勇者「仲間募集してます」(985)

勇者「すいません、仲間を募集したいのですけど……」

受付「あら、いらっしゃい。希望の職種はあるのかしら?」

勇者「いえ、そんな……共に旅をして頂けるだけで十分です。」

受付「随分謙虚なのね、まあいいけど。それじゃあこの用紙に記入して」


受付から渡された紙には、自分のプロフィールと求める人材をそれぞれ記入するようになっている。


勇者「――――はい。書けました。」

受付「どれどれ……? あら、綺麗な字ね。読み易くて助かるわ。」

受付「ふむふむ……って、あれ? あなた、男の子なの?」

勇者はゆったりとした旅用のローブをまとっているため、一見では体格がよくわからない。
柔和な表情と幼さの残る声色からは、非常に女性的な印象を受ける。
加えて、薄桃色の髪を伸ばし後ろで結わえた姿。
これでは初見では女性と思う人間が大半だろう。


勇者「よく間違われます。……あの、もしかして、男だと駄目でしょうか?」

受付「え! あ、いやいや。そんな事無いわよ。えーと……それ以外は、と。」


プロフィールを読み進めていた受付の表情が微かに曇る。

勇者「あの、何か?」

受付「あなた……『北の国』の勇者様なのね……」

受付「求人はもちろん誰でも受け付けるわ。でも、あなたの場合は……」

勇者「はい。わかっています。誰も仲間になってくれなくても、それは仕方のない事だって。」

受付「あなたが悪い訳じゃないでしょう。……せめて、一番目立つ所に貼り出しておいてあげるから。」

勇者「ありがとうございます。」

受付「良いのよ。それより、何か食べる? 今日は新鮮な魚が入荷したのよ。」


ここは冒険者御用達の酒場兼集会所なので、飲食もできるようになっている。
まだ昼過ぎの店内には殆ど人がいないが、日が暮れればたくさんの冒険者で賑わう事となる。


勇者(早く、誰か一緒に旅をしてくれる人を見つけないと……)

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――――

――


そして夜。
昼間閑散としていた店内は、冒険者たちが集い、皆思い思いの時間を過ごしている。
お互いに情報交換をする者、食事をする者、酒を飲む者、自慢話を披露する者、皆それぞれだった。


受付「あら、お帰りなさい。ちゃんと宿は取れた?」

勇者「はい、なんとか一番安い部屋を見つける事が出来ました。」


力の無い笑みを浮かべる勇者。
懐具合は寂しいのだろう。

勇者「あの、貼り紙を見てくれた人は――――」

男僧侶「おお、勇者様! お待ちしておりました!」ウィー ヒック!

男僧侶「はじめまして、私は男僧侶と申します。貼り紙を見たのですが、勇者様本人でよろしかったでしょうか?」ゲフゥ…

勇者「はい、ボクが貼り出したものです!」

勇者(この人、すごく酔ってる……)

男僧侶「おお、やはりそうでしたか!」ウィー

男僧侶「 受付さん、ビールを一杯頂けますか。ジョッキになみなみと!」ゲプゥ

受付「あんた、そろそろ飲みすぎじゃないのかい?」トクトクトク

男僧侶「いえいえ! これは私ではなく、勇者様のです!」ウィー!

勇者(お酒……苦手……だけど、断って気を悪くさせたくないし……)

勇者(せっかく、声を掛けてくれたんだもの。)

勇者「あ、ありがとうございます! いただきま――――」

男僧侶「ええ、たぁんと飲んで下さいねぇ。『北の国』の勇者様。」

ビチャビチャビチャビチャ!

勇者「ッ…………」ポタ ポタ ポタ

受付「ちょっと、あんた! 勇者様にビールぶっかけるなんて、いったい何考えてるんだい!」


ウワ ヒデェ! アイツ アタマカラ ビール ブッカケラレタゾ!  ザワザワ…

ナンダオイ モメゴトカ? ケンカ?  ザワザワ…

アレ? デモアノビールカケラレタヤツ  ザワザワ…

ソウダヨ アイツ アノ ハリガミノ  ザワザワ…

男僧侶「いやあ、あんたの国がヘマやったせいで、こちとら大迷惑ですよ。」ヒック!

男僧侶「死者を復活させられない教会など、笑い話にもならない。」

勇者「……ごめんなさい。」

男僧侶「ははは! 万人にあまねく降り注ぐべき神の恩寵を失っておいて、詫びで済むとでも!?」ゲプゥ


勇者は静かに両手・両膝を床につき、ひれ伏すように男僧侶に頭を下げる。


勇者「必ず、魔王を倒してみせます……」

男僧侶「国の支援も受けられない、孤独な勇者一人で魔王を倒せると?」

男僧侶「まあ、期待せずに待っていますよ。」ビチャビチャビチャ


少し残っていたビールを眼下の勇者の頭にかけると、千鳥足で男僧侶は去って行った。


受付「……その、なんだ、災難だったね。」

受付「とりあえず、このタオルで髪を拭きなよ。」スッ

勇者「……ありがとうございます。」ゴシゴシゴシ


冒険者が集まる酒場で、今のような無法が行われると、たいてい正義感の強い冒険者が止めに入る。
だが、この場に集う冒険者は誰も助けようとせず、遠巻きに眺める態度もほぼ二極化していた。

さっきの男僧侶同様、侮蔑や憎しみの視線を向ける者。
席を立って助けようとしないが、憐れみの視線を向ける者。

受付「どうする? 今日はもう帰った方が良いんじゃないかい?」

勇者「いえ、もしかしたら、ボクが宿に居る間に誰かが仲間になろうとしてくれるかもしれません。」

勇者「だから、ボクはここにいます。」ニコリ

受付「……ッ。」…ドキッ

受付「な、ならせめて、そのローブを預かるよ。店じまいまでには乾くだろうからさ。」

受付「それと、髪もほどいて拭いた方が良いよ。酒に漬かったままじゃ、せっかくの綺麗な髪が傷んじまう。」

受付「ほら、もう一枚、タオル貸してあげるから。」バサッ

勇者「……ありがとうございます。」ジワァ

受付「な、泣くんじゃないよ! 男の子だろう?」アセアセ

勇者「……すいません、こんなに優しくしてもらったの初めてで。」ハラリ

勇者「……情けないですよね。こんなのが勇者だなんて、幻滅されますよね。」ゴシゴシ

受付「……(呆然)」メヲウバワレ

勇者「え、と。あの……?」

受付「ッッ!」ハッ

受付「いや、なんでもないよ!」

受付「それより、あんた……ホントに男の子?」

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二人の青年が勇者から少し離れた席でくつろいでいる。
片方は剣を腰に下げた戦士。
もう片方は特に武器は携えていないが、鉄の甲で補強されたグラブを嵌めている。
恐らくは武闘家だろう。

戦士は細身で長めの茶髪に茶色の瞳をしている。
切れ長の瞳が印象的な、整った顔立ちの青年だ。

武闘家は短い茶髪に茶色の瞳をしている。
無駄が無い体つきだが、武闘家にしては筋肉が目立たない。

同じ系統の髪・瞳から考えて、二人は同郷の人間なのだろう。
二人とも、貧弱ではないにせよ、冒険者にしては華奢な外見だった。


男戦士「おい、あれ見てみろよ……!」ヒソヒソ

男武闘家「んー、アレってドレ?」

男武闘家「――――ッ!」ドキッ

男武闘家「いや、いい。言いたい事はわかった。」ヒソヒソ

男戦士「な! 一目見りゃわかるよな!」ヒソヒソ

男戦士「でも、あの娘って、さっき男僧侶に絡まれてた娘だよな?」ヒソヒソ

男武闘家「ああ、さっきはでかいローブ着てたから殆ど顔が見えなかったが……」ヒソヒソ

男武闘家「あれ? ってことはあれ男じゃ?」ヒソヒソ

男戦士「求人募集の張り紙にはそう書いてあったけど……」ヒソヒソ

男武闘家「――――なるほど、そういう事か。」ピコーン

男戦士「何がだよ。」ヒソヒソ

男武闘家「男だと書いておけば、女目当ての冒険者を除外できるだろ?」ヒソヒソ

男戦士「ああ、なるほど。よくある手だな。」ヒソヒソ

男戦士「勇者がプロフィール偽るのは聞いた事無いが、あれだけのルックスなら有り得る話だ。」ヒソヒソ

男戦士・男武闘家(所属が『北の国』ともなれば尚更な……)

男武闘家「しかも、さっきの男僧侶に絡まれてヘコんでるだろうから、今が声をかける絶好のチャンスだ。」ヒソヒソ

男戦士「だな、じゃあ早速声かけてきてくれよ。」ヒソヒソ

男武闘家「なんで俺だけなんだよ! 一緒に行くぞ!」ヒソヒソ

男戦士「俺はちょっと動けない。」ヒソヒソ

男武闘家「照れてる場合か! まだ周りの奴らはあの娘に気付いてないんだから、今が絶好のチャンスだろうが!」ヒソヒソ

男武闘家「ぶっちゃけ、俺らは二流の冒険者なんだから、他の奴らと張り合うのは無理だぞ!」ヒソヒソ

男武闘家「ほら行くぞ! さっさと立て!」ヒソヒソ

男戦士「そうじゃねーよ! アイタタタ」チュウゴシ

男武闘家「……お前。」ドンビキ

男戦士「あの娘が視界に入った瞬間から、股ぐらがイキリ勃っててな(キリッ」ギンギン

男戦士「ちょっとトイレ行ってくるから、あの娘に声かけといて……」チュウゴシ


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男武闘家「あー、その。……ここ良いか?」ドキドキ

勇者「!」ハッ

勇者「はい! もちろんです!」ガタタッ

男武闘家「い、良いって、座ったままで!」アセアセ

男武闘家(良し……とりあえず相席は確保できたな)

男武闘家(サイズがゆったりの旅人の服のせいで体型がわかりにくいが……あんまり筋肉ついてない感じだ。)

男武闘家「あと、ツレが一人いるんだが、そいつも良いか?」サリゲナク

勇者「はい、どうぞ!」キラキラキラ

男武闘家「ああ、助かるよ。」ホッ

男武闘家(この柔らかな声といい、薄桃色の超綺麗な髪といい……どう考えても女じゃないか!)

男武闘家(しかし、真っ直ぐな視線が心に痛い……!)

男武闘家(今頃、ツレが君をネタにソロ活動に励んでるなんて、とても言えない……!)

男武闘家「さっきは、その、なんだ……災難だったね。」

勇者「……いえ、良いんです。仕方が無いんです。」シュン

勇者「ボクの国のせいで、聖職者の皆さんの力を大きく削いでしまったのは、事実ですから……」

男武闘家「それにしたってなぁ……勇者の一人に、あの仕打ちはやりすぎだ。」

勇者「……優しいんですね。」ウルッ

勇者「受付のお姉さんもですけど、そんな優しい言葉をかけてもらったのは初めてなんです。」ポロリ

男武闘家「その、なんだ……泣くなよ、勇者なんだろ?」ギュッ

男武闘家(ヤベッ! とっさに手握っちゃったよ! ヤワラケー!)

勇者「……はい。」ギュッ

勇者は目を潤ませながらも笑顔を浮かべ、重ねられた男武闘家の手に、すがるように自らの指をからませる。


勇者「手、大きいんですね。」ニコリ

男武闘家「武闘家だからな(キリッ」ドキドキドキ

男武闘家(ウッワ! 柔らかい指が絡んで、なんか超キモチー!)

右手から伝わる、勇者の体温と指の柔らかさに、男武闘家の頭に霞がかかる。
肩を並べて座る位置関係上、手を握られるとほぼ密着しているのと変わらない。
背まで垂らされた勇者の薄桃色の髪の匂いが、男武闘家を甘くくすぐる。
酒を頭からかぶったはずなのに、酒の匂い以上に、勇者の匂いは甘く濃密だった。

男戦士「お 待 た せ !」バチィン!

男武闘家「イッてェ!!」


トイレから戻った男戦士の張り手が武闘家の背中に見舞われ、気持ちの良い音が酒場に響き渡る。


男武闘家「てンめェ! いきなり何しやがる!」

男戦士「うっせー! うらやましい事してんじゃねー!」

男武闘家「バ、何バカな事言ってんだ! さっさと座れ!」

男戦士「あれ? やり返さないの? あれれ?」ジー

男武闘家「の、覗き込むんじゃねーよ! いいから座れ!」マエカガミ

男戦士「まったく、けしからんヤツめ。あ、トイレ行く?」ニヤニヤ

男武闘家「だ ま っ て ろ。」ビキビキ

勇者「おツレの方ですよね。お二人仲が良いんですね。」ニコッ

男戦士「ええ、まあね~。何て言うか、子供の頃からの腐れ縁なんですけどね~。」デレデレ

男武闘家「マジ腐れ縁。そろそろ切りてーよ。」イラッ

男戦士「あ、そういう事言っちゃう? 寂しい事言うなよ~友達だろ~。」

男武闘家「黙れ。」プイッ

勇者「ふふふ。」クスクス

男戦士「や、勇者ちゃん、笑うともっとかわい~ねぇ。」

男戦士「ここだけの話、勇者ちゃんって女の子じゃないの?」ヒソヒソ

男武闘家(流石は馬鹿! 聞きにくい話題でもナントモナイゼ!)

勇者「え、あの、その。」ドキッ

男戦士「だって、肩幅とかこんなにちっちゃいじゃーん。」ムギュッ

男武闘家(馬鹿!それは流石にやりすぎだろ!)

勇者の後ろから、男戦士が抱きすくめるように手を回す。
一瞬驚いたように身体を強張らせた勇者だったが、すぐに力を抜いて男戦士に身を任せる。
男戦士の鼻腔をくすぐる香りといい、軽々と手を回せる体躯といい、腕の中の勇者はとても男とは思えなかった。


男武闘家(え? セーフなの? これセーフで良いの?)

男戦士(ワオッ! なんか超ヤワラカイ! しかも超イイニオイ!)ウヒョー!

男戦士「で、実際のとこどうなの?」ヒソヒソ

勇者「あの、その。」モジモジ

男戦士「良いじゃん! 誰にも言わないから。俺たちだけの秘密! ね!」ヒソヒソ

勇者「えと、そうじゃなくて。」モジモジ

男戦士「?」

勇者「その、腰になにか硬いのが(///」カーッ

男武闘家「正 拳 突 き!」カイシンノイチゲキッ!


男武闘家「ごめん、こいつ……馬鹿なんだ。」ドゲザ

勇者「いえ、その……何て言うか、お気になさらず……」モジモジ

男戦士「」チーン


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女僧侶「受付のおねーさん! 試験受かったよー!」

受付「あら、それはおめでとう。今日から僧侶として登録しとくわね。」

女僧侶「やったー! 何ならすぐにでもパーティーに入るよ!」

女僧侶「僧侶の求人とか来てないの?」

受付「相変わらず、落ち着きがない娘だねぇ。」パラパラパラ

受付「ふーむ、駄目だね。今募集があるのは3年以上の実務経験がある僧侶だけだよ。」

女僧侶「……実務経験を積むためにパーティーに入れてほしいのに、パーティーに入るには実務経験が必要とはこれいかに?」

受付「そりゃあ、ねぇ。回復役はパーティーの生命線だから、ひよっこには任せられないだろうさ。」

受付「僧侶の新人なら、病院や教会で下積みを積むのが基本かしらね。」

女僧侶「そんな!」ガーン!

女僧侶「私はすぐにでも冒険に行きたいのに……」ショボーン

受付「まあ、どうしてもって言うなら、他にも手はあるだろうけど。」

女僧侶「ホントに!?」ガバッ

受付「お勧めはしないけど、旅のキャラバンに付き添いの僧侶として同行するとか、国が定期的に行う魔物狩りに同行するとか……」

女僧侶「病院とか教会よりは良い経験になりそうかなぁ……でも、何でお勧めじゃないの?」

受付「そりゃあ、キャラバンなんて大抵は男の世界だからね。若い女の子が同行を申し出れば、ねぇ?」ペロリ

女僧侶「」ゾクリ

女僧侶「ま、魔物討伐の方は……?」オソルオソル

受付「対象がそこらにいる魔物の討伐だからね。相手はオークとかゴブリンとかが大半な訳よ。」

受付「あいつら、人間相手でも見境なしに盛るからねぇ。同行した僧侶に、ちょくちょくそういう被害があるのよ。」

女僧侶「」ドンビキ

受付「まあ、いきなり決める事もないさ。取り敢えず、飯でも食って考えなよ。」

女僧侶「」ショボーン

受付(あ、そういえば、あの勇者くんは経験どころか職業も不問だったような……)


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――――

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男戦士「で、勇者ちゃん。あの貼り紙の事なんだけど。」

勇者「!」キラキラキラ

男武闘家(ウワァ メッチャ目をキラキラさせてる。超期待してる目だ。)

男戦士「勇者ちゃんに嘘つくのが嫌だから、正直に言うね。」

勇者「……」ドキドキ

男戦士「ごめん。俺も男武闘家も、魔王を倒すなんて考えた事も無いんだ。」

勇者「……そうですか。」ショボン

男武闘家(いや、さすがにこればっかりはなあ……命かける事になるし……)

男武闘家(しかも勇者ちゃん、『北の国』出身だもんなぁ。いくら馬鹿でも、見栄で命はかけられないわな。)


男戦士「あ、いや、まあそう落ち込まないでよ。」

勇者「?」

男戦士「勇者ちゃんが本当に魔王と戦うつもりなら、最後の目的地は『西の最果て』でしょ?」

男武闘家(おいおい、また何か馬鹿な事を言い出すんじゃないだろうな……)

勇者「はい。」コクリ

男戦士「なら、次の目的地は?」

勇者「それは……」ドウシヨウカナ……

男武闘家「あ、俺地図持ってるぜ。」ガサゴソ

男戦士「今、勇者ちゃんがいるのが、この『枝葉の国』だろ?」

男戦士「で、西に隣接するのが『霧の国』と『根の国』じゃない?」

勇者「はい。」コクコク

男戦士「どっちに行っても西に進む事は出来るけど、『霧の国』経由で西に進もうとしたら、一度『水の大国』領に入国しなきゃでしょ?」

男戦士「で、その後『火の大国』領に入国するんだろうけど、それだと直接『火の大国』領に向かうより一回多く関所通る事になる。」

勇者「そうですね。」コクリ

男戦士「普通に関所通ると結構お金かかるんだけど、勇者ちゃん、お金に余裕あるの?」

勇者「それは、その……」モジモジ

男戦士「それなら、次に向かうのは必然的に『根の国』だよね?」

勇者「そうなりますね。『根の国』から『火の大国』領に抜けようと思います。」コクリ

男武闘家(ハッ! なるほど、そういう流れか。)ピコーン

男戦士「勇者ちゃん、君は運が良いね!」

勇者「え?」キョトン

男戦士「なんと、俺と男武闘家は『根の国』出身なんだ。」

男武闘家「そうなんだよ。それに、ちょうど俺達もそろそろ故郷に顔出そうと思ってた所なんだ。」

男武闘家(……実は先月も帰ったばかりなんだけどな。)

勇者「そ、それじゃあ!」パァァァ

男戦士「魔王の住む『西の最果て』まではとても無理だけど、『根の国』までなら同行できるよ。」

勇者「ありがとうございます!」ヒシッ


目を潤ませ、感極まった勇者が男戦士の胸に飛び込んだ。
ウェルカム!とばかりに勇者を抱き寄せた男戦士の鼻腔を、勇者の甘い香りがくすぐる。


男戦士「はっはっは、道中はお兄さん達に任せといてよ。」クンカクンカ スーハースーハー

男戦士(ヤッベー なんか超イイニオイ 思いっきりペロペロしたい)ムクムクムク

勇者「あ、う……(///」カァァァァ

男武闘家「唐 竹 割 り!」カイシンノイチゲキッ!




男武闘家「ごめん、こいつ……悪い奴じゃないんだけど……」

男武闘家「本気で馬鹿なんだ。いや、悪い奴じゃないんだけどね……」

勇者「いえ、その……何て言うか、わかります……」モジモジ

男戦士「」チーン

女僧侶「あのー、貼り紙を見たんですけど……条件不問で募集してる勇者様ってあなたですか?」オズオズ


声をかけられ振り返ると、一人の少女が立っていた。
肩まで伸びた露草色の髪と、明るい茶の瞳。
少し跳ねのある髪は、見る者に活発な印象を与えている。

白と青を基調とした法衣が、少女が僧侶だという事を教えてくれていた。


男武闘家「え! あ、いや、それは……」アセアセ

男戦士「? 何言ってんの? 勇者ちゃんであってるだろ。」キョトン

男武闘家「馬鹿! この子も僧侶だろ! またさっきみたいな事になったら!」ヒソヒソ

男戦士「ゲッ! そうだった!」ヒソヒソ

勇者「はい、ボクで間違いないです。」キッパリ

男戦士・男武闘家「勇者ちゃん!」


男戦士「や! 確かにこの娘は『北の国』の勇者様だけど、良い娘なんだよ! 勘弁してあげて!」アセアセ

男武闘家「あんたらの怒りが収まらないのもわかるけど、この娘はたった一人でも頑張ってるんだ! 見逃してやってくれ!」アセアセ

勇者「そんな、二人とも……」ジワッ

女僧侶「えー、と……何の話です?」キョトン

男武闘家「え、勇者ちゃんに因縁つけにきたんじゃないの?」

男戦士「頭からビールぶっかけるつもりじゃないの?」

女僧侶「な! なんで私が勇者様にそんな事するんですか! 」

男戦士「しないの?」

女僧侶「しませんよ! 私を何だと思ってるんですか!」

男武闘家「いや、でも、なあ……?」

男戦士「なあ……?」

女僧侶「そりゃあ、いつもそそっかしいとか落ち着きがないとか言われてますけど、初対面の人にそんな失礼な事しませんよ!」

男武闘家「でも、君、僧侶でしょ?」

男戦士「勇者ちゃん、『北の国』出身だよ?」

女僧侶「だから、それが何の関係があるんですか! そもそも『北の国』ってどこですか!」

女僧侶「国の方角じゃなくて名前で言ってくださいよ!」

男武闘家「……君、ちゃんと僧侶学校卒業してる?」

女僧侶「しましたよ!」

女僧侶「……ギリギリの滑り込みですけど。」ボソッ

男戦士「……ちゃんと勉強したよね?」

女僧侶「しましたよ!」

女僧侶「……筆記試験がダメダメで、実技試験だけで単位取りましたけど。」ボソッ

男武闘家「アホの子だ。」ヒソヒソ

男戦士「アホの子だな。」ヒソヒソ

女僧侶「聞こえてますよー!!」ムキー!

勇者「えー、と……」

女僧侶「ああ、ごめんなさい勇者様! もう、お二人は黙っててください!」


困り顔の勇者に向き直り、女僧侶は深呼吸して心を落ち着ける。


女僧侶「私、女僧侶っていいます! お願いします、私をお供にしてください!」

勇者「その、本当にボクで良いの……?」

男武闘家「やめとけ、勇者ちゃん! この子はアホの子だ!」

男戦士「俺が言うのもなんだが、この子はアホの子だ!」

女僧侶「アホアホ言うなー!」ムキー!

勇者「ボクはもちろん歓迎――――」

男武闘家「いや、ちょっと待って! 決めるのは、せめてこのアホの子に状況を把握させてからにしよう!」サエギリ

男戦士「そうだそうだ! 女僧侶ちゃんもかわいいけど、いくらなんでもアホの子すぎる!」サエギリ

女僧侶「だからアホの子言うなー!」ムキー!


勇者「そう、ですよね……冒険となると、命が懸かった話ですもんね。」シュン

男戦士(シュンとする勇者ちゃん マジ子犬)ハァハァ

男武闘家「で、女僧侶ちゃん。真面目な話、ちゃんと勇者制度の事理解してる?」

女僧侶「勇者様が魔王を倒すんですよね? もちろん知ってますよ。」エッヘン

男武闘家(やっぱりアホの子だ……)アタマ イタイ

男武闘家「そうじゃなくて、『勇者』は国が制度として整備してるんだけど、その制度を理解してるかって話。」

女僧侶「えーと……し、知ってますよ。あれですよね、あれ。」アセアセ

女僧侶「勇者様は国から支援を受けられるんです!」ドヤァ

男戦士(……そのままじゃねーか。)


男武闘家「まあ、大まかに言うとそういう事だね。」

男武闘家「で、だ。『北の国』出身の勇者ちゃんは、誰が支援してくれると思う?」

勇者「……」

女僧侶「どこ、って。そりゃあ『北の国』でしょ? で、『北の国』ってどの国のことなんです?」

男戦士(……いや、わかれよ。)クウキ ヨメヨ!

男武闘家(……しゃあない。)キガ ススマン…

男武闘家「この国は『枝葉の国』で、隣国は『霧の国』と『根の国』な訳だけど。」アタマ イタイ…

男武闘家「なんでそういう名前がついてるかは知ってるよね?」

女僧侶「もちろん! 『枝葉の国』『根の国』は『木の大国』領の国だから、お祀(まつ)りしている『樹の神』様に縁がある言葉を冠しているのです!」ドヤァ

男戦士(……アホの子、か。これはこれでありだな。)ハァハァ


男武闘家「なら、『北の国』はどこの神様に縁がある名前だとおもう?」

勇者「……」

女僧侶「そりゃあ、北にある国だから……『海の神』様?」

男武闘家「いや、『北の国』は『海の神』を祀る『水の大国』領のさらに北だよ。」

女僧侶「……? さらに北? そんな所に神様いましたっけ? 学校で習わなかったような……」キョトン


首を傾げる女僧侶に、勇者が沈痛な面持ちで口を開く。


勇者「……昔は、いたんです。」

勇者「……すっごく綺麗な女神様が、『北の国』では祀られてたんです。」

勇者「でも、10年前に魔王が『北の国』を襲って……」

勇者「ボク達は、どんな犠牲を払ってでも、女神様を守らなきゃいけなかったのに……」

勇者「なのに……」

勇者「守れなかった……!」


血を吐くように心情を吐露する勇者。
滲んだ瞳から涙が零れ落ちるが、男戦士も男武闘家も慰めの言葉をかける事ができない。
それは女僧侶も同様で、あまりに勇者の声が悲痛で、触れる事さえ躊躇われたのだ。

勇者「女神様の恩寵を失ってしまった国に、名前なんて存在しない。名を付けようがないから。」

勇者「だから、かつて『命の大国』と呼ばれていた国は、今は『北の国』としか呼びようがないんです。」

男武闘家「勇者ちゃん、もう、良いよ……後は俺が。」

男武闘家(こんな小さな女の子が背負いこんで……痛ましくて見てられん……)

勇者「……」コクリ

男戦士「その、何て言うか、大変だったね勇者ちゃん。」

男戦士(男武闘家ばかりに良い格好させる訳には……! ここで何か気の利いた台詞で慰めてやるぜ!)

男戦士「勇者ちゃん……」エート エート

男戦士「――――アメなめる?」キリッ

男武闘家「だ ま っ て ろ 。」




男武闘家「言ってしまうと、もう『北の国』は国としての形を保ててないんだ。」

男武闘家「だから、他の国の勇者があたりまえに受けられる支援を、勇者ちゃんだけは受けられないんだよ。」

女僧侶「よくわかんないんですけど、具体的には?」

男武闘家「そうだな……」

男武闘家「関所の通行料の免除、少々の脱法行為の免除、道中における自国民の協力、路銀の支援――――」

勇者「……」ウツムキ

男武闘家「――――とか、まあ、色々だよ。」

男武闘家(他にも多々あるが、気の毒すぎてこれ以上は言葉に出来ん……)

男戦士「後は、『北の国』出身ってだけで、絡まれる事も多いだろうな。」

男武闘家「……いや、よせって、もう十分だろ。」

男戦士「んな訳にゃいかねーだろが。女僧侶ちゃんは知っといた方が良い。」

男武闘家「ッ……」ムググ

男武闘家(確かに、女僧侶ちゃんは知らないのに、それを隠すのはフェアじゃない……馬鹿のくせに、たまに良い決断しやがる。)

男戦士「『命の女神』の恩寵を失って、一番ワリ食ったのが女僧侶ちゃんの業界なんだよ。」

男戦士「今は冒険も命懸けだけどさ、10年前はもっと気楽なもんだったんだよ。」

女僧侶「どういう事です?」

男戦士「仮に命を落としても、教会にさえ行けば生き返らせることが出来たんだ。」

男戦士「こいつなんかガキの頃、2回もお世話になってんだぜ?」

男武闘家「ほっとけ!」

女僧侶「そういえば、そんな話を学校で習ったような。」ハッ!

男戦士(やはりアホの子だったか……)ハァハァ

男武闘家(やはりアホの子だったか……)

男戦士「そんな便利な事ができるんだから、そりゃあ聖職者の地位は高かったもんさ。」

男戦士「だが、『命の女神』の恩寵を失った為に、復活の術はこの世界から失われちゃったんだ。」

男戦士「おかげで、聖職者の地位は大暴落。今じゃ、医者より下なんじゃないかね。」

女僧侶「あー、そう言えば10年くらい前に神父様から、これからは危ない事しないように厳しく言われたような……」

男戦士「そういう事。保険を失くしたって事で、皆から『北の国』は恨まれてるんだよ。」

勇者「……ごめんなさい。」ウツムキ

男戦士「いやいや! もちろん勇者ちゃんの責任じゃないよ!」アセアセ

男武闘家「そうとも! 10年前じゃ、勇者ちゃんはまだ小さな子供なんだから!」アセアセ

男戦士「と、とまあ、そんな感じの事情があってだね、聖職者関係の恨みは特にハンパないんだよ。」アセアセ

女僧侶(そういや、たまに『北の国』って単語が先生の口から出てたけど、なんか感じ悪い口調だったなぁ。)オモイダシ

男戦士「さっきだって、勇者ちゃん、通りすがりの男僧侶に頭からビールぶっかけられたんだぜ?」ケシカラン!

女僧侶「えぇ!?」ガタタッ

勇者「……良いんです。『北の国』の勇者のボクの責任なんです。」ウツムキ

勇者「だから、ボクは何としても魔王を倒さないと――――」

女僧侶「――――そんなのおかしいです!」ダンッ!

男戦士「うわっ、ビックリした!」ビクッ!

男武闘家「いきなり、テーブルぶっ叩いてどうしたの。」ドキドキ


急に立ちあがり、テーブルを思い切り叩いた女僧侶に、酒場内が一瞬静まり返る。
皆の視線が女僧侶に集中するが、女僧侶はお構いなしにまくし立てた。

女僧侶「今までずっとお世話になっておいて、恩寵が無くなったからって手の平返すなんて最低です!」

女僧侶「『命の女神』様を祀って下さっていたのは『北の国』の皆様じゃないですか! そのおかげで皆が恩寵を賜ってたんでしょう!」

勇者「女僧侶さん……」

女僧侶「だいたい、魔王に攻められての事なんだから、勇者様や『北の国』の皆さんを責めるなんて筋違いです!」

女僧侶「本当に責められるべきは、『北の国』を滅ぼした魔王じゃないですか! 」

男戦士「ちょ、おちつけ女僧侶ちゃん、皆が見てるって。」アワアワ

女僧侶「なんですか! なにか文句あるんですか! 私が間違ってるって言うんですか!」ギロリ


ヒートアップする女僧侶に、何事かと酒場中の冒険者が目をやっていたが、睨みつける女僧侶の迫力に、皆思わず目を逸らす。

女僧侶「私、決めました!」ダンッ!

男武闘家「ちょ、テーブルに足乗せちゃ駄目だって! つーか、法衣の裾が……」オロオロ

男戦士(ほぅ、水色か……やりおるな)ハァハァ

女僧侶「誰が何と言おうと、私は勇者様についていきます!」

女僧侶「絡んでくるような同業者は、皆恩知らずです! 鉄拳制裁です!」

女僧侶「いいですね、勇者様!」


嵐のような剣幕に、目を丸くしている勇者。
だが、戸惑いながらも、女僧侶の言った言葉を理解し――――


勇者「はい……ふつつかものですが、よろしくお願いします。」


――――頬を染め、柔らかな笑顔を浮かべた。


――――――――

――――――

――――

――

男二人の帰り道。


男戦士「いやー、なんだな、取り敢えず何とかなるもんだな。」

男武闘家「まあ、隣国が地元でラッキーだったな。おかげで二カ月連続里帰りな訳だが……」ドウシタモノカ…

男戦士「バッか、お前、いつもの行商と愛らしい勇者ちゃんのエスコート、どっち取るよ?」

男武闘家「勇者ちゃん一択で。」キッパリ

男戦士「聞くまでもないわな。」ハッハッハッ!

男武闘家「女僧侶ちゃんもかわいいよな。顔は。」

男戦士「だよな、元気っ娘かわいいよな。顔は。」

男武闘家「ただアホの子なんだよなぁ……」

男戦士「いや、アホの子も意外とありだと思ったよ。」ハァハァ

男戦士「それにしても、あの勇者ちゃんのガードの甘い事!」ハァハァ

男武闘家「ああ、あれはヤベ―わ。それにしても、勇者ちゃんの指柔らかかったなぁ……」ポワーン

男戦士「ホントに剣握った事あんの?って感じだったよな! しかも髪とか超良い匂いでさぁ……」ポワーン

男戦士「それに、なんつーの? 愛情に飢えてるっつーの? こっちからのおさわりがやたら好感触なのよな!」ナ!

男武闘家「マジそれな。ちょっとやりすぎかなーってラインでも、むしろ身体を預けてくるっての?」ナ!

男戦士「これは、もしかするともしかするんじゃね?」ハァハァ

男武闘家「いや、マジで普通に確率高いんじゃね?」ハァハァ

男戦士「……ふぅ」

男武闘家「おい、こっち見てため息つくなや。」イラッ

男戦士「お前と穴兄弟か……まあ、それも悪くない……」マタグラガ イキリタツ!

男武闘家「……」

男武闘家「……うわぁ。」ドンビキ

――――――――

――――――

――――

――


勇者の宿への帰り道。


女僧侶「それじゃあ、明日の朝、あの酒場前に集合で良いですね!」

勇者「はい、でも……ボクは旅の途中なんで何時でも出立できる身ですけど、女僧侶さんは大丈夫なんですか?」

女僧侶「もちろんです! いつ冒険のチャンスに巡り合わせても動けるように日頃から準備してましたから!」エッヘン

女僧侶「その……子供の頃から、勇者様と一緒に冒険するのが夢だったので……」テレテレ

勇者「それなら尚更……ボクなんかで良かったんですか?」ウワメヅカイ


上目遣いだが、勇者の目は真っ直ぐに女僧侶を見つめている。
その、髪より少し濃い薄桃の瞳は、直視すれば思わず吸い込まれそうになる。

女僧侶「も、もちろんですよ! さっきも言ったように、勇者様には何の落ち度も無いんですから!」ドキッ!

女僧侶(え、えーと……勇者様はホントは女の子なのよね? あの人たちもそう言ってたし、こんなにかわいらしいんだし……)

女僧侶(なんで、女の子と一緒に居てこんなにドキドキするの! 落ち着きなさい、私!)ドキドキドキドキ

勇者「ありがとうございます。」ニコリ

女僧侶「も、もう、そんな他人行儀はよして下さい、勇者様。私たちはもう旅の仲間なんですから!」ドキドキ

勇者「はい。」ニコニコ

勇者「じゃあ、女僧侶さんも勇者『様』なんて、他人行儀に呼ばないですよね?」ニコニコ

女僧侶「え!」アセアセ

女僧侶(え、えーと……そ、そりゃあ嬉しいけど、何て呼んだらいいんだろう……!)アセアセ

女僧侶(よ、呼び捨て……ダ、ダメダメ! そんなのいくらなんでも非礼過ぎるわ!)アセアセ

女僧侶(貼り紙だと勇者様は15歳だったから、私の3つ下な訳で……自分では男の子だって言ってる訳で……)エート エート

女僧侶「な、なら……勇者『くん』で……」ドキドキ

勇者「はい!」ニコリ

ステータス()は年齢

―――――――――――――

勇者(15)
【神の恩寵】
無し Lv- 

【戦闘スキル】
勇者    Lv1
短剣術   Lv2

―――――――――――――

男武闘家(26)
【神の恩寵】
樹の神 Lv4

【戦闘スキル】
体術    Lv3
投擲    Lv2

―――――――――――――

―――――――――――――

男戦士(26)
【神の恩寵】
樹の神 Lv3 

【戦闘スキル】
剣術    Lv4
投擲    Lv2

―――――――――――――

女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv4
―――――――――――――

―――――――――――――

神の恩寵スキルLv目安

Lv1~2      相性の良い術なら使えるレベル
Lv3~4      初歩的な術なら全て使えるレベル
Lv5~6      人間をやめ始めるレベル
Lv7~9      神の声が聞こえるレベル
Lv10~      肉体にも恩寵が影響を及ぼし、一般人とは一線を画するレベル

―――――――――――――

戦闘スキルLv目安

Lv1~2      初心者
Lv3~4      一般的な兵士が務まるレベル(いわゆる経験者)
Lv5~6      ベテラン兵士レベル(確かな技術だと認められる)
Lv7~9      一流の傭兵として雇われるレベル(これだけで食っていける)
Lv10~      人が教えを請うレベル(戦わずとも食っていける)

―――――――――――――

――――出発の朝。


女僧侶「あのー……お二人とも?」ジトメ

男戦士「言うな!」メヲ ソラシ

男武闘家「言われなくてもわかってる!」メヲ ソラシ

勇者「どうかしたんですか、女僧侶さん?」キョトン

女僧侶「どうもこうもないですよ! どうして冒険者のお二人がそんな低レベルなんですか!」

―――――――――――――

男武闘家(26)
【神の恩寵】
樹の神 Lv4

【戦闘スキル】
体術    Lv3
投擲    Lv2

―――――――――――――

男戦士(26)
【神の恩寵】
樹の神 Lv3 

【戦闘スキル】
剣術    Lv4
投擲    Lv2

―――――――――――――

―――――――――――――

戦闘スキルLv目安

Lv1~2      初心者
Lv3~4      経験者
Lv5~6      兵士が務まるレベル(一人前と認められる)
Lv7~9      傭兵として雇われるレベル(これだけで食っていける)
Lv10~      人が教えを請うレベル(戦わずとも食っていける)

―――――――――――――

男武闘家「戦闘スキルだけで冒険者を判断しちゃいけない!」

男戦士「そーだそーだ!」

女僧侶「じゃあ、何で判断するんですか。」ジトメ

男武闘家「そりゃあ、日々の冒険で積み重ねた知識や経験に決まってるじゃないか。」

男戦士「そーだそーだ!」

女僧侶「たとえば?」

男武闘家「そうだな……足跡からその主を判断したり、その主に合わせた罠を仕掛けたり。」

男戦士「捕まえた獲物は処理して、保存食から売り物の毛皮まで、余す所なく活用したりな!」

男武闘家「当然、そこらの野草も、食えるかどうかくらい当然知ってるし、薬効の有無まで把握してる。」

男戦士「『樹の神』の恩寵を使って、そこらの蔓草からハンモックだって編み上げれるしな!」

男武闘家「『木の大国』領内の大半の生き物なら、大半はその生態を理解してるし、基本的な流通価格も知ってる。」

男戦士「ぶっちゃけ、俺達今まで食いモンで困ったことが無いくらいだぜ!」

勇者「わぁ……すごいなぁ。」キラキラ

男武闘家・男戦士「ほら、勇者ちゃんはわかってる! さすが勇者ちゃんだ!」

女僧侶「あのー……お二人って、武闘家と戦士ですよね?」ジトメ

男武闘家「お、おう。」ギクリ

男戦士「あ、ああ、まあね。」ギクリ

女僧侶「今挙がった事って、完璧に狩人の仕事じゃないですかー!」ドカーン!

男武闘家・男戦士(やべぇ、バレた!)

女僧侶「なんで戦闘職がそんな技術ばっか伸ばしてんですかー!」ムキー!

男武闘家「馬鹿! 戦わなくても食ってけるのに、何故にわざわざ危ない真似しなきゃいかんのだ!」

男戦士「【いのちをだいじに】! 作戦は常にこれ一択で!」

女僧侶「うわぁ……」ドンビキ

勇者「あの、女僧侶さん……お二人の知識は凄い立派な事だと思うし、そんなに責めなくても……」オロオロ

女僧侶「いや、そういう問題ではなくてですね……」

女僧侶「『勇者』の仲間で『戦士』『武闘家』なのに、そこらの兵士にすら及ばない戦闘スキルってのが……」

女僧侶「勇者くんに何かあった時に、お二人に守って頂かないといけないんですよ。」

女僧侶「そのための仲間なんですから。」

男武闘家・男戦士(返す言葉もねぇ。)

勇者「でも、そんな事言ったら……ボクも勇者なのに全然戦えないし……」

勇者「皆みたいに神様の恩寵もないし……」ウツムキ

女僧侶「え、ええと!? ゆ、勇者くんは良いんですよ!」アセアセ

女僧侶「ほ、ほら、まだ子供なんですから! ね!」アセアセ

勇者「子供でも、勇者なのに……」ウツムキ

男武闘家・男戦士(――――チャンス!)クワッ!

男武闘家「勇者ちゃんをいじめるなー!」

男戦士「そーだそーだ!」

女僧侶「ええ、わ、私ですか!?」

男武闘家「勇者ちゃんの未熟な戦闘スキルを責めるなんて最低だー!」

男戦士「そーだそーだ!」

女僧侶「い、いや、私が責めてるのはお二人の……」チラリ

勇者「……」シュン

女僧侶「――――!」ググググ

女僧侶「あーもう良いです! わかりました、もう何も言いません!」

女僧侶「私が先頭でお二人は勇者くんの左右で荷物持ち! 文句ないですね!?」

男武闘家「ちょ、流石に女僧侶ちゃんよりは頼りになるだろ!」イギアリ!

男戦士「これでも俺、剣術レベル4なんだぜ!(先週レベル上がったばっかだけど)」イギアリ!

女僧侶「そうでしょうか?」ステータス開示

―――――――――――――

女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv4
―――――――――――――





男武闘家「」

男戦士「」

女僧侶「ああ、食糧の調達には期待させてもらいますね。勇者くんの路銀は大事に使いたいので。」

男武闘家「はい。」

男戦士「お任せを。」






男武闘家「……アホの子から認識を改めるべきか?」ヒソヒソ

男戦士「……だな。まさかの脳筋キャラだったとは。」ヒソヒソ

男武闘家「だが、アホの子と脳筋は両立するのではないか?」ヒソヒソ

男戦士「確かに。結論はしばらく保留という事で。」ヒソヒソ

女僧侶「そこ! 何をこそこそ言っているんですか。それじゃあ、勇者くん、出発しますか?」

勇者「うん。行先は『根の国』!」

勇者(また仲間と一緒に旅ができるんだ、嬉しいな!)ニコニコ

――――――――

――――――

――――

――


男武闘家「このペースだと日が暮れる前には次の町に着けそうか?」

男戦士「んー、そうだな。途中で休憩挟んでも日暮れ前には行けるだろう。」

男武闘家「『枝葉の国』から『根の国』までは、ほぼ平地続きだから助かるな。 」

男戦士「だな。山越えするなら、もうちょい装備を整えたいからな。」

女僧侶「ああ、その辺は流石に頼りになるんですね。」

女僧侶「私、生まれも育ちもさっきの町なんで、殆どこういう旅した事ないんですよね。」

女僧侶「長旅なんて、水の本殿に行った時くらいかなぁ……でも、あれ馬車だったしなぁ……」

勇者「女僧侶さんは水の恩寵も受けてるんですよね。」

女僧侶「はい、あの町の僧侶学校出身なら、誰でも水の本殿で恩寵を授けてもらってますよ。」

男武闘家「あ、そうそう。生まれの国以外の恩寵って受けれるもんなんだな。俺、初めて知ったよ。」

男戦士「俺達も恩寵増やしてみるか? 回復手段は多い方が良いしな。」イノチヲ ダイジニ!

女僧侶「やー、恩寵の掛け持ちはあんまり良くないみたいですね。」

男戦士「そうなの?」

女僧侶「はい。恩寵を増やすと、レベルの伸びも悪くなるみたいで。」

女僧侶「結局、器用貧乏になりがちみたいです。」

男武闘家「あー、やっぱ世の中そう美味い話はないかぁ。」

勇者「女僧侶さんは、それで良かったの?」

女僧侶「もちろんです。私は僧侶なんですから!」

女僧侶「海の神の恩恵が、一番強力な回復術を習得できるんですよ。」

勇者「……」

男武闘家(10年前までは、そのポジションが命の神だったんだよな……)

男戦士(表に出すまいとしながらも、目を伏せちゃう勇者ちゃん……)ハァハァ

女僧侶「ただ、すでに生まれの恩寵がかなりの高レベルに達している人が、戦術の幅を増やすために他の恩寵を受けるのは、たまにあるみたいです。」

女僧侶「そういうのは実戦に対応するためでしょうから、多分、傭兵の方達じゃないですかね。そういう事してるのは。」

勇者「なるほどー。」

男武闘家(なんで僧侶学校卒業したばっかの娘がそんな発想するんだよ!)

男戦士(あっさりその発想に至るのがコエ―よ!)


――――――――

――――――

――――

――



男戦士「女僧侶ちゃん、ちょっと待った。」

男武闘家「……」

女僧侶「はい?」

女僧侶「って、男武闘家さん、地面に耳くっつけて何してるんですか。」

男戦士「静かに。」

勇者「?」

男戦士「どうだ?」

男武闘家「ああ、結構近い感じだな。警戒して進もう。」

女僧侶「なんなんですか?」

男戦士「あれ、見える?」ユビサシ

女僧侶「? どれの事です? 周囲はただの野原にしか見えませんけど……向こうに見える森の事ですか?」

勇者「あ、もしかして、あれの事ですか……? ちょっと地面が盛り上がってる箇所があるような……」

男武闘家「勇者ちゃん、正解。」

女僧侶「言われてみれば、数十センチくらいですか? 微妙に盛り上がってるような……」ムムム

男戦士「ああ。あれは地面の下を魔物が移動した跡だよ。」

男武闘家「地面の音を聞いてみたけど、何かが移動している音がした。」

勇者「魔物……」

女僧侶「地面を進む魔物……厄介ですね。」

男武闘家「いや、実はそうでもない。」

男戦士「ああやって地表に跡が残ってるだろ? 大半の魔物はたいして深い地面を掘り進めないんだ。」

男戦士「深く掘れば掘る程、岩盤が硬くなっていくからね。」

女僧侶「なるほど。」

勇者「たしかに。」

男武闘家「なまじ、地面を掘って進む分、地表を移動するより遅くなるしな。耳を澄ませば音も聞こえる」

男武闘家「だから警戒して進めば不意を突かれる事も無い。」

女僧侶「なんだ、言われてみれば大して怖くないですね。」ホッ

男戦士「ただ、ちょっと厄介なのが……」

男戦士「地表を移動している魔物なら、遠目でも相手を判別する事が出来る。」

男戦士「危険だと思えば避ければ良い。」

男武闘家「だが、地表を移動する魔物は、対峙する瞬間まで相手が不明なのが殆どだ。」

男武闘家「前もって危険を避けるのが難しいんだ。」

女僧侶(う……論理的で実体験に基づく説明……やっぱり、頼りになるんだ。)

女僧侶(冒険は戦闘スキルだけじゃない、か……本当だったんだなぁ……)

女僧侶「普段はどうしてるんですか?」

男武闘家「うん、普段なら、このルートは諦めて向こうに見える森に向かう。」

男戦士「やつらは森を嫌うからね。木の根っこが移動するのに邪魔なんだ。」

女僧侶(やっぱり回避が最優先なんですね……)ガクッ

女僧侶「でも……それだと、次の町とは全然違う方向ですよね?」

男戦士「まあ、森で一夜明かす事にはなるね。それはそれでリスクになる。」

男武闘家「地面の魔物を警戒しつつ次の町に向かうか、魔物を回避するために森で夜を明かすか。」

男武闘家「このどちらかだろうな。」

男戦士「だね。それじゃあ、勇者ちゃん、どうする?」

勇者「え、ええええ!? ボクですか!?」アワアワ

男戦士「そりゃあ、勇者ちゃんのパーティーなんだから、当然でしょ!」

勇者「その――――お二人が危険を回避するのを優先しているのはわかっています。」

勇者「でも、ボクはこのまま進みたい。多分、魔物に襲われる事になるんだろうけど……」

勇者「それでもまっすぐ進みたいんです。魔物から逃げたくないんです。」

勇者「じゃないと、『魔王を倒す』という言葉を、自分が信じられなくなるんです!」

勇者「それだけは、絶対に嫌なんです!」

女僧侶(勇者くん……)

勇者「でも、ボクの無理に、お二人を巻き込んでしまうのは……」

勇者「お二人は森を進んで、次の町で落ち合うという事に――――」

男武闘家「いやいや、勇者ちゃんと離れるのは、俺達自身がイヤだよ。」

男戦士「だな。それに約束したろ、勇者ちゃん?」

男戦士「『根の国』まで同行するってさ。」

勇者「男武闘家さん、男戦士さん……」グスッ

女僧侶「それじゃあ、このままルート維持で決定という事で!」

男武闘家「ああ、もし戦闘になったら女僧侶ちゃんに任せる。」

男戦士「うむ。俺達は勇者ちゃんを守るから、攻めるのは女僧侶ちゃんで、ヨロシク。」

女僧侶「え……あ、はい。そうですね。」

女僧侶(なんか、締まらないなぁ……)トホホ…

――――――――

――――――

――――

――


勇者の一行を包囲するように、周囲の野原が渦を巻いて盛り上がる。
遠巻きに盛り上がっていく地面が、徐々に徐々にその輪を狭め、勇者たちに近付いていく。


男武闘家「……チッ、もう少しで町に着く所だったんだが。」

女僧侶「地響き……みたいなのが、聞こえますね。」

男戦士「音は……複数? そうか、黒モグラか。」

勇者「モグラ、ですか。」

男武闘家「ああ。凶暴で、群れをなして人を襲う魔物だ。」

男戦士「サイズといい、襲い方といい、土に潜る狼とでも考えたら良い。」

女僧侶「注意すべき事はありますか?」チャキ

男武闘家「発達した前腕の爪と、口は小さいが牙に注意するんだ。そういう意味でも狼と変わらない。」

男戦士「――――来るぞ!」






男戦士「勇者ちゃん、身を守る事を優先するんだ!」ザシュッ!

男武闘家「落ち着いて! 落ち着いて動きを見れば、かわせない速さじゃない!」バキィ!

勇者「はい!」

――――グチュ

事前に説明があった通り、地面の動きに注意していれば不意を突かれる相手ではない。
発達した前腕の一撃は脅威だが、それもバランスを崩した発達の為、かえって自らの動きを鈍くしていた。
サイズこそ狼大だが、地上に出てしまえば動きそのものは、そこらに棲息する野生の狼にすら劣るだろう。

――――ゴリッ

勇者を背にし、男戦士と男武闘家は円を描くように常に動き続けている。
自らの死角を消しつつも、最も守るべき勇者に危害が及ばないようにするつもりなのだ。
地面から姿を現した黒モグラ達も、明らかに勇者の動きが悪い事には気付いているが、二人の動きの隙を窺う事しか出来ない。

――――ブチュッ

男戦士(ちょっと、これは、想定より数が多い……!?)

男武闘家(魔物の動きが活発ってのは聞いてたけど、これほどとは!)

――――メリメリメリッ

相手の性質を理解し、最善手を打ち続ける事は出来る。
だが、これまで二人にとって、戦闘はあくまで最終手段。
それ故、身を守るにはどうするべきかはわかるが、相手を倒しきる事が出来ない。
互いに攻めきれぬ、この睨み合いの状況を打破する方法が分からない。

――――ゴキン


男武闘家「でも……」

男戦士「まあ……」


――――ゴシャァッ!


勇者と二人を取り囲む黒モグラの群れに、弧を描いた肉塊が降り注いだ。


女僧侶「おまたせしました。」ニコリ

仲間の変わり果てた姿を目の当たりにし、黒モグラの群れは一斉に恐慌を引き起こした。
慌てて地面に潜ろうとする者、思わず二人に特攻をかける者、そして、闖入者めがけて襲いかかる者。

逃げようとした者は、逃げ切れるだろう。
隙も無いのに二人に向かった者は、容易く返り討ちにされるだろう。
闖入者に襲いかかった者は――――


女僧侶「あはッ。」ゴキン


女僧侶が携えるのは、ただのメイス。
一般的な僧侶が持つシンプルな護身用武器だ。
ただの、鉄塊。

シンプル故に、その威力は揺らがない。
飛びかかる黒モグラの脳天を容易く砕いて脳漿をまき散らし。


女僧侶「あははは。」ボキッ


別の黒モグラが飛びかかるのを軽々かわすと、すれ違いざまに脇腹を思い切り打ちのめす。
いとも容易く骨を砕き、それが守る臓腑すらも破裂させる。


女僧侶「あははははははッ」ゴシャッ! ゴキッ! グヂュリ!

無慈悲な鉄塊が、振り下ろされ、振り上げられ―――――また振り下ろされる。
ただそれだけで、勇者たちを囲んでいた黒モグラは、物言わぬ肉塊へと姿を変えていった。


男戦士「うわぁ……マジですかぁ……」ドンビキ

勇者「男戦士さん!」

男戦士「う、わ! やべッ!」


女僧侶の凶行に動揺した所に、一匹の黒モグラが飛びかかってきたのだ。
かわす事が出来ず、前腕の一撃を剣で受け止めるが、そのまま相手の重さで押し倒されてしまう。


男戦士「クッ……ソが……!」

黒モグラ「ギィギィギィ!」


上を取られた状態で、牙と爪をなんとか防いでいるが、相手の重さで身動きが取れない。

女僧侶「なにをしてるんですか……?」ガシッ

黒モグラ「ギィ!?」

女僧侶「男戦士さんに襲いかかるなんて……」グイッ


後ろから首を掴まれた黒モグラが宙吊りに掴み上げられる。
黒モグラの関節の構造上、ここを掴まれると反撃ができない。


女僧侶「許されるとでも思っているんですか……?」メキ

黒モグラ「ギ、ギギ……ギ……!」

男戦士「お、女僧侶ちゃん……?」


女僧侶「勇者様の仲間を傷つけようだなんて……」メキメキ

黒モグラ「……ギ……ギ……!」

男戦士「あ、あのー、そいつ、下ろしてくれたら剣で刺すよ?」

女僧侶「そんなふざけた話が……」メキメキメキ

黒モグラ「……!」

男戦士「ほ、ほら、そんなの女の子がさわりたいもんじゃないでしょ? なので、その辺に下ろしてもらえれば――――」


女僧侶「許されるわけ、ないじゃないですか。」ゴキンッ

黒モグラ「」ビクッビクン

男戦士「」ドンビキ

勇者「男戦士さん、無事ですか!」タタタッ

男戦士「」コシガヌケタ

勇者「すいません、助けに来るのに時間がかかっちゃって……」

女僧侶「大丈夫ですよ、勇者くん。」ニコッ

女僧侶「この程度の相手に、勇者くんが手を汚す事は無いのです。」ニコニコ

男武闘家「」ゾクッ


白と青を基調とした女僧侶の法衣は、黒モグラの返り血で至る所が黒ずんでいた。
浴びた血肉や脳漿を拭おうともせずに笑顔を浮かべるその姿に、それなりに経験豊富な男戦士と男武闘家も言葉を失う。

女僧侶は勇者の無事を確認すると、周囲をぐるりと見渡し、他に敵の姿が無い事も確認する。

勇者「女僧侶さん、怪我とかないの!?」アセアセ

女僧侶「はい、もちろんです。」ニコリ

女僧侶「ただ、少しお時間を頂いてよろしいでしょうか?」ニコニコ

勇者「う、うん……」ホッ

女僧侶「男戦士さん、男武闘家さん……」

男戦士「ハ、ハイ!」ビクッ

男武闘家「な、何なりと!」ビクッ


肉片にまみれ、血の匂いをまき散らす女僧侶の呼び掛けに、思わず直立不動で返事をする二人。


女僧侶「今朝がたは、何も知らずに失礼な事を言ってしまい。大変申し訳ありませんでした。」


深々と頭を下げる女僧侶に、理解が追いつかない男戦士・男武闘家は顔を見合わせる。

女僧侶「この勝利は、お二人の考察があったればこそ。」

女僧侶「もしも、お二人の言葉が無ければ、私と勇者くんはここで屍を晒す事になっていたでしょう……」

男戦士(それはない。)

男武闘家(それはない。)

女僧侶「お二人の知識は、どんな戦闘スキルにも勝る宝。」

女僧侶「是非、これからも勇者くんの力となって下さいね。」ギュッ

男戦士(かわいい女の子に手を握られてるのに寒気しか感じないのだが。)

男武闘家(血の匂いがハンパないんだが)

勇者「女僧侶さん。」

女僧侶「お待たせいたしました、勇者くん。」

女僧侶が振り返ると、勇者が水を含ませた布を手にしている。

勇者「動かないで、じっとしてて。」

女僧侶「そ、そんな、勇者くんの手が汚れてしまいます!」

勇者「いいから、じっとしてて。」


慌てる女僧侶だが、真っ直ぐに自分を見る勇者の薄桃色の瞳に魅入られ、離れる事が出来ない。


勇者「痛くない……?」ゴシゴシ

女僧侶「いえ、そんな事は……」

女僧侶「でも、勇者くん。いったいどこでこの水を? 周囲に水場は無いようですけど……」

勇者「うん。ボクの飲み水だよ。」フキフキ

女僧侶「そんな! 何て事を!」

女僧侶「飲み水が貴重な事くらい、私でもわかります!」

勇者「いいの。だって女僧侶さんのためだもの。」ゴシゴシ

女僧侶「ただの返り血じゃないですか。こんなの、なんでも……」

勇者「……なら、どうして泣いているの?」

女僧侶「泣いてませんが?」キョトン

勇者「そうだね。でも、そう見えるよ。」フキフキ

女僧侶「それはどういう――――」

勇者「うん。これでよし。」フキフキ

勇者「きれいになったよ、女僧侶さん。」キュッ

勇者「守ってくれて、ありがとう。」ニコッ

―――― あなたという子は、どうしてそう乱暴なんでしょうか。

―――― 神父様、私は間違った事をしたとは思っていません。

―――― 相手の男の子は肋骨を骨折していましたよ。

―――― でも、先に女の子に手を出したのはあっちなんです!

―――― あなたが手を出された訳ではないでしょう?

―――― そんな、神父様! 私は彼女を助けようとして!

―――― その彼女ですが、今はあの男の子のお見舞いをしていますよ。

―――― え……?

―――― やりすぎなのです。あなたは。

―――― 私が間違っているというのですか、神父様!

―――― 少なくとも、彼女はそう思ったようです。

―――― そんなの、おかしいです!

―――― 彼女も、あなたへの処罰を求めています。

―――― ……うそ。

―――― 学びなさい。過ぎた暴力は誰も幸せになどしないのです。

―――― そんな事、そんな事って!

―――― あなたに3日間の懲罰室行きを命じます。

―――― 嫌です! 私は間違ってなんか――――!

―――― 光の入らぬ部屋で、自分のした事を悔い改めるのです。

―――― 神父様! 神父様!

―――― 連れて行きなさい。

―――― 神父様ーーーーー!

女僧侶「あ、あれ……?」ジワァ


不意に女僧侶の視界がぼやける。
歪んだ視界の向こうで、勇者が手を広げている。
咄嗟に一歩さがり、勇者と距離を取る。


女僧侶「ち、近付くと、服が汚れてしまいます!」

勇者「そうだね。」ギュッ


それ以上さがらせまいと、距離を詰めた勇者が女僧侶を抱きしめる。
驚いた女僧侶が反射的に振りほどこうとするが、しっかりと抱き締めて放さない。

女僧侶「は、離れて下さい! ち、血の匂いが移ってしまいます!」

勇者「そうだね。」ギュッ

女僧侶「ゆ、勇者くん、私は――――!」

勇者「いいこ、いいこ。」ヨシヨシ


抱きしめていた手を女僧侶の頭に当て、優しく撫でる。


―――― 学びなさい。過ぎた暴力は誰も幸せになどしないのです。


勇者「女僧侶さん、ありがとう。」ヨシヨシ

女僧侶「あ、あ……あああ……」ポロポロ

女僧侶「――――――――ッ!」ボロボロボロ

男戦士「ふむ……百合、か。悪くない。」ハァハァ

男武闘家「だな。これは今まで食わず嫌いだったか。」ガンプク ガンプク

男戦士「そういや、さっきさぁ……『是非、これからも勇者くんの力となって下さいね。』って言われたじゃない?」

男武闘家「だな。」

男戦士「……俺達、『根の国』まで、で良いんだよな?」

男武闘家「もちろん、そのつもりだが?」

男戦士「もし、別れの際に女僧侶ちゃんが認めなかったら――――」

男武闘家「よせ! 考えるな! それ以上考えるんじゃない!」ガクガクブルブル

男戦士「だよな! 考えちゃ駄目だよな!」ガクガクブルブル


――――――――

――――――

――――

――

女僧侶「お見苦しい所を……(///」カァァァァ

男戦士「いえいえ。」ニヤニヤ

男武闘家「そんなそんな。」ニヤニヤ

勇者「そろそろ出発する?」

男武闘家「そうだな。ちょっと時間食ったが、町まで後少しだ。」

男戦士「町に着いたらすぐに宿を取るから、それまで我慢してね。お二人さん。」


戦闘に参加しなかった筈の勇者の服も、今は女僧侶から移った返り血で染め上げられている。

女僧侶「だから駄目だって言ったのに……」

勇者「そうだね。でも、気にしないよ。」

女僧侶「そういう訳にも――――」

勇者「だって、女僧侶さんとお揃いだもの。」ニコニコ

女僧侶「――――、もう……(///」カァァァァ


男戦士(ふむ……しばらく夜のオカズには困らんな……)ハァハァ

男武闘家(勇者ちゃんが攻めか……ちょっと意外な気もするが……)ハァハァ

女僧侶「あ。」

勇者「どうしたの?」

女僧侶「さっきの戦闘でレベルが上がったみたいです。【ステータス開示】」


―――――――――――――
女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv4→5 Level Up♪
―――――――――――――

男戦士「」ガクガクブルブル

男武闘家「」ガクガクブルブル

続きはまた明日の夜に上げて行きます。
完結までかなり長くなると思うので、暇な時にでも読んでもらえると嬉しいです。

地名やら設定やら、訳わからん部分が多いと思いますが追々本文で触れて行くので今は適当に流しといて下さい。

――――町の宿。


男武闘家「さてと。何はともあれ、無事に辿り着けて一安心。」

店主「いらっしゃいま――――」

店主「い、いらっしゃいませ……」タラリ

男戦士(そりゃあ、引くわな……)

女僧侶「へぇ~、この町の宿は随分大きいんですね~。」チミドロ

勇者「そうですねー。他の町と比べても、ここは大きいです。」チミドロ

男武闘家「とりあえず、二人ずつで二部屋用意して欲しいんだが。」

女僧侶「え、全員同じ部屋にすれば、路銀が節約できるのでは?」キョトン

男戦士(女の子がそういう事言うとは……やはりアホの子か……)ハァハァ

男武闘家(いや、むしろ余裕じゃないか? 強者の……)ガクガクブルブル

勇者「ううん、女僧侶さん。二人は疲れを残さない事を考えてるんだと思うよ。」

女僧侶「と言うと?」

勇者「うん。一部屋の人数が増えると、どうしても気になって眠りが浅くなるんだ。」

勇者「部屋の広さにもよるけど、きちんと休息を取るのなら、二人くらいにした方が良いんだよ。」

男戦士「へぇ、意外と知ってるねぇ。勇者ちゃん。」

男武闘家「旅をする上で一番の敵が疲労だからな。残さないに越した事は無い。」

女僧侶「そうなんですね。まあ、皆さんがそうおっしゃるなら……」

男戦士「いや、それに正直な所、さっき臨時収入もあったからね。多少は贅沢できるんよ。」

勇者「そう言えば、男戦士さん、さっき黒モグラから何か剥ぎ取ってました。」

女僧侶「あら、何ですこれ?」


何時の間にか一行の荷物に見慣れぬ包みが追加されている。

男戦士「ああ、中身見たい?」シュルシュル

女僧侶「キャァア!」ヒシッ!

勇者「むぐぐ。」

店主「ちょ、困りますよお客さん! そんなもの広げないで下さいよ!」


包みの中には言っていたのは、黒モグラから切り落とした鼻先の部分の山盛り。


男戦士「や、すいませんね。」ペコ

男戦士「アハハ。どう、ビックリした?」

女僧侶「あ、ごめんなさい、勇者くん!」パッ

勇者「ぷふぅ。」

女僧侶「そ、そんなのいきなり見せられたら、ビックリするに決まってるじゃないですか!」

男武闘家(……皆殺しにしたのは、どこのどいつだ。)タラリ

店主「あのー、お部屋準備出来ましたので、できればそちらに……」オズオズ

男戦士「あ、どーもどーも。さあ、行くよ~。商売の邪魔しちゃ悪いからね!」

勇者・女僧侶「?」

男武闘家「血の匂いだよ。風呂に入って、さっさと洗い流そう。」

勇者「あー。」

女僧侶「え~。そんなに、匂いします?」クンクン

男戦士「二人は鼻が麻痺しちゃってるんだよ。ぶっちゃけた話、かなりヒドイ……」ナイワー

男武闘家「黒モグラの血肉は特に臭みがあるから……」ハキソウ

女僧侶「あう……(///」カァァァ

男戦士「俺達はこれを換金してくるから、その間にその匂いを落としといてね。」

男武闘家「そのままじゃ食堂に入れてもらえないから、マジで頼むよ。」

勇者「……はい。」シュン

女僧侶「……がんばります。」シュン

――――――――

――――――

――――

――


町の役員「おや、男戦士さんに男武闘家さんじゃないですか。」

男戦士「どもー。」

男武闘家「お久しぶりです。」

町の役員「しかし、珍しいですな。お二人がこの町でお休みになるとは。」

男戦士「いつもは二人だけなんで、移動ペース的にこの町は通り過ぎちゃうんですよねー。」

男武闘家「今回は他にツレがいるんで、まあ、そっちにペースを合わせてるんです。」

町の役員「それはそれは。お二人と旅ができるとは、おツレの方も心強いでしょうな!」

男戦士「いや、むしろ……」ガクガクブルブル

男武闘家「俺達の方が助けられるというか……」ガクガクブルブル

町の役員「ちょ、大丈夫ですか……?」

男戦士「ああ、いや、すいません。ちょっとPTSDになりかけてたみたいです。」

男武闘家「なりかけって言うか、既に手遅れな気もします。」

町の役員「は、はあ。」

男戦士「ゴホン! とまあ、そんな話は置いといて……」シュルリ

町の役員「おお、これは!」

男武闘家「町から少し離れた地点で、黒モグラの大群と遭遇したので、駆除しておきました。」

男戦士「だいたい40匹分はある。」

町の役員「そうですね。数えてみましたが、42匹です。」

町の役員「これだけの数の黒モグラが羊を襲おうとしていたかと思うと……背筋が凍ります。」

男武闘家「こいつらには柵も無意味だからな。牧畜にとっちゃ迷惑極まりない害獣だ。」

男戦士「しかも、どの部分も臭みがありすぎて、煮ても焼いても食えやしねぇ。毛皮も質が悪いしな。」


持ち帰っても使い途が無いので死体は放置。
ただし駆除数はきちんと計上しなければいけない為、かさばらない鼻先だけを持ち帰ったのだ。

町の役員「ええ、まったくもってその通りです。感謝いたします。」

町の役員「駆除報酬は一匹につき2000Gとなっております。お納めください。」

男戦士「えーと……全部で84000Gだね。確かに。」

男武闘家「ところで役員さん、最近魔物の様子はどうなんだい?」

町の役員「そうですねぇ……ここの所、この黒モグラといった獣系統の魔物が急に活発化していますね。」

男戦士「……獣型、限定で?」ピクッ

町の役員「はあ、他のタイプの魔物に関しては、例年通りの活動ですし。」

町の役員「とは言え、獣系統の魔物の被害が目立って増えてる訳ではないので、気のせいかもしれませんね。」

男武闘家「……」ギリッ

町の役員「あの、それが、何か?」

男戦士「いや、何でもないよ。それじゃ、また来るね。」

男武闘家「…………邪魔したな。」


男戦士「そんな、まさかな……」

男武闘家「だが、気にはなる。」

男戦士「……取り敢えず、旅先の情報には注意しておくか。」

男武闘家「……だな。」ギリッ




――――――――

――――――

――――

――

女僧侶「さてと、お二人が出かけている間に、汚れを落とさなければなりませんね。」

勇者「そうだね。色々寄る所があるから、ちょっと時間かかるって言ってたよ。」

女僧侶「それなら、ゆっくり湯浴みができますね。」~♪

女僧侶「……むぅ。これはたしかに、ちょっと汚れすぎかもですね。」


女僧侶は帽子を取り、それにこびりついた血肉を見て、反省の表情を浮かべている。
肩にかかる露草色の髪も、返り血によって所々が黒く変色しているくらいだ。
その姿は、とても年頃の少女とは思えない。


女僧侶(ちょっと、あれはハシャギすぎだったなぁ……)

女僧侶(勇者くんの力になれるんだ!と思ったら、歯止めが利かなくなっちゃった……)

女僧侶(怖がられたかな……それとも、やっぱり……嫌われ、ちゃったかな……)チラリ


女僧侶はさりげなく勇者に視線を向けるが、勇者は荷物の確認の最中で気付いていない。

女僧侶(で、でもでも! 勇者くん、『ありがとう』って言ってくれたし……)

女僧侶(それにそれに! ギュッてしてくれたし……よしよしってしてくれたし……)

女僧侶(嫌われたり、してないよね……? 駄目な子だって、思われてないよね……?)

勇者「女僧侶さん。」カチャカチャ

女僧侶「は、はひ!」

勇者「ボクは道具の点検を先に済ませておくので、先にお風呂どうぞ。」カチャカチャ

女僧侶「あ、道具の点検なら後で私もお手伝いしますので、一緒に入りましょう?」

女僧侶「ほら、お背中お流ししますし、髪を洗うのもお手伝いしますよ!」

女僧侶(『お手伝い』という建前で、勇者くんの綺麗な薄桃色の髪を堪能するチャンス!)

女僧侶(もー、すっごくキレイなんだもん……正直、羨ましい!)ハァハァ


ウキウキの女僧侶だったが、勇者は怯えるように肩を震わせた。

勇者「そ、その……ボクは後で入るので……」アトズサリ

女僧侶「もぅ、そんな寂しい事を言わないでください……女同士じゃないですか……」ジリジリ

勇者「え、いや、その……ボクは……」アトズサリ

女僧侶(あれ? やっぱり勇者くん、男の子?)

女僧侶(でも、体格とかどう見ても女の子だし……まあ、胸は全然無いけど……)

女僧侶(――――あ、もしかして!)ピコーン!

女僧侶「勇者くん、見られるのが恥ずかしいとか?」

勇者「」ビクッ!

女僧侶「私も、まあ、正直人並みくらいですけど……勇者くんくらいの時はもっと小さかったんですよ?」

女僧侶「これからおっきくなるんですから、小さくても恥ずかしがらなくて良いんです!」

勇者「そういうのじゃ、なくて……」オビエガオ

女僧侶「ふふふ、もうそれ以上さがれませんよぉ……」ハァハァ

勇者「やめて……来な、いで……」フルフル

女僧侶(ああ、勇者くんの怯え顔がたまらない……!)ハァハァ


ほどかれていた勇者の薄桃色の髪が流れ、絹のような柔らかな感触が女僧侶の指先をくすぐる。

女僧侶(正直、こんなにかわいいなら男でも女でもどっちでも良いわ!)ハァハァ


壁に追い詰められた勇者の上着の裾を、僧侶が掴んだ。


女僧侶「はーい、汚れた服も洗いますので、バンザイしてくださいねー♪」ガバッ

勇者「!」スポッ

女僧侶「――――ッ!」


勇者の上半身が露わになった瞬間、笑顔だった女僧侶の顔が凍りついた。
その隙に、勇者が服を取り返し、すぐにまた頭からそれを被り袖を通す。


女僧侶「あの……ごめん、なさい……勇者くん、私……そんなつもりじゃ……」カタカタカタ

勇者「……後で、一人で入るから……一人で、入らせて。」ジワッ

女僧侶「はい……本当に、ごめんなさい……」

――――――――

――――――

――――

――


女僧侶(勇者くんのからだ……酷い傷跡だった……)


汚れを落とし、湯船につかりながら、女僧侶はさっき見たものを思い返す。


女僧侶(あれは、戦闘でできるような傷じゃなかった……)


傷跡がへこむ切り傷とは逆に、勇者の身体の傷跡はミミズのように盛り上がっていた。

女僧侶(ああいう傷が残るのは……多分、鞭……)


幾筋も走っていたその傷跡と、怯えた勇者の顔が頭から離れない。
さっき見えたのは身体の前面だけだが、傷の付き具合から考えて背中も同様に――――


女僧侶(……私、嫌な子だ。)

女僧侶(……どうしようもなく、駄目な子だ。)


――――――――

――――――

――――

――

女僧侶「あの、勇者くん、お待たせしました……」

勇者「う、うん。」

女僧侶は勇者の顔をまともに見る事が出来ず、うつむいたまま勇者の隣を通り過ぎる。

女僧侶「……?」


何かが引っ掛かる感じがし、ふと振り返る。
勇者が女僧侶の服の裾を引いていた。


勇者「その……びっくり、したよね……」

女僧侶「それは、その……!」

勇者「嫌なもの、見せちゃって……ごめんね。」

女僧侶「勇者くんが謝る事なんてないんです!」

女僧侶「私が駄目なんです! 私が、私が……!」

勇者「ううん……自分を責めないで、女僧侶さん。」

勇者「でも、代わりに一つ、『お願い』、聞いてくれる?」

女僧侶「はい……はい、なんでも! 私にできる事なら!」

勇者「さっき見たものは忘れて……」

勇者「もし、それも難しいなら……」


勇者は泣き顔のような笑みを浮かべた。


勇者「せめて、ボクのこと嫌いにならないで……」

女僧侶「――――ッ」ポロポロ

勇者「『お願い』、忘れないでね。」ニコッ


――――――――

――――――

――――

――

勇者がいる浴室から湯の音が聞こえる。
ベッドに一人腰掛ける女僧侶は、自分に言い聞かせるように、誓うように何かを呟いている。


女僧侶「私が勇者くんを守るんだ……」ブツブツブツ

女僧侶「絶対に、誰にも勇者くんを傷つけさせたりしない……」ブツブツブツ

女僧侶「そんな事は許さない……」ブツブツブツ

女僧侶「絶対に許さない……」ブツブツブツ

女僧侶「私が、絶対に許さない……」ブツブツブツ

女僧侶「絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に――――」ブツブツブツブツ


――――――――

――――――

――――

――

男武闘家「や、お待たせ。取り敢えず、メシ食いながら明日の予定を話そうか。」

男戦士「お~、血の匂いもちゃんと落ちてるねぇ。勇者ちゃん、良い匂い♪」スンスン

勇者「く、くすぐったいです……」モジモジ


後ろから勇者を抱え上げ、男戦士が勇者の首筋に鼻を押し当てている。


女僧侶「……」ギロッ!

男武闘家「!」ビクッ


二人を見る女僧侶の視線の険しさに、男武闘家の全身を悪寒が走り抜ける。
男武闘家の反応から、自分の視線の険しさに気付いたのだろう、女僧侶が表情を笑顔に切り替える。

女僧侶「うふふ、いけない いけない。お二人は旅の仲間なのですから、スキンシップくらいは当然ですよね。」ウフフ

女僧侶「ええ、そうですとも。お二人は信頼する仲間なのですから、親密なのは良い事なのです。」ウフフフ

男武闘家「後で男戦士は殴っとくから……その凄味のある笑顔は勘弁してくれ……!」ヒィィィ!

女僧侶(ああ、いけない。今の行動はお二人に失礼でした……)

女僧侶(お二人も、勇者くんをお守りするという同じ志を持つ仲間ですからね。)

女僧侶(お二人が勇者くんを傷つけるような事を、する訳が無いのです。)ウフフ

男戦士(あれ、何故か急に寒気が……)ゾクゾク

男武闘家(何かよくわからんが、どんどんドロ沼にはまり込んでる様な気が……)ゾクゾク


宿が大きいので、食堂もそれに比例してかなり大型である。
テーブルは満員という訳ではないが、それでも空席が目立つ程でもない。
それなりに盛況といった所だろうか。

男戦士「――――んでさ、実はちょっと良い話があるんだよ。」ムグムグ

勇者「良い話、ですか?」カチャ カチャ

男武闘家「ああ、どうするかは勇者ちゃんが決めてくれ。」ゴクン

男戦士「なんと、馬車が使えそうなんだよ。」ゴクゴクゴク

勇者「すごいじゃないですか!」パァァァ

男戦士「まぁね~♪」ハナ タカダカ

女僧侶「でも、お高いんでしょう?」モッシャ モッシャ ハム ハム ハム

男武闘家「いや、それがなんとタダなんだよ。」ズズズズ……

男戦士「相手は顔見知りの行商夫婦でね、一応道中の護衛も兼ねてって事なんだけど……」モグモグ

男戦士「金はタダなんだけど、ちょっと問題があってね。」ゴクン

勇者「はぁ。」モグムグ

男戦士「その行商夫婦がこの町に着くのが3日後なんだよ。」モグモグ

男武闘家「だから、少しこの町で時間潰さなきゃいけない事になる。」ムグムグ

女僧侶「それだと、歩いた方が早いんじゃないですか?」モッキュ モッキュ モッキュ ……ゴックン

勇者「どうなんです?」ゴクゴク

男戦士「微妙だねぇ。今日のペースで考えると、歩きだと道中で1泊しなきゃいけないだろうね。」パクパク

男武闘家「馬車を使うなら、日暮れまでには次の街に着くだろう。まあ、安全だよ。」カチャ カチャ

男戦士「馬車を待つなら3日後に次の街、歩きで行くなら一泊野宿で2日後に到着って感じかな。」シャリ シャリ

女僧侶「どうします、勇者くん?」ゴック ゴック ゴック ゴック ゴック   ……プハァ!

勇者「……そうですね、1日くらいなら確実な方を選びます。」

男戦士「了解 了解、それじゃあ、3日後の朝に出発って事で。」

男武闘家「なら、明日と明後日は準備に使おう。ここは小さな町だけど、品揃えは悪くないよ。」

女僧侶「何か買っておくものとかあります?」モッシャ モッシャ モッシャ

男戦士「見た感じ、外で夜を過ごすには準備不足な感じがしたかな。」

男武闘家「虫除けとかな。無かったら結構しんどいよ?」

女僧侶「虫ですか……私、ちょっと苦手です。」シャク シャク シャク

勇者「毒持ってるのとかいたら、不安です……」

男戦士「毒持ってるようなのは、『枝葉の国』にはあんまりいないなぁ。」

男戦士「『根の国』に入って、山越えとかすると結構いるけど。」

男武闘家「まあ、下手に刺激しなきゃ人間に寄ってこないけどな。魔物じゃないんだし。」

女僧侶「虫にもお詳しいんですねぇ。」ゴック ゴック ゴック ゴック

男戦士「そりゃまあ、飯のタネだしね。」

勇者「む、虫を食べるんですか……?」 ドンビキ

男戦士「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」

男戦士(他に食うモノなきゃ、普通に食うけど。)

男武闘家「副業みたいなもんだよ。『木の大国』領の生き物を調べて、そのデータを国に渡してるんだ。」

女僧侶「そんな事でお金をもらえるんですか?」 ハム ハム ハム

男戦士「もらえるよー。もちろん、ちゃんとした調査が必要だけど。」

男武闘家「自国の生態系を理解するのは、大事な事なんだよ。」

勇者「すごいなぁ。」キラキラ

男戦士「ま、金以外にも、役人とコネが作れるってメリットもあるし。」

男武闘家「今回の馬車も、その縁だからね?」

女僧侶「うーん、お二人はやっぱり立派な冒険者だったんですねぇ。」モッキュ モッキュ モッキュ

女僧侶「でも、思うんですけど、お二人って『戦士』と『武闘家』じゃなくても良いんじゃないです?」ハム ハム ハム ハム

女僧侶「『狩人』の方がお二人の生き方に似合ってる気がします。もちろん『狩人』だって立派な職業なんですから。」ゴック ゴック ゴック ゴック ゴック   ……プハァ!

男戦士「ん、まあ、それは……色々とね。」

男武闘家「そうだな……まあ、色々だな。」

勇者「でも、それを言うなら、女僧侶さんも『戦士』の方が似合ってるんじゃ……」オズオズ

女僧侶「」ガーーン!

男戦士(激しく同意。)

男武闘家(激しく同意。)

――――――――

――――――

――――

――


食事を終え、しばしの間、食堂でくつろぎの時間。


中年僧侶「おや、あなた方も旅の途中ですかな?」

男戦士「ええ、『根の国』まで行く途中ですよ。」

中年僧侶「そうなんですか、私は『花の国』まで行こうかと。」

男戦士「ああ、良いですね~。あそこは酒も食いモンも最高ですから。」

中年僧侶「それにしても……皆さん、ずいぶんとお若いですねぇ。」

中年僧侶「旅行ですか? それとも、行商の途中ですかな?」

男武闘家「え、あ、えーと……」

男戦士「え、ええ、まあ、行商みたいなもの――――」

女僧侶「はい。勇者様と共に魔王を倒しに行こうかと。」ニッコリ

中年僧侶「――――え? え、えーと、冗談ですか?」キョトン

勇者「いいえ、本当です。ボクが勇者です。」

中年僧侶「お、おお! これは、なんと光栄な!」パァァァァ

中年僧侶(なんという美しい髪に愛らしい顔立ちなのだ! さぞ名のあるお方に違いない!)ドキドキ

中年僧侶「是非、私に旅の無事を祈らせてください!」

女僧侶「はい、もちろんです。」ニコニコ

男戦士(やべぇ……! 何か知らんが、背筋が凍えやがる!)ガタガタガタ

男武闘家(目が笑ってねぇ! 目が笑ってねぇよ!!)ガタガタガタ

中年僧侶「それでは勇者様、お名前を伺ってよろしいでしょうか?」

勇者「勇者です。」

中年僧侶「あ、いえ、そうではなく。どちらの勇者様でしょうか?」

中年僧侶「は! もしかして、『花の勇者』様では?」

中年僧侶「花のような美しさと噂には聞いていましたが、これほどとは!」ドキドキ

勇者「いえ、勇者です……ただの、『勇者』です。」ウツムキ

中年僧侶「ただの? いや、そんな訳が――――」


その言葉の意味する所に気付き、中年僧侶の表情が微かに険しくなる。


中年僧侶「……もしや、『北の国』の?」

勇者「……はい。」


中年僧侶の目に、あからさまな侮蔑の色が浮かぶ。

中年僧侶「はは、まさか『北の国』の勇者様だったとは!」

中年僧侶「いやはや、たいした身分ですな! 神の恩寵を失っておきながら、こんな所でのうのうとお過ごしとは!」

勇者「……」ウツムキ

中年僧侶「それにしても、よりにもよって『魔王を倒す』とは、実に立派な目標だ!」

中年僧侶「ですが、残念ですねぇ……」ジロジロ


中年僧侶の芝居がかった声が響き、食堂の視線が勇者達のテーブルに集まる
状況を察し、客たちも同情の色を浮かべど、それ以上の行動に出る者は居ない。

中年僧侶の視線が、舐めるように勇者にまとわりつく。
言いようの無い不快感に襲われ、勇者が目を逸らした。

中年僧侶が他のテーブルには聞こえないよう、声を落として囁く。

中年僧侶「あなたは『勇者』より娼婦の方がお似合いだ。」ボソボソ

中年僧侶「国から支援も受けられず、困窮しておいででは? なんでしたら、今晩にでも私が――――」


――――ガシッ


女僧侶「あははッ。もう十分ですよ。」ニコニコ

中年僧侶「――ッ!? ~~!!」モガモガモガ


女僧侶の手が頭蓋骨ごと握りつぶさんばかりの力で、中年僧侶の口元を鷲掴みにしている。
予想もしていなかった握力に、混乱した中年僧侶が目を白黒させる。


女僧侶「話には聞いてましたけど、本当だったんですねぇ……」メキメキメキ

女僧侶「神の恩寵を説く者が、なんと醜い……」メキメキメキ

中年僧侶「~~!? ~~!? ~~!?」ガクガクブルブル

女僧侶「とりあえず、私達は同じ僧侶なのですから、神について語り合おうじゃありませんか。」ニコニコ

女僧侶「心ゆくまで――――」ニコニコ


女僧侶は、見る者全てに安らぎを与えるような、壮絶な笑顔を浮かべていた。


女僧侶「――――拳で。」ニコリ


ただし、その安らぎは。
死の安らぎ。

男戦士「うー、わー……片手でおっさん引き摺って行ったぞ……」

男武闘家「ちょっと、行ってくるわ。止める自信は無いけど……」ガタッ

男戦士「お前より体術レベル上だもんなぁ……」

男武闘家「でも、おっさんも殺される程の事はしてないからなぁ……まあ、やれるだけやるわ……」ゲンナリ

男武闘家(その代わり……)チラリ

男戦士(わかってるって! 任せろ!)グッ

男戦士「あー、その、なんだ。」

勇者「……いいんです。わかってるんです。」

男戦士「いやいや、勇者ちゃんは悪くないからね!」

勇者「……ありがとうございます。」ウツムキ

男戦士(あー、もう! 見てられん!)

男戦士「勇者ちゃん! ちょっとこっち来て!」

勇者「……?」

勇者「はい……」トコトコ

男戦士「ここ! ここ座って!」ヒザノウエ!

                       >ナメタコト ヌカシテンジャネェゾ!コノ ニクダルマガ!
                       >ヒィィィィ!      

男戦士は自らの膝をパシパシと叩いている。
小首を傾げながらも、勇者は素直にそれに従う。

                       >ユウシャサマニムカッテ アンナゲスナ コトバヲ!
                       >ヨセ! ヤメロ! オナジ ソウリョジャナイカ!      

男戦士「よーーし、よしよしよし……」ナデリナデリ

勇者「ふぇっ!?」

                       >アア!? イッショニシテンジャネェ!(ドゴッ!)
                       >ゲブゥゥ!      

男戦士が勇者を抱きしめ、空いた手で頭を撫でる。
驚いた勇者が身をよじるが、構わずに抱きしめる腕に力を込める。

                       >ユウシャサマノココロノイタミハ コンナモンジャネェゾ!(ゴッ!ゴッ!ゴッ!)
                       >アギィ! ブヒィィ! ヒヒィィ!

男戦士「よーし、良い子だ。よーしよしよし……」ナデリナデリナデリ

勇者「……(///」カァァァ

男戦士「何度だって言うぞ。勇者ちゃんは悪くない。オーケー?」

勇者「――――(///」カァァァ

勇者「……はい。」ギュッ

                       >ナケ! サケベ! ブタガ ニンゲンノ コトバハナシテンジャネェ!(ゴリッ! ゴリッ!)
                       >ヤメ! ワタシガワルカッタ! モウカンベンシテクダサイ!  

外の騒音だが、どうしてもある程度は聞こえてしまっている。
それが原因か、それともさっきの騒動が原因か。
食堂は何とも言えない空気に包まれてしまっていたが、それを払拭しようと一人の客が竪琴を取りだした。

                       >スリツブシテ バラバラニシテ ハタケノコヤシニシテヤル!(ドガッ!ドガッ!ドガッ!)
                       >ヒギィ! アヒィ!(ビクンビクン)

―――― ~ポロン♪ ~~ポロロン♪

                       >ユウシャサマヘノヒレイ コノテイドデスムト オモウカ!(ゴッ!ゴッ!ゴッ!)
                       >アギィ! ブヒィィ! アヒィィ!(ビクンビクン!)

楽師「これより奏でますは、『さすらうたびびと』の歌。」ポロン♪

楽師「地の神に捧げる、感謝の歌でございます。」ポロロン♪

楽師「皆様方の中に、歌に自信のある方がおられましたら、ぜひご参加を……」ポロロン♪ ポロン♪

                           >カンジテンノカ! ケガラワシイゾ! ブタガ!(ゴッ!ゴッ!ゴッ!)
                           >アァァ! カミヨ! モット! モット!(ビクンビクン!)

男戦士(向こうはひでぇ事になってるな……)タラリ

勇者「……」ジーッ

男戦士「あら、どうかした?」

勇者「ボク、この曲知ってるんです。」ジーッ

男戦士「へぇ。俺は『地の神』様の曲は初めて聞くなぁ。」

男戦士「『樹の神』様のなら、しょっちゅう聞いてたんだけど。」

勇者「……」ジーッ

男戦士「あ、もしかして、歌ってくれるの?」

勇者「聞きたいですか?」ウワメヅカイ

男戦士「スッゲ―聞きたい! 聞きたい聞きたい!」

勇者「ふふ。じゃあ、頑張って歌いますね。」ニコリ




男武闘家「お、女僧侶ちゃん、もうそのくらいで……」

女僧侶「……男武闘家さん、こんなやつの肩を持つんですかぁ?」ニコリ

男武闘家「いや、違うって! その笑顔はやめて!」ブルブル

男武闘家「そうじゃなくて、これ以上やっても意味無いというか……」チラリ

中年僧侶「おぉぉ神よ! もっと! もっと私に試練を!!」ビクンビクン

女僧侶「……」

男武闘家「な? どう見ても、これ以上はこのおっさんを喜ばすだけだ。」ウンザリ

女僧侶「……なるほど、確かに。」

男武闘家「あれだけやれば気は済んだだろ? 今日はもう、さっさと部屋に戻って寝ちまおう――――」

女僧侶「どうやら、あの程度では手ぬるかったみたいですね。」

男武闘家「」

中年僧侶「さあ! もっと! もっと激しく打つのですッ!」ハァハァ

女僧侶「何を嬉しそうに盛ってるんですかぁ?」チャキ

男武闘家「いや、流石に人相手にメイスは……」タラリ

中年僧侶「それは、ちょっと……せめて鞭でお願いします!」ギンギン

女僧侶「(無言)」ゴキン!

中年僧侶「ヒギィィィィ!」ビクッビクッビクッ!

男武闘家「マジデ ヤリオッタ」ドンビキ

女僧侶「 ―――― 悲 鳴 を 上 げ ろ 」

女僧侶「 ブ タ の よ う な ァ ァ ァ !! 」

中年僧侶「ブヒィィィィィィィィ!」

男武闘家(よく見たら、このおっさん回復術使ってやがる。どうりでタフな訳だ。)

男武闘家(けどまあ、これなら大事には至らんか。頃合い見計らって、もう一回止めたら終わりだろ。)


ふと違和感を感じ、背後の食堂を振り返る。
人の出入りは無かったのに、何故かさっきより人の気配が希薄な気がする。
いや、人数が減った訳ではない。数ではなく、動きが無いのか?


そう――――まるで、何かに聞き入るような――――


中年僧侶「ブヒィィィ!」ビクンビクン

女僧侶「(無言)」ゴキッ! ベキ! ゴリッ!

男武闘家「」ドンビキ

――――――――

――――――

――――

――



客1「いやぁぁ、良いモン聴けたわぁ……」テカテカ

客2「ええ、もう本当に。金出してプロを呼んでもあれには及びませんよ……」テカテカ

客3「明日もやってくれないかなぁ……いや、ホントにマジで……」テカテカ

営業時間が終わり、客が次々と食堂から出てくる。
皆口々に何かを褒め称え、その表情は心から満足しているように見える。


男武闘家「もう食堂閉める時間か……」ハァ

女僧侶「チッ……なら、そろそろ勇者くんが出てきてしまいますね。」

女僧侶「勇者様の視界を汚したくないので、さっさと去りなさい、このブタが。」シッシッ!

中年僧侶「……ふぅ。」マンゾクゲ

中年僧侶「先程は、大変失礼を致しました。」

男武闘家(賢者モードで慈愛に満ちた目をしていやがる……)

中年僧侶「直接お詫びをしたいのですが、きっとお気を悪くさせてしまうでしょう……」

中年僧侶「『愚かな言動を心より詫びていた』と、どうか勇者様にお伝え下さい。」

女僧侶「……反省はしたみたいなので、良しとしましょう。」チッ

男武闘家(あんだけ殴って、まだ不足か……!)ガクガクブルブル

男戦士「いやー、店の人の頼みっぷりが凄かったなぁ。」

勇者「……皆さんに喜んでもらえて嬉しかったです(///」テレテレ

男武闘家「おー。何の話?」

男戦士「聞いてくれよ! つーか、二人とも聞いとけよ、もったいねー!!」

女僧侶「え、えぇ? いったい何の話ですか?」

男戦士「歌だよ、歌! 勇者ちゃん、歌がすっげー巧いの!」

男戦士「いや、ホントにマジで! 脳みそ溶けるかと思った! いや、むしろちょっと溶けた!!」

男武闘家「まあ、お前の脳みそがアレなのは今更だが……」

男武闘家「そんなに巧いの?」

勇者「え、いえ、そんな事は……(///」カァァァ

女僧侶「聞きたいです! 私、勇者くんの歌聞きたいです!」

男戦士「ダメー。お外で遊んでるような子には聞かせてあげませーん。」

女僧侶「そんな! 男戦士さんだけずるいです! ずるいずるい!」

男武闘家(いや、一番ヘタ引いたのは俺じゃないか……)orz

勇者「あ、明日、またやるので、良かったらその時に……(///」モジモジ

女僧侶「やった! 聞きます聞きます! 絶対に聞きます!」パァァァ

男戦士「店の人にどうしてもって頼まれてなぁ。」

男戦士「あ、そのお礼として、明日は食事をサービスしてくれるってさ。」

男武闘家「へぇ、店がそこまでやってくれるなんて、金取れるレベルって事だよなぁ。」

男武闘家「楽しみにしとくね、勇者ちゃん。」ナデナデ

勇者「えへへ(///」

女勇者(ああ、私も勇者くんをナデナデしたい……!)ハァハァ

男戦士「とりあえず、その前に拳の返り血なんとかしようね……」ドンビキ

楽師「あ、勇者さん。良かった、まだ帰られてなかったんですね。」

女僧侶「?」

女僧侶(むむ、暗がりでもわかるくらい美形さんですね。)

男戦士「ああ、さっきの歌の演奏をやってくれてた楽師さん。」

楽師「少し、よろしいですか?」

勇者「はい。明日の事ですか?」


少し離れた場所に移り、楽師と勇者が何やら楽しげに談笑している。


女僧侶「何を話してるのでしょうか……」ジー

男戦士「明日やる曲の事じゃないのー?」

男武闘家「んー? だがちょっと距離が近いような……」


話を終えた二人が別れの挨拶を交わし、勇者が女僧侶達の元に戻ろうとした所に、楽師が呼び止めた。


――――チュッ


振り返った勇者の頬に、楽師が軽く口付けをし、悪戯っぽい笑顔を浮かべて歩き去って行った。

男戦士「」ピキ

男武闘家「」ピキピキ

男戦士(あの野郎! なんて羨ましい真似を!)

男武闘家(つーか女僧侶ちゃんの前で何て恐ろしい真似を!)チラリ

女僧侶「――――勇者くん?」

男武闘家「……あれ? 怒って無い?」

男戦士「遠慮しなくて良いぞ、女僧侶ちゃん! やっちまえ!」

女僧侶「でも、勇者くん……なんだか……」

勇者「お待たせしました。」ニコッ

女僧侶(――――やっぱり、違う。)

男戦士「とりあえず顔を洗おう!」

男武闘家「明日会ったらぶん殴っとくか!?」

勇者「もう、そんな大げさな。ただの挨拶ですよー。」

女僧侶「勇者くん、あの楽師さんの事はお嫌いなんですか?」

勇者「え?」

女僧侶「あの人を見送る勇者くん、なんだか興味が無いように見えましたけど……」

勇者「……どうなんだろう。でも確かに、会ったばかりの人だし、良く分からないかな。」

男戦士「へー、それじゃあ俺は?」

男武闘家「あ、そういう流れ? じゃ、俺は?」

勇者「え、ええ!?(///」カァァァ

こうして二人に対応する勇者と、さっきの楽師を見送る勇者。
女僧侶には同じには見えなかった。


男戦士「おお、赤くなった!」

男武闘家「勇者ちゃんが赤くなった!」

勇者「や、やめてください!(///」プイッ

女僧侶「あー! ずるいです! 私も私も!」

男戦士「だから、女僧侶ちゃんはまず拳にべっとりついた返り血を何とかしなさい。」ナイワー

男武闘家「ちなみに、拳だけじゃなくてメイスも血みどろだからね。」ナイワー

勇者「……うわぁ。」

女僧侶「」ガーーン!


――――――――

――――――

――――

――

翌日の昼間。
一行は旅の備えの買い出しに町を巡っていた。


男戦士「邪魔するぜー。」ガチャ

道具屋「いらっしゃい!」

勇者「ここは……?」キョロキョロ

女僧侶「お香、ですか?」キョロキョロ

男武闘家「ああ、昨日言っただろ。虫除けね。」

勇者「んー、色々種類があるんですねぇ。」

男戦士「専門店だからねー、そりゃあ色々あるさぁ。」

道具屋「お客さん、どういった用途の物をお探しで?」

道具屋「野宿用でも山越え用でも、何でも置いてますよ!」

男武闘家「……まあ、値段的には安めだな。少なくとも『根の国』レートよりは安い。」

男戦士「だな。なあ、おっちゃん、纏めて買うなら割引とかあんの?」

道具屋「はぁ……まあ、そうですねぇ。」パチパチパチ


思案しながら道具屋がソロバンを弾く。


道具屋「この金額以上お買い上げなら、1割引させて頂く、というのはどうです?」パチッ!

男戦士「まあ、悪くないか。」

男武闘家「あまり荷物は増やしたくないが……香ならかさばらないし、構わないだろ。」

男戦士「じゃあ、勇者ちゃん、ここで買って行くって事で。」

勇者「はい、お任せします。」ニコニコ

道具屋「え、勇者様?」

女僧侶「そうですよー。勇者様ですよー。」ニコニコ

男戦士( ま た だ よ )ガタガタ

男武闘家(やっぱり目が笑ってねぇ!)ガタガタ

道具屋「今日も歌を聴かせて頂けるんで!?」ガタッ!

女僧侶「へ?」

道具屋「昨夜の歌の話題で、ここら辺は持ちきりなんですよ!」キラキラ

男戦士(めっちゃ目が輝いとる。)

男武闘家(キラキラしてるな。)

勇者「え、ええー……何でそんな大事に……」オロオロ

道具屋「いえね、私は昨夜聴きそびれてしまったんですが、ウチの家内から聞きまして!」

道具屋「また今晩聴かせて頂けると聞いて、朝から胸を躍らせてたんでさ!」キラキラ

男武闘家「まあ、この辺あんまり娯楽ないもんな……」

男戦士「いやいや、お前は聴いてないからわからねーのよ。」フゥ ヤレヤレ

男戦士「あの歌声をもう一回聴けるんなら、山でも海でも越える価値あるね!」

道具屋「ウチの家内も昨日帰ってから大騒ぎでしてね。今日も聴けると知って大喜びでしたよ~。」

道具屋「その勇者様にご来店頂けるとは、なんという名誉。道具屋冥利に尽きるってもんですよ!」

女僧侶「ま、まぁ、慕われてるのは間違いないみたいですね。」タラリ

道具屋「ささ、ゆっくり見ていって下せぇ! 特別に全品半額で結構です!」

男戦士( パねぇ! )

男武闘家( マジすか! )

女僧侶(私も夜が楽しみになってきました!)ワクワク!

勇者「ハ、ハードルが知らない内に上がっていってる……」アワワワ


――――――――

――――――

――――

――

オーナー「お待ちしておりました、勇者様!」

勇者「こ、こんばんわ……」

男戦士「わー、すっげぇな。店満員になってんじゃん。」

男武闘家「しかも、なんか正装の人もちらほら……偉いさんか?」

女僧侶「なんだか熱気みたいなものを感じますねー。」

オーナー「口コミで話が広まったみたいで、まだまだ人が入りますよ!」

男武闘家「『まだまだ』って、今でもう満席じゃないか?」

オーナー「はい! なので、今立ち見席を準備させて頂いてます!」

男武闘家「おいおい、周辺の住民全部集まりそうな勢いだぞ……」タラリ

女僧侶「あ! でも、こんなに人が入ってるなら私たちはどこに座れば……」

オーナー「もちろん勇者様一行の為に、別の部屋を御用意させて頂いています。」

オーナー「まずお食事を楽しんで頂き、それから少し休まれた後に、勇者様の歌をお願いしたいと。」

女僧侶「!」パァァァァ

男戦士(昨日の食いっぷりは忘れてないぞ。)

男武闘家(どー考えても女の子の食う量じゃなかったよな。)

楽師「こんばんは、勇者様。今夜も麗しい御姿……」スッ

勇者「こんばんわ。」ニコ

男戦士(いきなり片膝ついてお辞儀って……)アー ヤダヤダ

男武闘家(楽師にはキザな奴しかおらんのか……)アー ヤダヤダ

女僧侶(明るい所だと整った顔立ちがよくわかるなー。)ポーッ

楽師「さっそくですが、オーナーが気を利かせてくれましてね。」

楽師「あちらの部屋まで来て頂けますか?」

勇者「は、はぁ……」イヤナヨカン

女僧侶「わー、すっごいドレスの数ですねー。キレーだなぁ。」

男戦士「しかも全部、結構上等じゃない?」

男武闘家「だな。そこらの店に置いてるような質じゃないぞ、これ。」

楽師「その旅人のローブも良くお似合いなのですが、やはりディナーショーですので。」ニコリ

勇者「これを、着ろ、と?」ウツムキ

楽師「――?」

オーナー「は、はい。もし良ければと思い、貸衣装屋の手配をしたのですが……」

オーナー「もしかして、何か気に障ったのでしょうか。」アセアセ

楽師「いずれも劣らぬ一級品ばかりです。美しい花はそれだけで美しいものですが……」

楽師「それを飾りつける衣装も、やはり必要かと。」ニコリ

勇者「……」ウツムキ

女僧侶「―――― (傷跡)!」ハッ

女僧侶「別に、こんなのに着替えなくったって、勇者様は十分かわいらしいですよ!」

楽師「そ、それは、もちろん。」

女僧侶「だったら別にわざわざ着替えなくったって良いですよね! ね!」

男戦士「えー、急にどうしたの女僧侶ちゃん。」

男武闘家「別に金取られる訳でもないし、使わせてもらえば良いんじゃ?」

女僧侶「 お 二 人 は だ ま っ て て く だ さ い 」ニコニコ

男戦士「」ガクガクブルブル

男武闘家「」ガクガクブルブル

オーナー「え、えーと、勇者様。もちろんこれは私が勝手に手配したものなので、無理強いするつもりは一切ございません!」アセアセ

オーナー「少しでも勇者様の歌にお礼ができればと、そう思った次第でして……」アセアセ

楽師「しかし、あれだけ集まった観客の前に、普段着で出るというのは、些か失礼かと……」チラリ

勇者「……」ウツムキ

女僧侶(この人……ッ!)

オーナー「楽師さん!」アセアセ

楽師「いやいや、オーナー。これは勇者様の為でもあるのです。」

楽師「『勇者』さまは『名声』を積まねばならない存在です。」

オーナー「それは、そうかもしれませんが……」

楽師「ならば『名声』とは何か?」

楽師「それは民や国からの『感謝の気持ち』なのです。」

楽師「広く万人から『感謝の気持ち』を集める事で、勇者様のレベルは上がっていく……」

楽師「違いますか?」

女僧侶「そんな理屈ッ!」

男戦士「えーと、女僧侶ちゃん……」オズオズ

男武闘家「その楽師が言ってる事は、嘘じゃない……」オズオズ

女僧侶「そんな話、聞いた事無いです!」

楽師「確かに、私も『勇者』様ではないので、実際の所は知りようがありません。」

楽師「しかし、各地を旅し、他の『勇者』様にお話を聞く機会に恵まれた事はあります。」

楽師「お二人も、そうなのでは?」チラリ

男戦士「あー、正解。」オズオズ

男武闘家「俺達は『枝葉の勇者』から直接聞いた。」オズオズ

楽師「無論、ただの町の住民を楽しませたからといって、それほど大きな『感謝』にはならないでしょう。」

楽師「だが、リスクもまた無い。盗賊を成敗したり、魔物を撃退するより、よっぽど安全でしょう。」

女僧侶「――――ッ」ヌグググ

楽師「だからこそ、勇者様もオーナーの頼みを聞き入れたのでしょう。」

楽師「何も過剰に媚を売る必要などありません。勇者様の歌は、それほどまでに素晴らしい。」

楽師「しかし、どうせ同じ事をするのであれば、より多くの『感謝』を得られた方が良いのではないか? そういう話です。」ニコリ

女僧侶「……」スッ

男戦士(何故メイスに手を伸ばす……!)ヒィィィィィ

男武闘家(止める自信ねーぞ……!)ヒィィィィィ

勇者「……わかりました。」

女僧侶「勇者くん!」

楽師「それは良かった。それではまた後で。」ニコッ


勇者から了承の言葉だけ取り付けると、満足したように楽師は歩き去って行った。

オーナー「あ、あの、勇者様。私共は、勇者様の歌声を聴かせて頂けるだけで十分なんです……」オロオロ

オーナー「お気が進まないというのなら、もちろん今からでも……」オロオロ

勇者「いいえ、大丈夫です。でも、どれを着るかはボクに選ばせて下さいね?」ニコッ

オーナー「そ、それはもちろん!」

オーナー「では、私はこれで……」ペコリ


貸衣装室には一行だけが残されている。


女僧侶「私、あの楽師さん嫌いです。」

男戦士「いや、まあ、たしかに厭味っぽい感じはしたけどさ……」

男武闘家「言ってる事は、別に間違ってないからなぁ……」

女僧侶「……良いんですか、勇者くん。」

勇者「……うん。大丈夫。」

男戦士「ま、まあ、とりあえず先に食事をもらおう。」

男武闘家「そ、そうだな。せっかくの厚意を無駄にしちゃ、オーナーに悪いしな!」

女僧侶「オーナーさんは良い人でしたね。」ニコニコ

男戦士(この切り替えの速さよ。)

男武闘家(そろそろ驚かなくなってきた自分が不安だ。)


――――――――

――――――

――――

――


男戦士「いやぁ、食った食った。」

男武闘家「普通に金払うより、よっぽど良いモン出してくれたなぁ。」

女僧侶「しかも、2階の個室ですよ。特別待遇ですよ。」


勇者達にあてがわれた部屋は、1階を見下ろす形に造られていた。
ここからなら、1階の中央に設けられたステージの様子が良く見える。
明らかに上流の人間が使う、まさに特等席である。

勇者「それじゃあ、そろそろボクは着替えてきますね。」

女僧侶「なら、私もついていきますね。」

勇者「え、と……大丈夫だよ、一人で着替えられるから。」

女僧侶「はい。覗きにくるような不届き者が現れないように、部屋の前で待機しておきます。」ニッコリ

男戦士「異議有り!」ブーブー!

男武闘家「俺達は紳士だよ!?」ブーブー!

女僧侶「 な に か ?」ニコニコ

男戦士「イエ」フルフル

男武闘家「ナンデモナイデス」フルフル


廊下を女僧侶と勇者が連れ立って歩いている。


勇者「……女僧侶さん。」

女僧侶「はい、勇者くん。」

勇者「……ありがとう、ね。」

女僧侶「いえいえ。私は何時でも勇者くんの味方なのです。」ウフフ

――――――――

――――――

――――

――

女僧侶「」ポワーン

男戦士「よー、お帰り~」ウィー

男武闘家「そろそろ始まるかな~」ウィー

女僧侶「うわぁ、お酒臭い……」

男戦士「いーだろー、俺達大人だし~」ウィー

男武闘家「覗き扱いされて傷ついてるんだし~」ヒック

女僧侶「え? ああ、そうでしたね。」シレッ

男戦士「女僧侶ちゃんも飲むー?」ウィー

男武闘家「あ、でも女僧侶ちゃん18だっけ? じゃあ、お子様だしお酒の味なんてわからないか~」ウィー

女僧侶「結構です。そんな状態で勇者さまをお守りできるとも思えませんし。」

男戦士「もー、女僧侶ちゃん、ちょっと過保護すぎるんじゃない?」ウィー

男武闘家「だよなー。それに関しちゃ俺も同感。」ヒック

女僧侶「良いんです。そんなの、私の勝手じゃないですか。」プイッ

女僧侶「それにしても、あぁ……勇者くん綺麗だったなぁ……」ポワーン

男武闘家「へー、そんなに? 楽しみだねー。」ウィー

女僧侶「まるで、お姫様……いや、女神様です! あれはもう、女神様!」

男戦士「マジですか~。しかも歌も超巧いんだぜ~。実はホントに女神様なんじゃね?」ヒック

男武闘家「まっさかぁ。だったら、流石にもうちょい『アレ』だろ~」ウィー

男戦士「確かになぁ。それならもうちょい『アレ』だよな~」ウィー

女僧侶「その『アレ』って何ですか?」

男戦士「いやいや~、こっちの話だよ~」ウィー

男武闘家「そうそう、気にしないで~」ヒック

女僧侶「もう、何なんですか、酔っ払いですか。……ですね、酔っ払いでしたね。」マッタク モウ

男戦士(ぶっちゃけ勇者ちゃん。)

男武闘家(普通に貧乳だしな。)

男戦士・男武闘家 (――yeah!)ピシ パシ グッ ガッ グッ

女僧侶「……何を通じ合ってるんだか。」ハァ


女僧侶「あ! 勇者くんが出てきましたよ!」

男戦士「え、マジで。」ウィー

男武闘家「どれどれ。」ウィー


その時三人に電流走る。


女僧侶「!――――ッ(///」

男戦士「!――――ッ(///」

男武闘家「!――――ッ(///」

満員どころか、食堂は立ち見の人間が並ぶ程の超満員。
だが、勇者が姿を見せた時に起こったのは、『喝采』ではなく『静寂』。
それまで思い思いに雑談に興じていた客達が、水を打ったように静まり返っていた。

衣装自体は、至ってシンプルな袖の無いカジュアルドレス。
首から肩にかけては露出せず、首元のカットも控えめだ。
飾りっ気の無い純白のドレスは、それだけではあまりにシンプルだろう。

だが――――


楽師(……美しい。)


薄桃色の髪は、編まれ、結い上げられている。
あらわになったうなじは、ただそれだけで人目を惹きつける。

白のヒールが歩を進めるたびに、スカートのスリットから均整のとれた素足を覗かせる。
透き通るような白い肌に、わずかに塗られた薄化粧、そして目を奪われるような薄桃色の髪。
その完成度は、あたかも最高級の人形細工の如し。

余計な装飾など必要ない。
素材、ただそれだけで極上の美を演出しているのだから。

勇者「……?」チラリ

楽師(――――ッ)ハッ!

楽師(……失礼。)ペコリ


目を奪われ、演奏に入るタイミングを失っていた楽師が小さく頭を下げる。


楽師「これより奏でますは、樹の神に捧ぐ『うえたしょうねん』の歌。」

楽師「『木の大国』では誰もが知る、馴染みの深い曲でありましょう。」

楽師「故に、全ての方々にお楽しみ頂けるかと存じます。」スッ

楽師「では、皆々さま……しばしの間、お付き合いください……」~ポロン♪


それは『木の大国』領に生まれた者であれば、誰もが良く知る物語。

腹を空かせ、獣の如く互いの血肉を貪り合う少年達。

――こんな事はしたくない。
――――だが、生きる為にはこうするしかない。

親も、友も、兄弟も、全てを食らいつくし、腹を満たした少年。
しかし、それで腹を満たしたとしても、失った大切なモノが戻る事は無い。
唯一人、飢えの苦痛ではなく、心の痛みに泣く少年。

それを哀れに思った神は、少年に一握りの種を与える。
神の命に従い、それらの種を植える少年。

それらの種はすぐに芽を出し、花をつけ、果実を実らせる。
甘美な果実は少年の飢えを慰める。

恵みはそれだけではない。
芽吹いた草々を目当てに、様々な動物が姿を現わす。

動物たちは植物の種を運び、神の恵みはその範囲を広げていく。
そして、神の力により動物達を従えた少年は、それらを労働力として使役する事を覚える。

動物達は地を耕し、物資を運び、時にはその温もりで少年の心を支える。
少年が植物たちをさらに成長させると、それらは木々となって森を形成していく。

森の材木は様々な道具へと姿を変え、少年の暮らしを豊かにしていく。
そうして大人になった少年は、一人の女を娶り、森の恵みと共に自らの子孫を増やしていく。

これは『木の大国』の建国神話。
この少年に恵みを授けた『神』こそ、『木の大国』領で祀られる『樹の神』である。

避ける事の出来ない、飢えの苦痛。
自らが手にかけた、大切な者達との別離の痛み。

育て上げた作物の、収穫の喜び。
寄り添い、支えてくれる、動物たちの温もり。

妻と協力し、より豊かな暮らしに発展させていく歓喜。
雄大な森の恩恵の下、発展していく子孫たち。

それらのどこに、心を打たれるか。
それは人それぞれの価値観による為、一概には言いきれない。

――だからこそ。
――――だからこそ、だ。

万人の心を打つには、全ての章を歌い上げなければならない。
痛みも喜びも、生も死も、奪う事も与える事も、全てを朗々と歌い上げる技量が必要なのだ。


楽師(信じ、られない……)

楽師(まさか、こんな歌い手が存在していたなんて……)

ほんのすぐ傍に居るというのに、この観客達の誰一人、自分に意識を向けている者はいない。
いや、それどころか、もしも仮に、自分が今演奏を打ち切ったとしても、誰も気付かないのではないか?

客観的な事実として、自分の容姿が優れている事は理解している。
これまで、どんな場所で演奏しても、一定数の人間は己に意識を向けていたのだ。
なのに、今この場では、まるで自分が路傍の石コロにでもなったかのように感じられた。

そんな馬鹿な。有り得ない。そんな事は認めない。
楽師としてのプライドが、そんな疑念を振り払おうとする。

だが、どうしても、そんな想いを完全に振り払う事が出来ない。
何故なら、わかるからだ。

楽師も、その道ですでに一流と呼ばれるだけの腕を持つ。
だからこそ、目の前の彼らが、一人残らず完全に『呑まれている』事がわかるのだ。
彼らはもう『耳』で聞いてなどいない。『心』で聴いているのだ。

それこそ、演奏し、彼らを『呑みこむ側』の楽師ですら、気を抜けば『呑みこまれ』そうなのだから。


楽師(彼女が居れば……私の傍で、彼女が歌ってくれるのならば……)ドクンドクン

楽師(私は……私は、更なる高みへ……!)ドクンッ!

勇者「――――フゥ。」


最後の音節を歌い終え、勇者が小さく息を整える。


勇者「……」ペコリ


小さくお辞儀をし、これで終えた事を示すが、観衆の反応は無い。


勇者「……」エート…ドウシヨウ…


――パチ……パチ……パチ

――――パチ……パチパチ……パチ……

――――――パチパチ、パチパチ……パチパチパチ


さざ波のような微かな拍手。
それが、徐々に、徐々に、大きなうねりへと変わっていく。

不満があるから拍手が小さい。
そんな理由では、断じて無い。
大半の観衆は未だ歌の余韻に浸っていたのだ。

それが他者の拍手が呼び水となり、意識を醒ましているのだ。
醒めた者が拍手に参加し、また別の者の意識を覚醒させる。
かくして、一つの拍手から始まった波紋が重なり合い、大きなうねりを生み出していく。

一人、また一人と席を立ち、手を痛めんばかりの勢いで拍手を打つ。
皆が誰に言われるでもなく快哉の声を上げ、その胸に刻まれた感動を叫んでいる。

食堂中に割れんばかりに響き渡る喝采に、勇者が少し困ったような笑顔を浮かべ、もう一度観衆に頭を下げた。


女僧侶「グスッ……グスン……」エグッ エグッ

男武闘家「……」ポー

男戦士「勇者ちゃーん! 勇者ちゃんサイッコーー! あーりーがーとぉー!」ヒャッハー!

男戦士「ほら、二人も拍手しろって! 勇者ちゃ―ん!」パチパチパチパチ!!

女僧侶「は……はビッ……」グスン グスン

男武闘家「……あ……もう、終わり……?」ポー

昨夜、既に勇者の歌を聞いていた男戦士は覚醒も早かったが、後の二人はまだ無理そうだ。
女僧侶は決壊した涙腺が収まらず、男武闘家も未だに夢心地といった有様である。

一階の中央で歌っていた勇者は、観衆に囲まれ握手を求められている。
一人一人、決して疎かにせず、勇者は手を握り返す。
その隣の楽師は誰一人にも注意を払われず、完全に放置された格好だったが、その心は穏やかだった。


楽師(所詮、私はガラス玉。……真の宝石の輝きの前には、石コロに過ぎないという事ですね。)

楽師(素晴らしい……あなたは本当に素晴らしい……)


昨夜、自らの心を打った勇者の歌はあくまで余興。
今夜の、あの歌こそが全霊の歌唱だったのだ。


楽師(あなたを私のものとする……絶対に、放すものか……)ペロリ


勇者の輝きが己の心に歪な影を落とすのを自覚しつつも、その事にどうしようもなく快感を覚えていた。

今日はここまでです。
続きはまた明日の夜に書き込みます。

地名とか出てきても訳わからん状態だと思うので、
明日の書き込みの時に、簡単な世界地図的な物を用意しておきます。

今日の書き込み開始の前に、昨日言った地図を上げときます。

ttp://uploda.cc/img/img5177236fd4c5b.jpg

多分、これで大丈夫だと思うんですが……

>>なんだけど、台詞のあとの半角カタカナの台詞?
>>アレだけはどうにかならないものか

勇者SSのお約束かな、と思って使ってたんですけど、そもそも勇者SSってあまり地の文が無いんですよね。
地の文を補うためのモノを、地の文があるのに使うというのは確かに変な気もします。

使わずとも地の文で表現すれば済む話なのですが、使ってみると簡単な地の文を省力出来るメリットもある事がわかりました。
今日の書きため分はこのまま投稿しますが、何かアドバイスがあればお願いします。

今の所、コメディパートでは半角カタカナ表現を使い、真面目なパートでは地の文のみでいこうかなと考えてます。

既に観客達が引き揚げた食堂で、オーナーが勇者に深々と頭を下げ、手を握っている。
勇者もドレスから旅人の服に着替えており、帰る前の最後の挨拶といった所だろう。


オーナー「勇者様……ああ、勇者様……」ガシッ

勇者「あの、とりあえず顔を拭かれた方が……」タラリ

男戦士(オーナー、涙と鼻水でグシャグシャだな。)

男武闘家(でも気持ちはわかる。こんな夜はもう二度とないかもだし。)

女僧侶「……グスッ、グスン。」ウェーン

男武闘家「いや、女僧侶ちゃんも、いつまでも泣いてないで!」

男戦士「鬼の目にも涙、なんつって!」HAHAHA!

女僧侶「エグッ……エグッ……」

男戦士「命賭けてボケたのに、スルーですよ。」フゥ ヤレヤレ

男武闘家「……お前、明日何されても知らねーぞ。」ガクガクブルブル

勇者「女僧侶さん、落ち着いて。ね?」ナデナデ

女僧侶「……ウゥ。」

男戦士「おや、泣きやんだ。現金だね~。」プッ クスクスクス

男武闘家「なんだ、でっかい赤ちゃんか。」プッ クスクスクス

女僧侶「(無言)」スッ

男戦士「やべぇ、メイスに手を伸ばした!」ダッシュ!

男武闘家「勇者ちゃん、お休み! また明日!」ダッシュ!

勇者「お休みなさ~い。」

女僧侶「(無言)」ダッシュ!

                  <ウワァ! オッテキタ!
                  <バカ! フリカエルヒマガアッタラハシレ!

楽師「……ハハ、面白い人達ですね。」

オーナー「おお、楽師さんも、本日はありがとうございました……」

オーナー「今夜の素晴らしいショーは、この町の歴史に刻まれる事でしょう。」ウルウル

                      <ゴメン! ワルカッタッテ! チョットカラカッタダケジャン!
                      <アシハヤイネ! ゲンキナオンナノコハカワイイヨ!

勇者「えへへ。」テレテレ

楽師「ええ、まさに今夜の歌は、奇跡と呼ぶに相応しいものです。」

楽師「心より、感服致しました、勇者様。」スッ

勇者「そんな、頭を上げて下さい。あれは楽師さんの演奏があってこそです!」アセアセ

楽師「……もったいないお言葉。」ペコ

                             <アッーー!          
                             <アッーー!

楽師「しかし、少々残念な気もします。」

オーナー「残念、ですか? 私には完璧なものに思えましたが。」

楽師「ええ、今夜ここに足を運ばれた方は良いでしょうが、そうでなかった方々もおられるわけで。」

オーナー「それは、確かに。ですが、町の人間全員を収容する事などできませんし……」

楽師「いえいえ、それは私もわかっておりますとも。」

楽師「そういう意味ではないのですよ。」チラリ

勇者「?」

楽師「私も、昼間呼び込みの真似事を試みてみたのですが。」

楽師「実に嘆かわしい方が、幾人かおられまして。」

オーナー「は、はぁ。」

楽師「曰く、『北の国』の勇者の歌など聞きたくもない、と。」

勇者「……ッ。」ウツムキ

オーナー「そんな、なんという……」ギリッ

楽師「今夜の観客から話を聞いた彼らは、きっと後悔する事でしょう。」

楽師「『嗚呼、何故自分はあのような愚かな選択をしたのだろうか』、『嗚呼、どうにかして、もう一度聞く機会が巡ってこないだろうか』、とね。」

オーナー「そんなものは彼らの自業自得です!」

オーナー「そのような輩は、勝手に嘆かせておけば良いのです!」

楽師「ええ、ええ、もちろんそうですとも。私も同感です。」

楽師「――――ただ。」チラリ

楽師「勇者様はどうであろうか、と。」

勇者「……え?」

楽師「もし宜しければ、明日の夜、もう一度ステージに立たれては如何でしょうか。」

楽師「彼らとて、真に勇者様に敵意を抱いている訳ではなく、ただ無知なだけなのです。」

楽師「無知な彼らに、目を醒ます機会を与えてあげては如何か、と。」

楽師「……もし勇者様にその気がおありでしたなら、微力ながら、私もお手伝いさせていただく所存です。」

オーナー「それは、つまり、明日もショーを演じて頂けると?」ドキドキドキ

楽師「もちろん、決めるのは勇者様ですが。」

オーナー「そ、そうですね。勇者様も旅の途中なのですし、流石にこれ以上ご厚意に甘える訳には……」シュン

勇者(――――馬車が町に着くのは明後日。)

勇者(――――――少しでも、皆さんに喜んでもらえるなら。)

勇者「ボクなら、構いません。」

オーナー「!」

勇者「その提案、お受けします。」

楽師「さすがは勇者様……その懐の深さ、頭が下がります。」…ニィ

楽師「では、また明日。」ペコリ


勇者に一礼し、楽師は悠然と歩き去って行った。

オーナー「宜しいのですか、勇者様!? 本当に!?」ドキドキドキ

勇者「はい。なので、明日もお世話になります。」ペコリ

オーナー「そんな! 頭など下げないでください! こちらが伏して感謝したいくらいです!」

オーナー「こ、こうしてはいられない! 夜を徹して準備に励まねば!」

勇者「え、ええ……そんな無理をしなくても……」タラリ

オーナー「それでは、私はここで失礼致します!」

オーナー「ごゆっくりお休みください!」

勇者「はい。お休みなさい。」ニコリ


誰も居なくなった食堂に一人佇む勇者。
しばし目を閉じ、今日の余韻に浸る。

満ち足りた表情で帰っていった人々を愛しいと思う一方、それは所詮一時的なものであるという思いが、勇者の中でせめぎ合う。
皆に、ずっと満ち足りていて欲しいと願う。笑顔でいて欲しいと願う。
その為に、すべき事はわかっていた。


勇者「魔王さえ……魔王さえいなければ、ずっと皆が笑っていられるんだ……」

勇者「だから、魔王を殺さないと……ボクの全てを懸けて……」

――――――――

――――――

――――

――


男戦士「ぬぐぐ、ヒドイ目にあった……」ボロボロ

男武闘家「流石にちとイジリ過ぎたか……」ボロボロ

男戦士「……なあ。」

男武闘家「どしたぁ?」

男戦士「いや、真面目な話。勇者ちゃんの事なんだけど。」

男武闘家「ああ、それなら多分、俺も同じ事考えてる……」


――――――――

――――――

――――

――

女僧侶「あ、勇者くん……お帰りなさい。」ニコ

勇者「ただいま、女僧侶さん。」

女僧侶「でも、ちょっと遅かったですね。何かなさってたんですか?」

勇者「え、と。うん、オーナーさんとお話してたんだ。」

勇者(どうしよう……明日の事、勝手に決めちゃってた。)

勇者(……とりあえず、明日の朝ご飯の時に男戦士さんと男武闘家さんに相談しよう。)

女僧侶「……もう、お休みになるんですか。」

勇者「うん、さすがに疲れたから……もう今日は寝るね。」

女僧侶「……」

勇者「女僧侶さん……?」

女僧侶「……」

勇者「ベッドの傍に立って、どうかしたの?」

女僧侶「……あのぅ。」

勇者「……?」

女僧侶「一緒に寝てほしいと言ったら……おかしいと、思われますか……?」ウツムキ

勇者「――――ッ」ビクッ

女僧侶「失礼な事は決して致しません! ただ……ただ、お傍に置いて欲しくて……」

勇者「……ボクに、さわったりしない?」オビエガオ

女僧侶「決して……!」フルフル

勇者「…………」ウツムキ

女僧侶「ご、ごめんなさい……いきなりこんな事、おかしい……ですよね。」

女僧侶「あの……忘れて下さい……少し、まだ落ち着いてないみたいです。」

勇者「…………二人だと、狭いよ?」

女僧侶「か、構いません!」

勇者「朝、床に落っこちてても、怒らないでね……」スッ

女僧侶「は、はい!」イソイソ


もともと一人用のベッドである。
華奢な勇者と女の僧侶なので、そうそう落ちる事は無いだろうが、とても余裕があるとは言えない。

勇者「……」…スゥ…スゥ


全霊を尽くした疲労からか、すぐに勇者から静かな寝息がもれ始める。
女僧侶に背を向ける体勢で横になっているため、女僧侶からは勇者の後頭部しか見えない。
すぐ目の前の、勇者の薄桃色の髪から立ち昇る甘い香りに、思わず陶然としてしまう。
布団の下から覗く小さな肩は、抱きしめれば壊れてしまいそうなほどに儚い。

少し手を伸ばせば、たやすく触れる事が出来るだろう。
だが、女僧侶はその願望を押し留める。

女僧侶(この先何があろうと、私が絶対にお守りします。)

女僧侶(――――私の、勇者様。)…スゥ…スゥ


――――――――

――――――

――――

――

――――朝の食堂。


男戦士「よう、おはよーさん。」

男武闘家「勇者ちゃん、良く眠れた?」

女僧侶「あー、私には聞いてくれないんですかぁ?」

男戦士「いや、何て言うか?」ナァ?

男武闘家「別に聞かなくてもわかる、的な?」ナァ?

女僧侶「むぅー。」ブスー

男戦士「あはは、冗談冗談。ちゃんと眠れた?」

男武闘家「見た感じ、良く眠れたみたいだけどね。」

女僧侶「そりゃあ、もう……うふふふふ。」フニャ

男戦士「ちょ、緩んでる、緩んでる。スッゲ―顔が緩んでる。」

男武闘家「……まあ、悪くないベッドだったけど。そこまで良かったか?」

女僧侶「だって、すぐ傍に勇し――――」モガモガ

勇者「も、もう! ご飯食べに来たんだから、早く座りましょう。」ギュウ

男戦士「だね。」

男武闘家「食おう食おう。」

勇者「……は、恥ずかしいんですから、あんまり人に言わないでくださいね。」ヒソヒソ

女僧侶「……ふみまへん。」モガモガ

楽師「――――これは皆さん、おはようございます。」ニコリ

男戦士「おや、楽師さんじゃねーの。」

男武闘家「昨日はすげぇ楽しませてもらったよ、ありがとう。」

女僧侶「…………」ムゥ

楽師「いえいえ、私などに大した価値はありませんよ。」

勇者「そんな事ないのに。」

楽師「はは、勇者様にそう言って頂けるなら、そうなのかもしれませんね。」ニコリ

男武闘家「楽師さんも、ここに泊ってたのかい? 見かけなかったから気付かなかったよ。」

楽師「ああ、そういう訳ではないのですが、食事のついでに立ち寄ったのです。」

楽師「運良く勇者様とお会いできれば、今夜の事について打ち合わせができると思いまして。」

女僧侶「……今夜、ですか?」

勇者「あ、そうなんです。食べながら話そうと思ってたんですけど……」

――――――――

――――――

――――

――


――――食後。


男戦士「へぇ、今日もやってくれるんだ!」ヒャッハー!

男武闘家「良いねぇ、そりゃあ楽しみだ!」ィヤッホー!

勇者「えへへ……」テレテレ

楽師「私も期待に添えられるように、全力を尽くす次第です。」

女僧侶「でも、明日には出発しないといけないのに……」

男戦士「まあ、良いんじゃない? 準備は俺達でやっとくよ。」

男武闘家「どうせ明日まで動けないんだし、宿でゴロゴロするよりは有意義だしね。」

勇者(……勝手に決めたから怒られるかと思ったけど、良かった。)ホッ

女僧侶「そんな、今日は情報収集に励むって話だったじゃないですか……」

男戦士「ああ、それも俺達でやっとくよ。」

男武闘家「別に全員揃って行動しなくて良いんだし。」

楽師「ところで、勇者様。表は御覧になりましたか?」

勇者「? 表って?」キョトン

オーナー「おお、勇者様、おはようございます!」

楽師「ちょうど良かった。オーナー、設備の方は如何です?」

オーナー「夜の内に準備を済ませておいたので、もうすぐ完成ですよ!」

勇者(そういえば、そのような事を言っていたような……)

男戦士「完成、って何か作ってんですか?」

オーナー「はい! 即席の野外ステージです!」

オーナー「昨日以上の人が集まる事を考えれば、より広いスペースを確保しなければいけませんからね。」ハッハッハ

男武闘家「確かに、場所は広い方が良いよなぁ。」

楽師「ただ、室内と野外では、色々と違いますからね。」

楽師「もし勇者様が宜しければ、この後、リハーサルなどお願いできれば、と。」

楽師「そのお誘いに、こうしてこちらに顔を出した訳でして。」

男戦士「勇者ちゃん、中と外でそんなに違うの?」

男武闘家「あー、野外だと音が反響しないとか?」

勇者「そうですね。確かに、リハーサルはしておきたいかも……」

男戦士「そかそか。」

男武闘家「なら、今日は勇者ちゃんは自由行動で良いんじゃない?」

男戦士「だな。勇者ちゃんは舞台に集中してもらって、明日の準備は俺らでやっちまおう。」

女僧侶「そんな!」ガタッ

楽師「おや、女僧侶さんは、反対なのですか?」

勇者「女僧侶さん?」

女僧侶「――――ッ」グググ

女僧侶「……いえ、勇者様がそう仰るなら。」

オーナー「それと、勇者様。僅かばかりですが、有志からカンパの申し出がありまして。」

勇者「カンパっ、て。お金なんてもらえませんよ!」アセアセ

男戦士「何言ってんの、勇者ちゃん。それは正当な対価なんだから、ちゃんと受け取らないと。」

男武闘家「そーそー。せっかくの気持ちを無碍にするのは、相手に失礼ってもんだ。」

オーナー「もちろん、人が集まればカンパも増えるでしょうから、舞台の後でまとめてお渡ししますね。」

男戦士「はは! これは思わぬ収入になりそうだね~」

男武闘家「それじゃ、尚更良い舞台にしてもらわないと。」

楽師「ふふ、流石は勇者様のお仲間だ。道理を理解されている。」

女僧侶(そんな言い方されたら、これ以上口出しできないじゃないですか……!)グググ

女僧侶「そ、それじゃあ、準備はお二人にお任せして、私は勇者様にお供しますね。」

男戦士「駄目駄目、何言ってんの。」

男武闘家「女僧侶ちゃんにも、荷物運んでもらうんだから。」

女僧侶「そんなぁ……」

楽師「勇者様には私がついていますので、どうか御心配なく。」ニコ

女僧侶(それが心配なんです!)

男戦士「歌だの音楽だのは、俺達さっぱりだからね。よろしく頼むわ。」

男武闘家「じゃあ、俺達はもう行こうか。頑張ってね、勇者ちゃん。」ナデナデ

勇者「はい!」

女僧侶(なんでお二人はそんなに楽師さんに協力的なんですか!)ムゥゥ


――――――――

――――――

――――

――


男武闘家「買い物はあらかた済んだかなー。」

女僧侶「これだけで良いんですか? もっと携帯食とか買っといた方が……」

男戦士「食いモンは傷む上にかさばるから、必要最低限に留めといた方が良いね。」

男武闘家「何泊か連続で野宿なら話も変わるけど、基本的に町伝いで移動だから。」

男戦士「でも、女僧侶ちゃんがお腹空くってのなら、もうちょい買っといても良いかもねー。」ニヤニヤ

女僧侶「そ、そんなんじゃないです!」カァァァ

女僧侶「べ、別に私はたくさん食べるとかじゃなくて。」

女僧侶「出された物を残すのは失礼なんじゃないかと――――」グゥゥ

男戦士「ほほう。」ニヤニヤ

男武闘家「何か聞こえましたなぁ。」ニヤニヤ

女僧侶「き、気のせいです! 私はお腹が空いてなんか――――」キュルゥゥ

男戦士「ふむ。ちょっと早いけど、そこの店で昼飯にするか。」

男武闘家「だな。飯食ったら、後は情報収集にしよう。」

女僧侶「…………アゥ (///」カァァァ


――――――――

――――――

――――

――

男戦士「ふぅ、満腹満腹。」

男武闘家「今まであんまり来なかったけど、この町なかなか良いなぁ。」

男戦士「ああ、ホントホント。次からは積極的に利用しよう。」

女僧侶「来なかった、って何か理由でもあるんですか?」モグモグ

男戦士「いやぁ、二人なら基本的に素通りしてたからね。」

男武闘家「ここで休むと逆にペースが悪くなるんだよ。」

女僧侶「そうなんですか? だったら何で今回は――――」ハッ

女僧侶「そっか……私たちがいるからですね。」ハムハム


思い返せば、前の町からここまでの道中、男戦士と男武闘家はかなり余裕のあるペースで移動していた。
旅慣れしていない自分と勇者が無理をしないように、気遣ってくれていたのだ。

男武闘家「いや、まあ、そうかもね。」

男戦士「でも、こんなに楽しい旅は久しぶりだ。二人には感謝してるよ。」


二人は自分たちの気遣いがバレた事で、少しバツの悪そうな表情を浮かべている
当然、女僧侶もその事で二人を責めようなどと思わない。
二人が色々な観点から、自分たちの為に心を砕いてくれている事を理解しているからだ。

だからこそ、一つ確認しておきたい事があった。


女僧侶「……あのぅ、二人に確認しておきたい事があるんですけど。」モグモグ …ゴクン

男戦士「んー?」

男武闘家「どうしたの、改まって。」

女僧侶「気を悪くしないでほしいんですけど……お二人って――――」

男戦士「おう、バッチ来い!」

男武闘家「いや、真面目な雰囲気だし茶化すなよ……」

女僧侶「――――勇者くんが、旅を続けるのに反対なんですか?」

聞かれた二人は、予想外の質問に思わず言葉を失う。
思っていもなかったからではなく、むしろ逆。
図星をつかれたからに他ならない。


男戦士「いや! その、何て言うか、ね!?」アセアセ

男武闘家「そうそう、別に反対じゃないんだよ!? ただ、勇者ちゃんには向いてないって言うか、ね!?」アセアセ

女僧侶「……やっぱり。」

女僧侶「だから楽師さんに勇者くんを任せるような事をしたんですね。」

男戦士「」グググ

男武闘家「」ムググ


それは事実だった。
昨夜、二人で相談した結果出した結論だったのだ。

男武闘家「あー、そうだね。正直な所、俺達は勇者ちゃんは魔王を倒すなんて考えない方が良いと思ってる。」

男戦士「ぶっちゃけ、女僧侶ちゃんに指摘されるとは思わなかったけどな……」

女僧侶「……なんで私が気付かないと思ったんですか?」ウツムキ

男戦士「だってなぁ、女僧侶ちゃん、勇者ちゃんにベッタリだったからさ。」

男武闘家「そうそう、こっちの考えとか別に気にしないかなー、って。」

女僧侶「……そんな事ないですよ。だって、お二人は大切な仲間じゃないですか。」

女僧侶「お二人が何を考えてるか……私だって考えますよ。」

男戦士「そっか……それは、ごめんね。」

男武闘家「……ごめんな。」

男戦士「でも、良い機会だからハッキリさせておこう。」

男戦士「女僧侶ちゃんの目から見て、勇者ちゃんは戦えると思うか?」

男武闘家「道中での戦闘の様子は見ただろう?」

女僧侶「それは……」

ハッキリ言って、女僧侶の目から見ても勇者の戦闘適正は非常に低かった。
体力が無いからだろうが、使える武器も長剣ではなく短剣が精いっぱい。
短剣の戦闘レベルも低く、あれでは護身が限界で、まともに戦う事など出来はしない。
そこらの兵士以下の腕で、魔王を倒すなどと、とても口にできるレベルではない。
それどころか、魔王が住むと言われる、『西の最果て』の最奥に辿り着く事さえ不可能だろう。


男戦士「しかも、勇者ちゃんには神の恩寵が無い。」

男武闘家「俺達が知ってる他の『勇者』も、戦闘スキルは大したことなかったんだ。」

男武闘家「ただし、神の恩寵にかけては、それこそ人間のレベルじゃなかった。」


通常の人間は、自らの精神力を消費して神の恩寵を顕現させる。
それゆえ、顕現させる効力・範囲共に、簡単に限界に達する。

――――だが、『勇者』は違う。

自らの精神力など消費せずとも、直接的に神の恩寵を顕現させる事が出来る。
『勇者』ごとに得意とする術の分野に差異こそあれど、その効力・範囲共に制限が無く、いわば神の写し身とでも呼ぶべき存在だ。

それなのに、彼らと共に旅をする勇者には神の恩寵が存在しない。
『勇者』を『勇者』たらしめる、最大のアドバンテージを、勇者は持っていないのだ。

男戦士「実際の所……俺達が知る限り、魔王を倒そうとしてる『勇者』なんて居ないんだよ。」

男武闘家「と言うか、国も民も、自国の『勇者』にそれを望んでないんだ。」

女僧侶「そんな! 魔王がいるから魔物が生まれ、各地が襲われてるんじゃないですか!」

女僧侶「魔王さえいなければ、世界は平和になるんですよ! なのに、倒さないなんておかしいです!」

男戦士「『魔王がいなければ平和』……本当にそう思う?」

女僧侶「もちろんです!」

男武闘家「なら、『木の大国』領の兵士が、普段『何』を相手に戦ってるか知ってる?」

女僧侶「え……? 魔物、じゃないんですか?」

男戦士「もちろん、それもあるよ。でも大半の兵士は違う。」

男武闘家「実際は、隣国の『火の大国』領からの侵攻を防ぐのが日課なんだ。」

女僧侶「……え? え、ええと、お二人が何を言ってるのかわからないんですけど……」

男戦士「『木の大国』領と『水の大国』領が、仲が良いのは知ってるよね?」

女僧侶「それは、はい。僧侶学校時代に『水の大国』領の関所で、あっさり通してもらいましたし……」

男武闘家「なんで仲が良いか。それは両国とも、隣国の『火の大国』領に脅かされているから。」

男武闘家「それで、お互いに情報の共有や合同演習なんかをやってる縁で、色々と優遇しあってるんだ。」

男戦士「そもそも、軍事国家である『火の大国』領がどうやって国を運営していると思う?」

男戦士「ハッキリ言って、あそこはロクな産業もないからね。良いとこ、傭兵稼業くらいだ。」

女僧侶「え、ええ? いきなり国の運営とか言われても……」

男武闘家「何て事は無い、他国からの援助だよ。」

男戦士「つまり、俺達が住む『木の大国』領や他国から金を巻き上げて国を動かしてるんだ。」

女僧侶「ッ!? そんなの、おかしいです!」

男戦士「もちろん、意味もなく援助している訳じゃないよ。」

男戦士「『火の大国』領は日夜魔物と戦っているのだから、それを他国は援助する義務がある。」

男武闘家「各国の建前はそういう事さ。」

男武闘家「ただし、実際はそう甘いもんじゃない。」

男戦士「『火の大国』領は、隣接する他国の領に侵攻しては、占領した地の退去料を請求するのさ。」

男戦士「奴らからすれば、それは『侵攻』ではなく、あくまで『演習』らしい。」

男武闘家「そうやって、援助以上の金をむしり取る。それに対抗するために各国は兵士を配置する。」

男武闘家「俺達の出身の『根の国』は、『火の大国』領の『煙の国』と隣接してるからな。」

男武闘家「『火の大国』領のやり口は、ガキの頃から目にしてたよ。」

女僧侶「そんな、酷い話が……」

女僧侶「で、でも……それと魔王を倒す『勇者』がいない事に、何の関係が?」

男戦士「『勇者』は人間離れした神の恩寵を行使する、まさに一騎当千の兵士であり司祭な訳ね。」

男戦士「そんな大切で貴重な手駒を、むざむざ『魔王と戦わせる』なんて危険に晒すと思う?」

男武闘家「いや、むしろ、戦闘なんて参加させず、その神の恩寵で国を栄えさせて欲しい。」

男武闘家「上の人間は、そう考える訳。」

男戦士「歴代の『勇者』が構築した社会サービスなんて、それこそ幾らでも日常に溢れてる。」

男戦士「気付きにくいけど、『木の大国』領内の町と町を繋ぐ道が整備されてるのも、歴代の『勇者』の力に依るのが大きいし。」

男武闘家「……まあ、極論になるけど、『魔物』と『隣国の侵攻』と『自国の発展』を並べて、どれを優先させるかって話なんだ。」

女僧侶「そんなの……そんなのっておかしいです!」

男戦士「ああ、おかしいよ。どうかしてる。」

男武闘家「多分、このタイミングだと、次の街に『枝葉の勇者』がいるだろう。」

男武闘家「時間があれば、話を聞いてみると良いよ。」

女僧侶「……そうします。」

男戦士「――――で、だ。勇者ちゃんに話は戻すけど。」

男戦士「昨日の歌を聞いて、どう思った?」

女僧侶「どう、って。ただ凄いとしか……」

男武闘家「また聞きたい?」

女僧侶「もちろん! できるなら何度でも!」

男戦士「お金払っても?」

女僧侶「そんなの当然です! きっと、昨夜聞いた人は、皆そう言いますよ!」

男武闘家「じゃあ、それで食べていけるよね?」

女僧侶「―――― あ。」

男戦士「ハッキリ言うとね。勇者ちゃんは、『勇者』としては食べていけない。」

男戦士「『勇者』としての最大の優位性である、『神』の恩寵を持たないんだから、芽が出る事もない。」

男武闘家「でも、勇者ちゃんにはあの歌がある。なら、その分野で活躍するべきじゃないかと思う。」

女僧侶「でも、そんな、それじゃあ……」

男戦士「どうするか、それを決めるのは勇者ちゃんだ。ただ、あの楽師のニーサンも大した腕前だっただろ?」

男武闘家「この縁が、勇者ちゃんの大きな力になるかも知れない。そう思ったから、楽師に勇者ちゃんを預けてみたんだよ。」

女僧侶「それなら、『魔王を倒す』っていう、勇者くんの意志はどうなるんですか!?」ガタッ!

男戦士「それ、どういう意味か、わかって言ってるんだよな?」


いつも陽気な男戦士の口調が、突然険しくなる。
突き刺すような言葉に、女僧侶は思わず身を竦めた。

女僧侶「ど、どういう意味って……」ビクッ

男戦士「それは勇者ちゃんに『死ね』と言ってるのと同義だが、わかってるのかって聞いてるんだ。」

男武闘家「おい、落ち着け。」

女僧侶「そ、そんなつもりじゃないです! 私は勇者くんの意志を尊重したいと――――」

男戦士「本気で魔王に勝てると思ってるのか? 『神』様すら殺すような相手を、自分の身すら守れない力で!」

男戦士「断崖に立つ人間の背中を押して、『死なせるつもりはなかった』と、そんな理屈が通るのか!」

男武闘家「落ち着け。もういい。」

男戦士「―――― すまん。」

女僧侶「……そんな、私は。」ポロ

女僧侶「私は、そんなつもりじゃ……」グスッ グスッ

男戦士「ごめんな、キツイ事言って。でも、それが現実だろ。」

男戦士「ハァ……少し、外に出てくる。」

男武闘家「ああ、頭冷やしな。」

女僧侶「…………ッ」ヒック グスン

男武闘家「あいつも、悪気があって言ったんじゃないんだ。」

男武闘家「ただ、あいつも俺も……見知った誰かを死なせるのは、もう見たくないんだ。」

男武闘家「勇者ちゃんは良い子だよ。だからこそ、幸せになって欲しいんだ。」

女僧侶「はい……わかってます……」グスン

女僧侶(…………もしも。)

女僧侶(もしも、勇者くんが旅をやめるとしたら……?)

女僧侶(もしも、楽師さんと共にある事を選んだら……?)

女僧侶(私は……私は、どうなるの……?)ドクン

女僧侶(勇者くんと……離れなければならない……?)ドクン ドクン

女僧侶(そんなのは――――)ドクン ドクン

女僧侶( い や だ 。)ドクンッ!



通りを行き交う人々の表情は明るく、活気に満ちている。
そんな中、不景気な顔で歩く青年が一人。


男戦士「あぁ、ったく……」ガリガリ


特に目的もなく歩く男戦士が、苛立ちながら乱暴に頭をかいている。
女僧侶に悪気が無い事はわかっているのだから、何もあれほど強く言う必要はなかった。


男戦士「なにやってんだかなぁ、俺ぁ……」ハァァ

勇者「ため息なんかついて、どうかしたんですか?」

男戦士「ゆ、勇者ちゃん!?」

勇者「はい。」ニコニコ


いきなり声をかけられ、驚いた男戦士が軽く飛び上がる。
旅人のローブのフードを被っているので、近くにいるのに気付いていなかった。

男戦士「いや、何でもないよー。ちょっと考え事しててね。」

勇者「そうなんですね。」キョロキョロ


相槌を打ちながら、勇者が周囲を見回す。
首の動きに合わせて、前に垂らした薄桃色の髪が犬の尾のように揺れている。


勇者「あれ? 男武闘家さんと女僧侶さんは別行動なんですか?」

男戦士「え? ああ、あー……そうだね。すぐに合流するつもりだけど。」

勇者「むー。」ジー


微妙に目を逸らす男戦士を勇者はいぶかしげに見上げている。


男戦士「ゆ、勇者ちゃんは休憩? あ、それとも昼飯?」

勇者「はい! 美味しそうなパンが売ってたんです。」ニコニコ


得意げに懐から包みを取り出すと、焼きたてのパンの香りが周囲に漂う。

勇者「そこの裏手が丘になってるので、そこで食べようかと思って。」

男戦士「ははっ、そりゃ良いねぇ。天気も良いし最高だ。」

勇者「男戦士さんも一緒にどうですか?」ニコニコ

男戦士「え、俺? あー、もう食べちゃったんだよね~。」

勇者「……そうですか。」ショボン


目に見えて残念そうに肩を落とす勇者に、男戦士が慌てて言葉を続ける。


男戦士「あ、いや! そう言えば、なんか喉が渇いたかなぁ。」

男戦士「勇者ちゃんも何か飲むだろ? 俺が奢っちゃうから一緒に飲もうか。」

勇者「はい!」ニコニコ

勇者「~♪」ギュゥ


勇者は上機嫌で男戦士の腕に自分の腕を絡ませる。
意外な行動に少し驚きつつも、もちろん男戦士に不満など無いので快く受け入れる。
密着した勇者から、ふわりと立ち昇る甘い香りが男戦士の鼻腔をくすぐる。

男戦士(あー、勇者ちゃん。マジ良い匂い……)ポワァァァ


しっかりと己の腕を抱く勇者から心地良い体温が伝わってくるが、それとは別に一つの事実を再確認する。


男戦士(そして勇者ちゃん、マジ貧乳……)ダガ コレハコレデ!






男武闘家「あれ……あいつ、どこ行ったんだ?」キョロキョロ

女僧侶「男戦士さん、いませんね……」

女僧侶「やっぱり、気を悪くされて――――」

男武闘家「ないない。あいつはそんなタマじゃない。」ナイナイ


不安げな女僧侶の言葉を、笑顔であっさり否定する。

男武闘家「どーせトイレか何かだろ。その内戻るだろうから、俺達は情報収集に移ろう。」

女僧侶「でも……それだと行き違いになっちゃうんじゃ。」

女僧侶「男戦士さんが戻るのをここで待った方が良いんじゃないですか。」

男武闘家「良いって、良いって。時間は有効に使わないと。」

男武闘家「もちろん、ちゃんと『使い』は送るけど。」

女僧侶「『使い』、ですか?」キョトン

男武闘家「そうそう、ちょっと待ってね。」ピィィッ!


男武闘家が鋭く短い指笛を鳴らす。
ただの指笛ではなく、『恩寵』の効力を乗せた特別な指笛だ。

すぐに小さな鳥が飛んで来て男武闘家の指先にとまり、その身を預ける。

女僧侶「あ、知ってます! それ『獣笛』ですよね!」

男武闘家「そうそう、人探しなら空からやらせるのが一番効率良いからさ。」

男武闘家「そしてこのメモを持たせて、と……それ行けっ!」 パタタタッ


動植物に干渉するのは『樹の神』の恩寵の十八番。
命を受けたあの小鳥が、すぐに男戦士を見つける事だろう。


男武闘家「それじゃあ情報集めるから、ちゃんと手順を覚えてねー。」

女僧侶「はい!」


――――――――

――――――

――――

――

小高い丘からは町の様子が一望できる。
それほど発展しているとは言えないが、かと言って住むのに不便があるようにも見えない。
のどかで平和な、極めて一般的な『木の大国』領の町と言えるだろう。

町の外の放牧場に目をやると、町の名産の羊がのどかに草を食んでいる。
丘の下に視線を移すと、宿の前の広場に簡素ながらテーブルや椅子が並べられ、今夜の為の舞台が設けられていた。


男戦士「へぇ。上から見ると、結構しっかりした舞台じゃーん。」


手際の良さに、感心した様に男戦士が口笛を吹く。


勇者「ええ、なんだかすごく期待されてるみたいで申し訳ないくらいです。」

男戦士「そりゃそーだよ! 勇者ちゃんの歌、スッゲ―もの!」

勇者「……嬉しいです(///」テレテレ

男戦士「照れてる勇者ちゃん、かわいいねぇ。」ナデナデ

勇者「……」ジー

男戦士「あ、わり、イヤだった?」ドキッ


急に黙り込んだ勇者に、男戦士が慌てて撫でていた手を頭から離す。
だが、自分を見つめる薄桃色の瞳は、安心したように細められた。

勇者「なんだか男戦士さん、元気が無いように見えてたんですけど、もう大丈夫みたいですね。」ニコリ

男戦士「はは、何言ってんの! 俺はいつも元気だよ?」 (…ドキッ

勇者「……そうですか?」ジー

男戦士「まあ、ちょっとだけ疲れてたかも! 勇者ちゃんが膝枕でもしてくれたら、もっと元気になるかもね!」ナンツッテ!

勇者「膝枕、ですか?」キョトン

男戦士「あっはは、冗談冗談――――」

勇者「良いですよ。」ニコリ

勇者「はい、どうぞ。」ポンポン


軽く自分のズボンを払い、迎え入れるように両手を広げた。

男戦士(これは思わぬラッキー! 太もも柔らけー!)

勇者「……こんなので、元気になるんです?」

男戦士「んー、なるなる。超癒されるよー。」

勇者「それは良かったです。ゆっくり休んで下さいね。」ニコリ


勇者の膝を枕に天を仰ぐ男戦士。
青い空に千切れ雲がまばらに浮かび、それらがゆっくりと流れていく。
自分の頭を抱くように、支えるように添えられた、勇者の細い指が心地良い。

膝の上の男戦士の頭に添える指が、少し傷んでいるが細くしなやかな髪を梳くように上下する。


勇者「こうして見てると……男戦士さんって、きれいな顔ですよね。」

男戦士「あっはは。マジで? 嬉しいねー。」HAHAHA!

勇者「いつもの陽気な表情も好きですけど、ちょっと沈んだ表情もカッコ良いですよ……なんて。」

男戦士「やー、勇者ちゃんにそう言ってもらえるなんて、お兄さん照れちゃうなー。」

男戦士「男武闘家の奴も、『お前は黙ってれば男前なのにな』とか言うんだぜ。酷くない?」

勇者「お二人って、ほんとに仲が良いですよね。」クスクス

男戦士「ま、ガキの頃からの腐れ縁だから。遠慮のいらない関係ってヤツだねー。」

何も考えずに、ただ時間の流れに身を任せる。
無性に心にわき上がる感覚は、久しく感じる事の無かった安らぎだった。


勇者「……男戦士さん。」

男戦士「なにー?」

勇者「一つ聞いて良いですか?」

男戦士「おー、勇者ちゃんのお願いなら何でも聞いちゃうよー。」

勇者「……男戦士さんって、本当に『戦士』になりたかったんですか?」

男戦士「――――ッ。」


そういう質問がくるとは予想していなかった。
勇者の薄桃色の瞳がまっすぐに自分を見つめている。
その表情は、至って真摯だ。

男戦士「……は、はは。それは、ちょっと答え難い質問かも。」

勇者「そうですか……無理にとは――――」

男戦士「あー、いやいや。詳しく話すと長くなっちゃうって意味でね。」

男戦士「簡単にで良いなら、話してあげられるよ。」

勇者「ありがとうございます。」パァァァ

男戦士「そうだね。確かに、俺は『戦士』になるつもりなんて無かったなぁ。」

男戦士「まあ、それは男武闘家も同じなんだけどね。」

勇者「…………」

男戦士「俺も男武闘家も、別に冒険者になりたいなんて思ってなかったんだ。」

男戦士「でも、『あいつ』はガキの頃から『冒険者になるんだ!』って言っててね……」

男戦士「俺達が何回『イヤだ』っつっても、『三人でパーティー組むんだ!』って聞かねーの……」

男戦士「『私が弓で後衛やるから、あんた達は前衛で私を守りなさい!』ってね……ハハ、俺達そんなに強くねーっての……」

男戦士「『俺達は森守の仕事の方が性に合ってる』って何回言っても聞きゃしねーの……」

男戦士「『あんた達と一緒に世界を見て回るんだ!』『あんた達と一緒じゃないとイヤなんだ!』ってさ……」

男戦士「勝手な女だよ……ヒトの話なんて聞きゃしねーんだから……」

男戦士「本当、マジで勝手な女さ……一人で勝手に盛り上がって、一人で勝手に計画立てて、一人で勝手に準備して……」

男戦士「そんで、一人で勝手に逝っちまった……最期まで、勝手な女だったよ……」

勇者「…………」

男戦士「しかも、『あんた達と一緒に、世界を回りたかったなぁ……』なんて言葉遺して逝きやがんの……」

男戦士「なら、せめて俺達だけだとしても……死に際の願いを叶えてやりたいと思うじゃねーの……」

男戦士「だから、俺と男武闘家は似合わねぇ冒険者なんてやってんのさ……別に意味なんて無いってわかってるのに……」

男戦士「ハハ、だっせー話だろ――――」ムギュッ


黙って聞いていた勇者が、男戦士の頭を抱きしめる。
包み込むような、優しく暖かい抱擁。
ゆったりとした旅人のローブに包まれ、男戦士の顔は見えない。

勇者「……良いんですよ。」

男戦士「勇者ちゃん?」モガモガ

勇者「……我慢なんて、しなくて良いんです。」 ギュッ…

男戦士「…………ッ!」


耳元で囁かれた言葉に、勇者の腕の中の男戦士が小さく身を震わせた。


勇者「大丈夫、誰も見ていないですから……」ギュウ…


――――――――

――――――

――――

――

―――― チチチチチチ!

勇者「あ、小鳥だ。」

―――― チチチチチッ!

勇者「なんだろう。すごく、人に馴れてる……?」


普通、鳥は人間と一定の距離を保ち、理由もなく近付いてきたりはしない。
だが、目の前で囀る小鳥は男戦士の膝の上にとまり、何かをアピールするように羽を広げている。


男戦士「……あー、『使い』か。」ピッ


慣れた仕草で、男戦士が小鳥の足に結び付けられたメモを取り外す。
役目を果たした鳥は、普段の意識を取り戻したのか、慌てて飛び去っていった。

勇者「今のは?」

男戦士「ああ、『樹の神』様の恩寵には動植物を操る術があるんだよ。」

男戦士「む……男武闘家から『さっさと戻って来い』ってさ。」

勇者「そうですか……」

男戦士「勇者ちゃんのおかげで何か元気も出たし、そろそろ合流しようかね。」

勇者「そうですね……」ギュッ…

男戦士「…………」

男戦士「……えーと、勇者ちゃん?」

勇者「はい、何でしょう?」ギュウ…

男戦士「ギュッとされてたら起きれないんだけど……」

勇者「あ、ご、ごめんなさい!」バッ


起き上った男戦士が伸びをし、軽く身体をひねって萎えた身体に活を入れる。
座ったままの勇者に視線を移すと、気まずいような恥ずかしげな表情で目を逸らしている。
そんな姿を見せられては、ついつい悪戯心が刺激されてしまう。

男戦士「勇者ちゃん的には、もう少しああしてたかった?」

勇者「…………(///」カァァァ

男戦士「頬を染める勇者ちゃん、マジかわいい。」ニヤニヤ

勇者「……いじわるな男戦士さんなんか嫌いです。」プイッ

男戦士「ハハ、ごめんごめん。さ、ちゃんと立てる?」


男戦士が手を差し伸べ、むぅと頬を膨らませながらも勇者は差し出された手を取る。


勇者「―――― あっ」トサッ


立ちあがった勇者が足をよろめかせ、バランスを崩しかけるが、男戦士が背中に手を回し抱きとめた。


男戦士「大丈夫? 立ちくらみ?」

勇者「…………あの、その。」カァァァ

男戦士「もしかして貧血? 気分が悪かったりする?」

勇者「え、と。何て言うか……」モジモジ

男戦士「どうしたの? マジで大丈夫? 症状を言ってくれれば応急処置くらいできるよ。」

勇者「あ、足がですね――――」

男戦士「足が?」

勇者「……足が、痺れちゃいました。」カァァァ


恥ずかしそうに頬を染める勇者に、思わず男戦士は噴き出していた。


男戦士「あー、いやいや。ごめんごめん。俺のせいだよねー。」

勇者「あぅ……」カァァァ

男戦士「よし! じゃあこうしよう!」


ひょい、と勇者を抱え上げ、そのまま腰を下ろす。


勇者「ふわっ、って。え、ええ、こんな格好……(///」カァァァ


お姫様のように抱えられ、驚きと羞恥で勇者が男戦士の腕の中で身をよじらせる。
が、胡坐をかいた男戦士にすっぽりと抱きすくめられ、身動きを取る事が出来ない。

男戦士「足が痺れたんなら、血行を良くしてやればすぐ治るよ~。」サワサワ

勇者「あ! だ、だめ……で、す……」ピクン

男戦士「すぐに良くなるから、我慢我慢♪」サワサワ

勇者「ん……あ、う……待って……って……」ピク…ピクン…

男戦士(なにこれえろかわいい。)サワサワ

勇者「あ……ん……だめ……です……ん……んん……っ!」ピクッ……

男戦士(冗談のつもりだったのに、こっちまで照れてきた……(/// )サワサワ

勇者「あ…………んッ……!」ビクン!

勇者「…………」ハァ…ハァ…

男戦士(oh……)

男戦士(これは、ちょっとやりすぎたかな……)タラリ

腕の中で荒い息を吐く勇者の姿に、どうにも良からぬ想像をしてしまいそうになる。
艶めかしくも上気した頬、くったりと弛緩した身体を男戦士の胸に預ける姿。

どう見ても事後です。
本当にありがとうございました。

衣服に乱れが無いのがせめてもの救いだろうか。


男戦士「え、えーと……勇者ちゃん、大丈夫?」オソル オソル

勇者「…………」ポォォォ

勇者「――ッ!」ハッ!


しばし惚けた表情の勇者だったが、我に返って慌てて立ちあがる。

男戦士「ほ、ほら、アレだよ? 良かれと思ってマッサージしただけで、別にやましい気持ちは――――」

勇者「男戦士さんの……」ワナワナ

勇者「男戦士さんの…………!」ワナワナ

男戦士「勇者ちゃん?」タラリ

勇者「男戦士さんの、バカーーーーーーーッ!」ダッ

男戦士「ゆ、勇者ちゃーん!?」


羞恥で耳まで朱に染めながら、勇者は走り去って行ってしまった。
ちょっとやりすぎたかなーと反省しつつ、男戦士も男武闘家と女僧侶と合流すべく立ち上がる。


男戦士(…………)


――「……良いんですよ。」

――――「……我慢なんて、しなくて良いんです。」

――――――「大丈夫、誰も見ていないですから……」

男戦士(…………)トクン トクン

男戦士「ハハ……なんだ、これ……」トクン トクン


さっきの勇者とのやり取りを思い出すだけで、鼓動は高なり気分は高揚していく。


男戦士「あー、マジで惚れちゃいそうだなぁ。」

男戦士「……つーか、手遅れかなー。」


混乱する頭を冷やそうと軽く頭を振ってみるが、跳ねる鼓動は落ち着きそうになかった。


――――――――

――――――

――――

――

男戦士「いやぁ、すっげーね、こりゃ。」

男武闘家「昨日の時点で大概だったが、今夜はそれ以上だな。」


時刻は日暮れ。
宿の前の広場に設置された特設会場は、集まった人々でごった返していた。
比喩でもなんでもなく、この町の住人の大半が集まっているのではないだろうか。


勇者「こ、こんなにたくさんの人が集まるなんて……」アワアワ

男戦士「ハハ、人気者はつらいねー。」ナデナデ

女僧侶(男戦士さん、もう怒ってないみたいです……良かった。)チラリ

男武闘家(まだ気にしてたの? 言ったろ、そんなタマじゃないって。)フゥ ヤレヤレ


広場には、ステージと、それを観覧できるように小グループが座れる円形テーブルとイスが幾つも並べられている。
簡素な造りのそれらは、急ピッチで造られた事が見て取れるが、誰もそれに文句をつける者はいない。
皆が陽気な表情で、出される食事と酒に舌鼓を打ち、食事の後のメインイベントを楽しみに待っている。

楽師「では、勇者様。そろそろ宜しいでしょうか?」

勇者「は、はい!」

男戦士「頑張れ、勇者ちゃん!」

男武闘家「大丈夫! 勇者ちゃんならやれるよ!」

女武闘家「ファイトです! 勇者くん!」


先ずは楽師がステージに上がり、竪琴の準備をしている。
それに気付いた観客からお喋りをやめ、ステージ上に視線を注ぐ。
陽気な喧騒に包まれていた広場が、徐々に、徐々に静まっていく。

ステージの脇で待機する勇者の姿は観客からは死角になっており、仲間のテーブル以外からは見る事が出来ない。
勇者は緊張に耐えているのか、祈るような姿で両手を胸にあて、額には微かに汗が浮かんでいる。


女僧侶「ああ……勇者くん、緊張してるみたいです……」

男戦士「そりゃ、こんな大人数の前でやるなんて初めてだろうからな……」

男武闘家「う……見てるこっちまで緊張してきた……」


準備を終えた楽師が、観客にはそれとわからぬように合図を送る。
それを確認した勇者がすぅと息を吸い、意識を集中させる。

コツコツとヒールの音が静かに響き、ステージ上に勇者が姿を現す。
ドレスは昨夜と同じ、純白のシンプルな袖の無いカジュアルドレス。
ただ、髪は結い上げずにそのまま流されている代わりに、白い花の髪飾りが彩られている。

その姿は昨夜と同じく息をのむ美しさだが、流石に広く開けた会場では昨夜のようにはいかなかった。
昨夜のような静寂には包まれず、万雷の拍手と喝采が勇者を迎え入れる。


楽師(く……私も、それなりに場数は踏んでいるつもりでしたが、これほどとは……)

楽師(さて……流石に、この空気に呑まれて委縮されておいでですかな……?)チラリ


少しばかり緊張を感じつつ、さりげなく楽師は勇者に視線を送り、様子を確かめる。
だが、楽師の抱く危惧は勇者には無用のようだった。

慌てて早足になるでもなく、委縮して視線を落とし俯くでもなく。
静かだが、自信を持って、一歩一歩胸を張り、力強く歩を進める。

その表情には緊張どころか、穏やかな微笑すら浮かべている。


楽師(フ、フフフ……これはこれは、なんという胆力でしょう……)ゾクリ


期待以上の勇者の姿に、慄き、感動、畏怖をない交ぜにした感情が湧きあがる。
が、それを無理に押し留め、楽師も己の職分を全うすべく、竪琴に指を添える。

楽師「さて、それではお集まりの皆様!」~ポロン♪


朗々とした楽師の口上が広場に響き渡る。


楽師「これより奏でますは、樹の神に捧ぐ『うえたしょうねん』の歌。」

楽師「『木の大国』では誰もが知る、馴染みの深い曲でありましょう。」

楽師「故に、全ての方々にお楽しみ頂けるかと存じます。」

楽師「では、皆々さま……しばしの間、お付き合いください……」~ポロン♪


昨夜と同じ口上で、竪琴を奏で始める。
別の曲にすべきか勇者と話し合ってはいたが、地元の楽曲に勝るものはないだろうとの判断だった。


――――――――

――――――

――――

――

楽師(……なんという。)


音が反響する屋内と違い、屋外では全ての観客に音を届けるのは難しい。
加えて、これだけの数の観客がいては、前方の観客が音を吸収するため、後方の観客まではなかなか音が届かない。
そう、理屈で言えば、『そう』なのだ。
『そう』なる筈なのだ――――、が。


楽師(……この広場の隅々まで、勇者様の歌は届いている。)


一段高い場所に居る楽師からは、会場の様子が隅々まで見て取れる。
ステージに近い観客、一番遠くの観客、皆等しく歌に呑まれている様子が、彼からは一望できるのだ。


楽師(……これほどの力量、果たして『才』だけで説明できるものか?)ゾクリ


遠くまで声が届くのだから、一番傍に居る楽師には誰よりも力強く声が響いている。
ハッキリと身体で感じる程に、勇者の歌声は力強く、高らかに、朗々と、空気を震わせ響き渡る。

楽師はこれまでに、幾人もの歌い手と楽曲をあわせてきた。
中には、この勇者以上の声量を持つ歌い手達はいた。
だが、それらはどれも、人並み外れた巨体を持った、肉体そのものを楽器として震わせるような歌い手達だった。
勇者のように、小柄で華奢な歌い手が、これほどの声量を持つなどとは、今まで想像だにしなかった。
こうして今実際に目にしても、あまりに非現実的だと言わざるを得ない。

楽師(……これは、もはや人の『業』を超えている。)ゾクゾク


勇者に視線を移すと、胸の前で手を組み、凛と佇み歌い上げている。
その表情に『辛さ』や『苦しみ』といったものは浮かんでいないが、代わりに玉のような汗を浮かべている。
勇者も決して余裕がある訳ではないのだ。
だがそれでも、観客の為に、全霊を尽くして歌い上げている。


楽師(……素晴らしい、なんて素晴らしい! 絶対に貴方を放さない。ああ、放してなるものか……!)ニィィ


――――――――

――――――

――――

――

勇者と楽師が全霊を尽くしたステージは、まさに割れんばかりの拍手で幕を閉じた。
興奮冷めやらぬ住人達は、倒れるまで飲む者、余韻に浸りながら肩を組んで先の歌を合唱する者、明日の仕事に備えるために勇者との別れを惜しみながら家路に着く者。
皆人それぞれだったが、誰もが皆、心から満ち足りた表情をしていた。

混乱を避けるため、町の住人達を代表して二人が勇者の元を訪れている。


老紳士「勇者様……今夜ほど心が震えたのは、この老いぼれの人生で初めての事です。」

老紳士「本当に、本当に素晴らしい時間を、ありがとうございました……」ギュッ

勇者「いえ、そんな……」テレテレ


老齢だが、落ち着いた隙の無い振る舞いの紳士が、勇者の手を握り感謝の意を示している。
老紳士の傍に仕える青年は丁寧な仕草で片膝をつき、勇者に首を垂れる。


身なりの良い青年「勇者様は明日出立されるとお聞きしていますが、また近くまで来られた際は是非お立ち寄りください。」

身なりの良い青年「町の住民、総出で歓迎させて頂きます。」

勇者「え……でも、ボクは……」ウツムキ


弱々しく目を伏せる勇者だったが、老紳士が優しく肩に手を置き、勇者に語りかける。

老紳士「勇者様の出自の事は存じております……」

老紳士「しかし、それがいったい何だと言うのでしょうか。」

勇者「え……?」

老紳士「国を亡くし、『神』の恩寵まで奪われた、貴方は被害者なのです。」

老紳士「人々の悲しみを、あなた一人が全て受け止める事など無いのです。」

身なりの良い青年「確かに、謂れの無い批判をする者もいるでしょう。」

身なりの良い青年「しかし、この町の住人は……少なくとも、今夜ここに居た住人は、決して貴方を責めはしません。」

身なりの良い青年「もしもこの先、旅に疲れる事があれば、是非この町の事を思い出して下さい。」

身なりの良い青年「ここは小さな町です……大した事はできないでしょう。ですが……」

身なりの良い青年「傷ついた貴方を抱きとめる事くらいは、させて頂きたいのです。」ニコリ

勇者「……ッ」ポロポロ

老紳士「おお、いけない いけない。涙をお拭き下さい、勇者様。」

身なりの良い青年「……本音を言えば、ずっと滞在して頂きたいくらいなんですけどねぇ。」

老紳士「バ、バカモン! 私が我慢しているのに、正直に言う奴があるか!」

身なりの良い青年「ハハ、失礼しました父さん――――いえ、町長。」

老紳士「ま、まあ……こやつが言ってしまったので、私も正直に言いますが……」

老紳士「このまま、この町にお住みになって下さって構わないのですよ……?」

老紳士「お連れの戦士さんと武闘家さんは行商の仕事もお持ちな訳ですし、この町を拠点にして頂いて……」

老紳士「僧侶さんのお仕事も、皆様の住む場所も用意させて頂きますし……決して悪いようには。」

勇者「……あり……がとう、ございます。」エグッ エグッ

勇者「……でも、ボクは……勇者ですから……魔王を倒す、勇者なんです。」グスッ

老紳士「そう、ですか。」

身なりの良い青年「……」


二人はそれ以上は口にしないが、その目は深い悲しみを湛えていた。
二人ともわかっているのだ。勇者が魔王に向けて旅を続けるなら、これが今生の別れになるだろうと。

だが、それを止める事は出来ない。
それを止めるという事は、勇者の存在理由を否定する事を意味する。
国を、『神』の恩寵を失った勇者にとって、最後に残されたのが『魔王』を倒すという使命なのだから。

――――――――

――――――

――――

――


老紳士と青年は勇者に礼をし、名残惜しい表情を浮かべながらその場を後にした。
小さく手を振って見送る勇者の傍に、音も立てずに楽師が現れ、膝をついて首を垂れる。


楽師「昨夜以上の歌声、心より敬服致しました。」

勇者「あはは……そんな事……ッ」ケホッ ケホッ

楽師「おや、これはいけない。喉を酷使したせいでしょう。」

楽師「さ……この水で喉を潤して下さい。」

勇者「ありがとうございます……」コクコクコク

楽師「…………」ニィ

勇者「ふぅ……少し、楽になりました。」

楽師「それは何よりです。」ニコリ

楽師「……ところで、お連れの方々は?」

勇者「皆さんは、明日の準備があるので先に宿に戻ってます。」

勇者「三人とも、『すっごく良かった』って褒めてくれたんですよ。」

勇者「楽師さんのおかげです。」ニコニコ

楽師「ははは、そう言って頂けるとは、光栄の至り。」

楽師「ですが、そうですね。そう言って頂けるなら……不躾ながら、歌姫様より褒美を賜りたく存じます。」

勇者「もう、そんな大げさな言い方しなくても……ボクに出来る事ですか?」テレテレ

楽師「はい、歌姫様。」ニコリ

楽師「私の――――生涯の伴侶となって頂けないでしょうか。」

勇者「――――」?ハテナ

勇者「伴、え?」??ハテハテナ

楽師「はい、伴侶です。」ニコリ

勇者「え、いや、何を言って――――」クラリ

楽師「おや、どうかされましたか?」

勇者「あ……れ……? 頭が……クラクラ……」フラフラ

楽師「おっと、足元がおぼつかないようですね。」

楽師「危ないので、少し失礼しますね。」ヒョイ

勇者「う……あ……目を、開けて……られない……」

楽師「しっかりと抱きかかえているので、眠ってしまって構いませんよ。」

勇者「下ろ……し……て……」ガクッ

楽師「やはり、随分とお疲れだったのですね。」

楽師「御安心を、朝まで私がついていますので……」

勇者「…………」スースー

楽師「さてと、それでは私の部屋へと参りましょうか。」

楽師「これより、この一夜を、忘れられぬ夜にするのですから。」ニィィ


――――――――

――――――

――――

――

既に祭りの余韻も静まり町内は静寂に包まれている。
男戦士と男武闘家も明日の準備を済ませ、それぞれの寝床に入っている。


男戦士「…………」

男戦士(……眠れん。)


ベッドに横になれど、一向に眠れない男戦士が身を起こす。


男戦士(明日、勇者ちゃんに楽師と旅をするように促す……)

男戦士(……それが勇者ちゃんにとって最善の選択肢……それはわかってる。)

男戦士(……わかってる……わかってるんだが。)


――「……良いんですよ。」

――――「……我慢なんて、しなくて良いんです。」

――――――「大丈夫、誰も見ていないですから……」


昼間の勇者の言葉が頭に引っ掛かって離れない。

男戦士(……これで、良いのか?)

男戦士(……勇者ちゃんの為を考えれば、これが正しい筈なんだが。)

男戦士(……『俺』自身は本当にこれで良いのか?)

男武闘家「……ウーン。」ムクリ

男戦士「あ、わりぃ。起こしちまったか?」


音を立てたつもりは無かったが、起こしてしまったのだろうか。
身を起こした男武闘家に男戦士が声をかける。


男武闘家「……ん、いや、便所行ってくるわ。」ムニャムニャ

男戦士「……なんか寝付けねーし、俺も水でも飲んでくるかね。」


男武闘家は手洗いに、男戦士は食堂へ向かう。
客用に用意されている飲み水で喉を潤していると、ふと食堂の窓から外の景色が目に入る。


男戦士「ん……?」


既にどこも灯りを落としているので、窓の外は月明かりだけの暗闇の世界だ。
闇の先に知った姿を見たような気がしたが、今は目を凝らしても何も見えない。

男戦士「……今のは、女僧侶ちゃん?」

この辺りでは珍しい、女僧侶の露草色の髪が見えたような気がしたが、錯覚だろうか。

男戦士「……ま、仮に女僧侶ちゃんだったとしても、何の心配も無いわな。」


ただの女の子なら身を案じる所だが、自分より遥かに手練れの相手を心配するというのもおかしな話だ。
加えて、他の大国の国境から遠く離れ、経済も良好なこの周辺は、男戦士の知る限り特に治安が良い地域だ。
もしもさっきのが女僧侶だったとしても、少し散歩するくらい何の問題もない。

男戦士「寝るか……」ファァ

部屋に戻った男戦士はベッドに戻り、ようやく訪れた眠気に身を委ねる。
少し勇者の事について話したかったが、まだ男武闘家は戻っていない。

自分なりに思う所はあるが、それは勇者の生死と天秤にかけられるモノではない。
ならば、これ以上あれこれ悩むのは無意味。
さっさと寝てしまうに限るというものだ。


――――――――

――――――

――――

――

今日はここまでです。
続きはまた明日の夜に書き込みます。

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今回も地理に触れた話なので地図を置いときますね。

―――― チュン チュン


男戦士「……う。」


―――― チュン チュン チュン


男戦士「……朝か。」

男武闘家「おー、起きたか。」ガサゴソ


一足先に起きていた男武闘家が荷物をまとめ、出立の準備をしている。

男戦士「あー、準備してくれてんの? すまんねー。」

男武闘家「気にすんな。男二人の荷造りなんざ楽なもんだ。」ギュギュッ

男武闘家「起きたんなら飯食いに行こうぜ。」


荷造りを終えた男武闘家に促され、男戦士も起き上る。


男武闘家「……飯食ったら、勇者ちゃんともお別れだな。」ハァ

男戦士「……その事なんだけど。」

男武闘家「どうかしたか?」

男戦士「あー、その、なんつーか……」

男武闘家「なんだよ?」

男戦士「……いや、やっぱり何でも無い。忘れてくれ。」

男武闘家「…………」

男武闘家「……ああ、忘れるわ。」


流さずに問い質すべきかという考えを抑え、男武闘家は頷いた。

――――――――

――――――

――――

――


勇者「あ、男戦士さん、男武闘家さん、おはようございます。」ニコニコ


食堂に入ると、一足先に勇者が窓際のテーブルについていた。
勇者の前には一人分にしては、やけに多量の豪勢な食事が並べられている。


男戦士「おはよう、勇者ちゃん。」

男武闘家「おはよう……って、凄い量だね。」

勇者「ええ、お店の人がサービスだって。」

男戦士「はは、なるほどね。」


キッチンに目をやると、料理人達が笑顔でサムズアップしている。
恐らく彼らも昨夜の歌を聞き、勇者に惚れ込んだのだろう。

勇者「お二人も一緒に食べて下さいね。」ニコニコ

勇者「すごく嬉しいんですけど、流石に一人じゃ食べきれそうになくて……」

男武闘家「ああ、まあこの量は流石にちょっとなあ……」タラリ

男戦士「あれ? 女僧侶ちゃんは?」キョロキョロ


ふと気が付けば、一番喜びそうなのが居ない。
周囲を見渡してもその姿は無い。


勇者「昨夜部屋に戻った時から居なかったんですよね。」

勇者「朝起きても居なかったですし……」

男武闘家「……それは妙だな。とは言え、この辺は治安も良いし、女僧侶ちゃんなら大丈夫だろう。」

男戦士「…………」

男戦士(昨夜見たような気がしたのは気のせいじゃなかったのか……?)

女僧侶「――――勇者くん!」

勇者「ひゃ!」ビクッ!


いきなり後ろから声をかけられ、勇者が驚きで身体を震わせる。
後ろの窓を振り返ると、外の広場から女僧侶が食堂に顔を突っ込んでいた。


男戦士「外で何してんの、女僧侶ちゃん。」

男武闘家「散歩? もう食事は済ませたの?」

女僧侶「私の事はどうでもいいんです!」ヨジッ


女僧侶は躊躇なしに窓枠に足を掛け、食堂に飛び込んだ。


男武闘家「……まったく、行儀が悪い。」ヤレヤレ

男戦士(ふむ……白か……)ハァハァ

女僧侶「ああ、良かった……勇者くんが戻らないから何かあったのかと……!」ギュゥ

勇者「ボクが戻ったら、女僧侶さん居ないんだもの……心配してたんですよ。」ヨシヨシ


後ろからひしと自分を抱く女僧侶の頭に手を伸ばし、勇者が優しく撫でている。

男戦士「ああ、つまりアレ? 入れ違いになったって事?」

勇者「そうみたいですね。女僧侶さんがボクを探しに出たのと入れ違いに、ボクが部屋に戻ったみたいです。」

男戦士「なるほどねー。まあ、そういう事もあるさー。」

男戦士「そんな事より早く食事にしようぜ。もう腹減っちゃってさあ♪」


昨夜自分が見たものが何だったのか理解でき、男戦士は上機嫌だ。


勇者「じゃあ、女僧侶さんも一緒に食事にしましょうよ。お腹、空いてるんじゃないです?」

女僧侶「はい! いただきます!」


――――――――

――――――

――――

――

勇者「ごちそさまでした。」カチャ

オーナー「おはようございます、勇者様。少しお時間よろしいでしょうか?」

勇者「あ、オーナーさん。おはようございます。」ニコリ


互いに笑顔で挨拶を交わすと、オーナーが紙片を勇者に差し出した。


勇者「……? なんです、これ?」ハテナ?

男武闘家「ああ、勇者ちゃんは見た事ないかな? それは小切手っていうものだよ。」

男戦士「『木の大国』領か『水の大国』領内なら、役所に持ってけば換金してもらえるんだ。」

勇者「へー、そんな便利なものがあったんですね。」

男戦士「他の領内じゃ使えないから、出る前に換金するのを忘れないようにね。」

勇者「はい!」

男武闘家「とはいえ、金貨でも良さそうなもんだが――――」ドレドレ?

男戦士「だよなぁ。荷物にならないのはありがたいけど、換金も手間だしなぁ――――」キンガクハ?

男武闘家・男戦士「――――ッッ!!」ガタタッ!!

勇者「どうしたんですか、お二人とも?」ハテナ?


金額を見た二人が驚愕する姿に、勇者が首を傾げる。


男武闘家「……マジかコレ。」ヒソヒソ

男戦士「……おいおい、小さな家が建つぞ。」ヒソヒソ


オーナー「昨夜の祭りで住民から集まったカンパです。どうぞ、お納めください。」ペコリ

勇者「ゼロがたくさんですね……パンがどれくらい買えるんでしょうか……」

男戦士「いや、冗談抜きで……パン屋を店ごと買える金額だぞ、これ……」ガクガク

男武闘家「こんなでかい金額の小切手、初めて見た……」ブルブル

勇者「え、ええ!? そんな大金受け取れませんよ!」ガタッ!

オーナー「そう仰らないで下さい、勇者様。」

オーナー「今まで、たくさんお辛い思いもされてきたでしょう……」

オーナー「それについて心を痛めないほど、我々は心無い訳ではないのです……」


暗に勇者の境遇に同情している事を示すが、それをハッキリとは明言できない。
もしも、それを明言すれば、各方面からどんなクレームをつけられるかわかったものではない。
全く筋が通らない話だが、命の神の恩寵が消失してしまったのは、人々にとってそれほどまでに大きな痛みだったのだ。
それこそ、理性も道理もかなぐり捨てて、ただ只管に勇者を責め立てずにはいられないほどに。


オーナー「それでも、どうしても受け取って頂けないというのであれば……どうぞ、そのまま破り捨てて下さい。」

オーナー「私どもと致しましては、是非これからの旅に役立てて頂きたいのですけれど。」スッ


一礼してオーナーは去り、残された勇者は皆の顔を落ちつかない様子で見ている。
自分では判断ができず、意見を求めているのだろう。

勇者「ど、どうしよう……女僧侶さんはどう思います?」チラッ


ずっと話に参加せず、静かにパンを食んでいた女僧侶に話をふる。


女僧侶「え、その……私はお二人の意見に従います……」モグモグ

勇者「女僧侶さん……?」


何時になく元気が無い女僧侶に、勇者が心配そうな表情を向けている。


男戦士「……まあ、もらうべきだろ。」

男武闘家「ああ、金額のデカさで動揺しちまったが、最初からもらうつもりの報酬なんだからな。」

勇者「でも、そんな大金を……」

男戦士「それだけ町の住民の感謝の気持ちが大きいってことさ。胸張りなよ。」ナデナデ

勇者「……はい。」コクン


男武闘家「…………(チラッ」

男戦士「…………」メヲ ソラシ

男武闘家「……ハァ。」タメイキ

女僧侶「…………」モグモグ

勇者「男武闘家さん、どうかしたんですか?」


男戦士に目をやり溜め息をつく男武闘家に気付き、勇者が首を傾げている。


男戦士「あ、いや、その、ね!」アセアセ

男武闘家「……いい、俺から切り出すよ。」ハァ

勇者「?」

女僧侶「……ッ」…モグ…モグ

勇者「そ、そうですよね。それだけ皆さんが期待してくれてるって事ですよね。」

勇者「魔王を倒して、その期待に添えるように頑張らないと!」

勇者「それに、関所の通行料とか、この先色々とかかるんでしょうし……」
男武闘家「勇者ちゃん――――」


少し間を置き、勇者の目を見据える。
首を傾げたままキョトンとしている勇者に、男武闘家は意を決して言葉を続けた。


男武闘家「もう、ここで俺達との旅はやめにしよう。」

男武闘家「勇者ちゃんは、あの楽師さんと旅をするべきだと思う。」

勇者「…………え?」

男武闘家「自分でもわかってる筈だよ。勇者ちゃんに、戦う才能が無いって事は。」

勇者「……それは、その。」

男武闘家「俺達は皆、勇者ちゃんが好きだよ……だから、だからこそ。」

男武闘家「勇者ちゃんが自分から死にに行こうとするのを、絶対に見過ごす事はできない。」

勇者「…………」

男武闘家「だから、ここでお別れしよう。」

勇者「……そんな、『根の国』まで一緒に行ってくれるって。」

男武闘家「あの楽師さんと会わなければ、そうするつもりだったよ。でも会ってしまった。」

男武闘家「勇者ちゃんとあの楽師さんが組めば、何処ででもやっていけるだろう?」

男武闘家「そういう人生を選んだって、誰も君を責めたりなんかしない……!」

男武闘家「わかるだろ、勇者ちゃん! ここが君の人生の分かれ道なんだ!」


真っ直ぐに勇者の目を見つめ、男武闘家が説き伏せる。

報われぬ『勇者』としての生き方を貫き、道半ばで命を散らすのか。
報われぬ『勇者』としての生き方を放棄し、一人の人間として生きるのか。


勇者「……優しいんですね。」…ニコリ

男武闘家「え、いやッ。」ドキッ!


勇者が浮かべた、儚くもどこか艶のある笑顔に男武闘家が言葉を詰まらせる。

勇者「……皆さんが、ボクのためを思って言ってくれてるのはわかります。」

勇者「楽師さんと旅をすれば、きっと食べるのにも困らないんだと思います。」

勇者「でも、それでも、ボクは思うんです。」

勇者「自分一人が、飢えなければ、渇かなければ、凍えなければ、それで良いのか、と。」

男武闘家「それは……言わんとしてる事はわかる、わかるけど……!」


魔王が存在する限り、魔物が力無い人々を襲い、世を荒らし続ける。
ならば、安らかな平穏を手にしたいなら、真に平和を願うのなら。

どんな犠牲を払ってでも、魔王を打ち倒さなければならない。
力あるものとして、『勇者』として生まれたのなら、魔王を倒す事こそが正道と言えるだろう。

だがそれはあくまで理想であって、現実はそう甘くない。
軍事国家の『火の大国』はおろか、数々の伝説を残している歴代の『勇者』達ですら、未だに魔王の拠点に到達する事さえ出来ていないのだから。


勇者「ボクは『勇者』なんです。」

勇者「だから、ボクが魔王を倒すんです。」ニコリ


さっきとは違う、真っ直ぐな笑顔。
その、言葉を裏付けるような力強さに、三人は呆気にとられてしまう。

いち早く我に返った男武闘家は、今の言葉が示している事に気が付いた。
勇者は『倒す』と断定した。もしも、これがただの妄言ではないとすれば。


男武闘家「もしかして……何らかの勝算がある……?」ゴクリ

勇者「――――はい。」コクン


勇者の頷きは力強い。


勇者「……それでも、この言葉を信用して頂けるかは、後は皆さんにお任せします。」

女僧侶「信じます! 私は信じます!」ガタタッ!

男武闘家(即答かよッ!?)

男武闘家(いや、勇者ちゃんが嘘ついてるようには見えないが……そんな夢みたいな話、信じていいのか!?)

男武闘家(だいたい、『魔王』っていえば何百年も『西の最果て』から魔物を支配してる化物だろ!?)

男武闘家(そこらの魔物すら倒せないような勇者ちゃんが、その親玉を倒せる!? )

男戦士「……俺も、信じるよ。」

男武闘家「って、おいッ!?」

男戦士「落ちつけよ、お前が考えてる事はわかるよ。」

男戦士「でもさ、勇者ちゃんには他の『勇者』には無い何かがある気がするんだ。」

男武闘家「『何か』ってなんだよ!? そんなあやふやなモンに命を懸けさせるつもりか!?」ガタッ

男戦士「落ち着けって。お前はわからないか?」

男武闘家「そんな曖昧な表現でわかるかッ!」

男戦士「なら、もう少し旅を続けてみたらどうよ。そうすりゃ、わかるんじゃねーの?」

男武闘家「ンなッ……!」

男戦士「女僧侶ちゃんも、きっと同じだと思うぜ。」

女僧侶「え、私ですか!?」


急に話を振られ、女僧侶があわてふためく。
難しい話ができるほど頭の回転が良くないのは、自身が一番理解している。

女僧侶「えっと、その……私は他の『勇者』様達がどうなのか知りませんけど……」

女僧侶「私も、勇者くんには他の人には無い何かがあると思うんです!」

女僧侶「だって、一緒に居るだけで、胸が暖かくなって、ずっと傍に居たくなるんです。」

女僧侶「勇者くんの事を考えるだけでドキドキして、触れたくて、触れて欲しくて、落ち着かなくなるんです。」

女僧侶「勇者くんを傷つけるような奴は、すり潰して畑の肥料にするのも躊躇わないですし、それに――――」

男戦士「い、いや、もうそれくらいで。」ドンビキ

男武闘家(……ある意味すげーな。言ってる意味わかってる?)ドンビキ

男戦士「俺のは女僧侶ちゃんとは違う意見だが、俺はこのまま旅に付き合おうと思う。」

男戦士「お前はどうする?」

男武闘家「……勇者ちゃん、勝算ってのを教えてくれる?」

勇者「……それは、言葉にできません。」

勇者「でも、ボクは10年前に実際に魔王を見ています。」

勇者「その時に目にした情報を基にしています。」

男武闘家「魔王を見たって!?」ガタタッ!

女僧侶「それ本当ですか、勇者くん!?」ガタタッ!

男戦士「マジで!? どんなんだった!?」ガタタッ!

勇者「は、はい……でも、なんでそんなに驚いているんです?」キョトン

男武闘家「いや、実際に魔王を見たなんて話は聞いた事ないんだよ。」

男戦士「他の『勇者』達ですら知らないんだ。だから、魔王の容姿すら明らかになってないんだ。」

女僧侶「凄いです! 大発見ですよ、勇者くん!」

勇者「見た感じは、普通の人間の青年って感じでしたけど……ただ、髪と瞳が真っ黒だったのは印象的でした。」

男戦士「こう、角とか翼とかは無かったの?」

勇者「ありませんでした。外見は人間と同じだったんです。」

女僧侶「黒い髪と瞳……恐ろしいですね……」

男武闘家「いや、それ自体は、人間にも普通にいるよ。」

男戦士「あー、そうか。確か『鉄の大国』領の人はそうだったっけ?」

女僧侶「え、そうなんですか? 駄目な勘違いをする所でした……」

男戦士「滅多に国外に出ない国民性らしいけど、各国で流通してる品質の良い道具の大半は『鉄の大国』領製だからね。」

勇者「あ、でも区別はつくと思います……戦う時は白眼の部分が真っ赤になっていました。」

男武闘家「それは目立つ特徴だね。それで、魔王はどれくらいの戦力だった?」

勇者「ボクも、その時は小さかったので詳しくは……突然お城の空が割れて、魔王が現れたんです。」

勇者「お城の騎士団が迎え撃とうとしたけど、いきなり凄い衝撃が走って……気が付いたら壊滅していました。」

男戦士「城勤めの騎士団が一瞬で……冗談だろ……」ゾクッ

勇者「それから、魔王は……もう動けないボク達の前で……女神様を……!」ギュゥゥ


力いっぱい握り締める小さな拳に、女僧侶がそっと手を添える。


女僧侶「大丈夫です……落ち着いて下さい、勇者くん。」

勇者「……うん。ありがとう、女僧侶さん。」

勇者「勝算はあります……ただ、それを信じるかどうかは、お任せするしか……」

女僧侶「信じます! もちろんです! 当たり前です!!」

男戦士「勝算については何とも言えないけど、旅には付き合うよ。」

男戦士「何のかんの言っても、放っとけないのはお前も同じだろ?」

男武闘家「…………」ハァ

男武闘家「……わかった。俺も、もう少し付き合うよ。」

勇者「……その、本当に良いんですか?」

男武闘家「ああ、勇者ちゃんが楽師さんを選ばないなら、旅を続けるつもりだったしね。」

男武闘家「最初に約束した事を、俺から反故にするような事はしないよ。」

勇者「…………ッ」ポロポロ

勇者「ありがとう、ございます……!」


―――― パン!

これにて一件落着とばかりに男戦士が柏手を打つ。


男戦士「さ! 話はこれくらいで、そろそろ出発の準備しようか!」

男戦士「そろそろ馬車も到着するだろうしね。」

――――――――

――――――

――――

――


宿の店員「楽師さーん、お食事お持ちしましたよー。」トントントン

宿の店員「……あれ? 楽師さーん、寝てるんですかー?」トントントン

宿の店員(……もしかして、出かけてる?)

宿の店員(いや、でも、出ていく姿を見てないぞ……)

宿の店員「……お食事置いておくので、扉あけますよ~。あけますからね~。」…ガチャ

宿の店員「あ、楽師さん……なんだ、まだお休みだったんですね。」

宿の店員「お食事お持ちしましたよー。ここに置いておいて良いですか?」

宿の店員「……楽師さん? そろそろ起きなくて良いんですか、楽師さーん?」

宿の店員「楽師さ――――」

――――――――

――――――

――――

――


町の出口付近、馬車が集まる停留所に向かうと、年老いた夫婦が馬車の馬に飼葉を与えていた。
約束の相手を見つけ、男戦士と男武闘家が声をかけると相手も笑顔で応じ挨拶を交わす。


行商夫「おはようございます。男戦士さん、男武闘家さん。」ペコリ

行商妻「お二人ともお久しぶりですね。今日はよろしくお願いします。」ペコリ

男戦士「やー、久しぶり。景気はどう?」

男武闘家「今回の荷物は……これは、苗木? 」

行商夫「はい。『果実の国』で品種改良された桃の苗木です。」

行商妻「実のサイズは少し小さくなるみたいですけど、糖度が高くて病気に強い実がなるらしいですよ。」

男戦士「へー、そりゃ良いね。美味いジャムが作れそうだ。」

男武闘家「桃は高く売れるからなぁ。質の良い苗木なら引く手数多だろう。」

女僧侶(……むぅ。何の話なのか、さっぱりついていけません。)


目の前で繰り広げられる行商トークが理解できず、女僧侶と勇者は所在なげに佇んでいる。
見慣れぬ二人が男戦士の連れだと気付き、行商夫婦が二人に笑顔を向ける。


行商夫「おやおや、今日はお連れの方が一緒ですか?」

男戦士「ああ、そうなんだ。二人も一緒に乗せてってもらって良いかな?」

行商妻「もちろんですよ。護衛の方が多いのは願ったりですから。」ニコリ

女僧侶「よろしくおねがいします!」

勇者「が、がんばります!」

行商夫「ははは、これは頼もしい。でも、珍しいですね、お二人が誰かをお連れとは。」

行商妻「そうですねぇ……見た所、お二人も何か仕入れてきた訳じゃないみたいですし……」

男戦士「ん、まあ……今回は行商じゃなくてね。」

男武闘家「『根の国』までのガイド役なんだ。」

首を傾げる行商夫婦に、勇者が一歩進み出て自らのステータスを開示する。


―――――――――――――

勇者(15)
【神の恩寵】
無し Lv- 

【戦闘スキル】
勇者    Lv1
短剣術   Lv2

―――――――――――――


勇者「ボク達は『西の最果て』に向かう途中なんです。」

勇者「未熟者ですが、精一杯がんばりますので、よろしくお願いします。」ペコリ

行商夫「これは、また……」

行商妻「あらあら……」


ステータスを開示され、行商夫婦は目を丸くしている。

女僧侶(……勇者くんを傷つける事は……許さない。)…カチャ

男戦士(大丈夫だよ、二人は信頼できる人だから。)ヒソヒソ

男武闘家(無言でメイスに手をかけるのはよせ……!)ボソボソ

行商夫「神の恩寵が無い……それに、その髪の色……」

行商妻「もしかして……あなた、『北の国』の方……?」

勇者「――――はい。」


僅かに逡巡するが、すぐにハッキリと返答する。
それを聞いた老夫婦は、痛ましい表情を浮かべ勇者の手を握った。


行商妻「かわいそうに……辛い事もたくさんあったでしょうに……」ギュッ

行商夫「次の街まで、私達がしっかりと送り届けてあげますからね。」ギュッ

勇者「……ありがとう、ございます。」ジワッ

女僧侶(……お二人が良い人でよかった。)

女僧侶「私は新米の僧侶です。応急処置くらいしかできないので、雑用とか頑張ります!」ステータス開示


―――――――――――――

女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv5
―――――――――――――


行商夫「……え。僧侶、え? え??」

行商妻「……あらあら。随分と御転婆なお嬢さんですねぇ。」

男戦士「御転婆ってレベルじゃないよ!」

男武闘家「まあ、道中の安全は保証するよ。実際、街道の魔物程度じゃ相手にならないからね……」

勇者「あはは……」

女僧侶「僧侶です! 私は僧侶ですってば!」ムキーッ!

――――――――

――――――

――――

――


ガラゴロ ガラゴロ

御者台に男戦士と男武闘家が座り、他の四人は馬車の中でくつろいでいる。
整備された道を進む幌馬車の中を、心地良い風が吹き抜けていく。


女僧侶「ん~~♪ 今日は風も暖かい良い天気です♪」

女僧侶「幌が陽射しを遮ってくれますし、すっごく快適ですね♪」

行商夫「この天気なら、夕暮れ前には街につきそうですなぁ。」

男戦士「できるだけ早く着きたいから、ちょっと急ぎめで行くよー。」

勇者「急ぐ……って、何か予定があるんですか?」

男武闘家「予定もあるけど、暗くなる前に宿を取っておきたいからね。」

男戦士「でかい街だから、あんまり治安良くないのよ。あそこは。」ヤレヤレ

男戦士「あ、そうだ。街の中では『北の国の勇者』と名乗っちゃだめだからね。」

女僧侶「どうしてですか! 勇者くんに身分を偽れって言うんですか!」ムムッ

男武闘家「ああ、そうだよ。あそこは人が多いから、それに比例して犯罪も多いんだ。」

男武闘家「自分から目をつけられるような事をするのは、馬鹿のやる事だ。」

女僧侶「そんな――」

勇者「お二人の言う事なら、それが正しいと思います。」ニコリ

勇者「でも……それなら、何の職業にしましょうか。」

女僧侶「じゃあ、『僧侶』にしましょうよ。 ほら、私とお揃いですよ♪」

男戦士「いや、パーティーに僧侶二人とかおかしいから。」

男戦士「目立たないのが一番だし……そうだ、『行商見習い』くらいが良いんじゃない?」

男武闘家「そうだな。『見習い』なら知識・経験がなくても、誰も突っ込まないだろう。」

勇者「じゃあ、『行商見習い』にしますね。ふふ、算盤でも練習しようかな。」ニコニコ

女僧侶(……私達が、必ず汚名を返上してみせますからね、勇者様。)ギリッ

行商妻「確かに、あそこは治安が良くないですねぇ。お役人さんも頑張ってはいるんでしょうけど……」

行商妻「人攫いも出るらしいですよ……ああ、恐ろしい。」

行商夫「私ら年寄りはともかく……お嬢さんらは気をつけた方が良い。」

行商妻「そうですねぇ、女僧侶さんはともかく……勇者様は気をつけて下さいね。」

女僧侶「あ、あれ? 私は?」

男戦士・男武闘家「ねーよ(力量的な意味で)。」プッ クスクス

行商夫「あ、いやいや……僧侶のお嬢さんも油断しちゃいけないよ。」

行商夫「『土の大国』領の手練れが組織的に活動している、なんて噂もあるからね。」

男戦士「あー、あそこの連中か……ったく、マジでロクデナシだな。」チッ クソガ

男武闘家「『奴隷』なんて身分を許してるとか、国としてどうかしてるぜ。」クズスギ ワラエナイ

女僧侶「『土の大国』領ってどんなとこなんですか? それに、その『奴隷』って何なんです?」ハテナ?

勇者「…………ッ」

男戦士「あそこは色々と手広くやってるよ。俺達『木の大国』領だと、痩せた農地の地質改善が特に重要かな。」

男武闘家「鉱物資源や貴金属なんかも輸出してるしね。安価な食糧も輸出して、各国を縁の下から支えてるって感じか。」

男戦士「そういうのを批判するつもりは無いけど、問題はその『安価な食糧』だよ。」

男武闘家「なんで『安価』に食糧を供給出来ると思う?」

女僧侶「え、それは……何故でしょう?」キョトン

男武闘家「価格をいかにして定めるかって話なんだけど、難しい話になっても大丈夫?」

女僧侶「簡単にお願いします(即答)。」キッパリ

男武闘家「じゃあ、色々と端折って簡潔にまとめるとだな……」ウーン

男武闘家「地主が人を雇って作物を作りました。」

女僧侶「はい。」フム

男武闘家「地主は給金として1000Gを支払いました。」

女僧侶「はい。」フムフム

男武闘家「その作物を売って儲けを出すには、最低いくらの値段をつける必要があるでしょうか?」

女僧侶「最低で、って事なら……1001G?」

男武闘家「なるほど。女僧侶ちゃんはどうしてその値段だと思った?」

女僧侶「だって……お給金として人に1000G払ってるのに、それ以下だと赤字じゃないですか。」

男武闘家「本当は機会費用とかも考慮しなきゃだけど、女僧侶ちゃんの言う通り、極論すれば1001Gで1Gは儲けが出る。」

女僧侶「機会費用って何ですか?」ハテナ?

男武闘家「説明しても良いけど、多少複雑な話になるよ?」

女僧侶「なら遠慮します(即答)。」キッパリ

男武闘家「じゃあ、話を戻して……雇った人に1000G支払った地主をAとしよう。」

女僧侶「はい。」

男武闘家「地主Bは同じ作物を作らせるのに、500G支払いました。」

男武闘家「地主Aと地主Bの作物。さて、市場に出回る時、どちらが安いでしょう?」

女僧侶「それは……半額しかお給金を払ってない地主Bさんの方が安いんじゃないですか?」

男武闘家「正解。じゃあ小作人の立場から見たとして、地主A・地主Bどちらの下で働きたい?」

女僧侶「そんなの地主Aさんに決まってますよ。だってお給金が二倍なんですから!」ドヤッ!

男武闘家「その通り……誰だってそうする。だから給金はそうそう一定以下には下がらないんだ。人が集まらなくなるからね。」

男武闘家「割に合わない仕事なんか、誰もやりたくない。だが、それが出来ないのが『奴隷』という身分なんだ。」

女僧侶「――――え?」キョトン

男武闘家「『奴隷』がどういう身分か? 一言で表現するなら『権利が無い』と言うのが一番わかりやすい。」

男武闘家「住む場所を選ぶ権利もなく、食べる物を選ぶ権利も無く、給金を求める権利も無い。」

男武闘家「極論すれば、人間として扱われないという事だな。それこそ『家畜』と同じ扱い。」

女僧侶「え、え、ええええッ!?」

男武闘家「さっきの例に照らし合わせるなら、『奴隷』を使う地主Cは給金を支払いませんでしたって話になる。」

男武闘家「そんなやり方で作ったモノを売ってるんだ。そりゃあ、値段も安くなるさ。」

女僧侶「そんなの、そんなのおかしいじゃないですかッ!」

男戦士「しかも、さらにタチの悪い事に、その『奴隷』を他国から調達してるって噂があるんだよ。」

男戦士「『土の大国』領が制度として『奴隷』を認めている以上、一度連れ込まれたら最後、誰も助けちゃくれないからな。」

男戦士「当然、他国には他国の法があるんだから、そんな真似してる奴がいれば即行で捕まるけどね。」

女僧侶「どうしてそんな事が許されるんですか! 他国の事だからって、そんな酷い所業を許して良い訳がッ!」

男戦士「それが、そういう訳にもいかないんだよな……」ハァ

男武闘家「『火の大国』が魔物との戦争を続けるには、安価な武器・燃料・糧食が欠かせないんだ。」

男武闘家「そして、武器・防具を造るための資源や燃料の大半を輸出してる『土の大国』は、外交上はどこの大国よりも力を持ってるんだ。」

男武闘家「だから、こう言っちまうのは何だが……各国は見て見ぬふりでやり過ごしてる。」

男武闘家「当然、自国領で犯罪行為を行っているのを発見すれば抗議は行うが、その元を断とうとまではしない。したくても、できない。」

男武闘家「『奴隷』を使った大規模農場が戦争を支えているのは、紛れもない事実だから。」

女僧侶「え、でも待ってください。つまり、今の話って魔物との戦争が前提なんじゃないですか?」

女僧侶「結局、『火の大国』が魔物と戦わないといけないから、『土の大国』がやっている事を黙認してるって事ですよね。」

男戦士「え、と。まあ、極端な話、そういう事になるね。」

女僧侶「じゃあ、魔王を倒せば良いって話じゃないですか! 」

女僧侶「それで魔物との戦争が無くなれば、安い食糧に頼ったり武器を作ったりしなくて良いんですよ!」パァァァ

女僧侶「ほら! やっぱり勇者くんのやろうとしてる事は正しかった――――」

勇者「…………」フルフルフル

女僧侶「勇者くん、どうしたんですか!?」

行商夫「いけない、顔が真っ青ですよ。」

行商妻「大丈夫ですか? どこか身体の具合が?」


女僧侶と男武闘家の話に聞き入っていた皆は気付かなかったが、勇者が血の気の失せた表情で身体を震わせていた。


男戦士「周りは――――大丈夫、魔物は見えない!」

男武闘家「よし、一度馬車を停めるぞ!」


――――――――

――――――

――――

――

女僧侶「大丈夫ですか! どこかつらい所はありますか!?」オロオロ

男武闘家「脈拍は正常、か……ちょっとごめんね。」グイッ

男武闘家「まぶたも大丈夫……なら、貧血じゃなさそうだな。」

男戦士「勇者ちゃん、立てそうか? 身体が冷えてるみたいだけど、吐き気はある?」

勇者「……え、えと、その。」

行商夫「少しお疲れみたいですね。ささ、この毛布を使って下さい。」

行商妻「喉は渇いていませんか? お水もありますよ。」

勇者「ちょっと……酔っちゃったみたいで……」

男武闘家「――――え?」

男戦士「なに、乗り物酔い?」

勇者「……みたいです。」ウツムキ

男戦士「あー、そうか……あの町じゃほとんど休めなかったしなぁ。」

男武闘家「そういや、そうだったな。疲れが抜けてないのに、慣れない馬車に乗ったからか。」

勇者「……すみません。」

女僧侶「――――ッ!」ピコーン!

女僧侶「ついに私の力を見せる時が来たようです!」

男戦士「――――魔物か!?」バッ!

男武闘家「――――ちぃ、こんな時にッ!」ザザッ!

女僧侶「ち、違いますよ! なんでそうなるんですか!」ムキーッ!

男戦士「……?」イブカシゲ

男武闘家「……?」イブカシゲ

女僧侶「な、なんでそんな疑わしげな目で見るんですか!」

女僧侶「『僧侶』ですから! 私は『僧侶』なんですよ!」ムキーッ!

男戦士「ああッ!」

男武闘家「そういえば!」

女僧侶「では、勇者くん。私の膝を枕に――――」…ハッ

女僧侶「じゃなくて……さ、一緒に毛布にくるまりましょう。」

勇者「――――え?」カァァ(///

男戦士「おい。」イブカシゲ

男武闘家「ちょっと。」イブカシゲ

女僧侶「そ、その目はやめてください! 下心とかじゃないですから!」

女僧侶「別に、この機会に勇者くんを抱っこしたいとかじゃないですから!」

女僧侶「昨夜、勇者くんがいなかったから、その寂しさの埋め合わせをしたいとかじゃないですから!」

男戦士「語るに落ちてんじゃねーか!」

男武闘家「おい、本当に回復できるのか? 薬草煎じた方が効果あるんじゃないか?」

女僧侶「だ、大丈夫です! 効果はちゃんとありますから!」

女僧侶「さあ、勇者くん。こちらへどうぞ!」グィ

勇者「…………」フラフラ

女僧侶「で、こうやって一緒に毛布でくるまって……完成!」テーレッテレー!

女僧侶「……えへへー。」ギュッ

男戦士「おい。」チョップ!

女僧侶「痛いッ。」

男武闘家「『えへへー』じゃないだろ。」チョップ!

女僧侶「痛い痛いッ。」

女僧侶「ちょ、ちょっと待って下さい! 集中しないとですから!」ギュッ

勇者「…………」サレルガママ


女僧侶が目を閉じ、意識を集中して『海の神』へと精神を伸ばす。
『神』への経路が繋がった手応えを感じると、次は望みの恩寵を奉る。


女僧侶(……【循環恒常】)


『神』の恩寵が女僧侶の身に宿り、暖かな光となってその身を包む。
女僧侶を包む光は、その身を伝い、勇者を包み込んだ。

勇者「…………」スゥ スゥ スゥ

女僧侶(……良かった。今日は一回で成功した。)ホッ


顔色が良くなった勇者が、静かな寝息を立てている。


男武闘家「やれやれ、これで一安心か。」

男戦士「だなぁ。女僧侶ちゃん、お手柄だね!」

女僧侶「ほら! 私もちゃんとお役に立てるんです!」エッヘン!

男武闘家「ああ、偉い! よくやった!」

男戦士「女僧侶ちゃん、偉い!」

女僧侶「えへへー。」テレテレ(///

行商夫「大事なくて良かったですなぁ。」ホッ

行商妻「ええ、本当に。」ホッ

行商妻「それにしても、なんて愛らしい寝顔なんでしょうか……」フフッ

男戦士「だね。それじゃあ、勇者ちゃんが眠っている間に出来るだけ進んじゃおう!」

女僧侶「え……せめて、勇者くんが起きるまでここで休みませんか?」

男武闘家「俺達も出来ればそうしてあげたいんだけど……」

男武闘家「乗り物酔いで死にはしないけど、ここで動いておかないと別の危険があるからね。」

男戦士「せめて、出来るだけ起こさないように、ゆっくり走らせるよ。」

男戦士「また勇者ちゃんが酔っちゃったら、女僧侶ちゃん、お願いね。」

女僧侶「――――はい!」

女僧侶(……頼られてます! 私、頼られてますよ!)パァァァ


――――――――

――――――

――――

――


勇者を起こさぬよう、会話が途絶えた馬車内。
行商夫婦はうつらうつらと舟を漕いでいる。

御者台に座る男戦士と男武闘家は、自然とさっきの会話を思い返していた。

男戦士(『火の大国』の戦費を賄うために『奴隷』が必要とされる。それは間違いじゃない。)

男戦士(だが、『火の大国』の戦費は対魔物だけに向けられたものじゃない。)

男戦士(仮に、魔王を倒し、魔物がいなくなったとして、『火の国』が戦争をやめるか……?)

男戦士(有り得ない。軍事国家の『火の大国』が戦争以外に食っていく事は出来ない。)

男戦士(となると、魔物との戦争がなくっても、次はその矛を侵略の為に他国に向けるだけだ。)

男戦士(そうなれば他国も安価な武具・燃料・糧食が必要になり、むしろ『奴隷』の必要性は増していく。)

男戦士(綺麗事だけで国は動かせない。本格的に国家間の戦争になれば、『土の大国』以外も『奴隷』を認める可能性がある。)

男戦士(侵略によって他国の人員を『奴隷』にし、自らの戦費を賄う。やる事は、現状『土の大国』がやってる人攫いと変わらない。)

男戦士(むしろ大規模で行われる分、タチの悪さは倍増している。)

男戦士(もし『奴隷』を完全に解放するのなら……対症療法じゃなく、もっと根本的な改革が必要なんだ。)

男武闘家(そもそも『奴隷』とは何か。何故『奴隷』にならざるを得ないのか。)

男武闘家(極論すれば、『奴隷』は『弱い』。『弱い』から『奴隷』の身分から逃れられない。)

男武闘家(何を以って『弱い』とするか……一番の尺度は、レベルだ。)

男武闘家(『神』の恩寵レベル・戦闘スキルが極端に成長していない人間。そういった人間が狙われる。)

男武闘家(ステータス表示を偽れない以上、強者が弱者を狙うのが容易すぎるんだ。)

男武闘家(言うなれば、捕食者から獲物が持つ毒の有無を一目で見抜けるようなものか……)

男武闘家(このステータスが存在するために、『強者』と『弱者』という階級が厳然と存在してしまう。)

男武闘家(つまり、突き詰めれば『弱肉強食』の理論……これはそう簡単には覆せない……)

男武闘家(肉食動物が草食動物を襲うのを、悪とは言わない。当然、草食動物が草木を食むのも悪とは言わない。)

男武闘家(『奴隷』も同じことではないのか? 肉食動物が『火の大国』、草食動物が『土の大国』、そして草木が『奴隷』……)

男武闘家(気に入らない。心底気に食わないが、論理的に突き詰めると、こう帰結してしまう……)

男武闘家(これを覆せるような解が存在するのか? 俺にはわからない……)

――――――――

――――――

――――

――


肌触りの良い毛布にくるまれながら、思うままに勇者を抱き寄せるこの現状。
まごう事無き至福の時間と言えるだろう。


女僧侶(ああ……こんなに間近で勇者くんの寝顔を見れるなんて……)ポワァァァ

女僧侶(『海の神様』、感謝いたします。攻撃術が少ない地味な恩寵とか思っててごめんなさい!)

女僧侶(でも……『奴隷』、かぁ……)ウーン

女僧侶(世の中、私の知らない事だらけなんだなぁ……)ムムゥ

女僧侶(お二人は何でも知ってますし、やっぱり頼りになるなぁ……)

女僧侶(私も、お二人のお話を聞いてたら、賢くなれるのかなぁ……)ハァ

女僧侶(それにしても……人間を家畜同然に扱うなんて、酷すぎます……)

女僧侶(まさか……牛や馬にするように、鞭で打ったりするんでしょうか……)ゾクッ

女僧侶(鞭……)ハッ

女僧侶(勇者くん……もしかして……)チラッ

勇者(…………)スゥ スゥ スゥ


勇者の寝顔は穏やかで、そこからは何も窺えない。


女僧侶(……大丈夫です。私がお傍にいますからね。)

女僧侶(絶対に、私がお守りしますから……勇者様……)ギュゥ


――――――――

――――――

――――

――

男武闘家「来たぞ! 左右、距離約500メートル! テトラウルフ、数……16!」

男戦士「くそッ! 情報通りか! ちょっと飛ばすから揺れるぞ!」ピシィッ!   ヒヒーン!


男戦士が馬車に鞭を入れ、スピードを上げる。


女僧侶「わ、わわわっ」ガタガタガタ

女僧侶「ど、どうしたんですか!」

勇者「――――んッ」パチッ

男武闘家「おはよう、勇者ちゃん! 手荒な目覚ましで悪いが、ちょっと魔物が追いかけてきてる!」

男戦士「けど、悪くない位置だ! このまま振り切るよ!」ピシィッ!   ヒヒーン!

女僧侶「魔物は……!」キョロキョロ


背後を振り返ると、視界の先に黒と灰がまだらになった何かが走っている。
ぱっと見では狼のように見えるが、狼より一回り大きいし、何か妙な違和感を感じる。


女僧侶「目が四つある!?」

男戦士「ああ、だから『テトラ』だ! わざわざ相手する気はないけどな!」

女僧侶「で、でも、逃げ切れるんですか!? 何匹か、すぐそこまで来てますよ!」

男戦士「任せとけ!」シュッ!         ギャイン!


男戦士が振り向きざまに小刀を投げ、命中したテトラウルフが転倒して視界の彼方へと消えていく。


男武闘家「仕留める威力はないが……!」シュッ!         ギャワン!


男武闘家も同様に小刀を投げつけると、すぐそばまで来ていたテトラウルフがもんどり打って転倒する。


女僧侶「そ、そっか……自分たちが速く走ってるから、こけるだけで大怪我なんですね!」

男戦士「その通り! しかも後ろから追っかけてくるから、漏れなく全部カウンターで威力倍増ってね!」

女僧侶「あ、今度は遠巻きに追いかけてきてますよ! あそこまで届くんですか!」

男武闘家「さすがに無理だ! 俺達の投擲レベルは2しかない! 投げてもかわされる!」

男戦士「普通にやれば速度は馬が勝つが、狼の方が持久力は上なんだけど……!」 キィィィン


握る手綱を介して、『樹の神』の恩寵である動物操作を発動させる。


男戦士・男武闘家(――【獣身接続・活力増強】)

先程の勇者と同様、馬車を引く二頭の馬が淡い光に包まれる。
馬の速度は変化していないが、走る姿からは疲労の色が完全に消え失せている。

だが、二人にとっては荷が重い恩寵を発動させた代償に、男戦士と男武闘家が消耗し息を切らしている。


男武闘家「……良し。これで、あの丘の向こうまでは持つ……!」ゼェゼェ

男戦士「町で情報集めた情報の中に、こいつらの縄張りの正確な位置があって助かったぜ……」ゼェハァ

女僧侶「丘の向こうまで、って……まだ街までは距離ありますよね!?」

男武闘家「ああ……あと1時間くらいはかかる……」ゼェゼェ

女僧侶「ぜ、全然足りないじゃないですか! どうするんですか!?」

男戦士「大丈夫……まあ、見ててよ……」ハァハァ


息も絶え絶えの二人の言葉も終わらぬ内に、馬車が丘を越え、その先の光景が一気に広がる。

女僧侶「ッ! うわぁ……」

勇者「凄い、馬車がたくさん……」


一変した眼下の光景に、女僧侶と勇者が感嘆の声を上げる。
見渡す限りの広原に忽然と現れた、石畳で隙間なく整備された幅の広い街道。
そして、その大街道を規則正しく進む、何十台もの馬車の数々。


男戦士「ね、あれに合流すれば魔物は手出しできない……」ハァハァ

勇者「全部、計算してたんですね!」

男武闘家「テトラウルフの群れが出るのは知ってたからな……後は、一気に引き離すタイミングさえわかれば、なんとかなるって事……」ゼェゼェ

女僧侶「え、でも……まだ追ってきてますよ!」

男武闘家「そんな、馬鹿な……」ハァハァ


既に無数の馬車が視界に入っているというのに、テトラウルフは退く気配が無い。
それどころか、ここぞとばかりにスピードを上げ、徐々に距離を詰めてきている。

男戦士「くそ……ナイフを投げる体力も残って無いか……」ゼェゼェ

女僧侶「なら私が降りて、あいつらを引きつけます!」

男武闘家「無茶だ……この速度の馬車から飛び降りれば、流石にただじゃ済まないだろ……」ゼェハァ

女僧侶「けど、それ以外に方法が――――」          ギャィン! グギャン! ギャン!


制止を振り切り、女僧侶が馬車から飛び降りようとしたその瞬間、無数の矢が飛来し、テトラウルフの群れを針鼠へと変えた。
哀れな悲鳴を上げ転倒した魔物達は、さすがにこれ以上追いかける事は出来ない。


男弓使い1「よぅ、危ない所だったな。」

女弩使い「大丈夫? 怪我はなかった?」

男弓使い2「これだけの数の冒険者がいるのに、馬鹿なやつらだぜ。」


弓は、先の大街道に合流しようとしていた馬車から放たれたものだった。
馬車には、基本、護衛の冒険者が同行している。

実際に射たこの三人以外にも、大街道から狙いをつけている者がいたが、危険が去ったことを確認し弓を戻していた。

男戦士「いやぁ、助かったよー。余計な戦闘を回避できる筈が、思わぬ誤算だった。」フゥ

女弩使い「あら、イイ男じゃない。じゃ、今のは『貸し』にしとくわね。」フフッ♪

勇者「…………」ムゥ

男戦士「ああ、良かったら後で一杯奢るよ。あんた達もどうだい?」

男弓使い1「ま、断るのも無粋だな。ありがたく頂くよ。」

男弓使い2「じゃあ俺もお言葉に甘えようかね。」

行商夫「ふぅ……なんとも、肝が冷えましたな。」

行商妻「まったくです……皆さんに護衛を頼んでいなければ、どうなっていたか……」


弓使い達の馬車と並走し、石畳の大街道に合流する。
勇者達と同様に、彼らも行商の護衛として馬車に同乗しているらしい。
目的地も、勇者達と同様、この先の『街』との事。

男弓使い1「しかし、さっきの奴ら……どう思う?」

男武闘家「普通じゃないな。あの戦力差が理解できない筈が無いんだが……」

男戦士「獣系統の魔物が活発化してるらしいが、あれもそのせいだったのか……?」

女弩使い「それだって『枝葉の国』はマシな方らしいわよ? 『根の国』の方がヤバいらしいわ。」

女僧侶「『根の国』って……私達が向かってる国ですよね。」

勇者「うん……」

男戦士「その情報、確かなのか……?」

女弩使い「あー、『確か』かと言われると……難しいわね。私も伝聞だし。」

男弓使い1「だが、魔物の目撃件数は増えてるのに、被害件数は増えてないみたいなんだよ。」

男弓使い2「訳がわからないだろ? どういう事なのかね……」ヤレヤレ

男武闘家(あの時と同じ……いや、偶然だ。そうに決まっている。)

――――――――

――――――

――――

――


男弓使い1「なあ、男戦士、男武闘家って……もしかして?」

女弩使い「はは、まさか! そんな有名人に、そうそうお目にかかれる訳ないわ。」

女弩使い「たまたま同じ職業で特徴が似てるってだけでしょ?」

男弓使い2「そりゃそうだ。『枝葉の勇者』の元パーティーがこんな所をうろうろしてる訳がない。」

女僧侶「あれ、そういえば、お二人って『枝葉の勇者』さんとお知り合いって言ってましたっけ。」

女僧侶「もしかして、パーティーを組んでたんですか? 凄いじゃないですか!」パァァァァ!

男戦士「別に俺達はなんも凄くねーの。全部あいつがやり遂げた事なんだから。」

男武闘家「そうそう。たまたま、少し提案しただけでパーティー登録されただけだからな。」

男武闘家「実際、あいつ一人でやり切ってるんだから、俺達はいてもいなくても一緒だから。」

女弩使い「え、それじゃあ、本当に『枝葉の勇者』元パーティーの男戦士と男武闘家なの!?」

男武闘家「まあ、それは否定しない。」

男戦士「不本意ながら、その通りだね。」

男弓使い1「おいおい、マジかよ!」

男弓使い2「こいつぁ参ったな! 会えて嬉しいぜ!」

女弩使い「むしろ、こっちから一杯奢らせてもらいたいくらいだわ!」

女僧侶「……えーと、それで一体何が凄いんですか?」

男弓使い1「ンなッ! お嬢ちゃん、まさか知らないのか!?」

男弓使い2「あんた達も、しっかり胸張って教えてやんなよ。凄ぇ事なんだからさ。」

男戦士「だーかーらー、俺達は何もしてないの! 全部あいつがやった事なの!」ッタク

男武闘家「そもそも、どの面下げて胸張れっての? 俺達は何もしてないんだぞ?」ハァ

女弩使い「……へぇ、外面だけじゃなくて、中身もイイ男なんだ。」クスッ

男戦士「そりゃどうも。」

男武闘家「光栄だね。」

勇者「…………」ムー

女僧侶「それで、一体何をやったんです? じらさないで教えて下さいよー。」

男戦士「『枝葉の勇者』が、『自分に何ができるかわからない』ってベソかいてたから、助言しただけ。」

男武闘家「あったら便利だなー、って考えてた事を冗談半分で言ってみたんだよ。」

男武闘家「そしたら、本当にやっちまったんだ。」

男戦士「要約すれば、『訓練した猛禽による情報伝達システム』ってとこかなー。」

男武闘家「各町を結ぶネットワークを構築して、情報共有をするための仕組みだ。」

女僧侶「それは……つまり、伝書鳩じゃないんですか?」ハテナ?

男弓使い1「違う違う。伝書鳩はあくまで『出先から自分の巣に戻る』習性を利用するものだろ。」

男弓使い1「だから、任意の2点、3点を自在に行き来させるって訳にはいかないのさ。」

男弓使い2「『恩寵』による動物操作も、普通の術者なら長くて一時間程度が限度だから、とても町を結ぶ事はできないしね。」

女僧侶「んー……それって、その、凄いんですか? ちょっとピンと来なくて……」

女弩使い「そうねぇ、お嬢ちゃんにもわかりそうな例を挙げるなら……」

女弩使い「各町を転々とする盗賊がいたとするでしょ?」

女僧侶「はぁ。」

女弩使い「その事件があった次の日には、もう別の町に被害や手口が伝わる訳。」

女弩使い「盗賊が次の町でまた盗みを働こうとすれば、警戒していた衛兵が捕まえるって寸法ね。」

女僧侶「なるほどー。確かに便利ですねー。」ヘー ヘー ヘー

男弓使い1「陸路で『木の大国』領の隅々まで情報を伝達しようとすれば、急いでも一ヵ月半はかかる。」

男弓使い1「それが、このネットワークなら十日程度で済むって聞けば、凄さがわかるんじゃないか?」

女僧侶「おおー、確かに凄いですねー。」ヘー ヘー ヘー

女弩使い(……あんまりわかってなさそうね。)

男弓使い1(……この娘って。)チラリ

男弓使い2(……もしかして、アホの娘?)チラリ

男戦士・男武闘家(否定はしない。)コクリ

男戦士(この情報伝達速度を活かせば新しい商方法も生まれるだろうし、実はまだまだこれからなんだよな。)

男武闘家(とは言え、女僧侶ちゃんに言ってもピンと来ないだろうから言わないけど。)

男弓使い1「まあ、なんだ。その……」コトバガ

男弓使い2「とにかく……凄いんだよ。」ミツカラン

男戦士・男武闘家(……うん。なんて言うか……ごめん。)

女僧侶「あ、あれ? お二人はなんで申し訳なさそうな表情してるんです?」キョトン

勇者「あはは……」


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――


軽い雑談を交わしている内に、一行は街へと到着した。


女僧侶「わー、何だか高い建物がありますねー。」

勇者「なんでしょう。一棟だけ目立って高いですねー。」

男戦士「ああ、あれがさっき言ってた『ネットワーク』の中枢『中央塔』だよ。」

男戦士「あそこで各地の情報を統合して、機関誌として発行するって仕組みね。」

男武闘家「つまり、ここが一番情報の鮮度が良い街なんだ。」

男武闘家「この街が急速に発展したのは、『ネットワーク』を利用する人間が押し寄せたってのが主な理由だ。」

男武闘家「情報が特産品になっちまったから、『情報街』に改名したくらいだからな。」

女僧侶「変な名前ですねー。『椚(くぬぎ)の町』みたいわかり易くしたら良いのに。」

勇者「あ、それって皆さんと出会った町ですよね。」

女僧侶「そうです。私の育った町ですよ♪」エッヘン!

男戦士「昨日まで滞在してたのは羊が名産の『羊の町』だしねー。特に、シチューは美味かった。」

勇者「美味しかったですよねー。」

女僧侶「『情報街』なんて名前だと、何が名産かわからないじゃないですか。」

女僧侶「それじゃあ、いったい何を食べれば良いのか……」ムムゥ

男武闘家「まあ、その辺は心配ない。ここは流通が盛んだから、何食っても美味いよ。」

男武闘家「成長を続けるこの街で一旗揚げようと、腕の良い料理人も集まってるしね。」

男武闘家「競争が激しいから、味は何処に入ってもかなり期待できる。」

女僧侶「素晴らしい街ですね!」ジュルリ

男戦士「食事はまだしばらくお預けだけどねー。」

女僧侶「そ、そんなぁ……」

男武闘家「おいおい、この前言ったろ? 『枝葉の勇者』と会わせてあげるって。」

勇者「……ッ」ビクッ

女僧侶「あ、そうでした。」アハハ…

行商夫「それでは、皆さん。私達は商会館に向かいますが、どうされますか?」

男戦士「ありゃ。『中央塔』とは逆方向だな。」

男武闘家「それじゃあ、ここで降りるとしよう。」

行商妻「皆さんのおかげで、何事も無く着く事が出来ました……本当にありがとうございます。」

男戦士「いやいや、俺達も乗っけてもらえて助かったし、お互い様ってねー。」

行商夫「では、勇者様……何の力も無い私達ですが、せめて旅の安全をお祈りしております。」

行商妻「こんな事を言うのはいけないのかもしれませんが……どうか、無理をなさらないで下さいね。」

勇者「……はい。ありがとうございます。」ジワッ


――――――――

――――――

――――

――

女弩使い「なんだ、あなた達は『中央塔』に行くのね。」

男戦士「ああ、ちょっと予定してたより着くのが遅くなったんだけどね。」

男戦士「大事な用事があるから外せないんだ。」

男弓使い1「ま、俺達も先ずは宿を取らなくちゃいけないしな。」

男弓使い2「俺達はいつも大通りの『ヒグマ亭』で飲んでるから、良かったら合流してくれよ。」

男弓使い2「もちろん、そっちの用事が済んでからで良いし、味は保証するぜ。」

男武闘家「へえ、そいつは楽しみだ。じゃ、用事が済んだら顔出すよ。」

女弩使い「ふふ……待ってるわ。」クスッ


女弩使いは艶のある笑顔を浮かべ、意気揚々と街へと繰り出していった。


男戦士「よし。それじゃあ俺が宿を探しとくから、お前が引率してやって。」

男武闘家「おう、任された。宿取ったら寄り道せずに合流しろよ。」

男戦士「はいはい、わかってますよー。」スタスタ

勇者「……」スタスタ

男武闘家「あれ。ちょっと、勇者ちゃん?」

男戦士「ん―― ッ!」ドキリ

男戦士「って、無言で着いて来てたのか! ビックリした。」

男戦士「宿は俺一人で良いから、勇者ちゃんはあっちね。」

男武闘家「これから『枝葉の勇者』と会う約束取ってるんだ。色々と、話し聞きたいでしょ?」

勇者「……です。」ポツリ

男武闘家「ん?」

男戦士「ごめん、聞こえなかった。もう一回言って?」

勇者「いや……です。」

男武闘家「え? いや、別に怖いヤツじゃないよ? 歳だって俺より下だし。」

勇者「……他の『勇者』と会うのは……いや、です。」ウツムキ


沈んだ表情で目を伏せ、他と目を合わそうとしない。
意識してか無意識か、男戦士の服の袖をその小さな手で握り、離そうとしない。

男戦士「――まあ、勇者ちゃんがそう言うなら、別に良いじゃん。」

男戦士「勇者ちゃんにも色々と思う所があるだろうし、無理強いは駄目だよな!」HAHAHA!

女僧侶「あの、でしたら私もそちらに――――」

男武闘家「こら。」チョップ

女僧侶「――あ痛っ。」ゴチッ!

男武闘家「わざわざ相手に時間取らせてるのに、急にキャンセルは駄目だろ。」

男武闘家「今初めて聞いた勇者ちゃんはともかく、女僧侶ちゃんのために時間取らせてるんだぞ。」

女僧侶「そ、それはそうですけど……その、でもですね。」シドロモドロ

男武闘家「駄目ったら駄目。それじゃ、勇者ちゃんは任せるから、目ぇ離すんじゃないぞ。」

男戦士「任せとけ、ちゃんと手つないどくから。」ギュッ

勇者「…………」ギュッ

女僧侶「ああ! そんな、ずるいです! 私も、私も!」

男武闘家「はいはい、さっさと行くよー。」グイグイグイグイ

女僧侶「ゥグゲッ――お、男武闘家さん、襟首を引っ張らないで下さい! く、首が!」ズルズルズルー

男戦士は軽く手を振って連行されていく女僧侶を見送ると、つないだ勇者の手を優しく引いて、歩きだす。


男戦士「じゃ、行こうか。人が多いから、はぐれないようにねー。」

勇者「……はい。」…ギュッ


――――――――

――――――

――――

――

今日はここまでです。
続きはまた明日の夜に。

ところで、ここって『アダルト可』になってるって事はえちぃのOKなんですよね?
少し先になりますけど、直接的な描写があるので、苦手な方は言ってもらえれば考えます。

もっとも、本文では飛ばしてえちぃシーンは別で上げる、とかしか無いと思いますが……

>>313
書きたきゃ書け

どっちにしろ文句は言われるんだろうし

>>316

書いても書かなくても、って事ですよね。
何度かある予定なので、とりあえず一度書いてみて、その反応で今後を考えてみます。

受付嬢「ようこそお越し下さいました。」ペコリ

男武闘家「どうも、こんにちは。面会の約束をした男武闘家です。」ステータス開示


―――――――――――――

男武闘家(26)
【神の恩寵】
樹の神 Lv4

【戦闘スキル】
体術    Lv3
投擲    Lv2

―――――――――――――


受付嬢「――――はい。確かに、承っております。」

受付嬢「そちらの方も、ステータスの開示をお願い致します。」ニコリ

女僧侶「は、はいっ。」アセアセ


―――――――――――――

女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv5
―――――――――――――


受付嬢「――――え?」ナニコレ フザケテルノ?

受付嬢「……では、手持ちの武器はこちらで預からせて頂きますね。」ニコリ

女僧侶「あ、はい。じゃあ、これを。」ゴトリ

男武闘家(……ああ、これは暗殺者か何かと思われてるな。)シャーナイ

受付嬢「枝葉の勇者様は最上階におられます。係の者が案内いたしますので……」

衛兵1「では、我々が案内致しますので、こちらへどうぞ。」ガッチャ ガッチャ

衛兵2「おかしな真似はなさらないよう、お願い致します。」ガシャン ガシャン

男武闘家(全身鎧に前後を挟まれるとか、圧迫感がヤバい……)

女僧侶「んー、なんだか物々しいですねー。」

男武闘家「そりゃあ、枝葉の勇者は国の重要人物だから。警備も厳重だ。」

女僧侶「なるほどー。そうですよねー。」スゴイナー

男武闘家(まあ、今までこんな衛兵に連れられる事は無かったが……)イワンケド

塔の内壁をぐるりと回りながら登る螺旋階段を進みながら、女僧侶が興味深げに各階を見渡している。


女僧侶「わー、あれって何をやってるんでしょうねー。」ユビサシ

衛兵2「立ち止まらないで下さい。」ガッチャ ガッチャ

女僧侶「ご、ごめんなさい……」トタタッ

男武闘家「『中央塔』は、各階ごとに集まった情報を編集する分野が分けられてるんだ。」

男武闘家「外交、犯罪、社会、経済、芸術、娯楽、生活なんでもござれってね。」

女僧侶「へー、その機関誌、でしたっけ? それってどこに行けば見れるんですか?」

男武闘家「ああ、重要機密も含まれてるから一般には開放してないんだ。」

男武闘家「ただ、全部が機密って訳じゃないから、役所に行けば……ある程度は読めるよ……」ハァハァ

男武闘家「この『情報街』に集まる人間は、それを……目当てにしてるからな……」ゼェゼェ

女僧侶「なるほどー。一回読んでみたいな~♪」スタスタ

女僧侶「――――わぷっ」ドッ

衛兵1「……ゼィ ゼィ」ガッチャ ガッチャ

女僧侶「もう、早く進んで下さいよー。後ろがつかえてますよー。」ブー

衛兵2「……フゥ フゥ」ガチャコ ガチャコ

女僧侶「あ、後ろの人、遅れてますよー。ついてこなくて良いんですかー?」

男武闘家「いや、ゆっくり登ろう……つーか、しんどくないの?」ハァハァ

女僧侶「え? 何がですか?」ケロリ

男武闘家(体力も一級品か……しかし、衛兵さんもかわいそうに。)チラッ

衛兵1「……ヒィ ヒィ」ガチャン ガチャン

男武闘家(全身鎧で10階分の階段上がるとか……苦行すぎるだろ。)ホロリ

衛兵2「……モー ムリ」ガッチャ ガッチャ





女僧侶「おお~ ――――おぉ?」クビカシゲ


最上階の景色に、感嘆の声を上げながら首を傾げる。
見晴らしの良さは格別ながら、明らかに下の階とは様子が違っていた。

情報の編集が行われていた階は、どこも隙間なく机と椅子が並べられ、たくさんの人間が忙しなく働いていた。
だが、最上階のこの階は、一人分の机と椅子がぽつんと置かれているだけで、人の姿もない。
代わりに、大量の止まり木が並べられ、様々な種類の猛禽達が羽を休めていた。

壁には鳥が出入りするために幾つも窓が設けられ、そこから少し強い風が吹き抜けている。
階段近くの止まり木には鷹や鷲などの大型の猛禽が幾羽も止まり、こちらの様子を窺っている。
部屋の奥にはたくさんの梟が一まとめに集まり、一羽の梟が上げる鳴き声に耳を傾けていた。

まるでジェスチャーで梟達に何かを説明するかのように羽を広げ、鳴き声を上げていた一羽が、首だけ回して一向に振り返る。

女僧侶「わ、わわ! こっちに飛んできますよ!」ワタワタ

男武闘家「落ち着いて。別につつかれたりしないよ。」


ゆっくりと飛んできた梟が、女僧侶達の目の前で突然弾けるように羽を撒き散らした。


女僧侶「え、ええぇ!?」

男武闘家「よう、久しぶり。調子はどうだ?」

枝葉の勇者「久しぶりですね、男武闘家さん。そちらも変わり無さそうで。」ニコリ


舞い落ちる羽の中に、一人の青年が姿を現していた。
濃い茶色の髪に、灰色の瞳。二十代前半の、女僧侶より少し低い身長の小柄な青年だ。
細身だが、その瞳には力が漲り、言葉にはできない凄味のようなものが感じられる。

男武闘家「急な約束だったのに、時間とってもらって悪いな。」

枝葉の勇者「いえいえ、ちゃんと手紙届きましたよ~。それで、こちらのお嬢さんの御希望なんですよね?」

枝葉の勇者「どうも、初めまして。『枝葉の勇者』です。」スッ

女僧侶「あ、これは御丁寧に……女僧侶と申します。」ギュ


呆けた表情のまま、差し出された手を取り握手を交わす。


女僧侶「えと、今のは? 手品か何かですか?」ハテナ?

枝葉の勇者「あはは、種も仕掛けもないですよ~。」バササッ


先程とは逆に、一瞬で青年が梟へと姿を変えた。
ふわりと羽ばたき、女僧侶の肩へと飛び移る。


女僧侶「え、ええ、えええ!? ど、どうなってるんです、これ!?」アワワワ!

女僧侶「お、重さも、本物の梟みたいですよ!? な、なな、なんで!?」アワアワ!

枝葉の勇者「ふふ、驚かれました?」バササッ


また元の青年の姿に戻り、悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

男武闘家「『樹の神』の恩寵、動物干渉系の最上位。獣化術だよ。」

男武闘家「高レベルの司祭さんでも使えるだろうけど、転身速度も使用回数もこいつは常識外だから……」ハァ

枝葉の勇者「一応、これでも『勇者』なので。」ステータス開示


―――――――――――――

枝葉の勇者(22)
【神の恩寵】
樹の神 Lv∞ 


【戦闘スキル】
勇者    Lv3
剣術    Lv2
―――――――――――――


男武闘家「相変わらず、貧弱みたいで嬉しいよ。」ニヤニヤ

枝葉の勇者「お、男武闘家さんだって、人の事言えないでしょ!」ムムッ

枝葉の勇者「――ん?」

枝葉の勇者「あれ? 何で衛兵さんが二人も上がって来てるの?」

衛兵1「……警備規定に……従ったまでです。」フゥ フゥ

衛兵2「……同じく。」ハァ ハァ

男武闘家「ああ、規定あったんだな。」

枝葉の勇者「そりゃまぁ……一定以上の戦闘スキルの訪問客には、警備をつける事になってるんで。」

枝葉の勇者「じゃあ男武闘家さん、戦闘スキルのレベル上がったのか……なんか悔しいなぁ……」ムゥ

男武闘家「おいおい、俺と男戦士が無駄な戦闘をする訳ないだろ。レベルなんか上がらんわ。」

枝葉の勇者「え? でも、衛兵さんついてるじゃないですか。」ハテ?

女僧侶「えーと……枝葉の勇者様に見せて頂いた訳ですし、私もステータス開示した方が良いですよね?」ステータス開示


―――――――――――――

女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv5
―――――――――――――


枝葉の勇者「へー、僧侶だから恩寵二つ持ちなんですね。……?」 ( ゚д゚) ン?

枝葉の勇者「」 ( д) ゚ ゚ ポポーン!

男武闘家「……気持ちはわかる。」ウンウン

枝葉の勇者「え? 僧侶? ……え、ぇえ?」…ウソォ

女僧侶「な、何なんですか、皆して! 私は僧侶です! 僧侶なんですよー!」ムキー!

――――――――

――――――

――――

――


男戦士「二人部屋を二つ取りたいんだけど、空いてる?」

店主「んー? そうだねぇ、今なら両隣の部屋が空いてるねぇ。」

男戦士「へぇ、そりゃ丁度良い! そこ使わせてもらえる?」


宿の店主と話す男戦士の一歩後ろで待つ勇者。


勇者「……ん。」

勇者「――――?」キョロキョロ

男戦士「お待たせー、ってどうかした?」

勇者「あ、いえ……何か視線を感じたような。」キョロキョロ

店主「お嬢ちゃんみたいな可愛い娘がいりゃ、誰だって見ちまうだろうさ!」HAHAHA!

男戦士「そりゃそうだ! おっちゃん、わかってるねー。」HAHAHA!

勇者「……もう。」 カァァァ(///






――――ガチャ


勇者「荷物を運んでもらって、ありがとうございます。」ペコリ

男戦士「……」ンー

勇者「あの、どうかしました?」

男戦士「さっきの視線の話だけど……ちょっと、良い?」

勇者「は、はい。」

男戦士「『情報街』にいる間は、絶対に一人で行動しない事。守れるね?」

勇者「え、それは……はい。そうしろと言われれば、そうしますけど。」

男戦士「……見た感じ、さっきの場に褐色の肌のヤツはいなかったけど。気をつける事、良いね?」

勇者「……褐色の肌だと……何か、いけないんですか?」

男戦士「『土の大国』領の人間の可能性が高い。昼間話してた人攫いだよ。」

男戦士「……ああ、そうだ。後、出来るだけ髪も見せない方が良いな。」

勇者「髪、ですか?」

男戦士「行商のじーちゃんが髪の色から勇者ちゃんの出身を推測してただろ?」

男戦士「俺は初めて勇者ちゃんを見たとき、『水の大国』領出身かと思ったけど、わかる人間にはわかるみたいだからね。」

勇者「それが、何か?」

男戦士「『北の国』出身って事は、イコール『神』の恩寵が無いって事だ。」

男戦士「ハッキリ言って、これほど狙いやすい相手はいない。」

勇者「…………」

男戦士「ま、明日の昼にはここを発つけど、一応警戒するに越した事は無いってね。」ナデナデ

勇者「……はい。」ニコリ

――――――――

――――――

――――

――


枝葉の勇者「いやー、ちょっとビックリしちゃいましたよ。」

枝葉の勇者「でも、それだけレベルが高いなら、そりゃ用心棒も出来ますよねー。」ウンウン

女僧侶「よ、用心棒ってなんですか! 私は僧侶なんですよー!」ムキー!

男武闘家「あながち間違いじゃないが、守る対象は俺達じゃないんだ。」

枝葉の勇者「と言うと?」

男武闘家「今、俺と男戦士と女僧侶ちゃんは勇者のパーティーの一員なんだ。」

枝葉の勇者「はいッ!?」ガタタッ!

枝葉の勇者「な、なんでですか! あれだけ僕が頼んでも組んでくれなかったのに!」

枝葉の勇者「いったい、どこの勇者と組んでるんですか!」

男武闘家「……『北の国』。」

枝葉の勇者「――え?」

男武闘家「だから、『北の国』だって。」

女僧侶「そうですよー。本当ですよー。」ニコニコ

枝葉の勇者(……あの、彼女、目が笑ってないんですが。そして、何故か寒気が。)ヒソヒソ

男武闘家(……間違っても、ウチの勇者ちゃんを貶めるような事は口にするな!)ボソボソ

男武闘家(……そこにさえ触れなければ、ちょっと抜けてるけどイイ娘だから!)ボソボソ

枝葉の勇者「い、いや、それにしても……僕としてはちょっと複雑ですね。」

枝葉の勇者「二人が手伝ってくれていれば、もっと『ネットワーク』を発展させれたのに……」ジトッ

男武闘家「お前の手伝いのために、この街に根をおろせって? イヤだね。」プイッ

枝葉の勇者「別の勇者の手伝いはするくせに――――」ムッ?

枝葉の勇者「勇者ちゃん、って事は……女の子ですか?」

女僧侶「はい、そうですよー。」ニコニコ

枝葉の勇者「かわいい?」

男武闘家「おま、バッ――!」ギクッ!

女僧侶「それはもう! 可憐で愛らしい方ですよー。」ニコニコ

枝葉の勇者「うーわー、それ完全に下心じゃないですかー。」バレバレー

枝葉の勇者「どうせ、『ちょっとかわいいから声かけてみよう』って感じだったんでしょ。」ナイワー

枝葉の勇者「男の二人旅だからって、ちょっと節操無さ過ぎじゃないですかねー?」サイテー

男武闘家「み、見てきたように言うな!」

女僧侶「……男武闘家さん?」ジー

男武闘家「い、いや、違うから! 『根の国』までの道中を案内するだけだから!」ガクガク ブルブル

枝葉の勇者「ああ、なんだ、そうだったんですね。じゃあ、次は僕の手伝いして下さいよ。」パァァァ

女僧侶「……男武闘家さん?」ジジー

男武闘家「ちょ! それは最初からそういう話だったからね!?」ガクガク ブルブル

男武闘家「は、はい! この話はこれでおしまい!」ヤメヤメ!

男武闘家「女僧侶ちゃん、色々聞きたい事あるだろ? さ、時間もないしどんどん質問して!」ネ! ネ!

女僧侶「……そうですね。その件は、また今度『ゆっくりと』お話しましょうか。」ジジジー

枝葉の勇者「やあ、仲が良いパーティーで何よりですね。」ニコニコ

男武闘家(……この野郎、後で一発殴っとくべきか。)ゲンナリ

枝葉の勇者「それで、何を聞きたいんですか? 男武闘家さんの紹介ですし、機密じゃない事なら出来る限り答えますよ。」

女僧侶「え、と……それじゃあ、勇者レベルってどうすれば上がるか、教えてもらえますか?」

女僧侶「枝葉の勇者様はレベル3みたいですけど、勇者様はまだレベル1なので……」

枝葉の勇者「あー、なるほど。その勇者ちゃんのレベルを上げたい訳ですね。」…ウーン

枝葉の勇者「でも、困ったな……勇者レベルが上がる切っ掛けって僕も良く分からないんです。」

枝葉の勇者「2から3に上がった時なんて、朝起きたら勝手に上がってましたし……」

枝葉の勇者「多分、能動的に上げれるものじゃないんじゃないかなぁ。僕なりに仮説は立ててますけど。」

女僧侶「それで構わないので、教えて頂けませんか……?」

枝葉の勇者「それほど外してないと思いますけど、あくまで仮説ですから、そこは了承して下さいよ。」

枝葉の勇者「恐らく、勇者レベルは、『個人がどうあるか』ではなく、『周囲がどうみなしているか』を計るパラメータなんです。」

枝葉の勇者「砕いて言っちゃえば、『人気レベル』ですかねー。『社会に対する貢献度』って言っても良いかもですけど。」

枝葉の勇者「確証はないですけど、『勇者』なら多分誰でも似たような認識だと思いますよ。」

女僧侶(……楽師さんが言ってたのは嘘じゃ無かったんだ。)ムゥ

枝葉の勇者「僕のレベルが上がりだしたのも、『ネットワーク』を構築してからですし。」

枝葉の勇者「多分、『ネットワーク』の規模がもっと大きくなったら、また上がるんじゃないかなぁ。 」

枝葉の勇者「それと、レベルを上げたいって話なら、自分の個性にあった恩寵の使い途を見つけるのが一番の近道だと思いますよ。」

枝葉の勇者「植物干渉系が得意な『花の勇者』が作物の品種改良に取り組み、動物干渉系が得意な僕が『ネットワーク』を構築した感じにね。」

男武闘家(……そう。普通の『勇者』なら、それが一番のやり方だろう。)

女僧侶(……じゃあ、恩寵が無い勇者くんは、どうすれば良いって言うんですか。)

枝葉の勇者「えーと、あれ? どうかしました?」オモイ クウキ?

女僧侶「あ、いえ! なんでもないです。もう一つ聞いて良いですか?」

枝葉の勇者「はいはい、どうぞ。」

女僧侶「あの、戦闘が得意ではないのは、ステータスを見せて頂いたのでわかります……」

枝葉の勇者「」グサッ

男武闘家(ざ ま ぁ )ヒトノコト イエンケド

女僧侶「なので、気を悪くしないで欲しいんですけど――――」

枝葉の勇者「はいはい、なんですか。別に気にしませんよ。」トホホ

女僧侶「魔王を倒そうとしてる『勇者』はいない、って聞いたんですけど……本当ですか?」

枝葉の勇者「え、えーと、それは……何と言うか……」チラッ

男武闘家(ああ、言ったの俺達。)コクリ

枝葉の勇者(ちょっとォォ! 何言ってくれちゃってんですかァァァァ!)ノォォォ!

衛兵1「」ヒソヒソ

衛兵2「」ヒソヒソ

枝葉の勇者(ほらァァ! 衛兵さんらも何かヒソヒソ言ってるじゃないですかァァァァ!)

枝葉の勇者「いやいや、そんな事ないですよ! ないですからね!」アセアセ

枝葉の勇者「ただ、誰しも向き不向きがあるってだけでね! それに、防衛任務も大事な仕事だから!」アワアワ

女僧侶「『防衛任務』と『魔王の討伐』って、どっちに力を入れてるんですか?」

枝葉の勇者「それは……防衛任務ですけどぉ……」ムググ

女僧侶「あ、その、別に枝葉の勇者様を責めてる訳じゃないんです。 ただ、信じられなくて……」

女僧侶「『木の大国』の勇者様が防衛に回るって事は、相手は『火の大国』の勇者様なんじゃないですか?」

枝葉の勇者「あ、いや……流石に『火の大国』の勇者が侵攻してくる事はそうそう無いんです。」

枝葉の勇者「でも、『勇者』が最前線で戦った方が却って両軍の損害が少なくなるとか。僕も伝聞なので詳しくないですけど……」

男武闘家「確かに、戦力差が明白なら無駄に戦いを続ける必要は無いか。」

女僧侶「だからって、それが正しいとはとても思えません……」

男武闘家「一応、フォローしておくと、これは立地の問題でもあるんだ。」

男武闘家「もし、『木の大国』領や『水の大国』領の勇者が『西の最果て』に挑もうとすれば、『火の大国』領を横断しなければならない。」

男武闘家「ハッキリ言うが、これは魔物と戦うより、よっぽど危険な行為だ。」

女僧侶「……え? 別に通るくらいどうって事ないじゃないですか?」

男武闘家「ただで通れると思うか? 奴らがただで通すと思うか?」

男武闘家「防衛の要、一騎当千の『神』の現し身、人心の拠り所、始末できれば戦争にどれだけの影響があるか。」

男武闘家「同盟国の『鉄の大国』、資源国の『土の大国』、この二大国の勇者なら危害は加えられないだろう。相手にメリットが無いからな。」

男武闘家「だが、国境を隣接する『木の大国』『水の大国』の勇者は駄目だ。相手にメリットがありすぎる。」

男武闘家「だから、枝葉の勇者達は動けない。最悪、魔物と『火の大国』の勇者の挟撃にさらされるんだ。いくらなんでも分が悪すぎる。」

衛兵1「な、なるほど……」

衛兵2「考えてみれば、確かに……」

枝葉の勇者「そう! そうなんです! 僕が言いたかったのはそういう事なんです!」

枝葉の勇者(やった! 信頼崩壊の危機を乗り切った! 恩に着ます!)パァァァ

衛兵1「」ヒソヒソ

衛兵2「」ヒソヒソ

枝葉の勇者(ちょっとォォ! ヒソヒソやめてェェェェ!!)

女僧侶「でも、それじゃあ……何時になれば平和になるんですか……」ウツムキ

女僧侶「男武闘家さんの話だと、もうどうしようもないみたいじゃないですか……」

男武闘家「……いや、実はそうでもない。」

女僧侶「――え?」

男武闘家「無意味な争いは避ける動物とは違い、魔物は人間と見れば反射的に襲いかかる。」

男武闘家「そんな危険な化物と国境を接するのは、非常にリスクが高い。自分の身の安全のために対処せざるを得ない。」

男武闘家「しかも人間と違い、意志の疎通は不可能。滅ぼすしかないんだ。」

男武闘家「『火の大国』もこっちにちょっかいを出しつつも、西伐は西伐で進めなければならない。」

女僧侶「だったら、こっちに手は出さずに西伐だけに集中すれば、もっと早く平和になるんじゃないんですか!?」

男武闘家「理屈ならそうなるけど、女僧侶ちゃん……大事な事を見落としてる。」

女僧侶「え、ええ……何をですか。」

男武闘家「俺達が『火の大国』を信頼してないのと同様に、向こうも俺達を信頼してないんだ。」

男武闘家「こちらから手出ししないから西伐に集中してくれと言っても、聞く耳すら持たないだろう。」

女僧侶「そ、それは……そうかもしれませんけど……」

男武闘家「徐々に、徐々にではあるけど、少しずつ平和に向かって動いているのは確かだと思う。」

男武闘家「そう、割り切るしかないだろう……少なくとも、今は。」

枝葉の勇者「『ネットワーク』の整備により、情報の伝達速度は劇的に向上しましたし……」

枝葉の勇者「『火の大国』側に、こちらを攻めても意味が無いと思わせる事ができれば、結果として西伐に専念させる事になりますよね。」

枝葉の勇者「だから、地道に『木の大国』の国力を増大させて『火の大国』の侵略の意図を挫くのが、自分達が出来る平和への努力だ。そうでしょう?」

女僧侶「ちゃんと考えてたんですね、勇者様……」ジィィン

衛兵1「さすがは勇者殿……」ジィィン

衛兵2「うむ、やはり我らが『樹の神』の申し子だ……」ジィィン

男武闘家(なんか誰かの受け売りっぽいな……まあ、良いか。)クチニハ スマイ

枝葉の勇者(ふぅ……やっぱり『樹の勇者』さんの言葉は説得力が違うね。)コレデヨシ…

枝葉の勇者「あ、マズイ。そろそろ夕方の便の時間でした。」

男武闘家「そうか、じゃあ質問はここまでか。」

女僧侶「……色々と、ありがとうございました。」ペコリ

枝葉の勇者「いえいえ、良いんですよ。次は男戦士さんと……『そちらの勇者さん』も一緒に来て下さいね。」ニッ

男武闘家「ああ、言っとくよ。それと、『これ』。後で目を通しといてくれ。」スッ

枝葉の勇者「はあ、わかりました。また後で読んどきますね。」バササッ


封がされた便箋を受け取ると、枝葉の勇者は梟へと姿を変える。
他の梟達を先導するように、陽が落ちつつある空へと羽ばたくと、他の梟達も一斉に夕焼けの空へと飛び立っていった。


――――――――

――――――

――――

――

男弓使い1「それじゃあ、この出会いを『樹の神』に感謝し、乾杯ッ!!」ガチャン

男弓使い2「乾杯!!」ガチャン

女弩使い「乾杯!!」ガチャン

男戦士「乾杯!!」ガチャン

勇者「乾杯!」ガチャン


別れ際に約束した通り、一行は大通りの『ヒグマ亭』に集まっていた。
店内を見渡せば、行商や冒険者が陽気に飲み食いし、活気に満ちている。


勇者「そう言えば、今日って何かのお祭りなんでしょうか。どこもたくさん人がいましたし。」

女弩使い「あはは、これくらいの活気はいつもの事よ。」ゴックゴック

男弓使い1「なんてったって、この『情報街』は『木の大国』領で今一番熱い街だからね!」ゴックゴック

男弓使い2「そうそう!『ネットワーク』に感謝だ!」ゴックゴック

勇者「来る途中も言ってましたけど、そんなに凄いんですか?」キョトン

男戦士「ま、人や物の流れがある場所ってのは景気が良くなるもんなんだよ。」

男戦士「情報のやり取りが早くなれば、それに応じて新しい取引が出来るようになるから。」

男戦士「目聡い商人にとっちゃ、『情報街』は宝の山に見えるだろうねー。」ゴクッ

男弓使い1「おかげで、俺達も仕事に困らないで済む。」ゴックゴック

女弩使い「ああ、『枝葉の勇者』様とあなた達のおかげだわ。」ゴックゴック

男弓使い2「猛禽を『操る』んじゃなくて、自分が親として育てた猛禽に『教える』んだろ? いや、流石勇者様だぜ。」ゴックゴック

女弩使い「ホント、私達とは発想のスケールが違いすぎるわね。」ゴックゴック

男戦士「獣化術なら、あいつ以上の術者はいないだろうしなぁ。」

男戦士「出来るかどうかは半信半疑だったが、実際にやってるんだから大したモンだよ。」ゴクッ

勇者「……凄い、ですね。」

女弩使い「けど、どうしてパーティーを解散したのかしら? 『ネットワーク』管理者なら良い暮らしできたでしょうに。」ゴックゴック

男戦士「別に、俺達は良い暮らしがしたくて『枝葉の勇者』を手伝ってた訳じゃないからね。」

男戦士「同郷の弟分がベソかいてたから、あいつの才能を活かせそうな事を考えてやったんだよ。」

男弓使い1「なんだ、あんたら同郷だったのか!」ゴックゴック

男戦士「まあ、あいつが俺達の町に生まれたおかげで色々と助かったし、これで貸し借り無しってね。」ゴック

女弩使い「へぇ~、やっぱり『勇者』がいる町には国の支援があるんだ?」ゴックゴック

男戦士「ま、先行投資ってやつだろ。でかい図書館作ってくれたのは素直にありがたいけどね。」

男戦士「おかげで、俺も男武闘家も、色々と知識を学ぶ事が出来た。その知識は今でも役に立ってるよ。」

勇者「ああ、だからお二人は博識なんですねぇ。」

男戦士「パーティーを解散したのも、『ネットワーク』の管理者になると、この街から動けなくなるからね。」

男戦士「俺も、男武闘家も……『世界』を見たかったんだ。理由なんて、そんなもんだよ。」

女弩使い「ふぅん……なんだか、カッコ良いわね。」クスッ

男弓使い1「ま、そのおかげで、こうして肩を並べて飲む機会に恵まれたんだ。」

男弓使い2「そうだな。この出会いに乾杯!ってな。」ゴックゴック

女弩使い「あら、二人ともあんまり飲んでないじゃない。お酒は苦手かしら?」

勇者「はい、ちょっとお酒は……」アハハ…

男戦士「『見習い』ちゃんが一緒だからね。潰れないようにペースに気をつけてるの。」

男弓使い1「ははっ、これはこれは。意外と紳士だね。」ゴックゴック

女弩使い「あんた達も見習いなさいよー? かよわい女の子は何時でも守れるようにしないと。」フフン♪

男弓使い2「おいおい、じゃじゃ馬がなんか言ってるぞ。」ゴックゴック

男弓使い1「あー、駄目だ。俺ァ馬語はわかんねーな。」ゴックゴック

女弩使い「タマとアタマ、射抜かれるならどっちが良い?」チャキ

男弓使い1「おまッ、こんなお嬢ちゃんの前でそりゃ無いんじゃねーか? ったく、これだからビッチは……」ヒクワー

男弓使い2「あーあー、汚い大人って最低だよなぁ。もうちょい恥じらいってもんをだな……」ナイワー

女弩使い「なるほど、サオもついでに射抜いて欲しいと。サービスで新しいケツの穴も追加しとくわよ?」キリキリキリ

男弓使い1「すいませんでした。」ドゲザ

男弓使い2「勘弁して下さい。」ドゲザ

男戦士(弩って、素手で引けるのか……)スゲー

勇者「あはは……」

――――――――

――――――

――――

――


男弓使い1「…………」zzz zzz

男弓使い2「あ、潰れちまったか。」ゴク ゴク

女弩使い「今日は、まあまあ頑張ったわね。」グビッ

男戦士「あんたら、酒強いなー。」ゴクッ

勇者「……」コソッ

男戦士「あれ、『見習い』ちゃん、何処行くの?」

勇者「え、えーと……ちょっとそこまで。」モジモジ

男戦士「外の空気でも吸いたいの? ついてくよ。」ガタッ

勇者「い、いいです! 一人で行きますから!」カァァ(///

女弩使い「あら、だったら、お姉さんがついて行ってあげるわよ。ちょっと飲みすぎたから外の空気吸いたいし。」ニコッ

男戦士「え? いや、そんな――」

女弩使い「良いから、座ってなさいな。」

男戦士「……?」ピーン

男戦士(……ああ、手洗いね。これは失礼。)




夜空には星が満ち、三日月が冷たく輝いている。
アルコールで火照った身体に、夜の冷えた空気が心地いい。


女弩使い「トイレは店の裏手に共同のがあるのよ。」

勇者「……すいません。」

女弩使い「あっはは、良いのよ。そりゃ、気になる男に聞かれたくないわよねぇ。」クスクス

勇者「そ、そういう訳じゃ。」カァァ(///

女弩使い「隠す事無いじゃない♪ あんなにイイ男そうそういないわよー?」

女弩使い「で、どうなの? 『行商見習い』って事は色々教わってんでしょ?」

女弩使い「やっぱ、“夜の商談”とかも教わってるの? 私も教わりたいなぁ……」ハァハァ

勇者「知りませんよ、もう!」カァァ(///

勇者「男戦士さんはそういう人じゃ――――?」グイッ

女弩使い(――止まって。)ヒソッ


女弩使いが先を歩いていた勇者の肩を掴んで立ち止まらせる。
周囲の店から陽気な声が漏れ聞こえるが、この裏道は静まり返っている。


女弩使い「こんな裏道で、女のおしゃべりの盗み聞き? 随分と、暇で悪趣味なのねぇ。」

女弩使い「とっとと消えるなら追いはしないわ。でも、去らないようなら敵とみなすわよ?」チャキ


腰に下げていた二本の弩を女弩使いが構える。
次の瞬間、音も無く地面がせり上がり、土の壁が二人の前方と後方を挟み込んだ。
これでは店側に戻る事も、裏道を一気に走り抜ける事も出来ない。
土の壁が街の光を遮り、裏道が暗闇に包まれる。

女弩使い「――甘いわね。」パシュッ! パシュッ!


放たれた弩が、二人に駆け寄っていた二体の何者かを撃ち抜く。
眉間を撃ち抜かれた衝撃で、賊が吹き飛ばされるが、二人に向かって走る足音はまだ続いている。


勇者「弩は連射が――」ハッ

女弩使い「そう思う?」キリリリリリ!


両手に弩を構え、弦を引く事が出来ない筈なのに、既に次の矢が装填されている。


女弩使い「――――はい、おしまい。」パシュッ! パシュッ!


即座に放たれた二矢が、またも賊の眉間を撃ち貫く。


女弩使い「恩寵【獣化転身・梟】。瞳だけなら私にも出来るのよ?」キリリリ


少し暗さに慣れた勇者が見たのは、梟のような琥珀色の瞳の女弩使い。
そして、弩に絡み、弦を巻き上げる植物の蔓だった。

女弩使い「【植物接続・蔓】加えて強化もしてやれば、弩の弦を巻き上げる事も可能。」チャキ

女弩使い「さ、わかったでしょ? 全員ぶち抜いてあげても良いんだけど、矢がもったいないじゃない?」クスッ

勇者(……この人、凄い。)ゴクッ

女弩使い「さっさとその土壁引っ込めて、立ち去るのね。」チャキキ


土壁の傍で、びくりと賊が身を震わせる。
そこは十分に弩の射程内だ。


女弩使い「ま、もったいないって言っても、『五』本くらいなら構わないんだけどね……」ハァ

女弩使い「あら、驚いた? 梟の夜目を甘く見てるんじゃない?」クスクス


正確な人数を把握され、目に見えて土壁の傍の賊がうろたえ始める。
恐らく真っ先に狙われるのは、姿を晒している自分達だ。


賊1「ちぃ……まさか、ここまで実戦慣れした弩使いだったとはな……」


裏道に隠れていた一人が姿を見せる。
土壁の傍の二人と違い、その表情に動揺は見られない。

女弩使い「へぇ、あんたがリーダーかしら?」

女弩使い「揃いも揃って生っちょろい顔色の割に、あんたは肝が据わってそうね。」

賊1「……」

女弩使い「別に全員射殺しても良いんだけど、土壁乗り越えるのが面倒なのよ。」

女弩使い「今すぐ土壁を解除して、ケツまくって逃げるなら、何とか捕まらなくて済むんじゃない?」

賊1「ふむ。ならばお言葉に甘えようか。」

女弩使い(……チッ、いやな態度ね。)

女弩使い「なら、さっさと――――ッ!?」ギチチチチッ!

勇者「――――ッ!」ギチチチチッ!

その刹那、女弩使いと勇者の足元の地面が盛り上がり、蛇のように襲いかかった。
二人に巻きついた土蛇は、一瞬で弩ごと絡め取り、万力の如く締め上げる。


賊1「ふふ、気付かなかったのか? お前が最初に射抜いた刺客が『なに』だったか。」

賊1「あれは、私の意識を分散させて宿らせた人形だ……まあ、その意識は今君達を締め上げているがね。」


賊の分かたれた意識は、破壊された人形から地面を伝って移動し、女弩使いを奇襲したのだ。

女弩使い(……こい、つ……ただの賊じゃ……ない……司祭レベル、の……恩寵、使い……!)ギチギチ

賊1「さて、後は仕上げに――」

女弩使い(……なめ、るな!)ブンッ

賊1「ぐぁっ!?」バキィ!


身体をねじって隙間を作り、近付いてきていた賊を蹴り上げる。


賊1「……小娘ェェ。」ギラリ

女弩使い(……皮膚が、破れた? いや、違う……変装、か!)ギチギチ

女弩使い(褐色の、肌……クソ、こいつら、『土の大国』の……)ギチギチ


賊の頬の皮膚が破れ、その下から褐色の肌が覗いている。
蹴りを受けた賊はひるんだが、分割した意識を与えられた蛇はビクともしない。

賊1「さっさと石化させておくべきだったな。次に目が覚めた時、目の前に居るのが貴様の主人だ。」ククク

賊1「せいぜい、優しく扱ってもらえる主人に恵まれるよう、祈るのだな。」ガシッ!

女弩使い(……アッ……ッ……!)ピキピキピキ


賊が女弩使いの首を掴むと、女弩使いの全身が硬直し、徐々に石へと変わっていく。


勇者(女弩使いさん……!)ギチギチ

賊1「やれやれ、手こずらせてくれた。ああ、君は楽で助かるよ。」

賊1「なんせ、恩寵が無いんだからね。抵抗力も無いからすぐに石化できる。」

賊1「ハハハ、全く以って『奴隷』にピッタリだ。ま、適材適所というヤツだな。」

賊1「『神』を失うような無能な民には、似合いの末路――――?」ムム?


頭上で何かが輝き、眩しさに微かに顔をしかめる。
空を仰ぎ、その煌めきの元を知った賊達は驚愕の色を浮かべた。

賊1「な、なんだ、これは!?」

賊2「空に、水晶!? 何時の間に!?」

賊3「水晶がアーチのように!?」

賊4「土壁を越えて、俺達の頭上に!?」

賊5「お、おい! 誰か走ってないか!?」


音も無く透明な水晶のアーチが頭上に出現していた。
それだけでも驚愕だが、耳を澄ませばその上を駆け抜ける足音が聞こえる。


賊1「おい、何かわからんが撤収だ! お前、こっちの娘を石化させろ!」

賊5「は、はい! ただちに――――」


土壁を担当していた一人が慌ててリーダーの元に駆け寄る。

――――が。


賊5「――――ギャベッ!」ゴキャッ!


水晶のアーチを駆け抜けた影が頭上から襲いかかり、賊の顔面上半分が吹き飛ばされた。


女僧侶「見 ィ ィ ィ ィ つ け た ァ ァ ァ ァ 。」ニィィィィ!


血と脳漿を滴らせたメイスを手に、狂ったような笑顔を浮かべる少女がそこに居た。

賊1「な、なななっ!?」キュィィィン


賊のリーダーが意識を集中し、突然空から降ってきた闖入者のステータスを解析する。
影に隠れていた二人も、賊のリーダーの前に移動し、身構えている。


賊1「そ、僧侶だと……!?」


先ず一番に読み取った職業名が、口から零れた。
それを聞いた他の賊の空気が、目に見えて弛緩する。

――なんだ、僧侶か。
――――それなら大したことは無い。
――――――不意打ちには驚いたが、こいつも捕えてしまえば良い。

各々が似たような感想を抱いていた。

賊3「僧侶の分際で、やってくれたじゃねぇか……お前も『奴隷』に――――ッ!」ゴボキャッ!


賊のリーダーの前にいた一人の下顎がメイスに吹き飛ばされ、地面をのたうち回る。


賊2「な、ななな!?――――ッ!(ゴリュッ)アアアアア! アァァァァァアアアア!!」


驚いたもう一人も、突き入れられた指に両の眼球を抉られ悲鳴を上げる。


女僧侶「ア ハ ハ ! ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ッ !」


僧侶、と聞いて侮った僅かな緩み。
それが賊にとって命取りになった。

一足で距離を詰めた女僧侶は、僅かな躊躇いも無く、その暴力を叩きつけた。

賊2「アアアアァァアアア! 目が、目がァァァァァ!!」ヒギィィィィ!

賊3「オゴォォォォオ、オオオオオオ……」ピクッ ピクッ

女僧侶「もうご飯が食べられないですねぇ! もう何も見れないですねぇ!」アハァハハハハッ!!


自らが作った血溜まりの上で、喉を反らして哄笑する少女。
隙だらけに見えるが、その狂気にあてられた賊達は正常な思考能力を失っていた。


賊1「き、貴様、気狂いかッ!?」ゾゾゾゾッ


夜の街に響く狂気を孕んだ笑いは、確実に周囲の目を引く。
冷静さを欠いた賊のリーダーは、すぐに人が集まってくるだろう事にも気付けない。
土壁の傍にいた最後の賊が、慌ててリーダーに駆け寄る。


賊4「に、逃げましょう! これでは、すぐに人が!」

賊1「ぬ、ぬぬぅ……ッ!」ギリッ

賊1(戻れ、分霊よ……!)キィィン!

勇者と女弩使いを捕えていた土蛇の意識を、自らへと呼びもどす。
土蛇は脆く崩れ去り、勇者と女弩使いが解放された。


勇者「う……うぅ……」ドサッ

女弩使い「…………ッ」ドサッ


戦うべきか、逃げるべきか。
賊のリーダーが思案する目の前で、女僧侶がうずくまる手負いの賊に近付き、血と肉片に塗れたメイスを振り上げる。


女僧侶「フンフフ~~ン♪ フンフ~ン♪ フンフンフフ~ン♪」    グチャッ! ゴリッ!

賊4「ひ、ひでぇ……」ガクガクガクガク


鼻歌交じりに振り下ろされたメイスは、容赦なく二人の賊の頭蓋を叩き割り、脳漿を地面に撒き散らした。


女僧侶「逃げるんですかァァ? お仲間の仇、取らなくて良いんですかァァ?」ニィィィィ

賊4「ヒィィィィ! 来るな、来るなァァァァ!」 …ジョワァァァァ

賊1「き、気狂いの相手など、で、できるかッ!」ズズズズズ


捨て台詞を吐き、生き残った賊二人は地面に沈むように消えて行った。

女僧侶「…………」フゥ



女僧侶「大丈夫ですか、勇者くん!」

勇者「う……うぅ……」ゲホッ ゲホッ

女僧侶「しっかりしてください、勇者くん!」

勇者「また……助けてくれたんですね……」ニコ

女僧侶「何度でも、何度でも私がお助けしますから……!」ギュゥ

勇者「ありがとう……女僧侶……さん……」ガクッ

女僧侶「勇者くん!」

勇者「…………」スゥ スゥ スゥ

女僧侶「……お休みなさい、勇者くん。」ホッ


――――タタタタッ!


男武闘家「うっわぁ……」スタッ

白貌の女「もう終わっている? 手際が良いですね。」スタッ

水晶のアーチを駆け、二人の人間が女僧侶の傍に飛び下りてきた。
一人は男武闘家、もう一人は病的なまでに白い肌の若い女だった。

例外無く頭蓋を割られ、脳漿を地面にぶちまけた三つの死体に、男武闘家が吐き気を堪えている。
白貌の女は死体を一瞥し、満足気に頷くと、勇者と女弩使いの方に目をやる。


白貌の女「そちらの少女は気を失っているだけですが、こちらは少しマズイですね……身体が半ば石化している。」

白貌の女「まぁ……私が来たのも無駄足では無かった、と考える事にしましょうか。」パァァァァ


白貌の女が手をかざすと、女弩使いが暖かな光に包まれ、冷たくなっていた肌に温もりが戻る。


女僧侶「あ、そうだ。二人が地面に潜って逃げちゃいました。」

白貌の女「なるほど……うん、今ならまだ恩寵の残滓を辿れます。」

白貌の女「私は彼らを追いますので、約束通り、手柄はご自由に……」ズズズズズ


白貌の女が地面に潜ると、空にかかっていた水晶のアーチは音も無く砂と化し、虚空へと散っていった。

集まってきた群衆が道を塞ぐ土壁に気付き、騒ぎ始めている。


『うわ! おい、なんだこの土壁!』

『取り敢えず、ぶっ壊すぞ! 向こう側に誰かいるか? 離れてろよ!』


誰かが発動した恩寵により、土壁の内部から、強化された巨大な根が打ち崩す。


女僧侶「人攫いです! お役人さんを呼んで下さい!」

『マジか! 任せろ、すぐ呼んでくる!』タタタッ

『誰かが攫われたのか!?』タタタッ

『お嬢ちゃんは大丈夫か!?』タタタッ


ある者は役人を呼ぶために走り、ある者は助勢の為に駆け寄ってくる。

女僧侶「はい、私達は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」ニコニコ

冒険者1「……う、わ。」ドンビキ

冒険者2「ひっ――――――ッ!」 エレロロロロロ!

冒険者3「あ、ああ――――ッ」ゲボロロロ!


頭蓋をかち割られた死体を前に、耐性の無いものは盛大に胃の内容物を吐瀉している。
冒険者と言っても、そうそうこんな凄惨な死体を見る機会は無い。


男戦士「ゆ――『見習い』ちゃん!」

男弓使い2「女弩使い!?」

男武闘家「お前、なんで目を離し――――あ、いや……そういう事か。」ハッ

女僧侶「『見習い』くんから目を離してお酒ですかぁ?」

女僧侶「さ ぞ 美 味 し か っ た ん で し ょ う ね ぇ 。」チャキ

男弓使い2(え、なにこの娘……瞳孔開いてない?)ガクガクブルブル

男戦士「――――ッ。」グッ

男武闘家「待った、女僧侶ちゃん。これは、流石に不可抗力だ。」ガシッ

女僧侶「手を離して下さいよ。 怪 我 し ち ゃ い ま す よ ぉ ?」ニコニコ

男武闘家「裏道を抜けた先に何が見えてる?」

女僧侶「……?」

女僧侶「共同トイレ、ですか?」

男武闘家「女の子がトイレに行くのに、男と女どっちについてきてもらう?」

女僧侶「それは……ああ、そういう事なんですね。」スッ

男弓使い2「す、済まねぇ……まさか、こいつが遅れを取るなんて考えても無かったんだ。」

男弓使い2「こいつの誇りの為にも、勘弁してやってもらえねぇか!?」ドゲザッ


女弩使いが同行するのに、そこでさらに誰かが同行を主張すれば、それは女弩使いだけでは頼りないと言っている事になる。
当然、これ以上男戦士を責めるのも、遠まわしに女弩使いを責める事になる。

女僧侶「……もう良いです、事情はわかりましたし。」

女僧侶「それに、『弓使い』が狙われてた以上、最初から不利な戦いだったでしょうから。」

男弓使い2「……え?」


『おーい、役人さん! こっちこっち!』


男武闘家「ん……役人も到着したか。説明は事情聴取の後だな。」


――――――――

――――――

――――

――

『情報街』から出て数キロ地点。
周囲には何もない平原に、一台の幌馬車が停まっている。
馬車の傍の地面が盛り上がり、二人の男が姿を現した。


賊1「くそッ、どういう事だ! 何だったんだ、あの気狂いは!」

賊4「た、助かった……」ヒィヒィ


怒りで顔を紅潮させた男と、顔面蒼白の男。


賊1「おい、悪いが今日は失敗だ。何か飲み物をくれ!」

賊4「骨が砕ける音が耳から離れねぇ……ううぅぅぅぅ……」ヒィィアァァ

賊1「おい! 何をしている! さっさと飲み物をよこせ!」

『ああ、たっぷり飲んでくれ。』


良く通る、張りのある声。
だが、それは馬車からではなく、男達の背後から響いた。

賊1「な――ッ!?」ビシャッ

賊4「え――ッ!?」ビチャッ


振り返った瞬間、全身に生ぬるい液体を浴びせられる。


賊1「この、臭い――!」

賊4「うぷ、おご――――」ゲロロロロロ

『あ、悪い。いくらか固形物も混じってたな。』


浴びせられたのは、血液。
それだけでなく、異臭を放つ臓腑らしきものも混じっている。
人間であったらしきモノ、が賊の足元に広がる。


金髪の男「喉渇いてたんだろ? さ、遠慮せず飲み干せよ。」

金髪の男「『4人』分だ。渇きをいやすには充分だろ?」


背後にいたのは、輝く金色の髪と瞳、褐色の肌を持つ若い男。
薄着の服から、鍛えられた屈強な肉体が覗いている。

賊1「『4人』……4人だと!?」

金髪の男「ああ、おかわりは無いんだ。悪いな。」


4人――それは、ここで待機していた筈の仲間の人数。
待機していた筈の馬車に、人の気配は無い。


賊1「貴様ァァ――!」

金髪の男「職業『商人』……商品は『奴隷』か?」

賊1「――ッ!?」

金髪の男「地の神の恩寵レベルは8……へぇ、なるほど。お前がリーダーか。」

賊1「――ッッ!?」

金髪の男「戦闘スキルは杖術が2……どうでも良いな。」

賊1「――ッッッ!?」

金髪の男「何を驚いてる。別に【素材解析】はお前の専売特許じゃないだろ?」

賊4「な、なぁ! あんたも『土の大国』領の人間なんだろ!? 同郷のよしみで見逃してくれよ!」ビリビリビリ


賊は自らの顔から皮膚を剥ぎ取る。
剥ぎ取られた下には、金髪の男と同様、褐色の肌が広がっていた。


金髪の男「同郷のよしみ……?」クビカシゲ

賊1「き、貴様は何者だ!? 同業者か!? 私の商品を横取りに来たのか!?」

賊1(……こいつのステータスが読めん! まさか、妨害術式を構築している? こんな小僧が!?)

金髪の男「それが、見逃す理由になるのか?」ヒュパッ!

賊4「ひっ!」シュルル!


金髪の男が振るった鞭が、賊の腕に絡みつく。

金髪の男「【水晶励起】」

賊4「――――ッ」ピキキッ

賊1(なんだ、この出鱈目な速さの水晶化は!?)


瞬き程度の時間だろうか。
賊は全身が水晶に包まれ、物言わぬ石像と化している。


賊1(本来、自己の強化に使う【水晶励起】を拘束に使う、だと!?)ゾクッ


武具や防具に水晶を纏わせ、攻撃力や防御力をあげるための術。
水晶が成長するのに時間がかかる為、本来こういった使い方は不可能な筈だった。


金髪の男「重ねて【水晶励起】」ヒュッ!

賊4「」パァァン!


鞭が水晶を纏い、威力を増した一撃が、水晶に包まれた賊の頭部を粉砕する。
首から噴き出す血液が全身の水晶を濡らし、赤黒い光を放っている。

金髪の男「そう言えば、さっき何か言ってたな。『同業者』? 『横取り』??」ンン?

賊1「そ、そうだ! ……何なら、私が下についても良い。コネも全て提供する!」

賊1「だから……命だけは……!」

金髪の男「……ぅん?」クビカシゲ

賊1(くくく……手の内がわかれば、やりようはあるわ……!)ニィィ

金髪の男「おいおい、お前状況が――――」ギチチチチッ!

賊1(捕えたッ!)


金髪の男の足元が四匹の土蛇と化し、瞬時に全身を締め上げる。


賊1「間抜けめ! このまま絞め殺してくれる!」

金髪の男「――――フゥ」ボロボロボロボロ

賊1「あ、あああああッ!?」


土蛇は砂となり、風に乗って平原に散らばっていく。


金髪の男「俺を相手に傀儡とか、馬鹿なのか?」

金髪の男「それに、『同業者』? 『横取り』? モグリ風情が舐めた口利いてんじゃあねぇぞ。」ア?

賊1「ッ!!――ま、まさか……まさかお前は……」ガクガクブルブル


賊の高レベルの恩寵を力技で押し潰す、人間離れした桁外れの恩寵。
自分をモグリと呼ぶ、それはつまり、自分は正当な許可を持つと主張している事になる。

賊1「ど、『奴隷商人』の、総元締め……」ガクガクブルブル

賊1「『土の大国』、最高レベルの勇者……」ガクガクブルブル

金髪の男「ほらよ、冥土の土産をくれてやる。」ステータス開示


―――――――――――――
地の勇者(20)
【神の恩寵】
地の神 Lv∞ 


【戦闘スキル】
勇者    Lv7
鞭術    Lv6
体術    Lv6
―――――――――――――


賊1「ああ、ああああ、ああああああ……」ガクガクブルブル

地の勇者「さて、と。」

賊1「ま、待ってくれ! 命だけは、命だけはッ!」ガクガクブルブル

地の勇者「……?」クビカシゲ

地の勇者「お前を生かしておく理由が、何かあるのか?」

賊1「そ、それは――――そ、そうだ! 何なら仲間を売っても良い!」

賊1「ど、どうだ!? これは取引と考えてくれ! 私一人を殺すより、組織を一網打尽にした方が――――!」

地の勇者「――『組織』?」フム?

賊1「あ、ああ、そうだ! か、買い手の情報だって提供する! だから――――」

地の勇者「『組織』って、たった一人でも『組織』って言うのか?」クビカシゲ

賊1「――ぇあ?」

地の勇者「まさか、お前。他の仲間が生きてるとでも思ってるのか?」

賊1「あ、ああ、ああああ……」ガクガクブルブル

地の勇者「じゃあ、もう良いな?」

賊1「い、いやだ! いやだぁぁぁぁ!!」タタタタタッ!


悲鳴を上げ、駆け出した賊に、地の勇者は呆れたように溜め息をつく。

地の勇者「【大地干渉・砂塵】」


粒の荒い砂塵が巻き上がり、走る賊に叩きつけられた。
穏やかな平原に、烈風が吹き荒れる。

風が砂塵を叩きつけているのではない。
渦を巻いて吹き荒れる砂塵が、風を巻き起こしているのだ。


賊1「あああ、ああああああ、ああああぁぁぁぁぁぁ!!」ガリガリリリリリ


何百、何千万もの目の荒い粒子が、ヤスリのように賊の身体を削り取っていく。
徐々に、徐々に全身が削り取られていく激痛により、意識を失う事すらできない。


賊1「ひぃぃぃ、あがぁぁぁ、うああああぁぁぁぁぁぁッッ!!」ガリゴリゴリリリリリリ


どれだけ悲痛な叫びを上げようと、砂塵はその勢いを緩めない。
噴き出す血が混じり、砂塵は赤みを増していく。

地の勇者「――さて、これで良し。」パチン


地の勇者が指を鳴らすと、砂塵は霧散し、平原に静寂が戻った。
そこに賊がいたという痕跡は何も残っていない。
骨一片、皮一片すらも残されていない。


白貌の女「む、丁度終わった所だった?」ヒョコッ


地面から白貌の女が現れ、周囲を見渡している。

地の勇者「ああ、賊は平原の肥やしになった。資源の有効活用だ。」

白貌の女「こっちも、途中で枝分かれした痕跡はなかったわ。」

地の勇者「じゃあ、これで終わりだな。『花の勇者』も満足してくれるだろ。」

白貌の女「……あのね、身内の不始末なんだから、頼まれてなくてもやらなきゃでしょ?」

地の勇者「まあ、そうだな。俺のものに手を出したんだから、遅かれ早かれこうしてたな。」

白貌の女「『俺のもの』って……何か盗られたの?」

地の勇者「おいおい、『奴隷』は全部俺のものだからな。勝手な売買は許さないって話だ。」

白貌の女「はぁ……そういう意味ね。」

地の勇者「さて、俺はこれから『花の国』に行くけど、お前はどうする?」

白貌の女「私もついて行くわよ……あなた一人だと、道中で何をするかわかったものじゃないし……」

地の勇者「じゃあ、その顔なんとかしろよ。気持ち悪ぃ。」

白貌の女「潜入調査の為にやってたの。好きでやってる訳ないでしょ?」

白貌の女「と言うか、なんであなたは素のままなのよ……まったく……」ビリビリビリ

不自然なまでに白かった皮膚を剥ぎ取ると、その下には地の勇者と同じ褐色の肌が広がっている。
変装用のカツラを捨て、恩寵で変化させていた瞳の色も元に戻す。
地の勇者と同じ、金髪金眼、褐色の肌。


地の勇者「あー、楽しみだなぁ。『桜』の品種改良、今回は上手く行ったかなー。」

金髪の女「どうかしら……気長にやるしか無いんじゃない?」

地の勇者「ま、何年かかっても、俺は諦めないけどな!」HAHAHA!


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今日はここまでです。
土日は外出してるので、次の書き込みは月曜の夜になります。

そろそろ書き溜め分が尽きてきたので、来週の書き込みは少なめになると思います。

時間は男武闘家と女僧侶が枝葉の勇者と別れた所まで遡る。


女僧侶「うーん……何だか想像してたより親しみやすい方でしたねー。」

男武闘家「だろ? できれば勇者ちゃんにも会わせたかったんだが。」


枝葉の勇者との面会を終えた二人が、『中央塔』を後にしている。


女僧侶「勇者くんとも相性良さそうですよねー、何となくですけど。」

男武闘家「基本的に無害な奴だからなぁ。誰とでも上手くやれそうではある。」

女僧侶「あはは――――っ」ピクッ


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――

二人は人の多い通りを歓談しながら歩いている。


女僧侶「」グルンッ!

男武闘家「お、おいおい……どうかした?」ビクッ


女僧侶がいきなり立ち止まり、勢いよく背後に振り返った。
突然の行動に、男武闘家は驚き戸惑っている。


女僧侶「…………」スタスタ

男武闘家「来た道戻ってどうするの?」オイオイ


男武闘家の問い掛けには答えず、無言で来た道を戻っていく。
そして、歩いてきた一人の前で、道を塞ぐように立ち止まった。


女僧侶「何か御用ですかぁ?」ニコニコ

白貌の女「…………ッ」

男武闘家「いやいや、何をやってるんだ。いきなり失礼だろ。」ヤメナサイ

女僧侶「人の会話に聞き耳立てて、尾行みたいな真似するのも失礼ですよね?」ニコニコ

白貌の女「……随分、勘が良いのですね。」フゥ

白貌の女「気を悪くしてしまったのなら謝罪します。少し、話を聞いて頂けませんか?」

女僧侶「そうですね。平和に解決できるなら、それが一番です。」

女僧侶「ね、男武闘家さん?」ニコニコ

男武闘家「もう、何が何やら……」ドーナッテンノ


――――――――

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――――

――

白貌の女に連れられ、二人は寂れた飲食店に腰をおろしていた。
メインの通りから外れた店は活気が無く、店内に三人以外の姿は無い。


白貌の女「紅茶で良いですか?」

女僧侶「はい。ミルクと砂糖もつけて下さいね。」ニコニコ

男武闘家「……同じティーポットから飲むなら、何でも良いよ。」

白貌の女「なるほど、良い心掛けです。」

女僧侶「心掛け?」キョトン

白貌の女「同じ器を使うなら、異物が混入する事も無いですからね。」

男武闘家「……怪しまれてるのに、そこまで開き直れるのも大したモンだ。」

白貌の女「私にやましい事はありませんので。話を聞いて頂きたいだけですよ。」

男武闘家「いきなり、そんな事言われてもな。」ジー

白貌の女「あら、随分と熱い視線ですね。……照れてしまいます。」クスッ

女僧侶(ちょっと、男武闘家さん。いくらなんでも見過ぎですよ……)ヒソヒソ

男武闘家「それ、カツラだな。それに、瞳の色も違和感が……肌も質感がおかしい……」ジー

女僧侶「――えっ!?」ジー

女僧侶「そう、ですか? 私にはわかりませんけど……」ジー

白貌の女「……見ただけで見抜かれるとは思ってませんでした。」ヘェ

白貌の女「お察しの通り、変装はしています。こちらにも事情がありますので……」

男武闘家「そんな相手の話を聞いても仕方ない。素顔も晒せないなら、帰らせてもらう。」

女僧侶「だったら剥いじゃいましょうよ。他にお客さんもいませんし、ちょっとくらい騒いでも大丈夫でしょう。」ワキワキ

男武闘家「えっ」

白貌の女「えっ」



女僧侶「えっ?」

白貌の女「……面白い冗談ですね。」スススッ

男武闘家「後ずさりしなくて良い。心配しなくても、そんな事しないから。」ハァ

女僧侶「しないんですか。」(´・ω・`)ショボン

白貌の女「変装するような相手を信頼できないのはわかります。」

男武闘家「わかってもらえて嬉しいよ。さ、帰るよ女僧侶ちゃん。」ガタッ

女僧侶「まだ紅茶きてないですよ。」(´・ω・`)エー

男武闘家「後で好きなだけ飲ませてあげるから……」

白貌の女「ですが……こんな変装をしている者が、複数名この街に入り込んでいる。としたらどうです?」

男武闘家「それはまたキナ臭い話だ。警吏にでも教えてやるんだな。」

白貌の女「ここ最近、この街の行方不明者が急増している。としたらどうです?」

男武闘家「…………」


店員「紅茶をお持ちしました。」コトッ

女僧侶「ありがとうございます。」(´・ω・`)カチャカチャ

白貌の女「役所で開示されている行方不明者届の写しです。」バサッ

白貌の女「人の増加に比例してトラブルが増えるのは避けられない。ですが、この件数は多過ぎると思いませんか?」

男武闘家「…………」パララララ


女僧侶「砂糖、とミルクを……」(´・ω・`)トポトポ

白貌の女「あくまで行方不明。犯罪の確証が無いので、それほど騒ぎにはなってませんが。」

男武闘家「……パーティーの一部が行方不明になってるケースが大半。確かに、普通じゃない。」

白貌の女「仲間が申告したので『行方不明』扱いですが……もし、一人旅ならどうなるんでしょうね?」

男武闘家「……何故、俺達に話す?」


女僧侶「甘くて美味しい♪」(´・ω・`)ズズ~

白貌の女「本当は枝葉の勇者様にお伝えする予定だったのですが、突然約束がキャンセルされてしまいまして。」ニコリ

男武闘家(あのバカ……元々入ってたアポをキャンセルしやがったのか……)ナイワー

白貌の女「まぁ、そのおかげで面白いお話も聞けましたから……」クスクス

白貌の女「『北の国』の勇者様なんていたんですね。初耳でした。」

男武闘家「――――ッ!」

男武闘家「まさか、俺達の話を聞いてたのか? だが、部屋の猛禽達にすら気付かれずにどうやって!?」

白貌の女「『中央塔』から出てきたあなた方をつけたのも、『勇者』関連の人間だからですよ。」

白貌の女「近くで聞き耳立てただけで気付かれるとは思いませんでしたが……まあ、結果的には良かったですね。」

男武闘家(……こいつ、得体が知れなさすぎる。)

白貌の女「そんなに身構えないでください。敵意があるなら、こんな距離まで近づきませんよ。」チラッ

女僧侶「――?」(´・ω・`)ズズ~♪

白貌の女「棍棒術6に体術5……とても敵いません。」

男武闘家「ッ!?」

男武闘家「ステータスを開示して無いのに、何故そこまでわかる。」

白貌の女「そういう術が存在する、とだけ。まあ、本来の用途から外れた使い方ですが。」

白貌の女「恐らく、この街に潜伏する者達の中にも使える者がいる筈です。」

白貌の女「さて……強者と弱者の選別が可能なら、貴方ならどうしますか?」

男武闘家「まさか、あんたは『土の――――」

白貌の女「詮索はよして下さい。お互いの為になりませんよ。」クスクス

白貌の女「ですが、予想していたより頭の良い方ですね。とても幅の広い知識をお持ちのようだ。」

白貌の女「話を聞いて頂けませんか? これはお互いにメリットがある話ですよ。」

女僧侶「おかわり頼んで良いですか?」(´・ω・`)

白貌の女「はい、もちろん。」ニッコリ

男武闘家「……聞かせてもらうよ。」ハァ


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――――――

――――

――

男武闘家「――つまり、要約すると、だ。あんたは行方不明事件の犯人に心当たりがある。」

男武闘家「それをどうにかするのに俺達の手を借りたい、と。そういう事だな?」

白貌の女「そういう事です。」ニコリ

男武闘家「行方不明者のほとんどが弓や弩、飛刀などの飛び道具使い。」

男武闘家「冒険者は街に入る時にステータスを盗み見られ、目をつけられる可能性が高い、と。」

白貌の女「付け加えるなら、恩寵のレベルが低い者も狙われるでしょうね。」

女僧侶「…………」ピクッ

男武闘家「飛び道具使いが狙われる理由は、武器を取り上げられると抵抗が出来ないから。」

男武闘家「……まあ、確かに接近戦ができる体力があれば、武器が無くてもそこそこやれるか。」

白貌の女「話が早くて助かります。」ニコニコ

男武闘家「だが、何故だ? ここまでわかっているなら、俺達の協力なんて必要ないだろう。」

男武闘家「あんた自身……ただ者とは思えないしな……」チラッ

白貌の女「理由が知りたいのですね。まあ……強いて言うなら、目立ちたくないのです。」ウフフ

白貌の女「そちらとしても、『勇者』のパーティーなら手柄は欲しいでしょう?」

白貌の女「お互いにとって、メリットのある話だと思いますよ。」

男武闘家「……そうだな。手柄云々はともかく、受けざるを得ないな。」ギリッ

白貌の女「と、言うと?」

男武闘家「『恩寵が低い』、『飛び道具使い』……この条件に俺達の連れが完全に当てはまるんだ。」

男武闘家「街の入り口で目星をつけられるというなら、既に的にかけられててもおかしくない。」

女僧侶「……うふふ。」

男武闘家「」ゾクッ

白貌の女「」ゾクッ

女僧侶「つまり、勇者くんを狙う悪い人がいるんですよね。なら、やる事は一つじゃないですか。」ニコニコ

男武闘家「……お、おい、落ち着いて、女僧侶ちゃん。」ガクガクブルブル

白貌の女「はは……これは、数字以上に頼もしいですね。」ゾゾゾ

白貌の女「連中が行動を起こすのは、完全に陽が落ちてからです。」

白貌の女「そして、特定の術に反応する宝石を街中に埋め込んでおきました。」

白貌の女「反応があれば、その周囲の様子を探り、事件かどうかを見極めましょう。」

男武闘家「そんな無茶な……それじゃあ、何か? あんたはこの街の隅から隅まで様子を探れるってのか?」

白貌の女「その通りですよ?」ケロッ

白貌の女「ああ、とは言っても、私が拾えるのは音だけですから。目で見る事は出来ないので、悪しからず。」

男武闘家(冗談だろ……)ゾクッ

白貌の女「信用して下さいよ。それに、言ったでしょう? あなた達の話を『聞いていた』、と。」ニコリ

男武闘家「くそ……信じがたいが、信じるよ。だが、俺達としては勇者ちゃんを守れればそれで良いんだ。」

男武闘家「こっそり勇者ちゃんの周囲で警戒するんじゃ駄目か?」

白貌の女「そちらの勇者様が狙われると確定してる訳じゃないんですよね。」

白貌の女「とは言え、こちらとしてもお願いしている立場なので……手柄に興味が無いというのなら、それで構いませんよ。」

女僧侶「……どうやって現場に向かうんですか? 間に合わなかったらどうするんですか?」

白貌の女「それについては心配ありません。現場に一直線に向かう手段がありますので。」

白貌の女「それと、『間に合わない』心配も不要です。既に脱出ルートは押さえているので、連中がこの街から出る事は不可能です。」

白貌の女「攫う現場を押さえてしまうのが一番確実ですが、攫われても追い詰めて奪還するだけです。」

男武闘家(……嘘を言ってるようには見えない。だが、それらが全て真実なら、こいつはとんでもないレベルの恩寵使いだぞ……)

女僧侶「やりましょうよ、男武闘家さん。勇者くんもレベルが上がったら喜んでくれますよ♪」

女僧侶「勇者レベルが上がったら、きっと皆から責められるような事も無くなるんですよ。素晴らしいじゃないですか♪」パァァァ

男武闘家(……マズい。この目はマズいぞ。)ゾゾゾゾ

白貌の女「あ、それと、賊は皆殺しで構いませんよ。生かして捕らえるつもりは無いので。」

女僧侶「はい、そのつもりです♪」ニッコリ

男武闘家(……ぐ、寒気が……胃が痛む。)ブルブル キリキリ


――――――――

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――――

――

合意した三人は街の中心である『中央塔』の前に待機していた。
既に『中央塔』は本日の業務を終了しており、周囲は人もまばらだった。
白貌の女が言うには、後は賊が『犯行に及ぶ際に使用する特定の術』を発動させるだけで位置がわかるとの事だ。


白貌の女「術式感知……周囲の音源を取得……」キィィィ


白貌の女が持つ深紅のルビーが共鳴するかのように震えだす。



『――甘いわね。』パシュッ! パシュッ!

『弩は連射が――』

『そう思う?』キリリリリリ!


男武闘家「おい、今の声――!」

女僧侶「行きます。場所は?」

白貌の女「一直線で行きましょう。【水晶励起】」


白貌の女の足元から音も無く水晶の柱が現れ、それがアーチのように街の歓楽街の方向へ伸びて行く。

白貌の女「これを伝えば、現場まですぐです。」

女僧侶「それではお先に。」タタタタタッ

男武闘家「俺達も乗れるのか!?」

白貌の女「強度は十分です。私達も向かいましょう。」

男武闘家「もちろんだ――――って……」アレ?

白貌の女「彼女、足が早いですね。もう見えないんですが……」アリエナイ


――――――――

――――――

――――

――

枝葉の勇者「は~……そんな事があったんですねぇ。」(´・ω・`)

男武闘家「あったんですねぇ、じゃねぇよ!」フザケンナ!

男戦士「アポの手紙は出したけど、先約無視しろなんて言ってねぇだろ!」コノ アホゥ!

枝葉の勇者「ヒドッ! そりゃ無いですよ! 僕は二人の為に――――」

男武闘家「誰が道理を無視しろっつったよ! 結果、大事な情報聞き逃してんじゃねぇか!」スカタン!

男戦士「知り合い云々以前に、職務放棄してんじゃねぇよ! このモヤシ勇者!」ボケェ!

枝葉の勇者「そ、それは禁句の筈でしょ!? 僕だって好きでモヤシやってる訳じゃないんですよ!」(´;ω;`)ブワッ




男弓使い2「さすが同郷出身、容赦ねぇな……」スゲェ…

女弩使い「『勇者』相手に遠慮の欠片も無いわね……」アーアー ナイテルワヨ…

男弓使い2「事情聴取も終わったし、俺達は宿に戻るか……」ソレジャ!

女弩使い「そうね……不憫で見てられないわ……」セワニナッタワネ!

枝葉の勇者「あ、そうだ! 聞きましたよ、今って別の勇者のパーティーに入ってるんでしょ!」ウソツキ! ハクジョウモノ!

男戦士「それがどーした! 俺達の勝手だろうが! 朝から晩まで机作業なんぞやってられるか!」ゴルァ!

男武闘家「『ネットワーク』立ち上げまで手伝ってやっただろうが! 甘えんな!」シバクゾ!

枝葉の勇者「どうせ、かわいい娘だから一緒にいるんでしょ! このエロ冒険者! 種馬!」バーカ! バーカ!

男戦士「ったりまえだろうが! おれらの勇者ちゃんのかわいさハンパねぇぞ! なめんなモヤシ!」ボッキモンダゾ ゴルァ!

男武闘家「熟れる手前の瑞々しさ、最高だろうが! 種馬呼ばわり大いに結構! 」マタグラガイキリタツワ!

枝葉の勇者「うわ、ガチ犯罪者! ロリコンは駄目でしょうが! せめてあの女僧侶ちゃんにしとけよ!」イエスロリータ!ノータッチ!

男戦士「ふッッざけんなァァ! あれ相手に失禁こそすれ欲情なんぞ出来るかァァァァ!!」コワスギンダヨォォ!!

男武闘家「俺達がこの一週間でどんだけグロ耐性がついたと思っとんじゃァァァァ!!」ニンゲンアイテモ ヨウシャナシダゾ!!

ギャー! ギャー!

ヤイノヤイノ!

ウガー!

――――――――

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――――

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男戦士「……疲れた。」ゼェゼェ

男武闘家「……もう、ネタが尽きたな。」ハァハァ

枝葉の勇者「……二対一でボッコにするのは酷くないですか?」ゼェゼェ

枝葉の勇者「あ、そうだ……『あれ』読みましたよ。」

男武闘家「……そうか、お前はどう思った?」

枝葉の勇者「正直、何とも言えません。難しいですね。」

男戦士「まあ、情報の裏取りも出来ないからな……」

枝葉の勇者「ただ、そちらの『勇者』ちゃんが、本当に十年前の魔王の襲撃に巻き込まれたのなら……」

男武闘家「疑う理由は無いわな。ただ、それを確認する術が無い。」

枝葉の勇者「この何百年、一度も目撃情報が無かった魔王の姿……確証が無いというだけで切り捨てるにはあまりに重い。」

男戦士「けど、実際難しいよな。せめて、もっと化物化物した姿だったら良かったんだが……」

枝葉の勇者「ええ。黒髪黒眼の青年の姿って……下手をしたら『鉄の大国』領出身者が虐げられかねない。」

枝葉の勇者「よって、現時点では市井には知らせず、あくまで国の上層部と勇者のみで情報を共有するべきでしょう。」

枝葉の勇者「僕の方でも詳しく話を聞きたいので、また後で勇者ちゃんを連れて来てくれませんか?」

男武闘家「あー、俺もそうしたいんだが……」

男戦士「お前と会うのはイヤだってさ。」

枝葉の勇者「ええッ!?」ガーーン!

枝葉の勇者「って、僕何かしました!? まさか、二人がある事ない事吹き込んだんじゃ!」チョットー!

男武闘家「違う! これに関しては俺達は何もしてない!」マジデ!

男戦士「イヤがられて驚いたくらいなんだから!」マジデ!

男戦士「でも、まあ……わからなくもないかな。」

枝葉の勇者「何を!?」

男戦士「同じ『勇者』なのに、自分は無名の冒険者。お前はこの街の市長……そりゃあ、色々辛いだろ。」

枝葉の勇者「そんな、僕だって『勇者』の中じゃ大して凄くないのに――――」

男戦士「なら、その『凄くないお前』以下の勇者ちゃんはどうなるよ?」

男戦士「そういうのって、やっぱ辛いだろ……」

男武闘家「まあ、な……なまじ選ばれた『勇者』って存在なだけにな。」

枝葉の勇者「うぅ……二人がそう言うなら僕としても無理にとは言えませんけど……」

枝葉の勇者「国から呼び出しがかかったら、否も応も無いですからね。その辺は覚悟しといて下さいよ。」

男戦士「はいはい、伝えとくよ。」

枝葉の勇者「それと、今回の事件についてですけど……一応、こういう扱いになります。」スッ

男武闘家「紙にまとめてくれたのか、助かるね……」ドレドレ…

男戦士「噂の人攫い集団を壊滅させたんだから、それなりに大きなニュースだろ。」ウンウン

男武闘家「――――くッそ、こういう事だったのか……やってくれたな、あの女。」ギリッ

男戦士「おいおい、何か不満なのか?」ドレドレ…

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近頃、『木の大国』領、『水の大国』領内にて発生していた、『土の大国』商人殺害事件がここ『情報街』にて発生。

『情報街』近郊に乗り捨てられていた馬車付近で、複数名の死体と思われる痕跡を発見。

馬車の登録者が『土の大国』商人であった為、この件も『土の大国』商人殺害事件と関連していると考えられる。

また、その時間帯に置いて、『情報街』で誘拐未遂事件が発生。

北の国の勇者一行によって未然に阻止されたが、容疑者は全員死亡。

容疑者の身体的特徴から『土の大国』領出身者と思われるが、『土の大国』商人殺害事件との関連は不明。

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男戦士「……なんだこれ。」

枝葉の勇者「言いたい事はわかりますけど、証明できないんだから仕方ないでしょう……」ハァ

男武闘家「……証拠とか抜きにして、お前自身は何があったと考えてる?」

枝葉の勇者「そうですね、あくまで僕の勝手な妄想ですが……」

枝葉の勇者「違法に『奴隷』を調達するために、奴隷商人は人の出入りが激しい『情報街』で悪事を働いていました。」

枝葉の勇者「各地で殺されていた『土の大国』商人は、買い手かもしくは協力者でしょう。」

枝葉の勇者「で、それが明るみに出ると『土の大国』としては都合が悪い。」

枝葉の勇者「なので、先手を打って奴隷商人を始末した。という所じゃないですかね。」

枝葉の勇者「最初、僕を利用しようとし、それが叶わなかったので男武闘家さんに声をかけた。」

枝葉の勇者「自分で動かなかったのは、多勢を相手する危険を避けた。恐らく手練れが混じっている事を知ってたんでしょう。」

枝葉の勇者「女弩使いさんの話から察するに、司祭クラスの使い手が混じっていたのは確実です。」

枝葉の勇者「それが複数いた可能性もあるのなら、男武闘家さんが話した白貌の女が慎重だったのも頷けます。」

枝葉の勇者「そして、先に言ったようにこれらは全部僕の妄想なので、証明する事は出来ません。」

枝葉の勇者「せめて容疑者が生きていれば話は違いましたけど……あ、思い出したら吐き気が……」ウップ

男戦士「つまり、良いように利用された、と。」ハァ

男武闘家「仮に、容疑者を生きたまま捕まえてても、あの女に始末されてただろ。」

男武闘家「もしも、俺達が何か証拠をつかんだりしてたら……そっちの方がヤバかっただろうな。」ゾクッ

枝葉の勇者(話を聞いた限り、その白貌の女も『勇者』っぽいんですけどね……いくらなんでも恩寵が強力すぎる。)イイマセンケド

男戦士「やれやれ、『桃』を見つけたと思ったら『梅』でしたってか。」ザンネン

男武闘家「ま、毒蜂に刺されなかった事を喜ぶべきかね。」シャーナイ


――――――――

――――――

――――

――

勇者「……ん。」

女僧侶「勇者くん! 大丈夫ですか!?」

男武闘家「良かった、思ったよりすぐに目が覚めたね。」ホッ

男戦士「…………」

男武闘家「どこか痛い所はある? 気分が悪かったりは?」

女僧侶「大丈夫ですよね!? ぎゅってして良いですよね!?」ハァハァ

男武闘家「待てって。どこか痛めてたらどうするつもりだ。」チョップ!

女僧侶「――ぁいたっ。」ガッ

男戦士「…………」

勇者「えーと、ボクは大丈夫みたいです……それはそうと、ちょっと教えてもらいたい事が……」

女僧侶「良かった! 勇者くん!」ヒシッ!

男武闘家「怪我してなくて何よりだよ。それじゃ、朝飯食って出発の準備しないとな。」

男戦士「…………」

勇者「あ、あのー……」オズオズ

女僧侶「どうしたんですか? あ、朝食のリクエストですか? 私はパンが良いです!」

勇者「いや、そうじゃなくて……」チラッ

男戦士「…………」

勇者「なんで、男戦士さんは逆さ吊りにされてるんですか……?」タラリ

男戦士「…………」プラーーン




男武闘家「悪い、勇者ちゃんが起きたら降ろすつもりだったんだが、すっかり忘れてた。」HAHAHA!

男戦士「……あっぶねぇ、危うく逝きかけた。」フゥ

男武闘家「勇者ちゃんから目を離したから、ペナルティとして逆さ吊りの刑をね。」

勇者「そんな、ちゃんと男戦士さんから注意されてたのに、ボクが――――!」

女僧侶「知ってます。知ってますよ、勇者くん。」ニコニコ

女僧侶(……だからこの程度で済ましてあげたんですよ。)

男戦士(あれ、急に寒気が?)ブルブルッ

男武闘家「とは言え、何も無しだとこいつも自分で納得できないから。まあ、けじめみたいなモンだよ。」

男戦士「無事で何より、って事で。さ、飯にしようぜ!」

勇者「――――」ウツムキ

男戦士「あ、あれ、勇者ちゃん?」

勇者「……すいません、何の役にも立てなくて。」

勇者「女弩使いさんが戦ってる時も、何もできずに見てる事しかできませんでした……」

勇者「『勇者』なんて肩書きだけで、ボク自身は皆の足を引っ張る事しかできないんです……」

男武闘家「『何も出来ない』、ねぇ。」

男戦士「まあ、実際その通りだよね。」HAHAHA!

勇者「…………ッ」グッ

女僧侶「死 に た い ん で す ね ?」スチャッ

男武闘家「ま、待った!」ゾクッ

男戦士「まだ! まだ話の途中だから!」ネ! ネ!

男武闘家「勇者ちゃん、俺と男戦士は色々な知識を持ってるだろ?」

勇者「はい、それはもちろん……」

男戦士「そんな俺達も最初から何でも知ってた訳じゃないんだよ。」

男戦士「と言うか、俺達だってまだまだ全然知らない事ばかりなんだから。」

男武闘家「だからって、それを恥じたり、気にしたりなんてしない。」

男武闘家「知らない事に直面したなら、その時に知れば良いんだ。」

男戦士「勇者ちゃんが『何もできない』って考えてるなら、それはその通りなんだろう。」

男戦士「でも、それがイヤなら、『できる』ようになれば良いだけだ。簡単な話だよ。」

男武闘家「正直な所、勇者ちゃんの年齢で何でもできるようなら、俺達の立場が無い。」HAHAHA!

男戦士「ぶっちゃけ、女僧侶ちゃんのおかげで既に立場が無いけどな!」HAHAHA!

勇者「…………」クスッ

女僧侶「そもそも、勇者くんにも出来る事があるじゃないですか!」

勇者「……え?」

女僧侶「前の町で聴かせてくれた歌なんて、一生忘れられないくらい上手でした!」

勇者「でも、そんなのが上手でも――――」

女僧侶「そして何より!」

勇者「――ッ」ビクッ

女僧侶「私をやる気にさせてくれます!」エッヘン!

男武闘家(やる気っつーか、殺る気だろ……!)ガクガクブルブル

男戦士(つーか、殺りすぎィ!)ガクガクブルブル

勇者「そう、なんですか?」キョトン

女僧侶「そうです。そうなんです。」フフッ♪

男戦士「女僧侶ちゃんの言葉は置いといて、訓練くらいなら付き合うよ。」

男武闘家「そうだな、俺は基本が素手だし、女僧侶ちゃんだと色々不安だ。」

女僧侶「ひどいっ!」ガーーン!

勇者「あはは……」

――――――――

――――――

――――

――


『中央塔』の最上階。
猛禽達に囲まれながら、枝葉の勇者が『ネットワーク』を通じて届いた最新の情報に目を通している。

枝葉の勇者「へー、『果実の国』は豊作か~。これは買い付けが飛び交うだろうなぁ。」イイネー

枝葉の勇者「『根の国』と『煙の国』の国境付近で『火の大国』領の偵察兵を発見……また、何かやらかす気か?」チッ

枝葉の勇者「『波の国』海軍が『燐の国』海軍を殲滅、か……相変わらず、海の上じゃ敵なしだね。」スゴイナー

枝葉の勇者「『草の国』の不作の原因は土地の栄養不足が原因……『農地の国』に協力依頼。無難だね。」ウン ウン

枝葉の勇者「『木の国』大司教、82歳の誕生日を迎える……相変わらず元気だなぁ。」イイコトダケド

枝葉の勇者「紅葉の楽師が『枝葉の国・羊の町』で客死……!? うわ、マジで!?」ウッソ!

枝葉の勇者「この人、貴族や王族からも評価されてたよな……若くして勲章もらってたのに、惜しいなぁ……」アチャー

枝葉の勇者「死因は……外傷は無く、原因不明で心不全扱いか。まさか、変な薬にでも手を出した……?」イヤ ソレハナイカ

枝葉の勇者「……あれ、心不全? なんか、何件か似たようなケースがあったような……偶然かなぁ……」フムー


――――――――

――――――

――――

――

男戦士「さて、飯も食って腹いっぱいになった所で、出発と行こうか!」

男武闘家「次の町までどうやって行くかだが、どうする、勇者ちゃん?」

男戦士「ここなら安く馬車を使えるから、馬車を使うのが無難だよ。」

男戦士「歩きだと、途中で野宿する事になるね。この辺は……それなりに危険かな。」

勇者「…………」ウーン

女僧侶「人攫いをやっつけたから褒賞金もらったんですよね? なら、馬車で良いじゃないですか♪」

勇者「あの……もし皆が良いなら、ボクは歩いて行きたいんですけど……」オズオズ

男戦士「へぇ、ちょっと意外だね。俺は良いけど。」

男武闘家「俺も別にかまわないけど、何か理由があるの?」

勇者「馬車は確かに凄く楽に移動出来たんですけど、その……体力をつけるためにも、身体を動かさなきゃって……」

勇者「駄目、でしょうか……」ウワメヅカイ

女僧侶「駄目じゃないです! 全然駄目じゃないです!」ヒシッ

女僧侶(上目遣いの勇者くんにお願いされるなんて、御褒美すぎますよー!)ハァハァ

男戦士「はは、勇者ちゃんやる気だねぇ。」ナデナデ

男武闘家「良い心掛けだし、そうしようか。」ウンウン

女僧侶「それに……魔物や野盗が襲って来ても、私がお守りしますので……」ニコニコ

男戦士(魔物逃げてーー!)ガクガクブルブル

男武闘家(野盗逃げてーー!)ガクガクブルブル

一行は必要な物を購入するため、市場を訪れている。


男戦士「それじゃあ、ここで食糧だけ買い足して出発しようか。」

男武闘家「ここなら良いモノが手に入るからな。夕飯が楽しみだ。」

女僧侶「あれ、おじさーん、これ何ですかぁ?」ヒョイ

商人「おや、お嬢ちゃん。『缶詰』は初めてかい?」

商人「それじゃあ、一つサービスしてあげよう。その『つまみ』を引き上げてごらん?」

女僧侶「つまみ? ああ、これですね。これ、を……」プシッ …ミリミリミリ

女僧侶「あれ!? これって、魚じゃないですか!」クンクン

女僧侶「傷んでも無いみたいですし、どうやってこんな内陸に!?」

商人「『水の大国』領から仕入れた一級品だよ。さ、このパンに挟んで食べてみると良い。」

女僧侶「――ッ」パクッ

女僧侶「美味しいです! 甘辛いタレが凄く良いです!」パァァァ

男戦士「この魚、何だったっけ? 『サンシ』……じゃなくて、確か『サンマ』だったか。蒲焼にしてあるんだな。」

商人「おや、御存じとは驚いた。『木の大国』領じゃあ殆ど見ないモノでしょうに。」

女僧侶「ほら、勇者くんも一口どうですか? 美味しいですよ。」

女僧侶「はい、アーンして下さい。ア~ン♪」

勇者「もう、恥ずかしいよ……(///」…パクッ

勇者「本当だ、凄く美味しい……でも、どうやって?」

男武闘家「缶詰ってのは『鉄の大国』領で発明された保存食だよ。素材を加熱殺菌して、金属に詰めるんだ。」

男武闘家「生で食べるより味は劣るけど、長期間保存できる上に運びやすいのが強みだな。」

商人「へぇ、お兄さん良く知ってるねぇ。由来や作り方まで知ってる人はそうはいないよ。」

商人「でもそれだけ知ってるなら、これが上物だってわかるだろ? どうだい、お安くしとくよ!」

商人「ウチも、『勇者』様に買って頂けるなら光栄ってもんだ。」HAHAHA!

女僧侶(……う、いけない。さっきうっかり言っちゃったっけ。)

男武闘家「『勇者』相手に物売る割には落ち着いてるな?」メズラシイ

商人「そりゃあ……この『情報街』で商売やってたら、色んな『勇者』様にお目にかかりますからね。」

商人「特に枝葉の勇者様には良くご利用頂いてますので、流石に慣れましたよ。」

男戦士「ふぅん、見た感じ良さそうだし、あいつが常連なら質も悪くないだろ。ここで買っちまおうか。」

商人「ありがとうございます! ……では、お会計はこれで。」スッ

男武闘家「おいおい、それはちょっと取りすぎじゃないか? ……これくらいだろ。」ススッ

商人「ハハハ、これは参りましたなぁ。ですが私も商売ですので……これでどうです?」スススッ

男戦士「おっちゃん、缶詰は保存食なんだから売り切らなくても損失無いだろ?……ま、こんなもんで。」ススススッ

商人「こ、これは手厳しい。そうですねぇ……これならどうです――――」

女僧侶(むぅ……良くわかりませんが、口出ししない方が良さそうです……)

女僧侶(あれ? 勇者くん……何を見てるんでしょう?)


男戦士達から少し離れた場所、巨大な掲示板が置かれている。
掲示板の前は貼りだされた情報を書き取る人間で溢れ、ごった返している。

女僧侶「何を見てるんですかぁ♪」ギュッ

勇者「あ、うん。これなんだけど……」

女僧侶「私、知ってますよ。これは『ネットワーク』から仕入れた情報を役所が掲示してくれてるんですよ。」

女僧侶「各地の情報を素早く共有できる仕組み、って言ってました。これがどうかしたんですか?」ドレドレ?

勇者「……え、と……その、凄いなぁって。」

女僧侶「あ! 勇者くんの事が載ってるじゃないですか! 『羊の町』に全住民を魅了した歌い手が現れるって書いてますよ!」

女僧侶「ちゃんと勇者くんの特徴と一緒に『北の国の勇者』って載ってますし、これで少し有名になりましたね!」

女僧侶「そうだ! いっそ、行く先々で歌ってみたらどうでしょう。きっと、『羊の町』の人達みたいにわかってもらえますよ♪」

勇者「……ううん、もう、『歌』は……歌わない。」

女僧侶「――勇者くん?」エ?

勇者「……ごめんなさい。少し考えたいので、離れてもらえますか……?」

女僧侶「は、はい……」パッ

勇者(どうしよう……特徴だけしか書いてないなら、大丈夫かな……)

勇者(まさか、こんな仕組みができてるなんて……思ってもみなかった……)


――――――――

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今日はここまでです。
続きはまた明日の夜に書き込みます。

勇者「…………ッ」ハァ ハァ

女僧侶「あ、あの、勇者くん……やっぱり荷物は皆で持った方が……」オロオロ

男戦士「ダーメだって。何事も基礎体力からだろ?」

男武闘家「そういうのは、優しさって言わないからな。」

女僧侶「で、でも……」オロオロ

勇者「……大丈夫です、女僧侶さん。」ニコッ

勇者「お二人の言う通り、先ずは体力をつけないと……」ハァ ハァ


今までは男戦士と男武闘家が殆どの荷物を持っていたが、今日は勇者一人が荷物を持っている。

男戦士「もう無理だと思ったら、何時でも休憩入れるから、頑張れ勇者ちゃん!」

男武闘家「夜の見張りは俺達でやるから、日中はいける所まで頑張ろうな!」

勇者「はい!」ハァ ハァ

女僧侶(ああ、頑張る勇者くんもかわいい……!)ハァハァ

女僧侶(でも、小さな体にあんなに荷物を担いで……やっぱり、私もお手伝いを……)オロオロ

男戦士「何をオロオロしてんの。」チョップ

女僧侶「――ぁう。」ビシッ

男武闘家「甘やかして嬉しいのは、甘やかす本人だけだからな。相手の立場で考えなさい。」チョップ

女僧侶「――あう。」ビシッ

勇者(ボクも『できる』ようになるんだ……なってみせるんだ……!)ハァ ハァ


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――

男武闘家「……良し。今日はここまでにしようか。」

男戦士「そうだな。次のキャンプ地まで行こうと思ったら陽が暮れちまう。」

女僧侶「あの、大丈夫ですか、勇者くん……?」オロオロ

勇者「…………ッ」ゼェ ゼェ

男戦士「良く頑張ったね。お疲れ、勇者ちゃん。」ナデナデ

男武闘家「野営の準備は俺達で済ますから、女僧侶ちゃんは勇者ちゃんを看てあげて。」

女僧侶「は、はい!」

女僧侶(……【循環恒常】)パァァァァ

勇者「……あり、がとう……女僧侶さん、少し……楽になりました……」フゥ

女僧侶「すみません、この程度で……もっと私が強い恩寵を使えたら良かったんですけど……」シュン


【循環恒常】は人体の機能を正常化させる術だが、その効力はあまり強くない。
どんな症状に使っても一定の効果はあるが、決して特効薬にはなり得ない。
ただし無難なので、僧侶を志す者が最初に身につける、初歩の初歩といった扱いの術だった。

男武闘家「俺達も回復術はある程度使えるけど、『樹の神』の恩寵はあくまで動物に対するものが主だからね。」ギュギュ

男武闘家「人間の『筋肉の炎症』や『疲労』といった症状に対しては『海の神』の恩寵が一番だ。」ギッチ ギッチ

男戦士「女僧侶ちゃんがあまり怪我を治せなくても、女僧侶ちゃんのおかげであまり怪我せずに済んでるからねー。」ザッザッ

男戦士「ま、プラマイゼロって事で、気にしない気にしない♪」…シュボッ!

男武闘家「あ、もう火を起こしたのか。じゃあ、こっちの仕上げを手伝ってくれ。」

男戦士「おう、任せとけー。」

男武闘家「【植物接続・蔓】」シュルシュルシュルシュル

男戦士「【植物干渉・硬化】」ギチギチギチギチ


木の枝で組まれた簡素な骨組みに蔓が絡みつき、倒れないように補強していく。
その蔓に硬化の術を重ねる事で、更に骨組みの強度が増す。
仕上げに茎で編み上げた繊維を骨組みにかぶせる事で、即席のテントが完成していた。

女僧侶「あっという間にテントが……」

勇者「ふわぁ……」

男戦士「あはは、ちょっとは見直してくれた?」

女僧侶「もう! お二人を信頼してないみたいな言い方はやめてくださいよ!」プンプン!

勇者「そうですよ! ずっと助けてくれてるじゃないですか!」モウ!

男武闘家「それはまた、嬉しい事言ってくれるね。」

男武闘家「さて、それじゃあ、もう少し良いとこ見せようか。」

男戦士「あ、何か獲りに行くのか? 俺も手伝うぜー。」

男武闘家「いや、お前は勇者ちゃんに稽古でもつけてやってくれ。丁度、時間空いてるし。」

男戦士「なるほど なるほど。オーケー、任せとけ!」サムズアップ!

女僧侶「あれ、男武闘家さん、どこか行くんですか? 」

男武闘家「缶詰だけじゃ味気ないだろ? ちょっと兎でも狩ってくる。」

女僧侶「なら、私もお供を――――」

男武闘家「良いって、座ってて。狩りは気配を消さなきゃいけないけど、そういうの苦手だろ?」

女僧侶「う……やった事は無いですけどぉ……」ムググ

男戦士(つーか、スイッチが入った女僧侶ちゃんは殺気の塊だから! 狼も尻尾巻いて逃げるわ!)

男戦士「それじゃあ、こっちも始めよう。もう動けそう?」

勇者「はい!」

男戦士「始める前に、勇者ちゃんのステータスを確認しておこうか。」

―――――――――――――

勇者(15)
【神の恩寵】
無し Lv- 

【戦闘スキル】
勇者    Lv1
短剣術   Lv2

―――――――――――――

男戦士「うん。基本的に、戦いはリーチが長い方が有利なんだけど、剣は使わないの?」

勇者「長剣は少し、ボクには重すぎて……」シュン

男戦士「んー、ちょっとコレ振ってみて? そこらで売ってるような、ありきたりの長剣だけど。」

勇者「は、はい。……こうですか?」ブーン ブォン

男戦士「確かに、剣に振り回されちゃってるね。二キロも無いと思うんだけど……キツイか。」フム

女僧侶「それなら、もっと軽いのは無いんですか?」

男戦士「予備がもう一本あるけど、重さは大して変わらないねー。」

男戦士「勇者ちゃんの小柄な体格を活かすという意味じゃあ、短剣も悪くないんだけど……」ウーン

女僧侶「何か問題が?」

男戦士「一瞬で間合いに入り、急所に一撃入れるのが理想なんだけど……勇者ちゃん、体力無いから……」

勇者「すみません……」ショボン

男戦士「先ずは基礎からだね……【植物接続・檜】」スルスルスルスル


男戦士が恩寵を発動させると、地面から芽が生え、直径10センチ程度の若木にまで成長していく。
術の発動により消耗した男戦士が汗を拭い、息を整える。

男戦士「……よし、これくらいで良いか。」ゼェ ゼェ

男戦士「今日はこれを敵とみなして打ち込みの練習をしようか。」ハァ ハァ

男戦士「上段・中段・下段、に切り込み、正面に突き込み。檜が折れたら終了にしよう。」フゥ フゥ

勇者「はい!」


女僧侶「それじゃあ、勇者くんが頑張ってる間は私の相手をしてもらえませんか?」スチャ

女僧侶「今日は殆ど体力使ってないので、元気が有り余ってて……」ウフフ

男戦士「やめてください しんでしまいます。」ヒィ ヒィ


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――――

――

夜の闇の中、パチパチと弾ける音が鳴り、焚火が辺りを優しく照らしている。
木を組んだ簡易椅子に男武闘家が腰掛け、夜の番を務めている。


男戦士「よう、お疲れ。異常は無いか?」

男武闘家「ああ、静かなもんだ。この辺は魔物の目撃も少ないからな。」

男戦士「じゃなかったらここでキャンプなんかしねーよ。」HAHAHA!

男武闘家「そりゃそうだ。」HAHAHA!

男武闘家「二人は?」

男戦士「もう寝てる。腹も満たされて、満足そうな寝顔だったよ。」

男武闘家「嬉しいね、兎を狩ってきた苦労も報われるってもんだ。」

男戦士「おかげで美味いスープが食えたよ。ま、これなら明日に疲れが残る事もないだろう。」


会話が途絶え、周囲には火の粉が弾ける音だけが響いている。


男武闘家「……座らないのか?」


男戦士は少し逡巡したが、促されるまま腰を下ろした。

男武闘家「で、どうだった?」

男戦士「……ああ、予想通りだった。」

男武闘家「そうか……武器を変えるのはどうだ?」

男戦士「無理だな。俺の長剣ですらまともに振れなかった。」

男武闘家「それなら、刺突剣はどうだ? あれなら重さも問題無いだろ。」

男戦士「刺突剣『だけ』で魔物と戦うのは、ほぼ不可能だ。通常は恩寵と併せて戦う。」

男戦士「それなら、強度のある短剣の方がまだマシだろう。」

男武闘家「だよな……」


二人が話しているのは勇者の戦闘能力について。
人間が相手なら、急所を突ければ、殺せないまでも戦闘不能には追い込める。
だが、魔物が相手ならそうはいかない。

種類にもよるが、基本的に魔物の生命力は人間とは比べ物にならない。
刺突剣で急所を貫いても、即死しないのが大半だ。
故に、刺突剣で戦う冒険者は、剣に恩寵を付加して戦うのが常である。

傷口から植物の根を生やして内部から破壊する、剣から毒を滲ませ動きを封じるなど、やりようはある。
しかし勇者は恩寵を持たない為、この戦術は使えない。

男武闘家「短剣を極めるとしたら、どうだ?」

男戦士「小柄な体格は、むしろ短剣向きだと思う。」

男戦士「だが、根本的に『力』が足りてない。」


短剣を使って戦うなら、誰よりも速く動き、一撃で息の根を止める技術が必要だ。
だというのに、速さを支える足腰も、急所を切り裂く腕力も、勇者には絶望的に不足していた。


男戦士「魔物相手なら、切り落としてしまうのが一番有効なんだけどな……」

男武闘家「もしくは女僧侶ちゃんみたく、機能を喪失するレベルで破壊するか、だな。」


どんなに生命力が強い魔物も、バラバラにしてしまえば危険を排除できる。
もしくは骨格ごと粉砕してしまえば、相手は死ぬかもしくは行動不能に陥る。
打撃武器と比べ、リーチもあり使いやすい長剣を使うのは、無難で堅実な戦法なのだ。

男戦士「長剣よりも軽く、短剣よりもリーチがあり、刺突剣の扱い易さを兼ね備える……そんな武器があればなぁ。」

男武闘家「そんな良いモノがあれば最高だが、市販品じゃ手に入らんだろ。」

男戦士「だよなぁ。神の恩寵が永続付与されたような武器ならあるいは……」

男武闘家「可能性があるとしたら、その辺りだろうなぁ……って、それこそ手に入らんだろ。」

男戦士「んー、しばらくは基礎体力の向上で良いけど、そこからどうするか、だな。」

男武闘家「剣を自在に扱える程度に、体力が付いてくれれば良いんだが……」


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女僧侶「ゆ、勇者くん大丈夫ですか? 重くないですか? 手伝わなくて良いですか?」オロオロ

勇者「うん……ボクに出来る事から、始めないと……」ハァ ハァ

男戦士(やる気はあるんだよなぁ……いや、今が成長期なんだから、今の頑張り次第か……)ウン

男武闘家(あの様子だと、少しペース落とした方が良いか。気付かれないように、少しずつ……)ウン


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女僧侶「勇者くん、汗拭いてあげますね。水も飲んだ方が良いんじゃないですか?」オロオロ

勇者「ありがとう、女僧侶さん……でも、大丈夫……心配かけてごめんね……」ハァ ハァ

男戦士(女僧侶ちゃん、甲斐甲斐しいねぇ。この辺はやっぱり女の子か。)イイネ!

男戦士(年上の姉ってよりは、むしろ母親みたいだが……)


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男戦士「チッ、ゴブリンだ! 数は十!」

男武闘家「俺と男戦士で勇者ちゃんを守る! 女僧侶ちゃんは――――」

女僧侶「~♪」タタタタタタタタッ

               ゴリッ! グシャッ! ボキャッ! ゴキン!    <ギャー! ヒィー! ニゲロー! ウワー!

男戦士「……ひでぇ。」ガクガクブルブル

男武闘家「……勇者ちゃんに相手してもらえないストレス解消か。」ガクガクブルブル


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男戦士「駄目だ! もっと腰を落として姿勢を低く!」キィィン!

勇者「は……はいッ!」ザザァ

女僧侶「勇者くん! 刃をかわしたら指を狙うんです! 指のあとに首を!」

男武闘家「難易度高いから! 初心者に指狙うとか無理だから! つーか、首やったら男戦士死んじゃうから!」


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男武闘家「マズい、ランドワームだ! あいつの鱗は剣が通らない!」

男戦士「逃げるぞ、勇者ちゃん! 荷物をこっちに渡すんだ!」

女僧侶「~♪」 タタタタタタッ

男武闘家「待て、女僧侶ちゃん! あいつは危険すぎ――――」  メキメキッ! ブチャッ! ブチッ! ゴッ! ゴッ! ゴッ! <ピギャーーー!

男戦士「鱗をメイスで粉砕してからの滅多打ち……うわっ、脊柱引きずり出した……」ウーワァ…

男武闘家「一応、この周辺で一番危険な魔物なんだが……問答無用で急所狙い……」マジッスカァ…

勇者「人間くらいなら丸呑みにしそうな相手なのに……」スゴイナァ


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野盗1「おっと、すまねぇな。こっから先は通行止めだ。」ヘッヘッヘ

野盗2「通りたいなら通行料を置いてってもらおうか。」ヒヒヒ

勇者「そうなんですか? いくら払えば良いんでしょう……」シラナカッタ…

女僧侶「お金と命、どっちが大事ですかぁ?」ニッコニコ

男武闘家(それ野盗のセリフだから!)

男戦士(野盗逃げてー!)

野盗3「――ひっ! なんだこの女!」ビクッ

野盗4「返り血でメチャクチャじゃねーか……!」ゾゾゾ

女僧侶「途中で襲ってきた魔物の血で汚れちゃったんですよぉ。」

女僧侶「これ以上、法衣を汚したくないんですけどねぇ……」ウフフ

野盗5「う、ぐぐ……隙がねぇ……」ジリジリ

野盗6「怖ぇ……くそ、震えが止まらねぇ……」ガクガクガク

女僧侶「血で血を拭う……あ、意外と良いかも……罪人の血でも、魔物の血よりはマシでしょうし♪」スチャ

野盗1「ひ、ひぃ! 逃げろーー!!」ダタタタッ

野盗2「うわぁぁぁーー!」タタタタッ

男武闘家「まさに脱兎の如くってヤツだな……」

男戦士「野盗で食ってるだけあって、魔物よりは危機察知能力が高かったんだなぁ……」

勇者「あれ? 結局、通行料はどうしたら良いんですか?」キョトン

女僧侶「通行止めは解除されたので、支払わなくて良いみたいですよ。」ニコニコ


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――――

――

幾つもの町を越え、広大な平野を踏破し、陽が昇り沈むのを幾度となく見届ける。

昼は荷を担ぎ、夜は鍛錬をこなし、自らの向上に努める勇者。

危機の際にはパーティーの先陣を切り、死山血河を築き上げる女僧侶。

勇者の鍛錬を見守りつつ、パーティーの空気を盛り上げる男戦士。

食糧調達やペース配分など、目立たないが重要な役割を務める男武闘家。


自分にできる事で他者の不足を補う。
決してバランスが良いパーティーとは言えないが、順調に旅は続いている。

かくして一行は、『根の国』と『枝葉の国』の国境の街まで辿り着いた。

勇者「わー、あの城塞の向こうが『根の国』なんですねぇ……」

女僧侶「おおぅ……山がたくさん見えます。『枝葉の国』とは随分違うんですねー。」

男戦士「『根の国』の国土の大半は山だからね。自然の険しさは『枝葉の国』の比じゃないよ。」

男武闘家「そのおかげで『火の国』の侵攻を防げてる面もあるから、悪い事ばかりじゃないが。」

男戦士「『根の国』と『枝葉の国』は同じ『木の大国』領だから、入国手続きもそんなに厳しくないよ。」

男戦士「まあ、それでも多少かかるから、今日はここで一泊する事になるけどねー。」

女僧侶「ややっ! 何だか良い匂いがするのです。」スンスン

男武闘家「ん? ああ、この匂いはチーズだな。」

勇者「チーズってこんなに良い匂いでしたっけ。」クンクン

男戦士「山が多い『根の国』は酪農が盛んだからね~。『枝葉の国』に出回ってるのとは質が違うよ。」

女僧侶「おお……! 異国情緒ってやつですね!」ワクワク

勇者「言われてみると、珍しいものがたくさん……」キョロキョロ

勇者「時間があれば、見て回りたいなぁ。」ソワソワ

男武闘家「いやいや、ここはまだ『枝葉の国』だから。」

男武闘家「けど、まあ……そうだな。『根の国』に抜けた後は自由時間にしようか。」

男武闘家「たまにはそういう時間があっても良いだろ?」

女僧侶「良いんですか!」

勇者「――!」ヤッタ!

女僧侶「む、でも……治安とかどうなんです? 『情報街』みたいな事になったらヤですよ。」

男戦士「それなら心配無いよ。国境の街だけあって、衛兵の数はどこよりも多いから。」

男戦士「悪さする奴も、国境抜けてからが本番だからね。わざわざこんなリスクの高い所でやらかさないよ。」

男戦士「色んな意味で安全な場所だから、単独行動でも心配無用ってね。」

男武闘家「ま、とりあえず国境を抜けようか。俺と男戦士はともかく、二人は少し時間かかるだろうし。」


――――――――

――――――

――――

――

『根の国』入国の検問所。
周囲に人はまばらで、あまり混雑していない。
手続きをしている面々も行商ばかりで、衛兵の数こそ多いが、空気は穏やかだ。


衛兵「おや、男武闘家さんに男戦士さんじゃないか。もう戻ってきたのかい?」

男武闘家「ああ、ちょっとこの二人のガイドでね。」

男戦士「入国理由は……何だろうな。行商じゃないし、観光でもないし……」

女僧侶「そんなの必要なんですか?」

男武闘家「そりゃあな。仮に行商だったら許可手形持って無いと商売できないんだよ。」

男武闘家「入国理由によって、行動や持ちこめる物にも制限が入るし、入国に必要な金額も変わってくる。」

男戦士「ちなみに、俺達が『枝葉の国』に入国した時も、金払って商売の許可取ってるからね。」

女僧侶「なるほどー。そういう仕組みなんですねぇ。」

女僧侶「『魔王を倒す』ってどういう入国理由になるんでしょう?……うーん、仕事とか?」

衛兵「へ? お嬢ちゃん、何を言ってるんだい?」

勇者「『勇者』として魔王を倒しに行く、こういう場合はどうなりますか?」ステータス開示

衛兵「……『北の国』の、勇者様?」

衛兵「はぁ~、これは驚いた。『北の国』の勇者様なんて初めて聞いたよ。」

男戦士「余計な事は良いから、ちゃっちゃと通してくれよ。通行料はいくらになる?」

男戦士(頼むから、地雷を踏むような真似は勘弁してくれ……!)

衛兵「そ、そうですね……何分、自分も初めてのケースなので……」

衛兵「確認してきますので、ちょっと待ってて下さいね。」タタタッ

女僧侶「勇者くんはともかく、私もどうなるんでしょう。」

男武闘家「どうだろうな……俺達の場合だと、枝葉の勇者と一緒だった時はフリーパスだったが……」

女僧侶「え、なら私と勇者くんもそのまま通れるんじゃないですか?」

男戦士「あー、いや……そういう訳には……」

勇者「そうですね。枝葉の勇者さんは国の支援がありますから……」ウツムキ

女僧侶「?」

男武闘家(最初に言っといただろ! 勇者ちゃん以外は国の支援が受けられるって!)ヒソッ

女僧侶「ッ! ゆ、勇者くん、ごめんなさい……そんなつもりじゃ……」オロオロ




衛兵「お待たせしました!」タタタッ

衛兵「えー、そちらの女僧侶さんは『根の国』で売る物を何か持ちこまれますか?」

女僧侶「え、特にそういう物は持ってませんけど……」

衛兵「では、教会から何か許可証などは預かってますか? 祭事の為の入国か、という意味ですが。」

女僧侶「いえ、それもありません。」

衛兵「それなら女僧侶さんは観光扱いになるので、入国料として1万G頂きます。」

男戦士「まあ、そうなるだろうな。で、勇者ちゃんは?」

衛兵「は、はい……え、えーと、ですね……」

衛兵「さ、先に断っておきますが、入国料は一定ではなく、出身国によって左右される訳でして……」

男武闘家「知ってるよ。それがどうした?」

衛兵「同じ『木の大国』領出身者が一番安く、次に『水の大国』、その次に『鉄の大国』『土の大国』、一番高額なのが関係が悪い『火の大国』となってます、はい。」

男武闘家「だから、知ってるって。何が言いたい。」

衛兵「実は、これ意外に、『出身不明者』という枠がありまして……こちらの『勇者』様の場合はそれにあたります……」

男戦士「そうなの? それは初耳だったな……で、いくら?」

衛兵「――――ッ」


衛兵は下唇を噛んで黙り込んでいる。
申し訳ないといった風で思案していたが、一行の視線が集中し、ようやく口を開いた。


衛兵「……100万Gに、なります。」




男戦士「おいコラァ! 適当な事吹いてボッたくってんじゃねぇぞッ!」アァァン!?

男武闘家「『火の大国』領の人間でも20万程度なのに、なんで100万も取られなきゃなんねぇンだ!」ゴルァッ!

衛兵「お、落ち着いて下さい! 説明します、説明しますから!」ヒィィ!


響き渡る怒声に、周囲の行商達が驚き、騒ぐ一行に目を向ける。

女僧侶「お気になさらないでください。すぐに静かになりますので……」ウフフ


が、冷たい眼差しで笑顔を浮かべる女僧侶の姿に、慌てて目を逸らし、行商達は知らぬ振りを決め込んだ。


衛兵「ま、先ず、そもそもどうやって『出身』を見極めるかと言うと、個人の恩寵で判断する訳でして。」

衛兵「誰しも、生まれた場所によって恩寵が決まる訳ですから……こ、ここまでは良いですね?」

男武闘家「ああ、問題無い。」

衛兵「つ、つまり、そもそも『出身不明者』という枠組み自体が不自然な物なんです。」

男戦士「その通りだな。」

衛兵「なら、どういう場合にこれが適用されるかと言うと、本人が入国の際にステータスを開示するのを拒むケースです。」

衛兵「ほ、本人の同意なしにステータスの開示が出来ない為、こういった場合は『出身不明者』としか扱えないんです。」

男武闘家(衛兵もステータスを盗み見る方法を知らない……やっぱりあの白貌の女は只者じゃ無かったか……)

男武闘家(だが奴隷商人達も使えたという事は……『地の神』特有の恩寵か……?)

衛兵「提示した金額に難色を示し、自らステータスを開示してくれれば良し。金額を払えないなら入国を拒否する、という訳で。」

衛兵「た、ただ、逆に言うと、ステータス開示を拒んでも、入国料を払えるなら入国できるんです。」

衛兵「一応、各国間で自国民が出した損害は、種類にもよるが保障する、という取り決めがなされていまして……」

男戦士「つまり、『出身不明者』は出身国に請求できないから、自分で自分の保障をしろ、と?」

衛兵「は、はい……そういう事になります。」

衛兵「今回の勇者様の場合、出身が不明という訳ではないのですが……」

衛兵「『請求先が存在しない』という理由で、こういった対応をするしかなく……」

女僧侶「えーと、つまりどういう事なんですか? その金額は適正って事なんですか?」

男武闘家「……筋は通ってる。少なくとも、この衛兵がボッたくってる訳じゃない。」

男戦士「いや、でも100万は……流石におかしいだろ。これ入国料だから返還されないんだぞ?」

衛兵「これは私見ですが……恐らく、国も『北の国』の人間が越境するケースを考慮に入れていないのかと……」

勇者「……金額を支払えれば、問題無いんですね?」

衛兵「そ、それはもう!」

勇者「なら、これで構いませんか?」


勇者が差し出したのは、以前に『羊の町』の住民から受け取った小切手。


男戦士「いや、待つんだ、勇者ちゃん! いくらなんでもこの金額は納得できない!」

男武闘家「そうだ! こんな嫌がらせみたいな真似、黙って受け入れる理由は無い!」

女僧侶(ひぃ、ふう、みぃ――――全部で二十人、飛び道具は五人……)


勇者「良いんです……100万Gですよね? 安いじゃないですか……」

男武闘家「お、おいおい、100万あれば色々できるよ!?」

男戦士「普通に生活してたら、一年は働かずに済むんだよ!?」

女僧侶(全員が全身鎧……少し時間が掛かるかな……その間に門を閉められたら……)

勇者「なら、『命の女神』様の恩寵は100万G以下の価値しかないんですか……?」

男武闘家「え、いや、それは……」

男戦士「だ、だからって、勇者ちゃんが背負わなくても……」

女僧侶(あ、そうだ……矢から勇者くんを守らないと……どこか隠れる場所は……)


勇者「これは、ボク達が『命の女神』様を守れなかった罰なんです……」

男武闘家「……ッ」

男戦士「けど、流石にこれは……」

女僧侶(夜を待って一人ずつ、の方が良いかな……安全を確保した後、勇者くんを呼んで……)


勇者「だから、これで良いんです……」

男武闘家「……納得できるんなら、口出ししないよ。」

男戦士「……分かったよ、もう何も言わない。」

衛兵「それでは小切手をお預かりします。差額分を再発行しますので、少々お待ちを。」

女僧侶(良し、これで大丈夫……勇者くん、ほめてくれるかなぁ……)

勇者「女僧侶さんの分も一緒に払っておくね。」

女僧侶「ふぇっ? 何の話ですか?」

男戦士「話をちゃんと聞いときなさい……」

男武闘家「100万払って入国するから、ついでに女僧侶ちゃんの分も払っとくって話。」

女僧侶「は、払うって! そんなお金がどこに!」

男戦士「『羊の町』で小切手もらっただろ? あれを使う。」

男武闘家「まさか入国料で100万持ってかれるとは思わなかったが……残り400万程度か……」

女僧侶「え、ええ!? あれって、そんな大金だったんですか!?」

男戦士「ああ、そう言えば、あの時なんか上の空だったね。」

男武闘家「だが、マズいぞ……全部の関所で100万必要なら、資金はギリギリだな……」

男戦士「だな。何か稼ぐ方法を考えなきゃなぁ。」

女僧侶「だったら、また――――」


勇者くんに歌ってもらえば、と言おうとした所で思い出す。


―――― 勇者「……ううん、もう、『歌』は……歌わない。」


あの時の表情は、謙遜や遠慮といった類のモノではなかった。
何かに脅えるような、不安を抱いたモノではなかったか?


男戦士「ああ、そうか! また勇者ちゃんに歌ってもらえば良いか!」

男武闘家「んー……確かに、あれだけの歌声なら『根の国』でも十分に通用するわな。」

勇者「――――ッ」ビクッ

女僧侶「ちょっと、駄目ですよ! お二人は行商もやってるんですから、もっと手堅い方法を考えて下さいよ。」

男戦士「え、ええ!? 女僧侶ちゃんが手堅いとか! そんな言葉知ってるなんて!」

男武闘家「くっそぉ、明日は嵐か……山越えの予定を立て直さなきゃな……」

女僧侶「ど う い う 意 味 で す か ?」ニッコリ

男戦士「イエ ナンデモナイデス」

男武闘家「スイマセンデシタ」

女僧侶「まったく……」チラッ

勇者「…………」ホッ

女僧侶(でも、勇者くん。何がそんなに不安なんだろう……)

女僧侶(ま、別に何でも良いですけど。何が来ようと私がお守りしますし……)


――――――――

――――――

――――

――

衛兵「お待たせしました。こちらをお返しします。」


入国料を差し引き、再発行した小切手を手渡す。


勇者「……ありがとうございます。」

男戦士「じゃ、行こうかー。」

男武闘家「幸先悪いが、割り切るしかないな。」

女僧侶(やっぱり私が……あ、でも今更言っても、勇者くんに変な子って思われるかも……)

衛兵「あ、お待ちを。」

男戦士「まだ何かあったっけ?」

衛兵「今夜は何処に泊まるかお決まりですか? 流石に、今から山越えは無いと思うのですが。」


時刻はそろそろ夕暮れが近付いている。
わざわざ、夜の山に入りたがる人間はいない。
『根の国』出身で、山の怖さを良く知る二人なら尚更だ。

男武闘家「そうだな。どっかで適当に宿を取るつもりだが。」

衛兵「そうですか。もし良かったら、あちらに見える国営の宿を御利用下さい。」

衛兵「……自分の方から宿に伝えてありますので、今夜は無料でお使い頂けます。」

衛兵「高級とまでは言えませんが、疲れを取る程度なら不満は無いと思いますよ。」

男戦士「そりゃあ有り難いけど……良いのか? 」

男武闘家「他の『勇者』ならともかく、勇者ちゃんは大丈夫なのか?」

衛兵「『良いのか?』と聞かれれば、『良くない』と答えなくてはいけないのですが……」

衛兵「だからと言って、あの金額が適正だとは自分も思えません。」

衛兵「なので、これは自分の独断です。ま、バレても始末書程度の話で済みますし。」

男戦士「はは、言ってくれるなぁ!」ヒューッ!

衛兵「どうせもう指示は出してるので、使っても使わなくても同じです。どうぞ、遠慮なく。」

男武闘家「それじゃあ、お言葉に甘えようか。」

男武闘家「……次に来る時は、何か差し入れ持ってくるから期待しといてくれ。」

衛兵「ええ、御武運を!」


衛兵は敬礼し、『根の国』へと入国する一行を見送っていた。


――――――――

――――――

――――

――

今日はここまでです。
続きはまた明日の夜になります。

今日はR指定です。

出先で見る際はご注意を。

宿の部屋に荷物を置き、女僧侶と勇者はようやく人心地をつく。
荷物持ちを始めた最初は、動けなくなるほど疲労していた勇者だったが、今ではそこまでの疲労は無い。
まだまだ頼りないが、日々の積み重ねは体力の向上として表れていた。

衛兵は高級では無いと言っていたが、それはあくまで一流の宿と比べればの話。
旅人の勇者達にとっては、十分すぎるほど贅沢な宿だ。

自由に使える蝋燭台と、部屋に設けられた風呂洗面所。
大きなベッド、清潔なシーツ、ガラスの器に入れられた飲み水。
そして何より、仄かに漂う樹の香りが、心身の疲労を和らげてくれる。

女僧侶「勇者くん、外にでかけませんか♪」

勇者「ごめんね、ボクは少し休んでからにするよ。」

女僧侶「そ、そうですよね、お疲れですよね!」

女僧侶(うー、どうしよう……外を見て回りたいけど、勇者くんを置いていく訳には……)

勇者「良いよ、女僧侶さんは先に行ってて。」

勇者「面白いものがあったら、後で教えてね」

女僧侶「うー…………」


どうするか?
勇者を置いて一人遊びに行くのか?
男戦士達が言っていたように、町の至る所に衛兵の姿が見える。
確かにこれなら安全は保障されているだろう。

女僧侶「そ、それじゃあ……行ってきます!」


戦闘能力は高くても、女僧侶もまだ18の少女。
まだまだ遊びたい年頃なのだ。


勇者「行ってらっしゃい、衛兵さんと喧嘩しちゃダメだよ。」

女僧侶(勇者くんの中で、私ってそういうキャラなんですか!?)ガーーン!


――――――――

――――――

――――

――

男武闘家「ふぅ、この空気。帰ってきたって感じだなぁ。」

男戦士「森の匂いはやっぱ良いモンだよ、ホント。」

男武闘家「さてと、たまには羽を伸ばしても良いだろう。」

男戦士「おう。水も浴びてさっぱりした事だし、久しぶりに男二人で楽しむとしようぜ!」

男武闘家「だな! 先ず蛇酒を一杯やって――――」

男戦士「あ、ダメ。それ俺飲めねぇよ。」

男武闘家「なら、お前は別のを飲んだら良いじゃないか。」

男戦士「お前が行きたいのは専門店だろ。あそこ蛇酒しか置いてないじゃねーか!」

男戦士「とりあえず、無難にどっかの店でハチノコの佃煮でもつまみながら――――」

男武闘家「それは無い。ゲテモノはお断りで。」

男戦士「ゲ、ゲテモノじゃねーよ! 伝統の郷土料理だろうが!」

男武闘家「それ言ったら、蛇酒だって立派な地酒だろうが!」

男戦士「…………」ヌググ

男武闘家「…………」ヌググ

男戦士「わかった、それなら一人で食ってくるよ。」フン!

男武闘家「好きにしろ。俺も蛇酒を堪能してくるから。」ハッ!


――――――――

――――――

――――

――

男戦士「啖呵切って出てきたのに、財布を忘れてたというね……」

男戦士「まったく、あいつの好き嫌いにも困ったもんだ。」

男戦士「……ん。そうだ、勇者ちゃん達は『根の国』初めてだろうし、案内がいるんじゃないか?」

男戦士「よし、せっかくだから俺が伝統料理のツアーを組んであげよう。」


――コンコン


男戦士「おーい、男戦士だよー。勇者ちゃん、いるー?」


ノックをしてから気付く。
二手に分かれてからそれなりに時間が経っている。
既に、二人とも出掛けてしまっているのではないか?


―― ……カチャ


勇者「……はい。」…グスッ

男戦士「ちょ、ちょっと勇者ちゃん、どうかしたのか?」


顔を出した勇者の目は赤くなっている。
目元には涙を拭った跡も残っており、泣いていたようにしか見えない。


勇者「……別に、どうもしないです。」

男戦士「そんな訳あるか! 入るよ、良いね?」


勇者の手を引き、部屋に踏み込む。
部屋に人の気配は無く、女僧侶は外出しているようだ。

勇者をベッドに座らせると、自分も椅子を引っぱり対面に座る。

男戦士「で、いったいどうしたの? 泣いてたんだろ?」

男戦士「女僧侶ちゃんが何か……するとは思えんな、うん。」


女僧侶が勇者を傷つけるような事をするとは思えない。
色々と何をしでかすかわからない所はあるが、それだけは断言できる。


勇者「ボク、頑張ってると思うんです……」

男戦士「え? ああ、そうだね。出来る事を一生懸命やってるよ。」

勇者「それを否定されて……ちょっと、悲しかっただけです。」

男戦士「……誰かに、何か酷い事を言われた?」

勇者「『そんな事をしても意味が無い』……『それでは誰も喜ばない』……」

勇者「『ただの』……『自己満足だ』って……」

男戦士「……誰が、そんな事を。」

誰にそんな事を言う権利があるのか。
誰に、前を向き、懸命に戦おうとする勇者を貶める事が出来るのか。

そんな輩が許される訳が無い。
否、自分が決して許さない。

目の奥が熱くなり、全身の筋肉が強張るのがわかる。


勇者「夢で……」

男戦士「――ゆ、え? 夢?」

勇者「はい、夢で……」


なんだ、夢かよ!
と、安心したような拍子抜けしたような気になるが、表に出す訳にはいかない。

『夢』というのは自分の深層意識の表れだと言われている。
つまり、勇者自身が心のどこかで“そう”思ってしまっているのではないか?

もしそうなら、安易に笑い飛ばす訳にはいかない。

男戦士「一つだけ、知ってて欲しい事があるんだ。」

勇者「……?」

男戦士「これから、きっと辛い事もあると思うし、人に認めてもらえない事もあると思う。」

男戦士「もうどうしようもない、と思う事もあるだろう。」

男戦士「そういう時には、今から伝える事を思い出して欲しいんだ。」

勇者「……はい。」

男戦士「どんな事でも、自分で動かなきゃ出来るようにならない。」

男戦士「そして、出来ないから、辛い思いだってすると思う。」

男戦士「でもね、どんなに辛くても……それに耐えて動かなきゃ、出来るようにはならないんだ。」

男戦士「自分で自分が信じれなくても、人に笑われたとしても。やって、やってやり通さなきゃ、何も手に入らないんだ。」

男戦士「勇者ちゃんの境遇は、俺なんかじゃ想像も出来ないと思う……でも、それでも。」

男戦士「譲れないモノは、途中で投げ出しちゃいけない。それだけは、覚えておいて。」


真っ直ぐに勇者を見つめ、一言一言を力強く、そして優しく言い聞かせる。
思いは伝わったのか、勇者は微かな笑みを浮かべ、頷いた。

勇者「覚えてますか、男戦士さん……『羊の町』で中年の僧侶さんに絡まれた時の事……」

男戦士「はは、覚えてるよ。女僧侶ちゃんに連れてかれてボッコボコにされてたね。」

勇者「あの時も、それに今も、男戦士さんは何時もボクを支えてくれてますよね……あ、もちろん他のお二人もですけど。」

男戦士「そりゃあ、俺達は勇者ちゃんが大好きだからね! ……あ、そうだ、あの時みたいに膝に座る?」

勇者「良いんですか?」

男戦士「え? ああ、も、もちろんだよ~。」


冗談半分で言ったのだが、まさか乗ってくるとは思わなかった。
勇者は男戦士の膝に座ると、そのまま身体を預け、深くもたれかかる。

そのまま何もしないのもどうかと思い、勇者の頭に手を置き、優しく撫でてやる。
後ろで結ばれた薄桃色の髪が、男戦士の頬に触れ、陶然とさせる。

男戦士「相変わらず、華奢だなぁ。」

勇者「それは……男の人みたいにはなれませんよ……」

男戦士「ま、女の子だしねー。とは言え、そっちの方もまだまだみたいだけど。」


後ろから見下ろす男戦士の視線に気付き、勇者が頬を膨らませる。


勇者「これから大きくなるんです! それに、少しはあるんですから……まったく、もぅ。」

男戦士「…………」


薄桃色の髪から甘い匂いが立ち上り、酒に酔ったような感覚に陥る。
頬が上気し、鼓動も早くなる。興奮により、息苦しさも覚え始めた。

男戦士の跳ねる鼓動が、勇者の背中に伝わる。

勇者「どきどき、してますか……」

男戦士「正直、かなり……」


そういう思惑で部屋を訪れた訳では無かった。
やってる事も、普段からやっている事だ。

だが、部屋で二人きりという状況では意味が全く違ってくる。
沈みゆく夕陽が、更にムードを高めている。

気持ちを落ち着かせようと、勇者の髪を指で梳いてみるが、むしろ逆効果にしかならない。
束ねた絹のような、柔らかさと艶やかさを合わせた手触りが指を伝う。

頭を撫でていた手は勇者の体に回され、後ろから抱き締める形になっている。


勇者「ん……」


男戦士のものが硬くなっているのを感じ、勇者が微かに身を震わせた。
優しく、いたわるように、男戦士が勇者の首筋に口付けをする。

勇者「一つだけ、約束してもらえませんか……」

男戦士「…………」


かすれた声で、勇者が問いかける。


勇者「ボクと、ずっと一緒にいてくれると……」


それは甘い睦言だというのに、その声の調子は、何かに追い詰められ、すがる様だった。


男戦士「ああ……約束するよ……」

男戦士「ずっと……ずっと、一緒だ……」


夕日は既に沈み切り、夜の帳が訪れていた。


――――――――

――――――

――――

――

武器屋「いらっしゃい、お嬢ちゃん。何をお探しかな?」

女僧侶「良いメイスがないかなーって。あ、短剣も見たいです。」

武器屋「そうだねぇ……お嬢ちゃんは僧侶みたいだし、護身用ならこの辺りはどうだい?」

女僧侶「うーん……ちょっと軽すぎませんか?」ヒュン ヒュン ヒュッ!

武器屋「お、お嬢ちゃん、なかなかやるね……威力を重視なら、この辺はどうだい?」

女僧侶「おお……! 良い感じですよ。」ブン ブォン ブンッ!

女僧侶「でも、握りがちょっとしっくりこないですねー。」

武器屋「腰に下げてるのが今使ってるやつかい? ちょっと見せてもらえるかな。」

女僧侶「どうぞ どうぞ。」

武器屋「ふむ……デザインはシンプルだが、とても良い鉄を使ってる。結構使いこんでるようだが、特に傷んでもない。」

武器屋「むむぅ、この使いこみから考えて……殺った数は10や20どころじゃないな……」

女僧侶「やや、流石本職の武器屋さん。わかるもんなんですねぇ。」

武器屋「グリップ部分は……何かの革かな? ははぁ、確かにコレはウチの商品じゃ満足できないか。」

女僧侶「色んな店で見てきたんですけど、なかなかこれより良いのが無いんですよね。」

武器屋「うーん……ハッキリした事は言えないけど、お嬢ちゃんのコレは普通の品質じゃないよ。」

武器屋「市販のモノでこれ以上を探すのは難しいだろうねぇ。」

女僧侶「そうなんですか? そっか~、なら仕方ないかぁ。」

武器屋「しかし凄いね、『水の大国』領はこんな良いモノが出回ってるのかい?」

女僧侶「へ? 私は『枝葉の国』出身ですけど。」

武器屋「そうなのかい? いや、その髪色だから、てっきり『水の大国』領出身かと。」

武器屋「確かに、瞳は『木の大国』領出身者っぽいね……御両親のどちらかが『水の大国』領出身だったのかい?」

女僧侶「え? どうなんでしょう。両親は私が物心つく前に亡くなってるので、何とも言えません。」

武器屋「おっと……これは、何というか、申し訳ない。」

女僧侶「あはは、良いんですよ。私の親は育ててくれた神父様だと思ってますから。」

女僧侶「あ、でも、そのメイスを形見に遺してくれましたし、産んでくれただけでもありがたいと思ってますけど。」

武器屋「ははぁ、強い子だねぇ、君は。……しかし、ふぅむ。」

女僧侶「どうかしました?」

武器屋「いやね、ここの所に、何かの印が焼き付けてあったみたいなんだが……」

女僧侶「ホントだ……でも、血が染みて判別できなくなっちゃってますね。」

武器屋「削れば見えるのかもしれんが、印ごと削ってしまいかねないね。」

女僧侶「見えないなら見えないで、別に良いですよ。あくまで武器ですから。」

女僧侶「ただ、形見の品を使い潰すのもちょっとどうかなと思ったので、見に来た訳で。」

武器屋「すまないねぇ、それより良い品はウチには置いてないよ。」

武器屋「だが、多少質が落ちても、形見を使い潰すよりは良いんじゃないかい?」

女僧侶「あはは、ダメですよぉ。戦闘にはベストを尽くさないと。」

女僧侶「それに、形見を使い潰す事になっても別に構わないんです。」

女僧侶「もっと大切な人を守るためですから。」

武器屋「おやおや、これはまた随分惚れ込んでる相手がいるんだねぇ。」

女僧侶「もう、やめてくださいよ、照れちゃうじゃないですか。」

女僧侶「あ、そうでした。その人の為に短剣も探してるんでした!」

武器屋「おお、それならゆっくりと見て行っておくれ。何か当てはあるのかい?」

女僧侶「えーと……うーん、そうですねぇ――――」


――――――――

――――――

――――

――

男武闘家「むう……この、仄かに香る鉄臭さ……たまらんね。」グィッ

店主「良いのが入ったから、お兄さんの為に取っといたんだよ。」

店主「しばらく『枝葉の国』かと思ってたけど、意外と早く戻ってきたね。」

男武闘家「まあ、色々あって、予定を前倒しして戻ってきたんだ。」

店主「今日は一人なのかい? いつもの連れの兄さんの姿が見えないけど。」

男武闘家「あいつは置いてきた。あの野郎、この酒の美味さがわからないらしい。」

店主「ははは、いつも無理やり呑ませてたっけね。けど、お兄さんも最初は結構辛そうだったよ?」

男武闘家「え? あー、まあ、そうだったかな……」

店主「合わない人は一口で止めちまうんだけど、お兄さんは頑張ったよねぇ。今じゃすっかり常連だ。」

男武闘家「最初は送り酒のつもりだったんだが……今じゃ普通に呑んでるなぁ……」

店主「蛇酒が送り酒とは、珍しい話だね。」

男武闘家「……『あいつ』の好物だったんだ。どうせなら、好きな酒で送ってやろうと思ってね。」

店主「ああ、山で亡くなったっていう、あの……」

男武闘家「勝手な女だったけど……居なくなると、やっぱりな……」

店主「手間がかかる女の方が、ハマると抜けられないからね。」

男武闘家「はは、別に『あいつ』にそういう気持ちは……いや、そうだったのかもな。」

男武闘家「傍にいる間は、そんな事考えもしなかったのに……」

店主「そういうものだよ……さ、もう一杯いかがです?」

男武闘家「ああ、もらうよ。」

男武闘家「せっかく俺も呑めるようになったのに……何で『あいつ』がいないんだ……」

男武闘家「肩を並べて、一緒に呑みたかったなぁ……」


――――――――

――――――

――――

――

陽が落ちた勇者の部屋。
蝋燭に灯された小さな火が揺らめき、ベッドの二人を照らしている。


勇者「あの……明かりは……」

男戦士「消した方が良い? ……俺は勇者ちゃんを見れないのは、寂しいな。」


覆いかぶさる男戦士が、安心させるように優しく勇者にキスをする。
頬を染め、勇者は目を閉じて受け入れている。

勇者の薄桃色の髪はほどかれ、シーツに広がっている。
頬に手を添え、キスは首筋に移行する。

甘い吐息が漏れ、強張った体から力が抜けていく。


男戦士「かわいいよ、勇者ちゃん……」


空いている手でゆっくりと、一つずつ上着のボタン外していく。
焦らず、一つずつ、丁寧に。

視線を感じて勇者から身体を起こすと、何やら不満そうな表情で勇者が男戦士を見つめている。
やっぱ明かり消した方が良いかな?と男戦士が思案していると、勇者が口を尖らせながら呟いた。


勇者「なんだか……手慣れてます、男戦士さん……」

男戦士「え? いや、まぁ……年上なんだし、多少はね?」

勇者「むぅ……」

男戦士「そういう勇者ちゃんは――イタタッ!」

勇者「そういう事聞くのは、ダメな人です。」

男戦士「ははは、ごめん ごめん……」


頬をつねる勇者の両手を取り、万歳させるように上げさせる。
両手が塞がっているので、また首筋に唇を寄せる。

今度は先程より少し強く吸い、反応を見てみる。


勇者「ん……ッ。」


強い刺激に反応し、軽く体を反らせるが、それを抱きしめるように抑え込む。

勇者「あ、あの……」

男戦士「大丈夫……優しくするから……」


瞳を潤ませ、何かを言おうとする勇者の唇をキスで塞ぐ。
軽い愛撫に対する反応も、されるがままの体勢も、微かに震える指先も。

それら全てが、勇者は経験が無いと、男戦士に教えていた。

はだけた上着の下のシャツを、驚かさぬように少しだけ捲くり上げる。
形の良い臍と、無駄な脂肪が付いていない腰回りが露わになる。

首筋にキスをしながら、片手をシャツの隙間から潜り込ませる。
反射的に、勇者が上げた手で押さえようとするのを、もう片方の手で両手首を掴んで封じる。


勇者「あの、その……」

男戦士「どうかした……?」


勇者の言葉になっていない言葉に応じながらも、シャツの下の手は止めない。
慎ましい双丘の先端に触れられ、勇者が身体をよじらせる。

下着は着けていないが、このサイズならさもありなん。
とは言え、全く無い訳ではなく、触れれば柔らかさを感じる程度にはある。

勇者「ご、ごめんなさい……ボクの胸ちっちゃくて……」


愛撫で上気していた頬は、今は羞恥で赤く染まっている。
消え入りそうな呟きに、思わず笑ってしまいそうになるが、そこはぐっと堪える。


男戦士「良いんだよ。大きくても小さくても。」

勇者「で、でも、男の人は大きい方が好きなんじゃ……」

男戦士「覚えておくんだ、勇者ちゃん。大事なのは“どんな”おっぱいかじゃない――――」

男戦士「“誰の”おっぱいか、なんだ!」キリッ

勇者「…………」

男戦士「…………」

しばしの沈黙。
チリチリと蝋燭が燃えている。


勇者「笑わそうと、してくれてます……?」

男戦士「いや、真面目だったよねッ!?」

勇者「えーと……その、何て言うか……」クスッ

男戦士「あ、笑ったな! もう怒った、お仕置きだ!」

勇者「え!? あ、わ――――ぅんっ」


男戦士が乱暴に唇を奪い、そのまま舌を滑り込ませる。
驚いて目を白黒させる勇者だったが、今は気にせず、思うままに口内を蹂躙する。
一通り勇者の味を堪能し、唾液の交換が終わるころには、勇者がくったりと動かなくなっていた。

先程の軽口からそれなりに余裕があると判断し、少し強引に攻める事にする。
脱力しているのを良い事に、手早くズボンの紐を緩め、剥ぎ取ってしまう。

勇者「――――あっ」


男戦士に腿を撫でられ、我に返った勇者が慌てて足を閉じる。
乱れた上着と捲くり上げられたシャツ、シンプルだが清潔な白い下着だけの姿は、脳を揺らす程に煽情的だ。

緊張からか、腿をがっちりと閉じた姿に、攻め手を変更する事にする。
シャツと上着を掴み、乱暴にならぬように気をつけながら、一気に引き上げる。

下半身の方に意識が行っていたのだろう。
拍子抜けするほどあっさりと上着とシャツを剥ぎ取る事が出来た。

長い薄桃色の髪が花弁の如くシーツに広がっている。
力無く投げ出された両手と、それと対照的にぴったりと閉じられた腿。
露わにされた白磁のような肌、焦点が合わぬ虚ろな眼差し。
まるで等身大の愛玩人形のような、危うくも妖しい美しさがあった。

痩せ過ぎだとは思わない。
触れれば少女特有の柔らかさがある。
確かに胸は慎ましやかだが、その肌に傷一つ、染み一つ見当たらない。
潤いを持った純白の絹のような肌に、優しく口付けをし、舌を這わす。

男戦士も、上着を脱ぎ捨て、自らの肌を露わにする。
いよいよ“する”のだと察し、勇者が戸惑うような怯えたような表情になる。

勇者「あ、あの……こういう時って、先に湯浴みをしたり……」

男戦士「ああ、俺は自分の部屋に入ってすぐに汗を流しといたから。」

勇者「そ、その、ボクはまだ浴びてなくて……ですね……」

男戦士「良いって、良いって。勇者ちゃん、凄く甘い匂いだよ。それに――――」

勇者「そ、そんな、そん、そんな事は……!」

男戦士「汗なら、これから流すんだから。」

勇者「あわ、わわわわわわ、あわわわわ。」


完全に余裕をなくしている勇者の姿に、さてどうしたものかと思案する。
多分、このまま多少無理にやってしまっても、意外と大丈夫だと思う。
まだ腿を閉じたままだが、その付け根が湿っているのは見て取れるからだ。

しかし、初めてがそれというのもどうかと思う。
いきなり悦びを感じさせるのは無理だとしても、力尽くでものにするような真似はしたくない。
となると、先ずは落ち着かせなくてはいけないだろう。

男戦士「ほら、大丈夫だよ。怖くない怖くない。」


必要以上に重さを感じさせないように気をつけながら、男戦士がゆっくりと勇者に体を重ねる。
触れ合う勇者の身体から、鼓動が早鐘を打つのが伝わってくる。
これがある程度落ち着いたなら頃合いだろうか。

触れ合った瞬間、びくりと震えた勇者だったが、体を重ねる以上をしない男戦士に、徐々に落ち着きを取り戻す。
恐る恐るだが、勇者から男戦士の体に触れたり、背中に手を回したり、自分なりに動き始めている。


勇者「結構、傷……あるんですね。」


男戦士の体をなぞりながら、勇者がぽつりと呟く。


男戦士(ま、実は戦闘の傷じゃなくて、ガキの頃に山で遊んでてつけた傷が大半なんだけど。)

男戦士「勇者ちゃんの体は綺麗だよね。ホント、傷一つ無いって感じで……」


男戦士も勇者の体に触れ、その肌を指でなぞる。


勇者「皆さんが守ってくれるからですよ……ボク一人だったら、とっくに……」

勇者の体の強張りが取れてきたのを確かめ、ゆっくりと愛撫を再開する。
唇から首筋へ、首筋から鎖骨を下り慎ましい胸へ、そして胸から先、その形の良い先端へ。
優しく舌を這わせ、転がす。

勇者が体を仰け反らせ、甘い吐息がこぼれた。

シーツを掴み、何かに耐えるような勇者の表情を横目に、閉じられていた腿に自分の膝をこじ入れてみる。
意図がわかっていないのか、抵抗する余裕がないのか、意外なほどあっさりと、勇者の膝と膝の間に男戦士の膝が割って入った。

口の愛撫を続けながら、空いている手を、腹から下腹部へと撫でながら、下着に滑り込ませる。
咄嗟にまた腿を閉じようとしたが、残念、男戦士が自らの膝をこじ入れているのでそれは出来ない。
男戦士の指は、薄い茂みのその先、蜜を湛えた水源へと遂に辿り着いた。

蜜壺をなぞりつつ、濡れ具合を確かめてみる。
蜜は既に十分に溢れ、望めばその先へも進む事が出来るだろう。

なぞる指の動きに合わせ、勇者がぴくんと体を反らす。
ゆっくりと指を挿し入れてみると、悩ましげな吐息が漏れた。
刺激の強さに身をよじるが、その仕草から、痛みは感じていないと判断する。

下着の中から聞こえる粘性の高い水音に、勇者が羞恥に耐えるように目を閉じている。


男戦士(かなり濡れてるみたいで嬉しいね。とは言え、結構キツいぞ……良くほぐしてあげないと。)

蜜は十分とは言っても、そもそも小柄な体格の勇者。
指一本でもきゅうきゅうと締めつけてくる。

繋がった時、自分の快感はかなりのものだろうが、初めての勇者にとっては苦痛以外の何物でもない筈だ。
ゆっくり、じっくり、丹念に準備をしなくてはいけない。

痛みを与えぬよう注意を払いながら、ゆっくりと指を出し入れする。
熱を帯びた勇者の中を丹念になぞりつつ、勇者の反応を窺ってみる。


勇者「……ぁ……っ……ん……ぁっ」


甘い吐息は今は喘ぎ声に変わりつつある。
下着も脱がしてしまった今、室内に湿った音が響いているが、それに注意を払う余裕はなくなっている。
頬を染めていた羞恥の赤は、既に快楽に押し流されている。


男戦士(ん……なるほど、この辺りが良いんだね……)


勇者の反応から、だいたいの弱点を把握する。
胸への愛撫をやめ、優しくキスをしながら体をなぞり、蜜壺へと唇を移行させる。

勇者「……え、……そん、な……ぁっ……だ、め……です、……っ……」


男戦士の意図を察し、力の入らない体で抵抗するが、ここは強引に事を進めてしまう。
ちらりと勇者の表情を窺って見ると、懇願するような視線でこっちを見ている。
潤んだ瞳でいやがる仕草を見せられると、相反する二つの感情が湧きおこってくる。

 
1.そっか……ごめんね、勇者ちゃん。いやなら無理にはしないよ。

2.そんな顔をされたら、もっといじめてあげたくなるよ。ほら、もっと良い顔を見せて?

男戦士(まあ、常識的に考えて……2しかない訳で……)


指の動きはそのままに、蜜壺の周囲に舌を這わせる。
今までにない刺激に反応し、思わず勇者が腿で男戦士の頭を挟み込む。
もちろんその反応は予測していたので、自分がダメージを受けないよう位置取りは万全だ。
むしろ柔らかい腿に挟まれ、御褒美としか思えない。

溢れる蜜を舐め取りながら、勇者の蜜壺の様子を観察する。
蝋燭の火だけの薄暗がりだが、とっくに目は慣れている。
肌と同様の、色素の薄いそれが目の前にあった。

湯浴み前だが、不快だとは思わない。
漂うのは甘く濃密な、まるで花のような匂い。
流石に味までは蜜と同じとはいかないが、絶えず溢れるそれを舐め取るたびに、自分の興奮も高まっていく。

まだ幼い花弁を気が済むまで丹念に舌でなぞり、最後に、女のもっとも敏感な器官に口付けをする。
蕾を舌でほぐし、敏感な核を刺激する。痛みを与えぬよう、蜜を絡めてゆっくりと。


勇者「……っ!……っっ……ぁ……ぃや……っ」


これまでの、身を溶かすような緩慢な快感とは全く違う。
頭の中が白く塗り潰されるような濃密な刺激に、勇者が息を詰まらせ体を仰け反らせる。

慣れていないからか、思った以上に反応が良い。
小休止を入れるべきか? だが、押し寄せる快楽に戸惑っているだけで、苦痛は無いようだ。
男戦士としては、ずっといじめてあげたいという嗜虐的な思いが無きにしも非ずだが、実際そういう訳にもいかない。

そろそろ前戯も十分な頃合い。
なら、本番に移る区切りとして、いっそ一番上まで登り詰めてもらうのも良いだろう。

指の動きを弱点へ集中させ、徐々に動きを早くしていく。
その間も、舌は核をなぞり刺激を与え続ける。


勇者「……ゃだ……っ……も……ぅ……ぁぁっ……!」


シーツを固く握り締め、涙目でかぶりを振るが、許してあげない。
本能的に湧き上がる嗜虐心に従い、ここぞとばかりに舌と指の動きを強くする。


勇者「っ!……ぁっ……っ!……ん……んぅっ……ぁぁあっ――――!!」


最後に一際高い嬌声を上げると、ぴんと全身を強張らせる。
蜜壺が震えるように指を締めつけるのを頃合いに、男戦士も愛撫の手を休めた。

男戦士(おお……泣くほど感じてくれたのか……)


勇者の頬を伝う涙の跡を見て、男戦士が心の中で満足げに頷く。
やはりこういう反応をしてくれると、男としては嬉しいものだ。

勇者に自分のものをして欲しいとも思うが、流石にいきなりそれを求めるのは酷だろう。
色々と体位を変えて求め合う、それが理想だが、今回は諦めよう。

荒い息でぐったりとした勇者を見下ろしながら、どうしたものかと思案する。
しばらくすれば朦朧とした意識も元に戻るだろう。
さて、どうしようか。

 
1.意識が戻ってから、最後の一線を越える。

2.意識が戻る前に、最後の一線を越えてしまう。

これは難しい。
一見、1の方が紳士に見えるが、果たしてそうか?

十分にほぐしたとはいえ、そもそもが小柄な体格だ。
どれだけ注意を払ったとしても、相応の痛みはあるだろう。

ならば、朦朧とした意識が麻酔として機能する内に、初めてを摘んでしまう。
相手の身を考えるなら、結果としてはこの方が良いのではないか?

時間が経てば強制的に1の選択肢になる。
考える時間はあまりない。


男戦士(……痛がる姿は、見たくないなぁ。)


先程の嗜虐心もあくまで愛情からくるモノだ。
いじめてあげたいとは思うが、痛みを与えたいとは思わない。

2の選択肢を選び、ズボンと下着を脱ぐ。

屹立した男戦士のものが露わになるが、勇者の反応は無い。
まだ意識が戻っていない事の表れだ。

覆いかぶさる男戦士は勇者の頬に手をあて、耳元で囁く。


男戦士「……いくよ、勇者ちゃん。」


言葉に反応して微かに瞳に光が戻るが、まだ現状を把握してるようには見えない。
蜜壺に男戦士のものがあてがわれているのだが、果たしてそれも理解しているかどうか。

少し心が痛むが、これも勇者のためだ。
迷いは切り捨て、もので蜜壺をなぞり、蜜を絡めて馴染ませる。
男戦士が体重をかけると、硬直したものがゆっくりと蜜壺に沈んでいく。

ぷつりと何かが弾けるような感触を感じながら、男戦士のものは奥へと進んで行く。


勇者「……ぇあ。――――っ」


呆けたような声を上げた勇者が、数瞬後に下腹の痛みに気付き、顔をゆがめた。
まだ全部がはいりきっていない内に意識が戻ってしまった。
ここで止めては意味が無い。ゆっくりとだが、確実に挿入を続ける。

男戦士「……全部、はいったよ。」

勇者「っ……ひどい、ですよぉ……こんな……いつのまに……」

男戦士「……うん、ごめんね。」


この反応は当然予想していた。
恨みごとに対する言い訳は口にせず、謝りながら首筋にキスをする。
責められるのはわかっていながら、それでも選んだ行動なのだ。


勇者「……なんて、うそです。」


痛みに耐えながら、勇者が笑顔を浮かべて男戦士の背中に手を回す。


勇者「……おかげで、あまり痛くなかったですし。」


恥ずかしそうに顔を背けているが、そこに不満の色は見当たらない。
勇者は勇者で、男戦士の気遣いに気が付いているのだ。

互いに通じ合っている事を理解し、思わず男戦士の胸に熱いものがこみあげる。
美しい薄桃色の髪も関係ない。艶のある白磁のような肌も関係ない。慎ましい大きさの胸も関係ない。

ただ、勇者が勇者だから。
勇者だからこそ、無性に愛おしいと感じる。
その勇者の中にいると思うだけで、そのまま達してしまいそうになる。


勇者「…………ぁっ。」


中で急に大きさを増した男戦士のものに、勇者が眉をしかめる。


男戦士「ご、ごめん……大丈夫?」


これは不可抗力だ。
勇者が慣れるまで、しばらくこのままでいるつもりだったのだ。
慌てて男戦士が謝るが、勇者は痛みに耐え、無理に笑顔を浮かべる。


勇者「ちょっと、びっくりしただけです……それより、その……」

勇者「動いてくれて、良いんですよ……? ボクも、男戦士さんに良くなってもらいたいし……」


まだ痛みがあるだろうに、自分の事を考えてくれている。
ならば、男としてそれに応えなければならない。

無用の激しさはいらない。
だが、誠実に、実直に、真摯に、そして全力で。
誰より愛おしく思う、この勇者を愛さなければいけない。

――――なのだが。


男戦士(……くっ、あ……少し動くだけで、意識が持ってかれそうだ……)


熱を帯びた蜜壺と擦れ合う度に、快楽のあまり背筋に痺れが走る。
蜜壺の中、ひだがカリを、茎を撫で上げる。それは間違いなく快感だ。

だが、そういう物理的な話ではない。
互いの心が繋がっている、と心から感じられるが故の快楽か。
ものを抽挿するたびに、意識を失いそうになる。
まるで、自分そのものが削られ、少しずつ無くなっていくかのような。

ともすれば、恐怖すら抱きそうになる程の快楽、悦楽。
それに呑まれ、何時しか相手への気遣いも忘れ、ただ快楽を求め腰を動かしていた。

覆いかぶさる男戦士と、それを受け入れる勇者。
二人の体は熱を帯び、玉のような汗を流している。
抱きあう二人の汗が混ざり合い、まるで溶けて一つになるかのような感覚が、互いを更に高まらせる。

結合部からは粘性の音が響き、打ち付ける腰も弾けるような音を立てる。
だが、そんなものは、もう気にもならない。

永遠にこうしていたいと切望すれど、限界は当然訪れる。


男戦士「……いく、ぞ……勇者ちゃん、ぁぁあ……っ!」

勇者「はい……きてください……大丈夫、ですから……っ」

男戦士「ぁぁ……お、ぉぉ……ぐっ――――!!」


身も心も、魂さえも流出するかのような、強烈な快感。
覆いかぶさった勇者を抱きしめ、限界まで腰を突き入れる。

理性を失い、まるで獣のように荒ぶる男戦士。
痕が残りそうな程強く抱きしめられ、乱暴に扱われても勇者はそれを受け入れる。

最奥で放たれた精が、勇者の中を白く汚していく。
男戦士のものは、まだ最奥で欲望を吐き出そうと脈動している。

全てを吐きだすと、男戦士のものは勢いを失くし、勇者から引き抜かれた。
栓を失い、蜜壺から多量の白い精が流れ落ちる。

喪失の証の赤と、情交の証の白が混ざり、シーツを汚していた。


――――――――

――――――

――――

――

今日はここまでです。
続きはまた明日の夜に。

男戦士(ああ……くそ、自己嫌悪が……)


自室のベッドに腰掛け、男戦士がうなだれている。
冷静に考えてみると、色々とやらかした感は否めない。

ああいった結果になった事に後悔は無い。
むしろ、誇らしく感じるほどだ。

そう、結果に問題は無い。


男戦士(弱みにつけこむような形でやってしまうとは……)


自己嫌悪の理由は、事に及んだ切っ掛け。
勇者が口にした『約束』にあった。

―― 勇者「一つだけ、約束してもらえませんか……」
―――― 勇者「ボクと、ずっと一緒にいてくれると……」

ムードに流されたまま、深く考えずに約束を交わし、体を重ねた。

だが、少し待って欲しい。
情事の前の睦言にしては、少しおかしくないだろうか?

勇者のような少女ならば、『自分の事が好きなのか?』『自分を愛しているのか?』等の言葉を選ぶのが自然ではないだろうか。
とは言え、『ずっと一緒に』というのも、将来を誓うような意味合いと取れば、さほど不自然ではないかも知れない。

実際、男戦士はそのように受け取った。
決して軽い気持ちで事に及んだ訳ではない。
そこに嘘は無い。

だが、今更だが男戦士は思い出してしまった。
一番最初に自分達が交わしていた約束を。

―― 自分達は魔王を倒すような事は考えていない。
―――― ただし、同じ道を辿る『根の国』までなら案内しても良い。

そういう約束で、同行していた筈だ。
そして約束の通り、ここ『根の国』まで同行したのだ。

つまり、本来なら男戦士と男武闘家は御役御免。
明日にでもパーティーを離脱しても、責められる謂われは無い。
具体的にどこまで同行するかと言う話も、した覚えが無い。


男戦士(もしも……もしもの話、だぞ?)


考えたくないが、気付いてしまった以上、見過ごす事は出来ない。


男戦士(捨てられるのを恐れての行動だったら?)


―― 勇者「一つだけ、約束してもらえませんか……」
―――― 勇者「ボクと、ずっと一緒にいてくれると……」

これは、『自分を好きにして良いから、一緒に旅を続けて欲しい』という意味にならないか?

違うと信じたい。
勇者も、そういった打算的な考えで、あのような行動に及んだのではないと信じたい。

しかし、今更それを確認する訳にはいかない。
もしそんな真似をすれば、『良く理解して無いのに、適当な返事で事に及んだ』という事になる。

仮にどちらの意味合いであっても、普通に軽蔑されるだろう。
それだけは、何としても避けたい。


男戦士(いや、俺は最後まで同行するつもりだったからね!?)


『羊の町』を出る頃には、覚悟を決めていた。
ただ、男武闘家を説得する良い理由が思い浮かばないから、口にしなかっただけなのだ。
だから、まだ勇者にも告げていなかった。

男戦士(今更言えねーよ! どう考えても、言えば逆効果だろ!)


『ずっと一緒にいる』と約束した後に、実は最初からそのつもりだったと言うのか?
やるだけやっておいて、これほど軽薄な言葉もないだろう。口にしない方が万倍マシだ。


男戦士(しかも、あんな口裏合わせまでして……)


後悔に悶えながら、情事の後のやりとりを思い返す。


――――――――

――――――

――――

――

腰が抜けて動けそうにない勇者を抱え上げ、浴室に二人で入る。
浴室の明かりの下、勇者が恥ずかしそうな表情を浮かべるが、その程度の羞恥は今更だ。
肌を晒すどころか、その先の先まで済ませてしまったのだから。


男戦士「はい、お湯かけるよー。」


勇者の肩に湯をかけ、汗やその他を流し落とす。


男戦士「最後、荒っぽくしちゃってごめんね……大丈夫だった?」

勇者「え? えーと、その……あはは……」


嘘でも『大丈夫』と言わずに笑って誤魔化すあたり、相当だったのだろう。


男戦士「――本当に、ゴメンッ!」


土下座の勢いで男戦士が謝り、勇者もそれを受け入れる。

勇者「あれ、浴槽につからないんですか? 二人でも、つめれば何とかなりそうですけど。」


汗を流し、身を清めただけで出て行こうとする男戦士を呼び止める。
口にこそ出さないが、一緒に入りたそうに見える。
あれだけ激しく体を重ねたのだ、今度は静かに寄り添いたいのだろう。


男戦士「ああ、俺はちょっと部屋を片付けないとだから。ゆっくり休んでて良いよ。」


しかし、それはあくまで『女』の理論。
『男』は出すモノを出してしまえば、割と短時間で冷静になる生物だ。
表情にこそ出していないが、今の男戦士の心臓は破裂しそうなほど速く脈打っている。

一刻も早く、痕跡を消さなければいけない。
そうでなければ、命が危ない。

いや、もはや危惧ではない。
確 実 に 命 を 落 と す 。

不満そうな勇者に笑顔で返し、浴室を後にすると、男戦士の脳裏に優先事項が即座に列挙される。

1.汚れたシーツの交換。

2.こもった空気の入れ替え。加えて、香を焚いての痕跡の抹消。

3.この件に関する全てを勇者に口止めする。

この三点は決して譲れない。
それも『彼女』が戻る前に、速やかに完了させなければならない。

同意の上での情交なのだから、別に隠す必要は無い。
常識的に考えればそうなのだが、果たして常識が通じる相手だろうか?
これまでの凶行の数々を鑑みれば、とてもそうとは思えない。

女僧侶の勇者に向ける思いは真っ直ぐだが、一般的に言えばあまりに重過ぎる。
勇者のためなら殺人も辞さない、と言うか、既に嬉々として何人も殺っている。

殺したのは、それだけの理由があったからだが、自分の“これ”も十分理由になりそうな気がする。
いや、むしろ、理由にならない理由が思いつかない。

勇者「わあ、良い匂い……お香を焚いてくれたんですか?」

男戦士「う、うん……ほら、疲れただろうから、リラックスできる香をね……?」ゼェ ゼェ


浴室から出てきた勇者に、最速で片づけを済ませた男戦士が荒い息を吐きながら答える。
勇者が不思議そうに首を傾げているが、あえて説明はしない。

ベッドに腰掛ける男戦士の隣に、自然な仕草で寄り添うように腰を下ろす。
小柄な体を男戦士に預け、幸せそうな笑顔を浮かべている。

湯上がりの香りが男戦士の鼻をくすぐり、脳を揺らす。


男戦士(……もう一戦 ――――って、駄目だ駄目だッ!!)


あれだけ出したのに、一回だけじゃ物足りないとか思ってしまった。
せっかく綺麗に後片付けしたのに、それを無駄にする訳にはいかない。

もしも、二回戦の途中で女僧侶が戻ってきたら……考えただけで胃液が逆流しそうになる。

男戦士「勇者ちゃん、ちょっと相談なんだけど……」

勇者「はい、何でしょう?」

男戦士「今日の事は、二人だけの秘密にした方が良いと思うんだ。」

勇者「と、言うと?」

男戦士「あの二人の前では、こうやってくっついたりしない方が良いんじゃないかなー……って。」

男戦士「何もなかったように、今まで通りに振る舞うのが一番だと思うんだ。うん。」

勇者「……え?」

男戦士「部屋割りも、今まで通りに『勇者ちゃんと女僧侶ちゃん』『俺と男武闘家』にしよう。」

男戦士「いや、別に難しい事じゃないよね。ただ、今までと同じようにするだけなんだから。」

勇者「……理由とか、聞かせてくれないんですか?」


不安そうな勇者の眼差し。
話の持って行き方が直接的過ぎたのだが、そこまで考える余裕は無かった。

男戦士「今日の事を女僧侶ちゃんが知れば……俺は間違いなく、殺される……」ガクガクブルブル

勇者「え、えぇっ!?」

男戦士「いや、確実に。頭カチ割られて殺される……」ガクガクブルブル

勇者「え、いや、そんな事は……」ウーン…


これまでの女僧侶の行動を振り返ってみる。


勇者「――あると思います。」キッパリ

男戦士「だよね!? 絶対そうなるよね!? 俺はまだ死にたくないのッ!」

勇者「…………」

男戦士「だって、死んじゃったら勇者ちゃんと一緒にいられないだろ!?」


不意をつかれたのか、勇者が目を丸くするが、すぐに嬉しそうに目を細める。
男戦士に飛び込むようにのしかかり、男戦士の胸に顔をうずめる。

勇者「大丈夫、ずっと一緒ですからね……」

男戦士「勇者ちゃん……」


さっきとは逆に、男戦士が下になる体勢。
抗うのは容易だが、何故かそういう気にはならない。
胸に感じる勇者の重みが心地良い。


勇者「言いたい事はわかりました。ボクも、男戦士さんに死んでほしくないですし……」

勇者「今日の事は、二人だけの秘密にしましょうね……」


悪戯っぽく頬笑み、男戦士の頬にそっと口付けた。


――――――――

――――――

――――

――

男戦士(やるだけやって、『今まで通りの関係で』とか……俺、最低じゃね?)


他意は無かった。
ただ、自分が生き延びるために必死だったのだ。


男戦士(途中の不安そうな表情とか、『え、この人やり捨てする気?』って意味だったんじゃないのか?)

男戦士(いくら女僧侶ちゃんが怖いからって、もうちょっと勇者ちゃんにも気を回すべきだっただろ!)

男戦士(そうだよ! いくらなんでもビビり過ぎだ! いっちょガツンと――――)


言ってやればどうなるだろう?


男戦士(殺されるに決まってんじゃねぇか! 怖ェェんだよ! 勝ち負け以前の問題なんだよ!)ガクガクブルブル


どう考えても勝負になると思えない。
心構えからして、相手になると思えない。

素手でも武器でも、スキルレベルが下だという客観的事実。
それに加えて、あの異常なまでの躊躇いの無さ。
戦闘に対する適性が、自分とは違いすぎる。


男戦士(バレませんように……どうか、バレませんように……)


色々と死にたくなるような失敗をしつつも、それでもやっぱり死なない為に全力を尽くすという二律背反。
男戦士の眠れない夜はふけていく。


――――――――

――――――

――――

――

食堂で朝食を食べながら、昨夜のお出かけを報告しあっている。


女僧侶「――それで、その後は衛兵の皆さんにご飯を奢ってもらったんです!」

女僧侶「チーズを食べさせてもらったんですけど、やっぱり『枝葉の国』のとは違うんですねぇ♪」

男武闘家「ああ、気にいった? どんなの食べさしてもらったの?」

女僧侶「えーと、白かったです。そして柔らかかったです。」

男武闘家「それなら、多分カマンベールか? ワインと合うんだよ、あれ……」

女僧侶「そーですよねー♪ ワインも美味しかったなぁ♪」

女僧侶(良い短剣は見つからなかったけど、とても楽しい時間を過ごせました。)

男武闘家「なんだ、ワインも奢ってもらったのか。随分気に入られたんだな。」

女僧侶「それも、全部勇者くんのおかげですよ。皆さん、口々に褒めてましたよ♪」

勇者「あはは、そんな……別に何もしてないのに……」

女僧侶「いえいえ! あの法外な入国料を、文句も言わずに受け入れるなんて、並みの器じゃないって言ってました!」

女僧侶「やっぱり皆さんもあの金額はおかしいって思ってたみたいで、熱く語ってくれてましたよ♪」

勇者「……そうなんだ。」テレッ

女僧侶(はにかむ勇者くんかわいい……!)ハァハァ

勇者「男武闘家さんは何をしてたんです?」

男武闘家「俺はここの地酒を楽しんでたよ。久しぶりだったから、ちょっと呑みすぎちゃってね。」

女僧侶「その割には、あんまりしんどそうじゃないですねー?」

男武闘家「ああ、薬用酒みたいなものだから。むしろ調子が良いくらいだ。」

女僧侶「へー、そんなお酒があるんですねぇ。ちょっと呑んでみたいかも。」

男武闘家「ん、興味ある? 一瓶買ってあるから、良かったら今夜にでも試してみると良い。」

女僧侶「おお~、これは楽しみですねぇ♪」

男戦士(あれを女の子に勧めるとか鬼畜か。……あ、でも、そうか『あいつ』は好きだったっけか。)

女僧侶「男戦士さんも遅くまで遊んでたんですか? 目の下にクマができてますよ。」

男武闘家「いや、こいつ俺が戻った時には、もう自分のベッドに入ってたんだけどな。」

男戦士「あはは……ちょっと寝付けなくてねー。 」

女僧侶「なんだ、勇者くんと逆ですね。結局、昨日はずっと寝ちゃってたんですよね?」

勇者「う、うん、そうなんだ。お香を焚いてみたら、何だか眠くなっちゃって。」

女僧侶「部屋に戻ったら何だか良い匂いが漂ってましたからね~。おかげで私も良く眠れました♪」

男戦士(……良し! 女僧侶ちゃんは気付いてない!)ドキドキ

男武闘家「どうせお前の事だから、また泡風呂にでも行くのかと思ってたんだが。」

男戦士「」ブフォッッ!!

女僧侶「ちょ、ちょっと! いきなり水を吹かないでくださいよ!」

男武闘家「あ……」イッケネ…

男武闘家(女の子の前で大っぴらに言うような事じゃ無かったな……うっかりしてた……)

勇者「……男の人なんだし、普通の事ですよね。別に良いじゃないですか。」フキフキ

男戦士「(滝汗)」ダラダラ

勇者「男戦士さん、きれいなお顔ですし。そういうお店でもモテるんでしょう。」フキフキフキ

男戦士「」

男武闘家「ゆ、勇者ちゃん、意外と大人だねぇ……あは、あはははは……」

男武闘家(すまん、口が滑った……今度、何か奢るわ……)

女僧侶「ところで、泡風呂って何なんですか?」

勇者「何でしょうね、男戦士さん。説明してあげないんですか?」ニコッ

男戦士(いっそ殺してくれ……いや、死にたくないけど……でも、殺して……)


――――――――

――――――

――――

――

食事を終えた一行は、まだ街を出ずに歩いていた。
出口とは違う方向に向かう男戦士と男武闘家に、女僧侶が不満の声を上げる。


女僧侶「まだ出発しないんですかー?」

男武闘家「出発してるよ。もう町を出るから、そのつもりでね。」

女僧侶「そんな事言って、出口とは逆方向じゃないですかー。」

男戦士「え? ……ああ、そうか。ここからは山を越えていくから、歩きじゃないよー。」

男武闘家「流石に、歩いて山越えは避けたいからね。」

勇者「馬車で行くって事ですか?」

男武闘家「いや、馬車だと小回り利かないからね――――ほら、見えてきた。」


到着した場所にあったのは、何十頭もの馬が繋がれた厩舎。
きちんと世話が行き届いているらしく、どの馬も艶やかな毛並で健康そうに見える。

男戦士「どーもー、馬を買いたいんですけどー。」

馬主「いらっしゃい。数は四頭で良いかい?」

男武闘家「どうしたものか……二人は、馬に乗った事は?」

女僧侶「私はないです。」

勇者「ボクも馬車しか……」

男武闘家「じゃあ、二頭にしておこう。乗り方は教えてあげるから、覚えたらもう二頭増やそう。」

女僧侶「あまり近くでじっくり見た事は無かったんですけど、つぶらな瞳がかわいいです♪」トタタッ

馬1「ヒヒーーン!」 ブルル! ブルッ!

馬主「おいおい、どうした? 何を怯えてるんだ……」ナデナデ

馬1「…………ッ」ブルルッ! ブルン!

男武闘家(明らかに、女僧侶ちゃんが近付いたからだよな……)

男戦士(動物の勘か……)

馬主「おいおい、興奮するんじゃない……こいつは無理そうだな。」

男武闘家「馬主さん、一番気性が荒らそうなのを連れて来てもらえる?」

男戦士「狼の群れも恐れないようなの。じゃじゃ馬くらいで丁度良いかな。」

馬主「良いのかい? じゃあ、ちょっと待ってな。」

勇者「大きいなぁ……」ヨシヨシ

馬2「…………」ブルン…

男武闘家「おお、自分から頭を下げて受け入れてるぞ……」

男戦士「勇者ちゃんは問題なし、と。動物の勘マジパネェな。」

女僧侶「あー、下がらないでこっちに来て下さいよ。撫でれないじゃないですかー。」

馬3「ヒヒーーン!」 ブルル! ブルッ!

男武闘家「やめてあげて、怯えてるから!」

男戦士「ここまで全力で拒否するのは初めて見るぜ!」

女僧侶「実は、昔からあまり動物が懐いてくれなくて……」シュン

男武闘家「血の匂いが染みついてるからじゃあないのか……」

男戦士「つっても、今日はまだ何も殺してないのになぁ。」

女僧侶「こ、殺すのが当たり前みたいに言わないでください!」ムキー!

男戦士「けど、実際どうなんだ?」スンスン

女僧侶「別に血の匂いなんてしてないですよね?」

男武闘家(いきなり女の子の匂いを嗅ぐなよ……)

勇者「……」ニコニコ

男戦士(い、いや、今のはそういうアレじゃないからね!?)ビクーン!

馬主「こらっ、暴れるな!――こっちに来なさい!」

黒馬「…………ッ」ブルルッ!

男戦士「これは、確かに狼の群れでも蹴り殺しそうだな……」

男武闘家「体付きが明らかに他と違うな。」


大きさこそ他のとあまり変わらないが、発達した筋肉が実際のサイズより大きく感じさせている。
黒で統一されたその身体は、見るものを威圧する。

女僧侶「わぁ、黒くて立派ですねぇ♪」トタタッ

馬主「お、お嬢ちゃん、危ない――――!」

女僧侶「あなたは逃げないんですねー、良い子 良い子。」ナデナデ

黒馬「…………」ブルン…

馬主「はわぁ……驚いた。こいつが素直に身体を触らせるとはねぇ……」

男戦士「じゃあ、一頭は決定だな。」

男武闘家「もう一頭は……まあ、どれでも良いか。」

馬主「おお、こいつを買い上げて頂けるなら、お勧めがいますよ。」

白馬「…………」ブルルッ

馬主「こいつなら黒馬と一緒でも怯えませんよ。他のだと、ちょっとね。」

男戦士「そうか。じゃあ、もう一頭はそれで良いだろ。」

馬主「ずっと売れ残ってたこいつを引き取ってもらえるなら、一頭分の値段で構いませんよ。」

男武闘家「じゃあ、決定だな。」



男戦士(ちょっと誤解されてる気がするから、早めにちゃんと言っとかないとな……)

男戦士「じゃあ、ペアは『俺と勇――――」

勇者「男武闘家さん、一緒に乗ってもらって良いですか?」

男武闘家「ああ、任しとけ。それじゃあ、俺と白馬に乗ろうか。」

勇者「男戦士さん、今何か言いかけてました?」ニコニコ

男戦士「イエ ベツニナニモ…」

女僧侶「じゃあ、男戦士さんは私と一緒にこの子ですね。」

黒馬「…………ッ!」バフーッ! ブルルッ! ブルッ!

男戦士「」


――――――――

――――――

――――

――

男武闘家「そうだな……とりあえず今日は馬に慣れてもらおうか。」


白馬に跨る男戦士が勇者を馬上に引き上げ、自分の前に座らせる。


男武闘家「跨るんじゃなくて……そうそう、そうやって横座りで。」

勇者「ボクが前で良いんですか?」

男武闘家「ああ、前の方が揺れが少ないから。勇者ちゃん、小さいから視界の邪魔にもならないし。」

勇者「本当だ、あんまり揺れないですね。でも、少し不安定じゃないです?」

男武闘家「もちろん走る時は跨らないと駄目だ。でも今日はずっと歩かせるから気にしないで。」

男武闘家「安定が悪いと思ったら、俺の腕なり身体なりにもたれて良いから。」

勇者「はい。」ニコニコ

同じように黒馬に跨る、男戦士と女僧侶ペア。


女勇者「男戦士さん、私もあれがやりたいです!」

男戦士「え? いや、別にやって良いよ。……って言うか、もうやってるよね。」

女僧侶「違いますよ! 私も勇者くんを前に乗せたいんです。」

男戦士「あぁ、そっち? うーん、流石にいきなりは無理だろ……」

女僧侶「早く乗り方を覚えて勇者くんと一緒に乗りたいです。どうしたら良いですか?」

男戦士「そうだなぁ、人を乗せる訓練は受けてるみたいだから、基本的な乗り方を覚えれば何とかなるかな。」

男戦士「もちろん、俺が確かめてみて、まだ無理だと判断したら駄目だけど。」

女僧侶「それは、まあ……勇者くんを危険に晒すのは嫌なので従います。」

男戦士「それじゃあ、横座りじゃなくて正面を向いて跨り直そうか。で、背筋を伸ばす。」

男戦士「あ、それと、帽子は俺の視界を遮るから外しとこうね。」

女僧侶「了解です!」ファサッ

男戦士「うん、素直でよろしい。」ナデナデ

女僧侶「えへへー。」ホメラレタ♪

男戦士(……こうしてれば、普通の女の子なのにな。肩幅とか腰の細さとか。)


男戦士が握る手綱の間に女僧侶がいるのだから、体勢としては腰に手を回すような形になる。
勇者ほど小柄ではないにしても、その体付きは明らかに女のものだ。
微かに腕に伝わる柔らかさも、十分に女らしい。

女僧侶の肩までの長さの露草色の髪が風に流れ、男戦士の頬をくすぐる。
本人の性格を反映しているのか少し跳ねがあるが、頭を撫でた際に指に伝わってきた手触りは、決して傷んでいるとは思えない。

髪からも、身に付ける青と白の法衣からも、爽やかな石鹸の匂いが漂ってくる。
きちんと洗濯に気を配っているのだろう、これだけ見れば普段あれだけ返り血を浴びているとは思えない。

女僧侶「ところで、私ちょっと気になってたんですけど……」ボソボソ

男戦士(――――ッ!?)ビクゥッ!

黒馬「…………ッ!」ブルルッ!

女僧侶「わ、わわわっ。どーどーどー?」ナデナデ

黒馬「…………」ブフーッ

男武闘家「なんだ、どうかしたのか?」

男戦士「い、いや、何でもない! ちょっと手綱ミスっただけ!」アセアセ

男武闘家「気をつけろよ、ただでさえ扱い難しそうなんだから。」

男戦士「わ、わかってるって。」アセアセ

女僧侶「この子、結構繊細なんですねー。良い子、良い子。」ナデナデ

男戦士(馬は乗り手の動揺がわかるから、とは言わない方が良いな……)

男戦士(い、いや、そんな事より気になる事って何だ!? まさか……)ダラダラ

女僧侶「それで、ですね……男武闘家さんの事なんですけど……」ヒソヒソ

男戦士「え? お、男武闘家? あいつがどうかしたの?」ホッ

女僧侶「ええ、私と男武闘家さん、結構一緒に行動してたじゃないですか。」ボソボソ

男戦士「言われてみれば……うん、そうだったね。」ヒソヒソ

女僧侶「それで、私の気のせいかもしれないんですけど……」ヒソヒソ

男戦士(おや? もしかして、ちょっと面白い話?)ワクワク

女僧侶「何となく、男武闘家さんって私達と距離を作ってるような気がするんです……」ボソボソ

男戦士「え? 距離? ……いやぁ、どうかなぁ……」ヒソヒソ

女僧侶「ほら、今だって勇者くんと一緒ですけど、微妙に距離を置いてる気がしません?」ボソボソ

男戦士「うーん、そうかなぁ……言われてみれば、そうなのかぁ……?」ヒソヒソ

女僧侶「あれが男戦士さんだったら、きっと勇者くんが嫌がるくらいベタベタすると思うんです。」ボソボソ

男戦士(えッ!? 俺ってそういう目で見られてたの?)

男戦士(……いや、まあ、否定できないんですけどね。)

女僧侶「あ、でも、別に避けられたり、冷たくされるとかじゃないんですよ?」ボソボソ

女僧侶「何て言うか……何か基準があって、それ以上は踏み込まないし踏み込ませない、みたいな。」ヒソヒソ

男戦士「一線引いてるって事?」ボソボソ

女僧侶「そう、そんな感じです! 男戦士さんは長く一緒に組んでるみたいなので、何か心当たりがあるかなー、と。」ヒソヒソ


女僧侶の肩越しに、少し先を歩く男武闘家を注視する。
勇者が何か話せば相槌は打っているが、その視線は油断なく周囲に配られている。


男戦士(言われてみれば、確かに変だな……)


女僧侶が言う距離感云々はピンと来ないが、男戦士の目線でも違和感は感じ取れた。

男武闘家は、自分と勇者が体を重ねた事を知らない。
その状況で馬に相乗りになったのだ。
ならば、もっとモーションをかけるのが自然だろう。

勇者が落ちないように気遣う振りをしつつ、自然に背中に手を回すとか。
手綱を試しに握らせてみて、補助する振りをしつつ手を重ねるとか。
もっと勇者と親密になれるように積極的に話を振っていくとか。

自分なら、間違いなくそうしていた。

周囲に気を配るとは言っても、ここはまだ町の近くで危険は殆どない。
それは男武闘家も当然知っている事だ。


男戦士「なるほど……確かに、ちょっと変かもね。」ヒソヒソ

女僧侶「……っ」ピクン

男戦士「他に、何か気付いた事は無い……? 些細な事でも良いから……」ヒソヒソ

女僧侶「…………っ」フルフル

女僧侶「あの、もう少し、耳から離れて話してもらえると……」


女僧侶の肩越しに話すと、ちょうど耳元で囁く形になる。


男戦士「なんで……? 男武闘家に聞かれるのはちょっと気まずくない……?」ヒソヒソ

男戦士「いや、俺は良いんだけど……付き合い長いし……でも、女僧侶ちゃんは気になるだろ……?」ヒソヒソ

女僧侶「……っ……ぅっ」ピクン…ピクッ…

女僧侶「だから……耳元で囁くのはやめてください……くすぐったいんです……!」ボソボソ

男戦士(おお……女僧侶ちゃん、耳が弱かったのか。なんだ、普通の女の子みたいな所もあったんだ。)

男戦士(よし。いつもビビらされてるんだし、ちょっとくらい悪戯したって良いだろ……)

女僧侶の耳元に優しく息を吹きかけてみる。


女僧侶「…………っ」ゾクゾクゾク

女僧侶「って、何やってるんですか……! 話を聞いてたんですか……!」ヒソヒソ

男戦士「え? 何の事? 普通に息ぐらいするよ。じゃないと死んじゃうじゃん。」ボソボソ

女僧侶「……ぁっ……くっ……」フルフルフル

女僧侶「だから……! 耳から離れてくださいって言ってるのに――――」ボソボソ

男戦士「」フゥーー

女僧侶「……ひゃっ!」ビクン!


思わず声をあげてしまった女僧侶が慌てて口元を押さえる。


男武闘家「どうかしたのか?」クルッ

女僧侶「な! なんでもないです!」

女僧侶「え、えーと……そ、そう! 大きな虫がいたのでびっくりしちゃって!」アセアセ

男武闘家「山だから、確かに色んな虫がいるな……ま、すぐ見慣れるよ。」

女僧侶「は、はい! ですよねー……あはは、あははははは……」

女僧侶「ちょっと、いい加減にしてくださいよ……!」ヒソヒソ

男戦士「別に何もしてないよ。普通に小声でしゃべってるだけなのに……」ボソボソ

女僧侶「ッ……ァッ……」ゾクゾクゾク

女僧侶(もう、また……ッ!)

女僧侶(吐息が耳にかかってくすぐったいんですよ! ――――あ、そうか!)ピコーン!

――――ドボォッ!


ノーモーションで放たれた女僧侶の肘が、背後の男戦士の腹部を打ち抜く。
狙いは横隔膜。肺の中の空気が空になり、男戦士が言葉を詰まらせた。


女僧侶「これで、耳に息がかかることもないです。さ、お喋りを続けましょう……♪」ヒソヒソ

男戦士「ッ!……ガッ……アッ……ッ!」ヒュー…ヒュー…

男戦士(しゃべれねーよ! ……つーか、息ができねぇ!)


男武闘家「何だ? あいつら、何を遊んでるんだ?」

勇者「楽しそうですねー。」ニコニコ


――――――――

――――――

――――

――

山を二つ越えた所で日が暮れ、一行はキャンプの準備を始める。


男武闘家「それじゃあ、完全に暗くなる前に、薪と食糧を確保しないとな。」

男戦士「なら、俺が何か獲ってくるぜ。お前は薪と火の準備を頼む。」

男武闘家「そうだな……じゃあ、お前と女僧侶ちゃんに食糧調達は任せる。」

男戦士「え、いや、勇者ちゃんは俺と――――と思ったけど、そっちの方が良いな。」


平地と違い、山には危険な動物も棲息している。
茂みの入り口で済ませられる薪拾いと、茂みに踏み込む食糧調達。
どちらが危険か、考えるまでもない。

個人的な希望と安全とを天秤にかけるような事はしない。
山と共に生きる、『根の国』で育った人間なら当然の選択だ。


女僧侶「それで、私はどうしたら良いんですか?」ワクワク

女僧侶「やっぱり山なら熊とか猪ですよね。よーし、私も頑張りますよー。」ワクワク

男戦士「いや、そんなでかい獲物はそうそう見つからないし、態々狙う必要無いから!」

男戦士「という訳で、これ。」スッ

女僧侶「はぁ、なんでしょうか、これは……キノコの絵がたくさん?」

男戦士「ん。そこに載ってるのは食べれるキノコだから、それを探して拾っといて。」

女僧侶「わかりました!」

男戦士「後で変な物が混ざってないかチェックするから、安心して拾ってねー。」

女僧侶「あれ? 男戦士さんはどうするんですか?」

男戦士「俺は、もう少し奥まで行って野鳥でも獲るよ。女僧侶ちゃんはこの辺りにいる事、良いね?」

女僧侶「はい!」

男戦士「素直でよろしい。」

男戦士(女僧侶ちゃんって、犬っぽいなぁ。人懐っこいし。)

女僧侶「む、すぐそこに見えてるのに、石が邪魔だなぁ……よし、砕いちゃおう♪」 バキッ! ゴキッ! ゴッ! ガッ! ゴッ!

男戦士(狂犬じゃない事を祈らざるを得ない。)ガクガクブルブル





勇者「これくらいで良いですか?」

男武闘家「うん。それだけあれば十分だろう。」


ちゃんと男武闘家に指示された通り、渇いた枝ばかりを集めてきている。


男武闘家「思ったよりも早く準備ができた。二人もすぐ戻るだろうし、お湯でも沸かして待っとくか。」

男武闘家「そうだ、紅茶を淹れとこう……昼間に蜂蜜も手に入ったし……」

勇者「何か手伝いましょうか?」

男武闘家「いや、大した手間じゃないし、のんびりしてて良いよ。」


男武闘家は水場から汲んできた水を火にかけ、紅茶の葉と蜂蜜を準備する。
何もない場所に炊事場を構築する手際の良さは、見る者に野営の経験の豊富さを感じさせる。

勇者「……男武闘家さん、大丈夫ですか?」

男武闘家「え? いや、この程度の作業は心配されるような事じゃないだろ。」

勇者「そうではなくて。」

男武闘家「違うのか。じゃあ、何の話?」

勇者「男武闘家さん……何だか、ピリピリしてませんか?」

男武闘家「…………」

勇者「前から少しずつ……山に入ってからは特に。」

男武闘家「それは……平地と比べれば、山には危険が多いからな。」

勇者「それだけ、ですか?」

焚火が照らす男武闘家の横顔。
そこから内面を読み取る事は出来ない。


男武闘家「――――そのつもりだよ。さ、湯も沸いたし紅茶を淹れようか。」

勇者「……わかりました。カップを用意しますね。」


――――――――

――――――

――――

――

男戦士が木々の間に佇み、周囲の気配を探る。
少し先の枝の上に一匹の野鳥がとまり羽を休めている。

音を立てずに移動し、最適の場所を確保する。
野鳥と男戦士との間には太い枝が視界を遮り、互いを視認する事は出来ない。

おもむろに、携えていたロープ状の狩猟具の端を握り、遠心力を利用してゆるやかに回転させ始める。
風切り音が鳴らない程度の緩やかな回転のまま、男戦士が視界の先の太い枝を飛び越える軌道で狩猟具を放り投げる。


野鳥「キーキー!」 バササッ! バサッ!


狩猟具に絡め取られた野鳥が地面でもがいている。
音もなく背後から飛来したボーラ(ロープの先端に球状の重しを付けた狩猟道具)を察知できなかったのだ。


男戦士「……許せとは言わないよ。」         ボキッ


苦しまないように確実に首を折り、血抜きのためにナイフで切れ込みを入れる。
持って帰って血抜きをしても良いのだが、見慣れていない人間には刺激が強いかもしれない。


男戦士「……四人だし、もう一匹くらいは欲しいか。」


それなりに大きな鶉(うずら)だが、流石に四人で食べるには足りない。

――――ガサガサ


男戦士(…………何だ?)


物音を察知し、男戦士が身を屈める。
気配を消していた男戦士の視界の先で、茂みが動いている。


男戦士(――――ッ!)


茂みを掻き分けて姿を現したのは、犬の頭を持つ獣人型の魔物、コボルト。
それも一体ではなく、三体が連なって歩いている。


男戦士(……一対一で勝てない相手じゃない……だが三対一。)


冷静に彼我の戦力を分析する。


男戦士(……いや、山の中は俺の領域。『樹の恩寵』が最大の力を発揮できる。)


自然に干渉するのを得意とする『樹の神』の恩寵は、周囲の自然が豊富であればある程強力になる。
鬱蒼と茂る山の中は、『樹の神』が最も力を発揮できるフィールドだ。

男戦士(……負けはしない。だが、無駄に危険を冒す必要もない。このまま気配を消してやり過ごそう。)


低いながらも知能を持つコボルトは、簡単な造りだが武具を身に付けている。
男戦士の長剣を防ぐほどの品質では無いが、獣人特有の高い身体能力で振るう威力は侮れない。


コボルト1「……グルゥ」クンクン


先頭のコボルトが立ち止まり、鼻を鳴らしている。
後ろの二頭も立ち止まり、同様に匂いを嗅ぎ始める。


男戦士(ッ!……くそ、失敗した……)チャキ…


足元には血抜きをしている最中の鶉(うずら)。
犬の嗅覚ならばすぐに嗅ぎつける筈だ。

やり過ごす事は半ば諦め、腰の長剣に静かに手を掛ける。


コボルト1「――ッ!」ハッ


男戦士(あーあ、目が合っちまったよ……)

腰の長剣を抜き放ち、コボルト達に対峙する。
多対一でも不意さえつかれなければ何とかなる筈だ。


コボルト1「グルルッ……」

コボルト2「ガウガウ!」

コボルト3「ガルル!」


コボルト達も男戦士に気付き、自作の石器を掲げて威嚇する。
傾斜を見下ろす形の男戦士の方が有利だ。
地の利も確保した男戦士に焦りは無い。


コボルト1「バゥッ!!」

コボルト2「――ッ!」ビクッ

コボルト3「――ッ!」ビクッ


先頭のコボルトが叱るように吠え声を上げると、他の二頭が身を竦める。
男戦士を一瞥すると身をひるがえし、コボルト達は出てきた茂みを戻っていった。

男戦士「……どういう事だ。」


魔物は人間を見ると反射的に襲ってくる。
そこに勝ち負けの計算は無い。

手痛い反撃を受けて撤退する事はあるが、尻尾を巻いて逃げるというのは有り得ない。
コボルトは集団で狩りをする性質を持つが、それはあくまで団体で人を襲うという意味だ。
そこに規律や統制などというものは存在しない。

しない、筈だ。


『情報街』で聞いた話が脳裏に浮かぶ。

――『根の国』で魔物の目撃数が増えている。
――――しかし、実際に被害を受けた報告は増えていない。

あの話はこれを指していたのか?

男戦士「……戻るか。」


危機を免れたのに文句は無い。
だが、あのコボルトの動きには、言い知れぬ不安を覚えずにはいられない。

狩りを中断し、男戦士は一行の元へ引き返す事にした。


――――――――

――――――

――――

――

今日はここまでです。

続きはまた明日の夜です。

男武闘家「――確かに、気になるな。」

男戦士「向こうは完全に俺に気付いていた。偶然って事は無いだろう。」


焚火を囲みながら、夜の番をする二人。
勇者と女僧侶はテントで眠りについている。


男武闘家「誰かに手酷くやられた帰り道だった、とかどうだ?」

男戦士「いや、とてもそうは見えなかった。完全に無傷だったからな。」


傷もなく、疲労の色もなく、追い立てられた焦燥も無かった。


男戦士「まあ、ここで考えても答えは出ないだろうけど、一応情報の共有をな。」

男武闘家「ああ、覚えておく。」


パチパチと火の粉が舞い散る。
黙り込んだ二人だが、頭の中は同じ事を考えていた。

互いに、あまり口にしたい話題ではない。
だが、避ける訳にはいかない。

男戦士「なあ……あの時も、確かこんな事が……」

男武闘家「そうだったな……そんな噂は流れてた……」


男戦士と男武闘家が、そして『もう一人』が。
冒険者として旅立ち、生まれ育った町を後にしようとしていた頃。

二人は、その七年前の記憶を思い返す。


――――――――

――――――

――――

――

女狩人「町長、それって確かなの?」

町長「どうかのぉ、こういう報告が来てるのは確かなんじゃが……」

男戦士「魔物が気付いてなかっただけじゃねーのー?」


ここは、酪農と家畜の角を加工した楽器で生計を立てる『角笛の町』。
男武闘家、男戦士、そして二人の幼馴染『女狩人』はこの町で育った。


枝葉の勇者「それか、魔物もお腹がいっぱいだったとか!」

男武闘家「魔物がそんな、動物みたいなわかり易い生態ならどれだけ良かったか……」


十五年前にこの枝葉の勇者が生まれた事で、『角笛の町』は『根の国』から多大な支援を受けていた。


男戦士「魔物の群れが人を襲わない……そんな話、過去の文献にも載ってなかったよな?」

男武闘家「ああ、少なくとも、寄贈された書籍の中にはなかった。」

女狩人「まったく、この“本の虫”共は……」ヤダヤダ

枝葉の勇者「ねー、外で遊んでた方が楽しいのにねー。」

町に新しく建てられた図書館も、その支援の一つ。
ここで様々な情報に触れ、勇者としての才能を伸ばして欲しい。

そんな願いが込められているのだが、当の本人はどこ吹く風である。
むしろ、男戦士や男武闘家が、女狩人から逃げる為の憩いの場として機能していた。


町長「そう言えば、禁猟区で聞きなれぬ吠え声が聞こえたという相談も来ておったな。」

女狩人「へぇ、そっちの方が面白そうじゃん。」

男武闘家「禁猟区で調査とか、危険すぎるんじゃないか?」

男戦士「そうそう、チビっ子には無理だろ。」

枝葉の勇者「むむ。」


本来の禁猟区はそこに棲む動物を保護するための取り決めだが、この場合は違う。
あまりに山が険しいため、遭難を防ぎ人間を保護するための立ち入り禁止区域として規定されていた。

しかし、山の変化は観察しなければならない為、定期的に慣れた人間が出向いている。


町長「お前達なら、ワシも安心して任せられるんじゃが……」


『慣れた人間』とは、町長の認可を受けた人間。。
それにはここにいる男戦士、男武闘家、女狩人も含まれている。

枝葉の勇者は経験を積むため、町民から寄せられた相談を解決するのが日課になっていた。
兄貴分、姉貴分として一緒に育った三人がその補助についているのだ。

寄せられる相談の中には、経験の乏しい枝葉の勇者では荷が重いものもある。
そういう場合は、代わりに三人が解決に奔走する事になる。


女狩人「ま、空耳か何かだと思うけど、しっかり確かめて来てあげるわよ。」

女狩人「あんた達も引き継ぎ終わってるんでしょ? 一緒に行くのよ。」

男戦士「あー、悪い。俺の方はまだ引き継ぎ終わってないんだ。」

男武闘家「なんだ、お前もかよ。俺の方ももう少しかかりそうなんだ。」

枝葉の勇者「じゃあ、僕が!」

女狩人「おチビちゃんにはまだ早いわね~。」ナデナデ

枝葉の勇者「むむぅー。」

男戦士「魔物の妙な行動の調査も、直接魔物と対峙する事を考えたら、それなりに危険だ。」

男戦士「ま、おチビは家畜の診療で良いんじゃないの?」

枝葉の勇者「えー、あれは牛とか羊とお話するだけで退屈なんだよー。」

男武闘家「何をナメた事言ってるんだ、このおチビは。」

男武闘家「家畜は俺達の生活を支える大切な存在なんだぞ。しっかり世話をしてやるんだ。」

枝葉の勇者「むぅぅ、わかったよー。」

女狩人「素直でよろしい。それじゃあ、お昼は私がご馳走してあげよう♪」

枝葉の勇者「えー……狩人ねーちゃんのご飯よりにーちゃん達の方が……」

女狩人「何 か 言 っ た ?」ニコニコ

枝葉の勇者「……ありがたく、いただきます。」クスン


女狩人と枝葉の勇者は連れ立って町長の家を後にした。

町長「そう言えば、おぬしら、引き継ぎは終わったと言っとらんかったか?」

男戦士「え? とっくに終わってるよ。」シレッ

男武闘家「三日前には終わってる。」シレッ

町長「おぬしら……」

男戦士「来週には旅に出るんだから、今くらいのんびりさせてもらわないと。」

男武闘家「いや、出来れば今からでも『森守』の任に戻りたいくらいなんだけど……」


『森守』とは一人で一つの山の生態系を管理する、『角笛の町』の上位の管理役職。
二人のように、十九の若さで勤めるのは異例だった。


町長「ワシも正直惜しいが……なに、あのじゃじゃ馬も少し旅をすれば満足するじゃろう。」

町長「そうなれば、また戻ってきて『森守』を勤めあげてくれれば良いんじゃ。」

町長「旅には旅の良い所がある。外の世界に触れて見聞を広めるのは、そう悪い話じゃない。」

男戦士「そうかも知らんけどさぁ……」

男武闘家「気が乗らんのよ、実際……」

――――バーン!


いきなり叩きつけるように扉が開かれた。
驚いて振り返ると、息を荒くした女狩人が立っている。


女狩人「あ ん た ら ぁ ぁ ぁ ……」ゼェゼェ

男戦士(……げ。)タラリ

男武闘家(……これはまさか。)タラリ

女狩人「後継に確認したら、『引き継ぎは終わった』って言ってるじゃないの!」ハァハァ

男戦士(確認早えーよ!)

男武闘家(ちょっとは信用しろよ!)

女狩人「ど う い う 事 か 説 明 を ――――」

男戦士「逃げるぞッ!」ダッ

男武闘家「言われるまでもないッ!」ダッ


窓枠を飛び越えて、一目散に逃げ出す二人。

女狩人「待てやゴルァァァァ!」ダタタッ


鬼の形相で女狩人が二人の後を追う。


町長「寂しくなるのう……」


当然他にも若い衆はいるが、腕前や知識や担う役割を考えると、三人が町を出る損失は小さくない。
無事にまた町に戻って来てくれる事を祈りながら、町長は三人を見送っていた。


――――――――

――――――

――――

――

女狩人「まったく、ものぐさも大概にしときなさいよ。」

男戦士「別に禁猟区に踏み込むくらい、お前一人で十分だろが。」

男武闘家「三人もガン首揃えて、いったい何調べんだよ。」

女狩人「わかってないわね。私一人だと大きな問題があるでしょ?」

男戦士「……あったか?」

男武闘家「いや、無いだろ。」

女狩人「あのね、私だって、一人だと暇なのよ。話相手くらい欲しいじゃん。」

女狩人「私と話が噛み合って禁猟区に入れるの、あんた達くらいしかいないんだから。」

男戦士「って、おい! そんな理由かよ!」ブー! ブー!

男武闘家「ざけんな! 帰らせろ!」ブー! ブー!

女狩人「うわぁ、薄情者! 来週から一緒に旅をする仲間にそんなんで良いの!?」

女狩人「女の子は寂しかったら死んじゃうのよ!?」

男戦士「死なねーよ! どんな迷信だ!」

男武闘家「巨鹿も一発で仕留めるようなヤツが女の子とか言うな!」

女狩人「……あーあ、せっかく面白い話を聞かせてあげようと思ったのに。」

男戦士「お前がぁ? あてにならねー。」

男武闘家「けど、何か自信ありそうだぞ。」

女狩人「そうだよー? 例えばぁ……わざわざ山五つ先の街まで繰り出して“花を買いに”行った男の子達の話とかー。」チラッ

男戦士「」ギクッ

男武闘家「はぁ? 何の話だよ。」

女狩人「半年分の稼ぎを、景気良くバラ撒いたらしいわよー?」

男戦士「よ、よせッ! つーか、何でお前が知ってんだよ!?」

女狩人「馬鹿ねぇ。知られたくなきゃ一人で行けば良いのに。この小心者。」

男戦士「うっせーー! 男には色々あるんだよッ!」

男武闘家(ああ、そういう話……)アホカ

女狩人「それにぃ、普段はクールぶってるのに、ベッドの中では優しい男の子とかー。」チラッ

男武闘家「ンなっ!?」

男戦士「なにッ!? お前、女できてたのか!? 誘っても付き合い悪いと思ってたら!」

女狩人「もう、すっごいのよ? 蝶よ花よってやつ? お姫様みたいに扱うの。」

女狩人「あ、ちなみに相手は町長の孫娘ちゃん。あの娘素直でかわいーよねぇ。」

男戦士「マジかよー! 俺も密かにちょっかい掛けてたのに!」

女狩人「あー、あんたは無理ね。」

男戦士「なんでだよ!?」

女狩人「さっきの話、町の若い女みんな知ってるから。」

男戦士「」

男武闘家「な、なんで知ってるんだ……? まさか、本人から? いや、そんな筈は……」

女狩人「私も怪しいなーとは思ってたけど、確証は無かったのよねー。」

女狩人「だからもう直接あんたに聞こうと思って、あんたの管理してた山に行った訳よ。」

女狩人「でも不在だったから、そのまま待とうと思って納屋で昼寝する事にしたのね。」

男武闘家「ッ! お、おまえ、まさか……」ダラダラダラ

女狩人「で、うとうとしてたら、人の気配がするから何かな?と思ったらあんた達が入ってきてねー。」

女狩人「『あー、やっぱりかぁ』とか思ってる内に、目の前で始めちゃったのよねー。」

男武闘家「」

女狩人「途中で邪魔するのも悪いじゃない? だから、そのまま息をひそめて二人が出ていくのを待ってたって訳。」

女狩人「孫娘ちゃん、幸せそうでかわいかったなぁ……いや、本当に、ごちそうさまでした。」

男武闘家「」ズーン…


――――――――

――――――

――――

――

女狩人「もう、いい加減に元気出しなさいよー。」

男戦士「…ソウデスネ」

男武闘家「…ホットイテクレ」

女狩人「人間だれしも失敗するのに、いちいち気にしても仕方ないじゃん。」

男戦士「うっせー! だったら、お前も何か自分の失敗を暴露しやがれぇ!」ドカーン

男武闘家「そ、そうだそうだ! 俺達の自業自得とは言え、お前だけ何もないのは納得いかん!」

女狩人「な、なによ……私は別に何も……」

男戦士「いーや、人間だれしも失敗するんだから、お前にも何かある筈だ!」

男武闘家「そんなに重いのは期待して無いから、何か暴露してみろ!」

女狩人「……そりゃ、まぁ……なくはないけど。」

男戦士「お、良いねぇ!」

男武闘家「よし、ドンと来い!」

女狩人「……片思いしてた相手が、いつのまにか別の娘とくっついてたのよ。」ズーン…

男戦士「……お、おう。」

男武闘家「……そ、そうか。」

女狩人「……」ハァ

男戦士(あれ、これガチじゃね?)

男武闘家(もしかしてマズった?)

男戦士「お、おいおい、らしくねーなぁ! そう落ち込むなって!」

男武闘家「そ、そうそう! 別にフラれた訳じゃないんだろ? なら、ノーカン、ノーカン!」

女狩人「…………」ハァ

男戦士「いや、でも意外だな。お前も人並みに恋愛感情なんて持ってたのか。」

男武闘家「まあ、こいつについて行けるような男はそう居ないからな。下手に夢見なくて済んで良かったと思おうぜ。」

男戦士「ところで、相手は誰よ。なんなら、奪っちゃえば良いじゃん。」

男武闘家「そうだな、普通に別れないとも限らないんだし、まだ望みはあるぞ!」

女狩人「………………」ハァ

男戦士「無言で溜め息とか、結構くるな。」

男武闘家「しかも、家畜を見る眼差しのおまけ付きだ。」

女狩人「……女心のわからないおバカ達に相談した私が馬鹿だったわ。」

男戦士「真面目に答えた結果がこれだよ!」

男武闘家「ひでぇ。」


――――――――

――――――

――――

――

女狩人「……どう思う?」

男戦士「不自然に踏み荒らされた跡はあるが、これだけじゃ何とも言えないな……」

男武闘家「だが、この草や木の傷み具合……かなり大きいぞ。少なくとも、人間サイズじゃない。」

女狩人「この辺で、そんなサイズの魔物を見た事ある? 私は無いけど。」

男戦士「俺も無い。だが魔物と決まった訳じゃないだろ。」

男武闘家「大型の熊、の可能性も無い訳じゃないが……」

女狩人「警戒は怠るべきじゃないわね。」スッ


背負った矢筒から、一本の黒い矢を取りだす。


男戦士「黒矢を使うのか? 俺達としちゃ心強いけど……」

男武闘家「良いのか? 残りあんまり無いんだろ?」

女狩人「ま、確かに貴重品だけど……あんた達に壁を任せといて、一人だけ手を抜くのは嫌なの。」


女狩人が握る黒い矢。
それは普通の矢では無かった。

『根の国』の一部でのみ産出される、特別製の矢。
抜群の軽さと強靭さ、そして『恩寵』の浸透に高い親和性を持つ『黒曜樹』という木から削りだした矢。

鉄板すら打ち抜く貫通力。
さらに矢に恩寵を乗せてやれば、軌道の操作すら可能な至高の一品。
弓使いの切り札。

ただ、その加工の難しさから、殆ど市場に出回らないのが難点だった。


女狩人「アシストはきっちりやるけど、あんた達、訓練さぼってないでしょうね?」

男戦士「ちゃんと剣術はやってるぜ!」

男武闘家「体術の訓練もな!」

男戦士(適性が低くてレベルがなかなか上がらんけどな!)

男武闘家(恩寵だけで戦った方が強いんだけどな!)


――――――――

――――――

――――

――

女狩人「だいぶ距離は詰まってきたかしら……」

男武闘家「ああ、だが向こうも追跡に気付いているようだ。」

男戦士「だな。イラついてる痕跡が増えてきた。」


――――ォォォォォォォォォ


女狩人「何か、聞こえる……?」

男戦士「なんだ? 地鳴り……?」

男武闘家「周囲に反響してて音源が読めない……」


切り立った崖の下を進む三人。
周囲には霧が漂い、僅かな距離さえ見通す事ができない。


――――ォォォォオオオオオオ


女狩人「何かの鳴き声……? でも、こんなのは今まで聞いた事が……」

男戦士「ぐっ……耳が痛ぇ……変な圧力がかかってるみたいだ……」

男武闘家「空気が震えている……いや、それだけじゃない……地面まで……?」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


女狩人「う、嘘でしょ!?」

男戦士「崖崩れ、つーか地滑りか!? マズいッ!」

男武闘家「走れ! ここは危険だ!」


突如、地響きと共に両側の崖が崩れ始める。
崖の崩落に巻き込まれればひとたまりもない。
三人は全速で駆け出した。


女狩人「あそこ! 地滑りの中に……何かいるッ!?」

男戦士「よそ見してる余裕があるか! 死ぬ気で走れよ!」

男武闘家「駄目だ……逃げ切れない……!」


次の瞬間、転がり落ちる岩石に弾き飛ばされ、男戦士と男武闘家は意識を失った。


――――――――

――――――

――――

――


男戦士「――――ぐっ……あっ!」


全身に走る激痛に、男戦士が呻き声をあげる。
痛みに耐えて目を開くと、どうやら崖崩れは治まったようだ。


男戦士「……はっ……はっ……」


力を込めれば手足は動く。
痛みは酷いが、幸いな事に骨に異常はないようだ。

隣に目をやると、男武闘家が倒れている。
頭部から血を流し、地面に赤黒い血溜まりができている。

男戦士「おい……! しっかり、しろ……」ゼェゼェ

男武闘家「…………う、ぐっ……」


軽く頬を叩くと、反応がある。
頭部の傷も単なる裂傷程度で済んでいるように見える。

服を破り、包帯代わりに男武闘家の頭に巻きつけた。


男武闘家「くそ……いったい何が……」

男戦士「よぉ……目が覚めたか……? ……お互い、生きてて何よりだ。」

男戦士「後は、女狩人のやつだな……まぁ、あいつの事だ……どうせそこら辺に――――」


そこで言葉を失う。
男戦士の視線の先には女狩人の姿があった。

だが、その姿は――――

男戦士「おい……なんだよ、これ……」


痛む体を引きずり、女狩人の元へと向かう。

見ている物が信じられない。
今見ている事実を、認める事ができない。


男戦士「こんな……嘘だろ……こ、こんな事が……」


どうにか横たわる女狩人の傍へと辿り着く。


男戦士「おい……冗談、だろ……? いつもみたいに、何かの……」

男武闘家「――――ああ、ぁああ……そんな……」


女狩人の腹は裂け、臓物がこぼれ出ている。
これではもう、手の施しようが無い。

女狩人の口元から、咳き込むように血が噴き出された。
微かに光が灯った瞳が二人に向けられる。

女狩人「――――……ッ――――ッ」ヒュー ヒュー

男戦士「ッ!」

男武闘家「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」


大丈夫な訳が無い。
そんな事は一目見ればわかる。

だが、まだ生きているなら、これ以外にどんな言葉をかけるべきなのか。


女狩人「――――ごめ…………ね……」ゴボッ! カハッ

男戦士「しゃべるな! 安心しろ、俺達が……俺達が何とかするから……!」


こんな場所で、いったい何ができるか。
何もできはしない、だが、それを認める訳にはいかない。

女狩人「……くや……し、……なぁ……」ヒュー… ヒュー…

男武闘家「――――あ、ぁあ……こん、な……っ」


今この瞬間も、女狩人から溢れた血溜まりはじわじわと広がっている。
力が入らず、震える腕を掲げ、女狩人が男武闘家の頬に手を添える。


女狩人「あ……んた、たち……と……せか……ぃ……」ゴボッ…

男武闘家「だ、めだ……待てよ、まだ……ッ!」

女狩人「まわりた……か……た、なぁ……」


――――パシャッ


力が抜けた手が、血溜まりに音を立てた。


――――――――

――――――

――――

――


あの時何があったのか、今でもわからない。
他の場所も地盤が緩んでいる恐れがある為、あの禁猟区は今でも立ち入りが禁止されている。

男戦士と男武闘家を冒険に連れ出そうとしたのは女狩人だった。
だから、その女狩人が命を落としたなら、二人が冒険者になる必要はなかった。

だが、二人は冒険者になる事を選んだ。
それは、最後の女狩人の言葉が忘れられなかったからだ。

男武闘家「……なあ、あの後あいつの遺品を回収した時、黒矢が見つからなかった。」

男武闘家「お前は見た覚えがあるか?」

男戦士「いや、正直、そこまで気が回らなかった。覚えてねぇわ……」

男武闘家「俺達が土砂に飲まれる直前、あいつが何か言ってたが、それは覚えてるか?」

男戦士「……『地滑りの中に何かがいる』だったか?」

男武闘家「ああ。もしかして、あいつが死んだのは……」


そう、あの時『何者か』が地滑りに紛れて近付いていたのかもしれない。
それに気付いた女狩人が警告の声を上げた。

もしも、それが真実なら、何故自分達は無事だったのか?
何故、僅かな間とは言え、意識を失っていた自分達が無事だったのか?

女狩人が『何者か』の接近に気付いておきながら、無抵抗に襲撃を受けるとは考えにくい。
例え地滑りが目前に迫っていようが、一矢報いただろう。

そして、あの時、女狩人の手にあったのは決して標的を討ち漏らさぬ黒矢。
その黒矢はどれだけ探しても“見つからなかった”。

男戦士「かもしれない。だが、今更そんな事考えても仕方ないだろ……」

男武闘家「いいや……惚れた女が殺されたなら、仇を討つのが道理だろ。」

男戦士「――え、惚れ? 今、お前、何て言った?」

男武闘家「自分でも、つい昨日まで自覚が無かったけどな。」

男武闘家「俺は、あいつに惚れてた……好きだったんだよ。」

男戦士「いや、急にそんな事言われても……それで、これからどうするんだよ。」

男武闘家「俺達はこのまま『煙の国』の国境に向かう。」

男武闘家「当然、国境付近の『角笛の町』も通過するだろ?」

男戦士「それは、そのつもりだけど……」

男武闘家「俺はそこで離脱する。そして、あの禁猟区を徹底的に捜索する。」

男戦士「離脱って、お前……!」

男武闘家「最初からそういう約束だった。お前はどうする?」

男戦士「俺は……最後まで付き合うつもりだ。」

男武闘家「それは、つまりどういう意味かわかってるんだよな?」

勇者の目的は『西の最果て』に挑み魔王を討ち滅ぼす事。
それに最後まで付き合うという事は、自殺を宣言すると同義。


男戦士「俺だって、死にたくねぇよ……でも、勇者ちゃんを死なせるのも嫌なんだよ……」

男武闘家「良いのか、そんな理由で。本当に他人のために命をかけるんだな?」

男戦士「惚れちゃったんだから、仕方ないよなぁ。『そんな理由』で充分だろ。」

男戦士「……だが、女狩人の仇討ちは俺にとっても他人事じゃない。」

男戦士「勇者ちゃんには少し『角笛の町』に滞在してもらおう。その間、お前を手伝うぜ。」

男武闘家「そうか……助かる。」

男戦士「長い付き合いだ。気にすんな。」


その長かった付き合いも、もうすぐ終わろうとしている。
だがその事には触れず、二人は無言で焚火を眺めていた。






女僧侶「ぅん……」ムクリ

女僧侶「あれ……ゆうしゃくん……おきてたんれすかぁ……」ムニャムニャ

勇者「うん……さっきトイレに行ってたから……」

女僧侶「らめれすよぉ……ひとりでであるくなんて……」ムニャムニャ

女僧侶「わらしもといれにいきまふけろ……ここにいてくららいろ……」ファァア

勇者「うん、ボクももう寝るよ。お休み、女僧侶さん。」

女僧侶「はい……おやふみなはい……」ムニャムニャ




勇者(…………うん。)


――――――――

――――――

――――

――


男戦士「ふぁぁ……おはよーさん……」

勇者「おはようございます。いつも夜の番、ありがとうございます。」

男戦士「良いって、良いって。男武闘家と交代しながらだし。」

勇者「紅茶を淹れておきましたけど、飲みますか?」

男戦士「おお、ありがと~。じゃあ、ストレートでお願い。」

男戦士(ふぅ……機嫌直してくれてる。これで一安心。)

男戦士「あれ、それって……?」

勇者「はい。色々と書いてあるので、見てるだけで楽しいですね。」

勇者が読んでいるのは、男戦士と男武闘家が編纂した『根の国』の野草辞典。
食べる際のお勧めの調理方法、味から薬効まで記載され、更に丁寧なイラストもついた一品。


男戦士「ものによっては『根の国』の外でも自生してるからねー。」

男戦士「覚えておけば、後で色々と役に立つかも。」

勇者「はい。食べると危険なものも載ってるので勉強になります。」

勇者「特に……キノコのページ数は多いですね。微妙な違いなのに種類が違ったり。」

男戦士「ああ、地味なのでも毒があったりするから、注意しなきゃいけない。」

男戦士「けど、『毒』も面白いもんでね……使いようによっては『薬』にもなる。」

男戦士「痺れる成分を抽出して麻酔薬を精製したり、脈拍を高める成分から強心剤を精製したりね。」

勇者「ええ、本当に……色んなキノコがあって、びっくりしてます。」

男戦士「ま、キノコを採る時は、その図鑑を確認しながらやれば安心だよ。」

男戦士「女僧侶ちゃんにも出来たんだから、勇者ちゃんなら何も心配ないねー。」

女僧侶「どーいう意味ですかー?」

男戦士「ッ! っとと、おはよう女僧侶ちゃん。」

勇者「おはよう、女僧侶さん。」

男戦士「いやいや、昨日女僧侶ちゃんが採ってきてくれたキノコが美味しかったって話をね?」アハハハハ…

女僧侶「もう……調子良いなぁ。」

女僧侶「馬の乗り方も教えてもらってるんで、文句は言えませんけど。」プイッ

男戦士「ごめん、悪かったって。」

勇者「馬の方はどうです? ボクはもう少し時間がかかりそうで……」

女僧侶「どうなんでしょう。あの子は気性が穏やかなので言う事を聞いてくれるみたいですけど。」

男戦士(穏やかじゃねーよ!)

男戦士「ま、まあ、覚えは良い方だと思うよ。馬を従えるセンスもあるみたいだし……」

女僧侶「やった! 私が乗りこなせるようになったら一緒に乗りましょうね、勇者くん♪」

勇者「うん、楽しみだね。」

男武闘家「そろそろ出発するぞー」

男戦士「おう、わかった。それじゃあ今日は俺と勇――――」

女僧侶「今日もご指導お願いしますね、男戦士さん♪」

男戦士「あ、うん……」デスヨネー

勇者「ボクも頑張って覚えるので、女僧侶さんも頑張ってくださいね。」

女僧侶「はい!」


――――――――

――――――

――――

――

山賊1「おっと、悪いなぁ。ここから先は通行止めだ。」ヒヒヒ

山賊2「通りたいなら、通行料を置いてってもらおうか。」ヘヘヘ

勇者「そうなんですか? いくら払えば良いんでしょう……」

女僧侶「お金と命、どっちが大事ですかぁ?」ニッコニコ

男武闘家(それ山賊のセリフだから!)

男戦士(山賊逃げてー!)



男戦士(……あれ、なんか既視感が?)

山賊3「威勢が良いなぁ、お嬢ちゃん。」フヘヘ

山賊4「なんなら通行料分、体で払ってもらっても良いんだぜぇ?」キヒッ

女僧侶「あははは、それじゃあ……体で払ってあげましょうか。お望み通り。」

山賊1「うっ……!? なんだ、急に寒気が……」

山賊2「き、気のせいだ! こんな小娘にビビってんじゃねぇ!」

男戦士(危機察知能力が低いのか……)ムチャシヤガッテ…

男武闘家(だが、そういう訳にもいかないだろ――――【植物接続・蔓】)

山賊1「……うおっ!?」ギチチッ

山賊2「蔓が……絡まる!?」ギチギチ

山賊3「……動けねぇ。」ギチチッ

山賊4「……く、苦しぃ。」ギチチチッ

女僧侶「もう、別にそんな必要ないのに。」スチャ

男武闘家「待て、女僧侶ちゃん、手を出すな!」

女僧侶「殺っちゃいましょーよ、時間は掛けませんからぁ♪」

男戦士「血の匂いは馬が怯える。乗せてくれなくなるぞ。」

女僧侶「……勇者くんと一緒に乗れなくなるのは困ります。」シュン

男武闘家「とは言え、このまま解放して別の人間を襲われても困るので……」

山賊1「ムグッ……ムグムグ……!」シュルシュル

山賊2「ンーッ……ングー……!」シュルルル

山賊3「モガモガ……!」シュルル

山賊4「グッ……ンッ……!」シュルシュルル

女僧侶「おお……蔓に埋め尽くされちゃいましたね。」

勇者「このままにしちゃうんですか?」

男戦士「まぁ、それでも良いんだけど……次の町に着いたら警吏に伝えて逮捕してもらうよ。」

男武闘家「それまでに熊に襲われるかもしれないが、それはそれで仕方ないな。」

男武闘家「念のために締め落としといたから、これ以上何かする必要は無い。」

女僧侶「うーん……それにしても、やっぱり恩寵って凄いんですねぇ。」

女僧侶「私って、『海の神様』と『樹の神様』の恩寵を持ってるんですけど、どっちもレベル1なんですよね。」

女僧侶「どうしたら上がるんです?」

男武闘家「一般的に言われてるのは、『神』に感謝し、『神』を崇める事で更なる加護を得られるってやつかな。」

男戦士「普通は使ってれば上がるんだけどなぁ。俺達は1から2とかすぐだったけど、なんで上がらんの?」

女僧侶「し、知りませんよ! でも、私って最近は結構使ってませんでした?」

勇者「ボクが疲れたら看てもらってたよね?」

男武闘家「まあ、理屈で考えるなら……『感謝』も『崇拝』もしてないから、とか?」

女僧侶「ええっ!?」ガーン!

男戦士「流石にそれは……」ナイワー

男武闘家「人としてどうか、ってレベルだよな……」ヒクワー

勇者「あはは……」


――――――――

――――――

――――

――


今日はここまでです。

続きは火曜の夜になります。

女僧侶「ふぅー、やっと町に着きましたねぇ。」

勇者「やっぱり山を越えるのは大変なんですね。お馬さんのおかげです。」ナデナデ

白馬「…………」ブルルッ…

男武闘家「それじゃあ、俺はさっきの山賊の事を警吏に伝えてくるわ。」

男戦士「おう、じゃあ俺達は先に宿取っとくぜー。」

勇者「あ、宿を決めたら、また稽古をお願いできますか?」

男戦士「オーケー、任せて。多分、もうすぐレベル上がりそうな気がするしね。」

勇者「本当ですか!……よし、頑張ろう。」ニコニコ

女僧侶(控えめにガッツポーズする勇者くんかわいい……)ハァハァ


――――――――

――――――

――――

――

勇者「ありがとう、ございました……」ゼェゼェ

男戦士「はい、お疲れ様。」

女僧侶「さ、勇者くん、こっち来てください。回復しますからねー♪」

男戦士(……あれ? レベル上がらなかったな。)


日々の稽古や荷物持ちといった積み重ねで、最初に比べれば動きは確かに良くなっている。
しかし、よくよく思い返してみると、少し気に掛かる部分もある。

確かに速さや重さは増している。
だが、言ってみればそれだけなのだ。

あくまで基礎体力が向上しているだけで、短剣の扱いがそれほど良くなっている気がしない。
稽古に身が入っていなかったり、手を抜いているという話ではない。
勇者のやる気は向かい合えば充分に伝わってくる。

まるで――――そう、まるで何かが無意識的にブレーキをかけているかのような。
そのブレーキのせいで、初心者から経験者に移行する、レベル3に上がれないのだ。

伝えるべきか?
もしこれが勇者の内面の問題なら、男戦士にできる事は無い。
傷つくかもしれないが、これは伝えておくべきだろう。

勇者「――――え?」

男戦士「いや、気を悪くしたらごめんね。でも、もしかしたら心当たりが無いかと思ってさ。」

男戦士「俺の見立てでは、もうレベル3になっててもおかしくないんだ。」

勇者「…………」

勇者(…………まさか、そんな。)

女僧侶「ゆ、勇者くん! 顔色が真っ青ですよ!?」

勇者(…………そこまで、するんですか。)

男戦士「お、おい、大丈夫か!?」

男戦士(トラウマ的なものだったのか……くそ、ミスった……!)

勇者「……部屋に戻ります。」フラッ

女僧侶「ゆ、勇者くん私も――――」

勇者「……ひとりにしてください。」

女僧侶「そんな、今の勇者くんを一人になんて――――」

勇者「ひとりにしてください!!」

女僧侶「――ッ!」ビクッ


初めて向けられた、明確な拒絶の意志。
立ちすくむ女僧侶を背に、勇者は宿に戻っていった。

男戦士(だが、自覚があるってのは悪い話じゃない……)


自分で原因が分かっているなら、それを乗り越えるのは不可能ではない筈だ。
それさえ乗り越えれば、勇者の向上心ならレベル3から先にもすぐに到達できるだろう。


男戦士(さて、この機会に……)


そろそろ自らが抱えている爆弾の威力を探っておくべきだ。
火を点けるつもりは毛頭ないが、予想外の事態というものは得てして起こってしまうものだ。


男戦士「まだ明るいし……一回手合わせしてみない?」

女僧侶「……え。」

男戦士「ほら、何だかんだ言って、勇者ちゃんとばっかり稽古してただろ?」

男戦士「女僧侶ちゃんの方が戦闘スキル高いから、ちょっと胸を貸して欲しいなーって。」


勇者について行くなら、自分ももっと腕を磨かなければならない。
自分で勇者を守るのなら、女僧侶に頼り切りという訳にはいかない。

女僧侶「別に、良いですけど……」

男戦士(目に見えてヘコんでるが……いや、むしろ好都合か……)


勇者に拒否されたショックからまだ立ち直れていない。
だが、これくらいのハンデがあった方が良い勝負になるだろう。


男戦士「……剣術だけじゃ勝負にならないから、恩寵も使うけど大丈夫?」

女僧侶「はあ、良いんじゃないですか……」


口には出さないが、女僧侶が暴走した時に、現状の自分の戦力で止められるかどうかの実験でもある。
女僧侶には申し訳ないが、手を抜くつもりは一切ない。


男戦士「――――なら、行くよ!」



勇者くんに拒絶された。

背中しか見えなかったけど、勇者くんは泣いていた。

泣いてしまうほど辛いのに、勇者くんが辛い思いをしているのに。

私は、傍にいる事もできない。




どうしてだろう。

私はこんなにも勇者くんの事を想っているのに。

泣いている勇者くんを支える事すらできない。

勇者くんがひとりでいたいと言うのだから。



でも、どうして勇者くんがそんな事を言うのだろう。

どうして私を拒絶するのだろう。

―――― あれ?

そもそも、どうしてこんな事になったのだろう。




ああ、そうだ。

そうだった、そうだった。

そもそも、この人がいらない事を勇者くんに言ったからだ。

勇者くんが辛い思いをしているのは、こ の 人 の せ い だ 。





この人が、勇者くんを傷つけたんだ。

ゆ る さ な い 。

ゆ る さ な い 。ゆ る さ な い 。

ゆ る さ な い 。ゆ る さ な い 。ゆ る さ な い 。

ゆ る さ な い 。ゆ る さ な い 。ゆ る さ な い 。ゆ る さ な い 。

男戦士「――――ッ!?」


先に踏み込んだのは自分だった筈だ。
だというのに、女僧侶は剣の間合いを越え、目の前にいた。


男戦士「ぐっ!」


超至近距離から見舞われた頭突きを、咄嗟に腕で防御する。
防具越しだというのに、衝撃で痺れが走る。


女僧侶「ふ ふ ふ っ 」


防具の金具で切ったのか、女僧侶の額から血が流れている。
溢れる流血をものともせず、その口元を吊り上げる。


女僧侶「あ は は は は は は は は !」


喉を反らし哄笑を上げる。
血に塗れたその表情に、平時の人懐こさは微塵も存在しない。

これまで女僧侶に対峙した者が味わったであろう恐怖を、男戦士は全身で感じていた。

男戦士(……接近戦は、無理だ。)


得物のリーチは戦力に直結する。
三十センチのメイスと七十センチの長剣。
どちらが有利か、考えるまでもない。

だが、対峙する相手は、数十センチ程度の有利ではとても足りない。
仮に男戦士の得物が長柄でも、間違いなく躊躇しただろう。

剣はあくまで牽制に徹し、恩寵で動きを止める。
恩寵のレベルだけは男戦士が確実に上回っている。
勝機はそこ以外にない。

男戦士「――――ハッ!」


ぎりぎり届かないのは承知の上で、女僧侶の目線の高さで剣を水平に薙ぐ。
これはあくまで女僧侶の目線を誘導するための餌。


――――パキィィッ!


男戦士の目論見を見抜いているのか、それとも単なる反射か。
女僧侶にぎりぎり届かないという事は、女僧侶が手を伸ばせば届くという事。

リーチの短い側のセオリーである、『一撃をかわして懐に入る』を完全に無視した行動。
女僧侶はメイスで男戦士の長剣を打ち払ったのだ。


男戦士(……くそっ! いきなり武器破壊かよ!)


男戦士の長剣は、メイスの一撃により先端が破損している。
メイスの方がリーチが短いが、強度は明らかに上。

普通は何らかの形で動きを止めた得物を破壊するもので、真っ向から狙うものではない。
何故なら、失敗した時に自分が危険に晒されるからだ。

女僧侶「あ は は は は は は !」


一気に間合いを詰めたりはしない。
散歩でもするように、ゆっくりと距離を詰めていく。
『斬ってこい』『突いてこい』と誘っているのは明らかだ。


男戦士「くっ!」


――――キィィィン!


またも得物同士が火花を散らす。
そして、またも男戦士の長剣が破損する。


――――キィン!


――――ギィィィン!


誘われているのはわかっていても、手を出さずにはいられない。
一歩、また一歩と距離が詰まるごとに、全身にのしかかる恐怖が倍増していくからだ。

男戦士(……くそっ! 駄目だ、落ち着け! 落ち着け! 落ち着け!)


既に長剣は半分程度の長さしか残っていない。
もはやメイスのリーチとさほど変わらない。


男戦士(――――ここだ!)


必ず武器破壊を狙ってくる事がわかっていれば、相手のメイスの軌道も読める。
振り切った直後のタイミングを狙い、恩寵を発動させる。


女僧侶「……あれ?」ギチギチ


地面から伸びた蔓が、振り切った直後で動きを止めていたメイスに絡みついている。


男戦士(動きは止めた――――くらえっ!)


短くなった長剣で、袈裟がけに斬りかかる。

女僧侶「じゃあ、いいや。」

男戦士「――――ガ、ハッ!?」 メキメキメキ


あっさりメイスを手放し、間合いを詰めた女僧侶の拳が男戦士の腹部を打ち抜いている。


男戦士「ゴホッ……グェェエ……ッ!」ゲボボッ


そのまま数メートル吹き飛んだ男戦士が、地面にのたうちながら吐瀉する。
吐瀉物に血が混ざっていないので、臓器に損傷はなかったようだ。


女僧侶「フンフフ~ン♪ フンフーン♪」 ドボッ!

男戦士「――――ッ!」メギッ


男戦士の横腹を鼻歌交じりに蹴り上げた。
またも数メートル吹き飛ばされ、男戦士が地面を転がる。

道中ではメイスでの暴虐が目立っていたが、女僧侶は体術も高レベルなのだ。
棍棒術も体術も、どちらも男戦士の剣術を上回っている。

男戦士「――――ッ……」ゴボッ


またも胃の中身がこみ上げてきたが、今度は明らかに胃液以外に鉄の味が混じっている。


男戦士(お、おい……こ、ここまでやるか? 普通……)ゼェ…ゼェ…


見ているだけで恐ろしかったが、実際に対峙すればその比ではなかった。
戦闘レベルが、恩寵のレベルが、もはやそういう次元の話ではない。

相手は別に自分を殺すつもりは無いのだろう。
そのつもりなら、とっくに殺されていた筈だ。
だが、もはや生物として対等ではない程に力の差があるのだ。

人が昆虫を捕まえる。
その時に昆虫が死んでしまっても、それは殺すつもりでやった訳ではない。

だが、捕まえるのに夢中で、『死なないように』とまでは気が回らない。
死んでしまったとしても、『別に良いや』という程度だろう。

実際に攻撃を受けてわかった。
女僧侶の身体能力は、明らかに異常だ。


男戦士(……死ぬ気で……いや、『殺す』気で抵抗しなきゃ、本当に殺される……!)

スイッチが入った女僧侶と対峙すれば、人も魔物も例外なく命を落としている。
逃亡すれば話は別だが、血反吐を吐くような体で逃げ切れるとはとても思えない。


女僧侶「フンフフーン♪」ズシャッ!

男戦士「――――ぐっ!」


またも蹴り上げようとした女僧侶の一撃を、かろうじて回避する。
空振りに終わったが、蹴りは地面を抉り、土埃を巻き上げている。


女僧侶「あは、まだ動けるんですねー。」~♪

男戦士「……くっ。」ゼェ…ゼェ…


マズい。
手から離れた長剣は女僧侶の足元に転がっている。


女僧侶「あはは、落し物ですよぉ♪」ポイッ

男戦士(……完全に遊ばれてる。こっちは命がけだってのに。)パシッ

長剣を拾い、投げ渡された男戦士が唇をかむ。
年下の少女にここまで良いようにやられたのだ、普通なら屈辱と怒りを覚えるだろう。

だが、今男戦士が感じるのは恐怖以外の何物でもなかった。


男戦士(後の事なんかを考えてたら、俺が死ぬ……!)


『樹の神』の恩寵は自然を操る事ができる。
動物を呼びせる事も出来るが、町中で呼び寄せるのは時間がかかる。

周囲に樹木が無いこの広場では、植物を操るといっても蔓を呼び寄せる事ぐらいだ。
樹木自体を発生させる恩寵もあるが、生育に時間がかかり過ぎる。

一つだけ、この状況を打開できる可能性がある術がある。
だが、それには女僧侶の前で数十秒無防備にならなければならない。


男戦士(賭けになるが……いや、この舐められた状況なら、いけるか……?)

女僧侶「ほらぁ、もっと遊びましょうよぉ♪」ユラァ

男戦士「――ハァッ!」


徒手相手に、水平に薙ぎ払う。
狙いは首。寸止めなどは考えてもいない。

――――パァン!


握りの部分をあっさり裏拳で打ち抜かれ、長剣が宙を舞う。
殴られた指がひしゃげる感覚があったが、それに気を回す余裕は無い。


女僧侶「あははははぁ♪」

男戦士「――――ッ」


拳を引いた女僧侶に、男戦士が身構えて衝撃に備える。

―― 剣を弾かれるのは予想していた。
―――― 一撃を受けるのは覚悟していた。


女僧侶「――――ッ」ヒュッ


攻撃態勢に入っていた女僧侶が瞬時に身を屈める。


男戦士「なッ!?」


身を屈めた女僧侶の頭上を、振り下ろされた長剣がかすめた。
宙を舞う長剣を地面から伸びた蔓が絡め取り、背後から斬りかかったのだ。

女僧侶「あはははは! 私って耳も良いんですよぉ♪」

男戦士(背後からの相打ち狙い……それすらも……!?)


長剣が空を切る音も、それを蔓が絡み取るのも、女僧侶は聞き分けていたのだと言う。
有り得ない。人間業では無い。だが、それを目の前でやってのけられた。


女僧侶「もうネタ切れですかぁ?」ニコニコ

男戦士「……いや、最後に『とっておき』がある。」ゼェ…ゼェ…

女僧侶「へぇ♪ 良いですねぇ、見せて下さいよ♪」


普通、切り札を宣言などしない。
だが、この場合は、切り札だと宣言する事で相手の気を惹く必要があった。
そうでなければ、このまま殴り殺されてしまう。


男戦士(――――【獣化転身・羆】)

男戦士「グッ……アァ……!」ミキミキミキ


男戦士の体が軋み、音を立てて変化していく。
骨格が変化し、伸びた体毛が毛皮へと変わり、筋肉が隆起していく。
身に付けたものも同様に変質し、身体の一部へと変化していく。

女僧侶「おおぉぉ♪」パァァァ


今の男戦士は完全に無防備なのだが、女僧侶は目を輝かせて手出ししようとしない。
これを狙ってこその切り札の宣言だった。


男戦士『ガゥルルルル…』

女僧侶「ああ、そっか! 梟に変身できるんだから、クマさんにだって変身できますよねぇ!」


枝葉の勇者の術を見ていた女僧侶は、納得した様に頷いている。
無限の恩寵を持つ枝葉の勇者と比べれば、あまりに時間がかかったが、男戦士が発動したのも同じ恩寵。

――『樹の神』の恩寵、動物干渉系の最上位、獣化術。

男戦士は体長二メートルを優に超える、獰猛な羆へとその身を転化させていた。


男戦士(……俺の恩寵レベルなら、もって一分。)

男戦士(……その間に勝負をつける!)

男戦士『ガルァァァァ!!』

ウェイトなら完全にこちらが上。
組みつけば、いくら女僧侶といえど抵抗できない筈だ。
小細工なしで、真っ向から襲いかかる。


女僧侶「わぁ♪ 毛皮がふかふかぁ♪」ギュゥゥゥ

男戦士『――グガッ!?』


掴みかかる両腕をあっさりくぐり、背後を取った女僧侶が首に手を回している。
一見すれば後ろから抱きついているようだが、その両腕に込められた力は羆の頸動脈を締め上げていた。

意識が遠のきかけるが、これはチャンスでもある。


女僧侶「おっととと、危ない危ない♪」パッ


首にまわした腕を引っ掻かれそうになり、慌てて女僧侶が手を離す。

男戦士『ググ……グガァッ!』ゴフーッ ゴフーッ

女僧侶「ああ、ふかふかであったかくて……クマさんはかわいいです♪」


威嚇する男戦士にも動じず、女僧侶は先の毛皮のふかふか感の余韻に浸っている。
だが、爪から逃れたという事は、こちらの攻撃は通じるという事だ。

捕まえれば、勝てる。


女僧侶「あ、そうだ♪ ちょっともらって良いですよね?」


女僧侶が屈託の無い笑顔を浮かべる。
だというのに、何故か恐怖しか浮かばない。


女僧侶「 勇者くんにも“おすそ分け”しないと♪」


――――何を言っている?
そう訝しむ男戦士の前で、女僧侶から笑顔が消えた。

女僧侶「――――ふっ!」

男戦士『ギッ!?』メキメキメキ


女僧侶の下段蹴りが、羆の膝裏に叩きこまれた。
これまでの鼻歌交じりの攻撃とは明らかに違う、渾身の一撃。

今の男戦士の身体は羆そのもの。
その強靭さは、人間とは比較にならない。
その身体が、バランスを失い崩れ落ちる。


女僧侶「うふふ、ちょっと痛いかもしれませんけど、我慢してくださいね~♪」


そう言って、前のめりに倒れた男戦士の背中の毛皮を掴む。

――『ちょっともらう』『おすそわけ』?
――――いや、おい待て! やめてくれ!
――――――まさか、そんな馬鹿な!


女僧侶「そぉぉ、れっ!」 …ブツッ!      ビリビリビリビリ!

男戦士『――――――――ッッッ!!!!』

食い込んだ女僧侶の爪が毛皮を破り、そのまま一気に背から腰まで引き剥がす。
毛皮を引きちぎり、剥ぎ進むたびに返り血が女僧侶を染め上げるが、そんなものは意にも介さない。

生きたまま生皮を剥がれる激痛に、男戦士が言葉にならない悲鳴を上げる。


女僧侶「あははぁ!ふかふか、ふかふかだぁ♪」スリスリ スリスリ


引き剥がした毛皮を身体に巻き、女僧侶がうっとりとした表情を浮かべている。
毛皮の裏面はべっとりと血に塗れているのだが、そんな事は気にもしない。


男戦士『――――ッ』ビクンビクンビクン


動物の身体は人間と比べれば、遥かに苦痛に耐性がある。
だが、生きたまま背中の大半の皮を剥がれれば、動く事さえできない。

噴き出る血を感じながら、痙攣するのが精一杯だった。


女僧侶「ふかふかぁ……あ、あれ? あれれ?」


纏っていた毛皮の感触の変化に、女僧侶が戸惑いの声を上げる。
大きな毛皮は、小さな人間の背中程度の生皮に縮んでいた。

つまらなさそうに溜め息をつき、生皮を放り投げる。
自分が求めているのは、もっとふかふかして暖かいものなのだ。


女僧侶「あれ、クマさんがいない……」キョロキョロ


周りを見渡しても、先程まで戯れていたクマの姿が無い。
代わりに、男戦士が気を失って倒れている。
その背中は赤黒く染まり、今この時も染みが広がっている。

女僧侶「あれ……私、何をしてたんだっけ……?」

男武闘家「おーい、こんな所にいたのか。そろそろ明日の準備を――――」

男武闘家「おい、何だこれは!? 男戦士、しっかりしろ!」

女僧侶「えーと……クマさんがふかふかで……」

男武闘家「女僧侶ちゃん、何があった!? 勇者ちゃんは!?」

女僧侶「え? 勇者くんなら宿に戻ってます。私は……何してたんでしたっけ?」

男武闘家「これは、ひどい……背中の皮が剥がれてる……!」

女僧侶「はぁ。」

男武闘家「はぁ、じゃない! 急いで医者を呼ばないと!」

女僧侶「そうなんですね。じゃあ、呼んで来ます。」タタタッ


――――――――

――――――

――――

――

『情報街』の中枢、『中央塔』。
その最上階で、重要な会談が行われようとしていた。


枝葉の勇者「御多忙の所、呼びかけに応えて頂き、ありがとうございます。」


『勇者』である枝葉の勇者が下手に出る程の相手。


樹の勇者「いや、重要な情報なんだ。足を運ぶのは当然だよ。」

根の勇者「魔王の情報なんぞ、そうそう聞けるもんじゃないからな。」


現『木の大国』領、最高レベルの『樹の勇者』。
明るい茶の髪、エメラルドグリーンの瞳、誰しもが見惚れるような凛々しい若者の姿。
強さと優しさを連想させるその姿は、まさに理想の勇者を体現したかのようだ。

そして、その樹の勇者に称号を譲った前代の樹の勇者、『根の勇者』。
濃い茶色の髪に瞳、そして鍛え上げられた、はち切れんばかりの筋肉を誇る無骨な姿。
髭を生やした木こりのような外見だが、歴戦の勇士の佇まいを見せている。

海の勇者「国を越えて声をかけられる『ネットワーク』は大したものだ。いつも助けられているよ。」

潮の勇者「……感謝を。」


現『水の大国』領、最高レベルの『海の勇者』。
白髪交じりの灰色の髪と灰色の瞳、既に一線を退いたかのような壮年の男性だが、その姿には一分の隙もない。
平時は医者として、そして戦時は将軍として軍を率い、現存の全勇者の中で最大の勇者レベルを誇る、稀代の勇者。

隣に控えるのは、『水の大国』領で防諜を担当する『潮の勇者』
紫の髪と瞳、片目が髪で隠れた、魅惑的な体付きの若い女性。
勇者レベルこそこの中で一番低いが、それは衆目に見えない部分で行動している為で、その戦闘力は極めて高い。


枝葉の勇者(うう……緊張するなぁ……)


一応、『木の大国』と『水の大国』に属す全ての勇者に声をかけたのだが、実際に呼び掛けに応えたのはこの四人だけだった。
『魔王の情報の件』とは伝えていたが、『ネットワーク』以外にろくな実績がない枝葉の勇者の言葉故、軽んじられたのだろう。


枝葉の勇者(せめて……僕より年下の『花の勇者』とか……同じ裏方の『雨の勇者』とかがいてくれたら……)


『勇者』の中には、枝葉の勇者でも気兼ねなく接する事ができる者もいる。
それが、よりによって、危険の最前線で叩き上げられたような勇者ばかりが集まってしまった。
四人が無意識に醸し出す圧力で、枝葉の勇者の胃がきりきりと痛む。

樹の勇者「黒髪、黒い瞳……そして青年の姿……」パラッ

根の勇者「ふむ……加えて戦闘時に赤く変色する白目、か……」パラパラッ

海の勇者「せめて、もう少し特徴があればと思うが……」パラッ

潮の勇者「…………」パラパラ


枝葉の勇者が用意した資料を読み、各々が感想を漏らす。
情報自体があまり多くない為、枝葉の勇者も答えは予想していた。


枝葉の勇者「そこで相談なんですが、人の記憶を描画するような方法を御存じないかと思いまして……」

樹の勇者「なるほど、それができれば手配書のように周知する事ができるね。」

根の勇者「しかし……そんな恩寵は聞いた事が無いが……大将はどうだい?」

海の勇者「済まないが、私も聞いた事が無い。」

潮の勇者「……同じく。」

枝葉の勇者「そ、そうですか……」ガックシ


そこで、海の勇者がふと思いついたように顔を上げる。

海の勇者「『鉄の大国』領ならどうだろうか。あそこならば、もしかすれば……」

潮の勇者「しかし、将軍……あれをあてにするのは……」

樹の勇者「何か問題があるのかい? 私はよく知らないのだけれど。」

根の勇者「ああ……あの女か……確かに、あんまり関わりたくねぇな……」

枝葉の勇者「『鉄の大国』領の勇者は、確か一人だけなんですよね?」


『火の大国』領の南、『土の大国』領の西に位置する『鉄の大国』領。
様々な技術を研究・開発し、他国の生活の向上に役立てている。

何かとちょっかいをかけてくる『火の大国』領、色々と黒い噂が絶えない『土の大国』領と比べれば、善良な大国だ。
だが、そこの『勇者』は評判が芳しくない模様。


海の勇者「『鉄の大国』の『鋼の勇者』は、継承という形をとっているのだ。」

海の勇者「現『鋼の勇者』は、代々の『鋼の勇者』の知識・経験を受け継いでいる。」

枝葉の勇者「ええ!? そんな事ができるんですか!?」

樹の勇者「凄いな……確かに、そんな事が可能なら、きっと良い知恵を持っているだろう。」

根の勇者「いや……言い換えれば、『鋼の勇者』は齢数百の人間って事でな。偏屈さが半端じゃないんだ。」

根の勇者「頼みごとなんぞ、素直に聞く訳がねぇ。別の手を考えようや。」

潮の勇者「……賛成です。あれには触れないのが一番です。」

枝葉の勇者(ひどい言われようだな……)タラリ

樹の勇者「十年前の記憶なら殆ど薄れてしまっているだろうけど、やはり一度本人に聞いてみてはどうだろう?」

根の勇者「そうだな……ところで坊主、この情報の出所は何処なんだ?」

枝葉の勇者「えーと、ですね。書いても信憑性が無いと思ったから書かなかったんですけど……」

枝葉の勇者「『北の勇者』です。実際に十年前の魔王の襲撃に立ち会ったらしくて。」

海の勇者「それは確かなのか!?」ガタタッ

潮の勇者「しょ、将軍……?」


椅子を引き、急に立ち上がった海の勇者に視線が集中する。
皆呆気にとられているが、海の勇者は気にせずに言葉を続ける。

海の勇者「王宮には二人の『勇者』が居た筈だ! どちらが生きていたのだ!?」

枝葉の勇者「え!? どちらと言われても、ですね……女の子とは聞いてますけど……」

海の勇者「そ、そうか……良かった……足が不自由だったが、あの娘は助かっていたのか……」

枝葉の勇者「え、足が不自由? いや、そんな話は聞いてないですよ? 普通に旅もしてるみたいですし。」

海の勇者「何を馬鹿な……あの娘は生まれつき足が不自由で、車椅子での生活を余儀なくされていた。」

海の勇者「私が診察し、先天的な障害故に治療は不可能と診断を下したのだ。治るなどと……有り得ない。」

枝葉の勇者「そ、そんな事を言われても……あ、そうだ、ちょっと待って下さいよ……」ゴソゴソ


『ネットワーク』を介して作成した機関誌を取り出す。
開くのは『羊の町』で行われた、『北の勇者』による歌の公演のページ。

文字のみの情報の為、姿形はわからないが、それでも特徴はきちんと明記されている。

枝葉の勇者「ほら、この娘です。僕の知人が同行してるので間違いないです。」

海の勇者「……薄桃色の、髪と瞳?」

枝葉の勇者「はい。知人曰く、とても愛らしいと。」

海の勇者「……これは、確かなのか? 薄青色の髪と瞳の間違いではないのかね?」

枝葉の勇者「え、えぇ!? いやいや、それは無いです! これを読んだ『羊の町』からも訂正の依頼が来てませんし!」

海の勇者「もしくは、その『少女』が……『少年』の可能性は?」

枝葉の勇者「そ、それは、何とも……身体検査をした訳ではないでしょうから……」

海の勇者「君は、その娘と面会したのか?」

枝葉の勇者「いえ、それが……拒否されてしまったらしく……会えませんでした。」

海の勇者「どういう事だ……薄桃色の髪と瞳は兄の方だ……妹が生きていたのなら、薄青色の髪と瞳の筈……」

枝葉の勇者「えーと、良くわかりませんけど、染めた、とか?」

海の勇者「いや、それでは足の件が説明できない。敢えてそれを無視しても、瞳の色を変えるのは簡単ではない。」

根の勇者「なんだ、大将、珍しく混乱してるな。坊主、そもそもその娘は本当に『北の勇者』だったのか?」

枝葉の勇者「ステータスの開示はあったそうなので、間違いない筈です。」

根の勇者「なら簡単な話だ。その娘は少女じゃない。少年ってこった。大将が言う、兄の方だな。」

樹の勇者「しかし、いったい何のために? 道中の危険を避ける為に、女性が男装をするのはままありますが……」

根の勇者「やれやれ……これだから坊ちゃん育ちは……」

樹の勇者「どういう意味ですか。わかるように説明して下さい。」ムムッ

根の勇者「若い男と若い女、手段を選ばなけりゃ、手っ取り早く稼げるのはどっちだ?」

枝葉の勇者「あー、なるほど……そういう事か。」

潮の勇者「…………」ジロッ

根の勇者「おいおい、勘弁してくれ。単なる一般論だ。」

樹の勇者「同じ仕事をすれば同じ給金でしょう。男女、どちらでも変わらない筈だ。」

根の勇者「おっとと、これはこれは……坊ちゃんに理解させるには、少し時間がかかりそうだ。」

海の勇者「根の勇者の言わんとしてる事はわかった。」

海の勇者「確かに……国の支援が無いなら、そういう手段に頼らざるを得ないのかもな。」

根の勇者「まあ、大将は面識があるみたいだから思う所もあるんでしょうが、今考える事じゃないでしょう。」

根の勇者「で、どうするんです? この情報は信憑性ありとしますか?」

海の勇者「いや、腑に落ちない点がある以上、ここで留めておきたい。」

海の勇者「何とかコンタクトを取り、直接面会した上で真偽を判断したいと思う。」

海の勇者「――――枝葉の勇者くん。」

枝葉の勇者「は、はい!」

海の勇者「君の『ネットワーク』を駆使して約束を取り付けて欲しい。面会は私が行おうと思う。」

枝葉の勇者「え!? 海の勇者さんが直接ですか!?」

海の勇者「ああ、頼めるかな?」

枝葉の勇者「も、勿論です!」

海の勇者「皆も構わないだろうか。」

樹の勇者「はい、異論ありません。」

根の勇者「構わないが、大将、そんな暇あるのかね。」

潮の勇者「……将軍に従います。」

海の勇者「それでは、次の議題に移ろう。」

枝葉の勇者「はい、それでは次の資料をご覧ください。」

根の勇者「最近『煙の国』と『根の国』の国境付近で偵察兵らしきものが目撃されている……?」ペラリ

樹の勇者「またか……連中、懲りないな……」ペラッ

海の勇者「だが、妙だな……何故最近は仕掛けてこなかったのだ……?」パラパラ

潮の勇者「……言われてみれば、確かに。」ペラペラ

根の勇者「いつもなら、とっくに仕掛けてきている頃合いだよなぁ?」

樹の勇者「となれば……何かを待っている?」

海の勇者「内通者の線は?」

潮の勇者「……確実な事は言えませんが、今の所はそういった動きは。」

海の勇者「確かに、内通者がいるにしては、偵察兵の動きが腑に落ちない。」

根の勇者「やっぱり何かを待っているのか? だが、いったい何を……?」

枝葉の勇者「直接、偵察兵に聞くのが早いですかねー、なんて……」ハハハ

根の勇者「ふむ。坊主にしては良い発想だ。」

樹の勇者「ここで悩むよりは確実な方法ですね。」

枝葉の勇者「え、あ、その、冗談なんですけど……」

海の勇者「では、『火の大国』の動きを探るのは、樹の勇者と根の勇者に任せよう。」

海の勇者「私と潮の勇者は『水の大国』に戻り、何時でも軍を動かせるようにしておく。」

潮の勇者「……御意。」

根の勇者「はは、大将の後詰が控えてるなら、連中が何を企んでようと怖くねぇな!」

樹の勇者「心強く思います。」

枝葉の勇者「えーと、それじゃあ、僕は何をすれば……」

海の勇者「君は、さっき依頼した『北の勇者』との会談を設けてくれ。」

海の勇者「……ああ、もしかして、君も前線で戦いたいのかな? もしそうなら部隊を預けても良いが。」

枝葉の勇者「い、いえ、結構です! 『北の勇者』との会談に向けて、 誠心誠意、頑張ります!」

根の勇者「ま、坊主に荒事は期待してねぇよ。」HAHAHA!

樹の勇者「だが、情報の伝達に『ネットワーク』は必須だからね。期待しているよ。」

枝葉の勇者「はい!」











樹の勇者「ところで、さっきの若い男女でお金が云々ってどういう意味だったんですか?」

根の勇者「お、興味ある? それなら、この後、実地で研修といっちゃう?」

樹の勇者「教えてくれるんですか? それなら是非――――」

潮の勇者「……樹の勇者。行けば私は貴方を軽蔑します。」

樹の勇者「え、えぇ……そんなに難しい話なのかい? 気になるけど、それならやめておくよ……」

根の勇者「おいおーい、だったら俺一人で行っちゃうぜ?」

潮の勇者「……貴方はとうに軽蔑しているので、ご自由に。」

根の勇者「まじかよ……じゃあ、坊主で良いや。一緒に遊ぼうぜぇ。良いトコ教えてやっから!」

枝葉の勇者「えーと、その……」チラッ

潮の勇者「…………」ジロッ

枝葉の勇者「申し訳ないのですが、やめておきます……」シュン

海の勇者「――――若いな。」フゥ


――――――――

――――――

――――

――

今日はここまでです

続きは明日の夜に。

医者「いやはや……いったい何をしてたのかね。こんな酷い怪我は初めて見たよ。」

男武闘家「はぁ……」

医者「一番酷いのは背中だが、それ以外も左膝の靭帯の損傷、右手の五指骨折。胸骨骨折、肋骨骨折、内臓損傷……」

医者「言っておくが、痛みでショック死していてもおかしくなかったからね?」

男武闘家「申し訳ない。」

医者「で、どうするかね? まともに動けるようになるまで、急いでも三日は必要だろう。」

医者「取り敢えず、三日間の入院という事で構わないかな?」

男武闘家「お世話になります。」

医者「それでは、君も今夜は帰りなさい。彼も明日にならないと目を覚まさないだろうしね。」

男武闘家「……わかりました。明日、また来ます。」


――――――――

――――――

――――

――

女僧侶「あの、男戦士さんの容体は……」オロオロ

男武闘家「瀕死の重傷だそうだ。まあ、峠は越えたので命に別状は無いそうだが。」

勇者「いったい、二人とも何をしてたんですか?」

女僧侶「え、と……私も、あんまり覚えてなくて……」オロオロ

女僧侶「クマさんがふかふかで、あたたかくて……その……」オロオロ

勇者「うん。」

女僧侶「勇者くんに喜んでほしくて、ふかふかを持って帰ろうと……」オロオロ

勇者「うん?」

女僧侶「でも、ふかふかがどこかにいってしまって、クマさんもいなくなってて……」オロオロ

勇者「う、うん……?」

女僧侶「それで、男武闘家さんが来て、気付いたら男戦士さんが倒れてて……」オロオロ

勇者「…………?」

男武闘家「いや、訳がわからないから。」

女僧侶「これって、やっぱり私が何かしてしまったんでしょうか……」オロオロ

勇者「そんな……いくら女僧侶さんでも、理由もなくこんな酷い事はしないよ。」ヨシヨシ

女僧侶「で、でも……私、ちゃんと覚えてなくて……」グスッ…グスッ…

女僧侶「勇者くんが部屋に戻るのを見届けた後から、よくわからなくて……」グスン…

勇者「大丈夫、落ち着いて、女僧侶さん。」ヨシヨシ

勇者「今日はもう休んで、明日みんなで男戦士さんのお見舞いに行こう?」ヨシヨシ

女僧侶「…………はい。」

男武闘家「そうだな、今日はもう解散にしよう。俺も部屋に戻るから、ゆっくり休む事。良いね?」

女僧侶「……はい。」

勇者「わかりました。」

勇者と女僧侶の部屋を後にし、男武闘家は自分の部屋に戻る。
女僧侶の証言から勇者は要領を得なかったようだが、男武闘家は大まかに察していた。

あの場では言わなかったが、あの広場に大型の動物――おそらく羆――の足跡が残っていた。
女僧侶の突飛な言葉は、記憶の混乱によるものではなかったのだ。

ならば、男戦士は羆に襲われたのか?
否、それはない。男戦士の背中は重傷だったが、衣服に破れは無かった。
羆がわざわざ上着をまくりあげて傷つけ、その後に元に戻す? 有り得ない。


男武闘家(いくらまともにやっても相手にならないからって、【獣化】までする必要がどこあった。)


そう、広場に現れた羆は男戦士が獣化したものだったのだろう。
恐らく、男戦士と女僧侶は、何らかの理由で手合わせをしていたのだ。

それを補強する材料として、男戦士が倒れている傍に、蔓に絡め取られた女僧侶のメイスがあった。
男戦士の長剣も、破損した状態で蔓に絡まっていた。


男武闘家(……【獣化】したんだよな? なら、なんで女僧侶ちゃんは無事なんだ。)


女僧侶は記憶の欠如に困惑こそすれど、その身体に怪我などの異常はないようだった。
まさか、獣化した男戦士を圧倒したとでもいうのか?

もし、そうだとすれば、さっきの証言も違う色を帯びてくる。


―― 女僧侶「クマさんがふかふかで、あたたかくて……その……」

羆の毛皮を女僧侶が気に入った。

―― 女僧侶「勇者くんに喜んでほしくて、ふわふわを持って帰ろうと……」

男戦士の背中から無理やり毛皮を剥ぎ取った。

―― 女僧侶「でも、ふわふわがどこかにいってしまって、クマさんもいなくなってて……」

意識を失い、【獣化】が解除された事で、羆は男戦士に戻った。

―― 女僧侶「それで、男武闘家さんが来て、気付いたら男戦士さんが倒れてて……」

そこに自分が駆け付けた。

男武闘家(……人間のやる事じゃない……いや、出来る事じゃない。)


しかも、男戦士の背中の傷は刃物でつけられたものではなかった。
回収したメイスにも返り血は付着していなかった。
つまり、この工程は素手で行われたのだ。

中身は男戦士なのだから、手加減し、結果後れを取る事はあるだろう。
だが、背中の皮を剥がされようとしているのに、手加減など出来る訳が無い。
純粋に屠られたのだ。メイスも使わずに、素手で。


男武闘家(……有り得ない。)


いつも人懐こい笑顔を浮かべ、勇者にまとわりついている女僧侶。
今後、今までと同じ目で見る事は出来そうになかった。





女僧侶「勇者くん……? まだ休まないんですか。」

勇者「うん。もう少し、これを読みたいんだ。女僧侶さんは先に休んでて。」パラッ…パラッ…

女僧侶「それ、野草図鑑ですよね。 ……あまり夜更かししちゃダメですよ。」

勇者「うん、わかってる。お休み、女僧侶さん。」パラッ…パラッ…

女僧侶「はい……お休みなさい……勇者くん……」スゥ…スゥ…

勇者「…………」パラッ…パラッ…


――――――――

――――――

――――

――

男戦士「……え、何があったか?」

男武闘家「ああ、女僧侶ちゃんの記憶が曖昧でな。お前から聞いた方が早そうだと思って。」

女僧侶「あの、やっぱり、私が……やってしまったんでしょうか……」オロオロ

勇者「きっと大丈夫だよ、女僧侶さん。とりあえず、男戦士さんの話を聞いてみよう?」ヨシヨシ

男戦士「…………」

男戦士「――――えー、とね……」






男戦士「何があったんだっけ?」ハテ?

男武闘家「はぁ!?」

女僧侶「え?」

勇者「男戦士さんも覚えてないんですか?」

男戦士「いやぁ、ちょっと無理して恩寵を行使したからかな……俺も記憶があやふやで。」

男戦士「や、申し訳ない! すぐに怪我治すから、ちょっとこの町に滞在しててよ。」

男武闘家「はぁ……それじゃあ、二人はこいつの為に何か食い物買ってきてやって……」

男武闘家「先生の恩寵でもう傷は塞がってるんだろ? なら、後は体力つければ退院できるだろ。」

勇者「わかりました! 美味しそうなものを探してきますね。」

女僧侶「わ、私も頑張ります!」

勇者と女僧侶が買い出しに行くのを窓から見送ると、男武闘家が口を開いた。


男武闘家「――で、本当の所は?」

男戦士「女僧侶ちゃんにボコられた。冗談抜きで殺されるかと思った……」

男武闘家「なんで隠した?」

男戦士「いや、勝負をふっかけたのは俺の方だしさ。それに、あんな捨てられた子犬みたいな目を見ちまうと……」

男戦士(それに、ありのままを説明したら勇者ちゃんも引くだろうし……)

男武闘家「そんなものはただの外見だろう。中身は実際どうだか、わかったもんじゃないぞ。」

男武闘家「お前は、身を以ってそれを思い知らされたんじゃないのか?」

男戦士「それなんだけど……実はさ、【獣化】も使ったんだ……」

男武闘家「だと思ったよ。ただの手合わせにそこまでする必要があったのか。」

男戦士「使わないと殺されると思ったんだよ。結局、使っても一緒だったけど……」

男戦士「肌で実感してわかった。女僧侶ちゃんの身体能力は人間の域を超越してる。」

男戦士「少なくとも、羆程度の生物じゃ太刀打ちできない域にあった。」

男武闘家「冗談、には聞こえないな。お前の背中の傷を見た後じゃ特に……」

男戦士「女僧侶ちゃんって……もしかして、人間じゃないのかもな。」

男戦士「どう見ても、普通の女の子にしか見えないのに……」

男武闘家「……人間でも、『恩寵』の使い方次第で人間離れして見える事はある。」

男武闘家「素手で獣を屠れるからと言って、それが即“人間じゃない”事にはならないだろう。」

男戦士「だが、女僧侶ちゃんの恩寵はレベル1だぞ。」

男戦士「下手をすれば、そこらの子供以下の恩寵で、そんな無茶が出来るのか……?」

男武闘家「普通に考えれば、無理だ。人間業じゃない。」

男武闘家「いや、この話はやめよう……どう考えても、ろくな結論にならない。」

男戦士「……ああ、そうだな。」


人間業ではない。
それを行使できるのは人間ではない。
なら、人間ではないなら何か?

二人は幅広い知識を蓄えている。
故に、この議論の危うさを直感的に見抜いていた。

人間が同じ人間を“人間ではない”と断じる。
これは、とても恐ろしく危険な行為だと。

男戦士「ま、色々と酷い目にあったけど、丁度良かったかもなぁ。」

男武闘家「何が?」

男戦士「女僧侶ちゃんがいるんだから、俺は戦闘とは別の方向で貢献するべきだ。」

男戦士「一応、俺も男だからさ。やっぱり勇者ちゃんをこの手で守りたいと思ってたが、それは合理的じゃなかった。」

男戦士「女僧侶ちゃんの恩寵が伸びないなら、俺がそれをカバーする。その方が俺向きだし。」

男武闘家「……お前も、離脱した方が良いんじゃないか?」

男戦士「よせよ。それに、魔王を倒すなんて無茶な目標なんだから、女僧侶ちゃんくらい突き抜けてないとな!」

男武闘家「お前はもう少し頭が良いと思ってたが……」

男戦士「勇者ちゃんの為を思えば、そのくらいの危険、どうって事ないんだよ。」


――――――――

――――――

――――

――


その日の夜。


勇者「男戦士さんも、思ってたより大丈夫だったみたいだね。」

女僧侶「…………」

勇者「男武闘家さんが言ってたんだけど、単なる怪我だけなら、それほど怖くないらしいよ。」

勇者「本当に怖いのは、何らかの恩寵で傷が汚染されてるようなケースなんだって。」

女僧侶「…………」

勇者「――女僧侶さん?」

女僧侶「は、はい!」ビクッ

勇者「そんなに驚かなくても……大丈夫?」

女僧侶「あ、あの……何のお話でしたっけ……」オロオロ

勇者「え、だから、男戦士さんの――――」

女僧侶「ご、ごめんなさい!」ビクッ

勇者「どうしたの、急にそんな……」


女僧侶「だ、だって、お、男戦士さん、酷い怪我を……」オロオロ

勇者「う、うん。でも、それも思ったより早く治り――――」

女僧侶「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」フルフルフル

勇者「お、落ち着いて! 女僧侶さん!」

勇者「男戦士さんもよく覚えてないみたいだし、誰も女僧侶さんを責めてないよ。」

勇者「多分、何か思いもよらない事が起こったんだよ。だから、そんなに――――」

女僧侶「でも!」

女僧侶「ふ、二人いて、一人が重傷で、一人がなんともなくて、どっちも記憶があやふやで……」オロオロ

女僧侶「そ、そんなの、もう一人が何かしたに決まってるじゃないですか!」オロオロ

勇者「それは……」

女僧侶「け、怪我なら、私がすればよかったんです! 私が傷つけばよかったんです!」

勇者「そんな事、誰も思ってないよ!」


女僧侶「だって、私なんて、いなくても困らないじゃないですか! 僧侶なのに、怪我も満足に治せないんですよ!?」

女僧侶「と、取り柄なんて、それこそ戦う事だけしかないのに! そんなの、傭兵でも雇えば同じじゃないですか!」

女僧侶「なのに、仲間を傷つけるなんて、よ、傭兵以下です! 仲間なのに……大事な仲間なのに!」

勇者「女僧侶さん……」

女僧侶「私は、お、お二人みたいに、知識もないし、出来る事なんて、何もないし……」

女僧侶「し、知らない事ばかりで、いつもお二人に助けてもらってるのに……あんな、酷い怪我を……」

勇者「…………」

女僧侶「怒って下さい! 叱って下さい! 叩いて下さい!」

勇者「女僧侶さん、落ち着いて!」


突然、ひれ伏すように女僧侶が身を屈めた。

錯乱気味の女僧侶を落ち着かせようと、勇者が肩に手を置く。
凍えるように、怯えるように、女僧侶は震えていた。


女僧侶「な、なんでもします……なんでもしますから……!」

女僧侶「だから、見捨てないでください……嫌わ、ないで……ください……」

勇者「…………」


うわ言の様に許しを乞う女僧侶を、無言でそっと抱きしめる。


勇者「ボクも、同じような事を言ったの……覚えてる……?」

女僧侶「…………」

勇者「あれからずっと、女僧侶さんは気を遣ってくれてますよね。」

勇者「着替えの時とか、湯浴みの時とか……」

女僧侶「…………」


勇者「それに、ボクの為にいつも怒ってくれてます。ちょっと、怒り過ぎな時もありますけど……」

勇者「ボクは女僧侶さんを信頼しています。大切に思っています。今回の事も、きっと何か事情があったんです。」

女僧侶「……ゥッ……ヒグッ……」

勇者「きらいになんか、なりませんよ……見捨てたりなんか、しませんよ……」

女僧侶「――――ッ!」


声にならない嗚咽を上げ、勇者の胸に顔をうずめる。
自分の胸で泣く少女を、勇者は慈しむように抱きしめていた。


――――――――

――――――

――――

――


医者「ふむ……これだけ回復したなら、退院して良いでしょう。」

男戦士「お世話になりました。」

男武闘家「予定通り、三日の入院か。」

勇者「出発の準備は出来てますよ。」

男戦士「あれ? 俺の荷物は?」

女僧侶「わ、私が持ってます!」

男戦士「おう、ありがとね、女僧侶ちゃん。」スッ

女僧侶「……」

男戦士「……? いや、荷物貸して?」ススッ

女僧侶「え、いえ! わ、私が持ちますから!」  タタタタッ

男武闘家「別に走らなくても、馬はすぐそこなんだが。」


勇者(あの、男戦士さん……)ヒソヒソ

男戦士(どしたの、勇者ちゃん?)ボソボソ

勇者(女僧侶さん、色々と気にしてるみたいなので、好きにさせてあげてもらえませんか?)ヒソヒソ

男戦士(なるほど、そういう事ね。オーケー、わかった。合わせとくよ。)ボソボソ


――――――――

――――――

――――

――


『木の大国』領、『水の大国』領の勇者会議から数日後。
会議の内容は『木の大国』領、『水の大国』領の勇者に『ネットワーク』を通じて届けられる。

ここ『花の国』の首都、『蘭の街』に居を構える花の勇者の元にもそれは届いていた。


花の勇者「――うーん、またじけんです。」

地の勇者「…………」イライラ


十歳そこらのあどけない少女が大きな執務机に向かい、屈強な青年と対面している。
一般的なサイズの執務机が、小柄な少女が座ると妙に大きく見える。

執務机で届いた手紙を読みながら、亜麻色の髪の少女は表情を曇らせる。
白の花冠とツーサイドアップの髪が可憐さを引き立たせ、ともすれば一国の姫君にも見える。

ただし、その服装は木綿の作業服という簡素な物であり、更には至る所に土汚れが目立っている。
初対面の人間なら、王族の姫と農家の少女という両極端な印象を受けるだろう。

その少女の前で、不機嫌さを隠そうともせずに頬杖をつく青年。
鍛え上げられた肉体、褐色の肌と金髪金眼、どう見ても『木の大国』領の人間には見えない。


花の勇者「…………」チラッ

地の勇者「…………」


花の勇者「…………」チラッ チラッ

地の勇者「…………」…イラッ




花の勇者「あの――――」

地の勇者「断るッ!」ダンッ!

花の勇者「――――っ」ビクッ!


青年が机に拳を叩きつけ、全力で拒絶の意を示した。
頑丈な執務机に、青年の拳型の亀裂が走る。


花の勇者「ふぇ……っ……」ジワァ

護衛兵1「花の勇者様!」ジャキッ!

護衛兵2「おのれ、貴様ァァ!」ジャキッ!

地の勇者「ああ!? ヤんのか、三下ァ!」


傍に控えていた護衛兵達が、ハルバートを青年に突きつける。
一瞥すらもせずに青年が吠えると、ハルバートは一瞬で錆びつき、ボロボロに崩れ落ちた。


護衛兵1「ぐっ……!」

護衛兵2「ぬぅぅぅ!」


青年の素性は護衛兵達も知っていた。
『土の大国領』最高レベルの勇者、『地の勇者』
その称号は伊達では無い。


地の勇者「餓鬼ィィ……お前の『お願い』のせいで、どれだけ俺が苦労したと思ってやがる……」

花の勇者「……えぐっ……っ……ひ、ひぐっ……」ポロポロ

地の勇者「『情報街で行方不明者が多いから解決して』とか簡単にほざきやがって……」

花の勇者「……えっ、ぐっ……ぐすっ……っ……!」ポロポロポロポロ

地の勇者「おかげで木と水の大国領をかけずり回る破目になったんだぞ! ふッざけんなァ!!」

花の勇者「うわぁあああああああん!! わぁあああああああああああん!!」ワーンワンワン! ビェェェェン!

地の勇者「勇者がガン泣きしてんじゃねェェェェ!!」


執務室に響き渡る少女の泣き声。
護衛兵達が慌ててご機嫌を取るべく駆け寄り、用意してあった甘いものを取りだす。


護衛兵1「ゆ、勇者様! ほら、今朝収穫されたばかりの新鮮な苺ですよ!」オロオロ

護衛兵2「数量限定のアップルパイもありますよ! あ、甘くて美味しいですよ!」オロオロ

花の勇者「えぇぇぇぇえええええん! うえええええええぇぇぇぇん!!」ビェェェェン! ビェェェェン!

地の勇者「チッ……おいこら三下ァ! さっさと何とかしろ!」

宝石の勇者「……ちょっと、どうかしたの? 外の廊下まで響いてるわよ。」


執務室の外まで届く大音量の泣き声に、もう一人の訪問者も入室してきた。
絹を頭に巻いて髪をまとめた、金髪金眼の褐色の肌の女性。


護衛兵1「ほ、宝石の勇者殿!」

護衛兵2「困ります、勝手に入って来られては!」

花の勇者「ああぁぁぁぁあああああん! うわあああああぁぁぁああああん!!」ビェェェェン! ビェェェェン!

宝石の勇者「はいはい、その子が泣きやんだら出ていきますから。」


慌てる護衛兵を遮り、泣きじゃくる花の勇者を抱き上げる。
安心させるように背中をさすり、まずは泣きやむように落ち着かせる。


花の勇者「……ふぐっ……っ……っく……」グスッ…グスン…

宝石の勇者「ほら、良い子ねー。よしよし、えらいねー。」ナデナデ

宝石の勇者「どうして泣いてたのかなー? お姉さんに教えてくれる?」ヨシヨシ

花の勇者「あ、あの……ね……お、お兄ちゃんが、ね……」エグッ…エグッ…

宝石の勇者「うんうん。」

花の勇者「わたしの……机をドンッ、て……いきなり、ドンッ……て……っ……」ヒグッ…グスッ…

宝石の勇者「あー、ほらほら、泣かない泣かない。大丈夫だからねー。」イイコ イイコ

宝石の勇者「それで、なんであなたはそんな事した訳? うわ、机壊れかけてるじゃない……」

地の勇者「ああ!? その餓鬼がまた俺をパシらそうとしたからに決まってんだろうが!!」

花の勇者「――ひぅっ!」ビクッ

宝石の勇者「いちいち声を荒げないの。こんな小さな子相手に何やってるのよ、情けない。」

地の勇者「チッ! 知るか、ンなもん!」


宝石の勇者「護衛兵さん、私も同席した方が良さそうだけど、どうする?」


ようやく泣きやんだ花の勇者が、宝石の勇者の後ろに隠れるようにこちらを窺っている。
残念だが、護衛兵の無骨な全身鎧では、落ち着くものも落ち着かない。

他国の勇者二人と自国の勇者一人。
規則では、こういった不利な状況はあってはならないのだが、この場合は仕方ない。

攻撃的で粗暴な地の勇者と違い、宝石の勇者は柔和で理知的な、話が通じるタイプだ。
まだ幼い、弱冠十二歳の花の勇者から上手く話を聞いてもらえるなら、特別に許可するべきだろう。


護衛兵1「……では、今回に限り同席を許可とします。」

護衛兵2「ご協力に感謝します。」

地の勇者「……心配しなくても、こいつは俺にとっても必要だ。手出しなどするかよ。」

宝石の勇者「だったら、態度で示しなさいよ……まったく。」

花の勇者「お兄ちゃん……もう、おこってない……?」オズオズ

地の勇者「……別に最初から怒っちゃいねぇよ。」

宝石の勇者(いや、あなた普通にキレてたでしょうが……)


地の勇者「まぁ、その、なんだ…………怒鳴ったのは、悪かったな。」

花の勇者「――――!」パァァァァ

宝石の勇者(ふふ、かわいらしい笑顔ね。)

護衛兵1(役得 役得……)ハァハァ

護衛兵2(これで三日は抜けるな……)ハァハァ

花の勇者「それじゃあ、わたしのおねがい、聞いてくれるの!?」


純真で、屈託の無い笑顔。
向けられた方も頬が緩み、思わず何でも言う事を聞いてあげたくなる。
だが、それで既に大変な苦労を押し付けられた人もいる訳で。


地の勇者「――――ざッッけんな、このクソ餓鬼ィィィィ!!!!」


またも地の勇者の怒号が響き、花の勇者の泣き声が後に続いた。


――――――――

――――――

――――

――


『木の大国』領内の国で、『火の大国』領と国境を接する国は二つある。
一つは山岳地帯の『根の国』。そして、もう一つが平野の『花の国』であった。

山岳と平野。
どちらが侵攻し易いかなど、考えるまでもない。

何度となく『花の国』は演習の名のもとに侵攻され、その度に多額の退去料を巻き上げられていた。
だが、三年前、『土の大国』領所属の若い勇者が『火の大国』に一方的な通告を行った。

曰く、『花の国』に対して演習を仕掛ける事は自分が許可しない。
以後、演習を『花の国』に仕掛けるなら、その軍の安全は保障しない。


『火の大国』は、その通告を一笑に付した。

――名声目当ての大言壮語。

――――駆け出しの若造の誇大妄想。

――――――現実の厳しさを知らぬ夢想家。

『火の大国』領だけでなく、他の大国も似たような感想を抱いた。
当の『花の国』の人間ですら、僅かな期待もしていなかった。

そして、その通告から半年後、『火の大国』領の一つ『火口の国』が、兵士三千を率いて隣国の『花の国』に侵攻した。
いつも通り、圧倒的な戦力で攻め進み、幾つもの拠点を占拠した。

まだ『ネットワーク』の構築が完了していないこの時期、情報の伝達は早馬に頼るしかなかった。
花の勇者はまだ子供で戦力外、他の『木の大国』領所属の勇者達は誤情報に踊らされ、まったく違う場所を防衛していた。

――『火口の国』の兵士三千の侵攻から七日目の夜。
一晩で、兵士三千が忽然と姿を消した。

後に残されたのは無人の拠点のみ。
武具も兵糧も兵馬も、一切合切が忽然と姿を消していた。

驚いた『火口の国』は、調査の為に兵士一千を送り込んだ。
だが、その一千の兵も、現地に向かう途中で姿を消す事となった。


精兵四千を失い、『火口の国』は慌てて侵攻を引き上げた。
初めての勝利に『花の国』は首を傾げ、理解不能の事態に『火口の国』は青ざめた。

そこに、重ねて通告が行われた。

曰く、『花の国』に対して演習を仕掛ける事は自分が許可しない。
以後、演習を『花の国』に仕掛けるなら、その軍の安全は保障しない。

忘れ去られていた、皆が笑い飛ばした前回と全く同じ文面。
事情を察した『火の大国』は激昂し、すぐに『土の大国』に説明を求める使者を送りつけた。

『土の国』王都に呼び出しを受けた若い勇者は平然と答えた。

自分が結んだ友好国を保護するために行った事だ、なんら責められる覚えは無い、と。

『勇者』レベルが上がると、それに応じて様々な権利が国から認められる。
若い勇者はその時点でレベル5、これは、外交官としての権限が認められるレベルに達していた。

一般的な『勇者』がレベル5程度で生涯を終える事から考えると、僅か十七歳でレベル5というのは普通では有り得無い。
だが、実際にレベル5に達している以上、単独で同盟を結び、単独で防衛を行う権限を持つ。
『国』として、この勇者を咎める事は出来ない。

――――そう、少なくとも表向きは。

権限があるからといって、何をしても許されるという訳では無い。
表向き咎められないからといって、それで無罪放免とは限らない。


『火の大国』と『土の大国』、二つの大国の面子に泥を塗って、ただで済まされる訳が無い。


――『勇者』として勝手な振る舞いを許すわけにはいかない。

――――個人的な感情で兵四千の命を奪うなど、『勇者』として失格だ。


そのような口上を携え、『土の大国』領最高レベルの勇者、『地の勇者』がその若い勇者の元を訪れた。
若い勇者は自らが持つ外交権限を盾にしたが、同様に『地の勇者』の勇者レベルは彼を制裁する権限を持つ。

口上など建前にすぎない。
秩序を乱した者は、排除されなくてはならない。

三日三晩、二人は戦い続けた。
老いたとはいえ、経験豊富な地の勇者の勝利は確実だと思われていた。

だが、四日目の朝、立っていたのは若い勇者だった。

『土の大国』領最高レベルの勇者は、若い勇者の手により、その生涯を終えた。

国としては表向き処罰できない。
『勇者』の自由意思で制裁を下すのは可能だが、若い勇者は『地の勇者』を返り討ちにした。
後に続いて制裁をくわえる『勇者』は皆無だった。

若い勇者は、その手で無罪放免を勝ち取ったのだ。


――――――――

――――――

――――

――


花の勇者「じゃあ、お兄ちゃん……どうしても行ってくれないの……?」

地の勇者「俺がわざわざ行く話じゃねぇだろが。他の連中にやらせとけ。」


結局、お願いというのは『根の国』で『煙の国』の偵察兵が目撃されているから、その目的を探って欲しいというものだった。
どう考えても、『土の大国』領所属の自分が関わる理由は無い。

『花の国』とは自らの目的の為に同盟を結んだが、『根の国』に関してはどうでも良かった。
植物の品種改良に高い実績を誇る『花の国』だからこそ、自国に背いてまで身体を張ったのだ。


地の勇者「……そんな事より、俺が依頼してる件はどうなんだ。」

花の勇者「すぐにはむりだよぉ。そもそも『桜』をさばくで自生させるなんて、聞いたことないもん。」

地の勇者「簡単じゃねぇ事くらい、俺だってわかってんだよ。だからこそ、『花の国』に頭下げてるんだろうが!」

宝石の勇者「なら、ちゃんと頭下げなさいよ。まったく、あなたという人は……」

花の勇者「人造でいいなら、わたしがなんとかできるけど……それだと、いやなんだよね?」

地の勇者「当然だろうが。交配も接ぎ木で増やす事もできない人造の変異種なんぞ、『桜』とは認めねぇ。」

花の勇者「じゃあ、けんきゅうしゃさんにがんばってもらうしかないよ。」

花の勇者「わたしから交配のしじはするけど、結果がでるまではじかんがかかるし……」

地の勇者「チッ……気長にやるしかねぇか。わかってたけどよ。」

花の勇者「うん、でも、そうだね……お兄ちゃんにあまえてばかりじゃダメだよね……」

地の勇者「そうそう、わかれば良いんだ。お前はここで研究に精を出してりゃ――――」

花の勇者「わたしもじぶんでうごかないと、だよね!」

地の勇者「あ?」


花の勇者「ごえいへいさん、わたし『根の国』までおでかけするね。」

地の勇者「はぁ!?」

護衛兵1「お、お待ちを!?」

護衛兵2「い、いけません勇者様! 外は危険なのですよ!?」

花の勇者「だって、わたしだけなにもしないなんておかしいよ!」

地の勇者「いやいやいや、お前はこの街から出た事すら無いだろうが。ちょっとそこまでお遣いって話じゃねぇんだぞ!」

花の勇者「わたしも、もうこどもじゃないんだから! それくらい、だいじょうぶ!」

地の勇者「そういう事を自分で言ってる内は餓鬼って相場が決まってんだよ……」

地の勇者「おい、お前も何か言えよ。どう考えても無理だろうが。」

宝石の勇者「そりゃあ……私も無理があるとは思うけど。でも、仕方無いじゃない?」

宝石の勇者「お願いした相手が動いてくれないんだもの。自分で何とかする、って考えるのは当然でしょ?」

地の勇者「俺の……せい、かよ……」

花の勇者「『根の国』までなら、きっとおこづかいでなんとかなるよね! あ、おべんとうも用意しなきゃ。」

護衛兵1「地の勇者殿! 後生です、どうか! どうかお力を!」ドゲザ!


護衛兵2「お願いです、このままでは我が国の宝がァァ!」ドゲザ!


当然だが、枝葉の勇者からの手紙に、花の勇者に行動を促すような指示など書いていない。
子供ながらの正義感から、花の勇者が自分で行動を起こしているのだ。

そして、自発的だからこそ、言葉で説得して止まるものでは無い。


地の勇者「あ ぁ ぁ ぁ ぁ 、く そ が ぁ ぁ ぁ ぁ ……」ガリガリガリ


苛立ちのあまり、乱暴に頭を掻き毟らずにはいられない。

花の勇者の外見はただの子供だが、植物に関する知識と勘の良さに関しては他の追随を許さない。
通常ならば不可能な交配も、『樹の神』の恩寵を無限に行使できる花の勇者なら容易く行える。

無謀とも言える『桜』の品種改良。花の勇者の協力無しで上手くいくとはとても思えない。


地の勇者「俺が、行くから……お前はここで研究を続けてくれぇ……」


選択の余地が無い事を悟り、地の勇者は力なく項垂れていた。


――――――――

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――――

――


今日はここまでです。
続きはまた明日の夜に。

久しぶりに地図貼っときます。

ttp://uploda.cc/img/img5177236fd4c5b.jpg

若い勇者=「現」地の勇者
若い勇者に殺された地の勇者=「先代」地の勇者
花と話してる地の勇者=「現」地の勇者

でしょうよ、見た限り

>基本的に「~の勇者」ってのは国の名前とリンクすんのか?
>最高位だけが違うのか?

新しい勇者が発見されると、どこかの国が身元引受国に立候補します。
国が複数の場合は勇者側が希望の国を選び、主にその国の為に働きます。
ただ、魔物の討伐や国防の為に各地を飛び回る勇者も居るので、『○○の勇者』が常に○○国に滞在しているとは限りません。

また、一つの国が複数の勇者の身元を引き受ける事はありません。
身元引受国が決まった勇者は、生まれの国で育つ事もあれば、身元引受国に引っ越す場合もあります。

各大国の一番勇者レベルが高い勇者が、その国の『神』の名を冠した勇者に選ばれます。
例:『木の大国』領は『樹の神』を祀っているので、『樹の勇者』といった具合。

『神』の名を冠する勇者も、他の勇者が自分より勇者レベルが高くなれば、称号を譲る事になります。
称号を譲った勇者は、元々の身元引受国の名前を再び名乗るようになります。

>地の勇者は死んだのか?
>花の勇者と話しているのは地の勇者だよな?
>若い勇者に殺されたのは?

>これから書くんならいいんだが、どうだろう。



>若い勇者=「現」地の勇者
>若い勇者に殺された地の勇者=「先代」地の勇者
>花と話してる地の勇者=「現」地の勇者

>でしょうよ、見た限り


これはもう、その通りです。


男戦士「おっと、これはまた古い橋だな。」

男武闘家「やれやれ……迂回した方が良いか?」


流れの速い川にかかった一本の橋。
かなり年季が入っているらしく、一目でわかるくらいに支柱が傷んでいる。


勇者「でも、轍の跡もありますし、今でも使われているんじゃ……」

女僧侶「幅もあんまり無いですし、渡るなら一組ずつですかねー。」


小型の馬車ならどうにか渡れる程度の幅はある。
現に、馬車が通った轍の跡が残っている。
馬車が通れるのなら、馬が通れない道理は無い。


男武闘家「どうする、勇者ちゃん?」

勇者「うーん……」


この橋を迂回するとなると、かなり時間を無駄にする事になる。
予定していたキャンプ地点に辿り着くのは不可能になるだろう。


勇者「渡りましょう。でも、橋に負担をかけないように、一組ずつ。」

男戦士「了解。それじゃあ、俺と女僧侶ちゃんが先ず渡ってみようか。」

女僧侶「はい!」

勇者「ボク達が先の方が良くないですか? 多分、こっちの白馬の方が軽そうですし……」

男武闘家「……積荷を考慮すれば、まず間違いないな。」


筋肉質な黒馬と武具を装備した男戦士と女僧侶。
すらりとした白馬と、素手の男武闘家と短剣一本の勇者。

どちらが橋に負担をかけるかは明白だった。


男武闘家「ゆっくりで良いぞ。ゆっくり、落ち着いて歩くんだ。」

勇者「…………」ドキドキ


余計な負担をかけないよう、まっすぐ白馬を歩かせる。


――――ビ キ ィ ィ


橋の真ん中あたりにさしかかった時、不吉な音が響いた。
音源は足元の支柱。音と共に橋が揺れたのを、橋の上の勇者と男武闘家は感じ取っていた。


女僧侶「い、今の音って……」

男戦士「静かに! 下手に動揺すれば白馬が怖気づく。」


緊迫した空気の中、白馬が慎重に歩を進める。


――――ギ ギ ギ ギ ギ ギ ギ ギ ギ


勇者「…………」ゴクッ

男武闘家(……くっ、戻るのは無理か。)


不気味な音を響かせ、橋全体が軋み始めるに至り、男武闘家は覚悟を決めた。


男武闘家「ハッ!」 パシーン!

白馬「ヒヒーン!」 ダダダダダッ!


男武闘家が鞭を打つのと同時に、橋の支柱が崩壊し、橋が真ん中から崩れ始める。


女僧侶「勇者くん!」

男戦士「いや、大丈夫だ! 橋が崩れる前に鞭を入れた! これなら……!」


橋が崩落していくより早く、まだ崩れていない部分を白馬が駆け抜ける。


――――ズ ド ド ド ド ド ド ド ! !


古くなっていた橋は完全に崩壊し、両端の僅かな部分を残すだけになってしまった。


男武闘家「大丈夫、勇者ちゃん?」

勇者「は、はい……でもドキドキしました……」


もしもの為に真っ直ぐ跨っていたのが功を奏した。
不安定な横座りだったら、途中で振り落とされていただろう。


男戦士「おーーーーい! 大丈夫かーーーー!!」

男武闘家「こっちは大丈夫だーーーー!」


橋の向かい側の男戦士に返事を返す。
無事だったのは何よりだが、問題はここからだ。

川は幅が広い上に流れもかなり激しい。
とても馬が渡れる距離では無い。

恩寵で蔓を張って即席の吊り橋を作るのも出来なくはないが、時間がかかる上に人間しか渡れない。
馬を失う上に、キャンプ地まで辿り着けずに危険に晒される事になる。

となると、選択肢は一つしかない。


勇者「え、ボク達だけで先に進むんですか?」

男武闘家「ああ、キャンプ地は安全だから、そこで二人を待つ。」

分散してしまったのは痛いが、勇者が先に渡ったのは不幸中の幸いだった。
一番重要な勇者がキャンプ地に辿り着けるのなら、後はどうにでも出来るだろう。


男戦士「という訳で、俺と女僧侶ちゃんは、どこか適当な場所で野宿ね。」

男戦士「キャンプ地と違って獣と魔物の危険があるけど……まあ、女僧侶ちゃんなら大丈夫だろ。」

女僧侶「は、はい、頑張ります! 絶対に男戦士さんに危険が及ばないようにしますので!」

男戦士(頼もしすぎる。並みの魔物じゃ相手にならんし、獣でも屠れるのは身を以って知ってるし……)

女僧侶「あ……で、でも、勇者くんは大丈夫なんでしょうか。男武闘家さんだけじゃ……」

男戦士「ああ、森の中ならあいつは戦力三倍増しと思っていいよ。恩寵レベル高いからね。」

女僧侶「なら、私達は少しでも早く進んで、二人と合流しないとですね!」

男戦士「どんなに急いでも、合流できるのは明日の昼過ぎってとこだろうけどねー。」


――――――――

――――――

――――

――


勇者「採ってきました!」

男武闘家「ああ、ありがとう。一応確認するから、そこに置いといて。」


キャンプ地まで無事に辿り着き、二人が野営の準備をしている。
役割を分担し、男武闘家がテントを設営し、勇者が近くの森で食料採取を担当。

既に周囲に魔物がいないのは確認済みの為、ある程度安心して過ごす事ができる。


男武闘家「……うん、危険なものは混じって無いね。じゃあ、獲っておいた鴨の中に詰めて蒸し焼きにしよう。」

勇者「はい!」


男武闘家のお墨付きをもらい、勇者が嬉しそうに炊事場に走っていった。

来る途中の水場で鴨を二羽、夕食として獲っておいた。
腹を裂き、その中に勇者が採ってきた茸や野草を詰めて蒸し焼きにする。

先程、男武闘家が確認したのは、勇者が採ってきた茸が安全な物かの確認だった。
野草図鑑を見ながら採取したとしても、似たような種類で危険な茸が混じっていないとも限らない。


男武闘家「よし、テントは完成したし、俺も手伝――――」

勇者「大丈夫です。もう終わりましたので。」


手伝おうと男武闘家が炊事場に顔を出すと、既に詰め物がされた鴨が紐で縛られていた。
余計な骨は抜き取られてゴミとして纏められており、単純に詰めただけではない事が見て取れる。


男武闘家「へぇ、勇者ちゃん、料理出来たんだねぇ。」

勇者「はい。でも、お二人の方がお上手だと思いますけど……」


ここまでの道中、野営地点での炊事は男戦士か男武闘家が担当していた。
普段は二人の内どちらかがテントを設営し、もう片方が料理をしていたが、今日はそういう訳にはいかない。


男武闘家「俺達は、長くやってるってだけだよ。勇者ちゃんの年齢で出来る方が立派だ。」

勇者「そうでしょうか。」

男武闘家「そうだよ。――あ、そう言えば、勇者ちゃんって、俺達に会う前ってどうしてたの?」

男武闘家「十年前の魔王襲撃から、ずっと旅をしてた訳じゃないだろ? 食事処で働いてたとか?」

勇者「――――ッ。」

男武闘家「あ……いや、別に無理に聞こうとは思わないけどね。」


過去の質問をした時、明らかに目を伏せ、表情が沈んだ。
慌てて男武闘家が話を変える。


男武闘家「そういえば、後二、三日で俺達の故郷に着くんだ。」

男武闘家「『角笛の町』っていってね、静かで良い所なんだよ。」

勇者「そう、なんですね。」

男武闘家「うん。それで、俺と男戦士は知人の墓参りをしたいと考えてる。」

勇者「……はい。」

男武闘家「出来れば、その間、勇者ちゃんと女僧侶ちゃんは町に滞在してて欲しいんだ。」

男武闘家「一週間ほど時間を取りたいんだけど、その間ね。」

勇者「一週間、ですか……?」

男武闘家「ん、まあ……確かにちょっと長いと思うかもしれないけど、良い所もあるんだ。」

男武闘家「『角笛の町』には枝葉の勇者の為に寄贈された図書館があるから。そこで色々調べてみるのはどうだろう?」

勇者「そうですね、足を止めたくは無いですけど、お二人にはいつもお世話になっていますし……」

男武闘家(…………)ズキッ


勇者「亡くなった方を偲ぶのも大切な事ですよね……ボク達の事は気にせず、お墓参りをしてきてください。」

男武闘家「ああ……勝手を言って、ごめんね。」

勇者「良いんです、お二人は大切な仲間なんですから! ……あの、そろそろ良いでしょうか。」

男武闘家「ははっ、お腹空いてきた? でも、もう少しおいた方が良いかなぁ。」


『角笛の町』で自分は離脱する。
二人きりになったこの機会に言っておくつもりだった。
だが、心から自分を信頼してくれている勇者に伝えるのは、どうしても躊躇われた。

断じて、一時の感情に流されるつもりは無い。
それなのに、このひたむきな少女を傷つけるかと思うと、どうしても口に出せなかった。


――――――――

――――――

――――

――


男戦士「今日はこれ以上進むのは無理そうだなー。」

女僧侶「もう日が暮れそうですね……」


橋の崩落により、予定外の場所で夜を明かす事になってしまった。
魔物や動物、虫除けが施されたキャンプ地以外の場所で夜を明かすのは、様々な危険に満ちている。

山の中腹、広場のように開けた場所を選び、荷を下ろす。


男戦士「炊事場も無いし、今日は干し肉あぶるくらいで我慢するか……」

女僧侶「わ、私が何か獲ってきましょうか!? 猪でも兎でも、探せばその辺に――――」

男戦士「駄目。慣れない山を甘く見ちゃいけない。すぐ日が暮れるとなれば尚更だ。」

女僧侶「で、でも、男戦士さんがお腹空くんじゃ……」

男戦士「別に一晩くらい、死にゃあしないよ。」

女僧侶「じゃ、じゃあ私の分の干し肉もどうぞ! それなら少しは――――」

男戦士「良いって、二人で分けて食べよう。ただでさえ、女僧侶ちゃんはたくさん食べるんだから。」

女僧侶「そ、そんな事――――!」グゥゥゥ

男戦士「ね?」

女僧侶「…………っ」カァァァ(///


女僧侶「で、でも、だって……」

男戦士「良いから良いから、別にキャンプ地に着かなかったのは女僧侶ちゃんのせいじゃないでしょ?」

男戦士「旅をしてれば、ああいうアクシデントは起こるもんだし。気にしない気にしない。」

女僧侶「こ、こんな時じゃないと、私がお役に立てる事なんて……!」

男戦士「え、いきなりどうしたの? 皆、女僧侶ちゃんを頼りにしてるよ?」

女僧侶「……お、怒って、ないんですか?」

男戦士(…………あー、そういう事か。まだ気にしてたんだな。)

男戦士「あれは、まあ……気にしなくて良いんじゃない?」

女僧侶「そんな! あんな酷い怪我で……下手をすれば、死んじゃってたかも……」

男戦士「うっすらと、何があったか、思いだしたような気もするんだけどさ。」

女僧侶「――――ッ!」ビクッ


男戦士「どうも……切っ掛けは俺が仕掛けたような気がするんだよねー。」

女僧侶「……え?」

男戦士「ちょっと力試し、みたいなね? それで、あっさり返り討ちされたような気がするんだよ。」

男戦士「いや、正直男としてはカッコ悪い事この上ないからさ。もう忘れてくれない?」

女僧侶「そんな……だったら何で、私が怪我してなかったんですか……!」

男戦士「いや、そりゃあ……」

女僧侶「そんなの、無抵抗の男戦士さんを、私が一方的に叩いたに決まってます!」

男戦士(ハハハ……ガチで戦って完封されたんですけど……)

女僧侶「ごめんなさい! ごめんなさい! 許して下さい! 何でもしますから!」


勢いよく頭を下げ、許しを乞う。
二人きりになった事で、抑えていた罪悪感が一気に噴出したのだろう。


男戦士「……何でもする?」

女僧侶「何でもします! 何でも言って下さい!」

男戦士「……顔を上げて。」

女僧侶「は、はい……」


恐る恐る女僧侶が顔を上げる。
涙が滲み、目元は赤くなっていた。


男戦士「…………」ハァ

女僧侶「あ、あの……?」


男戦士の浮かべている表情に、女僧侶が戸惑いの声を上げる。
険しい表情で怒っているとばかり思っていたが、男戦士の表情はそれとは違った。

呆れたような、悩むような、苦々しい表情。


男戦士「――目ェ閉じろ!」

女僧侶「は、はい!」ギュッ


僧侶が慌てて目を閉じると、男戦士が右手を真っ直ぐ上に掲げた。


男戦士「せいやッッ!!」     ゴチッ!

女僧侶「――――ふぎゃッ!」


全力で振り下ろされた手刀を脳天にお見舞いされ、女僧侶がうずくまって頭を押さえる。


男戦士「ふぅ、叩いた手が痛いな。……文字通りの意味で。」 ジンジンジン

女僧侶「うぅ……いきなり何するんですか……酷いです……」…ジワッ


さっきとは違う涙を目に浮かべ、女僧侶がうらめしそうに男戦士を見上げている。
まさか脳天にチョップされるとは思っておらず、流石に効いたのだろう。
帽子も手刀の形にヘコんでいる。


男戦士「女の子が、軽々しく『何でもする』とか言っちゃダメ!」

女僧侶「ふぇっ!?」

男戦士「勇者ちゃんほどじゃないにしろ、女僧侶ちゃんもかわいいんだから!」

女僧侶「え、ええぇ!?」

男戦士「もう少し、女の子としての自覚を持ちなさい。色々な意味で! “色々な意味で”ね!」

女僧侶「え、ええ、ええええぇ!?」

男戦士「……それを心掛けてくれるなら、今回の件は水に流す。良いね?」


しゃがみ込んでいる女僧侶に手を差し出す。
男戦士は既に、いつもの陽気な笑顔を浮かべている。


女僧侶「……が、頑張ります。」


差し出された手を握り、女僧侶も弱々しい笑顔を浮かべた。


――――――――

――――――

――――

――




男武闘家「よし、そろそろ良いかな。」

勇者「それじゃあ、ボクはこっちをもらいますね。」

男武闘家「ん? いや、勇者ちゃんはこっちの大きい方を食べなよ。」

勇者「え……いや、ボクは小さい方で良いですよ。」

男武闘家「駄目駄目、勇者ちゃんは成長期なんだから、たくさん食べないと。」

男武闘家「体力つけたいのなら、食べるのも鍛錬の内だよ。それに、いつもこれぐらいの量は食べれてるだろ?」

勇者「あの、それは……」

男武闘家「……なに、どうかした?」


口ごもる勇者に男武闘家が首を傾げる。
自分に気を遣っているのだろうが、そんな必要は無い。
成長期の勇者がたくさん食べる方が理に適っているのだから。


勇者「実は、ですね……ボク、木の実が苦手で……」

男武闘家「うん。」

勇者「採り過ぎてしまった分を、大きい方に、その……」

男武闘家「……ああ、なるほど、そういう事か。」


恥ずかしそうに目を逸らす勇者に、男武闘家が意地悪な笑みを浮かべる。


男武闘家「好き嫌いは良くないなぁ?」

勇者「あぅ……」カァァァ(///

男武闘家「でも、少し嬉しいかな。勇者ちゃんの年相応な所が見られてさ。」

勇者「女僧侶さんには内緒にしてください。きっと、からかわれちゃうので……」カァァァ(///

男武闘家「ハハ! からかうってより、克服させるために無理やり食わせそうだけど。」

勇者「うぅ……ちょっとなら食べれるんですよぉ……」グスン…

男武闘家「じゃあ、そのかわいい泣き顔に免じて、今日の所は俺が処理しておこうかな。」

勇者「ありがとうございます!」パァァァ


しょぼんとした表情から、一転して輝かんばかりの笑顔。
妙に大人びている――というか、達観している――所があるが、食べ物の事で一喜一憂する姿は年相応の姿だ。

本音を言えば、勇者と旅をするのはとても楽しい。
頑張り屋で努力家の少女が前を向いて歩く姿は、見ているだけで胸が熱くなる。

だが、同時に、こうも思うのだ。
『あいつ』との旅が出来ていれば、それはどうだっただろうかと。

もはや決して叶わぬ望みなれど。
だからこそ、自分の気持ちに決着をつけなければならない。
それをしないと、自分の心はここから先に進む事が出来ないのだ。


――――――――

――――――

――――

――


今日はここまでです。

そして、とうとう書き溜め分が尽きてしまいました。

ある程度書き溜めたら続きをあげていくので、次回の更新は近日中です。

今日はR指定です。

出先で見る際はご注意を。


町長「ううむ……やっぱり妙じゃのう……」

町人1「魔物の目撃数は増える一方です……やはり、何かの前触れでは……」

町人2「しかし、実際の被害は特にありませんし、気にする必要はないのでは?」

町人1「何を呑気な事を! 何かあってからでは遅いのだぞ!」

町人2「目撃数が増えているといっても、その内容はコボルトやテトラウルフといった珍しくないモノです。」

町人2「ようやく魔物も人間に対する恐怖を覚えてくれたのでしょう。」

町人1「確かに、目撃されているのは、昔からよく知られている獣型の魔物ばかりだが……」

町人2「下手に追い立てて、また人間に牙を剥かれてはそれこそ藪蛇です。」

町人2「実害が無い間は静観してはどうでしょうか。」


ここは『根の国』国境付近の『角笛の町』。
近況報告に来た町人と町長が、最近増加している魔物の目撃件数に頭を悩ませていた。


孫娘「皆さん、お茶はいかがですか?」

町長「すまんなぁ、わざわざ。」

町人1「お、おお! 孫娘さん! ありがたく頂きます。」

町人2「相変わらず綺麗だねぇ。喜んで頂戴するよ。」

町長「……問題は、目撃されている魔物が同じ個体かどうか、じゃな。」

町長「襲ってこないから討伐されず、結果、同じ魔物が何度も目撃されている……」

町長「これなら、何も問題は無いじゃろう。だが、そうでなかった場合は……」

町人1「魔物の個体数が増加している、という事になりますね……」

町人2「魔物の発生原因は未だ不明です……繁殖で増えるにしては、おかしな点が多すぎますし……」


倒した魔物を解剖し、生殖器官らしきものは確認できている。
だが、繁殖で増えるなら、必然的に確認される筈の幼い個体や妊娠している個体は発見されていない。
目撃されているのは全てが成体であり、そこに至るまでの過程や老いるかどうかすら謎に包まれていた。

人型のオークやゴブリンといった魔物に人間の女が襲われる事はあるが、それで魔物の子を宿したという報告も無い。
医学が発展した『水の大国』領でそれらの精液が分析されたが、人と交わる事は無いと結論が出ている。

勝ち目など度外視で人に襲いかかり、無意味な行為を強制する。
生物としての合理性が著しく欠如し、発生原因も行動目的も非論理的な存在。
まるで人間に迷惑をかける為だけに存在しているようにも見える。


町人1「となると、やはり調査だけでも行わなければなりませんね。」

町人2「ただ、目撃されているのは“あの”禁猟区付近です。果たして、志願者がいるかどうか……」

町長「うむ……それなんじゃが、後三日程で男戦士と男武闘家が戻ってくるらしいんじゃ。」


――――ガチャーン!


孫娘「す、すいません!」

町長「……ああ、気をつけなさい。」

町人1「孫娘さん、まだ男武闘家さんの事を……」ヒソヒソ

町人2「もう七年も経つってのに、健気な……」ヒソヒソ

町長「女狩人の墓参りがてらに、あの禁猟区の調査を行いたいと言ってきおった。」

町長「あの二人なら安心して任せられるからのぅ、ついでに調べてきてもらおうと思うんじゃが……」

町人1「そ、そうですね、あの二人なら……」

町人2「私もそれで構いません。」


――――――――

――――――

――――

――


男武闘家「夜の見張りは俺がやるから、勇者ちゃんは――――」

勇者「駄目です! ボクも交代でやります。」

男武闘家「……じゃあ、そうしようか。先に俺が担当するから、三時間ごとに交代ね。」

勇者「はい!」

男武闘家(軽く起こしてみて、起きなかったらそのまま寝かせておいてあげれば良いか……)


やると言っているのに、子供扱いして無碍にするのも良くない。
自分は一晩程度なら寝なくても問題無いのだが、こういった経験も勇者には必要だろう。



―――― ド ク ン


男武闘家「……?」


一際強く、鼓動が跳ねたような錯覚に陥る。
軽い眩暈に襲われ、目元を押さえてやり過ごす。


男武闘家「体温が少し高い……? 風邪、いや、こんな急に……」


首筋に手をあてて体温を測ると、微妙に熱っぽい気がする。
僅かだが、脈拍も上昇しているように思える。

風邪かと思ったが、それにしては身体はダルくない。
むしろ、芯から何かが湧き上がり、暴発しそうな感覚さえある。

身体の感覚に引きずられるかのように、視界が歪む。
周囲の景色が、遠のき、近付き、拡大と縮小を繰り返す。


男武闘家「……ぅぐッ……何だ、これ……まるで、強力な強心剤を打ったような……」

男武闘家「……まさか、さっきの食事の茸……俺が、見落とした……?」


一部の茸を口にした時に経験する、強烈な幻覚作用。
今の症状は、それに非常によく似ていた。


男武闘家(……マズイ……勇者ちゃんも、同じ物を食べた……早く処置しないと……)


一刻も早く胃の中身を吐きだし、鎮静剤を打たなければならない。
急いでテントへ向かうが、既に自分がまっすぐ歩いているかどうかさえ確かではない。

何を口にしたのかは分からないが、かなり強力な幻覚作用を含んでいたのは間違いない。


男武闘家「テントに、辿り着くのに……こんなに、苦労するとは……」


今自分が立っているのか倒れているのか、それすらもわからなくなってきている。
すぐそこに見えているテントまでの道のりが、果てしないものに思えた。


男武闘家「勇者、ちゃん……大丈夫――――」


テントの幕を開けると、中にいた勇者が慌てて背を向けた。
着替えをしていた最中なのか、髪はほどかれ、上には何も着ていない。


勇者「こ、声くらい掛けてくれても――――」アセアセ

勇者「――って、男武闘家さん!?」ハッ


頬を伝う汗と乱れた呼吸。
男武闘家の体調が優れないのは一目で見て取れた。

上に何か羽織る事も忘れ、勇者が男武闘家に駆け寄る。


男武闘家「まだ……症状は、出てないみたいだな……」


量を多く食べた自分に、先に症状が現れたのは不幸中の幸いだ。
ここで対処法を指示しておけば、勇者が中毒症状を発症する前に対処できるだろう。


―――― ド ク ン ド ク ン


勇者「男武―家―ん、大――なんで―か!?」


鼓動が更に跳ねあがる。
身体の熱も上昇し、意識が朦朧としてくる。

心配そうに覗き込み、声をかける勇者の言葉が上手く聞き取れない。
だが、鈍る聴覚とは対照的に、視界は艶やかに歪み、皮膚の感覚は鋭敏に研ぎ澄まされていく。


勇者「しっ――して―――い! 水―飲み――か!?」


勇者の表情から、自分を心配しているのはわかる。
だが、その言葉をきちんと認識する事が出来ない。


男武闘家「勇者―――は……なん――ない――……?」


駄目だ。
自分の言葉すらきちんと認識できない。

これでは、対処法を伝える事も――――


―――― ド ク ン ド ク ン ド ク ン


天井に吊るしたランタンがテント内を照らしている。


――自分を見つめる薄桃色の瞳。

――――ほどかれた勇者の薄桃色の髪。

――――――傷一つ無い、わずかに紅潮した白い肌。

――――――――垂れた髪の隙間から見え隠れする、慎ましい双丘と桜色の先端。

それらがゆらゆらと淫猥に揺らめき、身体の芯から赤黒い衝動が湧き上がってくる。


―――― ド ク ン ド ク ン ド ク ン ド ク ン


勇者「…………」


目があった勇者は言葉を失っている。
恐らく、自分の瞳に浮かぶ劣情を感じ取ったのだろう。

許されない衝動に、歯を食いしばって抗う。


――俺 は 何 を 考 え て い る ?

――――駄 目 だ 、 そ ん な 事 は あ っ て は な ら な い 。

――――――や め ろ 。そ れ だ け は 、 絶 対 に 駄 目 だ 。


勇者「…………男武―――ん、―――てくれ――――?」

勇者「――――っと――――――れると。」


なんだ?
いったい何と言った?


男武闘家「――、――す――。」


なんだ?
俺は、今何と答えた?



―――― ド ク ン ド ク ン ド ク ン ド ク ン ド ク ン


勇者の表情が見えない。
だが、もう、それで良い。
もう、何も考えられない。

華奢な体を抱き寄せ、欲望のままに組み伏せた。


――――――――

――――――

――――

――


険しい山の麓。
二つの影が言葉を交わしている。

偵察兵1「交代の時間だ。」

偵察兵2「助かった。退屈で死にそうだったぜ。」


闇夜でも微かに見て取れる、赤みを帯びた髪。
『火の大国』領出身者によく見られる特徴だ。


偵察兵1「はは、交戦は控えるように言われてるからな。で、何か変わった事は?」

偵察兵2「“あいつ”、また魔物を呼び寄せたぞ。」

偵察兵2「配下の魔物を遠征させて、各地の魔物を引っぱって来させてるみたいだ。」

偵察兵1「へぇ、ならそろそろ頃合いだろう。」

偵察兵2「ああ、何時動いてもおかしくない。本隊にも準備させないとな。」

偵察兵1「既に本隊は何時でも仕掛けられる。心配無用だ。」

偵察兵2「そうなのか? 随分と段取りが良いな。」

偵察兵1「そりゃあそうさ。今回の演習は『勇者』も同行してるからな。」


偵察兵2「はは、それはまた、景気の良い話だな。ここ最近、退去料を取れてないからテコ入れか。」

偵察兵1「木と水の大国領の奴ら、何故か異常に情報伝達が早いからな。奇襲が上手く決まらねぇ。」

偵察兵1「あまり負けが込むと、定時の支援金も渋りだしかねん。ここらで力を見せつけてやらんと。」

偵察兵2「で、どの『勇者』が同行してるんだ? 立地的にも『煙』か『火口』か?」

偵察兵1「誰か、までは知らないが、国はかなり本気だ。なんせ複数の『勇者』を同行させてるからな。」

偵察兵2「おいおい、そりゃあ本当か? 複数の『勇者』が演習に同行するなんて初めてだぜ。」

偵察兵1「恐らく、“あいつ”の証拠隠滅も兼ねてるんだろうぜ。他所の国に余計な知恵をつけさせたくないんだろう。」

偵察兵2「なるほどな……化物だが、“あいつ”には同情するぜ。『勇者』に狩られるなんざ、俺なら御免だ。」

偵察兵1「ま、人語も話せぬ化物だが、捕獲でもされりゃあ面倒だからな。きっちり処分せにゃあ。」

偵察兵2「違いない。それじゃあ、“あいつ”の見張り、しっかり頼むぜ? いつでも処分できるようにな……」


――――――――

――――――

――――

――


勇者「――――!」


痛みに顔を歪ませ、何か声を上げているようだが、何と言っているのか理解できない。
耳には入っているのだが、他の感覚が鋭敏になり過ぎて、音の内容を判別できない。

ランタンの明かりが、万華鏡のように視界で乱反射する。
現実にはありえぬ彩りを見せ、まどろむ意識はさらに興奮で高まっていく。

両の手首を頭上で一纏めに押さえつけ、もう片方の空いた手で乱暴に体をまさぐる。
力づくで押さえつけられた手首には、既に赤黒い痣が浮かんでいた。

愛撫とは名ばかりの、相手の気持ちなど意に介さぬ、独りよがりの行為。
首筋や双丘、その先端を乱暴に吸い上げ歯を立てたせいで、至る所に痣や歯型がついている。

女を抱く時は、決して傷つけないように優しく扱う。
それが自分の流儀だった筈だ。

だが、興奮作用と幻覚作用が合わさり、自分で自分が制御できない。
普段なら心が痛む筈なのに、勇者の体に痣や歯型が増えるたび、歪んだ興奮も増していく。

真っ白なキャンバスに好き勝手にインクをぶちまけていくような感覚。
清純な物を傷つけ、穢す事によって満たされる征服欲。
誰もが愛し、慈しむであろう少女を意のままにする独占欲。

吐き気がするほど歪んだ劣情だというのに、本能のままに体は動き続ける。


勇者「――、――――!」


声を上げ、抵抗しているのか?
だが、近接戦闘は好まないとはいえ、自分は武闘家だ。
体術の心得の無い少女を抑え込む事など、あまりに容易い。

肩を掴み、仰向けの体勢から回転させ、うつ伏せの体勢に移行させる。
右手で勇者の両の手首を後ろ手に掴み、抵抗できなくする。
そして空いた左手を下腹部に回し、ズボンの紐の結びを解く。


勇者「――、――! ――――、――!」


駄目だ。何を言っているのかわからない。
だが、何故だろう。意味は読み取れないのに、勇者が声を上げるたびに興奮は増していく。

後ろ手に両手を固定されているから抵抗もロクに出来ない。
緩んだズボンと下着に手を掛け、ゆっくりと引き摺り下ろしていく。

足を閉じて抵抗しようとしても無意味だ。
少しばかり両手を極めて痛みを与えてやれば、力を込める事など出来ない。

剥ぎ取ったズボンと下着を放り投げ、あらわになった秘所に指を這わせる。
粘膜特有の湿りはあるが、まったく濡れてなどいない。


ああ、これはいけない。
とても準備が出来ているとは言えない。

――――あ あ 、 だ か ら こ そ 良 い 。

固定していた両手を解放してやり、代わりに両肩を掴んで無理やり体を起こさせる。
膝立ちの状態まで体を起こさせると、自分は勇者の両脚の間に位置を取る。

背後から勇者の腰に手を回し、腰から上だけが倒れるように背中に体重を掛ける。


勇者「――――! ――――――!」


自分が取らされている体勢に気付き、勇者が一際大きく声を上げている。
だが、やはり何を言っているのかは分からない。

しかし、これだけはわかる。
この眺めはとても素晴らしいと。

膝立ちの状態から、上体だけ伏せさせられた体勢。
男武闘家にこじ開けられ、大きく開いた両脚。

腰を突き出し、男のものを受け入れる、後背位の体勢。
後は、仕上げに両手で相手の手首を掴めば、もう逃げる事は出来ない。


両手を掴まれている為、前に倒れる事も体を起こす事も出来ない。
既に露わにしておいた自身のものを、勇者の秘所にゆっくりとあてがう。

肉体の生理的な反応により、さっきよりは多少は湿り気は増えている。
だが、ろくに前戯もせず、指で慣らす事さえしていない。

後ろからでよく見えないが、勇者の頬に涙が流れているのが見える。
ものが押し当てられているのもわかっているのだろう、ぎゅっと目を閉じて次の衝撃に備えているようだ。

こんな華奢な体で耐えられるのだろうか?
いや、そもそも、経験はあるのか?
あてがったものから伝わる、まだ硬さの残る秘所の感触。


――――あ あ 、 最 高 だ 。 俺 の 形 を 刻 み 込 ん で や る 。


赤黒い情念は最高潮に達していた。


身動きの取れない勇者の秘所に、男武闘家のものがゆっくりと押し込まれる。
鋭敏になった触覚が、まだ濡れていない秘所の体温を男武闘家に伝える。

勇者「――――!」ギチ

明らかに準備が出来ていない、ほとんど濡れていない狭い膣口。
だが、それで良い。蜜が薄い方が、より肉と肉が交わる感触を味わえるのだから。

勇者「――、――――!」ギチギチ

じっくり味わうように、ゆっくりと男武闘家のものが押し入っていく。
はちきれそうなカリが、勇者の肉を分け入り、その奥へと進んで行く。

勇者「――――! ――――!」プツッ!

カリと陰茎に伝わる、肉を裂く感触。
これだ! この感触、この征服感こそが最高の悦楽だ!

勇者「――――! ――、――――!」プツッ プツツッ

わかるか、勇者ちゃん?
俺のものがきみの体を引き裂き、押し入っているんだ!
ほら、あと少しで、完全に貫いてしまうよ!

勇者「――――――――――――――――!」ブ ツ ン !


ああ、わかるよ勇者ちゃん。
明らかに蜜とは違うこの感触。
でも、少しの辛抱だ。すぐに終わらせてあげるから。

乱暴な挿入により、勇者の太腿を赤い筋が伝っている。
ものに伝わる粘度の低さから、男武闘家は見るまでもなく状況を把握していた。

だが、それも興奮を高めるスパイスにしかならない。
ぎちぎちと痛い程にものを締めあげられようと、それによって労わろうという気持ちは起こらない。

異常に研ぎ澄まされた触覚により、普通では考えられない快感が脳に叩きこまれる。
もはや相手の事など考えられないくらいに、快楽の海に溺れているのだ。

相手の人格など認めない。
組み敷かれたこれは、自らの肉欲を満たす為だけのものに過ぎない。

抵抗の無意味さを悟ったのか、なすがままに受け入れる勇者に、欲望のままに腰を突き入れる。
腰を打ちつける衝撃で、勇者の頭が人形のように揺れている。
意識を保てているかさえ、定かではない。

掴んでいた両手を離し、代わりに勇者の腰を掴んで固定する。
達するその瞬間に、一番奥深くで欲望を吐き出す為だ。


男武闘家「――――――!」 ドクッ!


獣のような吠え声と共に、未熟な膣内に精液が流し込まれる。
興奮作用の所為か、今まで記憶にない程の多量の精が吐き出されていく。


まだ繋がったままだというのに、溢れた精が勇者の腿を伝い流れていく。
あれだけの量の精を吐き出したというのに、男武闘家のものは未だ治まりを見せない。

見下ろす勇者の体には、乱暴な行為のせいで至る所に痣ができている。
特に、力を込めて掴んでいた両手首は、内出血でも起こしているのか青黒く変色している。

だが、その光景すらも、情欲を煽る材料にしかならなかった。


男武闘家「――――――」グラッ


さあ、もう一度楽しもう!

そう口にした筈だった。
未だに治まらぬ、自身のものを突き入れた筈だった。
だが、全身の力が抜け、弛緩した身体は、そのまま崩れ落ちていく。


完全に脱力し、動く事も出来ぬ男武闘家を、勇者が表情の無い瞳で見下ろしていた。


――――――――

――――――

――――

――


勇者「男武闘家さん、男武闘家さん。」ペチペチ

男武闘家「…………」

勇者「起きて下さい、男武闘家さん。」ペチペチ

男武闘家「……ぅ……っ……」

勇者「朝ですよ、起きて下さーい。」ペチペチ

男武闘家「――――ハッ!」ガバッ

勇者「わっ!」ドテッ


勢いよく起き上った男武闘家と、それに驚いて尻餅をつく勇者。
焚火の火は消え、辺りには朝日が差し込んでいる。


男武闘家「――――俺は。」


意識のはっきりしない男武闘家が周囲に目をやると、そこは夜の番の為に座っていた焚火の前だった。


勇者「痛たた……急に飛び起きるなんて、びっくりするじゃないですか……」


尻餅をついた勇者がうらめしそうな瞳で男武闘家を見ている。


男武闘家(俺は……俺は、何て事を……ッ!!)

男武闘家「勇――――!」

勇者「はい、紅茶を淹れておいたので、どうぞ。砂糖は無しで良いんですよね?」

男武闘家「――――え、ああ。あり、がとう……?」


なんだ、これは?
何故、そんな対応ができる?
力づくで、その身を穢した相手に何故?


勇者「すみません、昨日寝る前に交代するって言ってたのに……」

男武闘家「……え?」

勇者「三時間で起きようと思ってたのに、起きれませんでした……」シュン

男武闘家「……何を、言っている?」

勇者「何って、夜の番ですよ。ボクが起きてこないから、男武闘家さんがやってくれたんでしょう?」

男武闘家「……夜の、番。……え?」

勇者「でも、せめて声くらい掛けてくれても良いじゃないですかぁ……ボクもやる気はあったのに……」


勇者は拗ねたように口を尖らせている。

どう言う事だ。
まさか、あれは、『夢』だったとでも言うのか?


男武闘家「――――ッ!」


男武闘家は目の前の光景が信じられず、言葉を失う。
袖をまくった勇者の手首には痣など何処にも無かった。
歯型や痣をつけた筈の首筋も同様だ。


あれほど酷かった痣が、一晩で治る筈が無い。


男武闘家(…………夢、だったのか?)


あの行為そのものが、幻覚作用に見せられた幻だったという事なのか。
とてもそうとは思えぬほどにリアルだったが、そう考えるしかない。


男武闘家(……そ、そうだよな。でなければ、勇者ちゃんがこんな態度な訳が無い。)

勇者「ん、あれ? でも、さっき男武闘家さんが居眠りしてたって事は……」ムム?

勇者「さては、男武闘家さんも寝過ごしちゃったんですね!」

男武闘家「あ、ああ……どうやら、そうみたいだね……」

勇者「なら、仕方ないですね。痛み分けですね。」ウンウン

男武闘家「ははは……お詫びに何か獲ってくるよ。朝ご飯は食べたのかい?」

勇者「いえ、まだなので、お腹を空かせて待っておきます。」ニコニコ

男武闘家「うん、期待に応えられるよう頑張るよ。」


あれは、夢だ。
茸の幻覚作用が見せた、悪い夢だ。
だから、この疲労感も、単なる中毒症状の後遺症だ。

あんな事が、現実な訳が無い。
自分が、あんな欲望を抱いている訳が無い。


男武闘家(そうだ……俺が、あんな事を……する訳が無い。)


鉛のような体を引きずりながら、男武闘家は悪夢の残滓を頭から振り払った。


――――――――

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随分お待たせしてしまいましたが、今日はここまでです。
本当は一部終了まで一気にあげるつもりだったのですが、先にR指定分を上げておきます。

また書き溜めに戻るので、次の更新の時に一部終了になると思います。

男戦士「ふぅ、あの後はトラブルもなく順調だったな。」

男武闘家「ああ、ようやく我らが故郷、『角笛の町』に到着だ。」

女僧侶「あ、あそこ! 羊ですよ、勇者くん!」

勇者「本当だ、たくさんいるねー。」

男戦士「枝葉の勇者を送りだした町だからね、そこそこ景気は良いんだよ。」

男武闘家「あいつ自身も、ちょくちょく町に仕送りしてるらしいからな。」

男戦士「宿は俺の家を使おうか、どうせ誰も居ないから遠慮しなくて良いし。」

男武闘家「そうだな。図書館からも近いし、お前の家の方が便利かもな。」

女僧侶「御家族の方とかは留守なんですか?」

男戦士「ああ、俺もこいつも、身内はいないからね。」

女僧侶「そ、そうだったんですね……すいません……」

男武闘家「何言ってんの、女僧侶ちゃんも勇者ちゃんも同じだろ? 気にしなくて良いよ。」

勇者「そうですね……」

女僧侶「こんな世の中ですし……」

男戦士「はいはい、そう暗くならない! ちゃっちゃと行くよ!」


町を進んでいると、行きかう人々が親しげに話しかけてき、男戦士と男武闘家が挨拶を返している。
見慣れぬ勇者と女僧侶の姿に興味を惹かれる住人はいたが、二人の連れという事で警戒される事は無かった。

『情報街』のような華々しさは無いが、町人は皆穏やかで、不満など無いように見える。
生活に余裕があるからだろう、『角笛の町』は落ち着いた空気に包まれていた。

位置的には国境付近にあたるが、険しい山々が防壁となっている為か、その手の緊張感は感じられない。

そうこうする内に、一行は男戦士の家に到着した。
それほど大きくは無いが、二階建ての綺麗な家屋。
小さな厩舎も備え付けられており、一人で住んでいるにしては贅沢な気もする。


女僧侶「わぁ、凄いじゃないですか! 男戦士さん、お金持ちだったんですね!」

男戦士「昔、この町の『森守』って役職についてたからねー。結構儲かってたんだよ。」

男武闘家「……男連中呼びこんで馬鹿騒ぎする為だけに、借金してまで建てたんだよな。」

男戦士「お、おい! ちゃんと女の子も呼んでただろ!? 誤解されるだろうが!」

勇者「へぇ……」ジー

女僧侶「それはそれは……」ジー

男戦士「あれ!? 二人の目が冷たい!?」ナゼ!?

男武闘家「自業自得だ。」アホカ


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女僧侶「あれ? 誰も住んでなかった割には随分と綺麗ですね。」

男戦士「人に頼んで、ちょくちょく掃除とかしてもらってるからね。」

勇者「意外と物が少ないですねー。もっと、こう……ゴミゴミしてるかと。」キョロキョロ

男戦士「勇者ちゃんも、言うねぇ……」ズーン

男武闘家「それじゃあ、俺達は町長に挨拶に行くけど、二人はどうする?」

勇者「あ、それならボクも一緒に。少しの間滞在する訳ですし、挨拶しておかないと。」

女僧侶「あれ? すぐに国境に向かわないんですか?」

勇者「うん、お二人はお墓参りをするそうなので、一週間くらいここで過ごすよ。」

勇者「女僧侶さんも、別に構わないよね?」

女僧侶「勇者くんが良いなら、私もそうですよ!」


男戦士「悪いね、どうしてもやっておかなきゃいけないからさ。」

男武闘家「…………」

勇者「良いんです、お二人にはいつもお世話になってますから。ね、女僧侶さん。」

女僧侶「そうです! この町はお二人の故郷ですし、たまにはゆっくり休んでもらわないと。」

男武闘家「……そう言ってもらえると、助かるよ。」


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町長「これはこれは、よくお越し下さいました、勇者様。二人から話はうかがっております。」

勇者「え、いや、そんな! ボクなんかに頭を下げないでください!」アワアワ

町長「はは、聞いていた通り謙虚な方のようですな。ささ、どうぞお入りください。」

女僧侶(うん、町長さんは良い人ですね!)ニコニコ

男戦士(事前に手紙を送っておいたからな、女僧侶ちゃん対策は万全よ!)

男武闘家(町人全員に通達するように言っておいたから、勇者ちゃんに難癖つけるバカはいない筈……)

男武闘家(ま、そうでなくとも、この町の人間は元々『北の国』には同情的な人間が大半だったしな。)

町長「今は夕食の準備中でしてな、もし宜しければ、召し上がっていかれませんか?」

勇者「え、いえ、そんな!」

男戦士「俺達は町長と話す事があるから食ってくよ。二人も一緒に食べようよ。」

男武闘家「こいつの家に戻っても、食い物は用意されてないからね。今から買い出しも大変だろ?」

女僧侶「うぅ、何だか良い匂いが漂ってきてますよ。」スンスン

勇者「あはは……それじゃあ、ありがたく頂きます。」


町長「孫娘や、お二人の分も用意しておくれ。」

孫娘「はい、おじい様。ゆっくりしていって下さいね、勇者様。」ニコリ

女僧侶「おぉ、優しそうな方ですね。」

町長「私の孫娘でしてな。色々と手伝ってくれとるんですよ。」

町長「そろそろ、身を固めてくれないものかと思っておるんですがのぅ……」チラッ

男武闘家「…………」

勇者「綺麗な方ですし、男の人が放っておかないと思うんですけど。」

男戦士「ま、その辺は色々と思う所があるんじゃないかな?」チラッ

男武闘家「…………」

男戦士「そうだ、俺と男武闘家は墓参りの件で町長と話す事があるから、二人は居間でゆっくりしててよ。」

勇者「はぁ……」

女僧侶「わかりました……」


体よく追い払われた気もするが、墓参りに関しては自分達は部外者だ。
何となく釈然としないものを感じつつも、素直に居間で待つ事にする。


女僧侶「とはいえ、する事が無いというのも落ち着かないですね。」

勇者「うん。それに、何もせずに御馳走だけしてもらうのもちょっと……」

勇者「そうだ! 孫娘さんのお手伝いをしよう。」

勇者「大人数の料理を用意するとなると、色々と手がかかる筈だし。」

女僧侶「なるほど! それは良い考えですね。では早速調理場に向かいましょう。」




孫娘「あら、勇者様。どうかされたんですか?」

孫娘「――あ! あの人達、勇者様にお茶もお出しせずに……!」ハッ

勇者「あの、そうではなくて……何かお手伝いできないかと思って。」

孫娘「ええ!? そ、そんな、勇者様の手を煩わせる事なんてできませんよ!」

勇者「邪魔にはならないと思うんですけど……駄目でしょうか……?」ウワメヅカイ

孫娘「え、ええと、その……」ドキッ

女僧侶「ほら、やっぱり『働かざる者食うべからず』って言いますし。」

女僧侶「何もせずに待つのは、ちょっと落ち着かなくて。」


勇者「調理の下ごしらえですよね? お野菜の皮むきとかお手伝いしますよ。」

勇者「人数が多い方が早く終わると思いますし……あの、やっぱり、お邪魔ですか……?」ウワメヅカイ

孫娘「い、いえ!? そんな事ないですよ!?」カァァ(///

孫娘「そ、それでは……せっかくですので、お願いして良いですか?」

勇者「はい!」パァァァ

女僧侶「まかせて下さい!」パァァァ


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男戦士「やっぱり、ここでもか。」

男武闘家「……いや、むしろここが一番目立ってないか?」

町長「と言うと、他の町でも同じ事が起こっておるのか?」

男戦士「ああ、獣型の魔物の目撃数の増加は『枝葉の国』でも確認されていた。」

男武闘家「国境に近付くにつれ、増加が比例して伸びていたが……ここは特に目立つぞ。」

町長「なんと……」

男戦士「なんだ? この周辺に、魔物を呼び寄せるような原因があるってのか?」

男戦士「―――― いや……おい、まさか……」

男武闘家「……“あの”禁猟区、か?」

町長「確かに七年前にも似たような現象が報告されとったが、“あの後”はぷっつりと途切れたんじゃが……」

町長「言われてみれば、あの時の状況によく似ておるのか……」

男戦士「いや、これはかえって都合が良いか?」

男武闘家「ああ、あの時と同じ状況なら、真相に近付ける可能性は低くない筈だ……」

町長「おぬしら、何を言っておるんじゃ?」


男武闘家「“あの”禁猟区を徹底的に捜索する。あいつの仇討だ。」

男戦士「あいつの死は、事故じゃなかったのかもしれない。それを俺達で明らかにする。」

男武闘家「その為に、俺達は戻ってきた。悪いが、規則がどうであろうと、あの地に踏み込ませてもらう。」

町長「それで、もし、原因が分かったとして……それが、何者かによるものだったとして……」

町長「お主らは、いったいどうするつもりなんじゃ?」

男武闘家「―――― ぶち殺す。言っただろ、あいつの『仇討』だと。」

町長「お主……」

男戦士「町長、俺達が調査している間、勇者ちゃんと女僧侶ちゃんを見てやっててもらえない?」

男戦士「どうせ禁猟区の調査は必要なんだろ? その対価としてさ。」

町長「確かに、そのつもりじゃったが……お主ら、変わったのぅ。」

男戦士「そうか?」

町長「お主は、随分落ち着いたのぅ。浮ついた性根がこうも変わるとは。」


町長「……もしや、嫁でも見つけたのか?」

男戦士「ああ、なるほど……確かに、命を懸ける理由はできたな。」

男武闘家「良かったな。これでようやく真人間の仲間入りだ。」

男戦士「るせーよ!」

町長「……男武闘家よ、お主は……焦っておるのか?」

男武闘家「どういう意味だよ。」

町長「いや、すまんな……じゃが、何かに追い詰められているように見えるんじゃが……」

男武闘家「それは、あるかもな……あいつの死の真相を知るのは、これが最後のチャンスかもしれない。」

男戦士「……なぁ、お前の気持ちはわかるよ。俺だって、同じだ。」

男戦士「けど、全てが明らかになったとして……その後、お前はどうするつもりなんだ?」

男武闘家「それは……」

男戦士「お前がここで離脱するとしても、それは良いんだ。お前が決めた事なんだから。」


男戦士「……ただ、この町に残るんなら、そろそろあの娘の気持ちに応えてあげたらどうなんだ?」

男戦士「あいつはもう死んだんだ。それは……どうあっても、変わらない事実だ。」

男戦士「あれから七年……あの娘は、孫娘ちゃんは、ずっとお前を待っててくれたんだぞ……?」

男武闘家「…………」

町長「お主が旅をやめ、町に残るというなら、きっとあの娘は喜ぶじゃろう……」

町長「わしからも頼む……あの娘のためにも、一度考えてやってくれんか……」

男武闘家「……わかった。それについても、考えておく。」


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――


女僧侶「へぇ、皆さんは一緒に育ったんですねー。」

孫娘「はい。男戦士さんと男武闘家さんは御両親を早くに亡くされたので……」

孫娘「他に身寄りも無かったそうで、おじい様が経営する孤児院に引き取られたんです。」

孫娘「私も孤児院のお手伝いをしていたんですけど、枝葉の勇者様を巻き込んで、いつも大人の人を困らせてましたっけ。」

勇者「そう言えば、枝葉の勇者さんもここの出身とか。」

孫娘「はい。枝葉の勇者様もよく孤児院に遊びに来ていましたね。ふふ、毎日遅くまで森で遊んでたんですよ。」

女僧侶「そう言えば、お二人のお墓参りって、誰のでしたっけ? 御両親ですかね?」

孫娘「あ……多分、それは女狩人さんだと思います……」

勇者「山で亡くなったっていう、あの……?」

孫娘「ええ……お二人と一緒に孤児院に引き取られた方だったんですけど、七年前の事故で……」

孫娘「小さい頃は、年下の枝葉の勇者様、年上の三人と、兄弟のように遊んでもらっていました……」

孫娘「皆さん、町を出てしまったので……少し寂しいですね。」

女僧侶「孤児院かぁ……私も似たような生活だったなぁ。」

孫娘「女僧侶さんも、御両親が……?」

女僧侶「そうなんですよねー。父は魔物に殺されてしまったそうで、母はお産の時に。」


女僧侶「町の神父様に引き取られたんですけど、ほとんど僧侶学校の寄宿舎で過ごしてましたねー。」

女僧侶「おかげで食べるのには困らなかったので、感謝してますけど。」

女僧侶「――――と、もう皮むきも終わっちゃいましたね。」

孫娘「お二人ともとてもお上手で、凄く助かりました。」

女僧侶「あはは、寄宿舎でいつもやらされてましたからねー。」

勇者「手先は器用だって、よくいわれるんですよ。」

男戦士「――――おお、勇者ちゃん。こんな所にいたのか。」

勇者「あ、男戦士さん、どうかしたんですか?」

孫娘「――ッ! も、申し訳ありません! 勇者様にこのような事を――――」

男戦士「え、別に良いんじゃない? 勇者ちゃんから言いだしたんでしょ?」

勇者「はい。」

女僧侶「『働かざる者食うべからず』ですよ。」エヘン!

男戦士「ちょっと俺と男武闘家は出かけるから、夕飯までここで時間潰しといてもらえるかな。」


男戦士「孫娘ちゃん、悪いんだけど、二人についててもらえる?」

孫娘「はい、そういう事でしたら。」

男戦士「ちなみに、今日の献立は…………おや、これはこれは……」


下ごしらえを終えた食材から、料理の内容を推測した男戦士がにやりと笑みを浮かべる。


男戦士「孫娘ちゃん、妙に男武闘家の好きな物に偏ってるけど、気のせいかなぁ?」ニヤニヤ

孫娘「え!? そ、そん、そんな事ないですよ!? ぐ、偶然です! そう、偶然!」アセアセ

女僧侶「おやおや、これはもしかして。」

勇者「孫娘さん、頬が真っ赤だね。」

孫娘「うぅ……」(///

男戦士「相変わらず、わかりやすいねー。それじゃ、また後で。」


女僧侶「――で、孫娘さん、男武闘家さんが気になるんですか?」

孫娘「え、と……その…………はぃ」(///

勇者「男武闘家さん、しっかりしてて頼りがいあるもんねー。」

女僧侶「何だかんだ言いながらも、男戦士さんのサポートをきっちりやってますよねー。」

孫娘「でも、良いんです……あの人が見ているのは私じゃないので……」

勇者「……そう、なんですか?」

孫娘「だから、私の事は、気にしてもらわなくても良いんです……ただ、無事でいてくれるなら……」

女僧侶(孫娘さん、こんなに綺麗で優しいのに……男武闘家さん、もしかして“そういう趣味”の人なんでしょうか……)

女僧侶(――ハッ! まさか男戦士さんと!? 夜の番とかいつも二人で交代でやってましたし……)

勇者「女僧侶さん。」

女僧侶「――ッ!」ドキッ

勇者「それは無いから、安心して良いと思うよ。」

孫娘「?」

女僧侶「え、えぇ!? い、いや、私は別に!」アワアワ








男戦士「」ゾクッ

男武闘家「」ゾワッ

男戦士「……今、何か凄く失礼な事を言われた気がする。」

男武闘家「……奇遇だな。俺もだ。」


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人の手が入らぬ荒涼とした山岳地帯。
天には月の光を遮る分厚い雲、地には大小様々な影が蠢いている。

影は二足で歩く者と多足で地を這う者が雑多に混ざりあい、歪な軍勢となっていた。
姿形こそ不揃いで歪だが、対照的にその動きは統制が取れ、一糸乱れぬ動きで集団を維持している。

影達は皆一様に同じ方向を向き、先頭を進む者の後に続く。
集団の先頭、他より一際大きな、筋肉の発達した二本の足で歩く個体。

分厚い雲が途切れ、月明かりが差し込み影達を照らした。
薄明かりの下に浮かびあがったその姿は、どれもが禍々しく不自然に見える。

イヌ科の獣と人間を合成したような半獣人、姿は狼だが四つの瞳を持つ四足獣、一見イタチのようだが胴の長さと脚の数が倍の八足獣。
他にも多種多様な姿が見えるが、どれもが既存の獣を歪めた悪趣味な外見を持つことに変わりは無い。

だが、先頭を進む一体だけは他とは毛色が違っていた。
獅子の頭部を持った半獣人という意味では他と同じだが、その姿や立ち居振る舞いにはどこか気品の様な物を感じさせる。
他の個体がだらしなく口を開き、荒い息を吐きながら涎を垂らすのとは対照的に、しっかりと閉じられた口元には知性すら窺えた。

金色のタテガミ、筋骨隆々の肉体を包む薄茶色の獣毛、その雄々しい姿は彫像の如く均整がとれている。
ただ、胸に刻み込まれた大きな火傷の痕と、閉じた右目に折れた黒い矢のような物が突き刺さっている事を除けば。

行進する軍勢は歩を進めるごとに大きくなっていく。
四、五体でまとまった小隊が、次々に合流しているからだ。


山頂に辿り着くと、獅子頭の魔物が軍勢に振り向いた。
膨れ上がった軍勢の総数は、既に数え切れない程になっている。
数が増えたせいだろう、新たに合流した一部の魔物達は統制から外れかけ、周囲の魔物と小競り合いを始めていた。

それに気付いた獅子頭の魔物は、他の魔物達を見下すように鼻を鳴らす。


獅子頭「オオオオォォォォォォ!!」


突如、狼の遠吠えの如く、獅子頭の魔物が天を仰ぎ咆哮を響き渡らせた。
その凄まじい音量は大気を震わせ、まばらに生えていた枯れ木は亀裂が入り、次々に崩れ落ちていく。

それを浴びた魔物達は、二足のモノは跪き、多足のモノは地に平伏した。
即座に示した服従の姿勢とは裏腹に、魔物達の姿は恐怖に囚われているようには見えない。
まるで兵士が将に従うかの如く、統制が取れた機械的な動きだった。

獅子頭の魔物は、その一糸乱れぬ動きを前にしても、つまらなさそうに鼻を鳴らすだけだった。


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男戦士「いやー、ご馳走さま! 相変わらず美味かったよ。」

勇者「ごちそうさまでした、孫娘さん。」

女僧侶「久しぶりにちゃんとしたお料理を頂けました。」

女僧侶「ね、男武闘家さん。」

男武闘家「……ああ、美味かったよ。」

孫娘「!」 パァァァァァ

勇者「ところで、お二人はどちらに行かれてたんですか?」

男戦士「ああ、さっきの外出? 情報収集と明日の準備だよ。」

男戦士「そうそう、明日の早朝から“禁猟区”に出向くんだった。孫娘ちゃん、二人をよろしくね。」

孫娘「はい!」

男武闘家「とりあえず、図書館には行っておいた方が良い。色々と勉強になるだろうから。」

勇者「わかりました。」

女僧侶「それで、その“禁猟区”って何処なんですか?」

男戦士「うーん、そうだなぁ……説明するより見た方が早いかな。」

男武闘家「地図を出すか。」 ガサゴソ


男戦士「この町から山一つ越えた先にある“ここ”だよ。」

勇者「あれ……ここだけ随分標高が高いみたいですね。」

男武闘家「そうそう、だから山に慣れた人間じゃないと辿り着くのも難しいんだ。」

男戦士「ま、俺たちなら余裕だけどね!」 ドヤッ

孫娘「でも、本当に気をつけて下さいね……魔物の目撃件数も増えてますし……」

女僧侶「そう言えば、道中でもそんな話を聞きましたっけ。」

男戦士「ちゃんとその辺も調査してくるから、勇者ちゃん達は安心して待っててよ。」

男戦士「もし魔物がちょっかいかけてきても、多少の襲撃ならこの町はびくともしないしね。」

男武闘家「しかも今は女僧侶ちゃんも滞在してるんだ。並の魔物じゃ相手にならない。」

孫娘「そ、そうなんですか?」

男戦士「ああ、そこらの傭兵じゃ相手にならない程の凄腕だぜ。」

男武闘家「でも僧侶としては殆ど役に立たないから。その辺は注意してくれ。」

女僧侶「そんなッ!?」 ガーン

勇者「あはは……」


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『根の国』と『煙の国』国境地点。
全身鎧を纏った警備兵が、訪れた二人の勇者に頭を下げていた。

一人は凛々しい若者の勇者。
もう一人は、はち切れんばかりの筋肉を誇る無骨な勇者。


警備兵「お待ちしておりました!」

樹の勇者「ご苦労様です。状況はどうなっていますか?」

警備兵「ハッ! こちらが偵察兵が目撃されている箇所と件数になります!」


警備兵は懐から地図を取り出し、二人に指し示した。


根の勇者「ふむ……なかなか広範囲だが、殆どはダミーだろうな。」

警備兵「同感であります!」

樹の勇者「となると、本命はどれでしょう。ここは根の勇者さんの地元ですが、何か心当たりは?」

根の勇者「正直、どれも『火の大国』の連中が興味を示すような場所じゃねぇぞ……」

根の勇者「仮に少数の部隊に占拠されたとしても、大して痛くもねぇ場所なんだよな。」


根の勇者が顎ヒゲをこすりながら首を傾げている。


樹の勇者「では、これらは全てダミーで、奴らの本命は別にある、と?」

根の勇者「いや、人の庭で完全に痕跡を消せる訳がねぇ……山は俺達の領域だ、素人相手に見落とさねぇよ。」

警備兵「ハッ! ありがとうございます!」


自分達の仕事を信頼する言葉を受け、警備兵が誇らしげに胸を張った。


樹の勇者「そうなると、これはどういう意味なのでしょうか。」

根の勇者「山が俺達の領域なように、戦は奴らの領域だ……全くの無意味って事はありえねぇだろう。」

樹の勇者「私もそう思います。」


根の勇者「なら、逆算だな。奴らの大部隊が山岳地帯を抜くのに必要な策は何か……」

樹の勇者「補給のための荷馬車などを考慮に入れて、大部隊が通れそうなルートとなると――――」


樹の勇者が赤のペンで地図上の路にマークをつけていく。


樹の勇者「――――これくらいでしょう。」

根の勇者「お、良いねぇ。かなり絞り込めた感じだ。」


十か所以上あった偵察兵の目撃箇所だが、赤のラインに沿うポイントは三点だけだった。


樹の勇者「この三か所周辺で、何か変わった事は起きていませんか?」

警備兵「そうですね……この『角笛の町』の周囲で魔物の目撃数が増えているという報告なら受けていますが……」

根の勇者「これが報告書か? どれどれ……――む。」

樹の勇者「これは……」


報告書に目を通すと、二人は揃って眉を寄せた。


樹の勇者「各地で魔物の目撃数が増えているという話は聞いていましたが……これはいくらなんでも……」

根の勇者「だな。ここだけ突出してやがる……もしや、ここに原因があるのか?」

警備兵「し、しかし、それでは『火の大国』は魔物を操る事が出来ると!?」

根の勇者「落ち着けって。まだそうとは限らねぇし、ぶっちゃけ俺達もそんな事が出来るとは思っちゃいねぇ。」

警備兵「し、失礼致しました!」

樹の勇者「ただ、何らかの理由で魔物が集まっているとして……これは危険な状態ですね。」

樹の勇者「意思の疎通が不可能な魔物とはいえ、使い方次第で『火の大国』を利する事に繋がる。」

根の勇者「ああ……集まった魔物を刺激してやれば、大群が一斉に周囲に散らばるだろう。」

根の勇者「その混乱に乗じて軍を進めれば、遥かに有利に戦いを進められる。」

樹の勇者「こちらからすれば、前方の軍勢、後方の魔物という話ですからね。」

根の勇者「普段ならとっくに攻めてくる頃合いなのが、一向に動く気配がなかったのはこれが理由か。」

樹の勇者「ええ、恐らく、魔物が集まるのを待っていたのでしょう。」

警備兵「そ、そんな……!」


根の勇者「ま、そうビビるなって。集まった魔物は俺達が掃除して来てやるからよ。」

樹の勇者「これも『勇者』の職務ですからね。安心して下さい。」

警備兵「それでは、さっそく隊を組織して――――」

根の勇者「ん、いらんいらん。この程度なら俺達だけで十分だ。」

警備兵「しかし、報告の内容から察するに、魔物の数は千近くの可能性も――――」

樹の勇者「大丈夫。千でも二千でも、山で戦う以上、私たちの勝利は揺るぎませんよ。」


穏やかな笑みと共に告げられた信じられない言葉。
一瞬、警備兵は言葉を失ったが、すぐに平静を取り戻し敬礼の姿勢を取る。


警備兵「了解いたしました! どうか、御武運を!!」

根の勇者「おう、こっちに異常があればすぐに戻るからな。何かあれば知らせてくれよ。」


この二人は今までも幾度となく『火の大国』領の侵攻を防いできた一騎当千の英雄なのだ。
『神』の現し身たる彼らの戦力は常人の理解の外にある。

ならば、自分にできる事は彼らを信じ自らの職務を全うする事のみ。
勝利と帰還を願い、警備兵は力強い敬礼で二人の背中を見送った。


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今日はここまでです。
かなり下まで流れてたので、一度上げておきます。

1000以内に1部はどうにかまとめたいのですが、ちょっと微妙かも……

まだ一部終わってなかったのかwwww

何部作なんだこれ。


>>840
>>841

全3部編成なので3スレくらいで完結すると思います。……多分。


また地理に絡んだ内容が出るので地図を置いときますね。

http://uploda.cc/img/img5177236fd4c5b.jpg


女僧侶「わぁ! すっごいたくさん本があるんですねー!」

勇者「女僧侶さん、『図書館ではお静かに』って書いてあるよ。」

女僧侶「わ、わわわ……すいません……」 シュン…

孫娘「ふふ、大丈夫ですよ。旅の途中で立ち寄られた方は、皆さん同じような反応をされますし。」


男戦士と男武闘家は早朝から“禁猟区”へ出発し、勇者と女僧侶は孫娘の案内で図書館を訪れていた。
枝葉の勇者の為に寄贈されただけあり、質・量ともに国境付近の山間部の町とは思えないほど揃っている。
この町で育った男戦士と男武闘家が博識なのは、この図書館の恩恵に違いない。

円形の室内は、中心に読書スペース、それを囲むように高い本棚が並べられている。
本の種類は多岐にわたり、誰でも楽しめる一般的なものから、専門性の高い物まで、あらゆる種類が取りそろえられている。


女僧侶「それでは私は動物図鑑を見てみようと思います。」

孫娘「あら、女僧侶さんは動物がお好きなんですか?」

女僧侶「はい。でも本物には怖がられちゃうので、せめて図鑑でも眺めようかと。」

孫娘「なるほど、動物には臆病な子が多いですからね。図鑑ならたくさんあるので、きっと気に入って頂けると思いますよ。」


苦笑いを浮かべ、困ったように頭をかく女僧侶に、孫娘が優しい微笑みを返す。
前日、男武闘家達から女僧侶が凄腕だと聞かされていたが、とてもそうは見えなかった。


勇者「ボクは旅に役立ちそうな本を探してみようと思います。孫娘さんはどうされますか?」

孫娘「そうですね……では、私はお料理の本でも探してみようかと。」

勇者「孫娘さん、お料理上手だよねー。」

女僧侶「まったくです。昨日は御馳走様でした。」

孫娘「うふふ、今夜も腕によりをかけますので、期待して下さいね。」

勇者「え、そんな……流石にそれは……」

孫娘「良いんですよ、気になさらないで下さい。お二人やおじい様からも言われてますし。」

女僧侶「…………」 ソワソワ

勇者「……そうですね、それでは御厚意に甘えさせて頂きますね。」

女僧侶「…………!」 パァァァァァァ

勇者(女僧侶さんはわかりやすいなぁ。) クスクス





本来なら数百人が収容できる規模の図書館だが、実際に訪れている人間はまばらで閑散としている。
『角笛の町』の住人も、何か調べ物がある時だけしか利用していないのだろう。

愛らしい動物達の描画に頬を緩ませている女僧侶、料理の新たな知識を得る為に真剣な表情の孫娘。
そして、各国の成り立ちや現状、授けられた恩寵の内容や種類が載った図鑑を手当たり次第に運ぶ勇者。

女僧侶と孫娘がじっくりと頁を進めるのとは対照的に、勇者はパラパラと読み飛ばすかのように頁を進めていく。
ピンと伸びた背筋で微動だにしない姿とは裏腹に、その薄桃色の瞳は素早く頁をなぞっている。

決して雑に読み飛ばしているのではない。
人間離れした速読が、傍から見れば飛ばし読みに見えてしまっているのだ。

二人とは離れた場所に席を取った為、勇者の動きに女僧侶と孫娘は気付いていない。


【木の大国領】

樹の神の本殿と王都がある『木の国』。
そこに『枝葉の国』『根の国』『幹の国』『果実の国』『草の国』『花の国』の六国が属する。

樹の神の恩寵を授かる、大陸の中央に位置する農業大国。
林業や牧畜・農耕が盛んな国で、気候にも恵まれ人心は穏やか治安も良好。
『西の最果て』以外の全ての国と接しているため、様々な物が流通している。


樹の神の恩寵
攻撃:○(木の大国領内)
防御:○(木の大国領内)
回復:△(木の大国領内)
補助:◎(木の大国領内)

概要:植物や動物を操る術が多いため、戦場の環境次第で大きく変動。
周囲の環境に依存する術が多いため、厳しい環境下では力を発揮する事が難しい。
自然が豊富な木の大国領内ならどこでも力を発揮できる。

◎:得意分野
○:ある程度使える
△:苦手
×:使えない


――――“個”として見るなら能力はそこまで高くないが、使い方次第で“群”を形成できます。
国民性でしょうか、積極的に“恩寵”を戦闘に活用しようとする人間は少数派です。
動物や植物に干渉できる特性は、もっぱら農業・畜産・林業などに活用されています。


――――ただし周囲の環境を手足に出来るため、その潜在能力は決して低くありません。
戦闘力は“恩寵”そのものより、発想や戦術など、使用者の素質に大きく左右されます。


――――生産活動と“恩寵”の相性が良い為、ほとんどの国民が生活に困っておらず、総じて友好的です。
よって、彼らの繋がりを得る事は容易いですが、“群”を生じさせる“恩寵”では魔王と戦えません。
安定を望む人間が多く、危機感も薄いです。


――――現状、既にある程度の数は揃っているので、繋がりの優先度は低いですね。


【水の大国領】

海の神の本殿と王都がある『水の国』。
そこに『雨の国』『潮の国』『霧の国』『波の国』の四国が属する。

海の神の恩寵を授かる、大陸の北西部に位置する水産大国。
大陸における国土はそれほど広くないが、北西の海上に広がる群島を『波の国』として全て管轄している。

医術や回復術が発展しているため、命の大国崩壊後は、ここが聖職者の新たな拠点として機能している。
基本的に、水産物の加工や輸出で生計を立てている穏やかな国。

他にも海に面した国はあるが、造船技術が未熟なため、水の大国ほど漁が盛んではない。
また、海には大陸の北は波が穏やかで南は波が荒いという特徴がある。
加えて、北東の海は漁業資源が少なく、北西の海は豊富になっている。

波が荒い南の海だけに面する『鉄の大国』領以外の大国は、どこも何かしらの航海手段を持つ。
だが海軍としての能力に限れば、軍事国家の『火の大国』領を差し置いて『水の大国』領の一強である。


海の神の恩寵
攻撃:△
防御:○
回復:◎
補助:○

概要:破壊以外の分野で高い安定性を持つ。
特に回復能力が高く、魂の帰還こそ使えないが、それ以外の回復術なら最高峰。
力を発揮するには“水”が必要だが、空気中から取り出す事も出来る為、非常に安定している。


―――― 一般的には“回復の為の恩寵”とみなされがちですが、実際は非常に広い範囲の応用性を兼ね備えています。
本来戦闘向きの“恩寵”ではないですが、水を介して万物に干渉する力があり、その戦闘力は個人の資質に左右されます。
肉体に作用する事での身体強化。空気中の水分に作用する事で、姿を隠す、景色を歪ませる、幻影を生じさせる、等々。


――――使い方次第で“個”としての戦闘に幅を持たせられますが、術者に攻撃に応用するという発想が乏しい為、あまり広く知られていません。
一部の使い手は様々な技巧を使いこなしますが、大半の術者は回復に使う事しか頭にありません。
故に、応用技は秘術として隠匿され、表に出る事はありません。


――――医術を生業にする者も多く、繋がりを得る事は容易いです。
“個”を強化する“恩寵”は魔王と対峙する際も有効です。


――――既に十分な数は揃っていますが、応用術の知識を得なければなりません。


【火の大国領】

焔の女神の本殿と王都がある『火の国』。
そこに『煙の国』『火口の国』『陽炎の国』『炉の国』『燐の国』『焼土の国』の六国が属する。

焔の女神の恩寵を授かる、大陸の西側に位置する軍事大国。
各都市に強力な警備部隊を擁し、そのおかげで治安は良好だが、どこも堅苦しい空気。
特にこれと言った産業が無いが、『西の最果て』の防波堤として他国から支援をさせているため財政は潤沢。

戦闘向きの“恩寵”という事もあり、徴兵制が採用され、老若男女を問わず国民皆が兵士として戦える。
『西の最果て』と対峙する、人類の矛としての役割を担っている。

ここからさらに西に進むと魔族が支配する『西の最果て』に辿り着く。
火の大国領の最も西に位置する『焼土の国』は、“国”と呼ばれてはいるが殆ど人間の営みは行われていない。
広大なその土地は、魔物達から奪い取った領域を便宜上“国”と呼んでいるだけであり、中身は焼け野原となっている。

魔物と国境を隣接する国のため、他国と比較して軍事力が突出している。
同じく魔物と国境を隣接する鉄の大国と同盟関係にあり、交易も盛ん。


焔の女神の恩寵
攻撃:◎
防御:○
回復:×
補助:○

概要:直接的な攻撃を得意とする
破壊術だけでなく、自分の命を燃やす事で身体能力を一時的に高める事もできる
破壊や戦う事にかけては他の追随を許さないが、それ以外にはほぼ対応していない


――――炎や爆発といった直接的な攻撃手段を豊富に持ちます。
それに加え、肉体の熱量を高め、身体能力を爆発的に向上させる事も出来ます。
単純な破壊活動に限れば、他の“恩寵”の追随を許しません。


――――魔王との戦闘において、決め手となり得る“恩寵”です。
即時発動が可能で、他の“恩寵”と比べ、事前準備の少なさも戦闘向きと言えるでしょう。


――――術者も“恩寵”の特性をよく理解しており、傭兵として他国で働いています。
攻撃的な“恩寵”の影響か、粗野で乱暴な術者が多く、繋がりを得る事は容易いでしょう。


――――魔王を倒す為、火力は大きいに越した事はありません。
機会があれば積極的に繋がりを得ましょう。


【土の大国領】

地の神の本殿と王都がある『土の国』。
そこに『宝石の国』『油の国』『金の国』『銀の国』『平原の国』『農地の国』『砂の国』の七国が属する。

地の神の恩寵を授かる、大陸の南部から東部にかけてを支配する資源大国。
非常に広大な領土を持ち、大規模農業により(木の大国領と比較すれば質が劣るが)安価で多量の食料を各国に輸出している。

領土が非常に広大なため、場所ごとに気候もバラバラで、治安も差が激しい。

安価な食料に加え貴重な鉱石などの資源も輸出しているため、各国との関係も深い。
大規模農業や資源採掘を効率良く運用するため、奴隷制が法の下許可されている唯一の国。







地の神の恩寵
攻撃:○(陸限定)
防御:○(陸限定)
回復:○(陸限定)
補助:○(陸限定)

概要:大地を媒介に術を発動するため、大半の場所で安定して力を発揮できる。
突出した得意分野を持たないが、苦手分野も無く、どんな状況にも対応できる術を備えている。
ただし、海上や空中では殆ど役立たずとなる。


――――大地を媒介に発動する“恩寵”で、鉱石や水晶を操る事が出来ます。
焔の女神の恩寵を“矛”とするなら、地の神の恩寵は“盾”といった所でしょうか。
防御だけでなく、攻撃や拘束にも応用できる、非常に使い勝手の良い“恩寵”です。
最古の“恩寵”なだけはありますね。


――――術者は基本的に自国から出ようとしない者が多く、他国で繋がりを得る機会は少ないでしょう。
しかし幸いな事に、土の大国領を後にするまでに十分な数の繋がりを得ています。


――――他国で活動する者の中には、犯罪に手を染めている者も多いようです。
見かけても、あまり関わり合いにならない方が良いでしょう。


――――彼らが使役する奴隷ですか?
言いたい事はわかりますが、私達の目的が果たされれば、それも解決に向かうでしょう。
彼らを解放する為にも魔王を倒さねばならない。わかりますね?


【鉄の大国領】

鋼の女神の本殿と首都がある『鉄の国』。
そこに『盾の国』『杖の国』『剣の国』『鎧の国』の四国が同盟を組むという形で連合している。

鋼の女神の恩寵を授かる、大陸の南西側に位置する工業大国。
他の大国領と違い、王政が廃止されており、民間から選ばれた『鋼の勇者』が統治を行っている。
『鋼の勇者』が死ぬと、“鋼の女神”の“恩寵”を持つ者の中から次代の『鋼の勇者』が選出される。
次代の『鋼の勇者』はこれまでの『鋼の勇者』の知識を全て継承し、それを基に統治を行う。

五国の連合はある価値観によって結ばれており、そこに上下は無い。
ただし鋼の女神の本殿がおかれているため、便宜上、『鉄の国』が首都となっている。
“知識と創造”、彼らにとってそれだけが真理であり、それ以外の事は無価値と考えられている。

魔族と国境を隣接する国のため、火の国の次に軍事力が強い。
鉄鋼分野の技術が進んでおり、各国で流通している高品質の道具は大半がここの製作物。

火の大国と同盟を結んでいるが、それ以外の国とも関係は良好。
各国の有識者と組み、共同で研究に当たる事も多い。

鋼の女神の恩寵
攻撃:△
防御:△
回復:×
補助:△

概要:何かを製作・研究する際に力を発揮する術が多く、単体では殆ど役に立たない
恩寵をどう活用するかは各個人のセンスや知識によるため、個人ごとの能力の差も激しい
様々な道具を生み出す事ができるが、それにも各自で研究時間が必要なため、非常に癖が強い性質


――――二番目に若い“恩寵”という事もあり、未だ発展途上の感は否めません。
この“恩寵”は、自らの専門的な知識と組み合わせる事で真価を発揮するものです。
どれだけ高レベルの“恩寵”であっても、使い手に専門的な知識がなければ意味をなしません。


――――彼らは研究に生涯を捧げる為、必要に迫られなければ他国に出向こうともしません。
ですが、幸運な事に“土の大国領”に稀少鉱石の研究に来ていた幾人かと繋がりを得る事が出来ました。
ただ、直接魔王との戦いに役立つものではありませんので、これ以上の繋がりは不要でしょう。


――――彼らの創り出す道具には革新的なものが多く含まれます。
武具により“個”を強化する事は、魔王との戦いにおいても有効です。
“人”そのものより、“武具”を得る事を念頭に置いて行動しましょう。


【西の最果て】

大陸の西部を占める、魔物が跋扈する領域。
未だに詳細は一切不明だが、魔物に支配された領域とだけ明らかになっている。
数百年もの間、魔王によって支配されており、人間の住む領域を虎視眈々と狙っている。

“火の大国領”の軍勢が、徐々にだがその領域を削り取っている。
各国を荒らし回る魔物の発生要因は不明だが、この『西の最果て』に謎の鍵が隠されていると考えられている。




――――そう、この地に潜む魔王を倒す事。
それこそが、全てを失った私達に残された最後の目的です。
魔王の存在ある限り、この世界に安寧は決して訪れないのですから。


――――魔王と魔物の関係ですか?
そうですね……説明しても良いのですが、きっと今のあなたでは理解が難しいでしょう。
『西の最果て』の光景を実際に見れば理解もし易いでしょうから、その時に全てを教えてあげましょう。


――――ただ、その前に一つだけ。
『西の最果て』にはあなた達に害なす“魔物”は存在せず、代わりに益をもたらす“精霊”が存在しています。
つまり、あなた達は『西の最果て』の地に住まう者を“魔物”と呼んでいますが、彼らは“魔物”ではないのです。


――――彼らは“魔物”よりも遥かに力を与えられた存在……彼らをあなた達が何と呼んでいるのかはわかりませんが……
彼らと敵対する必要はありません。私達の目的は、あくまで“魔王の討伐”なのですから。





勇者「――…………ッ」 パチッ

女僧侶「あ、起きちゃったんですか。」

勇者「……女僧侶さん?」


目を開いて最初に飛び込んできたのは、すぐ隣で自分を覗き込むようにして見ていた女僧侶の姿。
普通なら驚いて声を上げてしまいそうなものだが、すでに耐性がついているので怪訝な表情を浮かべるにとどまっている。


勇者「……ごめんなさい、少し眠ってしまってたみたいです。」 コシコシ

女僧侶「あ、目をこすったら駄目ですよ。赤くなっちゃいます。」

孫娘(なんだか微笑ましいなぁ……) クスクス

女僧侶「色々と難しい本を読んでたみたいですし、眠くなっちゃうのは仕方ないですね。」 ウンウン


女僧侶「それより勇者くん、そろそろお昼ですよ。お腹すきませんか?」

勇者「うん、そうだね。どこかに食べに行こうか。」

女僧侶「はい! それじゃあ、本を棚に戻してきますね。」

勇者「それならボクが――――」

女僧侶「本もこれだけ分厚いと結構な重さですからね。私が戻しておきますよ♪」 ヒョイ ヒョイ ヒョイ

孫娘「お、女僧侶さん、力持ちなんですね……」

女僧侶「いえいえ、これくらいどうって事ないですよ!」~♪


軽々と何冊もの百科事典を抱え上げる女僧侶に孫娘が驚きの色を浮かべるが、当人は涼しい顔で棚へと歩いて行った。


――――――――

――――――

――――

――


男武闘家「…………」

コボルト1「」 ビクン ビクン…

コボルト2「」 ビクン ビクン…

コボルト3「」 ビクン ビクン…

コボルト4「」 ビクン ビクン…


樹に吊り下げられたコボルトが小刻みに身を震わせているが、それは単なる死後の反射に過ぎない。
“恩寵”で操った蔓で抵抗できないよう吊り上げ、それから首の骨を締め潰されたのだ。

樹木が生い茂った森の中は、“樹の神”の“恩寵”の独壇場だった。
枝が、蔓が、幹が、根が、全てが天然のトラップへと姿を変えるのだから。


男戦士「やっぱり、明らかに魔物の数が多いな。」

男武闘家「ああ、しかもお前が言ってた通りだった。」

男戦士「人間を見ても襲って来ないなんてな……明らかに通常の魔物の行動じゃない。」


二人は“禁猟区”に向かう途中、既に何度も魔物と遭遇していた。
だが、どの魔物も、二人を見ても襲いかかるどころか、遠巻きに距離を取って離れて行った。


人を襲うよう本能に組み込まれている筈の魔物が人を襲わない。
それでは、まるで――――


男武闘家「魔物に統率者が存在する……? だが、そんな話は聞いた事がない。」

男戦士「だよな。だいたい、魔物を支配できるのなんて……」

男武闘家「いや……そんな、まさか……」


魔物を統べる者。
つまり、魔物の“王”。

そんなものが存在するとしたなら、それは――――


男武闘家「ここに、魔王が……?」 ゾクッ

男戦士「い、いや、有り得ないだろ……『西の最果』てから『火の大国』領を横切って、こんな場所にいる訳がない。」

男武闘家「あ、ああ……そうだな。とりあえず、こいつらを解体して妙な点が無いか調べてみよう。」

男戦士「おう、そのために出来るだけ原形を保ったまま仕留めたんだからな。」


二人は解体用の道具を取り出すと、宙に吊り下げられたコボルトへと向き直った。


――――――――

――――――

――――

――


偵察兵1「……退屈だ。」 スパー


樹に背を預け、赤毛の男が紫煙をくゆらせながら天を仰いでいる。
足元には吸殻が散らばり、既に長い時間をこの場で過ごしている事が見て取れた。

短く刈り込んだ髪、隙の無い面構え、よく鍛えられた体付き。
その佇まいは、男が場数を踏んだ手練れの兵士である事を窺わせる。


偵察兵1「――ッ!」 ピクッ


何かに反応したのか、男が腰に差した短剣に手を伸ばした。


偵察兵2「おい、落ち着け。俺達だ。」


頬に走った大きな古傷が目立つ長身の男。
特に目立つ頬以外にも、全身の至る所に古傷が残されている。


偵察兵3「お勤めご苦労さん。」


髪をオールバックにし、薄笑いを浮かべた男。
顔立ちは整っているが、どことなく軽薄な印象を漂わせている。


偵察兵4「……煙草吸いすぎ。余計な足を残してどうするのよ。」


背中まで伸びたストレートヘアの女。
冷たい印象を与える切れ長の瞳に、起伏の少ないしなやかな体付きをしている。

煙草をくわえた男の前に、三人は音も無く姿を現した。
誰もが赤い髪に赤い瞳、この場の四人は全て同じ国の人間なのだ。


偵察兵1「……ッせーな。そんなヘマする訳ないだろ。」 パチン


女偵察兵の小言を受け、短髪の男が苛立たし気に指を鳴らす。



―――― バシュッ!


足元に散らばった吸殻が一瞬で灰となった。
後は風が吹けば全て消えてなくなるだろう。


偵察兵1「交代が一人じゃなくて複数って事は、ようやくこの退屈な任務は終わりなのか?」

偵察兵3「ああ、その通り。やっとあの化け物を処分して良いんだとさ。」

偵察兵2「あれを消せば、集まった魔物は統制を失い一斉に周囲に散らばるだろう。」

偵察兵2「本隊は既に国境へと進んでいる。魔物が引き起こす混乱に乗じ、一気に攻め落とす算段だ。」

偵察兵1「この退屈な任務が終わるなら、何でも良いさ。」

偵察兵3「同感だ。女も買えないような任務なんざ、生き地獄だぜ。さっさと終わらせて国に帰ろうや。」

偵察兵4「……相変わらず下劣な男だ。」

偵察兵3「安心しろよ、俺はお前みたいなヒスは苦手なんでな。やっぱ女は従順なのに限るぜ。」

偵察兵4「死にたいのか?」

偵察兵3「面白ぇな。誰が誰を殺すって?」


女が冷たい眼差しで腰の短剣へと手を伸ばした。
軽薄な男も、薄笑いを浮かべているが、何時でも短剣を抜けるように構えている。
短髪の男は我関せずといった様子で腕を組んでいる。


偵察兵2「――やめろ。遊びが過ぎるぞ、お前ら。」


古傷の男が低い声で制すると、不服そうな表情を浮かべながら女は短剣から手を離した。
軽薄な男もそれ以上挑発する事無く、黙って構えを解いた。

この場における力関係は、古傷の男を頂点に、その下に三人が並ぶ形になっているようだ。


偵察兵2「相手は“魔人”だ。気を引き締めろ。」

偵察兵1「……その“魔人”ってやつは“魔物”とどう違うんだ?」

偵察兵1「動きを追っていたが、外見こそ珍しいものの、そこらの“魔物”と変わらなかったぞ。」

偵察兵3「俺達下っ端には詳しい事情なんざ教えてもらえないからなぁ。」

偵察兵4「何であっても構わない。どうせ首を落とせば同じだろう。」


偵察兵2「俺も詳しい情報は与えられていないが……そうだな、一言で説明するなら……」

偵察兵4「“恩寵”を使いこなす知性を持った“魔物”。そう言えば、事の重大さがわかるか?」


古傷の男の言葉に、三人の纏う空気が一変した。
先程までの余裕を見せた空気ではなく、隙の無い張り詰めた空気。


偵察兵4「しかし、“魔物”が“恩寵”を使うといっても、いったいどの“神”の“恩寵”を……?」

偵察兵3「“魔物”なんぞに力を与える“神”がいるとは思えんが。」

偵察兵1「どこかの本殿に出向いて“恩寵”を授けられたとでも言うのか? ……有り得ないだろ。」

偵察兵2「悪いが、そこまでの情報は俺も与えられていない……とにかく、油断せず一瞬で勝負を決めるぞ。」

偵察兵2「殺して灰にしてしまえば、“魔物”も“魔人”も変わらんのだからな。」


――――――――

――――――

――――

――


孫娘「それでは、夕飯の準備をしますので居間でお待ち下さいね。」

女僧侶「えー、ただ待つだけなんて退屈ですよー。」

勇者「ご馳走になるんだし、お手伝いしないと。」

孫娘「え、その……流石にそれは……」 オロオロ

女僧侶「……」 ニコニコ

勇者「……」 ニコニコ

孫娘「…………」 ハァ…

孫娘「……それじゃあ、下準備をお願いしますね。」

勇者「はい!」

女僧侶「任せてください!」

孫娘(……ちゃんと断らないと駄目なのに、あんな顔されたら断れないです。) トホホ…


―――― バ ァ ン !


村人「ま、孫娘ちゃん! 村長はいる!?」 ハァ…ハァ…!


孫娘「ど、どうしたんですか、そんなに慌てて……おじい様なら集会所にいる筈ですけど……」

村人「そ、そっか! 挨拶するなら集会所の方が良いよな……偉い人も集まってるだろうし……」

孫娘「挨拶……? 誰かお客様がいらしたんですか?」

村人「そうなんだよ! 勇者様が二人も来られてるんだ!」

村人「先代『樹の勇者』の『根の勇者』様と、現『樹の勇者』様だよ!」

孫娘「まぁ……!」

村人「何かあったのかな!? こういう時って、どうしたら良いんだ!?」

孫娘「と、とりあえず、おじい様の所に案内しましょう。きっと大事なお話があるんでしょうし……」

村人「わ、わかった! ひとまず集会所に案内するよ!」 タッタッタッタ

女僧侶「ふわー、聞きました、勇者くん? 『勇者』様が複数で行動してるなんて、珍しいですよね。」

勇者「……………………」 サァァァァァァ

女僧侶(ッ! そうだった……勇者くんは他の『勇者』様と会うのを嫌がってた……)


女僧侶「私達には関係ないですし、男戦士さんの家に戻りましょうか。ね、勇者くん!」

勇者(……村長さんから、ボクがこの町にいるのは伝わってしまう筈……姿を隠すには遅すぎる。)

勇者(……そもそも何の理由でこの町に? ……ボクを追って、とは思えない。わざわざ『勇者』を使う理由がない。)

勇者(となると、偶然はち合わせになっただけだろう……最悪、女僧侶さんがいれば逃げる時間くらいは稼げる筈……)

勇者(そうだ……下手に姿を隠せば、余計な興味を惹いてしまう事になりかねない……)

勇者「ううん、ボク達はここで夕飯をいただこう。孫娘さんと約束したんだし。」

女僧侶「い、いいんですか? そりゃあ、私も夕飯は楽しみですけど……」

勇者「うん、大丈夫……きっと、ボク達には関係ないから……」

勇者(このままやり過ごそう……木の大国領の『勇者』なら、そんなに危険じゃない筈だし……)


――――――――

――――――

――――

――


松明の灯りの下、取り出されたコボルトの臓物が照らされている。


男戦士「あー、別に目立っておかしな点はないぞ。そっちはどうだ?」

男武闘家「こっちもだ。見た所、中身におかしな点はない。」


コボルトの解体を終えた二人だが、これは徒労に終わったようだ。
臓器の種類や外見などは、これまで確認された物と変わりない。

少なくとも、このコボルトと今までのコボルトは同種のモノという事になる。


男戦士「まあ、あんまり期待してなかったが……となると、やっぱり頭の中か。」

男武闘家「だが、いくらなんでも頭の中がどうなってるのかはわからないぞ。」

男戦士「だよなー。でも同種なのは明らかになった訳だし、統率者の線が濃くなったな……」

男武闘家「それを念頭に置いて動くしかないか……なら、斥候を飛ばすか?」

男戦士「あれをやると疲労がキツいんだが、そうするしかないな。じゃあ俺が飛ばすから、警戒は任せるぞ。」

男武闘家「ああ、任せろ。」


男戦士が指笛を鳴らすと、二人を遠巻きに見ていた梟が飛来し、肩へと止まった。


男戦士「【獣身接続・意識同調】」 …ガクッ

梟「ホー! ホーホー!」 バサササササ

男武闘家「行ったか……周囲に不穏な気配は無いし、とりあえず戻るのを待つか。」


男戦士の意識は梟へと乗り移り、自在に夜空を駆ける事が出来る。
闇夜を見通す目を持つ梟は、これ以上なく優秀な斥候だろう。

術者の意識が本体から抜けてしまうのが欠点だが、身を守る仲間がついているなら問題ない。

梟の意識と同調した男戦士は、まっすぐに“禁猟区”へと羽ばたいて行った。


――――――――

――――――

――――

――


女僧侶「ご馳走様でしたー!」

勇者「お休みなさい、孫娘さん。」

孫娘「気をつけてお戻りくださいね。」 ニコリ


夕飯を済ませた勇者と女僧侶は、孫娘に礼を言い村長宅を後にしていた。


女僧侶「そう言えば、村長さん戻ってきませんでしたねー。」

勇者「そうだね。きっと話が長引いたんだよ。」


何処となく安堵したように見える勇者の横顔に、女僧侶は自分の推測は正しかったのだと判断していた。
理由は不明だが、勇者は他の『勇者』と出会う事を極端に恐れている。

ならば自分のやる事は決まっている。
たとえ相手が何であろうと、勇者が忌避するのなら全力で遠ざけるまでだ。





女僧侶「あ、男戦士さんの家が見えてきましたよ――――」 ピクッ

勇者「……女僧侶さん?」


何かに気付いた様子で急に立ち止まった女僧侶に勇者が首を傾げる。


女僧侶「……勇者くん少し下がって下さい……そこの木陰に誰かいます。」 ヒソヒソ

勇者「え……?」 ビクッ


動こうとしない二人の前に、二人の男が姿を現した。

一人は濃い顎ヒゲを生やした、屈強な肉体の大男。
もう一人は、均整のとれた体付きの凛々しい青年。


樹の勇者「こんばんは。私は『樹の勇者』、こちらの彼は『根の勇者』と申します。」

根の勇者「よろしくな、お嬢ちゃん!」

樹の勇者「あなたが戻るのをお待ちしていました。少しお話を伺いたいのですが、よろしいですか? 『北の勇者』殿。」


柔和な笑みを湛えた青年の言葉。
それを見せられれば、きっと誰もが警戒を解いただろう。


勇者「…………」 ジリッ


だが勇者は怯えた表情を浮かべ、一歩後ずさった。
それを契機に、女僧侶の意識が戦闘時のそれへと切り替わる。


根の勇者「しっかし、大したもんだな。俺達がここで待ってる事に気付いたんだろ?」

根の勇者「本気で気配を消してた訳じゃないが、良い勘してるじゃないか。」


屈強な大男が遠慮の無い様子でずかずかと歩を進めた。
女僧侶が勇者を守るように一歩前に出たが、それを気にする素振りも無い。


根の勇者「……ん? そういや、お嬢ちゃんじゃなくて小僧なんだっけか?」

根の勇者「いやー、とてもそうは見えねぇな! どっから見ても可愛いお嬢ちゃんだ!」


驚きの色を浮かべながら、じろじろと無遠慮に勇者を見ている。


根の勇者「ま、なんだ。その容姿ならいくらでも客が取れるだろうし、別に男でも女でもどっちでも――――」



―――― ヒ ュ ン !


黙らせるかのように放たれた、女僧侶の一撃が空を裂く。
根の勇者は素早く飛び退き、感心した様に口笛を吹いた。


根の勇者「おっとと、悪い悪い。ちょっと品が無かったな。謝るから勘弁してくれ。」


慌てて根の勇者が先程の非礼を詫びるが、女僧侶は既に戦闘態勢に入っていた。


女僧侶「あ は は は は は は は ! !」


喉を反らせて哄笑を上げる女僧侶。
勇者は既に何度も見た光景だが、こうなると人も魔物も区別なく命を散らされている。


女僧侶「これが『勇者』? これが!? そこらの山賊と変わらないじゃあないですか!!」

勇者「お、女僧侶さん、落ち着いて!?」

女僧侶「勇者くんを侮辱した報い、その血で贖ってもらいましょうかぁ!!」 ニィィィィィ

樹の勇者「…………」 スッ


根の勇者「おい、やめろ。一般人に『勇者』が二対一じゃカッコ付かないだろうが。下がってろ。」

樹の勇者「ですが……」

根の勇者「ちょっと相手するだけだって。武器も使わないから、俺にやらせろよ。」

女僧侶「あなたは勇者くんを侮辱した訳じゃないですからねぇ。手を出さないなら見逃してあげますよぉ?」

根の勇者「こいつは大したお転婆娘だな……って、おいおい、瞳孔開いちまってるぞ……大丈夫なのか?」


―――― フ ォ ン !


根の勇者の軽口が終わろうかというその刹那、瞬時に間合いを詰めた女僧侶のメイスが振り抜かれた。
隙の無い動きでそれをかわすと、根の勇者が丸太のような足で女僧侶を蹴り上げた。

攻撃後の硬直を狙った一撃を回避する事が出来ず、女僧侶が宙を舞う。
だが、その打撃音は軽く短いものだった。


根の勇者「俺の蹴りに乗るとは……お嬢ちゃん、軽業師か何かか?」


かわせないと悟った女僧侶は、根の勇者の蹴りに飛び乗る形で後方へ退いたのだ。
蹴りの威力でかなりの高さまで飛び上がったが、あっさりと宙返りからの着地を決め、再度根の勇者へと向き直った。


――この男は強い。

――――これまで相手にした何者よりも。


ほんの一合で根の勇者の力量を見抜き、女僧侶の鼓動が速くなる。
だが、恐怖や焦りは微塵も感じなかった。

そんなものよりも、勇者を侮辱された事による怒りが大き過ぎた。


――この男に報いを!

――――勇者くんへの侮辱は許さない!!

―――――――許さない! 許さない!! 絶対に、許さないッ!!


腰を落とし、背中を丸めるように前のめりに身を屈める。
両手が地面に着きそうなほどに姿勢を低くして、根の勇者を睨みつける。


根の勇者(かわいい顔して、なんてぇ殺気だよ……それにあの姿、まるでケダモノだぜ……)


二十にも満たないであろう少女から放たれる殺気に、根の勇者が冷や汗を拭う。
猫科の猛獣のように低く構えた体勢もハッタリとは思えない。


油断すれば、瞬時に首をへし折られかねない。
そう思わせるだけのプレッシャーが女僧侶から放たれていた。


―――― ゴ キ ン ! !


根の勇者「うぉッ!?」 ガクン!


超低空を女僧侶が疾風の如く駆け抜け、鈍い音が響き渡った。
狙ったのは根の勇者の脛。先ずは動きを止めるのが狙い。


女僧侶「ああぁぁぁあ!!」


―――― バ キ ィ ! !


根の勇者「ちぃ……!」


足を打たれ、膝をついた根の勇者に追撃が放たれる。
今度は頭の高さに跳ねた女僧侶が、宙で身体を捻り頭部を狙ったのだ。

咄嗟に根の勇者が腕で防いだが、かすった頭部から鮮血が飛び散った。


根の勇者が油断したのではない。
万全の状態で待ち構えていたが、女僧侶の動きが想定よりも遥かに速かったのだ。
先程、根の勇者は女僧侶を獣に例えたが、その速度は比喩でも何でもなく獣のそれだった。


女僧侶「次で決める――――!」


本来なら今の一撃で決まっていた筈だった。
確実に脳漿をぶちまけられるだけの速度と重さだった。
だが、それを防がれた。


――この獲物は手強い。

――――これで決められなければ、ひっくり返されてしまう程に。


決死の覚悟で再度の跳躍を――――


勇者「駄目です、女僧侶さん! もうやめてください!!」 ガシッ!

女僧侶「――ッ!? ゆ、勇者くん!?」 ガクン!


跳躍の瞬間に勇者がしがみついていた。
タイミングが狂った女僧侶が勇者と共に地面を転がる。


女僧侶「……ッ!」


我に返ると、女僧侶と勇者を根の勇者が見下ろしていた。


女僧侶「勇者くん!」


咄嗟に勇者に覆いかぶさり、根の勇者の攻撃から身を呈して盾となる。


女僧侶「…………?」


だが、覚悟していた攻撃はいつになっても仕掛けられない。
恐る恐る目を開くと、自分達を見下ろす根の勇者と目が合った。


根の勇者「やるなぁ、お嬢ちゃん!」 ニカッ!


満面の笑みで根の勇者が手を差し伸べている。
頭部からの出血はまだ止まっていないが、そんなものは些細な事だと言わんばかりだ。


根の勇者「ほら、もう終わったんだから、お前も剣をしまえって。」


女僧侶「ッ!」 ハッ

樹の勇者「…………」


いつの間にか女僧侶の背後で、樹の勇者が宝石で飾られた刺突剣を抜いていた。
いったいどのタイミングで背後に回っていたのか、全く気付けなかった。

もし、勇者が止めに入っていなければ――――


樹の勇者「…………」

女僧侶「…………ッ」 ゾクッ


自分を見下ろす樹の勇者の眼差し。
エメラルドグリーンの瞳は見惚れる程に美しいが、同時に恐ろしく冷徹だった。
羊を狩る鷲のような、強者が弱者を見る、絶対的な捕食者の瞳。


根の勇者「おい、聞こえなかったのか。俺は剣をしまえと言ったんだ。」

樹の勇者「…………わかりました。」


先輩勇者から強い口調で命じられ、ようやく鞘を手に取った。
刺突剣をしまうその瞬間まで、樹の勇者の瞳に浮かぶ冷徹な輝きが消える事はなかった。


――――――――

――――――

――――

――


男戦士(冗談だろ……何て数だよ……百や二百じゃない、下手すりゃ千近くはいやがる……)


梟の視界の先に群がる魔物の軍勢。
この地が人の立ち入りを禁じた“禁猟区”だったのが仇となり、今まで誰も気付く事が出来なかった。


男戦士(後手に回った……魔物が手を出してこないのなら、こちらから手を出す事も無かったから……)


調査に来るのが遅すぎたのだ。
これだけの数の魔物に対処するなら、それこそ軍隊規模の戦力が必要だ。


男戦士(人間側の行動を見越してたのか? ……だからこの辺の人間は襲われなかった。)


魔物の目撃数は増えていたが、人に危害が出ていないから本格的な調査は行われなかった。
魔物達はそこまで計算に入れていたのだろうか。
だとすれば、間違いなく統率者が存在する事になる。


こんな事が偶然に行われる筈がない。


男戦士(まさか、こいつら食事が必要ないのか……こんな荒れた土地じゃあ獲物なんかロクにとれないぞ……)


“禁猟区”はさっきまで男戦士がいた森と違い、殆ど樹木が生えていない。
おかげで魔物の群れが蠢く様子をしっかり目視できているのだが、それだけにわからない事がある。

千もの軍勢を維持するには、通常なら莫大な糧食が必要になる。
ほとんど獲物がいない“禁猟区”でそれを賄える訳がないのだ。
“禁猟区”から出て周囲の森に入れば話は別だが、森の獲物が減少したという報告も届いていない。

断崖の崩落や薄い空気などを考えても、まともな生態系に属するなら“禁猟区”にとどまれる理由がない。
信じ難いが、魔物達は食事や水が無くても問題がないという事になる。


男戦士(魔物は生き物じゃないってのか……? だが消化器官は備えている……食事とは別に生命維持の方法が……?)


何処を見下ろしても、魔物の群れしか見えてこない。
森と違って隠れる事も出来ない以上、ここに踏み込む事はできそうになかった。


男戦士(だが、これじゃあ“禁猟区”に近付くことさえできないぞ……どうしたものか……)


撤退もやむなしかと考え始めた時、視界の隅におかしなものが映った。


男戦士(コボルトが猪を運んでいる……いや、魔物は食事を必要としない筈じゃ……いったい何の為に……?)


足を縛られ、そこに棒を通された猪がコボルト四匹に運ばれている。
引きずって運べばもっと楽な筈だが、あえて人手のかかる方法で運んでいるように見える。


男戦士(運ぶ姿も、何処となく恭しく見えるような……よし、猪をどうするのかだけでも見届けよう……)


あまり時間がかかるようだと自分の“恩寵”の限界が訪れ、肉体に意識が戻されてしまう。
すぐに理由が明らかになる事を祈りつつ、梟に意識を宿らせた男戦士は力強く羽ばたいた。


――――――――

――――――

――――

――


偵察兵1「……気付かれないのはわかってても、落ち着かんな。」 ガッチャ ガッチャ

偵察兵2「安心しろ。“魔物”は“魔人”に敵対行動を取れない。」 ガッチャ ガッチャ

偵察兵3「いや、勿論わかっちゃいるが……」 ガッチャ ガッチャ

偵察兵4「流石に千もの軍勢に紛れこむとなるとな……」 ガッチャ ガッチャ


魔物の群れの隙間を縫うようにして、偵察兵達が歩を進める。
戦闘用の鎧の上から、更に蟲の装甲のようなものを身に付けている。

若干動き辛そうにしているが、何故か魔物の群れの真っただ中だというのに、どの魔物も彼らに反応すらしていない。
襲いかかるどころか、魔物によっては道を譲るような仕草をする者も中にはいた。


偵察兵2「本隊は今頃、国境の関所に夜襲を仕掛けているだろう。我々も今夜中に片をつけるぞ。」

偵察兵1「最近の木と水の大国領の情報伝達速度はやけに速いからな、あまり時間はかけたくないか……」

偵察兵3「そういうこったな。どんな手を使ってるのか知らないが、厄介な事この上ないぜ。」

偵察兵4「狼煙というわけでも無いようだしな……恐らく何らかの“恩寵”によるものなのだろうが……」


余計な消耗はしないが、だが決して遅くは無い速度で四人は険しい山を登り進んで行く。
既に何年も“目標”の観察は続けてきたのだから、この険しい山岳地帯の地理・地形はとっくに理解している。

“目標”が、魔物を寄せ付けない自分だけの領域を山頂に築いている事も、当然彼らは知っているのだ。


――――――――

――――――

――――

――


根の勇者「ま、夜も遅いしな。あんまり時間を取らせるのは気が引ける。」

根の勇者「話の前に、一応こっちの身元を確認しといてもらおうか。」 ステータス開示


―――――――――――――

根の勇者(38)
【神の恩寵】
樹の神 Lv∞ 


【戦闘スキル】
勇者    Lv6
斧術    Lv8
体術    Lv5

―――――――――――――


樹の勇者「でしたら、私の方も確認を。」 ステータス開示


―――――――――――――

樹の勇者(30)
【神の恩寵】
樹の神 Lv∞ 


【戦闘スキル】
勇者    Lv6
刺突剣術  Lv7

―――――――――――――


勇者「…………」

女僧侶「ほ、本当に勇者様が二人も……」

根の勇者「どうした嬢ちゃん、急に借りてきた猫みてぇになって。」

女僧侶「す、すいませんでした! 私、勇者様になんて失礼な事を……!」

根の勇者「おいおい、先に口を滑らせちまったのは俺の方だろ? 頭を上げなよ、嬢ちゃん。」

女僧侶「で、でも、私……怪我までさせてしまって……!」


根の勇者「こんぐらい、唾つけときゃ治るって。いや、それにしても驚いたぜ。」

根の勇者「さっきの嬢ちゃんの動きは並みじゃなかったからなぁ。法衣なんか着てるが、本当は武闘家なのか?」

女僧侶「ち、違います!」

根の勇者「そうなのか? なら、盗賊か? それとも狩人? 意外な所で速度重視の戦士とか?」

女僧侶「なんで皆さんそう言うんですか!? 私は僧侶ですから!」 ステータス開示


―――――――――――――

女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv5
―――――――――――――


根の勇者「……………………」

樹の勇者「……………………」

女僧侶「ね!?」


根の勇者「ないわー。」

樹の勇者「詐欺です。」

女僧侶「ひどい!?」 ガーン

勇者「あはは……」

根の勇者「だが、嬢ちゃんの髪色と瞳の色からして……木と水のハーフかい?」

女僧侶「ええ、まあ……そうみたいですね。両親とは早くに死別してしまったので記憶に無いんですけど。」

根の勇者「そうなのか……その体術は水の大国領で学んだのか? 木の大国領でそんなの教えてる所は無い筈だが。」

女僧侶「え? 私は特に何も。と言うか、私は僧侶なんですって! 僧侶学校以外どこも通ってませんから!」

根の勇者「ふーん、そうなのか……」

樹の勇者「……………………」

根の勇者「ま、嬢ちゃんの事は置いといて……お前さんが『北の勇者』で間違いないんだな?」

勇者「…………はい。」 ステータス開示


―――――――――――――

勇者(15)
【神の恩寵】
無し Lv- 

【戦闘スキル】
勇者    Lv1
短剣術   Lv2

―――――――――――――

根の勇者「“恩寵”を持たない勇者……北の国出身で間違いないな。」

根の勇者「悪いが、大将――――じゃない、『海の勇者』がお前さんと話がしたいそうなんだ。」

根の勇者「ちょいと時間を作ってもらいたいんだが、構わないか?」

勇者「…………お断りします。」

根の勇者「そうか、こいつは困ったな……」

樹の勇者「……あなたの連れが先程何をしたかは理解していますね?」

勇者「ッ!」 ビクッ!

根の勇者「おい、やめろ。」

女僧侶「え……それって私の事ですよね……?」


樹の勇者「他国の勇者に対し、仲間を使って害をなした……こちらも相応の対応を――――」

根の勇者「俺はやめろと言ったぞ。『樹の勇者』の称号を譲ったからといって、俺のやり方まで譲るつもりはない。」

女僧侶「そ、そんな! さっきのは私が勝手にやった事です! 勇者くんには関係ありません!」

根の勇者「わかってるって。さっきのを理由に無理やりどうこうするつもりはねぇよ。」


ニッと陽気な笑みを浮かべ、女僧侶の頭を撫でてやる。
頭からの出血も、布で拭っただけなのに既に止まっていた。


根の勇者「だが、坊主……十年前の惨劇から今日まで生き残ってきたんだ。お前さんも馬鹿じゃあるまい。」

根の勇者「この状況で我が儘を言った所で、それが叶わん事ぐらいはわかるな?」

勇者「…………ッ」

女僧侶(このままじゃ勇者くんが……でも、どうしたら……) オロオロ

根の勇者「お前さんが嫌がっても、向こうから来たら同じだろう……それとも、会えない理由でもあるのか?」

根の勇者「海の勇者はお前さんと面識があるそうじゃないか。何か理由があるなら、俺の判断で処遇を決めてやる。」

勇者「そ、それは……」

根の勇者「お前さんが静かに余生を送るならともかく、今は魔王を倒す為に旅をしてるんだろ?」


根の勇者「復讐は立派な動機だ。他人がどうこう言った所で、止める事は出来んだろうし、そもそも筋違いだ。」

勇者「……………………」

根の勇者「だが、死地に向かう前に、持ってる情報は吐き出してもらわなきゃ困るんだよ……わかってくれるな?」

勇者「わかり、ました……でも、一つだけ条件を出して良いですか……?」

根の勇者「何だ? 出来る限り協力するぞ。」

勇者「会って話をするのは、海の勇者さん一人だけにして下さい。一対一で話ができるなら、ボクはあなたに従います。」

根の勇者「? ……まあ、それくらいなら構わんだろう。その内容で話をつけておく。」

勇者「……絶対ですよ?」

根の勇者「ああ、約束だ。おい、お前も聞いたな? お前が証人だぞ。」

樹の勇者「まったく……本来なら、あの方は私達が対等に接する事が出来るような相手じゃないんですよ……」

根の勇者「おいおい、大将はあれで結構気さくなんだぞ。杓子定規に規則を気にするタイプじゃねぇよ。」

樹の勇者「しかし、潮の勇者さんが聞いたら何と言うか……私は知りませんからね。」

根の勇者「お、お前! そこはちゃんとフォローしてくれよ! あの姐ちゃん怒らすと怖いんだから!」

女僧侶(もしかして……『勇者』様って意外と面白い人達なんでしょうか……) ムムム…


根の勇者「ま、まあ、なんだ……俺達もここには別の用事があってきたからな。」

根の勇者「坊主には、それが終わるまでここで待っててもらう事になる。」

勇者「用事、ですか?」

樹の勇者「はい、この周辺で大量の魔物が目撃されています。それの駆除ですよ。」

根の勇者「同じ『勇者』だが、坊主に手伝ってもらおうとは考えてないからな。明日の夜には終わるから、大人しく待っててくれや。」

女僧侶「一日がかりですか……ちなみに、どれくらいの量の魔物が?」

根の勇者「ん? ……そうだな、ざっと千近くって所か。」

女僧侶「え!? この近くに千も魔物がいるんですか!?」

根の勇者「心配すんなって。明日の内に終わらせるから。」

勇者「いえ、そうではなくて……ボク達の仲間が“禁猟区”にいる筈なんです……」

根の勇者「そうなのか……村長から先遣隊がいるとは聞いたが、男武闘家と男戦士だったか。」

女僧侶「お二人の事を知ってるんですか?」

樹の勇者「ええ……情報網の整備、生態系調査、経済の指標の議論など、彼らの貢献は政務に携わる人間なら誰でも知ってますから。」

女僧侶「そ、そんなに凄い人達だったんですね……」


根の勇者「うちのじいさんも、いずれ正式に雇い入れたいって言ってたしな……」

女僧侶「おじいさんですか?」

根の勇者「ん? ああ、悪い。じいさんってか『根の国王』だ。」

女僧侶「ッ!?」

根の勇者「結構いい歳いってるから、ついな。俺の祖父って意味じゃねぇよ。」

勇者「そんな人間が、どうして冒険者なんか……」 ボソッ

樹の勇者「? ……今、何か言いませんでしたか?」

勇者「いえ、別に何も…………」

根の勇者「ま、あの二人なら、魔物の群れに気付けばすぐに引き返してくるだろう。」

樹の勇者「確かに……目先の手柄に目がくらむような性格ではない筈ですし……」

根の勇者「取り敢えず、朝一でその“禁猟区”とやらに出向くとするか。」

根の勇者「さて、立ち話が長くなってすまなかったな。必要な事は話したから、後はゆっくり休んでくれ。」

勇者「…………お休みなさい。」

樹の勇者「今日はもう遅いですし、海の勇者殿との面会の予定についてはまた明日話しましょう。」


―――― 根の勇者と樹の勇者。宿への帰り道。


根の勇者「ふぅ……相手の了承も得られたし、取り敢えず良しとするか。」

樹の勇者「しかし北の勇者殿はあれで大丈夫なのでしょうか。“恩寵”の加護も無い上に、戦闘スキルも一般人レベルでしたが……」

根の勇者「いやいや……話のネタにするべきはそこじゃねぇだろ。」

樹の勇者「そうですか?」

根の勇者「性別を偽れるだけあって、えらくかわいらしい面だったよなぁ。どう見ても女にしか見えなかったぜ。」

樹の勇者「それは確かに……彼は“彼”で良いんですよね? 正直、どう見ても女の子にしか……」

根の勇者「大将が言ってた事から推測すりゃそうなるだろ。薄桃色の髪と瞳が“兄”で、薄青色の髪と瞳が“妹”らしいんだからよ。」

樹の勇者「見た所髪や瞳の色に不自然な所は無かったですし……あれが地の色で間違いないでしょう。」

根の勇者「俺も同感だ。だから、あの坊主が“兄”ってこった。前もって聞いてなきゃ、間違いなく嬢ちゃんだと思ったろうけどな。」

根の勇者「ま、あれだけのルックスなら金には困らんだろ。俺もその気は無いが、あれはちょっとヤバかったぐらいだし……」

樹の勇者「ヤバい……? 私は、彼が危険だとは思わなかったのですが……」

根の勇者「わかんねーなら良いよ。一から説明するのも面倒だしな。」 ケッ


樹の勇者「しかし、あの女僧侶はあのままで良かったのですか? 何らかの処罰を――――」

根の勇者「お前は相変わらず頭が硬いなぁ……当事者が問題ないっつってんだから、良いんだよ。」

根の勇者「……だが、多少気にはなる。」

樹の勇者「と言うと?」

根の勇者「あの嬢ちゃん……体術レベルが5になってたが、俺と同じレベルとは思えないんだよな……」

根の勇者「俺の蹴りを完璧にいなした事を考えると、本当は1か2は上なんじゃないか?」

樹の勇者「では、ステータス画面を偽っていると? そんな事が出来るとは聞いた事がないのですが。」

根の勇者「んなもん俺だって同じだよ。だから今はまだ“多少気になる”程度の話ってこった。」

根の勇者「いやそれにしても、結構ヒヤッとしたんだぜ? まさか腕と足を折られるとは思わなかったからな。」


その言葉とは裏腹に、根の勇者の足取りは軽く、陽気な笑みを浮かべていた。
呆れながらも、樹の勇者が突っ込みを入れる。


樹の勇者「……武器も“恩寵”も使わないでおいて、そんな事を言われても。」

根の勇者「そういうお前は少しは加減しろっての。俺が止めなかったら何するつもりだったんだ?」

樹の勇者「別に私もやり過ぎたりしませんよ……手足の一本でも使えなくすれば十分でしょうし。」


事もなげに言い放ったその言葉に、根の勇者がこれみよがしに溜め息をついた。


根の勇者「それがやり過ぎだって言ってんだよ……ちったぁ女の扱い方を覚えろよな。」

樹の勇者「……? 男女問わず、罪人の制圧は貴方に劣らないと自負してますが。」

根の勇者「そういう意味じゃねーんだよ。まあ良いや……宿に戻ったら一杯付き合えよ。」

樹の勇者「あんまり飲み過ぎないでくださいよ。明日は重労働になりそうですし。」


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――――――

――――

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今日はここまでです。
スレッド一覧で700以降だと落ちる可能性があるみたいなので、そうならないよう上げていきます。

丁度後100レスですが、どうにも無理っぽい気がしてきました。
1部完結は次スレになりそうです……


男戦士「ん? なんだあれ……あんな魔物見た事ないぞ……?」


猪を運ぶ四匹のコボルト。
意識を梟に移した男戦士がそれを上空から見下ろしている。
上空からの視野はかなり広い。コボルト達とは別のルートで山頂を目指す魔物の姿に気がついた。

赤黒い甲虫のような姿だが、二本足で歩いている。
外見も異様だが、おかしいのはそれだけではない。

甲虫らしき魔物は四体が並んで進んでいるが、進む先で山道にたむろする魔物達が道を開けているのだ。
まるで魔物の上位存在のように振る舞っているが、その歩き方や外見から察する骨格は人間にしか見えない。


男戦士「あっちを監視するべきか……? いや、やつらも山頂に向かっているようだ。」


なら山頂を見張るのがベストだろう。
そう判断して監視を続けるうちに、コボルト達が先に山頂に辿り着いた。

梟に意識を移してから、そろそろ一時間が経とうとしている。
自分の“恩寵”レベルではもうすぐ限界になる筈だ。


男戦士「もうちょいなんだから、もってくれよ……――って、あれは!?」


猪を届けたコボルト達が姿を消すと、一体の魔物がそれを取りに現れた。


月下に輝く金色のタテガミ。
均整のとれた、彫像の如き肉体を包む薄茶色の獣毛。

胸に火傷の痕が刻まれた獅子の頭を持つ勇士。
この地で生まれ育ち、動物も魔物も含めて、全てを知りつくした筈の男戦士が初めて見る種類の魔物だった。

人では無いのだから相手は魔物で間違いない。
だが、その姿には神々しさすら感じさせる。
とても愚鈍な魔物と同じ種とは思えない程に。


男戦士「――ッ!」 ハッ


見惚れかけていた男戦士だったが、獅子の右目の傷に気が付き、我に返った。
閉じた右目には、折れた黒い矢のような物が突き刺さっている。


男戦士「おま、えが……ッ!!」


――あの日、あいつが死んだあの時。

――――女狩人が最後に放った黒矢。


――探しても見つからなかったあの矢がここに。

――――そして、女狩人を手にかけたのが、この獅子の魔物。


討つべき仇は、やはりこの地に潜んでいたのだ。


激昂しかけた男戦士だったが、視界の先ではさらなる動きがあった。
さっき見かけて気になっていた、赤黒い甲虫達。
甲虫達も山頂に到着し、四方から獅子頭の魔物に近付いていたのだ。
それも、相手に気取られぬよう、身を潜めながら。

獲物を狙う猫のような足運び、物音ひとつ立てぬ身のこなし。
どう見ても訓練を受けた兵士のそれだった。









偵察兵1(ちっ……ろくな遮蔽物も無いか。気付かれずに接近するのは無理だな。)

偵察兵2(その程度は予想していた。四人がかりで抵抗の暇も与えなければ良いだけだ。)

偵察兵3(事前情報の通り、山頂に魔物は近付かねぇから護衛もいねぇ。四対一でやれるとはありがたいぜ。)

偵察兵4(首を落とし、骨も残さず灰にしてやる……命令に従い、こいつの存在は抹消しなければならない……)


山頂はほとんど岩も無い平坦な地形。近付く者がいればすぐに気取られてしまう。
甲虫の装甲を纏った偵察兵達は、獅子頭の魔物に気付かれるのを覚悟していた。

既に気付いているのだろう。
獅子頭の魔物も、運ばれてきた猪に手を付けない。
立ちあがり、腕を組んだ姿勢で彼らの接近を待ち構える。


偵察兵1(やはり気付かれてるな……なら、さっさと始末させてもらうか。) ガチャ ガチャ


偵察兵達が、擬態のために纏っていた装甲を脱ぎ捨てる。
魔物の群れを突破する為のものなのだ。戦闘においては無用の長物だった。


偵察兵2(加減はするなよ。最大火力で焼き払ってやれ。)


隊長格の男の手に赤い輝きが宿る。
それに倣い、他の偵察兵たちも同様に“恩寵”を発動させた。


偵察兵3(【紅玉爆破】……溜め次第で岩盤もぶち抜く威力だ。木っ端微塵になりやがれ。)

偵察兵4(さて、向こうはどう出る……? 何もしないなら、それはそれで楽で助かるがな。)


準備を終え、攻撃のタイミングを計る偵察兵達。
その時、獅子頭の魔物が低く唸り声を上げた。


獅子頭「グルルルルルゥ…………」


威嚇とは違う、静かな唸り声。
だがそんな事に構う偵察兵達では無い。


偵察兵2「言葉も話せぬ“魔人”風情が。何か言いたい事でもあるのか? まあ、聞いた所で理解できんがな。」

獅子頭「ゴルルゥ…………」

偵察兵2「……貴様は良い働きをしてくれた。礼と言っては何だが、せめて苦しませずに逝かせてやろう。」


それを契機に、偵察兵達の手から光球が放たれた。
高速で飛来したそれは、彼らの中心で轟音と共に凄まじい爆発を引き起こした。







――――その少し前。男戦士の視点。
闇夜を見通す梟の視界の先で、甲虫達がその装甲を脱ぎ捨てていた。


男戦士(やっぱり中身は人間か! だが、あの赤毛……恐らく、『火の大国』領の兵士……!)


何故に敵国――厳密には戦争状態にある訳ではないが――の兵士がこんな場所に。
戸惑う男戦士をよそに、兵士達は攻撃用の“恩寵”を発動させている。


兵士達の手に宿る、エネルギーを凝縮した光の球。
攻撃や破壊行為に特化した“焔の女神”の“恩寵”だ。
理由は不明だが、兵士達はあの獅子頭の魔物を消し去ろうとしている。

兵士達はあの獅子頭の魔物の正体を知っているのか?
いや、そもそも、どうやってあの魔物の群れを突破してきたのか?
魔物の群れを統率しているのは獅子頭の魔物なのか?
もしそうなら、奴が消えれば統率を失うのでは?

脳裏にいくつもの疑問が浮かび上がり、答えの見えない謎に翻弄される。
だがその時、耳慣れぬ言葉が男戦士の耳に届いた。


獅子頭『この匂い……覚えがあるぞ。貴様ら、私を捕らえたあの小娘と同じ種類の【力】を使うようだな……』


空耳などでは無い。
言葉を話さぬ筈の魔物が、呟くように言葉を紡いでいる。
いや、正確には、『言葉』のような言語ではなかったのだが、その意味を理解する事が出来た。


唖然とする男戦士に、追い打ちをかけるように兵士の一人が口を開いた。


偵察兵2「言葉も話せぬ“魔人”風情が。何か言いたい事でもあるのか? まあ、聞いた所で理解なぞ出来んがな。」


“魔人”とは何だ? この兵士はいったい何を言っている?
いや、それ以前に、何故か獅子頭の言葉が兵士には聞こえていないようだ。
何故自分には言葉が理解でき――――

そこまで考えた所で、男戦士はある事に気付き息をのんだ。
“樹の神”の“恩寵”は動物を使役し意識を通わす事が出来る。
この梟には意識そのものを移して身体を借りているが、そこまでせずとも意志の疎通で事足りる場合もある。
意志の疎通――つまり動物に対する通訳能力。それが獅子頭の魔物の言葉に適用されているのだ。

だが、この通訳能力も魔物には適用されない。
それが魔物と動物を区別する一つの基準なのだが、今こうして獅子頭の魔物の言葉を解読している。

これは、つまりどういう事だ?
これではまるで、あの獅子頭の魔物が“魔物”では無いかのような。


獅子頭『戦場で死ねず、このような地に打ち捨てられた屈辱……相応の血であがなってもらおう……』

獅子頭『所詮は人形だが、千を越す兵士を揃えた。今宵、貴様らを引き裂いた後、かの地へと進軍しようぞ!』

偵察兵2「……貴様は良い働きをしてくれた。礼と言っては何だが、せめて苦しませずに逝かせてやろう。」

獅子頭『ふん、獲物の分際で一人前の捕食者気取りか。身の程を教えてやろう!』


次の瞬間、兵士達が光球を放ち、轟音と共に凄まじい衝撃が巻き起こった。


男戦士(し、しまっ――――!!)


梟が飛ぶ夜空には、衝撃を遮る物が何も無い。
兵士達の会話を聞こうと接近していたのが仇となった。
熱と衝撃が梟に襲いかかり、身体を失った男戦士の意識は強制的に元の体へと戻されてしまった。


――――――――

――――――

――――

――


――ドンドンドン!


孫娘「すいません、勇者様! 女僧侶さん!」


――ドンドンドン!


孫娘「起きて下さい、勇者様! 女僧侶さん! 緊急事態なんです!」


―― ガ チ ャ


女僧侶「どうしらんれすかぁ……こんな朝はやふに……」 ファァァ…


寝惚けた顔の女僧侶が、目をこすりながら扉を開いた。
女僧侶から少し遅れ、勇者も同じように眠そうな顔で二階から下りてきた。

時間はまだ早朝。
ぎりぎり朝日が昇ろうかといった時間だ。
町の空気もまだ寝静まっているように見える。


孫娘「そ、それが、国境から報せが……! と、とにかく、急いで身支度をして集会所へ。樹の勇者様と根の勇者様がお待ちです!」


慌てる孫娘と、二人の『勇者』からの呼び出し。
ただならぬ気配を感じ取り、一気に眠気が吹き飛んでいた。







―――― 集会所。


急いで集会所へ駆けつけると、険しい表情の根の勇者と、何かの書簡に目を通している樹の勇者。
二人から少し離れて、町長や町の重役も揃っている。そして、ソファーの上に横たわる、毛布にくるまれた何か。

孫娘が二人を連れてきたのを見ると、根の勇者が深刻な顔で口を開いた。


根の勇者「……朝早くからすまんな。だが、少々厄介な事になった。」

樹の勇者「これをどうぞ。」


樹の勇者から書簡を手渡され、その内容に目を通すうちに、勇者と女僧侶の表情も強張っていく。


根の勇者「昨夜、『火の大国』領の軍が国境に侵入してきた。既に国境線は突破され、恐らく今夜にでもこの町に押し寄せるだろう。」

根の勇者「お前達も町の住人と一緒に避難してくれ。俺と樹の勇者で足止めをするが、全部を止められるとは限らんからな。」

勇者「足止め、って……相手は少数なんですか?」

根の勇者「いや、数は三千といった所らしい。」

女僧侶「さ、三千って! そんなの二人で足止め出来る訳ないじゃないですか!!」

根の勇者「――出来る。」

女僧侶「ッ!」 ビクッ


低く、力強い根の勇者の返答。
それは決して威圧するようなものではなかったが、思わず女僧侶は身を竦めていた。
根の勇者の表情に、昨夜に見せたような陽気さは欠片も無い。


勇者「で、でも……どうやってその情報を? 国境からここまで、馬で急いでも一日近くかかるんじゃ……」

町長「隼に転身した兵士どのが、命をかけて届けてくれたのです……」


そう言って、ちらりと視線を送った先には毛布にくるまれた何かが。
勇者がそっと毛布をめくると、若い兵士が眠るように穏やかな表情で横たわっていた。


根の勇者「馬鹿野郎が……『何かあれば知らせろ』とは言ったが、命を使い果たすほど無理しやがって……!」


その兵士は、根の勇者と樹の勇者が国境で別れた警備兵だった。
【獣化転身】は普通の術者には多大な負荷をかける高等術だ。

警備兵は書簡を抱え、隼の速度で国境からここまで全速で飛翔してきた。
通常なら数分程度で限界が来る術を、一時間以上もの間維持した。
その代償として、全てを使い果たしてしまったのだ。


町人「た、大変です、町長!」

町長「どうしたんじゃ、そんなに慌てて。」


混乱を避ける為、まだ町人達にこの事は知らされていない。
町長も平静を装い、飛び込んできた町人に対応している。


町人「山から……あの“禁猟区”から、大量の魔物が……!」

町長「なんじゃと!?」

町人「数え切れぬほどの大群がまっすぐ町に向かって来ています! ど、どうすれば!?」


重役1「なんという事だ……もう、この町はおしまいだ……」

重役2「魔物に殺されるか、『火の大国』領の軍に蹂躙されるか……ああ、何故こんな事に……」


避難しようにも、魔物が溢れかえっていたのでは不可能。
魔物の襲撃を防げたとしても、夜には『火の大国』領の軍隊が押し寄せるのだ。
どうあがいても絶望しかない状況に、皆うなだれ諦めの言葉を口にしている。


根の勇者「……状況はわかった。俺が敵軍を、樹の勇者が魔物を。それぞれ相手にする。」


その言葉に、集会所が静まり返った。
皆、唖然とした表情で言葉を紡げないでいる。


根の勇者「得意な“恩寵”の質を考えても、この方が都合が良いだろう。お前も文句ないな?」

樹の勇者「そうですね。私も魔物相手の方が効率が良いでしょう。」

根の勇者「よし、なら後はこの町の住人を避難させないとな。町長さん、悪いが――――」

女僧侶「待って下さい!!」


根の勇者の言葉を遮り、女僧侶が声を上げた。


女僧侶「一人で軍を相手にするなんて、そんなの出来っこ無いじゃないですか!!」

女僧侶「魔物だってどれだけいるかわからないんですよ!? 一人で相手するなんて自殺行為です!!」

根の勇者「なあ、嬢ちゃん。」

女僧侶「は、はい……」

根の勇者「あいつの表情を見て、どう思う?」


そう言って根の勇者が指したのは、命を落とした警備兵。


女僧侶「えと、静かに眠ってるみたいに見えますけど……」

根の勇者「ああ、俺も同感だ。きっとあいつは最後にこう思いながら逝ったんだろう。」

根の勇者「『根の勇者と樹の勇者に伝える事が出来た。だから、きっと何とかなる。』ってな。」

根の勇者「『一人で軍隊を相手にするなんて出来っこない』? 知ったこっちゃねぇんだよ、ンな事ぁ……」

根の勇者「そいつは命をかけてまで情報を伝えてくれたんだ。受け取った俺達が命かけねぇでどうするんだ。」

根の勇者「出来るかどうかじゃねぇ……やるんだよ。」

女僧侶「…………ッ」


根の勇者の言葉に込められた、揺るぎない覚悟。
不可能としか思えないのに、それをまるで感じさせなかった。


女僧侶「で、でも、それなら……みんなで魔物と戦って、安全を確保してから避難すれば……!」

根の勇者「いや、それじゃあ駄目だ。避難を優先しなければ、敵軍に追いつかれる。」

根の勇者「奴らにしてみれば目的は金だ。捕虜の身代金も目的の一つなんだよ。見逃す訳がねぇ。」

女僧侶「そ、そうですよ! 相手は別に戦争を仕掛けて来てるんじゃないんですよね!?」

女僧侶「確か……そう、退去料! これが目的なら、むやみに町の人を傷つけたりしない筈――――」


以前に男武闘家達から聞いた事があった。
『火の大国』領は演習という名目で侵攻し、退去料を徴収して去っていくと。
身代金は人質が生きていないと意味が無い。ある意味、街の住人の安全は保証されていると言えるのではないか。


根の勇者「お嬢ちゃん。それ、本気で言ってんのか?」

女僧侶「は、はい……」

根の勇者「そうか。それじゃあ聞くが、町を占拠した『火の大国』領の連中がお行儀よくしてくれると思うのか?」

孫娘「…………」


根の勇者「愛する妻が、娘が、孫が。どういう目にあうか、それがわからないのか?」

根の勇者「『妻も娘も、何なら自分のケツの穴も差し出します。だからどうか命だけは。』 本当に、それで良いのか?」

女僧侶「そんな……ッ」

根の勇者「俺は御免だ。そんなものを見過ごすようなら、そいつは『勇者』失格だ。」

勇者「…………ッ」

町長「いえ、もう一つ手があるのではないでしょうか。」


皆の視線が町長に集まる。


町長「……私達の事は構わず、お二人が援軍を呼んで下さればいいのです。」

町長「『勇者』であるお二人であれば、魔物と遭遇しても問題ないでしょう。ですから――――」

根の勇者「つまり、俺と樹の勇者に逃げろと言いたい訳だ。」

町長「い、いえ、そういう訳ではないのです。我々も“樹の神”の“恩寵”を授かった身です。籠城ぐらいなら……」

重役1「そ、そうです! 山は私達の領域です。軍が相手とはいえ、身を守る事ぐらい!」

重役2「私達の事は心配せず、どうかお二人は援軍を! もちろん、女子供は護衛をつけて隣町に避難させますから!」


町長「私達でも魔物から逃げる事くらいは出来るでしょう。ささ、どうか私達の事は気にせず、援軍を。」

樹の勇者「……確かに私と根の勇者さんは『勇者』ですが、だからと言ってあなた方の命が私達の下にあるという訳ではないんです。」

樹の勇者「ただ、与えられた役割が違うだけなんです。だから、私達は私達の役割を果たさなければならない。」

樹の勇者「魔物は私が、敵軍は根の勇者さんが。責任を持って留めておきます。皆さんが無事に隣町に辿り着くまで、決して通しはしません。」

根の勇者「敵軍の足止めをしなければ他の町が犠牲になるだけだからな。なに、勝つのは難しいだろうが、時間を稼ぐだけならなんとかなる。」


二人の言葉に、町長達が涙をこぼして嗚咽を上げる。

町長も重役達も、本気で籠城ができると考えていた訳ではない。
火を操る“焔の女神”と、植物を操る“樹の神”。両者の相性は絶望的に悪いのだ。
『勇者』レベルともなると色々とやり方もあるのだろうが、常人レベルにおいてはその差は絶対だった。

だが、それでも彼らは『勇者』の身を案じた。
“神”の現し身たる『勇者』は、ある意味“神”と同等に信仰されているのだ。


根の勇者「さて、それでだ。坊主と嬢ちゃんは町の住人と一緒に避難してくれ。隣町に迎えを寄越す手筈になっている。」

根の勇者「海の勇者との面談が済めば後は自由の身だ。しばらく不便だろうが我慢してくれ。」

勇者「…………わかりました。」

根の勇者「よし、それじゃあ町長さん達は町の住人の避難にかかってくれ。パニックを起こさせないように気を付けてくれよ。」

樹の勇者「魔物に関しては大半が私に惹き寄せられる筈ですが、油断はしないように。」


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男戦士「…………ッ」

男武闘家「おお、目が覚めたか。フィードバックで気絶したみたいだが、どうかしたのか?」

男戦士「ああ、何から話したものか……」


痛む頭を押さえながら、男戦士が身を起こした。
【獣身接続・意識同調】は意識を移していた相手が死傷すると、術者に多大なダメージが発生する。
辺りはうっすらと明るくなっているが、まだ朝日は顔を出していない。

男戦士は自分が見てきた情報を、男武闘家にありのまま伝えた。


男武闘家「どういう事だ……?」


ついに女狩人の仇を発見したのだ。
復讐心を滾らせたかったが、他の情報があまりに大き過ぎて戸惑いの方が強かった。


“魔人”とは何だ?
どうして『火の大国』領の兵士が?
何故、獅子頭の魔物の言葉が理解できたのか?


兵士達を片付けた後、“かの地”へ進軍と言っていた。
つまり、あの魔物の大群がどこかへと突き進むという事か。

だが、“かの地”とは何処の事を指すのだろうか。
『捕らえられた』『戦場』とも言っていた。恐らくこれの事ではないか。

あくまで推測だが、得られた情報を整理すると次のようになる。
獅子頭の魔物はどこかの戦場で“焔の女神”の力を使う女に捕らえられ、この地に打ち捨てられた。

『火の大国』領の兵士と魔物が争う戦場となると一つしかない。
魔物が棲む『西の最果て』と『火の大国』領の紛争地帯。通称『焼土の国』。

獅子頭の魔物は雑多な魔物を引き連れてここに舞い戻るつもりらしい。


男武闘家「おい、ちょっと待て……これが正しかったとすると――――」


突然、地鳴りのような物が鳴り響いた。


男戦士「くそ……嫌な予感が当たっちまったか……」


二人が轟音の発生源――“禁猟区”の方へと目をやると、荒れた山肌を駆け下りる魔物の大群が目に映った。
この大群が『焼土の国』へと突き進むという事は、先ず混乱が起こるのはここ『根の国』だ。


男戦士「……どうする?」

男武闘家「……そうだな。その獅子頭の魔物は自分を『将』と言ってたんだよな?」

男戦士「やっぱり、それに賭けるしかないか。」


『将』である獅子頭の魔物を排除できれば、あの大群もバラけて散り散りになるかもしれない。
『火の大国』領の兵士達がどうなったのか気になるが、ああして動き出した以上、獅子頭の魔物は健在なのだろう。
それを裏付けるように、魔物達は一方向に向かって突き進んでいる。
方角から考えて、向かう先は『焼土の国』で間違いない。


男武闘家「だが、相手は並みの魔物じゃないらしい。お前は町に戻っても良いんだぞ。」

男戦士「それも良いんだけどなー。やっぱ、『勇者』パーティーの一員としちゃ、見過ごせんでしょ。」


明確な理由がある男武闘家と違い、男戦士が仇討ちに付き合う必要性は薄い。
むしろ、いち早く町に戻って勇者と合流したいくらいだろう。

しかし男戦士は仇討ちに付き合う事を選んだ。
勇者の仲間として生きると決めた以上、平和を脅かすような存在を見過ごす訳にはいかないのだ。


男武闘家「―― 男戦士、俺は……」

男戦士「いいって、みなまで言うな……そのかわり、ちゃんと幸せにしてやれよ。」

男武闘家「ああ、わかってる。仇を討って区切りがつけば……俺も新しい生き方が出来る筈なんだ……」


互いの戦う理由を確かめ合うと、二人は“禁猟区”へと向かって駆け出した。
狙うは獅子頭の魔物の首ただ一つ。それさえ取れば、魔物は統制を失うのだから。


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孫娘「…………」

町長「何をしておるんじゃ、早くお前も避難の準備に取りかかりなさい。」

孫娘「あの、おじい様……私はここでお二人が戻られるのを待とうかと……」

町長「な、なにを言いだすんじゃ! お前のような若い娘が捕まれば、何をされるか!」

孫娘「でも、皆が避難してしまったら、お二人に事情を伝える事が出来ないではないですか!」

勇者「……ねえ、孫娘さんが言ってるのは男武闘家さんと男戦士さんの事ですよね。」

孫娘「は、はい……」

勇者「孫娘さんは、本当は二人に冒険者をやめて欲しいんですよね。」

勇者「冒険者なんて危険な事はやめて、この町で穏やかに暮らして欲しい……そう考えてるんですよね。」

孫娘「わ、私は……そんな……!」


孫娘は言葉を詰まらせた。
心にも無い指摘だったからではない。
決して表には出すまいと努めていた、本心に他ならなかったからだ。

だが頷く訳にはいかない。
何故なら、冒険者を否定するという事は、旅を続ける勇者の行動をも否定する事になってしまう。


勇者「良いんですよ。孫娘さんが正しいんです。」

勇者「大切な人と共に過ごせるように願う。それこそが人としてあるべき姿なんです。」

勇者「スリルや快楽を追い求め、それに命をかける冒険者……そんなの本当は存在しちゃいけないんです……」

女僧侶「ゆ、勇者くん……?」

勇者「みんなが孫娘さんみたいに考えてくれてたら……世界はこんな風には……」

孫娘「あ、あの……勇者様……?」

町長「だ、大丈夫ですか……?」

勇者「……………………」


沈んだ表情でうわ言の様に呟く勇者の姿に、近くの人間が呆気に取られている。
普段の勇者が纏う柔らかい木漏れ日のような気配。それが一転して夜の墓場の如く重く冷え切っていた。


勇者「……ごめんなさい、おかしな事を言っちゃいましたね。」


少しの沈黙の後、顔を上げた勇者の表情はいつもの穏やかなものに戻っていた。


勇者「男戦士さんと男武闘家さんの事はボクに任せてもらえませんか?」

勇者「これから“禁猟区”に出向いて二人と合流しようと思います。」

孫娘「本当ですか!?」

町長「し、しかし……それでは根の勇者様との約束を違える事に……」

勇者「大丈夫ですよ。大切な仲間を迎えに行くだけですから……あの人達にそれを邪魔する権利は無いです。」

勇者「ね、女僧侶さん?」

女僧侶「は、はい……私は勇者くんに従います……」


勇者の笑顔を向けられ、女僧侶が小さく身体を震わせた。
いつもと同じかわいらしい笑顔の筈が、何かが違って見えた。


勇者「それじゃあ、ボク達は馬に荷物だけ積んで出発しましょう。二人と合流でき次第隣町に向かいます。」

女僧侶「わかりました! 何があろうと、勇者くんは私がお守りしますので!」

孫娘「あ、あの――――!」


呼び止められ、勇者が振り返る。


孫娘「男武闘家さんを……お二人をお願いします……」

勇者「わかってます。なので、孫娘さんも早く避難を……孫娘さんに何かあれば、男武闘家さんが悲しみますよ。」

孫娘「はい!」


女僧侶はそっと勇者の横顔を覗き見る。
勇者の表情や仕草は平時と変わらないように見える。
だが、根の勇者や樹の勇者と対面してからの勇者は、どこか張り詰めているように思えた。


女僧侶(……たとえ勇者くんが何を考えていたとしても、私は勇者くんの味方なんですよ。)


微かに湧き上がる不安を拭い去るように、女僧侶は自らの決意を新たにしていた。


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『木の大国』領に属する一つの国、『幹の国』。
この国は名前が示す通り、『木の大国』領の根幹をなしていた。

国における根幹とは何か?
物差しは状況によって変わるだろうが、国が国として機能する為に絶対に必要な物がある。
それは共通の“法”。『幹の国』は『木の大国』領の司法を担っているのだ。

現在『樹の勇者』と呼ばれている青年だが、勇者としての素質が明らかになると、この国に引き取られ育てられた。
かつては『幹の勇者』を名乗り、法に則り罪人に刑を下す日々を送っていた。

『樹の勇者』と呼ばれるという事は、『木の大国』領における最高の勇者という事になる。
しかし、勇者レベルは知名度や社会への貢献度に比例する為、本来なら処刑人という日陰の仕事で有名になる訳が無い。

『幹の勇者』が有名なのには理由があった。
『勇者』には様々な特権が与えられる。『幹の勇者』はその特権を他の『勇者』とは違う方向に活用した。
特権と“恩寵”を駆使して貴族や王族といった特権階級の不正を暴き、その腐敗を白日のもとに晒して来たのだ。

罪人となった特権階級の人間にも、他の庶民と同様、法に則り刑を下す。
いかなる権力にも屈せず、法の正義の名の下に断罪の刃を振り下ろす。
『幹の勇者』は、大半の国民――法を守り真面目に生活する者――から英雄として扱われていた。


もしこれが『勇者』以外の人間であったなら、早々に謀殺されていただろう。
――だが、『幹の勇者』は違った。

頭角を現し出した頃は、彼を甘く見た貴族連中による妨害が後を絶たなかったが、次第にそれも無くなっていった。
自らの特権にあぐらをかいているような者は、それ以上の特権と能力に対して抗する手段も気概も持ち合わせていないのだ。
清廉潔白な『幹の勇者』にはいかなる賄賂も通用せず、程なく権力者たちにとって最悪の勇者と恐れられるようになった。

たとえ一部の権力者に疎まれようと、大半の国民が彼の働きに歓声を上げ、順調に勇者レベルは伸びていた。
その頃の『樹の勇者』――現『根の勇者』――と同じ勇者レベルになると、相手から称号移譲の申し出があり、『幹の勇者』もこれを受け入れた。


樹の勇者「法を知らぬ魔物は法によって守られる事も無い……民の平和を脅かすなら、害とみなし排除するまで。」


集会所にあった地図を確認した、この周囲の地理は把握している。
“禁猟区”と呼ばれる地はかなり険しい地形のため、集団がまとまって通れる場所は限られている。
その場所さえ押さえれば、相手がどれだけの数であっても取り逃がす確率は激減する。

樹の勇者が意識を集中させて“恩寵”を発動させる。
次の瞬間、茶色の羽根が舞い散り、一羽の鷲が大空へと飛翔した。

【獣化転身】は枝葉の勇者だけの専売特許ではない。
これまで、不正を暴くために幾度となく潜入操作を行ってきた。
樹の勇者も【獣化転身】は得意とする術だ。

険しい山も深い森も、猛禽の翼を阻む事など出来はしない。
冷徹な瞳の鷲が、魔物の大群を狩り尽くすべく力強く羽ばたいた。


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今日はここまでです。
8月いっぱいは忙しそうなので、次は9月頭くらいに更新する予定です。

それにしても、最近の流れの速さはびっくりですね。
あまり下の方に流れてしまっても不安なので、8月も落ちない程度の小出しの更新はするつもりです。


偵察兵3「クソがっ……! クソックソックソッ!!」


急な斜面を転げ落ちるように駆け下りながら、男が悪態をついていた。
頭からは血を流し、オールバックに整えていた髪は乱れ、垂れさがっている。


偵察兵3「聞いてねぇぞ! あんな化けモンどうしろってんだよ……!」


心臓の鼓動が破裂寸前まで高まっている。とてもこれ以上は走れそうにない。
男は一度立ち止まり、身体を休めながら周囲の様子を窺う。

少し先を魔物の集団が移動する気配がするが、自分から遠ざかる動きなので気にする必要は無い。
何かが自分に近づいてくる気配は無い。“魔人”は別方向に離脱した仲間を追ったのか? それは不明だが、とりあえず危機は脱したようだ。


偵察兵3「油断した訳じゃねぇ……だが、あんな動きをする“魔物”がいたなんて……あれが“魔人”の力だってのか……!?」


頭の傷の応急処置をするが、その間も身体の震えが止まらない。
出血のショックや疲労によるものではない。先程刻みつけられた恐怖が頭から離れないのだ。






四人が放った【紅玉爆破】の閃光と衝撃が夜の闇を引き裂いた。
一体の魔物に仕掛けるにはあまりに過剰な威力。並みの魔物なら肉片を残す事すら不可能だろう。


偵察兵1「それくらいはやってくれないとなぁ……!」


短髪の男が不敵な笑みを浮かべる。
視線の先では獅子頭の魔物が自身に向けて跳躍していた。
魔物は【紅玉爆破】の着弾を待つ程鈍く無かった。


偵察兵1「【紅蓮武装・剣】……!」


男の持つ短刀に焔が走り、紅の長剣へと変化する。
“恩寵”そのものを固形化した武装。それは並みの既製品などとは比較にならない力を持つ。


偵察兵1「【熱量転換】!」


魔物と切り結ぶ瞬間、さらに“恩寵”を発動させる。
熱量そのものを筋力に加算する身体強化術。肉体への負荷が凄まじいが、戦闘においては絶大な優位性を手に入れられる。

空中から襲いかかる形の獅子の魔物は軌道を変える事が出来ない。
鋼以上の硬度を持つ紅蓮の刃が魔物に迫る。


偵察兵1「…………ッ!」


男は愕然とした表情で自身の武器を見ていた。
獅子頭の魔物の爪と真っ向からぶつかり合った紅蓮の剣は、硝子の如く砕け散っていた。

首を切り裂かれた男が膝から崩れ落ちる。
砕かれた紅蓮の刃は焔へと変化し、男の沈む血溜まりを妖しく照らした。


残された兵士達に緊張が走る。
【紅玉爆破】をかわされるのは想定の範囲内だった。
だが、強化術式をかけた短髪の男が瞬時に屠られようとは一顧だにしなかった。

偵察兵や斥候と聞けば、非戦闘員のイメージがあるかもしれない。
だが、彼らは違う。単独での行動が許される程、その力を認められた精鋭なのだ。
その精鋭が必殺のタイミングで繰り出した攻撃が一蹴された。
相手の実力はそこいらの魔物とは比べ物にならない。


偵察兵2「【紅蓮武装・槍】!」


頬に古傷がある男が即座に“恩寵”を発動させて獅子頭の魔物に迫る。
リーダーを任されるだけあり、想定外の事態からでもすぐに立て直せる強靭な精神力。
残りの兵士二人も補佐するべく慌てて古傷の男に続く。


偵察兵2「ふっ!」


長槍型に“恩寵”を具現化し相手の間合いの外から攻める。
槍撃は紅い閃光となって闇夜を貫く。

襲いかかる連撃を最小の動きでかわす獅子頭の魔物。
古傷の男も馬鹿では無い。相手の死角である潰れた右目側から仕掛けているのだが、それでも当てる事が出来ない。

僅かに強く踏み込んだ瞬間、紅蓮の槍をかわした魔物が間合いを詰めて貫手を放つ。
大振りな、知性の無い力任せな一撃ではない。小さく引き絞る動きで最短距離を射抜く一撃。


偵察兵2(【熱量転換】!)


だがこれは古傷の男の誘いだった。
瞬間的に身体能力を高め、相手の一撃を皮一枚で回避する。
槍の持ち手を調節して回避不能の間合いからカウンターを放つ。


偵察兵3(あえて隙を見せる事で懐に呼び込んだのか……! 流石だぜ!)

偵察兵4(――ッ! 左手を犠牲にして止めた!? 馬鹿な、どう考えても魔物の動きじゃない……!)


超至近距離で古傷の男と獅子頭の魔物が睨み合う。
腹を狙った一撃は魔物が左手で掴むようにして防いでいた。
貫かれた手の平から肉が焼ける音と匂いが立ち上る。


偵察兵2(俺の攻撃を回避した足運びといい、さっきの貫手といい……どう見ても訓練を受けた動き……――――ッ!)


魔物の拳を両腕で防いだ古傷の男が吹き飛ばされた。
痛みを意に介さず、魔物は無事な右拳を打ち込んできたのだ。
超至近距離で肩と腕の力しか使えなかったにもかかわらず、軽々と男を吹き飛ばす一撃。


偵察兵3「オラァッ!!」


オールバックの男が溜めの無い【紅玉爆破】を発動させる。
狙うのは獅子頭の魔物の足元。だが機動力を奪えるだけの威力は無い。


獅子頭『――!』


ダメージにならぬ威力の爆風でも土煙を巻き上げるには十分。
今の内に視界の外から狙い撃ちといきたいが、すぐに煙幕は晴れてしまう。
“溜め”の時間にはとても足りない。


偵察兵3(左右からの同時攻撃……!)

偵察兵4(かわせるものならかわしてみろッ!)


熱を操る“恩寵”を応用する事で生物の体温を察知する事が出来る。
二人は煙幕の中であっても相手の動きを読み取れた。

左右から襲いかかる二人。手にしたのは【紅蓮武装】で威力をはね上げた二本の短刀。
短刀のサイズに凝縮する事で、触れただけで肉が炭化する熱量をその刀身に宿らせている。


獅子頭『――――オオオオオオォォォォォォォォ!!!!』


大気を震わせる凄まじい雄叫びが響き渡った。
小規模な爆発の如き吠え声は瞬時に煙幕を吹き飛ばす。


偵察兵3「なんだとッ!?」

偵察兵4「馬鹿な!!」


煙幕の優位など大した事では無い。
それが失われた程度で動揺するほど二人は青くない。
二人が焦り、声を上げたのはもっと別の理由だった。


偵察兵3「“恩寵”が消え――――オゴッ!?」


獅子頭の魔物蹴りがオールバックの男の腹部を打ち抜いた。
受け身も取れずに地面に叩きつけられゴロゴロと転がって行く。


偵察兵4「おのれ!!」


背後から首筋に突き立てんと女兵士が短刀を振り下ろす。
蹴りの直後の硬直を逃さず、刀身はその首を捉えた。返り血が女兵士の顔を朱に染める。


偵察兵4「くそ……何故だ! 何故“恩寵”が……!!」


――――が、獅子頭の魔物の分厚い筋肉を貫く事は出来ず、致命傷には程遠い。

女兵士はその端正な顔を歪ませ歯を軋ませている。
本当なら、今の一撃で勝負は決していた筈だった。

いくら筋肉が分厚くても、【熱量転換】で強化した肉体で【紅蓮武装】を叩き込めば容易く両断出来た筈なのだ。
なのに、その発動させていた“恩寵”がさっきの雄叫びで霧散してしまった。
微細な“何か”に侵食されるかの如く、二人の“恩寵”は分解され消失させられていた。


偵察兵3「あ、がっ……」


血反吐を吐きながらオールバックの男がどうにか身体を起こす。
地面に叩きつけられた際に頭を打ち、とめどなく血が流れている。

攻撃の直前に動揺したのが幸いだった。
踏み込みをためらったおかげで完全なカウンターを取られる事は防げた。
咄嗟に後ろに飛び退く事で、衝撃を逃がし致命傷を回避する事に成功していた。


偵察兵4「あり得ない……! どうして“恩寵”が発動しないの……!?」


女兵士は振り向いた獅子頭の魔物に見下ろされ、今にも命を奪われようとしていた。
だが、わが身に降りかかったあまりに不可解な事態に、冷静さを失い逃げる事すら忘れているようだ。


偵察兵2「――――ガッ!?」


音も無く背後に忍び寄っていた古傷の男だったが、背後から飛びかからんと間合いに入った瞬間、獅子頭の魔物に食らいつかれていた。


―――― ゴ リ ッ


首をへし折った音ではない。
今響いたのは、容易く噛みちぎられた首が地面に落ちた音。


偵察兵3「あ、ああ……あああああああああ!?」

偵察兵4「いやああああああああ!!」


二人はこの瞬間理解した。
自分達はこの魔物を狩るつもりで出向いたが、むしろ獲物は自分達の方であったと。
軍の厳しい訓練も、生まれ持った根源的な恐怖を消す事は出来なかった。
任務を忘れ、恥も外聞も捨て、二人は脱兎のごとく駆け出していた。


逃げる二人の背中を見ながらも、獅子頭の魔物は追おうとはしない。
自身もそれなりの傷をつけられた筈なのだが、むしろ満足気な表情を浮かべている。

それはまるで、久しぶりの闘争の余韻を味わうかのようだった。








偵察兵3「クソッたれ……! 任務を放棄した以上、軍には戻れねぇ!」


どんな理由を付けようと、自分が目標を仕留める事が出来なかった事実は変えられない。
素直に戻った所でろくな扱いを受けないだろう。

情報を得たとは言っても、上の人間が既知の物では意味が無い。
上の人間はあれを“魔物”ではなく“魔人”と呼んでいたらしい。
つまり、あれの特殊性を知っていたのだ。自分が得た程度の情報では保身には使えないと考えるべきだろう。


偵察兵3「まあ良い……最悪、傭兵でもやれば食ってく事は出来る。いや、意外と悪くないかもしれねぇ……」


そうだ。傭兵なら厳しい軍規に縛られる事も無い。
もっと自由に女を抱く事もできるだろう。


偵察兵3「しばらくは賊でもやって凌ぐか。ああ、そうさ……『木の大国』領の女なら力でいくらでも……」


先程刻みつけらた死の恐怖のせいだろうか。
女が欲しくて仕方が無い。

オールバックの男は歪んだ笑みを浮かべ、再び山を駆け下りていった。


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今日はここまでです。
次の更新は9月の予定ですが、8月でも700近くまで落ちたら小規模で更新します。

そろそろ次スレですが、まだもう少しいけそうですね。
980くらいで次にいきましょうか。


女僧侶「遠くから聞こえる地鳴りみたいなのって……」

勇者「うん……魔物が移動する音だね……」


女僧侶は黒馬に、勇者は白馬にまたがり“禁猟区”への道を走らせている。
“禁猟区”に入るには山をひとつ越える必要があるが、二人の乗馬技術は既に必要十分なだけ習得していた。

そして“禁猟区”に向かうという事は、この地鳴りの原因である魔物の群れに近付く事を意味する。


女僧侶「魔物の群れは樹の勇者さんが何とかするって言ってましたけど……本当に大丈夫なんでしょうか。」

勇者「……………………」

女僧侶「魔物が相手じゃ話も通じませんし……いくらなんでも一人で相手するなんて不可能なんじゃ……」

勇者「……………………」

女僧侶「正直な話、あの人がどうなっても良いんですけど……下手をすると私達が魔物の群れに巻き込まれる事に……」


今の女僧侶は熱くなっていない。
その状態で、千を超す魔物と本気でやりあえると思う程、女僧侶は狂っていなかった。


勇者「…………大丈夫だよ。あの人は負けないと思う。」

女僧侶「でも、もともと根の勇者さんと二人で対処する筈だったのに、樹の勇者さん一人だけなんですよ……」

勇者「もしあの二人が戦えば、根の勇者さんの方が“強い”と思う……でも、“怖い”のは樹の勇者さんの方だよ……」

勇者「あの人は、一見まともだし話も通じるけど……中身は……血が通ってないから……」

女僧侶「勇者くん……?」


それっきり勇者は黙り込んでしまった。

今思い返してみれば、勇者が怯えていたのは樹の勇者に対してではなかったか。
荒っぽい外見と言葉遣い、おまけに自分と一戦交えた根の勇者に怯えるなら分かるが、何故か勇者は樹の勇者を警戒していたのだ。

勇者は二人と殆ど会話を交わしていない筈なのだが、何故そこまで言いきれるのだろう。
釈然としない物を感じながらも、女僧侶は樹の勇者が上手くやってくれる事を神に祈っていた。


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一羽の大鷲が峠の頂上に静かに舞い降りた。
大鷲は、明るい茶色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ青年へと姿を変える。

峠から周囲を見下ろすと、魔物の大群が砂埃を巻き上げ、峠を登り始めていた。
青年は双眸に怜悧な光を宿し、宝石で装飾された刺突剣を抜き放つ。


樹の勇者「……【二重螺旋・生命創造】」


動物や植物に干渉できるのが“樹の神”の“恩寵”としての特性。
これは、それを更に突き詰め、自分のデザインした生命をゼロから創り出す最高難度の“恩寵”。
常人では精神力の摩耗が激し過ぎて発動させる事すらできない、まさに『勇者』のみに許された至高の“恩寵”だった。


樹の勇者「……食らい尽くせ、緑の落とし子……血をすすり、肉を溶かし、汚らわしき者共を大地の糧とせよ……」


荒れた山肌を突き破り、人すら飲み込む大きさの食虫植物が次々と姿を現していく。
それは一見ハエトリグサのようだが、本来のそれとの明確な違いとして、脈動する触手を幾つも備えていた。
粘着質な粘液に覆われた触手は、獲物を求めてせわしなく蠢く。

凶暴な食虫――いや、食獣と呼ぶべきか――植物は広範囲に出現し、山一つを飲み込み魔物の軍勢を取り囲んだ。


樹の勇者「……ゴボッ!」


突然、樹の勇者が血反吐を吐いて膝をついた。
額には脂汗が浮かび、その表情に余裕は無い。

常人は精神力を媒介に“恩寵”を発動させる為、限界を越えれば気を失ってしまう。
いわばそれが安全装置なのだが、情報を伝えた兵士が命を落としたように、無理をすれば命にかかわる。

『勇者』は精神力を必要としないが、その代わりに生命力を使って“恩寵”を発動させている。
故に、限度を超えて無茶な“恩寵”を行使すれば肉体へのダメージとなって直接跳ね返ってくる。
常人には発動させる事すらできない超難度の“恩寵”を、千を超す魔物を取り囲む規模で行使したのだ。
その反動は生半可なものではなかった。

だがそれは樹の勇者も承知の上だった。
当然、それを見越した準備もしてある。

懐から粉末状の薬物を取りだすと、それを鼻から一気に吸い込んだ。
劇薬レベルの効力を持つ強力な鎮静剤。それを利用し、無理やり身体を動かせる状態にまで整える。


樹の勇者「これで魔物の逃げ場は無くなった……後は、この手で駆逐するのみ……!」


創り出した食獣植物の群れは、あくまで魔物を逃がさぬ為の下準備。
『角笛の町』の住民が自分を信じて避難しているのだ、一匹たりともここを通しはしない。


コボルト『オオオオオオオオオ!!』

テトラウルフ『ガルルルルァァァァアア!!』


遂に魔物の軍勢が樹の勇者が待ち構える峠まで押し寄せてきた。
だが坂道を一気に駆け上がれば、いくら魔物といえど当然動きは鈍くなる。
それを見越してのこの位置取りだった。


樹の勇者「ハッ!!」


刺突剣が煌めき、疲労で動きを鈍らせた魔物達を次々に貫いていく。

魔物は強い“力”に引かれる性質があり、その最たるものが『勇者』だ。
目の前に現れた樹の勇者に、魔物達は疲労も忘れて襲いかかった。

喉元に食らいつこうとする獣を、かわしざまに刺突剣が胴体を貫く。
鈍器を振り上げた獣人は、振り下ろす暇も無く眉間を貫かれる。

先の先、後の先、どちらをとっても舞うように魔物の間をすり抜け、貫かれた魔物が次々に倒れていく。
輪舞曲を踊るかの如く、決して一所に留まる事の無い歩法術。
血飛沫が飛ぶような派手さは無いが、その戦い方は芸術的なまでに完成していた。


刺突剣の性質上、両断する事は出来ないが、額や心臓といった急所を確実に射抜き魔物の動きを封じていく。

いくら狭い山道とは言え、一人で全ての魔物を止める事は出来ない。
何体かの魔物が樹の勇者の脇を抜けていくが、その先に待つのは凶暴で巨大な食獣植物。
粘り気のある触手は無慈悲に魔物を絡め取り、無数の棘が生えた葉で容赦なく挟み潰した。

速さに重点を置き、移動を繰り返す刺突剣の戦法は乱戦と相性が良い。
しかしそれにも限度がある。たった一人で千を超す軍勢を相手に出来るものではない。
加えて、魔物の生命力は強靭だ。急所を貫いても、それだけで仕留める事は出来ない。

条件の悪さを理解しつつ、視界を埋め尽くす魔物の群れに取り囲まれようと、樹の勇者の心は揺らがない。
四方から飛びかかられても、冷徹な瞳で見据え、断罪の刺突剣を突き入れる。

どれほどの達人であっても、心が乱れていたのではその力を発揮する事は出来ない。
樹の勇者以上の刺突剣の技量。それを持つ者は探せば幾らでもいるだろう。
だが、戦場における精神の揺らぎの無さで樹の勇者を越えられる者はそういない。

幼少の頃より処刑人として育った樹の勇者は、“殺し”の場でこそ精神が澄み渡るのだ。


コボルト『グァルルルァア!!』

樹の勇者「――ぐッ……!」


倒れた魔物に足を取られ、鈍器の一撃をかわしそこなった。
よろけた樹の勇者に一斉に魔物達が襲い掛かる。


だが――――


コボルト『ギャン!?』


樹の勇者の背後から襲いかかった魔物は通り過ぎ、正面から襲いかかっていた魔物を殴りつけた。
そして、それはこの魔物だけではない。あちこちで魔物が同じ種類の魔物に襲いかかっている。

仲間割れを始めた魔物は、全て樹の勇者に刺突された後に起き上がった者ばかりだ。

魔物が人間の味方をするなど、絶対に無いと断言できる。
本来ならあり得ない光景が目の前で繰り広げられているのだが、樹の勇者は気にする素振りも無い。
造反した魔物を当てにする訳でもなく、それどころか、必要なら造反した魔物ごと刺し貫いていく。




――ある種のカビは昆虫に寄生する事で繁殖する性質を持つ。

――――興味深いのは、寄生された昆虫がカビの繁殖に適した行動を取るようになる点だ。

――――――驚くべき事に、寄生したカビは昆虫の脳内に化学物質を発生させ、その行動を操っているのだ。


根の勇者は『魔物の相手なら樹の勇者の方が都合が良い』と言っていた。
魔物との戦いに向かない刺突剣を使うのもこれが理由だ。

樹の勇者の得意とする“恩寵”。
それは傷口から感染し、血管を経由して脳内で繁殖するカビを創り出すものだった。
傷を負わせた相手を操り狂わせる、恐るべき“恩寵”。

あまりに非人道的な為、敵兵であっても人間に使うのは躊躇われるが、魔物が相手ならば遠慮はいらない。
操った魔物を媒介に、カビは傷口から侵入して別の魔物に感染していく。

刺突剣を飾る宝石も、ただの見栄えの為に付けられている訳ではない。
宝石に事前に“恩寵”を封じておく事で、何も消費せずにその“恩寵”を発動させる事が出来るのだ。
前もって準備する必要があるため、状況の変化に対応する事は出来ないが、カビを創り出す【二重螺旋・生命創造】を仕込めばそれだけで事足りる。

一対千で始まった戦闘は、いつしか魔物が共食いを繰り返す地獄へとその姿を変えていた。


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今日はここまでです。
次回更新は9月にしたいんですけど……普通に8月に更新する破目になりそうな……



ふぇぇ……一週間も持たないなんて流れ速すぎるよぉ……


偵察兵4「何なのよ、これ……」


眼前の光景が信じられず、呆然と女偵察兵は立ち尽くしていた。
前触れもなく地表を突き破って現れた巨大な植物の群れ。

粘り気のある触手、無数の棘で獲物を挟みつぶす双葉。
植物の知識に疎い女兵士でも、これが獰猛な食獣植物であることは一目で理解できた。


偵察兵4(――ッ! まさか、『木の大国』領の『勇者』が!?)


こんな馬鹿げた規模で“恩寵”を行使できる存在は他にいない。

ここに『勇者』がいるのは偶然か、それとも何か理由があってか。
現状ではその判断すらできない。


偵察兵4「くそッ……本隊に合流するにはかなりの回り道が必要か……」


食獣植物によって魔物の群れと分断されたのは幸運だったが、道を塞がれこのままでは本隊と合流できない。
火力で突破する事は不可能ではないだろうが、それでは近くにいるであろう『勇者』に察知される恐れがある。
ここは多少回り道をしてでも、下手に刺激しないのが得策だろう。

通常の兵士ならともかく、表に出せない作戦を担当するような特別兵に任務失敗は許されない。
作戦を放棄した罰は受けるだろうが、“魔人”の情報を持ち帰れば何とか厳罰は免れるだろうと女偵察兵は判断していた。


偵察兵4「だが、何故『勇者』がここに……? やはり、我々の行動は察知されていたのか……」


隠密行動の訓練は受けているが、それでもやはり山中は“樹の神”の庭のようなものだ。
完全に痕跡を消す事は難しかったのだろう。


偵察兵4「情報が欲しい……地元の住人に聞けば何かわかるかもしれないな……」


そう言えば、近くに町があった。
そこに向かい、適当な人間を拉致して締め上げれば何かしらわかるだろう。

魔人に抱いた恐怖は心の奥底に封じ、やるべき事を見出した女偵察兵は『角笛の町』へと足を向けた。


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四人の偵察兵を容易く退けた獅子頭の魔物は、悠然と森を歩いていた。
魔物の群れを進軍させたが、自らがそれと歩調を合わせるつもりは無いらしい。

先の戦闘で傷ついた首元が赤黒く汚れているが、その出血は既に止まっている。
貫かれた左手はまだ血が滴っているが、特にかばうような動きもなく平然としている。

獅子頭の魔物の耳がぴくりと動いた。


―――― ヒュン!


死角から飛んできた投げ槍(ジャべリン)を難なく掴み止める。
木を削っただけの簡単なものだが、まともに食らえば肉を貫くだけの速さと重さがあった。

飛来してきた方角に人の気配は無い。


一陣の風が吹き抜け、枝葉がこすれあいざわざわと音を立てる。
不意に、獅子頭の魔物が跳躍した。

次の瞬間、その場所に岩石が飛来し、地面を抉った。


獅子頭『ッ!』


空中の魔物に、またもジャベリンが襲いかかる。
今度のジャベリンは複数、しかも大きさがバラバラだった。


速度は遅いが重いジャベリンを叩き落とし、速いが軽いものは甘んじてその身で受け止める。
大きさや速度をばらけさせる事で混乱を誘ったのだろうが、獅子頭の魔物は冷静に対処していた。


獅子頭『風の音にまぎれての投石……そして、そこからの追い討ち……』


数本のジャベリンが肉体に刺さっていたが、分厚い筋肉を貫くほどではない。
あっさり抜きとると、束にしたジャベリンを握りつぶす。


獅子頭『面白い……先程とは違い、なかなか頭の切れる兵士のようだな……』


周囲に人の姿は無く気配もない。
だが、この森は自分への殺気に満ちている。

姿を隠した刺客に向け、獅子頭の魔物は不敵な笑みを浮かべていた。



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次スレ
勇者「仲間募集してます」part.2 - SSまとめ速報
(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1378135157/)

980にはちょっと早いですが、半端になりそうなのでここで切ります。
以後は適当に埋めちゃって下さい。

もし何か質問などあればどうぞ。
ネタバレ部分も伏せ字で答えたいと思います。

乙!
質問したいけど、どれも話の根幹に関わりそうな事ばかりで流石に憚れるな……
そしたら、洗礼?さえ受ければ他国の人間でも恩寵を高レベルに使える様になったりするかどうか聞きたいかも

>>982
『神』を祀る本殿で洗礼を受ければ誰でもその神の【恩寵】を使えるようになります。
ただし、レベルは1からなので、高レベルに至れるかどうかは本人次第です。

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