あらすじ:上州佐野の絹商人、佐野次郎左衛門と下男の治六は江戸で商いをした帰りに吉原にやってくる。そこで次郎左衛門は吉原一の花魁、八ツ橋の美しさに心を奪われてしまう
出演
佐野次郎左衛門:天海春香
八ツ橋:星井美希
絹商人 丈介:双海真美
絹商人 丹兵衛:双海亜美
下男治六:日高愛
九重:四条貴音
釣鐘権八:三浦あずさ
立花屋女房 おきつ:音無小鳥
立花屋主人 長兵衛:秋月律子
繁山栄之丞:水瀬伊織
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序幕 <吉原仲之町見染の場>
尾崎「さあさあお二人さん、ここが吉原の仲之町!立派なものでございましょう!」
春香「話には聞いおりましたが、こんな立派な所だとは知りませんでした…」
愛「あたしも初めて参りましたが、こりゃたまげました!!!」
尾崎「お二人さん、吉原に来たからには、やはり花魁と遊ばないと来た意味がありませんよ!」
春香「いえ、私達はちょっと見物に来ただけですから、もう宿に帰りますよ」
愛「今日はもう疲れましたから、早く帰って飯食って寝とうございます!!!」
尾崎「そんなこと言わずに特別に安くしますから、良いではござりませぬか!」
春香「う~ん…そ、それならちょっとだけ…」
律子「ちょっと待ちなさい」
尾崎「これはこれは立花屋の親方さん、何か用ですか?」
律子「話を聞いていたけど、一体いくらでこの二人を遊ばせる気なの?」
尾崎「……親方さん、見逃してくださいよ」
律子「そんな事出来ないわ!あなた達みたいなあこぎな商売をする人たちを見逃すとでも思ってるの?」
尾崎「そこを何とか、この通り!」
律子「くどい!」
尾崎「ええい!忌々しい…」
律子「何ですって?」
尾崎「い、いえ何でも…あっ!お二人さん、店を決めてくるからちょっとそこで待っててください!」
律子「あっ、待ちなさい!」
愛「はーい!!!待ってますよー!!!」
春香「ちょっと治六、さっきからあの人の話を聞いちゃいたけど、何だかおかしな事になってきたね」
愛「そうですか?」
律子「あなた達、あんな奴に騙されちゃ危ないから、早く帰った方がいいわよ」
春香「えっ!?それじゃあ私達、騙されるところだったんですか!?」
律子「あのまま奴について行ったら、金を貪り尽くされるところだったのよ」
愛「は、話には聞いてましたが、やっぱり恐ろしい所ですねぇ…」
春香「安くするって言うから、少しだけ遊んで行こうかと思ってたんですけど…」
律子「遊ぶなら吉原の勝手を知った人と一緒に来なさい。失礼だけどその身なりじゃ、馬鹿にされるのが落ちよ」
春香「親切な旦那様、良くぞ教えて下さいました。して、あなた様のお名前は?」
律子「私は立花屋長兵衛といって、仲之町の茶屋の主人をしてる者よ。一杯茶でも飲んでく?」
春香「いえ、お名前さえ伺えれば、すぐにでもお礼に参ります」
律子「お礼を言われるほどの事でもないわ。それより早く帰りなさい」
春香「そのお言葉に従って、すぐにでも宿に帰ります」
律子「それじゃあ気をつけてね」
春香「ありがとうございます」
愛「じゃあ旦那様、もう帰りましょうか」
春香「だけど、さっき通って来た大門で金でも取られるんじゃ…」
愛「確かにこんな立派な所ですから、ただじゃ通さないかも…」
春香「さっきの旦那に聞いておけば良かった…」
愛「何にしてもあの大門を出るまでは安心できませんね…あれ、旦那様あれは何でしょう?」
春香「あれは国の錦絵で見た、花魁の道中じゃないかな」
愛「へえ、あれがそうでございますか…」
春香「錦絵なんかより、何十倍も綺麗だね…」
愛「そうですねぇ…見惚れちゃいます…」
春香「そうだねぇ…もう十分楽しんだから、早く宿へ帰ろう……あっ!?ご、御免なさ……」
美希「……」
春香「あ…ああ…」
美希「……あはっ♪」
春香「!?」
美希「……」
春香「……」
愛「いやあ、綺麗なものでございますなぁ…さあ、早く帰りま…旦那様?」
春香「……」
愛「だ、旦那様?」
春香「……」
愛「旦那様!!!帰りますよ!!!」
春香「宿へ帰るのは…嫌になった…」
愛「嫌って……も、もしかして旦那様、さっきの花魁を!?」
春香「絶対に……また来よう……」
二幕目 <立花屋見世先の場>
ネリア「そろそろ佐野様が来る頃デスし、しっかり掃除しとかないと」
夢子「田舎者にしては珍しい、良いお客様だからね、佐野の旦那は」
ネリア「あの酷いあばた顔さえなければいいんデスけどねぇ…」
夢子「まぁ羽振りはいいから、気にしちゃいけないわよ」
あずさ「御免よ」
ネリア「これは権八さん、何か御用デスか?」
あずさ「親方は居りますかい?」
ネリア「さあ、ワタシはさっき帰って来たばっかりだから…」
夢子「確か居る筈だから、私が呼んでくるわね」
あずさ「ありがとうごぜえます」
ネリア「まあ一服でもして待っててくだサイ」
あずさ「…時に佐野のお客はまだ来るんですかい?」
ネリア「佐野の旦那は、もう三日に一度は来るほどデス」
あずさ「そりゃ皆さんお幸せだ。蔵の中はもう金でいっぱいいっぱいでしょうねぇ…へへへ」
ネリア「ム…」
律子「権八さん、今日は何の用ですか?」
小鳥「これはこれは親方、佐野の旦那にお願いして金を借りたいと思いまして」
律子「…また金の話?」
あずさ「何でも私の養女の八ツ橋を、佐野の旦那が身請けするとかしないとか…それで私も一念発起して、堅気になって商売でもしようかと思い、その元手として五十両ばかり佐野の旦那から借りたいと思いましてなぁ」
律子「権八さん、あなたこの前佐野の旦那から三十両借りた時に何て言ったか覚えてる?今後はもう金の無心はしないと言ったじゃないの。それなのに十日も経たないうちに五十両とは…ちょっと虫が良すぎない?」
あずさ「娘が身請けすると聞いたなら、その身請け金で遊びほうけるのが普通だ。だが私は堅気になって商売をしようと言ってるんだ。感心だと言って五十や百の元手くらい出してもいいんじゃありませんかねぇ」
律子「きっぱりとお断りしましょう」
あずさ「へえ…これだけ頼んでも、口を利いちゃあもらえねえのかい?」
律子「くどいですよ」
あずさ「ならいい、佐野の旦那に直接頼みましょう。旦那が来るまで待たせてもらいますよ」
小鳥「権八さん、ちょっと良いですか?」
あずさ「こりゃあ女将さん、話は聞いていたでしょ?押し借りゆすりに来たわけじゃねえんだ。私はただ口を利いてくれと頼みに来ただけでございますよ」
小鳥「権八さん、この前三十両借りた時あなた私に何と言いました?半年もしたらまた借りに来ると言いましたよね?それなのに十日も経たないうちに、亭主にあんなことを言うのは虫がよすぎますよ。あなたも釣鐘権八なんて洒落たあだ名の遊び人なら、もう少し道理をわきまえなさい」
あずさ「へへ…こいつは私が悪かった、勘弁してくださいまし。では改めてお頼み申しますが、さっきの話の通りだから、どうか金を立て替えちゃあくれませんか?」
小鳥「そんなの無理に決まってます!半年経ったら顔を洗って出直してきなさい!」
あずさ「……わかったよ、面でも洗って出直そうかい」
あずさ「……野郎、覚えてろよ」
ネリア「なんて忌々しい奴!」
律子「塩撒いときなさい」
ネリア「ヘイ!」
春香「いやあ、お二人さん心が浮き立ってまいりましたな!」
真美「今大門をくぐった時から何だかいい心持ちだよん!」
春香「うきうきとしたところがまたいい心持ちでしょう!」
亜美「次郎左衛門殿は八ツ橋花魁に熱い熱いだから、尚更でしょうな!」
春香「お、おだてないでくださいよ!あ、汗が出てきちゃった…では早速行きましょうか!」
小鳥「これは次郎左衛門様、よくぞ来てくださいました!」
春香「今日は二人ほど連れがおりますから、近くを見物していて遅くなってしまいました」
小鳥「お二人にはお馴染みはございますか?」
春香「いえ、お二人は兵庫屋は初めてですから良い花魁を出してやってください。後から治六も来ますから良いのをお願いしますよ」
小鳥「かしこまりました」
ネリア「丁度向こうから、八ツ橋花魁がお見えデスよ!」
小鳥「きっと八ツ橋さんが待ちかねて来たんでしょうね」
亜美真美「ようよう!色男様!」
春香「こ、この具合というものは実に無類でございますな!はっはっはっは!」
小鳥「八ツ橋さん、お上がりなさってください」
美希「そんならまっぴら、ごめんなんし」
亜美「来た来た!」
美希「皆さん、良く来てくれたの」
真美「国で見た錦絵なんかより、よっぽど綺麗ですな!」
亜美「次郎左衛門殿が自慢をするのも尤もだね!」
真美「いやあ、八ツ橋太夫を見ては実に涎がこぼれますな!」
亜美「こら!そんなことを言うと次郎左衛門殿に怒られるよ!」
春香「大丈夫ですよ。これは売り物買い物だから、私の居ない時に買って遊んでくださいな」
美希「むっ!次郎左衛門様以外とは遊ぶ気はないの。何でそんなこと言うの!」
春香「熱い!…ははは、ごめんね…」
真美「じゃあ今夜、兵庫屋で馳走になってもいいのかなぁ?」
春香「お、お二人さん、どうか察してくださいよ!」
真美「察しますよ察しますよ。これで下へも置かぬほど良い人扱いされた日には」
亜美「堪ったものではござらぬわい」
真美「これは眉へ唾を」
亜美真美「つけねばなるまい」
春香「眉へ唾をつけるとは、もし花魁、里にはうぶで!」
美希「もし」
春香「ははあ…ございますねえ」
真美「では早速兵庫屋へ」
亜美「参りましょうか!」
<大音寺前浪宅の場>
あずさ「栄之丞さん!」
伊織「権八さんどうしたの?」
あずさ「今お前さんの家へ行くところだったんだ」
伊織「私も丁度帰る道すがら、一緒に行きましょうか」
あずさ「ええ、そうしましょう」
伊織「権八さん、どうぞ上がってください」
あずさ「へい…良い着物でございますなぁ」
伊織「八ツ橋がよく贈ってくれるのよ」
あずさ「着物なんぞ贈って、惚れてるフリをする忌々しい女だ!」
伊織「…権八さん、言って良いことと悪いことがあるわよ」
あずさ「お前さんは何も知らねえだろうが、近頃八ツ橋の所へ来る佐野次郎左衛門という酷いあばた顔の男、こいつが今度八ツ橋を身請けするんだそうですぜ。情夫であるお前さんに何の相談もなく身請けされるとは、お前さんをコケにしてるとしか言いようがありません!」
伊織「そんな、まさか…ましてや身請けなんて…」
あずさ「八ツ橋に限ってそんな事は無いと思っておりますでしょうが、八ツ橋のほうは佐野のお客の惚気を言っておりますぜ。しかもお前さんのことを腰ぬけとまで言っております」
伊織「…そこまで言うなら証拠があるのよね?」
あずさ「証拠じゃありませんが、吉原あたりじゃもう八ツ橋の身請けの話で大盛り上がりでごぜえます。こんだけの騒ぎをご存じないとは…しかし八ツ橋も八ツ橋だ!打ち明けないで身請けされるとはあんまり呆れて、開いた口が塞がらねえ」
伊織「そ、そこまで言うって事は…本当なの…?」
あずさ「ああ、本当だとも!旦那、あっしはお前さんのことを考えると、悔しくて悔しくて堪らねえんだよ!」
伊織「八ツ橋…何て不人情な女なの!私と縁を切りたいなら切りたいと、言ってくれれば何時でも縁は切ってあげるのに…素知らぬ顔でこんな着物まで贈ってきて、私を騙していたのね!許せない…権八さん!今すぐ兵庫屋へ行きましょう!」
あずさ「へい!行きましょう行きましょう!」
伊織「後手に回らないうちに、こっちから兵庫屋へ乗り込んで掛け合ってやる!八ツ橋…待ってなさい!」
三幕目 <兵庫屋二階遣手部屋の場>
涼「お待ちしておりましたよ!」
春香「お久しぶりですね」
涼「久しくおいでにならないと噂していたところです。ささ、こちらへ」
春香「では、こちらで待つとしましょう」
貴音「佐野さん、よく来てくださいました」
春香「また御厄介になりに来ました。待ってますからすぐに来てくださいね」
真美「いやあ上玉ですな!まるで人形のようだ!」
亜美「名前を若い衆に聞いてみよう!」
春香「聞かずとも知っていますよ。あれは九重でございます」
真美「さすがは次郎左衛門殿!」
亜美「な、なら今の人がお相手してくれるの!?楽しみですなぁ!」
ネリア「涼さん、八ツ橋さんはどの部屋に?」
涼「六番の部屋にお通しして」
ネリア「ハイハイ…あ、あなたは!」
涼「え、栄之丞さん!?よくいらっしゃいました…」
伊織「いつも繁盛してて結構な事ね」
小鳥「ど、どうして栄之丞さんが…」
涼「ご、権八さんもご一緒に…」
あずさ「ええ」
伊織「八ツ橋は?」
ネリア「す、すぐ連れてきますから、六番の部屋でお持ちになっててくださいマシ!」
あずさ「栄之丞さん、あれが佐野の」
伊織「あいつが…」
春香「?」
ネリア「ササ、こちらへ…」
伊織「……」
春香「おきつさん、今のお客さんは?」
小鳥「え!?…あ、あの方は花魁の一座のお客さんですよ。ねえ涼さん?」
涼「さ、左様でございます。八ツ橋さんのお仲間の四谷一座のお客さんですよ」
春香「そうですか。だから八ツ橋って言ってたんだ」
真美「今のはなかなかいい男だったね。あれはもてるでしょうなぁ」
春香「では私は、六番の部屋で八ツ橋と…」
小鳥「ああちょっと!ま、まだ八ツ橋さんは来てませんからもう少しこちらでお待ちになっててくださいまし!廊下鳶はいけませんよ!」
春香「ははは、そうでござりまするな、ではここで待つとしましょう…」
<同 廻し部屋の場>
美希「他の部屋はどこもいっぱいだから、この部屋で我慢してほしいの」
伊織「……」
美希「なんで怒ってるの?」
伊織「自分の胸に聞いてみたら?」
美希「…意味が分からないの」
伊織「八ツ橋、身請けの話は本当なの?」
美希「ど、どこからその話を!?」
伊織「どこからでもいいでしょ!あまりにも袖ない仕打ちだから、こうしてやって来たのよ!」
美希「み、身請けの話なんて嘘なの…」
伊織「佐野次郎左衛門っていう奴に身請けされるんでしょ?全部知ってるのよ!さあ、私と取り交わした起請文を返してもらうわよ」
美希「い、一体誰にそんな嘘を聞いたの!起請文を返せなんてあんまりなの!」
あずさ「その証人は私だよ八ツ橋」
美希「ご、権八!」
あずさ「養父の俺にも何の連絡もなし、しかも栄之丞さんにも話して無かったとは…八ツ橋お前は本当に不人情な女だなぁ。俺は身請け金を貰えるからいいが、栄之丞さんはどうなるんだ!おう八ツ橋、なんとか言わねえか!」
美希「た、確かに次郎左衛門様は最近よく遊びに来てくれるの…だ、だけど身請けの話をしなかったのは、身請けなんてされないからだよ!されないならそんな話をする必要ないでしょ?」
伊織「それなら今座敷に居る、その次郎左衛門様に愛想を尽かせば許してあげる」
美希「じ、次郎左衛門様には、いっぱい遊びに来てくれた御恩があるの!そのお客様に愛想尽かしをしろなんて…」
伊織「それなら、私との仲もこれっきりね」
美希「そ、そんな!」
伊織「それが嫌なら佐野のお客と縁を切りなさい」
美希「そ、それは…」
伊織「嫌なの?」
美希「……」
伊織「さあ!」
美希「さあ…」
伊織「さあ!」
いおみき「さあさあさあ!!」
伊織「早く返事を、聞かせなさいよ!!」
美希「う、うう……」
<同 八ツ橋部屋縁切の場>
真美「しかし、治六は遅いねえ」
亜美「道でも間違ったのかな?」
真美「あずさお姉ちゃんじゃあるまいし」
亜美「そうだね!」
亜美真美「はははは!」
春香「今度来たら花魁を買ってやると言ったら、まだかまだかとずっと言っていたので、来るなと言っても来ますよ」
ネリア「治六さんがお見えになりマシタ!」
真美「噂をすればですな」
愛「いやぁ、お待たせいたしました!!!道を間違えてしまいまして…」
真美「相変わらず治六はひょうきんですな」
亜美「はははは!」
美希「……」
真美「お!八ツ橋花魁!」
春香「花魁、よく来てくれたね」
美希「……」
春香「花魁?」
美希「気分が悪いから…話しかけないでほしいの…」
春香「き、気分が悪い!?そりゃいけない、早く医者を!」
美希「医者を呼ぶほどのことじゃないの。だけど…一つだけ、気に障る事があるの…」
春香「気に障る事?それなら黙っていちゃ身体に悪いから、何が気に障るのか早く言ってよ」
美希「言っても…いいの?」
春香「いいよ、何が気に障るの?」
美希「次郎左衛門様と話すたびに…気分が悪くなるの…」
春香「え…ああ、そういう事か。気分の悪い時は誰と話しても気分が悪くなるものだよね…なら私は黙ってるよ。皆さん、花魁の気分が治るまで黙っててくれませんか?」
美希「そうじゃないの…次郎左衛門様と話すと…気分が悪くなるの」
春香「え…」
美希「次郎左衛門様と顔を合わせることが、嫌でならないの」
春香「ど、どういう事?」
美希「前々から嫌だったけど、立花屋さんのお客だったからお相手してただけなの…そしたら今日の身請けの話…身請けなんて元々したくなかったの!もうここには来ないでほしいな」
春香「ははは……お、花魁、これは何か訳があるんだよね?訳があるなら謝ります、堪忍してください…そ、それに田舎に行くのが嫌ならこの江戸に屋敷でも建てて苦労はさせないから、今夜のところはもう帰って寝てください」
美希「そんなお世話はいらない…これには深い…深い訳も何もないの。顔も見たくないただそれだけなの」
小鳥「や、八ツ橋さん!それじゃ私たちが困ります!身請けの話はもう纏まっているっていうのに…どういうことなんですか!」
貴音「これまで佐野さんへ愛想尽かしを言わなかったあなたが、なぜ急にこんな…訳があるならわたくしに言ってくれればいいものを…」
美希「さっき言った通り、訳も何もないの…身請けの話はしないで、気分が悪くなる…九重、ちょっとは察してほしいの」
亜美「次郎左衛門殿!こなた国で何と言った!今度江戸へ行ったらまず吉原を案内するから私の全盛を見てくれ!なんて言ったが…ありゃ何か、振られる自慢でもするためだったの?」
真美「八ツ橋花魁とこなたみたいな男では不釣り合いだとは思っていたが、嫌々相手をしてたんだねぇ」
愛「旦那さま…これだから言わぬことではない…女郎は客を騙すのが商売、惚れられた惚れられたと思っていると、足元を掬われると国にいる時言ったじゃありませんか…」
美希「この話は終わり…身請けの話はもうしないでほしいな」
小鳥「あ、あなた!これほどいい身請けの口を!」
美希「嫌なの!!絶対に嫌なの!!身請けはしないの!!」
愛「あ、あなた!!!旦那がどれだけあなたが好きで、ここに通いつめたと思ってるんですか!!!今夜身請けということになって急に断るなんて…そんな話があるものですか!!!こ、断るっていうなら今まで払った金を全部返してください!!!」
美希「こっちから来てくれと言った訳じゃないし、佐野さんが勝手に来てただけだと思うな…金を返す義理は無いの」
愛「それなら、腕ずくでも取ってやります!!!」
春香「騒がないで治六!!腹を立てれば立てるほどこっちの恥だ…すっこんでなさい…」
愛「で、でも旦那!!!」
春香「すっこんでいろというに!!!」
愛「でも旦那…旦那…」
春香「すっこんでなさい…黙ってなさい…」
愛「へい…へい…」
春香「花魁…そりゃあんまり、袖なかろうぜ…」
春香「確かに、こんな酷いあばた顔の私じゃ嫌われても仕方ない…でも嫌なら嫌だって、何でもっと早く言ってくれなかったの!」
美希「これに懲りたら…こういった所には当分来ないほうがいいと思うな…」
伊織「ちゃんと縁は切ったみたいね…」
春香「花魁……」
春香「お、お前は!?」
伊織「見つかったか…権八さん帰るわよ」
あずさ「へい」
春香「ああ、そういうことか…さっき見た二人連れは…八ツ橋!お前の情夫だな!」
涼「い、いえ!さっきのお客さんは四谷の…」
美希「もう隠さなくてもいいの!…今の浪人は繁山栄之丞と言って、わちきの情夫なの」
春香「そう、やっぱり…わかったよ…身請けは、しない…」
美希「わちきも、清々したの…他の座敷に行ってくるね…」
貴音「八ツ橋さん、本当にこれで良いのですか?」
美希「わちきはつくづく…嫌になったの…」
貴音「そりゃ浮世の義理も振り捨てて…」
美希「九重、堪忍してほしいの!」
真美「ま、こんなもんだとは思ってたけどね→」
亜美「座敷を変えて仕切り直しだね。酒や太鼓も残らず隣の座敷に移して!」
ネリア「へ、へい…ですけど、佐野の旦那は…」
春香「私のことはいいから…構わず行ってください…」
真美「じゃあ行こう行こう」
愛「あ、あなた達も旦那を振り捨てて行ってしまうんですか!!!」
亜美「今夜恥をかいた腹いせに横っ面を張り倒してやりたいくらいだけど、日頃世話になっているから勘弁してやるんだ!ありがたく思ってもらいたいね!」
愛「そんなことは言わずにどうか!!!」
真美「余計な御託をぬかすんじゃねえ!」
愛「…もう堪忍なりません!!!あいつら酷い目にあわせてやる!!!」
貴音「治六さん、腹は立とうがどうか了見してくださいませ」
愛「で、でも!!!…うう…忌々しい…ことだなぁ…」
小鳥「佐野様…本当に申し訳ありませんでした…この責任はあたしが取りますので…」
春香「いえ、女将さん大丈夫です…私はすっかり諦めました…」
小鳥「本当によろしいのですか?」
春香「女将さん本当に大丈夫です…一度国に帰って出直してくることにします…」
小鳥「それではどうでもお帰りで?」
春香「振られて帰る果報者とは、私のことでございましょう…」
貴音「どうか必ずこの後も…」
春香「九重さん、あなたにも迷惑をかけました…女将さん、駕籠を二丁ほどお願いします」
小鳥「はい…」
貴音「佐野さん…」
春香「ひとまず国へ、帰るとしましょうよ…では女将さん、ありがとうございました…ありがとう、ございました…ありがとう…ございました…」
大詰 <立花屋二階の場>
涼「佐野様、どうぞおあがりください!」
春香「お久しぶりですね」
小鳥「佐野様、お待ちしておりました。こちらからお迎えにあがることが出来なくて申し訳ございません…」
春香「いえ、お気になさらずとも構いません。それに私はこの前のことはもう何とも思ってはいませんよ」
小鳥「佐野様、ありがとうございます…しかしこうしてまたお目にかかりまして、安心いたしました」
春香「女将さん、これは皆さんへの祝儀です。受け取ってください」
小鳥「そ、そんな、もらえませんよ!」
春香「いえ、今までお世話になったお礼です。受け取ってください」
小鳥「ありがとうござりまする…」
ネリア「よく来てくださいまシタ!八ツ橋さんも驚いてましタヨ!」
春香「仕事もようやく片付いて、久しぶりに江戸へ来ましたが、思い出すのは八ツ橋のこと…恥ずかしながらまたこうして来させていただきました」
小鳥「いえいえ佐野様ならいつでも歓迎しますよ。またお越しいただいてありがとうございます」
涼「花魁、お越しでございます!」
春香「花魁…」
美希「…次郎左衛門様…この前のこと…どうか堪忍してほしいの」
春香「私はもう何も気にはしてない。だからまた昔のように遊んでよ」
美希「次郎左衛門様…」
小鳥「いや、これで安心しました。八ツ橋さん、次郎左衛門様に感謝しなさいね」
美希「うん!」
春香「女将さん、実は花魁に秘密の話がありますので、皆さん席を外してください。話が終わったら呼びますから…」
小鳥「わかりました、では、あたし達はこれで」
春香「ありがとうございます…」
美希「…二人っきりだね…話って何?次郎左衛門様」
春香「あなたとまた会えて嬉しい…だから、私からのこの杯、どうか一つ受けてくれる?」
美希「勿論なの!」
春香「じゃあ私がお酌するね…」
美希「ありがとうなの…こ、こんなにいっぱい!?」
春香「私からの酌、飲んでくれる?」
美希「でもこんなにいっぱいじゃ…」
春香「ううん…この世の別れだ…一杯飲んでもらうよ…」
美希「この世の、別れ?」
春香「八ツ橋…よくもこの私に、おのれは恥をかかせたな…」
美希「じ、次郎左衛門様?」
春香「よくも…よくもこの私に恥辱を与えてくれたな!!!この日を、どれだけ待ちわびたことか…」
美希「そ、それならさっきの言葉は!」
春香「全てはお前に復讐するための芝居だ!!!」
美希「あ、あれには…あれには深い訳があるの!」
春香「今更そんな事を言うな!!!八ツ橋お前の命は貰ったぞ!!!」
美希「いやぁ!!」
春香「逃げるなあ!!!」
美希「ああっ!?…次郎…左衛門…さ、ま……」
春香「………」
ネリア「佐野様!今灯りを持ってまいりマス!」
春香「しぃー……」
ネリア「もう夜更けでございますカラ、お灯りを持ってまいりマシタ…次郎左衛門様?…か、刀!?」
春香「しぃーっ!」
ネリア「アッ!?……」
春香「………」
春香「……あははは……籠釣瓶は……良く斬れるなぁ……」
『籠釣瓶花街酔醒』 終幕
終わりです。大した物ではありませんが暇な時にでも見て下さると嬉しいです
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