シャニP「邪視?」冬優子「……」 (40)




「いい天気っすね~!」

到着して開口一番、あさひはそう言ってあたりを見まわした。

確かに、雲一つない日本晴れで気持ちがいい。春から夏にかけて色を濃くした新緑が、ロッジの周りをぐるりと取り囲んでいて、普段ビルばかり見ている反動からか軽い感動すら覚える景観だ。

「何がいいのよ……」

「あっついね~……」

ただし、それはあくまでも「景色が良い」というだけの話であって、長時間の運転をしてきた身から言うとどちらかというと後者の二人に賛同したくなる。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1564128945



「出演予定だったタレントが急遽出れなくなったらしくてな。向こうの知り合いから、良かったら代役として出てくれないかと――」


社長からそう話があったのはつい先週のこと。夏休みに入っていたから学生も時間に余裕があること。他のアイドルは都内で既に予定が入っていたこと。そういった経緯を経て、条件の合致したストレイライトの三人と付き添いの俺は、朝から車を数時間走らせN県にある山奥に来ていた。

「……ていうか、なんでわざわざこんなところに泊まらなくちゃいけないのよ」

額に付いた汗を拭いながら、冬優子が悪態をつく。まあ、正直に言ってそこに関しては俺も同意するところではあるんだけど。

「しょうがないだろ。今回は山で過ごす休暇がテーマのロケなんだから」

社長によると、ロッジへの宿泊がメインの撮影になる予定なので、ついでにと頼み込んで前日から借りてもらったらしい。


――流石に、プロデューサーとはいえ男なんだから俺はホテルに泊まった方がいいと思うんだけど。

そう説明した時の冬優子の表情は筆舌に尽くしがたく、あんた、ふゆにあさひ押し付けてホテルで寝泊まりするつもりなの? というメッセージがありありと見て取れた。それで、愛依とあさひにも了解を取って俺もここに泊まることになったのである。

「プロデューサーさん! 荷物置いたら早く探索に行くっすよ!」

今すぐにでも飛び出しそうなあさひがシャツの袖を引っ張ってくる。一応、二人にも視線で問いかけてみたものの、

「うちはパスかなー。ちょい疲れたし」

「……なに、ふゆが行くと思ってんの?」

「プロデューサーさん、早く早く!」

……どうやら、休暇にはならなそうである。


四人で泊まるには充分な大きさのロッジに荷物を置いてから、俺はあさひに駆り出されて周辺を歩き回ることになった。幸いにもリビングにクーラーがあったため、愛依と冬優子は休憩をするとのこと。

少し下がった土地の所に、2~3他の別荘が見える。様子を見るに、人は来ていないようだった。

中学生の中でも一つ抜けて体力がありそうなあさひは、それよりも炎天下の中でも動き回ってやろうという気力がすさまじく、二人で汗だくになりながら探索という名の虫探しに東奔西走した。

「次はあっちに行くっすよ!」

ロッジの入り口側の森の探索が粗方終わったころ、あさひが裏山のほうを指さした。ふと、社長に言われたことを思い出す。


裏山には入らないようにしろよ――。

なんですかそれ。そう聞くと、わからん、とだけ。なんでも、声をかけてくれた人からそれだけ言われたらしく、詳しい事情はわからないらしい。まあ、触らぬ神になんとやらである。

「あさひ。あのな……」

とりあえず、社長に言われたことをそのままあさひに伝える。熊が出るとか、地面が緩いとか、それっぽい理由を付けようかとも思ったけれど、好奇心旺盛なあさひだからこそ正直に伝えた方が分かってくれるだろうと思った。案の定不満げな表情をしていたあさひだったが、

「社長からこれだけは守るように言われているんだ」

と強めに念押しをすると、不承不承といった感じではあったが「……わかったっす」と小さく頷いた。


陽が沈みかけたころロッジに戻った俺とあさひは、寒いくらいのクーラーの中穏やかな表情で眠る二人を起こしてからバーベキューの準備を始めた。ここに来る途中、スーパーで食材を買っておいたのだ。

高い肉ではなかったが、やっぱり炭火で焼くと美味しく感じる。

ホルモンとか魚介類・野菜も焼き、満腹になるまで食べた。白飯も飯盒で炊き、間違いなく良い夕食だった。

というか、結構食うなこの三人。

元気溌剌で成長期のあさひはともかく、愛依もツイスタに上げる写真を撮りながらかなりの量を食べていたし、冬優子も野菜中心とはいえモリモリ食べる。

「……あんた、なによその目は」

「えっ、いやぁ……」

心の中にしまう前に何かを察したらしい冬優子につねられる。愛依は「あはは」と照れていた。口にソースを付けながら。


食後、風呂に入ってからリビングに集まって、TVを見たり愛依の持ってきたトランプで遊んだりして過ごした。

大富豪をしていて気づいたのだが、冬優子と愛依は表情に出るタイプのようだった。

配られた手札がいいと二人は口元が緩み、悪いと眉間にしわが寄っていた。対照的に、あさひは基本的には楽しそうな表情を浮かべているが、勝負どころではスッと無表情になって自分の手札を見つめていた。

「あーっ! もうっ!」

「うーん……」

予想通り、といっていいのだろうか。あさひが1位で俺たちで熾烈な2位争いをすることが多かった。負けたままでは気が収まらないらしい冬優子、と俺がやっと満足するころには、愛依が軽く船を漕ぎだしていた。


「あ、そうだ。あさひには言ったんだけど、社長から裏山には入らないように言われてるから、冬優子と愛依もそこだけは気を付けてほしい」

お開きになったところで、二人にも一応言っておく。

「なによそれ、なにかあるの?」

「いや、詳しいことは社長も聞いてないらしいんだけど、とにかくダメらしい」

「冬優子ちゃんも気になるっすか?」

「あさひ、ダメだって言ったろ」

「むぅ……」

「てかさ、そういうのってヤバくない? うち、そういうのほん怖でみたことある!」

「えっ、本当すか!? 愛依ちゃん、詳しく聞かせてほしいっす!」

「め、愛依……」

「ご、ごめんプロデューサー」

話が変な方向に広がりだして非常に不安である。冬優子に目配せすると、彼女は仕方なしといった感じで小さくため息を落としてから、

「明日はロケがあるんだから。くだらない話してないでもう寝るわよ」

と話を打ち切った。

「えぇ、いいじゃないっすか冬優子ちゃーん」

「ダメだって言ってるじゃない!」

……打ち切れたかどうかは、甚だ疑問ではあるが。




当然ながら、俺は別室で寝ることにした。部屋を出る前、冬優子と愛依にはあさひが裏山に行く可能性がないこともないから、気を付けてもらうよう耳打ちしたので、絶対、ほぼ、多分、おそらく……、大丈夫かはわからないけれど、念のため寝すぎないようにしておこう。と、そこまで思ってから、ぐったりという表現がふさわしい疲労感が全身にへばりついてきた。

明日のロケは午後からになる。本来はそれまでに起きれば大丈夫なわけで。

申し訳ないけれど、二人を信じ、タイマーは遅めにセットした。




つんざくような高音。ドタドタという、何かが走り回るような振動。

寝起きの脳に、緊急事態のサイレンが克明に鳴り響く。同時に、部屋のドアが勢いよく開かれた。

「どうした!?」

「プロデューサー! あさひちゃんが!」

ヤバいんだって! と愛依が言い終わらないうちに、音のする方へ駆け出す。すると――

「きゃあああああああああああああ!!」

再び、大きな叫び声。この声は、あさひのものじゃない。


「あさひ! 冬優子!」

玄関から反対側、つまりロッジの奥にある出窓の前で、あさひは頭を抱え、冬優子はもがくようにじたばたと身体を動かしていた。

「冬優子ちゃん!?」
 
愛依が冬優子に駆け寄る。俺は鼻水を垂らし、大粒の汗をかきながら泣いている――という、普段からすると信じられないようなあさひに驚きながら、彼女の肩を揺する。

「あさひ、あさひ?」

「違う違う違う違う違う…………」

ぶつぶつと小さくつぶやくあさひの肩をもう一度、今度はさっきよりも力を入れて揺らす。一瞬ビクリと全身が跳ね、ピタリとつぶやきが消えた。

「あさひ!」

「……プロデューサーさん! ば、バケモノっす!」

「はぁ?」

「バケモノっすよ! 裏山! 望遠鏡!」


まだ落ち着きのないあさひが、窓の前に鎮座している望遠鏡を指さした。反射的に、というか深く考えることなく、裏山に向いている望遠鏡を覗き込んだ。

誰が持ってきたのか、はたまた元々あるものなのかはわからないが、望遠鏡は高性能なもので、遠くの景色でも綺麗に見える。

町ははるか遠くに、周囲の山は木に留っている鳥まで見えた。そうやって、大雑把に動かしていた視界が裏山の木々を捉えた時、動くものが目に入った。

人? の様に見えた。しきりに全身を揺らしている。地元の人? 踊り?

手元には鎌が見える。だが異様なのは、この山の中で真っ裸と言う事。そういう祭り? だが、1人しかいない。

思考が混乱して、様々な事が頭に浮かんだ。


「これ以上見てはいけない」

と本能的にそう感じた。だが、遅かった。望遠鏡の視界の中に、ソイツの顔が入ってきたのだ。

恐らくは、人間と思える顔の造形はしていた。鼻も口もある。ただ、眉毛がなく、目が眉間の所に1つだけついている。縦に。

体が震えた。1つ目。奇形のアブナイ人。ソイツと、望遠鏡のレンズ越しに目が合った。口を歪ませている。笑っている。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



目が合った瞬間、叫んでいた。涙が止まらない。とにかく、死にたい。異常なまでの鬱の様な感情が襲ってきた。

死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい………………。




「プロデューサー!!」



バチン、と大きな音がして、頬にひりつくような感覚。目を充血させたあさひと冬優子、多分ビンタを振りぬいたままの愛依が心配そうにこちらをのぞき込んでいた。

「大丈夫っすか、プロデューサーさん?」

「ああ……冬優子は、大丈夫か?」

「なんとかね。……なんなのよ、アレ」

「うち、まだ見てないんだけど……見た方がいいカンジ?」

「見るんじゃない。……フリじゃないぞ」

「りょ、りょーかい……」


爆発しそうな心臓を無意識に抑える。恐怖のせいか、上手く呼吸ができていない。

震えの混じった声で、あさひが口を開いた。

「……ごめんなさい。あたし、どうしても裏山に何があるか気になって。だから、皆より早起きしてここから裏山を観察してたんす。そうしたら、アレが目に入って、気が付いたら……」

ここまで凹んで、小さくなるあさひを見たのは初めてだった。普段とのギャップも相まって悲壮感すら漂わせるその姿は、何か一言言ってやろうという冬優子の吊り上げた眉毛が段々と下がり、最終的にはハの字になってしまうほど。愛依も頬をかくしぐさをしながら何を言うべきか躊躇している。

「大丈夫だ。あさひは俺の言ったことは破っていない。そうだろ?」

「プロデューサーさん……」

ポン、と愛依があさひの背中に触れた。

「そうだよ! そもそもはうちが変なこと言っちゃったのが悪いんだし。怖かったっしょ? ごめん、あさひちゃん」

「愛依ちゃん……」

冬優子は困り顔のまま、俺と愛依を交互に見つめてから、

「……ま、次は気を付けなさいよ」

と言った。




「それで、どうすんのプロデューサー?」

アイツを見た俺含む三人がある程度落ち着いたころ、愛依がそう口を開く。

時刻は朝9時。ロケの時間が迫っていないのは幸いであるが、そもそもの話、

「ロケはできないだろう。今すぐにでも連絡をして街に下りたいところだけど、その前にやっておきたいことがある」

「やっておきたいことってなんすか?」

あさひが首をかしげた。いつも通りとはいかないが、確実にさっきよりは元気を取り戻している。こっちの方があさひらしい。


「いや、実は前にもこういうのに遭遇したことがあってな……」

「……今回のも、あんたが原因なんじゃないの?」

「いや、はは……」

「それで、やらなきゃいけないことって何なのよ?」

「ああ、そうだな。ええと……こういうのを見てしまった時はだな。ただ逃げるだけじゃ解決しないときがあるらしい。今できることがあればしておかないといけないんだ。だから、それを今から聞く」

「誰によ?」

「それは――」

「霧子ちゃんっしょ?」


愛依の言葉に心臓を掴まれたような感覚に陥る。努めて冷静に返事をせねば。

「な、な、なぁんでわかったのかな?」

「だって、さっき叫んでたプロデューサー、霧子ちゃんのことずっと呼んでたし」

「『霧子、霧子~』って言ってたっすね」

「あんた……」

三者三様の視線、全部冷たかった。

「そ、それはいいとしてだな! 霧子と、あと凛世。二人はこういった事象に詳しいんだ。実際に助けられたこともある。ひとまず霧子に相談するからな!」

矢継ぎ早にそう言って、連絡先の霧子をタップする。出てくれ、霧子……。

「……死ぬ前に霧子の声を聞きたいとか、そういうんじゃないでしょうね」

「え、マジ!? プロデューサーめちゃ情熱的じゃん!」

早く出てくれ、霧子……!


永遠にも思えたコール音だった。だから、ぷつっという音とともに聞こえてくる声が、まるで天使の声のように聞こえたのも、致し方ないことだといえよう。

『もしもし……プロデューサーさん?』

「もしもしっ、霧子かっ!」

『も、もしもし……何か、あったんですか?』

「良かった……出てくれて……ありがとう霧子……」

誰のものかわからない、「うわ……」というという声が耳に入った。だが、知ったことではない。

スピーカーをオンにして、全員に霧子の声が聞こえるようにしてから、俺たちは見たものを霧子に話し始めた。

裸で、手に鎌を持っていて、踊っていて……。脳裏に残るそれはどこをどう切り取っても不気味なもので、愛依を除いた皆は話すたびにげんなりとした表情を浮かべていた。

その中でも、ひときわ目立つ特徴。それは、


『目がひとつだけだったっていうのは、間違いないんですね?』


「それは間違いないっす。プロデューサーさんと、冬優子ちゃんも見たっすよね」

「はい。とても怖かったです……」

こうなるとサッとネコを被れるのは、ある意味冬優子のプロ根性なのかもしれない。

それを確認してから数秒。霧子は彼女にしてははっきりとした声で言った。

『それは……邪視さんだと思います』


「じゃし?」

『はい。邪悪な視線、と書いて邪視と読みます。プロデューサーさん、サングラスはありますか?』

「サングラスなら、一応皆の分を持ってきているはずだ」

記憶を頼りにゴソゴソとバッグを漁ると、やはり三人分のサングラスがある。

『それで、邪視さんをもう一度見てみて欲しいんです。多分、あんまり移動してはいないと思うから……』

三人の視線が一斉に俺に集まる。悪気はないのはわかってるんだけど、正直アレをまた見る気はしない。

仕方がない。大きく息を吸ってから、サングラスをかけて恐る恐る望遠鏡を覗き込む。先ほどの場所を思い起こしながら暫く座標を動かしていると、霧子の言う通りソイツ――「邪視」を発見した。

サングラス越しにぼやけている中、木々の間にいるソイツと目が合った。言い様の無い不安がまた襲ってきたが、さっきほどでは無い。

だが心臓の鼓動が異常に早い。と言うか、さっきの場所では無い……邪視はふにゃふにゃと奇妙な踊り? をしながら動いている。

目線だけはしっかりこちらに向けたまま……山を降りている。まさか、こっちに来ている……?


「う……」

「大丈夫っすか?」

「あ、ああ……。霧子、いたよ。こっちに……向かってきてるみたいだ」

息を呑む音は、誰のものだろう。少なくとも、ここにいる全員が不安を感じているのは間違いない。

「……これってさ、早く逃げないとヤバいカンジじゃん?」

『待ってください。逃げても、ダメです……。邪視さんの興味をプロデューサーさん達から逸らさない限りは……多分、どこまでも、追ってきます。呪い……みたいなものなんです』

はっきりと断言されて、俺たちの中には焦燥感に近いどす黒い雰囲気が流れ始めていた。特に、見てしまった二人ははっきりと狼狽えている。

「じゃあ、どうしたらいいんだ」


『それなんですけど、その……』

と、そこまで言って、霧子が初めて言い淀む。

「……なんだ、言ってくれ」

『あの…………』

「……霧子ちゃん、お願いっす」

『その…………ッコを』

「へ?」


『お、オシッコを用意してください!』


全員、凍り付いた。もう助からないとか、そういう言葉を恐れていたからこその拍子抜けというのもあるけど、なにより、オシッコ……小便?

赤面して、冷や汗を流している霧子がありありと想像できる。余程恥ずかしかったのか、霧子は早口でまくし立てた。

『あの、あの……! 邪視さんは、不浄な物を嫌うんです! ふ、ふ、糞尿だったり、おちんちんさんだったり……! だから、倒すことはできないと思うんですけど、それで邪視さんを追い払う事が出来たら、邪視さんは追ってくることはないと思います!』




「ぜっっっっっっっったいに嫌よ!! 死んだ方がましだわ!」

「えぇ? わたしは死ぬの嫌っすよ」

「そうだよ、冬優子ちゃん。うちも死んじゃうくらいならオシッコするから! だから、ほら、飲んで飲んで!」

「や、やめなさい! ちょ、あんたも見てないで止めなさいよおおおおおお!!」


「――はい。はい。そういうことでして、本当に申し訳ございません。はい、ええ、ええ」

不浄な物大作戦は幕を開けていた。とりあえず、ロッジにある使えそうなものはすべてかき集めた。アイドル三人には買ってきていた飲み物を全て飲み干してもらっている。

空いたペットボトルにどんどん液体を溜めてもらうことが、霧子の言う撃退のための条件の一つとなっている。アイドルにさせることじゃないというまっとうな意見も、生死をかけたこの場面では当てはまらない。

一方の俺も、ある意味では生死をかけた電話をしていた。

ことの経緯を社長に話してから、今回この仕事を紹介してくれた社長の知り合いの方に取り次いでもらい、起こったことを話した。

その人の話を聞くところによると、あの裏山は、地元の人でも滅多に入らない曰くつきの山だったらしい。

関係があるかはわからないが、近くの別荘の社長も、昔、裏山で首吊ってるとか。

代役のドタキャンという形になってしまい、何を言われても仕方のない覚悟をしていたが、案外寛容だった。

というのも、元々ロケの中に肝試しも視野に入れていたらしく、それでこの場所を取ったというのだ。といっても、元々出演予定だったタレントがNGを出したためその案は消えたそうだが。

そういう経緯があって今回のことが起きたため、謝っても謝り切れない、といったことを伝えられた。

言いたいことがないわけでもないが、無理もないと思う。俺も、以前まではそういったものを全く信じていなかったから。

社内から応援(といっても、撮影スタッフかもしれない)を出そうかと聞かれたが、あまり時間もなく、それに霧子が言うには仮に見てしまったら被害が広がる可能性があるとのことなので、断った。

だたし、夜になってもこちらから連絡がなかったら警察に電話して欲しいとお願いした。妖怪を見たとアイドルから通報があったとしても信用してもらえるとは思えないが、行方不明ともなれば話は別だろう。


そんなこんなで、霧子主導による邪視撃退作戦は邪視という最大の懸念を残して順調に進んでいた。

「うわ、色薄いっすねー」

「ホントだ。うちのも大分薄い」

「あんたら……」

霧子から話を聞いた後、少しの間躊躇いのあったあさひと愛依は俺の電話が終わるころにはすっかり気持ちを切り替えていた。ガブガブ飲んで、催したらペットボトルを持ってトイレに行って、という感じで。もうそれぞれ3回は繰り返しているだろうか。トイレの傍には、既に4本黄色い液体の入ったペットボトルが並んでいる。

「ていうか、電話が終わったならあんたも飲みなさいよ!!」

内股を抑えながらプルプルと震えている冬優子が、こちらに恨めしそうな視線を向けてくる。見ていた限りでは冬優子もあさひ達と同じくらい飲まされていたし、あの冬優子がここまでの姿勢をするんだから今にも破裂しそうな尿意があるのは間違いないのだろうが、トイレに行こうとするとペットボトルを持った二人がついてくるのでいけないらしい。アイドルとして、というよりは今まで生きてきた中で考えれば当然の反応といえば、そうなんだけど。


「……緊張して、全然でない」

「そんなこと言ってないで、飲むんすよプロデューサーさん!」

「ほらほら、プロデューサーも死にたくないっしょ?」

「冬優子! 助けてくれ!」

「…………」

「あっ、冬優子ちゃんが生まれたての小鹿っす」

「……め゛い゛」

「な、なに?」

「……ペットボトル、ち゛ょ゛う゛だ゛い゛……」

俺は、無言で一気飲みを開始した。




できることならここに篭っていたかったのだが、霧子の意見はロッジに来られる前に、どうにかした方が良い、というものだった。

過去の経験から、オカルトに絡んだ霧子の言うことに間違いはない。俺は霧子を信頼しているし、従う事に決めた。

本当は俺一人で行くつもりだったし、アイドルたちを危険に晒したくはなかったのだが、その場に二人がいなかった場合あさひと冬優子が邪視の対象から外れるのかわからなかったため、苦肉の策ではあるが二人も同行することになった。

本来ならば、愛依には今すぐにでも街に戻ってほしかったのだが、頑として首を縦に振らなかった。既に邪視を初めて見てから数時間が経過している。もしも、夜になっても俺たちが戻らなかったら、あるいは、怖くなったらすぐにでも誰かを呼んで欲しいと、社長の知り合いの連絡先を愛依に伝えておいた。

「皆……絶対にまた会おうね。ストレイライト、これからっしょ?」

あさひは小さく頷いて、冬優子は……何か思うところがあったのか、それとも事の重大さを改めて感じたのか目に涙を溜めていた。何があっても、この三人は守らなければいけない。


俺たちは、サングラス・ペットボトル(一人二本)・軽目の食料が入ったリュック・備え付けの双眼鏡・懐中電灯等を持って、裏山に入っていった。暗くなる前にどうにかしたい、というのが霧子の考えだったし、俺たちもそれには賛成した。

果たしてアイツの視線に耐えられるのか? 望遠鏡越しではなく、グラサンがあるとはいえ、間近でアイツに耐えられるのか? 様々な不安が頭の中を駆け巡った。

裏山と言っても、結構広大だ。双眼鏡を駆使しながら、アイツを探しまわった。

昨日とやっていることは似たようなものなのに、あさひの表情は緊張を帯びていた。冬優子も、きっと俺だってそうだった。

霧子曰く、アイツは俺らを目標に移動しているはずだから、いつか鉢合わせになるとのことだった。

あまり深入りして日が暮れるのは危険なので、ロッジから500mほど進んだ、やや開けた場所で待ち伏せする事になった。


「霧子の言葉をおさらいするぞ」

「はいっす」

「霧子の考えでは、まずどうしても邪視に近づかないといけない。だけど直視は絶対にしてはいけない。目線を外して、視線の外で場所を捉える。そして、溜めたしょんべんをぶっかける。それでもダメなら……良いか? 真面目な話だぞ? 俺はおちんちんさんを出す。お前らはおま――」

「あんたそれ以上言ったら訴えるわよ」

「すまん。でも、本気だ」

「……それでもダメだったら、どうするっすか?」

「……これは霧子は言ってなかったか。その時は、逃げよう。なによりもみんなの命が大切だ」

俺たちは、言い様のない恐怖と不安の中、交代で双眼鏡を見ながらジッと岩に座って待っていた。

時刻は3時を回っていた。





「プロデューサーさま……」

担当しているアイドルの一人である、杜野凛世の声が聞こえる。

「プロデューサーさま……そろそろ……お時間でございます……」

凛世、もう少し寝かせてくれないか。



「プロデューサーさま……! プロデューサーさま……!! ……起きないと 死  ん  で  し  ま  い  ま  す  !  !」


ハッ、とした。寝てた? あり得ない、あの恐怖と緊張感の中で。眠らされた?

あたりを見渡す。あさひと冬優子が寝ている。急いで起こす。二人が飛び起きる。

腕時計を見る、4時半。夏ならば、それどころか冬じゃなければまだ明るい時間のはずなのに、辺りは不自然な闇に包まれていて、ライトを付けなければ遠くを見ることができなくなっている。冷汗が流れる。

「二人とも、聴こえてるっすか?」

「え?」

「なにこれ。声……歌?」

神経を集中させて耳をすますと、数メートル前の茂みから、声が聞こえる。

だんだんこっちに近づいて来る。民謡の様な歌い回し、何言ってるかは分からないが不気味で高い声。

恐怖感で頭がどうにかなりそうだった。声を聞いただけで何もかもが嫌になってくる。


「いいか! 足元だけを照らせ!」

俺は叫び、あさひの懐中電灯がヤツが出てこようとする、茂みの下方を照らした。

足が見えた。毛一つ無く、異様に白い。体全体をくねらせながら、近づいてくる。

その歌のあまりの不気味さに、一瞬、思考が途切れた。


「うわぁああああ!!」

「―――――――――っ!!」

「ぁああああああああああ!!」


ヤツが腰を落とし、四つんばいになり、足を照らす懐中電灯の明かりの位置に、顔を持ってきた。直視してしまった。

昼間と同じ感情が襲ってきた。死にたい死にたい死にたい……。こんな顔を見るくらいなら、死んだ方がマシだ。

視界の端で冬優子が持っていたペットボトルを落として、号泣している。俺も思わずライトを落としてしまう。足元に転がったそれがヤツの体を照らす。意味の分からないおぞましい歌を歌いながら、四つんばいで、生まれたての子馬の様な動きで近づいてくる。右手には錆びた鎌。舌でも噛んで死のうか、と思ったその時。

俺の携帯が鳴った。

一瞬、混濁していた意識がフッと引き上げられる。ポケットから携帯を取り出し、見る。

『杜野凛世』の名前があった。鳴り続けている着信音とともに、次第に意識が明瞭になっていく。



「いやああああああああああ!!」



叫び声sww我に返った。ヤツが冬優子の方に向かっていた。

>>33 すみません誤字がありました

叫び声sww→叫び声で


身体の底から、力が湧いてきた。ヤツの注意を向けようと出せる限りの大声を出して、地面に落ちた懐中電灯を取り上げ、冬優子の落としたペットボトルを手に取った。

「冬優子! 目を瞑ってろ! 絶対に目を開けるなよ!」

ペットボトルの蓋を開けて、入っている小便をまき散らすように滅茶苦茶に振り回す。馬の嘶きの様な悲鳴が微かに聞こえる。あっという間に重さがなくなっていく。

薄く目を開けて、冬優子が持っていたもう一本のペットボトルを探り当てる。振り回す。悲鳴は聞こえるけれど、まだ確実にそこにいる。中身が空になる。

「プロデューサーさん……!」

俺の右隣から、あさひの絞り出すような、掠れた声が聞こえてきた。同時に、脇腹に何かがぶつかる感覚。ペットボトルであるのはすぐに分かった。

「直接口に含んで……そっちの方が効率が……!」

考えている暇はなかった。ヤツの顔を照らし、視線の外で位置を見る。

拾い上げたペットボトルのに口を付け、小便を口に含み、ライトでヤツの顔を照らしたまま、しゃがんでヤツの顔にしょんべんを吹きかける瞬間、目を瞑る。霧の様に吹く。

さらに口に含み、吹く。吹く。ヤツの目に。目に。

さっきのとはまた一段と高い、ヤツの悲鳴が聞こえる。だが、まだそこにいる。


呼吸がドンドン加速していって、頭がクラクラする。このままでは過呼吸になってしまいそうだった。

「あさひも目を瞑れ! 絶対見るなよ!」

あさひからの返事を待たず、俺は最終手段に出た。ズボンも下着も脱ぎ、自分の股間をライトで照らしたのだ。

恐らく、視界に入ったのだろう。言葉は分からないが、凄まじい呪詛の様な恨みの言葉が聞こえてくる。それでも、視界の端でゆっくりとヤツは近づいてきていた。

絶望感が全身を覆いつくす。

迫りくる死の気配に、フッと力が抜けてその場にへたり込んだ。

その時だった。


「あっ…………」

ぐにゅっとした、柔らかな感覚。俺の左手が、何かを押し込んだ。

「あっ、あっ……………………」

力の抜けたような、冬優子の声。同時に、何かが滴り落ちるような微かな音が聞こえてくる。同時に、じわりとした湿り気が左手に染み出した。

直感か、あるいは天啓だったのか。俺は音の発生源に顔を近づけていた。躊躇ってはいられない。目当てのものだとわかって、思い切り顔を埋めて吸い上げる。生暖かく、心なしか濃く感じる味。ヤツの悲鳴が、一段と大きくなる。動きが止まった。

口いっぱいに頬張ったそれを、動きの止まったヤツの目に向かって思い切り吹きかけた。ヤツは、今までのしぶとさが嘘のようにくるっと背中を向けて。ゆっくりゆっくりと移動を始めた。

ライトで背中を照らす。退散する時までも、不気味な歌を歌い、体をくねらせ、ヤツはゆっくりゆっくりと移動していた。

俺とあさひは、ヤツが見えなくなるまでじっとライトで背中を照らし、いつ振り返るか分からない恐怖に耐えながら見つめていた。

永遠とも思える苦痛と恐怖の時間が過ぎ、やがてヤツの姿は闇に消えた。

俺とあさひはしゃくりあげながら泣き出した冬優子を立たせ、そのまま人形の手足を動かすようにして俺の背中に乗せた。

ロッジに戻るまで何も会話を交わさず、黙々と歩いた。

「――皆!! 無事で…………冬優子ちゃん? 冬優子ちゃん大丈夫!? …………あ」

生きてはいたが、大丈夫ではなかった。ストレイライトでは、この日のことを語るのはぶっちぎりのタブーとなった。




「なるほど……それは……」

「冬優子ちゃん、大変だったんですね。……あっ、プロデューサーさんも……!」

半分以上は俺のせいで冬優子に癒えぬ心の傷をつけてしまった「邪視」の騒動から少しして、俺は凛世と霧子だけには事のあらましを伝えていた。

「でも、どうして邪視は逃げて行ったんだろう。別に、最後の……だって、量は多くなかったはずなんだけど」

「それは……」

霧子は苦笑い、凛世は困り顔で応じる。なんとなく、予想はつくんだけど。

「……プロデューサーさん。わたし、邪視さんは不浄なものを嫌うって、言いましたよね。あの……それには、性行為も含まれるんです。だから、その……」

「プロデューサーさまが……最後に行った行為は……それに近しい行為に……酷似しております……」

「な、なるほどね」

色々合わさって威力数倍だったのね。確かに、その時ちんこ出してたし、そうみられても不思議ではないよな。


「えっと、話を戻しますね。邪視っていうのは、世界の広範囲に分布する民間伝承、迷信の一つなんです。悪意を持って相手を睨みつける事によって、対象となった被害者に呪いを掛ける事が出来る、なんて言われています」

「邪視の力によっては……人が病気になり……衰弱していき……ついには死に至る事さえあると聞きます……」

相変わらず、そういう分野に関してのこの二人はとても頼りになる。今回も二人がいなかったらどうなっていたことか。

「……あれ? そういえば、凛世は霧子から俺たちの話を聞いてたんだよな」

夢の方は偶然の可能性が高いけれど、電話は流石にタイミングが良すぎる。着信音で意識が落ち着くのは、染みついた習慣を感じて笑うしかないんだけど、あれに助けられたのは紛れもない事実だ。

違和感を感じる程度の沈黙があった。二人だけに通じる、アイコンタクトのようなものもあったかもしれない。

「プロデューサーさまのことを想えば……不可能など……ございません……」

そう言って、凛世は小さく微笑んだ。


おわり

原作

洒落怖 「邪視」 
https://irasutoyan.com/2017/02/14/%E9%82%AA%E8%A6%96/

読んでいただいてありがとうございました
ロッジに詳しくないので、細かい間違いは目を瞑っていただけると助かります。というか、設定ボロボロですね。すみません。

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