ハンジ「いつもと違う日」(16)



この日のハンジは少しばかり早く起きる。
うきうきとしながら兵服に着替えて眼鏡をかけ、扉を開けた。
ゆっくりと廊下を歩いていくとすれ違う人々に声をかけられる。


「ハンジ分隊長、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう!」

「ハンジ、おめでと」

「うん、ありがとう!」

「はい、ハンジ。これあげる」

「うわぁ! ありがとう!」



そう、今日この日はハンジの誕生日だ。
誕生日とはいえ必ずしも休みが取れるわけではない。
優先されることもなくはないがハンジははじめから休みを申請していない。
一度、それを不思議に思った部下、モブリットが聞いたことがある。


「今日くらいお休みを取らないんですか?」

「研究をしていたいからね。それに」

「それに?」

「みんなと一緒に過ごしたいんだ」


弾けるような笑顔でそう言われてはもう何も言えない。
モブリットは破顔しながら「そうですか」と答え、他のハンジ班もそれを嬉しそうに聞いていた。



「おはよう! みんな!」


元気よく挨拶をしながら研究室の扉を開ける。
するとハンジ班の4人は目配せでタイミングを合わせ、誕生日を祝う歌を歌う。
これはもう恒例行事のようなものになっていた。
歌い終わると皆からプレゼントが贈られ、ハンジは嬉しそうに礼を言いながらそれを受け取った。



夜になれば祝宴が開催される。
飲みに呑んで騒ぐ者や管を巻く者、潰れるもの様々だ。


「よぉーハンジー、のんでるかぁー?」

「飲んでるよってゲルガーあんたベロベロじゃないか」

「こいつにとって誰かの誕生日はただの飲み会だからね」


そうあきれながらリーネは酒を煽る。


「また潰れるのか」

「なんでかヘニングがお世話係になっちゃってるよね」


微妙にへこむヘニングにナナバが笑いながら肩を叩く。
その隣でミケが鼻をすんっと鳴らし、エルヴィンは酒を傾けた。



「まぁ、暴れて物を壊したりしなければいいだろ」

「そこら中にゲロをぶちまかれるのはいいのか?」


エルヴィンの言葉にリヴァイが眉間にシワを寄せて返す。
それは困るなと笑いながら返すエルヴィンにリヴァイは笑い事じゃねぇと一層シワを深くした。


「まぁまぁ、片付けは本人にやらせればいいじゃないか。それより楽しんでくれよ!」


今日の主役になだめられ、酒を飲んで口を閉じる。
そうそう、楽しめー! と肩をバシバシと叩かれリヴァイはハンジの頭をはたいた。
いってぇ!! と大声で騒ぐハンジ。それに何事かと集まる酔っ払い。
リヴァイにいじめられたととぼけると何故かそれなら飲み比べだ! と勝負を申し込まれた。
所詮は酔っ払いかとリヴァイが無視していると周りで勝手に勝負が始まる。

ハンジは参加者を煽ったり、賭けたり、参加したりと騒がしく夜を過ごした。




目が覚めると見慣れた薄汚い天井が見えた。
外からは鳥の声が聞こえるがまだ早朝のようだった。
ハンジは頭を掻きながら緩慢な動作で起き上がると兵服に着替え始めた。
最後に片目に眼帯を付けて眼鏡をかけ、軋む扉を開けて廊下へと出る。

コツリコツリと靴音が響く。廊下は早朝も相俟ってかとても静かだ。
歩くハンジに声をかける者はいない。
ふとハンジは小鳥の声に引かれ足を止めて窓へと顔を向ける。そこから壁が見えた。

あの中には巨人かみっしりと埋まっている。
無表情でそれを一時眺め、また静かな廊下を歩きだした。

そのまま研究室へと歩いていくと記憶がふわりと甦った。
人とすれ違う度に祝いの言葉を投げ掛けられる。
時には肩を叩かれ、贈り物を渡され、飲み会にちゃんと出てこいと釘を刺された。


研究室の前に立ち、扉を開ける。


『ハンジ分隊長!』


一瞬、4人の人影が見えた気がした。
研究室には人ひとりおらず、しんとしている。
パタリと扉を閉め、歩みを進めて椅子に座る。やけに靴音が耳に響いた。

机に埃がうっすらと積もっている。
ハンジは今、主に団長室にいることが多い。
幹部が二人というとんでもない状況のためあまり団長室から離れられない。
他の兵団から手伝いも来てくれているがそれでも忙しい。

机に両肘を付き、手を組んでその上に顎を乗せて研究室を眺めた。

じっと見つめ、目を閉じた。
しばらくそうして、不意に目を開き立ち上がると足音を立てて研究室を後にした。


訓練をするには遅く、仕事を始めるには早すぎる時間。
ハンジは何か飲もうと食堂に向かうことにした。

食堂には何やら人の気配がする。
気にせず扉を開けた。


「やっぱりあなたか」

「早ぇな、クソメガネ」


もう一人の幹部、リヴァイがそこにいた。


「紅茶かい? 私にも貰えるかな?」

「……待ってろ」


そう言って奥へと消える。少ししてカップを持って戻ってきた。



「ほら」

「ありがとう」


受け取って口をつける。紅茶の香りが広がり心地好い気分になった。


「朝早くから紅茶を飲んでまったりするなんて貴族のようだね」

「こんな薄汚ぇ食堂でか」

「広くていいじゃないか」


悪態をさらりとかわし、もう一口紅茶をすする。
それを一瞥し、リヴァイも紅茶に口をつけた。
ふと、何かに気づき納得したように「あぁ……」と声を出した。



「何? どうかした?」

「誕生日だったな。おめでとう」


びっくりしすぎて目を真ん丸に見開き、リヴァイを見たまま固まった。


「…………それはどういう反応だ」


眉間にシワを寄せ、解せぬという顔をしている。
ハンジの口からふっと息が漏れたかと思うとふふっと笑いが零れ、その内に大笑いに発展した。


「何か笑えるようなことを言ったか?」


不機嫌そうに睨み付けながらリヴァイが不満を口にする。
笑いの合間に違うと否定しようとするが笑っているせいで伝わらない。



「ははっ、ごめんごめん。違うんだ。不意打ちだったというか、なんというか……楽しくなっちゃったんだ」


ようやく笑いが落ち着き、笑いで出た涙を拭いながら弁明する。
リヴァイはふんっと鼻を鳴らして紅茶に手をつける。納得したようだ。


「……実はさ、今日は誰にも言われないんじゃないかってそう思ってたから」


視線をカップに落として囁くように言う。
リヴァイも飲んでいるカップに視線を落としたままだ。


「ありがとう。嬉しかった」


顔を上げて本当に嬉しそうに礼を述べた。
リヴァイはそれに舌打ちで返すがハンジは気に止めることもなく残った紅茶を楽しんだ。



早朝から良い気分になれたなと鼻歌混じりに団長室で書類を片付けていると扉を叩く音がした。


「はーい、どうぞー」


日差しが強くなっているのが窓から入る光でわかる。
お昼だという知らせかな? と書いている書類以外を軽くまとめる。


「失礼しまーす」


コニーを筆頭に入ってきたのは104期たちだった。


「みんな勢ぞろいでどうしたんだい? 何か問題でも?」

「いえ! 別に問題は無いです!」


何故かジャンが緊張ぎみに背筋を伸ばして言うと皆に手で指示をしている。
ハンジの頭に「?」が飛んでいる間に皆が横一列に並んだ。
それを確認してジャンが声を張り上げる。



「せーの!!」


ハンジが目を見開く。
今、団長室には誕生日を祝う歌が響いている。

少し調子の外れている者、照れ臭そうに歌う者、冷静に歌う者、
気持ち良さげに歌う者、とにかく大声で歌う者、やたらと上手く歌う者と綺麗に揃っているとは言い難い。
それでも胸が熱くなるのを抑えられずハンジは胸元を握りしめた。

全て歌いきると、ミカサが一歩前に出て
後ろ手に持っていた花束を手前に持ち直す。
それは素のままでまとめるためのリボンがあるだけだった。花は近くに咲く野花のようだ。
再びジャンが「せーの!!」と号令を出す。


「ハンジさん、お誕生日おめでとうございます!!!」


その声と共に花束がハンジに渡された。
ハンジは戸惑いながら受け取り皆を見渡す。


「急だったので花だけになってしまいました」


申し訳なさそうにミカサが言う。
急に? と疑問を返すとアルミンが答えてくれた。




そろそろ昼食という頃、食堂に104期が集まっているとリヴァイ兵長が現れ、呼ばれた。


「今日はハンジの誕生日だ」


それだけ言って食堂から出ていった。
それだけ過ぎて皆ポカンとしてしばらく時が止まる。
我に返るとどうすりゃいいんだと軽く混乱が起きた。

一足早く立ち直ったアルミンがみんな落ち着いてとなだめ、お祝いを言いに行こうと提案すると混乱は落ち着いた。
そこにサシャが手ぶらでいいんですかね? と言ったものだから再び混乱が起きかけた。


「花」


アルミンがなだめようとしているとミカサがポツリと一言。
それならすぐに用意できそうだとすぐに外に出て皆で摘み、役割を決めながらここにやってきた。


決まった役割は号令をかける役と花束を渡す役だけだったが
扉を開けるのにジャンがもだもだしたためコニーが先陣を切り、今に至った。

話を聞いて花束を持つ手に力が入る。


「……ありがとう。凄く、すっごく嬉しいよ!」


少し声が震えた。
104期たちが良かった、喜んでくれたとホッとするやいなやさっきの歌は音がずれてた、
声がでかすぎ、調子に乗りすぎなどわいわいとじゃれあい始める。

ハンジはそれを眺め、もう一度「ありがとう」と呟いた。



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