曜「心の」千歌「音」 (28)

ようちか
百合


嫉妬。それって、ほら、よくあること、らしいよ。
ただ、自分には関係ないって思ってた。
他の友だちや、部活の仲間から耳にすることはあっても、受け流してた。
だから、ふいにそれがやってきて動揺した。

これが、嫉妬。
なんていうか、知らない間にできたニキビみたいなもので、気になるけど触りずらいっていうか。
受け入れて上手く流さないとなって。それに、上手くやらなきゃ、千歌ちゃんの邪魔になるから。
みんなで進み始めた所だったから。
千歌ちゃんの輝きを曇らせたくなんてなかったんだ。

嫉妬なんて、したくないよ。
千歌ちゃんじゃないけど、私だって『Aquas』のみんなが大好き。梨子ちゃんが大好き。
大きな目標の前では、私の寂しさなんてほんとちっぽけ、でしょ?
いつもみたいに、要領の良い自分でいればいい。
千歌ちゃんは、苦手かもしれないけど。
千歌ちゃんの夢を応援したいから。
みんなの目標を追える自分でありたい。

そう思っていたのに。
鞠莉ちゃんが教えてくれた。
本音でぶつかる大切さを。
あの後、梨子ちゃんと電話して、つい言っちゃいけないことを言ってしまって。
ああ、私、全然要領良くなんてないなって、笑っちゃった。
で、そこで神のようなタイミング千歌ちゃんが来たわけだ。

泣いちゃうよね。

「ごほん……」

私は照れ隠しの咳ばらいを一つした。
隣の千歌ちゃんの表情を確認する。
眉間に皺が寄っていた。

「千歌ちゃん?」

私と千歌ちゃんは練習が終わった後、みんなと別れていつもの浜辺に二人腰掛けていた。
なぜかと言うと、千歌ちゃんが私が泣いていた理由を聞いてきたからだ。
しつこく聞いてくるものだから、これは、誰かの入れ知恵なのではとも思ったけど。
私は観念して浜辺に誘ったのだった。

「曜ちゃん……もそういう風に思うんだ」

「みたい、だね」

「私の特権かと思ってたのに」

「特権って、千歌ちゃん……」

「普通星人、普通怪獣の私ならまだしも……」

「千歌ちゃん、私……千歌ちゃんと同じ所にいたかったの。同じ場所からスタートして……まっさらな状態で活動したかった。ねえ、千歌ちゃん……私、千歌ちゃんが思ってる程完璧じゃないよ。だから、千歌ちゃんから言って欲しい言葉があるの」

もう、私に憧れを抱くのは止めて。

「曜ちゃんは、要領なんて良くない。いっつもいっぱいいっぱいの千歌ちゃんと同じバカな高校生だよって」

「バカって、酷い!」

「えへへ……」

千歌ちゃんが肩で小突いてきた。
私も肘で小突き返す。

「でも、そっか…曜ちゃん、バカだったんだ」

「うん、そうなんだよ。私、バカだったんだよ?」

「私と梨子ちゃんが仲良くしてて、寂しかったんだ」

千歌ちゃんは、申し訳なさそうに俯いた。

「……ちょっとだけね」

「ちょっと?」

今度は不服そうにする。
どうしろって言うの。

「もし、私が曜ちゃんの立場だったとしたら……たぶん、私、すっごく寂しくなったと思うよ。もしかしたら、怒っちゃうかも」

「えー? 千歌ちゃんが? それはないと思うけど」

「いいや、泣いて曜ちゃんに縋りついてたかも! やだ! 捨てないでくれ! おまえ!」

大げさな手振りで、私に抱き着いてくる。

「千歌ちゃん、旦那さんなの?」

「え、だって、曜ちゃんの方が料理上手だし」

「そういう基準……」

千歌ちゃんは勢いをつけて立ち上がった。
砂に足をとられて、前につんのめって。

「わッ、急にどした」

私も立ち上がって、転げそうになる彼女の身体を支える。
千歌ちゃんは左手を胸に当て、右手を暁の空に掲げる。
ミュージカルでもし始めるのかと思ったけど、

「分かったよ、曜ちゃん。曜ちゃんに憧れる私とは今日で卒業する! って言うのは難しいけど、ここから曜ちゃんと改めて始めよう! 二人で!」

二人で、という台詞がやたら協調されていたので、
千歌ちゃんは野生の感か何かで察したのかもしれない。

「その代わり、曜ちゃんも……」

私を背にし、腕を後方へ伸ばす。
伸ばされた先は私の――。

「一人で抱えて、辛くなかった?」

それ、私の十八番なのに。

「……うん、もっと我慢しないといけないって思った」

「それで、いいの?」

「よくないね」

「だよね。いつもじゃなくていいから、辛いことあったら言ってね!」

「千歌ちゃん…‥」

温かい彼女の背中を抱きしめた。
相手に上手く言えない。
心の音が聞こえない。
それでも、思っているだけじゃ伝わらないから。
体にたくさんできた小さな傷。
時には、痛いよって伝えないとね。

「それとさー、曜ちゃん知らないだろうけど、梨子ちゃんって曜ちゃんいない所ではけっこう曜ちゃんの話多いんだよぅ?」

「え、そうなの」

肩越しに千歌ちゃんが振り向く。
顔、近いよ。

「この間なんて、曜ちゃんに壁クイしたいって言ってたし……いや、あれは独り言、かも?」

「なにそれどういう意味?」

「私もわかんない?」

「帰ったら聞いてみよっか」

「そうだね」

互いに微笑み合う。
ふっと気が抜けたのか、私の足がかくんと重力に従った。
どさっと地面に尻もちをついた。

「ありゃ……」

「曜ちゃん?!」

「ほっとしたら、力抜けちゃった……あは、面目ないです」

「もお、何やってるのー」

千歌ちゃんがしゃがんで、

「はい、今日は特別に乗船させてあげよう!」

「乗船って」

私はきょとんとした。

「曜ちゃん専用船千歌丸、もうすぐ出港しまーす」

自分の背中をぽんぽんと叩く。

「千歌ちゃん、嬉しいけど私……たぶん、前より筋肉付いたから体重が」

「泥船に乗ったつもりで任せなさい!」

「千歌ちゃん、それ大船だし、それだと沈んじゃうよ」

「ほらほら」

聞いてないんだから。

しょうがなく、千歌ちゃんの背によじ登る。
陽はまだ完全に沈んだわけではないから、ちょっと恥ずかしいけど。
千歌ちゃんと一緒だから、なんだって嬉しくって楽しいよ。

「じゃあ、千歌ちゃん……私の家までヨーソロー!」

「え、何言ってるの。今日は、私の家にお泊りコースだよ」

思わず、ずり落ちそうになった。

「ええ?」

「こんな濡れた子犬みたいな曜ちゃんほっとくわけないでしょ!」

「ちょ、ちょっと千歌ちゃん? なんか、さっき上手く話しまとまったと思ったんだけど」

「曜ちゃんが寂しいって忘れちゃうくらい、今日は曜ちゃんを甘やかしちゃうからね!」

「普段いっつも甘える側の千歌ちゃんにそれは無理だと思うけど……」

「なにおー!?」

千歌ちゃんが走り出す。

「うわおッ」

落ちないように肩に腕を伸ばす。
前よりちょっと体力が着いてきたからか、意外と足腰はしっかりしていた。
変わっていってるんだなって、そんなことで実感。当たり前のことだけど。前に、前に。

「曜ちゃん、今日は寝るまでずっと甘えること!」

千歌ちゃんが変な命令を出す。

「えーやだー」

「聞こえないよー」

バスに乗るときにはさすがに降ろしてくれたけど、千歌ちゃんは私の手をしっかりと握って離さなかった。

「千歌ちゃん、手のひら汗ばんできて気持ち悪くない?」

「ぜーんぜん」

「もお」

「えへへッ」

何か甘えないと、今日はずっとこんな感じだったりして。
実は見たいドラマがあったなんて言えないね。
って、そういうことを心に秘めるからいけないのかな。
でも、これどうでもいいような気もするし。
あー、あんまり悩むとはげちゃうね。

悩んだ末、千歌ちゃんの肩に軽く頭を乗せた。

「どうだ、これで満足か」

「私が満足するんじゃないんだってば」

と、一蹴されてしまったのだった。

「お邪魔します」

「あら、曜ちゃん。今日はお泊り? 明日学校だけど大丈夫?」

「えっと、千歌ちゃんが宿題分からないって言うので」

「そ、そうなのッ」

「へえ? 千歌、風邪でも引いた?」

「お姉ちゃん!!!」

「うっさい、ばか」

でこピンを受けて千歌ちゃんがよろけている間に、お姉さんはそそくさと奥へ行ってしまった。
きっと今日も忙しいんだと思う。

「千歌ちゃん、おでこ赤くなってる」

「痛い」

「はい、渡辺印の曜ちゃんの手」

ぴとっと額に手を当てた。

「ひんやり気持ちい」

「でしょ」

それから、夕飯をご馳走になった。そう言えば、久しぶりに泊まるかも。
梨子ちゃん家がお隣になったって聞いた時から、遠慮してしまったんだっけ。
そんなの関係なく、行けば良かったのにね。

「美味しかったー。後片付けは任せてよ」

千歌ちゃんの分のお皿を流し場に持っていく。

「うん、ありがとう。じゃあ私お風呂準備してくるね」

「はーい」

とたとたと駆けていく音。
ふいに、机の上に置かれた千歌ちゃんの携帯がなり始めた。
梨子ちゃんの恥ずかしがる写メ。
梨子ちゃんからだ。

「千歌ちゃん、携帯が」

素早く手を拭いて、携帯を掴んだ。
何の用事かな。曲のこと? 詩のこと?
それとも?
掴んだ手に知らず力が入ってしまって、はっとして机の上に置いた。

「こんなんだから……ダメなんだよ」

着信が鳴り響く。

「曜ちゃん」

「ひゃッ」

「携帯鳴ってると、うるさいってまたどやされちゃうんだよね」

私の手の下に伏せられた携帯を掴み、さっとスライドした。

「で、夜もあんまり電話するなーって。肩身が狭い狭い」

どうやら、着信を拒否したようだ。

「ちょ、千歌ちゃんいいの?」

千歌ちゃんは苦笑いする。

「今日は、一日曜ちゃんのことだけ考えるの」

「こわッ。それ、愛が重たいって言われるパターンだよ」

梨子ちゃんに悪い気もしつつ、私も笑ってしまう。
千歌ちゃんって、ほんと諦めが悪い。

「あ、お風呂お風呂ッ」

思い出したように、千歌ちゃんは言って携帯をポケットに入れた。
私もお皿洗いに戻った。
スポンジを泡立てながら、考える。
千歌ちゃんは私になんて言って欲しいのか。
そして、私は千歌ちゃんに何をして欲しいのか。
私は、千歌ちゃんのやりたいことを一緒にできてるだけで良かった。

それ以上私の中に何があるって言うんだろう。

夢も友達もちゃんとそこにある。
私の心は。
それは、どこに――。

その後、千歌ちゃんの部屋で宿題はせずに漫画を読んでごろごろしていた。
千歌ちゃんがお風呂の準備ができたと言うので、

「千歌ちゃん、お風呂先にどうぞ」

と私は漫画から目を離さずに言った。

「何言ってるの、曜ちゃん」

「ふえ?」

「一緒に入るの」

「いいよ、先に入っちゃいなよ」

千歌ちゃんが私の上に乗しかかる。

「ぐえッ」

カエルみたいな声が出た。
重い。
体全体ですり寄ってくる。

「ねえねえ」

体をなんとか反転させて、仰向けになった。
千歌ちゃんの下から彼女の柔らかい身体を押し上げる。
互いの手が重なって、押し合う形になった。

「今、いいとこだから、後でいいんだってば!」

「やだやだやだやだ」

千歌ちゃんが足をバタつかせる。

「私だって、やだやだやだ」

「じゃ、このまま寝るもん」

そう言って、彼女は私の身体をぎゅっと抱きしめた。
千歌ちゃんの匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。

「寝ちゃだめでしょ」

「あ……曜ちゃん」

千歌ちゃんが私の首筋に顔を埋めた。
匂いを嗅がれる。
くすぐったくて声がもれた。

「ん…ッ」

思ったより高い声。
部屋の蛍光灯がやけに眩しい。
頬がじわじわと火照り始める。

「フフッ、曜ちゃん良い匂いするね。私、曜ちゃんの好きだよ」

何。
どくんと脈打った後に、全身が一気に熱くなった。

「枝毛、発見した」

髪をいじっている。

「う、うん」

「曜ちゃん、顔、赤……いよ?」

「うん……ッ」

分からない。
なんでだろう。
千歌ちゃんが私の顔を覗く。
その視線は今までと変わりのないものなのに。

「見ないで、千歌ちゃん」

「と、言われても」

体がおかしい。

「曜ちゃん?」

千歌ちゃんの声がくすっぐったい。

おかしい?
ううん。
知っていた。
そうだ。
これだ。
私は、一番大切なことを親友に伝えてない。
心でずっと鳴り響いていた。
気付かないふりをしていた。

「あー、まいっちゃうなあ」

何度も、押し込めていただけ。

「曜ちゃん、壊れた?」

「千歌ちゃん、今日、私甘えていいんだよね?」

伏し目がちに、私は問う。
もちろんだよ、と声が降ってくる。
この鼓動は警鐘だ。
それ以上進むなということ。
甘い感情からくるものなんかじゃない。
危険信号なんだよ。

「千歌ちゃ……ッん……す」

最後まで言えずに、涙が頬を伝う。

「好き」

彼女の唇にそっと触れた。

綴りおかしいぞ

「キキキキッ!?」

千歌ちゃんのどもり様がすごい。

「……いいって言ったから」

「え、そ、そういうこと?」

「へへッ……ぅへへ――ッ」

涙がどんどんどんどん零れていく。
千歌ちゃんが困るから、私はそれを服の袖で何度も拭った。

「愛が重いのね……私の方だったよう」

だから、私は、梨子ちゃんに思ってしまったんだ。

「二人で大事な話を進めて、二人だけで気持ちを高めていく……私は、梨子ちゃんになりたいって思ったんだよっ……バカにも程があるよね……ひぅっ」

「曜ちゃん……」

「ごめんね……千歌ちゃん、今大事な時なのに……好きになって、ごめんねえっ。でも、好きなんだぁ……ッぅああ――」

外に漏れないように、口を両手でふさぐ。
指の隙間から嗚咽がもれた。

>>14
どこやろ

「い、いやあ、驚いちゃったなあ……」

千歌ちゃんがゆっくりと自分自身の唇に触れた。

「い、いつから?」

「わかんない……」

私は首を振った。

「そっかあ」

「恋人とか、そういうのになれなくてもいい……気持ちが伝えられただけでいいから……一緒にいれたら、ほんとに」

嘘だ。
言って欲しい。
冗談でもいいから。
私も、同じだよって。
同じ気持ちだったよって。

>>14
千歌→チカの所か
すまん脳内変換して

「追いかけてるの、私だけだと思ってたよ」

チカちゃんが言った。

「曜ちゃんの背中、ずっと遠かった。だから、嫉妬してるんだって知って嬉しかったんだ」

「……ほんと?」

「うん」

恐る恐る、彼女を見た。

「私達、もしかしたら背中合わせで追いかけてたのかも……」

チカちゃんは人差し指で、ぽりぽりと頬をかいていた。

「……それ、いつまで経っても追いつけないね」

「そうとも限らないかな。だって、ほら、地球は丸いでしょ?」

「どこまで行く気だって、クスクス」

「曜ちゃんに会えるまでかな」

「嬉しい」

チカちゃんがまあるく微笑む。
私は輝きに目を細めた。

「曜ちゃん、さっきの一瞬だけで良くわからなかったから、もう一回……しちゃう?」

「へ?」

「ん」

唇を突き出す。
色気のいの字もない。

「チ、チカちゃんムードってものがあるんだから」

「今さらそんなの必要ないもん、えい」

「んぁ……むぐ」

周りの空気が奪われていく。
チカちゃんの舌がぬめぬめしていた。
すごくエロい。

チカちゃんが誰かと付き合ったことがあるなんて話し、今まで聞いたことがない。
かく言う私も、初めてで。
互いに、何をすれば気持ちが通じ合ったことになるのか分からなくて。
でも、触れ合いたいという欲求が強くなったことだけは分かった。

チカちゃん。
ずっとこうしていたい。
誰にも渡したくない。
私だけのチカちゃんでいてくれればいいよ。

「チカちゃん、お風呂入らないと……」

いつの間にか、私の制服のスカーフが抜き取られていた。
それをいそいそと私の腕に縛り付ける。

「わ、や、やばいよ曜ちゃん」

「なにやって」

「逃げないように縛ってみたんだけど……」

「逃げませんって」

「こ、興奮するねっ」

「チカちゃん!?」

「曜ちゃん、卑猥……」

「チカちゃんのせいだよね?」

「でも曜ちゃん嬉しそうだから、これがしたかったことかな。概ねヨーソロー?」

「ちがーう!」

「じゃあ、したいこと言ってよ」

「……ごにょ」

「聞こえない」

チカちゃんがわざとらしく、耳をそばだてる。

「……キスだけじゃや」

その後、鼻息の荒くなったチカちゃんに色々されました。




おわり

ありがとー

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