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クロス作品
【仮面ライダークウガ】【咲-Saki-】【小説版仮面ライダークウガ】
・『もしも仮面ライダークウガの世界と咲-Saki-の世界が同一の世界だったら』というスレ
・クロス先片方知らん程度なら大丈夫。なおこの作品はフィクションで実在の(ry
・合いの手雑談は良いけど他人への暴言は勘弁な!
・何かあったらそれも全てメ・アグリ・ダ、つまりあぐりって奴の仕業なんだ
・サムズアップ→b
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EPISODE1:『須賀』
英雄はただ一人でいい。
だが、英雄の居ない時代もある。
この物語は英雄が全ての怪物を討ち果たし、自身の存在意義を消し終えた後の物語。
英雄がまた人々から求められ、凱旋した戦いの前の物語。
究極の力を持つ者同士がぶつかり合った雪の世界の戦いから十年後、獅子の悪魔の暴虐から数えて三年前。
誰も知らない、誰にも誇らない、表舞台に上がらなかった間隙の英雄の物語。
夢を見た。
記憶に無い夢だ。忘れてる、なんて事もない。
……こんなにも凄惨な光景なら、何があったって忘れるわけがないから。
こんなにも凄惨な光景を忘れたまま生きられるなら、俺は苦労なんてしていない。
雪に覆われた山、一面の銀世界。
「ああああああああああああああああああッ!!!」
「あははっ、あははははははははははははっ!!!」
泣きながら、拳を振るう黒き戦士。
笑いながら、拳を振るう白き戦士。
他人の笑顔が為に戦い続けた者達の頂点。
自分の笑顔が為に戦い続けた者達の頂点。
黒き光。
白き闇。
一人じゃない。
ひとりぼっち。
その二人は共に究極の力を持つ者同士、この世界において比類無き強者だった。
互いが互いをノーガードに殴り合い、その結果吹き出し飛び散った血が雪山の純白を赤く染めていく。
凄惨だった。残酷だった。醜怪だった。
その戦いを繰り広げる二人は、まさに凄まじき戦士であった。
「うっ、ああっ……ああああああああああッ!!!」
「あはっ、あはっ、あはははははははははっ!!!」
互いのベルトにはヒビが入り、互いの装甲の下から吹き出した血は幾多の赤い線を装甲の上に引いている。
超高速で傷を治しながら、その速度を超える速度で互いを破壊し合い、眼前の敵の命を削り続ける。
これ以上ないくらい単純で、これ以上ないくらい痛々しく凄まじい生態系の頂点に立つ二者の戦い。
……だと、いうのに。
そこには誇りも、喜びも、願いも、殺意すらも存在しなかった。
「あ、あ、ああッ! あああああああああッ!!!」
「あはははははははははははははははははっ!!!」
何故か二人揃って泣きながら、己の涙も拭わぬままに殺し合っているようだと、少年には思えた。
「お前を倒せば、全部終わる……!」
「みんなが笑える世界が、きっと来る……!」
黒い青空が、濁った声でそう呻く。
「僕で終わり? 皆が笑える? ははっ、おかしな事を言うね」
「君が笑顔じゃないのに、『みんな』? あははっ」
「その笑顔の中に、僕の笑顔も君の笑顔も入れてないくせに」
白い悪魔が、澄んだ声でそう嗤う。
「こんな、理不尽が、バケモノがいてしまう世界だからなだけだ」
「俺も、お前も、クウガも、グロンギも、みんなみんな居なくなれば……」
「……いつかきっと、皆で笑える日が来る」
誰よりも笑顔を愛した男の背中は、まるで泣いているようだった。
「来ないよ」
「僕が生きている限り、君が僕を倒せない限り」
「僕は生命と笑顔の存続を許さない、究極の闇をもたらし続ける」
笑顔を守り続けたヒーローと、今この場でそのヒーローに笑顔にされ続けている者。
「俺は、負けられない」
「お前が誰かの笑顔を奪い続けようとする限り、この『変身』を、見ていてくれる人が居る限り」
「絶対に、絶対に、絶対に―――」
互いが互いを否定し続けるままに、二人はまた拳を振り上げ、その鉄槌を互いに―――
ピピピピピピピピピピピピ
「……ん」
―――といった所で、少年は夢から醒めた。
「ふわっ……ああっ、ねむっ」
「二度寝してぇ……夏休みなんだから携帯のアラーム止めてからもっかい布団に入りてぇ……」
「だけど今日遅刻するとか真面目に洒落にならんし……顔洗ってくるか」
夢の内容は、もうおぼろげにしか少年の中には残っていない。
けれど珍しいことでもない。彼が覚えていないだけで、この夢は彼が何度も見ているものだ。
すなわちこれは彼にとっての日常で、彼にとって記憶とは別のカテゴリーの夢であるということ。
まるで、誰かの記憶を覗いているかのようだ。
「カピバラのカピは預けてきた」
「戸締まりよし。ガスの元栓よし。……一人暮らしのめんどくせえ難点だな」
「っしゃ、行ってきます!」
誰の返事も帰ってこないことを知りながら、少年は出立の声を上げる。
行き先は彼の通う高校、清澄高校。だが今日に限ってはそこが最終目的地ではない。
今日は女子麻雀インターハイ開会式前日。そして選手たる彼の部活の仲間達の、現地入りの日なのだ。
彼は選手ではなく応援として付いて行くだけだが、仲間達の晴れ舞台を自分の事のように喜び高揚している。
かくしてこの物語……もとい、新たな伝説の主演たる主人公。
『須賀 京太郎』は、逸る気持ちを乗せるように自転車をこぐ足を速めるのだった。
この世界において、読者の皆様方の世界と完全に異なるという点が二つある。
一つは、この世界において『麻雀』という競技が圧倒的なまでに普及しているということ。
並大抵のスポーツ、盤上遊戯といったものよりもはるかに普及しており、その競技人口は世界で見れば数億人とまで言われている。
我々の世界の将棋の競技人口が1500万人、囲碁が6000万人、遊戯王が400万人という点からもその凄まじさは伺えるだろう。
ただ、その異常さはこんな数字では計れない。
数字だけで計るなら、競技人口五億人・愛好者七億人とも言われるチェスの立ち位置に麻雀が来たというだけの話だ。
驚くべきは、その普及率と世界的な競技としての評価の高さ。
現代で「この世界の麻雀」に最も立ち位置が近い存在をあげるとすれば、野球が最も相応しいとさえ言えるだろう。
麻雀世界大会の優勝が誰もが知る栄誉である。
麻雀のプロに憧れ少年少女が夢を持つ。
子供の遊戯として親御さん達に麻雀という存在が認められている。
まっとうな職業であると一般に認知されなくとも、麻雀を職業にして食っていくことが出来る。
そんな世界だ。
堅気の職でないとしても、麻雀をギャンブルの一種として見る者がほとんど居ない世界。
現実世界で言う所のプロ野球選手と、この世界の麻雀プロがだいたい同じ扱いと考えて貰えれば分かりやすいと思う
。
何年も何年もかけて、徐々に世界は「そういう風に」自然と変わり、今では数えきれないほどの人が卓を四人で囲んでいる世界。
そんな世界が、この世界だ。多くの人が笑顔になれる、多くの人が楽しめるゲームが一つ増えて賑わう世界。
……ただ、楽しい事ばかりではない。
光があれば闇がある。白があれば黒がある。笑顔があれば、涙がある。
それがもう一つの、この世界が特異である一点。
かつて、世界を。特に日本という国を恐怖のどん底に陥れた悪夢の集団が存在した。
それこそが、戦闘民族『グロンギ』。またの名を『未確認生命体』である。
グロンギ(通称・未確認生命体)とは、人に極めて近い生命体である。
時代の測定や特定すら出来ないほどの超古代に『クウガ』という戦士に封印され、現代に蘇った異形の怪物だ。
現代人と見分けの付かない人間体と、人間以外の生物の力を併せ持つ怪人体の二つの姿を持っている。
文化や思考能力も普通の人間と遜色無く、その気になれば人間社会に紛れ込む事も出来るだろう。
人間と変わらぬ容姿や特性、文化や思考まで持つのなら人間と変わらないのではないか?
怪人に変身するというだけで、ただの人と変わらないのではないか?
そう思う人も居るだろう。実際、この世界でもそう主張する人権団体は僅かながらに存在する。
……だが、この世界でその存在を直に味わった事のある人間であれば。
その悪夢のような時代を生きた人間ならば。その時代に、大切な人を失った人間であれば。
『グロンギだって人間だ』、なんて言葉は絶対に口にしないだろう。
グロンギは、総じて生物とは思えないほどに強靭な肉体を誇る。
コルトパイソンのマグナム弾を弾く皮膚、車やコンクリートを素手で破壊する膂力。
潰された眼球ですら短時間で回復する超回復能力、猛毒や毒ガスにも強い耐性を持つ凄まじい生命力。
個体によっては数十階建てのビルを一跳びで跳び越え、時速500kmで突撃する金属に刺し貫かれようと生き延び立ち上がる。
更に固有の能力を持つ者も多く、王水を超える強酸や-200°以下の冷気を体内で生成する事もザラだ。
生物が獲得した肉体の機能が、現代の人類の科学力を凌駕する……そんな、馬鹿げた話。
その姿はまさしく異形。
蟲、獣、魚、鳥、植物。人ではないものが、人に混じっているが故の醜い姿。
人型であるのに、人からはむしろ遠い印象。『不気味の谷』に似たおぞましさ。
生理的嫌悪感と生物的危機感を同時に人に叩き込み、これ以上無く怪人であると示し続けるその姿。
そんな異形の姿を現し、歪んだ愉悦を醜い顔に湛えながら、彼らは人に牙を剥いたのだ。
彼らの持つ唯一無二の文化形態が、『殺人』であるがために。
かつて、超古代には『リント』という民族が存在した。
彼らは心優しく穏やかな気性を持ち、戦いを好まぬ民族だった。
他者を傷つける存在を、概念や言葉の上でもその存在を認めぬほどに。
それは彼らの在り方であると同時に、『誇り』であった。
誰も傷付けないために、誰もが優しく在れるように、誰かの笑顔のために。
その誇りを皆で守り抜く事が出来るほど、高潔で誇り高く心優しい民族だった。
今の世界に住まう人々の、祖先であると言われる民族である。
だからこそ、グロンギ達の『ゲゲル』の標的として好まれた。
「その誇りを踏みにじり殺すからこそ楽しいのだ」と、畜生の群れに目をつけられたのだ。
グロンギ達は腰部に魔石『ゲブロン』とそれを組み込んだベルト『ゲドルード』という物を身につけている。
これはグロンギ達を前述の異形の姿へと変える力を持っており、これをもってグロンギはリントに抵抗も許さぬ虐殺を始めたのだ。
その形状は一見感情の発露に醜く歪んだ人の顔を模したベルトのバックルに見えるが、よく見ればそれが爪と牙と翼を組み合わせた意匠なのだと分かる。
個体差こそあるものの、ゲブロンはグロンギ達に等しく強力な力を与えた。
バッタのような強靭な足。水棲生物のように水中で自由自在に動きまわり呼吸する力。
スズメバチのような羽と毒針。獣のような肉体と爪と牙。
ヤマアラシのような鋭い無数の棘。薔薇のような鋭い茨と伸びる蔓。
鷹のような鋭い嘴と羽ばたく羽。軟体生物のような柔らかい身体。
サイのように硬い皮膚と貫く角。キノコのような猛毒と菌糸の身体。
亀のように強固な甲殻。コウモリのような翼と夜行性向きの特性。
カブトムシのような強さ。クワガタムシのような強さ。
現代ですら人が敵わなかった化物達に、当時の人達が抵抗など出来たはずもない。
……だからリントの者達は、新たな『何か』を求めた。
守る何か。戦う何か。襲い来る理不尽を、邪悪を打ち払う何か。
そして、戦士『クウガ』が生まれた。
戦士という概念すら存在しなかったリントの民は、戦士という意味を持つ『クウガ』という言葉を作り、その英雄の称号とした。
リントの民が生み出したクウガという名の戦士は、全てのグロンギを打ち倒し平和を勝ち取ったのだ。
優しき心のまま、ただの一人も殺さず『封印する』という形で。
故に、悪夢達は現代に蘇った。途方も無い年月を越えて、リントの末裔たる人間を殺し尽くすために。
人々を恐れさせる娯楽としての殺戮、『ゲーム/ゲゲル』を行って。
現代に蘇り、人々に『未確認生命体』と呼ばれ恐れられるグロンギは文化の一環として、ゲーム感覚で殺戮を行う。
彼らはそれを『ゲゲル』と称し、実に楽しげに人の命を奪っていくのだ。
ルールが厳密に決まっていることもあれば、かなりゆるい制限しか課せられていない事もある。
……だがそれは、俗に言う縛りプレイやハイスコア狙いといったもの。
その制限ですら楽しむためのスパイスに過ぎず、その全ては殺戮に付随する愉悦のためだけにしか存在しない。
だから、その死は突然だ。
「プールに居る人間を殺す」「学校にいる人間を殺す」「電車に乗っている人間を殺す」
「規定の道を通りかかった人間を殺す」「バイクに乗った人間を殺す」「飛行機に乗った人間を殺す」
「船に乗った人間を殺す」「ルーレットで当たった人間を殺す」「曲の音符に沿って殺す」
「四日後に死ぬと宣言して脳に針を刺し殺す」「指定の地下街に居た人間を全て殺す」
どこまでも、それはゲーム。
人間側からすれば突然始まり、意味の分からない理由で娯楽の一環で殺されるという理不尽。
時には「たまたま目についたから」なんて理由ですら殺されるのだ。
人々は、ただ毎日を生きるというだけで死の恐怖に怯える事を強いられる、そんな悪夢。
グロンギがとある少年に「君達が苦しむほど、楽しいから」と笑って告げたその言葉が、彼らの本質を表していると言えるだろう。
自分が何気なく通った場所、遊んだ場所、過ごした場所で自分が去った数分後に誰かが殺されるたというニュースが入る。
毎日何気なく過ごしている場所を訪れたら、数分前にそこで誰かが殺されていたという光景が目に入る。
……そんな、恐怖。足元が常に揺らいでいるような、安息の地など存在しない世界。
そこに何の理由も法則性も見いだせないが故の、突然すぎる理不尽な死。
それがどれだけ人を恐れさせるのか。それがどれだけ人の心を苛むのか。それがどれだけ人の心を病ませるのか。
永劫の地獄にも感じられた一年。そのたったの一年で、未確認生命体によって奪われた生命の総数は四万人近い。
死者の遺族を含めれば、『未確認生命体の被害者の総数』は十数万人にのぼるだろう。
そんな理不尽が、日常だった時代がある。
そんな悪夢が、毎日人の隣にあった時代がある。
これが、グロンギが人間扱いされない最大の理由。
ここまで無差別で無慈悲な殺戮者を「自分と同じ人間扱い」出来るほど、人間は寛容にはできていないのだ。
そんな恐れるだけの時代。
そんな恐れるだけの歴史。
……光など見えない究極の闇に人々が呑まれかけた時、立ち上がった戦士が居た。
グロンギを倒せなかった超古代の戦士の伝説。その伝説を塗り替えた、心優しき戦士が居た。
グロンギが蘇ったのであれば、彼らを倒した伝説の戦士も蘇るが道理。
リントの戦士、『クウガ』。
現代においてグロンギと同種の存在として『未確認生命体第四号』と呼ばれた彼は、全てのグロンギへと戦いを挑む。
そして総計46体の異形の全てを打ち倒し、この世界に平和を取り戻したのだ。
その偉業の中でも特に人々に語られるのは、未確認生命体第零号の討伐だろう。
『未確認生命体第零号』。諸悪の根源にして、おそらくは歴史の教科書にも名が乗る大虐殺者。
全てのグロンギを蘇らせ、その同族のほとんどを無造作に虐殺し、そして極めつけは『零号三万人虐殺事件』。
人々が忌まわしい記憶として封印しようとするほどに、あまりにも凄惨な事件。
『松本市を中心とした市街で三万人以上の人間が殺され、その大半は生きたまま焼き殺された』という日本史上稀に見ないほどの殺人事件だ。
死体と「死体の残留物」の撤去だけでも数日かかったと言われる、目を逸らしたくなるような虐殺事件。
一つの単位としての街からほぼ全ての命が奪い去られ、街中に死を悼む花束が溢れかえった光景は人の心を折るには十分過ぎた。
事実上ほぼ一晩で数万人を殺せるという規格外の悪魔は、人々の心から光をことごとく奪い去ったという。
第零号が現れてから、絶望的な空気が広がっていた。
日本の中にはもう誰もが信じる自身の死の確信が溢れていて、「次は自分達だ」という恐怖が国外にまで溢れていた。
世界を終わらせる爆弾がありますよー、なんて現実感のない脅威じゃない。
何億人も殺されたよー、なんて数字の大きさだけで身近に迫った危機感のない脅威じゃない。
具体的な実感のある、絶望に足元から呑まれるような感覚。
世界はもう終わりだ、と誰もが心底信じてしまうような昏く染まった世界の空気。
前向きな人間が笑い飛ばせないような、誰もが心の底でその絶望を信じてしまうような、そんな闇が世界中に広がっていく。
死の恐怖がその根底に在る、絶望的な『闇』。
だからこそ、だ。
そんな絶望など知らんとばかりに戦い、立ち向かい、一度負けたにも関わらず命を懸けて再度零号に挑んだ四号に。
その果てに零号を倒し、世界に光と笑顔を取り戻してくれた四号に。
この世界の誰もが感謝し、その偉業を讃えた。
この世界において『未確認生命体第四号』とは、正しき心と強き力を持つ英雄の代名詞である。
その四号が、零号を倒してから十年。
「ぼくよんごうだー」と微笑ましく遊んでいた子供達が、高校生や大学生になる頃だ。
四号が守った笑顔は受け継がれ、今この世界を形作る屋台骨となっている。
世界が元通り、とは言い難い。
日本経済は大打撃を受け、老若男女問わず何万人も殺された傷はあまりにも深すぎた。
特に殺人の舞台となった長野と東京の傷は深く、人も自然と足を遠ざける結果となり、首都移転の案が出てきたほどだ。
未確認生命体の歪んだ悪意は、人々の暮らしを十年も経った今でも蝕んでいる。
だが、それでも人は笑えている。
未確認生命体に膝を折られた人も居れば、四号の雄姿に立ち上がる力を貰った人も居る。
家族を殺され、それでも立ち上がろうとする人達から、心に熱を貰った人も居る。
前向きにひたむきに在れる人たちから勇気を貰い、元気を貰い、死の痛みを乗り越えた人も居る。
それは例えるなら、戦後の日本復興の光景とその過程に似ていた。
人はどん底から這い上がる時が最も強い。
絶望の中から希望をもって前に進む事を選択した人達は、皆総じて笑顔を浮かべて頑張っていた。
そんな大人の背中を見て育った世代。四号に憧れた子供達が大人になりかけている世代。
須賀京太郎という少年の年頃の世代は、そんな世代だ。
彼自身は……とある理由から四号に対して複雑な思いを抱いているが、彼の周りの友人達はそうでもない。
高校生にもなればその話題は流石になりをひそめるが、一度話題に出ることがあればそれだけで話に花が咲くだろう。
外見すらも格好良い謎の戦士とくれば、男の子が大好きなジャンルでもトップ争い間違い無しだ。
……そう。謎の戦士だ。
四号はその知名度に比べ、あまりに謎の多い戦士として知られている。
本当に人の味方なのか? 利害の一致の結果なだけじゃないのか? 人間体はあるのか? 男なのか?女なのか?
何もかもが謎のベールに包まれた戦士。「いや、それが良いんだ」と言う者も居るが。
誰もがその正体や人柄を知らない。
警察の未確認生命体対策本部の人間なら知っているのかもしれないが、彼らはマスコミの猛攻に頑として沈黙を貫き通していた。
だからこの世界で、未確認生命体第四号こと戦士クウガの正体を知る者は多くて十数名といった所だろう。
だから、須賀京太郎少年も知らない。
当然のように、彼は未確認生命体第四号の正体なんて知らないのだ。
〈 長野某所 須賀宅近辺 〉
〈 06:00 a.m. 〉
「おはよう、京太郎」
京太郎「……? ……! 雄兄!」
自転車をこぎ駆ける少年に、横合いからかかる声。
その優しげな口調に、声色に、須賀京太郎はとても聞き覚えがある。
恩人にして、兄と慕う男の声だ。忘れるわけがない。
少年が雄兄と親しげにその名を呼ぶ男、『五代 雄介』の姿がそこにあった。
雄介「よっ、今日も学校かい? こんなに早いってことは、部活かな」
京太郎「ああ、今日から部活の大会の付き添いなんだ。東京に行くんだよ」
雄介「へぇー……長野から東京、か。青春してるねぇ」
京太郎「まーな、へへっ」
雄介は、十年前から何かと京太郎に世話を焼いてくれる頼れる兄のような存在だ。
いつも旅をしているせいか日本に居ない事も度々だが、それでも肝心な時には居てくれる。
30半ばを過ぎているとは本人の談だが、正直20代といった方が信憑性がある。
外見も行動も性格も、どこか子供らしさが残っているから尚更だ。
京太郎にとって多くの教訓や生き方を教えてくれた人。
……そして。
雄介「しっかしまた背伸びたなー、京太郎は。そろそろ抜かれちゃいそうだ」
京太郎「マジで!? クッソ、最近伸び悩んでんだよなー……」
雄介「部活は何部だっけ?」
京太郎「麻雀部」
雄介「お、麻雀? なら俺の1212番目の技かな」
京太郎「麻雀まで出来んの雄兄!? すげぇ!」
京太郎がただの一度も、『笑った顔を見たことのない』親しい相手である。
優しげな顔を見たことはある。
微笑んだ顔を見たことはある。
吹き出す顔を見たことはある。
……それでも、普通の笑顔を見たことがない。
それが、少年にはどこか不自然に感じられた。
例えるのなら、最初からそこにあったはずのものが、その中心にあったはずのものが、失われてしまったような。
少年が五代雄介に抱く印象は、一番大事な部分が欠けた完璧超人だった。
それを少年に一言で表現させるのであれば、『晴れの無い青空』とでも言うだろう。
一番大事な部分が欠けている、だけどそこに確信が持てない、そんな空のような人。
それでも誰かを笑顔にできる、誰かのために頑張れるその男を、須賀京太郎は心から尊敬していた。
雄介「京太郎」
京太郎「ん?」
雄介「頑張ってこい!」
その理由の一つがこれ。
五代雄介の『人を笑顔にする2000の技』の一つ、サムズアップだ。
雄介「これは古代ローマで、満足できる行動・納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草なんだ」
京太郎「君もこれに相応しい男になれ……だろ?」
京太郎「前に一回聞かされたから、もう覚えちまったよ」
雄介「あはは、流石に一回でやめとくべきだったかな」
京太郎「たぶん、一回だけでも絶対に忘れることはなかったよ」
京太郎「誰かの笑顔のために頑張れるって、俺も素敵な事だと思うから」
雄介「……うん、なんか神崎先生に会いたくなってきた」
京太郎「いや誰だよ」
雄介「俺の小学校の時の担任の先生だよ?」
京太郎「またいきなりだなオイ! その話に脈絡がないの改善の兆し無しかよ!」
親指を立てた、外国であればGOODの意味の方が通りが良いであろう仕草。
五代雄介がこの仕草と共に「大丈夫」と言えばなんだって大丈夫な気がしてくる魔法の仕草。
二人は自然と互いに向けてサムズアップしながら、互いの拳を軽く小突きあっていた。
男の挨拶なんて、こんなもんである。
『こういうのを知ってるかい?』
『これは古代ローマで、満足できる納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草なんだ』
『君も、これにふさわしい人になって欲しい』
『誰かの笑顔のために頑張れる、そんな人になって欲しい』
『いつも誰かの笑顔のために頑張れる人は、とても素敵な人だと俺は思うから』
五代雄介に、かつて須賀京太郎が教わった仕草。
京太郎は彼が自分だけにでなく、他の子供にも教える姿を目にした事がある。
口にしている雄介本人が実践しているからこそ、説得力が増す言葉だ。
京太郎はかつて教わったこの教えを守り、実践できている雄介に憧れ、今もこうして生きている。
雄介「そういえば、時間は大丈夫なの?」
京太郎「ん? ……おおっ、結構話し込んでた。時間的には問題ないけどそろそろ行く」
雄介「時間あったら応援行くからさ。頑張って応援して、笑って帰って来なよ」
大人な彼は、柔らかな表情でサムズアップ。
遠き地に赴く旧知の少年を送り出す。
子供な彼は、ニッと笑ってサムズアップ。
送り出してくれる恩人に感謝の気持ちと、笑って帰るという約束の意を示す。
見ているだけで安心するような、そんな光景。
京太郎「行って来ます!」
雄介「行ってらっしゃい」
男二人は再会の約束と一時の別れを告げ、別々の道を進んで行くのだった。
雄介「……」
雄介「良かった、『まだ』大丈夫みたいで」
雄介「……もしもの、時は……せめて、この手で……」
〈 県立清澄高校校門前 〉
〈 06:30 a.m. 〉
京太郎「うっへぇ、急いで来たけど急がなくても良かったな」
京太郎「まだ誰も来てねえかもな、これ」
県立清澄高等学校は、今年度長野県大会女子団体戦優勝校である。
県内個人戦入賞者三名の内二名を抱える今や注目の的である高校だ。
去年までの無名であった状況が嘘のような快進撃を続ける、全国クラスの実力を持つダークホースである。
そう、全国だ。
県大会の優勝により、清澄高校は誰もが夢見る『全国高等学校麻雀大会/インターハイ』へと進む権利を得た。
京太郎にとっての同じ部活の仲間、五人の少女達がそうである。
今、昇降口で京太郎と目が合った栗色の短髪の少女もその一人。
京太郎「お、咲おはよー」
咲「あ、おはよ京ちゃん」
『宮永 咲』。一年にして団体戦の大将を任される、部内に二人居る彼の親友の一人だ。
普段はぽやっとしていて目が離せないとは京太郎の談だが、最近麻雀打つ時の目つきが怖いとも彼の談である。
一人で居る時はいつも本を読んでいる、友人関係も広いとは言えない内向的な少女だ。
……けれど、人一倍優しく思いやりもある少女なのだと、京太郎は知っている。
京太郎「早いな……俺が言えた事じゃないが」
咲「き、昨日眠れなくって……あはは」
京太郎「咲らしいなぁ」
彼女は外見は平凡だが、内に秘めた意志はとても強い。
京太郎が部に誘い、そして今日までずっと仲間として一緒に過ごしてきた気安い仲の親友だ。
今や長野県大会団体戦優勝校の大将であり、個人戦三位入賞と県内では誰もが認める強者。
そして、彼にとっては親友であると同時に奇妙な縁で結ばれた幼馴染でもある。
京太郎「寝癖付いてるぞ」
咲「嘘っ!?」
京太郎「嘘だよ」
咲「もー!」
京太郎「(あのホーンは寝癖の内に入るんだろうか)」
京太郎の家と咲の家は非常に近い。
朝ゴミ捨てに行けば顔を合わせるし、町内清掃の時は割と一緒に居るし、今は近所付き合いもそこそこある。
……ただ、学区だけは噛み合わなかった。
小学校・中学校は一定の区画に仕分けられた後、その学区に合わせた学校へと通学することになる。
「家が隣同士なのに別々の小学校」なんてザラな話だ。
京太郎と咲も然り。
二人はご近所で幼馴染でもあるが、小学校だけは一緒でなかったのだ。
一緒に遊んだこともある。されど学校が分かれたため一緒に遊ぶこともなく、かといって全く会わないほど疎遠でもなく……
微妙な距離のまま付き合いを続けた二人は、学区の変わる中学校で同じクラスになった事で再接近する。
元より社交的で友人の多い京太郎と、人当たりの悪くない咲。
加えて言えばある程度勝手知ったる幼馴染だ。
仲が良くなるのに時間は要らず、何の因果か中学校の三年間を二人は同じクラスで過ごす事となる。
中学時代はその仲の良さをからかうものは一人や二人ではなかったほどだ。
更に高校まで一緒で、最初のクラスが同じクラス。
同じ中学から進学した男子の友人が京太郎をからかわずには居られなかったほどの、運命すら感じる神のイタズラである。
それで今は同じ部活だというのだから、本人達が否定する二人の仲を邪推するなというのが無理だろう。
京太郎「先生は?」
咲「駐車場に居たよ? 今日は先生の車で移動だもんね」
京太郎「あの先生絶対不機嫌な顔のままぶつくさ言ってるぜ、俺には分かる」
咲「あははっ」
京太郎「じゃ、また後で部室でな」
咲「うん、またね」
小学校が同じ幼馴染というのは多い。が、この二人は小学校が違う幼馴染である。
小さな子供の頃に仲良くなったのではなく、ある程度大きくなってから仲良くなった幼馴染。
気の置けない仲と言うべきか、勝手知ったる仲というべきか。
二人は今日も少しだけ奇妙な形の幼馴染の親友と、仲良くやっているのだった。
少しだけ、この世界におけるインターハイの話をしよう。
高校生の公式ルールによる麻雀は、実に一試合が「十時間弱」という笑えないレベルの時間がかかる。
四校の代表が四人集まり、半荘二回で二時間弱。
それを先鋒から大将までの五人、五回連続で行うのだ。
そりゃあ半日もかかるってもんである。
故にインターハイは、開会式・閉会式も含めて十日間以上の期間をかけて行われている。
……要するに、参加校は皆総じて十日間の間泊まり込みで大会に望まなければならないという事。
当然未成年の泊まり込みという要素がある以上、引率の指導者は必須。
通常の部活動であるならば、その引率者は当然部活の顧問となるわけだ。
当然清澄高校麻雀部の引率も顧問の先生である。
が、この顧問。当然のように問題アリアリである。
部に滅多に顔を出さない。
来ても指導はしない。
顧問としての仕事も全くしない。
それでも教師か! と叫びたくなる人だ。
それでも顧問として在籍しているのは、清澄高校麻雀部の部長が無理を言って顧問となってもらった経緯があるからだろう。
顧問が居なければ部活は成立しない。そしてこの高校に、彼以外に顧問を引き受けてくれそうな教師は皆無なのだ。
受ける義理なんて無いのに受けたのは、お人好しと言えるかもしれない。
が、顧問として全く仕事をしないのは明らかな怠惰である。
……まあそれすら「あの人なら仕方ないな」と思わせてしまう、そんな教師なのだが。
京太郎「せんせー」
京太郎「蝶野せんせー、いらっしゃいますかー?」
蝶野「あ? ここにいんぞ、須賀ー」
京太郎「あ、おはようございます。今日は送迎とかお世話になるっす」
蝶野「いい加減顧問として仕事しねーと校長の目が面倒くさいからな」
蝶野「まあ、お前らが俺に迷惑かけなけりゃいいさ」
大型の車のボンネットを開き、その調子を見ている教師としては比較的若い男。
比較的整った顔と初対面の印象を六割ほど悪くする目つき、気怠げな雰囲気。
清澄高校在籍の美術教師、彼の名は『蝶野 潤一』と言う。
蝶野の教師としての評価をこの学校で聞けば、散々な結果に終わるだろう。
特に女性からの受けは最悪だ。
部類としてはイケメンに入るはずの彼は、その性格によりビックリするぐらい女受けが悪い。
『残念なイケメン』を通りすぎて、『イラッと来るイケメン』にカテゴライズされている。
もうとにかく、性格の一点がダメダメなのだ。
とにかく他人をナチュラルに見下す。
常にグチグチと嫌味を言っている。
困難があるとすぐヘタレた事を言い出す。
情けない、鬱陶しい、面倒臭いの三拍子が揃った性格だ。
……が、嫌われ者かと言えばそうでもない。
彼にも教師として認められる美点はある。
まず彼はとにかく折れないし、諦めないし、投げ出さないのだ。
困難を理由に他人に任せたりしないし、誰かの力を借りることがあっても最後までその案件に関わろうとする。
言葉にすれば「何事も中途半端にしない」、といった所か。
そして彼は、助けを求めてきた生徒の頼みを断らない。
嫌味は言う。グチグチ文句も言う。ため息もつく。
……だが、どんなに面倒臭かろうが、彼に何の得もない案件だろうが、断らない。
助けを求めれば、初対面の生徒の進路の悩みに徹夜で下調べした結果を翌日伝えたりなんかもするのだ。
生徒に対して紳士ではないが、真摯に接する教師。
イジメにあって自殺しかけた生徒をぶん殴り、叱り、何時間も不器用な性格と不揃いな言葉で懸命に説得し。
その結果自殺を思い留まらせ、結果的にその生徒の卒業までにイジメを無くさせた事件は今でも語り草である。
要するに、彼はこの学校で誰よりも不器用な教師なのだ。
なので男子生徒、比較的年配の先生方、男子教師からの受けはおおむね良いと言っていい。
真面目さも器用さも全く見えない教師だが。口を開けば生徒に平気でとんでもない事を言い出す教師だが。
……人格とは、どんなに表を取り繕っても透けて見える物。
分かる人には分かる、心根に思い遣りが見えるぶきっちょな美術教師なのだった。
蝶野「まだ出発の時間じゃないだろ? 気が早いな」
京太郎「ですねー。まだ全然揃ってない感じですし」
蝶野「まったく……今日から十日間、面倒くさい事この上ないな」
早速の愚痴。
清澄高校麻雀部の六人で、彼が比較的悪口を言わない生徒は三人。
……逆に言えば、気遣いも遠慮もしないのが半分も居る。
彼が部内で生徒に対して気遣いを向けるのは、二年の先輩と先ほど京太郎と会っていた咲の二人だけ。
残りの三人は『腹黒』『じぇじぇうっせぇ』『クソ真面目』と全くもって教師とは思えない接し方をしている。
というか、対応がまったく大人に見えない。
一番近い表現をするのなら、悪友にでも接するように接しているのである。
ならば京太郎は? となるのは当然だが、これがまたよく分からない。
蝶野は京太郎に対して他の生徒と比べれば当たりが柔らかい……と、それだけは断言できる。
が、そこに全く理由が見つからない。
人当たりが良い、おとなしい、大人びている。
だいたい他の生徒が蝶野が先生らしく接する生徒は、だいたいこんな感じだ。
が、京太郎は比較的よく喋る方だし、お世辞にも大人びているとは言い難い。
普通に蝶野が『やかましいやつ』と呼ぶタイプだ。
蝶野のその遠慮の無さが一部の生徒に受けていたりもするのだが、それは一旦置いておく。
京太郎と以前から面識があるわけでもない蝶野が、京太郎には妙に刺々しく接しない。
それは割と謎であり、京太郎が気になっている事でもあり、割とどうでもいい謎であった。
京太郎「あ、ちょっといいですか?」
蝶野「金は貸さんぞ。金の貸し借りは高校の内に卒業しとけ」
京太郎「違いますよ! 咲の奴が昨日眠れなかったみたいなんで、道中車の中で寝かしてやっても良いですかね?」
蝶野「……後部座席の後ろに、枕が置きっぱなしになってる。それを使え」
蝶野「座席を後ろに倒す方法は分かるな? 横レバーを引っ張れば、後ろに倒れる」
京太郎「ありがとうございます!」
蝶野「(そうやってあの子に気を使うから、いくら否定しても付き合ってるだのと噂が広がるんだろうに)」
京太郎「(そうやって寝れなかった生徒のためにこっそり枕用意してたりするからツンデレって言われるんだろうに)」
((毎度毎度、素直じゃない男だなぁ……))
京太郎「今日って昼飯どうします?」
蝶野「道中で適当なの食ってきゃいいだろ、最悪マックに寄ればいいだろうし」
京太郎「最近のマックは若者にまで不評ですよ」
蝶野「……わーったよ、そん時はモスにすりゃいいんだろ。一応全員に聞くけどな」
何でもない会話で時間を潰しつつ、されど互いに嫌いじゃない談笑を楽しむ。
麻雀部唯一の男子部員である京太郎と顧問である蝶野の仲は、前述の謎を差し引いても悪くはない。
蝶野「俺は特に技術指導とかの仕事も無いしな。向こうに着いたら問題起こさない程度に好き勝手やってくれ」
京太郎「よくよく考えなくても顧問から麻雀習ったこと無いってのは問題だと思います」
蝶野「るせぇ、俺だって腕がありゃ仕事してるっての」
蝶野「大学時代よく麻雀打っててルール知ってたってだけの俺を名前だけの顧問に据えた竹井が悪い」
京太郎「ですよねー」
蝶野は顧問ではあるものの、麻雀の腕は人並みである。
流石に麻雀を知ってから三ヶ月の京太郎には負けないが、それでも十把一絡げの実力しか持っていない。
県大会を勝ち抜いた女子部員五人クラスともなれば、もはや教えられる事が無いのだ。
まさしくお飾り。彼は仕事しないというより、出来ないという側面が強い。
各種手続き処理や部員の技術指導も出来る優秀な部長の存在により、この部は実質顧問が居なくとも稼働してしまうのである。
蝶野「俺もお前も根本的には要らんのよな、この大会。付き添いと応援だし」
京太郎「それを言っちゃあおしまいでしょうに」
京太郎「直接的に助けてやれないなら尚更、仲間として精一杯応援してやらないと」
京太郎「それしか出来ないならそうすべきで……ん?」
蝶野「どうした?」
京太郎「あ、すみませんちょっと行きます。また後で」
蝶野「ああ、また後でな」
少年の視界にちらりと映った少女。
まだまだ早いこの時間に昇降口に入っていったのは、彼もよく知る同じ部の仲間の一人。
京太郎「よっ、和!」
和「……須賀くん? あ、おはようございます」
桜色の髪をなびかせる、在校生の中で美少女の名を挙げるなら必ず名前が上がるであろう美少女。
昨年度『全国中学校麻雀大会/インターミドル』個人戦優勝者。
マスコミからも注目されており、一年にして副将を任され個人戦二位入賞の成績まで残している期待のホープ。
そして少なからず、京太郎が意識している異性。
『原村 和』は常のムスッとした顔を少し和らげて、友人の声に応えていた。
和「早いですね……私が言えた事でもないですけど」
京太郎「一番乗りは咲だ。寝れなかったんだとさ」
和「ふふっ、咲さんらしい。かくいう私も少し寝不足です」
京太郎「和が? 意外だな、インターミドル覇者だしこういうの慣れてるもんかと」
和「そんなことはないですよ。団体戦……皆と一緒に、という形で全国へ行くのは初めてです」
和「このメンバーで全国に挑めるのも一回切り、自分のミスのツケが自分以外の人へ向かう……」
和「そう考えてしまうと、中々プレッシャーです。もしかしたらそう思ってるのは私だけじゃないかもですけど」
京太郎「団体戦特有のプレッシャー、か」
原村和は、蝶野が『クソ真面目』と呼ぶだけの事はある真面目な少女だ。
実際堅物レベルで真面目である。思考がそこそこ柔軟なのと矛盾しない、というのがタチが悪い。
「数学得意そう」と言えば一言で表せるだろうか。
性格も麻雀も人当たりも、一貫して真面目で優等生で堅物な天然娘である。
世間ズレしかけている天然さと時に他人に必要以上に苛烈に当たる性格ゆえに、そう友人が多いタイプではない。
が、京太郎の印象は『可愛い』だ。
普通、優れた容姿とキッツイ性格の女性は『綺麗』と表現されるのが普通である。
綺麗は外見のみの褒め言葉、可愛いはある程度の容姿と愛らしい仕草・にじみ出る人格を含めた褒め言葉とはよく言ったものだ。
常時仏頂面かつ天地がひっくり返っても愛嬌を振りまかない彼女に対しては、明らかに変な表現だと言える。
……が、一概にそうとも言い切れない。
彼女の容姿は、多分に幼さが残っている。
真面目である事と大人びている事は違う。
彼女は冷静なようでちょっとした事で激昂したり、美しさより可愛らしさが先行する容姿をしていたり。
優れた容姿とませた性格を持ってはいても、彼女に『美人』『大人』という形容はひどく似合わない。故に。
原村和には、可愛い『美少女』という形容以外はあり得ない。
そんなこんなな、須賀京太郎15歳青少年の主張。
京太郎「あー、俺も団体戦出てーなー」
京太郎「つっても部員四人集めないといけない上に清澄やたら麻雀打てる奴少ないから茨の道か……」
和「ふふっ、お互い頑張りましょう。これから二年も一緒に同じ部でやっていくわけですし」
和「……あ、でもその前に麻雀の腕を上達させないと。須賀くんこのままじゃ万年一回戦敗退ですよ」
京太郎「ぐはぁっ!?」
言葉に無自覚のトゲがあっても気にしない。
これも彼の考える彼女の美点……美点?
美点と言えなくなくなくなくなくなくなくもない一面である。
〈 県立清澄高校旧校舎 〉
〈 07:10 a.m. 〉
京太郎「前みたいに和に牌効率とか教われたら上手くなんのも早いんだろうけどなぁ」
和「インターハイが終わってから秋季大会(オータム)まで期間が空きますし、その間で良ければ」
京太郎「マジか!?」
和「ええ、他人に教えることは復習にもなりますし。友人が大会で勝つ事は私にとっても嬉しいので」
和「ただ、今はそんな先の事よりも……」
京太郎「分かってる。和は今は俺の事なんて忘れてインターハイに集中してくれ」
京太郎「先の事考えすぎて足元の小石に躓きました、なんて洒落にならんしな」
和「はい。今は……皆でこの夏を、笑って終わらせたい」
京太郎「応援しか出来ないが、お前らなら絶対に優勝できるって信じてるぜ」
和「ふふっ、ありがとうございます」
二人は並んで人気のない早朝の旧校舎を歩きながら、部室へと向かう。
清澄高校の麻雀部の部室は、部活棟ではなく旧校舎の屋根裏に存在する。
なので非常に面倒な事に、本校舎で上履きを取った後再度外に出て旧校舎に向かわなければならない。実に面倒である。
清澄高校の麻雀部は色々と経緯があって本校舎や部活棟で活動ができなかったという理由があるのだが、今は置いておこう。
部室の扉を開いた京太郎と和がまず目にしたのは、自動卓の前に座り本を読む咲の姿だった。
和「咲さん、おはようございます」
咲「……」
和「咲さん?」
京太郎「ていっ」
咲「あだっ!? な、何するの京ちゃん! ……って、和ちゃん?」
京太郎「おはようだってよ」
咲「あ、おはよう和ちゃん」
和「……ふふっ」
咲「? どうしたの?」
和「いえ、お二人は仲がいいな、と」
咲「そうかな……?」
京太郎「俺から見りゃお前ら二人も十分仲良いよ」
本に集中し過ぎている咲に遠慮がない京太郎も、はたかれた瞬間見ずとも京太郎だと気付いた咲も。
そして、この二人と並んでいても仲間外れになったり疎外感を感じたりしていない和も。
三人は同学年ということもあり、非常に仲がよく見える。
そして今、もう一人。
「しゃあっ! 本日一番乗りはこの片岡優希様が頂い……た、じぇ?」
京太郎「おせーぞタコス」
ドタドタドタと落ち着きなく階段を登る足音。
扉を壊さんとばかりの勢いで開ける子供っぽさ。
そして何より、昨晩よく眠れたとしても早く寝過ぎたせいでこの時間に来たのであろう堪え性の無さ。
部室の三人には、扉の向こう側から現れた少女は見るまでもなく誰か分かっていた。
何もかもが早め早めで、そのくせ集中力が長続きしないハイテンションガール。
京太郎「残念ながらお前は四着だ、優希。麻雀で言えばオーラスで四位ってとこだな」
優希「なにおー!?」
『片岡 優希』。
京太郎に言わせれば、外見小学生精神年齢小学生の色気のない親友とでも言うのだろう。
入部して一ヶ月足らずで京太郎と親友になった、団体戦でも先鋒を務める少女である。
中学時代に気難しい和とあっという間に親友になり、内向的な咲ともあっという間に仲良くなり。
とにかく早い。早いのだ。人間関係で打ち解ける事すら早い。
コミュ力で言えば部内女子の中でも屈指であり、誰とでも仲良くなれるタイプである。
よく笑うし、よく泣くし、よく喜ぶ。
大好物のタコスを常時手からも口からも離さない。
そんな清澄麻雀部のムードメーカーである。
優希「ぐぬぬ、犬のくせに私より早いとは生意気な……」
京太郎「誰が犬だ誰が」
彼女は麻雀ですら性格そのままで、美点も欠点もそのままだ。
とにかく早い、とにかく派手。集中力は続かず、誰が見ても脇が甘い。
そして結果がどうであろうが、必ず一度は派手に活躍するためにその後の流れとチームの空気が良くなる。
猪突猛進、ハイテンションなムードメーカー。それが片岡優希である。
優希「タコス買ってこいタコス!」
京太郎「いやまだ店開いてねえよ」
優希「むむむっ」
京太郎「どうしても食いたいなら蝶野先生に頼んで途中で寄ってもらうとか」
優希「うう、私あの先生苦手だじぇ……」
京太郎「あの人のお前に対する発言の六割は『うるせー!』だもんな……」
和「あながち間違ってはないですしね」
優希「ぐはぁっ」
咲「ゆ、優希ちゃーん!?」
京太郎「結局またこの四人か」
咲「四人居るけどどうする? 先輩来るまで半荘打つ?」
優希「よし来た!」
京太郎「また四位で一人だけ沈む作業が始まるな……」
和「そこは『お前ら全員飛ばしてやるぜ!』と言うくらいの気概はないんですか?」
咲「それは京ちゃんが和ちゃんに愛の告白をするようなもんだよ、和ちゃん」
咲「足りないのは気概じゃなくて度胸と甲斐性なんだよ」
京太郎「お前後で覚えてろよ咲」
和「成程……確かにあり得ませんね」
京太郎「がハァっ!」
優希「犬が死んだ!」
咲「和ちゃんひどい!」
和「え? あ、ああ違いますよ! あり得ませんというのは告白されるとかいうそういう話で!」
和「決して今まで須賀くんをそういう対象として見た事がないって事を告げたわけでは……!」
京太郎「おーけーもうやめよう。俺の傷口が広がっていくだけだ」
京太郎「このまま行くと俺が告白もしてないのに告白→玉砕した可哀想な野郎になりかねん」
咲「京ちゃんかわいそう」
優希「犬かわいそうだじぇ」
京太郎「お前らはスリーサイズがかわいそうだがな!!」
「「ぐはぁっ!?」」
和「二人共!?」
清澄一年生カルテット。
この四人は馬が合うのか息が合うのか、出会って数ヶ月であるというのに四人セットで仲が良い。
無論二人・三人と小分けにしても仲がいいコミュニティであり続ける、そんな四人だ。
一緒に帰り道で買い食いしたり、授業が同タイミングで終われば先輩達が来る前に四人で卓を囲む。
ただ駄弁っているだけでも話題は尽きないし、あまり性差を感じさせずに付き合える。
そんな四人。高校生らしい青春の縮図。
優希「東風戦やろうじぇ東風戦!」
和「それだとゆーきの一人勝ちになりかねないじゃないですか……」
京太郎「赤ドラありなら俺にも勝機があるんだが」
咲「一位率と四位率が跳ね上がるだけだよね?」
京太郎「俺だってたまには勝ちてえよ! それがただの運だとしても!」
「お、やっとるのぉ。今日からインターハイの現地入りっちゅうのに元気なこっちゃ」
たった六人しか居ない清澄麻雀部の内一年生四人が揃い、残るは二人の先輩のみ。
ならばどちらが先に来るのかと考えれば、満場一致で片方の名前が挙がるだろう。
片やルーズ。片や部内一大人びたしっかり者。
周囲からの信頼度がまるで違う。
いや、もう片方が信頼されていないというわけではない。
……単に、「あの人は最後に来るだろうな」と信頼されているというだけで。
そんなこんなで現れたのは団体戦次鋒、清澄高校二年生『染谷 まこ』。
女子高生らしさと田舎のおばちゃん臭を併せ持つ、この部のオカンポジションなお人である。
和「あ、おはようございます」
咲「おはようございます、先輩」
優希「おはようだじぇ!」
京太郎「……あ、おはようございます」
まこ「……なんで京太郎は死んどるんじゃ?」
京太郎「……一位抜け、出来そうだったんですけど」
咲「私がカンして」
優希「のどちゃんの暗刻にドラモロ乗りで、ロン!」
和「三倍満直撃でした」
京太郎「……」
まこ「……哀れなやっちゃ、おんし初心者以前に薄幸の星の下に生まれとるんじゃなかろうか」
度量や寛容さ、気遣いや精神的な成熟さでは部内一と言っていい。
幼少期から実家の雀荘を手伝いつつ大人達と付き合ってきたからか、部員だけでなく大人受けもいい。
かの蝶野ですら彼女には嫌味を言わないほどだ。圧巻である。
無論一年生四人からも慕われ、特に優希は今や懐いていると言ってもいいほどだ。
まこ「しっかし、わしも早めに来たつもりだったんじゃが……一応九時集合だったと思うが」
京太郎「一番乗りは六時台に来てましたよ」
まこ「なんじゃそらこわい」
咲「え、えへへ……」
まこ「しっかし部長が一番遅いとはのぉ」
和「いいんじゃないでしょうか? あの人らしいですし」
京太郎「卓、俺抜けましょうか?」
まこ「かまわんかまわん。それよか片付け始めたほうがええじゃろ」
咲「?」
優希「流石にそろそろ来なくちゃ遅刻だじぇ」
残るは団体戦中堅を担う部長のみ。
本来部長が時間ギリギリ一番最後に来るというのは、色々といい顔をされないものだ。
が、この部に限ってなら「まあ、あの人なら……」の一言で済む。
普段ちゃらんぽらんでもやる時はやってくれるという無言の信頼。
そして、どうせ何言っても変わらんだろうという無言の諦めがある故に。
「ん、全員集まってるみたいね」
この部の実質的な支配者たる王様『竹井 久』は、まるで主人公がそうするように、時間に間に合う範囲で遅れてやってきた。
まこ「どうしたんじゃ部長、今日この日をずっと楽しみにしとったんじゃろ?」
部長「いやー、楽しみすぎて寝れなかったのは一昨日で、昨日はむしろ寝不足でぐっすり寝れちゃったのよね」
タコス「私が言うのもアレだけど大物だじぇ」
和「で、どうして遅れたんですか?」
久「かくかくしかじか」
咲「いや、分かんないですけど……」
久「そこは察しなさい!」
京太郎「無茶言わんでください!」
破天荒な行動と理詰めの思考を両立できる、所謂『一緒に居て楽しい人種』である。
ある程度付き合いがある者は「こいつなら仕方ない」と評し、生真面目な者は「頼りになるけどハラハラする」と称するタイプ。
付いて行けば楽しそう。任せておけば楽しくなりそう。一緒に居ると楽しい。何より本人が楽しそう。
そういった類の不思議なカリスマを持つ、この癖の強い部を一枚岩に纏めるリーダーである。
暴君かつ名君。だからこそ様々な信頼を一身に受ける、そんな少女だ。
久「もしかしたら咲あたりは寝坊してくるかもと思ってたけど、心配無さそうね」
咲「さ、流石に今日はしませんよ!」
京太郎「……うーん、そこら辺は日頃の信頼度だな」
優希「でも前に小説の読み過ぎで夜更かしすぎて、学校に遅刻しかけてたじぇ?」
優希「なんっだっけか、その小説のボスの名前がロン……ロン……ダブ……」
まこ「ダブロン?」
優希「それだじぇ!」
京太郎「サウロンだろ」
和「サウロンですね」
まこ「ダブはどっから出てきたんじゃ!」
優希「タコス食ってなかったから記憶力も曖昧なんだじぇー、なはは」
久「今私が咲に借りてるロード・オブ・ザ・リングじゃないの」
咲「なんか優希ちゃんの勘違いでおっそろしいラスボスがすごく麻雀的な親近感湧いてきました」
タコス中毒一人。部の良心一人。破天荒部長一人。
真面目少女一人。文学少女一人。ロンリー応援団一人。
かくして六人が揃い、清澄高校麻雀部は完成する。
京太郎「ちなみに咲がもし遅刻してたらどうするつもりだったんですか?」
久「そりゃ罰ゲームよ」、
和「罰ゲーム?」
久「咲のセロハンテープに指紋つけまくったり、鉛筆の上に付いてるちっちゃい消しゴム使いまくったり」
久「読んでる小説のページを15ページくらい前に戻したり、イヤホンのコードをこんがらがせたり」
久「シャーペンの中の芯を細かく折って何度カチカチしても使えないようにしたり、授業前に携帯のマナーモードこっそり切ったり」
まこ「もういい、もうやめるんじゃ!」
久「いくつか考えてルーレットで決めようかなーって」
優希「ち、畜生の所業だじぇ……!」
久「遅刻や寝坊は基本厳禁よ?」
咲「(コクコク)」
京太郎「咲が言葉を発する余裕もなくただひたすら首を上下させてやがる……!」
荷物をまとめ、駐車場へと移動。
とは言ってもさして大荷物ではない。大型の自家用車なら考慮しなくてもいい量だ。
運動部であれば個人個人で道具を運び込まなければならないのだろうが、彼女らの部はテーブルゲーム。
試合の公平を期すため、試合に用いられる道具はほぼ全て大会側の用意した備品となる。
無論大会の合間合間に打つ事もあるだろうが、そのための簡易雀卓ですら宿泊施設に完備されている。
よって彼らが運び入れる荷物とは、着替えや日用品のみである。
蝶野「長野から東京までざっくり車で三時間、ってとこだが」
蝶野「正直インターハイの影響で道は相当込むだろう」
蝶野「それにせまっ苦しい車の中に三時間押し込められるのは相当なストレスだ」
蝶野「大会前のお前らは避けるべきだろう。何より俺も嫌だ」
京太郎「先生、その余計な一言さえ無ければ……」
蝶野「っつーわけで1~2回は休憩取るぞ」
蝶野「これから先生方に挨拶して、出発して、道中昼飯食って到着は一時から二時ってとこか」
久「何か決めてます?」
蝶野「いや特に何も」
久「皆何食べたいー?」
優希「タコス!」
まこ「適当な定食でええんじゃないかの」
和「特に要望は……あ、前に皆で食べたラーメンが食べたいです」
咲「私も無いけど、何か一つ挙げるならうどんかなー」
京太郎「親子丼食いたい」
久「縁起担いでカツカレーとか」
蝶野「お前ら結束も協調もクソもないな」
京太郎「1分下さい。先生が驚くような満場一致の結束を見せてあげますよ」
蝶野「ほう、やってみろ」
京太郎「最初はグー!」
「「「「「「 じゃーんけーん、ぽん! 」」」」」」
京太郎「満場一致でカツカレーに決まりました。これが結束と協調と絆の話し合いです」
蝶野「ああ、うん……お前らはそういう奴らだったな」
運転席に当然蝶野。
道中に相談することがあると助手席に久。
気が急いて仕方がない優希とそれに付き合う面倒見のいいまこは両端のセカンドシート。
寝たい咲と残った二人は最後列の三つ席の並ぶサードシートへ。
久「オーダーはこのままで最良だと思うんですけど、副将までの流れが――」
蝶野「そこは変に博打を打たず、染谷を堅実に動かす方策にすればいいだろ。先鋒で――」
優希「PSP犬のも借りて二つあるから対戦やろうじぇ!」
まこ「まったく、道中までゲームとはいえ麻雀とはのう」
PSP専用ソフト阿知賀ポータブル、好評発売中!(ステマ)
通常版7140円、DL版5800円とお買い得!(ステマ)
車の中で友人と対戦したり、オンラインでまだ見ぬ相手と通信対戦も出来るぞ!(ステマ)
皆買おう!(ステマ)
京太郎「和は車酔い大丈夫か?」
和「少し、弱いですね……須賀くんと咲さんは?」
京太郎「こいつは車酔いの薬と窓際必須だ。ましてや椅子倒して寝るんだし、真ん中は無理」
咲「えへへー」
京太郎「えへへーじゃねえよ……取り敢えずは車酔い平気な俺が真ん中で、IC(インターチェンジ)で様子見て席変えよう」
和「ありがとうございます。では、その厚意に素直に甘えますね」
京太郎「別に厚意とかじゃあないけどな、大会にはベストコンディションで挑んでもらいたいだけだし」
京太郎「『友人が大会で勝つのは嬉しい』、だろ?」
和「……ふふっ、そうですね」
咲「ふわぁ……」
京太郎「座席の倒し方分かるか?」
咲「……うちの車のなら!」
京太郎「よその車乗るとレバーの位置の違いとか戸惑うよな、分かる。で、つまり出来ないんだな?」
咲「お助けください」
京太郎「任せろ。レバーは椅子の下っぽい……ってスカート押さえろよ、見えるぞ」
咲「えっちー」
京太郎「いや別に見たく……」
咲「ていっ」
京太郎「ぐああああっ!? 目が! 目が!?」
色々あったが、全員乗り込み車は出立。
清澄高校麻雀部は揃って全国の舞台へと踏み出した。
自動車の揺れは、ただ座っていればその細かい揺れが原因で酔ってしまう者が少なくない。
対抗策は運転手になるか、三半規管を動かさないよう横になるか、飴でも舐めてるか、窓際に座るか等多種多様。
そして一度横になってしまうと、車の揺れが心地良く感じてしまいすぐ寝る人種は確固として存在する。
今、後部座席にて健やかに寝息を立てている少女とか。
咲「zzz……」
和「よく眠ってますね。眠れなかったのは本当みたいです」
京太郎「前日眠れなかったのは、さて全国だけからかねー」
和「……最近、少し悩んでいたように見えました」
京太郎「つっても、今すぐどうこうって類の悩みには見えなかった。俺にはさっぱり見当がつかんし」
京太郎「大会は序盤連日やるわけでもないから東京観光でもして、気分転換になればいいんだが」
和「それで肩の力が抜ければそれにこしたことはないですね……ふわぁっ……」
京太郎「……あー、お前もあんまり眠れなかったんだっけ」
和「県大会の時も同じ失敗をした気がします……猛省せねば」
京太郎「一つ、ここで情けない告白をしよう。俺が今朝早かった理由だ」
和「?」
京太郎「俺も昨日の夜全然緊張して全然寝れなかった」
和「……ぷっ、ダメじゃないですか!」
京太郎「はっはっは、今の俺達には全部ブーメランだぞ」
和「ああ、なんか緊張がどっか行ってどっと眠気が蘇ってきた気が……」
京太郎「緊張さんはご退出でーす……」
久「んー、暇ねー。車の中だと本当にする事が無いわ」
蝶野「寝てろ」
久「残念ですが私は昨晩ぐっすり……ん?」
久「……ほほう。まこー、私の携帯渡すから写メ取って」
優希「これだじぇ! これだじぇ! これだじぇ!」
まこ「やかましい! ゲームやる時ぐらい静かに……ん? なんじゃ、なんか言ったかの?」
久「後ろの三人をからかうネタを写メで撮っといてー、って話」
まこ「ん? ……なにしとんじゃ、こいつらは」
優希「先輩、手が止まってるじぇー」
まこ「ええい、どいつこいつも! わしの腕は二本しかないんじゃぞ!」
京太郎の膝の上に枕を置き、その上に頭を置き、枕を抱きかかえるように小柄なその体を横にしている咲。
くかーと効果音が聞こえてきそうなくらい気持よさげに、かつ堂々と腕を組んで寝る京太郎。
そんな京太郎の肩に頭を乗せ、絵画や漫画の一コマのように絵になる風でスヤスヤと眠る和。
三人はぐっすりと眠っており、一度目のICを通過して二度目の食事兼休憩に至るまで起きることはなかった様子。
起きたら起きたで散々からかわれたり、私も混ぜろとぎゃーぎゃー騒がれたりしたのだが。
〈 東京都 渋谷区 国立オリンピック記念青少年総合センター近辺 〉
〈 01:50 p.m. 〉
優希「おお、コンクリートジャングル……!」
咲「あ、見て見て京ちゃん! あの人額に薔薇のタトゥー入れてるよ! 都会の人ってすごいね!」
京太郎「興奮してるのは分かるが道行く人を指差すな、失礼だ!」
まこ「宿泊施設と会場はどのぐらい離れとったかの?」
和「電車も使えば長めに見ても30分とちょっと、くらいでしょうか」
久「ま、東京は長野と違って電車の本数多いしよっぽどの事がなければ遅刻とかしないでしょ」
蝶野「そいつは高度な自虐か……?」
京太郎「スカイツリーはほぼ完成してんじゃないかアレ」
咲「完成は来年じゃなかった?」
ホテルを借りる学校や、学生用の宿泊施設を学校、この大会に臨むためどこに泊まるかというのは学校によって様々だ。
京太郎達清澄高校麻雀部は、中学生が宿泊学習で泊まり込むような学生の宿泊施設に。
流石に一週間の宿泊費だけで百万を溶かすような名門校の如くホテル代ぶっぱは公立校には無理が過ぎるってもんである。
よって寮のような宿泊施設で、修学旅行のノリで雑魚寝しつつ過ごす事となる。
男子棟、女子棟、教員棟とそれぞれA棟だのB棟だのと名付けられた各棟に割り当てられた部屋が彼らの寝泊まりする場所だ。
男子禁制や女子禁制といった規則は風呂場や更衣室以外はあまりないが、それでもあまりいい顔はされないだろう。
まあ、そんな大事な宿泊施設が見えてきたというのに彼ら彼女らの意識はそこに向いていないのだが。
彼らの視線は時たま建物の隙間に見える東京タワーやスカイツリー、つまり『都会』に向いているがために。
京太郎「……東京タワーに、ドラゴンとか刺さりそうだな」
優希「折れそうだじぇ」
咲「ガメラとか来そうだよね」
和「ギャオスも来そうです」
京太郎「それこの前四人で見た映画じゃねえか」
かくして、数人の興奮冷めやらぬまま宿泊施設へ到着。
蝶野「俺は風越の指導者の人と打ち合わせがあるからそっちは任せた」
久「任されました」
京太郎「見慣れた光景とはいえ凄まじく投げやりだ……」
蝶野教諭は教師が寝泊まりする宿泊施設D棟へ。
清澄と相部屋の、風越高校の顧問と軽い打ち合わせに。
久「じゃ、荷物を部屋に置いたら晩ご飯まで自由にしてていいわよ」
京太郎「了解っす」
咲「また後でね、京ちゃん」
和「では」
まこ「晩飯に遅れんようにな」
優希「一人でも泣くなよー」
女子は宿泊施設B棟へ。
そしてただ一人の男子部員である京太郎は、宿泊施設C棟へ。
京太郎「どーっすっかなー」
京太郎「……先に色々歩きまわって、後で皆と出歩く時に役立つようにするか」
京太郎「ぶっちゃけここから会場にだってランニングで行けば一時間とちょっとだし行けるんだよな。疲れるけど」
そして、訪れる暇。明日の抽選会まで少年少女達にすべき事はない。
少年一人では暇を潰す物も無く……いや正確にはあったのだが、優希に没収されたままである。
よって、出歩く事にする。
彼は元々咲とは正反対の社交的なアウトドア派だ。
体を動かす事にも楽しみを見いだせる、だけどゲームも楽しいから夢中になる、そんな典型的男子である。
京太郎「あいつらは風呂入るとか言ってたし、誘えん」
京太郎「なんで女子はそう頻繁に、しかもこんな時間から、意味分からんレベルの長湯をするのか」
何より、今の段階で連れ回して疲れさせるのもなんだろうと少年は思う。
明日の抽選会の結果次第では明後日には試合が始まるかもしれないのだ。
おそらく咲や和は寝不足が完全に解消されていない事は彼にもわかっている。
以心伝心とかそういうのではなく、彼自身もそうだからだ。おそらく咲と和の二人は今日はさっさと寝てしまうのだろう。
京太郎「晩飯までだいたい五時間か」
京太郎「……考えても仕方ない、外出るか。出たとこ勝負出たとこ勝負」
そして、靴を再度履き替え宿泊施設の外へ。
その先に何が待っているのかなんて事は、考える事すらせずに。
新たな土地に踏み出せば、新たな出会いがある。
奇妙な出会い。運命の出会い。しかしその出会いが良い物であるか悪い物であるか、その判断は全て終わってみるまで分からない。
長野から東京へと物語の舞台が移り、そこで新たな出会いが始まる。
……それは図らずとも、十年前の再現。
クウガとグロンギの戦いの日々も、長野で始まり東京にてその戦いの物語の火蓋を切ったのだ。
物語の幕を上げるのは出会い。物語の幕を下ろすのは別れ。
光があれば闇がある。笑顔があれば涙がある。
少年がこの日本という国の中心で最初に出会ったのが『闇』であったのは、まさしく不運でしかない。
その『不運』は、一言で言い換えるのであれば、ひどく残酷なだけの、ただの『運命』だ。
京太郎「……なんだ?」
京太郎「なんで、俺はこんな所に来てるんだ?」
外に出た、まではいい。
そこからどこに行こうかと改めて考え始めたのもいい。
だが、何故かその脚は向かうべき場所へと向かうように、ごく自然な動きでどこかへと向かっていく。
少年からすればなんとなく歩いているだけ。目標地点なんて定めていない、迷子になりかねない歩み。
引き寄せられるように辿り着いたその場所は、走る自動車の重みに軋みを上げる高架下だった。
京太郎「……暗いな」
京太郎「(一歩踏み出したら、別の世界にまで踏み出してしまいそうだ)」
高架下は暗くとなっていて、まるで影の世界だ。
踏み出せばその闇が広がる世界に入っていく事になりそうで、思わず少年は足を止める。
日の当たる明るい世界と、日の当たらない影の世界。
その境界の一歩手前の明るい世界で、少年は意味もなく佇んでいた。
そこから踏み出す事が、何か致命的な事になってしまいかねないと思えたために。
京太郎「(? 向こうから、人影が……?)」
コツ、コツ、と。ヒールがコンクリートを叩く音。
ぱちん、ぱちん、と。鳴らされる指パッチンの音。
調和する二つの物音と三つの人影が影の世界の向こうから、京太郎の居る場所へと向けて近付いて来る。
……何故か一瞬、「逃げなければ」という思考が京太郎を支配する。
だが、その思考は肉体を駆り立てない。
まるで心臓を鷲掴みにされたように、その場に縫い付けられるかのごとく体が動かない。
その感情の名を、京太郎は知っている。
吐き気がするような実感と共に、その感情は魂の奥底に刻まれている。
その感情の名は……『恐怖』、だ。
「久しぶりだな、―――。……いや、リントの流儀では初めまして、と言うべきか」
高く透き通った声。
美の女神もかくやという、現実感のない美しさ。
後ろに続く二つの人影が霞むほどの存在感。
その言葉の後に続く無言の沈黙も、その神秘的な雰囲気に飲まれ価値のある間であるかのように錯覚してしまう。
見覚えのない、会ったこともない、だけど何故か見覚えのある、懐かさを感じるような……そんな女性だった。
最初の言葉が発せられた一瞬で、京太郎は既に呑まれていた。
その存在感? その奇妙過ぎる風貌と雰囲気? 先頭に立つ美女の美しさ? 言葉に感じる重み?
否。そんなありきたりな理由とは別の場所に、少年が今完全に呑まれている理由がある。
「本当に、良く似ている」
「石だけではない、顔つき、雰囲気、存在感……生まれ変わりかと思ったぞ」
「あの頃の、あいつに本当にそっくりだ」
沈黙を破り、口火を切ったのは先頭に立つ額に薔薇のタトゥーの女。
赤いドレスに身を包み、街を歩けば道行く男が皆振り返るであろう目の覚めるような美人。
……しかし、美しすぎて危うさすら感じてしまう。
それは綺麗な花を見て、人が毒や棘の存在を連想してしまうような、そんな生物的な危機信号。
その後ろには男二人。
片や晴天にも関わらずコウモリ傘を広げる、陰気な神父風の男。
陰気な雰囲気とは裏腹に、筋肉質でがっしりとした身体付きが服の上からでも伺える。
……何故か、初対面であるのに京太郎に向けた視線が怪しげなものであったことだけが、気にかかる。
その目は野心と思い上がりに満ちている、一種の哀れみすら誘いかねない瞳。
片や現代風の服装に身を包むも、あまりにジャラジャラとアクセサリーを付け過ぎてヤマアラシを思わせる男。
この三人の中では一見一番まともに見えるというか、一番現代には溶け込んでいるように見える。
だが。 京太郎の本能は、この男に他二人とは桁違いの危険性を感じ警鐘を鳴り響かせていた。
『こいつはヤバい』と、今までずっと平穏な世界に生きてきた京太郎ですら感じる、限りなく死に近づいているという危機感。
総評すれば、全員ヤバい。
何故かは分からない。そこに明確な理由付けなんて出来やしない。
……そんな物が不純物に感じてしまうほどに、この三人が発する存在感は『人と違いすぎる』。
そして。
「お前と私を含め、今回のゲゲルの参加者は九人」
「場所はここ。東京のみだ」
「この瞬間より、ゲームの開始を宣言する」
その女が語る言葉の内容は、京太郎には1mmも理解できていない。……だが。
その言葉が、あまりにもおぞましい『何か』の火蓋を、切って落としてしまったような気がした。
京太郎「待て! 意味が分かんねえ、ちゃんと俺にも分かるように言ってくれ!」
京太郎「……寒気が止まらん。鳥肌が立って仕方ねえ。冷や汗まで出てきた」
京太郎「アンタ今、何かとんでもない事を――」
踵を返し、去って行こうとする彼女らを呼び止める。
何も知らないが故の咆哮というよりも、それは認めたくない現実を拒絶する悲鳴に似ていた。
「全てを知りたいのなら、勝ち続けるがいい。それが全てだ」
「弱者は何も得られず朽ちていくのみ。それが全てだ」
「……戦え。戦わなければ、生き残れないのだから」
薔薇を思わせる女は、影の世界の向こう側へと消えていく。
「ヒ、ヒ、ヒ、ザガグド・ムセギジャジャザ・ゴレザ」
「ゴラエン・ベスオ・ザボン・ガ・ギタザ・ギデギグブ・ズ・ゴオマ・グ!」
「グビゾ・アラッデ・ラッデ・ギソ」
コウモリを思わせる男が、それに続く。
その言葉は、完全に日本語ではない意味不明な言語であるにも関わらず……何故か京太郎には、その意味が理解できてしまっていた。
「頑張ってね」
「リントで遊ぶのは後回しになりそうだけど」
「……君の顔が痛苦に歪むなら、それだけで楽しそうだ」
最後に、ヤマアラシを思わせる若者が消える。
最後の最後に、怖気の走る笑顔を添えて。
京太郎「……」
意味が分からない。理解も出来ない。
京太郎の視点からすればわけのわからない内に現れた謎の人物達が、意味深な言葉を告げていっただけの話だ。
ただの電波だと、断じるのは容易い。
だがその言葉の一言一句が、京太郎の頭から離れない。
目を閉じれば彼女らが告げた言葉が、まるで死刑宣告の一文のように頭の中で繰り返される。
その中でも特に、薔薇の女が最後に告げた言葉は強く強く彼の脳裏に焼き付いていた。
京太郎「……戦わなければ」
京太郎「戦わなければ、生き残れない……」
己の立つ陽の当たる世界。
三人が消えて行った影の中の世界。
その境界が、今の京太郎にはひどく曖昧なものに見えた。
京太郎「(何だったんだ、さっきの三人……?)」
間違いなく初対面。
あんなにも強烈なキャラクターを持つ者たちと面識があったなら、何があったって忘れる事はないだろう。
……だというのに、妙に親しげだった。殺意に似た、何かが視線に込められていた。
初対面の人間に親しげに話す奴が居たとしたら、意図的に演じてでもない限りそれは気違いの類だろう。
殺意も然りだ。初対面の人間に明確な殺意を向けるなんて者は、それこそシリアルキラーしか居ない。
何より親しみと殺意が同居する人種など、今まで京太郎は見た事も聞いた事もない。
愛憎が絡むならまだしも、親しさと殺意のみの同居とは友情を感じた人間に殺害をもって応えるような異常な歪みだ。
そんな感情が成立する時点で、真っ当な人間であるとは言い難い。
京太郎「(けど……なんでだ)」
京太郎「(俺も、初対面のはずなのに)」
京太郎「(あの三人に、同じ気持ちを感じてる。意味の分からない親しみと、ほんの僅かな殺意)」
何かは分からない。何故かは分からない。
ただ、あの三人と出会った瞬間……何かがどうしようもなく終わり、何かが抗いようもなく始まってしまった。
そんな確信に近い予感が、少年の中に生まれていた。
何かが奪われ、そしてこれからも奪い続けられるかもしれないという予感。
十年前にこの世界から消え去ったはずの、誰もが持っていた悪夢のような不安。
それが蘇りつつあるのだと、この世界で最初に気づいたのは、この少年の無意識の直観だった。
京太郎「ん?」
意識にまで上って来ない無意識の警鐘、それに引っ張られた意識の悪寒を振り払ったのは、その時京太郎の視界に入ってきた建築物。
京太郎「教会……?」
どこか周囲の光景と並べると浮いているような、そんな立派な教会だった。
白く無機質な壁。屋根には手を組んだ女神像。
石と木がの建材が高度に組み合わされ、人が思う理想的な教会のカタチを構成している。
ステンドグラスがほんのりと反射する色つきの陽光が、今にも聖歌が聞こえてきそうだと、そう思わせる。
無宗教の京太郎ですら神聖さを感じさせられる、神に祈りを捧げる為の神の家。
が。
京太郎「場違い、ってほどじゃないが自然とも言えないな」
京太郎「なんか立地に違和感というか……」
あくまでこれは少年の感性での話だ。
だがその感想は、彼でなくとも抱くものだろう。
まず周囲に溶け込んでいない。
建築とは、周囲の建物との調和も考えてから建てられるのが普通である。
例えば周囲の建物の存在を考慮せずに一軒家を建ててしまえば、立派な家なのに陽が全く当たらない……なんて事にもなるだろう。
この教会はそれ単体で岬や森の中といった場所にあったなら、とても自然な建築だ。
だが、灰色のコンクリートジャングルの中にぷつんと存在するにはあまりに純白過ぎて、神聖過ぎる。
普通、こう言った教会の周りにはいくらか緑が植えられるものだ。
周囲に溶けこむというより、それを『無機質な建物』の概念の半歩外に踏み出させ、そこに確立させる。
ぶっちゃけた表現を使うなら、建物の仲間ではなく、公園の仲間であるのが正しい教会のあり方なのだ。
人が建物と公園を見る時、当然のように得られる視覚的な感触は違う。
見知らぬ建物は目にも留めないが、公園であるならば足を止める事もあるだろう。
有り体に言えば、この教会は『教会らしくない』のだ。
教会にしては無機質過ぎて、それがほんの僅かな違和感を滲ませている。
ちょっと気になった、程度の違和感。
その違和感に足を止めた京太郎の背後から、柔らかく透き通るような声をかける者が居た。
「このサン・マルコ教会は、未確認生命体事件解決十周年記念として建物の部分だけ今年完成したばかりですから」
「『宗教上の問題やいがみ合いがあっても、怪物ではない私達人間はゲームの中ならば誰も傷付けず仲良く出来る』だろうって」
「そんな主張を持つ民権団体の方々が、数年前から寄付金等の後押しをして下さって建てられたものだそうです」
「だからインターハイ参加者や応援団の宿泊施設が近くに多い、この場所に建てられたのだとか」
「植木などでこの周りに緑を増やして、今年中には本当の完成を迎えるようですよ」
京太郎「へー……ん?」
京太郎「えっと、どちら様で……?」
当然、声がかかれば振り返る。
だが少年の視界に入ったのは、見ず知らずのまたしても初対面な少女。
髪は菖蒲のような紫で、瞳は萌黄の緑。
太陽の加減でほんの少し輝きを増して見えるそれらは、それぞれアメジストとクレプソーズを想起させる。
身体は小柄で、見る者に一目で小動物を思わせる。守ってあげたくなるような女子、その典型だろう。
制服の襟に付けられた十字架から、彼女がミッション系の学校の生徒であることは明らかだ。
どこか気弱そうな印象を受けるが、その瞳には強く折れそうにない心の芯が透けて見える。
成香「あ、これは失礼しました!」
成香「私、有珠山高校二年生の本内成香と申します。横合いから初対面の方に偉そうに、申し訳ありません……」
京太郎「あ、全然問題ないですよ。豆知識増えましたし」
京太郎「清澄高校一年、須賀京太郎です。……そっか、未確認生命体事件からもう十年か……」
ペコリと手を前で揃えて頭を下げる、その仕草すら小動物的で可愛らしい。
少女らしい可愛さと行儀の良さがマッチして、ただそれだけで「彼女の祈る姿は様になりそうだ」と確信できる。
その頭を下げる姿勢がとても礼儀正しく綺麗なものだったこと、初対面のその人が先輩であったこと。
と、言うより。部の仲間で慣れてはいたものの、こんなにも小柄な少女が年上なのだという事実。
それらが京太郎を少々驚愕させるものの、表情には出さずに自己紹介を終える。
京太郎「じゃあこの教会は、記念碑みたいなものなんですか」
成香「そうですね。ちゃんと『終わったんだ』って皆で思えるようにするための、そんな想いで建てられたものなのだと思います」
成香「良い事も悪い事も、ちゃんと終わらせないと前に進めない方はいらっしゃいますから」
十年も経てば、恐怖も薄れる。
十年も経てば、笑顔も戻る。
十年も経てば、恐れた過去もそれが終わった事を祝えるようになる。
この教会は、人が立ち上がり前に進んでいこうとする意志が生んだものの一つだ。
京太郎「ずっと続いてくれればいいんですけど」
成香「ですね」
そして、取り戻された平和がずっと続いてくれるようにと、多くの人が祈り願った想いの結晶でもある。
誰とて平和が続いて欲しいと思うのは同じ。
幸せな日々が壊されずにいて欲しいと思うのは同じなのだ。
「そんな綺麗事は」なんてどんなに言われたって、綺麗事が実現した世界が一番良いに決まってるのだから。
教会の正面・屋根の上から彼らを見下ろす女神像を見上げ、二人の間に無言の間が流れる。
ただ二人の表情を見る限りでは、居心地の悪い沈黙が流れているようには到底見えなかった。
成香「ところで」
京太郎「?」
いくらか静寂が流れた後の一言。
なんとなく互いに好感を抱けた後の一言だ。
初対面とはいえ「悪い人じゃない」と互いに思える出会いは希少だ。
ここからの彼女の一言次第で、友人にもそれ以上にもなって行ける関係ができるだろう。
成香「貴方は神を信じますか?」
瞬間、京太郎はUターンして脱兎のごとく逃げ出した。
彼女の第一声チョイスは結構、いや割と不味かった。
成香「あ、ちょっと!?」
第一印象が悪く無かったにしても、初対面の人にぶつける台詞ではない。
ましてや「そっち方面」で最もテンプレ的な台詞をぶちまけたのもマズかった。
落ち着きのある成人ではない相手に向けたというのもマズかった。
京太郎「あぶねーあぶねー、さすが東京こえー……早速幸せになれる壺を買わされるところだった」
要するに、彼と彼女の愉快なファーストコンタクトにおいて固定された印象は、こんなにも悲惨であったということである。
日本人は『宗教』というものに世界でも稀有な反応を示す。
それは外国から「無宗教という名の宗教」と言われる事もあるほどに顕著である。
まあその国民性には聖徳太子から始まる宗教ごちゃ混ぜ傾向とか、近代のオウム真理教とかの影響とか色々あるがそれは置いておこう。
ここで語るべき話ではない。
ぶっちゃけ誰得である。
日本人は全体で見れば宗教というものに漠然とした不信感を抱いている、程度の認識でいい。
嫌いとか辟易とかではなく、漠然とした不信だ。壺とか学会とか連想する程度のものである。
まあ、それはそれとして。
京太郎「駅の方行くか」
駅周り、あるいは駅から一直線に伸びる大通りというものは発展する。
人が集まるからだ。人が集まるということは客が集まるということであり、ひいては店が集まるという事でもある。
帰宅途中の学生が遊んでいたり社会人が飯を食っていたりする光景は、この国の駅周りでは珍しくない。
よって目的もなくブラブラするのなら、ものがある駅周りの方が楽しそうだと考えるのは当然だろう。
「すみませーん」
京太郎「?」
視界に入る天下一品の看板を見て
「あれ略して『下品』って愛称付けたら流行るかな。いや絶対流行らねーな」
なんてつまらない事を考えながら歩く少年に、またしてもかかる声。
また壺か? と疑心悪鬼になりつつも振り返った京太郎は、またしても表情に出ない程度に驚愕させられる。
美少女。美少女だ。それも女性の好みは人にもよるが、おそらく原村和以上の。
京太郎の驚愕は、彼の中で群を抜いて美少女という評価を向けていた和以上の美少女を見たが故の驚愕。
烏の濡羽色の髪。整った容姿。優れたプロポーション。初対面で好印象を与える優しげな雰囲気。
女性の容姿がお金になる世界であるのなら、どんな分野であっても頂点に立てる可能性すら見える美少女。
『あと数年で誰も追いすがれないほどの美人になる』という意味での美少女だ。
共学であれば下駄箱にラブレターの洪水が出来そうな、そんな少女が今京太郎の目の前に存在する。
「あの、インターハイのAブロック会場ってどう行けばええのか分かります?」
さすが東京こえー、と彼は違う意味で同じ思考を繰り返していた。
美人は近寄りがたい、と言う人が居る。
それはその人の温和ではない雰囲気と、その雰囲気に引きずられないほどの容姿の秀麗を一言で表した形容だ。
だが京太郎の眼前の少女は美人と言える容姿を持っていても、その雰囲気や可愛らしい仕草が近寄りがたいという印象を生み出さない。
……と、いうかむしろ。
その関西弁やノリの良さそうな雰囲気は、別方向の印象を与える。
「あの、インターハイのAブロックってどう行けばええのか分かります?」
京太郎「努力あるのみ、ですよ」
「ちゃうわ! 道聞いとんや道! そういう行き方聞いとるんやない!」
例えば京太郎は、「やべっ、関西人だ何かボケないと」と思わせられたりしたわけで。
京太郎「委員長室に行ってイーグルのエンブレムを取って、地下水道の銀の鍵を入手して戦車の模型の場所を動かした後、図書館の絵を若い順に並べて開いた扉の先に……」
「その先にはラクーンシティの手術室しかあらへんて!」
「なんでラクーンシティの手術室はあんなへんてこなセキュリティかかっとんのや! 急患舐めとんのか!」
京太郎「それは俺に言われても困る」
彼女は比類なき美人であっても、おしとやかな深窓の令嬢では決して無い。
むしろ、明るいムードメーカーに属するタイプだ。
「ハッ、このボケのキレ……あんた只者やないな」
京太郎「関西人見たらボケなくちゃいけないと思った」
「なんでやねん!」
ある程度の空気を読み、相手に合わせた対応を無意識の内に選択できる。
流れるような楽しい会話と相手の呼吸に合わせる技能、そういった点で二人は間違いなく同類だった。
「あはっはっは、ついノリノリで突っ込んでもーた」
京太郎「やべーついノリノリでボケ倒してしまった」
少女は『清水谷 竜華』と名乗り、京太郎も同じく自己紹介で返す。
京太郎も「ノリがいい」「大抵の奴と仲良くなれる」と言われるタチではあるが、流石に初対面の人間全員とまではこうは行かない。
こうまで互いに息が合うのは彼女の方にも性格的要因がある。
……案外、彼は関西系のノリの人間と相性が良いのかもしれない。
京太郎「――で、駅到着です。今メールで送ったURL見ればたぶん電車経路もバッチリですので」
京太郎「俺もこの辺りは地元じゃないので、目立つ目印とかは教えられなくてすみません」
竜華「えーてえーて、携帯あんま使いこなせんうちが悪いんや」
竜華「機械関連のこういうんはうちのレギュラーに一人強いのがおってその子に任せっきりやったからなぁ」
ちゃっかりURLを送るためとはいえメルアドも交換しているのは彼女の異性へのガードが甘いのか、彼のコミュ力の賜物か。
いやぶっちゃけそこそこに二人の気が合った、というだけだろうが。
二人共人を見る目には自信があるし、一期一会を大切にするタイプではある。
例えここで別れもう二度と会うことが無かったとしても、この出会いに意味も価値も無いなどと言うような人間ではなかった。
竜華「ほな、ありがとなー。下見に行く途中で迷子とかシャレならんてホンマ」
京太郎「選手の人だったんですか? 俺はただの女子組の応援なんですよね」
竜華「ん? あー、名前しか名乗っとらんかったっけ」
竜華「ま、もし君のチームが勝ち残ってけば、どっかでまた会えるかもなぁ」
京太郎「そいつは素敵な話ですね」
竜華「せやろ?」
手を振って笑顔で別れを告げ去っていく彼女に、悪印象なんて持つはずがなく。
駅の改札に駆け込んでいく彼女を背に、少し楽しげな気持ちで彼もまた歩き出す。
華のような笑顔の人だったなと、ふと浮かんだ思考を胸に抱いたまま。
京太郎「今日は本当に忙しい日だ」
京太郎「流石東京。ブクロに若者・巣鴨にババア・アキバにオタが集まる聖地……」
京太郎「……まさか、女子インターハイ出場者もイロモノばっかとかねえよな」
京太郎「まさかな、HAHAHA」
京太郎が見る限りでは、駅近くにはそこそこの規模の商店街があるようだ。
インターハイ会場はプロの試合や大会にも用いられる。当然、その際には宿泊施設等もそうだろう。
その為か、チラホラと麻雀関連の店舗が見える。
社会的に定着しているとはいえ、麻雀という商品の回転率があまり良くない競技の専門店が狭い地区に多く見える事はそうない。
……インターハイ観戦後に麻雀を始めようと道具を買いに立った人の財布を狙っているのだろうか?
実際、その狙いが成功でもしてなければ成り立たない光景ではあるのだが。
まあ、それはいい。
問題なのは、その幾つかある麻雀専門店の一つをテナントとして内包している大規模商店の一つ。
飲み物でも買おうと京太郎が入ったその店で、まず真っ先に視界に入った人影にある。
京太郎「……デジャブだ」
京太郎「具体的には、鏡を見てるような」
幾つもの買い物カゴ。ぎっしり詰まった飲食品や牌譜記録用のシートその他諸々。
総重量は数kgから数十kgはあるだろうか? とてもではないが、一人で持てる量ではない。
カゴを一旦道を通る人の邪魔にならない所に置いて肩を回している青年は体力はありそうだが、それでも文字通りが荷が重そうだ。
ポケットから住所メモを取り出して確認しているあたり、どうやら配達で送ろうとしているようだが。
京太郎は与り知らぬことだが、地域密着型の配達業者と提携しているこの店の配達速度はとにかく早い。
今日配達を依頼すれば、都内限定で翌日には届く。
だからこそこの男はこの店を選んでいたのだが、まあそれは今は関係ないだろう。
「……ふぅ」
配達を依頼するのなら、どんなに荷物があろうとカウンターまで運ぶだけでいい。
だからほんの少し手伝うだけだ。大した労力じゃない。
そう思いつつ、京太郎はその男に歩み寄っていく。
誰に言い訳してるんだ、という話ではあるが。
断じて認められないのだ。
「なんか可哀想だ」という同情と、「普段の俺みたい」という共感が両立するなどと。
そりゃ普段の自分がみじめな毎日送ってると言っているようなもんである。
須賀京太郎からすれば認めちゃいかんでしょな事実だ。
……認めなかった所で、現実が変わるわけではないというのに。
宮永咲が「なんか最近下僕根性が身についちゃってない?」と危惧する彼の良い人基質、言い換えれば悲しいまでのパシリの才能だった。
京太郎「手伝いましょうか?」
「ん? ああいえ、大丈夫ですよ」
京太郎「俺手ぶらですし。カウンターまで運んで配達頼むだけでしょう? そんな労力じゃないですよ」
京太郎「一人ならキツくても、二人なら楽ちんだと思いますし」
「……すみません、お言葉に甘えます」
京太郎「見た感じ俺より先輩みたいですし、敬語とかいいですよ」
「そうか? 悪いな、色々と感謝する」
京太郎の身長は同年代と比べてもかなり高い。
だがその男は、その京太郎よりも更に背が高かった。
身長は180はあろうか。
だが背の高い男特有の威圧感が無いのは、その男の纏う雰囲気が穏やかだからだろう。
イケメンかどうなのかは女子に聞いてみなければ判断に困るが、なんとなくモテそうだと京太郎は思う。
見るからに年上の高校生。京太郎と同じ応援か、それとも京太郎が目指すべき目標である全国クラスの選手か。
年上で同性の先輩が同じ部に居ないからか、京太郎はどこか新鮮な気持ちを感じている。
……ただ、なんというか。なんとなく既視感を感じている。
初対面だし、京太郎もあった事はないが、どこか何か見覚えがあるのだ。
容姿ではなく、この制服にどこかで見覚えが―――
京太郎「俺、清澄高校一年の須賀京太郎って言います」
冴「白糸台高校三年の男子部長、『榎田 冴』だ。よろしく」
京太郎「えっ」
えっ?
『白糸台高校』。
この日本にある幾多の高校の中で、おそらく今最も有名な高等学校だ。
数年前までは、所謂地域名門校。
しかし二年前に『とある少女』が入学した時から、全てが変わった。
本屋に並ぶ麻雀雑誌を一冊手に取れば、でかでかと『白糸台、三連覇の快挙なるか!』と見出しに書かれているだろう。
最強の高校。最強のチーム。最強のチャンピオンを誇る、日本の頂点に立つ高校。
女子麻雀部は間違いなく全国最強クラスのそれであり、男子麻雀部も全国最上位の強さを誇る名門だ。
この学校に麻雀推薦で入るという事は、それだけで麻雀の腕の証明となる。
この学校の中でなお頭一つ抜けて活躍し目立った生徒は、将来が約束される。
野球で言う、甲子園連覇校のようなものだ。
この学校でエースとなる事が出来たなら、それはドラフトで指名される事と同義である。
冴「何だ応援か。ライバルかと思ったのに」
京太郎「いやいやいや。ってか三年生で部長で個人戦出場者の人がなんで雑用なんか」
冴「初心を思い出したかったんだよ、別に人がいいとかそういうのじゃない。こうすると油断とか慢心しなくて済むんだ」
京太郎「はぁ……なんか、すごい心構えっすね」
この物語の読者には、『榎田』という苗字に聞き覚えがある人も居るかもしれない。
まあそれは一旦置いておこう。
京太郎は冴にシンパシーを感じた。それは彼の姿に自分の姿を重ねた、というだけの話ではない。
もっと言葉にしにくい部分での共感だ。
そしてその共感を感じたということは、冴も京太郎にその不思議な共感を感じたということでもあり。
京太郎「聞いてアロエリーナ」
冴「牛乳にでも相談しててくれ」
京太郎「先生、俺、麻雀が強くなりたいです……」
冴「諦めれば?」
京太郎「そんな殺生な!」
冴「まあ冗談は置いておいて、そんな簡単に強くなれる方法とかあったら俺が教えてもらいたいくらいだし」
冴「そうやって楽しようとした時点で思考回路はニート寸前だな」
京太郎「今すぐ死にたいよ」
冴「月に変わって押し引きよ?」
京太郎「だれうま」
約十年前。
とある堅物な警察官と、対照的にふわふわとした冒険家の二人。
第一印象が最悪だったにも関わらず、あっという間に仲良くなってしまったそんな二人が居たという。
この二人の不思議な距離感は、どこかその二人を思わせた。
気の合う相手。加えて同性だ。
あくまで偶然ではあるが二人共、男子ながら女子との付き合いが多い。
同年代の中では平均からほど遠く、リア充爆発しろクラスの環境と言ってもいいだろう。
京太郎は同じ部に同性しか居ないため、そして冴は色々な理由から比率的に男友達より女友達と話す時間の方が多いため。
互いに男のコミュニティでボッチというわけではないが、それでも女所帯との付き合いが長いのは否定出来ないと思われる。
それでもやはり、異性より同性の方が話しやすいのは当たり前。
洒落た言い回しをするならば合縁奇縁、人当たりの良い二人が揃えば話が弾むのも当たり前。
冴「清澄ってあれか、インターミドルチャンプの居るとかいう」
冴「その本人の顔覚えてないけど」
京太郎「アレです、五人の中で一番胸がでかいやつです」
冴「あー……副将のあの子か。うちの虎姫は全体的に貧相なんだよな。ってか白糸台全体がそうだけど」
京太郎「そりゃご愁傷さまです」
冴「俺は貧乳派だ」
京太郎「!?」
性癖には決して埋められない溝が存在していたのだが。
京太郎「カレン・ウェザビー博士の研究結果によると『巨乳を毎日見る事には明確な健康効果がある』らしいですよ」
冴「……ほぅ」
京太郎「博士の五年に渡る研究の結果によれば、『スポーツジムに行くより毎日巨乳見てたほうが健康になれる』とか」
京太郎「つまり巨乳好きの方が健康的って事なんですよ!」
冴「なるほどなるほどー」
京太郎「これを気に榎田さんも巨乳派に……」
冴「だが断る」
京太郎「……何故ッ!」
冴「マヨラーに『健康に悪いから』なんて理由でマヨラーにマヨネーズ離れをさせられると思うか?」
京太郎「……ハッ」
冴「健康だの自然だのそういう理由じゃねえ! 好きだから嗜好してんだろ?」
冴「お前だって、健康だのなんだのを理由に貧乳好きを押し付けられたとしても受け入れはしない……そうだろ?」
京太郎「お、俺は……俺は……なんて事を……!」
京太郎「俺が間違ってました……! すんませんっ……!!」
冴「気にするなよ、ブラザー」
……なんというか、埋まっていない溝が見当たらなくなってきていた。
前世で親友だったりしたのだろうか。
波長が合う、という言葉がある。
また、馬が合うという言葉もある。
反りが合う、息が合う、フィーリングが合うと言い換えてもいい。
これは社交的な者がどんな相手にも初見で好印象を与えられるものとは違う。
人当たりの良い者、人懐っこい者が短期間で他人との距離を詰められるものとも違う。
アグレッシブなパーソナルを持つ者が好き嫌い両極端な評価を受けつつもあっという間に人の輪に溶け込むものでもない。
本人達の性格、共通の話題や経験、大きく括るなら精神的な相性。
要するにそいつらの存在そのものの相性がいいかどうか、ということだ。
何年も一緒に居てようやくある程度の距離を置いて関わる事が出来るようになる、そんな人達がいる。
一生仲良くなれない天敵同士がいる。
初対面で運命の伴侶だと確信するカップル達が居る。
出会ったその日に仲良くなり、それから共に日々を過ごす度に仲良くなっていく親友二人がいる。
存在そのものの相性には、理屈も理論も理合も理由も理説も付けられやしない。
『何となくこんな感じ』としか言いようのないものなのだ。
須賀京太郎と榎田冴、この二人に関しては語るべくもなく。
この二人は同校の先輩後輩となっていたのなら、出会って一週間でエロ本を交換する間柄になっていたことは間違いない。
毎度毎度互いにエロ本の感想が『イマイチ』オンリーだろうという事は考えるまでもないのだが。
重い物があっても、男二人でかつ大した距離ではない。
話しながらダラダラと運んでいたとはいえ、時間も労力もそう使わぬままに運び終えた様子。
京太郎は日々雑用をこなすが故に、冴は割りかしヘビーなアウトドア系オタクであるがために体力はそこそこあるのだ。
小学生時からママチャリで千葉⇔秋葉間をハイケイデンスで突っ走るとまでは行かないものの、都内をチャリで行き交う猛者である。
冴「今日は助かった、サンキュな」
京太郎「いいってことですよ、俺も今日だけなら暇でしたし」
榎田冴。鉄オタかつアニオタかつミリオタでありながら、リア充のイケメンという反則存在である。
世間一般のオタクの認識を理解した上で距離感を図りつつ、校内部内で『同類』を増やすハリキリ☆ボーイ。
趣味趣向のそれらと個人戦県代表クラスの麻雀の腕を磨くことを両立する、ある種の青春謳歌の極致である。
冴「明日の抽選会で日程が決まらないと応援組もする事無いのか、そういえば」
冴「団体戦終わらないと個人戦始まらないから俺も割りかし暇なんだよな……応援はもちろんするけど」
京太郎「白糸台女子の応援とか凄そうっすね」
冴「弘世も宮永さんもたくさんの人に応援されてどうこうってキャラじゃねーんだけどなぁ」
京太郎「(……『宮永』)」
個人戦出場選手は現地入りが同時であるものの、団体戦終了まで個人戦が始まらないために暇である。
団体戦選手兼個人戦選手というのが珍しくないためにまあ仕方ないといえば仕方ないのだが、真面目に応援以外にする事が無いのだ。
冴も対戦相手の研究こそしているものの暇の極み。
ぶっちゃけ数日の付け焼き刃特訓で実力を底上げできるのは、それこそ初心者か本物の怪物だけだ。
最後の最後、本番で自分を支えてくれるのは日単位ではなく年単位の努力と研鑽だけである。
一日努力した者より一年努力した者の方が強い事を、人は『道理』と言うのである。
……そして、冴が暇である事を京太郎は幸運と捉える。
手助けを申し出た時は純粋な厚意だったが、今の京太郎には一つだけ、彼に聞きたい事ができていた。
聞かなければならない、ではない。聞きたい、だ。
それは京太郎の大切な友人の一人の抱えている悩みを解決する糸口になる……かも、しれないので。
冴「どうせ暇なら、電車代出すから売上に貢献してくれ」
京太郎「へ?」
冴「毎年な、この時期になると白糸台の奴が微妙に伝統的な感じに行きつけにしてる喫茶店があるんだよ」
冴「けっこう評判もいいし、先輩から後輩に伝えられる隠れた名店みたいな感じかな」
京太郎「いいんですか? 同校の後輩でもない俺に教えちゃって」
冴「むしろ信用できる相手ならガンガン広めてやれ。いい店だし、その方が店の売上に貢献できて俺も嬉しい」
冴「流石にマナーがなってないのが増えるのは勘弁だけどな」
京太郎「へぇー……そのお店の名前は?」
冴「『ポレポレ』だ」
喫茶店『ポレポレ』。
地元の根強い人気、非常に高いリピーター率、そして手頃な価格と味・趣のある雰囲気で高い評価を受ける喫茶店だ。
所謂「隠れた名店」であり、あまり雑誌の取材などを受けない割に客が溢れかえることも多々ある人気店でもある。
その前身はなんと明治22年創業の『飾食堂』という洋食店。
歴史ある、愛され続けた飲食店の系譜であるという。
喫茶店でありながら味をおろそかにしないメニューの数々はまんべんなく人気ではあるが、中でもカレーは別格だろう。
この喫茶店のカレーは店主の話によれば、「とある冒険家」の協力で完成したものらしい。
その冒険家が世界中を旅して回り、世界各地から『人を笑顔にする味』を集め、作り上げた味なのだとか。
言わば、この喫茶店のカレーは『笑顔のカレー』なのである。
そのカレーをアレンジした店主の創作カレーもまた美味しいのだからたまらない。
リピーターが多いというのも頷ける、それだけの価値のある料理なのだ。
また、店主や時折手伝いに来ている従業員の人当たりや店の雰囲気も好評だ。
礼儀正しいとか気が利くとかではなく、話していると楽しい人が揃っているのである。
時節によって手伝いに来ている人は違い、それこそ老若男女様々であるが、そこに悪い人は居ない。
一人で店を訪れてたとしても自然と会話に花が咲いている、そんなアットホームな喫茶店。
冴「ちぃーっす久しぶりでーす」
京太郎「(……なんかちょっと、レトロな店だな)」
「ん? おお、冴じゃないか! 今も元気でやってるのか?」
冴「おう、おやっさんも元気そうで何よりだ」
東京都文京区に位置するその店舗に、慣れた足取りで入って行く冴とその後に続く京太郎。
「これ食ったら晩飯食えねえかも」と京太郎に危惧させるポレポレカレー(800円)の食欲を掻き立てる香りが店に漂っている。
我慢我慢とやや空いた腹を堪えている京太郎をよそに、店主らしき恰幅のいい男性と冴は会話を始めた様子。
「さっきまで拓も居たんだがな、顔見せ程度で帰っちまったよ」
冴「マジで!? くぁーっ、会いたかった!」
「なんだ、卒業してから会ってないのか?」
冴「神崎先生の定年祝いここでやってから、さっぱりだよ」
「ま、男の付き合いなんてそんなもんか。で、そっちの連れは?」
冴「ん? ああ、こいつは須賀京太郎君。まあ色々あってこれも縁っつーことで連れてきた」
冴「京太郎、この人が店主のおやっさんこと『飾 玉三郎』さん。誰も本名で呼ばないけどな」
京太郎「はじめまして、須賀京太郎です」
飾「おう、よろしクッキークリッカー」
京太郎「え?」
冴「……とまあこの通り、凄まじく反応に困るダジャレが持ち味だ。悪い人じゃないんだけどさ」
飾「むむむ、お客さんから仕入れた今一番ホットなネタを取り入れたギャグだったのに……」
京太郎「あ、あはは……」
取り敢えず、このおなかが太めな感じの店主らしき人にダジャレのセンスは致命的に無いらしい。
〈 東京都 文京区 喫茶・ポレポレ 〉
〈 03:40 p.m. 〉
飾「で、なんか食ってくか?」
京太郎「……んー、時間も微妙なんでコーヒーで。おやっさんのオススメでお願いします」
飾「よしよし、うちの本日のおすすめブレンドを飲んでくといいぞぉ。今ならおかわりと飾玉三郎渾身のダジャレを……」
京太郎「おかわりはいりますけどダジャレは要らないです」
飾「……おい冴、お前また随分と無情なやつを連れてきたな」
冴「俺モカ、ミルクと砂糖マシマシダジャレ抜きで」
飾「……」
本日のおすすめブレンドって水入れか、と妙に出来の良いコーヒーに京太郎が唸る。
残念ながらブレンドの内容が分かるような舌は持ち合わせていないものの、それでもコーヒーの良し悪し程度なら分かる。
「なんでカレーの味が売りなのにコーヒーにまでこだわってるんだ?」
と疑問に思うのもご愛嬌。コーヒーもとある冒険家さんによるプロデュース参考でございます。
飾「ランチタイム終わってから少し後に来るのがなんともお前らしいな」
冴「客が居る時間に長々と駄弁って席を占領するのも悪いしな」
飾「ったく、そういう所の躾はしっかりしてるんだから怒るに怒れんじゃないか。あと、客はお前たちだけじゃないぞ?」
冴「なぬ?」
二人の会話を程々に聞き流しつつ、コーヒーを啜りながら店内を見回すと、京太郎の視界に映る店の隅の席で本を読む少女の後ろ姿。
黙々と本を読み、時に茶菓子を口に運び、時に砂糖がたっぷりと入った紅茶を飲んでいる。
……何故かは分からないが、京太郎はその後ろ姿に強烈な既視感を感じた。
その本を読む仕草に、静謐さに少女らしさが溶け込んだような読書の雰囲気に。
京太郎の記憶が「いつも見てる何かに似てる」とうるさいくらいに叫んでいるのだ。
その少女が振り返り京太郎達のもとに歩み寄ってくると、その感覚は確信に変わる。
いや、正確に言えば「その感覚が正しかったのだ」と京太郎は確信した。
京太郎「あっ」
「?」
その少女の読書姿に見覚えがあるのは当然だ。京太郎はその少女の『妹』の読書姿を誰よりも多く見てきたのだから。
その後ろ姿にデジャヴを感じるのも当たり前だ。姉妹であるだけあって、色んなパーツがそっくりなのだから。
京太郎が一方的に知っているのも道理だろう。彼女は有名人で、彼はモブに近い一般人なのだから。
本来ならば接点なんてあるわけもない、麻雀というジャンルにおいて底辺と雲の上にそれぞれ位置する二人。
「はじめ、まして? かな」
これが須賀京太郎と、全国一万人の頂点・高校生最強/『宮永照』とのファーストコンタクトであった。
彼の親友の一人である、宮永咲の姉その人と。
麻雀は運要素の強いゲームだ。
この世界でも、トップクラスのプロですらトップ率が三割行けばデタラメに強い扱いだ。
一~四位を四人で争うゲームだと考えれば、数字で見れる成績以上に異常な勝率だと言える。
現実における運の絡まない代表格である将棋ですら、トップクラスのプロの勝率ラインは七割五分なのだ。
「勝負は水物」とはよく言ったものである。
が。
そんな運要素の絡むゲームで、『最強』と呼ばれる高校生の少女が存在する。
無敵ではない。運の範疇で絶対に敗北しない、とまでのラインには至っていない。
そのラインに至っているのは世界単位で見ても指折りといった人数しか居ないだろう。
……が、そもそも。『そんなレベルの学生が存在する』という時点で異常なのだ。
世界レベルのスケールで語らなければ格上の存在が見えてこない、そんな高校生が異端なのだ。
つまり。
同年代の少年少女から見て絶対的に越えられない壁。
高校生で最も強い、と誰もが迷わず断言できるほどの隔絶した強さ。
例えるのなら太陽。憧れ手を伸ばす事はあっても、手が届くとは誰一人として思っていない。
人を照らすが灼き尽くす事もある『人でないスケールの存在』の代表格。
そこに本気で闘いを挑むのは、蝋で固めた翼で飛び立つ愚者もどきの勇者だけだろう。
つまるところ、それが『宮永照』だ。
モブでは倒せない。脇役では歯が立たない。主人公で初めて等価。
世界に選ばれたような同等の規格外でなければそもそも太刀打ちすら出来ない、ラスボスの如き存在。
ぶっちゃけ、大抵の人間に対してゲームで言うところの負けイベント戦闘を強制して来る反則。
どこかの誰かは他の高校生と彼女の実力差を「ミツバチとスズメバチ」と例えたらしい。しっくり来る。
数でどうにかなるか? いやならないな。でもやらんよりマシだ! が今の高校女子麻雀界の現状である。
毎年強過ぎる彼女に憧れ麻雀を始める多くの少年少女、彼女の強さを見せつけられ麻雀を辞めていく少年少女。
どちらも数えきれていない。今の高校における麻雀の世界は彼女を中心に回っていると言っても過言ではない。
故に、太陽。太陽系の中心は、語るまでもなく星々を照らす太陽なのだから。
宮永、という苗字はそう多い苗字ではない。
だから『苗字の符号』は誰だって気づく事だし、宮永咲は実際ここ一~二年はよく苗字を絡めた話題を振られることが多い。
家が近い。精神的距離が近い。
苗字の話題を振られた時、嘘をついたり誤魔化したりするのが苦手な咲のそばに居ることが多い。
家庭の話を振ると、咲は誰に振られても明瞭には答えない。
そんな咲だからこそ、その咲の隣人として良くしてきた京太郎だからこそ、気付ける事もある。
京太郎は咲に姉がいる、という話も直接聞いたことはない。
姉に会ったこともない。幼少期にもう一歩踏み込んだ付き合いをしていたら「宮永家には居なかった」と断定も出来たのだろうが、それも無理だ。
だから「宮永照と宮永咲が姉妹である」というのは彼の推測だ。
雑誌の写真から「似てる」と思った程度の、そんな推測。
だがその推測は彼の中では確信に近いものへと変わり、今完全にその推測が間違っていないと彼に断定させる。
直接会った事、その雰囲気から読み取れた事が彼の背中を少しだけ後押しする。
京太郎は失礼にならない程度に、かつ一瞬で照の姿を観察する。
照と咲は顔を構成するパーツが似通っている。
髪も色合いに少し差異あれど姉妹の血の繋がりを感じさせ、整髪料でも抑えられないハネる髪の癖までそっくりだ。
ただ、それだけだ。
二人並べば「ああ、姉妹だな」とは納得できる。
だが、事前情報無しにこの姉妹の片割れからもう片方の姿を想像させるとしよう。
宮永照の妹の想像図を何万枚描いたところで、宮永咲には一つも適合しない。
宮永咲の姉の想像図を何万枚描いたところで、宮永照には一つも適合しない。
この二人は、あえて言うなら根底が違う。
須賀京太郎だからこそ分かる、二人の相違と類似。
本を読んでいた時の照は、咲に似ていたと思う。
麻雀を打っていた時の咲は、照に似ていたと思う。
だが今の照を見ている限りでは、日常における二人は全くと言っていいほど似つかわない。
要するに、宮永照は『麻雀を打つ時の自分が自然体』であり、宮永咲は『日常を送る時の自分が自然体』なのだ。
自身の生活・存在の基盤をどこに置いているか、という話。
麻雀を打っている時にはとても良く似ている二人だが、だからこそ決定的に気持ちをぶつけ合うならば麻雀以外の選択肢は無いのだろう。
それ以外の場所では、決定的に絶対的にすれ違う。話し合いでの和解はあり得ない、そう断言してもいいくらいに。
京太郎はそこまで姉妹の心奥に踏み込んで理解しているわけではないが、姉妹の違いを生んでいる最大の要因は理解できた。
それは、『自信』。
過去か経歴か実績か責任か自負か意志か覚悟か。
姉の照は、妹の咲とは比べ物にならないほどの自身への信頼と、それに裏打ちされた王者の風格がある。
覇王か魔王かといった瑣末な違いがどうでも良くなるほどの、凡夫を傅かせるに足るカリスマ。
……苗字が一緒であっても、顔が似通っていても、咲が今まで周囲の人物に本気で全国的に顔の知られている照の妹だと疑われなかった理由。
京太郎はその理由がここにあるような、そんな気がしていた。
冴「み、宮永さんっ!」
照「……あ、榎田くん。お疲れ様。雑務は終わったの?」
冴「あ、はいっ!」
照「そっちの子は? ……うちの制服じゃないよね」
京太郎「(あ、貧乳好き的にはこの人ストライクゾーンど真ん中なのか)」
京太郎「あ、初めまして。須賀京太郎と申します」
照「これはご丁寧に。宮永照です」
冴「おい待てなんで今一瞬俺を生暖かい目で見た」
恋愛感情が一発でバレる冴が間抜けなのか。
まるで気付いていない照が鈍感なのか。
あっ(察し)とばかりに京太郎が空気を読み過ぎたのか。
まあどうでもいい話だ。至極どうでもいい話だ。
作者という名のメタ視点から言ってしまえばこの恋は成就しない。
しかし無駄にも無価値にもならない、そんな青春らしき恋の一環で終わるのだ。
だからどうでもいい話だ。野郎の恋バナほどどうでもいい話はない。
それで盛り上がれるのは修学旅行の夜の部屋の中だけだ。頬を赤らめる野郎にどんな需要があるというのか。
恋の悩み!だが男だ。ふざけてるのか? 需要ねえよ! そういうもんである。
美少女動物園に人が来ることはあっても、野郎動物園なら閉園待ったなしだ。だってむさ苦しいし。
猫を飼おうとする人は多い。しかしそれがゴリラなら? 飼わないし買わないし可愛くない。しゃーない。
飾「バレてないと思ってるのは当人ばかりってやつさ、これがね」
京太郎「ああ、なるほど……」
飾「二人共別口で三年間来てくれるお客さんなんだがどうにもこうにも。うちの姪を思い出してしょうがない」
飾「初恋は実らないとはよく言ったもんだ」
京太郎「それ都市伝説らしいですよ」
飾「なぬっ!?」
京太郎「実際の初恋成就率は七割超えるそうです。女性調べですが」
冴「kwsk」
京太郎「おぉうわっ!? 榎田さんいつの間に至近距離にっ、つか意中の人ほっぽって小声でなにやってんですかアンタ!」
冴「つまり……俺が今告白すれば七割成功するってことか?」
京太郎「その頭は脳味噌の代わりに空気でも詰まってんのか?」
宮永照その人は、テレビや雑誌で見る機会が多い。それは誰だってそうだろう。
その例に漏れず京太郎の目に映る彼女の笑みは社交的で、口調は人当たりも良く柔らかい。
……ように、見えた。少なくともその時の京太郎には。
照「よくこんな苦そうなコーヒー飲めるね」
京太郎「あ、まぁがぶ飲みするわけでもないですしね。甘いのも好きっちゃ好きなんですけど」
照「そう。君はどこの高校? 個人戦には出るの?」
京太郎「俺はただの応援ですよ。所属高校は――」
だから京太郎が「このままじゃ本音で語ってくれそうにないな」と揺さぶりをかけに行った理由は、単なる勘と言う他に無い。
京太郎「――長野の清澄高校。うちの大将は『宮永咲』って奴です」
その揺さぶりに、照は息を呑みすらしなかった。
ただ、『空気が変わった』。
カチッ、と。 スイッチのオンオフではなく、歯車の噛み合わせが決定的に変わる音。
様子、表情、態度、姿勢、口調、雰囲気といった仮面(ペルソナ)が全て剥げ落ちた。
後に残るのは幾分威圧感を増した王者の風格と不動に思える無感情。
愛想笑いは消失し、感情を漂白した無機質な表情がそこにある。
雑誌で見る彼女とは随分と違う……が、『らしくなった』感じがする。
京太郎ですらそう思ったのだから、照と親しい人物であれば先程の照の愛想笑いは怖気が走るほど気持ち悪いのではないだろうか。
照「……私に妹は居ない」
京太郎「俺妹とか一度も口にしてませんけど」
照「……」
照「誘導尋問とか卑怯。げす。さいてー」
京太郎「アンタの盛大な自爆だよ! なんでそういうとこは姉妹っぽいんだよ!」
ただ。
余計なモノが剥げ落ちれば意外と似てる姉妹なのかもしれないと、少年はそう思う。
変わったのは彼女自身だけではなく。
かと言って京太郎が何か変わったわけでもなく。
変わったものがあるとすれば、二人の間に交錯する視線。
照の視線からは愛想が消え、探るような意図が混じり始めた。
京太郎の視線からは幾分警戒心や緊張が減少したようにも見える。
二人の立ち位置や心情からすれば、京太郎の方が精神的に余裕が有るのだろうと推測する事は出来るだろう。
だが現実は、照の視線に縫い付けられたように動けない京太郎の頬に流れる一筋の冷ややかな汗。
照「あの子の友達、か」
京太郎「……」
『探るような視線』が、まるで比喩ではないかの如く。
京太郎が今感じている形容しがたい感情を言葉にするのなら、「覗きこまれている気分」とでも表すべきだろうか?
目に映る表層よりももっともっと深い部分、己の心奥に踏み込まれかねないという予感。
もしもここが、喫茶店でなければ。
彼女の本領が発揮される、彼女の土俵であったなら。
森羅万象を見透かし映し出すような、そんな白雪姫の魔法の鏡のような宮永照の瞳は、京太郎の何を映していたのだろうか?
少年の頬を、つつつ、と。一粒の汗が垂れる。
照「……まあ、悪人ではないのかな」
京太郎「(ほっ)」
やましい事はない、だから不安や恐怖はない。
とは言っても流石に心臓に悪い感覚だ。
成否に関わらずこの人と麻雀やる羽目になったら八回くらいは逃走を試みようと少年は心に決めた。
照「で」
京太郎「はい」
照「……何か、言いたい事か聞きたい事があるんじゃないの?」
京太郎「(なんか微妙に内心読まれてる感じでやりづれぇ)」
口数が少ないながらも、会話のペースを掴まれている感じがする。
それは年上の女性の余裕か、彼女のカリスマ故か、京太郎が少なからず気圧されているからか。
京太郎の中で三年生の女性と言えば愉快痛快第一主義の竹井久が比較対象であるためどうにも判断しづらいというのは内緒。
それとも、さっきの一瞬で本当に『何か』を覗かれたのかもしれない。
少年に判断はつかない。凡夫の彼には、問えば答えるような真実を覗く鏡なんてありやしないのだ。
照「聞くか答えるかどうかは別問題だけど」
視線だけでなく、今の彼女は言葉一つ取っても探るような声色だ。
その意図は会ったばかりの京太郎には読み取れない。
嫌いな人物の友人という敵候補に探りを入れているのか、それとも妹の友人の良悪を見定めているのか。
どちらだろう? どちらもか? どちらでもないのか?
……どちらでもあり、それらだけでもないのかもしれない。
京太郎「俺がどうこう言ってもしゃあないんですけどね。宮永家の家庭の問題ですし」
京太郎「部外者が口出してどうこうってのはあまりに図々しいし、解決なんてまさしく論外」
京太郎「咲が解決できないとも思ってませんし、変にお節介焼いても怒られるだけですしねぇ」
照「……ま、そうかもね」
照「それで、何もせずにこのまま帰るの?」
京太郎「いいえ、出来れば一つだけ聞いておきたいです」
照「どうぞ」
品定めはまだ終わっていない。
その品定めの理由は、照本人にしか分からない。
だが京太郎にそんな事を気にする義理も無ければ取り繕う義務もない。
事情も知らず、よその家庭に踏み込む道理も無ければ、主人公の如く鮮やかに解決してみせる責務もない。
はなから限りなく部外者に近い立ち位置に居る彼が問わなければならない事は一つだけ。
確かめたい事はたった一つ。確かめられれば、後は信じて任せればいい。
京太郎「咲と話す気、あります?」
『話す機会さえあれば、何があってもアイツならなんとかするだろう』。
須賀京太郎は、そう思える程度には宮永咲の事を信じている。
咲は姉と話す機会があるのか。
そもそも、話す気があるのか。
会話とは双方の合意があって初めて成立するものだ。
京太郎が見たところ、妹→姉間はともかくとして姉→妹間の感情は複雑ながらもあまり良さそうな物ではない。
照が拒む限り、彼女らの間にあるであろう問題の解決は望めない。
だからこそ聞くべき事はこれだけで、イエスと答えられたなら京太郎の役目はハイおしまい。
ノーと答えられた時は……まあその時はその時だ。
京太郎が腹をくくる内容が、一つ増えるというだけの話。
照「無い」
照「口と耳でどうにかなる話なら、もうとっくに笑って話せる昔話になってる」
照「そうなってない今が、何よりの答えだと思うけど」
京太郎「……」
……。
取り付くしまもねえ。アカン。
詰んだか? と、京太郎の内心が焦る中、一拍置いて照は言の葉を続ける。
照「でもきっと、あの子は上がって来ようとする」
照「明日決まるトーナメントの組み合わせが、どんな形になったとしても」
京太郎「!」
だから、その一見『どうでもいい』という意味にも取れる言葉の裏の意味。
その言葉に込められた複雑な感情と、その感情を意図的に塗りつぶそうとする上乗せの無感情と、捻くれた肯定。
ひどく分かりづらく伝わりづらいその気持ちを察すことは、須賀京太郎にはさほど難しい事でもなくて。
京太郎「……今のアイツは、牌で何かを伝える事に躊躇いとかないですよ」
京太郎「麻雀が楽しいって。そう言ってましたから」
照「そう」
相も変わらずの無表情。言葉も変わらず無感情。変わりそうにもない無関心。
ただ……彼女の口元が一瞬だけ、ほんの少しだけ上がった気がした。
見間違いかもしれないが、そう見えただけでも京太郎は大なり小なり満足できたようだ。
頑張れよ、と今頃部屋でゴロゴロしているであろう咲へとこっそりエールを送る京太郎。
そこに揺らがぬ信頼はあっても、不安なんてものは一欠片もない。
冴「(空気呼んで黙ってる俺らマジ紳士)」
飾「(そうかそうか。紳士なら後片付けの手伝いとかしてくれるな?)」
冴「(藪蛇だった! って、おっとと、なんかぶつけちまった……ん?)」
冴「なんじゃこりゃ?」
飾「おお、最近どこに行ってたかと思ってたらそんなところにあったか!」
冴「おやっさん声でか……!」
どんがらがっしゃーん。
小声でこそこそしつつちょろちょろしていた二人の片割れ、びっくりした冴の肩が棚に再度ぶつかり収納物がどざざざっと雪崩出る。
ファイルにトレー、辞書にコーヒー豆の袋、袋入りのゴミ袋に空になったお中元の箱。
まさしく要らないもののオンパレードが雪崩出る。割れ物がなかったのは不幸中の幸いか?
外国映画の古代遺跡のお約束みたいに崩壊したなぁ、なんで考古学者ってラストで必ず遺跡破壊するん?
……と、頬をヒクつかせながら冴の現実逃避がスタートする。
小声で話していたのもおやっさんの大声をいさめたのも、まあ目的があったわけで。
ざっくり言えば誰かさん達の話の邪魔をしないようにしようという気遣いであったわけで。
京太郎「?」
照「?」
冴「あちゃー」
話に一区切りついていたのが幸いか。
まあこれは冴が紳士だったからというわけでもなく、後輩のような京太郎と憧れである照の前で格好つけて居た、という理由もあるが。
男、特に少年の行動論理なんて基本は単純なものである。
そこには必ず理由があるのだ。くだらないものや勘といったものも含めて。
冴「やべーやべー拾わないと……って、何やってんだよおやっさん」
飾「お前が今見つけてくれたスクラップ収納用のファイルだよ。あー懐かしい」
冴「スクラップ?」
飾「十年前まで、四号の記事とか集めまくってたんだよ。懐かしいなぁ、ははは」
冴「なん、だと……!?」
『未確認生命体第四号』。
数年前に沢渡教授による研究発表で「クウガ」という正式名称を公にされたものの、
未だに世間から親しみと感謝を込めて「四号」という呼称をもって呼ばれている正義のヒーロー。
この世界で「間違った事をすればその報いを受ける」「やってはいけない事をやってはいけない」
という当たり前のような道理を証明し続けた、二本角の英雄だ。
つまり、読者視点から言う所の『仮面ライダークウガ』の事。
冴「見せてくれ!」
照「男の子だね」
飾「男だなぁ」
そして年頃の男の子皆に共通する、最高にカッコいいヒーローである。
それは冴も例外でなく。彼ら彼女らが幼稚園や小学校に通っていた頃、世界を守ってくれていた英雄だ。
イチローや松井に憧れるよりも強く強く、少年少女が夢見るように憧れた異形の勇者。
かつておやっさんが40半ばにして夢中になって応援していたように、特に男性の支持層が幅広く強固だったりする。
格好良いものに男が憧れるのは当然だ。理由なんて、それだけでいい。
男、特に少年の行動論理なんて基本は単純なものである。
そこには必ず理由があるのだ。くだらないものや勘といったものも含めて。
京太郎「……」
例えば、先ほどまでの人懐っこいような、暖かみを感じる視線から一転。
ひどく冷めた、冷めすぎて無感情とは程遠い視線をファイルに向ける京太郎の視線にも。
冴「いや、男なら四号が嫌いな奴は居ないって!」
京太郎「……どうなんですかね。少なくとも俺は好きではないですよ」
冴「え」
照「……」
京太郎「むしろ嫌いかな」
そのどこに向いているかも分からない『憎悪』と『恐怖』と『忌避』の感情にも、理由はある。
少年らしく、分かりやすいくらいに単純な理由がある。
彼の変容に真っ先に気づいたのは照。不動の顔の下に隠した驚愕が視線に反映され、その雰囲気に警戒が少なからず混ざる。
その視線の先から何かを感づいたのもまた彼女のみ。
『被害者三万人を突破』『指定区域以内生存者無し。身元確認困難か』『自衛隊出動要請。単体の生物に対しては異例中の異例』
『未確認生命体第零号』『四号、敗北』
そんな文字列がつらつらと、つらつらと、十年前に起こった事件を突き付ける。
京太郎「(単なる八つ当たりだってことは、分かってるけど)」
京太郎「……」
京太郎「助けられた人が、助けてくれた人の事を絶対に忘れないように」
京太郎「助けてもらえなかった奴だって絶対に忘れない。きっと、一生」
戦士(クウガ)がただの一度、決して負けてはならなかった戦いに負けてしまったという、過去の汚点を。
あらゆる生命が存在を許されなかった究極の闇。
その闇の中、彼の耳に残った言葉が一つだけ。
『どうしたの? もっと強くなって、もっと僕を笑顔にしてよ』
かつて。
『未確認生命体第零号』と呼ばれたバケモノが、この世界にもたらした究極の闇。
―――『零号三万人虐殺事件』
十年前。
寒空に雨風が吹きすさぶ、2001年1月20日。
……その日、須賀一家は一人息子の京太郎の誕生日プレゼントを少し早めに買いに来ていた。ただそれだけだった。
その時間、松本市の新装開店のデパートを訪れていた。ただそれだけだった。
子の笑顔のために、両親が息子を連れて少しだけ遠出した。それだけだった。
ただそれだけの理由で、京太郎の両親は笑顔と命を奪われた。
生きたまま、京太郎の目の前で焼き殺された。
その日、未確認生命体第零号が虐殺を一時間程度で止めていなければ、被害はこの数倍に上っていたかもしれない。
虐殺の時間帯が夜でなければ、正月をいくらか過ぎた時期でなければ、更に被害は増大していたかもしれない。
四号が命を懸けて零号の足止めをしていなければ、松本市約40万人が一人残らず殺し尽くされていたかもしれない。
理由はあるだろう。いくらでも推測できる。しかし、本当の理由は誰にも分からない。
『零号三万人虐殺事件』の被害地域にて唯一確認された生存者。
本人のプライバシーを優先し警察がマスコミにも自重を呼びかけ、世間にその存在がほぼ知られなかった一人の少年。
須賀京太郎が、その地獄で何故生き残ったのか?
その理由は、少年が誰に聞いても答えてくれる人は居なかった。
何故自分だけが生き残ってしまったのか?
その理由は、少年が誰に聞いても答えてくれる人は居なかった。
少年は当時、小学校にも上がっていなかった。
幼稚園に通っていた歳だった。
父親にも母親にも、まだまだ甘えていたい年頃だった。
そんな子供が、両親を目の前で燃やし殺された。
そんな子供の、「お父さんとお母さんに会いたい」「どこ?」という問い。
その問いに、答えてくれる大人は居なかった。
「帰りたいよ」「怖いよ」「お父さんとお母さんはどこ?」
そんな子供に、応えてくれる大人なんて居なかった。
それは何も出来ない大人の罪悪感と、世界の理不尽と、泣きたくなるような不条理を一緒くたにしたようなものだったから。
冴「お前……あの事件の、生き残りだったのか」
京太郎「あの事件、表向きには生存者ゼロでしたもんね。きっちり定規で測るように、区分けされた区域の中は皆殺し」
京太郎「俺自身、なんで生きてるのかさっぱりですし」
飾「そうか。……辛かったろうなぁ」
京太郎「いえ、もう最近は夢に見たりとかもしなくなりましたし」
京太郎「俺みたいな人、たくさん居ると思いますし。皆前向いてるのに俺だけ不幸ヅラなんて出来ませんよ」
京太郎「おやっさんとかも俺の数倍生きてるってことは俺の数倍知り合いも多かったでしょうし、大変だったでしょう?」
飾「……フォロー入れようとして逆に慰められてちゃ世話ないな。まったく」
飾「爺と孫くらいには歳の差が離れてるんだ。背伸びしなくても良いんだぞ?」
京太郎「あはは、ありがとうございます」
その日から、親戚の居なかった少年の孤独が始まる。
少年は両親が一括で購入した一軒家を離れることを拒んだ。
その日から、中学生になって少年が一人で生きていけるようになるまでは『とある人』が家族だった。
小学生の時代をその人と共に過ごし、中学生時代に咲と再会し、高校では部活にバイトと大忙し。
それが彼の幼少期。そして今に至る青春だった。
彼にとっては隠す事でもないし、話の流れでポロリと出てしまった話が少し過剰になってしまっただけ。
本人があっけらかんとしているために周りもしんみりとした雰囲気にならず、どこか暖かな感触すらある。
まあ俗に言う、「場を沸かせた」状態に似ているのかもしれない。
照「それなら仕方ない」
照「その人が悪くないとか、悪意をもってしたんじゃないとか、そういう事を除いても」
照「……許せない事はある」
やけに実感のこもった照のセリフに、苦笑しながらも彼は返答。
京太郎「なんか理屈で納得できるもんでもないんですよね。忘れるのも水に流すのも難しくて」
京太郎「命があるだけ儲けモンですし、感謝するべきだってのも分かってるんですが」
京太郎「……好きにはなれないです。四号は」
むしろ京太郎には照よりも、おやっさんが一瞬浮かべた悲しげな表情が気になった。
まるで知人を擁護したいのに擁護できないような、そんな表情。
冴「……お前もヘビィな人生送ってるんだな。俺も順風満帆ってわけじゃなかったが」
京太郎「笑い話でなくとも、もう昔話になったことですよ。しんみりして何かが変わるわけでもないですし」
飾「そか。オススメの方じゃないが、おかわり要るか?」
京太郎「頂きます」
まあ気のせいかなと、京太郎は熱々のコーヒーに改めて口をつけた。
飾「俺がコーヒー入れてる時にこっちから目を逸らしてたってのは、気のせいじゃなかったか」
京太郎「……火はまだちょっと、ダメでして。レンジって超便利ですよね」
冴「調理実習の時とか大変だろうに」
京太郎「慣れれば楽なもんですよ」
照「……」
照ですら、京太郎が昔の話を軽めな口調で話し始めた時から居住まいを正している。
彼女にも何かしら思う所があるのかもしれない。
たとえば、この場の誰もがついぞ気づきはしなかったが。
かの大事件の生き残りというくだりではなく……京太郎の『家族』の話の時、照は特に一言一句を聞き逃さないようにしていた。
そんな神の視点でしか察せない、彼女の内心もある。
照「……死別は」
京太郎「はい?」
照「あくまで個人的な感覚だけど」
照「死別って、そんなに簡単に割り切れるものじゃないと思う」
照「君がその時子供なら、家族が他に居ないなら、尚更」
京太郎「あー、わかります。泣いてた以外の記憶殆ど無かったです、あの頃のは」
照「良かったら、そこから立ち直った時の話が聞きたいかな」
……正直に言えば、この時の京太郎は少しだけ驚いていた。少しは顔に出ていたかもしれない。
照との付き合いが京太郎より長い冴やおやっさんの方が衝撃は大きかっただろうが。
初対面の京太郎が驚くほど、まだ照の人となりを測れていないそんな少年が驚くほど。
「宮永照が他人の過去や境遇に興味を持ち食いつく」という現状は、それほどまでに彼女の性格にそぐわないものだった。
それは例えるのなら、深窓の令嬢がいきなり人前でタバコを吸い始めるが如き所業。
麻雀以外の何にも興味ありません、と言った風体が常の彼女だ。
それが何かは分からないが、何かが彼女の琴線に触れたのかもしれない。
……例えば、『誰かと死別した後どうやってそれを吹っ切ったのか』、とか。
冴「(おいコラいつフラグを立てたんだお前。その畜生じみたエロゲ的こましングテクニックを是非ともご教授願いたいんだが)」
京太郎「(先輩もう黙ってような)」
冴「(普段動揺を表に出したり他人に進んで関わったりとか滅多にしない人なんだぞ!? 吐け! どんな薬を盛った!)」
京太郎「(アンタの発想が一番救いようもなく畜生だよ!)」
照は紅茶を、おやっさんは自分で入れたコーヒーを。
京太郎は同じく先ほどおかわりしたコーヒーを。
冴は脇に京太郎の軽い肘打ちを食らった悶絶からようやく這い上がった様子。
ゆったりまったりゆるやかに、そんな心地のいい。誰だって肩の力を抜いてしまう時間が流れる。
だからこそ、誰もが全く要素していなかった奇襲が成立したりもする。
京太郎「励ましてもらいました。色々あって、三人の恩人に」
照「ふむ」
飾「恩人というからには、さぞ立派な人物なんだろうなぁ」
京太郎「名前も知らない刑事さんと、今は近所で時々会う五代雄介ってお兄さんと、貴女の妹さんに」
同時、照とおやっさんが口に含んでいたものを冴の両目にそれぞれ吹き出した。
冴「ぐああああああ!? 目が、目がァッ!? 右目にコーヒー左目に紅茶ダブロンダブリーダブルエクストリームゥッ!!?」
京太郎「え、榎田さんがゴキジェット食らったゴキブリのごとく悶えてる!?」
照「……まさか」
飾「ここで、その名前を聞くとはなぁ」
京太郎「え、スルー? スルーしてていいのこの人?」
冴「(あ、でも宮永さんが口に含んでた紅茶が顔にかかってるとか興奮する)」
京太郎「……スルーしてても良さそうだな」
>>1だってくらってみたいとは思う。しかし榎田冴17歳、百人百答のまごうこと無き変態であった。
この喫茶店が五代雄介と縁深い場所だと知って驚愕一回目。
ここのカレーやコーヒーの原案考案が彼だと知って驚愕二回目。
彼が今現在実質行方不明なのだと聞いて驚愕三回目。
今日は本当に忙しい日だな、と京太郎は思う。
要するに京太郎が小学生の時に家族として面倒を見てくれたお兄さん。
かつ、今でもしょっちゅう会う気さくな親しいお兄さん。
そんなポジションだった五代雄介は、十年近く行方をくらまし続けている困ったちゃんであったというのだ。
いや、顔ぐらい見せろよ!とは思う。
……ただ、何年一緒にいても笑顔を見せない五代雄介の姿を思うと、心の中であっても二の句が継げない。
奇妙な縁だとは思う。咲ならきっと運命だと言うのだろう。和なら絶対に偶然で片付ける。
優希なら「会えて嬉しいでいいじゃん」で終わらせるだろう。自分もこのめぐり合わせには意味があると、そう思いたい。
脳内がそんな思考で埋められるくらいには、京太郎もロマンチストだった。
飾「……つまり、アイツが今どこに居るかは知らないと」
京太郎「近所でよく会うんですけど近所に住んではなさそうなんですよ。町内清掃の時とか居ませんし」
飾「かーっ、アイツは相変わらず冒険家気質なんだなぁ」
京太郎「次会った時何か伝言伝えときます?」
飾「いや、構わないよ。気遣いありがとね」
京太郎「いいんですか? もう十年近く音沙汰無いんでしょう?」
飾「俺が言いたい事なんて雄介の奴は分かり切ってるからいいんだよ」
飾「その上でアイツが顔見せないって事は、何言っても無駄さ」
飾「雄介がその内顔出す気になる日を待つよ、まったりとね」
急がないその気性は話しているだけで他人を脱力させ、落ち着かせる。
この店の魅力の一つがこの店主の人柄だろう。
聞けば、五代雄介の親代わりでもあったとか。
おやっさんのこの気性の一部は五代雄介に一部受け継がれ、そしてその一部は雄介を兄と慕っていた京太郎に受け継がれている。
……先程のおやっさんの『爺と孫』発言は、意外と的を射てるのかもしれない。
これでつまらないダジャレがなければ素直に素晴らしい大人だと言えるのに、残念極まりない。
照「……あの子は、誰かの恩人になれるほど口が回ったかな」
京太郎「いえ全く。むしろ口下手でしょあのポンコツ」
京太郎「口下手だから、上辺だけ取り繕ったセリフとか吐けずいつだって本気で言ってんですよ」
照「そっか」
京太郎「俺はいいダチを持ったと思ってます」
感情が読み取れない……が、そんなに気を悪くしている様子はない。
あくまで願望と区別の付かない勘。そんな勘の話でしかないのだが、なんとなく、なんとなく嬉しそうだ。
そう思える京太郎は、やはり今日のめぐり合わせには意味があったと悟る。
少なくとも、この二人に意味のあること、無価値で無い事を伝えられたのだから。
冴「この流れだとその警察官の人が俺の知り合いの公算大だな……」
京太郎「榎田さん、いつの間にこっちの世界に戻って来てたんですか」
照「この人はいつもこんな感じ」
京太郎「マジっすか。ってかよく警察のお世話になるってことですか?」
冴「ちげーよ! 母親が警察のそこそこ偉い人なんだよ!」
いつの間にか復活していた冴の評価は、もうマイナス方向で固定されて揺らがない。
京太郎の目は既に尊敬する先達を見るそれではなく、養豚場の豚を見つめるそれ。
今の京太郎は「江戸川コナンと枝豆ご飯って似てるよね! 大発見だよ!」とドヤった咲を見下していた時と同じ目だ。
絶対零度の視線に汗をダラダラ流し始める冴を尻目に、まあいいかと話を続ける。
京太郎「時系列で言えば会ったのはその人が一番最初なんですけどね。初めて会った時は、警察署の待合室で」
京太郎「なんかやたらとコートが似合う格好いい男の人で……」
京太郎「名前も教えてもらえなかったけど、俺の中で警察って言ったらあの人のイメージっす」
事件が終わって、何もかもが無くなって。
そんな時にかけてくれたその警察官の言葉が、染みこむように記憶に残っている。
――― 悲しいのは、分かる。俺も昔父を亡くした時、どう立ち上がればいいのか分からなくなった
――― だが、ある夜に夢を見たんだ。俺が、母が父の死に泣いていたのを見た夜だった
――― その夢の中で、父は母を悲しそうに見た後……俺に、「任せた」と言ってくれた
――― 死者への最大の追悼は、立派に生きる自分の姿を見守ってくれている彼らに見せ続ける事だと、俺は思う
――― それが死者を忘れないという事で、いつまでもその死を理由に立ち上がらない事は、何か違うと思うんだ
――― その死を悲しむのならおもいっきり悲しむべきだ。そして、その死を忘れぬままに、立ち上がるべきだ
――― 悲しむことも、死者への追悼も、立ち上がることも、全て半端に終わらせてはいけない
――― 中途半端はするな、京太郎君
その言葉は優しくもなくて、器用な言い回しもなくて、格好良いフレーズもなくて。
だからこそ、そんな不器用で無骨な言葉だからこそ、今でも心に残っている。
京太郎「で、雄兄と出会って、雄兄に笑顔にしてもらって」
京太郎「幼馴染の咲に励まされて、少しづつ自分の中で決着つけて」
京太郎「今日仲間の応援に来て、この喫茶店に来たって感じです」
覚えているのは、たなびくコートと大きな背中。
たくさん恨んだ。たくさん怒った。たくさんのものに、八つ当たりした。
それでも今――京太郎は、真っ先に八つ当たりに妥当な対象である警察を恨んでいない。
「守ってくれなかった」という気持ちをぶつけるのに最も妥当な相手であるこの国の守護者に、恨みつらみをぶつけていない。
そのきっかけが誰であるか、何であるかなんて、これ以上の言葉で装飾するのは野暮というものだろう。
結局の所、その人が誰であったかなんて分からずじまい。
その日、痛々しくて誰もが声をかけられなかった少年に真っ先に声をかけたその人は、己の名前も告げずに去っていった。
顔も覚えていないその人の『良心』に、須賀京太郎という少年が受けた影響は計り知れないだろう。
そのエピソードに、名前があろうとなかろうと。
誰かの人生に強く影響を与えることが出来る。
誰かの俯いた顔を上げさせることが出来る。
誰かの笑顔を取り戻す一助になることが出来る。
「見知らぬ他人が自分を救ってくれた」という事実は、百の道徳よりも正しく彼を導いてきた。
冴「俺の中じゃカッコいい警察官って言えば一条さんなんだが」
京太郎「イチジョーさん?」
冴「いや、確証は全く無い。今のあの人G3なんとかが何だかでアメリカの方に行ってるから確かめんのもムリだし」
京太郎「んー……さすがに三連チャンってわけには行きませんでしたね」
照「榎田くんだけ、仲間外れ」
冴「ぐはぁっ!?」
飾「さ、冴が死んだ!?」
京太郎「この人でなし!」
照「よく言われる。人じゃないとか色々」
その果てにこのめぐり合わせがあるのだとすれば、それは素敵なことなのだろう。
誰かが誰かに良くしてくれた、その過去の結果としてこの出会いがある。
飾「……運命感じるねぇ」
飾「どうだい? 運命ついでに、ポレポレのうんめぇカレーを食ってくってのは!」
冴「おやっさん……寒いぜ」
照「……ぷぷっ」
京太郎「いまので笑うの!?」
つまらないギャグを飛ばす初老も、それに笑う少女も、その笑顔に見惚れる少年も、苦笑する主人公も。
この瞬間、この場所には。確かな笑顔がいくつも存在していた。。
……まだ、この時には。 いくつもの笑顔があった。
京太郎「そういえば……えーと、宮永さんは」
照「照でいい」
京太郎「あざっす。照さんは今日はずっとお一人で?」
照「ぼっちかどうかってことが聞きたいの?」
冴「ちょ、おまっ」
京太郎「そこまでガゼルパンチのごとき問いかけしたつもりはないんですけど……」
照「今年の新入生で一番強くて一番生意気なのがよくそう言うから」
冴「大星ェ……み、宮永さんはぼっちじゃないですよ! 今は俺とか居ますし! 俺とか居ますし」
照「そう」
冴「(スリッピングアウェーのごとき滑らかな受け流し……!)」
なんかもう淡れ……もとい哀れになってくるほどのスルー。
異性意識が全く見られない。京太郎の目が、養豚場の豚を見る目からラブコメの幼馴染ポジを見るそれへと変化してしまうほどに。
約束されたかませ犬(らぶこめのおさななじみ)というルビ。仕方ないね。
そんな冴への遠慮など砂粒一つほども見られない、鬼畜なおやっさんから更に一言。
飾「ん? 今日の照は珍しく男の人と一緒だったじゃないか」
冴「なななななななんですとォッーーーー!!?」
それはさながら、ハイジに腰の入った良いレバーブローを喰らったクララのごとく。
京太郎「(いや何もそんなに驚かなくても)」
冴「(宮永さんは誰かと食事と行ったりする事自体珍しいんだよ! ましてや異性とか! ありえん!)」
京太郎「(割とストーカーじみた行動を自白してる自覚あんのかアンタ)」
冴「(俺だって誘ってオーケー貰えたことねえんだぞ!)」
京太郎「(年上趣味なんじゃ?)」
冴「(俺は同い年なんだよォォォォォォォォォ!!!)」
京太郎「(安西先生も諦めろと断言するレベル)」
諦めれば?
飾「なんだっけ? グバとかゼバとかなんとか言ってたっけ」
照「……気にしなくてもいい」
照「それに、見当外れというか。期待外れもいいとこだったから」
京太郎「?」
一瞬チラリと京太郎を見つつ、照のつぶやくような小声。
その声は当然のように、冴のぎゃーぎゃーと吠える大声に遮られて京太郎の耳には届かなかった。
冴「……と、もうこんな時間か」
京太郎「俺も夕飯前には帰んないとですし。今日は解散ですかね」
照「ん」
気付けば、時刻は既に16時を回っていた。
電車での移動時間を考えればそろそろ学生達は帰路につくべき時間帯だ。
彼らはこの街に、遊びに来ているわけではないのだから。
冴「んじゃ、またな」
京太郎「日程合えば個人戦応援行きますねー。照さんとの件は………………頑張ってください」
冴「おいコラ今の間は何だ」
本日最も親しくなったであろう二人組は、小づき合いつつメルアド等を交換して帰路へ。
照「じゃあね」
照「生きてたら、また会おっか」
京太郎「……? あ、はい」
生きてたら、とはまた物騒な言い回し。
まるでこの平和な日本という国で、明日にも京太郎が死んでしまうかもしれないとばかりの口ぶりだ。
まあただのニュアンスの違いだろうと気にしないまま、照は冴と白糸台の寄宿先へと帰路につく。
飾「飯食うならこのメモの住所にある『レストラン・アギト』ってとこがオススメだ」
飾「ウチの元お客さんが経営してる。学生の財布にも優しい上に、味もお墨付き」
京太郎「ありがとうございます!」
飾「何、あの五代の知り合いだ。サービスしてもバチは当たらんだろうさ」
飾「また来な? 今度は渾身のギャグもサービスしてあげよう」
京太郎「あ、それはいいです」
飾「おおぅ」
おやっさんにも別れを告げて、いざさあとばかりに彼も駅へと向かう。
京太郎「……忙しい一日だった。嫌な日ではなかったけど……なんか疲れたな」
沈む夕日を「目にしみる」と眺めつつ、須賀京太郎はポケットからSuicaを取り出し。
改札に真っ赤な顔で「残金足りねーよ」と拒絶され、なんとも言えない顔でチャージに走るのだった。
〈 東京都 渋谷区 国立オリンピック記念青少年総合センター 〉
〈 07:20 p.m. 〉
寄宿舎に着き、風呂と皆で一緒の夕飯を済ませ、簡単なミーティングを済ませる。
すっかり日も沈んだ東京の夜の宿泊所にて、清澄高校麻雀部は再度額を突き合わせていた。
京太郎「……ふぅ」
もっとも、この部の部長はあまり部員にミーティングで頭を使わせるタイプでもなく。
更に言えば京太郎は応援以外にすることも無いので、なおさら手持ち無沙汰だ。
一年生他三人もテンションの差異あれど施設内で遊び回っている事を考えれば、
いくつかある談話室の一つにてソファーでだらけている京太郎の光景も至極自然に見える。
まこ「よっ」
京太郎「染谷先輩」
まこ「どうじゃ今日は? 何か面白いもんでもあったかのう?」
京太郎「えっと、今日は……」
風呂上がりに肩掛けタオルに牛乳片手ってのがすげえおばさんくせえという本音をぐっとこらえて、本日の回想へ。
ぐだーっとしつつも、宗教勧誘の人や迷子の人の事話しても面白くないなと話題の中身を選別していく。
帰りに立ち読みしたジャンプで卑劣様マジ卑劣だった話でもするか? とか血迷いつつもそうはせず。
京太郎「白糸台の男子部長の人と友達になれました。あとついでに宮永チャンピオンと面識が」
まこ「そーかそーか白糸台……ん?」
まこ「……」
まこ「ん? ん? ん?」
まこ「えっ」
京太郎「ついでに雰囲気の良い喫茶店とか美味い飯屋とか教えてもらってきたんで、時間見つけて皆で行きましょう」
まこ「……おんしもたいがいあの一年衆の一人じゃな。予想を斜め上に裏切りよる」
今日もダラダラぐだぐだと、須賀京太郎は仲間達と親睦を深めていく。
長いようで、短いような。
そんな8月3日が終わりを迎えていた。
けれどその一日の締めくくりは、現(うつつ)ではなく夢の中で。
京太郎が目覚めぬままに目覚めれば、そこは闇一色の夢の中。
あらゆる光、あらゆる命、あらゆる笑顔の存在を許さない闇。
その闇の正体を、京太郎は知っている。その闇の存在を、京太郎は目にしたことがある。
これが、これこそが。 『究極の闇』だ。
この闇がもたらされた街を逃げるように駆け抜けた、そんな記憶が京太郎にはある。
両親がその生命の存続を許されなかった、悪夢のようなその夜を覚えている。
「十年。長かった」
そんな闇の中、暗黒の中でひときわ映える純白が言葉を紡ぐ。
「時は満ちた。このまま永遠の眠りにつくのも、それはそれで悪くないけどね」
「究極の闇はいまだこの世界の全てにもたらされていない」
「その身体、時が来れば僕に明け渡してもらうよ」
白一色の服。闇を塗り潰すような純白は視覚的な色というより、もっと目に見えない何かの色であるように思える。
純白は、京太郎とさして歳の変わらない少年……いや、それどころではない。
歳よりも、むしろその顔に驚愕を覚える。
まるで双子のように、その少年の顔は京太郎と瓜二つであった。
「『それ』は、その時が来るまで君に貸しておいてあげる」
「好きに使っていいよ」
服装は純白であるのに、どんな漆黒よりもなおドス黒い闇を連想させる存在。
憎しみも怒りも悪意もないのに、全てを無に還そうとする空っぽな邪悪。
そんな誰がどう見ても悪と断言できる存在だというのに、あってはならない存在だと分かるのに。
なのに、何故か―――悲しい奴だと、京太郎には、そう思えた。
「一週間だけ、時間はあげるから」
その空っぽな笑顔が哀れなのだと、そう思えた。
8月4日 朝。
ガタンゴトン、と揺れる電車という名の鉄の箱の中。
車よりも酔う人が比較的少ないという乗り物の中で、少年はボーっとしながら夢の内容を思い返そうとする。
京太郎「(なんか変な夢見てたような気がするが……内容が思い出せねえ)」
が、少年のそんな思考も無為なまま終わる。
よくある話。夢で何かを見ていたのに、忘れたくないような内容だったのに。
なのに思い出そうと頭を動かせば動かすほど、確かに見聞きしたはずのシーンが頭に浮かんでこない。
しまいには綺麗サッパリ忘れてしまうのだ。夢というものは、大概にしてそんなものなのだから。
そんな夢の内容よりも、今京太郎の意識を引っ張るのは並んで座る同級生達との会話。
特に周囲に人が居るのに構うこと無く脱いだ靴を爪先でプラプラさせている、片岡優希というあだ名を持つタコス女である。
優希「あっついじぇー」
京太郎「周りに人居るんだからやめとけよ、迷惑だろ」
優希「なんかあっついと脱いじゃうんだよな、なんでだろ?」
京太郎「足の裏は人間の身体の中でも特に熱を放散する部位の一つなんだよ」
優希「ほーさん?」
咲「へぇ、そうなんだ。知らなかった」
和「顔もそうですね。熱が逃げていくことですよ、ゆーき」
優希「ほほう、流石のどちゃんだじぇ」
今現在、清澄高校麻雀部はインターハイ会場に向かう途中。
先輩方は二人で話を広げ、一年生は定番の四人で漫才じみたやりとりを。
蝶野顧問は手続き等のため先行して会場入り。
そんなこんなでやたらテンションの高い優希に引かれるように、皆で東京という街を突き進んでいく。
時に電車、時に歩き。
コンクリートの街を楽しげに行進する彼と彼女らには、悪い意味での緊張は見られない。
優希「つまりその内、キックと同時に私の足の裏から炎が出る日も近いじぇ!」
京太郎「無理だろ」
和「無理でしょう」
咲「無理じゃないかなぁ」
優希「ジェットストリー無理!?」
〈 東京都 千代田区 インターハイ会場 〉
〈 08:10 a.m. 〉
事実上のインターハイ初日に、会場は数え切れないほどの人だかりでごった返している。
選手だけではない。記者、プロ、スカウト、そこに一般の人を加えた人の波だ。
「お久しぶりです、西田さん、山口さん」
「ひさしぶりー、真くん。元気にしてた?」
「そりゃもう。桜子さんも元気で……あ、こっちは経験積ませるために連れてきた新人の城戸真司です」
「よ、よろしくお願いします!」
「あら、そんなにかしこまらなくてもいいのよ? 私達だって場末の記者でしか無いしね」
「今日はよろしく頼むよ」
「はいっ!」
雑踏の中の会話の一つが京太郎の耳に届くも、喧騒に呑まれてすぐに聞こえなくなっていく。
様々な思惑を秘めた人達が何百人、何千人。それらが織りなす人の海。
京太郎「俺ワクワクしてきたぞ」
和「ドラよりもドラゴンボールを求めた方が手っ取り早く須賀くんは強くなれるかもしれませんね」
京太郎「お前ナチュラルにひっでえな!」
ワクワクもする。ワクワクもするが……それ以上に、この人の波を見ると京太郎は不安になる。
このシチュエーションは、今まで何度もあったそれに似ている。
この手の状況は特に京太郎に、付き合いの長い一人の少女のとある悪癖を想起させるのだ。
いや、まさかな? と自分に言い聞かせ、不安を振りきって京太郎は前に進んでいく。
それが現実逃避か否かは別として。
久「分かってるとは思うけど、今日はトーナメントの組み合わせを決める抽選会と開会式だけよ」
久「本番の次に重要だからねー、抽選会は」
優希「どの道強い奴は残るんだから変わらないんじゃないのか部長?」
まこ「アホタレ、もし強い高校が密集してるとこに行ったらどうする?」
まこ「全力出しても勝てるかどうかは運否天賦、そして試合が全部終わったら手の内丸裸じゃ」
まこ「おんしは特に分かりやすいんじゃ。東場で他家から直撃取れなくなっても知らんぞ」
優希「げっ」
和「理想論を言えば、決勝まで強い所と当たらないのが一番なのですが」
京太郎「トナメの仕様上、二回戦で絶対にシードのどっかとは当たるんだよなぁ」
京太郎「(強い所も、強い所に勝った所も研究される)」
京太郎「(逆に言えば……俺達には『徹底して研究されてるわけじゃない』って武器がある)」
京太郎「(白糸台クラスになれば徹底して研究された上でリンチも珍しくないんだろうなぁ)」
例えば、の話だが。
極端に強い強豪は他家三校が多少の結託をして潰しに行く事があるという。
もしくはその高校に対しての研究と対策が集中した結果の擬似リンチ等etc…
擬似的に三対一であると言えなくもないその状況でなお勝つには、圧倒的な実力差が必須だろう。
例えば一人に和了牌を抱えられた上で他の二人が和了れば?
例えば大物手を三人で差し込み合って潰されれば?
三人が早和了に徹したら?
そうでなくとも、三人というだけで手数の差は単純計算三倍だ。
他家から直撃が取れる可能性も限りなく低くなっていく。
出る杭は叩かれるというが、こんな数の暴力に真正面から対抗できる者はそれこそ化物だろう。
「強さを警戒される」というのは、ある意味最悪のデメリットであると言っていい。
強敵を早めに潰して三校で二つの勝ち抜け枠を争う楽な勝負に行ってもいいし、それが無理でも強敵を度外視して二位を狙って行ってもいい。
強いなら強いで対策の打ちようはあるし、それで打たれる一手は強者からすれば最悪以外の何物でもない。
そういう意味でも、このトナメの抽選は重要なのだ。
一週間以上ぶっ続けで開催されるこのインターハイのトナメ位置は、逆に言えば休める時間や対策を立てる時間にも直結するのだから。
一回戦が最初の方なら試合間の休みが総計的に増える。しかし他校に対策を立てられる時間も伸びる。
一回戦が後の方ならその逆だ。一長一短である。
シードと言っても一位から四位まである。
例えば全国一位の白糸台と二回戦から激突など、全国初出場の清澄からすれば冗談ではない。
せめて一度くらいは試合を見て対策を立てられないと届かぬ壁。圧倒的な格上なのだから。
そんな風に思考を回し。
京太郎「キリッ」
キリッとした顔で、キリッとした考えで、京太郎は華麗に現実から逃避する。
優希「おろ? 咲ちゃんはどこだ?」
まこ「あ!」
京太郎「え……まさか……」
和「また迷子ですか……」
胸にボリュームのあるアイドルでようやく許される属性・うっかり迷子。
残念ながら、宮永咲には色んな物が足りていなかった。
パンフで見た会場の見取り図を頭に浮かべ、顔に焦りの色も浮かべつつ少年は駆け足で幼馴染を探して回る。
が、見つからない。
全く見つからない。
何故見つからない。
苛立ちが思考を妨げ、迫るタイムリミットが焦りを生み、会場の複雑な経路が諦めを産む。
トドメとばかりに、迷子の彼女を何度も何度も何度も探してきた過去が「もう勘弁して下さい」と彼の心を折りに来る。
具体的には先刻部長が京太郎に告げた
「最悪貴方を女装させて頭数だけ揃える替え玉にするわ」
という悪ふざけにしか聞こえなかった悪夢が現実味を帯びてきた、という最悪の状況である。
悪ふざけ……と、思いたい。
が、京太郎は県大会前、咲の入部前に久が
「女子の頭数が足りなかったら最悪須賀くんを女装させて……」と目が笑っていない状態で呟いていたのを覚えている。
彼女は全国にテレビ中継されている会場に女装した後輩を送り出すぐらいは平気でやる。間違いなくやる。
そしてその事に罪悪感を覚えるどころか爆笑し、嬉々として録画して保存する。
「絶対にそうなる」という確信が、背筋に走る悪寒とセットで京太郎を襲っていた。
京太郎「さて、迷子の子猫さんはどこだ。見つけないと俺も大概ピンチだぞ」
京太郎「犬のおまわりさんが居れば楽なんだが、あいつそもそも交番に辿りつけねーだろうし」
京太郎「困ってしまって、わんわんわわん……」
と、そんな男としてオーラスしかけていた京太郎。
「おいどうした須賀、犬の真似なんかして。とうとう部内での犬扱いを受け入れたのか?」
「華菜、失礼よ?」
京太郎「……お?」
そんな彼に向けられた、ハツラツとした声と穏やかな声が、彼の足を止めた。
京太郎「池田さん、福路さん」
池田「よっ」
美穂子「こんにちわ」
『池田華菜』と『福路美穂子』。
長野県にて指折りの名門・風越高校のレギュラーにして実力的にもツートップの二人だ。
かつて県内記録の県大会団体戦六年連続優勝という凄まじい成績を残した名門のレギュラーの名に恥じず、彼女らも相当な実力者。
特に美穂子は個人戦で清澄五人全員の上を行っており、京太郎視点だと目眩がしてくるほどの強者なのである。
県大会団体戦決勝で主人公勢こと清澄に敗北を喫したものの、京太郎からすれば雲の上の強さの少女達だ。
美穂子は長野個人戦成績一位通過。池田ァ!はその付き添い。
個人戦は10日後からのため直接試合が迫っているわけではないが、それでも抽選会と開会式には顔を見せに来た様子。
しかし、別にこの二人は京太郎と親しい知り合いというわけではない。
先日、壮行会を兼ねた清澄と他数校を招いた合同強化合宿で顔を合わせた程度の、そんな友人未満の知人の間柄でしか無い。
ならば何故、たまたま見かけたその程度の間柄の相手を気にしたり、ふざけた口調であるものの心配げに声をかけたのか?
その辺、割と考えるまでもなくシンプルだ。
池田は姉妹が多いため、意外と年下への面倒見が良い。
美穂子は「その内詐欺師か変な男に引っかかるんじゃないか」と心配されるくらいに、底抜けに優しい甘ちゃんだ。
有り体に言えば、この二人はとびっきりのお人好し。
「顔を知ってる程度の相手が」「何やら困っている」
ただそれだけで、この二人が他人に手を差し伸べようとするのは必然なのである。
他者からの評価は綺麗に正反対方向に割れる二人だが、根底の人柄の良さは似た者同士だ。
その二人のほんの少しの善意だけで、ほんのわずかに京太郎のモチベーションは復活する。
池田「そろそろ開会式だぞ? うっかりなんてしないようになー」
京太郎「咲が迷子です。マジに見当たりません」
華菜「……マジ? 開会式は団体戦参加者は全員揃ってないとヤバイんじゃね?」
京太郎「マジです。ヤバいです。メール送りましたが場所の見当も目印になるものも、周りに人も居ないとの事で」
美穂子「時間かけてもいいならいくらでも合流する方法はありそうだけど……少し、時間が足りないわね」
京太郎「やべえっす。とりあえず開会式に居なくてもいい俺だけ動いてるんですが」
あいつ見てません? 見てないな。
開会式まであと15分無いわよ? マジっすかやべえ!
そもそも女子トイレとかに居たら須賀は見つけらんないんじゃね? ……あっ。
といった会話のち、宮永咲捜索隊が三人に増加。
かつてDSのタッチペン、GBAの電池部分の蓋と同レベルと京太郎が称した絶望的な難度の捜索が再度始まった。
余談だが。
須賀京太郎は小学生の時、図書室においてあった『ウォーリーを探せ』で全てのウォーリーに矢印を付けて回った犯人をいまだ許していない。
京太郎「いねー!」
池田「事前に首輪付けるなり手繋ぐなりしとくべきだったな、にゃはは」
美穂子「そ、それは恥ずかしすぎるんじゃないかしら……それに、今更そんな事言っても後悔先に立たずよ」
京太郎「後悔咲に立たず?」
池田「上手いこと言ったつもりか!?」
京太郎「そこら辺は弁解のしようもなく、すみません。事前になんか用意してればまさしく転ばぬ咲の杖って感じだったんですが……!」
池田「こいつ、舌の咲も乾かない内に……!」
美穂子「華菜、華菜、うつってるわよ」
お咲真っ暗……と、ふざけている余裕が有るのかと言えば否。
ピンチの時こそ笑う、ピンチになると頭が回る、ピンチの時に軽口が出せる。
それは一種の強者の条件だが、彼と彼女らも例外ではない。
まあ要するに、「ワハハどうしようもねー!」と投げやりに手足止めずに呵々大笑してるようなものなのだが。
そんな少し諦めが漂い始めたその場の空気を、切り裂くような電子音。
美穂子「きゃっ」
池田「……キャプテン、まだマナーモード覚えてなかったんですか」
美穂子「ご、ごめんなさい」
京太郎「いまどきマナーモード覚えてない人って珍し……ん?」
『マナーモードを覚えていない』。
瞬間、京太郎に電流走る―――!! しかし金色にはならない。
京太郎「!」
池田「なんか思いついたのか?」
残り時間的にラストチャンス――しかし、『かける』価値は十分にある。
何故なら宮永咲は、須賀京太郎が知る限り……トップクラスに残念な子であるからだ。
「今、この辺に人が居ないのは開会式直前で会場に人が集まってるせいです。おそらく、咲の回りにも」
「だから咲は周りの人に道を聞けない。道を聞けるなら、流石に高校生なら速攻で戻って来れるでしょうし」
「つまり今、咲の近くや廊下にほとんど人は居ない。何か音が鳴れば、スッと遠くまで届くくらいに」
「そして咲は普段携帯を持ってない。有事に部長から借りる事にはなってはいても、マナーモードの使い方は知らない」
「それに昨日、咲の奴は部長から予行演習って言われて携帯貸してもらってたんですよ」
池田と美穂子への説明に口を動かし、可能性にかけつつ電話をかける。まさしく、二重の意味での『かけに出る』!
「咲が昨日から部長の携帯借りっぱなしで、バッグに放り込んでそのままその存在を忘れてる残念な可能性に賭ける!」
池田「ひでえ期待もあったもんだな」
「(ヤバい)」
「(色々ヤバい。チョベリバだよチョベリバ)」
「(チョー受けるんですけど! あ、ヤバい私錯乱してる!)」
会場の何処か。どっかとしか言いようのないどこか。
文学少女だの魔王だのヒロインだの主人公だのネタキャラだの天使だの畜生だのとキャラの方向性にも迷子になりがち少女。
宮永咲は、絶体絶命のピンチに立たされていた。
具体的には彼女が単独行動したその理由。尿意という名の暴君である。
会の前にトイレに行っておこう→あれ?ここどこ?→帰れない…… の流れるような三段落ち。
結局トイレにすらたどり着けておらず、彼女はログポース無しでグランドラインを渡る海賊の気分を味わっていた。
「こんなにヤバかったのは……夏休みの課題結構忘れてたのを31日に思い出した時くらいかな」
「いや、生牡蠣に当たった時だったかな……いや構えて『メラゾーマ!』とか誰も居ない教室でやってたのを京ちゃんに見られた時……」
「いやいやゴキちゃんが三匹同時に出た時……いやいやいや、海で浮き輪で浮いてたら気づいてたら沖まで流された時……?」
「なんだかんだでグインサーガや風の聖痕やゼロの使い魔の続きが読めなくなったと知った夜くらいかな」
「……現実逃避はやめよう」
トイレも見つからない。見覚えのある道も見つからない。道行く人すら見つからない。
片っ端から人に道を聞くという方法もあったのだろうが、生憎咲がそれを思いついたのは人が全く見当たらなくなってから数分後。
まさしく、後悔咲に立たず!
「あ、さっきすれ違った人に道聞けばよかった! やっちゃった!?」
「……トイレ、トイレぇ……」
「…………」
「もう、ゴールしてもいいよね……?」
そして彼女も、色々限界だった。
『見せられないよ!』はもう間近。ヒロイン脱落待ったなし!
ヒロインとして「生きるべき(シャル)」か、「死ぬべき(モッピー)」か、それが問題だ。
宮永咲の目つきが追い詰められすぎて魔王化してから数分のち。
終幕秒読み。開始時点から詰みゲー。羽生蛇村に放り込まれた一般人のごとく。
どうしようもねーやな状況に、咲の心には諦めが浮かび始めていた。
最高に格好いい誤魔化し方をするのなら。
身体は既に限界を超え、今の彼女を支えているのは意地だけだ。
それすらも既に臨界で。
「もぅマヂ無理……」
再度咲の精神が錯乱し始めたその時、彼女のそばでやたら大きな電子音が鳴り響いた。
「ひゃうっ!? 私のカバン!?」
「……あ、部長から借りっぱなしだった。返さないと……ってまた私の危急の事態が一つプラスされてる!」
加速度的に悪くなる状況・今のショックで危うく決壊しそうになっていたという動揺に。
咲の身体状況に、バクバク跳ねる心臓が追加される。
「出た方が良いのかな? うーん……一応、名前伝えて持ち主の人に後で渡しておきますぐらいは言っておいた方が良いのかな」
「はい、もしもし?」
こんな時に何律儀に電話に出てるんだろう、と。咲は自嘲しつつたどたどしい手つきで携帯電話を耳に当て。
『俺メリー君。今お前の後ろに居るぞ』
「ファッ!? って京ちゃん!?」
迷子の度に最高に頼りになる、そんな友人の声を耳にした。
死にかけだった咲の瞳に光が戻る。
例えるのなら絶体絶命のピンチに黄金の鉄の塊で出来たナイト推参、と言った所だろうか?
これで勝つる! とばかりに叫ぼうとした咲に先んじて、京太郎は咲の現状を聞き出そうとする。
『今自分がどこに居るか分かるか?』
「会場のどこかって事くらいしか分かんない! だから助けて色々限界トイレが時間で開会式が迷子で大変なの!」
『迷子なのはお前の落ち着きだ。ゆっくり探せ』
アラストールも悪魔召喚アプリも閃光の舞姫も入っていない京太郎の携帯に出来る事は、通話以外にない。
と、言うより。咲が通話以外の機能を使えない。
なので京太郎に出来る事は普通に考えれば、咲から周囲にある目印になるものを教えてもらってそこからその場所を推測。
かなりか細い可能性だが、そこから探す。それしかない。
そしてその間、咲が歩き回って見つからなくなるという最悪の可能性を潰すために落ち着かせる事等、なのだが……
「何落ち着いてるの!? 間に合わなかったら私京ちゃんの名前を叫びながら公衆の面前でぶちまける覚悟だよ!!」
『俺まで慌てたら収集つかなくなるだろ! ってかサラッと俺と社会的に心中自殺するんじゃない!!』
「死なばもろともだよ! 文字通り水に流せないダメージを与えてあげるッ!」
『死ぬ気でどうにかするから頼むから普通に水に流してくれえええええええええっ!!』
こいつにそんな余裕はもう無いな、と却下。
元から使うつもりのなかった案が使えない案になったというだけの話。
何より社会的な死が多方向から迫ってきている事に激しく戦慄する京太郎。行き着く先は冷たい目線か、社会的ガメオベラか。
落ち着け、とまず一言告げてから一拍のちに言葉を続ける。
『その前に一つ聞いていいか?』
「な、なに? 正直思考が真っ当に回らなくなってきたから早くして欲しいな」
『さっきの着信マナーモードだったか?』
「え? いや普通だったと思うよ? 私がビックリするくらい大きな音鳴ってたし」
『……よし』
それだけ聞ければ、十分だ。
『そこ動くな。あとすぐに電話かけ直すが電話には出なくていい』
「え? でも」
『二分以内に迎えに行く』
「池田さん、福路さん、咲が実質見つかりました! ありがとうございます! またあとでお礼に伺いますので!」
「おう、気にすんな。あんま役にも立てなかったし」
「見つかってよかったわね、宮永さんによろしく」
一つ、話をしよう。
飼い猫の首輪に鈴を付けるのは何のためだろうか?
その原点は江戸時代に始まったイソップ童話の物語を真似たオシャレと言われているが、今はそれは置いておこう
現代におけるその際たる理由は、『猫の居場所を常に把握するため』である。
『音』とは、古来より居場所を探る為の目印となる最たる物の一つなのだ。
京太郎「音はまったく聞こえなかった、な」
人の居ない、もといほぼ音の無い廊下。大きな音が鳴れば、さぞかしよく通るだろう。
障害物もノイズも無いのであれば当然だ。
京太郎の現在位置はAブロック区画。距離的に、Aブロックであるのならどこに居たとしてもわずかには聞こえただろうと当たりをつける。
すなわち今京太郎が走っているのは、「咲は今Bブロック区画の何処かだろう」という所まで当たりをつけていたからだ。
区画を移動しながら、誰も出てくれないがために鳴り続ける着信音を耳で拾っていく。
距離は近づき、耳に届く音は大きく、進行形で変化していく。
そして、ついに。
咲「待った!」
京太郎「だろうな。今来たとこだし」
エクスクラメーションマークとクエスチョンマーク、ニュアンスとシチュを致命的に間違えた待ち人来たる的エンカウント。
咲「待ってたよ京ちゃん! 一日千秋の思いで! 愛してる!」
京太郎「一撃必殺の間違いじゃないのか!?」
咲「やだなあ、一生懸命に一心不乱に気を張り詰めて京ちゃんを待ってただけだよ?」
京太郎「そうかそうか、なんか一言一句一族郎党一網打尽にせんとする悪意に満ちてた気がするが冗談って事にしといてやる」
咲「でもなんとか、九死一生を得たって感じかな……ジリープアー(徐々に不利)にもほどがあったからね」
京太郎「ゲイのサディストは今日も寝っぱなしだと痛感したよクソッタレめ」
咲「てへっ」
SASUKEで言えばあのやたらキラキラしたファイナルステージに辿り着いた時の残り時間ぐらいにハラハラするライン。
相当にギリギリのタイミングで、ようやく宮永咲は回収されたのだった。
咲「でも本当にありがとう、今日は本当にもうダメかと……」
京太郎「危うく俺の人生にも致命のダメージが行くところだったがな」
咲「京ちゃんはもうすっかり私のダウンジングマシンだね」
京太郎「俺はお前にがくしゅうそうちを装備して欲しいよ……多分標準でかわらずのいしだろうけどさ」
余談だが、現在清澄麻雀部において麻雀の合間の休憩や部員が揃うまでの暇潰しにポケモンが密かに流行中である。
ちなみに現在は草環境が部長のガッサ弱体化と京太郎のメガフシギバナで激変した模様。
余談も余談な関係のない話だが。
でかいきんのたま(意味深)やおおきなキノコ(意味深)がちょっと気になった部員は部内六人中二人だけ、だったり。
おうじゃのしるしがネタになる人はこのスレには登場しません、あしからず。
京太郎「ん? 人の声が聞こえるな」
咲「京ちゃんが来た途端、人が見つかるってなにこれひどい」
京太郎「お前の迷子はもう因果律に定められてんのかもな」
咲「赤いベヘリットを助走つけて投げ捨てるレベルなんだけど」
人に道を聞けず苦しんでいた咲を小馬鹿にするが如く十字通路の向かいの道から声が聞こえ始める。
その声に、京太郎の方はなんとなく聞き覚えがあるような気がしていた。
「時間ギリギリやーん」
「セーラが制服忘れるからやで」
「学ランでええやん学ランで!」
「流石に非制服で開会式は無理やろ……」
……いや、聞き覚えがあるとかそういうレベルでなく。
昨日耳にしたばかりの声だった。
京太郎「……一期一会、とは言うが……」
光で透けてもほんの少しも茶色が見えない、鴉の濡羽色の綺麗な黒髪。
数百数千の人が集まるこのインターハイ会場においても目立つ、垢抜けた美少女。
一目見れば印象に残るし、一度話せば忘れない。京太郎もだから当然覚えている。
竜華「ん?」
竜華「あ、あー!」
「竜華うっさい」
「やかましい」
京太郎「ども、昨日ぶりですね」
合縁奇縁ここに極まれり。
友人の制服を取りに戻っていた竜華と迷子の咲を探しに出ていた京太郎がここで出会う確率は、まさに天文学的な確率と言っていい。
その天文学的な奇運を引き寄せたこの事象は、ある種運命だったのかもしれない。
京太郎「そちらは?」
竜華「うちの友達ー。うちが大将で、この子が先鋒、この子が中堅」
京太郎「こいつは清澄(うち)の大将です」
ただ、シチュの割には色気が無い。仲良好な知人以上・仲良好な友人未満だ、今の所。
知らない人を混ぜた会話に、後方の友人達を一時置いてけぼりにする辺りが似た者同士なのかもしれない。
時間的に厳しい以上、互いに会話を長引かせるつもりが無いというのもあるのだろうが。
竜華「ブロック反対やったなー、会えたら決勝やろか」
京太郎「俺が出るわけでもないですけどね……日付け被ってない日は、そっちにも応援に行きますよ」
竜華「おっ、おおきに!」
一言二言交わした後、竜華とその友人二人は先行して会場へと向かって行く。
竜華「んじゃ、また会えたらええなあ」
京太郎「二度ある事は三度あるそうですよ」
竜華「あはは、そら素敵やなあ」
以前、街角で出会った時。竜華は私服で、京太郎は制服であった。
だから特に意識をする事も無く、なんとなくで竜華の名前のみの自己紹介に京太郎は学校名を含めた自己紹介で返してしまっていた。
なんてことのない、一日限りの片方だけがもう片方の所属校の名前を知っていた関係。
今は互いに制服だった。故に、ここで認識は一方通行ではなくなった。
咲「知り合い?」
京太郎「知り合い。悪いな、待たせた」
咲「大丈夫、12ラウンドも待ってないし」
京太郎「何故ソードワールドで言い換えた。二分って言えよ」
先の三人。
清水谷竜華と、闘志に満ちていた中性的な少女と、気怠げで顔色の悪い少女。
制服に付けていた学年章から、三人全員が三年生であることが伺える。
そして、彼女らが着ていた制服に京太郎は見覚えがあった。
京太郎が制服フェチだとかそういう残念なカミングアウトがあるわけではない。彼の性癖は軽度の巨乳好きオンリーだ。
ただ単に、京太郎は進んで雑務を引き受けるタイプであったというだけの話。
部長として責任を持って、ただ一人有力な他校を研究し方策を練っていた竹井久。
初心者故に直接役には立てなかったが、資料整理や成績集計程度の雑務等で部活が終わってからも残る久を手伝った事が幾度かあったのだ。
その時、合間合間に息抜きとばかりに解説されたいくつかの要注意校の一つ。
――― ん、ありがとー。あの子達あんまり細かい対策を示しても上手く立ち回れる打ち手じゃないからね
――― ? この学校? ここも今年シードで来る四校の一校よ
――― レギュラー選抜に純粋な技量を重視して、小細工や特殊な打ち手・安定感の無い打ち手をあまり据えない強豪
――― 『強い選手五人』じゃなく『弱くない選手五人』で組む上に、レギュラークラスは全員並大抵じゃないわ
――― 野球で言えば全員強打強肩俊足に守備を始めとする全体的に高い技量とチームワーク? 例えるの難しいわね
――― んー……そう! ポケモンで言うシビルドンの耐性! ……なによ、その目は
――― 正直、まだ全員攻撃型で出てくるっていう王者白糸台の方が隙があるくらいよ
――― 弱点が無い、隙が無いっていうのはね。運勝負でも『格下には絶対に負けない』って事なのよ
――― 私達はとーぜん、格下。分かる?
――― で、この是非とも当たりたくない高校の名前が……
京太郎「……『千里山女子』」
京太郎「白糸台に次ぐ全国ランキングNO.2の優勝候補……か」
想定していた難敵との想定外の出会いに、京太郎は戦慄と奇縁を感じざるを得なかった。
咲「それはそれとして!」
咲「京ちゃん、私そろそろ大至急お花を摘みに行きたいな……! 咲だけに……!」
京太郎「……しまらねえなあ」
直接試合すんのお前なんだぞ、と呆れた目でツッコミを入れつつ、友人をトイレの場所へと案内しながら。
京太郎「待たせたな」
優希「ヒューッ!」
和「サイコガンでも付けるんですか?」
京太郎「嫌だよ! お前のジョークはなんか真顔で言うし分かりづらいから怖いんだよ!」
和「むぅ」
咲「お、遅れましたー……」
まこ「課長出勤もええとこじゃのう、かかか」
結論、間に合いました。
とは言ってももう開会式開始までカップラーメン生麺タイプを作るだけの時間もないほどのギリギリ。
ウルトラマンのカラータイマーが赤くなるだけの時間すら無いほどだ。
京太郎が途中で竜華に声をかけなければ、あるいはトイレを済ませた後咲が二度転ばなければもうちょい余裕があったかもしれないが。
久「よくやったわ須賀くん。これで清澄が優勝したらMVPは貴方よ!」
京太郎「何言ってんですか部長!?」
まこ「(クール気取って内心一番テンパってたんじゃろうなぁ)」
部員五人が一列に並び、会場へと入場していく。
それを見届けてようやく、京太郎は脱力と安堵をこれでもかと示すかのように、大きく息を吐き出した。
京太郎「……ただ応援に来ただけの気楽な部員とは、なんだったのか」
京太郎「んじゃ、俺は観客席回るかね」
男須賀京太郎、知られざる奮闘であった。
後はもう、この日に語るべきエピソードは無い。
何事も無く、今日という日も終わる。
日は傾き、沈み、やがて8月4日が終わりを告げ、インターハイ初日である8月5日に―――
「ただ生ぬるいだけの茶番は、さぞ楽しかっただろう」
「しかし見ているだけの身としては、いささか飽きる」
平穏は終わりを告げる。
平然は彼方へ消える。
平常は霞と散り消える。
平素は夢幻と化す。
平安の世界は奪われる。
平野は灰と燃え尽きる。
平凡は其を許されず。
平方の卓は役を終え。
平時の笑顔は壊される。
平和は、蹂躙される。
笑顔の時間はもうおしまい。
流血と殺戮と嘲笑の時間―――夜が、降りてくる。
京太郎「夜になっても冷えねえなあ」
京太郎「まるで、大会に出てる奴らの熱気がこもってるみたいだ」
長野に比べると、東京の夜は冷えにくい。
熱を溜め込みやすいコンクリートジャングルは、昼に溜め込んだ熱を夜間に放出し冷却を妨げるのだ。
特に夏は、夜に窓を開けても涼めるとは限らない。
コンビニに向かって単身歩き出そうとする京太郎は、扇風機も冷房も無い外の熱気に早くも気力を萎えさせる。
冬の七不思議・冬のコタツ魔物化現象に近い。
蝶野「おい」
京太郎「あ、先生。飲み物買い出し行って来ます」
蝶野「暑いからって女子に差し入れか? マメだな、お前も」
京太郎「試合前にこの暑さにやられちゃたまりませんしねー」
と、入口を出た所でバッタリと蝶野に出会う。どうやらタバコを吸っていたらしい。
喫煙所ではなくここで吸っている辺り、誰がどう見ても生徒の目の出入りを見張っていたというのは一目瞭然だ。
生徒が上がったテンションのままに夜間外出等の問題を起こさないようにとの気遣いなのだろうが、恐ろしく分かりづらい気遣いである。
京太郎も気づいていて言及するなんて藪蛇はしない。
そういうのに礼を言ったりすると、露骨に嫌な顔をして舌打ちしつつどっか行ってしまうという事を経験上知っているからだ。
京太郎「(面倒くさい人だ)」
蝶野「おい」
京太郎「はい、なんでしょう。酒買ってこいとかは拒否しますよ」
蝶野「誰が未成年にそんな事頼むか……お前がいつも持ち歩いてるあのお守り、ちゃんと持ち歩いてるか?」
京太郎「え? あ、はい。ポケットに入れてますけど」
ポケットの上から触り、京太郎は『それ』を持ち歩いている事を確認する。
右ポケットに携帯。左ポケットにそのお守り。尻のポケットに財布。
これが平時における須賀京太郎標準スタイルだ。
蝶野「そうか、ならいい……門限は守れよ」
京太郎「了解っす。じゃ、いってきまーす」
そのお守りの袋自体はなんでもないものだ。
昔々、須賀京太郎が五代雄介に貰った物を巾着袋に入れただけのもの。
中身そのものは物騒だが、雄介が常に持ち歩くようにと京太郎に言い付けたため、少年はここ数年ずっと持ち歩いている。
これがあれば暴漢相手位ならなんとかなるかな?程度の楽観もあった。
〈 東京都 渋谷区 ローソン 〉
〈 08:40 p.m. 〉
京太郎「……ん? 俺あのお守りの中身がどういうものかとか先生に教えたことあったっけ」
京太郎「つか見せた覚えもないが……まあいいか。又聞きとかだろうし」
京太郎「ぬ、雪見だいふくクッキークリーム!? やべえ食いてえ買ってこう」
コンビニの中で財布の中身と相談しながら頭を捻りつつ、2リットルペットボトルを二本、雪見だいふくを六個。
コンビニから宿泊所までそこそこ距離はあるが、それでも軽々と買い物袋を持ち上げる京太郎には苦にもなっていないように見える。
流石の体力と言うべきだろうか。
京太郎「アイスとペットボトル差し入れて、後はまあ皆の調子とか聞いとくか」
京太郎「空は晴天。都会は空が汚いとか言うが十分星も見えてるな」
京太郎「雲の上には、いつだって青空が……ってか」
今は曇り空でも、いつか必ず晴れる。雲の上にはいつだって青空が広がっている―――とは、誰の言だったか。
さりとて、今空を見上げる京太郎の視線の先には闇色の天井が広がるのみ。
雲の上には、時間次第で青空もあれば暗闇だってあるだろう……と、言い出せなかった昔日の日々を思い出す。
その前向きな言葉を兄と慕う人物から聞いた時、反論しなかった自身の心境を思い出し、ノスタルジーに浸っているのだ。
そんな思い出に浸りつつ歩く京太郎を、通りすがった誰かが呼び止めていた。
冴「よっ」
京太郎「冴さん?」
冴「お前らやっぱ少年センター泊まりか? 白糸台も割とこっから近いとこに泊まってんだよ」
京太郎「へぇー……お察しの通り、俺らはあの修学旅行じゃなくて宿泊学習で使われそうなあそこに泊まってますよ」
冴「ここらへん何故かコンビニ少ないからここが最寄りなんだよなぁ」
今の京太郎の格好はジャージ。冴の格好もジャージ。
誰か見ても丸分かりな夜間コンビニへレッツゴーの光景。
強いて違いを挙げるなら、手元の袋の中身だろうか。
京太郎「チェルシーにブラックサンダーに板チョコ……甘いものが好きなんですか?」
冴「いや、別に好きじゃねえけど」
京太郎「(……好きなのは宮永さんか。色んな意味で)」
宮永照は甘いものが好きである。甘いもの『が』好きである。
大事なことなので以下略。
冴「途中まで一緒に帰るか?」
京太郎「是非」
冴「しかし男二人ってのはむさ苦しいな」
京太郎「潤いが欲しいですけど女の子を夜間にうろつかせるのは気が引けますしね」
冴「しかしむさ苦しいの『むさ』ってなんなんだろうな」
京太郎「語源は『むさぼる』らしいですよ」
京太郎「そっから転じて、むさぼる人間は『見苦しい』っていう意味が苦しいにくっついて、んで『むさ苦しい』になったんだとか」
冴「へぇー、70へぇぐらいはありそうだ」
京太郎「パワポケじゃない方のメロンパン脳味噌は遠いなぁ……」
帰る方向が同じと聞き、二つ返事で了承する。
互いにむさ苦しいなと思うのはまあ年頃の青少年らしいとして、それを口にするのに全く遠慮が無いのは男同士らしいとも言える。
何の益体もなくだらだらと語り、ぐだぐだと相槌を打ち、ふむふむと聞く。
気安い相手と語る雑談を楽しみながら、二人は夜の道を突き進んで行く。
それは至極真っ当な、気の合う友人同士の友情を示す青春の光景だった。
冴「――ってな。最近その弘世って奴の視線がやけに憐れまれてるように見えるんだ」
京太郎「なんかもう泣けてきたんですが」
冴「? まあなんつーか、男子部長と女子部長にはそれぞれの苦労ってやつがあるわけで」
冴「弘世もようやく俺を生ゴミを見るような眼で見なくなってくれたって事よ」
京太郎「そらオープンオタでアニオタで鉄オタでミリオタって普通救いようがねえと思いますよ。女子視点なら尚更」
京太郎「部内でそっちの道に多数引き込んでるなら特に……ってかよく部長になれましたね」
冴「部活の部長ってのは実力もそうだが大体人望第一だからな! 何故かほとんどの奴から熱狂的な支持を受けた!」
京太郎「ダメだ白糸台! もうホワイト台とかにでも改名しろよ!」
その日常が、ひどく脆い土台の上に立っていたとも気づかずに。
その土台が、既に崩れ去っているとも気づかずに。
その平和が、もうとうの昔に終わりを告げているのだと気づかずに。
それを前提とするのなら、この会話は微笑ましいものではなく、ただの滑稽な愚か者の一幕となってしまうだろう。
誰かが愚かだと、愚鈍だと、その鈍さが命取りなのだと、笑った事に違いはないのだから。
開幕は、二人の楽しい会話に割り込んできた、ひどく底冷えのする鋭い声。
「リヅベダ」
「……?」
「なんだ、あの人? 京太郎の知り合いか?」
「神父の知り合いとか一人も居ませんよ」
「(昼間、薔薇のタトゥーの女と一緒に居た男……?)」
神父。
そこには、どこか見覚えのある神父が居た。
京太郎が記憶を掘り返せば、その記憶は意外と浅い層に存在した。
昨日薔薇のタトゥーの女とハリネズミのような若者と一緒に居た、コウモリを思わせる男。
黒のカソックが闇に溶け、今にも闇と一体化してしまそうな印象を受ける。
「(なんだ、これ)」
「(身体が……特に腰の前辺りが、熱い)」
……いや、到底そんな控え目な表現をしていい存在には見えやしない。
闇と見分けがつかないほどの、にじみ出るその悪性。
夜が似合う、その化生じみた不気味な存在感。
闇夜から生まれ出た悪鬼羅刹の類……少なくとも、絶対に人間には見えない。
人の形をしているのに、この男と比べたら泥人形の方がまだ人間らしいと言えるだろう。
外観のカタチが存在感とマッチしていない。吐き気がするほど不揃いだ。
その存在から感じ取れる異端の雰囲気を、京太郎はよく知っている。
「(コイツ、まさか)」
吐瀉物のようにただ不快で。
血塗れの刃のように凶暴で。
新月の闇夜のように暗黒で。
例えるのなら、赤ずきんを喰わんとするオオカミ。
人にもどき、人に混じり、人に牙を剥く悪性の畜生。
人に似ているだけのどうしようもない人型のバケモノであるその雰囲気を、知っている。
「ゲゲル・グダダド」
神父の肉体が、人ならぬ声を皮切りに隆起する。
カソックはその内側からの圧力に耐え切れず、弾け飛ぶように裂ける。
しかしその服の下から現れたのは肌色の肉体ではなく、赤銅の魔体。
うっすらと毛が生えたその身体に、翼が。爪が。牙が、生え揃っていく。
その耳が手のひらより大きくなり、頭頂部へと移動する。
瞼も無い白も無い純黒の瞳が菱型に変性すれば、銅色のベルトと並んでぎらりと光る。
腕を広げれば、腕と脇の間の翼膜が広がる。
大きな耳は小さな音も聞き逃さぬために、純黒の目は闇夜でも獲物を逃さぬために。
その牙は、獲物に食らいつくがための獣の刃。
それは、『コウモリ』。それ以外の形容のしようはなかった。
丸太のような太い腕。金属色の硬質な皮膚。爪牙耳瞳翼と人外の証。
人とコウモリを混ぜあわせたような怪物―――『ズ・ゴオマ・グ』が、彼らの前に立ち塞がっていた。
「み……」
コウモリの怪人が、翼を広げ飛び上がる。
幸か不幸かその異形についての詳細を知っていた冴が、恐慌に腰を抜かしながら叫ぶ。
「み、未確認生命体……!? 三号!?」
かつて数多くの人間の生き血を啜り、赤き血潮と命を共に奪った現代の吸血鬼。
この世界においてクウガと戦い、同族の中でも五指に入る強者と戦い、それでもなお八ヶ月の間生き延びた生存強者。
「ありえねえ! 未確認生命体は四号が全滅させたはずだ!」
十年前、戦士クウガの手によって全滅させられた未確認生命体/グロンギの一人。
「ましてや蝙蝠の未確認生命体……三号は、もう『死んでる』んだぞ!?」
そして十年前に既に死亡が確認され、対未確認生命体兵器開発のために解剖された、そんな居るはずのない怪物だった。
「ボソギデジャス」
「ギラン・ビガラゴ・ドビゴ・センデ・ビゼザバギ」
「ブヂシ・ボソギデジャス」
冴からすれば全く意味の分からない、音の羅列にしか聞こえない言語。
京太郎からすれば何故か意味が分かってしまう、憎悪に満ちた殺人宣言。
そうして蝙蝠の化生は翼をはためかせ、牙を剥く。
その叫声はあらゆるものに終わりを告げる。
まずは彼の日常に。次に命に。最後に、須賀京太郎の生きてきたこの世界の平穏に。
そして―――その叫びを言葉にして、叩きつけるのだ。
ズ・ゴオマ・グが、その名を呼んで殺したいほどの憎悪を向けるその敵に。
「ダグバアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
二律背反。
自分だけをまっすぐに見つめ叫ぶバケモノは、京太郎の思考と感情を真っ二つに割っていた。
飛来する怪物の巨体は、恐るべきスピードで京太郎と冴の元へと迫ってくる。
「(怖い……憎い……怖い……憎い……)」
「こいつが、このバケモノが……」
「グロンギ……!!」
目の前で両親を殺し、自分の根底に恐怖を叩き込んだ未確認生命体。
目の前で両親を殺し、自分の柱芯に憎悪をねじ込んだ未確認生命体。
歯の根が合わない。
殺してやりたい。
逃げ出したい。
殺してやりたい。
足が震えて、立っているのも奇跡だ。
殺してやりたい。
怖い。
憎い。
足が動かない? それは当然だ。
足を前に進める憎悪と、足を後ろに退かせる恐怖が釣り合うのなら――足は、前にも後にも進まない。
「……おい!」
ならば。
京太郎の足は、憎悪と恐怖と全くの関わりのない感情。
良心と性情のみを原動機として動き出す。
「こっちだコウモリ野郎!」
「(せめて……何するにしても、榎田さんと引き離さねえと!)」
よくある性格判断の一つに、『追い詰められた時の行動に、その人間の本質が出る』というものがある。
恐怖そのものである象徴に、憎悪の全てを向ける対象に、今のこの瞬間背後に居る友人の命を害するかもしれない脅威。
それら全てが同一の存在でありながら、その存在へと取った行動が自分を囮にしての逃走であった時点で、彼の性質は目に見える。
追い詰められたその時に、友のために踏み出したその一歩の価値を。
蝙蝠の怪人は嘲笑いながら、少年を追って飛翔した。
後に残されるのは、腰を抜かして転倒したままの榎田冴と、放り出され中身のぶちまけられた二つのコンビニ袋。
「きょ……きょ、京太郎……?」
「あの、馬鹿野郎……! クソ、何でこんな時に限ってケータイ置いてきちまったんだ俺は!」
京太郎が声を上げながら逃げた理由。
未確認生命体第三号がその京太郎を追っていった現状。
助けられた、という結論。
母親譲りの優れた頭脳、常時学年トップを譲らない知性は全てを瞬時に理解する。
「動け、動けよ足、ビビってる場合じゃねえだろ!」
「クソッ、クソッ、チクショウ……!!」
けれど、理解していても……否、理解しているからこそ立てないという事もある。
榎田冴は、十年前未確認生命体に勝利した警察の伝説の対策班の一人。
未確認生命体をひたすら研究し、ライフルの弾ですら倒せない怪物をついに殺害可能な兵器を作るに至った天才・榎田光の息子なのだ。
彼は寝物語や暇潰しの談義のネタに、子供の頃から母による未確認生命体の解説を聞かされている。
そして、そこに自己流のミリオタ知識も加わった結果。
榎田冴は、『未確認生命体がどれほど恐ろしいか』という事を十全に理解している。
「なんでだ……お前ら、全滅したんじゃないのかよ……!」
なんの装備も道具もなく、一国の軍隊を導入しなければ太刀打ちすら出来ない生命体。
化学兵器・対生物兵器・新兵器。既存のそれらを無力化し、それらが通用したとしてもあっという間に適応される。
人間は知恵というものを成長させて、猿から人へと進化した。
それをあざ笑うかのように対照的に肉体を進化させ続け、殺人の禁忌という人の倫理の尊さまでもを辱める。
たとえ通報し今近隣の警察官を呼んでありったけの銃弾を叩き込んだとしても、焼け石に水滴を落とすようなものだろう。
「……また、あの時代が、来るのか……?」
全身を巡る、倦怠に似た感覚をもたらす絶望と恐怖に、榎田冴は立つ事もできない。
それは恥ずべき事ではない。それが当たり前の事なのだ。
十年前に終わったあの悪夢のような時代を覚えているものなら、絶望に心折られて当然の現実。
それでもなお、冴は友の為に勇気を振り絞って立つ事の出来ない自分を恥じていた。
走り去り遠ざかる友の背中に向けて手を伸ばす事しか出来ない自分を、恥じていた。
ズ・ゴオマ・グ―――通称、未確認生命体第三号。
コウモリ怪人。
その腕と胴体の間に大きな翼膜を持ち、軽度の力場とその翼による揚力で飛行する。
一度の飛行可能距離は、多少無理をすれば中継地点での休憩無しで長野―東京間150km以上という途方も無い距離すら超える。
そして、何より『飛行速度』。
滑空飛行に近い飛行形態も関わらず……その飛行速度は、『最大時速120km』という常識外れの領域にあるのだ。
「いいっ!?」
逃げる途中、体勢も受け身も考えず京太郎は横に跳ぶ。
次の瞬間、ギャリンッ! と日常生活ではまず耳にしないであろう金属音。
京太郎の回避で目測を外した爪の一閃が、金属製の街灯を真っ二つに切り裂いたのだ。
あまりにも鋭すぎる爪。その爪を振るうデタラメな膂力。攻撃の軌道すら視認できない速度。
ただの少年を殺害するにはあまりにも過分すぎる、その威力。
倒れてきた街灯が頭に当たればそれだけで死に至るであろう少年に対して振るわれるそれは、まるでアリに対して放たれる大砲だ。
不釣り合いなまでに格の違う攻撃は、絶望と理不尽をもって少年を否応無しに恐怖の渦へと叩きこむ。
「ヅザラザバ・ダグバ」
「ガノザノ・リブザ・ギデギダ・ズ・ンゴセビ・ギダヅサセ・スビヅン・パゾグダ?」
「日本語話せよクソッタレ!」
博多弁、あるいは佐賀弁のごとく意味が分からない……と、一地方言の話は置いておいて。
その言語は何度か聞いた、現存文化に存在するほとんどの言語体系と対応していない異形の言語。
この怪物は見かけだけでなく、口より発する言の葉ですら異形のようだ。
未確認生命体である以上、意思疎通も命乞いも不可能。
京太郎の走行速度は短距離を全力で走っても時速換算で30km/hにも届かない。よって、逃走も不可能。
撃退? それこそ不可能だ。
つまり、絶望的な事に―――ほぼ確実に、須賀京太郎はここで死ぬ。
かのコウモリの爪に、牙に、その悪意に無残に命を散らされて。
「(……死ぬ?)」
そして。
「(俺『も』……こんなバケモノに殺されて?)」
迫る『死』を意識した瞬間、少年の心臓が跳ねるように脈動する。
その脈動に呼応するように、少年の腰の辺りが熱を持った。
転んだまま立ち上がれず、地面を後ずさりする京太郎に、いたぶろうとしているのかじわりじわりとゴオマは飛ばず歩み寄る。
そんな絶体絶命の京太郎の心中に、一つの意思が浮かび上がっては消えて行く。
まるでそれは、古びて使い物にならない銃のようで。
錆つき、腐食し、脆くなりすぎて振るう事すらおぼつかない。発砲なんてもっての外だ。
火薬は湿り、弾丸は詰まり、砲身は今にも折れそうで。
在りし日の輝きは何処へ行ってしまったのか。
遠い昔にヒビを入れられた日に、その銃は時間を止めてしまっている。
そんな―――銃のような意志。
使われずにただいたずらに時間が過ぎていくだけならば、錆びついていくのは当然で。
誰にもその違和を悟られずに今日まで生きて来れた事自体が、あまりにも不自然なほどで。
その銃の名を、少年はどうやっても思い出せないでいる。
その銃の名を、思い出さなければならないというのに。
その銃の名を、意識してこの外敵に向ける事を頑なに拒んでいる。
銃口をこの悪夢へと向けなければ、この自分に向けられた獣(じゅう)に殺されてしまうのは自分だと分かっているにも関わらず。
撃鉄が軋む、音がした。
「(嫌だ)」
自分『も』、死ぬ。
「(嫌だ)」
あの爪で、牙で、腕で、拳で、蹴りで、殺される。
「(嫌だ)」
両親と同じように。両親が『あの時』、命がけで守ってくれた命が奪われてしまう。
「(嫌だ)」
二人の死が無駄になる。二人が命がけで守ってくれた物が失われてしまう。二人が生きたたった一つの証が消えてしまう。
「(嫌だ)」
その死から意味が奪われる。意味もなく殺され、死後にその意味が奪われ、生きていた意味ですら陵辱されてしまう。
「(嫌だ)」
お前らは、また奪うのか。命も奪って、幸せも奪って、笑顔も奪って、まだ……まだ、足りないって言うのか。
「(嫌だ)」
もう嫌だ。やめてくれ。許してくれ。関わらないでくれ。姿を見せないでくれ。傷つけないでくれ。殺さないでくれ。
俺達が何したって言うんだ。お前らに、お前らに、何の権利があって―――
「(俺は、俺は、俺は)」
―――誰かが笑顔で居られる世界を、壊すんだ?
「死にたく、ない―――!!!」
だからこそ。
銃口に火蓋は切られない。
火薬に火は付けられない。
銃火は敵に向けられない。
しかし、それでも否応無しの理不尽からは逃げられない。
その『銃』から目を背けても、死が迫る現実からまでは目を逸らすことができないからだ。
だからこそ。
彼を掻き立てるのは、意思ではなく今の彼の心中を埋め尽くすほどに膨れ上がった感情の渦。
すなわち、『死の恐怖』であった。
「死にたく、ない」
引き金を引く、それが最後のキーワード。
生きとし生けるもの全てが等しく保有する、原初の感情。
純然たる生命の咆哮だった。
生命が変わる。その一瞬で、生命そのものが変貌を遂げる。
全身に走るビリっとした僅かな痛み。神経系を伝ってエネルギーが全身に行き渡る。
ワンテンポ遅れ、筋肉・骨・神経・皮膚・内臓その他、全身の細胞一つ一つに至るまで全てが変化を遂げていく。
強靭な肉体。頑丈な骨格。野生生物を凌駕する感覚。
『戦士に必要とされる要素』が、この一瞬で余すこと無くただの少年に過ぎない京太郎へと備わっていく。
そして極めつけは、未確認生命体と同じく人間以外の生物を思わせる異形の形。
京太郎「あ、かッ―――」
全身が一瞬、筋肉痛に似たぼんやりとした痛みとぼやける感覚を浮かび上がらせる。
そののち、鋭敏になる感覚。膨れ上がる力。慣れ親しんだ体の感覚からすれば違和感しか無い身体の認識。
『変わった』。
自分の体が自分のものでないような違和感。それでいて、これまでの自分の肉体が偽物だったかのように適合する身体。
昆虫が羽化した後の己の肉体に感じるかのような戸惑いは、普通の人間が一生知ることがなくて当然のもの。
京太郎「―――あッ!?」
短くも存在感を放つ金の二本角。
未成熟さを感じさせる白き外骨格。
瞼無き赤き眼は人ならざる硬質の瞳であり、その全身は甲殻を持つ甲虫を思わせる。
「あ、ア!? ぁ、つっ……?」
……その姿。
この姿が人間に見えるのであれば、精神科か視科へ行く事をオススメしよう。
短いといえ二本角。光沢を放つ硬質の甲殻。鎧とハサミ、武防を体現した強者の証。
一言で形容するならば、その姿はまるで人型のクワガタムシのようだった。
森の王者の一人、堅き鎧を纏うクワガタが未だ完成を迎えていないサナギの時の姿のようだった。
強者たるために必要な物を何一つとして備えていない、情けない空っぽの雄のようだった。
その色は黒でもなく、色付きですら無く、一目見れば失望すら湧いてくる『純白』だったのだから。
よくある空想議論ではあるが、同サイズのスケールで戦えばクワガタにコウモリが勝てるわけがない。
硬さに、強靭さに、そして何より純然たる強さに差がありすぎる。
……このクワガタの力を持つ戦士が、本当の意味で『変身』できていればの話ではあるが。
「え、あ……?」
「なんだ、これ……?」
精神的な意味で、肉体的な意味で、完成していればの話。
1分前まで名の変哲もない少年でしかなかった京太郎が、この一瞬で戦士として『変身』できるわけもなく。
加えて言えば、彼には未熟さ以上の精神的な問題がある。
その目線が変わり果てた自分の両手、身体、そして目の前のコウモリのグロンギの間を行き来する。
見比べるように。認めたくない現実が、目をそらすことで変わってくれる事を祈るように。
「こんな、まるで、俺」
「お前らと、同じ……未確認生命体と同じ……」
「……ばけ、もの……」
『異形への憎悪』。クウガにすら僅かながら向けられるそれが、京太郎の混乱に拍車をかける。
その混乱が収まるまで、目の前のゴオマが漫画の敵キャラのように待つわけもなく。
飛び上がり飛行の勢いそのままに、身体を捻ったミドルキック。
吸い込まれるように少年の脇上部に蹴りこまれたそれは、装甲の上から肋骨にミキリという鈍い音を響かせる。
「ぎっ!?」
「い……い、だ……いだい……」
「いっ、てぇぇぇ……!!」
綺麗に決まった蹴りの衝撃に京太郎は転がされ、その勢いのまま電柱へと叩きつけられる。
「がひゅっ」
ゴオマの雰囲気には先ほどまでの激情に加え、明らかな侮蔑と失望と軽視の色が浮かんでいる。
「ガパセザバ・ダグバ」
「ギラ・ボビガラパ・リント・ンビグサゴ・ドス・クウガ」
「ンバゾ・ダラギ・ギビビザ・リヅベ・デギベ・ズ・ゴオマ・グ!」
ゴオマの五指は、硬質化した白い爪で覆われている。
石ならば突き刺さる、人体ならば引き裂くことも容易な爪だ。
それは複数本のナイフを振るうに等しい凶器であり、脅威である。
その爪が、キックの衝撃からなんとか立ち上がった京太郎に振るわれる。
京太郎「ぐ、ぎゃあああああああっ!?」
戦士の白い装甲に爪が突き刺さり、血が噴出する。
白い爪も白い装甲も、その吹き出した血で白とは言い難いほどの真紅に染まっていく。
「ギ・ダリゼ・ジレギゾ・ガゲボソ・ゲラパスバ」
「ジャザシビ・ガラパ・ゼザパギ・ゲンギ」
京太郎「うっ、ああっ、痛ぇ、痛ぇよ……」
少年は情けなくも、一撃で与えられた致命傷でもない痛みに悶え苦しむだけだ。
日常の中に欠片も存在しなかった激痛に膝を折られ、立つ事すらままならない。
そんな白い戦士に明らかな侮蔑の視線を向け、ゴオマはその傷口を蹴り上げる。
京太郎「ぎゃっ」
痛みで一瞬意識が飛び、悲鳴が切れ切れとなる。
仮面に覆われた素顔は、痛みと恐怖で涙に濡れていることだろう。
そんな京太郎に容赦なく、ゴオマは今度は少年の左腕に深々と爪を刺し、再度胴体を蹴り飛ばす。
そして、嗤う。
京太郎「あぐっ、がっ、やめろ、やめてくれ……! 痛い、痛い……」
四肢を一つづつ潰しつつ、ゆっくり、ゆっくりと……死の恐怖を噛み締めさせながら殺すつもりなのだろう。
急所である胴体を傷めつけづつ、まずは左腕。次に右腕。左足。右足。そして胴体を潰した後、首を持ち帰る。
その過程を他者の苦しみと恐怖と、踏みにじる尊厳の味で彩ろうというのだ。
事実、ゴオマの表情からは隠しきれない愉悦が滲んで見えた。
これがグロンギ。これこそが未確認生命体。
これが悪。これこそが悪夢。
十年前、人類の誰もが共存の道を選ぼうとしなかった人の形をした人外。
人が尊ぶべき倫理と常識、人道を踏みにじる外道。
誰もが手を取り合うことを『不可能』と断じた、悪性の怪物。
誰かが幸せになることを自然と祝福できる。
誰かの不幸を自然と悲しみ慈しむことが出来る。
誰かの笑顔を心から願うことが出来る。
そんな人ならば当たり前の事すらできない、畜生の中の畜生。
最悪の災厄だ。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
痛みに転げまわる内、少年の脳裏をそれだけが埋め尽くしていた。
「(殺される)」
痛い。身体の何処かが痛むたびに血が流れ出てる気がする。
その度に身体の中から暖かい『何か大切なもの』が流れ出て行って、『何か嫌なもの』が近付いて来る。
穴を空けられた場所だけじゃない。
蹴り飛ばされた箇所、殴り飛ばされた箇所、吹き飛んで電柱にぶつけた場所。
……打ち付けた場所全部、死にそうなぐらいぐらい痛い。
骨が軋んでる。皮膚なんか擦れすぎてヒリヒリを通り過ぎて空気に触れてるのも苦痛だ。
この痛みを止められるのなら、危なそうなクスリでも手元にあったら飲んじまいそうなくらいに。
この地獄から抜け出せるのなら、どんな代価を払ってでも悪魔と契約してしまいそうなぐらいに。
爪を全部剥がされて、熱湯と冷水交互に何度もぶっかけられて、おまけに電流流されたような……そんな全身の痛み。
純粋な殺す過程じゃ絶対に発生しない痛み。
明らかに、痛みを与える目的で痛めつけなければ発生しない痛み。
だから、分かる。
……与えられるだけの痛みを全て、与え終えたら、この怪人は。
『俺を、殺す』。
「(このままだと……殺される……)」
痛みに思考の大半が潰される中で、少年の中のほんの少しだけ残った理性がその結論を導き出す。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
殺される。
結局の所、どんなに思考を巡らせた所で、この理不尽の原因を探った所で。
「俺が何をしたって言うんだ」と心の中で叫んだ所で。
彼が無残に殺されるという、規定の未来へ続くレールは揺らがない。
京太郎「ぎっ!? がっ、がっ、ああああああッ!?」
ゴオマ「……ラズギバ」
ゴオマが京太郎の左腕に牙を突き立て、血を啜る。
おぞましい感覚とともに、彼の中から赤い命の水が吸い出されていく。
それと同時に、冷たくなっていく身体。
冷えていく体温、失われていく熱、近付いて来る死が、少年に鮮明な『その結末』を意識させる。
ゴオマ「ボソギダ・ドバセ・ダロ・ザジャゴ・セグガバ・ゾサセスボ・ドロバギゾ・ダグバ!」
京太郎「がっ!? ぎゃ、あ、じっ!? あぐぅぁっ!!!!」
ゴオマ「ゴセパ・ダボギギ・ゾビガラ・パゾグザ?」
そして牙を立てた肉の一部を、ブチブチブチリと食い千切る。
……まるで、人が柔らかい骨付き肉を食べる時そうするように。
食いちぎられた腕の肉からは顕になった筋肉と、その奥の白い骨がうっすらと見える。
ゴオマは迷いなく躊躇いなく、地面を転がる京太郎に容赦なく、その隙間につま先を蹴りこむように突っ込んだ。
京太郎「ああああああああっ!? い、づあああああああああああ!!!!」
ゴオマ「ジレギグ・ダシンバ」
肉と肉の隙間に突き込んだ足先をぐりぐりと動かし、途方も無い激痛を産む。
肉を裂くように動かし、肉をすり潰すように回し、足先に筋繊維を引っ掛けて強引に引く。
そうやって『遊んでいる』。 悲鳴が、苦痛が、何よりも楽しいとでも言うように。
麻酔無しの手術、死なせない為の加減無しの拷問。それらを越える激痛・恐怖・危険性。
痛苦を与えるだけの行為が、生命をあわや奪わんとしている。
京太郎「ひっ、ひっ、ひぃっ」
切れる息。痛みに動きを止めた肺。恐怖に引き攣る喉が奇妙な音を奏でる。
早鐘を打つ心臓だけが元気なままで、それすら少年の生命の源を体外へ吐き出す手助けにしかなっていない。
『死』が、そこまで迫っている。
「ガグガビ・ガビデ・ビダバ」
これは『ゲーム』の一環だ。
故に『プレイヤー』が飽きれば終わる。
プレイヤーはこの怪人であり、少年はゲームの中で屠殺される家畜や雑魚と変わりない。
「ギベ」
だからか、その『死ね』という死刑宣告を、少年はどこか他人事のように聞いていた。
「……い」
ズ・ゴオマ・グはグロンギの中でも最下級に近い末席に名を連ねている。
最低限、戦いを生業(なりわい)として生きていることを認められている程度の階級。
その位置に満足しているのならいい。
だが彼の美点であり欠点でもある一点が、その邪魔をする。
この怪人はグロンギの中でも頭一つ抜けて大きく、実力不相応な『野心』を持っているのだ。
大きな野心。小さな力。上昇志向。身の程知らず。周囲の視線。弱い自分。強い他人。蔑まれる自分。
ならば当然、そこから生まれるのは途方も無い『劣等感』だ。
殺意にも似た「今に見ていろ」という不撓不屈の精神だ。
その劣等感は今、とある事情から殺意と敵意に形を変えて京太郎に向けられている。
ゴオマからすれば、自身のコンプレックスにかけてこの少年は必ず殺さねばならない。
親の仇に京太郎が向ける憎悪に匹敵する劣等感を、ゴオマは京太郎に対して抱いているのだ。
「バビバギ・ダダバ?」
だからこそ、京太郎の遺言か・泣き言か・命乞いか。
その最後の言葉を聞き、その上でトドメを刺さんとしている。
怨敵の情けない言の葉を耳にして、その優越感を更に満たさんとするために
……改めて言うまでもない。これは単なる油断だ。
最大の劣等感の対象を傷めつけた事による達成感と優越感。
勝利を確信したが故の余裕と満足、ついでに慢心。
ゲームのプレイヤーが雑魚モンスターを蹴散らしている時と変わらない、安全と絶対的優勢を疑いもしない愚考。
だから弱いのだ。だから上に上がれなかったのだ。
才能とか努力とか素質とかそれ以前の問題で、ズ・ゴオマ・グは戦う者として足りない物が多すぎる。
「……ない」
「バンザ?」
知慧を持たぬ獅子ですら、ウサギという弱者を狩る時に欠片の油断も持たないというのに。
『手負いの獣』というものを理解していないこの愚か者は、それ相応の報いを受ける。
窮鼠ですら猫を噛むというのに。
時に追い詰めた獲物がスイッチを切り替えるように『変わる』という事を、ゴオマはいまだ知り得ないでいた。
「死にたくない」
跳ね上がるようにネックスプリングで起き上がり、至近距離のゴオマの顔へと手を伸ばす。
その伸ばした右手の親指が、深く深くゴオマの左目を抉っていた。
「―――――ッ!!?」
この時点で、少年には相手の目を抉った自覚はない。
それどころか指先で何か柔らかい物を突き潰した感触すら感じていないだろう。
それほどまでに彼は必死だった。
そう、『必死』だったのだ。
「死にたくない」
殺そうという気持ちの究極が『必殺』であるのなら、死にたくないという気持ちの究極こそが『必死』なのだ。
……反転、する。
『必死』が、『必殺』へ。
声すら出せず悶絶し、痛みに悶えるゴオマの喉に向け、右拳を叩き込む。
潰されかけたゴオマの喉から新たに生まれる、ひどく濁った苦悶の声。
「ゲッ、ガッ……!?」
「死にたくない、だから」
『火事場のクソ力』、という概念がある。
「人間は自身の肉体のスペックを常に三割程度にしか使っていない」という理屈で補強される概念だ。
要するに追い詰められた人間・必死になった人間が、信じられないほどの力を発揮するという現象の事。
普段の力が三割であるのなら、この力を発揮した人間の腕力は平常時の三倍以上であると言えるだろう。
理論上、この拳による一撃は強化された京太郎の肉体が普段発揮するスペックの三倍の破壊力を放っていた。
……が、それがノーリスクであるなどという旨い話があるわけがない。
プロボクサーに故障が付き物と言うように、体を鍛えた格闘家であっても、人間は三割の力ですら自壊する。
人の体は脆いのだ。人は三割の力しか出さないのでなく、出せないというのが本来は正しい。
骨は折れるし、肉は潰れる。筋も裂けるし、血管や神経は豆腐よりもなお打たれ弱い。
喉という人体でも屈指の柔らかさを持つ部位を殴ったにも関わらず、少年はその右手を痛めていた。
それは単に拳の握りが甘かったというだけの話。
緩やかにしか握っていなかった指の骨が、渾身の一撃に耐えられず折れていた。
喧嘩慣れもしていない少年らしい、あまりに素人じみた失態。
しかし激痛が走る自身の右手による悲鳴ですら、少年には届かない。
アドレナリンが過剰に分泌されている少年の脳は、独裁者のごとく右手の悲鳴を無視したままに酷使する。
左目と喉を痛々しげに押さえるゴオマの喉元に、喉を押さえる手の上から更にもう一撃。
折れていた右手による追撃の一撃は、ゴオマの呼吸器官の活動を一時的にとはいえ完全に停止させた。
骨なのか、肉なのか、それとも別の何かなのか。
だが潰れた事だけは間違いだろうと言える、そんな打撃音。
少年は、折れた右手に気づかない。
痛みが脳に届かないがゆえに気づかない。
だが今この瞬間だけは、気づかなかった事自体が少年にとっての最大の幸運だったと言えるだろう。
でなければ痛みに悶えたまま、ただゴオマに反撃され殺されるだけだった。
そして何より、ぐじゅるぐじゅると音を立てながら折れた骨を再生しようとしている右手。
自分の肉体がバケモノと化したという逃げられない現実を突きつけてくる、そんな右手の姿にも気づかないで居られたのだから。
「死にたくない、だから、死ね」
反転する。
『死にたくない』が、『死ね』へと。
死からの逃避が、殺意へと反転する。
そこに未確認生命体への憎悪が上乗せされる。
そこに未確認生命体への恐怖が上乗せされる。
両親への愛から生まれた複雑怪奇な感情の数々が上乗せされる。
理性は感情に飲み込まれ、既に感情のままどれだけ効率よく怪物を破壊できるかという、殺意の隷奴と化していた。
少年の喉への追撃は、ゴウマを転倒させる。
ゴオマからすれば、未だに何が起こっているのか認識できてはいないだろう。
優勢からの逆転・弱者からの逆襲。肉体的な体勢どころか、精神的に立て直す事も出来ていない。
そんなゴオマへと、泣きっ面に蜂が刺す。
「ガッ―――!?」
『コンクリートを破壊する方法』、というものを知っているだろうか?
道路の上に置いたコンクリートをそのまま踏み叩いた所で、人間はどうやったって破壊する事は出来ない。
逆に足を痛めるだけだろう……が。
コンクリートを何らかの方法で少しだけ浮かせて、道路に叩きつけるように上から再度踏み叩くと破壊が可能である事がある。
要するに、「足の力で足を叩きつける」か「足の力で硬い道路に叩きつけるか」の違い。
前者は込めた力が圧迫の方面に作用し、後者は衝撃の方向に作用する、という理屈である。
今この瞬間。道路から少し浮いている位置にあったゴオマの頭は、そのコンクリート破壊法の効果を証明させられていた。
「死ね」
転倒したゴオマに瞬時に接近し、地面に仰向けに転がった所で額を容赦なく踏み潰す。
頭蓋は砕けていない。致命傷に至るには脚力が足りていない。
だがそれでも、頭蓋は揺れる。
入れ物が揺れれば中身も揺れる。
脳が揺れれば、一時的に行動不能・上手く行けば失神すらあり得るダメージになるだろう。
「ビガラ」
だが、ゴオマは気を失わない。
意地、執着、憎悪、憤怒、そして劣等感。それらを糧にして、歯を食いしばって意識を保つ。
……気絶していた方が、楽だったかもしれないが。
絞りだすように声を出したゴオマの腹に、容赦無く再度足裏が叩きつけられる。
「ギハッ!?」
殺意という感情に支配された理性は、倫理や慈しみといったブレーキを効かせない。
故にこそ。普通の人間ならば躊躇うであろう彼が行う行為の過程には、一欠片の躊躇すらも存在しなかった。
踏む。踏む。踏む。
陸上競技の疾走は、地面を漕ぐイメージ。跳躍は地面を蹴り押すイメージであるという。
だが京太郎の今の動きはそのどちらでもない。
激情を込めたそのスタンピングは、ゴキブリを見つけ狂乱しながら全力で踏み潰す臆病者ののそれに近い。
モーションこそ踏みつけるそれだが、その威力と破壊力は蹴り込むそれと大差がないという脅威。
腹の肉をひき肉にでもしようとするかのごとき強烈な蹴りが、下向きに連続で放たれている。
「ガッ、ガッ、ガッ!?」
「死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ」
かつて、超古代のリントとグロンギにおいて特殊な区分をされる力があった。
その力を行使する者は極めて希少であり、片手で数えられるほどにも居なかったという。
その力とは、霊石・魔石から生まれるエネルギーを体内で完結させず、外部へと放出する力。
その力の応用の一つに、自身のエネルギーを敵の体内に打ち込み自由を奪うというものがある。
かつてその力の応用により、グロンギ達に半永久的に稼働する封印を施したという恐るべき力だ。
その力の出来損ないが、今ゴオマに叩きこまれている。
「ボンバン・バブラ・ガバ……!?」
必死であるがために気づかない。
ゴオマがこんなにも長い間、呼吸すらも出来ない理由。
……喉元にうっすらと浮かんでいる、紋章のようなエネルギーの残滓。
ゴオマはこの数十秒の間、ただの一度も呼吸が出来ていない。
ゴオマが立ち上がれない理由。
腹部に浮かび上がっている、うっすらとした幾多の紋章のようなエネルギーの残滓。
そのエネルギーが腹部から伸びる異様な形状の神経節を通じて全身に流れ、全身の自由な可動を許さない。
腹部に流し込まれたエネルギーはタールのように絡みつき、全身の動きを阻害する。
長時間の正座の後の痺れを強化したようなものだ。
倒れたままのゴオマにとって、立ち上がるために必要な身体の自由を奪われるというのは致命的である。
そして、これが痺れさせるだけのものならばともかく。
この攻勢は、とうに必殺であるそれだ。
「ジャレ、ソ……!!」
「死ねよ」
憎悪もない、憤怒もない、因縁もない。
そこにあるのは純然たる殺意。生存本能から生まれる殺意だ。
生きとし生けるもの全てが生まれながらに備えている、獣じみた殺意だ。
それを『人の形に近いもの』に迷いなく躊躇いなく向けられるという異常。
感情に呑まれた京太郎は、とうの昔に正気を失っている。
「
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!!!!!!!
」
聖なる泉が、枯れていく。
蹴るたびに、蹴るたびに、蹴るたびに、泉は枯れていく。
少年の中のどこかにある、カタチのない泉が枯れていく。
それは人として生きるのであれば絶対に枯らしてはならないもの。
聖なる泉が、枯れていく。
その泉は清く澄んだ泉。
泉が枯れたその瞬間、失われてはならない『何か』が失われ、生まれてはならない『何か』が生まれてしまう泉。
清らかに湧く泉が陽の光を受けて輝くように、その泉もまた光の側に位置するもの。
聖なる泉が、枯れていく。
変貌した少年の身体の中のエネルギーが膨れ上がり、赤い瞳に黒い泡沫が浮かび始め、黒く染まっていく。
聖なる泉の、その最後の一滴が、枯れ―――
―――る、その前に。
ゴオマのベルト・赤銅のゲドルードに光のヒビが入る。
京太郎が足裏を叩きつけるその度に流れこむエネルギーが、神経を経路としてヒビの如き形状でかの怪物のベルトに流入している。
グロンギ……未確認生命体は、殺戮をゲームとして楽しむ文化を持つ。
クリア自体が容易なゲームには、リスク・制限が付きものだ。それがスリルとなり、ゲームそのものの楽しさを引き上げる。
「縛りプレイ」と言えば、分かりやすいだろうか?
当然、グロンギ達にもゲゲル/ゲームに付随するリスクが存在する。
ゲゲルとは、基本的に『制限時間内に』『ルールを破らず』『何人殺せるか』というゲーム。
どれも上位の者であればあるほど厳しくなっていくが、下位の者であればただ殴っていくだけで越えられるハードルである。
ならば、そこに付加されたリスクによるスリルとは何か?
それがゲゲル開始と同時に、ゲームプレイヤーのベルトに加工される時限爆弾のようなものだ。
制限時間内にゲゲルをクリアできなかった場合、ベルトが爆発しプレイヤーは死亡する。
この爆発はベルト/ゲドルードが信管、魔石/ゲブロンが火薬のようなもの。
爆発の規模と破壊力はある程度力量に依存するため、強い者であればあるほど爆発の威力は増し、誰であっても確実に死に至らしめる。
グロンギは、己の死ですら『スリル』と楽しみの糧にできる気狂いの集まりなのだ。
この一点だけ見ても、グロンギと人間の精神構造の決定的な違いが伺える。
だがこのシステム。超古代であれば問題なく稼働したこのシステムが、現代において致命的な弱点となった。
未確認生命体四号こと現代のクウガは、必殺技とともに体内のエネルギーを無形のまま叩き込む技を得意とした。
このエネルギーは叩き込むことで相手の体内に残留し、その部分の動きを阻害する。
そしてこのエネルギーがベルトと魔石に流れこむとベルトの時間制限装置が誤作動を起こし体内で爆発。確実に死に至らしめるのだ。
現代における『クウガ』がグロンギにとっての天敵で在り続けた最大の理由が、ここにある。
そして、それは今の京太郎も同じ。
彼の足裏からは溢れ流れ出る膨大なエネルギーの一部が放出され、それは蹴りこむ度にゴオマの体内に流し込まれている。
一度では効かない。けれど何度も何度も、微弱なエネルギーはもはや数十回以上に渡り流し込まれている。
しかも腹部を。ベルトと魔石の傍である一点を集中して蹴り続けている。
腹部に叩きこまれたエネルギーは発達した神経系を通して全身に回り身体そのものの動きを阻害しているが、問題はそこではない。
この見苦しいまでの足掻きが、『必殺技』として成立しているという事実。
「死ね」
「ボンバドボソゼ、ボンバドボソゼゴセパ!」
「死ねっ」
「ジュスガン、ジュスガンゾ・ダグバ!」
「ビガラ・パゴグ・ジャデデ、ゴンバザラ・ビバデデ・ロゴセパ―――」
「死ねっ!」
必ず殺す技と書いて、『必殺技』。
「ゴ、ガ、アぁアアアアアァあアアアアッ!!!!」
「死ねえええええええええええええええッ!!!!」
閃光。
そして一瞬後に爆音と共に、爆散。
そうやって、ズ・ゴオマ・グは、そのひたすらに卑屈な生命を消し飛ばされた。。
「はぁっ、はぁっ……う、ご」
異形の身体が消失し、以前と変わらぬ身体が京太郎の元へと戻ってくる。
もう彼の命を脅かす敵は存在しない。命の危機も乗り越えた。彼は絶望的な状況から、生きる資格を勝ち取ったのだ。
だと、言うのに。
「う、お、お、おぇえええええ……」
―――何故彼は今、真っ青な顔で嘔吐しているのだろうか。
「こ、殺……殺し、殺した……」
「化け物になってたからって、ひと、みたいなあいつらを……生きてた、のに」
「……み、みか、未確認生命体も、じゅうね、んまえに、全滅して、無い……?」
「殺さなくちゃならなかった……正しい、正しい、俺は間違ってない……だって殺さなきゃ殺されてた……!」
「う、おえっ、げほっ」
その両目からは激情からか、大粒の涙が止まる事無く流れ続けている。
嘔吐で傷んだ喉と、号泣で詰まった鼻のせいで、今の彼の声は耳にするのも煩わしいほどだ。
顔色は真っ青で血の気が無く、今すぐに気絶してもおかしくはない。
今の彼の意識を繋ぎ止めているのは、尽きかけの気力だけだ。
変身中からそうだったのかもしれないが、ジャージを見る限りでは恐怖からか失禁していた事が伺える。
未確認生命体の姿を見た瞬間から失神しかねないほど恐怖していた事を考えれば、至極当然だ。
自分を抱きしめるように回した両腕は、爪が皮膚に食い込み血が流れるほど強く握り締められている。
その痛みすら、彼を正気の域へと引き戻してはくれていない。
自己嫌悪から生まれた吐き気から、腹の中の物はとうに全て吐き出している。
今も吐き続けている彼の口から垂れるのは、空っぽの胃から逆流した薄い黄色の胃液だけだ。
須賀京太郎のその有り様が、彼の生存の代価だった。
「お、おれ、も……あいつらと、同じ……」
「……バケモノみたいな身体で、殺して、それも、死にたくないって、理由だけで……」
「う、あ、ぁ、ぁぁぁ……」
十年前についた傷。
決して消えず、誰にも癒せず、無かった事にも出来ない過去(きずあと)。
それがパックリと、この戦いで開いてしまっていた。
「……とう、さん……か、あさん……」
須賀京太郎にとって、それ以上の悪夢は存在しなかったというのに。
視点は移る。
腰を抜かしていた時間は、10分にも満たなかった。
それだけの短時間で覚悟を決め、恐怖を振り払い、榎田冴は全力で京太郎達の後を追っていた。
故に冴は、最後のトドメの場面を見た。
怪物の爆散、異形が京太郎の姿に戻る過程、全身が爆発したせいで目の前にまで転がってきた怪物の首。
全てを、その目に捉えていた。
「どう、なってんだ……こりゃ……」
「俺は、夢でも見てるのか……?」
異形の姿をしていた京太郎は、あの未確認生命体の血と臓物にまみれていたはずだ。
爆散した瞬間、その血液と肉片が飛び散り、あの周辺はグロテスクな赤に染まっていたはずだ。
少なくとも、首と右腕は自分の目の前まで転がってきていたはずだ。
その生気の無い生首の無機質な瞳と目が合ってしまい、悲鳴を上げてしまった彼だからこそ、その驚愕は大きい。
「……死体が、消えて行く……」
例えるのなら『灰色のオーロラ』。
それにあらゆるものが包まれるように、飲み込まれていく。
そして未確認生命体の死骸が、みるみるうちに消失していく。
その血液も、肉片も、骨の破片も、生首も、最初からそこに存在しなかったかのごとく消えて行く。
折られた街灯が元に戻り、砕けたコンクリートが再生し、穴の空いた道路が数分前の形へと巻き戻っていく。
全てが灰色のオーロラに呑まれ、かつての有り様を取り戻していく。
まるで、先刻の惨状が無かった事にでもなるかのように。
「悪い夢……いや、夢じゃねえ」
「京太郎の怪我はそのまんまだ。絶対に夢なんかじゃない」
けれども、京太郎の全身に刻まれた傷だけはそのままだ。
とは言っても初撃のアバラの骨折、右手の骨折はほぼ完治。
身体に開いた穴は致命傷の部類はほとんど塞がり、食いちぎられた肉もうっすらと筋肉が生え揃っている。
出血は軽傷からのみで、失血死の心配は殆ど無い。
と、言うより、地面に見えた致死量の出血量から見て、身体が大量の血を増産していると見るべきか。
あと数時間もすれば、擦り傷すら残ってはいないだろう。そう確信させる人外じみた回復スピード。
そして今の京太郎の惨状は、肉体的な傷よりもむしろ精神的な傷が深いであろう事は明らかだ。
既に終わった戦いの激しさを、今の京太郎の身体がどれだけ異常かを、その痛々しい傷の痕跡の数々が如実に証明していた。
「……俺の手に……いや、普通の警察にすら、手に負えんのか? これ……」
正気を保っているようには見えない京太郎へと駆け寄りながら、榎田冴は思考する。
まずは京太郎。だが次は? どうする? 何が最良だ?
天才と言われた母から遺伝した冴の明晰な頭脳は、既に幾つかの方策とそこから至るであろう結末が予想出来ている。
……だから、迷う。
彼には、どれが正答であるのかという自信が持てていなかった。
「どうする……」
思考の堂々巡り。
汚物まみれの京太郎に構わず触れ、迷いなく背負って運んで行く。
気にしている場合でもないし、気にするほど狭量な男でもない。
迷う冴の脳裏に浮かぶのは、尊敬し敬愛する母の姿。
頼れば……どうにかしてくれるのだろうか。
未確認生命体が相手なら、きっとどうにかしてくれる。
でもそれは、甘えじゃないだろうか?
そんな風に、榎田冴は自問自答を繰り返す。
「……母さん」
文句無しにこれが一番だと思える回答を導き出せない。
『理由』があって、今は警察への通報ですら悪手の部類。
何も出来ない自分への自己嫌悪に、何も思いつけない自分への無力感。
冴はそれら全てを押し殺し、友人を背負ったまま走りだした。
その戦いの決着を、遠く離れた場所から見届けた二つの人影があった。
一つは数百メートルは離れた数十階建てのビルの屋上。
額に薔薇のタトゥーの女は、愉快そうに口元を歪め、そのドレスをひるがえして帰路につく。
背を向けたのは、興味が失せたから。戦いが終わりを迎えたからだ。
それはすなわち、この女が戦っていない須賀京太郎に毛ほどの価値も見出していないという事実を証明している。
……いや、正確に言えば。『異形と化していない京太郎に』、だろうか?
「ガドル」
「まだお前の出番は遠そうだ」
「ガルメ。次はお前だ」
「明日、次のゲゲルを開始する」
その女以外の人影は視認できない。
だが……確かに、そこに『何か』が居る。
その何かは愉快そうに喉を鳴らし、今度こそその場所から本当の意味で姿を消す。
次の悪夢は、日を明けず。
十年かけて塞いだ傷が完全に開ききり、化膿した傷を抉られ、悪化した傷口を心に刻み込まれた京太郎。
彼が立ち直るまでに許された時間。残された時間は、丸一日すら与えられていなかった。
折れたままでは抗う事すら許されず。
揺らがぬ死の運命が今一度、少年へ向かってその歩みを進めていた。
『戦わなければ生き残れない』と、愉しげに口ずさむ様に。
そして、薔薇のタトゥーの女とは別口に覗いていたもう一人。
こちらはもっと近く、数十メートルは離れた建物の影。
照「まだ、『二本角』か。しかも短い」
照「……」
照「……聖なる泉、枯れ果てし時。凄まじき戦士、雷の如く出で」
「―――太陽は、闇に葬られん」
覗きこむようなその視線も、鉄面皮に浮かべたその表情も、この場に居た理由でさえも。
誰にも気付かれず、誰にも気付かせず、彼女は踵を返して立ち去った。
【今週のグロンギ語翻訳】
>>51
「ファーストプレイヤーは俺だ」
「お前のベルトはこのズ・ゴオマ・グが頂いていく!」
「首を洗って待っていろ」
>>129
「見つけた」
>>131
「ゲゲル・スタート」
>>132
「殺してやる」
「今の貴様ごとき、俺の敵ではない」
「くびり殺してやる」
>>137
「無様だな、ダグバ」
「散々見下していたズの俺にいたぶられる気分はどうだ?」
>>142
「哀れだな、ダグバ」
「今の貴様はリントの戦士にすら劣る」
「ズ・ゴオマ・グの名を魂に刻み込んで死ね!」
>>144
「痛みで悲鳴を上げ、転げまわるか」
「やはり貴様は戦士ではない」
>>147
「不味いな」
「ダグバを殺したとなればもはや俺が侮られることもない!」
「俺は楽しいぞ、貴様はどうだ?」
「悲鳴が足りんな」
「流石に飽きてきたな」
>>148
「なにか言ったか?」
「なんだ?」
>>151
「貴様」
>>152
「この感覚、まさか……!?」
「やめ、ろッ……!!」
>>156
「こんな所で、こんな所で俺は!」
「許さん、許さんぞダグバ!」
「貴様はそうやって、そんなザマになっても俺を―――」
【次回予告】
http://www.youtube.com/watch?v=sxuMuYFX--U
「舌から生まれた、ズ・ガルメ・レだ」
「……怖い」
「なんで、なんで、なんで……」
「お前らみたいなバケモノが生きてて、あの人達は死んじゃってんだよ……?」
「何が楽しいのかって……そりゃ、誰かを傷めつけて苦しめるのは楽しいだろ?」
「楽しくない遊びなんて誰もやりたくないし、愛されないし、すぐ飽きられると俺は思うね」
「ゲゲルは末永く愛される素晴らしい遊びだし……リントは狩っていて飽きないからな」
「私を見守ってくれてる家族を笑顔にできるのは、私だけだと思うから」
「俺には、夢がある。……ってか、しょっぱいけど、やりたいことがあるんだ」
「お前のような負け犬が、リントのダグバとはな」
「大丈夫。私の幼馴染は、心だけは、いつだって負けたまま終わらないって信じてる!」
「十年前お前らが奪って、四号が取り返してくれたもの、全部守ってやる」
「今度こそ、お前らには何一つとして奪わせない!」
「邪悪なる者あらば、希望の霊石を見に付け」
「だから、見ててくれ! 俺の―――」
「『変身』ッ!!」
EPISODE2:『戦士』
【白の戦士】
須賀京太郎が初めて『変身』した戦士の形態。
出力のみは最強クラスの黄金のベルトを用いた戦士の姿である。
黄金のゲドルードも漆黒のゲブロンも健在ではあるが、本人が全く使いこなせていないため全く性能を引き出せていない。
意思も技術も足りないためにエネルギーの収束と制御がまるで出来ていないためである。
よって、現在のこの姿ではグロンギ族下位クラスの力しか振るう事が出来ない。
だが根本的に扱っているエネルギーが膨大であるため、グロンギ達にとってはスペック以上の天敵となる。
須賀京太郎本人の精神的な未熟さ・半端な姿勢・迷いを体現したフォーム。
少年の心の弱さそのもの。
守る意志、戦う意志に染まっていないが故の何色でもない空っぽの純白である。
パンチ力:4t
キック力:7t
ジャンプ力:ひと跳び10m
走力:100mを8秒
必殺技は体内から溢れ出す莫大なエネルギーの一部を足に留め、キックと同時に流し込む『イマチュアキック』。威力20t。
【ズ・ゴオマ・グ】
http://i.imgur.com/aaCHHZ9.jpg
今週の最強。
死因は腹部キック連打によるミンチとイマチュアキックによる大爆発。
(腹パン)と言いたい所だけどパンチはしてないので腹パンではない。解せぬ。
でも腹がパーンとエア本的にはじけたので腹パンと言えなくもない。
雑魚だ雑魚だとチュッパチャプスの如く舐め切って戦っていたら、おなかをねるねるねるねされてしまった可哀想なカマセ。
ポケモンで言うアデク。まどマギで言うサキさん。ISで言うセシリア。
あるいはクロコダイン。ジェリド。テッカマセランス。
もしくは蟹座。元ジャック。ヤムチャ。戦いの神。
ついでに十神白夜。吹っ飛ばされた若林。超人になったジェロニモ。
そういうカテゴリーの怪人。
ワンチャンあれば野心相応の強さは手に入れられる。
でも所詮ゴオマはゴオマで、ワンチャンは二度来ないからこそワンチャンなのである。
太陽光に弱いという割と致命的な弱点を持つ。
肌がアルビノ級に白いくせに結構筋肉質。超古代ではさっさと緑のクウガに撃ち落とされて封印されたらしい。無念。
時速120kmで飛行する事を除くと長所が残らず、後はもさもさの胸毛の中でキラリと光る乳ピアスぐらいしか特徴が残らない。
本編では未確認生命体カウントナンバーでクウガにサンドされていたり、文字通りの三日天下を成し遂げたりととにかく不遇。
仲間の道具をパクってパワーアップ、ピンチの仲間を置いて逃げる事にかけては一級品。
つまるところ非常にしぶとく生き汚い。
『強魔』と書くと覚えやすい。
【仮面ライダークウガ】
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ゝー―-、ゝ='^^^^^ー< } !:: : : ::ヽ: ::{ ,', ,' | ',ゝ/{=イ //! } 、
ゝ-'フ': : : : }|(C)| リ : : : : : : 八 ノ | ト、:} ゚,ィ…¨ ̄)/:/ リ/ヽ
ゝ-'´`ー―‐^ー――‐´¨ ̄ ≠:  ̄='ゝ=彡' ヽ 、ゝjl ゝ.......<// / 丶
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!: : : : : 7 { {´::::ハ丶、 ヽノ/´__彡' / /
∨//:ゝ、ゝ=' ノゝ、 フイノ´ ノ/ , '
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http://i.imgur.com/6ceFcKf.png
空我(クウガ)。
古代人リントの言葉で『戦士』を意味する名称であり、唯一無二のとある英雄を指す呼称。
原作・仮面ライダークウガにおける主人公。
格闘の赤。炎の戦士。
跳躍の青。流水の戦士。
知覚の緑。疾風の戦士。
堅牢の紫。大地の戦士。
以上四種の形態を自由自在に切り替える事で、同格格下のみならず格上にすら勝利を収め続けた仮面の戦士である。
肉体を一瞬で変化させ、手にした物質を類似した武器に変化させる『モーフィングパワー』。
特殊能力のエネルギー源であり、必殺技と共に相手に打ち込む事で絶大な効力を発揮する『封印エネルギー』。
秒数制限こそあるもののあらゆるスペックを倍加させる『ライジングフォーム』。
その他多種多様な能力を持ち、一年間で50近い怪人を直接的な戦闘で仕留めるという驚異的なスコアを叩き出している。
この世界では一部を除けば、万人が認める英雄。
その正体は謎に包まれているが、戦いの果てに姿を消した彼の結末が『笑顔』であればと、祈る者は少なくない。
心優しい民族であったリントには本来、知性ある者同士が争う事を意味する『戦い』という概念すら存在しなかった。
それ故に、人狩りを嗜好するグロンギという民族に命を弄ばれる日々であった。
だが、優しいという事は甘いという事ではない。
優しいからと無抵抗ではない。優しいからと逃避する事はない。
彼らは、何かを守るために己の命を投げ出せる。
傷つけぬために傷つく覚悟、その上に築く綺麗事。
それが本当の優しさだと知っていたからだ。
詳しい経緯こそ不明だが、リント達はグロンギ達が用いた魔石ゲプロンと同質の霊石アマダムを加工。
彼らのベルト型制御装置ゲドルードをアレンジした聖器アークルを作成。
それを用いて戦士クウガを生み出した、とされる。
古代のクウガはそれを用い、200を超えるグロンギをたった一人で殺さぬままに封印したという。
リントは心優しき民族。故に、殺害などもっての他。
そのグロンギ達の封印が破られたその時が、本編・仮面ライダークウガの開始の合図。
古代のクウガは自身のエネルギーを凄まじい技術で紋章の形に形成し、楔のように撃ちこむ事で相手を仮死状態にしていた。
これは圧倒的な格上であっても一撃を当てれば封印できるという、まさしくグロンギの天敵と言っていい力であった。
しかしてその技術が失われた現代のクウガは勝ち目がなかったのか? と言えばそうでもない。
本編中で語られたゲドルードの誤作動により、またしてもクウガはグロンギの天敵なのであった。
超古代にどのような経緯があってアマダムが生み出されたのかは、未だ謎なままである。
【ン・ダグバ・ゼバ】
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ヽ;:::::::| i! .,.,...,.,.,.`'‐-! ::., . . . . . |I|I|`ヽ|I|Iト、ヘヘ-ヘ_ ヽ_///|ヘ
i i!.,.,.ミミミミミミミミミミミミュ/;:.ヽ、゙゙:::::::::|I|I| |I|I||::ヽ/Nii.lii丶‐-..,,/_」./
ミミヾ゙´,,,..--‐、''/:::::/.. i!`"''-..,,|I|I|;,;,;,;|I|I|´ヘヽ|iii iii!.,.,.,.,.,._i「´
/‐''''//´ i! i,,ノ‐-..i!:::;,,_`ヘ |I|I|.......|I|I|;;;/ヾ|iii,,iii!ト、ミ㌘
|ヽ l // ∥ /::. ヘ;:::::.... `"ヘ.-..,;,;,;,__/´ヽ;;,_|iii::iii,、ヽ, i'i!
| ヽ !i,/...:::. ∥/ヘ:::... ヘ;:::::;;;;;:::... ヘ: : : 弋_.ノ‐-i!:::...ヾ, i! | li!
':; ヽ j:::... _,,.∠i!/|l|l|ヾ;:. 》´ `"''‐-i〉.,_;:::.. ,ハ;´..::ノ;;,, .i!.| | .l !
':, ヽ ヽ::;;_/:::::::ミ/|l|l|l||l|.\_i|:::... ./´ `"'/´ i!-‐ノ::::::,,, i!、! | | !
ヽ `ヽ、 _,イ||へ:::彡/|l|l|l|l|l|l|l|l|ヘi!::::::::::.../..:トトヘ,i!、/|.,_rヘi!,ィl_;;;:/彡ヽ / |.!
\ /`...,,ヾi! \i! |l|l|l|l|l|l|l|l| /i!ェェェェェェェ∨ヘ\i> <!/ ./ヽ/ミミ彡j`ヘ /.|
.\ / ||l ∥i |l|l|l|l|l|: /从从从从从i!ヘヘ≧||≦//!. 〈`~"゙'''ヘ ヽ,/
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ヘMムュ_/ i/ |l|l|l|://|_.//ミ/;|__|i ̄i|__|ミ|/|__|\|ミl/ム. ヾ_゙/三彡,
|kヘ彡ミミ∥ |l|l://|/l/ミ/;;|/|┬|\|ミ|...|. ̄.|...||ミ|/||ム、. ヾミi三三彡、
http://i.imgur.com/JVm6Sm7.jpg
この世界の人々にとって、悪性・悪夢・悪党の象徴。
夜から人々が安心して眠るだけの余裕をことごとく奪い去った、純白の身体に金の装飾が煌めく怪人。
人間態の姿は十代の少年であるものの、怪人態の姿はクワガタムシを模した魔王の如き威圧感を備えている。
超古代に封印されたグロンギ達を現代に復活させ、自身も万単位の人間を殺害した全ての元凶。
連続殺人の殺害数にギネスレコードがあるのなら、彼の名が載るであろう事は間違いない。
その強さは、デタラメと断言していい領域にある。
モーフィングパワーを応用した、万物の原子レベルの分解と万能の再構築。
それを応用し物質をプラズマ化、敵を体内から焼き尽くす超自然発火。
150km以上離れた位置であっても、息を吐くように移動する瞬間移動。
成層圏にすら干渉し、望むまま天地をかき回す天候操作。
クウガの四種四形態の能力と武器を極限まで強化したそれを同時に備える万能性。
全身に刃を備えそこから斬撃及び衝撃波を放ち、全方向をカバーする死角無き強さ。
霊石・魔石の能力であれば封印・吸収・コピー自在という反則規格。
そして何より。同格の相手が現れた際、これら全ての能力を蛇足として切り捨てて尚、使われた最強の武器。
すなわち……純粋な肉体の力。究極の武器、拳と身体だ。
上記の凄まじき能力の数々が役立たずと化すほどに、常識を超越した肉体のスペック。
それが今もなお最強最悪の魔王として人々に認識される要因の一つだろう。
十年前の最後の戦いの後で遺体は発見されたものの、腰の魔石は発見されず。
戦いの余波で跡形も無く破壊されたのではとの推測が立てられている。
第一発見者の一条薫警部補が現場に辿り着いた時には、五代雄介の姿もダグバの魔石も雪の世界には見当たらなかったという。
投下終了。第一部はちょっとだけ長かったけど、実質二話とセットの前後編構成です
全八話予定。他の仮面ライダーさんは背景で客演してるのが一人、あとはライダーでも何でもない良い大人の人達です
あ、今更ですがかなりの自己解釈による捏造設定が入ります。あしからず
冴くんは過去のせいで家庭環境が複雑なやつに対して優しくて面倒見がいいとか色々
質問なんかあったら答えたりもしますけど、本編に関わりそうなものはお答えできません
ちょっとトイレと鎧武の予約録画のために離席
なお、だいたい考えていた設定の四割はあるだけで本編に描写されない模様
冴くんは設定資料集だと6歳だったのでクウガ本編中に7歳になったと判断して高3
小説版でアニオタ鉄オタミリオタ三重苦発症中の大学生設定とか色々衝撃的でした
杉田(クウガのハゲ気味刑事)の娘の葉月ちゃんはクウガ大好き白糸台の高3。同じく本編中に小学生で13年後の小説版で大学生だったので冴と同い年に
なお今でも基本冴に買い出しを頼むのはこいつ
神埼先生はこの時代では既に定年。定年間近に知人に頼まれて一年だけ白糸台で教鞭取ったという設定
定年祝いのパーティはポレポレで開かれ、五代雄介は来なかったものの、そこには差出人不明の贈り物が当日送られてきていました
神埼先生曰く「祝って欲しかった教え子にはみんな祝ってもらったよ」とのこと
本編で神埼先生を困らせていた霧島拓君。なんか三年前の小学生時の作文がクウガ本編に出てきたのでクウガ本編を9歳と設定
白糸台の二年前のOB設定
という設定が本編に関わることは一切ないと思います。上記四人だと冴君しか出さないしね!
一条さんは小説版曰くこの時期は外国に行ってるらしいので不在
五代雄介は基本行方不明
榎田光は十年前とは別チームで研究中
ポレポレのおやっさんは現在55歳で孫とか意識する年頃
おやっさんの姪のナナちゃんは夢を叶えてシノハユ勢とかなり懇意。十年前17歳だもんね
ジャンはこの作品だと一週間前に冴に「ずっとジャン・ミッシェル・ポルナレフだと思ってたわ」と言われてふてくされ中
咲勢はあまりいじりませんが、クウガ勢と関わりのある子たちがたくさん居るよ、とだけ言っておきます
以上、設定垂れ流し
本日はお付き合い感謝です
私生活が忙しいので短くても一週間~10日ペースの投下になると思いますが、よろしくお願いします
それから>>1ってクウガの小説版は読んだの?
モブや地の文でメインライダーは出番ありそうだが、サブライダーその他は出てきたりするのかな?
個人的には、忘れがちな設定だが考古学専行の大学生なお婆ちゃん子ライダーが出てくれたら嬉しい
http://i.imgur.com/F1JLk7P.jpg
うん、やはり結構格好良い
>>201
読んでますよー
>>1にも書いてある通り、小説版も組み込みます。ただヒーローサーガは組み込みません
ヒーローサーガのクウガはグロンギ語の翻訳に支障が出るくらいちょっとややこしいので
本編から十年後なので、小説版から見て三年前というと勘の良い方は色々と気づくのではないでしょうか
>>209
モブで色々出す予定です。でも本筋には絡まないでしょうねー
高校生の家族がいる人とか、アニメ阿知賀で京咲が話してたランドリーを業務提携でチェックしに来てた猫舌なクリーニング店従業員とか、ダチの大会を応援に来たリーゼント高校生とか、和の父親に弁護術を学んだ北岡とかいう和の知人とか、赤阪郁乃氏が風都出身だとか
そんな程度です。知らなくても問題ない小ネタ程度ですね
教会は燃やす(断言)
??「嫌な風が吹く街だな…」
(約半年後)
??「この街は穢れてなどいない!」
Q.このスレって原作再現で諦めたことってあるの?
A.レベルの高い麻雀描写とアバンタイトル
投下はっじめーるよー
EPISODE2:『戦士』
一つ、真理を口にしよう。
ある日突然、貴方はタイムマシンを手に入れた。
過去にも行ける。未来にも行ける。さて、貴方ならどこに行く?
「未来」と答えたなら子供。「過去」と答えたなら大人。
大抵の人はここに当てはまる。
しかし、例外もある。
「未来」と答えた大人が居る。それは子供にその背中を見せ続ける良い大人か、大人になれなかった子供か。
「過去」と答えた子供が居る。それは間違いなく、大人が生み出してはならない義務を持つ、そんな子供だ。
15歳の須賀京太郎は、「十年前」と迷いなく答える。
万物に共通する、普遍の真理だ。
変わる事には、苦痛を伴う。
奪われる時でも、己の意思でも。
< ■■■■■■■ >
< ■.■. ■:■ >
……十年前の夢。
見たくなくとも、逃れたくとも、どうしようもなくこの目に焼きついている。
あれは……夜の六時半くらいだった気がする。
買い物を終えて、早めの夕食を終えて。
渋滞とまで言わずとも、少し混んでいた道路に捕まって。
車の中で父さんと話して、母さんに抱きついて。
クラスの友達の話や、最近50m走で一番になったことを話して、四号の格好良さを語って。
昨日までずっと幸せだった事を、覚えていた。
今日が今まで生きてきた中で一番幸せな日だと、疑いもしなかった。
明日からもこんな日が続いていくのだと、信じていた。
なんで疑いもしなかったのだろうか。
幸せってのは降って来るものでもなければ、湧いて出てくるものでもない。
子供が甘受できる幸せってのは、いつだって愛してくれる親が頑張って与えてくれるものなのに。
『幸せはあって当然なんだ』なんて、子供特有の馬鹿な考えに浸りきって。
幸せは、無くて当然なのに。
無くて当然だからこそ、幸せであるという事には価値が有るのだというのに。
だから―――バチが当たったんだろうか。
その瞬間は、あまりに現実感がなくて、あまりに訳が分からなくて。何もかもを間に薄皮一枚挟むように、ぼんやりと感じ取っていた。
最初に、抱きしめられるように父さんと母さんの二人に庇われたこと。
次に、声が聞こえた。父さんと母さんの声と、耳にしただけで怖くて怖くてたまらなかった少年の声。
でっかい光と大きな音がして、音が聞こえなくなって、最後に聞こえた声が頭の中で何度も何度も繰り返され始めたこと。
気付いたら、目の前には、何なのかも分からないような『モノ』が二つ置いてあったこと。
それが父さんと母さんだと気付いたのは、全てが終わった後だった。
父さんと母さんがもう生きてはいないという事だけは、壊れた自分でも分かっていた事だったけど。
最後に、街も、人も、建物も、何もかもが燃えていたこと。
世界が終わってしまった……その時は、そんな風に感じていた。
庇われてから、世界が燃えていると気付くまでにはほぼ一瞬で。
燃えている人達が、何百人も視界の中に居る事に気付くまでも一瞬で。
その日。俺は形容でも比喩でも誇張でも何でもない、『地獄』をその目に焼き付けていた。
道路は炎に包まれている。道路が燃えて、燃えていない車の中で閉じ込められた人が燃えて、電話ボックスの中で人が燃えている。
建物の中に逃げ込んだ人が燃えている。炎を消そうと水を被った人が燃えている。皆、皆、生きたまま燃えている。
自分が燃えながらも、隣の大切な人の火を消そうとしていた人が今、一足先に燃え尽きた。
人が燃えて握られなくなったハンドルの赴くままに車は暴走、何台も何台もそこにかしこにぶつかって行く。
漏れ出した燃料に燃える人間という火種がぶつかり、燃やされていなかった街も静かに燃えていく。
そんな世界を、動かない頭と勝手に動く両足に任せ、ゆっくりと俺は歩いていた。
風で吹き飛ぶ白いゴミのようなもの。
それが燃え尽きた末の数分前まで生きていた人間の末路、灰の残りカスだと気付いたのはいつだっただろうか。
中身の無いゴミ袋が、風に吹かれて飛んでいる。
転がっていたゴミ袋だと思っていたのは、黒く焦げて軽くなってしまった人の残骸。
石だと思っていたものは、砕けた人骨の欠片。
水たまりだと思っていたものは、凝固を始めて変色している人々の血。
服の糸くずだと思って煩わしく払ったのは人の髪。
歩く度に踏みつけてしまいぷちゅぷちゅと音を立てているのは人の眼球。
雨風に打たれて、信号機に引っかかっていた耳や鼻が落ちてくる。
いつからかスニーカーの結び目に引っかかっていた細長いものは腸か何かだろう。
飛散した脂肪がぬるりと肌にへばりつき、熱で水分を失った赤黒い血がパリパリと剥がれ始めている。
ちぎれて飛んだ布の切れ端だと思っていたものが、皮膚の切れ端なのだと気付いて無感情に吐き捨てる。
脳裏に響く、とても嫌な感じのする少年の声と、両親が最後に残してくれた言葉。
それをただ一つの指標にして、前へと進んでいく。
地獄という場所があるのなら、それはきっとこんな場所なんだろうなと、そんな思考が浮かんで消えた。
それでも、足は止まらない。
足を進める理由は二つ。二つの理由は両方共に、聞こえなくなった耳の中で反響する声が元。
その理由の一つは『恐怖』。
「どうしたの? もっと強くなって、もっと僕を笑顔にしてよ」
どこからか聞こえてきた、そんな悪魔の嗤い声。
耳にするだけで、それだけで、足が震えて止まらなかった。
もう一つの理由は、『願い』。
「生きろ」
「生きて」
父さんと母さんが伝えてくれた、最後の願い。
それを守ると、心の中だけで誓いを立てた。
そうでなくては、幼き日の俺は前に進む事すら出来なかった。
当時まだ5歳の子供でしか無かった俺には、自分を奮い立たせるものなんて何もなかったから。
その声が、爆音で聞こえなくなった耳による幻聴となって頭の中で鳴り響く。
「逃げないと」。「生きないと」。
その時は、その二つの事柄と響く声だけが、足を進めてくれた。
「……たすけて」
「たすけて、よんごう」
「こわいよ、たすけてよ、おとうさんも、おかあさんも、いないんだよ」
「たす、けてよ……!」
……世界が、幸せなものだと、無条件で幸せになれるものだと、そんな善いものなのだと信じていたから。
子供だったから。
悪い奴も、悪い夢も、全部全部やっつけてハッピーエンドにしてくれる正義の味方が居るんだって、信じてた。
その時の俺にとって、『未確認生命体第四号』こそがそうだった。
あの時の俺にとって、後にクウガと呼ばれる事になるあの戦士は、紛れも無く憧れのヒーローだったんだ。
だからその夜。
「……よん、ごう……」
四号の姿を目にした時。
「四号はやっぱり助けに来てくれた」と、そう思った。
「四号は傷だらけだ、それでも来てくれたんだ」と、そう思った。
……そして、四号に相対する真っ白な悪魔/零号の姿を目にした時。
「なん、で……」
一目で「四号が負けている」と、そう気づいた。。
「よんごうが、まけたら、みんな、しんじゃうよ……?」
真っ黒な姿をした四号。
その攻撃は一撃もその白い悪魔へと届かず、悪魔は余裕綽々に四号をあしらいながら人を燃やし続けている。
時間稼ぎにも、守る戦いにすらもなっていない。
そもそも、四号は全力で挑みながらも零号の虐殺を阻止するどころか殺害のペースを緩める事すら出来ていなかった。
ただ全力で挑んで、それでも止められない虐殺に喉が張り裂けそうなくらい叫んで、その苦しみで零号を喜ばせているだけ。
そして気まぐれに来た牽制の一撃がベルトに刺さり、四号のベルトにヒビが入る。
そんな手抜きにも程がある一撃で膝をつき、地に伏した情けないその姿が、致命傷一歩手前の状況である事を示していた。
「なんで、まけちゃうの……」
「……ここで、まけちゃ、みんな、みんな……!」
四号が来たという希望に敗北という失望と絶望が混ざり、何がなんだか分からなくなる。
憧れは色あせて、夢見たヒーローの無残な姿に心が折られかける。
四号に期待していたから。守ってくれると信じていたから。
だから、「裏切られた」と感じてしまった。
子供だった俺の四号への憧れは、この日複雑怪奇な嫌悪へと変わり果てたんだ。
背が伸びて、歳を重ねて、それが逆恨みよりもなお救いようがない感情なのだと気付いても。
「……うそつき」
「よんごうはみんなをまもるひーろーだなんていってた、みんなみんなうそつきだ!」
「ひーろーだったら、まけないもん……!」
四号の身体にも小規模ながら炎が燃え上がり、地獄を生き延びた残りの人達が次々と燃やされていく。
地獄は加速する。
炎の渦が街を丸ごと飲み込もうとしているかのような錯覚。
「今の世の中、夜の街も電灯やイルミネーションで明るくて昼の街とあまり変わらない」と言った人が居た。
「夜に静寂なんて訪れず、いつだって商店や放送機器から音楽が流れ続ける賑やかな世界だ」と言った人が居た。
今の街は、電気を食って光を生み出す機械達は一切稼働していない。
今の街は、音楽を流す電子機器達は一切音をかき鳴らしては居ない。
その代わり、人を食って光を生み出す炎の渦が街を明るく照らし続けていた。
その代わり、人々の断末魔と阿鼻叫喚が街を賑やかに騒がせていた。
未確認生命体第零号―――悪魔は殺すだけでは飽きたらず、こんなカタチでも人々の日々の営みを陵辱し尽くしていた。
「もう、やだよぉ」
そして、その右手が幼き日の俺へと向けられる。
小さくともこれだけ声を出していれば、十分だった。
距離的には燃やすまでもない。四号と零号の脚力を持ってすれば、跳躍一回で殴り殺せるほどの近い距離。
幼き日の俺が炎の中で四号と零号の姿をはっきりと視認できていたという事は、そういう事だった。
それでもなお、迫る脅威は拳でもなんでもなく、父さんと母さんの命を奪った不可視の攻撃で。
「これでおとうさんとおかあさんのいるところにいけるのかな」と、自分でもよく分からない思考に包まれたまま、瞳を閉じた。
耳はずっと聞こえない。
頭の中ではずっと父さんと母さんと悪魔の声が響いている。
肌はもう何も感じる余裕が無い。
口の中の感覚は、もう十数分前の家族団欒・夕食の味も思い出せないでいる。
感じる匂いは、焼ける人の骨と人の肉の匂いでいっぱいだ。
そして、祈るように瞳を閉じた。
五感は全て機能せず、その時十数秒は闇の中に居たと思う。
けれど痛みも来ない、炎の熱も来ない。
不可思議に思った俺が眼を開けると……そこには目を開けたにも関わらず、変わらず視界を覆う黒。
いや、違った。
闇ではなく、黒。そこには明確な違いがあった。
「……え?」
音は遠く、耳は聞こえない。
それでも、眼は問題なく機能する。
両の瞳が、抱きしめるように俺を庇って守ってくれている、四号の姿を映し出してくれていた。
「どう、して……」
優しく、柔らかく抱きとめてくれている四号の身体は俺を庇ったせいで更に強く燃えている。
その両の腕(かいな)は炎の熱とは何の関係もなく、安らげる暖かさを持っていた。
バケモノにしか見えないのに。父さんと母さんを殺したであろう、あの白い悪魔とどこか似てるのに。
ほんの少し前、その憧れは一つ残らず捨て去ったはずだったのに。
嫌いになったはずだったのに。
何故か、その時。
幼き日の俺は突き放すどころか、庇ってくれた四号に抱きついて離れなかった覚えがある。
ああ、そうだ。絶望とか、失望とかじゃない。
期待外れだったとか、守ってくれなかった事が憎いとか嘘だ。
単純に嫌いだと思えたのなら、どんなに良かったことか。
本当は、ずっと、頼りにしてて、感謝してて、憧れてて。
守ってくれると信じていたから、誰よりも強いって疑ってなかったから、誰にも負けないって思っていたから。
日曜日にやっていたりする、特撮作品のヒーローの話になるけれど。
子供の時のクラスの男友達との会話とか、話に聞くインターネットの議論とか。
そういった場所では「俺の好きなヒーローは最強だし、絶対にそんな奴に負けない」って喧嘩が絶えないらしい。
誰だって自分の心の中で一番のヒーローには、どんな奴相手にだって負けて欲しくないって気持ちは分かる。
俺にとっての四号がそうだったから。
四号への憧れの気持ちは今でもこの胸の中にある。
でも、それと同じくらい、いやそれ以上に、その気持ちが裏切られる事もあるって事と、死と傷と炎が隣り合わせの『戦い』ってものが怖くって……
だからポレポレでは「嫌いだ」なんて言ってしまった。
父さんと母さんに庇われてから、四号に庇われるまで。
ずっとずっと庇われていたこの辺りの記憶はひどく曖昧だ。
というより、今の今までこの記憶は思い出せすらしなかった。
思い出せたのはきっと、あの三号との戦いが眠っていた戦いと死への忌避感と恐怖を呼び覚ましたからだろう。
忘れたかったのだろうか。思い出したくなかったのだろうか。それとも、その直前の記憶が強すぎたのか。
父さんと母さんの最期と、死後の姿。町の人達の末路。『究極の闇』。
俺は誰かに庇われ続けて『生き延びてしまった』あの日から、一歩も前に進んでいない。全く成長していない。
あの燃える世界と、その後に街に訪れた静寂。
糧とする事も出来ず、忘れる事も出来ず、あの夜にずっと囚われたまま。
視点と世界がぐるりと変わる。
幼き日の俺が、あの夜から一週間後に警察署を抜けだして父さんと母さんが殺された場所に向かっていた昼の事。
街をいくら走っても、車や道行く人の一人ですら見つからない。
街中の至る所に死者を悼む花やぬいぐるみが供えられている光景。
右を見ても左を見ても、何かの燃えカスと空っぽの建物しか見当たらない。
人間だけじゃない。ペットも、虫も、野生の生き物ことごとくが見当たらない世界。
そのくせ車の炎上に巻き込まれなかったものは、街路樹ですら不自然なほど綺麗に残っているという不思議。
単純明快な結論だ。
殺された、燃やされた、壊されたのは生きとし生ける者全て『だけ』だったというだけの話。
突き付けられた死。
既に撤去されこの街には死体の一つも残っていなかったにも関わらず、この街には死が溢れていた。
これが、死。頭の中でこねくり回した妙な理屈や幻想なんか入り込む余地の無い、決定的な終わり。
幼き日の俺は、あんまりだと思った。
生命はいつか必ず終わる。そんな事は子供だって知っている。
でもいくらなんでもこんな終わり方、こんな苦しすぎる終わり方はあんまりじゃないかと思った。
あの人達が何をしたのかと、あの人達はこんな殺され方をされなくちゃならないほど、悪い事をした人達だったのかと。
父さんと母さんがあんな風に死んだ事に、意味や理由はあったのかと。
街を歩く内にその理不尽が胸を衝き、気付けば幼き日の俺は涙を流していた。
夜だなんて関係がなかった。
昼であるにも関わらず、その街に広がっていたのは眼には映らない無形の闇。
この世界には生命が溢れていて、この世界に生命の息づいていない場所など存在しない。
だと、いうのに。その摂理に真っ向から逆らう悪意をカタチにした、闇に塗り潰された世界。
生命の輝きが完全に存在しなくなってしまった世界の空白地点。
輝き無き純粋な暗黒。
それが『究極の闇』。
究極の闇とは、「生命と笑顔の存続を絶対に許さない世界」の事なのだと、俺だけが知っていた。
夢の光景が歪む。
幼き日の俺の姿が消え、視点が俯瞰していた俺の元へと戻ってくる。
街の彼方から、そんな俺へと歩み寄ってくる二つの人影があった。
「父さん、母さん」
迷わず駆け出していた。
その姿が遠くても、たとえ夢の中だったとしても、触れ合いたかった。
夢の中だから息は切れない。だから全力で走り続けた。
こぼれそうになる涙を抑えて、抱きつこうと、二人に手を伸ばして―――
――― 目の前で、炎に包まれる二人を見た。
「あ、あ、あ」
……炎は、怖い。
眼にしただけで頭が真っ白になって、次に両親の最期が蘇って、あの地獄を余すこと無く想起させる。
俺を殺すなり脅したいのであれば、きっとライター一本あれば事足りる。
小学生の子供相手ですら、俺は土下座して許しを請うかもしれない。
マッチの火を見ただけで嘔吐しながら気絶してしまう。それが俺のあの日抱えた後遺症の一つ、火炎恐怖症(パイロフォビア)。
「……あ、ぁ、ァ……」
夢の中でまで父さんと母さんに触れ合えない自分。
夢の中でまで燃やし尽くされる大切な二人の人達。
夢の中でまで奪われる、愛していた二人の家族達。
地に伏し燃える二人の死体を横にどかすように蹴り飛ばしながら、膝をつく俺の前に現れる影。
未確認生命体第零号―――あの日、俺から全てを奪い尽くした白い悪魔がそこに居た。
「君は脆いリントだね」
「やっぱりあのクウガは特別だったのかな」
違和感。
この世界は、間違いなく夢の中だ。
なのに語りかけてくるその声にだけは、妙に現実感がある。
夢の中なのに誰かが語りかけてくるような、そんな……
「それともどこかで脆くなっちゃったのかな。リントであってもグロンギであっても、人は変わるものだから」
「昔とは何もかもが違う。リントが変わって、クウガも変わって」
「グロンギは結果的に言えば、キミらリントの総人口の十万分の一も削れずに皆殺しだ」
「まあその大半は僕が殺ったんだけど」
怖い。憎い。
未確認生命体を見ると、二律背反の感情が湧いてくる。
……なのに、何故だろうか。
この白い悪魔だけは、見ていると、何故か……悲しくて、哀れに思えてしまう。
何故俺は、こんな相手に同情に似た感情を向けているのだろうか。
父さんと母さんをその手で殺した、憎い仇であるというのに。
「ああ、本題を忘れてた」
「ゴオマに勝利おめでとう。あと6日、好きに生きるといい」
「健闘を讃えてお祝いに来たんだよ、僕はね」
まばたきをした一瞬で、零号は俺の前に現れる。
その右手で俺の首を掴み、吊り上げるように掴み上げ―――
「頑張って。応援してるからね」
――― ゴキリ、と。夢の中で、自分の首が折れる音を聞いた。
〈 東京都 渋谷区 国立オリンピック記念青少年総合センター C棟一室 〉
〈 06:00 a.m. 〉
「――――ッ!!」
「……ハァッ……ハァッ! あっ! ハァッ……!」
「……夢、か……そうだ、夢だよな……」
そうして、京太郎は夢から覚めた。
汗はダラダラ、顔色は悪く、肩は小刻みに震えている。
その理由は最後に『死』を感じた衝撃によりぐちゃぐちゃになってこそいるものの、
十年前の夜に見た光景を鮮明に思い出してしまったがための混沌としたマイナス方向の感情の渦。
「う」
「う、うううう」
「お、えぇぇぇ……」
思い出すと同時にせり上がってくる吐き気をこらえて、洗面所へ走る。
京太郎は今気付いたようだが、ここは宿泊所の彼の部屋。
帰宅した記憶も、それどころか戦いの後の記憶もないが、簡単に身体を流した跡と服を着替えた痕跡がある。
自分で無意識にやったのか、誰かにやってもらったのかも分からない。
空っぽの胃から胃液だけを吐き出して、洗面所備え付けの鏡を見る京太郎の顔色は加速度的に悪くなっていった。
「……ど」
「どっからどこまでが、夢だった……?」
願わくば。
あのコウモリの未確認生命体も、自分が異形と化した事も、殺してしまった事も夢であってくれと―――そう願い。
鏡に写った自分の顔が一瞬バケモノのように見え、逃げた夢想の世界から現実へと引き戻される。
「ひっ」
「違う、違う、夢じゃない……だって、だって……」
「この拳に、まだ相手を殴った感触が……残ってる……」
鏡から怯えるように一歩離れ。
再度こみ上げてきた吐き気の赴くままに洗面所にぶちまけて。
普段の元気な彼を知っていれば信じられないような、見るに耐えない痛々しい姿がそこにはあった。
胃液すら吐けなくなった後、京太郎はかけ布団にくるまってベッドの上で体育座り。
身体を小さく小さく畳み込もうとしているようなその姿は、嵐に怯える子供のようだ。
だが、たとえ子供が怯えているのだとしても。
……怯える子を慰める役目を持った親の存在は、この世界にはもう居ない。
「夢じゃない」
「父さんも母さんももう居なくて、俺の中にはそれからずっと何もなくて」
「庇われるだけだったあの夜から、何一つ成長なんてしてなくて」
「居なくなったと思ってた未確認生命体が現れて」
「俺が、殺した」
「全部、全部……夢なんかじゃ……ない……!!」
殺す、という絶対踏み出してはならなかったライン。
己が人間の姿をしている・化物ではないという、越えるはずがなかったライン。
戦い誰かを傷つけるという、誰かの痛みが分からない者が進んで犯す罪のライン。
須賀京太郎の心の中で、それらは未確認生命体達と自分を隔てる境として敷いていた境界線だった。
もう、京太郎の中にそれらの境界線は何一つとして残っていない。
「嘘だろ」
「は、ははっ……気付いたらモンスターの姿だったとか、どこのB級映画だよ、俺」
「何の冗談だよ、悪い冗談だろ」
「誰か、冗談だって言ってくれ」
飾玉三郎から五代雄介に、五代雄介から須賀京太郎に。
血は繋がらずとも家族として繋がりを持った大切な人を通して、彼らは当たり前の倫理を身に付けた。
誰だって出来て当然の事。当たり前のようで、今の世の中出来ない人も多い事。
『誰かの痛みを想像できる』。誰かをその手で殴った時、その痛みが分かるという事。
殴ってしまえば、相手も自分の拳も痛い。
そんな至極当然の事を考える事が出来て、その握った拳をほどくことが出来るという事。
人はそれを「優しさ」だと言う。
京太郎はそんな部分が、笑いながら誰かを殺すグロンギとは致命的に違っていた。
その痛みを想像できてしまう事それ自体が、彼を苦しめていた。
「なんでお前らは、あんなにも平気で殺せるんだ」
「わけ、わっかんねえよ……!」
「わけ、わかんねえ」
「……怖い」
「なんで、なんで、なんで……」
「お前らみたいなバケモノが生きてて、あの人達は死んじゃってんだよ……?」
恐怖、理不尽、怒り、憎悪。
脳裏を様々な事柄が過ぎ去って行き、震えるままの身体を放置する。
錯乱する思考。それでもどこか、京太郎の思考には冷静な部分が残っていた。
『もしも』の話。そうなってしまった場合、自分が今どういう立ち位置にあるかという話。
「もし……」
「もしも、あの一体だけじゃなかったら」
「いや……あの、高架下の事がある。最低でも、あと二体……」
気付いてしまった。
もしも、まだ未確認生命体の生き残りが残っているのであれば。
警視庁の対策チームが解散してから十年近くが経ち、四号が姿を消し消息不明になったこの世界では。
今この街で自分以外に、戦える者が居ないという事に。
「じゃないと、じゃないと……」
でなければ、仲間達が夢見たこの大会がめちゃくちゃにされてしまう。
全国一万人の高校生達が憧れ・尊敬・鼓吹される夢の果てが、無残に壊され果ててしまう。
十年前のあの夜の、燃え尽き灰になった町の人々のように。
「けど、けど、けど……」
「……情けねえ……」
「情けねえ、俺……!」
そうなれば、自分にしか止められない……そう分かっていても、どうしようもなく怖かった。
震える身体を止められなかった。にじむ涙を止められなかった。自分が殺されるその想像を、止められなかった。
身体を突き動かす憎悪を使いきってしまった結果、身体を縫い付ける恐怖を振り切れなくなっていた。
何故なら彼は、十年前のあの夜に。
『直接目にしたから』『これだけは嫌だと思える死に方が』『何千通りもあるのだから』。
〈 東京都 渋谷区 ??? 〉
〈 07:00 a.m. 〉
そんな彼の昨晩の奮闘を観戦していた二人の女。
薔薇のタトゥーの女と、宮永照。
とあるビルの屋上で、感情を滅多に表に出さない無愛想な二人の美人が相対していた。
照「満足?」
「なんだ? 心配か? 赤の他人だろうに」
照「あれで何がしたかったの?」
「傷を抉りに行った、それだけだ」
二人の関係は、全く見えてこない。
事実この二人の間にクウガとダグバのような因縁・宿命は存在しない。
単なる奇縁の果てに、敵意に満ちた面識があるというだけの事だった。
照自身も相手が未確認生命体というバケモノであることは承知の上だ。
その上で、襲われれば無残に殺されるという現状を理解した上で、彼女は言葉の内の不快感と敵意を隠さない。
照「……最低」
戦う力の無い無力な女の子の発言としては自殺行為に等しい。
それでもなお、宮永照は知人を喜んで傷めつけるこの畜生達へと媚びようとはしなかった。
怯え無く凛と立ち、言葉をぶつけるそんな彼女をバルバは嗤う。
「笑わせるな。お前もそうだろう」
「お前ほど他者を蹂躙し、笑顔を奪い、力こそ絶対であるという証明を続けてきた女は居まいよ」
「他者を傷つけ、傷付けられ、その上で言葉を用いて分かり合う事を拒む女だ。お前はな」
「よきリントの在り方とは程遠い……私に近い女だとも」
照の双眸が、その言葉で細められる。
分かりづらいが、これは『怒り』だ。
薔薇のタトゥーの女の発言が的を射ていたものであるという事と、その発言を挑発でなく本気で言っているのだろうという事に対して。
照「貴方達と一緒にしないで」
「一緒だ。何も変わらない」
「お前もまた、我らとリントがいつの日か等しくなるという証明だ」
「『ゲーム』で他人から何かを奪い、傷つけ続けてきたという点で我々とお前はどうしようもなく同類だ」
「違いがあるとすれば、我々は誇りを持って。そしてお前は無自覚にそれを為してきたということだけ」
「それ以外に何がある」
照「貴女の一方的なシンパシーで仲間意識持たれても困る」
照「不愉快」
愉快そうな女と、不愉快そうな少女。
対照的であっても対等ではない二人の視線の間に敵意の火花がバチバチと散る。
「グロンギはリントの社会の中に混じる事が出来る」
「……だが、絶対にリントにはなれない」
「私はこの十年で、それがよく分かった」
照「……ああ、やっぱりそうだったんだ。 一人? 二人? 貴方達は数が少ないから、そう多くはないとは思うけど」
照「今年と去年で、警察の警備周りの常備人員数が目に見えて違う」
照「今年に、限って」
何度も何度も勝ち抜いた選手としてこの会場に来ている照だからこそ、本質を見抜く才覚のある照だからこそ分かる事もある。
逆に言えば、彼女以外の誰も分かっていない。気付いていない。この夏の街にはそんな不自然な点がある。
例えば……毎年人が集まりいざこざの起きやすいこの会場で、去年より人員を減らされ変な配置を強要されている警察官の人達だとか。
それがまるで京太郎と怪物の邪魔をしない為に巧みに除け者にされているようだと、宮永照だけが気付いていた。
それほどまでに巧妙な、権力という迷彩を着た見えない悪意。
照「お伽話だと、偉い人に化けた妖怪は討たれるのが道理だけど」
「討つ者が居まい。リントのダグバですらあのザマだ」
それはすなわち、人間側の権力者に未確認生命体、あるいはその協力者が居るという事を示していた。
照「まだ、彼がどう転がるかは分からない」
「希望を持つのは良い事だ。だが、忘れるな」
「奴はクウガではない。ゲブロンを埋め込んだ我らの同族なのだ」
「グロンギはリントにはなれない。戻れない。混じる事が出来るだけだ」
照の予想に確信を与え、不穏な予言を彼女に残し。
女を舞い上がった無数の薔薇の花弁が包み込んだと思った次の一瞬、舞い落ちた薔薇だけを残して女の姿は消えていた。
照「……」
照「困った」
薔薇のタトゥーの女の名は、バルバ。『ラ・バルバ・デ』。
ゲゲルの管理者、ゲーム時のグロンギの管理者にして、その裁定に誰も逆らえないほどの実力を持つ最上位のグロンギでもある。
〈 東京都 渋谷区 国立オリンピック記念青少年総合センター B棟談話室 〉
〈 08:00 a.m. 〉
和「おはようございます」
優希「おっはよーだじぇ!」
久「八時だよ、全員集合!」
まこ「全員集合しとらんがな。京太郎はどうした」
咲「連絡ですが京ちゃん具合悪いそうです。先に始めててくれって」
和「大丈夫でしょうか?」
優希「なあに、バカは風邪引かないんだじぇ? だいじょーぶだいじょーぶ」
和「あの慣用句の意味は『バカは風邪を引いた事に気づかない』ですよ」
優希「なぬ!? 嘘だろのどちゃん!」
まこ「嘘じゃなかろう……そしてどうやら、マヌケは見つかったようじゃな」
久「はいはいコントはその辺にね。さっくり終わっちゃうミーティングだし、今日は須賀君抜きで終わらせてもいいでしょう」
談話室にて、今日も元気に五人の声が響き渡る。
京太郎の現状を知らないがために、今日も彼女らは爛漫で元気な少女らしさを振りまいている。
知れば何かが変わるとしても、知らないのならば変わりようがない。
それに何より、今の京太郎の現状を知って彼女達に影響が出る事を厭うているのは、京太郎自身なのだから。
久「はい、じゃ解散ね。午前中は各自怪我とかしない程度に自由行動オッケーよ」
まこ「おう、おつかれさん」
優希「しゃあっ! 今日は何しよっかなー」
久「怪我しないようにね、大事な事だから二度言ったわ」
優希「……部長、なんでこっちを見るんだじぇ?」
久「別に優希の事とは言ってないじゃない」
優希「じゃあ誰の事なのだ? 言ってみるじぇ」
久「優希の事よ」
優希「くぅうおらぁ!」
久「優希の事じゃないとも言ってないじゃない」
「出かけるなら携帯持っておきなさい」と、携帯を手渡す部長。
「出かけるなら迷子に気をつけんさい」と、先輩の忠告。
「迷子になったら切り株見れば方向が分かるじぇ」それは樹海で迷子になると言いたいのか。しかもそれは迷信だ、とツッコミ。
かくして宮永咲は、一人憮然としてため息をついていた。
咲「んしょ」
和「咲さんは今日どうするんですか?」
咲「着替えたら、京ちゃんの様子見てこよっかなっと思って」
咲「居たら居たで少し話して、居なかったらまた出直すよ」
和「お見舞い……ですか。須賀くん、大丈夫なんでしょうか……?」
咲「んー、身体的にどうこうって感じなら、京ちゃん体調がどうのってぼやかしたニュアンスしないと思うんだよね。勘だけど」
咲「体調自体はそんなに悪くないんじゃないかな。性格的にサボりもないんだろうけど」
和「そうなんですか? 見舞いじゃないとして、それならどうして」
咲「なんとなく」
かかってきた電話の休みの連絡の声のニュアンスであの幼馴染から何かを推し量るのは難しい。
何故ならあっちの方が一枚上手だから。
そう、宮永咲がちょっぴり情けなく胸を張る関係が、かの二人。
声の調子から相手の状態を把握する、または誤魔化すのであれば京太郎の方にやや軍配が上がるだろう。
けれど、総合的に見てみると二人の相互理解度はきっちり釣り合ったりもする。
長所短所色々合わせて、優劣無く肩を並べられるからこそこんなにも長く異性の友人を続けられてきたのだから。
京太郎は咲の保護者とよく言われるが、咲とて京太郎の保護者の一面があったりもするのである。
咲「でもこうやってなんとなくでやった事は、だいたい後々上手く行ったりするんだよね」
咲「十年くらい前にあった京ちゃんの両親の葬式の時も、そんな感じだったから」
咲「……あ、なんか恥ずかしくなってきた。今の無し! 和ちゃん忘れて!」
和「え? え?」
咲「私あの件について京ちゃんの前ではすっかり忘れてる設定だから!」
例えばそれは現在の一幕だけでなく、幼馴染だけが知っている過去の一幕にて語られる事もある。
〈 東京都 渋谷区 国立オリンピック記念青少年総合センター C棟一室 〉
〈 07:40 a.m. 〉
「(……誰か、来てるな)」
布団にくるまってなおも体育座りを続ける京太郎は、震えるままに耳が捉えた足音に反応する。
咲か。いや、多分声色は誤魔化せたはず。なら誰だ?
思考が纏まらない京太郎の動揺をよそに、足音はどんどん近付いて来る。
そして部屋の前で止まり、鍵の閉められていないその一室の扉を開けた。
冴「よう」
京太郎「榎田、さん?」
冴「元気そう……じゃ、なさそうだな。当たり前か」
開いたドアの向こうには、見知ってはいるが旧知ではない間柄の友人。
やや混乱していた京太郎に、お前をここまで運んだのは自分であると冴は説明。
なだめるように言葉を選びながら、落ち着かせつつ問答を行う。
京太郎が知っている事、知らない事、冴が主導し互いの認識をすり合わせて行く。
……導き出された結論と成果は、「何も分からないという事が分かった」という事だけであったが。
京太郎「それにしても、どうやってこの部屋の場所が」
冴「ここは何度か利用してるからな。管理人さんとは顔見知りだから、そこで友人だって言って泊まってる部屋を訊いてな」
冴「無論第四倉庫の窓とかの深夜に夜遊びに出かけるための抜け道も把握してる。年季が違うのだよ年季が」
京太郎「……ははっ、なにやってんだよ、アンタ」
乾いた笑い。
欠片も元気の感じられない笑顔を見て、冴は少しだけ表情を歪め口端を下げる。
冴「なあ、お前、本当に大丈夫か?」
冴「吐き出しちまえよ、何かが減るわけでもあるまいし」
冴「口に出すとな、結構楽になるんだぜ? 当たり前だわな、出したらその分軽くなるのは科学的に考えて当然の事だ」
冴「吐き出すのを我慢して、良くなる気分なんてこの世のどこにもねえよ」
冴「何聞いたって、否定も肯定もしないでいてやるからさ」
京太郎「……ありがとう」
ぽつりぽつりと、語り始める。
一度吐き出してしまえば、堰を切ったようにもう止まらなかった。
一部だけ決壊したダムが、やがて壁全てを巻き込んで崩壊するように。
京太郎は先日の喫茶店でぼかした部分、隠した部分、和やかにアレンジした部分をありのままに話す。
そして今抱えている恐怖も、憎悪も、罪悪感も、潰れそうなほどに重く感じる力に付随する責任も。
吐き出せるものを、全部纏めて吐き出していた。
京太郎には敬語なんて使っていられる落ち着きはもう無くて、冴もそれを指摘しない。
京太郎「榎田さん」
京太郎「ごめん、俺、嘘ついた」
吐き出して楽になったのか? 楽にはなっただろう。軽くはなっただろう。
それでも、まだ立ち上がるには重すぎる。
京太郎「もう過去のことだ、なんて言ったのは嘘だった」
京太郎「ただ……昔みたいに、毎晩悪夢にうなされるような事が無くなっただけで」
京太郎「笑い話にも出来ない、忘れる事も出来ない」
京太郎「瞼の裏に、まだ焼き付いてるんだ」
京太郎「俺、さ。もう十年くらい、焼肉屋とかに近づくのも嫌なんだよな」
京太郎「俺は」
京太郎「父さんの肉が燃えるとどんな匂いがするのか、母さんの骨が焼けるとどんな色をするのか、知ってるんだ」
成人もまだ遠い、トラウマ持ちの15歳の少年には重すぎる。
冴「京太郎……」
京太郎「もう、放っておいてくれ。こんな情けない奴の事なんか……」
榎田冴はまた迷う。
どうすればいいのか。何をすればいいのか。どんな言葉をかければいいのか。
答えが見えない。勉強がいくら出来たって、IQがいくら高くたって、答えのない意地の悪い問題。
回答しても正答したかどうかも分からない、一回正答しただけで終わるとも限らない。
そんな、世の中に溢れているありふれた問いの一つ。
榎田冴は苦悩する。友人一人励ましてやる事の出来ない自分自身に、眼前で膝を抱えて蹲る友人に。
須賀京太郎が自分を庇って走りだした果てにこの姿があるのだから、尚更だ。
榎田冴には、須賀京太郎を元気づけばければならないという責任がある。
少なくとも、冴はそう思っている。
「(こんな、時……)」
「(ジャンのやつなら、どうするのかな……)」
仕方がないんだろうか、と弱音が心に浮かびかけた時。
榎田冴の脳裏に浮かんだのは母親でも友人でもなく―――ジャン・ミッシェル・ソレルという、奇妙な縁の知人だった。
「(あいつ、なら……きっと……)」
ルーマニア出身の考古学者。
十年ほど前に冴が知り合った、母と共通の友人だった。
一時期は母と再婚するのかとも思っていたが、その気配が全く無かったので除外。
それどころか母を差し置いて20も歳の離れた冴と仲良くなり親友になったという変人の極み。
「息子を放置しがちな母親について」というネタで、冴は何度も何度も何時間も話し込んだ記憶がある。
そんなジャンなら、きっと……
――― 『仕方がない』。これだけは絶対ダメね
――― そこで泣いている子供が居るのなら、『仕方がない』で済ませる事だけは絶対ダメよ
――― 謝って済む事じゃないと謝らないのもダメ。忙しいからって理由で、何かしてやりたいのに何も出来ないとかいうのもダメ
――― 大人になりきれてない子供も、見てないようでちゃんと周りを見てるからネ
――― いつだって、相手の本気を見てる
――― 大人は相手の事情を考慮して自分を誤魔化せるけど、子供は事情じゃなくて相手がどれだけ本気かどうかを見てるかラ
――― いつだって、本気で行くべきだよ
――― ぶつけたい気持ち、言いたい事柄、伝えたいこと全部包み隠さずぶつける事
――― 揺れない大樹を揺らしたいのなラ、全力で体ごと当たって行くしか無いからネ
「(……本気でぶつかれって、そう言ってくれるはずだ)」
「(砕ける気で当たらなくちゃな。蝶の羽ばたきに期待してても仕方ねえんだから)」
「なあ、京太郎。聞いてくれ」
「俺には、夢がある。……ってか、しょっぱいけど、やりたいことがあるんだ」
「……夢?」
「ああ、夢だ」
意外な単語が来たからか、京太郎がほんの少しだけ面を上げる。
京太郎は吐き出せるだけ吐き出してから、ずっと言葉少ななままだ。
冴は構わず、形も整えずに削り出したままの原石の言葉を投げかける。
「実は俺去年も団体戦と個人戦には出ててな、でもどっちも優勝は出来なかったんだ」
「今年は個人戦だけの出場だけど、それでも勿論優勝は狙ってる」
「ここ数年の高校生の男子女子の実力差の事、知ってるか?」
左右に首を振る京太郎に、冴は続けて説明を重ねる。
「男女交流戦とかの話になるけどな、女子トップクラスと男子トップクラスの間にはここ数年圧倒的な差があるんだ」
「かといって、性差があるってわけでもない。全体で見れば戦績はトントンになる」
「女子はトップが強いけど、実力の個人差がかなり開いてる」
「逆に男子は突出して強い奴が居ない代わりに、個人差があまり開いてない」
「学力テストとかだったら、女子は100点取る奴と60点取る奴に二極化して、男子は皆80点みたいな感じになるって感じかな?」
「まあ、全国出場者の範囲ってのもあんだろうけど」
分かりやすく、掻い摘んで話している。
実際内訳を細かくすれば更に細分化されるのだろうが、本題はそこではない。
だからこの部分の説明はこの程度でいい。
必要なのは、冴の『夢』に関わる部分だけなのだから。
息を吸って、吐いて。深呼吸して覚悟を決める。
言葉にして誰かに聞かせる事で、覚悟を決める最後の一押しに。
「聞いてくれ。これは俺の夢で、誓言でもある」
「俺は個人戦で優勝して――その後、宮永さんに挑戦する」
宮永照。
最強、無敵、頂点。
中学生が思い描く『ぼくのかんがえたいちばんかっこいいさいきょう』を体現したようなチートの極み。
「ぶっちゃけ勝ち目は薄いだろう」
「あの人に勝てるのは、プロですら数人ってとこだろうしな」
「それでも、それでもだ」
それでも、手の届かぬ雲の上の強者であると諦めなかった男がここに居る。
勝ちたい、と。勝利を願い、夢に据えた馬鹿な男がここに居る。
夢物語でも夢想の妄言でもない。そのための努力も年単位でちゃんと積んできた、そんな男。
そこには熱がある。夢見る者のみが胸の奥に持つ、夢の熱。
触れれば火傷してしまいそうなほどの熱を持ち燃え続ける真っ赤な炎。
文字通りの、熱意がそこにある。
瞳が燃えている。
人を浮かせるその熱は、人から人へと感染する。
文化祭や体育祭などで特有の一体感を生んだりもする、人から人へと伝わる熱。
その熱は、俯く京太郎へも伝わっていく。
冷たい闇と熱き炎が、彼の心中で拮抗する。
「男だから、目指すと決めた場所はいつだって頂点(てっぺん)がいい」
「『最強の座』って、ロマンがあるだろ?」
夢をひたむきに追うその姿が、京太郎の中で天秤を傾ける。
燃える瞳を据えた笑顔は、例えようもなく眩しくて。
気付けば、胸の内が少しづつ熱くなっていく自分が居た。
「そして、勝ったら! 宮永さんに告白する!」
「断言するけどこっちは確実にフラレるだろうけどな!」
暗く空っぽだった京太郎の心の中に、灯が灯る。
壊れかけだった京太郎の心の器が、打ち直される。
顔も上げられなかった心の向きが、上向きになる。
それは榎田冴が特別な人間だったとか、特別な事を言ったからではない。
特別な事は何もしていない。
ただ……誰もが必ずいつかは抱くもの。
『夢』という名の、ありふれた宝物。
京太郎を救い上げたのは、どこにでもありながらも世界に一つだけしかない、そんなありふれたオンリーワン。
「それでも、だ。勝てる勝てない関係無く、フラれるフラれない関係無く」
「どんなカタチでも、この胸の中の憧れに決着を付けておきたいんだ」
「俺ももう三年。最後のチャンスだしな」
そして、気付く。
三年が最後なのは冴だけではない。京太郎の脳裏に、いくつもの人影が浮かび上がる。
このままであれば、それすらも奪われる。
この夢も、他の夢も、三年生の最後に懸けた大会も、思いを懸ける他の人達も。
今日この日に向けて血も汗も涙も流したであろう積み上げられたものが、崩れ去る。
殺戮者の一瞬の気まぐれで、何年も積み上げられてきた努力が水の泡と帰す。
先程考えていた責任という名の重しに、更に重みが加わる。
なのに何故か、京太郎はもう膝を折る気はしなかった。
「戦わなければならないという恐怖」と、「理不尽にそれらが奪われる事への怒り」が天秤にかけられ、傾く。
天秤は、釣り合いかけていた。
「……俺は、さ。もしも、この先お前がそうやってずっと引きこもるようになっちまったら、悲しい」
「そしてそれ以上に、悔しい」
「悔しい」と、榎田冴はそう言った。
「お前だっていつか、俺なんかよりでっかい夢を持つかもしれない」
「俺より凄い事をするかもしれない。俺より凄い奴になるかもしれない」
「いつかお前も夢を持てる」と、榎田冴はそう言った。
「あんなクソ野郎どものせいでそんな未来が無くなっちまったら、悔しい」
「それを止められたかもしれないのに居たのに止められなかったのが、悔しい」
「あんな奴らのために失われて良い物なんて何一つ無いって断言できる、クソ野郎どもだってのによ」
「もしもの、仮定でしかないってのに……悔しくてたまらねえんだ」
「あんな奴らのせいでこれ以上何かが失われてしまうのは嫌なんだ」と、榎田冴はそう言った。
「なあ」
「お前はどうだ?」
「俺はどうなんだろうか」と、須賀京太郎は自問した。
「悔しくないのか?」
「お前がそうやって傷ついて、俯いて、苦しんで―――そのおかげで、あいつらはきっと笑ってるぞ」
「俺が苦しんで、その結果あいつらが笑ってるとしたら、どう思う?」と、須賀京太郎は自問した。
想像して「ぶっ殺してやりたい」、と。須賀京太郎は静かにキレた。
熱する。叩く。型を成す。
至極簡単なプロセスだ。
壊れてしまった武器や鎧を、元の形かそれ以上のものに打ち直す過程。
彼の心もまた然り。
「ああ、クソッ」
「ちょろいな、俺」
「そんなの」
「悔しくて、悔しくて……虚勢も張りたくなっちまうだろ!」
ひどくやっつけな、間に合わせの処置。
何一つとして根本的な解決になっていない、そんな応急処置にもほどがある治療。
それでも天秤は、立ち上がる事が出来る程度には釣り合った。
〈 東京都 渋谷区 街路 〉
〈 08:20 a.m. 〉
冴「なあ、お前はもう少し休んでてもいいんだぞ?」
京太郎「体の方はわけわかんねえレベルで好調だから大丈夫だよ」
冴「ならいいが……本人に全く心当たりが無いのに未確認生命体化なんて異常でしか無いんだ」
冴「無理はすんな。肉体面にいい影響だけ現れるなんて、そんな好都合なこと考えられん」
京太郎「ああ、ありがとな」
京太郎「……それじゃ、行くか。昨日の戦いがあった場所に」
やや顔色が悪く、気持ち足元もおぼついていないように見える京太郎。
その京太郎を先導するように、心配げな気持ちを表情に浮かべ歩いていく冴。
二人が向かう先は、昨晩ズ・ゴオマ・グとの死闘があった場所。
灰色のオーロラが全てを無かった事にした、あまりにも訳の分からない現象が起きた場所だった。
冴「確認するぞ?」
冴「昨日、お前が倒した三号の死体は跡形も無く消失した。戦いの痕跡と一緒にな」
冴「お前の流血とか血痕とかは昨晩の時点では残ってた……んだが、今朝の時点ではなくなってた」
冴「何言ってんのか分かってもらえんかと思うが、俺にも分からん。ポルポルってる」
京太郎「だから、手がかり探しに行くんだろ」
京太郎「俺の血痕が時間差で消えたなら、まだ消えずに残ってるのがあるかもしれない。時間差に理由があればそれがそのまま手がかりだ」
京太郎「俺の血痕を未確認生命体が消したのなら、その痕跡を探せばいい。それもまた手がかりになるはずだ」
冴「いい着眼だ。未確認生命体遭遇のリスクも相当に高いけどな」
京太郎「昨日の夜から、もうこの街に安全な場所なんてなくなっちまったよ」
冴「……かもな」
一つ、話をしよう。
榎田冴は秀才だ。頭を使う作業なら、ミレニアム懸賞問題から週刊誌の巧妙な捏造フラゲネタバレ画像の作成までなんでもござれ。
今もこうして京太郎と歩いているもののその思考は常に回転しており、その大半を口に出していない。
悪い言い方をすれば京太郎に考えている事・予想している事の多くを隠し、上手く立ち回っている。
どこまで考えるべきか。どこまで予想するべきか。どこまで話すべきか。
とことん考えて、榎田冴は須賀京太郎にとっての最善の道筋を模索していく。
例えば今グロンギの姿を遠目に見かけたとしても、冴は京太郎を自然に誘導し目立たぬように逃げを打つだろう。
冴の考える今の弱り切った京太郎にとっての最悪の展開は、「外出中に未確認生命体と遭遇する」事であった。
正直でないこと、隠し事をすることが。冴にとっての友人への友情の示し方だった。
だが、あくまで彼は秀才だ。いまだ秀才止まりだ。
経験・技能・教授の何もかもが皆無に近い。故に、化かし合いでは先人達より一段落ちる。
孫悟空が地上に比類無き強者であっても、小賢しい仙術で身を固めても、所詮釈迦の手のひらの上だという事。
京太郎「あん、たは……」
冴「昨日の今日で朝っぱらからってのは、流石にそうそう無いだろうと思ってたんだがな」
京太郎「マジ、かよ……!?」
冴「読まれてたか」
人通りが加速度的に減って行く事に早くも気付き、足を止めるが後の祭り。
『未確認生命体が一番現れる可能性の少ない状況』を、冴は選択したつもりだった。
京太郎は目に見える肉体の不調以上に、精神がどうしようもなく弱ったままだった。
……そして、二人はまだまだ子供だった。
十年前、未確認生命体を追い詰めた未確認生命体合同捜査本部のような、選りすぐりの大人達ほどの能力を持っていなかった。
大人と子供。大人になりかけている彼らなら、いつかは埋まる差かもしれない。
しかしどんな前提があろうと、その差が今埋まっていない事に変わりはない。
「いい読みだ」
「昨晩から時間を置かずに、こちらに手番を極力与えない内に行動しようとしたのも」
「この時期この地域に増員される警察の警備を当てにして、陽のある内なら安全性が高いだろうと判断したのも」
「その上で今朝早朝にこの場所を望遠鏡で覗き、安全確認後に直接視認しつつ体を張って我らの見張りの有無を確認していたのも」
「出来る範囲で成した行動としては実に優秀だ。通勤の始まるこの時間に到着するよう調整したその手腕も実にいい」
「何より、隣の人間にまったく策謀を悟らせないその詐称っぷりだ。リントらしさが欠片もない」
「だが、視点と情報が足りなかったな」
誰も居ない、車すらも走っていない不自然な公道。
その向こう側に、『額に薔薇のタトゥーを刻んだ女』の……とても絵画に映えそうな、優雅に歩み寄る姿があった。
京太郎は先日高架下で見た未確認生命体であろう女性の登場に驚愕し、やや濁った目を向けて身構える。
冴はその言葉から、自身の安全策が全て裏目であった事に気付き歯噛みする。
昨晩京太郎が未確認生命体を殺してしまった以上、絶対に未確認生命体は京太郎を放置しない。
人がそう多くない場所での未確認生命体のピンポイントな襲撃。京太郎の変身。そして三号の死亡。
明かされぬ謎は星の数。冴視点では圧倒的に情報が足りていなかった。それでも、分かる事はある。
想定される未確認生命体の思惑がどんな形でも、京太郎は奴らから目をつけられている。
かつての、四号のように。
先手を打たれれば、戦力差から必敗。故に冴には未確認生命体に先んじる必要があったのだ。
「狙われれ先手を打たせれば安全な場所なんて無い」
「相手に手番を与えず、先手を取って情報を集める」
「そこから打てる一手を練る」
安全性と効率と京太郎の体調を鑑みて、最善手を打ったはずだった。
だから読まれた。簡単な話だ。
最善手しか打ってこない打ち手との頭脳戦など、考えるまでもなく楽勝である。
早朝調査。巡回警備。先手必勝。
薔薇のタトゥーの女は、不難なだけの安全策、子供の浅知恵を笑う。
冴「早朝調べてた時は泳がされてたのか……やけに巡回警備の警察官を目にしなかったのも、偶然じゃなかったんだな」
冴「(いや、普通の通行人もか。偽装した交通規制? 特殊な能力持ちの未確認? 一体どんな手を……)」
京太郎「榎田さん、コイツ……!」
冴「ああ、コイツは笑えるくらいに有名なグロンギだ。……十年前にただ一体、死亡が確認されなかった未確認生命体」
憎悪も、恐怖も、怒りも、忌避も、全てを瞳に浮かばせたまま京太郎は女を睨む。
何度も母から聞かされた、ある種零号にすら匹敵する未確認生命体と評された女を冴は睨む。
その視線を心地良さそうに受け流す、薔薇のタトゥーに赤いドレスの絢爛たる女。
冴「薔薇の、タトゥー……! B1号!」
「ラ・バルバ・デだ。リントの少年」
薔薇の花弁を従えた麗しきグロンギは、宿敵であるリントの言語でそう名乗った。
未確認生命体B群1号、ラ・バルバ・デ。
『ラ』と呼ばれる階級の者達の頂点であり、その力はグロンギの中でも五指に数えられるほどだ。
そも、グロンギには多くの階級が存在する。
インドのカーストや、日本の士農工商のようなものを考えればいい。
その人物に出来る事、生まれついての要素、保有する実力、今までの実績などで階級分けは完了される。
『べ』。最弱にして、何も出来ない落ちこぼれの集まり。
『ヌ』。武器の制作やベルトの修理などを執り行う、所謂技術者集団。
『ズ』。下位の戦士達の集団。肉体を武器とする者が多く、モデルとなった何かの特性を肉体に反映させているのみ。
『メ』。上位の戦士達の集団。生成や制作した武器を使いこなし、比較的高い知能と常識で測れない固有能力を持つ。
『ゴ』。最上位の戦士達の集団。一握りしか存在しない、何もかもが規格外の強者達。
『ン』。全ての頂点に立つ、最強のグロンギにして超越者の称号。
成功する事でこの階級を上げる事ができるゲームが『ゲゲル』。
そして『ン』を除く全てのグロンギをゲーム中統括し、ルールに違反すれば処刑する役目を任せられているのが『ラ』なのだ。
必然、その力はゴの上位に匹敵する。
「ゴオマを倒したか」
「そうでなくては、拍子抜けにもほどがあっただろうがな」
だからか、相対しつつも少年二人はどこか気圧されている。
女に害意は見られない。しかし、昨晩のゴオマなど比べ物にもならないほどの圧倒的な存在感がある。
虫はきっと、潰す気は無いのだと言われても、人間に指でつままれれば死を覚悟するだろう。今の二人はまさにそうだった。
だがその上で、京太郎は言葉を投げかける。
グロンギに気圧され口を開く事も出来ない現状など、彼には到底許容できる事態ではなかったからだ。
恐怖を、一時の憎悪が抑えこむ。
京太郎「お前も、未確認生命体……!」
「そうだとも……ん? 壊れたわけでも、この短期に立ち上がったわけでもないのか」
「その虚勢と意地、負けん気だけは一人前だな」
京太郎「うるせえ!」
「そういきり立つな、重みのない恫喝は弱者の遠吠えと変わらん」
京太郎「――――ッ!」
ブチン、と堪忍袋の緒が切れた。
忘れてはならない。彼は全ての異形を憎む異形アレルギー。
いまだに異形となった自分自身に吐き気をもよおす程の潔癖症。
ありとあらゆる未確認生命体は憎き仇であり、殺さない理由が無い相手なのだ。
ましてや精神的に一杯一杯だった京太郎に、親の仇の一人からの挑発は効き目が強すぎた。
京太郎「だったら、弱者かどうか試してみやがれッ!!」
叫び、10mも離れていないバルバへ向かって駆け出していく。
そして肉体に発生する一瞬の力場と、歪む外見。
走る京太郎の肉体が咆哮に呼応し、装甲に包まれた強靭な肉体へと変貌を遂げる。
全身を白に染めた戦士の肉体に、京太郎は一瞬で変わり果てていた。
だがこれは、『変身』ではない。
爆発した感情に呼応したベルトの誤作動による、昨晩と同じ全く意図していない形の変貌。
肉体は変わっていても、精神は何一つして変わっていない。そんな無様な変わり方。
それは、勇敢な意思に突き動かされる勇者の姿には程遠く。
恐怖に駆られる愚者に似た、逃避のような攻撃の過程だった。
事実、憎悪と怒りだけではない。
野良犬や野良猫が人間の手を噛む思考と同じ理由……つまり、『こいつに殺される前に殺さなくては』という本能。
生存欲求と死の恐怖から発生する、己を害する事のできる強者への害意。
それは前日のゴオマとの戦いから、須賀京太郎がただ一歩も前に進めていない事を意味していた。
冴「待て! きょう―――」
京太郎「この場で叩きのめして、仲間の情報洗いざらい吐かせて―――」
ズタボロの心を友人の言葉で継ぎ接ぎしただけの情けない姿。
憎悪、恐怖、怒りで釣り合った天秤を揺らさねば戦う事も逃げる事も選べない。
そんな心中にラのバルバが気付かないはずもなく。その表情には、落胆と失望の色。
「……ゴオマは、事実上ダグバを倒していたのか」
「お前のような負け犬が、リントのダグバとはな」
バルバがそうゴウマへの賞賛を餞(はなむけ)た、京太郎が異形の右拳を振り上げた、それとほぼ同時。
京太郎は『まだ何もされていないのにも関わらず』、バルバの前で横方向へと吹っ飛ばされていた。
「まだお前のゲームは始まっていない。殺すなよ、ガルメ」
「分かってるよ、バルバ」
「ぐっ、ひゅ、どこ、から……!?」
「リントはダグバまで貧弱だねえ」
脇下を押さえ、息も絶え絶えに片膝だけでもと立ち上がろうとする京太郎。
どこからともかく、そんな京太郎を笑う声。
その声もまたグロンギの言語ではなく、リントの言語。故に挑発が意味を成す。
京太郎はどうやら脇下の骨や装甲の薄い部分に何らかの衝撃を受けたようで、内臓にダメージが行っているようだ。
飛び道具か? 空気弾といった視認しづらい攻撃か? それとももっと特質的なものか?
推測に思考を回しつつ周囲を警戒していた京太郎だが、その思考も中断させられる。
「な、か、はっ……!?」
京太郎の身体が突然、『何もされていない』のに十数メートルほど宙に浮き上がったのだ。
それもとびっきりの、意識が飛びそうな息苦しさと共に。
「!? !?」
「(なん、だ、これっ……首を締め上げられたまま、吊り上げられてる……!?)」
「(まるで処刑台の、絞首刑、みたいなッ……!!)」
声も出せない、息も出来ない。それどころか、首の血流が止まりかけている。
今の京太郎に起こっている不可思議な現象は、絞首刑のそれに近い。
もっともその正体は、喰らっている京太郎自身にも理解できていない非常識極まりないものだ。
絞首刑の主な死因は何か? 首を絞められた事によって呼吸ができなくなる? 否。
首の骨が折れるか、動脈圧迫により脳に血が行かなくなるか、の二択である。
「(やべえ、死――――!?)」
突如通り魔のように現れた、慣れ親しんだ死が近づく感覚。
それを断ち切ったのは叫ぶ友の声。
榎田冴の、全力全開のサポートアドバイス。
「こいつはまさか……31号!?」
「京太郎! 顔を庇え! 同時に闇雲でいいからなんか攻撃しろぉっ!!」
……意識はほぼ、飛んでいた。
にも関わらず、咄嗟に京太郎が両腕で顔面を防御したのは、無意識下でも働いた『友への信頼』に他ならない。
ガンッ、と金属板を叩くような音と同時に京太郎の身体が後方へと動く。
ロープに吊られたまま揺られたように姿勢を変えた京太郎は、またしてもほぼ無意識下でムーンサルトのごとく上方へと蹴撃。
今度は衝突音こそしなかったものの、チッという擦過音。
蹴りが何かに当たったのか、それが敵の本体だったのか、何もかもが分からぬまま、京太郎は地面に落下した。
「げっ、がっ、が、はっ、ハァッ! ハッ、はっ……!」
「やべぇ、今のはヤバかった……!!」
酸欠、血流不足、負荷のかかっていた首の骨、締めあげられ激しい痛みを訴える喉。
咳き込みながらも必死に息をし続けて、京太郎の意識は彼岸より此岸へとようやく帰還する。
いまだに敵が何をしてきているかも分かっていない京太郎に、冴が駆け寄り抱き起こしながら知識を渡す。
「こいつは未確認生命体31号、『カメレオン』だ!」
「周囲の風景に溶けこんで姿を消して、舌で首吊って高く吊り上げた後顔面を殴って脱力した所で絞め殺しに来る!」
「首を絞めるのは顔面のガードを空けるための囮だ! そして顔を殴るのは首を絞めて殺す為の囮!」
「見えないだけでそこに居る! 注意しろ!」
何度も繰り返すが、榎田冴の未確認生命体知識は母からそっくりそのまま受け継いだもの。
故にその犯行の法則性・特殊な固有能力・攻略法といった情報の量も相当なレベルに達しているのだ。
舌で獲物を吊り上げ、顔面を殴り、絞め殺す。
十年前、この未確認生命体だけが唯一ゲゲルを成功させていたと言えばその脅威も分かるだろう。
それすなわち、かのクウガでも31号の殺人を妨害する事すら出来なかったということなのだから。
「つか、また死亡が確認された筈の未確認生命体……!」
そして、榎田冴は知っている。31号が、かつてその逃亡の果てにクウガに討たれた事を知っている。
「ほう……相棒たるリントの戦士は知能派か、よく調べている」
「ガルメ、私は帰るが程々にしておけよ」
「あいさ、バルバ」
ダメージでろくに動けない京太郎と、能力不足でうかつに動けない冴。
そんな二人を尻目に去るバルバと、その背に向かう不可視の襲撃者の声。
敵は減った……が、俄然状況は好転していない。
口ぶりから殺す気は無いのかもしれないというという推測は立てられるが、それだけだ。
「脅威のジャンパー、ズ・バヅー・バのような脚も要らない」
「白銀の殺戮者、メ・ギイガ・ギのような大砲と柔らかな鎧も要らない」
「悪夢の背中を持つ男、メ・ギャリド・ギのような甲殻も要らない」
「どんな生き物だって、首を絞めれば死ぬんだから」
同族の名を挙げ、どこからともかく聞こえる声。
京太郎は立ち上がり、周囲に目を凝らし耳を澄ませ気配を探るものの……何一つとして、手がかりを拾えない。
瞬間、ゾクリとした悪寒。
直観に身を任せ冴を突き飛ばした京太郎は、再度不可視の身より放たれる拳をその身に受けていた。
「きょうた―――」
「ぐっ、げほっ、げほっ、カハッ……!」
満身創痍の京太郎の前に、ようやく迷彩を解いた31号の姿が浮かび上がってくる。
全身が緑、腹部周りが薄茶。能力を使わずとも森に溶け込めそうなそのカラーリングはまさに『カメレオン』。
肥大化した筋肉こそ無いものの、細い体の割には戦士相応の筋肉が付いている。
同族の中でも比較的細身でスマートな身体は、他のグロンギと並べれば相当に痩せて見えるだろう。
鋭角となだらかな曲線で構成されるその身体は、密林の詐欺師たるカメレオンの怪人にふさわしい。
口の端から長い長い舌を伸ばしてちらつかせ、嘲るように異形は名乗る。
「ま、お前は俺が殴っても死ぬようだけどね」
「舌から生まれた『ズ・ガルメ・レ』だ」
「あっさり死なないでくれよ? つまらないからな」
京太郎、瞬時に「庇いながらで勝てる相手じゃない」と判断。
今なら自分が引き付けていれば、冴が自分から離れてもガルメが狙うことはないだろうと結論。
冴も同様の結論に至り、京太郎は冴をカバーするように立ち、冴は駆け出していた。二人の行動は、阿吽の呼吸でほぼ同時。
「榎田さん、どっかに隠れててくれ!」
「ああ、無茶すんなよ京太郎!」
一人を逃がす為の完璧なタイミングでの二者の行動に、ガルメはもともと希薄だった見せしめに冴を殺すという選択を捨てていた。
緑の身体を陽に晒し、白く染まった戦士を見据える。
少し、前述のグロンギの階級の話の続きをしよう。
グロンギの名前の構成は三小節。最初に階級、次に固有の名、そして最後に『種族』の三つである。
種族とはモチーフにした生物のカテゴリであり、そのグロンギが魔石を身体に埋め込んだ際そのグロンギの性質によって決定する。
兄弟、親子、家族、親友などは性質が似通いやすいため、同一の種族になりやすいらしい。
「ダ」は陸上哺乳類。「グ」は翼で飛ぶ飛行生物。
「デ」は菌類と植物。「レ」は爬虫類と両生類。「ギ」は海生生物全般。
そして「バ」が、虫と節足動物だ。
この法則に当てはめれば、ガルメは「ズ集団爬虫類のガルメ」となる。
自分達の名前にすら強さの証明を組み込む彼らは、まさしく戦闘と殺戮のみを文化とする畜生であると言えるだろう。
何が言いたいのか、と言えば。
「ガッ……!?」
「ほらほら、俺は今姿を消してないぞ? 今が倒せる最後のチャンスじゃないのか?」
「クソッ、このカメレオン野郎……!」
特異な舌を持つ生物群の代表の一つ、爬虫類。
その一体であるカメレオンの能力を持つガルメには、中距離戦にて圧倒的なアドバンテージを誇ることが可能な武器が存在するのだ。
それが、『舌』。
ガルメの舌は掴む、叩く、突くと非常に巧みで自由自在な動きをする。
更に最大数十mから最小10cmまで伸縮自在、先端は岩石を砕くほどに硬化可能。
100kg近くありそうなガタイのいい警察一人を吊り上げてなお余裕のあったその舌は、異常なほどの強靭さを誇る。
その舌をガルメにムチのように振るわれ、京太郎は一歩も踏み込めないでいた。
踏み込まなければ倒せない。近づけなければ倒せない。なのに、もう一歩踏み込めば捌ききれなくなる。
リーチの差は力の差。
今の京太郎はガルメにとって、叩けば苦悶の声を上げるだけの愉快なサンドバッグだった。
それでも、少年は前へと踏み込んだ。
かろうじて舌の結界の隙間をくぐり抜けるが、それが隙ではなくわざとであると気づいた時にはもう遅い。
あと二歩で殴れるという距離まで来た所で、ガルメは消失。
京太郎に残されていたラストチャンスは、かくも容易く失われてしまった。
「どこだ、どこ行きやがった!?」
人を一人釣り上げても何でもない常識外れの長い舌。
不可侵にして不可視の鎧。
そして吊り上げられた時にガードしたはずの一撃で痺れた腕が教えてくれる、肉体の基礎スペックですら劣るという事実。
「(ヤバい……)」
殴りあっても勝てない相手、戦場においては絶対的な優位へと変わるリーチの差。
そして何より、『見えない』という絶対的な逆アドバンテージ。
故にこそ、先刻の油断していたタイミングを逃せば勝機は存在しなかった。
「(勝ち目が、無い……!)」
例えるのなら。
格ゲーで相手だけが遠距離武器を持ち、自分だけが相手を見えないというハンディの中、全能力値上位互換の相手と戦う。
……無理だ。勝てるわけがない。
ましてやゲームに例えるのなら、京太郎は初心者プレイヤーでガルメは上級者プレイヤーなのだから。
対等な条件で戦ったとしても、まだ京太郎は不利だというのに。
「出てきやがれ! 俺はここに居るぞ!」
挑発以外に何も出来ない、そんな滑稽な京太郎の姿が、彼とガルメの絶望的な能力差を示していた。
「何が楽しくて、人殺しなんてしてんだよ」
「そんなに強い力持ってんなら、何人かは共存望む奴が居たって良いだろうがよ……」
「なんでお前らは、何が楽しくて、満場一致で殺人なんて嗜好してんだ……!?」
挑発はやがて、咆哮に変わる。
須賀京太郎が未確認生命体に最も不快な感情を抱く部分、何一つとして理解できない嗜好。
『殺人』。
どこに居るのかも分からないガルメに向けたその声は、愉快そうな声色と言葉となって帰ってくる。
「何が楽しいのかって……そりゃ、誰かを傷めつけて苦しめるのは楽しいだろ?」
「楽しくない遊びなんて誰もやりたくないし、愛されないし、すぐ飽きられると俺は思うね」
「ゲゲルは末永く愛される素晴らしい遊びだし……リントは狩っていて飽きないからな」
だがその返答は。
須賀京太郎にとって、何よりも受け入れがたいものだった。
未確認生命体の言葉ではなく、自分たちの言葉で伝えられたからこそ、尚更に。
「遊び、だと……!? ざっけんなッ!!」
激昂する京太郎を笑うように、ガルメは続けて言の葉を落として行く。
奇しくも、先ほどから戦いの場の状況は微塵も変わっていない。
ズ・ガルメ・レが須賀京太郎を己の舌で痛めつけている。それだけだ。
ガルメが相手を傷つける際に用いる最大の武器は、いついかなる時でも己が『舌』なのだから。
「ただのゲームだろ、熱くなるなよ」
「ゲームを楽しんで何が悪いんだ?」
「ゲームってのは、楽しいから多くの者に末永く愛されるもんだぜ」
「多様性があって、飽きなくて、クリアすれば特典もある。だから楽しくて愛される遊びになるんだろ」
「お前らリントだって好んでやってるじゃないか。ゲーム」
「面倒臭いとか、忙しいとか、やらない理由はあっても、やる理由なんて要らない」
「面白みがない毎日なんて、退屈なだけだろ? 俺の言ってることそんなに変か?」
「そんな、理由でッ……お前達は、殺すのか……!」
「結局何かをする理由なんて、十人十色さ。リントだってそうなんだろう?」
「俺達の殺し方ややり口も同じ。縛りプレイ、好きな戦術、難易度調整と多種多様」
「お前らの言葉で言う効率厨?も居れば楽しむことが第一のやつも居る」
「俺達は好き勝手に、自分なりのやり方で楽しむだけだ」
あくまでゲームだと、此方に分かる言葉で断言する。
知性があり、人の言葉を話し、その上でこんなにも外道な言葉を発せられる事が、こんなにも気分を悪くさせる。
……ここまでおぞましく心を抉るものなのかと、京太郎は戦慄する。
京太郎は知りもしない事だが、これもまた十年前の再現であると言ってもいい。
かつて自分を討たんと集まった警察官達の前で、ガルメは大々的にグロンギの殺人文化の正体を語り聞かせた。
それを聞いた警察官達は「ゲーム」という部分に反応し、激昂し、銃を乱射するも逃げられてしまったという。
つまるところ、それこそがガルメというグロンギの運命と宿命であると言える。
ガルメは仲間達の中で真っ先に日本語を習得し、流暢に話せるようになる。
他者を自身の舌で傷つけたいガルメは、ゲゲルのシステムとルールを語って聞かせ挑発とする。
そして激昂する他者を踏みにじり、ゲゲルを成功させるのだ。
ガルメの性格が変わらぬ限り、ガルメがゲゲルに参加している限り、リントの戦士はガルメの口から全てを聞かされる運命にある。
「今回のゲゲルはちょっと特殊で、メインターゲットはお前なんだぜ。ダグバ」
「ファーストターゲットにお前。次にここに集まったリントだ」
「お前を殺した時点でゲリザギバス・ゲゲルへの参加資格をゲット。そしてその後通常のゲゲルのファーストプレイヤーになれる」
「つまりだ」
「お前を殺さないと、俺達はいつまでたってもいつも通りのゲゲルがやれないんだよなァ……」
「けど殺っちまえばあとは殺し放題だし、一足飛びにゴのゲームに混ざれる」
「俺が、ターゲット……?」
「ゴまで行ったジャラジの野郎には随分と差を付けられた気がしたが、まあこれで追い付くな」
それが、ルール。
この時代におけるゲゲルのルール。『リントのダグバを殺害せよ』。
理由は? 何故? どうして? そう叫びたくなる、死刑宣告に近い現実。
それはつまり、現在生存しているグロンギの全てを殺し尽くさなければ、京太郎は生き残れないという事を意味する。
呆然とする京太郎を見て、「やっぱ言ったかいがあったな」とばかりにその表情と感情を堪能するガルメ。
緑色の歪んだ笑顔は、ひどく気持ちが悪かった。
それでも。
「なん、で」
「ん?」
「なんで、平気で、ゲームだなんて……言えるんだ?」
「おかしい、おかしいだろ、絶対に……!」
震える身体に鞭を打ち、否定する。
彼は否定し続けなければならないからだ。
例え、死刑宣告に近い宣言をされたとしても。散々に傷めつけられたとしても。勝機など欠片もないのだとしても
「ああ、お前らだってさ、ゲームで成功したりした時に喜ばないか?」
こんな事を。
「興奮したり、嬉しくなったり、爽快感があったり」
こんな事を。
「それと同じだ。心も体も壊れかけてる時のお前らの顔は、最高だよ」
こんな事を。
「だからゲゲルは、楽しいんだ」
こんな事を―――笑って、口にする奴らに。
人の苦しむ顔を、ゲームのリザルト画面やクリア特典の一枚絵程度にしか思っていない。
だからこそ嬉々として見たがるのだろう。
行動の結果、努力の結果、知略の結果が成果として目に映る……そこに歓喜を覚えると言い換えれば、それは分かりやすい筈だ。
そこに達成感や歓喜を覚える気持ちは、普通の人間には絶対的に共感こそ出来ないが、理解は出来るものなのだから。
だからこそ、絶対的に人間とグロンギという二つの種族は相容れない。
「お前ら、みたいな、奴らが、この世界に、居るからッ……!!」
故に、須賀京太郎は否定する。
朦朧としていく身体の意識と、膝をつくなと吠える精神の意識。
拮抗すらせず、意識は闇に沈んでいく。
掠れ薄れ行く意識の中。
いつかの日に、どこかの場所で、幼馴染に聞かされた言葉を思い出していた。
「ねえ京ちゃん。私を殴って、どんな気持ちがした?」
〈 東京都 渋谷区 派出所 〉
〈 10:30 a.m. 〉
目覚めれば、そこは知らない天井だった。
京太郎「……知ってる天井ってフレーズも、なんか微妙だな」
京太郎「んっ……ツっ、いてて……骨、骨がいてえ!」
京太郎「ってか、ここどこだよ」
ガルメに殴られたのは路上だった筈。
しかし京太郎が目覚めたのは室内。見慣れぬ清潔感のある部屋であり、見える範囲ではガルメと冴の姿もない。
体の調子を確かめるが、骨の痛みだけで何ヶ所か折れているのではと思った場所も痛みだけで済んでいるようだ。
怖気の走る回復速度に表情を歪める京太郎の耳に、部屋のドアが開く音。
扉の向こうから現れたのは、やけに小柄な婦警さんであった。
「気がついた?」
京太郎「あ、はい。えっと、ここは……」
「うちの派出所の休憩室。熱中症で倒れたんだから無理はしない方がいいよ」
京太郎「熱中、症……」
ここは派出所か、と少年は認識を改める。
京太郎自身は熱中症でもなんでもないが、おそらく冴がそういう嘘をついたのだろう。
服の下には内出血や打撲・骨のヒビなどが残ってはいるものの、目に見える肌の部分に傷は残っていない。
『比較的安全で休ませられる場所』のチョイスとしては、派出所という発想は理に適っている。
友人が倒れたから目が覚めるまで休ませたい……という点に、嘘は無いのだし。
京太郎「……」
口裏わせに問題はない。
問題があるとすれば、別の部分だ。
あくまで、例え話だが……塞がりかけた傷を再度開いたり、傷の上から傷を刻んだり、傷をほじくり返したり。
時にそんな傷は、一発の重症よりもよほど危険性の高い傷となる事がある。
その傷が目に見えないのなら、尚更に。
京太郎の様子を見に来てくれたらしい婦警さんは、非常に小柄だ。
服装のせいでやや大人びて見えるが、身長は中学生並み。一見京太郎と近い歳にすら見える。
事実、神の視点からの情報を述べるならこの婦警は「中学時代から2cmしか伸びてない」らしい。
れっきとした大人であるのに、同い年の中でもかなりの長身の京太郎ならば20cm以上の差があるかもしれない。
普段の京太郎なら、突っ込んでいた所。「コスプレですか?」ぐらいは言っていただろう。
「大丈夫?」
京太郎「え? あ、はい。全然大丈夫です」
「……そんな顔色で、大丈夫って言われてもね」
「第一、大丈夫?って聞かれて大丈夫!って答える奴はだいたい大丈夫じゃないのよ」
「普通の人は大丈夫?って聞かれたらなんで?って答えるものだからね」
京太郎「う」
が、今の京太郎はそこまでの余裕を持ちあわせていなかった。
今朝の症状がややぶり返している。
そもそも冴は京太郎が前を向けるだけの元気を分け与えただけで、京太郎の悔しさ等を引き出し立ち上がらせただけだ。
問題の根本的な解決にはなっていないし、していない。
心底の憎悪、死の恐怖からの逃避。そこから生まれた殺意が真正面から叩き潰された結果、心中のダメージは計り知れないだろう。
物語の中ではよくある話だ。『親の仇への憎悪と殺意が心の支えになっていた』などという、そんな話は。
そして仇を取れず返り討ちになった結果、心がその支えと共に折れかけるというのもよくある話。
形に出来ない憎悪。発散されない怒り。自身へ向かう無力感。
榎田冴が心を込めて向き合った結果生まれた京太郎の心中の光を、未確認生命体はほんの一瞬で奪い去っていた。
「それとも、気を失っている間に悪い夢でも見たのかな?」
京太郎「……を」
「を?」
「……怪物を、見た気がします」
「熱中症でうなされて?」
「たぶん、熱中症でうなされて」
いっぱいいっぱいだ。
京太郎が好きな物はおっぱいだ。
昨晩ゴオマに追い詰められてから、ずっと京太郎はいっぱいいっぱいなままなのだ。
見ず知らずの女性に、警察官であるという僅かな安心感だけにすがり、冴の時のように吐き出そうとするくらいには。
現状を爆発させて一時的に誤魔化しても、立ち上がるだけの元気を友人からもらっても、それは変わらない。
十年前にいっぱいいっぱいだった彼は十年かけて心に余裕を持たせ、傷を癒していた。
それでも薄れただけで、消えたわけではない。それは根本的に変わらなければ消えない傷だ。
「怖かった?」
京太郎「……怖かった、です」
建設的な話の欠片もない。京太郎はただ、単に吐き出して楽になりたいだけだ。
最低の心情で言葉を紡いでいる。
頼ろうとも、助けて貰おうとも考えていないくせに、弱音を吐いている。
最低の心境で言葉を紡いでいる。
重荷を下ろそうとはしていても、重荷を誰かに背負ってもらおうとは思っていない。
弱い心で、強い虚勢を張っている。
その話を聞き流そうとしたり、幻だと切って捨てない彼女の優しさが、心に染みた。
見ず知らずの人のその優しさに甘えているのだと、痛いほど分かっているのだとしても。
弱り切った京太郎はまた十年前のように、『見ず知らずの警察官の優しさ』に甘えていた。
京太郎「夢の中、ですけど」
京太郎「そいつは、未確認生命体の姿をしていて……」
「……」
京太郎「俺は、父さんも母さんもあいつらに殺されたっていうのに……なのに……」
「うん」
京太郎「あいつらを、怖いって思っちまったんです」
死の恐怖は当然だ。誰にでもあるものだ。
しかし、それが恥にならないかといえば、それはない。
京太郎「もう逢えない父さんと母さんに、顔向けできない」
至極、当然の感情だ。
親の仇に死に至りかねないほど害され、恐れてしまった事を恥じた気持ち。
それが自身への失望と情けなさへと繋がらないわけがない。
憎むのが当然だと、怒るのが当然だと、十年間ずっと彼は思っていた。
もしもどこかで奇跡的な確率で未確認生命体と出会ったとしても、恐れることだけはないと思っていた。
だというのに、直接相対すれば自身を突き動かした最大の感情は死の恐怖。
親を殺した未確認生命体の一人に追い詰められ、無様に恐怖にかられた自分。
須賀京太郎は、父・須賀未来と母・須賀希望のたった一人の息子として、自分を恥じていた。
最後の一瞬まで恐れることなど無く、その命を賭して自分を守ってくれた両親に、顔向けが出来ないと思っていた。
戦う事、心強く持つ事、恐れぬ事。そこから耐え切れずに逃げ出した自分は、二人に胸を張れないのだと口にした。
少し潔癖すぎるかもしれないが、親を目の前で殺された子供である。
親が目の前で殺されたのが5歳。今が15歳。
割り切る事も、乗り越える事も、忘れる事も。
京太郎に一人でそのどれかを成せと告げるのは、あまりにも彼に酷すぎる。
「そっか……怖かっただろうね、お茶飲む? これは出涸らしだけど」
京太郎「頂きます……ん?」
「あ、それ私の写真立て。気になる? 11年前の写真でもカッコいいでしょ、私のお父さん」
京太郎「この頃から身長伸びてないんですね……」
「お願いだからそれは言わないで」
そう、一人では。
父親が殺され、母親が殺され、かの夜の街で親なき子は一人ぼっちになった。
大切な友人達、大切な仲間達。そして今、厚意を向けてくれる他人。
十年が経った。今はもう、一人じゃない。
「……私のね、お父さん」
「未確認生命体、零号に一番最初に殺されちゃった人」
京太郎「!」
一人じゃない。
きっとこの世界のどこかにも、京太郎が今抱いているどうしようもない気持ちの理解者が居る。
その理解者なら、きっとこの気持ちも氷解させてくれるだろう。
京太郎「憎い、ですよね」
「そうだね、今でも憎くないって言ったら嘘になる」
京太郎「怖い、ですよね」
「殺されるって、怖いよね。大切な人も、そうでない人も、自分自身でも」
京太郎「俺は、父さんにも、母さんにも、愛して貰った恩返しが何も出来ないまま……」
「……私も、そうだったよ」
共感。零号に親を殺された、という二人。
十年前に子供であったとしても、今はもう社会に出ている人達は数多く居る。
その中にはグロンギに親を殺された、という者達も居るだろう。けれど同一の仇を持つとなればそうそう居ない。
共感できる相手からの励ましというものは、京太郎には初めての体験だった。
京太郎「それが理由で、警察官を目指して?」
「ううん、それは違うよ」
「仇が憎いとか殺したいからとか。そういう理由でこういうお仕事を目指したり、就職するのはいけないと思う。少なくとも、私は」
「誰かを許せない人、仕事だと気持ちを割り切ったり出来ない人が警察官をするのは、凄く難しい事だから」
自然、興味は向く。
彼女は先人だ。
京太郎がいまだ乗り越えられていない壁を既に乗り越えた、尊敬すべき先人なのだ。
「最初は憎い。次は怖い。最後に、皆で一緒にどうにかしないと」
「私が未確認生命体に抱いてた気持ちは、そんな感じに変わってったよ」
「警察官になったのも、そこに無関係じゃなかった」
「私はあの恐ろしい未確認生命体に心だけは絶対負けずに、立ち向かってた人たちの背中に憧れたから」
京太郎「――――」
京太郎「見守って、くれてる、家族を……笑顔に、する……」
「君のお父さんと母さんを笑顔にできるのは、君だけだよ」
「二人が見守ってるのは君だけで、二人はずっと君のそばにいるんだから」
京太郎「俺、だけ」
「ずっと顔を伏せてるのは君の自由だけど、そんな君も見守ってくれてるんだよ?」
「せめて立ち上がらないと。それで、歩き出さないと」
「私が人の親だったら……子供がずっと落ち込んでて、見守る事しか出来なかったら、悲しいと思うから」
京太郎「……俺は」
京太郎「自分が心底情けないです」
「親の前で情けない姿を晒した事の無い子供なんて居る? 居ないでしょ?」
「何度失敗しても、何度挫けたっていいんだよ。その度に立ち上がって、成長した姿を見せられるのなら」
「子を愛してくれる親は、呆れる事もある。叱る事もある。でも嫌いになったり、見限ったりはしないんだから」
京太郎「二人は立派に立ち向かって……でも俺は、ビビって……」
「君はその立派な二人の息子だよ」
「今は立派じゃなくてもいい。情けなくてもいい」
「でもいつか、大人になるの。そこからだけは逃げちゃダメ」
「子供はいつか大人に『変身』する。そして、その姿をちゃんと愛してくれた家族に見せる」
「生きていても、亡くなっていても。その姿を見せるのが、たったひとつの親孝行」
「私はそう思う。君もいつか、それが出来るって」
「君を見守ってくれてる家族を笑顔にできるのは、君だけだと思うから」
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>>307と>>308の間にこれお願いします
京太郎「あの」
「うん?」
京太郎「どうやって……乗り越えたんですか?」
「最初は、ただ信じてみようと思っただけ」
京太郎「?」
「私の信じた人達が、いつか必ず。憎しみを理由にしてた私とは違う形で」
「どこかの誰かを守るために、お父さんの仇を倒してくれるんだって、信じてみた」
京太郎「憎しみじゃなくて、守るために……?」
「そう。笑顔を、守るために」
憎いだとか、恐ろしいだとか、許せないだとか。
そんな気持ちを託せる人に出会えた事が、彼女にとっての幸運だったという。
戦う者は憎悪も恐怖も持つべきじゃないんだと、そう教わったのだと彼女は言った。
憎悪と恐怖は、振るったその手で時に失わせてはいけない笑顔を失わせてしまうから。
「皆やる時はやってくれるから、大人を信じてくれって」
「私にもきっと、何かをやる時が来るって。そう言ってくれた人を信じて任せたら、不思議と気持ちは楽になってたんだ」
「そしたら、お父さんの笑顔が頭に浮かんできてね」
「色んな人が言ってくれた。お父さんは、今でも私を見守ってくれてるんだって」
「だったらもう、情けない姿を見せられないと思ったの」
「お父さんが誇りに思ってくれる、そんな私に変わるべきだって、その時思った」
「私を見守ってくれてる家族を笑顔にできるのは、私だけだと思うから」
須賀京太郎は自身を恥じる。
こうして何度も何度も、他人に励まされなければ立てない弱い自分に。
須賀京太郎は感謝を述べる。
心の中で、こんな自分に優しくしてくれた、言葉を向けてくれた人達に。
須賀京太郎は、立ち上がる。
「人が死んで、残された人がどうするか」
「結局、残されたい人は『どう納得するか』ぐらいしか選択はないからさ」
「復讐しないと納得出来ない人もいる。死者の思いを尊重して行動を選べる人もいる」
「理不尽に真っ向から逆らうか、意地より遺志を尊重するか」
「悪人がのうのうと生きている理不尽が許せないのも、死んだ人がそれを望んでないと割り切れるのも、人それぞれ」
「どっちが正しいとかどっちが間違ってるとかなんて軽々しく言えないけどね。私は特に」
京太郎「復讐と、尊重と、納得……」
「まずは自分の生き方に納得してないと、スタートラインにも立てないからね」
気持ちのまま復讐し戦いを挑んでもいい。両親の最後の願いを聞き生きる事を再優先して逃げてもいい。
京太郎の中に、二択の選択肢が浮かび上がる。
その選択肢は彼女には見えていないものの、何かを選択するべきだと彼女は言う。
行動し、納得し。でなければ、何も始まらないと。
「よく考えて、後悔しないように何を選ぶか決める事」
「はい、お話終わり。もう顔色も良くなってるし大丈夫でしょ?」
京太郎「え?」
「ここは休憩所じゃありません。今にも自殺しそうな雰囲気だった青少年への、婦警さんのアドバイスはここまでです」
ぱんぱんと諸手を叩き、幾分か顔色が良くなった京太郎を部屋の外へと押し出していく。
部屋から出れば一本道。
京太郎から見て名も無き親切な婦警とのこの時間も、もう終わり。
いつかまた出会うかもしれない。出会わないかもしれない。
そんな不思議な邂逅の終わりを惜しみつつ、京太郎は最後に一言。
京太郎「あの。俺須賀っていいます。須賀京太郎」
京太郎「お名前を聞かせてもらってもいいですか?」
婦警が付けていたキラリと光る桜貝の飾りが、夏の日差しに煌めいていた。
「『夏目実加』。歳相応には見られないけど、警察官なので悪い事したら容赦しないので肝に銘じておくように」
夏目 美加。
現代で、一番初めに未確認生命体に殺された研究者・夏目幸吉教授の娘。
未確認生命体第零号に親を殺されたという意味で、須賀京太郎と同類である警察官。
かつて父を零号に殺され、「零号を警察が殺してくれないなら自殺する」と口にした事すらある、元復讐に囚われた少女。
そして現代に蘇ったクウガに救われ、復讐心を乗り越え、その正体を知った者の一人。
研修で長野から東京の署に来ていた彼女が、この時期警備で忙しい現場に回された。
そしてとある理由から配置がグチャグチャになっていた警備の一人として動員され、今日ここで出会ったという奇跡のような偶然。
この日この時間この場所で、彼と彼女が出会った事もまた、運命だったのだろう。
「がんばれ青少年」
「私は目の前で五代さんがグロンギを撃ってくれてみせた、あの日に」
「一条さんが真っ先に『無事でよかった』と言ってくれた、あの姿に」
「あの時、心の中で一つ決着が付いちゃった私には、これぐらいしか言えないからね」
派出所入り口で待っていた友人と合流し去っていく少年に、遠目に美加はエールを贈る。
『親の仇への憎悪と殺意が心の支えになっていた』少女が、かつての自分と同じ苦悩を持っていた少年へと言葉を送った。
夏目美加はかつて、良き大人に救われた。そんな彼女が良き大人として、悩める少年の一人に救いの手を差し伸べた。
善意の循環。厚意のスパイラル。
誰かに助けられた人が、誰かを助けたいと志した日の未来の話。
「さて、臨時上司の一(にのまえ)さんが帰ってくる前に私は書類片付けないと」
「サボってたと思われちゃうし。いや実際渡されてたお仕事はしてなかったんだけど」
「ああいうのもお仕事だし、大目に見てくれないかなぁ」
形に出来ない憎悪。発散されない怒り。自身へ向かう無力感。
その気持ちは彼女には痛いほど理解出来た。それに未確認生命体が居た頃は、本当によくそういう人を眼にしたから。
そんな人達を救っていた大人達を見た。そんな大人に救われた。そんな大人達の背中を見て育った。
そんな大人になりたいと、子供の頃に思っていた。
なれただろうかと。ほんの少しでも近づけているだろうかと、彼女は憧れた背中と今の自分を見比べる。
まだまだかな、と溜息一つ。
「でも、何だったんだろう」
「このアマダム、あの子に反応してたけど……まだ使い方分からないし」
「はぁ……」
その右手で、色の付いた石を触りながら。
冴「おう、体調戻ったか」
京太郎「あ、居た」
冴「『居た』じゃねーよ、俺が運んだんだよ! 分かってやってんだろお前!」
京太郎「しっかし、昨日といい今日といい俺は何度運送されるんだろうか」
冴「ルガール運送をよろしく! 割れ物注意な!」
京太郎「運ばれる俺の事も考えてくれませんかね」
派出所の外に居た元気そうな冴の姿を見て、京太郎は安堵の息を吐く。
『自分が倒れた後の万が一』も想定していた。ルールの説明こそ聞いていたものの、それでも不安は拭えなかったのだ。
対する冴も息を吐く。彼は後頭部を殴られて吹っ飛んでいく京太郎を見て、もう二度と起き上がらない事すら覚悟していた。
離れた場所から見ていても、脳味噌が液状化していてもおかしくない衝撃だったはず。
冴は何度目か分からない人外度合いの再認識を、京太郎は現状の再認識をそれぞれ済ませ、本題に入る。
冴「どうする? 今ならここで、警察に全部話す事も出来るぞ」
冴「十年前レベルの即時対応とまでは無理だが、俺らが頼れる相手の中では一番頼りになるぜ」
京太郎「そりゃ愚問だろ。するわけがない」
京太郎「俺の力だけで頑張ってみる。警察頼ったら、その時点で大会中止だ」
京太郎「大会、中止になってもいいのか?」
冴「いいわけねえけど……仕方ねえだろ。優先順位ってもんがある」
京太郎「それに、証明できない」
冴「……」
人外がうろついている街で大規模に人を集める全国大会など開き続けられるわけがない。当然、中止だ。
逃げたからどうにかなるというものではない。
ないが、麻雀という部活動に参加であれ観戦であれ、そこに命まで賭けられるものはそうそう居ないだろう。
人間それが当然の事なのだ。
その果てに失われるものについて、京太郎は限りなくリアルな想定をしている。
大会中止で泣く人間がどれほど居るか、どれほどの懸けた月日が失われるか、どれほどの夢が潰されるか。
未確認生命体が健在であるという知らせが、それほど人の心と世界を揺らがすか。
限りなくリアリティのある想像を、脳内で完成させている。
そして、それだけではない。
京太郎はいくらか頭を回す内、警察へと通報するその選択肢が不可能であるとの答えを出していた。
京太郎「死体、消えてたんだよな?」
冴「……」
京太郎「俺の流血も血痕もない。あの現場には、何一つとして残ってない」
京太郎「俺達には、未確認生命体が出現したっていう証拠が出せないんだ」
それは、未確認生命体の実在を示す証拠の無さ。
昨晩発生した灰色のオーロラは、『未確認生命体がこの世界に存在した痕跡』をそっくりそのまま消失させていた。
京太郎の身体に傷は残っていない。早朝の調査で、血痕の痕跡すらも排除されていた事は明らかになっている。
さて、ここで問題だ。
男子高校生二人だけの「未確認生命体が出た」という証言を、警察官はどのように受け止めるだろうか?
冴「……ま、お前の言う通りだな」
十年前、未確認生命体が確認されてから全滅してからもなお減ることはなく、未確認生命体の誤認情報や虚偽情報は続けられた。
ある人は見間違い。ある人は目立ちたがりのかまってちゃん。しかしある人は真実だったりもした。
だがそれは情報が真実であるという証拠と複数人の証言によって成り立つものであり、今の彼らにはそのどちらも無い。
犠牲者も居ない。証拠もない。目撃情報もない。
未確認生命体が全滅したと公開されてから、十年も経っている。
そして何より、通報された警察官が高確率で『信じない』。
「信じられない」ではなく。その気持ちの半分以上は「信じたくない」というものだろう。
恐怖を理由に幽霊の実在を頑なに信じようとしない、そんなどこにでもいる人のように。
学生のイタズラだと判断され、闇に葬られるのがオチだ。
冴「今通報して、それがそのまま受け止められる可能性は低い」
ここまでが、京太郎の思考。
が、冴にとっては思考のスタートラインにすら立っていない。
まず、未確認生命体の存在証明。
これは冴にとっては簡単な事だ。京太郎の変身を見せつけて証明すればいい。
だが問題はその先だ。
冴はその先の「警察が須賀京太郎という存在を知ったら?」という可能性を考えている。
四号が警察と協力関係を結べたのは、まずそこまでに積み上げた実績。
具体的にはそこに至るまでに何体かのグロンギと戦う姿を見られていた、というものがある。
それが敵であるかもという推測の可能性を下げ、交渉の可能性を生み出した。
しかし京太郎は、今の時点では誰にもその戦う姿を見られていない。
次に、戦う相手に関して。
現在確認できた未確認生命体は人間体が二体、怪人体が一体。
冴はこれを、『最悪二体』と解釈した。無論数は少ない方が良くて当然なのだが……「少なすぎるかもしれない」と、判断した。
四号が受け入れられた理由として、「その力を借りなければならないほどの数と強さの敵が居た」というものがある。
強大な敵の存在は、身内同士の争いを抑制する。それはどんな時代、どんな場所でも一緒だろう。
しかし、その脅威が無くなれば? 小さければ? 人々は、異形を受け入れるリスクを寛容できなくなるのでは?
例えば未確認生命体が全滅した後も四号がこの世界に異形のまま居座ろうとすれば……少なくない反発があっただろう。
四号が世界を去ったタイミングは今考えても絶妙だったかもしれない、そう冴は考える。
最後に、京太郎は元々零号の大虐殺にて不自然な生き残り方をした少年であったという事。
警察視点でこの謎に、「元から未確認生命体で人間にずっと偽装していたんだ」という理屈が完成してしまう。
反論し証明する方法は、無い。京太郎が何故変身できるのかを説明できないからだ。
それを警察は誤魔化しているのだと判断し、最悪この東京での未確認発見報ですら虚偽だと判断されかねない。
須賀京太郎という少年は人間でありながら、未確認生命体として最終的に殺処分される。
元より四号を受け入れることすら満場一致ではなかった。異形への反発は確かにあったのだ。
故に、警察に京太郎の存在を現時点で知られる事はイコールで『解剖・実験材料』という末路を辿る運命を押し付ける事となる。
現時点で正体を知られるわけにはいけない。今の京太郎にとって、その存在と仮面の下の正体を知られる事は死を意味する。
故に、仮面を被り続けなくてはならないのだ。
もっとも、冴が想定する方法は他にもある。
例えばその一つが、「京太郎が変身し簡単に公共施設を破壊しつつ、人の多い場所に出現する」という方法だ。
無論、人は傷つけない。何度もやれば異形の情報は確定的になるし、コスプレのイタズラとも思われない。
頃合いを見て変身解除し人混みに紛れれば、大騒ぎにするために用意した大勢の人がいいカモフラージュになってくれるだろう。
ここに在る問題点は三つ。
一つ。京太郎が変身を完全に制御出来てないと、朝の戦いで冴視点で判明した事。
この作戦にはスムーズな変身と変身解除が必要になる。タイミングを伸ばせば退路を断たれ包囲まっしぐらだ。
その結果はもちろん実験解剖コース。京太郎に警察官をなぎ倒して逃げる気概なんてありゃしない。
一つ。京太郎の怪人体が確実に判明してしまう事。
つまり京太郎の怪人体の死体が発見されるまで、未確認生命体事件への対応が続いてしまう事だ。
十年前の事件を考えれば、警戒は年単位で続けられてもおかしくはない。今年だけではなく、来年の大会も開催は難しいだろう。
自粛という形になるのだろうが、死人が出た事件というものはひどく人を敏感にさせるのだ。
当然、京太郎は死ねない。何かの拍子にやむなく変身→捕縛という可能性も生まれてしまう。
警察に常に追われているという状況と強迫観念は、京太郎の精神にも悪影響を与えるだろう。
一つ。京太郎が協力者の人間として名乗り出る事がまず不可能になる事。
存在が判明して最初の行動が公共施設の破壊等法に触れるものだとして、そいつを信じるものなど居るのだろうか?
無理だ。ただでさえ、破壊は未確認生命体のイメージが根強く付いている。
初手が何かしらの傷害や破壊であれば、京太郎は絶対的に人類の敵として定義されてしまう。
それだけは避けなければならないと、冴は思っている。
他の方法もだいたい同じだ。
変身制御の不可、法の非順守、存在の露見、人々のイメージ、警察への印象。
どれをとっても、どんな方法を選んでも、上手く行く方法が見つからない。
昨晩、汚物まみれの京太郎を背負った冴が想定し悩んでいたのはこの事だ。
彼は大筋どの道を選択し進んだとしても、ロクな結末に至らないという結論に既に辿り着いていた。
打開策が思いつけないという一点にさえ目を瞑れば、非常に優秀な少年であると言えるだろう。
京太郎は冴にガメルの語ったゲゲルのルールを語っていない。
そして語ろうともしていない。それが自分の逃げないという選択をした時の言い訳になるからだ。
京太郎もまだ二日三日の付き合いではあるが、冴が自分よりも相当に頭が良いという事は気付いている。
そして気を付けていても簡単に言いくるめられてしまうほど、頭の回転に差がある事も。
逃げない理由、逃げられない理由を語れば、冴はそれらを一つ一つ丁寧に否定するだろう。
行き着く果ては、逃げない理由を何もかも無くし戦いから逃げる事に乗り気になった京太郎だ。
榎田冴はその結末を望んでいる。彼は、友人である京太郎が戦う選択を選ぶ事に対して否定的なのだ。
その為なら自分がいくらでも危険な目にあっても良いと思っているし、リスクを背負う覚悟もある。
しかし、それは力のある英雄が当然のように選んだ選択ではない。
弱者がなけなしの勇気を絞り出した、真に価値のある優しい勇気なのだ。
その優しさに甘える事も出来る。甘えて、逃げ出す選択肢がきっと一番楽に決まっている。
それでも―――また庇われて、優しさにすがって、何も自分で選び取らず、空っぽになるのは嫌だった。
戦うにしろ、逃げるにしろ、それは己の意思で選択したかった。
京太郎「だったら、戦うしか無いじゃないか」
京太郎「俺にしか出来ない事なら、それが俺のやるべき事なんだ」
榎田冴は京太郎のそんな意志には気付いていなかったが、京太郎が気付いていない深層心理に気付いていた。
冴が思考した内容、そのスタートラインで京太郎の思考が止まっていた理由。
知能が足りない? それは無いなと、冴は断ずる。頭の回りが悪いやつではないはずだと、軽く分析は終えている。
ならば当然、思い当たるのは心の傷。無意識の意識への作用だ。
少し考えてみれば、その答えは非常にシンプルだ。
要するに京太郎の思考停止の過程とは、『自分が異形であると認め名乗り出る』という一点での停止に他ならないのだから。
自分が異形であると認めたくない『無意識の拒絶』が、ほんのうっすらと思考の邪魔をしているのだ。
そこに自覚が持てていない時点で、京太郎はもうどうしようもなく重症だった。
今は冴視点で不思議なくらいしゃんとしているが、それでも思考は完全には正常に回っていない。
京太郎の意志はいくらかマシにはなっている。しかし、深層が本当にどうしようもない。
過去の記憶、過去の思い出でもなければすぐには直せないかもしれない。それほどの深層だ。
過去は、過去にしか癒せない。今の時代を生きる者達では、傷は表層しか塞げない。
表層を塞いだ古傷が真に癒えるには、本当に長い時間が必要なのだ。
出来れば、その傷を癒やしこの先の未来を生きるため、戦うのではなく逃げる事を自分の意志で選択して欲しい。
京太郎が特別というわけでなく、仲の良い友人であれば誰にでもそう思うほど、榎田冴は熱い男であった。
それに、なによりも。
冴「その震える手でか」
京太郎「……」
冴「それじゃ多分、俺も殺せねえよ」
榎田冴は、須賀京太郎が性格上致命的に戦いに向いていない事を見抜いていた。
冴「(『自分にしか出来ない』『やるべき』)」
冴「(『やりたい』って言葉が出てこない時点で、自分すらも騙せてないだろうに)」
初めて出会った時から、京太郎からは『戦う意志』が感じられなかった。
むしろ忌避している感触すらある。京太郎の過去を知った後では、それも当然と納得もしたが。
須賀京太郎は、普通の人間が生きる過程で最低限持っている戦うための『覚悟』ですら、胸に秘めていない。
それは昨日までは他人との協調性。昨日からは単なる臆病として機能していた。
冴「やめとけ。傷に触れられて痛いって思うのは、心の強さの問題じゃなくて生理現象なんだよ」
冴「死を恐れる事もそう。当たり前の事だ。恥じる事なんて何もねえ」
冴「自分の気持ちを無視して盤上だけ見て、神様視点で『助けられるはずだ』なんて思ってんじゃない」
冴「お前が戦う力を得たと思うのは勝手だが、お前に戦う義務なんて無いんだ」
そこに、過去の心の傷も加わる。
カウンセラーに行けよと満場一致で判断されそうな今の京太郎は、見ていて痛々しいほどの精神状態だ。
そこに微々たる戦うための力が加わって、責任感が重石になったのはもはや嫌がらせなのかと冴は天上の神を呪う。
出来る事があってしまえば、『出来ない』ではなく『やらなかった』になってしまうから。
それは残酷に、新たな心の傷を付ける刃となりかねない。
京太郎「逃げる事なんて、許されねえし、許せねえよ……」
冴「例えばお前が逃げた結果、世界が滅びたとしても。世界の誰にも、お前の罪だと裁く権利はない」
冴「『背負わなくてもいい責任を背負わなかった罪』なんてもんは、この世に無いからだ」
京太郎「……っ」
トラウマ持ちの平々凡々な15歳に、何を押し付けてやがる。そう、冴は心中で運命とやらに毒づいた。
冴「今日はもう変な気起こすなよ。まっすぐ帰るぞ」
冴「お前は四号とは違って、『弱いんだから』」
優しさだった。甘えても良かった。彼にはその権利があった。
その上で、須賀京太郎はその差し伸べられた手をはねのける。
京太郎「……ごめん、一人で帰れるからもういいよ」
冴「あ」
京太郎「それから今日は……いや、昨日もか。色々助かった。ありがとな」
京太郎「この大会に夢をかけてる榎田さんが、この大会に人一倍中止になって欲しくない榎田さんが」
京太郎「他でもない貴方が、俺の事を気遣って『中止になってもいい』って率先して言ってくれた事」
京太郎「その気持ち、感謝する」
京太郎「だから、ありがとう」
その言葉と同時に、京太郎は走り出す。
人外化の影響が人間体にも反映されていたのか、その足はあっという間に冴では追いつけない速度と距離へと至っていた。
冴「待――――」
昨晩と同じく、その背中に手を伸ばすだけ。
冴の手は届かない。声も届かない。彼はまた、見送るだけだった。
悔しさに、役に立てない自分の情けなさに、彼は自身を恥じ歯を噛みしめる。
気付けば、なんでもない時も敬語が無くなっていた事も。
その意志に活力はあるのに、その深層は傷だらけであった事も。
ありがとうと言えるだけ、回復していた事も。
何も出来ず、何も失敗せず、良くも悪くも何も変えていない事も。
その語調が、責任感と悲壮感で聞くに耐えないものであった事も。
何に喜べばいいのか、何に悲しめばいいのか。
責任感が強すぎるという事。背負いすぎているという事。自己評価が低すぎるという事。
それらは全て、須賀京太郎だけでなく榎田冴にも該当する。
彼らは大人にはほど遠く、己に不相応な無茶をしがちな高校生だ。
冴「……最初に、俺が夢を語ったからか。アイツが夢をいつか持ってくれるかもって、思ったのは、本音だったんだけどな」
冴「それがアイツの逃げられない理由になってちゃ世話ねえよ……クソッ!」
冴「いいんだよ、俺の夢なんかがかかってる場所だからって、ンな事守る理由の一つにしなくても……!」
そして、友を想い限界を越えようとする、青さの残る男達だ。
走って走って、気付けば回りは見知らぬ景色。
携帯のGPSで場所だけを確認し、歩く。
誰も追ってこない。友人も、敵も。
それだけの事で魂が抜けてしまいそうなほどに、気楽だった。
戦おうと思うだけで、拳が握れなくなる
手が震える。足も震える。やがて全身も震え始める。
勝利する方法の見えないガルメという強敵から与えられた敗北は、彼の中の天秤をまた恐怖の方向へと傾けていた。
けれど、先日の恐怖を始めとするマイナス方向の感情だけが心を塗り潰していた時とは違う。
今の京太郎の心中には、数多くの人々との出会いと言葉と思い出がもたらした、一言では表せないほどの感情の坩堝が渦巻いている。
震えてはいても折れてはいないし、膝もついていないのだから。
須賀京太郎は、まだまだ誰かの力を借りずとも、自分の足で前へ前へと歩いていける。
歩みを進めるその内に、いつしか京太郎を包む景色は一変していた。
コンクリートの森から、緑に包まれた穏やかな遊び場へ。
そこは公園。形を変えてこの世界のどんな場所にだってある、そんなもの。
日本中の公園によくある鳥の糞まみれのベンチを一瞥し、そばを通り過ぎ。
視界の先にあった、こまめに整備されているのかやたらと小奇麗なブランコに腰を下ろす。
二つある内の右側のブランコを乗ったまま少し揺らがせる。
そうしていると、意味も理由もなく安らぐ気がした。
何かを、思い出せそうな……そんな、気がしていた。
〈 東京都 渋谷区 公園 〉
〈 11:50 a.m. 〉
「復讐と尊重、納得か……」
「俺にとっては復讐と尊重って、どっちが正しいのかな……」
尊重に振り切って、多くのものを切り捨てて逃げるにしろ。
復讐に振り切って、最後の一瞬まで憎しみに駆られたまま戦うにしろ。
どちらか片方に振り切れたのなら、楽だったのに。
『今こそ呪われた過去を振り切る』と叫び割り切れるような果敢さを、京太郎はまだ持ち合わせていなかった。
「……」
「逃げ場無し。逃げたくない。逃げても何も解決しない」
「前に進む意志はあっても、どっちが前かも分からない」
「俺の人生はよくあるクソゲーだと思ってたし、それならそれで頑張ろうと思ってたが……ゲームオーバーが迫ってくると、悲しくもなってくるな」
ブランコの軋む音が物悲しい。
結局、最悪はこのまま戦いを挑んで未確認生命体の玩具となって死に至る事。
戦いを選び負ける事は逃げる事以上の最悪なのだ。
人間サイドの戦力は減り、逃げても負けても人々は殺される運命にあり、そして何より自分が死ぬ。
死にたくはない。須賀京太郎は、紛れも無い本心でそう思う。
自分が死んでもゲゲルのルールや未確認生命体の存在を知らせる為の小細工はする予定だが、それもどこまで有効か。
要するに、京太郎が死の恐怖を押し殺してでも逃げる選択を選び取れずにいる原因……この大会に集う、多くのもの。
それを守るためには、逃げず戦い勝たねばならない。
しかし絶望的な実力差からそれが絶対的に不可能な位置にある。これが問題なのだ。
復讐という過程で自分を一つ納得させる選択肢も、これによって絶望的。
「悪い事した奴が罪に応じた罰を受けるのは、裁く奴が悪い事した奴よりも強いって前提があってこそだ」
「裁いてくれる四号は居ない」
「俺は、弱い」
「どうしようもねえ」
そして逃げたとしても、のうのうとは生きられない。
それが出来たとしてその後器用に気にせず生きていく自信が、京太郎には無い。
自分が何かすれば、万分の一でもどうにか出来たかもしれない。……そんな可能性が見えてしまう。
自分のせいで死んでしまったのかもしれない人達の屍を越えて、どうやって生きていく事が出来るというのか。
父と母の二人の死だけでも、京太郎には重すぎたというのに。
納得など出来るはずがない。納得など不可能だ。
殺された人々の死を「仕方ない」で切り捨て納得するなどと、京太郎には出来やしない。
そして全ての死を忘れず引きずって行ける強さもない。
結局、堂々巡り。戦ったとしても、逃げたとしても、その果てに幸福な結末など見えてこなかった。
「……あれ……?」
「なんだ」
そんな闇に包まれたような絶望の中。それでも折れず腐らず踏ん張る心。
闇と絶望に押し込められ、心の中で小さく小さくされていた光。
それが少しだけ、輝きを増す。
公園。ブランコ。何か、大切な事を思い出せそうな気がしていた。
それが昔、両親の死でグチャグチャになっていた記憶の断片と気付き、心の中で手を伸ばす。
必死に、必死に。それは忘れたままにしておいてはいけないものだ。
そう、京太郎はか細い光に手を伸ばす。
「ブランコ、って」
「俺、一人だったっけ」
「もう一人、居たような」
伸ばす。届かない。光が大きくなった。伸ばす。掴めない。光が弱まる。それでも伸ばす。触れられない。けれども伸ばす。
それが本当に、大切なものである気がした。
思い出。記憶。過去。心の中の傷の付いた場所と、その記憶の場所は隣り合っている。
十年前。
詳細すらもかすれた、京太郎の恩義。
その記憶を、京太郎は忘却の彼方に押し込めていた。
その過去に、どれだけ救われたか言葉に出来ないほどだったのに。
治らぬ傷と一緒に、もう見ないよう蓋をして、封じ込めていた。
それでもなお、恩があるという事は、救われたという事は忘れていなかった。
たとえ救った方が忘れていても。
救われた方は、救われた恩を決して忘れない。
「……なんだ」
「なんか、思い出せそうな……」
あの幼馴染は、きっと忘れているだろうけど
「―――あ、さ―――」
京太郎は、決してその恩を忘れたりしない。
「―――き」
宮永咲が、須賀京太郎を立ち直らせた三人の恩人の一人なのだと。
「ねえ京ちゃん。私を殴って、どんな気持ちがした?」
「ほっとけよ」
「いや」
「どっか行ってくれ」
「行かないよ」
「一人にしてくれ」
「しない」
十年、前。
父さんと母さんの葬式が終わったすぐ後だったと思う。
終わったらすぐに会場を抜けだして、近くの公園に駆け出して。
誰も居ない場所で、何も考えずに座ってて、このまま消えてしまえたらいいなって、そう思ってて。
でも一人にはなれなかった。気付いたら、隣によく知った顔があった。
俺が右側のブランコに、彼女は左側のブランコに。
彼女は俺を一人にしなかった。一人にしてくれなかった。隣にいてくれた。
それが救いになっていたと思う。でも同じくらい煩わしくて、大嫌いになりそうだった。
「手、離せよ」
「離さないよ」
「さわるな」
「京ちゃんの手、冷たいから。今は私しか、握ってあげられないから」
「うるせえ! 余計なお節介だって言ってんだよそれが!」
「……うん、かもね」
手を握る彼女が鬱陶しかった。その手の暖かさに救われた。
父さんと母さんの手の暖かさを思い出した。もう握ってくれないことを思い出した。
暖かさだけじゃない。今日の葬式に来た人、皆そうだ。その姿を見ると思い出す。
その人達と一緒に居た父さんと母さんの姿、それがもう戻ってこないってこと。
死を悼む人が線香をあげる度に、父さんと母さんがこの世界に刻んだ痕跡が消されていっている気がした。
嫌だった。それがたまらなく嫌だった。
思い出すのも、消されてしまうのも。
だから今日は、もう誰とも顔を合わせたくなかったのに。
「離さなきゃ、ぶんなぐるぞ!?」
「痛いのは、嫌だけど……今だけは、良いよ」
その時の咲の気持ちはどうだったんだろうか。
軽く聞いてみても覚えてないの一点張りだから、きっと咲は忘れてる。
だからもう確かめるすべはない。
それでもきっと、あの宮永咲の考える事だ。当時互いに五歳だったとしても、少しは分かる。
だけど、当時の俺は分からなかった。
目の前の幼馴染の優しさを理解出来ず、カッとなって、そのまま。
五歳児の全力の腕力で、殴った。
男が女を。須賀京太郎が宮永咲を。俺が、あの子を。
今じゃ絶対にしない。
断言するが、部内で「俺が咲を殴った事がある」と言っても絶対に信じて貰えない自信がある。
それでもその時、殴る時。俺に躊躇いはなかったように思える。
そう、殴った時には。
「あっ、あ、ぁ……」
「いた、いたい、うぅ……」
殴った瞬間、咲が殴り飛ばされた瞬間、咲が地面に転がった瞬間、瞳を潤ませ涙を堪える咲を見た瞬間、彼女の痛々しい声を聞いた瞬間。
断続的に、冷水をぶっかけられた気がした。
一発でも正気に戻るぐらいの衝撃が五回。
その時の俺は全身で「してはいけない事をしてしまった」感覚を、震えながら表していたと思う。
「京ちゃん」
「ご、ごめ、さき……おれ、俺……!」
「いいんだよ」
俺は震え、泣き始めていた。言い訳なんか出来ないと思った。
してはいけない事、悪い事、何も悪い事をしてない人を殴るなんて事をしてしまった。
それがとても痛いだろうと想像できてしまったから、尚更。
そんな俺を置いて、彼女はどこまでも凛々しかった。
涙を拭いて、俺のように泣きすらしなかった。むしろ、泣いていた俺を抱きしめてくれた。
その背を、頭を撫でて、落ち着くように安らぐようにしてくれた。
優しく言葉をかけてくれた。自分だって泣きたいぐらい痛かったはずなのに、殴った相手を抱きしめ慰めてくれていた。
宮永咲はやる時はやる。そんな、素敵な少女だったからかもしれない。
「ねえ京ちゃん。私を殴って、どんな気持ちがした?」
「嫌な気持ちがしなかった?」
優しく、問うてくれた。
俺は頭を必死に上下させて、その問いに答えた覚えがある。
「それが普通だよ。優しい人は、誰かを殴ったら相手の痛みが分かっちゃうから」
「ごめん、ごめん、ごめん、咲……」
「ほら、泣かないで」
咲を殴った感覚が、拳に残っていた。
その気持ち悪さが、本当にどうしようもなく嫌だった。
今思えば、これはきっと荒療治になっていたのだ。葬式の最中でも、一度も泣かなかった俺が、ちゃんと泣けていたのだから。
感情が爆発してしまえば、悲しみも含めて全部一緒に出てくれる。
誰かを傷つける事の罪深さ。それを為させないために体を張る事の尊さ。それらを成す、優しさ。
その日、俺の魂の底に刻まれた当たり前のようで大切なこと。
「大丈夫」
「大丈夫だよ、しゃんと出来る」
「京ちゃんならいつかきっと、ちゃんと立ち上がれるよ」
「お父さんにもお母さんにも胸を張って、立ち上がれる」
「立ち上がって、跳び越えて、その悲しい気持ちを乗り越えていける」
「そして、またきっと笑えるよ」
立ち上がれると、彼女は言った。
「誰かの痛みが分かる京ちゃんなら、家族を失う痛みが分かる京ちゃんなら」
「どんな逆境にだって負けないし、どんな時にだって優しいままの貴方でいられる」
「貴方は誰かの笑顔のためなら何にだって負けない人だって、私は知ってる」
貴方は負けないと、彼女は言った。
「だから今は、自分の笑顔のために負けないで」
「他の誰かじゃなくて、京ちゃん自身がいつかちゃんと笑うために」
俺の笑顔と、彼女は言った。
「大丈夫。私の幼馴染は、心だけは、いつだって負けたまま終わらないって信じてる!」
「どんなに悲しくたって、乗り越えて行けるんだって、信じてる」
信じていると、彼女は言った。
咲は絶対に覚えてない。
昔のアイツは今の没個性な感じの少女とは程遠い、善意を振りまきまくっていた女の子だったから。
それは幼少期に多くの人間が備える属性。
言ってしまえば歳相応の、誰もが大好きだと思える善意100%の良心。
だから教えてくれてくれた事が、心に響いたんだ。
怖いとか、憎いとか。そういう嫌な気持ちを殴って発散してしまったら、その後もっと気分は悪くなる。
気持ちを整理するのなら、誰かを傷つけたりしないで、隣に居る誰かに頼ればいい。
きっと、抱きしめてくれるはずだから。そうやって彼女は俺に伝えてくれた。
だから尚更その励ましが、胸に響いたんだ。
器用じゃないから、ストレート。アイツは本気で言っていた。
その言葉を、嘘や愚かしい過大評価にはしたくなかった。
彼女が心から口にした言葉はいつだって正しいのだと、証明したかった。
それを証明できるのは。今、俺しか居ない。
記憶の海から回帰する。
そして昨晩の記憶と十年前の思い出から蘇ったほのかな痛みが残る右拳を、額に突き付ける。
その拳に残るかすかな『気持ち悪さ』を、否定しないままに受け止める。
「そうか」
「それで、いいのか」
その嫌な気持ちを割り切らず、戦うためにはあってはならないものだと切り捨てず。
その気持ちを切り捨て切れなかったが故に俺の中にあった、一つの迷いを消化する。
「そうだよな」
「心が負けてちゃ、いけないよな」
「あのバケモノ達に、そこだけは負けちゃいけないんだ。力があろうと、なかろうと」
現実での戦いにばかり目を向けて、始まる前から負けていた心を叱咤する。
思えば榎田さんが悔しいと言った最たる物は、その敗北だったのではないか。
思えば榎田さんが逃げてもいいと言ったのは、心が負けなければ、力で負けても恥ではないという事だったのではないだろうか。
「今の俺は、笑えてるのか」
「未来の皆は、笑えてるのか」
「過去の俺は、笑ってたな」
目を閉じて、『笑顔』を思い浮かべる。
鏡がなければ見れない笑顔、まだ見ぬ先の他人の笑顔、もう見る事は叶わない―――両親の笑顔。
そして、零号の笑顔。
「笑顔、か。笑顔が理由か」
「まだ……こんな所にも、頑張れる理由はあったんだな」
「よし」
信じてくれた。
彼女がくれたこの胸の中にある気持ちを、化物から与えられた余計なもので汚したくはない。
気付けば化物がくれた心中にあった淀みは無くなっていて、至極晴れやかな気分ですらある。
何故か意味もなく自然と笑みを浮かべている自分がおかしくて、笑ってしまう。
実際どうだかは別として、十年ぶりくらいに久しぶりに笑った気分だった。
「笑顔のためなら、何にだって負けない」
「心だけは、負けたまま終わらない」
「それが俺だってよ。須賀京太郎」
「……裏切れねえよなぁ……!」
負ける気がしない。
そう自分が思っている事に気付いて初めて、戦う事を選んだ自分に納得していた。
〈 東京都 ??? ??? 〉
〈 12:40 p.m. 〉
京太郎を見失った後、榎田冴は論理的な思考と勘に任せた選択を両立させていた。
闇雲と言ってもいい。無茶と言ってもいい。それでも重ねた行動とかけた時間、優れた頭脳による推測は結果を出していた。
もっともそれは、妥当な結果ではなく奇跡と呼ぶべき偶然だった。
地域を絞って聴きこみを続けた冴の耳に、迂闊と浅慮を形にしたようなゴオマの姿の目撃情報が届いたのである。
これが最後のチャンスだろうと、冴は確信していた。
政府が四号を認め協力すると宣言した採決―――議案第100498457号は、京太郎には効力を発揮しない。
そしてそれと同じ内容の議案を京太郎に適用させるには、証拠と時間が必要だ。
その為に一刻も早く……そんな思考で、冴はグロンギ達のアジトへと単身侵入を果たしていた。
「俺に、出来る事は……こんぐらいしかねえ」
「(せめて、奴らの怪人体の写真が撮れたら。それが証拠になるはずだ)」
「(しかし、不気味だし、夏なのに、ひんやりしてるし、インテリアは悪趣味だし……)」
「居ないと困るが、居て欲しくねえなあ……」
冴からすれば、京太郎の存在を隠しつつ未確認生命体の存在を示す必要がある。ガルメやバルバの写真というのは普通に有効だ。
かといって、正面から撮れば普通に殺される公算大。まさか写真取らせて下さいと頼むわけにもいくまいし。
ならば盗撮しか無い。隠れつつバレないように撮影し、気付かれぬ内に去るしか無い。
未確認生命体が今実在するという証拠を確保するのなら、それが現状一番確実だ。
人間体の情報も怪人体の情報もどちらも警察のデータベースにとってある以上、彼はどちらを撮ってもいい。
見つかれば、死あるのみ。良くも悪くもそれだけだ。
無論彼が命知らずというわけでも、勇者であるわけでもない。
彼は死んではならないし、死ぬわけにも行かないし、死にたくもない。
未確認生命体が残り二体だけなら、もしくはそれ以上なら、取るべき戦略は180°変わってくる。策謀には情報が必要なのだ。
最低でも写真。最良は残りの未確認生命体の数と情報。最悪はここで自分が死ぬ事だ。
必要なのは覚悟だけ。後は野となれ山となれ、祈る以外に何も出来はしない。
覚悟さえ決めてしまえば良いなんて、なんとも軽い最悪だと冴は自嘲する。
その覚悟すら決めきれていない自分が、何を言ってるんだろうか、と。
けれど何もしなければ男が廃ると、そう決めたまま前へと進む。
胸に抱くは友情の熱。身体を駆るのは母親譲りの責任感。足を進めるのは彼が生まれつき持つ正義感。
それが一歩、また一歩と、彼を暗き処刑台へと近づけていた。
これホラー映画で真っ先に死ぬキャラのシチュだよなぁ、とか。
なんか今の俺は外国映画で言う所の面白黒人ポジだよな、とか。
未確認生命体が居るかもしれない所になんて居られるか!
俺は部屋に戻らせてもらう!とか。
余計な事を考えつつも、歩みを進める。
焦り、緊張、警戒、恐怖……それらが釣り合い始めた時、不自然な点に気付く。
音が無い。それに、注意深く周囲を探っていたせいか、落ちていた毛に違和感を覚える。
これは昨晩襲ってきた、ゴオマの毛だ。けれどそれだけしか見つからない。
人間態のものであろう黒い髪の長さ、赤茶けた怪人体の体毛。それだけだ。
冴は視力には自信を持っている。マサイ族とまでは言わずとも、
本人の集中力や注意力も相まって四方山話のネタになる程度にはいい眼をしている。
カメレオンには体毛は無いものの、あのバルバという女の長い髪ややたらと目立つ薔薇の花びらを見逃すはずがない。
アレだけばらまいていれば、薔薇の一枚や二枚は自分や仲間の身体に付着してアジトに落ちていてもおかしくないはずだ。
だとすれば、結論は三つ。
1。ここはゴオマ専用のアジトであり、既に使われていない外れであるという可能性。
2。ゴオマとガルメの共同のアジトであり、ガルメはここで人間体になる事は殆どなかった。
3。1、2、どちらでもいい。ただその前提で、このアジトを罠に―――
「なるほど。勘は良くないけど、頭と眼は良いんだな」
「あと気付くのが一瞬早かったらなァ。残念賞残念賞」
「勇敢気取りの無謀というのは、いつだって踏み躙るのが楽しいもんだ」
泳がされていた――そう気付いた時には、既に遅く。
「てめっ―――」
殺人的な速度の手刀が、首に向かって放たれていた。
「(やば 嘘 これ 死 あ)」
その一瞬、見えるはずもない速度の手刀が見えたのは、彼の脳裏に同時に浮かんだ走馬灯の一作用。
「流石に味方の生き死にが関わってくれば、あのリントのダグバも本気になるだろう」
ザクリ、と。刃物が食い込む音がした。
〈 東京都 渋谷区 国立オリンピック記念青少年総合センター B棟談話室 〉
〈 12:30 p.m. 〉
何を求めているのかも分からない。
何を欲しがっているのかも分からない。
何が聞きたいのかも分からない。
ただ、『何をしたいのか』と『何をやるべきか』だけはハッキリ分かっていたから。
自分の中で固まりつつあったそれを、完成させるための最後のピースは、大切な仲間達であって欲しかったんだと思う。
悟られないよう、知られないよう、仮面を被る。
仮面の下は誰にも見せず。仮面の下の涙は決して拭わず。
どんな時代もどんな場所でも、覚悟と共に仮面を被ると決めたなら、皆誰一人として自分の為には被らなかったのだろうから。
さあ、行こう。
「あ、京ちゃん! どこ行ってたの!?」
「心配して心配して、これから電話して出なかったらもう私達探しに行こうかと……」
すまん、咲
色々あったんだ。それに、これからまだ色々ありそうなんだよ
「……うーん、色々あったんだね。これでなんとなく伝わっちゃって納得しちゃう私も私だけど」
ちょっとさ、聞いていいか?
「え? 勝ちたい理由?」
「……んとね、京ちゃんには、なんか恥ずかしくて言った事なかったけどさ」
「私、お姉ちゃんと仲直りしたいんだ」
「え? 姉が居たって事すら私の口からは初耳? あれ、そうだっけ?」
「てへぺろ」
おいコラ
「あはは」
「お姉ちゃんにはさ、謝らないといけない事がたくさんあって、謝って欲しい事もたくさんあって」
「でももう、仲が悪いままで居るのが辛いんだ」
「家族と仲が悪いままで居るより、仲が良いままで居たいと思うのは当然でしょ?」
「あれ? 仲違いの理由とか……も言ってなかったっけ。そりゃ当然か」
いいさ、言わなくて
かける気持ちは伝わってくるし、あんまり口にしたくないって気持ちが顔に出てるし
仲直りして、笑い話に出来るようになってから話してくれ
どんなヘビーな事情だって、仲直りして何年も経てば、いつか笑い話に出来る日も来るさ
「そかな」
「私にはそんな日が来るなんて、今は想像もできないけど……京ちゃんが言うなら、そうなのかもね」
「それが大人になるって事なのかもしれないし」
咲の「家族と仲が悪いままで居るより、仲が良いままで居たい」って気持ちは、普通だと思うけどな
それの何が悪いんだって話だし
「うん……それに、さ」
「やっぱり私は、お姉ちゃんが大好きだから」
「姉が大好きなシスコンの妹なんだって、私が一番良く分かってるんだ」
「この歳になったら流石に恥ずかしいし、昔みたいに本人に直接は言えないと思うけど」
言ってやりゃあいいのに。喜ぶんじゃないか?
ま、それはそれでこれはこれか
それがお前の勝ちたい理由なんだな、咲
「私の動機はそれ。家族との仲直り」
家族、か
「京ちゃんは少し不快かもしれないけど、聞いて欲しいな」
「私の理由は他の人達みたいに、夢とか素敵なものじゃない」
「努力を形にして報いたいとか、先輩を最後の大会に優勝させたいとか、日本一が目標だとか」
「死ぬ気で頑張ってる人達みたいに立派な目標じゃないかもしれない」
「自分勝手な、自分の家族の事しか考えてない身勝手な目標かもしれない」
「それでも」
「『勝ちたい』って気持ちだけは、他の誰にも負けてないって、これだけはハッキリ言えるんだ」
……不快なもんか
お前は本当に家族を大事にしてる。そこだけは、飾り気無しに尊敬してるよ
「……京ちゃん、悪いものでも食べた?」
どういう意味だそりゃ……
「なんか、ちょっと……どころじゃないね。すごく、なんというか、瞳が静か」
「なんだかよく分からないけど、凄いね。まるで泉が溢れてるみたい」
なんじゃそりゃ
「……あ、お帰りなさい」
「調子悪いと言いつつ外出なんて、サボりですか? 選手でないから構いませんけど」
ご心配をお掛けしました
その件はめっちゃ反省してますので微妙にトゲがある言動はやめて下さいお願いします
「心配なんてして……いえ、してないといえば嘘になりますね」
「心配しました。なので私は、今貴方を少し不快だと思っています」
「何を言うべきか、分かりますよね?」
ごめんなさい。
「よろしい。 はい? 聞きたい事?」
「勝ちたい理由、ですか? どうしたんですかまた突然」
「まあ、いいですけど……とは言っても、特に無いですよ?」
「勝ちたい理由なんて、特に麻雀の腕には関わりませんしね」
俺は咲が始めて来た頃のお前を忘れんぞ。ムキになってプラマイゼロ崩しに行きやがって……
お前クールぶってるけどクールなのは打ち筋だけだって俺ら知ってるんだからな? ダチに隠せるもんじゃねーだろあれ
「……ムキになってませんし。ええ、なってませんとも」
「ただ、最初は咲さんが麻雀を好きでもないのに強いと思っていましたから」
「麻雀が好きでもない人に負けたくなかった、それだけです」
強さに精神的な高潔さとかマナーとか求めるタイプだったっけ、お前?
自分は努力するけど、それは他人に強制しないし皆で結構ゆるく楽しめればいいんじゃないかってスタンスだったような気がするんだが
「だって、バカにされてるみたいじゃないですか」
「麻雀が強いのに麻雀が好きじゃないとか、本気でやってないみたいだとか」
「『私はこんなの好きじゃないし本気でやってもないよ』って言われてるみたいで」
「好きでやって、本気でやって、それでもその人より弱い人がみじめになるだけですよ」
「私を友達と呼んでくれた人達なのに」
……お前
あん時怒ってくれてたの俺らのためでもあったのか。本気で打って貰えなかったってだけじゃなく
俺や優希が、手加減されつつ手のひらの上で遊ばれてるように見えて……?
「……いえ、べつにそこまでとは」
照れてる照れてる
「須賀くんは本当に二言三言多いですね」
すんませんっした!
「……まったく、もう」
しっかし、今日まで気付きもしてなかった自分が恥ずかしくなってくるな……
「須賀くんが大げさに受け取り過ぎなんだと私は思いますけどね」
「今では咲さんも私の大切な友人の一人ですし。喧嘩の一つもしない友達なんて、変だと思いますから」
「あ、そうそう。勝ちたい理由、でしたっけ」
ああ、本題な。なのに無いとか言われたが
「先も言った通り、今の私には勝ちたい理由がありません。今の所は」
「勝ちたい理由が勝負を左右するとも思えません」
「私は勝負であれば、いつだって全身全霊で勝ちに行っています」
「練習の時も、県大会の時も、これから先の全国大会でも同じ」
「練習は本番のごとく。本番は練習のごとく、です」
お前本当に教える時以外の対局は加減しねえよな。勝てねえよアレ
……けど、その戦う意志はすげえと思う
いつだって勝ちに行ってる。お前は勝ちたい理由が無いのに、勝ちたい理由がある奴とモチベに差があるように見えないくらいだ
「そうでしょうか?」
そうなんだよ
戦うと決めたら、勝つために全力
言うのは簡単だけど、実際にやるとそうでもない
お前は凄いやつだよ
「……何か悪い物でも食べました?」
お前もそういうこと言うのか?
「ええ、なんというか」
「須賀くんって何やるにも勝つ気が薄いじゃないですか。性格なのかは知りませんが」
「『闘牌』って言うように、勝つ気がないと上手くならないって事あるんですよね」
「これはオカルトやそういうものではなく、気持ちの問題ですし」
「そう教えるのは基礎が出来てからでいいと、そう思ってたんですが……」
どうかしたか?
「今までの勝つ気のしない感じが、しないといいますか」
「難しいですね。咲さん辺ならとっくに気付いて、理解が一周回って本質的すぎる発言とかしそうですが……」
「須賀くんが今麻雀を打てば、選ぶ打ち筋も変わってる気がします」
マジで?
「マジです。今日はもう、あまり時間が無いですが」
「明日辺り打ってみましょうか」
……そうだな、明日打つか
今夜の内に、終わらせられること終わらせとかないとな
「須賀くん?」
そんじゃ、また明日な
「勝ちたい理由? んー」
「出るからには勝ちたいじゃない? うふふ……って何よその目は」
「あーはいはい、分かったわよ。大会前に本音トークとか私のガラじゃないってのに」
「サボりの分際で私に逆らおうなんていい度胸じゃない」
サボろうとしてサボったわけじゃないというか、いやマジですみません
言い訳のしようもなく俺が悪いんですが、でもそれを理由に俺を半永久的に奴隷にしようとしてる貴女はド外道です
「へー、ほー、ふーん。そういう事言っちゃう?」
「なんか今日は割とノッてくるわね」
……
いや、俺の勘違いならいいんですが
もしかして大会、不安だったりします?
「……」
「不安かって? そんなに最近の私肩肘張ってたかしら」
俺が気付いてるなら、染谷先輩とかは絶対感づいてると思いますよ
ってかやっぱり、否定しないって事はそうなんですか
「んー、まあね」
「不安と言えば不安よ? それも私のガラじゃないのにねぇ」
「最後の大会、最後のチャンスってのもあるけど」
「普通の部長や三年生って、二年ぐらい先輩の背中ややり方を見て学べる期間があるじゃない?」
「私そういうの無かったから。どうしても自分がやってる事が間違ってるんじゃないか、とか考えちゃうのよね」
……先輩って、飄々としててプレッシャーとかと無縁な人だと思ってました
何やっても楽しむこと優先だから、緊張するだけ損とか言い出しそうだったというか
「意外? だからこういう本音トークはガラじゃないって言ったでしょ、特に後輩相手には」
「須賀君に話したのは、私が弱みを見せても大会の結果には全く影響しないと思ったからよ。ただの応援だし」
ひでえ!
「……あとは、咲達に絶対漏らさないだろうって思ってるからね」
「四人の中じゃ、なんだかんだ須賀くんが一番気を遣えるから。漏らせばどうなるかぐらい分かるでしょ?」
「信用してるのよ。麻雀の腕意外は」
なんか珍しく褒められたのが嬉しいです
でも一言余計っす。ふざけなきゃ褒める事もできないんですかあんた
でもなんか珍しく褒められたので嬉しいです
「なぜ罵倒挟んで二回言ったし」
「たまに褒めたらこれだもの、ヤになるわねー。えっと、勝ちたい理由だったかしら?」
「シンプルよ。一番高い所に立ちたいの」
「この学校に入った時からずっとずっと、全国の頂って奴に立ってみたかったのよ」
あれ、それなら個人戦とかでもいいんじゃないですか?
でも去年より前に部長が個人戦に出た話とか耳にした事無いですし、今年個人戦で負けて悔しがってるって事も無かったですし
部長、なんかずっと個人戦に全力ですよね?
「あら、私の事良く見てるのね。惚れた? ……冗談だからその目はやめて」
「私は身の程って奴を知ってるのよ。私はそこまで強くないし、将来的に強くもなれない」
「分の悪い賭けは嫌いじゃないけど……勝率の無い戦いも、分の悪い賭けだけの戦いも願い下げ」
「準優勝以下に興味はないの。私にはそれが『よく頑張ったで賞』と違うとは思えないし」
「優勝の目が全く見えないから、個人戦にはそれほどやる気が湧いて来ないのよ」
「私がいつどんな大会で個人戦を勝ち進んだとしても、いつか必ず同学年の宮永照と当たるんだから」
……ああ、なるほど。先輩、堅実な博打打ちってタイプですもんね
(照さんに折られた人って、こんなに近くにも居たのか)
(優勝しか興味ない人で、実力ってものが分かる程度の強さがある人にとっては、照さんって悪魔みたいな存在なんだろうな)
(……この人は夢に打算を混ぜた上で、緻密に勝ち筋を組み立ててる。それもおそらく年単位で)
(榎田さんとは正反対。ロマンチストと反対の、夢見るリアリスト)
(男がロマンチストで女がリアリストとか誰が言ったんだっけか)
「その点、団体戦は小細工のしがいがあるからねー」
「私より強い人間を、自由に組み合わせて私の手足のように動かせる」
「私より強い打ち手を五人集めたチームを相手にしても、いくらでも勝ちようがあるもの」
悪い顔してますねー
(悪い顔って言うけど、悪は悪でも「悪人の悪」じゃなくて「悪ガキの悪」って感じだよなぁ……)
本当に楽しそうな顔してますよ、部長
「ふふっ、そう?」
「私が目指すのは頂点。それ以外に何も見る気はないわ」
「二年。二年も待たされたのよ?」
「何度も勝ってきた優勝常連の選手にも、何度も負けてきた敗退常連の選手にも、気持ちで負けるわけないじゃない」
「勝ち続けの高校も負け続けの高校も、全部なぎ倒して、皆で一番高いとこまで駆け上がる」
それが、貴女の夢ですか?
「ええ、それが私の夢。私の勝ちたい理由」
「須賀くんは笑う?」
笑いませんよ。今からもう優勝の事なんて、鬼は笑うかもしれませんけど
「ん、ありがと」
「でも私に、鬼が笑う来年の話は無いのよ。それにこれからの試合は全部鬼退治みたいなものだしね」
「さてさて頑張らないと」
ええ。誰にも、笑わせませんとも
「……変なものでも食べたのかしら?」
もうそれはいいっすよ! 三人目ェ!
「勝ちたい理由? 難しいことを言うのう」
「そういった理由は部の五人の中でわしが一番弱いという事を知っとろうに」
ですよねー。先輩、女子高校臭が薄いですもん
一人だけ俺らよりずっと大人な感じですし
「……褒められとるのか貶されとるのか、イマイチ判断に困るのう」
「まあじゃからか、気持ちがそのまま出とるのかもしれんな」
「客観的に見れば、わしが一番実力的に不安があるしの」
「エースや強者が一番置かれにくい次鋒に居ても、全国で通じるかどうかは運否天賦ってとこじゃ」
気持ちの強さ、って奴ですか。インターハイの間は三年生が強くなるとか都市伝説ありましたね
正直俺からすれば染谷先輩で実力不足とか信じられないですし、もっと自信持っていいんじゃないですか?
運が良ければこの世は天国、運が悪けりゃ死ぬだけさ! なんてのもありますし
麻雀なら運が向いて全部サクサク上手く行くかも、程度でいいなって思いますよ
「あんがとさん。それにまぁ、負けたくもないと言っておくかの」
「もしもの話。気持ちの強さで負けたとしても、それで負けを受け入れられるようなおめでたい頭はしとらん」
「わしの勝ちたい理由は弱い。が、勝たせたい理由は、誰にも負けとらんと信じとる」
勝たせたい?
……もしかして、部長ですか?
「まあの」
「わしが入った時、清澄の麻雀部員は部長一人だけじゃった」
「わしが入った時のあの笑顔が忘れられん。あの顔を見たのは、後にも先にもあの時だけじゃった」
「けれどそれから誰も入部せず、落胆していく部長の顔も見とったんじゃ」
「一年、あの部長を見てきた」
「わしは二年、部長は三年じゃ。わしがあの人に直接報いるには、今年が最後のチャンスになる」
「一年間共に過ごした友人として、二年間夢に挑む事すら出来なかった友人の夢を叶えてやりたいというのは、変な事かの?」
……変じゃないです。普通の感情だし、立派な事だと思います
「それに、じゃ」
「わしには今年の清澄が、後にも先にも無いほどの歴代最強のチームであると思えてならんのよ」
「この五人で最高のチーム。贔屓目かもしれんが、そう思えるんじゃ」
「最高のチームで、最高の仲間と、最高の結果を叩き出す。爽快じゃろ?」
爽快ですね!
「後輩の前でカッコつけたい、先輩の最後の大会に優勝という美酒を添えてやりたい」
「ま、掻い摘んでしまえばそんなありふれた理由じゃな」
「じゃから、わしには勝ちたい理由が弱い」
「が、今年入ってくれた、ここまでわしらを連れてきてくれた後輩を勝たせたい」
「一人の友人として、夢を叶える手伝いとして、竹井久を勝たせてやりたい」
「勝たせたいという理由でだけは、誰にも負ける気はせんのう」
先輩マジかっけえっす!
「よしんさい、おだてても何も出んぞ」
「正直勝った負けたであまり熱くなれん自分が枯れとる自覚はあるんでの」
「負けても良いなんて思っとらん他の四人のため、いっちょ一肌脱いだろう程度の動機がわしじゃ」
「それでも、皆で優勝できたら……と考える程度には、枯れとらん」
「わしに出来るだけの事はやっておかんとな」
さすが清澄のオカン!
「おんどりゃそのあだ名広めとったのお前じゃったか! そこに座れ!」
「勝ちたい理由? そもそも勝ちたいのに理由なんて要るのか? だからお前は勝てないんだじぇ!」
「理由なんて無くたって、勝たなきゃイコールで負けるんだじょ」
「負けんのは誰だって嫌だろ? ならそれだけで、全身全霊をかける理由になるじぇ!」
……お前は飽きれるぐらい安定してるなぁ
「あ? そりゃ私はいつだって安定して私だじぇ」
「戦わなきゃ勝てない、攻めなきゃ勝てない、頑張らないと勝てない」
「ならそうしないとなー。私は集中力が長続きしないから特に」
「集中力が保ってくれるその内に、その十数分間で魂まで燃やし尽くすぐらいの気概で行かないと」
「花火はシケた燃え方しても、派手に燃える前に燃え尽きても、微妙なだけだかんな!」
せっかちで飽き性、熱っぽく冷めやすいお前の性格そのまんまだよな。いつも見てて楽しい
でもなんか無いのか? ほら、これだけはしようあれだけはしないとかさ
なんかお前は、最初にデカい目標定めたりやり方決め打ってたりした方が強そうなタイプに見えるし
「……あー、一つだけ決めてる事があるじょ」
「内緒も内緒だじぇ? 絶対他言するなよ! 今日の犬はなんか元気ないから特別な!」
そんなに元気無いように見えるか、俺?
分かった、誰にも言わない。約束する
「よし、なら聞かせてやろう」
「『絶対泣かない』だじぇ」
……へ?
「いーから笑わず聞け、犬」
「本当に、県大会から強い奴らが一杯居るんだじぇ。しかも先鋒はエースの席。きっともっと強い奴らがワンサカ来るじょ」
「皆のために点取らないといけないのに、エースとして頑張らないといけないのに」
「……私は、あんまり活躍できない事があるから」
「そんな時は、あんまりにも情けなくて情けなくて泣けてくるんだじぇ」
「私、結構泣き虫だからな」
……意外だ。お前、ダチの前ではずっと強がる奴だと思ってた
「犬の前で泣いても別に恥じゃないじぇ」
あ、そうですか
「活躍出来なくても、ぼっこぼこにされても、それでも泣かない」
「対局の時だけは、絶対涙は見せないって決めてるんだじぇ」
「卓の上では右も左も前も敵。敵に涙と弱みを見せるのは、単なるバカだじょ」
確かに、な
「全部終わったら、情けない自分を恥じて泣いてもいい」
「でも、卓の上でだけは。戦っている間だけは」
「戦う相手には絶対に、涙を、弱い自分を見せたくないんだじぇ」
「卓に付いている間だけは。どんなピンチでも、どんなに傷めつけられていても、笑ってみせるじぇ」
「不敵に、不遜に、最高にカッコよくキメてみせるじぇ」
(そういやこいつは、戦う時は誰よりも気合入れて打ってる気がする)
(戦う意志の、強さなら―――片岡優希は、誰にも負けないのかもしれない)
「私、結構泣き虫だけど」
「それでも涙を見せちゃいけない時があるって事だけは知ってるからな」
「戦いながら泣きたくなった時には、仮面被るぐらいの気合でやってるじょ」
……『仮面』か。そりゃ、カッコいいな
「カッコつけるための仮面しか被れないけどなー」
「それでも意地でやり遂げる。泣き顔見せたら悔しいし、それは嫌だからやるんだじぇ」
「対局終わったらはがれるしょっぱい仮面だけどな。なはは」
しょっぱくねえよ、普通に立派だ
「おう、流石犬は分かってるな」
「勇気の一つや二つ出せなきゃ、エースは名乗れないじぇ」
「お前も頑張ってこい!」
? 何をだ?
「分からん! けど、なんか大一番の前にするような神妙な面してるじぇ!」
「そもそもお前が私達に今更こんな事聞く事自体誰が見たって変だって分かってないのか?」
「その大一番にこのカッコつけの仮面、欲しいなら貸しといてやるじぇ。ちゃんと返せ」
……
ありがとな、優希
ありがたく借りとく。明日、返すな
「おう、行って来い!」
万物に共通する、普遍の真理だ。
変わる事には、苦痛を伴う。
奪われる時でも、己の意思でも。
戦おうと、そう決めた。復讐でもなく、恐怖でもなく、怒りでもなく、責任でもなく。
自分のために戦おう。他人のために戦おう。これで二倍頑張れる。
誰かを想って戦おう。誰かの幸せのために戦おう。誰かの笑顔のために戦おう。これで三倍頑張れる。
生きてきた日々が暖かなものであればあるほど、きっと頑張る理由は増えていく。
四号はだから強かったのかなと、ふと思った。
俺はこの選択肢を選ぶ過程で、両親が望む事全てを断ち切った。
二人が望んでくれたであろう、平穏無事で幸せな世界に俺が生きるという望みを断ち切った。
だってもう手遅れだ。そうは絶対に生きられない。
平穏無事で幸せに生きるのなら……俺はそこに、まだ両親の存在が不可欠だと思うから。
二人が死んでしまった時点で、そこには何かが欠けてしまっている。
そして、これからも欠けていってしまうかもしれない。それを止めるため、この選択を享受した。
終わらせなければならない。
俺の中で十年前から続いているあの夜を。あの究極の闇を、俺の中で。
父さんと母さんが欠けてしまった以上、もう『皆で笑ってさあおしまい(ハッピーエンド)』は無理だろう。
それでも、終わりを迎えるために。
きっとまだ、『次に繋がる本当の終わり(トゥルーエンド)』は間に合うはずだから。
『不幸な終わり(バッドエンド)』では、絶対に終わらせない。
新たな幕を上げるために、あの夜の悪夢に幕を引こう。
ずっと、恐れていた。俺が殺される事で、二人が残したものがこの世から何もかも無くなってしまう事。
けれどそれは間違いだった。
二人があの時もしも俺を救えなかったとして、俺はそれを無駄死にだと思うだろうか? いや、思わない。
俺が十年前に助けられ、今死んだところで、二人が俺を守った事は価値の無い事になるのか? いや、ならない。
守るために命を賭したこと。迫り来る死を前にして守る事を選択したこと。
……そしてなにより、『俺にほんの僅かでも生きる可能性を残してくれた』こと。
それだけで、二人の命の最後の使い方に意味はあったはずなんだ。二人に、俺を絶対に守れる保証なんて無かったんだから。
それを俺が死んだら意味が無いなんて、他でもない俺が、そんな言葉で貶めちゃいけなかったんだ。
そんなものを恐怖の理由にしちゃいけなかったんだ。
たとえ俺が今日、この街で死んでしまったとしても―――あの二人の決意の尊さは、絶対に貶められる事はないのだから。
まあ……正直怖いけれど、死んでしまったら、その時はその時だ。
通報は榎田さんや仕込んできた小細工に任せて、俺は父さんと母さんに胸を張って会いに行こう。
あの夜、耳にした声を思い出す。
あの日耳に焼きついた、火傷のような声は未だに鮮明に思い返す事が出来る。
要らない。零号、お前の声は邪魔だ。
「どうしたの? もっと強くなって、もっと僕を笑顔にしてよ」
「生きろ」
「生きて」
……ああ、そうだ。そうだよな。
あの時二人は、そう言ってくれたんだ。
人は皆いつか死ぬ。
たとえいつの日か死するとしても、その瞬間に後悔を残さず逝くために。
父さんと母さんは最後の最期に、俺に『死ぬな』じゃなくて、『生きろ/生きて』と言ってくれたんだ。
仲間と別れ、京太郎は部屋へと戻る。
開いたドアからはらりと落ちる紙の束。
拾い、読み、握り潰す。差出人の名はガルメ。
既に居住区を突き止められていた事、あちらが望めばいつだって自分を殺せていた事すら差し置いて、その手紙は彼には許せぬものだった。
拙い字で人質を取ったという事、人質の名、来なければ殺すという簡潔な文。
指定時刻。場所。
お前の墓場だと一文の添えられたその場所は、一度見た事のあるあの教会だった。
「……さて、少しは恩を返しとかないとな」
手紙を読んでから部活に参加し、飯を食べ、風呂に入り、手紙を見てから数時間の後。
私服を脱ぎ、ハンガーに掛けた制服を手にする。
黒いシャツの上から白い半袖ワイシャツを羽織り、ズボンを履いてベルトでそれらを綺麗に締める。
学ランはない。夏場の標準、どこにでも居る高校生の夏服姿。
「行くか」
「明日、胸を張ってここで皆と会うために」
スニーカーをはいて、携帯と財布は置いて、少し髪を撫で付けて。
学校に通ういつものように平然と、常と変わらぬその足で、格好で。彼は街へと駆け出した。
「夢を持っている奴が居た。大切な家族との日々を取り戻そうとする奴が居た」
「負けるのが嫌いな奴が居て、理由が無くても真摯で懸命な奴が居て、そんな奴らを勝たせたいと思ってる奴が居た」
「大切だって、そう思えた」
「借りてくぜ、仮面」
「俺にほんの少しの『勇気』を分けてくれ」
〈 東京都 渋谷区 サン・マルコ教会 〉
〈 07:10 p.m. 〉
冴「……なあトイレ行きてえんだけど」
「そこで漏らせ」
冴「チッ」
日は沈み、夜が降りて来る。
日中は太陽光を受け室内を鮮やかに輝かせるステンドグラスは、今は室内灯で室外に鮮やかな色を見せつけている。
そんな中、全身を拘束された少年と真っ白な髪のパンキッシュな男性の姿が、見事に静謐な教会の光景とマッチしていなかった。
榎田冴とズ・ガルメ・レ。拘束者と被拘束者。
共に今の姿は人間でありながらも、到底まともであるとはいえなかった。
一人は準簀巻き状態、もう一人はポリタンクで教会に隅々まで何かを撒いていたのだから。
冴「(油……ガソリン……?)」
その匂いから激しく嫌な予感を感じつつ、唯一動く口を回らせる。
今の冴に出来る事はそれだけだ。
冴「お前、何がしたいんだよ」
「今のダグバは、見るのもダメなくらい炎が苦手なんだって知ってるか?」
冴「!」
京太郎は確かに、そのトラウマを隠してはいなかった。
普通の人であるのなら調べるのは難しくはないはずだし、現に冴も知っている。
……しかし、それを知るのが未確認生命体であるのなら話は別だ。
聞き込み、噂の収集といった人間ならば簡単にこなせる過程は、未確認にとって相当に難しい。
一度や二度ならともかく、人に聞き込み一人の人間を一から調べ弱点まで調べ尽くすとなれば容易ではない。必ずボロが出る。
一人の人間を発覚しないように調べる事は普通の人間にだって難しく、ノウハウが要るというのに。
それを未確認が? 不可能だ。人間とは混じり合えないからこその未確認生命体なのだから。
遠目に火を嫌がる所を見ていたのだとしても、ここまでの確定情報になるには何度も火を嫌がっていた所を見ていなければならない。
それは少しどころではなく不自然だ。それはイコールで年単位に発覚しなかったストーカー行為の証明となる。
未確認生命体の思考にしては、あまりに気が長過ぎる。
第一、「火を見て怖がっていたかもしれない」程度の情報でこんな確定的な口調になるものか?
ならばと、発想を飛躍させる。
冴「(いや、待て……そうやって、人に混じれるのなら)」
冴「(もっと発想を飛躍させてみろ。グロンギの末端ですら行き渡ってる情報、それがガセではないと確信できる確かなソース)」
冴「(コイツにそれを教えた奴が、どうやって京太郎の詳細な症状を知ったのか)」
冴「(……症状……カルテ……警察の調書……それが閲覧できる立場……手を届かせる、権力……)」
思考は飛躍、一足飛びに結論へと向かって推論を立てていく。
今朝の警察の不自然な警備、途絶えた通行人。京太郎がガルメに気絶させられた後確認した一時的な交通規制の痕跡。
聴きこみは人を介せば足がつく。
遠方からの監視は長期感になってしまう上にハイリスク、そしてそこから得られた情報からは断定の口調にはなりにくい。
ならばもっと確定的な情報。
そして、十年前に特例極秘事項として扱われたという京太郎のカルテや調書を閲覧するという至極簡単な結果に辿り着く。
未確認生命体が人間社会に紛れ込めないという先入観さえ捨て去ってしまえば、全てを繋ぐ一本線の真実が―――
「この教会の中におびき寄せて、建物ごとパーッと燃やしてやろうと思ってさ」
冴「なッ……!?」
「ま、勿論トドメはこの手で刺すけどな。念には念を入れるのが俺の流儀だ」
―――見えた、と同時。冴は現状の不味さに気がついた。
至った一つの推測の恐ろしさ、それはそれでこれはこれ。
推測に熱中するのもいいが、今解決すべき事は別にある。
今見るべきは現実であり、打開すべき現実は今眼の前にある。
教会に油を撒き、自動で入り口を塞ぐ仕掛けを仕込み、手ぐすね引いて待ち構えているこのカメレオンの怪物だ。
「逃げ場なしの炎の世界。この教会は処刑場だ」
「二人仲良く、ゆっくり焼け死んでいくといい」
冴「……下衆に外道に非情が加わりゃ、こんなクソ野郎になんのか」
冴「それとも、臆病者なのか? 隠れるしか能が無さそうなカメレオンだしな」
この未確認生命体が張るであろう罠に京太郎がかかれば、確実に榎田冴の友人は命を落とす。
京太郎の火炎恐怖症(パイロフォビア)は本物だ。
そしてガルメはこの教会に京太郎をおびき寄せ、逃げられなくした上で、教会ごと火で焼き尽くす罠を構築している。
この教会におびき寄せた上で火をつけてしまえば、炎に包まれた京太郎は羽虫より容易く殺せるのだろう。
そして冴が人質になってしまっている以上、選択の余地すら無く京太郎は助けに来るはずだ。
どんなに恐れても、怖くても、最後は誰かのために一歩を踏み出すお人好し。
冴はそんな友人だからこそ、彼が戦わなくとも済む道筋を模索してきたというのに。
その模索の結果として、冴は自分自身が京太郎が逃げられない理由となってしまっていた。
その事実に歯噛みしつつ、冴は覚悟を決めてガルメを挑発している。
責任感は、彼に最後の覚悟を決めさせていた。
冴「(……仕方、ねえよな)」
そしてその覚悟を、一目で見抜きガルメはあざ笑う。
「なんだと! ただのリントのくせに! 殺してやる! ……とでも、言って欲しかったかァ?」
口を開けば「ああ、楽しい」と。誰かの気持ちを踏み躙り、侮辱してこそのズ・ガルメ・レ。
「自決が難しいと判断し、挑発して自分を殺させる」
「そうやって足手まといになりかねない自分というファクターを排除し、仲間を逃がす」
「その覚悟も、思考の回転も上々だ……が、ありきたり過ぎる」
「俺に通じる手でもないし、追い詰められたリントは最後の最後に『仲間だけでも』とよくその末路を選ぶ」
「言ってやろうか」
目一杯に馬鹿にするようなその口調で、唾液に濡れた長い舌を醜く垂らして、この言葉。
「バッカじゃねえの?」
命を懸けた覚悟に向けて、かける言葉がこれだ。
歯噛みする冴を見下した、バカにするようなガルメの嘲笑が。
その高笑いの声が、ひどく耳障りに響いていた。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「ま」
冴「ガッ……!?」
全身を拘束され身動きひとつ取れない冴。
その脇腹に、ガルメの死なない程度に加減した爪先が突き刺さる。
骨も内蔵も避けた箇所。だからこそ、極限まで命に関わりのない苦痛を与えることが出来る部分。
「ギャーギャー騒がれても鬱陶しいし。適度に傷めつけとくか」
「加減は適当にやるから、死ぬなよ?」
どうやらガルメは、時間までの暇潰しに人型の玩具の使い方を思いついた様子。
傷めつけて、傷めつけて、死にさえしなければ役には立ってくれる人質という名の玩具。
人を人と思わぬような畜生の所業。
ガルメはそれを、喜悦の表情を浮かべて実行せんとする。
朝の京太郎との戦いを見ていた限りでは、手加減による生存は期待できない。
この瞬間、冴は死を受け入れる覚悟を決めていた。
冴「(ああ、本当に、情けねえ)」
冴「(何もできなかった。結局、最終的に先走った挙句足引っ張っただけじゃねえか)」
冴「(しかも俺のせいで、俺のダチが一人死んじまう)」
冴「(夢も叶えてない。やりたい事も出来なくて、辿り着きたい場所には手を伸ばす事もできなかった)」
冴「(悔しい、悔しい、悔しい。それに、怖い)」
冴「(……ちくしょう)」
目を瞑り、歯が軋むほどの力を込めて噛みしめる。
冴「死にたく、ねえ……!!」
「そう言ってる奴をジワジワといたぶりながら殺すのが、一番味わいがあるんだよなァ」
昨日の夜、京太郎が感じていたであろう『死にたくない』という気持ちを痛いほどにその身で理解し噛み締めながら。
「――――!?」
轟音。同瞬、突風の如き勢いで蹴り開かれる教会入口の大扉。
「よう、待ったか」
そこに昨日の夜とは全く違う、生まれ変わったかのような須賀京太郎の姿を見た。
「ダグバ……? ……本当に、今朝の奴と同じ奴か?」
京太郎「待った? って聞かれたらンな意味分からん質問で返すんじゃなくてな。今来たとこ、って答えるのがマナーってもんだぜ」
京太郎「未確認生命体にそんなお約束言っても仕方ないかもしれねえがな」
本当に、同一人物か?
外見とかそういう要素じゃない。見てくれではなく、根本的に変化したのは雰囲気だ。
『須賀京太郎には双子の兄弟が居てそいつが代理で来た』と言われれば、信じてしまいそうなほど。
例えば、昆虫の幼虫と成虫ほどに違う。
青虫と蝶、クワガタムシの幼虫と成虫ほどに違う。
蛹を間に挟んだ変化、羽化の前後の差異よりもなおその変化は大きい。
羽化は昆虫の『変身』だ。ならば、人における『変身』とは何か?
京太郎「待たせたな。榎田さん」
冴「クソッ、クソッ……来ないなんて事は、絶対にないって、分かってたけどよ……!」
冴「なんで、来た! 自殺でもしに来やがったのか、お前は!」
バタンッ、とガルメの仕掛けが作動し教会入口の扉が固く閉じられる。
窓や通路に至る扉は全て板が打ち付けられている。開きそうにもない。
つまりこの教会における出入口は今一つ残らず塞がれていて、京太郎には一つも逃げ道が残されていなかった。
そんな密封された悪意の世界に、火が付けられる。
「リントには、こんな言葉があるんだってな」
「『飛んで火に入る夏の虫』」
「夏、虫、火……クククッ、笑えるだろ? まさしく今のお前じゃないかァ、ダグバ」
「燃え落ちな」
火を付けたのはカメレオン。カメレオンは、虫を捕食する生命体。虫達の天敵だ。
その緑一色の体がまだ小火であっても光を放つ炎に映え、怪しく揺らめいている。
須賀京太郎のトラウマの最たるもの、火炎恐怖症。
油で加速する炎が疾走する通り道、その中心で笑うズ・ガルメ・レの姿。
「ようこそ、ダグバ。お前の処刑場に」
地獄の一幕を切り取ったような、悪夢のような光景だった。
初めに気付いたのは冴だった。
京太郎は炎を眼にし、表情を歪めている―――だが、それだけ。
膝もついていない。心も折れていない。火炎恐怖症の症状が、一つも発生していない。
炎を見据えながら、炎に全てを奪われた少年がその口を開く。
「決めたんだよ、榎田さん」
「俺は、『戦う』」
「お前ッ……!」
「それが正しいのか、間違ってるのかも分からない」
「俺は結局どんなに悩んでも、『復讐と尊重のどちらが正しいのか』すら分からなかったから」
「それでも、俺は戦いたい」
冴が叫ぶも、京太郎の意志は微塵も揺らいでいない。
「戦わなくては」、でもなく。「戦えるから」、でもなく。「戦うべきだ」、でもなく。
「戦いたい」と、京太郎はそう言った。
両親の復讐。両親の尊重。
彼が選んだのはそのどちらでもない、第三の道。
「正しいとか、間違ってるとかじゃなくて」
「十年前何もかもを奪われて、それからずっと空っぽだった、あんまりにも情けない、こんな俺にも」
「戦う理由が出来たんだ。叶えたい願いが出来たんだ」
「『戦いたい』って、思えたんだ」
彼の決意に正義はない。あるのは純粋な願いだけだ。
けれども。
そこに誰かが正義を見るかどうかは、その人自身の自由だろう。
「そうやって、生きて行きたい」
「今だって死にたくない。俺は何も変わってないよ」
「でもさ。今は、『死ぬ事』よりも『生きていない事』の方が、ずっと怖い」
「俺は生きて行きたいんだ」
「そう願われたから」
少なくとも、榎田冴はその瞳に、かつて見た正義の光の煌きを見た。
「知っている人にも、知らない人にも、みんなみんな夢を叶えて欲しい。叶えられる人が、ほんの一握りだとしても」
「冴さんも含めて、叶う夢を叶わなかった夢に変えるのは……同じ、夢を持つ人であって欲しいから」
「仲間の想いも、皆の夢も。この夏この街この場所に、集った価値あるもの全て」
「俺が守る。守りたい」
たとえ、頂点に立った者だけしか夢を叶える事が出来ないのだとしても。
たとえ、夢を他の夢が打ち砕く事があるのだとしても。
たとえ、それが見ず知らずの者が抱いた自身と何の関係もない夢なのだとしても。
他者の夢を打倒する権利は、同じく夢抱く者にしか存在しない。
未確認生命体に、それを壊す権利などない。それを壊す事など、許さない。
京太郎はぬらぬらとした唾液を舌から垂らすガルメを睨み、そう叫ぶ。
「お前らは、俺の生きる世界をちっぽけだと笑うかもしれない」
「俺が未来に生きるかもしれない世界を、ちっぽけだと馬鹿にするのかもしれない」
「俺を過去に救ってくれたこの世界の暖かさを、ちっぽけだと見下すのかもしれない」
「だけどよ、ちっぽけだから俺が守らなくちゃならないんだ」
「ちっぽけじゃなければ、俺なんかが守らなくても平気なんだからさ」
「簡単に奪われてしまう、壊されてしまう、燃やされてしまう、そんな幸せ」
「だから、守る。あって当然のものでないからこそ、そこには確かな価値があるんだから」
「笑えばいいさ、馬鹿にすればいいさ、見下せばいいさ」
「だが奪わせない。壊させない。燃やさせない」
「俺は命を懸けて、命を懸けるだけの価値がある、ちっぽけなものを守ってみせる」
「15年生きて、10年探して―――俺はこれ以上に、命がけで守りたいと思えるものを見つけられなかった」
昨日を想い、明日を望み、今日を越える。
ここにズ・ガルメ・レ、最大の誤算があった。
炎に怯えるその心が、既に炎を宿しているという矛盾。
人はその揺らがぬ心の有り様を、『覚悟』と呼ぶ。
炎は勢いを増している。
あと十分と立たず、この教会はただの人間が生きられる環境ではなくなってしまうだろう。
それでもなお、京太郎の心の方が熱かった。
「榎田さん」
「……ハッ、もう冴でいいよ。俺だけ名前呼びってのも変だしな」
「冴さん。ここに入る直前教会の周りを探ってたんだけど、懺悔室に塞がれてない非常口がある」
「突貫だから気づいてなかったか、それともあのカメレオンが用意した自分用の逃げ道か」
「隙を見て逃げ出してくれ。俺はコイツと決着を付けてから行く」
「待て、京太郎、お前は……」
「逃げたの確認したら、その出入口はすぐに塞ぐから」
「……分かった」
冴は今でも、京太郎に戦って欲しくない。戦いの向かぬ男だと知っているからだ。
それでも。
先の覚悟のこもった言葉を聞いて、それを無視してまで己の意思を通さんとするほど自分勝手でもなかった。
逃げて欲しいという気持ちが、自分のエゴだという自覚もあった。
ここで説得に時間をかけても、その間にあのカメレオンに攻撃されるリスクもあった。
自分がここにいても足手まといだという、歴然たる事実もあった。
けれどそんな小賢しい理由より、もっともっと大きく熱い理由があった。
『その勝利を、信じたい』。
京太郎の勝利に懸けたい。雰囲気の変わった、頼れるその男の背中に任せてみたい。
計算なんか放り投げたその先の、この熱い感情をくれた友の覚悟に賭けてみたい。
冴はこれが今晩最後のアドバイスになるだろうと、喉が張り裂けんほどの声で叫び上げる。
「京太郎! 『変身』だ!」
「四号は、自分がふとした拍子に意図せずして変身しないように、自分を変えるためにスイッチを設定してたらしい!」
「ポーズで身体のスイッチを、掛け声で精神のスイッチを、誤作動しないよう同時にスイッチを押せ!」
「叫べッ、京太郎ッ!!」
その言葉に、彼はコクリと頷いた。
「見ててくれ、冴さん。そして、聞いてくれ」
「今から『変わる』から」
彼の中で錆び付いていた意志。錆び付いていた銃。
その名を、『戦意』と言う。
戦う意志など、十年前に折られていた。
何かに戦いを挑む意志など、十年前に奪われていた。
趣味で始めた麻雀ですら、心の底では勝とうとする気概を持てていなかった。
それでは勝てるわけがない。
人が良いという事は、それすなわち他人と争いぶつかり合い、本気で他人と戦う事を避けているという事でもある。
だが、生きる事は戦う事だ。
戦わなければ生き残れない。戦わなければ、生きているとは言えない。戦わない者が、何かを掴み取る事はない。
逃げてばかりでは守れない。守りたいもの、失いたくないものがあるのなら、戦わなければならないのだ。
十年前は空っぽだった。
須賀京太郎は守られるだけ、庇われるだけの子供だった。
守りたいもの、失いたくないものなんて、何一つ無い空っぽな子供だったのだ。
けれど、今は違う。
京太郎には、ようやく『守りたい人達』が出来た。
守りたい夢、守りたい意志、守りたい場所が見つかった。
だから、戦う。戦って守る。それが彼の中にあった、錆びついた銃のような意志。
戦う意志と、覚悟を決めた。
引き金が引かれ―――撃鉄の落ちる、音がした。
「あいつらの、あの人達の夢なんだ!」
「嫌なんだ! こんな奴らのせいで、もしかしたらあいつらの夢が台無しにされてしまうかもしれない!」
左拳を左腰に。
右腕をしっかりと左前方上方へと伸ばす。
天をかき混ぜ弧を描くように、右腕をゆっくりと右前方上方へと伸ばす。
守るもの、守りたいもの、守らなくてはならないもの。
それら全てを胸に抱き、天を掻く。
「せめて、流す涙なら!」
「全国の頂点に立って、感極まった嬉し涙を!」
「そうでなくても、夢に向かって走り続けて、その途中で力及ばず流す悔し涙を!」
「どんな形であっても、その涙の理由は、『夢』であって欲しいから!」
そして、『切り替える』。
左の拳を右前方上方へと、右腕を右腰の拳へと。右腕と左腕の構えを対称に入れ替えるように。
それは変身を象徴する切り替えであると共に、遠い遠い平行世界において『本郷』と呼ばれた男の変身様式。
仮面を被り戦う戦士の一人として、両の足で地を踏みしめる。
「こんな奴らの為に、壊される夢は見たくない!」
「だから、見ててくれ! 俺の―――」
誰だって、知っている。
「―――『変身』!!」
心が成長し、育まれ、変われたのなら―――それは立派な、『変身』なのだと。
「させるか!」
そうはさせない、とガルメが京太郎へと飛びかかる。
だが、遅い。
「京太郎!」
冴の警告の声も、それすら遅い。
京太郎は既に迫るガルメに反撃のカウンターパンチの姿勢に入っている。
構えた時は人の姿、拳を振りかぶった時は白き戦士の姿、そして―――
拳に込めるは、炎のような烈火の怒り。
ベルトに繋がる霊石から生まれた熱が心臓に流れ込み、炎となる。
炎はやがて血の巡りに乗って全身に流れ込み、その白き身体を赤く染めていく。
心の熱が炎に注ぎ込まれ、炎の勢いは加速度的に増していく。
怒りを燃料として燃え盛る烈火が、頭部のツノを、全身の筋肉を、硬き装甲を、戦士のそれへと変えていく。
―――拳を放つ、その時には。戦士の身体は赤く染まっていた。
怒りを熱に。心を力に。正義の心を、その胸に。
正しき心に、霊石は応える。
聖なる泉の奥底から、彼に呼応し浮き上がる力(マイティ)。
「ゲガッ!?」
鼻っ面に予想外の速度・威力の拳を叩きつけられ、ガルメは後方へと吹き飛ばされる。
ここに伝説は塗り替えられた。
白き身体に、赤き装甲。格闘特化の真紅の力。
戦士の赤、力の(マイティ)形態(フォーム)。
教会を焼く焔よりもなお熱き、炎の赤が。灼熱の闘志を燃やしていた。
――― 邪悪なる者あらば ―――
――― 希望の霊石を身に付け ―――
――― 炎の如く ―――
――― 邪悪を打ち倒す戦士あり ―――
「赤く……赤くなったっ……!!」
「……ダグ、バァ……!」
「そのダグバさんとやらが誰だのかは知らんが、俺は俺だ」
冴、ガルメ、京太郎が言葉を紡ぐ。
冴は今京太郎の変身を見届けて外に出た。
ガルメは鼻っ面を抑えたまま、憎々しげに京太郎を睨みつける。
そして京太郎はガルメが呻いているその隙に、教会の長椅子を驚異的な筋力で懺悔室へと投げつけた。
衝撃に崩落した懺悔室は、もう通れやしないだろう。
「俺は俺として、他の誰でもない俺自身の意思で!」
「今日ここで、誓いを立てる! お前らを一匹残らず、あの世に送ってやるってな!」
「十年前お前らが奪って、四号が取り返してくれたもの、全部守ってやる」
「今度こそ、お前らには何一つとして奪わせない!」
宣誓し、赤き戦士は構えを取る。
「威勢が良いじゃないか、ダグバ」
「朝はあーんなにビビったり、キレたりしてのにさァ」
「人はそうそう簡単には変われないって叩き込んでやるよ」
「致命傷と一緒に……この、ズ・ガルメ・レがなぁっ!」
嘲笑し、緑の爬虫が舌をうねらせる。
燃える世界で、赤と緑が激突した。
ガルメは舌を伸ばし、鞭の如くしならせる。
赤き戦士の顔面を狙う、強力な一撃だ。
『流星錘』という名の、実在する武器がある。
これは金属製の重りなどを紐の端に括りつけ、遠心力と加速力で絶大な破壊力を生み出す中距離武器だ。
ガルメの舌も、原理的にはこの武器に近い属性を持っている。
『先端の自在な硬質化』
『強靭柔軟かつ十数メートルも伸縮可能』
『それなりの質量を持ち、極めて強靭で引きちぎる事が出来ない』
ツルのようにしなり、鉄のように硬い。
常識の埒外にあるこの舌は、やろうと思えば人の頭蓋を正確無比に狙い打ち陥没させる悪魔の武器となるだろう。
だが、彼が相対しているのはただの人ではない。
「らぁっ!!」
顔面に迫る舌の先端を、戦士は右手の甲で払う。
鞭の軌道・タイミング・特性を完全に見切っていたとしか思えない、あまりにも理想的な防御。
鞭の威力と慣性に逆らわず、最低限の力で横からぶっ叩き軌道を逸らしたのだ。
朝とはあまりにも違う鮮やかさに、ガルメも一瞬怯む。
だが、これもガルメにとっては『想定内』だった。
「(舌は囮だ、ヒヒッ!)」
舌を放つと同時に、ガルメは駆け出していた。
舌を囮に、上半身に意識を集めさせる。
そこで疎かになった下半身にタックル。体制を崩させ、自身の両手両足で四肢を封じた上で舌で首を締め折り殺す。
両手両足に次ぐ第三の腕とも言えるこの舌は、寝技に持ち込む事でその脅威を跳ね上げるのだ。
当て身技ではない、組み技での活用。
誰もがこの舌を見て、リーチの差と中距離での不利という事実にばかり注意を割く。
そんな先入観と思い込みを利用した、ガルメの必勝戦術の一つである。
常識に囚われぬ格闘技能を振るってこその、未確認生命体!
が。
赤き戦士は、その上を行く!
「が……ア、あ、アアアアアっ!?」
ガルメの低空タックルは戦士の足を取る……事はなく。
繰り出された戦士の膝が、ガルメの額に痛烈に突き刺さる形で阻止されていた。
「覚えとけ」
「タックルに膝を合わせられるのは、俺達(リント)の格闘技界じゃ注意事項にもほどがあるんだよ」
「食らったら相当恥ずかしいんだぜ?」
仮名A木と仮名J演乙の試合。
昔少し見ただけの異種格闘技戦の一幕を容易に再現出来るだけのスペックが、今の彼には備わっている。
カウンターの膝蹴りからステップ、体勢を整えてからの左足の第二撃。
額を押さえ悶えるガルメの胸部に、赤き戦士の強烈な蹴撃が叩き込まれる。
あまりの衝撃に、ガルメの200cm200kgの体躯が浮く。
グロンギ族の中でも平均値より少し軽めとは言えそれでも途方も無い重量を持つその身体が、数m後方へと吹き飛ばされる。
封印の紋は浮かび上がらない。
ただの力を込めたキック。
しかしこれまでの一撃とはまさしく桁が違う、白の戦士の必殺技を上回る蹴撃であった。
「ギ、ゲェッ……!?」
「害獣駆除だ」
「来いよカメレオン。その顔の色から、真っ青に染めてやる」
ガルメは殺害の際に、言葉をもって相手を煽る。
煽るのは怒りや恐怖とその時々によって様々であるが、その為に必須であるものがある。『相手に通じる言語』だ。
その為に、ガルメはグロンギの中でも真っ先に人類の言葉を学習していた。
悪辣な性格と優秀な頭脳が無ければ到底成し得ない、ガルメの流暢な日本語はそんな事実を証明している。
「バレスバ!」
だからこそ、殺すべき人間(リント)の言葉を捨ててガルメ本来の言語で叫ぶという事は。
彼の激昂と、余裕の消失と、そして紛れも無く殺意が一点に向けられているという事実を証明する。
「ボゾギデジャス……ボゾギデジャス!」
カメレオンの力を持つ肉体が透明化し、視界から徐々に消失していく。
ガルメが持つ最大の武器は舌ではない。この、カメレオンの特性を最大限に活かす体質だ。
彼の皮膚は光学的作用をもってあらゆる風景と同化することが可能であり、誇張なく視覚的に完全に消失する。
現在の人類の科学力では、特殊なスコープを用いてすら消失したガルメを視認する事は不可能だ。
ここにガルメの足音を立てず走る事・壁や天井を這う事ができる特殊な手足が加わる事でガルメの戦闘スタイルが完成する。
極限まで隠密に特化したカメレオンの怪人という、悪夢のような存在が出来上がるのだ。
かつて現代のクウガは、赤と青の力をもってしてもガルメに太刀打ちすら出来なかったという。
ただしこの体質も、完全無欠というわけでもない。
特性の閃光弾といった自然界にない強烈な光を浴びれば、感光したフィルムのように短時間は使えなくなるという弱点もある。
数km先の針が落ちる音を聞き分けられるほどの五感があれば、流石に知覚されてしまうという弱点もある。
だが、今の須賀京太郎にはそのどちらもない。
「ギ―――」
無い、はずなのに。
「炎は、嫌いだ」
赤き戦士の裏拳が、姿を消した上で左方から接近するガルメのこめかみを強打した。
「―――ガッ!?」
「炎は嫌いだ」
「あの夜を思い出す。……みんなみんな燃え尽きて、命も身体も燃え尽きてしまったあの日の悪夢を」
「あの、究極の闇を」
「バン……ザド……!?」
見えていない。見えていないはずだ。
ならば、何故―――!?
そんな焦りと動揺が、ガルメの思考を支配する。
「良かった。もしも昨日の夜コウモリ野郎にこういう手を使われてたら、トラウマフラッシュバックで立ち上がれなかったかもしれん」
「感謝すべきは誰にかな……みんなか。みんなだな」
「十年経ってもダメだった炎(かこ)に、こうして向き合えてる」
「ビガラ、バゼ」
赤き戦士が、間合いを詰める。
明らかに姿が見えていなければ不可能な動き。
もはや疑いようもなく、ガルメの姿はかの少年に視認されている。
顔面に放たれる京太郎の左ジャブ二連撃。咄嗟のガードで塞がれた視界と、防御の空いた腹。
そこに容赦なく右のボディブローを叩き込む。
「ガ、ハッ……!」
「教えてやろうか。お前の単なる自爆だ」
咄嗟に腰を引いて打点を僅かにずらし、後方へと跳んで逃げたガルメへと、言葉の追撃を叩きつける。
「炎は常に揺らめいている。そこにかすかでも人型の空白地帯ができていたら?」
「燃える教会はもうずっとススを巻き上げている。透明な皮膚の表面に、うっすらとススが重なってる事も気付いてなかったのか?」
「お前が走れば足元の灰が巻き上がる。お前が動けば空気が動いて炎が揺らめく」
「確かに普通なら、お前は絶対に知覚することもできない強敵だ。俺が勝てる相手じゃない」
「だが、今この場所は違う」
「この炎の世界は―――お前の力を許さない」
「処刑場と言ったな? 舌から生まれたズ・ガルメ・レ」
「確かにここは処刑場だ……だが、罪人を裁くのはお前じゃない!」
炎の世界がガルメの力を、炎の戦士がガルメの在り方を否定する。
「ゾゲスバ・ブゴガビ!!」
それを認めぬかのように、ガルメの舌が伸長する。
先の一撃より更に速度と威力を増した鞭。
得意の迷彩が使えなくなった以上、ガルメに残された武器はこの一つだけだ。
だからこその一撃必殺、油断など欠片も無い渾身の力が込められている。
『人は鞭の先端の軌道を目で追えない』という常識の通りに、しなる鞭の先端はこの世界からあまりの速さに消失する。
第二の消失。
どこまで行っても、ガルメの武器とは『消失』ありきだ。
だが、それを超越してこその赤き戦士!
「ギャッ!?」
上がった悲鳴は京太郎……では、なく。攻撃していたガルメの方。
不可思議な現象も、ガルメに悲鳴を上げさせた少年の姿を見れば驚愕と共に納得に至る。
振り下ろされた肘。振り上げられた膝。
無慈悲に舌を挟み潰して受け止めたその肘膝は、まるで獲物を食い千切らんとする獣の顎(アギト)。
ぶじゅりと痛々しい音を立て、白刃取りのごとく振るわれた舌先を噛み潰していた。
まさに神業。脅威としか言いようのない反射速度。そこに命を懸けられる信じられない胆力。
須賀京太郎の戦士としてのセンスは、この戦いの中で加速度的に開花していた。
超古代のクウガには、不殺を貫けるほどの優れた技巧と優しさがあった。
現代のクウガには、一年間命を懸けて戦い続け究極に至るほどの心の強さと優しさがあった。
ならば、京太郎には?
それがこの一瞬で証明される。
戦闘技術、戦闘経験、戦闘駆引。
それらの差をひっくり返す、それらの差をことごとく埋める、それらを砂漠が水を吸うように吸収し成長する。
他人の痛みが分かってしまうがために絶対に格闘家にはなれない少年の、埋もれていく運命にあった一つの才能。
百年に一人というレベルの馬鹿げた域にある『戦闘センス』。
リントの民には本来求められなかった、けれどグロンギの民には何よりも求められた、戦士というものに必要不可欠な要素であった。
「ボンバ・ボンバ……ボンバ・ボドガ!」
「ガシゲン・ジュスガン……ビガラ・ザベ・パババサズ・ボゾギデジャス!」
逃げ場、無し。
ガルメが用意したこの処刑場は、大誤算だった京太郎の『変身』により、ガルメ自身の処刑場へと変わりつつあった。
ダグバを逃さぬための炎の檻は、今やガルメも囚えて離さない。
長居していれば崩落する教会に巻き込まれて二人纏めてお陀仏だ。
赤き戦士もズ・ガルメ・レも、生き残る方法はただ一つ。
眼前の敵を時間をかけずに打ち倒し、全力をもって壁か窓かを突破する。
脱出に全力を注ぐため、必然的に勝利は前提だ。でなければ、どちらか片方ですら生き残れやしない。
「…………」
「…………」
互いにそれを理解している。故に、二人はこれ以上戦いを長引かせようとはしていない。
短期決戦―――互いに懸ける、この一瞬。
この交錯が分水嶺。ラストの一撃の一つ前だ。
この炎の世界の戦いも、既にこの二人にはゴールが見えているのだろう。
「――――ッ」
「――――!」
赤き戦士が先手を取り、走り出す。
右足には燃え盛る光を集約した必殺のエネルギー。
溜め、圧縮し、跳び、蹴り、放つ。
そんなあまりにも単純な、必殺のプロセス。
ガルメはそんな飛び蹴りのモーションを見て、両手をクロスさせた防御で受け止めんとしている。
おそらく、受けてからの反撃に勝機を見出だしたのだ。
攻める。受ける。
ここからの十秒間で、絶対的にどちらか片方の命運が砕け散る。
「(……なんだ)」
が。
「(なんだ、この違和感……?)」
舌を傷めつけられた為に生まれた怒りから来る隙。
最大の武器を両方共攻略されたという精神的動揺。
その二つが重なったこの瞬間、だからこそ最大の一撃を叩き込むべきだと京太郎は判断した。
その結果の選択肢は、直感的に頭に浮かんだ全力を込めた右足による飛び蹴り。
その選択は間違ってはいない。間違ってはいない、はずなのに……どうにも違和感が拭えない。
「(俺が決め手に選ぶ、最大の一撃って……)」
踏み込む。右足を、左足を、最後に両足を揃え高くではなく強く跳躍。
跳躍の方向をギリギリまで地面と平行に近づけて行き、飛び蹴りの威力を引き上げる。
跳躍で身体そのものに乗った力、身体を捻り乗せた身のこなしの力、そして飛び蹴りそのものの蹴りの力。
三段のエネルギーを右足に込め、放つ。
蹴撃はガルメのガードへと叩きつけられ、その両腕を常識外れのパワーで弾き飛ばした。
だが、それだけだった。
「っ!」
「ッ!」
京太郎は反動で後方へと弾き返されるも、空中で体勢を立て直し着地する。
ガルメにトドメこそさせなかったものの、その両腕はもはや使い物になっていない。
力の入らなぬままにだらりと垂れ、動きを阻害するエネルギーの残滓がうっすらと紋章のように輝いている。
トドメを刺す好機だと、京太郎は一気に踏み込んだ。
瞬間、背筋を走る悪寒。
その直観に命を委ね、京太郎は走りながらもしゃにむに首を右に振る。
コンマ1秒後、左の頬をかすった『何か』が、摩擦熱でジュッという音を立て頬を焦がした。
その攻撃に、ほんの一瞬の思考で彼はその正体へと辿り着く。
「(舌だけを不可視にして、細く長く伸ばしたのか……!?)」
確かに身体全体を不可視に出来るのなら、体の一部分だけを不可視にする事が出来るのも道理。
だが……ここまで精密に、部分的に、透明化を実行できるなど完全に想定外であった。
細長く形状変化し炎の合間を縫うように放たれた不可視の舌は、空間のゆらめきにほんの僅かの痕跡も残さない。
先端は相変わらず岩石すら砕く硬度と破壊力で、まるで不可視の迫撃砲だ。
「チッ、ザズギダバ」
……もしも、今の一撃が直撃していたら。
今の一瞬で、決着が付いていた。それもこのバケモノが勝利を掴み取るという最悪の結末で。
脳漿をぶち撒けるか、腸(はらわた)を晒すか、風穴が空くか、いずれにせよどんな場所に当たっても、だ。
その事実に少年の背筋から冷たい汗が流れ落ちる。
「(……だよな)」
「でなきゃ、『恐ろしい怪物だ』なんて言われるわけがない」
それでも歩みは緩めない。須賀京太郎の踏み込む足は、微塵の怯えも見せていなかった。
生と死の境界で、細い細い綱を渡る。
まるで最低最悪の問題集だ。間違えたらその時点で失格、全問難解、一問ごとに猶予時間は1秒も貰えない。
解き続け、正解し続け、その先にある勝利を掴むために。
そんな致命のやり取りをくぐり抜けて行くその中で、緊張感とは別に膨らむ何かがあった。
「(……なんでだろうか)」
「(右腕が、やけに熱い)」
京太郎の中で膨らむその違和感は、四号の真似をして撃った先の飛び蹴りの後から加速度的に膨れ上がっている。
そんな違和感なんかより、今目の前に迫った危機をどうにかしなければならないのに。
見えない舌。現状、どうにもしようがない。
言わばチェックメイト寸前。王手寸前なのだ。そんな違和感に構っている余裕はない。
……なのに。なのにだ。
己の中で膨れ上がる言葉に出来ないその奔流を、京太郎は止められないでいる。
熱が集まり、熱を発し、熱を生み出す臨界寸前の右腕が、「それでいい」と叫んでいる。
そしてとうとう、その違和感に身を委ねた。
その違和感を正すため、本能が叫ぶ『あるべき姿』へ立ち返る。
「ギベ」
そんな京太郎の心臓へ、不可視の舌が弩砲の如く放たれる。
つんざくような激しい激しい衝突音が、大気を揺らして燃え盛る炎を震わせていた。
少年は、憧れた。
だからこそ、追い求めた戦士を無意識に模倣した。
雑誌で、新聞で、ニュースで、伝聞で、何度も心を震わせられた赤い戦士の必殺技。
それが炎を纏った右足による必殺技、赤き戦士の『マイティキック』だ。
けれど、少年はクウガではない。
クウガにはなれない。クウガには出来た事が出来ない。
故にこそ、クウガには出来ない事が出来る。
「ジャック・ポット……なーんてな」
少年の右腕を、金色の装甲が覆っている。
それは文字通りの手甲(ガントレット)。
拳を覆い、二の腕半ばまで伸びる黄金の篭手だ。
その装甲を盾にして、彼は心臓へと伸びた舌の一撃を受け止めていた。
「バン……ザド……!?」
何故心臓を庇ったか? 彼に聞けば、信じられない答えが返って来るだろう。
「一撃で即死する急所のどれかに賭けた」
「どこに来るかなんて知らん」
「なに、外したら死ぬだけだ」
そんな信じられない理屈の果てに、彼は今この場に立っている。生きている。そして、走っている。
走る。
両腕を封じられ、不可視の鎧を剥がされ、最後の奥の手もしのがれて、ガルメにはもう打つ手が無い。
そんなガルメの懐に二歩で飛び込み、一歩で構え、その一撃を叩きこまんとする。
バチリ、とガントレットに稲妻が走る。
ジジジ、とエネルギーが変化した炎熱が拳に走る。
太古の昔―――とある戦士が愛用し、同族にすら恐れられた必殺技(フィニッシュブロー)。
まだ戦士がそのズ・ダグバ・バという名を名乗っていた頃から、ずっと愛用し続けていた右拳の一撃。
「ラザザ・ラザ……!!」
苦し紛れの、ガルメの舌によるゼロ距離ラストアタック。
正真正銘、互いに最後の一撃。
距離が縮んだ分、先程までギリギリでかわしていたダグバにはかわす時間が無いだろう、という目算。
その選択は正解だ。
離れて当たらないなら近くで、というのは当たり前に有効な手段。
事実初見という前提で近接し、かの鞭の速度をもってすれば、どんなに有利な状況でも京太郎に躱す術はなかっただろう。
『初見』、という前提があれば。
確かに、近距離での必殺の一撃ほど有効な攻撃手段はそうそうない。
格下どころか格上すら仕留めうる、ガルメの現状打てる最良手であると言っていい。
……だが。
三度。舌を用いて攻撃し、仕留め損なうこと都合三度。
最後に頼る切り札であるのなら、赤き戦士を相手に三度もやるのは見せすぎだ。
だから、見切られる。
硬軟併せ持つカメレオンの鞭を、クワガタの戦士は最低限の動きで回避する。
怪人の最後の一撃は戦士の肩をかするだけに終わる。
そして、残るは戦士が振るう最後の一撃。
溜め、圧縮し、踏み込み、殴り、放つ。
そんなあまりにも単純な、必殺のプロセス。
シンプルに、単純に、一途に、簡潔に、ありのままに。
余分なものを削ぎ落とせるだけ削ぎ落とし、極限まで無駄を削った右ストレートを叩き込む。
虚飾もなく、無駄もなく、複雑な技巧を一切混じえない、そんな基本にして理想的な必殺技。
「おおおおおおおおおりゃああああああああああああッ!!」
力を込めた炎のパンチがガルメの胸部ど真ん中を殴り飛ばし、十数メートルは吹き飛ばす。
吹き飛ばされたその巨体は重力に逆らい飛ばされるまま、教会の端の十字架へと叩きつけられた。
「ゴセガ……ゴセガ……!」
「ゴラゲン・ジョグバ・ギバガ・セダザベン・ガビビ―――!」
胸部から腰部へと走る、ヒビ割れのようなエネルギーの疾走。
苦悶の声を上げるその怪人は、十字架に磔にされた聖人の神聖な姿とは、ほど遠く。
汚らしい言葉を吐きながら、汚らしい姿を見せながら、汚らしい心をさらけ出しながら。
「俺もお前らも、今はこの街にゃ場違いなんだよ。人外諸君」
閃光。
そして一瞬後に爆音と共に、爆散。
そうやって、ズ・ガルメ・レは、そのひたすらに他者を見下し続けた生命を消し飛ばされた。
灰色のオーロラが、ガルメの死体を包んでいく。
死体も、血痕も、直接的に破壊したものが何もかも再生されていく。
しかしそれでも、何故か燃える教会だけは元へと戻って行かなかった。
死体が全て消失したのを見届けた後、京太郎はその場に背を向けた。
避難所代わりになるよう設計された分厚い教会の扉を殴る事一回、二回、三回。
ガルメが何かしらの補強していたのか、赤の戦士の拳四回目にてようやく扉が開かれた。破壊された、とも言う。
開かれた扉の向こうには、ずっと待っていてくれたのか、一人の友人の姿があった。
「よう、おつかれさん。正義の味方どの」
そのふざけた口調に一気に力が抜けて、赤い戦士は少年の姿へ舞い戻る。
「やめろよそういうの。動機的に、正義の味方から一番遠い奴だって自覚はあんだよ」
正義の味方は、きっとあんなにも思い悩みはしないだろうから。
「はっ」
「正義なんてのはな、自分にとって何が正しいか分かっていれば良いんだよ。絶対的な正しさなんてどこにもねえんだから」
「沢山の人達の『自分にとって正しい事』を分かってやれる。抱えてる大切なものを理解してやれる。それを敬意をもって尊重できる」
「覚えとけ」
「それが、『正義の味方』ってやつなんだ」
ニッと笑って、冴が右腕を上げる。
同意はせずにため息一つ。京太郎も、右腕を上げる。
「今のお前、すげえいい顔で笑ってるぜ。京太郎」
耳障りの良い軽快な音。
ぱぁんと一度ハイタッチ。
そして、互いに向かってサムズアップ。
この夜の戦いは、そんな形で締めくくられた。
『こういうのを知ってるかい?』
『これは古代ローマで、満足できる納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草なんだ』
『君も、これにふさわしい人になって欲しい』
『誰かの笑顔のために頑張れる、そんな人になって欲しい』
『いつも誰かの笑顔のために頑張れる人は、とても素敵な人だと俺は思うから』
「いつもは、まだちょっと厳しいかな」
過去ではなく、未来と夢を動機とする友と出会った。
過去を乗り越え、自分と同じで同じじゃない、敬意を払うべき先人と出会った。
過去の記憶で、大切な事を大切な幼馴染に教わった。
過去なんかよりも、ずっとずっと大切な仲間が出来た。
異形への忌避感は消えていないし、四号への複雑な気持ちは戻らないし、きっとあの夜を悪夢に見なくなる事はないのだろう。
それでも。
そんな薄暗い気持ちよりもはるかに眩しくて、輝かしくて、誇らしい気持ちが今彼の胸の中にある。
「いい空だ」
過去を振り切り、未来に思いを馳せ、今を生きる。
ここまではプロローグ。十年前に足を止めていた彼が、歩き出すまでのお話という意味でのプロローグだ。
清々しい夜空を見上げ、明日の青空を夢に見て、彼は空を仰ぎ見る。
「(なんだか、今夜だけは……あの夜の夢を、見ない気がする)」
未来に続く一日。未来へと続く、未来の前の日。
人はその日の事を、親しみを込めて『明日』と呼ぶ。
笑顔の満ちる未来には、笑顔の満ちる明日だけが繋がっている。
それがこの夜、彼らが本当に守ったものだった。
照「ツノが伸びた……私が他人にツノがどうとか言う日が来るなんて、なんだか新鮮な気分」
照「邪悪なる者あらば、希望の霊石を身に付け」
照「希望の霊石……か」
照「結局は持ってる人次第。使う人次第、なのかな」
照「……」
照「それは、それとして」
照「お疲れ様。……本当に、よく頑張ったと思う」
照「まだ何も終わっていないけれど、始まったばかりだけど」
照「頑張って」
そして昨晩とは違い、僅ではあるが心の中で応援していた傍観者。
「―――・バ、準備は出来ているか?」
「それならいい。もう行っていいぞ」
昨晩と同じく、変身していない京太郎には微塵も興味を示していない傍観者。
薔薇のタトゥーの女は次のプレイヤーを送り出し、既に次のゲゲルの準備へととりかかっている。
死に行く同族へ何の感慨も抱いていないその姿が、ひどく怪物じみていた。
「…………」
「見ているか、ガミオ」
「後悔しているか? それとも受け入れるのか?」
「アレが、愚かさの辿る末路というものだ」
「お前の感想を、一度聞いてみたいものだな」
「――――」
「……いや、意味のない事か」
「死人は何も、語りはしない」
バルバは瞳を閉じ、想起する。
彼女は全てを知っている。
もうこの世界の生きとし生ける住人で、その真実を知っている者は彼女だけだ。
彼女は『クウガ』と『ダグバ』が生まれた過去。
その二つが何故同じクワガタの力を持っているのか、その力の至る地点・辿る地点が寸分違わず同じだったのか、その理由を知っている。
「究極の闇は、未だ成らず」
「あのリントでは、赤き瞳にも至るまい」
「遊んでいないで早くしろ。ダグバ」
彼女は決して、誰にもそれを語りはしないのだが。
傍観者達の夜も、こうして更けていく。
主演たる少年少女達のあずかり知らぬ場所、真実に一番近い高みから。
【今週のグロンギ語翻訳】
>>393
「なめるな!」
「殺してやる……殺してやる!」
「死―――」
>>395
「なん……だと……!?」
「貴様、何故」
>>396
「吠えるな、クソガキ!!」
>>399
「こんな、こんな……こんな事が!」
「ありえん、許さん……貴様だけは、必ず殺してやる!」
>>400
「チッ、外したか」
>>401
「死ね」
>>404
「なん……だと……!?」
「まだだ、まだ……!!」
>>405
「俺が……俺が……!」
「お前のような、生かされただけのガキに―――!」
【次回予告】
http://www.youtube.com/watch?v=Ahb0PwJHcac
「キョグギン・ジャンママ・ズ・バヅー・バ・ザ!」
「気まぐれだったんだけどな」
「そいつはその後自分の国に帰ったって聞いてたんだが、少し調べたらまた留学してきたらしい」
「まだ絵を描いてるのかどうかも、知らん」
「蝶野先生が絵を教えた子なんて居たんですね」
「高校の名前とか、その子の名前ってなんて言うんですか?」
「校名は宮守女子。『Aislinn Wishart』って奴だ。俺はエイ子って呼んでたが」
「高、い……! 高すぎる! 届か、ねえッ……!」
「クソ、俺に、俺にもっと、もっと何か……!」
「このお守りの中身」
「神様が居るとか居ないとか、それが証明できるのかとか、あんまり考えたことはないです」
「ただ居るのと居ないのなら、居てくれると思った方が素敵だと思いません?」
「この世に神様が居ると信じる事って、この世に人を信じる気持ちが残ってるって信じる事と、似てると思うんです」
「先生、見せてくれないんですか? 大人の最高にカッコいい、俺達子供が憧れる姿ってやつを」
「俺達が迷わず目標にし続けていられる、大人の背中を」
「貴方に『教え育てて』もらう事が本当に恵まれた事なんだと、俺はこれからも、信じていたい」
「蝶野純一って奴は本当にダメな奴だったんだ」
「俺の人生を変えてくれた、心から尊敬する『恩師』に出会うまではな」
「……そうか、そういうことだったのか」
「誰かが俺に与えてくれた心の変化、心の成長、新たに加わった心の色が、俺の新しい形態になる」
「色が変わるってのは、そういうことだったのか」
「心の色が、力の色」
心の色と形態(フォーム)が変わる(チェンジ)。
「色が、変わった……!!」
EPISODE3:『恩師』
照は鳴滝さんポジですかねぇ
【赤の戦士】
京太郎が戦う意志をもって『変身』した、赤き装甲を纏う戦士。
あらゆるステータスが向上し、まさに戦うためだけに存在する肉体へと作り変えられている。
そのスペックは白の戦士とは比べ物にならないほど高く、弱点と言えるような弱点も存在しない。
多くのタイプの敵と互角以上に戦える万能選手であり、オールマイティという言葉の似合う炎の戦士。
格闘戦、特に拳による打撃に優れる。
全身の身体バランスや筋力・柔軟性が向上しているため、やろうと思えばあらゆる格闘技を模倣可能な肉体が出来上がっている。
肉体強度が上昇しているために打たれ強さも凄まじく、強化された感覚は肉体のスペックを余すこと無く引き出すことが可能。
右腕、それに次いで両足の筋肉の発達が特に凄まじい。
必殺技の発動時には、その強化された肉体部分による破壊力に封印エネルギーを上乗せして放つ。
須賀京太郎が恐怖を乗り越えその平凡な心から切り出した『覚悟』を体現したフォーム。
少年が得た強さそのもの。
傷つく事を恐れずに、大切な人を傷つける何かに立ち向かおうとする心。
その炎のような心の形、炎のような赤である。
パンチ力:8t
キック力:14t
ジャンプ力:ひと跳び20m
走力:100mを4秒
備考:パンチ力は平均値。左腕より右腕の方が強い
必殺技はエネルギーを固形化し、ガントレットのように右腕に装着。
炎の形状に加工した膨大なエネルギーを渾身の一撃と同時に叩き込む『マイティパンチ』。威力40t。
余談だが、この黄金のガントレットはクウガライジングフォームの武器に追加される金の刃状のものと同質である。
【ズ・ガルメ・レ】
http://i.imgur.com/w4nXs3p.jpg
今週の最強。
この作品制作過程において>>1の好感度が最も高いグロンギ。何故ならデフォで日本語使ってくれるから!
クウガ本編でも真っ先に流暢な日本語を習得し、グロンギの目的をペラペラ喋ってくれた人。
そして全て話し終えたら用済みとばかりにイヤーッ!グワーッ!されてしまうあたり昭和ライダー的アトモスフィア。
作戦の目的を訊いてもないのにペラペラ喋り出す→情報流出させただけで結局死ぬの流れはある種の王道。
キレると地の喋り方が出る。新道寺の皆さんが標準語を身に付けたけどキレたら日本語喋らなくなりました、的な。
クウガ本編では赤と青の力を持っていたクウガをだまくらかしゲゲルを一度成功させている。
その時の名前はメ・ガルメ・レ。
しかし緑の力を得たクウガの前にあえなく敗れしめやかに爆発四散。慈悲はない。
緑の力があれば消化試合ではあるが、無ければ基本無理ゲー。今回の京ちゃんは運が良かっただけです。
姿の消えるプロセスは、皮膚が感知した電磁波(=可視光)に合わせて自動で色彩を変化させるというもの。
なのである程度の光が無いと姿を消す事が出来ず、夜間に外をうろついていると丸見えになる欠点がある。
ガルメはクウガ本編では夜間に殺人せず引きこもりニート化、朝から規則正しく殺人を始めるという健全な殺人鬼でした。
またこのスレオリジナルの解釈で、皮膚に微小な付着物が一定量付いてしまうと姿を消しづらくなってしまう。
教会に火を付けたのは罠というだけではなく、光源の確保に使えるんじゃないかと判断したため。
教会内の電灯などと合わせて能力発動のための光を一定量用意するつもりだった模様。
しかし炎の中での戦いは初めてだったのか、致命的なタイミングで致命的な欠陥がいくつも発覚。
ぶっつけ本番で上手くいく奴、いかない奴って居ますよね。
ゴオマと違って野心と現実の折り合いが付けられる怪人であり、その分厄介。言い換えれば狡猾で悪辣。
趣味の精神攻撃フェイズと勝つための戦略を両立できるやーらしい敵。
卓越した頭の良さを嫌がらせと妨害に全振りしているという、いかにもな序盤の壁。
なので思考ではなく直観を主軸に組み込むセンスタイプの相手は天敵。
心を読むorデータ収集タイプのインテリは、何も考えてないバカに負けるのがお約束。そんな話。
姿を消して一撃必殺、その姿はまさしくニンジャ。
けれどガルメは居てもニンジャは居ない。いいね?
本日の投下は終了。付き合って下さった方はお疲れ様でした
京ちゃんのスペックがクウガと違うのは小説版のラスト近くのあの戦闘の解釈。究極に一度至ると基本四形態のスペックが向上するという独自解釈設定
また『警察に圧力かけた奴』と『美加が持っていたアマダム』については小説版を読もう(ステマ)
その辺りあんまり本筋に絡んでこないので
やけになってBGM自分で上げた。後悔はしていない
次回は蝶野&成香ちゃん回。京太郎の、エイスリンの、蝶野の『恩師』の話
ねみーんで寝ます、レスとか返さなきゃと思ったら明日返すかも
おやすみなさいませー
1000の世界の呪いを解く京太郎を創造した
乙
ヤバイな、仮面ライダーとか全く興味なかったのにこのスレのせいで見たくてしょうがない
子供用だと思ってたら設定も凄く凝ってそうだし
TSUTAYAとかにあるかな?
おのれ咲、お前が京ちゃんのプリンを奪った
この化け雀卓で始末してくれる
過去とか変身とか色々あったのに今回一番印象に残ったのが優希との勝ちたい理由会話だったのは間違いなく前作の所為
小説版クウガ買って来たが成程そういう事だったのか
もう闇の棺開いちゃってるのな
とりあえず、ガルメの名前が一部グリード1の萌えキャラになってる事に触れてもいいですか・・・?
俺はキノコのグロンギ早くでてほしい
クウガとか一番最初に見た仮面ライダーだから楽しみ
不良っぽいモヒカン気味のグロンギの名前が分からん
なんだこの流れ(困惑)
http://i.imgur.com/uLTg6QQ.jpg
http://i.imgur.com/hKg2z6o.jpg
ミステリも書いてみたいですがそしたらダンロン系統かこんなのになってしまいそうな予感
>>422
創造しちゃうかー
>>429
ようこそ、クウガの世界へ・・・
>>415
>>436
照滝さんとか予想外ですわ
>>438
ハハッ
>>441
開いてます
だいたい今リントギベさんがアイドルデビューしようとしてるぐらいですかね
小説版だとどうにも中学卒業前に入れ替わったみたいなので
>>442
あ、あぐりが悪い(震え声)
>>456
>>458
敵として登場するグロンギはバルバを除いて七体ですー
選択理由は話の都合と趣味が半々
http://www.youtube.com/watch?v=k_nccfIpWuI
スラッシュゼロの最終巻だけ自分も借りてこようかなぁ
見る時間があるかどうかが疑問ですが
>>464スレタイ求む
一番好きなのはペガサスフォームと言うかガンナーだけど使う所制限され過ぎてなぁ……
タイタンの重量感と無敵っぷりは異常
ライジングドラゴンはもっと評価されるべき
しかしダクバの各フォームってどうなんだ
あの鎧の色が真っ赤に染まったりするのかね
借りて見た
やべえ、8話まで見たけど普通に面白い
ただグロンギ語わっかんねー!
あれ初放送の時とか子供とかわかってたのか?
ダグバの赤verってどんなんだろ
聖 母 殺 人 伝 説
年末忙しすぎワロリンヌ
相州戦神館學園八命陣もすぐにやれなさそうな気配プンプン
>>465 >>466 >>468
ライジングペガサスが好きです(小並感)
>>471
いえ全然>>グロンギ語
グロンギ語の形式とか今のままで読みにくいとかありましたらどぞー
>>470 >>476
あんまり決めてないですね、各々の想像に任せますって感じでしょうか
ダグバの装飾品を減らして色を染めるのもあり、アナザーアギト理論でクウガそのまんまを想像するのもあり
クウガとダグバが実はそっくりさんでした設定でもそんな問題無いですしー
http://i.imgur.com/WkldKvL.jpg
世の中そっくりさんは三人は居るとかいう話ですしね
【書く時間取れずにヤケクソで昼にうどん食いながら書いた落書き・もしも他ライダークロスでやってたらその場合のスレタイと内容】
・京太郎「ある日起きたら部活の仲間が皆アギトになってた件」
謎の男「麻雀強い奴の能力ってのは要するに超能力だから皆いつかはアギトになるんだよ!」
京太郎「な、なんだってー!?」
謎の男「十数年前に余計なことした奴が居るんだよ! インターハイはアンノウン大繁盛の危険な場所になるんだよ!」
京太郎「な、なんだってー!?」
謎の男「だから君が何とかするんだ」
京太郎「その論理の飛躍はおかしくね?」
・京太郎「もし高校麻雀部のマネージャーみたいな男子部員がドラグレッダーと契約したら」
リチャ「戦え・・・戦え・・・具体的に言えばうちの家族を生きかえらせるためのマッチポンプとして戦え・・・」
京太郎「アカン」
怜「余命宣告されたわ」深堀「深刻に痩せたい」安福「あの振り込みなかったことにできない?」原村父「参加者の殺人未遂の制止と司法への通報」
池田「親が仕事クビになったし」ネリー「金欲しい」大沼「ガンだとよ」モモ「影の薄さって死活問題っす」
照「蘇生と聞いて」玄「蘇生と聞いて」衣「蘇生と聞いて」
京太郎「アカン」
・京太郎「知り合いの女の子の脱皮シーンてなんか興奮するな」
戦いの神「オカルトとかそういう能力ってつまり全て未来予知の亜種なんだよ! 発動対象が違うだけの情報の時間逆行なんだ!」
京太郎「な、なんだってー!?」
戦いの神「ずっと昔に爆死四散したハイパーゼクターの因子が赤ん坊の中に入って定着したものなんだ!」
京太郎「な、なんだってー!?」
戦いの神「天道って奴の性癖のせいであいつより年下の女の子にしか定着しなかったんだ!」
京太郎「な、なん(ry」
戦いの神「その因子を集めてハイパーゼクターを完成させるために、女の子の腹かっさばいて因子を取り出そうとしてる奴らが居るんだ!」
京太郎「な(ry」
戦いの神「見た感じこの大会ワームとか混ざってるけど頑張って君が守ってくれ」
京太郎「その論理の飛躍はおかしくね?」
・京太郎「ヒューッ!見ろよハギヨシさんの筋肉を、まるでハガネみてえだ! こいつはやるかもしれねえ!」
鍛えてますから
・京太郎「高卒で大企業スマートブレインに内定貰った」
アクセルクリムゾンスマッシュのポインター一直線に並べたい
・京太郎「麻雀部の顧問の先生がリーゼントだった件」
インターハイ女子の全員と友達になる男
・京太郎「生まれて初めてできた彼女が風都出身だったんですけど」
財団Xによるモバマス・艦これ・パズドラ運営という恐ろしい企みの裏に迫った野望・・・!
個人的にパッと第一話から五話ぐらいまでの展開思いつかないのはボツ
ここに書いてない作品名は思いついたので温存してる奴
http://www.youtube.com/watch?v=GeeUSDW3tcA
遅々としてますが次回投下はまったりお待ちくださいませー
このSSまとめへのコメント
早く戻ってこないかなあ……。