと根本的に、オレが女ってところから信じてない……!?」


勇者「……」チラッ

魔女「……」チラッ



商人「2人して内緒話? どうかしたのかしら?」ニコッ





勇者「…………。商人さん、訊きたいことがあるんだけど……」


商人「あら、なにかしら、急に改まって。フフフ、もしかして、また愛の告白かしら?」

勇者「正直、わかってるんだよね? 今までオレが、オレたちが、嘘をついているってことを」

魔女(ゆ、勇者……! それは尚早なんじゃ……)

商人「今までの、あなたたちの話? それは、どの話のことを言っているのかしら?」

勇者「どの話というか、まぁ、いろいろ……」

商人「…………。」





商人「やっぱり、嘘ついてたのね」


勇者「!」

魔女「“やっぱり”ってことは……」


商人「……自覚はないけれど、どうやらわたしは騙されやすい人間らしいの」

商人「お父様も、お母様も、家庭教師もみんな口をそろえて言うのだから、間違いないのでしょうね」


勇者「……?」





商人「ずっとわたしに優しい人たちばかりに囲まれて、お姫様のように扱われて育ったものだから……」

商人「どうにも、人の言ったことを疑えない性質らしくってね。だから余計に人前へ出させてもらえなくなって」


商人「ずっとお願いし続けて、ようやく外でのお仕事を貰えたのが、あの……」

商人「ドゥルチャナ平原を抜けて、“マアパイ村”へのお使いだったの」


勇者「!」





商人「あとからわかったのだけれど、わたしはあの時も、別の商会の人に騙されていたそうね」

商人「そして勇者と魔女は、そんなわたしを助けてくれたということも、あとで知ったわ」

商人「勇者が告白してきた後、あの草陰で黒コゲになっていたのが、噂になっていた魔物だったのでしょう?」


勇者「……まぁ、そうだね」





商人「わたしは嘘が見抜けない……だからわたしはいつしか、嘘を見抜かなくても済む方法を身につけたのよ」ドヤッ


勇者「え?」






商人「『この人になら騙されても良い』と思った人とだけ、お付き合いすればいいのよ」ニコッ



勇者「!!」

魔女「!!」






商人「そうすれば、たとえ騙されても後悔しなくて済むでしょう?」ドヤッ

商人「たとえ嘘は見抜けなくても、良い人や優しい人だけに囲まれて生きてきたわたしだもの」

商人「良い人を見抜く目だけは、持っているつもりよ」

商人「そういう人と付き合っていれば、もしわたしが誰かに騙されそうになったら、きっと助けてもらえるもの」



商人「『嘘でもいい』のだから、言葉はすべて半信半疑で聞いているけれど……」

商人「わたしが信じているのは、言葉じゃなくて人だもの」


商人「それが、わたしが勇者と友達でいる理由よ」ドヤッ





勇者「……なんか、ほんとにごめんね……」

魔女「うん……嘘ついてたのが恥ずかしいよ。ごめん……」


商人「フフフ、そうね。いくら騙されてもいいとはいっても、これからはなるべく嘘は無しでお願いするわ」


勇者「うん、もう商人さんに嘘はつかないよ」

魔女「そうだね、約束する」





勇者「まずオレは女じゃなくて男だし、つまり同性愛でもなんでもないんだ。さっきは魔法で女の子に化けてたけど」

商人「え、あ、そうなの……? お、男……?」


魔女「それから庭師じゃなくて、『勇者』と『王国お抱え魔法使い』なの」

商人「勇者って……えっ……」


勇者「それから魔女とは姉妹でもなければ血縁関係もない。完全な赤の他人だよ」

商人「そ、そう……」


魔女「あの時アタシたちがドゥルチャナ平原にいたのは魔物を討伐するためで、商人さんが騙されてるのは知ってたんだ」

商人「…………ええ」


勇者「魔物との戦いを見せてパニックになられたら困るから、とっさにオレが商人さんに告白して意識を逸らしたりもして……」

商人「!?」





勇者「ふぅ、なんだか隠してたことを打ち明けたら、胸のつっかえが取れた気分だよ」

魔女「やっぱり隠し事はよくないね」


商人「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。整理が追いついていないわ」

商人「あなたたち、この短期間で、よくもまぁそんなに嘘を重ねたものね……」

商人「……せいぜい1個か2個くらいだと思っていたのに」


勇者「え、そうだったの? てっきり全部バレてたのかと……」


商人「あまつさえ、告白さえも嘘だったなんて……」

商人「……フフフ、このわたしに、これほどの精神的ダメージを与えるだなんてね……褒めてあげるわ」フルフル


勇者「あ、あれ……? 商人さん?」





商人「商売人として、迂闊に感情を表に出さない訓練は積んできたけれど……フフフ、こんなところで役に立つだなんてね」グスッ

勇者「出ちゃってる! 涙は止められてないよ!? ごめん、ほんとにごめんなさいっ!」

商人「気にする必要はないわ。友達のいない女が勝手に盛り上がっていただけだもの。フフフ、滑稽ね」ポロポロ

勇者「そんな余裕たっぷりにカリスマ放出しながら泣かないで!? オレたち商人さんのこと大好きだから!」

魔女「そ、そうだよ、告白は嘘だけど、商人さんのことは普通に好きだから、ね!?」ナデナデ

商人「ふぇええええええええんっ!」ポロポロ

勇者「ぎゃああああああッ!! とうとうガチ泣きが始まっちゃった!!」





・・・・・・



商人「もう落ち着いたわ。恥ずかしいところをお見せしたわね」


勇者「い、いや……うん」

魔女「なんか、ほんとにごめんね……」


勇者(……いつものカリスマは、レアアノス商会幹部としての仮面なのかな……?)



勇者「だけどオレが男だとバレた以上は、もうこうして会ったりはできないんだね」

魔女「え? ……あ、そっか。男とは関わっちゃいけないんだっけ」


商人「……そうね、お父様にそう言いつけられているわ」





勇者「なんというか、短い間だったし、不思議な出会い方だったけど……商人さんとお友達になれて楽しかったよ」

商人「ええ、わたしもよ。勇者とお友達になれて嬉しかったわ。だけどそんな今わの際みたいな言葉はやめてちょうだい」

勇者「そうだね……いつかまた、別の出会い方をするかもしれないしね」

商人「フフフ、その時が来るまで、しばしのお別れといったところかしら」

勇者「うん。魔王討伐遠征に出かける前までには必ず、また会いに行くよ」

商人「……ええ、そのときには魔女も是非いっしょにね」

魔女「うん、もちろん」



商人「それでは、来たる時まで―――御機嫌よう、二人とも」ニコッ





―――王城・小会議室―――



勇者「……とかなんとか、なにやら感動的っぽくしめやかにお別れしたのが、3時間前のことだけど……」



商人「あら、もう3時間も経っていたのね。フフフ、時間が流れるのは早いものだわ」ドヤァ



勇者「なんで舌の根も乾かないうちに、当たり前みたいな顔して戻ってきてるの!?」

商人「お父様に、勇者の嘘について正直に報告したのよ。そしてその上で、また会いたいとお願いしたの」

勇者「えっ……それで、許可が出たの? そ、そんなあっさりと?」





商人「勇者の方から、嘘を告白してくれたり、お別れを切り出したこと……それらのことが加味された結果なのかもしれないわね」

勇者「そ、そうなの……?」

商人「それから、勇者が『勇者』であることも理由の一つかもしれないけれど」

勇者「……へぇ」

商人「ただし条件が一つだけあって……」

勇者「え? 条件って?」






商人「今度は勇者をうちに連れてこいって、お父様が。なんでも、二人っきりでじっくりとお話がしたいみたいよ」ニコッ



勇者(あー死んだ、これ絶対死んだわオレ)バタッ


商人「あら、白目をむいて失神するくらい嬉しかったのかしら? フフフ、わたしも嬉しいわよ、勇者」ドヤァ





―――セドサル王城・国王の間―――



勇者「姫様の護衛……ですか?」


王様「うむ、そうだ。お主たちには、城下の混乱が収束するまでの間、姫の護衛に専念してもらいたい」


魔女「城下の混乱というのは、最近話題になっているという、例の……?」


王様「その通りだ。善良な市民が突然凶暴化し暴れだすという事件、その原因究明が済むまでだな」

王様「何者か、混乱を先導している賊が存在していると思われる。その者を突き止めるまで、姫を警護するのだ」


勇者「はっ! かしこまりました!」

魔女「我々にお任せください」


王様「うむ、任せたぞ」





―――王城・姫の私室―――



メイド「こちらが、姫様のお部屋です」


勇者「うん、ありがとうメイドさん」

魔女「アタシたちが入っても大丈夫なの? 不敬罪とかで処刑されない?」


メイド「そ、それは大丈夫だと思います。姫様はお優しい方ですから……」


勇者「まさか姫様の護衛を、王様に頼まれるなんてなぁ」

魔女「ちょうどよかったね。ついでに習得条件も満たせるかもしれないし」ペラッ


○348『d9YTlIoW0』
  呪文効果:さまざまな形状の障壁を生み出す
  習得条件:自国の姫の護衛をする


勇者「それじゃあ、姫様と仲の良いっていうメイドさんがノックしてくれるかな?」

メイド「はい、わかりました!」





 コンコン


メイド「姫様? 今、よろしいでしょうか?」


 『あ、メイドちゃん? うん、いいよ~』


メイド「勇者様と魔女様をお連れしました。失礼いたします」


 ガチャッ


姫「いらっしゃい~。勇者くんとは久しぶりかな~、よろしくね~」ニコッ





勇者「お、お久しぶりです姫様。勇者です」ペコッ

魔女「お初にお目にかかります……魔女と申します」ペコッ


姫「うふふ、そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ~。さ、入って入って~」ニコニコ


勇者「……失礼いたします」

魔女(滅多に公の場に姿を現さない、セドサルの姫君……想像してたよりもフワフワした子だなぁ)





姫「ええっと~……わたしの護衛をしてくれるんだよね~?」


勇者「はい。王国内に侵入した賊を排除して、危険を取り除くまでの間ですが」

姫「そうなんだ~。っていうことは、その賊さんを、見失っちゃったんだね~」

勇者「え?」

魔女「まだ賊が存在するのかはわかってはいないのですが、王国の兵団が探しているそうです」

姫「賊さんは、よっぽど不思議な魔法を使うんだね~」

勇者「……?」





姫「メイドちゃんは、もう下がって大丈夫だよ~」ニコッ


メイド「あ、はい……! ではお食事の時間になりましたら、またこちらへ参りますね」

姫「うん、おつかれさま~」フリフリ


メイド「勇者様、魔女様。姫様をどうか、よろしくお願いいたします」ペコッ

勇者「うん、任せて」

魔女「最善を尽くすよ」


メイド「それでは、失礼いたします」ガチャッ

 バタン





姫「……ところで勇者くん、魔女ちゃん。賊さんの目的はわかってるのかな~?」


勇者「え? いえ、まだわかっていないそうですが……」

魔女「賊が存在するとなれば、通り魔的な愉快犯だと思われますが」


姫「へえ~、そうなんだ~。…………。あの~、ところで」



姫「そこに隠れてるのは誰なのかな~?」



勇者「え?」

魔女「は?」





姫「…………。」

姫「うふふ、なんちゃって~」ニコッ

姫「気のせいだったみたい。びっくりさせちゃってごめんね~」


勇者「は、はぁ……」

勇者(相変わらず、なにを考えているのか読めない人だなぁ……)





姫「2人は、その賊さんが、どれくらいの規模の相手だと考えてるのかな~?」


勇者「規模……ですか?」

魔女「特に思想などはない個人だと考えていますが……集団かもしれないということでしょうか?」


姫「これはわたしの勝手な想像なんだけどね~」

姫「この賊さんは、もしかして魔王の手先なんじゃないかな~……って」ニコッ


魔女「えっ!?」

勇者「魔王の手先……!? ってことは、魔族が王国に侵入したってことですか!?」





姫「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね~」

姫「だけどそういう最悪の想定もしておいたほうがいいと思うな~」


勇者「……肝に銘じておきます」

魔女「……。」



姫「あ、そうだ~。そんなことより、勇者くんに訊きたいことがあったんだった~」

姫「こんなつまらないお話よりも、こっちのほうがいいよね~」


勇者「?」





姫「ちょっと勇者くん、あっちのベッドの方に行こっか~。二人っきりでナイショのお話をしようよ~」ニコッ

勇者「え……わ、わかりました」

姫「魔女ちゃんはちょっとだけ待っててね~」スタスタ

魔女「は、はぁ……」





姫「はい、じゃあここに座ってね~」ニコニコ

勇者「し、失礼します」ポスッ

姫「は~い」ニコッ

勇者「あの、それでお話というのは……?」

姫「うふふ、えっとね~。ずばり訊くけど、勇者くんは好きな人っているのかな~?」

勇者「はいっ!?」





勇者「な、なんですか急に!?」

姫「しーっ、静かに。魔女ちゃんに聞こえちゃうよ~」

勇者「す、すみません……でも、どうしてそんなことを?」

姫「うふふ、わたしって、けっこうお節介なところがあるから~」ニコニコ

勇者「……?」

姫「それで、どうなのかな~? 勇者くん、好きな人はいる? あっ、もちろん恋愛的な意味でだよ~?」ニコッ

勇者「恋愛……ですか。いえ、特には……」

姫「え~、ホントのホントに~?」

勇者「は、はい……」





姫「ふ~ん、そっか~。魔女ちゃんのことも好きじゃないの? 可愛いのに~」

勇者「そんな……女の子を顔で好き嫌いするなんて、恐れ多いですよ。それにオレは、よく笑う子がタイプです」

姫「そっかそっか~、たしかに魔女ちゃんはむっつりしてて、あんまり笑ったりしなさそうかもね~」ニコッ

勇者「出会って2週間くらいになりますけど、まだ1回も笑ったところを見たことはありませんね……すごく信頼はしてますけど」

姫「ふ~ん…………じゃあ急がないと」ボソッ

勇者「え?」

姫「うふふ、なんでもないよ~」ニコッ





姫「それじゃあ、メイドちゃんはどうなのかな~?」

勇者「メイドさんですか。まさしく理想的な女の子って印象です」

姫「うんうん、そうだよね~。あんなに良い子は、そうそういないと思うな~」ニコニコ

勇者「昔からずっとお世話になってますから、頼りになるお姉ちゃんか幼馴染って感じです。向こうもそう言うんじゃないかな」

姫「……あぁ~……なるほど、そういうことだったんだ~……逆に近すぎちゃったんだね~」

勇者「え?」

姫「ううん、こっちの話だよ~。気にしないでね~」ニコッ





姫「勇者くんはメイドちゃんのことを、憎からず思っているんだよね~?」

勇者「まぁ、そうですね。恋愛とかは、よくわかりませんけど……」

姫「恋愛がよくわからないか~。『勇者』として大事に育てられたせいで、女の子との接点が少ないからかな~?」

勇者「つい最近まで、親しい女の子はメイドさんと師匠……武闘家さんだけでしたので」

姫「うんうん、倍率低いからって、悠長に構えてるべきじゃなかったね~」

勇者「え?」

姫「うふふ、これもこっちの話~」ニコッ





姫「でもメイドちゃんは、勇者くんともっともっと仲良くなりたいと思ってるはずだよ~?」

勇者「え、メイドさんがですか?」

姫「うん。そうでもなきゃ、異性の部屋に入り浸ったり、やたらと世話を焼いたりなんてしないでしょ~?」

勇者「ま、まぁ、それは……」

姫「明らかに仕事の範疇を越えてると思うんだよね~。それってメイドちゃんの方にも、思うところがあるってことじゃないかな~」

勇者「……メイドさんが……」

姫「メイドちゃんの言動に、今まで以上に気を配ってみてほしいな~。そうすれば、自分でも気がつかなかった感情に気がつくかもね~」

勇者「……気をつけてみます」

姫「うんうん、私の親友をよろしくね~」ニコッ





姫「それじゃあ、魔女ちゃんのところに戻ろっか~」スクッ

勇者「はい」


 『きゃあああああっ!?』


勇者「っ!? なんだ、部屋の外から……!?」

魔女「まさか……姫様、こちらへ!」



 ガチャッ



メイド「…………。」





勇者「……メイドさん? 今の悲鳴、どうしたの?」


メイド「…………。いいえ、なんでもありません♪」


勇者「え……そ、そう? なら良いんだけど……」

魔女「びっくりさせないでよ……賊がここまで来たのかと思っちゃった」

メイド「ふふ、ごめんなさい」ニコッ

勇者「ん?」

メイド「どうかなさいましたか?」ニコニコ





勇者「……お前……誰だ?」



メイド「へっ!?」



魔女「えっ」

姫「……うふふ」ニコッ





メイド「な、なにを言ってるんですか? 私のこと忘れちゃいましたか? メイドですよ」ニコッ


勇者「……べつに、具体的になにかがおかしいってわけじゃないんだ」

勇者「でも、なにか違う。笑顔も、仕草も……ずっと一緒にいたオレを舐めるなよ」

勇者「もう一度訊くぞ。お前は誰だ」


メイド「……で、ですから、私は……」


魔女「メイドさん、その腕の傷は……? 歯形に見えるけど……」


メイド「っ!? こ、これは……」サッ





魔女「……あっ! 城下で突然暴れだした人は、人に噛みついたりするって……!」

魔女「そして噛みつかれた人の中から、また急に暴れだす人が出るらしいけど……まさか!」


勇者「……メイドさん、オレたちが最後に一緒にお風呂に入ったのは何歳だっけ?」


メイド「え、えっと……8歳くらい、でしたっけ……?」


勇者「メイドさんと一緒に風呂入ったことなんてねぇよ!! 構えろ魔女!」バッ

魔女「姫様、奥の部屋へ隠れていてください!!」バッ


姫「うん」ニコッ



メイド「チッ……勘の良いガキども……。こんなことなら欲張らねぇで、さっきの兵士の身体を着とくんだったわね」





勇者「メイドさんの声と顔で、汚い言葉使いやがって……」

魔女「どうやら憑依して身体を乗っ取ってるみたいだね」

勇者「メイドさんの身体は傷つけないでよ? 無力化できる魔法とかあるでしょ?」

魔女「わかってるよ」


メイド「おおっとォ! 動くんじゃねぇわよ? 私がその気になれば、この娘を殺すくらいワケねぇのよ?」ニヤッ


勇者「……!」


メイド「顔色が変わったわね? もしかしてこの娘、お前の女? アハハ、そりゃ良いわね!」ニタァ

メイド「へぇ~……この娘、大人しい顔して、なかなかエロい身体してんじゃねぇのよ。ねぇ『勇者』様?」モミモミ


勇者「メイドさんの身体に触るな!!」





メイド「この私に命令してんじゃねぇわよ、バァーカ!! まだ自分の立場がわかってねぇみたいね!!」

メイド「この娘を救いたければ、お前が私とキスすることよ!!」


勇者「……はぁ?」

魔女「今度は勇者の身体を乗っ取るつもり……?」


メイド「その通り! アハハ、お前の女の手で、お前を葬ってやるのも面白そうだけど……」

メイド「お前を葬る前に、お前の身体で散々暴れまわってやるわっ!! アハハハハ!!」





勇者「……お前の目的はなんなんだ!」


メイド「目的ぃ? アハハ、魔物が『勇者』の命を狙うのに理由なんかいらねぇわよ」

メイド「しいて言うなら、我らが魔王様のためね」ニヤッ


勇者「魔王!?」

魔女「まさか姫様の言った通り、本当に魔王の手下だったの!?」


メイド「あれ、なんかバレてたっぽい? ……まぁいいけど」

メイド「勇者が人間の国から出ずに、ずっとなにかの準備を進めてるって聞いたんでね……こうして潰しに来てやったってわけよ」

メイド「この魔王軍大幹部、四天王が一人……海を統べる女王、水魔様がねぇ!!」





魔女「……悪いけど勇者、アンタが死んだら魔王を倒せなくなる。だから、可哀想だけど……」

勇者「ねぇ魔女、どうしてヤツは、噛んだりキスしたりで相手の身体を乗っ取れるんだと思う?」ヒソヒソ

魔女「え?」

勇者「それにどうやら、宿主の身体を『本体』が移動して乗っ取ってるみたいだ。なら、宿主が攻撃を受けたらどうなる?」

魔女「……まさか勇者……!」

勇者「ヤツがオレに移動するとき、ヤツの正体がわかるはずだ。そこを叩こう」スタスタ

魔女「ちょ、勇者……!?」





勇者「メイドさんを死なせるわけにはいかない……わかった、お前の言うとおりにする」

メイド「アハハ、物分かりがよくて助かるわ」ニヤッ

勇者「ただしオレの精神力を甘く見てると、痛い目を見るのはお前かもしれないぞ」

メイド「ほざいてんじゃねぇわよ。まさかこの私から肉体の支配権を奪取できるとでも?」

勇者「やってみなきゃわかんないだろ」

メイド「はっ。そいつがお前の遺言よ」スタスタ





メイド「……」ジッ

勇者「?」

メイド「なにしてんのよ……キスするんだから、目ぇ開けてんじゃねぇわよ」

勇者「え? あ、うん……」

メイド「んっ」グイッ



 チュッ





メイド「んむっ……」ギュゥ

勇者「!」


 ゴボゴボッ!!


勇者(なんだ、胃液か!? いや違う……海水だ! 海水が流れ込んでくる! そうか、この水がこいつの本体で……)

勇者(相手を噛んだ時に、本体を相手の体内に流し込んで、内側から乗っ取ってるのか!!)


メイド「んっ、んくっ……」ギュゥゥ

勇者「ぐぶっ……ごぼっ……!?」ゴクッ


メイド「ぷはっ……」ドサッ


勇者「……っ」ヨロッ





魔女「勇者っ!?」


勇者「…………ふふ」


勇者「アハハハハ! 大層なこと言って、全然大したことねぇわね!」

勇者「簡単に乗っ取ってやったわ! アハハハハハハ!!」


魔女「そっか……本体である水が、宿主の体内に潜り込んで操ってるんだね」


勇者「その通りよ! そして……さぁ、まずは手始めにお前たちを……!!」ニタァ


魔女「nWH8bEgTO」


勇者「きゃんッ!!?」バヂヂヂッ!!





勇者「かはッ……!? な、電気……ッ!?」ガクッ


魔女「nWH8bEgTO」


勇者「ぎゃあああああっ!?」バヂヂヂヂッ!!

勇者「がっ……!?」ドサッ


魔女「宿主と感覚がリンクしてようがしてまいが、本体が水なら電気を流せばダメージが通るよね?」

魔女「当然勇者の身体にもダメージがあるから、感覚がリンクしてれば、アンタは倍のダメージを受けることになる」





勇者「バ、カな……!! この身体は、勇者……なのよっ!? それを……」ピクピク


魔女「そうだね。その身体は勇者の身体だから……武闘家さんにシゴかれ続けた勇者の身体だから」

魔女「メイドさんの身体と違って、多少の無茶をしても大丈夫なんだよ」ジロッ


勇者「ひっ!?」ビクッ


魔女「nWH8bEgTO」


勇者「あばばばばばばばっ!?」バヂヂヂヂヂッ!!





・・・・・・


勇者「死……ぬ……」シュゥゥ…


魔女「早く勇者の身体から出てこないと、本体が蒸発するまで続けるよ」

勇者「待って……待って、ください……私は、光が、弱点だから……体内にいないと、死ぬ……」ゼェゼェ

魔女「じゃあ、ここまでどうやって来たの?」

勇者「し、深海から……魚とか、鳥とか、動物を伝ってきて……人間を乗っ取ってからは、人から人へ……」

魔女「ふぅん、なるほどね。街でのアレも、悪戯に騒ぎを起こしてたんじゃなくて、アタシたちに近づきやすい宿主を探してたんだ?」

勇者「は、はひっ……」





姫「わぁ、黒こげ~。勇者くんの身体なのに、酷いことするね~」ヒョコ


魔女「あ、姫様……!」

姫「それとも、なにか勇者くんとか、この魔物さんに対して、“ムカつくこと”があったのかな~?」ニコッ

魔女「……?」

姫「うふふ、自覚はないんだね~。私やメイドちゃんにとっては、良いことだけど~」ニコニコ





姫「それより、この魔物さんはどうするつもりなの~?」

魔女「このまま蒸発させてしまうのが良いかと思いますが」


勇者「ひいっ!?」ビクッ


姫「う~ん、だけど魔王軍の四天王とか言ってたし、それがホントなら、いろいろ良いこと教えてくれそうじゃないかな~?」

魔女「ふむ……しかし捕虜にしておくにしても、勇者の身体に入れっぱなしにしておくわけにもいきませんし……」


姫「うふふ、それならいい案があるよ~」ニコッ





・・・・・・



盗賊「……こ、この私を、こんなちんちくりんの小娘の身体に押し込んでんじゃねぇわよ……」プルプル


勇者「誰なんですか、この肌の浅黒い女の子は?」

姫「なんでも、こないだ魔王軍に壊滅させられたっていう盗賊団の、唯一の生き残りなんだってさ~」

魔女「生き残りと言っても、意識を失ったままずっと目覚めない状態らしいですが」

姫「そうそう。だから誰かが、身体を動かしてあげたり、食事をとらせてあげないといけないんだよね~」

勇者「なるほど、一時的にこいつを入れておくには、ちょうどいいってわけですか」

姫「それにこうやって刺激を与えてたほうが、意識が戻りやすいかもしれないしね~」ニコッ





盗賊「はっ、誰がそんなことするもんか……」


魔女「……へぇ?」ジロッ


盗賊「よッ、よろこんでぇっ♪」ビクビク


勇者「おいおい、あんまりイジメるなよ……?」

魔女「……なんで勇者がこいつの肩を持つの?」ジッ

勇者「おんなじ痛みを共有してたからだよっ!! あそこまでやれとは言ってないだろ!? まだ身体が痺れてるわっ!!」

姫「それに、おかげでメイドちゃんとキスもできたしね~。役得だったよね~」ニコニコ

勇者「え、いや、それはその……」///


魔女「……ふん」プイッ





メイド「……んん……」モゾッ


勇者「あ、メイドさん! 目が覚めたんだね!」

メイド「……勇者さん……? あれ、ここは姫様の……」

勇者「どこか痛くない? 大丈夫?」


姫「ねえねえ、ところでさ~。勇者くんは操られてる間の意識はあったのかな~?」ニコッ

勇者「え? まぁ、そうですね。なんだか水中から地上の光景を眺めてるみたいな、不思議な感覚でしたけど……」

姫「そっかそっか~、つまりそれって……」ニコニコ


メイド「……~~~~~っ!!!!」カァァ ///


勇者「あっ……!」///





―――セドサル王城・国王の間―――



王様「此度の件は、ご苦労であったな」

王様「姫はやけに上機嫌で、お主たちの活躍に非常に満足いったとのことだ」


勇者「は、はぁ……」///

魔女「……恐縮です」


王様「魔王軍の刺客による侵攻を食い止めたばかりか、よもや生け捕りにするとは恐れ入った」

王様「引き続き、活躍を期待しておるぞ」


勇者「はっ!」ペコッ

魔女「お任せください」ペコッ




王様「……念のために、あやつにも姫の護衛を命じたが……要らぬ心配だったようだな」ボソッ





―――セドサル王城・廊下―――



メイド「ふぅ……まさか盗賊ちゃんのお世話も任されるだなんて……」

メイド「ま、まぁ、でも盗賊ちゃんのおかげで、勇者様と、キ、キ、キスできたし……」///

メイド「人間の敵とはいえ、ちょっとくらいならお世話してあげてもいいかもしれないなぁ……なんて」///



メイド「……ん?」

メイド「私の部屋の前に、なにか転がって……」



勇者「……死にたい……死んでしまいたい」ガクガク

魔女「わかってたけどでもついに面と向かって言われると傷つくっていうか特にとか言われたしそもそもアタシはあんまり」ブツブツ



メイド「いったい何がっ!?」ガーン





・・・・・・


メイド「妖精ちゃんに嫌われた……ですか?」


勇者「そうなんだよっ! ついに反抗期なんだよ!」

魔女「……反抗期とか関係なく嫌われたんじゃないかな」

勇者「おいやめろ! その事実から目を逸らすために反抗期って言葉を使ってるんだから!!」


メイド「ちょ、ちょっと待ってください! 妖精ちゃんが勇者様を嫌うだなんて、なにかの間違いでは……?」


勇者「間違いじゃないんだよ! だって『パパなんて嫌い』って言われたんだよ!?」

勇者「頭撫でたりしても全然喜んでなかったし、むしろそっぽ向かれたし!!」





メイド(え、えぇー……。昨日の夜だって、ずっとパパ、パパって言ってたのに……)


メイド「と、とにかく、妖精ちゃんにお話を聞いてみましょう。妖精ちゃんは私の部屋の中ですよね?」

勇者「うん……」

メイド「きっとなにか行き違いがあったんですよ。ですからそんなに落ち込まないでください」ニコッ

勇者「メイドさん……!」キラキラ


メイド(それとも、私の育て方が悪かったのかな……もしそうなら……うぅ)

メイド(とにかく話を聞いてみないと)


 ガチャッ





―――王城・メイドの私室―――



妖精「あ、ママ……じゃなかった、メイドお姉ちゃん」


メイド「あの、妖精ちゃん。……勇者様たちに、嫌いって言ったんですか?」

妖精「あ……そ、それは」チラッ


勇者「……っ」ウルウル

魔女「……」ソワソワ


妖精「き、きらいだもん……」プイッ


勇者「」バタッ

メイド「勇者様ーっ!?」





メイド「妖精ちゃん、なにがあったんですか……? 昨日だって勇者様と遊びたいって言ってたじゃありませんか」

妖精「だって……うぅ、とにかくきらいだもん!」プイッ

メイド「妖精ちゃん……」



魔女「勇者、気持ちはわかるけどしっかりして……」ユサユサ

勇者「」





・・・・・・



メイド「いったいなにがあったんですか? 妖精ちゃんを怒らせるようなことをしてしまったとか……?」


勇者「ずっと魔法習得にかまけて構ってあげられなかったからかなぁ……」

魔女「ついに愛想尽かされちゃったんだよ、きっと……」


メイド「と、とにかく、さっきの状況になるまでの流れを聞かせてください。それでなにかわかるかもしれません」


勇者「うん……それを説明するには、まず今朝のことを話さないとね」

勇者「会議室で、オレと魔女が育ててた植物があるんだけど……」





―――王城・小会議室―――



魔女「もう今日で10日目なのに……」

勇者「まだ朝だし、これから咲くのかもしれないよ」

魔女「でも、元気ないよ……? 庭師に聞いたんだけど、エーオテミスは魔草だから普通と違うんだって」

勇者「魔草かぁ……たしかに見たことない花だし、育て方を間違っちゃったのかな」

魔女「そんな……どうにかならないかな? 庭師もよくわからないって言ってたんだけど……」

勇者「魔法植物のことなら、もしかして妖精が知ってたりしないかな?」





魔女「あっ! 妖精ちゃんといえば、花を咲かせる魔法があったよ! これなんだけど……」ペラッ


○090『PETnxi4F0』
  呪文効果:花を咲かせる
  習得条件:勇者と魔女が妖精に呪文を教わる


勇者「へぇ、こんな魔法があったんだ。花を咲かせる呪文について教わるってこと?」

魔女「多分ね。魔法なしで立派に育てたかったから習得は見送ってたけど、こうなったら魔法にだって頼るしかないよ」

勇者「せっかくここまで育ったのに、咲けないんじゃ可哀想だもんな……。よし、妖精に教わりに行こう!」

魔女「うんっ!」





―――王城・メイドの私室―――



魔女「ここに妖精ちゃんが?」

勇者「うん。オレの部屋にいないときは、大抵ここにいるんだ」


 コンコン


勇者「お邪魔しまーす」ガチャッ


妖精「あっ、パパ……!」





勇者「わぁ、しばらく見ないあいだに、また大きくなったね」

魔女「あの小学生騎士くらいの背丈かな」

勇者「今日で12日目だから、人間で12歳くらいかな。ちょっと小柄だけど」

妖精「ど、どうしたの、パパの方からこっちに来るなんて、めずらしいけど……」ソワソワ

勇者「そういえばそうだったね。急にごめん」

妖精「べ、べつにいいけどねっ! 暇だったから、パパの相手してあげても、いいよ……///」ソワソワ

勇者「そっか、ありがとう! じつは妖精に聞きたいことがあって」

妖精「え?」

勇者「前に話した安価絵日記に関わることなんだけど……」





・・・・・・


勇者「そういうわけで、妖精に話を聞きに来たんだ」

妖精「………………」

魔女「妖精ちゃん、どうかしたの?」

妖精「つまり、パパと魔女さんは……その植物のために、あたしに会いに来たんだ……」プルプル

勇者「……妖精?」





妖精「そんなの教えてあげないもん! パパなんてきらい!!」


勇者「ッ!?!?!?」ガガーン!!



妖精「魔女さんもきらい! 特にきらい!!」


魔女「特にッ!?!?」ガガーン!!



妖精「ふんっ」プイッ





勇者「ご、ごめんね妖精! なにか気に食わなかったのかな……? ほら、仲直りしよう……?」ナデナデ

妖精「頭なでないで!」パシッ

勇者「なッ!!?」ガーン

妖精「あっ……、ふんっ」プイッ


勇者「そ、そんな……ついに来てしまったのか……反抗期が!!」


妖精「パパなんて知らないもん。出てって!」



勇者「そ、そんなぁぁあああああああっ!!?」





・・・・・・


勇者「……というわけでして」

魔女「……うん」

メイド「とりあえず私に言えることは……」



メイド「勇者様と魔女様が悪いです!!」



勇者「!」

魔女「!」





メイド「素直になれない妖精ちゃんも妖精ちゃんですが、そこはお二人が気持ちを察してあげないといけません」


メイド「発育や発達が早いとはいえ、妖精ちゃんはまだ生まれて2週間も経っていないんです」

メイド「見た目は成長していても、まだまだ誰かに甘えたいお年頃なんです」

メイド「それなのに、お二人とほとんど会えない日があったりして……」


メイド「私が母親代わりになっているとはいえ、やっぱりそれは“代わり”なんです」

メイド「本当のパパとママが自分をほったらかしにしていると思ったら、寂しいし、悲しいに決まってます!」


勇者「……」

魔女「……」





メイド「妖精ちゃんは誰に似たのか、最近、自分のしてほしいことを素直に言わなくなっちゃいました」

メイド「だからもっと注意して、妖精ちゃんの気持ちを汲んであげないといけません」


勇者「妖精が急に怒り出したのは……」


メイド「ずっと会いたかった勇者様の方から来てくれて、すごく嬉しかったのに……」

メイド「妖精ちゃんのためじゃなくて、自分たちの都合のために来たんだと知って怒ったんです」


勇者「頭を撫でたら怒ったのは……?」


メイド「都合のいい時だけ子供扱いして、適当になだめておこうという態度に怒ったのだと思います」

メイド「普通に撫でられる分には、すごく喜ぶはずですから」





魔女「あの、じゃあアタシのことを“特に”嫌いなのは……?」


メイド「ママなのにほとんど相手をしてくれないのと、パパである勇者様を独占してるように見えるのではないでしょうか」

メイド「それに魔女様が勇者様を連れ回すおかげで、妖精ちゃんが勇者様と接する時間が減っていますから」


勇者「……」

魔女「……」


メイド「とにかくっ! もう一度妖精ちゃんに会ってきて、仲直りしてくださいね」

メイド「それから精いっぱい甘やかしてあげてください!」


勇者「は、はいっ!」

魔女「うん……!」





 ガチャッ


勇者「妖精っ!!」


妖精「っ!?」ビクッ


勇者「……」スタスタ


妖精「な、なに……? もしかして、さっきので怒っ……」


 ギュッ


妖精「ふぇっ?」





勇者「さっきはごめん! 妖精の気持ちも考えないで……」ギュゥゥ

魔女「今日はもう魔法習得はしないから、ずっとここにいるよ」

妖精「え、あの……?」

勇者「妖精がオレたちのこと嫌いでも、オレたちは妖精のこと大好きだからね!」ナデナデ

妖精「う……またそうやって、ごまかして……」///

勇者「これはオレが撫でたくて撫でてるんだ! やめろと言われてもやめないからなっ!」

妖精「……そう、なんだ……。うん、じゃあ、しょうがないから、撫でさせてあげる……///」ギュッ


魔女(ニヤけてるのが抑えきれてない……可愛い……)





・・・・・・



妖精「ねぇパパ」

勇者「うん?」

妖精「パパのこときらいって言ったけど、あれは嘘だからね? ぜんぜん本気じゃないんだよ?」ギュゥ

勇者「はは、ありがとね、妖精。これからはホントに嫌われないように、気をつけるよ」

妖精「パパのこときらいになんてならないから、気をつけなくてもいいよ? あ、でもいっぱい遊んでくれると、うれしいな……」

勇者「うん、これからは朝とか夜とかにいきなりオレの部屋に来ても良いからね」

妖精「ほんとっ!?」パァ

勇者「なるべく毎日顔を合わせよう。パパなんだから、当然だよな」

妖精「やったぁ! パパだいすき!」ギュゥ





魔女「あの、アタシは……」


妖精「うーん、魔女さんは、べつにいい」


魔女「!?」ガーン

勇者「魔女は最初の方で、ネグレクトしちゃったからね……溝は深いかな」

魔女「うぅ……仕方ないか。ゆっくり打ち解けていこう」

勇者「いつかはママって呼んでもらえるといいね」


妖精「……」





妖精「でも今日はすごく嬉しかったから、トクベツ」

魔女「え?」

妖精「エーオテミスはね、魔力の通った光を浴びせてあげると綺麗に咲くんだよ」

魔女「!」


妖精「えっと、この呪文について教えてあげればいいんだよね?」

妖精「あたしたち妖精は、あんまり呪文を唱えたりはしないから、うまく説明できるかわからないけど……」

妖精「それでも、いい?」


魔女「うん。ありがと、妖精ちゃん」


妖精「……べつに」プイッ


わぁい、許されざる書き間違いをしてました……

前回の妖精編でも、妖精と魔女が混ざって幼女って打っていたこともありましたが……今度は時空を超えたミスをしてしまいました、以後気をつけます。




―――セドサル王城・庭園―――



勇者「あぁー……」ポカポカ

妖精「ほぇー……」ポカポカ

魔女「……」ポカポカ



勇者「こうやって妖精とゆっくりしたのって、じつは初めてだっけ?」

妖精「うん……だって、あんまりいっしょにいられないから、遊べるときには遊ばないともったいないもん」

勇者「そっか。これからは、そんなに焦らなくても良いように、なるべくいっしょにいようね」ニコッ

妖精「うんっ!」ニコッ





魔女「妖精ちゃんは、魔力を活動源にしてるんだよね?」

妖精「うん、そうだよ? でも、ごはんを食べたりもできるの」

勇者「メイドさんのご飯は美味しいもんね」

妖精「うん! ママ……じゃなかった、メイドお姉ちゃんのごはんは天下一品だから!」

勇者「たしかに。あれを毎日食べられるオレたちは幸せ者だよ」

妖精「そういえば、魔女さんは料理できるの?」

魔女「うっ……!? えっと、まぁ、ごく一般的なメニューなら、作れなくもないかな……?」

勇者「……意地張るなよ、目玉焼きでギリギリだろ」

魔女「せいっ!」ドガッ

勇者「ぐえっ!?」





妖精「あーっ!! なにやってるの!? パパをいじめないでよ!!」ペシペシ

魔女「ふんっ」プイッ

勇者「あはは……悪かったよ魔女。ごめん」

妖精「むぅ~……! パパも謝らなくてもいいのに……」

勇者「悪いことしたら謝るものだからね。妖精にもちゃんとやってほしいことは、オレもやらないと」

妖精「……えへへ、パパだもんね」

勇者「そういうこと」ニコッ





妖精「半日って、どれくらいなの?」

勇者「うーん、お昼から夕方くらいまでじゃないかな?」

魔女「そうだね、だいたいそれくらい。妖精ちゃんは飽きたら部屋に戻ってもいいけど……」

妖精「ううん、ずっとパパといっしょにいるもん! 魔女さんこそ、帰ってもいいよ!」

魔女「いや、アタシは必須条件だから……」ペラッ


○071『YXpSvsCP0』
  呪文効果:少量の光を操る
  習得条件:勇者と魔女が半日ひなたぼっこをする





妖精「むぅ~、魔女さんばっかりパパといっしょにいて、ずるい……」グヌヌ

勇者「まぁこの魔導書のおかげで、妖精が生まれたわけだし」

妖精「そうだけど……」

勇者「それに退屈しないように、さっき頼んでおいたんだ」

妖精「え?」


メイド「お待たせしました! お菓子と紅茶をお持ちしましたよ」ニコッ


妖精「お姉ちゃん!」パァァ

勇者「これくらいなら条件違反じゃないでしょ?」

魔女「うん、そうだね。さすがに何時間も外で転がってるのは辛いし」





メイド「ふふ、私もお仕事をだいたい片付けてきましたから、ご一緒してもよろしいですか?」

妖精「うんっ! やったぁ!」ギュッ

メイド「もう、妖精ちゃんは甘えんぼさんですね」ニコッ

妖精「えへへぇ」///



魔女「あーあ、時間を戻す魔法ないかなぁ……」ガクッ

勇者「あったとしても、こんなことのために使わないでよ? これから仲良くなればいいじゃないか」

魔女「ま、そうだね。気長に付き合っていくしかないかぁ……」





―――王城・小会議室―――



パァァァァ…!!


魔女「あ、見て見て勇者っ!!」


勇者「おおっ、蕾が開いて……花が咲いた!」

魔女「妖精ちゃんの言った通り、魔力を通した光を浴びせたらすぐだったね!」

勇者「10日目が終わる前に気づけてよかったね。自然に咲かせてあげられたし」





魔女「……綺麗」ポー

勇者「……」ジッ

魔女「なに?」

勇者「ああいや、なんていうか、魔女も可愛いものとか綺麗なものとかに興味があるんだなぁ……って」

魔女「ちょっと、それどういう意味?」ジロッ

勇者「い、いや……ほら、魔女ってクールなイメージだから」

魔女「そう? べつにそんなつもりはないけど……女の子が好きなものは、だいたい普通に好きだよ」

勇者「へぇ、そうなんだ?」

魔女「それに、こうやって自分の手で植物を立派に育ててあげられたこともなかったから……」

勇者「そっか。よかったね、魔女」ニコッ

魔女「……う、うんっ」





―――王城・魔女の私室―――



魔女「うぅん……」ゴロゴロ

魔女「便利だよね……すごく便利なんだけど……」ペラッ


○059『OTRJgjE50』
  呪文効果:対象の思考を読む
  習得条件:勇者と魔女が1時間見つめ合う


魔女「……べ、べつに、見つめ合うくらい大したことないけど……」

魔女「そう、倫理にもとる呪文だからね、これは……それだけっ」





魔女「それからあとは……」

魔女「……これとかもすごく便利そうなのに」ペラッ


○115『qM63jdog0』
  呪文効果:一定時間、周囲から勇者と魔女の姿が入れ替わって見える
  習得条件:勇者と魔女が1日中抱きしめ合う


○402『Pb0Ky9OBo』
  呪文効果:月光を強力な癒しの光に変える
  習得条件:勇者と魔女が満月の見える露天風呂に二人きりで入る


○413『lX9hbCcyo』
  呪文効果:勇者と手を繋いでいる間、魔女に対するあらゆるダメージを無効化する
  習得条件:勇者と魔女が36時間手をつないだまま日常生活を送る


魔女「なんでよりによって、こんな習得条件が……」///





魔女「ましてや、こんな恥ずかしいことなんか死んでもできないし……!」ペラッ


○392『sYjBFC330』
  呪文効果:ご飯、お風呂、布団が用意される
  習得条件:魔女が勇者に「ご飯にする? お風呂にする? それとも私?」を全力でやる

○563『KX6EzHVN0』
  呪文効果:対象となる物質を透視する
  習得条件:勇者が魔女の下着の柄・色を三回以内に当て、答え合わせをする


魔女「いや、私情を挟むのはよくないけどさ……」

魔女「い、いざとなったら習得しようっ! もしどうしても必要になったらね……!」





魔女「……」チラッ


○134『qtBtNTow0』
  呪文効果:勇者と魔女が同時に同じ呪文を唱えることで魔法の効果を飛躍的に上げる
  習得条件:勇者と魔女が一日素敵なデートをする


○173『ETxynF+d0』
  呪文効果:対象を魅了してメロメロにする
  習得条件:勇者と魔女が一日イチャイチャデートをする


魔女「あ、ありえない……ありえないしっ……///」クシャクシャ





魔女「は~あ……勇者と会った頃は、あんまり深く考えないでこんな条件でも満たせたのかもしれないけど……」

魔女「どうしてだろ、今はなんでか、やってみる気にはなれないんだよね……」

魔女「中途半端に仲良くなったせいで、照れくさいからかな?」

武闘家「魔女ちゃんが勇者くんを、憎からず思っているからではないのかな?」

魔女「いやいや、それはないない……」

武闘家「ふふ、どうだろうね」

魔女「……」

武闘家「……」



魔女「―――ッ!!??」ガバッ





魔女「な、な、なっ!?」バッ



武闘家「ふふ、久しぶりだね」

魔女「ぶ、武闘家さん……! どうしてここに!?」

武闘家「ツレないな。キミのことを心配して来てやったというのにさ」

魔女「心配……?」

武闘家「そうさ。どうせキミのことだろうから、私の忠告を無視して、まだ勇者くんから距離を置いているんだろう?」

魔女「距離なんて、べつに……適切な距離だと思いますけど」

武闘家「……」





武闘家「もしかして魔女ちゃん、キミ、恋とかしたことないのかい?」

魔女「っ!! わ、悪いですか!」

武闘家「悪くなんかないさ。ただ、そうなると状況は悪いかな。見栄張ってるとかじゃなくて、本当に自覚がないんだから」

魔女「……?」

武闘家「キミが望むのなら、キミに味方してあげようとも思っていたのだけれどね。これじゃお手上げだ」

魔女「あの、なんのことを言ってるんですか?」

武闘家「魔女ちゃん、もし勇者くんが別の女の子とキスしてたら、どう思う?」

魔女「え……」





魔女「……なんか、むかつきました」

武闘家「ん? その反応……もしかして本当に誰かとキスしてたのかい?」

魔女「メイドさんが魔物に操られてる時に、メイドさんを助けるために……1回」

武闘家「ふぅん、そうなのかい。……私も思ったよりダメージを受けたよ」

魔女「え?」

武闘家「いやいや、こっちの話。それで、どうして魔女ちゃんはムカついたのかな?」

魔女「それは……勇者が……いや、勇者のくせに……違う、そうじゃなくて……あれ?」

武闘家「わからないかい?」

魔女「……は、はい」





武闘家「キミにもわからない感情が、私にわかるだなんて言いきれない。だけど一つだけわかることは……」

魔女「?」

武闘家「その原因はきっと、とても素晴らしい感情によるものだと、私は思うよ」ニコッ

魔女「素晴らしい、感情?」

武闘家「人間の持つ感情の中で、最も素晴らしい感情さ。自覚がないだけでね」

魔女「……」





武闘家「恥ずかしがらずに、さっき見てた魔法のどれかを習得してみなよ」

魔女「えっ……! いや、でも……」

武闘家「あんまり駄々をこねると、この魔法を習得してもらうよ?」ペラッ


○355『ShkDrvRwo』
  呪文効果:対象はお菓子作りが少し上手になる
  習得条件:勇者と魔女が一つの飴玉を、二人で同時に舐めきる


魔女「なっ、こ、これは……///」カァァ

武闘家「言っておくけど、勇者くんは私が本気で命令したら……やるよ?」

魔女「い、行ってきます!!」ダッ

武闘家「はい行ってらっしゃい。頑張ってね」ヒラヒラ





武闘家「やれやれ、世話が焼けるね。……さてと、私はもう帰るとしようかな」スクッ

武闘家「おや? これは……」ペラッ


武闘家「……っ!!」




○040『GfcyF95h0』
  呪文効果:勇者、魔女、魔王が死に、世界から一切の災厄が永遠に消え去る
  習得条件:勇者と魔女の大切な人や物を三つずつ捧げる


○391『2nOqv9p/0』
  呪文効果: この魔導書の呪文のうち1つだけ、習得条件を無視して発動することができる
  習得条件: 魔道書の呪文を30種類 習得する






―――王城・勇者の私室―――


 コンコン


メイド「勇者様、失礼いたしま―――すッ!?」



勇者「あっ、メイドさん」

魔女「……///」プイッ



メイド「ゆ、勇者様……魔女様……これは、いったい……!?」





メイド(おおおおちつくのよ、メイド……まだ慌てるような時間じゃないもの……!)ガタガタ

メイド(れ、冷静に……冷静に事態を把握するのよっ!)グッ



勇者「そろそろご飯の時間かな? あ、食事はどうする? 片手で食べられるものだったらいいんだけど」

魔女「……うん、そうだね」

勇者「それにしても36時間かぁ……けっこう長いよな」

魔女「つ、つべこべ言わないの」

勇者「はいはい。でもどうせなら、魔女だけじゃなくてオレにも無敵効果つけてくれればいいのに」

魔女「勇者は丈夫だからいらないでしょ」

勇者「ええっ!? そんな!」





メイド(ど、どうして勇者様と魔女様が、手を……手を繋いでいるの!?)

メイド(うぅ……でも私は、キ、キスもしちゃったし……! ポイントで言えば、きっと私の方が高いはず……)

メイド(いや、むしろっ! あれのせいで魔女様に火がついちゃったとか……!? だとしたら大変なことに……!)

メイド(さすがは肉食系女子、魔女様……! ついに本気を出してきたのですね……!?)


メイド(ひ、姫様に相談しなくちゃ……!)クルッ



 ガチャ バタンッ



勇者「あれ、メイドさん?」

魔女「なにしに来たんだろ……?」





・・・・・・



勇者「それにしても、魔女がこんな習得条件を受けいれるだなんて、驚きだよ」

魔女「どういう意味?」


勇者「に、睨むなって……いや、初日にも似たような条件を見たじゃない?」

勇者「その時は、こんな条件ありえないってつっぱねてたから」

勇者「てっきりこういう条件は絶対にNGなのかと思ってたんだけど」


魔女「べつに……役に立つ呪文だったら、習得するよ」





勇者「他に、良い呪文はあったの?」

魔女「え……っと、まぁ、そこそこ、かな……」

勇者「今度オレにも、魔法と習得条件を見せてよ」

魔女「だめ」

勇者「え?」

魔女「だめ、ぜったい」

勇者「え、ええー……?」





―――王城・食堂―――



魔女「ステーキかぁ……」

勇者「しまったな……片手で食べられるものにしてくれって、メイドさんに頼んでおくんだったね」

魔女「うん……でも、もう作ってもらっちゃったものはしょうがないから、食べちゃおう」

勇者「そうだね。夜はサンドイッチみたいなものを頼もうか」

魔女「それがいいね。……でもステーキって、手を繋いだままでどうやって食べる?」

勇者「うーん……」





勇者「よし、まずお互いのお肉を協力して切ろう!」

魔女「アタシの右手と、勇者の左手で?」

勇者「うん。大変なのは切ることだけだし、そこをクリアしちゃえば簡単だろ?」

魔女「それもそうだね。じゃあ、えっと……」スッ

勇者「腕を、こうして……」スッ

魔女「ちょ、ち、近いよっ!」///

勇者「しょ、しょうがないだろ! ほらオレがフォークで押さえるから、早く切って!」///





勇者「……」ポロッ

魔女「ねぇ勇者。切ったは良いけど、さっきから全然食べてなくない?」

勇者「ごはんがうまく、すくえないんだよ……利き手じゃないからさ」ポロッ

魔女「ふぅん」モグモグ

勇者「……ああ、もう」ポロッ ポロッ

魔女「…………。」





魔女「……ん」スッ

勇者「え?」

魔女「お皿、口に近づけてあげる。これなら食べられるでしょ?」

勇者「あ……ありがと」

魔女「はやく。腕疲れるんだけど」

勇者「あ、うん!」モグモグ





魔女(手を繋ぐ、か。あの中から消去法で選んだ習得条件だけど……)

魔女(恥ずかしいのは最初だけだったし、もう慣れたといえば慣れたかも)


魔女(なぁんだ、思ったより簡単じゃん)





―――王城・勇者の私室―――



魔女「……っ」ソワソワ


勇者「魔女、どうかした?」

魔女「ふぇ!? な、なに言ってんの!? 変態!」

勇者「変態ッ!? どうしたのか訊いただけで、どうしてそうなるんだよ!」

魔女「あ……うん、ごめん」

勇者「……ほんとにどうしたの? なにか用事でも思い出した?」

魔女「いや……えっと、その……」モジモジ

勇者「?」

魔女「うぅ……!」///





魔女「lHeHMq8t0」


勇者「えっ!? 、な、なんでステルス魔法を……?」


 グイグイ


勇者「え、ちょ、なに!? どこに連れてく気!?」


 グイグイ


勇者「なんだよ!? せめてオレにも魔法を……!」





―――王城・勇者の私室・トイレ―――



勇者「なんだ、なにかと思えば、そういうことか」

勇者「オレにはなにも見えてないから、さっさと済ませちゃいなよ」

勇者「…………。」


 ゲシッ


勇者「痛っ!? なんだよ、なんで蹴ったんだよ!?」


 グイグイ


勇者「え、あっち向いてろって? いや、オレには魔女のことが見えてないんだから……」

勇者「……ん?」

勇者「今のオレから見たら、魔女のおしっこはどう見え……痛い痛い痛いッ!! 申し訳ございませんでした!!」





 チョロチョロチョロ…


勇者「……」

勇者(うぅ、なんか変な感じだ……)

勇者(っていうか、魔女を見ないようにしてると、魔女がステルスになってる意味がなくなって、余計に……)///

勇者(いやいや、変なことは考えるな! 心頭滅却!)

勇者(……今、魔女はどんな顔してるんだろう? いつもみたいに涼しい顔してるのかな? それとも……)


 チョロチョロ… ピチョン…


勇者「あ、終わった?」クルッ

勇者「イデデデデデッ!! 見えてない! 見えてないって言ってるだろ!! なんのためのステルス魔法だよ!!」ギリギリ





勇者「まったく、酷い目に遭った……」

魔女「こ、こっちのセリフだよ! アタシから見たら……そのっ……!!」///

勇者「ごめんってば。でもホントになにも見えてないから」

魔女「わかってるけど……もうっ」プイッ

勇者「はぁ。この調子じゃ、先が思いやられるなぁ……」

魔女「先って?」

勇者「最悪、風呂は我慢するとしても、汗臭いまま手を繋いで一緒に寝なきゃいけないと思うと……」

魔女「…………」

勇者「魔女? な、なに、その絶妙な表情は……え、どういう感情を表してるの?」



魔女(そもそも手を繋ぐことが恥ずかしすぎて、その先のことなんか考えてなかったぁぁあああっ!!)///





―――セドサル王城・廊下―――



勇者「……」スタスタ

魔女「……」スタスタ


勇者「なんかさっきから、使用人さんたちの視線が痛くない……?」

魔女「ああも露骨にひそひそされちゃうとね……」

勇者「変な噂されてるのかも。もしかして、さっきメイドさんが暴走してたのも……」

魔女「十中八九そうだろうね。でもいちいち気にしてたらキリないよ」

勇者「まあ、それもそうか。割り切っていこう」

魔女「……うん」





勇者「ところで、魔女はこれからどこかに行きたいとかはないの?」

魔女「どこかって?」

勇者「ほら、友達に会いに行きたいとかさ。まぁ、こんなザマじゃ会うに会えないけど」

魔女「友達……」

勇者「うん。っていうか、魔女って魔法習得がないときはなにしてるの?」

魔女「な、なんだって良いでしょ、べつに」

勇者「なんだよ、教えてくれたっていいじゃん」





魔女「そういう勇者こそ、普段はなにしてるの?」


勇者「え、オレは……そうだな、暇があれば妖精と遊んであげたり、メイドさんとお話ししたり」

勇者「商人さんの家に遊びに行ったり、それから実家にいる家族の様子を見に帰ったり」

勇者「ヴィーテカトル屋敷まで小人さんたちの様子を見に行ったり、その途中で僧侶くんと会ったら食事したり」

勇者「あとは……シヴァロス道場へ行って師匠のお世話をしたり、門下生に指導したりとかもするね」


魔女「…………けっこう、いろんなとこに行ってるんだ」

勇者「そうかな? でも出会ったりするのもなにかの縁だから、もう一度会いたくなるんだよな」

魔女「……そう、かな」





勇者「そういえば、魔女の服って魔法使い養成学校の制服なんだよね? 学校の友達とはどうしてるの?」

魔女「……いない」

勇者「え?」

魔女「友達なんて、いない」

勇者「え、あ……そうなんだ。それじゃあ、実家とかには帰ったりする?」

魔女「故郷は、無くなった」

勇者「なく、なった……?」





魔女「魔王の手下に襲われてさ……あんな村、無くなって清々したけど」

勇者「えっと……?」

魔女「ねぇ、勇者。もし勇者が死んで、世界が救われるなら、どうする?」

勇者「え?」

魔女「もしもの話だよ。勇者が死んだら魔王も死ぬとしたら、どうする?」

勇者「それは……世界のために死ぬのが、勇者としての役目なんじゃないかな」

魔女「……そっか」

勇者「ねぇ魔女、さっきからなにが言いたいの?」



魔女「……勇者……あの、さ」





武闘家「そこまでだよ」



魔女「っ!?」ビクッ


勇者「し、師匠!? また城に来てたんですか!?」

武闘家「まあね。今日ここに来たのは偶々だったけれど、しかし結果としてそれが良い方向に働いたようだ」

勇者「……?」





武闘家「魔女ちゃん、これは何だい?」ペラッ



○040『GfcyF95h0』
  呪文効果:勇者、魔女、魔王が死に、世界から一切の災厄が永遠に消え去る
  習得条件:勇者と魔女の大切な人や物を三つずつ捧げる


○391『2nOqv9p/0』
  呪文効果: この魔導書の呪文のうち1つだけ、習得条件を無視して発動することができる
  習得条件: 魔道書の呪文を30種類 習得する



魔女「あっ……そ、それは……!?」

勇者「これって……こんな呪文が!?」





魔女「ど、どうやって……!? その紙は、破いて捨てたはずなのに……!!」


武闘家(……?)


勇者「これ、本当なの? オレと魔女が死ねば、魔王が死ぬどころか……災厄がなくなるって」

魔女「う、うん……どうしようか迷って、その時は結局、勇者に見せに行く途中で思いとどまったんだけど」

勇者「じゃあ、今言おうとしてたことって……」

魔女「……うん。アタシ今、どうかしてた……ごめん」





勇者「でもその魔法を使えば、オレたちが旅に出るまでもなく、即座に安全に魔王を倒せるんでしょ? それなら……」

武闘家「……」スタスタ


 パシンッ!!


勇者「―――」

魔女「勇っ……!?」


武闘家「キミたちは私なんかと違って、これから先もずっと長らく生きていけるんだ。馬鹿なことを言うんじゃない」ギロッ





勇者「……すみません」

武闘家「いや、わかればいいんだ。痛かっただろう、ごめんね」ナデナデ

勇者「師匠こそ、殴った手が腫れて真っ青になってるじゃないですか。……魔女」チラッ

魔女「あ、うん……kehl/TySO」パァァ

武闘家「……治癒呪文かい。ありがとう」

勇者「やっぱり楽しようだなんて考えないで、きちんと魔王を倒して、師匠に報告するために帰ってきます」

武闘家「そうしてくれ。もちろん、魔女ちゃんと2人でね」

魔女「……はい」





武闘家「興奮したら、心臓がとても痛くなってしまった。今日のところはもう帰るとしよう」

勇者「それじゃあ、道場までオレが……」

武闘家「気遣いは無用だよ。それより、キミにはやるべきことがあるだろう」

勇者「え?」

武闘家「そうだな……今日は2人で勇者くんの実家に顔を出すこと。私に逆らうとどうなるかは、わかってるよね?」ニッコリ

勇者「は、はひっ!」ビクッ


武闘家「よろしい。それじゃあ、今日はこれで失礼するよ。じゃあね、2人とも」スタスタ





勇者「はぁ……びっくりした。まさか師匠が城に来てただなんて……いつも急なんだから」

魔女「……うん」

勇者「それで、えっと、どうする? オレの実家に行けとか言ってたけど……」

魔女「あの人に逆らいたいとは、思わないな……」

勇者「……だよね。よし、じゃあ行こうか!」

魔女「う、うんっ」





―――セドサル王国・ヘズパーラ区・勇者の家―――



 ギシッ…


勇者「明かりはどうする? 魔女は真っ暗の方が寝やすい?」

魔女「……ちょっとだけ付けといて。弱くてもいいから」

勇者「うん、わかった」パチッ

魔女「ありがと……」

勇者「ほんとに同じベッドでいいの? 横に布団を敷けば……」

魔女「それじゃあ寝づらいでしょ。手を繋いでるんだから」

勇者「寝てる間に離れないように、包帯グルグルだもんな」





勇者「なんていうか、うるさい家族だったでしょ? ごめんね」

魔女「ううん……これが家族なんだ。なんか、すごく羨ましいなって思った」

勇者「そう? さすがに毎日これだと疲れるけどね……」

魔女「勇者の妹さん、すっごく元気な子だったね」

勇者「元気すぎて困るくらいだよ。魔女くらい大人っぽい子だったらよかったんだけど」

魔女「そんなことないよ。あれくらいの方が、可愛げがあるし」

勇者「うーん、そういうもんかなぁ」

魔女「お義姉ちゃんとか言って、からかわれるのは勘弁だけどね」

勇者「うん、それはね……あとでみっちり叱っておくから、許してやって……」





魔女「みんな、普通は家族がいるんだよね。それでああいう温かい人たちに囲まれて育つんだよね」

勇者「……まぁ、そうだね」

魔女「勇者は、ずるいよね」

勇者「え?」

魔女「アタシの持ってないものばっかり持って……。友達も家族もそうだし、みんなから期待されて祝福されて生まれてきてさ……」

勇者「……魔女」

魔女「ううん、こんなこと勇者に言ったって、仕方ないよね……」

勇者「……」





勇者「それに、オレたちはもう友達でしょ?」

魔女「え?」

勇者「少なくともオレは、そう思ってるけど」

魔女「……う、うん」プイッ ///

勇者「焦らなくてもいいんじゃないかな。師匠の言う通り、オレたちの未来はたくさんあるんだから」

魔女「……そうだね」





勇者「まぁそれもこれも、まずは魔王を倒さないことには始まらないけどね」

魔女「それなら、ちゃんと強くて役に立つ魔法を習得しないと、ね」

勇者「はは、結局そこに戻ってくるわけだ」

魔女「手を繋ぐくらいのことで、恥ずかしがってもいられないか」

勇者「オレたちにできることを、着実にこなしていこう」

魔女「うん……。それなら、さ」

勇者「ん?」

魔女「どうせ明日も丸一日、手を繋いでないといけないんだし……」クシャッ





○134『qtBtNTow0』
  呪文効果:勇者と魔女が同時に同じ呪文を唱えることで魔法の効果を飛躍的に上げる
  習得条件:勇者と魔女が一日素敵なデートをする



勇者「内容はともかく、どうしてこんなにクシャクシャに丸めてあったの……?」

魔女「……き、気にしないで」

勇者「まぁ、わかったよ。オレたちの間柄でデートって言葉が成立するのかはわからないけど」

魔女「じゃあ明日は……」

勇者「ああ。2人でゆっくり、いろんなところを回ってみようか」ニコッ

魔女「うんっ!」





勇者「それじゃあ明日のためにも、今日はもう休もうか」

魔女「そうだね」

勇者「おやすみ、魔女」

魔女「―――っ!!」

勇者「?」

魔女「お、おやすみ……」プイッ




魔女(……おやすみなんて、初めて言われた)キュッ





―――セドサル王国・ヘズパーラ区・勇者の家―――



勇者「ん……朝か……」


 ギュッ


勇者「っ!?」


魔女「……」スヤスヤ


勇者「ま、また抱き付いて……」

勇者(そういえば熱出した時も、こうやって抱き付いてきてたっけ)

勇者(話を聞くと、どうやら天涯孤独らしいし……もしかして寂しいのかな)





勇者「……」スッ


 ナデナデ


魔女「……」ジワッ

勇者「えっ!? 泣い……!?」

魔女「……」ツツー


魔女「…………おとうさん……おかあさん」ボソッ


勇者「!!」


魔女「……」スヤスヤ

勇者「……。」



 ナデナデ





・・・・・・



勇者「よく眠れた?」


魔女「うん、びっくりするくらいね。なんだかすごく良い夢を見てた気がする」

魔女「ついでに魔法習得もできたし、良いことずくめだね」ペラッ


○448『/ggmZ8ro』
  呪文効果:高い確率と精度で予知夢を見られる
  習得条件:魔女と勇者が一緒のベッドで寝る


勇者「ほんと、ちゃっかりしてるなぁ……要領が良いっていうかさ」

魔女「ふん。ただで勇者にイイ思いさせるわけないでしょ」

勇者「……お互い様かもよ」ボソッ

魔女「?」





―――セドサル王国・ソーマプノス遺跡―――



勇者「ここはセドサル以前の王様が住んでた城らしいけど、今は観光名所になってるんだ」

勇者「ずっと前に造られた石造りの建物なのに、こんなに原型が残ってるのは珍しくてさ」

勇者「存在は知ってても、なかなか来る機会がない場所なんだよね。実際に見てみて、どう?」


魔女「……すごい」ポー





勇者「魔女はこういうの好き?」

魔女「う、うん。結構好き。外に出かけないから、あんまり直接見たりはしないけど……」

勇者「そっか。でも本物を見た方がいいでしょ?」

魔女「うん! これって、中に入ってもいいのかな?」

勇者「許可を取れば入れるよ。城の奥では亡霊がよく出るらしいからスリリングで、カップルに人気なんだってさ」

魔女「えっ!? や、やっぱりいいや……中に入るのは、また今度にしよう……」

勇者「あれ、そう? じゃあ、次の場所に行こっか」





―――セドサル王国・ルフレイヤ劇場―――



勇者「なんの劇が見たい? オレはなんでもいいけど」

魔女「劇ってあんまり見たことないから、どれがいいのかわかんないな……」

勇者「そう? 見たいものがないなら、ここはベタだけど恋愛モノにしとこっか」

魔女「恋愛モノを見るのが普通なの?」

勇者「デートではね」

魔女「うぁっ……そ、そうなんだ」///





勇者「あれ、もしかして照れてる?」

魔女「そんなわけないっ!」ベシッ

勇者「痛いっ!? なんだよ、叩くことないだろ」

魔女「変なこと言うからだよ。ふんっ」

勇者「乱暴だなぁ」


魔女「……ねぇ、勇者」

勇者「うん?」





魔女「勇者はデートって、慣れてるの……?」

勇者「え?」

魔女「だって、いろいろ知ってるし……なんか女の扱いにも慣れてるって感じするし」

勇者「そんなことないよ。ただ昔から、なんでか王様に『女子の扱いに慣れておけ』って言われてさ」

魔女「王様に?」

勇者「魔王を倒すために必要になる技術だって言われて……それで城に呼ばれた遊び人さんにいろいろ教わったんだ」

魔女「……十中八九、安価魔導書のためだろうね」





勇者「と言っても教わったのは知識と、あとは身だしなみくらいだよ。じつは俺も実際にデートするのは初めてなんだ」ポリポリ

魔女「そう、なんだ。それ聞いて、ちょっと気が楽になったよ」

勇者「なら良かった。でも初めてだけど、男としてリードしなくちゃね」キュッ

魔女「!」

勇者「さ、チケットを買っちゃおう」

魔女「う、うんっ」





―――セドサル王国・ヴァー商店街―――



勇者「いやぁ、かなり面白い劇だったね!」

魔女「うん……思ってたより、よかったかな」

勇者「特にあの、主人公の男が命を捨ててまで突撃したシーンは、思わずウルッときちゃったよ」

魔女「そうかな? アタシは、残されたヒロインが可哀想だなって思ったけど」

勇者「うーん……いっしょに死ぬっていうのも美しいけど、やっぱりヒロインには生き抜いてほしかったんじゃないかな」

魔女「……ふぅん」





勇者「それはともかく、お昼ご飯はどうする? なるべく片手で食べられるものが良いけど」

魔女「歩きながら、気になったものを買い食いとかでいいんじゃない?」

勇者「おお、それいいね! いつも前を通るだけっていうお店もあるし、今日は商店街をじっくり回っていこっか」

魔女「……じゃあ、ついでにさ」ゴソゴソ

勇者「?」


○465『ozSGML1Ho』
  呪文効果:勇者の剣に邪心を斬り払う力を与える
  習得条件:勇者が魔女の一番欲しがっている物を当てて贈る。





魔女「その……アタシがここで一番欲しいと思ったものを、最後に聞くから……」

勇者「……なるほどね。よしわかった、きっと当ててみせるよ! そして、魔女にプレゼントする!」

魔女「こ、これはあくまで、ついでだからね! べつに外しても、いいし……」

勇者「いやっ! ここで外したら格好つかないし、『素敵なデート』にはならないと思うから、全力でやるよ!!」グッ

魔女「そ、そっか……うん、ちょっとだけ、期待しとく」///


魔王倒すとかいう目的を忘れ去ったよな

>>694
しびれを切らしてあっちから来るかもしれん

呪文効果:勇者と魔女の五感や心などがリンクする
習得条件:魔女が妖精に「ママ」と呼ばれて、勇者を含めた三人でおでかけする




―――和菓子屋―――



勇者「これなんか美味しそうじゃない?」

魔女「和菓子ってあんまり食べたことないから、どれがいいのかわかんないな」

勇者「じゃあ、いろんなやつを買ってこうか。これと、これと、あとこれも!」

魔女「そんなに買って、大丈夫なの?」

勇者「ふっふっふ。実家の部屋に隠してたヘソクリを持ってきたからね」ニヤッ

魔女「そ、そんなの使っちゃっていいの……?」

勇者「どうせ残しといても大したことには使わないし、それなら魔女のために使う方が有意義だよ」

魔女「……ふ、ふぅん」プイッ





―――家具屋―――



勇者「うーん、なんというか、王城の家具に慣れてるとさすがに見劣りしちゃうね」

魔女「そうだね。アタシも最初に城へ呼ばれた時は、豪華絢爛すぎてびっくりしちゃった」

勇者「あはは、たしかに。オレはかなり幼い頃に城に呼ばれたから、ベッドで飛び跳ねちゃったよ」

魔女「ベタだなぁ……」

勇者「子供なんてそういうもんだって」





魔女「そんな幼少期に、いきなり家族と離されて寂しくはなかったの?」

勇者「そりゃ、最初はね。でもメイドさんとか師匠が良くしてくれたから、すぐに慣れたかな」

魔女「……そうなんだ。勇者は良い人に恵まれてるね」

勇者「その良い人の中に、今は魔女も含まれてるんだよ?」

魔女「……女の子に囲まれて育ったから、そんな女ったらしになっちゃったんだね……」ジロッ

勇者「女ったらし!? そ、そんなんじゃないって!」アセアセ





―――玩具屋―――



勇者「一人じゃ恥ずかしくて入ったことなかったけど、意外に面白いものも多いね」

魔女「そ、そうかな?」

勇者「欲しいものがあったら……いや、言っちゃったら意味がないのか」

魔女「おもちゃなんて、子供っぽくて恥ずかしいよ……」

勇者「そうかな? でも女の子って大人になってもぬいぐるみとか好きなんじゃない?」

魔女「そう、なの? でも……」

勇者「ほら、これとか可愛いと思わない?」モフッ

魔女「……さ、さぁ……?」///

勇者「まぁ、人によりけり、なのかなぁ」





―――書店―――



魔女「あ、これ新号出てる! こっちも!」

勇者「魔女は本が好きなんだね。まぁいかにもって感じだけどさ」

魔女「ふんだ。悪かったね」

勇者「いや、悪かないってば。安価魔導書を解読できるのだって、魔女のおかげだし」

魔女「古くて読みづらい上に、特別な古代文字だからね。だからアタシが選ばれたんだろうけど」

勇者「あ、そういうことだったんだ。魔女も特別な勉強をしてたんだね」





魔女「それに安価魔導書を使って魔法を習得するには、いろいろ特殊な手順と魔力回路が必要なんだよ」

勇者「選ばれし者ってわけか」

魔女「そうでもないよ。大変だけど、生まれつきの才能とか素養が必要なわけではないからね」

勇者「じゃあ、どうして魔女が選ばれたの?」

魔女「……たとえば勇者。アタシがムキムキのおっさんだったら、魔法習得のテンション上がった?」

勇者「え……いや、それは……」

魔女「アタシが選ばれたのは、たぶんそういうことなんだと思うよ……」

勇者「安価魔導書が使える魔法使いの中で、一番可愛い子を選んだってこと……!? え、そういうことだったんだ!?」





―――雑貨屋―――



勇者「こういう小物がたくさん並んでるお店を回ってると、ついつい必要ないものでも買いたくなっちゃうよね」

魔女「まぁ、わかるけど」

勇者「うちの父親もそういう人でさ、しかも物を捨てられない性格だから、部屋が散らかっちゃって」

魔女「へぇ……それで、奥さんに怒られるとか?」

勇者「そうそう! オレはそれを反面教師に、あんまり物は買わないんだけどさ」

魔女「あれ? でも勇者の部屋って、けっこうたくさん物があったような……」

勇者「……えっと、それは今まで誕生日に貰ったプレゼントなんだよ。まさか捨てるわけにもいかないしさ」

魔女「ふうん。なら結局、ダメなところもしっかり受け継いじゃってるんだね」

勇者「あはは……まぁね」





・・・・・・



勇者「さて、商店街もあらかた回ったかな?」

魔女「ところどころでつまみ食いしてたら、すっかりお腹いっぱいになっちゃったね」

勇者「最初のコロッケなんて絶品だったよね! 今日まで知らなかったのがもったいないよ!」

魔女「アタシだけだったら食べなかったようなものも食べられて、新鮮だったかな」

勇者「それがデートの醍醐味なのかもね」

魔女「デート……デートね、うん……」///





勇者「一番欲しいものは、もう決まってる?」

魔女「う、うん……まぁ、一応」

勇者「よし、それじゃあ魔女の一番欲しいものを当てて見せるぞ! さぁ、行こう!」

魔女「もうわかってるの?」

勇者「確信はないけど、魔女の性格からして……ね」

魔女「?」





―――玩具屋―――



勇者「うーん、こっちかな……それともこっち? 白か、ピンクか……うーむ」


魔女「ちょ、ちょっと勇者……」

勇者「なに?」

魔女「な、なんでアタシが、そんなウサギのぬいぐるみを欲しがってるって思うの……!?」///

勇者「だって魔女って、基本的に1人でなんでもやろうとするじゃない?」

魔女「え……それは、まぁ……ずっと1人だったし」

勇者「だからさ、欲しいものなら自分で買っちゃうと思うんだよね」

魔女「あ……」





勇者「それでいくと、“今ここで”魔女が一番欲しいものっていうのは、自分1人では買えない物……だと思うんだ。たぶんね」

勇者「だとすると高価すぎて自分では買えない物か、あるいは、自分では買いたくない物っていうのが順当になる」

勇者「家具とかには興味を示してなかったし、城にあるもののほうがずっとすごいものばかりってことは……」


勇者「ずばり、1人だと恥ずかしくて買えな……」

魔女「もういい! もうわかったから、言わなくていい!!」///

勇者「そう? まぁそれで、魔女が特に熱い視線を送ってたのが、このウサちゃんぬいぐるみの2つだと思うんだけど……」

魔女(そ、そこまで見られてたんだ……///)プイッ





勇者「でもなぁ……うぅん……このぬいぐるみ2つを見てたと思うんだけど……どっちだろう?」

魔女「……な、なんでアタシがぬいぐるみを欲しがると思うの……?」

勇者「あんまり表には出さないけど、魔女ってかなり可愛い物好きでしょ?」

魔女「うっ……!?」///

勇者「子供を見てるとき、たまに目が危ないときあるし……それに、妖精を撫でてるときの魔女は……」



勇者「―――っ!!」ハッ





―――セドサル王城・勇者の私室―――



 ガチャッ


勇者「……」キョロキョロ

魔女「妖精ちゃん、いた?」

勇者「ううん、いないみたいだね」


 ガバッ


勇者「うぉわぁぁああああああっ!?」

妖精「いるもんっ! ずっと待ってたんだよ、パパのばか!!」ギュゥゥ


魔女「扉の上に隠れてたんだ……」





・・・・・・



妖精「なんでなんにも言わないでどっか行っちゃうの!? 2人が帰ってこないって、メイドお姉ちゃんも心配してたんだからっ!」


勇者「す、すみませんでした……」

魔女「ごめんね……」


妖精「っていうか魔女さん、なんでずっとパパの手を握ってるの!?」


勇者「いや、これには深いワケがありまして……」

魔女「安価魔導書の習得条件で、あと六時間くらいは手を繋いでないといけないんだよ……」





妖精「なにそれずるいっ!! パパ、それ終わったらあたしと六万時間ねっ!!」

勇者「無茶いうなって……」

妖精「むぅぅ~~~っ!!」

勇者「そんなことより、魔女」


魔女「うん」ゴソゴソ


妖精「?」





魔女「ほらっ、おみやげ」スッ


妖精「―――。」


魔女「……あれ? あんまり興味なかっ……」



妖精「ああーっ!? プニルだーっ!!」///





勇者「……プニル?」

妖精「いま大人気のぬいぐるみなんだよっ! すごい! みんな売り切れで買えなかったって言ってたのに!!」

勇者「そ、そうなの? たまたま見かけたから、そんなすごいものだとは知らなかったよ」

妖精「これ、いいの!?」

勇者「うん。でもこれを妖精にあげたいって言ったのは……」チラッ

魔女「……」





妖精「魔女さん……なの?」

魔女「えっと、まぁ……妖精ちゃんにあげたら、喜ぶかなって……」

妖精「っ」ギュッ

魔女「わっ!?」///



妖精「ありがとーっ、魔女さん!!」ペカー



魔女「……う、うん」///


魔女(かっ……かわわわわっ)///





勇者「よかったね、妖精」ナデナデ

妖精「うんっ!! パパもありがとー!!」ペカー

勇者「そんなに喜んでもらえると、こっちまで嬉しくなっちゃうね」ニコッ

妖精「えへへぇ」///

勇者「オレたちこれからまた出かけるけど、今日はちゃんと戻ってくるから……ここで待っててくれる?」

妖精「またでかけちゃうの……? うぅ~……今日だけは、プニルにめんじて、きょかしますっ」

勇者「妖精は良い子だね」ナデナデ

魔女「ありがとね、妖精ちゃん」





―――セドサル王国郊外・ケレスピア公園―――



魔女「ここって遊具とかはないみたいけど……公園だよね? ここに来たかったの?」

勇者「遊び人さんに教わった、とっておきのデートスポットらしいんだけど……じつはオレもよくわかってないんだよね」

魔女「そういえばカップルが多い気がするけど、こんな真っ暗な公園で……あっ」ジロッ

勇者「い、いや、そういう変な意味じゃないと思うよっ!?」

魔女「まだ何も言ってないけど」ジトッ

勇者「……うぅ」





魔女「それにしても、ぬいぐるみの件……よくわかったね」

勇者「“自分と妖精の分、2つ欲しかった”っていうのは盲点だったよ。あんなときでも妖精のこと考えてたんだね」

魔女「……ま、まぁ……ふと頭によぎっただけだよ」

勇者「魔女は優しいね」クスッ

魔女「か、からかってるの?」ムスッ

勇者「違うってば。正直な気持ちだよ」

魔女「……もう」





勇者「妖精のあの様子なら、きっと近いうちに魔女にも気を許してくれるようになるよ」

魔女「だと、いいけど」

勇者「妖精はあれでけっこう、素直じゃないところがあるからさ。魔女に打ち解けるタイミングを探してるのかもしれないよ」

魔女「……そういうところだけ、アタシに似てるんだね」

勇者「え?」





魔女「今までと接し方を変えたら、変に思われるんじゃないかって、嫌われちゃうんじゃないかって思っちゃうんだよ」

勇者「……うん」

魔女「だから恥ずかしくて、怖くて、つい突き放しちゃう。バカだよね」

勇者「そんなこと……」

魔女「期待したらその分だけダメージも大きいから、自分が傷つかない距離で生きてるんだよ」

勇者「……」

魔女「でもね、それじゃダメだって気がついたんだ」

勇者「!」





魔女「勇者とか、メイドさんとか、妖精ちゃんとか……他にもいろんな人たちを見てきてわかったの」

魔女「相手を信じないで、こっちが身構えてたら、相手だって心を開いてくれないんだよね」

魔女「相手に好きになってもらいたいなら、相手のことを精いっぱい愛さないとダメなんだ」

魔女「自分の全部をさらけ出して、全力で」

魔女「だから、ねぇ……勇者」ジッ



魔女「……信じてもいい?」



勇者「……!」

勇者「うん、もちろん!!」ニコッ





 パァァァァ…!!



魔女「こ、これって……!?」

勇者「なんだ、これ……公園の木が光ってる!?」

魔女「この木、もしかして魔草の一種なんじゃない?」

勇者「夜になって暗くなると、自分で光りだすのか……」



 パァァァァ…






魔女「すごい……きれい……///」ポー


勇者「うん……これは、とっておきっていうのも納得だね」

魔女「こんな穴場、アタシなんかに使っちゃうなんてもったいないなぁ。もっとちゃんとした相手のために取っとけばよかったのに」

勇者「いや、オレは……」

魔女「……でも」チラッ

勇者「?」





魔女「すごく……うれしいな。 ありがと、勇者……///」ニコッ



勇者「―――っ!!?」ドキッ!!



勇者「……っ」/// プイッ

魔女「あれ、勇者? どうかした?」

勇者「い、いやっ! な、なんでもないよ!? ぜんぜん……///」ドキドキドキ

魔女「……? 変なの」





―――セドサル王城・勇者の私室―――



妖精「むにゃ……」スヤスヤ

勇者「まさかこうして、川の字で寝る日が来るとは思わなかったよ」

魔女「そうだね。でも、悪い気はしないかな。けっこう、憧れてたし」

勇者「へぇ、そうなの?」

魔女「まぁ、アタシの相手役が勇者っていうのは役不足だけどね」

勇者「はいはい、わかってますよ」ジトッ

魔女「……。」





妖精「……ろくまんじかん……ふへへ」ムニャ


魔女「かわいい寝顔。妖精ちゃんって今、人間でいうと何歳くらいだっけ?」

勇者「14歳のはずだけど……かなり小柄だから、まだ小学生に見えるね」

魔女「もう精神的に成熟して、成長が止まってるのかな。それか、妖精ちゃんが無意識に、パパより大人に成長するのを拒んでるとか」

勇者「どうなんだろ。妖精っていう種族については、まだまだわからないことだらけだからね」

魔女「そういう意味でも、これからもアタシたちがちゃんと見守っていってあげないとね」

勇者「うん、そうだね」





魔女「……勇者は、あの劇を見て感動したって言ったけど」

勇者「え? ああ、主人公が最後に命を捨てて……ってやつ?」

魔女「うん。……でも、勇者はあんなことしないでね」

勇者「……魔女」

魔女「武闘家さんに怒られた例の呪文は使わないし、アタシか勇者が危ないような呪文も、絶対に手を出さないから」

勇者「うん……わかった」





魔女「今まで1人だったから、残された人たちの気持ちなんて、ほとんど考えたことなかった」

魔女「でも、今は勇者がいてくれるし、妖精ちゃんもいる。メイドさんとか、武闘家さんとか、ほかにも……」

魔女「だから絶対に死にたくないし、だから絶対に、魔王を倒さなきゃって思ったんだ」



魔女「だから……アタシをもう、1人にしないで……」


勇者「……約束するよ。誰も死なせないし、みんなずっと一緒にいよう」ニコッ


魔女「……ありがと、勇者」





勇者「もう日付が変わるね。36時間経ったかな」

魔女「……」ギュッ

勇者「……いつ始めたのか忘れちゃったから、このままで良いよね」

魔女「うん……」



勇者「おやすみ、魔女」

魔女「……おやすみ、勇者」


>>724
やく‐ぶそく【役不足】.
[名・形動]
1 俳優などが割り当てられた役に不満を抱くこと。
2 力量に比べて、役目が不相応に軽いこと。また、そのさま。「そのポストでは―な(の)感がある」



勇者は「力不足」と勘違いしているみたいだが、>>724の意味を訳すると「私なんか勇者の相手役は似合わない」と言う意味になる

おめでとうございます……? (´;ω;`)

>>729
比較的保守派の広辞苑(第六版)によると、
>▷誤って、力不足の意に用いることがある。
との事。それなりに一般的な誤用らしい。
魔女とて人文の専門家という描写はなかったんだし(魔法が人文に入るかは知らん)、この程度の誤用は不自然ではないだろう。

>>730
別に魔女が間違っているわけと言っているわけじゃない
むしろ、勇者が「力不足」だと勘違いしていると思った
その方が流れ的に自然だと思う


あと2スレ目をやってくれるか謎だから魔法安価と>>1の投稿以外のレスは控えた方がいいと思う。今更だが
下手したら中途半端で終わってしまうかもしれないし



レスを頂くととても嬉しくてモチベーションが急上昇しますが、
そうなると、急にレスがなくなったときに「あれ、この展開はダメだったのかな……!?」などと
勘ぐってしまいますので、結局は、あまりお気になさらないでください……w



役不足の誤用ネタは荒れる危険をはらんでいそうなので、今後は控えます。
解説してくださっている方もいますが、魔女は正しい意味で、勇者は間違った意味で捉えています。



今のところ、1000に達した場合、次スレに行こうかと考えております。


それでは、今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m





―――セドサル王城・勇者の私室―――



勇者「ふぅ……いい湯だった」ワシャワシャ


 コンコン


勇者「ん? はーい、どうぞー」


 ガチャ


メイド「勇者様、失礼いたしま……ひゃあ!?」///


勇者「あ、メイドさん。今お風呂あがったばっかりで……ちょっと待っててね、上も着るから」ゴソゴソ


メイド「は、はいぃ……///」チラッ チラッ





・・・・・・


勇者「それで、どうかしたの?」

メイド「はい……あの、姫様が魔女様とお話しておりまして、そこで『邪心を斬り払う』魔法を習得したと伺ったのですが……」

勇者「あ、うん。そうだね」

メイド「それを是非とも、盗賊ちゃん……もとい、あの魔物さんに使ってみてはという話になりまして」

勇者「え?」

メイド「ただ訊いたって、きっとなにも情報を漏らさないでしょうし、それならばと……」

勇者「なるほど、改心させてからゆっくり話を聞き出した方が良いってことか」

メイド「それで、勇者様をお呼びしに来たんです」

勇者「わかった、すぐ行くよ。」





―――セドサル王城・座敷牢―――



 ガチャ


メイド「勇者様をお連れしました」ペコッ

勇者「すみません、お待たせしました」


姫「ううん、こっちこそ急に呼び出してごめんね~」ニコッ

魔女「遅いよ、勇者」ジッ

勇者「ごめんってば。……へぇ、ここが盗賊ちゃんのいる座敷牢か。案外広いんだね」



盗賊「……人のこと閉じ込めといて、よく言うわよ」





勇者「そっちはオレを殺しに来たんだから、むしろこれで済んでるだけマシだと思うけどな」

盗賊「……ふん」

姫「だけど例の魔法の効果が確認されたら、ここから出してあげるからね~」

勇者「いいんですか?」

姫「……うふふ。それが“契約”だからね~」チラッ

メイド「……っ」///

勇者「?」





姫「それじゃあ早速お願いできるかな~?」

勇者「はい。魔女」

魔女「うん」スッ


魔女「ozSGML1Ho」


勇者「!!」ピカッ


メイド「ゆ、勇者様の剣が、光を放って……」

姫「どっちかって言うと、刀身が光に変わったって感じかな~」





勇者「これで斬ればいいのか。ちょっと怖いけど……我慢してね」スッ

盗賊「……だ、大丈夫なんでしょうね……? ほんとに身体が斬れたら、承知しねぇわよ……?」ビクビク

勇者「剣に実体がなくなってるみたいだから、痛くはないはずだよ。それじゃあ……行くぞっ!!」ブンッ


 ズバッ!!


盗賊「……っ!!」シュゥゥ…





勇者「……どう? 生きてる?」

盗賊「い、生きてるけど……」

勇者「なにか変わった感じはする?」

盗賊「そんなの、よくわかんねぇわよ……でも、なんか……胸がぽかぽかしてるわ」


姫「それじゃあ成功ってことで、盗賊ちゃんを座敷牢から解放するね~」ガチャッ


魔女「だ、大丈夫なんですか? 嘘ついてる可能性だって……」

姫「だとしたら、安価魔導書も嘘をついてるってことになっちゃうんじゃないかな~?」

魔女「……それは、まぁ」





姫「あとのことはわたしとメイドちゃんに任せて、勇者くんと魔女ちゃんは部屋に戻っててもらえるかな~?」

勇者「はぁ……わかりました」

魔女「……失礼します」

姫「うん、お疲れさま~」ニコッ


 ガチャッ バタン


姫「……。」





姫「盗賊ちゃん、気分はどうかな~?」ニコッ

盗賊「まぁ、悪かねぇわよ……」

姫「そっかそっか~。それじゃあ、契約は覚えてるよね~?」

盗賊「はいはい。まったく、魔王軍の大幹部……四天王であるこの私をこき使おうだなんて、怖い姫様もいたものね」

姫「うふふ、人聞きが悪いな~。わたしはただ、お節介なだけだよ?」チラッ


メイド「あ、あの……ほんとに、やるんですか……?」///





姫「メイドちゃんがもたもたしてたせいで、勇者くんと魔女ちゃんの距離が一気に縮まっちゃったんだよ~?」

姫「わたしの見立てだと、このままじゃ取り返しのつかないことになっちゃうと思うな~」

姫「そういうわけで……魔女ちゃんはわたしが足止めしておくから、2人も精いっぱい頑張ってね~」ニコッ


メイド「う……は、はいっ」///

盗賊「まぁ、契約には従うわよ。……どうやらお前は、敵に回しちゃいけないタイプの人間みたいだし」ジッ


姫「うふふ。敵になってから対処するようじゃ、三流だけどね~」ニコッ


メイド「……っ」ブルッ

盗賊「……怖い怖い」





―――セドサル王城・勇者の部屋―――



 コンコン


勇者「ん……どうぞー」


 ガチャッ


メイド「失礼いたします、勇者様。お菓子とお紅茶をお持ちしました」


勇者「ありがとう、メイドさん」ニコッ

メイド「ふふっ、いいえ」コトッ





勇者「盗賊ちゃんの様子はどう? 邪心を払ったら、少しは良い子になった?」

メイド「まだよくはわかりませんが、姫様が大丈夫とおっしゃるなら、きっと大丈夫だと思います」

勇者「まぁ、それもそうかもね。でも魔物っていうのはオレたちの常識の外にいる存在だから、油断はできないよ」

メイド「はい。私も気をつけて監視します。盗賊ちゃんのお世話も、私の仕事ですから」

勇者「いつもメイドさんに面倒を押し付けるみたいになっちゃってごめんね……」

メイド「いえ、そんな滅相もありません! それが私のお仕……むぐっ!?」

勇者「え? メイドさん?」





メイド「……たとえ辛いことでも、大好きな勇者様のためなら頑張れます」ニコッ

勇者「えっ!?」///

メイド「どうかなさいましたか?」

勇者「い、今、大好きって……あはは、いきなりだったから、ビックリしちゃって。オレもメイドさんは大好きだよ」

メイド「人として好き、という意味ももちろんですが……。私が言いたいのは、一人の男性とし……むぐぐっ!?」

勇者「メ、メイドさん!? さっきからそれはなに!? 咳かなにかなの!?」





メイド「は、はい、そうなんです……けほこほっ」///

勇者「顔が真っ赤だけど、大丈夫……? 熱でもあるんじゃない?」

メイド「お、お気になさらず……あ、でも少しだけ失礼し……むぐっ!?」

勇者「……ほんとに大丈夫? ちょっと座った方が良いんじゃない?」

メイド「お気遣いありがとうございます。それでは勇者様、お隣に失礼してもよろしいですか?」ニコッ

勇者「え、いいけど……でもそっちのソファに座った方が広いんじゃない?」

メイド「勇者様のお隣がいいんです。少しでも近くにいたくて……もしかして、迷惑、ですか?」

勇者「そんなことはないよ! じゃあ、はい、どうぞ」スッ

メイド「失礼いたします」ポフッ


 ギュッ





勇者「メ、メイドさん……!?」///

メイド「……♪」ニコッ

勇者「今日のメイドさん、なんか変じゃない……? あっ、もしかして操られて……!」

メイド「わ、私は私ですよ? これは自分の意思、です」///

勇者「……うーん、たしかに、あの日感じた違和感みたいなのは感じないな……」

メイド「私たちが出会ってからは9年。当時まだ6歳ほどだった勇者様は、夜になると泣いてばかりいましたね」

勇者「……操られてはいないみたいだね」





メイド「そんなことを疑ってしまうほど……私がこうして勇者様に甘えるのは、そんなにおかしく見えますか?」

勇者「いつもはどっちかっていうと、面倒見てくれる方だからさ。ちょっとびっくりしちゃって」

メイド「普段は我慢してますから……でも、仕えるべき相手に甘えるだなんて、メイド失格ですよね……」

勇者「そんなことはないんじゃないかな。それだけオレに気を許してくれてるって思えば、嬉しいくらいだよ」ニコッ

メイド「勇者様……」///


 ギュッ


勇者「!」///

メイド「勇者様っ! あ、あの、私……私、勇者様のことが……!!」///





 ガチャッ


姫「メイドちゃん、ちょっとストップ~」


メイド「ひ、姫様!? い、いま、すごい良いとこだったんですよ……!?」

姫「あ~、うん、そうなんだけどね~。でもそれは、勇者くん本人に言わないと意味がないわけで~」

メイド「……え?」

姫「さっきわかったんだけどね~。いま、本物の勇者くんと魔女ちゃんは、城の外にいるんだよ~」

メイド「……?」





姫「つまりそこにいる勇者くんは、魔女ちゃんが作り出した分身らしいんだよね~」

メイド「―――」


勇者(分身)「あー、うん……オレが城にいない間、妖精に寂しい思いをさせないようにって思って……」



メイド「~~~っ!?」ボンッ ///





―――セドサル王城・廊下―――



勇者「はぁ……今日のはマジで死ぬかと思ったよ。まさかあの花が、崖の中腹に生えてるなんて」

魔女「身体強化の魔法がなかったら、今ごろ大変なことになってたかもね」ペラッ


○600『8Bpv30Gj0』
  呪文効果:空を自由自在に飛ぶ
  習得条件:アテクイル峡谷に自生するキュクロペトスの花を手に入れる


勇者「でもこれで、空を飛べるようになったんだよねっ!?」

魔女「勇者、興奮しすぎ」

勇者「えー、魔女こそ冷めすぎじゃない?」





勇者「……ん? あ、メイドさん!」


メイド「っ!?」ビクッ


盗賊「……どうすんの、メイド? 本物にもチャレンジする?」

メイド「し、しませんっ! さっきので一生分の勇気を使い果たしちゃいましたぁぁっ!!」ダッ

盗賊「ちょっ、引っ張んじゃねぇわよーっ!?」ズルズル



勇者「……なんだ、あれ?」

魔女「さぁ……?」





―――セドサル王国・ユノシュバラ闘技場・受付―――



勇者「予選とは別に、本選も手続きが必要なのか……面倒だな」


僧侶「ゆ、勇者さんっ!」


勇者「……ん?」

僧侶「勇者さんが、どうしてこんなところに……!?」

勇者「あれ……? 僧侶くんこそ、なんでこんなところに? もしかして闘技大会に出場してるの?」

僧侶「ま、まさか! 聖職者がこんなのに出場したら、一発で破門食らっちゃうよ……」

勇者「じゃあ、どうして?」

僧侶「それが、闘技場で傷ついた人たちの治療をお願いされちゃって。さっきまで大忙しだったんだよ」





勇者「へぇ……そんなに酷い試合だったの?」

僧侶「うん。ボクは直接見てはいないんだけど、みんな肩とか膝の関節が外されてたり、首を酷く捻挫してたり……」

勇者「え? これ剣術メインの闘技大会だよね?」

僧侶「そのはずなんだけど、誰も切り傷はなかったの。死んじゃってたりしたわけじゃないんだけど、けっこう重症で……」

勇者「……ずいぶんと物騒なヤツが出場してるんだな」





僧侶「それで、もしかして勇者さんも出場するの?」

勇者「うん、そういうことになっちゃってて……とりあえず予選の1回戦と2回戦はさっき勝ってきたよ」

僧侶「そうなんだっ! すごい、さすがは勇者さんだね!」///

勇者「はは、ありがと」ポリポリ

僧侶「でもどうして闘技大会に出場なんかしようと思ったの? 勇者さんって、そういうタイプには見えないけど」

勇者「あー、うん、それがさ……」





―――セドサル王城・国王の間―――



勇者「と、闘技大会……ですか?」

王様「うむ。此度の祭典に開催されるいくつかの催しは知っておろう」

勇者「例年と同じなら、闘技大会やミスコン、縁日や花火大会……などですね」

王様「左様。当然ながらセドサル国民の注目度も非常に高いその舞台で、お主の実力を民に示してもらいたいのだ」

勇者「実力……ですか」

王様「魔王の脅威に怯える民にとって、お主の実力を知ることは安心に繋がろう」

勇者「はっ! 必ずや優勝し、期待に応えてみせます!」

王様「期待しておるぞ」





・・・・・・



勇者「というわけでさ……」

僧侶「わぁ……責任重大だね」

勇者「これからもっと対戦者が強くなってくるだろうし、けっこう緊張しちゃうな」

僧侶「もしも勇者さんが怪我をしても、ボクがすぐに治してあげるからね」ニコッ

勇者「はは……その時はよろしく頼むよ」



魔女「勇者っ!」ダダッ



勇者「あ、魔女」

僧侶「魔女さん……!」





魔女「僧侶くん……? いや、それより勇者! ベスト8まで残った本選参加者が発表されたよ!!」

勇者「あ、そっか。本選からは参加者がわかるようになるんだっけ。まぁ知ってる人なんていないだろうけど」

魔女「いや、あの……それが、さ……」

勇者「どうしたの? そんなに変な汗かいて」

魔女「これ……ここ、見て」ペラッ

勇者「え?」チラッ





勇者「………………。」


僧侶「ど、どうしたの? もしかして、知り合いでもいた?」


勇者「……っ!!」ガタガタガタガタ


僧侶「あれ? 勇者さん? ど、どうしたの……!?」


勇者「―――」ブクブク


僧侶「えええっ!? 白目むいて泡吹いてる!? ほんとにどうしたの勇者さん!?」


勇者「―――師匠」バタッ


僧侶「勇者さーんっ!!?」





―――セドサル王国・ケリドアリー通り―――



僧侶「わぁ、やっぱり今日はどこも屋台とかで賑わってるねっ!」

魔女「今日はセドサル王国が祀ってる女神様のための祭典なんだっけ?」

僧侶「元を辿ればね。だけど勇者が誕生した日に行われるから実質、勇者さんの誕生日パーティみたいなものかな」

魔女「贅沢なお誕生会もあったもんだね……」

僧侶「あはは、まぁ勇者さんの顔は城下まで広まってないから、普通の人にとってはただのお祭りかな」

魔女「そういえば勇者の顔はアタシも知らなかったな。どうしてなの?」





僧侶「うーん、1つには、暗殺とかの防止が目的かなぁ。人間の中にだって勇者を殺そうとする人は昔からいるからね」

魔女「へぇ……物騒なのがいるんだね」

僧侶「それから、あんまり勇者が世間に露出しすぎて親近感が湧いちゃったら、勇者の業務に差し支えるんだよ」

魔女「え、どうして?」

僧侶「だって、まだ成人もしてない子供を、誰もが恐れる魔王のところに放り出すんだもん……」

魔女「あ……そっか。民衆の罪悪感を軽減するためにも、勇者も普通の人間だって思わせちゃいけないのか」

僧侶「そういうことだね。それに勇者が普通の人だと知って、魔王を倒せるのか民衆が不安になっちゃっても国が混乱しちゃうし」





魔女「僧侶くんは、ずいぶん勇者について詳しいんだね?」

僧侶「えへへ、だって教会とか聖職者っていうのは、言っちゃえば勇者さんのファンクラブだから……」///

魔女「ああ……たしかにそういう言い方もできるか」

僧侶「ずっと教会で、勇者にまつわる伝説を聞かされ続けて育ってきたからね」

魔女「じゃあ、実際の勇者がこんなんだって知ったらガッカリしたでしょ?」


勇者「……だめだぁ……もう殺される……逃げるんだぁ……」ガクガクガク


僧侶「あはは……たしかにびっくりはしたけど……」





魔女「ほら勇者、いつまでも現実逃避してないの」ベシッ

僧侶「あの、勇者さんはどうしちゃったの……?」

魔女「勇者に戦い方を教えてくれた師匠が、なぜか闘技大会に参加してたみたいなんだよ」

僧侶「もしかして、厳しい人なの……?」

魔女「アタシも会ったことあるけど、まぁ、愛の鞭っていうよりは、愛の魔導砲をぶっ放す感じの人かな……」

僧侶「え、えぇー……?」





勇者「よし、午後の本選が始まる前に、国外逃亡しよう! 魔女、今すぐ魔王討伐に出発するぞ!!」

僧侶「もはや魔王よりも恐ろしい存在なの!?」

勇者「当たり前だろ! 衆人環視の中で、生かさず殺さずねぶられ続けて、ボロ雑巾にされるに決まってる!!」

僧侶「そんなにひどい人なんだ!?」

勇者「っていうか僧侶くんが言ってた、関節ボキボキにする危険人物って、絶対師匠だよ! 間違いない!!」

僧侶「えっ……! それじゃあ、勇者さんもあんな酷いことに……!?」

勇者「うぅ~……僧侶くん、助けてくれぇ……!」ダキッ

僧侶「ひゃうっ!?」///

勇者「死にたくない……オレこんなとこで死にたくない……!」ギュゥゥ

僧侶「あ、あのっ、勇者さん……!?」///





魔女「まったく、男同士でなにやってんの」


勇者「うるさいっ! 文句あるなら魔女が師匠を倒してきてくれよ!!」

魔女「え、やだよ。死ぬなら勇者だけで死んで」

勇者「あっれぇ!? ついこないだ、1人で死ぬなとかずっと一緒にとか言ってませんでした!?」

魔女「何事にも例外というものがあるんだよ、勇者」

勇者「ちくしょう、薄情者ーっ!!」





僧侶「ゆ、勇者さん……あの、こんなところで抱き付かれると……///」ワタワタ

勇者「ああ、ごめん。なんかすごい良い匂いだったから、つい」パッ

僧侶「……///」カァァ

勇者「はぁ……仕方ない。本選が始まるまでの残り数時間を、悔いなく過ごすしかないか」

僧侶「あの、勇者さん……どんな怪我しても、ボクがすぐに治してあげるから……あんまり気を落とさないで」

勇者「僧侶くん……。ありがとね」ニコッ

僧侶「う、うん……」///





僧侶「それにしても、勇者さんがここまで怯えるだなんて……きっと鬼神のような人なんだろうね」

勇者「そうだな、鬼神を体内に飼ってても不思議じゃない。あれは人間の形をした悪鬼羅刹だ!」

武闘家「でも師匠っていうくらいだし、優しいところもあるんじゃない?」

勇者「プライベートでならともかく、こと修行に関しては一切の手心の無い人だよ! 前世はきっと地獄の獄卒だね!」

魔女「……ゆ、勇者、後ろ……」

勇者「え?」クルッ

武闘家「……」ニッコリ

勇者「―――」





武闘家「そうかいそうかい、キミは私のことをそんな風に考えていたのかい」ニッコリ

勇者「やー、これは、その、えへへ、違くてですねぇ……」ダラダラ

武闘家「悪鬼羅刹かぁ。面白いこと言うね、勇者くんは」ニッコリ

勇者「師匠? 誤解ですよ、これは……? オレの愛する師匠なら、わかってくれますよね? ね?」

武闘家「久しぶりにキミの実力を間近で見ておきたくて、適当に戦ったらわざと負けてあげるつもりだったけど」ニッコリ

勇者「けど……?」

武闘家「そこまで期待されてちゃ仕方ないな。私も久しぶりに―――『本気』を出すとしよう」ニッコリ


勇者「うぴゃあ」ブクブク、バタッ


僧侶「勇者さーんっ!?」





武闘家「ところで魔女ちゃん」ニッコリ

魔女「な、なんでしょう? 私はなにも言ってませんよ?」

武闘家「そうかい。愛の魔導砲とか、1人で死ねとかっていうのは私の聞き違いか」ニッコリ

魔女「………………っ」ダラダラ

武闘家「そんなことより魔女ちゃん、大変だよ。もうすぐミスコンの締め切りが終わってしまうんだ。急がないと」

魔女「えっ?」





僧侶「ええっ! 魔女さん、ミスコン出るんですか!?」


魔女「はっ!? で、出ない出ない! 出るわけないでしょ!!」

武闘家「おや? だけど魔女ちゃん、ミスコンに出ることで習得できる魔法があったよね?」

魔女「…………ええー? あれぇ、そんな魔法、あったっけなぁ……?」キョドキョド

武闘家「おや忘れてしまったのかい? だが安心してくれ、メモをしてあるんだ」ペラッ


○613『vgoR4aV6o』
  呪文効果:対象は30分間、水中でも呼吸と会話が出来るようになる
  習得条件:魔女が勇者の選んだ衣装でミスコンに参加し、3位以内に入賞する


魔女「…………」ダラダラ


>>180は被っているから無効?




僧侶「きっと魔女さんなら優勝できるよっ!」ニコッ


武闘家「さぁ、受付まで案内しよう。コンテストは闘技大会のあとだから、勇者くんにも見てもらえるよ」ガシッ

魔女「やだやだやだっ! ぜったいやだっ!! 僧侶くん助けて!!」ズルズル


僧侶「え、えっ……!? あの、魔女さん嫌がってませんか……?」


武闘家「おや、キミもミスコンに参加したいのかい?」ニッコリ

僧侶「ええっ!? あ、いや、ボクは男ですから……!」

武闘家「…………へぇ?」ジッ

僧侶「っ」ビクッ





武闘家「……まぁ、今はいいか。ほら魔女ちゃん、行くよ」

魔女「やだぁぁ~~……! 勇者起きろばか! 助けろよぉー!!」ズルズル



僧侶「はわわ……」ガクガク


勇者「……んん?」ムクッ

僧侶「あ、勇者さん!」

勇者「僧侶くん……あれ、魔女は?」

僧侶「えっと……なんか、連れてかれちゃった……」


>>790 これらは同じ呪文と解釈しました。……同じ方が投下したんでしょうか?

細かいところでいろいろ違いがありますね。そこはあとでフォローを入れさせていただきます、すみません。

ミスコンなんて、たまたまやってたアニメのケロロ軍曹でしか見たことがないので、いろいろ違ってたら申し訳ないです。




勇者「魔女がいないんじゃ、魔法習得もできないか。しょうがない、オレたちだけでお祭りを楽しもう」

僧侶「……えっと、魔女さんはいいの?」

勇者「いいのいいの、オレを見捨てた天罰だって。さ、行こう」スタスタ

僧侶「う、うん」トテトテ

勇者「それにしても僧侶くん、こんなお祭りでもしっかり教会の祭服を着てるんだね」

僧侶「一応、さっきまでお仕事中だったしね」

勇者「ああ、それもそっか。なら今から浴衣にでも着替える? なんて」

僧侶「ふぇっ!? いや、えと、それは……!」///

勇者「あはは、うそうそ。男は別に、浴衣なんていいよね」

僧侶「そっ、そうだね! 浴衣なんてね! 男だしっ!」///





勇者「せっかくだし、屋台でなにか食べようか」

僧侶「うんっ! えへへ、お小遣い持って来ててよかったぁ」チャリン

勇者「あれ、それだけ? 前に札束とか持ち歩いてなかったっけ?」

僧侶「あ、あれは全部教会と孤児院に寄付したよっ! このお金は、神父様からもらったお小遣いなの」

勇者「自分で儲けたんだし、ちょっとくらい自分のために残しといても良かったんじゃない?」

僧侶「ううん、ボクは欲しいものとかないもん。しいて言うなら、教会とか孤児院のみんなの笑顔を買ってるんだよ」ニコッ

勇者「……そっか」

僧侶「んーと、屋台の食べ物なら、2つくらい買えちゃうなぁ……どれにしよっかな……///」ワクワク

勇者「……。」





 チャリン チャリン


勇者「はい、リンゴ飴」スッ

僧侶「……へっ?」

勇者「2本買ったから、いっしょに食べよう」

僧侶「え、えっ……えっと、いくらしたの?」

勇者「いいからいいから。これはおごり」グイッ

僧侶「ええっ!? そ、そんなの悪いよ!」///

勇者「この後、闘技場でオレの怪我を治してもらうからさ。そのお礼の先払いだよ」

僧侶「で、でも……」





勇者「オレも金なんて使うことほとんどないし……だから、僧侶くんの真似」

僧侶「え? ボクの、マネ?」

勇者「いつも僧侶くんがみんなの笑顔を買ってるんだからさ。僧侶くんの笑顔を買うヤツがいたっていいでしょ?」

僧侶「~~~っ!!」カァァ ///

勇者「せっかくのお祭りなんだから、お金のことなんて気にせずに楽しもう!」

僧侶「……う、うん」///

勇者「それにオレ、男の友達って初めてでさっ! こういうの憧れてたんだ!」キラキラ

僧侶「………………う、うん」ダラダラ





勇者「いやー、なんで屋台の焼きそばとかって美味しく感じるんだろうなぁ」

僧侶「えへへ、いっぱい食べすぎちゃったね」

勇者「だね。もうすっかりおなかいっぱいになっちゃったよ」ポンポン

僧侶「これからどうするかは決まってるの?」

勇者「魔女と適当にプラプラしようって予定だったんだけど、魔女は師匠に拉致られちゃったからなぁ」

僧侶「う、うん……あれから結構経つけど、まだ帰ってこないね」

勇者「いつ戻ってくるかわかんないし、オレたちはオレたちでどっか行っちゃおうか」





僧侶「……えっと、勇者さんが、そうしたいのなら」///

勇者「よし決まり! じゃ、行こうか」ニコッ

僧侶「う、うん!」///



騎士「ちょーっと待ったーっ!!」



僧侶「っ!?」ビクッ

勇者「あ……騎士さん?」


騎士「探したわよ勇者……!!」メラメラ





勇者「どうかしたの?」

騎士「どうかしたじゃないわよ! あんた、騎士ちゃんの力が必要な時は、いつでも呼びなさいって言ったでしょ!?」

勇者「ああ、うん。そうだね」

騎士「なのにあれっきり、全然まったく音沙汰なしじゃないの! どういうことよ!?」

勇者「いや、べつに騎士さんの力が必要な場面がなかったんだけど」

騎士「きーっ!! どういう意味よーっ!?」





僧侶「あ、あの……勇者さん、この子は?」

勇者「ああ、この子は騎士さんっていって、貴族のお嬢様なんだよ。2,3回会ったことのある知り合いって感じ」

僧侶「へぇ~」


騎士「そういうあんたこそ、誰なのよ?」ジロッ


僧侶「あ、うん。ボクはラートルム教会で働いてる、僧侶って言うんだ。よろしくね、騎士ちゃん」ニコッ

騎士「よろしくする前に、ハッキリさせておくことがあるわ」

僧侶「?」





騎士「この騎士ちゃんを『ちゃん』付けしないでちょうだい! こう見えて、あんたなんかよりずっと大人なんだから!」

僧侶「へぇ、そうなんだぁ! 大人かぁ、偉いねぇ。うん、歳の割にはしっかりしてるし、大人大人」ニコッ

騎士「……ぜってぇわかってねーだろポンコツがァァ……」ヒクヒクッ

僧侶「ううん、わかってるよ! あ、そうだ! ほら、飴ちゃんあるよ。何味がいい?」ニコニコ

騎士「勇者、こいつ斬り刻んでいいかなァ……」ピキピキ


勇者「待って! この子ちょっと天然なとこあるから! 悪気はないから許してあげて!!」





勇者「そんなことより、オレになにか用だったんじゃないの?」

騎士「『そんなこと』とはなんだこらぁ!! 一大事なんだぞぉ! 死活問題なんだぞぉ!!」ポロポロ

勇者「ご、ごめん……オレが悪かったから、そんな号泣しないで」

騎士「……あんた、闘技大会に参加してたのね。対戦表見たわよ」

勇者「あ、うん。いろいろあって、参加することになっちゃった」

騎士「ふぅん……そんな生半可な気持ちで勝てるのかしら……といっても、実際本選まで勝ち進んでるのよね」

勇者「まぁ仮にも勇者ですから」ドヤッ

騎士「だけど本選でそれが通用するとは思わないことね。……特に、この騎士ちゃん相手には」

勇者「…………うん?」





騎士「なによ、そのアホ面。もしかして、まだ対戦表見てないわけ?」

勇者「えっと、チラッとしか……」

騎士「あんたの1回戦の相手は、この騎士ちゃんよ」ペラッ

勇者「ええっ!? ……うわ、ほんとだ!? 騎士さんも参加してたんだ!?」

騎士「当たり前でしょ! むしろ闘技大会の運営からオファーが来たわよ」

勇者「そういえば、魔王討伐遠征のメンバー候補に選ばれたこともあるんだもんね。しかも剣術のスペシャリストとして」

騎士「ふふん、その通りっ! そもそも前回大会の優勝者は、この騎士ちゃんなんだからっ!」

勇者「うぇえ!? まじで!?」





僧侶「そ、そんなにすごいんだ、騎士ちゃん……!」

騎士「ふん、今頃騎士ちゃんのすばらしさに気づいたって遅いのよ。……それからちゃん付けやめなさい」

僧侶「それに騎士ちゃん、勇者パーティ選抜に選ばれてたんだねっ!」

騎士「そうよ。まぁ、そこの男のせいで落とされたんだけどね。……あとちゃん付けやめて」

僧侶「じゃあもしかして、次の選抜にも騎士ちゃんは呼ばれるのかな?」

騎士「次? まだそんな話は聞いてないけど、仮にあったとしたら、確実でしょうね。……ちゃん付けやめろ」





勇者「次の選抜って……オレも聞いてないけど」

僧侶「司祭様が、絶対あるって言ってたよ。それでその時は、ボクを推薦してくれるって!」

騎士「あんたがぁ? ふふん、やめときなさいよ、遊びじゃないのよ?」

僧侶「むっ。ボクだって、勇者さんの役に立てるもんっ!」

騎士「ふん、どうだか」

勇者「まぁまぁ、ケンカしないでよ」





勇者「仮にまたあったとしても、騎士さんは絶対落とすよ。基準は変わってないからね」

僧侶「『女の子』と『家族のいる人』は連れて行かないんだよね?」

勇者「え? ……ああ、そうだけど」

僧侶「それなら、ボクは大丈夫だよっ! だってボクは男で、しかも孤児だもん!」

勇者「孤児……? そうだったの?」

僧侶「そうだよ。だから死んだって誰も悲しまないし! ボクね、ずっと勇者さんの役に立つためだけに生きてきたんだっ!」

勇者「…………。」

僧侶「えへへ。だから次の選抜では、よろしくね、勇者さん」ニコッ





騎士「……まぁ、とにかく。闘技大会の1回戦で、勇者……あんたを倒して、騎士ちゃんを落としたことを後悔させてやるんだから!」

勇者「オレも負けるわけにはいかない理由がいくつもあるんだ。勝ってみせるよ」

騎士「ふん、言ってなさい」


僧侶「騎士ちゃん、お怪我しても、ボクが治してあげるから、安心してね」ニコッ


騎士「おーぅ、こいつホント煽りスキルハンパねーわマジで」ピキピキ





勇者「じゃあ、闘技大会1回戦を楽しみにしてるよ。じゃあね」フリフリ

僧侶「騎士ちゃん、ばいばい~」フリフリ


騎士「…………え?」


勇者「次はどこ行こっか?」テクテク

僧侶「教会でおみくじ引けるけど、行ってみる?」トテトテ

勇者「ええ~。勇者が教会行くって、なんか変じゃない?」

僧侶「う、言われてみればたしかに……それに歴代勇者の偉業を司祭様を説いてる最中かもしれないし」

勇者「気まずいにもほどがあるだろっ!」





騎士「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」


勇者「?」クルッ

僧侶「?」クルッ


騎士「こ、これで終わり? これで解散なわけ……?」


勇者「まだなにか用があるの?」


騎士「いや、そういうわけじゃ、ないけど……」モジモジ





勇者「そっか。じゃあ―――」スタスタ


 ギュッ


勇者「……?」クルッ


騎士「せ、せっかく会ったんだから……騎士ちゃんも連れてきなさいよぉ……」ウルウル


勇者「……。」チラッ

僧侶「……。」ニコッ


勇者「よし。じゃ、いっしょに行こっか」ナデナデ

僧侶「ごはんはもう食べた? 騎士ちゃん、パパとママは一緒じゃないの?」ナデナデ


騎士「子ども扱い禁止ーっ!!」バタバタ ///





・・・・・・



○696『qfmTmP0A0』
呪文効果:対象の剣にどんなものでも斬る能力を付与する
習得条件:勇者が選手、魔女がセコンドとして闘技大会で優勝する


騎士「へぇ、これはたしかにすごい呪文ね」

勇者「でしょ? それになんかわかりやすくて勇者っぽい呪文だし」

騎士「姿が見えなくなる呪文と併用したら、魔王だって倒せるんじゃないの?」

勇者「それが魔女曰く、これは他の魔法とは併用できないんだってさ。魔法の構造がどうとかで」

騎士「ふぅん……そう上手くはいかないか」





僧侶「ふふっ、騎士ちゃん、お口に綿菓子ついてるよ?」フキフキ

騎士「んむぐっ」

僧侶「はい、食べ終わったやつのゴミはボクが預かるからね」ガサガサ

騎士「……」

僧侶「歩き疲れてない? 人通りが増えてきたから、手を繋ごうね」ギュッ

騎士「……」



騎士「……勇者」ジッ

勇者「悪気はないんだ……面倒見がいいだけなんだよ……」

騎士「……くそぉ」





・・・・・・



僧侶「……」ボー


 ワイワイ ガヤガヤ


僧侶「……思い出すなぁ」ボソッ


勇者「なにを?」

僧侶「ひゃうっ!? うぁ、いまの、口に出してた……?」///

勇者「うん、結構がっつりね」

僧侶「……あぅ」///





勇者「昔の思い出?」

僧侶「う……あ、あのね」


僧侶「昔、ボクがまだ孤児院に住んでた頃ね……ちょっとやんちゃな親友がいたの」

僧侶「当時はこういうお祭りの日って、ほんのちょっとしか外には出させてもらえなかったんだけど……」

僧侶「その親友はよく孤児院から脱走しては怒られてるような子で……あの日はボクも引きずられて、2人で孤児院から脱走したの」

僧侶「あの日、ボクははじめてお祭りをちゃんと間近で見られたんだぁ。キラキラしてて、すごく綺麗だって思った」

僧侶「まぁすぐに見つかって、すっごく怒られちゃったけどね……えへへ」///





勇者「僧侶くん、ちっちゃいころは意外にやんちゃしてたんだ?」

僧侶「ボ、ボクはやんちゃではなかったよぉ……でもその親友は女の子のわりに、けっこう強引な子だったから」///

勇者「その子とは今でも遊んだりするの?」

僧侶「……えっと……ううん、引っ越しちゃったんだって」

勇者「あ、そうなんだ」





騎士「引っ越しちゃったんだって……って、なんで伝聞調なのよ? 同じ孤児院だったんでしょ?」

僧侶「それは……ある日突然、いなくなっちゃったから」

騎士「え?」

僧侶「部屋に荷物も置いたままで、ボクにもなんにも言わないで、いなくなっちゃったの」

勇者「それって、失踪なんじゃないの?」

僧侶「うん。でも院長先生は、引っ越したんだよってみんなに言ってたの」

勇者「……」





僧侶「だけどね、これはたまたま聞いちゃったんだけど」

僧侶「王国の外でその子を見たっていう人がいたんだって」

僧侶「でも王国の関所では、そんな子は通ってないって言われたらしくって……」

僧侶「当時11歳ちょっとだった女の子が、王国の関所も通らずにどうやって王国の外に出たのか……それは今でもわからないの」


勇者「……。」





僧侶「……あはは、なんか急に変な話しちゃってごめんね。せっかく、楽しい雰囲気だったのに……」

勇者「ううん、大丈夫だよ」

僧侶「……忘れようと思ってたのに、急に思い出しちゃって……やだな、もう……」

勇者「忘れなくていいんじゃない?」

僧侶「え?」

勇者「素敵な思い出じゃない。それに、その引っ越しちゃった子とだって、きっといつか会えるよ」

僧侶「……勇者さん」





勇者「だからそれまでは、オレたちで新しい思い出を作ろうよ。親友は1人しかダメなんてルールはないんだしさ」

僧侶「……っ!!」///


騎士「それに勇者サマは、引っ越しなんてできないんでしょ?」

勇者「そうそう、そんなことしたら王様に怒られちゃうよ。だから、ね?」ニコッ


僧侶「う、うん……///」



僧侶「えへへ、ありがとね、2人とも」ニコッ ///





―――セドサル王国・ユノシュバラ闘技場―――



僧侶「それじゃあボクは、救護室から応援してるからねー!」フリフリ


勇者「……はぁ。とうとう試合か」

騎士「なによ、その気の抜けた顔は」

勇者「そもそもオレはこういう人前に出るの初めてだし……ガチで戦闘したこともあんまりないし」

騎士「ふん、今から言い訳タイム?」

勇者「ちなみにだけど、騎士さんって相手を殺る気で戦うタイプ?」

騎士「そんな弱い者いじめみたいなことはしないわよ。ちょちょっと手足を刺してやればオシマイね」

勇者「……ちょちょっと、ねぇ」





 ガシャンッ ガシャンッ


勇者「……ん? あの人も選手なの?」チラッ

騎士「そうね。対戦表から見るに、あんたか騎士ちゃん、勝った方があの男と戦うことになりそうよ」

勇者「すげー全身がっつり甲冑に身を包んでるなぁ……」

騎士「王国兵士に支給されるフルアーマー装備ね。あんな格好だけど、噂によると歴戦の猛者と呼ばれてる男らしいわ」

勇者「頭からつま先まで、あんな露骨に鎧を着込むのってルール的にはアリなの? なんかズルくね?」

騎士「その分、体力と機動力を犠牲にしてるでしょ。それに観客ウケも悪くて応援されないし」





勇者「装備が手甲と剣だけのオレが言うのもなんだけど、騎士さんももう少し鎧とか着た方が良いんじゃないの……?」

騎士「いいのよ。騎士ちゃんの場合、そういうのはむしろ邪魔だし」

勇者「……?」

騎士「そろそろ時間かしら。あんたが東門で、騎士ちゃんが西門ね。移動しましょ」

勇者「うん。まぁ、お手柔らかに頼むよ」スッ

騎士「ふふん、ギッタギタにしてやるんだから」スッ


 ギュッ


騎士「それじゃ」スタスタ

勇者「ああ」スタスタ





―――セドサル王国・ユノシュバラ闘技場・東門―――



魔女「勇者!」タタッ


勇者「あ、魔女! よかった、間に合ったんだ」

魔女「……ひどい目に遭ったよ……いろいろ試着させられてさ」

勇者「ああ、うん……師匠そういうの意外と好きだから」

魔女「まぁ、それはともかく。調子はどう?」

勇者「そこそこかな。ちょっと屋台で食べすぎて胃がもたれてるけど」

魔女「なにやってんの……」





魔女「武闘家さんから聞いたんだけど、対戦相手の騎士は、前回大会優勝してるんだって」

勇者「うん、さっき本人から聞いた。でもさすがにその時って、師匠は出場してなかったんだよね?」

魔女「そうだけど、剣の腕に覚えのある猛者たちが一堂に会した大会だったらしいよ……」

勇者「そっか。それじゃあ、優勝した騎士さんも手ごわそうだね」

魔女「……ねぇ、ほんとに戦うの?」

勇者「え? なに、今さら」





魔女「だって……相手は1対1の剣術勝負なら、王国最強なんだよ!? そのこと、ちゃんとわかってる……?」

勇者「もしかして、心配してくれてるの?」

魔女「……」ベシッ

勇者「痛いっ!? ごめんなさい調子こいてまし―――」



魔女「……あたりまえでしょ……!」



勇者「―――!!」





魔女「……っ」

勇者「大丈夫だって、心配いらないよ。こっちは剣術界最強どころか、世界最強を師匠にもってるんだから」

魔女「……勇者」


勇者「『勇者』、なめんな」ニッ


魔女「!!」




勇者「行くよっ!」ザッ

魔女「……うんっ!」





―――試合場―――



『さぁ、ついに始まりました本選第一試合!』

『なんと初戦から驚愕のカードとなっております!』


騎士「……」スタスタ


『西門から現れたのは、前大会覇者……騎士!!』

『その小さな体躯から繰り出されるのは、屈強な剣闘士や猛獣さえも屠る神速の剣技!』

『傷の一つさえ負わずに予選を勝ち上がってきた彼女は、今日も我々にその絶技を披露してくれるのかーっ!!』


 ワァァァァァ!!


騎士「相変わらず無駄にテンション高い実況ね……暑苦しい」


『ちなみに十九歳です!!』


 エエーッ!?


騎士「余計なお世話だーっ!!!」クワッ





『そしてそして~!! なんと本日は、あの方が参戦してくださいました!!』

『我ら人類の希望の星! セドサルの英雄! 選ばれし一族の末裔!』


『東門からは、我らが勇者様の入場だーっ!!!』


 ワァァァアアアアアアアアアアアアア!!



勇者「なんだこれ……なんだこれ……」ガタガタ



魔女「うっわぁ……。まぁ普段見れない『勇者』が戦うとなったら、そりゃみんな見に来るよね」

魔女「去年より観客動員数が6割増しだってさ。後ろの方、ほとんど座れてないじゃん」

魔女「魔法も使わず、正々堂々戦うって言ったからには、国民にかっこわるいとこ見せないでよね?」スタスタ


勇者「あばばばば……」





騎士「ふん、前大会優勝者の騎士ちゃんが、まるで噛ませ犬じゃない。良い御身分ね」


勇者「予選とは大違いだな……こんな衆人環視の中で斬り合うなんて、野蛮すぎるだろ」


騎士「今すぐ逃げ出せば、まだ恥は少なくてすむかもしれないわよ」


勇者「いやいや、そんなことしたら師匠に殺されるわ……」




騎士「……じゃ、覚悟はいいかしら」シュラッ


勇者「……そっちこそ」チャキッ




『両者、剣を構えました! それでは試合を開始したいと思います!』


『本選第一試合―――始めッ!!!』





騎士「……」ユラッ…


 ヒュンッ


勇者「―――っ!?」バッ



 ガギギギギギギンッ!!



勇者「くっ、おおっ!?」ズザザッ


勇者「……!」ブシュッ

勇者(は、迅い!! あの一瞬で七連撃!?)

勇者(目で追うのがやっとだ……これは、カッコつけてられないかも)



騎士「……」ユラッ…





『おおーっと!? 開始早々、騎士の猛攻! 数多の猛者を一瞬で葬ってきた、神速の連撃だーっ!!』

『これにはさすがの勇者様も防戦一方か!?』



 ガギギギギンッ!!


勇者「ぐっ、くそ……!」ブンッ

騎士「……」サッ


 ガギギギンッ!!


勇者「ぐあっ!?」ブシュッ





勇者(レイピアは見かけの細さに反して意外と重いものだけど……)

勇者(あれは細剣の中でも特に軽く鍛えてあるな。しかも片手用の柄を長くして、両手剣に改造してる)


勇者(騎士の腕前によって最低限の威力は保証しつつ、徹底的に速さだけを追求したレイピア)

勇者(おまけにあの小さな体躯と身のこなし、それから装備の軽さで、こっちの攻撃は余裕でかわされる)





勇者(防具がいらないっていう騎士さんの言葉は、こういう意味だったのか)

勇者(そもそも騎士さんの小柄な身体じゃ、攻撃を受けたらどのみち吹っ飛ばされておしまいだ)

勇者(だから“速さ”のみ、その一点だけに全ステータスを極振りしてるんだ)



勇者(『攻撃は最大の防御』を地で行くつもりか!!)





騎士「騎士ちゃんの速さに目が慣れる頃には、傷と失血で動きが鈍ってる」

騎士「たしかにあんたは口だけじゃなくて、それなりに強い方だとは思うけど」

騎士「あんたが万全だったはずの最初の一撃で“傷を負った”時点で、あんたは騎士ちゃんの敵じゃない」

騎士「あんたの負けよ」ユラッ…


勇者「!」


 ガギギギギギギギンッ!!!


勇者「ぐああっ!?」ブシュ ブシュッ





『これはどうしたことか!? なんとなんと、騎士が勇者様を追い詰めているぞ!!』

『勇者様も、これまでの選手が瞬殺されてきた騎士の連撃を、何度も防いではいるものの……』

『すでにいくつもの傷を負って、服にも血が目立ってきたぞーっ!!』

『まさかセドサルの希望がここで潰えてしまうというのか!?』





魔女「勇者っ……!」ハラハラ


魔女(実況め、勝手なこと言って……)

魔女(安価魔導書さえ使えれば、逆に瞬殺だよ。むしろよく素の剣術だけで渡り合ってるなってくらい)

魔女(でも観客たちは、安価魔導書のことを知らない。勇者の実力を、剣術だけで測ってるはず)

魔女(これで勇者が剣術勝負に負けたら……大変なことになるかも)





 ガギギギギギギンッ ガギギギンッ!!


勇者「ぐっ……!!」ズザザッ



勇者「はぁ、はぁ……!」フラフラ

 
 ポタッ… ポタタッ…






騎士「……まだやるの? 正直、まったく相手になってないんだけど」

騎士「なんか弱い者いじめみたいな気分になってきちゃった。もうやめにしない?」



勇者「師匠が言ってた……どんな戦法にも、必ず穴がある」

勇者「完全完璧な戦い方なんて存在しない。そんなものがあったら、みんな真似してるはずなんだから」





騎士「騎士ちゃんの戦法に穴なんてないわよ」

勇者「そうかな? がんばって隠してるだけで、けっこう大きな穴が見えてる気がするけど」

騎士「実際問題、その穴を突けてないじゃないの。だからあんたはボロボロになってるんでしょ」

勇者「たしかにオレは騎士さんより弱い。弱いから、こうして血塗れで苦戦してるわけだ」

騎士「それなら―――」

勇者「でも、負けられない理由がいくつもあるって言ったはずだ! 仮に勝ち目がなかったとしても、『降参』はないっ!!」チャキッ





『どうやら2人はなにか話し込んでいるようです! もしや降参でも促しているのでしょうか!?』

『今や勇者様の身体はボロボロ! 血のついていない部分の方が少ないほどです!』

『一方で騎士の身体には傷一つありません! それどころか息切れさえしている様子は見受けられない!』

『圧倒的! 前大会優勝者は伊達ではない! もう騎士が魔王を倒せばいいのではなかろうか!?』





魔女「勇者、もういいよ! 降参して!!」


勇者「……!」


魔女「王様も国民も、ぜんぶアタシがなんとかするから! だからもう、戦わないで……お願い……」ジワッ


勇者「……魔女」


騎士「ほら、魔女もそう言ってることだし、もう降参しなさいよ……」

騎士「騎士ちゃんも、一緒にあとでフォローしてあげるわよ。だから……ね?」ニコッ


勇者「……。」





勇者「……やなこった! オレは意外と、負けず嫌いなんだ!」ニッ


魔女「ゆ、勇者!?」



騎士「……あっそ。じゃあ―――僧侶のお世話になってきなさいっ!!」


 ヒュンッ


勇者「……っ!!」



 ガギギギギギンッ ガギギギンッ ガギギギギギギギンッ!!


勇者「う、ぐっ……!!」ヨロッ





騎士「これで……終わりよ!!」ヒュッ


 グサッ!!


勇者「がっ……!?」ブシュッ


 ポロッ ガシャンッ…



魔女「勇者ぁ!? いやぁああああ!!」



 ガシッ


騎士「えっ」


勇者「これで……終わりだ!!」ブンッ


 ボギンッ!!





『こ、これはっ……!?』

『騎士が勇者様の脇腹にレイピアを刺して、勇者様が剣を落とし……勝負が決まったと思った瞬間!!』


『勇者様が素手で、騎士のレイピアを叩き折りましたーっ!!』




騎士「な、なんで!? レイピアが疲労してた……!? そんなこと、あるはず……」

騎士「だって、あんたからの攻撃は全部かわしてた! レイピアを防御に使ったことなんて一度も……」


騎士「……あっ!!」





『こ、これは、もしや……!』


『今まで勇者様は、騎士の攻撃を防ぎながらも、騎士のレイピアにダメージを蓄積させていたとでもいうのかーっ!?』

『しかしそんな真似は、わざとレイピアの同じ箇所に剣を当て続けてガードでもしない限りは不可能!!』

『勇者様はずっと、あの神速の連撃の中でこれを狙っていたのか!?』

『敵である騎士を、セドサルの国民を、目の前の少女を……斬りつけずに勝つために!!』


 ワァァアアアアアアア!!!





勇者「あはは、最後のはさすがに都合の良すぎる解釈だけど……」ヨロッ

勇者「途中まではその通り……レイピアさえ折っちゃえば、騎士さんは戦えない」

勇者「速さを求めたせいでレイピアが脆くなって、速さを求めたせいで予備のレイピアを持ち歩けなかった」


勇者「これが騎士さんの戦略の、穴だ!」ビシッ



魔女「……なんかカッコつけてるところ悪いけど、そんな血まみれボロボロじゃカッコつかないわよ……」


勇者「ぐはっ!?」





騎士「……こ、こんなことって」プルプル


勇者「騎士さんはオレより強かった。だからこんな、一度限りの姑息な手を使うしかなかったんだ」

騎士「慰めてるつもり……?」

勇者「ただの事実だよ。それに騎士さんがオレを殺る気だったら、さっさと眼球から脳を突き殺して勝ってるでしょ」

騎士「……バカね。レイピアを折ろうなんて思わなければ、ちゃんとかわせたはずじゃない……」

勇者「そ、それはどうだろう……ぶっちゃけあんまり自信ないけど……」ダラダラ

騎士「……。」





騎士「……剣がなくても、そんな様子のあんたなら殴り倒せそうだけど……」

騎士「そんな見苦しい真似、騎士道精神にもとるわね」スチャッ


勇者「!」




騎士「わたくしの敗北を認め、貴方様への恭順をお誓い申し上げます」ザッ






『これは……騎士が勇者様に跪いたということは……!』

『降参です!! この瞬間、本選第一試合の勝敗が決しました!』


『勝者は……勇者様だぁぁーっ!!』



 ワァァアアアアアアアアアアアア!!!





勇者「……はぁ、終わった……」フラッ


 ガシッ


騎士「ほら、掴まって」グイッ

勇者「あ、ありがと、騎士さん……」

騎士「……“騎士”でいいわよ」

勇者「え?」

騎士「だ、だから、呼び捨てでいいって言ってるの! ……次に戦うとき、騎士ちゃんが勝つまではねっ!」

勇者「……うん。ありがと、騎士」

騎士「ふんっ」プイッ





魔女「勇者っ!!」ダッ


勇者「あ、魔女……」

魔女「ばかっ! こんな意味のない無茶して……!!」グスッ

勇者「ごめん……予定では、もうちょっとカッコつけるつもりだったんだけどさ……あイタっ!?」ズキッ

魔女「もう喋らなくていいから! 早く僧侶くんのところへ!」グイッ

騎士「うんっ!」





―――ユノシュバラ闘技場・選手控え室・ベンチ―――



勇者「……んんっ」

魔女「あ、勇者。目が覚めた?」

勇者「……魔女? ……えっ、あれっ!?」ガバッ

魔女「ちょっと、いきなり起きたら傷が……」


勇者「な、な、なぜに……膝枕っ!?」///





魔女「アンタの師匠が予選で当たった対戦相手をいちいち医務室送りにしてたから、ベッドが足りないんだってさ」

勇者「いや、だからって……!」///

魔女「ほら、まだ寝てなさい」グイッ

勇者「ちょっ……!?」/// ポフッ

魔女「……勇者」ナデナデ

勇者「んなっ!?」///


魔女「お疲れさま」ニコッ


勇者「う、ぁ…………うん……///」カァァ





―――ユノシュバラ闘技場・武器庫前―――



僧侶「こんなとこにいたんだ、騎士ちゃん」


騎士「っ」ビクッ





僧侶「見つかってよかったぁ」スタスタ

騎士「……こっちくんな」

僧侶「急にいなくなっちゃうから、心配したよ?」ストッ

騎士「……となりにすわんな」

僧侶「ボクは身体の傷しか癒せないけど……」ナデナデ

騎士「……なでんな」

僧侶「悔しいときや、悲しいときは、泣いてもいいんだよ?」ギュッ

騎士「……だきしめんな」

僧侶「誰にもナイショだから。ね」ニコッ

騎士「…………。」





騎士「うっ……ぐしゅ……うえぇぇええええんっ!!」ポロポロ

僧侶「よしよし。次はきっと勝てるよ」ギュッ

騎士「勝ちは譲ってあげたんだしっ!! うわぁぁああああああんっ!!」ギュゥゥ


 ムニュッ


騎士「ふぇっ?」モミモミ

僧侶「あ゛……!?」





―――ユノシュバラ闘技場・選手控え室・ベンチ―――



武闘家「おやおやまあまあ。2人とも、随分と羨ましいことをしているんだね」ヒョコッ



勇者「っ!?」ガバッ

魔女「っ!?」ビクッ


武闘家「それはともかく、お疲れさま勇者くん。さっきは、とてもキミらしい戦い方だったね」

勇者「は、はぁ……どうも……」

武闘家「とてもキミらしい、爪が甘くて無様で非効率な戦い方だったね」ニッコリ

勇者「…………」ダラダラ





魔女「武闘家さんって、一日2時間までしか布団を出ちゃいけないんじゃありませんでしたっけ……?」

武闘家「そう医者に言われているだけで、相応の“代償”を覚悟すれば3時間はイケるのさ」

勇者「もういいから寝てくださいよ! 師匠が戦っていいのは一日3分までなんですから!!」

武闘家「しかし、まだここまでの全試合で、合計13秒しか使っていないよ?」

勇者「相変わらずのバケモノぶりですね……!!」





武闘家「ともあれ勇者くん。もう先ほどの試合のような無茶はしないように。キミには心配してくれる人がいるんだからね」

魔女「そうだよ、勇者」ジトッ

勇者「うっ……すみません」



武闘家(……いつぞやのデートのおかげか、はたまたさっきの試合の影響か)

武闘家(魔女ちゃんが随分と素直に、かつ積極的になっているね。良い傾向だ)

武闘家(しかしこれはどうやら、心を許せる相棒との“信頼関係”で満足してしまっているのではないか?)

武闘家(それでも十分といえば十分なんだが……ううん、もしかして魔女ちゃんって、勇者くんよりも“鈍い”?)





武闘家「では、私はこれから試合だ。その次は勇者くんの試合だから、準備運動でもしておくといい」

勇者「はい。……あの、師匠。ほんと、無茶しないでくださいね……?」

武闘家「ふふ、大丈夫だよ。キミは、キミの心配をしなさい」

勇者「は、はいっ!」



武闘家「……決勝で私にギタギタにされる心配をね」ニッコリ

勇者「あばばばば」ガタガタガタ





 ガチャッ


武闘家「やれやれ、どんなにあの子が大きくなっても、心配は尽きないな」スタスタ

武闘家「……!」




忍者「……」スタスタ





武闘家「……準決勝ではよろしく頼むよ」


忍者「……。」ペコッ




忍者「……では御免」スタスタ


武闘家「……ああ」スタスタ




忍者(……あれは殺れないでござるな)


武闘家(……これは勝てないかな)





・・・・・・



勇者「そういえば、俺の剣ってどこにあるの? 試合場で騎士に刺された時、落としちゃったみたいなんだけど」

魔女「受付で預かってくれてるはずだってさ。でもさっき、騎士が取ってきてあげるって言って出ていったよ」

勇者「さっきって?」

魔女「……けっこう前だね。いくらなんでも遅すぎるかな」

勇者「師匠じゃあるまいし、剣術メインの闘技大会に素手で挑んだら怒られちゃうよ。取りに行って来る」ガタッ

魔女「それならアタシが……」

勇者「いや、すぐに戻るから待ってて。身体をちょっとでも動かしとかないとね」スタスタ

魔女「そっか、わかった」





・・・・・・



勇者(もう脇腹の傷が塞がってるとはなぁ……さすがは僧侶くん)スタスタ


勇者(……それにしても、魔女が膝枕なんてしてくるとは……しかも笑顔で)///

勇者(そもそも魔女って、オレのことどう思ってるんだろ?)

勇者(いやいや、なに考えてるんだ! 変なこと意識するな……!)ブンブン ///



 ガシャァァアンッ!!



勇者「な、なんだっ!? 受付の方から……!」ダッ





―――ユノシュバラ闘技場・受付―――



勇者「これは……!」



勇者(辺りがメチャクチャに壊されてて、その真ん中に全身甲冑の男が立ってる……)

勇者(あいつ、次の準決勝でオレと戦うはずの、甲冑剣士じゃないか?)



剣士「……」クルッ





勇者「試合前のウォーミングアップにしては、ちょっとやりすぎなんじゃないのか?」

剣士「……テメェが……」

勇者「ん?」


剣士「テメェが『勇者』なんだな……!!」


勇者「そうだけど……あれ、オレたち初対面だよな?」

剣士「ああそうさ、俺様とテメェは初対面だ」チャキッ



剣士「だが殺すッ!!」ダンッ!!





剣士「はぁあああッ!!」ブンッ

勇者「うおっ!? なんだお前!?」サッ

剣士「俺様は! テメェを殺すことを夢見て、今日まで生きてきたんだ!!」ブンッ

勇者「え?」サッ


 ガシャァアアンッ!!


勇者「っとっと……危ないだろ! マジでやる気か? 試合まで待てないのかよ」

剣士「テメェをぶっ殺すことが、俺様の最大にして最終の目標……それ以外はどうだって良い!!」ブンッ


 ヒュンッ





 ガキィィンッ!!


剣士「!?」ギリギリ…


騎士「勇者、あんたね……やっと起きたと思ったら、目覚めて早々になにやってんのよ」ギリギリ…


勇者「騎士!?」

騎士「で、これはどういう状況?」

勇者「試合まで待ってられん、ぶっ殺してやるぜ……だってさ」

騎士「あっそ。とりあえず器物破損と傷害未遂って感じだし、騎士として王国の脅威は排除しとかないとね」ブンッ


 ガキンッ!!


剣士「……っ」ズザザッ





勇者「あの、それオレの剣……」

騎士「あんたに届ける最中だったんだけど、これちょっと借りるわよ。レイピアはあんたに折られちゃったし」

勇者「それはいいけど、大丈夫? レイピアよりずっと重いけど……」

騎士「速さにこだわらなくたって、騎士ちゃんは普通に戦っても強いのよ」


剣士「……どうしてテメェが」


騎士「は?」


剣士「テメェだって、勇者を憎んでるはずだろ……!!」





勇者「……なに言ってるんだ、あいつ?」

騎士「さぁ? とにかくアレの相手は任せときなさい」

勇者「それならオレも一緒に……」



剣士「チッ……」ダダッ



勇者「あ、逃げた……! あいつ、闘技場から出て、街へ向かうつもりか!?」


騎士「この騎士ちゃんとスピード勝負? センスのない冗談ね」ユラッ…


 ヒュンッ!!





勇者「ああもう待てって! オレも……!」ダッ


僧侶「ゆ、勇者さん! なにがあったの!?」タタッ


勇者「僧侶くん! 大会参加者の甲冑男が暴れだして、街に出てっちゃったんだ!」

僧侶「え、えっ……」アタフタ

勇者「僧侶くんは、受付の人たちの無事を確認したら、外で騒ぎの起こってるところに来て!!」

僧侶「わ、わかった! 勇者さんは!?」


勇者「オレは騒ぎの元凶を追う! 闘技大会は辞退でいいって言っといて!!」ダッ





―――セドサル王国・ケリドアリー通り―――



 キィンッ ガキンッ ガキィンッ!!


剣士「……くっ」ズザザッ


騎士「ふん、あんな往来で暴れだしたわりに、全然大したことないわね」スタスタ

剣士「……さすがは……王国最強の剣術使い……。女でこれほどの実力とはな」

騎士「男とか女とか、そんなこと関係ないわよ。強いヤツは強くて、弱いヤツは弱い。それが全てよ」

剣士「そう思うなら、なおさら勇者を憎んでるはずじゃないのかよ!!」

騎士「……あんた、さっきからなに言ってるのよ?」

剣士「俺様みたいなヤツにとって、テメェは唯一の希望だったのに……!」

騎士「……?」





剣士「だけどもういい。勇者に負けたテメェに、もはや用はないぜ……」

剣士「俺様は勇者に勝つ……勝って証明するんだ!」


剣士「そして俺様の邪魔をするヤツは、誰であろうと引き裂いてやるッ!!」ザワザワッ…!!


騎士(え……なにこれ、魔力……!?)ゾクッ

騎士(いや、でも、人間がこんな量の魔力を出せるわけ……)

騎士(ま、まさかこいつ!!)


剣士「まずはテメェだ、騎士!!」ダンッ!!


騎士「―――っ!!」





勇者「勁破崩山掌ッ!!」



剣士「げぶッ!?」ドムッ!!


 ヒュゥゥ…


 ガシャァァアアンッ!!



勇者「思ったより吹っ飛ばなかったな……やっぱ甲冑が重いか」


騎士「……な、なっ……!?」





勇者「横からいきなりごめん。騎士、大丈夫?」

騎士「な、なによ今の!? あいつ、巨人族に蹴られたみたいな吹っ飛び方したけど!?」

勇者「ああ、今のは頸破崩山掌っていって、シヴァロス道場に伝わる……」

騎士「いやそういうこと聞いてるんじゃなくて……、あっ、勇者!」

勇者「……?」



剣士「……」ムクッ





勇者「嘘だろ……!? あれをまともに食らって、平気で立ち上がるなんて……ほんとに人間か!?」

騎士「さっき一瞬だけど、人間じゃありえないような、とんでもない魔力を感じたわ」

勇者「……え?」

騎士「おそらくあの甲冑の中身は……」

勇者「まさか、魔物!?」


剣士「勇者ァ……!!」チャキッ





勇者「構えて、騎士!」ザッ

騎士「ちょっと勇者、あんた剣がないのに戦えるの!?」

勇者「おかしいと思わなかった? 剣の達人である騎士を差し置いて、武闘家が師匠だなんて」

騎士「え?」


勇者「オレは魔力の扱いが不器用で、剣に魔力を流して硬い魔物とかスライムを斬ったりするのができないんだよ」

勇者「だから強い魔物と戦うには、魔力をありったけ拳に乗せて、叩き込むしかないんだ」

勇者「普段は勇者らしく見栄えを重視して、剣で戦ってるけどね」





勇者「そういうわけで、オレはぶっちゃけ素手のが強い! いくぞ、騎士!!」ザッ

騎士「なんか釈然としないけど……わかったわよ!」チャキッ



剣士「同じことだ……テメェら2人まとめてバラバラにしてやるぜ!!」





―――ユノシュバラ闘技場・試合場―――



『えー、進行上の都合によりまして急遽、準決勝・第五試合に予定しておりました『勇者VS剣士』の試合を見送りまして……』

『先に準決勝・第六試合に予定されていた『武闘家VS忍者』の試合を行わせていただきます!!』

『このカードはある意味で、もっとも待ち望まれた対決ではないでしょうか!!』





武闘家「……」スタスタ


『西門から現れたのは、シヴァロス道場 師範代、武闘家!』

『『王国最高戦力』『武神』『死神を呼ぶ女』『千の技を持つ女』……彼女の凄まじさを現す二つ名は数知れません!』


『今大会においてもその実力を如何なく発揮し、予選を含めてこれまでの対戦相手を倒した平均時間は、なんと3秒!』

『触れもせず、触れさせもせず、気がついたら敵は投げられて気絶している!』

『念のために言っておきますが、大会側の測定器によりますと、彼女は魔力を一切使ってはおらず、魔法ではありません!』

『今回も彼女の絶技が炸裂するのでしょうか! 期待が高まります!!』





忍者「……」


『おおっと!? いつの間に姿を現していたのか! 忍者も東門から入場です!』

『どうやらウルタル忍者屋敷の当主であるらしい……彼に関しての情報は以上です!』

『見たところ身長は1メートルあるかないかといったところでしょう。全身を黒布で覆って、人相さえもわかりません!』

『しかしその実力は間違いなく本物! 予選を含めてこれまでの対戦相手を倒した平均時間は、なんと1秒! たったの1秒です!!』

『わたくし実況も食い入るように試合を見ていましたが、彼がなにをしたのかはまったくもってわかりません!』





『今回、この最高峰の実力者同士が対決することで、2人の真の実力が明らかとなるのでしょうか!』

『2人はまったくの棒立ちで構えを見せませんが、この2人が構えたことは一度もありませんので試合を開始したいと思います!』

『瞬きせずにご覧ください! それでは準備はよろしいでしょうか!?』



『本選第五試合・準決勝―――始めッ!!!』





武闘家「なにがあったんだろうね。試合が繰上げになるだなんて」

忍者「……。なにがしかの事情で選手が姿を見せず、しかし失格にしたくはないので、拙者らで時間稼ぎといったところでござろう」

武闘家「なにかが起こっているようだけれど……キミはなにか知っているかい?」

忍者「存ぜぬな」

武闘家「あの甲冑剣士の“中身”……あれが暴れだしたようだけれど、まったく最近の警備はザルで困ったものだよ」

忍者「突然の乱心を予期して防げというのも、酷な話でござろう」

武闘家「いやいや、闘技場の警備じゃなくてさ……“そもそもこの王国に侵入を許したこと”だよ」

忍者「…………。」





忍者「まるでアレの中身が魔物であるかのような言いぐさでござるな」

武闘家「そう言っているんだよ。キミが気付かないはずはないと思うのだけれど」

忍者「買いかぶりでござろう」

武闘家「どうだかね。まぁアレの始末は勇者くんに任せるとするよ」

忍者「王国の警備を潜り抜ける程の魔物を任せると?」

武闘家「ああそうとも。勝てるかどうかは正直怪しいが、勝ってもらわなければ困る」

忍者「……随分と厳しいのでござるな」

武闘家「魔王はもっと厳しいだろうからね。それに優しくばかりはいられない。優しい人間に、現実は厳しいものだよ」





『おおっと、これはどうしたことか……? どうやら2人は話し込んでいるようです』

『ここまでの瞬殺合戦とは打って変わって、すでに1分が立とうとしています! これもなにかの作戦なのでしょうか!?』





忍者「魔王……。勇者……。魔物……。人間……」

忍者「優しい人間に、現実は厳しい……なるほど、至言でござるな」

忍者「それは実に的を射ている言葉なのかもしれぬ」


武闘家「……急になんだい?」


忍者「拙者は今日、自らにある決め事を定めて参った」

忍者「弱き自分を戒めるために。最悪の結末を避けるために」

忍者「もしも拙者が今日、この闘技大会の決勝戦で、勇者殿と相対したならば……」






忍者「その時は、その決勝の舞台で―――勇者殿を『殺害』致す所存」



武闘家「―――」






忍者「では……試合を開始致そう」


武闘家「私が」


忍者「……?」

武闘家「私がどうして強くなったのかを教えてあげよう」

忍者「なに……?」





武闘家「私はね、ずっと幼い頃から病気に苦しんでいた。生きているのが奇跡なほどたくさんの病気だ」

武闘家「だから父の道場なんて継ぐ気はなかったし、このまま自分は緩やかに死んでいくんだと納得していた」


武闘家「けれど勇者の武術の手ほどきをすることになっていた父が、私を残してあっけなく死んだんだ」

武闘家「生きる手段も意味も断たれたわけだけど、どのみち長くはない私にとっては関係ないことだと思った」


武闘家「父の葬儀のあと、勇者くんが、私のお見舞いに来るまではね」


忍者「……。」





武闘家「いやはや、驚いたよ。病気に苦しむ私に、当時5歳の勇者くんはなんて言ったと思う?」

武闘家「父の代わりに、私に武術を教えろだってさ。もう殺してやろうかと思ったね」


武闘家「……だけど私に、生きる手段と意味が見つかった瞬間でもあった」


忍者「……」





武闘家「そして実際に私はね、勇者くんに武術を教えることができたんだよ。どうしてだかわかるかい?」

武闘家「私はずっと、父や門下生の修行を見てたんだ……毎日毎日ね。それしかすることがなかったから」

武闘家「武術を、というより、人間を見ていた」


武闘家「だから私には、人間のありとあらゆる動作が鮮明に見えるんだよ」

武闘家「どこをどう動かすのか、これからなにをしようとしているのか」


武闘家「そこまで見えれば、あとはちょっと、ほんのちょっと誘導してやれば……」

武闘家「触れることさえ必要なく、人間は勝手に転んでしまうんだ」





忍者「結局、なにが言いたい……?」


武闘家「“見えてる”って言ってるんだ。キミは上手に、とても巧みに隠しているつもりだろうけれど」


武闘家「無理して出している変な声から逆算した地声、体重移動のタイミングや歩き方から察する骨格や筋肉」

武闘家「キミがこれまで私の前で迂闊に見せてきたすべての動作が……」

武闘家「性別、年齢、身長、体重、戦闘歴、癖、装備、興味関心、呼吸量、心拍数……その他諸々」

武闘家「全部如実に伝えているんだ」






武闘家「なぁ―――忍者『ちゃん』」



忍者「―――」






忍者「なにか……勘違いしていたのではなかろうか?」


忍者「武闘家殿……お主ならわかっていたはずでござろう?」

忍者「拙者が、どれほど厳重に、厳格に、自らの情報へ蓋をしているかを……」

忍者「そんな拙者が、自らの情報を知られた相手を、“どうするのか”を……」



忍者「事こうなれば……もはや……  生かしては返せぬぞ」





武闘家「勘違いしてるのはキミのほうだよ、忍者『ちゃん』」


武闘家「嘘でも、冗談でも、挑発でも、放言でも……」

武闘家「師匠が、愛する弟子を殺すと宣言されて……」



武闘家「 ブチギレていないはずがないだろう……? 」





忍者「……ここから先に、言葉は不要」


武闘家「さぁ、試合を始めようか……」





―――セドサル王国・ケリドアリー通り―――



騎士「……っ」ブンッ


 ガキィィンッ!!


剣士「チッ……!」ヨロッ


騎士「勇者!」

勇者「ああ!!」ブンッ


剣士「ぐっ!?」サッ





 タンッ タンッ ズザザ!!


剣士「はぁ……はぁ……」



勇者「今のもかわされたか……」

騎士「すばしっこいヤツね」

勇者「動き自体もそうだけど、反応速度が人間離れしてるよ」

騎士「やっぱり魔物で間違いなさそうね」





勇者「だけどおかしくない? 剣に魔力を流せば岩だって斬れるはずなのに、そうする素振りも見せないなんて」

騎士「あんたと同じで不器用なんじゃないの?」

勇者「だったらオレと同じで、拳で戦った方が強いでしょ」

騎士「……つまり、いっそ剣なんか使わない方が強いのに、あえて剣にこだわってる……?」





騎士「とにかく騎士ちゃんがもう一度あいつに隙を作る。あんたはそこにデカイのを叩き込んで」

勇者「ああ……今度は人間用じゃなくて、魔物用の一撃を食らわせてやる」

騎士「威力はどれくらいなの?」

勇者「師匠曰く、まともに当たれば子供のドラゴンくらいなら、内臓破裂で殺せるって」

騎士「……十分そうね」





剣士「勇者ァ……!!」ザッ


騎士「……ねぇ。さっきから勇者勇者って、あんた勇者に親でも殺されたの?」

剣士「俺様に親なんていねぇ! だが、生きがいを、夢を奪われたんだ!!」

勇者「え……?」

騎士「あんた、なんかしたわけ?」

勇者「いや全然身に覚えがないんだけど……」





剣士「テメェを倒さなきゃ、俺様は先に進めねぇ!! 行くぞっ!!」ダッ


騎士「勇者、下がって!」

勇者「ああ!」バッ


 ガキンッ キィンッ ガキィンッ!!


剣士「女に守ってもらってんじゃねぇぞ、勇者ァ!!」


勇者「そう言われても、剣でも拳でも騎士には勝てないからなぁ……」


剣士「チッ……ならどうして……」ギリッ





騎士「よそ見してる余裕があるの?」ヒュッ

剣士「!」ハッ


 バサッ!!


剣士「なっ……目くらましだと!?」



勇者(うまい! 上着を甲冑の兜に被せて、視界を奪った!)タンッ

騎士「勇者!!」

勇者(胴がガラ空き……! これで決めるッ!!)





勇者「うおおおおおおおおおおッ!!」ダンッ


剣士「っ!?」ハッ




勇者「勁破震天頂肘ッ!!!」




剣士「―――ぐッ、おッ、おぉぉおおおッ!!?」ビリビリ



 ドッパァァアンッ!!



 ヒュゥゥ…


 ガシャァァンッ…





勇者「……はぁ、はぁ……!!」ゼェゼェ


騎士「とんでもない威力ね……さっきの倍以上は吹っ飛んでいったわよ。当たった瞬間には甲冑も木っ端微塵になってたし」

勇者「さすがに、全力で撃つのは、堪える……だけど、これで……」

騎士「ええ。あとはあいつを回収して、帰りましょ」

勇者「ほんとに助かったよ、騎士。ありがと」ニコッ

騎士「ふん、べつのあんたのために戦ってたわけじゃないけど」プイッ





 ガラッ…


勇者「えっ!?」

騎士「……嘘、そんな……」


剣士「ハァーッ……ハァーッ……」ヨロッ


勇者「なんなんだ、あいつ……どんな身体構造してたら、あれを耐えるんだよ……!?」

騎士「遠くてよく見えないけど、ボロボロみたいよ……? さすがにもう、戦えないんじゃない?」





勇者「おい、もうやめろ! これ以上はほんとに死ぬぞ!」


剣士「ゲホッ、ガハッ……だったらどうした。望むところだ」


勇者「……甲冑は粉々になったし、お前の剣はさっきのでどこかに吹っ飛んでいっただろ」

騎士「そうよ、もう諦めなさい。あんたの負けよ」


剣士「負け? この俺様が負けだと……? く、くくく……」





剣士「この顔を見ろ! この身体を見ろ!! この毛むくじゃらの醜い姿を!!」


勇者「!!」

騎士「その姿……あんた、獣人だったのね」


剣士「これが、勇者……テメェへの復讐の誓いだ! テメェを倒すまではなにがあろうと負けるわけにはいかねぇ!!」

剣士「テメェを倒すために俺様は、居場所も、女であることも、そして人間であることさえ捨てたんだ!!」


勇者「人間……? お前、まさか……」





剣士「俺様は、ある邪悪な魔法によって徹底的に身体を改造された“元人間”だ」

剣士「そして今や、あらゆる生物を超越した究極の力を手に入れた!!」

剣士「テメェらは“剣士として”殺してやりたかったが、こうなっちゃ仕方ない……」


剣士「魔王軍大幹部が四天王。陸を統べる帝王―――“獣王”として……ッ!!」


剣士「テメェらは俺様の真の姿、真の力でもって、八つ裂きにしてやるッ!!」ザワザワッ





勇者「……っ」ゾクッ!!


騎士「……勇者、冗談みたいなとんでもない魔力だけど……勝てる気する?」

勇者「冗談いうなよ……アレを相手するくらいなら、ドラゴンの方がまだマシだ……」

騎士「だよね……」





勇者「これ、急いで師匠を連れて来ないと……王国がヤバイよ」

騎士「……そんな時間は、全然ないみたいだけど」



剣士「グォォオオオオオオオオッ!!!」メキメキッ



勇者「騎士っ! 師匠と魔女を呼んで来い!!」ドンッ

騎士「きゃっ!? ちょっ、勇者は……!?」

勇者「いいから早く―――」





僧侶「勇者さーん!」トテトテ



勇者「げっ!?」

騎士「ちょっ、ダメ! こっち来ちゃダメよ!!」


僧侶「……え?」



剣士「グォォオオオオッ!!!」ダンッ!!



騎士「僧侶の方に……!?」

勇者「やめろっ!! 僧侶くん逃げろぉぉお!!」






剣士「グォォオオオオオッ!!」



僧侶「ひっ―――きゃああああっ!?」






 ピタッ…



剣士「―――」


僧侶「……はっ、はぁ、はぁ…………えっ?」ヘタッ…




騎士「と、止まった……?」

勇者「……なんだ?」





剣士「………………。」


僧侶「え、なに……? これ、どういう……」




剣士「そ……僧侶ちゃん……?」シュゥゥ…


僧侶「え? ……えっ!? あれ……もしかして……剣士ちゃんっ!?」///





剣士「う、うん……そう、だけど……」

僧侶「剣士ちゃんっ!!」ダキッ

剣士「うわっ!? こ、こら離れろ!」///

僧侶「今までどこ行ってたの!? 孤児院のみんな、心配してたんだからね! もう、ばかっ!!」ギュゥゥ

剣士「ちょっ、や、やめ……!」///





勇者「ええっと……なに? どういうこと?」スタスタ

騎士「……。」トテトテ



剣士「っ!! そ、僧侶ちゃん! こんな……勇者なんかと一緒にいるんじゃない!」

僧侶「え、どうして?」

剣士「だってこいつは、女ってだけで弱いと決めつけて、仲間にしない最低最悪野郎なんだぞ!!」

僧侶「……? なに言ってるの、剣士ちゃん?」

剣士「え?」





剣士「な、なにって……4年前の……魔王討伐遠征の旅についていく仲間の募集の話だよ」

剣士「聞いちまったんだよ、勇者の選考基準。『女』ってだけで、もう仲間にしないんだとよ!」

剣士「ふざけてるだろ!? 俺様と僧侶ちゃん夢が……俺様たちが、どんな思いで……!」


僧侶「えっと、剣士ちゃん? その年の選考では、男の人も女の人も、みんな落とされちゃったんだよ?」


剣士「……は?」





僧侶「えっと……そうだよね、勇者さん?」



勇者「ああ。元々『女の子』と『家族のいる人』は連れて行かないつもりだったんだ」

勇者「強い弱いじゃなくって、オレ個人の感情としてさ……」


勇者「どんなに強いヤツでも、条件とか環境とかで、あっさり死ぬこともある」

勇者「戦闘での強さなんて、その旅では全然アテにできないんだよ」





勇者「寝てる間に土砂崩れとかで全滅、とかも普通に起こり得るし」

勇者「未知の病気、人質、罠……とにかく死ぬ理由なんていくらでもあるんだ」


勇者「たとえば騎士は強いけど、何日も何週間もずっとゆっくり眠れない環境で強くありつづけられるか?」

勇者「夜に見張りをすれば、寝不足で戦闘のパフォーマンスだって落ちる」



騎士「……まぁ、そうね。いくら戦闘を経て経験値を稼いでも……」

騎士「前の日よりも強くなるなんてことは、まずないでしょうね」





勇者「だからわざわざそんな死のリスクを冒してまで、オレについてきてほしくないんだよ」

勇者「どうしてもついてこなきゃいけないとか、そういう理由がありでもしないかぎりは、なるべく……」


勇者「……オレの師匠には、甘っちょろい我がままだって怒られたけどさ」





剣士「……う、うそだ、そんなの……」

僧侶「嘘じゃないよ、剣士ちゃん。ボクは勇者さんとしばらく一緒にいて、それが本心だってわかったの」

剣士「僧侶ちゃん……」

僧侶「きっと誤解だよ! だからおねがい、剣士ちゃん。勇者さんと、ちゃんと話し合ってみてくれないかな……」





剣士「…………。僧侶ちゃんが、そう、言うなら……」

僧侶「ありがと、剣士ちゃんっ!」ギュッ

剣士「だ、だからそれやめろって……///」グイグイ





・・・・・・



剣士「……勇者の“評価基準”を小耳にはさんだ俺様は、絶望したんだ」

剣士「だってずっと僧侶ちゃんと一緒に、勇者と世界を救おうって約束してたんだ」

剣士「それが唯一、家も親もなくって、生まれてきた意味を実感できなかった俺様たちが、みんなに認められる方法だと思ったから」


僧侶「……。」キュッ






騎士「それがどこをどう間違ったら、魔王軍の四天王なんかになるのよ?」


剣士「そもそも俺様は、女であることがコンプレックスだったんだ」

剣士「頭が良くて器用だった僧侶ちゃんはともかく、俺様は腕っぷししか取り柄がなかった」

剣士「とはいえ完全な腕っぷしじゃ男には勝てないから、武闘家とかじゃなくて剣士になるしかなかった」

剣士「だけど剣の道でも、男には敵わないんじゃないかっていう思いもあった」


騎士「ふん、そんなの甘えね。女でも剣術最強と呼ばれることはできるもの」





剣士「ああ、だからテメェは俺様の憧れでもあったんだ」

剣士「だがそんな憧れの騎士でさえ、勇者に門前払いされたって聞いて、もうダメなんだって確信した」


勇者「……ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。それに“評価基準”が漏れるだなんて……」


剣士「……。」





剣士「とにかく俺様は、女である限りダメなんだと考えて……」

剣士「だが今さら男になるなんてことができるはずもない。ならどうするかと悩んで、ある結論に至った」

剣士「―――人間をやめれば、さらなる力を得られるんじゃないか……ってな」


僧侶「そんなの、どうやって……それに、その耳とか尻尾は……」


剣士「皮肉にも、俺様が倒そうと考えてた魔王が、俺様に力をくれたのさ」


勇者「……え!?」






剣士「俺様はしょっちゅう孤児院を抜け出していたおかげで、あることを知ってた」

剣士「教会の裏庭にある、古くて使われなくなった倉庫……その中の床が崩れて、王国の外に繋がってるんだ」


騎士「はぁ!? そ、そんなのがあったら魔物も王国に入り放題じゃない!!」


剣士「だから、俺様しか知らないんだ。どうやら廃棄された緊急避難用の地下道らしかったけどな」


僧侶「……だから王国の関所を通らずに、王国から抜け出せたんだね」

勇者「そして今回も、誰にも気づかれずに王国へ潜入出来たってわけか」






剣士「そしてアテもなく、人間をやめる方法を探してさまよっていたら……」

剣士「たまたま、ほんとうに偶然だと思うんだが……“魔王”と出くわしたんだ」


勇者「魔王の特徴とかは?」


剣士「悪いが、なんでか思い出せないんだ。会話の内容とか、場所とかはわかるんだが……」

剣士「これは本当だ、しらばっくれてるわけでも、魔王を庇ってるわけでもない。でも魔王に関することはなにも思い出せない」

剣士「だがとにかく、魔王に出会って、いくつもの魔法をかけられたってことだけは確かだ」





僧侶「それで、その姿にされたの……?」


剣士「ああ……何度もいろんな魔法をかけられて、それから先代の“獣王”と戦わされた」

剣士「かなり厳しい戦いだったが、俺様はどうにか先代獣王を打ち負かし……めでたく魔王軍の四天王となったわけだ」


勇者「それなら、べつに魔王を慕って従ってるわけでもないんだな?」

騎士「まだ勇者と対立する気はあるの?」





剣士「……真実を知った今、どうでもいいって感じだな」

剣士「人間だったから、魔王を倒してみんなに認められたかった」

剣士「魔物になったから、勇者を倒して誰かに受け入れてほしかった」

剣士「だけど、今の俺様は中途半端だ……もう正直、どうだっていい」


僧侶「なら、またボクと友達になってくれる……?」


剣士「……はぁ?」





剣士「たくさん心配かけて、こんな姿で戻ってきて、まだそんなこと言うのか?」

僧侶「姿とか、そんなの関係ないよ。それにさっき暴れてた時は、毛むくじゃらで怖かったけど」サワッ

剣士「んっ……///」ピクッ

僧侶「今の姿なら、この耳も帽子隠せると思うし……あとは手袋とか長袖を着れば、十分人間に見えちゃうよ」ナデナデ

剣士「や、やめろって、ばか! 僧侶ちゃんはほんとに変わんないな!」///

僧侶「えへへ、剣士ちゃんもね」ニコッ





騎士「とりあえず、これだけは聞いておきたいんだけど」

騎士「あの甲冑の本来の持ち主―――殺したの?」



剣士「いや、闘技場で勇者と戦うために、裏で脅して甲冑を奪ったけど……」

剣士「完全獣化したらビビッて失神したんで、甲冑脱がせてからトイレに放り込んでおいた」

剣士「そろそろ目覚めててもおかしくはないんじゃないか」





勇者「オレも一つ聞いておきたいんだけど、どうして闘技場の受付で暴れてたんだ?」


剣士「テメェらの戦いはこっそり見てたんだが、甲冑奪って戻ってきたら見失っちまってな」

剣士「ひとまず試合に呼ばれたから相手選手を倒したはいいが、やっぱり勇者が見つからない」

剣士「仕方なく受付で勇者の居場所をしつこく聞いてたら、なんか本人確認をするから兜を脱げとか言い出して」

剣士「嫌だって言ったら警備を呼ぼうとしだしたから、ああなったわけだ」


騎士「全体的に行動が雑すぎるわよ、あんた。頭まで獣になってるの?」





勇者「そういえば僧侶くん、闘技大会はどうなったの?」

僧侶「あっ! 勇者さんたちの試合は後回しにして、先に次の試合をやっておくから、早く戻ってきてって!」

騎士「だったら早く言いなさいよっ!!」


剣士「いや、もう試合なんて……」


勇者「なぁ、剣士」

剣士「あん?」





勇者「これからオレと闘技場で、剣術勝負をしよう」

剣士「……!」



僧侶「ゆ、勇者さん……?」

騎士「……」





剣士「俺様が勝ったら……?」


勇者「そのまま殺すなりなんなり、好きにすればいい」


剣士「……ほ、本気かよ」


勇者「ああ。」





勇者「ただし俺が勝ったら、お前はオレの仲間になってもらう!」


剣士「……仲間? それって……」


勇者「魔王を倒す、勇者一行の仲間だ」


剣士「……!!」





僧侶「ゆ、勇者さん……」


勇者「これがオレなりの償い方だ。オレのせいで剣士が失った、4年間のな」

僧侶「そんな……勇者さんのせいじゃ……」


剣士「……後悔、するなよな」

勇者「ああ」





騎士「さっき受付で暴れたせいで失格になってるかもしれないけど?」

勇者「そうならないように勇者の権力を濫用してみるよ。それでだめなら、大会とは別に1対1で決着をつける」

騎士「はぁ……どいつもこいつも甘っちょろくて嫌になるわ。ついてけないわよ」

勇者「べつに、無理してついて来いとは言わないけど」

騎士「あんた、“騎士の恭順の誓い”がなにかわかってないのね」

勇者「え?」

騎士「べつにいいけど。ふんっ」プイッ





騎士「そういえば、さっき勇者が剣士を派手に吹っ飛ばしたおかげで、屋台とかメチャクチャだけど」

勇者「あれってオレのせいなの!?」

騎士「そりゃそうよ、騎士ちゃんは周りにも気を配って戦ってたもの。剣士に責任を求めないのなら、あんたが弁償しときなさいよ」

勇者「そんな……」ガクッ

騎士「ともかく、あんたはこの騎士ちゃんに勝ったんだから、あんなへっぽこ剣士に負けたら承知しないんだからね!」

勇者「ああ、全力を尽くして、必ず勝つよ」

騎士「当然よっ!」プイッ



勇者「それじゃあ、闘技場へ戻ろう!」





―――ユノシュバラ闘技場・受付―――



勇者「どうにか話は通ったよ。これでオレと剣士は戦える」


剣士「……そうか」

勇者「仲間に加えるとは入ったけど、剣士が嫌なら強制はしないよ」

剣士「……それは、少し考えさせてくれ」

勇者「わかった。とにかく、試合に勝った方の指示には全面的に従うこと」

剣士「わかった」





魔女「勇者っ!!」タタッ


勇者「あ、魔女……」

魔女「どこ行ってたの!? ずっと戻ってこないし、心配したんだから!」

勇者「ご、ごめん。いろいろあって」

魔女「それより、武闘家さんが大変なの!! 僧侶、早く手当てしてあげて!!」

僧侶「え、あ、うんっ!」


勇者「……師匠が、大変?」





―――ユノシュバラ闘技場・医務室―――



武闘家「…………」グタッ



勇者「師匠!? ち、血まみれじゃないか!!」

僧侶「い、いま治療します!!」パァァ!!





勇者「いったいなにがあったんだよ!? 師匠がこんな風になるなんて、巨竜の軍勢でも押し寄せてきたのか!?」

魔女「対戦相手は、いつか忍者屋敷でお世話になった忍者さんだよ……」

勇者「あの人、ただ者じゃないとは思ってたけど……でも師匠が負けるなんて、そんなことあるはずない!!」





武闘家「……勝手に、負けさせるんじゃない」パチッ

勇者「師匠!」

武闘家「ふふ……すまない、さっさと試合を終わらせて、キミが獣人に負けそうなら手を貸すつもりが……このザマだ」

勇者「喋らないでください! 傷が……!」

武闘家「バカにするなよ……傷なんか負っちゃいない。これは私の吐血だ。それに試合には勝ったよ」

勇者「え……?」





魔女「忍者さんはずっと、飛び道具とかで遠くから攻撃してたんだよ」

魔女「武闘家さんはそれを全部捌きながら接近しようとするんだけど、ずっと距離を取って戦われて……」


武闘家「どうやら相手は、私の“活動限界”を知ってたみたいだ」

武闘家「3分間を逃げ回って、私が力尽きた瞬間にとどめを刺すつもりだったらしい。恐ろしいくらい冷静な相手さ」

武闘家「あれほどの実力者に逃げに徹されては、さすがの私も……本気を出すしかなかった」





勇者「まさか師匠、魔力を使ったんですか!?」

武闘家「ああ、1秒だけだが……その反動でこのザマだ。うっかり死にかけたよ……」


騎士「……どういうこと?」


勇者「師匠は病気のせいで、魔力を練ると身体への負担が凄まじいんだ」

勇者「どれだけ無理を押しても、魔力を使えるのは最大で3秒。それ以上は反動で死ぬって言われてる」


騎士「魔力を使うって……もしかして、さっき勇者が使ってたあの技?」


勇者「そうだけど、師匠の技は“攻撃”っていうか“災害”だからな……」





武闘家「しかし相手はそれさえもギリギリで直撃を避けていたよ。全身から大量に血を流していたが、致命傷ではないだろう」

魔女「そのまま忍者さんは降参して、試合場から走って逃げていったの」

武闘家「つまり、ご覧のとおり私は戦えないわけだから……実質、次の試合が決勝戦ということになる」

勇者「……!」



武闘家「私の自慢の弟子……勇者くん。この大会は、見事優勝してみせるんだ。いいね」ニコッ


勇者「はいっ!!」





勇者「……そういうわけだから、負けられないよ」チラッ



剣士「……っ!!」ゾワッ


剣士(さっき戦ってた時よりも、さらにすごい気迫だ……)

剣士(あの女の言葉は、それほどコイツにとって重いのか)





勇者「さぁ、行こう」


剣士「……ああ!」



武闘家「おっと、すまないが勇者くん。ちょっとベッドの近くまで来てくれ」チョイチョイ

勇者「なんですか?」トテテ

武闘家「もっと近くだ。覆いかぶさるくらい近くに」

勇者「は、はい」スッ





 ギュッ


勇者「えっ……!? し、師匠……?」///

武闘家「……キミは私の弟子だ。世界で一番大切な、私の愛する弟子だ」ギュゥゥ

勇者「ど、どうしたんですか、急に……?」///


武闘家「……キミは私が守るからね。どんなことがあっても、なにが起きたって、私が守るから……」ギュゥゥ


勇者「……師匠?」





 パッ


武闘家「さぁ、行ってくるんだ。頑張ってね、勇者くん」ニコッ

勇者「……は、はい。がんばります……」



剣士「……もういいのか」


勇者「ああ。決着をつけよう」





なんだかキリが悪いような気がしますが、このスレではここまでにしたいと思います。

次スレのタイトルは、、



【安価】勇者「オレとキミとで」 魔女「魔法習得ね」【2スレ目】



みたいなタイトルにするつもりです。安直ですが。

続きを書き次第、スレを立てて投下していこうと思います。


ちなみに2スレ目の安価魔導書ページ数は、1001~2000までとなります。(>>621 → 1621P)

それと密かに、安価魔導書の990ページ以降の魔法は楽しみにしております……



それでは、ここまでご覧いただきました方は、本当にありがとうございました!

次スレでもよろしくお願いします!


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