【ガルパン】華「釣り、ですか?」 (19)

華「はい、五十鈴でございます」

麻子『こんばんは、冷泉だ』

華「はい、こんばんは。麻子さんがお電話をくださるのは、珍しいですね」

麻『今、電話、大丈夫か?』

華「ええ、構いませんよ。何でしょう」

麻『釣りに行かないか?』

華「……は?」

麻『駄目か?』

華「釣り、ですか?」

麻『ああ』

華「釣り、って……それは、魚を釣る、釣りですか?」

麻『ほかに何を釣るんだ?』

華「……」

麻『どうした?』

華「いえ……何だか、唐突で……」

麻『……』

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華「わたくし、そういうものは、経験が一切ありませんけど」

麻『私は、やったことがある』

華「……」

麻『道具は私が持ってる』

華「そう……ですか」

麻『だが、一人分しかない、つまり、竿は1本しかないけどな』

華「……」

麻『駄目か? 駄目なら別に構わない』

華「……」

麻『夜分に失礼した。それじゃ』

華「……麻子さん、待ってください」

麻『何だ?』

華「誰かと……例えばチームの皆さんと、一緒ですか?」

麻『ほかには誰も誘ってない』

華「……」

麻『どうした?』

華「行くとすれば、どこへ行きますか?」

麻『53F地区にある大きな池はどうだろう』

華「53F地区……。ああ、あそこですか」

麻『……』

華「人が滅多に行かない、静かな、良い所ですね」

麻『辿り着くのが少々大変だが』

華「でも、途中にある林の中を、少し長めに歩くだけです」

麻『どうする? 行くか?』

華「いつにしますか?」

麻『次の日曜日』

華「天気は……」

麻『我が艦はその日、まだ高気圧の勢力下にあるそうだ』

華「それなら、しばらく良いお天気が続きますね」

麻『一緒に行ってくれるか? 五十鈴さん』

華「ええ。是非、お供させてください」

麻『良かった』

華「想像したら、楽しくなってきました」

麻『断られるとばかり、思ってた』

華「たまには、アウトドアも素敵ですね。汚れてもいいような服で行きます」

麻『ただ、さっき言ったとおり、道具は一人分しかないが』

華「わたくしは、麻子さんが魚を釣るのを見ています」

麻『……』

華「もし飽きたら、周囲を散歩でもしています。問題ありません」

麻『行きと帰りに道具を少し持ってもらうが、それはいいか?』

華「もちろんです。分担しましょう」

麻『そうか』

華「何だかワクワクしてきました。お弁当でも作って、行きましょう」

麻『五十鈴さん』

華「はい」

麻『弁当なんて、作れるのか?』

華「……やっぱり、途中にあるコンビニで買っていきましょう」

麻『それに……』

華「何でしょう」

麻『行くのは、午後にしないか?』

華「……ふふふ」

麻『何か可笑しいか?』

華「麻子さん。それは午前中、寝ていたいからですね?」

麻『……さっきは、一本取ったと思ってたが』

華「ふふ。取り返して、さしあげました」

麻『待ち合わせの時間と場所は、土曜日にまた、連絡を取り合って決めよう』

華「ええ。それまでにお互い、都合が変わることもあるでしょうから」

麻『それじゃ。夜分に失礼した』

華「いえ。誘ってくださって、ありがとうございます」

麻『礼を言うのは私の方だ。楽しみにしてる』

華「わたくしもです。それでは、おやすみなさい」

麻『おやすみなさい』



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



華「……麻子さん」

麻「何だ?」

華「……来ましたよ」

麻「何がだ?」

華「今、浮きが動いています。あれは、いわゆる……」

麻「……」

華「引いている、という状態なのでは」

麻「いや、まだだ」

華「え。でも……」

麻「餌の周りに魚が近寄ってるのは、間違いない」

華「……」

麻「だが、今はまだ、魚が餌を突付いてるだけだ」

華「……」

麻「本当に魚が食いついたら、浮きはぐっと沈み込むはず」

華「……あ……動きが、止まってしまいました」

麻「……逃げられたな。恐らく、警戒された」

華「……」

麻「竿を上げてみるか」

華「……」

麻「餌だけ取られて、魚は掛からない。多分、そうだ」ヒュッ

華「あ……そのとおりです」

麻「餌を付け直さないと」

華「麻子さん」

麻「何だ?」

華「麻子さんは、いろいろなことを知っていますね」

麻「釣りに関しては全部、死んだ父親の受け売りだ。……よっ、と」ポチャン

華「今度は掛かるといいですね」

麻「せっかく来たんだからな。1匹くらい釣りたい」

華「おとうさまは、釣りが御趣味だったのでしょうか」

麻「いや。趣味というほど、熱心じゃなかったと思う」

華「でも、こんなに立派な道具を持っていらして……」

麻「私たちみたいに釣りに詳しくなくても、値段が高そうだと分かるものばかりだな」

華「ええ」

麻「竿、竿受け、針や浮きとかを入れる用具箱……」

華「わたくしが座らせていただいているこの折り畳み椅子も、すごく頑丈です」

麻「椅子は大小2脚あった」

華「これは、大人の男性用でしょうね」

麻「よく憶えてないが、父親がそれを使ってたと思う」

華「……」

麻「そして私の座ってるのが、私や母親の、家族用」

華「釣りへ一緒にいらした時、使ったのですね」

麻「こんな道具一式が、なぜ、うちにあったのか」

華「……」

麻「謎だ。理由が全く、分からない」

華「それは……形見として、麻子さんが引き取ったのではないでしょうか」

麻「全然、憶えてない」

華「……」

麻「形見分けなんて、やったのか、やってないのか」

華「……」

麻「それどころか、最近は……」

華「何でしょう」

麻「両親が死んだ前後にあった、出来事」

華「……」

麻「そのほとんどを、思い出せなくなってる気がする」

華「……」

麻「私は、記憶力がいいはずなのに」

華「……ごめんなさい。こんな話をさせて……」

麻「いや、いい。気にしないでほしい」

華「……あ……」

麻「どうした?」

華「今、遠くで魚が跳ねました」

麻「魚がいるのは間違いないんだが」

華「なかなか、釣れませんね」

麻「まあ、まだ始めたばかりだ。果報は寝て待て」

華「そうですね。釣り糸を垂らして、すぐに魚が掛かってしまうのも変です」

麻「ところが、こんな考え方をする人は、釣りに向いてないそうだ」

華「そうなのですか?」

麻「気の短い人ほど、たくさん釣るといわれてる」

華「どうしてなのでしょう」

麻「釣れないとイライラして、すぐに釣る場所や仕掛け、つまり使ってる糸や針、餌とか」

華「……」

麻「それを次々と変えて工夫するから、ということらしい」

華「確かに、成果の上がらない方法をずっと続けているのは、愚の骨頂ですけど……」

麻「初心者の私たちは、次の一手を思いつかない」

華「やはり、しばらく様子見ですか」

麻「ああ」

華「でも……予想どおりの良いお天気です」

麻「……」

華「のんびりしていれば、よろしいのでは」

麻「道具一式の中に傘がないのを、もっと早く気付くべきだった」

華「大丈夫です。麻子さんもわたくしも、帽子を被っていますから」

麻「五十鈴さんは、日傘を持ってくると思ったが」

華「この格好で日傘は、おかしいでしょう?」

麻「そんなミリタリー調の服を持ってたんだな。少し意外だ」

華「最近、買いました。自分がこういうものを選ぶとは思わなかったですけど」

麻「背が高い人は何を着ても似合うな」

華「わたくしの背なんて普通です。麻子さんこそ今日は、普段以上に可愛らしいですよ」

麻「部屋着同然の格好だ」

華「麻子さんの私服姿は、なかなか見る機会がないので貴重です」

麻「傘がないから、今日は陽に焼けるぞ。平気か? 五十鈴さん」

華「むしろ大歓迎です。積極的にそうしたいですわ。大体……」

麻「何だ?」

華「生白い、深窓の令嬢などという立場は、真っ平御免です」

麻「……」

華「家の者たちがわたくしに期待しているのは、そういう在り方ですけど」

麻「……」

華「いっそのこと、いつか全身日焼けして、髪を金色に染めてやろうかしら」

麻「それは……自重してくれるように、心の底からお願いする」

華「ところで、麻子さん」

麻「何だ?」

華「この学園艦には、どんな魚がいるのでしょう」

麻「私も同じ疑問を持ったから、調べてみた」

華「どうでした?」

麻「あまり興味深い結果じゃなかった」

華「……」

麻「陸でもありきたりの魚ばかりだ。鯉とか鮒とか」

華「……」

麻「だが実は、私たちが今やってるのは、その鯉や鮒が相手の釣りだ」

華「釣りにも、いろいろな種類があるのですね」

麻「結果的にだが、死んだ父親がやってたのは、この学園艦向きの釣り方だったな」

華「……」

麻「それに……魚がいるだけ、マシなのかもしれない」

華「そうですね。学園艦にある自然は、いうまでもなく全て人工的なものです」

麻「“自然”と呼ぶのが、憚られるくらいだ」

華「でも、植物や動物、生物の種類が、多ければ多いほど……」

麻「多様性が生まれて、本物の自然に近くなる」

華「鯉や、鮒……」

麻「どういう理由で、それが選ばれて、持ち込まれたのか」

華「いつか、わたくしが調べてみましょう」

麻「興味が湧いたか」

華「ええ。学園艦の生物相やその歴史なんて、今まで考えもしませんでした」

麻「資料が、図書館にあると思う」

華「文科省もそういう調査くらい、やっているでしょうね」

麻「艦が建造されて、もう何十年もたっているから……」

華「ここでは恐らく、独自の生態系ができているのでしょう」

麻「五十鈴さん」

華「はい」

麻「私たち、何をやってるんだろうな」

華「は……?」

麻「どうした?」

華「いえ……麻子さんが、何を言っているのか、ちょっと……」

麻「分かりにくかったか」

華「それは、今この場でわたくしたちが、ということですか?」

麻「ああ」

華「それなら、誘ってくださった麻子さん自身が、よく御存じだと思います」

麻「……釣りをしてることは、間違いないが……」

華「……」

麻「……」

華「……麻子さん」

麻「何だ?」

華「今日わたくしは、二つのことを麻子さんへ訊こうと思っていました」

麻「二つのこと」

華「はい」

麻「どんなことだ?」

華「一つは、どうして釣りをしようと思ったのか」

麻「……」

華「もう一つは、どうしてわたくしだけを、誘ったのか」

麻「……」

華「もちろん、無理に答えてくださらなくても、何の問題もありません」

麻「……それは……」

華「ひょっとしたら、答えたくないことかもしれませんから」

麻「……いや、私は……」

華「……」

麻「……分かった。話す」

華「後でゆっくり、うかがいます」スッ

麻「どうした? 立ち上がって」

華「ちょっとお手洗い」

麻「トイレなんか、ないぞ」

華「元より承知です。その辺りで済ませてきますので、少しの間、失礼」

麻子「……………………」

華「戻りました。外でするのって、気持ちいいですねえ」

麻「早かったな」

華「すぐ近くに、手頃な藪がありましたので」

麻「後で場所を教えてほしい。今日はそこをトイレにしよう」

華「はい。空を見ながらって、解放感がありますよ」

麻「五十鈴さんは名家で生まれ育ったお嬢様なのに、度胸があるな」

華「人が周囲にいる可能性がないのだから、怖気づく必要はありません」

麻「確かに、言うとおりだ」

華「わたくしは、いわゆるお嬢様かもしれませんけど……」

麻「そんなことは関係ない、か」

華「はい」

麻「そのお嬢様の、五十鈴さんは……」

華「何でしょう」

麻「将来、どうするんだ?」

華「……将来の、お話ですか」

麻「ああ」

華「わたくしは、あの家で生まれ育ちました」

麻「……」

華「そして、兄弟姉妹がいません。一人っ子です」

麻「……」

華「その時点で、将来のことはもう決まっています」

麻「五十鈴流を継ぐんだな」

華「そのとおりです」

麻「しかし、さっき“深窓の令嬢など真っ平御免”と言ってたが」

華「ええ。確かに言いました」

麻「家を継ぐのは、嫌なのかと思ってた」

華「それが、そうでもありません」

麻「どういうことだ?」

華「わたくしは、もう、その生き方以外を考えられないのです」

麻「……」

華「例えば、わたくしの、この話し方」

麻「……」

華「小さな頃から躾けられて、今までずっと、この話し方をしてきました」

麻「五十鈴さんはその話し方が、同年代のほかの人とは違う、ということを……」

華「もちろん、分かっています」

麻「……」

華「奇異に思ったり、違和感を覚えたりして、意見してくださるかたがた」

麻「……」

華「そういうかたがたが、小さな頃は特に、たくさんいました」

麻「そうなのか」

華「ええ。でもこれは、もうわたくしにとっての標準なのです」

麻「今さら、変えられないか」

華「もしこれを変えるのなら、今までと同じ年月が必要でしょう」

麻「……」

華「生き方も、同じです」

麻「……」

華「家を継ぐのが当然。わたくし自身も、家の者たちもそう思って、ここまで来ました」

麻「それも、今さら変えられないか」

華「はい。もう、ほかの生き方など考えられないのです」

麻「……」

華「……麻子さんは?」

麻「……今度は、私が言う番だな」

華「はい」

麻「正直に言う。まだ、よく分からない」

華「……」

麻「すまない」

華「どうして、謝ったりするのでしょう」

麻「五十鈴さんが明確に答えてくれたのに、こう言うのは卑怯だから」

華「そんなことは、気になさらないでください」

麻「……」

華「今、決まっていなくても全く構わないと思います」

麻「……」

華「麻子さんの頭脳なら、これから、どんなことでも可能でしょう」

麻「……そう……なのかな」

華「今さら、何を言っているのですか?」

麻「……」

華「不動の学年主席。大洗女子学園始まって以来の秀才、いえ、天才が」

麻「実は……」

華「何でしょう」

麻「この仕事を選ぼうかと、何となく思ってるものは、ある」

華「それは?」

麻「弁護士」

華「素敵ではありませんか。資格取得の難度は、医師などと並んで最高峰らしいですけど」

麻「……」

華「麻子さんなら何の問題もないでしょう」

麻「……」

華「それで、なぜ弁護士を?」

麻「今、家のことは、全部おばあが一人でやってる」

華「財産管理……それを引き継ぐ、ということですね」

麻「ああ。おばあは、もう長くない」

華「え。そのようなことは……」

麻「事実だ。今は、殺しても死なないくらいだが」

華「立ち入ったことをうかがいますけど、何かあったのでしょうか」

麻「年々、倒れてから、次に倒れるまでの間隔が、どんどん短くなってる」

華「……」

麻「逆に、倒れた後、回復するまでの時間は、どんどん長くなってるんだ」

華「……」

麻「医者からは、覚悟しておいた方がいい、と言われてる」

華「あんなにお元気なのに。信じられません」

麻「本人も薄々、気付いてると思う」

華「……」

麻「だが、ああいう性格だ。考えるよりも先に、いつも……」

華「お体の方が、先に動いてしまうのですね」

麻「体も、口もだ。もっと穏やかにしてくれてば、周りもヒヤヒヤしなくて済むんだが」

華「弁護士を選ぶ、理由は……」

麻「五十鈴さんが今、考えてるとおりだ。自分の身を、自分で守れるようにするためだ」

華「……」

麻「おばあが死んだら、私は完全に、一人ぼっちだからな」

華「……」

麻「五十鈴さん」

華「はい」

麻「五十鈴さんは、一人っ子だ」

華「……は?」

麻「兄弟姉妹がいない」

華「ええ、そうですけど」

麻「だから、家を継ぐのは自分しかいない」

華「おっしゃるとおりです」

麻「姉妹とか兄弟がいれば、状況は変わったか?」

華「あの……麻子さん」

麻「……」

華「麻子さんは、いきなり、何を話し始めて……」

麻「……すまない。今のは、忘れてほしい」

華「……」

麻「……」

華「一人っ子、ですか」

麻「……」

華「我がチームでいえば、優花里さんもそうですね」

麻「……」

華「おねえさまや妹さんがいるのは、みほさんと沙織さんだけです」

麻「西住さん……」

華「みほさんのおねえさまは、凛々しいかたでしたね」

麻「……決勝……」

華「はい?」

麻「全国大会の、決勝……」

華「決勝? それが何か?」

麻「あれは、ある意味……」

華「はい」

麻「やたらとスケールの大きな、姉妹ゲンカだった」

華「……その見方は、斬新ですね」

麻「そうじゃなかったか? �号の私たちは、西住さん……西住妹の側についた」

華「……」

麻「そして相手のティーガーの人たちは、姉の方についた」

華「……」

麻「最後の、一騎討ち……あれは姉妹ゲンカの、いわば極致だ」

華「その解釈でいうと、わたくしたちは、みほさんへ加勢していたのですね」

麻「西住さんは、あの時、何を考えてたと思う……?」

華「さあ……。訊いたことはありませんし」

麻「“お姉ちゃんになんか、絶対に、負けない”……」

華「……」

麻「とでも……考えて、たんだろう……か……」

華「……!!」

麻「……どう、した……?」

華「麻子さん……!?」

麻「何……だ……?」

華「泣いて、いるんですか!?」

麻「……可笑しい……か……?」

華「麻子さん。一体、どうしたというんですか?」

麻「……」

華「突然、釣りに誘ってくださったり。突然、将来とか、一人っ子の話を始めたり」

麻「……」

華「そして突然、泣き出したり」

麻「……すま……ない……」

華「謝る必要など、ありません」

麻「……二つの……こと……」

華「何ですか?」

麻「五十鈴さんから……訊か……れた、二つのこと……」

華「……」

麻「ちゃんと……答えなくちゃ……ならない、な……」

華「そんなことは、後で結構です」

麻「……」

華「今はとにかく、泣きやんでください」

麻「……」

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