そういって、プロデューサーは子供みたいにはしゃいで、事務所の扉を開けた。
私はそれをみて、ぽかんと口を開けていたと思う。
それからプロデューサーは、私が出演したドラマを何度も何度も繰り返し観ていた。
事務所内のテレビは、決まって同じシーンが流れていた。
P「あ、ほら、凛!今のところ見てたか?」
凛「……ただの端役だよ」
P「いやぁ……良かったなぁ」
凛「大袈裟だなぁ」
P「やべ、涙出てきた」
凛「……」クスッ
まるで自分の事のように喜んでくれるプロデューサーが、正直嬉しかった。
もし、トップアイドルになれたら、この人はどんなに喜んでくれるだろう?
この頃は、そんな事ばかり考えてたかな。
P「グラビアの仕事あるんだけど……だめかな?」
凛「ううん、大丈夫だよ」
P「そうか?こういうの苦手なら断っても……」
凛「別にかまわないけど」
P「そうか……ならいいんだ」
凛「なんでそんなに気にするの?」
P「いや、お前はこういうの苦手そうだからさ」
P「お前はよく人に気を使うから、ホントは嫌じゃないかと思って」
凛「……そうかな」
P「そうだ。……楽しくやっていかないと、アイドル目指してる意味がないだろ?」
凛「……うん、そうだね……!」
自分のことよりも、私のことを気遣ってくれるプロデューサー。
私は、少しずつ心を許し始めていた。
でも、撮影の時に目が血走っていたのはちょっとこわかったけど。
P「今日は雑誌のインタビューを受けに街まできた訳だが……」
凛「うん」
P「ま、写真を一枚載せられるくらいで、ベストショットを撮らせてやるぞとか考えずに気楽にやろう!」
凛「……余計プレッシャーだよ、それ」
P「そ、そうか。ごめん」
P「でも、凛はちょっと笑うだけでも可愛く映るんだけどなあ」
凛「……そ、そう?」
凛(かわいい……)
P「そうそう、ちょっと笑ってみてくれ」
凛「……こう?」グニャァ
P「うーん、まだ固いな」
凛「……こう、とか」ニコッ
P「おっ、あそこにいる娘、アイドルにいいかも!」
凛「」ゲシッゲシッ
P「いたたたたごめんごめん」
結局、その日のインタビューは無表情で撮られることになった。それでも、評判はよかったらしい。
……私の笑顔は、カメラにもプロデューサーの目にも写らなかったみたいだけど。
P「やったぞ、凛!CDデビューだ!」
凛「ほんと?」
P「ああ。何とか話がついて……これもお前の実力のおかげだ」
凛「そんな、プロデューサーのおかげだよ」
P「謙遜するなよ、俺はちょっぴり片棒を担いでるだけさ。まぎれもない凛の力だ」
凛「……そうかもしれないね、そう思うようにする」
P「ああ、まずは自信つけなくちゃな」
凛「……プロデューサー」
P「ん?」
凛「やったね」
P「……ああ!」
CDデビューが決まった時、実は少し震えてた。本当に、私が歌うのかって。
でも、プロデューサーと話してるうちに震えは止まって、胸が暖かくなって……
この頃から、私の仕事は軌道に乗り始めた。
P「……」ズビー
凛「……まだ、泣くようなシーンじゃないんだけど?」
P「いや、凛もここまできたんだなあ、って」
凛「……ふふ、まだまだこれからだよ」
P「そうだなあ……」グスッ
連ドラの準主役になった私をみて、やっぱりプロデューサーは泣いていた。聞くところによると、BDも揃えたらしい。
私も、プロデューサーも、どんどん成長して。結果も、離れることなくついていった。
でも。
P『ごめん、今日はついていけそうにない』
凛「うん、了解。私は、一人でもやってけるから」
P『悪いな。ホントに凛は頼りになるよ。それに比べて……』
『プロデューサー!カワイイボクをほったらかしにして誰と電話してるんですか!?早くしてください!』
P「おっと、悪い!電話切るな。仕事頑張れよ」
凛「うん、頑張る。そっちもね」ピッ
凛「……はぁ」
この頃から、互いに忙しくなり、あまり一緒に仕事に出ることは無くなった。
人気が出た私は、その分、仕事に。信頼を得たプロデューサーは、新しいアイドルの担当に。
この日のロケは、あとからプロデューサーに表情が固いと指摘されたっけ。
凛「いらっしゃいませ……って、プロデューサー?」
P「あれ、凛?なんでこんなところに」
凛「それはこっちの台詞だよ。ここは私の家なんだ」
P「そうなのか、何かイメージと違ったなあ」
凛「……それ、どういう意味?」
P「い、いや!特に意味はないです」
凛「……ま、いいけど。今日、用事あるんじゃなかったの?」
P「ああ、今時間あったから寄ったんだ」
凛「私の誘いを断ったのに?」
P「よ、夜に用事があるんだって!」
凛「……(会いにきてくれた、とかじゃないんだ)」
P「で、だ。花を買いに来たんだが」
凛「お花?」
P「まぁ、ここ花屋だしそれしかないだろ」
凛「誰に…………?」ギロッ
P「えっ」
カウンターに立っている私は、今までに見たことがないくらい怖い顔をしていた、とプロデューサーが言っていた。そんな意識をしてるつもりはなかったのに。
あとから聞くと、香典用のお花をプロデューサーは買いに来たらしい……というか、間違いない。うん。
すっごい問い詰めたからね。
凛(遅いな、プロデューサー)
P「おー、おまたせ」
凛「おかえり」
P「ふぅ、寒い寒い。遅れてごめん。結構並んでてな」
凛「お疲れ様、これケーキ?」
P「そうだよ」
凛「ん、じゃあ切り分けるね」
P「ありがとう、頼む――というか、お前、俺なんかとクリスマスを迎えてよかったのか?」
凛「……プロデューサーこそ、他のアイドルとかと一緒に過ごせばよかったんじゃないの」
P「呼ぼうとしたけど、お前がどうしても二人がいいって言うからやめたんじゃないか」
凛「……そうだけど、さ」
P「何で二人じゃないとダメなんだ?人数多い方が楽しいと思うけど」
P「はっ……お前、まさか仲悪いとか――」
凛「そんなんじゃないよ、ばか。……ほら、切り分けたよ」
P「あ、ああ……」
凛「はい、これ」コトッ
P「ありがとう。それじゃ、凛……メリークリスマス」
凛「……メリークリスマス、プロデューサー」
夜の事務所での、小さなクリスマスパーティー。
思えばプロデューサーは、この頃から鈍感だったな。ちょっとおかしいんじゃないかってくらい。
P「蘭子もCDデビューが決まったんだ!杏もレギュラー番組が入った」
凛「そうなんだ。よかったね」
P「これから忙しくなるなあ……!」
凛「……ね、プロデューサー」
P「ん?」
凛「一つ、約束してくれるかな」
P「いいけど、何だ?」
凛「これからお互い忙しくなって、別々の時間が増えるかもしれないけど」
凛「何があっても、私たちはずっと、一緒」
凛「――約束してくれる?」
P「何を当たり前のことを」
凛「……もう。約束しないと意味がないんだよ。はい、ゆびきり」
P「ああ、わかった」
仕事が増えて、プロデューサーはみんなのとこへ行って、一緒にいる時間が少なくなって、そして……。
私は、怖くなった。だから、約束した。
プロデューサーと私を結ぶ、糸なんかじゃなく、鎖。
決して断ち切れないような鎖で、私たちを結ぶような約束。プロデューサーと私は、あの日に結んだんだ。
P「凛、お前好きな人とかいないのか?」
凛「きゅ、急に、何?」
P「いや、恋とか……した方が演技にも良い影響が出るらしいってたまたまネットで見つけてさ」
P「今度の映画の主演は凛だろ。だから、な」
凛「……ネットの情報なんてあてにならないよ」
P「そ、それもそうだな。忘れてくれ」
凛「……」
凛「いるよ」
P「え?」
凛「好きな人、いる」
P「……」
凛「……っ」
凛「……アイドル、業」
P「ははっ、そりゃ人じゃなくて物だろ」
凛「そう、だね」
P「まぁ、そういうストイックなところは凛の良いところだけどな。俺は、好きだぞ?」
凛「……うん……あり、が、とう……」
P「り、凛?」
その日、初めて私はプロデューサーの前で泣いて、初めてプロデューサーに嘘をついた。
皮肉にも、私が主演をした映画は大成功に終わった。演技が物凄く上達したと周りに褒められたけど、何故か、あまり嬉しくなかったな。
P「どうした幸子、緊張か?」
幸子「いいいいえ!カワイイボクが緊張するはずないじゃないですか」ガクガク
P「はは、足が震えてるじゃないか。やっぱり初ライブはドキドキするか?」
幸子「ち、ちょっと昨日ランニングしすぎただけですので!!ご心配なく!」
P「大丈夫。先輩が先にやってきてくれるし、お前ならきっとやれる」
P「今まで、ちゃんとレッスンしてきただろ?泣き言言わずに。お前はスゴいやつだよ」
幸子「ふ、フン。やっぱりプロデューサーはボクがいないと、だ、ダメのようですねぇ……?」
P「幸子たちがいての俺だからな。ほら、戻ってきたぞ?」
凛「ふぅ……お疲れ様、やってきたよ」
P「お疲れ様、いつも通りよかったぞ。……よし、出番だ、行ってこい!」
幸子「ははははは、はい」
P「お、おい。大丈夫か?」
幸子「ふ、ふふふ、ボクはカワイイ大丈夫に決まってますよ!」
P「何かおかしくなってるぞ」
凛「……ねぇ」
幸子「は、はいィ!」ガクガク
凛「積み重ねた努力があったから、今ここにいるんでしょ」
凛「それに、もしも失敗して、ファンがみんな帰っちゃっても、プロデューサーが、私たちが……」
凛「あなたを見てる。だから、緊張せずに頑張って」
凛「今度はあなたが、プロデューサーを支えてあげる番だよ?」
幸子「…………は、はい」
P「幸子、深呼吸だ深呼吸!」
幸子「!……スゥー、ハァー……」
幸子「フフフ……ほんっとダメダメプロデューサーですね。ボクが支えてあげないと呼吸さえできないんですから」
凛「そこまで言ってないけど……」
幸子「それでは、行ってきます!」
P「ああ、頑張ってこい!(こりゃ、スカイダイビングもいけそうだな)」
そうしてライブは大歓声の中、幕を閉じた。何もかもが、うまくいってる。そんな気がした。
でも、ある日、事件が起こった。
P「お、台詞覚えてるのか。熱心だな」
凛「うん、次もまた主役だからね」ペラッ
P「すごいなあ……」
凛「ふふ、大したことないよ」
P「いやいや」
響子「Pさん、ちょっと良いですか?」
P「ん?どうした、響子」
響子「ちょっとお弁当作ってきたんですけど……食べてもらえますか?」
P「お、ありがたく貰うよ。」
凛「……」
響子「はいっ!これ、どうぞ」
P「タコさんウインナーか。それじゃあ……」
響子「待ってください!私が食べさせてあげますっ」
凛「」ピクッ
P「いやいやいや、さすがにそれは……」
響子「はい、喋るのやめないと舌噛んじゃいますよっ?」アーン
P「おい……んむっ……」
響子「ふふ、どうですか?」
P「……うまし……!」
響子「それじゃあ、ドンドンいきましょう!」
凛「……」イライラ
響子「ふふっ、プロデューサー、最近インスタントばかりだから心配したんですよ?」
P「悪いな、迷惑かけて」
響子「ふふ、いいんですよ。それじゃあ、次は卵焼き……」
凛「」バンッ!!
響子「!?」ビクゥ
P「り、凛?」
凛「人が台本みてるのにっ……イチャイチャするだけなら、事務所じゃなく他でやってよ!」
P「お、落ち着け、凛……」
凛「っはぁ……はぁ……」
響子「凛、ちゃん……?」
凛「……」
凛「ごめん。私、帰る」
P「ちょ、おま凛」バタン
P「……」
P「響子……」
響子「行ってきてください」
P「ごめん……行ってくる」
幸子「プロデューサー!今日もまばゆいばかりにカワイイこのボクが帰ってきて…キャッ!」バタン
P「ごめん幸子、また後で!」
幸子「プロデューサー!?プロデューサーー!!」
響子「……はぁ」
響子「私も、損な役回りだな」
凛(……はぁ)
凛(何やってんだろ、私)
凛(みんなにあんなこと言って、プロデューサーにも……)
凛(もう事務所にも、何もかも……)
凛「戻れ、ないよ……」
P「凛!!」
凛「……え」
P「はぁっ、はぁ……探したぞ」
凛「……何で」
P「……ん」
凛「何で、来たの?」
P「そりゃあ、お前……」
P「約束、しただろ。ずっと一緒にいるって」
凛「……!」
P「さ、帰ろう。みんな心配してるよ」
凛「……いや」
P「……なんで」
凛「私の思う『ずっと一緒にいる』ことと、プロデューサーの考えてるのじゃ、違う!」
凛「……違うんだよ」
P「凛」
凛「プロデューサーは私をアイドルとしてみてる。でも、私はそうじゃない」
凛「このままじゃ、みんなにもプロデューサーにも、もっと迷惑かけちゃう」
凛「だったらいっそ……離れた方が、マシだよ」
P「……俺は」
P「俺は離れたくない」ギュッ
凛「あ……」
P「もしかしたら、ちょっとばかし考えが違ってるかも知れない。でも、一緒にいたいって気持ちは本当だぞ」
P「じゃなかったら、約束なんてしてないしな」
凛「……」
P「最近は、お前一人に任せすぎたのかもな。まだ高校生なのに、よくできてるからって丸投げしすぎた」
P「これからは、気を付けるよ」
凛「……うん」
P「それと、俺はアイドルとしてじゃなく、凛が好きだ」
凛「……ぷ、プロデューサー。それって」
P「……許してくれるか?」
凛「う、うん……許す、よ」
P「……ごめんな、ありがとう」
凛「あの……プロデュー、サー。さっきのって……」
幸子「あ、プロデューサー!!まったく、こんなところで何を……」ガサガサ
P凛「」
幸子「」
幸子「うっ……ぐすっ……プロデューサーと凛さんがぁ……」
P「さ、幸子、落ち着いてくれ……あれは違うんだ」
凛「違う?」ジロッ
P「はっ!?いや、そのなんというか」
凛「ふふっ、冗談だよ」
P「冗談言ってる暇あったら何とかしてくれぇ!」
幸子「カワイイのはボクなのにぃぃ………!」 ギリギリ
響子「よっぽど良いことがあったみたいですね?」
凛「あー……まぁ、そうかな」
響子「……負けませんよ?」
凛「うん、私も」クスッ
凛(まだ、確認はとれてないけど……いつかは)
凛「ね、プロデューサー?」
P「幸子はかわいい幸子はかわいい幸子はかわいい……」ボソボソ
幸子「はぁぁ……ききますぅ……!」
P「よしきたぁ!」
響子「ふふっ」
凛「……はぁ」
P「おーい、いくぞ」
凛「うん」
P「これからラジオ収録か……車出すぞー」
凛「……ここにあるCD、事務所のアイドルの娘ばっかりだね」
P「そりゃな。帰りに聴いてるよ。もちろん凛のも」
凛「……私がCD出しまくれば、全部、私ので埋まるかな」
P「はは、多分な。……期待してるぞ」
凛「うん。絶対、埋める」
ああ、やっぱりそうだ。今もドキドキして、すぐにでも胸に飛び込みたくなる。私は、プロデューサーのことが――――
おわり
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