親父「……なんだコイツ?都会に狸なんて珍しいな?」
たぬき「……」
親父「お~い、起きろ~。こんな所に寝てると駆除されちまうぞ~?」
たぬき「……」
親父「……聞いてんのかコイツ」
たぬき「……」グゥ-
親父「……なんだ、てめぇ?腹、減ってんのか?」
たぬき「……」
親父「……とりあえず、うち上がれよ?飯、食わせてやる」
ーーーーー
親父「……ほれ、今日の売れ残りだ。食え」
たぬき(あっ……!ご飯っ……!?)
親父「冷めねぇうちに……って、聞いてねぇや」
たぬき「ハフッ、ハフハフッ!」モグモグ
親父「……食ったら、とっとと出ていけよ?こっちは明日の仕込みがあるんだから」
たぬき「ハフッ、ハフハフッ!」
親父「……聞いてねぇや」
たぬき「いや~、ご馳走様でした。味はイマイチですが、助かりました」
親父「余計なお世話だよ……って、お前っ……!?」
たぬき「……どうかしましたか?」
親父「お前、喋れんのか!?」
たぬき「はい、喋れますよ?」
親父「……変な狸」
たぬき「……それにしても」キョロキョロ
親父「……あん?」
たぬき「ここ、寂れたお店ですね~?僕、人間界の事はよくわかんないですが、経営とか大丈夫なんですか?」
親父「……余計なお世話だよ」
たぬき「そうだっ!」
親父「……まだ、なんかあんのか。食ったなら、早く出ていけよ」
たぬき「僕がこのお店が繁盛するように、宣伝してあげます!」
親父「……はぁ?」
たぬき「こう見えても狸って義理堅いんですよ?」
親父「……知らねぇよ」
たぬき「ほら!狸三日飼えば三年恩義忘れずって諺あるでしょ!?」
親父「……犬じゃなかったか、ソレ」
たぬき「それじゃあ、僕、宣伝行って来ますね!」
親父「……いや、あのなぁ?」
たぬき「よ~し!宣伝頑張るぞ~!」タッタッタ
親父「……あ~あ、行っちまったよ」
親父「……ったく、面倒臭ぇ」
親父(駅前に安い・美味い・早いの三拍子揃ったチェーン店が大量にあるご時世なんだ)
親父(こんな寂れた裏通りの定食屋が勝てるワケねぇだろ。土俵が違うんだよ)
数日後ーー
ガラッ
親父「お~、狸帰ったか。お前も毎日毎日、飽きねぇ……」
男「あっ!本当にいるんだっ!?」
女「凄~いっ!ねぇねぇ、その喋れる狸って何処にいるんですか~?」
親父「あれっ……?お客さんですか……?」
男「いや~、なんか『喋れる狸がいるお店』って聞きましてね?」
女「お腹空いてたし、面白そうだから来てみたんです」
親父「あっ……!いや、狸の野郎、今出かけてまして……?」
男「え~?」
女「嘘~?」
親父「いや、申し訳ありませんねぇ……?」
男「ん~……じゃあ、とりあえず天ぷら蕎麦定食で」
女「ん~とね……じゃあ、私はカレーうどん!」
親父「あぁ、ご注文ですか?少々、お待ち下さいね……?」ガチャガチャ
男「狸見たかったね~?」
女「うん。でも、私こういう落ち着いた雰囲気のお店って好き」
男「駅前のお店とかってゴチャゴチャしてるからねぇ?」
女「うん、ゆっくり喋れないもんねぇ?」
親父「へい、天ぷら蕎麦定食と、カレーうどんお待ち」
男「あっ、来た来た。それじゃあ、いただきま~す!」
女「いっただきま~す!」
親父(……ったく、狸の野郎何処行ってんだ。肝心な時には使えない野郎だな)
男「……」ズルズル
女「……ね、ねぇ男君?」ズルズル
親父「……」
男「女ちゃん、シッ……!後で、ゆっくり話そうよ……!」
女「……う、うん。わかった」
親父(かぁ~、ま~た、味に対する文句か。嫌なら食うなっての)
ーーーーー
男「それじゃあ、親父さん……お勘定……」
親父「……へい、二人で1500円になります」
男「じゃあ、二千円からで」
親父「500円のお釣りですね。毎度」
男「……あ、あの~?」
親父「……何か?」
男「ま、また明日も来ます……」
親父「……はぁ?」
男「いや、やっぱり……喋る狸って、見てみたいし……お昼にまた来ますから……?」
親父「……かしこまりました。狸の野郎に言っておきます」
夜ーー
たぬき「ただいま帰りましたぁ~!」
親父「……おう」
たぬき「ご飯はまだですか?売れ残り、ありますよね?」
親父「お前、どんどん図々しくなっていくなぁ……?」
たぬき「えへへ……すいません」
親父「……まぁ、売れ残りあるけどよ。ほれ、食え」
たぬき「ありがとうございます!それじゃあ、いただきますっ!」ハフハフ
親父「……ったく」
たぬき「うんっ!やっぱり味はイマイチですね!もう少し、料理の勉強した方がいいですよ!」
親父「……余計なお世話だよ」
たぬき「ご馳走様でしたっ!」
親父「……あ~、そうだ狸?」
たぬき「どうしました?」
親父「明日、昼頃には店にいろよ?宣伝はもういいから」
たぬき「?」
親父「……なんか、お前の事を見てぇってカップルが来るんだよ」
たぬき「そうなんですか!じゃあ、朝から宣伝に行って、昼には帰ってきます!」
親父「……宣伝はもういいっての。てめぇ、わかってねぇだろ?」
たぬき「?」
翌日ーー
ガラッ
親父「おいっ!狸の糞野郎、遅ぇぞ!カップル来ちまうだろうがっ!」
男「あっ……え~っと……?」
女「今日も、狸いないんですか……?」
親父「あっ……!いらっしゃいませっ……!」
男「う~ん……女ちゃん、どうする?」
女「とりあえず……折角来たんだし、食べて帰ろっか……?」
親父「いやぁ……申し訳ありませんっ!昼には帰って来いって言ったんで、もうすぐ帰って来ると思いますから!」
男「とりあえず、天ぷら蕎麦定食で」
女「私はカレーうどん」
親父「……昨日と同じご注文でよろしいのですか?」
男「……僕、天ぷら蕎麦好きですから」
女「……私もカレーうどんが好き」
親父「へい、わかりました。少々お待ち下さいね?」ガチャガチャ
男「とりあえず、天ぷら蕎麦定食で」
女「私はカレーうどん」
親父「……昨日と同じご注文でよろしいのですか?」
男「……僕、天ぷら蕎麦好きですから」
女「……私もカレーうどんが好き」
親父「へい、わかりました。少々お待ち下さいね?」ガチャガチャ
男「……狸、帰ってくるのかな?」
女「う~ん、わかんない……」
親父「へい、天ぷら蕎麦定食と、カレーうどんお待ち」
男「あっ、どうも。それじゃあ、いただきまぁ~す」
女「いただきまぁ~す」
親父(……ったく、狸の野郎は何してんだか)
男「!」
女「!」
男「あ、あの……すいません……?」
親父「……どうしました?」
男「いや、あの……これ、味変えました……?」
親父「……」
男「昨日はなんて言うか……その、あの……」
親父「……不味かったですか?」
男「い、いや……!あの、そのっ……!」
親父「構いませんよ?昨日のお客さんの表情を見てたらわかりますよ」
男「……す、すいません」
男「あのっ……!で、でも……今日の天ぷら蕎麦は美味しいです!」
女「私のカレーうどんも美味しいです!」
親父「……私は腐っても職人ですからね」
男「……えっ?」
女「……えっ?」
親父「お客さんに満足してもらえる様、日々努力ですよ」
男「は、はぁ……」
親父「……しっかし、狸の野郎、遅いですね。てめぇを目当てに来てくれてんのに、何してやがる」
ーーーーー
男「……結局、狸帰ってきませんでしたね?」
女「……うん、もう一時半」
親父「ったく!あの糞野郎!昨日散々言っただろが!」
男「あ~、構いませんよ?僕達、また来ますから?」
女「うん、ちょくちょく通わせていただきます」
親父「……えっ?」
男「僕、こういう穴場みたいなお店好きなんですよ?駅前のチェーン店はいつも混んでるし」
女「ここなら、落ち着いて話せるもんね?私もこういう落ち着いた雰囲気のお店好きなんですよ」
親父「……ど、どうも」
夜ーー
たぬき「ただいま帰りました~」
親父「遅ぇぞ!糞狸!」
たぬき「ど、どうしたんですか?そんなに怒って?」
親父「てめぇ、昨日昼には店にいやがれって言っただろうがっ!」
たぬき「あ~、そんな事言ってましたね?それより、ご飯下さいよ?」
親父「はぁ!?」
たぬき「今日も売れ残り、あるんでしょ?」
親父「……チッ」
親父「……ほれ、天ぷら蕎麦だ。食ってみろ」ニヤリ
たぬき「それじゃあ、いただきます!」ハフハフ
親父「……」
たぬき「ハフッ、ハフハフッ!」
親父「……どうだ?美味いか?」ニヤニヤ
たぬき「……う~ん、まぁ60点って所ですかね?」
親父「!」
親父「てめぇ!ふざけてると、狸鍋にして食っちまうぞっ!」
たぬき「いや、ちょっと落ち着いて下さいよ?」
親父「狸の癖に生意気な口聞きやがって、この野郎……」
たぬき「いや、蕎麦と汁は良くなりましたよ?でも衣がまだ、イマイチですね?」
親父「なんだと、この野郎……?」
たぬき「いいですか?天ぷらというのは衣の仕上げが重要なのです。天ぷら蕎麦のメインの天ぷらがこれじゃあ……」
親父「もういいもういいっ!何処の料理評論家だてめぇは!」
数日後ーー
ガラッ
親父「あっ、いらっしゃいませ」
老人「ふむ、この店は空いてるのぉ~」
男「……狸じゃなかったね?」
女「……ねぇ~?」
老人「狸……?何の話じゃ……?」
親父「あっ!いえ、ただのオタ話ですよ!気にしないで下さいっ!それよりご注文は?」
老人「……わしゃ、老眼でメニュー読むのもしんどくての。何かお勧めはないのかい?」
男「お爺さん!ここ、天ぷら蕎麦美味しいですよ!?」
女「カレーうどんも美味しいですよ!」
老人「……それじゃあ、天ぷら蕎麦を頂こうかの」
親父「天ぷら蕎麦ですね?少々、お待ち下さい」ガチャガチャ
男「ねぇねぇ?お爺さん、知ってます?」
女「この店、面白い噂があるんですけどね……?」
老人「……噂?」
親父「いやっ!ただのオタ話ですって!天ぷら蕎麦お待ちっ!」
さらに数日ーー
ガラッ
親父「へい、いらっしゃいませ」
父「家族連れですけど、大丈夫ですか?」
母「駅前、何処もいっぱいで……美味しいお店があるって噂聞いて来たんですけど……?」
親父「あぁ、構いませんよ?ご注文は?」
父「え~っと……じゃあ、きつねうどん定食で」
母「私は……ざる蕎麦頂きましょうかしら?」
息子「僕、たぬきうどんっ!」
娘「私もたぬきうどんっ!」
親父「へい、きつねうどん定食と、ざる蕎麦と、たぬきうどん二人前ですね?少々、お待ち下さい」ガチャガチャ
夜ーー
たぬき「ただいま帰りました!」
親父「……おめぇは、いつも何処に行ってんだ」
たぬき「宣伝ですよ宣伝!それより、お腹が空きました!売れ残り下さい!」
親父「……今日はねぇよ」
たぬき「……えっ?」
親父「誰かさんが必死に宣伝してくれてるお陰でな、最近客も増えて売れ残りはねぇの」
たぬき「そうなんですか」
親父「……まぁ、なんか作ってやるよ。ちょっと待っておけ」ガチャガチャ
たぬき「はいっ!」
たぬき「いただきますっ」ハフハフ
親父「……お~う」
たぬき「う~ん……この60点の味っ!しかし、何故か癖になるこの味っ……!」ハフハフ
親父「……なぁ、狸?」
たぬき「どうしました?また、僕のアドバイス聞きたいのですか?」
親父「……狸、真面目な話だ。聞いてくれ」
たぬき「……どうしました?」
親父「お前が宣伝してくれてるおかげでな……?最近、客も増えて繁盛してきてるけどな……?」
たぬき「……はい」
親父「おめぇ、肝心な時にはいつもいねぇじゃねぇか?……何処にいるんだ?」
たぬき「……」
親父「この店にやって来る連中は、皆お前目当てじゃねぇか?」
たぬき「……」
親父「肝心のお前がさ……?いつも、いなかったら、それは詐欺みてぇなもんなんじゃねぇのか?」
たぬき「……」
親父「……明日は一日、この店にいろ」
たぬき「……えっ?」
親父「そうしないと、俺はお前目当てに来てるお客さんに顔向けできねぇ」
たぬき「……」
親父「……明日は一日、この店にいろ」
たぬき「……」
親父「……わかったな?」
たぬき「……」
親父「わかったな?」
たぬき「……はい」
翌朝ーー
親父「……んん~、よく寝たな」
親父「さぁ~て、開店準備でもするかな……?狸、お前も手伝え」
親父「……」
親父「……狸?」
親父「狸……?おい、狸……!?何処行った……!?」
親父「……」
親父「くそっ!あの野郎、逃げやがったっ!」
親父「ん……?なんだ、これ?枕元に……手紙……?」
親父「……狸の野郎からか?あの糞野郎」
『おじさん、突然姿を消してごめんなさい。最後だから、本当の事を言います』
親父「……はぁ?」
『毎日、お店の宣伝をしてたと言っていましたが、あれは嘘です。僕は何もしていません』
親父「はぁ……?何、言ってやがるコイツっ……!」
『僕がした事は、最初のカップルに喋れる狸がいると言った事……ただ、それだけです』
親父(そういや……あのカップル以外、誰も狸の話なんてしてねぇな……)
『おじさんは、最初のカップルが来た後、もっといいものを作ろう、もっといいものを作ろうとがむしゃらに頑張っていました』
親父「……」
『その結果が、口コミで広まり老人や家族連れのお客さん……沢山の人がやってきたのです』
親父「……」
『最初はおじさんの事が嫌いでした。堅物で口の悪い人……そんな印象でした』
親父「……」
『でも、僕がおじさんの料理を60点と貶す度に、おじさんはもっといいものを作ろう、もっといいものを作ろうと僕の期待に答えてくれました』
親父「……」
『僕はそんな、がむしゃらに頑張ってるおじさんを見てるのが、とても楽しかったです』
親父「……あの野郎」
『60点なんて貶してごめんなさい。おじさんの料理はいつも、とても美味しかったです』
親父「……」
『お店が繁盛した理由……それは、全ておじさんの頑張りです。これからも頑張って続けて下さいーーーたぬき』
親父「……嘘つきはたぬきじゃなくて、狐なんじゃねぇのかよ」
そしてーー
男「おじさん、また腕上げましたねぇ?このたぬきうどん、凄く美味しいですよ!」
親父「ど~も」
女「でも、喋れる狸がいるって話……アレ、嘘だったんですか~?」
親父「いや~、そういうオタ話流せば、お客さん来るかな~って面白って……面目ないっ!」
男「……まぁ、でもそのオタ話のおかげで、この店に巡りあえたわけだからねぇ?」
女「そうね、特別に許してあげる。その代わり、今日はサービスして下さいね?」
親父「ハハハ!わかってやすよ!」
ガラッ
親父「へい!らっしゃいっ!」
おわり
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