曜「たとえみんなが望むとしても」 (245)

浦の星女学院の生徒も部活動へ精を出し、統合しても元から静真高校へ通っている娘達に悪い影響をもたらすことはない

それを証明すべく行われた沼津駅前のライブイベントは、両高校のみんなが手を取り合い協力してくれたのもあり大盛況となった

結果、PTAからも認められた新生aqoursの6人は改めて活動を再開

静真高校のみんなからも私達は受け入れられた、かに思われていたが……

このお話はあれから半月後の3連休の間に起こった、私渡辺曜とaqoursの6人に降りかかった恐るべき事件の話である

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1554402059

【曜side】

三連休初日

この日は金曜日だけど、静真高校は開校記念日で休みとなっている

私は千歌ちゃんから「押し入れの整理してたら、すんごーいモノ見つけたから来て!」と電話がきたので、朝から彼女の家までバスで向かったのであります

どのみち、GWに市民会館で沼津市内のスクールアイドルが集まっての合同ライブイベントが開催されるので、その打ち合わせもする予定なんだけど

曜「えーっと、この青い上下着てるのが私で、こっちの赤と黄色のボーダーなのが千歌ちゃんだよね?」

千歌「そうでーす! っていうか、いつも着てた服だしねっ」

曜「んで、この白いワンピースに麦わら帽子の娘は──」

梨子「はい! 私、桜内梨子です!」

曜「えっ!? やっぱり?」

私と千歌ちゃんが昔、梨子ちゃんと出逢っていた

その時に撮った写真が残っていたなんて確かに「すんごーいモノ」だなぁ、うん!

梨子「うん。私、小1の夏休みに一度内浦へ来てたの。……すっかり忘れてたけどね」

にしてもズボンを履いている私達と比べ、梨子ちゃんは当時から清楚で女の子女の子した印象があるなぁ

千歌「奇跡だったんだね♡ わたし達がちっちゃい頃に一度会ってたのって」

曜「あはは、千歌ちゃんの言うとおりかもね。だから初対面のはずなのにすぐ馴染めたのかも」

梨子「運命だったのかな、私と千歌ちゃんが結ばれたのは♡ あの時出逢ってからそう定められて──」

曜「うわぁ、まーたトリップしてるよ」

梨子「いいでしょ! 私は千歌ちゃんが大好きなんだから♡」

ラブライブの決勝戦の後に自由時間があり、その時に千歌ちゃんの方から梨子ちゃんへ告白して……晴れて2人は恋人同士となった

以来、それまでと比べて梨子ちゃんの方から千歌ちゃんへ好意を示すのが多くなったような気がする

以前は千歌ちゃんのアピールに対して、梨子ちゃんは素っ気なく返していたような印象があったのに

いやはや、人は変われるものだね

千歌「でもわたしは好きじゃないなぁ」

梨子「へっ!? 千歌ちゃん……私のこと、嫌いになっちゃったの……ううっ」

千歌「いや、ごめん梨子ちゃん。そういうことじゃなくて」

梨子「……どういうこと?」

千歌「最初っから運命は決まっていた、って考え方」

曜「ああ、そっちね」

運命の人か……私はそういうの考えたことなかったなぁ

何せずっと「ある人」のことだけを想い続けていたから

千歌「昔会ってようとも会ってなくとも、スクールアイドル活動を通して色々あったから、わたし達は仲良くなれたんだから。ねっ♡」

梨子「もうっ、千歌ちゃんってば変なところでリアリストなんだから~」

梨子ちゃんがほっぺをプクーっと膨らます

なんだか段々と仕草まで千歌ちゃんに似てきてません?

千歌「いいでしょ~。それにあの出逢いが運命だっていうんなら、梨子ちゃんと曜ちゃんが結ばれた可能性だってあるんだし」

ようりこ「「あっ」」

そこに気付くとは……やはり千歌ちゃんは普通なんかじゃないよね!

千歌「ねっ。まっ、もしそうなってたとしても、わたしは二人の仲を応援してたと思うよ」

梨子「うーん、千歌ちゃんが言うような未来もあり得たかもね。曜ちゃん、卒業式の日に『だーーーい好き♡』って告白してくれたし♡」

曜「いやいや、アレは別にそういう意味の告白じゃないから」

一時期は2人の仲へ疎外感や嫉妬心を抱いたこともあったけど……梨子ちゃんだって共にスクールアイドル活動に励んできた大切な親友だよ!

曜「っていうか千歌ちゃんいる前でそのこと話すのは──」

千歌「ああ、その件については梨子ちゃんから聞いてるからお構いなく~」

曜「って話してたの!?」

梨子「何か問題でも? あの後で『千歌ちゃんのことなんて忘れて私のモノになりなよ♡』とか耳元で囁かれたりしてたら問題だったけど」

曜「私はそんな鬼畜じゃないから!」

っていうか私ってSなのかな? それともMなのかな?

考えたこともなかったなぁ

千歌「そうだよー。とにかくあの頃は惚れたとか恋したとか関係なく、3人仲良くしてた。でしょ?」

梨子「ふふっ、そうね」

曜「ほんと、千歌ちゃんのそういうとこには敵わないなぁ」

曜「やっぱり関係あるの? 梨子ちゃんがここへ引っ越して来たのと、昔ここへ来てたのって」

梨子「うん。今の家、元々おばあちゃんとおじいちゃんが暮らしてて、あの時はおじいちゃんのお葬式のために来てたの」

なるほど、祖父母が暮らしていた持ち家を相続したって訳だね

千歌「そっか、辛かったんだね……っていうかあの2人、梨子ちゃんのおばあちゃんとおじいちゃんだったんだね!」

曜「まあ名字が違うからね。ついでに私も初耳だし」

1年間も一緒にいても、家族関係は知らないというのは珍しくないかも

月ちゃんのことなんてその典型だし、なかなか親戚について話すことってないよね

千歌「何にせよ、あの時のわたしと曜ちゃんが梨子ちゃんの力になれたみたいで良かったよ」

梨子「千歌ちゃん……ありがと、2人とも」

ようちか「「どういたしまして」」

辛い思いをした幼い頃の梨子ちゃんの心を癒す助けになれていたのなら、とても喜ばしいことだよね

千歌「そういえば中学の頃におばあちゃんも亡くなったんだよね……」

曜「……そうだったね。その時も梨子ちゃんこっちへ来てたの?」

梨子「ううん、行かなかった。ピアノコンクールに出てたから」

曜「いや、良かったの?」

梨子「亡くなる1ヶ月くらい前に『私に何かあっても、自分の夢を優先しなさい』って電話が来てたから」

千歌「なんか夏の予備予選の時そっくりなやり取りだね」

「予備予選に出る」つもりでいた梨子ちゃんへ「ピアノコンクールに出てほしい」と千歌ちゃんが背中を押した話は、私も千歌ちゃんと「ぶっちゃけトーク」した際に聞いている

梨子「あっ、本当ね。おばあちゃんも千歌ちゃんみたいに周りのことよく見てる人だったから」

千歌「もしかしてわたしに惚れたのって、おばあちゃんに似てたから?」

梨子「別におばあちゃんは関係ないから。何度も背中を押してくれたからだし、可愛いところもいっぱいあるからだし♡」

千歌「いや~// 可愛いだなんてそんなぁ~//」

私は断片的にしか知らないけど、この2人には色々なことがあったのだ

家が隣で、作詞作曲で共同作業をすることもしばしばな千歌ちゃんと梨子ちゃんには……

私だって、梨子ちゃんが知らない千歌ちゃんをいっぱい知っているのに──、

曜「このバカヨウっ!」

千歌「どうしたの、曜ちゃんっ? いきなり首をブンブン振って」

曜「う、ううん。何でもないよ」

いい加減出ていってよ!
自分本位な私!!

千歌「悩みがあったら何でも言ってね。1人で抱え込んじゃダメだよ」

梨子「千歌ちゃんの言うとおりよ。私達、親友なんだからね」

2人が私の震える手を包み込むようにぎゅっと握ってくれた

親友達の優しい想いが伝わってくる

曜「う、うん。ありがと。でもほんとに何でもないからね」

千歌「そっか、了解」

梨子「……ならいいけど」

千歌ちゃんはともかく、梨子ちゃんには絶対見透かされてる気がするなぁ

やたらと察しがいいもんなぁ、やっぱり東京で多くの人に揉まれて暮らしてるとそうなるのかな?

もし私が「千歌ちゃんと付き合いたい!」って宣言したら、梨子ちゃんはあっさり身を引きそうな感じがする……なんとなくだけど

自分が嫌になる

梨子ちゃんは私と千歌ちゃんがギクシャクしちゃった時、力になってくれたっていうのに……

イベントの打ち合わせが一段落した頃には、時刻は午後5時半を回っていた

曜「さてと、私はそろそろ失礼しますかな」

千歌「そっか、お疲れさま。今日はありがとね」

梨子「お疲れさま。あと明日、私と千歌ちゃんとで駅前の方までショッピングへ行くんだけど」

間違いなくデートだよね?
いちいち報告しなくてもいいのになぁ

2人の仲は認めてるんだから……いやいや「認める」って何様だよ

曜「そうなんだ、楽しんできなよ」

梨子「曜ちゃんも一緒に来ない?」

曜「いや、でも──」

千歌「曜ちゃんもいた方が楽しいって! ねっ?」

曜「あっ、そうだ。私も明日はルビィちゃんと予定が入ってたんだ」

これは本当
1年生の衣装はルビィちゃんを中心に1年生だけで製作するが「生地選びとかのアドバイスがほしい」と誘われている

そして何より私も、今ルビィちゃんとお付き合いしている身なんだし

梨子「じゃあルビィちゃんも入れて4人で」

千歌「なんなら善子ちゃんと花丸ちゃんも誘って6人でも──」

曜「いやいや、別に休日までみんな一緒でなくちゃ、ってことはないでしょ!」

千歌「だよね~、うん……あうっ!?」

梨子ちゃんさぁ「諦め早いわよ!」って肘打ちはどうかと思うよ

梨子「本当にいいのね?」

曜「若い2人の間に、この老いぼれが入るのもどうかと思うしのう。ほっほっほっ」

千歌「老いぼれって、わたしと誕生日3ヶ月しか変わらないじゃん」

曜「んなっ!?」

渾身のボケにツッコミ入れられたし!

梨子「……わかった。じゃあルビィちゃんと仲良くね」

曜「うん。悪いね、千歌ちゃんも梨子ちゃんも」

十千万を後にして、最寄りのバス停から帰路につく

曜「はぁ~、相当気を遣われてるんだな、私」

2人とも、夏の予備予選前の一件から半年以上経った今でもなお、私のことを過剰とも言えるほど心配してくれている

さっきみたいに2人きりでどこかへ行く前に、いちいち「お伺い」する、みたいな

曜「私のことなんて……もう気にしなくていいのに」

そういう態度を取られるから……胸の奥に燻っている嫉妬の炎へ薪をくべるような真似をするから──、

ああ、ヤダヤダ!
そうやって「自分の狭量さ」を他人のせいにする私がさぁ!

千歌ちゃんはもし「私と梨子ちゃんが付き合う」としても応援してくれると宣言した

梨子ちゃんも「私と千歌ちゃんが付き合う」としても同じように応援してくれるに違いない

対して私は……私だけが未だに心の底から「千歌ちゃんと梨子ちゃんが付き合っている」のを祝福し、応援できずにいる

「仮定」と「現実」を比べるのもおかしな話だけど……やっぱり情けないよ、私

その日は夕飯を食べてシャワーを浴びたら、自己嫌悪を振り払おうとすぐに床についた

【梨子side】

三連休二日目

私、桜内梨子はばっちりおめかしを決めた上で、十千万へと向かいました

梨子「おはよう、千歌ちゃん」

千歌「おはよう、梨子ちゃん……ってその格好は──」

梨子「うん。あの頃みたいなイメージで選んでみたの」

白いワンピースにキャペリン帽子、そして髪型も久しぶりにツインテールにしてみました

幼い頃、初めて千歌ちゃんと曜ちゃんに出逢った時を彷彿とさせるコーディネートだけど──、

梨子「どう、似合う?」

千歌「もちろん! すっごい似合ってるよ!」

梨子「ほんと?」

千歌「うんっ! まるで天使様がわたしの下へ舞い降りて来てくれたのかと思ったよ!」

梨子「んなっ!?」 

天使様だなんて……そこまで褒められたの、これまでかけてもらった中で最上級の賛辞かも♡

梨子「んもうっ// 褒めたって何も出ないわよ//」

千歌「ははっ、梨子ちゃんってば顔真っ赤。照れてるんだ~、可愛いよ♡」

梨子「ほんと、バカチカなんだからぁっ//」

千歌「むうっ、梨子ちゃんまでそう呼んでぇ~」

対する千歌ちゃんはボーダーのTシャツに、Gパンというかなりボーイッシュな格好です

梨子「千歌ちゃんったらせっかくのデートなのに、そんな男の子みたいな格好で」

千歌「デートだから、だよ」

梨子「へっ?」

千歌「わざと男の子っぽく見えるようにしたんだよ」

梨子「なんでよっ!?」

千歌「やっぱりさ『女の子同士はおかしい』って見なす人は多いしさ」

梨子「……あっ」

普段は女子校に通っているから意識しないでいられるけど、世間では未だに「女性同士でお付き合いする」ことへの偏見は大きい

「男の子に見られれば、周囲から奇異の目で見られないだろう」という千歌ちゃんなりの配慮なんだろうなぁ

千歌「でも気にしなくていいよ。わたしだって梨子ちゃんみたく『あの頃風』を意識してみたんだし」

梨子「まあ、そう見えなくもないね」

あの写真の娘が10歳くらい年をとったら、きっとこんな風になる……と言えなくもないかな?

千歌「でしょ~、だからいいの。『10年越しの再会』ってフレイバーなの!」

梨子「ふふっ。ほんと、変な人」

千歌「変な人で結構」

私の彼女さんは、案外ロマンチストだったりするのです♡

ロマンチストといえば、千歌ちゃんは最近私の写真を入れたロケットを、いつも首に掛けていたりします

「いつも梨子ちゃんにわたしを見守っててほしいから」とのことで

「そうね、でないと宿題サボっちゃうもんね」ってからかったら「そんなことないもん!」ってほっぺたを膨らませて拗ねちゃったの

ちっちゃな子どものようにふて腐れる仕草も可愛いよ、千歌ちゃん♡

梨子「そろそろバスが来る時間になるし、行きましょ!」

千歌「うん。今日1日楽しもうねっ♡」

梨子「うん♡」

外は雲1つないいい天気
午後からは曇ってくるそうだけど、天気予報によれば雨は降らないらしいです

私達はまず駅前のショッピングモール内にある、文房具店へと向かいました

私達と同じく女子高生のペアもそれなりにいるので、私も千歌ちゃんも「恋仲に見られる」ことへ意識過剰してたのかもね

千歌「嘘っ!? 40ページしかないのにこんなに高いのっ!?」

梨子「確かにこれで980円はちょっと……って感じね」

昨日、曜ちゃんが帰った後で「交換日記を始めよう」って話になりました

千歌ちゃんが「どんな出来事があったのか、いつでも見返せるようにしたい」って提案したのがきっかけだったりします

千歌ちゃんが手に取ったそのノート、表紙のキラキラした装飾だけで値段の9割くらい占めていません?

千歌「だよね? 駅前の喫茶店のキャラメルマキアートRXサイズと同じ値段だもんね」

梨子「なぜ比較対象がキャラメルマキアート!?」

千歌「っていうかアレだって、原価考えたら相当なぼったくりだし」

その発言、この手の喫茶店全般へ喧嘩売ってるよね?

梨子「ああいうのって、施設の利用費も込みなんだと思ってたけど」

千歌「なんだろうね。スタバのコーヒーとか8割はシャバ代だっていうし」

梨子「……シャバ代ってマフィアじゃないんだから」

千歌「えっ、普通に言わない? とにかくアレ持って帰るなんて、イコール8割ドブへ捨てるようなもんだよ!」

梨子「理屈はわからなくはないけど、ドブへ捨てるはないんじゃないかな? ちゃんと飲むんだから」

千歌「かもね。飲みたいところで飲むのが一番だよね」

結局はそれが一番大切なことだと思う

私の彼女さんは、自分の気持ちへ正直な人なのです♡

梨子「ところでどれにしよっか?」

千歌「もういつも歌詞書いてるヤツでいい気がしてきた」

梨子「ええーっ!? あの3冊100円のアレ?」

千歌「うんっ。一番コスパいいし♡」

梨子「コスパがいいのは認めるけどさぁ」

かくいう私も学校ではあのノートのお世話になっておりますし

日常的に使う物に余計な装飾は必要ないんだし

千歌「嫌なの?」

梨子「せっかくの交換日記なんだから、こういう時くらい奮発してもバチは当たらないんじゃない?」

千歌「うーん、だよねぇ。でも実用性を考えると──」

梨子「千歌ちゃんって、結構ケチくさいよね~」

さっきのキャラメルマキアートの件も含めて

「少ないお小遣いを何とかやりくりしなくちゃいけないから」っていうのには同意するけど

千歌「んぐあっ!?」

梨子「やっぱりアレ? 旅館の娘だから金勘定にはうるさいクチなの?」

千歌「いいじゃんか~! このご時世、節約志向が大切なのです!」

梨子「わかるけど、やっぱり出す時は出さないと。ねっ?」

千歌「うーん……それもそっか」

人生メリハリをつけることが肝心なのです!

梨子「でしょっ♡」

千歌「じゃあこっちの金ピカノートを──」

梨子「さすがにそれは高過ぎ!」

いくらなんでも50ページで1,777は奮発し過ぎだからね!

文房具店でノートを買った後、私達は映画館で今流行りのアニメ映画を観ました

そしてたった今、上映が終わったところなのですが……

千歌「ううっ、○莉ちゃん。どうしてぇーっ……グスン」

梨子「真君を守るためだからって……あんまりだわ」

終盤、ヒロインの娘が身を挺して敵の攻撃から主人公の男の子を守り、彼の腕の中で息絶えるシーンで不覚にも号泣してしまいました

ベタだけどあんな展開ずるいわ……絶対泣いちゃうっての、ぐすん

千歌「梨子ちゃんはわたしが殺されそうになっても、庇ったりしなくていいからね」

梨子「千歌ちゃんこそ。私は私がいなくなっても、千歌ちゃんが幸せでいてくれたらそれでいいから」

千歌「イヤだよぅーっ。わたし、梨子ちゃんが隣にいないと幸せでいられないもんっ!」

梨子「私も。千歌ちゃんがいない世界なんて耐えられない!」

千歌「梨子ちゃぁーんっ!」

梨子「千歌ちゃぁーんっ!」

映画館の入り口で最愛の人と抱き合っていると──、

周りの人々「ジー」

ちかりこ「「はっ!?」」

係員「お楽しみいただけたようで何よりですが……館内の清掃がありますので」

ちかりこ「「すみませんでした」」

ペコリと頭を下げて、逃げるようにその場を後にしました

梨子「ううっ、やらかしたー」

千歌「いいじゃん、わたし達がラブラブなの見せつけられてさぁ♡」

梨子「よくないっ! っていうか周りがドン引きしてたわよ」

いわゆる「桃色結界」作り出してたよね? さっきの私達

千歌「いいよ、ドン引きされるくらいで。それこそ将来は『十千万名物のラブラブ夫婦』って噂になるくらいにさぁ♡」

梨子「私達が名物になって客が増えて嬉しいの?」

千歌「んっ? お客様が増えてその分儲けになるなら結果オーライだよ!」

まーたコスパ厨発言が出たし

やっぱり家族からお金の大切さをきっちり叩き込まれたからかな?

梨子「わからなくはないけど、むしろマイナスになるんじゃ」

千歌「なるの?」

梨子「なるかもしれないよ」

千歌「どんな風に?」

梨子「例えば旅館案内サイトのレビューで『ここの若女将と奥さんが所構わずイチャイチャしているので、リア充爆発しろ! と嫉妬の炎が鎮まりません。せっかく日頃の疲れを癒しに来たのに、逆にイライラが募り全く癒されませんでした』ってな感じの悪評が広まって──」

千歌「所構わずイチャイチャなんてしないから! 仕事なんだし!」

梨子「そういうところはメリハリ付けるつもりなのね? 所構わず『スクールアイドルやろうよ~梨子ちゃ~ん♡』って誘ってきたのに」

まあ、その連日のお誘いがあったからこそ「今の私」があるのは事実だけどね♡

千歌「えへへぇ~、だって梨子ちゃんへ一目惚れしたんだもんっ♡」

梨子「作曲できるからでしょ?」

千歌「うぐあっ!?」

梨子「それと数合わせ」

千歌「はぐわぁっ!? ……そりゃ最初はそうだったけどさぁ」

コスパ厨な彼女だけど、決して金勘定だけで物事を捉えてなんかいない

私の彼女さんは、誰よりも人情を重んじる人なのです♡

梨子「わかってる。千歌ちゃんが私を『作曲マシン』みたいに見なしてた訳じゃないって」

千歌「梨子ちゃん……」

梨子「私もそんな優しい人だってわかったから、千歌ちゃんとスクールアイドルやろうって決めたんだよ♡」

千歌「ううっ……ありがとね、梨子ちゃん」

そうでなかったら、こうして隣を歩んでいきたいなんて思う訳がありませんからね!

千歌「ところで映画観てて思ったんだけどさぁ」

梨子「どうしたの?」

千歌「もし実際に明日世界が終わっちゃうとしたら……梨子ちゃんはどうする?」

実は私も同じこと考えてました

あの映画の場合「隣接する平行世界からの侵略者によって、主人公達の世界の人々が虐殺されていく」って相当えげつない展開だったけど

梨子「なんか聞かれるかもとは予想してたけど、答える必要あるの?」

千歌「えーっと、つまり?」

梨子「1日中ずーっと千歌ちゃんと一緒に過ごしたい。もし授業があるならサボっちゃう!」

というより他に何かありますか?

千歌「おおーっ、なんだかワルだねぇ~」

梨子「明日で世界が終わっちゃうならワルも何もないわよ。っていうかみんながわかってるなら、そもそも授業だって休みになりそうだけど」

千歌「あっ、確かにそうだね」

梨子「その手の背景設定へ熱いこだわりがある千歌ちゃんとしてはどうなの?」

千歌ちゃんは設定厨なところもあります

以前、中学生の頃に書いたというオリジナルRPGの設定ノートを見せてもらったのですが……善子ちゃん顔負けのそれはそれは膨大なものでした

もしかしたら、あのノートを他の誰かへ見せて馬鹿にされた経験があったから、善子ちゃんの「堕天使」をすんなり認められたのかも

千歌「そこは梨子ちゃんへお任せします」

梨子「って投げちゃうの!?」

思ってたほど設定厨じゃなかったの?

千歌「それで、わたしと何をして過ごしたいの?」

千歌ちゃんのあどけない顔がグイッと近付いてきました

ちょっぴり酸味のあるみかんシャンプーの香りが、私の鼻腔を刺激します//

梨子「うーん……その時になってみないとわからないかな?」

千歌「そっか、それもそうだよね~」

梨子「まあ、色々思いつきはするんだけど」

飲み物をストローでかき混ぜた時に出来る無数の泡のように、千歌ちゃんとやりたいことが次々と浮かんできました

千歌「どんなどんな?」

梨子「今日みたいにショッピングしたり、映画を観たり、美味しいものいっぱい食べたり」

千歌「本当に普通のデートって感じだね」

梨子「でしょ」

だから私としては、今日の晩に「おやすみ」って眠りについて、そのまま目覚めることがなかったとしても「それはそれでいいかも」とか思わなくもなかったり

もちろん、遺された千歌ちゃんのことを想ったら胸が苦しくなるから「2人とも亡くなる」のが大前提で

梨子「……って考えたんだけど」

千歌「考えたんだけど?」

梨子「みんなが『明日世界が終わる』ってわかってたら、誰も働かないと思うの」

千歌「だよね~、みんな『仕事なんてやってられるか! 自由に過ごすぞー!』ってなっちゃうよね~」

梨子「ねっ。でも『私と千歌ちゃんだけが気付いてる』って設定ならイケるけど」

千歌「うむ、その手のこだわりは大切じゃぞ」

梨子「はぁ、どうして私の周りは設定厨だらけなのか」

千歌ちゃんと善子ちゃんはもちろん、読書家の花丸ちゃんなんかもそうだし

お父さんが船乗りの曜ちゃんも架空戦記の妄想とかするし

スクールアイドルオタクのルビィちゃんなんて、姉のダイヤちゃん共々閉校祭の振替休日に「クイズ大会の補習講座」を開いて(私や花丸ちゃんを含む)参加者一同をみっちりしごいたし

千歌「そりゃみんな自分が好きなものへのこだわりが強いから、でしょ?」

梨子「ああ……かもね」

千歌ちゃんだってみかんの知識が凄まじかったりするし

「口にしただけでどこ産かわかる」人、そうそういないだろうなぁ

千歌「かくいう梨子ちゃんだって壁クイへの熱意は凄まじいんだし」

梨子「そ、そうかな?」

千歌「そうだよ。この前プリクラ撮った時だって『顎の引き方がおかしい』って7回も撮り直したし」

https://i.imgur.com/sQlqCjC.jpg

梨子「はうぅっ//」

すみません、私も大概設定厨だったみたいです

千歌「こだわりといえば唯澪本とまどほ○本だって何十冊もあったし」

梨子「推しカプの本は何冊あっても困らないんです!」

世間では律澪とか杏さ○が幅を利かせていようとも、私はこの2組を支持してるんです!

誰が何を好きになろうとその人の勝手なのです♡

千歌「ええーっ!? そうかなー?」

梨子「作者ごとの違った解釈を見られるのが楽しいの!」

千歌「それってガワだけ同じの別キャラなような──」

梨子「そういうのは言いっこなしです!」

みんな違ってみんないい、それでいいじゃない!!

千歌「推しカプ本の話聞いてて思ったんだけどさ」

梨子「なぁに?」

私の彼女さん変な人なので、やっぱり時々変な事を思い付きます

でもそうやって色んな話題を振ってくれるので、話してて楽しくなります♡

千歌「平行世界ってさ、1つだけじゃないのかもね。あの映画だと1つだけだったけど」

梨子「3つとか4つとか? そもそも平行世界自体、実際にあるのかなんてわからないけど」

千歌「まあね。ただあるとしたらそんなもんじゃなくて、それこそ何万何億……無限にありそうな気がする」

それこそ小さなコップの中に生じた泡どころか、世界中の海に浮かぶ船のスクリューの回転で生じた泡のように
気が遠くなりそうな話です

梨子「で、その中の1つ1つに私と千歌ちゃんがいるってこと?」

千歌「うん。だとしたら、その中には『梨子ちゃん以外の誰かと付き合っているわたし』がいてもおかしくないんじゃないかな……ってさ」

梨子「曜ちゃんとか?」

やっぱり彼女の存在が真っ先に浮かんでしまいました

私の方が彼女のこと、未だに気にし過ぎているのかな……

千歌「うん。あるいは果南ちゃんとか、普通に男の人とか。もしくは誰とも付き合ってないわたしなんかも」

梨子「ふふっ、乙女ゲーの個別シナリオみたいだね」

千歌「でしょ。んでそういうのを考えていったらさ」

梨子「考えていったら?」

千歌「こうしてわたしと梨子ちゃんが付き合っているのって、実は相当なレアケースなんじゃないかなーって」

梨子「えーっと、つまり全ての平行世界で千歌ちゃんが誰とお付き合いしてるのか調べていったら『私とお付き合いしている世界』の割合はかなり低い、と?」

千歌「うん。なんとなく、ね」

もしかしたら千歌ちゃんも「自分は順当にいけば曜ちゃんと付き合っていたはずだ」と考えているのかな?

千歌「だからこそ……ううん、そんなもしものこととか関係なく、梨子ちゃんとこうして隣にいられる時間を大切にしたいな♡」

梨子「千歌ちゃん……うん、私も♡」

平行世界がどれだけ存在していて、それらの中で「私と千歌ちゃんが付き合っている世界」がどの程度の割合で存在しているかなんて確かめようがありません

「仮定」の話をして不安になるよりは、目の前にある温もり溢れる「現実」を大切にしていきたいです♡

千歌「ところでお昼どうしよっか?」

梨子「なんかポップコーンでお腹いっぱいになっちゃった」

千歌「えへへ、実はわたしもなんだけど」

梨子「じゃあこのまま家電屋さんまで行く?」

千歌「うん、そうしよっか」

映画館を出た私達は、腹ごなしも兼ねて駅前通りをゆっくり歩いて行くことにしました

千歌「うーん、なんだか曇ってきたね」

梨子「予報通りだね。雨は降らないみたいだけど」

千歌「そっか。あっ、あれって──」

アッシュグレーのふんわりウェーブがかかったセミロングヘアーの娘が、ベンチに座っているのを見つけました

梨子「曜ちゃんかな?」

千歌「曜ちゃんだね。幼なじみのわたしが言うんだから間違いなく」

梨子「ふふっ。にしても、ルビィちゃんは一緒じゃないのね」

千歌「じゃあ行こっか、曜ちゃんのとこへ」

梨子「もちろん!」

曜ちゃんは嘘をついていたのかな?

元々ルビィちゃんとの約束なんてしていなくて、私と千歌ちゃんの邪魔になりたくないからって……

千歌「やっほ~曜ちゃ~ん!」

梨子「こんにちは、曜ちゃん」

曜「って千歌ちゃんに梨子ちゃんっ!?」

千歌「ごめんね、曜ちゃんっ!」

ご主人を発見した大型犬のように、千歌ちゃんが曜ちゃんへ飛びつきました

曜「わわっ!? いきなりハグしてこないでよ//」

千歌「えっ!? ダメ?」

曜「ダメも何も『彼女』がいる前で──」

梨子「ああ、私のことならお構いなく。あと私もハグしていい?」

2人が仲良くしている様を見ているのは、過去のすれ違いを知ってしまった身としては「わだかまりが解けて良かった」と嬉しいです

ですが、私だって曜ちゃんのことは大好きなんですからね♡

「恋仲」と「友情」は別腹じゃ駄目ですか?

曜「いやいや、梨子ちゃんも大切な親友だけどさぁ」

梨子「ふふっ、ありがと」

曜ちゃんの方もまた、私のことを認めてくれているのはこの上なく嬉しいです!

曜「っていうか今の『彼女』って梨子ちゃんのことじゃなくてだね」

梨子「私じゃなくて?」

???「ジーっ」

ああ、そっちの赤毛のツーサイドアップでちょっぴり背が低い彼女さんのことね

どうやら私達は早とちりしていたみたいです

千歌「あっ、ルビィちゃんもいたんだ~♡」

ルビィ「……やっぱり曜さんにとって、千歌ちゃんが一番なんですね」

いや、何この普段より一段低いトーンは

曜「い、いや……そんなことはなくて、千歌ちゃんの方からハグしてきて……」

千歌「ご、ごめん」

千歌ちゃんが曜ちゃんから申し訳なさそうに離れました

ルビィ「ううん、ルビィは何も怒ってませんから♡」

無理矢理貼り付けたような笑顔に胆が冷えます

とにかく、まずは事情を説明しなくちゃいけないよね

梨子「ルビィちゃん、私達は『曜ちゃんが1人で来てた』と勘違いしてて……ごめんなさい」

ルビィ「だと思いました。大丈夫ですよ、梨子さん」

梨子「ふぅ、ありがと」

この様子だと、単にルビィちゃんがトイレに行っていただけかも

遭遇したタイミングが悪かっただけみたい

曜「だから昨日話したでしょ。『ルビィちゃんと2人で予定が入ってる』って」

千歌「そうだ。曜ちゃん、わたし達これから家電屋さんまで行くんだけど、一緒に来ない? もちろんルビィちゃんも」

曜「ああ、ごめんね。私達、これから手芸店へ行くから遠慮しとくね」

千歌「えっ!? でも──」

梨子「曜ちゃんには曜ちゃんの用事があるの」

千歌「はーい」

千歌ちゃんが渋々引き下がりました

案外曜ちゃんよりも千歌ちゃんの方が未練タラタラなのでは? と邪推してしまいます

でも曜ちゃんから告白してきたのを振ったのは千歌ちゃんで……

梨子「じゃあ私達はこの辺で失礼するね。行こっ、千歌ちゃん」

千歌「うん。また今度ね~」

曜「うん。私のことは気にせず、2人とも楽しんで!」

千歌「ルビィちゃん、曜ちゃんをしっかりリードしてあげてね!」

千歌ちゃんの中ではルビィちゃんの方が曜ちゃんよりもしっかり者、と見なされているみたいです

まあ、函館でSaint Snowとの合同イベントを主催して以降、彼女が成長著しいのは誰の目から見ても明らかだし仕方ないかも

ルビィ「はいっ、任せてください!」

曜「ってリードされるのは私なの!?」

どっちが正しいのかな?
曜ちゃんへ気を遣うのと、曜ちゃんのこと気にしないの

彼女の本心がわかりません

でもこればっかりは、問い詰めたとしてもはっきり答えを出してくれなさそうな気がします

何となくだけど

【曜side】

曜「なんていうか、もう熟年夫婦感出てるなぁ。千歌ちゃんと梨子ちゃんは」

ルビィ「そうですね~、出逢ってからまだ1年しか経ってないってのに」

曜「まああの2人の場合、色々あったみたいだからね」

2人はスクールアイドル活動を通して、悲しいことや辛いことも乗り越えてきた「同志」でもある

特別何かに夢中になって全力で取り組んだことがなかった千歌ちゃんにとっても

逆にピアノ一筋で特別親しい友人がいなかった梨子ちゃんにとっても

ルビィ「ルビィ達全員、色々ありましたよ。9人みんなが自分の物語の主役なんです」

他人とコミュニケーションを取ることが苦手だったルビィちゃんら1年生の3人にとっても

もちろん幼い頃から高飛び込みに精を出し、それなりに広い交友関係を持っていた私だろうとも、多くのことを感じ考えさせられた1年だったことは否定できない

曜「あはは、だよね。他の誰かになれる訳でもないんだからね」

ルビィ「そういうことですよ、曜さん。だから──」

曜「だから?」

ルビィちゃんが私の両肩をがしっと掴む

彼女の瑞々しくて柔かそうな唇へ目がいってしまう

ルビィ「ルビィの……わたしのこと、もっとちゃんと見てください」

あの2人だけならいざ知らず、ルビィちゃんまでなんてことを言い出すのだ

ただ、私達が付き合い始めた「あの日」のことを考えたら、こんな言葉を向けられても仕方ないんだが

曜「見てるよ、ルビィちゃんのこと」

ルビィ「今のままじゃなくて……『千歌ちゃんの代わり』じゃなくて、ですよ?」

上目遣いで私を見つめるエメラルドグリーンの瞳に私の姿が映る

曜「千歌ちゃんの代わり?」

ルビィ「はい」

曜「……ルビィちゃんまでそんなこと言うの?」

ルビィ「だって曜さん、ずーーーっと千歌ちゃんしか視界に入れてなかったですし」

曜「そ、そう……かな?」

中学時代の私ならともかく、今は一応そんなつもりないけどなぁ

ルビィ「今だって千歌ちゃんにハグされて、おもいっきり鼻の下伸ばしてましたし」

曜「はぐうっ!?」

いや、でも女の子から抱きしめられたら嬉しくなるでしょ! 同じ女の子としても

柔らかいし、あったかいし、いい匂いがするんだし

ルビィ「未練タラタラなんですね?」

曜「そ、そんなことないっての!」

千歌ちゃんに限らずaqoursのみんな相手なら、誰であろうとハグされたら嬉しいからね!

もちろん「友情」の範疇になるけど

ルビィ「色々聞いてるんですよ。例えば善子ちゃんからは『曜ってば、バスの中でも口を開けば半分くらいは千歌の話なんだから』って」

曜「善子、ちゃん?」

そうなの?
全く自覚なかった

ルビィ「果南さんからは『私だって曜の幼なじみなのに……鞠莉じゃないけど嫉妬ファイヤーしちゃうなぁ』とか」

曜「いや、果南ちゃんは歳が1つ違うからさぁ」

小学と中間とで学校へ一緒に通えない1年が2回もある以上、しょうがないと思うけどなぁ

向こうだって同学年の鞠莉ちゃんやダイヤちゃんと一緒に遊ぶことの方が多かったんだし

ルビィ「そして花丸ちゃんからは『マルはそもそも存在を認知されているのかすら怪しいずら。この前ランニングで遅れたら「全員いるね」って忘れられたから』という衝撃の報告が──」

曜「その件はごめん! 悪気はなかったから!」

もちろん気付いてからちゃんと謝っていますからね!

ただ、花丸ちゃんに関しては1年経った今でも、ちょっとどう接したらいいか掴めないでいるのは事実であって……

曜「っていうか、そんなに私『千歌ちゃん千歌ちゃん』言ってる?」

ルビィ「お姉ちゃんの『ですわ』ぐらいには」

曜「『ぶっぶーですわ!』や千歌ちゃんの『奇跡だよ!』の比じゃないよね? そこまでくると」

まさか口癖どころか語尾レベルの頻度とは

ルビィ「ほらっ、また千歌ちゃんで例えた!」

曜「はぐわっ!?」

ルビィ「まっ、10年以上も片想いしていたそうですから仕方ないですけどね。『曜さんの半分は千歌ちゃんで出来ている』と言っても過言じゃないですし」

曜「いやいや、どこぞの風邪薬じゃないんだから。……勇気を貰ってきたりはしたけど」

千歌ちゃんは自分のこと「普通怪獣ちかちー」などと卑下するけれど、全然普通なんてことないからね!

aqoursのみんなの閉ざされた心を開くきっかけを作り、自分自身もまたaqoursの活動を通して自信を持てるようになれたのだから

ルビィちゃんと話しながら、私は千歌ちゃんへ意を決して告白した時のことを思い出していた

◆◆◆

それは閉校祭前日の晩、校門前でのことだった

曜「千歌ちゃん!」

千歌「んっ? どうしたの?」

こっちが一世一代の告白をしようというのに、普段と変わらず呑気なものだ

曜「私……千歌ちゃんのことが──」

千歌「わたしのことが?」

心拍数が全力疾走した直後のように高くなる

心臓がバクバク唸りはち切れそうだ

「ううん、何でもないよ」と中断したくなるほど息が苦しくなる

だけど……それでも言わなくちゃ!

そうでないと、私はいつまでもヘタレのバカヨウのまま変われないから!

「一番欲しいものは、勇気を出さなくちゃ決して手に入らない」ってわかっているから

曜「──好きです!」

言って、しまった

なんだか胸のしこりが取れたように呼吸が楽になる

千歌「うんっ! これからもいい友達で──」

曜「い、いや。そうじゃなくて」

千歌「そう、じゃない? どういうこと?」

他人が悩みを抱えているのには敏感なのに、どうしてこういう場面では鈍感なのやら

曜「『恋愛対象』として好きってこと」

ランナーズハイに近い高翌揚状態に入ったためか、さっきまでなら躊躇っていたであろう言葉でもすんなりと宣言できてしまった

千歌「ふへっ!?」

彼女がその場でフリーズしてしまうも、数秒後に──、

千歌「ええーっ!?」

とすっとんきょうな声をあげた

千歌「ちょっ!? いや、で、でも……だけど、わたしは……」

彼女の顔が今まで見たことがないほど真っ赤に染まる

そしてモジモジと俯いて独りごちた

曜「千歌ちゃん?」

千歌「曜ちゃんの気持ち……すっごいすっごい嬉しいよ。ありがとう」

大粒の涙をこぼしながら、彼女がぎこちなく笑顔を作ってくれた

「よしっ!」と心の中でガッツポーズを取った

ところが……

曜「じゃあ私達──」

千歌「だけど……ごめんなさい」

喜びの絶頂に舞い上がったのも束の間、一瞬で奈落の底へ叩き落とされた心持ちになる

えっ?
嘘でしょ?
聞き間違いだよね?
たった今嬉し泣きまでして、笑顔だって向けてくれたよね?
なんで?
どうして?

いくつもの疑問が浮かんでは破裂してゆく

そして最後に残ったのは「私は千歌ちゃんから振られた」という圧倒的な事実だった

曜「あ、ああ……」

千歌「曜ちゃんっ!?」

頭の中が真っ白になり、足下がふらついた私へ千歌ちゃんが駆け寄って支えてくれた

千歌「曜ちゃんが嫌いって訳じゃないよ。っていうか『どうやったら嫌いになれるの?』って感じだし」

曜「あ、ううっ……」

振った側だというのに、千歌ちゃんは涙をぽろぽろこぼしながらも私を精一杯フォローしてくれる

千歌「でも……わたし、好きな人がいるから」

曜「う、うん。わかってる、梨子ちゃんのことだよね?」

私が駄目だっていうのなら、他に可能性があるとすれば彼女以外にいるまい

千歌「う、うん。だから、ごめん。ごめんね、曜ちゃん」

誠意を示した私を傷付けることへの申し訳なさで涙を流してくれた千歌ちゃん

礼を尽くして謝ってくれた彼女を責めるなんてこと、とても私にはできなかった

曜「それで、梨子ちゃんへいつ告るの?」

千歌「決勝が終わったら。結果発表は翌日でしょ?」

曜「うん、そうだね」

千歌「夕方デートへ誘って、その時に告白する」

曜「そっか」

ラブライブの決勝に出場するチームにはビジネスホテルが手配される

好きな人へ向き合うのは全てが終わってからとは、基本的に一つの物事へ一途な千歌ちゃんらしい

千歌「わたし、先に教室へ戻ってるね」

曜「う、うん」

「頑張ってね」とエールを送ってあげられなかった自分が情けなかった

曜「あはは……そう、だよね」

わかっていた
千歌ちゃんはずっと、梨子ちゃんのことを一途に想っていたんだって

曜「うっ、ううっ……千歌ちゃん、千歌ちゃんっ」

全身の力が抜けて、足下から崩れ落ちた

とめどなく涙があふれ、嗚咽が止まらない

彼女がここを通りかかったのは、これまで17年生きてきて、これ以上ないほどの悲嘆に暮れていた時だった

ルビィ「曜さんっ!?」

曜「る、ルビィちゃんっ!?」

「後輩の前で情けないところは見せられない」と涙を袖で拭い、なんとか平静を装おうとするも──、

ルビィ「もしかして千歌ちゃんに……ごめんなさいっ」

──即座に看破されてしまいました

曜「いや、いいって。ルビィちゃんが思ったとおりだから」

ルビィ「いや、でも──」

曜「わかってたんだけどね。千歌ちゃんが梨子ちゃんへ恋してたって」

ルビィ「曜さん……」

曜「ああ……やだやだ! 『私が梨子ちゃんだったら』なんて、『梨子ちゃんになれたら』なんて」

真っ白だった心の中へ、どす黒い醜悪な感情がなみなみと注がれてゆくのが自覚できる

曜「そんなの……『あの頃から何にも変われてない』ってことじゃんか!」

2人が仲良くしている様へ疎外感を覚え、嫉妬心を向けるようになった夏の予備予選の頃と

自分が腹立たしかった

一番好きな人と、私にとっても大切な親友でもあるもう1人の仲を、素直な心持ちで応援できない自分が

曜「ううっ……ああーっ!」

ルビィ「泣いても、いいですよ。ルビィの胸で良ければ」

私よりも一回り小さな後輩が、慈愛の眼差しを向けながら両腕を大きく開いた

曜「うああぁーっ! 千歌ちゃん、千歌ちゃんっ、千歌ちゃぁーんっ!!」

涙と声が涸れるまで、私はルビィちゃんの胸の中で泣き続けた

曜「ごめんね、情けない先輩で」

ルビィ「いいんですよ。フラれたら悲しいのは当たり前ですもん」

函館のイベントで一皮剥けたのか、ダイヤちゃんの面影が垣間見えるほどしっかり応えてくれた

曜「ルビィちゃんは経験あるの?」

ルビィ「……知ったかぶりですよ。すみませんね」

あっ、拗ねた

こういうところはまだまだあどけなさが残ったままかも

曜「ふふっ、あははっ! 確かにルビィちゃんは恋とは無縁そうだしね!」

ルビィ「笑わないでくださいよぅー、これでも気にしてるんですからー」

曜「あはは、ごめんごめん」

ルビィ「花丸ちゃんと善子ちゃんだって付き合ってたりしますし」

曜「ああ、あの2人もかー」

善子ちゃんと花丸ちゃんも普段から親密なスキンシップをしているので納得がいく

ルビィ「さっき『上級リトルデーモン0号がどうたら』って言ってキスしてましたし、空き教室で」

曜「あの『占いの館』の?」

ルビィ「はいっ、そこです」

曜「へぇー、やるじゃん」

3年生の3人が卒業した後は、2組のカップルがイチャイチャしている様を眺めていなくちゃならないのか……

そんな光景が脳裏をよぎってしまった私は、今思い返せばあまりにも衝動的な行動に走ったのだ

曜「ねぇ、ルビィちゃん」

ルビィ「なんですか?」


曜「付き合おっか。私達も」

ルビィ「えっ?」

ルビィちゃんがさっきの千歌ちゃんと瓜二つに頬を真っ赤に染めて驚いた

ルビィ「……ええーっ!?」

曜「駄目、かな?」

ルビィ「いや、その……駄目ってことは、ない……ですけど」

両手を組んでモジモジする様を見ると、彼女も立派な女の子なのだと痛感させられる

ルビィ「一応……色々尊敬してますし」

曜「じゃあ、これからよろしくね」

なんだかんだ言って私だってルビィちゃんへ単なる「後輩」として以上の好意は抱いていた

2人きりで衣装作りをしたり、練習帰りに松月さんでスイーツを食べたりとそれなりに親しくしていたつもりだ

ルビィ「ま、まあ付き合い始めてから親しくなる恋ってのも、アリだとは思いますし」

だからこれから彼女の新しい一面をもっと知って、より深い関係になれたらいい
そう考えていた

一刻も早く「本命」に振られた傷から逃れたくて

ルビィ「……こんなルビィで良ければ、よろしくお願いします」

曜「うん。よろしくね、ルビィちゃん」

こうして、私とルビィちゃんは恋人同士になった訳だ

◆◆◆

曜「完全にその場のノリで……って感じだったけどね」

ルビィ「わかってますよ。長年片想いしてた人へフラれて、自棄になってたことぐらい」

何はともあれ、いざ付き合い始めると彼女の意外な素顔に次々と気付かされる

お喋りしていて楽しい心持ちになるのもまた事実だし

ルビィ「でも、きっかけなんてそんなんでいいんです」

曜「ルビィちゃん……」

ルビィ「ルビィとしても『憧れの人とお付き合いできる』ってことに浮かれてて、その後のプランなんかこれっぽっちも考えてませんでしたから」

曜「私のこと、そんな風に見ててくれてたんだね」

キュートな後輩から慕われるのは決して悪いことではなくて、つい口元が弛んでしまった

ルビィ「でも、もう付き合い始めて3ヶ月にもなるんです。だからそろそろルビィを『千歌ちゃんの代わり』じゃなくて『ルビィ』として見てほしいんです」

背伸びした彼女のふっくらとした唇が少しずつ距離を縮めてゆく

そうだ、もう私達は恋人同士なんだ

だからこのまま口づけを交わしても──、

???「ジー」

──と意を決した矢先、誰かの鋭い視線を感じてしまった

曜「ちょっとそこの君? 何見てるのっ!?」

???「何か問題でも? 別にカメラで撮影している訳ではありませんし」

静真高校の制服を着た、釣り目で少し鼻が高めな金髪の娘だった

リボンの色からして、私と同じ3年生らしい

曜「いや、それはそうだけどさ」

???「個人の肖像権を侵害していない以上、公共の場で起こっていることへ目を向けるのに特別の問題はありませんよね?」

曜「ま、まあ」

彼女の指摘どおり、商店街のど真ん中でいきなりキスをしようとすれば周りから注目されても仕方ないか

曜「ってことだから、また今度ね。ルビィちゃん」

ルビィ「そう、ですね。……わかりました」

彼女も渋々ながら承諾してくれた

でも本来なら、先輩である私の方からリードしてあげるべきなんだろうな

???「止めるんですか? 彼女さんとのキスを」

曜「そんなに見たかったの? 他人がキスしてるのを」

どうして他人のことへと口を挟みたがるのか、なかなか面倒な人らしい

???「いえ、別に」

曜「だったらいいでしょ、見せ物じゃないんだから」

ルビィ「そうですよ、みのり副会長」

曜「へっ!? 副会長?」

ルビィちゃんの口から出た意外な単語に驚きを禁じ得なかった

っていうか、なぜルビィちゃんが知ってるの?

みのり「はい、冬木みのりと申します。月会長から話は耳にしていますよ、『神童』渡辺曜」

曜「『神童』ねぇ」

月ちゃんが私のことを周囲へどう語っているのか気になるところではある

浦女時代でも「高飛び込みの技能がオリンピック選手級」だとか「同年代の娘の中ではかなり要領がいい」とか色々持て囃されたりはしてきたけど

さすがに「神童」は持ち上げ過ぎじゃないかな?

……あと横でルビィちゃんがニヤけているのが気になるんだけど

曜「別にそんな持ち上げるほどの人間じゃ──」

みのり「みたいですね。このヘタレっぷりからして」

曜「へ、ヘタレって……」

思っていることはズバズバ口にするタイプなのかな? この娘は

みのり「違いますか? 一番欲しかったモノを諦めて『代替品』で妥協しているんですから」

その言葉の意図していることは即座に理解できた

人をモノ扱いしていることへ生理的な嫌悪感を覚える

曜「ルビィちゃんをそんな風には──」

みのり「見え透いた嘘はつかなくていいですよ」

曜「だから嘘なんてついてないっての!」

本人が訴えるならともかく、なぜ無関係の第三者からどうこう干渉されねばならないのか

みのり「でしたら、どうしてキスしてあげなかったんですか?」

曜「それは、みのりちゃんが見ていたからで」

自分のことは棚上げですか、そうですか

みのり「高海千歌が相手なら、周囲の視線なんて二の次だった。でしょう?」

曜「千歌ちゃんなら……」

「あったかもしれない未来」が提示されたことへ、胸の古傷がズキリと痛む

いや、仮に千歌ちゃんと付き合えていたとしても同じことだ!

曜「……そんなことない、から」

みのり「でしょうね。一度フラれた程度で諦めてしまうヘタレですし」

曜「だからヘタレヘタレ言わないでよ!」

みのり「一番を本気で求めず、二番で満足したフリをする。これをヘタレと呼ばずして何と呼べばいいんですか?」

話が噛み合っているようで噛み合っていなかった

彼女は先入観に基づいて他人を見て「こういうものだ」と決め付けている

どんなに否定しても暖簾に腕押し、自分が決めたことは絶対に譲ろうとしない

ルビィ「もう止めてください、みのり副会長」

みのり「黒澤ルビィ……」

ルビィちゃんが初めて口を挟んだ

ルビィ「ルビィの……わたしの好きな人がヘタレ呼ばわりされるのって、とても気持ちいいものではないので」

しっかりとした物言いで、自分の不満をはっきり述べた

対してなんだよ、今までの私の返し方はさぁ!

みのり「貴女はいいんですか? 高海千歌の『代替品』として扱われている現状で満足なんですか?」

ルビィ「そりゃ満足はしてないですよ」

ルビィちゃんがキッパリと本音を言い切る

みのり「なのにそうやって『恋人ごっこ』しているんですか?」

ルビィ「今は……まあ、そうかもしれませんね」

声のトーンが少し下がる

みのり「だったら別れるべきですよ」

ルビィ「どうしてそう極論へ走るんです?」

今度は明らかに不機嫌を隠そうともしないムスッとした言い方だ

みのり「互いのためにならないからです。何のメリットもない人付き合いに意味なんてありますか?」

ルビィ「人付き合いは損得だけじゃないので、そのアドバイスは受け入れられません」

ルビィちゃんは私とは大違いだ

みのりちゃんが放つ否定の意見を、毅然とした態度で次々とはねのけてゆく

みのり「後になって『無駄なことをしてきた』と後悔しても遅いんですよ?」

ルビィ「何が無駄で何がそうじゃないのか、決めるのはみのり副会長じゃなくてわたし自身なので」

みのり「報われない努力ほど……虚しいものはないんですよ」

ここにきて表紙一つ変えずにいたみのりちゃんが、初めて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた

過去に何か挫折したことがあったのだろうか?


ルビィ「心配は結構です。曜さんはいつか、わたしが堕としてみせます」

私へ向けて舌を出して小悪魔っぽいウインクをするルビィちゃん

うっ//……ちょっとドキッとしちゃったじゃないの!

みのり「根拠のない自信ですね」

ルビィ「もうネガティブなままではいられないので」

自信たっぷりに宣言する彼女には、もはや1年前の捕まったウサギの如くオドオドビクビクな面影はなかった

ルビィ「行きましょう、曜さん。時間がなくなるんで」

曜「う、うん。失礼します」

一礼だけして、ルビィちゃんから引っ張られるままにその場を後にした

みのりちゃんの姿が見えなくなるくらい離れてから、初めてルビィちゃんが口を開いた

ルビィ「みのり副会長とは路上ライブの申請の時に知り合ったんです」

曜「そうなんだ。……にしてもなんか、ねぇ?」

お節介
口煩い
過干渉
余計なお世話

次々と浮かんだマイナスワードを吐き出したくなくて、ぼかした物言いをする

ルビィ「ですね。『損得』がどうとか『報われる』とかって……なんだか全てを金勘定してるみたいで嫌です」

曜「金勘定……そういうことか」

不快感の一番の原因はそこにあったのか

ルビィ「はいっ。ルビィは別にそんなビジネスライクな理由で、曜さんと付き合ってるんじゃないんで」

曜「ルビィちゃん……ありがとね」

一緒にいて心地いい
君が幸せなら私も幸せ

人と人とが付き合う理由なんて、それこそカップルの数だけあるに違いない

でもそれらを突き詰めてゆけば、何もかもが「快楽を得たいから」へ帰結してしまう

だとしても、さすがにそうした人の感情まで金勘定や快楽の獲得へ置き換えたくはなかった
置き換えてはならないものだ

その後は予定通り手芸店で衣装の生地選びをして、流行りの映画(平行世界からの侵略者と戦う高校生のお話)を観てから帰路についた

しかしルビィちゃんは自分が思っていた以上に成長していたんだなぁ……

にしても──、

曜「はぁ、みんなして『私イコール千歌ちゃんが好き』だなんて言うんだから」

千歌ちゃんも、梨子ちゃんも、ルビィちゃんも、初対面のみのりちゃんも

どうして私が未だに「千歌ちゃんのこと引きずっている」って口にするんだよ

こっちとしては、何度も治りかけのカサブタを剥がされているような苛立ちを覚えるってのに……

千歌ちゃんは梨子ちゃんと付き合ってて、私はルビィちゃんと付き合うことを決めたってのに……

こんなの私だけじゃなくて、誰に対しても失礼だよ

曜「ああーっ、モヤモヤするぅーっ!」

イライラが募り、頭を乱暴に掻き毟る

曜「もう寝よっ、寝ちゃおっ! うん、そうする!」

嫌なことがあった日は昔からこうしてきた

頭の中がごちゃごちゃになってきたら、ぐっすり眠って一旦リセットするに限る

ママが用意してくれた作り置きの晩ごはんをぱぱっと胃袋へ納め、パジャマへ着替えてシャワーも浴びずにベッドへ飛び込んだ

【Caramel Macchiato Nightmare】

「私」と千歌ちゃんは、駅前のモダンな雰囲気漂うおしゃれな喫茶店へ来ていた

千歌「うわぁ、さすがRX! ガン○ム級のサイズだねぇ!」

曜「えっ!? RXってそっちの意味だったの? SとかMじゃなくて?」

千歌「うん。っていうかSとかMって『よーちゃん』はどっち派なの?」

彼女がニシシといたずらっぽく笑みを浮かべる

曜「うーん、私はもちろんMで──」

千歌「わかった。じゃあ今度ベッドの上でたっぷり泣かせてあげるね♡」

彼女が無邪気に微笑む

幼い頃から何度も何度も私へ向けてくれた、向日葵のような笑顔が愛くるしい

曜「嘘ぉ!? そういう意味だったの? ポケ○ンのアカ○ちゃんネタ?」

千歌「へぇ~、よーちゃんはア○ネちゃんみたいな娘がタイプなんだね。元気で、笑顔が似合う、スタイルもいい、チカみたいな♡」

曜「ははっ、言うようになったじゃん。千歌ちゃんも」

かつて「普通コンプレックス」を抱えていた彼女が、こうやって自分に自信が持てるようになれて、まるで私自身のことのように誇りに思える

千歌「よーちゃんが色々励ましてくれたからね。『東京のイベントで0票だった時』も」

曜「へっ?」

急に背筋がゾワッと冷える感覚がした

「あの時」励ましたのって私じゃなくて梨子ちゃんだったはずじゃ……

千歌「よーちゃんはイブ○さんかな? セクシーだし、なんかいつも競泳水着みたいなの着てるし」

曜「うーん、どっちかっていうと果南ちゃんっぽくない? 背が高いし、青髪でポニーテールだし、それに私ってイ○キさんほどクールって訳でもないし」

私の心と身体とが乖離しているようだった

まるで幽体離脱しているかのように私は「私」を外側から眺めている

そしてその「私」はやけにスラスラともう1人の幼なじみ評を口にしてゆく

千歌「ああっ、言われてみたらそうかもね。それによーちゃんはMだから○ブキさんみたくSっぽくないしねっ!」

曜「いやいや、まだそのネタ引っ張るの? でもイブ○さんがSっぽいのは同意。鞭持ってるし」

確かにアレで手持ちの○ケモンへ喝を入れるのか、前々から気になっては……

いや、まずはこの状況の方が気になるけどさぁ

千歌「でしょー。んでその鞭で○カネちゃんをピシッ、ピシッっていじめちゃう……って同人誌を梨子ちゃんから借りてて──」

曜「梨子ちゃん、千歌ちゃんへ何吹き込んだのさっ!」

清純な彼女を変な色で染め上げようとしないでよっ!

千歌「なんか『ベッドの上でアレコレやる時の参考にして』って」

曜「しなくていいから!」

それにまだ「えっちなこと」なんて早いから

なんてったって私達、高校生なんだしさ

というより、そもそもこれはどういう状況なんだろう?

あたかも「私」と千歌ちゃんが「恋仲」みたいなやり取りをしているこの状況は

だけど私が知ってる千歌ちゃんは、梨子ちゃんとお付き合いしている訳だし

千歌「んじゃ、さっそくRXこと『キャラメルマキアート生クリームマシマシ』を飲んでいきましょっか。よーちゃん♡」

曜「ってコレ2人用なの?」

千歌「うんっ、ストロー2本刺さってるし♡」

曜「でもこれじゃ間接キスになるんじゃ──」

千歌「チカと一緒じゃ、イヤ?」

彼女のルビー色の双眸に涙がジワッと滲む

曜「嫌……じゃないけど」

千歌「じゃあ『せーのっ!』で同時に口付けよっ♡」

曜「う、うん」

千歌「せーのっ!」

パシャッ☆

ん?
これってシャッター音?

曜「ちょっとルビィちゃん!? 何撮ってるのさぁ!」

ルビィ「ピギッ!? そ、それは──」

あどけなさの残る後輩が、申し訳なさそうに視線を逸らす

曜「それは?」

ルビィ「梨子さんに……頼まれた、からで……」

彼女が向けた視線の先には──、

曜「ジーっ」

??×2「「ビクッ!?」」

──サングラスとマスクに加えてスポーツキャップで顔を隠した、見るからに怪しい2人組がいるではありませんか!

曜「梨子ちゃん? 善子ちゃん?」

善子「ヨハネよっ! ……しまった!?」

梨子「『よっちゃん』のアホーっ! どうして突っ込むのを我慢できないのよっ!」

普段よりハイテンション気味な梨子ちゃんが、隣の後輩へ容赦なくチョップを叩き込んだ

曜「この脳ミソキャラメルマキアートコンビめーっ! 成敗してくれるーっ!」

善子「これはリトルデーモンが勝手にやったことで──」

曜「ルビィちゃんのせいにするなーっ!」

部下が犯した失態の責任は上司がとってください

……って、「私」のテンションもやけに高いなぁ

梨子「そうそう、私とルビィちゃんは全部よっちゃんの指示に従ったまでで──」

曜「千歌ちゃんにアレな同人誌を貸したのも?」

梨子「それは……奥手な曜ちゃんと千歌ちゃんのためを思ってのことよ」

なんとまあ余計なお節介だことで

曜「へぇ~、そっか♡」

よしりこ「「ひ、ひぃーっ!!」」

表情は確認できないけど、「私」は般若を思わせるゾッとするような笑みを浮かべたに違いない

千歌「あはは……ほどほどにしてあげてね、よーちゃん」

ルビィ「うわぁ~、美味しそぅ~♡」

千歌「ルビィちゃんも飲む? 甘いよ~♡」

ルビィ「えっ? いいんですか?」

千歌「いーよ♪ よーちゃん、あっちの『バカップル』2人と遊ぶのに夢中だし」

再び寒気が私を襲った

「バカップル」ってつまり、梨子ちゃんと善子ちゃんが付き合っているってこと?

でも善子ちゃんは花丸ちゃんとお付き合いしている訳で……さすがに二股とかじゃないよね?

千歌「ささっ、ぬるくなる前にっ♪」

ルビィ「は~い♡」

曜「ちょっとルビィちゃん!? それ、私と千歌ちゃんの──」

千歌「よーちゃんが彼女を無視して遊んでるからでーす♡」

彼女が天使のような悪魔の笑みを向ける

ルビィ「んん~っ、あんまぁ~いっ♡」

曜「そんなぁーっ!」

梨子「ふふっ、いいもの見させてもらったわ~♪」

梨子ちゃんがスマホ片手にガックリ落ち込む「私」を盗撮していた

曜「だから撮るなぁ! 肖像権ガン無視するなぁ!」

善子「良かったわね、リリー♡」

善子ちゃんが先輩の頭をフリスビーを取ってきた愛犬のを褒めるように優しげに撫でる

梨子「えへへぇ~♡ よっちゃんにナデナデされちゃったぁ~♡」

千歌「うわっ!? 梨子ちゃんの顔がとろけちゃってる……」

曜「普段の梨子ちゃんの原型はどこへやら、だね」

キリッとした佇まいはどこへやら、彼女が骨なしクラゲの如くふにゃりと脱力する様は見たくなかったなぁ

ルビィ「ですねぇ~、ヨハネ様のしつけがなってないからですよ!」

善子「ってなんで私が責められるのよっ!」

梨子「違うよぅ~♡ よっちゃんがしつけてくれたから『本来の私』が出せるようになったんだよぅ~♡」

パシャッ☆

梨子「ってルビィちゃん、真顔で撮らないでぇ~♡」

言葉とは裏腹にやたら嬉しそうですねー、「この」梨子ちゃんときたら

この2人こそ、ベッドの上でどんなプレイをしているのか気になるものだ

善子「リトルデーモンの内輪揉めに介入するつもりはないわよ」

梨子「介入してよぅ~。よっちゃんが何度も『スクールアイドルやらない?』って誘ってくれたみたいに」

へっ!?
またもや違和感のある発言が出てきた

梨子「よっちゃんのおかげで、私はまたピアノと向き合えるようになったんだからぁ~♡」

いや、それは千歌ちゃんがしてきたことじゃないの?

怖かった
ただただ怖かった

私達が辿ってきた道のりが、何もかも違う形に置き換えられているようで

そして極めつけは千歌ちゃんのこの一言だった

千歌「あははっ♪ この『5人』の時間が、これからもずーっと続けばいいのにね」

曜「へっ!?」

「5人」だって!?
ようやく私が「私」の身体へ戻ったような感覚がした

曜「ちょっと待ってよ、千歌ちゃん!」

金縛りが解けたように、やっとこさ自分の意思で口を動かせた

千歌「んっ!? どしたの、よーちゃん?」

彼女が真ん丸に両眼を見開き驚く

曜「今さ、千歌ちゃん『5人』って言ったよね?」

千歌「うん。チカ達aqoursの『5人』だよ」

聞き間違いでもなんでもなく、彼女ははっきり「5人」と言い切った

曜「いやいや、私達aqoursは『6人』でしょ!」

千歌「へっ? 『6人』?」

曜「ちょっと全員の名前、挙げてみて」

千歌「う、うん」

彼女が挙げた中には──、

千歌「チカでしょ、よーちゃんでしょ、あと善子ちゃんに梨子ちゃんでしょ」

善子「ヨハネよっ!」

千歌「そしてルビィちゃんの5人だよ。他に誰かいるの?」

──正直私と関わりが薄かった、ある後輩の名前がなかった

曜「いや、もう1人いるじゃん。花丸ちゃんが」

千歌「花丸ちゃん? 誰それ、知ってる?」

梨子「さぁ? よっちゃんのクラスの娘?」

千歌ちゃんも梨子ちゃんもボケている様子はなく、純粋に知らないでいるようだった

善子「ああ……言われてみればいたわね。図書委員の地味な眼鏡っ娘が」

ルビィ「なんだか話しかけづらいんですよね。休み時間中もずーっと1人で本読んでて」

さすがに同じ1年生の2人は花丸ちゃんのことを憶えているみたいだ

でも単に「同じクラスの娘」でしかない間柄らしい

曜「えっ? 花丸ちゃんがaqoursのメンバーじゃないの?」

千歌「さっきからそう言ってるじゃん、よーちゃん。まだボケるには早いよ、チカより3ヶ月先に産まれたんでしかないのに」

善子「私達aqoursは最初このヨハネと曜が、千歌から誘われたのから始まったんでしょ!」

善子ちゃんがご丁寧に「ここ」でのスクールアイドル部結成の経緯を説明してくれる

ただ、それは私が知っている経緯と矛盾が生じるものだった

曜「へっ? 梨子ちゃんじゃなくて善子ちゃんが?」

善子「ヨハネっ! 忘れたの? リリーは最初『作曲だけ手伝う』って話だったって」

確かに「私が知っている」梨子ちゃんは最初はそういう話だった

でもその後で千歌ちゃんとちょっとしたやり取りがあって、正式な部員として練習に参加してくれるようになったのだ

曜「それ本当? 梨子ちゃん?」

梨子「ええ、よっちゃんの言ったとおりよ」

ルビィ「そうですよ。体育館でのライブを観て感動したから、ルビィと梨子さんが加入を決めたんです」

梨子「うん。んで東京のイベントの後で、ダイヤさん達3年生の3人が加わったのよね」

ルビィちゃんと3年生回りは変わらないんだね

ただルビィちゃんと一緒に入部したのが、花丸ちゃんから梨子ちゃんへ置き換わっているけど

千歌「そうそう。果南ちゃん達が卒業するまで、チカ達『8人』のaqoursで頑張ってきたんだもんね。『浦女の名をラブライブの歴史へ遺そう!』って」

もうこれ以上は、違和感に満ちた何もかもに耐えられなかった

私達の人間関係が、辿ってきた道のりが、全く異なる形でまとまっているなんて

そして私以外の誰もが、そんな状態に何ら違和感を抱いてないことの不気味さに

曜「わかった。もう止めにしよ」

千歌「どうしたの、よーちゃん?」

彼女が心配そうに私の顔を覗き込む

曜「私達は『9人』で頑張ってきたんだよ! 悪ふざけも大概にしよう、ってこと」

怒鳴りつけた私へ向けて、みんなが怒りを露にして反論してきた

善子「悪ふざけなんてしてないわよ!」

ルビィ「どうしてそんなに、その『花丸ちゃんって娘がいる』ってことにしたいんですか? 『特別仲良くしていた訳でもなかった』ってのに!」

ギシリ、と歯車が軋む音が聞こえたような気がした

梨子「そうよ! 今の今まで『ロクにおしゃべりだってしてこなかった』のに!」

善子「『どうでもいい』って思ってるクセにね。『ずら丸』のことなんて」

どうして今の今まで花丸ちゃんがaqoursの一員だったことを頑なに否定していたのに、一転して私が彼女と親しくしてこなかったことを責め立てるのだ?

曜「そ、そんなことは──」

壁が、テーブルが、椅子が、ドロリと熱せられたキャラメルのように溶け始める

千歌「気にすることないじゃん、1人くらい欠けたって♪」

「本来の」千歌ちゃんなら、絶対に口にしない言葉を口走った

曜「……千歌、ちゃん?」

ルビィ「ですよね~」

善子「そうよね~」

後輩2人がキャラメル色の塊となり、その場で人の形を失ってゆく

曜「ひっ、ひいっ!」

梨子「じゃあ邪魔な私はさよならするね~」

梨子ちゃんも2人に倣い、キャラメルの塊となって溶けていった

千歌「よーちゃん、大好きだよっ♡」

曜「いっ、嫌だ。やめてっ!」

それでも千歌ちゃんだけは人間のまま、私を後ろからギュッとハグしてくれた

千歌「『チカとよーちゃんだけのaqours』、それがお望みなんでしょ♡」

曜「いや、いやっ……」

そんなの、そんなこと……それが渡辺曜という人間の本質だというのなら!

曜「いやーーーっ!!」

私は、どこまでもどこまでも最低な人間じゃないか!!

【曜side】

三連休三日目

曜「いやぁーーーっ!!」

喉の奥底から叫び声を上げながら、私はガバッと両手で布団をめくり上げた

曜「はぁ、はぁ……夢、か」

少しずつではあるが、脳へ酸素が行き渡り頭が冴えてゆくのを感じる

まだ4月の半ばだというのに、パジャマは寝汗を吸い込んで気持ち悪かった

目覚まし時計を覗き込むと、時刻は午前9時半を回っていた

曜「明晰夢……ちょっと違うか」

明晰夢とは、夢の中にいながら「自分は夢を見ている」と自覚できる夢のことだ

でも「あの夢」の中で私の意識は、それが夢だとは感じていなかった

しかも途中で違和感を覚えるまでは、完全に舞台の外側視点にいた訳だし

曜「あるいは……深層心理?」

以前あるテレビ番組で観た話を思い出す

夢というものは「脳が記憶を整理する過程で生まれるもの」だそうだ

またその際に深層心理、すなわち「自分が心の奥底で望んでいること」が現れるとかなんとか

この話は本当ならば、私は未だに「千歌ちゃんと結ばれたい」と願っている訳で

更に言えば「そのためなら、千歌ちゃんと梨子ちゃんが出逢ってから1年かけて積み重ねてきた絆なんて、全てなかったことになってしまえばいい」と望んでいる訳だ

「あの夢」の中みたいな光景が、私が望む世界の有り様だっていうのなら……私はどれだけ自分本位な最低女なんだよ

ただ「私と千歌ちゃん」、「梨子ちゃんと善子ちゃん」の組み合わせで付き合っていることに対する違和感はなかった(あの2人だって昨年末くらいから特別親しい間柄になった訳だし)

花丸ちゃんの存在が抹消されていたり、千歌ちゃんが梨子ちゃんのためにしてきたことが善子ちゃんがしていたことへ置き換わっている等「私が生きる世界」で起こった出来事が全て改変されていたのが怖かったのだ

曜「いちいち気にしてても仕方ない、よね? 夢の内容なんて」

そうだ、こんなの単なる夢の話でしかない!

深く考えるだけ無駄なことだ!

ネガティブ感情に囚われるなんて馬鹿馬鹿しい!

ひとまずメール確認のためにスマホの電源を入れると──、

曜「不在着信が13件もっ!?」

しかも、つい1時間ほどの間に送られてきたものばかりだし

メールの中身を確認しようとすると──、

ヨハネヨッ! ヨハネヨッ!

曜「善子ちゃんっ!?」

──後輩から電話がきたことを示す着信音が鳴ったので、すかさずそれに応じる

曜「もしもし、善子ちゃん?」

善子(TEL)『曜っ! ……ようやく繋がったのね』

「ヨハネよっ!」のツッコミを忘れるほど動揺した様子だった

曜「どうしたの、善子ちゃん?」

善子『ずら丸が襲われたのよ』

曜「花丸ちゃんが!?」

よりによって「あの夢」の中でaqoursに在籍していないことにされていた後輩の名前が出たことで、全身が悪寒で身震いした

善子『外に出て。病院へ向かうから』


善子ちゃんのお母さんが運転する車で、私と善子ちゃんは市内で一番大きな総合病院へと向かった

曜「ごめん、スマホの電源切ってた」

善子「みたいね。しかも家に掛けても全然出ないし」

曜「……そっちもごめん。ウチのママ、朝からパートだから」

善子「やれやれ、よっぽど熟睡してたって訳ね」

曜「他のみんなには伝わってるの?」

善子「私からリリーと千歌へ連絡回したわ。でもルビィには繋がらなくて」

曜「……そっか」

花丸ちゃんが襲われた経緯についてはよくわからないが、もしやルビィちゃんも巻き込まれたのでは……と不安になってきた

善子「ルビィのお母さんの話だと『昨日の晩は花丸ちゃんのお家へ泊まりに行く』って。でもずら丸のおじいちゃんからは『ルビィちゃんは来とらんぞ』って言われたし」

曜「……了解」

行方不明になった彼女のことも気掛かりだったが、とにかくまずは花丸ちゃんの容態が心配でならなかった

総合病院には、既に千歌ちゃんと梨子ちゃんがお見舞いに来ていた

千歌「あっ、『曜ちゃん』に善子ちゃん」

曜「千歌ちゃんに梨子ちゃん。もう面会したの? 花丸ちゃんと」

千歌「うん。でも……会わない方がいいかも」

千歌ちゃんが顔を俯ける

善子「どういうことよ?」

梨子「そ、それは──」

善子「リリー?」

梨子「……酷かもしれないわ。特に『善子ちゃん』には」

2人の瞳は真っ赤で、頬にはうっすらと白い涙の跡ができていた

曜「善子ちゃん、ね」

梨子ちゃんが善子ちゃんを「よっちゃん」と愛称で呼んでいない

今、私が存在しているこの空間が夢ではなく現実なのだ……とはっきり自覚できた

その病室は他の人達との相部屋ではない、真っ白な壁紙で覆われた重篤患者用の特別な部屋だった

曜「失礼します」

花丸祖父「よく来てくれたのう」

昨晩からずっと寝ていないのか、花丸ちゃんのおじいちゃんは疲れきった表情をしていた

曜「おはようございます」

善子「それで、ずら丸の容態は?」

ベッドの上で上半身を起こしている花丸ちゃんは、薄緑色の病人服を着ている

頭部に包帯が巻かれているのがとても痛々しかった

そんな彼女が開口一番に放った言葉に、私達は耳を疑った

花丸「また『aqoursのメンバーだ』って人なの?」

ようよし「「へっ?」」

「記憶喪失」という単語が真っ先に脳裏をよぎる

「また」っていうのは、私達より先に面会した千歌ちゃんと梨子ちゃんのことだよね?

花丸「マルは知りませんよ、スクールアイドルなんて」

善子「ちょっと、寝言は寝て言いなさいよ。ずら丸!」

花丸「ひっ!? 寝言なんて言っていないずらよ、善子ちゃん……だよね?」

声を荒げた善子ちゃんへ怯える花丸ちゃんは、まるでオオカミに睨まれたウサギのようだった

善子「ヨハネよっ! ……って私のことは憶えてるみたいね」

花丸「うん。幼稚園一緒だったもんね」

あれ?

スクールアイドルのことは忘れているのに、幼なじみの善子ちゃんの記憶はあるのか?

だとしたら梨子ちゃんが「酷かも」と告げた理由は?

花丸「ところで、そちらの方は?」

曜「へっ? 私?」

花丸「もしかして、そのaqoursの先輩だっていう人? さっきの2人と同じで」

曜「う、うん。渡辺曜っていうんだけど……憶えてない?」

花丸「……すみません。憶えていないです」

頭に右手を当てて思い出そうとする仕草をした後、申し訳なさそうに彼女が答えた

となると、花丸ちゃんは「aqoursに関係する記憶」だけがすっぽり抜け落ちてしまった、ということなのかな?

善子「ねぇ、ずら丸。これを見て」

善子ちゃんがスマホを取り出し、次々と1年生3人が仲良くしている写真を見せる

それらは制服や学校指定のジャージ姿ではなく、練習着やライブ衣装を中心としたスクールアイドル活動をしている時のものばかりだ

花丸「善子ちゃんとルビィちゃんに……マル?」

どうやら中学時代からの親友であるルビィちゃんのことも憶えているようだ

善子「そうよ。私達、1年間ずっとaqoursのメンバーとして頑張ってきたのよ」

曜「花丸ちゃん、私達先輩のことはともかく、善子ちゃんやルビィちゃんと頑張ってきたことも思い出せないの?」

花丸「……すみません。善子ちゃんに関しては幼稚園の頃の、ルビィちゃんは中学でのことしか」

やっぱりか

それにしてもこんな風に特定の物事に関する記憶「だけ」が、綺麗さっぱり無くなってしまうなんてことがあるものなのか

善子「本当の本当に忘れたっての!? 私とアンタとルビィの3人でやってきたこと全部!」

花丸「……うん、信じられないずら。マルがこんなにキラキラ輝いているなんて」

善子「……信じられないでしょ? アンタなのよ、これ全部」

堪えきれなくなったのか、善子ちゃんの瞳から涙がぽろぽろこぼれ落ちる

善子「そっくりさんでもなんでもない……ずら丸本人なのよ」

花丸「善子ちゃん……」

善子「そして私はアンタへ告って、アンタは泣いて喜んで……『こんなマルで良ければ』って応えてくれて……なのに、なのにっ。ううっ……ぐうぅっ」

ベッドの上に泣き崩れる善子ちゃんを、花丸ちゃんが壊れ物を扱うようにそっと抱き寄せた

花丸「ごめんね……本当にごめんね、善子ちゃん。ううっ……うわあぁっ」

そして彼女もそのまま泣き出してしまった

後輩2人が号泣する様に居たたまれなくなり、私は先に病室を後にした

私自身、これが悪い冗談なんだと信じたかった

花丸ちゃんとは特別親しくしていた間柄ではなかったとしても、1年もの間苦楽を共にした大切な仲間であることに変わりはないんだから

梨子「……曜ちゃん」

曜「ねえ、千歌ちゃん」

千歌「どうしたの、曜ちゃん?」

曜「悪い夢、なんだよね? 花丸ちゃんがaqoursのこと、何もかも──」

ちかりこ「「リアルこそ正義」」

2人から両頬をムニッと引っ張られてしまう

その痛みが「これは現実なのだ」と改めて自覚を促させた

曜「ふぁ、ふぁい」

千歌「まあ、これは善子ちゃんの受け売りだけど……認めたくないよ、こんなリアル」

梨子「私だって千歌ちゃんと同じ。ここ数ヶ月でようやく花丸ちゃんとの間にあった壁を破れたのに……『一緒にコミケ行こう』って約束だってしてたのに」

曜「……そっか」

確かに最近になって、梨子ちゃんと花丸ちゃんが2人で親しく話をする様子を何回か目撃していたのを思い出す

そこで初めて、唯一私「だけ」が泣いていなかったことへ気付いた

彼女と1対1で何かした特別な思い出がないから?

単に部活の先輩後輩の関係でしかなかったから?

なんだか途端に自分が酷く冷たい人間のように感じられた

善子「記憶喪失が題材のアニメや映画は何作も観てきたけど、いざ自分が同じ立場になると……こんなに、辛いもの……なのね」

曜「善子ちゃん……」

花丸ちゃんのおじいちゃんに付き添われる形で、善子ちゃんが休憩室へ歩いてきた

善子「だってそうでしょ! aqoursとしての、私達との1年間が消えたってことは、私達の知ってるずら丸が死んだようなもんじゃないの!」

どうやらもう涙は流し切ったのか、代わりにふつふつと怒りが沸き上がってきたらしい

何かやらかしたりしないか……と心配になってくる

花丸祖父「うむ、マルは幸せ者じゃのう。こんなにも大切に想ってくれる友人達と巡り会えて」

千歌「はい。そういうものなんですよ、スクールアイドルって」

みんなで切磋琢磨して、嬉しいことも悔しいことも互いに経験して向き合って

あらゆる経験が個人の成長とメンバー間の絆を深めていくものなのだ

花丸祖父「みたいじゃな。マルもよく話してくれるからのう」

なんだかんだで私だって、月ちゃんや家族へ花丸ちゃんのことだって少しは話していたんだし、彼女もたまには私のことを話したりしたのだろうか?

花丸祖父「さてと、マルがどうしてあんな状態になったのか。ワシから伝えねばならんのう」

私達5人はテーブルに向かい合う形で椅子に座った

「少し長くなる」と告げられたので、全員が自販機で飲み物を買った上で、である

善子「んで、ずら丸はどうして記憶を無くしたの? しかもaqoursのこと『だけ』なんて」

花丸祖父「うむ、我が寺に封印されし数多の呪いの書が1冊、『忘却の書』によるものじゃ」

花丸ちゃんのおじいちゃんが口にしたのは、普段なら善子ちゃんが大喜びしそうなオカルティックなアイテムの名前だった

善子「『忘却の書』?」

梨子「なんかそのまんまな名前ですね」

未だに「悪い冗談の類だ」と信じたい思いがあるけれど、それが「真実だ」と仮定して話へ耳を傾ける

花丸祖父「うむ、本来の名は『ヨルダとジェレミアの理想の新婚生活』なる古代ローマの小説なんじゃが」

梨子「恋愛小説!? なんでそんな幸せそうなタイトルの本が呪いの書に?」

花丸祖父「嫉妬心、じゃよ」

梨子「嫉妬心?」

私は漠然とではあるが、そのお話がどんな内容であるか、またどんな人がどんな想いを込めて綴ったものなのか想像がついていた

花丸祖父「今は関係ないことじゃ」

曜「どう思う? この話」

梨子「嘘か真かってこと?」

曜「うん」

千歌「曜ちゃん、まさかこれがドッキリだとでも?」

曜「いや、そこまでは思わないけど」

だとしたらあまりにもタチが悪いが、事態が事態なのでいっそこの場にいる全員から「ドッキリでした~!」と笑われる方がずっとマシだ

何より花丸ちゃんは悪戯っ子な一面があるものの、こんな誰かを傷付ける類の意地悪を何よりも嫌う娘なのは十分理解している

曜「3人とも信じられるの? こんなオカルト」

善子「信じたくはないけど……信じるより他ないじゃない。ずら丸が演技であんなドッキリ仕掛けられる訳ないでしょ」

「うんうん」と千歌ちゃんと梨子ちゃんが頷いた

彼女が他人想いな娘なのはみんなわかっている

善子「もし演技だっていうんなら、私が泣き出したら『ごめんね、冗談だから』って……絶対バツの悪そうな顔になるわよ」

曜「だよね、ごめん。変なこと言って」

花丸祖父「曜くんの気持ちもわかるぞ。でも、これは事実なのじゃ」

何にせよ3人とも気が滅入っている以上、一番冷静な状態の私がしっかりしなくちゃ!

曜「その『忘却の書』は封印されていた……ということは誰かが盗み出したんですか?」

花丸祖父「うむ。我が寺に張ってあった『悪鬼払いの結界』を解いた上でのう」

またしてもオカルトな単語が出てきた

にしても近場にそんなスポットがあったなんて……やっぱり信じ難いなぁ

千歌「悪鬼? リトルデーモンのこと?」

善子「違うわよ、千歌。リトルデーモンはヨハネの友達、悪事は働かないのよ」

そもそも善子ちゃんが口にするリトルデーモンって、友達や親友のことを指す肯定的な呼称だしね

千歌「だよね。じゃあ何者?」

梨子「『他人の痛みが想像できない人』のこと、ですよね?」

梨子ちゃんが恐ろしいことを口に出した

花丸祖父「そうじゃ。君達も歴史の授業で習ったじゃろう? 魔女狩りやホロコーストといった、目を覆いたくなるような悪行の数々を」

同じ人間をカテゴリー分けして、気に入らない人達を暴力的な手段で排除しようとする悪行を学んだ時は絶句するより他なかった

「どうしてこんな酷いことが平気でできるんだよ……」と

近年でも20人近い障害者を自分勝手な動機を掲げて殺害したり、少数民族が起こしたデモをドローンで爆撃したり……といった信じられないほど残虐な事件をニュースで知ることがある

それらもまた悪鬼が引き起こしたものなのだろうか?

花丸祖父「そういった行為を平気で実行したり、命令できるような者達なのじゃ」

千歌「ううっ……おっかないね、そういう人って」

梨子「本当にね。大丈夫、千歌ちゃん?」

吐き気を催し口元を押さえる千歌ちゃんの背中を、梨子ちゃんが優しく撫でた

千歌「……うん、大丈夫」

曜「それで、もし結界の中へその悪鬼かもしれない人が入ったら、どうなるんですか?」

花丸祖父「激しい頭痛やめまい、吐き気に襲われて『早くここから出たい』という思いで頭がいっぱいになるそうじゃ」

曜「うわっ、なかなかえげつないですね」

花丸祖父「もっとも、千年以上も前にご先祖様が編み出した秘術ゆえ、実際はどうなるかわからぬがのう」

千歌「千年前ねえ。花丸ちゃんちって、そんなに由緒あるお家だったんだね」

花丸祖父「更に言うなら書庫にはより強力な結界が張られており、最悪魂そのものが浄化されてしまう……という記述が遺されておる」

善子「それだけ悪用されたらヤバい本がいっぱいある、ってことね」

他人の記憶を消せる本だけでも相当恐ろしい逸品なのに、それと同等かより危険性の強い本がたくさんあるだなんてとんでもない話だった

梨子「何か企んだりしてないわよね? 犯人へ仕返ししてやるとか」

善子「……してなくはないわ。嫌になるわ、怒りに呑まれたら……ずら丸を襲った奴と同じになるってのに」

梨子「善子ちゃん……」

花丸ちゃんと誰よりも親しかった善子ちゃんの心は、激しい憎悪に囚われそうになっていた

元々気配りのできる優しい娘だからこそ、自分の中に生まれた負の感情を苦々しく感じているようで私まで胸が苦しくなる

花丸祖父「善子くんの考えが正しい。憎しみはまた新たな憎しみを生むだけじゃ」

曜「そう、ですね」

おとぎ話でも「悪い鬼を倒すため、自らもまた鬼になる」ようなお話は枚挙に暇がない

人は昔から憎しみが連鎖することの恐ろしさをよく理解していたようだ

花丸祖父「かつて織田信長や太平洋戦争下の日本軍、更にはGHQの占領軍なんかも呪いの書を求めてきたが、先代達はそうした圧力をはねのけてきたのじゃ」

確かに力を欲する人達にとっては、敵対する者へ災いをもたらす品はなんであれ手にしたいところだろう

「忘却の書」1冊だけだとしても、使い方次第ではどれだけの悪事を成せるか見当がつかない

例えば千歌ちゃんから梨子ちゃんの記憶だけを消して……って何を考えているんだ、私は!

全部あんな悪い夢を見たせいだ、うん

花丸祖父「そしてこれが、昨晩の出来事じゃ」

古びた肩掛けの鞄から取り出されたのはなんと──、

千歌「ってノーパソ!?」

梨子「意外と最新機器を使ってるんですね」

花丸祖父「そうじゃろ、未来じゃろう?」

善子「やれやれ。この祖父にして、あの孫娘ありって訳ね」

内心喜んでいるよね、このおじいちゃん

何せ若者から「お寺=古臭い場所」ってイメージを持たれていそうだし

というか、私だってそうです。すみません

花丸祖父「それでこのファイルが、防犯カメラに映っておった映像じゃ」

善子「……何度も来てたのに気付かなかったわ」

花丸祖父「そりゃ像の中へ仕込んでおるからのう」

私も知りませんでした

まるでどこぞの秘密結社のアジトのようだよね?

花丸祖父「あと最近は遠隔操作のドローンで盗まれないよう、電磁波でジャミングする装置も敷設する予定だったんじゃがのう」

千歌「うわぁ、最近のお寺ってハイテク機器満載なんだねぇ」

善子「魔術と科学の併用……人工の結界ってヤツね」

本当にそういうの好きだよね、禁書とか絶チ○とか

梨子「良心を持たない人には結界の力が働いても、心そのものが無いドローンには効きませんものね」

花丸祖父「そういうことじゃ」

ノーパソの画面上には、フードが付いた黒いローブで顔を隠した何者かが、針金で南京錠を解錠する様子が映し出されていた

善子「Xlll機関か、はたまたメカ○シ団か」

曜「いやいや」

花丸祖父「赤外線センサーくらい取り付けておくべきじゃったのう」

映像が早送りされ、ローブ姿の犯人が胸元に古ぼけた本を抱えて書庫から出てくるところでストップされた

曜「あの分厚い本が『忘却の書』ですね?」

花丸祖父「うむ」

そこに寝間着姿の花丸ちゃんが通りかかった

彼女は咄嗟に犯人へ飛びかかり「忘却の書」を取り返そうとするも、ひらりと身をかわされてしまった

そして犯人から後頭部を本の角で思いきり殴られ──、

千歌「うっ……」

梨子「……酷い」

そして犯人は「忘却の書」を倒れた花丸ちゃんへとかざした

すると本がぼんやり白く輝いたかと思いきや、そこから一筋の光線が彼女へ放たれた

曜「あの白いビームが呪い、なのかな?」

花丸祖父「みたいじゃのう。ワシもアレが使われたのを見たのは初めてじゃ」

善子「何なのコイツ……強盗殺人と変わらないじゃない!」

千歌「これが……悪鬼」

花丸ちゃんを殴る時も、忘却の呪いを放つ時も、犯人には一切の躊躇いは見られなかった

まるで「他人の家へ盗みに入ったものの、家族に見つかったから口封じのために殺害した」という時折世間を騒がせる凶悪な事件と変わらないではないか!

犯人が監視カメラの視界から消えたところで、花丸ちゃんのおじいちゃんが映像をストップした

曜「それで、何か手掛かりは掴めたんですか?」

花丸祖父「今のところ何も掴めてはおらぬ。髪の毛の1本、指紋の1つすら見つかってはおらんのじゃ」

曜「そう、ですか」

花丸祖父「結界の存在を知っておったことといい、極めて計画的な犯行じゃな」

一般人が耳にしたことすらないオカルトの存在を把握していた以上、犯人はただ者ではあるまい

善子「まさか外国のテロリストや、死の商人が放ったエージェントって可能性も」

曜「いや、さすがにそれは──」

花丸祖父「あり得んとは言い切れんのう」

曜「そ、そうですか」

とてもじゃないが一介の女子高生の手に負えないレベルで、スケールが大きな話となってきた

花丸祖父「現状は市内全域と海上に検問を張っておる。黒澤家や小原グループの全面協力もあって助かっておる」

梨子「それだけの一大事ってことなんですね?」

花丸祖父「うむ」

県警どころか内浦の有力者達が動くとはただごとではあるまい

千歌「わたし達にできることってないですか?」

困っている人は放っては置けない性分の千歌ちゃんが尋ねる

花丸祖父「ない」

千歌「即答ぉ!? でも花丸ちゃんがやられたのに何もできないなんて……」

梨子「落ち着いて、千歌ちゃん」

梨子ちゃんが子どもをあやすような口調で彼女をなだめる

千歌「梨子ちゃん……う、うん」

花丸祖父「こうやってお見舞いへ来てくれただけでも、ワシは嬉しいぞ。マルはこれだけ愛されておったんじゃから」

感謝の言葉を口にしてくれた彼へ頭を下げて、私達4人は病院を後にした

病院を発った私達4人は、近くの喫茶店──ちょうど夢に見た例の場所──へ来ていた

花丸ちゃんが記憶喪失、ルビィちゃんとは未だに連絡が取れない以上、今日の作業は全て中止となってしまった

それ以前に、仲間が何者かに攻撃されたショックが大き過ぎて、とても「何かやろう!」という気力など出るはずがないんだけど

千歌「はぁ、これからどうしたらいいんだろう?」

善子「私達の手で犯人を見つけてとっちめてやりたいけど……手掛かりゼロじゃねえ」

千歌「だよねぇ。相手は『忘却の書』持ち。しかもルビィちゃんは行方不明だし」

比較的落ち着きを取り戻していた千歌ちゃんと比べ、最愛の彼女をやられた善子ちゃんは強い復讐の念に囚われているように見える

そんな中、私にはある1つの仮説が浮かんでいた

曜「もしかして、ルビィちゃんが犯人なんじゃ──」

善子「疑うっての、彼女のこと?」

曜「いや、そういうつもりじゃ──」

善子「アイツが……ルビィがずら丸を傷付けるような真似、する訳ないでしょ!」

曜「……だよね、ごめん」

大切な親友を「悪者ではないか」と疑われたら嫌な思いをするのは当然なので、ちゃんと謝った

かくいう私とて、彼女があんな残酷なことするはずがないと信じているが

千歌「うんうん。もし『忘却の書』だけが目当てだとしても、花丸ちゃんからaqoursの一員として頑張ってきた1年を消すなんて絶対しないよ!」

曜「うん、千歌ちゃんの言うとおりだよね」

梨子「神様、お願い。花丸ちゃんを元に戻して……犯人が無事捕まり──」

千歌「大丈夫、梨子ちゃん?」

両手を組んで祈っていた梨子ちゃんの顔を千歌ちゃんが横から覗き込む

梨子「ほへっ!? 千歌ちゃん?」

千歌「ずっと上の空だけど、気分悪いの?」

梨子「うん。すっごい怖くなってきたの」

千歌「怖い? 記憶を失ったら……って?」

梨子「だってそうでしょ? 私が今こうしてここにいられるのは、千歌ちゃんやみんなに出逢えたからで」

aqoursのメンバーの中で一番思い入れが強いのは、きっと転校生として沼津の外から来た彼女なのかな?

梨子「それらが全部なかったことにされるって『今の私』が消えてなくなっちゃう、ってことだから」

千歌「大丈夫だよ」

さっきとは逆に、千歌ちゃんが梨子ちゃんの震える両手をぎゅっと握る

梨子「千歌ちゃん……」

千歌「もし犯人が襲ってきても、わたしが千歌ちゃんビームでやっつけてやるから。ビビー、ズドドドーン☆ って!」

梨子「ふふっ、ありがと」

善子「リトルデーモン・リリーへ手を挙げようとするのなら、この堕天使ヨハネも助太刀するわよ!」

ここは……ムードメーカー2人のノリに合わせる場面だよね

曜「もちろんウルトラマンヨーソローもいるでありますよ! デュワッ☆」

梨子「善子ちゃん、曜ちゃん……でも誰1人やられたら駄目だから、万が一が起こったらみんなで逃げようね」

ようちかよし「了解(であります)」

梨子ちゃんの言うとおり、これ以上スクールアイドルの記憶を消されるメンバーを出す訳にはいかない

梨子「とはいえ、こればっかりは神様へ祈るしかないわね」

善子「リトルデーモンでありながら神頼みなんて言語道断よ、リリー! ……って言いたいところだけど」

本物のオカルトを相手にしては、これぐらいしか成す術なしなのが辛かった

千歌「いいね、神様へお祈り」

梨子「いや、千歌ちゃん?」

千歌「きっと一介の女子高生にできることって、それくらいなんだと思う」

千歌ちゃんはさっきからずっと、自分に出来る何かを求めていたに違いあるまい

曜「私も千歌ちゃんに賛成!」

善子「って曜は基本的に、何でも千歌へ賛成してるじゃない」

曜「そうかな?」

善子「そうよ」

……一応これでも彼女が常識外れなことをやろうとしたら制止しているつもりですが?

私達4人は淡島神社を目指してバスへと乗り込んだ

最後尾の座席へ並んで座ると、隣り合った梨子ちゃんが話しかけてきた

梨子「ようやく花丸ちゃんと友達になれたのに……そんな矢先に全部お釈迦にされちゃうなんて」

曜「閉校祭で?」

梨子「うん」

どうやら彼女と花丸ちゃんは善子ちゃんの出し物を手伝った後、2人で閉校祭の出し物を見て回ったそうだ

(途中で千歌ちゃんと出くわして「ちょっと用事があるの」と誘いを断ったことを改めて謝ったりとか色々あったらしいが割愛する)

その間にお互いの趣味とか悩みを語り合い、2人は単なる部活の先輩後輩以上の関係になれたようだ

梨子「花丸ちゃん、ずっと悩んでたの。『梨子さんとの間に1枚壁があるみたいだ』って」

曜「まあ、端から見てもそう感じてたよ」

善子ちゃんを挟んだ「友達の友達」の関係でしかない、それは他7人全員の共通認識だった

実際梨子ちゃんと花丸ちゃんが2人きりで一緒に行動しているのを目にして、私を含めみんなが「珍しい組み合わせだね」と驚きを隠さなかったという話だし

ただ、私に限ってはそれを言う資格があるかは疑問ではあるけど

曜「善子ちゃんやルビィちゃんとは、仲良くなるきっかけがあった。でも花丸ちゃんとは特に何もなかった訳でしょ?」

梨子「うん。でも私の方から歩み寄ろうとしなかった。改めて1年を振り返って後悔したの」

曜「でも梨子ちゃんなりに少しずつ交遊関係を広げていったんだから、別に自分を責める必要はないんじゃないかな?」

私が「広く、浅く」タイプなのに対し、梨子ちゃんや花丸ちゃんは「狭く、深く」タイプの人付き合いをする人なのはよーく理解しているつもりだ

それ故に、この2人はなかなか距離を縮めようとできなかったのだろう

梨子「かもね、うん。ただ、花丸ちゃんは焦りを感じてたみたいなの」

曜「焦り?」

正直ピンとこなかった

マイペースでおっとり屋な彼女が?

梨子「善子ちゃんやルビィちゃんはaqoursに入る前と比べて色々と変われた。自分の殻に閉じ籠っていたのが、今や積極的に周りの人と向き合えるようになった」

曜「確かにね」

善子ちゃんなら中学時代のクラスメート達と、ルビィちゃんなら理亞ちゃんとの出来事が大きいかも

曜「でもやっぱり花丸ちゃんは巡り合わせが悪かっただけで──」

梨子「『自分は機会に恵まれなかった、なんて神様のせいにするのは甘えずら』って」

曜「まあ、一理あるかもね」

私とて梨子ちゃんと出逢っていなければ、未だに千歌ちゃんに「だけ」強く固執していたと断言できる訳だし

「他の人とすぐ親しくなれるよね」と褒められたりするものの、それはあくまで表層的なものでしかない

以前の私は基本的に他人へ興味が薄く、誰かへ胸中を曝け出したりなんてしないで生きてきたのだから

梨子「勇気が出せず、自分を律することができず、1人だけ遅れを取っていることに悩んでいたの」

曜「ああ見えて意識高い系なところあるんだね、花丸ちゃんって」

本当に彼女の本質について何も知らないでいたんだな、私ときたら

梨子「かもね。閉校祭の次の休みに2人でマルサン書店へ行った後、喫茶店で色々おしゃべりしたの」

千歌「ちょっと初耳なんだけど!」

梨子「あの時は私から誘ったじゃない! そしたら『ああ……ごめんなさい。わたしはちょっと用事があるの』って」

千歌「それは……善子ちゃんがスマ○ラやりたいからって」

実際は閉校祭の時の「埋め合わせ」をしようとした梨子ちゃんへの「意趣返し」みたいな意図もあったんだろうな……というのは想像に難くない

そんなすれ違いがあったにもかかわらずお付き合いを始められたのは、2人が積み重ねてきた絆がそう簡単に揺らいだりしない証なのだろう

善子「ヨハネよっ! だってリリーもずら丸も下手っぴだし」

曜「確かに」

梨子「むうっ」

卒業した3年生を含めたaqoursの9人の中で、この2人が断トツでゲーム音痴なのは事実ですし

曜「私とルビィちゃんの4人で遊んだんだよね。また今度やろっか」

善子「……千歌がもう少し手を抜いてくれるならね」

曜「それは同意」

3人がかりで挑んでも1機も倒せないってどういうことですかね?

こんな凄いスキルがあるのに自分を「普通怪獣」などと卑下するなし!

もちろんゲームの腕前に限らず、ねっ♪

千歌「それで、花丸ちゃんとどんな話をしたの?」

梨子「ある相談を受けたの」

千歌「相談? どんな?」

梨子「『もう1人分厚い壁がある人がいる。だけどマルと何一つ共通点が無いから、どういう話をしたらいいのかわからない』って」

曜「へぇ、誰のことだろう?」

すぐに「私のことだ」と気付いたけど、なんとなくすっとぼけてしまった

ちかよし「「ジー」」

やめて2人とも、視線が痛いから!

梨子「花丸ちゃんね、年が明けてから自主練を始めたらしいの。毎朝4時に起きて3キロのランニング」

千歌「4時起き!? はっや!」

曜「夏合宿の時もそうだけど、早起きするの得意なんだね」

善子「ずら丸なりに変わろうと、見えないところで努力してたのね」

梨子「うん。それで『自分だけ遅れを取っているから、練習に付き合ってほしいって素直にお願いしたら?』ってアドバイスしたの」

マジですか

さすがに4時起きは厳しいので……5時起きなら考えてもいいです

千歌「そっか。そしたら?」

梨子「『無理に早起きをお願いするのも失礼だから、マル1人で頑張ってみるずら』って」

善子「確かに厳しいわね、慣れてない人には」

梨子「一応『休みの日に1時間くらいならどう?』って提案したんだけど『あの人はいつも誰かと先約が入っているから』って」

曜「そっか、果南ちゃんも困ったものだね」

「1年分の過ち」から逃れたくて、またしてもすっとぼけてしまった

千歌「曜ちゃんさあ……果南ちゃんはもう沼津にいないんだよ」

善子「そんなにずら丸のこと避けてたのね、失望したわ」

2人の冷ややかな反応に耐えきれなくなり、もうとぼけるのは止めにした

曜「もしかしなくても……私のこと?」

ちかよしりこ「うん。他に誰がいるの?」

曜「やっぱり!?」

ちかよしりこ「うん」

花丸ちゃんにとって「壁がある」もう1人とは、私こと渡辺曜である

これは決して私の思い違いなどではなかったようです

千歌「曜ちゃんってさ、花丸ちゃんとまともに話してるの見たことなかったし」

善子「曜はずら丸のこと見えてなかったの? 存在そのものを認知できてなかった?」

曜「そこまではないから!」

昨日ルビィちゃんからも同様のことで弄られたし

でも単なる同じ部の先輩後輩以上の関係はない、そこは否定できなかった

バスからフェリーへ乗り換え、淡島神社へ到着した頃にはお昼の2時を回っていた

そこには先客が1人いた

犯人と同じ黒いローブを羽織った彼女は、私達がよく知っているあの人だった

???「うう……どうすれば良かったんだろう」

あの遠目にも目立つ赤髪のツーサイドアップは──、

曜「ルビィちゃんっ!? どうしてここに」

ルビィ「曜さんっ!? みんな……」

彼女が逃げ出したりしないよう囲う……必要はなかった

なぜならルビィちゃんの方から私の胸へ飛び込んできたのだから

曜「ルビィちゃんっ!?」

ルビィ「ううっ……ごめんなさい、ごめんなさい、花丸ちゃんっ……ううっ」

堰を切ったように泣きじゃくる彼女を優しく抱きしめてあげた

よく見れば両目は赤く充血し、髪はボサボサで顔色も良いとは言えない状態で……昨日から一睡もしていないのは明らかだった

ひとしきり泣いた後、ルビィちゃんが行方を眩ましていた理由を話してくれた

ルビィ「ルビィのせいなんです。花丸ちゃんが襲われて……『忘却の書』が盗まれたのは」

善子「ルビィ……アンタ、自分が何やらかしたのかわかってんの!」

善子ちゃんが彼女の胸ぐらを掴もうとするも──、

梨子「止めてっ! 善子ちゃんっ!」

──と制止され「……わかったわよ」と渋々伸ばしかけた腕を止めた

千歌「話してくれない? 何があったのか」

ルビィ「でっ、でも──」

千歌「最悪、警察へ突き出さなくちゃならなくなるよ……ルビィちゃんのこと」

ルビィちゃんの顔がますます青ざめた

ただ脅しをかけた千歌ちゃんからも「こんなこと言いたくないし、したくもない」というのは伝わってくる

千歌「わたし達はルビィちゃんの味方だよ、信じて」

彼女の訴えに私達3人が頷いて同意を示した

するとルビィちゃんは、ぽつりぽつりと何があったかを語り始めた

ルビィ「……脅されて、いたんです」

千歌「誰に?」

ルビィ「生徒会長に」

善子「ダイヤが?」

梨子「もう卒業したから。というか統合したし。それ以前に姉妹だから」

相変わらずツッコミご苦労様です

というより、この場合の「生徒会長」というのは私達もたびたびお世話になっていて、私の従姉妹でもあるあの娘のことだ

曜「つまり、月ちゃんから?」

ルビィ「うっ……はい」

3人が大きく口を開き、驚きの表情を作る

もちろん私だって嘘だと思いたかった

イタリアではガイド役を買ってくれた上、2度のライブを間近で観て感動して、最終的に私達aqoursや浦女のみんなを受け入れてくれた彼女がどうして!?

ルビィ「信じられない、ですよね?」

千歌「ま、まあ」

ルビィ「ルビィだって信じたくないです。でも……コレを見てください」

彼女がスマホを取り出し、ある画像を開いた

それは──、

曜「これって……私と千歌ちゃんの」

──全裸姿の写真だった

背景は千歌ちゃんと相部屋だった、イタリアのホテルの浴室だ

しかもそれ1枚だけでなく、下着姿のものまで含め6枚も

ルビィ「『コレを拡散されたくなかったら協力して』って」

善子「合成写真って感じでもなさそうね」

私と千歌ちゃんが気付かないうちに、こんなところを月ちゃんが盗撮していたという事実に驚きである

ルビィ「反対したんですよっ! 『どうしてっ!? スクールアイドルは凄いって認めてくれたんじゃなかったんですか?』って」

梨子「そうよね。イタリアの時のやSaint Snowとのライブを観て、あんなに感動してたのに」

それらを撮影した後で「僕達だけしか知らないなんてもったいない」と動画をネット上に公開し、静真高校のみんなと共に路上ライブの準備から本番の手伝いまでしてくれたというのに

ルビィ「そしたら『僕は生徒会長なんだよ。だからスクールアイドル部の活動を認めないことだってできる。賢いルビィちゃんなら、この意味がわかるよね?』って」

曜「私と千歌ちゃんのために、aqoursのために言い出せなかったんだね?」

ついでに「他言無用」と念を押されていたのは間違いあるまい

善子「曜は信じるっての?」

曜「うん。月ちゃんは目的のためには全力で取り組む性分だから」

頭が切れる娘だっていうのは、私が一番わかっている

だけど彼女がその頭脳を誰かを傷付けたり、貶めるために使ったことなんて一度とてなかった

千歌「で、ルビィちゃんが花丸ちゃんを殴りつけたの?」

ルビィ「ううん……ルビィがやったのは、お寺の結界を作る像を2体動かしただけで」

彼女が再びスマホから、とあるメモを撮った画像を見せる

そこには国木田の寺の大まかな見取り図と、その上から赤ペンで書かれた「上向きと下向き、2つの三角形を重ねた記号」が記されてあった



善子「これは、六芒星の呪縛!?」

ルビィ「うん。『6体の像のうち2体を動かせば、結界のバランスが崩れて消える』って」

しかし月ちゃんはどこで「忘却の書」や「悪鬼払いの結界」の存在を知ったのだろう?

千歌「じゃあ書庫には入ってないんだね?」

ルビィ「うん」

善子「本当ね?」

ルビィ「本当だよ」

梨子「私は信じるわ、ルビィちゃんが花丸ちゃんを殴る訳ないもの。まして、わざわざaqoursの記憶を消すまですることないものね」

梨子ちゃんの言うとおりだ、ルビィちゃんが大切な親友を傷付けようだなんて考える訳がない

曜「私も信じるよ、ルビィちゃんのこと」

千歌「もちろんわたしもだよ」

善子「私も。っていうか、ルビィが自分からここまで壮大な計画を練るなんてあり得ないし」

ルビィ「みんな……ありがとう」

1年間共にスクールアイドル活動に励んできた仲間を信じること、それが何より大切だ!

ルビィ「ルビィは電話でやり取りするのを禁止されていたから『像を動かしてから30分後』まで隠れて待っていたんです」

曜「通話禁止、ねぇ」

イタリアでの鞠莉ちゃんのお母さんの場合と同様、小原グループ辺りに通話を傍受されるのを恐れての指示だろうか?

ルビィ「そしたらパトカーやら救急車やらが来て……担架で運ばれる花丸ちゃんが見えて……」

善子「ルビィ……」

ルビィ「それで……ルビィは取り返しのつかないことをしちゃったんだって……ううっ」

梨子「大丈夫? 最後まで話せる?」

また泣き出しそうになったルビィちゃんへ、梨子ちゃんがハンカチをそっと手渡した

ルビィ「う、うん。ありがとう、梨子さん」

梨子「気にしないで」

ルビィ「『誰かへ話さなくちゃ』って思ったけど、警察のお世話になったらaqoursのみんなやお姉ちゃんの迷惑になるから……隙をみてお寺から出て、会長のお家へ向かったんです」

千歌「月ちゃんへ報告するため?」

ルビィ「い、一応。そしたらお母さんから『朝から生徒会の仕事があるから学校へ行ってる』って教えられて」

曜「そっか、それは面倒なことで」

どんな仕事かはともかく、犯行計画について親の目が届くところで話をする訳にもいくまい

ルビィ「それで生徒会室まで行ったら副会長も一緒で。でも会長が『構わないよ』って言うから『どうして花丸ちゃんを!』って聞いたんです」

善子「副会長?」

曜「みのりちゃんだね。そしたら何て?」

ルビィ「『仕方ないでしょ? 見られた以上は』とだけ」

彼女の能面のような冷たい表情が脳裏をよぎる

曜「となると、実行犯はみのりちゃん?」

ルビィ「そこまではわからないです」

曜「……それもそっか」

別の娘へ指示を出して、報告を受けただけという可能性だって否めない

ルビィ「それで会長からメモリーカードを手渡されて『バックアップは取ってないよ。信じてほしい』って」

曜「なるほど、それで月ちゃんとの取り引きはおしまいって訳だね」

彼女の言葉に嘘はない、と私は信じている

善子「んでルビィはどうしてここへ?」

ルビィ「それは……神様へお願いしに──」

善子「ぷっ。私達と同じって訳ね」

梨子「ふふっ、これも巡り合わせ……もしくは1年も一緒にやってきて、考えが似通ってきたからかも」

千歌「梨子ちゃんの言うとおりかもね。何にせよ辛かったよね、ルビィちゃん」

曜「もう大丈夫だよ。私達がついてるから」

もう彼女1人へスクールアイドル部の命運を背負わせたりするものか!

ルビィ「千歌ちゃん、曜さん……ありがとう」

さて、問題はこれからどう動くかだ

曜「月ちゃんとみのりちゃんが首謀者で、もしかしたら生徒会全員が協力している可能性もあるってことだね」

善子「だとしたら厄介ね。ところで『忘却の書』を盗んだ理由は聞いてるの?」

ルビィ「うん。そしたら副会長が『余計な詮索はしない方が身のためよ』って」

やっぱりかなりヤバい娘じゃないかな、みのりちゃんって

千歌「とにかくウダウダ考えてても仕方ないよ! 月ちゃんへ直接尋ねてみようよ!」

曜「千歌ちゃん……うん、それが一番だよね」

考えるよりまず行動! な千歌ちゃんらしい

梨子「でも向こうは『忘却の書』を持ってて──」

曜「わかってる」

これが単なる「話し合い」や「交渉」で終わるはずがないってことぐらいは

曜「何か理由があるはずなんだ。単に個人で利用する以外の……大きな理由が」

善子「どうしてそう思うのよ?」


曜「ルビィちゃんの記憶を消さなかったから」

善子「あっ、なるほど。普通なら『貴様はもう用済みだ。消えろ!』ってなるものね」

曜「そういうこと」

向こうもルビィちゃんを通して私達へ事件の裏側を伝えた以上、真意を語る意志があるということだ

曜「とりあえず、月ちゃんの下には私と善子ちゃんの2人で行くよ」

善子「ヨハネね。了解」

千歌「いや、行くならわたし達全員で行こうよ」

梨子「千歌ちゃんの言うとおりね」

3人の力強い眼差しからは、荒事に巻き込まれても構わないという覚悟を感じ取れた

だけど……


曜「いや、千歌ちゃんと梨子ちゃんは『バックアップ』、万が一が起こった時の控えで」

梨子「万が一……うん、わかった」

千歌「でっ、でも2人だけじゃ──」

梨子「信じてあげて、曜ちゃんのこと」

千歌「梨子ちゃん……わかった」

承服しかねる様子だったが、渋々従ってくれた

ルビィ「だったらルビィにも償わせて!」

善子「ルビィは足手まとい!」

ルビィ「うぐうっ!?」

足手まといかはともかく、こういう時は最小限の人数で行くのが一番リスクが少ないはずだ

曜「どのみち月ちゃん達を説得しなくちゃならない。今なら警察のお世話になる前に、どうにかできるかもしれないから」

ルビィ「まあ、ルビィのお父さんならどうにかしてくれるかも」

内浦の有力者である黒澤家なら警察と交渉できるっての!?

私としては花丸ちゃんのおじいちゃんの下へ謝りに行って、何とか許してもらおう……くらいに考えていたのに

さすがに甘過ぎたかな?

千歌「曜ちゃん、善子ちゃん……ご武運を」

善子「こんな時くらいヨハネと呼びなさいよっ!」

梨子「本当に2人だけで大丈夫?」

曜「大丈夫だよ」

3人と別れ、私と善子ちゃんの2人で先に参道を下った

淡島から本土へ戻るフェリーには、私達以外に乗客はいなかった

善子「曜……アンタ、会長がどうしてこんな馬鹿やらかしたのか見当がついてるのね?」

曜「うん、一応」

動機について5、6個ほど仮説は浮かんでいる

その中の「最悪の説」が当たっていた場合を考慮したからこそ、千歌ちゃんと梨子ちゃんを同行させなかった訳だし

曜「これ以上、取り返しがつかなくなる前に──」

善子「もう十分に手遅れなのよっ!」

さすがにルビィちゃんの時みたいに胸ぐらを掴まれはしなかった

善子「ずら丸がやられたのよっ! 曜にとってはどうでもいいんでしょうけどね」

曜「そんな訳……ないよ」

善子「心からそう思ってる?」

彼女の記憶を消されて誰よりも怒っている善子ちゃんがキッと睨み付ける

このまま親友といがみ合うなんて嫌だ……だからはっきりと本心を告げた

曜「私だって花丸ちゃんとどう接したらいいか……わからなかったから」

善子「以前のリリーと同じなのね?」

曜「うん」

性格や趣味の違いのせいで、なかなかウマが合わなかったから?

距離を縮める特別なきっかけがなかったから?

向こうから誘いを受けなかった以上、こちらとしても誘う必要はないと決め付けたから?

そんなの、どれも甘えじゃないか!

花丸ちゃんは自分の行動力や勇気の無さを責めていたって話だけど、そこは私だって同じなんだから

善子「会長が従姉妹だから庇いたいのはわかる。けど私からすればアイツは『恋人の仇』なの」

曜「善子ちゃん……ごめん」

善子「理由によっては、きっちり法の裁きを受けてもらうわ」

曜「……わかってるよ。でも、まずは話をさせて」

善子「……ええ」

何にせよ、まずは月ちゃんの口から真意を語ってもらわねばなるまい

太陽が傾き始めた夕方4時半頃、私達は静真高校まで辿り着いた

不意討ちを警戒しつつ人気のない校舎を進むと──、

ピンポンパンポーン♪

『渡辺曜さん、津島善子さん、至急生徒会室までお越しください。繰り返します。渡辺──』

──と校内放送が流れた

善子「気付かれたみたいね」

曜「もっと警戒しながら進もう」

善子「ええ」

生徒会室には月ちゃんが、他の生徒会役員4人と共に立った状態で待っていた

生徒会の仕事があるためか、5人とも制服姿だ

月「やあ。待ってたよ、曜ちゃん」

机上には「忘却の書」らしき本は見当たらない

善子「単刀直入に聞くわ、生徒会長! アンタ──」

曜「ストップ。まずは私から話させて」

胸中で憤怒のマグマを滾らせた善子ちゃんだと、色々ややこしいことになりそうだし

善子「……了解」

曜「ねえ、月ちゃん」

月「なんだい?」

曜「どうしてあんなことしたの?」

月「あんなことって、どんなこと?」

「ここにきてとぼけるつもりなの?」とは口にしなかった

月ちゃんは昔から相手を口車に乗せるのが得意だ

向こうのペースに乗せられたら……こちらの負けだ!

曜「国木田のお寺から『忘却の書』を盗み出したこと。そしてそのためにルビィちゃんを脅して利用したこと」

月「うん、やっぱりその件について尋ねに来たんだよね?」

互いに感情を殺し、淡々とした口調で話を進める

曜「それ以外に何かあるの? やっていいことと駄目なこと、その区別がつかない訳じゃないよね?」

月「もちろんだよ」

迷いなくすっぱり言い切る彼女は決して気が狂った訳ではなかった

完全に正気の上で犯行を指示した訳か

曜「だったら──」

月「でも時と場合によっては、決まり事を破らなくちゃならないことだってある。違う?」

曜「それは……なくはないけど」

私とてラブライブの決勝前夜に、旅館で枕投げとかやらかしたりしてるし

だからといって他人の物を盗んだり、暴力を振るったりと誰かへ危害を加えるのはまた別問題だ!

善子「安問答はもういいわ。これだけの悪事を重ねた理由、さっさと答えなさいよ!」

月「ははっ。血気盛んだねぇ、善子ちゃんは」

善子「ヨハネよっ! 早く答えなさいよっ!」

月「うん、わかってる」

腸が煮えくりかえっている善子ちゃんに対し、月ちゃんは飄々とした自分のペースを崩さない

月「それはね──」

ようよし「「それは?」」

月「『千歌ちゃんと梨子ちゃんから、お互いの記憶を消すため』、だよ」

ようよし「「は?」」

頭の中に大きな疑問符が浮かんだのも束の間、すぐにそれがいったいどんな意味を持つのかが次々と想像できてしまった

月「あの2人が共に過ごした1年間の記憶を抹消して、もう一度赤の他人だった頃まで戻す。ただそれだけのこと」

大した問題ではなさそうに、淡々と彼女が補足する

曜「月ちゃん……自分が何を言ってるのか、わかってるの?」

月「もちろんだよ」

曜「千歌ちゃんと梨子ちゃんが付き合ってて、お互いのこと大切に想ってるって、わかってて言ってるの!」

まだ2人と知り合って日は浅くても、イタリアでの旅や路上ライブの舞台作りを一緒にやってきたのなら、彼女達がいかに深い絆で結ばれているか理解できなくはないはずだ!

月「わかってるも何も、だからこそ、なんだよ。曜ちゃん」

善子「何が目的なのよ? 冗談抜きでリリーと千歌の仲を引き裂くために、あんだけのことしたっての!」

月「うん。そうだけど」

月ちゃんが悪びれもせずにニヤリと笑う

月「正確には『曜ちゃんの長年の夢を叶えてあげる』ために、ねっ♪」

善子「長年の夢?」

曜「ま、まさか……」

やっぱり……そういうことだったのか!

いくつか浮かんでいた犯行動機の仮説、それらの中で「最悪の説」が的中してしまうなんて……

月「『曜ちゃんが千歌ちゃんと恋仲になる』ために。ねっ、曜ちゃん♪」

曜「あ、あ、ああ……」

そんな……

やっぱり狂ってるよ、月ちゃんは……

善子「曜っ!?」

月「ねえ、曜ちゃん? 物心ついた頃からずっとずっとずうーーーっと『将来千歌ちゃんと結婚したい♡』って口にしてたのに、どうして諦めがついたの?」

紛うことなき事実、というよりつい最近まで口にしていた事実だけど

駄目だ……これ以上私のエゴであの2人へ迷惑を掛けるだなんて

否定しないと……否定しなくちゃ……

曜「それは……千歌ちゃんを誰よりも笑顔にしてあげられるのは、梨子ちゃんだからで……」

そうだ、私にとっては千歌ちゃんが笑顔でいられることが、何よりも大切なんだ

千歌ちゃんが満ち足りた気持ちでいられるなら、何も隣にいるのが私である必要なんて──、

月「声がちっちゃいね。本心からそう思ってる?」

曜「思ってるよ!」

ついムキになって声を荒げてしまった

だってそんなの、誰に対しても失礼の極みじゃないか!

月「嘘臭いなぁ。わざとらしく怒鳴ってみせてさぁ」

違う、勝手な決め付けだ

月ちゃんはテレパスなんかじゃない、他人の心なんて読めやしないんだ!

月「去年の夏休みだったよね?『最近、千歌ちゃんが梨子ちゃんばっかり構うようになって寂しい』って愚痴ってきたのは」

曜「それは……もう済んだ話で」

その件も犯行の動機の1つだっての?

だけどアレが私の「勘違い」だったのは梨子ちゃんからの電話や、その直後に千歌ちゃんが来てくれたのでわかっている

2人とも、私のことを「親友として大切に想ってくれていた」ってはっきりわかったんだから

月「そうだったね。あの後から、梨子ちゃんの話題もたびたび出るようになったしね」

曜「でしょ。だから梨子ちゃんのことは認めて──」

月「でもさ、そんなあっさり諦めがつくものだったの? 曜ちゃんから千歌ちゃんへの想いはさぁ?」

善子「しつこいわよ! 曜が『いい』って言ってんだから!」

黙っていられなくなった善子ちゃんが、苛立ちを隠そうともせず口を挟んだものの、月ちゃんは涼しげな顔でスルーして詰問を続ける

月「ウチの高校じゃなくて『千歌ちゃんと一緒がいい』って理由で、廃校の話が出ていた浦女を選んだほどなのに?」

曜「それの何がいけないの?」

あの頃の私にとっては「千歌ちゃんと一緒がいい!」というのが行動原理の大部分を占めていたのは事実だ

月「某風邪薬じゃないけど『曜ちゃんの半分は千歌ちゃんへの想いで出来ています』ってほど、千歌ちゃんへお熱だったっていうのに?」

曜「そうだよ。でも──」

月「自分を殺したってさ、一銭の得にもならないよ。自分の気持ちへ素直になりなよ」

一瞬でも「一理ある」と納得しかけた自分に嫌気が差した

だけど私個人のエゴで2人を引き裂くなんて、とてもじゃないけど良心の呵責に耐えられる気がしない

そんな方法で千歌ちゃんと付き合えるようになったとしても、強引な手段を用いたことをずっと後悔し続けるに決まっている

善子「エゴの押し付けもいい加減にしなさいよ! まだ私達のこと、大してわかってないクセに!」

月「善子ちゃん、僕は曜ちゃんと話してるの。部外者が出しゃばらないでくれないかな?」

背筋が震えるほど冷たい声色で、かつ淡々と月ちゃんが善子ちゃんを拒絶する

善子「部外者じゃないわよ! リトルデーモンが、もとい親友が襲われるかもしれないって時に、止めようとしない訳にはいかないでしょ!」

月「襲う、ねぇ? 人聞き悪いなぁ。ただ2人から互いを忘れさせるだけだっていうのに。他は全部残すっていうのに」

善子「わかってるの! それがどれだけ残酷なことかっ!」

月「へぇ。わかってるかのようなこと言うんだね、堕天使ちゃんは」

善子「わかってるも何も……ずら丸がやられたのよっ!」

月「……」

その「残酷なこと」を目の当たりにした者の嘆きに、月ちゃんが大きく目を見開いた

そして「ぐっ」と歯軋りした後で、すぐに涼しげな表情を取り繕う

善子「ずら丸は、スクールアイドルの記憶を消されたと同時に『みんなとの絆』も消えちゃったのよ。アイツ自身、何も思い出せないことを苦しんでたのよ……」

月「そうか……花丸ちゃんが」

大切な人の痛みや苦しみに寄り添える善子ちゃんの訴えのおかげで、私も少しずつ冷静さを取り戻してきた

どうやら花丸ちゃんの記憶が消されたのは月ちゃんの指示によるものではなく、彼女としても想定外の事態だったようだ

善子「だから私はアンタを許せない。ずら丸の仇、討たせてもらうわ!」

曜「そう、だね」

法の裁きを受けるかはともかく、独善的な目的のために取った手段は到底許容できるものではないから

曜「それに月ちゃんの言い分は、全部『千歌ちゃんと付き合えていない私が可哀想だ』ってのが前提の話だよね?」

月「そうでしょ? 曜ちゃんにとって、ずっとそれが全てだったんだから」

曜「そんなの全部、決め付け以外の何物でもないよね? 人の気持ちを『こうなんだ』『これで間違いない』『こうあるべきだ』ってさ」

月「確かに決め付けだけど、違うの?」

月ちゃんが自分の非をあっさり認めたのは意外だった

月「さっきは一度口が利けなくなるほど動揺してたってのに?」

ただ、このままでは埒が明かない

話はずっと平行線のままだ

いい加減、自分の考えをしっかり固めなくちゃ駄目だろ、渡辺曜!

私の中の良心が強く訴えてくる

そうだ、でなくちゃ誰に対しても不誠実だ!

付き合い始めても私を気に掛けてくれる千歌ちゃんと梨子ちゃんにも

「代替品扱いしないでほしい」と訴えるルビィちゃんにも

曜「ああ、そうだよ! 『千歌ちゃんへの未練が全くないの?』って問われたら、嘘になるよっ!」

口にしてしまえば、すっと心の重荷が降りた気がした

そして勢いのまま、自分の本心をぶち撒ける

曜「千歌ちゃんにきっぱり振られても諦めきれなくて、その傷から目を背けたくてルビィちゃんと付き合い始めてさ……情けない、未練がましい女だって嘲笑ってくれても構わないよ」

月「でしょ。だったら僕らが協力して──」

曜「それでも私は……私にとっては『千歌ちゃんが幸せになること』が一番なんだよ! そこは千歌ちゃんと付き合ってる人が誰だろうと変わらないよ!!」

善子「曜……失礼でしょ! ルビィに対して!」

彼女をずっと「代替品」と見なしていたのは事実なのだから、こんな風に批判されるのは最初から承知の上だ!

曜「わかってる、わかってるよ……でも最近はルビィちゃんの良さもわかってきたから。未練は断ち切れそうだから」

彼女の献身さ、私の本心を知った上での一途さと寛容さ、みのりちゃんの挑発にも臆さない肝の強さ……

彼女はこれからもっともっと素敵な女性へ成長してゆくに違いない

月「ふーん、曜ちゃんの千歌ちゃんへの想いなんて、その程度のものでしかなかったんだ」

月ちゃんが態度を180度反転し、失望をあらわにする

曜「だからそういうのが決め付けだって言うんでしょ! それに今は梨子ちゃんだって、私の大切な親友なんだよ。千歌ちゃんの幸せだけじゃなくて、梨子ちゃんの幸せだって願ってるんだから!」

2人が幸せでいられるなら「私が一番でなくちゃ嫌だ!」なんてことはないんだ!

月「まあ、そうだね」

曜「それともう1つ、大切なことがあるよ」

月「大切なこと?」

曜「月ちゃんは『私が可哀想だ』って言うけど、そう思うなら『千歌ちゃんと梨子ちゃんの仲を引き裂くことは可哀想だ』って思えないの? 思わないの?」

従姉妹だから私を贔屓目で見るのは仕方ない

でも「特別親しい人のために、知り合ったばかりの人達を犠牲にしても構わない」なんて考え、普通に狂っているから

月「……だから両方から記憶を──」

曜「だよね。千歌ちゃんか梨子ちゃん、どっちかだけ記憶が残ってたら辛くなるもんね、善子ちゃん?」

善子「ヨハネよっ!」

月「何が言いたいの?」

私が伝えたいことは、全てここへ集約される

曜「月ちゃんは『誰かを幸せにするために、他の誰かから幸せを奪うこと』に対して、それがいけないことだって思わないの? 感じないの? 考えられないの?」

月「そ、それは……」

飄々としていた彼女が、はっきり動揺らしい動揺を見せた

曜「私はそんなの耐えられない。私が幸せになるために……千歌ちゃんと梨子ちゃんが過ごした1年がなかったことにされるなんて……」

だからこそ、私はあの「理想世界の夢」をおぞましい空間だと震えたのだ

曜「2人が悲しい思いをしなければそれでいい、じゃないの! 私が悲しい思いをするっての! わかる?」

月「ああ……なるほどね」

一度は見せた動揺をひた隠しにして、月ちゃんがニヤリと微笑んだ

曜「今ならまだ間に合うよ。花丸ちゃんのおじいちゃんの下へ『忘却の書』を返して、謝りに行こう。そしたら黒澤家と小原グループがもみ消して──あだっ!?」

隣の善子ちゃんからゲシッと蹴りをかまされた

善子「ずら丸がやられてるのによく言うわねっ!」

曜「……ごめん。でもやっぱり月ちゃんは私の従姉妹だから」

善子「やっぱり曜にとって、ずら丸はどうでもいい存在だったのね?」

曜「どうでもよくはないけど……さっきも話したとおり、私の方から関わろうとしなかったことは後悔してるから」

それこそ記憶を消すとかじゃなくて、1年前からやり直せたら……と願いたくなるくらいには

善子「……わかってるわよ。先輩と後輩として、最低レベルの情くらいはあったってのは」

曜「ま、まあ」

端的に言えば、そういうところへ落ち着くか


言いたかったことを全て出し切った上で、改めて月ちゃんと向き合う

曜「わかったでしょ、私の気持ちが。私は千歌ちゃんと梨子ちゃんが付き合うのを認めるって決めたの」

こんな悪意に曝されてから気持ちを固めるなんて遅過ぎるのだけど

月「……」

曜「そして私もルビィちゃんと一緒に新しいスタートをするって決めたの。だからもう余計なお節介は必要ないから」

月「……そっか、曜ちゃんの気持ちはよーくわかったよ」

月ちゃんが芝居がかった答え方をした

曜「月ちゃん……だったら」

月「だからね」

彼女が制服の胸ポケットから5センチ四方くらいの小さな紙を取り出す

それは白くぼんやりと発光していて──、


曜「まさかっ!?」

善子「避けてっ!」

ビュン!

咄嗟に真横へステップして、放たれた呪いの光線を回避した

月「これは、僕達『みんな』のため、なんだよ」

生徒会長の言葉に合わせ、後方に控えていた4人が同じく胸ポケットから「忘却の書」のページ片を取り出した

善子「交渉決裂って訳ね」

4条もの呪いの光線が同時に放たれた

ビュンビュンと空気を引き裂く音が室内に響く

速度は恐らく時速150キロぐらいか、以前千歌ちゃんとバッティングセンターへ行った時、この速さの球を目にしている

光線の直径も目測だけど野球ボールと変わらないぐらいか

曜「『忘却の書』って破いても呪いが使えるの!?」

善子「呪いの使い方が書いてあるんじゃない、本のページ1枚1枚が呪いの触媒みたいね!」

曜「ま、まあ元は恋愛小説らしいからね」

紙そのものに作者の怨念が籠っているとは、なんて強い未練なんだ!

月「つまり曜ちゃんからは梨子ちゃんの、堕天使ちゃんからは花丸ちゃんの記憶を消せば、丸く収まるってことだよね?」

月ちゃんがあまりにも独善的な理論を振りかざす

月「あと必要ならルビィちゃんから曜ちゃんの記憶もね♪」

善子「どうするつもり? 多勢に無勢よ」

曜「嫌になるよね、圧倒的な物量差ってヤツは」

2対5、しかも向こうは一発食らえばアウトな呪いの光線を放てる

状況はこちらが圧倒的に不利だ!

曜「なら、まずは!」

善子「まずは?」

曜「一時退却っ!」

善子「そうよねー!」

月「追うよっ!」

何にせよ、考える時間が必要だ!

このまま月ちゃん達に記憶を消されてしまえば「あの夢」が現実のものとなってしまう

だとしたらアレは「私が心の奥底で抱いていた願望」なんかじゃなく「予知夢」の類だったのかな?

そう考えると「私は自分本位の最低な女なんかじゃないんだ」と、ちょっとだけ気が楽になった

廊下を全力疾走して、ひとまず階段を下って追ってくる月ちゃん達を撒いた

曜「はぁ、はぁ……まさかページ片1枚1枚から、呪いのビームが放てるとは想定外だったね」

善子「ふぅ、ふぅ……そうね、まるでファンネルかビットMSってところね」

曜「ぶっちゃけ私が囮になって、善子ちゃんに『忘却の書』を回収して逃げてもらえばいい……くらいには甘く考えてた」

当初のプランを暴露すると、隣を走るバディが呆れてため息を吐いた

善子「んなことして、リリーと千歌が喜ぶとでも?」

曜「そ、それは……」

私にとって千歌ちゃんと梨子ちゃんは大切な親友であり、同時に2人からしても私は大切な親友だと思われている訳で

曜「……違うと思う」

善子「でしょ。私はこれ以上、aqoursの絆を砕かせたくはないんだからね!」

曜「善子ちゃん……ありがとね」

善子「そう思うなら、いい加減ヨハネって呼んでほしいものね」

生徒会役員A「いたぞっ!」

先行していた生徒会役員の1人が叫び声をあげる

善子「ちいっ!」

曜「見つかったか!」

呪いの光線をかわしつつ、再び逃走を始める

曜「ビームは約10秒間隔で飛んできてるね」

善子「溜めが必要なのはわかったわね」

こういうのはテレビゲームのボス戦と同じだ

まずは敵の攻撃パターンを把握することが攻略の道筋を探す第一歩だ!

曜「今の気分は?」

善子「リアルでMS戦やってるような気分よ! しかもこっちはビームライフルなしのハンデ戦!」

曜「だったら?」

善子「敵から奪うまでよっ!」

曲がり角から待ち伏せしていた2人が飛び出してきた!

生徒会役員B「隙ありっ!」

生徒会役員C「悪いねっ!」

しかし彼女達が放った呪いの光線は斜め前へのステップでサクッとかわしてみせる!

生徒会役員BC「「んなっ!?」」

曜「スクールアイドルの動体視力と瞬発力!」

善子「甘くみないでよねっ!」

善子ちゃんと息を揃え、敵2人の右手を力のかぎり強く叩いた

そして彼女達が落とした「忘却の書」のページ片をすかさずキャッチする!

生徒会役員B「ぐっ!?」

生徒会役員C「しまった!?」

後は「『忘却の書』を巡る一連の出来事に関する記憶を消して!」と念じながら、怯んだ敵へと右手をかざした

曜「ごめんっ!」

善子「悪いわねっ!」

右手に持つページ片が光り、彼女達へ呪いの光線が直撃した

まるで掌から体内に溜まっている大量の膿が放出されたかのような気持ち悪さがする

生徒会役員BC「「ぐうっ……」」

力を失った2人がバタリと足元から崩れ落ちた

曜「これで2対3っ!」

不快感を堪えながらも、現状を打開する可能性を見出だしたことを喜んでみせる

善子「ページ片をゲットしたし、条件は互角っ!」

曜「いやいや、まだ向こうが1人多いから!」

向こうが再度呪いの光線を放ってきたのを、曲がり角に隠れて回避した

その瞬間、私達はこの状況を打破する決定的なヒントを目の当たりにした

曜「鏡、ね」

今度は調理室へと逃げ込んだ

形勢逆転のために必要な品がここにあると信じての判断だ

善子「曜、さっきの見たわね?」

曜「うん、もちろん!」

善子「これで劣勢を覆せるわね!」

曜「まあ見間違いの可能性はあるけど……試してみる価値はあるかも」

守ってみせる!

千歌ちゃんと梨子ちゃんの絆を、aqours6人の絆をこれ以上壊させるものか!!

2つある入り口から生徒会役員の2人が──、

生徒会役員A「覚悟っ!」

生徒会役員D「私達のためにっ!」

と叫びつつ、呪いの光線を放ってきた

曜「今だっ!」

それに対応して、私達はアルミホイルを伸ばして盾とした

生徒会役員AD「「んなっ!?」」

予想的中!

見事光線が放った2人へと跳ね返った!

光線はかわされてしまうも、隙ができたところで──、

善子「くらいなさいっ!」

と呪いの一撃をさっきと同じ要領で浴びせた

ただ、私達に敵を撃破したことを喜ぶ暇は与えられなかった

月「遅いよっ!」

すかさず敵将たる月ちゃんが切り込んでくる!

月「悪いねっ!」

曜「あいたっ!?」

さっきの私達に倣い、私の右手が思い切りバシッと叩かれた

月「まずは曜ちゃんっ!」

曜「ぐうっ!」

怯んだ私へと彼女が右手をかざす

そんな……ここまでなのか……

善子「ええいっ、南無三っ!」

その瞬間──、

???「ダメぇーっ!」

月「へっ?」

甲高い叫び声と同時に、何者かが強烈な体当たりを月ちゃんへとかました!

彼女の手元が狂い、放たれた呪いの光線は天井へ命中して消えた

ようよし「「ルビィ(ちゃん)!?」」

ルビィ「曜さんに……ルビィの彼女に手を出さないでっ!」

絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、新しく絆を深めていこうと決めた彼女だった

拾ったページ片に力が戻るのが感じ取れる

曜「ルビィちゃん、離れてっ!」

ルビィ「う、うん」

月「ははは……これが愛、か」

曜「ごめん、月ちゃん」

事件の主犯へ向けて、呪いの光線を命中させた

月ちゃんが気を失ったところで、ようやく一息つくことができた

曜「ふぅ、とりあえず『千歌ちゃんと梨子ちゃんの記憶を消したい』って気持ちだけ消すよう念じたけど」

善子「ってどうしてよ?」

曜「月ちゃんからは『本当の理由』を聞き出す必要があるからね」

彼女が放った「みんな」という言葉が、私の中でどうも引っ掛かっていた

ルビィちゃんを脅していたように、月ちゃんもまた別の誰かから脅されていたのではあるまいか?

そうでなければ一介の女子高生が「忘却の書」なんて代物の存在を知っていた、なんて到底あり得ないことだ

善子「なるほどね。私も『みんなが望んでる』ってのが気になってたからね」

曜「ああ、やっぱり?」

善子「ええ。んで、ルビィはどうしてここへ?」

よく見れば、彼女の頬は赤く腫れ上がっているではないか!

ルビィ「大切な人を守るため。それ以外に何かあるの?」

曜「る、ルビィちゃんっ//」

彼女のように殴られた訳でもないのに、頬が強い熱を帯びてゆく

まさか……これが恋ってヤツ!?

私が改めてルビィちゃんへの恋心を自覚している間に、サングラスを掛けた黒服の男が3人も入ってきた

善子「もしやルビィ……黒の組織と取り引きをっ!?」

ルビィ「ううん、ウチの人達だよ」

曜「ウチって……やっぱり黒澤家の?」

ルビィ「うんっ!」

赤髪の男「ルビィとそのお友達よ、無事だったか!」

今度は赤髪で角刈りの、厳つい初老の男がのっそりと姿を見せた

ルビィ「うんっ、お父さん」

ようよし「「お父さんっ!?」」

お母さんが黒髪ストレートのダイヤちゃん似なので、お父さんがルビィちゃんに似ていても納得だが

黒澤父「この娘達は、ひとまずウチが『保護』する。君達も来たまえ」

ようよし「「は、はい」」

彼に従い、私達3人は静真高校を後にした

黒塗りの高級車の前で、ルビィちゃんとお父さんから土下座して謝られた

黒澤父「ウチの馬鹿娘が迷惑をかけて、すまなかった」

ルビィ「改めて、ごめんなさい」

曜「いえ、ルビィちゃんはルビィちゃんなりにaqoursを守ろうとしてくれただけで」

彼女を守ろうと弁護の言葉を投げた

そうとも、ルビィちゃんは何も悪くないんだから

ルビィ「曜さん……ありがとう。でも、命令されたとしてもやったのはルビィだから」

黒澤父「そういうことだ、世の中というものは」

善子「ルビィから事情は全部聴いているんですね?」

黒澤父「うむ。寺の結界を解いたことも、生徒会長の娘から脅されていたこともな」

他人から命令されてした行為であっても、責任を負うのは実行した個人

社会とは力を持つ側にとことん都合よく回っているものだ

そのまま車に乗るよう指示され、私達はそれに従った

果たして千歌ちゃんと梨子ちゃんは無事だろうか……?

「忘却の書」は破いても呪いの力の触媒としての性質を失わない以上、まだあの「予知」が現実になる可能性が消えた訳ではない

もし2人に万が一があったら、別行動を指示した私の責任じゃないか……そう考えただけで全身の震えが止まらなかった

【梨子side】

夕方5時

私と千歌ちゃんは曜ちゃんからの指示を受け、彼女の家へお邪魔しています

「お母さんは夜までバイトでいないよ」とのことで、今は私達だけしかおりません

千歌「どうして曜ちゃんちなんだろ?」

梨子「曜ちゃんはこれを見せたかったんだと思うな」

室内を見渡すと水泳の大会で獲ったトロフィーや、コスプレや裁縫関係の本でいっぱいの本棚に加えて、大きなコルクボードが2枚も壁に架けられていました

1枚目のボードには何枚もの写真──aqoursの9人で写ったものから私達2年生3人のものまで、色々な組み合わせの写真──が貼られています

千歌「わたし達の写真がいっぱいだね」

梨子「うん。曜ちゃんにとって『千歌ちゃん以外のみんなも、大切な仲間だよ』ってのを示したかったんじゃないかな?」

千歌「ほんとだね。ほら、こっちのボードも」

2枚目のボードには善子ちゃんや鞠莉ちゃんと海の家で調理する様子や、ルビィちゃんとアイロンを前に衣装作りする様子に、私とハンバーガーへかじりつく様子を撮った写真──千歌ちゃんと一緒じゃないものも──多数飾ってありました

梨子「曜ちゃんなりに、千歌ちゃん以外にも目を向けようとしていた……って言ったら失礼だよね?」

そう話していると──、

ピンポーン♪

とチャイムが鳴りました

千歌「曜ちゃんかな?」

梨子「さすがにまだ早いわよ……確認してみましょ」

千歌「だよね、うん」

玄関に取り付けられてある防犯カメラの映像は、曜ちゃんの部屋からでも確認できます

画面の電源を入れると──、

梨子「嘘……この人達って」

黒いローブを羽織り、フードで顔を隠した4人組の姿が映っていました

千歌「まさか……『忘却の書』を盗んだ犯人グループ?」

梨子「間違い、ないみたい」

全身の体温が一気に奪われてゆく感覚がします

同時に全身の震えが止まらなくなりました

黒ずくめのうち1人がドアの前に立ち、何かを胸ポケットから取り出したみたいです

目を凝らして画面を覗くと、それはねじ曲がった針金でした

梨子「まずい、お寺の時と同じだわ!」

千歌「じゃあ、やっぱり」

ピッキングに成功したらしく、バタン! とドアが乱暴に開かれる音が下から聞こえます

何にせよ、4人の中のリーダー格とおぼしきこの人が「忘却の書」を盗み出し、花丸ちゃんを襲い記憶を奪った犯人とみて間違いなさそうです


???『高海千歌さん、桜内梨子さん。ちょっとお話があって参りました』

淀みなくはっきりと通る声が私達の名前を呼びました

千歌「この声、確か副会長さん?」

梨子「ってことは、月ちゃんが送り込んできたのかも」

恐らく私がいくつか予想していた「犯行の動機」、その一つに従って

みのり『居留守を使っても無駄ですよ。お友達に見張らせていましたので』

梨子「曜ちゃんの予想は当たってたみたいね」

千歌「うん。わたし達、ずっと監視されてたんだね」

事前に曜ちゃんから「念のため、靴は2階へ持って上がった方がいいかも」と助言を受け従ったのだけど、どうやら無意味だったみたいです

みのり『こちらとしてもなるべく穏便に済ませたいので、単刀直入に要求します』

梨子「何が『穏便に』よっ!」

下にいる人達へ聞こえない程度の小声で吐き捨てました

住居侵入、窃盗、暴行傷害、ストーカー行為……これだけ罪を重ねておきながら、よくも平気でそんなことが口にできるものね、と憤りしか覚えません

そんな副会長さんが突き付けた要求は、やはりあまりにも傲慢で身勝手なものでした

みのり『高海千歌さん、桜内梨子さんと別れて渡辺曜さんとお付き合いを始めてください』

淡々とした命令口調で、彼女はこう告げたのです

梨子「いや、何言ってるの?」

千歌「誰と誰が付き合おうと、当人らの勝手でしょ」

隣にいる彼女もまた、バレないような小声で憤りの言葉を放ちました

すると、まるで私達の声が聞こえているかのように、副会長さんが犯行の動機を告げました

みのり『「みんな」が望んでいるんですよ。高海千歌さんと渡辺曜さんが付き合うことを』

ちかりこ「「へっ?」」

「曜ちゃんが可哀想だから」と曜ちゃん本人の気持ちを無視した大義名分を掲げてくるかと予想していたので、驚きを禁じ得ませんでした

バタン、バタンとドアが乱暴に開かれる音が下から聞こえてきます

となると、彼女達がここへ向かって来るのも時間の問題でしょう

みのり『ラブライブに優勝した後で、運営が配信していた大会の動画や、自分達がホームページに上げていたPVを観返しましたか? それが証拠です』

千歌「観てないけど……何の証拠になるのさ?」

みのり『「想いよひとつになれ」「MIRACLE WAVE」、この2トップなんですよね。aqoursが公式イベントで披露した曲で人気なのって。わかりますか?』

梨子「私の代わりに曜ちゃんと千歌ちゃんがダブルでセンターしたのと」

千歌「結果発表で曜ちゃんがわたしへ抱きついたところまで映したん……だよね?」

どうやら副会長さんはこの2曲が人気な理由を「千歌ちゃんと曜ちゃんが仲睦まじい様子が映っているから」と分析したのでしょうか?

みのり『再生回数だけでなく、コメント数も凄いんですよ。「尊い」「エモい」「キマシタワー」って』

ラブライブ運営が配信している動画には、視聴者が自由にコメントできるようになっていますが、まさかそんな状態になっていたなんて

みのり『「高海千歌さんと渡辺曜さんが付き合うのを、ファンの皆さんが強く望んでいる」ってことの証明ですよ』

梨子「まあ、私も2人が仲良くしてたら嬉しいけど」

自分の恋人と親友が仲良くしていて喜びを感じられない人なんているのかな?

みのり『PVも同じです。高海千歌さんと渡辺曜さんが仲良くしている場面は好評ですが、対して高海千歌さんと桜内梨子さんの時はそうでもない』

千歌「ええーっ!? そうなのー?」

梨子「知りたくなかったわ、そんな事実」

みのり『みんな得してないんですよ。貴女達2人が付き合っていても』

千歌「『ファンのみんな』が望んでないから別れろっての?」

梨子「嫌よ……そんなの。千歌ちゃんと別れるなんて」

恐怖心を堪えきれなくなり、隣にいる千歌ちゃんをぎゅっと抱きしめました

彼女も私と同じように震えていたけれど、少しずつ震えが鎮まっていくのを感じます

みのり『「みんなの夢を叶えるのがスクールアイドル」なのでしょう? 言い換えれば「ファンの要望に最大限応えるのがスクールアイドルの責務」ではありませんか?』

引っ越してきてから間もない頃、千歌ちゃんがベランダ越しに腕を伸ばしながら向けてくれた言葉

そんな私達の心を繋いだ言葉を、まさか私達を引き裂く大義名分として使う人がいるだなんて信じられません

梨子「って、なんで副会長が知ってるの? 私と千歌ちゃんだけが知ってるはずのやり取りを」

千歌「ああ、ごめん。イタリアで曜ちゃんと月ちゃんへ話しちゃった」

梨子「へっ!? なんで?」

千歌「いや、曜ちゃんから『そろそろ梨子ちゃんが入部したきっかけが知りたい』って迫られて。んで月ちゃんも興味津々だったから……」

梨子「まあ、別に秘密にする気もなかったからいいけどね」

これもまた曜ちゃんなりに「私と千歌ちゃんの仲を応援したい」と考えているからなのかな?

みのり『ファンが増えれば、その分地区予選なんかで有利になります。わかりますよね? ファン投票制度については』

取り巻きA『1階にはいませんでした』

みのり『なら2階ですね』

トン、トンとゆっくり一段ずつ階段を上がる音が響きます

勝利を確信した者の余裕が感じ取れました

みのり『私は副会長としてaqoursの活動を応援しています。aqoursが今以上に人気を得て、結果を残せるようになるための手助けがしたいんですよ』

梨子「だったら!」

とことん合理主義に基づいた、極めて独善的な理論を振りかざす彼女から──、

みのり「だからお2人の記憶、消させていただきますよ」

みのり「……って、いない!?」

梨子「逃げましょ!」

千歌「うんっ!」

私達は曜ちゃんからの事前の指示に従って、押し入れにある縄梯子を使いベランダから脱出したのです


取り巻きB「見つけたっ!」

取り巻きC「覚悟っ!」

庭に降りた瞬間、黒いローブ姿の2人組がこちらへ右手をかざしてきました

その右手は白くぼんやりと輝いていて──、

梨子「まさか……忘却の呪いっ!?」

千歌「来るっ!」

ビュンッという空気を裂く音と共に、2条の光線が私達へ向けて放たれましたが──、

梨子「ぐっ!」

千歌「よっと!」

上体を捻り、なんとか回避してみせました

取り巻きB「ちいっ!」

取り巻きC「かわしたのっ!?」

「忘却の書」は1冊しかないのに、なぜ何人も呪いが使えるのかはわかりません

ですが、千歌ちゃんやaqoursのみんなとの記憶を消されるなんて絶対にお断りです!

千歌「戦うって決めたよね?」

梨子「うん、悪い運命全てと!」

それは千歌ちゃんが私にくれた告白の言葉

「今の想い人と付き合い始めたら、幾多の苦難が待ち受けている」という占いの結果へ怯えた私へ、彼女が勇気をくれた言葉なのです

まさか実際に現実離れした苦難へ直面する日がくるなんて、夢にも思っていなかった訳ですが

でも直面してしまった以上は、戦わなければならないから!

千歌「いくよっ!」

梨子「うんっ!」

ちかりこ「「どおりゃあーーーっ!!」」

取り巻きBC「「きゃあっ!?」」

千歌ちゃんと息を揃え、2人へとありったけの力を込めてタックルを行いました

2人はあまり身体を鍛えていなかったようで、バタリと押し倒されてしまいました

そして右手をパシンと叩き、持っていた紙切れを強引に奪い取ります

千歌「これってやっぱり──」

梨子「『忘却の書』の一部?」

取り巻きB「返してっ!」

取り巻きC「みのりにお仕置きされちゃうから!」

まさか「忘却の書」がページを切り取ってもなお呪いの力を帯びたまま、という性質を持っているだなんて予想外でした

千歌「どうする?」

梨子「とりあえず『私達を別れさせたい気持ち』を忘れさせましょ!」

千歌「うん」

ひとまず今口にしたことを念じると、右手に蛇が絡みつくような気持ち悪い感覚を覚えました

私はその呪いの力の象徴を解き放つように、倒れた副会長さんの取り巻きの娘へ右手をかざしました

取り巻きBC「「きゃあっ!?」」

放たれた呪いの光線が命中し、彼女達が意識を失います

みのり「見つけましたよ!」

副会長の声と同時に、玄関のある方向から放たれた4条もの呪いの光線を、私達はサッと回避しました

千歌「2対4、不利だね」

梨子「それにまだ仲間がいるかも」

千歌「逃げよっ!」

梨子「うん!」

みのり「抵抗しても無駄ですよ」

副会長さんの指パッチンに合わせ、たった今私達が使った縄梯子で取り巻き2人が降りてきました

梨子「囲まれたっ!?」

千歌「そんなっ!?」

とうとう私と千歌ちゃんは、3倍もの数の敵に包囲されてしまったのです

絶望的な状況下で何を訴えても無駄かもしれない

それでも心の内を叫ばずにはいられませんでした

梨子「いい加減にしてよっ! aqoursの人気を上げるために私と千歌ちゃんを別れさせる? そんなことのために盗みや暴力を働くなんて、はっきり言って狂ってるわ!」

千歌「梨子、ちゃん?」

隣の彼女が唖然となるも、気にせずに理不尽な攻撃への憤りを吐き出します

梨子「aqoursを応援している? 良い結果を残す手助け? 全てみんなのため? 違うでしょ! 全部自分のためなんでしょ!」

音ノ木坂時代に耳にしてしまった陰口を思い出しました

「ピアノが弾けなくなった桜内さんが音ノ木にいる意味なんてあるの?」

「推薦入学しといてあのザマなの?」

きっと副会長さんは彼女達と同類なのです

結果を残せない、数字を出せない人間に価値はないと考える人達と

梨子「私と千歌ちゃんの気持ちなんて、これっぽっちも考えちゃいない!」

みのり「個人の都合なんて考えていたら、チームは成り立ちません。わかりますよね? 中学の頃、ソフトボール部だった高海千歌さんなら」

千歌「それはわかるよ。土日だって練習三昧だったし、上手くやれない娘はレギュラーになれないもん」

みのり「だったら、私の言い分はわかりますね?」

千歌「でもそれはそれ、これはこれだよ!」

みのり「最大限の結果を出すには、最適な選択をする必要があります」

仲間との絆を大切にする私達と合理主義を徹底する副会長さんとでは、話が噛み合うことはありません

みのり「例えば、1人体力が追い付いていない足手まといを排除する、とか」

梨子「まさか……そんな理由で花丸ちゃんを」

副会長さんがニヤリと笑みを浮かべました

彼女は他人を思いやる心を持たないのでしょうか

千歌「酷いよ! 足手まといだなんて!」

みのり「何か問題でも? Saint Snowのように最低でも2人いれば、大会にはエントリーできるんですし」

梨子「ふざけてるわ、貴女」

みのり「元々運動は向いていなかった上、やる気もなかったみたいですし、むしろ良かったでしょう」

またしても自分の主観だけで個人の幸せを語るだなんて、どこまでも押し付けがましいと憤りしか感じられません

みのり「何より先輩方ともロクにコミュニケーションを取れていなかったそうですし」

梨子「花丸ちゃんは変わろうとしていた! 善子ちゃんやルビィちゃんと比べたら1歩遅れてたかもしれないけど……彼女なりに進み始めていたの!」

みのり「それが何だっていうんです? 全体の和を乱す者は、チーム活動においては不要なんですよ」

梨子「狂ってるわ! 独りよがりの正義を振りかざして!」

みのり「独りよがりなのはお2人でしょう?」

冷たい声で淡々と語る彼女は本物の悪鬼なのでしょうか

他人の痛みが想像できないから、人の心を無視した理論を展開できるのでしょうか

みのり「高海千歌と渡辺曜が付き合うことは『みんな』が望んでいて──」

千歌「みんな? それってほんと?」

千歌ちゃんが副会長さんの振りかざす理論へ疑問を投げかけました

千歌「この計画に乗ったのって、みのりちゃんを含めて8人だけじゃん。……あっ、月ちゃんを入れたら9人以上はいるかもだけど」

梨子「千歌ちゃんの言うとおりね、『みんな』じゃない。『呪いの力で恋仲の2人を無理矢理引き裂くなんておかしい』って、大抵の人なら思うもの。違う?」

取り巻きの5人が不安そうにソワソワし始めました

それに対して副会長さんが「チッ」と舌打ちをします

みのり「スクールアイドル部のためなんですよ」

梨子「私がピアノとまた向き合えるようになれたのは、千歌ちゃんがいてくれたからなんだよ」

千歌「梨子ちゃん……」

梨子「他人と比べて『普通怪獣だ』って自分を卑下していた千歌ちゃんが自信を持てるようになれたのだって、スクールアイドル活動を通してだしね」

恩人へ向けてウインクをしました

これ以上は埒が明かないと考えたので、作戦を変更します

不本意ながらも副会長さんの軸で話して説得を試みることにしました

梨子「そして、それは作曲のできる人がいなければ始められなかった」

千歌「……なんかわたしがエゴを満たすために梨子ちゃんを誘ったみたいじゃんかー!」

梨子「最初はそうだったでしょ?」

千歌「ま、まあ」

向こうが人を役に立つか否かだけで価値を決めているのなら、敢えて同じ方向性で話して相手の理論を破綻させる作戦です

……多少ナルシシズムが入るけどね

梨子「だけど千歌ちゃんは私を『作曲マシン』のように扱ったりはしなかった。いつだって私の心と向き合って、隣に寄り添ってくれたの」

彼女への感謝の気持ちは、例え私が他の娘と付き合う道を選んでいたとしても絶対なくなったりはしない

そう断言できます!

梨子「私と千歌ちゃんからお互いの思い出を消したら、それこそ貴女が言うような『作曲のできない役立たず』になる訳だけど?」

みのり「フフッ……アハハハハッ!」

千歌「へっ!?」

梨子「何がおかしいの?」

これで副会長さんの理論は破綻したんじゃないの?

みのり「高海千歌との思い出が消えたら、ピアノが弾けなくなる? トラウマ克服の手伝いなんて、他の誰でもできるでしょう。それこそ貴女と仲良しのヨハンだかでも」

梨子「ヨハネよっ!」

ついこの場にいない大切な後輩兼親友の代わりに突っ込んでしまいました

恋仲ではない間柄だとしても、彼女のアイデンティティを小馬鹿にするなんて許せません

みのり「高海千歌が動けたのは、たまたま家が隣だったから。貴女が抱える事情が認知されているのなら、そのヨハネでもできます」

彼女のカウンターは見事なものでした

みのり「安心なさい。今あるものが消えても、互いの彼女のノロケ合いをする程度の関係は生まれるでしょうから」

梨子「……確かに、そうかもね」

千歌「梨子ちゃんっ!?」

もし千歌ちゃんと付き合う道を選ばなかったなら、善子ちゃんとお付き合いを始めていた可能性が一番高い

「そう考えたことがなかったか?」と問われれば嘘になります

だけど──、

梨子「でも、あくまでそれは仮定の話だよね? 実際どうなるかなんてわかる訳がない」

千歌「ま、まあ……かもね」

梨子「今、私がここにいられるのは、千歌ちゃんが隣で支えてくれたからなの!」

千歌「梨子ちゃぁーんっ//」

最愛の人の双眸に涙がジワッと滲みました

千歌「わたしだってそうだよ! わたしが辛くて潰れそうになってた時、梨子ちゃんが優しく抱きしめてくれたからなんだよ!」

みのり「それだって渡辺曜にもできます!」

千歌「かもね、うん」

千歌ちゃんもまた、副会長さんが掲げた仮定を否定したりせず、あっさりと認めてしまいました

千歌「だけど『今ここにいる』わたしは梨子ちゃんを好きになったの。でも曜ちゃんだって大切な親友だよ、どうでもよくなったりなんてしないもん!」

みのり「だったら──」

千歌「誰が誰を好きになったって、その人の勝手じゃん! 他人がそれを採点してさ『はい、点数が低いから別れなさい』だなんて何様だよっ!」

梨子「ありがとね、千歌ちゃん」

その言葉こそ、私が言いたかったこと全部を簡潔にまとめてくれた言葉でした

梨子「だから私と千歌ちゃんが積み重ねてきたものを、全部なかったことにしようだなんて……そんなの絶対に認めないっ!!」

取り巻きDE「「あっ、ううっ」」

私達の訴えが届いたのか、正面に並んだ2人がまごつきました

梨子「そこよっ!」

千歌「うんっ!」

この機を逃す訳にはいかないと、その2人へ忘却の呪いを放ちます

取り巻きDE「「いやーっ!」」

取り巻きAFG「んなっ!?」

そしてすかさず「どおりゃぁーーーっ!!」と大声で叫びながら、倒れた2人を飛び越えます

取り巻きAFG「くそっ!」

副会長さん以外の3人が放った呪いの光線の軌道を見切り、サッと回避してみせました

千歌「もういっちょ!」

ページ片に力が戻るのを感じたので、振り返りながら再度呪いの光線を放ちます

取り巻きFG「「そんなっ!?」」

それらは見事命中しました

みのり「役立たずがっ!」

梨子「人を道具として扱うような人にはっ!」

呪いの力が回復するまでの時間稼ぎのため、意識を失い倒れそうになる2人を副会長さんと最後の取り巻きの娘へ向けて押し倒します

取り巻きA「えっ!?」

みのり「ちいっ!」

取り巻きの娘が仲間を支えてあげたのとは対照的に、副会長さんは横へ避けて無視を決め込みました

千歌「ちょっと酷くない!?」

梨子「貴女はそんな人に協力するの?」

取り巻きA「そ、それは……」

まごついた彼女の良心は──、

取り巻きA「ごめん、みのり!」

生きていました!

ですが──、

みのり「裏切り者は要りません」

取り巻きA「みのりの、バカっ……」

と呪いの光線を放つ前に倒されてしまいました

千歌「今だっ!」

千歌ちゃんが副会長さんへ肉薄し、ページ片を持つ右手をガシッと押さえ込みます

みのり「甘いですよ!」

しかしそれでも彼女は余裕を崩さず、千歌ちゃんへと光る左手を向けました

千歌「そんなっ!?」

まさか、ページ片も2枚も持っていたなんて……

梨子「千歌ちゃんっ!」

無慈悲に人の記憶を奪う呪いの光線が、彼女の心臓辺りへ直撃しました

千歌「梨子……ちゃんっ……」

梨子「千歌ちゃぁーーーんっ!!」

信じられない
信じたくない
嘘よね
嘘だよね
嫌だ
嫌だよ
こんな結末、嫌だよぅ……
なんで
どうして
こんな酷いことができるの
私達がいったいぜんたい何をしたっていうの

最愛の人を目の前で撃たれた悲しみがとめどなく溢れてきました

だけど今は、千歌ちゃんが作ってくれたチャンスを無駄にする訳にはいかないから

梨子「もう私と千歌ちゃんに構わないでっ!」

泣き叫びながら、私達を引き裂こうとする邪悪の権化へ向けて呪いの光線を放ちました

「忘却の書」のページ片を持つ娘達を全員眠らせることには成功しました

だけど──、

梨子「千歌ちゃん、千歌ちゃんっ、千歌ちゃぁーんっ! うっ、ううっ」

副会長さんからの一撃を受けた千歌ちゃんはもう……

千歌「んっ……んんーっ」

梨子「千歌ちゃんっ!?」

わずか数分で意識を取り戻した彼女は、その場で両手を組んで真上に伸びをしました

そして信じられないことを口にしたのです

千歌「んああっ……って『梨子ちゃん』っ!? どうして泣いてるの?」

梨子「千歌ちゃん……私のこと、わかるの?」

忘却の呪いを受けたにもかかわらず、私の名前が出てくるなんてあり得るのでしょうか?

恐る恐る尋ねてみます

千歌「もちろん! 桜内梨子ちゃん、わたしが世界で一番大好きな人だよ♡」

梨子「うっ……千歌ちゃんっ、千歌ちゃぁーんっ!」

貴女が私のことを憶えててくれていた奇跡

今はただ、この奇跡に感謝していたい

彼女を正面からぎゅっと抱きしめました

千歌「ちょっ!? 梨子ちゃんっ//」

梨子「良かった、良かったよぅ~っ……うわあぁーんっ」

千歌「よしよし、大丈夫だよ。わたしが梨子ちゃんのこと、忘れたりする訳ないじゃん」

もう二度とあんな胸が引き裂かれるような苦しい思いなんてしたくない

恐怖や悲しみを全て吐き出さんばかりに、ただただ貴女の胸で泣き続けました

気持ちが落ち着いたところで、改めて千歌ちゃんへ呪いの影響を確認してみます

梨子「でも千歌ちゃんは呪いの光線を受けたはずよね?」

千歌「うん。意識も失ってたからね」

梨子「なら何かを忘れているはず……『私のこと』以外の何かを」

試しにいくつか質問してみることにします

梨子「千歌ちゃん。一昨日の晩ごはん、憶えてる?」

千歌「えっ!? えーっと……ブリの照り焼きとポテトサラダ。それとデザートにみかんゼリー」

梨子「うん、合ってるね」

千歌「ってなんで梨子ちゃんが知ってるのさっ!?」

十千万から帰る時に志満さんに会って、買い物袋の中身から推察しただけですよ

とりあえず無視して次の質問をしてみます

梨子「次、日本国憲法の第14条は?」

千歌「ううん……確か『すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。華族その他──』」

梨子「うん、この前私が教えたことも憶えてるみたいね」

千歌「せっかくなら最後まで言わせてよ……」

よし、今週末にある公民の小テストの範囲も大丈夫みたいです

梨子「となると……」

千歌「いや、わたしはボケ老人じゃないってば──」

梨子「卒業した先輩方を含めた、aqoursのメンバー全員をフルネームで!」

これがちゃんと言えるなら、特別忘れて問題があることはないはずです!

千歌「わたし高海千歌でしょ。桜内梨子ちゃんでしょ。あとは渡辺曜ちゃんに黒澤ルビィちゃんと姉の黒澤ダイヤちゃん。それに津島善子ちゃんと国木田花丸ちゃん。そして松浦果南ちゃんと小原鞠莉ちゃんの計9人! 合ってるよね?」

梨子「うん、9人全員出てるよ♪」

千歌「隠しキャラとかいないよね? しいたけも数えるとか」

梨子「いや、犬のスクールアイドルなんて前代未聞だからね!」

ああ、こういうボケまでかます辺りからして、何も問題なさそうです

千歌「とにかく大丈夫だよ。前にも言ったよね、『今までやってきたことは全部残ってる。何一つ消えたりしない』って」

梨子「うん、そうだね」

千歌「……いや、ごめん。花丸ちゃんの記憶、消えちゃってたんだよね」

梨子「私達、全部を守れなかったんだよね……」

千歌「でもきっとやり直せるよ! わたし達が花丸ちゃんを憶えてるんだから!」

梨子「千歌ちゃん……うん、だよね!」

花丸ちゃん本人や彼女である善子ちゃんの立場を考えたら、とても身勝手な意見なのはわかっています

だけどまた1からやり直していけると信じたいのです

梨子「でも、どうして千歌ちゃんは何ともなかったのかな?」

千歌「うーん……もしかしたら、コレがわたしを守ってくれたのかも」

千歌ちゃんが胸元から銀色のロケットを取り出しました

梨子「あっ、そのロケットって」

パカッと蓋を開いた中に入っていた写真の娘は──、

千歌「誰だろう? この赤い髪でツインテールの娘って」

梨子「……あっ」

──幼い頃の私でした

そして千歌ちゃんから失われた記憶が何だったのかも把握できてしまいました

梨子「誰だろね? 天使様かな?」

千歌「天使様か、なんか納得。梨子ちゃんと出逢ってなかったら、この娘へ一目惚れしてたかもしれないし」

梨子「……そっか」

千歌「んっ? どうしたの、梨子ちゃん?」

梨子「千歌ちゃんって、実は相当なロリコンだったのね」

千歌「ロリコンじゃないから!」

なんか悔しくないですか!

小さい頃の私に負けただなんて!!

となると「千歌ちゃんとルビィちゃんが結ばれた平行世界」だって相当数あったとしても何ら不思議ではないかもしれません

まあ、最近はいくぶん大人びてきたけどね、ルビィちゃん

千歌「これってアレかな? アクション映画でよくある敵から銃で撃たれたけど、弾がアクセサリーに当たったおかげで助かって『お袋が俺を守ってくれたのかもな』っていう──」

梨子「ってなんでお袋!? シチュエーション自体はわかるけど」

昨日観た映画にもそんなシーンがありましたし

ばっちりに脳裏にあの映像が浮かびますよ!

千歌「いや、なんとなく。梨子ちゃんがオカン属性の塊だからかも」

梨子「オカン言うなっ!」

千歌「でも梨子ちゃん、絶対いいお母さんになるよ。わたしが保証する!」

どうしてこうも自信たっぷりに宣言できるのでしょうか?

色々と抜けているところがあるからって、世話ばかり焼いていたからかな?

梨子「千歌ちゃん// でも私達、女の子同士だから子ども作れないよ」

千歌「あっ」

もし千歌ちゃんの赤ちゃんを授かる方法があるのなら、ぜひとも頼りたいけどねっ!

人の記憶を消す呪いがある以上、女の子同士で子どもを作れるようになる呪いだってあってもおかしくなさそうだし♡

忘却の呪いを受けた他の娘達は、未だ気を失ったままです

もしかしたら消された記憶の量に比例して、目覚めるまでの時間が長くなるのかもしれません

千歌「それで、これからどうしよっか?」

梨子「そうね、警察へ届ける訳にもいかないし」

キキーッ☆

千歌「へっ!? 何事?」

私達の前に黒塗りのベンツが1台急停車しました

さらにその後ろには大型の自家用車が2台も停まったのです

ベンツの後方席の窓が開き、そこから金髪にサングラスを掛けたある方が顔を覗かせました

????「無事デースか? チカっちにりこっぴー」

千歌「チカっちに」

梨子「りこっぴー?」

千歌「というかこの声って……」

梨子「鞠莉ちゃんのお母さん、だよね?」

鞠莉ママ「1か月ぶりデースね、aqoursのバカップルちゃん達☆」

ベンツから降りた鞠莉ちゃんのお母さんのハンドサインに従い、後方の2台から白スーツにサングラスの女性達が降りてきました

彼女達は倒れている女の子達を抱え上げ、そのまま車内へと戻っていきます

梨子「この人達って、やっぱり小原グループの?」

鞠莉ママ「イエース! この娘達の身柄は、一時的に小原グループが『保護』しマース!」

全員が「保護」された後で、小原グループの副総裁がクイックイッと手招きしました

鞠莉ママ「乗りなさい。詳しい話はウチのホテルでしマース」

ちかりこ「「は、はい」」

彼女の指示に応じる形で、私達はベンツの後方席へ乗り込みます

【曜side】

淡島ホテルのイベント用ホール──以前、鞠莉ちゃんのお母さんから「鞠莉達を捜してほしい」と頼まれた場所──には、私・善子ちゃん・ルビィちゃん・ルビィちゃんのお父さん、そして目が覚めた月ちゃんの計5人がいる

私達は特に話をせず、温かいコーヒーを飲んでいた

到着してから30分ほど経ってから、出入口のドアがバタンと開かれた

鞠莉ママ「関係者は全員いマスね?」

黒澤父「うむ。私はサツの方へ話をつけてくる。国木田と松浦の方にも礼を言わねばならんしな」

鞠莉ちゃんのお母さん・千歌ちゃん・梨子ちゃんの3人と入れ替わる形で、ルビィちゃんのお父さんがホールを後にした

千歌「曜ちゃん、善子ちゃん、ルビィちゃん……全員無事だったんだね」

梨子「1人も記憶、消されてないよね?」

曜「もちろん!」

善子「当然よ!」

ルビィ「ルビィも平気だよっ!」

千歌「そっか、良かったぁ~」

お互いの無事を確認したところで、私は親友2人をここへ連れてきた方へ質問することにした

曜「鞠莉ちゃんのお母さんは、この一件についてどれくらいわかってるんですか?」

鞠莉ママ「ほとんど全部、といったところかしら?」

曜「月ちゃん達のバックについていた存在についても?」

鞠莉ママ「イエース☆ でも詳しくは会長本人がトークすべきね。でしょっ?」

月「はい」

私達aqoursの5人は舞台の方をを向く形で椅子へ座り、正対する月ちゃんが懺悔を始める

月「脅されていたんだよ、スタンダファミリーに」

曜「スタンダファミリー?」

聞き覚えのない単語が出てきたので、オウム返しに尋ねた

月「『シチリアの猛虎』と恐れられるアンドリュー・スタンダ率いる、イタリアンマフィアだよ」

鞠莉ママ「そして私達小原グループの宿敵でもありマース」

善子「っていうことは、やっぱり小原家はイタリアンマフィアだったって訳ね。ルビィのお家と同じで」

ルビィ「黒澤家はただの網元だよぅ~」

曜「あはは……ただの網元、ねぇ」

鞠莉ママ「ワールド・ウォーll以前までは、確かに小原家はマフィアの一族でした」

善子「えっ、マジ!?」

鞠莉ママ「マジデース☆」

「忘却の書」を巡る今回の騒動は、なんとマフィアの抗争の一部だったという訳か

鞠莉ママ「元々イターリアには同盟関係にある6つの大きなファミリーがありました。ですが、私のグレートグランマが終戦後にそのうち4つをイターリア政府へ売り渡したのデース」

梨子「その残り1つがスタンダ家なんですね?」

鞠莉ママ「イエース。まあ売り渡したと言うよりは『足を洗うチャンスを与える』と政府が真っ当な職を斡旋したのですが」

曜「それを蹴ったから一斉検挙に協力した。そんな感じですか?」

鞠莉ママ「そんな感じデース」

梨子「なるほど。スタンダ家はその件で小原家へ恨みを持っていて、仕返しの機会を窺っていたんですね?」

千歌「そりゃ今まで仲良くやっていたのに、いきなり裏切られたりしたら恨むよね」

戦後の混乱の中で人手が不足してたとか、自分達の利益しか考えないマフィアを野放しにはできないとか、色々な理由があるのだろう

平和な時代しか知らない私達には思いもよらない理由が

だとしても悪党には悪党なりの掟があり、小原家はその掟を反故にしたということか

曜「小原家とスタンダ家の因縁はわかりました。それで、月ちゃんはどんな風に脅されてたの?」

月「……国木田の寺にある『忘却の書』を盗み出し、その力が本物かどうか確かめてみせろ、と」

善子「なるほどー……っておかしくない!? なんでイタリアのマフィアが、日本にある呪いの書について知ってるのよ?」

鞠莉ママ「『忘却の書』は元々スタンダファミリーの先祖が書いたものデース」

善子「ああ、なるほどね」

鞠莉ママ「そしてスタンダファミリーは、かつて古代ローマの皇帝へ仕えてきた摂政のファミリーの末裔でもありマース」

千歌「日本でいう平安時代の藤原家みたいな?」

摂関政治ってヤツだよね、そういう政治体系はどこの国にもあるんだね

鞠莉ママ「そういう感じで合ってマース」

善子「いわゆる『影のドン』ってヤツね」

ルビィ「……千歌ちゃんから歴史の蘊蓄が出るなんて」

千歌「ちょっとルビィちゃん、馬鹿にしないでよっ!」

梨子「当然『忘却の書』の力あってこそ、だったんですよね?」

鞠莉ママ「公のワールド・ヒストリーでは教えられていませんが、そうだと伝えられていマース」

「忘却の書」を使えば、政敵を[ピーーー]ことなく消すのに何ら苦労はしないだろう

例えば軍師から「戦術のノウハウ」を消して無能化するとか

例えばマダムから「テーブルマナーの作法」を消して社交の場で恥をかかせるとか

そんな風にして気に入らない人達を追放する口実を作るなんて、造作もないことだったに違いあるまい

ルビィ「でも、どうして今は日本にあるんだろう?」

鞠莉ママ「そこまではわかりません。スタンダファミリーへ恨みを持った貴族の者が、隙を盗んで行商人へ売り渡した。そんなんじゃないですかね?」

千歌「そしてシルクロードを越えて、はるばる日本へ渡って来た。ロマンを感じるね~」

ルビィ「なんか今日の千歌ちゃん、歴女スイッチ入っちゃってるねぇ」

千歌「いいじゃん。わたしだって歴史ある旅館の娘なんだしさぁ!」

だんだん話が脱線してきたので、ここいらで本題に戻すよう誘導する

曜「それで『忘却の書』が本物か確かめるために千歌ちゃんと梨子ちゃんを?」

月「うん。『連れのカップル2組を別れさせろ』って命令されたんだ。反対したら──」

月ちゃんが右手を拳銃の形にして──、

月「『日本へ戻って1か月以内にやらなければ、お前の学校の生徒達を痛い目に遭わせるぞ』って」

ドスのきいた低い声で語った後「バーン☆」とわざとらしく銃を撃つ真似をした

ルビィ「やっぱり『警察へ知らせるな』とも?」

月「うん。生徒会長として、学校のみんなを危険な目に遭わせる訳にはいかなかったから」

ルビィ「ルビィと同じ立場だったんですね、月会長も」

脅されていた立場のルビィちゃんが、自分を脅した相手へ共感を示した

曜「じゃあつまり、月ちゃんが言う『みんな』っていうのは……」

月「曜ちゃんの予想通りだよ」

静真高校の生徒達みんなをスタンダファミリーの脅威から守るため、彼らの脅迫に従い千歌ちゃんと梨子ちゃんからお互いの記憶を消す

そのために必要な「忘却の書」を国木田のお寺から盗み出した……いやはやとんでもない話である

月「改めてルビィちゃん、脅したりしてごめん」

ルビィ「そういう事情があったのなら……許します」

深々と頭を下げた月ちゃんへ、ルビィちゃんが右手を差し出した

彼女はそれに応え、右手で握手を交わしたのであった

月「だけど誰にも相談しない訳にもいかなくて……鞠莉さんのお母さんへ連中の目を盗んで手紙を渡したんだ」

梨子「その手紙には何と?」

月「奴らに乗せられたフリをするから、気付いていないかのように振る舞っててください。『テスト』の様子見や『取り引き』の場へ奴らのエージェントが出向くはずなので、そこを狙ってください……ってね」

なるほど、2人は私達が気付かないうちに密約を交わしていたのか

鞠莉ママ「まったく、大した役者デース。この会長さんは」

曜「ってことはつまり、千歌ちゃんと梨子ちゃんからお互いの記憶を消すつもりは──」

月「なかったよ。少なくとも『僕ら』としては」

曜「なーんだ──」

だとしたらあの戦いで放たれた忘却の呪いも、恐らくは「一昨日の晩ごはん」とか消えても特に問題のない記憶だけを消すつもりだった可能性も否めない

そう考えると「何だったんだろうね? あの茶番劇は」と思いたくもなる

ただ月ちゃんの発言には1つ引っ掛かることがあった


曜「──いや、『僕ら』って、どういうこと?」

月「僕を含め学校にいた生徒会役員は、ってこと。でもみのりちゃんと取り巻きの娘達は、本気だったみたいだね」

ルビィ「なるほど。演技で済ませたい『会長派』と、本気で千歌ちゃんと梨子さんを引き裂こうとした『副会長派』で対立があったんだね」

善子「だからずら丸も……ぐっ」

最愛の彼女の記憶を消された善子ちゃんが苦虫を噛み潰したような表情を作る

月「……ごめん。僕がもっとしっかりしていれば、花丸ちゃんは犠牲にならなかった」

善子「……別に会長を責めちゃいないから」

月「そっか……すまないね」

月ちゃんと善子ちゃんも、いつの日かこの軋轢を乗り越えられる時が来てほしい。そう願わずにはいられない

月「それはともかく、いい機会だから曜ちゃんが本心から『千歌ちゃんと梨子ちゃんが付き合うのを認めた』か、確かめたりもしたんだけどねっ♪」

ちかりこ「「はい?」」

曜「うわぁ……我が従姉妹ながら趣味悪っ!」

月「てへぺろっ☆ でも今回ので色々吹っ切れたみたいだね」

言われてみれば、確かにそのとおりだった

自分が無下にされているとか、壁を作られているとかいうネガティブな感情がなくなって、まるで憑き物が落ちたように清々しい心持ちになった気がする

だからようやく、私は彼女に正面から向き合える

曜「うん、もう大丈夫だよ。ねっ、ルビィちゃん♡」

ルビィ「むしろ、いきなり曜さんがデレ始めて怖いんですけど」

月「ってな訳だから千歌ちゃんも梨子ちゃんも、もう曜ちゃんのことは気にしないでイチャイチャしちゃっていいからね♪」

ちかりこ「「は、はい」」

月「いやー、僕を突き飛ばしたルビィちゃんのイケメンっぷりも見せてあげたかったなぁ~」

ルビィ「イケメンって……」

ずっと守ってあげる立場だったのが、いつしか守られる立場に成長を遂げていただなんて……お姉さん感動しちゃったよ

千歌「それで、スタンダ家のエージェントは捕まえられたの?」

鞠莉ママ「オフコース☆」

鞠莉ちゃんのお母さんがスマホを取り出しある写真を見せる

そこには手錠が嵌められた外国人が13人も写っていた

移民の多いイタリアらしく、彼らの肌の色や顔付きは千差万別だけど……全員カタギの人間にはとても思えない悪人面をしている

梨子「ふぅ、良かった」

鞠莉ママ「本当に皆さんには、怖い思いをさせてしまってごめんなさい。本来なら子ども達を巻き込んではならない問題だったのに……」

ああ、やっぱりこの人は本質的には子ども想いの優しい人なんだな

イタリアでスクールアイドルのことを悪く言ったりはしたけれど、それだって鞠莉ちゃんの将来を考えてのことなんだし

あの件に関しては将来「だけ」に目が行ってしまい、娘が「今を楽しむ」ことの大切さを忘れていただけなのだから

鞠莉ママ「そして『忘却の書』も手元にありマース☆ 皆さんもページ片を渡してくだサーイ」

彼女のお願いに従い、私達は生徒会役員やみのりちゃんの取り巻きの娘達から取り上げたページ片を手渡した

鞠莉ママ「ありがとうございマース☆」

曜「それで、ルビィちゃんや月ちゃんら事件に関わった娘達はどうなるんですか?」

鞠莉ママ「脅されていたことや、その後の協力も踏まえ、『1人を除いて』全員不問となるはずデース。今、黒澤ファザーがポリスメンと交渉していマース」

ルビィ「ううっ、良かったぁー。お父さんが話してくれるなら大丈夫だよ」

月「本当に、ありがとうございます」

直接犯行に関わった2人だけど、どっちも逮捕されることがなさそうで一安心といったところである

梨子「それで、その『1人』というのは?」

鞠莉ママ「副会長、冬木・スタンダ・みのり嬢デース」

えっ!?

スタンダということは、つまり彼女は最初から「マフィアの一員として」犯行に及んでいたということになるのか?

左右へ首を振ると、誰もがショックを受け唖然とした表情をしていた

月「そんな……みのりちゃんがスタンダ家の一員だなんて。嘘ですよね? 悪い冗談ですよね?」

鞠莉ママ「うーん、正確には彼女のグランドマザーが戦後ジャパンへ亡命したスタンダファミリーの幹部で、こっそり家族へ二重国籍を取得させていたみたいです」

千歌「最初からわかっていたんですか? 鞠莉ちゃんのお母さんは」

鞠莉ママ「イエス。ジャパン国内へ潜伏しているスタンダファミリーのエージェントについて調査しているうちにわかりました」

ルビィ「マフィアの孫娘ってことは、しつけも厳しかったのかな?」

網元の一族とマフィアの一族とでは色々と違うんじゃないかな?

鞠莉ママ「グランドマザーとマザーから虐待を受けていたみたいです」

曜「虐待って……月ちゃんは知ってたの?」

月「ううん、僕も初耳。みのりちゃんは、あまり自分のことは話したがらないから」

鞠莉ママ「テストでクラスの上位に入れなかったり、習っていたピアノのコンクールで入賞できなかったら『結果を出せない者に用はない』って殴られたり、食事を与えられなかったりしたそうです」

千歌「ううっ……酷過ぎるよ、あんまりだよ」

みのりちゃんの冷徹非情な性格は、本来なら守ってもらえる立場の人達から十分な愛情を注いでもらえなかったが故に形成されたものだったようだ


曜「うん、そうだね。お父さんはどうしたんですか?」

鞠莉ママ「気が弱くて力になれなかったみたいです。それに今は単身赴任中だとか」

ルビィ「助けてくれる人が近くにいなかったんだね。ウチだってこんなに厳しくはないのに……」

善子「私は会ったことないけど、産まれながら悪鬼の心を持ってた訳ではなかったみたいね」

梨子「だから『数字』とか『結果』へ強くこだわっていたのね。勝てなければ意味がないって」

月「みのりちゃんは梨子ちゃんと千歌ちゃんへそんなことを?」

月ちゃんは「私が千歌ちゃんと付き合えないのが可哀想だから」という理論で私達の記憶を消そうとしていた(演技だったけど)

対して、みのりちゃんは一体いかなる理論を振りかざしたのか気になっていた

千歌「うん。『PVでわたしと曜ちゃんが仲良くしてるシーンが人気だから、2人が付き合った方が予選とかで有利になる』って」

曜「いやいや、何その理屈」

他人からどう評価されるのかを気にして「より高い評価を得られる組み合わせで付き合え」だなんて……正気の沙汰とはとてもじゃないけど思えない

善子「憎しみの連鎖ってヤツね……だからってアイツがずら丸へしたことや、リリーと千歌を襲ったことを許すつもりは毛頭ないけど」

ルビィ「善子ちゃんは厳しいね」

善子「ヨハネよっ! 当然でしょ、失われたものは二度と戻ったりしないんだから」

曜「恵まれていたんだね……私達」

鞠莉ママ「『忘却の書』を用いてイタリアンマフィアの権威を取り戻す。みのり嬢のグランドマザーはそのプランのために孫娘を利用したのです」

ブー、ブーと誰かのスマホから着信音が鳴った

鞠莉ママ「オゥ、ソーリー」

ルビィ「誰からだろう?」

鞠莉ママ「フム、フーム……ご苦労デース」

月「どういう件でした?」

鞠莉ママ「黒澤ファザーがポリスメンとの交渉を済ませました。『副会長以外は全員叙情酌量の余地あり』として無罪放免デース!」

「やったー!」とみんなの顔が綻ぶ

曜「ふぅ……これにて一件落着、ってとこかな?」

つきルビ「「ありがとうございました!」」

その後、私達は小原グループのエージェント達が運転する車で各々の自宅まで送ってもらった

また「この事件に関することは、部外者に話してはならない」と強く念を押された

そりゃ「忘却の書」の存在を知った誰かが、再び犯行に及ばないとは限らないんだから当然といえば当然だろう

こうして私達の絆を引き裂こうとした、忌まわしき「忘却の書事件」は終わりを迎えたのである

【曜side】

「忘却の書事件」から2週間が過ぎたある日の放課後

私はとある要件があって図書室へと向かった

1年もの間、ずっとほったらかしにしていたある事を始めるために

曜「やっほー! 花丸ちゃんはいる?」

花丸「曜さんっ!? 図書室ではお静かに、ずら」

彼女が一瞬だけ花が咲いたような笑顔を向けるも、すぐに眉間にシワを寄せて険しい表情を作る

曜「あっ、ごめんごめん」

善子「ルビィは一緒じゃないの?」

曜「善子ちゃんもいたんだ」

善子「ヨハネよっ!」

というより、図書室には私達3人の他に誰もいなかった

善子「ずら丸とこれからについて色々話してたのよ」

曜「そっか。ルビィちゃんは東京のイベントへの参加申請の手続きがあって生徒会室」

昨年忌まわしき0票を取ったあのイベントである

どうやら昨年度のラブライブの決勝でベスト4に入ったグループには、必ず案内がくるとのことだ

善子「ご苦労さまね、次期部長は」

曜「ほんとにね。……っとそうだ、花丸ちゃんに用事があったのを忘れてた」

花丸「あの件ですよね?」

曜「うん、先日話した自主練の付き添い」

「忘却の書事件」の1週間後の日曜日、私達aqoursの「5人」は市民会館で行われた合同ライブイベントにきちんと参加した

スクールアイドルとしての記憶を失ってしまった花丸ちゃんは、当然ながらパフォーマンスに加わることが出来ず観客席から見守るだけだったが

私達が歌って踊る様を目にした彼女はえらく感動し「マルも以前はあの中にいたんだよね……」と寂しそうに呟いたそうだ

そこで私が「もう一度始めてみない? スクールアイドル」と入部届を手渡したのであった

曜「どうする?」

花丸「決まっています」

彼女が鞄から直筆のサインと印鑑が捺された入部届を取り出し、それを両手で持って正面へ向けながら私へ頭を下げた

花丸「お願いします。マルをもう一度、スクールアイドル部へ入れてください」

曜「みんなと体力差がある分、多少厳しめのメニューになるよ。朝練だってある。それでもいい?」

記憶を失う前の花丸ちゃんが望んでいたことを、今の彼女へ尋ねる

内心これが原因で苦手意識を持たれたりしないよね……と心配だったりしなくもないけど

花丸「もちろんです」

曜「わかったよ、これからよろしくね! そして1年間……ごめんね」

ずっと構ってあげなかった分の謝罪も込めて、彼女をおもいっきり優しく抱きしめた

花丸「ちょっ// 曜さんっ//」

善子「良かったわね、ずら丸。ずーっと願ってきた夢、それを叶えるための第一歩が踏み出せて」

ハグを終わらせた後、私達は長机に座り今後について話し合った

花丸「記憶を失う前のマルと皆さんの関係は、善子ちゃんからだいたい教えてもらったずら」

善子「ヨハネよっ! でないと色々困るからね」

花丸「他にも……マルと善子ちゃんが、その……お付き合いしていた、とか//」

善子「ヨハネだっての! そうよ、私達は恋仲だったのよ」

花丸「それと『忘却の書事件』についても」

どう思ったのかな?

「1年分の自分を殺された」と言えなくもないあの事件について

曜「話したんだね」

善子「駄目とは言われなかったからね」

花丸「マルは、記憶を取り戻したいです」

曜「花丸ちゃん……」

花丸「これからaqoursの一員として色々やっていく中で、きっと『今の』マルが知らない話が出ることもあると思うんです」

曜「まあ、あるだろうね」

人生とは積み重ねである

今の私達は、今までの積み重ねがあって存在しているのだから

曜「もしそれで寂しさを感じるようなら、いつでも辞めていいからね」

突き放すのではなく、花丸ちゃんのためを想って

花丸「はい。でも寂しさを覚えるのはマルだけじゃなくて、皆さんも同じなんだと思います」

善子「ずら丸……ほんと、アンタって奴は他人想いなのね」

花丸「だからマルは『マル自身のため』にも、『皆さんのため』にも……」

曜「とは言っても相手は呪いだしねぇ」

善子「そうでもないみたいよ」

曜「どういうこと?」

幾多の人達の怨念が籠った呪いへ抗う術などあるのだろうか?

花丸「『解呪の書』を作り出すことが出来れば」

曜「『解呪の書』? つまり呪いを解くための書ってこと?」

善子「ええ、『その幻想をぶち[ピーーー]!』ってヤツね」

曜「なるほどね。でもそんなご都合アイテムを作り出す方法のアテはあるの?」

アレの元ネタって確か「魔術師達が無自覚下で抱く『どんなに世界が歪んでも大丈夫なように基準点がほしい』という願いが集約し、自然発生したもの」という設定だったはず(今はどうなったかわからないけど)

花丸「はい。『忘却の書』やその他の呪いの書と、同じ方法を取るんです」

曜「えーっと、つまり?」

花丸「誰もが共感できるような『呪いのせいで酷い目に遭って可哀想な人』の物語を書くところから始めるんです」

曜「ああ、なるほど。目には目を、呪いには呪いをって感じ?」

呪いを消すため「だけ」の呪いとは、幾分マニアックに思えるが

花丸「はい」

善子「ゴーストタイプにはゴースト技が効果抜群ってのと同じよ」

曜「いや、ポケ○ンは関係ないと思うけど。……っていうか、その相性すっかり忘れてた」

善子「そうね。みんなが忘れちゃってることって、世の中にはいっぱいあるのよね」

花丸「まあ、駄目元ですけどね。でも何事もやってみる価値はあると思います」

曜「そうだね」

スクールアイドル活動を始めてたった1年でラブライブに優勝したり、アク○ズの軌道を地球への落下コースから逸らしたりだってできるかもしれないんだし

曜「またaqoursへ入ろうと決めたのも?」

花丸「もちろんずら!」

善子「変われるわよ、ずら丸! また一緒に頑張りましょう!」

花丸「うん、善子ちゃん!」

善子「ほんと、アンタは記憶を無くしても『ヨハネ』って呼んでくれないのね」

……言うほど不満そうじゃなさそうだね、善子ちゃん

曜「にしても、忘れられてしまったことかぁ。なんだか悲しくなるよね、そういうのって」

善子「ほんとにね。一時期流行っていたものが『オワコンだ』なんだって馬鹿にされてるうちはまだマシで、いずれ悪口すら言われなくなる。そういうの、嫌っていうほど見てきたから」

曜「おっ、アニオタの善子ちゃんらしい意見ですねぇ~」

善子「ヨハネよっ! 話を作る側は何か月も何年もウンウン頭を悩ませて頑張ってきた結果を、受け取る側は一瞬だけ楽しんでハイおしまい! なんかそれって……すっごい残酷な気がするのよね」

世の中に存在するあらゆる娯楽に言えることだよね、それって

曜「……わからなくはないよ、私達のライブだって同じだしね。いっぱい練習して、衣装やら振り付けやら色々考えても、見ている人達にはわからない」

花丸「でも、その一瞬の輝きのために全身全霊を尽くすのがスクールアイドルであり、クリエイターですよね?」

曜「花丸ちゃん……いいこと言うじゃん! このこのっ!」

彼女が愛しくなり、つい頭をナデナデしてしまう

花丸「ちょっ// 曜さんっ//」

善子「って曜!? 私の彼女を堕とそうとしないでよっ!」

曜「いいじゃん! 1年間構ってあげなかった分もあるんだし!」

花丸「じゅらぁ~♡」

善子「ずら丸もその気にならないでぇーっ!」

花丸「だってマルと善子ちゃんが恋仲だったなんて……信じられないもん//」

花丸ちゃんが恋する乙女の顔になる

曜「おっ? 顔赤くしちゃってぇ~、そんなにこの堕天使が好きなのかぁ~」

花丸「ううっ// おちょくらないでくださいよぅー//」

善子「いい加減にしなさいよっ!」

曜「おっ、善子ちゃんも顔真っ赤じゃんか~」

善子「うっ、うるさいっ//」

さすがにおちょくり続けるのも悪いので、話を戻すことにした


曜「なんだか悲しいね、存在が忘れられるって」

花丸「忘れられた、ならまだ幸せなんだと思いますよ。作り手としても、作品そのものとしても」

善子「何それ? 最初から見向きもされなかった、とか?」

曜「禁書に対する絶チ○みたいな?」

善子「は? 絶○ルファンのヨハネ様へ喧嘩売ってるの!」

花丸「ヨハネ少佐、マルも助太刀するずらよ!」

曜「いや、ごめんごめん。私もアレはアレで好きだから」

私も○チルがとても薄っぺらい作品だなんて思わないし!

超能力一筋にこだわるか、魔術や科学など様々な要素を散りばめるか

漫画原作か、ライトノベル原作か

朝の子ども向けアニメか、深夜帯の青年向けアニメか

バックについている企業の力が違うとか

あの2作品は似て非なるものなので、あーだこーだと優劣をつけようとすること自体が間違いなのです!

曜「っていうか○チルだって一時期は流行ったし、スピンオフだって作られたし!」

花丸「闇でしか裁けぬ罪がある、ずらね」

善子「やっぱりアンタは記憶を失っても、このヨハネの黄昏の理解者なのね……ずら丸ぅ~♡」

花丸「ヨハネ少佐ぁ~♡」

曜「……やっぱり善子ちゃんの堕天使設定って、兵○少佐ベースにしてたんだね」

善子「ヨハネだっての! それと設定言うな!」

なかなか周りにガッツリ語れる人がいないんだろうなぁ、絶チ○

花丸「絶○ルはともかく、中には見向きもされない以上に、悲惨な末路を辿ったものもあると思うんです」

曜「……なんかピンとこないんだけど、どういうこと?」

善子「なんとなくわかったわ。内容があんまりにも酷くてボロックソに叩かれた作品ね!」

曜「なるほど、0よりマイナスの方が辛いよね」

花丸「正解……と言いたいところだけど、あと一歩ってところかなぁ?」

善子「あと一歩? どういうことよ?」

花丸「内容を問わず、語ること自体がタブー視されてしまったもの」

曜「えーっと、なんかよくわからないなぁ」

善子「具体的には?」

語ること自体が許されない、そこまで残酷な仕打ちなんてあるのだろうか?

花丸「そうだなぁ……漫画やアニメとは違うけど、天動説が信じられていた時代の地動説とか」

曜「確か『地球の周りを太陽や他の星が回っている』って説だっけ? 天動説は」

花丸「うん。今を生きるマル達からすれば滑稽な話だけど、当時は『地球が太陽の周りを回っている』だなんて口に出すことも、誰かと真剣に議論することすらも許されなかったんだよ」

自分の意見を語ることが駄目だなんて、いくらなんでも酷くない? ……って考えるけどなぁ

善子「みんな天動説の方を信じてたものね。下手なこと言って村八分にされたくもないでしょうし」

花丸「教会の権威の問題なんかもあったからね」

曜「そうだね。でも今は逆になったよね?」

花丸「うん、科学が進んで地動説が証明されちゃったからね。他にも『人間はサルみたいな動物から進化した』とか」

曜「以前は『神様が自分の姿に似せて人間を作った』って信じられてたんだよね?」

善子「そうね。そういうこと言ってた連中がもし現代へタイムスリップしたら……逆にそいつらが馬鹿にされるんでしょうね」

曜「まあ……そうなっちゃうよね」

中世時代の人達がいきなり東京のど真ん中へ転送された光景が頭に浮かぶ

ただでさえ自分が本来生きていた場所と様変わりした土地へ放り出されて混乱しているのに、周囲の人達からは「コイツは何を言ってるんだ」と馬鹿にされたりして

そう考えると、今度は彼らの方が可哀想に思えてきた

花丸「そういうことなんだよ。多数派になるか少数派になるかなんて、色々な条件に左右されちゃうってこと」

善子「まあ、確かにね」

中学の頃はドン引きされた「堕天使」だって、ニコ生では好評だったりする

場所によって自己のアイデンティティの評価が変わる経験を、善子ちゃんはしてきたんだよね

花丸「だからマルは、将来世界を廻ってみたいんだ」

曜「なんだかいきなりスケールのデカい話になったね!?」

善子「しかも唐突な自分語り。でもどうしてよ?」

インドア派な花丸ちゃんがこんな大きな夢を抱くようになった理由とは?

花丸「たくさんの人の『語られない物語』を聴いてみたいから」

曜「語られない物語?」

花丸「はい。いっぱいいっぱいあると思うんです、蕾のまま花開かれないでいる物語って」

善子「その蕾に水をあげたいのね?」

花丸「うん。『みんなが望んでいないから』って、蕾が花開くことなく枯れてしまうなんて……もったいないから」

なんとなくわかるなぁ

私も時々頭の中で物語を考えたりはするけど、それを誰の目から見てもわかる形へまとめたりしない内に忘れたりしちゃうし

そういえば千歌ちゃんはよくノートへ架空のRPGのデータをまとめていたなぁ、アイテムやモンスターの図鑑なんかも

善子「もったいないって……寺生まれのずら丸らしいわね」

花丸「そりゃあ、じいちゃんから『米粒1つ残すなよ、目が潰れるぞ』って口酸っぱく言われてきたからね」

曜「それで、どんなお仕事がしたいの? 世界を廻る仕事といってもたくさんあるけど」

花丸「うーん、そこまではまだ考えていないなぁ。というより仕事にするのかすらも」

曜「それもそっか。観光でってのもアリだよね」

善子「なんだか面白そうね。私も興味が湧いてきたわ」

花丸「善子ちゃん……マルと一緒に来ない?」

善子「ヨハネよっ!……ってまさか、これって……プロポーズぅ//」

善子ちゃんの顔が、まるで茹で上がったロブスターのように真っ赤に染まる

花丸「ふふっ、どうかな?」

善子「どうなのよーっ!?」

花丸「さあ、ね♡」

曜「あはは、からかい上手の国木田さんってヤツかな? ごちそうさまです!」

記憶を失ってもこの2人の関係はそこまで変わらない、そんな事実にすっかり安堵していた

善子「まあ何にせよ、誰かの意見を否定しない限りは、自分の意見なんていくら語ろうが勝手だと思うけどね」

曜「結局そこへ行き着くんだね、善子ちゃんは」

善子「ヨハネよっ! 天動説じゃないけど『世界は自分を中心に回っている』って考えていいのよ! 誰かの迷惑にならない分にはね!」

曜「そうだね。自分の好きを貫くのが大切だよね」

花丸「ふふっ、幼稚園の頃から変わっていないずらね。善子ちゃんは♡」

善子「だからヨハネだっての! っていうか今のずら丸、ほとんどあの頃の私しか憶えてないでしょ!」

花丸「……まあね。だから改めてよろしくずら」

花丸ちゃんが伸ばした右手を──、

善子「え、ええ。こちらこそよろしくね」

善子ちゃんがしっかりと握った

曜「じゃあ私はこの辺で」

彼女達ならまたやり直せる、そう信じて私は図書室を後にした

生徒会室へ向かうには三年生の教室が並ぶ廊下を通るのだが、私はその途中で見てはいけないものを目撃してしまった

曜「ちょっ!? 千歌ちゃんに梨子ちゃん、何やってるのさ……」

なんと誰もいない教室で、2人が口づけを交わすのを目撃してしまったのだ

だけど、わざわざ中へ入る必要はない

それが何度も私と千歌ちゃんが2人きりで話す時間を作ってくれた梨子ちゃんへの、ささやかな恩返しになるのだから

梨子「……んっ?」

千歌「どうしたの? 誰かに見られてた?」

梨子「ううん、何でもない」

千歌「そっか。もし曜ちゃんがいたら──」

梨子「『もう気にしないで』って言ってたでしょ」

千歌「……それもそっか、うん」

梨子「ルビィちゃんにも失礼だしね、そういうのって」

千歌「ルビィちゃんにも……だね」

さすが梨子ちゃん

私としても今度こそ新しいスタートを切るために、過剰に気を遣われたくはないんだしね

千歌「いやー、まさか本当にわたし達の記憶がなくなっちゃうかも、って羽目になるとはね」

梨子「ほんとにね。やっぱり神様が私達を『何がなんでも引き裂いてやる!』って意地悪したのかな?」

千歌「スタンダファミリーが神様の送り込んだ刺客? ないない、マフィアなんだよ!」

梨子「ふふっ、それもそっか。神をも恐れぬ大悪党だもんね」

どうやらあの2人は「『忘却の書事件』はタチの悪い神が与えた試練だった」と捉えているらしい

千歌「にしても、次の日の晩にみのりちゃんの取り巻きの娘達が、みんなでウチまで謝りに来てくれたのには驚いたなぁ」

梨子「しかもご丁寧に菓子折まで持ってね」

千歌「梨子ちゃんが『もう同じようなこと、他の誰かにしないでね』ってお願いしたけど……大丈夫だよね?」

梨子「大丈夫だよ。みんな悪鬼じゃない、他人の痛みを想像できる娘達だから」

千歌「だね、信じるよ」

事件の後で別行動をした2人に何があったのか、大まかな経緯は聞いていたが……みのりちゃん率いる副会長派の襲撃を切り抜けたことで、より彼女達の絆は深くなったようだ

千歌「わたし達、抗えたんだよね? 悪い運命に」

梨子「うん、私達の力でね♡」

千歌「だよね。でも、これはまだチュートリアルみたいなものだと思うんだ」

梨子「チュートリアル? これからまたとんでもない事件が起こると?」

あの出来事をTVゲームでいうところの「基本的な操作を覚えるための最初のボス」扱いとは、千歌ちゃんはどれだけ将来の脅威を見据えているのだろうか?

千歌「うん、多分ね」

梨子「嫌だ」

千歌「『嫌だ』って何が?」

梨子「千歌ちゃんと引き離されることに決まってるでしょ♡」

梨子ちゃんが千歌ちゃんを正面からおもいっきりハグして、自分のほっぺを彼女のほっぺへすりすりさせる

千歌「おうっふ// 梨子ちゃぁ~んっ♡ わたしもだよぅ~♡」

梨子「だから勝ち続けましょ、あらゆる災いに。私と千歌ちゃんの力で、ねっ♡」

千歌ちゃんが胸元から銀色に輝く何かを取り出した

千歌「今回は『昔の梨子ちゃん』がわたしを守ってくれたけど……次はそんな奇跡みたいなこと、起こらないと思うから」

梨子「やっぱり思い出せないの? 昔会ってたこと」

千歌「……うん、ぽっかり穴が空いたみたいに」

梨子「……そっか」

千歌「ごめんね、梨子ちゃん」

梨子「ううん、いいよ。それよりaqoursの……1年間の記憶が無事で、本当に良かった」

千歌「梨子ちゃん……」

梨子「失ったものを惜しむより、今残っているものを大切にしていきましょ。ねっ」

千歌「そう、だよね。ありがと、梨子ちゃん」

梨子ちゃんが向けた言葉は、私の心にも深く染み入るようだった

過去に固執し続けるのではなく、未来へと目を向ける。今の私に一番必要な考え方じゃないかな?

千歌「こういうのってさ、いわゆる平行世界からの圧力なのかな?」

梨子「平行世界からの圧力? どういうこと?」

千歌「隣接する世界から変なエネルギーがこっちの世界へ流れ込んできて、その世界の運命へ干渉する……みたいな?」

梨子「うーん、わかるような、わかんないような」

千歌「えっ!? わかんない?」

梨子「千歌ちゃんの好きなゲームに例えられない?」

私も今の説明では何がなにやらさっぱりでした

千歌「ゲームねぇ……あっ、アレかな?」

梨子「なになに?」

千歌「オセロみたいな。ある世界が白だとしても、隣接する世界が黒だと同じように黒へ反転しちゃうって感じで……うーん、なんか違うかも」

梨子「ううん、エネルギーがどうこうよりよっぽどイメージできるよ」

千歌「そう? なら良かったぁ~」

なるほど、千歌ちゃんの中では「私と千歌ちゃんが付き合っている2つの平行世界」に「千歌ちゃんと梨子ちゃんが付き合っているこの世界」が挟まれたことで、自分が梨子ちゃんと引き離されて私とくっつけられるような力が働いた……とでも考えているらしい

梨子「むしろアタック25の方が合ってるかも」

千歌「なるほど……もしかしたら『わたしと曜ちゃんをくっつけるため』じゃなくて、『わたしと善子ちゃん』とか『わたしとルビィちゃん』って可能性もあったかもしれないもんね」

梨子「うん。色が4色どころじゃなくて、マス目も無限に広がってるの」

星々が煌めく宇宙空間に太陽よりも巨大なパネルが浮かぶという、シュール過ぎる光景が脳裏をよぎった

というか梨子ちゃんも「誰と誰が付き合うか」という観点から平行世界について語っていたんだね

千歌「うへぇ~、気が遠くなるねぇ~」

梨子「ふふっ、ほんとにね」

千歌「まっ、どんな運命が相手だろうと、わたしがはね除けてやるよっ!」

梨子「千歌ちゃん……私も戦うよ。これからもずっと千歌ちゃんの隣にいたいから」

千歌「うん。これからもよろしくね、梨子ちゃん♡」

梨子「こちらこそよろしくね、千歌ちゃん♡」

「もし、また千歌ちゃんと梨子ちゃんを引き裂こうとする事件が起こったなら、私が助太刀するからね」と、心の中で呟いた

もう2人の笑顔を、誰かのエゴで踏みにじらせたりなんてさせるものか!

梨子「そういえば、昨日鞠莉ちゃんのお母さんからこんなメールが届いたんだけど」

梨子ちゃんが胸ポケットからスマホを取り出し、千歌ちゃんへ何かを見せた

千歌「えーっと『小原グループはIPS細胞を用いて、メスのマウス同士で子どもを作るのに成功した』って?」

梨子「うん。ゆくゆくは人間でもこの技術が使えるか実験する日が来るだろう、って」

ちなみにそのニュース、私も先日ネットサーフィンをしている際に見つけました

とはいえ、さすがに私達が生きている間に実用化には至らないでしょ

千歌「うん、そうなるだろうね。それで?」

梨子「それで? って……わからないの? 何が言いたいのか」

千歌「うん、わからな……あっ//」

梨子「気付いたみたいね♡」

千歌「えっと……つまり、そのぉ……やっぱり、梨子ちゃんは『欲しい』の?」

梨子「うんっ♡ 『欲しい』よ、もちろん♡」

千歌「うがあぁぁぁーーーっ!!? 梨子ちゃんのヘンターーーイっ!!」

梨子「変態言うなっ! 好きな人との間に『欲しい』って思うのはごく自然でしょうが!!」

千歌「いや、ヘンタイでしょうがぁ! 『欲しい』ってことはさ──」

曜「さてと、これ以上2人の変態トークは聞かなくていっか」

この先どんな運命が待ち受けていようとも、あの2人なら乗り越えてゆけそうだ……ギャグ漫画補正みたいなもので

結局「あの夢」の正体がいったい何だったのかは、今でもわからない

私の深層心理の中にある、自分本位な理想世界の有り様だったのか

みのりちゃん達の襲撃が成功した場合に訪れた、未来の予知だったのか

はたまたこの世界に隣接する平行世界、その一端を垣間見たものだったのか

何にせよ、今ここにある彼女達の絆は守れたのだ

だから……これ以上余計なことは考えないことにした

改めて生徒会室の前まで到着した私は、コンコンとドアをノックした

曜「失礼します」

月「おっ、彼女がお迎えだよ。ルビィちゃん」

生徒会役員A「もう上がっていいですよ」

生徒会役員D「後は自分達でどうにかなるんで」

月ちゃんら生徒会の娘達の勧めに応え、書類の山とにらめっこしていたルビィちゃんが手を止めて立ち上がった

ルビィ「では、失礼します」

月「うん、また明日」

生徒会役員AD「「お疲れさまでした」」

月「みのりちゃんが欠けた穴を埋めてくれて、ほんと助かってるよ」


並んで廊下を歩く私とルビィちゃんは、周囲からはどう見られているのかな?

「お似合いのカップルだ」って認めるられるには、まだまだ時間がかかるかな?

ルビィ「東京のイベント、申請は通りましたよ」

曜「了解。特に心配はしてなかったけどね、月ちゃんだし」

ルビィ「それはそれとして……曜さん」

曜「どうしたの? かしこまって」

ルビィ「ルビィ……じゃなくてわたし、生徒会の副会長へ立候補しようと思ってるんです」

曜「そっか。やっぱりダイヤちゃんへ少しでも近付きたいから?」

生徒会長とスクールアイドル活動を両立出来ていた姉の存在は、ルビィちゃんにとっていつまでも追い続けたい目標なのだろう

たとえ当人から「もう1人で何でも出来るのですわ」と成長したのを認められたとしても、だ

ルビィ「うんっ。それに事務仕事を覚えておけば、将来のためにもなるし」

曜「将来のため、ねぇ……具体的には?」

ルビィ「うーん、まだそこまでは。ただ、やれるようになって損はないんで」

曜「だね。ルビィちゃんはまだ2年生だし、ゆっくり考えればいいよ」

ルビィ「うん、そうします」

曜「それから、ルビィちゃんは無理してダイヤちゃんのようになろうとしなくてもいいんじゃないかな?」

ルビィ「どうしてです?」

曜「ルビィちゃんはルビィちゃんなんだから。何でも1人でこなせるのが一番だろうけど、誰かへ頼ることができるのも時には大切だから」

ダイヤちゃんの場合、逆に何でも1人で解決しようとするのに固執して、誰にも相談せずにパンクしてしまうこともあるそうなので

ルビィ「でも、できる限りは挑戦していきたいです。何事にも」

曜「変わったね、ルビィちゃんは」

ルビィ「そう、ですか?」

曜「うん。ここまでアクティブな娘へ変わる日が来るなんて、夢にも思ってなかったよ」

ルビィ「曜さん……ありがとうございます」

曜「どういたしまして」

曜「でもルビィちゃんが生徒会へ入るなら、次期部長は善子ちゃんに任せることになるかな?」

ルビィ「……そう、なりますよね? 兼任できないので」

曜「やっぱりルビィちゃんから見ても不安?」

ルビィ「不安しかないです。この前も書類の提出、忘れてましたし」

曜「あらら……かといって、花丸ちゃんに任せる訳にもいかないもんね」

ルビィ「ですね。まあ、何とかなりますよ」

曜「その根拠は?」

ルビィ「今までだって千歌ちゃんが部長でしたけど、実質的な指揮を執っていたのはお姉ちゃんでしたから」

曜「確かに」

まるで藤原家やスタンダ家の祖先達が行っていた摂関政治の如く、だ

表向きの部長は善子ちゃんが担いつつも、練習や具体的な活動方針を打ち出すのはルビィちゃんが取り仕切って──、

曜「……って、ごく自然にルビィちゃんがリードしていくビジョンが浮かんだし!」

ルビィ「自然に浮かびました?」

曜「っていうか、ルビィちゃんもごく普通に自分が指揮執ってくつもりでいるし!」

ルビィ「えっ? 駄目でした?」

曜「いや、駄目じゃないよ。全然」

これはますます次期部長の将来が楽しみになってきたぞ!


ルビィ「入部希望者も3人ほどいるんで、1週間の体験入部をしてもらってから、続けていけそうか本人確認していこう。そう考えているんです」

曜「ルビィちゃんや花丸ちゃんの時と同じだね?」

ルビィ「うん。会長からも許可が下りたので、週明けから来てもらいます」

曜「了解。ところでどんな娘達? 会ったことあるの?」

ルビィ「わたしもまだです。でも大丈夫ですよ」

曜「これまた根拠ゼロな」

ルビィ「わたしや花丸ちゃんや善子ちゃんみたいな娘だって、なんだかんだで1年やってこれたんで」

曜「な、なるほど」

引っ込み思案で人見知りのルビィちゃん

地味で運動オンチな文学少女の花丸ちゃん

厨ニ病で少しイタいところがある善子ちゃん

一見人前で歌って踊るなんて出来なそうな3人でも続けられたなら……いや、自分はともかく親友2人を「みたいな」ってさぁ

ルビィちゃんがあまり天狗にならないよう、今後は注意していかなくちゃいけないかも

ルビィ「曜さんは体育大学へ行くつもりなんですよね? スポーツ推薦で」

曜「うん。高飛び込みでも一番になりたいからね」

ルビィ「ずっと続けてきたからですか?」

曜「まあね。せっかくならどこまでやれるか確かめてみたいし」

ルビィ「自分のため、ですか?」

曜「もちろん。自分のため、だよ」

千歌ちゃんが喜ぶから
千歌ちゃんにいいところ見せたいから
千歌ちゃんと何でも一緒がいいから

「千歌ちゃん第一主義者」だった渡辺曜から完全に脱却するためにも

ルビィ「ふふっ、曜さんもずいぶん変わりましたよね」

曜「そうかな?」

ルビィ「そうですよ。『自分と他人の境界線を引けるようになった』、そんな風に見えます」

曜「……やっぱり千歌ちゃん絡み?」

ルビィ「他に何があります?」

曜「……ありません」

ルビィちゃんが私の両肩を掴み、エメラルド色の瞳で私の瞳を覗き込みながらこう宣言した

ルビィ「とにかく、1人で立っていられないと感じたら、いつでも頼ってくださいね。わたしが支えてあげますから♡」

曜「やだこのイケメンルビィちゃん// 惚れ直しちゃいそう♡」

そしてそのまま、私達は口づけを交わした

初めてのキスは、みかんジュースの甘酸っぱい味がした

曜「……って、何この口いっぱいに広がるみかん風味はっ!?」

ルビィ「……さっき会長からみかんジュース貰ったんで//」

曜「月ちゃんめぇーっ! ムードぶち壊しじゃないの!!」

ルビィ「ふふっ、わたし達らしくていいじゃないですか♡」

曜「ルビィちゃん……かもね」

ようルビ「「ふふっ、あははっ!」」

私達には少女漫画のようなロマンチックな恋は似合わないのかもしれない

だけど恋愛の形なんて人それぞれでいいんだ

【それから1X年後の春】

私は今年の夏に開催されるオリンピックへ向けて、イタリアで高飛び込みの強化合宿へ参加していた

ここシチリアは小原グループとイタリア政府のマフィア掃討作戦の結果ゆえか、市街地を歩いていても妙な輩に絡まれることもなく平和な土地だ

曜「じゃあ先に上がりますね」

合宿仲間A「お疲れさま~」

合宿仲間B「彼女さんと飲みに行くんでしょ? 行ってらっしゃい」

シャワーで塩素を洗い流し、白いスーツに着替えて鏡で着こなしチェック!

よし、ネクタイは曲がってないし髪の毛もクシャクシャになってないね!

選手用のプールを出ると、紅いドレスを纏ったスラリと背の高いロングヘアーの彼女が待っていてくれた

ルビィ「お疲れさま、曜ちゃん」

曜「うん。行こっか、ルビィちゃん」

オレンジ色の夕日に照らされたシチリアの街を、ルビィちゃんが運転するレンタカーが駆け抜けてゆく

ルビィ「ところで曜ちゃん、いい知らせと悪い知らせがあるんですけど」

曜「なんかアクション映画でよくあるヤツだね。じゃあ、悪い知らせから」

ルビィ「わかりました。はいっ」

彼女がポーチから堕天使と花丸マークの描かれた封筒を取り出し、助手席に座る私へと手渡す

曜「善子ちゃんと花丸ちゃんからだね」

封筒を開くと、大鍋から肉じゃがをおたまで掬い、行列を作る人達へ手渡す花丸ちゃんと善子ちゃんの写真が入っていた

ちなみに「※現地の方に撮ってもらいました」と写真の裏に書いてある

曜「えーっと、ロカムリ人だったっけ?」

ルビィ「はい。イシャロム人とイショロキ人の紛争に巻き込まれて、故郷を追われた少数民族です」

2人は現在、南米の紛争地域にある難民キャンプで活動している

花丸ちゃんはNGOの一員として炊き出しや子ども達のお世話を、善子ちゃんは戦場カメラマンとして争乱の惨状を世界へ発信していた

「語られない物語を聴くための活動」は、1人でも多くの命を救うという形で花開いたということだろう

曜「これでも中東よりはマシ、なんだよね?」

ルビィ「ユチハコ人によるチャキロキ人への弾圧と比べれば、ですか?」

曜「うん。一方的な虐殺だって話だし」

ルビィ「5倍以上も人口差がありますからね」

曜「はぁ、嫌になるね。世界はこうも悪意や憎しみで満ちている」

ルビィ「ですね。でも、悪いことばかりじゃないですよ。はい、いい知らせ」

2つ目の封筒にはみかんと桜のマークが描かれている

そちらにはあどけなさが抜け凛とした大人の女性となった千歌ちゃんと、5歳ぐらいの頃の彼女に瓜二つな少女が、まん丸に大きくなった梨子ちゃんのお腹を愛しげに撫でる写真が入っていた

そう、梨子ちゃんは5年前に千歌ちゃんの娘を産み、今は2人目を妊娠しているのだ

曜「来月には2人目が産まれるって?」

ルビィ「みたいですよ。千歌ちゃんも梨子さんも幸せそうですよね」

曜「だね。いや~、また梨歌ちゃんと会いたいなぁ」

ルビィ「ですよね。こういうの見てると、わたし達も子ども欲しくなりません?」

曜「うん、わかるわかる」

2人は小原グループが研究を進めていた「IPS細胞を用いて女性同士で子どもを作る実験」へ志願したのである

あの「忘却の書事件」の後にも、まるで「神様が千歌ちゃんと梨子ちゃんを仲が引き裂こうとしているのでは?」と思いたくなるような出来事は何度も起こった

ただし時には今までの経験を活かして、時には私を始めとしたaqoursのみんなや家族の協力もあって、全てを乗り越えていけたのだ

そう考えると、梨歌ちゃんは私を含め多くの人達が「2人の絆を守りたい!」と奮起したみんなの想いの結晶、と言えなくもない気がしてきた

なお、一応鞠莉ちゃんから私達にもメールは送られていたが「オリンピックで自分が納得する結果を遺してから考える」とお断りしていた

曜「千歌ちゃんも梨子ちゃんも、マイノリティが受け入れられるよう行動してるんだね」

ルビィ「女性同士じゃ子どもが作れないから、結婚するメリットはない。完全に女性を『子どもを産む機械』扱いですよね」

曜「結局、そんな風に人付き合いでも何でも『損得』で考える人が少なからずいる、ってことなんだよね」

ルビィ「ですね。でも突き詰めていけば『一緒にいて楽しい』とか『君の笑顔が見たい』ってのも、自分がそれで得した気持ちになりたいから……になっちゃいますよね」

曜「いいんじゃないかな? 自分以外の誰かの幸せを喜べるなら」

ルビィ「ですね。難しく考える必要はありませんよね」

悪鬼と呼ばれる人達のように「自分が気持ち良くなるためなら周囲の犠牲を厭わず、そこに良心の呵責を感じない」よりかずっとずっと

レンタカーをとあるビルの地下駐車場へ停車させ、私達はエレベーターに乗って地上39階にある高級レストランへと向かった

受付「いらっしゃいませ。ルビィ・クロサワ様とヨウ・ワタナベ様ですね?」

ルビィ「はい」

受付「こちらへどうぞ」


そこはシチリア全域が一望できる窓際の特等席だった
沈むゆく夕焼けがレンガ造りの町並みを優しく照らしていた

曜「ふぅ、見た目によらずボリュームあるもんだね」

ルビィ「でしたね、わたしももうお腹いっぱいです」

海外にいる期間が長くなると無性に和食が恋しくなるもので、今回は和食中心のフルコースを予約していた

栗と松茸の炊き込みご飯に伊勢エビ・大トロ・松阪牛と国内に居ても滅多に口にしない料理ばかりで、とても「地元の味」という感じはしなかったけどね

ルビィ「後はデザートのモンブランケーキだけなんで、美味しくいただきましょうか」

曜「あっ、その前にひとつ……いい、かな?」

バクン、バクンと心拍数が急上昇してゆくのがわかる
この感覚は1X年前、閉校祭の前日に千歌ちゃんへ告白した時以来かも

さあ、勇気を出すんだ渡辺曜!

今日こそはずっと寄り添ってくれた彼女へ、想いをはっきり告げる刻だぞ!

大学の時も、プロになってマネージャーを募った時も、いつだって彼女の方から「やりたい」と言ってくれたんだから、今回ぐらいは私から伝える番だって決めたんだから!

ルビィ「いいですよ、ひとつでも何個でも」

曜「渡したいものがあるんだ」

手提げ鞄から小さなケースを取り出し、彼女の目の前でパカッと開く

推奨BGM:ルビーの指輪
https://youtu.be/n2cdgo86Hzo

中身は彼女の薬指に合わせた、オーダーメイドのルビーの指輪である

曜「ルビィちゃん」

ルビィ「はい」

曜「次のオリンピックが終わったら……」

ルビィ「終わったら?」

曜「結婚しよう」

何の捻りもせず、シンプルな愛の言葉を告げた

ルビィ「うっ……うっ、ううっ……」

涙を流す彼女へ、ポケットからハンカチを出して手渡した

曜「ごめん、いきなりこんなこと言って」

ルビィ「曜ちゃん……嬉しいです。わたし、すっごくすっごく嬉しいです」

曜「じゃ、じゃあ?」

彼女の返事もいたってシンプルなものだった

ルビィ「はい、喜んで♡」

曜「ありがとう、ルビィちゃん♡」

彼女がニッコリと、どんな景色よりも綺麗な笑顔を向けてくれた

ルビィ「でも、こういうのっていわゆる『死亡フラグ』ってヤツですからね」

曜「へっ!? そうなの?」

ルビィ「そうですよ。しかも『この○○が終わったら、結婚しよう』だなんて、これ以上ないくらいにはベタなタイプの」

曜「……言われてみれば、映画とかでよく見るなぁ」

ルビィ「まあ、仮に『曜ちゃんが本番で足を滑らせた結果、打ち所が悪くて半身不随になった』としても」

曜「……なんかえらく具体的なシチュエーションだね」

ルビィ「わたしは曜ちゃんを見捨てたりなんてしませんからねっ♡」

曜「ありがとね、ルビィちゃん♡ でも何か実際に起こりそうで怖くなってきたんだけど」

ルビィ「なりませんよ」

曜「どうして?」

ルビィ「こういうのって、誰かが気付くと逆に『生存フラグ』になるそうなので♪」

ようルビ「「ふふっ、あははっ♪」」

私達の歩む未来は、これからも笑顔の絶えない素晴らしいものになりそうだ

終わりです

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