石戸霞「神代の良人」 (78)

 
俺たちは荷物を纏めて鹿児島に向かった。

お袋にも同行するか聞いたが、「鹿児島には二度と戻らない。」だそうだ。

結局三人で戻ることになった。

飛行機が鹿児島に着き、電車を使って霧島まで移動する。

家の門の前にはとても不機嫌な霞さんが待っていた。

当たり前だ、何故なら小蒔ちゃんは家の人間にすら何も言わずに勝手に俺を追って来たのだから。

一応俺たちが小蒔ちゃんを迎えに行ったときに連絡は入れたがそれでも心配はしていただろう。

そして今、心配掛けた小蒔ちゃんは霞さんから説教を食らっている。

それからしばらく俺は自室に引きこもっていた。

本家の血統や仕来りを守る、所謂「純血派」からの風当たりが未だに良くないからだ。

本家との血縁の近さで役目が決まり、同時に上下関係も決まる。

つまり本家に血が近いほど偉い。

俺は比較的本家から血縁が遠いので元々家格が下である上に三隅の代はお袋で終わっている。

全ては三隅の子に女児が生まれなかった事とお袋が実家と絶縁した事が原因だ。
 

そういう背景もあって俺は疎まれやすい立場になっている。

なので今はなるべく目立つ行動は控えたほうが無難だろう。

暇を持て余していたので今までサボっていた勉学に励んでいると戸が開き人が入ってくる気配がする。

その人物は何も言わず俺の背中に凭れ(もたれ)掛かってぽりぽりと音を立てて何かを咀嚼し始めた。


「春、何か有ったのか?」


「別に……」


「見ての通り俺は勉強中なんだけど。」


「……気にしない。」


それは春が気にしないと言うことなのか、それとも俺に気にするなって言っているのだろうか。

どちらにせよ春が俺を背凭れにして動かないのは分かりきっていた。

部屋にはぽりぽりという音だけが鳴っている。

ぽりぽりという音が止む。

代わりに春が聞いてくる。

 
「京、またどこか行くの?」


「どうだろうな、どこか行くとしたら姫様と一緒だと思うぞ。」


「……そう。」


「なんだ? いなくなると寂しいか?」


冗談交じりに聞いてみた。


「……うん。」


「姫様も居なくなると寂しいもんな。」

「……春は姫様が好きか?」


「うん。」

「姫様だけじゃなくて六女仙の皆も。」

「……勿論京も入ってる。」
 

「兄妹みたいなもんだからな、俺たち。」


「うん。」

「……だから勝手に消えないで。」


そう言った春の顔は窺い知れない。


「居なくなるときはなるべく一声掛けるよ。」

「姫様を勝手に連れ出したら霞さん達に怒られそうだしな。」


「うちは、頑固者が多い……」


春が何を思ってそう言ったのかはわからない。

ただ、春の中で頑固者だと思う人間カテゴリでは俺が入っているみたいだ。

春がスッと立ち上がって、「また来る。」と短く言った後部屋を出て行った。

黒糖でも補充しに行ったのだろう。
 

 
手につかない勉強をしていても仕方がないので居間に移る。

そこには初美さんと巴さんと霞さんの三年生組が座って寛いでいた。

初美さんの隣に腰を下ろして俺も一緒にテレビを見ることにした。

俺が座ると初美さんが「ん。」と言ってこちらに煎餅を寄越してきた。

その煎餅は山葵が練りこんである煎餅で初美さんが苦手な味付けだ。

未だにわさび味が苦手なのかこの人は。

暫くワイドショーを見ていると小蒔ちゃんが入ってきた。

入ってきた小蒔ちゃんが開口一番に俺に提案して来る。


「京太郎君、デートに行きましょう!」


いきなりの事で目を丸くするその場の俺達。

何事かと思ったら小蒔ちゃんがその理由を話してくれた。
 

 
「私達恋人になったというのに恋人らしいことをしていないので……」


「……ああ、そういうことですか。」

「そういうことならデートに行きましょうか。」


「はい!」


「……恋人ってどういうことかしら?」


横から問い質したのは霞さんだ。

それに対して小蒔ちゃんが答えた。


「京太郎君と長野に行ったとき、ちゃんと告白しまして……」


「そう……」


「でもまぁおめでたいことですよね。」
 

短く呟いた霞さんにそう言ったのは巴さんだった。

それに続いて初美さんが呆れた様にお菓子を食べながら言う。


「むしろ今更ですよー。」

「見てるこっちはやっとかーって感じですよー。」


すみません、俺がへたれですみません。

とも言え小蒔ちゃんからデートのお誘いを断るわけも無く、何処に行こうか決めようとすると巴さんが口を挟む。


「二人ともデートなんだよね? 何処行くの?」

「やっぱりおしゃれなレストランとかショッピングとか映画見に行ったり?」


妙に巴さんの目が輝いていた気がするのは気のせいだろうか。

そんな中、霞さんが悪魔のような一言を言ってきた。


「京太郎君は男の子だから当然姫様をエスコートするのよね?」

「さぞや姫様を楽しませるデートプランなんでしょうね。」

「京太郎君のデートプランが楽しみだわ。」

 
無茶言わんで下さい、こちとらキスもしたこと無いドーテー野郎ですよ。

女の子とデートなんかしたこと無いのにいきなり上手く行くとは思えないんですけど。

いや全力でエスコートしますけどね、何せ初デートだし。

行く所を悩んでいると初美さんがお茶を啜りながら喋る。


「初めてなんだからあんまり気張らず近場で済ませるのがいいですよー。」

「どうせ二人のことだし頑張り過ぎても変に空回りするだけですよー。」


「えー? 姫様と京太郎君の初デートなのにそれでいいの?」


初美さんはよく俺たちのことをわかっているようで。

巴さんが不満そうなのが気になるが霞さんも巴さんの意見に乗っかってきた。
 

 
「そうね……小蒔ちゃんの初デートなんだから思い出に残るものにしてあげたいわ。」


「……ん?……ちょっとまってください、今『あげたい』って言いました?『してほしい』じゃなくて?」


「ええ、言ったわね……もしかして京太郎君は私たちが付いて行かないとでも思ってるのかしら?」


「いやむしろなんで付いて来る気なんですか……」


保護者同伴のデートなんて真っ平ごめんだ。

霞さんはげんなりする俺に構わず続ける。


「小蒔ちゃんの初デートに失敗は許されないわ。」

「だから不測の事態に備えて私たちがしっかりサポートしてあげるのよ。」


「私もサポートしてあげる、ほら、私お姉さんだから。」
 

 
俺としては霞さんたちが付いて来る事自体不測の事態なんですけど。

あと巴さんの「お姉さんだから。」という発言は大抵失敗するから信用できない。

それでも巴さんは自身の事を頼れるお姉さんであると自負して止まない。

やたら口出ししてくる三年組に我等が姫様が鶴の一声を放つ。


「では今から高千穂牧場に行きましょう!」


「なんでまた牧場に?」


「割と近いですし、小さい頃皆でよく行きましたから。」

「そこで動物との触れ合いとか乗馬体験とかしようかなって……」


「確かにここから霧中(霧島中学校)までよかは近いですからね。」
 

 
はい、決定。

即座に決定を下したのは小蒔ちゃんのリクエストがあるならそれを優先してあげたいからであって、俺がデートプランが一切思い浮かばないからではない。

高千穂牧場がいくら近場といってもそれなりに歩くのでタクシーを呼ぶことになった。

どうやら余ったタクシーチケットが有ったようだ。

何だかんだで全員来ることになったのでデートと言うより皆で遊びに来たと言う方が正しい気がする。

高千穂牧場には久しぶりに来たがあまり変わってない。

小学生の頃の俺は授業が終わった後に小学校から森を突っ切ったりしてここに来ていた。

小蒔ちゃんは久しぶりの牧場にすっかりはしゃいでいる、そんな姿が見られて俺は幸せです。

霞さんがはしゃいでる小蒔ちゃんを落ち着かせるために「ほら小蒔ちゃん、あそこで牛の乳搾り体験がやっているわ。」

なんて言うもんだから「乳搾り? 霞さんのを?」とつい言いそうになったが、女性陣に冷ややかな目でみられそうなので頑張って飲み込んだ。

そのあと手作りバター体験を小蒔ちゃんとやったが楽しかった。

主に小蒔ちゃんとの共同作業が。

そのあと乗馬体験になったのだがここの人には俺たちの顔覚えられているせいか気さくに話しかけられた。
 

 
「おお、霧島の巫女さんたちか、ひさしぶりだねぇ。」


「はい、来ちゃいました。」


「ん? そっちの兄ちゃんは三隅の坊主か? 金髪になった上にすっかりでかくなったから気付かなかった。」


「色々有って鹿児島から離れてたんですよ。」


「おお、そうかい、とりあえず馬に乗るかい? お嬢ちゃんたちは慣れてるから引き馬しなくても大丈夫か。」


「もう慣れっこですよー。」


ここの厩舎(きゅうしゃ)には5頭の馬がいる。

ポニー種2頭、ハフリンガー種(ポニーみたいなやつ)2頭。

春と霞さんがハフリンガー、巴さんと初美さんがポニーにそれぞれ騎乗する。

俺はポニーとかに乗れない、昔からポニーに嫌われているのか怖がられているのか知らないがあまり馬に好かれないのだ。

余った俺と小蒔ちゃんにおじさんが言ってくる。
 

「坊主には"ぶち"が待ってるぜ。」


厩舎の隅に一頭だけ斑(まだら)模様の大きい馬がいる。

昔何処ぞから拾ってきたクォーター種らしいのだが俺はこいつのことを気に入っていていつも『斑(ぶち)』と呼んでいた。

斑に会いに行くと俺に首を擦り付けて、甘噛みしてきた。

馬は記憶力が良いらしく、斑は久しぶりに会った俺のことを覚えていたようだ。

まず鞍を掛けて俺が乗る、続いて小蒔ちゃんの手を掴み補助して斑に乗せる。

俺の体の前に乗せてちょうど抱きかかえるような形だ。

こうして俺と小蒔ちゃんは斑に二人乗りして牧場に出た。

牧場へ出ると既に皆がスタンバイしている。


「ぶふぉ!?」


突然巴さんが噴出した。

初美さんの方を見たのが原因だ。

初美さんが憤慨したように巴さんに問い質す。

 
「なんで笑うんですかー!?」


「だ、だってハッちゃん、くふ、ポニーが似合いすぎて、ふふ、るんだもの……」


周りも言われて気付く、ポニーの小さい体躯に初美さんの小柄な体がサイズ的に丁度良い。

やばい、初美さんとポニーの組み合わせがあまりにも似合ってて笑いが込み上げてくる。

巴さんが余計なこと言うから意識しちゃったじゃないですか。

つられて周りも笑い出す。

頬を膨らませて拗ねた初美さんがポニーの腹を膝で挟んでトコトコと先に行ってしまった。

それを追いかける巴さん、続くように春、霞さん、俺と小蒔ちゃんが付いて行く。

そういえば玄さんから写真を送るように頼まれていたことを今更ながら思い出した。

こういうときは大抵、霞さんか巴さんがカメラを持ってきているので聞いてみる。
 

 
「霞さん、カメラって持ってきてますか?」


「ええ、持ってきているわよ。」


「じゃああとで集合写真でも撮りましょうか。」


「……そうね、でも個別に写真を撮りたいわね。」

「ということで京太郎君、姫様の顔が写るようにずれてちょうだい。」


「よっと、これでどうですか?」


「出来れば姫様しか写らないくらいでお願い。」


「馬から落ちろってか……」


「冗談よ。」
 

 
霞さんがポニーの手綱を片手に俺たちの写真を撮る。

小蒔ちゃんを被写体にしているだろうと思い、俺は進行方向に顔を向けていた。

小蒔ちゃんはカメラの方向に笑顔で対応していた。

ふと小蒔ちゃんが俺に言ってくる。


「京太郎君も霞ちゃんの方に顔を向けてください! 一緒に笑顔で写りましょう!」


「ははは、わかりました。」


小蒔ちゃんにお願いされたなら仕方ないよな。

俺は小蒔ちゃんをしっかり抱き寄せて霞さんのほうに笑顔を向ける。

それを見て霞さんは写真を撮りながら嫌味ったらしく言う。


「見せ付けてくれるわね、京太郎君。」


「このくらいしておいたほうが俺たちが恋人だってわかるでしょう?」
 

 
俺も悪戯っぽく返したが小蒔ちゃんはさっきから顔を赤くしたまま上の空だ。

どうやら突然抱きしめられたことにびっくりしたようだ。

改めて考えると俺も恥ずかしくなってきたので、意識を逸らす為に霞さんに提案をする。


「よかったら俺たちが全員分の写真撮りますか?」


「……そうね、お願いするわ。」


霞さんが赤くのぼせ上がった小蒔ちゃんを一瞥した後、提案を飲み込む。

小蒔ちゃんにカメラを持たせて霞さんがお願いした。


「姫様、それではお願いしますね。」


「はい! 承りました!」


「……カメラ壊さないでね?」
 

 
カメラを持って意気揚々と頑張る小蒔ちゃんを霞さんは心配そうにみている。

俺には霞さんの気持ちがわかる。

兎にも角にも小蒔ちゃんが頑張ると言っているのだ、これに協力しないわけがない。


「小蒔ちゃん、カメラを持って俺にしっかり掴まっててくれ。」


「はい!」


「行くぞ、斑……ハッ!」


小蒔ちゃんに一声掛けて斑を駈歩(かけあし)で走らせる。

動く馬に乗った状態で写真を撮るなんて普通は無理だから、一度先頭まで先回りしてから一旦止まって撮るほうがいいだろう。

初美さんを追い越したあと止まり、手綱を右に引いて方向転換する。


「さぁ、バンバン写真を撮りましょう。」


「はい! みんなのいいところ撮ります!」
 

 
小蒔ちゃんがすごいやる気だ。

俺は斑の頭を軽く触って頭を下げさせた、これで多少は撮りやすいのではないだろうか。

頬を膨らませた初美さんがやってくる。

小蒔ちゃんが「笑ってくださーい!」というと初美さんは即座に満面の笑みでポーズまで取る。

初美さんすげー、まるでプロのモデルのように一瞬で表情を変えやがった……いやモデルとか見たこと無いけどさ。

初美さんの次に来た巴さんは普通だった。

普通って素晴らしいよね。

あと若干カメラに慣れてないのか恥ずかしがって、はにかんでいた。

春は片足をもう片方の膝の上に乗せて、まるで半跏思惟のような格好で黒糖を食べながらやってきた。

その格好は危ないからやめてくれ。

最後に霞さん、いつもの表情を崩さず笑って手を振る。

春と霞さんが馬に乗って動くたびにそのたわわに実った果実がゆっさゆっさと揺れる。

そのとき気付いた、別に春と霞さんの胸には余り興味は無いが馬に乗った状態と大きなお胸……

俺が小蒔ちゃんと一緒に走ったとき結構揺れたのだから小蒔ちゃんのも揺れたのではないのか……?
 

 
何と言う事だ……馬に乗ることに集中していたせいでこんなに重要なことに気付かないなんて……!

だが俺は諦めない……! 小蒔ちゃんの乳揺れを拝むまで俺は諦めない……!

そしてあることを思い付く、まず俺は小蒔ちゃんを残したまま馬から下りて小蒔ちゃんに提案をする。


「姫様、カメラ貸して下さい。」

「今度は俺が姫様を撮りますから。」


「え? 私この子に一人で乗るんですか?」


「大丈夫ですよ、俺が合図すれば走ってくれますから。」

「姫様はこいつにしっかり掴まって笑顔でカメラの方を見てくださいね。」


「は、はい!」


俺は小蒔ちゃんの返事を聞くと離れた所に走る。

そしてある程度距離を取ったら小さい頃に斑に仕込んだ芸を使う。

親指と人差し指で輪を作って指笛を吹く。
 

 
すると斑がこっちに向かって速歩(はやあし)でやってきた。

速歩は駈歩に比べて遅いが騎乗者への揺れが上下に激しい。


つまり乳揺れだ。


俺はすかさずシャッターを切りながら小蒔ちゃんの乳揺れを脳内に保存していった。

こちらにやってきた小蒔ちゃんが聞いてくる。


「京太郎君どうでしたか?」


「とてもよかったですよ! ばっちり撮れました!」


「でもすごいですね、この子京太郎君が呼んだらちゃんと来ました。」


「遊び半分で教えたんですけどこんな時に役に立つとは思いませんでした。」

「それにしても小蒔ちゃん凄かったな……」


「へぇ……小蒔ちゃんの何がすごかったのかしら……?」
 

 
俺が呟いた言葉に反応したのは霞さんだった。

振り返ってみると俺の後ろに居た女性陣の目が冷ややかである……


「京太郎はダメな子ですよー……」

「うわぁ……」

「変態……」

「京太郎君の煩悩を清めないといけないかしらね。」


小蒔ちゃん以外からは非難轟々である。

なので俺は速攻で謝った。


「すみません調子に乗りすぎました……」


「あはは……まぁ京太郎君も男の子だし仕方ない、かな……?」


「? どうしたんですか?」


「京太郎君が小蒔ちゃんの胸を見ていたのよ……」

 
「え?」


驚いたように俺を見る小蒔ちゃん。

すみません許してください。

だが思った反応は返されることは無く小蒔ちゃんは恥ずかしそうな素振りをして告げる。


「京太郎君……私だからいいですけど他の人の胸を見ちゃメっですよ?」


やっぱり俺の小蒔ちゃんは天使だった。

すかさず俺は返事をした。


「大丈夫です! 俺は小蒔ちゃん一筋ですから! おっぱいも小蒔ちゃん一筋です!」


「京太郎君……」

「私も……私も京太郎君一筋です!」
 

 
「姫様都合の良いとこしか聞いてないのですよー……」

「痘痕も笑窪ってやつかしらね……」

「というか堂々といちゃついて来るね……」

「黒糖おいしい……」


周りが呆れたように漏らす。

春に居たってはもう黒糖があればいいやと言わんばかりだ。

その後は全員で撮ろうと皆で並んで厩舎のおじさんに撮ってもらった。

そのとき霞さんが一瞬何かを思った表情をしていたのを覚えてる。

そしてその心当たりも。

奇しくも霞さんが清澄に持ってきた数年前の写真と今の場所が被ったからだ。

今とあの頃、あの時とは違った関係になったが俺たちは数年前と同じ場所に立っている。

あの時は今は亡き親父が車を運転してここまで全員を連れてきてくれて俺たちを写真に収めていた。

昔を思い出す。

小蒔ちゃんが七歳の時、つまり9年前に小蒔ちゃんは九面神を降ろし、それと同時に将来的な奉公の為、俺たちは本家預かりの身になった。
 

 
俺と春は幼少の頃から一緒に育ったので仲がよかったから問題なかったがそれ以外の人間は近所の親戚程度の認識だった。

そんなとき親睦も兼ねて親父が遊びに行こうと提案してくれたのだ。

それからもちょくちょく様々な場所に連れて行ってもらったが一番最初に連れて行ってもらったところがここだった。

皆と仲良くなれた場所、俺にとってはただそれだけだ。

別に親父が死んだ場所でもなければ親父がよく来た場所でもない。

それなのに霞さんはまだ引き摺って、囚われて、後悔しているのかも知れない。

そんなことしても意味は無いのに。

俺は厩舎のおじさんと少し話した後、俺たちは高千穂牧場を後にした。

次の行き先は民芸店だ。

そこには様々な民芸品や雑貨が置いてある。

初美さんと霞さんが、春と巴さんがそれぞれペアになって動く。

俺と小蒔ちゃんはというと少しそわそわして俺のことをちらちらとみてくる。

多分だけど何となく求めていることが分かる。
 

 
「小蒔ちゃん、手を繋ごうか。」

「はい!」


嬉しそうな小蒔ちゃんの顔。

俺にとってはこれだけで十分な御褒美だ。

デート気分で手を繋いで店内を回る。

店内を回っていると俺と小蒔ちゃんの目に一つの商品が映った。

素朴では有るが何処か目を引く簪。

そういえば小蒔ちゃんに簪を買うって約束したな。

他にも簪はないかと探してみる。

トンボ玉の簪、銀の簪、羽飾りがついた簪。

色々と有ったが決められない。

小蒔ちゃんに聞いてみる。


「小蒔ちゃん、小蒔ちゃんはどの簪が好き?」

「え? えっと……これでしょうか?」

小蒔ちゃんが指差したのは最初に見つけた簪。

それは素朴ではあるがとある紋が付いた簪だった。

ここら辺にしては珍しい八雲の紋と菊の紋。

どうやらそれが気に入ったようだ。

諮らずとも俺と同じものを選んでくれて事と八雲を選んだことがちょっと嬉しかったのでプレゼントしてしまった。

買った簪を小蒔ちゃんに着けてあげる。

小蒔ちゃんの髪は巴さんや霞さんほど長くはないが纏めやすかった。

小蒔ちゃんは簪を挿すと霞さんたちの元に駆け寄って満面の笑みで自慢している。

そんなにプレゼントが嬉しかったのだろうか。

これで俺のデートプランは尽きた。

しかももうすぐ夕暮れ時なので帰ろうという話になった。

幸い民芸店から家まではそんなに遠くないので歩いて帰ることに。

帰る途中、川が目に付く。

少し用が出来たので皆に断りを入れる。

 
「すいません、俺ちょっと寄る所があるんで。」


「それなら私も……」


「あの……大したことでもないし、それにデートの後で寄る所でもないんですが……」


「それでも行きます。」

「それとも、私が付いていったらご迷惑でしょうか……?」


「いえ……そんなことはありませんよ。」

「一緒に行きましょうか、報告に。」


その言葉に何か思ったのか霞さんが口を出してきた。


「……私も、行くわ。」

「初美ちゃん達は先に戻って夕飯の支度をお願いね。」
 

 
霞さんが三人を帰して俺たちはとある場所に向かう。

その場所は霧島川渓谷。

親父が現世で最期に居た場所だ。

崖になった場所から川に向かって手を合わせて音を立てずに拍手をする。

所謂偲び手というもので親父を弔う。

親父とは俺が死に掛けたときに会ってはいるが、その後のことは伝えてなかった。

今回はそれを伝えに来たのだ。


「親父、俺、良い人が出来たよ。」

「お袋も相変わらず元気だった。」

「いつかそっちに行ったら小蒔ちゃんを目一杯自慢してやるから覚悟していてくれ。」


換わって小蒔ちゃんが報告する。
 

 
「おじ様、おじ様のおかげで霧島は守られました。」

「霞ちゃんや初美ちゃん、巴ちゃんに春ちゃん、霧島の皆に私のお父様が今生きているの皆おじ様のおかげです。」

「そして勿論、私や京太郎君が生きているのも……」

「私は京太郎君と共に歩んで生きます。」

「私は一生京太郎君と共に生きていきます。」

「私が京太郎君を支えて、京太郎君に支えてもらって生きていきます。」

「愛する殿方と添い遂げます。」

「ですから、どうか心配なさらないでください。」

「そして安らかにお眠りください。」


それから少し沈黙が続く。

辺りには川の流れる音と蜩(ひぐらし)の鳴き声しか聞こえない。

小蒔ちゃんが振り返り、柔らかな笑みで言った。
 

 
「おじ様への報告、終わりました。」


「じゃあ……帰りましょうか。」


「あ、ちょっと待ってください、霞ちゃんは何か報告しなくていいんですか?」


小蒔ちゃんが無邪気な表情で霞さんに聞く。

霞さんは少し悲しそうな顔をして小蒔ちゃんに返答する。


「……私は、いいわ。」

「だって私にはそんな資格ないもの……」


「はぇ?」


「ごめんなさい……」
 

 
そう言うと霞さんはその場から逃げ出した。

小蒔ちゃんが困惑している。

無理も無い、小蒔ちゃんは何も知らないから。

だが小蒔ちゃんはだからこそなのかも知れないが俺に言う。


「京太郎君、霞ちゃんを追ってください……」

「じゃないと霞ちゃんがどこかに行ってしまいそうです……」


多分小蒔ちゃんは霞さんや本家の人間が小蒔ちゃんに隠し事していることに気付いているのだろう。

小蒔ちゃんは天然で少し抜けているが人の心に真摯に向き合う人だから。

俺は一言小蒔ちゃんに断って霞さんを追う。

幾ら先に走って行ったからといっても女の足の上に運動が苦手な霞さんに追い着くのは簡単だった。

霞さんは泣いていた。
 

 
「霞さん、どうして逃げたんですか。」


「だって、本来私には小蒔ちゃんと一緒にあの場に居る資格がないもの……」

「だから、あの場所に居られなくて逃げちゃった……」


霞さんが振り返らずに語る。

俯いたまま過去の告解をする。


「須賀のおじ様が亡くなった日……」

「あの日に私が……封印を解いてしまったの……」

「霧島に眠っていた大蛇の封印を……」

「御祖母様に聞いたの……大蛇の話と姫様が狙われてしまうことを……」

「だから私は……小さい頃の私は……封印を解いてしまった……」

「覚えたての荒神降しを使って大蛇を退治すれば小蒔ちゃんが危険に晒されずに済むって……」
 

 
俺はわかっていた。

直接聞いたわけでも誰かが言ったわけでもないがおよそ霞さんがしていたことをわかっていた。

俺は何も聞かずにそのまま霞さんの話を聞く。

霞さんは嘆くように、叫ぶように心の内を話す。


「でもそんなの成功なんてしなかった……」

「私は! 無力だった……!」

「無知で、愚かだった……」

「高々12歳の子供に出来ることなんてなかったの!」

「そのせいで須賀のおじ様は亡くなって……」

「そして小蒔ちゃんのお母様も弱っていたのに……無理をして……」


俺が霞さんのした事に感づいたのは、霞さんが罪悪感で俺に親切にしていたからだ。

その前までは普通に接して年上として俺に面倒を見ていてくれたのに親父が亡くなってからは霞さんは俺に対しての申し訳なさから面倒を見てくれていた。

それがどうしようもなく俺を苛つかせて、心に痼り(しこり)を作らせた。

霞さんが何かを諦めたように言う。

 
「だから……私にはあそこに戻る資格なんて無いのよ……」


だが今更どうだと言うのだろう。

大蛇は俺が倒し、術者は死んで、親父は恨んでいない。

うじうじ考えてもどうしようもない。

この人の目は先を見ているのに心はあの頃のままだった。

俺はそんな霞さんの姿を見て怒鳴る。


「うるせぇな! 良いからつべこべ言わずに戻って来い!」


「……私は戻れない……到底許されることじゃないもの。」

「貴方だって私の事を許せないでしょ……?」


「ああ……許せないし、これからも許す気は無い。」


「だったら……」


「だけどあんたが戻ってこないと、うちの姫様が悲しむんだよ。」

霞さんに効く一言。

俺が戻れと言っているのは『場所』ではなく『居場所』。

すると霞さんが折れた。


「そんなの……ずるい……」

「ずるいわよ……ここで小蒔ちゃんの名前を出すなんて……」

「ここで小蒔ちゃんを出されたら……私、戻るしかないじゃない……」


「……行きますよ。」


振り向いて帰路に就こうとすると背中に体温を感じた。

背中に掛かる異変に気付いて、動かないまま後に文句を吐く。


「泣かないでくださいよ。」


「私だって女の子だもの……」

「少しくらい泣いたって良いじゃない……」

「少しくらい背中を貸してくれたって良いじゃない……」

 
「……貸し、一つですからね。」


「貴方のそういうところってムカつくわ……」


背中ですすり泣く声を聞きながら身じろぎ一つせずに暫く佇んでいた。


「私、良い子になっちゃダメかしら……」


「日和ってんじゃねぇよ。」

「今更良い人振るな、やるなら最後まで猫被ったまま悪役貫き通せ。」


「……そうね。」


「……すみません、俺のほうが先に約束破ったのに。」


昔の約束、俺と霞さんしか知らない小蒔ちゃんに関する約束。

だから察したのか、霞さんは俺の言葉を肯定してくれた。
 

 
「いいの……分かってるわ。」

「あなたの事情も……あなたの気持ちもわかってるから……」

「あなたが私に苛ついているのも……」

「全て私が原因だから。」


「別にそんなに自分を責め立てなくてもいいじゃないですか。」

「確かに決してあんたに責任がないとは言わない……でも子供だった俺たちにはどうしようもなかっただろ……」

「俺の親父が死んだことも、小蒔ちゃんの母親が亡くなった事も……子供だった俺たちにはどうしようもなかったことでしょう……」


「そうかしら……」


「……きっとそうですよ。」


そう言い聞かせて無理矢理納得させた、霞さんにも俺にも。

戻ると小蒔ちゃんが心配そうな顔をして聞いてくる。
 

 
「霞ちゃん大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ……ただちょっとおじ様のこととか思い出しただけ。」

「それじゃあ戻りましょうか。」


霞さんが赤い目を隠しながら話す。

家に戻ると既に夕飯の支度がなされ、食卓には料理が並んでいる。

皆が席に着くと一斉に食べ始めた。

皆が食い終わると、小蒔ちゃんのおじさんに声を掛ける。


「おじさん、あとで部屋に伺ってもいいですか?」


「ああ、いいよ。」


おじさんはにこやかに応じてくれた。

その後小蒔ちゃんと一緒におじさんの部屋に向かう。

中に居るであろうおじさんに向けて声を掛ける。
 

 
「京太郎です、失礼します。」


「どうぞ。」


中に入り、戸を閉めた後、俺はおじさんの前で正座して床に手を付ける。

そしておじさんをまっすぐ見て開口一番に言ってのけた。


「改めて、小蒔ちゃんを頂きに参りました。」


「そうか……」


おじさんがそう呟くと黙ったまま俺は待つ。

小蒔ちゃんもどこか緊張している。

暫く沈黙が続いたあとおじさんの口が開く。


「小蒔、その簪は……」


「これは、京太郎君に買って頂いたものです。」
 

 
「うちの菊の紋と須賀の八雲の紋か……なんだ、私に聞く前に既に須賀の嫁になっているじゃないか……」

「もう少し一緒に入れると思ってたんだがな……」


俺の隣に居た小蒔ちゃんが三つ指を着いて頭を下げる。

その声は震えていた。

その頬には涙が流れていた。


「お父様……私は今日より須賀の女として生きます……」

「今まで大事に育てて頂き、ありがとうございました……」


「京太郎君、こんな娘だが君に惚れている……小蒔を幸せにしてやってくれ……」


「はい。」


俺は静かに頭下げた。

するとおじさんが立ち上がり、箪笥の中から何かを持ち出してくる。
 

「ちゃんとした嫁入り道具を持たせてやれないのは心残りだがこれをもって行きなさい。」

「三隅の家から出てきたものだ、これは君たちが持っている方が正しいだろう。」

「小蒔、京太郎君の嫁としてしっかりと務めを果たしなさい。」


「はい。」

顔を上げた小蒔ちゃんの涙が頬を伝って畳に沁み込まれて行く。

その晩、俺たちは親子になった。

時間が経ち、寝る前に夜の空気を堪能しようと外に出たら、縁側に酒を飲んでいるおじさんが居た。

こっちに気付いたおじさんがお猪口を持ち上げ一言。


「こんばんは京太郎君、一杯どうだい?」


「こんばんは、俺はまだ15歳なんですけど……」


「15といえばもう元服している年だ。」

「それに小蒔の父親の最後の頼みとして聞いてくれ。」


「……わかりました。」

 
俺はおじさんの隣に座り酒を注いでもらった。

お酒をちびちびと飲む、俺の舌はまだ出来上がっていないので美味さが分からない。

お神酒は神事の一環なので仕方ないと割り切って飲んでいるが、嗜む酒はどうにも苦手だ。

おじさんが夜半の月を眺めながら語りだす。


「ついこの間までは子供だと思ってたのに……月日が経つのは早いものだ……」

「あの頃から比べたら皆大きくなったな……」

「小蒔も君も……そして女仙の子供達も……」


「おかげさまで無事育ちました。」


「君のお父さんとは同じ入り婿として気が合ってね。」

「よくこうしてお酒を呑んだよ。」


「親父とですか? 知らなかった……」
 

 
「それはそうだ、皆が寝静まったあとにこっそり呑んでたんだから。」

「実はこうして親子でお酒を呑むのが夢だったんだ。」


「義理ですけどね。」


「君のお父さんも京太郎君とこうやって一緒にお酒を呑みたかったんだろうな……」

「……君たち親子には申し訳ないと思っている。」


「気にしないでください、親父はここを守ったことを後悔してませんよ。」


「そうかな……いや、息子の君がそういうのならそうなのだろう。」

「それと、浪さんから話は聞いていたんだ。」


「お袋からですか……」


「ああ、電話でね。」
 

 
道理で話がスムーズだと思った。

多分俺たちが飛行機に乗ったあとお袋がおじさんに電話を入れたのだろう。

「こっちで夫婦の契りを結んだからあの子達の関係を認めてあげてください。」とか何とか言って。

それで認めさせたのか。

更におじさんは続けた。


「小蒔は頑固なところがある。」

「それでも一生懸命で一途な娘だ。」

「京太郎君、改めて言うが小蒔を頼む。」


「こちらこそ、受けた恩を返せもしませんで。」


「恩は小蒔に返してあげてくれ。」


「そうですね……そうします。」


おじさんがふと声を上げる、その声は何故か悪戯っぽく茶化すような声だった。
 

 
「おっと、そろそろお節介さんが来る時間かな?」


「何のことですか?」


「私たちがここで呑んでいるとよく口煩いのが来るんだよ。」


「あら、一体誰のことですか?」


俺達に声を掛けてきたのは霞さんだった。


「おや、今夜は霞ちゃんか。」


「お二人して悪巧みですか?」


「まさか、ただの親子の交流だよ。」


「親子……そうですか、寂しくなりますね。」


「ああ。」
 

 
おじさんと霞さんの会話、俺が戻る前はよくこうしていたのだろうか。

おじさんは俺と霞さんと今後のことについて少し話した後、お酒を持って部屋に戻っていった。

残された俺と霞さん。


「……もう小蒔ちゃんと一緒に挨拶は済ませたのね。」


「ええ、ついさっきですが。」


「昔、京太郎君と約束した後にしたスローガンを覚えているかしら?」


「小蒔ちゃんのものは俺のもの、俺のものは俺のもの。」

「確かこんな感じのものだったはずですね。」


「元は青い狸の話だったかしら。」

「これの本当の意味を知ったなら小蒔ちゃんはきっと怒るわね。」


「多分そうですね。」

「俺は今でもそんな感じですけど、霞さんはどうですか?」

 
「私もそうよ。」

「小蒔ちゃんの苦しみも、悲しみも、怒りも、憎しみも、喜びも……全部自分のことのように分かち合えるわ。」

「でも……私たちの苦しみや悲しみは、小蒔ちゃんは知らなくていい。」

「喜び以外は……私達のものだけでいいわ。」


霞さんが少し寂しそうに言う。

俺はあの頃とは少し違った見方になっていた。


「俺は……少しだけ小蒔ちゃんに肩代わりしてもらうようにします。」

「その方が小蒔ちゃんは喜んでくれるし、何より俺が嬉しい。」


「そういえばさっきの話だけど……」


霞さんが話しながら俺が先ほどまで呑んでいたお猪口を手に取る。

俺があまり呑まなかったので中にはまだ酒が残っていた。
 

 
「それ、お酒ですよ。」


「わかっているわ。」


霞さんがそう言うと一気に呷る様に酒を呑んだ。

霞さんがお猪口を置くと言った。


「私たちは共犯者ね……」


「……そういう言い方もありますね。」


未成年が酒を呑んだことではなく、計画、約束の共犯。

そう俺は受け取った。

霞さんが変なことを言い出す。
 

 
「私は京太郎君のこと好きよ。」

「姫様と同じくらいには。」


「俺も霞さんのこと好きでしたよ。」


「好き『でした』か……」

「私たち、立場が違えばもっと別の付き合い方があったのかもしれないわね……」


「たらればなんて意味がないですよ。」


「……そうね。」


昔の立場なら関係は変わっていたかもしれないが今となってはどうでもいい。

俺はあることを思い出して霞さんを待たせて部屋から持ち出し、霞さんにある物を手渡す。
 

 
「これを。」


「……これは?」


「神代の歴史を終わらせるかもしれない刃物です。」

「これを霞さんが持っていてください、決して誰にも見せないこと、特に初美さんには見せないように。」


「何で初美ちゃんが……?」


「初美さんは俺と同じでわりこっぼ(悪ガキ)ですから。」

「初美さんに見られたら直ぐに分かっちゃいますよ。」


「……ふふ、なるほどね。」


霞さんがナイフを触り理解したようだ。

もし何かあればこれが役に立つかもしれない。

その後は部屋に戻って寝た。
 

明くる朝、皆が集まる時を見計らって公言する。

隣には小蒔ちゃんも伴って。


「明日俺たちはここを発ちます。」


少しのざわめきと沈黙。

今度は小蒔ちゃんが口を開く。


「知っての通りかもしれませんが、私たちは婚約いたしました。」

「まだ京太郎君は15歳ですので籍は入れられませんが私は妻として一生付いて行きます。」

「そしてそれはお父様にも認めていただきました。」

「出来れば皆に祝福していただければ幸いです。」


「俺たちからお伝えしたいことは以上です。」


俺がそう締めくくると沈黙が続く。

皆が皆、場の空気を読んで沈黙を貫いた。

沈黙が嫌なのかおじさんが口を開く。

 
「さぁ、二人の新しい門出を祝いながら朝食を取ろうではありませんか。」


その発言を皮切りにかちゃかちゃと食器の音が鳴り始めた。

さて、俺たちの言葉を受けてどれだけ膿を搾り出せるのか見物だ。

すんなり行かせて貰えばそれはそれでいいけど用心することに越したことは無い。

昼過ぎになると俺と小蒔ちゃんの荷物のまとめと部屋の掃除が終わり、することも無くなる。

空には暗雲が立ち込めてきて、風も強くなってきた。

先行きを示していそうで怖い。

一度高千穂牧場に寄り厩舎のおじさんと話す。


「今日と明日、斑を借りていいですか?」


「ああ構わんよ、斑も坊主に懐いてるし、坊主と斑は人馬一体のようだからなぁ。」


二つ返事で了承を得る。

俺は斑に乗って散歩しながら玄さん宛てに写真を同封した手紙をポストに入れた後、神社に戻った。
 

 
日が沈み、夕飯を取り終えて居間に行くと3年組と小蒔ちゃんと春が居た。

どうやら皆は別れを惜しむように麻雀を打っていたようだ。


「もしかしてお邪魔なタイミングでしたか?」


「そんなことありませんよ。」


空気の読めてない俺にそう言ったのは小蒔ちゃん。

小蒔ちゃんマジ天使。

巴さんが隣に寄ってきた。


「ほらほら、京太郎君も座ろうよ。」


「はい。」

「というか本当にお邪魔じゃありませんでしたか?」
 

 
「そんなことないよ、さっきまで姫様とのお別れ女子会みたいなものだったからそう思えるだけ。」

「本当は京太郎君も呼ぶつもりだったんだけど見つからなかったから……」

「京太郎君も私たちの家族のようなものだしね。」

「姫様もそうだけど京太郎君とのお別れも寂しいものだよ。」


「そう言ってくれると嬉しいですね。」


「色々思い出すなぁ……」

「京太郎君とハッちゃんが私をからかってきたこととか。」

「京太郎君とハッちゃんが私を悪戯で玩具の虫で驚かせたこととか。」

「京太郎君とハッちゃんが私を落とし穴に嵌めたこととか。」

「……色々思い出すなぁ。」


「すんませんでした……」
 

 
「うそうそ、ちゃんと楽しい思い出も一杯だよ。」

「といっても京太郎君が小さい頃の思い出ばかりだけどね。」

「だから出来ればもっと思い出作っておきたかったかな。」


巴さんが笑ってそう言うと卓の方に戻っていった。

今度は春が手招きしてる。


「京、こっち……」


「どうした。」


「……餞別。」


そう言って渡してきたのは春秘蔵の黒糖だった。

大事に取って置いて特別なときにしか春が食べない大事な黒糖。
 

 
「いいのかよ?」


「結婚祝い……」

「……大切にして。」


春の言いたいことは大体分かった。


「ああ、大切にするよ。」

「これも、小蒔ちゃんも。」


「ん、それでいい……」


春は短く返すと卓の方に向かった。

次に初美さんがやってきた。
 

「京太郎、しけた面してどうしたんですかー?」


「いや、これで初美さんとの悪戯も最後かと思って。」


「そんなことないのですよー。」

「姫様を泣かすようなことがあれば私が京太郎に悪戯しに行くのですよー。」


「そいつは怖いなー。」


「ま、京太郎ならそんなことは無いってわかってるのですよー。」


「小蒔ちゃんを泣かせない様に頑張りますよ。」


「当たり前なのですよー。」


初美さんはにししと悪戯な笑みを浮かべながら戻っていった。


「京太郎君、いいかしら?」


「はい……」

 
最後にラスボスの霞さんがやってきた。

なにがラスボスなのかというと……


「まず小蒔ちゃんのことに関してなんだけど……」


話が長い、とにかく話が長い。

まずは小蒔ちゃんの苦手なものとか好きなものとか栄養管理だとか。

次に小蒔ちゃんにさせてはいけないこととか諸々の注意とか。

そこから小蒔ちゃんの思い出話とかに繋がって昔の俺の素行について小言や説教してきたり。

一回話が戻ってまた小蒔ちゃんの睡眠時間とか料理させるときは一緒についてあげてとか。

最後に夫としての心構えとか何とか話されて終わった。

流石神代のお目付け役、まるで小蒔ちゃんの親のごとく喋ってた。

霞さんの話の長さと小蒔ちゃんへの御節介は昔と変わらない。

そういえば年寄りの話って長いよなとか思っていたら霞さんに耳を引っ張られた。
 

 
「ちょっと、京太郎君今失礼なこと考えてたでしょ。」


「いででで!? すみませんでした霞さん!」


「……まぁいいわ、私が言っておきたいことはこんなところかしらね。」

「あとは……体は大切にしなさい、貴方は昔は元気すぎるくらいだったから。」

「無茶して小蒔ちゃんに心配させないようしなさい、もう貴方一人の体じゃないのよ。」


「ええ、わかってます。」


まるで親のように長い霞さんの小言が終わったあとはみんなで麻雀を打った。

ちなみにビリとブービーは小蒔ちゃんと俺だった。

部屋に戻りぐったりしてると部屋の前に人の気配を感じた。

その気配はすぐに消えたので不審に思い、戸を開けると紙が置かれている。

赤丸の中に姫という文字。

大体意味が分かったので小蒔ちゃんの部屋に急行するがそこには誰もいない。
 

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