勇者「仲間募集してます」part.2(413)


前スレ
勇者「仲間募集してます」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1366639006/l50)


世界地図と現在地
http://uploda.cc/img/img522437d690b5c.jpg


【簡単な世界観の紹介】

・身分証がわりに自分のステータスを開示でき、これを偽る事は出来ない。

・国ごとに個別の神様の加護を受けており、住人は誰でもその神様の“恩寵”を使える。

・『勇者』は何人も存在する。特に強く神様の加護を受けており、人間離れした“恩寵”を使う。

・『勇者』は国のお抱え英雄といった扱いで、基本的に『(国名)の勇者』と呼ばれている。

・十年前、『魔王』が『命を司る女神』を攻め滅ぼし、世界から『復活の術』が失われている。

・『命を司る女神』を守れなかったため『北の国』の人間は各国の人間から反感を買っている。

・『北の国』出身の勇者は『魔王』を倒すため、『魔王』の住むといわれる『西の最果て』を目指して旅をしている。

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偵察兵4「あれは、馬が二頭……乗っているのは……両方若い女だな……」


高台から見下ろす視界の先で、二頭の馬がこちらに向けて駆けてきている。
このまま二頭が進めば、じきにここに辿り着くだろう。


偵察兵4「ちょうど良い……山道を駆け回って少々疲れたしな……どちらかを頂くとするか……」


いくら軍で鍛えられたとはいえ、休みなく動き続ければいずれ限界が来る。
“足”を確保できる好機とあらば、多少の無理をする価値はあるだろう。

女偵察兵は意識を集中させ、破壊の為の“恩寵”を発動させた。







女僧侶「――ッ! 気を付けて下さい、勇者くん! 向こうで何か大きな音がしました!」

勇者「うん、ボクも聞こえた! 木か何かが倒れるような音が……」


そのまましばらく進むと、倒れた木が道を塞いでいた。
二人は馬を下り状況を確かめるが、積み重なるように複数の木が倒れており、馬でこのまま通るのは出来そうにない。



―――― ガササッ!


近くの茂みから物音がし、視線が反射的にそちらに移る。


―――― ガキィン!


偵察兵4「なッ!?」


物音がした茂みとは反対方向。
女僧侶の背後から襲いかかった女偵察兵は驚きに目を見開いた。


女僧侶「……危ないなぁ、いきなり何するんですかぁ?」


背を向けたまま、メイスで背後からのナイフを防いだ女僧侶がゆっくりと振り返る。
穏やかな笑みを浮かべてはいるが、その瞳の奥は狂気をはらんでいた。


女僧侶「ふッ!」


―――― ドボォ!


偵察兵4「……ッ!」


呆気に取られていた女偵察兵が正気に戻るより早く、女僧侶の拳が腹部を打ち抜いた。
体が浮き上がる程の一撃を受け、女偵察兵は意識を失い崩れ落ちた。


勇者「お、女僧侶さん、大丈夫ですか!?」

女僧侶「はい、もちろんです!」


慌てて駆け寄る勇者に満面の笑みで胸を張る。
犬が飼い主に愛情をねだるかの如く、その姿は無邪気そのものだった。





背中まで伸びた真紅のストレートヘア。
この襲撃者がどこの出身か、二人にも一目でわかった。


勇者「この人って、『火の大国』領の兵士だよね……」

女僧侶「ええ、わざわざ小細工で背後を取ったって事は、恐らく単独行動でしょうね。」

勇者「……………………」

さっきの茂みの物音は、時間差で音を立てる仕掛けによるものだった。
もしも複数で行動しているのなら、こんな面倒な手を使わずに前後から挟み撃ちにしていた筈だ。

現に、こうやって女偵察兵が捕縛されたというのに、誰も助けに現れない。


勇者「……ねえ、女僧侶さん。この人、本当に単独行動なのかな。」

女僧侶「え? それは、まあ……絶対とは言えませんけど……」

勇者「もしかしたら、近くに誰か隠れて様子を窺ってたりしないかな……」


不安そうに周囲をきょろきょろしている。
勇者が怖がっているのなら、女僧侶がする事は一つだ。


女僧侶「わかりました! では私がちょっと周囲を見てきますので、勇者くんはここにいて下さいね!」

勇者「うん、ごめんね……ボクも手分けして探した方が早いと思うんだけど――――」

女僧侶「い、良いんですよ! こういう事は私の方が向いてますから!」


しゅんと目を伏せる勇者の言葉を慌てて遮る。
もしも他の敵兵が潜んでいた場合、勇者の実力では逆に危険な事になってしまう。
それはお互い良く分かっているので、申し訳なさそうな勇者を女僧侶が遮ったのだ。


女僧侶「さてと、その女が目を覚ましても大丈夫なように――――」

勇者「――え、どうしてナイフを取り出したの?」


荷造り用の小刀を手に、女僧侶が気絶した女偵察兵を抱え起こしている。
逆手に持った小刀を女兵士の顔に近付けながら、事もなげに勇者の問いに答えた。


女僧侶「どうして、って……もちろん両目を潰すんですよ。」

勇者「だ、駄目だよ! いくらなんでもやり過ぎだよ!?」

女僧侶「でも……こうでもしないと、もしも私が離れている間に目を覚ましたら……」

勇者「そ、それはそうかもしれないけど……! でも、目を潰すなんて、酷過ぎるよね!?」


『火の大国』領の人間が使う“焔の女神”の“恩寵”は、攻撃に特化しており回復術は使えない。
目を潰してしまえば、他の“神”の“恩寵”で回復術をかけられない限り、その戦闘能力は確実に失われる。

残虐性に目をつぶれば極めて合理的な行動なのだが、勇者には受け入れられないらしい。


女僧侶(この女がどうなろうと知った事ではないですが……私が勇者くんに嫌われるのは困ります……)

女僧侶「わかりました! 勇者くんがそう言うなら、目を潰すのはやめておきますね。」

勇者「うん、ボクも女僧侶さんに手を汚して欲しくないから――――」

女僧侶「えいっ。」 ゴリッ! ゴキン!

偵察兵4「」 ビクンビクンビクン

勇者「ッ!?」


女僧侶は無造作に女偵察兵の両手を掴むと、躊躇せずに無理な方向にねじ曲げた。
乱暴に両肩の関節を外された激痛で、気絶している女偵察兵が痙攣を起こしている。


女僧侶「後は適当な布で目隠しをして、と……よし、これで大丈夫です!」


両腕を動かせない状態で視界も奪われている。
こうしておけば、目を覚ましても、まず暴れる事はないだろう。
仮に暴れたとしても、これなら非力な勇者でも楽に制圧出来る筈だ。


女僧侶「では、行ってきます! 勇者くんはここを動かないでくださいね。」


絶句している勇者に手を振り、女僧侶は意気揚々と駆け出していった。










女僧侶が立ち去って少し経過した頃。


勇者「……………………」


勇者は縛られた女偵察兵に手を伸ばした。


勇者「……………………」 ゴリッ… グリッ…

偵察兵4「――あ! あっ……!」 ビクンッ!


肩をはめられた痛みで目を覚ました女偵察兵が呻き声を上げる。


勇者「目が覚めたんですね……」

偵察兵4「ぐ……ッ」

勇者「動かないでください。首筋に当てられているのが何か、言わなくてもわかりますよね?」


冷やりとした金属の感触。
目隠しをされ、縛られた状態で首筋に短剣を突きつけられているのだ。
状況の不利を悟り、女偵察兵は動きを止めた。


勇者「理解してもらえて嬉しいです。少し……場所を変えましょうか。」


縛られたままでは歩く事もままならない。
だが、勇者は女偵察兵を抱え上げ、そのまま茂みの奥へと歩いて行く。


女偵察兵(こいつ、かなり小柄だ……さっきの女じゃないな……薄桃色の髪の方か……)


どれくらい気絶していたのか。
自分を昏倒させた女はどこにいるのか。

従順を装い、状況判断に努める。


偵察兵4(香水、か……? 甘い匂い……あ、うぅ……頭がぼうっとしてくる……)


鼻腔をくすぐる甘い香りに、頭がくらくらと酩酊感に襲われる。
目隠しで視覚を封じられているため、残りの感覚に神経が集中してしまう。

心臓の鼓動が高まっているのを感じる。
息苦しさにも似た、甘い疼き。


偵察兵4(身体に力が入らない……ありえない、どうして……)


ただ抱え上げられているだけだというのに、身体が火照り、全身が弛緩している。
快感にも似た痺れは、まるで愛する男から情熱的な愛撫を受けたかのようだ。

女偵察兵の戸惑いを知ってか知らずか、勇者は何も言わずに茂みの奥へと進んで行く。
勇者は待たせた馬が見えない程度の距離まで進むと、優しく女偵察兵を地面におろした。


勇者「……目隠しを外すので、じっとしてて下さいね。」


するりと目隠しが解かれ、女偵察兵がゆっくりとまぶたをあげる。


勇者「……………………」


自分の目をまっすぐに見つめる薄桃色の瞳。
儚さと憂いを秘めた、少年のような、少女のような、妖しい魅力を備えた端正な顔立ち。


偵察兵4「は……ぁ……っ」


高まる心臓の鼓動がおさまらない。
逃げるチャンスだというのに、精神は乱れ、【恩寵】を発動する事すら忘れていた。


勇者「苦しいですよね……今、楽にして上げますね……」


勇者の短刀が縛り上げていたロープを断ち切った。

楽になった筈なのに、息苦しさはさらに増すばかりだ。
女偵察兵は、立つどころか真っ直ぐ座る事すらできず、近くの木に背中を預けてへたり込んでしまう。


―――― しゅるり


衣擦れの音に目をやると、勇者がゆったりとした旅人のローブを脱ぎ、シャツのボタンに手をかけていた。
そのままシャツも脱ぎすてると、まだ未成熟な上半身が露わになる。


まるで神が設計したかのような、完璧な黄金比で構成された少年の身体。
至る所に付けられた傷跡が目立つが、それを醜いとは思わなかった。
むしろ、一種の退廃的な危うさとして、その肉体の美しさを引き立てていた。


勇者「……ごめんなさい。あまり時間はかけられないんです。」


少女だと思った相手は少年だったがそれに驚く余裕は無かった。
それよりも、理由もなく胸を焦がす、この劣情の激しさが理解できなかった。


――触れて欲しい。抱いて欲しい。

――――組み伏せて、突き入れて、征服して欲しい。


未だかつて、こんな感情を抱いた事は無かった。

それが、何故このタイミングで?
一目見ただけの、ただの子供を相手に?


勇者「ん、っ……」


ゆっくりと、味わうように、勇者は女偵察兵の細い首筋に口付けをかわした。


偵察兵4「……っ……ぁ……っ」


意識を、思考を、感情を。
甘い快楽が心を塗りつぶしていく。

女偵察兵は自分の全てが溶けていくのを感じていた。


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今日はここまでです。
次の更新はまとめて投下したいですが、また流れそうになったら投下します。


>>2
ここ便利ですよねw
特に、公開期限を気にしなくて良いのが助かります。


国境を越えた『火の大国』領の兵士の数は三千。
それらは全て歩兵で構成され、馬がいないので当然馬車も無い。
背中に背負ったバックパックだけが唯一の補給物資だ。

常識的には馬車を使って補給物資を運ぶべきなのだが、それはできない。
動物に干渉する力を持つ『木の大国』領内では、あらゆる動物が“樹の神”の恩寵の支配下に置かれるからだ。

ただ、歩兵と言っても、その進軍速度は騎兵に引けを取らない。
身体能力を高める“焔の女神”の恩寵により、常識を無視した速度で進軍する事が出来る。
むしろ、人間が通れる場所ならどこでも進軍できるため、行軍の自由度が高くなるというメリットを最大限に活用していた。

険しい山岳地帯である国境付近だが、ほぼ一直線に『火の大国』軍は行進していた。
彼らの第一目標は国境線から最寄りの町である『角笛の町』。
そこを補給拠点に、周囲の町を制圧する予定になっていた。

昨夜、奇襲により国境の砦を制圧してからほぼ半日もの間走り続けているが、彼らの進軍速度は維持されている。
それは彼らが鍛え上げられた精兵である事を示しているが、理由はもう一つあった。


根の兵長「総員、戦闘準備! ここが最後の砦だ! 何としてでも死守せよ!」

根の兵士「ハッ!!」


峡谷を塞き止めるように設けられた関所。
敵軍の接近の知らせを受け、兵士達が士気を高めていた。
数は三百名ほどで彼我の戦力差は絶望的だが、そこに負け戦の空気は無い。

何故なら、彼らは知っているからだ。
この狭い峡谷ではまともに動かせる兵は二百名程度。
数の差は絶対的な不利にならない。

加えて、こちらは砦での防衛。有利なのはむしろこちらの方だ。
だから彼らは今日も勝てると信じていた。

実際の話、この砦は幾度となく『火の大国』領の侵攻を食い止めてきた実績がある。
ただ、彼らにとって想定外だったのは――――


根の兵士1「――ッ!? 何か来ます!」

根の兵士2「なんだあれは!? 速すぎる! 馬の倍は速い!?」

根の兵長「弓兵、敵を近付けるな! 撃てぇぇ!!」


赤いローブを纏った何者かが、砦への登り坂を凄まじい速度で駆け抜けていた。
高所から降り注ぐ矢の雨をものともせず、一直線に砦に走ってくる。
命中するかに思われた矢は一瞬で灰になり、その足を止める事は出来ない。


根の兵士1「馬鹿な! 崖を駆け上がるだと!?」

根の兵士2「有り得ない! あの傾斜は、ほとんど壁みたいなもんだぞ!?」

根の兵長「矢を瞬時に灰にする“恩寵”……まさか!――――まさかッ!?」


赤いローブは崖を駆け上がり、そのまま砦の壁上へと躍り出た。
唖然とする『根の国』の兵士達の前に姿を現したのは、骨と皮のような年老いた男。

色あせた赤髪とヒゲを伸ばし放題にし、落ちくぼんだ瞳に底知れぬ光を湛えている。
ゆったりとしたローブ姿と相まって、まるで物語に出てくる魔術師のように見えた。


老人「ふむ……兵の数はざっと三百前後といった所かのぅ……」

根の兵長「ほ、焔の勇者……!」

老人「まあ、砦の破壊も含めて三十分もあれば充分じゃろ……やれやれ、露払いも楽ではないわ。」


ここまでの砦は、全てこの老人が軍が到達する前に潰していたのだ。
故に『火の大国』領軍の進軍速度は最高速度のまま一定に保たれていた。

伸び放題のヒゲをいじりながら、老人は残忍な笑みを浮かべた。







老人「――――ふむ。いかんのぅ……兵士を排除するだけで三十分もかかってしまったわい……」


懐から取り出した懐中時計を眺めながら、老人が溜め息をつく。
砦は黒煙が立ち上り、所々に破壊された形跡があるが、まだその形を保っている。


老人「やれやれ、年は取りたくないもんじゃ……お主もそう思わんか?」

根の勇者「……………………」

老人「まさか、お主がこんなに早く現れよるとは……いやはや、ツイておるわ。」


ほっほっほ、と楽しげに老人が笑うが、根の勇者は何も言わず周囲を見渡す。
千切れ飛んだ肉片が散らばり、周囲に生きた人間の気配は無い。
赤黒い液体が砦の壁上を染め上げている。

遠くから聞こえる、遠雷のような物音。
三千人の兵士が立てる足音が、まるで雷の如く周囲に響き渡っているのだ。
音の大きさから判断して、恐らく後数十分もしない内にここに到達するだろう。


根の勇者「……じじい、こいつらを殺す必要があったのか。」

老人「―― ほう?」

根の勇者「てめぇなら……俺達『勇者』なら、ただの兵士を殺す必要なんざねぇだろ……」

老人「甘いのぅ……『西の最果て』でそんな理屈が通じると思うのか? 戦場とは『生きる』か『死ぬ』か。その二択以外ありえぬわ。」

根の勇者「なるほどな……『生きる』か『死ぬ』かの二択か……」


ごきり、と根の勇者が拳を鳴らした。


根の勇者「だったら、ここで殺されても文句はねぇよなぁ!! 焔の勇者ァァ!!」

老人「その言葉、そっくり返すぞ!! 樹の勇者!!」


電光石火の速度で振り下ろされた戦斧をかわし、老人が根の勇者の遥か頭上に跳び上がった。


老人「【紅玉爆破】!」


戦斧の届かぬ高みから、無数の光球が降り注ぐ。
経験豊富な『勇者』ともなれば、ノータイムの発動でも凄まじい威力が可能になる。
目標から逸れた光球が砦の壁上に着弾し、その形を爆発が削り取って行く。


老人「ふん……まあ、そう簡単にはいかんわな……」


黒煙の中から、無傷の根の勇者が姿を現す。

根の勇者は戦斧を掲げ、無数の光球の全てを防ぎきっていた。
『勇者』が使うだけあり、この戦斧もただの戦斧ではない。

艶のある、黒い鉱石のような刀身。
『根の国』の一部でのみ産出される、『恩寵』の浸透に高い親和性を持つ『黒曜樹』。
ただでさえ加工の難しいそれを巨大な戦斧に加工した、世界でも一つしかない根の勇者の為だけに作られた武器。
幅の広い戦斧は最強の武器でもあり盾でもあった。


根の勇者「【獣化転身】……!」


根の勇者の体内でメキメキと何かが軋む音がするが、その姿に変化は無い。


老人「――――ッ!?」


一瞬で間合いを詰めた根の勇者が戦斧を振り下ろしていた。
先程の一撃とは比較にならぬ、内部の筋肉だけを獣と化した神速の踏み込み。



―――― ズガァァン!!


戦斧の一撃で壁上から吹き飛ばされ、老人が砦を囲む崖にすり鉢状のクレーターを作りだした。
人間程度の質量が岩盤を破壊するのだから、その衝撃の凄まじさが窺い知れる。


根の勇者「【植物接続・根】!」


岩壁を砕き、その隙間から現れた無数の鋭い根がクレーターの中心に向けて襲いかかった。
だがそれより早く、クレーターの土煙の中から何かが飛び出し、根の勇者を頭上から強襲していた。


根の勇者「――ちぃ……!」


戦斧を叩き込んだ手応えから、何かしらの防御術式を展開したのはわかっていたが、それだけでは無かったようだ。
かわし切れず、僅かに触れられた頬が焼け爛れ、肉が焦げる匂いが漂う。


老人「くく、驚いたか? 常人なら首から上が熔解しておる所じゃ……」


声は老人のものだが、その姿は先程までとはまるで違っていた。
真紅の全身鎧に身を包んだかのような――いや、無駄を省いた流線型の姿は、むしろ昆虫のそれに近い。
その周囲には陽炎がゆらめき、対峙するだけで凄まじい熱量の塊であることが分かる。


“焔の女神”の“恩寵”、【紅蓮武装】。
『火の大国』領の兵士にとっては初歩的な術式だが、『勇者』レベルが使うと全くの別物になる。

熱を身体能力に上乗せする【熱量転換】と全身を覆う【紅蓮武装】。
発想自体は単純なものだが、それをここまでのレベルで実現できるのは『勇者』だけだろう。


根の勇者「……とてもじじぃとは思えねぇ運動神経だな。」

老人「なぁに、本番はここからじゃて!」

根の勇者「同感だ!」


真っ向から間合いを詰めてきた老人を、根の勇者の戦斧が真一文字に薙ぎ払う。
だが、老人は猿の如く跳び上がり、戦斧は空を切った。


老人「ひょはぁぁ!」


空中で回転し、老人は強烈な蹴りを根の勇者に見舞った。
戦斧をふりきった状態の根の勇者は回避できない。
咄嗟に腕を上げ、防御の態勢を取る。



―――― ゴキャアッ!!


根の勇者「ぐぁあああ!!」


やせ細った老人とは思えぬ重い一撃。
巨漢の根の勇者が防御ごと吹き飛ばされ、砦の壁上を転がって行く。

壁上から落ちる事は無かったが、戦斧を手放してしまった。


老人「とどめじゃ――――!」


無数の光球が老人の周囲に浮かびあがる。
武器を手放してしまった根の勇者に向けて、それが襲いかか――――


―――― バクン!


老人「――ひょ?」


何かに腕を掴まれ、老人が間の抜けた声を上げた。
違和感を感じ腕の方に目をやると、老人は驚きに目を見開いた。


老人「ぬぅあああああああああ!?」


黒い植物の葉のようなものが自分の左腕を挟み込んでいる。
いや、正確には、鋭い棘を持った双葉が左腕を挟み込み串刺しにしていた。

遅れてやってきた激痛に、老人が慌てて黒い双葉を振りほどこうとする。


根の勇者「【植物接続・根】!」


だが、それより早く、倒れたままの状態で根の勇者が“恩寵”を発動させた。
老人の足元から出現した根は、腕を挟む黒い双葉に接続される。


老人「こ、これは――――ぬぁ!?」


―――― ガゴン! ゴン! ゴシャッ! ゴキン! ドゴォ!


双葉に接続された根は、軽々と老人を振り回し、幾度となく砦の城壁に叩きつけている。


老人「なァめるなぁぁぁぁ!!」


―――― ドゴォォォン!!


挟み込まれた双葉の間に爆発を発生させ、無理やり黒い双葉を引き剥がした。
当然自分の腕も大ダメージを受けるが、どうにか拘束から脱出する事が出来た。
串刺しにされたダメージと今の爆発のダメージで、左腕はもう使い物にならないだろう。

いくら『勇者』といえど、他の“神”の“恩寵”を使う事は出来ない。
回復術のない“焔の女神”の加護を受ける『火の大国』領の『勇者』は回復手段が存在しない。
このダメージは決して軽くなかった。


根の勇者「後一歩、ずれていれば身体ごと拘束できたんだがな……」


根の勇者が手を伸ばすと、黒い双葉は元の姿に戻り根の勇者へと飛来した。
一対の巨大な黒い刃。黒い双葉の正体は根の勇者の戦斧。

『恩寵』の浸透に高い親和性を持つ『黒曜樹』の刀身は、手元を離れていてもある程度自在に動かせる。
元が植物の為、“樹の神”の“恩寵”の力で様々な形態に姿を変える事が可能だった。
また、鉱石に近い性質も持つため、熱に対しても高い耐性を誇り、それ故に超高熱の【紅蓮武装】を貫く事が出来たのだ。

一般の兵士のレベルであれば、植物を操る“樹の神”と炎を操る“焔の女神”の相性は絶望的だ。
しかし、『勇者』レベルともなれば、装備や発想次第でいくらでもやりようはある。


老人が受けた被害は甚大だが、一撃を受けた根の勇者も無事ではない。
防御した左腕の表面が炭化し、ほとんど力が入らない状態だった。


根の勇者「さて、仕切り直しだ……」


右手で戦斧を担ぎ上げ、老人に向き直る。


老人「小僧め……やりおるわ……」


流れる血は【紅蓮武装】にふれた瞬間に蒸発していく。
赤黒く焦げ付いた左腕を後ろに、無事な右腕を前に、半身の態勢で根の勇者に向き直る。

遠雷のようだった軍勢の足音はすぐそこまで迫っていた。


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上げてもらってばかりで申し訳ないので、ちょっとだけ投下しておきます。
もう少しで第一部終了なんですが、色々と濃いイベントが詰まってるので筆が重くて……申し訳ないです。


獅子頭『なるほどな……どうやら私は考え違いをしていたらしい……』


獅子頭の魔物が森の中で何者かの襲撃を受けてから、かれこれ一時間が経過しようとしていた。
飛来するジャベリンや投石を捌きつつ襲撃者の位置を探っていたのだが、未だ気配一つ辿れていない。

相手の攻撃は捌いていたが、全てを完璧に捌けていた訳ではない。
獅子頭の毛皮は至る個所に血がにじんでいた。


獅子頭『徹底して姿を見せぬ戦術……そして、武器に仕込まれた毒物……』


受けた傷口に微かな痺れを感じていた。
毒に対する抵抗力があっても完全に無効化出来る訳ではない。


獅子頭『相手は「戦士」ではなく「狩人」だったか……ならば、これ以上付き合う必要もない。』


姿を見せぬ相手など放置してこの場を去る。
そう決断した獅子頭の魔物に、再び木を削ったジャベリンが襲いかかった。


獅子頭『無駄な事を――――ぬっ!?』


跳躍して回避しようとした獅子頭の魔物がバランスを崩した。
がくんと膝が抜けて動けなかったが、咄嗟に眼の前に迫ったジャベリンを手の甲で打ち払う。


獅子頭『これは……』


自らの肉体の異変に気付き、獅子頭の魔物が呻き声を上げる。
毒が回った訳ではない。それよりももっと深刻な事態。


獅子頭『これを狙っていたというのか……!』


戦闘を開始してから一時間が経過していたが、相手は常に攻撃を加えていた訳ではなかった。
自分が警戒を緩めるか緩めないかという絶妙のタイミングで繰り返し仕掛けてきていた。
精神は緊張と弛緩を繰り返した事で麻痺し、それは肉体に無自覚な負担をかけていた。

改めて肉体に意識を移すと、全身が鉛のように重くなっている。
動機や息切れがあればすぐに気付けていたが、そういった自覚症状を生じさせずにスタミナだけを削られた。


獅子頭『狩人は狩人でも、一流の狩人という訳か……』


獅子頭の魔物の嗅覚と聴覚は人のものを遥かに超えた鋭さを備えている。
それこそ、目が見えなくなっても音と臭いだけで周囲の状況を把握できるほどに。

その嗅覚と聴覚をもってしても相手の位置を探り当てる事が出来ない。
気配が無い訳ではない――――むしろその逆。

森の中は至る所に生命の気配があり、それが襲撃者を包み隠している。
まさに“木の葉を隠すなら森の中”というやつだ。


獅子頭『む……』


不意に複数の視線を感じ、周囲に視線を走らせる。
いつのまにか狼の群れが自分を取り囲んでいた。

通常なら力の差を感じ取り尻尾を巻いて逃げる狼たちが牙をむいて唸り声を上げている。
襲撃者が操っていると考えるべきだろう。


獅子頭『そうか、何らかの【力】を感じていたが……生物を操る類のものか……』


木々を操る事で罠を作り、狼の群れを使役して襲わせる。
この深い森という戦場はまさに相手の独壇場だった。

疲弊した肉体で狼の群れとやり合えば、負けはしないが更なる消耗は避けられない。


獅子頭『良いだろう……ならば、こちらの【力】も見せてやろう!』


獅子頭の魔物が大きく息を吸い込み胸を膨らませる。


獅子頭『オオオオオオオオオォォォォォ!!』


次の瞬間、喉を反らして凄まじい咆哮を轟かせた。
爆発のような雄叫びが森を吹き抜ける。

魔物の咆哮は森に満ちていた“恩寵”を侵食し分解していく。
生物を操る“恩寵”によって自らの位置を隠蔽していた襲撃者。

その“恩寵”が剥がれてしまえば――――


獅子頭『見付けたぞ、狩人!!』


ついに捉えた獲物の気配に向けて、獅子頭の魔物が森を駆け抜けた。


――――――――

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――


女僧侶「あれ……え、なんで……?」


偵察から戻った女僧侶が首を傾げている。
馬が二頭繋がれているが、そこに勇者と女偵察兵の姿は無い。

もしも女偵察兵が逃亡したのなら馬を奪った筈だ。
争った形跡も残されておらず、戦闘などの荒事は起きていないように見える。


勇者「あ、お帰りなさい、女僧侶さん。」 ガサガサ

女僧侶「勇者くん!」


茂みをかき分けながら勇者が現れた。
勇者が無事ならそれで文句は無いとばかりに女僧侶は胸をなでおろしている。


女僧侶「戻ってきたらいないんですもん……心配させないで下さいね……」

勇者「うん、ごめんね……あれ、女偵察兵さんは……?」

女僧侶「私が聞きたいですよ。勇者くんは今までどこに?」


問われた勇者は目を逸らし、恥ずかしそうに頬を染めている。


勇者「え、と……その……ちょっとお腹が痛かったので……」

女僧侶「あ……ああ、なるほど……それは仕方ないですね。」


察した女僧侶もそれ以上は聞こうとしない。


女僧侶「しかし、動ける状態じゃ無かった筈なんですけどね……潰すなら足にするべきだったかな……」

勇者「ごめんね……ボクが目を離したから……」

女僧侶「あ、違うんですよ!? 別に責めてるとかじゃありませんから!」


しゅんとうなだれる勇者を、慌てて女僧侶が遮った。


女僧侶「ま、まあ、別に些細な事ですよ! 周囲に人の気配も無かったですし!」

勇者「そうなんだ。良かった。」 ホッ

女僧侶「それに、私達の目的は男戦士さん達と合流する事じゃないですか。それ以外の事は別に放っておけば良いんですよ。」

勇者「それもそうだね。じゃあ、そろそろ発煙筒を焚いてこっちの位置をしらせ――――」


―――― オ オ オ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ !!


勇者「ッ!」 ビクッ

女僧侶「ひゃっ!?」 ドキッ


突如凄まじい轟音が鳴り響き、二人は身をすくませた。


勇者「い、今のは……!?」

女僧侶「わ、わかりません! でも発煙筒はやめときましょう、先に何の音か確かめないと……」


もしかしたら、さっきの女偵察兵のように『火の大国』領の兵士が何かを行っているのかもしれない。
不用意にこちらの位置を知らせるのは危険だと判断した。

音源は森の奥深くからだったが、今進もうとしていた進路には木々が倒れ道を塞いでしまっている。


勇者「ここは通れないから、少し戻って別の道を探そう!」

女僧侶「わかりました!」


――――――――

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――――

――


数え切れぬ魔物の死体が峠を埋め尽くしている。
全身を返り血で染め上げた青年が、動かなくなった魔物達を冷徹な瞳で見下ろしながら佇んでいる。

血の気の失せた青白い表情、今にも途絶えそうな細い吐息。
青年にとっても決して楽な戦いではなかったようだ。


樹の勇者「これで……良い……」


千を超えていた魔物の軍勢は物言わぬ骸と化し、麓の『角笛の町』に迫っていた脅威は退けられた。
『火の大国』領の軍勢を抑えにいった根の勇者はどうなっただろうか。
国境へと視線を向けるが、ここからでは何もわからない。


樹の勇者「念のため……私は町に戻るべきか――――」


―――― オ オ オ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ !!


樹の勇者「――――ッ……!?」


突如響き渡った轟音に、樹の勇者が弾かれたように振り返った。
腰に下げた刺突剣に手をかけ、その表情は緊張感で満ちている。

『角笛の町』と轟音が聞こえた“禁猟区”を交互に見やり、しばし思案する。

まだ見ぬ不安要素の可能性があるのならそれを確認しない訳にはいかない。
限界が近い身体を引きずるようにして、樹の勇者は重い足を“禁猟区”へと向けていた。


――――――――

――――――

――――

――


根の勇者「どうした、じじぃ……手が出なくなってるぜ。」

老人「く、くく……年寄りをなぶるとは、『勇者』とは思えぬ鬼畜生じゃのう……」

根の勇者「てめぇが言うな!」 ブォン!

老人「ひょっ!」 ヒョイ


水平に薙ぎ払われた戦斧から、真紅の全身鎧に身を包んだ老人は軽々と跳躍して距離をとる。
全身鎧の中身は齢80を超えているであろう老齢なのだが、その足取りには些かの衰えも無い。

初めの猛攻から打って変わって防戦になった老人の立ち回りに、意図を察した根の勇者が鼻で笑い飛ばす。


根の勇者「兵隊が到着するまで時間を稼ぐつもりか?」

老人「だとしたら、どうするんじゃ?」

根の勇者「別に構わねぇよ。どうせまとめて潰すつもりなんだからよ。」


兵達の足音はかなり近くから聞こえるようになっていた。
報告によれば、その数は三千。
常識で考えればそれを一人で相手にするなど正気の沙汰ではないが、常人と『勇者』の戦力差を数で埋める事は出来ない。
故に、根の勇者の言葉も大言壮語という訳ではない。

しかし、それは同じ『勇者』である老人も理解している筈だ。
数を頼りに『勇者』を追い込むなど、無駄な犠牲を出すだけの悪手の筈なのだが。


老人「強気じゃのぉ……さて、それが何時まで続くかの?」

根の勇者「あ? 兵隊なんぞいくら集めても『勇者』の相手になる訳ぁ――――」


―――― ド ド ド ォ ォ ン !!


根の勇者「がっ!?」


突然根の勇者の傍で複数の爆発が起こり、その屈強な肉体が崩れ落ち膝をついた。


根の勇者「ぐ……いったい何が……!」


血を吐きながらも、対峙する老人から注意を逸らす事は無い。
老人も隙が無いことを見て取り、自らは動こうとしない。


老人「ほう、耐えよるか……これが若さかのぅ、羨ましい限りじゃて。」

根の勇者「じじぃ……! 何をしやがっ――――」


視界の隅に黒い煙が凝縮するのに気付き、咄嗟に戦斧を盾にする。


―――― ド ォ ォ ン !


根の勇者「ちぃ……そこかッ!」


警戒していたおかげで今度は防ぐ事が出来た。
それだけでなく、意識の警戒網を張り巡らせていた為、第三の“恩寵”の使い手の存在も察知していた。
カウンターで“恩寵”を発動させると、敵の存在を感じ取った地点に無数の鋭い根が突き上がる。

根の攻撃を予想していたのか、砦の瓦礫に潜んでいた影は難なく攻撃を回避し、ふわりと躍り出た。
現れた敵の姿を見て取り、根の勇者が歯を軋ませる。


根の勇者「て、めぇ……燐の勇者……!」

燐の勇者「申し訳ない、御老。少々手を抜きすぎたようです。」

老人「構わぬよ。あれ以上の威力であれば、不意を突けずに気付かれていたであろうからのぅ。」


真紅の髪を撫でつけた紳士風の姿は高貴な出身を連想させる。
黒のスーツに白いシャツという、戦場には不釣り合いな燐の勇者の姿。
それは一見奇異に映るが、纏う威圧感は常人なら目を合わせただけで意識を失う程に凄まじい。


燐の勇者「息災そうで何よりです、根の勇者。」


口元を血で染め膝をつく根の勇者にニコリと微笑みかける。


燐の勇者「なればこそ、殺し甲斐があるというもの。」

根の勇者「ち、ぃ……!」


燐の勇者の手の平から黒い粉末が吹き出し、周囲に漂い始める。
“恩寵”で作り出した、任意で点火できる高威力の黒色火薬。
過去に燐の勇者と戦った事があり、その性質を知る根の勇者は血を吐きながらも距離をとる。


根の勇者「させるかよ!」


砦の床を突き破り、無数の太い根が壁のようになり幾つもの障害物を作り上げる。


燐の勇者「ははは。脆弱、脆弱、脆弱ッ!!」


―――― ド ド ド ォ ォ ン !!


燐の勇者の笑い声が戦場に響き渡り、それに呼応するように爆発が起こっていく。
黒い粉末は障害物に触れた瞬間爆発し、たやすく壁を吹き飛ばす。


根の勇者「わかってんだよ、ンな事ぁ!!」


爆発で生じた黒煙を突き抜け、根の勇者が一気に燐の勇者の懐に飛び込んだ。
壁はあくまで視界を遮るための物であり、本命はこの接近しての一撃だ。


老人「――ま、それしかないわなぁ。」


―――― メ キ キ ッ !


根の勇者「が、あ……っ……!」


戦斧を振り上げた無防備な腹部に、老人の蹴りがめり込んでいた。
老人の身体を包む真紅の全身鎧はただの鎧では無い。
熱を操る“恩寵”を凝縮して作り上げた超高熱の鎧なのだ。

加えて老人の身体能力は“恩寵”によって超人の域にまで押し上げられている。
屈強な肉体の根の勇者の肉体を軽々と宙に舞わせる強烈な一撃を放てる程に。


燐の勇者「やれやれ、何とも無様。それでは良い的ですよ。」


空中で身動きが取れない根の勇者、その周囲を黒い粉末が包み込む。
溜め息まじりの優雅な物腰で根の勇者へと指を向けると、パチンと軽快な音を鳴らした。


―――― ズ ド ォ ォ ォ ォ ン !!


空中で大爆発を起こし、根の勇者は砦の上から地上へと落ちて行った。


――――――――

――――――

――――

――


男戦士「はあああああぁぁ!」

獅子頭『……遅い。』


―――― ド ボ ォ !


男戦士「ご、あ……っ……!」


突き込んだ刀をかわしながらの回し蹴りが男戦士の腹部に叩き込まれた。
まともに受けた男戦士は木々をへし折りながら吹き飛ばされていく。


男戦士「が……はっ……」


内臓にダメージを受け、どす黒い血が口元から溢れだす。
瞬時に間合いを詰めた獅子頭の魔物は、地に伏せる男戦士を見下ろしている。


男戦士『何を……しやがった……』


“恩寵”で作り上げた自然の結界が一瞬で崩された。
神の力たる“恩寵”を分解する術が存在するなど聞いた事も無かった。


獅子頭『ほう、言葉が通じるのか。』


動物と意志を通わせる“恩寵”を乗せる事で会話が成り立つと仮説を建てたのだが、どうやら正解だったようだ。


男戦士『お前は……魔物なのか……?』

獅子頭『……貴様、私をあのような人形どもと一緒にするか。』


獣の顔だが、不快げに眉をしかめているのはわかる。


男戦士『よぉ……どうして七年も姿を隠してたんだよ……』

獅子頭『なんだと……?』

男戦士『右目に受けた黒矢の味はどうだった……? なんで、俺達の事は見逃した……』

獅子頭『そうか……この匂い、覚えがある気がしていたが、あの場にいたのか。』


獅子頭の魔物は確認するように大きく空気を吸い込んだ。


獅子頭『漂うもう一つの匂いにも覚えがあるな……なるほど、貴様らあの時の二人か。』

男戦士『へぇ……七年前だってのによく覚えてるもんだな……』

獅子頭『あの時受けた傷のおかげで長期間の眠りにつかざるをえなかったのでな。』

男戦士『お前は「西の最果て」から来たのか……? どうやって、こんな所まで……』

獅子頭『どうやって、だと……?』


獅子頭の魔物の雰囲気がチリチリと緊張したものへと変化していく。


男戦士(ちっ、地雷だったか……だが、時間は十分稼げた……!)


どうにか身体を動かせる程度には回復できた。
懐から取り出した包みを獅子頭に向けて投げつけると、どうにか身体を起こして距離をとる。


獅子頭『ぐっ……貴様……!』


反射的に包みを爪で斬り裂いてしまい、獅子頭の魔物が顔をしかめた。
包みの中に入っていたのは強烈な香りを放つ香辛料。


男戦士「獣並みの感覚にはキツイだろ! 今だ、やれッ!!」


男戦士が“恩寵”を再び発動させると、地面から伸びた蔦が獅子頭の魔物の足に絡みつく。
吸い込んでしまった香辛料の刺激で動きを止めていた獅子頭の魔物は回避する事が出来なかった。

そして、そこに飛来する複数のジャベリン。


獅子頭『ガァッ……!』


足を封じられた所にジャベリンを受け、その黄金色の獣毛が血で染まる。

距離を詰められる可能性は考えていた。
当然、そうなった時の対処法も。


獅子頭『グ、ァ……』


想定外だったのは――――


獅子頭『ガアアアアアアア!!』

男戦士「――ッ!?」


致命の威力と思われていたジャベリンを複数受けてもビクともしない耐久力。
胴体を貫く筈だったジャベリンは分厚い筋肉の壁を貫けず、臓器を穿つ事が出来なかった。


―――― ザ シ ュ ッ !


足に絡んだ蔦を引きちぎり、跳びかかった獅子頭の魔物の爪が男戦士の体を袈裟掛けに斬り裂いていた。


――――――――

――――――

――――

――


樹の勇者「ぐ、ぅ……が……っ……」

燐の勇者「煤にまみれて地を這うとは、何とも情けの無い姿だ。」

老人「そう言うてやるな。まだ息があるだけ大したものよ。」


二人は砦の上から飛び降り、爆撃を受けて立ち上がれない根の勇者に近付いていく。
そして遂に三千を超える兵が砦に到着し、直立不動の姿勢で遠巻きに待機していた。


老人「さて、兵達も到着したか。さっさと始末して先にある町を占領せねばな。」

燐の勇者「『勇者』が雑兵に首級を挙げられるのは屈辱でしょう。せめてもの情け、私がひと思いに――――」


燐の勇者がトドメに黒色火薬を散布すべく手をかざす――――


根の勇者「がぁぁぁぁッ!!」

燐の勇者「――なッ!?」


倒れた姿勢から戦斧が振り抜かれ、斬り裂かれた手の平から鮮血が溢れ落ちた。


燐の勇者「貴様ァ!!」


―――― ド ォ ォ ン !!


斬られた手とは逆の手から黒色火薬を散布し、根の勇者を爆撃で吹き飛ばす。
だがその爆発の勢いを逆に利用し、根の勇者は立ち上がり戦斧を構え直していた。


燐の勇者「この死に損ないがッ……!」 ギリッ…!

老人「……ふむ。この不可思議な耐久力、何か種がありそうじゃのぅ?」


歯を軋ませながら牙をむく燐の勇者とは対照的に、老人は首を傾げながら興味深げに眺めている。

老人の蹴り、燐の勇者の爆撃、高所である砦の上からの落下。
どれも致命のダメージだった筈だが、まだこうして根の勇者は動く事が出来ている。


老人「燐よ、少し下がっておれ。こういう手合いに気を抜けば、手痛い反撃を食らうものよ。」

燐の勇者「……は、御老がそう仰るのであれば。」


怒りの表情を浮かべていた燐の勇者だったが、老人の言葉を受け、順を譲るように一歩下がり間合いを離した。
長く『勇者』として生きてきただけあり、老人は戦闘力だけでなく統率力も並みの『勇者』以上に備えていた。


根の勇者「どうした、来いよ……こんな死に損ないにビビってんのか……?」

老人「はてさて、お主が本当に死に損ないなのか……少々疑問でのぅ。」


安全な間合いを維持しつつ、老人の周囲に無数の光球が浮かび上がった。
老人は威力よりも作り出す速度を重視した光球を連続で射出していく。
根の勇者は戦斧を盾のように構えて無数の光球の爆撃を防御しているが、動く事すら出来ない。


老人「ほう……まだ戦斧を扱えるのか。では、色々と試してみようかのぅ。」

燐の勇者「御老、うかつに近付いては!」


光球の射出を続けながら、老人がつかつかと間合いを詰めていく。
それだけでなく、全身鎧を解除し、年老いたローブに包まれた姿を露にしている。

鋭い根が幾度となく足元から老人に襲いかかるが、全身鎧を解除し身軽になった老人は軽々とかわしていく。


老人「根が地中を掘り進む振動は隠せまい? それが“樹の神”の【恩寵】の限界よ。」


だが決して根の攻撃が遅い訳ではない。
老人の動きが残像を生じさせる程に速いのだ。


根の勇者「うぉおおおお!!」


光球の隙間を縫い、戦斧を振り下ろす。
しかし老人は皮一枚で見切り、根の勇者の懐に入り込んでいた。


老人「やはり半死人の動きとは思えんが……これならどうじゃ?」


戦斧の間合いから無数の光球を叩き込まれ、爆撃をもろに受けた根の勇者が黒煙に包まれる。


老人「なるほどのぅ……そういう事か。」

燐の勇者「これは……!」


黒煙が晴れ、根の勇者の姿が晒された。
遠巻きに戦闘を注視していた兵達が動揺し、驚愕でざわめいた。

根の勇者の肉体は所々が吹き飛ばされ欠損していたが、ギチギチと植物の根が伸びて欠損部を埋めていく。


老人「肉体を植物化させておるとは……道理でしぶとい訳じゃ。」


動物と違って植物には臓器が存在しない為、基本的に急所というものが存在しない。
枝が折れても、幹に穴が空いても、根を幾つか失っても、そう簡単に朽ち果てる事は無い。


かわりに植物は成長が遅いが、無限の【恩寵】によって高速で成長させる事が出来る『勇者』には関係の無い話だ。
今の、どんなダメージを受けても致命傷にならない根の勇者は、実質不死身といって良いだろう。


老人「まぁ、それならそれで構わぬよ。灰も残さずに全身を焼き尽くせばよいだけの話じゃて。」

燐の勇者「むしろ燃やしやすくなったとも考えられますね。種が割れてしまえばどうという事も無い。」

根の勇者「……そう簡単にいくと思うか。」


根の勇者が空に向かって指をさす。
何時の間にか空一面を分厚い黒雲が埋め尽くしていた。


――――ポツ……ポツ、ポツ……


冷たい雫が降り始め、空を見上げる頬を濡らす。


――――ザァァァァアアアアアアアアア!!


小雨はすぐに本降りへと変わり、まるでスコールのような激しさで地表に降り注いだ。


老人「む……この雨、これは……!」

燐の勇者「……やってくれますね。」


降り注ぐ雨に打たれた途端、二人は苦い表情を浮かべた。
遠巻きに待機する兵達にも動揺が走っている。


根の勇者「もちろんこいつはただの雨じゃあねぇ……お前らには言わなくてもわかるだろうけどな。」

燐の勇者「……“海の神”の【恩寵】が込められた雨か。我らの“焔の女神”の【恩寵】を阻害する為に……」

老人「どうやって雨の勇者にこの位置を知らせた……? わしらが国境を越えてから半日も経っておらんのだがのぅ。」


水を操る“海の神”の【恩寵】は自分達の天敵と成り得ると理解していた。
だからこそ、『水の大国』領と連携が取れぬよう奇襲を行ったのだ。
だと言うのに、こうして『水の大国』領の援護を受けさせてしまった。


根の勇者「うちにも頼りになる若いのがいるんでな。お前達と違って、戦闘だけが能じゃねぇんだよ。」


『木の大国』領では猛禽類を使役したネットワークにより、通常では考えられない速度で情報のやり取りが出来るシステムが構築されている。
国境の砦が襲撃を受けた際、根の勇者達への連絡と『水の大国』領への連絡が同時に行われていた。
この砦が最後の防衛ラインになる事を見越し、ここに【恩寵】による雨を降らせてくれるよう依頼していたのだ。


最寄りの町にいた根の勇者と違い、雨の勇者は『水の大国』領と『木の大国』領の国境付近に待機していた為、連絡を受けるのに時間が必要だった。
根の勇者が砦で踏みとどまっていたおかげで、その時を稼ぐ事が出来た。

そして、雨は火を消すだけでは無い。


根の勇者「お前らの炎が消えるのが先か、俺が焼き尽くされるのが先か……根比べと行こうか!」


腕から伸ばした蔦を鞭のように纏め上げ、音を超えた速さで振り抜いた。


―――― パ ァ ァ ァ ン !


老人「ぬぅ……!」

燐の勇者「ぐ、ぁ……ッ!?」 ゴボッ


老人には回避されたが、蔦の鞭は燐の勇者の脇腹を強烈に打ちすえていた。
臓器にダメージ受け、口元を血で染めた燐の勇者が表情を歪ませる。
だが『勇者』としての意地があるのだろう、深手を負っても膝をつこうとはしない。

雨は火を消し、植物に活力を与える。
植物と化している根の勇者は雨を受けてその身体能力を増強させている。
逆に、熱量を身体能力に転化できる“焔の女神”の【恩寵】にとって、熱量を奪う雨は正に天敵だった。


嵐の如く降り注ぐ豪雨はとても止む気配がない。
強化と弱体化の優位性は、時間が経てば経つほどその差を開く事になる。

すでに大勢は決した――――――――


根の勇者「……まだやるのか? こっちは構わねぇが、戦況がわからん訳でもないだろ。」

燐の勇者「貴様ァ……!」


この豪雨の中では黒色火薬は使い物にならない。
他にも使える【恩寵】はもちろんあるが、最大の武器を封じられた不利を覆す事が出来るとは思えない。


老人「そう熱くなるでないわ……状況の不利は明白。わしらがこれ以上続けても意味が無かろう。」


老人は待機する兵達に向けて手を挙げた。

退却の指示かと思いきや、兵達に撤退する様子は無い。
怪訝な表情を浮かべる根の勇者をよそに、先頭にいた一人が老人の元へ駆け寄った。


老人「……さて、この機会に紹介しておこうかのぅ。」


老人に呼ばれた兵は纏っていたローブを脱ぎすて、根の勇者へと向き直った。


根の勇者「何者だ……? 一般兵じゃねぇな……お前も、もしかして……」

老人「さて、焔よ。これより先はお主の舞台じゃ、存分に力を振るうが良いぞ。」

焔の勇者「はい、先生……標的を排除します……」


動き易さを重視した、レザーアーマーを着た若い女。
体付きは成熟しているが、その瞳からは感情の揺らぎを見て取れない。


根の勇者「じじぃ……てめぇ、焔の勇者じゃなかったのか。」

煙の勇者「こうなる前に勝負をつけるつもりじゃったのにのぅ……まさかこやつを使う破目になるとは思わなんだわ。」

煙の勇者「こやつはわしが手塩にかけて育て上げた、対『勇者』用の切り札よ。冥土の土産にその目に焼き付けるがよいぞ。」

根の勇者「対『勇者』用の『勇者』だと……!? じじぃ、てめぇ何を考えてやがるッ!!」

煙の勇者「さぁてのぅ……ここで死ぬお主には関係なかろう。ほれ、よそ見をしている余裕があるのか?」

根の勇者「――――ッ!?」


長いが少しクセのある、焔の勇者の真紅の髪が山吹色に輝いている。
そして、焔の勇者は丸い光の膜に包まれ、それにふれた雨が一瞬で蒸発していく。

光の内側の焔の勇者がゆらゆらと陽炎のように揺らめいている。
外側と内側との温度差で、光が歪んでいるのだ。


間合いを取った状態でもわかる。
焔の勇者の周囲は、常軌を逸した高熱に包まれているのだと。


焔の勇者「――……先生……」


焔の勇者が水平に腕を振るう。


根の勇者「…………?」


一瞬身体に違和感を感じたが、相手は間合いの外だ。


焔の勇者「……終わりました。」


焼き切られた根の勇者の上半身がぐらりと揺らぎ、腰から離れた胴体がぬかるんだ地面に崩れ落ちた。


――――――――

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――


今回はここまでです。
次回はまた来月になると思います。
マイペース更新で申し訳ない……


切り裂かれた身体に痛みは無い。
だが、そこから流れ出る多量の血液により身体は冷え切っていく。

無論、軽傷だから痛みがない、という訳ではない。
実際はその逆。致命のダメージを受け、肉体が正常な反応をしていないだけだ。

倒れた男戦士は、樹木の隙間から見える青空を仰ぎながら、もはや自分は助からないと理解していた。

“魔物”と思って勝負を挑んだ自分達の認識が甘かった。
この獅子頭の何か――“魔人”とやらは、“魔物”などとは格が違ったのだ。
言葉を解する事といい、高度な武術を修めている事といい、まるで魔物の姿をした人間のようだ。


男戦士(ここ……まで、か…………)


あまりに呆気ない幕切れだ。
勇者と共に旅をする決意を固めたというのに、こんな所で死んでしまうのか。


男戦士(せめて、最期に……一目勇者ちゃんを……)


何の力もない、あるのは意志の強さだけ。
だが、それをよしとせず、必死に力を得ようと努力していた。
そんな弱い『勇者』に魔王を倒せる訳がない。そんな事は考えなくてもわかる。


それでも、自分は勇者と共に行くと決めた。
惚れた女を守ってやりたいと思った。


そう――あの娘の剣になると、命を尽くすと決めたのだ――――!


獅子頭『ほう……』


突き立てられたジャベリンを抜きながら、獅子頭の魔物が感心したように目を細めた。


男戦士「ぐ……ぁ……ぁ、っ……」

獅子頭『安らかに逝く事をよしとせぬか……』


武器も持たず、血にまみれながらもどうにか立ち上がろうとする。
生命力の大半が血液として流出し、今この瞬間もそれは続いている。
立ち上がった所で、何も出来はしない。

だが、それでも。
限界を超えた身体で、男戦士は立ち上がった。


男戦士「ぉ、お……おお……!」

獅子頭『……来い。』


ふらつく足はもはや真っ直ぐ歩く事すらかなわない。
それでも最期の力を振り絞り、男戦士は突進した。

目を閉じていてもかわせるような無様な特攻。
しかし獅子頭の魔物は真っ向からそれを受け止めた。


―― ト ン


悲壮な姿とは裏腹の、軽い拳。
どれだけの想いが込められていても、どれほどの意地が乗せられていたとしても。
瀕死の拳はあまりに軽く、獅子頭の魔物は微動だにしなかった。


男戦士「……ぁ……っ」


最期の力を振り絞ったため、傷口から大量の鮮血が迸った。
全身を返り血で染め、獅子頭の魔物が地に伏せる男戦士を見下ろしている。


男戦士(ああ……もう、指の一本も動かせねぇ……わりぃな……後は、お前に……)

獅子頭『……眠れ、「戦士」よ……見事な最期であった。』


立ち上がる気配がない事を見てとり、獅子頭の魔物は男戦士に背を向けた。


獅子頭『さぁ、どうする! 貴様も「戦士」なら姿を見せたらどうだ!』


未だ姿を見せようとしないもう一人へ向け、挑発の咆哮が森に響き渡った。


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なかなかまとまった時間を取れないので更新頻度を変えてみます。

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↑で区切る所までがその日の更新です。
しばらくは更新の量を減らして回数を上げてみようと思います。


――――何が起こった?


自分が地面に這いつくばっているのはわかる。
だが、何故だ。何が起こった?


――――何故俺の身体は切り落とされた?


植物と化した肉体、欠損はすぐに修復できる。
だというのに。その筈なのに、力が上手く働かない。


根の勇者「ぐ、ぁ……ガッ……!」

煙の勇者「ほう、まだ息があるのか。だが無駄じゃよ、炭化した植物など死んだも同然じゃろうて。」

焔の勇者「…………」


根の勇者の身体の断面は黒く焼け焦げている。
切り取られても、弾け飛んでも、その穴を植物で埋める事は出来る。
だがこれはマズイ。炭化した部分は生育できない。結果、回復作用が働かない。

根の勇者はようやく理解した。
焔の勇者の【恩寵】は超々高熱の刃を操るものだ。
それだけなら“焔の女神”の加護を受ける者なら誰にでも可能だろう。

ただ、それが瞬時に岩をも溶かし、水を含んだ大樹すらも両断するとなると話は別だ。
そして、斬られた事を相手に気付かせない剣技はもはや達人の域だろう。

有無を言わさぬ超々高熱の刃と達人の剣技。
この女勇者はあまりに攻撃に特化しすぎている。


煙の勇者「なに、恥じる事は無いぞ樹の勇者よ。こやつの能力の前にはもはや【恩寵】の相性など無意味。」

根の勇者「ぬ……ぅっ……」

燐の勇者「まあ、『勇者』を三人相手にしようというのがそもそも無理な話ですからね。」

燐の勇者「単騎で突出した己の愚かさを悔いる事です。」


―――女僧侶「一人で軍を相手にするなんて、そんなの出来っこ無いじゃないですか!!」


根の勇者「は、はは……どい、つも……こいつも……」

煙の勇者「ひょ! その状態で喋れるとは、大したしぶとさじゃ!」


身体を両断され、泥にまみれながらも、まだ戦斧を手放してはいない。


―――女僧侶「魔物だってどれだけいるかわからないんですよ!? 一人で相手するなんて自殺行為です!!」


根の勇者「出来るか……どうかじゃ、ねぇ……」

煙の勇者「焔よ、こやつの首を落とせ。何かに使えるかもしれんからのぅ。」

焔の勇者「わかりました……先生……」


超高熱により陽炎のように揺らめく右手を掲げる。


根の勇者「――やるんだよッ……!!」


振り下ろす手の動きにより、地面に溶岩の筋が走った。
超高熱の刃が大地を瞬時に溶かしたのだ。


煙の勇者「ぬぅ……!」


だが根の勇者の首は落ちていない。
戦斧から伸びた黒い根がそれをかろうじて防いでいた。

下手な鉱石以上の耐熱性を誇る黒曜樹ですら両断される寸前だ。
これでは時間稼ぎにしかならない。


根の勇者「なあ、じじぃ……俺からも一つ言っとく事があったよ……」

煙の勇者「こやつ……しぶといにも程があるぞ。」

根の勇者「実は俺も『樹の勇者』は降りててな……今は根の勇者なんだわ……」

燐の勇者「……下らない時間稼ぎだ。御老、耳を貸す必要はないでしょう。」

根の勇者「時間稼ぎ、か……確かにな……もう、俺に勝機が無い事ぐらいわかるさ……」


――――後の事は樹の勇者に任せよう。だから、今自分がすべき事は。


根の勇者「お前らを、ここから先に通す訳にはいかねぇんだよッ!!」


吠えた瞬間、戦斧から伸びた黒い根が根の勇者を貫いた。
想定外の行動に一瞬呆気にとられたが、煙の勇者はすぐにその意図を見抜き指示を飛ばした。


煙の勇者「燐、焔! こやつを粉々に――――」

根の勇者「遅ぇッ!【生命転化・世界樹創造】!!」


戦斧と融合した根の勇者は、凄まじい速さでその質量を増していく。
大地から養分を吸い上げ、降り注ぐ豪雨を余さず飲み干し、馬鹿げた速さで成長していく。


煙の勇者「こやつめ……まさか自らの身体を捨てよるとは……!」

燐の勇者「御老、これはいったい!?」

焔の勇者「……………………」


脈動し、うねる黒樹に巻き込まれぬよう、三人の勇者は瞬時に距離をとっていた。


煙の勇者「自らの身体を“核”とし、黒曜樹を取り込んだのじゃろう……」

燐の勇者「なんと……!」


黒曜樹の耐熱性と堅牢さは並ではない。
実際、焔の勇者と燐の勇者の攻撃は戦斧の守りを崩す事が出来なかった。
その黒曜樹と同化したという事は、根の勇者は鉄壁の守りを手に入れた事になる。

黒曜樹と同化した根の勇者は砦と崖を飲み込み、完全に進路を塞いでいる。
もはや樹木の域を超えた質量だが、“樹の神”の【恩寵】の化身たる『勇者』に常識は通用しない。
自在に動き、並みの熱量にはびくともしない巨大な黒樹は攻防一体の形態だ。

だが、その事実とは裏腹に、対峙する煙の勇者の表情は喜色に満ちている。


煙の勇者「『勇者』ともあろう者が……とんだ悪手を打ったものじゃ。追い詰められて状況を見誤ったか!」

煙の勇者「焔よ、天幕を張れい!!」


焔の勇者が両手を空に掲げると、上空に巨大な光の膜が出現した。
自らの周囲を覆っていた超高熱の膜を上空に展開したのだ。

天幕の名の通り、超高熱の光の膜が雨を蒸発させている。
“焔の女神”の力を阻害する雨は、もはや地上に届かない。


煙の勇者「こちらには三千の兵がいる事を忘れたか、愚か者め!」

煙の勇者「全兵に告ぐ、加減は無用じゃ! このウドの大木を粉々にしてやれぃ!!」


その号令に従い、三千の歩兵達が一斉に【紅玉爆破】を発動させた。
破壊の力を秘めた数え切れぬ数の光球が徐々に膨れ上がっていく。


煙の勇者「硬いだけの壁なぞ、ただの的よ! そんなもので我らを止められると思うたか!」

燐の勇者「引き際を弁えていれば醜態を晒す事もなかったでしょうに。いやはや、なんとも愚かな男だ……」


動かぬ大樹が相手なら、発動速度は必要ない。
むしろ限界まで威力を高める事が出来る。


煙の勇者の光球は人間を飲み込むほどの大きさにまで膨れ上がり、燐の勇者は視界を遮る程の濃密な黒色火薬を展開していく。
天幕を維持する焔の勇者は動かないが、既に彼らの【恩寵】の威力は地形を変えてしまうレベルに届いている。


煙の勇者「吹き飛べぃ!!」


準備を終えた光球の群れが一斉に黒い大樹に襲いかかった。
数千にも及ぶ、それら一つ一つが容易く岩を砕く威力を備えている。

着弾した光球は凄まじい爆発を引き起こし、地面を揺るがせ爆音が轟く。
黒煙が晴れぬ間も、次々と光球が飛び交い大樹を破壊せんと襲いかかる。

その時、黒煙の中から無数の何かが飛び出した。


兵士「――ッ! おい、何か来るぞ!」

兵士「ま、まずい、この密集陣形ではかわせな――――!」


―――― ド ド ォ ォ ォ ォ ン ! !


燐の勇者「ええ、もちろん無抵抗だとは思っていませんよ。」

兵士「お、おお!」

兵士「燐の勇者様!!」


兵士達に飛来したのは黒樹の幹をジャベリンのように飛ばしたものだった。
だが、それらは燐の勇者が展開した黒色火薬の爆発に吹き飛ばされ、後方の兵士達に届く事は無い。


燐の勇者「さあ、守りは私が引き受けましょう。君達は攻撃に専念するのです。」

兵士達「ハッ!!」

煙の勇者「自らの肉体を切り離して反撃か。長くはもたんぞ、馬鹿めが。」


同じ『勇者』である彼らは理解していた。
勇者の力は無限ではないと。

自在に【恩寵】を発動できるが、その燃料は自らの生命力なのだ。
退路を断った根の勇者の命が燃え尽きるのは時間の問題だった。


――――――――

――――――

――――

――


獅子頭『ようやく姿を見せたか。』

男武闘家「…………」


男武闘家は硬く拳を握り締め、獅子頭の魔物と向かい合っている。


獅子頭『姿を隠しての戦い……卑怯だ、などとは言わんよ。弱者が工夫を凝らすのは当然の事だ。』

男武闘家「…………」

獅子頭『ふむ……なかなかに、心地の良い殺気だ。仲間を殺され激するか……期待させてもらうぞ。』


叩きつけられる敵意も獅子頭の魔物を喜ばすだけのようだ。


男武闘家『……一つだけ、教えろ。』

獅子頭『ほう、貴様も言葉が通じるか。だが私に答える義務は無い――――』


そこでもう動かない男戦士を一瞥する。


獅子頭『――――が、見事な散り様を見せてもらった礼だ。少し付き合ってやろう。』

男武闘家『別に時間は取らさない。聞きたい事は一つだけだ……お前はいったい「何者」だ。』


まるで人間と対峙するかの如く、男武闘家の視線は獅子頭の瞳を真っ直ぐに射抜いていた。
両者には一回りほど体格差があるが、男武闘家の瞳に恐怖の色は浮かんでいない。


獅子頭『私が「何者」、か……ふむ。』


少し逡巡し、口を開いた。


獅子頭『獣王国第二師団団長、金獅子将……私はそれ以上でも以下でも無い。』

男武闘家『……そうか、西の最果てに国があったのか。』

獅子頭『何を驚く事がある。知性あるものが集まれば集団を形成する……当然であろうが。』


呆れかえるように、獅子頭の魔物が鼻を鳴らした。


獅子頭『さて、もう良かろう。これ以上の問答は命乞いと同義……まあ、その心配は無かろうがな。』

男武闘家『――――ああ、心配はいらない。』


ぎしりと歯を軋ませる。


男武闘家『お前だけは、絶対に生かして帰さないッ!!』


―――― ズ ド ン ッ !


一気に間合いを詰めた一撃が獅子頭の腹部に打ち込まれた。
『武闘家』の踏み込みの速さと徒手の重みは『戦士』を上回る。


獅子頭『……悪くない。が――――』


―――― ド シ ャ ァ ッ !


男武闘家「が、はッ……!?」


獅子頭の蹴りが見舞われ、男武闘家は軽々と吹き飛ばされた。
しっかりと防御したというのにこの威力。元々の自力に差があり過ぎる。


獅子頭『――軽いのだ……技巧も人並みといった所だしな。』

男武闘家『知った事かァァ!』


重い一撃を受けた腕はすぐには動かない。
黒矢が刺さり、閉じた右目は獅子頭の魔物の死角。

そこに入り込んで渾身の蹴りを放つ。


獅子頭『片目があれば十分なのだ。甘く見るなよ。』


だがそれもあっさりと打ち払われた。


男武闘家「く、ぅ……おおおおォォォォ!!」


諦めずに連続で蹴りを放つが、どれも獅子頭の魔物の防御を破る事は出来ない。
自分達と戦う前に負った傷もあるというのに、既に何の痛痒も感じていないようだ。


獅子頭『技術も力も足りないが、感情の乗った良い打撃だ……楽しませてもらったぞ。』


防御に徹していた獅子頭の魔物が腕を振るう。
胸部に裏拳を受け、吹き飛ばされた男武闘家が地面を転がった。


男武闘家『わかって……たよ……まともにやって……勝ち目なんか無いって事は……』

獅子頭『勝機が無いと理解しながら、それでも逃げなかったのか。その意気やよし。』


息も絶え絶えの男武闘家は起き上がれない。
獅子頭の魔物はとどめを刺すべく、倒れた獲物へと近付いていく。


男武闘家『勘、違い……するなよ……「まともにやって」勝てないんだ……だったら――――』

獅子頭の魔物『むぅ……?』


獅子頭の魔物の耳がぴくりと動いた。
人並み外れた聴覚が、聞き慣れぬ異音を察知したのだ。


男武闘家『――まともじゃない手を……使うしかないだろ……!!』

獅子頭の魔物『貴様、これは……! だが無駄よッ!!』


獅子頭の魔物が聞きとったのは、木々の隙間を縫いながら集まってくる百以上もの雀蜂の羽音。


獅子頭の魔物『オオオオオオオオオォォォォォ!!』


そう、獅子頭の魔物には【恩寵】を打ち消す咆哮がある。
この力の前には生物を操る“樹の神”の【恩寵】も無力なのだ。

咆哮に圧されるように、雀蜂の大群は動きを鈍らせた。

しかし――――


獅子頭の魔物『何故だ!? 何故止まらんッ!!』


すぐに統制を取り戻した雀蜂の大群は再び寄り集まってきた。


獅子頭の魔物『貴様、これは――――ッ!?』


足元に目をやると、男武闘家が植物の根を操り自分に覆いかぶせている。
まるで、雀蜂に襲われるのは自分も同じだとでも言うかのように。


獅子頭の魔物『う、お……おおおおォォォォ!!』


百を超す雀蜂が獅子頭の魔物に猛然と襲いかかった。
雀蜂に限らず、基本的にどんな生き物も不用意に縄張りを侵さなければ攻撃行動を取る事は無い。
だというのに、この雀蜂達は猛り狂ったように毒針を突き立てている。


獅子頭の魔物『アアアアアアアアアアアァァァァァァ!!』


雀蜂に包まれながら、獅子頭の魔物が再び咆哮を上げた。
叫び声にも似たそれは【恩寵】を崩す事を意図したものではない。
小規模な爆発さながらの音圧でまとわりつく蜂達を吹き飛ばすためのものだ。

物理的なダメージを負い、獅子頭の魔物に群がっていた雀蜂がバラバラと地面にこぼれ落ちていく。
だが、まだまだ蜂達は残っている。数十体の仲間がやられたのを目にしても、臆することなく魔物に襲いかかる。


男武闘家(鼻をやられたお前にはわからないだろ……)


男戦士の投げた香辛料により、獅子頭の魔物の嗅覚は機能していない。


男武闘家(あいつが、意味もなくお前に挑んだと思ったか……? 違う、それがあいつの置き土産だ!)


獅子頭の魔物は男戦士が死ぬ間際の返り血を大量に浴びていた。
あんな攻撃が通じない事など、男戦士も承知していた。

本命はあの“返り血”。

あの返り血を最期の力を振り絞った【恩寵】で変質させ、雀蜂の警戒フェロモンに変化させたのだ。
だから雀蜂は狂ったように獅子頭の魔物に襲いかかる。
近くまで呼び寄せる所までは男武闘家の【恩寵】によるものだが、そこから先は雀蜂の昆虫としての本能によるものだ。

獅子頭の魔物の咆哮が無効化するのは、その時点で通わせている【恩寵】だけだと言う事は既に理解していた。
【恩寵】で変化させた樹木や地形が元に戻らなかったのだ。
同様に、一度変化した血液の成分も元には戻らない。

雀蜂によって倒せるならそれで良いが、男武闘家は恐らくそう上手くは行かないと考えていた。
これはあくまで目くらまし。本当の狙いは別にある。

そのためには獅子頭の魔物に接近しなくてはいけないのだが、それは制御不能の雀蜂の群れに接近する事を意味する。


男武闘家(蜂が多すぎても少なすぎても駄目だ。タイミングを計れ……やり直しは、できない……)


獅子頭の魔物が息を切らせている。
全力の咆哮を連続して行ったためだろう。

獅子頭の魔物の全身を覆う強固な獣毛は、雀蜂の毒針すら通さない。
だが、それでもあれだけの数に群がられていたのだ、獣毛の隙間から幾度か刺されていた。

それを裏付けるように、毒針の激痛により動きが鈍くなっている。


獅子頭『ハァ……ハァ……――――ッ!』


蜂とは違う気配に気付いた時にはもう遅かった。
右目の死角から、男武闘家が懐に跳び込んでいた。


男武闘家(この瞬間を……待ってたんだよ!!)


懐に入って打撃を放つのが狙いでは無かった。
狙いは獅子頭の魔物の右目に刺さった『黒矢』の破片。

それを思い切り握り締めた。


獅子頭『む、無駄だッ! それはとうに肉と癒着して固定されている!!』

男武闘家『そんなもの、関係ないッ!!』


黒矢の原材料である黒曜樹は、“樹の神”の【恩寵】と非常に高い親和性を誇る。
小さな破片とはいえ、【恩寵】を注ぎ込めば生育させて根を張らせる事くらいはできる。


獅子頭『ガッ!? ア、ガァァァァァアア!!』

男武闘家『どうだッ! 頭の中をズタズタにされる気分は!!』


黒矢から伸びた鋭い根は獅子頭の魔物の脳を完膚なきまでに破壊した。
決着はついた――――その筈だった。


獅子頭『オオオオオオオオォォォォ!!』


これは、脳を破壊された獅子頭の最後の反射運動。
男武闘家が黒矢を掴めるという事は相手の手も届くという事だ。


―――― ゴ リ ッ


肩口から胸にかけて、獅子頭の魔物が食らいついた。
肉も骨も噛み砕き、力任せに食いちぎる。


男武闘家「……ぐ、ぁ……っ……」


致命の反撃を受け、男武闘家もその場に崩れ落ちた。


――――――――

――――――

――――

――


走る閃光、轟く爆音。
破壊の力を秘めた無数の光球が、砦と一体化した黒曜樹に絶え間なく降り注ぐ。
黒曜樹と化した根の勇者も幹から削り出したジャベリンで反撃を試みるが、その大半が燐の勇者に防がれていた。

膠着状態ではあるが、とても一進一退の攻防とは呼べない。
約一時間、一方的に攻撃されるのをひたすら耐えているだけだ。

三千の兵士の火力に耐えているのは流石の一言だが、突破されるのは時間の問題だった。
それを裏付けるように、黒曜樹の幹はひび割れ、今にも崩れ落ちそうになっている。


煙の勇者「さぁて、そろそろ終いじゃ!」


直径5メートルを優に超えた特大の火球を頭上に浮かびあがらせている。
これが有象無象の兵士とは一線を画する『勇者』の超火力。

その特大火球が黒曜樹に向けて放たれ――――


―――― パ ァ ァ ァ ァ ン !


煙の勇者「ぬぁ!?」


迸った紫電が特大の火球を射抜き、空気が弾ける乾いた音が周囲に鳴り響いた。
落雷のようだが、射抜かれた火球はその形を維持できず霧消していく。
これはただの雷ではない。


海の勇者「……間に合ったか。」


崖の頭上から『火の大国領』の軍を見下ろす灰色の髪の壮年の勇者。


潮の勇者「『勇者』が三人も……よく我々が到着するまでもたせたものです。」


そして傍に控える紫の髪の女勇者。


兵士「包囲陣形、完了いたしました! 御命令があれば何時でも殲滅できます!」


二人の背後に居並ぶ『水の大国領』の精兵達。
数こそ崖下の兵士に劣るが、互いの【恩寵】の相性差を考えると単純に数だけでは判断できない。


燐の勇者「海の勇者に潮の勇者……!? 馬鹿な、何故こんな所に!」

煙の勇者「ぬぅ……どうやら事前に軍を展開しておったようじゃな。あやつの愚行は奴らが来るまでの時間稼ぎか……」

焔の勇者「……………………」


ネットワークを介して要請された応援は“雨”を降らせる事だけでは無かった。
後詰として軍を準備していた彼らにも救援要請は送られていた。

根の勇者は応援が到着するまでの時間を、たった一人で稼ぎきったのだ。


煙の勇者「じゃが、これは好機よ! 焔よ、天幕はもうよい。あの二人を始末するのじゃ!」

焔の勇者「わかりました……先生……」


軍の頭上を覆っていた光の膜が解除され、豪雨が再び降り注いだ。
焔の勇者は自らの周囲に光の膜を展開し、一息に崖上へと跳び上がった。


海の勇者「若いな……その若さで焔の勇者を襲名したのか……」

潮の勇者「ですが、あの古狸がたった一人で戦わせるのです。外見に惑わされない方が良いでしょう。」


二人が対峙する焔の勇者は外見こそ二十歳前後だが、その感情の無い瞳は熟達の傭兵もかくやといった冷徹さだ。
まともな生活を送っていたなら、絶対にこんな瞳になりはしない。


兵士「将軍! 御命令を!」

海の勇者「お前達は手を出すな……相手は『勇者』だ。巻き添えにならぬよう注意せよ。」

兵士「ハッ!」

潮の勇者「軍を退け! ここで退くなら、我らも追撃はしないと約束しよう!」

焔の勇者「……………………」


事実上の最後通牒だが『火の大国』領の軍勢が耳を貸す事は無い。
焔の勇者も二人の勇者から目を離そうとしない。

既に戦闘は始まっているのだ。


海の勇者「どうやら退く気は無いようだな……ならば、悪く思うな!」


―――― パ パ パ ァ ァ ァ ァ ン !


海の勇者が放つ幾筋もの紫電が焔の勇者へと走り抜けた。
だが、それらは焔の勇者には命中せず、ぐにゃりと曲げられた不自然な軌道で周囲に着弾する。

反撃に焔の勇者が腕を振り抜く。
海の勇者は軌道を見切って回避したが、大地に溶岩の筋が刻み込まれた。


海の勇者「これは……そうか、超高熱で大気を歪ませているのか。」

潮の勇者「だったら、これはどうだ!」


潮の勇者が放ったのは超高圧の水の刃。
水は火を消し止めるが、それはあくまで相手が“火”レベルであれば、だ。

大地を溶かすような超高熱が相手だった場合、水は瞬時に気化し爆発を引き起こす。


――――ド ゴ ォ ォ ォ ォ ン ! !


焔の勇者「……………………」


だが焔の勇者は目の前で引き起こされた水蒸気爆発にもびくともしない。
瞬間的に周囲の大気の温度を上昇させ、爆発の衝撃を相殺したのだ。


潮の勇者「――――ハァッ!!」


潮の勇者が背後から焔の勇者の首筋を切り裂いた。
爆発で巻き上げられた砂煙に紛れ、背後を取っていた。

音も無く背後を取るのは暗殺者の業。
達人級の剣腕を誇る焔の勇者でさえ、気配を察知できなかった。


潮の勇者「チッ……鋼の刃をも溶解させるとは……」


刀身の溶けたナイフを忌々しげに投げ捨てる。
完全に即死の一撃だったが、焔の勇者に触れた途端、刃は溶けて崩れ落ちてしまった。


海の勇者「ただの高熱……ただそれだけのモノだが、突き詰めるとこれほど厄介なのだな。」


海の勇者は水の壁を展開し、水蒸気爆発の衝撃から背後の兵達を守っていた。


海の勇者「だが……これならどうだ?」


水を凝固させ、長槍をその手に出現させる。
その構えを見て取り、焔の勇者が一歩間合いを外した。

相手も達人級の腕前であると見抜いたのだ。
焔の勇者が操る超々高熱の不可視の刃もリーチなら負けていない。

だが長槍の間合いと速さは侮れるものではなかった。


海の勇者「行くぞ……!」


裂帛の気合と共に神速の突きを放つ。


焔の勇者「…………ッ!」


軌道を見切り、完全に回避した筈だったが、その表情には驚きの色が浮かんでいる。
焔の勇者の肩口には血が滲み、白磁のような肌に赤い雫が垂れていく。

傷自体は浅いものだが、この戦いで初めて受けたダメージには変わりない。


海の勇者「気化を【恩寵】で抑え込めば通るようだな……やれやれ、一太刀浴びせるだけでこれほど疲労させられるとは。」


超高熱に触れた水分は気化しようとするが、それを【恩寵】で制御して無理やり固定させていた。
水蒸気爆発すら引き起こす高熱を抑え込んだのだ、それだけでかなりの体力を消費させられてしまう。

そして長槍は何時の間にか十字槍の刃先に変化していた。
水を凝固させた水槍は変幻自在。焔の勇者はそれを見誤った。


焔の勇者が劣勢に見えるが、崖下から様子を見ている煙の勇者は不敵な笑みを浮かべている。


煙の勇者「ふん……流石に一筋縄ではいかぬか。だが、焔の戦闘能力はこの程度ではないぞ――――」

兵士「煙の勇者様! こ、後方に、後方に!!」


慌てふためきながら伝令が駆け寄ってきた。


燐の勇者「落ち着きなさい……見苦しいですよ。」


威圧を込めた視線を送ると、兵士は身を竦ませた。
動揺を恐怖が上回り、一応は落ち着きを取り戻したように見える。


兵士「し、失礼、致しました……! 後方より、新たな敵が!」

煙の勇者「このタイミングで増援じゃと? ……ちぃ、良い所だというに。」


忌々しげに眉を歪ませる。


煙の勇者「それで、どっちの兵じゃ。『木』か、『水』か?」

兵士「そ、それが――――!」


――――おいおいおい! 何か知らねぇが、随分と盛り上がってるじゃねェか!!


よく通る、張りのある声。
一斉に数千の視線が集中するが、男はかけらも怯まない。

鍛え上げられた屈強な肉体。
金色の髪と瞳、そして日に焼けた褐色の肌。


地の勇者「『勇者』が雁首そろえて何の集まりだ? 何なら俺達も混ぜてくれよ。」


隣には呆れ顔の女性の姿。
金色の髪を絹で纏め、身体付きは華奢だが隙のない佇まいだ。


宝石の勇者「だから、どうして貴方は意味も無く喧嘩腰なのよ……言っておくけど、私は参加しないわよ。」


二人の姿を目にした煙の勇者は驚きに目を見開いた。


煙の勇者「あ、ありえん……! 『土の大国』領の『勇者』が、何故……!?」


この乱入者は“誤算”というより完全に“想定外”。
これまで、どんな事態にも余裕の笑みを浮かべていた煙の勇者が初めて狼狽していた。


――――――――

――――――

――――

――


こうなる事はわかっていた。
他に方法が無かったとはいえ、正面から挑めば反撃を受けるのは当然だ。

肩から胸にかけて食いちぎられた。
多量の出血を止める術は無い、後数分ももたずに命を落とすだろう。


――――ごめん……君の所に帰れそうにない……


村で待つ孫娘を悲しませる事になる。
申し訳ないと思うし、どうかあの娘には幸せになって欲しいと願う。


――――なあ、仇はとったぞ……俺達も、少しはやれるだろ……?


女狩人の残した黒矢が無ければ勝てる相手ではなかった。
仇を討てた誇らしさと、それを助けてくれた女狩人への感謝が胸を満たす。


――――結局お前を巻き込んでしまった……本当に、すまないと思う……


男戦士が布石を打ってくれなければ近付く事すらできなかった。
勇者と共に行くはずだった親友には申し訳ないと感じていた。


逃げる事も出来た。相手との力の差も理解していた。
【恩寵】を打ち消す能力の前には、通常戦闘力に乏しい自分達では無力な事はわかっていた。

だが、男戦士は最後まで戦い抜いた。
勇者のパーティーの一員としての意地もあったのかもしれない。

どんな理由があったにせよ、親友は最期まで自分に付き合ってくれた。
あいつは自分のために死力を振り絞って置き土産を残してくれた。


――――せめて、お前の代わりに……あの娘のために……何かを……!


そうだとも。
自分もただ死んでいくなど出来はしない!


――――――――

――――――

――――

――


潮の勇者「あれは、地の勇者と宝石の勇者……!」


険しい表情で新たに現れた二人の『勇者』を睨みつける。

地の勇者の単独行動は『水の大国』領内でもよく知られていた。
国同士のしがらみに囚われないその行動はまさに予測不能。

“地の神”というあらゆる状況に対応できる【恩寵】は、どの神の【恩寵】が相手でも互角以上に立ちまわれる。
前代の地の勇者を返り討ちにした実力は折り紙つきなのだが、その力をスタンドプレーで行使するのだから厄介極まりない。
気まぐれで、『火の大国』領の軍に味方しないとも限らない。

いつも行動を共にしている宝石の勇者はブレーキの役割を担うが、暴走を和らげるのがせいぜいで、完全に止められはしない。


地の勇者「あの砦を覆う黒曜樹……誰かが転身したものか? あれだけの【恩寵】って事は『木の大国』領の『勇者』だろうな……」

地の勇者「って事は、だ……『火の大国』領が演習を仕掛け、それを『勇者』が防衛。崖上の『水の大国』領のやつらはその応援、って所か。」


性格は荒々しいが、その能力は極めて高い水準にある。
目の前の光景から瞬時に状況を把握していた。


海の勇者「地の勇者よ! 『水の大国』領軍の将として、我々への応援を要請する!」

煙の勇者「ぬッ……!?」


機先を制した海の勇者に、煙の勇者もすぐさま声を上げる。


煙の勇者「地の勇者に宝石の勇者よ! 貴公らはこの演習には関係なかろう!」

地の勇者「……まあ、確かに無関係だな。」

煙の勇者「我々はこちらにつけとは言わぬ! 手を出さぬなら報酬を約束しよう!」

地の勇者「報酬、ねぇ……」


戦闘を止め、崖上の三人の『勇者』達も成り行きを見守っている。
ほぼ均衡していたこの状況、地の勇者達がどちらにつくかで一気に戦況は傾くだろう。


海の勇者「彼がこちらに味方する理由は無い……しかし、敵対する理由も無いはず……」

潮の勇者「将軍……あれを常識で判断しないほうが良いかと……」

焔の勇者「……先生……それも敵ですか……? 私はどうすれば……?」


固唾をのんで見守る周囲の視線などまるで気にならないのだろう。
じっくりと考えこんだ後、地の勇者は口を開いた。


地の勇者「報酬は、『砂漠で自生できる桜』を希望する! 約束できる軍はあるか!?」


あまりに予想外の要求に、一瞬誰もが言葉を失った。
隣の宝石の勇者は呆れたように頭を押さえている。


煙の勇者「な、何を言いよるか! そんなものがある訳なかろうがッ!」

海の勇者「……悪いが、こちらもそんなものは聞いた事が無い。」

地の勇者「そうか。まあ、期待はしてなかったけどな……」


特に残念そうにも見えない。結果はわかっていたのだろう。


地の勇者「だったら俺は『木の大国』領につかせてもらう! クソ餓鬼の要望なんでなァ!!」


そう吠えると同時に、大地に無数の亀裂が走った。
足元に亀裂が入り、『火の大国』領の兵士達が目に見えて動揺している。
地の勇者にはかつて数千人規模の軍隊を消滅させた実績があるのだ。


大地を操る“地の神”。
その【恩寵】を受けた勇者なら、数千の兵士を地面に飲み込む事も不可能ではない。


燐の勇者「御老、これ以上は……」

煙の勇者「この……小僧めがッ……!」


ただでさえ相性の悪い『水の大国』領の『勇者』が相手だ。
そこに地の勇者と宝石の勇者が加われば、もはや勝負にならない。


煙の勇者「焔よ、戻れ! 今日はこれで終いじゃ! 引き揚げるぞ!」

焔の勇者「はい……わかりました、先生……」


予定をぶち壊しにされた怒りはあれど、それに流される程愚かでは無い。
煙の勇者は速やかに撤退を決め、砂埃を上げながら兵達は去っていった。


海の勇者「……退いてくれたか。よし、衛生兵! すぐに砦に迎え! まだ根の勇者の力は途絶えていない!」

潮の勇者「運が良ければ……命だけは、どうにか持ちこたえられるかもしれませんね。」


だが、潮の勇者が浮かべる表情は沈痛なものだ。
まるで死者へと向けられているかのように。


地の勇者「さて、これでクソ餓鬼も満足するだろ。さっさと俺達も『花の国』に戻――――」


しかし、その言葉は途中ではね付けられた。


宝石の勇者「あのね。そんなの駄目に決まってるでしょ。首を突っ込んだんだから、ちゃんと最後まで付き合いなさい。」

地の勇者「ああ? 別に俺達は何もして無いだろうが。」

宝石の勇者「ホントにあなたって人は……もう、とにかくあなたは何もしなくて良いわ。私が話をするから、同席だけはして。お願いだから。」


不服そうだが、自分が何もしなくて良いなら反発する気も無いようだ。
軍の責任者である海の勇者の元へと向かう事を、面倒くさそうに了承していた。






煙の勇者達が『火の大国』領へと戻る途中――――


焔の勇者「先生……どうして撤収したのですか……?」


不満、という訳ではない。
単純にわからない、といった様子だ。


煙の勇者「理由は二つじゃよ……一つは、地の勇者達を始末すれば『土の大国』領も黙ってはおるまい。」


『土の大国』領の大規模農場で作られる食糧は戦争継続に必要不可欠だ。
それに、国境を面していない相手と事を荒立てるのは得策ではない。


煙の勇者「もう一つの理由じゃが……お主が全力でやれば、恐らく全員倒せたじゃろう。」

焔の勇者「はい……私もそう思います……」

煙の勇者「ただし……わしと燐は倒され、おぬしも無事では済まんじゃろうよ。」


もしそうなれば『勇者』を二人以上失う『火の大国』領が結果的に不利になる。
だが、ここで退けば自分達の損害はなく、『木の大国』領は『勇者』を一人失った計算になる。

手応えの感じからして、根の勇者はもう戦えない状態だと判断していた。
命は助かるかもしれないが、同化した黒曜樹をあれだけ破壊されて五体満足はまずあり得ない。


同化した黒曜樹を破壊される事で『勇者』としての力も削ぎ落された。
どう考えても、根の勇者は『勇者』としては活動できない。
少なくとも、数十年という長い時間をかけて力を取り戻す必要がある。


煙の勇者「今回の演習の目的は、きたるべき時に備え他国の『勇者』を削る事じゃ。目的は既に果たしたよ。」

燐の勇者「……確かに、そうですね。それで、御老。国に戻り次第すぐに『西の最果て』に立たれるのですか?」

煙の勇者「おお、そのつもりじゃ。死骸国との和平の調印があるでのう……焔よ、お主も立ち会ってもらうぞ。」

焔の勇者「はい……わかりました……」

燐の勇者「焔の勇者を連れていく……もしや、“不測の事態”がありそうなのですか?」

煙の勇者「死骸国とは利害が一致しておるが、他国の横槍があるかもしれんからのう。ついでに、こやつの力を知らしめておくのじゃよ。」

燐の勇者「なるほど……では、留守の間の守りはお任せ下さい。」

煙の勇者「頼んだぞ、燐よ。“魔人”との争いが終われば、次は――――」


紅蓮の業火は全てを呑み込み焼き尽くす。
樹木を灰に、海を干上がらせ、大地さえも溶かしていく。

それが“焔の女神”の加護を受けた彼らの宿業なのだ。


――――――――

――――――

――――

――


女僧侶「そんな……どう、して……」

勇者「あ……あ、あぁ……」


森の奥で二人が目にしたのは既に冷たくなった仲間の死体だった。
一緒に倒れている、見た事の無い魔物と相討ちになったのだろう。


女僧侶「回復を……回復、しなきゃ……」


震える手で、男武闘家の抉り取られた肩に【恩寵】を発動させる。
だが女僧侶の使える唯一の恩寵である【循環恒常】に傷を癒す力は無い。


勇者「なんで……こんな筈じゃ……二人は、死ぬはずじゃなかったのに……」


蒼白な顔で勇者は立ちつくしている。


勇者「初めて、ボクを……ボクはやっと本当の仲間を……仲間が、できたと……」


膝をつき男武闘家の顔を覗き込むと、血で汚れるのも構わずに肩をゆさぶる。


勇者「起きて下さい、男武闘家さん……孫娘さんが待ってます……待ってるんですよ……」


答えは返って来ない。


勇者「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……僕が、あんな事をしたから……あんな……」


零れ落ちた涙が男武闘家の頬を伝う。
勇者はハッと何かに気付いたように顔を上げると、少し離れた男戦士に駆け寄った。


勇者「男戦士さん、男武闘家さんが目を覚まさないんです……どうしたら良いですか……!?」


だが死体は何も答えない。


勇者「教えて下さい……いつもみたいに……ねえ、こんな時はどうしたら良いんですか……?」


激しく揺さぶるが、虚ろな瞳が勇者に向けられる事は無い。


勇者「何でもしますから……何でもして良いですから……だから、起きて下さい……起き、て……」


すがりつく勇者から嗚咽が漏れる。


勇者「あ、ぁあ……あああぁぁぁぁぁ!!」


女僧侶は額の汗を拭いながら【恩寵】を使い続けている。


女僧侶「大丈夫、大丈夫ですよ……ちょっと気を失ってるだけで……すぐに目を覚ましますよね。」


体調を回復させる【循環恒常】に傷を癒す効果は無い。
だが、これだけしか使えない女僧侶はこれにすがるしかない。


女僧侶「男武闘家さん、早く起きて下さい……男戦士さんも起こさなきゃいけないんですから……ね、ほら……早く……」


精神は乱れ、既に【恩寵】の光も途絶えている。
女僧侶は、それに自分で気付く事が出来ないほど取り乱していた。

――――そう、女僧侶は平時の状態ではなかった。
だから、通常なら容易に気付けたであろう、他者の接近に気付く事が出来なかった。


女僧侶「――え……?」


首筋がチクリとした次の瞬間、全身の力が抜けていた。
背後から茂みをかき分ける音がし、弛緩した身体でどうにか振り返る。


現れたのは、赤い髪の兵士らしき男。
先程逃がした女兵士とよく似た装備をつけている。


女僧侶「この――――」


腰に下げたメイスに手を伸ばしたが、それより早く、男の吹き矢がもう一本首筋に突き立てられていた。


女僧侶「ぐ、あ、あああぁぁぁぁ!!」


更に身体から力が抜けるが、気力を振り絞って膝を支えた。
だが、動きを鈍らせた所に駄目押しとばかりにもう一本吹き矢が突き立てられる。
とうとう意識を失い、女僧侶は地面に崩れ落ちた。


勇者「女僧侶さん!」


反応が遅れたが、勇者もようやく異変に気付いた。
赤毛の兵士は呆れた表情で女僧侶を見下ろしている。


偵察兵3「おいおい、マジか……屈強な戦士も一発で意識を失う即効性の麻酔薬だぞ……どういう身体してんだよ。」


慎重に女僧侶の様子を伺うが、完全に意識を失っている事を確認し、安心したように息を吐いた。


偵察兵3「ま、『水の大国』領の親衛隊なら有り得るのかもな。効いただけマシだと思うか。」

勇者「あなたは、何を……ッ!」


勇者は懐から短剣を取り出し、赤毛の偵察兵に向き直る。


偵察兵3「俺か? いや、そこに倒れてる獅子頭を狙ってたんだが、これがまた手強くてね。返り討ちにあったんだよ。」


つかつかと勇者に近付くと、慣れた手つきで短剣をはたき落した。


勇者「あっ!?」

偵察兵3「全然駄目だな、お嬢ちゃん。握りも構えも甘過ぎる。素人だってバレバレだぜ?」


そのまま両手を掴むと、【恩寵】を発動させて拘束具を作り出す。


偵察兵3「【紅蓮武装】の俺流アレンジだ。安心しな、下手に抵抗しなきゃ温度は上がらねぇよ。」


偵察兵が具現化したのは真紅の手枷。
本来高熱の【紅蓮武装】をあえて低温状態で維持している。
ただし、脱出しようと力を込めれば、込めた力に比例して温度が上がる仕組みだ。


偵察兵3「こういうのを漁夫の利って言うんだろうなぁ。いや、助かったぜ。このまま帰ったんじゃ処分されてただろうからな。」

偵察兵3「山から下りたのは良いが、森で迷っちまってな。どうしたもんかと途方に暮れてたんだが、おかげでこんな状況に巡り合えたんだ。人生ってのはわからんもんだよ。」


よほど嬉しいのか、偵察兵は饒舌だった。
しかし、そんなことは勇者には無関係の話だ。


勇者「魔物なんてどうでも良いです……好きにして下さい。」

偵察兵3「いや、それはもちろんそうさせてもらうがね。それだけじゃあ点数を稼げないんでな。」


にやにやと笑う偵察兵に、勇者が怪訝な表情を浮かべる。


偵察兵3「お嬢ちゃんは『北の国』の人間みたいだが、ここで何をしてる? 親衛隊を護衛につけてるんだ、それなりの理由があるんだろ?」

勇者「親衛隊……?」

偵察兵3「おいおい、とぼけんなよ。あそこで眠ってる嬢ちゃんの事だ。」


そう言うと、女僧侶が構えようとしていたメイスを拾い上げる。


偵察兵3「ん……? 紋章がすり減っててどこの隊かはわからねぇな……だが、この仕様は『水の大国』領の親衛隊に支給されるやつだ。」


手触りを確かめるように数回空を振り抜く。


偵察兵3「こんな高級品、そこらの兵士にゃ支給されねぇんだよ。それで、そんな立派な護衛をつけてるお嬢ちゃんは何者だ?」

勇者「ボクは……」


どうやらこの偵察兵は何か勘違いしているらしい。
自分を、何らかの命を帯びた密使だとでも思っているのだろうか。

それなら、そんな勘違いはさっさと解消すれば良い。


勇者「ボクは、『北の国』の勇者です。魔王を倒す旅をしています……」


それを聞いた偵察兵は一瞬目を丸くし、次の瞬間喉を逸らして笑い始めた。


偵察兵3「ぶあはははははっ!! そうか、そうか! お嬢ちゃんは魔王を倒す旅をしてるのか!」

勇者「…………ッ」


馬鹿にされているのはわかる。
こういう反応をされるのは初めてではない。
むしろ、女僧侶達と出会うまでは日常茶飯事だった。


偵察兵3「……はぁ、そんな嘘で切り抜けられると思ったのか? ……なめられたもんだ。」

勇者「う、嘘なんかじゃ――――あッ!」


偵察兵が勇者の首を掴み、片手で吊り上げた。


偵察兵3「痛めつけて吐かせても良いんだがな……もっと俺好みの方法にするか。」

勇者「――グ、ゲホッ……ゲホッ……!」


放り投げられ、地面に叩きつけられた勇者が悶えている。


偵察兵3「へぇ、親衛隊ならもっとゴツイかと思ったが……意外とそうでもないんだな。」

勇者「な、何を……!」


意識を失った女僧侶の身体を偵察兵がまさぐっている。


偵察兵3「お前が素直に吐かなきゃどうなるか、こいつで実演してやるんだよ。」

勇者「――……ッ!」

偵察兵3「なぁに、護衛なんだから身代わりになるのは当然だろうが。――――ああ、そうだ。どうせ吐くなら早い方が良いぞ。」


偵察兵がナイフで女僧侶の法衣を切り裂いた。
肌は傷付けられなかったが、一気に下着まで切り裂かれ、上半身が露にされる。


偵察兵3「なんせ、こちとら任務続きで溜まっててな。俺はお嬢ちゃんみたいなガキは守備範囲外なんだが、ついでに食っちまうかもしれんぜ?」

勇者「お、女僧侶さん! 目を覚まして下さい!!」

偵察兵3「無駄無駄。解毒の【恩寵】でもかけなきゃ数時間は目を覚まさねェよ。……へぇ、大きさはそれほどじゃねぇが、綺麗な形だぜ。」


じっくりと品定めをするように、白い双丘に手を這わせる。


偵察兵3「ま、本当はもうちょい熟れてるのが好みなんだが……たまには悪くねぇか。」


背後から全身に手を這わせ、首筋に舌を這わせる。


偵察兵3「くくっ……意識は無くても身体は反応するってか……良い夢見せてやるぜ、嬢ちゃん。」


愛撫に反応するように双丘の先端は硬くなり、肌には赤みがさしている。
偵察兵が女僧侶のズボンのベルトを外し、下着と纏めてずり下ろ――――


―――― ジ ュ ア ア ア ア ア !!


偵察兵3「なッ!? お、おい、何やってんだ!?」


肉が焼ける音と独特の匂いが周囲に漂う。
勇者の手枷が熱を発し、その手首を灼いているのだ。


勇者「許、さない……」


偵察兵3「馬鹿が! それは外そうとすれば高熱を発する! それに、そもそも女子供の力で外せるものじゃ――――」


―――― バ キ ッ !


偵察兵3「――はぁッ!?」


身体強化の【恩寵】でも使わなければ絶対に壊せない筈だ。
だというのに、勇者の細腕に砕かれた手枷は形を維持できず霧散していく。


勇者「許さない……許さない…… 許 さ な い … … 」

偵察兵3「おい、やめろ! 無駄な抵抗をするな!」


外見はただの少女だというのに、先程までとは雰囲気がまるで違う。
『勇者』と一般人の気配はかなり違うが、この少女の纏う空気はそのどちらのモノでもない。
力の“大きさ”の話ではない。“質”が明らかに異なっている。

本能的に危機を察したのか、偵察兵は無意識にナイフを構えて戦闘態勢を取っていた。


勇者「 お 前 な ん か い ら な い 。 い ら な い 。 い ら な い 。 い ら な い 。 」


粘性の液体が虚空から零れ、焼け爛れていた手首が急速に元に戻っていく。


偵察兵3「治癒の【恩寵】……しかも高レベルだと!? こいつ、『北の国』の人間じゃなかったのか!?」


“命の女神”の加護を失った『北の国』の民はあらゆる【恩寵】を使う事が出来ない。
故に偵察兵も手枷を嵌めただけで放置した。彼らは虐げられる絶対的な弱者なのだ。

勇者は足元の短剣を拾い上げた。
それは偵察兵のナイフよりいくらか刀身が長いが、腕の差を覆せる程では無い。


偵察兵はそう考えた。
だから、一気に距離を詰めて顎を打ち抜く当て身を放った。


偵察兵3「――――ッ!?」


短刀が一閃し、偵察兵の左手が跳ね飛ばされた。
弾かれたのではない。切り落とされた手首が宙を舞っていた。

反応すら出来なかった神速の刃。
偵察兵の短剣術レベルは6に到達していたが、勇者の技量はそれを遥かに上回る。
先程の素人にしか見えない動きとはまるで違っていた。


偵察兵3「お、おお……――うぉぉぉぉ!!」


距離を取り、破壊の光球【紅玉爆破】を展開する。
まるで理解できないが、瞬時に接近戦は分が悪いと判断していた。

勇者は距離を詰めようとはしなかった。
代わりに、足元の地面が盛り上がり、自分より一回り大きな人形へと姿を変える。
それも一体では無く三体に。


偵察兵3「く、傀儡だと!? そんな、まさか……あ、ありえん!!」


自分に襲いかかる三体の土人形を前に、偵察兵は恐慌をきたしていた。
生み出した傀儡をこの精度で操るには、かなりのレベルの“地の神”の【恩寵】が必要な筈なのだ。

迫る一体に光球を放ち破壊するが、残りの二体に両側から抑え込まれてしまった。

短剣を手に、勇者が近付いてくる。
何故か短剣を持つその手つきは、また覚束ないものになっている。

両側から拘束され、偵察兵は身動きが取れない。
身体能力を上げる【恩寵】でもこの拘束は外せそうにない。


偵察兵3「ま、待ってくれ! 俺が悪かった、勘弁してくれ!」


薄桃色の髪が顔を覆い、勇者の表情は窺い知れない。


偵察兵3「な、なぁ! 俺はまだ事に及んじゃいないだろ!? た、頼む! 命だけは――――」


水平に振るわれた短剣が偵察兵の喉を切り裂いた。


偵察兵3「――ッ! ゴポッ……! ゴボゴボ……!」


気管を切開された事と逆流する血液で言葉にならない。


勇者「 い ら な い 。 お 前 は ―――― 」


―――― ド ス ッ


胸骨の下から偵察兵の心臓に短剣を突き立てる。


偵察兵「――――ッ! ゴッ……オ、ゴッ……ォ……!」

勇者「 い ら な い ん だ 。 」


―――― ズ チ ュ ッ


突き立てた短剣をねじり、完全に心臓を破壊した。


――――――――

――――――

――――

――


樹の勇者「これは……いったい何が……」

勇者「――ッ!」


座りこんでいた勇者が顔を上げた。
その傍らには勇者のローブを着せられた女僧侶が倒れている。


勇者「あ、あの――……ッ!?」

樹の勇者「動かないでください。」


突然周囲を根の檻で囲まれ、勇者が言葉を失う。
樹の勇者はかなり疲労しているようだが、現れた時からその表情は険しかった。

刺突剣を地面に突き立て、そこを起点に周囲の状況をサーチする。


樹の勇者「周囲に人間の死体が3……魔物の死体が1……しかしこんな魔物は覚えが無い……」

勇者「た、助けて下さい……! 女僧侶さんが――――」

樹の勇者「――静かに。」


樹の勇者の冷徹な視線に射抜かれ、勇者が身を竦ませた。
その断頭台のような冷たさは、罪人だと判断すれば躊躇なく断罪する意志を感じさせる。


しばらく勇者を観察していたが、気が済んだのか、根の檻が解除された。
勇者がホッと息を吐いた次の瞬間、宝石で飾られた刺突剣がその肩を切りつけていた。


勇者「えッ!?」

樹の勇者「痛みは無いでしょう……『勇者』としての権利を行使し、いくつか質問させてもらいます。」


『勇者』はそのレベルによって様々な特権が認められている。
樹の勇者の勇者レベルは6。必要とあらば一般人にも【恩寵】の行使が認められるレベルだ。


勇者「え……あ、あれ……?」

樹の勇者「自白作用のある幻覚物質を血中に流し込みました。後遺症は残りません。心配は不要です。」


勇者の視界は歪み、その景色は極彩色に彩られている。
歪んでいくのは視界だけではない。その意識さえもぐにゃりと歪曲していくようだ。

これは樹の勇者が取り調べの際に使用する【恩寵】。
意識を混濁させる事で一切の虚偽を許さない、有無を言わせぬ尋問法だった。


樹の勇者「まず初めに……どうしてあなた達はここに? 避難するよう言われた筈ですが。」

勇者「ボク達は……仲間と合流するために……孫娘さんにも約束、したから……」

樹の勇者「しかし……どうやら、合流は出来なかったようですね。」

勇者「男戦士さんと……男武闘家さん……そこに……そこで、ね、ね、眠って……う、あ……」


がくがくと頭を振り始めた勇者に、樹の勇者がもう一度刺突剣で切りつける。


勇者「あ……あ、あ……」

樹の勇者「鎮静剤です。……次の質問に移ります。」


追加した【恩寵】の効果で勇者が落ち着くのを見計らい、樹の勇者は質問を続ける。


樹の勇者「そこで死んでいる魔物は何者ですか? 『木の大国領』にこのような魔物は存在しない筈なのですが。」

勇者「わかりません……ボク達がここに来た時には、既にその状態で……今まで見た事もなくて……」


樹の勇者「……なるほど。それでは、そこで倒れている『火の大国』領の兵士らしき男は?」

勇者「その魔物を……追っていたみたいです……女僧侶さんが眠らされて……乱暴されて……」

樹の勇者(彼女は何らかの薬物で意識を失っているな……恐らく、強力な麻酔薬か……)

勇者「ボクが……短剣で殺しました……」

樹の勇者「あなたが……? あなたの技術で『火の大国』領の兵士を殺した、と?」


『火の大国』領の兵士の練度は決して低くない。
こんな場所で単独行動をするような者ならなおさらだ。


勇者「女僧侶さんに集中していたから……不意を突いて……」

樹の勇者「確かに、不意を突いたなら技術の差は関係ないでしょう。しかし、それなら何故――――」


静かに刺突剣を勇者の眉間に突きつける。


樹の勇者「“正面”から首と心臓を刺せたのでしょう。不意討ちならば、背後からの傷が出来る筈なのですが。」

勇者「……………………」


勇者は虚ろな眼差しで樹の勇者の刺突剣を見ている。


勇者「…………わかりません……ボクも必死だったので……」

樹の勇者「……良いでしょう。相手も油断していたのかもしれません。」


防御創もなく、的確に急所を狙っているのが気になるが、本人にわからないなら仕方が無い。
無我夢中で対抗したのなら、細かい記憶が抜けていてもおかしくない。
少なくとも、いまの勇者に虚偽の申告は不可能なのだから。


樹の勇者「では、最後の質問です。」

勇者「……………………」

樹の勇者「先程、こちらの方から異質な気配がしたのですが……何か心当たりは?」


突きつけられた刺突剣はまだ下げられていない。


勇者「…………わかりません……ボクは……何も知りません……」

樹の勇者「……………………」


しばらく勇者の虚ろな瞳を見透かすように見ていたが、ようやく納得したのか刺突剣を鞘にしまった。


樹の勇者「……ご協力に感謝します。ありがとうございました。」

勇者「……はい……お役に立てたなら……良いのですけど……」


勇者に幻覚物質を中和する【恩寵】を追加し、回復を待つ間に女僧侶に打たれた麻酔薬の中和剤も精製する。


樹の勇者「……これで良し。」

女僧侶「う、ぅ……ん……?」

勇者「女僧侶さん!」

女僧侶「あれ……勇者くん……? あ、あれ、樹の勇者様も……?」

勇者「大丈夫なの、女僧侶さん? どこか痛んだりしない?」

女僧侶「は、はい……特に何も……あれ、どうして勇者くんのローブを着て……? って、え!? なんで服が切られて!?」

勇者「お、落ち着いて女僧侶さん! もう大丈夫だから!」

女僧侶「あ! そういえば、あの赤毛の兵士は!?」

樹の勇者「……少し落ち着いて下さい。」

女僧侶「ひっ――……!」


静かだが、有無を言わさぬ口調で黙らせた。
まだ樹の勇者の警戒態勢は解かれていない。


樹の勇者「私は周囲の様子を調べてきます……二人とも、ここから決して動かないように。良いですね……?」

勇者「……はい。」

女僧侶「わ、わかりました……」


女僧侶はここで勇者が言っていた意味がようやく理解できた。
根の勇者は“強く”、樹の勇者は“怖い”と。

樹の勇者の威圧感には、無機質な重さと鋭さがある。
それはまさに断頭台の刃のようで、近付けば首を刎ねられる恐怖を想起させられる。

女僧侶は戦闘などの荒事には、抵抗も無ければ恐怖も無い。
だが、罪を裁く“処刑”となると話は別だ。
“処刑”とは法の正義を根拠に下される、絶対的な力。

樹の勇者に抱く恐怖の正体は、断頭台の下の罪人が感じるのと同質の物だった。


女僧侶「あ……あの死体って、私を眠らせた兵士のものですよね? いったい何があったんですか?」

勇者「う、うん……眠らされた女僧侶さんが乱暴されそうになって……それで、ボクが……殺したんだ……」

女僧侶「乱暴、って……え!? えぇ!?」

勇者「落ち着いて! だ、大丈夫だったから! その、上着を切られただけだから!」


顔面蒼白になった女僧侶を慌てて勇者が落ち着かせる。


女僧侶「そ、それなら、まあ……――ああ、それで勇者くんがローブを着せてくれたんですね。」


勇者の方が小柄だが、ゆったりとしたローブなので窮屈さは感じない。


女僧侶「……って事は、勇者くんに見られちゃった訳ですね……」

勇者「え、あ、その……それは……ご、ごめんなさい……」


上目遣いの女僧侶に、勇者は顔を赤くして目を逸らす。
しかし女僧侶はすぐに笑顔を浮かべ、勇者を抱きしめた。


女僧侶「良いんですよ! 私は、別に勇者くんになら見られても気にしませんし!」

勇者「え? え、と……う、うん……それなら良いんだけど……」

女僧侶「それに、私を助けてくれたんです! そんな事で怒ったりしませんよ。むしろ、嬉しいです!」

勇者「……………………」


しばらくそうしていたが、ポツリと女僧侶が呟いた。


女僧侶「二人きりに……なっちゃいましたね……」

勇者「…………うん。」

女僧侶「どうして……っ……お二人が……っ……ぅ……」

勇者「…………ぅ……ぁ……」


すすり泣く二人は、互いの存在を確かめ合うように抱き合っていた。




――――少し離れた高台から二人を見下ろす樹の勇者。


樹の勇者「あの違和感……決して気のせいなどではない……」


人とも『勇者』とも違う、異質な気配。
あの見た事の無い魔物によるものかもしれない。
だが、もしそうでなかったとすれば――――


樹の勇者「残された二人の生存者……ここで、いったい何があった……?」


断頭台は罪人しか裁かない。
しかし、いかなる罪人もその刃から逃れる事は出来ない。

一度断頭台の枷に嵌められたなら、唯の一つも例外なく、その首を切り落とされるのだから。


――――――――

――――――

――――

――


ここは『角笛の町』から馬で一日の距離にある都市。
根の国でもっとも規模の大きい、国王が治める王都。

応援に駆け付けた『水の大国』領の軍は『火の大国』領の軍が引き揚げたのを確認すると、その足で『角笛の町』を訪れていた。
樹の勇者は状況を説明し、死者や獅子頭の魔物の死体を王都へ移送させた。
移送のための一部の兵以外は、念のために国境の警備として残ることになった。

城に設けられた来客者のための一室。
勇者と女僧侶は国の危機を救った英雄として手厚くもてなされていた。

ただ、二人にはそんな厚遇を受ける理由がなかったのでどうにも落ち着かない。
しかし“約束”があるのでここを勝手に立ち去る訳にもいかない。

根の勇者と交わした、海の勇者との面会である。

静かに響くノックの音に勇者が顔を上げた。


勇者「……どうぞ。」

海の勇者「失礼します。」

潮の勇者「……………………」


扉を開け、入ってきたのは壮年の勇者と若い女勇者。
女僧侶は椅子を立ち、勇者の後ろに移動した。


海の勇者「君も、かけてくれて構わないよ。」

女僧侶「……いえ、結構です。」


遠慮や礼儀からの行動ではない。
“もしも”の時、即座に勇者を助けるための行動だ。

その意図を知ってか知らずか、海の勇者もそれ以上は何も言わなかった。


海の勇者「……さて、まず初めに状況を説明しておきましょう。」


『火の大国』領は魔物の大群の混乱に乗じ、軍を進めようとしていた事。
その魔物を扇動したのがあの獅子頭の魔物だった事。
『火の大国』領の軍は撤退し、危機は去ったという事。

要点をかいつまみながら、簡潔に説明を終えた。


勇者「じゃあ、僕達のこの扱いは……」

海の勇者「はい。群れの統率者である、あの獅子頭の魔物を倒したためです。」


あの獅子頭の魔物がいる限り、何度でも今回の騒動が引き起こされた可能性があった。
その芽を摘んだ勇者――の仲間である二人の活躍――は十分に評価されてしかるべきだ。


女僧侶「で、でも……どうしてそんな事まで……?」

海の勇者「……調査の結果、わかった事だよ。」


勇者が称えられるのは当然嬉しいが、まだ一日しか経過していないのに調査が早すぎるのではないか。
だが、その疑問に答えは返って来なかった。


海の勇者「では、ここからは…………」


ちらりと目で指示をする。


潮の勇者「将軍、私は外で待機しています。何かあればお呼び下さい……さ、お連れの方も。」

女僧侶「私はここにいます……勇者くんから離れる気はありません。」


潮の勇者がぴくりと目を細めたが、海の勇者はそれを制した。


海の勇者「私は構いませんが……どうされますか?」


あくまで決定権は勇者にある。言外にそう言っていた。


勇者「女僧侶さん……大丈夫だから。少しだけ、部屋の外で待っててもらえるかな……」

女僧侶「で、でもッ!」

勇者「お願い……お願いだから……」

女僧侶「……ッ。わかり、ました……」


沈んだ勇者の表情はとても大丈夫には見えない。
だが、本人が席を外すように言うのでは逆らう事は出来ない。

女僧侶と潮の勇者は退室し、勇者と海の勇者だけが残された。


海の勇者「…………」


海の勇者は静かに席を立つと、勇者の傍までゆっくりと歩み寄った。


海の勇者「よくぞ……生きていて下さいました……」


完璧な礼儀に則り膝をつくと、深々と頭を下げる。


海の勇者「御身が無事で何よりです……王子よ……」


跪く海の勇者を、勇者は憂いを帯びた瞳で見下ろしていた。


――――――――

――――――

――――

――


根の国王の城の一室。


地の勇者「よう、おっさん。元気そうだな。」

根の勇者「そう見えるか? ……ま、お前のおかげで死に損なっちまったよ。」


車椅子に座る根の勇者。
左腕と両脚を失い、右腕だけしか残っていない。


宝石の勇者「しかし、その身体ではもう『勇者』として活動する事はできないでしょう。これからどうするのですか?」

根の勇者「荒事は若いのに任せるしかないな。【恩寵】も一般人以下になっちまったし。」


崩壊寸前の黒曜樹から肉体を再構成したが、どうにか形にできたのが右腕だけだった。
無理をした代償に【恩寵】の大半を失い、生きている間に元の力を取り戻す事は不可能だろう。


根の勇者「だが……元『勇者』の肩書は残ってるんだ。外交官としてならやれる事もあるさ。」

地の勇者「仕事熱心だねぇ。俺は嫁でももらって引退するかと思ったんだがな。」

根の勇者「ハッ! それも悪くないな。やる事を終えたらそうしようかね。」

宝石の勇者「やる事……? それは貴方でなければ出来ない事なんですか?」


その問いに、根の勇者は少し考え込む。


根の勇者「そうだな……一応、お前さん達にも知っておいてもらうか。」

地の勇者「その前におっさん……先に言っとくが、俺は何も手伝わねぇぞ。」

根の勇者「ん? ああ、安心しろ。おチビみたいな事は言わねぇよ。」


花の勇者のために色々とやらされている事は根の勇者も知っていた。


根の勇者「だが、今はあんなチビだが将来性はあると思うぜ? 後五、六年もすりゃあ結構な良い女に――――」

宝石の勇者「ちょっと、何か話があるんでしょう。早く話して下さい。私達も暇じゃないんですから。」

地の勇者「いや、別に予定は入ってな――――」

宝石の勇者「あなたは黙ってて。」

根の勇者「おっとと、こいつは失敬。余計な事だったかな。それじゃあ本題に入るが……」


根の勇者の表情が険しいものになる。


根の勇者「『西の最果て』についてだが、『火の大国』領の連中は何かを隠している。」

宝石の勇者「隠す……?」

根の勇者「お前達の『西の最果て』の知識はどうなってる?」

地の勇者「どうもこうもねぇだろ。魔王が潜む魔物の本拠地。人と魔物の戦争の最前線だ。」

宝石の勇者「私の認識も同じようなものだけど……違うのかしら。」

根の勇者「そうか……ところで“魔人”という言葉は聞いた事ないか?」

地の勇者「魔人……? 魔物とは違うのか?」

宝石の勇者「私も聞いた事がないわ。」

根の勇者「魔人とはどうやら知性ある魔物を指すようでな……死体だったが回収できたんだ。」

地の勇者「それは事実なのか……? 知性のある魔物なんざこれまで一度も確認されてないだろ。」

宝石の勇者「各国の歴史を紐解いたとしても、そういう報告は無かったと思うのだけど……」

根の勇者「ああ、もちろん何処にでもいる訳じゃねぇだろうな。居るとすれば……『西の最果て』。そこだけだろ。」

地の勇者「……なるほどな。確かに『西の最果て』の実情を知るのは、国境を面する『火の大国』領と『鉄の大国』領だけだ。」

宝石の勇者「そんな……でも、それが事実だとしたら……」

根の勇者「今の所、魔人が国を形成している事までは判明している。問題はここからだ――――」


根の勇者「ある程度の頭があれば、当然意志の疎通が出来る。それはつまり話し合いの余地があるって事だ。」

宝石の勇者「……そういう事ですか……それで、私達にそんな重大な情報を教えてくれたんですね。」

地の勇者「影でこっそり停戦協定でも結べば、各国からの援助は丸儲け。他国を侵略するには好都合って訳だ。」

根の勇者「ま、そういう訳なんでな。今までのように『火の大国』領を信用する訳にはいかんわな。」


“魔物は絶対的な人類の脅威であり、話し合いなど不可能である”

その前提があったからこそ『火の大国』領は各国の援助を受ける事が出来た。
やらなければやられる相手と、自分達の代わりに戦う最前線。

その大義名分に傷がついたのだ。


宝石の勇者「しかし……仮に問い詰めたとして、素直に認めるとも思えませんよ?」

根の勇者「それは俺も同感だ。だから、いっそこの目で確かめてみようと思ってな。」

地の勇者「この目で、って……おいおい、おっさん。あんた死にたいのか?」

宝石の勇者「そうですね……他国の『勇者』が『火の大国』領に足を踏み入れるのは危険ですが……今の貴方なら、あるいは……」

根の勇者「その通り。なんせ今の俺は一般人以下の戦力だからな。わざわざ殺す価値がねぇ。」

地の勇者「仮に手を出されれば、それは疑惑の裏付けって事か。――っておっさん、やっぱり死ぬ気じゃねぇか。」

根の勇者「馬鹿言うなよ。俺だって死にたい訳ないだろうが。だが、こんな身体になった以上、俺が適任って話なだけだ。」


他の若い勇者達には任せられない。
彼らはこの国を守っていかなければならないのだから。


宝石の勇者「『鉄の大国』領に話を付ける訳にはいかないのですか? そちらの方が、まだいくらか安全かと……」

根の勇者「それは俺も考えたんだが……一応、『火の大国』領は援助を受け取っている以上、査察は断れねぇ立場だ。」

根の勇者「それに引き換え、『鉄の大国』領はあくまで交易の範囲でしか関わりがないからな。無理強いが利く相手じゃねぇんだ。」

地の勇者「あそこは鋼の勇者が首を縦に振らなきゃ駄目らしいな……会った事はねぇが、かなりの偏屈って話だし。」

根の勇者「そういうこった。連中が隠し事をしてるなら、まだ尻尾を掴めそうなのは『火の大国』領なんだよ。」

地の勇者「仕事熱心なのは良いが、せいぜい死なないよう努力してくれや。おっさんが死んだらまた餓鬼が面倒臭そうだしな。」

根の勇者「へいへい、心得ましたよ。」


突出した戦闘力こそ持たないが、常に国と国民を支えるために行動する。
根の勇者の行動原理は、まさにその称号に相応しいものだった。


――――――――

――――――

――――

――


勇者「やめて下さい……あなたは『水の大国』領の『勇者』でしょう。」

海の勇者「確かに、『勇者』は権力に縛られはしません。ですが、だからといって王家を軽んじるつもりもありません。」

海の勇者「あなたのお父上……『命の大国』の国王は若くして素晴らしい為政者でした。尊敬に値する程に。」


海の勇者は頭を上げようとしない。


勇者「…………それで、ボクに何か話があったんですか。」

海の勇者「はい。貴方が見たという『魔王』の情報……それを教えて頂きたく。」

勇者「……外見は黒髪と黒い瞳の若い男の姿でした。王都の空を割って現れた『奴』に、誰も対抗できませんでした……」

勇者「親衛隊の騎士団も、宮廷魔道士団も、一瞬で……」

海の勇者「外見は人に酷似している、と……では、何か判別する方法はないのでしょうか。」

勇者「それなら間違いようが無いですよ……『奴』と対峙したら絶対にわかります……」

勇者「人とも魔物とも勇者とも違う、濃密な気配……『存在』のレベルが他とは明らかに違いますから。」


勇者の瞳からは光が失せ、抑揚の無い言葉だけが呟かれている。


海の勇者「見分けがつくのなら……まだ戦いようはあります。どうか、後は我らにお任せを。」

勇者「…………どういう意味ですか。」

海の勇者「……もう、旅はおやめ下さい。それが御身の、ひいては『命の大国』のためです。」


予想外の言葉に勇者が言葉を失うが、海の勇者は言葉を続ける。


海の勇者「王子、『水の大国』領に亡命なさって下さい。王子が生きていれば、『命の大国』を復興する事も不可能ではありません。」

勇者「……………………」

勇者「……いやです。ボクは旅を続けます。」

海の勇者「……どうしても、お聞き入れ下さらないなら……実力行使に移らせて頂きます。」

勇者「あなたは……『王家を軽んじない』んじゃなかったんですか……?」

海の勇者「私の勇者レベルは14……必要とあらば、王族への【恩寵】の行使も許されるレベルです。ですが、それ以前に――――」

海の勇者「王族として生まれたならその義務を果たすべきです。御身が無事であれば、まだ『命の大国』は滅んでいないのですから。」


無礼を承知で、これ以上旅を続けさせる訳にはいかない。
そう断言すると部屋は沈黙に包まれた。


勇者「ふ、ふふっ……はは、ぁはははっ…………」

海の勇者「王子……?」


静寂を破ったのは、すすり泣くような、嘲笑うような、乾いた笑い声。


勇者「ボクのため……? 国のため……? 王族の義務……? 」

海の勇者「お、王子……?」


色を失っていた瞳に、今ではありありと感情が浮かび上がっていた。

その感情は侮蔑。

まるで汚らわしいものでも見るかのような目で、海の勇者を見下ろしていた。


勇者「よく言えますね、そんな偽善を……別に本音を言ってくれて良いんですよ……?」

海の勇者「――ッ!? 王子、何を仰るのですか……!?」

勇者「本当は、自分の罪悪感を消したいんでしょう……? 10年前のあの日、同盟国でありながら『水の大国』領は救援に向かわなかった……」


勇者「そして、貴方は将でありながら……難民の受け入れも、救援隊の派遣も、物資の支援も……そして、連れ去られる民を知りながら……」

勇者「何もかも、見て見ぬふりをしたんでしょう……? 『命の女神』の加護を失い、魔物が大発生するのを知りながら……それでも軍を動かさなかった……」

海の勇者「…………ッ」

勇者「わかってるんでしょう……? 貴方があの時、海の本殿からの指示に従わなければ……せめて難民の受け入れだけでもしていれば……」

海の勇者「……わ、私は……ッ!」

勇者「だから民達は今この瞬間も『土の大国』領で奴隷として虐げられている……それを知っていながら、貴方は何もしない……何も出来ない……」

勇者「『火の大国』領に『西の最果て』の防波堤になってもらう。そのためには物資の援助が不可欠ですからね。」

勇者「だから、それを支える『土の大国』領のやり方に口を出せない。それが『命の大国』の民の犠牲の上に成り立っていると知りながら。」

海の勇者「……ぅ……っ……!」


勇者「王族が生きていれば国は滅んでいない……? 馬鹿な事を言わないでください。」

勇者「国とは、民あってのもの。民が住まう地があってのもの。民が笑って暮らせる生活があってのもの。」

勇者「民が虐げられているのを知りながら、その原因も知りながら……自分だけは恵まれた生活をする……?」

勇者「それが『王』……? 王族の義務……? 笑わせる。」

海の勇者「……っ…………」

勇者「民を見捨てて国を復興させるなど本末転倒。それで形だけ整ったとしても、それはもはや『命の大国』じゃない。」

勇者「そんな貴方の自己満足に、ボクが付き合う義務など無い。」

海の勇者「……………………」


勇者は無言で席を立つ。
顔を伏せる海の勇者の表情は窺い知れないが、その肌は蒼白になっている。


勇者「……貴方の顔は見たくありません。もうボクに関わらないでください。」

海の勇者「……は……ッ…………」


そのまま通り過ぎようとした所で、勇者はふと足を止めた。


勇者「……でも、あの子の……妹の足の痛みを無くしてくれた事には……あの子に代わって礼を言います。」

勇者「短い間でしたが、貴方のおかげであの子は笑えるようになりました……本当に、ありがとうございました。」

海の勇者「――ッ……勿体、ない……お言葉です……」


肩を震わせ落涙する海の勇者を背に、静かに部屋を後にした。


――――――――

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――――

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今年はここまでです。

年始はしばらくお休みしますが、一気に大量更新と最近の一区切りを毎日更新。どっちが良かったでしょうか。
来年の更新の参考にしたいので良かったら教えて下さい。


それでは良いお年を!


根の勇者「よう、坊主に嬢ちゃん! 無事だったみたいだな。」

女僧侶「根の勇者様!?」

勇者「あの、その姿は……」

根の勇者「なあに、ちっとばかしヘマしちまってな。俺も焼きが回ったもんだ。」


右腕以外の四肢を失ったにもかかわらず、車椅子の上で豪快に笑っている。


根の勇者「待たせて悪いな。国王もすぐに――――」

樹の勇者「……失礼します。」


扉を開けて入ってきたのは樹の勇者。
予定になかったのか、根の勇者が驚いた表情を浮かべている。

樹の勇者の姿を見た勇者と女僧侶は、怯えるように小さく肩を震わせた。


根の勇者「なんだ、お前も立ち会うのか?」

樹の勇者「……はい。少々気にかかる事がありますので。」

根の勇者「そうなのか? まあ、別に構わんが。」

勇者「……………………」


樹の勇者は椅子には座らず、部屋の隅に移動した。
まるで何かを監視するかのように。


根の国王「申し訳ない。お待たせした。」


応接室の扉が開き、老齢の根の国王が現れた。
真っ白な頭髪と伸ばしたヒゲが柔和な印象を与えている。


根の国王「此度は我が国の危機を救って頂き、深く感謝している。」

勇者「ボク達は……何もしてません……」

女僧侶「男戦士さんと男武闘家さんが……命をかけて戦ってくれたんです……」


喪ってしまった仲間を想い、二人は目を伏せる。


根の国王「ああ、本当に惜しい人物を亡くした……いずれ彼らには政務の一翼を担って欲しかった……」

根の国王「勇者の仲間の活躍は『リーダーの勇者の活躍』として扱われる。当然、我々は今回の一件も君の活躍として考えている。」

根の勇者「ただ……今回の一件はまだ色々と不明な点が多くてな。大々的に国民に発表できる類のものじゃないんだ。」

根の勇者「だから今回の報酬が地味なものになっちまうのは勘弁してくれ。」

勇者「もともとボクが何かをしたわけではないので……それは別にどうでも……」

根の勇者「まあ、そう言ってくれるなよ。『北の国』出身のお前さんにとっては悪くない話なんだから。」

根の国王「……それでは、根の国王としてここに約束しよう。以後、君の身元は我が国が保証すると。」

勇者「……え?」


金銭や勲章の授与だと思っていた勇者は、想定外の申し出に首を傾げている。


女僧侶「それって……どういう意味なんですか?」

根の勇者「そうだな……簡単に言えば、だ。国境を越えるのが簡単になるって話だよ。」

根の勇者「今後はもうあのぼったくりの金額を払わなくて良いって事さ。」

根の国王「これからは、君が望めば『根の国』の民として行動する事が出来るのだ。旅を続けるなら、身元を保証する国がないと不便だろうからね。」

勇者「あ、ありがとうございます!」

根の国王「なに、これくらいは当然の報酬だよ……ところで、君は今夜何か予定があるだろうか。」

勇者「ボクはすぐにでも発とうと思っていますけど……」

根の国王「そうなのか……もし都合がつくなら鎮魂の儀に参列して欲しかったのだが……」

女僧侶「鎮魂の儀……?」

根の勇者「……今回の一件で、男戦士と男武闘家の他にも結構な数の死者が出ててな。」


煙の勇者に壊滅させられた、砦の防衛にあたっていた兵士達だ。


根の勇者「死者に感謝と哀悼の意を捧げる儀式だ。良かったら参列してやってくれ。」

女僧侶「あ、あの……勇者くん……」

勇者「……………………」


女僧侶が何かを言いたげな目で勇者を見ている。
勇者の決定が何より優先されるが、女僧侶としても死んだ二人の為に悼みたかった。


勇者「…………そうですね、わかりました……出発は明日の朝にしようと思います。」


にこりと微笑み、勇者も参加の意志を伝えた。




根の勇者「はぁ…………」


話が終わり、国王達が退室した応接室で根の勇者が深いため息をついている。


根の勇者「……彼らに、罪悪感を感じているのですか?」


室内に残っているのは根の勇者と樹の勇者の二人だけだ。


根の勇者「おいおい、感じない訳ないだろ。……とは言え、一個人に明かせる内容でもないしな。」

樹の勇者「本当に……惜しい人を亡くしました。彼らが残した情報は大国の政策を左右する程の価値がありました。」


男武闘家は自分の命が尽きる前に、死力を振り絞って【恩寵】を発動させていた。
それは、自分達が得た情報と、それに対する考察を転写する【恩寵】。

懐に入れていた手帳に、細い植物の根を文字として縫いつけて転写していたのだ。
そして、それは言ってみれば男武闘家から勇者へと遺された遺書。

それを死体から発見した樹の勇者は王と根の勇者に報告し、これはとても公表できないと判断した。
故に、一般人と変わらぬ扱いの『北の国』の勇者に遺書を渡す事は出来ない。

遺された情報は、“魔人”の存在や、それに伴う『火の大国』領の背信行為の疑い、そしてこれまで誰も考えようともしなかった、とある『仮説』――


根の勇者「『地の神』『樹の神』『海の神』『焔の女神』『鋼の女神』、今は亡き『命の女神』……」

根の勇者「そして、誰も知らない7番目の『神』……そんなものが本当に存在するのか……?」

樹の勇者「あくまで今は仮説が提唱された段階ですが、そう考えると魔物の存在にも納得がいきます。」


話に聞いていた魔王と、そこらに溢れる魔物はあまりに違っていた。
だがそれも、魔物の上位存在として“魔人”が存在し、それを統べる者が“魔王”なのだと考えれば筋が通る。

獅子頭の魔物の咆哮は【恩寵】をかき消す力を持っていたという。
しかし『神』の力に対抗できるのは『神』だけの筈だ。

そう。もしも魔人や魔物に力を与える『神』が存在したなら――――

魔物が自然発生する理由や、縄張り争いすらせず人間だけを襲い続ける理由にも説明がつく。
魔人や魔物達は自分達とは異なる『神』の力を受けている存在を狙うのではないか――――?

魔王は十年前『命の女神』をこの世界から抹消した。
その事実が重すぎて、どうすればそんな事が出来るのか誰も考えようとしなかった。
それも、魔王が何らかの『神』の力を受けているからこそ出来たのではないか――――?


根の勇者「……とにかく、樹の神の本殿にも意見を聞かないとな。何らかの神託を得られるかもしれん。」

樹の勇者「本殿には私から伝えておきます。…………それと、話は変わるのですが。」

根の勇者「おう、どうした。」

樹の勇者「『北の国』の勇者と女僧侶。二人を見ていて、何か気になる事は無かったですか?」

根の勇者「……………………」


樹の勇者の空気が普段と違う事に気付き、根の勇者の表情も真剣なものになる。
今の樹の勇者の空気は、罪人を調べる審問官のものだ。


根の勇者「話にも参加しないで何しに来たのかと思ってたが……そういう理由か。」

樹の勇者「……はい。先程届いた情報ですが、山中で『火の大国』領の偵察兵の死体が発見されたようです。」

根の勇者「それは……あいつらの証言の中にあった女偵察兵か? 目を離した隙に逃げられたらしいが。」

樹の勇者「恐らく。ただ、どうにも不可解な点が多いので……」

根の勇者「不可解?」

樹の勇者「はい。死体に目立った外傷は無かったらしく、死因は不明です。」

根の勇者「外傷が無い……? 何らかの発作がおこる持病でも持ってたのか?」

樹の勇者「わかりません。それ以上に不可解なのが……どうやら死ぬ直前に性交に及んでいたようなのです。」

根の勇者「はぁ? 敵地のど真ん中でおっぱじめたってのか? まさか、死因は腹上死とでも言うつもりか?」

樹の勇者「いえ、死因は不明です。」

根の勇者「…………。あのな、愛想笑いぐらいしてくれよ。冗談に決まってるだろ……」

根の勇者「しかし、つまりあれか? あの二人が強姦して殺したとでも考えてるのか?」

樹の勇者「報告によれば、身体や膣の内部に抵抗の痕跡が見られないようなので合意の上での行為と考えられます。」


根の勇者「じゃあ、俺達が見付けられなかった『火の大国』領の兵士が他にいたんじゃないのか?」

根の勇者「お前が何を気にしてるのかわからんが、俺はあの二人から気付いた事なんてないぞ。」

根の勇者「強いて言うなら……仲間を喪って、かなりヘコんでるって事くらいだ。」

樹の勇者「……そうですか……ありがとうございます。」


特に『当てが外れた』という顔を見せるでもなく、樹の勇者は頭を下げて部屋を後にした。


樹の勇者「あの二人を疑う論理的な理由は無い……だが、何かが引っ掛かる。」

樹の勇者「やはり、あの時の異質な気配……あれがどうしても気にかかる……」


根の勇者の話を聞いても自分の抱く疑惑が晴れる事は無かった。


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今日はここまでです。
またしばらく一区切りごとの小出し更新で行こうと思います。


満ちた月明かりが照らす夜空の下。
根の国王や『勇者』達、それ以外にも『根の国』の重臣達が、見上げるほどの大きさの石碑の前に参列している。

これは殉職した兵達の為の慰霊碑。
『樹の神』の紋章が掘られた石碑の下には花束が敷き詰められている。


根の国王「参列者はこれで全てだな……それでは儀式を始めよう――――」

根の勇者「いや、まだ大将が来てないぜ。なあ、もう少しかかるのか?」

潮の勇者「申し訳ありません……将軍は体調が優れないため、今夜の儀式は欠席させて頂きます。」

根の勇者「おいおい、マジかよ。医者の不養生ってやつか?」

樹の勇者「正直意外ですが、あの方もそれなりの年齢ですし……」

潮の勇者「将軍は参列されるおつもりだったのですが、あまりに顔色が悪かったので私の一存で休んで頂きました。」

女僧侶「ふーむ、お昼にお会いした時は元気そうに見えましたけどねー。」

勇者「……………………」


地の勇者と宝石の勇者の姿も無い。
彼らは中立国の『勇者』という事で参加を見合わせていた。


『勇者』や要職にあるものは石碑の周りに、そしてそれを囲むように儀礼用の装備に身を包んだ『樹の大国』領と『水の大国』領の兵士達が参列している。

鎮魂の儀は国王の弔辞から始まり、『樹の本殿』から派遣された神官が哀悼の祈りを捧げた。
厳かな空気の下、粛々と儀式は進められていく。


神官「……では最後に、旅だった者達へ鎮魂歌を捧げたく思います……皆さまも是非ご参加ください。」


その言葉に応えるように楽隊が楽器を掲げた。

植物や動物を操る力を持つ『樹の神』の教えとは、すなわち食物連鎖の理。
死者は土へと還り、そして新たな生命として生まれ変わり、再び連鎖の一員として生を全うするのだ。

死は永遠の別れではなく、生命の形が変わる。ただそれだけの事――――


女僧侶(歌、かぁ……また勇者くんの歌が聞きたいですけど、もう歌わないって言ってましたし……)


内心落胆していたが、決して表には出さずに前奏が終わるのを待つ。
楽隊は確かな技量で各々の楽器を奏で、旋律はコーラス部に差しかかる。


女僧侶「芽生えた息吹は 巡り――――」

勇者「芽生えた息吹は 巡り花咲く 捧げた祈りは 緑を覆う 横たわる身体は 魂を送る」


透き通る歌声が響き渡り、女僧侶は言葉を失った。
そして、それは女僧侶だけではなかった。

『根の国王』や重臣達、そして居並ぶ『勇者』達。
その誰もが驚きに目を見開いて言葉を失っている。

周囲を囲む兵士達は少し離れていたので気付くのに少し時間差があったが、すぐに皆口を開いたまま歌うのを止めていた。

人も、動物も、植物も。
全ては繋がり合った鎖の一部分。
死んだ者達は消えてなくなった訳ではなく、形を変えて再びこの世界に産まれおちるのだ。

故にこれは永遠の別れでは無い。
草に、木に、獣に、鳥に――――形は変わっても生命は巡り、常に傍にあるのだから。

死は恐れるものではない。
彼らの死も、いずれ訪れる自らの死も。
別の形での生の始まりに過ぎない。

いくら『樹の神』の教えがそうであったとしても、いくら鎮魂歌の歌詞がそういった内容であったとしても。
死をそう前向きに受け入れられるものではない。だというのに――――


穏やかだが心に染み渡る歌声。
生を謳歌する力強さ、死を悼む繊細さ。
たとえそれが囁くような歌声であっても、聞く者の心を抱きしめて離さない。

勇者の歌声を聞く彼らは、心の底から信じる事が出来た。
亡くした友は形を変えて自分達の傍にいるのだと、心の底から信じる事が出来た。

そして、それは本来違う教えを持つ『海の神』の加護を受けた者達も例外ではなかった。

聞きいる者全てが頬を涙で濡らしていたが、それは慟哭の涙ではない。
魂の行く末を受け入れられた事による安堵の涙。
友の死も、自らの死も、悲しみも恐怖も乗り越えて全てを受け入れる事が出来た。

鎮魂歌を聞く誰もが安堵の涙を流していたが、一人だけ例外がいた。


女僧侶(勇者くん……? どうしてそんなに悲しそうな顔で歌っているんですか……?)


聞く者の心境とは裏腹に、歌い上げる勇者の表情はあまりに悲痛でその頬は慟哭の涙で濡れている。
まるで唯一人、彼らの魂の行く末を受け入れられないとでも言うかのように――――


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城の酒蔵の前。
客人として扱われている地の勇者が飲み物を調達に来ていた。


地の勇者「ん、鎮魂の儀は終わったのか……兵士達が戻ってきたな。」

使用人「そうみたいですね。……あれ? 何だかやけに皆上機嫌に見えますが。」

地の勇者「何時までも引きずって湿っぽくなるよりは良いだろ。そのための儀式だったんだろうし。」

使用人「……仰る通りですね。あ、こちらのワインも如何ですか? チーズとよく合いますよ。」

地の勇者「そうなのか? じゃあそれももらっていくわ。」

宝石の勇者「あら、こんばんは。御馳走になりますね。」

使用人「ほ、宝石の勇者様! いえ、お二方は我が国の恩人です。どうぞ、ごゆっくりお休みください。」


柔和な笑みを湛えた宝石の勇者に使用人が顔を赤らめている。
宝石の勇者のバスケットには調理場で受け取ったチーズや干し肉が詰められ、飲み物調達の地の勇者と合流しに来たようだ。

儀式を終え、普段の持ち場に戻る兵士達は皆穏やかな表情で口々に誰かを褒め称えている。
二人の『勇者』に気付き頭を下げる者もいたが、大半の兵士たちは気付かずに会話を続けるほど盛り上がっていた。


地の勇者「……? 『湿っぽいより良い』とは言ったが……ちょっとテンションが高すぎねぇか。」

宝石の勇者「ああ、私もちょっと耳にした程度だけど、何だか凄く上手な歌が聞けたらしいわよ?」

地の勇者「へぇ……ま、本気で上手い歌を聞けば心が奮えるしな。盛り上がるのも当然か。」

宝石の勇者「あら? あなたがそんな事言うなんて、ちょっと意外ね。」

地の勇者「そうでもねぇよ。昔潰した奴隷商人の所に歌が上手いのがいたんだよ。」

宝石の勇者「あなたが憶えてるくらいだから、よほど上手だったのね。それで、その奴隷はどうなったの?」

地の勇者「知らねぇな。潰した奴が管理してた奴隷はまともな奴隷商人に引き継がせたからな。」

宝石の勇者「ふーん……でも、そんなに上手だったなら、今頃有名になってるかもしれないわよ。どんな人だったか憶えてる?」

地の勇者「お前よりもしっかり頭にターバン巻いてたしなぁ……後ろ姿しか見てないから顔もわからん。だが、体格から考えて餓鬼だろうな。」

地の勇者「ご多分にもれず、鞭で打たれた痕が背中に残ってたが……ンなものは珍しくもない。」

宝石の勇者「そうなんだ。でも、ちょっと残念ね。そんなに上手な歌が聞けるなら私も儀式に参加したかったなぁ。」


地の勇者「ハッ、俺は御免だな。面倒くせぇ。……なあ、それ美味そうだな。」

宝石の勇者「あ、ちょっとコラ! 歩きながら食べるなんて行儀が悪いわよ!」

地の勇者「知るかンなもん。それにしても、やっぱりここのチーズは美味いな。これはワインも期待できそうだぜ。」

宝石の勇者「まったく、もう……あなたは何時まで経っても子供なんだから。……あ、駄目だったら!」


たしなめる言葉を聞き流し、今度は干し肉に手を伸ばす地の勇者だった。


――――――――

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――――あなたはとても愚かな事をしました。
何故あの時、力を使うような真似をしたのですか。

……あの少女を助けるため?
おかしな事を言いますね。力を使わずとも、魅了の届く範囲内だったのですよ。

…………?

魅了ではあの少女を巻き込んでしまう?
それこそ何の問題も無いではないですか。

あの少女はあなたを慕っていますが、それを当てにするなど愚かな行為です。
きちんと魅了を施し、決して裏切らない様にすれば良いのです。

……何故、黙り込むのですか?
あの死んだ二人同様、魅了して繋がりを得れば良いでしょう。
今までしてきた事と何も変わりませんよ。

…………

そうですか、不服ですか。
では、この際かねてより気になっていた事を確認しておきましょう。


――あなたは、あの少女を特別視してはいませんか?
いえ、あの少女だけではありませんね。
死んだ二人の男もです。

あなたがあの三人とパーティーを組んで約二カ月。
何故これほどの長期間、あの三人と旅をしていたのですか?

……彼らは旅の知識を持っていた?
だから何だと言うのですか。
旅慣れしていない人間に寄ってくるタイプは格好の標的です。

故に、あなたは旅慣れしていない方が都合が良いのです。
そんな事は今更言うまでもないでしょう。

……ああ、そうでした、武術を修めようとした事も問題です。
せっかくあなたは非力なステータスなのですから、それを無駄にする事は見過ごせません。

言わずとも理解しているでしょうけど、あなたに棘は必要ないのです。
花はただ美しく艶やかに咲き誇っていれば、それだけで目的を果たせるのですよ。
果実をもごうと近付く輩と繋がりを得る。幾度となく繰り返してきた事ではないですか。

……まあ、あの二人は既に私のものになりました。
過ぎた事を責めても仕方がありませんので、この話はここまでにしましょう。
とにかく、早々にあの少女も魅了して繋がりを得て――――


……?
新しい仲間が見つかるまでは避けたい?

……そうですね。
確かに、あの少女の戦闘能力は抜きん出ています。
あの『勇者』があなたに目を付けてしまった以上、護衛も無しに旅をするのは私も避けたい所です。

最悪、もし『勇者』と事を構える事態に陥ったとしても、あの少女を囮にすれば逃亡の時間くらいは稼げるでしょう。
……しかし、あなたが不用意に力を使わなければ、こんな事で悩む必要も無かったのですよ。

今後は、周囲に『勇者』の影がある場では決して使用しないように。
もし『勇者』があなたの正体を知れば、あなたの旅はそこで終わってしまうのですから。


――――わかりましたね、王子?


それでは目を覚まして旅を続けましょう。
焦る必要はありませんが、私達に足を止めている暇はありません。
あなたに残された時間は限られていますから。


――――――――

――――――

――――

――


根の勇者「お、早起きだな、坊主に嬢ちゃん。よく眠れたか?」

勇者「あ……おはようございます、根の勇者さん」

女僧侶「おふぁようおふぉいまふ……」


朝食を食べに食堂に向かう途中、車椅子で移動する根の勇者に出くわした。


勇者「根の勇者さんもこれから朝ごはんですか?」

根の勇者「おう、そうだぞ。坊主らもか?」

勇者「はい。……あの、良かったら手伝いましょうか……?」


片腕で車椅子を動かす根の勇者を見かねて、おずおずと申し出る。


根の勇者「んー? ああ、別に気にすんなって。早くこの身体に慣れなきゃいけないからな。」


右腕以外を失ったにもかかわらず、根の勇者は快活に笑っている。


根の勇者「それにしても、昨日は良いモン聞かせてもらったよ。正直、驚いた。」

勇者「喜んでもらえたなら……ボクも嬉しいです……」

根の勇者「兵達も偉いさん達も口々に褒めてたぜ? 逝っちまったやつらも……きっと満足したさ。」

勇者「……ありがとうございます。」

根の勇者「『枝葉の国』で噂になってるから、どれほどのもんなのかと思ってたが……確かに、あれなら納得だ。」

勇者「――え、噂って?」

根の勇者「俺もちらっと耳に挟んだ程度だがな。お前さん、『羊の町』でも歌ったんだろ? それも、結構大々的に。」

勇者「あ、はい……そうでした。」

根の勇者「それが今でも語り草になってるらしいぜ。勝手に肖像画なんかも描かれて出回ってるとか。」

勇者「ええ!?」

根の勇者「ハハッ! ま、仕方無いわな。坊主は絵になる面してるんだから。」

根の勇者「しかし、なんだ。民に愛されるなら『勇者』として本望だろう? 固ぇ事言うなよ。」

勇者「それは……そうかもしれませんけど……」

驚く勇者を根の勇者は豪快に笑い飛ばし、勇者は拗ねたように口を尖らせている。


根の勇者「それにしても……嬢ちゃんは器用だな……」

女僧侶「……スピー……クー……クー……スー……」

勇者「あ、あはははは……」


眠りながら歩く女僧侶に、勇者が乾いた笑いをこぼしていた。




女僧侶「うーん♪ やっぱりここのチーズは絶品ですね!」

根の勇者「だろ? しかし、なかなか良い食いっぷりじゃねぇか。気に入ったぞ、どんどん食え! 嬢ちゃん!」

女僧侶「はい! それではお言葉に甘えて!」

勇者「あはは……」


数人分の食事をぺろりと平らげ、更に追加の食事を受け取っている。
一人分の食事で満足した勇者はそれを苦笑しながら見ていた。

その時、食堂に向かってくる若い男女の声が聞こえてきた。


「ふぁ……眠ぃな。眠気覚ましに一杯やりたいぜ……」

「あなたねぇ……昨日、あれだけ飲んでまだ足りないの?」

「そこらの安酒とは違うからな。どんだけ飲んでも飽きねぇよ。肴のチーズも最高だったし。」

「それは、まぁ……確かに美味しかったけど。朝から飲み過ぎないでよ、みっともないんだから。」

「知るかンなもん。俺に指図するな。」


勇者「――――ッ!!」


弾かれるような勢いで、突然勇者はローブのフードを深くかぶった。


女僧侶「勇者くん? どうかしたんですか?」

根の勇者「どうした坊主? いきなりフードなんか被って。」


怪訝な表情の二人には答えず、勇者は何かから隠れるように顔を伏せ縮こまっている。


地の勇者「よう、おっさんじゃねーか。」

宝石の勇者「おはようございます、根の勇者。」

根の勇者「おう、おはよーさん。お前らも飯食いに来たのか?」

宝石の勇者「はい。こちらで頂けると聞いたので。」

地の勇者「喉渇いたからワインくれ。なんなら、おっさんも一緒にやらねーか?」

根の勇者「俺はワルガキと違って仕事があるんだよ。……だが、まあ……少しくらいなら良いか。」

地の勇者「ハハッ! 流石おっさん、話せるじゃねぇか。」

勇者「…………ッ」

女僧侶「あの……?」

根の勇者「おっと、悪い悪い。紹介するよ、この二人は『地の大国』領の勇者だ。」

根の勇者「この間の一件で世話になってな、礼がてらに滞在してもらってるんだ。」

地の勇者「ま、別に何もしてねぇがな。通りがかっただけで、飯奢ってもらう程度で釣り合うような話だ。」

宝石の勇者「こっちの彼が『地の勇者』、私が『宝石の勇者』――――って、あら。」

女僧侶「……? なんですか?」

宝石の勇者「いいえ、ごめんなさいね。何でもないわ。」


何かに気付いたような宝石の勇者に女僧侶が首を傾げたが、宝石の勇者はにこりと微笑むだけだった。


根の勇者「こっちの坊主は『北の勇者』、こっちの嬢ちゃんは連れの女僧侶だ。」

勇者「――――あのッ! ボクはもう出発します! 行こう、女僧侶さん!」

女僧侶「え、ええ!? ちょ、勇者くん!?」


女僧侶の手を掴み、引っ張るようにして席を立つ。
そのまま振り返ろうともせず食堂から走り去っていった。


地の勇者「なんだありゃ?」

根の勇者「……お前、なんかしたんじゃないのか? あからさまに避けられてたぞ。」

宝石の勇者「……あの子達って、二人だけなんですか?」

根の勇者「ん……この間の一件で二人仲間を喪ってな。今は二人だけだ。――って、なんだ、知り合いなのか?」

宝石の勇者「知り合いって程でもないんですけどね。向こうは私の顔を知りませんし。」

地の勇者「ンだよ、俺じゃなくてお前がちょっかいかけてたんじゃねぇか……どうせまた、何かに利用したんだろ」

宝石の勇者「ちょっと、人聞きの悪い事を言わないで。ちゃんとお互いに利がある話だったんだから。」

地の勇者「どうだか……ま、別にどうでも良いけどな。無くなった国の『勇者』になんざ興味ねぇし。」


地の勇者は給仕からワインを受け取ると、満足そうにグラスに口をつけた。


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女僧侶「どうしたんですか、勇者くん? 何もこんなに慌てて出発しなくても……」

勇者(なんで!? なんであの人がここに!? 逃げなきゃ……少しでも遠くに……早く離れなきゃ……!)

女僧侶「もちろん、私は勇者くんがそうしたいなら従いますけど……せめて理由くらいは教えて欲しいと思ったり……」

勇者(急がなきゃ……急がなきゃ……! あの人に見られる前に……!)

女僧侶「うう、聞こえてないみたいです……わかりました。黙って従いますよ……」


勇者はフードで顔を隠しているが、その形相が必死なのは気配で伝わってくる。
荷物を纏めて厩舎へ向かう途中、女僧侶は諦めて出発に気持ちを切り替えていた。




地の勇者「――ん? あれはさっきの奴らか……何をそんなに急いでるんだ……?」

根の勇者「ふぃー、やっぱ朝から飲む酒はうめぇな。おい、もう一杯どうだ。」

地の勇者「結局、おっさんが一番飲んでんじゃねぇか……まあ、くれるってんならもらうがな。」


ここは城の上階にある根の勇者の執務室。
根の勇者が秘蔵の酒を持ち出し、男二人は朝っぱらから酒盛りに興じていた。

窓から外を眺める地の勇者の視界の先、勇者と女僧侶が厩舎に駆け足で向かっているのが見える。


宝石の勇者「ちょっと根の勇者、仕事はどうしたんですか。朝からそんなに酔っぱらって、まったく……」

根の勇者「おいおーい、そんなに固ぇ事言うなよ。他国の『勇者』をもてなすのも立派な仕事だろーが。」

地の勇者「そうそう、せっかくおっさんが秘蔵の酒を振る舞ってくれるってんだぞ? 断るのは野暮ってもんだろうが。」

地の勇者「って事で、お前も飲め。このワインはちょっと他では味わえねぇ逸品だぞ。さすがおっさんだな。こんなもん隠してやがるとは……」

根の勇者「おう、そうだ! 飲め飲め! 男二人でやるのも気楽で悪くないが、やっぱり華が無いとな!」

宝石の勇者「結構です。そういう女性が欲しいのなら娼婦でも呼んでください。」

根の勇者「いや……何もそこまでサービスしろとは言ってないんだが……」


手痛く断られ、根の勇者がしょんぼりと肩を落とす。


地の勇者「娼婦か……そういや、この辺の娼館はどんな具合なんだ? おっさんなら詳しいだろ。」

根の勇者「お? それを俺に聞いちゃう? おじさん、この辺の娼館なら知り尽くしてるぞ?」

宝石の勇者「ちょっと、あなた達……」

地の勇者「だと思ったよ。最近移動続きで遊んでなくてな。どっかお勧めの店はねぇか?」

根の勇者「ばっか、おめーそういう事なら早く言ってくれよ! こっちの奴らは付き合い悪くて暇してたんだよ!」

根の勇者「で、どうよ? どんな娘が好みなんだ? やりたいプレイとかはあるか? 裏サービスも含めば大概の事は出来るぞ。」

地の勇者「そうだなぁ……まあ、そこそこ見れた面で本番が出来れば文句ねぇよ。」

根の勇者「オーケイ、オーケイ、溜まってるって訳だ。じゃあ今夜はがっつり抜いてくれる娘を紹介して――――」


――――ガシャーーン!!


根の勇者「おわーっ!?」

宝石の勇者「あら、ごめんなさい。足が滑りました。」


いきなり蹴飛ばされ、根の勇者が車椅子から転げ落ちた。


宝石の勇者「さ、手を貸しますので掴まって下さい。」

根の勇者「お、おお、悪いな――――って、イダダダダダダッ!?」


笑顔で差し出された手を握ると、その手が万力のような力で握り返してきた。


宝石の勇者「おや、もしかして傷が開きました? これはいけない、抱き上げて差し上げますね。」

根の勇者「え、ちょっ――――グゲッ、ウグガッ!?」


抱き上げる腕は相手を労わるようだが、全力で力を込める姿はベアハッグにしか見えない。
たっぷりと締め上げられた後、根の勇者はようやく車椅子の上に戻された。


根の勇者「」

宝石の勇者「それと、あなたも。『勇者』が金で女を買うようなみっともない真似はしないで。」

地の勇者「あ? 商売女を金で買って何が悪い。当たり前の事だろうが。」

宝石の勇者「 み っ と も な い 真 似 は し な い で 。と言ってるの。わかった?」


宝石の勇者は穏やかな笑みを浮かべているが、その目の奥は笑っていない。
付き合いが長い地の勇者も、こういう時は刺激してはいけないと理解していた。


地の勇者「ぬ、ぐ……――チッ、わかったよ。ったく、うっせーな……」

宝石の勇者「 何 か 文 句 が ?」

地の勇者「ねーよ! わかったっつったろうが!」


ぷいと顔をそむけ、つまらなさそうに窓の外に目をやる。
ちょうど下では勇者と女僧侶が厩舎から馬を出し、出発する姿が――――


地の勇者「――――ッ」


その時一陣の風が吹き抜け、勇者のフードが外れその顔と薄桃色の髪が露になった。
慌ててフードを被り直したが、地の勇者は呆けたように口を開けている。


地の勇者「――――桜……」

宝石の勇者「え? 何か言った?」

根の勇者「桜? いや、咲いてねぇだろ。まだそんな時期じゃないぞ。」


地の勇者は、走り去る勇者の背中を食い入るように見ている。


地の勇者「……悪いなおっさん、遊ぶのはまた今度にしようや……急用が出来ちまった。」

宝石の勇者「え?」

根の勇者「なんだ、お前も出るって事か? もう少しゆっくりしてって良いんだぞ?」

地の勇者「ああ、そうだな……欲しいものを手に入れたらまた来るよ……そん時ゃまた飲もうや。」

宝石の勇者「ちょっと、どういう事なの!? 説明して!」


地の勇者が纏う空気が変わっている事に気付き、宝石の勇者が説明を求めている。
この剣呑な気配は、戦闘時に勝るとも劣らない。これまでに、数々の問題行動を起こしてきた時のモノだ。


地の勇者「おっさん、馬もらって良いか?」

根の勇者「ああ、構わんぞ。後で俺から言っとくから、好きなの乗ってけ。」

地の勇者「悪ぃな……じゃ、これで貸し借りなしって事で。」

根の勇者「おう、お前もあんまり無茶すんなよ。『勇者』の力だって無限じゃねぇんだからな。」

地の勇者「ハッ! なめんなよ、俺をおっさんと一緒にすんな。」

宝石の勇者「ちょっと待ってったら! きちんと説明しなさいよ!」


その言葉を無視し、地の勇者は部屋から出て行った。
宝石の勇者が意見を仰ぐように根の勇者に目をやるが、当人は肩をすくめている。


根の勇者「あいつが何考えてるかなんて、俺にわかる訳ないだろ? と言うか、お前さんの方が付き合い長いだろうが。」

宝石の勇者「それは……そうですけど……」


宝石の勇者はどうするべきか行動を決めかねていた。
一人で後を追うべきか、それとも誰か別の『勇者』に応援を求めるべきか。


根の勇者「お前さんがあいつのブレーキ役なのはわかるがな。ちったぁお前さんも素直になって良いんじゃないか?」

宝石の勇者「それは、どういう意味で……」

根の勇者「あいつが気になるんなら、それをちゃんと行動で示せって事だよ。」

宝石の勇者「――なっ!? わ、私は別に!!」

根の勇者「大丈夫だって! あいつも男なんだから、お前さんが誘惑すりゃあコロっといくさ!」

宝石の勇者「……そんな事……出来る訳が……」


褐色の肌を赤く染め、宝石の勇者がうつむいている。


根の勇者「いやいや、真面目な話。せっかく良い身体してるんだから、有効に活用しようぜ?」

宝石の勇者「…………は?」

根の勇者「さっきのベアハッグとか、マジ勃起もんだったし。俺もこんな身体になってなかったら、即行押し倒して――――」


宝石の勇者がワインの空き瓶を拾い上げる。


根の勇者「え、いや、ちょっ……何でそんなの手にしてるんだ……?」

宝石の勇者「……………………」

根の勇者「待て待て待て、俺は真面目にアドバイスをだな……ほ、ほら、お前さんだって身体が疼く事くらいあるだろ?」

根の勇者「男も女も本能には逆らえないんだから、ものにしたいなら相応の手段を使えば――――って、いや、待って、ちょ、誰かーー!!」


ガラスの瓶が砕ける音と、根の勇者の叫び声が城の廊下に響き渡った。


――――――――

――――――

――――

――


枝葉の勇者「……話は聞きましたよ……女狩人さんの仇を討ったんですよね。」


『角笛の町』の墓地に、枝葉の勇者が一人佇んでいる。
足元の墓石には幾つもの花束がささげられ、『女狩人』『男戦士』『男武闘家』の名前が刻まれている。


枝葉の勇者「村長さんや孫娘さんと相談して、同じお墓に埋葬してもらいました……きっと、喜んでくれますよね……」

枝葉の勇者「……でも……どうして――――」

枝葉の勇者「どうして、あんな無茶を……どうして、逃げてくれなかったんですか……」

枝葉の勇者「いつも、『自分達は弱い』って……『危ない事には関わらない』って……いつも言ってたじゃないですか……」

枝葉の勇者「いつか一緒に……仕事が出来ると思ってたのに……」


涙でにじむ視界をごしごしと袖で拭っている。
と、その時、背後から足音が聞こえ枝葉の勇者が振り返った。


樹の勇者「……君がこちらに来ていると聞いたので。」


樹の勇者は枝葉の勇者の隣に並ぶと、墓石に跪き持参した花束を供えた。


樹の勇者「本当に、惜しい人達を亡くしました……報告書には目を通してもらえましたか?」

枝葉の勇者「はい……」

樹の勇者「彼らの推察が事実か否か……それを明らかにするには、『情報街』を管理している君の力が不可欠です。」

枝葉の勇者「わかってます……二人の死は無駄にしません……絶対に。」


自分には樹の勇者や根の勇者のような戦闘能力は無い。
だが、力の無い者でも貢献できる事は幾らでもある。

枝葉の勇者は、死んだ二人の生き様からそれを学んできた。


樹の勇者「――――しかし、あの件に関してはまだ情報を集めている段階です。すぐに君に動いてもらう事は無いでしょう。」

枝葉の勇者「そう、なんですね……」

樹の勇者「しかしそれとは別件で、一つ君に調べてもらいたい事があるのですが……聞いてもらえますか?」

枝葉の勇者「え……? 樹の勇者さんに、調べられない事は僕にも無理だと思うんですけど……」


犯罪捜査は樹の勇者の本領だ。
果たして、情報収集だけが取り柄の自分に協力できるのか。枝葉の勇者はそう考えた。


樹の勇者「いえ、これは君でなければ調べられない事です。」

枝葉の勇者「は、はあ……それで、どんな内容の調査を?」

樹の勇者「それを話す前に、一つ約束して下さい。この依頼に関して、決して口外しないと。」

枝葉の勇者「…………ッ」


冷徹な視線に射抜かれ、枝葉の勇者がびくりと身体を震わせた。


枝葉の勇者「――わかりました。誰にも話さないと約束します。」


樹の勇者「ありがとうございます。……君に依頼したい事とは、この二人の調査です。」


そう言って懐から取り出した書類を枝葉の勇者に手渡す。


枝葉の勇者「これは……『北の勇者』と『女僧侶』さん……?」

樹の勇者「はい。生まれから育ちまで、わかる事なら何でも構いません。」

枝葉の勇者「女僧侶さんはともかく、北の勇者はこの国出身じゃ無いので、調べるのは難しいと思いますけど……」

樹の勇者「もちろん承知しています。北の勇者に関しては『木の大国』領に入国してからの記録で構いません。」

樹の勇者「彼が酒場で仲間を集めていたのなら記録が残っている筈です。どこでだれを仲間にし、どういう経路で旅をしたのか……」

樹の勇者「旅路の途中で不可解な事件などに遭遇していないか……わかる事なら何でも構いません。出来る限り詳細な調査をお願いします。」

枝葉の勇者「……………………」


枝葉の勇者は依頼内容を反芻し、自分に可能かどうかを吟味している。
猛禽による情報ネットワークを介せば、実際に各地に足を運ばずとも効率的に情報を集められるだろう。
樹の勇者が、自分を指して適任だと言ったのは正しかったようだ。

しかし、恩寵を失くした『勇者』と一介の冒険者にそこまで手間をかける必要があるのか?


樹の勇者「これは、筆頭審問官としての依頼です。受けて頂けますか、枝葉の勇者?」

枝葉の勇者「――――わかりました。この依頼、お引き受けします。」


意味のある調査だとは思えなかったが、こういった調査を可能にする為に情報ネットワークは構築されたのだ。
これを引き受ける事は、ネットワーク構築に手を貸してくれた二人に報いる事になる筈だ。

この時、枝葉の勇者はその程度にしか考えていなかった。


――――――――

――――――

――――

――


『根の国』と『煙の国』の国境の砦。
この堅牢な砦を突破するのは困難だったため、この間の演習でも回り道をして別の位置から侵攻していた。
結果、この砦は無傷で残り、警備も通常運行で行われている。

こちらは『根の国』側の管理区域なのだが、ちらほらと『火の大国』領の人間の姿が見受けられる。
武装した兵士にしか見えないが、『根の国』の警備に見咎められる事も無いようだ。


商人「あのー、すいません。護衛を雇いたいんですけど。」

傭兵長「承知いたしました。荷物の量をお聞きしてもよろしいですか?」


これから『火の大国』領に入国する者、行商から戻り『木の大国』領に戻る者。
そういった者たち向けに、傭兵を雇えるシステムが構築されており、彼らはその構成員だ。

一般的な傭兵と言えば、粗暴な荒くれ者といったイメージだが、彼らは違う。
戦闘に特化した恩寵の『火の大国』領にとって、傭兵業は貴重な外貨の獲得手段だ。
身なりを整え、その態度も極めて礼儀正しい。


商人「馬車で三台です。とりあえず、二人ほど雇えればと。」

傭兵長「ふむ……失礼ですが、この規模の荷車なら四人は必要かと存じます。」

傭兵長「もちろん二人だけを同行させる事も出来ますが、その際は保険の対象外になります。よろしいですか?」

商人「む、むむむ……――うーん、わかりました。それじゃあ四人にしておきます。」

傭兵長「かしこまりました。それではこちらの書類にサインを。」


彼らは契約にのみ従う戦闘集団。
一度契約を結べば、仮に『火の大国』領からの指示であっても絶対に雇い主を裏切らない。
過去実際に、演習に巻き込まれた雇い主を守るため、命を捨てて戦った傭兵は数え切れない数にのぼった。

契約の為なら命をも捨てる。
それにより、彼らは絶対の信用を勝ち得ていた。


女剣士「――――なんで!? 傭兵になったら強い相手と戦えるんでしょ!?」

傭兵「いや、そう言われても……我々も信用が第一なので。」

女剣士「腕なら証明して見せたじゃない! 今更、やっぱり雇えないってどういう事よ!」

傭兵「しかし、呪われているなら呪われていると事前に言って頂かないと……」

女剣士「こんなの、別に誰かに迷惑をかける呪いじゃないんだから問題ないでしょうが!」


黒髪の女剣士と事務担当の傭兵が何やらもめているようだ。
周囲には気絶した傭兵が二人倒れている。


傭兵長「――おい、何を騒いでいる。」

傭兵「あ、傭兵長……申し訳ありません、少し問題が……」

女剣士「問題なんかないでしょ! 約束通り、私を雇ってくれたら良いだけじゃない!」

傭兵長「傭兵ギルドに加入希望という事ですか?」

女剣士「そうよ! ちゃんと実力だって証明したんだから!」

傭兵長「そこで気絶している者は……ふむ、ギルドでも上位の使い手ですね。なるほど、腕は確かなようだ。」

女剣士「当然! でなきゃ『鉄の大国』領からこんな所まで来ないわよ。」


褒められて気を良くしたのか、女剣士の機嫌もいくらか和らいだようだ。


傭兵長「ギルドの加入条件に国籍は無い筈だが……何をもめていたんだ?」

傭兵「はぁ……それが、この人呪われているようでして。」

女剣士「だ、か、ら! こんなの、別に誰にも迷惑かけないでしょ!」

傭兵長「あなたも少し落ち着いて下さい。それで、いったいどのような呪いに?」

女剣士「ちょっとステータス表示がおかしいだけよ。……はい。」ステータス開示


女剣士(22)
【神の恩寵】
鋼の女神  Lv5 

【戦闘スキル】
剣術    Lv*C2ヌヨャ・○
短剣術   Lv濃□□z

―――――――――――――

神の恩寵スキルLv目安

Lv1~2      相性の良い術なら使えるレベル
Lv3~4      初歩的な術なら全て使えるレベル
Lv5~6      人間をやめ始めるレベル
Lv7~9      神の声が聞こえるレベル
Lv10~      肉体にも恩寵が影響を及ぼし、一般人とは一線を画するレベル

―――――――――――――

戦闘スキルLv目安

Lv1~2      初心者
Lv3~4      一般的な兵士が務まるレベル(いわゆる経験者)
Lv5~6      ベテラン兵士レベル(確かな技術だと認められる)
Lv7~9      一流の傭兵として雇われるレベル(これだけで食っていける)
Lv10~      人が教えを請うレベル(戦わずとも食っていける)


傭兵長「……これはまた。」

傭兵「恐らくLvにして7以上の実力はあると思うのですが……流石にこれは……」

女剣士「ねえ、あなた偉い人なんでしょ? 実力があるなら別に良いわよね?」

傭兵長「……………………」

傭兵「良い訳ないでしょ。ステータスがあてにならないのに、護衛に推薦出来る訳ないでしょうが。」

女剣士「あなたには聞いてない! 私はこの人に聞いてるの!」

傭兵長「……良いでしょう。こちらから推薦する事は出来ませんが、顧客が望むなら仲介は致しましょう。」

傭兵「傭兵長!?」

女剣士「やった! さすが、偉い人は話がわかるわね♪」

傭兵長「では、とりあえず向こうでお待ち下さい。あちらで傭兵の斡旋を行っているので。」

女剣士「了解!」

傭兵「……良いんですか?」

傭兵長「言って聞くタイプではなそうだったのでな……現実がどうなのか、体験すればすぐに理解するだろう。」


――斡旋場。

商人1「……え、何なんですか? このステータス。もっとまともな……ああ、そちらの人にします。」

女剣士(ぐっ……)

商人2「この人ってレベルいくつなんですか? え、わからない? ……割引とかは? ないんですか、じゃあやめときます。」

女剣士(うぐっ……)

商人3「これって……? え、呪い? いやいや、流石に呪われてるような人を護衛になんて出来ませんよ。誰か別の人をお願いします。」

女剣士(うぐぐっ……)

商人4「へー、黒髪とは珍しいねぇ。良かったら一緒に……え、手を出すのは重大な規約違反? し、失礼しました……別の人をお願いします。」

女剣士(うぐぐぐっ……)

商人5「あ、傭兵って女性もいらっしゃるんですね。男の人は不安だし、女性の方が……あら、他にも女性はいらっしゃるんですか? なら、呪われていない方でお願いします。」

女剣士(うぐぐぐぐっ……)


――――そして夕暮れ。
周囲に商人の姿は無く、傭兵ギルドの窓口も閉める時間だ。


傭兵長「その、なんだ……明日も並んでみるかね?」

女剣士「ぐすっ……もういいです、別の砦に行きます……」

傭兵長「お節介かもしれんが……呪いを解呪すれば良いんじゃないか? 実力は十分なのだし。」

女剣士「私だって解呪できるものならそうしたいですけど……どこに行っても駄目だったんですよ……」

傭兵長「そ、そうか、それはすまない事を聞いた……む、しかし、その武器……刺突剣か? 君は剣術と短剣術を修めていた筈だが。」


女剣士が腰にさしている武器は長剣にしては幅が狭い。
一見すれば刺突剣のようだが、一本は長く、もう一本は短めで、どちらも反りのある刀身をしている。

女剣士「これは刺突剣じゃないですよ。カタナとワキザシという……まあ、『剣の国』の極一部で伝わるものなので、知らないのも当然ですけど……」

女剣士「これを手にすると、何故かステータスの表示がおかしくなるんです……だから、本当は呪われてる訳じゃないのに……」

傭兵長「よくわからんが……『鉄の大国』領には理解できない物が多いからな。個人的には同情させてもらうよ。」

女剣士「同情なんか要りません……私が欲しいのは、カタナを振るうに値する強敵だけです……」


目の前で何度も断られショックを受けたのだろう。
女剣士は意気消沈し、とぼとぼと宿へ引き揚げて行った。


――――――――

――――――

――――

――


――――沈んだ夕日の名残が空から消えかけた頃。


女僧侶「ふー、どうにか完全に日が暮れる前に国境の砦まで来れましたねー。」

勇者「う、うん……早く『火の大国』領に入国しないと……」

女僧侶「ええ!? いくらなんでもそれは無茶ですよ! 手続きだって時間がかかりますし、どこかに宿をとったほうが……」

勇者「あ……うん、そうだよね……ごめん……」

女僧侶「いえ、私は別に構わないんですけど……どうしてそんなに焦ってるんですか?」

勇者「あ、焦ってなんか……別にそんな事ないよ……」

女僧侶(とてもそうは見えませんけど……昨日も暗くなる限界まで進んで野宿して、今朝は明るくなったら即出発でしたし……)

女僧侶(でも、言いたくないのならそっとしておきましょう……きっと何か理由があるんでしょう。うんうん。)

女僧侶「今回は勇者くんも堂々と関所をくぐれますね! 『根の国』の王様に感謝です!」

勇者「うん、そうだね。感謝しないと……」


明るい女僧侶につられ、勇者も微かな笑みを浮かべていた。


――――冒険者向けの安宿の食堂。
『根の国』に入国した際に泊まった宿と比べれば格が落ちるが、代わりに冒険者の活気で満ちている。


女僧侶「うーん……この美味しい食事も今日で食べ納めと思うと寂しいですねー」

勇者「そうだね。でもきっと、『火の大国』領にも美味しいものはあると思うよ。」

商人「おや、お嬢ちゃん達は『火の大国』領は初めてかい?」


隣のテーブルで食事を取っていた商人が親しげに話しかけてきた。


勇者「はい、そうなんです。」

商人「そうかそうか、それじゃあ覚悟しておいた方が良いよ。『火の大国領に美味いもの無し』ってのは有名な格言だからね。」

女僧侶「ええ!? そうなんですか!?」

商人「まー、お国柄もあって治安は良いんだけどねぇ……食べ物だけは期待しちゃいけない。」

傭兵「いやいや、それには異を唱えさせて頂きたい。我々の国の食事が不味いのでは無く、『木の大国』領の食事が美味すぎるのです。」


商人と一緒のテーブルについていた赤毛の傭兵も話に加わってきた。


女僧侶「『火の大国』領って魔物と戦争してるんですよね? なのに、治安が良いんですか?」

傭兵「それについては間違いない。国民は皆兵役についた兵士ですからね。規律ならどこの国にも負けないと自負していますよ。」

女僧侶「それなら安心ですね、勇者くん!」

勇者「あ……」

商人「――勇者? お嬢さんは勇者様なのですか!?」

女僧侶(あ、ああ……やってしまいました……)


ここしばらく『勇者』と身近に接しすぎて感覚が麻痺していた。
『命の女神』の恩寵を失った事で、北の国の人間は他国の人間から疎まれている。
これまでも、勇者の素性を明かせば高い確率でトラブルになっていた事を失念していた。


傭兵「……その髪の色……まさか、北の国の『勇者』ですか?」

勇者「……っ……はい、その通りです。」

女僧侶(どうしましょう……どう誤魔化せば……)

商人「北の国の勇者!? そんなもの、『勇者』とは呼ばないでしょう!」

女僧侶「――あ?」


商人「『勇者』を名乗っていながら、肝心な時に役に立たないなんて! そんなものの為に高い税を払っているのかと思うと腹が立つ!」

女僧侶「――――うるさい蝿が飛んでますね。ああ、うるさいうるさい…… 耳 障 り で 仕 方 が 無 い で す よ 。」


ゆらりと女僧侶が席を立った。


勇者「ま、待って女僧侶さん! ボクは気にして無いから!」

女僧侶「いえいえ、ちょっと静かにさせるだけです。 た だ の 害 虫 駆 除 で す か ら 。」

商人「何を言って――――」

傭兵「ぬッ……!」


――ガキィィィン!!


電光石火で振り抜いたメイスを傭兵が剣で受け止めていた。


商人「ひぃッ!?」

傭兵(この少女……なんという……!)

女僧侶「 邪 魔 す る ん で す か ぁ ?」


突然響いた剣戟の音に、周囲は一斉に静まり返った。
しかし、大半が酔っ払いの夜の食堂だ。すぐに周囲の客達が囃し立て始めた。


客1「なんだ、喧嘩か!?」

客2「姉ちゃんが吹っ掛けたのか!? いいぞ、やれやれーー!!」

客3「負けんな姉ちゃん! やっちまえー!!」

商人「え、いや、ちょ――私は別にそんなつもりは……!」

傭兵「商人さん、戦闘の専門家として助言します。彼女たちに頭を下げるか、もしくはすぐにこの場から立ち去るべきです。」

商人「な、何を言ってるんだ君も! 高い金を払って雇っているんだぞ! 女子供に後れを取るとでも言うつもりか!?」

傭兵「言うまでもなく、契約に従い私はあなたの安全のために最善を尽くします。」

商人「だったら、僧侶なんぞ取り押さえてしまえば良いだろう!」

傭兵「残念ですが、今の一合で私の剣は抜けなくなりました……室内で恩寵を使う訳にもいきません。状況を理解して下さい。」


女僧侶のメイスを受け止めた剣は、鞘ごとひしゃげ、もはや抜く事は不可能だった。


商人「な、なな!?」

女僧侶「何をごちゃごちゃと……邪魔するんですか? しないんですか? さ っ さ と 決 め て 下 さ い 。」

傭兵「腐っても『勇者』という事か……これほどの使い手を連れているとは――――」


――――ギィィィン!!


再び振り抜かれたメイスを受け止め、傭兵の剣がくの字に曲がった。


女僧侶「腐っても? どういう意味ですかぁ? わ か る よ う に 説 明 し て 下 さ い よ ぉ 。」


瞳孔の開いた瞳で見下ろされ、商人もようやく自分がとてつもなく危険な相手を前にしていると理解したようだ。


商人「す、すまなかった! 勘弁してくれ……この通りだ!!」


土下座の勢いで頭を下げ、どうにか矛を収めてもらえるように頼みこむ。
女僧侶の攻撃は目で追う事さえできなかった。もしも傭兵がやられるような事になれば、次は――――


勇者「やめてください女僧侶さん! こんな場所でもめごとを起こしたら、国境を越えられなくなるかも……!」

女僧侶「……。うーん、確かに……それは困りますねぇ。でも骨の二、三本くらいなら別に大丈夫――――」

勇者「駄目だよ!? そんなの絶対にやり過ぎだからね!?」

傭兵「他力を盾にするのは本意ではないが、近くには傭兵ギルドの詰所もある。これ以上の騒ぎは互いに不利益しかもたらさないぞ。」

女僧侶「そんな事より、勇者くんは良いんですか? 馬鹿にされたんですよ?」

勇者「ボクは気にして無いから! 女僧侶さんが怒ってくれたから、それだけで十分だよ!」

商人「すまなかった! 君の主人を侮辱した事は謝る!」

女僧侶「わかりました。じゃあ、良いです。――――あ、すいません、注文聞いてもらえますか?」


にこりと微笑むと、まるで何事も無かったかのように席に着き、店員に料理を注文している。
周囲もあっさり終わった事に不満をこぼしているが、それ以上は何も起きなかった。


傭兵「……どうやら同業者のようですね。周囲を欺く為に僧侶の格好までしているとは、念入りだ。」

女僧侶「む! 何ですかその言い方! 私は僧侶ですからね! 失礼しちゃいますよ、まったくもう!」

商人「そう、りょ……?」

勇者「あははは……」


傭兵「しかし、『北の国』の『勇者』か……これから『火の大国』領に入るのなら一つ忠告しておこう。」

勇者「はい……?」

傭兵「『火の大国』領の中では素性を決して明かさぬ事だ。戦争中の『火の大国』領にとって、『命の女神』の恩寵を失った事実は……あまりに重い。」

傭兵「基本的に旅人に危害を加えるような者はいないが、『北の国』の人間となれば話は別だ……それが『勇者』ともなれば尚更な……」

勇者「……わかり、ました。覚えておきます。」


命のやり取りをする戦場において、生き返る手段が無くなったのは致命的な問題だ。
むざむざ失った『北の国』の人間が恨まれるのは当然と言えるし、恨みの深さも他の大国とは比較にならないだろう。




女剣士(あらら……喧嘩は終わり、と言うか、始まらなかったみたいね……)


少し離れた位置で成り行きを見守っていた女剣士が退屈そうに溜め息をついた。


女剣士(でもあの子、かなり使えそう……速さも重さも一級品って感じ……あー、もうちょっと見たかったなぁ……)

女剣士(ま、あの傭兵も本気でやるなら恩寵使うだろうし……火事に巻き込まれるのは御免だし、仕方ないか……)

女剣士(でも、あの子たち二人で旅してるのかしら? 男の子と女の子だけ……? これは、うまく話をつけたら雇ってもらえるんじゃ……)

女剣士(それにしても、男の子の方はちょっと普通じゃないレベルの美少年ね……いやー、かわいいわ。)

女剣士(よし! まずは話しかけない事には始まらないわね! ……うーん、どうやって切っ掛けを作ろうかな。)


女剣士が頭を悩ましていると、キィと音を立てて扉が開いた。


地の勇者「――――さて、と……ここにいるのか? ようやく追いついたみたいだな。」


特徴的な金髪金眼と褐色の肌。
無法者として悪名高き『勇者』が、食堂をぐるりと見渡していた。


――――――――

――――――

――――

――


かつて、『土の大国』領で大規模な干ばつが起こった。
他国からの支援もあったが、広大な『土の大国』領の隅々まで行き渡る筈も無く、多数の死者が出た。
この干ばつの影響は支援が届かない僻地に行くほど酷く、幾つもの部族が滅ぶ事となった。


――――少年はその干ばつの翌年に産まれた。


その集落も干ばつで滅びこそしなかったが、何時滅んでもおかしくない状況だった。
水や物資の不足に加え、干ばつの影響により周囲の砂漠化が進行していたのだ。


遠からず、集落も砂漠に呑み込まれる。それは集落に住む誰もが理解していた。
唯一人、幼い少年を除いて。


当然、他にも幼い子供たちはいた。
しかし、少年以外の子供たちは飢えと渇きに耐えられず、一人また一人と命を落としていった。


たった一人生き残った少年は部族の希望だった。
大人たちは不安を押し殺し、少年の前では努めて明るく振る舞った。
そして、幼い少年はそんな大人たちの状況に気付く事が出来なかった。


水も食糧も、大人たちは少年に優先して分け与えた。
そのおかげで少年は何の不自由も無く過ごす事が出来た。


少年は部族の大人たちが大好きだった。
いつも明るく、自分と遊んでくれる大人たち。
少年にとって、部族の大人たち全てが自分の家族だった。


少年には大好きな催し事があった。
集落の周囲に群生し、春の一時期だけに咲き誇る『桜』。
それを皆で眺めながら楽しく過ごす――――いわゆるお花見とよばれる行事。


大人たちも、この時ばかりは日々の不安を忘れ、目いっぱいハメを外して楽しんだ。
誰もが心から楽しそうに過ごすこの行事を、少年はなによりも楽しみにしていた。


しかし、年々、それに参加する人数が減っていた。
集落で見かける大人も、徐々に少なくなっていった。
咲き誇る『桜』の数も年々少なくなっていった。


少年は大人たちに、「みんなはどこに行ったのか?」と尋ねた。
大人たちは「出稼ぎに出ているだけで、その内戻ってくるよ」と答えた。
少年は「そうなのか」と頷いた。


気付けば大人はたった一人になっていた。
少年の父親だ。


花見の時期になり、少年は嬉しそうに尋ねた「お花見にはみんな戻ってくるよね?」と。
父親は答えた。「そうだね。きっと戻ってくるよ」と。


いつも花見をしていた日付けの朝、少年は目を覚ました。
すぐに『桜』を見に行こうと父親を起こしに行ったが、父親は目を覚まさなかった。


いくら起こしても起きてくれないので、少年は諦めて『桜』を見に行く事にした。
他の大人たちが帰ってきていると思ったのだ。


しかし、その年『桜』は一本も咲かなかった。
大人たちも誰も戻って来なかった。


集落に戻っても誰も遊んでくれないので、少年は『桜』の前で花が咲くのを今か今かと待ち続けていた。
『桜』が咲けば、大人たちが戻り、お花見が始まると思っていたのだ。


翌年も、そのまた翌年も、『桜』は一本も咲かなかった。


そんなある日、少年の前に大人の一団が現れた。
集落の大人たちが戻ってきたのかと喜んだが、それは知らない大人だった。


大人達は少年を見ると驚いたが、すぐに水と飲み物を与えてくれた。
この時、少年は自分がしばらく飲まず食わずだった事を思い出した。


そう言えば、最後の食事は何時だったか。
父親と食べた夕食から何も口にしていなかった気がする。


砂漠に沈んだ集落で、二年もの間飲まず食わず。
少年の身体は骨と皮と言っていいほどにやせ衰えていたが、何の痛苦も感じていなかった。


大人達は「集落の責任者に会わせて欲しい」と申し出た。
少年はよくわからなかったので、とりあえず父親の元に案内した。


しかし家に帰っても父親はおらず、寝ていたベッドにはよくわからない白いものが転がっていた。
だから少年は「父親も他の大人たちと同じように出稼ぎに行ったのだろう」、そう答えた。


大人達は少年を集落から連れ出し、『土の国』の王都に連れ帰った。
『土の本殿』の大司教から自分は『勇者』なのだと告げられても、少年は首を傾げるだけだった。


少年はきらびやかな王都を見て、もしかしたら大人たちはここに出稼ぎに来ているのかもしれないと思った。
しかし、どこを探しても、誰も見付ける事は出来なかった。


王都で少年は同い年の少女と引きあわされた。
同年代に二人の『勇者』が現れるのは異例らしく、仲良くするようにと言われた。


大人たちから「女の子には優しくしなさい」と言われていたが、「女の子」と出会えたのはこれが初めてだった。
少年は大人たちの言い付けを守り、出来る限り少女に優しくするよう心掛けた。
少年と少女は王都で大切にされ、すくすくと育っていった。


ある程度二人が成長すると、それぞれ別の国に預けられる事になった。
少女は『宝石の国』に、少年は『砂の国』に。
別れを嫌がり泣きじゃくる少女をあやしながら、少年は別の事を考えていた。


――――大人たちはそろそろ集落に戻っているのだろうか? と。


国を移る前に、一度故郷の集落に戻りたい旨を伝えると、『土の本殿』の大人たちは目を伏せながらも了承してくれた。
少年は喜び、一人旅路を急いだ。


集落に辿り着いた少年は、初め、別の集落に来てしまったのかと戸惑いを覚えた。
幼いころに映った光景と、今目にしている光景が同じものだとはとても思えなかったのだ。


砂の海に建ち並ぶ、風化寸前の家屋。
ここ数年で更に進行した砂漠化によって完全に呑みこまれていた。


何かの間違いだと、家々を回り自分の記憶と照合していく。
しかし、そこに残されていた日記や記録を確かめると、幼い頃は気付く事さえできなかった『真実』が明らかにされた。


大人たちは「出稼ぎ」になど行っていなかった。
水も食糧も満足に得られない過酷な環境に耐えられず、一人また一人と命を落としていたのだ。
それを少年に気取られぬように埋葬し、少年を悲しませないように努めていた。


大人たちは、誰もが心からこの集落を愛していた。
だから、遠からず砂漠に沈むと理解していても、この地を離れる事が出来なかった。
少年を大切にするのも、一種の現実逃避だと理解している者もいたが、それでも少年を愛さずにはいられなかった。


少年が『勇者』だからではない。
大人たちは、誰も少年が『勇者』だと気付いていなかった。 
ただ、自分の亡くした子や孫の面影を少年に見ていただけなのだ。


真実を知らされ、少年は呆然としていた。
しかし、まだ確かめていないものがある。
ふらふらと夢遊病者のような足取りで、少年は『桜』のもとへと向かった。


子供の足でもすぐの距離だった筈なのだが、少年は一時間近く歩き回り、ようやくそこに辿り着いた。
迷った訳では無く、気付かなかったのだ。


――――砂の海に微かに残る、風化した樹木の名残。


ここが、あの思い出に残る『桜』の群生地だった。




少年はこの時、生まれて初めて慟哭の涙を流した。


それからしばらくして、何時まで経っても戻らない少年を探しに来た少女達が見たのは、恩寵を使いすぎ死に瀕した少年の姿だった。
少年は『勇者』の力を使いこなせるようになっていたが、砂漠化を元に戻す事は出来なかった。
何故なら、砂漠化は不可逆な自然現象だからだ。


砂漠化“させる”事は『地の神』の恩寵で十分可能だ。
しかし緑化には水や生命など、他の神の恩寵が必要不可欠。
しかも、単に水や生命を与えれば良いという単純なものではない。
それらが複雑に循環し、生態系を形作らなければならないのだ。


少年は死の淵で決意していた。
どんな手を使ってでも、この集落を復興してみせると。
何をしてでも、かつてのように『桜』が咲き誇る地にしてみせると。


そして同時に、自らに恩寵を授けた『地の神』への信仰を捨て去っていた。
自分の集落の砂漠化すら止められなかった『神』など、何の価値も無いからだ。


『勇者』でありながら、その力の源である『神』を敬わぬ異端者。
権力を司る『国王』も、信仰を司る『大司教』も、力を司る『勇者』も。
いかなる権威であろうと、もはや彼を止める事は叶わなかった――――


――――――――

――――――

――――

――


客1「おい、あれって……!」

客2「げっ! 地の勇者じゃねぇか……何でこんな所に……!」


地の勇者が食堂に現れると、客達があからさまにざわついた。
『土の大国』領の奴隷商人の総元締め。地の勇者は『木の大国』領の住人から良く思われていない。


傭兵1「地の勇者……おのれ、よくも……!」

傭兵2「抑えろ……下手に手を出せば、奴に口実を与えるようなものだぞ……!」


『火の大国』領の傭兵達も地の勇者を憎々しげに睨みつけている。
かつて何千もの兵を大地に呑みこんだ地の勇者は『火の大国』領にとって明確な敵対者だ。

そんな敵意にまみれた視線にさらされても地の勇者はまるで気にしていない。
テーブルの一つ一つを確かめるように、ゆっくりと食堂内を見渡している。


勇者「――ッ……!」

女僧侶「勇者くん?」


地の勇者と目があった勇者は驚きに目を見開き、グラスが手から滑り落ちた。
割れたグラスが音を立て、周囲の視線が勇者に集まる。


こつこつと靴音を響かせながら、地の勇者が食堂を歩いていく。


地の勇者「……へぇ、まだガキだが綺麗な面してるじゃねぇか。」

勇者「あ、ああ……あああ……」


勇者の顎に指を当て上を向かせると、その顔を無遠慮に覗きこんでいる。
勇者はカタカタと震え、その顔色は蒼白になっていた。


女僧侶「ちょっと何なんですか、いきなり! いくら『勇者』だからって失礼ですよ!」

地の勇者「――お前、北の勇者の連れか?」

女僧侶「え? ああ、はい。その通りですけど……」

地の勇者「そうか。それじゃあ駄賃だ。取っとけ。」


懐から取り出した布袋をテーブルに放り投げた。
テーブルに落ちた衝撃で中身がこぼれ落ちる。


客1「おい、あれ……!」

客2「金貨か!? あの大きさの袋なら、かなりの額だぞ……!」


周囲が色めき立つが、女僧侶は状況が良く分からない。


女僧侶「……えー、と……お金? これは何のお金ですか?」


地の勇者から報酬を受け取るような理由は無かった筈なのだが。


地の勇者「決まってるだろ、こいつの身請け金だ。――ほら、立て。」

勇者「あっ……」


腕を掴み乱暴に立ち上がらせると、勇者の手を引き歩かせた。


女僧侶「え!? ちょっと、どういう事ですか!? 何をしているんですか!?」

地の勇者「あ? だから言ってるだろうが。今からこいつは俺のモノだ。奴隷の身請け金としちゃ、破格だぞ。」


――え、この人は何を言っているのだろう?

――――奴隷? 奴隷って誰が? どうして勇者くんを連れて行こうとしているの?


勇者は完全に絶望した表情で抵抗する気力すらないように見える。
地の勇者が腰に下げている鞭を見た瞬間、女僧侶にあの光景がフラッシュバックした。

勇者の身体に刻まれた、むごたらしい傷痕。
そう、それはまるで鞭で打たれたかのような――――


女僧侶「 お 前 が ぁ ぁ あ あ あ あ あ ! ! 」

地の勇者「――ッ!?」


激昂した女僧侶が殴りかかるが、その一撃はむなしく空を切っていた。
地の勇者は常に荒事に身を置いている。その反射神経はそこらの冒険者とは比べ物にならない。


地の勇者「……面白ぇじゃねぇか。いきなり殴りかかってくるとは、良い度胸だ。」


勇者を軽く突き飛ばし、近くの席に座らせる。


地の勇者「お前、僧侶のくせに随分おかしなステータスだな。体術レベルは6……俺とタメ張れるレベルか。」

地の勇者「――――来いよ、遊んでやるぜ。」

『地の神』の恩寵の一つ【素材解析】。
本来鉱石などの成分を調べる恩寵だが、応用すれば人間のステータスを盗み見る事が出来た。


地の勇者「ふっ……!」

女僧侶「ああああっ!!」


――――ゴシャアッ!!


互いの拳が交差し、両者の顔面に拳が打ち込まれた。


地の勇者「っ……!?」


だが拳を振り抜いたのは女僧侶の方だった。
互いにダメージを負ったが、体勢を崩したのは地の勇者だ。


女僧侶「あああぁ!!」


――――ゴッ! ガキッ!!


地の勇者「クソがぁ!!」


――――ドスッ!


女僧侶「がぁぁ!!」


――――ドゴッ! ベキィ!


地の勇者「おらぁ!!」


――――ズン!!


客1「お、おい、あれ……!」

客2「あ、ああ……お嬢ちゃんが押してるぞ!」


互いに殴り合っているが、明らかに女僧侶の方が手数が多い。
女僧侶が二発殴る間に、地の勇者が返しているのは精々一発程度だ。


客3「行けーー!! やっちまえーー!!」

客4「そこだ、嬢ちゃん! 負けんなーー!!」


喧嘩の原因はわからないが、地の勇者を敵視する理由はいくらでもある。
食堂の空気は一気に女僧侶を応援するものに傾いていた。


女僧侶「ガァァアア!!」


――――ゴッ! ベキッ! グシャア!


地の勇者「……!?」


左右のフックからの飛び膝蹴りをもろに食らい、地の勇者がたたらを踏む。


女僧侶「アアアアア!!」


――――ドドッ! ゴキッ! ドゴッ!


体勢を崩した所に、更に女僧侶の連撃が追い打ちをかける。


地の勇者「ンだ、こりぁ……?」

女僧侶「ガルルァァア!!」

地の勇者「ざけんなァ!!」


――――ガゴッ!!


のけぞった地の勇者が、そこから思い切り頭を振り下ろした。
それを女僧侶も頭突きで受け止め、両者が衝撃で後方によろめく。


女僧侶「フー、フー、フー、フー……!!」


荒い息を吐く女僧侶の顔は鮮血で染まっている。
今の頭突きで額が割れたようだ。


地の勇者「あー、クソ……どういう事だ……? わっかんねぇな……」

客1「おい、何でだよ……!」

客2「あれだけの攻撃を受けて応えてないのか……!?」


明らかに女僧侶の方が多く攻撃を加えていた。
だというのに、地の勇者に効果があったようには見えない。

傷一つ、それどころか痣一つ見られない。


地の勇者「何で俺と同じ体術レベルなのに、俺が一方的に打ち負けるんだ……?」

女僧侶「アアアァァ!!」


――――ドボォッ!!


地の勇者は何やら気を逸らしていたようだが、女僧侶は躊躇せずに胸板に前蹴りを叩き込んだ。
根の勇者は吹き飛ばされ、常人なら横隔膜をやられて呼吸困難――――ヘタをすれば心停止だ。


地の勇者「おかしいだろうが……何でステータス以上の力なんだ……?」


むくりと地の勇者が立ち上がる。
やはりまるで応えていないように見える。
それどころか、もはや喧嘩自体には注意を払っていないようだ。


女僧侶「ガァァァ!!」


――――ドドン! ゴッ! ドッ! ズン!


女僧侶の連撃を受け、地の勇者が幾度となくのけぞらされる。
だが――――


地の勇者「おら、どうしたァ!? 息が切れてんぞォ!!」


――――ドボォッ!!


女僧侶「ガハァッ!!」


動きが鈍った所を見切られ、女僧侶の腹部に地の勇者の拳が突き刺さる。
今までのダメージもあり、ついに女僧侶が膝をつく――――


女僧侶「ガルァァァアア!!」


前のめりに倒れるかに見えたが、そのままタックルの要領で逆に地の勇者を押し倒した。


傭兵1「上を取った……!」

傭兵2「完璧なマウントポジション……!」


女僧侶「アアアアアアアァァ!!」


――――ベキッ! ゴッ! ガッ! ドン! ゴリッ!


渾身の力を込めて、雨あられと拳を打ち込んでいる。


――――グシャァッ!!


一際大きな打撃音と共に、とうとう地の勇者の顔が赤く染ま――――


女僧侶「ア、アアア……」


砕けたのは女僧侶の拳の方だった。
ここまでやったというのに、地の勇者は平然と女僧侶を見上げている。


地の勇者「オラ、そろそろ気がすんだか? だったらどけや。寝床以外で女を上に乗せる趣味はねぇんだよ。」


女僧侶の膝を掴み、ひっくり返すようにして身体を起こす。


地の勇者「フッ!」

女僧侶「……ッ!」


――――ベキィッ!!


地の勇者の踏みつけが食堂の床板を踏み抜いた。
かろうじて女僧侶は身をかわしていたが、その体力はそろそろ限界に見える。


女僧侶「 殺 ス 殺 ス 殺 ス 殺 ス 殺 ス 殺 ス 殺 ス … … ! ! 」


瞳孔の開いた瞳で地の勇者を睨みつけ、腰に下げたメイスを手にしている。


地の勇者「遊びは終わりって事か? じゃあ、ここまでだな。」


踏みこもうとした所で、女僧侶がガクンと体勢を崩した。
何時の間にか左の足首が水晶に包まれている。


女僧侶「アアァァァア!!」


――――ガキィィィン!!


水晶にメイスを振り下ろすが、水晶には傷一つ付いていない。
この水晶は自然界に存在するものではない。金剛石以上の強度を誇る、『地の神』の恩寵で作られたものだ。
物理的な方法でどうにか出来るものではない。これをどうにかするには、それこそ『勇者』レベルの恩寵が必要だった。


地の勇者「まあ、良くわかんねぇが、そこそこ楽しめたぜ? ほらよ、店主。迷惑料だ。」


店の修理代を含めても明らかに過剰な金貨袋を渡され、店主が引きつった笑みを浮かべる。
口止めの意味も含まれているのだろうか。


女僧侶「 待 テ 待 テ 待 テ 待 テ ェ ェ ェ ェ ェ !! 」

勇者(どうして、こんな……逃げられない……どうすれば……駄目だ、もうどうしようもない……)

地の勇者「じゃあ行くぞ。……おい、そんな死にそうな面すんなよ。別に取って食やしねぇよ。」


勇者を連れてが立ち去ろうとしたが、道を遮るように出口に陣取っている人間がいる事に気付く。


地の勇者「……ンだてめぇは……何か文句でもあるのか?」

女剣士「いたいけな美少年を拉致するような悪人に、文句が無い訳ないでしょ?」


言葉こそ正義の味方のようだが、その獰猛な雰囲気は獲物を前に舌舐めずりする獣そのものだ。
【素材解析】で新たな乱入者のステータスを読み取るが、不可解な表記に地の勇者が眉をしかめた。


地の勇者「……おいおい、何なんだそのステータスは? ったく、今日は次から次におかしな奴が現れやがる。」

女剣士「あ、それ知ってる。【素材解析】ってやつでしょ。『勇者』様ともあろうお方が、随分コスい手を使うのね。なーんかガッカリ。」

地の勇者「そりゃあ挑発のつもりか? 遊んで欲しいならそう言えよ、アバズレが。」

女剣士「――ンなっ!? 誰がアバズレよ!?」

地の勇者「金が欲しいならその辺の男に股でも開いてろ。それとも、まさか……お前もこいつが目当てだとでも言うつもりか?」

勇者「……ッ」


乱暴に顔を上げさせられ、勇者が小さくうめいた。


女剣士「……そうねぇ……もし、『そうだ』と言ったら?」

地の勇者「決まってんだろ。水晶で固めて娼館の見世物として売り払ってやるよ。」

女剣士「うっわ……さすが奴隷商人の元締め。考える事がエグいわ。」

地の勇者「あ? 絡んできたのはてめぇの方だろ。それが嫌ならさっさと失せ――――」


――――キィィン!


言葉が終わる前に女剣士がカタナを抜き放っていた。
ただ抜くだけでは無い、抜く動作そのものが攻撃につながる特殊な動き。


地の勇者「……やってくれるじゃねぇか。」


首筋をなぞると、指に生温かいモノが触れる。
咄嗟にかわしたが、下手をすれば首を飛ばされていただろう。


女剣士「いざ尋常に――――勝負……!!」


カタナを抜いた女剣士は、それまでの人を食った雰囲気ではなくなっていた。
鋼のような強靭な意志を纏い、女剣士そのものがひと振りの刃のようだ。


地の勇者「良いぜ、遊びは無しだ。本気で潰してやるよ。」


地の勇者が鞭を構えると、鞭に鱗のように水晶が生じ、蛇のように身をよじらせた。
その速さは音速を超え、触れるだけで肉を削ぐ凶悪な兵器。

だが女剣士はまるで臆することなく、一気に間合いを詰めて刃を振り下ろした。


――――――――

――――――

――――

――


女剣士が刃を振るうたびに激しく火花が飛び散っている。
見守る傭兵達が目を丸くするほどの腕だったが、地の勇者の恩寵はその上を行っていた。

水晶で覆われた鞭は、それ自身が意志を持つかのように動き刃を防いでいた。
鱗のように細かい水晶を纏った鞭は、カタナの斬れ味でも切断される事は無い。
しかし、それは本来の鞭の柔軟さを損なう事に変わりない。

高速の剣戟を防いではいるが、攻撃に転じるほどの余裕は無かった。


地の勇者「大した腕だ。獲物も結構な代物みたいだしな。」


防戦一方だが地の勇者はまるで動じていない。
何故なら――――


地の勇者「だが、斬れ味を重視したのは良いが刃を薄くしすぎたな。まるで剃刀だぜ。」


鱗のような水晶に幾度となく弾かれ、既にカタナの刀身はボロボロになっていた。


女剣士「ハァァッ!!」


――――ギィィン!


横なぎに斬り払ったが、刀身が耐えきれずについに半ばから折れ飛んだ。


勇者「あっ……!」

地の勇者「――――っと。」


反射的に地の勇者が鞭を振るい、折れた刀身を弾き落とす。
自分が危なかったのではない。勇者の声に反応したのだ。


女剣士(浮雲……!)


不意にカタナが宙に浮いていた。
それまでの高速の剣舞とは明らかに違う、柔らかくゆるやかな軌道。
ふわりと浮かぶ刀身は、地の勇者の顔の前でまるで目隠しのように視界を防いでいた。


女剣士(地摺り……!)


視界を遮った一瞬の隙を突き、超低姿勢で女剣士が一気に距離を詰める。
その動きは、地の勇者からすれば女剣士が突然姿を消したように見えただろう。
しかし実際は視界から外れただけで、女剣士はワキザシに手をかけてすぐ目の下に迫っていた。


地の勇者「――ぐッ!」

女剣士(昇月!!)


――――スパァァン!


地の勇者が気付いた時には既に手遅れ。
鞭の懐に入った女剣士がワキザシの鞘を走らせ、白刃を切り上げていた。


女剣士「……ッ!」

地の勇者「おらァッ!!」


切断された右腕が跳ね上がるが、それが落ちるよりも早く地の勇者が恩寵を発動させる。
数瞬前まで女剣士がいた場所に水晶の鋭い柱が床下をぶちぬいて突き上げた。

だが、それより早く女剣士は横に飛び退き、再びワキザシで斬りかかっていた。


地の勇者(こいつ……『地の神』の恩寵使いとヤリ慣れてやがるな……)


目視してからでは絶対に間に合わないタイミングだった筈だ。
何らかの手段で、相手は自分の恩寵が足元に迫っていると察知していたのは間違いない。


地の勇者(種は『鋼の女神』の恩寵か……? 良くわかんねぇんだよな、あの恩寵……)


斬られた右腕など意に介さず、残った左腕に水晶を纏わせワキザシの連撃を捌き切る。
切断された傷口には水晶を覆い、強引に止血していた。

落とした鞭を拾う隙などないが、相手の攻撃も恩寵ごと断ち切れるものではない。
不意を突かれ恩寵の発動が遅れたので右腕を奪われたが、あんな小細工にそう何度も引っ掛かりはしない。

拘束を狙い、何度か女剣士の足元に水晶を這わせようとしていたが、女剣士はそれをことごとく回避していた。


地の勇者(かといって、大規模な恩寵を使えばこいつを巻き込んじまう……面倒くせぇな、そこまで計算ずくか……?)


ちらりと勇者に目をやると、状況についていけないのか目を丸くしているだけで動こうとはしていない。


地の勇者(――ま、やりようはいくらでもあるがなッ!)


種はわからないが、それなら小細工ごと叩き潰す。
『地の神』の恩寵は戦場を選ばない。大地があれば、それで事足りるのだ。


地の勇者「【大地干渉・砂塵】!」

女剣士「くっ……!」


地の勇者の操る砂粒が突風となり女剣士に襲いかかる。
その気になれば人間一人を跡形も無く削り殺せる恩寵だが、勇者を巻き込まぬよう極小規模なものだ。


商人「うわぁぁぁあ!!」

傭兵「ぎゃぁぁああ!!」


まさか範囲攻撃を室内で使うとは思っていなかったのだろう。
呑気に見物していた観客が巻き込まれ悲鳴を上げている。


女剣士「――ハッ!!」

地の勇者「ちぃッ……!」


女剣士のワキザシが地の勇者の頬を切り裂いた。
砂塵に飲まれた筈だが、女剣士はそれを突破してワキザシを振り抜いたのだ。


地の勇者「……ああ、なるほど。それが手品の種か。」


頬から血を流しているが、地の勇者はにやりと笑みを浮かべている。


女剣士(見破られたか……それにこいつ、恩寵に頼るだけの『勇者』じゃない……まさか私の剣技を受け切るとは……)


女剣士の周囲に浮かぶ黒い粉末。
『鋼の女神』の恩寵を磁力として宿らせ、自在に操れる鉄粉。
感覚をリンクさせたこれを周囲にばら撒いておく事で、『地の神』の恩寵の発動を察知していたのだ。

地の勇者の操る砂塵と女剣士の操る砂鉄。迫る砂塵に砂鉄をぶつけ攻撃を防いだ。
さっきの攻撃は指向性が緩かった為に防ぐ事が出来たが、種が割れた以上、もはや通用しないだろう。


地の勇者「『鋼の女神』の恩寵は攻撃向きじゃないと聞いてたが……お前は随分と変わり種みたいだな。」

女剣士(ワキザシの刀身もそろそろ限界か……しかし、後一撃は耐えられる……!)

地の勇者「まあ、楽しめたぜ。余興としちゃあな。」

女剣士「なめ――――ぐっ!?」


再び斬りかかろうとした所で、女剣士が戸惑いの声を上げた。
地の勇者は右腕の水晶を解除し、そこから迸った血液を女剣士に浴びせたのだ。


女剣士「目潰しのつもりか? だがこの程度――――ッ!?」

地の勇者「ああ、そう言や……さっきなんつったっけなぁ……」


女剣士の身体が動かない。
まるで身体が石化してしまったかのようだ。


地の勇者「そうそう、思い出した。『水晶で固めて娼館の見世物として売り払ってやる』っつったよなぁ?」

女剣士「そんな……どうして!?」


女剣士の全身を水晶が覆い、包み込んでいく。


地の勇者「接触されなきゃあ【水晶励起】は使われねぇと思ったか? 甘ぇな……発想が人間レベルだ。」

女剣士「まさか……血液に触れただけで……ッ!?」

地の勇者「『勇者』とやり合うには発想が浅すぎたな。ま、良い勉強になったんじゃねぇか? もっとも、次があればの話だがなぁ。」

女剣士「ぐッ――――……え?」

地の勇者「あ?」


何かに驚き、目を見張る女剣士。
それにつられ地の勇者は何の気なしに振り返った。

油断した訳ではない。女剣士はもう動けない。
全身を覆いつくす水晶は『勇者』レベルの恩寵でないと破壊できないのだ。既に障害は全て排除した。


女僧侶「 脳 漿 ヲ ブ チ 撒 ケ ロ ォ ォ ッ ! ! 」


――――ゴギャアッ!!


振りおろされたメイスが地の勇者の頭蓋を砕き、その宣告通りに飛び散った脳漿が壁を汚した。


客1「ああ!? うわぁあああ!?」

客2「な、なんて真似を……!!」


客達が悲鳴を上げているのは地の勇者を殺めた事だけが理由では無い。


傭兵1「まさか……拘束から逃れるために、自分の足を……!」

傭兵2「確かに、理屈の上では出来るのかもしれないが……自分の手でそれをやった、のか……!?」


少し離れた場所には水晶に拘束された足首が残っている。
その断面は非常に荒く、どう見ても刃物で切り落としたものではない。


鈍器で足を切断するなど、考えただけで発狂しそうになるが、女僧侶はそれをやり遂げたのだ。
そして、それを可能にした激情が、たった一撃を加えただけで治まる訳が無い。


女僧侶「 死 ネ ッ ! 死 ネ ッ ! 死 ネ ッ ! 死 ネ ッ ! 死 ネ ェ ェ ェ ェ ッ ! ! 」


――――ゴッ! ゴリッ! ボギッ! グチャア!!


狂気と紙一重の紅蓮の殺意。それが女僧侶を更なる凶行に駆りたてる。
何度も振り下ろされるメイスは、易々と人体を破壊し、もはや地の勇者の首から上は原形を保っていない。

それでも女僧侶は破壊の手を止めようとしない。
目の前で繰り広げられる凄惨な光景に、誰も止める事はおろか、口を開く事すら出来なかった。


――――――――

――――――

――――

――


女僧侶「ハァ……ハァ……ハァ……」


握り締めたメイスは返り血に塗れ、ぽたりぽたりと赤い雫が垂れ落ちている。


客1「お、お嬢ちゃん……もう、それくらいで……」

客2「そ、そうとも! それより、その足を早く手当てしないと!」


メイスで自ら断ち切った左足。
傷口からはとめどなく血が流れ落ち、既に女僧侶は立っているだけで限界に見える。


女剣士「水晶が、崩れた……」


女剣士の全身を覆っていた水晶が砕け、細かい粒子となって虚空へと消えていく。
術者である地の勇者が死ねば、その恩寵も無に帰すという事だろう。

投げたカタナを拾い、ボロボロになったワキザシと同様、鞘に納める。


女剣士「誰かッ! 『海の神』の恩寵を使える人はいない!?」

商人3「お、応急処置くらいなら出来るが……切断した足を繋げられる程のレベルは……」

女剣士「それでも無いよりマシ! その子を手当てしてあげて!」

女剣士「ほら、君も! ボーっとしてないで! 支えてあげるとか、何か出来る事あるでしょ!?」

勇者「…………」


だが勇者はうつむいたまま顔を上げようとしない。


女剣士「ちょっと!? 聞いてるの――――」


――――ベキベキベキッ!!


女剣士「かはっ……!?」

女僧侶「ガッ……!!」


突如、床板を破壊し、地面から生えた巨大な腕が二人を握り締めた。
形こそ人間の物だが、その大きさは人間一人を軽々と包み込むほどに大きく、肉ではなく堅牢な岩石で構成されている。


傭兵1「――なッ!? これは!?」

傭兵2「おい、見ろ! 飛び散った肉片が!」


地の勇者は女僧侶のメイスによって首から上をミンチにされ、その肉片は周囲に飛散していた。
赤黒かった骨肉の欠片が、何時の間にか土くれへと変わっている。


地の勇者「……………………」

商人1「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?」

商人2「く、首なし死体が……立ちあがった……!?」


起き上った地の勇者の傷口は、粘土のような何かに包み込まれていた。
粘土はぐねぐねとその質量を増していき、失われた頭部の大きさまで膨らんでいく。

膨らんだ粘土がうごめき、急速に乾きながら固体へと変化している。


――――パキパキパキッ……


乾いた表面にヒビが入り、ヒビは亀裂となり粘土の仮面が剥がれ落ちていく。


地の勇者「あぁ、クソが……頭を吹っ飛ばされたのは何時以来だ……? 確か、前は先代の地の勇者を殺った時だったか……」

女僧侶「――ガ、ア……アアアアアアアァァァァァ!!」

女剣士「冗談、でしょ……?」

地の勇者「ハッ! 言っただろ? 人間レベルの発想じゃ『勇者』には勝てねぇってな。」


新しい頭を馴染ませるように、ゴキゴキと首を鳴らしている。
『ついで』とでも言うつもりなのか、女剣士に切断された右腕も元に戻っている。

ささっと髪についた粘土の破片をはたき落とすと、もはや元の顔と全く同じ物だった。
頭部を完膚なきまでに破壊されたというのに、まるで何事も無かったかのように復活している。

女僧侶は激昂し、激しく暴れているが、もはや女剣士の戦意は喪失していた。
女剣士は『強敵との戦いを』渇望していたが、これは既にそういう次元の話ではない。
勝つ手段が無い相手に挑む事を『戦い』とは言わない。水や空気に斬りかかるようなものだ。


地の勇者「遊びが過ぎた、などと言うつもりはねぇ。ああ、認めてやる。さっきは完全にしてやられたよ。」

女僧侶「アアアァァァァ!!」

地の勇者「だから、せめて……相応の恩寵で眠らせてやる。」

女剣士「――――ッ」

地の勇者「……【永劫凍結・化石封印】」


二人を掴んでいた腕が細長い円形へと姿を変え、二人を包み込んだ。
透明な水晶ではなく、艶の無い灰色をした硬質な岩石。

岩石の中で身動きをする気配は無く、まるで本当に化石になったようだ。


地の勇者「その内、気が向いたら解凍してやるよ……ま、俺が覚えていればの話だがな。」

地の勇者「――――さて、他にはいないのか? 遠慮せずにかかってきて良いんだぜ?」


傭兵1「くっ……」

傭兵2「化け物め……」


忌々しげに客達が拳を震わせるが、剣を抜いて地の勇者の行く手を阻もうとする者はいない。
それを確認すると、地の勇者は満足そうに頷いた。


地の勇者「ほら、行くぞ。まだまだ夜はこれからだ。」

勇者「…………ッ」


腕を取り立ちあがらせると、勇者は全てを諦めた表情で地の勇者の宿泊している宿へと連れて行かれた。


――――――――

――――――

――――

――


宝石の勇者「あー、もう。私が乗馬苦手なの知ってるクセに……あの薄情者。」


頬を膨らませながら宝石の勇者が一人愚痴をこぼしている。
その足元には、まるで彼女を先導するように土で造られた蛇が這い進んでいた。

地面の記憶を読み取り、特定の相手を追跡する恩寵【地脈探査】。
その探知距離は個人の恩寵レベルに依存し、『勇者』ともなればその射程に制限は無い。

地の勇者はこれを利用し勇者達を追跡し、途中でおいていかれた宝石の勇者は同じように地の勇者を追跡してきたのだ。


宝石の勇者「さっき彼の馬を見付けたから、まだこの砦にいる筈なんだけど……」


土蛇はまっすぐ、とある宿の食堂へと向かっている。


宝石の勇者「……ここに泊ってるのかしら。でも、おかしいわね……こんなに客が多そうな宿を使いたがるとは思えないんだけど……」


地の勇者は無駄に敵を増やすような生活をしているので、余計な面倒を避けるために人の多い場所は避ける傾向にあった。
宿を取るなら、必然的に人の数が少なくなる高級な宿を選ぶ筈なのだが。


宝石の勇者「すいませーん、ここに金髪金眼の若い男が――――」


――――ギィィン! ギィィン! ガキィン!!


客1「クソッ! なんという硬さだ……道具も恩寵もまるで歯が立たない!」

傭兵1「『焔の女神』の恩寵でも砕けないとは……!」

客2「しかし、どうにかして二人を救出しないと! これに閉じ込められて既に一時間近く経過しているぞ!」

宝石の勇者「来てたみたいね……ああ、またこんな所でトラブルを起こして……」


客達は食堂の床に転がる、細長い楕円の球体をどうにかして砕こうとしていた。
その灰色の石球は『勇者』にしか扱えない、最高レベルの恩寵により施された封印。
誰の手によるものかは考えるまでも無い。

宝石の勇者は深いため息をつき、弱々しく頭を抱えた。




客1「――――おお!? お嬢さん、もしかして『土の大国』領の出身では!?」

客2「この中に人が閉じ込められているのです! どうにかできませんか!?」

宝石の勇者「待って、待って。ちょっと待って。その前に状況を説明してもらえませんか?」


傭兵1「しかしそんな時間は無いぞ! 二人が閉じ込められてかなり時間が経っている……もはや一刻の猶予も――――」

宝石の勇者「それについては大丈夫だから。低レベルの封印術とは違って、これに囚われている相手は時間の流れに影響されないの。」

傭兵2「そんな馬鹿な……そんな恩寵が存在するとは、にわかには信じられんが……」

宝石の勇者「その中の人は一年経っても十年経っても問題ないから。とにかく、少し落ち着きましょう。」

客1「そ、そうなのですか?」

客2「えー、と……ところで、貴女はいったい……?」

宝石の勇者「え? 私は『土の大国』領の――――」

宝石の勇者「……………………」

宝石の勇者「――たんなる通りすがりの者です。」


にっこりと満面の笑みで答える。


傭兵1「おい、今あからさまに考えこんだぞ……」

傭兵2「いや、そこは触れるな。あの笑顔もどう見ても裏がある。触らぬ神に何とやらだ……」

宝石の勇者「それで、ここで一体何が? そこの封印はどうしてそんな事に?」

客「それがですね、我々も詳しい事情はわからないのですが――――」





宝石の勇者(……これは一体どういう事? 無理やり北の勇者を連れて行った? どうして? 何のために?)


おぼろげながら見えてきた事情は、より一層宝石の勇者の疑問を深めていた。
いきなり『根の国』の王都を出発したのは北の勇者を追ってのものだったようだ。
しかし、自分と一緒に食堂ですれ違った時は全く興味の無い様子だった。それが何故?


宝石の勇者「ちなみに、その連れて行かれた人はどんな様子でした?」

客1「ええと……そうですね。綺麗な顔の女の子でしたが、憔悴しきった様子で――――」

客2「え? あの子は男の子でしょう? 私にはそう見えましたけど。」

客3「いやいや、女の子でしょう。あの綺麗な髪、どう見ても女の子のものです。」

客4「それは、確かに綺麗な髪でしたけど……あの子は男の子ですよ。同じ女なんだから、間違えたりしませんよ。」

傭兵1「そうですね。確かにあれは男の子です。かわいらしい顔立ちだったので勘違いしてしまうのも理解できますが……」

傭兵2「ちょっと待ってくれ。あの子は見た所、15か16くらいだった。幼児ならともかく、その年齢で男を女と間違えるなんてありえない。あれはどう考えても女の子だ。」

宝石の勇者「――――えー、と……で、実際の所、どっちなんですか?」


男性「だから女の子だと言ってるじゃないですか。」

女性「いえいえ、あれは男の子です。きっと髪が長かったから、先入観でそう思いこんでしまったんですよ。」

宝石の勇者(どういう事なの……)


どうしてこうも綺麗に意見が分かれるのか。
しかし、それ以外にも気になる証言があった。


宝石の勇者(薄桃色の髪と瞳……それって……)


食堂ですれ違った時は深くフードをかぶっていたのでわからなかったが、北の勇者の髪と瞳は非常に美しい色をしているらしい。
そして、地の勇者が出発する直前に呟いた言葉――――


宝石の勇者(『桜』……まさか、そんな……)


地の勇者の『桜』に対する執着は常軌を逸している。
砂漠で自生できる『桜』を手に入れるために、『火の大国』領と一人で戦争を起こしかけたほどだ。

宝石の勇者はその理由も知っている。彼にとって『桜』はかつて失った幸せの象徴なのだ。
もしも、その『桜』を連想させるような相手と出会ったのなら……どんな行動に移るかは考えるまでもない。


そして地の勇者の『勇者』レベルは、それを誰にも咎められないレベルにまで達している。
『木の大国』領の司法を担う樹の勇者に応援を頼んだとしても、法が認めている以上あの勇者は絶対に動かない。
情で動いてくれる根の勇者も既に再起不能だ。地の勇者を止められる訳が無い。

後、止められる可能性がありそうなのは花の勇者だが、今から応援として要請するには距離が離れすぎているし、相手はまだ子供だ。
とても荒事に巻き込めるような相手ではない。
他の『木の大国』領の『勇者』とは殆ど付き合いが無いので、頼る以前の問題だ。


宝石の勇者「と、とにかく、その二人は北の勇者の連れなんですね? それなら、その二人に聞けばわかる筈です。」

客1「一人はどうも違うっぽいのですが……僧侶の女の子は間違いなくお連れさんでした。」

宝石の勇者「それだけわかれば十分です。とりあえず、その二人はもらっていきますね。」


パチンと指を鳴らすと、地面から土人形が四体姿を現した。
土人形は石球を担ぎ上げ、食堂の外へと運び出していく。


宝石の勇者「店主さん、これ修理代――――」

店主「け、けけ、結構です! もう頂いているので、これ以上は頂けません! それより、これ以上ウチを巻き込まないでください!」


ふと目をやると、カウンターの上には重そうな金貨袋。
一応、後始末はしたつもりらしい。不足もいい所だが。


宝石の勇者(北の勇者が男の子ならともかく、女の子だったら……いや、でも、流石にいきなり手を出すような真似は……)

宝石の勇者(話によるとまだ15歳前後みたいだし、いくらなんでも……けど、五年もすれば25歳と20歳な訳で……)

宝石の勇者(あー、もう! そんな先の事を考えてどうするのよ!? とにかく今はこの二人の封印を解いて話を聞く! 考えるのはそれから!)


高難度の傀儡術に客達が呆気にとられているが、余計な詮索をされる前にさっさと店を後にしていた。


――――――――

――――――

――――

――


豪華な造りの宿の一室。
綺麗に整えられたキングサイズのベッド。
シワ一つ無い純白のシーツに勇者が腰をおろしている。


地の勇者「お前も飲むか?」

勇者「……………………」


ワインボトルを掲げる地の勇者。
しかし、勇者はうつむき背を向けたまま答えない。

地の勇者はグラスにワインを注ぐと、それを一息に飲み干し小さく息を吐いた。


地の勇者「置かれた状況はわかっているな?」

勇者「……………………」

地の勇者「俺の勇者レベルは7。これは、三人までなら任意に民間人に協力を強制できるレベルにある。」


本来なら『勇者』や為政者はこれに含まれないが、国を亡くした勇者は一般人として扱われる。


地の勇者「つまり、合法的にお前は俺の管理下にあるという事だ。たとえ『王』であろうと『勇者』であろうと、これに文句をつける権限は無い。」

勇者「……………………」

地の勇者「……やれやれ、だんまりか。」


勇者は先程から一言も話そうとしていない。
地の勇者は特に機嫌を悪くするでもなく、静かに勇者の隣の腰を下ろした。


地の勇者「先に断っておくが、何も奴隷の暮らしに戻れと言ってる訳じゃない。」

地の勇者「その真っ青な面見りゃだいたいわかるがな……随分とロクでもねぇ扱いだったんだろうよ。」


勇者の、背中まで伸びた薄桃色の髪に指を這わせる。
白銀の月明かりを浴びて輝くそれは、白と桃のグラデーションに彩られている。
その美しい色合いは、まさに『桜』の花びらの如く。


地の勇者「お前は、俺の傍にいればいい……俺のものであればいい。」

勇者「…………ッ」


うつむく勇者の瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。


地の勇者「……好きな男でもいたのか? ま、別にかまわねぇがな……」


勇者の小さな肩に手を回す。


地の勇者「――全部忘れちまえ。お前は俺の妻であればそれでいい。だから、ずっと俺の傍にいてくれ……」


ゆっくりと影が覆いかぶさり、キシりとベッドが音を立てた。


――――――――

――――――

――――

――


宝石の勇者「……解凍に暗号処理は施されてない、か……手間が省けて助かるわ。」

宝石の勇者「――――【凍結解除】。」


ドクンと石球が波打った次の瞬間、頑強な封印は解除され石球は消滅していた。
解放された女僧侶と女剣士は気を失っている。


宝石の勇者「よし、それじゃあ二人を起こして――――って、何これ!? この子、片足ないわよ!?」


封印が解除された事で女僧侶の傷口から出血が始まっている。
顔色から察するに、かなりの血を失っているようだ。


宝石の勇者「起こす前に治してあげた方が良いわね……緊急事態だし、ちょっと勿体無いけど……」


気が進まないといった表情で懐から何かを取り出した。
取りだしたのは、青い光を湛えたアクアマリン。


宝石の勇者「【開封・欠損回帰】……」


アクアマリンに亀裂が走り、そこから柔らかな光が放射される。
それを傷口に浴びせると、惨たらしい断面からまず骨が再生し、すぐさまそれを肉が覆い尽くしていく。
十数秒が経過しただろうか、あの酷い損傷がまるで嘘のように、女僧侶の左足は完全に元に戻っていた。


宝石の勇者「貴重な高レベルの『海の神』の恩寵なんだけどな……仕方無い、また上手い事貸しを作る方法を考えなきゃ。」


宝石には恩寵を閉じ込め、それを再現する性質がある。
『宝石の勇者』の名の通り、彼女は様々な恩寵を封じ込めた宝石を操る事を得意としていた。

しかし自分の神以外の恩寵を使う事は出来ない為、誰かに恩寵を込めてもらう必要がある。
各国の『勇者』に積極的に貸しを作る事で、宝石の勇者はその欠点を補っていた。

こういった事情もあり、宝石の勇者の交友関係は国をまたぎ多岐にわたっている。
結果として、何処の国とも友好的な関係を築く事に成功していた。


女僧侶「――――ッ!」


突然目を開けた女僧侶が跳ねるようにして距離を取った。


宝石の勇者「あら驚いた、もう目が覚めたの? それだけ動けるなら、足の方は問題ないみたいね。」

女僧侶「あなたは、宝石の勇者様……あれ、足が……」

宝石の勇者「私が治しておいたの。力になるから、落ち着いて何があったか説明してもらえないかしら。」

女僧侶「――――勇者くんッ!」

宝石の勇者「……だから、落ち着きなさいって。」


慌てて女僧侶は駆けだそうとしたが、突然足場がぬかるみ思うように動けない。


宝石の勇者「まだわからないの? あなたでは『勇者』に敵わない。次は本当に殺されちゃうわよ?」

女僧侶「そんなの……わかってます……! でも……それでも、私は!」

宝石の勇者「とにかく落ち着いて。同じ『勇者』の私なら北の勇者を取り返す手助けをしてあげられるから。」

女僧侶「え……だって、同じ『土の大国』領の『勇者』なんじゃ……」

宝石の勇者「今回の行動は彼の独断――――って言うか、いつも独断なんだけど……とにかく、私とは無関係なの。」

女剣士「ん――……あれ? ここどこ? 私、何してたんだっけ……」

宝石の勇者「ちょうど彼女も目を覚ましたみたいだし、何があったか説明して。内容次第だけど、力になれる筈だから。」

女僧侶「わ、わかりました……」




女僧侶「――――という訳なんです。」

女剣士「――――って感じね。」

宝石の勇者「ありがとう……ちょっと時間もらうわね、頭の中整理するから。」


話しを聞き終えた宝石の勇者は大きな溜め息をついた。


――――なにやってんのよあのバカはァァ!!


思い切り叫びたい気持ちをどうにか抑え、冷静に状況を整理する。
『火の大国』領と『木の大国』領の国境という非常にデリケートな場所で、衆人環視の中堂々と少年を拉致。
どちらの大国からも心証を悪くするのは間違いない。もっとも、これ以上悪くなる余地があればの話だが。


――――それにしても……


ちらりと二人に目をやる。
どちらも自分とそれほど変わらぬ年齢に見える。
せいぜい二、三年程度の違いだろう。

『勇者』ならともかく、一般の冒険者があの地の勇者とある程度まともに戦えたという。
にわかには信じられないが、証言によると地の勇者が奥の手である肉体の元素化を使用したのは間違いない。
しかしそれも、狭い食堂内という地の利と、北の勇者を巻き込まないという状況の利があっての戦果だ。
もう一度やり合うような事になれば、今度は近付く事すらできずに瞬殺されるだろう。


宝石の勇者「…………そうね。どうにかして北の勇者を確保し、それからすぐに逃亡……これならなんとか……」

女剣士「逃げる、か……逃げられるかなぁ、アレ相手に……」

女僧侶「何を言ってるんですか!? 逃げるなんてイヤです! 今度こそトドメを刺してやります!!」

女剣士「いや……トドメも何も……頭を吹っ飛ばしても元に戻るような相手だよ? どうやってトドメを刺すの?」

女僧侶「そ、それは……ッ!」

宝石の勇者「先に言っておくけど、『戦う』という選択肢はあり得ないから。いえ、出来れば視界に入る事すら避けるべきだわ。」

女剣士「うん。正直『勇者』を甘く見てた……魔物以上に化け物だわ、あれは――――って、ごめん! あなたに言ってる訳じゃないからね?」

宝石の勇者「別に本当の事だもの。気にしないわ。」

女僧侶「でも……! 勇者くんを酷い目にあわせたあいつを……あんな奴をそのままにしておくなんて……!」

宝石の勇者「それなんだけど、地の勇者が北の勇者を鞭打ったのは事実なの? それは北の勇者がそう証言したの?」

女僧侶「え……あ、いえ、それは……でも、勇者くんはあんなに怯えていたし……確かに、勇者くんが直接そう言った訳じゃ……」

宝石の勇者「私の知る限り、彼が自分の奴隷を所持していた事はないのよ。それに、奴隷を鞭打った事なんて一度も無い筈よ。」

宝石の勇者「それと……そもそも北の勇者と彼はこれまで面識がなかった筈なの。なのに、どうして北の勇者はそんなに怯えていたのかしら?」

女僧侶「理由はわかりませんけど……でも、勇者くんが地の勇者に見つからないよう怯えてたのは確かです。絶対に間違いありません。」


女剣士「ねえ、他の『勇者』に応援を頼めないの? 確か、『木の大国』領には審問官の『勇者』がいたわよね?」

女僧侶「樹の勇者様ですね……正直、怖いのであまりお会いしたくない方ですけど……あの方なら――――」

宝石の勇者「残念だけど、それは無理ね。」

女僧侶「え!? どうしてですか!? こんなの、立派な犯罪じゃないですか!!」

宝石の勇者「……『勇者』には特権が与えられてるのは知ってるわよね?」

女僧侶「は、はい……聞いた事はあります……」

宝石の勇者「今回彼がした事は、あくまで一般人の『徴用』なの。『勇者』の『特権』を行使しただけだから、誰も彼を罪に問えない。」

女剣士「冗談でしょ!? それが許されるほど、あいつの『勇者』レベルが高いっての!?」

宝石の勇者「彼の『勇者』レベルは7……『地の勇者』の称号は伊達じゃないのよ。」

女僧侶「7!? 嘘でしょう!? 根の勇者様と樹の勇者様より、あんなのが上だって言うんですか!?」


あの二人は共に『勇者』レベル6だった。


宝石の勇者「『勇者』レベルは民衆からの支持の表れだし、私に文句を言われても……」

宝石の勇者「でも、おかしいのよね……あなた達がそう思うのは私も理解できるの。正直言って、彼の評判は最悪だから。」

宝石の勇者「けれど、北の勇者が奴隷出身だとしたら、彼は地の勇者に感謝している筈なんだけど……」

女僧侶「そんな訳ないじゃないですか! だって、あいつは奴隷商人の元締めだってこの人が!」

女剣士「そうそう、地の勇者が冷酷非道な奴隷商人の親玉だってのは有名な話じゃない。」

宝石の勇者「はぁ……だから普段の行いに気をつけろと言ってるのに……」

宝石の勇者「良いわ、簡単に説明してあげる。彼が奴隷商人の元締めだというのは事実。でも、だからって人に責められるような事はしていないの。」

女僧侶「そもそも奴隷自体が――――!」

宝石の勇者「『悪い事』って言いたいの?」

女僧侶「当たり前じゃないですか!」

宝石の勇者「じゃあ、聞くけど。翼を失った鳥はどうなると思う? 走れなくなった狼はどうなると思う?」

女僧侶「え……? それは、もう助からないんじゃ……」

宝石の勇者「遠からずそうなるでしょうね。まともに餌を取れないんじゃ、早々に他の動物の餌食になるでしょう。」

女僧侶「今はそんな話どうでも良いじゃないですか!」


宝石の勇者「なら恩寵を、国を失った人間はどうなると思う? 魔物が蔓延る土地で生きていけると思う?」

女僧侶「――ッ!」

女剣士「だ、だからって、人間を家畜扱いして良い訳が!」

宝石の勇者「ええ、そうね。私もその通りだと思うわ。だったら尚更、彼は感謝されるべきという事になるわね。」

女僧侶「え……?」

宝石の勇者「北の国の住人は奴隷として『土の大国』領で生活している。それに関しては否定しない。」

宝石の勇者「けれど、それは『命の女神』を守れなかった彼らの責任。それについてはとても同情できない。」

女僧侶「…………ッ」

宝石の勇者「もしも『土の大国』領が彼らを引き取らなければ、魔物の群れに滅ぼされていたでしょう。」

宝石の勇者「それと、あなた達が言う通り、彼らは最初は家畜以下の扱いで虐げられていたわ。」

宝石の勇者「でもそれを改めるために組合を組織し、バラバラだった奴隷商人を力で纏め上げたのは地の勇者なのよ。」

宝石の勇者「恩寵を持つ人間より奴隷の扱いが悪いのは確かだけど、それでも最低限、人間として彼らは生活できるようになった。」

宝石の勇者「その方針に反対する者は片っ端から彼に処刑されていったわ。『勇者』レベル7というのはその結果。」

女剣士「ちょ、それじゃあまさか……」

宝石の勇者「そう、彼の支持者は大半が彼に救われた奴隷――――北の国の住人なの。」


宝石の勇者「奴隷からすれば地獄から救い上げられた訳だから、その支持の深さも想像できるでしょう?」

宝石の勇者「ついでだから言っておくけど、彼は他国での不正な人身売買も禁止し、それに反した奴隷商人を処分する為に各国を回って情報を集めているの。」

宝石の勇者(というか、やり過ぎて『土の大国』領の人間からは疎まれてるくらいだし……)

女僧侶「え……でも、それならどうして勇者くんは……?」

宝石の勇者「ね? おかしいでしょ。北の国の勇者ならお礼の一つも言うべきなのに、逃げ回るなんて……」

宝石の勇者(しかも顔まで隠して……まさか、髪を見られたらこうなるのがわかってた……?)

宝石の勇者(いや、有り得ないわね……彼の『桜』に対する度を越した思い入れを理解してるのは私くらいだろうし……)

宝石の勇者「とにかく、まだわからない事はあるけど、北の勇者を確保してあなた達は逃げる。それで良いわね?」

女僧侶「は、はい……勇者くんを助けられるなら、私はそれで……」

女剣士「――あれ? でも、今の話だと地の勇者の行動は別に問題ないって事よね? なら、どうしてあなたは北の勇者を助けるの?」

宝石の勇者「え!? あー、それは……えーと…………」


突っ込まれると思ってなかったのか、宝石の勇者が言葉を詰まらせている。


宝石の勇者「ほ、ほら! いくら恩寵を失ったとはいえ、同じ『勇者』だからね! 放っておけないでしょ!」

女僧侶「あ、ありがとうございます……!」

女剣士「ホントかな―? なーんか隠してない?」


女僧侶は涙ぐみ、女剣士は怪訝な表情で宝石の勇者を見ている。


宝石の勇者「と、とにかく、作戦を立てましょう! 無事に北の勇者を確保できたらあなた達は――――」


――――――――

――――――

――――

――


地の勇者「…………ん?」

勇者「……………………」

地の勇者「……んん?」

勇者「……………………」

地の勇者「ンだとぉ!?」


勇者の上着がはだけ、無駄の無い身体が露になっている。


地の勇者「お前!? 男、だったのか!?」

勇者「……………………」


驚愕に目を見開く地の勇者。
僅かに筋肉がついた、平らな胸板。

間違える筈も無い、どう見ても少年の身体だ。


地の勇者「だが、あの時確かに女に見えた、筈……!」

地の勇者「……いや、待て……考えてみればホントに一瞬だったのに、何でそうだと確信したんだ……?」

勇者「……………………」


『根の国』の王都で出発する勇者の姿、それを一目見ただけで女だとすぐにわかった。
かなり距離があり、顔の輪郭もぼやけていたというのに、何故かそう判断したのだ。


地の勇者「しかし、万が一という可能性も……!」

勇者「……………………」

地の勇者「…………マジかよ。」


何の抵抗もしない勇者からズボンと下着を剥ぎ取ると、誰が何と言おうと男である事が証明された。


地の勇者「……ハァ……ま、良いか。傍に置く事には変わりない。」


――――トントントン


うなだれていたが、ドアをノックする音で顔を上げる。


宝石の勇者「――――いるんでしょ? 開けるわよ?」

地の勇者「あ? ――って、何だお前か。部屋なら別に取れよ――――」


――――バキッ!


宝石の勇者「お邪魔しまーす。」

地の勇者「てめぇ! ドアぶっ壊してんじゃねぇぞ!!」

宝石の勇者「ごめんなさいね、ついうっかり。ってあら、誰か来てたの――――」


ピシリと音を立てて宝石の勇者が凍りついた。
ベッドの上には上着をはだけ、下に何もはいていない勇者の姿。


勇者「……っぐ……ぐすっ……」


それまでずっと黙っていた勇者の口からすすり泣きが漏れる。


宝石の勇者「え……あれ……? 何これ……どういう、事……?」

地の勇者「んーだよ、別にどうもこうも――――」

勇者「イヤだって言ったのに……何度も無理やり……ボクは男なのに……」

地の勇者「――ッ!?」

宝石の勇者「――ッ!?」

勇者「お前は俺のものだって……痛いって言ってるのに……何度も何度も……」

地の勇者「おい!? 何の話だ!?」

宝石の勇者「」


泣き崩れる勇者は、身を守るように毛布で身体を隠そうとしている。
剥ぎ取られベッドに散乱する衣服、怯えた泣き声、赤く泣きはらした瞳。

これはどう見ても事後――――


―――― プ ツ ン


宝石の勇者「ねえ、覚えてる? 子供の頃のあなたって凄く優しくしてくれたよね……」

宝石の勇者「あの頃からは随分と変わってしまったけど、理由はわかるし……私はあなたの事を理解してると思ってた……」

地の勇者「おい……?」

宝石の勇者「あなたの願いが叶えば、きっとあの頃みたいに私を見てくれると信じてたのに……」

地の勇者「いやいや、何の話だ?」

宝石の勇者「でも、そっか……そういう趣味だったんだ……」

地の勇者「待て、何か誤解してるな? とりあえず落ち着いて――――」

宝石の勇者「いくらかわいいからって……無理やり男の子に手を出すなんて……」

地の勇者「ふ、ふざけんな! 誤解だ!」

宝石の勇者「 問 答 無 用 ! 」






女僧侶「ドードードー、静かに……静かにですよー……」

黒馬「…………」

女剣士「よーしよし、良い子ね……音を立てないようにね……」

白馬「…………」


とある高級宿の敷地内。
二階から漏れる窓の光の下、女僧侶と女剣士が馬を連れて息を潜めていた。

宿には宝石の勇者が上手く理由をつけて説明しているので見咎められる事は無い。


女僧侶「隙を見て勇者くんを窓から逃がすって言ってましたけど……そんな事できるんでしょうか……」

女剣士「あの人も同じ『勇者』みたいだし、きっと何か考えがあるんでしょ。多分、恩寵で作った身代わりとかで騙し――――」


――――ドゴォォォォン!!


突然二階が大爆発を起こした。
それより一瞬早く、窓を破り土人形に抱えられた勇者が飛び降りていた。


女僧侶「勇者くん!!」

勇者「女僧侶さん! ――と、あなたは……?」

女剣士「あ、私? 細かい話は後にしましょ! あの人が足止めしてくれてる間に逃げないと!」

勇者「でも……逃げるって言っても……」


追跡の恩寵を持つ相手だ。逃げ切れるとはとても思えない。


女剣士「『地の神』の恩寵は場所を選ばないけど、一つだけ弱点があるのよ。」

勇者「え……?」

女僧侶「直接地面に触れる事が出来ない、海の上だけはどうしようもないそうです。」

女剣士「という事で、一度追跡をまくために『波の国』に渡りましょう! さ、どっちでも良いから馬に乗って――――」


勇者を抱えていた土人形が崩れ、その拍子に身を包んでいた毛布が滑り落ちた。


勇者「――あ。」

女僧侶「――――ッ!」

女剣士「わ、おっきぃ……――じゃなくて、何で裸なの!?」

勇者「そ、それは…………」


露になった勇者の裸体に、女僧侶は慌てて目を逸らし、女剣士は頬を染めながらもじっくりと眺めている。
慌てて毛布を拾うが、勇者は目に涙をためて答えようとしない。


女僧侶「どうしたんですか、勇者くん! なんで泣いてるんですか!?」

女剣士「え、うそ、まさか……そういう事なの?」

勇者「…………」


女僧侶は戸惑い、女剣士は何かを察したのか同情の目で見ている。


女剣士「と、とにかく急ぎましょう! ほら、掴まって!」

勇者「はい……」

女僧侶(あ! 私が一緒に乗ろうと思ってたのにー!)


差し出された手を取ると、勇者は女剣士の膝の上に抱え上げられた。


勇者「え、あの?」

女剣士「何て言うか、普通に跨るのは色々とツラいでしょ? 良いから良いから!」

女僧侶(ぐぬぬ……今日だけ……今日だけですからね!)


夜道を駆けるリスクを承知で、一行は北へと馬を走らせる。
目的地は『海の大国』領の北海に浮かぶ、諸島国家『波の国』。

そこはかつて『命の大国』と呼ばれていた国と、最も深く交流を行っていた国だった――――

――――――――

――――――

――――

――


少し忙しくなるので、キリの良い所まで投下しておきます。
今回で第一部終了です。

またしばらく停滞しますが、落ちてたら新スレで、落ちてなかったら続きから更新していく予定です。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年02月24日 (月) 09:19:54   ID: 2nMy-rz7

おつ

2 :  SS好きの774さん   2015年01月23日 (金) 10:55:41   ID: CwrKs5gA

そろそろ一年だけど続きは絶望的なのかなぁ

3 :  SS好きの774さん   2015年03月10日 (火) 20:24:59   ID: geMQWkt2

続き気になるけど
続編まだなんだ、、、

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