時刻はAM6:30──
兄(ボクたちはさっき起きたばかり)
兄(なのに寝ようってのはどういうことだ……?)
兄の思考の空白を突いた妹の低空タックルは──
兄の強靭なる下半身を的確に捕えた。
結果、妹は兄を押し倒すことに成功し、馬乗りとなった。
総合格闘技における技術の一つ『マウントポジション』である。
妹「ひっかかったね、お兄ちゃん」ニコッ
兄「ぐっ……!」
妹「パーンチッ!」ブンッ
ガッ! ゴッ! ゴスッ! ガッ! ガツッ!
たとえ小石でも、相応の速度を伴えば十分凶器となる。
妹の小さな拳はまさにそれであった。
音を置き去りにするスピードで放たれる、妹のパウンド(※寝技状態でのパンチ)は──
兄の輪郭をみるみる歪めていった。
ゴッ! ガゴッ! メキッ! ビキッ……!
妹「えへへ、ほねにヒビが入った音がしたよ!」
兄「……よくもやったなぁ!」
だが──
兄「ふんっ!」グンッ
妹「!?」ブワッ
兄は全身の筋肉をバネのように稼働させ、馬乗りになる妹をハネのけた。
さらに──
ザクゥッ!
天から振り下ろす兄のヒジ打ちが、妹の頭に突き刺さった。
妹「いったぁ~い!」
兄の反撃は終わらない。
ボグゥッ!
左ボディブローが妹の脇腹を痛打、右ストレートで顎先を打ち抜く。
ガゴォッ!
妹「ひ、ひどい……」グスッ…
妹「お兄ちゃんがぶったぁ~~~~~っ!」タタタッ
兄「ちぇっ、そっちが先にやってきたくせに!」
兄「すぐいいつけるんだから!」
妹「ママァ~!」タタタッ
妹「お兄ちゃんがね……お兄ちゃんがぶったの」グスッ
母「あら~、ひどいお兄ちゃんねぇ」
兄「先にやってきたのは妹だよ!」
父「だからって泣かすまでぶつことはないだろう?」
父「お尻ペンペンの刑だ!」
兄「ちぇ~っ」
ベチンッ! ベチンッ!
父の平手打ちが、兄の尻に命中した瞬間──
その巨大な衝撃は外部にとどまらず体内に侵入し──
兄の直腸はおろか大腸、小腸にまで深刻な影響(ダメージ)を与えた。
兄「あだだ……っ!」
父「朝からお尻ペンペンなんかさせるんじゃない、まったく」
この日の朝食はバッファローケーキ。
丸焦げになったバッファローの頭部に、ハチミツを2リットルブチ撒けたものである。
妹「甘くておいし~!」モグモグ…
兄「…………」
母「あんた、まだスネてるの? ほら、お母さんはもう怒ってないから食べなさい」
兄「うん」モグモグ…
父「…………」モグモグ… バサッ
母「あなた、新聞読みながら食べないでっていつもいってるでしょ!?」シュバァッ
ベキィッ!
母の疾風の如きハイキックが父の首にめり込み、頚骨をへし折った。
父「やれやれ母さんにはかなわないな」
兄「行ってきます」
妹「いってきま~っす!」
母「行ってらっしゃい」
妹「ポチ、タマ! いってくるね~!」
ポチ「グルルルル……!」
タマ「ガルルルル……!」
ポチは体長四メートルのニホンオオカミ。
タマは体長五メートルのアムールトラ。
日々家族の鍛錬に付き合わされているため、
彼らの戦力が野生のそれを遥かに凌駕することはいうまでもない。
ポチ「グルル……ッ!」ギロッ
タマ「ガルル……ッ!」ギラッ
王者の風格ただよう眼光で、睨み合う二頭の獣。
ポチ『ご主人や坊っちゃんら出かけたし、オセロでもやらね?』
タマ『お、いいね~』ムシャムシャ…
タマ『だけどオメー、カド取られたとたんに盤ひっくり返すのマジやめろ』ムシャムシャ…
タマ『あれやられるとマジ冷めっから』ムシャムシャ…
ポチ『わりーわりー、もうやらねえよ』
ポチ『ところでさっきから何食ってんだ、オマエ』
タマ『キャベツ』ムシャムシャ…
タマ『俺、生粋のベジタリアンだから』ムシャムシャ…
ポチ『ベジタリアンの虎とかねーわ』
タマ『オメーこそ重度の甘党だろうが、狼のくせに』ムシャムシャ…
ポチ『うっせえ。んじゃ、始めっか』パチッ
タマ『おう』パチッ
幼馴染「おっはよー!」
兄「おはよう」
妹「おはよー!」
幼馴染「二人とも、今日も元気そうね!」
兄「元気じゃないよ! 朝っぱらから妹とケンカして、お父さんに尻叩かれてさ」
妹「もうわすれてよ、お兄ちゃんったら」
幼馴染「うふふ、相変わらず仲いいわね」
この幼馴染の少女、実は合気道の達人である。
墜落しつつある旅客機の落下予測地点にて待ち構え、
その合気道の極意をもって機体をふわりと投げ飛ばし──
乗客乗員に一人の怪我も出さずに不時着させたという武勇伝を持つ。
<小学校 校門>
ザザザッ……!
「ちっす、組長」 「組長!」 「妹さんもおはようございます!」
「姐(アネ)さん!」 「姐さん、ちっす!」 「キャ~、お姉様~!」
兄「おはよう」
幼馴染「みんな、おはよう!」
妹「おっはよ~!」
兄たち三人を待ち受ける、大勢のクラスメイト。
この小学校では、クラスで最も強い者が『組長』になるという伝統がある。
兄は6年1組組長、幼馴染は6年4組組長である。
ごめんなさい(;´∀`)
明日早いしねます!!
里紗さんとのメールもう日課だね笑
里紗さん愛してるよ(ノω`*)
それじゃあまた明日にゃ(´;ω;`)
おやすみんみん
誤爆
兄「やれやれ、この挨拶だけは6年になっても慣れないよ」
幼馴染「私も……恥ずかしいわ」
兄「じゃあ、ここでお別れだな、妹」
兄「まだ一年生だからそんなに難しくないだろうけど、勉強、頑張れよ!」
妹「うん!」タタタッ
幼馴染「きっと妹ちゃんも組長になるでしょうね」
幼馴染「──あと、気をつけた方がいいわよ」
幼馴染「イヤなウワサがあるから」
兄「ウワサ?」
幼馴染「2組と3組の“アイツら”が、連合組んでアンタに仕掛けるってウワサ」
兄「ふん、ケンカならいつでも買ってやるさ!」
幼馴染「いざとなったら、私も助太刀するからね!」
<教室>
兄「おはよう! 君のリコーダー、なめさせてよ!」
少女「ど、どうぞ!」
兄「はい、千円!」パサッ
リコーダー舐め──
いうなれば小学校の風俗である。
一回千円が相場だが、人気女子の中には一日で十万円以上稼ぐ猛者もいるという。
児童A「ヒューッ! 組長、朝っぱらからお盛んだねえ!」
児童B「本命(幼馴染)がいるってのに、モーニング笛舐めは欠かさないですもんね」
児童A「ま、“英雄色を好む”っていうしな!」
兄(た、たまんないなぁ……)ペロペロ…
兄(幼馴染は笛舐めさせてくれないんだもん)ペチャペチャ…
授業開始──
ワイワイ……
「あ、先生来たぞ」 「席に座れっ!」 「早くしろっ!」
ガラガラッ!
担任「うう……」ブツブツ…
担任「眠い……」ブツブツ…
担任「帰りたい……」ブツブツ…
担任「帰って布団に入りたい……」ブツブツ…
兄「気をつけろ、みんな!」
兄「睡眠不足で、先生のストレスがヤバイ!」
兄「うつ病が発症するぞぉっ!」
担任「うつ……うつ……うつ……」
「ま、まずい!」サッ 「すごい殺気だっ!」ササッ 「机の下に避難しろ!」ザッ
兄による、日頃の避難訓練の成果である。
クラスメイトの行動はグリーンベレーやデルタフォースといった
世界屈指の特殊部隊に匹敵するほど、迅速で正確だった。
ある者は机の下に潜り──
ある者は防弾チョッキを着用し──
またある者は窓から教室を飛び出した。
担任「撃つ!」チャッ
担任は懐から愛用のトカレフを取り出した。
パァンッ! パァンッ! パァンッ!
担任は重度の撃つ病患者で、ストレスが溜まると銃を撃たずにはいられなくなる。
鬼のような形相を浮かべ、教室内でトカレフを乱射する担任。
しかしこの日、クラスメイトたちに被害が出ることはなかった。
担任「ハァ……ハァ……ハァ……」カチッ カチッ
担任「くぅ~……スッキリしたぁ~」ブルブルッ
担任「では授業を始めましょうか、皆さん!」ニコッ
休み時間──
児童A「組長、さっきは助かったよ」
児童B「こないだ発症したばっかだから油断してましたぜ」
兄「先生の撃つ病は災害みたいなもんだから、油断しちゃダメだよ」
兄「災害はいつ来るか分からないからね!」
児童A「──にしても、あの人も撃つ病さえなければいい先生なんだけどなぁ」
児童B「まったくですぜ」
児童B「優しいし、授業分かりやすいし、どんな相談にも乗ってくれるし……」
兄「どんな人にだって欠点は必ずあるものさ」
児童A「さっすが~、組長は心が広い!」
給食──
兄「さぁ~て待ちに待った給食だ!」
今日のメニューは──
豚汁、サラダ、鶏のから揚げ、コッペパン、牛乳、ヨーグルト。
児童A「牛乳パックにストロー、刺しておいたぜ」サッ
兄「うん」
児童B「豚汁フーフーして冷ましておきましたぜ」サッ
兄「ありがと」
児童C「から揚げにレモン汁かけておきました」サッ
兄「…………」ビキッ
児童A(バ、バカ……ッ!)
兄「…………」ビキッ… メキッ…
児童C「え!?」
兄の顔面が恐るべき変貌を遂げた。
極太の血管が浮かび上がり、炎のように紅潮したその顔は──まさに異界の帝王。
この瞬間、クラスメイトの約半数が失禁という事態となった。
児童A「組長はから揚げにレモンかけない人なんだよ! 知らなかったのか!?」
児童B「なんてことしやがった……」
児童C「あ、あわわ……」ジョボボ…
兄「…………」ゴゴゴゴゴ…
兄「ヨーグルト」ゴゴゴ…
児童C「へ……!?」
兄「ヨーグルトをよこせ」ゴゴゴ…
児童C「くっ、組長それだけは!」
児童C「カッターナイフで小指を切り落としますから、それだけはっ!」
兄「ダメだ」ゴゴゴ…
栄養を第一に考えられた給食、それはまさに規律と節制の象徴である。
給食のヨーグルトとは──
そんな給食の中にあって唯一のデザート。
いわば、完璧なる規律と節制の中に潜む、ほんのわずかな遊び心。
例えるなら砂漠にあるオアシス。
小学校児童にとって、これを没収されることは死よりも重い罰(ペナルティ)である。
「組長……こええ」 「容赦ねぇな」 「恐ろしい人だわ……」
兄「…………」ゴゴゴ…
兄「フタだけは返してあげる。思う存分なめなよ」ピラッ
児童C「ははーっ!」
児童C「ありがたき幸せ!」ペチャペチャ…
これは慈悲である。
荒波の如く厳しい人間が不意に見せる優しさこそが、部下たちの心を掴むのだ。
強くて怖いだけでは、組長は到底務まらない。
「なんて優しいんだ!」 「かっこいい……」 「やだ、濡れてきた!」
児童A「さ、さすが組長……アメとムチを使い分けてやがる」
児童B「さすが天性のリーダーですぜ」
昼休み──
兄「ようし、みんな外でドッジボールやろう!」
児童A「いいねえ!」
児童B「あ、組長」
兄「なんだよ?」
児童B「気をつけて下さいよ」
児童B「2組と3組が組長の首を狙ってるってウワサ、知ってますよね?」
児童B「だとしたら……昼休みに仕掛けてくる可能性が高いですぜ!」
兄「ふん、ケンカならいつだって買ってやるよ!」
ワロタ
<校庭>
ドゴォンッ!
児童D「ぐべばっ!」ドサッ
児童A「オイオイ組長、また保健室送りじゃねえかよ~」
児童B「もっと加減して下さいよ~」
兄「ごめんごめん、これでも加減してるつもりなんだけど」
兄の放つボールの速度は時速200kmを軽く超えていた。
一介の小学生では捕ることはおろか、避けることすら不可能である。
当たれば保健室直行なのはいうまでもない。
──ところが。
バシィッ!
ガキ大将「へっへっへ、ぬるい球投げるじゃねえか」
兄「お前は──」
児童A「ガキ大将!」
ガキ大将──
6年2組組長。粗暴で傲慢な、典型的な暴君である。
態度の大きさに比例して体も大きく、学年一の巨体を誇る。
ガキ大将「おらよぉっ!」ブオンッ
ガキ大将の放ったボールの球速は音速を超え──
生じた衝撃波(ソニックブーム)によって、
校庭にいた全女子のスカートがめくり上がった。
ズドンッ!
兄「いい球じゃんか」シュウウ…
ガキ大将「ふへへへ、びびったか」
兄「だったらボクは──こうだっ!」ブワオンッ
兄の投げたボールは一直線にガキ大将に向かうと思いきや、
途中で下向きに軌道を変え、そのまま地面に突入してしまった。
ズドォンッ!
ガキ大将「フォーク……!?」
兄「あのボールが今どこにあるか教えてあげようか」
ガキ大将「地面の中……だろ!?」
兄「ブラジルさ」
ガキ大将「!?」
ガキ大将「ウ、ウソだ……! ウソつくんじゃねえ!」ワナワナ…
手下「いえ本当です、大将! 今ブラジルの実家に電話してみたら──」
手下「地面からボールが飛び出してきたそうです!」
ガキ大将「…………!」ギリッ…
音速を突き破ったガキ大将のボールと──
地殻、マントル、核を突き破った兄のボール──
勝敗は明確だった。
ガキ大将「や、やるじゃねえか……へへへ……」ワナワナ…
ガキ大将「だけどよ、ケンカってのはすごいボールを投げる奴が勝つんじゃねえ!」
ガキ大将「ためらいなくバットを相手に振り下ろせる奴が勝つんだ!」サッ
ガキ大将の最終兵器(リーサルウェポン)──金属バット。
ガキ大将は金属バットを、兄の脳天めがけ全身全霊をかけて振り下ろした。
ズガァンッ!
兄「いたた……」
ガキ大将(直撃したのに……!?)
兄「ちょっとちがうよ、ガキ大将」
兄「ケンカってのは、バットを使う必要もない奴が勝つんだ!」ブンッ
ドズゥッ……!
兄の拳がガキ大将の腹にめり込んだ。
ガキ大将の口から、つい数十分前に胃に入れたばかりの給食が噴水のように飛び出した。
ガキ大将「うげえぇぇぇ……っ!」ブバァァァ…
ガキ大将は己がぶちまけた給食の残骸を目の当たりにして、涙を流した。
彼にとって最もショックだったのは、
兄に敗北したことではなく、“学校最大の楽しみ”給食を粗末にしたことだった。
ガキ大将「も、もったいないィ~~~~~! 俺の給食がァ~~~~~ッ!」ササッ
手下「俺たちも拾います!」ササッ
ガキ大将を撃破し、教室に戻ろうとする6年1組の児童たち。
しかし、戦いはまだ終わってはいなかった。
キュルキュルキュル……
重々しくも甲高いキャタピラ音が校庭中に響く。
戦車の登場である。
児童A「あ、あれはまさか3組の──」
おっ(^ω^)
児童A「御曹司!」
御曹司「今度はボクが相手だ!」キュルキュル…
戦車に乗って現れたのは6年3組組長、御曹司であった。
御曹司の生まれは財閥の家系で、財力でクラスメイトを買収し、組長の座を手にしたのだ。
彼が買収に費やした金額は、数億円ともいわれている。
今彼が乗っている戦車も、もちろん彼がポケットマネーで購入したものだ。
御曹司「ガキ大将君、君はまちがってはいない」キュルキュル…
御曹司「ただし武器のランクが低すぎたね」キュルキュル…
御曹司「ケンカってのは、ためらいなく戦車を動かせる奴が勝つんだ!」キュルキュル…
兄「いや、それもちがうよ」
御曹司「ほざくなよ、この戦車で君をこっぱみじんにして6年最強の座は頂く!」ウイーン…
兄「だからちがうってのに」ガシッ
兄「ケンカってのは戦車に乗る必要もない奴が勝つんだ!」グイッ
御曹司「えっ」
兄は重量50トンの戦車を軽々と持ち上げると、
ブレーンバスターで砲身から地面に叩きつけた。
ドガシャァンッ!
御曹司「ぐおあああっ!」ガクガクガク
御曹司「ち、ちくしょう……ボクとガキ大将のタッグでもかなわないだなんて……」
兄「昼休み終わっちゃうし、そろそろ行くね」
ぼく「だからちがうってのに」ガシッ
ぼく「ケンカってのは戦車に乗る必要もない奴が勝つんだ!」グイッ
おまえら「えっ」
ぼくは重量50トンの戦車を軽々と持ち上げると、
ブレーンバスターで砲身から地面に叩きつけた。
ドガシャァンッ!
おまえら「ぐおあああっ!」ガクガクガク
おまえら「ち、ちくしょう……ボクとガキ大将のタッグでもかなわないだなんて……」
ぼく「昼休み終わっちゃうし、そろそろ行くね」
兄が教室に戻ろうとすると、6年4組を率いた幼馴染がちょうどやってきていた。
幼馴染「あら、もう終わってたの?」
兄「まあね、こんな奴らには負けないよ」
幼馴染「なぁ~んだ、せっかく応援に来たのに必要なかったのね」
幼馴染「ま、今やアンタに勝てる小学生なんて存在しないわよね」
兄「いや……一人だけ」
兄「隣の小学校にいる“悪童”……ボクはアイツに幼稚園時代一度負けている」
兄「あれ以来、会ってないけど──」
兄「アイツ、近頃急速に勢力を拡大してるみたいでさ」
兄「近いうちアイツと戦わなきゃならない……そんな気がするんだ」
幼馴染「悪童……か」
幼馴染(直接会ったことはないけれど、とんでもないワルって聞くわね……)
<隣の小学校>
日本一の不良小学生、悪童が支配するこの小学校。
今や警察の力すら及ばない魔窟と化していた。
パァンッ! パァンッ! ガガガガガ……! ズガァンッ!
校舎内には血と硝煙の匂いが絶えず充満し──
授業中、児童は当たり前のように煙草を吸い──
アサガオの代わりにケシやコカを育て──
図工の時間は拳銃の密造──
飼育箱にはワシントン条約で指定されている珍獣が捕えられている。
悪童「今日も俺様は絶好調だぜ!」
悪童「クゥ~ックックックックック!」
悪童「勢力拡大は順調か?」
側近「はい」
側近「この辺りの小学校は全て傘下に収めました」
悪童「ふふん」
側近「ですが、ボスのご命令通り……ヤツのいる小学校には手を出していません」
側近「なぜヤツだけ特別扱いを?」
悪童「知りたいか?」
側近「ぜひ」
悪童「俺はヤツと幼稚園の時、一度だけ戦った──……」
~ 回想 ~
<幼稚園>
当時5歳だった兄と悪童は、ある一人の保母さんに恋をしていた。
そしてある日、どちらが先にプロポーズするかで揉めて、決闘となった。
七日七晩にも及ぶ死闘の末、兄は敗れ──
その時には幼稚園および半径100メートル以内にある建物は消滅していた。
ちなみに勝負に勝った悪童は保母さんにプロポーズしたが──
悪童「せんせー、ぼくとけっこんしてください!」
保母「あたしゃチン毛も生えてねえクソガキに求婚されて喜ぶほど、軽い女じゃねんだよ」
保母「その青いケツに根性焼きされたくなきゃ、とっとと消えな」
悪童「俺は勝った……」
悪童「だが俺はフラれ……ヤツはこの俺に決して消えぬ傷をつけた!」
悪童「見ろ、これを!」スッ
側近「!」
悪童の右腕には、青黒い点がついていた。
これは兄が悪童の右腕を鉛筆で刺した際に生じた、不名誉の負傷である。
悪童「俺が戦いで傷を負ったのはあの時が最初で最後だった」
側近「ボスに傷をつけるとは──なんと恐ろしい男!」
悪童「あの鉛筆の痛かったこと、痛かったこと……!」ギリッ…
悪童「これを見るたび、俺は保母さんとヤツを思い出しちまう」
悪童「だから俺は誓った! ヤツには究極の敗北を味わわせてやるのだと!」
悪童「もうすぐ俺たちの兵力は10万に達する!」
悪童「その時こそ、ヤツに戦争を仕掛ける時!」
悪童「ヤツの最期の時だ!」
側近「はっ!」
兄に唯一の黒星をつけた大不良、悪童。
彼は死闘と失恋でできた決して消えぬ傷(トラウマ)を、
兄にぶつけることで解消するつもりでいる。
決戦の日は近い──
保wwwwwwww母wwwwwwww
<家>
妹「お兄ちゃん、なんだかさいきんピリピリしてるね」
兄「…………」
妹「お兄ちゃん?」
兄「いいか」
兄「ボクは近いうち、大きな戦いに巻き込まれるかもしれない」
兄「もしボクになにかあっても、絶対助太刀になんかくるなよ」
妹「え、やだよ、そんなの!」
兄「──分かったな!」
妹「ひっ!」ビクッ
妹「うえぇ~ん……お兄ちゃんのバカッ!」タタタッ
兄(ごめんな……)
ポチ『近頃、坊っちゃんピリピリしてるよな。どうしたんかな』
タマ『ピリピリといえば……』
タマ『ピリピリィ~! ガケの上をゆくよぉ~にぃ~!』
タマ『フラフラァ! したって、いいじゃ、ないか、よぉ!』
タマ『だよな』
ポチ『それピリピリじゃなくて、ギリギリだぞ』
タマ『え、マジで』
ポチ『マジ』
タマ『……こないだ近所の猫の集会に、特別ゲストとして参加した時さ』
タマ『これ熱唱したんだけどさ』
タマ『どうりでみんな拍手しつつも、なんか微妙なツラしてたわけだ』
ポチ『みんな空気読んでくれたんだな……虎に恥かかせちゃ悪いって』
タマ『…………』
タマ『死にてぇ~っ! うわぁ~っ! もう集会行けねえわぁ~!』ゴロゴロ…
ポチ『また黒歴史できちゃったな』
数日後──
<小学校>
兄「ん?」
兄(ボクの下駄箱に……手紙?)カサッ…
兄(ハートマーク……まさかラブレター!?)
兄(どれどれ……)
あなたのことが好きです。
ぜひお返事を聞かせて欲しいので、授業が終わったら
町外れの空き地まで来て下さい。
兄「…………」ムフッ
兄(ボクには幼馴染がいるけど、ちょっと会うくらいいいよね、うん!)
兄(行くっきゃない!)
<空き地>
兄「なんだこれ!?」
兄「女の子どころか、悪そうな児童が10万人もいるなんて!」
空き地で兄を待ち受けていたのは、悪童と手下10万人であった。
なんとラブレターは罠だったのだ。
悪童「クックック、待ってたぞ」
兄「お前は……悪童!? よくもだましたな!」
兄「ラブレターを使って誘い出すなんて、なんて卑怯なヤツだ!」
悪童「卑怯? 褒め言葉だねぇ! クゥ~ックックックック!」
男子小学生にとって、ラブレターとはロマンスの結晶である。
ラブレターの偽造は、この世でもっとも卑劣な行為といえよう。
悪童「今ここには俺の配下である小学生10万人がいる。その内訳は──」
機関銃やショットガンで武装、重火器部隊、1万!
カッターナイフと彫刻刀とお土産の木刀が相棒、剣士部隊、1万!
縄跳びは運動用具ではない武器なのだ、鞭部隊、1万!
自転車で時速150km、暴走部隊、1万!
目指すは有名私立中学、お受験軍団、1万!
他人のランドセルを持たされ続けた結果マッチョに、下剋上軍団、1万!
鬼ごっこを極めたあまりもはや本物の鬼、鬼神兵団、1万!
ポケモン1日24時間、廃人チーム、1万!
子供の作り方を聞いて大人を困らせる、マセガキーズ、1万!
目立たない子がいてもええじゃないか、その他大勢、1万!
悪童「俺一人でもお前如き十分倒せるが、俺はお前だけは徹底的に負かしたい」
悪童「10万の大軍で叩き潰してやる!」
各部隊が一斉に攻撃を開始する。
重火器「撃ちまくれぇ~っ! ヒャッハ~ッ!」ガガガガガ…
剣士「カッターナイフが今宵も血を欲しがる……」ギラッ
縄跳び「縄跳びを皮膚にぶつけた痛みは想像を絶する……特に冬場はな」ヒュンヒュンッ
暴走族「補助輪はまだ外れてねーぜェッ!」ガラガラ…
マッチョ「石を詰めたランドセル、投てき開始!」ブオンッ
鬼「グオオオオオッ! ガアアアアアアッ!」
廃人「真のポケモンマスターは、主人公の名前を決める段階で1000時間使う」
マセガキ「ねーねーAVってなぁに?」キョトン
その他「合唱では口パク、サッカーではゴールキーパー、それが俺たち!」ザンッ
ドゴォッ! バキィッ! ズガァッ! メキィッ! ボキィッ!
兄も10万の大軍相手によく戦うが、さすがに圧倒的兵力の前に疲労が出てきた。
兄(このままじゃ……たとえ10万を全滅させても、悪童は到底倒せない……!)
その時──
ドゴォォォンッ!
「ぐわぁっ!」 「うぎゃああっ!」 「ぎゃああっ!」
どこからともなく飛んできた砲弾が、大軍の一角を吹っ飛ばした。
悪童「なんだぁ!?」
兄「これは一体……!?」
砲撃の正体は御曹司が搭乗する戦車だった。
御曹司「そいつをやっつけるのはボクたち6年2組と3組なんだ!」キュルキュル…
御曹司「勝手に手を出されては困る!」キュルキュル…
ガキ大将「そういうこった!」
兄「お、お前たち……!」
ガキ大将「勘違いするんじゃねえ! てめえを倒すのは、この俺だからな!」
兄「……とにかく助かったよ」
さらに──
幼馴染「6年4組、全軍参上!」ザッ
児童A「6年1組、俺たちも駆けつけたぜ!」ザザッ
兄「幼馴染! みんな!」
幼馴染「ザコは私たちが引き受けたわ、アンタはあの悪童をやっつけなさい!」
兄「……ありがとう!」
御曹司「活躍したら、ボクからボーナスはずむぞ!」バッ
「さすが御曹司さん!」 「よぉ~し!」 「金欲の力を見せてやる!」
ガキ大将「俺に殴られたくなきゃ、全員ブチのめせぇっ!」バッ
「おうっ!」 「やってやらぁ!」 「大将こそ一番だ!」
幼馴染「みんな、行くわよっ!」バッ
「姐さんのためなら死ねます!」 「頑張るわ!」 「行くぜっ!」
児童A「組長のクラスである俺たちこそ最強だ!」バッ
「組長に恥はかかせねえ!」 「1組なめんな!」 「レモン汁の汚名返上だ!」
10万人と、6年1~4組連合軍がぶつかり合う。
ワアァァァァァ……! ドゴォン…… ズガァン……
兄「こうしてケンカするのは、幼稚園以来だね」ザッ…
悪童「お仲間に恵まれたようだな。だが、いい気になるなよ」
悪童「俺は各小学校を制覇しながら、あらゆる格闘術を極めた」
悪童「色んなタイプの小学生に勝ちまくるようなコンビネーションを探した!」
悪童「……そして今! 俺は10万の児童の頂点にいる!」
悪童「この意味が分かるか?」
兄「分かんない」
悪童「……分かった! 教えてやる!」
悪童「この俺様が! 小学生で一番! 強いってことなんだよ!」
戦闘開始──!
悪童「来い!」ザッ
兄(先手必勝、一撃で沈める!)シュバッ
インド象をも一撃で沈める、兄の右ストレート。
しかし、悪童はさざ波のようなゆるやかな動きで、これをあっさりとかわしてみせた。
悪童はまずボクシングの連打(ラッシュ)で兄の顔面を打ち──
ムエタイの肘を突き刺し──
カラテの正拳で兄の胸骨に亀裂を入れた。
兄「いたた……!」ヨロッ…
兄(ボクの打撃はほとんど我流だし、立ち技じゃ勝ち目がないっ!)ダッ
悪童(タックルか、無駄だ!)サッ
悪童はレスリングテクニックも完璧である。
兄のタックルはあっさり切られ、逆に首を掴まれてしまう。
ガシィッ…… ボキィッ!
悪童「首の骨がいい感じに折れたな」
兄「いだだっ……! 寝違えた時より痛いや!」
兄「立ち技も、寝技もまるで通用しないなんて……」ハァハァ…
兄(ちくしょう……ここまでか……!)ハァハァ…
悪童「なんだよ……この程度かよ。警戒して損しちゃったぜ」
悪童「お前のお仲間も、さすがに10万相手には劣勢のようだし……」チラッ
ワアァァァァァ……!
幼馴染「みんな……ふんばるのよ!」ブオンッ
御曹司「くそ~っ、いくら撃ってもキリがない!」キュルキュル…
ガキ大将「殴りつかれてきたぜ……」バキッ
児童A「組長のために!」ドカッ
ワアァァァァァ……!
悪童「まずはお前にトドメを刺す! お仲間は全員死ぬまで肩パンの刑だ!」
兄「くっ……!」
「お兄ちゃん!」ザッ
空き地にやってきたのは、頼もしい援軍──
ポチとタマを引き連れた妹であった。
兄「お前……どうしてここに!?」
妹「ポチとタマのさんぽをしてたら、すんごい音がしたから……」
妹「ポチ! タマ! お兄ちゃんのお友だちをたすけてあげて!」
ポチ「グルルル……!」
タマ「ガルルル……!」
ポチ『子供のケンカに介入するってのは気がひけるけどな』ダダダッ
タマ『どう見てもフェアな戦争じゃないし、しゃーないっしょ! 殺すなよ!』ダダダッ
ザシュッ! ドシュッ! ガブゥッ!
ポチとタマは10万人の中に乱入し、
次々に児童たちの四肢を噛み砕き、爪で頸動脈を切り裂いていった。
妹「あのわるそうなヤツは、あたしがたおす!」
兄「よせっ! お前じゃアイツには勝てない!」
妹「あたしだって戦えるんだから!」ダッ
悪童「ふん」サッ
愛する兄のため、悪童に挑みかかる妹。
しかし──
飛びヒザ蹴りを顎に喰らい、よろめいたところにボディブローを受け、
アッパーカットで月面まで飛ばされてしまった。
妹「あうっ!」ドサッ
妹「いたたぁ……あれ、ここは月?」
妹「ウサギさんなんていないじゃない! 穴ぼこと岩しかないじゃない!」
妹「月にはウサギさんがいるってしんじてたのに……うわぁ~ん!」シクシク…
うわぁ~ん……
空気のない月で泣く妹の声を、兄の超聴力はキャッチした。
兄「…………」ピクッ
悪童「お前の妹は月の光に導かれたようだな……次はお前の番だ!」
兄「…………」
兄「よ、よくも……」ブチッ
兄「よくも、ボクの妹を泣かせたなぁぁぁぁぁっ!!!」
ボウッ!!!
悪童「なにっ!?」
悪童「なんだ、この兄気(オーラ)は……!」
兄「口に漢字の八をつけると、兄になる」シュインシュイン…
兄「すなわち!」シュインシュイン…
兄「兄とは、妹を守る時こそ最大戦力を発揮できるんだ!」シュインシュイン…
兄「前、幼稚園で戦った時は、まだ妹はお母さんのお腹の中だったしね!」シュインシュイン…
悪童「お、おのれェ……死にぞこないがァ!」
もはや悪童は兄の敵ではなかった。
兄のチョップが悪童の肩を切り裂き──
兄のローキックが悪童の両膝を粉砕し──
兄のデコピンが悪童の頭蓋骨をかち割った。
悪童「ぐおおっ……!」ヨロヨロ…
悪童「こ、こうなったら! 最後の手段だ!」サッ
兄(スマートフォンを取り出した?)
悪童「パパ!」
総理大臣『なんだい、マイサン!』
悪童「核ミサイルのスイッチ、使っていいかい!?」
総理大臣『いいよ!』
すると、悪童はポケットから小さなスイッチを取り出し──
人差し指と中指を重ねた手で、連打を開始した。
これはかの高名なゲーマー『高橋名人』の連打法である。
カチカチカチカチカチ……
悪童「クゥ~ックックックック!」カチカチ…
悪童「妹を守る力、大したもんだ。だが、しょせん戦闘を制するのは数!」カチカチ…
悪童「今、国会議事堂から俺の連打の数と同じ数の核ミサイルが」カチカチ…
悪童「この空き地に発射されている!」カチカチ…
悪童「負けるくらいなら相討ち! これが俺の悪人としての“わるあがき”だ!」カチカチ…
「悪童さん、俺たちごとっすか!?」 「死にたくねえよ!」 「ひぃ~っ!」
側近「ボスと死ねるのなら本望……」
御曹司「ちくしょう、総理大臣の息子だなんてボク以上のセレブじゃないか!」
ガキ大将「明日の給食、食いたかったぜ……」
児童A「組長、あの世でも組長と呼ばせてくれ!」
ポチ『こりゃさすがに死んだな。辞世の句でも詠むか』
タマ『“雨傘は 英語で書くと アンブレラ”ってのはどうだ?』
幼馴染「みんな諦めないで!」
幼馴染「アイツなら……きっとなんとかしてくれるわ!」
シュゴォォォォォ……!
空き地上空におびただしい数の核ミサイルが迫る。
悪童「来た来た来た来た来たァ! ……今さら謝っても遅いぞ!」
兄「…………」
兄「数なんて無意味だよ」
悪童「!?」
兄「だって……それ以上の数で粉砕すればいいんだから!」バッ
兄は飛び上がると拳で核ミサイルを迎撃し始めた。
月から自力で戻ってきた妹も加わり──拳の数は二倍!
さらに兄妹愛が加わって、拳の数は無限大!
兄「うおおおおおおおおおっ!!!」
妹「でやああああああああっ!!!」
ズガガガガガガガガガガッ!
ズガガガガガガガガガガッ!
兄妹の拳で、全ての核ミサイルは塵芥と化した。
兄「見たか!」スタッ
妹「みたかぁ!」スタッ
悪童(バ、バカな……)
悪童(あの数のミサイルを破壊して、息切れ一つしてないなんて──)
悪童(なんというスタミナ……!)
悪童(俺は日頃から葉巻とシンナーの吸いすぎで、スタミナだけは自信がない)
悪童(こんなスタミナを持つ奴らに、敵うわけなかったんだ……)
悪童「俺の……完敗だ……!」ガクッ
兄「悪童……」ポン
悪童「?」
兄「幸いボクの友だちもお前の仲間も全員無事だし、仲直りしてみんなで遊ぼう!」
悪童「……うんっ!」グスッ
兄妹とその仲間、悪童と10万人の手下たちは空き地でドッジボールを始めた。
兄「いっくぞぉーっ! さてだれに投げるかな……」チラッ
妹「いつでもいいよ、お兄ちゃん!」
悪童「来いっ!」
幼馴染「こっちに投げないでよ!」
御曹司「この指無しグローブ、かっこいいだろ!?」ドヤッ
ガキ大将「俺が全員アウトにしてやらぁ!」
児童A「組長、手加減してくれよ~!」
側近「あんなに楽しそうなボスを見るのは初めてだ……」
ワイワイ……! アハハハ……! キャーキャー……!
タマ『さっきまでケンカしてたのに、子供ってのは気楽でいいやな~』
ポチ『ま、ケンカするほど仲が良いっていうしな!』
おわり
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