石戸霞「神代の良人」 (38)

石戸霞「神代の良人」 - SSまとめ速報
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がサルって落ちたのでこっちで続けます

 
いかに相手が車とはいえ山間の舗装されていない曲がりくねった畦道を行くなら馬の方が速い。

幸いここからは一本道だ、追うのはたやすかった。

馬で少し走るとすぐに車を視界に捉えた。

曲がりくねった道を外れ、木々の間を抜けるように道なき道を馬が駆ける。

だがこのままだとまずい、この先は直線だから離される。

焦りと共に息が上がる俺の耳に声が聞こえる。


「この先の道は土砂崩れで通行止めですよー。」


先を行く車の前を落石や土砂が流れていく。

行く手を塞がれた車が急停止した。

どうやら"偶然"土砂崩れが起きたようだ。

これを機に馬ごと車の屋根に乗った。

馬が乗ったことによる大きな音に驚いて一人が車から降りてくる。

出てきた一人に斑駒から飛び降りながら回し蹴りを顔面に食らわせた後に鳩尾に追い討ちをかけた。
 

 
その次に近くにあった石を拾って運転席の窓を破ったあと、運転手を引きずり出しながら襟を絞めて落とす。

最後のお邪魔虫が出てきたが斑駒が威嚇したときに腰を抜かしていた。

車から小蒔ちゃんを助け出した時、腰を抜かしたやつに言う。


「小蒔ちゃんは俺の恋人だ、返してもらうぜ。」


「誰がそんなことを認めるか!」


「じゃあ勝手に奪っていくぜ。」


「させると思っているのか!?」


相手が俺たちに何かする前に斑駒が動いた。

斑駒の前足が相手の腹部に食い込む。

相手は呻き声とともに腹部を押さえながら蹲る(うずくまる)。

体重を掛けていない上に本気ではないとはいえ馬の前蹴りだ、暫くは呼吸もままならないだろう。


「昔から言うだろ、人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られちまうってな。」

 
俺は車の屋根から下りた斑駒に乗り、小蒔ちゃんの手を引いて斑駒に乗せる。

そして一言詫びた。


「すみません、遅くなりました。」


「ちゃんと来ると信じてました。」


「お姫様を迎えに来たのがかっこいい王子様じゃなくてがっかりしました?」


「いいえ、助けに来てくれた京太郎君はすごくかっこいいです。」


遠くから車の音が聞こえる、多分純血派の追っ手だろう。

早くこの場から離れなければいけない。

小蒔ちゃんに気を使いながら聞く。
 

 
「小蒔ちゃん、斑駒を走らせても大丈夫か?」


「大丈夫です。」


「それはよかった……ではお姫様、しっかり掴まってて下さいね。」


「はい、放しません……絶対に。」


「斑駒! 走れ! 捕まったら逆剥ぎにされちまうぞ!」


俺たち二人を乗せた斑駒が嘶き走り出す、土砂を乗り越えたあとは更に速度を上げる。

土砂崩れを起こした悪戯者が居る方に手を振りながらその場を去った。

悪化し始めていた天気が更に崩れ始めて豪雨と強風が見舞われる。

おかげで馬の足音と足跡は雨で掻き消される。

どうやらうちの御祭神が手を貸してくれているみたいだ。

ある程度の道は無視して山を駆け下りる。
 

 
その先にはどうしても通らないと行けない道があり、そこにはバリケードのように車が一台置かれていた。

ここを通れば一気に逃走ルートに行けるのだが車が邪魔で通れない。

迂回するべきか? いや、違うここは……

俺は更に斑駒のスピードを上げて車の方に走っていく。


「跳べ! 斑駒!」


まるで俺の掛け声に呼応するかのように斑駒が足を綺麗に折りたたみながら車の屋根を飛び越した。

宙を浮く感覚、そして綺麗な着地。

俺達は着地音を置き去りにして霧島川渓谷まで駆けて行く。

渓谷に着いたら斑駒から降りて労う。


「ここまででいいぞ斑駒、今までありがとうな。」

「あとは牧場に戻ってくれ。」


斑駒が鳴くととことこ歩き出して牧場のほうに戻っていった。

その直後に茂みの中から人が出てきた。

 
「逃げ切れないわよ、小蒔ちゃん。」


「霞ちゃん……」


そのあとから純血派がやってくる。

多分だが霞さんも純血派の一人なのだろう。

さて、これからどうなるか。

純血派の数人を後ろに霞さんが一人で俺達に近づいてくる。

後ろ手で何か持っているようだ。

霞さんが俺に極端に近づきながらこう言った。


「ねぇ、京太郎君。」

「小蒔ちゃんのために死んでくれない?」
 

 
その言葉と共に俺の腹部に衝撃が走る。

よく見ると浄衣の腹の部分が赤くなっていた。

俺は霞さんの握っていたナイフの柄を持ちながらよろよろと後ろに下がる。

俺の後ろには崖。

俺はふらついて崖から落ちる。

その瞬間、小蒔ちゃんが崖から落ちる俺に飛びついて首に手を回して抱きついて来る。

そして俺達は、雨によって増えた蛇に(川)に飲み込まれた。


「小蒔ちゃん!」


雨によって掻き消される叫び声。

俺を刺した彼女は叫んだ後、静かに笑みを浮かべていた。
 

 
――巴の手記――


今日から記録係になることになってしまった。

普段は日記なんて書かないけど事が事なだけに昨日起きたことを書き溜めておかなければならない。

川に落ちた姫様と京太郎君の遺体は未だに上がらない。

象徴となるべき姫様を失い、事件が身内中に知れたことによって内部派閥のひとつ、所謂純血派は瓦解した。

そして内部から暴露されたことにより純血派の人間は残らず破門となった。

内部告発した一人を除いて。
 

――数年後――


父方の祖父母の家で安穏とした日々を過ごしながら小蒔ちゃんと話す。


「いやぁ、あのときの霞さん名演技だったな。」


「はい、そうですね、でも京太郎君もなかなかの演技でした。」


「あの時の自分と小蒔ちゃんと霞さんにオスカー像をあげたい気分だ。」


「ふふ、そうですね。」


そう言いながらあの日霞さんに渡したナイフをいじる。

このナイフ実は玩具で、刃を押すと引っ込むタイプのものを改造して血糊が出るようにしたものだ。

まさか俺と初美さんで作った悪戯グッズがこんな形で役に立つとは思わなかった。

俺はふと小蒔ちゃんに聞く。

 
「……なぁ、小蒔ちゃん。」


「はい?」


「俺に付いてきて後悔してないか?」

「他の皆とは連絡できないし、親父側の実家住まいだからド田舎だし……」


「してません!」

「確かに霞ちゃんたちやお父様と会えないのは寂しいですが、今は京太郎君がいますから。」

「それにちゃんと霞ちゃんとお父様にはお別れは済ませてましたし。」


「それを聞いて安心しました。」

「権力とかそういう柵(しがらみ)から開放されるってのは良い気分だなー。」

「俺たちが生まれた鹿児島は、周りの人にとっては『加護の島』でも、俺たちにとっては『籠の島』だったからなぁ……」


「でも今は自由です、それに京太郎君と一緒に入れて幸せです。」
 

 
「あらなに? あんたたちまたいちゃいちゃしてたの?」

「まぁイチャイチャ具合では私たちの方が上だったけどね!」


そう言って来たのはお袋だった。

今は神在月で御佐口さんが出張ってきているのに同行してきたらしい。

この時期に来てはお袋にとって義理の親に挨拶して俺達のことを冷やかしに来る。

茶々入れてきたお袋に呆れたように返す。


「何張り合おうとしてんだよお袋……」


「あ、お義母様、何か手伝いますか?」


「いいのよ、小蒔ちゃんは座ってて……しかし良いわねぇ『お義母様』っていう響き。」

「うちの馬鹿息子にも見習わせたいもんだわ。」


「この年で俺がそんな呼び方したらお袋の鳥肌止まらなくなっちまうぜ。」
 

 
伯父さんは長男なので神社を継いだが子供が出来なかった、というか45歳を過ぎるのに未だに独身だ。

そのせいか俺達のことを本当の子供のように接してくれる。

そして将来的には俺達に神社を継いでほしいと思っているようだ。

なので俺は祖父ちゃんと伯父さんから神事や仕事などについて学ばせてもらい。

小蒔ちゃんは祖母ちゃんや時折来るお袋から花嫁修業や神職の妻としての心構えなどを教え込まれている最中だ。


「そういえば霞ちゃんとした約束ってどんなものなんですか?」


「ええっと……」
 

 
ガキの頃、霞さんと交わした約束。

それは……


『小蒔ちゃんには幸せであってほしい、だから俺たち二人で小蒔ちゃんを護ろう。』


『ええ、例え私たちがどんなに泥を被っても、小蒔ちゃんには幸せであってほしいわ……そしてその苦労なんて小蒔ちゃんは知らなくていいのよ。』

『私は最初から最後まで神代ではなく小蒔ちゃんの味方であり続けるわ。』


『俺もです。』


そうやって決めた二人だけの約束。

俺は直接的に。

霞さんは支える形で。

小蒔ちゃんの幸せを願った。


「小蒔ちゃんを幸せにしようって約束ですよ。」
 

 
そういうと小蒔ちゃんがいつものことを聞いてくる。

まるで幸せを噛み締める様に。


「京太郎君、また私が危なくなったら守ってくれますか?」


「ええ、勿論ですよ。」

「俺は小蒔ちゃんを生涯掛けて守ります。」

「何せ俺は『神代小蒔の守人』であり、そして……」

「『神代小蒔の良人(おっと)』ですから。」




【京太郎「神代の守人~仕舞い編~」】

カン
 

これで神代の守人シリーズは一旦終りです
番外編か何かをSS速報でやるかもしれませんが

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