親父「はぁ……まーた客はゼロか。人通り少ないもんなー。」
親父「そろそろ店じまいしますか……」
早苗「すーいませーん。まだやってます?」
親父「おや、もう店じまいしようかと思ってたんですが、どうぞかけてください」
早苗「おっ、すいませんねぇ。とりあえずガンモともち巾着もらえます?」
親父「へいどうも。へへっ」
親父「いやぁ、最近冷えますね」
早苗「季節が季節だからねぇ。夜になるともっと冷え込みが増して辛いったらもう」
親父「へへっ、熱燗もあるんですが、どうします?」
早苗「おっ、じゃあもらおうかなぁ」
親父「毎度どうも。へへっ」
親父「お客さん、どういう仕事なさってるんです?」
早苗「あれ?私のこと知らない?一応アイドルやってるんだけど」
親父「へへっ、すいやせん。テレビはあんまり見ないもんでして」
早苗「そっかー。残念だなぁ」
早苗「まぁ昔は警察官やってて、そっからスカウトされたんだよ」
親父「世の中わからんもんですねぇ」
早苗「ホントだよ。わかってるものと言ったら婚期がどんどん遅れてくってことだよ」
親父「へへっ、それ言われちゃああたしも辛いですね」
早苗「あれ、親父さん未婚なの?」
親父「あたし、こう見えて35なんですよ。まぁいい年いってんですけども、いい女が見つからなくて困りますわ」
早苗「いい女ならここにいるけどね。」
親父「ははっ、あたしにはもったいない美人ですな」
早苗「うまいこと言うねぇ。あ、昆布ちょうだい」
親父「へい」
親父「やっぱり、アイドルともなると恋愛も出来ないでしょう?」
早苗「まぁ厳しいねぇ……気になってる人も、いるんだけどね」
親父「おお、それはそれは」
早苗「こういうのは言っちゃダメだからね。親父さんにも内緒にしとくよ」
親父「ははっ、まぁうまくいくことを祈っていますよ」
早苗「ありがたいねぇ」
親父「そんなこたないですよ。へへっ」
早苗「どうしたらいいかなぁ…いやぁ中々ね?普段の感謝とかも出来てないんだけど……」
親父「あたしにはよくわかりませんけども、『ありがとう』の一言でも、心に染みるもんだと思いますよ」
早苗「うーん……わかった。ありがとね」
親父「いえいえ、へへっ」
早苗「うーん、なんかスッキリしたわ。ここの常連になりそう」
親父「それはそれは、ありがたい。今後ともごひいきによろしくお願いします」
早苗「じゃ、お代ね。ありがとー」
親父「へい、丁度頂きます。毎度ありがとうござました」
早苗「~♪~♪」
親父「へへっ、頑張ってくださいねぇ…」
親父「さぁて、店じまいだ」カ゛チャッ
別の日
親父「ふぅーい……」フ゜カフ゜カ
親父「タバコをふかしても、客はこねぇか…」
菜々「ごめんなさい、まだやってます?」
親父「へい、いらっしゃい。お、随分とお若いお客さんだ」
菜々「あはは、もうナナ…私なんかおばさんですって」
親父「おや?そうですかい?なかなかそうには見えないですけどねぇ」
菜々「まぁ確かに、周りには17歳ですって言ってるけど、もう私も25なんですよ?」
親父「どっちにしてもお若いじゃありませんか」
菜々「ありがとうございます。でも二十歳すぎると年が過ぎるのが早くて……」
親父「ああ、わかります」
親父「あたしなんか、高校生からもう年が過ぎるのが早かったですよ」
菜々「ああ、青春ってもう過ぎるのが早いですからねー」
親父「思えば馬鹿なことやってましたよ」
菜々「でも、そんな日々に戻りたいですよ」
親父「わかりますわかります。もう一度戻りたいですよ」
菜々「懐かしいなぁ……」
親父「話がどっか行っちゃいましたね。注文は?」
菜々「あっと、すいません。こんにゃくとはんぺん、あと熱燗ください」
親父「へい。こんにゃくとはんぺんね」
菜々「ここに屋台なんかあったんですね」
親父「へへっ、存在感が薄いせいで、客足はなかなか無いですがね」
菜々「だったら、私が常連さんになってあげますよ!」
親父「へへっ、そりゃありがたい。今後とも一つよろしく」
菜々「はいっ!」
親父「へいこんにゃくとはんぺん。あと熱燗ね」
菜々「あ、ありがとうございます」
親父「お客さん、そんなに可愛らしいなら何か接客業でもやってらっしゃるんですかい?」
菜々「あれー?私のこと知りません?アイドルやってるんです!」
親父「へへっ、すいやせん。あたし、あんまりテレビは見ないもんで」
菜々「そうなんですか?まぁそれはそれで対応しなくて楽なんですけどね」
親父「名前なんていうんです?CD出してるなら今度買ってきて、屋台で流しますよ」
菜々「そ、それはダメです!ちょっと雰囲気が……」
親父「まぁアイドルの曲ですしなぁ。屋台には不釣り合いでしょうな。へへっ」
菜々「いやいや、そういうことじゃくなくて……」
菜々「っぷぁ……いやぁ、寒い中のお酒はいいですよねぇ」
親父「あたしもキザに、晴れた満月の夜には月見酒ってもんをやってますよ」
菜々「あはは、似合ってますよ大将」
親父「ありがとうございやす。照れくさいもんですね」
菜々「自分で言ったくせに。あははは!」
親父「へへっ」
菜々「あのー……私、アイドルやってるじゃないですか」
親父「へい」
菜々「でも、やっぱり人並みに恋愛はしたいんですよ」
親父「そりゃ、女の子はいつになっても恋をしたいもんですな」
菜々「でしょ?私も気になる人はいるんですけど、アプローチも出来ないし……」
親父「何も、大げさにやるこたぁないと思いますよ。ささやかな感謝だけでも、男ってのは意識しちまうもんでさ」
菜々「そういうものなの?」
親父「へへっ、恥ずかしながら、あたしも恋愛事情には疎くてですね。初恋も、『そんなつもりはなかった』なんて言われちまいました」
菜々「が、頑張ってくださいね!」
親父「へへっ、ありがとうございます」
菜々「なんだか私、元気になりました!ありがとうございます!これお代です!」
親父「へい。ありがとうございます。またお越しくださいよ。へへっ」
菜々「はい!ありがとうございました!」タッタッタ
親父「……お、今夜は満月だな。ウサギが笑ってらぁ」
親父「おっと熱燗熱燗……」トクトク
親父「……ぷはぁ……」
別の日
親父「なんでぇ、楽天が勝ったんか………」ヘ゜ラッ
志乃「あら、まだやってるかしら……?」
親父「へい。らっしゃい。まぁ適当にかけてくださいよ」
志乃「ありがとう……そうね、昆布と……厚揚げもらえるかしら」
親父「へい、お酒のほうどうします?」
志乃「うーん……日本酒あるかしら?」
親父「へいもちろん」
志乃「じゃあそれもらうわ」
志乃「普段はワインなんだけどね?ちょっと別のも飲んでみようと思ってね?」
親父「ああ、わかりますよその気持ち。折角なら別のもん飲みたいですもんねぇ」
志乃「うふふ、こんなところでワインなんて、風情がないものね……」
親父「お、なかなかわかってますなぁ。風情ですよ。風情」
志乃「でしょう?うふふ……」
親父「へい昆布と厚揚げ!あと日本酒ね」
志乃「ありがとう……」
志乃「はぁ……」
親父「どうしました?浮かない顔してますねぇ」
志乃「いや、ちょっと職場の人と喧嘩しちゃってね……」
親父「あらあら。そりゃいかん」
志乃「私は私なりにちゃんと謝ったつもりなんだけど、どうしても機嫌直してくれなくて……」
親父「うーん……あたしが思うに、『ちゃんと謝る』のと『相手が求めてる謝罪』っていうのは、違うと思うんですよねぇ」
志乃「相手が求めてる……謝罪?」
親父「そうですよ。相手の話をちゃんと聞いて、然るべき謝罪と、仲直りが必要なんでさ」
志乃「そう…… 相手の話をね……」
親父「あたしなんか昔、女の子を待たせちまったことがありましてね?ちゃんと謝ったつもりでも、女の子は納得いかなかったんですわ」
親父「それで思い返せば、ちゃんと相手の話も理解してなかったなぁと思いましてね」
志乃「そうなの……」
親父「おっと、しみったれたオッサンの話なんか、興味ないですわな。はっはっは」
志乃「そんなことないわ。ちゃんと参考になったもの……ありがとう」
親父「へへっ、照れくさいですな。大人の色気があって」
志乃「そう……ふふっ、ありがとう」
親父「なんだか、女優でもやってそうな顔立ちですよねぇ。綺麗に整って」
志乃「あら、私アイドルやってるのよ。飲んべえだけどね」
親父「はっはっは、仕事中は、お酒厳禁ですよ」
志乃「プロデューサーにも言われたわ、それ」
親父「仕事が終わったあとの一杯っていうのも、また乙なものですよ」
志乃「我慢出来ないのよねぇ……」
親父「おっと、お帰りですかい?」
志乃「ええ、終電もなくなっちゃうしね。ここにお代置いてくわ」
親父「その前にほら、水。酔いは覚ましていかないと」
志乃「結構よ。酔いは持って帰りたいの」
親父「あんたも好きですなぁ。お酒」
志乃「親父さんも、相当飲むでしょう?」
親父「おや、なんでわかったんですか?」
志乃「後ろに置いてある酒瓶の匂いと親父さんから匂うお酒の匂い。一緒だったわ」
親父「あっははは……こりゃかなわない」
志乃「うふふっ……また来るわね」
親父「へい。ありがとうございやす。またどうぞ」
志乃「ふふっ……」フラフラ
親父「ふぅ……あんな人もいるんだなぁ。あんな酒好きには敵わない。へへっ…」
別の日
瑞樹「こんばんわー……」
親父「へいらっしゃい。なににします?」
瑞樹「そうねぇー……じゃ、つくねとつみれ。あとはんぺんと熱燗お願い」
親父「へい毎度」
瑞樹「ううー……寒いわ……」
親父「なら、お先に熱燗どうぞ」
瑞樹「あら、ありがとう」
親父「いえいえ、本当に冷えるんでね。へへっ」
瑞樹「んぐっ…んぐっ……ぷはぁ……」
親父「熱燗飲めば、どんな吹雪にも耐えられる気がするから、不思議ですな」
瑞樹「わかるわ……」
瑞樹「……最近ね、喧嘩しちゃったのよ」
親父「ほう。誰とです?」
瑞樹「職場の人よ。なんだか、私が言いたいこととは全然違う謝り方をするんだもの」
親父「見解の相違ってやつですなぁ」
瑞樹「それよ。人って見てる方向も違うし、考え方も違うのはわかるけど、なんだかなって」
親父「よくあることですわ。相手が謝る気があるなら、根気よく説明してあげるのも手ですな」
瑞樹「私も我慢が足りないのかしら……」
親父「そうではないと思いますよ?」
瑞樹「そうかしら?」
親父「相手の理解が足りないのを相手のせいにするのも間違い、自分のせいにするのも間違いでさ。半々でしょうな」
瑞樹「うーん……わからないわ」
親父「まず、自分がどう謝ってほしいかを伝えるわけですよ」
瑞樹「うんうん」
親父「それで、なんでそう謝ってほしいのかを説明するわけですな」
瑞樹「わかるわ……いや、わかったわ!」
親父「これで相手も自分も、納得のいく喧嘩になるわけです。それで仲直りと」
瑞樹「頭の中がスッキリしたわ。ありがとう」
親父「いやいや、あたしなんかの説教聞いてくれるなんて、ありがてぇことですよ。へへっ」
瑞樹「こんな単純なことだったなんて、思わなかったわ。これで明日は楽しく過ごせそうよ」
親父「へへっ、それはよかった。こんなオッサンでも役に立つことはあるんですな」
瑞樹「……ねぇ、ここ、また来ていいかしら?」
親父「おや、もうお帰りで?」
瑞樹「うん。いい感じに酔いも覚めたし、頭の中はスッキリしたし。」
親父「へへっ、そうですかい。またお越しくださるのを楽しみにしてますよ……」
瑞樹「じゃあね!ここにお代置いておくわ!」
親父「毎度ありがとうございます……へへっ」
親父「さぁて、冷え込んできたし、あたしも燃料いれますかねぇ……」
親父「……ぷっはぁ…… 」
親父「さぁてと、明日はどんなお客さんが来てくれますかねぇ。へへっ」
終わり
ありがとうございました。屋台の親父と仲良くなって思いついたので。
幸子Pとして成長した幸子と一緒に屋台で一杯やることを提案します
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