道明寺歌鈴「雨降りの中で」 (13)

道明寺歌鈴ちゃんのSSです。

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 悪いことはなんでこう重なるのかなぁ、と思いました。

 収録から帰る途中、いきなり激しい夕立が降ってきました。鞄の中には台本が入っていて濡れるわけにはいかないと慌てて辺りを見回すも雨宿りできそうな場所が見つからずに。なんとか見つけた木陰のもとに駆け寄って一息吐いて。台本を確認すると濡れていないようでちょっと安心。

 木々の下から覗く視界はざあざあと降り注ぐ雨と、地面に当たって跳ねる雨粒で灰色がその大半を占めているように見えました。

 私の心象を表しているかのような景色の中、そっと手を伸ばしてみるも結局雨には触れずに戻しました。

「……心の中にも傘を差せたらいいのに」

 なんて呟いた言葉はかき消されてしまって。


 激しく降り注ぐ雨音が煩くて、目を瞑って耳を傾けるとその音だけに集中できるような気がします。

 それでも目を瞑ると思い浮かぶのは今日の失敗のこと。今までラジオは藍子ちゃんや茄子さんとか他の人と一緒で、私だけでなんて初めてで緊張していて。リハーサルの時点でも噛むことが多くて、それでもリハーサルだから本番では頑張ろうと思ったのに。

 なのに、本番でも私は変わらずに、それどころか噛んでばっかりでした。 幸いにも、生放送ではなかったので良かったのですが、最近はあんまりこういうことがなかっただけに、私の心にズシンとなにか重いものがのしかかってきているように思えて仕方がないのです。スタッフさんたちは気にすることはないと言ってくれましたが、やっぱり私なんてと思ってしまって。

 ついつい落ち込む気分を窘めるように目を開くと、まだまだやむ気配のない雨が足元の水たまりを叩いて水面を無規則に揺らしているのが見えました。あちらこちらで雨粒が水面を揺らして、波紋を作っては消えていく。覗き込んだ私の顔はなんだか泣きそうです。

 足元に転がっていた小石を拾ってそっと泣きそうな私目掛けて投げ捨てる。ぽちゃんと音を立てて一際大きく波紋を作り出してそこに映った私ごとぐちゃぐちゃにして。


 はぁ、と溜め息を吐くと身体が濡れているのに気付きました。水たまりを見るのに夢中になって濡れていたことに気付かないなんて、と思いながらも広げた手に当たる雨がひんやりとしていて何故か気持ち良く感じました。

 このまま濡れて戻っちゃおうかな、なんて考えが思いつきました。けどそんな状態で戻ったらプロデューサーさんに怒られそうだし、そもそも濡らさないために雨宿りしだしたのに、と元も子もなくなるのですぐにその考えを追い払いました。

「かりん…なにしてるのぉ…?」

「え…いや、ぼーっと……?」

 ぶんぶんと頭を振っていたら私を呼ぶ声が。はっと振り向くとびしょびしょに濡れたこずえちゃんが。

 さっきのを見られていたのかな、なんて考えも濡れているこずえちゃんを見たら吹き飛んで。

「たのしいのー……?」

「たのしい…? 多分……」

 私の返事にふーんと答えたこずえちゃんを見ると濡れた髪の先っぽからぽたぽたと水滴を垂らしていました。

 こんなに濡れちゃってどうしたのと聞きながら呼び寄せて、せめてもとハンカチで拭いました。


 やることもなくて、手持ち無沙汰だったからか、ふわぁ、と小さくあくびをしたこずえちゃんの頭を気付いたら撫でていました。ハッとそれに気付いたけど、撫でられているこずえちゃんは満足そうな顔をしていたので良かった。

「そういえば…こずえちゃんはなんでここに?」

「えっとぉー……なんだっけぇ……?」

 こてん、と首を傾げるこずえちゃんに苦笑いが浮かびました。

「かりん…あそぼー……あそべー……」

 こずえちゃんはそう言うとぐいぐいと私の腕を引っ張って雨の中へと出そうとしてきました。

「ふぇぇ!? こ、こずえちゃん意外と力強い…っ!?」

 踏ん張って抵抗しようとしましたが、雨によってぬかるんだ地面のせいで上手く力が込めれずにそのまま木陰から雨空の下に。

 激しい雨があっという間に服を濡らしていく中、身体に打ち付けられる痛さを感じながらこずえちゃんは大丈夫なのかと目をやると彼女は楽しそうに笑っていました。

「こっちのほうがたのしいよー……?」

 そう言って水たまりの中心で楽しげに足踏みをしていて。


 それを見た私は。
 ──こんなこと感じるのはお門違いなのに。こずえちゃんはただ楽しいということを伝えたいだけなのに。分かっているのに。

 私は無性にやるせない苛立ちを感じてしまっていました。

 ずっしりと濡れて身体に張り付く服、泥が跳ねて汚れきった靴、目の前を覆うように垂れてきた前髪。それらの感覚と、私があんな失敗をしたばっかりにというやり場のない負の感情と、それとは対照的に楽しそうにしているこずえちゃんとの差。

 それらが重なって、私の心の中はぐちゃぐちゃにかき乱されてしまう。頬に流れた水が何なのかは分かりませんでした。

 そんな私の様子が分かったのかこずえちゃんが近寄ってきてまた私の袖を引っ張りながら、

「かりんー…あれー……」

 と、指差しました。


 なんだろうと思ってこずえちゃんの指差した方向を見ると、指先に見えた暗雲の切れ目から光が差し込んでいるのが見えました。最初は一つしかなかった雲の隙間も見ているうちにどんどんと増えていって、差し込む夕陽の数々が降り続ける雨粒を煌めかせているような、そんな気がしました。

 さっきまでは全く見えなかったのに、と思ったら私は全然見上げてなかったことに気付きました。下ばかり見ていて目をあげればもっと早く気付けたのかな、なんてこずえちゃんを見ると、照らす夕日がこずえちゃんの髪を橙色に染めていました。

 お礼を言うために、こずえちゃんを呼ぼうとしたらいきなり強い風が。咄嗟に髪を押さえると、こずえちゃんが振り向いて笑っていました。


 綺麗でしょ、とでも言いたげな笑顔につられて私も笑顔になっちゃって。

 ありがとう、と声をかけてから、もう一度あの景色をと目をやるとあんなに暗かった雲も薄くなってきていて、夕焼けが失っていた明るさを取り返してきていました。
 そうしていたら、ふとこずえちゃんが、

「あ……おもいだしたー……」

 と、言うとあの木陰の下に置いていた鞄から二つの折りたたみ傘を取り出して渡してきました。

「もしかして、これを届けに?」

「そうー……」

「なるほど…でも、もういりませんね」


 空を見上げればもうそこに翳るものはなく。
 そして私の心の中にもあったそれは洗い流されていて。

「晴れた心に遮る傘なんて、なくてももう大丈夫ですから」

おしまい

読んでくださってありがとうございました。
見方によって意外とすんなり変わることってありますよね。

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