――昔、昔
人間の持つ技術も、知識も、今よりもずっとずっと拙く乏しかった時代。
世界は『魔族』どもの天下で、魑魅魍魎共は昼夜問わず跳梁跋扈し、
対して人間達は俯き、肩を窄め、ビクビクと怯えながら、不効率な農業でかろうじて飢えを凌ぐように生活していた。
魔族どもは生まれながらにして人間を紙の如く引き裂く筋力と、摩訶不思議を引き起こす魔力を持ち、
それに対する人間達ははあまりに無力であった。
富める者達は、高い城壁に囲まれた小さな街に住み、
それの出来ぬ貧しきものは、森や林の陰に隠れて息を潜め暮らしていた。
魔族と人間とでは種としての地力が違いすぎて、対峙しすれば殆ど勝負にならなかった。
勝負とすら、闘いとすら言えない、魔族側からの一方的な虐殺だった。
――極々一部の例外を除けば、だが。
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人間にも、本当に僅かだが、魔力と精霊の加護を持って産まれて来る者達がいて、
そうした彼らは、魔族をも凌ぐ優れた闘う力を持っていたのである。
彼ら少数精鋭の戦士達は、無力な多くの人間達の盾として、縦横無尽の活躍を見せた。
彼らは少数で大勢の人間を護らなければならなかったが為に、機動力が求められ、故に馬に乗って戦った。
――それが『騎士』と『勇者』の始まりであり、人類暗黒時代の英雄達の名前であった。
『騎士』達は馬に跨り、精霊の加護と魔力を付加された鎧と武器に身を固め、
西へ東へ魔族より人間世界を防衛すべく駆けまわった。
『勇者』はそうした『騎士』達のリーダーであり、最も優れた騎士の中の騎士へと与えられた敬称でもあった。
『勇者』と『騎士』は、人類暗黒時代における、まさしく『希望』であり『光』であった。
彼らの活躍は数々の英雄叙事詩や武勲詩に謳われたが、それらは決して誇張や脚色では無い。
――『俺』の先祖も、そんな『勇者』であったそうな。
家宝として後生大事にされている、カビ臭い武具甲冑の類は、
そんな御先祖の使ったモノで、俺が腰に吊っている伝家のサーベルは、実際に魔族どもの血を吸った代物であるらしい。
今は見る影もない、我が一族の昔日の栄光の残滓だ。
――惨めで不安定な人類暗黒時代は、どうして終わったか。
それは『火薬』と言う名の文明の光が、人類を覆う闇へと刺さる様に差し込んだからだ。
『火薬』の威力は素晴らしい。
火薬は誰が用いようと、それが男だろうと女だろうと、若者だろうと老人だろうと、
一切関係なく、その化学反応によって一定の、極めて絶大なる威力を発揮する。
かつては騎士や勇者に護られる対象でしかなかった多くの人間達が、
火薬を用いた火器で武装し、その火力で魔族を圧倒し始めた。
産まれたばかりのころの銃火器は御世辞にも性能が良いとは言えなかったが、
それを補って余りある威力、殺傷力、威圧力があったし、性能の悪さは殆ど数を揃える事で補う事が出来た。
魔族は人間の使い始めたこの新たな武器を侮り、嘲笑し、侮蔑した。
彼らはなまじ種としての能力が高かったが為に、技術革新という事に関してはあまりに消極的であり、
人類の文明というものを始めから馬鹿にし、見下していたのである。
――この初動の遅さは、あまりに致命的だった。
長い長い魔族による抑圧の時代の下で、人類の中では『勝利』への強い欲求が、
魔女の釜の内の様にドロドロと煮詰まっており、それが『火薬』によって一気に着火し、
その情熱の炎は、もはや世界を焼きつくさんまでの勢いだったのだ。
銃火器を始めとする人類の兵器技術と産業は恐ろしい勢いで発展し、
その効率的な運用方法も次々と編み出され、それらは直ぐに実戦へと投入された。
魔族どもが、人類の躍進へと気がついた時は全てが遅きに逸していた。
今や魔族は大陸の南部、中央部からは完全に駆逐され、
連中の発祥の地である北方の荒涼たる大地へと押し込められた。
もはや暗黒時代は終わり、黄金時代の幕が上がった。
人類はますます飛躍し、逆に魔族は確実なる滅びの道を歩んでいた。
もはや人類にとって魔族は脅威では無く、見下しあざ笑うべき遅れた蛮族と化したのだ。
――そして、魔族の滅びと時を同じくして、黄昏時を迎えた人々が、他にもいた。
――それは
――『勇者』と『騎士』……
――つまるは、『俺』の家系……
◇勇/魔◆
――『連邦共和国/北部辺境』
――『第23駐在所』
魔族の領域と国境で接する国『連邦共和国』。
その北部辺境には幾つもの『駐在所』が設けられていた。
『駐在所』と言っても、駐留しているのは警察官では無く、共和国陸軍に所属する『騎馬軍警隊』である。
『騎馬軍警隊』とは、騎馬兵や乗馬歩兵で構成された機動部隊であり、その速力を活用し、
連邦共和国北部辺境を西へ東へ駆けまわり、治安維持の任務に従事しているのだ。
連邦共和国の北部辺境は広大であるのに加えて、極めて治安が悪い。
魔族の小集団や、追剥・山賊・馬族の類が多く、彼らが村落や旅行者、遠隔地商人の馬車などを頻繁に襲うので、
こういった連中に対抗するために、軍用の強力な装備に馬の機動力を併せ持った準軍事組織が求められ、
その結果生まれたのが騎馬軍警隊なのである。
北部辺境に設けられた駐在所の内、特に大きな物の一つが、第23駐在所なのである。
ここには一個中隊百騎の騎馬警官と、二十数人程の事務員が配属されており、電信所も設けられ、
この辺りでは国の中央部と迅速なる連絡が取れる唯一の場所であった。
木造の厩に、やはり木造の、田舎の村役場染みた小さな宿所兼事務所が、この駐在所の全てである。
小さな時計塔が役所には設けられ、そこには機械仕掛けの鐘があり、所定の時刻になると鐘を鳴らす仕組みになっていた。
ガランガランと、午後三時を告げる鐘が鳴った時、畑と牧草地の間を縫うように蛇行する無舗装の道を、
十騎ほどの騎馬警官達が駐在所へとパカパカと常歩で向かって来るのが見えた。
十人の騎馬警官は、先頭の一人を除いてほぼ同じ格好をしていた。
灰色シングルボタン詰襟肩章付きの上に、乗馬用ズボンの下、靴は拍車付きの黒革ブーツである。
頭には白色の日除け垂れ付き帽子カバーのついたケピ帽型の制帽を被っている。
各々、腰には六連発回転式拳銃を吊り、馬の鞍に設けられたポートに、単発前装式のカービン銃を差していた。
一行の先頭を行く、隊長らしき男は、乗馬用ズボンに拍車付きブーツまでは他と同じであるが、
上は灰色の、肋骨服と呼ばれる形の装飾を施された制服で、被っているケピ帽型制帽に日除け垂れ付きカバーは無く、
代わりに赤い羽根飾りがついていた。また、腰には拳銃と、さらにサーベルを一振り吊っていた。
制帽に取り付けられた帽章より、この先頭の男が『騎馬軍警第21乗馬警邏隊』の所属である事が解り、
両肩の階級章からは階級が中尉である事が解る。
面相は若く見えるが、中々に立派な口髭の生えた剽悍なる顔立ちであり、
一見して好青年であるという印象を、見る者に与える相貌であった。
果たして、一行の先頭を行くこの青年士官は第23駐在所に所属する部隊の隊長であり、
その名を――
曹長「――隊長殿、このぶんじゃぁ今日も何事もなさそうですなぁ!」
勇者中尉「……ああ」
――『勇者中尉』という。
かつては英雄であった『勇者』の一族の末裔であり、
いまやその役目を終え、歴史の陰へと消えつつある家系の果てであった。
◇勇/魔◆
――俺の先祖は『勇者』だった。
――『騎士』の中の『騎士』であり、『王家の守護者』であり、『民の盾』でもあった。
勇者中尉「(まぁ、でもそれは昔々の話で)」
勇者中尉「(今は辺境でドサまわりするだけの、ただの下っ端軍人なんだけどな)」
――『火薬』と登場で時代は変わり
――あらゆるモノが変わった
――政治構造や経済構造も社会構造も、皆変化した
勇者中尉「(いまや王家は退位させられ、ただの人)」
勇者中尉「(騎士達の多くも没落し、ただの人か、既に家が途絶え)」
勇者中尉「(勇者一族は……)」
――これまでの功績より、いまや民主化した議会より『護民官』という世襲官職を与えられたが
――給与は一応あるものの、それは文字通り『蚊の涙』。一晩呑めば消える、はした金に過ぎない
勇者中尉「(しまいにゃ、こんな辺鄙な田舎で、一体俺は何をやってんだか……)」
――昔日の栄光を求め、意気勇み、努力して士官学校に入り
――なんとか花形の騎兵隊へと入隊出来たかと思えば
――騎馬警官としての場末の勤務
――それでも、治安の悪い北部辺境だと聞けば
――山賊盗賊馬族魔族相手の大立ち回りを期待するも
勇者中尉「(北部辺境でも、この辺りは治安が良くて)」
勇者中尉「(いるのと言えばケチな物盗り程度)」
勇者中尉「(いや、暇なのは平和の証拠なんだけども……)」
――中隊一個の隊長と聞けば聞こえも良いが
――単に管轄地区がだだっ広い為に数が多いだけで
――つまるところ田舎の駐在の仕事ということなのだ
勇者中尉「(あぁ~~あ……)」
――数代前の先祖が王より直接賜ったという、伝家のサーベルの柄頭を撫でる
――かつては実際に魔族の血を吸ったと聞くが
――今は、俺の家と、同じく、ただ朽ちていくだけの……
勇者中尉「(俺は一体、何をやってんだか……)」
――先祖伝来の領地は、家計の苦しくなった祖父の代に既に売ってしまって久しい
――我が家の収入は、僅かな畑と、俺の給与……
勇者中尉「(はぁ~~……)」
――通常業務の巡回警邏より帰り、部隊長用に用意された部屋の
――ギシギシと音の鳴る椅子にドカっと腰掛け
――帽子は事務机の上に放り出し、机の端に靴も脱がず、踵を乗せる
勇者中尉「(……)」
――机の引き出しを開け、スキットルを出し、中身の安酒を呷ろうとする
――幸い、我が軍は気前が良く、任務中の飲酒は合法であり……
曹長「隊長殿、少しいいですかね?」
――ノックもせずに入って来たのは、我が隊の事実上の副官である古参兵の曹長だ
――かつては前線勤務で激戦区を渡り歩いた古強者で
――胸元には誇らしげに勲章が飾ってある
――トウがたってきたため、辺境勤務に移って来た男で
――セイウチみたいな大きな口髭が特徴的であり、中隊のまとめ役であった
――自分の様な名ばかり中尉には頭の上がらない相手だ
勇者中尉「ノックぐらいしてくれ曹長。それで……何用だね?
曹長「はぁ。それがですね」
曹長「A上等兵が、何だか妙な煙が見える、と」
曹長「それがどうも、北東村の方角じゃぁないか、と、申しておりまして」
勇者中尉「……何?」
――曹長に言われて、双眼鏡片手に時計塔の上に登れば
――なるほど、確かに煙が見えるし、それは北東村の方角である
――北東村は過疎化が進む農村だが、この辺りでは人が多く住んでいる方の村だ
――この駐在所よりは少しばかり離れた場所にあるために、ここからでは双眼鏡を通しても煙の筋が微かに見えるだけだ
勇者中尉「……火事かもしれんな」
曹長「そのようで」
勇者中尉「よし――A小隊の第1分隊と第2分隊に出動命令だ」
勇者中隊「副官少尉に此処を任せて、曹長、君は私と共に北東村に急行するぞ」
曹長「了解です、隊長」
――直ちに、俺はA小隊第1分隊、第2分隊の計二十騎ほどを率いて北東村へと急行し
――そこで、予想だにしていなかった物を見る事になった
◇勇/魔◆
曹長「――ひでェ事しやがる……」
――戦場馴れした熟練の曹長ですら、思わずそう漏らす程に、凄惨無残な光景を、俺達は目撃した
――新兵達の多くは、思わず蹲って嘔吐している
――俺も正直、気分が悪く、慄然としていた
勇者中尉「……クソッタレが、畜生」
――俺の口からは、そんな言葉しか出て来なかった
――それほどまでに、目の前に広がる光景は酷いモンだった
――村の家屋で、燃えていないモノは何一つ無いと言っていい
――程度の大小こそあれ、村のなかのあらゆるモノが燃え、あるいは打ち壊されていた
――畑は踏み荒らされ、柵や生け垣も引き倒され、潰されていた
――家畜も略奪したのだろう、一匹も見当たらない
――そして、『生存者』の姿もだ
――部隊に数人いる伍長の内、最古参の『熟練伍長』が、徒歩での偵察から戻って来て報告した
熟練伍長「ただいま戻りました。やはり生存者は確認できません」
勇者中尉「……そうか、御苦労」
――俺は熟練伍長の報告を聞きながら、目の前に連なった『ソレら』を改めて見上げる
――そこにあったのは……
勇者中尉「畜生め」
――『串刺し』にされた北東村の住民たちの姿
――長い杭に、尻から口まで一突きにされて、全員が殺され、曝されていた
――大半は男だが、中には女、なんと赤子までもが串刺しにされて殺されている
――また、燃える家屋の中からは人の焼ける臭いが鼻を突き
――斬り殺されたり突き殺された人々の死体もまた、ゴロゴロと地面に打ち捨てられていた
若年少尉「いったい……誰がこんな事を……馬賊の類にしてはやり口が……」
勇者中尉「……」
――まだ任官したばかりの若い少尉が言う事に、俺も同意だった
――馬賊や山賊の類も、村を襲うが、それは飽くまで略奪の為で
――邪魔や抵抗をされない限りは、村人を殺さずに済ます場合も少なくない
――女や娘を攫う事もあるが、これも用済みにならない限り、殺す事は余りない
――あの手の連中には、こんな残虐な事をやってのける理由も必要性も無い筈だ
曹長「隊長どの、ちょっと」
――曹長が地面を指さしながら、俺を呼ぶ
――行ってみれば、あったのは無数の足跡であった
勇者中尉「これが何だ?」
曹長「……自分はコイツと同じものを嫌って言う程見たから解るんですがね」
曹長「コイツは人間のモンじゃありませんぜ」
勇者中尉「!?」
――確かに、その足跡はいずれも人間の大人のものに比べると小さく見える
曹長「恐らくは……ゴブリン種のモンでしょうなぁ」
――曹長の言った内容に、俺は驚いた
勇者中尉「ゴブリン……という事は……」
曹長「魔族です。それも半端な数じゃない」
勇者中尉「確かか?」
曹長「連中の足跡なら見間違えません」
曹長「足跡の様子なんかから考えるに……」
曹長「最低でも一個大隊規模」
――それを聞いて、思わず俺は天を仰ぐ
――大隊規模のゴブリンが、この辺境に現れた!
――いかに魔領に近いとは言え、それでも魔族の生息域よりは遠い筈だ
――何故?どうしてこんな所に?
ヒゲ軍曹「中尉殿ぉ!中尉どのぉぉ!!」
――そう考えていた矢先、騎乗のまま付近の偵察に行かせていた兵士の一人
――ヒゲが特徴的な軍曹が転びそうになりながら自分に駆けよって来る
――急いで敬礼をしながら、まくしたてる様に、言った
ヒゲ軍曹「北に5キロ程行った地点にて、魔族発見!」
ヒゲ軍曹「規模は、おおよそ一個大隊のゴブリン部隊です」
ヒゲ軍曹「装備などより察するに……」
――そして次に、ヒゲ軍曹が言った言葉に、再度俺は驚愕させられた
ヒゲ軍曹「魔王軍正規部隊です!」
ヒゲ軍曹「より遠方には、他の部隊らしき姿も見えます!」
――この事件は、今思えば『始まりの狼煙』であったのだ
――この一件が、これより始まる騒動の発端であり
――短くて長く、長くて短い
――第21乗馬警邏隊と『魔王軍』の激闘の始まりであったと
――俺は後になって知る事になるのだ
――続く
取り敢えずここまで
ゆっくり書くので遅いです
では
>>19
ぬぬぬ
やっぱ読みにくかったか
次より改める
勇者中尉は、ヒゲ軍曹よりの報告を聞き、兎も角、第1、第2分隊を集合させた。
その上で、駐在所へと伝令を二人程走らせ、居残りで『大隊規模のゴブリン部隊』への偵察に向かう。
件のゴブリン共が本当に『魔王正規軍』であったとするならば、それはまさしく非常事態であり、一刻の猶予も無い。
――『魔王正規軍』
それはすなわち、魔族における唯一にして無二の『皇帝』である『魔王』の治める国、
『魔帝国』の正規軍であると言う事を意味する。
いまや昔日の栄光は殆ど消え去りつつあると言って良い程に衰退した魔帝国であるが、
それでもなお、その軍事力が決して低い訳ではない。
人類文明があまりに強力強大になり過ぎたが為に、相対的に弱く見えるが、
魔族という種自体が弱体化した訳では無いのだ。
迂闊に挑めば、その怪力で八つ裂きにされ、不可思議な魔法で殺されてしまうだろう。
そんな魔族が群れを為すだけでも恐ろしく、ましてや、魔王軍となれば装備も比較的良い。
それが最低でも一個大隊、もしかすれば連隊規模でいる可能性もあるのである。
対するこちらは、駐在所の兵力を含めても一個中隊強の騎馬警官のみ。
北部辺境では最大の兵力を備える『第20歩兵連隊』の歩兵約2千名は、
ここより約50キロ程離れた北部辺境主要都市『北方中都』に駐屯しており、
どれほど急いで来ようと彼らの到着までには1日~2日掛ってしまう。
つまり、場合によっては騎馬警官百騎程度で、地域住民を護りながら、
数で圧倒的に勝る、しかも装備の良い相手と戦わねばならないかもしれないのだ。
勇者中尉「(クソッタレ!何がどうなってやがる)」
勇者中尉「(確かに退屈ではあったが……騒動にしても限度ってモンがあんだろ!)」
戸惑いを覚えながら胸中で毒づき、勇者中尉は馬を走らせる。
兎も角、今優先するべきは現状を、自分自身の眼で確認し、迅速かつ最適な指揮を執る事だ。
まずは、肝心の敵を見つける事だ。
ヒゲ軍曹の先導に従う進む内に、まず『音』が、向かう先に待つ異常事態を勇者中尉へと教える。
人のものとは思えぬ獣染みた怒号が聞こえ、逆にどう聞いても人間のものであろう叫び声、
そしてそれらには銃声らしき豆を煎る様な音までもが混じっている。
曹長「音の大きさから察するに、軍曹の報告の場所より少しずれているようですがね?」
曹長「どうしますか?」
勇者中尉「……」
――こういう時は古参兵の言う事を聞いておけば間違いが無い。
勇者中尉「……曹長、君はどう思う?」
曹長「音のする方が我々に近い。そっちに寄って行けばいいのでは?」
勇者中尉「……良し。諸君、続け!」
白い手袋に包まれた手を掲げると、それを進行方向へと向けて下ろしつつ、
手綱を引いて、音の方へと馬を駆る。
雑木林の間を走る道を抜ければ、なるほど、そこにはゴブリン共の大群がいるのが、遠目に見えた。
勇者中尉は双眼鏡で、曹長は伸縮型単眼鏡を伸ばして、その詳細を観察する。
人間の子供の平均的身長より僅かに大きい程度の矮躯に、
ゴツゴツした緑や茶の肌に、人間の感性には酷く醜い面相の、いかにもゴブリン然としたゴブリンの大群である。
揃いで派手な色彩の御仕着せ姿に、おおよそ――あくまで『おおよそ』でしかないが――規格が統一された装備の姿は、
間違いなく『魔帝国』の正規ゴブリン部隊の姿であった。飛び道具は無く、短めの手槍や、手斧で武装している。
――数は報告より少なく、少なくともこの場で見えるのは二百体程度であった。
農地を踏みつぶしながら進むゴブリン部隊の進む先には、人間の農民達の一団が見える。
女子供を逃がす為の時間稼ぎに出て来たのか、全員が男で、約半数が銃で武装しているようであった。
この辺りの農民には狩猟用兼自衛用に猟銃や軍から払い下げられた旧式銃の所持と使用が認められている。
それらを、各個バラバラに、散発的に撃っているのである。先程聞こえた銃声はコレであった。
曹長「ありゃイカンですな」
曹長が言う事に勇者中尉は同意する。
恐慌状態の、しかもろくに訓練されていない素人の銃撃が有効打を生む筈も無い。
銃撃の殆どは外れて明後日の方向に飛んで行ってしまっているし、中には空に向かって無意味にぶっ放しているヤツまでいる始末である。
敵も、銃撃がコッチに殆ど飛んで来ないと解っているのか、その前進は淀み無く、止まる事は無い。
勇者中尉「……コッチには敵も農民達も気付いてないみたいだな」
曹長「そのようで」
勇者中尉「よぉし――」
勇者中尉は双眼鏡を仕舞い、右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れた。
勇者中尉「地域住民の脱出を援護する」
勇者中尉「総員、戦闘準備」
曹長「総員、戦闘準備」
曹長が、勇者中尉の指令を復唱する。
予期せぬ形での、勇者中尉『初実戦』の始まりであった。
◇勇/魔◆
俺は、俺を含め二個分隊十八騎の寡兵を率いて現場へと急行した。
しかし、ゴブリン隊に俺達の存在を気付かせてはならない。
その為に、各種指令は全てハンドシグナルで行う、静かな行軍だ。
馬の機動力を活かした速度で、生垣や立木などを身を隠すのに利用しながら、
俺達は連中の側面にまで接近し、『下馬』し、横列隊形を取り、畑の繁みに身を隠し、機を覗う。
まだ、敵には気付かれていない。
俺率いる第21乗馬警邏隊は全て『乗馬歩兵』だ。
『乗馬歩兵』というのは、移動にのみ馬を使い、戦う時は下馬してからの徒歩で戦う兵士の事だ。
つまり、馬には乗ってはいても本質的には『歩兵』だということだ。『騎兵』じゃぁない。
――寡兵で衆に挑むには、『衝撃力』という要素が不可欠だ
――ショック力で敵の指揮を乱し、士気を挫き、その戦意を萎えさせ、後退に追い込まねばならない
故に、最初は騎乗したままゴブリン共に突撃する事も考えた。
しかし、その考えは「馴れない事はしない方が良い」と曹長に止められた。
成程、確かに俺達は騎兵じゃない。
乗馬戦闘の訓練は、受けていないとは言わないが、本職の騎兵に比べるとどうしても劣る。
迂闊な行動は取らず、確実な方を取るべきだろう。
――では、数に劣る歩兵が数で勝る歩兵に勝つにはどうすれば良いか
――言うまでも無く
勇者中尉「(……『奇襲』以外にない)」
幸い、敵には気付かれずに接近出来た。
敵の注意は完全に、農民達に向かってしまっている。
後を機を見て――
勇者中尉「(――今だ!)」
必要無いと思い、喇叭卒は連れてきていない。
故に、俺は制服のポケットからホイッスルを取り出し、吹いた。
――ピィィィィィィィッ!
◆魔/勇◇
ゴブリン部隊は今や完全に殺戮に酔い、『狩り』に熱中していた。
ゴブリンは元来、臆病な種族であり、その反動で調子に乗りやすい性質を持つ。
いまや完全に調子に乗り切ったゴブリン部隊は、獲物である農民達以外何も見えていなかった。
ゴブリンは魔族の中では最も低級な種族で、魔族としては貧弱であり、知能も低いが、
半面、繁殖力は異様に高く、恐ろしく雑食で、その気になれば土さえ食べ、放っておくとネズミ算式に増えて行く。
そして種の本能としてより高等な魔族には服従する性質を持っている。
その為、戦争の際は、真っ先に投入されるのがゴブリン部隊なのであり、とる戦術はズバリ『人海戦術』である。
犠牲を恐れず数を恃みにひたすら攻め、ひたすら数で圧倒する……逆に言えばそれ以外に出来る事はなかった。
ゴブリン部隊の指揮官は通常、
ハイゴブリンと呼ばれる普通のゴブリンよりは若干、体力知力共に勝った種に任せられるが、
この部隊の指揮官も、やはりハイゴブリンであった。
魔族はその等級が上がれば上がる程、人間の感性で『美しい』と言える容姿へと何故かなっていくが、
このハイゴブリンも、他のゴブリンよりは若干、まぁ『見られる容姿』となっている。
しかし、いかに容姿に優れていようと、知能と体力に勝ろうと、その本質はゴブリンなのである。
部隊が殺戮の熱狂と言う名の、戦場特有の『熱病』に侵された時、冷静にそれに御すべきなのが指揮官であるのに、
その肝心の指揮官である、このハイゴブリン自身が、殺戮の歓喜に酔い切っていた。
――この時点で、このゴブリン部隊の命運は決していたと言って良かった
突如、予期せぬ方向から、甲高い笛の音が聞こえて来る。
ハッとなってゴブリン部隊が音の方を向けば、繁みの中から横一列に立ち上がり、
自分達へと銃を向ける、『人間の兵士達』の姿が見えた。
ゴブリン部隊の一部から、情けない悲鳴が聞こえたのと、
人間側の指揮官らしき男が叫ぶ声が響いたのは、殆ど同時であった。
勇者中尉『Company――Fire!/中隊、撃てッ!』
ゴブリンには解らぬ『人間語』の号令のもと、黒色火薬特有の白く臭い煙を吐き出しながら、
彼らの手にしたカービン銃より、恐るべき『椎の実釣鐘型銃弾』が一斉に発射された。
『椎の実釣鐘型銃弾』とは、その名の如く椎の実に似た形をし、釣鐘の様に中が空になっている銃弾である。
弾丸の横周囲には三本の溝が彫られており、この弾丸を『ライフル銃=銃身内部に施条された銃』で発射すれば、
ジャイロ効果により弾道は安定し、また、中空構造故に熱膨張で銃弾が銃身に密着する為ガス漏れも無く、
故に恐るべき速度と威力を以て敵へと突きささる必殺の銃弾と化すのである。
銃弾が柔らかい鉛で作られている為、人体に突き刺されば、
その瞬間に衝撃で細かく弾け、散弾の様にバラバラになって肉へと喰い込む。
かすり傷などあり得ない、凶悪な銃弾であった。
脆弱なゴブリンの肉体など、この銃弾の前では紙クズ同然である。
命中したゴブリン達が悉くもんどり打って地に倒れ伏す。
勇者中尉『Company,Volley Fire,Present!/中隊、一斉射撃、用意!』
彼らのカービン銃は単発前装式であり、威力はあるが連発は出来ない。
よって、最初の発射の後、即座にカービン銃より手を離し、各々の腰の拳銃を抜いた。
陸軍用の、44口径6連発の強力な拳銃であった。
勇者中尉『Fire!/撃てッ!』
第一射。ゴブリン相手ならば拳銃弾でも充分効果があり、しかも、彼らの使う銃は大口径である。
ふたたびバタバタとゴブリンが地へと斃れる。
曹長『Advance!/進めッ!』
セイウチ染みた髭の下士官が号令し、彼らは前へと五歩程すすみ、止まり、再度号令!
勇者中尉『Take aim,Fire!/狙え、撃てッ!』
――ズドォドゥン!
曹長『Advance!/進めッ!』
勇者中尉『Take aim,Fire!/狙え、撃てッ!』
――ズドォドゥン!
曹長『Advance!/進めッ!』
勇者中尉『Take aim,Fire!/狙え、撃てッ!』
――ズドォドゥン!
曹長『Advance!/進めッ!』
勇者中尉『Take aim,Fire!/狙え、撃てッ!』
――ズドォドゥン!
曹長『Advance!/進めッ!』
勇者中尉『Take aim!/狙えッ!』
勇者中尉『Fire!/撃てッ!』
――ズドォドゥン!
怒濤の六連発!
密集したゴブリン部隊への斉射は、外れる事無く全弾命中した。
連続射撃と、それによる犠牲は、ゴブリン部隊を恐慌状態へと追い込む。
彼らは、自分達の前に現れた敵が、実は自分たちよりも遥かに少ない寡兵に過ぎない事に気付かない。
重なり合い、しかも連発された銃声と、視界を塞ぐ程に出た黒色火薬の白煙、奇襲による心理的衝撃が、
ゴブリン部隊に実際よりも遥かに多い敵兵の姿を幻視させていた。
――そんなゴブリン部隊の状態を、彼らの敵たる勇者中尉は気付いていた
――故に、叫んだ
勇者中尉『Chaaaaaarge――Baaaaaayooooneeeet!!』
チャージバヨネット……すなわち、銃剣突撃である。
騎馬警官たちは、腰のベルトに紐でつないでおいた撃ち切ったカービン銃を構えた。
その銃口下部には、短剣型の銃剣が既に装着されていた。
勇者中尉自身は、腰のサーベルを引き抜き、その白刃を天へと高く掲げ、さらに叫んだ。
勇者『Forwaaaaaaaaaard!』
彼の従う騎馬警官達もまた、復讐の女神の如く叫んだ。
騎馬警官『KIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEーー!!』
騎馬警官『TIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEーー!!』
騎馬警官『KYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOーー!!』
騎馬警官『YIEAAAAAAAAAAAAAAAAAAーー!!』
銃剣を煌めかせ、叫び、走り出す。
その気迫、その表情。
ただでさえ恐慌状態に陥っていたゴブリン部隊の士気は、これで完全に崩れた。
ゴブリン部隊は潰走を始め、逃げるその背中には、サーベルが、あるいは銃剣が、
あるいは、再装填された銃弾が、次々と突き刺さり、追撃の犠牲が続出する。
ゴブリンは、算を乱し、蜘蛛の子を散らす様に、逃げる他無かった。
手持ちの銃弾も少なく、数も少なく、深追いは、したくとも出来ず、
勇者中尉達は、逃げるゴブリン達の背中を見送る。
――初実戦に、勇者中尉は一先ず勝利したのだ
とりあえずここまで。
勇者中尉達が英語を話しているのは、
魔族達には人間の言葉が全然違う言葉に聞こえているのを表現したかったのと、後、自分の趣味であって、
実際には英語以外の何かを喋っています
それでは
また
乙乙
ところでハイゴブリン=ホブゴブリン?
それとも別物でゴブリンの中でも大きいってだけ?
>>44
この世界では「ハイゴブリン=少し体格と知能と容姿に優れるゴブリン」です。
あくまで「人種」の範疇の違いで、種は同じゴブリンです。
後、次回よりこのトリを使います。今日は続きは無理ですが
皆さまの感想に感謝を
では
◇勇/魔◆
曹長「命拾いしたようですな」
制帽を脱ぎ、額の汗をぬぐう曹長のそんな言葉を聞きながら、
なるほど、そうに違いない、と俺は思った。
――敵が臆病なゴブリンだからこそ、できた無茶だった。
大声と銃剣と火薬の煙、そして最新式の六連発拳銃が、この勝利をもたらした物と言えるだろう。
ゴブリン共の潰走を確認した直後、俺の足腰より力は抜け、
俺は地べたにヘナヘナと座りこんでしまい、立つ事が出来なくなっていた。
直ぐ脇には、手より力無く零れ落ちた、伝家のサーベルが転がっている。
その切っ先は、ゴブリンの緑色の血に染まっていた。
ゴブリンの血は酷く臭い。後でちゃんと拭っておかねばならないだろう。
今は、それをする元気も無いが。
曹長「……休むのも結構ですが、いい加減動きませんと」
曹長「敵が再結集して、戻って来ないとも限らない」
曹長「とにかく、地域住民を避難させませんと」
流石に曹長は平然とし、疲れている様子も見えない。
もう老兵と言っても良い年齢だが、矍鑠とした姿は、やはり古参兵ならではだ。
普段から助けられてはいるが、こういう時は一層、頼もしかった。
勇者中尉「……そうだな」
勇者中尉「良し」
右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れる。それで、何とか立ち上がれた。
一旦立ちあがってしまうと、心身ともにいつもの状態に戻れた様な気がする。
実際にそうなのか、気のせいなのかは解らないが、ともかく『自分は大丈夫だ』と思いこむ事にする。
今は、それで良い。とりあえず、動けるようにさえ、なればいいのだ。
サーベルを拭い、ホイッスルを吹き、大声で指令を下す。
――ピィィィィィッ!
勇者中尉「中隊、傾注ッ!」
勇者中尉「これより我らは地域住民の避難誘導を行う」
勇者中尉「総員ーッ!乗馬ーッ!」
曹長「総員、乗馬ーッ!」
曹長の復唱と同時に、全員が自身の持ち馬へと走り出す。
俺も、それに続く。休んでいる暇は無い。
『為すべき義務を為す』のが軍人の仕事だ。
それは『勇者』が必要とされていた時代と変わらない。
――その筈だ
◇勇/魔◆
騎馬警官達を散らせ、付近の住民を集め、誘導する。
幸い、それをやっている間は、敵の襲撃は無かった。
敵にとっても、予期せぬ反撃であり、それで若干の混乱をきたしたのかもしれない。
何故、こんな辺境に、何故、魔王正規軍が攻めて来たのか。
まだ、何一つ解ってはいないが、それでも、すべきことをしなくてはいけない。
集めた地域住民を、一旦、駐在所へと集め、その上で、『北方中都』へと避難をするのだ。
『北方中都』は昔ながらの『市壁』に囲まれており、『第20歩兵連隊』の2千名が駐屯している。
対飢饉対策用の食糧貯蔵庫もある筈であるし、万が一、敵の大軍に囲まれても、
立て篭もって戦い、中央からの援軍を待つ事も出来る。
逃げ込む先としては、一番良い場所だろう。
問題は、駐在所から北方中都までは徒歩では1日から2日、
それも陸軍歩兵の進行速度で、それぐらいかかる距離がある。
その距離を、地域住民、それも女子供や老人を含めた大人数を、
ほんの百人たらずの騎馬警官で護衛しつつ進まねばいけないのだ。
――困難な任務になることは間違いない
勇者中尉「(兎に角……まずは駐在所へ行く事だ)」
そう考えつつ、俺は馬を走らせ、避難の指揮に当たった。
騎馬警官「重たい荷物は置いて行ってくださーーい!」
騎馬警官「急いでくださーーい!急いでーー!」
騎馬警官「荷物は最低限でお願いしまーす!荷物は最低限でーー!」
避難誘導にあたる騎馬警官達の声が、人々の悲鳴や嘆きの中で一際大きく聞こえる。
幸い、この付近に住むのは皆農民で、普段から野良仕事をしている為か、足腰が強く、健康な者が多い。
避難は、土地から離れるのをやたらと渋る何人かの説得を除けば、比較的順調に進んだ。
やはり、魔族が来た、という事実が大きい。皆一刻も早く逃げたがっているのだ。
北部辺境にとっての魔族は、まだまだ恐るべき『脅威』なのだ。
たとえ、火薬の力で、多くの魔族が駆逐された現在においても、なお。
それは種族の違いから来る、根源的、本能的恐怖なのだろう。
だからこそ、土地から離れるのを嫌がる農民達が、
びっくりするほど従順に指示にしたがってくれたのだろう。
勇者中尉「――急がにゃ……」
ともかく、今は急ぐことだった。
この場を歳の割にしっかりものの若年少尉に一旦任せ、勇者中尉は曹長と共に駐屯所へと先に馳せ戻った。
◇勇/魔◆
――駐屯所は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
あちこちから既に逃げて来たらしい農民達で駐屯所の周辺はごった返している。
人々のわめき声に、子供や赤子の鳴き声が泣き声が唱和して、
耳ばかりか、頭まで痛くなってくる騒がしさだ。
その最中を飛び回って、大声で指示を出しているのは――
勇者中尉「副官少尉!」
副官少尉「あっ!隊長!それに曹長も!ご無事でしたか!」
第21乗馬警邏隊の副官少尉である。
まだ若く、黄色い髪に碧眼、白い肌の美貌の持ち主で、
かなりの童顔であり、ともすれば少年の様にも見える。
しかし、場末とはいえ、
中隊の副官――実際は曹長が殆ど副官のようなものだが――を任されるだけあり、
その幼い風貌には不釣り合いな、『老成している』とすら言える独特の風格があった。
貧しい生まれから苦学して士官学校に入学したという多難な経験が、
彼の年齢にや容貌に似合わぬ人格の成長を促したのだろう。
だが、人間、苦労すると年齢以上に老けこむと言うのが通説であるが、
その割には容貌が若い、というよりも幼いのはどういう訳か。
それには、彼の『父親』が関係しているのだが――
勇者中尉「(と、今はそんな事はどうでもいい)」
勇者中尉「副官少尉、現状報告!」
副官少尉「ハッ!」
気持ちのよい返事と敬礼の後、副官少尉が述べた報告の内容は、
簡潔に書けば以下の様になる。
俺達の分隊が出撃してより暫時後、俺達の向かった場所とは違う区画の村から、
『魔族軍、襲来せり』の通報が、転ぶ様に駆けこんで来た農民の口よりなされたのだ。
副官少尉は俺という指揮官不在の状況のため、臨時で駐屯所の指揮を執り、
魔族軍への迎撃と、地域住民の避難誘導に奔走していたそうだ。
幸い、魔族軍はいずれも少数部隊に分散しての侵攻であったらしく、
各所で小競り合いがあったものの、その全てで敵の撃退に成功したそうだ。
こちらがわの損害は、運悪く落馬して足を捻ったマヌケが1名のみ。
それを聞いて、内心、俺はホッと胸をなでおろす。
正直、こんな場末の任務で、部下や同僚が死ぬとはまるで考えた事すら無く、
それに対する覚悟も、まるで出来ていなかったからだ。
――これより先は、こんな幸運は続かないだろうし、覚悟を決めねばならないのであるが
副官少尉「現時点では、各所に派遣した分隊を再集結し、駐屯所周辺にバリケードを築かせています」
勇者中尉「バリケード?」
副官少尉「はい。地域住民を完全に避難させるには時間が掛ります。場合によっては、ここで敵を迎撃する必要も……」
勇者中尉「なるほど」
眼を遣れば、部下達が地域住民の志願者らしき者達と共に、
ガラクタや家具、穀物の袋などを積み上げて即席の防壁を築いているが見える。
志願者はかなりの数がいるらしい。
副官少尉「それと、地元民の志願兵で、臨時の義勇軍を編成させました」
副官少尉「指揮官には、退役軍人の者に」
勇者中尉「その指揮官には会えるか?」
退役軍曹「自分です、中尉殿!」
声に俺が振り向けば、見事に禿げあがった老人が立っていた。
旧型の、ダブルボタン濃紺色軍服に身を包んでいる。見るからに退役軍人といった風情だ。
勇者中尉「君かね?」
退役軍曹「はい。かつては第13歩兵連隊に所属しておりました。最終階級は軍曹であります」
退役軍曹「志願兵の中では、自分が指揮官として適当故に、志願いたしました」
そう言うと、キビキビした動作で敬礼をする。
外見年齢が相当老けこんでいる割には、背筋はまっすぐだし、動きはシャンとしている。
頼りになりそうだ。
勇者中尉「頼もしいな。協力に感謝する」
退役軍曹「ハッ!自分も、かの『勇者』の後裔にあらせらる中尉どのと共に戦えて、光栄であります!」
勇者中尉「……」
横目でジロリと副官少尉の方を睨めば、副官少尉は眼を伏せた。
――余計な事を言ってくれたのはコイツの様だ
傍らの曹長に眼を遣れば、肩をすくめて見せる。
改めて正面に向き直れば、退役軍曹はまこと『期待』に溢れた眼でコチラを見ている。
――先祖がどうあれ、今の俺は場末の騎馬警官の中尉に過ぎない
余計な期待などされても重荷以外の何物にもならないのだが、しかし、この現状では、
地域住民の不安を少しでも解消するためにも、副官少尉が俺の生まれを告げた意図も理解できる。
だから、一際恰好つけた仕草で、退役軍曹へと、他の志願兵にも聞こえる様な大声で応えた。
勇者中尉「無論、自分は対魔族戦のエキスパートだ。大船に乗った気持ちでいたまえ!」
退役軍曹「ハハハッ!期待させて頂きます!中尉殿!」
退役軍曹「みんなーーっ!勇者中尉殿が来てくれたぞーーっ!」
退役軍曹「もう大丈夫だ!勇者殿が魔族共をブチ殺してくれるぞーーッ!」
――うぉぉぉぉぉぉっ!
志願兵達の間から、歓声が挙がり、意気が上がった様子が見えた。
志願兵「勇者バンザーーイッ!共和国バンザーーイッ!」
志願兵「勇者バンザーーイッ!共和国バンザーーイッ!」
万歳の雄叫びが聞こえ、帽子を振って俺にエールを送る姿も見えた。
俺はそう言った声やエールを背に、駐屯所の建物へと一旦入って行った。
あたかも、やるべき仕事がある様な姿を振るまったが、実はそれは違う。
要するに……『いたたまれなくなった』からだった。
重荷で、胸が潰れそうだった。
勇者中尉「……余計な事をしてくれた」
傍らの副官少尉に言う。
副官少尉「申し訳ありません。ですが――」
勇者中尉「いや、いい。君の意図は理解できる」
勇者中尉「理解できる。理解できる」
勇者中尉「……ともかく、現場での指揮を続けろ。曹長は少尉の補佐を」
勇者中尉「私は電信室に行って、様子を見て来る」
そう言うと、振り返らずに俺は一人歩く。
背中に、曹長の声が掛った。
曹長「前向きに考えたらどうです」
曹長「今回の事は、生まれに恥じぬ、本物の『勇者』になるチャンスとも言えますよ」
彼なりに、俺を励まそうと思った言葉なのは、理解できた。
だが、俺はそれに何も返さず、廊下を歩く。
――クソッタレめ
そう、思った。
取り敢えず、今日はここまで
では、また
――第23駐在所は『電信所』を備えており、一台の電信機と、
一人の電信士官、その助手を務める数名の電信兵が配置配属されている。
電気信号による有線通信を北方中都へと送る事ができ、
駐屯所からは出来たばかりの電信柱と電信線の為す通信ラインが、長く長く北方中都へと延びているのだ。
――『電信』
これは本の十数年前に開発されたばかりの最先端技術であり、通信技術に革命をもたらした大発明だった。
これによって人類は、より遠くへと、より迅速に、そしてより正確に、情報を送受信する事が可能になったのだ。
それまで人類にあった通信方法と言えば、飛脚、早馬、狼煙、手旗信号、といった、
最後には人力や馬力に頼る極めて不確実で不効率、その伝達できる距離も情報量も限られたモノしか無かった。
そうした旧い通信技術の中で、特に際立った力を持っていたのが『念話』であった。
特別『才能』を持った魔術師達にのみにより使用可能な精神的念波よる遠距離通信魔術の事である。
術師の能力次第では、『電信』よりもより遠くに、より多くの情報を送る事が出来る異能であったが、
しかし、この『念話』には致命的な欠陥があった。
その性能は術者の才能により大きく左右されてしまい、技術としての安定性が皆無だったのである。
通信可能距離、継続的通信の限界時間、一度に送れる情報量……その全てが、
術者の能力の多寡・傾向によりバラバラマチマチであり、統一的な規格を作るのが殆ど不可能だったのである。
加えて、術者の養成にも時間と費用が掛り、その能力者の選別にも極めて手間が掛った。
その為に、電信技術が開発された現代においては、念話は急速に廃れつつあった。
――閑話休題
勇者中尉が電信室に入った時、電信室の内の空気は、明らかに緊迫した様子だった。
何か問題が起こったらしい事を、勇者中尉は直ぐに察知する。
電信少尉「あ!中尉殿!ただいま報告にあがろうかと思っていた所でした」
この中隊にいる3人の少尉の内の最後の一人である電信少尉だ。
ものすごいヒゲに顔の下半分を覆われた、身長体格共に極めて優良なこの男は、
一見すると山男か何かに見えるが、その野性味あふれる外見に反し、
大学出の知的エリートで、電信技術の専門家であった。
電信部隊の兵員は士官も兵も、他の部隊とは毛色が異なる連中である。
基本的には大学か、それに比肩する高等教育機関の出身者であり、
兵士である以上に技術者であった。
そのせいか、他の兵士達とは立ち居振る舞いも何処か上品であり、
この少尉も、その外見に似合わず温厚で礼儀正しい男なのである。
勇者中尉「――北方中都には繋がったか?」
電信少尉「それがですね……様子がおかしいんです」
電信少尉「ひょっとすると、電線が何処かで切れているようで……」
勇者中尉「……何だと……間違いないのか?」
電信少尉「はい。皆とも色々と考えたのですが、それ以外はどうも……」
電信少尉の後ろで、彼の配下の電信兵たちも同意する様に頷いている。
勇者中尉「原因としては何が考えられる?」
電信少尉「嵐なり大雨なり、気候が荒れているならば、自然により事も考えられるのですが」
電信少尉「ここ数日は天候も穏やかそのものの日が続いていましたからね。となると……」
勇者中尉「人為的に、破壊された、か」
電信少尉「そうなります。電信線が切られたのか、あるいは中継所が襲われたのか」
勇者中尉「下手人は魔族どもかな?」
電信少尉「現状ではそう考えるのが自然ですが、しかし……」
電信少尉は、ここで首をかしげてみせた。
電信少尉「連中に電信の原理が理解できるとは到底思えないんですがね」
電信少尉「連中の科学技術に関するあらゆる分野は、我々人類に対して極めて遅れています」
電信少尉「それこそ……百年単位で遅れていると言っていいでしょう」
電信少尉「そんな連中に電信線を断つなどと言う発想が出来るでしょうか?」
電信少尉の言う事も最もである。
しかし、仮にも『勇者』の末裔たる勇者中尉は、魔族の文明をむやみに侮る事は『生理的』に出来なかった。
一族の古老達より、耳にタコが出来る程に、一族の歴史と、魔族との長い戦いの歴史を語り聞かされて育ったのだ。
無意識的に、勇者中尉は魔族に対しあらゆる種類の警戒心を抱く性質を持っていた。
勇者中尉「……単純に進軍等の邪魔だから壊した、という事もありうる」
勇者中尉「しかし、連中が電信線であるという事を理解して壊したのならば……」
電信少尉「ありえますでしょうか、そんな事が」
勇者中尉「無いとは断言できん。故に、それについては調べる事が必要だろう」
勇者中尉「しかし、現状において最優先すべきは、北方中都へと連絡を付ける事だ」
勇者中尉「現状で人員を割くのは好ましくないが、電信が使用不能な以上、早馬を――」
その時であった。
――カァンカァンカァンカァンカァン!
勇者中尉「!」
電信少尉「!」
時計塔の鐘の叩かれる音だ。
それも、時刻を知らせる為の機械仕掛けによるモノでは無く、誰かが鐘を叩いているが為のモノだ。
勇者中尉は、電信室の窓を開けると、そこより外へと飛び出した。
この状況で鐘が鳴らされるその理由は、非常事態以外ありえなかった。
◇勇/魔◆
外に飛び出し、上を見上げると、
時計塔に登って周辺警戒をしていた騎馬警官が、大声で叫んでいる姿が見えた。
騎馬警官「敵襲ーーっ!敵襲ーーっ!」
そう叫びながら、北東の方角を指差している。
双眼鏡を取り出しながら、その指さす方が見える所へ行かんとする俺に、
走り寄って来る2人分の人影が見えた。
曹長と副官少尉だ。
副官少尉「隊長、ここでしたか」
曹長「まずはコッチへ。ここからなら、敵が見えます」
バリケードの一角へと向かい、それに登って、双眼鏡を覗く。
駐在所の北東は緩やかな丘陵となっているが、
その稜線に、現れた横一列のその姿が、双眼鏡越しに見る事が出来た。
連中は、まさに、稜線に沿う様に、横一列に並び、その異様なる容姿を俺達に見せつける。
俺は、思わず舌打ちしていた。
勇者中尉「……リザードマンの、それも『駱鳥騎兵(らくちょうきへい)』か」
――リザードマン
その名前の示すまま、いわゆる『蜥蜴人間』の事だ。
ゴブリンよりも上位の、より獰猛で、より勇敢で、そしてより残虐な、剽悍なる魔族の戦士種族だ。
身長体格は人間とさほど変わらないが、ゴブリンと違い、
白兵戦になれば、良く訓練された歩兵が隊列を組んで戦う場合でも、かなりの犠牲を覚悟せねばならない相手だ。
一対一ならば、まず人間に勝ち目は無く、一方的になぶり殺しにされるだけだろう。
例外は古の『騎士』や『勇者』のみで、その彼らでも、油断すれば殺されることもありえた相手だった。
そのリザードマンが、古臭い鎧に身を固め、戦列を作っていた。
曹長「それも槍騎兵ですな。これ見よがしにランスを掲げている所を見るに」
副官少尉「まだ距離がありますが、様子を見るにコッチに来る可能性が高い様に思われます」
古臭い意匠の騎兵用槍――ランス/Lance――をそれを誇る様に、敵を威圧する様に構える連中の跨るのは、
人間からは『駱鳥(らくちょう)』と呼ばれる、ダチョウに似た、しかしそれよりも巨大で毛むくじゃらな飛べない鳥だ。
コイツらはリザードマンと心を交わす事が出来るらしく、人間が馬を使う様に、リザードマンはこの鳥に跨っていた。
馬よりは遅いが、馬より頑丈に出来ており、性格も獰猛で恐れ知らずだった。
なお、魔族の間では『イーピヨルニス』と呼ばれているらしかった。
――いずれにせよ、難敵だった
勇者中尉「曹長、喇叭卒を呼べ」
曹長「了解です。オイ!」
曹長の呼びに応えて、他の騎馬警官に比べると些か派手な意匠の制服を着た若い喇叭卒が駆けよって来る。
勇者中尉「喇叭卒、警報喇叭」
俺の指令に従い、喇叭卒は警報喇叭。
――パパーパパパパー!パパーパパパパー!
――パパーパパパパー!パパーパパパパー!
勇者中尉「総員ーッ!戦闘配置ーーッ!」
曹長「総員ーッ!戦闘配置ーーッ!」
――パパーパパパパー!パパーパパパパー!
――パパーパパパパー!パパーパパパパー!
勇者中尉「整列ーーッ!セイレェーーツ!」
曹長「整列ーーッ!セイレェーーツ!」
――パパーパパパパー!パパーパパパパー!
――パパーパパパパー!パパーパパパパー!
勇者中尉「駆け足ーーッ!駆けアァァァァァァシッ!」
曹長「カケアァァァァァァァシ!急げぇーーッ!」
鳴り響く喇叭の音と、俺の指令と曹長の復唱が唱和した。
各々、カービン銃を手に、騎馬警官が集合し、整列する。
その後ろから、雑多な火器で武装した義勇民兵達も駆け付ける。
義勇の民兵とはいえ、予備役や退役の兵士が大半であるため、こなれた様子で整列してみせる。
勇者中尉「各自、バリケードの陰に陣取れ!」
勇者中尉「中隊は右翼に、義勇兵は左翼に!」
勇者中尉「射撃位置に着け!射撃位置に着くんだ!」
勇者中尉「両翼共に第一班と第二班に分けろ!より前のバリケードには第一班が、残りは第二班だ!」
勇者中尉「急げッ!」
勇者中尉「少尉は輜重兵と共に弾を、全員に行き渡らせろ」
副官少尉「了解!」
――彼の判断は正しかった。
副官少尉がバリケードを築かせていたのは正解だった。
まだ完全とは言い難いが、それでも一応、防御線を敷ける程度には出来上がっていた。
騎馬警官や義勇兵が次々と配置に着いていく。
勇者中尉「敵との間に農地が挟まっていたのは、運が良かったな」
曹長「生垣や柵がありますからね。敵が騎兵な分、増してありがたいですな」
農地を区切る為の生け垣や柵は、敵の駱鳥の脚を止める障害となり、敵に安易な突撃を躊躇わせる。
騎兵の武器は機動力と突撃力だが、特に槍騎兵にとって重要なのは突撃力だ。
彼らは、その突撃力により、敵の戦列を喰い破る事を、その主な任務としている。
故に、槍騎兵に立ち向かう場合最も重要になってくるのは、その突撃力を如何に殺すか、ということなのだ。
生垣も柵もバリケードも、一つだけならば敵も乗り越える事も出来るだろうが、連なればその突撃力が殺される。
騎兵は攻撃力が高い半面、防御力は低い。脚の止まった騎兵など、ただの射的のマトだ。
――敵もそれが解っているから、迂闊にこちらを攻められないのだ
勇者中尉「行軍中を狙われなくて幸いだった」
曹長「そのようですな……敵は、大体、五十から六十程といった所のようで」
勇者中尉「敵の先遣隊か?」
曹長「その可能性は高いでしょうが……来ますかね?」
勇者中尉「私が指揮官ならば、それはしない。だが――」
――魔族の思考ロジックは、人間のそれとは余りに大きく異なる
連中は、思慮の人間であればまずしないような事でも平然としてくる。
なまじ各々が個として優れている故に、警戒心というものが人に比べて薄いのか、
魔族は種全体でおおよそ無鉄砲な性向を持っているのだ
ならば――
勇者中尉「来ないとは断言できん。ならば、突撃に備えるべきだ」
曹長「ですな」
曹長も頷く。
俺は視線を周囲に遣り、副官少尉の姿を探す。
副官少尉の、輜重兵と共に、中隊員や義勇民兵に、弾薬を支給しに廻っている姿が見えた。
勇者中尉「副官少尉!」
副官少尉「ハイ!中尉殿!」
副官少尉は輜重兵に作業を続ける様に言った後、こちらへと駆けよって来る。
勇者中尉「弾薬の様子はどうだ?」
副官少尉「潤沢とは言えませんが、義勇民兵も含めて全員に行き渡る分はあります」
勇者中尉「一人何発だ」
副官少尉「カービン用の弾丸をおおよそ二十発ほど支給しました」
副官少尉「倉庫を引っ掻き回せば、もっとあるでしょうが、今は時間がありません」
副官少尉「拳銃の方は……今確認中です」
少し心もとない数だが、この一回の戦闘を乗りきるだけならば、何とかなる数だ。
勇者中尉「よぉしッ!」
双眼鏡を一旦しまい、右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れる。
勇者中尉「総員、装填!総員、ソウテェェェェェン!」
曹長「装填せよ!そうてぇぇぇぇぇん!」
支給された紙薬包の片側を、兵士達は一斉に噛み切り、
それに内包された弾薬を銃身に込め、槊杖(かるか)で突いてそれを押し込む。
前装式の銃は装填に時間が掛る。
熟練した兵士でも、一分間三~四発が、その発射速度の限界であり、
新兵ならば二発撃てれば良い方であった。
これでも、『雷管』の発明で、手間が減り、速くなった方なのだが……
勇者中尉「照尺、一〇〇ヤード(約九〇メートル)に設定!」
曹長「照尺、一〇〇ヤード!」
兵士達は銃身上部に着いた照準器を、一〇〇ヤードの位置に動かした。
これを怠ると、当たる弾も当たらなくなる。
面白いと感想を言わせて頂く!
竜騎兵が活躍したくらいの文化レベルっぽいのかな
>>72
十九世紀半ば、クリミア戦争~南北戦争ぐらいをですかね<人間側の文明ベル
魔族側はかなり停滞していますが
勇者中尉「総員、撃ち方用意ッ!」
曹長「総員、撃ち方用意ッ!」
兵士達は、一斉に銃の撃鉄を『安全段』まで上げ、円錐型に作られた火門に、『銃用雷管』を被せた。
銃身内詰められ、爆発的燃焼を起こし、そのガス圧で、ただの小さな鉛の塊に過ぎぬ銃弾を必殺の武器に変えるのは、
昔から作られ、ずっと使われ続けている『黒色火薬』の『発射薬』だ。
この『発射薬』が爆発しなければ銃弾は発射されないのだが、その為に『発射薬』を点火する為の『点火薬』が必要になって来る。
昔はこの『点火薬』も調合比率を変えた『黒色火薬』を使っていたのだが、化学の発展がそれを変化させる。
――『銃用雷管』の発明だ。
化学的に合成され、製造された点火薬を詰められた小さな金属製の筒状の『雷管』は、強い衝撃を与える事で爆発する。
雨や湿気で不発になる事無く、化学的に保証された確実なる発火で、時と場所を選ばず、確実に銃弾を発射させしめるのだ。
これにより、人類の軍事力は一層増し、魔族との差は一層開いたと言って良かった。
――兵士達は『銃用雷管』を被せ終えた後、撃鉄を『発射段』まで上げ切った
これで小銃の発射準備は終わりだ。
後は引き金を引くだけで、銃弾は銃口より発射される。
騎馬警官「中尉殿!」
呼ばれて振り返れば、騎馬警官が俺の馬を曳いてきた所だった。
俺は指揮官らしく、愛馬に跨り、サーベルを抜き、天へと掲げる。
勇者中尉「諸君!あそこの生け垣が見えるか!」
サーベルでそこを指し示す。
勇者中尉「あそこがおおよそ一〇〇ヤードだ」
勇者中尉「敵があそこに近づくまでは、決して撃つな!」
勇者中尉「敵が一〇〇ヤードに近づいた段階で、第一の斉射を行う」
勇者中尉「その直後に再装填、二回目の斉射の後は」
勇者中尉「各個に狙い、各個に撃て」
勇者中尉「それでも敵が肉迫してきた場合は」
勇者中尉「私が号令を出す。それを合図に」
勇者中尉「義勇兵は後方へ退避、騎馬警官は」
勇者中尉「銃剣突撃だ!」
勇者中尉「中隊ーーッ!着ケ剣ーーッ!」
曹長「中隊ーーッ!総員着ケ剣ーーッ!」
騎馬警官達が、一斉に短剣型銃剣を装着する。
リザードマンに白兵戦を挑むなどゾッとしないが、この状況ではあり得る事だ。
騎馬警官達の顔が、自然と強ばる。
俺と同じく乗馬した副官少尉が、双眼鏡で敵を見ながら、叫んだ!
副官少尉「敵、動きます!」
その声に、俺も双眼鏡を覗く。
成程、確かに敵の駱鳥騎兵に動きが見える。
馬で言う所の『速歩』らしき速度で、敵が一斉に動き出す。
その進行方向は――もちろん、俺達の方だ。
勇者中尉「だから魔族は怖いんだ。思いもよらない事をする」
俺は、そう小さく呟き、双眼鏡をしまい、空いた手に拳銃を持った。
勇者中尉「来るぞーーッ!総員、一斉射撃、用意ッ!」
バリケードより半身だけ出した兵士達が、一斉にその銃を構えた。
敵の駱馬の脚が、地面を叩く音が徐々に大きくなり、また、その間隔も狭まって行く。
敵が速度を上げているのだ。みるみる、敵の姿が大きくなる。
勇者中尉「……」
俺は慎重に、機を見る。
味方の兵士は皆優秀だ。
先走って勝手に撃ち始めるのが一人も居ないのが、その証拠だ。
ならば、後は指揮官の俺が、やるべき事をやらねば……
曹長「良いか!鳥を狙え!鳥を撃て!」
曹長「敵の脚を止めろ!」
曹長の叫び声が響く。
勇者中尉「(まだだ……)」
敵の姿が大きい。
実際以上に、大きく見える。
勇者中尉「(まだ待て)」
音が大きくなる。
敵の足音も、自分の心臓の鼓動音も。
柵を飛び越えつつ、敵は近づいてくる。
勇者中尉「(まだ早い)」
もう少し、もう少しだ。
勇者中尉「(まだ)」
勇者中尉「(まだ)」
敵が雄叫びを上げ始めた!
人ならざる咆哮が、俺の耳を撃ち、心音を早めるが――
勇者中尉「まだだッ!」
そう叫んで気合を入れる。
カチャカチャと、敵の鎧の上げる金属音すら聞こえて来る。
果たして、敵の最前列が――
勇者中尉「(生垣に――)」
勇者中尉「今だッ!第一班!撃てーーッ!」
>>73
いいな、最高に好きな時代だ。
応援してるからがんがれ
――ズドドドドォォォォン!
最前に陣取る第一班が一斉に発砲!
白い煙に視界は一瞬、完全に覆われ、その向こう側で敵の叫び声が聞こえる。
勇者中尉「第一班、再装填!第二班ーーッ!」
煙が晴れ、敵の姿が見える。
何騎かが斃れ、それに躓いてまた何騎かが倒れたが、まだ敵の大勢は健在ッ!
勇者中尉「第二班、撃てーーッ」
――ズドドドドォォォォン!
第二班の斉射ッ!
再び敵に斃れる兵が続出するが、敵の突撃は止まらないッ!
勇者中尉「――ッ!」
敵の速度が思いの外速い!
これでは次の斉射まで間に合うか解らない!
勇者中尉「各個に銃撃!繰り返す、各個に銃撃ーーッ!」
予定を切り上げ、直ちに各個に銃撃させる。
再装填の素早い者から順に、敵へと向けての射撃が再開された。
銃声が絶え間無く鳴り響き、白煙は周囲を包み、硝石と硫黄の臭いが鼻を刺す。
敵はバタバタと斃れるが、それでも突撃は止まらない。
槍の先は水平に構えられ、その尖端は俺達の方を向いている。
勇者中尉「――」
俺は拳銃で適当な相手を狙い、撃つ。
他にも拳銃を持つ者は手当たり次第に連射し始めるが、それでも敵の突撃は止まらない。
勇者中尉「ッ!」
義勇兵をさがらせ、騎馬警官に銃剣で――そう命令を下そうとしたその時だった。
曹長「中尉、敵が退いていきますぜ!」
勇者中尉「何だと!」
随分と数を減らした敵が、バラバラと馬首……ならぬ鳥首を後ろに廻し、退いて行く姿が見える。
しかし何故だ?ああなった以上は、ヘタに退くよりも突っ込み続けた方が、まだ敵に損害が与えられる筈だ。
現に、白兵戦の距離の寸前まで、敵は来ていたのだ。例え一騎でも、戦列に喰いつけば、こちらは無傷では済まなかった。
リザードマンには、それだけの戦闘能力が備わっている。
勇者中尉「何にせよ好機だ!総員、撃てーー!撃ち続けろーーッ!」
逃げる敵の背中に向かって、俺達は撃ち続ける。
残念な事に、命中弾は少なかったが、ともかく、俺達は敵の撃退に成功した。
しかし――敵が退いた理由が解らない。
副官少尉「――隊長!あれを!」
副官少尉が指差した方を見れば、そこに居たのは――
勇者中尉「騎兵隊!?騎兵隊だと!?」
勇者中尉「何でこんな所に味方の騎兵隊が!?」
遠目にも解る、派手な色彩の軍服を着たその姿は、間違い無く味方の騎兵隊だ。
それも、花形の槍騎兵連隊の連中のようである。
その騎兵隊が、丘の向こうから、土煙りを上げつつこちらへと駆けて来るのである。
――敵が彼らの接近に気付き、挟み討ちを恐れて退いたのは解った。
しかし、この辺りには騎馬警官はともかく、騎兵隊は配置されていなかった筈だ。
一体、何処の部隊だ?
急場を救ってくれた騎兵達が、こちらへと近づいてくる。
騎馬警官や義勇兵達は、帽子や小銃を振って歓声を上げ、彼らに歓迎と感謝の意を示していたが、
彼らが近づき、その姿の詳細が明らかになるにつれ、その声や仕草は小さくなっていった。
副官少尉が、苦虫をかみつぶした様な表情に変わるのが、見えた。
件の騎兵隊は、こちらの駐屯所のすぐ側まで接近すると、そこで止まり、
騎兵隊の指揮官らしき一騎が、一群より出て、俺の方へと向かって来る。
エポーレットと呼ばれる、総が垂れているも型の派手な赤い肩章が特徴的なソイツは、
俺の前まで来ると馬を止め、俺にこう問いかけた。
鈴の鳴る様な、美しい『女』の声だった。
騎兵隊特有の、羽飾り付きの山形帽型制帽の下の顔は若く美しく、
肌は抜ける様に白くて、そして、その耳は『長く尖って』いた。
女エルフ中尉「見捨てるのは忍び難かったので助けた」
女エルフ中尉「当方は、第2エルフ槍騎兵連隊所属の先遣小隊だ」
女エルフ中尉「自分は指揮官の『女エルフ中尉』」
女エルフ中尉「この部隊の指揮官は君かね」
――援軍は、よりにもよって『エルフ』だった
――しかもその指揮官は、若い女と来た
厄介事は重なるものだが、こいつは本当に面倒な事になった
よりにもよって予期せぬ援軍は、『エルフ』だったのだ。
今日はココまで。
ここにおいて、本作では本当に数少ない(片手で数えられる)程度しか出て来ない女キャラの内、
唯一のメインキャラである『女エルフ中尉』の登場です。
本作は基本的に若造とオッサンとジジイで出来ており、潤いある乙女はほぼ出て来ないので悪しからず。
ではまた次回に
>>77
そう言ってもらえるとうれしい
――『エルフ』
別名『長耳人種』と呼ばれる彼らは、一応は『人間』の範疇にある人々だ。
つまり『種族』程の違いは無く、あくまで『人種』レベルの差異だと言う事なのだが、
それは遺伝学上の話であり、実際のその外見的特徴は、一般的な人間とは大きく異なっている。
『エルフ』には大別して三種類の人種が存在するが、その全てに共通するのはその長く尖った耳だ。
基本的に南方のエルフ程耳が長く大きくなり、北方にいくほど小さく短くなっていく傾向があるが、
それは気候に対する適応の結果であろうと人類学者は仮説を立てている。
北方で過度に長い耳をしていれば凍傷でちぎれてしまうだろうから、と。
『エルフ』にはもう一つ、その人種を問わない共通する特徴があるが、
それは種全体として人間よりも魔力と精霊の加護を持って生まれてくる比率が高く、
加えて、魔力を操るという点に関しては人間を凌ぐ『先天的感性』を必ず備えていた。
故に、『魔術師』としてかつては活躍し、人類暗黒時代において、『騎士』や『勇者』と同じく、
対魔族の最前線に立つ人々であり、支配層でもあった人々でもあった。
さて今、勇者中尉の眼の前にいるのは『北方エルフ人種』と呼ばれる、
『連邦共和国』において主流のエルフ人であろう『女エルフ中尉』とやらだ。
前述した様に、その格好は典型的な騎兵連隊の服装であり、
花形の槍騎兵連隊の所属だけあって一際派手であった。
乗馬ズボンは深紅であり、拍車は金色である。
肋骨服型の上着の両肩には、赤色のふさ飾りがついており、
立った詰襟には、連隊徽章を象ったバッジが取り付けられているが、
これもまた、実に手の込んだ細工物になっている。
被っている帽子は、乗馬歩兵や、通常の歩兵、砲兵、工兵達の間で使用されているケピ帽型では無く、
鍔が丸く広く、山が高く、頂きが平らになっている、いささか古い意匠の制帽を被っており、
その丸い鍔の右側は曲げられ、金具で帽子の胴に留められており、また左側には緑の羽根飾りがついていた。
制帽の正面には誇らしげに徽章が着けられ、そこには『第2エルフ槍騎兵連隊』の所属である事が示されていた。
――『エルフ連隊』
言うまでも無く、その殆どがエルフ人で構成された連隊の事である。
エルフはかつては『貴族階級』を為していた連中が大半であり、
その為、王政が廃止され、選挙制議会により運営される現在の『連邦共和国』になった現在においても、
エルフ人の多くはエリート階級に属しており、当然、『エルフ連隊』もエリート部隊であるとみなされていた。
勇者中尉と向き合う女エルフ中尉の、彼を見る視線にも、そんな尊大さが満ちに満ちている。
女エルフ中尉「聞こえなかったかな?私は君がここの指揮官かと聞いているんだが?」
女エルフ中尉「所属、姓名、階級を述べたまえよ」
勇者中尉は少し間を置いてから、答えた。
勇者中尉「騎馬軍警、北部辺境方面隊、第21乗馬警邏隊」
勇者中尉「その指揮官、勇者中尉だ」
女エルフ中尉「……勇者中尉?」
女エルフ中尉は、勇者中尉の名乗りの内容に、暫時、思案顔であったが、
ニヤリと口角を軽く釣り上げると、再度、自身も名乗った。
女エルフ中尉「国立騎兵軍、第2エルフ槍騎兵連隊、臨時先遣小隊」
女エルフ中尉「その指揮官、女エルフ中尉だ」
女エルフ中尉「『こんなところ』でよもやあの勇者の裔と出会うとは、まことに『光栄』だ」
その言い方には、あからさまな悪意がこもっているのが、勇者中尉にも解った。
向かい合う騎兵隊と、騎馬警官・義勇民兵の一団の間には、良くない空気が流れる。
――そもそも、人間とエルフは仲が悪い。これは大陸の何処であってもおおよそ変わり無い。
エルフは出生率で人間に劣る半面、魔力を持って生まれて来る者の比率は高い。
その為に、『火薬以前』の時代においては人間の庇護者の一角を為していたが……それも今は昔。
エルフは人間を力無き者と見下し、人間達の大半は事実そうであるが為に、
黙ってヘヘェと頭を下げていたが、火薬が発明されて事情が変わる。
もはやエルフの庇護など、人類は必要としなくなったのだ。
そうなれば、数で劣るエルフは自然と圧倒され始める。
現在においても、『連邦共和国』のようにエルフはエリート階級に位置している事が多いが、
しかしかつてのその権勢に比べれば、その地位の低下は明らかであった。
それだけに、既得権益にしがみ付かんとする心情故か、過度に尊大な態度のエルフは多い。
この女エルフ中尉も、そんな類のエルフの一人のようだ。
女エルフ中尉「自分達は特命により、挺進捜索を行っていたが」
女エルフ中尉「諸君らの危急を発見し、それを助けた」
女エルフ中尉「感謝してもらいたいところだな」
勇者中尉「――『挺進捜索』?」
フフンと笑う女エルフ中尉の高慢な態度よりも、
その言葉に出てきた内容こそ、勇者中尉には気にかかった。
『挺進捜索』とは、つまるところ『斥候任務』の事であるが、
こんな辺境地帯で、それも槍騎兵が斥候すべき相手とは何だ?
勇者中尉「こんな北部の辺境で、わざわざ花形の槍騎兵連隊、それもエルフ連隊が相手にしなければならない」
勇者中尉「その相手とは?」
女エルフ中尉「――生憎だが、私はそれに対し答える義務を持たん」
女エルフ中尉「むしろ、私の側にこそ、君達に色々と問わねばならぬ事があるだろう」
女エルフ中尉「現在の状況について、色々と問わねばならぬ事が――」
女エルフ中尉は、居丈高かつ一方的に自分の要求を通すつもりのようだ。
――何やら、様子が怪しい。何かに焦っている様に感じられる。
助けられたとは言え、勇者中尉は一部隊の指揮官として、疑わしきは晴らしておいた方が良いだろう。
勇者中尉「――女エルフ中尉」
勇者中尉は冷静な声で、女エルフ中尉の問答を遮った。
勇者中尉「君は中尉だな。君の任官の年月はいつだ?」
女エルフ中尉「それを聞いてどうする?――田舎の駐在、それも乗馬歩兵風情が騎兵隊に逆らう気か?」
女エルフ中尉は不快感を顔に露わにした。
しかし、勇者中尉は冷静に重ねて問うた。
勇者中尉「この場における、『最上位者』をはっきりさせておきたいだけだ」
勇者中尉「君の任官の年月は?」
女エルフ中尉「――大陸歴1863年、6月3日だ」
少し間を置いて、勇者中尉もまた、自身の中尉任官年月を言った。
勇者中尉「大陸歴1862年、9月15日」
勇者中尉「つまり、私の方が先任だ」
短い上に中途半端ですが、今日はここまで
今度はもっと長く投下したい
では
修正
>>91の
<助けられたとは言え、勇者中尉は一部隊の指揮官として、疑わしきは晴らしておいた方が良いだろう。
を
<助けられたとは言え、勇者中尉は一部隊の指揮官として、言うべき事は先に言っておいた方が良いだろう。
に差し替えます
――通例
現場において最大階級者が同位であり、かつ、より上位の階級者が近辺に存在しない場合、
同一階級者の中で、最先任の者を『最上位者』として取り扱うという決まりが連邦共和国軍にはある。
つまり、であるが――
勇者中尉「当方は、現在、地域住民を北方中都へと誘導、護衛する任務に当たっている」
勇者中尉「先程の援護には感謝するが、当方には貴官の『特命』とやらに協力する余裕はないし」
勇者中尉「その義務も無い。加えて」
勇者中尉「現状においては私の命令が貴官の命令より優先される。貴官には私にも、我が隊にも、指図する権利は無い」
――と、言う事である。
『騎馬軍警隊』も『国立騎兵隊』も同じ陸軍所属であり、
騎兵隊はエリートとみなされる事が多いが、しかし、階級上の差異は存在しない。
ならば、槍騎兵連隊だからと言って、女エルフ中尉には、勇者中尉に対しあれこれ指図する権利は無いのだ。
――勇者中尉の方が先任士官であるからなおさらである。
女エルフ中尉「――人間が『恩知らず』なのは昔からだが」
女エルフ中尉「助けた相手に対し、感謝の気持ちの一つも無いのは呆れるな」
勇者中尉「援護には感謝すると言ったが?」
女エルフ中尉「ならば、我が方への多少の協力はあってしかるべきでは?」
勇者中尉「生憎、こちらにはその余裕も無いし、時間も無い」
勇者中尉「敵の駱鳥騎兵は撃退できたが、第二波が来ないとも限らない」
勇者中尉「我々は早急にここより脱出し、北方中都へと向かう」
勇者中尉「貴官と、貴官の隊が如何なる『特命』の下に、我が隊の管轄区で動いているか――」
勇者中尉「興味と疑問は尽きないが……まぁ良いだろう、敢えて問うまい」
勇者中尉「貴官にも、その隊にも、『特命』こそ優先されるべきモノだろう」
勇者中尉「ならばそれをなすが良いだろう。互いに互いの本分を為す……」
勇者中尉「現状においては、それが最善だ」
勇者中尉「貴官も、そう思うだろう?」
――正直、今は人手が喉から手が出る程に欲しい。
しかし、それ以上に、この『胡散臭い連中』と行動を共にする方が、
リスクが大きいと勇者中尉は判断する。
まず、勇者中尉が先任士官であるとはいえ、階級は同じ中尉……
つまり、勇者中尉が女エルフ中尉に対して絶対的指揮権を持っている訳では無く、
あくまで優越的地位にあるというだけなのである。
この非常事態において、指揮系統に混乱をきたす様な要因は出来うるだけ避けたい。
また、エルフ人と人間、槍騎兵と乗馬歩兵の、
それぞれの人種・所属の違いから来る感情的対立もまた、
この状況下で背負い込むにはかなりの難物であり、
部隊崩壊の要因にもなりうる危険要素だ。
これもまた、避けねばならない。
さらに、正直、このエルフ槍騎兵連隊の連中には信用が置けない。
こんな辺境に槍騎兵連隊、それもエルフ連隊がいるのがそもそも妙だし、
指揮官の女エルフ中尉も挙動不審であるし、『特命』とやらも、何やらキナ臭い。
藪をつついて蛇を出す様な事は、この状況では避けるべきだ。
――民間人を多数抱えた現状では、如何なるリスクも、これ以上負いたくなかった
生存報告がてら、本の少しだけ更新
少なくてすまない。
更新速度がこの先、落ちると思われます
女エルフ中尉「……」
勇者中尉と相対する女エルフ中尉は無言で彼を睨み返している。
エルフ人は全体として容貌の美しい者が多いが、目の前の女エルフ中尉もその例に漏れない。
緑色の切れ長の眼を持つ細い相貌は美しいが、可憐さは無く、錐の様に尖った雰囲気をしている。
その雰囲気と、右の口元にある薄く盛り上がった刃物によるであろう古い傷痕が、
彼女が単なる美しいだけの女では無い事を、すなわち兵士であることを示していた。
女エルフ中尉「……」
勇者中尉「……」
暫時双方、言葉も無く睨みあうが、
最初に目をそらしたのは女エルフ中尉の方であった。
女エルフ中尉「――フンッ」
不満げに鼻を鳴らすと、手綱を握り、馬首を返しつつ、
捨て台詞のように勇者中尉へと向けて言う。
女エルフ中尉「――余計な時間だった。次は助けんぞ」
女エルフ中尉「おい、行くぞ!」
女エルフ中尉はその手先を進むべき方向へと切ると、
随伴していた喇叭卒に合図のラッパを吹かせつつ、
その麾下にある槍騎兵達の戦闘を駆け、
現れた時と同様の唐突さで走り去っていく。
向かう先は、来た方と同じ丘の向こう。
その丘の向こうに騎影は次々と吸い込まれ、最後尾の一騎もすぐに見えなくなり、
ただ土煙りのみが、彼らのいた残滓であった。
勇者中尉「……」
勇者中尉もまた、その馬首を自身の部隊と志願兵達の方へと向けた。
皆一様に、何とも言えない表情をして、槍騎兵達の去って行った方を見ている。
勇者中尉「……」
勇者中尉は、目に見える範囲のひとりひとりの顔を見渡した後、大声で号令を発した。
勇者中尉「――総~~員、傾注ッ!」
槍騎兵の方に意識を取られていた一同が、一斉に勇者中尉の方を向いた。
勇者中尉は、改めて一同を見渡し、一転、落ち着いた静かな声で言った。
勇者中尉「諸君、良く戦ったくれた」
勇者中尉「君達の奮闘により、見事、犠牲を出す事無く敵を撃退できた」
勇者中尉「これをぜひとも労いたい所だが、しかし――」
勇者中尉「現状、我々は敵中にて孤立無援に等しい状況である」
勇者中尉「故に、ここより一刻も早く脱出しなくてはならない」
ここで少し間を置き、強い声で言う。
勇者中尉「諸君、休んでいる暇は無い」
勇者中尉「直ぐに、もとの作業に戻りたまえ!」
勇者中尉「あと、バリケード造りをやっていた者達は私と曹長の所に集まってくれ」
勇者中尉「新たに、やってもらうことがある」
勇者中尉「それ以外は……作業を再開してくれ!」
勇者中尉「繰り返すようだが、休んでいる暇は無い!」
勇者中尉の命令を、曹長が復唱する。
曹長「作業を再開せよ!すばやぁぁく!」
曹長「休んでいる暇などないぞぉ!」
曹長の復唱に、一同は一斉に動き出す。
いつ何時、敵の第二波が来るか……それを考えれば、もう休んでなどいられないだろう。
せっかくの援軍が去って行った事への動揺は、余り見られない。
やはり相手がエルフであったからだろうか?
勇者中尉は愛馬から降りると、近くにいた騎馬警官に手綱を渡した。
これからの長距離移動を考えれば、馬は少しでも休ませておいた方が良い。
曹長「隊長」
曹長が歩み寄って来る。
曹長は汗一つ掻かず、疲れた様子も見えない。流石は歴戦の古参兵である。
曹長「損害無しで敵を撃退できたのは僥倖でした」
曹長「弾丸の消費量も許容範囲です。これで避難経路等の判断を誤らなければ」
曹長「安全圏まで脱出できそうです」
勇者中尉「曹長……私の判断は正しかっただろうか?」
勇者中尉は曹長へとそう問うた。
彼は年齢に不相応に落ち着いている印象を相手に与える男であるが、
いまだ実戦経験も少ない若輩であることには変わりは無い。
顔には出ないだけで、不安自体はあるのだ。
そしてこの様な危急の場において誰よりも頼りになるのは、
いつの時代も変わり無く、歴戦の古参兵なのである。
曹長「エルフの槍騎兵を追い返した件についてでしたら」
曹長「まぁ……妥当な判断だったでしょうな」
曹長「連中、どうにもキナ臭かった……余計な荷物を背負い込める程」
曹長「我々には余裕がありませんし」
曹長「エルフの兵隊は高慢ちきで、どこでも嫌われてますからね」
曹長「自分はどうとも思いませんが……志願兵達への影響を考えれば」
勇者中尉「正しかった?」
曹長「でしょうな。追従でなく、正直にそう思いますがね」
勇者中尉「良く言う。追従を言う様な性格でもあるまい」
曹長「ですな。ですから合わない上官とはとことん合いません」
勇者中尉「私は今の所どうかな?」
曹長「悪くはありません。良くやっていると思います。ですが――」
曹長「本番はむしろ『これから』でしょうな。お手並み拝見といきましょう」
勇者中尉「ハッ!まあ大船に乗ったつもりでいろ!」
二人は互いにニヤリと笑い合う。
そうこう言っている内に、先程呼んだ連中が集まってくるのが見えた。
勇者中尉「曹長、彼らを指揮して、倉庫より弾薬等の物資を運びだしてくれ」
勇者中尉「運べるものは分割して運ぶ。できそうもないものは、已むをえまい、焼却する」
曹長「了解!」
敬礼した曹長が集まった連中の指揮に向かうのと入れ違いに、こんどは副官少尉が歩み寄って来る。
副官少尉「……隊長」
曹長とは一転、副官少尉は少し疲れた様子で、加えて、苦虫を噛み潰した様な妙な表情をしていた。
その表情の意味を、勇者中尉は即座に理解した。
勇者中尉「副官少尉、君が気に病む事は何も無い」
勇者中尉「君は、避難民たちに直ぐに出発させるよう、指示を行ってくれ」
勇者中尉「重ねて言うが、君が気に病む事は、何一つ無い」
勇者中尉「少なくとも、私は気にしていない」
副官少尉「……了解」
副官少尉もまた、敬礼し、踵を返す。
――彼の幼い容貌と、家の貧しさには理由がある
彼の父親はエルフであり、しかも彼の母親を孕ませた後、
ゴミの様に捨てた、屑の様な男であったのだ。
エルフは人間よりも老けにくい。その遺伝子を確かに継いでいる証が、彼の幼い容貌であった。
彼がエルフに対して抱く感情は、複雑だった。
勇者中尉「(全く以てままならん事だ)」
勇者中尉「(できるならば……もうエルフの兵隊とは共闘したくは無いな……)」
勇者中尉は溜息を、周りから見えず聞こえぬようにつき、
帽子を外し、髪型を直してかぶりなおした。
――なお、彼の望みとは裏腹に
――彼はすぐにエルフとの共闘を強いられ
――しかもその相手は、先程別れたばかりの女エルフ中尉になるのである
――彼がそれを知るのは、もう少し先の事だ
今日はここまで。
投下量が多くも無く、戦闘シーンもなくてすまんな
でも、次回あたりから再び戦闘が始まります
今度は、長く苦しい激戦の予定
ではまた
――女エルフ中尉率いる槍騎兵達と別れたあと
俺達、第21乗馬警邏隊と在郷義勇軍の民兵達は、
そして俺達の手の届く範囲で保護した民間人達を護衛しつつ北方中都を目指した。
北方中都までの道のりには急げば1日、通常であれば2日の距離である。
しかし民間人の歩みは遅く、北方中都に到着するのにどれほどかかるものか……
勇者中尉「(北部辺境にも『鉄道』が通っていりゃぁ……)」
思わず、そう嘆息する。
大陸における移動並びに輸送の最先端技術である『鉄道』は、無論、連邦共和国にもある。
しかし、連邦共和国はその国土が広大であり、財政上の問題もあって、その鉄道網は充分に整備されているとは言い難い。
現に、北方中都には、まだ鉄道は開通していなかった。
幸い、北方中都には大きく緩やかな河川が通っており、その水運を利用することで、
それなりの速さで、それなり以上の量の人や物の行き来をさせる事ができる。
連絡さえつけば、中央より河伝いに救援軍が来てくれるだろう。
勇者中尉「(そう言えば……)」
満天の星空の下、寝そべる愛馬の腹に背を預けつつ、
天を仰ぐ俺の脳裏に、ふと、気になることがよぎった。
勇者中尉「(北方中都には砲兵連隊がいないんだっけか……)」
かつて、今以上に北部辺境が不穏で、いつ戦争が始まってもおかしくなかった時代には、
今以上の戦力が北方中都にも配置されていた。
市街地をぐるりと囲む市壁には、要塞砲すら設置されていたらしい。
ところが、ここ数年、依然治安状況は悪いとは言え、
人間側の発展もあって、北部辺境における対魔族の軍事的リスクは下がる一方だった。
むしろ、同じ人間の国家でありながら、敵対関係にある『中央連合国』との国境紛争こそ、
より脅威が大きく、重要な問題であると、連邦共和国政府は考えるようになった。
現代戦に耐えうる装備と規模の軍隊を維持するのには、莫大な手間と資金と資材と人材が必要だ。
だとすれば、安定化してきた北部辺境には強力な戦力はもはや必要ない、という話になってくる。
そのために、維持管理費が掛る要塞砲は撤去され、砲兵連隊は南部国境地帯へと移されたのだ。
故に現在、北部辺境では北方中都に駐屯する第20歩兵連隊が、その最大の戦力となっている。
最近だと、市民のなかより市壁を撤去せよという声も日に日に強まっているらしい。
街を再開発したくても、城壁は大きなスペースをとって邪魔であるし、そのメンテナンスに掛る資金も馬鹿にならない。
そしてなにより、街の景観を酷く損なう、という意見が強いそうだ。
勇者中尉「(まぁ、その迷惑扱いの城壁が、今度ばかりは命綱になるかも知れないが……)」
現状では、この北部辺境に侵攻してきた魔王軍の総戦力は解らないが、
北方中都に敵が侵攻してきた場合、城壁の持つ意味は極めて大きいだろう。
砲戦に対応するために創られた、いわゆる『星型要塞』形式の城壁の防御力は極めて高い。
『星型要塞』とは稜堡(りょうほ)と呼ばれる、いうなれば三角形で分厚く装甲を施した土手に囲まれた要塞で、
その装甲の厚みで砲弾を受け止め、三角形の組み合わせにより防御の隙を無くし、
守備側の攻撃側への十字砲火を容易にするように設計されている。
連邦共和国に限らず、人間側では極一般的な要塞の形式だ。
現在では砲の威力と性能の向上で、やや陳腐化が進んだきらいもあるが、
それでも充分に現役であると言って良いだろう。
人間基準に考えて『まともな砲兵』を持っていない魔族共に、そう易々と突破できる代物では無い……筈だ。
勇者中尉「(だが、砲兵がいないのはやはり……な)」
それが気にかかる。もし上級の魔族が出張ってきた場合、
はたして『椎の実釣鐘型銃弾』使用のライフル銃とは言え、小銃だけで敵を撃退できるだろうか?
勇者中尉「まぁ……今からそれを気にしても詮無きことか」
そう呟きつつ、俺はブリキのコップに注がれた、
乾燥豆と痛んだ塩漬け肉とをグズグズになるまで煮て作ったスープを呷った。
これが今晩の晩飯である。
ハッキリ言って上手くは無いが、いつ敵襲があるとも解らぬ野営地での夕食である。
温かく、落ち着いて食べれるだけましだというものだ。
あちこちで、静かに薪を囲む人影が、夜空の下にあり、
皆も、勇者中尉と同じ様な粗末な夕飯を呷っていた。
一応、皆落ち着いている様子だったが、その状態がこの先、いつまでもつか……
――まだまだ夜は長く、敵の幻は消えず、影の如く俺達の背に添っている
――今夜は眠れそうもない
◇勇/魔◆
意外な事であったが、北方中都までの道のりは極めて順調であった。
途中、赤ちゃんが夜泣きしたり、老人が腹痛で倒れたり、子供がはぐれたり(無事見つかった)等々、
いくつかのアクシデントはあったが、それらを何とかクリアしつつ、勇者中尉一行は、
無事に北方中都付近にまで来る事が出来た。
勇者中尉はホッと胸を撫で下ろしていたが、そんな彼の見通しは甘いと言わざるを得なかった。
何故、彼らはここまで無事に来る事が出来たのか?魔王軍は何処へ行ったのか?
その答えを、彼らはこれから知る。
◇勇/魔◆
北方中都まで、あと僅か、という地点だった。
部隊に先行して、斥候に出ていた副官少尉が、戻った着た時のその表情は、
まるで病気かなにかのように蒼褪めていた。
副官少尉「勇者中尉!隊長殿!」
副官少尉は、俺に見せたいものがあって呼びに急行してきたらしい。
俺もまた、曹長と共に現場へと急行し――
曹長「……なってこった」
勇者中尉「 」
俺は思わず絶句し、剛毅な曹長ですら天を仰いだ。
俺達の視線の先に見えたのは、炎と煙。
――俺達の目指す先、北方中都が燃えていた
短いですが、生存報告も兼ねて
次回より、地獄の市街戦が始まります
では
――勇者中尉ら第21乗馬警邏隊と避難民らが燃え盛る北方中都へと
――到着したのと同日の、数時間前の事であった
歩哨二等兵「……ありゃ?」
北方中都に駐屯する第20歩兵連隊に所属する兵卒であり、
その日『東市街』の市壁のおける歩哨任務についていた、とある二等兵は、
ふと、そらの彼方、雲にまぎれて動く『なにか』がいるのを発見した。
北方中都は、間に河を挟んで『東市街』と『西市街』とにわかれており、
その大きさは『東市街』のほうが大きく、両市街は橋で結ばれている。
官庁が集中し、上層階級が住むのが『西市街』であり、
工場などが立ち並び、中産以下の階級が住むのが『東市街』であった。
さて、その『東市街』を囲む市壁では、日々、第20歩兵連隊の兵士達が歩哨に立っていたが、
この日の担当が上の二等兵君であったというわけなのである。
歩哨二等兵は、歩哨任務用の双眼鏡を取り出すと、その動く『なにか』を見た。
随分遠い為、双眼鏡でもそれが何かを正確に見る事は適わなかったが――
歩哨二等兵「……あれは……『ワイバーン』!?」
歩哨二等兵はレンズ越しに見えた『なにか』をそう認識し、驚きの声をあげた。
コウモリ然とした翼に、深緑色の鱗、蛇の様に長い首、そして、角の生えた鰐に似た頭部。
あれは……『竜種』の『ワイバーン』だ!恐らく、間違いあるまい!
『竜種』と呼ばれる、爬虫類の一種とされる極めて特殊な生物の一種が『ワイバーン』だ。
――『竜種』を爬虫類に分類する事には、学者の間でも今なお激しい議論があるが、
ここでは恐竜が爬虫類の一種であるように、『竜種』もまた爬虫類としておく。
『竜種』は主に三種類に分類され、それは『ドラゴン』『ワイバーン』『ワーム』の三種である。
四つ脚がドラゴン、二つ脚がワイバーン、脚が無い蛇体なのがワームであり、
その全てがコウモリ然とした飛膜のある翼を具えている。
そしてその全ての竜種に共通する特性として、『上級の魔族と心を交わす事ができる』というものがある。
おそらくは魔族が先天的に持つ魔術能力に依る手段であろうが、
竜種を家畜、あるいは騎兵として運用できるのは、この大陸においては魔族のみである。
口から火炎を吐き、空を飛び、その巨大な体躯を硬い鱗で守られたこの恐るべき動物を、
人間もまた自ら使役せんと何度となく試みたが、ただ人命と時間と資金を浪費しただけに終わった。
竜種を使役するには、ある種の魔術的感応能力が不可欠なようであった。
――そしてその竜種たるワイバーンが、空を飛んでいる。
天然の竜種は、基本的に魔族領域内の、火山地帯付近しか生息しない。
と、言う事はである。
歩哨二等兵「……なんてこった!魔族の連中がこんなところまで!」
歩哨二等兵「歩哨伍長どのーー!歩哨伍長どのーー!」
歩哨二等兵は、一番近くの上官の名を叫んだ。
その声に、呼ばれた歩哨伍長がすっ飛んで来る。
歩哨伍長「何だ!騒々しい!」
歩哨二等兵「歩哨伍長どの、あれを!」
歩哨伍長は、歩哨二等兵より双眼鏡をふんだくると、彼の指さす方向を眺めた。
歩哨二等兵の見せんとしたモノを見つけた歩哨伍長は、
アッと小さく叫ぶと、双眼鏡越しに舐める様に彼方のワイバーンを見る。
それが確かにワイバーンであることを念入りに確認した後、彼は叫んだ。
歩哨伍長「連隊本部に伝令!連隊本部に伝令だ!急げ!」
――伝令兵が、連隊本部へと急行した
――しかし第20歩兵連隊が態勢を整えるよりも、『魔王軍』の動きの方が速かった
歩哨達が最初のワイバーンを発見してから数分と経たず、次のワイバーンが出現し、
それを皮切りに、次々とワイバーンの数が増えていくのが見えたのだ。
歩哨伍長「ひい、ふう、みい……二十騎」
歩哨伍長「いや、まだ増えるか!?」
歩哨伍長は増え続けるその数に目を剥いた。
いわゆる、魔族の『竜騎士』部隊なのは、もはや明らかだった。
人間側では乗馬歩兵、あるいは精鋭銃騎兵を指して『竜騎兵』と言うが、竜と名前につけど、実際は馬に乗っている。
対し魔族の『竜騎士』は、本物の竜種に跨っていた。
竜種は、その見るも恐ろしい大きな姿から感じ取れる印象に比べれば、
現代戦における実戦での効果の程は大した事が無い。
派手な火炎ブレスは、一見恐ろしい兵器に見えるが、その有効射程は20メートルから30メートル程度。
砲はおろか銃にすらその射程で大きく劣るのである。
その硬い鱗も、銃弾や砲弾を防ぐほどには頑丈では無い。
何より空を飛ぶ為に必要な飛膜が脆弱で、これを破られると飛べなくなってしまう為に、
その見た目に反して竜騎士は脆い。
その飛行能力は脅威であるが、巡航速度は決して速くは無く、
搭載できる兵員、貨物の量も多くは無い。いや、むしろ少ないといっていい。
竜種は繁殖数も多くない為、数も決して多くは無い。
火薬登場以前であればその機動力と火炎攻撃は極めて脅威であり、
弓矢程度ではこれに抗するのは極めて難事であったが、
現代においては費用対効果に見合う兵科では無いと言うのが、人間側の結論であった。
――だがそれは、人間側に竜騎士を迎撃する為の用意が整っている場合の話だ
歩哨伍長「マズイぞ」
歩哨伍長の額に冷や汗が流れた。
第20歩兵連隊には砲が無く、せいぜい小銃がある程度。
その数も2千名に過ぎない。
歩哨伍長「連中が分散して市街地を襲えば……」
街全体を防衛するには兵隊の数が足りないのだ。
竜騎士を小銃で迎撃する事も不可能ではないが、
その為には一定数の兵力を密集させて弾幕を張る必要がある。
決まった拠点を守るだけなら兎も角、脚の速い竜騎士相手に追随し、
隊を密集させ、狙い、弾幕を張るのは不可能だ。
市街地にブレスで手当たり次第に火を点けられれば――
歩哨伍長「――!」
そう考えている内に、敵が動き出した!
雑な編隊を組みながら、こっちへ向かって直進して来る!
歩哨伍長「いかん!」
歩哨伍長「整列!整列!」
歩哨伍長が手近な兵士達に号令を発し、喇叭卒が集合ラッパをかき鳴らす。
こちらの姿が見えたのか、竜騎士の内の一騎が、彼らの方に近づいているのが見えたのだ。
手近な歩兵達は集結し、三列横隊を組んだ。
昔からの歩兵の基本隊形である。
歩哨伍長「照尺100ヤード!」
伍長の号令に、兵士達は小銃の照準器を一斉に100ヤードに合わせた。
騎馬警官のカービン銃に比べると遥かに長い銃身を持った歩兵用の前装式ライフル銃は、
その有効射程は300ヤード、最大射程は1000ヤードであるが、
命中精度と威力を考えて、100ヤードに歩哨伍長は設定させた。
竜は馬よりも脚が速い。
最初の斉射で仕留めなければ、今度はこっちがブレスで焼き殺される。
歩哨伍長「撃ち方用意!」
歩哨伍長「構え!」
歩哨伍長「狙え!」
歩哨伍長の号令に従い、よどみなく兵士達は動く。
辺境部隊とは言え、訓練は欠かした事は無い。
絶えない訓練こそが兵士の強さをつくるのだ。
敵の竜騎士が、距離500メートル付近にまで接近してくる。
歩哨伍長「ん?」
この時、歩哨伍長は相手の竜騎士の奇妙な点に気がついた。
竜騎士の騎乗するワイバーンの二本の脚に、奇妙な何かが括りつけられている。
それは、太い筒を4本束ねたモノで、左右に同じモノが括りつけてあるため、
つまり筒は計8本ある計算になるのだ。
歩哨伍長がそれを見止めたのと殆ど同時に、伍長達には聞こえなかったが、
ワイバーンに跨った竜騎士が、小さく何か呪文を呟いた。
それは魔族の用いる魔法の内、最も初歩的な術の一つであり、
任意の、それも術者のごく近くの場所に、小さな火を起こす術であった。
その術により生じた火は、筒の一つに搭載された『あるもの』に繋がった『導火線』に着火し――
歩哨伍長「――なっ!?」
歩哨伍長「ふ、ふせろぉぉぉぉぉ!?」
目玉が飛び出す程に目を剥き、絶叫した歩哨伍長らの方へと、
ワイバーンに括りつけられた『発射機』より発射された『あるもの』が、
伍長達へと一直線に飛来し――
――爆発!
金属の破片をまき散らし、それらは兵士達に次々と突き刺さり、
歩哨伍長は、これを頭部に浴びて即死した。
他のワイバーンからも、次々と同じ『あるもの』が発射され、
『東市街』へと降り注ぎ、金属片と火炎をまき散らした。
――絶叫があがり、火の手が上がった。
――大陸暦1864年
魔帝国側の宣戦布告なしの武力侵攻により始まった、
魔帝国対連邦共和国の『第四次北部戦争』は、長い大陸の歴史において幾つもの新しい展開が見られた
その内の一つ。
人類側が初めて火器を大々的に戦場に持ち込み、魔族に対して大勝利を収め、
人間世界の夜明けを告げる先駆けとなった大陸暦1614年『丘陵の戦い』より、ちょうど250年。
この戦争において初めて、魔族はそれまでかたくなに使う事を拒否し続けた火薬武器の使用に踏み切った。
それは、人類側には見られぬ独自の技術が使用された、新兵器であった。
その新兵器の名前を、人は『ロケット』と呼んだ。
今日はここまで
この物語におけるロケットは基本的に、凄く大きくて兵器として使えるロケット花火で、
いわゆる近代ロケットとは別物なので、その点にご留意ください
では
乙
ロケットって銃よりだいぶ古いんじゃなかったか?
http://www.bekkoame.ne.jp/~yoichqge/roc/2000_3_4/Edu/NASA_BOOK/gifs/History2B.gif
中国で10世紀前後から有るとか見たけど
>>155
<中国で10世紀前後から有るとか見たけど
うん、その通りです
でも、『火箭』を始めとする中世~近世のロケット兵器は、弾丸に木や竹を使っていたから耐久力が低くて、
それほど強力な火薬を搭載できず、銃砲が発達してくるとオワコン化し、一時廃れ、
花火などにしか利用されなくなってた時期があるんですよ
そんなロケットが再び脚光を浴びたのが、なんと18世紀に入ってから。
インドのマイソール王国が大英帝国と戦争した際に、イギリス軍の銃砲火器に対抗するために、
金属製の弾頭をもった新型の『マイソール・ロケット』を開発、実戦投入し、イギリス軍を大いに苦しめました。
ワーテルローでナポレオンを破ったウェリントンは若いころインドで従軍し、このロケットのせいで死にかけたりしてます
最終的にイギリスはマイソール王国に勝利するも、ロケットの威力に着目。
自国の兵器として取り入れ、研究、改良し、『コングリーヴ・ロケット』や『ヘイル・ロケット』を開発。
これは18世紀後半から19世紀の中ごろぐらいまで第一線で活躍しました。
薩英戦争で鹿児島の街を焼き払ったのも、こうしたロケット兵器です
さらにその後、大砲の進歩で一時ロケットは廃れるんだけど、技術革新等の時代の変化もあって、
第2次世界大戦中に復活し、そのまま現代にいたる――って感じです。
――人類にとって火薬武器とは、常に『銃』と『砲』であった
現在である大陸暦1864年から遡る事、ちょうど二五〇年前……
大陸暦1614年の夏ごろに起こった『丘陵の戦い』より、人類の火器の時代はその火蓋を切った。
もはや何度目かになるかも解らぬ魔王自ら率いる『遠征軍』を迎撃した1614年の人類軍は、
これまでの人類の軍隊とはあらゆる意味において一線を画していたいたのだ。
――それは、『火縄銃(アークエバス)』と『射石砲(ボンバード)』で武装された軍隊であった。
魔王を始め、数々の悪名を以て畏怖された上級魔族の武将達が、綺羅星の如く集った遠征軍は、
勇者や騎士のような『選ばれし者』では全くない、『とるに足りない雑兵達』が操るこの二つの火器に粉砕されたのだ。
『荷車要塞』とよばれる、荷車の両側に鉄板や厚い木の板、厚い鞣革などで装甲化した移動式防御装置と、
即席の胸壁や塹壕の後ろに火縄銃で武装した射手、射石砲とその砲手により野戦築城された丘陵へと魔族軍をおびき出し、
何も知らぬ魔族軍へと、一方的に鉛と大理石の横殴りの驟雨を叩きつけたのである。
無駄に大型化し、未だ不合理・不効率な点が多く、連射力もそれほどでもなかった『射石砲』だが、
その鉄製の砲身より発射された大理石の砲弾が魔族軍へと与えたその影響力は大きかった。
なにせそれは、魔族側の一般的な魔法攻撃の射程を大きく凌いでいたからである。
その轟音と、発射される大きな砲弾は、実際の威力以上に、精神的な破壊力を持っていた。
射石砲が『脅し』に大きな効力を発揮したのとは逆に、実際に魔族の多くを討ちとったのは『火縄銃』であった。
その連射力は一分間に2発から3発であり、射程も射手の力量により若干変化するとは言え、おおよそ50メートルと、
お世辞にも高性能とは言い難かった『火縄銃』だが、その威力は弩や弓を大きく凌駕し、鉄製の鎧を軽々と貫通したのである。
その連射力の低さと、次弾装填の際に無防備になる欠点は、数を揃えて一斉に発射する事と、防御装置を利用することで補う事が出来た。
丘の上から次々と発射される丸い鉛の弾丸は、丘を駆け昇って防御陣地へととりつかんとする魔族軍へと容赦なく襲い掛り、その命を奪った。
それでも、種としての身体能力は人類を超越した魔族である。
相当数の魔族が、陣地に取りつく寸前にまで肉迫出来たのだ。
しかし、そんな魔族達に立ちふさがったのは、防御陣地を守る様に配置されていた重装歩兵の防御方陣であった。
人類側も、魔族に肉薄された射手や砲手が虫を潰す様に容易く殺されてしまうであろう事は予測できていた。
だからこそ、『下馬騎士』と『重装歩兵』により編成された歩兵部隊が、文字通り『肉の壁』として、魔族軍へと牙を剥いたのだ。
『斧槍(ハルバード)』や『長槍(パイク)』で武装した歩兵部隊は、当時の勇者自らが率い、
何としても射撃陣地を潰さんとする魔族軍の必死の猛攻撃を、真っ向から受け止め、ここでの戦いは、
『丘陵の戦い』の数時間に渡る人魔の死闘における最激戦区となった。
次々と戦士達は血の池に沈み、首を刎ねられ、臓物をまき散らし、死んでいった。
しかし彼らの中で誰ひとり、後退したり、逃げ出す者はいなかった。
自分達の背後にいる射手・砲手達こそがこの戦いの要であり、ここで自分達が『盾』の役割を放棄すれば、
この戦いにおける人類側の敗北が決定する事を、その場の全ての人間が自覚していたからだった。
この『丘陵の戦い』は、『火薬革命』による時代のパラダイムシフトを告げるモノであったと同時に、
『勇者』と『騎士』達の長い栄光の歴史の、最後にして最も輝かしい瞬間でもあった。
そもそも『勇者』と『騎士』の役割は、その身を以て『人類の盾』と為す事にある。
だとすれば、彼らがその役割を、この戦いにおける以上に、成し遂げた戦いはないであろう。
勇者率いる歩兵部隊の血みどろの奮闘と、銃身が焼けつき砲身が破裂する程の激しい射撃の雨に、
遂に魔族軍がその攻撃の勢いを失いつつあった時、その時を待ち続け、戦場の片隅で息を潜めていた槍騎兵達に、出撃の合図が出た。
槍騎兵達は魔族軍の背後へと迂回し、奇襲突撃を仕掛けた。
既に疲れ切り、士気は萎え、勢いを失っていた魔族軍は、この突撃にひとたまりもなかった。
魔族軍は壊滅、潰走し、なんと当時の魔王自身も火縄銃射手の銃撃により討ち取られ、
多くの上級魔族もまた戦死し、魔族軍は暫くの間、軍を再編成する事すら難しくなる程の打撃を受けた。
――人類側の大勝利であった。
――魔王側は、丘を越える事を、最後まで果たせなかったのだ
無論、人類側の被った被害も相当な物で、
勇者率いる歩兵部隊の損耗率は何と七割にも及び、
多くの者が戦死し、生き残った者も、その大半が不具者となった。
そして、勇者自身も致命傷を負い、戦いの翌朝までは生きてたものの、力尽き、息をひきとった。
彼は夜明けの風に吹かれながら、命の灯も今や消えつつある彼の眼差しはしかし、希望に輝いていたと言う。
勇者の家に生まれながら、先天的に不具を抱えていた彼は、故に新しい戦い方を生涯模索し、遂に成し遂げたのだ。
彼は、自分の生み出したやり方が、世界を変えるだろう事を確信しながら逝った。
そして彼の確信は正しかった。銃砲の威力により、人類の夜明けは訪れたのだから。
そんな彼が火器の開発を思い付いたのは、錬金術師の実験の過程で偶然生まれ、
しかし出来た当初は、火を扱う魔法に劣る事から注目すらされなかった火薬が、
さる街で『花火』に使用されていたのを見たからだったと伝えられる。
果たして『火器』を産んだその親は、とるにたりぬ木製の『ロケット花火』であったのだ。
――人類が火薬の炎を武器としてより二五〇年
――皮肉にも、人類に火器をもたらした取るに足りぬ『玩具』の後裔が
――『ロケット兵器』へとその姿を変え、人類へと襲いかかる
短いですが、取り敢えず更新
今回は簡単なこの世界の歴史の話でした
次回より、勇者中尉の戦いが再開します
では
――時間は戻って大陸暦1864年
――北方中都 郊外
勇者中尉「……」
勇者中尉は無言で、舐める様に燃える北方中都を凝視していた。
双眼鏡のレンズ越しに見えるのは、城壁越しに見える黒煙と火柱である。
見る所、主に燃えているのは東市街の方で、河を挟んだ対岸の西市街には、
まだ火の手は及んでいないようであった。
曹長「……隊長殿!」
隣でテレスコープを覗きこんでいた曹長が、
勇者中尉の肩を叩きつつ、何処かを指差した。
その人差し指の示す先を、勇者中尉もまた見る。
勇者中尉「あれは……第20歩兵連隊か」
東市街を囲む市壁より延びた『半月堡』に、第20歩兵連隊の連隊旗が翻っている。
ここを攻め落とさんと、ゴブリンの突撃部隊が大地を埋め尽くさんばかりの数で押し寄せ、
それを迎撃せんと歩兵達はライフル銃を撃ち続ける。黒色火薬の白煙に半月堡と歩兵達は包まれているのが見えた。
『半月堡』とは、いわゆる『出丸』のようなもので、ここを突破しない限り、市街には魔族軍は入る事が出来ない。
それだけに、攻める側も守る側も必死であった。
副官少尉「――!勇者中尉!」
勇者中尉「私にも見えたぞ、副官少尉。しかしあれは――」
曹長「初めて見る兵器ですな。まるで花火だ」
東市街を囲む様に陣を構えた魔族軍の陣地より、白煙を尾の様に棚引かせながら、
黒く細長い何かが、放物線軌道を描きつつ、半月堡や市壁、さらには市街地へと落下していく姿が見えた。
中には榴弾のように空中で爆発しているモノもあるのも見える。
勇者中尉「――火薬兵器。それも魔族軍がかッ!」
曹長「市街地が燃えているのは、アレのためのようですな」
副官少尉「隊長」
今度は副官少尉が何処かを指差した。
その方を勇者中尉が見れば、魔族軍の陣地らしきものが見える。
にわか仕立てらしく、まだ作業の為に大勢のゴブリン等の下級魔族が駆けまわって、
陣幕を張ったり、テントを建てたりしているのが見えた。
そんな連中の真ん中に、誇らしげに掲げられているのは――
勇者中尉「魔王正規軍の軍旗……それもあれは――」
副官少尉「副王軍の軍旗と思われます」
曹長「こちらでも確認しました。副官少尉の言う事に間違いありませんな」
青地に白く魔帝国の国章『双頭の竜』が染め抜かれた軍旗は、
魔帝国の元首たる魔王を補佐する副王のみが使用する事を許された軍旗だ。
通例、魔王とその直属軍――通称『近衛軍』――は皇帝の色である『紫』に国章であり、
各諸侯は『赤』、それ以下の者どもは『緑』を、その軍旗の色としているのである。
なお、魔帝国の国章たる『双頭の竜』は魔王そのものの象徴であり、
男と女、あの世とこの世と、すなわちこの世の全てへの支配を象徴していた。
勇者中尉「成程……道中敵に遭遇しなかったのは、連中の本命が北方中都だったからか」
曹長「駐在所で遭遇した連中は、斥候か、別働隊か、それとも陽動か……ともかく、そのようですな」
副官少尉「隊長、河に船らしきモノが」
勇者中尉にも、北方中都の間を通る河川にて、河岸に引き上げられたり、
横付けされた船の船体やマストが見えた。喫水線の浅いロングシップだ。
あれで軍団を一気に運んで来たらしい。
勇者中尉「――ようし」
勇者中尉は双眼鏡を仕舞うと、右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れ、言った。
勇者中尉「ともかく、一旦、戻ろう」
勇者中尉「まずは――避難民や義勇民兵を何処かに、隠さなくちゃな」
勇者中尉「その後は……どうする?」
勇者中尉は、副官少尉と、曹長の顔をそれぞれ見た。
副官少尉は青い顔をし、流石に曹長は冷や汗を掻いてはいるが落ち着いた様子だ。
副官少尉「我々は騎馬警官が百騎だけです。避難民を逃がす以外、出来る事は……」
そこで言葉を切って、副官少尉は額の汗を拭った。
予想以上の深刻な状況に憔悴した様子だった。無理も無い。
彼はまだ若い少尉なのだから。
曹長「今後について考えるのは、隊が戻ってからにしましょう」
曹長「ですが隊長。言うまでも無いですが、ここの指揮官は貴方です」
曹長「貴方が決めた事に、我々は従うまでですよ」
曹長は言うが、その言葉に、勇者中尉は、肩の荷物がさらに重くなるのを感じた。
百人分の騎馬警官と、民間人や、義勇民兵の命は、勇者中尉の肩に掛っている。
局面が非常事態だけに、その責任は一層重大であった。
勇者中尉「良し――ともかく急いで戻ろう」
勇者中尉は、愛馬の手綱を引いた。
◇勇/魔◆
俺達は避難民を引き連れ、当座、隠れたり、
立てこもったりできそうな場所を探し、幸い、それは直ぐに見つける事が出来た。
避難民はみな疲れており、今からまた逃避行を続けるのは余りに苦しい。
例え危険でも、休みは必要であった。
それは北方中都郊外に広がる田園地帯――園芸農業が中心――の一角にある大きめの農家の民家で、
周りは壁と生垣に囲まれ、小さな栗の木の果樹園もあり、立てこもる事が出来そうな建物だ。
住民は逃げ出してしまった後のようで、住民はおらず、馬小屋には馬の姿も無かった。
そこで俺達はここを『接収』し、使う事にした。
――非常時である。ここの住民には目を瞑ってもらおう。今は居ないが
なお、同様の農家は、この辺りには幾つも散在しており、ここに来るまでにも幾つか確認している。
拠点として使用できそうだ。
退役軍曹ら義勇民兵に避難民の相手を任せている間に、俺は第21乗馬警邏隊の全員を集合させ、
農家の庭でブリーフィングを行った。
勇者中尉「諸君。既に知っての通りだが」
勇者中尉「現在、北方中都は魔帝国軍の攻撃を受けている」
勇者中尉「軍旗より判断するに、敵指揮官は副王であると推測される」
勇者中尉「第20歩兵連隊が迎撃を行っているが、状況は劣勢だ」
勇者中尉「敵はこれまで知られていなかった新兵器、それも火薬武器を使用している」
勇者中尉「つまり、現状は非常に苦しく、深刻だ」
勇者中尉「対する我々は、ライフルカービン銃とピストルで武装した騎馬警官が僅かに百名」
勇者中尉「残念ながら非常に寡兵であると言わざるを得ないが――」
ここで俺は言葉を区切り、緊張した面持ちの皆を見渡し、言った。
勇者中尉「しかし、我々は栄えある連邦共和国陸軍兵士である」
勇者中尉「兵士の義務は、果たさねばならない」
勇者中尉「我々は――」
勇者中尉「これより第20歩兵連隊を援護する!」
皆の間に、声にならないどよめきが走った。
今日はここまでです。
続きは出来るだけ早くに
ではまた
◆魔/勇◇
――蒼い空の中においても、副王軍を意味する青い軍旗は、はっきりと映えて見えた
青い長方形の布地は金糸で四方を縁取られ、その中央には魔帝国の国章たる『双頭の竜』が白く染め抜かれている。
風にあおられ、軍旗が棚引くさまを、じっと見上げる。
では、見上げる者は何者か。
果たしてそれは、拵えられた王座に腰を据えた、青黒い肌をした美丈夫であった。
色素の抜けた白髪に、エルフよりも長い耳、血の気を感じさせぬ青黒い肌に、血の様に紅い双眸といった、
彼の身体的特徴は、彼が『デックアールヴ』と呼ばれる、最上級の魔族であることを意味している。
女性の様に美しいその顔は、等級が上がる程に容姿が美しくなる魔族の特性を如実に表しているのである。
美しい金糸の刺繍を施された黒い裏地の青いマントを纏い、黒いゆったりとした衣を着た美丈夫の頭には、
金の冠が輝いているが、その意匠は、青の軍旗・マントと並んで、彼が魔帝国の『副王』である事の証であった。
その体には鎧等の防具は一切装備されておらず、それは彼の上級魔族としての矜持故だ。
――防具などは弱者のモノ。真の強者には無用の長物。
それが優れた身体能力を誇る上級魔族の矜持であり、中には殆ど裸で戦場に赴くものすらいた。
彼もまた、そんな誇り高い上級魔族の一人だ。
その彼こそが、当代魔王が第一の弟にして、魔王を補佐する最側近であるのが『副王』であり、
その持てる権力は、その肩書そのまま、魔帝国における第二位であった。
と言っても、第一位たる『魔王』とはその権力において雲泥の差ではあるのだが。
――副王は、己の軍旗より視線を外すと、目下へとその視線を移した。
彼の座は丘の上の陣幕の中にあったが、その陣幕の配置は、彼の視界を塞がぬように計算されている。
故に彼は妨げられる事無く、『戦場』の様子をその眼で直接見る事が出来た。
鳴り響く銃声と、黒色火薬の白煙に包まれた半月堡を落とすべく、
彼の麾下のゴブリン部隊が、地面を埋め尽くさん程の数で押し寄せているのが見える。
寡兵にも関わらず、敵は良く頑張っている様だが、しかし――
副王「無駄な努力だな」
そう、副王は冷笑し、嘲笑する。
人間に対して敗戦続きの魔族の指導者の浮かべる表情としては、久しく見られていなかった、
いかにも魔族らしい、人間を虫の様に見下す、傲慢にして冷酷な表情である。
突撃しているゴブリン部隊の背後には、雑ながらも長方形の陣形に纏まった後続のゴブリン部隊が複数に、
精鋭であるリザードマンの歩兵部隊や駱鳥騎兵部隊、コボルト・蛇人間の魔術師部隊などの姿も見える。
さらにその最中からは――
副王「……忌々しいが、やはり大した威力だ」
副王の目に、白煙が立ち上り、空へと向けて自陣より、独特の風切り音を立てつつ飛ぶ何かが写る。
それも一つのみではなく、複数であり、それらは歪な放物線軌道を描きながら、敵陣や東市街へと降り注いでいく。
命中率は非常に悪い。明後日の方向に飛んでいるモノも多い。ただし、当たれば威力は大きい。
故に、魔族軍からは次々とソレが敵陣へと撃ちこまれて行く。数で敵を圧殺するのだ。
副王「我が軍の『ロケット』はなかなかやっているじゃないか」
副王「そうは思わんか、なぁ」
副王は背後に控える取り巻きたちへと振り返りつつ言って、彼らはそれに追従の笑顔で答える。
――魔王軍の『人間式改革』を当代魔王が打ち出した時、魔帝国は国が分裂する程に揺れたものだった
――何を隠そう、この副王自身が、それに対する強硬な反対派の急先鋒だった
如何に魔族が人間に圧倒されつつあるとは言え、魔族が人間の技術に頼る以上の屈辱は無い。
真っ当な感性を持った魔族であるならば、それに反対するのは極めて自然な反応であった。
しかし、魔帝国は徹底した専制君主国家である。
『世界の王』たる魔王の命令は絶対であった。
――『魔帝国には二種類の魔族しかいない』と言われる
――すなわち、『魔王』とその『奴隷』の二種類のみだということだ
――それは王弟たる副王とて例外ではない
副王「フン……竜騎士どももおればより楽なモノを」
副王は最初の攻撃だけを担当し、後は早々と後退してしまった。
竜騎士の駆る竜種は繁殖力が低く、育てるのにも手間が掛る。
加えて、竜騎士部隊を指揮する『飛竜将軍』は、部隊で使う竜種を、
魔王より『預けられている』という立場であり、以上の理由から、
彼は自部隊の損害に対し、魔族らしからぬ異常な神経質さを見せていた。
開戦直後のロケット爆撃は成功し、人間どもに多大な被害をもたらしたが、
人間側の小癪な迎撃で、数騎の竜騎士に被害が出てしまい、飛竜将軍はたちまち臆し、
戦線より離れてしまったのである。
権力第二位とは言え、所詮は『奴隷の中での第二位』に過ぎぬのが副王の立場であり、
その実、飛竜将軍とは『形』は兎も角、実質においてそれほど権限の差は無い。
彼に飛竜将軍を止める資格はなかった。
副王「まぁ……現状を見るに連中がおらずとも――ん?」
そこまで言った所で、副王の視界の端に、不審な人影が映った。
この地方はなだらかな丘陵が幾つも連なっている形をしているが、
そんな丘陵の一つの向こうから、姿を現した人影の群れ。
その数は――
副王「オイ……あれは味方じゃないな」
見えた影を指差し、側近の一人を顎でしゃくって確認させる。
側近が答えた。
副王側近「あれは……敵軍でございます!」
◇勇/魔◆
――俺は先程、自分の部隊に対し自分が言った事を思い出しながら、馬を駆けさせる
勇者中尉『いいか諸君……我々に逃げ場は無い』
勇者中尉『北方中都を見捨てて逃げたとしても』
勇者中尉『敵が北方中都を落とし、さらなる侵攻を再開すれば』
勇者中尉『またたくまに敵に追いつかれ、我々は皆殺しにあうだろう』
勇者中尉『魔族は捕虜を取らない。例え女子供であろうともだ』
勇者中尉『そして敵が北方中都を落とし、我々を追撃し始めるのが』
勇者中尉『我々が民間人を連れて安全圏に逃げる、あるいは』
勇者中尉『中央よりの援軍と合流するのよりも早いのは、まず間違いない』
勇者中尉『いいか諸君。我々に選択肢は無い。時間も無い』
勇者中尉『我々が逃げ込む事の出来る先は、北方中都のみ』
勇者中尉『あそこが陥落すれば――』
勇者中尉『我々に未来は無い』
――嘘を言ったつもりはない。
――完全に本当とは言わないが、おおよそ真実だ
いずれにせよ死地を潜らねば、逃げおおせる事は出来ない。
それならば前に進むべきだ。敵に背を向けた先に救いなど無いのだ。
――目星を付けていた丘陵の麓まで、敵に気付かれずに接近出来た
――この丘を越えた、その直ぐ向こう側は、戦場が広がっている
丘の向こうのこちら側にも、銃声と雄叫びの協奏曲が響いていた。
勇者中尉「――良し」
右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れ、静かに一同に号令する。
勇者中尉「総員、下馬」
曹長「総員、下馬」
騎馬警官達が、一斉に下馬する。
俺達は乗馬歩兵であって騎兵では無い。
騎乗しては戦わない。
勇者中尉「二列横隊」
曹長「二列横隊」
乗り手の居なくなった馬達の管理監督をする為に、
そして俺の呼んだ時にその馬達を連れてこさせる為に、
一部ここに残して行く兵員を除いた全員に、二列横隊を組ませた。
通例、横隊による戦列を組む場合は三列横隊が一般的だが、
今回は寡兵につき、二列にすることで横隊の長さを少しでも延ばす。
勇者中尉「捧げ銃」
曹長「捧げ銃」
俺と曹長の小さな号令に従い、皆無言で静かに、手持ちのカービン銃を肩で支える。
金属の擦れる音がチャラチャラと連なり、銃声と雄叫びに混じって聞こえた。
勇者中尉「前へ進め」
曹長「前へ進め」
ゆっくりと横隊が前進を始める。
俺はその前面に立ち、右手には抜かれたサーベルが肩に掛けられている。
暫し歩めば、丘陵の頂きが程近くなる。
そこで俺は再度号令する。
勇者中尉「駆け足」
曹長「駆け足」
皆と共に一斉に駆けだす。
頂きは直ぐに越え、その向こう側の景色が目に飛び込んで来る。
硝煙と炎。地を埋め尽くす魔族の群れ!群れ!群れ!
武者震いが一つ。気合いで抑え込む!
ここまでくれば静かにする意味は無い。
俺は大声で号令!
勇者中尉「中隊、止まれーーッ!」
曹長「中隊、止まれーーーッ!!」
二列の横隊が丘陵の頂きの少し下の所で停止する。
勇者中尉「前列、立て膝!撃ち方用意!」
曹長「前列は立て膝―ーッ!撃ち方よぉぉぉぉい!」
第一列が膝射の体勢をとり、第二列は立射の姿勢ッ!
日々の訓練が行き届いている為か、素早い動きだ。
――俺達の中隊は『半月堡』を攻める部隊の側面を取った
――距離はあるが……ライフル銃の射程ならば!
勇者中尉「第一班ッ!撃てッ!」
曹長「第一はぁぁぁん!撃てぇぇぇぇッ!」
横隊を組んだ戦列歩兵は通常『小隊射撃』と呼ばれる射撃方法を執る。
長い横隊を幾つかの射撃班に分割し、その番号ごとに順次斉射を行う方法だ。
撃った班から再装填を行い、全ての班が最初の斉射を終えるころには、
最初の班が再装填を終える様に編成されており、理論上、途切れることなく射撃を行う事が出来るのである。
俺は中隊を三つの射撃班に分けた。
理論通りにはいかないだろうが、装填の隙を減らすことぐらいは出来る筈だ。
――ズドドドドドゥゥゥゥゥゥゥンッ!
白煙と共に銃声が重なり、敵の戦列に俺達の銃弾が突き刺さる。
側面を突かれ、敵には混乱している様子が見られる。
ならば畳みかける!
勇者中尉「第二班ッ!撃てッ!」
曹長「第二はぁぁぁん!撃てぇぇぇぇッ!」
――ズドドドドドゥゥゥゥゥゥゥンッ!
勇者中尉「第三班ッ!撃てッ!」
曹長「第三はぁぁぁん!撃てぇぇぇぇッ!」
――ズドドドドドゥゥゥゥゥゥゥンッ!
寡兵とは言え、おおよそ百のライフル銃が集まれば、それなりの殺傷力を発揮する。
予定していなかっただろう側面攻撃に、敵の戦列に乱れが生ずる。
――それに、半月堡の中の味方歩兵連隊も咄嗟に呼応した
臨機応変の良い指揮官だ!
一部の兵士を歩兵連隊は押し出し、白兵戦へと打って出たのだ!
地獄の亡者の如く絶叫しながら突っ込んで来た歩兵連隊の兵士達の姿に、敵が怯む。
勇者中尉「各個に撃て!各個に撃つんだ!」
勇者中尉「狙う必要はない!兎に角、射撃を絶やすな!」
曹長「再装填だ!素早く再装填!素早く!素早ぁぁぁぁぁぁぁく!」
三回程、小隊射撃を行った所で、各個射撃へと切り替える。
兎に角射撃を続け、敵に銃弾を浴びせ続け、側面を圧迫し続けねばならない。
さもなくば、歩兵連隊の勇気が無駄になる。
白煙に視界がふさがれつつも、俺はそれの途切れる間を縫う様にして、双眼鏡で戦況を覗う。
――連携は成功しつつあった。敵の戦列が乱れ、下がっている!
勇者中尉「よしッ!」
ここで俺は戦列を前に出し、さらなる攻撃を企てたが――
副官少尉「隊長!敵の騎兵です!」
眼はしの利く副官少尉がテレスコープを覗きこみながら叫んだ。
俺も双眼鏡で見れば、敵陣の一部より、駱鳥騎兵がこちらへと繰り出して来る。
遮蔽物の無いこの状況で、乗馬歩兵で騎兵相手の白兵戦は無謀だ!
勇者中尉「ここまでかッ!撃ち方止め!撃ち方止め!」
曹長「撃ち方止めぇぇぇぇッ!」
勇者中尉「総員後退!後退!」
曹長「さがれーーーッ!みんなさがるんだーーーッ!急げッ!」
サーベルを振りまわして皆に後退指示を出しつつ、俺はホイッスルを吹く。
待機班への合図だ。彼らが馬を連れてやって来てくれる。
俺は聞きもらしが無いように、ホイッスルを吹きながら、皆の後方を駆けつつ、ふと振り返り――
――見えたモノに血の気が引いた。
見えたのは、白煙を帯びながら、放物線を描き飛んでくる――
勇者中尉「伏せろぉぉぉぉぉぉッ!」
しかし俺の指示は遅きに失していた。
後退する味方の戦列に飛来した『ロケット』は突き刺さり――
――爆発した。
今日はここまでです。
投下が遅れて申し訳ありません。
今後、投下間隔が不規則になる公算が高いですが、完結まで頑張って続けます。
それでは
黒色の、大きく細長い塊が、煙と火の尾を曳きながら飛んでくる。
ソイツは俺の部下達のただ中へと飛び込んで――爆ぜた。
火を鍵とする極めて単純な化学反応により生じた窒素と二酸化炭素は、
その体積を発火前の千倍以上へと拡大し、爆発的燃焼を生ずる。
この爆発は、その原理の原始性からは想像もつかぬ驚くべき威力を生む。
飛来せし異物――ロケットの弾体を為す鉄が爆発で弾け、
暴風に吹き散らされる木端の如く、尖った散弾となって四方へと飛び――
――俺の部下達をなぎ倒したのだ
勇者に生まれついた者は、常人よりも優れた五体を生まれながらに有する。
身についた鋭い動体視力は、その光景を余すことなく俺の脳裏に刻みつける。
ここは戦場で、これは戦争だ。
だから当然のことであるのだが。
――我が部隊は、ここで初の『戦死者』を出す
派手だった爆発より得る印象に比べれば、味方の被害は少なかった。
しかし、一個中隊程度に過ぎぬ俺の部隊にとっては、その小さな損害すらも大きな出血となっていた。
大きな鉄片を頭部に受けて、三名程が地面に力無く転がり、
腹部に受けて蹲っているのが一名、脚にもらったのが一名……他は軽傷が数名であった。
見るからに、頭に鉄片を受けた三名は『もう駄目』だろう。
初の『負傷者』に動揺を隠せず、どよめく騎馬警官達の間を縫って、一人の男が駆け出て来た。
――曹長だ。曹長は素早く頭より血を流す三名に駆け寄ると、その首の脈を計り、俺の方を見た。
そしてその首を横に振った。
やはりというか――死んでいた。戦死したのだ。
俺の心は同様につき破られそうになったが、それを無理矢理抑え込み、
傍らで青い顔をしていた副官少尉らに怒鳴った。
勇者中尉「何をしているッ!早く負傷者を運ぶんだッ!敵は待ってはくれんぞッ!」
副官少尉「ハイッ!オイ!みんな急ぐんだッ!」
副官少尉らが、急いで負傷者たちを運び出す。
一瞬、負傷者を『捨て置く』ことも考えたが、止めた。
この寡兵で戦う以上、兵士との信頼を崩す行為は致命傷になりかねない。
見捨てる事は出来ないだろう。
負傷者たちが素早く運び出される間にも、曹長は素早く死んだ3人の装備を回収している。
魔族共にやる銃は一丁も無いし、弾丸は一発も無い。
その間、俺は素早く戦況に目を遣っていた。
歩兵連隊は敵を押し返した後、素早く潮が引くように半月堡へと戻っている。
敵の駱鳥騎兵隊は、依然、コッチへと駆けて来る。
モタモタしている時間は無い。早く移動しなければ追いつかれてしまう。
いや――危機はそれだけでは無い。
敵陣の一角より、白煙が上がった。
敵の火薬兵器――『ロケット』――の第二弾だッ!
曹長「隊長ッ!」
勇者中尉「――」
曹長もそれに気付いて俺に叫ぶ。
俺はその弾道を眼で追うが――
勇者中尉「大丈夫だ、曹長」
『ロケット』は途中でその弾道を大きく曲げ、俺達まで届かず地面に落下した。
見れば、市街地に撃ちこまれているロケットもその弾道は不安定で、
中には敵陣、つまり『味方』の方へ着弾しているモノまである。
勇者中尉「敵の弾はトンだ『ノーコン』だな。見ろ」
次のロケットは、今度は俺達を山なりに通り越して丘の向こうで爆発したようだ。
大砲に比べれば命中精度は落ちるらしい。
勇者中尉「今の内に逃げるぞッ!総員乗馬ッ!」
曹長「総員乗馬ッ!」
待機組が引っ張ってきた馬に次々と騎馬警官達が飛び乗る。
腹に一発貰っていた重傷者は、鞍に荷物の様に無理矢理乗せられていた。
彼も『駄目』かもしれない。
俺は、自分自身でもびっくりする程に冷静だった。
死んだ三人も、今にも死にそうな一人も、皆、この隊の隊長に任ぜられてから、
殆ど毎日顔を合わせている相手だ。どんな性格か、生まれは何処か、誰と仲が良いか……おおよそ知っている。
しかし、俺はやはり曲がりなりにも『勇者』の血筋であったらしい。
この修羅場鉄火場で、自身の部下が死んでも、自然と心は落ち着いていた。
俺自身の資質というよりも、俺の血の為せる技のように俺は感じる。
戦場において混乱と動揺は死を呼ぶが、
しかし指揮官さえ優秀ならば、あるていどの混乱と動揺は抑え込む事が出来る。
隊の皆がが動揺しつつもちゃんと動けているのは、俺と、あと曹長が泰然としているのが大きいだろう。
戦場において兵士達がだれしも抱く、『戦場の熱気』に心を奪われているのも大きいかもしれない。
兎に角、俺達は死んだ者達以外は何とか乗馬し、俺を先頭にその場から『転進』する事が出来た。
撤退では無く、『転進』だ。まだ、戦闘は終わっていない。
俺は手綱を握り、まさに愛馬を駆けさせるべく拍車を掛けようとしたその時、背後を流し見て、
死んだ三人の亡きがらを流し見た。
――必ず戻ってくる。そしてちゃんと墓に入れてやる
そう誓って、俺はサーベルを掲げ、ホイッスルを吹き、叫んだ。
勇者中尉「我に続けッ!」
遅れた上に分量が少なくて申し訳ない。
ついでに以下の事について皆さまに質問です。
・地の文+台本形式でやってきたが、この台本形式をやめるべきか否か
・魔王勇者スレ等の慣例に従い、固有名詞を出さない様にしてきたが、キャラに名前を付けるべきか否か
この二点に関して、皆さまの意見をぜひとも覗いたいです
俺の掲げるサーベルの切っ先は陽光を浴びてキラリと光り、
その光に続く様に第21乗馬警邏隊の一同はその馬を駆けさせる。
その速度は『襲歩(ギャロップ)』……つまるところ全力疾走だ。
通常、本職の騎兵であっても襲歩の速度で馬を駆けさせる事はまれで、
突撃直前の、それも敵との間が50ヤード程になるまで襲歩では走らないものになっている。
それは、馬は生き物であるが為に疲れる生き物だからだ。
重要な局面以外ではその体力を温存させなければならず、肝心な所で馬にバてられては、
それに跨る騎兵の命にも関わる。
また、騎兵の突撃は隊列を組んで行わなければその突撃力は完全には発揮されない。
しかし襲歩で走れば、どうしてもその隊列は崩れてしまう。
だから、ぎりぎりまでは隊列を崩さない様に襲歩では走らない。
――だが、今は体力の温存や、隊列の保持を気にしている場合では無い。
素早くここから移動しなければ、敵の駱鳥騎兵の餌食になってしまう。
駱鳥騎兵は実の所、馬による騎兵に比べるとその突撃力は劣る。
これは単純に、『駱鳥』の脚の速さが馬のソレに劣っているのが理由だが、
しかし、『駱鳥』は兎も角、それに乗っているリザードマンは強力無比、怪力無双だ。
もし追いつかれて騎兵戦に持ち込まれれば、俺達はまるで赤子の様に容易く料理されてしまうだろう。
俺達、騎馬警官は乗馬歩兵。騎兵戦は管轄外だ。
勇者中尉「続けー!我に続けぇぇぇッ!」
サーベルを振りまわし、振り返りながら部下を鼓舞する。
喇叭卒が、勇ましく『再集合ラッパ』を掻き鳴らしている。
『退却ラッパ』では無く、『再集合ラッパ』だ。
俺達の後退は、逃げるのでは無く、退いた先で集結し、再び戦う為の『転進』だからだ。
詭弁に聞こえるかもしれないが、軍人はみだりに退却などと言ってはいけない立ち場なのだ。
丘陵を越えて、駆け降りる。
そこからさらに駆けて、園芸農業用の農地の中のにある、手近な果樹園の中へと俺達は隠れ込んだ。
勇者中尉「中隊、下馬して整列ーーッ!」
曹長「中隊下馬後に整列ッ!隊長を中心に下馬してせいれぇぇぇぇぇつッ!」
副官少尉「戦列を組めッ!戦列を組むんだッ!」
適当な果樹に馬の手綱を結びつけると、俺達は素早く二列横隊を再び組んだ。
俺達乗馬歩兵は、装備が軽いのもあって駱鳥騎兵よりは脚が遥かに速い。
だからまだ、敵が追いついて来る様子は見えない。迎撃態勢を整える時間は充分にある。
勇者中尉「装填が済んでいない者は今の内に済ませるんだ」
曹長「素早く再装填だ!敵が直ぐに来るぞぉぉぉッ!」
口で噛み切ったり、銃剣で切ったりして、紙薬包を開き、
槊杖で銃身に弾薬を押し込む部下達の間で、俺も自分のカービン銃に再装填を行う。
その間の索敵は、副官少尉に任せていたが――
副官少尉「隊長ッ!敵です、追って来ました!」
勇者中尉「良しッ!みんな、照尺合わせ!100ヤード!」
曹長「照尺100ヤード!」
副官少尉の指さす方、まだ遠いが、確かに敵の姿だ。
こちらを見失ったのか、あちこちを見まわし、何事か叫んでいる。
勇者中尉「良いか。充分に敵を射程に入れてから撃つんだ」
勇者中尉「100ヤードの距離だ。敵が近づいてきた時は、照尺を変えるのを忘れるな」
小声で、俺は部下達に対し呟く。
だが、それは俺自身に対して言い聞かせているようでもあった。
緊張が無いと言えば、嘘になる。
戦死者を出した衝撃は、確かに俺の心臓を直撃し、その動悸を激しいモノへと変えるのだ。
勇者中尉「……」
――スゥーーッ……ハァーーッ……
深呼吸を一つ。
双眼鏡を取り出し、覗きこむ。
そこに映されるのは敵の駱鳥騎兵で、その中心はリザードマンだが、
しかし毛色の違うのがいくらか混じっている。
背丈の小さい、犬の様な――
勇者中尉「あれは……コボルトシャーマンか!?」
俺は思わず叫んでいた。
それと同時に、双眼鏡の向こう側のコボルト魔術師、“コボルトシャーマン”と眼が合った。
――気付かれた!
取り敢えず今日はここまで。
続きは明日の夜にでも。
お待たせして申し訳ない
俺の掲げるサーベルの切っ先は陽光を浴びてキラリと光り、
その光に続く様に第21乗馬警邏隊の一同はその馬を駆けさせる。
その速度は『襲歩(ギャロップ)』……つまるところ全力疾走だ。
通常、本職の騎兵であっても襲歩の速度で馬を駆けさせる事はまれで、
突撃直前の、それも敵との間が50ヤード程になるまで襲歩では走らないものになっている。
それは、馬は生き物であるが為に疲れる生き物だからだ。
重要な局面以外ではその体力を温存させなければならず、肝心な所で馬にバてられては、
それに跨る騎兵の命にも関わる。
また、騎兵の突撃は隊列を組んで行わなければその突撃力は完全には発揮されない。
しかし襲歩で走れば、どうしてもその隊列は崩れてしまう。
だから、ぎりぎりまでは隊列を崩さない様に襲歩では走らない。
――だが、今は体力の温存や、隊列の保持を気にしている場合では無い。
素早くここから移動しなければ、敵の駱鳥騎兵の餌食になってしまう。
駱鳥騎兵は実の所、馬による騎兵に比べるとその突撃力は劣る。
これは単純に、『駱鳥』の脚の速さが馬のソレに劣っているのが理由だが、
しかし、『駱鳥』は兎も角、それに乗っているリザードマンは強力無比、怪力無双だ。
もし追いつかれて騎兵戦に持ち込まれれば、俺達はまるで赤子の様に容易く料理されてしまうだろう。
俺達、騎馬警官は乗馬歩兵。騎兵戦は管轄外だ。
勇者中尉「続けー!我に続けぇぇぇッ!」
サーベルを振りまわし、振り返りながら部下を鼓舞する。
喇叭卒が、勇ましく『再集合ラッパ』を掻き鳴らしている。
>>222
失礼、間違えて貼ってしまった。
下から今回の更新分を投下する。
そう思った瞬間には、俺は既にライフルカービンを構えていた。
照準器を合わせる事も無く、自身の眼で標的を狙う。
勇者一族に生まれ、それ故に優れた視力を持つからこそ出来る事だ。
――『敵の騎兵の中に魔術師が混じっていた』
その事実が、俺から遂に冷静さを奪い取って行ったのだ。
コボルトは犬に似た毛むくじゃらの魔族だが、魔術師としての素養に富んだ者が多く、
それ故に魔族軍の中にコボルトの姿を見れば、まず魔術師と見て間違いない。
魔術師は索敵を始め、実に多様な任務をこなす事が出来る。
人間側の科学技術の発達で、相対的に劣って見えるが、実際、魔術師は恐ろしい敵だ。
術者の実力にも依るが、高位の術者であれば、その間合いに入る事はほぼ死を意味する。
魔術師混じりの騎兵に発見され、魔術と騎兵突撃の合わせ技を貰えば、自分も部下も命が無い――
その考えからの咄嗟の判断に、体が無意識の内に動いていた。
しかし熟慮を経ない思い付きの行動がそのまま結果に繋がるのは、極一部の天才達の間でしかない。
俺は『勇者の家』に生まれたが、天才でも英雄でも無かった。
だから俺がしでかした事は、碌な結果を産まなかった。
――ズドォォォォォンッ!
曹長「!?」
副官少尉「!?」
部下一同『!?』
俺は部下達に何も言わず、コボルトシャーマンと眼が合ったと思った次の瞬間には、狙い、引き金を引いていた。
腕利きの射手が『椎の実釣鐘型銃弾』を用いたライフル銃を使うならば、600ヤード先の標的を撃ち殺す事が出来るという。
幸か不幸か、俺の撃った銃弾はコドルトシャーマンの狭い眉間に的中し、
脳漿と血をまき散らしながら爆ぜるヤツの頭が、俺にはハッキリと見えた。
――『殺(と)った』と思った。
会心の笑みが、口の端に上りそうになってしかし、次に聞こえて来た音に俺は蒼褪め、戦慄した。
部下一同『撃てぇェェッ!』
部下一同『殺せぇェェッ!』
――ズドドドドドドドォォォォォンッ!
指揮官たる俺の予告なしの射撃に釣られて、曹長のような一部の古参兵を除いた部下達が一斉に射撃を開始する。
しかも、釣られての咄嗟の射撃であった為に、狙いが不正確なばかりか、照尺も合っていない射撃である。
当然、敵には有効な損害を殆ど与えられない。
曹長「バカッ!誰が撃てと言ったかッ!?」
冷静沈着な曹長が思わず怒鳴っているのが聞こえる。
本来であれば、指揮官である俺が言うべき言葉だ。
しかし、この一件の引き金を引いたのは俺自身なのだ。
俺に釣られて、普段は落ち着いた副官少尉ですら、思わずの射撃を行ってしまっていた。
黒色火薬の銃は音と煙を良く吐き出す。
音と、特に煙とその臭いにより、容易に撃ったこちらの位置を知られてしまう。
だからこそ、狙撃を不意打ち待ち伏せをする際は細心の注意が必要なのだ。
にも関わらず俺は――
勇者中尉「糞ッたれがッ!」
思わず俺は自分自身に対しそう叫んだが、後の祭りだ。
敵に、こちらの位置を知られてしまったのだ。
敵の騎兵隊長と思しきリザードマンが鬨の声を上げ、こっちへと全力疾走してくるのが見えるッ!
何と言う失態か。
現代の軍隊においてスタンドプレーは厳禁であり、特に指揮官のそれは最悪と言っていいと言うのに……
やはり、冷静になったつもりでなりきれていなかったのか、自分でも信じられないミスだ!
――しかし、敵は俺がその失敗を後悔する時間すら与えてくれはしないッ!
怒濤の敵の突撃は、見る間に迫って来るッ!
勇者中尉「総員、拳銃抜けッ!」
俺はカービン銃を投げ捨て、六連発拳銃を引き抜いた。
混乱した状況の中、しかし訓練に覚えた動き通りに、もたもたと次弾装填を図っていた部下達が、
俺の声にハッとして、正気を取り戻す。
慌ててカービン銃を捨て、拳銃を引き抜き、構える。
勇者中尉「狙えッ!」
曹長「良いか、乗ってる鳥を狙うんだ!上の蜥蜴を狙おうと思うなッ!」
曹長は冷静に命令を下している。
俺が曹長の方を流し見ると、眼が合った。
『やっちまったな』と、口には出さずとも眼でそう言っているのが解った。
不思議と、咎める色は無い。
しかし、それは咎める意思が無いと言うよりも、今は棚上げにしておこうという印象だった。
古参兵らしく、戦場においてまず為すべき事を俺などより遥かに良く解っているらしい。
危急において、士官達が揉めている場合では無いのだ。
――しかし後で皮肉を言われるのは覚悟せねばなるまい。
勇者中尉「落ち着け、まだ撃つな」
勇者中尉「拳銃の射程は短い。ぎりぎりまで引き寄せてから弾幕で敵を圧倒するんだ」
接近戦ならば、連発出来る拳銃以上に心強いモノは無い。
中隊規模で連射すれば、拳銃といえでも充分に威力を発揮できる筈だ。
土煙りを上げ、雑草を蹴り散らしながら、迫る敵の駱鳥騎兵を注意深く観察し、機を窺う。
拳銃の射程は短いのだ。適切な間合いを見極めなければ――そんな事を考えている時だった。
――ふと、気付いた。
いや、見えたと言った方が良いか。
敵の駱鳥騎兵のリザードマンは、頭に兜の代わりに、独特の意匠の赤色の帽子を被っている。
敵は、駱鳥騎兵でも特に『キジルバシ』の名と呼ばれている精鋭ではないか。
『キジルバシ』とは魔族語――正確にはその一方言において――で『赤い頭』を意味する。
被っている独特の赤い帽子に、その名は由来している。
連中の主な武器は確か、短めの騎槍と湾刀、そして小型の複合弓であった筈だ。
『複合弓(コンポジット・ボウ)』とは、複数の素材を組み合わせる事で、その威力と射程を増した弓の事だが――
敵が、一斉に弓を取り出すのが見える。
しかし、こちらは果樹園の中である。正確に狙い撃てるとは思えない。
矢の雨でこちらを燻り出す気か?そう思った時だった。
再び、見えて気付いた事が一つ。
敵のキジルバシの中に、毛むくじゃらの犬めいた顔がチラリ――まだ敵に魔術師が混じっていた!
勇者中尉「――撃てッ!」
まだ間合いに遠いが、撃ち方始めの号令を叫んだ。
敵の術師の意図が読めたからだ。ここで敵を止めなければマズい!
部下達は戸惑いながらも、しかし射撃を開始した。
勇者中尉「糞ッたれがッ!」
しかし間合いが遠い。
敵に有効な損害を与えられていないッ!
そして焦る俺にとっては、最も来て欲しくない展開が、
俺の足掻きを踏みつぶす様にやって来た。
敵のコボルトシャーマンが、呪文を叫ぶのが聞こえると、
キジルバシの構えた、短弓用ダーツ型矢の独特の鏃に、火が灯り、ゴウと燃えだすのが見えたのだ!
魔術で鏃に火を点けた。
火攻めだ!火攻めにする気なのだッ!
勇者中尉「総員乗馬ッ!ここ放棄して転進するッ!」
曹長「総員乗馬ッ!総員乗馬ッ!」
副官少尉「急ぐんだッ!ここを放棄するぞッ!」
皆にも燃える鏃はハッキリと見え、俺の号令に従い、慌てて馬の方へと駆け戻るが、もう遅い。
敵の騎兵隊長が号令を叫ぶと、火矢は放物線を描きつつ、俺達の方へと襲い掛って来たのだ。
部下一同『うわぁぁぁぁ!?』
部下一同『火だ、火だァァァ!?』
部下一同『急げーーッ!』
下草に、果樹に、容赦無く火が灯る。
恐らくは、鏃に発火物を仕込む等の細工があったのだろう。
枯木でもあるまいに、火は勢いよく燃え広がる。
俺は煙の向こうにいる、キジルバシの動きを勇者の視力で注視した。
弓を射終わった後、敵は一旦ターンし後退。戦列を整え直している。
――俺達が火に炙り出されて来た所に突撃を仕掛けて来るつもりだろう。
騎兵なら兎も角、乗馬歩兵では太刀打ちできまい。
このままでは全滅必至だ。
勇者中尉「(出来るか――いや……)」
勇者中尉「やるしかあるまい」
この危急に際し、俺は指揮官としてあるまじきことを再び、
しかも今度は自発的な意思でやることを腹に決めた。
副官少尉「隊長!?」
曹長「ちょっと、何を――」
副官少尉や、曹長の戸惑いを背に、俺は愛馬に跨ると、サーベルを抜刀ッ!
勇者中尉「副官少尉!曹長!撤退の指揮は頼んだッ!」
手綱を引き、拍車を掛ける。
襲歩で一気に燃える果樹園を飛び出すッ!
敵のキジルバシ達の驚く顔が見えた。
それはそうだろう。無様に逃げ出した獲物を狩るつもりが、
その獲物がサーベル片手に、それも単騎駆けで突っ込んで来ると誰が思うだろうか。
しかし、こちらが単騎のみで後続が続かないと見るや、
表情の解りにくい爬虫類ヅラにも、ハッキリと嘲笑が見て取れた。
破れかぶれで突っ込んで来たと思ったのだろう。
成程、一理ある。実際、
これから自分のやろうとしている事は行き当たりばったりも良い所で、
成功する保証など、無い。
しかしどの道、何もしなければ死のうは一定。
死ぬならば、足掻くだけ足掻いて、兵士らしく戦死だッ!
勇者中尉「――腹ァくくるぞ」
小さく自分に対し呟き、サーベルを構える。
敵が数騎、俺を包囲殲滅せんと馬を進めて来る。
――間合いは充分。
勇者中尉「――HEKAS、HEKAS、ESTE、BEBELOI……」
一族の内に秘される口伝の呪文を唱え始める。
それと同時に、全身の血管を『何か』が通りぬけ、体全体が戦慄くのを感じる。
吐き気と頭痛が同時に襲い、胃液が逆流しそうになるが、それを無理矢理に抑え込む。
古の時代においては、勇者の一族に生きる者は全て、その身に宿った異能を使いこなすため、
物ごころつく前から一貫して、異能の行使に耐えうる肉体を構築する為の、地獄の如き修練を積んでいたという。
勇者が必要とされなくなって既に二〇〇年余り。
一族においても既にこの不効率極まりない修練が行われなくなって久しい。
つまり、俺もこの修練を殆ど受けていないのだ。
如何にその血に異能を遺そうとも、それを常人の身のままで行使できる筈も無い。
『代償』は大きい。しかしやるしかない。
勇者中尉「――SHDI、ALCHI――」
呪文と共に、不快感は増し、視界が揺れる。
恐らく、眼は充血し、顔は死人の如く蒼褪めているだろう。
しかしそんな俺の姿とは対照的に、伝家のサーベルはその輝きを増す。
刀身を軸に、空気中のエーテルが集められているのだ。
その輝きに、恐れ知らずのキジルバシの顔に、恐怖が現れる。
慌てて鳥首を返そうとするが――もう遅い。
勇者中尉「A*M*E*N――!」
呪文が末尾を叫ぶと、俺は件サーベルを中空で振り抜いた。
その軌跡に合わせて、刀身に集まったエーテルが光の刃と化して発射され、
その射線上のキジルバシを数人、大根でも斬る様に輪切りにした!
しかしそれと同時に、俺は口から血を吐き、耳と鼻からも血が噴き出し、眦からは血の涙が溢れる。
意識が飛びそうになるのを何とか抑え、予期せぬ事態に慌てるキジルバシ共へと、
最後の気力を振り絞り、俺は大音声を放った。
勇者中尉「―― 勇 者 推 参 ッ! 死にたいヤツからかかってこいッ!」
人間語は解らずとも、その意味する所と込められた気迫は理解できたらしい。
その遺伝子に刻まれた、過去の時代の勇者の猛威を思い出した様だ。
蜘蛛の子を散らす様に敵は潰走していく。
その背を眺め、にやりと笑うと、
俺は再び血を吐いて、ぐらりと体をよろめかせる。
意識が遠のき、体はさらに斜めに傾き、
みたび血を吐きながら意識は暗転、俺の体は馬上より地へと落ちた。
敵数騎に対しこの代償――やはり勇者は時代遅れだ。
そう思いながら、俺は意識を手放した。
今日はここまでです。
それではメリークリスマス。
今度こそ続きは早めにしたいです。
◆魔/勇◇
副王「――なに?」
副王は眼の前で跪き、敵を取り逃がした事へのキジルバシの隊長の言う弁解に眉を顰めた。
弁解それ自体に対してもであるが、それ以上に、その内容に対して、副王は不快そうな表情を見せる。
副王「余の聞き間違いか?今、貴様『勇者』と言ったか?」
キジルバシ隊長「お、恐れ多くも、繰り返し申し奉るならば――確かに自分はそう申し上げました次第で御座います」
キジルバシ隊長は頭を地面に擦りつけるように深く深く跪き、震える声でそう答えた。
魔王正規軍の軍規は厳しい。敗北や逃亡には死を以て贖わされるのが殆どである。
しかるに、このキジルバシ隊長は完全に色を失い、士気もズタズタに崩れた状態で陣地へと逃げ帰って来た。
そこを副王に目撃されてしまっている以上、如何なる言い訳も最早通じまい。
後は事実を報告し、ただただ慈悲を乞うしかないのである。
キジルバシ隊長「あの敵の騎馬隊の隊長らしき男は、間違いなく勇者で御座いました」
キジルバシ隊長「自分はそやつめが確かに魔導の技を使うのを、しかとこの眼で――」
副王「もう良い」
副王は手でキジルバシ隊長の言葉を制すると、その掌で手刀を作り、一閃ッ!
――ズシャッ!
流石は高位の魔族である。
素手の一撃で、硬い鱗を持ったリザードマンの戦士の首を見事に断っていた。
副王「貴様の言う事が事実であれ嘘であれ、最早遅いわ」
副王は眼下に広がる自軍の様子に、苦虫を噛み潰した様な顔になっている。
北方中都への攻撃は中断されており、各隊の隊長や配下の将軍たちが、
動揺し浮足立った兵達を叱咤激励するためめ走り回っている様が見えたのだ。
今しがた副王自らが処断した隊長率いるキジルバシ隊の面々が、
逃げ込むと同時に勇者を見た、勇者に仲間を殺されたと吹聴して回ったのである。
これによって、攻撃をしていた部隊に後方から動揺が広がり、
果敢な攻撃はその勢いを殺がれ、結局、半月堡は落とせぬまま、
人間どもに押し返されてしまったのである。
現代の戦争において勇者が持つ戦術的価値も戦術的価値も共に低い。
如何に神妙不可思議な力を持とうとも、それは所詮、匹夫の勇の域を出ていないからだ。
しかし精神の面においては異なる。
童が幽霊を恐れる様に、下級の魔族は勇者を恐れるからだ。
勇者が昨日までの世界において魔族へと与えた数々の損害は、
今日においても伝説としての力を持っているのである。
副王「チッ――機を失したか」
副王「一刻も早く、あの街を落とさねばならぬというに……」
如何なる精鋭部隊であろうとも、その攻勢には必ず“限界点”が存在する。
攻撃の勢いは限界点においてピークに達し、それ以降は急速に減衰する。
故に攻め手の指揮官はこの限界点を見極め、それが来る前に勝敗を決しなければならず、
逆に守り手の指揮官は敵の攻撃の限界点を逆に見極め、それが来るや否や反撃に転じなければならない。
この限界点を見切る能力こそ、戦闘指揮官の優劣の決定的要因の一つであるのだが、
しかし今回の場合、誰が見たとしても限界点は最早超えてしまった事は明らかであろう。
副王「(急がねば……)」
副王にはこの街の攻略を急がねばならぬ理由が二つあった。
一つは今回の連邦共和国侵攻における作戦上の理由。
そしてもう一つは、彼の『政敵』への対抗上の理由である。
副王「急がねばならぬ。連中に先を越されたとすれば……」
かつては当代の魔王への改革反対派にまわった副王は保守派の首魁である。
副王率いる軍勢とは別方面から侵攻する『彼ら』――改革派軍――には負ける訳にはいかないのだ。
副王「だとすればまずは……」
副王「不安要素は芽の内に摘むべきだ」
副王は考える。
動揺した我が軍を立てなおす間はどの道、攻撃に転ずる事は出来ない。
ならばその時間を少しでも有効に使おうと。
彼は傍らに控える侍従へと命じた。
副王「『精鋭重騎兵部隊(スィパーヒー)』を呼び出せ」
副王「狩りの時間だ。怪しげな『勇者』とやらを、見つけ次第殺すのだ」
やや遅ればせながら、あけましておめでとうございます
短いですが、取り敢えず新年初の更新をば
では、また
◇勇/魔◆
――副官少尉はエルフと人間の合いの子である。
そして彼は、そんな自分の生まれに対し忸怩たるものを感じ続け生きて来た。
副官少尉母『――お前は顔の良いだけの女なんかに騙されちゃだめだよ』
副官少尉母『顔が良いだけのエルフ男なんぞに騙されたアタシみたいにね』
彼の母の口癖であった。
父に捨てられて以来、彼女は洗濯女を始め、様々な職を転々とした。
望まれぬ“混ざりモノ”の子供でも、彼女にとっては息子だった。
全ては、その重荷以外の何物でもない筈の一人息子を育てるためだった。
その恩を彼は忘れた事は無い。
しかしそれでも生活は苦しく、副官少尉も日雇いの仕事をして生活を支える他無かった。
ようするに貧乏であったのだ。
彼女に楽させる為にも、
彼を『父無し子』だの『混ざりモノ』だのと馬鹿にした連中を見返す為にも、
副官少尉は日雇いの合い間を縫い、あらゆる手段で勉学に励んだ。
そしてやっとのことで陸軍士官学校に入学したのである。
幸い、陸軍士官学校には近年、設置されたばかりの奨学金制度があったからだ。
これがあるのは、連邦共和国内の高等教育機関では陸海軍の士官学校だけであった。
大学のような高等教育機関に通えるのは、中産階級以上の金持ちの生まれだけである。
そんな連邦共和国で貧乏人が出世したいと思うならば、最も手っ取り早い手段はやはり軍隊だった。
いつの時代、どこの国でもそうであるように、軍隊は貧乏人達の最後の希望なのだ。
そして、副官少尉は陸軍士官学校内でも苦学し、
主席次席とまではいかないながらも、それなりの成績でこれを卒業、
少尉任官後に『第21乗馬警邏隊』に配属され――ここで初の『実戦』を経験したのである。
◇勇/魔◆
最初、乗り手のいない勇者中尉の馬が彼らの戻ってきた時、
『僕』も、曹長も、いや中隊の全ての兵士が、
勇者中尉は死んだものだと顔を蒼褪めさせたものだった。
燃える果樹園を飛び出し騎乗、勇者中尉が向かった場所へと急行すると、
血まみれの彼が地面に倒れているのが直ぐに見つかった。
幸い、重傷ながら死んではいなかった。
しかし、意識は無い。ならば、この場の指揮を誰かが引き継がねばならない。
副官少尉「……」
つまりは自分が、である。
僕は思わず、二度程生唾を飲み込む。
――はっきり言って、こんなことは想定外以外の何物でもない。
僕が軍人を志したのは、祖国への忠誠故ではなく立身出世の為だ。
むろん、人並みには愛国心はあるつもりだが、しかし人並み以上じゃあない。
五体を賭して七生報国せん、などといった熱い情熱はまるで持ち合わせていない。
故に、こんな突然の戦争など望んでいなかった。
こんな勝つか負けるか云々以前に、自分達の現状さえ五里霧中の戦争などは。
軍人である以上、いつかは戦場へ征くことは覚悟していたとは言えども、
それはこんな形でではなかったのだ。
立て続けの実戦だけでももう充分だ言うのに、
まさか指揮官の仕事までもせねばならないとは――
正直言って、今にも逃げ出したい。
指揮官など、自分の器ではないと、僕は自分でも思う。
――しかしだ
副官少尉「(他の隊員達にとって、僕の内心などどうでも良いんだ。重要なのは……)」
副官少尉「(僕が現状、この場での指揮権は僕にあるという事実だ)」
自分は軍人であり、少尉であり、隊の副長である。
だとすれば、望む望むまいに関わらず、義務は果たされなければならない。
燃え滾る愛国心は無くとも、職業としての軍人稼業へのプロ意識ならば自分にも充分にある。
それを支えに、今は踏ん張らねばならないのだ。
副官少尉「――隊長殿には意識が無い」
副官少尉「曹長、勇者中尉殿を馬に載せて縛りつけてくれ、直ぐにだ」
副官少尉「それが済み次第、ここを離れるぞ」
曹長「ハッ!」
いつのまにか傍らで控えていた曹長に僕は命令を下す。
こういう場合の対応の素早さは、流石は古参兵といったところだ。
僕は曹長達が隊長の体を運ぶのを横目に見ながら、
ここを離れるとして、何処へ行くべきかを考える。
副官少尉「(やはり、避難民らを隠してきた民家に逃げるべきか)」
副官少尉「(あそこなら義勇兵の戦力をアテに出来るし、立てこもることも出来る)」
副官少尉「(隊長も戦闘不能の今、これ以上の戦闘続行は避けるべきだ)」
僕は、勇者中尉が落としたままになっていたサーベルを拾うと、
勇者中尉を彼の馬に括りつけ終わった隊員達の方へと振り返り命令した。
僕の手には勇者中尉のサーベルが掲げられている。
指揮権と同じくコレも、指揮杖代わりに一時拝借させてもらうとしよう。
副官少尉「総員、転進」
副官少尉「臨時基地として接収した民家へと戻るぞ!」
◇勇/魔◆
臨時基地とした民家へと戻った僕達は、急いで『野戦築城』へと取り掛かった。
既に退役軍曹らが多少のバリケード作りを行っていたが、不十分だった。
勇者中尉隊長や、他の負傷兵達のの看護を、その心得のある避難民たちに任せると、
僕は隊の全員を使って作業へと取り掛かったのだ。
民家の窓ガラスを全て割り、鎧戸を壊し、壁に穴をあけて銃眼を作る。
民家を取り囲む壁に足場を作って、壁の上から敵に対し射撃が出来る様にする。
表の出入り口には家財道具や穀物の袋を積み上げて封鎖し、
その後ろにも足場を設けて射撃できるようにした。
裏口は……敢えて塞がない。
この民家の裏口を出れば、そこは直ぐに庭園や果樹園と繋がっており、
この樹木などによって、裏口は意図されぬカムフラージュを受けていた。
このカムフラージュを、折ったばかりで葉も沢山付いた木の枝などを、
軽く積み上げる事で強化する。
いざという時の逃げ場を用意してあるのとないのとでは、
兵士達の戦いに臨む際の気構えが違ってくる。
『背水の陣』などというものが出来るのは、極々一握りの、天才的な名将だけの話だ。
逃げ道は、用意しておくにこした事は無いのだ。
こんな形で、農場民家の陣地化を進める一方、
一応、自分の『下』になる電信少尉などに、
武器弾薬の残りの量を確認させ、その簡単なリストを用意させた。
既に、ここに到着した時点で勇者中尉がそれを済ませていたが、
一度戦闘を挟んだ以上、改めて確認しておく必要があったのだ。
学士上がりの為か、こう言う仕事は流石に速く、
彼は早くも僕ももとへとリストを届けてくれた。
――その結果は……
副官少尉「……厳しいな、コレは」
電信少尉「そうだな。正直、ここに立て篭もって戦うには……」
副官少尉「心もとない」
電信少尉「ウム」
勇者中尉が寡兵で敢えて攻めに転じたのも解ろうというものだ。
そもそも騎馬警官の仕事は治安維持と巡邏、後はせいぜい賊の討伐だ。
その為、弾薬の備蓄はさほどの量を必要とされていなかった。
だがそれでは、長期戦を行うのは不可能だ。
直ぐにも援軍が来てい出来ない以上、
僕達に残された道は、北方中都の歩兵連隊と合流する以外には無かったのだ。
副官少尉「――やはりここは、部隊を再編成して、再出撃を……」
そんな事を考え、呟いた所だった。
曹長「副官少尉ーーッ!」
曹長が自分を呼ぶ声がする。
その声色で、『ろくでもないこと』が起こっただろうことは直ぐい解った。
僕が跳んで行くと、曹長は自分に望遠鏡を手渡して、ある方向を指さした。
まだ遠いが、確かに見える土埃に、僕は嫌な予感を覚えつつ、望遠鏡を覗きこむ。
見えたモノに、僕は思わず声に出して毒づいていた。
副官少尉「マジかよ……いい加減にしてくれ……」
――見えたのは、こちらに接近する敵の槍騎兵の群れだった。
本日の投下は以上です。
遅れた割に少なくて申し訳ない。
暫くは副官少尉が主人公の代役を務めます。
では、また
副官少尉の眼に、望遠鏡越しに見える敵の姿は、近づいて来るにつれて大きくなっていく。
一見するだけで、敵は装備が良いのが解る。
種としての思想信条が為に、敢えて軽装で戦場に赴く上級の魔族を除けば、
装備が良い程に部隊の精強さも増して行くのは人間も魔族も同じだ。
副官少尉「……あれは、『スィパーヒー』か」
大型の駱鳥に跨るのは、全身を鋼の鎧で覆った青黒い肌の巨人……オーク種である。
オークは魔族のヒエラルキーの中でも、中の上とでも評すべき位置にいる種族で、
その外見は、何処となく類人猿染みた風貌に、青黒い肌、やや先の尖った耳、平均2メートルの巨人である。
良くオークは風貌の醜い種族と言われるが、それはゴブリンと混同されたが故の誤解で、
顔立ちは猿染みてはいるものの、必ずしも醜いとは言えず、むしろ剽悍さを感じさせる者が多い。
リザードマンと同じく、魔族軍では精鋭部隊を占めている事が多く、
中でもスィパーヒーは、人間の軍隊で言う所のエリート槍騎兵で、今なお戦場の花形兵種であるのだ。
スィパーヒーの一隊は、副官少尉らの立てこもる民家より、
数百メートル離れた場所で止まり、横隊の形を採った。
ライフルカービンの有効射程内だが、しかしスコープ無しでこの距離で命中させるのは実際厳しいだろう。
そしてスコープ付きのライフルは、近年になって登場した新兵装である。
エリートで構成された実験部隊である『実験ライフル連隊』を除けば、支給されている隊は殆ど無い。
当然、こんな辺境部隊にはスコープ付きの銃などある筈も無かった。
副官少尉「嫌な所で止まったな。この距離じゃ狙っても当たらん」
曹長「自分なら当てられるかも知れませんが、どうしますか?」
望遠鏡より眼を離し、曹長を副官少尉は見る。
伊達に曹長は勲章をぶら下げている訳ではない。
彼は歴戦の勇者であり、特に射撃に秀でているのだ。
副官少尉は少し考え、しかし首を横に振った。
副官少尉「いいや。やめておこう」
副官少尉「藪をつついて蛇を出す……もう少し敵の様子を見るまでは、迂闊に仕掛け無い方が――」
曹長「たぶん、連中はあそこから動きませんぜ」
曹長の指摘は、その言葉に反して語気が断定的だ。
副官少尉「何故だ?」
曹長「副官殿は、あそこに槍騎兵が張り付いている状況で外に出れますかね?」
曹長は副官少尉の問いに対し逆に聞いてきた。
副官少尉は、質問に質問を返した事に怒るでも無く、律儀に答えた。
副官少尉「乗馬歩兵で槍騎兵に挑むなんてゾッとせんな」
副官少尉「逆に連中からコッチに突っ込んで来てくれるなら、良い射的の――」
と、ここまで言って副官少尉は、曹長が何故先のように断じたかを理解した。
副官少尉「なるほど。あそこに連中が張り付いいる限りは、『動けん』わけか」
曹長「ええ、お互いにね」
乗馬歩兵は槍騎兵の突撃に耐えられない。
逆に槍騎兵に『陣地攻略』は、不可能ではないがリスクが余りに大きい。
故に、第21乗馬警邏隊はこの民家より動く事が出来ず、
そしてスィパーヒー達もまた、こちらには攻めてこられないのだ。
――しかしである。
副官少尉「マズいな……」
曹長「ええ、マズいですな」
副官少尉は焦りを覚えていた。
あそこにスィパーヒー達が陣取っている以上、こちらは迂闊に動けない。
しかし連中は増援を呼ぶ事が出来る。それも歩兵の増援を。
こちらをここに釘付けにしている間に、歩兵の増援で包囲を完成させれば……。
寡兵の上に援軍も期待できない状態での籠城戦など、自殺行為以外の何物でもない。
加えて、武器弾薬も潤沢とは言い難いのだ。
副官少尉「(クソッたれが!)」
副官少尉は、胸中で毒づくと、必死に考えを巡らせる。
焦りの為か、幼少期に母親に厳しく躾けられた筈の、親指の爪を噛む癖が再発してしまう。
と言っても、両手は白い手袋で覆われている為に、実際に噛んでいるのは手袋の指先なのであるが。
手袋の先端を噛みつつも、空いた方の手で望遠鏡を構え、スィパーヒーを窺う。
やはり連中には動く気配が見えない。やはりあそこに陣取ることで、こちらを封殺するつもりなのだ。
――ここで副官少尉は、自分達が立てこもる民家の、裏口の事を思い出す。
副官少尉「曹長」
何か考えついたのか、右手を口から離す。
どうでも良いが、手袋の先が涎と噛んだことで、悲惨な事になっている。
副官少尉「特に足の速い兵を集めろ。数は……二十名程だ」
副官少尉「それと、射撃の上手い兵を別に集めて、民家の屋根の上に登らせろ」
副官少尉「こっちは、数は問わない。上げられるだけ上げるんだ」
曹長「了解しました」
曹長は走って、指示された兵を呼び出し始める。
副官少尉は、自身の拳銃をホルスターから引き抜くと、
確かに弾丸と弾薬が装填されているのを確かめて、ふとひとりごつ。
副官少尉「やられるまえにやれ、だ。良いさ、コッチから仕掛けてやる」
とりあえずここまで
短い上に内容も無くて申し訳ない
それでは
僕は、選りすぐりの脚の速い兵士達の一隊を率い、民家の隠された裏口から外へと出た。
果樹や生垣の後ろに潜みながら、僕達は音を立てないように行動する。
目的は一つ。
僕達が動けぬように陣取ったスィパーヒー達の背後に回る事だ。
今度の作戦は極めてシンプルなもの。
まず民家の屋根に上げた射撃の上手い兵士達にスィパーヒーへと射撃させ、連中を挑発する。
これで敵が民家の方へと動き出してくれるのならば良し、そうでなくとも敵の注意はどうしても民家の方へ向く。
その上で、連中の背後へと回った僕達が、不意打ちの一斉射撃を浴びせ、民家の方の部隊と挟みうちにするのである。
僕達は寡兵であり、ライフルの数も少ない。
故に前後両方からの一斉射撃を浴びせたとしても、敵へと与える損害は大したものにはならないだろう。
しかし戦場において真の重要な事とは敵を殺す事では無く、敵の隊形を崩し士気を失わせ、潰走へと追い込む事にこそある
殺すだけならば、逃げる敵を追撃する際に充分に出来る。
立ち向かってくる敵を殺すのに比べれば、逃げる敵の背中を撃つ方が遥かに容易い。
――士気を挫く。
少数が多数に勝つには、これしか手段は無かった。
この土地が、平坦さの少ない、でこぼこの緩い丘陵地帯であったのは幸いだった。
身を隠す為の場所ならば、それこそごまんとある。
僕達は口を閉ざし、背を屈め、静かに進む。
民家よりの攻撃を任せた曹長達が、スィパーヒー達への射撃を始めるまでには、
何とか敵の陣取る地点の後方へと移動を済ませねばならない。
静かに、されど――
副官少尉「(迅速に)」
僕達は進むのだ。
果たしてその先にあるのは何か。
死中に活路を見出すか。さもなくば地獄に墜ちるか。
いずれにせよ、ただ前に進むのみだ。
◇勇/魔◆
――夢を見てるらしい
俺はその事実に直ぐに気がついた。
目前に広がる光景は、現世においてはあり得ざる情景であったからだ。
鋼の騎影が地を駆ける。
全身を隈なく鎧に身を包み、跨る馬すら鎧で覆われている。
騎群の数は決して多くは無い。
せいぜい、数百を数えるに過ぎない騎馬武者達が、土埃を上げて荒野を疾駆している。
鋼鉄の騎兵の一団に混ざる喇叭吹きが、高らかにそれを吹き鳴らす。
軍旗が掲げられ、そこ翻る紋章は、俺にはとても見覚えのある代物だった。
――赤地に縫い取られた黒い鷹
――その胸元にはバナー(紋章旗)が設けられ、白地に赤で『X』と『P』の組み文字が映えている
勇者中尉「(――『ラバルム』)」
俺は胸中でその名を呼ぶ。
見間違えなどする筈も無い。
『救世主』を意味する古代語の頭二文字を取り出して紋章をしたものだ。
『勇者』の一族が代々それを掲げる事を認められ、求められ、一族の誇りの証として自認してた『印』。
それが軍旗に掲げられているということは、この軍勢は果たして――
勇者中尉「(俺の先祖の誰かが率いた軍勢か!)」
俺の考えは恐らく正しいだろう。
鋼の騎馬武者達が纏う鎧も、跨る馬も、そのいずれもが一級品であるのが明らかなモノ。
そしてあの軍旗……偽物などでは無い、正真正銘の本物の勇者軍の筈だ。
騎群は、軍旗を掲げる騎手を先頭に、
空から見れば逆三角形状の、楔型の陣形をとった。
この陣形も、俺は良く知っている。
『槍の穂先』と呼ばれる、とてつもなく古く、しかし実績のある伝統の陣形だ。
俺は何度も何度も、一族の長老たちの昔語りの中に、この陣形が出て来るのを聞いた。
伝説の霧に包まれて、最早史実か否かも定かでない『初代勇者』の時代……。
当時の初代勇者が、初めて魔王軍の破った際に使った陣形だと伝えられていた。
勇者中尉「(そして……あの先頭の騎士は)」
その『槍の穂先』において、その切っ先の先の先を任された騎士。
軍旗を掲げながら猛進するその騎士の武器甲冑は、他の騎士達は明らかに一線を画している。
他の騎士達はいずれも、犬面兜(ハウンスカル)を被り、
鎖帷子と板金鎧を半々で組み合わせた鎧を装着している。
それに対し先頭の騎士は、鳥の羽根状の前立ての付いた皿型兜(サレット)を被り、
関節や脇下などの可動部を除く全てを板金で覆った鎧、いわゆるフルプレートメイルを纏っているのだ。
恐らくは、この時代における最も新しいタイプの鎧であり、その意匠の細やかさから考えるに、最も高価な鎧兜だろう
その盾は白く塗られ、血よりも赤い緋で、やはりラバルムが輝いている。
先頭故に最も危険であり、その上でこの陣を先導する為に最も重い役目である、先駆けの役。
それを担い、しかもそれに相応しい洗練された装束。
間違いない。あの先頭の騎士こそが――
勇者中尉「(『勇者』かッ!)」
それも、自分のような『その血を引いている』といった程度の名ばかりのモノでは無い。
『人類の盾』の役割を担い、血と栄光の中に生きた正真正銘の勇者だった。
夢中の『勇者』は自身の一馬身ほど後方を走っていた従者らしき騎馬武者に何事か叫ぶと、
近づいてきた彼へと軍旗を手渡し、腰間の長剣を引き抜いて、天へと切っ先を立て、さらに大きな声で何かを叫んだ。
それは呪文のようであった。
長い時を経る過程で失伝したのか、俺も聞いた覚えの無い呪文だった。
『勇者』が呪文を唱え始めるのに合わせて、『槍の穂先』の一角を為すエルフの騎士達も同じ呪文を唱和する。
彼らの声が昂るにつれて、『槍の穂先』は徐々に、光の帯に包まれ始めた。
光はまたたくまに騎士達の成す楔を覆い、『槍の穂先』は巨大な光の鏃となった。
光となった彼らは、一直線に突き進む。その先にあるのは――
勇者中尉「(魔王軍!)」
紫、青、赤、緑と色とりどりの『双頭の竜』の旗は、間違いなく魔王軍のものだ。
現在目にする魔王軍よりも、遥かに多く、遥かに士気に溢れた地獄の軍勢が、腐臭すら感じる息を吐き、雄叫びを上げる。
しかし一片とも恐れを見せず、光の穂先は突き進み、敵陣へと深く突き刺さった。
最高速度の重機関車にでも突っ込まれたように、魔王軍の兵士達が文字通り吹き飛ばされる。
その余りにも現実離れした光景に、俺は思わず目を剥く。
光は敵陣に突っ込んで暫くすると薄れ、消えた。
そして消えた光の中より飛び出して騎士達は、剣や斧を手に、魔王軍へと斬り込んでいった。
その血みどろの戦いを、俺は何処からか眺めている。
ふと『勇者』がコチラの方を向いた。
――そして目が合った。
その瞬間、俺は、兜で隠されている為に見えない筈の彼の口元が動き、
何かを俺へと向けて呟いたのを確かに理解した。
彼は――
◇勇/魔◆
それは彼の中に流れる血のなした事なのか。
勇者中尉は、青白い顔をしながら、ベッドの上に横たわり、不可思議なる夢を見る。
彼にはまだ、目覚める様子は見えない。
――『現代の英雄』は、まだ覚醒していない。
お待たせした割には短くて申し訳ない。
今度は、今日より一週間以内に更新したく思います
それでは
――勇者中尉は意識を夢中においたまま臥し
――副官少尉が勇猛なれど無謀なる奇襲作戦を敢行しつつあった
――ちょうど同じ頃
女エルフ中尉「――ケェェェィッ!」
女エルフ中尉は裂帛の気合と共に白刃を一閃、振り下ろす。
彼女へと跳びかからんとしていたゴブリン兵の顔面が真っ二つに裂け、
緑の血が噴き出し、四方へ散った。
しかしゴブリンを一匹仕留めたからと言って女エルフ中尉には安心する事許されない。
その逆側より、聞こえる別の雄叫び!手斧を振りかざし、ゴブリンには珍しく勇敢に跳びかかってくるのが一匹。
女エルフ中尉「小賢しいッ!」
しかし女エルフ中尉は既に左手で六連発拳銃を抜き放っていた。
――ズドォンッ!
重い銃声が響き、目に悪そうな白い煙が噴き出す。
その厚く白い靄の向こうで、血を噴き出し叫びを上げつつ、空中でひっくりかえるゴブリンの姿が見えた。
その厚く白い靄の向こうで、血を噴き出し叫びを上げつつ、空中でひっくりかえるゴブリンの姿が見えた。
手綱を引いて馬首を巡らし、自身の首また同様に巡らせる。
その動きに伴って視界は全方位を周回し、目ぼしい敵は全て片付いたらしいのを、女エルフ中尉は確認した。
女エルフ中尉「副長!当方の損害は?」
女エルフ中尉の叫ぶような問いに答えたのは、彼女より少し離れた所で、
ゴブリンの死骸より自分用の騎槍を引き抜いていた中年のエルフ騎兵である。
エルフ副長「残念ながらこっちも何人かやられた模様!」
女エルフ中尉「何人かじゃ解らん!確認急がんか!」
エルフ副長「ハッ!直ちに!」
生き残った騎兵達を並ばせ点呼を獲る為に、副長が叫びながら馬を走らせる。
それを横目に、女エルフ中尉はサーベルについたゴブリンの臭い軍服の裾で血を拭った。
彼女達エリート槍騎兵自慢の華やかなる軍服も、たび重なる白兵戦と行軍、血や泥で汚れきってしまっている。
今更その汚れが増えた所で、どうとも思わない。
女エルフ中尉「クソッタレめ……」
彼女は、小さく声に出して毒づいた。
口元の刀傷が歪み、地が美しい容貌だけに、中々な凄絶な表情になる。
死線を抜けたばかりの両眼には、まだ戦闘による熱気と殺気が残っていし、
加えて彼女の声はハスキーであるために、小さな毒でも中々に迫力があった。
女エルフ中尉「(もし……こんなにも早く開戦すると解っていれば、もっとマシな装備で来たモノを……)」
彼女率いる第2エルフ槍騎兵連隊・臨時先遣小隊は、せいぜい五十騎程度の戦力に過ぎず、
その任務は斥候であるために、武器弾薬共に潤沢とは言い難い。
ここに至るまでに幾度かの戦闘を経た為に、その貴重な兵力・弾薬も既に消耗している。
最早、敵に対するハッタリであっても、当方武器弾薬充分に充実し士気も旺盛、などとは言えない現状だ。
女エルフ中尉「副長!まだか!」
エルフ副長「ただ今ッ!点呼取るぞ!」
苛立たしげに叫ぶ女エルフ中尉に、エルフ副長は急いで点呼を取り始める。
やはり明らかに数が先の戦闘前より減っているのが、数えずとも一見にて解った。
女エルフ中尉「(何が『今回はまだ偵察だけで済む』だ。ふざけやがって)」
女エルフ中尉「(そもそもなんで私達、槍騎兵連隊が、こんなむさ苦しいド田舎の……)」
点呼の様子を横目に見ながら、彼女が思い出すのは、
彼女達をこの場へと送りだした、連隊長の澄まし顔である。
そもそもことの始まりは――
短くて申し訳ないが、一身上の都合で、今日は取り敢えずこれだけ更新。
続きは、明日14日の夜の予定。
ではまた明日。
◇勇/魔◆
連隊長『既に噂ぐらいは耳にしているかもしれないが、北部辺境に不穏な動きが確認されている』
連隊長『よって、いずれかの部隊が偵察を行う必要性が生じた』
連隊長『そこで我らが第2エルフ槍騎兵連隊に特命が下されたのだが』
連隊長『私は君の小隊に、挺進偵察を命じようと思う』
二週間程前、連隊本部へと召集された女エルフ中尉へと、
第2エルフ槍騎兵連隊の隊長である中佐は、上の様に切り出した。
連隊長『現代においては魔族の脅威など、魔帝国の正規軍であってもタカが知れているが』
連隊長『問題は、我らが敵性国家たる「中央連合国」が魔族の共の動きに呼応する可能性がある事だ』
連隊長『精強を以て知られる我らが連邦共和国軍であろうとも、挟み討ちをされるのは好ましいとは言い難い』
連隊長『故に、本偵察をして魔族共の状況を探り、場合によっては機先を制すための準備が必要となる』
連隊長『つまるところ、本任務は極めて重要だということだ』
エルフ的な整った美貌の連隊長は、恐ろしい鉄面皮の男で、
流れ弾で傍らの副官が頭をザクロの様に吹っ飛ばされても、眉ひとつ動かさなかったらしい。
優秀ではあるが冷酷無慈悲で、部下にとっては余りありがたい種類の上官では無い。
だから女エルフ中尉は、この“極めて重要な任務”の指令を受けた時に真っ先に嫌な予感を覚えたのである。
そもそも斥候任務と言えば通常、軽騎兵連隊の連中か、竜騎兵連隊の仕事である。
わざわざ槍騎兵、それも精鋭部隊たるエルフ槍騎兵連隊に任せようとしている時点で、本任務は普通ではないと言っているも同然だ。
今しがた受けたばかりの説明からも、この任務の重要性は理解できる。
だが、この連隊長殿が直々に下した命令など、重要である以上に碌なモノである訳が無い。
しかし兵隊とは、上が死ねと言われれば死んで来るのが仕事である。
よって女エルフ中尉に許された返答などは――……
女エルフ中尉『ハッ!喜んで拝命致します!』
……――ぐらいのものであった。
しかるに女エルフ中尉率いる五十騎の槍騎兵は、偵察任務用の装備を整えて北部辺境へと出発した。
派遣の名目は『当該地における演習に先立っての視察』であった。
偵察任務というやつは多くが機密任務であり、今度の場合もそうであった。
女エルフ中尉は北部辺境、国境付近へと部下と共に赴き、
そして不穏なる情勢への偵察どころか、『開戦』のその瞬間を間近で目撃する破目になったのである。
◇勇/魔◆
――点呼をした所、生き残っているのは三十三騎に過ぎなかった。
無理も無い。
あくまで偵察任務の為の装備が主であり、戦闘を行う事は想定していなかったのだ。
出来るだけ、敵を避けつつの行軍ではあったが、魔軍は北部辺境の彼方此方へと、分遣隊を出していて、
遭遇戦を完全に回避するのはまず不可能であった。
女エルフ中尉「(調達隊……)」
女エルフ中尉「(魔族の化け物どもは兵站のヘの字も知らんのか糞ッ垂れめッ!)」
古来より、戦における物資の調達の基本は現地調達であった。
現地調達と言えば聞こえも良いが、要するに略奪の事である。
連邦共和国軍を始めとした人類国家に属する軍の多くは、
鉄道の導入と道路網の整備によって、この忌わしき古からの悪習よりかなり解放されつつあるが、
しかし今なお、必要に応じて現地調達は行われている。
まこと、兵站は戦争の基本中の基本でありながら、これほどまでに難儀なものも無い。
兵員の数では人間国家の軍隊の多くを上回る魔王の軍勢にとっては、兵站は余計に難儀な代物である。
よって彼らは、昔ながらのやり方を貫く道を採っている。
やはり略奪は、ある意味一番手間が掛らなくてヨロシイのだ。
魔族にとって、戦争の相手は殆どの場合人間であるから、後腐れは全くない。
むしろ、人間から奪い取るのは、立派な戦略の一環とすら言えるのだ。
女エルフ中尉「(そのお陰で……こっちは碌な目にあってない!)」
小規模な略奪部隊が北部辺境一帯に分散して展開しているのである。
殆どは小規模なゴブリン部隊に過ぎないが、それでも、戦えば必ず何かを消耗する。
女エルフ中尉「(こっちには余裕が無いんだ……)」
今になって後悔するのは、あのいけ好かない騎馬警官の中尉と合流しておけば、と言う事だ。
しかし、自分のみならず、隊員の心情を考えても、『勇者』のいる部隊と共同歩調をは難しかっただろうけれど。
女エルフ中尉「(『裏切り者』風情と手を組んで生き残ったとあらば、一族末代までの恥だ)」
女エルフ中尉「(……自力で、何とかするしかあるまい)」
だとすれば、向かう先は一つ、『北方中都』である。
あそこを護る、第20歩兵連隊と合流せねばなるまい。
女エルフ中尉「(あの勇者野郎も、向かう先は同じ、か?)」
女エルフ中尉「(まぁ、今からその事を気にしても仕方あるまい)」
女エルフ中尉「(今、何にもまして重要なのは)」
生き残ることを措いて、他には無い。
とりあえず今日はここまで。
ずいぶんと間があいて申し訳なかったです。
できれば、今週中にもう一回ほど更新したいけれども、まだ未定です
いずれにせよ、報告だけはします
それでは
◇勇/魔◆
――屋根に登って、敵の様子を窺う。
敵たるオークには気取られぬ様に、切妻屋根の頂きの直ぐ裏側に身を隠し、僅かに頭を出して、望遠鏡で敵を見る。
日光に鋼の甲冑がキラキラと光る様子が見える。
体躯の大きいオーク達が完全武装で馬に跨り、横列を為している様子は、敵ながら威風堂々として立派なものだった。
曹長「(いつぞやの時とは逆か……)」
望遠鏡を覗きこみながら曹長が思いだすのは、過去に彼が従軍した戦争の事だ。
――『藩王戦争』
と、連邦共和国では呼ばれている戦争の事だ。
曹長の胸にぶら下がっている勲章の一つは、その戦争で手に入れたモノだった。
曹長「……」
無意識の内に、左わき腹に手が伸びていた。
その事に気付き、曹長のセイウチみたいな髭の下で思わず苦笑いが出た。
件の戦争の時に、オーク兵士の槍に貫かれた古傷だった。
今でもその痕が消えない古傷は、出来たばかりの頃は随分と疼いたものだったが、
果たして今度の戦争では、この傷程度で済んでくれるものだろうか。
曹長「(こちとらもう歳だと言うのになぁ……)」
そもそも曹長がこの辺境地域に移って来たのも、兵士としてはかなりトウがたってきていたからだった。
騎馬警官としての仕事も、最後のひと働きのつもりだったのだが、よもやこんな大仕事になるのは予想外だった。
曹長「……」
曹長がまだ伍長だった頃に従軍した『藩王戦争』は、連邦共和国から仕掛けた戦争だった。
敵は『高原藩王国』あるいは『高原土侯国』と呼ばれていた国で、
魔帝国を除けば数少ない、と言うよりも殆ど唯一の有力な魔族国家であった。
魔族が人間によって北へと追いやられて行く過程で、飛び地的に生き残っていた魔族国家であり、
それだけになかなかの実力を持った戦闘国家であった。
国家元首は藩王、あるいは土侯を名乗っていた。
これは魔王によってその統治権を委託されている事を示す称号である。
魔族世界において真の王は魔王のみであるが故の称号であったが、
しかし藩王・土侯と名乗っていようtも、実質的には独立勢力であったのが高原藩王国であった。
しかし、魔族とは終わりの無い『生存競争』を繰り広げてきた人間の国家にとって、
この独立勢力の存在は許容しがたいものがあった。
故に高原藩王国と、国境で接する連邦共和国との間には不穏な空気がくすぶり続け、
いつ火が着いたとしてもおかしく無い状態が続いた。
そして先に喧嘩を吹っ掛けたのは、この場合は人間側の連邦共和国だった。
国境付近の草原地帯では牧畜業が営まれていたが、その牧畜牛が五頭、魔族に盗まれた、というのが開戦の口実であった。
殆ど、いや完全に難癖の言いがかりであったが、
そもそも人間と魔族の間柄においては、道端で目と目が合ったというだけで殺し合いの始まる理由としては充分なのだ。
難癖でも理由をこじつけるだけ、連邦共和国は理性的な国家と言えた。
“高原”の字が国名に入るだけあって、この魔族国家には高地が多い。
その高低差の多い地形を活かし、魔族はゲリラ戦法で連邦共和国陸軍を翻弄した。
マクロな視点で見る限りにおいては、この藩王戦争は連邦共和国軍の、
つまり人間側の圧勝であり、魔帝国を除く魔族最後の国家勢力は滅亡し、
難民と化した魔族は命からがら魔帝国領内へと逃げ込んだものだった。
連邦共和国国内の新聞も、さかんに陸軍の勝利ばかりを書き立てた。
しかしミクロな最前線では、やはり兵士の生活は地獄であった。
当時はまだ、『椎の実釣鐘型銃弾』は開発されたばかりで前線には普及しておらず、
つまりは旧式のマスケット銃と銃剣だけが、曹長(当時伍長)ら歩兵の魔族に対する武器であった。
この戦争で曹長は、多くの魔族の脳天を銃床でカチ割り、銃剣で臓腑を抉り殺した。
負傷をモノともせず戦い続け、遂には勲章まで手に入れたのだ。
――だがそれはもう、昔の話だ。
曹長の手にする兵器の性能は格段に進歩したが、それを操る曹長の肉体には昔日の能力は無い。
同じ魔族が相手であっても、今度は不意を攻められ、寡兵で守りという最悪の状況だ。
そして魔帝国は国家の規模においても、高原藩王国とは比較にならない強国であり、
さらに連中は技術革新まで成し遂げている。
曹長「(まぁ……それでも戦うがね)」
曹長はセイウチ染みた髭の下で微笑んだ。
そしてその微笑は、殺気に満ちたものだった。
何処であろうと何時であろうと誰が相手であろうと関係は無い。
自分は兵士であり、その人生の殆どは陸軍とともにあった。
ならば退役するその日までは、自分はただひたすらに兵士なのだ。
つまりこの場においても兵士の義務を為すだけだ。
――例え指揮官が意識を失って倒れていようとも。
あの隊長や若い副官のいない間の代わりぐらいは、老兵たる自分にも務まるだろう。
曹長「かかってこい、相手になってやる」
魔族共を見据えながら、そうポツリと口の中だけで呟く。
曹長「……!」
そうこう言っている内に望遠鏡の向こうで動きが見える。
何人かのオークが振り向き――銃声が響いた!
曹長「今だ!撃ち方用意!」
そう曹長が叫ぶと、曹長を含めた屋根の上の射撃班が一斉に起き上がり、切妻屋根の上から姿を現す。
割られた民家の窓からも銃身が突き出され、オーク達を狙う。
曹長「っ撃てーー!」
曹長の号令のもと、ライフル銃が一斉に火を吹いた。
取り敢えずここまで。
現時点では次回は未定です。
それでは
◇勇/魔◆
――本来であれば、民家の曹長達の方から、攻撃を始める手筈だった。
しかし実際に、戦闘の口火を切ったのは、僕の部隊の方だった。
背を屈め、息を殺し、
徒歩で上手く敵スィパーヒー部隊の背後へと迂回を果たした時、
僕は“あるもの”の存在に気がついた。
副官少尉「(……楡の木か)」
背の高い、葉も生い茂った楡の木が見える。
農地と農地の間を走る道の交差点に聳え立つ楡は、
平時であれば日差しの強い日に、木陰で農民たちが涼む憩いの場であったろうと想像出来た。
副官少尉「……」
僕はハンドシグナルで、引き連れて来た射手達に身を沈めて体を草などに隠す事を命じ、
僕自身は、身を屈めながら、ゆっくりと楡の木の方へと近づいて行く。
恐らく、あの楡の木の上に登れば、スィパーヒー連中を上から見下ろす事が出来るだろう。
副官少尉「(……ふぅ……)」
少年時代に果樹などを育てる農園で下働きをしていたこともあるから、
木登りはかなり上手い方だという自負が僕にはある。
装填済みのカービン銃を背の方に回し、スリングの長さを調節して、
落としたり、色々な所にぶつかって音が立つような事が無い様にする。
そうして僕は、楡の木を登り始めた。
副官少尉「……」
冷や汗が流れ、額や鼻の上を伝う。
もしも木より落ちたり、うっかり枝の一本でも折ってしまえば、
今は民家の方を窺っているスィパーヒー連中に気付かれてしまう。
敵はオークの騎士だ。白兵戦になれば、勝ち目は無い。
副官少尉「(何とか登り切ったか)」
何とか気付かれずに木には登り切った。
思いの外時間が掛ってしまった為に、
スィパーヒー連中が妙な動きでもし始めるのじゃないかと冷や冷やしたが、どうにかなった。
楡の茂った葉の間より眼を眇め、敵の様子を窺う。
磨き上げられた鋼の鎧は一級品の代物で、それを纏う体躯は威風堂々としている。
その意匠は、人間の甲冑のソレとは大きく異なり、依って立つ文化の違いを感じさせるが、
しかしその威容は、半分エルフ半分人間の僕にも感じ取ることができた。
そのまま、首都でのパレードに出しても大丈夫であろう姿だ。
副官少尉「……」
副官少尉「(あれは)」
望遠鏡を取り出して、さらに詳細に様子を窺う。
すると僕は気がついた。煌びやかな甲冑の中にあって、特に意匠の凝ったヤツが一つ。
赤色の、何の毛で出来ているかはよく解らない房飾りがついている。
副官少尉「(士官狙いは……狙撃の常道)」
望遠鏡を仕舞い、背のカービン銃をゆっくりと正面へと回す。
ゆっくりと、親指で撃鉄を起こす。
雷管は既に取りつけられ、弾丸弾薬の装填も済んでいる。
彼我の距離を目測で計り、照尺の目盛りを動かして、照門の高さを合わせる。
不安定な木の上である事を計算しながら姿勢を整え、構え、片眼を瞑る。
視線の先には、赤い房飾りのオーク騎士。
息を止めて、手の震えを止める。
僕は狙撃兵では無いし、その為の訓練も受けてはいない。
しかしこの距離で、ライフルカービンを使うのならば――。
副官少尉「(当てられる!)」
――今だ!
そう思うや否や、僕は引き金を引いた。
――ズドォォォン!
副官少尉「ッ!?」
副官少尉「チィッ!」
慣れない事をした為か、この距離で外した!
弾丸は兜の房飾りを吹き飛ばしたが、それだけだ。
僕は木から急いで飛び降りる。
途中の枝を使って落下の速度を押さえつつ、転がる様に着地する。
そして立ちあがって、大声で部下達に叫ぶ。
副官少尉「みんな立つんだ!そしてぶっ放せ!」
僕の叫びに混じって、民家の方から銃声が飛んで来るのを聞きつつ、
僕は腰より拳銃を引き抜いた。
短いですが、とりあえずここまで
それでは
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