男「希望の色は空色」(131)

カツン、カツン、カツン

ガラッ

男「ん?」

女「誰か、いますか?」

男「あ、はい、僕だけだけど」

女「ここは、なんのお部屋?」

男「……えっと、美術室だけど」

女「ああ、そっか、そういえば絵の具の匂いがするわ」

男「ねえ、その杖、なに?」

女「ん?」

男「あ、君、もしかして目が見えないの?」

女「ん、見えないの」

男「ゴメン、気付かなかったな」

女「どこか、座ってもいい?」

男「あ、うん、ここどうぞ」

ガチャガチャ

女「ありがとう」

男「杖、立てかけておこうか?」

女「ううん、いいの」

女「持ってた方が安心するの」

男「ねえ、君、E組に来た子?」

女「そうよ、はじめまして」

男「うん、はじめまして。噂は少し聞いてるよ」

女「あなた、E組じゃないみたいね」

男「僕は、えっと……」

……

……

女「そう、B組なの。よろしくね」

男「……」

女「……」

男「えっと、どうしてここに来たの?」

女「体験学習、って言われたわ」

女「盲学校じゃなくて普通の学校で過ごすことを体験して……」

男「あ、えっと、そうじゃなくて」

男「美術室に、なにか用だった?」

女「ううん、適当に歩いてただけよ」

男「そっか」

女「あなた、美術部?」

男「うん」

女「他の人は?」

男「僕一人しかいないんだ」

女「先生は?」

男「顧問の先生も、たまにしか来ないんだ」

女「そうなの」

男「君、みんなと同じように授業を受けるの?」

女「そうよ」

男「黒板が見えないって、大変じゃない?」

女「?」

男「あ、黒板」

男「えっと、先生が色々書くんだよ、文字とか図式とかさ」

女「そうね、そういうのは、読めないわ」

男「不便じゃない?」

女「先生が話している内容を聞けば、言いたいことはわかるわ」

男「そういうものかあ」

女「でもやっぱり、普通の高校って難しい勉強をしているのね」

男「この学校にずっといるの?」

女「いいえ、一週間だけ」

女「体験学習だから」

男「そうなんだ」

女「もう何人か、お友だちができたわ」

男「すごいね」

女「あなたも、お友だちになってくれる?」

男「え、あ、ああ」

女「嫌?」

男「嫌じゃないよ」

男「でも僕、友だちいないんだ」

女「じゃあ、私とお友だちになれば、一人できるわよ」

男「う、うん……」

女「迷惑?」

男「……全然」

女「じゃ、よろしくね」

女「あなたの声は覚えたわ」

男「声?」

女「ええ、素直で、綺麗な声」

男「声を褒められたのは、初めてだよ」

男「やっぱり、目が見えないと、そういう感覚は敏感なのかな」

女「そうかもね?」

男「あ、ゴメン、失礼なこと、言ったね」

女「……全然」

男「そう」

女「あなたの真似」

男「え?」

女「似てた?」

男「……僕、そんな声かな」

女「僕、こんな声だよ」

男「あ、今のはちょっと似てたかも」

女「うふふ、ごめんね、失礼だった?」

男「全然」

女「うふふ」

女「また、明日も来ていいかしら」

男「うん、でも……」

女「でも?」

男「あ、ううん、なんでもない」

女「じゃあ、また明日ね」

男「うん」

女「さよなら」

男「うん、さよなら、気をつけてね」

女「ありがとう」スッ

カツン、カツン、カツン

ガラッ

男「……器用に歩くんだなあ」

では、また明日です
東京トイボックス見てきます

―――
――――――
―――――――――

女「ね、あなたは絵を描くの? 作品を創るの?」

男「あ、えっと、絵が主かな」

女「どんな絵?」

男「空とか、海とか、風景の絵ばっかり」

女「油絵?」

男「うん、そうだよ」

女「すごいなあ、絵を描ける人って、尊敬するの」

男「はは」

女「どうせ見えないだろ、って思った?」

男「ううん」

女「本当に?」

男「うん、下手くそだから、見られなくてホッとしてるよ」

女「うふふ、あなた、正直ね」

男「なにが?」

女「声も、話している内容も、すごく正直」

男「はは、嘘つき、って言われたことは、あまりないね」

男「ねえ、どうしてそんな風に首を振るの?」

女「ん?」

男「首、よく動くね」

女「そうかしら」

男「どうして?」

女「どうしてって、音をよく聞くためよ」

男「ふうん」

女「目が見える人は、あんまり首を振らないらしいわね」

男「うん、まあ、そうかな」

女「私、変?」

男「ううん、面白いよ」

男「あ、えっと、馬鹿にしてるわけじゃなくて」

女「面白いなら、いっか」

男「うん、いいと思う」

女「うふふ」

男「首を傾げてるみたいで、可愛い」

男「ね、生まれたときから、そうなの?」

女「赤ちゃんだったころは、見えたらしいわ」

女「でも、病気ですぐに失明したんだって」

女「だから、なにかを見た記憶は全くないの」

男「そっかあ」

女「でも、ずっとそうだから、別に不便はないわ」

男「見えなくても?」

女「ええ、それが普通だもの」

男「僕、目をつぶったらきっと10歩も歩けないなあ」

女「私も杖がないと、無理よ」

男「その杖、白杖っていうんだよね」

女「そう、知ってたの?」

男「昨日調べて」

女「白杖って、名前が変よね」

男「え、そう?」

女「『はよ白状せえよコラ!!』とか『あんさん薄情でんなあ』とかさ、言うよね」

男「ははっ、なんで関西弁なの?」

女「なんとなくよ、なんとなく」

男「君、冗談言うんだね」

女「そうよ? 目が見えない人は冗談言っちゃだめなの?」

男「いやいやいや、そうじゃなくってさ」

女「私、暗い風に見えた?」

男「いやいや、そうでもないんだけど」

女「じゃあ、黙っとこうかな」

男「好きに喋って!! 気にしないから!!」

女「あら、私が気にするわ、そういう言い方」

男「ごめんって」

女「同じ『はくじょう』でも、ちょっとニュアンスというか、アクセントが違うでしょう?」

男「ああ、うん、そうだね」

女「だからなんとなく、違いはわかるけど」

女「普通の人は、漢字で見分けるんでしょう?」

男「ああ、そっか、そうだね」

女「私、漢字わからないのよ」

男「点字は使えるの?」

女「うん」

男「僕は、逆に点字が読めないよ」

女「同じね、私たち」

男「うん、逆にね」

女「明日、点字の本を持ってきましょうか」

男「あ、うん、読んでみたい」

女「じゃ、お楽しみに、ね」

男「うん」

女「そろそろ帰るわ、ありがとう」

男「大丈夫? 送っていこうか?」

女「平気よ、歩けるわ」

男「あ、でも、階段とか危ないよ」グイッ

女「きゃっ」グラッ

男「あ、ごめん」パッ

女「もう!! 急に引っ張らないでよ!!」

男「ご、ごめん」

女「大丈夫って言ったでしょう!!」

男「……ごめん」

女「じゃあね、さよなら」

カツン、カツン、カツン

ガラッ

男「……怒らせちゃった、かな……」

今日はここまでです
おやすみなさい

―――
――――――
―――――――――

女「や」

男「あ、えっと、昨日はごめん」

女「え? なに?」

男「あの、グイって引っ張ってごめん」

女「あー、あー」

女「気にしてないよー」

男「急に引っ張られると、怖いんだよね」

女「そうそう」

女「でも、もうしなかったら、それでいいよ」

男「見えないと、怖いことも多いよね」

女「ううーん、だけど……」

男「だけど?」

女「初めっからそうだから、別にそれが普通」

男「そっかあ」

女「あのさ、蜘蛛っているでしょう?」

男「ああ、うん」

女「足何本?」

男「8本」

女「あなたはさ、足が2本しかなくて不便じゃない?」

男「え?」

女「蜘蛛は8本もあるのよ、それに比べてさ、不便じゃない?」

男「うーん、どうだろ、よくわからないな」

男「2本でなんとかやれてるし」

男「8本あったら、逆に邪魔そう」

女「蜘蛛は目も8個あるそうよ」

男「へえ、多いんだなあ」

女「あなた、目が2個しかなくて不便じゃない?」

男「え、えっと」

女「しかも蜘蛛は紫外線が目に見えるそうよ」

男「マジで!? 日焼けクリーム不要じゃん」

女「そんな目がほしいと思わない?」

男「んーでもなあ、8個もあったら酔いそうだし、怖いし」

女「でしょ、私もそんな気分なの」

男「え?」

女「今までね、たくさんの人に『目が見えなくて不便ですね』って言われたの」

男「あ……」

女「でもね、別に普通」

女「人に価値観を押し付けてほしくないわ」

男「ああ、なるほど」

男「そうだね、無遠慮なこと、言ったね」

女「ええ、いいのよ」

男「無遠慮って言うか、不躾って言うか」

女「いいのよ」

女「それよりさ、ねえねえ、無遠慮とか不躾の『ブ』ってなんなのかしらね」

女「不正解!! ブブー!! ってことかな」

男「ははっ」

女「あれ、でも不正解には『ブ』がないわね」

女「ブ正解!! じゃダメなのかしら」

男「否定系の『ふ』とか『ぶ』のことだね」

女「なんだか力が抜ける言葉よねえ」

男「確かに」

女「漢字があると、見分けがつきやすいんでしょうねえ」

女「あ、そうそう、忘れてた」

ゴソゴソ

男「ん?」

女「はいこれ、点字の本よ」

男「わ、分厚いね」

女「あ、また『ブ』だわ」

男「あはは、本当だ」

女「ブブー!! 不正解!!」

男「あ、でも、『分厚い』の『ぶ』は否定系じゃないよ」

女「知ってるわ、でもややこしいわね」

女「で、これが点字の説明の本よ」

男「へえ」

女「こっちなら、字が書いてあるから読めるでしょう?」

男「うん」

女「あいうえお、は簡単よ」

男「えーっと」ペラペラ

女「基本がわかれば、すぐに読めるわ」

では
おやすみなさい

男「真っ白なんだね、本」ペラペラ

女「白って、どんな色?」

男「ん? んーと、穢れがないっていうか、汚れてないっていうか」

女「綺麗な色?」

男「でも、飾ってない潔癖の色」

女「潔癖の色……」

男「あと、ほら、白黒つけるとかって言うじゃない」

男「だから、真実の色、かな」

女「へえー」

女「やっぱり絵を描く人は、色の表現が面白いわね」

男「そうかな?」

女「お母さんに『白ってどんな色?』って聞いたら、なんて言ったと思う?」

男「うーん、わかんないよ」

女「『白は汚れが目立つ色だから、好きじゃない』だってさ」

男「あはは」

女「『最近白髪が増えてきてねえ』とか言ってたし」

男「あはは、白髪か、確かに白だね」

女「ね、CMじゃあ『驚きの白さ!』とか言ってるのにね」

女「『驚かない白さ』ってどんなもの?」

男「え? え?」

女「『驚きの白さ』の逆よ」

男「は、ああ、えっと……」

男「黄ばんでる……白……?」

女「『黄ばんでる』ってどういうこと?」

男「黄色が混ざってる感じ……かな?」

女「黄色は汚いの?」

男「いや、黄色、汚くないよ」

女「でも白と混ざると汚いんでしょう?」

男「んー黄色自体は綺麗な色だけど、白い服が黄色くなると汚いっていうか」

女「混ざるっていうのも、実はよくわからないのよ」

女「色とか、飲みものとか」

男「うん、そうかも」

女「一緒に遊ぶときも『混ーぜて』って言うよね?」

男「コーヒーと、牛乳と、混ぜたらコーヒー牛乳になるの、わかる?」

女「コーヒー苦手だからなあ」

男「そっか」

女「黄色は本当は綺麗な色?」

男「そうだね、星とか太陽とか、黄色で表すことが多いし」

女「あ、そうね、星は黄色って聞いたことあるわ」

男「黄金とか言うしね、輝いている色かな」

女「綺麗なんだ」

男「うん」

男「黄色い服を着ている人は、派手だし、自己主張が強いイメージがあるな」

女「派手色かあ」

男「そうそう、派手色」

女「じゃあ地味色は?」

男「地味色?」

女「黄色の逆の、地味な色」

男「んー」

女「やっぱり、黒?」

男「どうして?」

女「黒は地味で目立たない色って、お父さんが言ってたわ」

男「はは、まあ、喪服とか黒だしね」

女「そうそう、喪に服す色だって」

女「意味わからない」

男「地味で、影に溶け込む色で、んー、夜の色」

女「夜ね、夜は涼しいわ」

女「黒って、涼しい色?」

男「ていうか、暗い色」

女「あ、私ね、明るいとか暗いが、よくわからないの」

男「え、そうなの?」

女「うん、光とか、影とか、そういうのが」

男「太陽が出ると明るくて、太陽が沈むと暗い、っていう感じ」

女「太陽は暖かいわ」

女「なくなると、涼しい」

男「温度で感じるんだ」

女「ええ、変かな」

男「いや、面白いよ」

女「変な意味じゃなくて?」

男「変な意味じゃなくて」

女「あなた、やっぱり、優しいわ」

男「やっぱり?」

女「あれ、言わなかったかしら」

男「正直だ、とは言われた気がするけど、優しいは言われたかな?」

女「家族に話したのだったかしら」

男「え、僕の話を?」

女「そうよ、美術部のお友だちができたって話したわ」

男「そ、そりゃ、照れるね」

女「私と普通にお話してくれるし」

男「んー、そうかな」

女「ごめんね、絵を描く時間を邪魔してるかしら」

男「いや、君と話してるの、面白いから、全然いいよ」

女「やっぱり、優しい」

男「はは、君もね」

女「ね、他の色も教えて?」

男「あ、うん、だけどさ、そろそろ暗くなってきたし、早く帰った方がいいんじゃないかな」

女「え、もう遅い?」

男「今6時」

女「あ、そろそろ帰らなくちゃ」

男「一人で帰れる?」

女「ええ、お気づかいありがとう」

男「じゃあ、また明日」

女「ええ、さよなら、ごきげんよう」スッ

カツン、カツン、カツン

ガラッ

男「……『ごきげんよう』なんて、日常会話で初めて聞いたな」

また明日ですぅ

―――
――――――
―――――――――

男「や、今日もきたね」

女「お邪魔するわ」

男「今日は雨だね」

女「そう、雨は嫌い」

男「濡れるから?」

女「ええ、それに、じめじめするから」

男「そうだね、日本の雨は特に湿気が多いから」

女「外国に行ったことがあるの?」

男「ないよ」

女「じゃあ、どうして日本は湿気が多いだなんてわかるの?」

男「ん、みんな知ってるから、かな」

女「ふうん?」

男「行ったことなくてもね、テレビで言ってるし、みんな知ってるんだ」

女「そうなの」

女「ねえ、話は変わるけど、顔を触ってもいい?」

男「えっ?」

女「顔」

男「え、えっと、触るって……」

女「あなたのカタチを覚えたいの」

男「で、でも……その……」

女「ね、私たち、友だちでしょう?」

男「……うう」

女「ふうん、お肌、綺麗ね」スリスリ

男「う、うん……」

女「髪の毛も、さらさら」スリスリ

男「……」

女「あ、メガネをしているのね」

男「う、うん」

女「ねえ、目の前に物があるのに、どうして見えるの?」

男「え?」

女「これがあったら邪魔でものが見えないんじゃないの?」

男「あ、えっと、メガネは透明だから……」

女「透明って、私よくわからないの」

男「色がないんだよ」

女「色がないと、向こう側が見えるの?」

男「う、うん」

女「透明って、どんな色?」

男「あ、だから色はないんだよ」

女「ない色かあ……」

男「……」

女「ん、まつ毛も長いし、鼻もきりっとしてるわね」スリスリ

男「……」

女「どうしたの? 黙っちゃって」スリスリ

男「は、恥ずかしいよ」

女「私の顔も、触っていいわよ」スリスリ

男「え……」

女「じゃあ、はい、あなたの番」スッ

男「え……」

男「……」スリスリ

女「どう?」

男「ど、どうって……」スリスリ

女「私、きれい?」

男「え、えっと……」スリスリ

男「ほっぺた、すごく気持ちいい」スリスリ

女「気持ちいい? どういう感触なの?」

男「や、柔らかくて、弾力があって」スリスリ

女「ふんふん」

男「ぷにぷに」プニプニ

女「褒めてもらってるのかな?」

男「う、うん」

女「あれ、もういいの?」

男「う、うん、ありがと」スッ

女「どうしてお礼言うの?」

男「な、なんとなくだよ、なんとなく」

女「ふうん?」

今日はこれだけです
おやすみなさい

女「ね、また色のこと、教えて?」

男「あ、うん」

女「喜びを表現する色って、なにかある?」

男「喜びかあ……」

女「うん」

男「喜びの色は、えっと、橙色」

女「橙?」

男「うん、オレンジ」

女「みかん?」

男「あ、うん、みかんの色でもいいかな」

女「美味しいよね、みかん」

男「あ、うん」

女「みかんが好きなの?」

男「ん、どうかな、好きかな、割と」

女「割と?」

男「橙色は、明るいし華やかだし、喜びに近いかなって」

女「じゃあ、希望の色は?」

男「希望の色は……」

男「希望の色は空色」

女「空色?」

男「うん、空の色」

女「空の色が希望の色なの?」

男「僕なりに、だけどね」

女「空って、青?」

男「うん、青でも、まあいいかもね」

女「青色と空色は、違うの?」

男「違うよ」

女「どう違うの?」

男「青ってさ、ブルーって言うじゃん」

女「英語ね」

男「ブルーな気分、とか言うじゃん」

女「言うわね」

男「あれさ、昔の労働者がさ、晴れたらきつい仕事をしなくちゃならないから」

男「だから青い空を見上げて、『今日も仕事か、ブルーだな』って言ったのが語源らしいよ」

女「物知りね」

男「ま、ほんとかどうか、知らないけどね」

女「じゃあ、全然希望の色じゃないじゃない」

男「うん、だから、僕なりには希望の色って感じ」

女「労働者さんからしたら、絶望の色?」

男「そうかもね」

男「でも、青春って言うし」

女「青春は、青いの?」

男「青い春って書くんだよ」

女「恋をすることを『春が来た』って言うのと似ている?」

男「そう、そうだね、似てるね」

女「じゃあやっぱり、青も希望の色かもしれないわね」

男「そうだね」

男「それからね、青い空は夕方になると橙色に染まるんだよ」

女「みかん?」

男「そ、みかん色」

女「喜びの色ね」

男「夜が来るのが喜びなのか、一日が無事に終わったのが喜びなのか……」

女「いいわね、希望の色が喜びの色に染まるの、見てみたいな」

男「あ……」

女「ん?」

男「いや、なんでも」

……

女「さて、今日はもう帰るわ」

男「あ、うん」

女「ごきげんよう、明日もお邪魔します」スッ

男「あ、うん、さよなら」

カツン、カツン、カツン

ガラッ

男「明日は金曜日か……」

今日はここまでです
おやすみなさい

―――
――――――
―――――――――

ガラッ

スタスタスタ

男「……わ」

女「お邪魔しまーす」

男「今、すごく歩くの速くなかった?」

女「ええ、もうこの部屋の構造は覚えたもの」

男「え、でもキャンバスとか机とかあって危ないよ?」

女「杖に当たれば止まるから、大丈夫よ」

男「そうかなあ……」

女「ね、釣りってしたことある?」

男「つ、釣り? いや、ないけど……」

女「そうなの……」

女「今日ね、クラスの子たちが釣りの話をしててね」

女「餌にゴカイを使ったとかなんとか言ってたわ」

男「ゴカイ?」

女「ほら、あの、勘違いするっていう意味の……」

男「誤解?」

女「そう、それとどう違うの?」

男「えっと、誤解は間違って理解する、見たいな漢字があって……」

女「ふんふん」

男「餌のゴカイは、多分カタカナ……」

女「でも発音は一緒だったわよ」

男「確かに聞き分けにくい言葉かも、ね」

女「目が見える人は漢字とひらがなとカタカナとを使い分けるのよね」

男「うん」

女「それってものすごく大変じゃないかしら?」

男「んん、確かにそんな国は他にあまりないらしいね」

女「日本人って、天才なのかしら」

男「どうかな、普通だと思うけど」

女「あ、そうそう、私が今入院している病院の部屋も、五階なのよ」

男「え?」

女「エレベーターが言ってたわ、『五階です』って」

男「入院してるの?」

女「ええ、そうよ」

女「だから学校から病院へ帰るの」

男「……目が悪いから?」

女「そう、目が悪いから」

女「五番目の階、って意味よね」

女「でも同じ言い方よね、なんでだろうね」

男「入院って……普段は盲学校なんじゃ」

女「ええ、今度手術するんだって」

男「今度って!?」

女「来週、だったかな」

男「目の?」

女「目の」

男「どうして?」

女「目が見えるようにするため、だって」

男「目が……見えるようになりたいの?」

女「そりゃあ、できないことはできるようになりたい」

女「違う?」

男「いや……そうかもしれないけど……」

女「18歳にならないと、手術ができないらしいの」

女「私、この間、18歳になったのよ」

男「あ、お、おめでとう」

女「ありがとう♪」

男「18歳にならないと、ダメって?」

女「身体が耐えられないかも、っていうこと」

男「……」

女「18歳なら、大人よね、大丈夫よね」

男「……失敗するかも……しれないの?」

女「10人に1人、失敗するかも、だって」

男「……そう……」

女「失敗したらね……」

男「やめて、聞きたくない」

女「そう?」

男「大丈夫だよ、きっと成功するから」

女「そうだといいけれどね」

男「頑張って」

女「頑張るのは、お医者さんよ」

男「……」

男「不安なんだ?」

女「……」

男「わかるよ」

女「……」

男「ね、明日はなにしてるの?」

女「……病院で、最後の検査、かな」

男「お見舞いに行ってもいいかな?」

女「……いいと思う」

男「学校は、今日でおしまい?」

女「うん、みんなにお別れを言ってきたわ」

男「高校、どうだった?」

女「楽しかった」

女「なんて、ありきたりな表現しかできなかったけれど」

男「みんなの顔も、触ったの?」

女「いいえ、あなたのだけよ」

男「……そっか」

女「やっぱりみんな、気を遣ってたのだと思うわ」

女「普通に目が見える人からしたら、私は邪魔かもしれないわね」

男「そんなこと、ないと、思うけど……」

女「あなたは最初っから、普通に接してくれた」

男「そうかな」

女「やっぱり、優しい人」

男「……」

女「そういうところ、すごく好きよ」

女「一週間、ありがとう」

女「この部屋でのおしゃべり、すっごく楽しかったわ」

男「そんな、お礼なんて」

女「中央総合病院の505号室にいるの」

女「よかったら会いに来てね」

男「あ、うん、行くよ、明日行く!」

女「じゃあ、さようなら、ごきげんよう」スッ

カツン、カツン、カツン

ガラッ

男「手術……か……」

今日はここまでです
ではまた

若干不思議ちゃんな感じはありますね
ミステリアスかどうかはさておき

投下始めます

―――
――――――
―――――――――

ガラッ

スタスタスタ

男「……や」

女「うふふ、来るころだと、思ってた」

男「これ、お見舞いに」トン

女「なあに?」

男「えっと、果物、いろいろ」

女「みかんはある?」

男「うん、あるよ」

男「みかん好きなの?」

女「うん、ていうかね、目が治ったら、空を見たいから」

男「どういうこと?」

女「空色が、みかん色に変わるところ、見たいから」

男「……」

女「だからね、みかんは治ってから食べるわ」

男「……早く治るといいね」

女「うん」

男「きょ、今日はなんの話をしようか」

女「また、色を教えてほしいわ」

男「色か……」

女「雲は白いのよね。潔癖の色、汚れが目立つ色」

男「あ、うん」

女「空は希望の色、それからみかんの色、喜びの色」

男「うんうん」

女「じゃあ、えっと、赤ってどんな色?」

男「赤は……情熱の色」

男「って、ありきたりな表現すぎるね。でも、熱い感じかな」

女「熱い色なのね」

男「決断の色」

女「はっきりしてるのね」

男「闘争心の色」

女「鼻息が荒い感じね」

男「信号でいうと、止まれの合図」

女「ふうん」

女「信号の渡れはなんだったかしら?」

男「青、かな」

女「ふうん」

男「緑?」

女「どっちなの?」

男「ううん、わかんないな、どっちでも正解」

女「見える人にもわからない色って、あるのね」

男「そうそう、はっきりしない色」

男「君はどうやって信号を渡るの?」

女「音でわかるわ」

男「音のしない信号は?」

女「誰かが近くにいれば、気配でわかるもの」

男「そういうものかあ」

女「そういうものよ」

男「夜は? 人も少ないし、音もしないし」

女「夜は出歩かないの」

男「なるほど」

男「あ、あと、赤は血の色だね」

女「私、血って嫌い」

女「変に温かいし、粘性があるし、においも嫌い」

男「出ると痛いしね」

女「そうそう」

男「僕、血を見ると貧血気味になるよ」

女「それは見たくないわねえ」

女「じゃあ、紫色は?」

男「うーん、毒々しい色」

女「紫のものを食べたら毒で死ぬの?」

男「鬱憤の色」

女「怒ってるの?」

男「気分が悪いときの色」

女「じゃあ『顔色が悪いとき』って、肌色じゃなくて紫色なの?」

男「でも、紫、好きだよ」

女「そうなの? 毒の色なのに?」

男「なんかね、シャープな印象」

女「シャープ、ね」

女「よくわからないわ」

男「紫に白を混ぜた色なんか、すごく好きだな」

男「自然にはあまりないけど、無理にでも使いたい、そんな色」

男「それにね、夕方になって、空がみかん色になったあと、紫にもなるんだよ」

女「そうなの!?」

男「それがね、すっごく綺麗でね」

女「じゃあ、紫も見てみたいなあ」

男「ナスの色」

女「ナスね、知ってる」

男「今日は持ってきてないけどね」

女「野菜だもんね」

女「ね、銀色のものって、多いのでしょう?」

男「多いね」

女「スプーンでしょ、フォークでしょ、ネックレスでしょ」

男「うんうん」

女「一円玉も、パチンコ玉も」

男「パチンコやったことあるの!?」

女「玉を持ったことがあるだけよう」

男「あ、そ、そうだよね、びっくりした」

女「ライターも、時計も、手すりも銀色」

男「時計はものによるんじゃないかなあ……」

女「パパの時計は銀色って、パパが言ってたわ」

女「銀色って、どんな色?」

男「うーん、渋い色」

女「渋い? おじさんね?」

男「いぶし銀、とか言うしね」

女「なにそれ?」

男「ううん、わかんない」

女「わかんないのに言うの?」

男「たいていそんなもんだよ」

男「シルバーシートって、知ってる?」

女「電車のやつね?」

男「そうそう、優先席」

女「私も、座ったことあるわ」

男「なんでシルバーっていうんだろね?」

女「おじいさんは銀色と関係が?」

男「ないな」

女「ないのか」

女「金色は少ないよね」

男「うーん、そうかな」

女「レアよね」

男「まあ、金持ちっぽい感じだから……」

女「厭味な色?」

男「なにそれ」

女「金持ち、イコール、イヤミ」

男「それ偏見」

女「あと、どんな色があったかしら?」

男「緑の話はしたかな」

女「……んん?」

男「緑はね、自然の色、神様が作った色」

女「壮大ねえ」

男「緑が多い、とか、緑が減った、とか言うでしょう?」

女「うんうん」

男「人間が壊してしまったのも、緑」

女「……大事にしなくちゃ、ね」

男「うん」

今日はここまでです
明日完結です
では、おやすみなされ

……

男「手術、怖い?」

女「ん……平気」

男「きっと、大丈夫だよ」

女「うん」

男「……」

女「ね、なんで目が見えないと、全盲っていうんだろうね」

男「……」

女「全盲の全って、全部って意味でしょう?」

男「……」

女「全部ダメってことでしょう?」

男「……」

女「お話もできるし、ご飯も食べられるし、歩けるし、ね」

男「……」

女「なんでもできるつもりなんだけどなあ」

男「……」

女「目が見えるようになれば、普通の人になれるのかな?」

男「……」

女「あ、ごめん、重たいね?」

男「あ、えっと」

男「僕、目が見えても見えなくても、君のこと好きだよ」

女「……えっ」

男「……好きだよ」

女「友だちの好き?」

男「……違う」

女「……」

女「ありがとう」

女「私たち、気があうねっ」

男「……ふふっ」

男「……」

男「……祈ってるから、僕」

男「絶対成功して、目が見えるようになるって信じてるから」

女「うん」

女「……ありがとう」

―――
――――――
―――――――――

男「あ……」

「あら?」

「君は?」

男「あ、えっと、僕……」

「ああ、そうか、最近できた友達っていうのは、君のことかな」

男「え……」

「どうも、あの子の父です」

「あ……母です……」

男「ど、どうも、はじめまして」

「最近毎日のように君の話をしていてね」

「よっぽど嬉しかったんだろうなあ、友だちができたことを」

男「……」

「きっと、君の顔を見たがっているよ」

「中に入って、あの子と話してやってくれないか」

男「は、はい」

「私たち、ちょっと売店の方へ行っていますので」

男「はあ……」

男「ん、んんっ」ドキドキ

コンコン

男「し、失礼します」

ガララ……

女「……」

男「あ、えっと、その」

女「だあれ?」

男「え?」

女「お客様?」

男「あ……え……?」

男「……」

女「……ぷぷっ」

女「あっはっは!! うそうそ!!」

男「え?」

女「声でわかるよ」

男「……っ」

女「うふふふふ、ごめんね、冗談言ってみただけ」

男「ははは、心臓に悪いよ」

女「うん、ごめんごめん」

男「え、えっと」

女「うん」

男「……はは、なんか不思議だね、目線が合うの」

女「……そう?」

男「うん、いつも、僕とは目が合わなかったから」

女「だって、見えてなかったもの」

男「うん」

男「見えて、どう?」

女「面白いよ、いろいろ」

女「あなたの顔、思ってた通りの形してる」

男「形?」

女「そう、形」

男「色は?」

女「肌色、黒は、もう覚えたわ」

男「黒は……」

女「地味な色、汚れが目立たない色」

男「そうそう」

女「白も、この部屋には多いわね」

男「病院には白が多いんだよ」

男「白衣とかも、そうだね」

女「ゆっくりリハビリだって」

女「いっぺんに色んなものを見ると疲れるらしいから、ときどき目隠しってのをするんだって」

男「へえ」

女「たまーに気持ち悪くなるの、そのせいかしらね」

男「気持ち悪くなるの?」

女「そう、なんだかゆら~って、ぐら~って」

男「酔うの?」

女「私、酔ったことないから、わかんない」

女「あなたの眼鏡、面白いわね」

男「そう?」

女「目の前に物があるのに、見えるって意味、よくわかったわ」

男「ああ、そうそう、これが透明ってことね」

女「私のまわり、誰も眼鏡をかけている人がいなかったから、今日初めて見たわ」

男「そう」

女「……」

男「……」

男「め、目が疲れるなら、僕もう帰った方がいいかな」

女「どうして?」

男「どうしてって」

女「ね、私が今日一番したいこと、あなたが来るまで我慢してたのよ?」

女「わかる?」

男「え……」

女「お医者様にもお願いして、我慢してたんだから」

男「……」

女「ほら、今は夕方でしょう?」

男「あ……」

女「わかった?」

男「うん」

女「あなたと一緒に見るの、楽しみにしてたんだから」

女「今日一緒に見に来てくれるって、ずっと待ってたんだから」

男「ごめんごめん、間にあってよかったよ」

女「うふふ」

男「じゃあ……」

女「うん、カーテン、開けて?」


★おしまい★

    ∧__∧
    ( ・ω・)   ありがとうございました
    ハ∨/^ヽ   またどこかで
   ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/

   i)、_;|*く;  ノ
     |!: ::.".T~
     ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"


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