杏子「ワイルドタイガーだ!」(286)

鏑木・T・虎徹は夏真っ盛りの部屋の中で暑さと戦っていた。長年愛用していたエアコンが、先ほど壊れてしまったのだ。

虎徹「いくらなんでも暑すぎるだろ……。窓でも開けるか」

そう言いながら部屋中の窓を開ける虎徹。すると、勢いのある心地良い風が吹いてくる。

虎徹「ひょおう! 今日は結構風があるんだな」

虎徹「…………」

虎徹「俺が初めてヒーローのスーツを着た日も、こんな感じで強い風が吹いていたっけか」

虎徹はタンスを漁り、過去に着ていた青色のスーツを取り出した。

虎徹「このスーツ、もう着ることはないんだろうな。昔はカッコイイカッコイイって言われてたのに」

虎徹「だってそれカッコよくないんだもん、か」

虎徹「まっ、何事にも流行り廃りがあるってのは分かってるがね」

虎徹「はぁ……」

虎徹「ん、何か風がいきなり……ってうおああああっ!」

風が突然強くなり、部屋中の物があちらこちらに散らばる。
虎徹が見つめていたスーツは、窓の外へと飛んで行ってしまった。

虎徹「おい、マジかよ! 待ってくれぇえええええ!」

佐倉杏子はぶらぶらと街中を歩いていた。彼女は今まで日雇いのバイトをしつつ公園などで野宿していた。
しかしここ数日の暑さに耐えられなくなった彼女は、暑さが収まるまで安いホテルなどで暮らすことにしたのだ。

杏子「ちくしょー、あちぃぜ……。とっとと安い宿見つけねーと」

杏子「まぁ今日は風が強いからマシだけどさ……ってうわっ!」

杏子の顔にどこからか飛んできた青いものが覆いかぶさり、彼女の視界を奪う。

杏子「何なんだよいきなり……」

杏子「ん? これ、ワイルドタイガーのスーツじゃねぇか!」

杏子「なんでこんなもんが? 引退したのか死んだのか知らねぇが、スーツぐらい大事に扱えよ……」

彼女は長い間テレビやラジオとは無縁の生活を送っていたので、ワイルドタイガーが新しいスーツになったことを知らない。
新たなスーツを着たワイルドタイガーのことは、せいぜい新しいヒーローが現れたとしか思っていないだろう。

杏子「まぁここで見つけたのも何かの縁だろ。記念にもらっとこ」

ヒーローのスーツを拾ってご機嫌な顔で街を歩く杏子。そんな彼女の耳に突然、多くのガラスの割れる音が響いた。

杏子「なんだ、今の?」

興味を示し、音の鳴った方へ走る杏子。たどり着いた先は宝石店だった。
店の中をそっと見てみると、覆面を被って銃を持つ人物が数名。おそらく宝石強盗だろう。

強盗犯「おいオーナーさんよ、痛い目に見たくなきゃとっととアレを出しやがれ!」

オーナー「……断る!」

杏子「命知らずな奴だな。力のない奴は、力のある奴におとなしく従ったほうがいいぜ?」

強盗犯「チッ!」

しびれを切らした犯人の中の一人が、オーナーに向けて発砲。
弾丸が肩を貫通し、地に伏したオーナーの身体から赤い液体が流れていく。

杏子「…………」

杏子「仕方ねぇ。助けてやるか」

杏子「でも魔法少女になって、槍を振り回してるところを人に見られたらマズい」

杏子「うーん……」

杏子「あ、そうだ。さっきちょうどいい物拾ったじゃねぇか」

杏子は宝石店の近くの細い道に入り、ソウルジェムに念じて自分が纏っている服を分解。
そして一糸まとわぬ姿となった杏子。

杏子「さて、スーツを……ん、待てよ? スーツって肌にぴっちりくっつくんだよな。下着つけねぇとちょっと恥ずかしいか」

そんな事実に気づいた杏子は、黒い下着のみを再構成する。
そして先ほど拾ったヒーロースーツを着る。しかし、そこで彼女は大きな問題に気づいた。

杏子「ぶかぶかだ」

背が高くて身体もがっしりしている男性の虎徹と、中学生の少女の体格には差がありすぎた。
腕の長さは足りず、袖は垂れ下がっている。脚の長さも足りず、裾はかなり余っている。
そして華麗になびくはずのマントは地を這いずっていた。

杏子「これじゃまともに動けねぇぞ」

杏子「うーん、待てよ? 前に拾った雑誌のインタビューで確か……」

ワイルドタイガー『このスーツは超お気に入りなんですよ。なんと、着てる奴の体型に合わせて伸び縮みするんです!』

記者『へぇ、それでは私の体型にもあうんでしょうか?』

ワイルドタイガー『たぶん無理ですね。こいつはネクストが能力を発動した時に発生する光を感知するらしいんで』

記者『それは残念……ですがこれで分かりました。あなたが能力を発動して巨大化したときにスーツが破けない理由が』


杏子「ネクストと魔法少女……不思議な力の使い手ってことでなんとかなるかも」

杏子「はぁあああっ!」

杏子は魔力を自分の身体に纏わせる。すると、スーツは杏子の身体にびっちりと張り付いた。
少女の未成熟な身体のラインが浮き彫りになり、どこかエロティックな匂いがする。

杏子「なんか思った以上にエロくないか、これ? まぁいい……行くとしますか」

杏子「引退したワイルドタイガーが今日限りの復活って感じで大騒ぎになりそうだなぁ」

そんな妄想をしながら宝石店の前に到着した杏子、もといワイルドタイガー。

杏子「ワイルドタイガーだ! アンタたちの悪事もここまでだぜ!」

強盗犯「な、なんだこいつ? 昔のワイルドタイガーのファンかぁ?」

強盗犯「ギャハハハハハ! スーツよくできてまちゅねー」

杏子「昔? 何訳わかんねぇこといってやがる」

杏子「それとな、ガキだからって舐めんなよ? あの世で後悔……ってヒーローが殺しはマズいか。刑務所で後悔しな!」

手のひらに魔力を込めて槍を生成し、前に突き出す格好で構える杏子もとい以下略。

強盗犯たち「!?」

オーナー「!?」

強盗犯「ま、まさかネクスト!? お、おい! こ、こっちには人質がいるんだぞ! 動くな!」

杏子「…………」

杏子は犯人の要求をあっさり飲み込み、槍を床に投げ捨てた。

強盗犯たち「ほっ……」

強盗犯たちが安心したのもつかの間だった。
杏子は投げ捨てた槍を魔力で操り、強盗犯たちの手を貫いていく。

強盗犯たち「うぎゃああああああああっ!」

痛みのあまり銃を落とす強盗犯たち。杏子は彼らに向かって走り、己の拳で瞬く間に全員を気絶させた。

杏子「こんなもんか……あっけねぇ」

ワイルドタイガー「来たぞ、ワイルドタイガーだ!」

バーナビー「おや? 既に片付いてるようですね」

杏子「え、ワイルドタイガー?」

ワイルドタイガー「あぁっ、俺のスーツ!」

杏子「あ、えっとこれは……」

バーナビー「懐かしいですね、そのスーツ。てっきり捨てたかと思いましたよ」

ワイルドタイガー「捨てるわけねぇだろ! 俺の長年の汗と涙と血が宿ったスーツなんだからな!」

杏子「げっ、長い間洗ってないのか?」

ワイルドタイガー「洗ってるっての! そういう意味じゃねぇ!」

ブルーローズ「ちょっとアンタたち、何やってんのよ」

バーナビー「ブルーローズさん。どうやらこの少女が、既に犯人たちを倒していたようです」

ブルーローズ「え、このスーツって……」

杏子(こりゃマズいな。さっさととんずらしねーと)

杏子が宝石店の窓から逃げようとするものの、ワイルドタイガーによってあっさりと捕まえられた。

杏子「おわっ!」

ワイルドタイガー「おいおい、別に悪いことをしたわけじゃないんだ。逃げる必要ないだろ?」

バーナビー「スーツに執着するあなたを見て怯えたんじゃないんですか?」

ワイルドタイガー「む、そりゃ悪かったな。だがひとつ教えてくれ。そのスーツはどこで手に入れた?」

杏子「わかったよ、こいつはな……」

バーナビー「なるほど、飛んできたのを偶然拾ったということですね」

ブルーローズ「これどう考えてもアンタが悪いんじゃない。謝りなさいよ」

ワイルドタイガー「す、すまん。俺が悪かった」

杏子「まぁいいけど。勝手に着たアタシも悪いしね」

ワイルドタイガー「しかしサイズがずいぶん小さくなってるな……お前、もしかしてネクストか?」

杏子「うーん……まぁ、似たようなモンかな」

バーナビー「似たような物?」

杏子「まぁいろいろとあんだよ」

ワイルドタイガー「いろいろ、ねぇ……」

杏子「脱いでくるから、ちょっと待っててくれるかい」

ワイルドタイガー「いや、そのスーツはお前にやるよ」

ブルーローズ「アンタ何言ってんのよ。そのスーツは……」

ワイルドタイガー「この先、俺がそのスーツを着ることはおそらくもうない」

ワイルドタイガー「なら、必要としてる誰かにあげた方がスーツもうれしいだろ」

杏子「いや、別にいらないんだけど」

ワイルドタイガー「いらないってなんだよ! オジサンただであげるって言ってんだぞ!」

杏子「だってこれ、アンタの大切なもんだろ」

ワイルドタイガー「!」

杏子「アタシには重すぎる。とてもじゃないけど、もう着れないよ。悪いね」

ワイルドタイガー「そう言うなら、仕方ないな」

杏子「んじゃー、そこら辺で脱いでくるから」

ブルーローズ「念のためアタシが付き添うわね」

ワイルドタイガー「頼む」

ファイヤーエンブレム「立てこもり事件に続いて宝石強盗事件……厄介ねぇ。ファーイヤァアアッ!」

ロックバイソン(牛角)「同時に二つも事件が起きるなんてな。タイガーたちは大丈夫だろうか? オラァ!」

スカイハイ「ワイルド君たちなら大丈夫だ。間違いない、そして間違いない! スカァァァイ、ハァァァアアアイッ!」

ドラゴンキッド「こいつで最後だね! ハァッ!」

マリオ(リポーター)「立てこもり事件もヒーローにかかればなんのその! 鮮やかに解決だ!」

マリオ「立てこもり事件が解決したところで、ほぼ同時刻に発生した宝石強盗事件の様子を見てみましょう!」

マリオ「店内にはワイルドタイガー、バーナビー、ブルーローズ……おぉっとあれは!?」

マリオ「な、なんとバーナビーとコンビを組む前のワイルドタイガーが!」

マリオ「いや、よくみるとずいぶん小さいですね……これは一体どういう事なのでしょう!」

マリオ「ここで情報が入りましたぁ! なんと、あの小さなワイルドタイガーが犯人たちを一網打尽にした模様!」

マリオ「もしかしてタイガー&バーナビーとトリオでも組むのでしょうか? 我々にもまったく予想がつきません!」

ワイルドタイガー「あちゃー、テレビに映っちまった。新しいヒーローと勘違いされたかもしれねぇぞ」

バーナビー「僕のときと同じ感じですね」

ブルーローズ「あ、こっち来るわよ」

杏子「やべ……」

マリオ「ここで、以前のワイルドタイガーのスーツを纏った謎のヒーローに、インタビューをしてみたいと思います!」

マリオ「犯人を倒したときに槍を使ったと聞きましたが、どんな感じのものなんでしょうか?」

杏子「槍か? ほいっ」

マリオ「おぉ、なんと洗練されたフォルムの槍なんでしょう! これを喰らえばどんな奴でもノック・アウトだ!」

杏子(こいつテンション高ぇな)

マリオ「もう一つ質問です。あなたは、この街の新たなヒーローなのでしょうか?」

杏子「えっと、その……」

ワイルドタイガー「はいはい、そこまで」

マリオ「えっ」

ワイルドタイガー「後で正式な発表するから、悪いけどそれまで待っててくれるか」

マリオ「そうでしたか、これは失礼しました。楽しみにしていますよ」

タイガー&バーナビーが使用する巨大な車のトイレの中で、杏子はワイルドタイガーのスーツを脱いでいた。
スーツは杏子の汗まみれになっていた。鼻を近づければ、汗特有の濃厚な臭いがすることだろう。
脱ぎ終えた杏子は魔法少女の服装になり、トイレの扉を開けた。

ブルーローズ「素敵……」

杏子「ん? 何がだ」

ワイルドタイガー「その衣装だろ。似合ってるぞ」

バーナビー「えぇ、オジサンのスーツよりこちらのほうが素敵ですね」

ワイルドタイガー「おいバニー、なんか言ったか」

バーナビー「いいえ、何でも」

杏子「ふーん、アタシにはよく分かんねぇや。服の良し悪しなんて」

ロイズ「聞いたわよ、その子の活躍」

ワイルドタイガー「ロイズさん!」

ロイズ「でもタイガー、なんでその子はアナタの昔のスーツ着てたのよ」

ワイルドタイガー「いやー、風に飛ばされちゃいまして。この子がそれを拾ってくれたんですよ」

ブルーローズ「いくら昔のスーツだからって、なくすなんて本当に情けないわよね」

バーナビー「全くです。自分の正体がバレる可能性だってあるというのに」

ロイズ「アナタ、お名前は?」

杏子「杏子、佐倉杏子」

ロイズ「佐倉杏子、アナタ……ヒーローやってみる気はない?」

杏子「は?」

ワイルドタイガー「ロイズさん。そりゃ一体どういう……」

ロイズ「黙ってて。今や大人気のタイガー&バーナビーに新たなヒーローが加わったら……素敵なことになると思わない?」

バーナビー「なるほど」

ロイズ「それに、杏子は銃を持つ複数人の犯人をあっさりと倒しちゃったんでしょ?」

ロイズ「タイガーのスーツがフィットしたということは、ネクストってことだし」

杏子「アタシはヒーローなんて……」

ロイズ「お給金、弾むわよ」

杏子「! ど、どれぐらいだ?」

ロイズ「そうね。とりあえず契約金としてこれぐらいで」

小切手を取り出し、額を記入するロイズ。それを見た杏子は……。

杏子「えぇえええええええええええっ!?」

杏子(ヒーローなんてガラじゃねぇ。家族殺した奴がヒーローなんてさ、おかしいだろ)

杏子(けどよ、この金額はやべぇ。今のアタシの生活なら軽く10年は暮らせる)

杏子(しかもこれは契約金。ってことは当然それ以外にも金がでるわけだ)

杏子(こんなチャンス二度とこないんじゃねーか?)

杏子(………………)

杏子(…………)

杏子「……いいぜ。ヒーロー、やるよ」

ロイズ「本当? それじゃ、さっそくこの契約書にサインを……」

ワイルドタイガー「おい、本当にいいのかよ杏子。ヒーローってのは楽な仕事じゃねぇんだぞ」

ロイズ「ちょっとタイガー」

杏子「分かってるさ。でもまぁ、アタシはそれなりに修羅場をくぐって来てるからね……なんとかなるさ」

バーナビー「いざとなったら僕達がフォローすればいいんですよ、オジサン」

ワイルドタイガー「バニー……わーったよ」

杏子「ほい、書けたぜ」

ロイズ「ありがと。それじゃ、ヒーローネームを決めないと」

ワイルドタイガー「俺のスーツを使ってたんだし、ワイルドタイガーJrとかどうだ?」

バーナビー「ちょっとオジサン。そのJrって明らかに僕の真似でしょう」

ブルーローズ「これからもアンタのスーツ使うの? アタシは今着てる衣装のほうがいいと思うんだけど」

杏子「アタシはどんな服装でもいいよ。あぁ、動きづらいフリフリの奴とかは勘弁な」

ロイズ「なんだかタイガーとバーナビーの子供みたいな名前なので却下」





ブルーローズ「アタシの意見? うーん、ビューティータイガー!」

ワイルドタイガー「ビューティー……?」

バーナビー「どっちかというとキューティーですよね、佐倉さん」

杏子「キューティー? なんかバカにされてる気がする」

ロイズ「悪くないけどあと一歩ってところかしら……保留で」

バーナビー「僕ですか? そうですね……クリムゾンランサー、とか」

ワイルドタイガー「おぉ、なんかいいじゃねぇか!」

ブルーローズ「紅の槍使い、いいんじゃない? イメージカラーが青のアタシがコンビ組みたくなっちゃう」

杏子「なんかカッコいいな!」

ロイズ「そうね、今の衣装で行くならそれがよさそう……これにしましょ」

杏子「あのさ、ちょっといいか?」

ロイズ「ん?」

杏子「ヒーローってのは基本的に素顔は隠すもんだろ? アタシはどうすりゃいい?」

ブルーローズ「アタシみたいにメイクするか、マスクをつけるか……あるいはバーナビーみたいに素顔さらすか」

ロイズ「女の子のヒーローならマスクは困るわね。顔出した方が人気でるから」

杏子「メイクってなんか好きじゃないんだよなぁ……気持ち悪そう」

ブルーローズ「そういう子もいるわよね。アタシの友達にもメイク好きじゃない子いるし」

ロイズ「うーん……それじゃ髪型を変えましょ。それだけでもかなりイメージが変わるはず」

杏子「あぁ、それぐらいだと助かるな」

ワイルドタイガー「おいおい、杏子も素顔だすのかよ。ヒーローってのはだな……」

バーナビー「オジサンは頭が固いですねぇ」

ブルーローズ「そうそう。本人がメイク嫌だって言ってるのよ」

ワイルドタイガー「けどよ、親御さんからしたら若い女の子が素顔だしてヒーローやるなんて」

杏子「アタシ、家族いないよ」

全員「!?」

杏子「いろいろあって親父がさ、アタシ以外の家族と無理心中しちまったんだよ」

ブルーローズ「そんな……」

ワイルドタイガー「いろいろって、一体何があったんだよ!?」

バーナビー「オジサン」

ワイルドタイガー「なんだよバニー」

バーナビー「人に言えないからこそ、いろいろあったと言ってるんですよ」

ロイズ「誰しも語りたがらない過去のひとつやふたつあるものよ。タイガー、あなたにもあるんじゃないの?」

ワイルドタイガー(友恵……)

ワイルドタイガー「確かにそうだな。詮索して悪かった」

杏子「お、おう」

ロイズ「今はどこに住んでるのかしら?」

杏子「うーん、公園とか」

ワイルドタイガー「おいおい、マジかよ!?」

ブルーローズ「アタシより年下の子が、家もなくて一人で生きてるなんて……」

杏子「おいおい同情はやめてくれよ。慣れれば悪くないもんだぜ? 今は暑くて死にそうだけどよ」

ロイズ「何だかかなり複雑な生い立ちね……。よければコッチで住居を用意しておくけど、何か希望はあるかしら」

杏子「エアコン……いや、それは贅沢だな。扇風機があって雨が凌げれば何でもいいよ」

全員「…………」

ロイズ「そ、そう。欲がないのねアナタ」

ワイルドタイガー「いや、欲がないとかそういうレベルないですよこれ。オジサン涙が出てきた……」

バーナビー「両親を失ったとは言え、住む家があった僕は恵まれていたんですね」

杏子「え、バーナビーも親居ないのか?」

バーナビー「あ……」

バーナビー「佐倉さんの話を聞いてたら、つい口が」

ブルーローズ「バーナビーがご両親を……初めて聞いたわよ」

ワイルドタイガー「俺もつい最近知ったぐらいだからな」

ロイズ「私は社長からある程度事情を聞いていたけどね。ま、人においそれと話せることじゃないでしょ」

杏子「ヒーローにもいろいろとあるんだな」

ロイズ「ヒーローも人の子、そんなもんよ。あ、そうそう。住居についてなんだけど、手配には数日かかるわ」

ロイズ「それまでは……そうね、タイガーの家にでも住んでもらえるかしら」

ワイルドタイガー「え、また俺が子守りですか?」

バーナビー「僕は素顔を晒してますから、女性と一緒に家を出る所なんか見られたらマズイですね」

ロイズ「そういう事」

ワイルドタイガー「ブルーローズの家じゃだめなのか」

ブルーローズ「アタシ、家族と暮らしてるんだけど……」

ワイルドタイガー「あー、そうだった」

杏子「タイガーは、アタシと暮らすのがそんなに嫌なの?」

ワイルドタイガー「別にそういうわけじゃ……アレだ。年頃の女の子って難しいからな。オジサンと二人暮らしなんていいのかと」

杏子「アタシは構わないって。むしろ願ったりさ」

ワイルドタイガー「分かった。多少散らかってるが勘弁な?」

ロイズ「決まりね。それじゃ、そろそろ杏子……いいえ、クリムゾンランサーの髪型について話し合いましょう」

ブルーローズ「そうですね」

こうして4人で髪型について話し合い、いろんな髪型を試していった……。

1時間ほど試した結果、クリムゾンランサーの髪型はツインテールに決定した。

ロイズ「うん、いいんじゃない?」

ワイルドタイガー「かわいいじゃねーか」

バーナビー「お似合いですよ」

ブルーローズ「かわいいのにかっこいい……なんて言うんだろこういうの」

杏子「なんか照れるな……」

ロイズ「じゃ、そろそろテレビ局に連絡入れてくるわね」

杏子「やばい、緊張してきた」

ブルーローズ「分かるわ。アタシも初めてこのステージに立つとき、すっごく緊張したもの」

ワイルドタイガー「大丈夫だ、なんとかなるって」

バーナビー「このオジサンは本当に無責任なこと言いますね」

ワイルドタイガー「せっかく人が落ち着かせようとしてるのに、何だよそれ」

バーナビー「あなたの適当な発言は、まったくもってアテになりません」

ワイルドタイガー「んだとぉ!? ビルも知らないおバカさんにそんなこと言われたくねぇな!」

バーナビー「はぁ? あなた何を言っているんですか」

ワイルドタイガー「ちょいと前にあったインタビューで、俺に『あれは何ですか?』ってビルのこと指さして言ってただろ!」

バーナビー「あれは、どんな会社が所有しているビルなのかを聞いたんですよ。本気で言っているんですか、オジサン?」

バーナビー「もしそうだとしたら、ボケがものすごい勢いで進行しているんですよ。今すぐ脳の検査をおすすめします」

ワイルドタイガー「うっ、うるせえ! 誰だって間違いの一つや二つあるだろーが!」

バーナビー「一つや二つ? 百個や千個の間違いでしょう」

ワイルドタイガー「だーっ! 本当に可愛くねぇな、お前は!」

バーナビー「オジサンに可愛いなんて思われても、気持ち悪いだけです。やめて下さい」

杏子「いい歳した大人がマジで口喧嘩すんなよ……」

ブルーローズ「まったくね。いつもいつもよく飽きないわ、ホント」

杏子(まぁ、緊張はだいぶほぐれたけどさ)

ワイルドタイガー「お……杏子、そろそろ出番じゃないか?」

バーナビー「みたいですね」

ブルーローズ「頑張ってね」

杏子「お、おう」

マリオ「みなさん長らくお待たせいたしました! 本日現れた謎のヒーローの正体が、いよいよ明らかになります!」

マリオ「それではご本人に登場していただきましょう!」

ステージの中央をスポットライトが照らし出す。そこに居たのは、ワイルドタイガーのスーツを纏った杏子。
杏子は勢い良くスーツを脱ぎ捨てた。そして、そこには――

マリオ「な、なんということでしょう! ワイルドタイガーのスーツを着ていたのは、可愛いツインテールの女の子だぁ!」

杏子「アタシの名前はさく……ゴホンゴホン。クリムゾンランサーだ!」

杏子「この街の平和を乱す奴らの罪は、アタシとこの槍が貫くぜ!」

ステージの周りの至る所から湧き上がる歓声。

杏子(す、すげぇ歓声だ。耳がどうにかなりそうだぜ)

杏子(…………)

杏子(アタシはコイツらの期待に答えられるのかな?)

杏子「新人のクリムゾンランサーだ。よ、よろしく頼むぜ」

虎徹「緊張してんのか? らしくねぇな」

杏子「う、うるせぇ! ヒーローがこんな間近にいて緊張しねぇなんて無理だっての!」

カリーナ「そうよ。これだからデリカシーのない男は嫌なのよね」

虎徹「んだとぉ?」

キース「ケンカはやめたまえ、二人とも」

キース「君が新しいヒーローだね。私はスカイハイ。君を歓迎、そして歓迎!」

ネイサン「本当、可愛いわねぇアナタ。アタシはファイヤーエンブレム。女の悩みがあったら相談にのるわよぉ♪」

イワン「あなた男じゃ……あ、僕は折紙サイクロンです。よろしくお願いします」

アントニオ(牛角)「俺はロックバイソン。まぁ、よろしくな」

ホァン「ボクはドラゴンキッド、14歳です! キミも同い年ぐらいかな?」

杏子「アタシは15だ」

ホァン「やっぱり! うれしいなぁ、歳が近い子がヒーローだなんて」

カリーナ「アタシも近いと思うんだけど……」

ホァン「ブルーローズは何ていうか、ちょっと大人っぽいかなって」

カリーナ「え、そうかな?」

虎徹「うんうん。お前は大人っぽい」

カリーナ「タイガー……本当?」

虎徹「おう。だがな、子どもはもっと子どもらしくした方がいいと思うぞ」

カリーナ「!」

カリーナの手のひらがスナップを効かせ虎徹の頬を打つ。

虎徹「あだっ!」

カリーナ「アタシ帰る!」

虎徹「お、俺が何したっていうんだ」

ネイサン「ホント、鈍いわねぇ」

虎徹「まぁ夜も遅いし、俺たちも帰るか」

ネイサン「俺たち? やだ、誘ってるのぉ?」

虎徹「ちげーよ! 俺は今日からこいつとだな……」

虎徹(一緒に住むなんて言ったら犯罪者扱いされるんじゃね?)

キース「どうしたんだい、急に黙って」

虎徹「あ……いや、何でもねぇよ」

杏子「帰るならさっさと帰ろうぜ、今日は結構疲れたし。タイガーの家って遠いのか?」

ネイサン「タァイガー、どういうことかしら?」

虎徹「いや、これはあの、そのだな……」

ネイサン「こんな小さな子と一緒に住むだなんて、アンタロリコンだったの!?」

アントニオ「友恵さんや楓ちゃんが知ったら泣くぞ」

虎徹「バ、バカ!」

キース「トモエ? カエデ?」

虎徹「あー、なんでもない。なんでもないから」

杏子「アタシ、住むところないんだよ。んで会社で家を用意してくれるまでの間、タイガーの家に世話になるのさ」

ネイサン「なんだ。そういうことなのね」

虎徹「俺がこんな小さな子に何かするとでも思ってたのかよ」

バーナビー「否定できませんね」

虎徹「バニーまでひでぇな!」

バーナビー「ハハハ、すみません」

虎徹「ったく。んじゃクリムゾンランサー……なげぇ! クリームって呼んでもいいか?」

杏子「甘いものは嫌いじゃねーけど、ちょっと勘弁だな」

虎徹「そんじゃー、ランサーとか」

杏子「ん。それならいいぜ」

虎徹「おう。ランサー、帰るぞ」

キース「また会おう、そして会おう!」

杏子「あぁ。んじゃーなー」

虎徹「騒がしい連中だっただろ?」

杏子「あぁ。一番騒がしいのはタイガーだけどな」

虎徹「言うじゃねぇか。そういや俺の本名を名乗ってなかったな」

虎徹「俺の名前は鏑木・T・虎徹。鏑木さんでも虎徹さんでも好きに呼んでくれ」

杏子「長い名前だな……。んじゃ、虎徹って呼ぶかな」

虎徹「おい、目上の人に呼び捨てはないだろ」

杏子「好きに呼んでくれって言ったじゃん」

虎徹「そりゃ言ったけどよ、常識ってもんがあるだろ?」

杏子「家なしのアタシにはねーな、そんなもん」

虎徹「杏子……」

杏子「おいおい何一人でしんみりとしてんだよ。ジョークだって、ジョーク」

虎徹「たとえ冗談でもそんなこと言うんじゃねぇ」

杏子「え」

虎徹「分かったな」

杏子「あ、あぁ」

杏子「あのオーナーは本当バカだったなぁ」

虎徹「ん? 何の話だ」

杏子「宝石店のオーナーだよ。力もないくせに犯人たちに反抗したんだぜ」

杏子「力のない奴はそれだけで悪だね」

虎徹「力がない奴が悪い? 俺はそうは思わねぇ」

虎徹「力があるやつにも出来ないことはいくらでもあるだろ。誰も一人じゃ生きていけない。どこかで支えあって生きて行くんだ」

杏子「そうかぁ?」

虎徹「そうなの! そして力のない奴を守るのが、俺たちヒーローなんだ」

杏子「確かに、みんなが力を持ってたらこの仕事で飯食えねぇな。ありがてぇ話だぜ」

虎徹「なんでそうひねくれた解釈をするんだか……まぁいつか、お前にも分かる時が来るさ」

虎徹「ここの部屋を使ってくれ。ずーっと放置してたからちょいと汚いけど勘弁な」

杏子「いやいや、きれいだと思うよ。けど……ちょいと暑いな。下手したら外より暑いぜ」

虎徹「おっとすまん、窓開けてなかった。窓と入り口の扉開けておけば少しはマシになる」

杏子「りょーかい」

虎徹「俺は布団を持ってくる」

杏子「サンキュー」

杏子「窓開けて、入り口の扉開けて……これでよし」

虎徹「布団持ってきたぞ」

杏子「おぉ、もふもふしてんな!」

虎徹「ははは、気に入ったか?」

杏子「おう、すげーぜ。これならよく寝れそうだ」

虎徹「そっか。しっかり寝ろよ」

杏子「あぁ、おやすみ虎徹」

虎徹「おやすみ」

虎徹(なんか、親子って感じでいいな……って俺には楓が居るじゃねーか!)

杏子「さて、もう虎徹も寝たよな。魔女狩りに行きますか」

杏子「この街には少し前に来たけど、魔女がよく出るな……なんでだろ?」

杏子「まぁアタシにとっては都合がいい。トドメだ!」

杏子「ふぅ……グリーフシードいただき。だいぶストックができたな」

杏子「これならヒーローの時にある程度魔力消費しても何とかなるだろ」

杏子「ま、何かあってからじゃ遅いし、こまめに魔女を倒さないとな」

虎徹「起きてるか、杏子?」

杏子「おう、今起きたところだ」

虎徹「朝飯できてるから、早くこいよー」

杏子「メシ!? よっしゃぁ!」

虎徹「えらく喜んでるじゃねぇか」

杏子「誰かがアタシのために作ってくれた飯を食うなんて、久しぶりだからな」

虎徹「……そうか」

杏子「チャーハンか。うまそうじゃん」

虎徹「お、分かるか? たっぷり作っておいたからどんどん食えよ」

杏子「いただきます!」

虎徹「いただきます」

杏子「むっしゃむっしゃ、むっしゃむっしゃ」

虎徹「味はどうだ?」

杏子「超うめぇ! 虎徹って料理得意なんだな」

虎徹「まぁ、よく作ってるからな」

杏子「なるほどな」

虎徹「食った食った」

杏子「ごちそうさん」ビーッビーッ

杏子「緊急コール?」

虎徹「事件か、行くぞ!」

杏子「わ、分かった!」

ワイルドタイガー「アニエス、中学校が占拠されたって聞いたが……何があったんだ?」

アニエス『ネクストという理由でいじめにあっていた少年が、力を使ってしまったのよ』

アニエス『いじめていた少年たちを痛めつけ、その後に教室内の人間を人質にしてきたの』

クリムゾンランサー「それはいじめてた奴が悪いだろ。ざまぁねぇな」

アニエス『だからと言ってテロを起こしていいわけじゃないわ』

ワイルドタイガー「……要求は?」

アニエス『ネクストを差別するものは死刑にしろ、だそうよ。もちろんそんな条件は飲めるはずがない』

アニエス『彼は自分の能力をアピールするために、中学校の体育館を爆発させて木っ端微塵にしたわ』

ワイルドタイガー「そりゃまたとんでもない能力だな」

アニエス『彼は非常に精神が不安定な状態にあり、何をしでかすか分からないわ。速やかに解決しなさい』

ワイルドタイガー「分かった」

杏子「デビュー早々ぶっそうな事件とはな」

ワイルドタイガー「なに、そんなもんだヒーローってのは」

バーナビー「来ましたか。オジサンに、ランサーさん」

ワイルドタイガー「待たせたな。ランサーは俺の後ろに乗ってくれ」

杏子「アタシの年齢ってバイク乗ってもよかったっけ?」

ワイルドタイガー「まぁブルーローズも乗ってるし、たぶんいいだろ」

バーナビー「飛ばしますよ。しっかりつかまっててくださいね」

杏子「うぉわあああああああああっ!」

ブルーローズ「遅いわよ、三人とも」

ワイルドタイガー「すまねぇ。状況は?」

ブルーローズ「今折紙が蚊に擬態して潜入中よ」

杏子「折紙って見切れてばかりだと思ったけど、案外すげぇんだな」

バーナビー「潜入活動などにおいては折紙先輩の右にでるものはいませんね」

ロックバイソン「お、戻ってきたみたいだな」

ファイヤーエンブレム「教室内はどんな感じだったの?」

折紙サイクロン「教室の真ん中に生徒たちが集められていたのでござる」

折紙サイクロン「外から見ての通り犯人は窓際にいるでござるが、その付近には誰もいないでござる」

杏子「ぶっちゃけ、ハンドレッドパワーで猛スピードで突撃して犯人殴れば終わりじゃね?」

ワイルドタイガー「うむ、実にわかりやすい」

バーナビー「ちょっと待ってください。相手の能力の破壊力を忘れたんですか。大きな体育館が吹き飛んだんですよ」

ワイルドタイガー「大丈夫だ、相手が能力を発動する前に倒す」

杏子「そうそう」

バーナビー(何かオジサンが二人になった気がする……)

バーナビー「作戦を立てるべきです、何かあってからでは遅い」

ワイルドタイガー「何だバニー、俺の心配してんのか?」

バーナビー「違います、人質の心配です」

ブルーローズ「バーナビーの言うとおりよ。少し落ち着きなさい」

ワイルドタイガー「じゃあどうすりゃいいんだよ。あまり時間をかけるわけにはいかねぇ」

杏子「同じネクスト同士だし……説得とか」

ロックバイソン「なるほど、王道だな」

バーナビー「僕は苦手ですね、そういうの。オジサンに任せましょう」

ワイルドタイガー「おっしゃあ、任せろ!」

ワイルドタイガー「おい! こんなことはやめるんだ!」

「うるさい! あんたに何が分かる!」

ワイルドタイガー「俺も昔はネクストってことでいじめられたことがあるから、君の気持ちはよくわかる」

「でも今はヒーローとして周りにチヤホヤされてるじゃないか!」

ワイルドタイガー「君もいつか人の役に立てる日が絶対にくるさ。だから、もうこんなことはやめてくれ!」

「たとえ僕がそうなったとしても、ネクストすべてがそうなるなんて無理だ!」

「ネクストという理由で人を貶す奴は、絶対にいなくなったりしない!」

ワイルドタイガー「そ、それは……」

「アンタ達が出てきたってことは僕の条件を呑むつもりはないんだな! もういい、すべてぶち壊してやる!」

ワイルドタイガー「やめろ、はやまるな!」

杏子「市長は、お前の条件を呑むってよ!」

「え?」

ワイルドタイガー「な!?」

「そ、それは本当なのか?」

杏子「あのビルのモニター見てみろ」

市長「今まで我々が行って来たネクストへの扱いを見れば彼の言うことは一理あります」

市長「彼の要求を呑み、今後ネクストに対し差別的な言動ないし行動を取ったものは死刑に処する……」

「や、やった!」

杏子「な、本当だろ?」

「あ、あぁ」

杏子「だが、アンタがやったことは立派な犯罪だ。分かるな?」

「分かってる。連れていってくれ」

マリオ『クリムゾンランサー、なんと初の事件で大活躍! 生徒たちの生命を爆発から見事に守ってくれました!』

ブルーローズ「ランサーが犯人抱えて来たわ……」

ロックバイソン「ど、どういうことだ?」

バーナビー「まさか、多重能力者?」

杏子「こいつどうすりゃいいんだ?」

ワイルドタイガー「そこにいるパトカーに引き渡してくれ」

杏子「オッケー」

「よかった、爆発させずに済んで。教えてくれてありがとう」

「これからはネクストへの差別もない、素晴らしい世界になるだろうな。出所後が楽しみだ」

杏子「……あぁ。じゃあな」

ワイルドタイガー「今のどういうことだ?」

杏子「アタシの能力の一つ、とでも言えばいいのかな」

杏子「目と目を合わせることで、相手に幻を見せることができるのさ」

ワイルドタイガー「ゲェッ! 俺思いっきり目合わせちまったぞ!」

杏子「別に普段から使ってるわけじゃねーよ」

ファイヤーエンブレム「能力を二つも持ってるなんて、何者なの……」

スカイハイ「うむ、詳しく聞かせてもらえないだろうか」

ワイルドタイガー「やべ……悪い、今日ちょっと用があるから! んじゃな!」

ブルーローズ「ちょっと、待ちなさい!」

虎徹「ふぅ、危なかったな」

杏子「能力複数持ってるって、そんなに変なことなのか?」

虎徹「あぁ、少なくとも過去に例はないな」

杏子「うかつだったかなー、ごめん」

虎徹「謝ることないさ。杏子が居なかったらどうなってたか。ありがとうな」

杏子「お、おう」

虎徹「今日はつかれただろ。メシは俺が作るから少し休んでろ」

杏子「すまねぇ、頼むわ」


虎徹「なんと、またもやチャーハンだ! 実は俺これしか作れねーのよ」

杏子「大歓迎だぜ。うまかったしな」

虎徹「んじゃいただきますか。もっぐもっぐ……」ピロリロリン

虎徹「あ、ふぇんわ……楓か。もひもーひ」

楓『お父さん。あ、御飯食べてた? ごめんね』

虎徹「きにふることはねーふぉ。んぐんぐ……どうした?」

楓『んとね……ちょっとお父さんの声が聞きたくなって』

虎徹「そっかぁ、パパも楓の声が聞けてうれしいぞぉ」

楓『その喋り方やめてって言ってるでしょ』

杏子「もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ! んめー、おかわりだ!」

虎徹「バ、バカ……!」

楓『女の人の声? ちょっとお父さん、どういうことなの?』

虎徹「いや、これはそのな……あれだよ、あれ」

楓『浮気してたなんて最低! お母さんが天国で泣いてるよ! お父さんなんて大っ嫌い!』ガチャ

虎徹「ま、待ってくれ楓ぇええええええ!」

虎徹「はぁ……」

杏子「ごめん、あまりにもチャーハンがうまかったからつい」

虎徹「何とかして誤解を解かねぇとなぁ」

杏子「今のは娘さん? 単身赴任かい」

虎徹「単身赴任っていうか……昔はこっちに住んでたんだけど、今はカーチャンに預けてる」

虎徹「娘がいるなら嫁さんはどうした、とか思わないのか?」

杏子「思わないわけじゃねーけど、人のプライベートに深く干渉する趣味はないもんでね」

虎徹「俺の嫁さん……友恵はもうこの世に居ない。昔、病気で逝っちまった」

杏子「そう、か。アンタの人生もなかなか複雑だな」

虎徹「お前ほどじゃねーよ。さて、風呂入って寝るぞ」

杏子「え、一緒に!?」

虎徹「どうした、嫌か?」

杏子「この変態!」バキッ

虎徹「あいたっ!」

杏子「先に入ってくる。覗いたら殺す!」


虎徹「なぁ杏子。今日使った能力……幻を見せるだっけか。どんなものを見せたんだ?」

杏子「市長が犯人の要求を受け入れたっていう会見を、ビルのモニターに映すって感じのやつだな」

虎徹「ってことは犯人は今頃……」

杏子「嘘に気づいて暴れてるかもな。だが、ネクスト用の監獄なら能力は封印されるんだろ」

虎徹「お前、自分がやったことの重大さに気づいてないのか!」

杏子「いきなり大声出してどうしたんだよ」

虎徹「そんなことしたら、あいつはお前を恨むぞ」

杏子「それが?」

虎徹「人を恨んで生きていくってのはスッゲェ辛くて、悲しいことなんだぞ」

虎徹「もっと優しい幻を見せてやることはできなかったのかよ……」

杏子「なんでさ、アイツは犯罪人なんだぜ」

虎徹「犯罪人だろうと人間だ。それにアイツは言ってただろ。爆発させずに済んでよかったって」

虎徹「本当はアイツもこんなことしたくなかったんだろうよ。でも感情が収まらなくて、能力を……」

杏子「わけわかんねぇよ! 今日怪我させられたヤツ、全治一ヶ月の重症なんだぞ! それでも庇うのか!?」

虎徹「そ、それは……」

杏子「アンタの言ってることはメチャクチャだ!」

杏子「市民を守るって言うときもありゃ、犯罪人を庇う言動……」

虎徹「でももともとはネクストって理由でいじめる奴らがいるから……」

杏子「それだからって能力で対抗? そんなことしたら余計に差別がひどくなるだけだ」

杏子「……ってアンタも昔いろいろあったんだっけあ。熱くなってすまねぇ。もう寝るわ」

虎徹「いや、俺も悪かった。おやすみ……」

虎徹「おはよう」

杏子「お、おう」

虎徹「飯できてるぞ」

杏子「あぁ、いつもサンキュな。今度はアタシも何か作るよ」

虎徹「そりゃ楽しみだ」

虎徹「杏子」

杏子「ん?」

虎徹「昨日はケンカしちまったけど、これからもよろしく頼む」

杏子「いや、落ち着いて考えれば虎徹の言うことも間違いじゃないさ」

杏子「あの犯人、今度面会に言って謝らないとな。一緒に来てくれるか?」

虎徹「あぁ、もちろんだ。まぁ面会できるのはしばらく先だろうけど……」

数日後――

ロイズ「ここが、杏子の新しい住居よ。ステキでしょ」

杏子「一戸建てかよ……すげぇなおい」

虎徹「一階のほとんどは車を入れるスペースか」

ロイズ「今は必要ないけれど、いずれ車を買うと思ってね」

杏子「おじゃましまーす、ってこれはおかしいな。ただいま? なんか違和感あるぜ」

扉を開けると靴を置く場所があり、その先のスペースの少し奥にはトイレ。
右側には階段があり、左側は4畳ほどの洋室がある。

虎徹「へぇ、一階に部屋もあるのか」

ロイズ「便利よねー。さ、二階行くわよ」

杏子「おう」

杏子「すごかったな……二階には3つも部屋があるなんてさ」

虎徹「キッチンも広くて使いやすそうだし、3階はでけぇ部屋があるし、4階は屋上だもんな。正直うらやましいぜ」

杏子「ほとんどの部屋にエアコンあるしな……贅沢すぎる」

ロイズ「ウフフ、気に入ってもらえて何よりだわ。じゃあね」

虎徹「んじゃ、俺も行くわ。短い間だが杏子と一緒に暮らしてて、楽しかったぞ」

杏子「アタシもだ。ありがとうな虎徹」

杏子「行っちまった……さて、エアコンつけてみるか」

杏子「虎徹の家はエアコン一つしかないし、それブッ壊れてるしで汗だくだったからな。扇風機すらないし!」

杏子がエアコンのスイッチをONにすると、壁に張り付く機械が音を立て、それから冷たさを帯びた風が吹いてくる

杏子「うひょおおおおおおおお! 涼しい、涼しすぎるぞ! 何これ、やべぇ!」

杏子「すげぇ、エアコンってすげぇよ……」

杏子「待てよ、確かエアコンって電気代が超ヤバイって聞いたことがある」

杏子「ウン十万とか取られたら困る。今月はこれでエアコンやめとこう」

杏子「ロイズさんが扇風機もおいてくれたみたいだし、こいつにしよう」

杏子「家具一式用意してセットしてくれるなんていい人だぜ……」

杏子が扇風機のスイッチを押すと、冷たさこそないが、心地よい風が吹いてくる。

杏子「扇風機もいいもんだな……エアコンほどじゃねぇけど」

杏子「キッチンもすげぇな。ガスコンロが4つもあるぜ……しかも業務用の高火力だってよ、でも使いこなせねぇなぁ」

杏子「冷蔵庫もでかいし、なんか食いもんがすでに入ってるし。調理器具もバッチリ!」

杏子「まともな料理作るなんて久しぶりだな。ちょっと不安だが、レシピ本もいくつかあるし何とかなるだろ」

杏子「ふんふふーん♪」ザクリ

杏子「イテッ! 指切っちまった……」

杏子「まぁこれぐらいの傷ならすぐに治るか、人間じゃねぇし」

さるった


杏子「食った食った。アタシって料理の天才だな」

杏子「お風呂もスイッチおすだけで自動で沸くなんてすげぇ時代だな……入るか」

杏子「髪洗って、身体洗って……お風呂にざぶーん」

杏子「お、何かボタンがあるぞ。なになに……じゃぐじー? なんだそれ、とりあえず押してみるか」

杏子「あぁんっ! な、なんだこれ! いい、すげぇいい……! んっ!」

杏子「ジャグジーすごかった……今どきの家ってのはあんなものまでついてんのか。子供が使ったらヤバいな」

杏子「あとは寝るだけか。確かこの部屋にベッドがあったはず……」

杏子「さっきはちらっと見ただけだから触ってないんだよね。どんな感触だろ……うぉおおお!」

杏子「もふもふもふもふ! やべぇな… …虎徹の布団ももふもふだったけど、それをはるかに上回るもふもふだぜ!」

杏子「これは寝心地やばいな……天国だぜ」

杏子「おやすみ虎徹!」

杏子「って何を言ってんだアタシは。もうアイツはいないじゃん……」

数日後――

杏子「広くて快適な家」

杏子「エアコンもウン十万は取られないみたいだから使い放題ですげぇ涼しい」

杏子「ついでに扇風機を使うともっと涼しくなる」

杏子「食材はたんまりある」

杏子「キッチンの設備も十二分すぎる」

杏子「風呂は勝手に湧く上にジャグジーがきもちいい」

杏子「不満なんて……ないはずなんだけどな」

杏子「おかしいな、なんでだろう」

杏子「なんか、つまんねぇ」

バーナビー「おはようございます、杏子さん」

虎徹「おう、杏子。今日は何かインタビューがあるらしいぞ」

バーナビー「あるらしいぞって……数日前から言われてたでしょう、まったく」

虎徹「そうだったか? 悪い悪い」

虎徹「ん、どうした杏子。さっきからだんまりだな」

バーナビー「オジサンのアホさ加減に嫌気が差したんじゃないんですか?」

虎徹「んだとぉ!」

バーナビー「……杏子さん?」

杏子「あ、悪い。少しぼーっとしてた」

バーナビー「そうですか。何かあったら僕も相談に乗りますよ」

虎徹「バニー、今朝変なものでも喰ったのか?」

バーナビー「失礼な人ですね、ホント」

虎徹「本当に大丈夫か杏子。体調悪いなら……」

杏子「大丈 夫だよ。仕事すっぽかすわけにはいかねぇ」

バーナビー「無理しないでくださいね」

インタビュアー「ふんふん、なるほど……」

インタビュアー「そういえばクリムゾンランサーさんは大きな家に住んでるとか?」

杏子「!」

ワイルドタイガー「そうなんですよ、こいつん家本当でっかくて! しかも設備もすげぇ!」

ワイルドタイガー「俺の家とは大違いですよ」

杏子「虎徹の家の方がいい」ボソッ

インタビュアー「クリムゾンランサーさん、何かおっしゃいましたか?」

杏子「ん? あぁ何でもねぇよ。家か、でかすぎて持て余してるぜ」

バーナビー「仕事も終わりましたし、お先に失礼しますね」

杏子「おつかれさん」

虎徹「おう、お疲れ」

杏子「なぁ虎徹」

虎徹「ん?」

杏子「今日虎徹の家に行ってもいいか?」

虎徹「構わねぇけど……まだエアコン直ってないぞ?」

杏子「別にいいよ」

杏子「ただいま」

虎徹「おかえり……って何か変だな」

杏子「そーだな、ははっ」

虎徹「飯はもちろんチャーハンだ。朝作りだめしておいて冷蔵庫に保存しておいた」

杏子「レンジでチーンか」

虎徹「おう。杏子はどんなもん食ってるんだ?」

杏子「昨日の晩飯はビーフストロガノフ、だっけか。そんな感じの奴」

虎徹「えらく豪華じゃねーか。外に食べに行ったのか?」

杏子「いや、自分で作った」

虎徹「スッゲェ難しそうなものをよく作ったな」

杏子「いや、意外と簡単だったぜ。レシピ見ながらやれば誰でも作れる」

虎徹「へぇ、俺も今度やってみるかな」

杏子「嘘くせ0。虎徹はチャーハン以外作らなさそうだ」

虎徹「ばれたか」


杏子「ごちそうさん。やっぱ虎徹のチャーハンはうまいねぇ」

虎徹「そりゃどーも。で、どうしたんだ? チャーハン食いにきただけでもないだろ」

杏子「まぁ、な」

杏子「…………」

杏子「あのさ……アタシ、またここに住んじゃ駄目かな」

虎徹「はい!?」

杏子「や、やっぱ迷惑だよな……忘れてくれ」

虎徹「誰も迷惑なんて言ってないだろ。ちょっと、驚いただけだ」

虎徹「あの家はすげぇ快適そうだったのに……何か不満なところがあったのか?」

杏子「そうじゃねぇ、かなり居心地よかったよ」

虎徹「じゃあなんでまた」

杏子「笑うなよ?」

虎徹「お、おう」

杏子「ひ、一人で暮らすのはさ、その……ちょっとつまんねぇっていうか、アレだアレ」

杏子「今までは一人で生きてきたから平気だったけど、いつの間にか虎徹と暮らすのが当たり前になっててさ……」

虎徹「…………」

杏子「起きても話す相手がいねぇ。ご飯を作ってくれる人もいねぇ、自分が作っても食べるのは自分だけ」

杏子「帰ってきても、おかえりって言ってくれる人はいねぇ。寝るときにおやすみっていう相手もいねぇ」

杏子「ひとりは寂しい、ひとりは嫌だ」

虎徹「なんだ、俺と同じじゃないか」

杏子「え?」

虎徹「俺も友恵が逝ってから長い間一人で生きてきてよ、それが当たり前だった」

虎徹「でもいつの間にか杏子と暮らすようになって、それが楽しくてさ」

虎徹「それが失われてちょいと途方にくれてたのさ」

杏子「虎徹……」

虎徹「ってーわけで今からここはお前の家だ」

杏子「お、おう!」


虎徹「でもあの家どーすんだ? せっかくロイズさんが用意してくれたのに」

杏子「ま、一応取っておこうかな。いつこの家が燃えるかもわかんねーし」

虎徹「ひどっ!」

杏子「もしみんなで集まったりすることになったら、便利だろ。メチャクチャ広いからな」

虎徹「なるほど、そりゃ確かに」

杏子「まだ食材が大量にあるから、持ってこれるだけ持ってくるか」

杏子「あと扇風機とか、他にも…」

虎徹「おいおいどんだけあるんだよ。そんなに持ってこれるのか?」

杏子「大丈夫大丈夫。こっちには無敵のハンドレッドパワーを持った男がいるからな」

虎徹「荷物持ちかよ!?」

数日後――

ルナティック「君たちの語る正義は実に弱く、脆い」

ルナティック「救うことも裁くことも出来ない哀れなヒーロー達よ、まだ己の愚かさに気づかないというのか」

ルナティック「そんな諸君らに本当の正義を教えてあげようじゃないか」

ルナティック「人を殺した者は、その命を持って償わせる」

ルナティック「私の名はルナティック。私は私の正義で動く」

バーナビー「オジサン、しっかりしてください!」

ワイルドタイガー「だ、大丈夫だバニー」

杏子「畜生、バケモンかよコイツ……」


数日後――

バーナビー「オジサン、しっかりしてください!」

ワイルドタイガー「だ、大丈夫だバニー」

杏子「畜生、バケモンかよコイツ……」


ルナティック「君たちの語る正義は実に弱く、脆い」

ルナティック「救うことも裁くことも出来ない哀れなヒーロー達よ、まだ己の愚かさに気づかないというのか」

ルナティック「そんな諸君らに本当の正義を教えてあげようじゃないか」

ルナティック「人を殺した者は、その命を持って償わせる」

ルナティック「私の名はルナティック。私は私の正義で動く」

杏子(人殺し、か)

虎徹「どうした杏子。アイツが言ったこと気にしてんのか?」

虎徹「別にお前は人を殺してなんていないだろ、気にすんな」

杏子「あ、あのさアタシ、実は家族を……」ピロリロリン

虎徹「電話? 楓か。もしもーし」

楓『今お父さんの家に向かってるから、逃げないでね!』

虎徹「えぇ! そりゃどういう……」

楓『じゃ!』ガチャ ツーツー

虎徹「おい楓……あ、切れた。すまん杏子、何だった?」

杏子「あ、いや、なんでもない。それよりそっちこそ何かあったんじゃないの?」

虎徹「あぁ、いきなり楓がこっち来るって言い出してよ……参ったなぁ」

杏子「いや、むしろ誤解を解くチャンスだろ。実際にアタシを見れば浮気相手なんておもわないさ」

虎徹「なるほど!」

虎徹がそんなことを言ってる間に、家の扉の鍵が開けられた。そして扉を開け、居間に向かって足音が迫る。

虎徹「え?」

楓「ただいま」

杏子「早ッ!」

虎徹「か、楓ぇえええ! 久しぶりぃいいいいい! パパ楓に会えなくて寂しかったよぉおおおお!」

楓「うっとうしいからやめてってば……ってちょっと、こんな小さな子に手を出したの!? 最ッ低!」

虎徹「違う、違うって! パパの話を聞いてくれよ楓ぇ」

楓「お父さんなんて、お父さんなんて……」 グーキュルルルッ

虎徹「ぷっ」

杏子「ぷぷっ、腹減ってんのか」

楓「う、うるさいわね!」

杏子「アタシたちもちょうど飯にしようと思ったんだ、食おうぜ」

楓「なるほどねー。お父さんの同僚の娘さんなんだ」

杏子「そーゆーこと。うちの親父は仕事がメチャクチャ忙しくてさ、たまに虎徹の家に世話になってんのよ」

虎徹(こんなにスラスラと嘘を作れるなんてすげぇな)

虎徹「とにかく、楓の誤解が解けてよかったよ」

楓「ごめんね、早とちりしちゃって」

虎徹「謝らなくていいさ。むしろ謝るのはパパの方だよ。なかなか帰ってやれなくてごめんな」

そう言いつつ楓の頭に手のひらをあて、わしゃわしゃと撫でる虎徹。

楓「もうお父さん、力強すぎ! 髪型崩れちゃったじゃない」

虎徹「おっと、ごめんごめん。頭なでるのなんて久しぶりでさ」

楓「まったく……次はちゃんとなでてよね」

杏子「…………」

杏子「虎徹、アタシちょっと出かけてくるわ」

虎徹「ん? 分かった」

杏子「ごゆっくり……ってそっちの家なんだからアタシが言うのも変だな」

杏子(久々に会ったんだ。親子水入らずでのんびりしてくれよ)

杏子(ルナティックは言った。人殺しは悪、その命を持ってしか償えない……と)

杏子(アタシは今まで何人の命を奪ってきたんだろう)

杏子(親父に妹。そしてグリーフシードを回収するために、アタシが見逃した使い魔に殺された人たち)

杏子(直接アタシが手を下したわけじゃないけど、みんなアタシが殺したようなもんだ)

杏子(そんなアタシがヒーローなんてやってて、本当にいいのかな?)

バーナビー「くっ、能力が切れた! 後は頼みます!」

ルナティック「隙だらけだな!」

バーナビー「早い!? 能力が切れた今、攻撃を食らったらまずい……」

ルナティック「しばらくの間、ご退場願おうか! フン!」

バーナビーに炎が宿ったボウガンが放たれる。能力が切れた彼には防御も回避も無意味。

バーナビー「うわああああああ!」

ワイルドタイガー「させるか!」

間一髪でバーナビーと矢の間に割り込むワイルドタイガー。
しかし矢にはかなりの炎が込められており、かなりのダメージを受けてしまった。

ワイルドタイガー「クッ、大丈夫かバニー?」

バーナビー「オ、オジサン……」

ワイルドタイガー「だーっ、痛みがちょっとシャレにならねぇ……ぐぁっ!」

杏子「二人とも下がってろ!」

ルナティック「フン! 脆い、脆すぎるぞヒーローよ」

ルナティック「そんな脆いものが主張する正義よりも、私の正義こそが正しいと証明できそうだな」

ルナティック「そう……人殺しは生きていてはならないという正義こそが正しい、とな!」

杏子「クソッ、黙れ!」

ルナティックの人殺しという言葉に反応したのか、やけくそに槍を振り回す杏子。
そんな攻撃にルナティックが当たるはずもなく、余裕でかわして行く。

ルナティック「動きに迷いがあるようだな……まさか貴様、ヒーローのくせに人を殺したことがあるのか?」

杏子「なっ!?」

ルナティック「わかりやすい反応をありがとう。ヒーローには失望したよ」

杏子「ア、アタシは……」

ルナティック「何も言わなくていい。後でじっくりと調べれば全て分かる」

ルナティック「ヒーローが人殺しだと知ったら、シュテルンビルトの市民はどう思うだろうな!」

杏子「アタシは……」

ルナティック「おや、動きがずいぶんと鈍くなってきたな。そんなことで私には勝てん……タナトスの声を聞け!」

ルナティックが杏子目掛けて、炎を纏ったボウガンの矢を連射する。

ワイルドタイガー「杏子、避けろ!」

杏子「くっ!」

杏子は槍を風車のように回転させて何とか矢を弾く。
そしてその槍を蛇腹状に変化させ、変幻自在の機動によりルナティックの身体を狙う。

ルナティック「チッ、動きが読めん。厄介な武器だな」

地上にいては捕らえられる可能性があると判断したルナティックは、炎を噴射して空中に退避。

ルナティック「だが、ここまでは届くまい」

その時、ルナティックの背後からワイルドタイガーが突っ込んできた。
腰をひねりつつ猛スピードで接近し、ルナティックにぶつかる瞬間に腰のひねりを利用し拳を叩きつける。

ルナティック「ガハッ!」

ルナティック「クッ! その怪我でここまで動くとはな。ここは退くが……楽しみにしているがいい、クリムゾンランサー!」

ワイルドタイガー「くっそ、逃げやがったか……」

ワイルドタイガー「ランサー、さっきルナティックと何を話してたんだ?」

杏子「別に、なんでもねぇよ」

ワイルドタイガー「本当かぁ? 怪しいな」

杏子「……本当さ」

ワイルドタイガー「そ、そうか。ならいいんだけどよ」

ワイルドタイガー(いつもなら、しつこく聞くと怒るんだけどな……)

虎徹「相談? 構わねぇぞ」

杏子「サンキュ。恩に着るぜ」

虎徹「それで、何の相談だ?」

杏子「詳しくは言えないんだけどよ……」

杏子「自分が手を下したわけじゃないけど、自分が何らかの形で犯罪に関与しちまったとしたら……どうなんだろうなって」

虎徹「自分がやったわけじゃないけど、自分のせいで犯罪が行われた場合……か」

虎徹「自分が誰かに命令なり依頼なりをして犯罪を起こさせた、わけじゃないよな?」

杏子「あぁ、違う。自分がよかれと思ってやったことが、巡り巡って家族を殺しちまった」

虎徹「家族を、殺した……?」

杏子「今まで黙ってて悪かった。どうしても、言えなかったんだ」

虎徹「……それでルナティックの言葉に反応したわけか」

杏子「あぁ。この際だ、すべて話すよ。アタシの正体とかもな」

虎徹「魔法少女……なるほどな」

杏子「アタシが殺したのは家族だけじゃねぇ」

杏子「魔法少女の命と戦う力を兼ねたグリーフシードを集めるために、大勢の人を見殺しにしてきた」

虎徹「グリーフシードがなきゃお前が死んでたんだろ?」

杏子「そうだけどよ……だからといってそれは人を見捨てていい理由にはならねぇさ」

杏子「アタシは人殺しだよ。アタシがすべて悪いんだ」

虎徹「違う! キュゥべえとかいう奴が悪いんだよ。事情もロクに話さずに、ガキに命を賭けて戦わせるなんてことしやがって……」

杏子「キュゥべえの誘いに乗っちまったアタシがバカなのさ」

虎徹「ガキなんてのは大人から見たらバカだ。別に杏子に限った話じゃないだろ」

虎徹「ていうか大人もバカだな、特に俺とか!」

杏子「こんな時にも冗談言って笑わせようとするなんて……アンタは優しい人だね。バカなんかじゃないよ」

虎徹「杏子……」

杏子「他人の幸せを願うなんて、余計なお世話だったんだよ」

虎徹「お前は悪くないって。俺がもしその父親だったら絶対に嬉しいぞ」

杏子「でも真実を知ったら自殺しちまった、妹も巻き込んでな」

杏子「そんで全ての原因であるアタシだけ生き残っちまった」

杏子「ごめん、もう寝るわ。すまねぇな、変な話聞かせちまって」

虎徹「待て、杏子! まだ話は……」

次の日――

虎徹「杏子のやつ遅ぇな。おーい、杏子。杏子!」

虎徹「調子でも悪いのか? 入るぞ」

虎徹「……いない、どういうことだ!?」

虎徹「とりあえず電話だ」ピポパ

「おかけになった電話番号は……」

虎徹「だーっ! つながんねぇ!」

虎徹「ん? 机の上に紙が……」

こてつへ


何も言わずに消えてすまねぇ。
もうアタシにはヒーローできない そんなしかくはない
だからもうこてつの家にいるわけにもいかねぇんだ


こてつと過ごせて楽しかった 

ありがとう
ごめん


                      杏子

虎徹「アイツ、何考えてやがる……!」ピポパ

虎徹「バニー、バニー!」

バーナビー『どうしたんですか、こんな朝早く』

虎徹「杏子がいなくなった。もうヒーローはできないって書き置きを残して」

バーナビー『は? また前みたいなドッキリですか』

虎徹「違うって、本当なんだよ! 信じてくれ!」

虎徹「こうして話してる時間も惜しいんだ! すぐに他のやつに連絡を入れないと!」

バーナビー『……分かりましたよ。僕は会社の方に連絡をしておきます』

虎徹「すまん、頼んだぞ!」


キース「いったい彼女に何があったんだ。分からない、私には分からない!」

アントニオ「電話もつながらないし、会社からの緊急コールにもで応じない」

ネイサン「若い女のコが一人で……危ないんじゃない?」

イワン「どうしましょう……」

ホァン「実家の方に連絡はしたの?」

キース「そうか、その手があるじゃないか!」

バーナビー「…………」

カリーナ「…………」

虎徹「アイツ、家ないんだ。小さい頃にいろいろあってな」

キース「いろいろ、とは?」

虎徹「言えないからいろいろって言ってんだよ」

キース「す、すまない」

カリーナ「タイガー、アンタが彼女に一番近いのよ。何か心当たりはない?」

虎徹「うーん……」

虎徹「そういえば、ルナティックに会ってから少し様子がおかしいような」

バーナビー「昨日の戦闘後も少し変な感じでしたね」

アントニオ「次に奴が現れたときに問いただしてみるか?」

虎徹「いつ現れるか分からねぇ奴を、悠長に待ってられるか!」

カリーナ「じゃあどうするのよ」

ビーッビーッ

全員「緊急コール!?」

アニエス『シュテルンビルトから外部につながる道路が、爆破テロによってすべて破壊されたわ!』

アニエス『おまけにその場所には大量のパワードスーツが占領している』

アニエス『ヒーローたちは手分けして、パワードスーツの破壊に当たりなさい!』

キース「なんだと!?」

アントニオ「かなりヤバいじゃねぇか!」

ホァン「一体誰がこんなことを?」

ネイサン「誰だろうと許さねぇ。ひさびさにキレちまったよ……」

バーナビー「ランサーさんのことも心配ですが、今はパワードスーツをなんとかしないと。行きますよ、オジサン!」

虎徹「くっ……分かった」

アニエス「パワードスーツの数が多くてかなり苦戦してるみたいね……」

突如、アニエスの前にある巨大なモニターが砂嵐を映す。

メアリー「な、何が?」

アニエス「一体どうしたっていうのよ! これ街中に映ってるのよ!」

ケイン「わ、分かりません!」

クリーム『ごきげんよう、シュテルンビルトの皆様。我々はウロボロス』

クリーム『この街の重要な柱に強力な爆弾を仕掛けさせていただきました』

クリーム『それがドカン、と爆発すればこの街はおしまいですわ』

クリーム『我々の要求はただ一つ。この街の牢獄にいる同士、ジェイク・マルチネスの解放です』

市長「そんな要求が呑めるか、奴は懲役250年の極悪人だぞ!」

マーベリック「しかしこのままでは市民の命が……責任はすべて私が取ります」

マーベリック「市長、ご決断を」

市長「…………」

市長「ジェイクを、解放しろ!」

マーベリック「賢明な判断ですな」

ジェイク「俺を釈放するのか? お偉いさんはいったい何を考えているんだかね……」

ジェイク「ん? お前、いい目をしてるじゃねぇか。どうだ、俺と一緒に来るか?」

看守「おい貴様何を勝手に……」

ジェイク「うるせぇ! ゴチャゴチャ抜かすとブチ殺すぞ!」

看守「ひ、ひぃっ!」

ジェイク「こんな牢屋、能力があれば紙みたいなもんよ。ほいっとな」

ジェイク「んじゃ、行くとしようか」

クリーム「ジェイク様、お待ちしておりましたわ」

ジェイク「クリーム、久しぶりじゃねぇか! お前、なにか面白いことやらかしたのかぁ?」

クリーム「えぇ。とってもとっても、面白いことですわ」

クリーム「あら、このお方はどちら様ですの?」

ジェイク「コイツか? ちょっと面白そうなやつだから、脱獄してもらったぜ」

クリーム「あらあら、ジェイク様ったら悪いお人ですわね」

ジェイク「だろー?」

ジェイク「市民すべてを人質……そいつはエキサイティングだなぁ! さっすがクリーム。俺のことよーく分かってる」

クリーム「フフ、褒めても出るのは味噌スープだけですわよ」

ジェイク「かぁーっ、うまい! クリームの味噌スープは最高だぜ、世界一だ!」

クリーム「あらやだ、ジェイク様ったら」

ジェイク「お前も呑むか? ほれ、遠慮すんな」

ジェイク「どうだ、うまいだろ? なはは!」

ジェイク「さて、せっかくのショウだ。もっと盛り上げてやらねぇとな! クリーム、市長に回線をつなげろ!」

クリーム「かしこまりましたわ」

市長「な、なぜパワードスーツを下げないんだ! 要求は呑んだだろう!」

ジェイク「悪いなオッサン、おっと失礼市長サンだったか」

ジェイク「クリームがそんな約束をしたかもしれねぇが、俺にはさーっぱり分かんねぇんだな、これが」

市長「ジェイク、貴様!」

ジェイク「まぁそう焦りなさんなって。今から俺が言う条件を守れば、本当に市民を開放してやる」

ジェイク「その条件ってのは、俺とヒーローを一対一で戦わせろってだけだ」

ジェイク「ヒーローの内誰か一人でも俺に勝てば、市民を開放してやるぞ」

市長「そんなことが信じられるか!」

マーベリック「すまない、3分だけ待ってもらえないか?」

ジェイク「3分? ま、それぐらいならいいぜ。のんびり味噌スープ飲んでらぁ」

マーベリック「ありがとう」

市長「どうしたのだねマーベリック君」

マーベリック「クリームの能力が判明致しました。彼女は特殊な電波によってパワードスーツを操っている」

マーベリック「パワードスーツさえ無効にできれば、爆弾処理班によって爆弾を無力化出来ます」

マーベリック「ここは奴の条件を呑み、電波を無効にするための時間を稼ぐべきです」

市長「でかしたマーベリック君! しかし、どうやってクリームの能力を?」

マーベリック「私にもいろいろコネがありましてね」

市長「コネ?」

マーベリック「えぇ、優秀な情報屋がいましてね……ふふふ」

ジェイク「3分経ったぞ、返事を聞かせてもらおうじゃねぇか」

市長「君の条件を呑む」

ジェイク「話が分かるゥ! んじゃさっそく始めますか。クリーム、実況よろしく」

クリーム「かしこまりましたわ、お任せ下さいませ」

ジェイク「さて、ヒーローと戦うのはレジェンドのオッサン以来か……楽しませてくれよぉ?」

クリーム『さぁて始まりました。シュテルンビルト全市民の命をかけたジェイク様VSヒーローの戦い!」

クリーム『実況は私クリームが努めさせて頂きますわ。なお、戦うヒーローはクジによって決めさせて頂きます』

クリーム『さて気になる一人目のヒーローは……なんと、スカイハイ! キングオブヒーロー、スカイハイです!』

クリーム『これはジェイク様、早くもピーンチ?』

スカイハイ「凶悪犯罪人ジェイク・マルチネス! 貴様の悪事もここまでだ! そしてここま」

ジェイク「御託はいいからとっととかかってこい」

スカイハイ「むっ……いいだろう。本日の私は怒りが有頂天、風速最大、暴風警報!」

スカイハイ「スカァアアアアアアアアイ、ハァアアアアアアアアアアアアアアアアイッ!」

スカイハイは空気を圧縮した弾丸を、ジェイクに向かって豪雨のように飛ばしていく。
十発、二十発、三十発……百発ほど投げた頃に、さらに力を込め巨大な弾丸を作り出して放つ。
ジェイクが立っている場所一帯に巨大なクレーターができていたことからも、その破壊力が凄まじいことが伺える。

ジェイク「うぎゃああああああああああっ!」

スカイハイ「やったか?」

ジェイク「やってないんだな、コレが。負けフラグたてちゃ駄目だぜー?」

ジェイク「ま、悪くねぇ攻撃だがな」

スカイハイ「そんな、無傷!?」

ジェイク「これが今のキングオブヒーローか……ちょっと残念だぜ」

ジェイク「オラァ!」

スカイハイ「ぐあああああああああああああっ!」

クリーム『おーっと、ジェイク様の攻撃によりスカイハイダウン! ジェイク様の勝利です!』

クリーム『闘技場の壁を粉々にするほどの勢いで叩きつけられたスカイハイ……大丈夫なのでしょうか』

クリーム『次の対戦相手に参りましょう。次は……西海岸の猛牛戦車、ロックバイソン!』

クリーム『私、こんな異名は聞いたことありませんわ。ザコでしょうか?』

ロックバイソン「この俺を知らないとはな。なら、今日はその強さを見せてやるよ!」

ロックバイソン「ジェイク、覚悟しろ! ぬおおおおおおおおおっ!」

ジェイク「突撃? アホか」

ジェイク「バカ、な……こんな牛に、この俺が?」

ロックバイソン「残念だったなジェイク。牛を舐めるなよ?」

ロックバイソン(これは、スポンサーアピールするチャンスだな! 最近活躍できなかったから、ここで決める!)

ロックバイソン「牛肉といえば牛角! みんなで行こう、牛角へ!」

ロックバイソン「牛角はジェイクを倒したヒーロー、ロックバイソンのスポンサーなのさ! つまり真のヒーローともいえる!」

ジェイク「牛角、それが強さの秘訣か……」

ロックバイソン「ぎゅう、かく……」

ジェイク「何言ってんだ、コイツ。気味悪いぜ」

クリーム『さて気を取りなおして次いってみましょう!」

クリーム『あ、駄目ですよジェイク様。同時に3枚も引いちゃ』

ジェイク「だってヒーローが弱すぎるんだもん。おっ、こりゃ面白ぇな」

クリーム『な、なんということでしょう! 引いたのはワイルドタイガー、バーナビー・ブルックスJr、クリムゾンランサーの3枚です!』

ジェイク「んじゃー、まずはワイルドタイガー君、次にバーナビー、最後にクリムゾンランサーと行くか」

ジェイク「お前がワイルドタイガーか。正義の壊し屋だっけか? 壊し屋ってどっちかっていうと俺たちに近いんじゃね?」

ワイルドタイガー「うるせぇ、余計なお世話だ!」

ジェイク「さて、少しは楽しませてくれよ? 退屈すぎてしょうがねぇんだよ」

ワイルドタイガー「俺にはやらなきゃいけないことがある! お前なんかと遊んでられるか!」

ジェイク「おいおい、楽しまなきゃ損だぜ? 俺と戦うなんて機会滅多にねぇんだからよ」

ワイルドタイガー「ワイルドに吠えるぜ! おおおおおおおおおおおおっ!」

ジェイク「速ぇ! ちったぁ骨がありそうだな!」

ジェイク「スピードはあるが、移動の軌道が単調すぎる。そんなんじゃ俺の身体に指一本触れられねぇぜ?」

ワイルドタイガー「なんでだ、なんで当たらねぇ!」

ワイルドタイガー(こんな奴とっとと倒して、杏子を探しにいかないといけねぇってのによ!)

ジェイク「どぉした、ワイルドタイガー。威勢がいいのは最初だけかぁ?」

ワイルドタイガー「ぐっ、まだだ!」

ジェイク「言うねぇ。けどお前さんにはもう飽きた。能力も切れてるしな。終わりにしようや」

ワイルドタイガー「はぁああああああああっ!」

ワイルドタイガーはジェイクに向かって走る。だがそのスピードは通常の人間よりやや早い程度だった。

ジェイク「あくびがでてくるぜ、ノロマ」

ジェイクの間近まで来た瞬間、なんとワイルドタイガーは足をつまづいてしまう。

ジェイク「バカかおま……なっ!?」

つまづいたことにより空中で一回転するワイルドタイガー。
そしてその勢いで右足のかかとがジェイクの頭に直撃。

ジェイク「いってぇえええ!」

ジェイク「何ヒトの頭にしょっぼいケリかましてくれてんだよ虎徹ッ!」

ジェイク「杏子って女もボコボコにしてやろうか? あァ!?」

間抜けな攻撃を食らってしまったことにより、怒りが止まらないジェイク。
大型のバリアをワイルドタイガー目掛けて放つ。その威力は凄まじく、ワイルドタイガーは壁に打ち付けられてしまった。

ジェイク「オラ、オラオラオラオラオラオラァ!」

壁に打ち付けられて無防備なワイルドタイガーに、ジェイクは容赦なく小型のバリアの弾丸を浴びせる。
バリアの一つがスーツの頭部を打ち砕き、そこから露出した皮膚から大量の血が流れている。

ワイルドタイガー「ぐわああああああっ!」

この戦いはウロボロスの脅しによって、ヒーローTVとしてシュテルンビルト中に生放送されている。
民衆は何度もヒーローの敗北を見せつけられ、打ちひしがれていた。

杏子「虎徹……あんなにボロボロになっちまって」

「ん? アンタ、虎徹の知り合いかい」

杏子「え?」

ベン「俺はベン。今はタクシーの運ちゃんだが、昔は虎徹の上司だったのさ」

ベン「アイツ、昔は青いスーツだったの知ってるか?」

杏子「あ、あぁ……虎徹は宝物だって言ってたな、あれ」

ベン「今でも持ってるのか?」

杏子「おう。大事にしまってあるぜ」

ベン「そうか、そりゃよかった」

杏子「あのスーツを着ていた時の上司ってことかい?」

ベン「そうだ。今はロートルだとか言われてるが、俺はアイツが最高のヒーローだと思ってる」

ベン「もの壊しまくるのは勘弁だけどな」

杏子「ははっ、違いないね」

ベン「今もこうして、市民のために命をかけて戦っている」

ベン「俺にも何かできればいいんだが、俺はジェイクなんかと戦う力はない」

ベン「できるのはせいぜい、ヒーローを応援することぐらいのもんだ」

杏子「ベンさん……」

「力がない奴が悪い? 俺はそうは思わねぇ」

「力があるやつにも出来ないことはいくらでもあるだろ。誰も一人じゃ生きていけない。どこかで支えあって生きて行くんだ」

杏子「アタシは」

「そして力のない奴を守るのが、俺たちヒーローなんだ」

「まぁいつか、お前にも分かる時が来るさ」

杏子「アタシは……!」

杏子「サンキューな、ベンさん!」

ベン「いい顔になったじゃねぇか」

杏子「おう! 行ってくらぁ!」

ベン「…………」

ベン「あれがクリムゾンランサー、か」

ベン「虎徹が言ってたとおり、いい子だな。虎徹のことを頼むぜ」

杏子「急がねぇと!」

「待て」

杏子「誰だ、アタシは今忙しいんだよ!

「ボクの顔を忘れたか?」

杏子「お、お前は……中学校に立てこもった時の!」

「そうだ、爆破能力の持ち主だよ」

杏子「まだ牢屋の中にいるはずじゃ……」

「ジェイク様が助けてくださったのだ!」

杏子「まさか、今回の爆弾テロって!」

「いやいや、違うよ。最初の爆発の時、僕はまだ牢屋の中にいた」

杏子「あ、そうだったな」

「君は僕を騙してくれたし、たっぷりお礼をしないとね」

杏子「おい、本気なのか」

「あぁ。本気だ!」

彼が手を前にかざした瞬間、杏子の身体が爆発を起こした。
それを見聞きした市民はテロだと思い一斉に逃げ出した。

「逃げたか……ククク。薄情だな、普通の人間は」

杏子「今の爆発、見た目と音はすげぇが……威力はたいしたことないな。周りの人間を逃がすためにやったわけか」

「何をほざく! 僕を見下した普通人などお前を倒した後に皆殺しだ!」

杏子「つまりアタシに止めて欲しいってことだな! 任せろ!」

「黙れ!」

杏子を爆破させようと手をかざすが、その時すでに杏子はそこに居なかった。

杏子「予備動作が大きすぎるな。一対一じゃ致命的だぜ!」

いつの間にか爆破能力者の目の前に移動していた杏子。そして拳に魔力を込め、彼の腹を殴る。

「がはっ!」

杏子「あの時、あんな幻を見せて悪かった」

「!?」

杏子「あの後ワイルドタイガーに怒られたのさ。もっと優しい幻を見せてやれなかったのかって」

「なんで、犯罪者の心配するんだ」

杏子「アイツにとっては犯罪者だろうと何だろうと関係ないんだろうよ。困ったやつを助ける、それだけ」

杏子「筋金入りのバカだよ、本当に……」

「でも僕は、みんなにひどい怪我を負わせ、体育館を壊してしまった。今さらもう……」

杏子「アタシはそうは思わないよ」

杏子「なんせアタシは、今まで大勢の人を殺してきたからね」

「そんな見え見えの嘘はやめてくれ!」

杏子「嘘じゃねぇ、本当だ。まぁ、正確に言うと殺すなんてつもりはなかったよ」

杏子「よかれと思ってやったことが家族を殺した。んで次は自分の命を守るために他人を見殺しにしてきた」

杏子「そんなアタシでもヒーローやってんだ。アンタだってまだ、絶対に何かできることがあるよ」

「…………」

杏子「じゃ、アタシはジェイクのところへ行くから」

「あぁ、ありがとう」

杏子「どーいたしまして」

杏子「…………」

「何をキョロキョロしてるんだ? 急がないとまずいんじゃ」

杏子「……ここどこ?」

「!?」

杏子「いやー、アタシ方向音痴でさー。普段使わない道はまったく分からねぇ」

「ジェイクがいるところまで案内するよ……」

杏子「お、恩に着るぜ!」

バーナビー「ジェイク・マルチネス! 両親の仇、討たせてもらうぞ!」

ジェイク「御託はいいから……ホレホレ、かかってこい」

バーナビー「うわあああああああああっ!」

能力を発動し怒涛の攻撃を繰り出すバーナビー。
しかしそのすべてをすんでのところでかわすジェイク。

ジェイク「どうしたどうした。そんなものかぁ?」

バーナビー「クソッ、なぜだ! なぜ当たらない!?」

ジェイク「俺はお前らと違って、二つの能力を持っているんだよ!」

ジェイク「なんだと……!」

ジェイクは小型のバリアを大量に展開しバーナビーに向けて機関銃のごとく撃ちまくる。

バーナビー「グッ! ま、まだだ!」

ジェイク「ヒューッ♪ そうこなくっちゃなぁ」

ジェイク「あと少しでお前の能力は終わりだな。んじゃま、そろそろ終わりにしますかね」

バーナビー「なぜだ、なぜ攻撃が……」

ワイルドタイガー「待たせたなバニー、ジェイクの二つ目の能力が分かったぞ!」

ワイルドタイガー「アイツはあらゆる音を認識する能力を持っている。相手の筋肉などの音を察知し、次の行動を読んでいるんだ!」

バーナビー「はぁ?」

ジェイク(何を言ってるんだコイツは……)

ワイルドタイガー「斎藤さんにもらったこの音爆弾を使えば、騒音によって少しの間だけ音を聞き取れなくなる」

バーナビー「斎藤さんが? 分かりました、信じましょう」

ワイルドタイガー「ひどっ!」

バーナビー「ジェイク、これでお前も終わりだ!」

高速でジェイクに接近し、音爆弾を投げつけるバーナビー。
地面に落ちた爆弾。しかしそこから放たれたのは騒音ではなく、眩しい光だった。

ジェイク「ぐわああああああああ!」

バーナビー「なっ、これは!? しかしジェイクが動揺している今なら!」

バーナビー「うおおおおおおおおおおっ!」

ジェイクに目にも留まらぬ蹴りを浴びせるバーナビー。

ジェイク「ごはぁっ! げぶぅっ! ぐ、クソが……がはっ!」

バーナビー「これでトドメだ!」

ワイルドタイガー「そこまでだ、バニー」

バーナビー「オジサン!? 離してください!」

ワイルドタイガー「こいつをどうするかはお前の自由だ。だが、一度冷静になったほうがいい」

バーナビー「オジサン……分かりました」

バーナビー「………………」

バーナビー「…………」

バーナビー「……」

バーナビー「命拾いしたな、ジェイク。だが、死んだほうがマシだっていうほどの地獄を見せてやる。覚悟しておけ」

ワイルドタイガー「バニー……」

バーナビー「オジサン、打ち合わせもなしにこんな作戦、無茶苦茶ですよ」

ワイルドタイガー「ジェイクの能力は人の心を読む能力だ。だから打ち合わせなんてできなかったのさ」

ワイルドタイガー「それに……お前が俺を信じてくれるって、信じてたからな」

バーナビー「虎徹さん……」

ジェイク「バカめ!」

勝利を確信して隙だらけの二人に向かって、瀕死のジェイクからバリアが放たれる。

バーナビー「ぐわああああっ!」

ワイルドタイガー「がぁあああああああああっ!」

ジェイク「もう二人とも能力は切れたようだな。心を読むまでもねぇ」

ジェイク「爪が甘い、甘すぎるぅうう! 甘いのが許されるのは、食いもんだけだぜぇ?」

ワイルドタイガー「ゲホッ、ゲホッ! グッ……」

ジェイク「ワイルドタイガーはさっき散々痛めつけてやったからな。もう死ぬんじゃねぇか?」

バーナビー「虎徹さん、しっかりしてください!」

ジェイク「それじゃ、二人そろって仲良く天国へ行ってもらおうかァ?」

クリーム「ジェイク様、助けて下さいませ!」

ジェイク「クリーム!?」

ジェイクがクリームの方を向いた瞬間、辺りに閃光が走った。

バーナビー「ッ!?」

ジェイク「クソッ、また目眩ましか……!」

ドラゴンキッド「どう、ボクの電撃はなかなか眩しかったでしょ? 今だよ、三人とも!」

ブルーローズ「アタシの氷はちょっぴりCOLD……アナタの悪事を完全HOLD!」

ブルーローズから繰り出される氷がジェイクの腹に直撃。その氷が全身を覆い尽くし、さらに床まで凍らせた

ブルーローズ「これで身動きは取れない! 後は任せたわよ!」

ファイヤーエンブレム「アンタの槍に私の炎を纏わせるわ、熱いけどしっかり持ってなさい!」

杏子「おう、頼むぜ!」

ファイヤーエンブレム「こんなの初めてだけど、ルナティックにできたならアタシにも出来るはず……ファーイヤァアアアアアッ!」

ファイヤーエンブレムはその強力な炎を槍目掛けて放つ。
その赤く美しい炎は、紅衣装を纏った槍使いの武器に宿った。

杏子「熱ッ! これ振り回すのはきついな……けど、やってやる!」

杏子「行くぜ! コイツで終わりだ、ジエンドだ!」

杏子はジェイクに飛びかかり、その燃えたぎる紅槍によって彼の腹を貫いた。

ジェイク「グァアアアアアアアアッ!」

杏子「やれやれ、本当甘ちゃんだな。二人とも」

ワイルドタイガー「きょ、杏子……」

バーナビー「杏子さん!?」

杏子「本名で呼ぶなよ、ってこりゃ派手にやられたな……」

アタシは治癒は苦手なんだけど、やるだけやってみるか」

杏子はワイルドタイガーの傷に手をかざす。
そしてその手に魔力をこめ、治癒の術式を展開。
ワイルドタイガーの傷がみるみると塞が……らなかった。

杏子「駄目だ、深い傷が多すぎる」

バーナビー「しかし浅い傷はなくなりましたね、すごい能力だ」

杏子「マミの奴ならもっとうまくやるんだろうけどなぁ……」

ブルーローズ「救急車が来たわ!」

ドラゴンキッド「あとはお医者さんたちに任せるしかないね」

クリーム「タイガーさん……」

バーナビー「ク、クリーム!? あなたジェイクが倒された後、地面に落下したヘリに乗ってたはずじゃ……」

クリーム「あ、変装を解いてませんでした」

折紙サイクロン「拙者でござるよ。蚊に擬態して、クリームの肌に触れたのでござる」

バーナビー「なるほど、さっきジェイクを呼んだクリームは折紙先輩の擬態だったんですね」

バーナビー「あれがなければ僕達はバリアの餌食だったでしょう、ありがとうございました」

杏子「サンキュな、折紙」

折紙サイクロン「なんのこれしき」

病院――

虎徹「く、あだだだだだ!」

杏子「やっと目を覚ましたか。ったく……」

虎徹「杏子! っていてててて!」

杏子「まだ動いちゃ駄目だろ。あんなでかい傷を負ったんだから」

虎徹「すまんすまん」

虎徹「みんな心配してたんだぞ、杏子がいなくなって」

杏子「ごめん……」

虎徹「吹っ切れたのか?」

杏子「いや、まだ微妙かな。でも初めて虎徹と会った日に言われた言葉を思い出してさ」

杏子「力のないやつを守るのがヒーローだ……ってな。覚えてるか?」

虎徹「あぁ。宝石店のオーナーの話をしてたときに言ったことだな」

杏子「それ思い出したらいてもたってもいられなくなってさ。気づいたらジェイク倒してたんだ」

虎徹「ジェイクの扱いひでぇな」

杏子「アタシは過去に罪を犯した。それは事実だ」

虎徹「杏子、それは……」

杏子「まぁ聞けって。だからアタシは、これからその罪を償っていきたい」

杏子「力なき市民たちを守っていくことでな。もちろん犯罪者だけじゃなく、魔女や使い魔からもだ」

虎徹「……そうか。これからも頼むぜ、相棒」




                                      シュテルンビルト編、おわり

読んでくれてありがとう、そしてありがとう! 牛角さんは大好きだからちょっと活躍させてみた

当初の予定ではウロボロス関連のシーンを、虎徹がジェイクにボコられてるあたりまで「中略」みたいな感じで飛ばす予定だったけど、
もしタイバニ見てない人がいたらイミフなので急遽書き足しました

見滝原編は明日投下します。スレは自分で立てる。たぶんお昼~夕方あたり

あ、スレタイは変えずに立てます。 杏子「ワイルドタイガーだ!」 です

それと上のほうで挙げた
ほむら「ヒーローなんてくだらない」 虎徹「!」
は今作と何らつながりがないので注意を

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