あかり「瀬をはやみ」(141)
「あかりちゃん、部室行く?」
「うん、勉強しなくちゃ」
「ちょっと分からないところがあるから、教えてくれる?」
「えへへ、任せてよぉ」
まだ三年生になったばかりだけど、受験勉強は早く始めて損はないよね。
あかりも、絶対結衣ちゃんと同じ高校に行くんだから。
◆
「ここなんだけどね…」
「ここはねぇ…」
二人だけの、静かな部室。
あかりの声と、ちなつちゃんの声、シャープペンがノートを擦る音しか聞こえない。
ごらく部と生徒会の人達で送別会をやった日が、ずっと昔に思える。
「なるほど…」
「…あかりの説明で、分かった?」
「うん、あかりちゃん教えるの上手だよね~」
「そ、そうかな…?」
人に教えるには、教えられる側の三倍理解してないといけない…なんて聞いたことがあるけど。
「あかりちゃんは分からないところとか、ある?」
「うーん…今は大丈夫かなぁ」
「そっか」
「ありがと、ちなつちゃん」
「二人で頑張るんだからね!」
「うん」
一人だったら、この寂しさに耐えられなかったかもしれない。
だから、ちなつちゃんとお友達になれて本当に良かった。
「……」
「……」
「あかりちゃんは…塾行かないんだよね?」
「うん。お家に迷惑かけたくないから…」
「そっかぁ…」
「結衣ちゃんと京子ちゃんが通ってた所だよね?」
「うん。櫻子ちゃんと向日葵ちゃんもいるよ」
「そうなんだ…」
「でも、仕方ないよね」
「ごめんね…」
「謝ることないよ?」
「分かんない所があったら教えてあげるからね!」
「…えへへ、ありがとぉ」
ちなつちゃんはやっぱり優しい。
皆に置いていかれないように、頑張らないと。
◆
「あかりちゃん、面談どうだった?」
「……えっと」
「あんまり…良くなかった…?」
「今のままじゃ厳しいかも、って…」
「でも、あそこそんなに難しいかな…?」
「結衣ちゃんも真面目にやってれば大丈夫って言ってたけど…」
「まぁ…まだ一学期だし、あかりちゃんなら大丈夫だよ」
でも。
先生にそう言われてしまうと不安になる。
塾に行かずに合格できるのかな…。
もう少し、勉強時間増やそうかな…。
◆
「あかり…朝からずっと勉強してるけど、大丈夫?」
「うん…大丈夫だよ」
夏休みだもん。
いっぱい勉強しなくちゃ。
「…本当?」
「顔色が悪いように見えるけど…」
「えへへ、心配かけてごめんねお姉ちゃん」
「あかりは…頑張り屋さんだものね…」
「でも、頑張りすぎはだめだからね?」
「うん」
頑張らなきゃ。
あかりは何をやっても平凡だから、人一倍頑張らなきゃ。
◆
「やった!番号あった!」
「うおお…私もあった…」
「私が教えたのですから、当然ですわ」
「私の実力だ!はっはっはー!」
「またこの子は調子に乗って…」
「あかりちゃんは?」
「……」
ない。
あかりの番号…ないよ…?
「赤座さん?」
「あかりちゃんどしたの?」
「…もしかして…」
どれだけ探しても…。
「あはは…。あかり…だめだったみたい」
結衣ちゃんと同じ高校、行きたかったな…。
皆で合格したかったな…。
「赤座さん…」
「あかりちゃん…」
「あかり…」
「あかりっ!」
◆
「あかり、大丈夫?」
あれ、ここ…?
あかりの部屋…?
「凄くうなされてたよ?」
「…ほら、涙拭いて」
結衣ちゃん…?
どうして…。
「お姉さんからあかりが倒れたって聞いて、飛んできたんだ」
そうだ。
確かお姉ちゃんとお話してて…。
でも、どうして結衣ちゃんだけ…?
「寝不足だって。どんだけ勉強してたのさ…」
手、あったかい…。
「大丈夫?まだ寝ぼけてる?」
あ…。
ずっと、手繋いでてくれたの…?
「ゆ、結衣ちゃぁん…」
「よしよし」
「…あかりは、頑張りすぎだよ」
「ぐす…、高校…落ちる夢見ちゃって…」
「あかり…」
「個人面談で…先生がワンランク落としたほうがいいって…」
「今のままじゃ…厳しい…って…」
「なるほど、それでか」
「……」
「学校の先生は合格確実な所を勧めたがるんだよ」
「あかり、五教科の合計点数どれくらい?」
「期末試験で400点くらい…」
「うちの学校は360点くらいあれば合格するから」
「もちろん範囲は期末の比じゃないけどね…」
「あかりは今までもちゃんと勉強してきたんだから、大丈夫だよ」
「…うん」
結衣ちゃんの笑顔、安心する…。
「だから、今までどおり九時に寝ること」
「いきなり五時間も睡眠時間減らすなんて、無謀だよ…」
「ごめんね、心配かけて…」
「しょうがないな、あかりは」
「手のかかる妹みたいだ」
妹、かぁ…。
「今日は泊まっていくよ」
え…?
「また勉強始められたら困るしさ」
「し、しないよぉ」
わかってるのに。
どきどきする。
「あかり、寝ていいよ?」
「まだ眠いでしょ?」
「…うん」
「…結衣ちゃん」
「ん?」
「お願い、聞いてもらってもいい…?」
「いいよ、何でも言って」
「手、このまま繋いでて…?」
「…分かった」
「ありがとう…結衣ちゃん…」
「ふふ、あかりも甘えん坊だな」
あかりも、かぁ…。
でも、いいんだ。
結衣ちゃんの手…あったかい。
凄く、安心する。
「おやすみ、あかり」
「…おやすみ、結衣ちゃん」
◆
「うあああああ、わかんねえええええ!」
「こら、櫻子!」
「だってぇ…」
「あなたはまだ合格ラインに届いてないんだから…」
「しっかり勉強しないと合格できませんわよ?」
「でもぉ…脳みそ疲れたぁ…」
確かに、もう四時間は勉強してる。
「ちょっと休憩する?」
「そうだね。あかりお菓子持ってくるよぉ」
「あ、手伝うよ」
「なら私も…」
「ねぇ向日葵~。これなんだけどさ~」
「……」
「すみません、お二人ともお願いしますわ」
「うん」
◆
「櫻子ちゃんも頑張ってるね」
「皆で合格したいもんね~」
「櫻子ちゃんの場合、向日葵ちゃんと、って言った方がいいと思うけど…」
「そうだね。仲良しだもんね~」
「ふふ…」
あれ?あかり何かおかしなこと言ったかな?
なんだか意味深なちなつちゃんの笑顔。
「な、なんで笑うのぉ!?」
「あかりちゃんらしいな、って思って」
あかりらしいって、何だろ…?
◆
「わーい、ポテチうめぇ!」
「櫻子!食べかすこぼしてますわよ!」
「やっぱり勉強のあとのお菓子は格別だね!」
「もう!」
「…すみません、赤座さんのベッドが…」
「あはは…」
「あとでお掃除するから、気にしないでね」
「すみません…」
「櫻子ちゃん、点数どれくらい足りないの?」
「んーと、期末は300点くらいだったかな…」
前は確か、250点にも満たないって言ってたっけ…。
「大分点数上がってきてますわね」
「塾行ってるし、上がってなかったら困るけどね…」
「私だってやればできるのだ!」
「結衣ちゃんが360点くらいあれば合格できるって言ってたよぉ」
「…もう少し頑張らないといけませんわね」
「むぐぐ…」
「見てろよ!満点とって合格してやるからな!」
「ふふ、楽しみにしてますわ」
「え?お、おう…」
「ふふふ…」
ちなつちゃん、また意味深な笑顔…。
何がおかしいのか、ちょっとよくわからないや。
でも、皆が楽しそうだから、つられて笑顔になっちゃう。
この四人で、合格できたらいいな。
◆
「文化祭?」
『うん、今度の土曜日は一般開放日だから』
『ちなつちゃんと一緒においで』
「うんっ」
嬉しい。
久しぶりに結衣ちゃんと京子ちゃんに会える。
四人で、遊べるんだ。
「結衣ちゃん達のクラスは何やるの?」
『じ、じつは…』
◆
「おばけ、やしき…」
「…どうする?やめとく?」
ちなつちゃんの怖がりはあかり以上だ。
あかりとしてはちなつちゃんのお陰で少し怖さが和らぐんだけど…。
「ゆ、結衣先輩達は…?」
「今当番だから中にいるみたい」
「……」
「や、やめようか?」
「…入る!」
「驚かしてきた結衣先輩に抱きついて…うふふ…」
「ちなつちゃん…声に出てるよ…」
◆
「結構本格的だね…」
「結衣先輩結衣先輩結衣先輩結衣先輩結衣先輩…」
「ち、ちなつちゃん怖いよ…?」
「あかりちゃん!手!離さないでね!」
「しがみつかれてるから離せないよぉ…」
凄く歩きにくい…。
転んじゃわないように、気をつけないと…。
「ひぃっ!?」
「い、痛い痛い!ど、どうしたの…?」
「…これ、こんにゃく…?」
ベタな仕掛けだよぉ…。
「…大丈夫?戻る?」
「結衣先輩に会うまでは…」
こんなに震えてるのに…。
でも、会いたい気持ちは分かる。
「じゃあ頑張ろっか」
「…うん」
怖いけど、でも…。
「どーん!!」
「「きゃあああああああああああ!!」」
「…いやー、驚きすぎだよ二人とも…」
この声…。
「きょ、京子ちゃん…?」
「正解!京子たんです!」
「見て見てー!衣装もメイクも本格的だろー?」
確かに。
絵に描いた幽霊がそのまま出てきたような…。
衣装は京子ちゃんが作ったのかな?
「京子、やりすぎ…」
「二人とも大丈夫?」
「あ、結衣ちゃん…」
「結衣かっこいいだろー?吸血鬼!」
ほんとだ、かっこいい…。
こんな吸血鬼さんだったら血を吸われてもいいかなぁ。
「牙あって話しづらいんだけど」
「我慢しなさい」
「ゆ…」
「結衣せんぷぁーい!!」
「おっと…」
「怖かったですぅー!ふぇぇぇぇぇん!」
「よしよし」
いいなぁ、ちなつちゃん。
あかりもあんな風にアピールできたら…。
「……」
京子ちゃん、結衣ちゃんのことじっと見て…。
やっぱり、この二人の間には入れないよね…。
「おい結衣!私のちなつちゃんをとらないでよ!」
「いつからお前のものになったんだ」
「生まれたときからさ!」
「ねーよ」
◆
「二人とも、うちの学校どう?」
「素敵な学校ですね!」
「広くて迷っちゃいそうだよぉ」
「あっかりーん!」
「もぉっ!それはやめて!」
「あはは~」
なんだか懐かしい。
ごらく部にいたころを思い出すなぁ。
「あ、そうだ」
「ごらく部作ったの?京子ちゃん」
「いや~?」
「作ってないんですか?」
「何をするかよくわからない部活はだめって言われてさ」
「あんなに目的がはっきりした部活はないというのに!」
「ケチだよなぁー…」
「そうなんだ…」
残念。
また四人で遊びたかったのにな。
「でさ、結衣のやつ陸上部に入ったんだよ」
「そうなんですか!カッコイイです!」
「結衣ちゃん足速いもんねぇ」
「そういう京子は漫研に入っただろ」
「漫研!…漫画研究部…だっけ?」
「そうそう」
「京子ちゃん絵上手だもんねぇ」
「お絵かき大好き!」
「それ私の…。いえ、なんでもないです」
「この学校、茶道部もあるよ」
「本当ですか!」
「…でも」
…やっぱり、四人一緒がいいよね。
「…うん」
「仕方ないよ」
「あかりは何かやりたいこととかないの?」
「うーん…」
「やりたいこと、かぁ…」
結衣ちゃんの傍に居るには、陸上部…?
でも、あかり足速くないし…。
マネージャーならできるかなぁ…?
でもでも、どっちにしろ陸上部に入ったら結衣ちゃんのことが好きってバレちゃうかも…。
ていうか、これやりたいことって言わないよね…。
半端な気持ちで部活なんて…。
「まぁ部活入らなくちゃいけないわけじゃないしさ」
「そのうちやりたいことも見つかるよ、きっと」
「そう…かな…」
◆
「あかりちゃん、ちゃんとお願いした?」
「うん、四人一緒に合格できますようにって」
ちなつちゃん、櫻子ちゃん、向日葵ちゃんと初詣。
ここは学業の神様がいる神社みたい。
近場なのに、全然知らなかった。
「櫻子は人一倍お願いしておきなさいよ?」
「うるさいぞおっぱい魔人!」
「こんな場所で大声でそんなこと言わないで!」
「あいたっ」
「仲いいねぇ」
「「よくない!」ですわ!」
息ぴったりだよぉ…。
「ねぇねぇ、おみくじ引いていこ?」
「わぁいおみくじっ」
「凶が出たら向日葵にやるよ」
「のしつけてお返ししますわ」
◆
「どうだった?」
「私中吉!」
「あかり凶だよぉ…」
幸先悪いなぁ…。
受験大丈夫かなぁ…。
「わーい!大吉!」
「あら、交換してくださるのよね?」
「誰がやるか!」
「向日葵はどうだったの?」
「末吉ですわ」
「それっていいの?悪いの?」
そういえば、どうなんだろう。
「吉がついてるからいいんじゃないかな…?」
適当なこと言っちゃった。
「ふーん…」
「ま、受験失敗しても落ち込むなよな!」
「あなたが一番心配ですわ…」
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