道明寺歌鈴「バスルームマーメイド」 (12)

道明寺歌鈴ちゃんのSFなSSです。

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 私の目の前に人魚が現れました。


 帰ってきてすぐに眠ってしまったからか深夜に目が覚めて、シャワーでも浴びようかと思って浴室の扉を開けたら人魚が優雅に湯船に浸かっていました。

 道明寺歌鈴、17歳。これまで生きてきて不思議なことを経験したことはもちろんなく。所属する事務所には不思議体験をしたことがあるような方はいそうですが、私の人生にはそんなものとは無縁でした。

「えっと…こ、こんばんは?」

 私を見た人魚さんがこてりと小首を傾げながら微笑みかけてきました。鈴のなる様に聞こえ繊細で、その中にも確かな明るさがあって、それでいてどこか聞き覚えのある様な声でした。


 沸かした覚えのないお風呂に浸かる人魚は何故か巫女服を着ていて。人魚なのになんで巫女服を着ているの…とか、水じゃなくてお湯って熱くないのかな…とか色々な疑問が浮かんできて出てきた言葉は、

「な、なんでやねん…?」

 というものでした。

 わざわざ挨拶をしてくれたのに、返事じゃなくてつっこみを入れてしまって…一応つっこみだと思います。なんというか、いっぱいいっぱいでしたから。

「なんで…でしょうか」

 困ったようにはにかむ人魚さん。そんな仕草が、なんでかやっぱり強い既視感があって。

 沈黙が場を支配して、響くのは彼女がぱしゃぱしゃと尾びれで水面を叩く音だけ。浴室だからかやたらと大きく聞こえます。

「その…図々しいのだけどお水を貰ってもいいですか? ちょっとお湯が熱くて…」

 やっぱり熱いんじゃないですか、と喉元まで出てきた言葉を飲み込みました。



「ど、どうぞ…」

「ありがとうございますっ」

 水の入ったコップを手渡します。注ぐ時に塩を混ぜた方がいいのかな…と思いましたが悪寒がしたので控えました。受け取った人魚さんはしっかりと両手で受け取るとんぐんぐと一気に飲み干していきました。

「ぷはぁっ、ふぅ…助かりましたっ」

「それは良かった…?」

 良い飲みっぷりを見せた人魚さんから空になったコップを受け取ります。満足そうに目を細めた彼女は浴槽のへりにもたれかかっています。ちゃぷちゃぷと遊ばせている尾びれがお湯に写って揺らめくのが見えました。それを見ていたら、やっと私も落ち着いてきました。

「それで聞きたいんでしゅ…ですが、あなたは一体?」

「私は私、としか…」

 すぐさま哲学みたいな答えを返されて、脱力してしまいます。なんだか馬鹿らしくなって、床に座り込みました。浴室の床はひんやりと冷たいのですが今の私には落ち着くような気がしました。

「あ、あれ……?」

 そんな私の様子にオロオロとする人魚さん。すぐに感情を顕にして、一々大げさなところに親近感が湧きました。

 私が借りてるお部屋は幸いにもペット可の物件だったはずです。……いや、ペットと扱うのは失礼な気もしますけど他になんと言いましょう。

「尊厳が貶しめられている気配がしまひゅ!」

「しまひゅ?」

「……します…」

 噛んで恥ずかしくなったのか、頭を湯船に沈めてコポコポとあぶくを吐き出してしまいました。私もプロデューサーさんの前で噛んでしまった時、凄く恥ずかしいので、とても彼女の気持ちが分かります、痛いくらいに。


「それにしても…」

「ふぇ?」

「落ち着いているんですね…私が貴女だったら、そんな風にはいられません…」

「きっと、なんとかなるでしょうから。それにほら、諦めずに歩みを止めなかった者だけがゴールを踏むことができる…って誰かが言っていましたし!」

 そう呟いた彼女の横顔は湯船から揺らぐ湯気のせいでゆらゆらと揺蕩っているように見えました。それがなんだか寂しげでしたがすぐに明るく言い放ってこちらを見たせいで一瞬で消えてしまいました。

「そうだ!」

 ぱあっと顔を明るくした人魚さんがぐいっと身を乗り出して私の手を取りました。触れた彼女の手はこんなに長い時間お湯に浸かっているはずなのに、全然すべすべなままで、ほっとするくらいに暖かいものでした。

「踊ってくれませんか?歌は私が歌いますから…ね?」

 そう言って可愛く微笑んだ彼女の顔は、私がよく知っているような気がしました。
 だけど、そんな考えは彼女の言った言葉にすぐかき消されます。

「えっ、なんで踊るなんてことに…?」

「だってアイドルじゃないですかっ。私は歌を、貴女は踊りをなんて楽しそうじゃないですか?」

 私、自分がアイドルだなんて言いましたっけ。そんなことを言った覚えはないんですが……


「ふふっ、内緒ですよ」

 楽しそうに笑って、悩みなんてなさそうな彼女を呆れの混じった視線を向けてしまいます。その視線を感じているでしょうに、気にせずににこにこと笑う彼女は、一つ息を吸い込むと歌い出しました。

 彼女の歌声はとっても上手、という訳ではありませんでしたが、心の底から気持ちよさそうで、跳ねるような歌声から楽しんでいるのが伝わってきました。狭い浴室に反響する歌声は本当に浴室中を跳ね回っているみたいで、それを聞いていたら私まで楽しくなってきてしまって。

 私がよく知っている、私だって歌っているからでしょうか、すんなりと耳に馴染む歌声に身を委ねながら立ち上がろうとしたら、足がつい滑ってしまって。

 彼女がやっぱり、みたいな呆れ顔を浮かべてこちらに手を差し伸べてくれます。それを見ながら、まだ名前を聞いていなかったとか、なんでその歌を知っているのとか質問したいことがまだまだあったとぼんやりと浮かんでは消えていったのを他人事のように見ていました。




 私は神社にいました。実家の神社ではなく、プロデューサーさんにスカウトされて上京して初めて事務所に行く前、あの人にどうしてもとお願いして寄った神社でした。

 どうして、と辺りを見回しても人の気配はありませんでした。昼間であるはずなのに、私以外に動くものはいませんでした。

 あの日とは違って隣にプロデューサーさんはいなくて、何故だか分からないけど怖くなって。駆け出そうとしたらぐらり、と世界が歪みました。

 そこでこれは夢だと気付きました。オペラで形作られた鹿さんが私を咥えていたから。甘い甘いチョコレートの匂いとモカシロップの香りに包まれて鹿さんの背中に乗せられました。生クリームを掻き分けながら進む鹿さんは自分を最大と名乗りました。そんな最大と名乗る鹿さんに跨っていたら段々と溶けていってしまいます。どうすることもできずに、なすがままに跨っていたら彼は小さく謝ってから崩れました。

 生クリームの地面へと落ちていく私を吹き上げたのは銀色の風でした。舞い上げられた私が見たのは七色の星の海。赤青黄色と瞬いてはすぐに色を変えていく移り気なお星様たちに手を伸ばして掴み取りました。
 ぎゅっと手のひらに掴み取ったお星様を抱えたら余りの眩しさに目を細めてしまって。


 次に目を開けたらそこは自分のお部屋のベッドの上でした。いつの間にかパジャマに着替えていた私に首を捻りながら起き上がると近くにコップが転がっているのが見えました。

 まさか、と思い慌ててお風呂を覗いてもそこには当然のように誰もいなくて。浴槽はしっかりと乾いていたし巫女服を着た謎の人魚の痕跡はありませんでした。

 起きたと思っていた時から夢だったのかと呆然と佇んでいたらインターホンの鳴る音が聞こえました。

「おはよう、歌鈴。珍しく遅いから迎えに来たけどどうかしたのか?」

 玄関の扉を開けるとそんな言葉をかけてきたプロデューサーさんに私は、いつものように「おはようございます」と挨拶をして笑いました。


終わり。

脈絡のない夢って楽しいから好きです。読んでくださってありがとうございました。

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