成田良悟作品とモバマスのクロスオーバーです。
このスレには以下の地雷要素が含まれます。
・成田作品に関する若干のネタばれ
・地の文
・見切り発車な内容
・遅筆
以上の地雷要素が気に食わなければ
このスレを回避することをお勧めします。
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とある平日の昼下がり。
長机と六脚の椅子があるその部屋で、一組の男女が二人きりでいた。
一人は、小柄な女性。女性らしい体つきとそのあどけない顔つきの、美少女というべきか美女と言うべきかの境界線の、しかしどちらにしろ見目麗しい女性。
長机の長辺に並ぶパイプ椅子のうち真ん中に座る彼女は、目の前の男に不安そうに聞く。
「あ、あのう、それで、プロデューサーさん、これからナナは一体どんなお話をされるのでしょうか……?」
プローデューサーと呼ばれた向かいに座る男、黒髪で、背が高い訳でもなく、柔和な顔をしたスーツ姿の男も、また神妙な面持ちだった。ごくり、と唾を嚥下する音が聞こえそうな程。
「た、大変なことになりました……。一大事です。我がプロダクション始まって以来の大事件ですよ、十七歳の安部菜々さん」
「だ、大事件……! ……というかあの、なんで私を年齢とフルネームで呼ぶんですか?」
「とんでもないことですよ、十七歳の安部菜々さん。あなたの今後のキャリアに、あまりにも大きな影響が出ること間違いなしの大事です。いいですか、十七歳の安部菜々さん、心して聞いてくださいね」
「ちゃんと聞きますから、普通に呼んでください」
菜々は涙目で乞うたものの、プローデューサーそれには答えず顔を俯かせて、ぼそっと呟いた。
「……リ…ッドです……」
「はい?」
「ハリウッドです」
「えっ? ……あー! あの、ニュースとかで話題になっていた、あの? 特番とか……あ、ひょっとして、テレビ出演ですか!?」
ハリウッド、と言われて菜々が思い浮かべたのは、少し前に話題になっていた、とある殺人鬼だった。
特殊メイクを駆使して映画の怪物に扮して異様な犯行を行う、都市伝説じみた殺人犯。
最近はその犯行が行われたという話は聞かないが、しかしそれでも、番組として扱うには十分すぎるネタだろう。
殺人鬼の話という不気味な物騒な話は個人的に決して得意ではなかったが、しかし先日CDデビューを果たしたばかりの身として、テレビ出演の機会が得られるのは良いニュースである。
そう考えて喜ぶ菜々だったが、しかし、強張った表情のまま顔を上げたプロデューサーは「ちがいます」と、ゆっくり首を左右に振った。
「じゃあ、ラジオ番組ですか? 兎に角、お仕事がもらえるのならとっても嬉しいですけれど……」
「お仕事の話に違いはありません。ただ、ハリウッドは、人の名前じゃないです。地名の方なんですよ、十七歳の安部菜々さん」
「……はい?」
一瞬、菜々の思考が白紙になった。おかしな呼称にツッコミも入れられない。
「おめでとうございます。貴女に、ハリウッドデビューのオファーがきました」
沈黙が一室を支配する。菜々の絶叫がそれを吹き飛ばしたのは、ゆうに三十秒以上経過してからのことだった。
「えっ、ええええええええっ!」
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モバイルプロダクションはよく言えば新進気鋭のアイドル事務所で、悪く言えばぽっと出の事務所である。
方々からアイドルをスカウトする為、所属するアイドル・アイドル未満の人数と経歴の幅広さは折り紙つきであるが、その一方で、アイドルたちの実績はまだあまりない。
デビューした人数は少なく、テレビやラジオ等のレギュラー番組を持っている人間は殆どいない。コアなファンこそいるにはいるが、しかし世間的にはまだまだ無名の事務所だ。
安部菜々も、モバイルプロダクションに所属するアイドルの一人で、またCDデビューを果たした稼ぎ頭の一人だった。
見た目が十分すぎるほど可愛らしい一方で、十七歳という公式発表年齢とは世代のずれた発言がウケを呼び、最近はちらほらテレビの出演も増えてきた。
プロダクション内では結構デキる方なのだ。
とはいえ業界からすれば新人もいいとこ、これから着実に実績を固めていこうというところだった。
役者としての仕事なら、ドラマの端役が貰えればいいもので、メインキャストとはいかずとも脇役ならば大喜びできる。
主演なんて夢には見るばかりで、映画なんて言ったら更に夢のまた夢。
それが、モバイルプロダクションの、そしてアイドル安部菜々の現状であった。その日までは。
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「は、はり、はりうっどって、あのはりうっどですか? 全米を泣かせるあの、あの」
「そうです。製作費うん億円とかなんてことないように言っちゃうあのハリウッドです」
自分の持つハリウッドのイメージをプロデューサーと確認し合うが、まるでハリウッドの現実的イメージが湧かない。何処に在る地名だったかなと悩んでしまいそうだ。
「え、だって、嘘、ナナはまだデビューしたばっかりですよ? ドッキリ? ドッキリですよね、こう、その、新人アイドルおどかしちゃうぞっていう。あ! ひょっとしてナナは気がついちゃいけなかったですか!?」
「うっ、え、あー……、か、かもしれません。これはひょっとしたら壮大なドッキリ企画なのかもしれない! そうだ、そうなんですよね、ね、十七歳の安部菜々さん!」
「ナナに聞かないでください! 今聞かされてるのは私ですよね?」
「俺だって訳わかんないですって! あのジョン・ドロックスからメールが来てたんですよ? 十七歳の安部菜々さん指名で……」
「その呼び方やめて下さいよう! それで、あのジョン・ドロックス監督から直々にですか?」
聞き入れられぬと分かっていながらも、菜々は諦めずにツッコミを入れた。
ジョン・ドロックスと言えば、近年のハリウッド映画情勢の中でも、特にピーキーな監督だ。
大ヒットを飛ばす大作を生みだしたと思えば、一部の人間にしか受けないようなB級ど真ん中の作品も手掛けることに躊躇いがない。
やりたいようにやっている、と表現するのが誰よりしっくりくるだろう男。
彼には日本オタクという側面もあり、日本のSFロボットアニメの実写映画化をも手掛けている。
そんな経歴を持つ男だからこそ、ある意味で現実味のあるような相手ではある。がしかし、だからこそこれはやはり大掛かりなジョークなのではないか、とも思ってしまう。
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「メールは、流暢な日本語で、所々絵文字まで入ってて……」
「や、やっぱり冗談なんですよ。ほら、あるじゃないですか、有名人の名前を騙る迷惑メールって」
「……完全に、十七歳の安部菜々さん指名で、文中にはメルヘンデビューを絶賛もしていて……」
「そ、それは嬉しいですけど、その、私の曲って、まだとてもじゃないですけどワールドワイドに聞いてもらえるほどヒットはしてませんよ!?」
「おまけにアドレスがどうにも完全に向こうから。まさかと思って晶葉にちょっと調べてもらったら、少なくともアメリカから送られてきていることは間違いないって……」
「晶葉ちゃんのお墨付きまで……」
同僚のアイドルの中で、殊更科学や情報等の技術に強い少女の名前を出されてしまうと、反論はできない。
「ほ、本当、やっぱり本当なんですかね? ドラマデビューも銀幕デビューもすっ飛ばして、ハリウッドだなんて、そんな……」
「俺も信じられません。……でも、それらしいメールは来てしまっています。ひょっとしたら、やっぱり何かのただの凝った冗談なのかもしれませんけれど、もしもこれが本当だったとして、正直言って、断るという選択肢はとれないと思います。十七歳の安部菜々さんには、覚悟を決めてもらわなければなりません」
それは、当然のことなのだろう。現在は日本の弱小プロダクションであるモバプロが、業界中でどこよりも高い位置にいる様なハリウッド映画からのオファーを断ることなんて出来ようはずがない。
姿勢を正してこちらの目を見つめてくるプロデューサーに、菜々も真っ直ぐに視線を返し、ゆっくりと頷いた。
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「わ、わかり、ました。…………それはそれとして、本当にその呼び方、止めてもらえませんか? 真剣な話をしているんですし……」
いくら巷でネタにされているとはいえ、こんなときにまで繰り返し言われるのは、不謹慎である。
そう思ってもう一度止めて欲しいと述べると、今度は黙殺されずに、むしろ真剣な顔のままで言い返された。
「……冗談で言ってるわけじゃないですよ、十七歳の安部菜々さん。むしろしっかり聞いてくださいね十七歳の安部菜々さん」
「く、繰り返さないでくださいってば!」
「いいえ、繰り返しますよ、十七歳の安部菜々さん。いいですか、オファーが来たのは十七歳の安部菜々さんです。最早訂正は効きません、効かせられません。だからいつも通りで良いんですが、途中でやっぱり止めた、は出来なくなったんですよ、十七歳の安部菜々さん」
ようやく、プロデューサーの言わんとしている事を理解した菜々は、その端正な顔を引き攣らせる。
そう公表してきたのだ。そう喧伝してきたのだ。自分の歌の歌詞にさえ入っていたのだ。
安部菜々は、ラブリーで十七歳なアイドルだ、と。
「覚悟して欲しかったのは、正直そこが一番です。……俺も全力でフォローはしますけれど……」
「は、ひゃい、がんばり、ます……」
とても十七歳とは思えないような疲れ切った表情で、菜々は消え入りそうな声でそう答えた。
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「もう駄目、わけわかんないですよう。今眠って目覚めたら、全部夢だったりしないかな……」
ばったりと、仮眠室のベッドに菜々は倒れ込んだ。
あまりに突飛な話を聞かされて、精神的疲労はピークを越えていた。ちょっとしたライブだって、ここまで疲れるものじゃない。
あの後、営業があるとプデューサーは程なくして出かけていった。
菜々も今日は一時間ほど後にレッスンのスケジュールがあったが、とてもじゃないが、現在のままでレッスンに出られるような状態ではなかった。
僅かでも良いから休養を取りたかった。それこそ、レム睡眠で構わないから。
メルヘンな夢を見て、気持ち一新しなければレッスンに身が入らない。
あんまり疲れているものだから、今眠ってしまったら確実に寝坊してしまいそうな気はしたが。
「おや、菜々さんもお疲れかな」
ところが、いよいよ眠ってしまおうとした所に、そんな声をかけられる。
身を起して眠気眼をこすってみれば、ベッドのすぐ側に自分以上に小柄な、白衣の少女が立っていた。
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「あら、晶葉ちゃん。そうですね、ナナは疲れました。あんな話をいきなり聞かされて、疲れない訳がないじゃないですか」
「助手とさっきまで話していたのは、やはりあの話だったんだな」
彼女、池袋晶葉は、プロデューサーを助手と呼ぶ。ロボット製作を生きがいとして、更には並々ならない才覚を持つ彼女は、自らの研究をプロデューサーに手伝わせているからだ。
「いやあ、驚いた。モバプロから初めての映画デビューが、いきなりハリウッドだなんて。大出世だ。それこそシンデレラストーリーというか、メルヘン(お伽話)チックというか」
「望んでないですよう、そんなメルヘンは。菜々は、もっとこう、着実に一歩一歩進んでいこうって思ってたのに、飛躍するにしても何段飛ばしなんですか。荷が重すぎますよ、菜々には」
「……腰に来る?」
「そうそう、最近重い物を持つと時々――……何にもありませんよ? 十七歳ですからね。ぴちぴちですよ、十代だから筋肉痛だってその日に来ますよ? もう、晶葉ちゃんってば!」
「筋肉痛どうのは聞いてないが……。大変だと思うけど、全ての人が望んで手に入るチャンスでもないから頑張るしかないんじゃないか。私も、あのメールを手繰ってた時は驚いたけれど」
「それはそうですけれど」
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結局のところは、そうなのだ。
デビューしたての新人アイドルである菜々にはどうしたって持て余す程のものでも、大きな機会に違いはない。
自分と同じ立場の人間で、同じ機会を得たいと思っている人間はどれほどいるだろうか。
だからと言って、人に代わってあげられるような事柄でもない。
やるならば、全力で当たるべきなのだ。
「それでも、尻込みしちゃいますって」
「それはわかるけれど」
苦笑して、晶葉は隣のベッドに腰掛けた。
そういえば、仮眠室に来たという事は、彼女も休みに来たのだろうか?
「そういえば、晶葉ちゃんもお休みですか?」
「ん……、ああ、最近ちょっと立てこんでいて……。中々タイミング良く睡眠がとれないんだ」
「新しいロボちゃんですか? あ、また可愛いのですか?」
菜々は以前晶葉の造ったウサギのロボットがお気に入りだった。菜々にとって理想的なほど可愛らしいロボットだったのだ。
またそんなロボットを造るのかと思ったが、しかし晶葉は否定する。
「いや、今手がけてるのはロボットとは関係なく、ちひろさんにドリンクの改良の手伝いを頼まれてね。私の専門は工学系なんだが、でも、ちょっと面白そうな方向性だったから、と思って手を出してみれば、これが難敵だった」
モバイルプロダクションの事務員が個人的にドリンク剤を販売しているのは、プロダクション内では有名な話だった。それを買うのが、プロデューサーだけだというのも。
その効能と成分の謎は、身内では雑談のネタになっている。
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「昔、アメリカでとある酒が出回ったらしく、ちひろさんはそれを参考にしたいという話で、調査と複製を頼まれたんだ」
「お酒ですか」
「そう。その酒というのが問題だ。それこそ、マンガみたいな話なんだが……、飲むと、不老不死になれる、不死の酒らしい」
「ふ、不死の酒……?」
晶葉は、お伽話に胸躍らす幼子のように、その酒の話を語りだした。
「ああ。錬金術、という奴の最終目標って言われるアレだ。老いと死から逃れる人類の夢の薬。
それだけの話だったら馬鹿馬鹿しいの一言で済むんだけれど、ところがその噂が出回ったのは、なんでも1930年代らしい。
当時のアメリカと言えば、禁酒法の時代で、酒というものが禁じられたからこそそんなデマが出回ったとも考えられる。
しかし、第一次世界大戦だって終わっている、飛行機だって飛ぶ時代に、『錬金術の産物』が、はたして噂になるか、と言えば怪しいだろう。
さらにこの話では、マフィアがそれをめぐって抗争を起こしただの、眉唾な飛んでも話まで混じっていて。
そうそう、今回菜々さんにオファーした監督の、あの列車の映画の話も実際はその酒が絡んでいたとか――……菜々さん、顔が真っ青だ、大丈夫か!?」
晶葉が張り上げた声に、ハッと我に帰った。
脂汗が額を伝うのを感じて、菜々はそれをぬぐう。
「え、あ、いや、大丈夫ですよ。ちょっと気疲れしただけで……。御免なさい、お話の途中ですけれど、私、休ませてもらいますね」
「あ、ああ。私こそ、疲れている所に長々話して申し訳なかった」
「大丈夫ですって」
本当に申し訳なさそうな晶葉になんとか笑みを返しながら、布団に潜る。
さっきはレム睡眠でも良いと思っていたが、今はぐっすりと眠りたかった。
今夢なんて見たら、きっとメルヘンの欠片もない悪夢を見る様な気がしたから。
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今回はここまでです。
1レスにどれくらい書けばいいのかいまいち掴めません。
またある程度書きたまったら投下しにきます。
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会話を止めて一分と経たずに寝息が聞こえる。
心配になってその表情も覗いたが、先ほどよりかは幾分顔色が良くなっていた。
晶葉は少しだけ胸をなで下ろす。
「そりゃあプレッシャーにもなろうが、話を聞いただけでこんなに疲れるほどなのか……?」
いや、そういうものなのだろう、と一人で納得する。
なにせあのハリウッドだ。
例えば、テレビで歌いたい、ドラマで演じたい、と思ってアイドルを志す人間がいたとする。
もっと端的でアバウトに、輝きたい、とか楽しんでみたいでもいい。
けれど初めっから、ハリウッドに出たい、なんて夢を持つ人間はそういない。
業界としての最高峰に近い所なのだ。夢見ることだって簡単じゃあない。
逆に言えば、いきなり「やってみませんか」なんて言われて臆面もなくイエスと答えられる訳がない。
それが貴重で価値ある機会だったとしてもだ。
それくらいとんでもないことだとはわかっている、わかっているが……
「……本物じみていたが、アレは本当にどうなんだ……」
プロデューサーに見せられたメールを思い出すと、自然と溜息が洩れた。
友人に送るような気さくな内容で、ファンの鏡の様な熱意溢れる言葉もあった。
まるで少しばかり空気の読めないだけの熱心なファンレターの様なそれ。
本当にハリウッドの監督からのものかと、手ずから確認した晶葉でさえ疑いたくなる。
彼以外のであれば、アメリカから来たものと確認できても、嘘だと判じただろう。
しかし、時にメディアで彼が露出するその個性溢れる性格を鑑みてしまえば困ったもの。
こんなメールも送ってくるだろう、と思わずにいられない。
もっと言えば、あの男ならやりかねまいとさえ。
「やはり、個性という奴は天才性と組みになるものなのか?」
そんな言葉が口から洩れてから、ふといつも自分が言っている事を思い出した。
「いやいや。私だとて天才の筈だが、あれほどじゃあない……と、思うけれど……」
現にこのプロダクションには個性の光る――個性ばかりやたらと光る様な面々が多い。
菜々もその一人だし、そういう事情から考えてみれば、客観的にみた場合自分も相当個性的なのか?
いや、個性なんて誰にでもあるからこそそう呼ぶのだ。
仮に個性が強かったとして、アイドルとして誇るべきでこそあれ、悩むべきではあるまい。
ネガティブに陥りそうだった思考に結論をつけて切り替える。これは考えても詮無いことだ。
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晶葉は菜々と同じレッスンに出る予定で、自分も仮眠を取ろうと来たが、しかし目が冴えてしまった。
仕方なく調べものでもして時間を潰すことにした。
寝ようと思っていたベッドに腰掛けて、膝の上で愛用のノートパソコンを開く。
ブラウザを開き、検索ワードにとある名前を入力。
フライング・プッシーフット号。
嘗て、1930年代にアメリカに存在した大陸横断鉄道。
怪事件の舞台となりで歴史の片隅に名を刻み、問題のジョン・ドロックス監督が映画化も果たした。
更には、今晶葉が追っている『不死の酒』までが絡んでいる噂が、実しやかに囁かれてさえいる。
出来過ぎである。あまりにもタイミングが良すぎる。
自分が調べだした事と、菜々がジョン・ドロックス監督に目をつけられた事。
どちらのタイミングが良かったのかはわからないが。
検索結果の一番上にきたのも、その映画のサイトだった。
とりあえず、そのあらすじにざっと目を通す。
豪華列車に乗り込んだ、二組のテロリスト集団、不良少年の愚連隊、一般客、そして『怪物』。
複数の思惑が絡み合う中、止まらない列車の中で、多くの乗客が『怪物』に飲み込まれていく。
はたして、誰が、何人が生き残ることができるのか……。
要約すると、そんな話らしい。
成程、エンターテイメントとして、ハリウッド映画としては、実に真っ当なストーリーに思える。
問題はこの話が実話を基にしている、という触れ込みで作られたという点。
……二組のテロリストだの『怪物』とやらの存在までも。
無茶苦茶である。こんなもの、創作以外のなんだというんだ。
池袋晶葉はアイドルであるが、それ以前に科学者である。そういう自負がある。
だから、実証できない事は、自分で確認できない非現実的な話は信じ難い。
不死の酒だってそうだ。
そう言う噂があったことは信じても、現実にそんな物があるとは思っていない。
その実体は何か多少特殊な薬品だったのだろうと当たりをつけていた。
まさか本当に不老不死なんてあるはずもなし。
そういう風に、自分の理解できる範囲に修正して思考していくのが、晶葉の思考の指針だった。
しかし、そう言う時に困るのが、このフライングプッシーフット号の様な話だ。
事件自体は確かにあったのだろう。だとすれば実際にテロリストは居たのかもしれない。
不幸な偶然が重なれば、二つの集団に同時に襲われる、ということもあり得るかもしれない。
そこまでは偶然で片付けられる。られるが、『怪物』ばかりはどうにも分からない。
いくつかサイトをめぐると、その『怪物』について主に書かれているページも見つかった。
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レイルトレーサー。
名の通り、列車を線路を伝って追い、追いついたならば乗客を喰らっていくという怪物。
逃げ場のない閉塞した空間の恐怖を煽る、有り触れた設定の怪物。有り触れた怪談。
たといどんなに有り触れていたとて、結局は架空であり創作である筈だ。
けれど、フライングプッシーフットに纏わる話の中の事実が、その架空を肯定する。
二つのテロリストの争いの中、一般乗客には被害者は殆ど出なかった。
一方で、テロリストの方は互いに全滅し、そして死体そのものの数が足りていなかった。
互いに武器を持つテロリスト同士が互いを脅威として争った、という事になっている。
それは、わかる。あり得る話――乗客たちが幸運だったで済ましてもいい。
ただ、死体の数が足りないのはどういう事か。
争いの中で列車から落ちたのか?
だとしても、消えた死体の数はとても多かったらしい。
誰かが能動的に落としていたのか?
だとしても、武装集団同士の争いの最中、一体誰がそんな悠長なことをするのか。
そして乗客自身の言葉もあった。
「あの列車には、レイルトレーサーが居た」
その言葉は、一人からではなく、複数名からの証言としてあるらしい。
事実と、証言。
その二つが、架空である筈の怪物を、現実にあったという事に押し上げている。
――後に、その手の物好きが考察したのが以上の内容だという。
晶葉も大筋では納得する。しかし、それにしても怪物はあり得ないと思う。
個人的には、やはり偶然落ちて見つからないのだ、という事で理解しておきたい。
さておき、ここまで調べた晶葉だったが、肝心の『不死の酒』については一切情報がない。
稀に、乗客の中には、不死身の人間がいたらしい、と噂話のように書かれている程度。
一番、詳しく書いてあったのは、海外の古い新聞のデータを公開しているサイトだった。
『大陸横断鉄道フライング・プッシーフット号には不死の人間が複数乗車していたらしい』
そんな一文を交えながら、怪物の存在も挙げながら、非常に胡散臭く書かれてある記事。
新聞の名前は、デイリーデイズ。どうにも、オカルト誌と大差ないようである。
怪物の存在はまだいいが、他の文言が信用できなさすぎるのだ。
傭兵集団『マネーの竜』とか。何だそれは。
ただでさえ二つの武装集団に襲われてるならいっそ三つ目でも、とでも考えたのか。
詳しく書かれていたとして、それに信憑性があるかどうかは別である。
そんな情報しか出てきておらず――、しかし、それでも、だからこそ、晶葉は疑っていた。
本当に、『不死の酒』に関わった人間が、その列車には乗っていたのではないか、と。
無関係ならば、怪物の話だけでも十分な所に、まるで無意味に『不死者』の存在が囁かれている。
勿論、『不死の酒』に懐疑的である晶葉は、『不死者』なんてものも信じていない。
けれど、『不死の酒』を飲んだ人間を『不死者』と呼ぶのだとしたら話は違う。
例えば、噂になっていた『不死の酒』を飲んだ人間が喧伝した可能性もある。
「自分は、あの『不死の酒』を飲んだのだ」と。
望んで得て、特別感を持っている人間ならそう語ることもありえよう。
極限状況下の周りの人間が、『怪物』と同様に現実のものと錯覚した可能性もある。
だから、断片的な噂だけが残ったと考えれば、筋道も立つのではないか?
晶葉は、その自分の考察に、確信は持てずとも、可能性は感じていた。
調査の切っ掛けとなるのではないか、という可能性だ。
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晶葉は今、『不死の酒』というオカルティックな話に、柄にもなく興味を引かれて調査し手伝っている。
が、自分に出来るのは、その調べることだけだ。
化学の類には通じていない自分では、調査する事までしかできない。
興味本位とは言え、手伝うと言った手前出来る限りのことはしたいが、出来ない事は出来ない。
だから、せめて調査はめいいっぱい力を尽くそう、と彼女は考えていた。
菜々にとっては災難であるかもしれないが、彼女に来た話は本当にタイミングと都合が良かった。
実際にあの事件を題材にした映画のメガホンを取った当人に、話を聞けるかも知れないのだ。
或いは、何の収穫もないかもしれないが、しかしそれならそれで良い。
もしあったと考えているならば、彼自身の見解を聞くだけでも良い。
映画には『不死者』なんてものは出なかったが、しかし聞く意味はある。
曲がりなりにも――いや、ジョン・ドロックスは捻くれた映画人だからこそ。
あの男は、胡散臭い、怪しい話ほど喰いつこうという捻くれた男なのだろうからこそだ。
そんな彼が、『不死者』とあの事件は無関係だったとしていれば、逆に信用も出来るかもしれない。
映画にするほどしっかりと調べて、小さなこの噂に辿りつかなかったという事は考えにくい。
どちらに転んでも、自分とは別視点で調べた人間の話というのは間違いなく糧になるはず。
そこまで考えて、晶葉はパソコンの中に表示されている時間を確認する。
そろそろいい時間の様だ。
すやすやと眠っている菜々を起こして、レッスンに向かわねばならない。
パソコンを仕舞い、立ち上がって、起こそうと菜々の寝姿を再度確認する。
眠りについた時とは違い、血色も良く、とても穏やかな表情だった。
彼女のハリウッドオファーについて、利己的な打算を晶葉は持っている。
けれど、それ抜きに、菜々に頑張ってほしいとも、無理をしないで欲しいとも晶葉は思っていた。
勿論、頑張ってくれた方が都合がいい。結果を残したのなら皆が喜ぶだろう。
それでもそれで彼女が過ぎた負担を負うのならば、無理でも何でも、断ってしまうべきだ、とも思う。
何より第一に、彼女は自分のロボット製作で喜んでくれる友人なのだから。
まあ、何にしても、とりあえずは日々の当たり前のことをしっかりこなすのが大事だろう。
「――菜々さん、そろそろレッスンの時間だ。ロボットには代役をさせられないよ」
晶葉は、優しく、けれどちゃんと眼を覚ますように菜々を揺すった。
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と、言う訳で、この物語におけるフライングプッシーフット号の、社会認知の程度の話でした。
どの媒体でも、映画の詳細については説明されていない、と思ったので、このSSこうなってますよという。
もしもどこかで紹介されていて、見逃していれば私の不手際ですが、この話ではこの通りという事で。
また、文を短めに区切ることを意識してみました。
どうにも読みにくければ、またアドバイスをお願いします。
次も書けたらふらっと投下します。
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ゲリラ的に投下したのに直後に乙ありがとうございます。
言い忘れてたんですが、晶葉のコレジャナイ感が書いてて物凄いんですが、
違和感があったらそちらも忌憚なき意見をください。
次の登場までには参考にさせて頂くかもしれません。
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