男「幸福の希求」 (31)



<白い部屋>

男「…………」


男「…………?」



男「…………………………」




男「……………………………………」

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扉<ウィイイイイン

男「っ!」

男(誰か……やっと誰か来た……!)


?「おや、やっとお目覚めになりましたか」

男「は、はい」

?「かなり長いこと寝込んでおられましたね」

男「…………」


?「おはようございます。こんにちは。こんばんは」

?「私が口にした言葉の意味を、自分がしっかり掴めていると思いますか?
  何かしらの不備、頭痛がするなどの体調不良などはありませんか?」

男「……大丈夫だと、思います。ちゃんとわかります。身体にも異常は感じられません」

?「そうですか。それは良かった」

?「では、いきなりではありますが、お伺いします」

?「お名前と、自分がどこから、そしてどういう目的を持って、
  外界を歩いてらっしゃったかをお教えください」

?「最初からここを目指していたのですか?
  それとも、他のどこかを目指している途上で力尽きてしまったのでしょうか?」

男「…………」

?「それを知ったからといって、私自身があなたを今すぐどうこうするつもりはありませんよ?」
  
?「ただ私にも、あなたの素性を上に報告する義務というものがありましてね」

男「……すいません」

?「?」

男「さっぱりわからないです」

?「わからない?」

男「はい。何一つ、わからないんです。憶えてないんです」




男「――さっきここで目を覚ましてからずっと、これっぽっちも記憶が頭に浮かんでこないんです」



<廊下>

ガイド「どうも、初めまして。お会いできて嬉しいです。……えー、お名前は?」

男「……クロ、とお医者様からさっき仮の名前をいただきました。髪の毛が黒いということで」

ガイド「あー、クロ。うん、クロ。ぴったりの名前だ。素晴らしい。
    外界から来たってことでしたよね?」

男「お医者様が言うには、そういうことのようです」

ガイド「ふーん、なるほど、なるほど。……まあ、あれですよ、幸運でしたね」

男「?」

ガイド「経緯はどうあれ『ここ』に来られたということが、です。
    ここほど生きるのに素晴らしい環境はいくら探しても他にありませんよ。
    私が保証します」

ガイド「外界に出たことなんて一度もない私が保証しても、ちょっと説得力に欠けるかもですけどね」クスッ

男「……はあ、そうですか」

ガイド「それではご案内しますので、ついて来てください。
    まずは作業区画1aから順番にまわっていきましょう」



<作業区画2f>

ガイド「作業区画2fまで完了。
    これで特別な技能なく生産に参加できる区画の案内は全て済みました」

ガイド「一通り済んで、どこか気にいった所はありましたか?
    ここなら自分も頑張れそうだと思える区画がありましたら言ってください。
    上にそう伝えます」

ガイド「改めて疑問に思ったことを質問するとかでも良いですよ?」

男「頑張れそう……というか、どこでもいいです。
  簡単そうな仕事ばかりでしたから、記憶のない私でも楽にこなせそうです」

男「ただ――」

ガイド「ただ?」

男「ここは不思議な所ですね」

ガイド「……なぜ?」

男「だってみんなが、満ち足りた表情で疲れた様子を露ほど見せず作業してる。
  あんなに単調な作業たちを黙々と、延々と、嬉々として」

ガイド「作業への従事に喜びを感じる。それがそんなに不思議なことですか?」

男「ええ。自分がいま何を思ってるのか、いまいち自分でもよくわかってないんですけど、
  どうやら全員が一様にそういう顔をしてるのを不思議に感じてるみたいです」

男「……うん、そうだ。そうだよ。変わり者が一人か二人ならまだしも、
  全員のやってることとその表情が、全く釣り合ってないように私には見えます」

男「これまで見てきた作業のどれかに私が実際従事したら、
  すぐに飽きるか、そうでなくとも不満や疲れが顔に出て――」

ガイド「くふっ、……ふふ、ふふふ、」クスクス

男「……?」

ガイド「いやあ、外界からいらっしゃっただけあって、
    作業に関して私とは違う新鮮な感覚をお持ちのようだ」
    
ガイド「でも何かに飽きる、不満を持つなんてことは、
    ここではまともに生きていればあり得ませんよ。絶対にね」

ガイド「作業区画よりもっと重要な案内がまだですから、さっそく済ませてしまいましょう。
    それが全て済んだとき、きっとあなたの疑問はスッキリ解決されているはずです」



<配給所>

ガイド「これまでの部屋とは少し様子の変わったこの部屋が、ここら近辺を統括する『配給所』です」

男「ハイキュウジョ……。ここは何をするところですか?」

ガイド「ふむ。口で全部くどくど説明するのもいいですが、もう少しこのまま見ていて下さい。
    ほら、あの男がこれから配給を受けますよ」

ピー ピー

『クドク、30。カプセルは13027 IHに向かってください』

モブ男「…………」スタスタ

ガイド「どうやらあの男は、中々に善行を積んでいるようですね」

男「…………あれはいったい?」

ガイド「あの男が掴んだ、手のひらサイズで棒状のモノは見ましたよね?」

男「ええ」

ガイド「あれが我々の『幸せ』ですよ」

男「幸せ……ですか?」

ピー ピー

『クドク、14。カプセルは3701 CRに向かってください』

モブ女「…………」スタスタ

男「…………」

ガイド「腑に落ちないという顔をしていますね」

男「当然ですよ。これだけじゃ何もわからない」

ガイド「まぁ、でしょうね。ですから次はカプセルをお見せします」

ガイド「では、たった今丁度配給を受け終えたさっきのあの女性を追いかけることにしましょう。
    カプセルそのものにそれぞれ違いはありませんので、一つご覧になれば全部わかります」

ガイド「おそらく一番クロさんが毎日の生活で手間取ることになるのは、自分のカプセルの把握だと思います。
    ですが慣れるとそんなに大変なことでもないので、頑張ってください」

男「は、はぁ。頑張ります、はい」

男(……それ以前にさっきからクロって名前、自分の名前だって気が欠片もしないんだけど、
  これで社会生活はたして大丈夫なんだろうか?)

今日はここまで
最初に言っておくと男(クロ)さんの記憶喪失前の設定なんてものはありません

とりあえず記憶喪失は異世界設定の亜種みたいなものとして捉えて貰えればうれしいです

次回、世界観に関する超絶説明回の予定 どうもすんません



<カプセル室 CR>

ガイド「部屋中一定間隔ごとに規則正しく並べられている、
    楕円形がなだらかに盛り上がった、人ひとりが入れる大きさの箱」

ガイド「これらの箱一つ一つがカプセルです」

男「へぇ……これが……」

ガイド「私たちは毎日カプセルの中で眠ります」

ガイド「ほら見て。今まさにあの女性が眠ろうとしてますよ」

モブ女「…………」カチッ

カプセル<ピコーン 
カプセル<ウィィィィン

モブ女「…………」スッ

カプセル<ウィィィン
カプセル<ガチャン

ガイド「わかりましたか?」

ガイド「まず、『幸せ』……棒状のクドクを、カプセルの端に設けられた凹面にセットする」

ガイド「するとカプセルが自動的に開く」

ガイド「そこでカプセルの中に入って、
    つい今しがたクドクを差し込んだ側を頭側にして横になる」
    
ガイド「開いた蓋が閉まる。そして寝る。簡単でしょう?」

男「ええ、確かに簡単ですね。寝心地はいいんですか?」

ガイド「寝心地がいい? ハハ、そんなつまらないだけのものではありませんよ」

ガイド「さあ、始まりますからしっかり見ていてください」

男「?」

カプセル<プシュゥウゥゥ

男「!」

男「……カ、カプセルの中に急に立ち込めた、その、雲みたいなものは?」

ガイド「クモ? ああ、ピンクの靄っぽいガスのことですね? ……あれこそが『幸せ』です」

男「幸せ……?」

ガイド「素直に言い換えればクドクの中身ですよ」

ガイド「一日の働きに応じてそれぞれに毎日配給されるクドク。
    それによって私たちは、カプセルにおける眠りの中で、必ず一定の幸福感に浸ることができる」

ガイド「そしてその効能は、目を覚ましてからも約24時間ほど持続する。
    持続している間は何をしていても、自分を取り巻くあらゆる全てに、純粋な幸福を感じることができる」

ガイド「もっとも24時間経つ前に眠って更新するので、普通は持続時間を気にする必要なんてありませんが」

男「……ほ、本当に何をしていても、幸福を感じるんですか?」

ガイド「ええ、何をしていてもそうです。満ち足りてるって言えばいいのかな?
    自分からは新しく何一つ欲しいと思わない。只々、充足してるんです」

男「…………」

男「それじゃあどうしてみんなあんなに従順に作業を?
  もはや何一つ欲しいと思ってないなら、上からの作業という指示に従う必要はないのでは?」

ガイド「どうしてって……そんなの当たり前じゃないですか。
    そうしないとこれから先のぶんのクドクは手に入らないんですよ?」

ガイド「普通誰だって、自分が将来的にも幸福でいられるよう考えて、選択肢の範囲で行動する。
    私もそうです。おそらくあなたもそうでしょう」

男「でも、何をしたって得られる幸福が同じなら――」

ガイド「いやいや、同じじゃありません。人によって、幸福は幸福でもその濃度が違います。
    善行を積んだ者、技能に優れた者……そういう差はちゃんと反映されます」

男「えっ? 自分からは何一つ欲しいと思わないって、あなたはそう言ったばかりじゃないですか。
  なのになんで、人によって幸福に差が生まれる状況になるんですか?」

ガイド「もちろん、自分から高濃度の幸福を欲しがる者はいません。誰もが現状に満足していますから。
    しかし人にはそれぞれ能力差と言うものがある。
    誰もが平等に、あらゆる作業に携わることができる素質を備えているわけではないのです」

ガイド「できること、できないこと。単純に言えば、優れた技能を持つ者がより困難な作業に従事する。
    そして、その報酬として、他の者より高濃度の幸福を得る。実に理に適っているでしょう?」

男「…………そうかも、しれませんね」

男「だけど、じゃあ善行を積んだ者はどうやって判断するんですか?
  まさか自己申告とかじゃありませんよね?」

ガイド「ここまで案内してくる途中――」

男「?」

ガイド「お椀状の黒い物が、ふちをピタリと天井に付けて、至る所でぶら下がっていたのに気付きましたか?」

男「……い、いやあ全然。一度も気付きませんでした」

ガイド「それによって、我々の行動は道徳委員たちの視察、是非の判断に晒されることになるのです。
    ありとあらゆる場所に設置された、映像及び音声記録送信装置という訳ですな」

ガイド「善行を行った者にはポイントが加算され、
    一定を超えた場合はより高濃度の幸福が詰まったクドクが配給される」

ガイド「もっともそれは、現状に満足している我々にとっては半ばどうでもいい話で、
    本当に重要なのは何か風紀を乱したり、作業への参加意欲が薄かったときの処分ですね」

ガイド「その行為がもたらした全体への影響から、処分はその都度判断されます。
    大抵の場合、具体的には損害度に応じた期間、クドクの配給が差し止められる」

ガイド「つまり誰か、あるいは全体に対する悪行は、それを行った者にとって損にしかならないわけです」

男「…………」

男(待って、待って。さらっと言ったけど、つまりは絶えず誰かに監視されてるってこと?)

男(いやいやいや、そんなの嫌だって。気持ち悪い。絶対おかしい。どうかしてる)

男(……なのになんでコイツは、こんな当然みたいな顔をしてるんだ……?)

ガイド「どうかなさいましたか? 随分と険しい表情をしておられますが」

男「ど、どうかしたどころの話じゃない!」

男「いくら幸福だといったって、それじゃ自由なんてどこにもないじゃないかっ!」

ガイド「……自由がない、ですか?」

男「そう、そうだよ。それにその幸福ってのも、クドク――あのピンクのガスのおかげで手に入ってるだけだろ?」

男「ガスに依存してるんだ。決して、幸福になるに値する何かをその人物がしたからじゃない」

男「自由な人間なら、もっと自分の意思で、自分の……その……」

ガイド「ですが私たちは、自ら選んでクドクを使用していますよ?」

ガイド「私は模範的な一人民です」

ガイド「生まれてこのかた、クドクの純度を増したことはあれど、差し止められたことは一度もありません」

ガイド「それでも何度か、自分が置かれている状況をきちんと判断するために、クドク断ちをしたことがあります」

ガイド「そうしたかったから……ではなく、一度以上そうしてみることが、上から推奨されているからですけどね」

ガイド「でも、はっきり言って時間の無駄でした」

ガイド「確かにクドクがなくても人は生きていけます。それは間違いない。私も認めます。
    ただし、クドクがあった方が幸福をより多く得られるのは、もはや疑いようのない事実なのです」

ガイド「親友と語り合えば心に満足は生まれますし、おいしい料理を食べればやはり幸せな気持ちになる」

ガイド「しかしそれだけでもう打ち止め。幸せな時間は束の間しか訪れません
    何かあったら色々嫌な気持ちになる。そもそも嬉しくてもその度合いは一定ではない。
    自分の人生のコントロールができない。とかく先行きには不安ばかりが募る」

ガイド「けれども、クドクさえあれば、あらゆる全てが私に幸福を与えてくれます。
    そう、人生が文字通りバラ色に変わるのです」

ガイド「クドクによってみんながいつも幸せになれるのだから、これは素晴らしいことだとは思いませんか?」

男「そんな……そんなことは……」

男「…………」

男「……クドクを一度以上断ってみることが、推奨されてるんですよね?」

ガイド「ええ」

男「ならばもしその中で、クドクを配給されることを拒む人が、たとえ数は少なくても出て来た場合には――」

ガイド「ちゃんとそのための仕組みも用意されていますよ?
    そういう人たちには食料品、娯楽品、その他の物品が作業の成果に応じて、
    質や量を考慮された上で配給されるのです」

ガイド「加えて、映像及び音声記録送信装置が周囲にある中生活するのが嫌だ、
    と言う人のための場所も確保されています。
    実際それほど多いわけではないですが、そういう場所で、クドクを断ち生きようとする若者も時々いる」

ガイド「しかし、我々模範的な一人民には関係のない話です」

ガイド「それにそういう若者たちも、
    いずれ心の整理が済んだら『一般社会』に復帰するのが常ですから、尚更のこと」

男「復帰……するんですか……?」

ガイド「ええ、復帰しますよ。普通は意味がないことだって気づくんです」

ガイド「つまらない、何の役に立つんだかわからない意地を張ったところで、以前の生活のような満足は得られない。
    どんどん人生が詰まらなく、物足りなくなっていく。
    今まで満足を与えてくれていたモノたちが、色褪せていく」

ガイド「長期間クドク断ちをした若者たちの行動の記録、そして歴史的な知識として、
    クドクを使用しない人間の生活というモノを、私は知っています」

ガイド「それに比べて我々の生活ときたら、客観的に見てなんと素晴らしいことか」

ガイド「誰もが自分の生活に満足している中に争いはない。
    他人から何かを奪う必要がないからです」

ガイド「不正もそこにはありません。自分の手持ちで満足していて、
    それが全て保証されている環境である以上は、何も誤魔化したりする必要がないからです」

ガイド「クドクがある生活。これ以上なく素晴らしい生活だと思いませんか?」

男「………………」

今日はここまで
前回更新から今日まで書き溜め一文字も進んでなかったけど、
まあ、あれだ、4月から多分本気出すから……

どうしようもないくらいに忙しくて、
このまましばらくろくに書けそうもない状況なので、

数か月、下手したら一年以上経つかもしれないけれど、完成してから再度立て直して投下することにします。
ですので中断のHTML化依頼してきます。

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