男「今日から高校3年目か…」(13)
男「…おはよう」
男母「おはよう。朝ごはんできてるから早く着替えてきなさい。今日も朝練あるんでしょ?」
男「ううん、今日は新入生の入学式だから朝練はないよ。一応午後練はあるけどそれもいつもよりは短いと…母さん?母さ~ん?」
男母「………え?あ、ああゴメンね。そろそろ時間だからお母さんもう出るわね?」
男「分かったよ。戸締りはしとくから気をつけて、行ってらっしゃい」
そう言って仕事に向かう母さんを見送った後、さっき母さんが黙って見つめていた場所を見つめる。4人で囲むテーブルの、俺の隣の空いた席。本当なら今日、この家で俺に続いて高校生になる筈だったもう一人。アイツがこの家からいなくなって、もうどのくらいになるんだろう……
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「兄ちゃんってさ、主人公みたいだよな~」
「いきなり何言ってるんだお前?」
「だって、兄ちゃんなんでも出来るじゃん。頭もいいし剣道強いし」
「お前だって弱くはないだろ?それに可愛い幼馴染もいるじゃんか。お前のほうが主人公だろ」
「いやいや、それは買い被りだよ主人公。ワシは確かに弱くはないかしれんけど強くはないし。
幼ちゃんとだって仲はいいけど、あの子が好きなの兄ちゃんだろうしね」
「…今、物凄く聞いちゃいけないこと聞いた気がする」
「まあワシが見た感じそうだなあってだけだよ」
「なら勘違いだろ。勝手に人の気持ち決めんなよ」
「…そーだね。でもさ、それはそれとしてやっぱりワシと兄ちゃんじゃ全然違うんだよ」
「違うって、当たり前だろ?兄弟でも突き詰めれば他人なんだから」
「そういうのじゃなくてさ、なんていうのかな…?『持ってる』かそうじゃないかってこと。
兄ちゃんは間違いなく持ってる。で、ワシは持ってない」
「意味がわかんねえ」
「まあワシの感覚的なもんだし仕方ないかな。けどとりあえず言いたいことはね、兄ちゃん。
ワシは特にいてもいなくても変わらないモブ。兄ちゃんは世界に選ばれた主人公ってことだよ」
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男「…夢、か」
部活は入学式が終わってからなので時間があるからと、片付けと服干しを終えた後二度寝していたらしい。
その結果懐かしい夢を見たのだろう。確かあの会話は俺がまだ中学に上がる前だから…もう6年近く前になるのかな。
男「主人公、ね……」
ある時からアイツは俺のことをそう指すことが多くなった。同時に自分はモブキャラ、主人公の引き立て役なんだとも。
まだアイツが、弟がこの家から出る前…いや、『あんなこと』が起きるずっと前。まだ普通に笑っていた頃から。
正直なところ今でもそのことについては納得していない。確かに俺は非凡で、弟は平凡だったのかもしれない。
けど世の中にはもっと凄いヤツが何人もいる、そんな人達と比べて自分が主人公だと思える点なんてどこにもない。けど、
男「『持って』はいたんだろうな…」
それはあの日、文字通り痛いほどに実感した。俺は『持って』いてアイツは『持って』いなかった。
だからもう、アイツはもう俺の隣で飯を食うことも、自分の部屋で遊ぶこともない。この家で笑顔を見せることは、もう二度とない。
―――俺がこの家から、アイツの居場所を奪ってしまったから。
こんな感じでひっそりと始めて行きます。
地の文ありで、ss初めてなのでひどい点が多々見られるかもしれませんが、ご容赦ください。
男「…今何時だ?」
余計な考えを振り払って時計を見ると、丁度昼ぐらいだった。8時半くらいに再び布団に入ったことを考えると、大体3時間ほど寝ていたことになる。そして腹も減っている。
兄「ま、寝るのにも体力いるって話だしな」
午後の練習のことを考えると昼を抜くというのは論外だ。幸い今日から休み明けということになっているので学食はやっているはず。
なら少し早いが学校に行って、そこで昼食をとってから格技場に行けばいいだろう。練習が始まる頃には消化も終わっているはずだ。
男「そうと決まった以上、準備しますかね」
支度を済ませてゆっくり向かおう。そう思いながら隣の空き部屋を少しだけ眺めて、俺は下に降りた。
外は暑くもなく寒くもない過ごしやすい気温だった。天気も晴れているし、こんな日に入学式を迎えられる新入生たちは実に幸先がいいと思う。
男「俺の時は大雨で大変だったからな…」
あの時は本当に悲惨だった。最悪入学式が中止になってもおかしくないほどの土砂降りで、傘は飛ぶは買ったばっかの制服はダメになりかけるわで軽くパニックに包まれてたし。
男「いっそ中止になれば楽だったのにな」
入学式が潰れたくらいで騒ぐ奴らもいないだろうし。まあ個人的事情で入学式を喜べなかったってのもあるが…
??「…あ」
感傷中断。声の近さとタイミングから察するに誰かが俺に反応したみたいだ。ちょっと気になったので振り返ってみると、
男「…あ」
振り向くべきじゃ、なかったかもしれない。
??「こ、こんにちわ…」
男「あ、ああ、こんにちわ…久しぶりだね、幼ちゃん」
そこにいたのは、最近顔を合わせていなかった女の子。俺より2つ年下で、アイツと仲が良かった幼馴染だった。
男「ホントに久しぶりだなあ…元気にしてたかい?」
幼「は、はい。お陰さまで…」
男「その制服…そっか。ここに入学したんだね」
幼「はい、家からも近かったし…遠くの学校に行ってお父さんたちに心配かけさせたくなかったので」
男「似合ってるよ。俺から言われても嬉しくないかもしれないけど」
幼「そんなこと、ないです。ありがとうございます…」
男「……」
会話終了。そして流れる気まずい沈黙。
男(気付かずに通り過ぎてあげるべきだったかもな…)
昔は俺と幼ちゃんも仲が良かった。少なくともこんな気まずい沈黙が流れない程度には。
けどそれはあくまでアイツを、弟を介してのこと。だからアイツがいなくなったあの日から――いやそれ以前のある出来事をキッカケに、俺たちの関係は気まずいものになってしまっている。
男「じゃあ俺は部活あるからもう行くね。入学おめでとう」
幼「あ、はい。ありがとうございます。部活頑張ってください…」
どこかほっとしたようにぺこりとお辞儀をしてそそくさと去っていく幼ちゃんの姿に、どこか申し訳なくなってしまう。前はもっと明るい娘だったのに…
男「いや、それも間接的には俺が原因なんだけどさ」
あの出来事の、あの日の、アイツがいなくなった根本的な原因には俺が何らかの形で関わっている。
そしてそんなつもりではなかったとはいえ、その中の一つには幼ちゃんも深く関わっているものもあった。
そんな俺たちが一緒にいて、昔みたいに笑い合うのは難しいか…
男(さっさと学食に行くか。立ち去ったとはいえ誰かを待ってたみたいだし、これ以上ここにいたら幼ちゃんにも悪い)
そう思って学食へと足を進めようとして、
??「――――」
男「っ!?」
――思考が、体が、彼の姿を見た瞬間に全て停止した。
??「――――」
後から考えれば普通に横を通りすぎればよかった。彼は電話で誰かと話していて俺には気付いていなかったから。
けど出来なかった。情けない話だが、彼の姿を見た瞬間にあらゆる一切の考えが頭の中から消え去ってしまい、動くことが出来なくなってしまった。
そんな俺を、やがて電話を終えた彼が気付くのも当然のことだったろう。
??「……」
男「……」
男(変わってない、あの日から全く…)
以前と全く同じ。見るだけで背筋が凍り、体が震え鳥肌が立ってしまうほどに冷たい目が俺を見つめる。
??「…はあ」
男「あ…」
何分か、或いは何秒か?それは分からないが、彼は俺から視線を外してまっすぐ歩いてきた。
その目はもう俺のことは見ていない、と言うより俺のことを意識しないようにして見える。やはり、彼は俺を…
「―――し」
すれ違い様に小さく、けどしっかりと俺の耳に届く言葉。俺はそれに何も返すことができず、彼もそのまま歩き去っていく。
男「気持ちいいほど嫌われてるな…」
さっきの言葉は聞き間違いではないだろう。嫌っているなんて生温い、彼は俺を憎んでいるのだから。
それは精神的に結構キツいものがあるが、同時に嬉しくもある。それはつまり、アイツのことを大切に思ってくれる人がいるということでもあるから。
男「アイツの一番の親友だったし、当然っちゃ当然なんだけど」
しかし校門近くで電話していたということは彼もここに入学したということか?ということは幼ちゃんと待ち合わせをしていたのも恐らく…
男「『弟殺し』、ね……」
さっきの言葉を反芻してみる。成程、実に的を射ていて返す言葉が全くない。
男「嬉しいよ弟友君。君だけは、俺を否定してくれるんだな…」
ひょっとしたら俺や母さんたち家族よりもアイツのことを大切に思っていたかもしれない親友。
そんな彼がアイツの代わりに俺を憎んでくれるなら、喜んで受け入れよう。
男「けどゴメンな。君がどんなに俺を憎んでいても…それ以上に俺が『俺』を許せないんだよ…」
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