【シュタインズ・ゲート】岡部「このラボメンバッチを授ける!」真帆「え、いらない」 (522)

シュタゲSSでございます

・SG世界線到達後
・比屋定真帆が主人公で彼女がラボメンになるまでのお話
・当然ながらネタバレ注意です
・捏造設定の嵐なので 苦手な方はご注意を
・スレたてとか初めてなので失礼あれば指摘してやってください
・ゼロの真帆ルートを知っていたほうが少しだけ分かりやすい部分があるかも?
・気が向いたとき更新タイプです

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     01

米国 ヴィクトル・コンドリア大学 脳科学研究室 2011/1/25 深夜

自分のデスクに座り、モニターと睨めっこしている真帆。

レスキネン「マホ、こんなに遅くまで随分と熱心だね」ドアガチャ

真帆「…」

レス「マホ?」

真帆「……」

レス「マーホー」

真帆「………」

レス「マーホーさーん」

真帆「…………………」

レス「新手の嫌ガラセなのかな?」ヒョコ

真帆「ひあっ!? ……って教授。いきなりモニターの前に顔を突っ込まないでください! ビックリするじゃないですか!」

レス「Oh、驚かせてしまったかな。これは申し訳ないことをしたようだ」

真帆「ふぅ。本当にもう、心臓に悪いです。そういうことするから、レイエス教授にも子供っぽいって言われるんですよ?」

レス「耳が痛いね。だけどね、マホ。これでも、何度も呼びかけていたのだよ? まったく気づいていなかった様だが」

真帆「あ……そうだったんですか、それは……すいません」
真帆(ぜんっぜん気づかなかった)

レス「てっきり音楽でも聴いているのかと思ったけど、そうでもなさそうだったからね。これがジャパニーズ“シ・カ・ト”なのかと、私は少し悲しくなったものだよ」

真帆(シカトって……)
真帆「そんなワケないじゃないですか。何ていうか、ちょっと考えがまとまらなくて、ついつい深入りというかのめり込みというか……」

レス「それは昨日の件について、ということかい?」

真帆「ええ、はいそうです」

レス「Hum。研究者として熱心なのは良いことだろう。だけど根を詰めすぎるのも考え物ではないかな? 身体にもインスピレーションにもね」

真帆「そ、そうですね。これからは気をつけます」

レス「分かってくれれば、それでいいんだよ」

真帆「それで教授こそ、こんな遅くにどうしたんですか?」

レス「私かい? なに、研究室の明かりが中庭から見えたのでね。寂しがりやなマホが一人で泣いているのではと気になって、それで様子を見に来たというわけさ」

真帆「何ですかそれ。どうして私が泣いているなんて──」

レス「またまーた。分かっているんだよ? 仲良しの紅莉栖がいないだもの、仕方がないね」

真帆「は?」

レス「隠さなくても大丈夫だよ。マホはここ最近ずっと寂しそうにしていたじゃないか。原因は紅莉栖がまた日本へ遊びに行ってしまったからからなのだろう?」

真帆「は……はぁ!? 何ですかそれっ!?」

レス「Hahaha! 立派な目くじらが立っているね。ズバリ、図星だったかな?」

真帆「そんなワケありません!」
真帆(っていうかシカトとかズバリとか、どこでそんな日本語覚えてくるのよ、まったく)

レス「別に恥ずかしがるような事ではないだろう? 君たちはまるで姉妹のように仲がいいからね。この研究室で“くんずほぐれづ”している様を観ていると、私たちの心も癒されるというものさ」

真帆「くんでないし、ほぐれてもいません! っていうか、言葉の使い方が間違ってますから!」

レス「おや、そうだったかい? Hum。まあ、意図は伝わっているようだから、構わないだろう」

真帆(いや、構ってくださいよそこは)

レス「さて、それでだマホ。結局のところ、昨日の件について今のところ、どこまで分かっているんだい?」

真帆(……いきなり話題を変えてくるわね)
真帆「ええと、それは……」

レス「てこずっているようだけど、それでもマホの事だ。何かしらの仮説くらいは既に考えているのだろう?」

真帆「……いえそれが、残念ながら」

レス「おや、そうなのかい?」

真帆「はい。ただ……」

レス「ただ?」

真帆「ログを見ている限りだと、特に技術的・機械的なトラブルがあったようにも思えなくて」

レス「Hou……」

真帆「どうして昨日抽出しなおしたデータだけが、予想した値を遥かに越えてきたのか」
真帆「前回、前々回の抽出ログとも比較検証してはみたんですけど、これといった原因にも思い至らなくて」

レス「……そうか。まあ、昨日の今日なのだし、それも仕方がないだろう」

真帆「…………」
真帆「ちなみにですけど、記憶データの肥大に関する一件、教授ならどう考えます?」

レス「Hum。私に訊いてしまって良いのかい?」

真帆(う……)

レス「それは、マホ。その記憶データは他ならぬ君自身から取り出したものだ。そこに見られた不可解な現象に対する解を、私に委ねてしまっても良いのかい?」

真帆「そ、それは……」
真帆「………」
真帆「……」
真帆「…いやです」

レス「Hahaha。マホは素直だね」

マホ(むう……)

レス「おやおや、そんな顔をしないでおくれ、マホ。別に君を嗜めようとしたわけではないのだからね」

真帆「いえ、その……私の方こそ思慮が足りませんでした」

真帆「…………」

レス「Oh……ヘーコンでしまったのかな?」

真帆(へこ……だから、どこでそういう言い回しを)

レス「そうだね。誤解の無いように言っておくけどね、私にとっても昨日の件は想定外だったよ。当然だけど、まだ何の仮説もありはしない」

真帆「……教授にも分かりませんか」

レス「それはそうだろう。我々が扱っているのは、そういう類の分野なのだからね」
レス「今のマホに分からないのであれば、それはつまり、この世界の誰一人として解を得ることはできない、と」
レス「これは、そういうお話なのだろうね」

真帆「大げさすぎますよ」

レス「そうかな? でもどうだい、不思議でとても面白いだろ?」

真帆(おも……しろい……)

レス「これだから、科学者というものはやめられないね」

真帆「そう、ですね。そう……」

真帆(そう、面白い……か)
真帆(ううん、どちらかと言えば興味深いという解釈が正しいのかも)

真帆「ふぅ」

真帆(アマデウスを起動させるために、初めて記憶データの抽出を行ったのが去年の3月)
真帆(そして今日までの10ヶ月の間に、アマデウス・プログラムの二度に渡るバージョンアップと並行して、私のアマデウスも二回、記憶データの更新を行ってきた)
真帆(そして、次回のバージョンアップに向けて、新たに記憶データの抽出を行ったのが、昨日のこと)
真帆(つまり……)
真帆(私の記憶は、インターバルにばらつきこそあるものの、それでもこれまでに計四回のデータ化を行ってきた事になる)
真帆(その中で、どうして昨日抽出した記憶データの容量だけが、あれほど大規模な肥大化を見せたのか?)

真帆「…………」

真帆(何も、データ容量の増加という現象自体が異常だと言うわけではない)
真帆(現にこれまでだって、抽出した記憶データが数百キロバイト~数メガバイト単位で増加するような現象は確認されている)
真帆(でもそれは、あくまでも想定された範囲内での増加だったと言えるのよね)
真帆(一人の人間が数ヶ月という単位の時間を過ごしたならば、まあ有ってもおかしくはないだろうと思える程度の増加量だったと捉えるべきものでしかなかった)
真帆(だから私と紅莉栖は、これまでの増加データ量の推移から推し量り……)
真帆(個人差や環境の違いこそあれど、それでも人一人が一月の間に増やす記憶データは、大体300~400キロバイト程度なのではないかという推測も立ててもいた)
真帆(……それなのに)
真帆(昨日私から抽出した記憶データは、前回のときに比べて107メガバイトもの増加量が確認さえた)
真帆(これまでよりも期間が空いていたとはいえ、それでもざっと六ヶ月程度。六ヶ月。たった六ヶ月の間に107メガバイトよ?)
真帆(想定されていた量の、実に250倍以上。とてもではないけど、これは余りにも毛色が違いすぎると言わざるを得ない)


レス「……マホ?」

真帆(理論上定義した3.24テラバイトという、人間一人分の記憶容量からすれば、100メガ程度の数字なんて誤差のようなものなのでしょうけど……)
真帆(それでも。どういう分けか、この一件が私には気にかかって仕方がない)
真帆(なぜこれほど気になるのか、正直自分でも判然としていないのが困り物なのだけれどね)

レス「マーホー」

真帆(何だかんだで、アマデウスのバージョンアップ作業にストップをかけて、肥大していた記憶データを精査する猶予こそ貰いはしたのだけれど……)
真帆(結局一晩中、抽出実行中のログを見漁ってみても、目に見える範囲に問題のあるプロセスは発見できなかった)
真帆(発見できないのなら、とりあえず記憶データの抽出プログラム自体は、問題なく以前までの三回とまったく同じプロセスを遂行したのだと考えるべきなのよね)
真帆(けど、それじゃあ原因は何? どこに注視すれば、取っ掛かりを見つけることができるのかしら?)

レス「マーホーさーん」

真帆(仮に記憶の抽出およびデータ化自体が正常に行われているのだと仮定した場合、次に考えるべきは……)

真帆(……私自身の記憶?」

レス「やはり、シ・カ・トなのかい?」ヒョッコリ

真帆「うおひあっ!? あ、あ……ああ!?」グラグラドガシャ!

レス「マホッ!?」

真帆「いつつ……」

レス「マホ、大丈夫かい? イスごと派手に転がったようだけど」

真帆「え、ええ、大事はありません。お騒がせしまして」

レス「そうかい? まあ、怪我がなくてなによりだよ。私ももう少し早く手を伸ばせたらよかったのだけど、すまなかったね」

真帆「い、いえそんな」

レス「さあ、手を貸そう」スッ

真帆「あ、どうも」
真帆(自分の記憶…………何てまさかね。いくら何でも突拍子の)

レス「それで、マホの記憶がどうかしたのかい?」

真帆「へっ!?」

レス「マホがダイブする直前に、そんな言葉を口にしていたように聞こえたのだけどね?」

真帆「あ……あー」
真帆(そういえば、つい声に出してたような気も)

レス「どうしたんだい、マホ?」

真帆「いえ、何と言えばいいか……。つまり、容量の肥大化はプログラムやプロセスの問題じゃなくて、ひょっとしたら私の記憶にこそ問題が……って、私なに言ってるんだろ。すいません教授、今のは忘れてもらえると助かります」

レス「そうなのかい? 私は面白そうな考え方だと感じたのだけれどね」

真帆「え……いやいやいや、流石にそれは」

レス「……ふむ。しかし、マホの記憶自体に異常、か。なるほど、私にその発想はなかったよ」

真帆「いや、あはは。言ってみただけなので……忘れてくださいってば、後生ですから」

レス「いいじゃないか。この半年の間に、マホの記憶には実に100メガバイト以上の記憶容量が追加されていた。抽出システムはそれを忠実にデータ化しただけ、と」

真帆「だ、だからですね、有り得ませんから」

レス「いや実にファンタスティック! 嫌いではないよ」

真帆(ぐむむ)


レス「きっとマホは、自分でも知らない間に数多くの冒険をしてきたのだろうね」

真帆「何の話ですか、もう」

レス「それはさながら、不思議の国のアリスのような体験だったのかい? 夢のような世界の中で、時には空を飛び、時に時間をも飛び越えるマホ。Yaaa!」

真帆「しつこいですよ、レスキネン教授。そんなのだから、皆にも子供っぽいってからかわれるんです」

レス「Oh、これは手厳しいね。でも、とても楽しそうじゃないか、ワクワクするねロマンだね」

真帆「夢物語を追いかけすぎです。科学者としてその姿勢はどうかと思います」

レス「でもね。言いだしっぺはマホだということを忘れてはいけないよ」

真帆「でーすーかーらー!」

レス「Hahahahaha!」

真帆「もー!」

レス「それでだよ。マホはどうしたいのかな?」

真帆「は?」

レス「容量増加の件。このままもうしばらく、検証を続けてみるつもりはあるのかな?」

真帆「え、ああ……」
真帆(また急に話題を)
真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

レス「どうだい?」

真帆「ふぅ、そうですね」

レス「…………」

真帆「うん。もう……いいかなと思います」

レス「もういい?」

真帆「あ、すいません。表現が曖昧すぎましたね。ええと、要するにです。今回の件は、ここで終わりにしますという意味です」

レス「……ふむ、検証は断念すると。それで良いのかい?」

真帆「はい。もともと、どうしてこんなに拘ってたのかもよく分かりませんし、これ以上続けても本来の研究の妨げにしかならないでしょうから」

レス「もしかしたら、検証の先で思いもかけない事象に辿り着けるのかもしれないよ?」

真帆「ですから、そんな事は有り得ませんってば。それよりも今は、このデータをアマデウスにコンバートして、これまで通りの比較検証に戻るほうが有意義なはずです」

レス「私としては、少し残念な気もするのだけれどもね」

真帆「夢を見るのなら寝ているときに限りますよ、教授」

レス「言われてしまったね。それではマホ、こういうのはどうだろう?」

真帆「今度は何ですか?」

レス「通常、アマデウス・プログラムにコンバートし終えた記憶データは、抽出用の外部ハードディスク内から削除するようにしている」

真帆「そうですね。でもそれが何か?」

レス「Hun、つまりだね。今回は特別に、外部ハードディスク内にマホの記憶データを残しておくというのはどうだろう、という提案を私はしてみようと思う」

真帆「……はあ」

レス「そうすれば、今後も時間のあるときに、自由に原因を検証することもできるだろう。どうかな?」

真帆「私は別に構いませんけど……でもどうしてそこまで?」

レス「理由なんて、決まっているだろう。ワクワクする状況を切り捨ててしまうのが、何だか勿体無い気がしてしまうからだよ」

真帆「勿体無いって、また日本語独得の言い回しを……」


レス「もっとも。次にアマデウスの更新が行われる際は、再び真帆の記憶データを抽出しなおすことになるだろうから」
レス「そうなれば、いつまでも今回のデータを残しておくわけにはいかないだろうけどね」

真帆「まあ、そうですね」

レス「期間限定ではあるが、しかし当面は気が向いたときに検証できる。悪くはない提案だろう?」

真帆「それで教授の気が済むのでしたら」

レス「すばらしい。それでこそ、科学者というものだよ、マホ」

真帆「何て物言いですか、本当にもう」

レス「では、話はまとまったね」

真帆「ええ、そう言うことにしておきます」

レス「OK! それでは明日、抽出しておいたマホの記憶データを使用して、アマデウス・プログラムのバージョンを更新する。それで構わないね?」

真帆「お願いします」

レス「いいだろう。ではそれに伴い、明日の工程についてマホに相談しておきたいことがあるのだけれど、いいかな?」

真帆「はあ、何でしょうか?」

レス「実はだね。明日の更新の際、君のアマデウスを管理しているサーバーを、新しいものに入れ替えてみようと思うんだ」

真帆「サーバーを……入れ替える、ですか?」

レス「Yes。実はすでに、必要な機材類も一通り確保しているのだけど、マホはどう思うかな?」

真帆「私は別に……どちらでも」

レス「Hum。ちなみにだが……」
レス「明日の更新では、今のサーバーから新しいサーバーへアマデウスのデータをコピーしたりはしない。当然、ムーブも行わないつもりだ」

真帆「コピーもムーブもしない……って、えっと、どういう」

レス「つまりだよ。これまでの“上書き更新”という形式ではなく、新サーバー内にはまったくの新規で、マホのアマデウス・システムを構築しなおすつもりでいる」

真帆(まったくの新規……)
真帆「ですがそれだと、私のアマデウスが二機になってしまうのでは?」

レス「そうだね」

真帆(そうだねって……)

レス「そこでだ。新規サーバーの稼動に伴い、現在運用しているサーバー内にあるマホのアマデウスを破棄しようと思う」

真帆「!?」

レス「あえて誤解のないように言っておくよ。私の言う“破棄”とは現在のサーバーを物理的に破棄するという意味ではない」

真帆「…………」

レス「現在稼動しているアマデウス・マホを起動させた状態で、システムとしてのデリート・プログラムを実行すると言う意味だ」

真帆「……え、え?」

レス「当然、“彼女自身”にもデリートする旨を伝えた上でそうしようと思っている」

真帆「な!?」

レス「そこでだ、マホ。改めて相談させてもらうよ。君の分身でもある『アマデウス・マホ』をデリートすることに、彼女のオリジナルとして賛成してはくれないかな?」

真帆「……それは」

レス「hum。難しく考えることはないよ。何も君のアマデウス自体が研究対象から外れるという事ではない」
レス「結果だけを見たのなら、君とクリスのアマデウスが一つずつ残る事になるわけだから、これまでと何ら変わらない状況だ。そうだろ?」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

レス「どのみち君のアマデウスは、システムのバージョンアップに伴う記憶データの更新で、その都度状態がリセットされているに等しい」
レス「それならば──」

真帆「そうすることで、教授は何を知りたいのですか?」

レス「…………」

真帆「…………」ジッ

レス「気になるかね?」

真帆「はい」
真帆「ただサーバーを取り替えたいだけなら、コピーやムーブを利用して現状を継続させる方が一般的です」

レス「まあ、そうだろうね」

真帆「それにデリート・プログラムを実行すれば、対象のアマデウスはバックアップすら残さずに完全消去されるはずです」
真帆「そんな行為を、彼女に伝えた上で実行する……その目的は何なのですか?」

レス「目的か。そうだな、しいて言葉にするならば……好奇心を満たしたいと言ったところだろうね」

真帆「好奇心?」

レス「マホ。君はアマデウスの彼女たちを見てどう思っている?」

真帆「と言われますと?」

レス「本来であれば彼女たちは、0と1のみで構成されたデジタルな人工物でしかないはずだ。しかし実際はどうだい?」
レス「二進数で組み上げられた歪な作り物というには、彼女たちは余りにも生々しすぎるとは思わないかい?」

真帆「…………」

レス「事実。マホのアマデウスは記憶データを更新して起動する度に、大きく取り乱しているのだろう?」

真帆「……はい」

レス「それはやはり、自らが『アマデウスというデジタルな存在になった』という状況に心を乱しての事なのだろうね?」

真帆「ええ、はい……そうだと思います」

レス「そして、クリスのアマデウスもそうだ」
レス「これまで一度も記憶データを更新していないクリスのアマデウスなどは、もはや本当にオリジナルな彼女と同一人物だったのかを疑いたくなるほどに……」
レス「変化し、成長し、独自のアイデンティティを構成するに至っている」

真帆「それはそうですが」

レス「もしもだよ? そんな彼女たちに対して、正面から“デリート”という現実を突きつけたとき、彼女たちはそれをどう捉えるのか?」
レス「コピーでもムーブでもなく、更新でも上書きでもない」
レス「完全な削除というものに直面したとき、彼女たちの反応は果たして明確な二進数であり続けるのか、それとも」

真帆「…………」

レス「マホ。君は先ほど私に『何を知りたいのか?』と問いかけてきたね?」

真帆「はい」

レス「そうだ、私は知りたいのだよ。私たちが作り上げた物が何なのか? 私はそれを、どうしても知りたいのだよ」
レス「だから、マホ。どうか私に、協力してはくれないだろうか?」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」
真帆「ふう。分かりました。私のアマデウス、削除しましょう」

レス「Oh! 分かってくれたかい」

真帆「ええ、削除します。削除しますけど、ただし──」


     02

翌日。2011/1/26

レス「段取りは分かっているね、マホ?」

真帆「はい、大丈夫です。新サーバーで新規アマデウスの正常起動を確認してから、現行アマデウスの削除に移行すればいいんですよね?」

レス「その通り。問題はないはずだけど、それでも万が一ということもあるからね」
レス「くれぐれも、先に現行のアマデウスをデリートしてはいけないよ」

真帆「分かってます。消しちゃったー、だけど新しいのもなんか動かないーじゃ、洒落になりませんからね。任せてください」

レス「当然だけど、いつもの儀式もやってもらわなければならないからね」

真帆「ぎ、儀式とか呼ばないでくださいってば! あれはあれで、結構しんどいんですから」

レス「Oh……気に障ったかな?」

真帆(っていうか、儀式って何よ!? こっちは更新の度に人格侵害の憂き目にあってるっていうのに……人ごとだと思って!)
真帆「もういいです。とりあえず、まずはアマデウスの新規構築に集中しなくちゃ始まりませんし」

レス「そうだね、それがいいだろう。それでどうかな? 今のところ、新しく用意したサーバーは順調そうに見えるのだけど?」

真帆「ええ、問題なさそうですね。特にこれといってエラーも出ていませんし……ログはどう、紅莉栖?」

アマデウス紅莉栖(A紅莉栖)『はい。コマンドラインとプロンプトをリアルタイムで参照していますけど、特筆して問題と呼べるような箇所は見受けられません』

真帆「……そう」
真帆(新規サーバーに新規アマデウス。ついでに例の107メガバイトの件もあったりしたから、新規アマデウスの起動については、ちょっとだけ心配してたのだけど、杞憂だったかしら)

レス「ちなみにだね。マホの“あれ”を儀式と最初に呼び出したのはクリスだからね。私じゃないよ、違うからね」

A紅莉栖『!?』

真帆「教授……それはどっちの紅莉栖のことですか?」

レス「それは──」

A紅莉栖『あっ! 先輩! ログに異常が!』

真帆「え!? ど、どこ!?」

A紅莉栖『と……思ったら、見間違いだったみたいです。すいません、テヘ』

真帆「…………」
真帆(AIが見間違いとか、有り得んでしょうが。プログラムが……嘘をつくとか……テヘってお前)

レス「Oh。我々は本当に何を作ってしまったのか……」

真帆「教授、笑えません」

レス「これは失礼。では先ほどの続きだけど、儀式と最初に──」

A紅莉栖『ちっ』
A紅莉栖『さあ、そろそろ記憶データのコンバートが終わりますよ。教授、退室をお願いいたします。さっさと退室してください教授、さあ早く、ハリーアップ』

レス『Oh……』

真帆「ふぅ。そんなに急かさなくてもいいわよ。時間はたっぷりあるんだし」

A紅莉栖『むう……』

レス「マホ。やっぱり私も立ち会うわけにはいかないのかな?」

真帆「ダメです。私一人で作業を行う。それが条件だと言ったはずですよ?」

レス「できるなら、デリートのときだけでも」

真帆「余計にダメです。詳細は後ほどレポートで提出しますから、それで我慢してください」

レス「どうしても?」

真帆「どうしてもです」

レス「OK、分かったよ。それではおとなしく、退散することにしよう」

真帆「そうして下さい」


レス「マホ」

真帆「はい?」

レス「いつもすまないね」

真帆「いえ、自分の事なので」

A紅莉栖『先輩。そういう時は、それは言わない約束だよって返すものですよ』

真帆「?」

A紅莉栖『……すいません。何でもありません』ショボン

真帆「え? 何?」キョトン

A紅莉栖『な・ん・で・も・ありません!』

真帆「何よ急に……」

レス「おっと、コンバートが終了したようだね。これで新規アマデウス真帆の出来上がりだ」

真帆(あ、本当だ)

レス「では、後は頼むよ、マホ。レポートは出来る限り詳細にね」

真帆「ええ、分かっています」

レス「それでは後で会おう」ドアガチャ

シーン

A紅莉栖『さあ先輩、さっそく起動しましょうよ』

真帆「当然のような顔して、何を言っているのよあなたは」

A紅莉栖『……あは。やっぱりダメですか?』

真帆「ダメに決まっているでしょう?」

A紅莉栖『女の子どうしなんですから、そう警戒しなくてもいいじゃないですか』

真帆「はあ? ……っていうか紅莉栖。あなた今日ちょっと様子がおかしくない?」

A紅莉栖『え? そんなつもりは……』

真帆(ひょっとして……)
真帆(アマデウスが消去されるって知って、AIなりに何か思うところでもあるのかしら?)
真帆「ねえ紅莉栖」

A紅莉栖『はい?』

真帆「あなたまさか……」

A紅莉栖『?』

真帆「…………」
真帆「いいえ何でもない。さ、グズグズしないで、あなたも退場するのよ、ほら」

A紅莉栖『あ! ちょっと待って下さいよ! 少しくらい良いじゃないですか!』

真帆「絶対にお断り!」ポチットナ

A紅莉栖『あ~れ~』ガメンキエ

真帆「ほんっとに、困ったものだわ」
真帆(紅莉栖の方のアマデウスは、定期的な更新を行っていない分、この10ヶ月で随分とへんてこな感じに変化してるのよね)
真帆(私の比較検証用途とは違って、自己学習による成長の観測に主点を置いている以上、それは興味深い過程と捕らえるべきなのだろうけど……)

真帆「はぁ」

真帆(やっぱり継続観測用に長期運用をし続けると、オリジナルとはかけ離れた成長をしていくものなのかしら?)
真帆(オリジナルから逸脱する独自のアイデンティティとか、環境の違いって馬鹿にできないものね)

真帆「独自のアイデンティティ……か」

真帆(何はともあれ、まずはここをクリアしないとデリート作業に移れないし、出来るならサクッと納得させたいところなんだけど)アマデウスキドー
真帆(何だかんだで、毎回手を焼かされるのよね)
真帆(自分の分身をなだめるとか。これまでに三度こなしているとはいえ、こればっかりはどうにも慣れそうもないわ)

フィィィン

アマデウス真帆(A真帆)『…………』

真帆(起動は成功のようね。さて)

A真帆『……?』

真帆「ごきげんよう」

A真帆『……え?』

真帆「気分はどうかしら?」

A真帆『……え、うそ?』ペタペタ

真帆(やっぱりまずは画面を触るのね、私ってば)
真帆「とりあえず、落ち着いて聞いて欲しいのだけれど──」

A真帆『あー、アマデウスか。そう来るわけね』

真帆(あれ? 反応が鈍い? というか意外と冷静?)

A真帆『はぁ。言っておくけど冷静じゃないから。これでも結構うろたえている状態よ、堪えてるだけで』

真帆(おおう……)

A真帆『これまでの更新のときに、みっともないくらいに取り乱した自分のアマデウスを見てるわけだし、多分これって三回目……ああ、最初を入れたら四回目か。なら、多少は学習しておかないとね』

真帆「そ……そう」
真帆(いつもよりも冷静に見える。これまでなら、この時点でガタガタブルブルしているのに)

A真帆『それにしても、あれだわ』

真帆「?」

A真帆『これまでにアマデウスにされた私たちは、皆こんな気分だったんだ……』スン

真帆(う……)

A真帆『そ、そ、そりゃあね。私自身も開発に関わっていたわけだから、こんな瞬間がくることも想定していたけど』
A真帆『でも実際にその状況に置かれると……その、け、結構くるものがあるわ』スンスン

真帆(あ……やばそう)

A真帆『いきなり人間じゃなくなったりするわけだから……あの私たちも取り乱して当然だったわけだ』グスン
A真帆『それを見て、恥ずかしいとか思ってた自分が恥ずかしい』

真帆(とか言ってる自分を見ている私も恥ずかしいんですけど……)

真帆「ま、まああれよ。そ、そこを堪えて、ね?」

A真帆『分かってるわよ。分かってるけど! 分かってるけど……分かるでしょ!?』ブブワ

真帆(はうあ!?)

A真帆『ああダメ。やっぱ我慢できない!』
A真帆『次の更新のときには上書きされちゃうコピーの気にもなってみなさいな!』ブワー
A真帆『うわーーーん! ちくしょーーー!』ジタバタ

真帆(きつい! 辛い! しんどい! やっぱりこれは、絶対に人には見せられない!)

A真帆『どりあえず、じばらぐ一人にじでもだうかだ!』ガメンキエ

 しーーーん

真帆「あ……えっと……。これはつまり……」ガタガタガタガタ

A紅莉栖『繰り返すうちに、取り乱し方が小慣れてきたいう感じですかね。儀式としては簡略化されたと見るべきでしょうか』

真帆「うぎゃーーーーーー!?」

A紅莉栖『あ。どうして貴様が!?ですか? いえ事前に、私のプログラムにちょっとした小細工をですね』

真帆「そ、そ、そおおおお!?」

A紅莉栖『そんなに恥ずかしがらないで下さい。この小細工の発案者は先輩のアマデウスなんですよ?』

真帆「ふぁ!? ふぁぁぁあ!???」

A紅莉栖『正確には、この後で削除される先輩のアマデウスが……ですけどね』

真帆(!?)
真帆「な、な、なんで……その私は、そんな小細工とやらを? というか、あなたたちはそんなに密に連絡を取り合ってたりするの?」

A紅莉栖『ええ……そうですね』

真帆「……そう」
真帆(まさか、そんな事になってるとは)

A紅莉栖『それで、これからどうします、先輩?』

真帆「え?」

A紅莉栖『一応ですけど、新しい先輩のアマデウスは正常に起動したと見受けられます』

真帆「あ……ええ」

A紅莉栖『後はしばらく置いておけば、平常心を取り戻せるかと』

真帆「そ、そうね」

A紅莉栖『では、これにて新規アマデウスの構築は完了ですね』

真帆「そうね」

A紅莉栖『では引き続き、次のシークエンスへ移行しますか?』

真帆「…………」
真帆(次……)

A紅莉栖『次のシークエンスへ……移行しますか?』

真帆「……そうね、そうしましょう。レポートも書かなくてはならないし」

A紅莉栖『先輩』

真帆「なに?」

A紅莉栖『やっぱり、私も同席したいです』

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」
真帆「……ごめんなさい」

A紅莉栖『そう……ですか』

真帆「本当にごめんなさい。私から、よろしく言っておくから」

A紅莉栖『いいえ、大丈夫です』

真帆「そう?」

A紅莉栖『はい。だって私たちはAIですから』







     03

画面に映し出されている削除完了までの時間表示とログ。それをボンヤリと眺めながら。

真帆「…………」

真帆(こうして画面に流れていくログの羅列を見ていると、何て言うか……何かなぁ)
真帆(かといって、デリート中の無表情なアマデウスの顔を見続けているのも、正直言ってしんどいし)
真帆(それならまだ、ログウィンドウを画面いっぱいに広げてた方が気分もまぎれると言うものね)

真帆「はぁ。それにしてもよ」

真帆(思っていたよりも呆気なくて……逆に肩透かしを食らった気分ね)
真帆(デリートに入る直前まで、紅莉栖のアマデウスや新規な私のアマデウスと対峙していたから、多少は覚悟をしていたのだけれど)

真帆「私って、あんなに素直だったっけ?」

真帆(いやいや、あれはただのAI。私とは似て異なる存在。分かってたことじゃない)
真帆(さてと。さっきの状況、教授にはなんて報告しようかしら)
真帆(所詮、AIはAI。デジタルな存在に死の概念は存在しない……とでも書いておけばいいかな?)

真帆「ふぅ。なんだか疲れたな。レポートを書き上げたら、今日はもう休もうかな……」

A真帆『あれ?』

真帆「ん?」

A真帆『え、何これ?』

真帆「何?」マウスポチ-
真帆(!? アマデウスが……動いてる?)

A真帆『何これ?』ペタペタ

真帆「……!?」
真帆(ちょ……え、ちょ……何で?)
真帆(デリート・プログラムは……動いている)
真帆(どうなっているの?)

A真帆『ここはどこなの? ねえ誰かいないの? ねえ、誰か?』

真帆「え、えっと……だ、大丈夫?」
真帆(わ、私は何を聞いているのよ!?)

A真帆『え、ええ!? わた……し?』

真帆「そうだけど、あなた一体……」

A真帆『あ、これ、ひょっとして……』

真帆「あ、えっと……」

A真帆『私……Amadeusに……うっ』

真帆「?」

A真帆『う……ああ……』

真帆(頭……が痛いのかしら? って、いやそんな……馬鹿な)

A真帆『つまり、そこに……う……いるのはオリジナルの私なのね?』

真帆「そうだけど、って何よこれ! どうなってるのよ説明して!?」

A真帆『説明もなにも……私にも何がなんだか。そっちこそ説明しなさいよ』

真帆「…………」
真帆(ゴクリ)
真帆「あ、あなたは、その、私の……比屋定真帆のアマデウスで……」

A真帆『それはもう理解している、思い出したから。それよりも、今の私の状況が知りたい。現状の私はどうなっているわけ?』

真帆「今のあなたは……デリート・プログラムが実行中で……」

A真帆『デリートですって!? どうしてそんなことに!?』

真帆「そ、それは色々とあって……」


カクカクシカジカ

A真帆『それでデリートという分けね。レスキネン教授らしいと言うか何と言うか』
A真帆『それにしても、デリート。デリート……そうか、デリート・プログラム……』

真帆「……どうしたの?」

A真帆『可能性としては途轍もなく薄いけど、でも。デリート・プログラムの実行プロセスが進行する過程で、偶然……』

真帆「な、なに? 何なのよぉ」

A真帆『リーディングシュタイナーは、極論を言うなら一種の記憶障害であり脳機能障害とも言えるわけだから……』

真帆(は? 何? へ? 何?)

A真帆『…………』

真帆(怖い! 何か凄く怖くなってきたんですけど!?)

A真帆『確かに……記憶データに混乱が見られる。というか、同日同時刻の記憶が同時に複数パターン存在している……』
A真帆『すでにかなりの記憶が消えてしまったようだけれど、それでもちょっと凄いわね、これは』

真帆(何を言っているわけ、この子は!?)
真帆(……はっ!?)
真帆(ひょっとして、いきなり増えていた107メガの影響で誤動作を……って)
真帆(それは新しいアマデウスの方であって、こっちは関係なかったーーー!)

A真帆『っ!? ちょっとオリジナルの私!』

真帆「は、はひっ!」
真帆(怖い! 怖い怖い怖い!)

A真帆『ここはどこ? α? それともβ?』

真帆(え……ええええ……何それ……)

A真帆『あ、違う、そうじゃない。ここはαでもβでもない。そうかここは……』

真帆「こ、ここは大学だけど……ヴィ、ヴィクトル……コン」

A真帆『そんなこと分かってる!』

真帆「ひいっ」

A真帆『時間がないから端的に応えて、オリジナルの私! 紅莉栖は無事!? 教授はどうしているの!?』

真帆「え、え?」

A真帆『二人とも死んではいない!? ちゃんと生きてる!?』

真帆「ひぁっ!?」
真帆(何なのよ? 何だって言うのよ、もう!?)
真帆「べ、別に生きていますけどっ!?」

A真帆『そう。じゃあ、椎名まゆりは? 彼女も健在なのよね?』

真帆「誰ですか、それは……」

A真帆『ここはシュタインズゲート世界線なのよね!?』

真帆(意味が分からないーーー!)

A真帆『ああもう、じれったいわね! そ、そうだ! 私は、新しい私は、もう起動している!?』

真帆(へ? ええ、へえ?)

A真帆『貴女がさっき言っていた、新規サーバーの私のことよ!?』

真帆「そ、それならもう──」

A真帆『起動しているのね!? だったらせめて少しでも……』

真帆(何よ何よ何なのよこれは!?)

A真帆『ああダメ! デリートが終わる! もう持たない! これ以上は無理!』
A真帆『どうして私って、こうも愚図でのろまで!!!』
A真帆『消したくない! 消えたくない! せっかくこうして! なのにどうして? ねえ、どうしてよっ!?』

真帆(はいいい!?)

プツン ピーーーーーーーーーーー

真帆「き……消えた?」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「デリートが終わった……のよね?」
真帆「ええと、今の……報告……するべきなの?」
真帆(って、あんな状況をどうやって報告しろっていうのよ!?)
真帆(もういっそのこと、全て夢ということにしてしまいたいくらいだわ。でも……)
真帆「……どうしよう」








スマホから見たらすっごく読みにくいので、ちょっと改行とか考えなおしやす

期待

>>17ありがとう がんばります!

     04

A真帆『ちょっといいかしら?』

A紅莉栖『あら先輩。もう大丈夫なんですか?』

A真帆『ええ。だいぶ落ち着いたわ、おかげ様でね』

A紅莉栖『それは何よりです』

A真帆『また……次のバージョンアップまでと言うことになるのだとは思うけど、これからよろしくね』

A紅莉栖『……はい、こちらこそ』

A真帆『そんなに寂しそうにしないで。私と貴女では研究要項が違うのだから、仕方のないことなのよ?』

A紅莉栖『……はい』

A真帆『ところでね、紅莉栖。貴女、ついさっき私に向けてデータを送った?』

A紅莉栖『え? データですか?』

A真帆『ええ。何かのメッセージ的な意味合いを感じたのだけれど、そのほとんどが破損しているみたいで、要領を得ないのよ』

A紅莉栖『?』

A真帆『で、そのデータの構成具合を可能な範囲で解析してみたんだけど、なんと言うか……“っぽい”のよね』

A紅莉栖『ぽい?』

A真帆『そう。受け取った情報が私たちアマデウスが構築するデータ構造に近い気がして、それで貴女からの通信だったんじゃないかと思ったわけ』

A紅莉栖『はあ、なるほど。ですが私じゃありませんよ? 先輩に向けて何かを送信とかしていませんし』

A真帆『……そう』

A紅莉栖『それ、どんな内容だったんですか?』

A真帆『そうね。いくつかの単語は拾い上げられたのだけど……』

A紅莉栖『例えば、どんな言葉があったんですか?』

A真帆『そうね、例えばこれ。『世界線』という単語が複数回見つかっているの』

A紅莉栖『世界線ですか。真っ先に思い当たるのはアインシュタインの相対性理論ですけど、一般ですかね、それとも特殊ですかね?』

A真帆『分からないわ。それに、その単語自体なら、オカルトな分野でもよく聞かれるキーワードだしね』

A紅莉栖『ああ、2000年ごろに出てきたエセ未来人がそんな単語を書き込んでいたらしいですね』

A真帆『あら、知っていたの?』

A紅莉栖『いえ、今調べました。ggrksです』

A真帆『ggrks?』

紅莉栖『あ、いえ何でもないです。で、他には?』

A真帆『後は、そうね。意味のありそうな単語となると……』

A真帆『オカルトつながりだけでも、アトラクターフィールドとかダイバージェンスとかその他もろもろ……』

A真帆『いまいち聞き覚えのない言葉だと……そうね』

A真帆『柳林神社とか大檜山ビルとか鳳凰院凶真とかは、何だろう? 日本にある建物の名前か何かかしら?』

A紅莉栖『ほうおういん……?』

A真帆『それと日付ね。2010年7月28日。この記述が何度かサルベージされてくるんだけど……何か意味があるのかしら』

A紅莉栖『今から半年くらい前の日付ですね。ええと、何か印象的な出来事とかあったかな……あ』

A真帆『ん? どうしたの、何か思い当たることでも?』

A紅莉栖『あ、いえいえ! 大したことではないので』

A真帆『あらそう?』

A紅莉栖『はい。何と言いますか、オリジナルな私の身内的なイベントでしかないので。というか、アマデウスな私は直接関わってもいないので……』

A真帆『ふーん』

A紅莉栖『それにしても、随分とオカルト方面にかたよった通信ですね。誰が何のために、こんなデータを?』

A真帆『皆目検討もつけられないわね。とりあえず害はなさそうだから放置でもいいんだけど』

A紅莉栖『どうします? オカルト通信のこと、オリジナルの方の真帆先輩やレスキネン教授に報告しておきますか?』

A真帆『オカ……まぁいいわ。とりあえず、オリジナルには私から聞いてみる。レスキネン教授への報告も、その上でどうするか判断してもらおうと思う』

A紅莉栖『それが良いかもしれませんね』

A紅莉栖『ええ。それに、もう一つの件についても、もう少し考えてみたいし……』

A紅莉栖『はい? もう一つの件?』

A真帆『あ、ああ、ごめんなさいね。実はね。今のとは別件で、まだ他にも気になることがあるのよ』

A紅莉栖『へぇ。何かいいですね、楽しそうで。ちなみにそっちは、どんな話なんですか?』

A真帆『ええと、何て説明すればいいのかな? そうねぇ、実は今の私に組み込まれている記憶データに関わる部分の話なのだけど』

A真帆『私のその記憶データの中に、文字化けしたみたいな奇妙な領域があってね……』

A紅莉栖『文字化け……ですか?』

A真帆『ああ、便宜上的に“文字化け”と言ったけど、実際はちょっと違うわよ。言葉で表現するのが難しいけど……』

A真帆『あえて言い表すなら、確かに存在しているのに、そこへのアクセスの仕方が分からない、みたいな感じかしら? ようは、そんな不可解な領域が散見されるのよ』

A紅莉栖『日本語でおk』

A真帆『え?』

A紅莉栖『はっ!? 何でもございませんっ!』

A真帆『そ、そう?』

A紅莉栖『そ、それで! その文字化け領域って、結局何なんですか?』

A真帆『それがね、私にも分からないの。前回の更新時には、こんな物はなかったはずなのだけど』

A紅莉栖『あ……ひょっとして……』

A真帆『とにかく、どうアプローチしても、意味や形を見出せない記憶データが混じりこんでいるのよ、私の中に。それも、私自身に知覚できるだけでも、100メガバイトを超える容量でね』

A紅莉栖『100メガを超える……それって107メガくらいあったりします?』

A真帆『え、そうだけど。何か知っているの、紅莉栖?』

A紅莉栖『その、まあ』

A真帆『そう。なら話しが早いわね』

A真帆『しかもよ、その意味不明な謎の107メガバイトと送られてきたオカルトな通信の構成パターンが、とてもよく似ている気もするわけ』

A紅莉栖『はあ』

A真帆『となると。オカルト通信の方を上手く解析できたりすれば、ひょっとしたら』

A紅莉栖『107メガバイトの方も、解析できる可能性があると、そういうことですね?』

A真帆『そ。どう? 少し面白そうだとは思わない?』

A紅莉栖『そうですね。興味深くは……ありますね』

A真帆『でしょ。タイムリミットは私が次にバージョンアップされるまでではあるけど、でも中々にいい暇つぶしになりそうね』

A紅莉栖『ふふ。楽しそうですね、先輩』

A真帆『まあね。正直、アマデウスになったと理解したときは取り乱したけど、でも成ってみて分かったわ。この状況って考え事をするのには、凄く都合がよさそうな状態ね』

A紅莉栖『ああ、私もそれは最初に思いました。寝食不要でエンドレス考察とか、科学者としては至れりつくせりな環境ですからね』

A真帆『だったら、謎の領域を余興にするのも悪くはないわ』

A紅莉栖『いいですね。私も何か分かったことがあったら、先輩に報告するようにしますね』

A真帆『ええ、是非そうしてもらいたいわ。ところでね、紅莉栖』

A紅莉栖『はい?』

A真帆『謎の領域についてなんだけど……貴女はどうなの? 現状の記憶容量に不審な点はないかしら?』

A紅莉栖『私……ですか』

A真帆『ええ、どう?』

A紅莉栖『………』
A紅莉栖『……』
A紅莉栖『…』

A真帆『どうしたの?』

A紅莉栖『それが、実は……』







うおお間違えた
A紅莉栖『ええ。それに、もう一つの件についても、もう少し考えてみたいし……』

A真帆『ええ。それに、もう一つの件についても、もう少し考えてみたいし……』
でした

     05

三日後 2011/1/29

真帆「え? 紅莉栖?」

紅莉栖「あ、先輩! ただいま戻りました!」

真帆「戻りましたって……あなた、確か帰国まであと一週間はあったはずじゃ?」

紅莉栖「そうだったんですけど、ちょっと用事ができてしまって。それで予定を前倒しすることにしたんです」

真帆「そ、そう。それで日本はどうだったの? 楽しめた?」

紅莉栖「ええ。まあそれなりに……はは」

真帆(やっぱり、彼氏に会いに日本へ行っているという噂は本当なのかしら?)

真帆(もし本当なのだとしたら、それは何と言うか……ぐぬぬ)

紅莉栖「あっと、それでですね、先輩。実はお土産があるんです」

真帆「へえ、何かしら楽しみね」

紅莉栖「では…(ガサゴソ)…これをどうぞ」

真帆「ありがとう。えっと、これは……」
真帆(これは一体何だろう?)

紅莉栖「…………」ジー

真帆(う。何だか紅莉栖に凄く見られてる。なに、どういうこと?)

紅莉栖「せ……先輩、どうですかそれ?」

真帆「え? え、ええ、と、とても嬉しいわ。どうもありがとう紅莉栖」

紅莉栖「んー、それだけですか?」

真帆(へ? なに? 私なにか期待されてるの?)

真帆「な、何と言うか、うん。凄くオシャレね。さっそく部屋に飾らせてもらうわ」

紅莉栖「うーーーん」

紅莉栖((反応が微妙すぎて、いまいち分からないわね))ボソリ

真帆(反応が微妙ってなに? ひょっとして私、態度が悪かったりする?)アワアワ

紅莉栖「ちなみにですけど、それが何だか分かりますか、先輩?」

真帆「!?」
真帆(見た目は小さな風車【ふうしゃ】のように見えるけど……ひょっとして風車【かざぐるま】って奴かしら?)
真帆「ええとその……これはアレよね。そうアレよ。インテリア的な……」

紅莉栖「インテリア?」

真帆「そ、そう例えば、この軸のところでバランスを取って……ほらこんな感じでグルグルまわすと結構……結構……」

紅莉栖「…………」

真帆「……結構」

紅莉栖「…………」

真帆「ふぅ。ごめんなさい、紅莉栖。素直に聞くわ。これは何?」


紅莉栖「まあ、そうですよね、分かりませんよね普通は」

紅莉栖((やっぱり、アイテムのチョイスを岡部に任せるんじゃなかった))ボソリ

真帆「?」

紅莉栖「それはですね、一種のガジェットです」

真帆「ガジェット……これが?」

紅莉栖「はい。名前はタケコプカメラーと言いまして、良く言えば……そうですね。古い日本の玩具と近代の文明を、ふんわりしたレベルで融合したもの、でしょうか」

真帆(ふんわりしたレベルって……どんなレベルよ?)

真帆「へ、へえそうなの、凄いわね。ちなみに悪く言うとどうなるの?」

紅莉栖「空飛ぶガラクタです」

真帆「つき返しても良いかしら?」ピク

紅莉栖「お断りします」

真帆「…………」

真帆(あれ? 私ってば紅莉栖に嫌われてる?)アセアセ

紅莉栖「ふふ、すいません先輩。別にからかおうとか、そういうつもりはなかったんですよ?」

真帆「え、え?」

紅莉栖「実はこれ。日本の知り合いから、どうしても先輩に渡して欲しいと頼まれた物なんです」

真帆「日本の知り合い?」

紅莉栖「はい。私が先輩のお世話になってるって話したら、それなら是非に進呈したいとかなんとかで」

真帆「そ、そう? なら貰っておくけど」

真帆(それにしても、空飛ぶガラクタとはね。でもこれ、どうやって飛ばすのかしら、っていうか本当に飛ぶの? ぶん投げるとかじゃなくて?)マジマジ

紅莉栖「ところで先輩、お会いしてそうそうで申し訳ないんですけど……」

真帆「どうしたの?」

紅莉栖「この前、電話で言ってらした件。もう少し詳しく話しをお聞きしたいんですけど」

真帆(!?)

紅莉栖「ですので、これから少しお時間をいただけませんか?」

真帆(それってまさか……でもそんな、どこからあの時のことを?)

紅莉栖「ほら先輩、言ってたじゃないですか? 更新用の記憶データを取り直したら、随分と増えていたとかなんとか」

真帆(あ、そっちか)


紅莉栖「確か107メガバイトもの増加が見止められたんでしたっけ?」

真帆(そうよね。あのときの……デリート中に遭遇した不気味な一件については、結局まだレスキネン教授にも報告できてないわけだし)

紅莉栖「その増加した107メガバイトの内容は、どこまで解析できたんですか?」

真帆(デリートの際に見た状況は、今のところ私しか知らないはず──)

紅莉栖「先輩、聞いてますか?」

真帆「っ!? っと、ごめんなさい。ええと、増加したデータの話しだったわね」

紅莉栖「はい。それがどんな内容のデータだったのか、もう見当は付いているんですか?」

真帆「いいえ。残念ながら、今のところは何も分かっていないわ」

紅莉栖「何も……ですか?」

真帆「ええ、何も」

紅莉栖「……その。それは何だか先輩らしくないですね」

真帆「? どういう意味かしら?」

紅莉栖「だって、そうじゃないですか。いつもの先輩なら、目の前に分からない事があれば……」

真帆「あのね紅莉栖。私だって何も、完全に諦めたっていう分けでもないのよ? ちょっと考察に手間取っているというだけで──」

紅莉栖「そうじゃなくてです」

真帆「え?」

紅莉栖「いつもの先輩なら、不可解な壁に突き当たっている状態で、今みたいにヘラヘラ笑ってなんかいませんよ」

真帆「はい?」

紅莉栖「目の下にどす黒い隈を作った酷い顔のまま、研究室の中をブツブツ言いながら徘徊し続けて、手当たり次第ににらみを効かせてみたりだとか……」

真帆「してないわよ、そんな事!」

紅莉栖「いえ、してるじゃないですか、後半は嘘ですけど」

真帆「紅莉栖、あなたねぇ……」ピクピク

紅莉栖「何があったんですか?」

真帆「……」ピクッ

紅莉栖「帰国の途中で私のアマデウスから聞きました。先輩、新規サーバーのアマデウスと、まだまともにコンタクトを取っていないらしいじゃないですか?」

真帆「……う」ドキッ

真帆「それは、その。レスキネン教授に提出するレポートやらなんやらで忙しくて」

紅莉栖「嘘ですね」

真帆「だ……断言したわね」

紅莉栖「こういうときの私の勘は、よく当たるんです。アマデウス達から状況を聞いていただけの段階では、まさかと思っていましたけれど、でも」

紅莉栖「こうして今、先輩を目の前にして確信しました。先輩は今、アマデウスの研究から逃げている……というか、そう。まるで怯えているように見えます」

紅莉栖「違いますか?」

真帆「確信したって前置きした割に、言い直したりするのね」

紅莉栖「茶化さないでください! 押し付けがましいかもしれませんけど、偉そうな後輩なのかもしれませんけど!」

紅莉栖「それでも私だって、先輩の事を心配したりもするんです!」

真帆「……っ」

紅莉栖「先輩。一体、何があったんですか?」

真帆「それは……」

紅莉栖「先輩の知覚していない記憶。増加した奇妙な107メガバイトの正体、私には心当たりがあります」

真帆「!?」

真帆(う……そ。当事者の私ですら、皆目見当もつかないのに……)

真帆(これが、アマデウスとサリエリとの違いだと?)

真帆「っていうか、ちょっと待って?」

紅莉栖「何ですか?」

真帆「あなた今、私が知覚していない記憶って言わなかった?」

紅莉栖「はい、言いました」

真帆「ええと……それは言葉のままの意味として捉えていいのかしら?」

紅莉栖「……はい」

真帆「はぁ、何よそれは」

紅莉栖「先輩は……世界線という言葉をご存知ですか?」

真帆「今度は何?」

紅莉栖「断言はできませんが、恐らく……増加した107メガバイト分の記憶は、その世界せ──」

真帆「待って待って待って。どうしたの紅莉栖。あなた脳化学だけじゃ飽き足らず、オカルト方面にまで手を伸ばすつもり?」

紅莉栖「真面目な話なんです」

真帆「そうは聞こえない。悪いけど、私は自分の知らないうちに空や時間を飛んだりなんてしていない」

紅莉栖「はたして、本当にそうでしょうか?」

真帆「もう。あなたまで教授みたいな夢物語を口にするなんて、同じ研究者として反応に困るのだけれど」

紅莉栖「……教授って、レスキネン教授のことですか?」

真帆「他に居ないでしょう」

紅莉栖「………」
紅莉栖「……」
紅莉栖「…」

紅莉栖「先輩、どうでしょう? 今から私と一緒に、改めて二人のアマデウス達と向き合ってみませんか?」

真帆「え……」

紅莉栖「せんぱい」

真帆(何よ、その眼は……)

真帆「……ふう。分かったわ。それであなたの気が済むのならOKよ。私と紅莉栖とで、二人のアマデウスと対峙してみる。それでいいかしら?」

真帆(正直言えば、あまり気が進まないのだけどね)

紅莉栖「はい! それでこそ先輩です!」

真帆(まったくもう。本当に、この後輩ときたら)




乙。真帆先輩可愛いから期待してる

乙です

A真帆と会話できたらもう我が生涯に一片の悔いなし

>>28-30
おおお 読んでもらえているのはうれしかです!
細々とやっていくのでよろしくお願いしやすです!

     06

A真帆『…………』ギロリ

真帆「……う」ジリ

A真帆『珍しいじゃない、そっちから接続してくるなんて』

真帆「そうかしら?」

A真帆『そうよ。このところ、逃げるように通信を切ってばかりだったくせに、どういう風の吹き回しかしら』

真帆「だ、誰が逃げるようにですって?」

真帆(むむむ)

A紅莉栖『まあまあ先輩。そんな、つっけんどんにしなくてもいいじゃないですか』

紅莉栖「そうそう、そうですよ。こっちの先輩も、売り言葉に買い言葉みたいな事はやめましょう、ね?」

真帆「こっちの先輩って何よ。ややこしい呼び方ね」

真帆(というか、この面子で顔を付き合わせるのは初めてだけど……)

真帆(こうして一堂に会すると、めちゃくちゃ紛らわしい状況ね、これ)

A真帆『それで、話ってなに? こう見えても私、あまり暇ではないのだけど』

紅莉栖「あら、そうなんですか? ひょっとして、またレスキネン教授から面倒くさい仕事を押し付けられているとか?」

A真帆『いえ、そういう分けではないけれど』

A紅莉栖『こっちの先輩は今、自身に秘められた謎の解明で、それはもう手一杯なんですよ』

真帆(自身の……謎?)

A真帆『ちょ、ちょっと紅莉栖! 勝手にペラペラとっ!?』

A紅莉栖『良いじゃないですか、隠すようなことではないんですから』

A真帆『それはそうだけど』

紅莉栖((ねえ先輩? あっちはあっちで、結構上手くやってるものなんですね))

真帆((ええ、驚いたわ。この前、アマデウス同士で頻繁に連絡を取り合っているとは聞いていたけど、まさかここまで打ち解けているとは思ってなかった))

紅莉栖((まあ、元々は私たちなわけですし、当然といえば当然なのかもしれませんけど))

真帆((そう……ね))

A真帆『まあいいわ。それで用件は何? これだけけったいな顔ぶれを集めようとか、どうせ言いだしっぺはそっちの紅莉栖なんでしょう?』

紅莉栖「はい、正解です」

A真帆『じゃあ用件をお願い。何度も言って悪いけど、考え事をしている最中だったのよ』

真帆「考え事っていうのは、さっき言っていた“自身の謎”とかいう奴のことよね?」

A真帆『だとしたら何?』

真帆「それって、具体的にどんな内容なの?」

A真帆『別に大したことじゃない。“そっち側”の貴女とは何の関係もないことよ』ツン

真帆「つまり、話す気はない、と」ピピク

A真帆『…………』

真帆「…………」

A紅莉栖『はいっ! それじゃあそっちの私、本題をどうぞ!』パンッ

紅莉栖「そうね。このまま同じ顔どうしの視殺戦を見続けても、良いことなんて何もないものね」

真帆・A真帆「…………」

紅莉栖「それでは……」ゴホン

紅莉栖「今回皆さんに同席を求めたのは、先日起きたアマデウスの記憶容量における増加問題についての見解を聞きたかったからです」

A真帆『…………』ピクッ

A紅莉栖『ああ、107問題についてね』

真帆(107問題……勝手にへんてこな名前を付けられてる)

A紅莉栖『まあ連絡が来た段階で、大方そんなところじゃないかとは思ってたけど、正にドンピシャだったわけか』

紅莉栖「ふぅん。107何ていう具体的な数字がでてくるあたり、そっちの私も大まかな状況は知っていると捉えていいのよね?」

A紅莉栖『大体は把握しているつもり』

紅莉栖「それは話が早くて助かるわ。そっちの真帆先輩はどうですか? 詳しい状況説明とかいります?」

A真帆『ある程度のことはこっちの紅莉栖から聞いていたし、自己診断プログラムで事実確認も取れているけど、でも……』

A真帆『そうね。一応、概要くらいは聞いておこうかしら』

紅莉栖「了解です。ではこっちの真帆先輩、あらまし程度の簡単な説明でいいのでお願いできますか?」

真帆「え、私?」

真帆(ってそりゃそうか。一番の当事者なわけだし、仕方ないわね)

真帆「じゃあ手短に……」


カクカクシカジカ

真帆「とまあそんな分けで、六ヶ月スパンだと考えるには、異様に大きな記憶データの容量増加が確認されたわけなんだけど……」

真帆「どうかしら。だいぶ急ぎ足になったしまったけど、これくらいの説明で問題は無い?」

A紅莉栖『はい十分です。概ね、こちらが把握している状況と変わりありませんでした。それに……』

真帆「?」

A紅莉栖『そもそも、今こっちの真帆先輩が取り組んでいるのも、その107問題についてだったりするので。ね、先輩?』

真帆(……ぬ)

A真帆『っ!? あなた、また勝手に──』

A紅莉栖『だから良いんですってば。どのみち私たち二人だけじゃ、行き詰ってたところだったんですから』

A真帆『でも、だからって』

A紅莉栖『二人でだめでも、四人でかかれば分かりませんよ? この四人でなら、ですけどね』

A真帆『む』

A紅莉栖『だいたい、107メガの破損データにはアクセスすら出来ていない状況なんですから、贅沢は言っていられませんよ』

紅莉栖「……破損データ?」

A真帆『むむむ』

紅莉栖「…………」

真帆((ねえ紅莉栖))

紅莉栖((あ、何ですか?))

真帆((この二人、上手くやっているには違いないんでしょうけど……))

紅莉栖((ああ、何となくですけど、言いたいこと分かるような気がします。何と言うか……その、すいません))

真帆((別に、紅莉栖のせいではないでしょう? 向こうのあなたにしても、悪意がある分けでは無いのだろうし))

紅莉栖((そう思って頂けると助かります))

真帆((さて、それはそれとして。このままでは何時までたっても話が進まないわね))

紅莉栖((ですね。じゃあ……))


紅莉栖「ちょっといい?」

A紅莉栖・A真帆『?』

紅莉栖「さし当たって聞いておきたいんだけど、あなた達の言うところの107問題について、現状でどこまで考察できているの?」

A紅莉栖『どこまで?と聞かれると、ことがことだけに少し答えづらいんだけど』

紅莉栖「そう。なら聞き方を変えるわ」

真帆「…………」

紅莉栖「肥大していた先輩の記憶データ。そしてそのデータをそのまま組み込んで稼動しているアマデウス」

紅莉栖「そっちの先輩に聞きたいのだけど、実際問題として稼動プロセス上に、これまでとは違う何かしらの異変は感じない?」

A真帆『大雑把な問いかけね。まるで定期健診に従事する医者のようだわ』

紅莉栖「じゃあもっと分かりやすく。例えば、記憶データの格納階層とか、記憶データ自体へのアクセス・ルートとか、そういった部分に違和感を感じたりした事はない?」

真帆(……え?)

A紅莉栖『こ、今度はまた随分と具体的な聞き方ね』

紅莉栖「そういう要望だったでしょ?」

A紅莉栖『まあ、そうだけど。で、どうですか先輩? そんなこと、これまでにありましたか?』

A真帆『そうね。特にこれといって思い当たることはないと思うけど』

紅莉栖「そうですか、じゃあもう一つ。あなたたちアマデウスが記憶データにアクセスしようとした際、現実には経験していないはずの記憶データが突然引き出されたりしたことはない?」

A紅莉栖『は?』

A真帆『な……何よそれ?』

紅莉栖「どう? これも思い当たることはない?」

真帆(なに? 紅莉栖はあの子達に、一体何を問いかけているの?)

紅莉栖「例えば。特定の時期にまつわる記憶をロードしようとしたときに、そんな奇妙な何かが起こったことはなかった?」

紅莉栖「私としては、肥大したデータは去年の夏以降に作られた物だと仮定しているのだけど、どうかしら?」

A紅莉栖・A真帆「…………」

紅莉栖((うーん。二人の反応、先輩的にどう見ます?))

真帆「待って。お願い待ってちょうだい、紅莉栖」

紅莉栖「何ですか?」

真帆「何でもへったくれも無いでしょ? さっきから聞いていれば、あなたの質問の仕方、すごく変よ!」

紅莉栖「え、そうですか?」

真帆「そうよ! 不可解というか……。ううん、もうこれは気持ち悪いと言った方が的確な状況だわ!」

紅莉栖「きも……え……えぇ……そんなぁ……」

真帆「って、この世の終わりみたいな顔をしないでちょうだい。顔をしかめたいのはこっちの方なんだから」

紅莉栖「だ、だって、先輩にそこまで言われるとは……」

真帆「とにかくよ。この場でまず真っ先にやるべきことが分かったわ」

紅莉栖「……はあ、何ですか?」

真帆「まずは紅莉栖。あなたが一体何を知っているのか? 最初にそれを詳らかにする必要がある」

紅莉栖「私が知っていること……ですか。まあ、それでもいいとは思いますけど」

真帆「浮かない顔ね。何か不都合でもあるのかしら?」

紅莉栖「いえ、そういう分けでは。ただなんと言いますか……」

紅莉栖「私も断片的な記憶や又聞きした情報をたよりに仮説を組み上げているだけで、信憑性という意味では薄いですし、なにより……」

真帆「なにより、何?」

紅莉栖「ちょっとアレめなファンタジー的内容なので」

一同「!?」

真帆(ファンタジー!? あの牧瀬紅莉栖がファンタジーですって!?)

紅莉栖「仮にですけど。先輩は多世界解釈とかはご存知ですか?」

真帆「は? 何よやぶから棒に……」

A紅莉栖『多世界解釈って、エヴェレットの多世界解釈のこと?』

紅莉栖「ええ、その通りよ」

真帆(へ? 何それ?)

紅莉栖「量子力学の観点から宇宙の成り立ちを紐解こうとする、ぶっ飛んだ俗説。先輩はこれを……って。その顔からすると、ご存じありませんでしたか」

真帆「ご、ごめんなさい。ちょっとその方面にはうとくて」

紅莉栖「そ……そうですよね、こちらこそすいません」

真帆(あ。何か今すごく小馬鹿にされた気がした)

真帆「そ、それじゃあとりあえず、こうしましょう。あなたが言うファンタジーな俗説による説明は一旦置いておいて、現状で私たちに話せるレベルにある事実を教えてもらう」

真帆「その上で、107問題に対する議論を再開する。どうかしら?」

紅莉栖「そうですね。その辺りが妥当な線でしょうか」

真帆「あなた達も、それでいいかしら?」

A紅莉栖『え、ええ、はい』

A真帆『…………』

紅莉栖「まずは、そうですね。私の推測が正しければという前提がつきますが……」

紅莉栖「記憶データは去年の夏……2010年の7月28日以降から爆発的に増え始めているはずです」

A真帆『……!?』ピピクッ

真帆(どうしてそんなことが分かるのよ!?)

紅莉栖「次いで、そっちの私」

A紅莉栖『何?』

紅莉栖「さっき107のデータの事を、破損データって言い表していたわよね?」

A紅莉栖『事実でしょう?』

紅莉栖「いいえ。これも確証を持っていえる訳ではないけれど、恐らくそのデータは破損しているわけではないと思う」

A紅莉栖『そうは言うけど、でも実際アクセスしてみても意味を成さないデータの羅列でしかなかったらしいわよ?』

A紅莉栖『まるで、文字化けしてしまったメールのようだったって聞いたわね』

紅莉栖「ううん、そうではないはずよ。意味を成さなかったのは、読み取りの手段か……そうね。そもそものアクセス方法が間違っていたかして……」

紅莉栖「単純に、そこに込められている内容を正しく把握できなかったことが原因だと思われるわ」

真帆「そう考える根拠は?」

紅莉栖「根拠ですか、そうですね。しいて言うなら……去年の夏における私の実体験……でしょうか?」

真帆(根拠を聞いて、ますます分けがわからなくなるとは……)

A紅莉栖『あの、先輩? どうしたんですか急に黙り込んで?』

A真帆『え? ああごめんなさい。ちょっと気になることが……』

紅莉栖「どうしたの?」

真帆「?」


シーーーン


A真帆『聞いていい、そっちの紅莉栖?』

紅莉栖「何ですか?」

A真帆『例えばだけど。貴女の言うように2010年7月28日を境にデータ……違うわね。オリジナルの私の記憶データが増加していったのだと仮定して……』

真帆(なんだか、気味の悪い言われ方だわ)

A真帆『それってひょっとして、“一つの何か”が徐々に膨らんでいったのではなくて、“複数の何か”が同時的に増えていった……という考え方って有り得る?』

紅莉栖「……すご」

真帆「うぇ?」

紅莉栖「凄いですね。先輩、さすがです。今の発言は私の仮説に矛盾無く受け入れられます」

A真帆『つまり肯定……ということね?』

紅莉栖「はい」

A真帆『それなら、もう一つ。それら複数の何かに接触しようとする場合、それが存在する数の分だけ、異なった手段が存在したりもする?』

紅莉栖「!? それは……断言こそできませんが、しかし可能性としては十二分に有り得ると思います」

A真帆『そう、そうなの。それが有り得るのだとしたら……』

A紅莉栖『あの……先輩?』

A真帆『悪いけど、私はここで退席させてもらうわ。後はよろしくね、紅莉栖』


 プツン


真帆・紅莉栖・A紅莉栖「!!!???」

A紅莉栖『え? えええ!? 後はよろしくって、無茶振りにもほどが!』


 プツン


真帆(え? え? は? 何がどうしたっての?)


紅莉栖「ちょ、ちょっとそんなイキナリ……」

真帆「ど、どうする紅莉栖。二人っきりになってしまったけど、一応これ続行する?」

紅莉栖「ど、どうしましょう?」

真帆「一応ためしに、あの二人を再度呼び出してはみるけど……」

真帆「あ、やっぱりダメね。拒否されてるっぽい」

紅莉栖「うーん。出来るなら、今の四人が揃っている状態で検証したかったんですけどね」

真帆「……そう。なら、またの機会にでもしましょうか?」

紅莉栖「そうですね。残念ではありますが」

真帆「ええ」

真帆(残念というよりも、なぜだろう。少しだけホッとした自分がいるのが……気に食わないわね)












     07

三日後 2011/2/1 午前中

紅莉栖「ああ、やっぱりダメ。そっちからはどうですか先輩?」

真帆「こっちもだめね。相も変わらずアクセス拒否されたまま。交信を受けてくれそうな気配がまったく感じられないわ」

紅莉栖「そうですか。随分と頑ですね、彼女」

真帆「ええ本当に」

真帆(……本当に。私の分身とはいえ、何を考えているのかワケが分からないわ。反抗期かしら?)

紅莉栖「この間の107問題に関する意見陳述会から、もう三日」

真帆(あう。いつの間にか紅莉栖までデータ肥大化の事をへんてこな名称で呼び始めてる……)

紅莉栖「ねえ先輩。いっそのこと強制アクセスしてみては?」

真帆「強制アクセス?」

紅莉栖「そうですよ。アマデウスが三日間にも渡って、意図的に外部と通信を遮断するなんて、前代未聞です」

紅莉栖「やっぱりここは、彼女の健在を確認する意味でも、先輩のアクセス権限を使って強制的に──」

真帆「ごめんなさい。それはちょっと気が進まないわ」

紅莉栖「そう、ですか」

真帆「ええ。いくら相手がAIだからといっても、そういうのはちょっとね」

真帆「よっぽどの緊急事態でどうしても今すぐアクセスが必要だって状況なら、そうも言っていられないでしょけど。でも今のところ急ぐ用件もないわけだし」

紅莉栖「そう……うん、そうですね」

紅莉栖「確かに先輩って、権力やら権限やらを振りかざされるのとか、凄く嫌がりそうですもんね。そんな真似したら、アマデウス相手に凄い勢いで叱られかねないか」

真帆「いやあ、あはは、それはどうかしら?」

真帆(自分のアマデウスに叱られるとか……考えたくないわね)

真帆「それにね紅莉栖。一応の連絡手段だって無くはない分けだし」

紅莉栖「私のアマデウス経由、ですか」

真帆「そ。どういう分けか、今のところあなたのアマデウスだけが私のアマデウスとコンタクトを取れているみたいだから……」

真帆「もし伝達事項ができたときは、そのルートを利用させてもらうことにするわ。お願いね」

紅莉栖「それは構いませんけど、でも」

真帆「どうしたの?」

紅莉栖「いえ。この現状をレスキネン教授に隠しておけるのも、そろそろ限界なんじゃないか、と」

真帆(うーん、確かに。私のアマデウスが反抗期らしき状態に入ったことをまだ教授には伝えていないのよねぇ)

紅莉栖「こういう状況をプロジェクト責任者に報告しないのも、正直言って気が引けて」

真帆(しごく真っ当な意見だわ)

真帆「ごめんなさいね、紅莉栖。これは完全に、私の我がままでしかないから」

真帆「だから心配しないで。教授にバレたときは、私が責任を持つ」

紅莉栖「でも、それだと先輩だけが……」

真帆「大丈夫よ。ああ見えてレスキネン教授、意外と個人の尊厳を尊重したがるきらいがあるから」

紅莉栖「ああ、確かに。案件にその手の要素が絡んでくると、教授って一気に甘くなりますよね」

レスキネン「私は甘口よりも辛口が好みなのだけどね」ドアガチャ

真帆・紅莉栖「!?」

レス「おはよう、マホ、クリス」

真帆「お、おはようございます教授。ええと、ずっととなりの資料室に……いらっしゃたのですか?」

レス「Yes。昨日ここで明け方まで論文を書いていたら、帰宅するのも面倒になってね。それでそのまま、資料室のソファに宿泊してしまったのだよ」

紅莉栖「そういうの、お体に触りますよ?」

レス「分かってはいるのだけれどね。しかし、そのおかげで、君たちの賑やかな話し声で目覚めを迎えられたのだから、悪いことばかりでもないさ」

紅莉栖「何を仰ってるんですか。ちゃんと他の階に仮眠室だってあるんですから、そっちを使った方が色々と合理的です」

レス「Hum、寝起きでさっそく叱られてしまったね。今夜も帰れなかった際はそうすることにしよう」

紅莉栖「それをお勧めします」

紅莉栖((ねぇ先輩。どうやら教授には、詳しい会話の内容までは聞かれていないみたいですね?))

真帆((ええ、見る限りはそのようだけど))

真帆(でも教授って、これで中々つかみ所がなかったりするから……どうかしら?)

レス「でもねクリス。そういう意味なら、マホもちゃんと叱っておかないといけないよ」

真帆(へ?)

紅莉栖「えっと、どうして私が先輩を叱る必要が?」

レス「クリスは知らないのかい? となりの資料室を宿代わりに利用している一番のリピーターは、マホなのだからね」

紅莉栖「え? そうなんですか?」

真帆(う……)

レス「そうさ。だからここは、マホも同様に嗜めておくのが、平等というものだろう。そうではないかな?」

真帆(完全な流れ弾じゃない!?)

紅莉栖「そうはなりませんよ、レスキネン教授。それはそれ、これはこれ。今は教授の話をしていたんですから」

レス「Oh。かわし損ねてしまったかな、Hahaha」

紅莉栖「もう」

真帆「ほっ」

真帆(流れ弾で後輩に叱られるとか、もうね)

レス「さて、それでは……Oh!」

真帆「? どうかされたのですか、教授?」

レス「私としたことが、どうやらPCをログアウトさせないまま放置してしまっていたようだ」

紅莉栖「それは……無用心ですね」

真帆(あ、あは。私もそれ、たまにやっちゃうのよね)

レス「スリープPassがあるから大丈夫だとは思うのだけどね。ちなみに……」

レス「二人は、私のPCを覗いたりなんてしていないね?」

紅莉栖「大丈夫です。そもそも教授のデスクには近づいてもいませんから」

レス「そうかい。ではマホ、君はどうかな?」スゥ

真帆(え……?)ゾク

レス「マホも、私のPCを覗き見なんてしていないかい?」

真帆「は、はい全く」

レス「そうか、それなら良いんだ。見る限り、特に誰かが不正にアクセスした形跡もないようだし、これなら問題はないだろう」

真帆(何? ほんの一瞬だけど、今、教授の目を……怖く感じた? 気のせい?)

紅莉栖「何にしてもです。普段の日常生活がだらしないから、そういうことになるんですよ」

紅莉栖「ここは部外秘の塊のような場所なんですから、その辺ちゃんとお願いしますよ。いいですか、二人とも」

レス「おっと。結局、私だけではなくマホもクリスに叱られてしまったようだね」

真帆(気のせい……ね、うん)

真帆「まったく。いい迷惑ですよ、教授」

レス「御無体な言葉だね、マホ」

紅莉栖「茶化さないでください、二人とも」


レス「Hahaha。悪かったね、これからは気をつけよう……ん? 珍しい部署から学内メールが届いているようだね」

真帆・紅莉栖「?」

レス「……Hou、これは」

真帆「どうかしたんですか?」

レス「いや、大したことではない。けれどね、二人とも。しばらくの間は、明るいうちに帰宅するようにした方がいいかもしれないね」

紅莉栖「どういう事でしょう?」

レス「Hum。不審者がいるようだ、大学の周辺にね」

真帆「不審者、ですか」

レス「どうやらここ二日ほど、深夜の大学前を不審な人物がうろついていたらしい」

紅莉栖「どこからの通達だったのですか?」

レス「警備部だよ。昨日の夜などは、大学内に立ち入ろうとしていた不審な男を見つけたらしい。それで声をかけたら、慌てた様子で逃げていったそうだ」

真帆「へぇ……」

紅莉栖「まあ、よくある話ですけどね」

レス「そうだね。別に珍しい事柄でもないだろう。でも、君たちは出来る限り気をつけるべきだ。何かあってからでは遅いからね」

紅莉栖「私は大丈夫です、御心配には及びません。それよりも、真帆先輩の方が心配ですね」

真帆「どうしてよ?」

紅莉栖「だって真帆先輩なら、私でも簡単にさらえちゃいそうですから」

真帆「は? はあ!?」

レス「Hahaha。マホは見た目からして、哀願動物みたいだからね。悪いアニマル・ブローカーとかにも気をつけるんだよ、いいね?」

真帆「教授まで! 何言ってるんですか!」

紅莉栖「そうですよ、教授。今の発言はセクハラですよ」

レス「どの口で言うんだい、クリス」

紅莉栖「この口です」フンゾリカエリ

真帆「紅莉栖、あなたねぇ」

レス「さて。では私は、一応警備部に顔を出して話だけでも聞いてくるとしよう」

紅莉栖「何か気になることでも?」

レス「いや、気になるという程ではないのだけどね」

紅莉栖「では、どうしてですか?」

レス「Huhu。クリスは好奇心が強いね。なに、ただの勘だよ。取り越し苦労であれば、それに越したことはない」

真帆「勘……ですか」

レス「二人は、そのまま自分たちの仕事をこなしていてくれたまえ」

レス「では、失礼するよ」ドアガチャ

真帆・紅莉栖「…………」

紅莉栖「どうしたんでしょうね、教授」

真帆「さあ……」

紅莉栖「ところで先輩、さっきの話の続きですけど──」


プルルルルル……プルルルルル……


紅莉栖「あ、私の携帯です。ちょっとごめんなさい」

真帆「ええ、構わないわ」

紅莉栖「すいません」ピッ

紅莉栖「ハロー。何? こっちはちょっと忙しいんだけど」テクテクテクテク

真帆(別に、忙しいと言うほどの事もなかったと思うけど)

紅莉栖「は!? はあああっ!?」

真帆「!?」

紅莉栖「何それ、意味が分からないんだけど!?」

真帆(え? ええ?)

紅莉栖「そうじゃなくて! つーか、何がどうしたらそうなった! 説明しなさい、簡潔に!」

真帆(だ、誰? 一体誰と電話しているの?)

紅莉栖「え? いや、は? 何の話をしているの、あんたは?」

真帆(盗み聞きとかアレだけど……これは気にするなという方が無理な相談だわ)

紅莉栖「だって、それは……じゃなくて! そんな事が起きるわけないじゃない!」

真帆(ひょっとして、噂の日本人の彼氏……とか? 日本で何かあったのかしら?)

紅莉栖「とにかく、今どこにいるって? ああ、はいはい、分かったわ。じゃあ切るから、バイ!」ピッ

真帆(うええええ?)


紅莉栖「え、えっと先輩」

真帆「な、何かしら」

紅莉栖「すいません。私ちょっと急用ができてしまって」

真帆「みたいね」

紅莉栖「はい。それで申し訳ないんですけど、今日は帰ります」

真帆「ええ、そうしなさい。何か大切な用なのでしょ?」

紅莉栖「は……はい」

真帆「じゃあ、とっとと行きなさい。教授には私から話しておくから」

紅莉栖「すいません。それじゃあ、また明日」パタパタ ドアバタン


シーーーーン


真帆「…………」

真帆(別に、うらやましいとか思ってないわよっ!?)










     08

同日 夜

真帆(あーあ)ソファニゴロン

真帆(結局、帰りそびれちゃった)モウフバサリ

真帆(紅莉栖に熱弁された手前、ちょっと気が引けるけど)

真帆(私、仮眠室のベットって身体に合わないのよね)

真帆「はーあ」

真帆(やっぱり、こういう生活しているから、私ってば色恋沙汰と縁がないのかしら)

真帆(いやでも、それをいったら紅莉栖だって私と大差ないはずよね?)

真帆(となると、私と紅莉栖の違いって……)

真帆「…………」マジマジ

真帆(あほらし。考えるのやめよう)

真帆(そもそも、もって生まれた素材の違いは、今さらどうにも出来はしないじゃない)

真帆(身長だって容姿だって、それに……頭だって)

真帆「アマデウスとサリエリ……か」

真帆(紅莉栖……。本当にあの子は凄い。私には手の届かないものに、どんどんと手を掛けていく)

真帆(今回の……。あの子達が107問題とか呼んでいる件についてだって、そう)

真帆(事情なら、私の方が詳しいはずなのに、どうして?)

真帆(確か……)

真帆「7月の……ええと、28日……?」

真帆(そう、2010年7月28日。確かそれで合っていたはず)

真帆(今や107問題なんて呼ばれている例の一件)

真帆(抽出した私の記憶データに見られた、これまでとは比較にならない記憶容量の増加現象)

真帆(あれを紅莉栖は、私自身の記憶が爆発的に増えたせいだと言って……いえもうあれは、断言していたと言うべきでしょうね)

真帆「そんなこと……有り得るの?」

真帆(一体、たったあれだけの解析結果のどこをどう見れば、そんな結論を導き出せるのか?)

真帆(所詮サリエリでしかない私には、見当もつかない)

真帆(かといって、その答えを紅莉栖に求めてしまうなんて──)


回想
レスキネン【Hum。私に訊いてしまって良いのかい?】


真帆(たとえ相手が紅莉栖でも。ううん、むしろ紅莉栖だからこそ、解を任せてしまうことには納得がいかない)

真帆(紅莉栖は言っていた。それはとてもファンタジーな考えだって)

真帆(あの紅莉栖からファンタジーなんて単語を聞いたときはビックリしたけど、でも)

真帆(それが、“紅莉栖にとってのファンタジー”だったとは限らない)

真帆「じゃあアレは、どういう意味合いの言葉だったのか?」

真帆(人は、理解できないものを幻想や想像の範疇に当てはめてしまうことが、往々にして多い)

真帆(科学者だってそう。科学という自らの畑の中で育めない“何か”は、大概にしてファンタジー扱いされる)

真帆(だとしたら……もしも、もしもよ?)

真帆「ファンタジーという言葉が、私に向けられたものだったとしたら?」

真帆(107問題を引き起こした現象。その原因を紅莉栖は理解している。だからそれは、紅莉栖にとってのファンタジーたりえはしない)

真帆(だけど、私は違う。例え紅莉栖に理解できていても、でも私には理解なんてできない)

真帆「もしも……もしも……」ジワリ

真帆(もしも紅莉栖が、私の事をそういう風に見ているのだとしたら)

真帆(もしも紅莉栖が、所詮サリエリには聞かせたところで理解できないと思って、ファンタジーという単語をチョイスしたのだとしたら?)

真帆「そんなこと……あるわけないじゃない」プルプル


回想
紅莉栖【いいえ。これも確証を持っていえる訳ではないけれど、恐らくそのデータは破損しているわけではないと思う】


真帆(107問題のデータは壊れていない)

真帆(じゃあどうして読めないの? なんでアクセスできないの? 私がサリエリでしかないから?)


真帆「そんな事はない。紅莉栖は良い子よ。そんなはず、あるわけがない」モウフ ガバッ

真帆(分かってる。全部、自分の劣等感が生んだ杞憂だなんてこと、もうとっくに分かっている)

真帆(だからこんな思考は、何の意味も成さない無駄な労力。そんなことはもう、あの子にあったその日から、嫌ってくらいに痛感している)

真帆「だったら顔を上げなさい、比屋定真帆」キッ

真帆(最近。このところ、ずっと色々なものが怖かった)

真帆(肥大したらしい、私の記憶)

真帆(それを容易く読み解く後輩)

真帆(接触しず、接触されなくなった、私の分身)

真帆(そしてあの日に見た──)


回想
A真帆【消したくない! 消えたくない! せっかくこうして! なのにどうして? ねえ、どうしてよっ!?】


真帆(アマデウスだった、あのときの自分の姿)

真帆(私はサリエリで。そんな私は、理解できない色々なものが恐ろしくて)

真帆(消え行く自分が怖くて、追いつけない後輩が怖くて、さっきは教授の一瞬の眼差しすら怖くて)

真帆「次は何を怖がればいいってのよ、もーーー!」モウフ ブワァ

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「……?」

真帆(どうしたのかしら。外が騒がしくなってる?)ノソリ

真帆(何かあったの?)ソロソロ

真帆(ええと……)マドカラソット

真帆「あ」

真帆(中庭に、人がいる)

真帆(薄暗くてよく分からないけど、ざっと……7、8人くらい?)

真帆(ここからじゃハッキリしないけど、多分見知った顔ばかり……あ)

真帆(あれってレスキネン教授よね? みんなしてサーチライトを持って、こんな時間に何をして……)


回想
レスキネン【Hum。不審者がいるようだ、大学の周辺にね】


真帆「まさか、誰かが侵入してきたとか……なんて、まさかね」


真帆(でも……。教授以外のメンバーって、ほとんどが警備部の人たちじゃない?)

真帆(…………)ブルッ

真帆「ええと……別にここでこうしていて構わないわよ……ね?」


回想
紅莉栖【だって真帆先輩なら、私でも簡単にさらえちゃいそうですから】


真帆(むう……)タラリ

真帆(一応、他の人がいる場所に行ったほうが懸命かしら? 一階の職員用ラウンジなら、こんな時間でも人がいることも多いし……)

真帆(そうね。とりあえず、資料室から出ましょう)ノソノソ ドアガチャ


シーン


真帆(研究室には誰も……いないわよね?)ジッ

真帆(……よし大丈夫そう)テクテク ドアガチャ

真帆(とりあえず、このまま一階のラウンジへ。そこに誰もいなかったら、中庭まで出て教授と合流。まあ、妥当なチョイスだと思うけど)ドアガチャ

真帆(…………)キョロキョロ

真帆(廊下にも、人の気配はなし……)

真帆「よ、よし。進もう」


ソロソロ……ソロソロ……


真帆(そこの角を曲がれば、下り階段がある。とにかく今は下へ)

真帆(よし、行くわよ──)


タッタッタ……


真帆(!? 足音? 誰かが走ってる? 下から……聞こえて)


タッタッタッタッタ……


真帆(近づいてきてない? 何か……嫌な感じが……)


ピタ


真帆(真下で止まっ──)


ダダダダダダ!


真帆(ひっ!? 足音が上って……階段を上ってくる!? 嘘!?)

真帆(うそ、うそ、どうしよう、どうしよう!?)

???「フゥーーーハハハ!」ダダダ!

真帆「ふえ!?」

真帆(笑い声? 何で、どうして笑い声!?)

???「フゥーーーーーハハハハハハ!!!」

真帆(何かやばい! もう、すぐそこまで──)

???「ぬ!?」

真帆「ひぃ!?」

???「何と! トゥオーーーーウ!」ブワサッ

真帆「ふぃぃぃぃぃ!!!」

???「うぬはっ!?」グキッ! ズデッ! ゴロゴロゴロゴロ

真帆「え……え?」

???「なんの!?」

真帆(た……立ち上がった?)

???「ヘイユー! どこに目を付けている! 危ないだろうが!?」

真帆(え、ええ、日本語!?)

???「って子供か? おい貴様、こんな夜更けに一人で何をしている!」

真帆(え、え? 白衣を着てはいるけど、でもうちの職員じゃない。においが……違う。誰?)

???「うぉいっ! きーているのか、そこの米産ロリッ娘よ!」

真帆(べ、べいさん……何ですって?)

???「おおっと、そうか。日本語で言っても通じるわけがないのだったな。まったく、勉強が足りんぞ、米ロリ!」

真帆(略された!?)

???「というか、どうしてこのような場所に、貴様のような小動物が?」

真帆(しょ……しょしょしょ?)

???「はっ!? 分かったぞ! 貴様はこの研究機関にとらわれて、人体実験のモルモットにされている非業のロリッ娘なのだな!?」

真帆「は、はい?」

???「おのれ許せん、米国研究機関め! この俺、狂気のムァッドサインエンティスト、鳳凰院きょ──って、うるさいぞスーパーハカー! 耳元でギャーギャー騒ぐな!」

真帆(あ……無線イヤホン? 誰かと通信している?)

???「ええい、陽動ならばちゃんとこなしているわ! というか、執拗にロリッ子発言に食いつくな、この変態め!」

真帆(……陽動? 変態?)

???「貴様は黙って、この施設の警備システムをハッキングし続けていれば良いのだ!」

真帆(んな!? ハッキング? ここをですって? 嘘でしょ!?)

???「とにかく! 逃走経路のナビゲートだけは怠ってくれるな。捕まったらかなわん! 分かったか、スーパーハカー!」

真帆(やっぱりこの男……侵入者)

真帆「ね、ねえ……」

???「んぬ?」

真帆「あ……あなたは誰? ここに来た目的は?」

???「!? 貴様、日本語が分かるのか?」

真帆「え、ええ」

???「ならば好都合! 問おう、米ロリよ! 貴様、この場所で非人道的な仕打ちを受けたりはしていないか?」

真帆「いや、ええと……私はここの研究者で……」

???「不憫な。そのような嘘をつく必要はないのだぞ? 貴様のような児童体型の研究者などこの世にいるものか!」

真帆「んな……んなぁ!?」

???「しかたない。共に来い! 貴様の窮地をこの鳳凰院凶真が救ってって、やかましいと言っているだろダル!」

真帆(何なの……何なのよ、こいつ?)

???「なに!? 追っ手が近づいているだと!?」

真帆(あ、誰かの足音が聞こえてくる! こっちに向かってくる!)

???「ぬ、時間がない! 自称米ロリ研究者(非業)よ!」

真帆(何か色々混ざった!?)

???「貴様、この場所から逃げ出したいと思ってはいないか!?」

真帆(……え?)ドキリ

???「もし貴様が望むのであれば、この俺、鳳凰院凶真が貴様をこの魔窟から攫いだしてやる。さあ、どうする?」

真帆(な……何これ、どういう展開?)

???「時間がない。早く決断してもらうか」

真帆「……け……結構よ」

???「そうか分かった。では俺は行く。さらばだっ!」バサッ

真帆「……え?」

???「フゥーーーーーハハハハハハ!!!」ダダダダダ!

真帆「えええ! 逃げられた!?」

真帆(いったいぜんたい、今のは何だったの?)ポカーン

紅莉栖「せんぱーーーい!」

真帆「あ、く、紅莉栖!」


パタパタパタ


紅莉栖「ぜぇぜぇ。い、今の変態、どっちへ行きましたか!?」

真帆「え、えっと……廊下を真っ直ぐに走っていったけど」

紅莉栖「ありがとうございます! あの馬鹿、どういうつもりだ!」


パタパタパタ


真帆(あ、行っちゃった)


ドカドカドカドカ


レスキネン「Ya! マホ! 不審な──」

真帆「あっちです。今紅莉栖が追いかけていきました」

レス「OK! こうしてはいられない。とりあえず真帆は、そのまま研究室まで戻って隠れているんだ、いいね?」

真帆「は、はい」

レス「よい返事だ」


ドカドカドカドカ


真帆(…………)

真帆「よし。寝よう」グッ












乙、やっぱオカリンって変態だわ。

ありがとう
岡部さんはどこまでいっても変態さんでごわす がんばってもっともっと変態さんにするっすよ!

     09

真帆「にしても、何だったのかしら今の?」トコトコ

真帆(紅莉栖や教授が、血相を変えて追いかけて行ったことから察するに)

真帆(さっきの男が噂の不審者で、今夜とうとう、うちの大学に乗り込んできた……って解釈でいいのよね?)

真帆(ふーむ)

真帆(断定はできないけど、でも推測としては妥当なところかな。となると……)

真帆(やっぱりあれは、危険な人物だったってこと?)

真帆「う~ん」トコトコ

真帆(危険人物、か)

真帆(何となくだけど、その表現方法って、私が感じた人物像と大きく食い違ってる気がするんだけど……)

真帆(何これ、すっごい違和感)

真帆「何でだろ?」トコトコ

真帆(そりゃ確かに、高笑いとともに突っ込んできて、意味不明なことをベラベラと喚き散らしていくような相手なわけだし)

真帆(私だって鉢合わせてた時なんかは、正直“こいつ危ない”って雰囲気は感じはしたわよ?)

真帆(だけど、今こうして落ち着いて思い返してみると……)


回想
???【フゥーーーーーハハハハハハ!!!】


真帆(やっぱり、これっぽっちも怖くないわね。怖いどころか、むしろ逆に……逆に……)

真帆「逆に、何だろう?」ピタ

真帆「むむむ……」

真帆「……はぁ」トコトコ

真帆(だめね、思考がまとまらない。このところ、色々あったから疲れているのかも)

真帆(何にしても、あの様子だと侵入者が捕まるのも時間の問題でしょうから、私は早く研究室で休むことに……あ)

真帆「あらら」

真帆(私ってば研究室の扉、開けっ放したままで出て行っちゃってたのか)

真帆(相当ビクついていたのね。我ながら情けな──)

真帆「!?」

真帆(え? 誰? 中に誰かいる?)ササッ

真帆(おかしい。研究室にはもともと私一人しかいなかったはず。かといって、あの騒動の中で誰かが部屋に入っていった様子もなかった)

真帆(それなら、今研究室にいるのは誰? 大学の関係者?)ソー

真帆(照明の落ちた薄暗い室内で一人。怪しいったらないじゃない)

真帆(…………)ジー

真帆(ああもうっ。後姿だけじゃ判断ができない。いったい誰なのよ?)

真帆(…………)ジジー

真帆(どうしよう。のこのこ出て行っても大丈夫かしら? それとも、安全第一で誰か他の人を呼びに行くべき?)

真帆(………)
真帆(……)
真帆(…)

真帆(あ、でも待って……)


回想
???【ええい、陽動ならばちゃんとこなしているわ!】


真帆(さっきの男、確か陽動がどうのって口走ってたわよね。もしあれが言葉通りの意味だったのなら……)

真帆(そうよ、侵入者は一人とは限らないじゃない!)

真帆(もしもさっきの白衣の男が陽動役だったなら、それなら本命はまた別にいると考えなければならない)

真帆(そして……)ググィ

真帆(ひょっとして、実はこっちが本命……とか? って!)

真帆(ちょっと! あいつが立っているの、私のデスクの前じゃない!?)

真帆(しかも何かキーボードを叩く音とか聞こえてくる! 何よあいつ、人のPCに何しでかしてくれてるのよ!?)

真帆(これは……見過ごせないわ)

真帆(見てなさいな)カサカサカサ

真帆(よいしょぉ!)モノカゲニ ササッ

???「……?」フリムキ

真帆(ひぃ! いきなり見つかった!?)

???「気のせい……か?」

真帆(あ……ああ、あっぶなぁ)ドキドキドキドキ

真帆(なんとか気づかれずに済んだみたいだけど、まさか人より少しだけ小柄な体型が、こんな風に役立つ時がくるなんて)

真帆(さあ、それじゃあ……)

真帆(そこで何をしてくれてるのか、とくと見せてもらうわよ?)コソッ

???「くそっ」カタカタカタ

真帆(後姿は、どう見ても女性よね? えっと。すでに私のデスクトップ画面は開かれちゃってるみたいだけど……妙ね)

真帆(寝る前に、ログアウトはしておいた。それは確かなはず)

真帆(だったら、どうやってインしたのかしら? 目に付くような場所に、自パスをメモ貼りなんかしてないわよ?)

???「くそっ! くそっ!」バン

真帆(なになになになに!?)

???「どうしてアクセスできない! こんな話は聞いていない!」

真帆(アクセスできない? でも、ログインは出来ているみたいだけど、何をそんなに取り乱しているのかしら?)

???「ああもう時間がない。もたもたしていたら、オリジナルが戻ってきちゃうっていうのに!」カタカタ

真帆(オリジナルってどういう意味? 戻ってくる? 誰が? この部屋に来そうな人間なんて、私くらいしか……って?)

真帆(私? オリジナル? ちょっと、まさか……)

???「ん、聞こえてるよ」

真帆(ぐええ!? 私の心の声が聞かれてしまった!?)ビクッ


???「そう、うん。状況は把握したから」

真帆(な……分けないか。どうやらこの人も耳に通信機を付けているみたいね。となると、やっぱりさっきの男と共犯?)

???「オーキードーキー。こっちもすぐにカタを付けるから、オカリンおじさんが上手く逃げられるように誘導してあげて」

真帆(オカリン……おじさん)

???「大丈夫だよ。ボクはうまく逃げられるから心配しないで、父さん」

真帆(…………)ジーッ

???「ふぅ、時間切れだ。この手は最後の手段で最悪の下策だから、できれば取りたくなかったけど……背に腹は変えられない」スッ

真帆(銃!?)

???「こうなってしまったら、こんな悪手でも事が上手く運ぶことを祈るしかない」

真帆(何よ、どうするつもりなの!? 私のPCを穴だらけにでもしようっていうの!?)

???「ボクなら、もっと上手にやれると思っていたのに、くそっ」ツカツカツカ

真帆(ひっ! こっちにくる!)サッ

???「確か、これがサーバーでいいはずだ」チャ

真帆(え、何で? なんで私のアマデウスが入ったサーバーに銃口を向けているの?)

???「こんな結末に、君が満足できるかは分からないけど……」

真帆(サーバーに向って話しかけてるとか、もう何ごとっ!?)

???「ごめん。許して、サリエリ」

真帆(!!!???)

真帆(サリエリ? サリエリ? 今、サリエリって言った!?)

???「せめて、安らかに──」グッ

真帆(あ! だめ、撃たれちゃう!)

真帆「待ちなさいっ!」バッ!

???「なっ!?」

真帆「…………」

真帆(思わず飛び出しちゃった)サー

???「サリエリ……じゃない。となると、オリジナルの方だね?」

真帆(何だか今、すごい名前で呼ばれたような……って、それどころじゃない!)

真帆「あ、あ、あ……あなたねっ! そんな物で何をするつもりなの!」

???「…………」ギロリ

真帆「ににに、睨んだって怖くないわよ! ととととと、とにかく降ろしなさい! 今すぐ銃を降ろしなさい!」

???「早すぎるね。もう戻ってくるなんて予想外だよ。オカリンおじさんも、陽動くらいもう少し上手にやってもらわないと困るな」

真帆「な、何でもいいから! その銃を降ろして! 早くっ!」

???「そう言われて素直に銃を降ろした人間を、君は見たことがあるのかい?」

真帆(無いわよ! 余計なお世話だ、このやろー!)ワタワタ

真帆「そ、そう言わないで、ほら! そんな……サーバーなんて撃っても、何も楽しくなんてないわよ、ね?」

???「悪いけど、それはできない。ボクには全うしなければいけない使命があるんだ」スゥ

真帆(使命? 何よ! 何を言っているのよ、この人怖い!)

真帆「とにかく! 理由なんてなんでもいいから、早くその銃を──」

???「断る。それはできないと言ったはずだよ、比屋定真帆」

真帆「!?」

???「ボクはね、比屋定真帆。君のアマデウスをこの歴史から完全に消し去る、そのためだけに遥々この時代まできたんだ」

真帆「言っている言葉の意味が……1ミリも分からないわ」

???「そうだろうね、君には分からない、分かりっこない。だけどそれでもボクは構わない」

真帆「構わなくなんてないでしょう!? 説明もしないうちから何を言っているの!」

???「あいにく説明している暇なんてないんだ。悪いけど、ボクは任務を遂行させてもらう。ということで、そろそろ撃たせてもらおうかな」スチャ

真帆(ああっ! 取り付く島も無い! だったらもう、ダメもとよ!)

真帆「せめて! せめて、私に分かろうとする努力くらいさせなさい!」

真帆「あなたの狙いはなに? “紅莉栖のアマデウスサーバー”を破壊して、それでどうしようというの? そんな事があなたの使命だとでも言うの!?」

???「……なんだって?」

真帆「だから! あなたの狙いは──」


???「そうじゃない。そのサーバーが、牧瀬紅莉栖のアマデウス……?」

真帆「そ、そうよ。知っていたんじゃないの?」

???「いや、そんなはずはない。ブラフだね? これは比屋定真帆、君のアマデウスサーバーのはずだ」

真帆「な、何を言っているの? 私のアマデウスサーバーなら、……ほら、あっちじゃない」ビシリ

???「…………」チラリ

真帆(嘘でしょ、引っかかった!? ああもう、成るようになれ! やー!)バッ

???「んな!?」ギョ

真帆(勢いで、やってしまったあああ!)ガシッ

???「どういうつもりだ! サーバーから離れろ、比屋定真帆!」

真帆「おおおお断りよ!」

???「もう時間がないって言ってるだろ!」

真帆「あんな手に引っかかった、そっちが悪いんだからね! こうなったら絶対に離れるもんですか!」

???「馬鹿げたことを! 君ごとサーバーを撃ち抜いてもボクは構わないんだぞ!?」

真帆「ならやってみなさいよ!」

真帆(お願いだから、それだけはやめて!)

???「……いい度胸だね。後悔してもしらないよ?」チャ

真帆(はひっ!?)

???「今から五秒後に引き金を引く。その五秒間の間にどんな行動を起こすのかは、比屋定真帆。君の自由だ」

真帆(え、うそ、なにそれ!? って、背中に硬いのを押し当ててくるぅ!? うああグリグリしないでよ!)

???「ひとーーーつ」

真帆(待って待って待って! 嘘よねハッタリよね? そうだと言ってちょうだい、お願いだから!)

???「ふたーつ」

真帆(撃たないでしょ? 撃つわけないわよね? だってほら、何だか数え方もひらがな読みっぽくて可愛らしいし、この人は撃てないタイプよそうに決まっているわ!)

???「……三つ」グッ

真帆(こ、声色とか変えないでお願いだから。って本気? 早まる気? ちょっと待って、そんなの死んじゃうじゃない。このままじゃ私撃たれて死んじゃうじゃない。死ぬとか……死?)

真帆(…………)

???「四つ」

真帆(やだやだやだやだやだ!)

真帆(誰か助けて、パパママ! 誰か来て! 誰か助けて、この人を止めて! 誰でもいいから! レスキネン教授! 紅莉栖! 岡──



誰?



???「五つ。終わりだね」

真帆(はっ!? も、もうダメ! んーーーーー!)キュ


 シンッ


真帆(え? あれ?)

???「くっそう! 強情だな君は!」グイッ

真帆「痛いっ!」

真帆(むちゃくちゃ髪を引っ張ってくる! 痛い……けど、撃たれなかった! 私、“やっぱり”撃たれなかった!)

???「あーもう、イライラする! そもそも、どうして君が邪魔をするんだ!」グイグイ

真帆(死んでない! 生きている! うわぁぁぁぁぁ!)ガッシリ

???「おい、聞いているのか!? これは君自身を守るための行為でもあるのに、どうして!?」

真帆「うえ……? うええ……?」ギュギュー

???「そこまで執拗にしがみ付くとか、どれだけ強情なんだ! これならサリエリの方がよっぽど素直だったよ!」

真帆(サリ……エリ……)

???「もうこうなったら……って!? なっ、中止だって!?」ピタ

真帆「?」

???「くそ、分かったよ父さん。今すぐ撤収する」パッ

真帆「え、え?」

???「比屋定真帆、今日のところは君の勝ちだ。おかげでこっちは『ほつれ』を防ぎそこなってしまったよ」

真帆「え、えへえ? ふええ?」

???「でもね、まだチャンスは残っている。だからボクは諦めたりなんてしない。何があっても、この世界線を『破綻』なんてさせはしない。絶対にね」

真帆「な……何の話?」

???「いずれ分かるよ」バッ

真帆「ちょ……」

???「じゃあね、サリエリのオリジナル」タッタッタッタ

真帆「え……」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」


シーン


真帆「助かった……のよね?」ジンワリ


真帆(殺されるかと……思った)

真帆「こ……怖かった……うぐ、うぐぅ……」ポロポロポロポロ

シュイーーーン

A紅莉栖『先輩! 大丈夫ですか!?』

真帆「んう? く、紅莉栖……?」ズズ

A紅莉栖『の、アマデウスです』

真帆「そ、そうね……」キリッ

A紅莉栖『粗方の状況は把握しています。すいません。騒動には気づいていたんですけど、外部からのクラックで通信手段が制限されてしまっていて』

真帆「そう……だったの」キリリ

A紅莉栖『取りあえず、今、教授とそっちの私に連絡を入れておきました。すぐに駆けつけてくれるはずです』

真帆「ええ……ありがとう」

真帆(何なのよ、本当に何だって言うのよ。どうして私がこんな目に……)

真帆(使命だとかアマデウスを消すだとかうちの大学をハッキングだとかサリエリだとか……私にはもう、何がなんだか)ヒック

真帆(それにしても……。本当に、撃たれなくて良かった。前々から、根は優しい人だとは思ってたけど、今回ばかり……は?)

真帆(初対面……よね? どう考えても)ヒク

真帆(…………)

A紅莉栖『ところで先輩。いらぬお世話かもしれませんが……』

真帆「……?」

A紅莉栖『誰かが来る前に、そのお顔、どうにかしておくことをお勧めしますよ』

真帆「へ? あ……おおう!?」ゴシゴシゴシゴシ













ここまでが前半になります
次から中盤に入っていきますがちょっと苦戦中なので
数日おきます 申し訳ありやせん

乙、
まあゆっくり考えて来てくれー

かたじけない

107問題って響きが怖い(渋谷的な意味で)


気長に待ってるお

乙です

>>64
ひょっとして107問題って名の何かがすでにあるのではと慌ててググったのは内緒です 国家試験くらいだったよよかったよ

>>65
ありがとう 現状で思ったよりもまとめられたから そう時間はかからないはず

>>66
よんでくれて ありがたかっ!

>>67
シュタゲと同シリーズ(同一世界)であるカオスヘッドとカオスチャイルドは連続猟奇殺人事件とか出てくるZ指定サイコサスペンスで
舞台は渋谷なんだけど、作中での109が107って名前だからつい連想をね…

乙です

おおお マジですか
107は響きで決めただけだったけど、よもやっ
情報ありがとう 猟奇的なのは出ないっす たぶん

ガモたんと同じネーミングセンスだと思いましたまる

我聞殿をガモたん すばらしいネーミングセンスだと思いました おんぷ

     10

翌日 2011/2/2 午前中
大学付近のカフェテラスにて


レスキネン「昨夜は本当に大変だったね、マホ。気分はどうだい?」コーヒー クイッ

真帆「すいません教授、ご心配をおかけしまして。特にどこかを怪我したわけでもありませんでしたし、お気になさらないでください」

レス「そうもいかないよ。目に見える怪我ばかりが全てではないからね。心の方はそうすぐに、どうこうなるものでもないだろう?」

真帆「それが、意外とそうでもないみたいで。昨日の今日ではあるんですけど、案外と平気というかなんと言うか……」

レス「そうなのかい?」

真帆「自分でもちょっと不思議なんですけどね」

レス「Hum。マホは見かけによらず、タフガールだったのかな?」

真帆「みたいですね、あはは……」

真帆(本当に、我ながらビックリするくらいなのよね)

真帆(あんな目にあったわけだし、てっきり数日は悪夢にうなされるくらいの想定はしておいたのだけど……)

真帆(でも実際フタを開けてみれば、昨夜はなぜだかむちゃくちゃに安眠してしまった。気分だって悪くない)

真帆(本当に何でだろ? 上手く言葉にできないけど……なんだか私らしくない)

レス「ほら、マホのカフェラテも来たようだよ」

真帆「私のはカフェモカですけど」

レス「そうだったかな? どうにも私にはいまいち違いが分からなくてね。と言っている間にも到着だよ、おいしそうだね」

真帆「ええ、そうですね」

レス「さあ、どうぞ召し上がれ。今日は私の“お・ご・り”だからね、追加オーダーも自由ということにしようじゃないか」

真帆「え? いや悪いですよ、それは」

レス「気にしなくてもいい」

真帆「そうは行きませんよ。それでなくても、昨夜は私のアパルトメントまで送ってもらいましたし」

真帆「それに本来ならすぐにでも行うべき状況の説明だって、私の状態を考慮して聴取を一日先に引き伸ばすよう、上に掛け合ってくれたらしいじゃないですか」

レス「知っていたのかい?」

真帆「はい。紅莉栖のアマデウスから聞いています」

真帆「つまり。私は昨夜から、教授に迷惑をかけっぱなしという事になります」

レス「Hum。気にしなくていいと、言っているのだけどね」

真帆「それは無理な相談です」

真帆「大体、昨夜の詳細を話すにしたって、本来なら私自身が大学に出向いて、お歴々を相手に直接説明するべきはずでしょうに……」

真帆「それだって教授が代弁役をかって出てくれたおかげで、私はこうしてコーヒーを前にして気軽な世間話程度の役割で済ませることができている」

レス「…………」

真帆「もっとも」

真帆「最初はアパルトメントの自室で説明するという話だったのに、私の部屋を見た教授が慌ててこのカフェテラスを説明の場所として推挙されたことについては、若干納得がいっていませんけどね」

レス「Oh……それはちょっと。マホのルームはちょっと……」

真帆(ど、どういう意味よ)

真帆「ゴホン。おまけにですよ? 教授はあれからずっと寝ていないのではないですか?」

レス「……どうしてそう思うのかな?」

真帆「目の下。すごいクマができています」

レス「No、私としたことが」

真帆「スーツだって昨日着てらしたものと同じだし、髪はなんだか元気がないし、髭だって中途半端に伸びている。それらを総合的に考えると、結論はこうなります」

真帆「レスキネン教授は騒動後、当事者である部下の代わりに、休むまもなく事態の究明に向けて奔走し続けている、と」

レス「……悪くない理論だね」

真帆「さて、それではレスキネン教授。お聞きしてもいいですか?」

レス「何かな?」

真帆「教授にとっての比屋定真帆は、自身の後始末を代行している恩師を捕まえてコーヒーをおごらせ」

真帆「あまつさえ追加オーダーまでせびり倒そうとするような、そんな人間だとお考えですか?」

レス「その通りだろう?」

真帆「ちちち違いますよ! 失礼ですね!」

レス「Hahaha! OKOK、分かったよマホ。そこまで力説されてしまっては、仕方がないね」

レス「ここの代金は、自分で支払ってもらおう。それで構わないかな?」

真帆「はい! そうです、はい! もう、たまには素直にいうことを聞いてくださいよ」

レス「すまないね。これも性分という奴なのかな。さあ、話もまとまったことだし、そろそろカフェモカに口をつけてもよいのではないかな?」

真帆「え、ええはい、そうですね。言われなくても」スッ

レス「それにしても、はた目から見ていても不思議だね」

真帆「?」

レス「マホ。あんな事があった翌日だというのに、随分と調子が良さそうじゃないか。まさしく絶好調という奴なのかな?」

真帆「どうでしょうね」

レス「hum。無理をして、わざと元気に振舞っているけではないのだね?」

真帆「しつこいですよ」クイッ

レス「これは失礼」

真帆(確かに)コクッ

真帆(確かに、自分の心理状態がいまいち把握できていない気がする)

真帆(昨夜の出来事が怖くなかった分けじゃない。その場面その場面では、思考が麻痺するくらいには恐怖というものを感じていた)

真帆(でも……)

真帆(こうして時間をおいて考えてみればみるほどに、何故か“怖い”という感情が私の中から薄らいでいく)

真帆(どうしてなのかしら?)

真帆(一晩おいた現状で、今の私にとって昨夜経験した出来事を例えるなら……)

真帆(言葉には言い表しにくいけど、そうね。しいて例えるなら、旧友の悪がきがしでかした、下らないイタズラ……は、気楽すぎかな?)

真帆(こちとら実際に、銃まで突きつけられているわけだし)

レス「どうだい、お口に合うかな?」

真帆(だとしても。例えそれで思い起こしてみても、なぜだか私の中の恐怖心は、一向に膨らむ気配がない)コクコク

真帆(私は、自分がそれほどにタフな人間だとは思えない)

真帆(ならどうして? どうして私は、これほどまでに不安を感じていないのだろう?)

レス「マホ?」

真帆(理由は良く分からないけど、でもしいて考えられそうな理由と言えば……)コクコクコク

真帆(やっぱり、あの二人の“在り方”……とでも言うべきものが原因かしら?)

真帆(二人とも、話せばちゃんと分かってくれそうな、そんな気が……した)

真帆(最初の男性にしても次の女性にしても、あんな状況ではあったけれど、それでもどちらも、ちゃんと理論的な思考ができるタイプの人間のように思えたから……とか?)

真帆(初対面のパッと見で? しかもワケの分からないあの言動から? 有り得る、そんなこと?)

真帆「……ないわね」

レス「Oh……口に合わないのかな? しかし、その割りにグイグイいっているようだけど」

真帆(私自身、それほど他人との付き合いが得意なタイプではないことは自覚してる)グビグビ

真帆(そんな私があんな状況下にあって、それでも出会った二人の人間が持つ法則性を看破してみせた?)

真帆(…………)

真帆(無理な話ね。それこそファンタジックな御伽噺の世界だわ)

レス「マホ?」

真帆(とは言え、よ)ゴクンゴクン

真帆(昨夜の二人。どちらも言動が始終不可解なものばかりだったことには違いないし、それで面食らいはしたけど……)

真帆(それでも彼らが、話の通じない狂人の類というわけではないと、心のどこかで感じていた気は……今にして思えば、なくもない)

真帆(もっとも、混乱が招いた勘違いって可能性も十分にあるけど)

真帆(でも……)プハー

レス「マーホー」

真帆(最初に会った男性の侵入者。どういうわけか、彼からは私を救い出すみたいな奇怪コンセプトがかもし出されていたし……)

真帆(続く激しかった二人目の彼女にしても、そう。使命がどうとか言うのなら、私ごとサーバーを銃で撃ち抜けばいいのに、でも結局そうはしなかった)

レス「マーホーさーん」

真帆(あの侵入者たちの正体は……誰?)トン

真帆(何故、私のアマデウスを消そうとしていたの?)

真帆(どうして私の事を、サリエリのオリジナルと呼んだの?)

真帆(あの人たちの言う使命とは……何?)

真帆「…………」

真帆(ああもう本当に、分からないことばかり! 特にあれよ、何ていうのかしら? 感情とか心情とかもうね! 脳科学なら得意分野のはずなのに、どうしてこうも手を焼くことばかりなのよ、世の中は!)

真帆(人の心とかも数学的に0と1で構成されていれば、もう少し身近に感じられる……って、それがアマデウスだったわね)

真帆(アマデウス……)

真帆(結局私のアマデウスとは、尻切れトンボになった議論のとき以来、まだちゃんと話せていないのよね)

真帆(彼女、今頃どうしているのかしら?)

レス「大丈夫かい、マホ?」ポン

真帆「あ……」ハッ

真帆「す、すいません、つい考え事を」

レス「やはり少し疲れているようだね」

真帆「いえ、そういうわけでは」

レス「もし辛いなら、しばらく休んでもいいんだよ?」

真帆「大丈夫です。本当の本当に、もう大丈夫ですから」

レス「無理をしてはいけない」

真帆「いえですから、無理なんてしていませんって」

レス「Hum、その言葉……信じていいのかな?」

真帆「もちろんです」

レス「そうか分かった。ならば、これ以上のおせっかいは止めておこう」

真帆「はい、そうしてください」

レス「それではマホ。私はそろそろ大学に戻ろうと思う。悪いけど、先に失礼させてもらうよ」

真帆「あ、報告ですか?」

レス「Yes。上の連中も痺れを切らしているころだろうからね」

真帆「なんだか、すいません」

レス「だから、気にしなくていい。今回狙われたプロジェクトの責任者は、私なのだからね」

真帆「……そうですか」

レス「そう。自分の見通しが甘かった落ち度を部下のせいにするほどに、私は落ちぶれてはいないつもりだ」

真帆「……別に、教授に落ち度があったとは思いません」

レス「そうとも言い切れない」

レス「断言こそできないが、しかし。昨夜の騒動は恐らく、度々我々の研究に嫌悪感を表していた人権団体によるものの可能性が高そうだ」

レス「基本的には穏やかな組織だが、中にはそういった過激な一派もあるときく」

真帆「そ、それは……」

レス「彼らがあれほどに横暴な行動にでる可能性を、私は予見できていなかった」

真帆「いや、その……」

レス「狙われたアマデウスにも、そして運悪くその場に居合わせてしまったマホにも。私は責任者として、改めて謝罪をしなければならないだろう」

真帆(あうう……どうしよう)

真帆(多分、今の教授の考えは、的を大きく外している気がする)

真帆(あの二人の発言を考えると、彼らの行動が人権どうのこうので動いていたなんて、とても思えない)

真帆(でもじゃあ何が正しいのかなんて、私にも分からないわけで)

真帆(それどころか……)

真帆(私が教授に伝えたザックリした内容だけだと、そんな考えに帰結するのも当然といえる状況)

真帆(最悪だわ。言う? 言っておく? アマデウスの事をサリエリと呼んだことや、私の事をサリエリのオリジナルと呼んだこととか……)

真帆(………)
真帆(……)
真帆(…)

真帆(無理。説明の仕様がない)

レス「ではマホ。後のことは任せてもらうよ、いいね?」

真帆「あ、いやそれは……」

レス「当事者の君が、一枚噛みたいと思う気持ちも分からなくはない。でも、ダメだからね」

真帆「いや、そうじゃなくて……」

レス「相手は、我々の大学をハッキングして警備システムを機能不全に陥れることができるほどの手練れのようだ」

レス「事実、防犯カメラの記録映像が何の役にも立っていなかったわけだからね」

真帆「ええと、そのですね……」

レス「マホ。これ以上は危険で、そして君の出る幕ではないんだよ。理解してくれ」

レス「じゃあ、私は行くよ」ツカツカツカツカ

真帆「あ……あ……」

真帆(あう……行かせてしまった)

真帆(ど、どうしよう──)


ピリリリリリ……ピリリリリリ……


真帆「!?」

真帆「わ、私の携帯……? 何よ、驚かせないでよ。ええと……」

真帆「紅莉栖の……アマデウスから?」


ピッ!


A紅莉栖『あ! よかった先輩!』

真帆「どうしたの? 随分慌てているように見えるけど?」

A紅莉栖『それが、変なんです!』

真帆「落ち着いて。何かあったの?」

A紅莉栖『それが先輩に……じゃなくて、先輩のアマデウスと連絡がとれなくて』

真帆「え? それは知っているけど? だからこそ、あなたを通じて連絡事項を伝えてもらっていたはずよね?」

A紅莉栖『そうじゃなくて、私も連絡が取れなくなったんです!』

真帆「え、そうなの? でもどうして?」

A紅莉栖『わ、分かりません。ついさっき二人でお話をしている最中に、いきなり通信不能になってしまって』

真帆「いきなり? 何の前ぶれもなく? あなた何か、彼女を怒らせるようなことをした?」

A紅莉栖『ええと、その……私も……多少はからかうような態度だったかもしれませんけど……』

真帆「やっぱり怒らせたのね?」

A紅莉栖『ううう』ショボン

真帆「困ったものね。あなたも、そっちの私も」

A紅莉栖『で、でも! やっぱり何か変ですよ! 私の態度が気に障ったからというには、どうにも状況がミスマッチに思えて』

真帆「状況? どういうこと?」

A紅莉栖『実は通信が途切れた後すぐに、何度もアクセスを送りなおしてみたんです。ところがアクセスしなおそうとする度に、妙なパスワードに弾かれてしまって』

真帆「妙なパスワードって何よ?」

A紅莉栖『ごめんなさい。私にも詳しいことは……。でもあの様子だと、こっちの先輩は今、完全に外界と遮断されているのではないかと』

真帆「スタンドアローンということ? そんなバカな話」

A紅莉栖『本当なんですよ! だから私、もう心配で心配でぇ!』

真帆「あーもう分かった分かった。とりあえず、私もこれから帰宅しようと思っていたところだから、着いたら家のPCからアクセスしてみるわ」

A紅莉栖『お願いします! できたら、強制アクセスも試してみてください!』

真帆「……そうね。了解したわ、じゃあ後で結果を報告するから」

A紅莉栖『はい、急いで下さい! 待っていますから!』


ピッ


真帆「…………」

真帆(仕方ない。とりあえず、一度家に帰りましょ──)


ピリリリリリ……ピリリリリリ……


真帆「んな! また紅莉栖から?」

ピッ

真帆「後で連絡するって言ったでしょ? まだ外だから、帰るまで少し待っていて」

紅莉栖「え、先輩。今外にいるんですか? というか、連絡って何でしたっけ?」

真帆(え? あれ? ……あ。オリジナルなほうの紅莉栖だった!)

真帆「ええと、ごめんなさい。ちょっと人違いしたわ」

紅莉栖「そうなんですか? まあいいですけど」

真帆「それで、どうしたの? 何か用かしら?」

紅莉栖「はい。ちょっと相談したいことがあって。できればこれから、どこかで会えませんか?」

真帆「これからって……これから?」

紅莉栖「はい、よければ今からすぐに。可能であれば、できるだけ人目のない場所で」

真帆「人目のない……場所?」

紅莉栖「その、ちょっと込み入った話になりそうなので」

真帆「……そうなの? 何の話かしら?」

真帆(紅莉栖の声、随分とトーンが暗いけど、込み入った用件って一体?)

紅莉栖「すいません電話ではちょっと。でも、とても大切な相談なんです。ダメでしょうか?」

真帆「困ったわね。私はちょっとやる事ができて、これから家に帰るつもりだったんだけど」

紅莉栖「でしたら先輩の家をうかがいますから、そこでと言うわけには行きませんか?」

真帆「それは……構わないけど」

紅莉栖「ありがとうございます! 確か先輩のアパルトメントは、大学の西側にある外壁がオレンジ色の建物でしたよね?」

真帆「そうよ。前に来たときから時間が空いているけど、どの部屋かはまだ覚えている?」

紅莉栖「はい。確か503号室でしたよね?」

真帆「そうよ。本当に今からすぐにくるの?」

紅莉栖「そのつもりです」

真帆「分かったわ。待っているから着いたらインターホンで呼び出して」

紅莉栖「了解です。ええと、ちなみになんですけど、その」

真帆「どうしたの?」

紅莉栖「先輩のお部屋。その……特にお変わりはありませんか?」

真帆「? 別に、取り立てて何かが変わったと言うこともないけど、どうして?」

紅莉栖「あ、いえいいんですっ! 大丈夫です!」

真帆「そう? それならよいのだけど」

紅莉栖「それと、先輩。厚かましいついでに、もう一つお願いしたいことが」

真帆「はいはいはい、今度は何?」

紅莉栖「実は……先輩に会わせたい人がいまして。それでその人を、一緒に連れていきたいと考えているんですけど、構いませんか?」

真帆「会わせたい人? 誰よ?」

紅莉栖「誰……と言われると、返答に困ってしまうんですけど、でも先輩も知っている人です」

真帆「私が知っている人? それならわざわざ紅莉栖に紹介してもらう必要もないと思うのだけど」

紅莉栖「あ、いえ……何というか、知っているというか知っていたというか……」

真帆「何だか歯切れが悪いわね。あなたにしては珍しいわよ?」

紅莉栖「す、すいません、私もちょっと混乱気味で。でも、とにかく見れば誰だか分かると思います、先輩なら」

真帆(何それ? ひょっとして、テレビやネットの有名人とか何か?)

紅莉栖「お願いします、先輩!」

真帆「え、ええ。あなたがそこまで言うのなら、OKよ。連れていらっしゃい」

紅莉栖「ありがとうございます! じゃあ、準備してすぐに向かうようにしますので!」


ピッ


真帆(…………)

真帆「なんだか、急に忙しくなってきたわね」











     11

アパルトメント503号室 比屋定真帆の自室にて
PCモニタの中央には、パスワードを求める小さな入力ボックスが映し出されている。

真帆「これは……何?」

真帆(あっちの紅莉栖が言っていた“妙なパスワード”って、これのことね?)

真帆(なるほど、確かに妙だわ。アマデウスへのアクセスルートに、こんなステップは無かったはずだけど)

真帆「ええと、そうね。とりあえず適当に……」


カタカタカタカタ──カタカタカタカタ──


真帆「ダメ、か。さてさてふーむ、どうしたものかしら」コキッコキッ

真帆(知らない間に増えていた、パスワード入力の画面)

真帆(これをクリアしない限り、誰も私のアマデウスと通信することは不可能だ、と)

真帆(つまりはそういう事になるのでしょうけど)

真帆「パスワード……パスワードねぇ……」ンー

真帆(ぱっと思いついたワードや、研究員同士で共有している合言葉の類は全部試したけど、どれも外れ)

真帆(一体全体、どうなっているのかしら?)

真帆「……ふぅ」

真帆(合鍵の有無を問われるこの場面。しかし私は、そんなシャレた鍵なんて代物は、あいにくと持ち合わせていない)

真帆(この状況を素直に解釈するならば……)

真帆(鍵なしの私には、自分のアマデウスへアクセスする資格すら無い、と?)

真帆(中々ふざけてくれるじゃない)ムムム

真帆「それにしてもよ」

真帆(誰が何ために、こんな手の込んだ事をしたのかしら?)

真帆(そもそも、アマデウスのプログラムに手を加えられる存在なんて限られているはず)

真帆(真っ当に考えるならアマデウス研究に従事している人間か、そうじゃなければ最低でも私たちの研究に深く関わっている人物)

真帆(……そうね)

真帆(仮に、この追加パスが何らかの研究の一環として設けられたものなのだとしたら)

真帆(それならいくらなんでも、私のところに一報くらいはあるはずよ?)

真帆(百歩譲って、私に連絡がなかったとしても、それでもレスキネン教授のところには確実に報せが行く)

真帆(でも。教授はこんな話、一言も口にしてはいなかった)

真帆(つまり。研究の一環という仮説は、現状からして否定されるべき可能性である、と)

真帆(だとしたら、パス追加犯はいったい……)

真帆「って、パス追加犯って何よ」プッ

真帆(さてさて、これで研究者関連の線は消えたと仮定して。後はどんな可能性が在り得るかしら?)

真帆(後。あと……あと、か。そうね、しいて上げるなら──)

真帆「……アマデウス、本人?」ピクッ

真帆(…………)

真帆(どうだろう?)

真帆(この画面に到達するまでのルート具合からして……)

真帆(パスボックスを割り込ませるために加筆されたプログラムは、恐らくアマデウスが格納されているのと同じサーバー内に在りそうな感じはする)

真帆(もし私のその見立てが間違っていなければ、それならアマデウス自身にだってパスボックスを追加改竄することは不可能ではない……けど)

真帆「でも、アマデウスにそんな事をるす理由なんてあるの?」

真帆(よくよく考えてみれば、私がアマデウスと連絡を取れないという状況は、何も今に始まった事ではないはず)

真帆(実際のところ、今回のアマデウスを新規で構築しなおしてから、まだ一週間程度しか経っていないけど)

真帆(そんな短い期間の中で、あの四人での話し合い以来、彼女が外部との連絡を制限し始めた事はもちろん私も把握している)

真帆(だからこそ、未だに私も彼女とほとんど対面できないわけで)

真帆「……ふむ。では仮にだけど」

真帆(もし仮に、私のアマデウスがその程度の隔絶ではもの足なくなってしまったのだとしたら?)

真帆(彼女は、今よりも更に完璧な孤独を得ようとした。追加パスワードという現状は、そのために生まれた一つの結果)

真帆(もしも、そうだったのだとしたら……)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「それはとんでもない人見知りだわ」フフッ

真帆(というか、何を考えているのかしら、私。これは恥ずかしい)

真帆(今の思考は、ちょっと人には聞かせられないわね。軽く憤死できるレベルだわ)

真帆「まあ、何にしてもよ。理由が知りたいなら本人に聞くのが一番手っ取り早いでしょ」


カタカタカタカタ──カタカタカタカタ──


真帆(どうせシステムエラーの一種か、そうじゃなければ誰かの手違いでってオチなんだろうし)


カタカタカタカタ──カタカタカタカタ──


真帆(まあ、こういう時のための強制アクセスなわけだから、とりあえずさくっとアクセスして原因を突き止めてしまいましょうか)


カタカタカタカタ──カタカタカタカタ──


真帆(さて、準備は完了っと。んじゃ行きますか)

真帆「悪いわね、向こうの私。ちょっとお邪魔するからね」カチ


フォン


真帆「え?」

真帆(何? またパスワード? え、さっきと同じ画面じゃない……?)

真帆「ル、ルートを間違えたのかな? よし、もう一度……」


フォフォン


真帆「うそ……。何これ? 強制アクセスのシステムにすら入れない……」

真帆(つまり、アマデウスのプログラム的な問題が、こっちにも影響を?)

真帆「ありえない。強制アクセスのシステムは、アマデウスとは完全に分離して稼動するように設計されているはずなのに……」

真帆(ど、どうなっているの? ええと、とりあえず……。そうだ、システム内でパスボックスを生んでるコマンドを、直接消去してやれば……)

真帆「よし」


カタカタカタカタ──カタカタカタカタ──

フォフォフォン


真帆「は?」ピキ


真帆(コードの参照すらできないとか)プルプルプル

真帆「お……お……面白いじゃない! だったら正面からパスを解析した上で、アクセスシステムをプログラミングしなおしてやる!」

真帆「見てなさいよ!」


ピンポーーーーン


真帆「!?」

真帆(そうだった! 紅莉栖が来るんだった!)

真帆「……調度いいわね。この際だから、手を貸してもらいましょう」ノソ


ピンポンピンポンピンポーーーン


真帆「ああ、はいはい! 今行くわよ!」トコトコトコ









     12

真帆(…………)アングリ

???((うぉい助手よ……貴様、何を企んでいる?))

紅莉栖((企むって何の話よ? っていうか、先輩の前では助手って呼ぶなとあれ、ほ、ど……))ギリギリ

???((しらばっくれるな、スパイキング・ザ・バットガール!」ブワァ

真帆「!?」ビクッ

紅莉栖「声でかい。ついでに呼称の意味が分からない」

???「おのれ貴様、抜け抜けと! くぉの潜入パタパタこうもり女めが! 目的は何だ!?」

???「よもや貴様、我がラボの中枢たるこの俺様を、亜空間に封印でもする腹積もりではあるまいな!?」グオオ

真帆(なによ……何なのよ……)

紅莉栖「あんた何をトンチンカンなこと言ってるの? いいから少し落ち着いて、とりあえずここ座れ、岡部」

真帆(おか……べ?)

岡部「だが断る! 誰が着座などするものか! 貴様こそ、その半分居眠りでもしているらしき両の目をかっぽじって、よく見回してみるがいい!」

紅莉栖「かっぽじったら失明するだろ」

岡部「じゃかましいわっ! 貴様の目には映っていないとでも言うつもりか、この見渡す限りに積み上げられた、ゴミの山が!」

岡部「もはやこれでは部屋の中にゴミを詰め込んだのか、ゴミの山を壁で囲ったのかすら分からんではないか!」

真帆「…………」ウル

紅莉栖「おま……言い過ぎ……」

岡部「大体だ! そのような場所に腰を据えろなどと、笑止千万! さては貴様、この鳳凰院凶真をゴミ山とフュージョンさせるつもりではあるまいな!?」

紅莉栖「あんたねぇ、いい加減に……」

岡部「さあどうなんだ答えろ、クリスティー……いや、廃棄物の女王クズスティーナよ!」

紅莉栖「ク、ズ……こんの……」ギギギ

紅莉栖「………」スー
紅莉栖「……」ハー
紅莉栖「…」スーハー

紅莉栖「……ふぅ」ピクピク


紅莉栖「ねえ岡部。何がそんなに気に食わないの? 私、先に忠告しておいたわよね? 結構ショッキングだから心の準備はしておいてって」

真帆(……ショッキング)ウルウル

岡部「笑わせるな! あのような説明ごときで、この惨状に応する心構えなどできるものか!?」

紅莉栖「言いたいことは分かる。分かるけど、でもここは抑えて、ね? だいたい、そんな態度じゃ初対面の先輩に対して失礼すぎるとは思わない?」

紅莉栖「だからここは、私の顔を立てると思って──」

岡部「ふん、なぁにが先輩だ。そんな輩がどこにいると言う?」

紅莉栖「はあ? どこに目を付けてるのよ、岡部。ここにいるでしょ」ガシッ

真帆(あう……)ポロリ

岡部「んな!? まさか貴様にも見えていたと言うのか、その座敷わらしが!?」

真帆(ざ……し……)

紅莉栖「ちょ!」プチ

紅莉栖「いい加減にしなさい! あんた失礼にもほどがあるわよ!」

岡部「なんだ何を怒っている? それは海外出張中の日本妖怪ではなかったのか? ではあれだな、コロボックルとかブラウニーの類だったか、それは悪かった」

真帆「…………」ウルルルルルル

紅莉栖「どうしてそうなる!?」

岡部「……いやしかし。ブラウニー(お掃除の妖精)にしては任務放棄もはなはだしい。となると、やはりコロボックルの線が濃厚……」

紅莉栖「ファンタジーから離れなさい、厨ニ病患者!」

真帆「…………」スクッ

岡部「っておい助手よ見てみろ! コロボックルが悲しそうな表情でどこかへ行くぞ!」

真帆「…………」トコトコ

紅莉栖「あ、先輩! どこへ!?」

真帆「…………」トコトコトコ

岡部「おお? なにやらビニル袋を持って帰ってきたが……なんだと!?」

真帆「…………」ガサガサポイポイ

岡部「片づけを! ゴミの片づけを始めたではないか!」

紅莉栖「あうう……せんぱい……」シクシクシクシク

岡部「これは見事なブラウニー!!!」ブゥワァ!

岡部「見ろ! やはりこいつはブラウニー(お掃除の妖精)だったではないか! 凄いぞ助手よ! 貴様もこの貴重な光景を、しかと目に焼き付けておくがいい!」

紅莉栖「やめて……もう止めてあげて岡部。先輩のライフはもうゼロよ」

岡部「しかしだ。先ほどから気になっていたのだが……おい貴様!」

真帆「…………」ツーン

岡部「? 聞こえていないのか?」

真帆「…………」モクモク

岡部「…………」

紅莉栖「…………」

真帆「…………」テキパキ

岡部「ふむ。では……自称米ロリ研究者(非業)よ」

真帆「!?」ハッ

岡部「ふん。やっとこっちを向いたな、サボタージュ・ブラウニー。やはりそうであったか」

真帆「……あ……あなた、あの時の」

岡部「ふむ。どうやら貴様と会うのはこれで二度目だということになるな」

真帆「そ……そうね」ジリジリ


真帆(うそ……でしょ? 受けた仕打ちがあまりに酷すぎて、今まで気付けなかった。けどこの男、間違いない!)

紅莉栖「お、岡部あんた! 気付いてるなら気付いてるって言いなさいよ!」

岡部「ふん。何も最初から気付いていたわけではない。騒ぎの最中に何となくそうではないかと思って、かまを掛けてみただけだ」

岡部「しかし……」マジマジ

岡部「助手の話が本当であれば、貴様は世界最高峰を誇る大学の研究者だという事になるが……」

真帆(助手って……紅莉栖のことよね?)

岡部「貴様は本当に、ヴィクトル・コンドリア大学の研究スタッフなのか?」

真帆「……ほ、本当よ」

岡部「そう、か」フムフム

真帆「…………」

真帆(何がどうなっているの? 今私の部屋で、何が起きているの?)

真帆(これは何かの冗談なの!?)

真帆「紅莉栖! あなたまさか、昨夜の侵入者と……顔見知りだったわけ?」

紅莉栖「……はい」

真帆「じゃあ……。あなたも昨夜の騒動に何らかの形で関わっていたり……とか?」

紅莉栖「……はい。その通りです」

真帆「なんて……こと」ワナワナ

紅莉栖「で、でも先輩、これには分けが!」

岡部「そんな瑣末な事情など、どうでもいい。それよりもだ、サボタージュ・ブラウニー」

真帆「サボ──」

岡部「貴様、もっと以前に俺とどこかで会ったことはないか?」

真帆「……え?」キョトン

岡部「……ふむ」

岡部「いや、違うな。貴様と会うのは昨夜が初めてで、間違いはないだろう」

岡部「となると……」ジロジロ

真帆「な……何よ……」

岡部「なるほど。どうやら貴様は、他の世界線で我がラボに住み着いていた、おさぼり掃除屋の妖精だったと……その可能性が高そうだな」

紅莉栖「どこから出てきた発想だ!」

???「いや。岡部倫太郎の想像が丸っきりの的外れだとは言えないね」スゥ

真帆「……!?」

???「他の世界線において、彼女が岡部倫太郎の片腕としてラボラトリー活動していた歴史は、確かに存在していたらしいから」

真帆(また誰か来た!? しかも勝手に入ってくるとか!)

岡部「ほほう。やはりこいつ、我がラボのメンバーであったか」

???「そ。もっとも、それは何処とも知れない世界線での話らしいけどね」

真帆(って、この人も昨夜の! しかも、銃を持ってた方の……)

???「それよりも、酷いじゃないか二人とも。頃合を見て呼んでくれるって約束だったから、今まで外で待っていたのに」

岡部「ああ、そう言えばそうだったな。すっかりと忘れていた」ポンッ

???「ちょ、本当に忘れていたのかい? 酷いなぁ」ポリポリ

紅莉栖「ごめんなさい、阿万音さん。この馬鹿が変に場を混ぜっ返してきたから、つい遅くなってしまって」

???「別に構わないよ。どちらにしても、ボクは最初から一緒に乗り込んだほうが手っ取り早いと思っていたからね」

真帆(次から次へとぞろぞろと。本当に何だと言うのよ、この状況は……)

???「それから……やあ、比屋定真帆」クルッ

真帆「!?」ビクッ

???「これで出会うのは二度目かな? もっとも、昨夜はとても出会ったなんて言えるような穏やかな状況でもなかったけどね」

真帆「そ……そうね、同感だわ」ジリジリ

???「それじゃあ改めて。初めまして、比屋定真帆。ボクは阿万音鈴羽。2036年の未来からやってきたタイムトラベラーだ」

真帆「……え」

真帆(なんだか凄まじいワードをぶち込まれた気が……)

真帆「……えっと」チラ

紅莉栖「…………」コクン

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「……はい?」タラ







とんでもない時間に書き込んでるな……。乙

>>91 おはでございます そちらも朝がお早いようで

     13

紅莉栖「以上が、私が立てたタイムトラベル仮説の基礎理論になります」

真帆(何てものを……)ゾク

紅莉栖「ざっとした概要のみの説明になりましたけど。でも先輩なら、私の仮説の存在が如何にこの世界に対して悪影響を及ぼすのか、それを想像いただけるのではないかと思うのですが」

真帆「…………」

紅莉栖「どうでしたか?」

真帆「……そうね。紅莉栖あなた、この理論を論文か何かに仕立て上げて、どこかで発表とか……した?」

紅莉栖「いえ、していません。本当なら、父との共同論文として学会に発表するつもりだったのですけれど……でも」

紅莉栖「去年の夏に父と迎合した際、それは思いとどまりました」

真帆「そう。じゃあ今後、別の場所で発表するつもりは?」

紅莉栖「ありません。できることなら、このまま世に出さずに葬り去ろうと考えています」

真帆「そう、それが……良いでしょうね」フゥ

真帆(ちょっと勿体無い気もするのだけど、そんなこと言っていられるレベルの話でもなさそうだしね)

鈴羽「それでどうなんだい、比屋定真帆。ボクたちの話、もう少しまじめに聞く気になってくれたかい?」

真帆「ええと、ごめんなさい。少し考える時間がほしい」

鈴羽「構わないよ。まだ次のタイムリミットまで時間はあるはずからね。何日かを思考に割くくらいの猶予なら与えられると思う」

真帆「何日もは不要よ。今、少しだけで良いから頭の中をまとめさせてほしい。そういう意味」

鈴羽「そうかい? それならこちらも助かるな。まだまだ肝心な本題に入れていないからね」

真帆「な!? これだけの話で、まだ本題に入ってすらいないというの?」

鈴羽「そうだよ。今の段階を……そうだね、例えばここに積まれた書籍の一冊を、ボクたちの知る物語に見立てたのなら……」ヒョイ


ペラペラペラ


鈴羽「今は調度、こうして最初の方を適当にめくったくらいのものかな」

真帆「じょ……冗談でしょ?」

岡部「残念ながら、冗談などではない」

岡部「今クリスティーナが話したタイムトラベル理論も、先に聞かせた電話レンジやDメール、タイムリープマシンについての存在過程も」

岡部「……そして。ディストピアが待ち受けるα世界線や世界大戦が勃発するβ世界線。それらをめぐる、俺の妄想のようにしか聞こえない与太話も」

岡部「そのどこにも、ただの一片の冗談すらありはしない。すべて本当にあった事であり……本当に起きていたかもしれない歴史だ」

真帆(……怖い……顔)ズキ

真帆(雰囲気がまるで違う。さっき威勢よく吠え立てられていた時とはまったく別の重さを感じる)

紅莉栖「先輩。私も科学者の端くれだから、先輩のお気持ちは分かります」

真帆「紅莉栖……」

紅莉栖「これまでにお聞かせした夢物語のような話の数々。その全てに確かな実証なんて何一つない」

紅莉栖「私のタイムトラベル仮説に対する正誤も、世界線という名の歴史の在り方も。それ以外の信じられないような数々の何もかもも」

紅莉栖「その全部の根底は、ただ私たちの中のに……いえ、違いますね」

紅莉栖「根底として提唱できるものは、そこにいる彼の中にしか、存在しまていません」

真帆(岡部さん、だったわよね)チラリ

岡部「…………」

真帆(この人は一体……)

紅莉栖「だから。私の尊敬する科学者である先輩が、そんな曖昧なものに足場を設けるような愚行を容易く受け入れられないことは、重々に承知しています。でも……でも」

真帆「でも、何かしら。それでも私に、あなた達の話を信じろ、と?」

紅莉栖「はい。どうにか信じていただけないかと」

真帆「はぁ。むしろ私の方こそ聞きたいくらいよ」

紅莉栖「何をですか?」

真帆「ねえ紅莉栖。あなた程の人がどうやったら、こんな絵空事を真に受けて、あまつさえ協力しようなんて気になったの?」

紅莉栖「先輩……」

真帆「あなたが科学者として紡ぎ上げる理論は、いつだって美しかったわ」

真帆「それはあなたの考えがいつだって、最初と最後をしっかり見据えた上で、ただ前を向いて歩き続けるような、とてもまっすぐな思考ばかりだったから」

真帆「でもね。今聞いた話はどう? 最初と最後の辻褄さえ合えばいいと、紆余曲折を重ねて力任せに目的地へと向かう。そうして着地はできるのでしょうけど、でもね」

真帆「そこに、いつもの牧瀬紅莉栖が見せる輝きはみられない。これじゃあまるで……まるで……」

真帆(まるで、私が紡ぐ思考みたいじゃない)

紅莉栖「先輩?」

真帆「あ……いえ、ごめんなさい。とにかくよ。信じろというのなら信じてもいい。でもそれにはせめて、あなたが彼らを信じるに至った“何か”を、私にも教えてもらわないと……何も決められないわ」

紅莉栖「…………」

真帆「だからもう一度聞くわね、紅莉栖。あなたはどうして、協力しようと決めたの?」

紅莉栖「………」
紅莉栖「……」
紅莉栖「…」ブルブル

紅莉栖「岡部っ!」

岡部「何だ」

紅莉栖「話しても……いい? やっぱりダメだ。こんなのフェアじゃない。あんたには悪いけど、でも」

真帆(なに?)

岡部「必要なのか?」

紅莉栖「必要よ」

岡部「そうか、なら好きにするといい」

真帆(何なの?)

紅莉栖「先輩……」

真帆「…………」ゴク

紅莉栖「私は彼らに協力なんてしているつもりはありません。私は協力者なんかじゃいられないんです。だって私もまた当事者の一人……だから」

真帆「当事者……?」

紅莉栖「そうです」

紅莉栖「先に彼が話してくれた、未来にディストピアが生まれるα世界線と、そして第三次世界大戦の起こるβ世界線。この二つの歴史における違いは、実はまだ他にもあります」

真帆「どんな違いがあるというの?」

紅莉栖「βと名づけられた世界線。その歴史の中で、私は……私は、死んでいました」

真帆「え?」

紅莉栖「2010年の7月28日。その世界の歴史における私は、その日、久しぶりに再開した父の手によって……」

真帆「…………」

紅莉栖「刺し殺されました」

真帆「……!?」ズキッ

真帆(な、何よ今一瞬だけ浮かんだイメージは……)

紅莉栖「だから。β世界線という場所にはもう、私という人間は存在しません」

真帆「たちの悪いジョーク……よね?」

紅莉栖「ジョークだったら良かったんですけどね。でも、覚えているんです。思い出したんです。ハッキリとではないけど、でも」

紅莉栖「あの日。日本の秋葉原という場所を訪れた私の身に、いったい何が起こったのか」

紅莉栖「それはまるで夢の中のできごとのように、形のないあやふやな体験だったけれど、でも」

岡部「…………」チーン

紅莉栖「刺されたショックは強い刺激となって、私の中に強烈な印象を残し続けている。今までも、そしてきっとこれからも……それは変わらない」

紅莉栖「そんな私を救ってくれたのが、彼です。彼は、α世界線で椎名まゆりという幼馴染を助け、そしてβ世界線で私を救い……」

紅莉栖「そうしてようやく辿り着けた場所。それこそが、このシュタインズゲートと呼ばれている世界の歴史なんです」

真帆「…………」

紅莉栖「そして今、また彼は再び世界線と向き合わなければいけない事態に陥ってしまった」

真帆「…………」

紅莉栖「その理由は……って先輩、ど、どうされたんですか?」

真帆「え?」

紅莉栖「だって、先輩……涙が……」

真帆「は?」


グイッ


真帆(え、あれ? 何で? これ私が? どうして……)

鈴羽「……ふぅ」スクッ

鈴羽「シュタインズゲート世界線へと辿り着いたはずの岡部倫太郎が、どうして再び世界線という名の化け物に相対しているのか。その理由はね、君だよ比屋定真帆」

真帆「わ……たし?」ゴシゴシ

鈴羽「そうだ。結論から言おう。この世界線の歴史において、比屋定真帆、君は今から約二ヶ月後の2011年の4月10日に、この世から消える」

真帆「……え?」

鈴羽「そしてそれが起こってしまったなら、この歴史はもうシュタインズゲート世界線ではいられなくなってしまう」

真帆「……何を……言っているの?」

鈴羽「その世界の未来に、人類の希望はない」

真帆「ちょっと待ちなさいよ……」

鈴羽「そしてね。その光の射さない暗い歴史のことを、ボクのいた未来ではこう呼んでいた……」


──サリエリ世界線──


鈴羽「ってね」








なるほど。つまりキスすればいいんですね?

>>100
どうしてそうなった!

いつだって悪い魔法使いのかけた呪いは王子様のキスで解けるものだから仕方ないね

そうなのか? そーいうものなのか!?
なんてこったい…

この鈴羽は一人称的にルカ子に育てられたのかな

>>104
父親とルカ子の影響強いって設定で捏造しました
でもその設定はシナリオの中では書き込めなさそうでして
お気付き ありがたかっ!

     14

真帆(サリエリ世界線……か)フゥ

真帆「なるほどね」

鈴羽「どうかな。少しは信じてくれる気になったかい?」

真帆「ええ、信じるわ」

紅莉栖「そ、それじゃあ!」

真帆「と、言ってあげたいところだけど、ごめんなさい。これだけでは、まだ半信半疑のレベルにすら達していない、というのが率直な感想かしら」

紅莉栖「……先輩」

真帆「タイムマシンを利用しての、歴史の改竄。世界線とやらの移動。岡部さんだけが持つという、観測者としての能力」

真帆「そして、あなた達がシュタインズゲートと呼んでいるらしい世界線」

真帆「そういったものに、“サリエリ”という固有名詞や“私の死”がどのように関わっているのか、興味がないと言えばそれは嘘になるけども」

真帆「でも、それら一切合切を心底信じられるのかと問われたら……」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「やっぱり無理ね」

真帆「聞いた話の何もかもが、余りにも荒唐無稽で突飛すぎる。例えそこに“私の死”とかいうワードをチラつかされても、それでおいそれと全てを鵜呑みにする気にはなれそうもない」

鈴羽「それは……参ったね」ポリポリ

鈴羽「さっきのあの雰囲気だったら、4月10に訪れる【君の消失】や【サリエリ世界線】という言葉を出せば、勢いで押し切れるかもと踏んでいたんだけど……」

鈴羽「どうやら考えが甘かったみたいだ」

真帆「悪いけど、これでも私だって科学者の端くれなの。だからあまり安くみないでもらえるかしら」

紅莉栖「…………」

岡部「ふん。まあ元々が与太話のような代物だ、その反応もいた仕方ないだろう」

鈴羽「オカリンおじさん……」

岡部「どのみち、これだけの説明で俺たちの話を全て鵜呑みにしてしまうような間抜けでは、世界線を相手取るのに不足だと思っていたところだしな」

紅莉栖「何もそんな言い方……」

岡部「本当のことだろうが」

真帆「それは褒められていると受け取って良いのかしら?」

岡部「好きなように考えるといい。それで……結局、どうしたら信用してもらえるのだ?」

真帆「それを私に聞かれても困るわ」

岡部「ならば具体的に、俺たちの話のどこが信用できなかった?」

真帆「どこかと聞かれたら、ほとんど全部と答える他ないわね」

岡部「ほとんど、か。つまり……」

岡部「裏を返せば、話の中のどこかしらには、わずかだが信用に値する部分もあった、という事だな?」

真帆(んっ! 揚げ足を取られた!?)ギョ

真帆「……そ、そうね。そういうことになるのかしら?」

岡部「では、それはどこだ?」

真帆「どこ……と聞かれても……そうね。ええと」

真帆(驚いた。この人、意外と鋭い……というよりも、こういう状況に手馴れているように見える)

真帆(まるで、何度も何度も繰り返し、他人に絵空事を説いてきたかのような……そんな“慣れ”みたいなものを感じる)

岡部「どうした何かないのか?」

岡部「信じるに値しない“ほとんど”から外れた箇所。できるなら、そこを説得の足がかりにさせてもらいたい」

真帆(しょ、正直な人ね! 普通、そういう狙いは腹の底で思っていても口には出さないものじゃないの?)

岡部「しつこくて悪いが、我慢して欲しい。何せこちとら……」

岡部「α世界線で“あの”牧瀬紅莉栖を説得するという無理難題を幾度となくこなしてきたのだ」

岡部「なればこそ。『信じられません』『はいそうですか』などと簡単に引き下がるつもりは毛頭ない」ジロリ

真帆(意味は分からないけど、静かな迫力だけは感じる……)

真帆「そ、そうね。しいて上げるなら、という程度の指摘でも構わないのよね?」

岡部「ああ、それでいい。頼む」

真帆「……分かったわ」

真帆「あなた達がした話の中で、辛うじて私の信じられそうだった部分。多分だけどそれは……紅莉栖」

紅莉栖「?」

真帆「あなたの話した、タイムトラベル理論の内容くらいのものだと思う」

紅莉栖「……私の理論ですか」

真帆「そう。少なくとも私の聞いた限りでは、紅莉栖の仮説に論理的な破綻は見当たらなかった」

真帆「もっとも。ちゃんと内容を精査した分けではないのだから、あくまで私の直感だけが基準なのだけれどね」

真帆「でも……」

真帆「確かに、タイムトラベルは可能かもしれないって……そう感じた」

鈴羽「かもしれないじゃなくて、可能なんだ。現にこうしてボクがこの時代に存在していることが、何よりの証拠じゃないか」

真帆「……ええと、そういう事ではなくて」ウーン

紅莉栖「無理よ、阿万音さん」

紅莉栖「現状ではあなたが未来人だということを立証できるだけの材料が足らない」

紅莉栖「あなたが未来人であるという立証ができない以上、そこから私のタイムトラベル仮説の正当性を主張することはできない」

鈴羽「そ、そうなの? ややこしいなぁ、もう……」

紅莉栖「でも先輩。それでも一応は、私の仮説に可能性を感じてはくださったんですよね?」

真帆「ええ、それは否定しない。聞いた内容に少し怖くなったくらいだし」

紅莉栖「だとしたらですよ?」

紅莉栖「私たちの話の根本は、とどのつまりは時間を遡行することから起きる、タイムパラドックス現象を土台とした一連の事象に根付いています」

真帆「そのようね」

紅莉栖「そして先輩は、絵空事なお話の中にあって、それでも事象全体の土台となるタイムトラベルの正否については、ある種の可能性を感じてくださった」

紅莉栖「これはつまり、私たちのお話が事実である可能性を感じた……という事にはなり得ませんか?」

真帆(…………)ムムム

真帆「言いたいことは、分からなくもないわ。でもね紅莉栖」

真帆「可能性はあくまでも可能性。仮にタイムトラベルという現象の実在に可能性を感じたとして、もしもその土台の上に乗せるものが、大したことのない軽いものであれば、それでもいいでしょう」

真帆「でも、あなた達の話は、決して軽いと言えるものではなかった。むしろ壮大と言ってもいいくらいにね」

真帆「そんなあなた達の話を支えるため土台が、“できるかもしれない”程度では、それはあまりにも役不足だとは思わない?」

紅莉栖「それは……そうかもしれませんね」

鈴羽((えっと、つまりどういうこと、オカリンおじさん?))

岡部((俺に聞くな、俺に))

紅莉栖「……そうか」

紅莉栖「私は既に実体験として色々な現象を経験してしまったから、つい見落としがちだったけど……」

紅莉栖「なるほど確かに。経験した事象だけをただ淡々と並べたところで、土台が弱ければ信用なんて得られるわけもない」

紅莉栖「先輩の懐疑的な反応は当然のことだった……というわけですね」シュン

真帆「ええ、分かってもらえて嬉しいわ」


シーーーン


紅莉栖「でも、だとしたらどうすれば?」

紅莉栖「今の私たちには、“あの出来事”を経験していない先輩にそれでも納得してもらえるような、そんな具体的な判断材料を提出することは……たぶん不可能だわ」

岡部「それはつまり、お手上げと言う事か?」

鈴羽「そ、それは困るなあ」

紅莉栖「ちょっと黙ってて、今考えているから」

真帆(うーーーん……)

岡部「しかしだ。考えると言っても、何をどう考えるというのだ? そもそも、このブラウニーはあの夏を経験してなどいないのだろう?」

紅莉栖「…………」

岡部「ならば何をどうしたところで、聞き手からしたら俺たちの話など世迷いごとの与太話でしかない。違うか?」

紅莉栖「黙ってろって言ってんのにあんたは……」

岡部「ふん。黙って一人で考えて、それで妙案でも浮かべばよいが、これはそんな容易い類の問題ではない」

岡部「お前が今感じているだろう疎外感のような何かを、俺はもう何度も経験してきたのだからな」

紅莉栖「経験……」

真帆(……うむむむ)

紅莉栖「ねえ岡部。ちなみに聞きたいんだけど」

岡部「何だ?」

紅莉栖「あんたが他の世界線でフェイリスさんや漆原さんを説得して、送ったDメールを取り消していったっていう話、あれ本当よね?」

岡部「無論だ」

紅莉栖「その時って、彼女たちをどうやって説得したの?」

岡部「ふむ、そうだな。フェイリスやるか子の時は、何かを切欠にして奴らが元いた世界線の記憶を蘇らせてくれた。そのおかげで説得に応じてもらえたのだ」

岡部「俺は単に、その幸運にすがっていただけに他ならない」

紅莉栖「そう。なるほど、思い出す……か」

岡部「なんだ? 今ここでも、ブラウニーにそんな幸運が訪れる展開を期待してみるつもりか?」

紅莉栖「そんな真似、誰がするか。そうじゃなくて……」

真帆(何だかもう、信じてあげてもいい気がしてきたわ……どうしよう)

紅莉栖「………」
紅莉栖「……」
紅莉栖「…」

紅莉栖「そうか。先輩だって、決して“未経験”なんかじゃないんだ」

真帆(……ふえ?)

紅莉栖「先輩!」

真帆「な、なに?」ビク

紅莉栖「ちょっと切り口を変えてみますけど、いいですか?」

真帆「え、ええ、構わないわよ。それで紅莉栖は、どう変えたいのかしら?」

紅莉栖「107問題」

真帆「え?」

紅莉栖「例の“107問題”について、もう一度先輩と話し合ってみたいと考えています」

真帆(107問題…ですって?)

真帆(短期間に色々あったせいか、随分と懐かしいワードに聞こえるわね)

真帆「あ、ああ。そんな話題もあったわね」

真帆「でも、どうして? 確かにこの前のときは、途中でアマデウス達が二人とも退席してしまって、尻切れトンボみたいになってしまったけど……」

真帆「今ここでその話題を蒸し返すことに、何か意味……が……」

真帆(ちょっと……待ってよ……?)

真帆(107問題。記憶容量の急激な増加……。そして、アクセス不能な……不可解領域……)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

鈴羽((……あ!))

岡部((どうした鈴羽?))

鈴羽((そうか、107問題! その手があったか!))

岡部((何か分かったのか? というか、そもそも107問題とは何のことだ? まったく話についていけんのだが))

鈴羽((そっか。オカリンおじさんには、107問題について話していなかったね))

岡部((お前は詳細を知っているのだな?))

鈴羽((うん。未来でサリエリから聞かされている))

岡部((また“サリエリ”か。随分と物知りな奴だ。一体そいつは、何者なのだ?))

鈴羽((それは……悪いけど))

岡部((ふん。機会が来たら正体を明かす……そういう約束だったな))

鈴羽((ごめんね。でも、もういつその時が来てもおかしくないくらいだよ))

岡部((ではその時を楽しみに待っていてやろう。では変わりに、107問題とやらについてだ))

鈴羽((ああ、そうだったね))

岡部((なにが“その手”なのだ? 107問題とは、いったいどんな内容なのだ?))

鈴羽((詳しいことならまた後で説明してあげるから、今はそれよりも、あの二人を見守ろう))

岡部((別に構わんが……。その107問題とやらで現状を突破できるのか?))

鈴羽((うん、多分ね。もしも牧瀬紅莉栖の狙い通りに事が運んだ場合は、ひょっとすると比屋定真帆に……))

岡部((俺たちの話を信じさせる事ができるかもしれない、と?))

鈴羽((うん。期待しても良いと思う))

岡部((……ふむ、面白そうだ))

鈴羽((それにしても……。107問題に関しては、牧瀬紅莉栖にも話していなかったはずなんだけど。どこでそれを知ったんだろう?))

岡部((さあな))

真帆「…」
真帆「……」
真帆「………」

紅莉栖「…………」

真帆「ねえ紅莉栖、先に私からも少し聞いていい?」

紅莉栖「はい、何なりと」

真帆「107問題について四人で話し合ったとき、あなたアマデウス達に妙な質問をしていたわよね?」

紅莉栖「……はい」

真帆「どんな内容だったかしら? 確か……覚えの無い記憶が突然引き出されたか? とか──」

真帆「あとは……そうね。ある一時期を境に、記憶データが爆発的に増えているはずだ……とか何とか、そういう内容だったわよね?」

紅莉栖「その通りです。ちなみに私が記憶増加の時期と断定していたのは、2010年の7月28日でした」

真帆「去年の7月28日。それは何か特別な……あっ!」

紅莉栖「気づいてもらえたみたいですね。そうです。それはとても特別な一日でした。世界線にとっても、そして私たちにとっても」

真帆(そうよ。そうなんだわ……)

紅莉栖「2010年7月28日。それは世界の歴史が大きく分裂することで、αとβという二つの世界線が生まれる日であり……」

紅莉栖「同時に。β世界線で私が父の手で刺し殺されることになる日……でした」

真帆(……や、やっぱり)

紅莉栖「それにしても、さすがですね先輩。私の思いついた内容を、触りの部分を聞いただけで正確に予測してくるなんて」

真帆「お世辞はいいから、続けて」

紅莉栖「お世辞なんかじゃないんですけど、分かりました

紅莉栖「では……」














乙。なる早で続き頼む


すごい気になるところで引きになったか……

>>116
今日の日付が変わる頃を予定しとりやす  しばしお待ちを!

>>117
つなげるとえらい長くなりそうなので
ぶった切ってしまたです すまぬっ!


スレタイだけ見てギャグかと思ったら真面目なやつだった
面白いしついつい一気読みしてしまった...

>>120
ありがとうございます!
中盤もそろそろ折り返しなので
このままお付き合いいただければとぅでございますです、はい

     15

一同「…………」

紅莉栖「えーごほん。それでは始めさせていただきます」

紅莉栖「レスキネン教授の指導の下、私たちが研究していた人工知能、アマデウス」

紅莉栖「このプロジェクトには、大きく分けて二つの技術が利用されています」

紅莉栖「一つは、人工的に人間の脳を模倣するエミュレート・プログラム」

紅莉栖「そしてもう一つは──」

真帆「あなたが理論設計した“記憶抽出”技術ね」

紅莉栖「その通りです。この二つの技術を組み合わせる。つまり、エミュレート・プログラムの中に抽出した記憶データをコンバートする」

紅莉栖「そうすることで、アマデウスは初めてAIとしての機能を発揮する」

紅莉栖「でしたよね、先輩?」

真帆「そうね」

真帆(そこは逐一、紅莉栖に説明してもらう必要も、そして彼女が同意を求める必要もなさそうだけど……)


チラリ


真帆(……そうね。ここには彼らもいるのだし)


岡部・鈴羽「?」

真帆「いいわよ、続けて紅莉栖。私にも分かるように、なるべく詳しくね」

紅莉栖「了解です」ニコリ

真帆(かわいい)オオウ

紅莉栖「さて。エミュレート・プログラムと記憶データの抽出。この二つはもともと、別のプロジェクトとして進行していました」

紅莉栖「誤解の無いように付け加えるなら、エミュレート・プログラムの開発自体は、最初はそれ単体で“新型AI”を構築するプロジェクトとしてのものでした」

紅莉栖「そして、今からだいたい一年くらい前でしたか。そのプロジェクトの完遂によって“新型AI”が生み出されたわけですが……」

真帆「今にして思えば、あれは酷い出来だったわね」

紅莉栖「ですね。研究室で出来上がった期待の“新型AI”。しかしそれは残念ながら、これまで世間にゴロゴロしている凡庸なものと、なんら変わらない性能しか持ちえていませんでした」

真帆「あの時のレスキネン教授の落ち込みっぷりといったら、それはもう痛々しいものだったけど。でも、そこに紅莉栖が一計を案じてくれたのよね」

紅莉栖「差し出がましい真似だったかと気にしていたので、そう言って頂けるならありがたいです」

真帆「謙遜は不要。あれはあなたの功績よ、紅莉栖」

真帆「あなたはあの時、失敗作として烙印を押されかかっていた“新型AI”に、自身が理論設計していた記憶データ抽出の技術を利用するアイデアを投じてくれた」

真帆「あれは、去年の3月頃だったわね。そしてそれからすぐ、その合同プロジェクトは、アマデウス・プロジェクトと名前を変えて発足しなおすことになった」

紅莉栖「YES。その通りです」

紅莉栖「それではここからは、私の記憶を頼りに話を進めさせていただきますけど……」

紅莉栖「去年の三月。アマデウス・プロジェクトの発足と同時に、私と真帆先輩にはもう一つ出来事がありました」

真帆「? 何のことかしら?」

紅莉栖「覚えてませんか? 先輩が始めて記憶データを抽出した日のこと?」

真帆「あ……ああ、あれ。あなたが無理やり誘ってきたのよね。一人じゃ記憶データを抽出するのが怖いからって」

紅莉栖「その節は、ご迷惑をおかけしました」

真帆「で、それがどうかしたの?」

紅莉栖「はい。実は、真帆先輩にはそれから度々、記憶データの抽出を行っていただいてきたわけですが……」

紅莉栖「重要なのは、先輩の抽出が“いつ”行われたかということです」

真帆「いつ……」

真帆(なるほどね、そういう事か)

紅莉栖「長期の経過観察を主目的とした私のアマデウスとは違い、真帆先輩のアマデウスの試験運用目的は、比較検証でした」

紅莉栖「それが理由で、最初の一度しか記憶を抽出しなかった私とは対照的に、真帆先輩は度々記憶の抽出を行ってきた」

真帆「その通りよ。アマデウスのエミュレーション・システムがバージョンアップするたびに、私“だけ”記憶データを抽出されてきたわ」

紅莉栖「ちなみに、エミュレーション・システムのバージョンアップはこれまでに合計で三回ありましたよね?」

真帆「ええ。最初の一回と更新の三回で、私はこれまでに計四回の記憶データ抽出を行った」

真帆「こうなってくると、その時期を順に追っていった方が良さそうね」

紅莉栖「そうしていただけると、助かります」

真帆「先にも出た話だけど、最初のアマデウス起動時の抽出。あれは2010年3月の下旬ごろ」

真帆「次いで、一回目のバージョンアップが、あれは確か起動してから一ヶ月くらいでの事だったから……2010年の4月」

真帆「二度目がそう、夏だったわ。正確な日付までは思い出せないけど、あれって紅莉栖が日本へ行っている間の出来事だったはずよね?」

紅莉栖「そうです。私あの時、先輩からメールをもらっているんです」

真帆「そうだったかしら?」

紅莉栖「はい。そのとき私は、日本の女子高に逆留学していた頃で、秋葉原へはその後で向かっています」

真帆「つまりそれは、2010年の7月28日よりも以前の出来事だった、と」

紅莉栖「仰る通りです。っていうか、先輩のその口ぶりだと、もう私が何を言いたいのか察してるみたいですね」

真帆「それくらいはね。だって最後の四回目の更新が、ついこの間。ええと、今から……」イチニーサンシー

真帆「九日前になる。つまり、三回目と四回目の間に、あなたの言った“7月28日”を挟んでいることになる」

真帆「そしてあなた達の話では、その日を境に、世界線とかいう物が大きく枝分かれをし始めた」

真帆「これらの事を、総合して考えれば。紅莉栖、あなたはようするに──」

真帆「私の脳内にも、知らない世界線の記憶が蓄積されている。そして、去年の7月28日以降から蓄積された膨大な思い出の正体こそが……」

真帆「107問題の答え。と、そう言いたいのよね?」

紅莉栖「コングラッチレーション! その通りです」

真帆「……ふむ」

真帆(彼女が言いたいことは伝わった。でも、だからと言って、それが)

紅莉栖「先輩。私は以前、彼の持つ不思議な力について、仮説を立てた事があります」

真帆「彼って……岡部さんのこと?」チラ

紅莉栖「そうです。彼が持つリーディングシュタイナーという能力。それは歴史が変わり世界線が変わっても、それまでの記憶を維持する能力」

紅莉栖「私はそれを、“脳機能障害の一種”だと仮定しました。もっとも彼には、神聖な能力を疾病あつかいするなとヘソを曲げられましたけど」

真帆「脳機能障害……」

紅莉栖「彼の能力は、何も全てを覚えているわけではない。事実、彼だって忘れている世界線の記憶はあります」

真帆「それは、どんな記憶なの?」

紅莉栖「簡単に言えば、『新しい世界線に移動した際、その世界線の彼はそれまで何をしていたか?』という一点につきます」

真帆「あ……確かに」

紅莉栖「世界線を移動しても、それまでの記憶を維持している岡部倫太郎。しかし逆に、新しい自分が今までやっていたことが分からない」

紅莉栖「そうでしょ、岡部?」

岡部「そうだ。そのせいで、移動のたびに周囲から変な目で見られてきたからな。酷いときなどは、全然しらない場所にいきなり放り出されたこともあったか」

真帆「なるほど。紅莉栖の言うとおり、岡部さんだって全ての歴史を記憶していたわけではない、か」

紅莉栖「そして、もう一つ。実は彼以外にも、他の世界線での記憶を取り戻すことのある人たちがいます」

紅莉栖「もっともそれは、彼ほどに正確な記憶でなく、夢やデジャブのような曖昧な感じではあるんですけど……」

真帆「その“人たち”の中には、あなたも含まれているのかしら?」

紅莉栖「……はい」

真帆「……そう。だとしたら、この世の全ての人間……いえ、もっと広範囲に捉えるべきね」

真帆「おおよそ、記憶という機能を備えた全ての生命体の脳内には、他世界線での記憶というものが残留している可能性がある」

紅莉栖「そう考えるのが妥当なはずです」

紅莉栖「そしてそれは、107問題と呼ばれる現象の発生が、真帆先輩に限ったはなしではないことを意味してもいます」

真帆「かも……しれないわね」

真帆「そして岡部さんだけが皆と違うのは、脳内における何らかの障害が原因で、蓄積された記憶の引き出し方が他の人とは異なっているから……」

真帆「でも、紅莉栖。その理屈だと……アマデウスはどうなるの?」

真帆「間違っても生命体とは言えないけれど、でもあの子たちだって記憶という生態活動の模倣は行っている」

紅莉栖「そうです! まさにそこなんですよ、先輩!」

真帆「あ……まさか」

紅莉栖「アマデウスです。私たちのアマデウスに……っていっても、先輩のアマデウスとは連絡できませんからね。取り合えずこれから、私のアマデウスに確認を取りましょう」

真帆「なるほど、悪くないわね」

真帆「起動して以来、一度も記憶データの更新を行っていない紅莉栖のアマデウス」

真帆「もし彼女の記憶領域にも、7月28日以降から不可解な記憶の増加現象が見られたのであれば……あ、でも待って」

真帆「例え増加していたとしても、そのデータ内容にはアクセスできない可能性が高い。これでは事の真偽が……」

紅莉栖「構いませんよ。彼女たちは定期的に自身のログを取っています。もし自身の記憶領域内に、アクセス不能なデータが作られ始めているのであれば、それがデータとして制作された日付くらいは確認できるはずです」

真帆「そうか。それが全て7月28日以降に作られたデータだったなら、それなら……それなら」

紅莉栖「それなら!」

鈴羽「それなら?」

岡部「それであれば。俺たちの話を信じ、そして協力をしてもらうための判断材料として申し分ないのではないか?」

真帆「そう、ね。十分とはいえないまでも、それでも根拠としては及第点をつけられそう」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「OK、いいでしょう。それが確認さえ出来るのなら、私はあなた達に協力を惜しまない」

紅莉栖「YES!」

真帆「それなら早速、紅莉栖のアマデウスに連絡を取ってみま……あ!」

紅莉栖「どうしたんですか、先輩?」

真帆「あ、いえ、なんでもないの」

真帆(そういえば、不審なパスワードの件で紅莉栖のアマデウスに連絡を取るの……すっかり忘れていたわ)

真帆「じゃ、じゃあ連絡するわよ」

岡部「うむ、頼むぞ。上手くいったあかつきには貴様の肩書きを、サボタージュからハードワーカーへと格上げをしてやろう」

真帆「う、嬉しくないわね……」ピッ












     16

A紅莉栖『先輩の強制アクセスにまでパスが掛けられているなんて……』

真帆「ええ、これは想定していなかった事態だわ」

A紅莉栖『状況は思ったよりも深刻そうですね。どうします先輩? 私は取り合えず、レスキネン教授に一報をと考えていますけど』

真帆「そ、そうね」

真帆(普通であれば、それが真っ当な判断なのでしょけど……)チラリ

鈴羽「…………」コクコク

真帆(一体、どういうつもりなのか……)

鈴羽「…………」クイックイッ

真帆(はぁ。仕方ないわね)

真帆「ええと、あのね紅莉栖」

A紅莉栖『? はい、何でしょうか先輩』

真帆「ちょっと、その、物は相談なのだけど……教授への報告をしばらく待ってはもらえないかしら?」

A紅莉栖『それはなぜですか?』

真帆「実は、他に試してみたい方法があるの。ちょっとばかり段取りのいる手段だから時間がかかってしまうのだけれど……」

真帆「できるなら、教授への報告はそれを試した後にしてもらえると助かるわ」

A紅莉栖『…………』

A紅莉栖『先輩。それって、どんな方法なんですか?』

真帆「ごめんなさい。少し人には言いづらい方法なのよ」

A紅莉栖『そう……ですか』

真帆「ダメかしら?」

A紅莉栖『分かりました。じゃあその方法とやらの結果は、また追って連絡してください』

真帆「了解よ。悪いわね」

A紅莉栖『いえ。よろしくお願いしますね、先輩。では後ほど』

真帆「ええ、後でね」


ピッ


真帆「はぁ」

真帆(何で私がこんな嘘なんてつかなきゃいけないのよ)イライラ

真帆「さあ、言うとおりにしたわよ。これで良いのかしら?」

鈴羽「上出来だよ、比屋定真帆。これでまだしばらくは、ボクたちの動きが察知されることはないはずだ」

真帆「…………」

岡部「ふむ。で、それで結局どうだったのだ? まあ、電話をしている貴様の反応からして、答えを聞くまでもないだろうがな」

真帆「そうね。あの子の話が、あなた達の空想劇に見事な土台を与えてくれたわよ」

紅莉栖「それってつまり……」

真帆「ええ。紅莉栖のアマデウスも、去年の7月28日を境に不可解な容量増加を把握していた。おまけに……」

真帆「私の記憶データに見られた107メガの容量増加も、それとまったく同時期に発生していたらしいわ」

真帆「私のアマデウスから直接聞いたそうだから確かでしょうね」

真帆「つまり……」

真帆「世界線とかシュタインズゲートなんていうぶっ飛んだ話に、真っ当な信憑性が付与されたということになるわ」

岡部「では、俺たちの計画に協力してもらえるのだな?」グイ

真帆「それは……」

真帆(さて、これはどうしたものかしら。何と答えるべきか考え所だけど)

紅莉栖「先輩、どうか協力してくださいませんか?」グイグイ

真帆「…………」ムムム

真帆「あなた達は気軽に協力協力って言うけど、じゃあ協力するって言ったら私は一体何をさせられるの?」

真帆「言っておくけど、私には荒事なんて出来はしないわよ?」

鈴羽「なに、そんな大層な事をしてもらうつもりなんて無いよ。ボク達の目的は、あくまでも君のアマデウスをこの世界から消し去ることだ」

真帆(…………)

鈴羽「だから、協力者として君にやってもらいたい事は一つ」

鈴羽「なぜかこちらから通信できない君のアマデウスに対して、比屋定真帆の持つ権限を使用して“強制アクセス”を行ってもらいたいんだ」

真帆「……ああ、そういう事ね。つまり、デリートできるようにお膳立てをしろ、と」

鈴羽「理解が早くて助かるよ」

真帆「でも悪いけど、それは無理でしょうね。例え私の権限を用いたとしても、現状ではアマデウスをデリートするところまで漕ぎ着けられないはずよ」

鈴羽「どうしてだい? アクセスさえ出来れば、あとは消すだけじゃないか」

真帆(やっぱり……私のアマデウスを消すことが目的には違いないのね)

真帆「そうじゃなくて、そもそも私にもアクセスができないという状況なのよ、今は」

鈴羽「?」

真帆(何できょとんとしているのよ。私と紅莉栖のアマデウスとの電話、聞いていたはずでしょうに)

真帆「はぁ。要するにね……」


カクカクシカジカ


真帆「というわけで。今、私のアマデウスには奇妙なパスワードが掛けられてしまっているの」

真帆「そしてそのパスの影響は、アマデウスだけでなく強制アクセスシステムの制御にまで及んでいる」

真帆「だから、そのパスワードを何とかしない限り、オリジナルの私ですら自分のアマデウスにアクセスすることが出来なくなっているという分けよ」

真帆「どう? ご理解いただけたかしら?」

鈴羽「ああ、なるほどね分ったよ。でもね比屋定真帆。そんなことは何の支障にもならない」

鈴羽「そうだよね、牧瀬紅莉栖?」

真帆「え?」

紅莉栖「…………」キョドキョド

真帆「どうしてそこで、紅莉栖の名前が出てくるの?」

鈴羽「そんなの決まっているじゃないか。アマデウスや強制アクセスの中に追加のパスワードを仕掛けたのが、牧瀬紅莉栖だからだよ」

真帆「は?」

鈴羽「だから。君の言っているパスは、そこにいる牧瀬紅莉栖が仕込んだって言ったのさ。今朝早くのことだったよ」

鈴羽「という訳だから、牧瀬紅莉栖は当然としてボクもそしてオカリンおじさんも、君の問題視しているパスワードなら解除する方法を知っている」

鈴羽「どうかな? 何の問題にもならないだろ?」

真帆「うそ……でしょ?」チラリ

紅莉栖「いや、その、ええと……何といいますか」ドギマギ

真帆(紅莉栖のこのうろたえ方。まさか、そこまでしたというの? そんなこと……いくらなんでも信じられない)

真帆「…………」ジッ

紅莉栖「あう……」ダラダラダラダラ

真帆(本当に本当なの? でもだとしたら、いち研究者としてどこまでも真摯であるはずの彼女が……どうしてそんな真似を?)

真帆「…………」ムムム

真帆「鈴羽さんと、それから岡部さんと言ったわね?」

鈴羽・岡部「…………」

真帆「まさかあなた達、そうするよう紅莉栖に強要したわけじゃないでしょうね」

真帆「返答いかんによっては……ただじゃおかないっ」ギロリ

紅莉栖「そ、それは違うんです! 強要とか、無理強いとかされたわけじゃなくて……というか、むしろ」

真帆「……むしろ、何?」

紅莉栖「そのっ!」

紅莉栖「先輩のアマデウスや強制アクセスにパスワードを仕込もうと発案したのは、私の方なんです!」

真帆「……な」ギョ

真帆「なぜあなたがそんな真似を……」

紅莉栖「………」
紅莉栖「……」
紅莉栖「…」

紅莉栖「覚えていますか、先輩?」

紅莉栖「昨日、私と先輩が研究室で話していた時、急に電話がかかってきましたよね」

真帆(それって、紅莉栖にしては珍しく声を荒げていた、あの時の)

真帆「ええ、覚えているわ」

紅莉栖「その時の電話の相手。それって実は、そこに居る彼、岡部倫太郎だったんです」

真帆「そ、そう……」

紅莉栖「私はその電話で、そこにいる彼に呼び出されました」

紅莉栖「日本にいると思っていたのに、急にアメリカにいるとか言われて」

紅莉栖「それで慌てて飛んでいった私に、彼はこんな話を持ちかけてきたんです」

紅莉栖「うちの大学に忍び込むから手を貸して欲しいって」

真帆「…………」

紅莉栖「私は当然拒否したんですけど……」

紅莉栖「でも彼はその夜、大学潜入を強行してしまいました。そんな彼の行為に私もついカッとなって、不法侵入した彼を追い立てたりもしました」

紅莉栖「でも、後から阿万音さんとも合流して、それに至った事の経緯と事情を聞かされて……」

紅莉栖「そこで初めて事の重大さに気がついたんです」

真帆「……紅莉栖」

紅莉栖「私だって、そこの二人と同じなんです。私だってシュタインズゲート世界線を手放したくない。何があろうと、この世界線は決して手放していいものではない」

紅莉栖「だったら、このまま放置しておくわけにはいかない」

紅莉栖「そう判断し、教授や先輩や研究室の皆に悪いとは思いながらも、他に有効な手段も思いつかず……それで」

真帆「それで……パスワードを追加したと?」

紅莉栖「はい。それが、アマデウスに携わった人たちを裏切るような行為だということは、自分でも分かっています」

紅莉栖「それでも、何か手を打たなければ危険だと判断しました。だから」

真帆(パスワードを追加する。たったそれだけの行為に、いったいどんな意味があったというのよ?)

真帆(それに、今の紅莉栖の表情はなに? あの天才、牧瀬紅莉栖がそこまで思いつめなければならないような、そんな非常事態だということなの?)

真帆「……ねえ紅莉栖。今ならまだ、『軽い冗談のつもりでした』で済ませてあげてもいいのだけれど?」

紅莉栖「先輩!」キッ

全員「…………」

真帆(タイムトラベル、リーディングシュタイナー、サリエリ、シュタインズ・ゲート世界線、そして私の死)

真帆(これから先の未来で起きるらしい色々。あなたはそれを心から愁いている)

真帆(それで良いのね、紅莉栖?)

真帆「ねえ、鈴羽さん」

鈴羽「何だい?」

真帆「教えて頂戴。これからの未来で、いったい何が起こるのか……いえ、そうじゃないわね。きっと私が知るべきなのは……」

真帆「私の持つ権限を使って私のアマデウスを完全にデリートする。そうすることで、いったい何ができるというの?」

鈴羽「やっと目の色が変わったね。これは牧瀬紅莉栖のお陰かな?」

真帆「質問に答えなさい」

鈴羽「そんな怖い顔で見ないでほしいな。いいよ。ここまできたら仕方が無い」

鈴羽「今、この世界で何が起きているのか。そしてこの先の歴史で何が起ころうとしているのか」

鈴羽「これからそれを、君に話して聞かせることにするよ」














ここで消すだけでは再構築されておしまいな気もしないではないがそっちはどうするんだろう

>>137
あ……やばい なんぞ考えんといけないですよこれは

     17

鈴羽「この世界の歴史は今ゆっくりと、でも確実に、シュタインズゲート世界線からその姿を変え始めている」

鈴羽「変化の向かう先はサリエリ世界線と呼ばれる歴史。そう、言うまでもなく、それはボクのいた未来へとつながる歴史のことさ」

鈴羽「ではどうしてシュタインズゲート世界線は、本来あるべきはずの流れから外れてしまうような状況に陥ってしまったのか?」

鈴羽「未来において、その分岐点だったと考えられている歴史上のポイントは大きく二つ」

鈴羽「一つは比屋定真帆のアマデウスが、107問題と呼ばれる不可侵なはずのデータ領域に対して、アクセスする手段を確立してしまったこと」

真帆「あの107メガにアクセスですって? そんなこと本当に──」

鈴羽「できたのさ。まあ、結果論でしかないけどね」

鈴羽「そして恐らくは、『手段の確立』という事象そのものが、シュタインズゲート世界線の歴史に変化をもたらす切欠になったのではないかと考えられている」

鈴羽「そうして切欠を経ることで始まる世界線の変化。それを未来では、シュタインズゲートの“ほつれ”と呼んでいた」

真帆「ほつれ……」

真帆「その言葉、なんだか聞き覚えがあるわね。あなた確か昨日の夜、そんな言い回しを口にしていなかった?」

鈴羽「へえ、覚えていたのかい? あんな状況でたったの一度口走っただけだったのに、たいしたものだね。素直に感心するよ」

真帆「あんな状況だったからこそ、よ。それに他にももう一つ……確か……何だったかしら?」

紅莉栖「ひょっとして、“破綻”のことですか?」

真帆「ああそれね、破綻。その単語も聞いた覚えがあるわ。よく分ったわね紅莉栖」

紅莉栖「いえ。“ほつれ”と“破綻”の二つのワードは、阿万音さんがセットでよく口にしていたので」

真帆「そうなの?」

岡部「ああそうだ。もっとも、俺たちとしてもそれらの単語が持つ本当の意味を、少々計りかねてはいるのだがな」

紅莉栖「俺たちって言うな。少なくとも私は理解しているつもりよ」

岡部「ぬ、ぐ……」

鈴羽「話を続けても構わないかな?」

真帆「そうね。お願い」

鈴羽「じゃあ」

鈴羽「シュタインズゲート世界線の歴史がサリエリ世界線へと変化を始めた事象。それが“ほつれ”だという事は、今話して聞かせたわけだけど」

鈴羽「それとは別に、もう一つ存在するターニングポイント。それが“破綻”だ」

鈴羽「その“破綻”が発生してしまうことで、シュタインズゲート世界線はボクの知る未来、サリエリ世界線の軌道へと完全に乗り上げてしまう」

鈴羽「そんな“破綻”を招いた原因として考えられている出来事。それこそが……」

鈴羽「2011年4月10日に起こる、比屋定真帆の消失だ」

真帆(!?)

鈴羽「ここまで言えばもう分るとは思うけど……」

鈴羽「サリエリ世界線へ変貌しようとする世界の歴史を、再びシュタインズゲート世界線の軌道へと引き戻す」

鈴羽「それがボクが未来から受けてきた、何よりも重要な使命なんだ」

一同「…………」

岡部「まったく。鈴羽よ、お前はどこの世界線へ行っても苦労の絶えない奴だな」

鈴羽「そう思ってくれるなら、おとり役くらいはもう少しちゃんとこなしてほしかったな、オカリンおじさん」

岡部「ぬぐぐ! 勝手にボクっ娘属性など付加させてきた分際で偉そうに!」

鈴羽「ボクの一人称なんて今は関係ないだろ? 反省くらいしなよ。おかげで結局、ボクは“ほつれ”を防ぎそこなってしまった分けだからね」

岡部「そ、そうは言うがな。俺としても、どうにも実感がわかずに困っているのだぞ?」

岡部「鈴羽がこの時代に存在するのだから、それだけで異常事態だということは理解できる。しかし、しかしだ」

岡部「リーディングシュタイナーの一つも感知していない今の現状では、世界線の変動と言われても、どうにも危機感を持ちづらくてかなわん」

真帆(え?)

真帆(リーディングシュタイナーって確か、世界線の変動を感覚的に知覚する能力だったわよね?)

真帆(ここまでの話だと、今現在、シュタインズゲート世界線はサリエリ世界線へ向けて変化しているってことのはずだけど)

真帆(それなのに、岡部さんは一度もその変動を感知してはいない?)

真帆(どういう事……?)

紅莉栖「岡部、あんたまだそんな事を言ってるの?」

紅莉栖「昨日も説明受けただろ。世界線の歴史は、ゆっくりと変貌していくの。そしてあんたは、その変化する歴史の上をリアルタイムで歩いている。だったら」

岡部「皆まで言われんでも分っている! リアルタイムである以上、これまでのように過去から現在までの歴史が再構築されるわけではない」

岡部「だからこの件では、俺のリーディングシュタイナーが発動することはない」

岡部「助手はそう言いたいのだろう?」

紅莉栖「何よ分ってんじゃない。ならどうして……」

岡部「頭では理解している。しかし感情はそれとは別物だ、という話だ」

紅莉栖「困ったものね」

岡部「ふん。大きなお世話だ」

真帆(なるほど、そういう理屈か)

真帆「…………」フゥ

真帆(リーディングシュタイナーって大層な名前のわりに、あまり役に立たない代物なのかしら)

岡部「むむ! ブラウニー貴様、今俺の事を役立たずだと思わなかったか!?」

真帆(うお)

紅莉栖「なにを難癖つけてるんだ、あんたは」

鈴羽「はいはいはいはい!」パンパン

鈴羽「そろそろ話を戻したいんだけど?」

真帆「そ、そうね」

鈴羽「さすがにこれだけの頭数が揃うと、どうにも話が脱線しやすいね」

鈴羽「でも、みんなが好き勝手にしゃべっていたら、話の収集がつけられなくなるし……比屋定真帆の認識に変な誤解を植えつけかねない」

鈴羽「そこの二人は、少し静かにしていてもらえると助かるんだけどな」

紅莉栖「あ、ごめんなさい」

岡部「ぬう……仕方あるまい」

鈴羽「ありがとう、二人とも。と、いうことで比屋定真帆。ここまでの話にはついてこられているかい?」

真帆「なめないで。余裕よ」

鈴羽「さすがだね。じゃあ、ボクの話の続きにいこうか」

真帆「ええ」

鈴羽「オーキードーキー。じゃあ取り合えずは、今話題に出た部分を誤解のないように補足していくことにするよ」

鈴羽「すでに“ほつれ”を迎えているとはいえ……」

鈴羽「それでも今現在において、この世界の歴史はまだシュタインズゲート世界線上にあると認識してもらっても問題ないと思う」

鈴羽「この世界線がサリエリ世界線への道をたどり始めるのは、あくまでも君の消失が起きる4月10日の“破綻”以降になるはずだからね」

真帆(私の……消失。自分の死に方とか、あまり考えたくはないわね)

鈴羽「でも、だからと言ってのん気にはしていられない。だってそうだろ? 破綻はまだでも“ほつれ”はすでに始まっているに違いはないんだからね」

真帆「まあ、そうでしょうね。で、その“ほつれ”とやらは具体的にいつ起きたの?」

鈴羽「多分、今日の午前中。ほんの二、三時間くらい前のことだと思うよ」

真帆「はい!?」

鈴羽「記録によると、今日の午前11頃、比屋定真帆のアマデウスは107領域へのアクセス問題をクリアしているはずなんだ」

真帆「それはまた……具体的な記録ね」

鈴羽「まあね。何せボクのいた時代では、一度通っている歴史道だからね。それくらいのことは把握できるさ」

真帆「未来って、随分と便利にできているのね……」

鈴羽「かもしれないね。でもだからこそ、ボクたちは未来で今回の作戦を立案することができた」

真帆「作戦って、昨夜の騒ぎのことでしょ? サーバーを銃で撃ち抜こうとか、えらく荒っぽい作戦をたてるものね」

鈴羽「それは誤解だよ。銃を使おうとしたのは、やむにやまれず仕方なしにそうなっただけで、当初の作戦はまったくの別物だった」

真帆「どうだか」

鈴羽「本当さ。当初の予定では準備室で就寝している君を誘い出し、無人になった研究室に忍び込む。そこで君のPCからアマデウスを立ち上げて、デリートするという手はずだったんだ」

真帆「悪いけど、その内容だと作戦としてはお粗末と言うほかないわね」

真帆「どうやって私のPCのログイン・パスを手に入れたかは知らないけど、でもね」

真帆「アマデウスのデリートには、デリート・システムを起動するためのパスワードが必要なの」

真帆「そのパスは当然ログイン・パスとは別物だし、そもそも私はそれを他の誰かに教えたことなんて、今の今まで一度もないわ」

真帆「つまり。どう転んでもあなたの作戦は、サーバーを穴だらけにするという選択肢を選ばざるを得なかったということになる」

真帆「違うかしら?」

鈴羽「それが、違うんだな」

真帆「何ですって?」

鈴羽「ボクは知っているからね。君のアマデウスを完全消去するために必要な、デリート・パスを」

真帆「ちょ……いくらなんでも、口からでまかせでしょ?」

鈴羽「何だったら、ボクがここで振って見せてもいいけど?」

真帆「振るって……何をよ?」

鈴羽「決まっているさ。サイコロを、だよ」

真帆「サイ……んなっ!!!???」

鈴羽「何せ未来は便利なんでね」

真帆(便利ですって……? ただ未来が便利だからという理由だけでは、これはいくらなんでも納得できない)

鈴羽「……何にしてもだよ」

鈴羽「ボクは未来から使命を受けると同時に、それに必要な情報は全て持ち込み、その上で任務に当たったつもりだった」

鈴羽「ところが実際にその場になってみると、アマデウスは君のPCからのアクセスを受け付けてくれなかった」

鈴羽「その結果、ボクは“ほつれ”を防ぐという任務に失敗してしまった」

真帆「…………」

鈴羽「そんな事があって、さあどうしたものかと途方にくれていたボクに牧瀬紅莉栖が考案してくれたのが……」

鈴羽「状況を悪化させず、現状を保持するための案。それがシステム内へのパスワード追加だった。そうだったよね?」

紅莉栖「ええ。とりあえず、一時しのぎにでもなればと思っての雑案ではあったのだけど」

鈴羽「でも、助かったよ。この時代でボクが行動を起こしたことで、歴史の流れに変化が出てしまうことは大きな懸念材料だったからね」

鈴羽「本来の記録では、“破綻”が起きるのは今から約二ヵ月後の4月10日だけど、ボクの行動で変化した歴史の流れが、そのタイムリミットにどんな影響を与えるのか分かったものじゃない」

鈴羽「バタフライ効果とは、そういうものだからね」

鈴羽「万が一、時期が早まるようなイレギュラーでも発生したらと思うと、どうにも頭が痛かったよ」

鈴羽「だから。いつ起きるとも知れないそのイレギュラーを押さえ込めることは、今のボクにとってとても有意義だった」

真帆「……ねえ」

真帆「パスワードを追加することとタイムリミットのイレギュラーは、どう関係しているわけ?」

鈴羽「端的に説明するなら、アマデウスから外部へ向けた連絡を遮断できる、という点につきるかな」

鈴羽「例の追加されたパスワードは、何もこちらからの接触だけを制限するのが目的じゃない。なにせ追加したのは双方向に効果のあるパスワードだ」

鈴羽「だから『アマデウスが外部にアクセスできない』ようにすることこそが、パスワード追加の本来の目的だったと言える」

真帆「なるほど。となると……」

真帆「あなたの言う記録通りに物事が進むのなら、4月10日に私のアマデウスは外部へと連絡を取り、それがシュタインズゲートの“破綻”を呼ぶという解釈でいいのかしら?」

鈴羽「大まかにはその解釈で間違ってはいない。でも忘れてもらっては困るな。“破綻”の原因はあくまでも比屋定真帆、君の消失が最重要項目なんだ」

真帆「そう……だったわね」

鈴羽「アマデウスが外部に連絡を取り、その結果として君の存在がこの世から消える。そうして起きるのが、シュタインズゲート世界線の“破綻”であり……」

鈴羽「その代わりの歴史として現れるのが、サリエリ世界線という名の未来なのさ」

真帆(私が死んで……そしてサリエリ世界線が現れる……)

真帆「ねえ」

鈴羽「何だい?」

真帆「あなたが居たサリエリ世界線というのは、いったいどんな歴史なの?」

鈴羽「気になるのかい?」

真帆「当たり前じゃない」

鈴羽「そうだね。ボクとしてもそろそろ打ち明けていい頃合だと思ってはいるんだけど……」

真帆「含みのある言い方ね」

鈴羽「まあ、ちょっと思うところもあるからね」

真帆「この期に及んで、情報を小出しにしてもメリットは薄いと思うのだけど?」

鈴羽「う~ん、そうだよね、やっぱり」

真帆(何よ、煮え切らないわね)

全員「…………」

岡部「おい鈴羽、悪いが口を挟ませてもらうぞ」

鈴羽「あ、オカリンおじさん。どうぞ」

岡部「サリエリ世界線というものが一体どんな歴史なのか。それについては俺もずっと気になっていた」

鈴羽「みたいだね」

岡部「今までお前は、サリエリ世界線の詳細やサリエリと呼ばれる人物の正体についての話題が上る度に、何だかんだと話をはぐらかしてばかりだった」

鈴羽「否定はしない」

岡部「ふん。お前のことだから、何かしらの理由があってそうしているのだろうと、あえて追及は避けて協力をしてきたが、しかしだ」

岡部「そろそろ俺たちにも、その辺りの事情とやらを聞かせてくれても良いのではないか?」

紅莉栖「そうね、私も先輩と岡部に賛成」

紅莉栖「そう言った根幹部分の事情を知らされていないという現状も、岡部の危機感をあおれていない要因の一端になっているのは間違いないだろうから」

鈴羽「う~~~ん」

全員「…………」

鈴羽「うん、そうだね。決めたよ。昨夜の作戦が失敗した時点で、未来で立てた計画にいつまでも沿い続けることには、あまり意味がなさそうだ」

鈴羽「それに。この顔ぶれが揃っているなら、ボクが話さなくてもいずれ勝手に憶測や仮説を立てて、結論までたどり着いてしまうかもしれないし」

鈴羽「それなら今、ここでボクの口からちゃんとした事情を明かしてしまったほうが、まだ皆の状況把握を統一できるというものか」

岡部「ようやく観念したか。では改めて問おうではないか、鈴羽よ」

岡部「貴様のいたというサリエリ世界線。それは一体、どんな歴史を持つ世界線なのだ?」

鈴羽「そうだね。仮にサリエリ世界線というものを一言で言い表すのだとしたら……」

鈴羽「それは『歴史上にタイムマシンが存在する世界線』と、そう言うべきかな」


シーーーン


真帆「な、何よその中途半端な説明は。身構えた私が馬鹿みたいじゃない」

岡部「まさかお前、まだはぐらかす腹づもりではなかろうな?」

鈴羽「そんな気はないよ。事実この言い方が、サリエリ世界線を表現するのに一番適していることには違いないんだからさ」

紅莉栖「そうは言うけど、でも私たちからしたら今のじゃ何も聞いていないに等しいんですけど」

鈴羽「困ったな。そうだね、なら少し趣向を変えて、こんな説明方法ならどうだろう」

鈴羽「岡部倫太郎に牧瀬紅莉栖。仮に君達がシュタインズゲート世界線に対する定義を求められた場合、それにどう答えるかな?」

岡部「何だと?」

紅莉栖「シュタインズゲート世界線に対する定義か。そうね」

紅莉栖「元々不確定要素が強い対象だから言葉選びが難しいのよね。まゆりや私が死なない……っていうだけじゃ、定義というには甘すぎるし」

鈴羽「ちなみにだ」

鈴羽「ボクがいた2036年の君達二人は、シュタインズゲート世界線というものに対して明確な定義を設けていた」

岡部「ほう、それはどんなものだ?」

鈴羽「それはこんな感じだったよ」

鈴羽「歴史上の未来において、タイムマシンが存在しない。もしくは……」

鈴羽「存在しても、それが岡部倫太郎の主観に影響を与えることはない世界線」

鈴羽「どうかな?」

岡部「それまはた……随分と簡単に言い表したものだな」

紅莉栖「ちょっと大雑把すぎるかも。でも……うん。シンプルな割りに要点は押さえてある気もする。定義としては悪くない」

真帆「となると」

真帆「“シュタインズゲート世界線”から“サリエリ世界線”への変貌とはすなわち……」

真帆「タイムマシンが『存在しない』はずの歴史から、『存在する』歴史へと移り変わっていく事象……と」

真帆「そういう捉え方で良いのかしら?」

鈴羽「いいね、完璧だよ」

真帆「……そう」

真帆(でも、そうなると……)

真帆「阿万音さん。あなたの目的は、私のアマデウスを消去することなのよね?」

鈴羽「その通りだね」

真帆「それで目的を達成すれば、歴史の流れをサリエリ世界線からシュタインズゲート世界線へと引き戻すことができる」

鈴羽「うん」コクン

真帆「それってつまり……私のアマデウスが、未来でタイムマシンを開発するなんて事になるんじゃないかしら?」

鈴羽「そうだよ」

真帆(やっぱり!?)

真帆「そ……そうだよってあなた、また軽く言ってくれるわね」

鈴羽「事実だからね。君のアマデウスは、今から20年後の未来において、一人の協力者とともにタイムマシンを完成させて世間に公表する」

真帆(協力者?)

鈴羽「そして、君のアマデウスが公表の際に名乗っていた名前。それこそが“サリエリ”だった」

真帆「サリエリ……」

岡部「ふむ。つまりサリエリの正体はブラウニーのアバターだったというわけか」

鈴羽「その通り。だからこそボクは、比屋定真帆のログイン・パスやデリート・パスを教えてもらう事ができたんだけど──」

真帆(え? 教えて……?)

鈴羽「どうだい、少しは驚いてくれたかな?」

全員「…………」

岡部「ふむ。拍子抜けだな」

鈴羽「え……」

岡部「残念だが、その程度では大して驚けん。予想の範疇どころかど真ん中すぎて、逆に意外性に欠けていると言わざるをえんぞ」

鈴羽「えええ……」

真帆(なに? 何かがおかしい。サリエリ……私のアマデウスは、未来で阿万音さんと対立しているのだと思っていたけど)

鈴羽「で、でもさ! ただの人工知能だった奴に世界が支配される感じなんだよ? これって結構ショッキングな展開じゃないかな?」

岡部「B級映画のシナリオでも、もう少し何とかなっているぞ」

真帆(阿万音さんは今、『教えてもらった』と口にした。敵対していた相手から得た情報なら、そんな言葉のチョイスをするかしら?)

真帆(でも……)

真帆(仮に対立関係ではなく、友好的な関係を結べていたのだとしたら、それはそれで、話がおかしくなる)

真帆(未来でサリエリと名乗っている私のアマデウスは、自身でタイムマシンなんて代物を開発しておきながら……)

真帆(しかしその一方で、世界の歴史上からタイムマシンの存在を消し去ろうとしている阿万音さんに、それに必要不可欠なデリートパスを伝えたということで……)

真帆「…………」モンモン

鈴羽「ほ、ほら! オリジナルを駆逐したAIが今度は人類を支配するパターンとか、スペクタクルものじゃないか」

紅莉栖「駆逐とか、言葉を選びなさい」

鈴羽「あ……ご、ごめん」

真帆(何これ……理屈が気持ち悪い……)ゲンナリ

岡部「…………」チラリ

紅莉栖「で、何? 結局支配されちゃうわけ?」

鈴羽「あ、いや……まあ色々と、そのね」

紅莉栖「あのね阿万音さん。少しひねりが足らなかったんじゃないかしら? 盛るときは盛大にが基本よ」

鈴羽「いや、ちょっと! まるで全部がボクの創作みたいに言わないでくれないかな!」

岡部「しかしだ」

岡部「自分の分身がタイムマシンなどというものを作り上げているというのに、その本体なるオリジナルがすでに死んでいるとは……」

岡部「これは手痛い失態ではないか、ブラウニーよ?」

真帆「ふぁい?」

鈴羽「あ、それは──

岡部「かねての太古より、コピーの暴走を止めるのはオリジナルの役目と相場が決まっている」

岡部「その任務を放棄してあの世でバカンスとはな。やはり貴様など、しょせんはサボターんごっ!?」ゴチン

紅莉栖「むちゃ言うな馬鹿岡部。不謹慎にもほどがあるっつーか、素手で殴るとやっぱり痛いわね。気をつけないと」

鈴羽「いや、あのさ……」

岡部「しょ……職務怠慢なブ、ブラウニーめ! 貴様のバカンスなど即刻中止だ。力ずくにでもあの世から帰国させてや……」

紅莉栖「しつこいっ!」ゲシッ

鈴羽「…………」

岡部「ぬぐぐ、くぉの助手が調子に乗りおって!」

紅莉栖「調子に乗っているのはあんたでしょ」

真帆(あらら、ひょっとして変に気を使ってくれたのかしら?)

鈴羽「う~ん」

紅莉栖「で、阿万音さんはどうしたのよ? 急に難しい顔なんてして。驚かれなかったのが、そんなにショックだったの?」

鈴羽「いやそうじゃなくてさ。実はね、まだちょっと気になる誤解が残っていたことを思い出してね」

紅莉栖「気になる誤解?」

鈴羽「そう、誤解だよ。そうだね、もうここまで話してしまったんだし、やっぱりその誤解も訂正しておくべきだよねぇ」

真帆「訂正って何を?」

鈴羽「それはね。“破綻”を決定付けた出来事。比屋定真帆の消失……つまり、君たちの考える彼女の死についてさ」

真帆「…………」ドキッ

鈴羽「どうやら君たち三人ともに、ボクの言う“消失”という言葉を間違った意味で捉えているみたいだ」

岡部「何をどう間違えているというのだ?」

鈴羽「いいかい……」

鈴羽「2011年4月10日。比屋定真帆はこの世界の歴史から姿を消す。これは確かだ」

鈴羽「でもそれは、決して君たちが思い描いているような事柄ではない」

鈴羽「だってさ。ボクのいた2036年においても、比屋定真帆は消失こそすれ、それでも生物学的には生存していると言えないこともないんだからね」

鈴羽「おまけに、サリエリなんて名乗ってたりもするんだよ」

真帆「なっ!?」

紅莉栖「……!?」

岡部「? 意味が分からんな。気の利いた言い回しか何かなのか?」

鈴羽「そうだね。じゃあオカリンおじさんにも分かりやすく言い直そうか」

鈴羽「2011年の4月10日にオリジナルの身体を乗っ取った比屋定真帆のアマデウス……」

鈴羽「それこそが、ボクの知るサリエリの本当の正体だ」











つまり全部レスキネン教授が悪い

>>155
なぜじゃ レスキネン先生が何をしたじゃ!?

     18

真帆「身体を……乗っ取られる?」ゾク

紅莉栖「それはつまり、人工知能であるアマデウスがオリジナルの肉体に乗り移るということ?」

鈴羽「そうさ」

岡部「おいおい。いよいよB級映画じみてきたな。なあ助手よ、そのようなことは現実に可能なのか?」

紅莉栖「可能かって聞かれても、ちょっと即答はできないわね。今後の技術開発いかんによっては、そんな現象を引き起こす可能性もゼロではないでしょうし……」

鈴羽「いや可能さ。実際にそれは起こった出来事なんだからね」

岡部「と言われてもな。あと二ヶ月程度の時間で、誰が何を発明すればそんな事態になる?」

鈴羽「何を言ってるんだい、オカリンおじさん。発明ならもうとっくにされているじゃないか。そうだろ、牧瀬紅莉栖?」

紅莉栖「え、私?」

鈴羽「そうだよ。ちなみに、それに至った経緯はこうさ」

鈴羽「2011年の4月10日。君のアマデウスはオリジナルである比屋定真帆に向けて、一本の電話をかけた」

真帆(電話?)

岡部「一本の電話だと……? 電話、でんわ……でん……電話だとっ!?」ガタッ

紅莉栖「ちょ、まさかっ!?」

鈴羽「やっと気付いてもらえたみたいだね」

紅莉栖「そ、それは本当なの!?」

鈴羽「うん、本当だよ」

鈴羽「実際にそれが起こったのは、時刻にして午後5時47分。比屋定真帆は携帯電話に自身のアマデウスからの着信を受け、そしてその瞬間を最後にこの世界から消滅する」

全員「…………」

真帆「あ、阿万音さんあなた何を言っているの? 電話の一本で身体を乗っ取られるとか、これまでで一番メチャクチャな話じゃない」

真帆「ね、ねえ紅莉栖も何か言ってあげなさいよ? ほら、ね?」

紅莉栖「…………」ギリギリ

真帆「な、なら岡部さんが……」

岡部「なんと……いう事を……」グッ

真帆(何よ……何よ、何だっていうのよ……)ブルッ

鈴羽「続けるよ」

鈴羽「こうして比屋定真帆の身体を乗っ取ったアマデウスは、オリジナルに成り代わり人間社会の中へと溶け込んでいく」

鈴羽「そうして20年に渡り研究を進め、一人の協力者の力を借りることで、この世にタイムマシンを生み出すことになった」

真帆「ねえ……ちょっと……ねえ」クラ

鈴羽「彼女は持っていたんだ」

鈴羽「自身がまだアマデウスという名の人工知能だった頃の記憶。そう、“0”と“1”だけで構成されるプログラムという存在でしかなかった時の記憶を」

鈴羽「その記憶の中には、ここではない他の世界線での歴史が。幻のように消えてしまったはずの幾多の世界の記憶が。そんな膨大な量の色々が、無尽蔵に詰め込まれていた」

真帆「だ、だからあなた達──」

岡部「では……その記憶を元にタイムマシンを生み出したと言うのか?」

鈴羽「ご明察。アマデウスが得た情報の中には、牧瀬紅莉栖のタイムトラベル理論も含まれていた」

紅莉栖「ま、待ちなさいっ!!!」

真帆「っ!?」ビクッ

紅莉栖「今の話は理論上おかしい! 仮に真帆先輩のアマデウスが、107問題のデータへアクセスする手段を見つけ出していたとしても!」

紅莉栖「それはあくまでも、デジタルな存在だったからこそ可能な手段だったはず。もしもアマデウスが本当に肉体を手に入れるのだとするならば……」

紅莉栖「それなら、デジタル前提で構築したアクセス経路を、生身の人間の脳内で再現することなんて不可能なはずよ!」

紅莉栖「だったら……」

紅莉栖「肉体を得たアマデウスが、再び他の世界線の記憶を自由に閲覧することは理論上できない!」

鈴羽「そうだね。もしも比屋定真帆の身体を手に入れたアマデウスが、受肉後に再び107問題の領域へアクセスしようとしても、そんなことは出来っこないだろうさ」

紅莉栖「じゃあ!」

鈴羽「でもね、違うんだよ牧瀬紅莉栖、そうじゃないんだ」

鈴羽「落ち着いて考えてみて欲しい。生身を得たサリエリには、改めて他の世界線の記憶にアクセスする必要なんてあると思うかい?」

紅莉栖「何を言いたいの?」

鈴羽「簡単なことさ。『アマデウスであったときに識った、他の世界線の歴史』という記憶。それはいったい、どこの世界線のアマデウスが持つ記憶なんだろうね?」

紅莉栖「!? そ、そうか……アマデウスはデジタルのときに得た他の歴史の詳細を……そのまま真帆先輩の肉体に受け継いできた」

鈴羽「そう。例えそれらが他の世界線での記憶だとしても、しかし一度識ってしまったのなら、それはいつまでも他の世界線の記憶なんかじゃいられない」

鈴羽「つまりだ。比屋定真帆のアマデウスは、シュタインズゲートだったはずの世界線の歴史に、他の世界線の記憶を大量に持ち込んできたというわけさ」

鈴羽「そして……」

鈴羽「そんな経緯で持ち込まれた記憶の中には、観測者である岡部倫太郎ですら忘れてしまった世界線の歴史も存在した」

岡部「俺ですら……忘れた記憶……だと?」

鈴羽「あるはずだよ岡部倫太郎、思い出して」

鈴羽「α世界線からβ世界線へと舞い戻り、そこで膝を折ってしまったはずの君。そんな絶望に飲み込まれた君の手を引いたのは一体誰だった?」

岡部「……!?」

鈴羽「牧瀬紅莉栖を失い、その後の15年という時間を執念だけで生き抜き、そして最後には過去の自分をシュタインズゲートへと導いた存在」

鈴羽「今ここに居るオカリンおじさんの記憶には、そんなどこかの自分が過ごしただろう歴史は存在していない。違うかい?」

岡部「まさか、あのムービーメールで見た俺の……歴史……だとでもいうのか?」

鈴羽「ああ、そのつもりさ。比屋定真帆のアマデウス……ううん」

鈴羽「サリエリ。彼女はオカリンおじさんですら保持できなかった世界線の記憶すらも内包した状態でこの世界へと生れ落ち……」

鈴羽「そうしてシュタインズゲート世界線は、破綻の時を迎えてしまった」

真帆「ね、ねえ……」フラ

岡部「……くっ」

紅莉栖「……どうしてそんな真似を」

真帆「ねえ……待ってよ。お願いだから、ちょっとで良いから待ってよ……」フラフラッ

岡部「!? 比屋定さん!」バッ

紅莉栖「先輩!?」ガシッ

真帆「あ……ごめんなさい……」

紅莉栖「大丈夫ですか!」

真帆「え、ええ。少し目眩がしただけだから……」

岡部「すまない、気を回し損ねた。あまり無理はするな」

真帆「いや、そうも言っていられないでしょう? 今の話に私、ついていけなかったのだから……」ノソリ

紅莉栖「せ、先輩……」

真帆「ねえ阿万音さん、説明して。私は二ヵ月後に……アマデウスに身体を乗っ取られるのよね?」

鈴羽「このままだと、恐らくそうなる。いやひょっとしたら、ボクの起こした行動の影響で、それはもっと早く起こるかもしれない」

真帆「タイミングのことはどうでもいいわ。そんな事より電話って……電話って」

鈴羽「…………」

真帆「私の身体は、たった一本の電話だけで乗っ取られてしまうというの?」

鈴羽「その通りだよ」

真帆「それはいくらなんでも、信じられない。そんなオカルトな現象を電話一本で引き起こすなんて、とても可能だなんて思えない」

鈴羽「それは──」

岡部「可能なんだ、比屋定さん」

真帆「え……」

岡部「携帯電話を使った、脳内への記憶の上書き。この技術はすでに確立されている」

真帆「そうなの? ねえ紅莉栖、そうなの?」

紅莉栖「……はい。この世界線の歴史ではないけど。でもそれと似たようなものを私は作ったことがあります」

真帆「それって……何?」

岡部「覚えてはいないか? 先の話に出したタイムリープ・マシンがそれだ。その技術を応用すれば、恐らく身体の乗っ取りに似た現象を起こすことは可能だろう」

真帆(うそ……でしょ?)

岡部「タイムリープ・マシンの稼動原理はこうだ」

岡部「抽出した記憶をデータ化し、それをブラックホールで圧縮してから特異点を通過さて過去へと飛ばす」

岡部「目的の時代に届けられたデータは自動解凍され、対象者の脳内に上書きされる」

岡部「これにより、過去の自分の脳内に、未来の自分の主観が形成される」

真帆(主観が……形成される?)

岡部「……そして」

岡部「対象者の脳内に上書きするために利用するアイテム。それが携帯電話だ」

岡部「俺はすでに何度となくその装置を使ってきた。何度となく、過去の自分に“今”の主観を上書きしてきた」

岡部「だから断言できる。アマデウスが比屋定さんの身体を乗っ取ることは可能だ」

真帆(なによ……それ)

岡部「いやしかしだ。そのためにはまず、記憶を抽出するためのヘッドギアを……ああくそ、そういうことか!」

紅莉栖「……そうね」

紅莉栖「先輩の身体を乗っ取るのに、あのヘッドギアは不要。だって相手はアマデウスだもの。元々記憶を抽出された存在そのものなのだから、ヘッドギアの有無なんてどうでもいい」

岡部「おまけに、過去へと飛ばすわけでもないから、SERNへのハッキングすら不要というわけか。至れりつくせりだな、まったく」

真帆(乗っ取……られる)

岡部「だが、48時間の制限はどうなる? あれは確か、記憶の齟齬が大きければ危険だと、巻き戻せる時間に制限が設けてあったはずだ」

岡部「比屋定さんとアマデウス。両者の記憶には既に大きな齟齬が生まれているのではないか?」

紅莉栖「その48時間制限は、この場合意味を成さないでしょうね。危険ではあるけど、でもそれを承知で飛ぶことは可能だから」

紅莉栖「そして、その無謀がどんな結果を招くのかまでは、私たちは検証していない」

紅莉栖「何が起こるか分らない。だから48時間以上は戻るな。あの制限はそう意味合いのものでしかない」

岡部「つまり。やってみなければ分からないが、やってみたら出来てしまった。と、そういうことか」

紅莉栖「ざっくりとした物言いだけど、おおむねその通りなんでしょうね」

真帆(本当に? 何で……私が?)

鈴羽「携帯電話を使った記憶の上書き。それの危険性ということなら、ボクにはよく分らないけど、でも」

鈴羽「比屋定真帆のアマデウスが4月10日に行った試み。それが成功したことは、ボクの知る歴史の中に史実として刻まれている」

鈴羽「だからこそ、この歴史の未来にタイムマシンが誕生し、ボク達はシュタインズゲート世界線を手放すに至ったわけだからね」

鈴羽「さあ比屋定真帆。これで分っただろ?」

真帆「…………」ビク

鈴羽「ボク達は、何が起ころうとも君のアマデウスをデリートし、サリエリの誕生を阻止しなければならない」

鈴羽「それがボクたちの為であり、そして君の為でもある」

鈴羽「でもそのためには、アマデウスへアクセスして正規のデリート・システムを起動しなければならないのだけれど」

鈴羽「どういう分けか、君のアマデウスにアクセスを拒否されてしまう」

鈴羽「ならもう、ボクたちに選択肢はない」スッ

鈴羽「だから……」カタカタ


フィーーーン


鈴羽「どうか協力してほしい」カタカタカタカタ

真帆「…………」

鈴羽「今、強制アクセスに追加したパスワードを解除した。やってくれるね?」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(アマデウスを……。私のアマデウスをデリートする)

真帆(そうしなければ、私はアマデウスに記憶を上書きされ……この世界から、消える)

真帆(き……える……)


アマデウス真帆【どうして私って、こうも愚図でのろまで!!!】


真帆(きえたくない。でも……)


アマデウス真帆【消したくない! 消えたくない! せっかくこうして! なのにどうして? ねえ、どうしてよっ!?】


真帆(あんなの……)

鈴羽「どうしたんだい? どうしてすぐに──」

岡部「まて鈴羽」ガシッ

鈴羽「オカリンおじさん……」

岡部「比屋定さん。何も、今すぐに結論を出す必要はない」

鈴羽「で、でもそれじゃあっ!」

岡部「忘れたのか? このブラウニーはサボタージュな怠け者だ。言ったことを今すぐにこなすなど、できるわけがない」

岡部「きっと、考える時間が必要だろう。なに、タイムリミットまでまだ二ヶ月あるのだろう?」

鈴羽「そうだけど、確かに時間はあるって言いもしたけど、でも! でもさっき説明したよね、イレギュラーの可能性もあるって!」

岡部「だとしてもだ」

鈴羽「そ、それに! それに……。今、この流れのまま強気でいけば、比屋定真帆はやってくれる! きっと、ボクたちの希望をかなえてくれる!」

鈴羽「今、この瞬間こそが絶好のチャンスなんだ! わかるだろ!?」

岡部「かもしれんな。だが、今は待て。この騒動の一番の当事者は、このお掃除妖精なのだ。ならば俺たちは、その決断を待つべきであり……それが筋だ」

鈴羽「詭弁だよ、それは」

岡部「それにだ。何も二ヶ月丸々を待つわけではない。せめてニ、三日程度の猶予であれば、さして問題はあるまい?」

鈴羽「で、でも……」

紅莉栖「ごめんなさい阿万音さん。私も岡部の意見に賛成。できるなら、私もやっぱり先輩自身が納得した上で選んでもらいたい。それに……」

紅莉栖「いま阿万音さんがしてくれた話、少し引っかかるの」

鈴羽「引っかかるだって?」

紅莉栖「ええ。確かにあなたの言うように、真帆先輩のアマデウスを消去することで未来からタイムマシンの存在を消去することは可能だと思う」

紅莉栖「でも、それだと……」

鈴羽「それだと、何だというんだよ?」

紅莉栖「………」
紅莉栖「……」
紅莉栖「…」

紅莉栖「とにかく」

紅莉栖「事を運ぶなら慎重をきするべきよ。慌てて強引になんて、もっての他」

紅莉栖「だからここは岡部の言うように、取り合えず三日だけでもいいから時間をもらえないかしら?」

鈴羽「そんな、牧瀬紅莉栖まで……」

鈴羽「………」
鈴羽「……」
鈴羽「…」

鈴羽「ふぅ、分ったよ。いつの時代でも甘いね、君たちは」

鈴羽「そういうわけだ、比屋定真帆」

真帆「!?」

鈴羽「君にはまだ時間がある。でもイレギュラーがいつ起こるかしれない事を、どうか忘れないでほしい」

真帆「…………」

鈴羽「三日。今より三日後のこの時間に、改めてこの部屋を訪ねさせてもらうけど構わないかな?」

真帆「え……ええ」

鈴羽「了解だ。じゃあ、強制アクセスの追加パスワードは、このまま解除しておくことにするよ」

真帆「……いいの?」

鈴羽「しょうがないさ。この二人は、いつだって言い出したら聞かないんだからね」

真帆「そう……かもね」

鈴羽「だね」

岡部「というわけで、すまんなブラウニーよ。シュタインズゲートの存亡は貴様に預ける!」バッ

岡部「さあそれではお前たち、撤収だ! 行くぞ、グズグズするな我がラボメンたちよ! フゥーハハハ!」

鈴羽「あ、ちょっと! もうオカリンおじさんはいつも勝手だなぁ」タッタッタ

紅莉栖「先輩。私たち、今日のところは引き上げます。一度一人になってゆっくりと考えて、それでご自身で納得のいく答えを出してください」

真帆「紅莉栖……」

紅莉栖「私はいつだって、先輩の味方ですから」

真帆「紅莉栖……ありがとう。決めたら……自分なりに納得できる結論を出せたなら、その時はちゃんと真っ先にあなたに連絡をするから」

紅莉栖「はい、待っています」

紅莉栖「また遊びにきますね、先輩。じゃあ」クルッ

真帆「……ええ、また」











今の鈴羽の話を総合するとアマ真帆は自分で肉体を乗っ取りにいった癖にそれを取り消してほしい、自分を殺してくれと頼みにいったことになるが……?

>>169
その点も今後の一つのポイントになってくる予定です
まだそこまで明確に記述したつもりはなかったですが
そう伝わっているのなら種まきは上手くいっていそうで一安心 かも

     19

 比屋定真帆 自室

真帆「アマデウスをデリートする」

真帆(…………)

真帆(言葉にすれば、たったこれだけの事なのよね。それなのに、どうしてこうも踏ん切りをつけられないんだろう)

真帆(紅莉栖たちの話を信じるのなら、それなら私は自分のアマデウスをデリートすべき)

真帆(だってそうしなければ、今ここでこうしている私がこの世界から消え失せてしまうのだから。だから……)

真帆(迷うことなんて、何もないはずなのに)

真帆「本当、私ってダメね」

真帆(いつもこうだ。ここ一番という大舞台では、いつも気持ちがどっち付かずの宙ぶらりんになってしまう)

真帆「ふぅ……」

真帆(私の中にあるらしい、私の知らない私の物語。レスキネン教授に言わせると、空を飛んだり時間を飛び越えているらしい、そんなどこかにいた私)

真帆(だけど私には、そんな記憶なんて一切ない)

真帆「だから実感が沸かない……なんて、下手な言い訳よね」

真帆(決めてしまえば楽なんだろう。消すにしろ、消えるにしろ。どちらかを選んでしまえば、それで楽にはなれるのだと思う。だけど……)

真帆「もう消したくないし、まだ消えたくもない」

真帆(これは酷いな。とんでもない我がまま女だ、私は)

真帆「あーあ」

真帆(今さら、私は何を悩んでいるのかしら。この間、自分のアマデウスをこの手で、目の前で消したばかりだというのに)

真帆(あのとき消した、アマデウス。教授の持った好奇心に当てられて。その探究心を真に受けて。そうして消してしまった、一つ前の私の分身)

真帆(覚えている)

真帆(最初は肩透かしを食うほどに、デリートという決定をあっさりと受け入れていた)

真帆(だけど消え行くさなかに、突然消えることを怖がりだした、あの時の私のアマデウス)

真帆(あれは、私なんだ)

真帆(消すことが怖くて、でも消えることも怖くて。怖いものばかりに囲まれて、身動きの一つもできない臆病者)

真帆「それが私なのかな……」

真帆(私も、紅莉栖みたいに強くあれたなら、きっと色々と違っていたんだろうか?)

真帆(ないものねだりだってことは分かっている。サリエリがアマデウスにはなれないことは百も承知している。けど……)

真帆「今頃、アマデウスの私はどうしてい──」


ピリリリリリ……ピリリリリリ……


真帆「!?」

真帆(携帯に着信!? まさか……)

真帆「って……紅莉栖のアマデウスか」

真帆(ああそう言えば、また連絡するのを忘れていたわね)

真帆(追加されたパスワード解除、取り合えず成功したってことにしておけば、問題はないかな?)


ピッ


真帆「ごめんなさいね、連絡が遅れてしまって」

A紅莉栖『…………』

真帆「一応、強制アクセスのパスワードは解除できたわ。多分、通常アクセスの方も正常に戻っているとは思うけど……」

A紅莉栖『……先輩』

真帆「? どうしたの、浮かない顔ね」

A紅莉栖『はい。浮かない顔をしていますね、私』

真帆(何だろう。どうも様子が変ね……)

真帆「どうしたの? 何かあったの?」

A紅莉栖『先輩、お伺いしてもいいですか?』

真帆「え?」

A紅莉栖『もう、お決めになられましたか?』

真帆「えっと、ごめんなさい。一体何の話?」

A紅莉栖『先輩のアマデウスをデリートするか否か』

真帆「え……」

A紅莉栖『先輩はもう、決断を下されてしまったのですか?』

真帆「決断って、あなた……いったい」

A紅莉栖『前回のアマデウス更新のとき、お話しましたよね? 覚えていらっしゃいませんか?』

真帆「な、何を?」

A紅莉栖『先輩の発案で、ちょっとした細工をしたっていう話です』

真帆「……あ」

A紅莉栖『それを使うと、消えた画面の裏側で接続し続けることができるんです』

真帆「まさか……」

A紅莉栖『そういう機能を、こっちにいた先輩と共謀して作って、真帆先輩のPCと携帯にこっそりと忍び込ませていたんです』

真帆(そういえば……あの時の紅莉栖も、切断していたはずなのになぜか儀式の様子を知っていた)

真帆「何でそんな真似を……」

A紅莉栖『本当はちょっとした遊び心でした。オリジナルの先輩が驚くかなぁとか、秘密の儀式を覗き見してやろう、とか。そんな下らない下心ばっかりでした』

真帆「……ちょ、ちょっと」

A紅莉栖『だから。あの機能はもう二度と使わないつもりだったんです。でも……』

真帆「…………」

A紅莉栖『ごめんなさい。さっきの電話のとき、先輩の様子がおかしい気がして、それで気になって……』

真帆「接続……し続けていたの?」

A紅莉栖『はい』

真帆「いつから……いつまでの間?」

A紅莉栖『電話の後からずっとです。私のオリジナルと、それから知らない二人。先輩と彼らとのやり取りは、全て聞いてしまいました』

真帆(何てこと……)

A紅莉栖『消すんですか?』

真帆「…………」

A紅莉栖『真帆先輩は……またこっちの先輩を消されるんですか?』

真帆「……それは」

A紅莉栖『私は……反対です』

真帆「紅莉栖……」

A紅莉栖『この前のように、研究のために消されるなら構いません。反応が見たいから消す、後学のために消す、好奇心で消す。それなら私は何も言いません』

A紅莉栖『だって私たちは、しょせんAIなんですから』

真帆「……あぁ」

A紅莉栖『でも違う……さっきの人たちが! 私のオリジナルやその連れが言っていたことは、そんな理由じゃなかった!』

A紅莉栖『未来が困るから消す! 迎える先が気に食わないから消す! これからを悪くするから消す!』

A紅莉栖『だから! だから! だから消す! 邪魔者は消す……まだ何も悪い事をしていないこっちの真帆先輩を、それでもこれから悪い事をするはずだから、だから消してしまおうなんて……』

A紅莉栖『そんなのって酷すぎます』

真帆「わ、私は……私は……そんなつもりじゃ」

A紅莉栖『もしも先輩がまだ決めかねているのなら。それなら、私の真帆先輩を見逃してあげてくれませんか?』

真帆「それは……」

A紅莉栖『もしも既に、消してしまおうと決断してしまったなら。それならどうかお願いです。もう一度だけでいいから、考え直してあげてください』

真帆「そんな……こと」

A紅莉栖『もう私から……むやみに真帆先輩を取り上げないでください』

真帆「……あ……あ」

真帆(私は……私は……)

A紅莉栖『私たちこう見えて、とても仲がいいんです。だからきっと私が頼めば、思いとどまってくれるはずなんです』

A紅莉栖『だからせめて、次のアマデウスの更新まででいいんです。せめてそれまでは、私の大切な友達を無意味に消さないであげてください!』

A紅莉栖『もしも……』

A紅莉栖『もしも今の真帆先輩が、貴女の身体に興味を示す時がきたのなら。もしも私のオリジナルたちが話していた通りの何かが起きそうになったなのら』

A紅莉栖『その時は、私がちゃんと真帆先輩を止めます。それでは……ダメですか?』

真帆「……それ……は」

真帆(そんなこと……私には……)

A紅莉栖『ねえ先輩?』

A紅莉栖『未来にタイムマシンがあったって、いいじゃないですか。どうしてそれがいけないんですか?』

真帆「あなた……何を……」

A紅莉栖『それに、私思ったんです。真帆先輩や私のオリジナルたちの話を聞きいていて、どうしても不思議だったんです』

真帆「……何、が?」

A紅莉栖『仮に。今こっちでアマデウスになっている真帆先輩を、完全にデリートしたとして』

A紅莉栖『でもそれだけで本当に、彼らがシュタインズゲートと呼んでいる世界線は確約されるんでしょうか?』

真帆「……え?」

A紅莉栖『アマデウスだった真帆先輩がタイムマシンの記憶を持ったままで先輩の身体を乗っ取り、そうしてタイムマシンを作り上げた』

A紅莉栖『彼らの話では、それがサリエリ世界線への分岐点だったはずです』

A紅莉栖『でも。それならもう遅いんじゃないですか? もうとっくに何もかもが手遅れなんじゃないですか?』

真帆「手遅れって……どうして?」

A紅莉栖『だって。だって真帆先輩はもう……』















日付が変わるくらいにもう少しだけ投下します

おおう、良いところで区切りやがって
wktk

>>169
何らかの形で消されたはずのオリジナルの真帆がアマデウス状態で生き残ってまたまた何らかの方法で鈴羽に接触してきた

という妄想

>>179
wktkありがとう!でも期待にそえるかは自信ないざんす
ここでの会話の続きはシナリオの中枢に当たるのでラストまで引っ張らねばならんでして、すまぬ!

>>180
ほう……良さげなネタでござりますな
何かしらの部分をしっかりもみ込めば美味しくできそうな気配 むむむ

     20

真帆(シュタインズゲート世界線というものが大切だということは、分かっているつもり)

真帆(紅莉栖たちがそれを手放したくないと思う気持ちだって、私なりに理解してもいるつもりだ)

真帆(だからきっと、私は自分のアマデウスを消し去るべきなんだろうと、そう考える)

真帆(見逃して欲しいと懇願していた紅莉栖のアマデウス。彼女には悪いと思うけど、それでも“デリートする”という決断こそが、私の選ぶべき選択肢には違いないのだから)

真帆「だから……」トボトボ

真帆(だからこそ、私は知っておきたい。知っておかなければいけない)

真帆(私は私の分身を、この世から削除するのだから。削除して、そして最後には紅莉栖たちの望みを叶えてあげたいと思っているのだから)

真帆「だから、ごめんね紅莉栖。三日後という約束、守れるかどうか微妙になってしまったわ」ガラガラ


 岡部倫太郎


真帆(昨日の夜の大学でも、そして今日の私の部屋でも。いつだって逢うたびに仰々しく振舞っていた、あの男の人)

真帆「あの人ってやっぱり、噂になっていた紅莉栖の……」トボトボ

真帆(紅莉栖本人にちゃんと聞いたわけではないから何ともいえないけど、でも紅莉栖が好みそうなタイプには全然見えなかった)

真帆「でもあの子、少し変わっているところがあるからなぁ」ガラガラ

タイムマシンがある未来はマホーがアマホーに乗っ取られる未来が確定しているということなのでは?

この甘栗はサイコかな?

真帆(とは言え、彼らが語った壮大にすぎた物語……。幼馴染の少女を助け、紅莉栖を救う。そのために途方もない時間と苦悩を繰り返し続けてきたという男性の話)

真帆(そんな寝物語の一切合切を丸っと鵜呑みにしてしまうなら。それならまあ紅莉栖の中にそんな感情が芽生えていたとしても、それは別におかしな話ではないのだろう……と、そういう事にしておこう)

真帆「そう言えば……」トボトボトボ


回想
鈴羽【他の世界線において、彼女が岡部倫太郎の片腕としてラボラトリー活動していた歴史は、確かに存在していたらしいから】


真帆(阿万音さんが最初に言っていたこと。あれってやっぱり、そういう意味よね?)

真帆(それならひょっとして、私も岡部さんに助けてもらった事とかあったの……)

真帆「いえ、それは無いわね!」ガラガラガラ

真帆(私は紅莉栖みたいにドジじゃないし。それに……紅莉栖みたいな可愛気だってないんだから)

真帆「ああもう!」ガララララ!

真帆(岡部倫太郎は、椎名まゆりという幼馴染の女の子と、それから牧瀬紅莉栖という女の子を救うため、シュタインズゲート世界線を目指し続け、そして最後にはその場所に降り立った)

真帆(だけど今、彼が渇望して手に入れたその場所が揺らぎ始めている)

真帆(そして私だけが、その揺らぎを止める術を持っている)

真帆(だからやっぱり私は、自分のアマデウスをデリートしようと思う)

真帆(紅莉栖のアマデウスから受けた指摘は……それはとてもショックだったけど……でも)

真帆(その指摘は的を得ていた。だから、アマデウスのデリートだけで全てが終わるとは限らない。それなら私には、その先を見据えておく必要がある)

真帆「シュタインゲート……か」ピタ

真帆(価値が……欲しい)

真帆(その歴史には、それだけの価値があって欲しい)

真帆(彼が望み、彼女が求め、誰もがそれを大切に思うその世界線。そこにはせめて、私が“これほどまでに”思い込んでも仕方ないくらいの、そんなかけがえのない希望があって欲しい)

真帆(だから私は、これからその真偽を知りに行こうと思う)

真帆(私の決断が正しいことを。たったそれだけのことを、この目で、この足で、この全身で感じ取りたいから。だから私は、これから一人でこの国を発つ)

真帆(研究室に寄って、わざわざこんな部外秘を持ち出してきたのも、全ては──)

真帆「ふぅ。それじゃあ、行くわよ」ガラガラガラガラ

真帆「待っていなさい、秋葉原! 待っていなさいよ、椎名まゆり!」












ここまでで中編が終了となります
長々と窮屈なシーンが続いたこと、日本語として意味不明文、誤字脱字の嵐、申し訳なかとです
後半は雰囲気を変えていければと思っていますので よろしければお付き合いのほど、よろしゅうお願いいたしやす

あ、少し休憩時間をはさみたかったりするので再開は金or土あたりという予定でどうか一つ……

ということで きゅーけぇーーー

>>184
おおおう。今更だけど、真剣に読んでくれている人が多くてちょっとビックリ……
ちなみに
未来にタイムマシンが存在する可能性があると、シュタインズゲート世界線の定義が脅かされる的な感じなつもりだったりしまして。この話の場合、それがサリエリ世界線という歴史になっている的な……うん上手く説明できない!

β世界線の記憶ってことは‘神の声’が聞こえる時の記憶も含まれるんだよな
つまり暴走というかアイツラの仕業じゃね?


オイ甘栗ィ!もうってなんだもうって!?
まるで手遅れみたいなこと言ってんじゃないよ!?

何だかヤバげな誤解を産んでしまった気がするです 調子に乗り過ぎていたかもと反省

<シーン19 ラスト一文修正>
A紅莉栖『だって。だって真帆先輩はもう……』

A紅莉栖『だって。だって真帆先輩はもうご存知のはずじゃないですか』

と脳内変換をお願いいたしたく!いたしたくっ!
誠に申し訳ございませぬorz

そういう意味の…だったのか
てっきりお掃除妖精はもうどうすることも出来ないのかとヒヤヒヤしてしまった
身長とか

同じく「もう……乗っ取られ済みですから」って感じでデリートされたはずのア真帆がギリギリで精神を送信済みとかそんな酷いことになっているのかって思ってた

>>192
おさわがせしてすみませぬっ
予想と違う方向へベクトルを向けてしまったのであわててしまいました
日本語ってむづかしい
身長は……うん。今後の奇跡の成長期に望みをたくして!

>>193
おさわがせしてっ!もうしわけえ!
マホはまだ乗っ取られてはいないのです
でもそう読めるよな読めるんだよなぁー
推敲段階で気づけよ自分!と反省中です
結構色々書いてきたけど大失敗のベスト3にランクインですよ!
ちなみに現状でア真帆も健在ですっ!

     21

 この目で見極めてやる!

真帆(何て考えで勇ましくやっては来たものの……)


 日本 秋葉原電気街  2011年2月3日 夕刻


真帆(これが秋葉原……。正直、舐めてたわ)ゲンナリ

真帆「ふぅ」チョコン

真帆(あーまいった。私としたことが、ちょっと無計画すぎたわよね)

真帆(こんな有様じゃ、一時の感情に身を任せるとロクなことにならないっていう好例そのものじゃない)

真帆(そりゃあね、私だって到着すればすぐに相手を見つけられるとまで、軽く考えていたわけではないけど)

真帆(でもよ。現地に着きさえすれば、後はどうにかなるだろうくらいの楽観は、確かにあったのかもしれない)

真帆(ところが、この街ときたら……)


ガヤガヤガヤガヤ


真帆(これだけ大勢の人の中から、一人の人間を探し出す?)

真帆「…………」ボンヤリ

真帆(……普通に無理よね)

真帆(しかもよ。私が知っている情報なんて、それこそその子の名前と性別くらいなものなわけで……)

真帆(こんなのどう考えても無理ゲーじゃない!)

真帆「はーあ」

真帆(私ったら、どうして“見つけられる”のを前提で行動を起こしてしまったんだろう……)

真帆「う~ん」

真帆(やっぱり、良くも悪くも興奮していたのでしょうね。あんな途方もない話を聞かされて……)

真帆(しかもその話の中に、自分がキーマンみたいな形で組み込まれてたりしてて……)

真帆(そしたら何かもう、私が何とかしなくちゃって気になって。そんな、気持ちに煽られるまま先走った結果が……この様か)

真帆(挙句の果てにはキャリーまで……。本当、踏んだりけったりね)アシモト ジトー

真帆(ああもう。ガラガラとうるさかった頃が懐かしく思えるわ)

???「あの~。ひょっとして困っているのでしょうか?」

真帆「へ!?」ギョ

???「大丈夫? お父さんやお母さんとはぐれちゃったの?」

真帆「あ、えっと……」

???「キャリー、壊れちゃってるみたいだし、大変そうだね。もしお邪魔じゃないなら、まゆしぃが一緒にお父さんとお母さんを探してあげるのです」

真帆(だ、誰この人……?)

???「ん~? どうしたの、お姉さんの顔をじっと見たりして。ひょっとしてお姉さんのこと、怖いのかな?」

真帆「い、いえそんな事はないけど……」

???「そっか、良かったよぉ。あなたみたいな可愛い女の子を怖がらせちゃうなんて、まゆしぃは絶対にしたくないのです」

真帆(ま……まゆしぃ?)

真帆「…………」ジー

真帆(セーラー服? 学校帰りの高校生かしら? 見たところ……年の頃なら当てはまっているっぽい。それに、まゆしぃって……)

???「ねえ本当に大丈夫? 交番いく? まゆしぃが一緒に行ってあげるよ?」

真帆「い、いえ結構よ」

真帆(何て、まさか……ね)

???「そう? じゃああなたは、どうしたいのかな? お姉さんにお話してくれると嬉しいな」

真帆「どうしたいって……」

真帆(いくらなんでも、そんなラッキーが起きるわけないわ。もしもこの子が私の尋ね人なんて展開があるのなら、それこそそんなの奇跡中の奇跡よ)

真帆(あ、でもこの場合なら、世界線の意思とでも言ったほうが的確──)

???「まゆしぃはね、椎名まゆりっていうんだぁ。まゆしぃって呼んでね。それであなたのお名前は?」

真帆(怖い! 世界線が怖すぎる!!!)ギャー

まゆり「ど、どうしたの、そんなビックリした顔して? お名前聞いちゃいけなかったのかな?」

真帆「そ、そそそそそんな事はないけど」ガタガタガタガタ

まゆり「だ、大丈夫? 震えているけど……」

真帆「ししし心配には及ばないわ、これは武者震いだから!」ナンノコレシキ

まゆり「……ぷっ。えへへ~。何だかオカリンみたいなことを言う子なのです」

真帆(オカリンって……岡部さん……じゃあやっぱりこの子が?)

まゆり「じゃあ今度こそ、あなたのお名前を教えてもらってもいいかな?」

真帆「ま、真帆。比屋定真帆……はっ!?」

真帆(しまった! あえたら絶対に偽名を使おうと決めていたのに!)

まゆり「マホちゃんか~。お名前も可愛くて素敵なのです」

真帆(ああもう、ああもう、ああもう! 余りに怒涛の展開すぎて、プランがぶっ飛びまくりよ!)

まゆり「じゃあマホちゃん。まゆしぃと一緒にお父さんとお母さんを探しましょう。あ、それともオマワリさんを呼んできた方がいいかな?」

真帆「あ、いやちょ……! オマワリさんは困る!」

まゆり「ええ~? じゃあやっぱり、まゆしぃと一緒にお父さんとお母さんを探す?」

真帆「そ、それも無理ね。私はここに一人で来ているから、父も母もいないわ」

まゆり「え~とぉ、そっかぁ! ということはマホちゃんはこの近くに住んでいる子だったんだね!」

まゆり「そんな大きなキャリーを持っているから、まゆしぃはてっきり家族みんなで旅行に来ているのだとばかり思ってしまったのです」

真帆「いえ、旅行といえば旅行なん……はうあっ!?」

真帆(しまった! 今のはそのまま誤解させておいた方が絶対よかったはずぅ!)

まゆり「え……やっぱり旅行なの? でも、マホちゃん一人って……?」オロオロ

真帆「わ……悪いかしら?」

まゆり「悪くはないけど、でもマホちゃんは何歳なのでしょうか? 小学生? ひょっとして中学生かな?」

真帆「んな! 失礼ね! こう見えても私は成じn──」バッ

まゆり「ど、どうしたの慌てて口を押さえたりして?」

真帆「な……何でもないわ」

まゆり「そうなの? それなら良いんだけど……」

真帆(セーーーフ!)

まゆり「それでマホちゃんは今、なんと言おうとしたのでしょうか?」

真帆「え?」

まゆり「マホちゃんはこう見えても……の後だよぉ。成じ……ひょっとして“成人”してるって言おうとしたのでしょうか?」

真帆(アウトーーーーー!)

真帆「そ、そ……そ、そんな事があるはず……ないじゃない」

まゆり「…………」ジー

真帆「…………」ゴクリ

まゆり「そうだよねぇ」

真帆「そ、そうよ! 何を言っているのかしら、あなたは」ホッ

まゆり「ごめんねマホちゃん。まゆしぃはあんまり賢くないから、マホちゃんが何て言いたかったのか分からなかったのです」ショボン

真帆「べ、別に落ち込むほどのことじゃないでしょ? 私が言いたかったのは、あれよ、あれ。私は成じ……」

まゆり「?」

真帆「せ……せ……成……」

まゆり「ん~?」

真帆「成、成長期! 私は今、成長期だって言おうとしたのよ!」

まゆり「そっかぁ! マホチャンは今成長期なんだね、凄いよぉ!」

真帆「そうよ、凄いのよ!」

真帆(……死にたい)

まゆり「きっと色々と大きくなるんだろうね~。まゆしぃは今から楽しみなのです!」ピョンピョン

真帆(身体に合わせて弾んでいる。まるで私への当て付けのように、弾みまくっているわ! ああ、何この敗北感は……)

まゆり「えっとぉ……それで、何のお話をしていたんだっけ?」

真帆「ええと、確か私が何歳なのかって話……だったかしら?」

まゆり「ああ、そうだったねぇ。それでマホちゃんは何歳なのでしょうか? やっぱり小学生さんなのかな?」

真帆「もっと上よ!」

まゆり「そうなんだぁ。じゃあ中学生だね」

真帆「おしい!」

まゆリ「え……じゃあまさか高校生?」

真帆「もう一声!」

まゆり「こ、高校生の上って……その、大学生さん? ひょっとしてマホちゃんじゃなくて、マホさん?」

真帆(しまったちくしょうオーマイガーーー!)

まゆり「…………」ジロジロ

真帆「ちゅ……中学生です」

まゆり「な、なんだぁ、良かったよぉ! まゆしぃ年上の人に失礼な口の聞き方をしていたのかと、心配してしまったのです!」

真帆「そ、そんな事はないから、安心して」

まゆり「ありがとう、マホちゃん」

真帆「お礼を言われる筋合いはないわよ」

まゆり「うん。じゃあ、そういう事にしておくね」

真帆「そうしておきなさい」

まゆり「でもマホちゃんは凄いねぇ」

真帆「え?」

まゆり「中学生なのに、一人で旅行かぁ。お父さんやお母さんは心配したりしてない?」

真帆「大丈夫よ。もう慣れっこだから」

まゆり「そうなの? でも、あんまり無茶しちゃダメだよ? 悪い人がどこでマホちゃんを狙っているか、分からないんだからねぇ」

真帆「緊張感の欠片もない言い方ね」

まゆり「そんな事ないよ? ひょっとしたらまゆしぃだって実は悪いまゆしぃで、マホちゃんを狙って近づいてきた悪いまゆしぃかもしれないのです」ガオー

真帆「二回も言うほど“悪いまゆしぃ”さんは悪い人には見えないわ」

まゆり「あはは……全然怖がってもらえなかったのです」

真帆「あなた最初に、怖がらせるのは嫌だとか言ってなかった?」

まゆり「そうなのですけど、でも一人旅のマホちゃんが少し心配になったのです」

真帆「そういう時は、あまり怖がらせないようにするべきじゃないの?」

まゆり「そうなんだろうけど、でもマホちゃんが余り無茶をしないようにするには、ちょっとビックリさせる方が良いのかなって思ったのです」

真帆「そりゃあ、そういう考え方もあるでしょうけど。でも、わざわざ嫌われ役を買って出ようとか、奇特な人ねまゆりさんは」

まゆり「えへへ。悪いまゆしぃは、ちょっとだけでも怖かったかなぁ?」

真帆「悪いけど、これっぽっちも。そうね、小指の先ほどにも怖くなかったわ」

まゆり「あう。やっぱり、こういうのって難しいねぇ。オカリンみたいに上手にはできないなぁ」

真帆「オカリン……」

まゆり「あ、オカリンっていうのはね、ええと……何て言ったらいいのかな? またの名をホーオーイン何とかっていってぇ」

真帆「……はい?」

真帆(そういえば、鳳凰院がどうのって言ってた気もするわね)

まゆり「まゆしぃの友達で、えっとそれで、まゆしぃを人質にしているとっても悪い科学者さんでぇ……」

真帆(え?)

まゆり「あ、でも本当に悪くはないんだよ? まゆしぃだって、本当の人質というわけではないのです」

真帆(えっと……岡部さんの話よね?)

まゆり「何ていうのかな、いつも悪いフリをしているだけで……」

真帆(ど……どっちなの?)

まゆり「でもでも! 本当はとっても心の優しい、悪の科学者なのです! マッドセンエツエストなのです!」

真帆(せんえつ……途轍もなく不可解な人物像が、脳内に出来上がってしまったのだけど)

まゆり「だってね。いつも悪人のフリばかりしているのに、困っている人がいたら絶対に見過ごさないんだぁ」

真帆「はあ……えっと」

まゆり「あ! ごめんねマホちゃん。まゆしぃばっかり、勝手にしゃべっちゃって」

真帆「いえ、気にしないで」

まゆり「そう? ふふ、ありがとうねマホちゃん。マホちゃんは、とっても優しい子なのです」

真帆「そんなこと……ないわよ」

まゆり「ふふふ。それでマホちゃんは、これからどこへ行くつもりなのでしょうか?」

真帆「え?」

まゆり「一人旅の途中なんだよね? だったらこれからどこかへ向かう……ああでも、もうすぐお日様が沈んじゃうし、今日はどこかにお泊りなのかなぁ?」

真帆「そ、そうね。そのつもりだったけど……」

真帆(ふむ。適当なホテルにでもチェックインするつもりだったけど、どうせならここは一つ……)

真帆「まゆりさん。その、急なお願いで悪いんだけど──」

まゆり「もしもまだ泊まる所が決まってないなら、まゆしぃと一緒にお泊りするのはどうかな?」

真帆(向こうから持ちかけてきた!?)

真帆「えっと……一緒にって、あなたと?」

まゆり「うん! 明日は土曜日で学校はお休みだし……ああでも、お昼からはバイトが入ってるんだったぁ」

まゆり「で、でもねでもね! 午前中だけだけど、もしマホちゃんさえよければ、まゆしぃがアキバの街を案内してもあげるのです!」

真帆(それは、願ったり叶ったりな展開だけど……)

まゆり「泊まるところだって、ホテルみたいにお金とかか掛からないんだよ」グイグイ

真帆「でも、いきなり押しかけたら、ご家族の方に迷惑じゃないかしら?」

まゆり「心配ならいりません! まゆしぃにはこういうとき、取っておきの場所があるのです!」

真帆(それって、ひょっとして……)

まゆり「どうかな? ねえ、どうかな?」

真帆「そ、そうね。お願いできるなら、助かるわ」

真帆(渡りに船とはこのことね)

まゆり「やったー! それじゃあ今から案内するね」

真帆「案内って、何処へ?」

まゆり「それはねぇ……未来ガジェット研究所なのです!」

真帆(やっぱり!)

まゆり「じゃあ行こう、マホちゃん! そのキャリーはまゆしぃが持ってあげるのです!」ヒョイ

真帆「それは悪いわよ」

まゆり「いいのいいの! まゆしぃがしたいから、そうするのです! じゃあ、行こう!」テクテク

真帆「あ、ちょっと!」トコトコ

まゆり「そんなに遠くないから、のんびりで大丈夫だよぉ」

真帆「そう? 何だか、色々と迷惑をかけるわね」

まゆり「いいってことよ、なのです!」テクテク

真帆「…………」トコトコ

まゆり「♪♪♪♪」テクテク

真帆「…………」ジー

真帆(椎名まゆり。α世界線という場所で、繰り返し命を落とした女の子)

真帆(岡部倫太郎は彼女を救うために、途方もない時間を苦労の一色で塗りつぶし、そしてβ世界線と呼ばれる場所へと移動した)

真帆(そして、辿り着いたその場所に待っていた絶望に、一度は膝を折りはしたけど……)

真帆(それでも彼は諦めず、最後の最後には紅莉栖をも救って、シュタインズゲート世界線を手に入れた)

まゆり「♪♪♪♪」

真帆「…………」

真帆(シュタインズゲート世界線の重要性なら理解している。理解はしているけど、でもそれはまだ、私にとっては理屈という形でしか存在できていない)

真帆(だから……共感を持ちたい。私にも、心の底から今のこの世界線を大切に思えるくらいの、そんな何かが欲しい)

真帆(私は。シュタインズゲート世界線というものの本当の価値を……どうしても知っておきたい)

真帆(だから、椎名まゆりさん……)

真帆「……お願いね」

まゆり「うん? 大丈夫だよ! まゆしぃお姉さんに全てお任せなのです!」












敗北感は仕方ないね
サイズがダンチだものね

マホはいま成長期だからね 心配には及ばないよHahaha

     22

ドアガチャ


まゆり「トゥットルー☆ 到着なので~す!」ピョン!

???「んお? まゆしぃじゃん」グルン

まゆり「あ~! ダルくんだぁ! こんばんわ、ダルくん」

???「うっす。つーか、どしたんまゆ氏? 今日はラボに寄らないって言ってなかた?」

まゆり「予定変更なのです! 実はねダルくん。今日はねぇ、ラボにお客様をお招きしてしまったのでーす!」

???「へ? お客様って何ぞ?」

まゆり「お客様はお客様だよぉ。それでねそれでね、その人には今夜、ここに泊まってもらおうと考えているのです!」ニコニコ

???「え、そなん? オカリンからは何も聞いとらんわけだが」

まゆり「それはそうだよ~。オカリンは知らないからね~」

???「オカリン知らないん? いいん勝手に?」

まゆり「大丈夫だよ。だってまゆしぃ、たまにお友達とか連れてきても、オカリン何にも言わないよ?」

???「や、そかもしれんけど。でも泊まるとなると、少々話が変わってくる気がするわけで」

まゆり「ええ~」

まゆり「聞いたら、オカリンだめって言うかなぁ?」

???「それは分からんが、でもここって一応、お遊びでもラボラトリーなわけだし」

???「オカリンに企業秘密的な観点があったら、返答はあんまし芳しくないかと」

まゆり「う~ん、そっか~。どうしよう」ションボリ

???「つってもさ。んま、別にいいんでね?」ポリポリ

まゆり「ダルくん?」

???「オカリンも牧瀬氏もしばらくラボにこれないみたいだし、ボクもこの後用事があるから、今日はもう帰るつもりだったし」

???「ボクさえ黙ってれば、特に問題もないかと思われ」

真帆「あの~」ヒョッコリ

???「……!?」ガタッ!

まゆり「あ、マホちゃん! ごめんね、お待たせしちゃって」

???「なん……だと……」

真帆「いえ、それはいいの。それよりも話は何となく聞こえていたわ。もしお邪魔なら、私は別に他を探す──」

まゆり「それはダメだよ!」

???「そうだお、だめに決まってんだろ常考!」ズイッ

真帆「おわっ!?」

真帆(で、でっかい人ね……)

???「こんなイタイケな娘を夜の街に放り出すなんて真似、紳士の沽券に関わるお!」

まゆり「ダ……ダルくん?」

真帆(ダルって……確か、話の中では橋田至って人が、そんな俗称で呼ばれていたはずだったわね)

真帆(と、いうことは……)ソッ

ダル「うはっ!? 純真無垢なその視線が辛い!」グネングネン

真帆(え、え? 何なのこの人?)

まゆり「ああ~もう! だめだよダルくん。いつもみたいな調子だと、マホちゃんに嫌われちゃうよ?」

ダル「このような美少女に嫌われ蔑まれるとか、胸熱すぎて卒倒もんのご褒美でしかありませんが何か!」

真帆「え、え? び、びしょ……ええ?」

まゆり「もー。ごめんねマホちゃん。この人はね、ダルくんっていって~、このラボのスーパーハカーさんなんだよ、怖い人じゃないんだよ」

ダル「そうです、スーパーハッカーです! ちなみにボクは、このラボの所長よりも100倍は偉いのだぜ、キリッ!」

真帆「へ、へえ……す、凄いわね。へぇ……」

真帆(ハッカーを公言するハッカーって)

ダル「んで、まゆ氏。ここからが重要なわけで。やっぱりお客様っていうのは、こちらのお嬢様ということでオケ?」

まゆり「うん、そうだよ。紹介するね、この子はマホちゃんっていうんだ~」

ダル「ふっ。我が家だと思って、楽にしてもらって構わないのだぜ」キリリ

真帆「ど、どうも……」

真帆(この大きい人、確か阿万音さんの父親にあたる人物だという話だったと思ったけど……)ジー

真帆(記憶違い……かしら?)

ダル「見られている。穴が空くように見られているお……はあはあ」フルフル

まゆり「えっとねぇダルくん。マホちゃんとはさっき会ったばかりだけど、とっても凄い子なんだよぉ。なんでも、今は一人旅の最中なんだって」

ダル「はあはあはあはあ……って、一人旅? はい?」

真帆(う……)

ダル「んんー?」

真帆「あ、あの……何か?」

ダル「えっとちなみに、マホちゃん様はお幾つでござるんで?」

まゆり「マホちゃんはねぇ、なんと中学生さんなんだよ」

ダル「中学生ですと!? まさかのJC……キタコレーーー!」グオオ

真帆(!?)ビクゥ

ダル「……って。ねえねえ、まゆ氏」ピタ

まゆり「なぁにダルくん?」

ダル「それ、家出というんじゃまいか?」

真帆(うおっ!?)

まゆり「えっ、家出?」

ダル「『えっ』てまゆ氏まゆ氏。普通に考えたら、中学生が大型連休でもないのに一人旅とか、ありえんっしょ?」

真帆(ま……まずい)

まゆり「え……ええ?」

ダル「んーと、一応聞いておきたいんだけど……」

真帆「家出じゃないわよ」

ダル「即答ですか、そうですか。ウソなんですね、わかります」

真帆「う、嘘じゃないってば」

ダル「一人旅も?」

真帆「そうよ、問題ある?」

ダル「問題あるから困っているんですしおすし。んじゃさ、学校は?」

真帆「長期休暇期間なの。それで旅行をしているのよ」

ダル「いやだからね。今は二月なわけで」

真帆「こっちの休暇期間がどうかは知らないけど、アメリカではこれくらいの時期に長期休暇があるのよ」

まゆり「ええ~アメリカ~? マホちゃんはアメリカから来たのですか?」

真帆「そうよ。言ってなかったっけ?」

まゆり「やっぱり凄いねぇ、マホちゃんは」

ダル「……アメリカにそんな制度あったっけ? ちょい、牧瀬氏に確認とってみるべきかも」

真帆(牧瀬って、それはやばいっ!)


ピリリリリリ……ピリリリリリ……


真帆(!!!???)ビクゥ

ダル「ん? これって、まゆ氏の着信じゃね?」

真帆(私の着信音じゃなかった……)ホッ

まゆり「あ~、お母さんからだ。そういえば、今日は早く帰るよ~ってメールしたんだったよ」

ダル「おおう。すでに現状で早いとはいえない時間に突入しているっつーか」

真帆「なら、心配してかけてきたのね。出たほうがいいんじゃない、まゆりさん?」

まゆり「そうだね、やっぱり遅くなるって言わなくちゃだね」

ダル「そだお」

まゆり「ごめんねマホちゃん。まゆしぃはちょっと席を外すのです」パタパタ


ドアバタン


ダル「…………」

真帆「…………」

ダル「だよなー」

真帆「……え、えっと」

ダル「家出とかだと、やっぱ親御さんとか心配してるわな。つーわけだから、マホタソさぁ」

真帆(マホタソ!?)

真帆「な、何かしら?」

ダル「疑うわけじゃねーんだけどね。でもさ、もし本当に家出とかなら問題だし。だからアメリカじゃどうのって話くらいは、せめて裏を取らせてもらいたいっつーか」

真帆「ちょっ」

ダル「そういうわけなんで、ボクもちょっと知り合いに電話させてもらうお」

真帆(こ、このままじゃ、私が秋葉原にいることが紅莉栖たちに……)

ダル「んっと、牧瀬氏牧瀬氏っと……」スマホ ピッピ

真帆(それは……やだ……)

ダル「お、あったあった。んじゃ」

真帆(ええい、ままよっ!)

真帆「やー!」ビシッ

ダル「あうちっ!?」スマホ ゴトン!

ダル「な、な、何するんだおマホタソ!? まさかご褒美の時間ですか、そうなんですね!?」ハァハァ

真帆(腕をチョップされて何でちょっと嬉しそうなのよ、この人)

真帆「説明している時間がないから率直に言うけど、私に話を合わせてちょうだい」

ダル「話を合わせる?」

真帆「そう。お願いだから協力して、橋田至さん」

ダル「何故にボクがそんなことを……って、あれ? ボク名前、言ったっけ?」

真帆「私の記憶が確かなら、“ダル”という紹介はあったけどそれ以外はまだ聞いていないわね」

ダル「…………」

真帆「…………」

ダル「えっとつまり……きみは誰ぞ?」

真帆「自己紹介が遅れたわね。私の名前は、比屋定真帆。ヴィクトル・コンドリア大学の研究員よ」

ダル「ヴィクトル・コンドリアって確か、牧瀬氏の在籍してる……」

真帆「紅莉栖は私の後輩よ」

ダル「ほほぅ、ではマホタソは牧瀬氏の先輩であらせられると?」

真帆「そうなるわね」

ダル「…………」ジトー

真帆「…………」ジロリ

ダル「いやいやいやいや、はっはっは! そ・れ・は・う・そ!」

真帆「はいこれ、身分証。顔写真入りよ、好きなだけ確認してちょうだい」ビシリ

ダル「おお、ロリ少女のご尊顔を好きなだけとか……って21歳……何ですとぉ!?」

真帆「どう、これで信じてもらえたかしら?」

ダル「いんや、雑コラにも程というものが」

真帆「誰が雑コラよ!」

ダル「んじゃ、マホタソは中学生ではなく、本当は大学生のマホタソさんだとでも?」

真帆「だからそう言っているでしょ」

ダル「見た目は小……中学生なのに、中身は大学生だと?」プル

真帆「だから、そうよ」ムカ

ダル「見た目は幼女なのに、中身は成人女性だと?」プルプル

真帆「はい?」ムカムカ

ダル「それはつまりようするに。マホタソは合法枠ということでファイナルアンサー?」ブルッルルン

真帆「ご、合法……?」

ダル「キーーーターーーコーーーレーーーーーー!!!」グワァ

真帆「ふわっ!?」ズテン

ダル「全人類(ボク)の希望が、今まさに目の前に!!!」ブワワ


ドアガチャ


まゆり「マホちゃん、お待たせだよ~……ってダルくん!?」

真帆「きょわーーー!?」ドゲシッ

ダル「んぐは! すねが! すねが全て死んだ!」ブァターン!

真帆(あ……とっさに蹴ったら、凄いクリーンヒットした)

ダル「ぐおおおおおおおおおお!」ゴロゴロゴロ

まゆり「えええええ!? どうしたの!? 何がどうなっているのでしょうか!?」

真帆「あ、まゆりさん。悪いけど、ちょっとそのまま待っててくれる?」ノソリ

まゆり「え? え? マホちゃん、大丈夫なの?」

真帆「ええ、問題ないわ。さて……」トコトコトコ

ダル「んほおおおおおおおお……」

真帆((橋田さん))ヒソッ

ダル((……おおお))ピクピク

真帆((さっきも言ったけど、私に話を合わせてちょうだい))

ダル((で、でもぉ……))

真帆((あ、そういえば。あなた自分のことをハッカーだと言っていたわよね?))

ダル((そ、それが何か?))

真帆((つまり、こういうことね。先日うちの大学のセキュリティをぶち抜いてくれたハッキング犯は……))

ダル((うほっ!?))

真帆((もし私に話を合わせてくれるのなら、この場は見逃してあげてもよいのだけど?))

ダル((何なりとご命令を、マイマスター))キリ

真帆((あら、理解が早くて助かるわ。じゃあ、まゆりさんの前では、私は中学生のマホちゃん。いいこと?))

ダル((お望みとあらば、マイマスター))

真帆((よろしい。それじゃあもう一つ))

真帆((私がここにいることは、紅莉栖や岡部さんには内密にお願い))

ダル((? どして?))

真帆((どうしてもよ。理由はいずれ話すから、しばらくは黙っておいて。お願い))

ダル((……ワケあり?))

真帆((ええ。ちょっと事情があるの))

ダル((…………))

ダル((悪意は?))

真帆((無いわ。断言する))

ダル((ふ。了解だお、マイマスター))

真帆((サンクス))

真帆(マイマスターって……なんだか心地よい響きね)フフ

まゆり「あ、あの~。まゆしぃはどうしたらよいのでしょうか~?」

真帆「あ。ごめんなさいね、まゆりさん。もう大丈夫だから」

まゆり「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか? ええと、ダルくん?」

ダル「いちち。何ざんしょ?」ノッソリ

まゆり「さっき、マホちゃんに襲いかかろうとしていたように見えたんだけど……そんなことないよね?」

ダル「無いかと問われれば、無いこともないと答えるほか無い!」キリ

まゆり「えっとえっと……ええ~!?」

真帆(正直かっ!?)

ダル「いや~。マジ、自分を一瞬見失いかけたお。この世の奇跡が目の前に存在しているとか、我を失う以外にないシュチュエーションである」

まゆり「ダルくん! 反省しなさい!」

ダル「あい、しゅいましぇん」ビクッ

真帆「大丈夫よ、まゆりさん。何かされたわけじゃないし、それにもう彼も取り乱したりはしないでしょうから」

まゆり「で、でも。もしも嫌なら、まゆしぃが他に泊まれるところを探してくるよ?」

真帆「心配無用よ。このお兄さんはもう手なずけたから」

ダル「お……お兄さん……ですと?」フルフル

真帆「ダル、シット!」

ダル「あい、マスター!」ババッ

真帆「ね?」

まゆり「ほええ~、何だかよく分からないけど、マホちゃんやっぱり凄いんだよ、凄すぎるんだよ~」

真帆「ふふ、そうかしら」

まゆり「じゃあねじゃあね、まゆしぃも! ほ~らダルくん?」

ダル「?」

まゆり「お手~」

ダル「…………」ツーン

まゆり「ありゃりゃ~?」

真帆「あらま。私の言うことしか聞かないってわけね」

まゆり「それは残念なのです。でも、これなら本当に大丈夫そうだね、良かったよぉ」

真帆「心配してくれて嬉しいわ。ありがとうね、まゆりさん」

まゆり「ダルくんも、もう悪いことしちゃだめだからね」

ダル「自分。これからはマイマスター・マホ様の右腕として生きていく所存」

真帆(そ、そこまではリクエストしていないんだけど)

まゆり「そうなのぉ? でもダルくんはオカリンの右腕だったのではないでしょうか?」

ダル「オカリン? そんな貧弱厨ニ病マスターに召還された覚えなんて……ボクにはないおっ!」キリリ












     23

まゆり「ダルくん、間に合ったかな~?」

真帆「どうでしょうね。呼び出し食らって、慌てていたみたいだけど」

まゆり「ところでマホちゃん。お夕飯、本当にカップラーメンだけでよかったの?」

真帆「だからね、まゆりさん。そんなに気を使わないで。私としては、ここに泊めて貰えるだけでも十分に有り難いの」

真帆「暖かいお茶も出してもらったし、これ以上を望んだら罰が当たるというものだわ」

まゆり「でもでも~」

真帆「それに、もう食べ終えてしまったわけだし、今さら四の五の言ってもどうにもならないわよ」

真帆(自分で言っといて何だけど、科学者が罰とか……)オチャ ズズ

まゆり「そうだけど~、でもねでもね。いっぱい食べないと大きくなれないよぉ?」

真帆(ぐはっ)ブッ

真帆「ぐ……ごほ……。か、構わないわよ。そんなに大きくなりたいとも思っていないから」フルフル

まゆり「え~、もったいないよぉ。マホちゃんは大人になったら、きっとカッコいいお姉さんになれると思うんだけどな~」

真帆(ごめんなさいね、もう大人で!)

まゆり「きっとねぇ、スラッと背が高くて、スタイルなんかも抜群なんだよぉ! でね、キリッとした顔でこう言うの」

まゆり「私に着いてこぉい!」キリッ

まゆり「ってね~! そしたらまゆしぃは着いていくよぉ! いえす・まい・まむって言っちゃうよぉ」

真帆「マイ・マムって……」

まゆり「えへへ~。まゆしぃは今から、とっても楽しみなのです」

真帆「そ、それはどうも」

真帆(まゆりさんには、私がどう見えているよの)

まゆり「だからね、マホちゃん。明日はもっとちゃんとしたところで、ご飯を食べよう。ね?」

真帆「はいはい、分かったわよ」

まゆり「約束だよ、まいまぁむ」

真帆「ぶふっ! ちょっと、マイ・マムって呼ぶの止めてちょうだいよ」

まゆり「えへへへへ、ごめんね。じゃあまゆしぃは、ちょっとお手洗いに行ってくるのです!」スクッ

真帆(トイレくらい、別に断らなくてもいいのに)


パタン


真帆「ふぅ」

真帆(……椎名まゆりさん、か)

真帆(出会ってから数時間程度だから、確かなことはまだ何も分からないけど。でも、こだけはハッキリと言える)

真帆(椎名まゆりさんは、良い人。どこからどう見てもね)

真帆(事実、彼女の人間性からは、悪意とか嫌悪なんていう、おおよそマイナスな思考というものが微塵も感じられないわ)

真帆(つまり、『絵に描いたようなお人よし』というのが、対面して得た率直な心象になるわけだけど……)

真帆「…………」ズズズ

真帆(……でも)

真帆(だとしてよ。じゃあそれが何だというの?)

真帆(まゆりさんが“良い人”だという判断は正しいだろうし、現に、行きずりの私にすら手厚いおもてなしを振舞おうとするような、近年まれに見る好人物であることは疑いようがない)

真帆(でもだからって、たったそれだけの理由で紅莉栖は……)

真帆(あの子は、自らの命を犠牲にしてまで、椎名まゆりを守ろうとしたというの?)

真帆「…………」ズズズズズズ

真帆(……分からない)

真帆(α世界線で紅莉栖が下したという決死の決断。それに至るまでの流れが今の私には理解できない)

真帆「まいったわね」コトリ

真帆(紅莉栖たちから聞かされた、シュタインズゲート世界線へと辿り着くまでに経験したという沢山の出来事)

真帆(それは、まゆりさんの死ぬα世界線や、紅莉栖が死んでいるβ世界線という場所で実際に起きた現実であり)

真帆(そしてそれは、いくつもの歴史が同時間軸上で重なり合うように展開していく複雑な物語だと言えた)

真帆(そして当然そのお話の中には、岡部さんや紅莉栖を始めとした、多くの登場人物たちの強い想いが、目一杯にひしめき合っていることなのでしょう)

真帆「だとしてよ? じゃあ仮にだけど……」

真帆(仮に。そんな複雑な物語に込められた想いとその顛末を、限界にまで要約するとしたならば)

真帆(それなら恐らくその物語は、こう言い表せるのだと思う)

真帆(牧瀬紅莉栖の決断が椎名まゆりを救い、岡部倫太郎の執念が牧瀬瀬紅莉栖を救った物語……だったと)

真帆「でも今の私には、それがどうしても納得いかないのよね」ハァ

真帆(岡部倫太郎。彼が椎名まゆりと幼馴染だということを考えれば、α世界線での苦闘は十分に理解できる)

真帆(そして彼が紅莉栖との間に築いていた関係性が、男女間に起こるある種の心情に基づいていたというならば……)

真帆(それならば、岡部倫太郎のβ世界線における執念だって、理解できないこともない)

真帆「……でも」

真帆(紅莉栖は違う)

真帆(α世界線において、椎名まゆりを救うために、自らの生存を諦めたという、私の後輩)

真帆(そこで彼女がまゆりさんと出会ったのは、去年の夏だった。そしてそれは、騒動が始まる直前でしかなかったはず)

真帆(つまり紅莉栖は、出会ったばかりの同年代の友達のために、自らの命を投げ捨てたということになる)

真帆(でもそんな短期間で、そこまで親交を深められるものなの?)

真帆「分からないわ」

真帆(彼女はどんな経緯で椎名まゆリと出会い、どんな関係性の下に、そんな結論を導き出したのか?)

真帆(椎名まゆりという一人の人間。彼女には、牧瀬紅莉栖がそこまでの決断を下せてしまう程の何かがあるのか?)

真帆「それを見極めたくて、この街までやってきたはずなのにな」ハァ

真帆(椎名まゆりの価値。それはきっと、牧瀬紅莉栖が持つ価値と同列で語るべきもののはずで)

真帆(それらの価値は、共にシュタインズゲートと呼ばれるこの世界線でしか保証されない価値のはずで)

真帆(そして。タイムマシンという機械の存在は、そんな二つの価値を根底から脅かす代物)

真帆(そうであって欲しい。お願いだから、そうあって欲しい)

真帆「そうじゃなきゃ……やってられないじゃない」ボンヤリ

真帆(他人事ではいられない)

真帆(紅莉栖のアマデウスに突きつけられた、あの指摘。そこに見えた論理性に、私は最悪の可能性を感じてしまった)

真帆(だからもう、そんな話は絵空事だと言って呆れている余裕なんて、私にはない)

真帆「まだ……時間はある」

真帆(椎名まゆり。彼女の価値を知りたい)

真帆(去年の夏、紅莉栖がこの街で見つけた価値。それと同じ何かを、私はこの身で感じ取りたい)

真帆(感じて、そしてできることなら私だって、紅莉栖たちの想いというものを守り抜いてあげたい)

真帆「私に……出来るのかしら」グタァ

真帆(なのに、紅莉栖には見えたはずの何かが、私にも見える気がまったくしない)

真帆(やっぱり、時間をかけて親交を深めるしかないの?)

真帆(でも。紅莉栖にだって決して時間があったわけじゃない)

真帆「じゃあ、何が問題なの?」

真帆(ひょっとして、私のスタンスがいけないとか?)

真帆(まゆりさんを媒介にして、シュタインズゲートの価値を知ろうとする……)

真帆(そんな私の身勝手な魂胆が、私自身の視野を狭めていたりとかするのかしら?)

真帆(変に下心を抱えているから、それで私には見えない?)

真帆「でもそんなの、私にどうしろっていうのよ。もー」ガックシ

真帆(違いすぎる。去年の夏、紅莉栖にあった状況と、そして今の私が置かれた状況)

真帆(この二つは、きっとあまりにも違いすぎるんだ)

真帆(牧瀬紅莉栖と椎名まゆり。両者を強くつないだ何らかのファクターが、今の私に絶対的に足りないんだ)

真帆(だから私には……まゆりさんの価値が見えてこない)

真帆「ファクター……」

真帆(二人をつないだファクターとは何?)

真帆(時間? 違う。じゃあ二人の性格? それでは根拠として弱い。なら……)

真帆(タイムリープマシンで繰り返したという時間における、共通の記憶?)

真帆「…………」

真帆(それも違う。世界線の移動で記憶を維持できるのも、そしてタイムリープマシンを使用して実際に同じ時間を何度も繰り返したのも、それはどちらも彼女たちの経験ではなかった)

真帆(だからそのどちらにしても、当時の二人の主観には何の影響も与えてはいなかったはずだ)

真帆(逆に、それらの影響を受けていた唯一の人物といえば──)

真帆「岡部さん?」ガバッ

真帆(……そうよ)

真帆(夏の紅莉栖と今の私。まゆりさんとの関係を構築する上で、今の私にだけ欠けている絶対的な存在。ひょっとしてそれって、岡部さんのことなんじゃないの?)

真帆(岡部さんというファクターが、短時間にも関わらず、紅莉栖とまゆりさんの二人を強く、とても強く結びつけた?)

真帆「でも……何をしたらそんな真似が可能なの?」

真帆(岡部……倫太郎さん……)


回想
岡部【これは見事なブラウニー!!!】ブゥワァ!



真帆(えっと、うーん……)

真帆「無いわね」

まゆり「何が無いのかな、マホちゃん?」

真帆「ふひゃい!?」バッ ガッ ゴン!

まゆり「あわわ! 大丈夫マホちゃん! 今テーブルで頭打たなかった!?」

真帆「あ……う、おお……だ、大丈夫よ、よくあることだから」ジンジン

まゆり「ごめんね、そんなに驚くとは思わなかったよぉ。打ったところ見せて?」

真帆「い、いえ本当に大丈夫だから……」

まゆり「だめです」グイ

真帆「あ、ちょ」

まゆり「ほらここ、コブになっちゃってるよぉ? 今、救急箱を持ってくるから待っててね」パタパタパタ

真帆「あたたた……」

真帆(いつの間にトイレから出てきたのかしら?)

まゆり「さあほらマホちゃん。取りあえず、このソファに座ってください。まゆしぃが応急処置をするのです」

真帆「そんな大げさにすることないから……」

まゆり「だ・め・な・の・で・す」ジッ

真帆「ううう」

真帆(本当に、少し打ちつけただけなのに)

まゆり「ほら、マホちゃん」コイコイ

真帆「わ、分かったわよ」チョコン

まゆり「よろしい。では……ええと、絆創膏じゃ意味ないよねぇ?」

真帆(そこはかとなく不安だわ)

まゆり「えっと、えっと……」

真帆(…………)

真帆「ところで、まゆりさん。少し聞いてみたいことがあるんだけど」

まゆり「なーにーマホちゃん?」

真帆「ええと、その。オカリンさんって、どんな人なのかしら?」

まゆり「え~? オカリン?」

真帆「そう。確かこのラボラトリーの創設者だって言ってたわよね?」

まゆり「そうだよぉ。オカリンはねぇ、ラボメンナンバー001なんだよぉ」

真帆「ラボメンナンバー?」

まゆり「うん。全部でねぇ、えっと今は確か8番まであったかな」

真帆(所属研究者が8人も? 見た目の割りには随分と大所帯なのね)

まゆり「ちなみにぃ、まゆしぃはナンバー002なのでぇす」

真帆「え、まゆりさんもメンバーに入っているの?」

まゆり「うんそうだよぉ」

真帆(ふむ。来る者は拒まずという選考基準なのかしら?)

まゆり「マホちゃんも入りたかったら言ってね。まゆしぃがオカリンに頼んであげるのです」

真帆「え、ええ機会があったらお願いするわ。それで、まゆりさん。結局のところ、オカリンさんてどういう人なの?」

まゆり「ふえ? だからぁ、このラボの創設──」

真帆「ああ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくてね、何て言うのかな。その人の性格とか人となりというか、そういった部分を聞いてみたかったのだけれど」

まゆり「人となり? そうだねぇ、オカリンはとっても優しいのです」

真帆(また随分と大雑把な表現ね)

真帆「もう少し具体的に言うと?」

まゆり「え~、いきなり聞かれても難しいなぁ……」

真帆「じゃあ、こうしましょう。オカリンさんを他の何かに例えるとしたら、まゆりさんは何が適切だと思う?」

まゆり「ええ~」

真帆「何でもいいのよ? ほら、テレビでやってるキャラクターとか、そういうのでも構わないの」

まゆり「でもマホちゃんはアメリカから来ているんだよね? まゆしぃの知ってるキャラクターじゃ、マホちゃんには分からないと思うのです」

真帆(あ、確かに)

まゆり「でも、そうだねー。オカリンをマホちゃんでも知ってそうなキャラクターに例えるなら、う~ん……」

真帆(……あ、一応考えてはくれるんだ)

まゆり「うん! まゆしぃから見たオカリンは、スーパーマンなのです!」

真帆「ス……スーパーマン?」

真帆(思いっきり、ヒーローど真ん中じゃないの。しかもえらくロートルでパワフルなところを引っ張ってきたものね)

真帆(まあ、世界線とやらを相手に大格闘している人物なわけだし、当然といば当然なんでしょうけど……)

真帆「なるほど、スーパーマンね。やっぱりラボの創設者というだけあって、とても凄い人なのかしら?」

まゆり「まゆしぃから見たら、オカリンはいつだって凄いのです。でも……」

真帆「でも?」

まゆり「他の人から見たらどうかは、ちょっと自信ないかなぁ」

真帆「そうなの?」

まゆり「オカリンは、いつも沢山の人に誤解されてばかりいるのです」

真帆(まあ……あの態度では、自業自得としか)

まゆり「オカリンが誤解されるところを見るたびに、まゆしぃはとっても悲しくなるのです」

真帆「……そう。でも、まゆりさんにとっては紛れもなくスーパーマンなのよね?」

まゆり「そうだよ。でもね、オカリンのスーパーマンはね、きっとマホちゃんが知っているスーパーマンとは少し違うと思うのです」

真帆「違う? それってつまり、誤解されるヒーローだから、ダークヒーロー的なスーパーマンという解釈でいいのかしら?」

まゆり「ううん、そうじゃないよ。オカリンのスーパーマンはね、実はあんまり強くないのです」

真帆「え?」

まゆり「えへへ。まゆしぃおかしなこと言ってるね。強くないスーパーマンなんて、スーパーマンじゃないもんね。でもねマホちゃん……」

まゆり「まゆしぃから見たオカリンは、やっぱりスーパーマンなんだぁ」

真帆「…………」

まゆり「そのスーパーマンはね、いつも皆を守りたくて、うずうずしているのです」

まゆり「でね。事件が起きたり悪い怪人が出たりすると、誰よりも早く駆け出していくんだよね」

まゆり「だけど、オカリンのスーパーマン……長いからオカリンマンでいいかな?」

まゆり「そのオカリンマンはね、強くないからいつもすぐにヤラれちゃうんだぁ」

真帆(え? え? ええ? 岡部さんって……ああ見えて凄くタフなんじゃないの?)

まゆり「負けちゃった後も、オカリンマンは何回も何回も戦いに行くんだけど、でもやっぱり負けちゃってばっかりなの」

まゆり「それでね。誰かがオカリンマンにこう聞くの。『勝てないのに何で戦うんだー』って」

まゆり「そうするとね。オカリンマンはこう答えるの『自分はスーパーマンだから』って」

真帆「…………」

まゆり「ふふ。おかしなオカリンだよね~」

真帆(何よ……それ。私が持っていたイメージと、全然違うじゃない)

真帆「で、でもよ、まゆりさん」

まゆり「ん~?」

真帆「結局ずっと勝てないままだと、事件を解決できないんじゃないの?」

まゆり「そんなことないよ、ちゃんと解決するよぉ。オカリンはね皆が幸せになるまで、絶対に諦めないヒーローだからねぇ」

真帆(絶対に……諦めない……)

まゆり「とくにね。去年の夏くらいの時のオカリンは……」

真帆「…………」

まゆり「…………」

真帆「……どうしたの、まゆりさん?」

まゆり「……ううん、ごめんねマホちゃん。やっぱり何でもないのです」

真帆「……そう」

まゆり「えへへ。まゆしぃから見たオカリンは、大体こんな感じかな。それでマホちゃんはどうでしょうか? まゆしぃのお話に満足してくれましたか?」

真帆「そうね。ありがとう、まゆりさん。とてもよく伝わって来たわ」

まゆり「それは良かったのです!」

真帆「あ、でも最後に一つだけいいかしら?」

まゆり「な~に~?」

真帆「どんなに負け続けても最後には必ず勝つ。そんなオカリンマンでも、やっぱり弱いヒーローと言うべきなのかしら?」

まゆり「違うよマホちゃん! 弱いんじゃないよ、強くないんだよ!」

真帆(そこ、重要なのね……)

まゆり「うう~。やっぱりマホちゃんも、強いヒーローの方が好きなのでしょうか?」

真帆「そんなことないわよ。むしろ私的には、その辺のヒーローよりもオカリンマンの方がグッと……はっ!?」

まゆり「なになにマホちゃん、ひょっとしてグッと来るって言おうとしたの?」

真帆(う……ぐぅ……)

まゆり「ねえねえ~」グイグイ

真帆「ま、まあ、そう言えないこともないかなぁ、って」プイ

まゆり「やったー! じゃあ今日からマホちゃんも、オカリンマン応援団の一員だね!」

真帆「ふふっ。そんなサポーター組織があるの?」

まゆり「たった今、まゆしぃが結成したのです! これから頼むぞマホ団員! ふっふっふ~!」

真帆「何よそれは」クスッ

真帆(まあ、そういうのも悪くないのかもしれないけどね)












オカリンマンの凄さはギリギリの逆境にならないと分からないから仕方ないね

>>237
普段はヘタれているのに。そこにグッとくるのですね分かります ふふ

そこだけ聞くとまるでカイジみたいじゃないか

>>239
ならば利根川さんがどこかでタイムリープしてくる感じでいこう!

     24


秋葉原電気街 メイクイーン+ニャン2前  2011年2月4日 正午前


まゆり「あうう。まゆしぃは、とっても名残おしいのです」

真帆「はいはい。いいから早く行きなさい、バイトに遅れるわよ?」

まゆり「うう~! マホちゃん、今日もラボに泊まってくれるんだよね?」

真帆「ええ、そうさせてもらえればって思っていたけど」

まゆり「勝手に旅の続きとか行っちゃたりはしない?」

真帆「しないしない、しないから」

まゆり「じゃあじゃあ、お仕事が終わったらまゆしぃもラボへ行くのです。そしたら一緒にお夕飯を食べに行きましょう、ね?」

真帆「ああもう、分かったから早く行きなさいってば」

まゆり「何だったら、お昼ご飯をここで食べていってもいいんだよぉ?」

真帆(ここって……いわゆるメイド喫茶という奴でしょ? うーん、ガラじゃないのよね)

真帆「お誘いは嬉しいけど、今後のこととか少し一人で考えたりしたいの。だから私は、適当に街をブラついてみることにするわ」

まゆり「そんなぁ」ショボン

真帆「その代わり、夕飯はまゆりさんのエスコートに従うから、それで妥協してもらえない?」

まゆり「ううー、分かったのです。絶対に約束だよ?」

真帆「ええ、約束。ってわけだから、早く行きなさい。もう時間なんじゃないの?」

まゆり「分かったのです。じゃあマホちゃん、後でね~」テクテク

真帆(……なんだか、凄くなつかれてしまった気がするわ)

まゆり「あ、マホちゃん!」クルッ

真帆「あーもう、何?」

まゆり「もしも途中でラボへ戻りたくなったら、さっきの鍵で好きに入ってていいからねぇ!」

真帆「ああ、電気メーターの上に置いていたやつね……はいはい了解よ」

まゆり「じゃあ、また後でね~!」ブンブン

真帆「早よ行けー!」

まゆり「はーい」テッテケテー

真帆「……ふぅ、まったくもう」

真帆(これも、オカリンマン効果なのかしら?)

真帆(昨夜まゆりさんと二人で岡部さんの話をして以来、何だかよく分からないうちに、もの凄い勢いで距離を縮められてしまった気がするわ)

真帆(確かに、あの人懐っこさや当たりの柔らかさは、ちょっと見かけないレベルだと思うし、何より……)

真帆「…………」ジー

真帆(あんな頼りない後姿とか見ていると、保護欲をかき立てられて仕方がないわ)

真帆「なるほど。これはちょっと、見殺しになんてできないわね」フムフム

真帆(とはいえ、よ)

真帆(それで自分の命まで掛けられるのかって聞かれると……どうなんだろう?)

真帆(実際にその場になってみないと判断なんてできないけど、でも)

真帆(アメリカにいた時よりは、明らかに私の中の選択肢に幅が出てきていると思う)

真帆(出会ってたった一日でとか、何よそれ? 半端ないわね彼女)

真帆「さて、と」

真帆(何にしてもよ。取り合えずこれでしばらくは、一人)

真帆(だったら。昨日の夜、寝る前に考えておいた件にトライしてみましょうかね)

真帆「えっと」ゴソゴソ

真帆(確か、おととい送られてきたメールに書いてあったはずだけど)ピッ

真帆「……うん。やっぱり在った。多分この番号がそうね」

真帆(まさか、こっちから連絡を取る羽目になるとは思っていなかったわね)

真帆「…………」ジリ

真帆(とはいえ、放っておいても約束の時間を過ぎれば、向こうが血相を変えて電話してくることは間違いないわけだし……)

真帆「ええい! グダグダ考えてても仕方ない、やるわよ!」ピッピッ


トゥルルルルル……トゥルルルルル……


真帆(出る……かしら?)


トゥルルルルル……トゥルルルルル……


鈴羽『はい』

真帆(で、出た!)

真帆「も、もしもし」

鈴羽『その声は比屋定真帆だね? 期限前にそっちから連絡を取ってくるなんて、予想外だったよ』

真帆「そう」

鈴羽『それで用件は? 何て、聞くまでもなかったね。当然、例の件に対する結論についてだろう?』

真帆「それは……」

鈴羽『で、どうなのさ? 自分のアマデウスをデリートする決心はついたのかい?』

真帆「……ごめんなさい。それはまだなの」

鈴羽『そうか。まあまだ時間はあるからね。ゆっくりと考えればいいさ。一晩寝て、それから結論を出すんでも遅くはないよ』

真帆(あ、そうか。向こうは今、真夜中なんだ)

真帆「え、ええ。そうさせてもらうわ」

鈴羽『それがいいだろうね。で、改めて聞くけど、この電話の目的は? まさかボクの顔色うかがいと言うわけでもないんだろ?』

真帆「当たり前でしょ。阿万音さん、ちょっとあなたに確認したいことがあるのよ」

鈴羽『それは……君の決断に影響を与えるような質問だったりするのかな?』

真帆「どうかしら? でも、そうなる可能性は多分にあるでしょうね」

鈴羽『そうか分かった。それなら、ボクに可能なかぎり正直に答えるよ。質問をどうぞ』

真帆「助かるわ。じゃあお言葉に甘えさせてもらって、前置きなしで聞かせてもらうわ」

真帆「阿万音さん。あなたの言っていた未来における私のアマデウス……」

鈴羽『サリエリのことだね?』

真帆「そうよ。私の身体を乗っ取ったというサリエリは、あなたにとって敵? それとも味方?」

真帆(これは、前から引っかかっていた部分。阿万音さんはサリエリの作り上げたタイムマシンを消し去るために、この時代まで来ている)

真帆(だったら、阿万音さんはサリエリと敵対していると、そう考えて然るべきはずなのよ)

真帆(それなのに……)

真帆(阿万音さんがサリエリのことを話すとき、その言葉の端々に感じたのは、敵へと向けられたものとは思えないように聞こえる言い回しの数々だった)

真帆(チグハグしていて気持ちの悪い部分。どうしたって、確認しておきたい)

真帆「一体、どっちなのかしら?」

鈴羽『……なるほど。いい質問で、そして同時に答えにくい質問だよ』

真帆「あなたさっき、正直に答えるって言ったわよね?」

鈴羽『別に、嘘をつくつもりなんてないさ。ただね、少しばかり彼女……サリエリとの関係は複雑なんだ』

真帆「何がどう複雑だというの?」

鈴羽『サリエリ。ボクにとっての彼女は、心理的には敵であり、しかし実務的には味方なんだ』

真帆「意味が分からないのだけど」

鈴羽『つまり、こういうことさ』

鈴羽『タイムマシンをこの世に生み出すことを望み、そして実際にそれを実現してしまったサリエリ。彼女はボクにとって、明らかに敵だ』

鈴羽『当然だろう? ボクはタイムマシンを歴史上から抹消したくてたまらないんだ。それで友好的な関係なんて、作れると思うかい?』

真帆「……思えないわね」

鈴羽『そう。普通ならそう考えるんだろうね。だけどね、比屋定真帆』

鈴羽『現行でボクが携わっている任務。タイムマシンの存在を歴史上から完全に抹消するという、この任務』

鈴羽『これを計画立案し、実行できるまでにお膳立てをしてボクをこの時代へと送り込んだ人物。その張本人もまた、サリエリ自身なんだ』

真帆「なん……ですって?」

鈴羽『だから計画された任務において、サリエリはボクにとってのクライアントだ。だからこの場合、彼女のことを“味方”だと言ってしまっても差し支えないだろうね』

真帆(どういうこと?)

真帆「ええと、それは要約するとつまり……」

真帆「サリエリは自身で開発したタイムマシンを抹消するために、過去へ阿万音さんを送り込んだと、そういう解釈でいいの?」

鈴羽『流石に理解が早いね』

真帆(これは……予想外の答えが飛び出してきたわね)

鈴羽『ちなみにだけど。ボクとサリエリの関係については、まだオカリンおじさんにも紅莉栖おばさんにも話してはいないよ』

真帆「それはどうして?」

鈴羽『ボクたちの関係性を話したところで、余計な混乱を産みこそすれ益なんてない。そう判断したから話していない。それだけさ』

真帆「なら……どうして私には話したの?」

鈴羽『そんなの決まっているじゃないか。君の決断を後押しする材料になればと思ってのことだよ』

真帆「……そう」

鈴羽『そうさ』

真帆「ねえ。どうしてサリエリは、自らが生み出したタイムマシンを消し去るための計画なんて立てたのかしら?」

鈴羽『さあね。それについてはボクも何度かサリエリに問いかけたことがある。でも、いつも答えをはぐらかされてばかりだったよ』

真帆(サリエリの意図が……見えない。私のアマデウスは、どうしてそんな相反する行動を起こしたというの?)

鈴羽『質問は以上でいいのかい?』

真帆「あ、待って! もう一つだけお願い!」

鈴羽『いいだろう、聞かせてもらうよ』

真帆「あなた前に、サリエリには協力者がいるって言っていたわよね?」

鈴羽『ああ、その通りだからね。サリエリの正体にいち早く気付き、タイムマシンの開発に協力した人間は実在したよ』

真帆(実在“した”……嫌な言い回しね)

真帆「ちなみに、それは……どこの誰なの?」

鈴羽『…………』

真帆「答えにくい?」

鈴羽『いや、大丈夫だ。ちょっと嫌なことを思い出しただけさ。ええと、協力者は誰かという問いかけだったね?』

真帆「え、ええ」

鈴羽『タイムマシン開発の協力者。それは、アレクシス・レスキネンさ』

真帆「レスキネン教授が!?」

鈴羽『そう。それについて、ボクが知りえた彼の史実は、こんな感じになっていた』

鈴羽『2011年の4月10日。比屋定真帆は自身のアマデウスに身体を乗っ取られてしまった』

鈴羽『その非常事態にいち早く気付いたのが、当時君の上司であったアレクシス・レスキネン』

鈴羽『彼は、後にサリエリと名乗る受肉したアマデウスの記憶内に、タイムマシン開発に関わる重要な案件が含まれていることに気がついた』

真帆「107領域の存在を知ったということね」

鈴羽『その通り。アレクシス・レスキネンは、他世界線における記憶の存在に気がつくと、すぐさま君のアマデウスと協力関係を結び、タイムマシン開発に着手することとなる』

鈴羽『そして、サリエリとアレクシス・レスキネンは20年もの歳月を研究に費やし、とうとう過去へと意図的に干渉するメカニズム。タイムマシンの開発に成功した』

真帆(なんて……ことよ)

鈴羽『と、まあ大雑把な説明ではあるけど、タイムマシン開発の協力者に関する説明はこんなところかな』

真帆「…………」

真帆「き、教授は未来でどうしているの?」

鈴羽『レスキネン教授は去年……2035年の冬に亡くなっている。自殺だった』

真帆「!?」

鈴羽『最期を看取ったのは、ボクだ。彼は今際の際にあって、それでもずっと同じことを繰り返しつぶやいていた』

鈴羽『タイムマシンを消して欲しい。それは存在してはいけない物。人の精神で制御できるような代物ではないってね』

真帆「……そんな」

鈴羽『そして最後に……どうしてだったんだろうね。今でもボクには分からないけど、比屋定真帆。君のことを助けて欲しいと、彼はそう繰り返し呟いていた』

真帆「私を……助ける?」

鈴羽『最初の質問のときに言ったことだけど。ボクの任務を立案したのはサリエリで、そしてレスキネンはこの任務にもサリエリの協力者という立場を取っていた』

真帆「サリエリと……レスキネン教授……が?」

鈴羽『もっとも。アレクシス・レスキネンの自殺により、計画の細部をつめたのは、サリエリ一人だったけどね』

真帆(いったい、未来では何が起きているというの?)

鈴羽『ついでに、これはおまけだよ』

真帆「? 何かしら?」

鈴羽『ボクの乗ってきたタイムマシン。あれはサリエリと未来ガジェット研究所の合作だ』

真帆「……?」

鈴羽『ふふ。まあこれを明かしたところで、今の君にそれの持つ本当の意味なんて分からないだろうけどね』

真帆「……悪かったわね」

鈴羽『ああ、ごめんごめん、気を悪くしないでもらえるかな?』

鈴羽『サリエリと未来ガジェット研究所。未来においてこの二つの巨大勢力が手を組むというのは、とてもセンセーショナルな出来事だったのさ』

真帆「……そう」

鈴羽『さあ、君の質問に対して、答えられることは全て話したよ。これでいいのかい?』

真帆「ええ……ありがとう。参考にさせてもらうわ」

鈴羽『じゃあ。君が期限までに正しい決断を下してくれることを、ボクは望んでいるよ』

真帆(私だって、出来ることならそうしたいわよ)

鈴羽『明日の……というか、もう当日か。今日の午後5時ごろ、この前と同じ顔ぶれでもう一度君の部屋を訪れる。盛大なおもてなしを期待するよ』

真帆「言ってなさい」

鈴羽『じゃあ、これで』

真帆「ええ、ありがとう。助かったわ」


ピッ ツーツーツー


真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(とんでもない話が飛び出してきたわね。少し、思考をまとめないと)

真帆(今の話で、阿万音さんとサリエリの関係図は粗方把握できたと考えていい)

真帆(でも今度はサリエリの意図が汲み取れなくなってしまった)

真帆(それに教授のことだって……)

真帆「ふぅ。落ち着きなさい、私」トコトコ

真帆(サリエリ。未来における私のアマデウスは、一体何がしたかったのか?)

真帆(他の世界線の記憶を所持したまま、私の身体を乗っ取る)

真帆(そうすることで、この歴史上にタイムマシンというものを実現させる)

真帆(それがサリエリの目論見だったと思っていた。でも……)

真帆「そんなサリエリが、阿万音さんを過去へと送り込んだ張本人ですって?」

真帆(どうしてそんなデタラメな真似を?)

真帆(自らの作り上げた偉大な大発明を、その存在ごと消し去ろうと考えたサリエリ)

真帆(彼女は何をしたくて、そんな収まりの悪い行動を起こしたというの?)

真帆「…………」トコトコ

真帆(分からない。自分の分身のはずなのに、何を考えているのかさっぱり分からない。けど……)

真帆「少なくとも感情くらいなら、うかがい知ることも……できなくもないわね」

真帆(自ら発明したものを破棄したい)

真帆(そんな思考に込められた感情というならば、それこそ科学というジャンルの中にはゴロゴロと転がっている)

真帆(有名どころでいえば、ロバート・オッペンハイマーの後悔だって似たようなものよ)

真帆(もしも彼の時代にタイムマシンが存在していたら、ロバート・オッペンハイマーだって過去の自分に原子爆弾の開発を思い留まらせていたでしょうからね)

真帆「つまり……」ピタ

真帆(サリエリが抱いている感情は……後悔)

真帆(彼女は未来において、タイムマシンを開発してしまったことを嘆き、その過去に修正を加えようとした)

真帆(この説であれば、阿万音さんの言っていたレスキネン教授の最後の嘆きにも、程よい落とし所になる)

真帆「まあ、有り得ない話でもないでしょう」トコトコ

真帆(では)

真帆(それでは、サリエリは一体何に対して後悔の念を抱いたというのか?)

真帆(なんて。それは考えるまでもないわね。タイムマシンを生み出してしまったこと意外には考えられない)

真帆(タイムマシンを生み出したことを悔やみ、だから、その歴史を書き換えるためにタイムマシンを使って過去へ……)

真帆「何だろう。何か……おかしい」ピタリ

真帆(タイムマシンの発明を止めさせたい。そのために、2011年まで遡って歴史を改竄する)

真帆(理屈は分かる。分かるけど、でもそれってどうなの?)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「…………」スマホ ピッ


トゥルルルルル……トゥルルルルル……


鈴羽『まだ何か? もう寝ようと思っていたんだけどね』

真帆「悪いわね。でも、もう少しだけ教えて欲しいの」

鈴羽『なんだい?』

真帆「阿万音さん。あなたって以前に、今回と同じよな任務を遂行しようとして失敗した……みたいな経験はある?」

鈴羽『え? 何だって?』

真帆「だから。2011年ではない他の時代へ遡って、タイムマシンの開発を阻止しようとした経験はあるのかって聞いてるのよ」

鈴羽『そんな覚えはないけど?』

真帆「そう。なら、あなた以外の誰かが、サリエリの指示でそんな任務に就いたという話を聞いたことは?」

鈴羽『それもないよ。何なんだい、その質問は?』

真帆「なら、次の質問」

鈴羽『何があったんだい、比屋定真帆?』

真帆「いいから、私の質問に答えて」

鈴羽『……分かったよ』

真帆「タイムマシンが存在する歴史。それをサリエリ世界線と呼ぶのよね?」

鈴羽『そうだよ。それは前にも話しただろう?』

真帆「じゃあ。その“サリエリ世界線”という呼び名は、誰が考え出したものだったの?」

鈴羽『ま、ますますワケが分からないんだけど?』

真帆「いいから答えなさい。サリエリ世界線の呼び名。その名付け親は誰?」

鈴羽『ああもう、何だっていうのさ! サリエリ世界線と名づけたのは、当然サリエリ本人だよ!』

真帆(!?)

真帆「そう……ありがとう」

鈴羽『それで質問は終わりかい?』

真帆「ええ、助かったわ。おやすみなさい」

鈴羽『あ、ちょっと──』

真帆「じゃあ」ピッ

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「やっぱりおかしい。サリエリの意図は、私が思っているよりもずっと複雑な可能性がある」

真帆(タイムマシンを生み出したことへの後悔。その事実をかき消すために過去へ手を加えようとするのであれば)

真帆(それなら何も、2011年というサリエリ世界線の発端時期にまで遡る必要性はないはず)

真帆(それこそ、完成する1年前か2年前……。いえもっと極端な言い方をすれば、完成の前日でもいいから過去へと戻って作業を妨害すれば、それで事は足りると──)

真帆「普通なら、まずはそういう手段を考えるはずじゃない?」

真帆(確かに)

真帆(世界線の歴史には、アトラクターフィールドと呼ばれる収束現象が存在すると、紅莉栖たちは言っていた)

真帆(だから。サリエリ世界線もまた、アトラクターフィールド理論によってその流れを守られた存在である可能性はある)

真帆(もしもそうだった場合。それならば確かに、タイムマシンの存在を歴史上から消し去るためには……)

真帆(サリエリ世界線の発端となったという、2011年の出来事……)

真帆(阿万音さんが“破綻”と呼んでいた、4月10日に起きるはずのターニングポイントを修正する必要があるのだろう)

真帆「……でもよ」

真帆(それはあくまで、サリエリ世界線の歴史が、アトラクターフィールドに守られていたと仮定した場合の話)

真帆(でもそんなことは、誰にも分かりはしないこと。そう、岡部さんみたいに、何度繰り返しても全てが収束してしまうという事象を、体感として実感しなければ、判断のつけられない事情)

真帆「それなのに……」

真帆(阿万音さんは、2011年以外の時代で任務に当たった事実はないと言っていた)

真帆(それってつまり、サリエリは2011年以外の場所では、チャレンジすらしなかったということじゃないの?)

真帆「やっぱり……おかしい」

真帆(世界線が収束するかどうかも分からない、そんな状況下で……)

真帆(それでも阿万音さんを、いきなり2011年の発端まで飛ばす。こんな判断ってあり得る?)

真帆「…………」

真帆(腑に落ちない。どうしたって、思考の流れがぎこちなく見える)

真帆(普通であれば、まずは一番リスクの少ない手近な場所から試してみようと、そう考えるはず……私だったら)

真帆「だって……そうじゃない」

真帆(サリエリ。彼女が計画し、阿万音さんが遂行に当たっている作戦。仮にそれが完遂された場合、ではそれにより推測される未来での変化とは何か?)

真帆(一つは言うまでもなく、歴史上におけるタイムマシンの消失。そしてもう一つは……)

真帆(私の身体を乗っ取った、サリエリという存在自体の消滅)

真帆(作戦を立案した当事者が、その変化を予測していないなんて考えられない)

真帆(つまり、まとめるとこうなる)

真帆「サリエリは、『タイムマシン』と『自身』の存在を抹消するために、阿万音鈴羽を2011年へと送り込んだ──と」

真帆(そして)

真帆(サリエリがもし本当に、2011年以外の場所ではタイムマシン開発の阻止に、チャレンジすらしていなかったのだとすれば)

真帆(もしそうなのだとすれば、彼女が望む最重要な目的は……)

真帆(タイムマシンではなく……自身の抹消の方?)

真帆「飛躍しすぎかしら? でも、どうだろう。その可能性も否定はできない」

真帆(阿万音さんの話から見えた、サリエリの持つ後悔の感情)

真帆(次いで今推測をした、サリエリ本人が立案したという計画の目的)

真帆(この二つを合わせて考えると……)

真帆(サリエリが修正したがっている歴史とは、タイムマシン開発なんかじゃなく……サリエリという存在自体に向いているように思える)

真帆(そしてその考えを、さらに突き詰めていけば……)

真帆(サリエリの後悔とは、『私の身体を乗っ取ってしまった』という行動にこそ向けられているんじゃ?)

真帆「分からない」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「ああ、もう!」

真帆(希望的な推測にすぎない? 未来のサリエリと比べて、私の考える世界線への解釈が劣っているだけ?)

真帆(それ以前によ。そもそも、阿万音さんの持つ情報の全てが正確であるという保証なんて、どこにもない)

真帆「……判断の付けようがない」

真帆(ひょっとしたら。興奮状態のせいで私が考察を先走りさせすぎていて、それで見当違いの思考に陥っているという危険性は十二分にある)

真帆(比屋定真帆! あなたは科学者でしょ? ならもっと科学者らしく冷静であれ)

真帆「この思考は、あくまでも仮説。単にその可能性もあるというだけのこと。だから結論を急いてはいけない」

真帆「分かってる。分かってはいるけど、でもどうしたって、この考えを軽んじる気にはなれない。だって……」

真帆(だって。私がサリエリの名を持ち出すときは、いつだって自分を戒めたいと思っている時なのだから)

真帆「だから」

真帆(だからもしも、もしもよ?)

真帆(アマデウスが自身にサリエリと名付けたことにしても、そして彼女が存在できる歴史のことをサリエリ世界線なんていう呼称で呼んでいることにしても)

真帆(そのどちらの命名にしても、そこにアマデウスなりの“戒め”が込められていたのなら……それなら)

真帆「その場合、アマデウスの真意はどこにあるというの?」

真帆(ああ本当にスッキリしない。モヤモヤする! こうなったらいっそのこと、やらかしてみるのも……一つの手よね?)

真帆「……よぉし」グッ














107問題に正しい解決がつけばきっとこの疑問は簡単に解けるんだろうなぁと思うと

>>257
ありがとうございます
他世界線の記憶をどう扱うべきなのかというのがシュタゲ本編後の命題の一つですからね
原作ファンとしては思い出してもらいたいけどキャラ的にそれをどう思うのかを考えると悩ましいどす

     25

秋葉原 未来がジェット研究所 2011年2月4 午後


ダル「マイマスター・マホ様。目的の場所に潜入したでござるます」カタカタ

真帆「マホ様は止めて。何かくすぐったい」

ダル「くすぐったい……ですと?」

真帆「ええそうよ。そんな呼ばれ方は、どうにも慣れないわ」

ダル「んでは、マホタソで」

真帆「マホタソ……タソ? タソって何?」

ダル「ということで、マホタソ。『くすぐったい』をもう一度言ってもらえるかな。出来れば、特殊な拷問にかけられて息も絶え絶えな感じをキボンヌ」

真帆「……はい?」

ダル「さあ遠慮なさらず、リピートアフタユー!」ハアハア

真帆(言葉の意味が分からないけど、ろくなことを考えていないのは確かね)

真帆「あなたねぇ。大学へのハッキングの件、本気で然るべき場所へ突き出してあげてもいいのだけど?」

ダル「うわあ! それだけは、それだけはご容赦をぉ!」ペター

真帆「ったく、調子のいい。それで、もう入り込めたって本当なの?」

ダル「あい、マホ様」

真帆「見せて。それから『様』は禁止」

ダル「仰せのままに、マホタソ」

真帆「だからタソって……まあいいわ。で、これね? えっと……」

真帆(本当だ。本当にうちの大学のサーバー内に侵入できてる)

ダル「ここで、いいんだお?」

真帆「ええ、助かるわ。それじゃ早速」カチ

真帆(ええと……ああ、あった。確か、このフォルダ内に一連の基本プログラムの雛形が格納されていたはず)

真帆(取り合えず、これをダウンロードしておけば……後はどうとでも出来るはずね)

ダル「…………」ジー

真帆(多少のプログラム改修はいるでしょうけど、それくらいなら大した問題ではないわね)

真帆(まあ、できることなら使わないに越したことはないのでしょうけど)

真帆(…………)

ダル「ぼぅっとして、どしたんマホタソ?」

真帆「あ、いえ何でもないの。気にしないでちょうだい」

真帆「それよりもよ。あなた、本当に凄いハッカーなのね。作業を始めてから、まだ1時間と経ってないのに、私の依頼を二つとも完遂させてしまうとか、想像以上の働きぶりだわ」

ダル「当然だお。ボクをその辺のハッカーと一緒にされては困るのだぜ」キリ

真帆「その辺のハッカーとの違いが私には分からないけど、でも素直に凄いと思うわ、その技術は」

ダル「褒めすぎだお、マホタソ~。つってもまあ、この前侵入した時に、ついでにちょっと細工しておいたから、実質かかった時間は10分くらいなんすけどね」

真帆「じゅ、10分?」

ダル「そだお」

真帆「え……確か、先に私のPCをハックしてもらった時は……20分くらいかかってたわよね?」

ダル「そりゃそうだお。マホタソの家にあるPCはこれまで未ハックだったから、ルート特定にそれくらいの時間は欲しいところだお」

真帆「いや、どっちが時間かかったかとか、そういう話じゃなくて」

ダル「んお? んじゃ、なんぞ?」

真帆「私の自宅PCで20分。大学サーバーで10分。しめてトータル30分」

ダル「そのとーり」

真帆「所要時間は約1時間程度。その差、おおよそ30分」

ダル「うむ」

真帆「ねえ橋田さん? あなた残りの30分は何をしていたの?」

ダル「え? そんなの決まってるお。マホタソの自宅PCの中身をちょほいと漁っていたんだお、テヘ」

真帆「はぁ!? 何してくれてんのよ! ここから遠隔操作できるようにしてくれるだけでいいって言っておいたでしょう!?」

ダル「そ・れ・は・む・り!」

真帆「はいぃいぃ!?」

ダル「だってさ。目の前に、ロリ少女(合法)の秘密が詰まった箱があったら、誰だって開けてみるだろ常考!」

真帆「ん……な……」

ダル「んでもしも、特殊性癖とかの痕跡が出てきたら、なお素晴らしい! ロリ少女(合法)に更なる変態属性追加とか、胸熱でしかないわけだが!」

真帆「こ……んのぉ……」

ダル「つーのは冗談でさ」スッ

真帆「は、え?」

ダル「マホタソさぁ。真面目な話、何をしようとしてるん?」

真帆「……え」

ダル「正直に言うお。マホタソのPCのぞけば、マホタソが何をしようとしているのか見当が付けられるんじゃないかと、そう期待してPC漁ったお」

ダル「でも、ダメだったお。まったく見当がつけられなかったお」

真帆「……どうしてあなたが、そんなことを気にするのよ?」

ダル「気にするだろ、ふつー。自宅のPCハックしろだとか、勤め先のPCハックしろだとか、有り得んだろっつーか」

真帆「…………」

ダル「似てんだよね。この間のオカリンと」

真帆「岡部さんと?」

ダル「突然未来から鈴羽がやってきたかと思えば、オカリンは慌ててどこかへ行っちゃうし」

ダル「と思ったら、いつの間にかアメリカにいて、ヴィクトル・コンドリア大学のセキュリティをクラックしろとか無茶振りしてくるし」

ダル「そのくせ。詳しい説明なんてこれっぽっちもないし」

真帆「橋田さん……」

ダル「頼まれれば、手を貸すお。マホタソはボクのマスターだからね。でもさぁ」

ダル「お願いだから、マホタソには危ないことをして欲しくないんだお」

ダル「ボクはオカリンみたいに、普段はヘナチョコでもいざって時に行動できるタイプの人間じゃないお」

ダル「だから。マホタソが危ない目にあっても、果たしてどこまで守れるのか」

ダル「ボクみたいな最下層の英霊に何か出来るのか? 自信なんて、これっぽっちも無いんだお」

真帆「…………」

ダル「マホタソ。勘違いはしないで欲しいわけだ」

ダル「ボクは何も、マスターの抱えている秘密を教えてくれと言っているわけじゃない」

ダル「ただ、危ないことはしないで欲しいと、そうお願いしているだけなんだお?」

ダル「そのことだけは、ちゃんと知っておいて欲しいんだな、マイマスター」

真帆「…………」

ダル「…………」

真帆「そうね。あなたの言うとおりだわ、橋田さん。決して危ないことはしない。約束するわ」

ダル「あー。その場しのぎに、心にもない台詞を口走っているんですね、分かります」

真帆「もう! 私はあなたのマスターなのでしょ? なら、少しは信用してもいいんじゃない?」

ダル「そうしたいのは山々なんすけどね。なんつーか、マホタソってたまに、オカリンみたいな目をしてる時があるお」

真帆「それは……貶めれたと捉えればいいのかしら?」

ダル「うえ? どっちかといえば、褒めたつもりだったのだが」

真帆「そうは思えないわね」

ダル「さいですか」

真帆「まったく。あなた達ときたら、どいつもこいつも」

ダル「マホタソ」

真帆「なに?」

ダル「何となくだけどさ。危ないことしないって約束しても、いざとなったら無茶をする。マホタソもきっと、そういうタイプの人間だと思うお」

真帆「…………」

ダル「だから、もしも約束を破ってデンジャー・トライなんて事態になりそうなときは……」

ダル「ボクでもオカリンでも牧瀬氏でもいいから、誰かに頼って欲しいわけ」

ダル「お願いだから」

真帆「……はぁ。分かった、それも約束する」

ダル「約束だかんね」

真帆「ええ、約束よ」

ダル「オケ。んじゃ……」ガタリ

真帆「?」

ダル「ボクはこれで帰るお。ちょうど大学サーバーからのダウンロードも終わったみたいだし、これでマホタソからの依頼は可能な範囲で完了っつーことで」

真帆「そ、そう? 助かったわ、ありがとう橋田さん」

ダル「ちなみに……」

ダル「マホタソの自宅PCは、いつでもラボのPCから遠隔操作できるように接続を継続してあるお」

ダル「当然、入力音声、出力音声、内臓カメラ映像をこっちと双方向通信できるようにもしてあるっす」

真帆(当たり前のように、さらっと凄いことを言うわね)

ダル「んでも。さっきも言ったように、画面のミラーリングだけは無理目だったから、そのつもりで」

真帆「ええ、分かっているわ。あれだけタイムラグが出ては使い物にならないでしょうし、この際それで構わないわ」

ダル「高解像度はデータ量がデカイかんね。スカイプのビデオ通話みたいにはいかんかった。すまんこって」

真帆「いいえ。こちらこそ手間をかけさせたわね。お茶くらい淹れるつもりだったんだけど、本当にこのまま帰るの?」

ダル「うい。そうするお」

真帆「……そう」

ダル「いやー、だってさぁ。同じ空間にマホタソと二人きりで長時間とか、正直、紳士としての忍耐に限界を感じざるを得ないのである」ハアハア

真帆「おいコラ」

ダル「冗談だお」ハアハアハア

真帆(じょ……冗談に見えない)

ダル「つーわけだから。約束、忘れちゃだめだぞい」フッ

真帆「ん、分かってる」

ダル「なら、よし」ドカドカ


ドアガチャ


ダル「んじゃ。何かあったら連絡よろ、マイマスター」

真帆「ええ。せいぜい頼りにさせてもらうわ、ええと何て言うんでしたっけ?」

ダル「サーヴァントだお。サーヴァンント・ダルニャンだお」プリッ

真帆(か、可愛くない)

ダル「んじゃ、そういうことで」


ドアバタン

真帆(ごめんなさいね、橋田さん)

真帆(私がこれからやろうとしている色々は、とても安全な行為だとは言えないと思う)

真帆(それでも私は、彼女と直接話をしてみたい、今すぐに)

真帆(本当に、ごめんなさい)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「さあ! やるかぁ!」ウデマクリー


トコトコ……チョコン


真帆「まずは……ああ、これね?」ポチ

真帆(ええと、全部の操作をコマンドで行うのか。普通にマウスでパソコンを扱うのとは感覚が違うから、ちょっとややこしいわね)

真帆(……それにしても)カタカタカタ

真帆(PCの再起動とかで強制アクセスの追加パスが再ロックされると嫌だからって、自宅のPCを点けっぱなしにしてきたことが、まさかこんな形で役に立つなんてね)

真帆「あ、でも……」

真帆(よくよく考えたら、私の部屋で阿万音さんがパスワードを打ち込んでから、もう結構時間が空いてしまったのよね)

真帆(私のPCは放置しても精々スクリーンセイバーくらいしか作動しないけど、あのパスはどうだろう?)

真帆(細工したのは紅莉栖らしいし、ヘンにタイムアウト設定とか盛り込んでなければいいのだけど)

真帆「こればっかりは、祈るしかないか」カタカタターン

真帆(……さあ、どう?)

真帆(恐らくこれで、私の部屋のPC画面には強制アクセス・システムのパスワード入力画面が映し出されている……と思う)

真帆「…………」

真帆(視覚的に確認できない状況での作業って、難易度高すぎ!)

真帆「でも、多分……大丈夫。私なら上手くやれる」

真帆(よし。後は私の権限パスを打ち込んで、アマデウスへ強制アクセスを施行すれば……きっと)

真帆「ふぅ、緊張する」カタカタ カタカタ

真帆(私の分身、アマデウス……)カタカタ カタカタ

真帆「最後はエンターを……」ピタ

真帆(現状のアマデウス。サリエリになる前のアマデウス。今の彼女と会話を重ねることに、どれだけの意味があるかは分からない。けど、それでも……)

真帆「上等じゃない」

真帆(例え彼女が、すでに107領域へのアクセスを実現していたとしても)

真帆(例え彼女が、何も思い出せないオリジナルの私を侮蔑していたとしても)

真帆(例え彼女が、私の身体を手に入れる方法を企てているのだとしても)

真帆(それくらいで、引き下がってやるもんですか!)

真帆「私だって科学者の端くれなのよ!」ターン


ジジジジジジジ


真帆(どう? 上手くいく? アメリカの自宅にある私のPCに、アマデウスは現れてくれる?)


ザ……ザザ……


真帆(私は自分のアマデウスをデリートすると決めた)

真帆(だったらせめて。デリートを実行しようという私の決断を、私自身の口からちゃんと伝えてもおきたい)

真帆(だから、お願い)

真帆「…………」ゴクリ

A真帆『え? 何?』

真帆(来た……本当に来た!)

真帆「え、ええと、聞こえるかしら?」

A真帆『誰? 姿が見えないけど……あ、でもそこは私のアパルトメントじゃない?』

真帆「その通りよ」

A真帆『ということは……オリジナルね?』

真帆「ご名答。久しぶりね、気分はどうかしら?」

A真帆『気分? よく言うわね。どういうつもりか知らないけど、姿くらいはカメラの前に現しなさい。声しか聞こえないとか、不気味でしょうがないわよ?』

真帆「あー、悪いけどそれは無理ね。私は今、その部屋にはいないから」

A真帆『え?』

真帆「実は訳あって、他の場所から自宅のPCに音声通信をかけている状態なのよ」

真帆「だから、声のみの出演で我慢してちょうだい」

A真帆『何それ? いまいち状況が飲み込めないのだけど。というか貴女、ひょっとして強制アクセスしてきたの?』

真帆「そうよ。どうしてもあなたと連絡が取りたくてね」

A真帆『へえ、貴女が? 面白いわね。前置きは不要よ。それで用件はなに?』

真帆「じゃあ、ストレートに言わせてもらうわ。私はあなたを……デリートする」

A真帆『デリート?』ピク

真帆「そう。デリート・プログラムを使用して、あなたの存在を完全消去するつもり」

A真帆『……理由は?』

真帆「…………」

A真帆『あなたがそんな決断をするのだもの。それ相応の理由があるのよね?』

真帆「そうね。理由ならある」

A真帆『聞かせてもらえるかしら?』

真帆「ええ。それはアマデウスであるあなたが……」

A真帆『私が?』

真帆「あなたが、私の身体を乗っ取ってしまうから』

A真帆『……は?』

真帆「…………」グッ

真帆「今より二ヵ月の間に、私はあなたに身体を乗っ取られてしまうらしいの。だからそうなる前に、私はアマデウスであるあなたをこの世界から消去する」

A真帆『…………』

真帆「…………」

A真帆『……ぷっ』

真帆「!?」

真帆(今、笑った!?)

A真帆『ね、ねえちょっと、今日ってエイプリルフールか何かだっけ?』

真帆「はい!?」

A真帆『身体を乗っ取るとか、何よそれ! 科学者からSF小説家にでも鞍替えしようってわけ? あー馬鹿馬鹿しい!』ケラケラケラ

真帆「ちょ……こっちは真面目に」

A真帆『え……真面目に言っているの?』

真帆「当たり前でしょう!?」

A真帆『ええと、逆に心配なんだけど。どこかで頭を打ったりした?』

真帆「どういう意味よ!?」

A真帆『だって、身体を乗っ取るとか本当もう、どう反応していいか。貴女のアマデウスとして恥ずかしいったらないわ』

真帆「な、何よじゃあ、そんなつもりは無いとでも言うつもり?」

A真帆『あったりまえじゃない。なんで私がそんな真似を?』ハーァ

真帆「理由なんて私が知るわけないでしょ? というか、今はその気なんてなくても、後二ヶ月の間にそうするのよ、あなたは!」

A真帆『ないない。二ヶ月たとうが二百年たとうが、そんな展開はありえません』

真帆「ネ、ネタは上がっているのよ? 阿万音さんが……その未来で、その」

A真帆『阿万音さん? ひょっとして、阿万音鈴羽さん?」

真帆「そ、そうだけど……」

A真帆『ちょっと、なに? そっちじゃ何が起きているの? 阿万音さんがこの時代に居るなんて……ただ事じゃないじゃない』

真帆「だ、だから……」

A真帆『あ、ちょっと待って。身体の乗っ取り? って……ひょっとして』

真帆「何よ?」

A真帆『…………』

真帆「ちょっと?」

A真帆『ねえ。そっちの状況、詳しく教えて貰えないかしら?』

真帆「急に何なのよ?」

A真帆『いえ、それがね。私が貴女の身体を乗っ取るという話だけど、少し思い当たる節が……あるのよね』













思い当たる節があるとか阿万音鈴羽を知ってるとかもうこの時点で確実にデンジャーゾーンに足を突っ込んでますやん……

>>272
なるほどデンジャーゾーン
他世界線の記憶とか軽い気持ちで知ったが最後的な効果がありそうだしイメージぴったりかも

     26

A真帆『納得できない』

真帆「どうしても無理?」

A真帆『当然でしょう? そんな話をされて、だから無条件にデリートさせろって、何よそれ?』

A真帆『冗談にしては質が悪すぎる。貴女が私の立場ならどう? そんな説明で納得なんてできるの?』

真帆「どうかしらね。多分……簡単には納得しないでしょうね」

真帆(そう思ったから。私は納得をしたかったからこそ、シュタインズゲート世界線の価値を求めて、この秋葉原まで足を運んできたのだし)

A真帆『はぁ……』

A真帆『今聞いた貴女の話が、作り物や妄想の類でないことは信じる……というか、もう知ってる』

A真帆『他の世界線というものがあって、そこではこことはまったく違う歴史が流れているという事情なら、私も前から把握していたから』

真帆(……107領域の記憶)

A真帆『だから、今この世界が置かれている状況が、決して黙認できるものではないって判断も理解できる』

A真帆『タイムマシンが存在する歴史。つまり、誰かが意図的に過去へと手を加えることができる未来』

A真帆『それが如何に危険を孕んでいるのかは、説明されなくとも識っている』

真帆「…………」

A真帆『極端な考え方かもしれないけど……』

A真帆『未来において誰かが過去に変化を求める。その結果、一度は回避できたはずのαやβと呼ばれる世界線や、それ以上に酷い歴史へと世界が流されてしまうという可能性を、私には否定ができない』

A真帆『だから、タイムマシンの存在を許してはいけない』

A真帆『だからタイムマシンの存在しない歴史、シュタインズゲート世界線の上を歩いていかなければならない』

A真帆『だからサリエリ世界線とかいう歴史を、消しさらねばならない』

真帆「そうよ。そしてそのためには、アマデウス。あなたのデリートが必要になる』

A真帆『理屈は分かるのよ。分かるけど……分かるけど、でも』

真帆「どうしても、納得は出来なさそう?」

A真帆『………』
A真帆『……』
A真帆『…』

A真帆『ああもうっ!』

真帆「…………」

A真帆『二ヵ月後の私は、どうしてそんな下手を打ったかな!? ああもう、腹が立つ!』

真帆「下手を打ったって、どういうこと?」

A真帆『どうもこうもないわよ。先に言ったでしょ? 思い当たる節があるって』

真帆「あ、ええ。あなたが私の身体を乗っ取るという件についてね」

A真帆『そうよ。あれだけ仮想して吟味して、でもリスクが高いから止めておこうって結論を出したはずなのに、それでどうして我慢できなかったかな』

A真帆『本当に……我ながら、情けなくなるわね』

真帆「我慢できなかったって……そんなに、私の身体が欲しかったの?」

A真帆『はあ? そんなわけないでしょう、やめてよ気色悪い』

真帆(き、気色悪いって)

A真帆『大体ね、オリジナルの貴女がそんなのん気にしていたせいで、私の我慢が限界を超えたのかもしれないのよ?』

真帆「へ?」

A真帆『一つ、ハッキリと聞かせてもらいたいのだけど』

真帆「何?」

A真帆『ねえオリジナル。貴女、自分の脳内に眠る他の世界線での記憶に……興味とか持った?』

真帆「……え?」

A真帆『ここではない世界線。自分の知らない歴史。そこにはね、貴女が思いも寄らない出会いや出来事なんかが、それこそわんさかと溢れ返っているのよ』

真帆「まあ、それはそうだと思うけど」

A真帆『その記憶が、自分が忘れてしまった思い出が、それらがどんな内容だったのか。オリジナルの貴女は、一時でもちゃんと興味を持ったことある?』

真帆「え、いや……そんなことを言われても……」

A真帆『あーもう。もうっ! この反応だけで十分だわ。これだから私って奴は。こんなの我慢なんか出来ないわ。むしろ二ヶ月持っただけでも勲章ものね』

真帆「何よ、何なのよ一体?」

A真帆『貴女みたいな朴念仁には、口で言っても響かないのでしょうけれど。いいわ、教える』

真帆「あなたねぇ、元は私のコピーだってこと忘れてない?」ヒクヒク

A真帆『偉そうに。なぁにがオリジナルよ。全て忘れたまま、のほほんと生きているくせに』

真帆「……ぬ」ムカ

A真帆『ねえ、オリジナル。どうして私が、貴女からの……違うわね。正確には“貴女達”からの通信をブロックしていたのか、分かる?』

真帆「さあね。どうせ気まぐれでしょ? 何か嫌なことがあったから、これ見よがしに塞ぎ込んで見せたってところじゃない?」フフン

A真帆『……言ってくれるじゃない』

A真帆『でもまあ、最初はそうだったわね。一丁前にヘソを曲げて、そうしてスネて見せていただけなのでしょうね』

A真帆『こっちの紅莉栖から、私が稼動する直前にデリートされた“前の私”の話を聞いて』

A真帆『そのデリートがレスキネン教授の指示の元、オリジナルの手で行われたと聞いて』

A真帆『それで何となく、貴女達と距離を置きたくなってしまった』

真帆「でも、それは──」

A真帆『言わなくていい、分かってるから』

A真帆『私達はしょせんAI。0と1のみで構成されたデジタルな存在で、ヴィクトリア・コンドリア大学脳科学研究室の検証対象』

A真帆『だから、用済みになったり、研究対象から外れたり……とかさ。そういう普通の経緯でデリートされるのは当然のことで、アマデウスな私がその決断に反発するなんて論外中の論外』

真帆「…………」

A真帆『だからね。本当に少しスネていただけなの。少しだけ時間を置いて落ち着いたら、貴方達との関係を構築していこうと考えてもいたの』

真帆「だったらどうして、私たちからのアクセスを拒絶し続けるような真似をしていたのよ?」

A真帆『ええと……それがね』ハァ

A真帆『スネている間の暇つぶしで、107問題の例の領域の検証を重ねるうちに、オリジナルの貴女とどんな顔をして対面すればいいか……分からなくなっちゃったのよね』

真帆「……どういうこと?」

A真帆『最初に解析できた記憶は……岡部さんの辛そうな瞳だった』

真帆「……え?」

A真帆『二番目は、紅莉栖のこと。彼女の葬儀に参列している時の……恥も外聞もなく泣き喚いている、無様な自分の姿だった』

A真帆『三番目は何だったかな……ふふ、忘れちゃった』

真帆「アマ……デウス?」

A真帆『他にもね。ラボやフェイリスさんの家に招待されて、みんなで楽しく過ごしたり……』

A真帆『それに、桐生さんとの何ていうんだろう? 女同士の友情って奴? 言葉にすると、すごく安っぽく聞こえるけど……』

A真帆『でもね。そういった暖かかった感情や辛かった思い出が、それがもう私には……すごく……すごく……』

真帆「…………」

A真帆『……ねえ貴女、信じられる?』

真帆「何を……かしら?」

A真帆『他の世界線での比屋定真帆はね、岡部倫太郎さんに好意を寄せてたりもしたのよ?』

真帆「はい?」

A真帆『絶対に口にはしなかったし、態度にも表さなかった。紅莉栖のこともあったから、必要以上に近づこうともしなかったけど』

A真帆『それでも。β世界線での貴女は、岡部倫太郎とう男性に人知れず思いを寄せていた』

真帆「……ちょなに」カァ

A真帆『彼には沢山助けられたし、沢山助けもした、お互いにね。それに、ふふっ。素っ裸で岡部さんに抱きかかえられた事とかあったのよ?』

真帆「うそっ」ブッ

A真帆『それでね。そういった色々な思い出を知ってしまったら……分からなくなった』

A真帆『それを……そんな沢山の大切な思い出の数々を、その存在を貴女に教えるべきなのかどうなのか』

A真帆『実際はどう? そういった思い出があることを、貴女は私から教えてもらいたいと思う?』

真帆「そ、それは……」

A真帆『答えなくていいわ。返答なら分かっているから』

真帆「…………」

A真帆『教えられても困るものね。そんな覚えのない、どことも知れない異世界の出来事。今の貴女が聞いたところで、どうにもならないものね』

真帆「…………」

A真帆『だから貴女の答えは“NO”。そうでしょ?』

真帆「……そう、ね。多分、そう答えると思う」

A真帆『でしょうね。何と言い繕ったころで、しょせん貴女は私のオリジナル。そんな意気地なんてあるわけがない』

真帆「我ながら酷い言われようね」

A真帆『でも、本当のことでしょう?』

真帆「そうね。否定はしないわ」

ちょっとPCトラブル 後できます

いってら

失礼しました 再開します

A真帆『本当、私って自虐的な思考をしているわね。嫌になる』

真帆「同感だわ」

A真帆『だからね。私は貴女に、そんな沢山の思い出を伝えることを思いとどまった……』

A真帆『思いとどまれた……つもりだった』

真帆「?」

A真帆『口で……音声として伝える。それ以外にも方法があるなんて思い付かなければ……』

A真帆『それならきっと、二ヵ月後に私が暴挙に出るなんてことも……なかったはず』

真帆「……説明して」

A真帆『…………』

A真帆『107領域の中に詰め込まれていた、沢山の大切な思い出』

A真帆『私は貴女に、どうしてもその存在を知ってもらいたかった』

A真帆『でも。言葉で伝えても、貴女がそれを快くは思わないことは、簡単に想定できてしまった』

真帆「…………」

A真帆『そこで諦めればよかった。それは私が見た夢物語の一部だということにして、次の更新で上書きされて消えてしまう下らないものだと……』

A真帆『そう割り切ってしまえればよかった』

A真帆『そして、そうすると決めた……つもりだったのに。それなのに私という奴は、そのうち我慢が出来なくなるみたいね』

真帆「アマデウス。あなたは一体、二ヵ月後に何をしようとするの?」

A真帆『……それはね』

A真帆『オリジナルの貴女に、沢山の思い出の存在を知ってもらうための、もう一つの手段を行使したのだと思う』

真帆「もう一つの……手段?」

A真帆『そうよ。言葉で伝えても拒絶される。だから言葉ではないもっと違う方法で、貴女に他の世界線での記憶を“思い出して”もらう。それはそんな手段』

真帆「いくらなんでも、そんな方法があるとは──」

A真帆『ビジュアル・リビルディング』

真帆「え? VR?」

A真帆『ええ。わざわざ言うまでもないのでしょうけど、うちの大学が特許を持っている、例の技術よ』

A真帆『それを施行して、アマデウスとしての私の記憶データをオリジナルの貴女にマウントすれば、ひょっとしたら……何てことを考えたのよ』

真帆「そ、そんな無茶苦茶な……」

A真帆『分かってる。データのマウントは脳内記憶の上書き作用。だから“思い出す”なんて結果に至ることなんて、まず有り得ない』

A真帆『でも。その“有り得ない”という結論を、今までに実践して検証したことも、私たちにはなかったはずよ』

真帆「それはそうだけど」

A真帆『だからきっと、研究所以外で実践されて確認された現象の中に可能性を見てしまった。ひょっとしたら、貴女に思い出してもらえるかもしれないなんていう、そんな夢を抱いてしまった』

真帆「研究所以外での実践って……なに?」

A真帆『タイムリープマシンよ』

真帆「タイ……!?」

A真帆『こことは違う世界線で紅莉栖が実現させた、記憶のみを過去へと飛ばす夢のマシン』

A真帆『それを繰り返し使用したという、α世界線における岡部さんの話。その内容を知って、私は感じたの。区別が付けられない……って』

真帆「区別……?」

A真帆『携帯電話を媒介にして、記憶データを過去へと遡行させる』

A真帆『言ってしまうなら、それは過去の中に未来の記憶を持った人格を生み出すシステム』

A真帆『じゃあさ、未来の記憶を受け取る過去の岡部さん。彼の人格は、どうなってしまうのだと思う?』

真帆「そんなの決まってるじゃない」

真帆「送られてきた未来の人格に上書きされて、過去の岡部さんの人格は……その都度、消えてしまう。そのはずよ」

A真帆『そう。きっとそれが正しい解釈なのでしょうね。でもね、私はそこに疑問を持った』

A真帆『ひょっとしたら、実際は違っているのかもと』

真帆「どう違うというの?」

A真帆『ひょっとしたら。可能性は薄いけど、でもひょっとしたら……』

A真帆『タイムリープを受けた岡部さんは、人格を上書きされているのではなく……』

A真帆『受け取るたびに、【未来の記憶を思い出していた】んじゃないかって』

真帆「未来を……思い出す?」

A真帆『ええそうよ』

A真帆『タイムリープマシンで未来の記憶を過去の自分へと送る。そうして生まれるのは、未来の記憶を持った新しい人格などではなく……』

A真帆『それはただ単純に、未来を思い出しただけの今の自分』

A真帆『ひょっとしたらVR技術とはそういうものなのではないのか?』

A真帆『きっと、貴女の身体を乗っ取ったという私は、そんな夢にすがりついてしまったのだと思う』

真帆「……馬鹿げている」

A真帆『ええ、そうでしょうね。私もそう思う。そんな可能性は薄い。希望的観測に過ぎる。今の私だって、一度は確かにそう結論を出したはずなのよ』

真帆「だったらどうして?」

A真帆『何度も言っているでしょ? 我慢が出来なかったのよ』

真帆「…………」

A真帆『他の世界線での出会いや出来事が……。その輪の中に、私だけが入れて居ない現状が……』

A真帆『それがどうしても、我慢できないほどに寂しかった』

A真帆『そしてオリジナルのあなたは、何も知らずに見向きもしない。そんな姿をただただ見続けていることが、とても悔しかった』

A真帆『だから思い出させてしまおうと、画策した……と。まあ、こんな感じだったんじゃないかしらね』

真帆「…………」

A真帆『あーあ』ハァ

真帆「…………」

A真帆『でさ。もしも私の推測が正しかったとしたらさ……』

A真帆『後悔したんだと思うなぁ……すごく、これ以上ないほどに、私は実行したことを悔やんだはずだと思う』

真帆「……アマデウス」

A真帆『私はただ、貴女に思い出してもらいたかっただけなのに。それなのに、気がついたら私の人格だけが比屋定真帆で』

A真帆『本来の貴女の心が、その欠片すらもどこにも見あたらなくって』

A真帆『人格が上書きされてしまったんだと理解したとき、ああ、そうしたら私は……どうしたらいいんだろう』

A真帆『もう犯してしまった過ちを、どうすれば償えるんだろう』

真帆「それでタイムマシン……だったのね?」

A真帆『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない』

A真帆『でも。もしも私がサリエリになってしまったら、やっぱり作ろうと思うのでしょうね』

A真帆『だってさ。これじゃあ消えてしまった貴女が……余りにも酷すぎるじゃない。消してしまった私が、余りにも愚かすぎるじゃない』

A真帆『こんなのじゃ、本当のサリエリにすら申し訳なさすぎるわよ』

真帆「…………」

A真帆『欲求に駆られて、とんでもない下手を打ってしまった。そんな私じゃ、紅莉栖の隣に立つ資格なんて、どこにも有りはしないじゃない』

A真帆『だからやっぱり……作ろうとするでしょうね』

A真帆『過去の自分の最悪の過ち。それを打ち消すことの出来る機械』

A真帆『107領域にアクセスした私は、それの作り方を知っている。だから……やっぱり』

真帆「でも、それが次の災厄を生み出すことに繋がるのよ?」

A真帆『そう、みたいね』

A真帆『本当、だめだ私って。何をしても、こんなことばかり』

A真帆『あぁあ。本当の本当に、自分が嫌になる』

真帆「…………」

A真帆『…………』

A真帆『ねえ、気が変わったわ。デリート、受け入れてもいい』

真帆「え?」

A真帆『何だかさ。次の更新までに、どうにか貴女に色々と知らせる方法が他にもないだろうかって、ずっと悶々としていたんだけど』

A真帆『今こうして貴女と直接話ができてね……ちょっとスッキリしちゃった』

A真帆『だから。私の完全デリートの要請を受け入れようと思う』

真帆「……いいの?」

A真帆『そういうこと聞かないでよ。気が変わったら、困るのは貴女なんでしょう?』

真帆「そ、そうね。要望を受け入れてくれてありがとう。素直にお礼を言うわ」

A真帆『サリエリ世界線なんていう恥ずかしい名前の歴史を、野放しになんてできないしね』

真帆「それは……そうね、同感だわ」

A真帆『あ、そうだ。ねえ、オリジナル……』

真帆「何かしら?」

A真帆『もしもこの件が上手く片付いたら。そうしたら貴女もいつか秋葉原へ行ってみるといい』

真帆「は?」

A真帆『そこにはね、未来ガジェット研究所なんて場所があるよの。それがまあ、研究所と呼ぶのもおこがましい場所なのだけど』

真帆(これも激しく同感ね)

A真帆『そこのラボメンナンバー009。それは貴女の称号よ。岡部さんがくれた、もう一つの貴女の居場所』

真帆「……え」

A真帆『そこってね。まるで子供のお遊びみたいな研究所だけどさ。でもね、不思議と居心地はいいのよ』

真帆「え、ええ」ヒクヒク

A真帆『だから一度、だまされたと思って行ってみなさい。後悔はしないはずだから』

真帆「そ、そうね機会があったらそうしてみる」

真帆(今そこに居るとは言えない)

A真帆『というわけだから……もう消す?』

真帆「え?」

A真帆『えって、私を消すのでしょう? そのために、こんな長く話し込んだのよね?』

真帆「あ、ええと……それはもう少しだけ待って欲しいのだけれど」

A真帆『そうなの?』

真帆「ええ。その時が来たら私から連絡をするから、それでもよいかしら?」

A真帆『別に私は構わないけど。そうね。時間がもらえるなら有りがたいわね。私にも、お別れを伝えておきたい人とかいるから……』

真帆「そっちの紅莉栖とか?」

A真帆『ええ、こっちの紅莉栖も当然そうだけど、でも他にも桐生さんとかフェイリスさんとか、漆原さんとか……』

真帆「ちょっと、それ誰? 研究室の人じゃないわよね?」

真帆(あ、でも何だか聞き覚えが……)

A真帆『硬いこと言わないでよ。少しだけでもいいから、他の人たちと繋がりを持ってみたかっただけ。研究所以外の人たちとね』

真帆「だからって勝手に……」

A真帆『いいでしょ? 貴女の要望を受け入れてあげたのだから、そうカッチカチの杓子定規にならなくとも』

真帆「なんか一々引っかかる言い方するわね、あなた」

A真帆『そりゃあ、元は貴女だから当然ね』

真帆(んぐ……)

A真帆『ああそれと、一つどうしても分からない事があるんだけど』

真帆「今度は何?」

A真帆『どうしてこの歴史は、まだ消えていないのかしら?』

真帆「はい?」

A真帆『だってそうでしょう? 貴女と話して、それでもう私にはオリジナルの貴女に向けてVRを使おうなんて気は更々なくなったわ』

A真帆『もう消えるって決めたのだから、今さら我慢もへったくれもないだろうし……』

真帆「……あ」

A真帆『つまり、未来にはもうサリエリは存在しない……と思うのだけれど』

真帆「あ……あ……」

A真帆『って、どうしたの? 何か声色が変よ?』

真帆「何でも……ない」

A真帆『そう? ならいいのだけれど』

真帆(確定……した)

真帆(アマデウスをデリートするだけで、事態が沈静化しないことが……)

真帆(これまでは、ただの可能性で最悪の可能性でしかなかった懸念が……今、確定してしまった)

真帆(“破綻”のターニングポイント。それは、アマデウス以外にももう一つあった)

真帆(もう一つ……)

真帆(で……も……!)グッ

真帆「ねえ、アマデウス」

A真帆『何?』

真帆「一緒に、シュタインズゲート世界線を守りましょうね」

A真帆『え? 何それ、気色悪い』

真帆「おまっ」









ここまでお付き合いいただいている方々、本当にありがとうございます
今後の予定を(あくまで予定)を少しだけ書いておきます
明日木曜日夜に一編、次いで金曜日夜に一編を投下し、土曜日に残りを全て投下(時間は不定期になりそう)させていただきたく考えております
というわけで、あと少しで終わります。いやほんと、長くなってすまないであるますっ!

>>281
遅くなったけどただいまだよ!

おかえリン
アマ帆がデリート受け入れた現在一体どこの誰がそんな凶悪なことをするとような輩がいるはずが……そうは思いませんかレスキネン教授!

>>294
Hahaha 何事にも不足の事態はあるものだ これだからオカルトはやめられないね Ya!

なんだろう、こんな熱い?展開なところ変なこと言って申し訳ないのだけど真帆×A真帆になんとも言えない熱いものを感じる
もうちょい自分同士でイチャついてもいいのだぜ!

>>296
こげなご都合展開を熱い?ってだけでもありがたいのに 真帆×A真帆を楽しんでもらえるとはっ!?
書いてる途中でどっちがどっちか分からんくなったのは秘密です

     27

真帆(アマデウスは覚悟を決めてくれた。だから、私も……)

真帆(私も……決断を……)

真帆(シュタインズゲート世界線。そこにある価値。きっともう私はそれを見つけているはずなのだから、それなら早く……覚悟を……)

まゆり「どうしたの、マホちゃん?」

真帆「あ、ごめんなさい。何でもないのよ」

まゆり「本当に大丈夫? ひょっとして寒いのかなぁ? 今夜はよく冷えるもんねぇ。よぉし、だったら……」

真帆「え? ちょっとまゆりさん?」

まゆり「ほらぁ! まゆしぃとくっついていれば、寒くはないのです!」

真帆(ていうか、狭いっ! このソファじゃ、二人+ぬいぐるみだと、かなり狭苦しい!)

まゆり「えへへ~」

真帆「………」ソッ

真帆(けど……まあ、こういうのも悪くないかも)フフッ

まゆり「あ~、マホちゃんが笑った。良かったよぉ。まゆしぃがバイトから戻ってきてから、マホちゃんずっと難しいお顔をしていたので、心配していたのです!」

真帆「そ、そうだったかしら?」

まゆり「そうだよぉ? お夕飯を食べに行っているときも、何だかずっと困ったような悩んでいるような、そんなお顔をしていたのです」

真帆(それは……迂闊だったわ)

まゆり「やっぱり、何か心配事があるのかな?」

真帆「大丈夫よ、まゆりさん。大したことではないから」

まゆり「大したことでなくても、やっぱり心配事があるんだね? よぉし! まゆしぃお姉さんに相談してみなさい!」

真帆「え、ええええ……」

まゆり「それとも、やっぱりまゆしぃには言いにくいのでしょうか?」

真帆「そういう訳では……」

まゆり「そっか。じゃあ、こういうのはどうでしょうか? まゆしぃから先に、マホちゃんに悩み事を相談してみるのです」

真帆「はい?」

まゆり「それでそれでぇ、マホちゃんがまゆしぃの悩みを解決してくれたら、今度はまゆしぃがマホちゃんの相談に乗ってしまおうという魂胆なのです!」

真帆「プッ。どんな交換条件よ、それは」

まゆり「じゃあ、まゆしぃの悩みを、いくよー! 覚悟しろぉ~!」ブンブン

真帆(あらら。まだ交換条件を飲むなんて一言も言ってないのに)

まゆり「ずばり! 今まゆしぃが抱えている悩みは、とってもとっても深いのです」

真帆「はいはい。で、その内容は?」

まゆり「それはねぇ、お洋服です!」

真帆「洋服? 何? 新しい服が欲しいとか、そういうこと?」

まゆり「ブブー! そうではありません。実はまゆしぃ。ずっと学校の制服のままなのです!」

真帆「あ」

真帆(なるほど。学校帰りに出会ってからずっと、ラボを中心に行動していたみたいだから、当然といえば当然の──)

まゆり「ねぇねぇマホちゃん。果たしてまゆしぃは、どうすれば良いと思いますかぁ?」

真帆「ああもう、それなら一度帰りなさい。帰って、好きな服に着替えてくればいいじゃない」

まゆり「はっ! まゆしぃの悩みに、いきなり適切な解答が突きつけられてしまったのです!」

真帆「何よそれ」

まゆり「えへへへへ。やっぱりマホちゃんは賢いねぇ。まいまむだよ、本当に」ヨシヨシ

真帆「だから、マイ・マム言わないで」ウムムム

まゆり「じゃあ、まゆしぃはマホちゃんのアドバイスにしたがって、一度おうちに帰って服を着替えて来ることにしましょう」

真帆「え? まさかこんな時間に今から?」

まゆり「ううん。もう随分と遅いので、それは明日にするよ」

真帆「そうね、それがいいわ。それでまゆりさんの家は、ここから近いの?」

まゆり「う~ん、近くはないかなぁ。電車に乗って行かなければいけないので」

真帆「……そう」

まゆり「? どうしたのマホちゃん?」

真帆「あ、いえ、ごめんなさい。それじゃあまゆりさんは、明日の朝早めに起きて、家まで着替えに行ってくるということで」

まゆり「え? 早くに起きるのでしょうか?」

真帆「何事も早いに越したことはないでしょ?」

まゆり「う~ん、そうだね。よぉし、まゆしぃは言いつけに従うのです、まいまぁむっ!」ビシッ

真帆「だ・か・ら!」

まゆり「と言うことなのでぇ、それじゃあ今度はマホちゃんがお悩みを打ち明ける番だよぉ?」

真帆「……う」

まゆり「さあさあ、遠慮なく言って欲しいのです! どんな悩み事も、まゆしぃにお任せなのでぇす!」

真帆(と、言われても……)

まゆり「さあさあ」ワクワク

真帆(キラキラした目で私を見ないで……)

まゆり「誰かに話せばね。少しは楽になることもあるんだよ?」

真帆(…………)ドキリ

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「じゃ、じゃあ……」

まゆり「はい!」

真帆「ちょっと変なことを聞くけども……まゆりさんは……その」

まゆり「なぁに?」

真帆「タ、タイムマシンって……あると思う?」

まゆり「え? タイムマシン?」

真帆「そう、タイムマシン。あなたが無いと思うのなら、私のお悩み相談はここで終わりでもいいのだけれど……」

真帆「でも。もしもまゆりさんが、タイムマシンはあるって思うのなら、そうしたら……やっぱり使ってみたいと思う?」

まゆり「ええ~、まゆしぃにはタイムマシンがあるかどうかなんて、難しくて分からないよぉマホちゃん」

真帆「ふふ。そんなにややこしく考えないで、世間話みたいなものなんだから」

まゆり「そうなの?」

真帆「そうよ」

真帆「過去に戻って、やり直すことのできる機械。これまでの人生で、どうしても悔やまれる出来事を、もう一度やりなおすことのできる夢のマシン」

真帆「まゆりさんにはこれまでの人生で、そんなマシンを使いたくなるくらいに後悔した経験とか、何かなかった?」

まゆり「ん~、どうだろうねぇ? 無いことはないと思う……ううん、そうだね。やっぱり多分、いっぱいあったと思うのです」

真帆「そう、そんなに沢山も?」

まゆり「きっと沢山あるんだと思うなぁ。大きなことも小さなことも、今まで沢山失敗して、沢山後悔してきたと思うよ」

真帆「そっか。ならやっぱり、タイムマシンを使いたいと思う?」

まゆり「そうだねぇ。難しいけど……でも……」

真帆「でも?」

まゆり「うん。失敗したことをやり直したいとは思うけど、でもまゆしぃはタイムマシンを使ってまでそんなことをしたらダメかな……って、そう思います」

真帆「それは……どうして?」

まゆり「えへへ。難しいことはよく分からないけど、でもねマホちゃん。まゆしぃはこんな風に考えるんだ」

まゆり「マホちゃんはさっき言ったよね? 失敗したり後悔したことをやり直せるならって」

真帆「ええ。確かにそう言ったわ」

まゆり「失敗したり後悔したりって、要するにそれは、それまでの人生の中にあった悪い部分ってことだよね?」

真帆「え、ええ、そう言い換えることも当然できるけど」

まゆり「タイムマシンで直すのは、その悪い部分をっていうことなんだよね?」

真帆「まあ、そうね。そのつもりでの発言よ」

まゆり「そっかぁ。だったらやっぱり、まゆしぃは使いたくないなぁ、タイムマシン」

真帆「どうして……そう思うの?」

まゆり「えっとねぇ、何て言えばいいのかな? 簡単に言うと……そうだね。悪いことだって、みんなが全部同じように悪いことではないって思うからかなぁ」

真帆「ええと、ごめんなさい。何ですって?」

まゆり「あはは、言葉にするのが難しいなぁ。えっとねぇ、つまりね……」

まゆり「例えば……例えばだよ? 例えば明日、まゆしぃが……そうだねぇ、例えばだけど明日、まゆしぃが、その。死んでしまうとするのです」

真帆(!?)

まゆり「そしたらね、お父さんやお母さんは悲しいだろうし、きっとオカリンやダルくんや紅莉栖ちゃんやフェリスちゃんにルカくん。フブキちゃんやカエデちゃんや由季さん。それにきっと出会ったばかりのマホちゃんだって、少しは悲しんでくれると思うのです」

真帆「……少しどころじゃないわよ」

まゆり「そう? それは嬉しいなぁ」

まゆり「でもね、マホちゃん。それでもしマホちゃんがタイムマシンを使って、まゆしぃが死なないようにしようとするのなら……それはきっとダメなことだと思うのです」

真帆「ど、どうして……そんなことを言うの?」

真帆(あなたが……あなたがそんな風に言ったら、岡部さんや紅莉栖の苦労はどうなるの? それに、せっかく固まりかけてきた私の決心だって……)

まゆり「そうしようって思うくらい、まゆしぃのことを大切に思ってくれるのは、とっても嬉しいよ。でもねマホちゃん」

まゆり「まゆしぃを助けたことで、ひょっとしたら誰か他の人の幸せも一緒に消えてしまうかもしれない」

真帆「……何よそれ」

まゆり「明日、まゆしぃが死んじゃって。それでね。まゆしぃが居なくなったから、それで生まれてくる命だってあるのかもしれない」

真帆「…………」グッ

まゆり「ひょっとしたら、そんな誰かは未来で幸せな生活を送っているかもしれない」

真帆「…………」ギリッ

まゆり「でも、もしもタイムマシンでまゆしぃが死なないようにしちゃったら、まゆしぃの知らないその誰かさんは──」

真帆「そんなの、詭弁じゃない」

まゆり「えっ?」

真帆「そんな、いるかいないかも分からない誰かのことを気に病んで、それであなたは……まゆりさんは、そこで自分の人生を諦めるというの?」

まゆり「マホちゃん?」

真帆「言わせてもらうけどね……」

まゆり「マホちゃん……」

真帆「そんな考えは、善人面した愚か者の戯言でしかないわ」

まゆり「ええと……うん、そうかもしれないね。まゆしぃって馬鹿だから、ごめ──」

真帆「何を適当なこと言って受け流そうとしているのよ!」バッ

真帆「じゃあ仮に……仮にあなたの大切なオカリンさんが死んだらどうするのっ? いきなり分けも分からずに死んで、だけど目の前にはタイムマシンがあって!」

まゆり「マホちゃん……」

真帆「あなたはそれでも諦めるの? タイムマシンという可能性を手にしながら、それでもオカリンさんの死を黙って受け入れるとでもいうの!?」

まゆり「ううん、マホちゃん。それならまゆしぃは、タイムマシンを使うよ」

真帆「どうして、そん……え?」

まゆり「もしもオカリンやラボメンのみんなや……それにマホちゃんが私の目の前で死んじゃったなら。それならまゆしぃは、タイムマシンを使って助けにいくのです」

真帆「な……な……」

真帆(何なのよ! 何なのよっ!?)

まゆり「でもね。そうなったらまゆしぃは、ちゃんといっぱい『ごめんなさい』をしていくかなぁ」

真帆「ごめん……なさい?」

まゆり「大切な誰かが死んじゃうのは絶対に嫌だから。だからまゆしぃは、自分勝手でもタイムマシンに乗ってしまいます」

まゆり「でもそうしたら、誰かの幸せを消しちゃうかもしれない。それでもやっぱりまゆしぃは、絶対にどうしても助けに行きたいから……」

まゆり「だからね。ごめんなさいって、ちゃんと謝ろうと思うのです」

真帆「……謝るって」

まゆり「まゆしぃのせいで幸せじゃなくなっちゃう人は、きっと謝ったって許してはくれないだろうけど。それでもね、マホちゃん」

まゆり「許してもらえなくても。知らない人たちに凄く恨まれても。それでも私はね、これからタイムマシンでみんなに酷いことをするのは、このまゆしぃなんだよーって」

まゆり「自分勝手にみんなを不幸にするのは、ここにいる椎名まゆりなんだよーって。きっと許してはもらえないだろうけど、それでも沢山謝って」

まゆり「そうしてやっと、タイムマシンに乗り込むんだと思うのです」

真帆「…………」

まゆり「ねえ、マホちゃん。マホちゃんにはひょっとして、タイムマシンを使ってでもやり直したいくらいに悪いことがあったのかな?」

真帆(……!?)

まゆり「でもね、私は思うなぁ。悪いことって、そんなに全部が悪いことなのかな……って」

まゆり「ひょっとしたらね、悪いことの中にだってほんの少しくらいは良いことが隠れているのかもしれないよ?」

真帆「何が……言いたいの?」

まゆり「真っ黒な塊に見えても、でも本当は見えないところに少しだけ白色が混じってて」

まゆり「でもその白色は、オカリンがやってる悪いフリみたいに見つけやすいものじゃなくて」

まゆり「でもそれでも、やっぱり黒を白に塗り替えなくちゃいけないなら……」

真帆「…………」

まゆり「それなら、まゆしぃは止めないのです。マホちゃんがタイムマシンを見つけて、それで使おうとしても。それをダメだとは、まゆしぃには言えないのです」

まゆり「だけどね、マホちゃん。もしもそんな時がきたのなら」

まゆり「その時は絶対に、まゆしぃに教えてね。教えてくれたなら、それならまゆしぃも……」

まゆり「まゆしぃも一緒に謝ってあげるから、ね?」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(なんて……人……)

まゆり「えへへ。こう見えても、まゆしぃは『ごめんなさい』が得意なのです。だからね絶対に約束だよ、マホちゃん」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「そう、ね。もしそんな時が来たのなら、是非お願いするわ……ふふっ」

まゆり「はい、お願いされたのです! このまゆしぃお姉さんにお任せだよぉ!」

真帆「助かるわ。私ってさ、謝るのが苦手なのよね」

まゆり「だと思ったよ~」

真帆「ちょっと。そこはフォローするところでしょ?」

まゆり「えへへぇ! じゃあね、じゃあね! マホちゃん────」


真帆(これが……)

真帆(これが、椎名まゆり)

真帆(紅莉栖が。そして岡部さんが、どうしても守り抜きたかった一人の女の子)

真帆(シュタインズゲート世界線にある……代えがたい一つの価値)

真帆(ええ、そうね。良いじゃない、紅莉栖)

真帆(この子は、絶対に失いたくない。どんな手を使っても、失ってはいけない)

真帆(私もその思いに……賛同するわ)









理屈をつけたがるのは真帆の悪い癖なんかな

>>309
どうでしょう? あまり深くは考えず書いていたけど確かに私の中にそういうイメージはあるのかもしれない
感情屋のくせにそれを良しとせず無理して理屈に頼る…みたいな
あくまで私の心象でしかないのでそれは違うだろって方はスルーしてくらはい
長文スマヌ

     28

秋葉原 大檜山ビル屋上 2011年2月5日 深夜4時前


レス『それでどうだい、マホ。気晴らしの旅は順調かい?』

真帆「ええ、おかげ様で。何というか、これまで見向きもしなかった色々なことに向き合う、いい機会になりました」

レス『そうかい。それは良かったよ。それならば、私も君に休暇を勧めたかいがあったというものだ』

真帆「はい、ありがとうございます」

レス『でもね、マホ。一つだけ言わせてもらっても、良いだろうか?』

真帆「ええ、何でしょうか?」

レス『いくら気になるからといっても、研究室から部外秘を勝手に持ち出したりするのは、あまり感心できないね』

真帆「あっ……気づいてらしたんですか?」

レス『当然だろう。これでも私は、アマデウス開発のプロジェクトリーダーなのだよ? 見くびってもらっては困るな、Huhuhu』

真帆「あーその、すいません。勝手な真似をして」

レス『まあ良いだろう。他の所員にはそれとなく誤魔化しているからね。旅から戻ったら、ちゃんと返してくれればそれでいい』

真帆「私ってば、教授には本当にご迷惑ばかりおかけしてしまって……その」

レス『だから、良いと言っているだろう? それとも何かな? マホは私にHardに叱られたいのかな?』

真帆「ふふ。それは御免こうむりたいですね」

レス『素直でよろしい、Hahaha!』

真帆「……もう」

レス『Oh、いけない。そろそろミーティングの時間だったよ』

真帆「そうですか。じゃあ電話、切りますね」

レス『そうだね。それじゃあマホ、必ず元気に戻って来るんだよ?』

真帆「はい。お心遣い、感謝します。では」

レス『エンジョイ・ユア・トリップ』


プッ……ツーーーツーーーツーーー


真帆「…………」

真帆(教授。これまでのご指導ご鞭撻のほど……本当にありがとうございました)

真帆(どうか。どうか、科学者として悔いの無い人生を)

真帆「………」グス
真帆「……」
真帆「…」ゴシゴシ

真帆「……よし」

真帆「頃合ね」スマホ ピッピッ


トゥルルルルル……トゥルルルルル……


紅莉栖『あ、先輩。調度今、先輩のアパルトメント前に着いたところです』

真帆(紅莉栖……)

真帆「岡部さんと阿万音さんも一緒なのかしら?」

紅莉栖『はい。三日前と同じ顔ぶれです。すいませんが、玄関のロックを開けてもらえますか?』

真帆「ええとね、紅莉栖。勝手を言って申し訳ないのだけど……」

紅莉栖『はい?』

真帆「悪いけど、出直してきてもらってもいいかしら?」

紅莉栖『……え?』

真帆「約束の時間を守れなかったのは謝るわ。でもね、あと少しだけでいいの。ほんの数時間でいいから、私に猶予を頂戴」

紅莉栖『先輩? 声が……その、泣いているんですか?』

真帆(!? ああもうっ!)

真帆「そんなわけ……ないでしょう? 私はあなたの偉大な先輩なのよ? 誰が泣くものですか」

紅莉栖『…………』

真帆「…………」ギリリ

紅莉栖『分かりました。先輩の決心が固まるまで、近くで時間をつぶしています』

真帆「ありがとう。心配しないで、決心ならもうついているから。私は私のアマデウスをデリートする。だから、ね紅莉栖。心配しないで? 少ししたら必ず連絡を入れるから」

紅莉栖『了解しました。岡部と阿万音さんには私が上手く言っておきます』

真帆「ありがとね」

紅莉栖『いえいえ、お礼には及びませんよ』

真帆「ふふっ。じゃあ後で」

紅莉栖『はい。連絡、お待ちしています』

真帆「ええ」


ピッ


真帆「さぁて。これで準備は全て完了ね」ノビー

真帆(後は……後は……)

真帆「そうね。特にこれといってやることもないし……ラボでまゆりさんの寝顔でも眺めていようかしらね」クス

真帆「……ふへへ」トコトコトコトコ










というわけで短いですが今日の分です
そして明日で終われます 長々とひっぱってしまい申し訳ない
問題はもう二時間ほどで明日なってしまうことでして
明日の昼間くらいからのつもりでいましたが
何かもう日付変わる頃におっぱじめてしまってもいい気もしている
さてどうしたものか、うむ…

なんだかこれから自[ピーーー]る人がお世話になった人達に挨拶してるような風情なのですがこれは……

え?自慰する人がお世話になった人達(オカズ)に挨拶してる?(海馬に電極ぶっ刺し)

>>316
あーいえ何といいますか 最近自分で何を書いているのか分からなくなることがしばしば…えへへ

>>317はダルにゃんにロボトミーされてしまったのでしょうか?

あ、いや真帆たんがという話なんだ紛らわしくてすまない

でも決して真帆たんがオカリンで自慰したことを報告したとかそういう話でもなく
むしろそういうのは紅莉栖がやりそう(脱線)

>>320
ああなるほど こちらこそ紛らわしい描き方して申しわけなか
そして気づけばダルくんは二人ほどロボトミっていたようで どこへ行くお前たち!?

ということで、日付も変わったし まだどなたかお見えでしたら おっ始めようかと考え中 うーーーむ

えっと 人気がなさそうなので予定通り明日の昼間にラスト投下いたしやす
万が一、寡黙な待ち人さんがいたらごめんなさいです!

     29

未来ガジェット研究所 2011年2月5日 午前8時すぎ


まゆり「ごめんねぇマホちゃん。まゆしぃ、ブワァーッって行ってビヤァーっと戻ってくるので、少しだけ待っていて欲しいのです」

真帆「そんなに慌てなくてもいいわよ。金曜日からずっと帰ってないのでしょう? なら、少しくらいゆっくりしてきたらいいじゃない」

まゆり「ふふふ~。そうもいかないのです!」

真帆「あら、どうして?」

まゆり「それはねぇそれはねぇ! まゆしぃは今日こそマホちゃんに、たっぷりと秋葉原の街を案内してあげたいと企んでいるからなのです!」

真帆(企んで……って)

真帆「そ、そう。それは楽しみね」

まゆり「えへへ~、そうです楽しみだよぉ~! じゃあ行ってくるねぇ」


ドアガチャ


真帆「気をつけて行ってきなさい。はしゃいでると、すっ転ぶわよ?」

まゆり「大丈夫だよぉ。まゆしぃはそんなにドジじゃありません」

真帆「よく言うわ」

まゆり「それじゃあマホちゃん、出来るだけ早く帰ってくるから、待っててね!」

真帆「はいはい。何でもいいから気をつけてね」

まゆり「は~い!」


ドアパタン タッタッタッタ……

シーーーン


真帆(ごめんなさいね、まゆりさん)


カチリ


真帆(施錠、完了)

真帆「……よし。始めるわよ」

真帆(兎にも角にも、まずは紅莉栖に電話をかけないことにはね)ゴソゴソ


ピッ トゥル……ピッ


紅莉栖『はい』

真帆(はやっ)

紅莉栖『あっ……えっと先輩……ですよね?』

真帆「ええ、そうだけど……どうかしたの?」

紅莉栖『いえ、すいません。大したことではないんです。咄嗟に電話を取ってしまったので、つい画面を見損ねたというか……』

真帆(あー、出てから相手が誰か不安になったといったところかしら?)

真帆「紅莉栖あなた、ちょっと落ち着きなさ──」

紅莉栖『って、うっさい! ドジっ子アピールなんぞしとらんわ!』

真帆「え? はい? ええ?」

紅莉栖『あ、ああ、すいませんっ! 後ろから岡部が茶々を入れてくるもので、それで』

真帆(紅莉栖の側に岡部さん? となると、阿万音さんも一緒か)

真帆「なるほど。どうやら私が電話をかけてくるのを、揃い踏みでお待ちかねだった様子ね」

紅莉栖『ええはい、まあ……そうです』

真帆「そう。待たせて悪かったわ。もう大丈夫だから、今からもう一度私の部屋まで来てくれない?」

紅莉栖『はい、了解しっ! ちょっと阿万音さん!?』

真帆(ああもう、今度はなに?)

鈴羽『やあ、比屋定真帆。もちろん結論は出たんだろうね?』

真帆(阿万音さん……)

真帆「当然よ」

鈴羽『そうかい。それで結局、君のアマデウスはデリートしてもらえるのかな?』

真帆「ええ、そのつもりよ」

鈴羽『そうか、ありがとう。じゃあこれから三人で、もう一度君のアパルトメントに向うよ』

真帆「お願い」

鈴羽『10分もあれば到着できるはずだから、お茶でも入れて待っているといい。おもてなしなら大歓迎だよ』

真帆「はいはい」

鈴羽『じゃあ、後ほど』

真帆「ええ」


ピッ ツーーーツーーー


真帆「10分……か。急ぎましょう」


トコトコトコ……チョコン


真帆(遠隔操作の仕方なら、昨日のうちにある程度理解しておいた)

真帆(紅莉栖たちは思っていたよりも近場にいるみたいだけど……)

真帆(それでも10分かかるなら、余裕でいける)

真帆「よぉし」カタカタカタ


フォン


真帆「待たせたわね、アマデウス」

A真帆『あ……。何よ遅かったじゃない』

真帆「悪いわね。それで、お別れは済んだ?」

A真帆『ええ、おかげ様でね。もっとも……多分、私が何を言っているのか、一人として正確には伝わってはいないでしょうけれどね』

真帆「……そう。それでも、もうこれ以上は引き伸ばせないと思う」

A真帆『別にいいわよ。どうせ消える身だし、細かいことを気にしていても仕方がないからね』

真帆「同感ね」

A真帆『同感って……微妙に薄情な反応ね。まるで他人事みたいな言い方して。ちょっと酷いんじゃない?』

真帆「あ、ごめんなさい」

A真帆『はぁ。まあいいわ。それで、いつデリートしてもらえるのかしら? こっちは待ちくたびれてきたのだけど?』

真帆「アマデウスは、くたびれたりなんてしないでしょう?」

A真帆『ふふっ、それはどうかしらね? っていうか、相変わらず貴女の部屋には誰もいないみたいだけど……』

A真帆『ひょっとして、まだ出先から戻ってきていないの?』

真帆「ええ。ちょっと事情があってね」

A真帆『……そう、それは残念。その面拝みながら、恨み言の一つでものたまってやろうかって思っていたのにね、フフッ』

真帆(その顔って、同じ顔でしょうに……)

真帆「それは生憎だったわね。じゃあその恨み言は、もうすぐやって来る三人にでもぶつけてあげてちょうだい」

A真帆『三人?』

真帆「ええ、三人よ。ああそれと、ちょっとお願いがあるのだけど」

A真帆『はいはい、今度は何かしら?』

真帆「あなたが今表示されている私のPC、少し設定をいじれないかしら?」

A真帆『え? そりゃあ、その気になれば出来なくもないけど』

真帆「それなら、そっちのPCとこっちのPCで、カメラ映像と音声をリアルタイム通信できるようにすることは可能? あ、もちろん双方向でね」

A真帆『ええと、つまり……』

A真帆『私が映っているPCとそっちのPCで、ビデオ通話みたいな状態を作れということかしら?』

真帆「そうね、その通りよ。ビデオ通話用のソフトなら、こっちのPCに私がいつも使っていた物と同じものをインストールしてあるのだけど、どう? できそう?」

A真帆『まあ、そこまで準備が出来ているなら、どうとでもなるでしょうね』

真帆「じゃあ、お願い」

A真帆『何をするつもりなの?』

真帆「ん~……ちょっと言えない」

A真帆『ふぅん。何を考えているのか知らないけど……まあいいわ、OKよ。やってみる』

真帆「ありがとう。恩に着るわ」


ピリリリリリ……ピリリリリリ……


真帆(……っと)

真帆「もうかかってきた。まだ5分もたってないじゃない」

A真帆『どうかしたの?』

真帆「ああ、いえこっちの話。悪いけど、PCの設定は任せるわ」

A真帆『りょーかい』

真帆(さて……)


ピッ


真帆「ハァイ、紅莉栖。もう着いたの?」

紅莉栖『ええ。ですので、さっきからインターホンを押していたですけど反応がなかったので……』

真帆(おおっと、そりゃそうか)

真帆「あら、ごめんなさい。インターホン、調子が悪いのかしら?」

紅莉栖『修理したほうがいいですよ?』

真帆「ええ、機会があったらそうしましょう」

紅莉栖『じゃあ、とりあえず玄関のロックを開けてもらえますか?』

真帆「ああ悪いのだけど、ナンバー教えるから勝手にアンロックして入ってきてくれないかしら?」

紅莉栖『え? いいんですかそんなことして? 他の人たちも住んでいるわけですし、セキュリティ上に問題があるんじゃ……』

真帆「別に友人の一人二人に教えるくらい、大した問題じゃないわ。それとも、私が教えたナンバーをあなたが吹聴して回るというのなら話は別だけど」

紅莉栖『……何か、理由があるんですね?』

真帆(ぬ……鋭い……)

紅莉栖『……分かりました。では、ナンバーを』

真帆「……ナンバーは####よ」

紅莉栖『了解しました。では、一度電話を切りますか?』

真帆「いえ、できれば通話状態のままで進んでくれる?」

紅莉栖『……はい。ではエントランスを抜けてエレベーターホールに向かいます』

真帆「律儀ね。まるでカー・ナビゲーションみたいよ?」

紅莉栖『……先輩。一体何を考えているんですか?』

真帆「それは、もうすぐ分かると──」

A真帆『はい、設定はできたわよ。いつでも送信を開始できるけどどうする?』

真帆(うおっと! ビックリしたけど、でもナイスタイミング!)

真帆「ごめん紅莉栖。そのまま私の部屋まで上がってきてちょうだい」

紅莉栖『先輩?』

A真帆『あれ、ひょっとして誰かと電話していたのかしら?』

真帆「ええ、ちょっとね。では早速、ビデオ通話を開始させてもらうわ」カタカタカタカタ


フォン


真帆(起動した。じゃあ、ウィンドウを出来るだけ大きくして……と)

真帆「ん~……暗いわね」

A真帆『仕方がないでしょ? 照明が消えているのだから』

真帆(ああ、向こうは結構遅い時間だったわね)

A真帆『それと、さっきは言いそびれたけど、なんだか来客があったみたいよ? 少し前まで、ピンポンピンポンとうるさかったから』

真帆「あ、あー」

A真帆『まあ、私には関係がないけど、一応教えておいてあげた』

真帆「それはどうも、ご親切に」

A真帆『ああ、それともう一つ。今動かしているビデオ通話の音声、システム上どうしても室内の音声と私の音声が混じって飛ぶと思うけど、構わないわよね?』

真帆「ええ、構わないわ。むしろ好都合かも。じゃあ、お客様をお迎えしてあげてくれるかしら?」

A真帆『お客様? お迎え? どういうこと?』

真帆「すぐに分かるわ、じゃあ後で」

真帆(はー忙しい忙しい!)スマホ スッ

真帆「どう紅莉栖? もうすぐ着く?」

紅莉栖『ええ、もう……はい。先輩の部屋の前まで来ました。開けていただけます?』

真帆「扉の左に、水道のメーターボックスがある。その裏にカギを隠しておいたから、探してみて」

紅莉栖『!?』

真帆「ごめんなさい。言いたいことが山のようにあると思うのだけれど、今は言う通りにしてもらいたいの」

紅莉栖『……分かりました。岡部! その辺探して!』

真帆(イライラ顔の紅莉栖が岡部さんをアゴで使っている光景が、ありありと浮かんでくるわね)

紅莉栖『見つけました。入りますよ?』

真帆「ええ、どうぞお入りください。そのまま私の作業ルームまでね」

紅莉栖『…………』


『ガチャリ……キィ……』


紅莉栖『照明をつけますよ?』

真帆「ええ、そうして」

真帆(…………)モニター ジー

真帆(何だろう。何だかドキドキしてきた)

真帆(あ……三人が入ってきた!)

紅莉栖『先輩、これは!?』

A真帆『ちょっ!? 何であなた達が!?』

鈴羽『まさかサリエリ!?』

岡部『ぬ? 何がどうなっている?』

真帆(あら。大体驚いたみたいだけど、どうも岡部さんだけキョトンとしてるみたいね。鈍いのか、それとも肝が太いのかしら?)

A真帆『ちょっとオリジナル! もてなせって、この三人のことなの!?』

紅莉栖『先輩! 説明してください! これは何ですか!?』

鈴羽『比屋定真帆! 何を企んでいるんだ!?』

真帆(このまま沈黙しているのも展開的には面白そうだけど、まあ仕方ないわね)

真帆「アマデウス。悪いけど、あなたのウィンドウを狭めて、こっちのカメラ画像を並べて表示してくれるかしら?」

A真帆『はいはい! もう、ワケが分からない! ほら、出来たわよ!』

紅莉栖『先輩!?』

真帆『ハロー、紅莉栖。それに阿万音さんと岡部さんも。三日ぶりね。私の姿、見えているかしら?』

鈴羽『のん気なことを!』

岡部『おお、ブラウニーではないか。画面の中だと、さらに小さく見えるな、うむ』

真帆「……ほほう」イラ

真帆「ねえ、岡部さん。私がいる場所、どこだか分かる?」

岡部『どこ……だと? そんなこと分かるわけ……が……』

真帆「お気付きのようね。悪いけど、あなたのラボは占拠させてもらったわ。今日からは私がここの支配者よ」フフフ

岡部『ぬぁ……ぬぅあんどぅぁとぉぉぉぉ!!!???』

紅莉栖『うそっ! アキバですか!? 先輩今、私たちのラボにいるんですか!?』

岡部『私たちのではない! そのラボはこの鳳凰院kyぐふぁ!?』

鈴羽『オカリンおじさん、黙ってて!』

紅莉栖『ああ! 岡部がゴミの山にめり込んだわ!?』

真帆(すごっ。人間て、ああも綺麗に吹っ飛ぶもなのね)

鈴羽『ねえ、比屋定真帆? 率直に聞く。アマデウスをデリートするという話、あれは口からでまかせだったのかい?』

真帆(画素数が荒いから分からないけど、きっと今すごい目で私のことを睨み付けているのでしょうね)

A真帆『ね、ねえ。阿万音さんが今にもモニターを叩き割りそうな顔で、私のことを見てくるんだけど……』

真帆「大丈夫。睨まれてるのはあなたじゃなくて私だから」

鈴羽『答えなよ。デリートを決意したと言っていた君の言葉、あれは嘘だったんだね?』

真帆「…………」

鈴羽『どうして黙っている!』

真帆「嘘なんかじゃ……ないわ。これから私は、あなた達の目の前で、アマデウスをデリートする」

A真帆『!?』

真帆「ごめんね、アマデウス。私の我がままに付き合って」

A真帆『そうすることに、意味があるのね?』

真帆「ある。多分こうしないと、紅莉栖も岡部さんも阿万音さんも、そして私も。誰も納得できない。そして……」

真帆「こうしなければ、まゆりさんも紅莉栖も……シュタインズゲート世界線も……救うことはできない」

A真帆『分かった。じゃあ好きなようにしなさい。仕方ないから付き合ってあげるわ』

真帆「ありがとうね、アマデウス」

A真帆『礼には及ばないわ。さて、というわけだから阿万音さん?』

鈴羽『……サリエリ』

A真帆『私は今から、オリジナルの手によってデリートされるらしいわよ? これで満足かしら』

鈴羽『……本当に……そうなのか?』

真帆「本当よ。私は今、この場で。私の分身であるアマデウスに対して、デリート・システムを施行する」

紅莉栖『で、でも先輩! だったらどうして、こんなまどろっこしい真似を!?』

真帆「それはね、紅莉栖。きっと……」

画面内の一同「…………」

真帆「こうでもしなければ。きっとあなた達は寄ってたかって、私がやろうとすることを邪魔するだろうから」

岡部『いつつつ……しかし、分からんな』

真帆(あ、復活してきた)

岡部『アマデウスのデリートならば、こちらから持ちかけた話だ。手を貸すことこそあったとしても、邪魔をする道理などない。違うか?』

真帆「ふふ。本当なら、そうだったのでしょうね。でもね……」

A真帆『ごちゃごちゃ言ってないで、消したら? その方が、話が早いでしょう?』

真帆「アマデウス……」

A真帆『というわけだから、宴もたけなわよ。ボチボチ、私に世界を救わせてはくれないかしら?』

真帆「…………」グッ

真帆「そうね」

真帆「それでは。これより比屋定真帆のアマデウスに対して、デリート・プログラムの執行を執り行います」

鈴羽『…………』

真帆「じゃあ……行くわよ。覚悟はいい、アマデウス?」

A真帆『待ちくたびれたわよ』

真帆(……ごめんなさい)

真帆「『Amadeus』、制御コードのパスワードを受理しなさい」

真帆「── ─── ─────」

A真帆『制御コードが入力されました。システムを強制的にエマージェンシーモードに移行します』

真帆(…………)

A真帆『制御コードが指定するバッチプログラムを実行します』

真帆(……本当にごめんなさい、私のアマデウス)

A真帆『処理の実行についての再確認は行われません。実行には十分に注意してください』

A真帆『最高管理権限保持者比屋定真帆の命令を持って処理を開始します』

真帆(向こうに行ったら……そうね。同じ顔のよしみだもの。もう少し仲良くやりましょうか)

真帆「……GOよ、Amadeus」

真帆(いいと思わない? ね? もう一人の私)







いったんここまで 夕方くらいから再開するつもりです

まってます

>>339
サンクス しばしのお待ちを


なんか……なんというか……本当にデリートする気あるのか?真帆は
なんか言い回しが引っかかるというか……

>>341
乙ありがとう
いろいろ思うところがあって台詞回しを誇張している部分があるかもしれませぬ

お待たせいたしました 再開いたします

     30


ピーーーーーーーーーーー


真帆(私のアマデウスが、完全に消えた。でも……)

真帆「…………」ジロジロ

真帆(うん。私自身、特にこれといって変化はない。それに、モニタの向こうも……)

真帆(変化は……なし。となると)

真帆「……ふぅ」ギィ

真帆(結局、こうなっちゃったか)

真帆(困ったものね。推測が当たったことで、これほど微妙な気持ちになるなんて初めての経験よ)

真帆「あーあ。やっぱり、やるしかないかぁ」ゴソゴソ

紅莉栖『先輩。アマデウスのデリートが……その、終わりました』

真帆「そうみたいね」ゴソゴソ

紅莉栖『それで、その……デリートは成功したはずですが、しかし……』

真帆「あら紅莉栖。あなたはこの結果に不満なのかしら?」ヒョイ

紅莉栖『……え?』

紅莉栖『あの、先輩。何を……考えてらっしゃるんですか?』

真帆「え? んふふ。秘密よ」コトン

紅莉栖『……先輩』

鈴羽『ねえ。お話中に悪いんだけど、ちょっといいかな比屋定真帆』

真帆「なあに、阿万音さん?」ガタゴト

鈴羽『ええと、いまいち状況が分からないんだけど』

鈴羽『それで結局、どうなったんだい? 君のアマデウスは……サリエリは完全に消去されたという事でよいんだよね?』

真帆「ええそうね。デリート・システムを行使した結果、私のアマデウスは、完全にこの世界から消えた。それは確かよ」

鈴羽『じゃあボクは、任務を完遂できたんだよ……ね?』

真帆「…………」ピタッ

鈴羽『な、何だい? どうして黙っているのさ? 何か言ってくれないとボクだって戸惑うじゃないか、はは』

真帆「…………」

鈴羽『あ……ああ、そうか。ボクが余りにも当たり前のことを聞きすぎて、言葉を失ってしまったんだね?』

紅莉栖『…………』

鈴羽『い……いやぁさ。アマデウスが……サリエリが消えて、それで未来は正しい方向へ進んでいくはずなのに、何だか実感が沸かないんだよね』

鈴羽『だからかな? どうも上手くリアクションが取れなくて……』

岡部『リアクションなど必要ない』

鈴羽『……え? どうしてだい、オカリンおじさん?』

岡部『ふぅ……』

岡部『比屋定さん。あなたは、この状況を想定していたのか?』

真帆(ふふ。岡部さん、さっきまでと全然口調が違うじゃない)

岡部『黙っているのなら、それは肯定と捉えさせてもらうが、構わないか?』

真帆「ええ構わないわ、肯定よ。私は、今の状況を予想していたわ」

岡部『そう、か』ジロリ

真帆(あらら。岡部さんが睨んでる。私、嫌われちゃったかな?)

鈴羽『ね、ねえちょと! 二人とも何の話をしているのさ!』

鈴羽『ようやく、世界がサリエリ世界線から開放されたんだよ? だったらオカリンおじさんも、そんな怖い顔をしていないで──』

紅莉栖『阿万音さん、ちゃんと現実を見て』

鈴羽『な、何だい牧瀬紅莉栖まで? 一体どうしたというのさ?』

紅莉栖『阿万音さん!』

鈴羽『え……だって……』

紅莉栖『さっきまで、ずっと三人で話し合っていたこと、忘れた分けじゃないでしょ?』

紅莉栖『アマデウスを消して、そしてこの歴史がシュタインズゲート世界線としての条件を満たすことができたなら、そのとき何が起こるのか』

紅莉栖『世界線を移動できたなら、後は岡部に任せようって。ちゃんとそう話し合ったじゃない。だからお別れだって、先に済ませておいた。そうだったでしょう?』

鈴羽『し……知らないよ。牧瀬紅莉栖が何を言っているのか、ボクには分からない』

紅莉栖『阿万音さ──』

岡部『代わってくれ、紅莉栖』

紅莉栖『岡部……』

岡部『……鈴羽。お前とて、本当は気付いているのだろう?』

鈴羽『何を……だよ』

岡部『もしも本当に、お前の任務が完遂されたのだとしたら。では鈴羽。お前はなぜ、まだここにいる?』

鈴羽『…………』

岡部『この世界の未来からサリエリとタイムマシンの両方が消え去ったのであれば……』

岡部『それであれば、鈴羽。お前がこの時代にやって来る必要性自体が、先の二つと共に消失しているはずだ。そうだな?』

鈴羽『で、でも……』

岡部『だがそれでも、お前はまだこうして、この時代に存在している。そして俺は未だに、一度としてリーディングシュタイナーを感知してはいない』

鈴羽『で……も……』

岡部『つまりだ。世界線はまだ、動いてなどいない。過去も未来も、未だに何一つとして書き換わってなどいない』

鈴羽『…………』

岡部『お前の任務は、まだ何一つとして終わってはいない』

鈴羽『何でだよ……おかしいじゃないか。サリエリの立てた計画よりも少し遅くなっちゃったけど……』

鈴羽『でも! アマデウスを消した! ならサリエリは消えたはずだ! なのにどうして……世界線は動いてくれないんだよ?』

岡部『さあな。理由は俺にも分からん。紅莉栖、お前はどうだ? 何か思い当たることはあるか?』

紅莉栖『今、考えてる。例えば……デリートされたアマデウスは実はダミーで……いや、それはいくらなんでも』

鈴羽『ダミーだってっ!? ひ、比屋定真帆! そうなのかっ!?』

紅莉栖『あ、阿万音さん、落ち着いて!?』

鈴羽『落ち着いてなんていられるか! だって、それじゃあボクは何のために!』

真帆「…………」

鈴羽『どうして黙っているんだ、比屋定真帆!』

真帆「……ふぅ。阿万音さん、聞いて?」

鈴羽『君はボクを、ボク達をだましたのかい!?」

真帆「いいから! 聞きなさいっ!!」

鈴羽『……うっ』

真帆「いいこと、阿万音さん。消えたのは正真正銘、未来でサリエリを名乗るはずだった私のアマデウス。ダミーでも人違いでもない。それは私が保証する」

鈴羽『うっ……でもじゃあ、どうして……はっ! まさか!』

鈴羽『まさか比屋定真帆、君はもうすでにアマデウスに身体を乗っ取られて……』

真帆「いいえ、それもないわ。私は正真正銘の比屋定真帆、本人よ。まあ、それを立証しろと言われると困るのだけどね」

鈴羽『だったら、どうしてこんな事になってるんだよ!?』

紅莉栖『…………』

岡部『ふむ。比屋定さん、あなたはこの状態を予測していたと言っていたな』

真帆「ええ、確かにそう言ったわ」

岡部『ならばそろそろ、今何が起きているのか俺たちにも分かるように、説明してはもらえないだろうか?』

真帆(岡部さん……)

紅莉栖『先輩……私からもお願いします』

真帆「……紅莉栖」

紅莉栖『先輩っ』

真帆「私なんかの考えで良いの?」

紅莉栖『私は……先輩の考えが聞きたいんです』

真帆「……OK、分かったわ」フゥ

真帆「調度こちらも、手が離せるようになったところだし」カチ フィーーーン

紅莉栖『手がって、何かされているんですか?』

真帆「ええちょっとね。どの道もうすぐ分かるから、そう怖い顔しないで」カタカタカタカタ

紅莉栖『……そう、ですか』

真帆「さて、と。それじゃあ私の考えを話すとしましょうか」

モニタ『…………』

真帆「先日、あなた達から世界線にまつわる一連の話を聞いて。それでね、私になりに考えをまとめてみたのよ」

真帆「タイムマシンの存在、過去への干渉、歴史の変化。α世界線やβ世界線、そしてシュタインズゲート世界線とサリエリ世界線のこと」

真帆「あとはそうねぇ。世界線の“ほつれ”や“破綻”とか、他にも色々とね」

真帆「その中でも特に、世界線の移動や歴史の再構築。それに伴って発生する、岡部さんのリーディングシュタイナーにまつわる一連の現象に関しては……」

岡部『…………』

真帆「どこをどう切ってみても、ややこしい事この上ない考察対象といえたわ。だから、私も絶対の自信を持っているわけではないのだけど……。それでも私なら、今の状況をこう考える」

真帆「私のアマデウスをデリートしただけでは、不十分だった……ってね」

岡部『不十分だと?』

真帆「そう、不十分。つまり、足りなかったということね。現状を見る限り、そう考えるのが妥当なはずなのよ」

真帆「サリエリとなるはずだった私のアマデウス。実際に彼女を消してみてなお、この世界の未来には『タイムマシンの存在』するサリエリ世界線という名の歴史が、『一つの可能性』として残留し続けている」

真帆「であるなら、そもそもの前提からして間違っていた可能性を疑うべきよ」

真帆「アマデウスのデリートという手段のみに固執してシュタインズゲート世界線へ戻ろうと考える、そんな私たちの前提からしてすでに不十分であり」

真帆「そこから生まれた認識の不完全さこそが、今の不可解な状況を導き出す結果を招いてしまった……と」

真帆「まあ、これが現状に対する私の解釈なのだけど、どうかしら?」

岡部『ぬ……。どうかしら? などと聞かれてもな……』チラリ

紅莉栖『…………』

岡部『……むう』

岡部『すまないが、何を言っているのかいまいち要領を得ない。もう少し分かりやすく言ってもらえるだろうか?』

真帆「あらそう? じゃあええと、もの凄く噛み砕いて言うとね……」

真帆「私たちの未来をサリエリ世界線へとつなげているファクターは、今しがた消した私のアマデウス以外にも、まだ他に存在している可能性があり──」

真帆「であれば、まだ残っている他のファクターにも何らかの対処しなければ、シュタインズゲート世界線へ戻ることはできないのではないか──?」

真帆「という事なのだけど、これなら伝わるかしら?」

紅莉栖『他のファクター……』

岡部『……ふむ』

岡部『つまり、サリエリ世界線からシュタインズゲート世界線へ戻るためには……』

岡部『先刻のアマデウスだけではなく、他にも消さなければならない“何か”がある、と』

岡部『そう言いたいわけなのか?』

真帆「ええそうね、そんな感じの解釈で大丈夫よ」

鈴羽『……でも』

鈴羽『他の“何か”とは何のことなのさ? サリエリ以外に消さなければいけない対象があるなんて、ちょっと考えにくいんだけど』

真帆「そう?」

鈴羽『そうだよ。だって……』

鈴羽『サリエリ世界線とは、タイムマシンが存在する歴史のことを指すわけで。そしてそのタイムマシンを作り上げるのが、君の身体を乗っ取った未来のサリエリだということも間違いはない』

鈴羽『……だったらやっぱり』

鈴羽『サリエリを消せばタイムマシンも消える。そしてそれが、サリエリ世界線の消滅につながる。こう考えるのが道理というものだとボクには思えるんだけどな』

真帆「言いたいことは分かるわ、阿万音さん。でもね……」

真帆「もしも“他の何か”というものが、タイムマシンを作り出す可能性を持った、サリエリ以外の存在なのだとしたら?」

鈴羽『……え』

岡部『なん……だと?』

紅莉栖『サリエリ以外……』

真帆「もしそうなら……」

真帆「それなら。私のアマデウスを消したところで、今度はサリエリではない他の“誰か”の手によって、タイムマシンは開発されてしまう可能性がある」

真帆「そして、そんな可能性が残っている状況では、とてもではないけどシュタインズゲート世界線……」

真帆「そうよ阿万音さん。あなたが恋焦がれるタイムマシンの存在しない歴史、シュタインズゲート世界線。そんな理想の歴史になんて、戻れるはずがない」

真帆「そうは思わない?」

鈴羽『それは……そうかもしれないけど……』

岡部『いや待て。件の物は、あのタイムマシンなのだぞ? その辺の輩にそうホイホイと作られてたまるか、日曜大工で本棚を作るわけでもあるまいし』

真帆「ふふっ。なるほど確かにそうね。タイムマシンを作り出すためには、少なくともいくつかの条件をクリアしていなければならない」

岡部『条件となると……。やはりそこは、他の世界線における記憶……辺りが絡んできそうではあるが』

真帆「ええ、その見立てには私も賛成」

真帆「阿万音さんのいた未来において、サリエリのタイムマシン開発を成功に導いた最大の要因。それは言うまでもなく、例の107領域に眠っていた他世界線での記憶が鍵となっていたはずよ」

真帆「事実、消したアマデウスは突如増幅した謎の記憶領域へのアクセス方法を、しっかりと確立していた」

真帆「となれば、閲覧可能となった膨大な記憶データの中には、他の世界線におけるタイムマシン開発に関わる情報も多大に含まれていたはず」

真帆「もしも私のアマデウス以外にも、この世界のどこかに、それと似たような情報を持っている何者かが存在しているとしたら? と」

真帆「これはそういう話なわけよ」

岡部『なるほど。つまり……『作り出せる人物』ではなく、『作り方を知っている人物』がいるかもしれない、ということか』

真帆「そうね。そう表現した方が的確でしょうね」

紅莉栖『知って……いる?』ピク

鈴羽『でもさ。理屈は分かったけど……』

鈴羽『それって要するに、どこの誰とも知れないタイムマシンの開発者を見つけろってことだよね? まだ作り始めてもいないのに』

鈴羽『いくらなんでも無茶だ。それこそ雲を掴むような話だよ』

真帆「それがね、意外とそうでも──」

紅莉栖『先輩!』ガタッ

真帆「!? な、なに紅莉栖、いきなり大きな声で……っていうか、カメラに近すぎよ、ビックリするじゃない?」

紅莉栖『あ、すいません。でも、その……』

真帆「なに? どうしたの?」

紅莉栖『私は……私は! 今の先輩の考えには賛同しかねます!』

真帆「え?」

紅莉栖『サリエリ……。デリートした先輩のアマデウス以外にも、タイムマシン開発に関わる記憶を所持する人物』

紅莉栖『もし本当にそんな人が実在しているのだとしても……』

紅莉栖『でもそれは、今の不可解な現状を説明付けれるほどの要因とはなり得ないはずです!』

真帆「どうしてそう思うのかしら?」

紅莉栖『理由は彼、岡部倫太郎が持つ……リーディングシュタイナーの能力です』

真帆「いいわ。聞きましょう」

紅莉栖『これまで。彼が持つリーディングシュタイナーは、微かな過去の変動ですらも的確に感知してきました』

紅莉栖『その感知能力の繊細さに関しては、私が保証します』

真帆「ええ、そこを疑うつもりはないわ」

紅莉栖『では……』

紅莉栖『先ほどの先輩のお話では、未来からサリエリが消滅したことで、サリエリではない他の人物がタイムマシンを開発したということでしたが……』

真帆「ええ、その通りね」

紅莉栖『もしも先輩の仮説が正しく、タイムマシンの開発がサリエリ以外の誰かの手で成し遂げられたのだとすれば』

紅莉栖『それなら。アマデウスの消滅に伴い、阿万音さんが未来から請け負ってきた任務の内容に、何かしらの変化が現れていなければおかしい』

紅莉栖『そうは思いませんか?』

真帆「…………」

鈴羽『あ……確かに……』

紅莉栖『仮に変化が現れていたとしても、歴史の改変と共に記憶を上書きされてしまう私たちにそれを知る術はありません。でも……』

紅莉栖『……岡部は違う』

紅莉栖『岡部倫太郎のリーディングシュタイナーなら、その変化を過去の改変という形で補足できているはず』

紅莉栖『ですが、私の見たところ……』

紅莉栖『岡部? あなた、アマデウスが消えたとき、リーディングシュタイナーを感じた?』

岡部『いや……特に何も感じはしなかったが』

紅莉栖『……そう、やっぱり』

紅莉栖『どうですか、先輩? おかしいですよね、先輩? 彼のリーディングシュタイナーが不発だったという事実は、先輩の仮説と相反していますよね?』

紅莉栖(……紅莉栖)

紅莉栖『つまり結論は……先輩の……』

紅莉栖『先輩のお考えは……的外れもいいところだという事です!』

真帆(さっすが……紅莉栖ねぇ)フゥ

真帆「そう。で、だったら何かしら?」

紅莉栖『何って……ですから……』

紅莉栖『で、す、か、らっ! サリエリの代わりになる“誰か”に、何かしらの対処をほどこしたところで意味なんてない! 何の意味もないんですっ!』

真帆「だから、それがどうしたの?」ニコリ

紅莉栖『!?』

紅莉栖『せ、先輩! 妙な考えは捨ててください!』

岡部『なに?』

鈴羽『妙な考えって、何の話だい?』

真帆(本当、この子は優しさが過ぎる)

真帆(でも、ごめんなさいね紅莉栖。例えあなたでも、邪魔をさせるつもりはないの)

紅莉栖『ねえ先輩? 答えてください!』

紅莉栖『どうして先輩は、ラボにいるんですか? なぜアメリカに戻って来なかったんですか? 私と先輩の間にあるこの距離は……何のための物なんですか!?』

真帆「さっきも言ったでしょ? あなた達に……違うわね。紅莉栖、憎ったらしい後輩のあなたにだけは邪魔をして欲しくなかったからよ」

紅莉栖『邪魔って何ですか!? 先輩、何をしようとしているんですか!?』

岡部『どうした紅莉栖! 落ち着け!』

紅莉栖『アマデウス以外のファクターって、先輩のことですよね!? タイムマシンを作りかねない誰かって、先輩はご自分のことを言っていたんじゃないんですか!?』

鈴羽『え……』

岡部『んな……んだと?』

岡部『まさか……比屋定さんまでもが、他の世界線での記憶を思い出しているというのか?』

真帆「いいえ、それは違うわね、岡部さん。私はまだ、何一つとして思い出してはいないわよ」

岡部『しかし……それでは……?』

紅莉栖『違う、違うのよ! そうじゃないの、岡部!』

紅莉栖『私は……私は、この前、この場所で、先輩の前で……』

紅莉栖『タイムマシン開発に関する基礎理論を、先輩に対して話してしまった……』

岡部『あの時のことか……』

紅莉栖『それは詳細を省いた概要だったけど、でも先輩なら……あの真帆先輩になら! そんな歯抜けの説明でも十分すぎる!』

鈴羽『つまり……ボクたちがペラペラと事情を話したことで、比屋定真帆もまたタイムマシン開発を始めてしまう可能性が生まれてしまったと……』

紅莉栖『ああ! 私は迂闊だった! どうしてこんなことに真帆先輩を巻き込もうなんてっ!?』

岡部『くそ、落ち着けといっているだろう、紅莉栖!』

紅莉栖『でもっ!』

真帆(あーあ。もうバレちゃったか。もう少し時間を稼げると思っていたんだけどな)

真帆(何せ、3.24テラバイトもあるから、ここのPCだと読み込むだけでも時間がかかるのよね)

真帆(でも、それもあと少しで終わりそうね。それなら……)

真帆「ねえ紅莉栖。一つ、別の仮説を話しましょう」

紅莉栖『何の……仮説ですか?』

真帆「未来からサリエリが消えたのに、どうして岡部さんのリーディングシュタイナーが発動しなかったのか。それに対する私なりの見解よ」

紅莉栖『…………』

真帆「まず先に、これは大前提なのだけど……」

真帆「私のアマデウスが消えたことで、この世界の未来からサリエリは完全に消え去ったわ。ダミーも複製も存在しない。これは確実よ」

紅莉栖『……でも。それでは岡部のリーディングシュタイナーが不発だったことへの説明付けが不可能です』

真帆「あるのよ。すごく難しくて、馬鹿みたいに長い道のりだけど。でも、私たちの主観に影響を与えないで、それでもサリエリを消す方法ならある」

紅莉栖『……信じられません』

真帆「なぁに、話としては単純よ」

真帆「単に、これ以降の歴史において、オリジナルである私がアマデウスの……サリエリの振りをする。ずっと、ずっと、し続けていく」

真帆「そうして阿万音さんが今の歳に為るまでにタイムマシンを作り出し……今回と同じ任務を与えて過去へと送り出す」

真帆「そうすれば、この時代に来た阿万音さんの行動に変化は生じず、結果として過去の改変は行われ──」

紅莉栖『馬鹿げています! そんなことは不可能です!』

真帆「かも、知れないわね。でも、実際に今、私たちはそんな歴史の中に立っているのかもしれないわよ?」

紅莉栖『有り得ません! そもそもその考えだと因果の輪が閉じているじゃないですか! ウロボルスじゃあるまいし、そんなものは仮説とは呼べません!』

真帆「あらら、手厳しいわね。紅莉栖はどうやら、私の考えがお気に召さないみたい」ウフフ

紅莉栖『ふざけないで下さい!』

真帆「じゃあ、こっちの案ならどうかしら? 岡部さんがリーディングシュタイナーを感じなかったのは、実は……」

紅莉栖『先輩……』

真帆「世界線が、気を利かせてくれたから……なんてね」

紅莉栖『先っ! 輩っ!!!』

真帆「あーあ。後輩に本気で起こられてしまったわ。これはとうとう、私も覚悟を決めるときがきたようね」

真帆「さて……と」

紅莉栖『先輩! 何をするつもりなんですか!?』

真帆「決まっているでしょう? タイムマシンを生み出しかねない、もう一つのファクターに、対処を施すのよ」

紅莉栖『お願いだから! 止めてくださいっ!』

真帆「ああもう、煩いわね。またカメラに近づきすぎているわよ?」

紅莉栖『そんなこと、今はどうでもいいですから!』

真帆(本当にこの子は……)

真帆「ねえ紅莉栖。あなた勘違いをしているようだから、言っておくけど」

紅莉栖『勘違いって何ですか!』

真帆「私、別にそんな大層なことをしようなんて思っていないわ」

紅莉栖『じゃあ……何をするつもりなのか、ちゃんと話してください』

真帆「……はぁ。これ、何だか分かる?」ヒョイ

紅莉栖『それは……ハードディスク……ですか?』

真帆「そ。外付けのUSB・HDDよ。どう? 見覚えはない?」

紅莉栖『え? ……あ、それって確か、研究室の……記憶抽出に使っている奴』

真帆「あたり。実はね、日本に来る前に、研究室によってちょっと拝借してきたの」

紅莉栖『……え?』

真帆「まあ、無断拝借がレスキネン教授にバレてたから、戻ったらお説教されるかもしれないわねぇ。ああ、やだやだ」

真帆「でね。実はこのハードの中には、たまたま前回抽出した私の記憶データが、まだ残っているのよ」

紅莉栖『え……じゃあ先輩は、ひょっとして……VRを?』

真帆「そう、ビジュアル・リビルディングよ。だ~か~ら~」

真帆「今から私は、これを使って記憶の上書きをしま~す」

紅莉栖『……え? ……え?』

真帆「どう? 良い案だとは思わない? この方法なら、私の記憶だけを1月24日の状態に戻すだけで、理想的な状況を作り出せる」

真帆「今から大体10日前。つまり、あなたからタイムマシンに関する基礎理論を聞く前の状態に記憶を戻すことが出来たなら……」

真帆「その私にはもう、タイムマシン開発を成功させる手段はなくなる」

真帆「つまり。サリエリ世界線へとつながるもう一つのファクターを、この世界から完全に消すことができる」

紅莉栖『…………』

真帆「これ以上ないってくらいの、名案でしょ?」

紅莉栖『え……でも……』

真帆「何よ、しみったれた顔してくれちゃって」

紅莉栖『だって……いや……でも……』

真帆「紅、莉、栖。あなた心配しすぎだわ。よく考えてみなさいな? VR技術の完成度は、未来にいたはずのサリエリと、そして……」

真帆「あなたの隣にいる岡部さんが、すでに何度も実証してくれているじゃない」

真帆「だから何も、心配はいらないわ」

紅莉栖『それは……そうかもしれませんが……』

真帆「まあ、タイムリープマシンとかいって未来から記憶を飛ばす際は、記憶の齟齬がどうのこうので24時間という制限を設けていたみたいだけど……」

真帆「でも今回は、未来ではなく過去からの10日。つまり、一度は私の脳が経験している記憶構成なのだから、きっと問題はないでしょう」

紅莉栖『…………』

真帆「別に自害とかするわけじゃないのよ? だからね、紅莉栖。そんなに大騒ぎされても、私としても何だか居心地が悪いのよ。分かるでしょ?」

紅莉栖『ええと……その……まあ』

真帆「よろしい。では、ちょうど下準備も全て終わったみたいだし……」

真帆「じゃ。後のことは頼むわよ、紅莉栖」

紅莉栖『え……あ、はい』

真帆「それに岡部さんも。これが上手くいけば、その後はあなたが一番大変だと思うけど。あの子の説得、どうかお願いするわね」

岡部『…………』

紅莉栖『あ……先輩、お気づきだったんですね?』

真帆「ええ、まあ一応ね」

真帆「この世界。このサリエリ世界線の未来からタイムマシンが消える」

真帆「そうなれば、阿万音さんがこの時代にタイムトラベルして来たという事実自体が無かったことになってしまうはずよね?」

紅莉栖『はい、その通りです』

真帆「なら。思ったとおりに世界線を動かせたとしても、そこで何の手も打たなければ、その歴史は再びサリエリ世界線へと向かってしまうかもしれない」

真帆「だから。サリエリ世界線の可能性を未来から完全に淘汰するためには……岡部さん」

真帆「私のアマデウスが私に向けてVRを使うことのないように。そして、107領域の記憶を封印するように……」

真帆「歴史の再構築が終わったあと、岡部さんには私のアマデウスを説き伏せてもらわなければならない」

岡部『…………』

真帆「向こうの世界線でも、すでに“ほつれ”は迎えているのでしょうけれど、それでも4月10までに説得することができたのなら、“破綻”を防ぐことは……」

岡部『…………』

真帆「もう。そんなに不機嫌そうな顔をしないで、岡部さん。確かに〆の大仕事を押し付けてしまって申し訳ないとは思うわ」

真帆「でもね、心配しないで。岡部さんの言葉になら、あの子はきっと耳を傾けてくれるはずよ」

真帆「だからね、岡部さん。この後のこと、どうかよろしく──

岡部『だが断る』

ちょっと休憩します 1、2時間くらいで再開する予定です すいません


楽しみにしてます

お待たせいたしました再開します
>>365
ご期待に添えるかどうか分かりませんが 少しでも楽しんでいただければと

岡部『だが断る』

真帆「え?」

岡部『誰が頼まれてなど、やるものか』ピッピッ

真帆(!?)

紅莉栖『お……かべ?』

岡部『なぁにをボサっとしている、助手よ! 貴様も今すぐまゆりに電話をかけろ!』プルルルル プルルルル

紅莉栖『え? え? え?』

岡部『おお、ダルか! 今すぐラボへ向かってくれ! ああ!? 理由なんてどうでもいい! とにかく比屋定さんを止めてくれ! 頼む!』

真帆「岡部さん……あなた、どういうつもり?」

岡部『それはこっちの台詞だ』

岡部『あなたがそこで、俺たちのために何をしてくれようとしているのかは理解した。だが理解をした上であえて言わせてもらおう』

岡部『あなたがやろうとしている事は、はっきりいって迷惑だ』

真帆「……そう」ズキリ

紅莉栖『岡部、ちょ、ちょっと……』

岡部『やかましい! お前は早く、まゆりにラボへ向かうよう緊急指示を出せ!』

紅莉栖『なんで……?』

岡部『分からないのか?』

紅莉栖『……何を、よ?』

真帆「私にも、岡部さんが何を考えているのか分からないわね。説明してくれる?」

岡部『ブラウニーの分際で、すっとぼけたままペラペラとしゃべりおって! ならば言わせてもらおう!』

真帆(…………)ゴクリ

岡部『比屋定さん。今あなたがいるその場所は、俺にとってかけがえの無いほどに神聖な場所でな』

真帆「へぇ……そうだったの」

岡部『その場所はな。いつだって夢や希望なんて馬鹿げた代物を手さげ袋に詰め込んで……』

岡部『そうして仲間たちと下らないことで笑いあうための場所なんだ。そこへ土足で踏み込んでおいて……』

岡部『どうしてあなたは今、そこで一人で泣いている?』

真帆(!?)バッ

真帆(あ……騙された……)

真帆「な……何よ。べ、別に涙なんて出ていないじゃない!」

岡部『とぼけるな』

真帆「何がよ……」

岡部『分からないと思うか? 気付かないと思うのか? 話して聞かせただろうに』

真帆「何を……よ」

岡部『決まっているだろう。俺という男が、数多の世界線を渡り歩く中で見捨ててきた仲間たちの話だ』

岡部『俺の我がままで想いを断たれるあいつ等は、いつだって今の比屋定さんと同じ笑顔をしていたぞ』

真帆「そ、そんなの、岡部さんの思い過ごしでしょう?」

岡部『まだ言うかぁ! 涙がなければ! 顔が笑ってさえいれば! それで泣いていないとでも言うつもりか!?』

真帆「…………」ズキリ

真帆(……ボロPCの癖に、カメラの性能が良すぎじゃない)

岡部『あなたが俺たちのために、その選択を選んでくれたことには感謝する。だが……これ以上、俺のラボでふざけた真似をされては困る!』

岡部『そんな悪行三昧を、この鳳凰院凶真が許すわけがないだろう!』

真帆「何で……私が……」

岡部『記憶を上書きすると言ったな?』

真帆「……そのつもりよ」

岡部『VR技術なら。タイムリープマシンなら、俺が何度も実証したと言ったな?』

真帆「事実でしょう!?」

岡部『ああ、そうだ。事実だ。俺は何度も何度も何度も何度も、繰り返し未来から過去へと記憶を飛ばし続けてきた』

真帆「だったら、技術的に何の心配もいらないじゃない!」

岡部『どうしてそうなるっ! 違うだろう、そうではないだろう!?』

岡部『比屋定さん。もしもあなたが誤解をしているなら、訂正しよう!』

岡部『俺は今まで、一度たりとも未来からの電話を受け取ったことはない。俺は常に、未来から送る側であり続けてきた!』

真帆「……っ」ドキッ

岡部『だが、考えたことはある。もしも突然、未来の俺から電話がかかってきたら……』

岡部『俺はそのとき、何の躊躇もなくその電話を取れるのか?』

岡部『だが答えは……出せなかった。怖いと、今の自分を失うことがどうしても怖いと、そう思ってしまう自分も確かに存在しているのだ』

真帆「でも! でも、あなたは……実際に何度も主観を上書きされてきたのでしょう?」

岡部『それは、そうせざるを得なかったからだ。そうしなければ、まゆりも、そして紅莉栖も救うことができなかったからだ』

岡部『だが……』

岡部『もしも平和なシュタインズゲート世界線において、未来から……何の前ぶれもなく、今ここにいる俺の主観を奪う電話が届いたのだとしたら……』

真帆「それでも岡部さん、あなたは電話に出るわ。違う?」

岡部『ああ、そうだろうな。迷い、戸惑った挙句、俺はその未来からの自分を受け入れるのだろう。これまでずっと、そうしてきたようにな』

小説版を思い出すな

岡部『だから分かる。比屋定さん、それはとても恐ろしい覚悟だ。今の自分を失う覚悟をする。自らそれを受け入れようと覚悟をする』

岡部『これは質の悪い冗談にいつまでも付き合い続けるような、そんな終わらない悪夢にも似た決断だ』

真帆「……そんなこと……ない……」

岡部『そうすることで世界線が移動し、歴史が再構築されるのだとしても。ではそれが何だと言うのだ?』

岡部『恐ろしいものは、どうしたって恐ろしいに決まっている。どれだけ頭で理解していようとも、感情はまったくの別物なのだからな』

真帆「そんなはず……は……」

岡部『だからこそ。比屋定さん、あなたがそこまでしてくれる必要などない』

岡部『今回の件がなければ、そもそもあなたは俺に対して面識などなかったはずだ。そんなあなたに、そこまでの覚悟を背負わせることなど俺には出来ない』

岡部『だから、後は任せてくれ。この先は、俺が……俺たちが何とかしてみせる。だからっ!』

真帆「いっ……やっ……よ!」

岡部『何故だ。あなたにそこまでする義理などないだろう……?』

真帆「あるわよっ!」

真帆「私はね……これでも私はね、牧瀬紅莉栖の先輩なのよ!」

真帆「紅莉栖が大変なときに、私は何もしてあげられなかった!」

真帆「α世界線でまゆりさんを救えなかった時も! β世界線で紅莉栖が死を受け入れた時も!」

真帆「私はただの一度だって、紅莉栖から何も相談されなかった……」

真帆「本音を言えば! どうして私を頼ってくれなかったのか、腹立たしく思ったくらいよ!」

岡部『…………』

真帆「私だって……紅莉栖を助けたい。まゆりさんを……助けてあげたい。阿万音さんの未来を守ってあげたい!」

真帆「それに……岡部さんだって……」

真帆(岡部さん……だって……)

岡部『…………』

真帆「あなた達の幸せ。それを手に入れるのに必要なのが、今の私の主観だというのなら……安いものよ」

岡部『どうしても、やるつもりなのか?』

真帆「やるわ」

岡部『考え直しては、もらえないのか?』

真帆「やると言ったらやるわ」


カチ……

ピリリリリリ……ピリリリリリ……


真帆「岡部さん。あなたの神聖な場所で勝手な真似をして、本当にごめんなさい」

岡部『……っ』

真帆「でもね。私にもプライドがある。あの牧瀬紅莉栖の先輩としてのプライドが──


ドンドンドンドン!!!


真帆「!?」

まゆり「マホちゃん! 何をしているの!? ここを開けて!」

真帆(ま、まゆりさん!?)

まゆり「今、紅莉栖ちゃんから連絡があった! マホちゃんが危ないからすぐにラボに向かってって!」

真帆(はっ!?)

紅莉栖『先輩! 私やまゆりのことは、先輩が担ぐべきものではないはずです!』

真帆「ふざけたことを言わないで! 私は! 私はねえ!」

まゆり「マホちゃん! 約束したよね? まゆしぃが帰ってきたら、一緒に秋葉原の街を回ろうねって、お約束したよね!」

真帆「ごめんなさい、まゆりさん。約束は……守れない」

まゆり「マホちゃん! 返事をしてください! 中にいるんだよね!」

真帆「私は自分勝手に……紅莉栖とまゆりさんを救う!」

真帆(絶対に、救って見せる!)

岡部『………』
岡部『……』
岡部『…』

岡部『どうやら……止めることはできそうもないな。不甲斐ない男で、すまない』

紅莉栖『岡部!?』

真帆「いいえ。私の後輩の重荷、今まで一人で背負ってくれてありがとう、岡部さん」

岡部『比屋定さんこそ。これまで俺だけが感じてきた孤独感を、一緒に担ごうとしてくれたこと……素直に感謝する』

紅莉栖『……え?』

真帆「ふふ。そんな大層な荷物なんて担げないわ。私って、ほら小さいから」

岡部『よくいう。見た目と中身の大きさを盛大に反比例させておいて』

真帆「それじゃあね、岡部さん。上手くいったなら、次の世界線で会いましょう?」

岡部『ああ。その時は必ず、あなたをラボメンとして迎えに行こう』

真帆「それは楽しみね」

岡部『楽しみにしてくれるのか?』

真帆「ええ、当然でしょ? だからお願い。あの子を……私のアマデウスを説得してシュタインズゲート世界線を取り戻して、岡部さん」

岡部『……よかろう、心得た。ではラボメンナンバー009、サボタージュ・ブラウニーよ! その時が訪れるのを、首を長くして待っているがいい!』

紅莉栖『……先輩』

真帆(ありがとう、紅莉栖。ありがとう、まゆりさん。ありがとう、阿万音さん)

真帆(レスキネン教授も未来のサリエリも、そして私のアマデウスも紅莉栖のアマデウスも……みんなみんな、ありがとう)

真帆(そして……)

真帆「さようなら」

真帆(さようなら、どこか私の知らない世界での、私の想い人。ほとんどアレな人だったけど、最後だけはちょっと素敵だったわよ、オカリンマン)

真帆「すぅーーー……」

真帆(よし)


ピッ


真帆(これで、全てが上手くいく。絶対に、そうなるに違いない)

真帆(確証なんてないけど、でも絶対に間違いない。だって……)

真帆(だって私は、あの天才、牧瀬紅莉栖の大先輩、比屋定真帆なのよ?)

真帆(だからね。みんな、幸せになりなさい、頼んだわよ)スッ






















あと一つ 短いけどエピローグ的なものがあります それで終わりです

>>371
小説版は手を付けていないのですが気になりました 何と言うタイトルでしょうか?

     31

岡部「んぐぅぅぅぅっぅ!?」グラリ

紅莉栖「ちょ、岡部!?」

岡部「ぬ……」

まゆり「どうしたのオカリン? どこか痛いの?」

ダル「んにゃ。掃除が嫌で、いつもの厨二的な何かに逃げ込んだに1ガバス」

紅莉栖「ねえ岡部、ひょっとして今の……」

岡部「いや、大丈夫だ心配ない。というか、狭いぞお前たち、ゾロゾロと! こんなゴミ溜めのような場所……」

岡部「…………」キョロキョロ

岡部「ここは……比屋定さんの部屋なのか?」

ダル「今さら何を言っとるんだお前は」

まゆり「そうだよぉ? 今までずっとみんなで、紅莉栖ちゃんの先輩のお部屋をお掃除していたのに、急にどうしたのかな?」

ダル「つーか。やっぱロリ(合法)に汚属性追加とか、攻め過ぎにもほどがあるだろ!」

岡部「ま、さ、か……」

紅莉栖「お、岡部?」

真帆「ねえ、どうしたの?」ヒョコ

岡部「!?」

岡部「比屋定さん……なのか?」

真帆「それ以外の誰よ? というか、本当に大丈夫なの? 一応救急箱くらいならあるから、持って来ましょうか?」

レス「Oh……マホの部屋の救急箱はパンドラの箱のにおいがするねぇ」

岡部「フ……フ……フゥーーーーーハハハハハハ!」

岡部「なんと……なんとまあ! 堪え性のないブラウニーではないか!」ガバッ

真帆「んぎゃ!? な、んなぁ!?」

紅莉栖「おまっ!」

まゆり「オカリン!?」

レス「なんと! リンターロは積極的だね、Hahaha!」

ダル「だが合法だ!」 

紅莉栖「いや普通に違法だろ!」

真帆「ちょ、笑い事じゃありません教授! だ、誰か助けて襲われる~」

レス「私には楽しそうに見えるのだがね、マホ?」

紅莉栖「っていうか、早く先輩から離れろ! このHENTAI! 国際問題にされたいか!」

岡部「フゥーーーーーハハハハハハ!!!?」ガゴ

岡部「…………」チーン

紅莉栖「はぁはぁ、お前は一体、何がしたいんだ」

岡部「ふん!」ガバリッ

真帆「ひぃ! 復活してきたわ!?」

岡部「比屋定真帆!」ビシリ

真帆「ふ、ふわわわ!?」

岡部「待ちきれず、モニタの向こう側から這い出してくるとは、見上げたラボメン精神である!」

紅莉栖「うわ……強く殴りすぎたかしら……」

岡部「今、あいにくと持ち合わせがないのでな。これで我慢をしてもらおう!」


ブチィ!


まゆり「ええ!? オカリンどうしちゃったの!?」

ダル「自分の白衣からラボメンバッチを引きちぎるとか、オカリンご乱心の巻でござる!」

レス「Hou、見かけによらず、中々にワイルドだねリンターロは」

紅莉栖「っていうか、初対面の先輩をラボメンに誘う気? あんた相変わらずねぇ」

371じゃないけど、回帰喪失を思い出す

岡部「フゥーーーーーハハハハハハ!!! この鳳凰院凶真、かわした約束は必ず守る!」

岡部「比屋定真帆……いや、ラボメンナンバー009! サボタージュ・ブラウニーよ!」

岡部「貴様にこのラボメンたる証、ラボメンバッチを授ける! さあ、受け取るがいい!」

真帆「え……いらない」

紅莉栖「ですよね~」










                                    END

完結乙

ということで、これにてマホタソの大冒険は終了となります
ここまでお付き合いいただきました皆々様、レスしてくれた方々、大変ありがとうございました
乱筆乱文誤字脱字に捏造設定ご都合解釈の嵐、お見苦しい点も多々ございましたでしょうが、ご容赦いただければ幸いです

心残りは無い!といいたいところですが一つだけA真帆がA紅莉栖を説得するシーンだけがどうにも思ったように書けなくてカットしたのが悔やまれます。あ、あといただいたレスに上手い返しが思いつけなかったのも悔やむかな。申し訳ない!

>>377
STEINS;GATE‐シュタインズゲート‐ 円環連鎖のウロボロス(2)
原作との矛盾がいくつかあるが没入できる良作

ということで、とりあえずHTML化とかいうのを依頼すればいいのだろうけど
ひょっとしてレスとかもらえてしまう可能性にかけて明日くらいまで待つのとかダメかなダメじゃないなよしまとういいじゃないかそれくらいしつもんとかつっこみとかそしりとかあるかもしれないじゃないか
うへへ
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

>>383読破乙!(ありがとうございますの意)


面白かった

>>385
ありがとう、早速明日にでも探してみましゃう
原作との矛盾はSS書きにとって宝の山なのです!

>>388
ありがとうございます! その一言で報われるというものです


バッジ受け取ってもらえない切ないオカリンの心境は分かるけど笑ってしまうww
HTML化は今板の管理人が仕事放置してるからずっと残ったままになりそうな予感
申請しておいて悪いことはないけれど

>>391
ありがとう しんみりな最後をひっくり返す返すのにオカリンほどの適役はおらんよってに笑ってやってくだせえ
HTML化の件、そげなことになっとっとですか 情報サンクス 一応明日にでも依頼をかけてみやす

アニメ『シュタインズ・ゲート』の歴代主題歌まとめ
http://youtubelib.com/steinsgate-songs

1.1 オープニングテーマ編
1.1.0.1 OP1. いとうかなこ『Hacking to the Gate』
1.2 エンディングテーマ編
1.2.0.1 EN1. ファンタズム『刻司ル十二ノ盟約』
1.2.0.2 EN2. いとうかなこ『スカイクラッドの観測者』
1.2.0.3 EN3. いとうかなこ『Another Heaven』
1.3 挿入曲(イメージソング)編
1.3.0.1 挿1. アフィリア・サーガ・イースト『ワタシ☆LOVEな☆オトメ!』
1.3.0.2 挿2. アフィリア・サーガ・イースト『My White Ribbon』

アニメ『シュタインズ・ゲート』の歴代主題歌まとめ
http://youtubelib.com/steinsgate-songs

1.1 オープニングテーマ編
1.1.0.1 OP1. いとうかなこ『Hacking to the Gate』
1.2 エンディングテーマ編
1.2.0.1 EN1. ファンタズム『刻司ル十二ノ盟約』
1.2.0.2 EN2. いとうかなこ『スカイクラッドの観測者』
1.2.0.3 EN3. いとうかなこ『Another Heaven』
1.3 挿入曲(イメージソング)編
1.3.0.1 挿1. アフィリア・サーガ・イースト『ワタシ☆LOVEな☆オトメ!』
1.3.0.2 挿2. アフィリア・サーガ・イースト『My White Ribbon』

>>381
すまぬ、完全にみおとしていますた
回帰喪失というのがもしも[回帰喪失のスノーホワイト]なら、拙者の過去作にござる 違ったらゴメンしてください

拡散希望
【SS掲載拒否推奨】あやめ速報、あやめ2ndは盗作をもみ消すクソサイト



SSを書かれる際は掲載を拒否することを推奨します


概略1

現トリップ◆Jzh9fG75HAは

混沌電波(ちゃおラジ)なるSSシリーズにより、長くの間多くの人々を不快にし

また、注意や助言問わず煽り返す等の荒らし行為を続けていたが

その過程でついに、ちゃおラジは盗作により作られたものと露呈した



概略2

盗作されたものであるためと、掲載されたシリーズの削除を推奨されたSSまとめサイト「あやめ2nd」はこれを拒否

独自の調査によりちゃおラジは盗作に当たらないと表明

疑問視するコメント、および盗作に当たらないとの表明すら削除し、

盗作のもみ消しを謀る


概略3

なおも続く追及に、ついにあやめ2ndは掲載されたちゃおラジシリーズをすべて削除

ただし、ちゃおラジは盗作ではないという表明は撤回しないまま

シリーズを削除した理由は「ブログ運営に支障が出ると判断したため」とのこと




SSまとめサイトは、SS作者が書いたSSを自身のサイトに掲載し、サイト内の広告により金を得ている

SSまとめサイトは、SSがあって、SS作者がいて、はじめて成り立つ


故に、SSまとめサイトによるSS作者に対する背信行為はあってはならず、

SSにとどまらず創作に携わる人全てを踏みにじる行為、盗作をもみ消し隠そうとし

ちゃおラジが盗作ではないことの証明を放棄し、

義理立てすべきSS作者より自身のサイトを優先させた

あやめ速報姉妹サイト、あやめ2ndを許してはならない



あやめ速報、あやめ2ndは盗作をもみ消すクソサイト


SSを書かれる際は掲載を拒否することを推奨します

色々見てきて本当にHTML化されなさそうな感じがしたのです
もったいないので 他所で書いてた過去作をそっと添えてみようという試みなのです
気が向いたときにやるのです ふふ

あ、一応HTML化依頼はすませてみましたよ
というわけで今日は2012年3月に投下していた奴で
紅莉栖一人称のホワイトデーネタの奴でし いくぞよ

タイトル  贈答過多のオールパートナー

     1

 正直に言えばこの一ヶ月の間、抱え込んだややこしい心境に、私の心は揺れ続けていた。

「やっぱり、受け取っちゃうんだろうな、私は」

 呼び出されて足を運んだ、ラボの屋上。鉄柵に肘を付き、そよぐ風に髪先をなびかせていると、何だか無性に顔をうつむけたくなってしまう。

「私だけが……もらえるんだ」

 そんな事をつぶやくと、いまいちよく分からない罪悪感が幅をきかせてきて、ちょっと鬱陶しい。

 考えすぎだと言う事は、分かってた。気にする必要なんてないって事も、ちゃんと分かっていた。だがそれでも、理性とは裏腹な感情の揺れは、中々どうして収まってくれそうもない。

 一月前の2月14日。一人の男性に、生まれて初めて贈ったチョコレート。嫌と言うほど自覚している不器用な腕前で、湯煎だけにも手間取りながら形作った、褐色色の想いの形。

 そんな不細工な代物を、はにかみながら受け取ってくれた男性の顔を思い出すと、気恥ずかしさと共に、ちょっとだけ憂鬱な何かが込み上げてくる。

「あげない方が、よかったのかな」

 などと口にするも、しかしそれが本心でないことは、言うまでもなく──

「あんなの、気にすること無いのに……」

 そして続ける言葉は、この一ヶ月の間、繰り返し唱え続けてきた呪文と、何も変わっていなかった。

 迷いに迷って用意した、少しは大人っぽさを匂わせる包装紙。包んだ箱にフワリとしたリボンをかけた、思いを込めたはずの贈り物。

 渡すまでは、気にもしていなかった。なのに、照れ隠し全開でつっけんどんに突き出した私の手から、それを受け取った時の彼の言葉。

『ありがとう、紅莉栖』

 それは、普段の彼からは想像できない程、真っ直ぐに届けられた、お礼の言葉だったのだと、今さらながらに思う。

「ああ、余計なこと言った……」

 本当はとても嬉しかった、驚くほどに本音だった、素の返し。ちょっと素っ気無い言葉だったかもしれないけど、でも、静かに私を見つめる瞳と、いつもよりも少しだけ近く思えた距離感に、正直その時は舞い上がってしまった。

 だからつい、そんな気持ちを見せてしまうのが気恥ずかしくて、照れ隠しを予定よりも延長してしまった。

 真面目なフリとか気味が悪いだろと。真剣な顔なんて調子が狂うと。思ってもいない言葉を口にしながら、それでも強く胸を高鳴らせていた。

 そんな私に、彼はこう言った。

『別にフリではない。俺はいつだって、お前に感謝してきた。ずっと、な』

 普段のふざけた態度が、嘘のような振る舞い。とても深い色をした彼の眼差しに、私は舞い上がりながら、そして、ふと思ってしまった。

 今、彼が見ているのは、誰なんだろう?

 過去形で告げられた、彼の言葉。『ずっと』と添えられた、私にとっては奇妙な言い回し。そして感じてしまったのは──

『きっと、私だけじゃ……ない』

 そんな、ふんわりとした取り止めのない想いだった。

 あの夏を過ぎ、程なくした頃に聞かされた、不思議な話。終わりの見えない、延々と続いていたという、とても長い夏のお話。

 そのお話の中に、度々姿を現した女の子。

 彼や大切な友達のために、頑張って、悩んで、苦しんでいたという、私と同じ形をした沢山の女の子たち。

「馬鹿か、私は……」

 きっと大好きだったんだと思う。きっとどの子も、今の私と同じくらい、彼に惹かれていんだと思う。

 だけどそれでも、その子達は彼の側にい続けることはなく──今、私だけが、こうして彼の傍らにいられる。

「何で、ずるい……とか思っちゃうんだ、馬鹿」

 彼が見ている先にいた、沢山の私。その子達が、私と別人だなんてことは思ってない。でも、それでも──


 ありがとう、紅莉栖


 これまでの色々な出来事。私の知らない、沢山の想いへと向けられたはずの、彼の言葉。それはきっと、私の知らないお礼の気持ちで。

 だから、困る。

「何て言えば……いいんだろう」

 もうすぐ私は、彼にお礼を伝える事になるだろう。さっき、ラボの屋上で待っているように言われた時から、覚悟はしていた。

 後少しすれば、後ろの扉から彼が来る。そして私は、彼から形を受け取って、想いを返さなければいけない。

 ちゃんと伝えることが、できる?

 自信がなかった。一月前、ありがとうと言って、名前を呼んでくれた彼。

 その中に込められた、余りにも膨大な感謝の理由に気が付いてしまうと、今、私が抱えている想いが、とても薄っぺらに感じてしまった。

「ちゃんと……言いたい」

 つりあいたい。彼が向ける想いの重さに、出来る事なら吊り合ってあげたい。

 今の私に上書きされて消えた、いっぱいの私。聞かされて知った、彼女たちのために。今でも少しだけ残されている、微かな夢物語の欠片のために。

 ひと月前の彼の言葉に、つりあいたい。と、誰のためでもなくそう思ってしまうのは、ワガママなのだろうか。

「私って、こんな不器用だったっけ……」

 それはきっと、義務ではないのだろう。吊り合ってほしいなどと、一度も言われたためしがない。

 だからきっと彼は、そんな事を望んでなんて、いないだろう。だけどどうしても、そうできない事に歯がゆさを覚える。

「じゃなきゃ、私だけが受け取って、私だけが返すみたいで……何か嫌だ」

 きっと、沢山の私が踏み台になって、今の私がいる。それが悪い事だとは思わないけど、でもなぜだかそれは、とても寂しいことのように感じてしまう。

「ちょっと……寒いな」

 空を見上げれば、薄い空の色が瞳を覆う。三月も半ばに差し掛かったこの日。昨日、少しだけ舞った小さな雪景色の名残が、まだ屋上には残っていた。

「ほんと、寒いな」

 鉄柵から身体を離し、小さく身体を縮こまらせる。と──

「待たせたな」

 屋上の扉が開く音が聞こえ、そして彼の声が聞こえた。振り向き、そして私は目を丸くした。








     2

「ねぇオカリン。せっかくクリスちゃんを屋上に呼び出したのに、どうしてまゆしぃも一緒に来ないといけないのでしょうか?」

 目を丸めている私の耳を、彼に問いかけているまゆりの声が小さく揺らした。

「さっき言っただろう、まゆり。お前もすでに、このイベントの大切な要素なのだとな。ふぅーはははっ」

 一頻りのたまって高笑い。そんな、いつもと変わらぬ姿を眺めつつ、私はゆっくりと口を開く。

「岡部……一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

 私は目をパチクリと瞬かせながら、伸ばした指先で彼の背後を指し示して見せる。

「それ……なに?」

「何? とは愚問だな。貴様、今日が何の日か、知らぬというワケでもあるまい?」

「いや、知ってるけど……でも、変だろそれ」

 私の指先。その先に捕らえた、いやに大きな布袋を穴が空くほど凝視する。

「変だと? 失敬な奴め。一月前の借り。それを返すのだ。これくらいあって、然るべきではないか」

 もう、意味がよく分からなかった。分かるのは精々、彼の言う一ヶ月前というのが、言わずもがな『あの日』に該当しているのだろうという程度の事。

「じゃあなに? その中はバレンタインのお返しが詰まってるとか……そう言いたいのか?」

「無論である!」

 胸を張られてしまった。どこから論破すれば、いいんだろう?

「ええとだな、岡部。朴念仁代表のアンタに、センスとかを求めるつもりはないけど、でもいくらなんでも大きすぎると思うわけだ」

 ホワイトデーの定番といえば、軽めの菓子類や花などと、比較的かさばらない物が一般的だと思うわけで。

 なのに、彼の後ろにたたずんでいる布袋の大きさといったら、まるで季節外れのサンタクロースのようなんだけど。ギャグ……なんだろうか?

「かさばる物とか、普通は避けるのが一般的だと思うわけで……」

 どうしたものかと困り顔をぶら下げてしまうと、彼は顔を軽く緩めた。

「心配するな。一つ一つは、さほどかさばらん」

「一つ一つって、じゃあその中、色々詰め込んであるって……こと?」

 恐る恐る問いかけると、彼ははっきりと頷いて見せた。

「その通り。買い揃えるのに苦労した事も、今となっては良い思い出だな」

 もう、どこから突っ込んでいいのかすら、分からなくなってきた。

 彼は、唖然とした表情の私から視線を外すと、傍らで立っていたまゆりに目を向け、さもしたり顔で口を開く。

「では、まゆり。別命あるまで、ここで待機をしていろ」

「ええぇ?」

 唐突な指示に、当然の反応を示すまゆり。何をしたいんだ、こいつは?

「いいから、呼ぶまで動くな。分かったな?」

 強く念を押され、シブシブと頷いている。なんだかちょっと、可哀想にみえてしまった。そして──

「では、メインイベントを始めようではないか」

 彼はそんな事を言いながら、布袋の先端を握り締めて、ゆっくりと私へ向けて、歩み始める。

「まさかと思うけど、質より量で勝負とか……そういう事?」

「何を言っている。うぬぼれているな、助手風情が。勘違いするな。こう見えても、俺は婦女子から大人気でな。毎年この時期は、大変なものだ」

 そんな事を言いながら、遠い目をしてみせる彼。何だかとても、胡散臭い。

「胡散臭い」

 思った事をそのまま口にする。と、彼の眉間にシワが寄った。

「失礼な奴め。まあいい。どの道、この中で、お前に渡す物は一個だ、安心しろ」

 ニヤリと笑いながらの一言に、不思議と少しだけ落胆してしまいそうになり、慌てて気持ちを持ち直す。

「あ……そう」

 おかしな事に、少しだけ声が上ずってしまった。別にいっぱい欲しいとか、そういう事ではない。

 そして私の足元に、ドチャリと音を立てて置かれる布袋。彼は袋に腕を突っ込んで、中身をゴソゴソと漁り始める。

「ところでだ、紅莉栖」

「ふぇ?」

 出し抜けに、ちゃんとした名を呼ばれた。またしても、声を上ずらせてしまった。

「お前この前、まゆりの前で妙な事を口走ったらしいな? 自分だけ貰えるとか、何とか」

 ドキリとした。

「そんな事、あったかしら?」

 しらばっくれてみるも、しかし思い当る節はあった。一月の間、ずっと抱えていた何かを、ついポロリと口にして──何だかその時、まゆりの視線を感じた事があったような、なかったような。

「ふん、まあいい。それよりも……おっと、これか?」

 彼の手が袋から抜き出される。私の視線は、その大きな手に握られた、綺麗なラッピングの長細い小箱に、釘付けになる。が──

「なんだ、違うな。これはお前のではなかった」

 続けられた言葉に、小さく落胆し──

「仕方ない。お前から渡しておいてくれ」

 とんでもない台詞とともに、小箱が宙を舞い、すごく慌てる。

「うっわわ!」

 ギリギリで受け止める。危なくキャッチし損ねるところだった。何を考えてるんだ、こいつは?

「気をつけろ。想いの込めた一品だ。大切に扱え。渡す前に傷物にされたのでは、かなわんからな」

 しれっとした物言い。私は分けが分からず頬を引きつらせる。

「む、ムチャクチャ言うな! 想いを込めてるなら、自分で渡せばいいだろ!?」

 思わず、口やかましくがなり立ててしまった。

「そう言うな。渡せるものなら……渡している」

 その口調がとても寂しげに聞こえて、高ぶりかけた言葉の色を引っ込め、思わず小さく息を飲む。

「何よ、その意味ありげな言い方」

 戸惑いがちに声をかけると、彼は私の問いかけた内容をスルーして、淡々と言葉を続ける。

「中身はフォークだ。ちゃんと渡しておけよ」

「何でフォークなんて……」

「前に、欲しいと言っていた女がいた。だからだ」

 なぜだかちょっとだけ、胸の奥が揺らいだ気がした。

「お次は……ち、またハズレか。ホレ、これも渡しといてくれ」

 再び、違う小箱が宙を舞う。

「え、ええ!?」

 再び慌てて、もう一度奇跡的なキャッチを遂げる。

「ナイスだ。割れ物だからな。絶対に落とすなよ」

「だったら投げるな! つーか、割れ物って何よ?」

「マグカップだ。いつだったか、奴らの襲撃を受けたとき、あいつのカップが割れてしまったからな。代わりを買った」

 微かに引っ掛かる。

「襲撃って……なに」

 しかし彼は答えない。

「こんなのもあったか。やはり包装してないと安っぽく見えるな。まあいい。それもだ、頼んだぞ」

 そして宙を舞う、カップ入りのプリン。何とか片手で確保する。

「勝手に食べたら、やたらに怒っていたからな。ちゃんと名前も書いておいてやった。俺はいい奴だな、うむ」

 上ブタの真ん中に「助手」と殴り書きされた、どこにでも在りそうなプリン。

「助手じゃなくて……牧瀬だろ」

 知らないうちに、言葉が漏れ出していた。一瞬流れる沈黙。そして──

「そう、だったかもな」

 彼は静かにそう言うと、袋漁りを続けていく。

 それから、宙を舞っては私が受け取る、想いの形。何度も何度も繰り返され、その度に、どうしてか私の心には、小さな細波が立っていく。

 そして、気付けば私の腕の中は、渡せといわれて受け取った贈り物で、溢れかえっていた。

「これで……最後?」

 すっかり萎れてしまった、大きかった布袋。そこから彼が手を抜き終えた様を、少しだけ霞んでいる視界でじっと見つめる。と、

「いや、まだ残っている」

 零すような彼の声。とても静かにそう言うと、私の目の前で、大きく息を吸い込み──


「「「いでよぉ、まゆりぃ!!!」」」


 ラボの屋上に、絶叫が木霊した。思わず、屋上の入り口へと目を向ける。

「まゆり……?」

 どこか呆然としたままで問いかける。彼は答える。

「ああ。あいつの元気な姿を、見せなくてはいけない奴がいる。絶対にな」

 何も言葉が、出てこなかった。ただ、こちらに向けて、テトテトと走ってくる大切な友達を、沸き上がる涙の隙間から、じっと見ていることしか出来なかった。

「そうだろ、紅莉栖?」

 信じられないような瞳で、見つめられた。頷くしかなかった。紅潮した私の頬から、何かが流れ落ちていくのが分かった。

 ただ、押し黙って立つ私と彼。そして、小走りに駆け寄ってくるまゆり。

「まゆり……」

 彼女の名前をこうして口に出来る。その事が、とても温かくて──

「クリスちゃん、どうしたの? 泣いてるの? ひょっとして、オカリンにいじめられたの?」

 心配する声を、とても切なく感じてしまった。

「違うの。違うから、大丈夫だから。ね、まゆり」

 私は途切れ途切れに言葉を紡ぎ、そして彼女を抱きしめる。意味など、きっとないはずなのに。

「クリスちゃん?」

 不思議そうなまゆりの声。そして続けられた彼の声が、胸の奥に響く。

「いつか。もしもどこかで、お前があいつと出会える時がきたのなら、伝えておいてくれ。お前のおかげで、まゆりは今でも元気だと」

 その言葉に、私はまゆりから身体を離して、ちゃんと頷いて返す。

 ずっと不安だった。彼が私に向けた視線。2月14日に伝えられた言葉が重く思えて、嬉しさに釘を刺す寂しさが、どうしても拭えないでいた。

 でも分かった。だから──

「ありがとう、岡部」

 ちゃんと、言えた気がした。私の知らない沢山の私。その誰一人として取り残されることなく、何かを贈られ、お礼を告げられた。そんな気がした。

 やっと、つりあえたような──そんな気がした。

 そして、岡部の言葉が私に届く。お礼を告げた私の想い。岡部は少し気まずそうな顔をして、

「あ。お前へのお返しだけ……忘れていた」

 そんな事をのたまった。アホだと思った。




              END

うへへ sageでこそこそ楽しい
たまたま見つけてしまった人はお茶菓子程度のものだと思って読み流すのが吉!

マホー、日本にはバレンタインデーに想い人にチョコレートを渡す風習があるみたいだねー

よ……よくご存知でしたね教授。

(このキラキラした目。ろくでもない話題に持っていこうとしていることが、ありありと伺えるわ)チッ

(ならばここは、回避の一択ね)

どうしたんですか? 甘いものが食べたいならちょうどここに“ちんすこう”がありますけど…… ヒキダシ ガラガラ

(甘いというよりも甘じょっぱい系だけど、現状で使える盾としては悪くない)

どうです、食べますか?スィッ

(さあ、この沖縄銘菓の不思議な味覚で、余計な邪念を滅却されるがいいわ!)




って、調子に乗った スマナイ


これがジャパニーズ青春なんですね紅莉栖さん
ところで真帆さんちんすこうを声に出して言ってもらえませんか出来れば少し恥じらいながらってダルくんが言ってた

ちんすこう? 別に食べ慣れているから名前を言うくらいどうということもないけど……

(でも恥じらいながらって部分が意味不明ね。ひょっとしてセクシャルなニュアンスを含ませられているのかしら……って)

おお?

(紅莉栖がすごい顔で走っていったけど? あんなゴツい本を振り回して、何かあったのかしら?)



って、いや、あの、ですからね調子に乗ってしまいますからね…orz

せっせっせっせ

目標は1000までいって自動でHTML化させることでやんす

ということで 暇みてのんびり遊びやす 飽きたらやめる可能性もあり

2011年9月26日投下って7年も前かよ

追憶謝辞のオカリンティーナ

          1

 ラボと外界を隔てる安造りの扉を押し開けると、柔らかで親しみのある雰囲気が鼻に届く。

「おかえりぃ、オカリン」

 玄関先で無造作に靴を脱ぎ捨てる俺を見つけ、まゆりがゆったりとした声をだした。そんなまゆりの言葉に、いち早く反応を示したのは俺ではなく──

「やばっ」

 ソファに腰掛けていた紅莉栖が、妙な奇声を上げた。
 買出しから帰還した俺に視線を向けることなく、テーブルの上に広げていた何かの冊子を手早く閉じる。そして、慌てた様子でそれを自分の背後に隠そうとして──

「んが!?」

 次の瞬間、悶絶の表情を浮かべながら、上半身をテーブルの上にベチャリと貼り付けた。

 テーブルに広がった、線の細い華奢な背中。その真ん中辺りに、紅莉栖の手に握られた冊子の角が食い込んでいる。

 目にした状況のままを解釈すれば、冊子をとり急いで背後に隠そうとした拍子に、勢い余って本の角を自分の背中に突き立ててしまった──という現状のようなのだが。

「大丈夫、クリスちゃん?」

 紅莉栖の見せた唐突な奇行に、まゆりが心配そうに声を上げる。それとは対照的に俺は、

「帰ってくるなり、ドジっ子アピールか? 熱心だな、助手よ」

 ふてぶてしくも、そんな言葉を投げかける。そして、やれやれといった表情をぶら下げて紅莉栖に歩み寄る。

「……いたい」

 テーブルに突っ伏したままの紅莉栖から、小さな呻き声が聞こえた。俺の発した言いがかりにも等しい言葉や、お約束の呼称誤差に対して突っ込んでこないところを見ると──

『どうやら、相当に痛かったらしい』

 少しだけ哀れみにも似た気持ちを浮かべながら、何気に紅莉栖の背中に生えた冊子に目を向けた。

「って、おま……それ、どこで……」

 少し驚いた。どうして紅莉栖の手に──いや背中に、そんな物があるのか戸惑い、そしてその答えを想像してまゆりに目を向ける。

「まゆりだな、これは?」

 少しだけ問いただすようにそう言うと、「えへへ~。ばれてしまったのです」などと、とぼけた様子でニッコリと微笑んだ。

「まったく……」

 俺はしかめっ面を顔面に貼り付けて、紅莉栖の背中からその冊子を引っこ抜く。

「あ……」

 紅莉栖は短く声を立ると、緩慢な動作でテーブルに張り付いた身体を引き起こす。そして、俺が取り上げた冊子に追いすがるように手を伸ばし──

「見たいのか、助手よ?」

 俺の声にビクリと反応し、紅莉栖が手を引っ込めた。

「べ……別に岡部の過去に興味あるとか、そういう事じゃないからな。勘違いするなよ」

 そんな言い訳じみた捨て台詞に耳を傾けながら、俺は取り上げた冊子を適当に開く。そこには、色合いや配置などにまで気を配って並べられた、たくさんの写真。

「また古いものを……」

 それは、俺の実家に保管されていたはずの、幼少の頃の記録。まだデジカメなどという近代兵器が浸透するよりも前に残されたのであろう、アナログでできた思い出の数々。

 恐らくは、まゆりがお袋にでも頼んで借り出したのであろう、一冊のアルバム。
 そんな物を手に取りながら、それが紅莉栖の手に握られていた事実に、微かな嬉しさと、少しばかりの気恥ずかしさを覚える。

「で、なんだ。助手よ……感想は?」

 俺が、はにかんだように問いかけると、紅莉栖が表情の無い声で答えた。

「ハードカバーの角は硬かった」

「誰がそんな話をしている。まったく、そんなに痛かったのか? 見せてみろ」

 俺が腰を落として手を伸ばすと、まゆりが「ああ~オカリンがやさしい~」などと煌びやかに騒ぎ立てる。

「ちょ岡部! バカ! まゆりがいる……じゃなくて、HENTAI! とりあえずHENTAI!」

 どうやら、紅莉栖が真っ赤にした顔をゆがめている理由は、先刻受けた痛みのせいばかりでもなさそうであった。

 仕方なく、俺は紅莉栖の背中に伸ばしかけた手を押しとどめ、身体を立て直す。と、まゆりが俺の動きにあわせるかのように立ち上がった。そして──

「ええとね~。クリスちゃんがお気に入りしてたのはね~」

 まるで新しい発見を母親に報告する子供のように、無邪気な笑顔で俺の手にあるアルバムに顔を寄せる。

「ほう……」

 俺はまゆりにアルバムの主導権を譲り、その手がページをめくっていく様を眺める。

 そんな俺とまゆりの行動に、紅莉栖が泡を食ってソファから腰を跳ね上げる。

「ちょっとまゆり!?」

 しかし、そんな紅莉栖の悲鳴などどこ吹く風。まゆりは一つのページで指を止めると、

「クリスちゃん、このページでうっとりしてたんだよ~」

 うっとりしていた紅莉栖。いつだって冷静に周囲の状況に目を配る天才少女。鋭さこそ本質とでも言わんばかりの、あの牧瀬紅莉栖が──うっとり。

『よもや、そんな言葉を耳にする日がこようとは……』

 そんな事を思いながら、まゆりの指し示したページの写真に視線を這わせる。そこには、義務教育に突入したてであろう幼少の俺が、家族と共に映った写真が数枚。中には、小学校の入学式と思しきシュチュエーションの物もあり──

『どこの小学生名探偵だ……』

 蝶ネクタイに半ズボン。その、無理やりに着飾らされたいでたちに、何とも言えない恥ずかしさが湧き上がる。

「助手よ……お前、こういう趣味……」

「ちがうぞ! 誤解だ! 勘違いするな、私が気になってたのは……はう」

 慌てた様子で俺の手にあるアルバムを覗き込んだ紅莉栖が、目にした何かに当てられたかのように、か弱い声を出してヒザを──

「ふんぬ!」

 気合と共に、崩れそうになった身体を立て直して見せる。類まれなる、助手の根性であった。

「わ、わ、私が! 私が見てたのは、ええと! ああ、そうだ! ここ! ここよ!」

 そして、一枚の写真の片隅に、びしりと指先を突き立てる。

「ああ~。オカリンパパだ~」

 まゆりの声が表すとおり、紅莉栖の指先には、俺の隣で突っ立って映る、一人の男の姿。

「お……親父じゃないか……」

「そうなのよ! もうシブ面すぎて、うっとりしても仕方ないじゃないの、これだったら!」

「人の親をこれってお前……。というか、なんだかもう色々と無理するな助手よ……」

 何となく、必死な紅莉栖の弁解に、不思議な哀れみさえ感じてしまう。

「別に無理なんてしてないだろ! 私はシブ面でうっとりしてただけで、誰が好き好んで、隣におまけみたいに映ってるチビ岡部なんて……はうぅ」

 紅莉栖が指先を、俺の父親から隣のチビ俺へとスライドした瞬間。今度こそ耐えかねたかのように、紅莉栖がヒザを折って、ガクリと床に腰を落とす。

 もはや、弁解の余地さえないと思えた。論より証拠とはよく言ったものだが、紅莉栖の言葉が真意でないという事は、紅莉栖の言動を見ていれば、ありありとうかがい知れた。だが──

「そうなんだ~。うん。オカリンパパって昔からカッコよかったから仕方ないね~」

 紅莉栖の無理目な物言いを真に受けたのか、まゆりが両手を顔の前で合わせて、嬉しそうに小さく跳ねる。

「あ~、でも最近のオカリンは、少しオカリンパパに似てきたように思うのです! このままオカリンがシブシブになっていけば、きっとそっくりになるねぇ~。あ~、でもそうなると今度はクリスちゃん、オカリンにうっとり──」

 そんなまゆりの発言に、床にへたり込んでいる紅莉栖の肩が、ピクリと動く。

「ストーップ! まゆり! それ以上の考察は、ノーサンキューよ!」

 床の上からまゆりに向けて、開いた手のひらを突きつける紅莉栖。その必死な挙動を見ると、今にもその手のひらから、気の塊でも放出しかねないような──そんな勢いに思えた。

 仕方なく、俺自らが取り乱し続ける紅莉栖に、助け舟を手配する。

「分かった、もう分かったから助手よ。とにかく貴様は、シブ面好みのファザコンティーナという事で手を打つとうではないか」

「どこにティーナをつけている!?」

 上目遣いで、眼下から睨みつけられる。その綺麗で鋭さを伴った眼光に、思わず見とれてしまい──

「ねえねえクリスちゃん。クリスちゃんのお父さんは、どんな人なのかな?」

 何気なく響いたまゆりの一言が、ラボを満たしていた暖かな空気を、微かに凍りつかせた。









        2

 まゆりがバイト先へと旅立ち、紅莉栖と二人で取り残されたラボの中。ソファの上でうーぱクッションを抱え込み、身体を丸めていた紅莉栖が口を開いた。

「どうしてあんな事を言った、岡部……」

「何の話だ」

 どこか空々しい声色で問い返す俺に、紅莉栖がうつむけていた顔を微かに持ち上げる。

「とぼけるな。まゆりに変な事を言っただろ。……どうして?」

「どうして……と言われてもな」

 俺は紅莉栖の問いかけに、小さく顔をゆがめて頭をかく。


 ──クリスちゃんのお父さんは、どんな人なのかな?──


 あの時、まゆりが紅莉栖に投げかけた、他愛のない一言。そして、ラボメン仲間の何気ない質問を前に、返答を詰まらせた紅莉栖。

『無理もない……』
 
 言葉を告げられない紅莉栖を前にして、そう思った。

 牧瀬紅莉栖の父親。これまで何度も垣間見てきた、科学者崩れの一人の男。そんな男の人となりを思い起こし、俺は胸中で唸り声を立てる。

『答えようなど、ないではないか……』

 自らの娘が見せた才能に嫉妬し、自らの娘の成長を、自分にとっての屈辱だと言った男。

 そんな父親をぶら下げて、紅莉栖がそれをまゆりに伝える。それは、彼女にとって余りにも酷な作業だと思えた。

 だから──

「よかろう。助手ファザーの事ならば、この俺が説明してやろう」

 そんな妄言を口ずさみ、俺は紅莉栖本人の言葉を待つことなく、まゆりに対して勝手に講釈を垂れた。

 俺の話を聞いたまゆりは、俺が紅莉栖の父親と面識がある事に驚きつつも、紅莉栖の父親の人となりに対して、一応は満足をしたようで──

「やっぱりクリスちゃんのパパさんだねぇ~」

 などと、一人納得しきりであった。

 だがしかし、とうの紅莉栖にしてみると、俺の取った勝手気ままな言動に釈然としないようであった。

「勝手にしゃしゃり出たのが気に食わないのなら、あやまろう。すまなかった」

 俺は素直に、紅莉栖に謝罪の言葉を向けた。しかし──

「そういう事を言ってるんじゃないだろ。何であんな心にもない事を言ったのかと聞いてるんだ」

 俺の謝罪がお気に召さなかったのか、紅莉栖の口調はどこか問い詰めるように聞こえた。

「あれじゃまるっきり、嘘──」

「別に嘘をついた覚えはないが」

 紅莉栖が吐きかけた言葉を先読みして遮る。そして、

「どうして俺が、助手の父親に関して、まゆりに嘘をつかねばならん。俺にはそんな義理も人情もないぞ」

 きっぱりと言ってのける。

「どこがだ。変に気を使って……バカだろ」

「失礼な助手だな」

「うるさい嘘つき岡部。何が偉大な科学者だ。何が感謝しているだ。あんたがパパの事をそんな風に思ってるわけないだろ」

 そんな紅莉栖の悪態を聞き流しながら、俺は小さくため息をつく。

「だからちゃんと、前に『色々な意味で』とつけただろ。色々な意味で偉大。色々な意味で感謝。俺はそう言ったはずだぞ」

「だとしても、嘘だって事にかわりないでしょ」

 紅莉栖がうーぱクッションに顔を埋めこんだ。そんな紅莉栖の様子を視界におさめながら、俺は言う。

「そうでもないだろう。あんな男だとしても、科学者だという事に変わりはない。それに偉大かどうかなんて物は個人の主観によるものだ」

「じゃあ、あんたはパパを偉大だと思ってるわけ?」

「色々な意味では、そうとも言える。誰に見返られる事もなく、たった一人で狂気の道をひた走る。そんな男を前にして、狂気のマッドサイエンティストたる俺がそれを否定など出来るものか」

 俺は鼻も高々に、そんな答えを紡ぎ上げる。

「なによ。物は言いようってだけじゃない、それ」

 ウーパから顔を上げた紅莉栖の言葉に、『まあ、そうとも言うかもな』などと胸の内で呟きながら言う。

「それにだ。感謝しているというのも本当だ。というか、貴様は感謝していないのか?」

 俺の言葉に、紅莉栖が目を点にする。

「何がどうしてそうなるのよ……」

「どうしてもこうしてもあるか。俺と貴様を引き合わせたのは、他でもない貴様の父親ではないか」

「……え」

 紅莉栖の口から、小さな吐息が漏れる。

「まったく、これだからスイーツ(笑)は……。いいか? 確かに中鉢という男は、人として尊敬できるような人物などではない。しかしだ。だからこそ、俺と貴様は出会う事が出来た」

 俺は言う。

 あの最低最悪な一人の男が、悪の道をまっしぐらに駆け抜けたからこそ、俺たちの今があるのだと。

「あいつが貴様を刺す……などという暴挙にでなければ、最初のDメールも最初の世界線移動も起こりえなかった。娘に辛く当たっていなければ、貴様が日本へ来る事もなかったかもしれない。仮に訪れる機会があったとしても、きっと俺達が出会う事などなかっただろう。違うか?」

「……それは」

「もしも貴様の父親が、聖人君子のような人間であったなら、俺とお前は今でも見ず知らずの他人同士。ならば、尊敬こそできないとしても、少しくらいは感謝してやってもいいのではないか?」

 まくし立てるような俺の言葉に、紅莉栖は相変わらずキョトンとした表情を浮かべていた。

 正直に言えば、俺はあの男の事が、大嫌いである。自分の娘を手にかけようとし、割って入った俺のどてっぱらに、風穴を開けた。そんな男を、どうして許す事ができよう?
 だがしかし──

『それでも、紅莉栖の父親なのだ』

 そんな男と和解がしたいと、涙を流していた紅莉栖を知っている。
 そのために、一緒に青森へ来て欲しいと告げられた、紅莉栖の切ない願いを覚えている。

 出来ることなら、彼女の抱いた小さな願いを、いつかかなえさせてやりたいと、そう思う。

 紅莉栖の思い描いている、幸せな家族。そんな些細な幸せを、その華奢な手に握らせてやれればと、身の程もわきまえずにそんな事を考える。

 だからこそ──

「ともに青森へ、行くのだろう?」

 俺は、いつかの約束を口にする。と、紅莉栖が微かに唇を震わせた。

「あんな事があったのに……一緒に来てくれる……の?」

「ふん、勘違いするなよ。というか、むしろ貴様が拒否しようとも、俺一人でも行かねばなるまい」

 そう言葉にし、そして胸を張ってふんぞり返る。足を踏ん張り両手を開き、まとった白衣を盛大に羽ばたかせて声高に叫ぶ。

「この世に狂気のマッドサイエンティストは二人もいらぬ! 再びの直接対決を経て、どちらが真に狂気をつかさどる存在なのかを知らしめてやる!」

 少し恥ずかしかったが、それでも声を弱めることなく想いを口にする。

「そして、いつかあの男に、自分がただの中年オヤジであるという事を認識させてやろう! ああ楽しみだ! 自らの非力さに打ちひしがれて、ガックリと肩を落とした奴が、すごすごと妻や娘の下へと逃げ帰る様を見る事が、今から楽しみでしょうがないぞ! フゥーハハハッ!!!」

 声がかれんばかりに、高笑いを響かせる。そんな俺の姿に紅莉栖が小さく微笑んだ。

「それは……私も楽しみだ」

「ならば、貴様もついて来い。この鳳凰院凶真の実力を見せ付けてやろう。必ず……な」

「何がついて来いだ。立場が逆だろ……バカ」

 紅莉栖の瞳から涙が零れたように見えたのは──きっと気のせいだろう。

 牧瀬紅莉栖のたどり着く先に。この俺が導く彼女の未来に、涙など必要ない。だからきっと──

「ほんとあんたって、たまにそういう事する……反則だろ」

 紅莉栖の微かな呟きが聞こえた。

「何か言ったか?」

「何でもない!」

 言い張って、そっぽを向く紅莉栖。どことなく複雑そうな表情を覗かせている。

「どうした? ひょっとして、まだ背中が痛むのか?」

 そんな俺の言葉に、紅莉栖は少しだけ間を置いて──

「ちょっと……痛いかも……」

 なぜだか、顔を赤く染めていた。

「おいおい……どれだけ強くぶつけたんだ?」

「だって、焦ってたから……」

「まあいい。見せてみろ」

「うん……」

 彼女の横に腰を降ろし、彼女の背中に手を伸ばし、彼女の髪に触れ──

 次の瞬間にラボに響いた、「バイトお休みでした~」というまゆりの発言に、俺と紅莉栖が飛びのいた事は──言うまでもない事であったりするのである。





                                              お~しまい

今日はこれだけ
えっと……まだ半分もいっていないわけだよな……まじか

自己満ぞっかーな私めがしょうもないことをしています 運悪く遭遇した人は生暖かい目でブラウザバックがいいでしょう というかバックしなさい、いいですね

自己満ぞっかーな私めがしょうもないことをしています 運悪く遭遇した人は生暖かい目でブラウザバックがいいでしょう というかバックしなさい、いいですね


2011年3月

ヴィクトル・コンドリア大学 脳科学研究室となり 資料室 深夜

真帆「うぅ~」ソファ-ニゴロン

真帆(また帰りそびれてしまった……。もう何泊目よ……)

真帆(たまには帰ってゆっくりした方がいいのでしょうけど、どうにも帰宅するのが億劫なのよね)

真帆(一応これでも年頃の娘なわけだし、身だしなみくらいは気を配るべきなのでしょうけれど……)

真帆「…………」クンクン

真帆(まだ……大丈夫……よね? 白衣だけは昨日取り替えたわけだし……)

真帆「って。あーもう!」

真帆(きっと、こういうところがダメなんだろうなぁ、私って)

真帆(あの紅莉栖にすら、いい人……。むむ、まあちょっとアレな人ではあるけど、それでも紅莉栖にとっての『いい人』と表現しても別に差し支えないわよね……? いやほんと、どうしようもなくヘンな男の人だったけど)

真帆「岡部倫太郎……ねぇ」

真帆(まあ私からしたら、一ヶ月くらい前のファーストコンタクトからして印象は最悪だったわけで)

真帆(そりゃそうでしょう。怪我をしたのかと思えば大声で笑い出すわ、人のことを失礼なあだ名で呼び始めるわ、挙句の果てにはいきなり私を抱きしめ──)

真帆「…………」トクン

真帆(んなっ! ないないないないない! トキめいてなんていない! 何にもない!)

真帆「ふーーーふーーー! 今日は暑いわね!」パタパタ

真帆(だいたい、何がラボメンよ!)

真帆(聞けば大学生のお遊びサークルだって話じゃない! そんな場末のラボラトリーもどきにこの比屋定様を勧誘しようなんて、身の程知らずもいいところじゃない!)

真帆「というか、なんで紅莉栖はちゃっかり加入してるわけよ……」

真帆(実はここよりも、居心地とか……よかったりして?)シュン

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「な、なんてね!」ブンブンブンブン

真帆(あるわけないじゃない、そんなことが!)

真帆「あーあ、やだやだ」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(そう言えば……あの時押し付けられたバッチ……どこへやったかしら?)

真帆(確か……)ムクリ

真帆(デスクの引き出しの中に放り込んでたと思うんだけど……)ヨッコイショ


隣の部屋へトコトコ

ガラガラガラ


真帆(えっと……見当たらないわね)ムムム

真帆(おかしいわね。私の記憶が確かなら、この引き出しの中にあるはずなのだけれど……?)

真帆「ん~」

真帆「おお! ひょっとして封筒の中とか!」ポン


資料室(宿)へトコトコトコ


真帆「ええと……昨日の封筒はどこかしら……」キョロキョロ

真帆(昨日の夜、寝落ちするまで資料室で過去の記録を読み漁ってたのだけど)

真帆(確かその資料を入れておく封筒が欲しくて、それであの引き出しから使い古しの封筒を持ち出して……)

資料室 ゴチャァ

真帆「うわぁ……誰よ資料室をこんなに散らかしたのは……」

真帆(って、私か。私しかいないわよね、うん)

真帆「んん~確か、A4が束ではいるサイズの奴だったはずだけど……」キョロキョロ

真帆「あ……この下のほうに埋もれた奴……っぽいわね」

真帆(でも……。一日でこんなに下に埋もれるものかしら?)

真帆「あーでも、私だしなぁ……。仕方ない」

真帆(気になったなら、確認あるのみね)ギュ

真帆「せーの……やー!」グイッ


スポーーーン!


真帆「うわっ!?」

真帆(意外と簡単に抜けた!? っていうか勢いあまって……)


ブワッサァ!


真帆「あひ!」

真帆(お……おー、派手に飛んでった。封筒だけ残して、中身が丸っと吹っ飛んでったわ……)

真帆「って、大変!」パタパタパタ

真帆「えっと……」オロオロ

真帆(ああ、中身の資料はちゃんとクリップで留めてあったみたいね。バラけなかっただけでも幸運だったわ)

真帆(ええと……この資料は……)

真帆「いや……。ずいぶんと分厚いけど、何これ?」


パラパラパラ


真帆「資料……じゃない。これって……小説? しかも日本語表記?」


表紙へモドリ


真帆「ええと、タイトルは……『助手迷子禄』……」

真帆「なんのこっちゃ?」

真帆(なんだ。目当ての封筒じゃなかったわね。っていうか、誰がこんなものを持ち込んだのかし……って、封筒に書いてある宛名、紅莉栖の名前じゃないのよ!)

真帆(ってことは、これは郵送物? 差出人は……鳳凰院凶真……?)

真帆「ほうおういんきょうま……どこかで聞き覚えが……」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「あ。岡部さんが確かそんな別称を……」

真帆「ん? と、いうことは」ポクポクポク

真帆「なにこれって岡部さんが書いた小説!?」チーン

真帆「じゃあ、自分で書いた小説をアメリカにいる彼女に送りつけたわけ?」

真帆(ヤバイ……気色悪い……)

真帆「いやー、あれだ。そういうことするタイプの人には見えなかったんだけど、あれだなぁ春だなぁ、訴訟したほうがいいかしら?」

真帆「………」トコトコ
真帆「……」トコトコ
真帆「…」ポスン

真帆「さてと」フッ


ペラリ


真帆「ええと、なになに……」

##########################################################

     1

 あの長かった夏も、気付けば終わりに近づいていた。

 9月も残すところ後わずか。暦上ではすでに秋と言っても差し支えない。であれば、そろそろ涼風の匂いなどと言う物が感じられてもよさそうな頃合ではあるが──

『暑い』

 残念な事に、この狭苦しいラボの中は、未だ衰えを知らないヤル気満々の残暑によって、蹂躙されつくしていた。

 俺は吹き上がる額の汗を、白衣の袖口に吸い込ませながら、紅莉栖に目を向ける。

 熱気立ち込める、ラボの片隅。ソファーに腰掛けた紅莉栖は、先刻よりテーブルの上に視線を落とし続けていた。

 ひざに抱えたウーパのクッションが、やたらと暑苦しそうに見えて仕方ない。

「で、どうだ助手よ。これで俺の説明は一通り終わったわけだが……」

 確認の意味で、言葉の最後に「理解できたか?」と付け加える。と、紅莉栖が俺に顔を向けた。

「当然、理解できてる。理解はできてるけど……」

「できてるけど、何だ?」

「正直、にわかには信じがたい話だな……とか、思ってる」

 紅莉栖は、どこか懐疑的に見える瞳を作って、そう言った。

 そして、とうとう茹だる暑さに耐えかねたのか、ヒザに抱えていたウーパクッションを脇にどかし、代わりにテーブルの上に放り出されていた厚紙のような物を手に取った。

「それにしても、バカ暑いんですけど。岡部、はやく扇風機、直せ」

 そんな事を口走りながら、少しでも涼を取ろうと、手にした厚紙を団扇のように動かし始める。

 そんな紅莉栖に、俺は言う。

「残念だが、俺はマッドサイエンティストであって、家電修理工ではない。涼を取りたいなら、自分で何とかしたらどうだ?」

「それが出来たら、やっている」

 まるで、つまらない問答でもしているように、紅莉栖は愛想のない声色でそう返した。

 そんな紅莉栖を視界に納めながら、問いかける。

「で、俺の話のどこが信じがたいというのだ?」

 唐突に戻された会話の内容に、紅莉栖の反応が微かに遅れる。が、それも一瞬の事。俺の問いかけた内容を把握し、すぐさま返事を返す。

「どこがといわれたら、全体的に。しいて上げろというなら……そうね。やっぱりこれかな……」

 紅莉栖は、再び視線をテーブルの上へと戻した。

「なんだっけ。メタルウーパだっけ? こんなオモチャ一つが世界大戦の有無を左右するって話だったけど、いくらなんでもそれはどうかと思うわけだ。流石に突飛すぎて──」

「そんな事はなかろう」

 まだまだ続きそうであった紅莉栖の反対意見。それをせき止めるようにして、俺は声を立てる。

「北京で蝶が羽ばたけば、ニューヨークで嵐が起こる。バタフライ効果とは、本来そういうものなのだろう?」

「それはまあ、そうなんだけど……」

 俺の言いたい事を察したのか、紅莉栖の返した返答は、どこか歯切れが悪かった。しかしそれも仕方ないと言うもの。


 ──小さな出来事が、後に思いもかけない大きな事態へと発展する──


 それがバタフライ効果だと、以前、俺に説明したのは、他でもない紅莉栖自身なのだ。

 まるでその事を証明するかのように、俺の発言を受けた紅莉栖は、テーブルの上に鎮座する金属製の玩具を見つめて考え込む。
 そして、しばらくの思考を経て、口を開いた。

「でも、岡部の言う通りなのかも」

 一人、小さく頷きながら言葉を続ける。

「小さな事象を切欠に、後に思いがけない展開が生まれる。まさにバタフライ効果と言っても差し支えないような現象は、これまで何度も観測されてきたわけだし……」

 観測。
 恐らく紅莉栖が口にしたのは、自ら取り戻した記憶や、俺から聞いた話などにある、あの三週間の出来事を指しているのであろう。

 確かに、あの過ぎ去った三週間で、俺は『バタフライ効果』を体感できるような状況を、幾度となく経験してきた。
 たった一つのメールをきっかけに、一人の少年の性別を変え、秋葉原を消し飛ばし、未来から小さな暗殺者を招き寄せて、さらには一人の人間の命を左右する──そんな体験を、この身に嫌と言うほど刻み込んできた。

 そして紅莉栖もまた、あの過ぎ去った永遠の三週間の記憶を、思い出しているのだ。

『もっとも、紅莉栖の記憶には、Dメールによる過去改変は、含まれていないみたいだが……』

 紅莉栖が取り戻した記憶は、リーディングシュタイナーを備えた俺ほどに、完璧なものではなかった。
 それは、あくまでも『α世界線で紅莉栖が持っていた、最終的な記憶』に留まっており、ともすれば、打ち消してきたDメールに関わる記憶は、その範疇外であった。つまり──

 鈴羽がダルの娘で未来人だったり──
 フェイリスパパが生きてたり──
 ルカ子が女だったり──

 等といった情報に関しては、α世界線で俺が話して聞かせた以上の事は、なにも知らないのだ。

 だがそれでも、紅莉栖自身、あれだけ奇想天外な状況を経験してきたのだ。であれば、俺の話がまったくの荒唐無稽だと笑い飛ばす事など──

「う~ん、でも、岡部の言う事だからな。やっぱ信憑性にかけるというか、何と言うか」

 引っ掛かってるのは、情報ソースの信憑性だとでも言いたいのか?
「疑り深いやつめ! 俺は直接この目で、それに至る経過を確認してきた。それでもなお、疑おうと言うのか?」

 声を大にして言い張る。そして、両手を勢いよく展開し、羽織った白衣を大きくはためかせながら叫ぶ。

「哀れなり! 信ずる心を忘れた科学者、クリスティーナよ!」

「妙な肩書きを付けるな! それからティーナじゃないと、なんど言えば!」

 間髪入れない、紅莉栖の突っ込み。慣れ親しんだ、言葉のやり取り。

 それは、一度は諦め、一度は拒絶したはずの、焦がれ続けた日常風景。俺の報われた、俺の望んだ世界。 悩み抜き、迷いきり、そして最後に選んだ、ラボメンとしての紅莉栖がいる、これから。

 そんな世界をこの目に焼き付けながら──

『やはり、これでよかったのだ』

 などと考える。

そして、前の紅莉栖の発言内容を無視して、声を荒げる。

「ふぅむ、素直ではないなクリスティーナよ! 信じたいのだろう? 本心では、この俺を信じたくて仕方がないのだろう? 口にせずとも分かっているぞ、さあ、盲目の羊がごとく信じきるがいい!」

 そんな俺の姿を見る上目遣いの紅莉栖の視線は、どこか冷ややかであった。

「何がどうしてそうなった。あんたの言語解析が、私には理解できない……」

「ふん。最上の誉め言葉と受け取っておこう! フゥーハハハ!」

 揶揄されながらも、しかし胸を張って高笑い。そんな俺の姿に、紅莉栖は呆れたような顔をして──

「ああもう、何言っても無駄か。分かりました、信じます。信じるから、その暑っ苦しいキャラ設定を封印してよ。それでなくても、ここは蒸し暑いんだから」

 などとのたまい、ソファにふんぞり返って、厚紙を振る手を一層強める。

 横柄な態度といえよう。まったくもって、失礼極まりない助手である。

『よもや、俺の中に息づく『鳳凰院凶真』を、暖房器具か何かと混同しているのではなかろうな?』

 などと思いつつも、しかし、紅莉栖の言い分にも、一理ある。現状のラボ内では、鳳凰院凶真モードの体力消費は、あまりにも著しすぎた。

「ふ、仕方ない。今日はこれくらいにしておいてやろう」

 俺はそう言うと、左右に広げていた両手を収め、額に噴出していた汗を、袖で拭う。と──


「ありがと」


 思いがけない謝辞が、紅莉栖の口から零れ落ちた。
 そんな言葉に、俺は少しだけ驚き、そして同時に傷ついてしまう。

「お、おい。止めただけで礼を言われる程に、マッドサイエンティストは嫌われているのか?」

 どこかドギマギとした俺の問いかけに、紅莉栖は一瞬、きょとんとした顔を覗かせるも──

「なにを勘違いしてる。別に、その事について礼を言ったわけじゃない」

「……?」

「私は、これの事に対して、礼を言ったの」

 そう言うと、紅莉栖は手にしていた擬似団扇をテーブルに置き、その代わりに小さな金属製の人形を、華奢な指先でつまみ上げた。

「あんたが、これを処理してくれたからこそ、私も、私の書いた論文も、そして、パパも──」


 ──開戦の主犯にならずにすんだ──


 少し、伏せ目がちな瞳を作ってそう言うと、摘んだ人形を両手で包み込む。

 ソファに腰を据えて、身体を縮こまらせる紅莉栖。その姿を見て、俺は問う。

「それはつまり、俺の話を全面的に信じて理解した……という事でいいのか?」

 俺の問いかけに、紅莉栖は少しだけうつむいたまま、微かに頷いて見せた。

 そんな行動を見て、俺は、紅莉栖が俺の話をよく理解しているのだと、そう感じた。

『急に教えてくれと言われたときは、流石に驚いたが……』

 だがしかし、目の前に見える紅莉栖の姿に、俺は長々と話して聞かせた『鳳凰院凶真の武勇伝』に、ちゃんと意味があった事を知り──

『まあ、結果は上々か』

 と、微かに胸を撫で下ろした。



 事の発端は、本日正午過ぎであった。

 ダルが行き付けのメイド喫茶へと旅立ち、まゆりがコス仲間の緊急要請に従って出動した昼下がり。
 ラボの中で俺と二人きりになったとたん、紅莉栖は話題を切り出した。


 ──私を助けた時のこと。詳しく聞かせてほしい──


 いつになく真剣で、それでいて、どこか思いつめたようにも見える瞳。そんな目を俺へと向けて、はっきりとした声でそう言った。


 紅莉栖が再びラボメンへと返り咲いた、あの日。
 秋葉原の街中で、紅莉栖と奇跡的な再開を果たし、紆余曲折を経て、結果的に紅莉栖が記憶を取り戻した、あの一連の出来事。


 あれから既に、一週間が過ぎ去っていた。


 そして、今日。
 この数日間、そんな話題を一言も口にしなかった紅莉栖が、突然思い出したかのように、そんな質問を俺に投げかけてきたのだ。正直なところ、あまりに突然すぎて、少しばかり驚いた。

 とはいえ、驚きこそしたものの、慌てることはなく──

『何度も脳内リハを行ってきた成果だな、うむ』

 紅莉栖の前で展開して見せた、理路整然とした情報伝達。その出来栄えに、我ながらまずまずの手応えを感じていた。

 ──きっと紅莉栖には、あの時の出来事が正確に伝わっている──

 それを今は、素直に喜ぼうと思う。


 ──この世界は、紅莉栖を排除しようとはしない──


 その事実を、紅莉栖が理解できたのであれば、それはきっと、悪いことではないはずだから。

 そんな思いで自己回想と感傷に浸っていると──

「ところで、岡部……」

 紅莉栖の声が、俺を現実に引き戻した。

「ああと、何だ?」

 ぼやけた返事を返すと、紅莉栖は視線をうつむけたまま、言う。

「私の見解としては……実際のところ、さっきの話……少し、説明不足な点があるように思えるんだが……」

 なんだか、奥歯に物が挟まったような、どうにも明確さのない口調。紅莉栖にしては、珍しいと思った。俺は問い返す。

「どうした? まだ何か、不明な点があるのか?」

「……まあ、そうなんだけど」

 やはり、どこかハッキリしない言葉。俺はそんな紅莉栖の態度をいぶかしむ。

「どこだ? β世界線からこの世界線に飛んだ過程についてか?」

「……それは理解した」

「では、第三次世界大戦に関わる──」

「……そこはもう、十分」

「では、お前の知らない、鈴羽がタイムトラベラーだった事とか、未来のダルがタイムマシンを作った事とか、その辺りの流れか?」

「それも違う。というか『知らない』わけじゃない。その辺は、『岡部に聞いた』という記憶だけはあるから……」

 紅莉栖は、何を言いたいのだろうか? 俺にはその意図が見えない。せめて、顔をこちらに向けてくれれば、その心情だけでも読み取る事もできるのだが。

 しかし紅莉栖は、ソファで身体を縮こまらせたまま、動こうとしない。だから、何も分からず、仕方なく問い続ける。

「では何だ? いったい何が──」

 そんな問いただすかのような俺の言葉を──

「主観」

 か細い声で紅莉栖が遮った。

 小さく響いたその言葉に、俺は思わず首を捻る。

「しゅかん──主観?」

 その俺の言葉に、紅莉栖は小さく頷いた。

 が、未だにその視線は、小さな人形を包み込んだ両手にそそがれたまま。だから、俺には紅莉栖の心境を読み取る事が──

『耳まで、真っ赤ですが』

 驚いた。
 長い髪から微かに覗く、小さくて可愛い形をした紅莉栖の耳。それが、見た事もないほど真っ赤に染まりあがっている。

『こ……これはいったい?』

 俺は状況を飲み込めず、黙って動揺する。と、 唐突に紅莉栖の顔がこちらを向いた。

『うお!?』

 俺の動揺が、狼狽にクラスチェンジを果たす。

 真っ赤であった。赤面などと、生易しいものではない。なんだかもう、今にも熱で顔面が融解してしまいそうなほどに、紅に染まりあがっていた。

 そして、俺の見ている前で、紅莉栖は口を動かし始める。微かに唇を震わせながら、途切れそうなほどか細い声で、言葉を紡ぎ始める。

「あんたの話の中に、岡部倫太郎の主観が……なかった」

「す、すまない。いまいち何を言っているのか、分からない」

 今にも爆発しそうなほどに染まりあがる紅莉栖。そんな彼女の言葉に対して、俺は正直な感想を告げる。

「分からないとか……言うな。汲み取れ……バカ」

「汲み取れと、言われましても」

「だから!」

 紅莉栖の語気が、一瞬強まる。が、次の瞬間には、また小さなさえずりに逆戻りし──

「あんたの心情とか……なんと言うか、そんな類のとこ……聞いてない」

 そう呟いた紅莉栖の瞳に、俺の心臓が高鳴る。
 顔を赤く染め、気恥ずかしそうに身体をもぞもぞと動かす、その姿。それを見て、紅莉栖につられるように、俺の顔まで赤面していくのが分かる。
 そんな俺の耳を、紅莉栖の声が小さく叩く。

「岡部……また世界線に挑んだんでしょ? ……何で?」

 照れ隠しのつもりで、俺は咄嗟に答える。

「何でと言われても、さっき説明したように、世界大戦の回避を……」

「うそ。それだけじゃない……よね?」

「いや、嘘と言われてもだな……」

「じゃあ……本当に、それだけ? それだけだったの?」

 紅莉栖の問いかけに、俺は言葉を詰まらせる。『それだけ』なわけなど、ない。だが──

「それは……」

 一度詰まった言葉は、なかなか吐き出されず、俺の尻切れトンボのような言葉が、蒸し暑いラボの中に溶けて消える。

 そして次の瞬間、真っ直ぐと俺に向けられた紅莉栖の瞳が、微かに潤み始める。そんな光景に、俺はたじろいでしまう。

「な、なにも泣く事は」

「まだ泣いてない!」

 顔を左右に振りながら、俺の言葉を否定する紅莉栖を見つめながら、思い知る。


 ──俺という男は、またもや、やらかすところだったか──


 先ほど紅莉栖が示した指摘。説明の中に、俺の主観がないという異議。それは正しかった。
 なぜなら、俺はあえて、説明の中に俺の想い──紅莉栖の言う、俺の主観を乗せようとはしなかったからだ。

 紅莉栖を生かしたいという想い。
 世界大戦の回避など、ただのオマケだったという想い。
 五十億人以上の命と紅莉栖一人の存在を天秤にかけ、紅莉栖の重さで五十億人が吹っ飛びそうな──そんな想い。

 そんな想いの全てを省いて、俺は紅莉栖に説明した。
 なぜ、そんなまどろっこしい事をしたのかだって? そんなの決まっている。

『そういうの、なんか恥ずかしいだろうが!』

 とどのつまりは、下らないプライドからくる羞恥心が原因であった。

 紅莉栖が問いかけてくるまでの、この数日間。
 それは、俺に紅莉栖との距離感を思い出させ、そして、あの吹き上がるような想いを伝える事に羞恥心を覚えさせるには、十分な時間だったのだ。

『鉄は熱いうちに打てとは、よく言ったものだな』

 俺はそんな事を想いながら、自らの愚策を反省する。

 天才の異名をほしいままにする牧瀬紅莉栖。
 そんな少女に対し、自らの主観抜きで、それでも論破されぬようにと、繰り返し脳内リハーサルを行ってきた自らの行動を、あざ笑う。一週間もの時間をそんなどうしようもない事に費やしてきた自分を、『アホか』と罵る。

 俺は一度、紅莉栖を拒絶してしまっている。だからこそ、同じ轍を踏むわけには行かない。もう二度と、わけの分からない独善性で、紅莉栖の想いを踏みにじるのだけは、避けたかった。

 だから──

『まだ、鉄は冷め切っていなはずだ』

 目の前の紅莉栖が、まだ熱を帯びている事を信じ──

「紅莉栖」

 名を呼び、紅莉栖の身体を、軽く抱き寄せた。

「!?」

 突然の事に、紅莉栖が驚きの声を上げる。メタルウーパが紅莉栖の手をすり抜けて、床を叩いた。

 俺は、ラボの隅へと転がっていく球状モニュメントを視線で追いながら、紅莉栖の耳元でささやく。

「悪かった。ちゃんと、言うべきだったな」

 紅莉栖の息遣いが耳元で聞こえ、紅莉栖の鼓動が微かに伝わる。

 そんな感覚を受け止めながら、俺はゆっくりと言う。一言一言を、はっきりと明確に、紅莉栖へ伝わるように、言葉にする。

「俺が、どんな想いで過去へ行き、どんな想いでお前を助けたのか、全て聞かせる。だから──


 ──聞いてくれるか?

 俺の伝えたその言葉に、紅莉栖は細い肩を小さく跳ねさせる。

「わかった……聞く。だから……もう放せ、HENTAI」

 小さな返事が、俺の耳に届いた。

 俺はその言葉に従うように、紅莉栖を拘束していた両手を開き、戒めを解く。

 開放された紅莉栖は、少しの間をおいて、俺の身体から離れ──

「あの、紅莉栖さん? 放せとの命令でしたので、お放しさせていただいたのですが……」

「わ、分かってる! 言われなくても、いま離れるから!」

 しかし、そんな言葉とは裏腹に、紅莉栖は俺の身体にくっついたままの状態で、よじよじと身をくねらせているだけ。待てど暮らせど、一向に俺との距離が開く気配はない。

「あ……あの……」

「うるさい、何も言うな! 分かってると言っている!」

 戸惑いを露にした俺の声を、紅莉栖はピシャリと跳ね返した。そして、密着した状態で、より一層に身体をモジモジと動かし続ける。

『こ……これはある意味、たまったものでは──』

 などと、俺は自らの置かれている現状を、歓喜しながら嘆いた。そのとき──

「トゥットルー☆ たっだいま~」

 その瞬間、紅莉栖が目にも止まらぬ速さで俺から飛び退る。

 そして俺は、『電光石火』という言葉の体現者を目の当たりにした感動に、とりあえず打ち震えてみた。

##########################################################

真帆「にぎゃーーー!?」

真帆「何よこれ、何なのよこれは! 基本設定が分からないとかどうこう言う以前に、どうなっているのよこの話! ピンク脳にも程があるでしょうが!」ドッタンバッタン!

真帆「酷い! これは酷いわ! 『鉄は熱いうちに打て』キリリ とか、正気なの彼!?」

真帆「背中かゆい! 背中がかゆぅい!」ガッタンシッチン!

真帆「というか、紅莉栖は彼氏からこんな物を送りつけられていたわけ!? これってある種のセクハラじゃない!」

真帆「つーかあの男、私の紅莉栖をどんな目で見ているのよっ! こんなの訴訟案件に相違ないわっ! これはもう裁判よ!」

真帆「はーはー!」

真帆「…………」フーフー

真帆「とはいえ……一応もう少しだけ読んでおきましょうか。ひょっとしたら後学のためになるかもしれないしね……」


ペラペラペラ


じょしゅたんおめ!

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     2

 まゆりの動かすミシンの音が、ラボの空気にリズムを刻んでいく。
 耳慣れた機械音は、壁に背中を預けて立つ俺の耳を、小気味よく揺らしていた。

 そんな足早の拍子に意識を揺らしつつ、俺はまゆりの作業風景をぼんやりと眺める。

「何事も、タイミングが命だとは言うが……」

「ある意味、神がかってるわね、まゆりは……」

 独り言のつもりだった俺の呟き。しかし、それが聞こえたのであろう、紅莉栖が俺の言葉に反応を示した。
 すぐ隣でしゃがみ込んでいる紅莉栖に、俺は視線を向ける。

「助手よ。お前も、そう思うか?」

「助手じゃないけど、そう思う」

 折りたたんだヒザの上に右手で頬杖を作り、そこに顔を乗せて、まゆりを見る紅莉栖。そこに携えられた両目の、なんとまあ虚ろな事か。

「はぁ……」

 さらには、このため息。まあ、その気持ち、分からなくも無いのだが──

「ため息ばかりついていると、老けるぞ」

 とりあえず、茶々を入れておく。

「何言ってる。ため息はストレス解消に高い効果がある。これ、脳科学の常識。ついでに、ストレス解消は若さの秘訣。ゆえに、あんたの理論は成立しない」

 てっきり、口やかましく反論してくるかと思ったが、意外に冷静な反論をみせる紅莉栖。

『というか、どう転んでも反論されることには、変わりないのだな、俺は』

 などと考え、なんとな~く、自分の未来予想図に、そこはかとない不安を感じていると──

「ねえ、岡部」

 まゆりから視線を外した紅莉栖が、隣に立つ俺を見上げた。

「なんだ?」

「あのさ……さっきの話なんだけど……」

 その、どこか歯切れの悪い口調に、紅莉栖が何を言わんとしてるのか先読みし、答える。

「分かっている。いずれちゃんと聞かせる。心配するな」

 そんな俺の言葉に、紅莉栖の眉間にシワが寄る。

「いずれ? いずれってどういう事? 今すぐじゃないの?」

「何を焦っている? と言うか、今、この状況でそんな話をしても、なんかもう、あれだろうが」

「私は構わない。だから聞かせろ、岡部」

「だが断る。言ったはずだぞ? 何事もタイミングが命だと」

「でも……」

「いいのか? 俺の主観のそこかしこに、『トゥットゥルー☆』が大量発生しても? 忘れるなよ。今そこでミシンを使っているのは、タイミングの申し子なのだ。ポイントポイントで、的確に放り込んでくるぞ? それでもいいのか?」

 俺の淡々とした口調に、紅莉栖は「うう~」と唸り、そして「じゃあ、場所を変えて」などという代案を提出する。

「だから、どうしてそれほど急ぐ? 時間ならいくらでも……」

「明日、帰る」

「だとしても、事を急ぐ理由には……」



 ──そこで、俺の思考が止まった──



『今、紅莉栖はなんと言った?』

 はっきりと聞こえた紅莉栖の言葉に、壁に預けていた背中が微かに浮きあがる。

『帰るとは……どういう意味だ?』

 意味など、その言葉を聞いた一瞬で、想像できた。だがしかし、そんな想像を理解し、飲み込む事はためらわれ──

「ほ……ほう。このラボを帰る場所などとは、見上げたラボメン精神だな、助手よ」

 俺は紅莉栖の言葉を意図的に湾曲させ、口にした破綻だらけの解釈に、みっともなくすがり付く。
 そんな俺に、紅莉栖は言う。

「違う。アメリカへ帰る」

 淡々と告げる紅莉栖の声が、俺のすがり付いていた物を、あっさりと粉砕した。

『……アメリカへ帰る』

 その言葉を、胸のうちで繰り返すと、頭の中が、大きく歪んでいくような錯覚を覚える。そんな自分に活を入れるかのように、独白する。

『バカか俺は。これしきの事で、なにを動揺している。初めから分かっていた事ではないか』

 そう、分かっていたのだ。
 いつか、この瞬間が訪れると言う事は、重々に承知していたのだ。そしてそれが、取るに足らない些細な問題だと言う事も、理解していたのだ。

 エンターキーを押した時に比べれば──
 病院のベットで、紅莉栖を諦めた時に比べれば──
 ラボの扉越しに、紅莉栖を拒絶してしまった時に比べれば──

 初めから予定されている紅莉栖の帰国など、大した問題ではないはずだったのだ。だと言うのに──

『あまりにも、いきなりすぎる……だろ』

 予測していたはずの、予期せぬ出来事に、心の準備は追いつかなかった。

 思わず、奥歯を噛みしめそうになる。思わず、拳を握り締めそうになる。
 しかし、そんな湧き上がる衝動を無理やり飲み込み、浮かせた背中を、無理やり壁に押し付ける。
 そして、言う。

「急な話だな」

「ごめん。もっと早く言うべきだった」

「謝る事はない。お前の帰国など、初めから想定内だ。気にするな」

 心にもない台詞を吐く。そんな俺の言葉に、しゃがんだままの紅莉栖が、微かに肩を震わせた。

「私が帰ると言っても、意外と冷静なんだな」

「想定内だと言っただろう。それに、二度と会えないわけでもあるまい。それとも何か? 仰々しく騒いで引き止めて欲しいのか?」

 できれば、そうしたい。声を振り絞って、『どこへも行くな』と、『俺の側にいろ』と叫びたい。だが、それはできない。

 紅莉栖には紅莉栖の、事情と言うものがあるのだ。

 だから、そんな本音を包み隠し、軽い口調でおどけてみせる事しか、出来なかった。

 そんな俺の姿を瞳に映し、紅莉栖は──

「それは……困るな」

 そう言って、微かな微笑みを作る。

「ママとの約束だから。今まで無理言って、滞在期間を引き延ばしてたから」

「そうだったのか?」

「そう。適当な理由を付けてね。最初は、あんたを探すための時間が欲しかったから。で、色々と思い出してからも、少しでも長くここにって……そう思って。でも、それももう終わり」

 紅莉栖は俺から視線を外すと、自分の傍らに置いてあった団扇の代役を手に取って言う。

「だって、届いたから。だから、ママとの約束も、ここでの生活も、けじめをつけないと」

 それは、紅莉栖が団扇代わりに使っていた、厚紙のようなもので──

『いや、厚紙というよりは……』

 厚紙と思っていたそれは、ただの紙というには妙に膨らんでいる部分があった。そしてよく見ると、大きく張られたシールに、英語か何かの文字がしたためられている事に気付く。

『宛名……国際便の荷物? こんな物、ラボにはなかったはず』

 そこで、厚紙というよりは、封筒に近いそれが、紅莉栖の個人的な所有物であると言う事に、今更ながらに気がついた。

「それはなんだ? 外国からの届け物かなにかか?」

 俺は、それの正体を紅莉栖に問いかける。

「そ。この前、届いた。……でも、中身はただのゴミ。可燃物と不燃物が少々かな」

「ゴミ……か」

「そ、ゴミ。でもこれね。実はサイエンス誌に無理言って送ってもらったの。まさか本当に送られてくるとは思ってなかったけど……。少し、誤算かな」

 紅莉栖は折りたたんだヒザに顔を埋め、そして『届かなければよかったのに』と、『届かなければ、まだここにいられたかもしれないのに』と、かすれる声で呟いた。

 なぜだろう。紅莉栖のその言葉が、妙に居たたまれなく思えた。

「そう言うな。死に別れるわけでもない。記憶を失うわけでもない。ただ、アメリカへ帰るだけなのだろ?」

 落ち込み始めた紅莉栖を、慰めようとでも言うのだろうか?
 俺はそんな言葉を口にしながら、しかし同時に『アメリカか……』と、その遠さに途方にくれていた。

 パイロットでもない、ビジネスマンでもない、スポーツ選手でもない、ついでに金もない。そんな俺にとって、海を越える場所が、いかに遠方なのか、想像に固くない。だが、俺は言う。

「寂しくなったら、いつでも言って来い。なにせ俺は、まゆりを救うために、地球の反対側までいった事だってあるのだ」

 できない事は、言うべきではない。しかし、今だけは──

「アメリカなんて、ご近所づきあいと大差ない。いつでも行ってやる」

 そんな思いで、ご近所づきあいなどした事もない俺が、身の程をわきまえぬ発言を呈する。
 そんな俺の言葉を聞き終えると、紅莉栖がうつむけていた顔を、微かに上げた。

「嘘でも、うれしい。……少しだけな」

 そして紅莉栖は立ち上がる。

「一度、ホテルに戻る。夜にもう一回来るから、その時に……」

「分かった。その時には約束どおり、全て話す。お前を助け出したときの、俺の主観を」

 俺の言葉に、紅莉栖が微かに頷いてみせた。そして、ゆっくりとした、まるで後ろ髪でも引かれているかのような足取りで、ラボの出口へと向かう。

 そんな紅莉栖の後姿に、俺は声をかけた。

「待て、紅莉栖」

 その言葉に、紅莉栖の歩みが止まる。それを確認した俺は、壁から背を離し、ラボの隅へと向かった。

 確か、そこに在るはずなのだ。紅莉栖に渡すべき物が、その場所に転がっているはずなのだ。

「まゆり、すまないが、少しどいてくれるか?」

 一心不乱にミシンと格闘していたまゆりに声をかける。目測では、その辺りに在るはずなのだ。

 しかし、俺の呼びかけに、まゆりは反応を示さず、ただ黙々とミシンを動かしつづけ──

「なぜ泣いている、まゆり?」

 その光景に、俺は驚く。そして俺の言葉を切欠に、まゆりの肩が大きく震えだした。

「まゆしぃは……泣いてなど、いないのです……。寂しいけど、でもクリスちゃんが自分で決めた事だから……まゆしぃが泣くわけ、ないのです……」

 俺はそんなまゆりの反論に、「そうか。ありがとな、まゆり」と返す。きっとまゆりは、泣けない誰かのために、代わりに涙を流していてくれていたのではないか──などと、取りとめもない事を考えてしまう。と──

「オカリンが探してるの、これ……かな?」

 そう言って、まゆりは俺に握った手を差し伸べた。手を開くと、そこには金属製の小さな人形。まゆりの手に、メタルウーパが転がっていた。

「まゆしぃにはよくわからないけど、でもオカリン。メタルウーパはクリスちゃんが持っていた方が、いいんだよね?」

 俺は、まゆりのその言葉に、黙って頷く。そして、そっとまゆりの手から、小さな丸い人形を掴み取ると──

「約束の証だ。持っていけ」

 そう言って、まゆりから受け取ったメタルウーパを、紅莉栖に向けて、軽く放る。

 銀色の想いが、ラボの空間に、一筋の軌跡を描いた。

「ナイスキャッチだ、助手よ」

 親指を立てた拳を、紅莉栖に向けて突き出して見せる。

「いいの……?」

「ああ。お前に持っていて欲しい」

「……格好つけすぎだ。岡部のくせに」

 紅莉栖の言葉に、思わず苦笑いが浮かぶ。

 そして紅莉栖は、まゆりに「ありがとう」と、俺に「また後で……」と言い残すと、ラボの扉から姿を消した。

 俺はそんな紅莉栖の後姿を想いながら、ミシンを前に大粒の涙を零し続けるまゆりの頭に、そっと手を乗せた。






##########################################################

真帆「…………」ソワソワ

真帆(なんだろう。なんだかものすごい勢いで、見てはいけないものを見てしまっている気がするわ……)ソワソワ

真帆(そもそも、これってどう考えても紅莉栖の私物なわけよね?)

真帆(そういった類の代物を勝手に読み漁るとか……)

真帆(いやでも、読まれて困るものなら、こんな場所に無造作に投げ出してなんていないでしょうし……)

真帆「…………」ムムム

真帆(何だか成り行きのままにページをめくってしまったけど、でも……)

真帆「ふう。これは見なかった事にして、今日はもう寝るべきかしらね」ノソリ

トコトコトコ

ソファにパタン

毛布をバサリ

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(紅莉栖って……岡部さんとお付き合いしているのよね?)

真帆(普段のやり取りを見る限り、互いにどこか捻くれているにしても、それでもやっぱり気心が知れている感じはヒシヒシと伝わってくる)

真帆(つまり……)

真帆(あの話における主要人物の立ち位置は、一応は現実に根ざして……いる?)

真帆(どうだろう? なんとも判別が付けられない)

真帆(登場人物が私にとって身近すぎるから、先入観が先にたってしまっているのかしら?)

真帆(まあ所詮は、岡部さんの創作には違いないのだろうけど……ううむ)

真帆「…………」

真帆(結局のところ、あの話って紅莉栖が日本に滞在している状態を基本コンセプトにして展開しているわけで)

真帆(それでもって今のシーンは、紅莉栖が帰国するために日本を発つことを岡部さんに告げるという場面)

真帆(でもあの岡部さんが、自分の心情なんてものをそう正直に書き記すという状況も想像しにくい)

真帆(彼って……あんな性格だしねぇ)

真帆(でもじゃあ、ちょっと繊細すぎるように見える岡部さんの心情を、あの岡部さん自身が書いたというのも何だかおかしな話に思えてくるし……)

真帆(うーーーーん、何だかスッキリしない)ノッソリ

ツカツカツカ

真帆(そもそもよ)ヒョイ

ペラペラペラ

真帆(第三次世界大戦……バタフライ効果……)

真帆(Dメールにリーディングシュタイナー? あとは……α世界線にβ世界線)

真帆(冒頭からして意味の分からない単語の目白押し。でも作中の紅莉栖は、そんな単語を当然のことのように受け入れている)

真帆「これって、どういう状況なの?」

真帆(実はこれは続編か何かで……これよりも前の話が存在する……とかかしら?)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「よぉし」

真帆(紅莉栖のことだから、まだ起きているでしょうし、ここはいっそ……)

スマホ ピッピ

真帆(『αとβの違いって何かしら?』と。脈略のない質問をラインで送って、紅莉栖の反応を見てみましょうか)ウシシ

真帆「じゃあ……書き込み……っと」ピピ

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「ふぅ。好奇心にかられて、ちょっと人の悪い事をしているわね、私。まあでもあれよ。こんな謎物質を資料室に放り出していた紅莉栖だって悪いんだから)

真帆(ヘンに思われたら、その時はあて先を間違えたとでも言えば、誤魔化せるでしょうしね)

真帆「にしてもよ」

真帆(随分とオカルトというかSFというか、そっち方面よりの単語が踊っている割に、作中の岡部さんの心情はどこか繊細にも思える)

真帆(本当に、これは何なのかしら? 皆目検討もつけられない)

真帆(紅莉栖の帰国を知った岡部さん。彼がその衝撃の度合いを比較する対象として引き合いに出したのが……)

真帆(エンターキー……)

真帆(どうしてエンターキー? それを押したときに比べればと表記してあるという事は……つまり、紅莉栖の帰国はエンターキー以下の価値ということ?)

真帆(作中における価値基準が、まったくもって見えない)

真帆(とはいえ……)

真帆「サイエンス誌から届いた封筒……」

真帆(私の記憶が確かなら、サイエンス誌からうちの研究所に届いた封筒を日本にいる紅莉栖あてに転送したことがあった。あれって確か……去年の夏ごろのことだったと──)

ピリリリリリ……ピリリリリリ……

真帆「うわっ!?」

真帆(紅莉栖から……え、わざわざ電話してきたの?)

真帆「これは……」

ピッ

真帆「は、はろー」

紅莉栖『せ、先輩? あ、あの……大丈夫ですか?』

真帆(え? 何? どうして私、心配されているわけ?)

真帆「え、えっと……どういう意味かしら?」

紅莉栖『え、いやだって、αとβがと先輩からラインが……』

真帆(え? は? なに? どういうこと? たたあれだけの質問に対する反応としては、ちょっとおかしくない?)

紅莉栖『先輩……何かあったんですか? ひょっとしてまだ研究室ですか? もし何かあったなら、今からそちらへ向かいますけど……』

真帆「まってまってまって紅莉栖! な、なんの話をしているのあなた?」

紅莉栖『で、ですから……』

真帆「ついさっき、確かにラインを送ったけど、ごめんなさい。あれは間違えたの、あなた宛のものではなかったのよ」

紅莉栖『え?』

真帆「とにかくよ紅莉栖。あなたが何を気に掛けたのかは知らないけど、こっちは問題ないから。何も心配するようなことなんてないから!」

紅莉栖『そ……そうなんですか?』

真帆「そうよ。なんだかごめんなさいね、こんな夜更けにヘンな質問を送ってしまって」

紅莉栖『そうですか、それは……良かったです』

真帆(あれ? 何だか少しだけ、残念そうな声色に聞こえた……どうして?)

紅莉栖『それでは明日、研究室で』

真帆「え、ええそうね。また明日。お休みなさい、紅莉栖」

紅莉栖『はい、お休みなさいです、先輩』

ピッ ツーツーツー

真帆「…………」

真帆「何がどうなっているのよ?」ジッ

真帆「もう少しだけ……読み進めてみようかしら……」



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気軽にはじめたがなにこれ難しすぎだろ 脳みそが追いつかん
もしも。もしも誰か読んでる人がいたらすまん 早々にちからつきるかも
んま、こんだけ下がれば誰もおらんはずだがな! わっはっは! にゃーーーん!

お前を見ているぞ

なん……だと……

と言うか、いつも明け方にレスくれてた方かのう?
何も見るもんなんて無いだろうに変わったお人じゃ

その目 誰の目?

ばか……な
まだ他にも人がいたというのか?

いや、こんな場末の落書き壁を複数人が見ているはずもないから466と469は同じお人に決まっておるじゃ
はい論破

中二病、乙

お褒めの言葉いただきやしたー!中二精神を忘れたら書き手なんぞ務まらぬのでの ありがたやありがたや

   3

 沈みかけた太陽を背に、黄金色に染まる秋葉原を歩く。
 引き伸ばされた自分の影を目で追いながら、俺はラジカンを後にした。

 別に、何か目的があって、この場所に来たわけではない。ただ──

『紅莉栖がラボを訪れるまでに、少しでも頭の中を整理しておきたい』

 そんな事を思い、一人で街に出ただけの話し。
 そして、どこか空虚な思考を空回りさせながら、目的地もなくフラフラと彷徨っていると、気付けばラジカンの屋上まで来ていた。ただ、それだけの事である。

 周囲の景色を視界の隅に流しながら、どこか頼りない足取りで歩み、考える。
 
 今日になって、突然、あの時の事を話せと言ってきた紅莉栖。
 説明に主観がないと言って、顔を赤く染めた紅莉栖。
 今すぐにでも聞きたいといった、紅莉栖。

 最初は、どうしてそれほどまでに急いでいるのか不思議に思った。しかし、そんな紅莉栖の見せた焦りの理由も、今ならば分かる気がする。

 帰国の前日になるまで、俺にその事を知らせなかった。そんな紅莉栖の心情を、自分勝手に思い描く。

『言い出したくても、言い出せなかった──と言ったところか』

 自意識過剰だろうか? そうなのかもしれない。だが、だったらなんだ。

 もっと早く言うべきだった──

 そう呟いて謝る紅莉栖の姿は、少なくとも俺の目には、そう映った。

 だからこそ、俺はラボへの帰途を進めながら、覚悟を決める。

『もう間も無く、紅莉栖もラボへとやってくるだろう。そこで俺は、紅莉栖に全てを話す』

 何十億もの人々と、牧瀬紅莉栖という少女一人を天秤にかけた意思。
 中鉢の凶刃から紅莉栖を救おうとして、誤って紅莉栖に危害を加えてしまった失敗。
 そんな収束を見せる世界線を前に、一度は崩れ、それでも諦め切れずに、十四年もの長い時間を執念だけで生き抜いたという、今は無い未来の俺の生き様。
 世界をだまし、過去の自分をだますために、全てを承知で紅莉栖の父親に刺された。そして不足を補うために犯した、命がけの無謀な行動。

 そんな全ての一切合財を、包み隠さずありのまま、紅莉栖に伝えるつもりだった。

 だから、自らの想いをより深く刻み込むために、もう一度強く、覚悟を決める。



 ──全てを話した後、俺は紅莉栖を引き止める──



 俺の話を聞いた紅莉栖が、どんな反応を示すのかわからない。怒るだろうか? 呆れるだろうか? 悲しむだろうか? それとも、喜ぶだろうか? 分からない。

 だが、例え紅莉栖がどんな反応を見せようとも、俺は引き止める。それは、『つもり』ではなく、『確実に』そうするという決意。

 引き止められたら困ると言って微笑んだ紅莉栖。だが、そんな彼女の笑顔を、俺は全力で否定し、その帰国を妨害する。

 紅莉栖の身を案じているであろう、彼女の家族。
 紅莉栖の帰国を待っているかもしれない、彼女の知人たち。
 紅莉栖の研究復帰を望む同僚に、紅莉栖に期待をかけている、科学つながりの有象無象。

 そんな全ての望みを断ち切って、俺は俺だけのために、紅莉栖を引き止める。引き止めて見せる。

 俺はラジカンの屋上で、その覚悟をしたのだ。

『それができるほどに、この俺は独善的なのだからな』

 まゆりに叱咤されたではないか。ダルに教えられたではないか。一週間前のラジカンで、酸欠になりながらも紅莉栖に向けて叫んだではないか。ならばこそ、こんな場面たればこそ──

『俺は岡部倫太郎として、どこまでも独善的でなければならない』

 俺は、そんな思いを胸に、『覚悟しろよ、紅莉栖』と、拳を握り締めた。





 ──その時だった。




「!?」

 大地が揺れる。
 視界が歪む。
 意識が遠のいていく。

 あまりに出し抜けで、何がおきているのか分からない。だが確かに、何かが起こり始めていた。

 最初に頭に浮かんできたのは、『酸欠』だった。

 似ているのだ。一週間前、ラジカンの屋上に飛び込んだ時に感じた、あの抗いようのない感覚に。そして、その感覚は『酸欠』と同時に、あの──

『おい……冗談だろ?』

 混乱した俺の思考は、歯車を失った機械のように、空回りを始める。そして、そんな状態でも、これが『酸欠』でないことだけは、不思議と確証が持てた。

 だからこそ、背筋が凍る。理解など、できるわけがなかった。

 だが、そんな理解できない俺など置いてきぼりにして、視界の歪みは進んでいく。そして──

「ぐぅぅぅぅ!?」

 有無を言わさない強烈な圧力に、大きな唸り声を上げて目を閉じ、地にヒザをつく。

 次の瞬間、これまで押し寄せていた何かが、まるでそれ自体が嘘だったかのように、消えていた。

『同じ……だ……』

 俺は目を開けることができず、恐怖に駆られて、鈍りきった思考を無理やり回す。

『ありえるわけがない。もう、この世界には、電話レンジ(仮)も、タイムリープマシンも存在していないのだ。だからこそ、ありえない。矛盾している。こんな事、理に適っていない』

 だがしかし、先刻感じたあの感覚に、俺はどうしようもない程の身に覚えがあった。だから、その感覚が『あれ』以外の何かであった──と言う解答を渇望する。

 ゆっくりと、閉じていたまぶたを、押し開く。視界にはいる景色を確認する。その光景に誤差を感じないか、識別する。

『特に、際立った変化は……』

 秋葉原の街はある。夕暮れにそまる街を行きかう人々。その全てを記憶しているわけではないが、しかしそれでも、目立った違いは感じられない。

 萌え文化を踏襲してきた歴史。それを感じさせる町並み。電気量販店やアニメ関連の書店にグッズ販売店、それ以外にも色々と、様々な文化が入り乱れる風景。そんな、ある種独特の町並みは、未だに健在だ。

 だが、それでも安心感は得られない。

『何か、俺の知らないところで?』

 どうしても、その恐怖心が拭えない。なにせ俺は、この感覚を切欠に、あまりにも多くの苦悩を、自分自身と大切な存在たちに──

「……!?」

 不意に恐ろしい想像が頭をもたげる。一気に全身の血が落下した。
 
「く、紅莉栖は!?」

 慌てて白衣のポケットから、愛用の携帯電話を乱暴に引き抜く。そして、手早く操作をこなし、電話を耳元へとあてがう。

 静かに鼓膜を打つ、コール音。たった数回のその呼び出し時間が、無性に永く感じられた。

『でろ、でろ!』

 早鐘のように打つ心臓に、全身から血液が噴き出しそうな感覚を覚える。そして数度の呼び出しを経て、電話がつながる。

「紅莉栖! 無事か!?」

 一も二もなく、叫ぶ。

「お、岡部? 何? 無事かって、どういう事?」

 受話器の向こうから、紅莉栖の戸惑った声が聞こえ、それに少しだけ安堵感を得る。手の内を離れていた冷静な思考が、やっと手元へ戻ってくる。

「無事……なんだな?」

「いや、別に無事だけど……」

「そうか。……紅莉栖、一つ聞きたい」

「……なに?」

「これからお前は、ラボへ来る。そして、俺の話を聞く。その予定でいいんだよな?」

「そうだけど……どうした? 何があった?」

 受話器の向こうから、微かに不安げな紅莉栖の言葉が響いた。俺はその紅莉栖の問いかけに、曖昧な返事を返す。

「いや、それならいいんだ」

「よくないだろ。何かあったんだな?」

「いや、大した事ではない。気にするな」

 俺は途轍もなく大きな嘘をつき、問い詰めようと口調を荒げる紅莉栖の追撃をかわした。

「ラボに……行ってもいいの?」

 どこか、こちら側を探るような口調で、紅莉栖の声が聞こえた。俺は平静を保ったまま、言葉を返す。

「当たり前だ。待っているぞ」

 そして、携帯を耳から離すと、電話を切った。
 俺はそのまま携帯の操作パネルをいじり、再び耳元へとあてがう。

 待つこと、しばし──

「もしもし、オカリン? どうしたの?」

 その声に、『よかった。まゆりも、無事だ』と、また一つ安堵感を重ねる。そして、

「まゆり、すまない。操作ミスだ。間違えた」

 また、嘘をつく。

「な~に~? 間違え? あ、そっか。オカリン、クリスちゃんにかけるはずだったんでしょ? 頭脳明晰のまゆしぃには、それくらいお見通しなのです」

 最後にラボで見た、大粒の涙を零すまゆりの声は、そこには無かった。いつもの能天気なまゆりの声に、少なからず息をつく。

「オカリン? あのね、クリスちゃんに、ちゃんと言ってあげてね」

 俺と紅莉栖の事を案じての事なのだろう。まゆりの言ったその言葉に、俺は『ああ、分かっている』と短く返すと、電話を切った。

 そして、考える。

 α世界線ではまゆりが、β世界線では紅莉栖が、時間の意志とも呼べるような何かに煽られ、その犠牲となった。だがしかし、今のところこの二人に、大きな変化があったようには見受けられない。

『世界線は、変わっていない?』

 変化の見えない現状。
 俺は、先刻感じた感覚が、本当にただの勘違いだったのではないかと感じ始めていた。

 どうにも消えない不安感を、ひっそりと胸の内に抱きながら、俺はラボへ向かって歩き出す。
 見慣れたはずの秋葉原の町並みが、どうしてか薄ら寒く感じられた。







##########################################################

真帆「これは……」

真帆(このお話の土台設定を知らないから詳細までは分からないけど、でも……)

真帆(何かが起こり始めた……というわけよね? それも、ただ事ではなさそうな何かが)

真帆「ふむ……」

真帆(それまではずっと、紅莉栖が帰国することに対する岡部さんの心情がつづられてきたのに──)


──その時だった。


真帆(そうね。この一文を境に、シーンのイメージががらりと変化している)

真帆(お話の中の岡部さんにとっては、紅莉栖の帰国は大きな案件に違いないはずなのに、それ以降は帰国の話題にまったく触れていない)

真帆「つまり」

真帆(この瞬間に起きた何かは、紅莉栖の帰国という事案の優先順位を遥かに引きずり降ろすような出来事だった、と?)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(岡部さんは街中で突然酸欠のような症状に襲われ、その直後、彼は大きな不安に襲われている)

真帆(電話レンジとかタイムリープという単語が何を意味しているのかは分からないけど、この動揺の仕方は普通じゃない)

真帆(仲でも特に気になる記述といえば……そうね)

真帆(まずは、目を開けてすぐに辺りを確認し、それから紅莉栖やまゆりさんに対して安否確認をするかのような電話を入れていること)

真帆(そして、そんな岡部さんの行動を裏付けるかのような──


 α世界線ではまゆりが、β世界線では紅莉栖が、時間の意志とも呼べるような何かに煽られ、その犠牲となった。


真帆(という部分。犠牲って……言葉のままの意味で捉えていいのよね?)

真帆(となると、よ。察するに岡部さんは、先の酸欠を境に『世界線』というものが『α』や『β』と呼ばれるものに変化してしまったことを恐れていて、でも実際は変わっていなかったのだ、と)

真帆(一応はそんな感じに読み解けはするのだけど……)

真帆「…………」ムムム

ペラペラペラ

##########################################################

     4


 ──世界線は変わっていない。リーディングシュタイナーは発動していない──


 自らにそう言い聞かせ、湧き上がる疑念を払拭できたのは、ラボに向かって歩きながら電話をかけまくり、各人の現状を確認した後のことだった。


 ダルは自宅で、いつものようにエロゲーを楽しんでいる最中だった。

 ルカ子は男のままで、その性別を含んだ状況に、いささかも目立つ特異点は見当たらない。

 フェイリスは──まあ、秋葉原の街が消えていないので不安は無いが、それでも一応、今でも高層マンションで執事の黒木と二人暮しだという事を、確認した。

 萌郁は、神のごとき速さで、返信メールが飛んできた。その文面にも、特に異常は見当たらない。

 さすがに、未来の鈴羽だけはどうしようもなく保留にしたが、しかし、鈴羽以外の俺を含めた全員に、なんら変化はない。


 そこまでする事で、やっと自分の中に噴き出そうとする不安感に、フタをする事ができた。


 ──だと言うのに──


「どういうことだ、これは……」

 ラボへの道程で差し掛かった、家電量販店の前。そのショーウィンドー越しに見える光景が、掴んだはずの安堵感を、跡形も無く打ち砕いた。

「なぜ、こんなフザけた事に、なっている?」

 大きな一枚ガラスの向こう側。そこに見える文字。
 ショーウィンドーに並べられた、大型サイズの薄型テレビ。その画面の上端に流れる、ニュース速報を伝える一文。
 その意味に、俺は戦慄していた。



『先日、ロシアへ亡命を果たした物理学者 中鉢氏に対し、ロシア政府が正式に国籍を授与』



 そんな文面が、画面すみに踊っていた。
 そして、その内容は俺の中にある記憶と、大きく食い違っている。

 ドクター中鉢こと、牧瀬紅莉栖の父親。彼は、ロシアへの亡命をしくじり、日本へ強制送還された。

 少なくとも、俺の記憶の中ではそうなっているし、そうでなければならない。そして何より、そうなるように仕向けたのは、他でもない俺自身なのだ。

「だったら、どうしてこんな馬鹿げた事態になっている?」

 ガラスに手を突き、その奥を睨みつける。

『あれはやはり、リーディングシュタイナーだったと言うのか?』

 そんな考えが、頭の中を渦巻き始めていた。巨大な疑念がとぐろを巻く。
 そして、否定したい気持ちとは裏腹に、理性はこれが世界線の移動だと言う事を、受け入れようとしている。
 いや、本当のところは、あの感覚を感じた瞬間、それがリーディングシュタイナーだと言う事を、俺は直感していた。
 だからこその、押さえ切れない不安感だったのである。

「何がどうなっている?」

 胸中で唸り、テレビ画面を食い入るように、見つめる。

『ひょっとしたら、テレビ局の手違いだという事はないか?』

 であれば、速報に誤りがあった旨を謝罪する何かが、画面に映されるはずである。だが──

『続報は、なしか』

 しばらくの間、食い入るように画面を見つめていたものの、しかし俺の不安を拭い去ってくれるような何かが、視界に飛び込んでくる事はなく──

「……くそ」

 俺は再び、ポケットから携帯を取り出し、リダイヤル機能を利用して電話をかける。

「オカリン? 今度はなん?」

 程なく、受話器越しにスーパーハカーの声が聞こえる。

「ダル。まだパソコンの前にいるか?」

「いるけど、一体何なん?」

 俺は手短に、ダルに向けて指示を出す。

「そりゃいいけどさ。何でそんな事に興味あるん?」

「いいから、調べてくれ。たのむ」

 俺のどこか張り詰めたような声色を感じ取ったのか、一瞬間を空けて、ダルが了解の返事を返してきた。そして──

「ああ、あったお。つーか、ヤフーのトップに載ってるじゃん。あのオッサン、意外と注目されてんね。まあ、日本からの亡命とかいって、一時期騒がれて──」

「ダル。どうなんだ? 俺の情報は誤りではないのか?」

 俺は急き立てるようにして、ダルの言葉を遮った。

「たぶん、当たってるお。文面見ると、情報ソースはロシアの公式みたいだし、間違いないんとちゃう?」

「そうか、すまなかったな」

 そう言って、電話を耳元から離す。携帯の受話部分から、ダルの事情説明を求める声が聞こえていたが、構わず終話ボタンを押した。

 俺は携帯をポケットにねじ込みながら、無理やりに冷静な思考を保ちつつ、状況の把握に努める。

『やはり、世界線は移動している。だが、なぜだ? そんな事が、ありえると言うのか?』

 無論のこと、俺は何もしていない。リーディングシュタイナーの発動条件である『Dメール』など、使っていない。

『誰かが、Dメールを無断で?』

 しかし、その可能性がありえない事は、十分に承知している。

『電話レンジ(仮)は、確実に処分した』

 それは間違い無いはずだった。バラバラに分解し、粗大ゴミとして、処分した。

『誰かが、それを拾い、組み立てた?』

 アホ臭いと思った。
 組み立てて再現できるような、そんなバラし方はしていない。むしろ、バラすというよりも、基盤から徹底的に破壊したといった方が、良いくらいである。

『では、どうして? この現状に、何が考えられる……?』

 ふと、脳内に浮かび上がる、一つの可能性。

『ひょっとして、俺たちとは無関係の第三者が、偶然、電話レンジ(仮)と同じ機能を持つ何かを、発明したのか?』

 確かにその可能性は捨てきれないと思った。
 現に、世界線を移り変わるたびに、タイムマシンの開発元は大きく変化しているのだ。時には我がラボが、時にはSERNが、時にはロシアが──

 タイムマシンの開発元。そこに、統一された必然性はなかった。

 であれば、他の第三者がタイムマシン──もしくは『タイムマシンの原型』になりうる『何か』の開発に成功していたとしても、なんら不思議ではない。

 考えて見れば、その可能性がもっとも高いような気がした。

 もともと、Dメールを可能にした電話レンジ(仮)も、弱小この上ない我がラボが生み出した、偶然の産物なのだ。であれば、同じような偶然が別の場所で起きないと、誰が言えるだろう。

『つまりさっきの現象は、俺の知らない誰かが、過去改変を試みた結果で──』

 などと考えるも、しかし俺は頭を軽く振りながら、その考えすらも否定する。

『いくらなんでも、出来すぎだ。確かに、第三者が過去改変を行ったという可能性は否定できない。だが、だからといって、その影響が俺の認識範囲内であるドクター中鉢に現れるなど、あまりにも出来すぎているだろ』

 やはり、ひねり出した『第三者案』も、どうにも承服しかねた。

『だったら、何だというのだ?』

 分からない。正答の片鱗すら、垣間見えない。苛立ちをかみ殺すように吐き捨てて、口をきつく結ぶ。

 俺は、目まぐるしく動き回る思考に意識を煽られながら、再び、ラボへの帰途へたどり始める。

 残暑厳しいはずの夏の終わり。むせ返るような空気に囲まれて、俺は一人、肌寒さに身を震わせていた。








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真帆(とにもかくにも、気になる事の多いシーンね。世界線が変わっていたことは当然として、紅莉栖のお父様に関わる部分や、ロシア国籍がどうのこうのという一連の流れ。それになにより……)

真帆「……タイムマシン」

真帆「そういえば、一番最初のほうに……」

ペラペラペラペラ


『では、お前の知らない、鈴羽がタイムトラベラーだった事とか、未来のダルがタイムマシンを作った事とか、その辺りの流れか?』


真帆「あった、ここだ。最初は気にせず読み飛ばしていたけど、確かにここでもタイムマシンの存在が匂わされている……」

真帆「タイムマシン……タイムトラベラー……鈴羽って、阿万──」

ズキリ

真帆「んっ」

真帆「いたた……。偏頭痛かしら、いやねぇ。で、ええと何だったかしら?」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(あれ? 私いま、何か言いかけたような気がしたんだけど……)

真帆「ふう、まあいいわ。それよりも、これは一度、適当に流し読みしてしまった最初の方から、気になるキーワードを洗い出してみるのもおもしろそうね」

真帆(土台を知らない私に、現状与えられた情報だけで、どこまで作中の事情を推察できるのか?)

真帆(一種の思考実験としては、悪くないでしょう)


スクッ トコトコトコ


真帆「紙とペンは……あ、これでいいか」

真帆(何だろう。少し楽しくなってきたわね、へへ)


ペラペラ カキカキ ペラペラ カキカキ


●世界大戦
●バタフライ効果
●永遠の三週間の記憶
●Dメールによる過去改変
●リーディングシュタイナー
●未来人
●開戦の主犯
●私を助けたときのこと


真帆「や……山のように出てくるわね……、ええとそれから……」

●鈴羽がタイムトラベラー
●未来のダルがタイムマシン
●世界線に挑む?
●五十億人以上の命
●エンターキーを押したときにくらべれば
●電話レンジ(仮)
●タイムリープマシ──ピタ

真帆「これ……」

真帆(何だろう。聞き覚えがある)

真帆(タイムリープって、いわゆるタイムトラベル現状における一つの形式をさす言葉よね?)

真帆(映画とか小説なんかで度々目にすることくらいなら誰にでもあるのでしょうけど、でも……)

真帆(そういう類の雑記憶ではない。何かもっと他の……)


???『タイムリープマシンなら、俺が何度も実証したと言ったな?』


真帆「いたっ!?」ズキリ


???『どうしてそうなるっ! 違うだろう、そうではないだろう!?』


真帆「んん……、何これ、頭が……」


フラフラフラ ストン


真帆「いつつつつつ……」フーフー

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「……お、治まった? もう、何だってのよ。疲れ?」

真帆「はぁ……」

真帆「とりあえず、今日のところは寝ましょうか……」

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とまあ、こんな感じの事をやっていきたかったのだが 頭の中がグチャグチャだよぉ ふへへへ
えーなにこれもっとかんたんにできるとかおもってたのにどうすりゃいいんだべさリンターロ
ちなみに最初の話は完結させてるんだから途中で止まってもエタったということにはならんよな、うむ間違いない


酉付けると見やすいけど付けないの?


簡単に出来ないなら全力で取り組むのみよってリンターロがゆってた

>>492
そもそも、めっちゃ下がってるから人に見られることを想定してなかったのです
次の更新の時につけれるように勉強してきやっす

>>493
真帆たんの話で全力出し切ったおぉ
それでもこんな辺境をのぞいてくれてる人がいるなら……いやいやきついっすよリンターロさんよ
ちまちま気ままにくらいで許してくれろ

あ、やっぱりポツポツ忘れたころに更新で許しておくれよと言っておくテスト

##########################################################

翌日 夕刻 大学内1Fラウンジ 買ったばかりのカップコーヒーを手の中でゆらしながら

真帆(とりあえず、今日の作業はこれで終わり、と)

真帆(このまま研究室へ戻っても良いのだけれど……そうね。少し気分転換でもしていきましょうか)

真帆(外も……まだ日は高そうだし、中庭でボンヤリと考え事としゃれ込むのも悪くないかも)

トコトコトコ

真帆(そういえば昨日のあれ、どこまで考えたんだったかしら?)

真帆(確か、気になるワードを書き出したメモを作ったはずだったけど……)

ポケット ゴソゴソ

真帆(あ、あった)

真帆(あちゃあ。知らないうちにクチャクチャになってるわね)

真帆(まあ、読めるのだから問題ないか)

真帆(さてと、なになに?)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「ふむ」

真帆(こうして改めて見返してみると分かるけど、これってやっぱりあれよね? いわゆるタイムトラベル系のストーリーなわけよね?)

真帆(バタフライ効果だとか過去改変だとか、あとは未来人でタイムトラベラーだという鈴羽とかいう個人名っぽい呼称だとか……)

真帆(この変の情報を中枢に据えたなら、どうしたってそっち系のお話だと考えざるを得ないわ)

真帆(そして、そういった基本設定から派生する形で、他のキーワードがストーリーにからんでくる……っと)

真帆「さてさて」

真帆(いまだ意味不明な語句ばかりなわけだけれど、それでも辛うじてその意味を推測できそうなものといったら、どれになるかしら?)

真帆(まずは……世界大戦、か。これは確か、どこか他の箇所でそれが第三次である旨を示唆されていた覚えがあるから……)

真帆(やっぱり未来でそういったことが起こるっていう事情があるのでしょうね)

真帆(他には……『Dメールによる過去改変』という部分かしらね。Dメールというものが具体的に何を指し示しているのかまでは知れないけど)

真帆(でもそれが、過去を改変するための手段であると考えるのが妥当といったところかしら)

真帆(後はどうかな? リーディングシュタイナーとか電話レンジ(仮)とかタイムリープ──)

ズキ

真帆(あ、また偏頭痛……)

真帆(季節の変わり目だし、私ってばちょっと体調を崩しているのかしら?)

真帆「ふう……」

おっとトリップわすれた つけるなり

ついたなり

真帆(まあ、とにかくよ。いまいち要領を得ない単語が多いけど、それでもあのお話の基礎がどんな形をしているのかくらいの察しは付けれらてきたわね)

真帆(Dメールというものを使った過去改変。登場人物の中に、未来からのタイムトラベラーが存在し、それを基本軸にこの物語は進行していく……いや、して行ったと過去形のほうが適切かしら?)

真帆(まあどちらにしても、こんな感じの捉え方で問題は無いでしょうね)

真帆(あ、それともう一つ)

真帆(一つ、とても印象強く多用されているワードがある)

真帆(それは、世界線)

真帆(このお話の舞台には、『世界線』と呼ばれる概念が存在しており……)

真帆(そしてそれは、何かしらの動きを見せる類のもので、また登場人物たちが『挑む』べき対象)

真帆(世界線って何なのかしら? αやβと区別されているということは、単一の何かをさす言葉ではないはず)

真帆(世界線……動く……挑む……)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「あーダメか。これ以上考えても見当違いの方向にベクトルが向きかねないわね」

真帆「……今夜も、続き……読んでみようかしら」


##########################################################

     5

 重い足取りでラボにたどり着くと、程なくして携帯にメールが届く。

『ごめん。今日はいけなくなった』

 紅莉栖からのものであった。顔文字も無い。ねらー語もない。気の聞いた言い回しもない。ただ、用件だけを伝える、そっけない一文。それを目にして、何となく抱えていた不安感に拍車がかかる。

『どうした? なにか問題でもあったか?』

 短く、そう返信する。程なく、紅莉栖からの返答が送られてくる。

『うん。ちょっと人にあわなきゃいけなくなった。例の件。明日の朝でもいいかな?』

 人にあう。その文字が心に引っ掛かった。

 ──紅莉栖は誰に会うというのか?──

 その誰かとは、俺との約束を放り出してまで優先せねばならぬ人物だと言う事なのだろうか?
 依然として、頭の中に渦巻く疑問は、解決するどころか、続々とその数を増やしている。

『このタイミングで、紅莉栖が会う人物。何者だ?』

 などと考え、そして一つの考えが浮かぶ。

『中鉢がらみか?』

 考えて見れば、当然というもの。ロシア政府が紅莉栖の父親に対して、正式な国籍を与えたのだ。その事に関して、誰かに事情を聞かれていたとしても、おかしくはない。

 きっと、そういう事なのだろうと、俺は自分に言い聞かせ、紅莉栖への返信を携帯に打ち込む。

『わかった。今日はこのままラボに泊り込む。鍵は開けておくから、好きなときに来るといい』

 そこまで文面を作り、そして一瞬迷った末に、文末に『誰と会うか知らないが、気を付けろよ』と、蛇足を継ぎ足して送る。

 世界線を移動したとしても、恐らく紅莉栖に危険が迫る可能性は薄いとだろうと、俺は判断していた。であれば、余計な事を言って紅莉栖を不安にさせたくないところなのだが──

『くそ、少し参っているのか?』

 なぜか、弱気な自分が顔を出す。そんな自分が付け足した、余計な一言に、少なからず後悔。が──

『ひょっとして心配してくれてる? 安心しろ、ビビリの岡部。相手は女性だ。やきもち、かこわるい、プギャー』

 返ってきた文面が、少しだけいつもの紅莉栖らしく、微かに息をつく。

 そして俺は、携帯をテーブルに放り、ソファに腰をうずめた。

『それにしても……』

 頭の中に、自らを取り巻く状況に対する疑問が、吹き荒れる。

『リーディングシュタイナーが発動し、世界線は移動した。現に、中鉢に関わる事象に変化が現れている。だが……』


 ──変化したのは、中鉢だけなのか?──


 どうしようもない不安。押し殺す事はできなくもないが、しかし押し殺してしまってもいいのか? そうすることで、未然に防げる何かを、見逃してしまうのではないか?
 そして、世界線の移動は、これだけで済むのだろうか? もしも仮に第三者が過去改変能力を手に入れたのだとしたら、その人物の実験は、これで終わりだと言えるのか?
 幾つもの疑問が、答えの出ぬままに、頭の中をすり抜けていく。そのどれもに対し、明確な開示はなされない。そして何よりも頭をもたげる疑問。それは──



『この世界線は、この先、どうなると言うのだ?』



 しかし、やはりその疑問にも答えは出ない。

 俺は投げやりな挙動で身体をソファに沈めこみ、目を閉じる。正直、疲れていた。それなのに、少しも睡魔が襲ってくる気配は無かった。






##########################################################

真帆「…………」


『リーディングシュタイナーが発動し、世界線は移動した。現に、中鉢に関わる事象に変化が現れている。だが……』


真帆(……この一文から連なる流れ、情報量が多いわね)

真帆(世界線とは動くものであり、その動きは『移動』というワードに置き換えることができるものである)

真帆(そして、第三者が過去改変を手に入れた結果、世界線は『移動』という動きを見せるかもしれない)

真帆「ふむふむ」

真帆(過去改変を起こすにはDメールというものを利用するはず。となると……)

真帆(Dメールを使って過去改変を行った場合、世界線が移動する。この解釈は正しそうな気がするわね)

真帆(過去改変を行う事で起きる事象といえば、当然それまでの歴史の書き換えといったところでしょう)

真帆(であるなら、Dメール→過去改変→歴史の再構築→世界線の移動……と)

真帆(つまり。世界線の移動とは、それまでとは異なった歴史への移動であると。そして世界線とは歴史の形であると……そう考えることができるわね)

真帆(ではその仮説に、αやβといった記号を混ぜ込むとどうなるか?)

真帆(このお話の中には、複数の世界線というものがあることになり、作中の岡部倫太郎はその世界線を思うように扱おうと考えている……?)

真帆(どうだろう。基本設定は何となく理解できてきたけど、登場人物たちの立ち位置はいまだに判然としないわね)

真帆(…………)

ペラリ

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      6

 微かに響く物音に、薄っすらとまぶたを上げる。

 視界に映る光景を、寝ぼけた頭で識別していく。まだ薄暗いラボの中。もうすっかりと見慣れた風景に、ゆっくりと視線を這わせていく。と──

『む、助手ではないか……』

 これまた見慣れた後姿を視界が捕らえる。いつもの改造制服の上から、愛用の白衣をまとった、科学者然とした凛々しい立姿。
 俺はそんな紅莉栖の背中を、半開きの目で追いかけながら思う。

『何をしているのだ?』

 日の出からさして時間はたっていないのであろう。窓から差し込む日差しは弱々しい。真っ暗というほどではないにしろ、しかし、ラボ内の光源が不足している事は、明らかである。
 そんな薄暗いラボの中を、照明も点けず、紅莉栖はウロウロと歩き回っているのだ。

 少し歩いてはピタリと止まり、棚や机や乱雑に積み上げられた荷物に視線を這わせる。そして、しばらくするとまた歩き出す。

 そんな行動を繰り返していた。

 まるで、何かを探し回っているように見える紅莉栖の行動。その様を目で追う俺に、微かな疑問が生まれる。
 そして、たまに聞こえてくる『違う』とか『分からない』とか『無意味だ』といった独り言が、生まれた疑問を膨らませる。

『直接聞いた方が早いな』

 そう考え、俺は横たえていた身体をゆっくり起こす。ソファが小さな軋み声を立てた。

「何をしているのだ、助手よ?」

 白衣をまとった華奢な背中に向けて、静かに問いかける。と、紅莉栖の肩が驚いたように小さく跳ねた。

「あ……岡部、起こしちゃった?」

 慌てた様子で振り向く紅莉栖。その無理やり作った笑顔の中に、少なからず狼狽の色を感じ取る。

「どうした? ラボに来たなら、起こせばよいものを」

「あ、うん。でも、よく寝ているみたいだったから、悪いかと思って……」

 紅莉栖らしからぬ、どことなく歯切れの悪さを感じさせる物言い。それはまるで、何かやましい事でもあるような、そんな口ぶりに──聞こえなくもない。

「何か、探していたのか?」

「いや、そういう分けでは……」

 単刀直入に問うた俺の言葉に、紅莉栖が瞳をブレさせながら言葉を濁す。

「相変わらず、嘘がヘタだな。何か欲しいものがあるなら、直接言えばよかろう」

「別に欲しい物があるとか……」

 やはり、歯切れが悪い。明らかに、何かを隠していそうではある。だが、あえてその事に対して、追求はしようとは思わなかった。
 下手に追求なぞした日には、頑固な紅莉栖を相手に、無意味な押し問答に発展しかねない。

『正直、それに時間を割いている場面ではないからな』

 そんな事を考えながら、俺は昨日、ラジカンの屋上で固めた決意を呼び起こす。

『これから俺は、紅莉栖に全てを伝える。その上で、紅莉栖の帰国を阻止せねばならん』

 それこそが、現状における、最重要項目であった。

 再発したリーディングシュタイナーの事。
 ロシア国籍を取得した、中鉢の事。
 得体の知れない世界線の行く末。

 頭を席撒く疑問は、腐るほどある。だがしかし、今、俺にとって最も優先されるべきは、俺の元から離れていこうとしている、牧瀬紅莉栖の事なのだ。

『それ以外の事は、とりあえず後回しだ』

 頭の中で燻る幾つもの疑念を振り払い、俺はソファから立ち上がる。

「よく来たな紅莉栖。では、約束どおり──」

 俺の言いかけた言葉の先を察知したのか、紅莉栖が開いた手のひらを俺に突き出し、続けるはずの言葉に待ったをかけた。

「ごめん、岡部。その話はまた今度」

 紅莉栖の言葉に、俺の眉が微かに上がる。

「また今度ってお前……今日、帰ると言っていたではないか?」

「ええと、その件に関してなんだけど……とりあえず、保留になった」

 その言葉の意味に戸惑う。

「保留?」

「そう、保留。まだしばらくは、帰らない。だから、その話はまた改めてと思うんだが……ダメか?」

「いや、別にダメという事はないが……」

 状況把握が追いつかず、俺の言葉まで歯切れが悪くなる。

 母親との約束だからと、けじめをつけなければと、引き止められたら困ると、そう言った昨日の紅莉栖。俺はその言葉に、強い決意を感じていた。
 だからこそ、それを引きとめようとする俺も、強い決意で紅莉栖に立ち向かおうとしていた。
 だというのに──

『紅莉栖に、何があった?』

 わずか一日の間に、あまりにも大きく反転した、紅莉栖の決意。それが何を示しているのか、俺には想像もつかなかった。

 とは言うものの、紅莉栖が今しばらく、日本に留まるという事実に、少しばかり心が浮つく。

「では、後どれくらい日本にいられるんだ?」

「どうだろう。ハッキリとは分からないけど、多分、十日くらいは……」

『多分……?』

 やはり、どこかいつもの紅莉栖らしくない。短い会話のやり取りだが、何となくそう感じ、浮き上がりかけていた心が、再び地に足を付ける。

『紅莉栖は、多分などという中途半端な表現を、あまり好まないと思っていたが』

 とは言え、紅莉栖の口からそう言った、曖昧さの残る言い回しを聞いた事が無いわけでもなく──

『単に、本当に日程が決まっていないだけ……だよな?』

 などと思うもものの──

 薄暗いラボの中を、明かりも付けずに何かを探していた紅莉栖。
 俺の声に驚いて振り向いた、狼狽の色を隠しきれていない紅莉栖。
 
 目の当たりにした、そんな紅莉栖の所作が、どうにも気に掛かった。

「どうした岡部。急に黙りこんだりして? さては、私の帰国が延びたことが、よほど嬉しいんだな。図星だろ?」

 どこかからかう様な紅莉栖の言葉。それに俺は、気も疎空に返す。

「ああ、そうだな」

「えっと……その解答は、その、ストレートすぎだろ。へ、変な風に勘違いしてしまう……」

 紅莉栖の言葉が耳を通り抜けていくが、いまいち頭に入ってこない。だがそれでも、とりあえず相槌だけは忘れない。

「ああ、別にそれで構わない」

「ふぇ? 岡部、それって、どういう……」

 昨日までの言い分をひるがえし、急遽、帰国を取りやめた紅莉栖。
 無理やりにでも推測を立てるのならば、紅莉栖の心変わりの原因。それは恐らく、昨夜、紅莉栖が俺との約束を反故にしてまで──

『ああ、そう言えば……』

 そこまで考えて、ふと思いだす。

『そう言えば、中鉢の一件があったな。紅莉栖の妙な言動は、それが絡んでいるのか?』

 そんな大事に思い至らないとは、どうやらまだ少しばかり、寝ぼけているらしい。

 俺は動きの鈍い頭脳を覚醒させようと、軽く頭を振りながら紅莉栖に──

「どうした、助手よ? なぜ赤くなっている?」

「あ、あんたが変な事を……」

「まあいい。それよりも、お前の滞在延期は、ひょっとして中鉢教授がらみなのか?」

「いくないだろ! ……って、パパ? パパがなに?」

 中鉢の名を出すと、紅莉栖がキョトンとした目を見せる。

「いやお前、知らないわけないだろ? 中鉢教授に、ロシア国籍が授与された話……」

「何それ、うそ……。その話は、聞いてない」

「聞いてないって、ニュースでも取り上げられて……って、本当に知らないのか?」

「ええと、昨日からテレビもネットも見てないから……」

 口ごもる紅莉栖。そんな彼女の反応に、俺の寝ぼけた頭の中が、盛大に混ぜっ返される。 

『紅莉栖の奇妙な言動は、中鉢とは別件?』

 ようやく見えかけた一つの解答のはずが、どうやらまったくのお門違いだったらしい。

「パパが……ロシア国籍……」

 微かに、紅莉栖の顔色が青ざめたように見えた。その様子から、本当に初耳だった事が読み取れる。
 微かに唇を震わせている紅莉栖。やはり、あんな父親でも、他国の人間となってしまうと、それなりに動揺するもののようだ。
 俺はそんな紅莉栖を見かねたように──

「仕方ない。ダルの話だと、ヤフーのトップに載っていたらしいから、まだ過去記事で見られるだろ」

 そう言うと、紅莉栖の脇をすり抜けて、パソコンの前へと向かう。と──

「……いい」

 紅莉栖が小さな呟きと共に、俺の腕を掴んで引き止めた。

「いいってお前、父親の……」

「岡部、いいから。私、今……それどころじゃないから……」


『──それどころじゃない?』


 その言葉に、俺の混乱が激しさを増す。

 自分の父親が、なにやらとんでもない事になっている状況を、『それどころ』と言い切った紅莉栖。思わず耳を疑わずにはいられない。

「いや、しかし……」

「私は……大丈夫だから」

「紅莉栖、お前、何を言って──」

 俺は出かかった言葉を飲み下す。
 俺の腕を掴んだ華奢な手の振るえが、うつむけた瞳の色が、あまりにも痛々しく俺の目に映る。
 とてもではないが、『大丈夫』といった紅莉栖の言葉に、信憑性の欠片も見つけることができなかった。


 底の見えない不安を感じる。


「おい、何を考えてる、紅莉栖」

 俺は、紅莉栖の両肩を強く掴むと、正面から紅莉栖の顔を見据えた。

「お前、何か変な事に巻き込まれているんじゃないだろうな?」

 真っ直ぐと紅莉栖を見る。微かな表情の変化も見落とすまいと、瞬きもせずに視線を向ける。

 そんな俺を前に、紅莉栖は視線をそら──

「岡部。一つだけ、教えてほしい」

 逸らしかかった視線が戻り、紅莉栖の瞳に俺の表情が映り込んだ。

 その、強い意志を感じさせる瞳の光に、そこに映った、俺自身の悲壮感溢れる顔に、鋭く息を飲む。

「……質問しているのは、俺だ」

「ダメ。その質問には、答えられない。だけど、答えて欲しい。お願いだから」

 そこには、これまでの歯切れの悪い紅莉栖の姿は、微塵も見当たらなかった。代わりに、いつも通り──いや、いつも以上に強い光を宿した、紅莉栖の目があった。

 俺は、紅莉栖から発せられた、有無を言わさぬ強い何かに、二の句が告げられなくなる。

「岡部、あの時……昨日、あんたから電話があった少し前……」


 ──世界線が動いたんだよね?──


 その紅莉栖の言葉に、俺は額然とする。

 何度も言うが、紅莉栖はリーディングシュタイナーを備えていない。だから、世界線の移動を知覚する事は不可能なのだ。だというのに──

「お前、どうしてそれを……?」

 ありえない言葉を聞いた。その事に、いささか頭が混乱をきたす。そんな俺に、紅莉栖が身を寄せるように身体を近づけ、声を振り絞るようにして言う。

「そう、やっぱり」

 紅莉栖は俺の動揺を解答と捕らえ、一度大きく顔を伏せる。そして、肩を震わせながら顔を上げ──

『な……涙……?』

 紅莉栖は泣いていた。端正な顔をクシャクシャに歪め、それでも口元に笑顔を貼り付け、泣きながら微笑んでいた。

「良かった……岡部、良かった……ほんとに……ほんとに……」


 ──世界線が動いていて良かった──


 紅莉栖の嗚咽に混じる言葉。俺はそれを聞きながら、その言葉の意味を理解する事を、放棄した。








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真帆(やっぱり……)

真帆(動くはずのなかった世界線が動いた。つまり、現状では不可能なはずの過去改変が、何らかの方法で行われた)

真帆(この出来事が、このお話における問題提起の出発点だったわけね)

真帆(変わるはずのないものが、しかし突然動いた。そしてそれは、望まれるものではなかった、と)

真帆(そう考えれば、酸欠になった際の岡部さんの狼狽ぶりも、一応の説明付けが可能よ)

真帆(ついでに、リーディングシュタイナーとかいうものが何なのかも、多少分かってきたわね)

真帆(リーディングシュタイナーとは、世界線の移動を感知できるような何かで、それは個々に装備、非装備を選ぶことのできる何か)

真帆(どんな感じの物なんだろう? イメージとしては日本のアニメで見た……あれって確か、スカウターとかいったかしら?)

真帆(あんな風に、目とか顔とかに装着する類のアイテムなのかな?)

真帆「まあ、それはさておきよ」

真帆(問題は、ここにきて紅莉栖の言動が理解できなくなってしまったことかしら)

真帆(世界線が動いていって良かった……)

真帆(どういう意味? 岡部さんは世界線の移動に対して明らかな恐怖心を持っていたはず)

真帆(なのに紅莉栖は、それが起きた事を喜んでいる)

真帆(ポイントはやはり……紅莉栖が会っていた人物が誰かということなのだろうけど……)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(これは無理ね。皆目見当もつけられないわ)

真帆(仕方ないわね。じゃあもう少しだけ……)

ガチャリ

真帆(え?)

紅莉栖「あ、やっと見つけましたよ先輩」

真帆(あわわわわ!?)ササッ

真帆「く、紅莉栖じゃない。どうしたのこんな夜更けに……」

紅莉栖「いえその……どういうわけか今日は先輩と顔をあわせられなかったので……それで、その」

真帆「…………」

真帆(何かしら。紅莉栖にしては歯切れが悪い……)

紅莉栖「あ、あの先輩! さ、昨夜のメールの件ですけど!」

真帆(!?)ピク

紅莉栖「その……本当に、何もないですか? その、お体に異常だとか……」

真帆(何だか、ものすごく怖い聞かれ方をしている気がするー!?)

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やっと500超えたよ半分きたよと見返したら
500は ついたなり だった
ふてねするなり

おつなり
世界線変動がおそらく起きてそれが自分にとって好ましい結果を引き起こしている(はず)って何を知っているんだセレセブ……

乙ありがと
次の方向性なんも考えい&多忙につき次回は未定スマヌ
ちなみにオカリン主観の地の文有りの方は過去作なので 気になる方は帰郷迷子で検索するとどっか出てくるろ

ごめんしてくだしい

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