右京「呪いのビデオ?」修正版 (272)

相棒×リングのクロスssです。
このssは私が五年前に速報で書いた右京「呪いのビデオ?」の完全リメイクになります。
当時の拙い文章を修正してさらに新規のエピソードも追加しました。
よろしければどうぞご覧ください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1521559264

プロローグ



2016年 夏―――

「それではこちらでお待ちください。」



その日、警視庁特命係に所属する杉下右京は


先日、とある事件での負傷により車椅子を押しながらこの東京拘置所へと趣いていた。


これからこの施設に収監されている人物と面会を果たすためだ。


だがなにやら施設側が手続きに手間取っているために面会室で待たされる羽目になった。


そんな中、右京はこの面会室の天井にある天窓から外の様子を覗いていた。



「雨…ですか…」



どうやら外は生憎の雨模様らしい。


そういえばとここへ来る道中で空に雲が生い茂っていたことを思い出した。


雨…水…そんなことを思い浮かべているとある出来事がその脳裏に過ぎった。


それは今から3年前、右京たち特命係が追いかけた最悪の難事件。


それに纏わる難解な出来事と45年にも及ぶ悲劇の物語だった。



第1話



8月25日 PM23:30


今から3年前の2013年8月25日。

その夜、都内某所にあるマンションで男性が変死体となって発見された。

すぐに通報を受けて駆けつけた警視庁捜査一課が現場の捜査を開始。

死因はこのマンションからの転落死と断定された。

一見してみれば事故と思えなくもないのだが…


「マンションから転落死か。それにしても…」


「一体何なんですかねこの顔は…?」


「俺も刑事歴長いがこんな顔は見たことねえな…」


被害者の男性は

捜査一課の伊丹、芹沢、三浦の捜査一課のベテラン刑事たちが

思わず身震いするような恐怖に引き攣った形相で亡くなっていた。

その変死体は死の直前、

まるで何か恐ろしいものを見たかのようなそんな恐怖を物語っていた。


「これってアレか?おい米沢、これは死後硬直でこうなったのか?」


「いえ、死後硬直でもこれほど顔面の筋肉が硬直するなんてまずあり得ませんよ。
こんな奇妙な事件は我々だけでは無理だと思い、その手の専門家をお呼びいたしました。」


「ちょっと待った!何だその専門家ってのは!?」


鑑識の米沢ですらこのケースは珍しいと言われてやはりどこか奇妙でならない伊丹。

そんな米沢の連絡を受けてとある専門家が現れた。

この手の怪事件には呼ばれずとも必ず駆けつける二人の男たち。

一人は身奇麗なスーツを着込んだ英国紳士風の男、もう一人はジーンズの若者。

そんな一見正反対な男たちがこの現場に参上した。



「どうも、その専門家です。」


「ゲッ…特命係…」


「これはこれは警部殿、お早いご到着で。」


「アハハ、米沢さんに呼ばれたので来ちゃいました。」


「それにカイトまで…まあ…確かにこの手の事件の専門家ですね…」


現れたのは警視庁特命係の杉下右京。それに甲斐享ことカイトの二人。

確かに米沢の言うようにこのような不可解な事件にはまさに打って付けかもしれない。

だが伊丹たちにしては特命係が事件に関わること自体が不愉快極まりないのだが…


「あのねぇ…警部殿。いつもいつも言ってますけど…」


「そう言っていつもいつも解決してくれちゃってますからね。」


「コラ芹沢!プライドを持て!」


最早捜査一課のプライドなど何処吹く風かの如く無視して

遅れてやってきた右京とカイトは

隣で伊丹たちの小言をハイハイと聞き流しながらさっそく事件の詳細を尋ねた。


「それで被害者の身元は?」


「被害者の名前は吉野賢三。仕事はTV局のディレクターです。
ただしここ1週間ほど会社を無断欠勤が続いていたそうですが…」


「1週間も無断欠勤…何故そんなことに?」


「その件についてなんですが…今被害者の同僚の方が来てくださっているんですが…」


芹沢に案内されて一人の男が右京たちの前に現れた。

被害者の吉野と同僚だというこの男。名前は小宮という。



「同僚の小宮です、あの吉野さんは本当に…」


「残念ですがお亡くなりになりました。
それで我々は彼が1週間も無断欠勤をした理由を知りたいのですが…」


「吉野さんが無断欠勤をした理由ですか…
その前に吉野さんの部屋を見せてもらえないでしょうか?」


被害者の吉野の部屋を見せろという小宮。

なにやら事情を察した伊丹たちはこの小宮を吉野の部屋に案内させる。

こうして小宮をマンションに入れるのだが…


「…」


ふと、周囲を見渡すと不審な車がマンションの前を通り過ぎた。

その車のナンバーは[品川 ぬ 23 -38] と記載されていた。

それは以前、右京たち特命係が関わった事件でその関係者が所有する車だった。



8月25日 PM23:50


さっそく吉野の部屋に入る右京たち。

だがその部屋は取材による資料が散乱していた。

過去に実在されたと思われる超能力者の資料。それに伊豆大島の三原山の資料。

だがそれ以上に驚くべき奇妙なモノに全員が注目した。


「これ…TVですよね?」


カイトが指すようにそれは居間にあるTVだ。

ガムテープによりモニター部分を覆っていたが

それが恐らく何かの拍子で解けたらしくモニター部分が見えていた。

右京たちが調べるとそのTVは特に何か異常があるわけでもない。

故障した形跡もないし機能にもまったく問題はない。

但し、TVのケーブル類を辿ると今時にしては珍しいモノがあった。


「おや、珍しい。これはビデオデッキですよ。」


「あの…警部殿…あまり現場をいじらないでくださいね…」


「ビデオって珍しいですよね。今ならレコーダーが主流なのに?」


「もしかしたらレコーダーにビデオの映像を編集しようとしたのかもしれません。」


「だから現場で勝手な真似をしないで…」


「ちょっとビデオデッキにあるビデオテープを取り出してみましょう。」


「だーかーらー!現場を荒らさないでください!!」


伊丹の怒声も虚しく勝手に捜査を進める右京とカイト。

そんな二人だがビデオデッキから取り出したビデオテープを見ると

そのラベルには『COPY』の文字が記されていた。


「COPYとは…つまりこれはダビングされたモノでしょうか?」


「ダビングってビデオテープの映像を他のビデオテープに写すことですよね。
けどこの部屋にビデオテープはこれだけですよ。一体何から写したんですか?」


カイトの指摘するようにこの部屋にはビデオテープはこの一本しか存在しない。

つまりこのCOPYと書かれたビデオテープがダビングされたモノならば

マスターテープなるモノがなければならないはず。

しかしそんなモノはこの部屋には置いていない。それでは何処に?


「とりあえずこのビデオの映像を見てみましょう。」


「まあビデオデッキもあるしなにより事件に関係しているかもしれませんからね。」


このビデオの映像が事件に関係するかもしれない。

そう考えた右京たちはさっそくビデオをセットして再生ボタンを押そうとした。

だがその時だった。



「ダ…ダメだぁぁぁぁ!?」


「このビデオを見ちゃダメなんだ!」


「頼む!見ないでくれぇぇぇぇ!!!!」


突然、今まで怯えていた小宮が錯乱したかのように

ビデオデッキに駆け寄ってそれを破壊した。

何度も何度もバン!バン!と床に叩きつけて機能出来なくなるまで壊す小宮。

それから壊したデッキからビデオテープを取り出して

そのテープをビリビリに破いて二度と再生出来ないようにしてみせた。


「ちょっと…アンタ!証拠品に何してんだ!?」


突然のことに怒声を上げる伊丹。

しかし伊丹の怒鳴り声は小宮の耳には届いてはいない。

それどころか彼は次第に妙なことを口走るようになった。


「まさか…嘘だろ…やっぱり噂は本当だったんだ…」


「どうする…次は俺だ…」


「俺の番だ…どうしたらいいんだ…?」


何か得体の知れない存在に恐怖し怯える小宮。

その姿はどう見ても尋常ではなかった。

とりあえず怯える小宮をカイトと芹沢が奥の部屋へと連れて行き

残った右京たちはそのまま捜査を続行した。



散乱している資料の中にあるファイルが見つかった。

それは15年前に起きたとある事故の新聞記事をまとめたファイルだ。


「15年前に起きた事故のファイルだな。」


「掲載されている記事を読む限りじゃ事件性はない。これは今回の事故とは関係ないだろ。」


伊丹と三浦はそのファイルを一目見た程度ですぐにこの事故との関連はないと判断して

他の方へ移ろうとする。

だが二人が読み終えた後、このファイルを読んだ右京はある発見をした。


「確かに事件性はないように思われます。ですが奇妙ですよ。全員同じ日に死んでます。」


そのことを知ると伊丹たちは右京が持っていたファイルを再び注目した。

それには以下のことが記されていた。


大石智子:17歳 ○月×日 横浜の自宅にて急性心不全で死亡


岩田秀一:19歳 ○月×日 交差点をバイクで信号待ちしていた際に事故により死亡
(なお事故死する直前に急性心不全に見舞われてた模様。)


辻遥子:17歳 ○月×日 恋人の能美武彦とドライブ中に急性心不全で死亡


能美武彦:19歳 ○月×日 辻遥子と同くドライブ中に急性心不全で死亡


そこに記されていたのは15年前に死亡した4人の若者の事故死。

一見、彼らには何の接点もない。

だが同じ日に揃いも揃って事故死を迎えたとなればそれは不自然だ。

さらにこの奇妙な事故死を印象づける記述があった。



「しかも彼らは死亡した時刻まで同じだそうですよ。」


「また警部殿は勝手に口を出して…確かに奇妙だとは思いますよ。けどねぇ…」


「既に15年前に事故死と断定されてるんです。こんなの調べようがありませんよ。」


確かに伊丹たちも奇妙だと思えた。

だがそれと今回の転落事故が何の関係があるというのか?

そんな疑問を抱いている間に米沢が吉野の遺体の検死結果を報告しに来た。


「たった今検死の結果が出ました。
被害者は転落する直前に心臓発作を起こして急性心不全で亡くなっていたとのことです。」


「また急性心不全ですか。
ファイルにあった被害者たちと同じ死に方…
果たしてこれを偶然で片づけて良いものでしょうかねぇ。」


「しかし急性心不全ということはつまり病気…事故でしょう。」


「そういうことだな。
被害者はベランダに出た途端に急性心不全になりそのまま転落した。
つまり事故という結論以外ないな。」


「現状で考えればそういうことになりますな。
ただそうなると被害者のあの恐ろしいモノを見た形相が気になるところですが…」


「そんなモン知るか。
とにかく事件性が無いならそれに越したことはねえ。
あとは関係者にいくつか事情聴取してそれでこの件は終わりだ。」


米沢の報告を聞いて吉野の転落死を事故として処理する方針を固める伊丹と三浦。

右京も現段階ではその方針を曲げるような証拠を見当たらないので

伊丹たちの判断は妥当だと思い反論することはなかった。

これでこの件はひと段落だとこの場にいる誰もが思ったその時だった。


8月26日 AM0:00


日付が変わったその直後、誰もが予想しえない恐ろしい事態が起きた。






「 「 「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!?」 」 」






「小宮さん!しっかりしてください!」


「カイトくん!どうしたのですか!?」


「それが…小宮さんが急に苦しみ出して…」


先ほどカイトに連れられて居間で休憩を取っていた小宮が断末魔の悲鳴を上げた。

まるで何か得体の知れない恐ろしいモノに迫られるかのように恐怖する小宮。

彼の全身にその心臓が抉られでもしているかのような痛みが走った。


「うぐ…ぎぎぎぎぎぎ!!!!」


「おいどうなってんだ!こいつ何か持病でも抱えているのか!?」


「そんなこと知りませんよ…とにかく落ち着いて!安静にして!」


この事態に苦しむ小宮をどうにか鎮めさせようと努める伊丹たち。

だがいくら伊丹たちがベテラン刑事たちでも

突然発作を起こした人間に処置を施す術は持ち合わせていない。

だがそんなことを気にしている場合でもなくこのままでは小宮の命が危ない。

三浦は携帯を取り出して急いで救急車の手配をした。

伊丹と芹沢も同じく付き添っているカイトと何度も苦しむ小宮に呼びかけていた。

だがそんな彼らを嘲笑うかのように得体の知れない何かは小宮の命を…


「 「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」 」


壮絶な悲鳴を上げると同時に小宮は心肺停止状態に陥った。

その後、救急車が駆けつけて

小宮の心肺蘇生が施されたがその甲斐虚しく彼の死が確認された。



8月26日 AM9:00


「 「馬鹿者ォォォォォォッ!!」 」


「刑事が関係者を目の前で死なすとは何事だ!」 


「お前たちは市民を守る警察官だろうが!一体何をやっていた!?」


「お言葉ですが…
小宮さんは急性心不全で亡くなってしまい…我々も手を施したのですが…」


「あまりにも突然だったものでどうすることも出来なかったのです。」


「一応病院の報告だと彼は病死扱いということですけど…」


「当然だ。こちらに落ち度があってたまるか。」


早朝、内村刑事部長の部屋でかつてないほどの怒鳴り声が響いた。

伊丹、三浦、芹沢の三人は昨日発生した吉野賢三の転落事故で

その直後に起きた小宮の病死を内村刑事部長と中園参事官から叱責されていた。

いくら不慮の事故とはいえ小宮の死は明らかに警察側の不始末だ。

何故この事態を避けることが出来なかったのか?

内村は三人にその責任の所在を問い質していた。


「それにしても事情聴取中に急性心不全はあまりにも世間体が悪過ぎます。」


「また謝罪会見か。痛たた…胃が痛くなってしまった。中園やっておけ!」


「えぇっ!またですか!?」


「何だ。不満があるのか?」


今回の事故死は警察の事情聴取中に発生した。

従って警察の責任問題は免れない。

そうなれば当然謝罪会見を行う必要がある。

そのため内村はその嫌な役目をいつも通り部下の中園に押し付けようとしていた。



「ええ、不満です。」


「杉下…また現場に居たそうだな。今度という今度は…」


「お叱りは後ほど、
今回の被害者である吉野さんは
15年前に急性心不全で亡くなった4人の若者の急性心不全の病死を調査していました。
そして吉野さんご自身も転落する直前に急性心不全で亡くなっている。
それに同僚の方まで…
この一件を事故死で処理するのはあまりにも不可解、調べる必要があると思いますよ。」


「黙れ杉下!捜査に口を挟むな!」


「ちなみに被害者の吉野さんはTV局の人間です。
マスコミがこの事件をただの事故死として扱うとは僕には到底思えませんがね…」


同じく伊丹たちと共にこの場に叱責されていた右京とカイト。

黙れと言われても黙らないよなと心の中で呟くカイトを尻目に話を続ける右京。

本来なら内村は右京の話になど耳も貸したくないが

指摘されたようにマスコミに嗅ぎ回られては面倒なのは確かだ。

そこで部下の伊丹たちに小宮を死なせた懲罰の如くこの事故の捜査を担当させた。

ちなみに特命係はいつものごとく謹慎を命じられたのだが…

全員が退室する直前、内村はもう一度被害者の身元を確認していた。


「ひとつ聞くが転落事故で死んだのは吉野賢三という男なのか?」


「そうですが…それが何か…?」


「いや、なんでもない。下がれ…」


どういうわけか顔色の悪い内村。

右京たちが部屋を退室した後もなにやら思いつめた表情をしていた。

そんな内村の机の上にはある舞台のチラシがあった。

それは城南大学で開催される『仮面』という舞台の公演だった。

あの内村が舞台に興味あるのは少々疑問を抱いたが

さすがに今の興奮状態の内村に問うのは面倒だと思いさっさと退室した。



8月26日 AM10:00


「よ、暇か?聞いたぞお前ら、また内村部長に怒られたそうだな…って元気ねえな。」


いつものように組織対策5課の角田課長が特命係の部屋にコーヒーを求めてやってきた。

しかしその特命係では…


「…ハァ…」


「落ち込んでますねぇ…」


「そりゃ落ち込みますよ、小宮さんは俺の目の前で亡くなったんですから…」


内村の説教を終えて特命係の部署に戻った右京とカイト。

だがカイトの心中は決して穏やかではない。

何故なら今回もう一人の被害者である小宮は自分の目の前で亡くなった。

それを思えばカイトもその責任を感じずにはいられなかった。


「それにしても吉野さんが調べていた事故は奇妙極まりないですねぇ。
被害者が全員、同じ日、同じ時刻に亡くなっていた。
偶然にしてもこんな確率はありえません。
被害者は何故こんな亡くなり方をしたのでしょうか?」


「そう言われても…けど改めて聞くと一連の事故ってオカルトっぽいですよね。」


ついカイトが口にしてしまったオカルトという言葉。

警察官たる者がオカルトなど馬鹿げた話を信じるわけにはいかないのだが…

だが被害者たちの死因を知るとやはりオカルトと疑うのも無理はなかった。

そんな時、コーヒーを飲んでいた角田課長は

右京が鑑識の米沢から拝借してきた

15年前の事故の資料にある被害者の名前を見てあることに気づいた。


「岩田秀一と能美武彦…この二人何処かで聞いたことある名前だな…何だっけ?」


「本当ですか?」


「ちょっと待ってろ。調べてくる!」


何か思い出したかのように部屋を退室して調べごとを始める角田。

その間に右京たちはある場所へ向かうことにした。



8月26日 AM11:30


ここは被害者の吉野と小宮が勤めているTV局。

亡くなった二人の同僚から二人の近況を聞き込みしようとしたのだが…


「あ、また特命係!」


「まったく神出鬼没ですな警部殿…」


既に一課の伊丹たちが同僚の聞き込みを行っていた。

ちなみに彼らが聞き込みを行っているのは吉野たちと同じ部署に所属する早津という男。

しかし早津は伊丹たちの事情聴取に対してあまりにも尋常ではない怯え方をしていた。


「吉野さんと小宮さんの死について
何か心当たりはないか同僚のあなたにお伺いしたいのですが…」


「…」


「無駄ですよ警部殿。俺たちが聞いてもずっとこの黙りが続いてますから…」


そんな怯える早津に伊丹たちの事情聴取はあまり捗ってはいなかった。

しかしその様子は昨日吉野の死を知った小宮と同じ怯え方だ。

あの時、目の前で小宮に死なれたカイトは彼が同様の怯え方をしていると確信した。

だがそれが何を意味するのか?



「失礼ですが亡くなられた吉野さんと小宮さん、それに早津さん。
あなた方三人はこの数日の間に何か奇妙なことに巻き込まれたのではありませんか?」


怯え続ける早瀬に右京はそんな質問をしてみせた。

今の早瀬の様子からして死んだ吉野と小宮と一緒に何かをしたことだけは確かだ。

しかも昨日の事態を察するに命の危険が関わっていると考えるべきこと。

だからこそ早津はこうして尋常ではない怯え方をしているのではないか。

そしてそのことを察した右京に早津は飛びつくかのように助けを求めた。


「吉野…小宮…あぁ…刑事さん助けてください…俺まだ死にたくないんですよ!」


「ちょ…ちょっと急にどうしたんですか!?」


「あれを見ちまった俺にはもう時間が無い…ダメだ…もうすぐ…俺は死ぬ…」


「落ち着いてください小宮さん!
そうならないためにも我々警察が絶対にあなたのことをお守りしますから!」


「ダメだ…やっぱり俺たちは呪われちまったんだ!?」


「呪われた?一体何にですか?」


呪われた。そう何度も訴える早津。

いきなりのことで何の話だかわからない伊丹たち。

この現代に呪い?馬鹿らしい。それに呪われたとして一体何に呪われたというのか?

思わず呆れ返ってしまった。

だが右京はそんな早津にこんな質問をしてみせた。


「それはひょっとしてビデオテープが関係しているのではありませんか。」


「何故それを?まさかあなた方もビデオを見たんですか?」


「いえ、僕たちはあのビデオを見ていません。
ですがあなたのその怯えた表情…そして小宮さんが死の直前に見せた不可解な行動…
それらを推理すればあのビデオに何かあると察することは出来ますよ。」


「…これから話すこと、刑事さんたちは信じてくれますか?」


「あなたが話すことが真実ならば我々はそれを信じるだけですよ。」


早津は小さく頷き怯えながらも語り始めた。

すべての始まりは今から15年前のことだった。

当時、このTV局に勤務していたディレクターの『浅川玲子』がある取材を行っていた。

それは当時の若者たちの間に広まっていた都市伝説に関する取材だった。



「呪いのビデオ…それを浅川さんは追っていました。」


「呪いのビデオって…まさか…あの!?」


「おや、カイトくんはご存知なのですか?」


「まあ噂でしか聞いたことありませんけどね。
俺が中学生くらいの頃でしたね。その当時変な噂が流行っていたんですよ。」


それからカイトは右京に呪いのビデオについて語りだした。


【呪いのビデオ】


今から15年前の90年代中頃のことだ。

その当時、誰かが囁き出したとされる呪いのビデオの噂が中高生の間で広まり出した。

呪いのビデオを観た者は1週間以内に呪い殺される。

それもビデオを見た日の1週間後の同時刻に…

そんな都市伝説が巷で出回った。

だがそれはほんのひと時の間だけで気づけば誰もがその噂を忘れていた。

それに現代ではその呪いに使用されるビデオテープ自体が使われなくなった。

そのため今ではそのような噂は人々から忘れ去られていたはずなのだが…



「15年前…俺たちは…
浅川さんの頼みでその件を調べていたんです。
そしたら…暫くして浅川さんが死んだって話を聞いて…その取材は中断されました。」


「その浅川さんは呪いのビデオの所為で亡くなられたのですか?」


「いえ、彼女は呪いのビデオを見て1週間経ったのに生きていたんです!
けどその後すぐに交通事故に合って死んだと聞きましたが…
それから15年後…俺たちも呪いのビデオを見たんです。
まずは 吉野さんが先に18日に見て…
次に翌日の19日に小宮さんが…それに俺が22日に…
順番通りなら次に死ぬのは俺なんですよ!」


次に死ぬのは自分の番だ。そう叫びながら怯える早津。

今の早津の話しが確かならば吉野と小宮は1週間前に呪いのビデオを観ていたことになる。

つまり呪いのビデオとやらの噂は本当だということになるのだが…


「あの…ちょっといいですか…警部殿。」


「今の話を聞く限りだと…その…捜査一課でオカルトは扱っていないというか…」


「まあその…我々も忙しいので…
今回は特命係にお任せした方が良いんじゃないかというのが僕たちの判断でして…」


「つまりは今の話を聞いて馬鹿らしくなって俺たちに丸投げってわけですか?」


「あのなぁ!捜査一課はオカルト専門外なんだよ!
まあ呪いのビデオとやらで死体でも出たら呼んでください。それでは!」


伊丹たちはこれ以上事件性が無いと判断し、

後は特命係に一任するといいさっさと帰ってしまう。

無理もない。こんなオカルトみたいな話をまともに聞く方がどうかしている。

それに今回の発端となった出来事も15年前ときている。

殆どの関係者が亡くなっていてそんな昔の話を今更検証することなど不可能に近い。

そんなわけでさっさと退散する伊丹たち。

残った右京とカイトは引き続き早津から事情を聞く事にしたが…



「あの人たち…俺が言ったこと…
全然信じてなかったですよね…
あなたたちも馬鹿なこと言っているとそう思っていますよね…」


「いや…そんな事ないッスよ!俺ら信じてますから!」


不安になる早津を落ち着かせるカイト。

だがカイト自身も今の話を聞いて些か半信半疑だ。

伊丹たちの言うようにこんな話をまともに信じる方がどうかしている。

そんな当然のような反応を見せるカイトだが…


「あの…試しに何でもいいから俺を写してもらえますか? そうすればわかりますから…」


「わかりました、カイトくん。ちょっとやってみてください。」


「了解です。」


右京の指示を受けてカイトはスマフォを取り出して怯える早津の画像を撮った。

だが写った早津の画像は明らかに奇妙なものだった。

何故ならその画像に写った早津の顔は奇怪なまでに歪んでいた。

まるでこれが呪いに掛かった証拠でもあるかのように…


「それ…ずっとなんですよ…
呪いのビデオを観てからずっとそんな画像になって…
最初に気付いたのがTVのカメラに自分が映った時でした。
カメラの不調だなって思ってたんですけど…他の人はそんなことなくて…俺だけ…
ねぇ…俺やっぱり呪われているんですよ!刑事さん助けてよ!!」


「落ち着いてください!こんな画像の顔に靄が掛かったくらいじゃ人間死にませんから!」


「何言ってんだ!
呪いのビデオに関わってもう何人もの人間が死んでるんだぞ!
アンタらこの現状を見てもまだ信じられないってのかよ!?」


自分は呪われている。

人は死んでいるし自分もこうして呪われている証拠がある。

それなのに何故信じてくれない?そうカイトを責め立てる早津。

そんな最中、右京は冷静さを失いつつある早津に質問をした。



「ひとつよろしいでしょうか。」


「ハァ…ハァ…一体何ですか?」


「先ほどあなたが仰った15年前に事件を調べた浅川さんは
1週間経っても死ななかったそうですがそれはつまり呪いを解いたということですよね。
つまり呪いを解く方法は必ずあるとそういうことじゃありませんか?」


早津の話しが正しければ15年前に浅川玲子は呪いを解いたはず。

つまり浅川玲子は呪いの解き方を知っている。

そう右京は早津に助言してみせた。


「そうだ…浅川さんが1週間経っても生きてたから…
てっきり俺たちはあのビデオはインチキだと思ったんです。
けど実際はこうして人が死んで…浅川さんは恐らく呪いを解く方法を知っていたんだ!
それさえわかれば俺も死なずに済むのに…」


「あの…亡くなった浅川さんは呪いのビデオに関して何か残してなかったんですか?」


「それが浅川さんは…事件のことは一人で調べていたらしく…
呪いを解いた直後に彼女は突然失踪して当時の資料は全部失われたんです。
そしてその時にオリジナルの呪いのビデオも焼いてしまったのでもう何も残ってません。」


「オリジナル?
それでは吉野さんの部屋にあった
あの『COPY』のラベルが貼ってあった呪いのビデオはダビングされたものなのですか?」


「当時、浅川さんか紛失しないようにと何本かテープをダビングしてたらしいんです。
詳しくは知りませんがその1本を恐らく吉野さんが入手したんだと思います…
そうだ…ビデオだ!あの呪いのビデオにこの呪いを解く鍵があるはずだ!
刑事さん、吉野さんが持っていたビデオはどこにあるんですか!?」


あのビデオにこの呪いのビデオの謎を解く鍵がある。

右京たちにビデオの在り処を求める早津。

だがそのビデオは昨日小宮によって修復不可能なまでに破壊された。

つまりビデオの謎を解きたくても肝心のビデオが失われてしまったのでは成す術がない。


「そんな…もうダメだ!あのテープが無ければ俺は…死んじまうよ!?」


「落ち着いてください。
我々があなたの呪いを解く方法を必ず調べます。あのテープの内容を教えて頂けますか?」


それから早津はテープの内容について細やかに説明をした。

彼はそのテープを一度しか観ていない。

それにも関わらずその内容を鮮明に覚えていた。

そしてその映像にあった場面をひとつも漏らすことなく右京とカイトに伝えてみせた。

彼が見た映像は以下の通りだ。



冒頭のメッセージ


『終いまできけ、さもないと亡者に喰われるぞ。』


一人の老婆が画面の向こうにいる誰かに向かってこう話しをしている。

『その後、体はなあしい?しょーもんばかりしているとぼうこんがくるぞ。
いいか、たびもんには気ぃつけろ。うぬは、だーせん、よごらをあげる。
あまっこじゃ、おーばーの言うこときいとけぇ。じのもんでがまあないがよ』

それは何処かの地方で使われている方言。しかしその意味が何なのかはわからない。


鏡に映る髪を結う着物を着た30代後半~40代前半の女。

次にまた鏡に人が映るがそこには先ほどの着物の女性ではなく

髪が長くて白い服を着ている少女が映る。


何かに苦しむ人々の姿。白い布を被り指を指す男性。


新聞記事、噴火についての内容が記されている。


サイコロが振られる音。そして『嘘吐き!嘘吐き!』と人々から罵声される。


空が映るシーン。だがそれは何故か丸く映っている。


人の眼、何度か瞬きをしてその瞳に映る『貞』という文字。


井戸、周りは木々に覆われた森で井戸はかなり古く一部分が欠けている特徴のあるモノ。


最後にまたメッセージが出る。


『これをきいた者は、1週間後のこの時間に死ぬ運命にある。死にたくなければ…』


以上が早津の観た呪いのビデオの映像の内容だった。

それから早津はペンを取り画用紙に数枚の絵を描き出してそれを右京たちに見せた。

丸い何かから見下ろす一人の男、鏡、髪を結う女、髪の長い少女、新聞記事、噴火、

苦しむ人々、老婆、サイコロ、罵倒する人々、白い布を被る男性、井戸の光景、

そして『貞』と文字が書かれた絵。

正直どれも意味不明なモノばかりだ。

だがそれを見た右京とカイトは何かおぞましいモノを肌で感じる感覚に襲われた。

まるで今この瞬間、自分たちにも呪いが振りまかれたというそんな気分に陥った。



「これだけじゃ何がなんだかわかりませんよ…」


思わずそんな弱音を吐くカイト。

確かにこんな意味不明な絵だけで謎を解き明かすのは至難の業だ。

これではお手上げだとカイトが値を上げるのも無理もない。

しかし右京は今のビデオの内容でひとつ気になった疑問を早津にぶつけてみた。


「先ほどのお話でひとつ気になる点があります。
最後のメッセージに『死にたくなければ…』とありますが
それから先は何か表記されていませんでしたか?」


「それが…その…
肝心の最後の部分はないんです。
その所為で俺たちは呪いを解く方法がわからないんですよ!」


肝心の呪いを解く方法は表記されてはいない。

だから吉野や小宮もその方法を試みることが出来ずに

呪いのビデオによって死んだというのが早津の話しだった。

つまり1週間以内に15年前、浅川令子が解いた方法を見つけ出さなければならない。

その方法を行わない限り、早津は確実に呪いによって死ぬ。


「お願いです!俺にはもう4日しかないんです!
8月29日のPM19:00がタイムリミットなんです。
だからそれまでに呪いを解く方法を見つけ出してください!」


そんな鬼気迫る顔で右京たちに迫る早津。

残り4日、右京はなんとか呪いを解く方法を探してみると約束してその場を立ち去った。



8月26日 PM13:00


「それでな、この岩田秀一と能美武彦の二人は
かつて銀龍会で麻薬を売ってた密売人なんだよ。
まぁそういってもこいつらは下っ端中の下っ端でな。
都内じゃ足が付くから
伊豆とか箱根辺りの街から離れたペンションに行って麻薬を売ってたんだよ。」


「なるほど、彼らは麻薬の前科がありましたか。」


「当時こいつらの客は
ほとんどが受験生のガキ相手で勉強の効率アップだとか言って商売してたらしいよ。」


TV局を後にした右京たちは特命係の部署に戻り

都合よく調査を終えた角田課長から報告を聞いていた。

15年前に病死として扱われた岩田秀一と能美武彦はかつて麻薬の売人だったということだ。


「それじゃあ亡くなった大石智子や辻遥子もその二人の客だった可能性があるんすか?」


「たぶんそうかもしれんな。
当時二人とも大学受験を控えていた。
恐らく気分転換程度の軽い気持ちで手をつけたんだろうよ。
麻薬に手を染めるヤツはそうやって軽い気持ちで手を出すもんだからな。」


その彼らが同じく死亡した大石智子や辻遥子と麻薬の取引で通じていた。

それが角田の見解だった。今の説明に右京たちも角田と同意見だ。

しかし彼らがもし呪いのビデオに関わって死亡したのなら

彼らは何処であのビデオを見たのか?それが疑問だった。


「ちなみにこいつらが取引場所として使っていたのが
静岡にある伊豆パシフィックランドっていう貸別荘だったわけだ。
俺も捜査で向かったが山と海に囲まれて絶景の場所だったよ。
慰安地にはもってこいの場所だね。」


「なるほどわかりました。カイトくん行きますよ。」


「ちょっと!まさか杉下さんもあんな『呪いのビデオ』なんて信じてるんですか?」


「以前言いましたが僕はオカルトに興味津々でしてね。
特に幽霊や超能力なんて興味を注がれませんか?」


今回の事件に

オカルトが絡んでいることもあり右京は興味津々で捜査に乗り出そうとしている。

そんな右京に呆れながらも同行しようとするカイト。

だが出発直前、コーヒーを飲みながら角田はそんな二人の出鼻を挫いた。



「けど今更行っても…もう何も無いけどね…」


「え?そこ今はもう潰れちゃったんですか?」


「ああ、15年前だったかな。
その別荘の床下にある『井戸』から『死体』が出てきてね。
それ以来気味悪くてお客さんが寄り付かなくなって施設は潰れちまったんだとさ。」


「『井戸』…『死体』…杉下さん…まさか…」


「課長、そのお話詳しくお聞かせ頂けますか?」


それから角田課長は伊豆パシフィックランドの顛末について話した。

それは今から15年前のこと。

当時角田課長率いる組対5課は

都内から離れた場所で麻薬の取引を行う岩田秀一と能美武彦の足取りを追っていた。

しかし彼らは事故死によって処理された。

だからといって二人の行いが有耶無耶になったわけではない。

二人が麻薬の取引に使用していた

貸別荘に趣いて取引の痕跡を調べようとした矢先のことだった。

その当時、ある二人組みが事故死した4人の直後に彼らが使用した貸別荘を訪ねた。

そして二人はどういうわけか貸別荘の真下にあった井戸を掘り起こして死体を発見した。


「ウチも当時その別荘に張り込みをしていたから
その事件はよく覚えているが死体を見つけたのは二人の男女だったそうだ。
男の方は『高山竜司』。女の方は…浅川玲子…確かそんな名前だったな。」


「浅川玲子ってそんな…けど二人は何で死体を見つけたんですか?」


「警察も事情を聞こうとしたんだが高山って男が翌日、自分の家で死んでてさ…
そんで浅川って女の方も事件後行方不明でわざわざ実家の方まで尋ねに行ったら
なんと驚いたことに親御さんが変死体で発見されてたんだよ!
まあ親御さんも歳だったし死因もわからなくはないんだけど…」


「急性心不全…ではなかったのでしょうか?」


「オォッ、さすが警部殿!よくわかったね。
そんで事件から暫くしてようやく浅川の所在が分かったんだが
その直後に浅川がトラックに撥ねられてさ、即死だったよ。
結局何で二人が死体を発見できたのかは今でも謎のままなわけだわ。」


今の話しを聞いて思わず背筋をゾッとさせるカイト。

呪いのビデオの信憑性とその不気味さがますます肌で感じ取れた。

そんなカイトを尻目に今の話しで右京はひとつだけ気になることがあった。



「井戸で発見された遺体は身元不明のまま処理されたということでしょうか?」


「いや、一応遺体の身元は判明しているんだがね…
親族が遺骨を引き取りに来てたみたいだしたぶん実家の墓に供養されてんだろう。」


「ちなみにその井戸で亡くなられた方のお名前はわかりますか?」


当然のことだが身元が判明していたのであれば井戸で亡くなった人物の名がわかる。

井戸から出てきた遺体の身元を調べればそれは呪いのビデオの謎を解く鍵になるはず。

それから角田は自分の机に戻り紙とペンを取り出してその遺体の人物の名前を書き出した。


「仏さんの名前…
何故だか知らんが頭にこびり付いて離れやしないんだよな。
それで名前は『貞子』、さだが『貞』の字の『山村貞子』という名だ。」


【山村貞子】


それが角田の書いた井戸で死亡したと思われる人物の名前だ。

右京とカイトは角田の書いた名前の『貞』という文字に注目した。

それは先ほど、TV局で早津から教えられた呪いのビデオの映像にあったもの。

あの『貞』という文字に関係があると確信した。

山村貞子…

これより特命係はこの女を巡って恐怖と悲劇に見舞われた物語に関わることになる。



第2話


8月26日 PM16:00


右京とカイトは先ほどの角田課長の話を聞いた後、

その足ですぐさま静岡県警の遺留品係を訪れていた。

その目的は勿論、井戸で死亡されたとみられる山村貞子についてだ。

貞子が死亡した原因を探るために何か遺留品はないのかと探りに来たのだが…


「まさかその日のうちに静岡県警の遺留品係を尋ねるなんて、杉下さん行動早過ぎですよ。」


「何を言っているのですか。
呪いが本当なら早津さんはあと4日しか時間がありません。
我々には時間も手掛かりも少ない。迅速に行動するに越した事はありませんよ。」


確かに呪いが本物なら早津には4日しか時間が残されていない。

それは呪いに陥っていないカイトには実感できない焦りと苛立ち。

早津の心境を察すれば一刻も早くこの事件を解くべきなのだが…

やはり他人事であること、

それに未だに呪いのビデオが本物か疑っている現状ではイマイチ身が引き締まらなかった。


「お待たせしました。伊豆パシフィックランドでの事件の資料です。」


「どうもありがとう。やはり思った通りです。カイトくん、これを見てください。」


当時の捜査資料からまず探り出したのは伊豆パシフィックランドの宿泊者名簿だ。

それには15年前に

岩田秀一、能美武彦、大石智子、辻遥子、その4人が宿泊していた形跡があった。

さらにそれから数日経過した日付には浅川玲子の名前が記されていた。

やはり彼らが伊豆パシフィックランドを訪れていたことは間違いないようだ。



「彼らが泊まった日、
この○月□日は…ひぃ…ふぅ…15年前の彼らが亡くなった○月×日の一週間前です。
つまり彼らは…」


「その時に呪いのビデオを観た…そういうことですか?」


「間違いありません。
その数日後に浅川玲子が泊まりに来た。
つまり呪いのビデオは伊豆パシフィックランド…
いえ、厳密にはあの井戸の傍にあった場所に在ったモノだった。
そしてそのビデオは浅川令子によって外に持ち出されたということになります。」


呪いのビデオとは元々あの井戸の傍に在ったモノ。

それを浅川玲子は持ち出していた。

その後も宿泊者名簿を読み漁るが

角田の話し通り井戸から遺体が出た日から客足がどんどん遠のいたらしく

その後の客足はパッタリと途絶えて施設が閉鎖されたことを示した。

まるで呪いの何かを感じ取った人々が恐れを為して近寄らなくなったかのように…



「これが…『山村貞子』の検視報告書です…」


続いて提示されたのは井戸で見つかった山村貞子の検死報告書。

だがそれを右京たちに差し出す職員は酷く顔色が悪かった。

とりあえず報告書に目を通してみるのだが…

するとそこには奇妙なことが記されていた。


「拝見します。これは…どういう事ですか…?」


「何かおかしな点でもあったんですか。」


「検視報告では山村貞子は井戸で死亡してから1年しか経過していないと記されています。
しかし発見者である高山竜司と浅川玲子の証言によれば
貞子が井戸に落とされたのは、その30年も前だということらしいです。」


確かにそれは奇妙なことだ。

15年前、浅川たちが山村貞子の遺体を発見した時には貞子はその1年前に死亡していた。

しかしその浅川たちが証言するには貞子は既に30年前に井戸に突き落とされたとのこと。

つまりこれは貞子が30年も井戸の中で生きていたということになる。

その話しを聞いてカイトは心の中でこう呟いた。

馬鹿な、ありえないと…

人間が井戸の中で30年も生き続けるなんて生物学上不可能なはず。

現実的に考えるなら何かが間違っていることになる。

それは浅川たちの証言かもしくは貞子の検視報告、

そのどちらかに誤りがあるということになるのだが…


「山村貞子が井戸の中で生きていたのは間違いありませんよ…」


そんなカイトの疑惑を遮るように職員はそんなことをボソリと呟いた。

見ると職員は先程よりも酷く怯えていた。

まるでかつて恐ろしくもおぞましい何かを見たようなそんな印象が漂っていた。


「詳しいお話を聞かせてもらえませんか。」


そんな職員に何故貞子が30年も井戸に居たのか尋ねる右京。

それから職員は恐らくは話したくはないだろうことについて

右京たちに当時の状況について語り始めた。



「あれは15年前、
私も現場に駆り出されたのですが…井戸の中に入ってみると…
壁のあちこちに山村貞子が壁をよじ登ろうとして痕跡がありました。」


「つまり山村貞子は井戸に落とされた時にはまだ生きていたということですか?」


「ハイ、私が壁を見回すと彼女の削げ落ちた爪が見つかりました。
検視報告書を見てください。山村貞子の手…ボロボロで…爪が全部割れてるでしょう…」


「確かに彼女の指はかなりの負傷が確認されています。」


この職員が語るには

15年前に伊豆パシフィックランドにて山村貞子の遺体が発見された際、

その現場はあまりにも悲惨なものだったらしい。このことからある事実が明らかとなった。


「恐らく山村貞子は生きながらあの井戸の中に閉じ込められたと思われます。
発見者の話によると井戸は分厚いコンクリートの蓋がされてあって
たとえよじ登ることが出来たとしても外に出る事は不可能だったはずです。」


「つまり山村貞子は自ら自殺したのではなく…」


「何者かの手により井戸に閉じ込められたということになりますね。」


今から45年前、貞子は何者かの手により井戸に落とされた。

そしてその中で30年間生き続けた。

それは恐らく地獄のような苦しみだったにちがいない。

しかしこうなるとさらなる疑問が浮かび上がる。

貞子を井戸に突き落としたのは誰なのか?そしてその理由は何なのか?


「ところで山村貞子の遺体は親族の方が引き取られたと聞きましたが?」


「山村貞子の叔父にあたる山村敬という老人が引き取りに来られました。
確か伊豆大島の実家の方へ亡骸を持ち帰り、その後に弔ったと聞いています。」


「大島ですか…
ところで山村貞子の死体が発見された井戸に行ってみたいのですが
現在でも井戸は存在しているのでしょうか?」


「あの場所…ご存知かもしれませんが死体が出た騒ぎで近寄らなくなりましてね、
けど何年か前に国がそこに施設を作りたいから買い取ったそうですよ。
何の施設だか明かされていませんが周辺住民もあんな薄気味悪い場所を
買い取るモノ好きがいてくれて助かったと喜んでいましたがね。」


どうやら井戸の周辺は

国がなんらかの施設を建てたようで無許可の立ち入りは禁じられているらしい。

つまり安易に立ち入ることはできない。

令状でもあれば話しは別だろうが残念なことに特命係は捜査権を持たない部署だ。

さらにこんな呪いの事件に捜査令状なんて出されるはずもない。

どうやらここにきて捜査が行き詰まったようだ。



8月26日 PM20:30


「…」


「杉下さん…思いつめた顔をなさって…何か考え事ですか?」


「まあこの人が考え事するのはいつものことなんで気にしないでください。
けど…どうしますか?当時の事件関係者のほとんどが死んでてろくに話を聞けませんよ?」


静岡県警から戻った右京とカイトは

その足で腹ごしらえにいつもの花の里へと訪れていた。

右京の前妻である宮部たまきより譲り受けた花の里を

笑顔の絶えない優しさの人柄で店を一人切り盛りする月本幸子。

そんな幸子が提供する食事を

余程お腹を空かしていたのか箸を進めるカイトに対して熱燗一杯嗜む程度の右京。

しかしそんな思いつめた態度を振り払うかのようにカイトへあることを告げた。


「明日、大島に行ってみようかと思います。」


「まさか山村貞子の遺体を引き取った山村敬を尋ねる気ですか?」


「えぇ、今のところ手掛かりはそれしかありませんからね。」


確かに今のところ手掛かりは山村貞子の遺体を引き取った山村敬なる人物しかいない。

しかしまさか呪いのビデオなどというオカルトを真に受けて

伊豆大島まで出向かなければならないとは…

暇な部署の特命係でなければ絶対に出来ないことだなとカイトはつくづく思った。


「なんとか彼女の足取りを掴めれば良いのですが。」


「呪いのビデオの内容…今のとこ判明したのは『井戸』と『貞』の字だけか。
せめてもうひとつくらいわかればな…何でしたっけ『しょーもん』がどーたらこーたら…」


「『しょーもんばかりしているとぼうこんがくるぞ。』
警察官ならこれくらい一発で覚えておくものですよ。」


「無茶言わないでください。
警察官全員が杉下さんなみの記憶力があるわけじゃないんですから…」


つまらない嫌味を言われて愚痴るカイト。

だがそんな二人の会話に思わず女将の幸子が反応した。



「あの…今のもう一度言ってもらえますか?」


「え?みんなが杉下さんなみの記憶力があるわけじゃないって言っただけですけど?」


「いえ…そこじゃなくてさっき杉下さんが仰った…」


「『しょーもんばかりしているとぼうこんがくるぞ。』のことですか?」


「そう、それです!
確か刑務所に居た時に大島出身の人がいて
その人がよく方言で言ってたんですよ。
『しょーもんばかりしているとぼうこんがくるぞ。』って!」


「まさかこんなところでヒントが出て来るなんて…それでこれ何て意味なんですか?」


「『水遊びばかりしていると幽霊が出て来るぞ』そんな意味だって言っていましたけど…」


『水遊び』それに『幽霊』…

幸子の話しを聞いて今回の事件にますますオカルトの雰囲気を感じ取るカイト。

これでは伊丹たち捜査一課が特命係に丸投げするのも無理はないなと呆れるほどだ。


「幸子さん、どうもありがとう。やはり大島に何かあるとみて間違いないですね!」


「けど早津さんの呪いの日まであと4日…
つーかもう今日も終わりますから実質3日くらいしかありませんよ。
そんな短期間で俺たち二人だけで
45年以上も前にいなくなった人間の足取りを追うのは正直厳しくないですか?」


「そうですね。ですが一応手は打っておいたので心配する必要はないと思いますよ。」


45年前に井戸で死んだ貞子の足取りを追う困難さは

最初から想定していたとでも言いたげな右京。

そんな右京がもうひとつ打った手とは…?

ちなみに…



同時刻―――


「お疲れっす。」


「お先に失礼します。あれ?課長残業っすか?」


「まあな、特命の連中には世話になってるからちょっと調べ事をね…」


同時刻、組対5課の部署では全員が帰宅する中で

角田課長一人が右京からの頼まれ事をせっせと調べている姿があったとか…



8月26日 PM21:00


「それではここで別れましょう。明日は遅れないようにしてください。」


「了解です。ガキじゃないんだからそんな心配しないでくださいよ。」


「ええ、わかっていますよ。ですが念のためにと思いましてね。」


花の里で腹ごしらえを終えた二人は明日に備えて今日はそれぞれ自宅への帰路についた。

だが右京は少しばかりカイトのことが気掛かりだった。

その理由は昨夜亡くなった小宮の死についてだ。


「カイトくん、小宮さんの死はキミの責任ではありません。」


「いきなりどうしたんですか?」


「いえ、もしキミが責任を感じているのならと思って…
あれはさすがに止めようがありませんでした。僕でも無理だったはずです。」


小宮の死について内村は自分たちにこそ責任があると言及した。

確かに警察官が目の前で人をむざむざと死なせれば問題であることは間違いない。

右京自身もその場にいながら何も出来なかったのは不甲斐なさを痛感していた。


「それでも責任を感じているのならこの事件を解決しましょう。
真相を解き明かすことが小宮さんの死を無駄にしない唯一の行いだと僕は思います。」


右京の言葉を受けてカイトは納得したように頷きその場を去った。

そんなカイトを若干不安そうな気持ちで見送る右京。

だが後に右京は後悔することになる。

この日、もしもカイトを一人で帰さなければ

あのような過ちを犯すことなどなかったかもしれないと…



8月27日 PM13:00


「ご乗船ありがとうございました。またのご乗船をお待ちしております。」


高速ジェット船から乗客に対しての下船のアナウンスが流れた。

ここは伊豆大島の船乗り場。

高速ジェット船で東京からの船旅を経て大島へたどり着いた右京とカイト。

島の中心に位置する三原山に大海原に囲まれたこの島こそ山村貞子の生まれ育った場所。

この島に呪いのビデオの謎を解く鍵があると確信を持っていた。


「さて…それでは山村さんのお宅へ向かうとしましょうか。」


「その前に待ってください。
一応この辺りの駐在さんに来ることを連絡しておいたはずなんですけど…
誰も来ないなんておかしいな?」


「キミ…駐在さんを旅行会社のツアーガイドと勘違いしてませんか?」


そんなカイトに半ば呆れ気味に答える右京。

さて、そんな時だった。


「す・ぎ・し・た・さ~ん!お待ちしていました!!」


この港に何処からともなく右京を呼ぶ叫び声が響いてきた。

何故この島で自分を呼ぶ者がいるのか?

すぐにその声がする方を振り向いてみるとそこに居たのは…



―歓迎!特命係御一行様!!―



  大島へようこそ!!


なんとそこには

でかい垂れ幕を振りながら右京たちが来るのを待ちわびていた一人の男がいた。

それは制服姿の男性警官。

その警官を目の当たりにした右京は呆れながらにこう返事した。


「それでこんなところで何をしているのですか陣川くん?」


「ハッ!実は近年この大島にも犯罪の魔の手が押し寄せているようなので
この陣川公平が犯罪の魔の手から大島の人々を救うため派遣された次第です!」


「つまり何かヘマやらかしてここに飛ばされたってわけでしょ。何やってんすか?」


なんとこの大島に赴任していた駐在とは

かつて特命係と何度も因縁もあり自称特命係第三の男でもある陣川公平であった。

どうやら右京たちがこの大島に来ることを知り事件の匂いを嗅ぎつけたらしい。

そんなわけでこうして出迎えてくれたのだが…


「陣川くん、さっそくですが我々は山村さんのお宅へ行きたいのですが…」


「その前にせっかく垂れ幕まで作ったんですし、みんなで仲良く写真を撮りましょうよ♪」


「あのですねぇ…俺ら別に遊びに来たわけじゃ…」


「まあいいじゃないですか。
どの道フェリーは午後まで便がありませんし記念に一枚くらい。」


「それじゃあいきますよ。ハイチーズ!」


陣川に促されてポーズを取りながら写真を撮る三人。

それから右京とカイトは陣川の運転する車に乗り込み山村宅へと向かうことになった。



「いやー嬉しいな!杉下さんとまた捜査が出来るなんて♪今度はどんな事件なんですか?」


「別にまだ事件と呼べるほどのモノじゃないんですけど…」


「かつてこの島にいた山村貞子なる人物の足取りを追っています。
既に彼女は亡くなっていますが
その遺体を引き取ったという親戚筋の山村敬さんに会いに来ました。」


移動中、陣川に事の次第を説明する右京。

それから陣川も前任の駐在からある程度、

この島の住民について聞いていたらしく山村家について話し始めた。

その昔、山村家はこの島でも漁師たちの網元として取り仕切っていたらしい。

そんな山村家は現在この大島の南側にある差木地村で旅館を営んでいるそうだ。

その後、車を走らせるがその道中でこの島の中央に位置する三原山が見えてきた。

それはビデオの映像にあったとされる噴火の山だ。

あの噴火の山が三原山だとすれば

この大島が山村貞子にとって縁の地であることは間違いないようだ。



8月27日 PM14:00


「帰ってください!」


「あの奥さん…俺たちはお話しを聞きたくて…」


「養父はその貞子さんの所為で死んでしまったんですよ!
それもあなたたちのような本土の人たちに何度も関わったばかりに!?」


右京たちは訪れた山村家が営む旅館を訪れ、

女将である山村和枝に山村貞子についての話を聞こうとしたが…

この通り取り付く島もない状況だ。右京たちはまさに招かれざる客というべきだろうか。


「失礼ですがそれはどういう意味でしょうか?」


「よくも白々しい…とにかくお話する事はありません!お帰りください!」


「あのねぇ…奥さん…こちらは本庁から来ていて…」


「いえ、陣川くん。我々は今日のところは帰りましょう。失礼します。」


これでは話を聞くこともできない。

そんなわけで右京たちはこの場を引き下がるしかなかった。



8月27日 PM19:00


「すみません。まだ夏休みの時期ですので旅館を取れなかったもので…」


「日帰りの予定がまさか1泊する羽目になるなんて、おまけに陣川さんの駐在所でとは…」


「なんだい!文句あるのか!?」


「元々日帰りで済ます予定でしたが、まあ夏休みだと思って満喫しましょう。」


ここは大島の南部に位置する差木地村の駐在所。

山村和枝から話しも聞けず、

おまけにシーズン中であるために宿も取れなかったので

この日は陣川が住み込みになっている駐在所で寝泊りすることになった。

そういうわけでせっせと三人分の布団を用意する陣川とカイト。

そんな二人を余所に物思いに耽る右京。

その理由は先ほどの山村和枝についてだ。

先ほど自分たちを激しく拒絶したあの態度、それがどうにも不可解だった。


「実は杉下さんたちには黙っていたのですが
これも前任の駐在さんから聞いた話なんですけどね。
15年前に当時の山村家の当主の山村敬氏が本土に行ったきり帰ってこなくて…
暫くしたら変死体で発見されたとか…」


「なるほど、そんな事があったわけですか。ところでお亡くなりになった原因は?」


「なんでも急性心不全だったとか…まあ歳だったんでしょうね。
かなりの高齢だったという話ですから、遠出した無理が祟ったんじゃないですかね?」


かつての山村家当主の山村敬が急性心不全で死んだ。

もしかしたらあの呪いのビデオを見た影響なのか?

それならば先ほどの山村和恵の態度もわからなくはないのだが…

そんな時、駐在所の中である写真を発見した。

それは苦しみ…もがいている人々、白い布を被っている男性の写真が貼られていた。



「ああ、この写真ですか?57年前にこの大島で噴火がありましてね。
その時に撮られた写真だそうです。
なんでも大変だったらしいですよ。突然の噴火で住民は大混乱。
ガスは辺りに蔓延するし
当時はこの島にガスマスクなんて無かったから白い布を頭に覆って対応してたとか…
それで政府が救助隊を出した時にはかなりの被害者が出たって話ですよ。」


「杉下さんこれって…」


「ええ、間違いないようですね。」


57年前に起きた三原山の噴火。

当時の苦しみ悶える人々、それに白い布で頭を覆う人…

つまり57年前に山村貞子はこの大島で三原山の噴火を体験していたことになる。



「ごめんくださ~い。」


そこへこの駐在所に50~60代くらいの女性が訪ねてきた。

女性は何やら荷物を持ってこちらへやって来たようだが…


「お、来た来た!女将さん待ってましたよ!」


「ハイ陣川さん、頼まれていた夕食持ってきましたよ。」


「陣川さん…これは一体どうしたんすか?」


「旅館は駄目だったけどわざわざお越しいただいたわけなので
せめてご馳走くらいはと思いまして近くの旅館に夕飯を用意してもらったんだよ。」


「オォッ!陣川さんなのに気が利きますね♪」


「それ…褒めてるつもりなのかい?」


どうやら陣川は知り合いの旅館に頼んで夕食の用意をしてくれていたらしい。

その厚意に思わず喜ぶカイト。

それから女将さんの手により豪勢な料理が運ばれてきた。

海に囲われたこの離島ならではの海鮮料理だ。

豪勢な料理に思わず涎を垂らしながら眺めるカイトと陣川。

そんな二人とは対照的に右京はこの女将にあることを尋ねた。


「失礼、女将さんにお尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか。」


「ハイ…なんでしょうか?」


「実はですね、恐らくこの島の方言なのですが…
『その後、体はなあしい?しょーもんばかりしているとぼうこんがくるぞ。
いいか、たびもんには気ぃつけろ。うぬは、だーせん、よごらをあげる。
あまっこじゃ、おーばーの言うこときいとけぇ。じのもんでがまあないがよ』
これの意味を知りたいのですがご存じありませんか?」


右京がこの女将に聞いたのはビデオのメッセージにあった方言だ。

あの老婆の方言、恐らく年配者の女将ならこの方言を知っているのではないか探ったみた。



「随分と古い方言を使うんですね。
そんな方言はこの島でもかなりのお年寄りの人じゃないと使いませんよ。
確か意味は…」


『その後、身体の具合はどうだ? 水遊びばかりしていると、お化けがくるぞ。』


『いいか、よそ者には気をつけろ。 お前は、来年子供を生むのだ。』 


『娘っこだから、お婆ちゃんの言うことはよく聞いておけ。』


『地元の者で構わないじゃないか。』


それがあの方言の意味とのこと。

さすがにこれだけでは意味がわからないのだが…


「身体の具合はどうだ?水遊びばかりしているとお化けがくる?
よそ者には気を付けろ?お前は来年子供を生む?おばあちゃんの言う事は良く聞け。
地元の者でも構わないじゃないか?
これ…もう何の事だかさっぱりわからないんですけど?」


「つまりこれはお年寄りの忠告なのでしょうね。
里帰りした若い未婚の女性を心配しての忠告かもしれません。
若い女性のお身体の心配をして
よそ者つまり外の人間への警戒、子供の出産、大体こんなところでしょうか。」


恐らくこれはなんらかの忠告であると…

それでもこの方言が意味不明でもあることに変わりはないのだが…

さて、そんな質問ついでにカイトがこの女将にもうひとつあることを尋ねた。


「そうだ、女将さんくらいの年齢ならたぶん知っているんじゃないんですか?
俺たち山村貞子って女性を調べに来たんですけどね…」


「山村貞子ってひょっとして貞ちゃんのことかい?」


「山村貞子さん、ご存じなのですか?」


「ご存じも何も私はあの子とは同級生だからね、けどあの子は15年前に…」


「えぇ、確かに彼女は亡くなっています。
その山村貞子さんのことについて何か存じている事はありますか?」


カイトは思わず『ビンゴ!』とリアクションを取りながらもどうやら当たりを引いた。

この女将、どうやら右京たちが消息を辿っている山村貞子の同級生とのこと。

つまり貞子について詳しい情報が聞ける。そう思い色々と尋ねてみることにした。



「アンタら、貞ちゃんのお母さんの山村志津子さんについて知っているかい?」


「志津子?いや…女将さん、俺たちは貞子さんについて聞いてるんですけど?」


「カイトくん、ここはとりあえず黙って聞いておきましょう。
それで女将さん、貞子さんのお母さんに当たる志津子さんとはどんな人でしょうか。」


「山村志津子…
昔からこの島にいる人たちは彼女の名前が出るとみんな口を閉ざしてしまうんだよ。」


なにやら悲しげな表情で山村志津子なる女性について思う女将。

それはこれから語られるのはある意味、悲劇ともいえる話しだからだ。


「もう随分昔…戦後のことだったわ。」


それは第二次大戦終了後のこと、

当時この島の海女だった志津子は連合国軍占領下の政策の一環として

伊豆大島沖の海中に投棄されていた役小角の像を引き上げた。

それが始まりだった。

この直後から志津子はある能力に目覚めた。

それは予知や透視といった所謂超能力というモノだ。

島民はこのことを眉唾モノだと思い誰も信じなかったが

一人だけ志津子の能力を信じた男がいた。

志津子の能力を確信したのは『伊熊平八郎』という本土から訪れた学者だ。

彼は志津子の言葉を信じた一人。

当時、妻子を持つ身でありながら

伊熊は志津子と不倫関係に陥りやがて子供を身籠り一人の女の子が生まれた。


「それが貞ちゃんだった。けどあの子は不貞の子だったのよ。」


不貞の子、つまり本来生まれるべき子供ではない不義の子だ。

それでも母の志津子は娘の貞子を愛してやまなかった。

いくら不貞の子でも実の娘、たった二人の親子に差して問題などなかった。

あの不幸な出来事が起きるまでは…



「それから暫くして従兄弟の山村敬さんが
志津子さんを売り出そうとマスコミを集めて公開実験をやったんだよ。
実験は成功したらしいんだけど志津子さんはマスコミ連中からやれインチキだのと
衆に罵られてね…それが原因で発狂しておかしくなったのさ…」


「酷い話だな。山村志津子さんは見世物にされちまったわけですね…」


「酷いのはその後さ。その実験中にインチキだと騒いだ記者が死んじまったんだよ。」


それは突然の出来事だったと女将は語る。マスコミから糾弾に晒される志津子。

だがそんな糾弾を遮るように志津子を糾弾した記者の一人が倒れた。

その死因は急性心不全。

その死に様は胸を掻き毟るようだったとのことだが…


「ただの病死扱いだったけど
島のみんながこれは志津子さんが呪い殺したんじゃないかって当時噂されててね…」


「ひとつ聞きたいのですが、
その実験に娘である山村貞子さんは現場に立ち会わせていたのですか?」


「そうだと思いますよ。これは貞ちゃんから聞いた話ですから。」


実験の場に貞子もまた同伴していた。

そのことを聞いてなにやら思うところのある右京。

そんな女将に貞子についての質問を再度続けてみた。



「あなたは貞子さんと随分親しかったみたいですが彼女はどんな人だったのでしょうか?」


「大人しいけど優しい子でしたよ。あの出来事が起きるまではね…」


それから女将は酷く思いつめた顔をしながらあることを語り始めた。

それは57年前に起きた三原山大噴火についてだ。


「その日、貞ちゃんは島のみんなにこんなことを訴えたの。」


『もうすぐ三原山が大噴火を起こす。それで大勢の人たちが死ぬ。』


それは突拍子もない話しだった。

当時、三原山は噴火の予兆すらなく

さらに志津子の公開実験でインチキ騒動があったばかりなので

誰もがそんな志津子の娘である貞子の言葉に耳を貸さなかった。


「当然よね。あの時はほとんどの人たちが信じなかった。」


「だっていつもと変わらない平穏な一日だったもの。」


「だから貞ちゃんの言葉を受け入れた人は少なかった。」


しかし島の人たちの予想を裏切り三原山は大噴火を起こした。

貞子の予言通り島は大混乱。

誰も彼もが安全な避難場所を求めて島を彷徨ったという。


「一番の被害を出したのが島の南側に位置するこの差木地村。
この辺りに噴火で発生した毒性のガスが流れ出したの。ガスを吸った人たちは瞬く間に…」


女将は駐在所に張られてある当時の写真を見ながらそう語った。

その写真を見ながら切なげな表情を浮かべる女将。

どうやらここに飾られている写真はその当時のモノとのこと。

それから女将は写真と同じくこの駐在所に置かれているあるモノを右京たちに見せた。



「これを見てください。
当時、貞ちゃんの言葉を信じた人たちだけは助かった。
山村家の人たちと偶然あの旅館に泊まっていた人だけです。」


それは当時、山村家周辺で生存していた者たちの生存者リストだ。

そこには4名の生存者が記されていた。

山村貞子、山村敬、伊熊平八郎、片山擁一

噴火当時、この差木地村で生存していたのはたったの4名だけだった。


「この名簿に志津子さんの名前が無いですね。志津子さんはどうなったのですか?」


「あの人はこの噴火で亡くなりました。自殺だったそうです。」


この噴火で志津子は火口に身投げを行ったという。

その行為はまさに三原山の怒りを鎮めるための人身柱だったと…

事実、その直後に噴火は収まった。

まるで志津子の生命が絶たれたことでようやくその怒りが鎮まったかのように…

だがそれでも大勢の死者が出た。

志津子をはじめとする大勢の人々が亡くなった。

そして生き残った人たちは…



「このことがあってから島の人たちはこう思うようになった。
貞ちゃんにも志津子さんと同じく…
いえ…それ以上に得体の知れない不思議な力が宿っているんだってね…」


かつて山村貞子は伊豆大島の噴火を予知した。

つまり彼女もまた母親の志津子と同じく超能力者であった。

それも母親以上の能力があるのだと誰もが確信した。

このことから噴火以後は誰も貞子と関わろうともしなかった。

まさに触らぬ神に祟りなしといったように…


「それから貞ちゃんは
小学校を卒業するとすぐに父親に引き取られて本土の方へ行きました。」


「それでは彼女が生前この島に帰ってきたことは?」


「母親の志津子さんの法事で一度だけ戻ってきた程度だと思います。」


話を終えたあと、女将は旅館へと帰った。

それから右京とカイトは先ほどの話しを呪いのビデオと照合してみた。

つまり山村貞子は何度目かの法事でお婆さんから忠告を受けていた。

『老婆の方言』『噴火の記事』『逃げ惑う人々』『白い布を被った男性』

これらは山村貞子が過去に体験した出来事だ。

つまり呪いのビデオは貞子の生涯が描かれている。

それを確信した二人は

もう一度山村家に行き、なんとしても今度こそ話しを聞き出すことを決意した。



8月28日 AM8:00


「山村さん、駐在の者です!
昨日も言ったように貞子さんの件でお話があるんですけど!」


右京、カイト、陣川の三人は朝早く再び山村家を訪れていた。

しかし留守なのか人の気配が無い。

外には車が置かれていて遠出をしたわけではないはず。

それにも関わらず何度も玄関から呼びかけても応答なしだ。

これでは埓が明かないわけだが…


「もしかしたら何かあったのかもしれません、家の中にお邪魔してみましょう。」


「いいのかな…こんなことしちゃって…」


「何を言うんだ!警察官が市民の安全を考えるのは当然じゃないか!」


「陣川くんの言う通りですよ。さあ、中へ入りましょう。」


「まったく都合がいいんだから…お邪魔しま~す。」


家の中に入ってみるもののやはり人の気配はしなかった。

三人はそれぞれ別れて家の中を探索することになり

その最中にカイトはある部屋に辿り着いた。

その部屋には割れた鏡が置いてある和室だがカイトはその鏡に見覚えがあった。



「この鏡…ひょっとして…」


割れた鏡の破片を手にするカイト。

手に取ってみると埃が積もっていて長年放置されていたことが伺えた。

しかしここは旅館だ。

毎日掃除されているのが基本のはずなのに

何故こんな風になるまで放置する必要があったのか…?


『フ~ン~♪』


そんな時、鏡の破片にある女性が写っていた。

それはとても長い黒髪が特徴的な和服姿の女性。

その女性が鼻歌を歌いながら上機嫌に自分の髪を丁寧に櫛で磨いでいた。

カイトは急いで背後を見渡した。しかしそこに女性はいない。

この部屋にいるのは自分だけ、それなのに鏡にはこの女性がハッキリと写っている。

馬鹿な…こんなことあり得るはずがない…

この超常的な現象に理解出来ず思考をフリーズしてしまうカイト。

そんな時、この鏡に写る女性が自分のことに気づいた。

気づいた女性は自分のことを睨みつけてきた。

それは間違いなく敵意、いや…悪意…むしろ…殺意に近いものだ。

このままでは間違いなく殺される。一瞬ながら死を覚悟してしまった。


「あぁ…また現れたのね…」


そこへ誰かが現れた。それは昨日会った山村和江だ。

そのうしろには右京と陣川たちもいる。

どうやら二人はこの旅館の何処かにいた山村和江を探し出したようだ。

そんな和江だが酷く険しい表情をしていた。

まるでこの部屋に入ることに嫌悪感を抱いているようなそんな様子だ。

そんな彼女の手から出血の跡が見られた。



「先ほど僕たちが和江さんを発見した時、彼女は手首を切り自殺を図ろうとしていました。」


「自殺って…何で…?」


山村和江が自殺を図ろうとしたことを聞きカイトは驚いた。

何故彼女は自殺を図ろうとしたのか?

まさか自分たちが訪れたのがその原因?

思わずそんなことを勘繰ってしまったがその理由はこの家にあった。


「正直…もう私疲れたんです…この家…呪われているから…」


「呪われている…どういうことですか?」


「この部屋は昔志津子さんの部屋でした。」


カイトが居るこの鏡が割れた部屋。

かつてこの部屋は志津子が使っていた部屋だという。

それから和江はこの部屋に立ち入ると右京たちにある古ぼけた一枚の写真を見せた。

その写真には女性が写っていた。和服姿の長い黒髪の女。


「マジかよ…」


写真を見て思わずそんなことを呟くカイト。

何故ならその女性は先ほどカイトが鏡の中から覗き見た女だったからだ。


「この写真の女性が山村志津子さんですね。」


「私は元々この家に嫁として入ったので
志津子さんどころか貞子さんのことも知らなかったんですけど…
15年前の事でした。
あなた方みたく貞子さんや志津子さんについて二人組の男女が訪ねてきたわ。」


今の話を聞き右京はその二人とは恐らく浅川玲子と高山竜二のことだと察した。

どうやら浅川たちも貞子のことやそれにここが貞子の出生地だということを調べたらしい。



「それから数日後に本土で貞子さんの遺体が発見されたので
それを引き取ってくれとの連絡が入りました。
養父はその遺骨を引き取りに行って…それから…遺骨を海に埋葬したらしいです。」


「なるほど、ですが海に埋葬したのですか?」


「それは…
海は貞子の生まれた場所だと養父は常々そう言っていましたから。
養父が死んだのは…その直後のことでした。」


今の話を聞いて確かに気の毒ではあると思われた。

ここまでの話なら確かに悲しいモノではあるが山村和恵が自殺するようなことはないはず。

それなのに何が彼女をそこまで追い詰めているのか?


「けど山村さんは急性心不全だと伺いましたよ。高齢だったし仕方ないのでは?」


「何も知らないくせに…
あなた…養父がどんな顔で死んでいたかわかりますか!
まるでこの世のモノとも思えない恐怖に怯えた死に顔をしていたのよ!?」


恐怖に怯えた死に顔…

それを聞いて右京とカイトは思わず先日亡くなった吉野と小宮の死を連想した。

あの死に顔を思えば呪いを信じてしまうのは無理もないことだ。


「それから暫くしてからよ…ウチの中に幽霊が出始めたわ…
志津子さんの幽霊よ…
あなたたちが入ったこの部屋…
泊まりに来るお客から気味の悪い女が髪を結いながらこっちを睨みつけるって…
私も…何度も見ているわ…それがもう15年以上も続いてるのよ…」


それが和江の自殺しようとした原因だった。

志津子の霊がまるで呪いでもかけたかのようにこの家に居着いている。

それは和江にとってまさに生き地獄に等しいことだ。

そんな和江に右京はあることを尋ねた。


「こんな時にですがひとつお聞きしたいことがあります。
あなたは昨日僕たちが訪れた時に
『あなたたちのような本土の人たちに何度も関わったばかりに』と仰いましたね。
『何度も』…つまり僕たちや浅川さんたちの他にも
山村親子について尋ねに来た人がいるんじゃないのですか?」


「ええ…子連れの若い女性が貞子さんについて訪ねてきました。
女性は確か『高野舞』と名乗ってましたけど。
そういえば彼女が来てから志津子さんの幽霊が出始めたような気が…」


「高野舞…ですか。彼女は何故子供を連れていたのでしょうかね?」


「そんなこと知りませんよ…いいえ…もう何も知りたくない…」


和江はそのまま俯いてしまい泣き出してしまった。

最早、これ以上の聞き込みは彼女にとっては酷だ。

それから暫くして帰ってきた旦那に彼女を託し右京たちは山村家を後にした。



8月28日 PM12:00


「海が若干荒れていますね。」


山村家で聞き込みを終えた右京たちは

これ以上この島に居る必要はないと判断して去ろうとしていた。

だが何故か海は荒れ模様、天候のせいだとは思われるが…


「そうですね。けど運行には特に問題ないみたいですよ。」


「そうですか。ですが僕にはまるで行く手を阻まれているかのように思うんですよ。」


まるでこの呪いのビデオを巡る捜査を阻むかのように海は大荒れていた。

ひょっとしたらこれも呪いの一環ではないのかと…?

思わずそんなことを疑ってしまった。



「あ、いたいた!ちょっと待って~!」


しかし船乗り場に乗り込もうとした二人の前に

昨日駐在に夕食を届けに来てくれた女将が駆けつけてきた。


「アンタたち…貞ちゃんのことだけど…追いかけるのはやめときな…」


「それは何故ですか?」


「何故って…
アンタたちもわかったでしょ…貞ちゃんと関わった人はみんな不幸になるんだよ…」


貞子と関わった者はみんな不幸になる。確かにその通りかもしれない。

これまでわかったことでも貞子に関わった人間はほとんどが死んでいる。

15年前の呪いのビデオに関わった人間たち。それに貞子の親族たちも…

そのことを考えれば女将の忠告は正しいのかもしれない。


「何か理由があるのですか。」


「え…理由って…?」


「あなたがこうして僕たちに山村貞子の捜査をやめるように言うのは
何かあなただけが知っている貞子さんの秘密をご存知だからではありませんか。」


女将だけが知る貞子の秘密。

それを問われて思わず目を反らす女将。

それから二人のためにと思ったのか女将はその秘密を打ち明けた。


「もう昔のことだけど一度だけ山村の家に遊びに行ったことがあるのよ。
志津子さんの事件があってから暫くはあの家にあまり人が近寄らなくなったんだけど
私は貞ちゃんの友達だったから…親に黙って遊びに行ったのよ。
それでね…その時に既に気が振れた志津子さんが私を睨んでて…
それで恐くなった私は貞ちゃんとはぐれて家の中で迷子になったのよ。
その時だったわ、私は貞ちゃんを見つけたんだけど…けどそれは貞ちゃんじゃなかった。」


それはとても奇妙な出来事だった。

女将が子供の頃に山村家で遊んでいたら貞子の他にもう一人の少女が居たという。

だがそれは貞子であって貞子ではなかった。

まるで別人、女将が語るには貞子が二人いるように思えたとのことだ。



「ちょっと待ってください!それはつまり貞子さんの姉とか妹じゃないんですか?」


「いいえ…当時あの家に女の子は貞ちゃんしかいなかった。
その女の子は貞ちゃんと同じ外見をしてたけど貞ちゃんじゃない…
根拠のない直感だけど私にはその確信があった。
その子は長い黒髪で顔を隠していたけど
その隠れた顔から気味の悪い目つきで私を睨んできた。
恐くなった私は急いで逃げたんだけど…
気付いたらその子はいなくなっていた。それにいつの間にか貞ちゃんも戻っていたわ。」


長い髪で顔を隠した女の子…

それはまさしくビデオの映像にあった志津子と一緒にいた少女にちがいないと確信した。

だがそれと同時に山村貞子という存在がさらに奇怪なモノに思われた。


「だからアンタたち。
これ以上貞ちゃんに関わればアンタたちまで不幸になるよ。」


それが女将からの忠告だった。

確かに女将の忠告するようにもう貞子の足取りを追うのはやめるべきかもしれない…

そんな女将の忠告に対して右京は荒れた海を見つめながらこう呟いた。


「海、荒れていますね。山村貞子さんがこの島を出て行った時も荒れていたのでしょうか。」


「さあ…私には何とも言えないよ…けどそれがどうかしたのかい?」


「僕は思うのですが
この荒れた海と同じく人は荒波に飲み込まれても進まなければならない時がある。
確かに女将さんの忠告を聞くのは簡単です。
ですがそれは一人の人間の死に繋がる。
だから僕たちはこの歩みを止めるわけにはいかないんですよ。」


今回、右京たち特命係は15年前に呪いのビデオに関わった早津の命を救うべく動いている。

その彼らが捜査を中断すれば彼の命は失われる。

だからこそ彼らは捜査を続ける。たとえその先に邪悪な何かが待ち受けているとしても…



「人は荒波に飲み込まれても進まなければならない時があるか…だから貞ちゃんは…」


「それってどういうことですか?」


「昔…貞ちゃんが将来の夢を教えてくれて…女優さんになりたかったらしいの…」


それは貞子がこの島を出る時に語ったことだ。

貞子にはある夢があった。それは将来女優になって舞台に立ちたいという夢。

別にそれは特別なことではない。

こんな辺鄙な島に住む女の子なら誰しもが一度は夢見ることだ。

だが貞子は夢見る女の子では終わらなかった。

風の便りで大人になった貞子はとある劇団に入ることが出来たらしい。


「確か飛翔という劇団だったかしら。そこで頑張っているという話を聞いたわ。」


「けど…貞子さんはもう亡くなったんですよね…」


「ええ、今にして思えばあの子のことを止めれば良かった。
それでも貞ちゃんは止められなかったかもしれない。あの子は本気だったから…」


貞子がこの島を出て行く日。それは今と同じく海が大荒れしていた。

それはまるで貞子がこの大島を出ることを禁じるかのようだった。

だがそれでも貞子はこの島を出てしまった。

たとえ誰に止められようと明日を夢見る少女を誰が止められたというのか…



8月28日 PM16:00


「それじゃあ何か?二人して大島で一泊してきたってのかい?
まったく窓際部署は気楽でいいねぇ…
こっちは忙しい合間を縫って手伝ってあげたのにさ…」


「わかってますって。だからお土産買ってきましたから!ハイ、大島名物のくさや♪」


「お前さぁ…若いんだからもっと小洒落た物買って来いよ…」


大島から戻った直後、右京たちは警視庁の特命係の部署に戻っていた。

そこで留守中に調べ事をしてくれた角田に土産物を渡すカイト。

土産物に不服そうな角田だがそれは置いといて、留守中調べたことを報告した。


「まあそれはともかくとしてだ、調べておいた件だが面白い事がわかったぞ。
山村貞子の死体を発見した浅川玲子と高山竜司だが…
この二人なんと元夫婦だったんだとさ!」


「やはりそうでしたか。
若い男女が長時間一緒に行動しているのですから
もしかしたら二人はただならぬ関係かと勘繰っていましたが…なるほど。」


「それでな、二人には子供がいたんだが…
名前は『浅川陽一』といって事件当時はまだ小学1年生だった。
まぁ両親は死んじまって親類も高山竜司の方は天涯孤独だったようだし
浅川玲子も前に言ったが両親が死んじまっている。
それで仕方なく当時高山竜司の教え子ってのが引き取ったそうだ。」


「教え子が?
親族でもない人間が引き取ったんですか?いくら恩師だからってそこまでしますかね?」


「そんなこと言われてもわからん。とにかく二人は今でも一緒に暮らしているらしいぞ。」


「ちなみに浅川陽一を引き取った教え子の名前は?」


「当時大学生で今は城南大学の教授の高野舞って女だ。」


高野舞、それは先ほど山村家で聞いた

15年前に浅川たちが死んだ直後に貞子を追っていた女の名前だ。

どうやらここにきて山村貞子の他にも奇妙な接点が見受けられた。



「角田課長、山村貞子について何かわかったことはありますか?」


「そっちはさっぱりわからんかった。
何しろ45年も前に失踪した人間の足取りを掴むなんて無茶過ぎる…
当時彼女がなんらかの事件に関わっていたのなら
警察の捜査資料に名前くらい残っているかもしれんが生憎何も無くてな…
前科者のリストだって調べたんだぞ。それでも何も出なかったよ。」


「けど彼女は何かの事件に巻き込まれて『井戸』に閉じ込められた。つまりこれって…」


「そう、つまり警察も把握していない事件に彼女は巻き込まれた。
いえ…もしかしたら彼女自身が巻き起こしてしまったのかもしれませんね…」


「けど足取りは掴めず仕舞い…これでお手上げですかね?」


さすがの角田でも山村貞子の足取りを掴むことは困難だ。

大島を出てからの貞子には前科もなくその後の足取りは全く掴めなかった。

これでお手上げかと思われたのだが…


「フフフ、…と普通は思うだろ。
だが組対5課の課長を舐めるなよ!
実はな貞子の方は無理だったが父親の『伊熊平八郎』の居場所が判明したんだよ!」


「伊熊平八郎って山村貞子の父親ですよね!まだ生きてるんですか!?」


「ああ、奴さん以前は伊豆パシフィックランドのあった場所に家を持っていたらしい。
それを売り払ってあの貸コテージが作られたわけだな。
だが結核を患っているらしくて現在は『南箱根療養所』に入院している。」


貞子の父親である伊熊平八郎。

大島で聞いた話によると貞子の母である山村志津子の能力を発見した男。

そのことを知った右京たちは明日、南箱根療養所へと向かうことにした。



8月29日 AM10:00


翌日、右京とカイトは朝早くに『南箱根療養所』を訪れていた。

その目的は

山村貞子の父である伊熊平八郎から呪いのビデオを解く方法を教えてもらうためだ。


「こちらが伊熊平八郎さんの病室です。」


二人は看護師に案内されて伊熊平八郎の病室を訪ねたが

彼は結核を患いその命は残りわずかといった様子であった。

ちなみに今日で早津の命は残り一日となる。


「ゲホッ…ゴホッ…」


結核患者特有の肺を患ったような酷い咳をする老齢の男。

この男こそ志津子の能力を見定め、さらに貞子の父親である伊熊平八郎。

ある意味、彼が山村貞子と志津子の母娘を苦しませる結果を生んだ張本人でもあるが…

しかしこうしてベッドに横たわる姿は哀れでしかなかった。


「伊熊さんは結核が悪化して
もう余命幾許もない状態ですのでくれぐれも無理はさせないであげてください。」


「わかっていますって。」


「出来れば我々と伊熊さんだけでお話ししたいので席を外してもらえますか?」


「わかりました。何かあれば知らせてください。」


こうして看護師は病室から出て行き、

室内には右京とカイト、それに伊熊平八郎の三人だけで話を始めた。



「伊熊さん、わかりますか?俺たちは警察の者なんですけど!」


横たわる伊熊に呼びかけるカイト。

だが未だベットに横たわる伊熊にカイトの声は届かない。

実はこの病室へ来る途中に看護師から聞いたが

伊熊は病状の悪化に伴い痴呆症を併発しているらしい。

そのため他の人間がいくら呼びかけても伊熊は応じようともしなかった。


「ダメですね。ピクリとも動きかねえや…」


さすがにこんな余命幾ばくもない容疑者でもない人間を

無理やり締め上げて聞き出すような手荒な真似をするわけにもいかない。

どうすべきかと悩むカイトだが…


「伊熊さん、僕たちはあなたの娘である
山村貞子さんについてお尋ねしたいのですがわかりますか?」


ベッドに横たわる伊熊に貞子のことを尋ねる右京。

その瞬間、今まで横たわっていた伊熊に変化が見られた。



「サ…サダ…コ…?」


それは今にも掠れるような声の呟きだった。

先程まで意識がなかった伊熊が貞子のことを問われた途端に応じるようになった。


「サダコ…スマナイ…」


「ダガ…オマエハキケンナンダ…」


「ダカラワタシハオマエヲ……シカ…ナカッタ…」


何かを懺悔するかのように語りだす伊熊。

だがそれは独り言の呟きでその内容が何なのか右京たちにはさっぱり理解出来なかった。


「伊熊さん、単刀直入に要件を申し上げます。
僕たちは彼女の作った呪いのビデオの謎を解くためにこちらに伺いました。
何か心当たりはありますか?」


「ノロイ…ソウカ…アノコハイマデモノロイツヅケテイルノカ…」


呪いのビデオの謎を解く答えを伊熊から聞き出そうとする右京。

伊熊は志津子の能力を見出した学者だ。

それなら当然貞子にも力が宿っていたことを把握していたはず。

そんな彼ならビデオの呪いを解く答えを知っているはずだと思った。しかし…


「ムリダ…アノコノ…ノロイヲトクコトハデキナイ…」


「モシモノロイヲトクコトガデキルノナラ…ソレハ…ノロイヲフヤスシカナイ…」


「…やはりそういうことですか…」


伊熊が語る山村貞子の呪いの解き方。

それを知り俯いた表情で何やら察した様子を見せる右京。

どうやら答えを知り得たようだ。それも残酷な答えが…


「グフッ!」


その答えを聞いたと同時に伊熊は吐血。

この後、伊熊平八郎の容体は急変し彼は面会謝絶となってしまった。

これ以上の聞き込みは無理だと判断した二人はその場を立ち去るしかなかった。



8月29日 PM16:00


結局二人はろくな情報を得られずに帰ってきた。

だが右京と同行していたカイトはそうは思えなかった。

何故なら先ほどの診療所での伊熊との会話で既に右京はある確信に思い至っていた。


「あの…杉下さん…」


「はぃ?」


「本当はもう…呪いを解く方法わかったんじゃないんですか?」


「確かに…僕は…
山村貞子が仕掛けを施した呪いのビデオから助かる方法を見つけ出しました。
ですが…」


「それならすぐに早津さんに教えましょうよ!もう残り3時間しかないんですよ!?」


カイトは自らの正義感から右京に強く訴えた。

早津のタイムリミットは既に差し迫っていた。

しかし右京の口から出た返事は

ある意味そんなカイトの訴えを嘲笑うモノだったのかもしれない。


「カイトくん、これから僕が口にすることを大人しく聞く自信はありますか?
何があろうと…怒らず…そして絶望しないと…」


「わかりました、もう覚悟は出来ています。だから話してください。」


右京に促されて覚悟を決めるカイト。

やはりカイトの思っていた通り、右京は呪いのビデオの謎を解いていた。

そして右京はカイトの前で『呪いのビデオ』の真相を語り始めた。

だがそれは決してすべてが円満に解決するための糸口などではなかった…



「そもそも呪いのビデオを解く方法は至って簡単なのです。
知ってしまえば誰もが実行できる…そんな方法です。
山村貞子はそうやって呪いを増やそうとしていたのでしょうね。」


「呪いを増やす…どういうことなんですか?」


それから右京はあることを口ずさんだ。

それはビデオに語られていたとされるメッセージ。

『その後、体はなあしい?しょーもんばかりしているとぼうこんがくるぞ。』

『いいか、たびもんには気ぃつけろ。うぬは、だーせん、よごらをあげる。』

『あまっこじゃ、おーばーの言うこときいとけぇ。じのもんでがまあないがよ』

そう、老婆が語っていた方言のメッセージだ。

右京が言うにはこのメッセージこそビデオの呪いを解く最大のヒントだという。


「けどその意味って…
『その後、身体の具合はどうだ? 水遊びばかりしていると、お化けがくるぞ。
いいか、よそ者には気をつけろ。 お前は、来年子供を生むのだ。
娘っこだから、お婆ちゃんの言うことはよく聞いておけ。
地元の者で構わないじゃないか』
っていうお年寄りが良く言う忠告みたいなモンですよね。
これのどこにヒントがあるんですか?」


「全てがヒントなのではありません。
この言葉のある一部分…そう…
『うぬは、だーせん、よごらをあげる。』これが最大のヒントでした。」


『うぬは、だーせん、よごらをあげる。』

それは訳すと『お前は来年子供を生む。』という意味になる。

ここで大事なのは『よごら』つまり『子供』という言葉に注目してもらいたい。

『子供を生む。』

これこそが最大の手掛かりだった。



「岩田秀一、能美武彦、大石智子、辻遥子、高山竜司、
そして15年後に呪いのビデオを観て亡くなった吉野さんに小宮さん。
恐らく他にも被害者はいるかもしれませんがこれだけの被害者が出しながら
何故浅川玲子だけが1週間経っても生き残っていられたのか…
つまり他の被害者は1週間以内に行わなくて彼女だけが行ったことがありました。」


「浅川玲子のみが行ったこと…
それって山村貞子の死体を井戸から見つけ出したことじゃないんですか?
いや…ちがう…それなら何で高山竜司が死んだんだ?」


「浅川玲子と高山竜司もそう思っていたのでしょうね。
恐らく二人はこう考えたはず、井戸から貞子を救い出し供養すれば呪いは止まると…
しかし彼らは読み違えた。その結果、高山竜司のみが死んでしまった。」


山村貞子の遺体を井戸から見つけ出すことが呪いを解く方法ではなかった。

それはつまり呪いを解く方法は他に存在するということ。

右京の問い掛けにカイトは今までのことを整理してみた。

『お前は来年子供を生む。』

『呪いのビデオの噂を広める。』

『15年前、浅川令子のみがやったこと。』 

しかしカイトがいくら考えてもさっぱり思いつきもしなかった。

もうひとつ、まだ何かヒントが足りない。

そう思ったカイトは思考を辿らせた。もしかしたら見落としがあったのではないか?

これまでの経緯を思い出してみた。するとある出来事が頭を過ぎった。


「そういえば…吉野さんの部屋にあったビデオはダビングされたモノだった。」


そう、今回の事件の発端ともなった吉野賢三の転落死。

その現場となった彼の部屋で見つかった呪いのビデオにはCOPYのラベルが貼られていた。

つまりそれはあのビデオがダビングされたものだということになる。

そしてさらに先ほど伊熊平八郎から告げられたあの言葉…


『ノロイヲフヤスシカナイ…』


声は掠れていたがあれは紛れもなく『呪いを増やすしかない』と語っていた。

この一連の出来事を踏まえてカイトはある結論に達した。


「杉下さん…俺…わかっちゃった気がするんですけど…」


「まさか…けどそんな…」


「そんな簡単な方法で助かるんですか!?」


その結論に達したことで動揺した素振りを見せるカイト。

確かに答えはわかった。だがカイトはその答えに些か確信が持てずにいた。

何故ならその方法は…

単純でいてさらに誰もが実行しようと思えば簡単に行えることだからだ。

こんなモノが呪いを解く方法なのかと思えるほど

呆気ない解決方法であることにどうしても確信を持てなかった。



「そう…被害者の中で浅川玲子だけが行ったこと…」


「それは呪いのビデオの複製。」


「つまりダビングして他の相手に見せることなんですよ。」


それはなんとも単純明快な呪いの解き方だった。

15年前、確かにビデオをダビングしたのは浅川玲子唯一人。

彼女は偶然にもそれを行ったことにより一命を取り留めていた。

しかし何故こんな単純な方法で呪いを解くことが出来るのか?

カイトにはそこがわからなかった。


「山村貞子の目的ってなんですか!こんなことをして何になると思ったんですか!?」


あまりの単純な解決方法に思わず苛立ちを露にするカイト。

わざわざ大島まで行ってたどり着いた答えがダビングするだけとは…

どう考えても納得が出来ないとカイトは当然の疑問を右京にぶつけた。

そこで右京はカイトの疑問に答えるべく

ボードを用意してそれに三角形をピラミッド方式に4層ほど区切って書き込み

それぞれ上が上位層、2番目が中位層、3番目が下位層、そして4番目が最下層と説明した。


「この上位層をたとえば浅川玲子としましょう。
浅川玲子は生き残るために呪いのビデオを複製し誰かに見せた。
更に見せられた他者はそれを他の者に見せようとする、これが2番目の中位層です。
それから呪いのビデオは巡り歩き…
最後にこの4番目の最下層の人間たちに行きつきます。
しかし彼らは既に呪いのビデオの存在を知っている。
既にそこまで浸透しているのですから知らないという方がおかしい…
ですから当然見ないという反応をするでしょう。
そうなると死ぬのは3番目の下位層の人間たちが当てはまります。」


「何だよこれ…考えただけで頭がおかしくなる…
杉下さん…この連鎖が途中で途切れる可能性はありますよね?」


「勿論、いくつかはあるはずです。
ですがどれかひとつは必ず残って
この4番目の最下層まで辿り着くのだけは間違いありません。
そしてこの3番目の下位層…計算すれば全人類の4分の1…
およそ四人に一人が死ぬ計算になるでしょうね。」


「そんな…これじゃあまるでウイルスじゃないですか!?」


カイトが思わず口にしたウイルスという言葉に右京も思わず頷いた。

そう、これはまさにウイルスだ。

この相関図はまさに食物連鎖の淘汰に近いことを表している。

無論、今の話しは机上の計算であるため実際はこれよりも被害が大きいはず。

だがそれも未然に防がれた。

恐らく偶然だろうが26日に亡くなった小宮が呪いのビデオを壊してくれた。

それにより呪いのビデオは失われたのでこれ以上の被害が出ることはないのだが…



「それじゃあ早津さんが助かるには…」


「呪いのビデオを複製して他人に見せるしかありません。」


それが今も死に怯えている早津を助ける唯一の方法だ。

だがその方法を行うことは今となっては不可能だ。


「それなら…すぐにこのことを早津さんに教えなきゃ…あっ…」


「ようやく気づきましたか。
その呪いのビデオはもう小宮さんが吉野さんの部屋で
処分してしまったからテープをダビングすることは最早不可能です。
仮に出来たとして誰に見せる気ですか?
見せられた相手には更に他の誰かに見せてそれの繰り返し…
ですがそれもいずれは終わりが来て先ほど話した結果になるでしょうね。」


「つまり早津さんは助からないってことなんですか?」


「残念ながらそうなりますね…」


ビデオが失われては早津を助けることは不可能という結論に達した。

浅川がビデオの答えを教えなかったのはこれが理由なのだろう。

呪いの真実が知られたら間違いなくこの世は恐怖と混乱に見舞われる。

15年前にその可能性を危惧したからこそ

呪いの噂だけを広めて真実を秘密にしていたのかもしれない。

だがそれでもこれは特命係に依頼された事件。

いくら残酷な結末だろうとそれを受け入れる必要があった。


「それならせめてここまでの経緯を早津さんに話しましょう。
一応俺たちは
早津さんにこの件を頼まれた訳だしせめて最期まで付き合ってあげないと…」


「そうですね。彼にはすべてを知る権利があります。」


こうして右京とカイトは早津にすべてを伝えるべく彼の会社へ向かった。

しかし早津は会社には来ておらず、

問い合わせたところ、彼がずっと自宅に引きこもっていることを突き止めた。

それから早津の自宅に向かうのだが…

しかしその頃には残り時間十分を切っていた。



8月29日、PM18:50


右京とカイトは早津の家を訪ねてみると

彼は自分の部屋に引き籠っていて

まるで得体の知れない何かに怯えるかのように孤独に震えていた。

やはり自分の死期を感じ取り何かしら察してしまったようだ。


「早津さん!甲斐とそれに杉下です!このドアを開けてください!お話があるんです!」


「それってまさか助かる方法が見つかったんですか!?」


そんな早津の自宅を訪ねて安否を確認するカイトに右京。

どうやらまだ無事でいてくれたようだ。

しかしそれもあとわずか10分で彼の寿命は失われてしまう。

それをわかっていてもどうすることも出来ず…

この場にいる誰もが歯痒い思いに駆られていた。


「残念ですが…あなたを救う方法は見つかりませんでした。」


「そ…そんな…」


「本当にすみません…せめてあなたの最期まで俺たち付き合うことにしました…」


「そんな…俺…死ぬのなんて嫌ですよ…」


「まだやりたいことたくさんあるし…」


「それに…嫌だぁぁぁぁぁぁ!!!!死にたくなんかないよ!!?」


右京たちが居るのにも関わらず発狂して取り乱す早津。

無理もない。自分があと数分で死ぬとわかったのだ。落ち着けるはずがない。

それから右京とカイトは早津に呪いのビデオの経緯を説明した。

山村貞子のことやその母親の山村志津子、伊熊平八郎、等のことを…

しかし『呪いのビデオ』の呪いを解く方法だけは教えなかった。

これ以上下手な希望は持たせたくはないという配慮だったのかもしれない。


「なるほど、そういう事でしたか…山村志津子、伊熊平八郎、
確か浅川さんが当時吉野さんや岡崎さんにそんな名前の人たちを
調べるように頼んでいたのを思い出しましたよ。
あ、もう時間だ。不思議なモノですね…
人間死期を悟るとこんな穏やかな気持ちになれるなんて…」


覚悟を決めたのか先程とは打って変わって落ち着いた様子を見せる早津。

最早、彼は諦めがついていた。

しかしそんな最期を迎える早津に右京はあることを尋ねた。



「何故今頃になって15年前の呪いのビデオを調べたのですか。」


「それは…」


「思えば奇妙でした。
今回の一件は15年前に起きた呪いのビデオが深く関わっていた。
ですがそれは犠牲者を出した曰く付きの代物ですよ。
何故あなた方は今頃になって呪いのビデオを調べ出したのですか?」


それが今回の一件で右京が不可解に思っていたことだ。

呪いのビデオは15年前に何人もの犠牲者を出した忌むべきモノだ。

そのことは早津やそれに死んだ吉野と小宮も知っていたはず。

それなのに三人は呪いのビデオを調べていた。

何故15年経った今になってそんなことを調べ出したのか?


「わかりました。これは最後まで秘密にしようと思っていましたが…
なんかもう死ぬとわかったらどうでもよくなったので全部お話しますよ。」


死を悟った早津はなにやら察したかのようにあることを打ち明けようとした。

ちなみに彼はこのことを最後まで隠そうとしていた。

その理由はこれから話すことはある特ダネのスクープだからだ。



「実は俺たち…1ヶ月前にある人を張り込みしていました…」


「ある人って?」


「女性議員の片山雛子先生です。」


【片山雛子】 

その女の名前を聞き右京は思わず苦い顔を浮かべた。

片山雛子とは若手の国会議員。

父親である片山擁一の地盤を引き継いだ女性政治家であるが…

世間からは清廉潔白のイメージがあるがその実かなりの野心家だ。

ちなみに特命係もこれまで何度か彼女と対峙したことがあるが

その度にそれを逆手に取り己の糧としてすることがあるため、

さすがの右京も関わりたくない苦手な相手だ…


「片山議員は1ヶ月前ある場所へ頻繁に通っていました。その場所は東京拘置所です。」


「東京拘置所って刑事被告人を拘置する場所ですよね。
そんな場所に女性議員が何の用事があって頻繁に行ってたんですか?」


「それは…わかりません…けどわかったことが…
どうやら議員はあるプロジェクトを企んでいたらしいんです。」


「それが…『ProjectRING』…」


【ProjectRING】

彼らがやっとの思いで得た情報はその名称だけでそれ以外の詳細は掴めなかった。

だがそれでもこのプロジェクトには

15年前に起きた呪いのビデオが関わっていることがわかった。

そのために15年前に起きた忌むべき呪いのビデオを観てしまったわけだ。


「ハハ、もう時間か。」


そんな話の最中にいよいよ早津の死亡時刻が迫ってきた。

既に時刻は19時まで残り5秒を切った。


5…

4…

3…

2…

1…

0…

時刻はPM19:00になった。遂にやってきた早津の死亡時刻。

だが、事態は誰もが予想し得なかった展開に発展した。



「…」


「……」


「………生きてる?」


「あれ?俺は生きてる…生きてるぞぉぉぉぉぉぉぉ!?」


そう、早津は死んでいなかった。

それどころか彼は死亡時刻を過ぎても苦しむどころか元気よく飛び跳ねていたのだ。

これにはさすがの右京とカイトも首を傾げた。

何故こんなことになっているのか?

つまりこれは…呪いのビデオに呪いの効力はなかったということなのだろうか?

そんな時、右京の携帯に着信が入った。それは先日大島で会った陣川だった。


「もしもし陣川くんですか。今は立て込んでいますので後ほど…はぃ?」


いきなりの陣川の連絡に思わず反応する右京。

それから陣川は右京の携帯にある添付メールを送信してきた。

その添付されたモノを見て右京はこの奇妙な状況をようやく理解することが出来た。


「なるほど、そういうことでしたか。
どうやら早津さんは自分でも気づかないうちにダビングを終えていたのですね。」


「何を言っているんですか?大体呪いのビデオは小宮さんが壊したからダビングなんて…」


カイトが指摘するように呪いのビデオのダビングは不可能だ。

それは先日、小宮が壊してしまったので複製することは出来ない。

だがこの事態はある意味そのビデオのダビングという盲点を突くモノであった。


「絵ですよ。
早津さんが僕らに見せた呪いのビデオの内容を描いた絵…
あれが恐らくダビング代わりになったのでしょう。」


「けど…誰に見せたっていうんですか?あの絵を見たのは俺と杉下さんしか…まさか!?」


そこでカイトはこの事態をようやく察することが出来た。

何故呪いのビデオを観た早津が死を回避することが出来たのか?



「先ほど陣川くんが僕の携帯に転送した画像です。見てください。」


その理由をハッキリと明確にさせるため、

右京は先ほど陣川から送られたメールをカイトに見せた。

するとその画像には驚くべきモノが写っていた。


「そんな…俺と杉下さんの顔が…」


「どうやら山村貞子の『呪い』は既に僕らに行き渡っていたようです。」


その画像には左右に右京、カイト、それと中央に陣川が写っていた。

しかしまともに写っていたのは陣川のみで

右京とカイトの顔には以前にカイトが早津を写メで撮った時と同じく歪んでいた。

つまり早津は偶然にも右京たちに呪いを移してしまった。

こうして特命係は早津をビデオの呪いから防ぐことに成功した。

だがそれと同時に今度は彼ら自身が山村貞子の呪いに因われることになってしまった。



第3話


8月30日 AM6:30


「ねえ享…大丈夫なの?帰って来てから顔が真っ青なんだけど?」


「え…あぁ…大丈夫だって…」


翌朝、カイトは恋人の笛吹悦子と同棲しているマンションで朝食を取っていた。

だがカイトは用意された朝食の半分も食べれずにいた。理由は食欲がないからだ。

昨日、あれから自分がどうやってこのマンションに戻ってきたのか覚えていない。

この数日、早津の呪いを解くために奔走していたはずが…

いつの間にか自分が呪われていたとは…まさにミイラ取りがミイラにといった事態だ。

こうして呆然としているのも仕方ないのだが…

ちなみにカイトが右京と共に呪いのビデオの絵を見たのは8月26日のこと。

そして今日は30日、つまり猶予はあと3日しかない。

こうしてのんきに朝食を採っている間にも死亡時刻は刻一刻と迫っている。

一体どうすればいいのか?カイトの脳裏にはそんな考えばかりが過ぎっていた。


「ちょっと…本当に大丈夫なの?何かあったらちゃんと言いなさいよ。」


「何度も言わせんなって、俺は大丈夫だからさ。早く朝飯食おうぜ。」


こうして悦子に促されてようやく朝食を食べ始めるカイトだが…

頬張しく焼けたトーストに真っ赤なジャムを塗りつけようとした時だ。

こうして見ると血の色のような真っ赤だと思ったその時だ。

その瞬間、先日自分の目の前で死んだ小宮の死に顔を思い出してしまった。

まるで何か得体の知れないモノに怯える恐怖に引き攣った死に顔。

そして思った。

俺もあんな風に苦しんで死ぬのかな…嫌だ…あんな死に方は絶対に御免だ…

とにかく今は呪いのビデオに関する情報が欲しい。それはどんなモノだって構わなかった。



「な…なぁ…悦子ってさ…呪いのビデオの噂って聞いたこと…
ゴメン!今言った事すぐに忘れてくれ!それじゃ俺もう職場に行くわ!」


この時自分が悦子に何を言おうとしたのか…すぐに後悔し止めた。

いくら自分の命を守るためとはいえ

愛する者を犠牲にしたら死ぬより後悔するだろうと思ったからだ。


「ちょっと待って亨!今『呪いのビデオ』って言ったよね。
昔その噂についてちょっと気になる話を少しだけ聞いたことあるんだけど…」


「だからさっきの話は忘れろって…マジで!どんな話なんだよ?」


とにかく呪いのビデオに纏わる話ならなんでもいい。

カイトは藁にも縋る思いで悦子の話を聞きいった。

その話を聞き終えるとカイトは一刻も早く右京に伝えるべく職場に向かった。



8月30日 AM9:00


「杉下さん!重大な事がわかりました…っていねぇし…
やっぱあの人も所詮は人間か。
自分があと3日後に死ぬなんてわかれば仕事どころじゃないよな。」


それからすぐに特命係の部署に着くのだが…

いつもなら自分よりも早く着いているはずの右京の姿がなかった。

恐らく昨日のことで自分の死期を悟り恐くなって逃げ出したのではと…


「おはようございます。」


「うわぁっ!後ろにいたんですか!?
脅かさないでくださいよ…俺てっきり…いえなんでもありません。」


「はてさて何を言っているのやら…
それで先ほど大声で叫んでましたが何かわかったのですか?」


「実は俺…悦子に呪いのビデオの噂を聞いたんですけど…」


「まさかキミ…早津さんみたく悦子さんに呪いのビデオに呪いを…」


「いや!そんなことしませんよ!
まぁギリギリで思いとどまったんですけど…
…ってそうじゃなくて悦子が昔聞いた呪いのビデオに関わる噂話があるんですけどね。」


そしてカイトは悦子から聞いた話を右京に語った。

悦子が聞いた話によればとある女子学生が古い屋敷に迷い込んだ夢の話らしい。

その女子学生は広い屋敷の中で迷子になり、ふと気づくとある階段の前に近付いていた。

彼女はその階段を上ろうとするがその階段を上の階から奇妙な不気味さを感じてしまい、

階段を上ることが出来なかった。

だがそんな時だった。



『 『ギャァァァァァァァァァァァ!!!!!』 』



若い女の叫び声が聞こえた、気になった女子学生は屋敷を飛び出し声のした庭へ向かった。

そこには古びた井戸があり、

それに白い服を着た髪の長い女を襲う中年の男が彼女を殺そうとして…


「その長髪の女は中年の男によって井戸の中に落ちていったという話です。」


「ヒィィッ!?恐えな…何だそれ…怪談か?」


「あ、課長お早うございます…ていうか居たんですね。」


「コーヒー貰いに来たのにお前らが変な話をして気付かなかったのが悪いんだろ。
それにしてもさっきの話なんだよ…朝っぱらから恐がらせるなっての!」


カイトの話を偶然立ち聞きしてしまった角田。

そのままMyカップにコーヒーを注ぎながら欠伸を上げていた。



「おや、課長。徹夜でしたか?」


「まあな。お前さんたちは大島に行ってたから
知らんだろうがこっちはちょっと事件があったんだよ。」


実は右京たちが大島へ向かう前夜にとある事件が起きていた。

繁華街で危険ドラッグを卸していた元暴力団員加藤実が襲われるという事件だ。

被害者が組を破門になったチンピラであることから

角田たち組対5課はこの犯行を同業者のトラブルではないかという線で捜査していた。

話を終えてコーヒーを飲み干すと角田は再び自分のデスクへと戻って行った。

話は脱線したがともかく今の話で右京は気になることがあった。



「今の話ですがどこかおかしくありませんか?」


「そりゃ夢の中の話ですからおかしいところはあるでしょう。」


「いえ、そうではなく…何故その女子学生は階段の上に恐怖を感じたはずなのに
舞台が突然『井戸』の方に移るのかです…
『女子学生』、それに『中年の男』と『長髪の女』…
僕はこの物語にはあともう一人登場人物がいるように思えるのですがね…」


そんな風にカイトの説明を聞き入る右京。

そんな右京だがなにやら用意を始めていた。

それは先ほど他の部屋から持ってきたシュレッダーだ。

そのシュレッダーに何かの用紙をセットしている。

一体何をしているのかとカイトが気になって見てみると…


「これ…早津さんが描いた呪いの絵じゃないですか!」


それは右京たちが呪われる原因となった早津が描いた絵だ。

それをシュレッダーに入れる右京。そして…


「あぁ…絵が処分されていく…」


なんとシュレッダーによって絵は細かく切断されてしまい復元不可能な状態になった。

何故こんな真似をするのか?


「危険だからですよ。この絵は既にビデオの役割を行ってしまった。」


確かに今となってはこの絵が呪いのビデオの役割を担ってしまった。

それを考えれば処分は妥当なのかもしれないのだが…


「これで心置きなく死ねますね…ハハ…」


「そんなに早く諦める必要もないと思いますがね。
あと3日あります。必ず僕たちが助かる糸口は見えるはずですよ。」


その励ましに力なく頷くカイト。

だが呪いの力は本物だ。それに呪いを解く答えは既に出ている。

それなのに何を調べろというのか?



「それよりもキミにひとつ言っておきたいことがあります。
これから先誰に尋ねられようと決して呪いのビデオの内容を教えないでください。」


「え?だって絵なら…
杉下さんが処分しちゃったじゃないですか?内容なんかもう伝えられないですよ。」


「山村貞子の呪いは呪いのビデオに限らず…絵になっても呪いが有効でした。
つまりもしかしたらですよ…これは僕の想像になりますが…
彼女の呪いは手記や最悪…口頭での説明でも呪いが可能かもしれません。」


「そんな…今
更そんなこと言ってもこの件に関わっている人がどれだけいると思ってるんですか!?
山村貞子や伊熊平八郎のことを調べた角田課長や
花の里で老婆の方言を教えてくれた幸子さん!捜査一課の伊丹さんたち!
それに大島の陣川さんや山村和江さんにも
既に貞子の呪いが掛けられているんですか!?」


「いえ、彼らには肝心の呪いのビデオの内容は明かしていません。
大島で撮られた陣川くんの画像を見るに呪いに掛かっているのは今のところ…
僕たちだけのはず。
僕たちが『歩く呪いのマスターテープ』になっている可能性があります。」


つまりこれからは自分たちだけで捜査を行わなくてはならないことにある。

確かに特命係は常に単独で捜査を行ってきた。

しかしこの事件に隠れている得体の知れない何かを相手にするのに

自分たちだけでは余りにも心細い。

右京とはちがい、カイトにはその不安が重く伸し掛った。



8月30日 AM10:00


ここは城南大学。都内でも有数の進学校と噂されている大学だ。

この学校は近年文化系に取り組んでいて

演劇部などはその本格的な舞台を披露させていることから世間ではかなり注目されている。

その大学の一室にある高野舞のオフィス。

右京とカイトは15年前高山竜司の教え子であり、

浅川玲子と高山竜司の一人息子である『浅川陽一』を引き取った高野舞を尋ねていた。

現在、彼女は若いながらもこの大学の教授職を勤めている。

そんな彼女のオフィスに招かれた右京たちだがその部屋に右京はある疑問を抱いた。


「あの…警察の方がお話って一体…」


「その前にちょっと気になる事が、
大学教授の方なのにこの室内にはTVは勿論PCすら置いてない…
いえ、鏡面的な物がほとんど置いてないのはちょっと不思議に思いましてね。」


「あの…まさかそんなことを尋ねに来たんですか?」


「すみませんねぇ。細かいことが気になるのが僕の悪い癖でして…」


確かにこの部屋にはそんな鏡面的な類は置かれていない。

それを普段から細かいことを気にする右京が指摘するのも当然だが…

しかしこれは本題ではない。

そんな右京を尻目にカイトが今回高野舞を尋ねた本題に入った。



「率直にお伺いします。
高野さん、あなたは呪いのビデオについて何か心当たりはありますか?」


カイトが呪いのビデオ訪ねた瞬間、高野舞の顔は真っ青になった。

この反応を見た右京たちは彼女が呪いのビデオに関して、

何か重大な秘密を知っていると確信した。


「実は我々も『呪いのビデオ』を見てしまったのですよ…」


「俺たちのタイムリミットはあと3日しかありません。話してもらえませんか。」


「正直に申し上げます…私は…呪いのビデオは見ていません。
けど…その所為で私の恩師である高山竜司が死んだのは存じています。
私から言えるのはそれだけです…」


「いや…嘘だ!さっきの反応…あなたは間違いなく何かを知っているはずだ!」


「…」


カイトから激しく追求されたが舞はそれっきり黙秘した。

恐らく当時のことを口にしたくないのだろう。

さすがに令状も取れていない捜査なので強硬手段も出来ないが、

このままでは埓が明かないと踏んだ右京は彼女にある揺さぶりを仕掛けてみた。


「そういえばこの大学にはそのお亡くなりになった
高山竜司さんのご子息である浅川陽一さんが在学中だと聞いているのですが…」


「まさか…あなたたち…また陽一くんを使って…
帰ってください!もうお話することなんかありません!!」


陽一を引き合いに出されたことでさらに右京たちを拒む舞。

だがそんな時だ。



「舞さん遅くなってごめん。」


誰かがこの部屋を訪ねてきた。

それは見るからに大学生の少年、現在の浅川陽一だ。

どうやら右京は事前にこの陽一に舞の部屋を訪ねるように仕向けていたようだ。

本来ならこんなことはしたくはないのだろうが…

しかし右京たちも死亡時刻が迫っていた。従って猶予はない。

だからこそこんな手段に打って出た。


「あの…僕に話って何ですか?」


「キミのお母さんである浅川玲子さん、
それとお父さんである高山竜司さん。二人について話を聞こうと思ったんだ。」


「陽一くん、知っていることがあるなら教えて頂けますか?」


舞に代わって陽一から話を聞き出そうとする右京たち。

だが陽一からの返答は意外なモノだった。



「母さんと父さんのことですか?
母さんは僕が小さい頃に死んじゃったし…
父さんなんか生まれてから一度も会ったことすらないですよ。」


「お父さんと会ったことが無い!?」


「そういえば二人は離婚してますからね。
離婚したのは陽一くんが物心つく前のことだったのでしょう。」


父親である高山竜二と面識はないと言う陽一。

だがこうなると少し奇妙とも思えることがある。それは舞と陽一の関係だ。

生前、実の父親である高山ですらろくに会わなかった息子の陽一を

当時の教え子だった舞だけが引き取った。

いくら教え子とはいえ些か限度を超えているはず。

つまりこの二人は過去に…それも15年前に何かあったのではないのかと勘繰った。


「いけませんか!恩師の息子を引き取ったら犯罪とでも言う気ですか!?」


「失礼、気を悪くされたのなら謝罪します。
ですが実の父親ですらまともにあったことのない息子を引き取った。
美談ではありますが疑う余地がなくもない。
もしかしたらあなた方には15年前に何かそうなるだけの事件が起きたのではないですか?」


「あの…だから…それは…」


改めて15年前のことを問われて狼狽える様子を見せる舞。

確かに呪いのビデオに…いや…山村貞子に関わったのならこの反応は無理もない。

しかしだからこそこの二人の協力は不可欠だ。

そのためにも右京たちは自分たちの誠意を伝えてみせた。



「高野さん、その様子から察するにあなたも山村貞子の力に恐怖を感じているのですね。
確かに不安になる気持ちはわかります。ですがこれだけは約束させてください。
僕たちはあなたたちの平穏な日々は絶対に壊しません。」


「俺たち話を聞いたらさっさといなくなるんで、安心してください。」


「わかりました…
けどその前に陽一くんを外させてください。彼には教えられないから…」


「舞さん、僕はもう大人だよ。それに僕も気になってたんだ。
もうおぼろげな記憶しか覚えてないんだけど小学校の母さんが死んだ時期だけ
どうも記憶が曖昧で…僕も真実を知りたいんだよ!」


「知らせてあげるべきだと思いますよ。彼ももう大人です。」


「そうですよ、陽一くんはあなたが思っているほどガキじゃありませんって!」


「わかりました。それではお話します。あれは先生が亡くなった直後でした…」


そして高野舞は15年前に自分の身に何が起こったのかを

右京とカイト、それに浅川陽一に話し始めた。

舞が呪いのビデオに関わったのは高山が死んだ当日のことだった。

あの日、舞は高山の自宅を訪ねるとそこでは高山が恐怖にひきつった顔をして死んでいた。

その後、高山の死を不審に思った舞は

浅川玲子の同僚である岡崎と知り合い彼から呪いのビデオに関する話を聞かされた。

そして舞も高山の死が呪いのビデオに関わっているのだと確信した。

それから岡崎と一緒に当時失踪していた浅川玲子の行方を追うことになり、

暫くして浅川玲子とその息子である浅川陽一を見つけたが…


「当時の陽一くんは…貞子の怨念にとり憑いつかれていた…
だからあなたは当時の記憶がおぼろげなんだと思う。
まあこんな話を警察の方が信じてくださるとは思いませんけど…」


「いや!信じますから大丈夫ですって!」


「構わずお話を続けてください。」


信じられない話だがそれでも今は信じるしかない。

そう思い舞の話を聞き続けるのだが…

その後、岡崎はなんらかの理由で心を煩い精神病院に入院。

舞自身も何度か貞子の怨念らしきモノに触れそうになり危うかったと話す。



「その貞子の怨念により浅川さんはトラックに撥ねられて…即死でした。
私と陽一くんはその時現場に居たので…その時の酷い有様は今でも忘れられません…
そして私は呪いの謎を解くために貞子の生まれ故郷である大島へ向かいました。」


「やっぱりあなたは大島の…あの山村家に向かったんですね!」


これは大島で会った山村和恵の証言とも一致している。

どうやら舞が陽一を連れて大島に向かったのは間違いないようだ。

だがその時、実は二人の他にもとある同行者がいた。

それは当時の事件で精神科医として関わった『川尻』という男だ。

川尻は陽一にとり憑いついた山村貞子の怨念を

水に溶かして除去するというかなり危険な実験を行った。

舞の話によればその実験の前に、

最初の犠牲者である大石智子の死亡現場に居合わせていて、

後に精神病院に入院した倉橋雅美を使って実験を行ったが

その実験の所為で倉橋雅美は危うく死亡しかけたという極めて危険な実験だったらしい。

それから陽一を被験者として実験は開始されたが…

貞子の怨念は人の制御出来るモノではなかった。

貞子の怨念は暴走し実験の場にいた殆どの人間は貞子に殺されたという…

ちなみに貞子の叔父である山村敬もこの実験に参加していたとのことだった。


「そんな実験が行われていたのかよ…」


「なるほど、山村敬さんもこの実験に…
やはり彼の死も呪いのビデオに関わるモノでしたか。
しかしひとつ疑問があります。
それほど大勢の犠牲が出ながら何故あなた方だけが助かったのですか?」


「それは…先生が私たちを救ってくれたからです。」


「先生?つまり高山竜司さんのことですね。」


「あの実験の時…気付いたら私は井戸の中にいたんです…
必死になって一緒に井戸に落ちた陽一くんを探しいたんですけど見つからなくて…
諦めていたらそこへ先生が現れて…」


そんな舞の説明に陽一はかつて起きた出来事を思い出していた。

そういえば…自分は…その昔…井戸に落ちた記憶がある。

とても深い場所だ。それに呼吸も出来なくて息苦しくもあった。

それでもうダメだと諦めていた時だった。

誰かが救いの手を差し伸べてくれたことを思い出した。

あれは懐かしくも暖かいあの手は…あの時…助けてくれたのは…



「思い出したぞ!?そうか…あの人は父さんだったんだ!
小さい頃、舞さんと一緒に井戸に落ちた記憶があって…誰か男の人に助けられて…
それから手を握られて…その人の手を握った瞬間に怒りとか憎しみみたいな…
ドス黒い感情が一気に抜け落ちていった覚えがあります。」


「それから私は必死に井戸を這い上がりました。気がつくと元の場所に戻っていたんです。」


「なるほど、あなたが陽一くんを心配する理由がよくわかりました。
それにしても実験ですか…
かつて山村貞子の母親である山村志津子も無理矢理超能力の実験を行われた。
それがこうして陽一くんにも行われるとは因果ですねぇ。」


それが高野舞の知る、呪いのビデオとそれに山村貞子に纏わる話しだった。

どうやら山村貞子に関わる者は誰もが不幸を遂げる運命にあるようだ。

そしてこれで舞と陽一の関係にも納得がいった。

それに陽一だがこの話を聞いてあることを思い出した。

それは生前の母が自分にあることをさせた思い出だ。



「呪いのビデオ…そういえば思い出した事があるんですけど…
昔、母さんが僕に『ビデオをダビングしてお爺ちゃんに観せろ』って言ったんですよ。
これって何か関係ありますか?」


「それって…まさか…」


「なるほど、浅川玲子はそうやって息子であるあなたを助けたわけですか。」


これで合点がいった。

浅川玲子の両親が亡くなった原因。

それはこれまで右京たちが考えていたように呪いのビデオにあった。

しかし何故浅川の両親がビデオを観ることになったのか?それが疑問だった。

だがそれも陽一が絡んでいたとしたら話は別だ。つまりこういうことなのだろう。

15年前、陽一はなんらかの理由で呪いのビデオを観てしまった。

母親の浅川はそんな陽一をなんとしても救い出そうと必死だったはず。

そこでようやく答えにたどり着いたのがビデオのダビングだ。

浅川は陽一を救うためにその禁じ手を行った。第三者である両親にビデオを観せた。

その結果、陽一は助かった。だがそのせいで両親は死んだ。

つまりこうして陽一が生き延びた理由は母親の助けとそれに祖父母の犠牲があったからだ。


「それは恐らくですが…」


「ちょっと杉下さん!すまない。俺らもそれ以上は知らないんだ…」


「そう…ですか…」


そんな陽一に真実を告げようとする右京をカイトが遮った。

それは突発的な行動で右京もまさかカイトに遮られるとは思わなかった。



「ところで…精神病院に入院なされている岡崎さんなのですが、
先ほどの高野さんのお話では彼は呪いのビデオを観てないそうですね。
それにも関わらず岡崎さんは精神病院へ入院する事になった。
その辺の事情に何か心当たりはありますか?」


「そういえば…私と知り合った頃…
岡崎さんは女子高生に呪いのビデオの取材をしていました。
その子は沢口香苗というんですけど。ただ…その子も…」


「呪いのビデオで亡くなったのですか?」


「はい、私も見ましたがそれはもう酷い死に顔で…
私が知っていることは以上です。これ以上お話しすることはありません。」


「えぇ、大変参考になるお話でした。どうもありがとう。」


こうして舞と陽一から当時の話を聞き終えた右京たち。

それから部屋を退室しようとするのだが…

去り際、カイトが二人に対してこんなことを告げた。


「最後に俺からもいいですか?特に陽一くんに聞いてほしいんですけど…」


「何でしょうか?」


「今日のこと…いや…呪いのビデオなんか全部忘れちゃってください。
こんなこと憶えてたらあなたたち絶対不幸になっちゃいますから!
突然押し掛けて変なこと言ってると思いますけど…とにかくこれで失礼します…」


そんなことを告げながらカイトもまた舞の部屋を出て行った。

それから右京と合流するカイトだが…

そんなカイトに右京は先ほどのことを問い質した。



「キミ、先ほど僕が陽一さんに尋ねられた際…
思わず会話を遮りましたね。彼にはすべてを知る権利があったはずですよ。」

「そんな事言われなくてもわかってますよ…けど何も知らないとはいえ…
実の祖父を自分の命が助かるために犠牲にしたなんて俺には伝えられません…」


「なるほど、それがキミの考えですか。」


「何すか?文句があるなら聞きますけど。」


「文句なんてありません。それが正しいと思うならキミは胸を張るべきだと思いますよ。」


別に右京は今のことについて咎める気などなかった。

確かに真実を告げることは大事なことだ。

しかしそれも時と場合を考える必要がある。

特に今回の事件で絡んでいるのは呪いのビデオだ。

人を殺せるおぞましいモノを相手にしなければならないのに

そんな破を突くような真似をしてあの二人に害が出れば取り返しのつかないことになる。

一見正反対だが今回に至っては右京もまたカイトの意見を尊重してみせた。


「それよりこれからどうしますか?
確かに高野舞の話は参考になったけど結局実験は失敗してるし…」


「いえ…大変参考になるお話でしたよ。
なるほど、これで繋がってきました。
ところ次の場所へ行く前にちょっと寄り道しておきたいところがあります。」


「寄り道ってどこですか?」


「それはこの学校の演劇部です。」


高野舞からの聞き込みは終えたというのに何故かまだ大学に留まる右京。

そんな右京が次に訪れたのがこの学校の演劇部。

何故、この学校の演劇部を尋ねるのかというと

それは先日の内村部長の部屋にあったこの学校の舞台パンフレットを見たからだ。

あの内村が大学の演劇に興味を示したのが些か気になったようで少し覗いてみたい。

そんなわけでさっそくその演劇部を訪ねてみた。



8月30日 AM11:30


「よーし!それじゃあ今のところをもう一度!」


どうやらそこでは舞台のオーディションが行われているらしい。

主演希望の女子大生たちが

演出担当の学生たちが見守る中でその台詞を舞台の上で叫んでいた。

それから女性たちは一人ずつ舞台に立ち、壇上でセリフを読み上げていった。


「………もし」


「生まれ変わることができるなら…」


「それが神に逆らうことであっても…」


「私はあなたのそばに」


「あなたと一緒にいたい」


「ああ、面影さえも 鮮やかに浮かぶ」


「あなたに会うことができたなら なんといえばいいのかしら」


「すべてが夢ならば」


「夢から覚めた時 あなたがいてくれたら」


それがこの舞台に立つ主演女優のセリフだった。

この舞台の公演は『仮面』というモノ。

その内容は若い娘が交通事故で顔全面に火傷を負い、凄惨な形相になってしまった。

その娘は醜い素顔を晒したくないと仮面を付けるようになり人目を遠ざけるようになる。

しかしそんな娘が恋に落ちた。それは決して報われぬ恋。そんな悲恋の物語だった。

確かにその内容は娘の苦悩や罪悪感を描いた文学的な演目だ。

だが残念なことにそれを演じる女子大生たちの演技力が伴っていなかった。

恐らくこの中に主演を務めるだけの演技力を持ち合わせる女性はいないはず。

そんな風に見つめていた。

だが舞台の演出をしていた学生の一人がこう呟いた。



「やっぱり当時の飛翔の人たちじゃなけりゃ無理なのかな。」


その学生の口から出た飛翔という言葉に右京たちは聞き覚えがあった。

それは大島を出た貞子が入ったとされる劇団の名称だった。

気になった右京たちはこの学生に劇の内容について聞いてみた。


「失礼、ちょっとよろしいでしょうか。
この演劇ですが元々はどういった経緯でやることになったのですか?」


「あ、これですか?
実は…ちょっとオカルト的な演出を兼ねようと思ったんです。」


オカルト的な演出と聞いて思わず首を傾げるが…

だがその理由を聞いてみるとそれは本当にオカルトめいた話だった。

元々この舞台『仮面』の演目は45年前に飛翔という劇団が公演する予定だったらしい。

しかしそれは多難を極めたらしい。公演を行う直前に主演女優が事故死。

その後も代役の女優を用意するも次々と事故が相次ぎ劇団関係者も中止を考えていた。

そんな矢先のことだ。当時まだ入りたての研究生が舞台に上がった。

研究生は見事に主人公の娘役を演じてみせた。

そして研究生は認められて見事主演女優の座を取ってみせた。


「なるほど、確かに曰くつきの話ですねぇ。
ですがそれだけではオカルトとしての要素が薄くも思える。
もしかしてまだ何か続きがあるのですか?」


この話にはまだ続きがあるのではないか?

そう尋ねるとその途端、学生は険しい表情になった。

実は右京が指摘したようにこの話には続きがあった。

45年前、劇団飛翔はこの公演を行っていた。だがその公演中のことだ。

演劇中、なんらかのアクシデントが起きたらしい。そこで死人が出たとか…

それに後日、飛翔の関係者はほとんどが行方不明になったらしい。

まるで神隠しにでもあったかのように忽然と消えた。

それ以来この仮面の公演は忌み嫌われるようになりどの劇団でもやらなくなってしまった。

ちなみにその飛翔で何が起きたのか聞いたが

さすがにその学生も知らないようで当時の関係者でもなければわからないという。

これで行き詰まりかと思われたが、ふとこの公演の台本に注目した。

見るとこの台本、かなり古そうだが…



「飛翔で使われていたオリジナルの台本です。もうコピーしたんでよければ差し上げます。」


飛翔で使用されていたとされる台本。

そのページにあるスタッフ欄を捲ってみた。



スタッフ紹介

重森勇作:演出

×葉月愛子:主演女優

山村貞子:主演女優(代役)

有馬薫:劇団員

………

~スタッフ紹介~

遠山博:音効

立原悦子:衣装

内村完爾:雑用


それがページの一覧だ。

まず主演女優の方に注目したが×印が記されていた。



「恐らく先ほどの証言通り主演女優が亡くなったために急遽の処置だったのでしょう。」



「それじゃあ貞子はこの時に何かあって…」



恐らく貞子の身に何かあったのかもしれない。

思わぬ場所で手がかりを拾ったわけだが…

しかし右京はこの台本でもうひとつある事実に気づいた。

なるほど、だからあの時あそこにアレがあったのかとようやく納得ができた。



8月30日 PM14:00


先ほど高野舞より聞いた通り

右京たちはさっそく精神病院に行き、入院している岡崎を尋ねようとするが…


「え!岡崎さんは退院した!?」


「はい、1ヶ月くらい前に身内の方が引き取りに来ましたよ。」


どうやら岡崎はこの病院を退院したらしい。

しかしどうにもおかしい。ここは精神病院だ。

さらに岡崎はこの病院で既に15年以上も入院している重度の精神障害を抱えているはず。

それなのに今頃になって退院?何か奇妙に思えてならなかった。


「ちなみにお尋ねしたいのですが
引き取りに来られた身内の方はどんな人たちだったのでしょうか?」


「確か背広姿の男性が数名…だったと思います。
兄弟とか言ってましたけど顔は全然似てませんでしたね。アハハハ。」


「ちなみに退院されたのは何曜日のことでしょうか?」


「確か日曜日ですよ。休日を利用してやって来たと言ってましたからね。」


それから病院側に聞いたが

引き取った身内に関しては患者のプライバシーの問題でその詳細は明かされなかった。

この病院に岡崎がいなければ話にならない。

さて、どうするかと思ったわけだが…



「ところでここにもう一人入院されている倉橋雅美さんにもお話を伺いたいのですが…」


「彼女をですか?正直彼女の面会は許可しにくいのですが…」


「ある事件でどうしても彼女の協力を得たくて、どうかお願いします。」


「わかりました…担当の医師に言ってみます。私ちょっと席を外しますから。」


そう言って席を外す看護師。

その傍らで呆れた顔で右京に文句を呟くカイトだが…


「嘘言っちゃって…精神障害の人間の証言なんかに刑事能力は無いですよ。」


「おやおや、僕は別に嘘など言ってませんよ。
彼女は僕たちが追っている
呪いのビデオの事件に協力をしてくれたらそれは事実になりますからねえ。」


「ハイハイ、屁理屈捏ねたら杉下さんの右に出るヤツなんていやしませんよ…」


とりあえずこれで倉橋雅美と面会出来る手筈は整った。

それから1時間も待たされたが

ようやく二人は担当医師の立会いで倉橋雅美と面会することが出来た。

しかし右京とカイトは彼女が病室からこの面会室まで歩いてくる姿に思わずギョッとした。

何故なら彼女の視界に決して『ある物』を見せないために

看護師が布で隠しながらここまで歩かせてきたからだ。

そしてようやく会えた倉橋雅美と聞き込みをしようとするのだが

この15年間で彼女は驚くほどに窶れてしまった。

彼女の年齢はまだ30代前半だというのにその髪は最早白髪だらけ、

目も恐らく満足に寝てないのだろうか大きな隈が出来ていた。

倉橋雅美の状態を見たカイトはとてもじゃないが

彼女から満足な話は聞けないと判断するがそれでも右京は敢えて彼女に話を切り出した。



「倉橋さん、今日はあなたにお話が合って来たのですが。」


「…」


「呪いのビデオ…ご存知ですよね。」


「呪い…ビデオ…」


「あ…」


「ああ…」


「あ゛…あ゛ぁぁぁぁぁぁ!?」


呪いのビデオ。その言葉を聞いた瞬間、彼女はいきなり大声を叫び出した。


「倉橋さん!しっかりして…大丈夫ですからね、鎮痛剤用意して!早く!」

「ちょ…ちょっと本当に大丈夫なんですか!?」


彼女は髪を掻き毟りまるで何かに怯えてしまいその場で暴れ出した。

カイトも彼女が暴れないようにと抑えるのを手伝っていたが

その拍子に自分のスマートフォンを落としてしまった。


「いけねっ!携帯落っことしちまった…」


倉橋雅美は精神障害を患っている。

そんな彼女をこれ以上刺激させるわけにはいかない。

そう察したカイトが一刻も早く携帯を仕舞おうとしたのだが…


「あ…あぁぁ…キャァァァァァァァァァ!?」


その瞬間…

彼女はこの世のモノとは思えないほどの叫び声を上げてその場で気絶してしまった。

最早、話を聞くどころではない状態になった倉橋雅美はそのまま病室に連れ戻された。



「あの…俺…何かしました?」


「僕が見た限り
彼女はキミが落としたスマートフォンを見てあんな叫び声を上げたようですが…」


「けど…こんなモン見たくらいなのに何で気絶するほど怯えるんですか?」


自分の携帯を間近で見ながら確かめるカイト。

この携帯にはには特に異常なモノはない。

…ということは携帯についている何かを見ることを異常に恐がっているのか?

しかしそれは一体何なのか?

そのことで頭を悩ませていたら担当医師が先ほどのことで侘びに来た。


「いや…申し訳ない、こちらから最初に注意しておくべきでした。
彼女はTVの画面や鏡などを極端に嫌いそれに恐怖しているらしいんですよ。」


「TVの画面を?それは何故でしょうか?」


「実は彼女…ここに入った直後なんですが…
今はあんな状態ですがその頃はまだ口が訊けたんですけどね。
当時妙な事を言ってたんですよ。」


15年前、倉橋雅美がまだ辛うじて正気を保っていた頃のことだ。

入院当時の彼女はあるモノに対して極端に怯えていた。

それはTVだ。TVを見ることを極端に恐がっていた。

医師がその理由を尋ねると彼女はこう答えた。

『TVの画面から髪の長い女が出てきて自分を殺しに来る』

当時、その話しを聞いた医師たちは誰も彼女の言うことなど信じなかった。

勿論この担当医師だって未だに信じてはいない。

所詮は精神障害を患った患者の妄言。

だが一人だけいた。そんな彼女の妄言とも思える言葉を一人だけ信じた医師がいた。


「その一人とはもしや…
以前はこちらに勤務されていた川尻という名の医師ではありませんか?」


「えぇ…確かに川尻が私の前任の担当医でしたが…」


「それでは川尻先生が当時残した資料を拝見したいのですが残っていませんか?」


「そんな物残っちゃいませんよ。
川尻さんが死んだ時に何処かの役所の人たちが持って行きましたから。」


川尻が遺したと思われる倉橋雅美や呪いのビデオに関する資料。

それさえ得ればこの呪いを解決する糸口になるはずなのに…

ここでまたもや足止めをされるというのが実に歯がゆかった。



8月30日 PM16:00


「ハァ…結局捜査は進展したけどやっぱり肝心なことはわかりませんでしたね…」


ため息混じりで特命係の部屋に戻る右京とカイト。

そんなカイトが弱音と共に吐くため息には焦りと諦めが混じっている。

残り時間が少ないのにここまで進展しないのではどうしようもない。

そもそも情報が少なすぎるのだから。


「ですが明らかになったことがあります。
それは我々の他にも以前から山村貞子に関して動いている輩が居ることです。
恐らくProjectRINGとやらに関する連中のはず。」


「ああ、あの早津さんが言っていたあの…けどそいつらがいつ動いていたんですか?」


カイトが指摘するようにこれまでの聞き込みで

それらしき連中が動いた形跡は見当たらなかった。

もしそんな連中がいたら一体いつ動いてたのだろうか?


「先ほど精神病院に行った時、
岡崎さんが退院したという話を聞きましたよね。あの話を聞いて奇妙だと思いませんか。」


「奇妙って…
確か兄弟が連れて帰ったとかそんな話でしたよね。それのどこがおかしいってんですか?」


「確かに兄弟がいる事には何の問題もありません。
どこの家庭でも兄弟の一人や二人くらいはいるでしょう。
ですがいくらなんでも日曜日の休日に
背広姿で迎えに来る身内なんていると思いますか?」


「あ…言われてみれば…けどその連中岡崎さんを連れて行って何をする気なんだ?」


「まだそこはわかりませんが、まぁ察するに…ろくでもないことでしょうね。」


右京の言うようにカイトもろくでもない連中が関わっていると察することは出来た。

何故なら15年前の事件に関わっている連中だ。

この連中も関わっている以上は貞子の異力を把握しているはずだ。

それなのに何故進んで関わろうとするのか?そのことについて疑問を抱いていた。

それにカイトにはもうひとつ疑問に思える点があった。



「そういえば岡崎さんって何で入院してたんですか?
彼は別に呪いを受けたわけでもないんですよ。それなのにどうして?」


それは岡崎が精神病院に入院していたことについてだ。

岡崎は呪いのビデオを見ていないはず。

それはこの15年間、生きていることで証明されている。

それなら何故精神疾患になるほどの事態に陥ったのか?

当時の彼の身に何が起きたのかそれもまた疑問だった。


「これは僕の考えですが彼は貞子ではない別の呪いを受けたのではありませんか。」


貞子ではない別の呪い?

そんなことを告げられて首を傾げるカイト。

馬鹿な…ありえない…大体誰が岡崎に呪いなど与えるのかと…


「高野舞さんの説明によれば岡崎さんは精神病院に入院する前に
沢口香苗という女子高生に呪いのビデオに関する取材をしています。
恐らくこの沢口香苗が原因ではないのでしょうか。」


「沢口香苗?けど彼女は取材を受けただけですよ。それだけで呪いなんか…」


舞の話が正しければ岡崎は取材を行っただけのはず。

それだけで精神を患うような精神疾患が起きたりするはずがない。

そう思ったのだが…



「ここから先は…僕の想像になりますが…もしかしたら…
岡崎は浅川玲子から呪いのビデオの死を回避する方法。
すなわちビデオをダビングして誰かに見せることを予め伝えられていた可能性があります。
考えてみれば当然かもしれません。
関わった人間に対応策を教えていても当然だったはずですよ。」


「ちょ…それ本当ですか!?
いや…でも待てよ、それが本当なら岡崎は沢口香苗にダビングの方法を
教えてあげればよかったはずだ!
それなのに何で沢口香苗は死ななきゃいけないんですか!?」


確かに岡崎が呪いを解く方法を知っていたならそれを伝えればよかったはずだ。

それにも関わらず沢口香苗は呪いのビデオによって死亡した。

それは何故か?


「ここでひとつ注目すべき点があります。
それは川尻医師が行ったとされる実験です。
といっても陽一くんが被験者になった実験の方ではなく
昨日お会いした倉橋雅美が被験者として行われた実験ですがね。」


「その実験の席に『岡崎』も立ち会っていたという事ですか?」


「恐らくそうでしょう。
しかし実験は被験者である倉橋雅美が死にかけたという結果でした。
その光景を目の当たりにした岡崎さんはどういう心境だったと思いますか?」


「そりゃ恐怖したと思いますよ。
もしかしたら岡崎さんはその実験に立ち会うまで
呪いのビデオについては半信半疑だったかもしれないし…あぁっ!?」


たったいま自分が口にしたことでカイトもようやく気づけた。

もしも今まで半信半疑だった岡崎がその時点で呪いのビデオを信じたらどうなるのか?

それこそが沢口香苗の死に繋がる原因だった。



「そう、実験を目の当たりした岡崎は呪いのビデオに恐怖し、
沢口香苗を見殺しにしてしまった…
その結果、呪いのビデオが世間に広まることはなくなりましたが…」


「代わりに今度は貞子ではなく沢口香苗の呪いが岡崎を発狂させたと…
なんてこった。この事件に関わる連中は軒並み不幸になっていきますね。」


「そうでしょうかね。不幸になる方の大半が面白半分で鬼の住処を突く者たちですよ。
昔から言うじゃないですか。触らぬ神に祟りなしと…
まあだからと言って殺人が許されるわけではないのですがね。」


触らぬ神に祟りなし…

右京が呟いた言葉だが確かにそうかもしれないとカイトは思った。

そもそも15年前の発端となった岩田たち4人も最初は面白半分でビデオを見たはずだ。

それがこのような事態を招いてしまった。

自業自得といえばそれまでだろうが…

だがそれでも殺人は許されるべき行為ではない。

もしも止められる方法があるのなら一刻も早くその方法を突き止めなければならない。

そう改めて覚悟を決めた時だった。


「警部殿~なにやら動き回っているようですなぁ。」


「ちょっとお話があるって内村部長が呼んでますよ~」


「うわ…」


そこへ現れた伊丹たち。

どうやらここまでの捜査状況を報告しろとのことらしいが…



8月30日 PM16:30


伊丹たちに同行されながら

右京とカイトの特命係が内村部長の部屋に入ると

中園とそれに内村が相変わらず不機嫌な態度を取りながら待ち構えていた。


「貴様ら…事件には関わるなと言っておいたはずだぞ!」


「それに伊丹たち!
お前らも何故特命に事件の捜査を任せた!捜査一課の刑事としての責任感は無いのか!?」


「そう言われましても…」


「オカルトは捜査一課の専門外でして…」


「大体あの事件はもう自殺で方が付いたんじゃないですか?」


内村と中園の叱責に対してこの件を自殺と判断している伊丹たち三人。

確かに今のところ大した物証もなくそう判断するのも無理はない。

ところがそういうわけにもいかなかった。

そんな彼らの前に鑑識の米沢が内村の部屋に現れた。


「どうやら自殺と判断するには些か早計だと思います。
実は被害者の吉野さんの部屋から
被害者以外の指紋が見つかりまして。これで他殺の線が出てしまいましたな。」


「た…他殺!
だって被害者は急性心不全じゃないですか!?
他殺になるわけが…」


「もしかしたら第三者との間に急性心不全を引き起こす『何か』が起きて
被害者はその所為で死んだ…という可能性もあるかもしれん。
今一度徹底的に洗い直せ!」


「そういう訳だ、わかったなお前たち!」


珍しく冴えた判断を下す内村に対してうへぇといううんざりした顔で頷く三人。

まさか当初は自殺かと思えた事故に他殺の可能性が浮上するとは…



「ところで米沢さん。その発見された指紋は何処から出てきたのでしょか?」


「それがですな…
なんとあのTVに巻かれていたガムテープの粘着部分から指紋がベッタリと出てきまして。
こんな基本中の基本を見落とすとは鑑識の不手際と思われてしまいますなぁ…」


「確かあのガムテープ…取れ方が妙でしたね。
あの破れ方はまるでTVの外側ではなく内側から破れたみたいな破れ方でした。」

「それって…まさか…あの倉橋雅美が言ってたことじゃ…」


「高野舞のあの異常という程までに徹底した鏡面の無い部屋…
倉橋雅美のTVの画面を極端に嫌う衝動…倉橋雅美の証言…
あながち間違ってはいなかったのかもしれませんよ。」


今の米沢からの報告を確認するとこんな推理が出来上がる。

『TVから山村貞子が出てきてビデオを観た人間たちを殺している』

さすがにそれはない。

こんなことを誰が信じられるのかと…

さて、そんなことよりもこれで厄介な問題が起きてしまった。

つまりこれより捜査一課による本格的な捜査が始まる。

そうなるとこの展開は右京たちにとって非常にまずいことになるわけだが…



「おい特命係!何を話している?貴様らに発言を許可した憶えはないぞ!!
ところで貴様ら、この事件について色々と嗅ぎまわったようだな。
これまで調べた事を全部一課に寄こせ!」


「そうだ、他殺の件が見えた以上この件は捜査一課が行う!」


「ちょ…ちょっと待ってくださいよ!
どうすんですか杉下さん!
一課に情報を教えたら最悪一課の連中全員呪い殺されちゃいますよ!?」


やはりこうなるようだ。

元々特命係に捜査権など与えられてはいない。

いつも勝手に捜査を行っているだけだ。

そのため捜査一課に情報を寄越せと言われたら否が応にも提出しなければならないが…


「どうした?何故言えんのだ?従わなければ貴様ら二人を謹慎処分にしてもいいんだぞ!」


「3日間の謹慎だ。
まぁお前たちにとっては屁とも思わんだろうが
それでこちらの捜査の邪魔をしないというなら安いモノだ。」


「3日も謹慎!?
そんな事されたら3日後には俺たち死んじまう…
どうすんですか杉下さん!このまま謹慎処分なんか喰らう訳にはいないんですよ!?」


今まで得た情報を話すことは簡単だ。しかしそうれなればどうなるか?

恐らく貞子の呪いが捜査一課に広まる恐れがある。

そうなればどうなることか…

しかしこのまま伝えなければどうなるのか?

元々内村は特命係に対していい感情を抱いてはいない。

今もこうして嫌がらせを喜々として行っている。

そんな内村たちなら特命係に対して近親処分を下すなど喜んでやるはずだ。

そうなったら最後、右京とカイトはビデオの呪いによって死ぬ。

これは二人にとってまさに袋小路に立たされた状況だ。


「止むを得ないですね。もしかしたらこれも山村貞子の思惑かもしれません。」


ふと、右京が口にした山村貞子の名前。

それを聞いて伊丹たちは

ようやく話す気になったのかと思ったが一人だけちがった反応を見せる男がいた。



「ちょっと待て…今…何と言った…?」


それは内村だ。

内村は先ほどの右京の言葉にある反応をするが

右京はそんなことなどお構い無しに米沢にあることを頼んだ。


「米沢さん、ガムテープから発見された指紋ですが至急照合してほしい人物がいます。」


「そう言われましても…既に前科者や関係者の指紋を照合していますが?」

「いえ、それとは別で…
静岡県警の遺留品係の方に、ある人間の指紋と照合すれば恐らく一致すると思いますよ。」


「わかりました。それではすぐに問い合わせます。」


そういって大急ぎで確認作業に入るために部屋を出ていく米沢。

それと同時に伊丹たちが右京に詰め寄った。


「指紋が照合って…杉下警部はもう犯人が分かっているんですか!?」


「何だ、それなら事件は早期解決じゃないですか。」


「それで犯人は一体誰なんですか?」


今のやり取りを見て既に右京がこの事件の犯人に気づいていることを察した伊丹たち。

そんな伊丹たちは当然誰が犯人なのか教えろと言ってくるわけだが…


「杉下さん…大丈夫なんですか?捜査一課を巻き込んで…もしものことがあったら…」


「恐らくですが呪いのビデオのことさえ言わなければ…たぶん大丈夫かと…」


さすがに不安の色を隠せないカイト。

もしも事件の詳細を話したせいで呪いが拡散すればそれは取り返しのつかないことになる。

そんな不安でいるカイトだが

そこに今まで席でふふんぞり返っていた内村が立ち上がり

何か思いつめた表情で右京たちにあることを問い詰めた。



「杉下…お前…先ほど妙なことをほざいてたな。もう一度言ってみろ。」


「…と言いますと?」


「女の名前を言ったろう!もう一度言え!」


女の名前をもう一度言えと怒鳴り散らす内村。

そんな内村の顔は何か恐怖に怯えたそんな風に伺えた。

それと同じタイミングで先ほど照合に行っていた米沢が戻ってきたが…

その米沢もなにやら青ざめた表情でいた。


「米沢さん…照合終りましたか?その顔を見ると僕の予想通りのようですね。」


「杉下警部…私に何がなんだかさっぱりですよ…」


「おい!お前たちだけでわかった顔をするな!?我々にもわかるように説明しろ!!」


そんな彼らに苛立ちを覚えてつい叫ぶ中園。

そこで右京もようやく彼らにこの事件の事実を告げてみせた。



「それではご説明します。
被害者の自宅のガムテープから見つかった指紋は
45年前に井戸に閉じ込められ、そしてそれから30年後に、
静岡県の伊豆パシフィックランドにある貸別荘の床下にある井戸から
死体となって発見された山村貞子という女性のモノと一致しました。」


「 「なにぃぃぃぃ!?」 」


その報告に伊丹たちは驚きを隠せなかった。

今の話しが正しいのなら吉野を追い詰めた人物は45年前に死んだ人間ということになる。


「ま…まさかその山村貞子って女が犯人なんですか?」


「バカッ!そんなわけねえだろ!45年も前に死んだ人間が殺人なんか行えるもんか!?」


「けど指紋が…これはどう説明すれば…」


「杉下!貴様…こんな世迷言を調べていたのか!
ふざけるにも限度というものがあるぞ!謹慎だ!謹慎!とっととこの場を去れ!!」


そんな事実を聞いてこの場にいる誰もが信じられなかった。

このことを世間に公表することなど出来ない。

それをやれば警察の威信に関わる。きっと何かの間違いだ。

そう思い誰もがこの事実を認めたくはなかった。



「嘘だ…何故あの女が…」


そんな中、一人だけ恐怖と不安に蹲る男がいた。それは内村だ。


「杉下…もう一度聞くぞ…山村貞子は…45年前に井戸に閉じ込められたのか?」


「それは間違いありませんよ。
お疑いなら静岡県警に問い合わせてみてはどうでしょうか?
発見された当時の捜査資料は残っていますが。」


「いや…いい…」


内村は誰の目にも明らかであるように何か隠し事をしていた。

勿論それを見逃す特命係ではなかった。


「今度はこちらから質問させて頂きます。内村部長は何を隠しているのですか?」


「いや…私は何も…」


「正直に答えてください。
この事件で既に二人も亡くなってるんですから。
いや…今までの被害者をカウントしたら二人どころじゃないんですけどね!」


右京とカイトに詰め寄られる内村。

思えば最初に吉野賢三と小宮の死を報告した時から内村は何か様子がおかしかった。

今にして思えば明らかに動揺した素振りを取っていたように伺えた。

もしかしたらこの事件について何か知っているのではないか?

既にこの事件は二人の被害者を出している。

確かにオカルトといえばそれまでだがそれでも手を拱いてるわけにはいかない。

そのため、相手が刑事部長の内村であろうと問い詰める必要があった。



「おい杉下、何を言っている?何故部長がこの件に関わっていると思うんだ!」


そんな右京に中園は何故内村がこの件に関わっているのかと疑問の声を上げた。

そこで右京はあるモノをこの場にいる全員に見せた。

それは先ほど城南大学の演劇部で手に入れた飛翔が使っていた当時の台本だ。


「この台本ですがスタッフ欄に気になる名前が載っていました。」


その台本の一番下のスタッフの名前。

それは雑用係の名前だがそこにはこう記されていた。

内村完爾:雑用

それは紛れもなく内村の名前だった。


「45年前、内村部長はこの劇団飛翔となんらかの関わりがあったのではありませんか?」


「内村部長の年齢なら当時のことに関わっていても不思議じゃないですからね。」


飛翔の台本を見せて内村を問い詰める右京とカイト。


「お前ら!部長に対して失礼だろうが!」


「そうですよ!」


「いい加減にしてください!」


そんな特命係の無礼に怒った中園と伊丹たちであったが…

実はその矛先は右京たちにではなく…


「部長!いいから吐いてくださいよぉ!」


「つらいのもわかりますがねぇ…」


「一度やってみたかったんですよ。部長への尋問!」


「馬鹿者!節度を弁えんか!」


さらには調子に乗った伊丹たちにまで追求される内村。

こうなれば内村とてたまったものではない。

堪らず内村もついにその重い口を開いてみせた。



「45年前、俺は山村貞子と会っているんだ。」


ついにその重い口を開き語り出した内村。

それはかつて劇団飛翔で起きた出来事の一部だった。


「あれは俺がまだ学生の頃…
その劇団は飛翔と言って…そこそこ有名な劇団だった。
当時文学少年だった俺はそこでアルバイトをしながら演劇を間近で眺めていたわけだ。」


今の文学少年という発言に思わず苦笑いを浮かべる捜査一課の面々。

いつもならここで怒鳴り声のひとつでも上げるはずだが…

今日に限ってはその雰囲気ではなかった。


「ある日の事だ。葉月愛子という女が死んだ。
その女は劇団の主演女優だった。
葉月を失った劇団は厳しい状況に見舞われた。
公演を目前に控えていたのに主演女優が死んだので急遽代役を立てることになった。」


「その代役が山村貞子ですね。」


「そうだ。当時彼女はまだ研究生だったにも関わらずそれは見事に代役を演じた。
その姿は本来の主演女優だった葉月愛子以上の演技力と美しさを兼ね備えていた。
それを見た劇団の男連中は誰もが貞子を推した。」


あの偏屈な内村ですら認める貞子の美しさと演技力。

恐らくそれは素晴らしいモノだったはず。

だがそんな幸せの絶頂にいた貞子に不幸が訪れた。



「当時、劇団では不穏な空気が漂っていた。
主演女優が死んだのは誰かが意図的に殺したからではないかと疑ったからだ。
それで彼女を殺したという疑いの目を掛けられたのが…山村貞子だ。」


当時、『立原悦子』という女性スタッフが貞子に疑いの目を向けた。

劇団の誰もが貞子が犯人ではないかと疑ったが生憎と証拠はなかった。

それでも誰もが貞子を疑った。

主演女優が死んだことにより貞子は代役とはいえ主演の座を得ることが出来た。

真偽はともかくそんな貞子に疑惑が掛けられのは仕方のないことだった。


「まあ俺は貞子が殺したとは思わない。
それに貞子自身もそのことを強く否定していた。
だが貞子はまだ駆け出しの身で…俺はただの学生アルバイトだ。
正直庇いたかったがそうなると俺にも疑いの目が掛けられる。
そうなれば将来ある俺の身が危ないと思い…結局俺は彼女を庇うことが出来なかった…」


「部長って若い頃から器が小さかったんですね…」


「『三つ子の魂百まで』って事だな。元々ヒーローになれない性分なんだろ。」


当時は貞子のことを庇えなかったと悔やむ内村。

そんな内村に皮肉を呟く伊丹と芹沢とそんな二人を諌める三浦。

とりあえず捜一トリオは置いといて内村は貞子の話しを続けた。


「だがそんな貞子を庇う男が一人だけいた。遠山とか言ったか。
当時の先輩スタッフだがそいつだけが貞子は犯人じゃないと庇った。
まあ今にして思えばヤツは貞子に惚れてたのだろう。だから庇ったのだろうが…」


そんなことを憎たらしげに語る内村。

恐らく自分が救いのヒーローになれなかったことを妬んでいるのだろう。

まあそれはともかくとしてそれでも内村の貞子に対する評価は大きかった。



「確かに疑惑は拭えなかった。
だがそれでも彼女にはそんなモノを軽く補う天性の美しさがあった。
黒く長い髪が印象的でそれにあの神秘的な美しさ…
もしあのまま銀幕の舞台で活躍していたら恐らく後世に名を残す名女優だったはずだ。」


「しかし、そうはならなかった。そうですね。」


右京の問いに内村は静かに頷いた。

それから内村はあの日のことを語った。

それは劇団飛翔が舞台『仮面』の公演を行った日のことだ。


「あの日は今でも忘れられない。
公演があった日のことだ。俺は雑用係として裏方に回りながら舞台を覗いていた。
舞台に立つ貞子の演技には人を魅了させる力があったのは間違いない。
劇は見事なモノだった、誰もが彼女に魅了していたよ。
しかしそんな最中だった、舞台の音響からある音声が流れてきたんだ。」


それは奇妙な音声だった。

『的中!』 『的中!』 とわけのわからない男の声だ。

観客の誰もが何かの演出だと思った。

しかし舞台の壇上にいた貞子はそうとは思えなかった。

本来なら優雅に役を演じ無ければならなかった貞子に激しい動揺が走ったという。

そんな音声に怯える貞子。しかし異常はそれだけではなかった。

それからさらに奇妙な出来事が起きた。



「な…何が起きたんですか?」


「女だ…」


「気が付くといつの間にか40代くらいの中年の女が舞台に立っていた。 」


「見覚えの無い女だった…言っておくがその女は役者じゃないぞ。
観客席からも見えたが、劇団の連中がその女の存在に驚いていたからな…
それから奇妙な耳鳴りがした…思い出すと吐き気がするくらい嫌な耳鳴りだった…
そんな奇妙な現象を止めようと舞台袖から一人の男が貞子に近付いた。
その時会話の内容は聞こえんかったがその男は貞子を宥めようとしていたらしい。 」


「そして事件が起きた…」


「事件って…」


「何があったんですか?」


その舞台で何が起きたのか?

伊丹たちは思わず内村を問い詰めるが…

内村はこう告げた。人が死んだ―――



「貞子を宥めようとした男は急に苦しみだし…舞台から倒れた!
その光景を間近で見た貞子は悲鳴を上げた。
すると今度は天井から照明が落っこちてきて…
もう会場内は大パニックになった。俺も無我夢中で逃げ出したよ。
それからどうなったかは知らん。
ちなみに劇団員は山村貞子を含めてほぼ全員行方不明になったらしい。
生き残ったのは一部の…大道具や音響のスタッフくらいしかいなかったという話だ…」


それが内村の知る山村貞子に関するすべてだ。

やはり飛翔で貞子が絡んだ事件が起きていたことはハッキリとわかった。

だが今の話を聞いて右京たちはひとつ疑問に思ったことがある。


「しかし何でパニックを起こしたんですか?
内村部長の話し通りなら
舞台が成功していたら彼女には輝かしい未来が待っていたはずじゃないんですか?」


「確かにカイトくんの言う通りです。
彼女が会場内でパニックを起こす必要はなかったはずです。
それにも関わらずそのような大惨事が引き起こされてしまった。
少々引っかかりますねぇ。 部長、ひとつお尋ねしたいのですが…」


未だに怯える内村に対して右京はある質問をした。

それは…劇団で髪の長い少女はいなかったかという質問だ。

その質問に対して内村も居たような居なかったようなと曖昧な返答をした。

以上が内村からが話した事の詳細だった。

吉野や小宮の死に動揺したのも

どうやら最近この二人から呪いのビデオの取材について当時のことを聞かれたからだとか。

これで一応納得のいく説明はついた。

「ハァ…気分が悪くなってきた…
特命係、さっき言ったように…お前らは謹慎だ!
それと俺はもう帰る。あとのことは…中園…お前に任せる…やっておけよ。」


「ハッ!わかりました、お気を付けて!
聞いた通りだ。特命係は3日間自宅謹慎だ!さっさと家に帰れ!」


こうして右京とカイトは自宅謹慎を命じられてしまった。

しかしそれでも思わぬところから山村貞子の重要な手がかりを得ることは出来た。

だがそのせいで3日間の自宅謹慎を言い渡されてしまった。

これでは呪いの日まで動くことは出来ない。

また思わぬところで足止めを食う羽目になった。



第4話


8月31日 AM8:00


「ハァ…あと2日か…長いようで短かったな俺の人生…」


「あのさ亨、アンタ今日非番だっけ?」


「上司にいきなり3日間の謹慎を言い渡された。
まったく冗談じゃないっての、こっちは文字通り命懸けだってのによ…」


翌日、カイトはマンションで同棲している恋人の悦子にそんな愚痴を零していた。

結局内村部長の言われるがままに大人しく謹慎処分を受けた特命係。

カイトは残り2日のタイムリミットをこのまま大人しく部屋で過ごさなければいけない

自らの境遇に対して焦りと不安、そして諦めの感情が入り混じっていた。


「まったく…アンタ刑事になってからまだ1年しか経ってないじゃない!
そんな事じゃ出世出来ないわよ。
あーあ、こんな甲斐性なしの男は見限ってもっと将来性のある男とくっ付こうかな。」


そんなカイトを叱咤するかのように文句を言う悦子。

しかしそれでもカイトの反応は薄い。それどころか…


「いいんじゃねえの…俺たぶんあと2日で死ぬかもしれないし…」


「ちょっと!冗談だってば!本気にしないでよまったく!」

「なぁ…俺が死んで葬式やるとしても
絶対ウチのクソ親父だけは呼ばないでくれよ。
来たら俺絶対あの親父を呪うかもしれないから…」


何を馬鹿げたことをと嘲笑う悦子。

だがカイトの言葉には現実味があった。今の自分なら人を呪うことが出来る。

それはなにか確信的な思いがあった。



「ねえ…本当にふざけるのやめなさいよ!
亨…たぶん謹慎とか言われてふて腐れているだけなのよ。
外に出れないならTVでも観ようか。
昨日新作のDVDレンタルしてきたからさ気分転換に観ようよ!」


「TVねぇ…」


悦子の勧められるままにTVを観ようとしたカイトだがその時…

昨日、精神病院に倉橋雅美を尋ねた際に言われたあの言葉が頭を過った。


『TVの画面から髪の長い女が出てきて自分を殺しに来る。』


「ダメだ!TVを付けるな!?」


「ちょっと…亨…何してんのよ!?」


気が付けばカイトはガムテープを取り出しTVのモニターをグルグルに巻いていた。

自分でも異質に思えるこの行動。

それを見てようやくわかった。あの吉野の部屋で起きた出来事が…

吉野の部屋ではTVのモニターがガムテープでグルグル巻きにされていた。

つまり今のカイトと同じだ。吉野はTVから抜け出ようとする貞子を必死に止めようとした。


「そうか…だから吉野さんは…あんな行動をしたのか…」


ようやく吉野の異常とも思える行動が理解出来たカイト。

だがその一方で事情を知らない悦子はそんなカイトを心配そうな目で見つめていた。


「あのさ亨…アンタおかしいわよ!一体何があったのか話しなさいよ!」


「うるさい!もう俺の事は放っておいてくれよ!」


「…」


「怒鳴ってゴメン…けど俺…本当に余裕無いんだ…」


「わかった、私もう仕事に行くね。」


悦子に八つ当たりのように怒鳴り散らすカイト。

そんな自分の行いに自己嫌悪に陥った。

悦子は何も悪くない。悪いのは自分だ。

カイトは悦子に八つ当たりなんてする気はなかった。

しかし死への焦りが彼を徐々に追いつめていた。

リビングのソファーに寝っ転がり先ほどの悦子への八つ当たりを後悔した。



「どうしたらいいんだ…?」


最早どうすることも出来ない。

このままなら自分はビデオの呪いで死ぬだけ。

あのビデオの呪いは本物だ。それは自分も認めている。

それならどうしたらいい?ビデオの呪いを解決させる手段は…


「複製して誰かに…見せるしかないか…」


既に答えは出ている。

右京はその答えを否定しているがそれでも早津はこの方法を使って助かった。

それならば…

思い立ったカイトは紙と鉛筆を用意して絵を描こうとした。

それは先日、早津が偶然にも自分たちに行った方法だ。

呪いの絵を描いてそれを他人に見せて貞子の呪いを解く。

だが…呪いを解くにしても誰に見せるべきか…

見せた相手は呪いが降りかかるはず。それをわかっていながら見ようとする者はいない。

しかしそのことを伝えなければどうだろうか?それなら相手に見せても問題はない。

こうして呪いの解き方を自分の解釈で次々と解決していくカイト。

その様はまるで悪魔がとり憑いたかのように冴えていた。

それでは最後の問題だ。


「これを誰に見せたらいい…?」


問題は死ぬ相手を選ばなければならない。

この絵を見た人間には死んでもらう必要がある。

何故ならこんな厄介な呪いを他に撒き散らせるわけにはいかない。

だからこの呪いは小規模な犠牲で済ます必要がある。

そしてその小規模な犠牲は誰が好ましいか?

恋人の悦子?相棒の右京?それとも仲の悪い父親?どれも論外だ。

そうなれば死なすべき相手はいない。いや、そんなことはない。

この確実に死に至らしめることが出来る行いを有効に活用する方法があるとしたら…

そしてこの方法を本来用いるべき者がいるとしたらそれはまさしく…



「犯罪者たちだ。」


そう、犯罪者だ。

法で裁けず警察すら逮捕をこまねく犯罪者たちにこの方法を活用したらどうだろうか。

そうすれば彼らに制裁を与えることが出来る。

そのことを思いつくと同時にカイトの脳裏にある出来事が呼び起こされた。

それは親友の梶祐一郎の妹が殺された事件だ。

容疑者はすぐ逮捕された。だがその容疑者は薬物による心神喪失で不起訴処分となった。

そのことを不満に思った梶は妹への復讐に殺意を燃やすが

それを見かねたカイトはその容疑者に暴力という制裁を下してみせた。

そしてもうひとつ、カイトにはある秘密があった。

今朝の朝刊の事件欄を読むとある記事に注目した。


『繁華街で元暴力団員が暴行される!犯人は未だ不明!?』


それは昨日角田が捜査していた事件内容だ。

実は26日の夜、カイトはある瞬間に出くわした。

この元暴力団員が危険ドラッグを売り捌く光景だ。

それを目撃したカイトはある衝動に駆られてしまった。

目の前で早津の命を救えなかった無力感。そして法の目を掻い潜る犯罪者たち。

気づいた時には血まみれになったチンピラが横たわっていた。

昨日の話からして警察はチンピラ同士の仲違いによるものだと捜査しているから

決して自分に捜査の目を向けることはないだろう。

だからこの事実はあの右京にすら告げていない。自分だけの秘密だ。

もしもこの方法が成功するのなら自分は助かる。

いや、それだけじゃない。

もしかしたら犯罪被害にあっている人々の救済にも繋がるはずだ。

それを思えば自分のやっていることは善であるとそう思えた。



「何をしているのですか?」


そんな時、ふと誰かが背後から自分に声をかけてきた。

それは恋人の悦子ではない。それに不仲の父親でもない。

カイトは恐る恐るうしろを見た。するとそこにいたのは…


「どうも、おはようございます。」


「何で杉下さんがウチに居るんですか?」


「先ほどマンションのエントランスで悦子さんにお会いしましてね。
キミのことをどうかよろしくと言って部屋に立ち入ることを許可してくれました。」


どうやらこの部屋に右京を招いたのは悦子のようだ。

恐らく今の自分を心配しての配慮なのだろうが…

しかしこれは見られたくなかった。

この人に自分の醜い部分を晒したくはない。

そう思い描き上げようとした絵をすべて黒く塗り潰してしまった。



「何か…言わないんですか…」


「何を言えというのですか。」


「そりゃ…勿論…」


「絵を描いたことは咎めません。
いくら警察官といえど所詮は人間です。弱さを否定することなど僕にはできません。」


カイトの行動を弱さと語る右京。

どうやら右京は自分が絵を描いて死を回避することまでしか推理していないようだ。

さすがに自分の行いまでは知られてはいないとホッと安堵するのだが…

そんなカイトに対して右京はある質問をした。

それはカイトの行く末を決める大事な選択だった。


「カイトくん、僕はキミに強制はしません…が選んでください。
このまま残り2日間を部屋の中で大人しく謹慎するか…
それとも僕と一緒に捜査を行い、
呪いのビデオと山村貞子の謎を解き明かして生き残る方法を探索するか。
まあどちらを選んでも僕はキミの選択にとやかく言う気はありませんがね…」


まだ貞子の捜査を諦めていない右京。

その姿勢は警察官として正しいモノだろう。

だがそれと同時に自らの行いに激しい嫌悪感が募った。自分は何をしていたのかと?

だから思わずこんな質問をしてしまった。



「そ…その前にひとつだけ質問させてください。
何で俺なんかと…杉下さんの頭脳なら…
俺なんかいなくたって一人でどうにでもなるじゃないですか!」


カイトは当然の質問をしてみせた。

自分は昨日内村部長に自宅謹慎を言い渡されてからずっと怯えていた。

『残り2日間を大人しく家の中で過ごせ!』というのは…

今のカイトにしてみれば事実上の死刑宣告同然であった。

それにも関わらず自身と同じ境遇である右京は毅然と振る舞い今も堂々とした態度でいる。

それなのに何故自分が必要とされるのか?カイトにはそこがわからなかった。


「キミ、僕が山村貞子の『呪い』を恐れていないと本気で思っていますか?」


そう言うと右京は自分の手の震えを見せた。

カイトは初めて右京の弱い姿を見てしまった。

いつもは敢然と犯罪者の罪を暴く右京が他人に弱みを見せたのは

以前、特命係に在籍していた亀山薫、神戸尊にすら見せなかったはずだからだ。


「恐いのはキミだけではありません。
所詮僕もただの人間ですよ。
死が迫ってしまえばどんなに取り繕っても動揺を隠せませんからねぇ。
だから頼りになる相棒に傍にいてほしいと思っています。」


頼りになる相棒に傍にいてほしい。

そんな右京の頼みを聞いてカイトはほんの少しばかり嬉しかった。

何故なら自分はこの杉下右京に頼られている。

それを思えばなによりも誇らしく思えたからだ。

右京の本音を聞いたカイトにもう迷いは無かった。

そしてカイトは先ほど右京が問いかけた選択の答えを伝えた。


「しょうがないっすね。俺も杉下さんと一緒に捜査しますよ。
俺だって警察官です。山村貞子を野放しにするわけにはいきませんからね!」


「そうですか、ありがとう。
さっそく事件についてですが昨日の内村部長の話で色々と新事実が判明しましたね。」


そんなカイトの決断を軽く受け流す右京。

もう少しリアクションがほしいと呟くカイトだが…



「注目すべき点は内村部長がスピーカー越しで聞いたあの言葉です。」


「それって確か…
『的中!』…『的中!』って言葉の事ですか。
確かにおかしいですよね。これって何なんでしょうかね?」


「えぇ、気になって調べてみたんですよ。そしたらこんなモノが出てきました。」


そう言うと右京はある一枚の紙をカイトに見せた。

それは帝都新聞社の一枚の新聞記事であるが日付を見てみると1956年となっていた。

記事には一面でデカデカと右京たちが気になる文が掲載されていた。

その文とは…


―インチキ超能力者、実験中に人を殺す!?―


という見出しが載っていた。

記事の内容は二人が南箱根療養所で出会った伊熊平八郎が

山村貞子の母、志津子による超能力の公開実験についての記載であった。

その記事によると山村志津子は千里眼による超能力で様々な実験を衆目の前で

成功させるがある一人の記者が『インチキ!』と疑いの声を掛けた。

その言葉にショックを受ける志津子だが次の瞬間…その記者は急に苦しみ出して倒れた。

死因は急性心不全。

一応捜査は行われたが事件性は無いということで

志津子は逮捕されずに事故死として片付けられた出来事との記載だった。


「杉下さん…この記事って…」


「帝都新聞が57年前に発行した新聞です。
まぁこれは当時の記事をコピーした物ですが…
気になるのはこの文面です。ここを読んでください。」


その記事には以下のようなことが記されていた。

『実験にはサイコロを使いどんな目になるのかを当てるかを行う内容であった。』

サイコロ、確かビデオの絵にそれがあったはず。

つまりサイコロの絵は志津子の公開実験だった可能性が高いわけだ。



「それにしてもこの記事の内容酷過ぎですよね。
山村志津子に対する批判や中傷が酷過ぎますよ。
そりゃ死人が出たからしょうがないにしてもちょっと一方的じゃないですか?」


「おや、キミもそう思いましたか。
僕もそこに違和感があって、そのことについてこれから調べようと思うんですよ。」


「調べるたってどうすんですか?
この記事が書かれたのはもう57年も昔の事なんですよ。
書いた記者はとっくに死んでいるか…生きていたとしても定年になってますから。」


既に57年前の事件だ。

今の帝都新聞に当時の関係者などいるはずもない。

それに自分たちにはその伝手もないと思えたのだが…


「実は…帝都新聞には一人友人がいましてね。
まぁ現在は既に帝都新聞を辞めてフリーのジャーナリストですが…
これからお話を伺いに行きますよ。」


「帝都新聞に友人ねぇ、随分と都合がいいですね。」

「それとこれから行く場所は
キミも強ち無関係というわけじゃありませんよ。
ある意味、キミの先輩に当る人もいますから…」


こうして二人は右京の言う帝都新聞の友人に会いに車で向かう事になった。

しかし…そんな右京とカイトを尾行する一台の車が後ろにいた。


―「行ったか。」


―「ヤツら何処に向かう気だ?」


―「着いたようですよ、けどこのマンションは…」


―「間違いない、このマンションは…かつて杉下右京の相棒だった亀山薫のマンションだ!」



8月31日 AM10:00


「亀山くん、それに美和子さん、お久しぶりですね。お元気そうでなによりです。」


「そういう右京さんこそ、お変わりないようですね!」


「すみません…サルウィンに行ってから音沙汰無しにしてしまって…」


「あの…杉下さん…こちらの方々は?」


「おやおや、僕としたことが…紹介しましょう。
こちらは亀山薫くん、以前特命係で僕と一緒に働いてくれていた人です。
現在はサルウィンという国にボランティア活動をなさっています。
それとこちらは美和子さん、亀山くんの奥さんです。
彼女は以前帝都新聞社に勤めていましたが。」


なんと右京がカイトを伴ってやってきたのはかつての相棒である亀山薫のマンションだ。

現在はサルウィンでボランティア活動に励む亀山夫妻だが

どうやら所用のため日本に一時帰国したようだ。


「あぁ…なるほど、この人が俺の先輩…どうも、特命係の甲斐と言います。」


「あら!イケメンくんだ!」


「それじゃキミは俺の後輩になるわけか。
さあ、どうぞどうぞ!三人とも上がって、上がって!」


こうして亀山夫妻によって部屋へと招かれる右京たち。


「ささっ!亀山家特製のコーヒーですよ、どうぞお飲みください。」


居間に通された右京とカイトはテーブルに亀山が用意したコーヒーを飲んでみた。

普段は紅茶やコーラを飲む二人だがその味は…



「……頂きます。おや…これは…」


「いい豆使ってますね!どうしたんですかこれ?」


「でしょ!実はこれサルウィンで採れた豆なんですよ♪」


「薫ちゃんたら商才があったらしくあっちでコーヒーの豆を栽培して
この商売が軌道に乗っちゃって大成功しちゃったんですよ。」

「まあボランティアの海外援助だけに頼っているわけにはいかないですからね。
自分たちで何か出来るこがあればと思って始めたわけですけど…」


「悪いことではないと思いますよ。
それで現地の方々の生活が向上なされているなら
キミは自分がやっていることを誇るべきだと僕は思います。」


サルウィンでの活動を右京に伝えると同時にそのことを認められる亀山。

かつて一方的な都合で警察官を辞めてしまったが…

それでもかつての相棒に今の活動を認められることは嬉しいことだった。


「右京さん…あざーっす!
それで…キミが今の右京さんの相棒なんだっけ。え~と甲斐くん?」


「はい、そうです。
あ!俺のことはカイトって呼んでください。甲斐亨なんでカイト、覚えやすいでしょ。」


「はぁ~!特命係にこんな若いイケメンくんがやってくるなんて…
しかもこの子、右京さんから指名もらって特命係に来たそうよ。
捜査一課でヘマやらかして飛ばされた薫ちゃんとは大違い!」


「うるさいよお前!
言ってる事が親戚のおばちゃんみたいだぞ!
大体なぁ…指名って何だよ!?キャバクラじゃあるまいし…」


「誰がおばちゃんかね!?これでもまだお姉さんです!」


「愉快な人たちですね。」


「えぇ、彼らを見ていると飽きる気がしません。
ちなみにですが角田課長がいつも特命係に置いてあるコーヒーを飲みに来るのは
亀山くんがコーヒーを飲んでいたからですよ。」


「あぁ、なるほど…ってこんなこと聞きに来たわけじゃないでしょ!?」


積もる話もようやく終わり、右京はいよいよ本題に移った。

実は今回、話しを聞きに来たのは亀山の妻である美和子にあった。

日本に居た頃、美和子は帝都新聞の記者を勤めていた。

そのため帝都新聞について詳しい事情を知っているはずだと思いあることを尋ねた。



「正直…キミたちを巻き込みたくはないのですが…
僕たちも余裕が無くて…この記事を見てほしいのですが…」


「何だこりゃ?超能力?」


「この記事…帝都新聞のモノだけど…57年も前の記事ですね。」


「以前帝都新聞にお勤めになっていた美和子さんなら
この記事に関する詳しいお話をご存知ではないかと思いましてね。」


そのことを告げられて少々気まずい雰囲気になる美和子。

恐らく美和子はこの件に関して何か思うことがあるようだ。

それから意を決したようでそれを踏まえてあることを話し始めた。



「…けど…うん…まあもういいか。
私も帝都新聞辞めちゃったわけだし右京さんたちに話しても問題ないでしょう。」


「その言動から察するに何か曰くつきの話のようですが…」


「ハイ、私も帝都新聞に勤めていた頃…年配の先輩から聞いた話なんですけどね。
この話…現在でも社内じゃタブーにされている話でして…
その記事に載っている死んだ記者ってのがウチの…帝都新聞の記者なんですよ。」


「帝都新聞の記者?なるほど、仲間の記者が殺された。
だから山村志津子のことをこんなボロクソに叩いた内容を書いたわけですね!」


「いいえ、それだけじゃないの。この記事を書いた人は…死んだ記者の婚約者なのよ。」


「婚約者?つまり亡くなった記者の方とは恋仲だったわけですか。」


話は今から57年も前に遡る。

この記事を書いたのは『宮地彰子』という女記者はある人物を追っていた。

それは彼女の婚約者を殺した人間だ。

当時、警察は彼女の婚約者の死因を事故死と判断して捜査は行われなかった。

だが彼女は婚約者の死は殺人だと周りに言い続けた。

しかしそんな彼女の発言を新聞社の人間は誰も信じようとはしなかった。

そのため彼女は一人でその人物を追っていた。


「けど宮地さんもかなり違法スレスレでその人物を追っていたらしいです。
警察の調書を見たり実験の録音されたテープを手に入れたり…
他の新聞社がその事件を事故の見出しで出したのに
ウチだけ『山村志津子が人を殺した!』なんて
内容を書いたものだから当時のお偉いさんは怒り心頭だったそうですよ。」


「そりゃそうですよね。
一応病死なのに殺人の見出しになんてしたら嘘の記事書いたことになっちゃうし…」


「なるほど、山村志津子の公開実験を調べていたわけですか…
それで宮地彰子さんは現在どうなさっているのですか?
是非ともお会いして彼女からもお話を伺いたいのですがねぇ。」


美和子に現在の宮地彰子の消息を尋ねる右京。

だがそれは不可能だった。何故なら彼女は45年前に失踪したらしい。

45年前、彼女は同僚の記者に事件の真相を暴くと言ったきり帰ってくることはなかった。

そしてこれが帝都新聞において彼女の存在がタブーとして扱われている問題でもあった。



「彼女が失踪する直前、ヤクザから拳銃を購入していたと同僚記者が証言していました。
その理由は恐らく婚約者を殺した相手に復讐するため。
だから帝都新聞では未だに彼女の存在がタブーとして扱われているんです。」


「誰かを殺そうとしたってまさか…」


「それで美和子さん、彼女は何処に行くのか行先を言ってはいなかったのですか?」


「ええ、一応言ってたいたそうですよ。ただ…」


「ただ…どうなされましたか?」


「その行先なんですけど…確か劇団だと言ってたそうですよ、名前が…」


その劇団の名前は飛翔だった。

つまりこういうことだ。

45年前、宮地彰子は貞子を殺害しようとした。

ヤクザから購入した拳銃はそのために使用したのだろう。

だが彼女の消息は今も途絶えたままだ。それどころか劇団飛翔の人間も…


「やはり彼女も劇団飛翔のメンバーと一緒に…」


「間違いないでしょうね。
宮地彰子と飛翔の劇団員は何らかの事件に巻き込まれてしまい…
恐らく全員亡くなられたのだと思われます。」


失踪した宮地彰子と飛翔の劇団員たちが今も生きているという可能性は低い。

恐らく45年前に死亡したとみて間違いないはず。

それが誰の手によって行われたのかは一目瞭然だ。



「当時の山村志津子の公開実験でまだご存命の記者の方はおられますか?」


「いないそうです。
山村志津子の公開実験…
それを見てた記者全員が実験から10年以内に全員死んだらしいんです。」


「10年以内に死んだ…じゃあやっぱり…
けどどういう事だ?
山村志津子って宮地たちが失踪する12年前にもう亡くなったじゃないですか。
何で宮地彰子は12年以上も前に死んだ志津子のことを調べ続けていたんだろ?」


確かにカイトが指摘する通り山村志津子は実験直後に起きた三原山大噴火で亡くなった。

それにも関わらず既に死亡した相手を調べるというのはどう考えてもおかしい。

それでは宮地彰子は一体誰に復讐しようとしたのか?


「けど…同じ女記者だから
彼女の境遇はちょっと理解出来るところがあるんですよね。
私も薫ちゃんが誰かに殺されでもしたら私情優先した記事を書いちゃうかもしれないし…」


「おいおい、嬉しいこと言ってくれちゃってさ。」


「なるほど、大変参考になりましたよ。美和子さん、どうもありがとう。」


「そんな…気にしないでください。
けど右京さんはこんな事件調べてどうする気なんですか。
いくらなんでもこれ45年前の事件ですよ。
もし宮地彰子が生きていたとしても残念ですけど…もう時効扱いですよ?」


こうして美和子から重要な話を聞こえる右京。

しかしこんな45年前の事件を何故調べるのかと聞かれてしまう。

唯でさえこの事件は他人に教えられないというのに…

だがこのまま何も伝えずにいるとあとで何か問題が起きた時は厄介だ。

そんなわけで触り程度の情報を伝えてみせた。



「それでは説明します。といっても詳しいことは言えませんが…
最近都内である事件が発生しまして
その事件にもしかしたら山村志津子の娘が関わっている可能性があるのです。」


「山村志津子に娘がいたんですか!なるほど、それで調べていた訳ですね。」


「なるほど、つまりその人物が山村貞子なわけですね!」


「…はぃ?…」


「ええ、俺らが調べた限りだとどうやら娘の貞子にも特殊な力があると…」


「カイトくん、ちょっと話をやめてもらえますか…」


突然カイトの話を遮り何か奇妙なことに気づく右京。それは…


「亀山くん…キミ…どこでその名を知りましたか?」


「へ?何を言ってるんですか右京さん?」


「僕とカイトくんは確かに山村志津子の名前は話の流れで教えましたが…
娘の貞子の名前はまだ明かしていませんでした。
勿論美和子さんも先ほどの会話から察するに
貞子の存在どころか名前すら知らなかったはず…
それなのにキミは山村貞子の名前を知っていた。
それに…僕はこのテーブルについてからひとつ疑問があるのですが…」


「じ…実は…俺もさっきから気になってるんですけど…」


「薫ちゃん…私もなんだけど…」


「ちょっと何だよみんな!
わかるように説明してくれなきゃ俺だって困っちゃうよ?」



亀山はみんなが自分を茶化しているんだろうと思い冗談半分でいたが

右京、カイト、美和子の三人は奇妙な疑問を感じていた。

その理由はテーブルに置かれているカップの数だ。



「何故キミはコーヒーを三つも用意したのですか?」


「俺たちは二人しかいないんで、
てっきり亀山さんか美和子さんが飲むモノかと思ってたんですけど…」

「私もてっきり薫ちゃんが飲むかと思ってたから何も言わなかったんだけど… 」


「なんだ、そんな事気にしてたのか!
ハハハ、みんな神経質なんだからもう♪だってさぁ…」


全員が感じていた疑問に亀山は笑って答えるが、

その答えに亀山以外の全員が驚きを禁じ得なかった。



「だって右京さんたち三人でウチに入ったじゃないですか!
右京さんとカイトくんとそれと白い服を着た髪の長~い女の人。
あの人が山村貞子さんでしょ?」


「亀山くん!それは本当ですか!?
そういえばキミは確か玄関口で『三人とも上がって』と言いましたね。
山村貞子は…僕たちと一緒にこの家に入ったのですか!」


「えぇ本当ですよ、俺確かに見ましたモン。
右京さんたちが玄関に居た時にうしろに髪の長い女の人が入りましたから。
そんで気になって名前を尋ねたら小声で『山村貞子』って自分から言ってましたよ。」


「ハハ…何言ってんすか?
俺ら今二人しかいないじゃないですか。そんな髪の長い女なんかいないですよ!」


「そうよ薫ちゃん!
事情はよく知らないけど私だって玄関にいたけど女の人なんかいなかったよ。
それに今だっていないじゃない!」


「そこがおかしいんだよな。
俺もウチに入るところまでは確かに見たんだが気が付くといなくてさ…
まったく何処行っちゃったのかね?」


元々の素質なのか霊感の強い亀山。

以前は亡くなった友人の幽霊も目撃したとのことだが。

右京もそのことを若干ながら羨ましいと思ったこともあるらしい。

それはともかくつまりこの部屋には貞子の気配がある。

そんな不安が過ぎった時だった。


((ピンポ~ン!))


誰かがこの家のチャイムを鳴らした。

それから何度もドンドンと玄関のドアをノックする音が力強く聞こえてくる。

まさかこれは貞子が!

そんな恐怖がカイトの頭を過ったがそんな事も知らずに

家主である亀山は玄関の扉を開けようとしていた。


「たく…誰だよ?チャイム鳴らしたんだからこんな力強くノックする事はねえだろ!」


「ちょ…ちょっと待ってください亀山さん!開けるのは危険ですよ!?」


「そうよ、薫ちゃん!私も事情はよくわかんないけど…とにかく様子見よ!」


「あのねぇ、ここは俺の家なわけ。
こんな無作法に玄関叩くヤツがいたら
文句のひとつくらい言わなきゃ相手がつけ上がるだけだって…ね!」


「ダメだ亀山さん!離れて!?」


玄関の扉を開けようとする亀山をなんとか止めようとするカイト。

このままでは貞子の呪いが…

玄関の先にはきっと貞子がいる。そんな不安が過るカイトだが…

しかしその心配は必要なかった。何故なら…



「『元』特命係の亀山ぁ~!久しぶりだなこの野郎!」


「テメェは伊丹!何で俺んちに押し掛けてきてんだよ!?」


「うるせぇ!
こっちだってな、誰が好き好んで警察辞めたお前の家になんか来るもんかよ!」


なんと玄関の扉をノックしていたのは捜査一課の伊丹だった。

そのうしろには三浦と芹沢の姿まである。

どうやら右京たちを備考していたのは捜査一課だったらしい。


「これはみなさん。
やはり先ほどから僕の車の後を付けていたのはあなた方でしたか。」


「まあ警部殿が大人しく謹慎なんてするとは思っていませんからね。」


「将来の心配をしない左遷部署ならではってヤツですね。」


「右京さんたちの後を付けていた?おい伊丹!どういう事だ!?」


「どうせ特命係が大人しく謹慎なんざしてるはずがねえと思ってな。
だから尾行したらどういう訳かお前の家に着ちまったんだよ。
あぁ…喉乾いた。茶と菓子くらい持って来い!俺はお客さまだぞ!」


ここが亀山のマンションということもあり

いつものように遠慮する必要もないので偉そうにふんぞり返る伊丹。

そんな伊丹に苛立ってか台所からあるものを持ち出すのだが…


「うっせえ!お前みたいなヤツに誰が茶なんか出すか!代わりに塩撒いてやる!喰らえ!」


「バカッ!やめろ!服に付くだろうが!」


「ちょっと二人ともこんな玄関で騒ぐのやめなさいよ。近所迷惑でしょ!?」


「けどこの家の中には…貞子が…」


「貞子だぁ?
お前まだそんな事言ってんのか?
そんな何年も前に死んだ人間がいるわけがねえだろ!」


「貞子って髪の長い女性ならさっき帰ったよ。なんか妙に苦しそうだったけど。」


どうやら貞子は退散したらしいが…

怪我の功名か今の塩巻きが

思いのほか効果があったのかは定かではないがとりあえずこの場は安全のようだ。



「じゃあもうここに山村貞子はいないんですね。
よかったぁ!安心したら腰が抜けちまった…ハハ…」


「よかねーよ、ほら立て。さっさと行くぞ!」


「行くって何処へ?」


「どうせお宅らの事ですから何か事件の情報を掴んだんでしょう。
正直我々はこの事件をどう捜査すべきか恥ずかしながら皆目見当も付きませんのでね…
こうして警部殿の動向を探ってたわけですよ。」


「利用出来るものはなんでも利用する、それが捜査一課のモットーだ!」


「いや…そんなモンをモットーにしてるの先輩だけだから…」


「いいから早く行くぞ!こんなところにいると亀山菌が移る!」


「俺だってお前のツラなんざ二度と見たかねえやい!」


相変わらず憎まれ口の応酬を続ける亀山と伊丹。

その光景はかつてを知る人間ならどこか懐かしくも思えなくもない。

それはさて置き、伊丹たちがいるのなら都合がいい。

これより彼らを加えてある場所に向かうことを決めた。


「それでは僕たちもそろそろお暇しましょう。
お騒がせしてすみませんねぇ。亀山くん、それに美和子さん。」


「いえいえ、そんな。大して役に立ったかどうかもどうかもわかりませんけど…」


「もし人手がいるなら手伝います。サルウィンから戻って身体を持て余してますからね!」


捜査の協力を試みようとする亀山と美和子。

だが関係者でない二人をこれ以上関わらせるわけにはいかなかった。


「いえ結構、既に一般人であるキミを巻き込むわけにはいきません。
そのお気持ちだけで充分ですよ。
それよりもこの件はすぐにでも忘れてください、あなた方の命に係わります。」


「わわかりました。
右京さんの言う事に間違いはないですからね。捜査の方は頑張ってください!」


こうして右京たちは亀山のマンションを去って行った。

そんな彼らの立ち去る姿を見送る亀山と美和子だったが…



「ねぇ…薫ちゃん…
さっきの右京さんたちの話しからして山村貞子って
もう死んでいるらしいんだよね。それなのに何で捜査しているんだろ?」


「さあな、俺たちの知らないところで何かが起きているんだろ。
まったくこんな時自分が警察官じゃないのが歯がゆいなんて思ってもみなかったぜ。」


「ところで薫ちゃんさっきその貞子って人の事見たんだよね。どんな印象だった?」


「そうだな、一言で言うなら…『暗い』かな…
いやな…陰湿とかそんなんじゃなくて…何かを恨みとか…そんな感じがしたな。
まあ俺自身もよくわかんねえんだけど…」


先ほど目撃した貞子に負の感情に満ち溢れていたことを印象に思う亀山。

あれは尋常なモノではない。

確かに暗いとは思った。だがあれは…暗いというよりも闇そのもの…

そんなモノを右京たちは相手にしているのかと思うと

今の警察官でない自分が何の力にもなれなくて歯がゆさを感じてならなかった。

それにもうひとつ、彼ら伝えなければならないことがあった。


「ところで…右京さんには言えなかったんだが…
実はあの人たちの帰り際にな…
また見えちゃったんだよ…山村貞子…無事でいてくれたらいいんだけどな…」


右京とカイトの安否が気になる亀山…

しかし亀山の不安を余所に右京とカイトの呪いのカウントダウンは着々と進行していった。



8月31日 PM13:00


「おい、いいのか?アポ無しでいきなりこんなところ来て…?」


「いや、勝手について来たのは伊丹さんたちでしょ。今更何言ってるんですか?」


「だがここは議員会館だぞ。」


「なんだってこんなところに…」


さて、亀山のマンションを出た右京たちが向かった先は

なんと国会議員のオフィスが集う議員会館だ。

その議員会館にある一室、

片山雛子の事務所に右京たち5人が揃ってある人物が来るのを待ち構えていた。

それから待たされること10分、ようやくその人物が姿を見せた。


「杉下さん、それにみなさん、お久しぶりです。」


「これは片山議員、どうもご無沙汰しています。」


そこに現れたのは女性国会議員として注目されている片山雛子だ。

将来は初の女性総理大臣とも称されている彼女に一体何の用があるのか?

さすがにノコノコと付いてきたとはいえ伊丹たちは動揺を隠せずにいた。



「それで今日はどういったご用件でいらっしゃったのですか?
まさか謹慎中のあなた方がこんな世間話をしに来たわけじゃないのでしょう。」


「おやおや、僕たちが謹慎処分を受けた事をもうご存知でしたか。」


「杉下さんが来られるんですもの。
一応警視庁の方へご報告しておきましたので…
そしたらあなた方は現在謹慎処分を受けていると言われましてね。
まあ私にはどうでもいいことですけど。」


まさか自分たちが来ただけですぐに警視庁にクレームを入れるとは…

些かやり過ぎだと思うカイトだが伊丹たちにしてみれば

長年色々と確執のあるこの片山雛子にしてみれば警戒して当然だと思えなくもなかった。

しかしそうは言ってもこちらも子供の使いではない。

警察の仕事としてこの場へ趣いたわけなので何もせず帰るわけにはいかない。

そんなわけでさっそく伊丹は雛子に対して事情聴取を始めるのだが…


「単刀直入にお伺いします。
先日都内で亡くなった吉野賢三さんですが警部殿たちが言うには
どうも亡くなる前にあなたのことを張り込みしていたらしいんですよ。
何か心当たりはご存じありませんかね?」


「そう言われましても、ご存知かと思われますが
私の仕事は守秘義務のある事柄ばかりですからおいそれと話せないんですよ。
特に令状も無い捜査ではお話しすることも出来ませんので。」


「かーッ!相変わらず痛いところ突きますよね!」


「これでも魑魅魍魎跋扈する国会で仕事をしているんですよ。
わけのわからない濡れ衣を着せられて振り回されるのは御免ですので。ご了承ください。」


任意の事情聴取に対して守秘義務を盾にする雛子。

さらに言うなら右京たちはアポすら取っていない無礼な態度でいる。

それならこちらも無礼で返すのが筋だとでも言わんばかりの態度を取る雛子。

そんな雛子だがカイトに注目していた。

この中で初見なのは彼だけだからか…それとも…


「ところで…あなたは…?」


「あ、自己紹介が遅れました。甲斐享と言います。今度特命係に配属された新人です。」


「そう、あなたが…お父さまのことは聞いているわよ。」


父親のことを聞かれて一瞬ムッとなるカイト。

まさか初対面の人間に父親との関係を指摘されるとは予想外だ。



「親父は関係ありません!」


「まあ確かに警察庁のあなたのお父様とはお近づきになりたいですけど…
個人的にあなたの心情は察する事は出来るわよ。私も政界に入った直後は…
父親の後釜継いだばかりで親の七光りだとか言われたから…」


珍しく自分の心情を察してくれる片山雛子に思わず好感を抱くカイトだが…

そんな感情はこの後の彼女の豹変した態度に

すぐ弾け飛ぶとはこの時のカイトにはまだ予想もつかなかった。


「それで杉下さん、もうこれで話は終わりですか?
それならお帰り頂けませんかしら、これでも私は忙しいので…」


「その前に僕の推理を聞いていただけますか。まぁ多少超常的現象も含みますが…」


「杉下さんの推理?
少し興味がありますね。いいわ、どんな推理を聞かせてもらえるのかしら。」


杉下右京の推理、確かに興味はあった。

わざわざ議員会館まで乗り込んできたわけだ。それなのに何の準備もなく来るはずもない。

さらに言うなら彼が問題を上げてくれるのなら…

そう思い雛子は右京の推理を静かに聞いてみた。



「それでは、事件の発端は45年前…いえ、57年も前に遡ります。
当時、伊熊平八郎という学者が
大島に住む山村志津子という女性を被験者とした超能力の公開実験が行われていました。
そこで彼女はあらゆる実験を成功させましたが
一人の記者がこの実験を「インチキだ!」と罵った。
その直後、記者は急性心不全で亡くなった…
山村志津子が殺したのではと疑いを掛けられた志津子は発狂し…そして亡くなった。」


「……気の毒な話ですがそれが何か?」


「話は続きます。それから12年後…
山村志津子の娘である山村貞子は成長して劇団飛翔に入ります。
彼女は女優になる気だったのでしょうね、しかしそうはならなかった。
劇の本番中に貞子は予想しなかった事態が起こり…舞台で死人が出た。
その直後…劇団員たちは行方不明…になりました。」


「そんな半世紀も前の事件を話されても困るんですけど…
杉下さん、あなた本当に何しに来たんですか?」


確かにこの事件は45年も前の出来事だ。

こんなことを今更洗いざらいしたところで何になるというのか?

だがこの話はまだ続きがあった。


「57年前に亡くなった記者には当時婚約者がいたそうです。
名前は宮地彰子、彼女は山村志津子の公開実験を調べていたそうですよ。
それはそうでしょうね、婚約者が殺されたのだから…
そして彼女は山村志津子の公開実験から12年後に
娘の貞子が所属する劇団飛翔に赴きます。目的は恐らく貞子を殺すため…
そのために彼女は拳銃を用意したそうですから。」


「け…拳銃…」


「復讐のために娘の貞子を殺そうとするなんて…」


「以前帝都新聞に勤めていた美和子さんから聞いた話です。間違いないはずですよ。」


拳銃の話が出て刑事の職柄か思わず反応してしまう伊丹たち。

だが雛子にはわからなかった。

いくら拳銃が出たところでそれは45年前の出来事。今更罪を問うことなど出来はしない。



「少しおかしいと思いませんか。
山村志津子が亡くなったのは公開実験が行われてからすぐの事だったとか…
それなのに宮地彰子はその後も事件を調べ続けた。」


「それは…娘の山村貞子を殺すためじゃないんですか?」


「ではそれは何のために?」


「決まってるでしょ。
志津子を殺せなかったから代わりに
娘の貞子を殺して婚約者の恨みを果たしたかったんですよ。」


この話を遮るように口を挟んできた伊丹たちの見解は復讐との答えだ。

雛子もその答えに納得の様子を見せている。

確かにそれなら一見辻褄が合わなくもない。

だがそれでも12年も亡くなった恋人のためとはいえ尋常ではない執念深さを感じられた。


「なるほど…恨みですか。その考えにも一理あります。
しかしそれなら何故さっさと貞子を殺さなかったのでしょうか?
ただ殺すだけならいくらでも機会はあったはずですよ。
それに宮地彰子は 警察の調書や実験の時の録音テープまで調べていたとか…
何故でしょうかねぇ。」


「前置きが長いのは杉下さんの悪い癖ですね。
恐らく杉下さんはこう言いたいのでしょう。
公開実験で記者が死んだのは山村志津子の所為ではないと…」


「そう!まさにその通りなのですよ!さすがは議員、冴えていらっしゃる。」


「まさか…その記者を殺したのは私だとか言わないですよね。
言わなくてもわかると思いますけど57年前なんて私は生まれてませんからね。
それなのに私を疑うなんて馬鹿げてますわ!」


片山雛子の年齢は30代後半。

事件が起きた57年前はまだ生まれてすらいない。

そんな自分が当時の容疑者だとでもい言いたいのかと苛立ちを見せた。



「いえいえ、さすがにそんな事は考えていませんよ。
57年前の公開実験で記者を殺害したのは…恐らく山村貞子です。」


「山村…貞子が…?」


「そう、宮地彰子は12年掛けて調べて気付いたのでしょうね。
自分の婚約者を殺したのは山村志津子ではなく…娘の貞子だと!」


「けど貞子って…
57年前の事件は確かまだ小学生くらいの年齢だったはずです。
当時子供だった貞子に大人を殺すなんて不可能ですよ!?」


カイトは今の推理にそう異を唱えた。

確かに当時子供だった貞子に人を殺すことなど出来るはずがない。

そう、まともな手段なら…


「山村志津子は公開実験に及ぶほどの超能力を有していた。
そして宮地彰子はこう結論づけた。
娘の貞子も間違いなく能力を持っていて…
もしかしたら母親以上の能力の素質を持っていたかもしれない。
超能力に年齢は関係ないと…そう考えられませんか?」


超能力で人を殺す。

一見馬鹿げた結論かもしれないがそれなら納得がいかなくもない。

だがそうなると疑問が残るのは劇団飛翔での出来事だ。

あれはどう説明するのか?



「あの事件も山村貞子の仕業でしょう。
しかし彼女はそもそも舞台中に人を殺そうだなんて思ってもみなかったはず…
引き起こすきっかけを作ったのは宮地彰子が原因です。
彼女は貞子の本性を暴くために舞台の本番中にあるテープを流した。
それこそが…」


それが昨日の内村が45年前の公演で聞いたとされる『的中!』…『的中!』…の音声。

恐らくその音声を流したのは宮地彰子。

彼女は貞子の本性を暴き出そうとそのような行動に出た。

しかしそうなると問題もある。

そんなことをすれば劇団の誰かに怪しまれるのではないかと…?


「もしかしたら劇団の中にもいたのかもしれませんよ。
山村貞子を疎んでいた人物が…
あの劇団で最初に起きた葉月愛子の事件で貞子は一度疑われていますからね。
そんな貞子を疎んでいる人物がいたとしてもおかしくはないでしょう。
その人物と協力して宮地彰子は貞子の本性を暴いた。
つまり45年前の事件は宮地彰子によって引き起こされたことになります。
いえ…劇団のほとんどが失踪したことを考えればもしかしたら…
劇団飛翔の団員たちと宮地彰子は山村貞子の本性を暴き出し…
あわよくば貞子を殺害しようと企んでいた。
しかし計画は失敗し彼らは返り討ちにあってしまった。
恐らくこれが45年前の事件の真相でしょう。」


パチパチパチと部屋に鳴る拍手。

片山雛子は右京の推理を聞き、その推理に対し拍手を送った。

だが彼女の心情は内心穏やかではなかった。


「素晴らしい推理でしたね、けどその事件はもう45年前に起きた事件ですよ。
いくら法改正で時効が無くなったとはいえさすがにその…
宮地彰子という記者や劇団飛翔の団員たちを裁くことは出来ません。
それに山村貞子という女性もこの場合正当防衛になるはずではありませんか?」


確かに山村貞子を現在の方で裁くことなど不可能だ。

そもそも彼女は45年前に死んでいる。

そんな彼女にどんな罪を与えろと?そう苛立ちながら

しかしここまでの話は前置き、本番はここからだ。



「話を続けます。
45年前、宮地彰子とそれに飛翔の劇団員たちを殺した
山村貞子ですが彼女もまた無事ではいられなかった。
何者かの手により伊豆の井戸に閉じ込められてしまい、それから30年の月日が経ち…
浅川玲子、高山竜司の手により死体を見つけてもらったのですよ。
何故二人は30年も前に閉じ込められた山村貞子を見つけることが出来たのか?
それは15年前に巷で噂になった呪いのビデオが関係しているからですよ。」


「呪いのビデオ?
杉下さんあなた自分が何を言っているのかわかってますか?
警察官がそんな非科学的な…」


まるで話についていけないという素振りを見せる雛子。

無理もない。先程までの山村貞子の話ですらオカルトだったのに…

さらに呪いのビデオなんて出てくればそう思えても仕方のないことだった。


「杉下さんの仰ることが全然わかりません!
いきなりやってきて事件の聴取に来たかと思えば
急に50年以上も前の事件についての推理を語り出して!
おまけに今度は呪いのビデオ?さすがの私も怒りますよ!?」


そう言って珍しく人前で怒りを露にする雛子。

それを見て宥めようとするカイトと伊丹たち。

普段は温厚なイメージで世間からも注目を集める片山雛子だが、

そんな彼女でも突然やって来られて

呪いのビデオなんてわけのわからない話をされれば怒りたくもなるだろう。

だが右京の推理は終わらない。いや、むしろここからが本題だ。



「いいえ、まだ帰るわけにはいきませんよ。大事なのはここからなのですから。
15年前、精神病院の川尻医師が倉橋雅美という少女を担当しました。
この倉橋雅美という人物は先ほど述べた
呪いのビデオを見て亡くなった大石智子の死亡現場に居合わせた少女です。
当時、彼女は大石智子の死にトラウマを感じてしまい、精神病院に入院してましたが
彼女が呪いのビデオの影響を受けたことを知った川尻医師は
山村貞子の怨念の除去を行う実験をしました。
しかしその実験は失敗…川尻医師もその最中に死亡したとのことです。」


「それが何だと言うのですか?
私には川尻という医者が
単なるマッドサイエンティストでしかないと思いますけど。」


ここまでは特命係がこれまで捜査してわかったことだ。

だがここまでだ。これ以上先は何もわからなかった。

正直、カイトはさすがにもうお手上げかと思ったのだが…


「それではここから今まで知り得たことを推理していきたいと思います。」


なんとカイトの予想に反してこれまで得た情報を元に推理を始める右京。

この片山雛子の前で何を語ろうというのか?



「呪いのビデオ、そんなモノが実在すると仮定しましょう。
ここでみなさんに質問します。みなさんはどういった使い方をしますか?」


もし自分たちの手元に呪いのビデオがあれば各々どういった使い方をするのか?

この場にいる全員がそんなことを問われた。

それから右京は一人ずつ聞いてみた。まずは伊丹からだ。


「俺は…まあ捨てちまいますね…そんな厄介なモン誰が好んで持ってられるか。」


それに続いて芹沢と三浦も…


「俺だって先輩と同意見ですよ。
そんな危なっかしいモノ持ってるだけでやばいじゃないですか。」


「そうですよ警部殿。見ただけで死ぬなんて危険極まりないですよ。」


芹沢と三浦も伊丹と同じく破棄するといった意見になった。

警察官として人命を考える職務に付く者としては至極当然な答えだ。

見ただけで人を呪い殺す呪いのビデオ。

そんなモノを好んで傍に置く者など一人もいるはずがない。

それから右京は雛子にもこの質問を行った。それに対して雛子が出した結論は…


「私も伊丹さんたちと同意見です。危険極まりないモノは即処分すべきです。」


やはり政治家として真っ当な答えを述べる雛子。

だが彼女はもうひとつこう付け加えた。


「但しあらゆる検証を行ってからですね。」


「検証とはどういうことでしょうか?」


「当然でしょう。見ただけで人を呪い殺せる代物ですよね。
それならなんらかの対応策を講じる必要がある。だから検証する。
何かおかしいことを言いましたか?」


それが片山雛子の答えだ。

確かに片山雛子らしい答えではある。

単に処分するのは簡単だ。

しかしその後の対応策を講じるというやり方は必ずしも間違いではない。

この場にいる全員の受け答えに満足した様子を見せる右京。

そんな右京だが全員が答え終わると同時に次にある可能性を考慮した。それは…



「それでは次の質問です。もし呪いのビデオが悪意ある者の手に渡ればどうなりますか?」


悪意ある者。

すなわち犯罪者、もしくはそれに該当する人間。

そんな者が呪いのビデオを悪用すれば…

そこには最悪な可能性が巡られた。


「間違いなく殺人の道具に使われるはず。
殺意ある張本人がその手を汚すことなくビデオを見せただけで人が死ぬのです。
しかも死因は急性心不全であるため証拠は一切残されない。
殺人を行うのにこれほど理想的な凶器は他にありませんよ。」


恐らく犯罪者なら誰もが挙って欲する凶器、呪いのビデオ。それが右京の見解だ。

呪いのビデオを見せられた被害者は1週間後に急性心不全で死亡。

警察は病死と判断し殺人事件として取り扱われずに処理されてしまう。

つまり完全犯罪が成立することになる。


「完全…犯罪…」


呪いのビデオの可能性に思わず呟いてしまう雛子。

この瞬間、先ほどまで怒声を口にしていた片山雛子が急に静かになった。

これを見逃す右京ではない。それから右京の推理はまだ続いた。



「そう、悪意ある人間の手に呪いのビデオが行き渡り、
呪いを回避する方法を知り得ているなら
その人物は間違いなく呪いのビデオを悪用するはずです。
ましてやそれが国家ともなればどうでしょうか?」


「一体どうなるっていうんですか?」


「先ほど述べた事を拡大するだけですよ。
敵対する国の人々に呪いのビデオの映像を公開させる。
この映像を見た対象のその国の人々は…
1週間後、その国には恐らく死体の山が出来ているでしょうね。
大量殺戮がいとも簡単に行えて
おまけに核ミサイルのように周囲への汚染を気にする必要もない。
また単なるビデオの映像を公開しただけなので
周辺国からは疑惑を持たれたり報復される恐れすらない。」


「究極の殺人兵器『呪いのビデオ』…恐ろしいと思いませんか?」


つまり呪いのビデオとは使い方次第では核と同等の大量殺人の兵器になる可能性がある。

それも国家レベルとなればいとも容易く大量殺戮が行える。

そんな考えは…間違いなく狂気の沙汰だ。

何処の世界にこんな夢物語を取り上げる者がいるものか…


「プ…」


「フフ…」


「アハハハ!」


「杉下さんの想像力の逞しさには相変わらず感服しましたわ。
けどそれだけ、こんな馬鹿げた妄想を本気にする政治家がいると思いますか?」


そんな右京の推理を一笑する雛子。

確かに雛子の言うようにこんなことを真面目に考える政治家などいない。

そんな夢物語を本気で信じる人間などこの世にいるものか…



「確かにこの世にはもういないかもしれません。」


「ですが…」


「以前は居たとしたらどうでしょうか。」


なにやら意味深な表情で語り出す右京。

そこで雛子もまた笑うのをやめて構える姿勢を取った。

ここで右京が何かを仕掛けてくると察したからだ。


「もしもですが57年前に行われた公開実験で山村貞子の力を知った人間がいたら?」


「その人間は同じく57年前に起きた三原山大噴火で貞子の力が本物だと確信した。」


「山村貞子の力に有用性を見出すことが出来たらどうでしょうか。」


「きっと利用したいという欲に駆られるはずです。
かつて貞子の母親である山村志津子を利用した叔父の山村敬や伊熊平八郎のように…」


そう、彼らは貞子の母である志津子を公開実験の見世物として利用した。

だがその人物がやろうとしたことはそんな見世物などではないはず。

それらよりもはるかに予想を超える行いを考えていたにちがいないと仮定していた。


「それではその人物とは誰なのか?」


「かつて山村貞子の力を把握していた人間は殆どが亡くなった。」


「ですがそれでも近年まで生きていた人間がいました。
その人は政治家です。恐らく山村貞子が関わった人間の中では最も権力のある人物。」


「その人物はかつて山村貞子と接触していた可能性があります。」


「異能の力を持つ山村貞子。その存在を知り得た政治家。」


「その人物とは片山先生もご存知のあの人です。」


かつて山村貞子の存在を知っていた政治家。

そして片山雛子とも繋がりのある人物とは…



「57年前の三原山大噴火、あの災害で島の南側にいた人物で助かった生存者が4名。」


「山村貞子、叔父の山村敬、父親の伊熊平八郎、それともう一人…」


「当時、山村家の旅館に宿泊していた片山擁一。」


「ご存じですよね。片山議員のお父さまですよ。」


それは大島に行った時に陣川のいた駐在所にて明らかになった事実だ。

片山擁一といえば片山雛子の父親にして長年外務大臣を務めていた政治家だ。

父親である片山擁一と貞子に思わぬ接点があったことを明らかにされた雛子。

その瞬間、雛子にわずかながらの動揺が走った。


「お父さまは貞子の存在を知っていた。それは間違いないはず。
そのことを娘である片山議員が存じ上げていたかどうか僕にはわかりません。
ですがこれである仮説が成り立ちます。」


「仮説とは何ですか…?」


「お父さまが貞子の力を政治に利用しようとしたのではないかということです。」


異能なる貞子の力。それを政治に使う。

確かにもしそんな力が手に入ればそれは政治家が有用出来るかもしれない。

たとえばの話しだが対立する政敵がいたとする。

その政敵を異能の力で葬れば己の手を汚さずに抹殺することが可能だ。

しかしこんなのは夢物語だ。そんなことがあるはずは…



「ところで吉野賢三が亡くなった日のことです。
僕は彼が転落したマンションである車を見かけました。
ナンバープレートには[品川 ぬ 23 -38]と記載されたセダンの車です。」


車のナンバーを問われて思わず雛子の頬に冷や汗が零れ落ちた。

以前、右京はとある事件で自分が所有する車のナンバーを照会していた。

恐らくそのことを覚えていたのだろう。

まったく忌々しいほどの記憶力だと嫌味に思う雛子。

だが追求はこれからだった。


「さてここでもうひとつ仮説を立てたいと思います。
吉野賢三は亡くなる直前、ある特ダネを仕入れたと言っていました。」


「もしもこの特ダネとやらが
どなたかにとって世間に暴かれることが不都合だったらどうなるでしょうか?」


「始末する必要があったのではないか?そう思えませんか。」


始末、つまり殺害すること。

しかしそうなるとどうやって殺人を実行するかだが…

殺人ともなれば当然あらゆるリスクが生じる。

当然ながら犯行が警察に暴かれたら実行犯は逮捕される恐れもあるだろうし

さらにそれを指示した人間たちも芋づる式で捕まる恐れもある。

だがそのリスクを避けることが出来たらどうか?

そこで浮かび上がったのが先ほど右京が話した呪いのビデオだ。

もしも呪いのビデオが既に殺人の道具として活用されていたとしたら?


「つまり警部殿は吉野賢三が自殺じゃなくて殺害されたと言いたいんですか?」


「考えられる可能性です。
早津さんの証言では吉野賢三は呪いのビデオを浅川さんの遺品から見つけたと推測した。
しかし考えてみればこれはおかしい。彼女は呪いのビデオの恐ろしさを知っていたはず。
そんな彼女が呪いのビデオをひとつでも遺しておくでしょうか?
それを考えれば吉野さんのマンションにあったビデオは
新たに作られたモノであるという可能性が高いと思われます。」


「けど…呪いのビデオで殺人なんて…」


未だに半信半疑な伊丹たち。

確かにそれなら不可能犯罪と言えるかもしれない。

だが呪いのビデオなどというオカルトをどう信じろというのか?



「呪いではなくサブリミナル効果として解釈してみてはどうでしょうか。」


「サブリミナル効果…?」


右京の言葉に思わずハモる捜一トリオたち。

サブリミナル効果とは人間の潜在意識に無意識のうちに刺激を与えて影響を与える効果。

日本では禁止されているが過去にはTV番組でこの手法が取り入られたケースがある。

身体に一時的な麻痺症状を起こす被害が見受けられており現在は規制が促されている。


「つまり呪いが起きたのはビデオの映像にサブリミナル効果が使用されていた。
そう考えれば人が死んだという説明に対してある程度の納得がいくというものです。」


「けど杉下さん、刷り込み程度で人が死んだなんて事例は今まで存在しませんよ。」


「ええ、ですからそれを研究していたらどうでしょうか。」


「勿論その研究を行うにはそれなりに規模のある施設が必要です。
それほどのモノを提供出来るのはやはり政治的な発言力の高い人物が望ましい。」


政治的な発言力の高い人物。

それからこの場にいる全員が片山雛子に注目した。

どうやらようやくこの追求における本質が見えてきたからだ。



「さて、先ほどの車の話に戻りましょう。
転落事故があった日、片山議員は吉野賢三のマンションに自らの車を向かわせた。」


「その理由を考えました。
ひょっとしてあのビデオは片山議員が吉野賢三に流したモノではないのかと…」


「そう考えれば辻褄が合います。
つまり犯行に使われた呪いのビデオは片山議員の手によって吉野賢三へと渡った。
議員にとってスクープを狙う彼は邪魔者でしかない。だから排除する必要があった。
しかし排除するにも方法を選ばなくてはならない。大事になれば厄介ですからねえ。」


「そこで思いついたのが呪いのビデオ。
これを吉野賢三に試すことにより口封じが出来てなにより実地テストも兼ねられる。
まさに一石二鳥だと思いませんか。」


それが吉野賢三と小宮の死の真相だと語る右京。

確かにこれならば片山雛子が自らの手を汚すこともなく殺人を行うことが可能だ。

しかしこの推理にはある問題があった。


「まったくバカバカしい話ですね。
仮に呪いのビデオがあったとしましょう。
杉下さんの言うようにサブリミナル効果で人が殺せると仮定するとしてですよ。
それをどう実証するのですか?」


そう、呪いのビデオが凶器である実証を行わなくてはならない。

実証を行うにはどうするか?

その方法はひとつしかない。実際に呪いのビデオを見た人間が死ぬこと。

だがそんなことが許されるはずはない。

事件の実証を行うために殺人を行うなど以ての外だ。


「確かに呪いのビデオを凶器として実証するのは困難です。
しかしそれを実行出来たらどうですか?
そうすれば呪いのビデオが凶器として認められるはずです。」


「だからその実証を行うというのですか。
まさか警察が事件の実証のためにそんな非人道的な行いをするとでも?」


「いいえ、そんなことをしなくても呪いのビデオを観てあと二日で死ぬ人間が二人います。
その二人が死ねば呪いのビデオは凶器として実証される。
そうなれば警察が本格的に動くことが可能です。」


呪いのビデオを観てあと二日以内に死ぬ人間…?

そんな人間がどこに…

すると右京は雛子を睨みつけた。

それと同時にカイトも今の右京が言った意味を察することが出来た。

その二日以内に死ぬ人間というのが…



「そう、この二日以内に死ぬ人間とは僕とカイトくんです。
僕たちは捜査の段階で呪いのビデオの一端に触れてしまった。
そのため、呪い通りなら僕たちはこの二日以内に死ぬ可能性が高い。」


「つまり二日後に僕たちが死ねば当然警察は動きます。
何故なら警察官が死んだのですからねぇ。何かあったと嫌でも察しますよ。
それに今の話を伊丹さんたちも聞いています。
ですから捜査一課が動くのは確実ですよ。」


「ProjectRING、その全容が明らかにされますよ。」


それが右京の推理とこれから予想すべき事態だった。

特命係は文字通り自らの命を賭けている。つまり背水の陣の覚悟だ。

こうなれば片山雛子にとっては厄介だ。

今の右京たちの証言を捜査一課の伊丹が聞いていた。

これによりもし二日後に右京とカイトが死ねば当然捜査一課が動く。

その時には片山雛子にも捜査の手が及ぶ。

面倒なことを疑われおまけに妙なことで腹を探られるのは好ましいモノとは思えない。

そんな思いが彼女の脳裏を過ぎった。



「話は以上ですか?」


「はい、今のところはこのくらいですね。」


「まったく…
いきなり事務所まで乗り込んできて
呪いのビデオがどうだの父がそれに関わっていたなど妄言は充分聞きました。」


「それと杉下さんたちが亡くなったら
お葬式に出席してお線香くらいは上げてあげるのでどうかご安心なさってください。
それではどうかお引き取りください。」


そんな嫌味を告げて雛子は右京たちにこの場から退席を促した。

さすがに令状も無しではこの場にはいられない。

結局連れられてきた伊丹たちは走るようにさっさといなくなったが

去り際、右京はこんなことを告げた。


「片山議員、僕はあなたがこの件に深く関わっているとは思いません。
ですが今すぐになんらかの対応を行ってください。これは下手をすれば大事になりますよ。」


こうして伊丹たちに続いて右京とカイトもこの場から退席した。

それから右京たちがいなくなったことを見計らい

雛子は自らのデスクに腰掛けてようやく落ち着けた。

呪いのビデオ…山村貞子…それに父親…

相変わらず妙なことにばかり首を突っ込んでくる男たちだと特命係を忌々しく思う雛子。

そんな雛子だがあることを思い出していた。

今は亡き父との思い出だ。



「山村…貞子…」


つい山村貞子の名前を呟く雛子。

それは自分が幼い頃から疑問に思っていたことだ。

昔から父は誰かを探していた。

それも娘である自分が生まれるずっと以前からだ。

まるで父は何かを求めるかのようにその誰かを探して…いや…欲していたというべきだ。

外務大臣まで上り詰めた父が一体誰を…何を求めていたのか…

幼い頃からずっと疑問だった。そんな疑問が解決したのは15年前のことだ。


『貞子が…死んだ…?』


ある日、父の元へ報せが入った。それは貞子という女性の死だ。

その死を知って父は落胆した。

そんな父の反応を見て雛子もようやく察することが出来た。

父は長年探していたのはこの貞子という女性だ。

貞子の悲報を受けて落胆する父。しかし雛子はそれでよいと思っていた。

これでいい。父はようやく貞子という女の呪縛から解放されることが出来る。

思えば貞子を追い求める父はどこか不気味だった。

まるで何か大きな欲望を求めるようなそんな様が見受けられた。

それが貞子の死でようやく解放される。

人の死を喜ぶのは不謹慎だがこれであの不気味な父を拝まずに済むと思っていた。

ところが…そう思ったのも束の間だった…



『呪いの…ビデオ…だと…』


ある日、川尻という医者が訪ねてきた。

死んだ貞子があるビデオを世に広めていたとの話しを父に告げた。

それは当時学生だった雛子も耳にした噂だ。

見たら1週間後に死ぬ呪いのビデオ。

馬鹿げた話だ。こんなオカルトをあの父が信じるはずがない。

だが父はちがった。


『そうか…貞子が…そうかそうか!ハハハハ!!』


そのことを告げられた父は高笑いしながら狂喜した。

あの貞子が遺産を遺してくれた。

それは今まで悲観に暮れていた父にとって朗報にも等しいものだった。

同時に雛子はさらに父親を恐怖するようになった。

それから父は人を集めて何かを始めた。

その詳細は娘の雛子にも一切告げずに秘密裏に進めていた。

だがその最中に父は病に倒れた。

それから医師により余命間近と宣告されて父は愕然となった。

無理もない。不治の病を告げられて父は正気に戻れたようだ。

もう貞子を求めることはやめるだろう。

これでようやく…父は…それに自分は貞子という亡霊から解放される。

そう安堵していたが…



『雛子…貞子を蘇らせろ…どんな手を使ってもだ…』


それは悪夢だった。

父は今際の際にも貞子を追い求めることをやめなかった。

それどころか今度は娘の自分に後を託そうとしていた。嫌だ…冗談じゃない…

そのことを何度も拒否した。

そんな得体の知れないモノをどうにかするつもりはない。

しかしそれは自らの一存だけで拒否できるものではなかった。


『既にProjectRINGは始まっている…最早誰の手にも止められない…』


既に事は自分では手に負えないほど根深いモノになっていた。

父以外の人間も山村貞子の有用性に気づき始め、あることを実行しようとしていた。

最早それを止める手段は無いに等しい。

そのため父の死後も協力せざるを得なかった。

吉野賢三の死、あれは雛子の仕業ではない。

その連中が吉野賢三を亡き者にしようとビデオを流したようだ。

それを雛子が知ったのは吉野賢三が亡くなる直前だった。

そのため急いで彼の死を確認しに行った。

だがそこで偶然にも杉下右京に気取られるのは計算外だった。



「ちょっといい?連絡繋いでほしいんだけど…」


それから雛子は秘書たちに取り次いで急いである場所へ連絡を取った。

だがその連絡は一向につかない。

おかしい…今までならこのようなことはありえないはずなのに…

まさか…いや…考えるべきだ…

既にあの杉下右京がこの件に関わっている。

つまり事態は急を要するということ…

こうなれば手段を問いでる暇はない。

そう思った雛子は自らの携帯を取り出し、急ぎある人物に連絡を取った。


「もしもし、実は依頼したいことがあって…」


「そう、詳細に関してはこれからメールでそちらに送ります。」


「事は急を要します。なので…」


「あなたの元相棒、彼にこのことをすぐに伝えてください。」


不敵な笑みを浮かべて連絡した人物を頼る雛子。

それから雛子は送った資料をすべてシュレッダーに入れて処分した。

この件に自分は何も関わってなどいないと思わせるため。

あの杉下右京の追求を逃れるには徹底的にやらなければならない。

それに…うまく行けば彼らは終わらせてくれるかもしれない。

この永遠に続くかもしれない悪夢を…



第5話


8月31日 PM15:00


「それじゃあ俺たちはこれで…」


「だからここにはアポ無しで来ちゃダメですよ。」


「そんなこと今更言ってもしょうがないだろ。」


議員会館駐車場で伊丹たちと別れる特命係。

どうやら片山雛子は警視庁にクレームを出したらしく

そのことに激怒した内村と中園の怒りを買って大人しく帰参することになったらしい。

その間に二人は右京の愛車、

日産フィガロに乗り込みながら右京は携帯をジッと見ながらある連絡を待っていた。

なにやら誰かからの連絡を待つ右京。

一体何を待っているのかとカイトは尋ねた。


「あの…何を待っているんですか…?」


「カイトくん、僕は片山雛子が吉野賢三を殺害したとは思っていませんよ。」


「でも…さっきは…」


「あれは彼女を揺さぶるためです。
もし彼女が吉野賢三を殺害したのならわざわざ犯行現場に戻るなんて愚行はしません。
あの行動は恐らく彼の身に何かあったと駆けつけようとしたと考えるべきです。」


片山雛子の人物像についてそう述べる右京。

それはある意味片山雛子の人間を熟知しているからこそ判断できることだ。



「カイトくん、これは僕の片山雛子に対する個人的な見解ですが…
彼女は一見何かよからぬ事を企んでいる策略家…なのは確かでしょうが、
彼女自身が直接手を下すことはしない。
いえ、そもそもそのような危ない橋を渡る人物ではない。
つまり『限りなくクロに近いシロ』だということですよ。」


そんな右京の見解に首を傾げるカイト。

どうにもイマイチ理解出来ないといった表情だ。

さて、そんな二人の元に右京の携帯へ連絡が入った。

どうやら右京が待ち望んでいた反応だ。


「おや?…この番号は…」


「誰からですか?」


「今日は昔の馴染みと縁があるようですね、もしもし。
これはまた随分とお久ぶりです、はぃ?わかりました、すぐに伺います。」


連絡してきた相手にと随分親しそうに話す右京。

一体誰と話しているのかと疑問に思うカイト。

それから連絡を終えると右京はフィガロを走らせてある場所へと向かった。

それは警視庁の隣にある警察庁。

カイトの父親である甲斐峯秋が警察庁次長を務めていることもあるこの建物。

まさか父親と会うのかと警戒するカイトだが…

その駐車場に入るとある男が二人を待ち受けていた。



「杉下さん、お久しぶりです。」


そこに現れたのはエリートな風貌を見せるキザそうな男。

およそ警察庁の職員とは思えない風貌だが…

未だに首を傾げているカイトに気づいたのか右京はカイトにこの男を紹介した。


「紹介します。彼は神戸尊くん。かつて特命係に在籍していた僕の相棒です。」


神戸尊、カイトが特命係に赴任する前の前任者。

現在は警察庁官房付きとしてこの警察庁に勤務している。

そんな神戸が二人を呼んだ理由は…


「ところで神戸くん、僕らを呼んだということはひょっとして…」


「杉下さんのお察しの通り、
先ほど片山議員から連絡がありました。
なにやらとんでもなく荒唐無稽な話を彼女の前で言ったそうですね。」


「荒唐無稽…まあ確かに…そうかもしれませんね。」


「…ったく!片山雛子…警察庁にまでチクッたんですか。
お偉いさんってのはクレームにだけはいち早く対応しやがるな!」


片山雛子からのクレームに思わず苛立つカイト。

ここは警察庁、恐らく父にもこのことが伝わっているはず。

そうなるとどうせこの後、小言を言われるに決まっている。

そう思うとどうしても腹立ってしまった。



「まあ…片山議員からの連絡はそんなクレームじゃなくてですね…
今から話す事は守秘義務が課せられます。
こうしてお二人をわざわざ警察庁に呼ばなければならない程の
重要な案件ということを予め承知してください。」


思わせぶりな前ぶりで今から話すことが重要な案件であることを示唆する神戸。

それから神戸は今から5年前に起きた事件について語りだした。


「杉下さん、覚えていますか?
かつて亀山さんと相棒を組んでいた頃に逮捕した小菅彬…」


「小菅彬?彼はまだ刑期満了してないはずですが?」


「それがですねぇ…」


「ちょっと待ってください。その小菅彬って何者なんですか?」


「そうか、キミは知らないよね。」


「無理もありませんね、あの事件は関係者以外には伏せていましたから。」


何も知らないカイトのために右京はかつて小菅彬が起こした事件について説明した。

小菅彬、彼はかつて自分が勤める国立微生物研究所である事件を起こした。

彼は研究所の高度安全室に保管されているウイルスを強奪し、

その際に同僚の職員である後藤一馬を殺害しウイルスを所持したまま逃亡。

後に外部に持ち出されたウイルスがBSL(バイオセーフティーレベル)の、

レベル4で作られたウイルスであった事が発覚する。

すぐに警視庁は警戒態勢を敷き、小菅彬を確保する事に成功、最悪の事態は回避された。

しかし彼の真の狙いは防衛省が密かにレベル4の施設を稼働させている事を世間に公表。

日本人の危機感と防衛意識を植え付けるのが本当の目的だった。

ちなみにこの事件は右京が亀山とともに捜査した最後の事件でもある。



「そういえば…思い出しましたよ!
俺が新米警官だった頃、突然上から警戒態勢だって言われて…
俺なんかその日は非番だったのにいきなり召集されましたよ。
けど犯人の名前は明かされませんでしたね?」


「前代未聞の犯罪だったからね。彼の身元は一切明かさずに秘密裏に逮捕されたのさ。」


「しかし何故彼の話題を持ち出すのですか?会話の意図が見えないのですけど…」


「実は先日、その小菅彬が秘密裏に釈放されたとのことです。」


それはまさに異例の事態だ。

小菅彬が犯した罪は

一歩間違えればこの大都会東京にいる全ての人間が死ぬかもしれない大犯罪に繋がるもの。

それを無罪放免になど出来るはずもない。


「それ本当ですか!?だって相手は犯罪者じゃ…」


「静かに!
この件は世間には公表されてないし
それに警察庁でも極一部の人間にしか知らされてないんだから!」


「あ、すいません…
けどそれじゃあ国が犯罪者相手に司法取引したってわけじゃないですか!
こんな事態あり得ませんよ!?」


確かに日本は法治国家だ。

だが犯罪者と司法取引したことなどこれまで一度としてない。

いや、それは表向きの話。

実は近年、日本政府はあるテログループと交渉をした事実があった。



「赤いカナリア、本多篤人。あれが思わぬ引き金になってしまいましたか。」


今の話を耳にして右京は思わずそう呟いた。

かつて右京と神戸は赤いカナリアの大幹部だった本多篤人のことを思い出した。

あの時、逮捕され死刑が執行される直前に本多は釈放された。

その理由は赤いカナリアの残党が都内に炭疽菌をバラ撒くと日本政府を脅したためだ。

それにより日本政府は赤いカナリアと秘密裏に交渉、本多篤人の釈放を実行した。

ちなみに現在、本多篤人は政府の監視下に置かれながら超法規的措置により

娘との余生を過ごしている。

しかし何故この事件が今頃になって蒸し返されるのか?

それはこの事件を指揮していたのがあの片山雛子だからだ。


「なるほど、この件に片山議員が関わった理由がようやく見えてきました。」


「そう、片山議員はとある連中に脅されて指示されたらしいです。
本多篤人の釈放は表向きの理由が警察庁の公安による独断ということですが
どういうわけかその筋の連中が
あれは日本政府が交渉した事実がバレてそれを打ち明けると脅されたらしいです。」


「つまり本多篤人を釈放したんだから小菅彬も利用したいので釈放しろってこと?」


カイトの解釈は概ね正解だと告げる神戸。

つまり片山雛子は本当にこの件には関わっていなかった。

一定の距離を保ち、いざとなれば離反する腹積もりでいたようだ。

しかしそうなると片山雛子に小菅彬の釈放を依頼した連中は何者なのか?



「この件には防衛省が関わっています。
それも防衛省大臣官房審議官の山岸邦光。
彼は小菅彬が起こした事件でレベル4の実験室の稼働を指示していた張本人ですからね。」


「防衛省…ですか…
元々小菅彬が作っていたウイルスは防衛省が作らせていたモノだった。
なるほど、彼の有用性は最初から把握済みだということですね。
ちなみに彼が秘密裏に出所したのはいつ頃でしょうか?」


「これがつい最近でして、1ヶ月前なんですよ。
どうやら本多の時のようなすぐにされたわけではなくて、
本多の一件を知った防衛省が3年掛けて小菅彬を出所させたようです。」


1ヶ月前、それは吉野賢三が特ダネの情報を掴んだ時期と重なる。

つまり吉野賢三は防衛省が流した呪いのビデオによって殺害された疑いが出てきた。

これでこの事件の大筋は見えてきた。

しかしこうなるとひとつだけ厄介なことがある。


「けど防衛省にどうやって乗り込むんですか?俺たちじゃ令状なんて取れませんよ?」


カイトが指摘するように

いくら警察官といえど令状も無しに防衛省に乗り込むなど狂気の沙汰だ。

さらに言えば特命係に捜査権など存在しない。

つまりまともな正攻法では望めない。それではどうすればいいのか?


「そこはご安心を、実は助っ人を呼んでいます。」


どうやら一案があるという神戸。

それからこの駐車場に一台の車がやってきた。

この車だがこの警察庁の隣にある警視庁から駆け込んできたらしい。

そして現れたのは…



「さて、これはどういうことか説明してもらおうか。」


ビンに詰まった白いモノをポリポリとしかめっ面で噛み砕く強面の男。

警視庁主席監察官の大河内春樹。

いつもながら不機嫌な大河内だがそれには理由がある。


「特命係のお二人は謹慎処分が下されているはずですが何故この場にいるのですか?」


そのことを問われて思わず気まずくなるカイト。

当然だ、主席監察官が目の前に居るというのに謹慎中の自分たちが外を彷徨いている。

これを怪しまない監察官がどこの世界に存在するだろうか?

だが右京はこれを些細なことのように振る舞い

大河内もそんな右京の態度に慣れきっているのか半ば諦め気味だ。

それから右京たちはこれまでの経緯を大河内に説明。

だがそれはあまりにも理解を超える内容だった。


「つまり呪いのビデオとやらが殺人の道具に使われた。
それはサブリミナル効果を使った疑いがあり
そんな危険極まりないモノを防衛省が関与していると?」


今の話を要点だけまとめてみせた大河内。

だがこれでもまだ理解の範疇を越えるものだ。

そもそも政府の役人がオカルトじみたモノを開発するなどありえない。

大体サブリミナル効果で人が死んだ話など前例がない。

とてもじゃないが信じろという方が無理だというのが大河内の見解だ。



「それで杉下警部、私はどうすればよいのですか?」


「アポを取って頂きたい。防衛省の山岸審議官と直接会ってお話しをしたいのです。」


さらには大河内を通して防衛省の山岸審議官と対面したい旨を要求。

最早それは図々しいにも限度があるという振る舞い。

しかし大河内も頭ごなしに否定するつもりもない。

杉下右京が動いている。これだけで事態は急を要することくらいは想定出来る。

だがそれでも問題はあった。


「無茶を言ってくれますね。
いくら私でも防衛省の役人相手にコネがあるわけではありませんよ。」


「それではどなたならそのコネをお持ちでしょうか?」


「そうですね。この警察庁に居られる甲斐次長なら造作もないことでしょうが…」


不意打ちに父親の名が告げられ不機嫌な様子を見せるカイト。

あの不仲の父にモノを頼むというのは

いくら事件解決のためとはいえ正直快く思えなかった。

しかしそんなカイトの反応など無視して

大河内は甲斐次長に防衛省に取り次いでもらうように直談判を行った。

その結果、今日中は無理だが明日の午前中に会えるようにアポが取れた。

とにかくこれで黒幕と対峙することが出来る。

それに…呪いのビデオを生み出した元凶…山村貞子とも…



9月1日 AM10:00


大河内の手はずで右京、カイト、それに神戸と大河内の4人は防衛省を訪れていた。

要件は唯一つ、この防衛省にいる山岸邦光を問い詰め

呪いのビデオを使った吉野賢三、小宮の両名を殺害した事実を認めさせる。

そのために訪れた。

それから4人は山岸の部屋へと通されたわけだが…


「山岸審議官は居られないようですねえ。」


「そうですね、大河内さん本当にアポ取りましたか?」


「いや、連絡を取った時に彼は留守中だったので
仕方なく秘書の者に強引だが今日この時間に会うことを無理やり取り次いだ。
そういうわけだから向こうは一切知らないかもしれんな。」


なんと無茶苦茶なことをと内心呆れるカイト。

だが考えてみれば

一見荒唐無稽な容疑をかける自分たちも十分無茶苦茶であるなと苦笑いした。



*********


「遅い!遅すぎる!?」


山岸のオフィスに通された右京たちだが

いくら待っても山岸がこの部屋を訪れようとはしなかった。

予定なら山岸はとっくにこの部屋についているはずなのに…

気になった大河内はもう一度山岸のスケジュールを確認すべく秘書に確認を取りに行った。

その間に右京たちはというと…


「ちょっとちょっと杉下さん!
ここ他人の部屋ですから!何やってんですか!自重してくださいよ!?」


「すみませんね、
引き出しとかあるとつい中身を見てしまう癖がありまして。
細かい所まで気になるのが僕の悪い癖でして…」


「だからってここ…お偉いさんの部屋なんだから自重してくださいよ…」


「この人の下に就いたらこんな事日常茶飯事になるから早く慣れた方が良いよ。」


「いやいや、そこは慣れちゃダメでしょ…」


大河内が部屋を出たと同時に

右京はいつもの悪い病気が出てしまい周囲の者を手当たり次第物色し始めた。

するとなにやら出てきたようだが…



「おやおや…こんな物が出てきましたよ。」


「それ…何処かの建物の見取り図ですね…?」


それは確かに何処かの建物の見取り図だ。

しかも鉄筋コンクリートでしっかりと作られた施設。

残念ながらこの施設が何処にあるモノかは記されていない。

だがこの見取り図には奇妙なモノが表記されていた。

それは施設の中央、そこになにやら気になるモノが…


「これは…井戸…?」


「何で井戸なんかあるんですか。」


井戸、それにこの施設、行方不明の山岸、そしてProjectRING。

今まで散らばっていたピースがひとつに組み合わさった。


「なるほど、ProjectRINGが何処で進行されているのかわかりました。」


「それは一体何処なんですか?」


「その場所は伊豆パシフィックランドの跡地だと思われます。」


伊豆パシフィックランドはかつて山村貞子が閉じ込められた井戸のあった場所。

それに岩田たち4人と浅川玲子がビデオを見た場所でもある。

しかし何故あの場所なのか?それが疑問だった。



「恐らく山村貞子の因縁の地だからでしょう。」


「因縁の地…確かに貞子はそこにある井戸に30年も閉じ込められたわけですからね…」


「だからあの場所が選ばれた。
いえ、むしろあの場所でなければならなかった。
貞子にとって因縁あるあの井戸の周囲でなければ人を殺すだけの怨念は満たされはず。」


「そもそも呪いのビデオはどうやってこの世に出てきたと思いますか?」


「そりゃ山村貞子の怨念が念写されたんでしょ。まあ非科学的な話ですけど…」


「そう、念写ですよ!
僕はオカルトに詳しいのですが念写とは能力者の
思念を映像機器に送り込む事です。その行為を行うにはある法則があります。
それは距離です、山村貞子が作った呪いのビデオはオリジナルのビデオだけでなく
ダビングしたビデオにすら呪いが降りかかっていた。
何故その様な事が出来たか、それは山村貞子があの呪いのビデオを念写した場所が
伊豆パシフィックランド、その下に貞子が閉じ込められた井戸があったから…
つまりあの場所で呪いのビデオが念写されたのは山村貞子の怨念が
一番強い場所であったからなんですよ!」


あの井戸には貞子の憎悪に満ちた場所と言っても過言ではない。

そこで吉野たちを殺した呪いのビデオが復元されたとしたら…

それはProjectRINGを行う場所としてはまさに相応しき場所だ。


「伊豆パシフィックランドですか…?」


「ええ、山岸審議官はそちらに居られる可能性が高いです。」


部屋へ戻ってきた大河内に現在山岸の居所を伝える右京。

だがそれはあくまで憶測。そんな憶測だけで動くのは無理な話だ。



「無理だ。まだ何も起きていない状況でこれ以上は動けませんよ。」


「何も起きていないですか。そうではないのかもしれませんよ。」


「それは…どういう意味ですか…?」


「既に現場ではかなり危機的状況に陥っているとみて間違いないはずです。」


大河内にそう告げる右京。

しかし何故この段階でそんなことが断言できるのか?

憶測だけではこれ以上の判断材料はありえないはずなのだが…


「何故片山議員は僕たちにこの情報を流したのでしょうか?」


「それはたぶん自分がこれ以上やばい橋を渡りたくないからでしょ。」


「それもあります。ですがこうは考えられませんか?
昨日、片山議員は僕たちが事務所を去った時点で山岸審議官と連絡を取ろうとした。
ですが彼とは連絡が取れなかった。
それにProjectRINGの危険性を考慮するなら…」


「まさか…山岸審議官の身に何か起きたとでも…」


「ハッキリ言えば手遅れの可能性すらあります。」


既に手遅れの可能性すらある。

そう告げられてさすがの大河内も動揺が走った。

しかしそうは言われても警察が許可も無しに防衛省の施設に立ち入ることは不可能だ。

事が公にならない限り警察が動くことは出来ない。

これは今の状況だけでなくどんな事件においても言えることだ。

つまり現時点で山岸が居るかもしれない施設に立ち入るには…



「僕たちしかいませんね。」


「そうっすね。こういう時こそ特命係の出番ですよね。」


「杉下さん…しかし…」


「大河内さん、わかってください。今すぐ対応しないとさらに事態は悪化します。」


事態の悪化、それは呪いのビデオが再び世間に広まる恐れがあること。

15年前、殆どの関係者を死に至らしめた呪いのビデオ。

それが再び世間に出回れば今度はどれだけの被害が及ぶのか…

その事態だけはなんとしても避けなければならない。

だからこそ、このような事態でも自由に動ける特命係の出番ということになる。


「大河内さんたちはこちらに残って
引き続き令状の手配をお願いします。現地には僕とカイトくんが向かいます!」


現地には自分たち特命係だけで乗り込む右京とカイト。

現状において二人だけなら自由に動けられる。

それに大河内にはこの場に残って今回の一件を上に報告しなければならない義務がある。

そのため、現状においてはこの場で分かれるのは適切な判断だが…



「それなら僕も同行しますよ。」


「神戸くん…ですが…
現在キミは警察庁の人間ですよ。それが僕たちと同行していいのですか?」


「お言葉ですがこの件に関わった以上、
このまま引き下がるつもりはありません。
それにお忘れかもしれませんが僕だって元特命係です。同行させてください。」


「わかりました。キミはこういう時になると意外と頑固ですからねぇ。」


それから神戸の運転するGT-Rに乗り込む右京とカイト。


「車の運転は僕に任せてください。
杉下さんのフィガロよりも僕のGT-Rの方がスピード出ますからね。
けどその代わりスピード違反とかうるさい事は言わないでくださいよ!」


「ええ、キミの運転の荒っぽさはよく知ってますから。」


アクセルを全開にして激しいエンジン音を鳴らしながら

神戸のGT-Rは一路かつての伊豆パシフィックランドの跡地を目指した。

その場所こそかつての山村貞子が命を落とした地でもあり

そして現在もその怨念渦巻く忌まわしき因縁ある地でもあった。



9月1日 PM15:00


「どうやらここが目的地のようですね。」


「そうですね。ここが僕たちの目指していた終着点でしょうか。」


防衛省から神戸のGT-Rで爆走すること4時間近く、

ようやく目的地へとたどり着くことが出来た。

そしてたどり着いた先は…

目の前にあるボロボロに放置された看板にこう記されていた。

伊豆パシフィックランドと…

この地こそがかつて呪いのビデオが作られた場所だった。

その伊豆パシフィックランド跡地のさらに奥に厳重に警備されている施設が存在した。

四方をまるで刑務所のように厚いコンクリートの壁で覆われた施設。

恐らくこの場所がProjectRINGの計画が進行されている施設とみて間違いない。

そう右京たち三人は確信に至った。


「ここが例の場所…ところで二人とも口数が少ないけど大丈夫ですか?」


「いや…全然大丈夫じゃないですよ。
神戸さん…信号機片手で数える程度しか止まってないから車酔いが…ウゲェ…」


「キミ…サイレン鳴らしてなかったら間違いなくスピード違反で捕まっていましたよ…」


「大丈夫ですよ。これでも腕は確かですから。」


ここまでの道中、神戸の荒っぽい運転で車酔いを起こす右京とカイト。

だがそんな弱音を吐いている暇はない。

既にこの施設の内部では

あの恐ろしい呪いのビデオとそれに山村貞子に関する研究が行われている。

その行いを一刻も早くやめさせなければならないのがここへ来た目的だ。



「それで守衛をどう突破しますか?見たところ警備の人間がいるようですよ。」


これだけ厳重な警備を固めている施設だから当然門番の人間が配置されている。

それを突破する方法はどうすべきか?

さすがの右京もここまで辿り着くことばかりを優先してそのことを疎かにしていた。

いくら警察といえど防衛省の施設を相手に正面突破を行うのは自殺行為に等しい。

しかしこのまま手を拱いているわけにもいかないわけだが…

そんな時、右京はあることに気づいた。


「あの警備員ですがうつ伏せになっていませんか?」


「本当ですね。まさか居眠りしてるんじゃ…」


右京の言う通り、門番の警備員はうつ伏せでになっていて何かがおかしい…

試しに警備員のところに近付いてみることにした。

一歩ずつ忍び足で気取られずに…そしてようやく近づいてみると…



「死ん…でる…」


「しかもこの死に方は!」


「間違いありません。吉野さんや小宮さんと同じ死に方です!」


そこにはあの吉野や小宮と同じく恐怖に引きつった死に顔の警備員たちの死体があった。

どれも死後数日は経過したモノばかり。

だが何故こんなことになったのか?

気になって周囲を調べてみるとそこにあるモノが置かれていた。


「これは監視カメラの制御装置ですね。」


「これで外に設置されている監視カメラの映像を見るわけですね。
けどこれといって特別なモノというわけでもありません。こんなモノが死因になります?」


そんな疑問を抱く神戸。

だがこの監視カメラの映像が映し出されるモニターを見て右京はある結論を見出した。

そしてそのカメラのスイッチを切ると同時に神戸に対してある指示を出した。


「神戸くん、キミは今すぐこの場を離れてください。」


「そんな…
お言葉ですが僕だってここへは覚悟を決めてきました。
そう簡単に引き下がることは…」


「いえ、そうではなく応援を呼んでほしいのですよ。
死体が出た以上、これは殺人事件として警察の捜査を入れることができます。」


右京が指摘するように死体が出た以上は

いくらこの施設が防衛省の管轄下とはいえ警察の捜査が入ることが出来る。

それなら携帯で通報すれば十分だと言うが

生憎、この場所は携帯の圏外区域。

応援を呼ぶにしても携帯の利用範囲に行かなければ呼ぶことが出来ないわけだ。


「外部の電話線もどういうわけか切れています。
ですから神戸くん、車を所持しているキミに応援を呼んでほしいわけです。」


「けど…それじゃあ…杉下さんとカイトくんは…?」


「僕たちはこの施設にいる生存者を探します。一人くらい生きていればいいのですが…」


「俺たちのことはいいから急いで応援を!」


神戸は少し考えた後、すぐに思考を切り替え右京たちにこの場を託す選択肢を取った。


「わかりました。
近くの所轄に出動要請した後すぐに戻りますからそれまで無事でいてください!
それと…後輩くんもな!」


そんな先輩風を吹かしながらカイトの頭をポンと叩く神戸。

それからGT-Rに乗り込むと携帯の圏内を目指して猛スピードで走り去っていった。



「神戸さんですけどあれってわざと逃がしたんですか?」


「ええ、彼はまだ呪いのビデオを見ていない。
そんな彼を死の呪いに巻き込むわけにはいきませんからねえ。」


「そうですね。たぶん警備員たちが死んだのも…」


二人が警備員たちの死を察した時だ。

モニターからザザッと雑音が流れた。見るとそこには奇妙な映像が流れている。

それは恐らく呪いのビデオの映像。

これまでは早津の絵のみで実物は見ることはなかったが

それがどういうわけだかこうしてモニターに映し出されていた。


「なるほど、彼らが死んだのはやはり呪いのビデオの映像を見たせいですね。」


「けど…何でこれが流れているんですか…?」


「それは恐らく諸悪の根源がこの施設で復活の時を待ち望んでいるからですよ。」


門を潜り抜け、施設に入る右京とカイト。

これは罠かもしれない。

だが二人には残り時間が差し迫っていた。

これが罠であろうとこの施設に立ち入る以外に方法はない。

残り時間はわずか…

右京たちはこの施設の何処かにある山村貞子の怨念が封じられた井戸を目指した。



9月1日 PM20:00


「警察です!助けに来ました!」


「生き残っている人は返事をしてください!」


研究施設に入った右京とカイトはなんとか生き残りを探そうと必死に生存者に呼びかけた。

だがそこにはこの施設で働く職員たちの死体の山しかなかった。

どうやら来るのが遅かったらしい。

恐らく片山雛子が連絡を取った時点で既にこのような事態に陥っていたのだろう。


「ダメですね、生存者は確認できません。
しかも全員急性心不全、しかも全員あの恐怖に引きつった死に顔をしてますよ。」


「つまり全員が山村貞子の呪いを受けてしまったわけですか。」


この施設の職員の全員が例外なく呪いによって死亡していた。

何故こんな事態になっているのか?

山村貞子の力を制御しようとしたその代償なのか?

そんな時だった。この施設の奥に進むとある部屋を発見。

そこは得体の知れない機材が置かれており、さらには膨大な資料で埋め尽くされていた。

その資料の中には勿論、山村貞子の生前の経歴が記されていた。



******************


1950年、山村志津子は娘の貞子を出産。
父親は伊熊平八郎であるが妻子持ちであるため婚外子。


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1956年、伊熊平八郎が志津子の能力を公開実験。
その際に記者が一名死亡、我々はこれを貞子による仕業と断定。
貞子の能力はこの時点で開花したと予想。


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同年、三原山大噴火。
母親の志津子は死亡、原因は自殺。
志津子には精神障害の気があった模様、恐らくそれによる影響。
しかし貞子の影響もあったのではと考えられている。


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1962年、貞子が通う小学校で遠泳の授業アリ
その際に同級生の子供たちが全員水難事故により死亡。
この事故の原因が貞子にある可能性大。


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1968年、劇団飛翔に入団。
舞台仮面にて主演の座を射止める。
公演時に死者が発生、その後劇団員たちと共に貞子の消息も途絶える。


******************


1998年、伊豆パシフィックランドにある貸別荘の真下にある井戸にて貞子の遺体を発見。
その後、貞子の研究を行うべくこの地にてProjectRINGを開始する。


******************


以上が貞子の出生と経緯に纏わる記述だった。

この事実は概ねこれまで右京たちが調べたことと大差はない。

これで防衛省も長年に渡り貞子を追い求めていた事実が明らかとなった。



「この部屋にある資料…全部山村貞子のこれまでの出生から劇団飛翔や
井戸に閉じ込められるまでの調査資料じゃないですか!
何でこんな物を調べる必要があるんですか…?」


「恐らく防衛省は45年前…いえ、57年前から調べていたのでしょう。
伊熊平八郎の研究、つまり山村志津子や貞子の能力を軍事利用できないかを…
そして15年前に起きた呪いのビデオによる事件、全て調査したようですよ。」


「けどこんなに調べてどうする気なんだ?」


「呪いのビデオを制御、
そして強化を図ろう山村貞子のルーツを探ったのでしょう。
しかしそれは失敗してこのような大惨事を招いたようですが…」


貞子に関わった者たちは例外なく悲惨な末路をたどる。

この惨状がまるでそのことを物語っているようだ。

しかしだからといってここまできて引き下がるわけにはいかない。

これ以上この惨事が広がらないためにも一刻も早く貞子の呪いを解く必要がある。

そんな時だった。


((ガシャッ!))


この死体の山で溢れかえっている室内に金属の音が響いた。

どうやら先ほどの響音は施錠されたロックが解除された音らしい。

見ると電子ロックされていた奥の部屋の扉が開かれたようだ。


「これってまさか…」


「どうやら貞子が僕らを招いているようですね。行きましょう。」


恐らくこれは罠かもしれない。

だがこの状況で引き返すことはもう出来ない。

たとえこれが罠であろうと進むしかない。

まさに虎穴に入らずんば虎児を得ず。

こうして特命係の二人は貞子に導かれるように扉を開けて奥の方へと進めた。



9月1日 同時刻


同じ頃、右京たちと別れて応援を要請しようと携帯の圏内に出た神戸だったが…


「おかしいな。何で繋がらないんだ?」


携帯の電波は立っているのにそれでも連絡が付かなかった。

既に右京たちと別れてからかなりの時間が経過している。

一刻も早く応援を連れて戻らなければならないのに

こんなところでグズグズしている暇はないのだが…


「何だ…?」


ふと、奇妙な気配がした。

まるで誰かの視線を感じるようなモノだ。

視られている。思わずそう身構えてしまうが…

しかし周囲を見回すと誰もいない。

やはり気のせいかと思い引き続き携帯を操作していると…


((ザ…ザ…ッ…ザ…))


車に搭載されているカーナビの画面に突如ノイズが走った。

そんな馬鹿な…

このカーナビが不調になったことなど一度もない。それなのにどうして?

すぐにカーナビの不調を確かめようと画面に顔を近寄せた時だ。



「うぐっ!?」


突然息も出来なくなるほど苦しみが神戸の全身を駆け巡った。

苦しい…息が出来ない…何で…どうして…?

それでもなんとかカーナビへと目を向けてみせた。

だがそのカーナビの画面には驚くべきモノが映っていた。


「井…戸…?」


そこに映っていたのは井戸。

見覚えのない…いや…そういえば見た気がする…

先ほど、警備員たちの死を目撃した時のことだ。

あの時チラリと監視カメラの画面を見てしまった。

その際に井戸がほんの少しの数秒だけ映っていたはず。

まさかそのせいで…?


「あなたが…山村貞子さんですね…何故こんなことを…」


神戸は画面に映る井戸に向かってそんなことを尋ねてみせた。

何故こんなことをするのかと…?

当然のことだが返事はない。

しかし次の瞬間、恐るべきことが起きた。



『あ゛あぁぁ…』


なんと画面から人間の手が出てきた。

それは女性らしきか細い手だ。

その手が自分の頬を触ってきた。その感触は気味が悪い。

何故ならこの手からは人間の体温というか温もりを一切感じないからだ。

さらに指の爪はボロボロ、まるで拷問で引っこ抜かれたみたいな状態であった。

そしてその手が神戸の顔に寄せてきた。


「ハハハ、こんなところが死に場所か…」


最早これまでだ。

死んだらどうなるのだろうか?

それなら未だに後悔を引きずっている城戸充にでも行くべきか。

そんなことを考えていた。

しかし最後に思うことは右京たちのことだった。


「杉下さん、どうか無事でいてください。」


迫りくる貞子を前にそんな事を思いながら…

死を覚悟した神戸はそっと目を閉じた。



9月1日 PM21:00


「今…神戸くんの声が聞こえませんでしたか…」


「神戸さんの声?気のせいじゃないっすか。」


その頃、右京たちはこの施設の奥へと潜入を試みていた。

そしてようやくこの施設の奥へとたどり着くのだが…


「ここも死体だらけですね。」


「そのようですね。しかしこの人だけは背広姿ですよ。」


この施設にある死体のほとんどが白衣を着た研究職に携わっている者たちばかり。

そんな中、一人だけ背広姿でいた人物。

IDカードを確認してみるとその人物の名は山岸邦光。

この施設で実施されているProjectRINGの責任者であり右京たちが探していた件の人物だ。


「どうやら彼もビデオの呪いを受けて亡くなっているようですね。」


「けど何でみんな死んでいるんですか?
ここにいる連中はビデオの呪いを解く方法を知っているはずですよ。
それなのにどうして!?」


確かにカイトがそう疑問に思うのも無理はない。

何故なら精神病院から岡崎を連れ出したのなら呪いのビデオの謎を解いたはずだ。

それなのにどうしてこんな死体の山が築かれているのか?

それがどうにも解せなかった。


「それは恐らくビデオのダビング自体が真の解き方ではないからですよ。」


そんなことを呟く右京。

ビデオのダビングが真の呪いの解き方ではない?

いや、そんなはずはない。

現に浅川玲子やそれに自分たちに呪いのビデオの存在を教えた早津は

ビデオの複製によって1週間の期限後も生き延びることが出来たはずだ。

そう右京に反論しようとした時だった。



「アタナ…スギシタサン…?」


誰かが自分たちの背後からか細い声で呼びかけてきた。

馬鹿な、生存者は誰もいなかったはずでは?だが現に声が聞こえた。

それから恐る恐るうしろを振り返ってみると…そこにいたのは…


「ハハ…ヤッパリスギシタサンダ…」


そこにいたのは大柄な男だった。

背はおよそ180センチで

白衣を着ていることから恐らくこの施設で研究職に携わっていたのだと伺えた。

とにかく生存者がいて良かった。

ホッとしたカイトはその男を保護しようと手を差し伸べようとするのだが…


「その男に触れてはいけません!」


「え…でも…生存者ですよ?」


いくらこのProjectRINGに関わっているとはいえ彼はこの惨事における唯一の生存者だ。

それならば保護をするのは警察官としての務めのはずだが…



「確かに彼は生存者です。しかし彼は…」


「恐らく彼こそがこの惨事の元凶…」


「何故なら彼は小菅彬。
かつてレベル4のウイルスを世に広めようとした張本人ですからね。」


この目の前にいる男こそが小菅彬。

それを聞いてカイトはすぐ身構えてしまった。

見れば焦点の合っていない目つき。

さらに生気のない顔つき。どれを取っても小菅の状態は尋常ではなかった。


「マサカ…スギシタサンガクルナンテ…コレモウンメイッテヤツカナ…」


「御託は結構。それよりもこの惨状について説明して頂けますか。」


いつもは誰に対しても紳士的な右京も

かつて都内で大量殺戮を起こそうとし、

かつての相棒だった亀山薫を危うく死ぬ危険に合わせることになった

小菅に対しては口調がどうにも荒げていた。

そんな小菅も右京の反応を見るなりニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべていた。

そのやり取りを見てカイトは小菅を不快に思った。

この惨事の何がそんなに面白可笑しいのかと…

それから小菅は懐からビデオを取り出しこう呟いた。



「ワ…ガ…コ…」


「我が子…なるほど…そういうことですか。」


小菅が呟いた我が子という言葉。それに納得した様子を見せる右京。

かつて小菅はレベル4のウイルスを我が子として大事に扱っていた。

それはまさしく歪んだ愛情。

だがそのウイルスも現在はすべて処分されている。

そんな小菅が我が子と呟いた。それはつまり…


「そのビデオが新しいあなたの子供ですか。」


「ビデオが子供…そんな…」


最早カイトには理解出来る範疇ではなかった。

このビデオは大量殺戮の道具だ。

それを愛でているこの男は単なる異常者でしかない。

小菅を前にして嫌悪感を募らせるカイト。

右京がこの男に対して嫌悪感を抱いても無理もないことだとようやく理解した。


「小菅彬!お前を逮捕する!」


そんな小菅の腕を取り押さえて逮捕しようとするカイト。

だがそうはならなかった。

小菅はカイトに取り押さえられる前に逆にその身体を吹っ飛ばしてみせた。


「うわっ!?」


瞬く間に吹っ飛ばされるカイト。

その怪力はあまりにも常人離れしていた。


「キミハヒドイナ。ボクハオンビンニススメタイノニ…」


「ふざけんなよ…これのどこが穏便だよ…」


「マッタクウルサイナ。コレダカラニンゲンハ…」


そんなカイトを煙たがる小菅。

それから小菅はカイトを無視して右京に視線を移した。

右京もまたそんな小菅に対してあることを質問してみせた。



「小菅さん、これはあなたの意思で行われているのですか?」


「ソウダヨ…コレハ…ボクノイシダ…」


「確かにあなたの意思なのでしょう。
しかし気になることがあります。それはビデオです。」


右京が指摘したのはビデオだ。何故媒体にビデオを選んだのか?

今ならDVDなり動画なりいくらでも映像媒体は存在するはず。

それなのに敢えてビデオにする理由は何なのか?


「それは自信がなかったからではありませんか。」


「自信がないってどういうことっすか?」


「確実性が欲しかったからですよ。
異なる媒体で呪いの複写を行いそれが有効なのかという自信がなかった。
だから当時と同じビデオテープを使った。
それは成功して吉野さんと小宮さんの二人は死亡した。」


呪いの媒体を敢えて今時のモノにしなかったことを指摘する右京。

それを聞いて何故そのことに拘るのかと思う小菅。

確かにこんなことを尋ねて何の意味があるのかと思うのも無理はない。

だが本題はここからだ。


「つまりあなたが行ったのは単なる再現でしかない。」


「恐らく研究半ばで行き詰まったのだと思われますが…」


「これが何を意味するのかわかりますか?」


「つまりそのビデオはあなたの子ではない。」


「もしもそのビデオに親が居るのならそれは山村貞子です。」


「あなたは単に真似事をしたにしか過ぎないのですよ。」


それが敢えて当時の再現をした理由だと告げる右京。

その言葉を聞いて小菅に変化が見受けられた。

小菅は自分の足元に倒れている山岸を見下ろした。

かつて拘置所で刑の執行を待つ自分を山岸がこのProjectRINGに誘った理由。それは…



【転移性ヒトガンウィルス】


これは呪いのビデオで死んだ人間を防衛省が解剖して判明したことだ。

呪いのビデオにはかつての天然痘ウイルスに似たモノが確認された。

それを彼らは転移性ヒトガンウィルスと名付けた。

ビデオを見た人間はこうウィルスに犯され1週間後に死ぬ。

それが防衛省の下した結論だった。

そしてウィルスの研究を携わっていた小菅が呼ばれた理由は

このウィルスを完全に制御することにあった。

そのことを了承して小菅は研究に携わった。

だがそれはこれまで自分が知っている自然界に居るウィルスとはどれも異なるモノ…

その研究は容易なモノではなかった。

それだけではなく元々歪んでいた心に更なる歪みが生じ始めていた。

山村貞子という女は15年前に自分よりも遥かに優れた殺人ウィルスを作ることが出来た。

だが…自分はどうだ…?

その貞子の猿真似をしているにしか過ぎない。

これでは永遠に貞子を越えられないと…

それから程なくしてビデオを媒体にしたウィルスが完成。

後始末兼口封じに吉野賢三という男の殺害に成功。

この施設の連中はこれで当初の目標をクリア出来たと大いに喜んでいた。

だが自分はそうは思えなかった。これでは単なる猿真似だ。

こんなモノを我が子とは言えない。だからこれを超えるウィルスを作ろうと進言した。


『既に設定値はクリアしている。あとは他の媒体で試せるのか確認出来ればいい。』


そんなことを言われた。

それは小菅のプライドを傷つけるのに等しい言動だった。

そもそもこの小菅彬は常人とはかけ離れた思考の持ち主だ。

彼がこれ以上のウィルスを作れないとなればどうなるのか?

歪んだ思いがある暴挙へと変貌しつつあった。



「そしてあなたは呪いのビデオを使ってこの施設に居た人たちを殺し始めた。
その理由はさらなるウィルスを作り出すため。
呪いのビデオを超える我が子とやらを生み出すためだったわけですか。」


「しかしそれを行うには山岸審議官をはじめとする
この施設の研究員たちが邪魔になってきた。だからあなたは彼らを…」


我が子を生み出す。

そのためだけにこの施設の研究員の命を生贄にしてみせたという小菅彬。

それは極めて自己的な理由。情状酌量の余地など無いに等しい。

さて、そんな小菅だが

結局彼の能力を持ってしもてビデオのウィルスを解析することは不可能だった。

つまりこれだけの犠牲を払っても小菅は自らの子を生み出すことは出来ず、

残ったのはこの凄惨な殺戮現場のみとなった。



「ソウダ…ボクハケッキョクマタコドモヲツクレナカッタ…」


「ダカラボクハ…サダコニスベテヲササゲタ…」


「イダイナルワガコヲ…ウミダスタメニ…サダコハボクトヤクソクシテクレタ…」


「ソノタメニボクハ…」


それから小菅は意を決したように右京とカイトの襟首を掴み取ると

そのまま彼らの身体を持ち上げてこの施設のさらに奥にある場所…

中央に位置する井戸へとやってきた。


「井戸…やっぱりここにあったんだ…」


「小菅さん…これ以上はやめなさい…あなたは貞子に操られているのです…」


未だ襟首を掴まれ息苦しそうにする右京たち。

しかしいくら苦しもうが知ったことではない。

いや、むしろ楽になるよう開放させてやるべきだ。

この場で横たわっている他のみんなのように…

そう思ったのか小菅は二人を井戸の穴に近づけた。そして…



「 「うわぁぁぁぁぁ!?」 」



小菅彬の手により右京とカイトは井戸の中へ放り投げられてしまった。



第6話


―――


―――――


ここはどこだ…?

カイトが目覚めたそこは何処かの古びた街だった。

まるで昭和の時代にタイムスリップしたようなそんなノスタルジーに浸れるような感覚だ。

だが右京ならともかく残念ながら自分は懐古主義など持ち合わせてはいないが…

それでもこの街並みが奇妙なことに変わりはない。

何故なら先程から見回してみてもこの街には人気がまったくない。

だがそんな時だった。カイトの前に立ったまま顔を伏せている4人組の男女を発見した。


「よかった、すいませんがちょっと聞きたいことがあるんですけど…」


恐る恐るその数人に声を掛けてみるが…

何故か返事が返ってこない。大声で叫んだのだから聞こえているはずだが…?

それにしてもこの男女だが背格好からして全員10代後半のようだ。

だが問題は服装だ。この服は今時のモノにしてはかなり古い。

たとえて言うならまるで90年代後半の印象を思わせるモノだ。

仕方なくその4人に触ってみようとするが…




「やめろー!触ってはダメだ!」


突然背後から誰かがカイトに向かってそう叫んだ。

年齢は20代後半~30代前半くらいの男だ。

その男はカイトの行動を遮ると急いでその場から連れ出した。


「あの…何するんですか!あの4人は…」


「あいつらは岩田秀一、大石智子、能美武彦、辻遥子!
伊豆パシフィックランドで呪いのビデオに触れて死んでしまったヤツらだ!」


それを聞いてカイトはすぐさま彼らの顔を確認した。

その顔は…生気が漂っていないが…確かに資料で見た岩田たち4人だった…

しかし何故15年前に死んだはずの彼らがこの場所にいるのか?

かつて死んだ彼らがいるこの場所は一体どこなのか?カイトは思わずそんな疑問を抱いた。


「ここは…地獄だ…」


「地獄…?」


「そうだ、山村貞子の呪いに触れた者たちが逝き着く場所だ。」


地獄、そう言われてある意味納得ができた。

確かにこの場所は地獄というにふさわしい場所だ。

よく見渡してみると街にいる人々はカイトとこの男以外まるで生気が感じられない。

その原因がこの男の言うように呪いによるものなら…

そんなカイトたちの前にさらなる集団が現れた。

それは…なんということだろうか…

先ほどまで居た施設の死体の群れだ。さらには…



「アァ…ケイジサン…」


「オレタチ…シニタクナカッタヨ…」


1週間以上前にマンションで死んだ吉野賢三と小宮までもがその群れの中にいた。

やはりこの世界が山村貞子の創り出した地獄というのは間違いないようだ。


「吉野さん…それに小宮さんも…」


「彼らは山村貞子に殺された亡者たちだ。
呪いのビデオを見てしまったことで今も成仏できずこの世界に閉じ込められている…」


死後ですら貞子に魂を囚われる。そんな悲惨な事態が起きるとは…

そうなると残り時間が間近の自分がこの地獄へ堕ちたのも当然か。

こんなことなら複製を行えばよかったと後悔した時だった。



「ドコ…ドコ…ナノ…」


「ヨウ…イチ…」


「ドコニイルノ…?」


目の前をとある女が何かを求めて彷徨っていた。

それはまるで大事な何かを求めているようなそんな感じだ。

しかし何を求めている?

そういえば…さっきこの女はこう言ったような気がする。

陽一と…それではまさか…


「ヨウイチ…ドコ…オカアサン…アナタヲタスケテ…アゲナキャ…」


やはり確信出来た。この女は浅川玲子だ。

15年前、たった一人あのビデオの呪いを解いた女…

その浅川玲子が恐らく息子の陽一を求めて彷徨っていた。

そんな哀れな彼女を目の当たりにしてカイトの脳裏にはある疑問が過ぎった。

何故彼女がここにいるのかと…?

呪いを解いた彼女がこの場にいることはおかしい。

しかしこの場に浅川がいるということは…

その瞬間、カイトはある結論に達してしまった。



「そう、呪いはビデオの複製を行っただけでは完全に解けないんだ。」


「でも…どうして…
現に浅川玲子は1週間経っても死ななかったはずだ!
それなのにどうして彼女はこの地獄に堕ちたんだ!?」


確かに浅川はビデオの呪いは解いた。

しかし貞子が仕掛けた本当の呪いからは逃れることが出来なかった。


「何故なら彼女は新たな呪いを生み出してしまったからだ。」


「新たな呪いってなんだよ…?」


「お前は岡崎という男を知っているな。
その男は沢口香苗を見殺しにしたことで新たな呪いに掛かった。
それと同じことが浅川にも起きたんだ。」


それを聞いてカイトは何故浅川がこの地獄に堕ちたのかようやく理解出来た。

つまりどんなに呪いを回避しようとしてもビデオの呪いには必ず犠牲者が付き纏う。

ここである疑問が生じる。

もしも自分の呪いが回避出来たのならそのせいで犠牲になった人間はどうなるのか?

その答えは浅川の周囲を蠢く者たちにあった。


「レイコ…ヨウイチハドウシテ…」


「ナンデ…アナタハ…」


浅川の周りを彷徨く老年の男女。恐らく浅川の父母とみて間違いないはず。

その二人がまるで浅川に恨みがましくまとわりついていた。

そしてこの光景を見てカイトはようやく察することが出来た。

ビデオを廻して犠牲になった者は怨念を抱くのではないか。

そしてその怨念は呪いを移した者に復讐を行う。つまり逃れられない連鎖。

そしてカイトは杉下右京が呪いのビデオの解き方について抱いていた疑問を思い出した。

この呪いの解き方は正しいものではないのだと…

まさにその通りだ。勿論一時的な死は免れるのかもしれない。

だが結局はそれ以上の呪いが募って襲ってくる。つまりビデオはきっかけにしか過ぎない。

この呪いの本質の恐ろしさはそこにあったということがようやく理解出来た。



「結局ビデオの複製は
死の呪いを引き延ばしているだけにしか過ぎない。
生き残るためには根本的な解決を行わなければダメなんだ。」


「けど複製もダメだっていうなら…どうしたらいいんですか…」


「貞子の怨念を除去するしかない。だがそれには…」


「けど浅川玲子と高山竜司も貞子の死体を発見して供養したのに
それでもダメだったんですよ!他にどんな方法があるんですか!?」


死体を探して供養することも、それにビデオの複製もダメだった。

そうなるとこの呪いをどうやって回避することが出来る?

こんな見ず知らずの男にまるで八つ当たりでもするかのように訴えるカイト。

だがこれがいけなかったのだろうか。

今まで俯き彷徨っているだけの亡者たちがカイトに襲いかかろうとしてきた。


「もうダメだ。
これ以上お前はこの世界にいれば亡者になってしまう。そうなる前に俺の手を掴め!」


「え…ちょっと…何がどうなって…」


迫り来る亡者たちを前にして狼狽えるカイト。

そして男がカイトの手を取ろうとした瞬間。

男は不思議そうな顔でカイトを睨みつけてこう呟いた。



「お前…心に闇を抱えているな…」


男にそのことを問われてカイトは思わず目を反らした。

普通ならこんな時に何をわけのわからないことを言うのかと思うだろう。

だがカイトは自身に向けられたその言葉の意味を察することが出来た。しかし…


「それはここに置いていけ。この闇はいずれお前を不幸にするぞ。」


男がそう言った瞬間、まるで心の中に蠢く何かが腕を伝って抜けていくのが感じられた。

それに伴いこんな状況下で心が不思議なほど冷静でいて穏やかになった。

先ほどまでの恐れや焦りといった感情がまるで何処かへ消えたかのようだ。


「あなたは誰なんですか?どうして俺を助けてくれるんですか!?」


「それはキミが息子の陽一に祖父を殺したという悲しい事実を伝えないでくれたからだ。」


「息子の…陽一…?まさかあなたは…」


ここでようやくカイトはこの男の正体がわかった。

彼は15年前、浅川玲子と共に呪いのビデオを調べていた高山竜二。

恐らく彼もビデオの複製が真の呪いの解き方でないことに気づいたのだろう。

だからこそこのことをカイトに警告した。

そんな高山の招待に気づいた瞬間、目の前が光に包まれ再び意識を失った。

―――――

――



…カ…


イ……ト……く……


カ……イ………ト………ん


「カイトくん!しっかりしてください!!」


「ハッ!?杉下さん…ここは何だ?水の中…まさかここは…?」


右京に促されるように意識を取り戻すカイト。

気づくと身体中が濡れていた。どうやら水に浸っていたようだ。

しかしここは何処だ?

周囲が円形の石壁に挟まれたかなり狭い空間に閉じ込められていた。

試しに見上げてみると…その頭上はかなり高い。

これを素手で登るのはロッククライミングの上級者でもかなり困難なそんな場所だ。

しかしここはどこなのだろうか?

カイトは意識を失う前に起きた最後の記憶を辿った。

あの時、自分たちの身に何が起きたのか?そしてようやく思い出せた。


「そうだ…俺たちは小菅彬によってここに突き落とされたんだ…」


「ええ、水がクッション代わりになったおかげでこの高さから落ちても助かったようです。」


「でも小菅はどうなったんですか?」


「彼ならそこにいますよ。」


右京が指した方を見るとそこには先ほどの小菅の姿があった。

どうやら自分たちと一緒にこの井戸に落ちてきたらしい。

何故わざわざ自分から井戸に…?

そう思って小菅を問い詰めようと近寄ったが…



「嘘だろ…こいつ…死んでる!?」


「どうやら彼は貞子に操られていたようです。」


貞子に操られていた。

それでようやく小菅の異常な行動に説明がついた。

しかし貞子のことを問われてカイトは咄嗟に腕時計を見て時刻を確かめた。

自分たちが気を失ってからどれだけ時間が経過したのか確かめてみると…


「11時55分…まさかあれからこんなにも気を失っていたのか…?」


この事実に気づいたカイトは呆然とした。

何故なら時刻が正しければ井戸に落とされてから1日が経過してしまった。

呪いの時刻は1週間。あのビデオを見たのは8月26日、そして今日は9月2日。

今日がその当日だ。さらに時刻…

早津が描いた呪いのビデオの絵を見たのがこの5分後の12時ちょうど。

つまり死亡時刻まで残り5分を切っている。



「そんな…まだ…謎は解けてないのに…」


「いえ、そうでもありませんよ。真上を見上げてください。」


そう言われて真上を見上げるカイト。

見るとそこにはわずかながら丸い天井の光が差し込んでいた。

恐らく山村貞子がこの井戸の中で最後に見た光。

そしてその後、彼女はこの井戸で闇の中を30年も彷徨い続けていた。


「貞子は30年間、この苦しみを味わった。
なんとかこの生き地獄から抜け出そうと藻掻き苦しんでいた。
壁を見てください。彼女がここを出ようとした痕跡がありますよ。」


右京の言うように壁にはやたらと引っかき傷が付いていた。

そういえば静岡県警で井戸のことを調べた際にもこの事実を聞かされた。

貞子がこの世に復讐しようとした動機。

それはどんな手段を用いても井戸から這い出ること。

そのために貞子はあの呪いのビデオを生み出した。

外の世界で何の不自由もなく光に灯てられた自分たちへの憎しみを募らせて…

これこそが貞子の人々を殺し続けた動機。それがようやくハッキリとした。


「これでビデオに隠されたメッセージの謎はすべて解けました。
さあ、ここに居るのはわかっています。いい加減出てきたらどうですかッ!」


ここは貞子のテリトリーである井戸。この場所に貞子は間違いなく居るはず。

彼女は何があろうと自分たちを殺しに来る。

一体どこからやってくる?この狭い周囲を見渡すカイト。

するとこの井戸内部で変化が見られた。

足元を何かがズルズルと這うようなそんな気味の悪い感覚を受けた。

そしてその得体の知れない何かが集まり黒いモノで覆われた。



「これって…まさか…髪の毛…?」


カイトが気づいたがそれは正しく人間の髪の毛だ。

その異様なまでの長髪が形を成してそこから一人の女が現れた。

白いドレスを着た…腰まで伸びた長髪…顔をその髪で覆い隠すようにしているこの女…

二人は直感で悟った。

今まで感じたこともないこの奇妙な感覚、この女こそ貞子だ。


「山村貞子、ようやく会えましたね。」


ようやく会えたとそう告げる右京。

思えばこの1週間、特命係はこの貞子を求めて彼女の縁ある場所を転々とした。

自分たちの命のためとはいえ貞子の生い立ちを知った。

確かにその生い立ちを知れば同情することは出来る。

しかしそのために人を呪い殺すことなど許されるはずがない。


「あぁぁぁぁ…」


そんなことを思っていた時、貞子が不気味な声を上げた。

そして自らの髪で右京とカイトの四肢に纏わりつき次第に彼らを拘束した。

時刻は残り3分、どうやら直接手を下すつもりらしい。



「クソッ!離しやがれ!」


「まさか僕らの動きを抑えるとは…」


「やばい…杉下さん!時計を見てください!もう残り3分を切りましたよ!?」


呪いの死亡時刻が迫ってきている。

しかしここまできて未だに呪いを解くための方法が見つかっていない。

貞子を供養することもビデオを複製することも呪いを解く真の方法ではなかった。

それでは呪いはどうやって解けばいいのか…?


「ダメだ…どんな方法でも呪いは俺たちに跳ね返ってくるんだ…」


跳ね返ってくる。

思わずカイトが呟いたこの言葉。

それは先ほどの幻の世界で出会った高山竜二とのやり取りで悟ったこと。

確かにこの状況ではそんな弱音を吐いても仕方がないはず。

だがその言葉を聞いた右京はあることを閃いた。


「なるほど、その手がありましたか。
貞子さん、僕らを殺すには少々時間があります。その前に僕の話を聞いてもらえますか!」


今から自分達を殺そうと企む貞子に声をかける右京。

隣に居るカイトもこの時ばかりは何をトチ狂ったことを思わず正気を疑ってしまった。

だがそんな右京の言葉を聞いた貞子は

二人の首に巻きついていた髪の力が弱まりなんとか苦しみから脱することは出来た。

しかしこれは単なる一時凌ぎ、一体右京はどうするつもりなのか?



「僕たちはあなたについて色々と調べて回ってきました。
どなたも貞子さんについては同じ見解でした。
45年前の貞子さんはとても美しかったと…
劇団に入団して輝かしい将来を手に入れるはずだった。
しかし…それは出来なかった…
いつも彼女の前にはまるで厄病神の如く邪魔をする存在がいた。
それが…あなたですね!もうひとりの『山村貞子』さん!!」


「もう一人の?どういう事ですか!?」


「つまりはこういう事ですよ。山村貞子なる女性は二人いた!
ひとりは母親である志津子さんに似て美しい姿をした女性。しかしもう一人は…
ドス黒く、邪悪な意志を持った…そうあなたの事ですよ。
我々の目の前にいるもう一人の貞子さん!!」


貞子が二人いるという結論を出す右京。

もしも貞子が二人いるのなら…

一方は母親譲りの美貌に恵まれた美女。

反面、もう一人は不気味さと異能な力に悩まされ化物と忌み嫌われた影の女。

そんな二人はこれまでどんな生涯を送ったのか?

それは容易に想像することが出来る。

一方の幸せをもう一方が妬み恨みそして復讐を行った。

それこそが45年前の公演での出来事だ。

あれが影の貞子の力で行われたのならその動機も納得がいく。

つまりあれは嫉妬だった。それも他の誰でもない自分に対する嫉妬だ。

もう一人の恵まれた自分を不幸に堕とすことで復讐を果たそうとした。

だがそれはなんらかの理由で妨げられこうして井戸に閉じ込められることなった。

もしそうだとしたらこれはまさに自業自得としか言い様がない。



う゛う゛…ぅぅぅ…あ゛…あ゛…あぁぁぁ…



そんな中、この世のモノとは思えない奇妙なうめき声が聞こえてきた。

右京の推理を聞いた貞子が怒り狂っていた。

貞子は未だ彼らを拘束している髪を操り二人を自分の元へと近づけた。


「杉下さん!時刻は…残り10秒!?どうする…どうすれば助かるんだ…」


残り時間5秒前。

それと同時に右京たちは遂に貞子と間近で対面することになった。

その身体は死臭を漂わせており、吐き気を催すほど強烈な臭いが放たれた。


「これが…山村貞子…杉下さん…どうすれば…」


「カイトくん!目を閉じてください!僕がいいと言うまで絶対に開けないでください!」


「え?でも…」


「いいから早く!!」


「わ…わかりました!杉下さん信じてますからね!!」


右京の指示に従い目を閉じるカイト。

言われなくてもこんな不気味な貞子を相手に目を合わす気などない。

それから残り時間が更に過ぎていった。

5…4…3…2…1…

そして遂に右京の死亡時刻に到達した。

それと同時に今まで髪に覆われていた顔を現して凶悪な眼で睨みつけようとする貞子。

その眼から発せられる能力を使い二人を殺そうとしたまさにその瞬間…



「これを見なさい!!」


右京は貞子の眼にあるモノを近づけた。

それは何かの破片だ。いや、よく見るとそれは鏡の破片。

この破片はかつて大島の山村家で見つけたモノ。それを右京は貞子に押し付けたようだ。


「あ…がぁぁぁあ…!?」


それを見せつけられてなにやら苦しみ出す貞子。

そのおかげで二人の拘束は解けたが

一体これはどういうことなのかカイトにはさっぱりわからなかった。


「時刻が過ぎても俺たちは生きてる。
呪いは解けたんですね!けど…どうして貞子は苦しんでいるんですか?」


「簡単です。彼女の呪いが彼女自身に跳ね返っただけです。」


「跳ね返ったって…まさかその鏡で…?」


「先ほどのキミの言葉で確信が持てました。
僕はずっと気になっていました。
精神病院に入院していた倉橋雅美や岡崎は
『TVから貞子が出てきて殺しに来る。』と言っていましたね。
何故そんな事をするのか?それは貞子が念じて人を殺すことが出来る。
しかしそれは念写と同様に相手を直接見なければならない。
だからTVやガラス等の鏡面を使い直接殺しに来なければいけなかった。
しかしそれが逆にこちらにもチャンスとなった。
高野舞さんからも聞きましたが
15年前彼は水を使って貞子の怨念を水に溶かし出す実験をしていたそうですよ。
何故実験に水を使ったのか?
それは水がすべてを映しだしそして反映させる作用を持っていたから…」


昔からこんなことわざがある。


【人を呪わば穴二つ】


このことわざの意味は誰かを呪い殺せば、自らも相手の恨みの報いを受ける。

恐らく呪いのビデオはこれを利用したモノであるはず。

しかしもしもこのビデオの呪いに盲点があるとするならそれは唯一つ。

つまりこの呪いの大元なる人物たる貞子にも呪いが起きるということだ。

呪いのビデオが世に放たれてから15年。

いや、その前からこの貞子は人を呪い殺していた。

何故その報いを受けなかったのか?そんなはずはない。

呪いのビデオが関わったすべての人間に呪いを与えるのなら

それは貞子自身にも起こり得るはずだ。

その呪いは57年前の公開実験の記者の死から始まり大島の三原山大噴火。

それに45年前の劇団飛翔での呪殺。さらには15年前から始まった呪いのビデオ。

これらの呪いが今ようやくすべて貞子に振り返ってきた。

だからこそ貞子はこうして報いを受けるかのように苦しんでいた。



「う゛う゛…ギャァァァァァ!?」


跳ね返った自分の呪いに苦しむ貞子。

だが貞子は苦しみながらもその髪で右京を壁に叩きつけた。


「ぐふっ!」


「この…よくも!杉下さん!しっかりしてください!杉下さん!」


そんな右京を必死に呼びかけるカイト。

だが右京は先ほどの一撃で気を失い

その身体は貞子の元へと引きずられる様に連れて行かれた。

右京の身体は貞子の髪に覆われこの井戸のさらに奥へと繋がる水底に誘われていく。


「やめろ貞子!その人を連れて行かないでくれ!
杉下さんにはまだこれからも解決してもらわなきゃいけない事件がたくさんあるんだよ!」


なんとか右京を助けようともがくカイトだがこの髪を振りほどくには人間の力では無理だ。

無理だ。自分の力だけではどうにも出来ない。

こんな時に自分の未熟さ、それに無力さを思い知らされるとは…

そして苦しみから脱した貞子が右京を連れて井戸の底へと深く潜って行こうとした。


「やめろー!俺の相棒を連れて行かないでくれ!!」


連れて行かないでくれ。貞子に対してそう必死に訴えるカイト。

だが貞子は非情にもその言葉に耳を傾けようともせず水の中へ引きずり込んでいく。

もうダメかと思われたその時、そんな訴えに応えるかのように救いの手が差し伸べられた。



「待て!」


「杉下さんには手を出させないぞ!」


「杉下さんしっかりしてください!」


それは突然の出来事だった。

どこからともなく現れた特殊班の格好をした男たちが現れて

貞子の身体を拘束して右京の身体を取り戻した。


「な…何だ?ひょっとして神戸さんが応援を呼んできてくれたのか!?」


これは神戸が頼んだ応援の人たちが間に合ったのか?

そう思ったが…

しかし駆けつけたのはこの特殊班だけではなかった。


「危ないところでしたね。杉下は無事ですよ。」


もう一人、気を失っている右京の身体担いだ男がカイトの前に現れた。

しかしこの男は先ほどの特殊班たちとはどうも雰囲気が異なる。

この井戸では不似合いな格式ある背広姿で

まるで警察庁次長である自分の父親と同じ官僚のような雰囲気を醸し出していた。



「あなた方は…もしかして神戸さんが呼んだ応援の人たちですか?」


「神戸?懐かしい名前ですね。
それよりも甲斐さん、杉下を背負って今すぐこの井戸から脱出してください。
脱出するためのロープを用意しました。これによじ登れば必ず上に辿り着けますよ。」


それから背広姿の男は気を失っている右京をカイトに託してそれと同時にロープを渡した。

男の言うようにロープはこの頭上高くどこまでも伸びていた。

これならどうにかして上に戻ることが出来る。

だが問題はまだ残っている。それは貞子だ。

この女をどうにか押さえ込まないとならないわけだが…


「キミたちが登りきるまで我々が貞子を抑えています。
しかしどこまでもつかはわかりません。さあ、時間はありませんよ。急いでください。」


どうやら彼らは自分たちが脱出するまで貞子を阻んでくれるらしい。

一瞬、彼らのことを心配したが

自分たちも長時間水の中にいて疲労困憊で他人のことを心配する余裕がなかった。

とにかくこれで助かる算段は整った。

それにこの人たちの厚意を無碍にすることは出来ない。

今は黙って言うことを聞くしかない。


「本当にありがとうございます。けど最後にお名前くらいは教えてくれませんか。」


「名前…ですか…」


名前を聞かれて一瞬その背広の男は迷った素振りを見せた。

何か名乗れない事情でもあるのかと察するカイトだが…

すると背後で未だに貞子を押さえ込んでいる

特殊班の隊員たちの背中に書かれているロゴを見て背広の男はこう名乗った。


「我々は緊急対策特命係です。」


自分たちは緊急対策特命係と…男はそう名乗った。

まさか自分たちと同じ特命係が他にもいるとは…

こんな事態とはいえ思わずそのことに驚くカイト。

だが時間は迫っていた。驚きつつもカイトはロープを伝って登りだした。


「甲斐さん、杉下のこと…頼みましたよ。」


ロープをつたっていくカイトに男はそんな言葉を伝えてみせた。

そんな男だが希望を託すのと同時に少しながら寂しさを含むような表情が見受けられた。

それはまるで自分にはもう杉下右京を助けることが出来ないという悔い…

そんな想いが感じられた。



「ハァ…ハァ…杉下さん…頑張ってください…もう少しですからね…」


それからロープを伝って上を目指すカイト。

体力に少しは自慢があるカイトもさすがに右京を担いで登るのはかなりの困難だ。

手が痛い。それに自分も体力が限界に近い。しかし手を休めるわけにはいかない。

急がなければ…貞子が…

そう思い必死に登り上がろうとした時だった。


「う゛う゛…あぁぁぁ…」


それはこれまで聞いたこともないような奇声だった。

聞いただけで背筋がゾッとするような奇声が下から聞こえてきた。

こうなれば泣き言なんて言ってる場合じゃない。

急いで登りきらなければ、そう思った矢先のことだった。


「うぐぁぁぁぁ!!」


貞子がロープを驚く速さでよじ登り

あっという間にカイトの前に立ちはだかりその進路の妨害を行った。


「ドウジテ…アナタタチダケガ…タスカルノ…?」


カイトの顔まで近づいて貞子はそう問うた。

何故あなたたちだけが助かるのかと?

自分はこれまで何度もこの生き地獄を抜け出そうと抗った。

だが今まで誰も自分は手を差し伸べてもらえなかった。

それなのに…どうして…



「それは…」


「僕たちが…」


「今を生きる…人間だからですよ…」


「カイトくん!ロープを離してください。それから急いで壁によじ登って!」


右京が目覚めた。

そして右京の指示を聞いたカイトはすぐさまその言葉通りロープを離して壁によじ登った。

その行動を目の当たりにした貞子も二人を追おうとしたが…次の瞬間…


「!?」


ロープがブチッと契れた。

それと同時に貞子は落っこちそうになった。


「イヤダ…マタアソコニモドリタクナイ…」


だが往生際悪く貞子は右京の足に掴まって落下を防いだ。

未だに生にしがみつこうとする貞子。


「イキタイ…イキタイ…ワタシモソッチヘイキタイ…」


その様は最早執念と言ってもいいモノ…

そんな生への執着には恐怖を通り越して哀れみすら感じられた。

だが生を許されるのはこの世に居る人間のみだ。



「既に死者であるあなたに…この世界で生きる資格はありませんよ…」


「ソ…ソンナ…」


右京の非情な一言が貞子の胸に突き刺さった。

それから力尽きた貞子は

右京の足から手を離してしまいその身は再び井戸の水底へと戻っていった。


「貞子が井戸の底へ落ちていった…」


「まるで蜘蛛の糸ですね。
御釈迦様が慈悲で罪人に差し伸べた蜘蛛の糸を
罪人の無慈悲な心の所為で切れてしまう。
結局山村貞子は自分から救いの手を振り払ってしまった。
もしも彼女が一度でも誰かを思いやる気持ちがあれば道は違ったかもしれないのに…」


大勢の人間を犠牲にしてでもこの生き地獄を抜け出そうとした貞子。

しかし人を呪い続けた貞子にこの地獄を抜け出すことは出来なかった。

恨みつらみを抱えたまま、自分だけが報われるなんてことは決して有り得ない。

これだけは誰であれ何物にも変えられない真実だった。



「それよりもキミ…大丈夫ですか?手が震えてますよ?」


「だ…大丈夫ですって!俺若いし…杉下さん担いだくらいで根を上げたりしませんから…」


そう強がってはみたものの

これまでの疲労にロープをよじ登ったことでカイトの体力は最早限界寸前までなっていた。

もう限界が近い。息も途切れている。

急がなければ…

なんとしても抜け出なければと気力を振り絞りよじ登ろうとした。


「いざとなったら僕を降ろしてキミだけでも助かりなさい!」


「いいから俺を信じてください!必ず一緒に助かりますから!」


そんな時、天井から光が見えてきた。

どうやら終わりが見えてきたらしい。

あと少し…ほんの少し登れば上に出られる。それなのに…力が出ない…

そんなカイトの手が汗で滑り落ち…

もうダメだ…カイトはなんとか右京だけでも助かればと最後の力を振り絞って

天井まで上げようと試みようとした時だった。



「諦めるなー!」


「しっかり!もう大丈夫だ!」


それは二つの手だ。

その手が今にも落ちそうになっていた自分たちの身体を押し上げて井戸から脱出させた。

これでようやく生き地獄から脱することができた。

しかし一体誰が自分たちを救ってくれたのか?

それからすぐにその手を差し伸べてくれた人たちを見るとそこにいたのは…


「右京さん!大丈夫でしたか!」


「キミは…亀山くん…?」


「カイトくんも間一髪だったね。」


「それに神戸さんまで…けど…どうして…?」


そこに居たのは元特命係の亀山薫。それに助けを呼びに行ったはずの神戸の二人だった。

いや、それだけではない。

そのうしろには捜査一課の伊丹、三浦、芹沢、

それに組対5課の角田課長や大木、小松、鑑識の米沢、さらには大河内の姿まであった。



「伊丹さん、芹沢さん、三浦さん、それに角田課長や米沢さんまで!」


「みなさん、どうしてこちらへ?」


「それはですね…俺がみんなを説得したんですよ。」


そう、彼らを動かしたのは警察の上層部などではなく亀山の意思だった。

右京たちのことが気になった亀山はあれから警視庁に頼み込みに行き

旧知である捜査一課の伊丹たちや角田課長などに動いてもらった。

ちなみにどうやってこの施設に入ろうとしたのか聞いたら

亀山自身が無断侵入してそれを彼らが咎めて強引に入り込もうとしたとか…

それを聞いて随分と無茶な真似をしたなと右京たちは思った。


「…という訳でしてね。」


「僕も亀山さんに助けてもらったんですよ。」


「助けてもらった?そういえばキミ…妙にボロボロですね。」


「応援を呼びに行こうとしたら貞子らしき女性に襲われましてね。そしたら…」


あの時、命の危機に晒されそうになった神戸を助けたのは

この場所へ駆けつけようとした亀山たちだった。

元々霊感のある亀山だからこそ貞子を追い払うことが出来たようだ。



「それから僕はみなさんを連れて施設に向かったんですよ。」


「まあ死体が出たとなればもう令状は要りませんからね。
俺が無断侵入する必要も亡くなったんですけど…なんなんですかこの死体の山は?」


「警部殿とカイト以外死体の山だぞ。生きてるヤツは一人もいやしねえ…」


どうやら彼らもこの施設を捜索したらしいがやはり生存者は自分たちだけのようだ。

しかし貞子を撃退したとはいえ未だにこの施設が禍々しい雰囲気が漂っている。

急いで彼らを遠ざけなければその命が危ない。


「それでは鑑識の作業に入ろうかと思うのですが…」


「よし、俺たちも現場の捜査を手伝うぞ!大木、小松、米沢の手伝いしてやれ!」


「はいっ!」


「了解っす!」


「待ってください!ここはいるだけで危険なんです!」


「カイトくんの言う通りです!急いで全員退避して…」


急いで現場を調べようとする米沢、それに角田たち。

しかしその時だった。


((ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ))


施設内に地鳴りが響き渡った。

それはこの施設内部が崩壊する音だ。

それから急いでこの崩壊する施設から退避する右京たち。

こうして井戸のあった研究施設は脆くも崩れ去り、

また貞子に関する調査資料も建物の崩壊と共に消えてしまい

今後、山村貞子のルーツを辿ることは永遠に不可能になってしまった。



「まさかこんなに脆く崩壊するなんて…」


「これも貞子の影響なのか?」


「大河内さんこの施設は危険です。今後誰も近づけないように手配してもらえますか。」


「わかりました。すぐ対応しましょう。」


それから至急関係各所に連絡を取る大河内。

こうして貞子の呪いは解かれた。


「これで終わったんですね…」


「さあ、どうでしょうか。」


崩壊した建物を呆然と眺める右京とカイト。

時刻は9月2日のPM12:00を指していた。

眩しい陽射しに照らされて瓦礫で埋もれた研究施設を明るく映し出していた。

それは皮肉にも貞子が求めていた光が差し込むかのような光景だった。



第7話


9月2日 PM14:00


「患者さんはもう喋れる状態ではないのですが…」


「それでも緊急の用事ですので、通させて頂きますよ。」


「ちょっと待ってください!まったく!どうなっても知りませんよ!」


2時間後、右京とカイト、それに神戸と亀山の4人は再び南箱根療養所を訪れていた。

その理由はもちろん貞子の父である伊熊平八郎と話しをするためだ。

しかし病室に居た伊熊は既に息も絶える寸前の臨終だった。

だがそれでも彼に話してもらわなければならないことがあった。


「アナタタチハ…サダコハ…ドウナリマシタカ?」


「山村貞子は再び井戸の底へ戻りました。復活する心配はないでしょう。」


「ソウデスカ…サダコ…スマナイ…」


貞子が井戸の底へ戻ったことに安堵する伊熊。

これでもう思い残すことはないとでも思ったのだろうか。

それから右京はそんな伊熊にあることを尋ねた。



「伊熊さん、あなたが存命の内に聞いておかなければいけないことがあります。
45年前、山村貞子を井戸に閉じ込めたのは父親であるあなたですね。」


「そんな…あり得ないですよ!」


「そうですよ!貞子は実の娘じゃないですか!?」


「実の娘だからですよ。
これ以上娘の所為で人が死ぬのは耐えられない。そう思ったのではありませんか?」


45年前、貞子を井戸に突き落としたのは父親である伊熊平八郎だと推理する右京。

その推理が正しければ色々な疑問が解ける。

劇団飛翔の団員たちの失踪、もしその時に団員を殺したのが貞子ならある疑問が生じる。

それは彼らの死体処理だ。

団員たちの死体は45年経過した現在でも見つかっていない。

それを井戸に閉じ込められた貞子が処理を行ったとは考えにくい。

だがそれを第三者である人物が行ったとすればどうであろうか?

あの時、それを行えたのは唯一人。父親である伊熊平八郎しかいないはず。


「ソウデス…ワタシガサダコヲイドニトジコメタンダ…」


それから伊熊は語り始めた。

57年前、能力に目覚めた貞子は母の志津子以上の素質があった。

これをどうにかするには貞子をふたつに切り離さなければいけない。

そう考えた伊熊はあらゆる方法を駆使して貞子をふたつに切り離すことに成功する。

一方は母親に似た美しい少女、だがもう一方はドス黒く禍々しい存在…

伊熊はそのもう一人の貞子を伊豆の家にクスリ漬けにして監禁状態にしていた。

そうでもしなければ彼女は間違いなく人を殺そうとするからだ。

しかし、事態は最悪の結果を生んだ…

結局分離したとはいえ善良の貞子の幸せを妬んだ悪意の貞子が尽くその幸せを踏み潰し、

それに怒りを感じた劇団飛翔の団員たちと婚約者を殺された宮地彰子が

悪意の貞子を殺しに乗り込んできた。

貞子は元のひとつに戻り劇団飛翔の団員たちと宮地彰子を返り討ちにした。

もうこれ以上貞子を抑えきれないと思った伊熊は貞子を襲い、

井戸に閉じ込めてしまうという悲しい話であった。



「なるほど、やはりそういう事でしたか。
最初にあなたにお会いした時『貞子すまなかった。』と仰ったのでもしやと思いましてね。
それに井戸があった場所ですが元はあなたの邸宅があったと聞いています。
そんなあなたならば貞子を井戸に閉じ込めるのも容易いでしょうね。」


「それじゃあ以前悦子が聞いた女子学生の井戸での噂話は…」


「恐らくそれは『中年の男』つまり当時の伊熊さんが
娘の貞子を殺害しようとして井戸に閉じ込めたのでしょう。
その女子学生が階段を上がれなかったのはもう一人の悪意の貞子がいたから。
貞子の悪意を感じてしまい階段を上がれなかったのかと思われます。」


以上が45年前に起きた劇団飛翔の失踪事件の真相だった。

伊熊はすべて貞子のためだと語った。

本来なら自分は45年前に貞子のあとを追って死ぬべきだった。

だがいざ自殺しようとした時、恐くて出来なかった。

そのせいで45年も生き恥を晒した。

愛人の志津子や娘の貞子は不幸に陥れたのに自分は…


「そんな…アンタ実の娘だろ!何でそんなことをしたんだ!?」


「亀山さん抑えて!重病患者ですよ!」


その話を聞いて思わず伊熊を問い詰めようとする亀山とそれを静止しようとする神戸。

だが何度聞いても答えは「済まなかった。仕方なかった。」を繰り返すばかり。

この45年間、彼はずっとこの罪に苦しんできたはず。

だからといってこの過ちは許されるはずがない。

そんな命の瀬戸際に罪滅ぼしをさせるために右京は最後にあることを問い質した。



「最後に聞いておきたいことがあります。
あなたが45年前に劇団飛翔の団員たちと宮地彰子の死体を隠した場所を教えてください。」


「カレラノシタイハ…ワタシノイエノ…ウミノヨクミエルバショニウメタ…」


「何故彼らの死体を隠していたのですか?
あなたは死ぬはずだった。それなら隠す必要などなかったはずですよ。」


「モシカレラノシタイガハッケンサレレバ…
シインニカカワラズサダコガウタガワレルコトニナル…
セメテモノ…オヤゴコロダッタンダ…スマナカッタ…サダコ…」


こうして伊熊平八郎は特命係の4人が見守る中、静かに息を引き取った。

思えばこの男こそすべての発端だったのかもしれない。

伊熊が貞子の…いや…貞子の母親である志津子の能力を見定めなければ…

このような悲劇は避けられたかもしれない。

恐らくそのことを伊熊自身もずっと悩んでいたはず。

だからこそ最後はすべての罪を告白したのだろう。

そんな伊熊を哀れに思いつつ、

特命係は伊熊が最期に遺した言葉に従い遺体の捜索に出向いた。



9月2日 PM17:00


「ありましたー!白骨死体です!」


「こっちもだ!こりゃ10人くらい埋まってるぞ!」


それから伊熊の証言に従い

伊丹たちとそれに静岡県警との捜査により旧伊熊邸付近を捜索したところ、

伊豆パシフィックランドの海岸付近で男女の白骨死体が大量に埋められているのを発見。

その遺体のすべてが死後45年経過されたモノだと確認することが出来た。


「これで遺体は全部ですね。
飛翔の劇団員たちと宮地彰子さんとみて間違いないでしょう。」


「一応確認取りますけどそうでしょうね。」


「伊熊平八郎は最後に人間として…いや父親としての務めを果たして死んだんですね。」


「そうですね。娘の罪をこうやって告白してくれたわけだし…」


掘り起こされた遺体を確認しながら

最後に伊熊が父親としての行いをわずかばかりに認めるカイトたち。

だが右京はそんな伊熊に対してある疑惑を抱いていた。



「果たして彼は本当に山村貞子の父親だったのでしょうか。」


「どういうことですか?」


「そもそもあのような異能の力を持った山村貞子の父親が
何の力も持たない伊熊平八郎だというのが僕には不自然に思えてなりません。
貞子の父親は別にいると考えるべきだと思いますよ。」


「お言葉ですが…
それは貞子や父親の伊熊が死んだ今となっては誰にもわからないことでは…」


「いえ、恐らくですが山村貞子は薄々気付いていたはずですよ。
その証拠に彼女はずっと山村姓を名乗っていました。
彼女は母親の死亡後、伊熊平八郎に引き取られています。
それなのに伊熊姓を名乗らず山村姓を名乗っていたことを考えれば
本当の父親が伊熊平八郎ではないことをわかっていたのかもしれません。」


伊熊平八郎が貞子の実の父親ではない。

もしその考えが正しいのなら…

貞子の本当の父親は一体誰なのか?

そんな疑問を抱いた時、右京は現場に近い海を眺めながらこう呟いた。


「しょーもんばかりしているとぼうこんがくるぞ。」


「それって…呪いのビデオのメッセージですよね。それがどうしたんですか?」


「意味は『水遊びばかりしていると、お化けがくるぞ。』ですが…
僕は最初この言葉に何の意味も無いのかと思っていました。
けれどもしこれが意味のある言葉だとしたら…
貞子の本当の父親は恐らく…海の魔物かもしれませんね…」


海の魔物…それこそが貞子の本当の父親なのだと…

確かに海は昔から人を誘う場所だ。

そしてそれは決まって海に巣食う魔物だと伝えられている。

もしもその話しが真実だとしたら…貞子とは…

右京とカイト、それに亀山と神戸は

荒れ狂う海を眺めながらこの一連の不気味な事件に幕を閉じようとした。



だが…その矢先のこと…

そんな右京たちの元へある報せが舞い込んできた。


「あの本庁の方々…もうひとつ遺体発見されたんですが…」


「他にもまだ死体が?場所はどこですか?」


「ここから少し離れた場所です。それも死後45年くらい経っているらしいですが…」


「何で一体だけ離れた場所に埋められてるんだ?」


「たまたま離れて埋めた…わけじゃないよな?」


全員が疑問に思う中、伊丹の携帯に連絡が入った。

連絡の主は参事官の中園からだ。

すぐに全員本庁の方へ戻れというお達しだった。



9月2日 PM20:00


「 「馬鹿者ォォォォォォッ!!」 」


「貴様ら特命係には謹慎処分を命じていたはずだぞ!それなのに勝手に捜査しおって!」


本庁に戻ったと同時に内村と中園の怒号が飛び散った。

当然だ。特命係は謹慎処分を受けたにも関わらず命令違反を犯して捜査を続行。

さらには防衛省の施設にまで立ち入るという暴挙まで犯したとなれば

普通ならタダでは済まされないはずなのだが…


「おまけに防衛省の施設に勝手に潜入し大量の死体を発見するとは…
それに何故亀山と神戸までここにいる!?特に亀山!お前は警察を辞めた部外者だぞ!」


「まぁ…成り行きというヤツでして、
なんか現職時代は騒音みたいな
内村部長のお説教も今となっては懐かしささえ感じますねぇ…」


「なんとなくわかりますよそれ。僕もちょっと懐かしいみたいな感じが…」


「誰が勝手に喋っていいと言った!?」


「まったく…
今回の命令違反は明らかに重大問題だと言いたいが…
警察庁の甲斐次長がお咎め無しと言ってきてな…」


「防衛省の秘密を暴いた成果だと言ってきてな。フンッ、甲斐次長に感謝するんだな!」


どうやら裏でカイトの父親である甲斐次長が手を回してくれたようだ。

カイトはそんな不仲の父親に悪態をつくが今回ばかりは一応感謝している様子。

さて、本来ならここで全員退室する流れなのだが…


「内村部長、明日から休暇でしたよね。実はお願いがあるのですが…」


そんな中、右京だけ内村にあることを進言してきた。それは…



最終話


9月3日 AM11:00


「何故…」


「どうして…」


「何で…俺が特命係と一緒に大島まで来なければならんのだ…」


それから翌日、特命係は内村を伴って再び大島を訪れていた。


「まあまあ部長、たまの休日をこういう自然豊かな場所で満喫するのも悪くないですよ♪」


「そうですよ。
こうして自然に囲まれたらストレスの胃炎も少しは治るんじゃないんですか?」


「喧しい!せっかくの休日を満喫しようかと思えば
杉下のヤツにこの場所へ同行してほしいとせがまれるし一体何がどうなっておるんだ…
その前にお前たち仕事はどうした!?」


「俺は…まだサルウィンに戻る予定日まで日があるんで…」


「僕も上司の長谷川元副総監とはなるべく顔を合わせたくないんで…」


「神戸さんのサボる理由やべえ…」


さらに同行者として亀山と神戸まで連れ添っていた。

そのせいで内村の胃炎はますます酷くなるばかり。


「カイトくん。僕はちょっと用事があるので一旦別行動を取ります。
みなさんを…そうですね…
先日こちらに来た時に夕食をご馳走になった女将さんの旅館に案内していただけますか。」


さて、その右京だがなにやら所要があるらしく別行動を取ることになった。

代わって迎えに来た陣川が旅館へと案内することになった。



「亀山さんお久しぶりです。それにソンくんも!」


「あ、どうも…」


「ソンじゃないんだけどな…」


「ところでそろそろお昼ですよね。
みなさんお腹を空かしていると思って女将さんがお昼ご飯を作ってお待ちしていますよ。」


「オッ、マジっすか!それなら早く行かなきゃ。
そういえばあの女将さんの旅館って名前…まだ聞いてないんですけど何ていうんですか?」


「あぁ、『旅館遠山』って言うんだよ。」


それから全員で先日右京たちがお世話になった女将のいる旅館へ向かうことになった。



9月3日 PM12:00


「まあまあみなさんよくいらっしゃいました。お昼ご飯の支度は出来ていますよ!」


「どうも、主人の遠山です。今回は遠路遥々お越しくださってありがとうございます。」


さっそく旅館遠山を訪れたカイトたち一行。

そこでは先日会った女将とそれに夫である主人が快く出迎えてくれた。


「奥さん、それにご主人、お世話になります。」


「どうもすみませんねぇ。いきなり大勢で押しかけちゃって。」


「それじゃお邪魔しま…あれ?」


さあ、上がって用意してくれたお昼ご飯を食べようかと思ったその時だ。

カイト、亀山、神戸の三人がある違和感に気づいた。

それから三人は女将のことを何故かジッと見つめていた。


「あの…私の顔見て何で不思議そうな顔してるんですか?」


「おかしいな?
最初に会った時は何も感じなかったのに…女将さんのことを前にもどこかで見た気が…」


「あぁ、俺も最近どっかで女将さんのことを見たんだよな。」


「実は僕もなんですけど…不思議ですね。みんなして同じことを言うなんて…」


「イヤですよ!若い男たちがこんなおばちゃん相手に口説くだなんて!」


女将はカイトたちの反応に笑って誤魔化すが…

しかしカイトたちは至って真面目に女将の顔を睨みつけるかのように凝視していた。

この女将の顔…誰かに似ている…

それもつい最近どこかで会っているはず。

だがどこで会ったのか?それを思い出せないのだが…



「お前たち!いい加減そこを退け!私が入れないだろうが!」


そんな中、業を煮やした内村は

カイトたちが玄関口で立ち止まっているところを強引に押しのけて旅館に入ってきた。

そして女将の顔を見ると、内村はまるで幽霊を見たような真っ青な顔になった。


「あ゛…あぁ…」


「あの部長…どうかしたんですか?」


「まるで幽霊でも見たような顔をしてますよ。」


「ゆ…幽霊…いやまさか…そんな…」


女将の顔を見るなり青ざめた顔を浮かべて動揺した素振りを見せる内村。

先ほどから何かがおかしい。

確かに違和感はある。だがその正体が何なのかがわからない。

一体何がどうなっている?そう疑問に思った時だった。



「やはりそういうことでしたか。」


「杉下さん、戻って来たんですね。一体どこへ行ってたんですか?」


「この近隣にある小学校です。恐らく50年前に山村貞子が通っていた学校です。」


山村貞子の通っていた小学校と聞き思わずこの場にいる全員が驚きを見せた。

何故まだ貞子のことを調べる必要があるのかと疑問に思ったのだが…


「けど事件はもう終わったはずじゃないですか。今更何を調べるんですか?」


「先日僕たちはあの防衛省がProjectRINGを行っていた施設に立ち入りました。
ですがひとつだけ気になることがあります。それはある矛盾についてです。」


矛盾、右京の口から出たこの一言にカイトは首を傾げた。

そんな…この事件において何も矛盾なんてなかったはず…

それなのに何の矛盾があるのかと疑問を抱いた。


「水難事故。その記述があったことを覚えていますか。」


「そういえば…貞子が小学生の頃のことでしたよね…」


それはあの施設に入った時に判明したことだ。

小学生時代、貞子の同級生は水難事故に遭遇。貞子以外は全員死亡したとのこと。

この事実だけ聞けば確かに貞子の怪奇さを物語ることが伺える。

だがそんな中でカイトだけがこの話しに違和感を覚えた。



「あれ?おかしいっすね。今の話しが確かなら…
女将さんって山村貞子と同級生のはずですよね。何で無事なんですか?」


カイトは女将と最初に交わした会話を思い出した。

確かこの女将は自分が山村貞子と同級生だと自分たちに教えていた。

だがこの話しには疑問がある。

もしも女将が貞子と同級生なら50年以上前の水難事故で死亡しているはず。

それなのにこうして無事でいるということは…


「先ほど小学校で確認を取りました。あの水難事故で生存者は山村貞子一人だけ。
当時彼女と同級生だった人間は全員死んでいます。
つまり山村貞子に同級生なんていないんですよ。」


その言葉に女将は動揺を隠せずにいた。

つまり女将は右京たちに対して嘘をついていたことになる。

だがここで疑問が生じる。何故そんな嘘をつく必要があったのかだ。


「けど…女将さんは何故そんな嘘を…?」


「その疑問を解くにはまず女将さんの名前を知るべきです。
女将さん、それにご主人。あなた方の名前を教えてはいただけませんか。」


そういえばと気づいたがまだこの二人の名前を聞いていなかった。

しかし名前を教えて欲しいと聞かれて女将は狼狽えだした。

何故ここまで狼狽えるのか?

それから主人がなにやら妻の女将に声をかけている。

ボソボソと話しているが恐らく「心配するな。大丈夫だ」とでも言っているのだろう。

そんな主人に促されて女将はようやく自分の名前を名乗った。



「私は遠山悦子。旧姓は…立原悦子といいます。」


「アンタが…立原悦子だと…?馬鹿な…アンタは…!?」


女将は全員の前で自らの名を明かした。

だがそれを聞いた内村は困惑していた。それにカイトもだ。

何故なら立原悦子といえば劇団飛翔のスタッフだった女性だ。

それにこの旅館の名前は遠山ということは…

この旅館の主はつまり同じく飛翔で音効を担当していた遠山博ということになる。

まさか当時の飛翔関係者が夫婦としてこの貞子出生の地で旅館を営んでいたとは…

だが何故女将はこの大島で…それも山村貞子の同級生だと嘘をついていたのか…?


「昨日、我々は伊豆パシフィックランド跡地…
いえ…旧伊熊邸付近で大量の遺体を発見しました。
それは45年前に謎の失踪を遂げた劇団飛翔の劇団員たちと宮地翔子のモノだと判明した。
ですがそんな中でひとつだけ身元不明の遺体が他のモノとは離れた場所で発見された。
この事態をどう思われますか?」


そのことを聞かされて夫婦は困惑した表情になっていた。

右京の推理に次第に追い詰められていく夫婦。

この反応からして二人は45年前の事件になんらかの関わりがあることは間違いない。

だがそれはどんな関わりなのか?


「この大島に来るまでずっとこのことが気になっていました。
何故その遺体だけ他のモノと離れた場所に遺棄されたのか?
考えられる理由は何か?それを推理した時、ある答えにたどり着きました。
それは誰かがその遺体の人物と入れ替わったのではないかということにですよ。」


それが右京の導き出した答えだ。

だがそれでは誰が誰と入れ替わったのか?それに入れ替わる理由はなんなのか?

その背景を推理してみせた。



「その理由は入れ替わる側になんらかの特殊な事情があったからだと考えられます。
そしてその理由とは何か?
ここで注目すべきが45年前に劇団員たちが失踪する前に起きた公演での出来事です。」


「45年前、舞台の公演で人が死んだ。
それから劇団員たちは伊豆の旧伊熊邸に乗り込み悪意ある貞子を殺害しようとした。
問題はこの前後です。
もう一人の公演を行っていた善意の貞子はどうだったのでしょうか?
以前から疑惑のあった貞子のせいで公演中に人が死んだ。
その様を見て劇団員たちはどのような行動に出たのか。
ひょっとしたら貞子は劇団員たちに襲われたのではありませんか?」


それは考えられる可能性だった。

45年前、公演中の悲劇から旧伊熊邸に乗り込むまでの間は

当事者たちにしか何が起きたのかわからない空白の時間があった。

その間に何が行われたのか?

恐らく善意の貞子は劇団員たちから逆襲を受けた可能性が高い。

しかし劇団員たちはその逆襲を終えても怒りが収まらなかった。

だからこそ逆襲を終えた直後に旧伊熊邸に乗り込み悪意の貞子を殺害しようとした。

だが結局は返り討ちに遭い全員が死亡するという結果に終わってしまった。


「お言葉ですが…それがどう関係するんですか…?」


「ここで当時の貞子の人間関係を取り上げてみましょう。
45年前、貞子に関わった人間が様々な思いを巡らせていました。
劇団員たちは立て続けに怒る不可解な死について彼女を疑った。
宮地翔子は婚約者を殺された恨みを晴らそうと貞子の殺害を企てていた。
つまりあの当時、殆どの人間が貞子に悪意を抱いていたことになります。」


「ですがそんな中で唯一人、貞子を守ろうとした人間がいた。
それが当時の劇団で貞子を庇っていた遠山博さん。あなたですね。」


この旅館の主である遠山の前で貞子を庇っていたのでは推理する右京。

しかしその事実が一体何を意味するのか?


「それではここで当時の出来事を整理しましょう。
45年前、貞子はもうひとつの半身が尽く相手を殺害したことによりその命を狙われていた。
この先も誰かに命を狙われ続けなければならないのか?
そんな不安に駆られた時、ある行動に出たのではありませんか。」


「それじゃあ…この人はまさか…」


「そうか…だから僕たちはこの人に見覚えがあるのか!」


「俺なんか二度も会ったしな!」


右京の推理にカイト、神戸、亀山の三人もまたこの事件の真相にたどり着いた。

そう、答えは既に彼らの目の前にあった。

そして右京はある人物の前でこの45年間隠されていたある真実を告げた。







「女将さん、あなたは45年前に亡くなった立原悦子と入れ替わった山村貞子ですね。」






それがこの45年間隠されてきた真実だった。

この真実を告げられて女将は何も言わず俯いたままだ。

恐らく気が動転して何も言えないのだろう。

そんな女将を庇うように主人が右京の推理にこう反論した。


「ま…待ってください!
確かに私たちは45年前に劇団飛翔のスタッフでした…
だからといってそんな…入れ替わるなんて…証拠はあるんですか!?」


「証拠ならあります。こちらの内村部長です。」


かつて内村は劇団飛翔でアルバイトを行っていた。

その時に貞子を目撃していた経緯がある。

それは先ほどの反応からして

45年経った今でも彼女の顔を覚えているほど印象に残っていた。


「内村部長は45年前に学生アルバイトで飛翔に出入ってました。
内村部長、お尋ねしますがこの女将が山村貞子で間違いありませんね。」


「ああ、間違いない。
あれから45年過ぎたが彼女の顔は忘れたくても忘れられんよ。
女将さん、アンタは間違いなく山村貞子だ。」


それはまさかの誤算だった。

45年前の関係者など既に自分たち以外この世には存在していないと思っていたはず。

しかし過去というものはどんなに隠そうとどこからか綻びが生じる。

最早この真実は隠すことなど出来ない。

そう思った女将はご主人の静止を振り切り、右京たちの前でその正体を明かした。



「ハイ、私が山村貞子です。」


「やっぱり女将さんが貞子なんですね…」


「けど何で彼女は生きてるんですか?」


「そうですよ。彼女は45年前井戸に閉じ込められたはずじゃ!?」


遂に自らの正体を明かした女将。

自分が山村貞子という事実を認めた。だがそれと同時にある疑問が生じた。

それは45年前井戸閉じ込められた貞子が何故こうして無事でいるのか?

これでは伊熊平八郎が今際の際に遺した証言と食い違いが生じる。

これはどういうことなのか?

その疑問を解決すべく右京はこの事件のもう一人の当事者にこう質問した。



「ご主人…いえ…遠山博さん。あなたはこの答えをご存知のはず。話してもらえますか。」


「………わかりました。すべてをお話しします。」


最早この状況から逃げられないと悟った遠山は覚悟を決めた。

それから45年前に起きた出来事を語りだした。

それは飛翔の劇団員たちが旧伊熊邸に乗り込んだ時のことだ。

遠山は密かに貞子と共に逃げた。

しかし悪意の貞子が追ってきて二人はひとつとなり劇団員たちを惨殺。

本来なら遠山もその場で死んだはずと思っていたが…


「気が付くと何故か私だけが生き残りました。
恐らく貞子が私を悪意から守ってくれたのだと思ったのです。
それから貞子を探していたらある光景に出くわしました。」


それは父親の伊熊が貞子を井戸に突き落とした光景だ。

それから伊熊が井戸を離れた後、すぐに遠山は井戸に閉じ込められた貞子を救ってみせた。

だがここである問題が起きた。


「井戸に閉じ込められた私は蓋を閉められてもうダメかと思いました。
けどそんな時主人が助けてくれて…でもそう簡単には行きませんでした。
もう一人の私が現れて井戸から抜け出そうとしたんです。」


「私はこれ以上もう一人の私に罪を重ねてほしくないために力いっぱい抵抗したら…」


「貞子は再び…二人に分かれました…
私たちはもう一人の貞子を井戸に閉じ込めました。
それからすぐにその場を立ち去ろうとしたのですが…」


現場から立ち去ろうとした二人はある光景を目の当たりにした。

それは伊熊が飛翔の劇団員たちの死体処理を行っていた。

次々と地中深くに埋められていく死体。

そんな中、二人はある女の死体に注目した。それが立原悦子だった。



「私は思いました。
このまま貞子が生き延びても宮地彰子のような連中が貞子に纏わりつくんじゃないかと…
そこで貞子を社会的に死んだ事にして誰かと入れ替えればいいのではと考えました。
その時、悦子と貞子を入れ替わらせたんです。」


「悦子さんは私と同年代の女性で歳も近かったから誤魔化すのは簡単でした。」


それから伊熊が死体を全部埋めた後で二人はもう一度立原悦子の死体を掘り起こした。

貞子が彼女と入れ替わるためにその証拠となるものを処分するためだ。

こうして貞子は立原悦子に成り代わり45年間誰にもバレることもなかった。


「なるほど、しかしわかりませんね。
あなた方は入れ替わったにも関わらず、
何故山村貞子に縁があるこの島で今も住んでいるのですか?」


「私たちはその後20年以上各地を転々としました。
しかしあの日の事が頭から焼き付いて離れないんです。
私が島を離れなければあんな惨劇は起こらなかったはずなのに…」


「それで私と貞子はこの島に戻ってきたんです。正体がバレるのを覚悟で…」


「ですが…不幸中の幸いな事に私の同級生は事故で死んだため誰もいなくて…
この島で唯一の肉親である叔父も
普段は滅多に家から出なかったので誰も私が山村貞子だと気付かなかったわ。」


かつての事件の罪悪感からこの島へ戻ってきた貞子と遠山。

確かにいくら悪意の貞子による犯行だったとはいえ

その行為を半身の貞子が止められなかった罪悪感は相当なモノにちがいないはず。

それを想う気持ちもわからなくもない。

そしてこの罪悪感という言葉に右京はもうひとつある事実に気づいた。



「罪悪感、つまり立原悦子に成りすましたのもその感情が理由ですか。」


「え?それってどういうことですか?」


「45年前の公演の妨害を行い悪意の貞子を煽ったのは立原悦子ということですよ。」


それは当時その場にいた内村も目撃した奇妙な光景。

わけのわからない音が壇上で流れていたことだ。

あれはスタッフの誰かでないと機材を操作することが出来ないはず。

それに内村の証言だと当時立原悦子は貞子に悪意を抱いていた。

もしもそれを立原悦子が行ったとすればその行為にも納得がいった。


「当時悦子さんは…夫に片思いを寄せていました…
だから夫と親しくしていた私に嫉妬してやったのだと思います。」


どうやら立原悦子は当時遠山博に恋愛感情を抱いていたらしい。

恐らくそれを宮地翔子に利用されてあのような行動に出たようだ。

だが立原悦子はそのことに罪悪感を抱いていたらしい。

それ故に彼女は劇団員たちから二人を逃げるように促したらしいが…


「だからあなたは立原悦子を演じたのですね。結局立原悦子は悪意ある貞子に殺害された。
それを不憫に思ったあなたは
せめてもの償いに立原悦子を演じることで彼女がご主人と結ばれたことにさせた。
本質は貞子であるあなたとですが…
戸籍上ではご主人の遠山さんと立原悦子が結婚したことになっている。
それが自分に出来るせめてもの罪滅ぼしと思ったわけですか。」


貞子が立原悦子を演じていた本当の理由。

それは報われなかった悦子の恋を戸籍上で叶えさせること。

何も知らない他人からすれば異常とも思われる行動かもしれない。

だが他に方法はなかった。この事件を公にすることは出来ない。

もしもそれを行えば井戸に封じられた悪意ある貞子が目覚めて再び惨劇が繰り返される。

そのために45年前の犠牲者たちの遺体も放置せざるを得なかった。

そして当初右京たちに自分が貞子の同級生と嘘をついたのも

立原悦子に対して歪んだ友情を感じたからだ。

最後は自分を助けてくれた、

もしかしたら出会いを間違えていなければ友達になれたかもしれなかった女性。

そのために敢えて貞子の同級生と嘘ぶいたのかもしれない。

だが貞子の関係者と嘘ぶいたのはそれだけが理由ではなかった。



「この45年間、正体を知られるのかもという不安がありました。
けどそれ以外は幸せな日々を送れました。
あの事件から山村貞子としての呪いがまるで断ち切られたかのように幸せだったわ。」


「ですが15年前、その平穏は破られた。
悪意ある貞子が井戸の底から呪いのビデオなるモノを作り出し世に放った。
そのせいであなたは再び罪悪感を覚えた。」


かつてこのビデオの謎を追うために浅川玲子と高山竜二はこの島を訪れた。

しかし二人は貞子に関わったばかりに死んでしまった。

だからこそ次にこの島を訪れた者たちに貞子に関わるなと警告を促した。

それこそが唯一自分が行える贖罪であるかのように…


「自首します。これ以上あなたたちを欺くことは出来ませんから。」


右京たちにすべてを暴かれた貞子は自首を決意した。

この45年間欺いてきた罪を思えばそれも致し方ないことだ。

だが最後に右京は貞子にあることを頼んだ。



9月3日 PM15:00


「あなたたち…また…」


「奥さん落ち着いて!今日はお話を聞きに来たわけじゃないので!」


右京たちは貞子を連れて再び山村家を訪れていた。

全員が山村家に入ろうとする中、唯一人この家に入ることを躊躇する貞子。

それもそのはず、恐らく貞子は大島に戻ってからこの家には絶対近寄らなかった。

その理由は自分の正体を感づかれたくなかったことにある。

それにもうひとつ理由もある。それは…


「お母さん!」


そんな貞子だが何かに気づいたかのようにある部屋へと走り出した。

右京たちも急いであとを追うがそこはかつて使われていた志津子の部屋。

その部屋で霊感の強い者たちは志津子の幽霊を目撃した。


「そんな…母がどうして…?」


「恐らくこの世になんらかの未練が残っているのではありませんか。
きっと娘のあなたのことを心配していつまでも成仏出来ずにいるのかもしれません。」


かつて母の志津子は三原山の火口に身投げした。

当時子供ながら貞子自身も母の死を間近で目撃していた。

まるで自分の命を生贄にこの大島の怒りを…

いや…もう一人の悪意ある自分の怒りを鎮めようとした志津子。

その霊が今も尚この家を彷徨っていると知り居た堪れなくなった。



「貞子さん、お母さんを成仏させてください。それが出来るのは娘のあなただけです。」


「けど私の力は45年前にもう一人の私と分かれた時になくなってしまったわ…」


45年前、あの惨劇の後で再び分かれた貞子は異能の力を失った。

あれから普通の人間になった自分が母に何をしてやれるのか?

そんな不安を抱く貞子に亀山、神戸、カイト、の三人はこう告げた。


「力なんて関係ありませんよ。
あなたがお母さんを成仏させたいっていう願いがあればそれで十分なはずです!」


「僕もオカルトには詳しくないですけど…親子に超能力なんて関係ないでしょう。」


「いざとなったら俺たちが付いてますから安心してください!」


力は関係ない。

娘として母親に一言声を掛けるだけで十分だと…


「お母さん。お久しぶりです。私…貞子だよ…」


「うん、あれから大島に戻ってきたの。」


「ねえ、お母さん。私…今…幸せだよ…」


「好きな人とも結婚できた。子供も出来てそれに孫だって…」


「うん、夢は叶えられなかったけど…それでも人並みの幸せは得られたわ。」


「私はもう平気だよ。だから安心して。」


「お母さん、今までありがとう。」


貞子が話し終えると何かがこの部屋から抜け出た感覚が走った。

恐らくこの部屋に囚われ続けていた志津子の霊が成仏したようだ。

霊感の強い亀山やカイトなどは志津子が穏やかな顔で消えていったと話した。

それを聞いて和枝もようやく憑き物が落ちたことで安堵することが出来た。

こうして長年山村家に付き纏っていた禍々しい想いは祓われた。



一ヶ月後―――


「これより城南大学演劇部の公演を開催致します。」


あれから一ヶ月の時が過ぎた。

その日、城南大学演劇部による舞台仮面の公演が行われた。

その観客席には右京とカイトの姿があった。

中には内村部長の姿もあったがそれはこの際どうでもいい。

ところで何故彼らが大学の舞台を観に来たのか?

それは舞台裏にいる一人の女性が主な理由だ。


「まさか貞子さんがこの公演のアドバイザーを買ってくれるなんて思いませんでしたね。」


「いえ、そうでもありませんよ。
45年前の公演は事故により中途半端な形で終えてしまいましたからね。
彼女自身も未練を抱えていたはずです。」


実はあれから右京たちは貞子に頼んで

この城南大学演劇部のアドバイザーを引き受けてほしいとお願いした。

貞子も青春の思い出をあんな形で終わらせたくないとこうして請け負ってくれた。

ちなみに観客席には夫の遠山、それに高野舞や浅川陽一などあの事件の関係者も観ていた。

彼らも様々な思いを巡らせながらこの舞台を観ているのだろう。



「結局、45年前の事件について貞子さんは不起訴になったわけですね。」


「元々あの事件は時効が過ぎていましたからね。
それに飛翔の劇団員たちを惨殺したのは悪意ある貞子の方でした。
善意ある彼女を今更裁くことは出来ませんよ。」


45年前の事件を発覚したまでは良かった。

だが既に45年も経過しているので既に時効は成立している。

そのため貞子が長年立原悦子の身分を偽っていたことに関しても不問とされた。

何故なら15年前に警察が悪意ある貞子の遺体を発見したことにより

山村貞子としての死亡は成立してしまった。

また防衛省がその山村貞子を利用して悪事を成そうとしたのだから

これを公にすれば世間は間違いなく防衛省を叩くはず。

そんな政治的配慮を踏まえてこの事件が表沙汰になることはなかった。


「やっぱり納得いきません。
結局お偉いさんたちの都合のいい脚本で事件は終わっちゃうんですね。」


「確かに仕方ないといえばそれまでです。
しかしだからこそ呪いのビデオなどというものが流行らなかったのかもしれません。」


「それってどういうことですか?」


「所詮この世は時勢で決められていくものということです。
いくら悪意ある貞子が異能の力を持ちそれを用いて呪いのビデオを作ろうとも
時代の変化に伴いビデオ自体がなくなったためにビデオの呪いは一過性に終わった。
結局のところ呪いなどというものは何の力も持たないということですよ。」


それが今回の事件で右京が感じたことだ。

その時勢に逆らえることなど出来なかったと…

そう思うと山村貞子がどれだけ異能の力を発揮しようとも所詮彼女も自分と同じ人間。

これまで貞子に感じていた恐怖が若干だが薄れることが出来た。



「………もし」


「生まれ変わることができるなら…」


「それが神に逆らうことであっても…」


「私はあなたのそばに」


「あなたと一緒にいたい」


「ああ、面影さえも 鮮やかに浮かぶ」


「あなたに会うことができたなら なんといえばいいのかしら」


そんな話をしている内に舞台はクライマックスを迎えていた。

そしてカーテンコールが鳴り響いた。

思えばこの舞台は45年前に終えるべきだった。

それが様々な人々の思惑により

こうして45年経ってようやく終演を迎えることができた。


「すべてが夢ならば」


「夢から覚めた時 あなたがいてくれたら」


すべてが夢ならば…

主演女優が最後のセリフを口にしてようやくこの舞台は終演を迎えた。

そう、このセリフの通りすべてが夢だったのかもしれない。

誰もが悪い夢を見ていた。

そしてその夢からようやく覚めることが出来た。

唯それだけのことだったのかもしれない。



同時刻―――


ここは政府のある施設、片山雛子はある人物を待っていた。

そこに一人の女性が連れて来られていた。


「ようこそ嘉神郁子さん。
このような場所にお連れして申し訳ありません。
ですがこの計画は秘密裏に進めたいものでして…」


『嘉神郁子』

かつてはバイオテクノロジー研究所の主席研究員であったが

娘の茜の身体を母体として使い、クローン人間を製造しようとした過去がある。

しかし茜は子供を流産してしまい結局この世にクローン人間が生まれることはなかった。

ちなみにこれは神戸が特命係に所属していた時に関わった最後の事件でもある。

そんな彼女が何故呼ばれたかというと…


「何故私を呼んだんですか?」


「あなたのクローン研究でこの世に甦らせたい人間がいるんですよ。」


「甦らせたい人間って…クローン人間は必ずしも同一の個体になるとは…」


いくらクローンといえど同じ人間を作ることなどできない。

そんなモノはSFでしかありえない。

それに日本では2001年より

クローン規制法が執行されて事実上クローン人間の製造は違法とされている。

それなのに何故…?


「何も完全なクローン人間を作って欲しいとは言っていません。
けどそれらを犯してでも欲しい遺伝子情報があるとしたらどうですか?」


それから部下の一人が嘉神郁子の前にあるモノを持ち出してきた。

それは死体。それも完全な白骨死体と化したモノだ。

さらにもう一人、車椅子の男も…

その男の名は岡崎。

先日の事件で彼だけは片山雛子の手により前もって脱出していた。

それはこれから行う実験に利用するために…



「これを見つけるのに苦労しましたよ。
瓦礫で埋もれていた井戸から掘り起こしてようやく回収したんですからね。」


「この死体は一体…誰なの…?」


「この死体の名は山村貞子。
57年前に超能力を使い一人の記者を殺害。
それから45年前に劇団飛翔の団員と宮地彰子を殺害。
更に15年前には死んでいるにも関わらず
呪いのビデオというモノを作り出し多くの不特定多数の人間を殺害。
所謂、異能の力を持った超能力者です。」


超能力者と聞き郁子は不謹慎ながらこの死体に興味が沸いた。

しかしそんな危険な人物を蘇らせる理由はなんなのかと雛子に尋ねた。

まさかこの力を悪用するつもりではと思わず勘繰ったが…


「それは抑止力のためです。
今後第二、第三の貞子が現る可能性もある。
そのためにも抑止力と成りうる存在が必要になります。
それこそが貞子のクローンを作る大きな理由です。」


あくまで今後の抑止力のためと主張する雛子。

とりあえずはその理由を信じる以外に選択肢はない。

何故なら郁子には受刑中の娘が居る。

わざわざこの場所に呼ばれた理由は娘の刑期を短縮することが条件だったからだ。

片山雛子は国会議員。

検察や裁判所にコネがある彼女なら娘の刑期を短縮させるなど造作もないことだ。

だから大人しく従うしかなった。



「それとこれはついでだから話しておきますが
あなたは以前からProjectRINGへの参加が検討されていました。
ですが小菅彬の方を防衛省が強く推していたのでそれは今まで見送られていたわ。」


実はこのProjectRINGに当初はこの嘉神郁子が検討されていた。

しかし呪いのビデオを殺人兵器に転用しようとした防衛省の意向により

小菅彬を超法規的措置で出所させて研究を行わせていた。

だがそれは見るも無残な結果に終わってしまった。


「けどこうなることを最初から知っていました。
小菅を入れたら間違いなく失敗すると何度も忠告していたのに彼らは小菅を招いた。
それなのに…」


「何で…そのことを予期出来たの…?」


「あの日、私まで巻き込んで小菅の出所を手配した日のことよ。彼は私にこう言ったわ。」


『また僕は我が子を生み出すことが出来る。』


小菅の出所を手配した日、

彼は世にも薄気味悪い笑顔でしかも人間としての身勝手なエゴを丸出しで雛子に語った。

正直、雛子自身もこれまでにないほどの嫌悪感を覚えるほどだった。

だがその言葉を聞いて雛子は間違いなくこの計画が破綻すると確信が持てた。


「何故そんなことがわかったの?彼の行いが狂気的だったから?」


「確かに彼の思想は狂気に包まれていました。
けど彼は研究者として…いえ…人間として当然のことを忘れていたんだもの。」


雛子はクスクスと笑いながらそれを面白がっていた。

対して郁子はますますその疑問が深まるばかり。

そんな郁子にまるで答え合わせをするかのようにその理由を話した。



「だって男に子供は生めないじゃないですか。」


「それが…理由なの…?」


「ええ、そうですよ。
私は今まで男たちが作ってきたモノを間近で見てきました。
どれも権力やお金絡みでろくなモノじゃなかった。
それなのに男が子供を生み出す。心の中で爆笑ものでしたよ。」


男に子供は生めない。

それは自然の摂理そのものだ。

これこそが片山雛子が小菅彬ではなく嘉神郁子を選んだ理由。

生命を生み出すのは男ではない。女でなければならない。

その前提を誤ったからこそ防衛省が行ったProjectRINGは失敗に終わった。


「これより私の指揮下でProjectRINGを再始動します。」


そして片山雛子によりProjectRINGは再始動した。

かつてのProjectRINGは男たちの暴挙によって失敗に終わった。

だが自分たち女はちがう。

力の用い方を誤らなければ過ちなど起きるはずもない。そう信じた。

しかしどんなに言葉で言い繕うとも結局は禁忌の行い。

特命係によって解かれた怨嗟の輪廻がまたもう一度繋がりだした。

結局、いくら阻もうと人がいる限り永遠にこの愚行は繰り返されるのか。

まさにリング、その呼び名のように永遠に繰り返される連鎖…

この行く末が幸と出るかそれとも凶と出るかは誰にもわからない。

こうして悪魔の実験は人々の知らないところで今も何処かで続けられている…



―――――

―――――――


それが今から3年前に起きた出来事だ。あれから3年の月日が流れた。

あれから様々な出来事が起きた。

捜査一課の三浦が職務中に刺されて重傷を負い警察を退職。

さらに鑑識の米沢も辞令が下されて警察学校の教師に就任。

それにもう一人、この3年で最も変わり果ててしまった人間がいた。


「受刑者番号0123番。中に入りなさい。」


名前ではなく受刑者番号で呼ばれた一人の青年がこの面会室の反対側から入ってきた。

そこは罪を犯した者たちが唯一外の人間と触れ合える場だ。

そして現れたのはかつての面影はあるものの窶れた表情を浮かべた青年。

かつては毎日のように一緒にいたこの青年に右京は声を掛けた。


「久しぶりですね。カイトくん。」


「杉下さんこそ…その怪我大丈夫ですか…」


現れた青年は甲斐享。

去年まで特命係に在籍していた右京のかつての相棒だ。

何故、彼が刑に服しているのか?それには理由があった。

1年前、都内でとある怪事件が起きた。

それは約2年間に渡って警察の追求を逃れた犯罪者たちに制裁を下す闇の仕置人。


『ダークナイト』


その模倣犯の犯行を特命係が突き止めた。

だがその事件を追っていくうちに意外な展開へと繋がっていく。

なんとダークナイトの正体は甲斐享ことカイトだった。

その真相を突き止めた右京は自らの手でカイトを追求。

カイト自身も自らの罪を認めたことによりこの事件は幕を下ろした。

だがこの事件の傷跡はあまりにも大きいものだ。

かつて3年間も共にした相棒の犯行を見抜けなかった右京は

この事件が未だに自分の至らなさが招いたものではないかと後悔していた。



エピローグ:右京「らせん?」



「まさかキミとこうした形で再会することになるとは思いませんでした。」


「俺もです。ところで今日は何の用があって来たんですか?
まさか杉下さんが世間話をするためにわざわざこんな場所に来たわけじゃないでしょ。」


相変わらずの軽口を叩くカイト。

だがそれとは裏腹にカイトの顔にはいくつか暴行された形跡があった。

それを見て右京はとある事件を思い出した。


『刑務所に入った警察官は虐められる。』


まだ神戸が相棒だった頃のこと、

多摩刑務所の刑務官久米達也が受刑者の金策を知って凶行に及んだ事件があった。

その際に組対5課の角田課長が呟いた皮肉がそれだった。

理由は簡単だ。

娑婆で自分たち犯罪者を相手に大手を振るった警察官や刑務官が同じく刑務所に入った。

そうなればもう強権を行使することなど出来るはずもない。つまりお礼参りというものだ。

さらにカイトはダークナイトとして活動していたために

この施設に収監されている犯罪者たちからかなり恨みを抱かれている可能性がある。

それこそがカイトの顔にある暴行跡の原因だと右京は推測した。

だがこのことを指摘したところで強情なカイトはその事実を認めようとはしないはず。

さらに面会時間にも限りがある。

時間があればカイトが暴行されている事実を明らかにしてそれをやめさせることも出来る。

だが今は時間が限られている。そのため要件を果たすことのみを優先させた。



「わかりました。時間も押しているので要件だけ済ませたいと思います。
カイトくん、3年前に僕たちが関わった呪いのビデオの事件を覚えていますよね。」


呪いのビデオのことを聞かされて思わずカイトも苦い顔を浮かべた。

あれはカイト自身にとっても忌むべき事件だからだ。

ちなみに右京が語ったのはその後の顛末についてだ。

あの事件後も右京はある人物の行方を追っていた。

それは精神病院から連れ出された岡崎。その行方がようやく明らかになった。

岡崎の行方が知れた理由は1月に起きたテロ事件が発端だ。

片山雛子が新たに立ち上げた新会派New World Orderで同志の音越栄徳が殺害された。

それにより雛子は政治家として責任を取る形で辞職。

同時にそれまで自身が独自に進めてきたProjectRINGも解散することになった。

そのため今まで行方不明だった岡崎の所在が明らかとなり彼は元の精神病院へ再入院。

これでようやく3年前の事件に決着がついた。



「なんかやけにあっさりとした終わり方で拍子抜けですね。
実は片山雛子が国家転覆でも企んでいるとかそんな壮大な話しに繋がるかと思いました。」


「現実なんて案外そんなものですよ。
映画や小説じゃあるまいし下手な続編など誰も期待はしませんからねぇ。」


その後の顛末と軽口を叩き合う二人。

まるでかつての特命係の部署で話しているような会話だ。

これで一応要件は済んだ。

だがここを訪れた理由はもうひとつある。

それは3年前に聞きそびれたある質問についてだ。


「カイトくん、覚えていますか。
3年前、僕は片山さんの事務所でこんな質問を行いました。」


それは呪いのビデオの謎を解き明かすために

片山雛子とそれに捜査一課の伊丹たちに行った質問。

『自分たちの手元に呪いのビデオがあれば各々どういった使い方をするのか?』

その質問に対して伊丹たちはそんな危険なモノはすぐに処分すると答えた。

雛子も検証した後に処分と答えてみせた。

だがこの質問の返答をまだカイトから聞いていなかった。


「あの時は時間が迫っていたためにそれが出来ませんでした。
ですからこうして改めて尋ねます。
カイトくん、もしキミが呪いのビデオを手に入れたらどう使いますか?」


呪いのビデオを手に入れたらどう使うか。

その質問に対してカイトはかつてのある出来事を思い出した。

それは呪いに負けそうになり思わずその絵を描いて複製を行おうと試みた時だ。

あの時のドス黒い闇の感情に覆われた感覚を思い出しながらこう答えた。



「あの当時の俺ならこう答えたかもしれません。
呪いのビデオは悪質な罪を犯した犯罪者たちに観せるべきだと…」


それがカイトの答えだった。その答えを聞き右京は無念な表情でいた。

恐らくカイトの返答を予想していたのだろう。


「何故そんな考えを抱いたのですか?」


「死の呪いまでの時間、つまり1週間ということに注目しました。
あの恐怖は俺自身が体験してわかったことがあります。
1週間という時間を
犯した罪の重さへの悔いとそれに制裁を兼ねた恐怖を感じ取れたらと思いました。」


確かに呪いのビデオを用いればそれは可能かもしれない。

犯罪者にビデオを見せて

それによる死への恐怖と後悔を呼び起こしさらに死という制裁を加える。

この行いは当時のカイトにしてみればまさに理想的なモノだったのかもしれない。

右京はカイトがダークナイトとして犯行に及んだ理由をあれからずっと考えていた。

そしてある考えにたどり着いた。

それはカイトが犯行に及んだ原因は呪いのビデオにあったのではないかという結論だ。

何故そんな考えに及んだのか?それは2013年8月26日。

右京とカイトが偶然にも早津によって貞子の呪いを受けた直後のことだ。

その日は偶然にもダークナイトが世間で初めて犯行に及んだ日でもあった。


「あの夜、キミはダークナイトとして初めての犯行に及んだ。間違いありませんね。」


右京に問われてカイトは静かに頷いた。

それと同時に右京の心にどうしようもない悔いが漂った。

右京はあの日のことを思い出していた。

3年前の8月26日。あの日…花の里でカイトと別れた時のことだ…

やはりあの時、カイトを一人で帰すべきではなかった。

カイトがダークナイトとして犯行に至った理由のひとつには

あの呪いのビデオも関わっていた可能性もあったからだ。

それがこうも予想が的中してしまったことで自らに対して嫌悪感を募らせていた。

だがこの話しに右京はある疑問を抱いた。



「ですがキミはそれを実行しなかった。その理由は何故ですか?」


「それは…あの時…高山竜二に会ったからです…」


これは防衛省の施設で井戸に落下した時のことだ。

今でもあれが夢か幻かはわからない。

だがあの時、カイトは確かに高山竜二らしき男と出会った。

そしてあのビデオを見た者たちが行き着く先を覗いた。

それは山村貞子の生み出した地獄を永遠に彷徨うという

死後の自由すら奪われる残忍なものだった。

そしてそこで高山からこう言われた。


「高山さんは俺の心に闇があることを指摘しました。」


「闇…ですか…」


「それから高山さんは俺の心の中にある闇を取り除いてくれた。
事実、あれから不安な想いはなくなりました。けどそれは完全じゃなかった…」


結局、その闇はいつまでもカイトの心にこびり付くかのように宿り続けることになった。

そしてそれが暴力という形で犯罪者に制裁を促す

闇の仕置人ダークナイトを生み出す結果に繋がった。

つまりダークナイトとはカイトの心の闇の表れということだ。



「今なら…わかります…
自分がどれだけ恐ろしく…危険な考えを抱いていたのか…
ここに収監されてからずっと考えていました。
恥ずかしい話ですけどこんな場所に収監されてやっとわかりました。
相手に自分の命を握られる恐怖というものが…
いくら犯罪者とはいえ命を軽々しく裁こうなんて人間のすべきことじゃない。
それを自分がこうして裁かれたことでようやく理解できたなんて皮肉ですよね。」


それがカイトの語った懺悔の告白だった。

人の命を裁くことなど警察官の裁量を越えた行いだ。

恐らくカイトはそのことを心の何処かで理解していたからこそ

ダークナイトとして活動していた時は最後の一線だけは踏み越えなかった。

確かにそれは立派な行いとは言い難い。

だがその悪を憎む心だけは確かなはずだ。

だからこそ彼を救ってやりたい。そう思った右京はカイトに対してあることを語りだした。



「カイトくん、キミはあの事件の直後に奇妙なことを言いましたね。
あの井戸に落ちた時、僕たちを助けてくれたのは緊急対策特命係だと僕にそう話した。」


「そうです…けどいくら探してもそんな部署はどこにもなかったですけどね…」


3年前、あの事件があった直後にカイトはある部署を探していた。

それは緊急対策特命係、

警察組織に存在するその部署を探して井戸で助けてくれた人たちにお礼を言いたかった。

だがいくら探してもそんな部署は存在などしなかった。

そのことをこの右京にも話したのだが…


「ずっと迷っていました。当時その話を聞いて僕自身も信じられなかった。
ですが改めてこう思いました。
やはりこのことを今こそキミに話すべきだとそう思ったのです。」


それから右京は胸ポケットから一枚の写真を出した。

それはもう20年は経過したような古い写真。

そこには特殊班の格好をした数人の男たち、

それと中央には右京と背広を着た男が写ったモノだ。それをカイトに見せた。


「これは…杉下さん…それに…嘘だろ…この人たちは…
間違いありません!井戸で俺たちを助けてくれたのはこの人たちですよ!?」


間違いない。

この写真に写っている人たちはかつて井戸で自分たちを救ってくれた人たちだ。

3年前、井戸で危うく悪意ある貞子に水底へ連れて行かれそうになる右京を救った男たち。

特に右京の隣に写っているこの男に注目した。

この男はよく覚えている。

あの時、自分に右京を託すように助け船を出してくれた人物だ。

だが彼らのことを知っていながら何故右京は3年間秘密にしていたのか?



「この写真ですが既に殆どの人たちが亡くなっています。」


「亡くなっているって…どういうことですか…?」


それから右京は特命係が作られた経緯から語りだした。

そもそも特命係とは警察庁の小野田官房長によって発足された組織だ。

その理由はもう30年ほど前のことになる。

かつて大使館で人質籠城事件が発生。

警察はこの事件を表沙汰にすることなく秘密裏に対処する構えに出た。

そのため急遽対策チームを作ることになった。それが緊急対策特命係。

現在の特命係にあたる部署だ。

この写真はその結成時に撮られたものらしい。


「ですがこの事件で大勢の隊員たちが死亡。
僕はその責任を取らされる形で名前を変えた今の特命係に移動。
こうして緊急対策特命係は現在の窓際部署になったわけです。」


それが特命係の作られた経緯だ。

そしてもうひとつ、カイトは右京が今までこの事実を告げられなかった理由を話した。


「そして僕の隣に写っている小野田官房長です。
彼は2010年に起きた前代未聞の警視庁籠城事件。
その直後に警視庁の幹部職員に逆恨みの形で刺されて殉職なされた。
つまりその写真に写っている人たちは殆どが既にこの世にいないんですよ。」


そのことを聞かされてカイトはショックを受けた。

小野田官房長の名前は以前から耳にはしていた。

だが実際こうして顔を見るのは今日が初めてだ。

それに今までこの人たちにお礼をしようと何度も探し回った。

しかしどれだけ探しても緊急対策特命係なんて聞いたこともないと言われる始末。

それがこんな形でようやくわかるとは…



「そんな…この人たち…亡くなっていたなんて…」


「どうして…俺なんか…助けてくれたんだよ…」


「だってこの人たち…もう死んでるのに…それなのにどうして…」


この場が面会室であるにも関わらずカイトは思わず泣き出してしまった。

彼らはかつての事件で殉職した立派な警察官。

それに比べて自分はダークナイトとして闇の仕置人を気取っていた。

そして今では刑務所に送られたなんて…

この事実を知って自分の犯した過ちがあまりにも惨めに思えてしまった。


「3年前に僕はこの事実をキミに伝えるべきでした。
ですが僕にはそれを伝えることが出来なかった。
何故ならこの写真に写っている彼らが僕を助けるとは考えられなかった。」


「それってどうしてですか…?」


「30年前の大使館立てこもり事件。
突入開始直前で僕はチームから外された。
理由は上司の小野田官房長と意見の対立してしまったから…
当時僕は犯人グループと粘り強く交渉を行っていた。
ですが上層部の一声でそれが台無しになってしまった。
その結果、隊員たちを死なせてしまいました。」


まるで悔いるかのようにこのことを話す右京。

実はこの話を右京はこれまでの相棒たちに直接語ったことはなかった。

何故ならこの事件において隊員3名が死亡。

それは命を重んじる右京にしてみればあまりにも大きな罪だ。

そのため、右京は以前の相棒だった亀山や神戸にすら触れてもらいたくはなかった。



「カイトくん、キミに謝らなければなりません。」


「死んだ彼らが僕を助けてくれるとはどうしても思えなかった。」


「何故なら彼らが死んだ原因はあの時現場から遠ざけられた僕の責任です。」


「ですがもしこのことを伝えていればキミは悩まずに済んだかもしれない。」


「本当に申し訳ないと思っています。」


それが右京からの謝罪だった。

そんな右京を見てカイトは居た堪れなくなってしまった。

何故だ…何故あなたが謝るんだ…

悪いのは自分だ。あなたではない。

30年前の事件だってあなたは自分が出来る最大限の努力をしてみせたはずだ。

それなのに…どうして…

そんな後悔を募らせるカイトに右京はもうひとつ語らなければならないことがあった。

それは人の心にあるものは決して闇だけではないということだ。
[newpage]



「ですがその話を聞いてこうも思いました。
彼らが助けてくれたのは人の心に闇が存在するのと同じくまた光も存在するはずだと…」


「光…?」


「そう、光です。人の心には闇が存在するのなら同時に光も存在します。」


確かに人の心は闇だけではない。そこには必ず光もある。

かつてカイト自身もその光を感じていた。

それは特命係に在籍中にこの相棒の杉下右京と何度も感じていたはず。

だがそれでも自分は心の闇に負けてしまった。これはどうしようもない事実だ。


「でも俺は…自分の心の闇に勝てなかった…だから…」


「確かに自分一人では解決できない闇がある。
ですがキミは一人ではない。
たとえ自分の内なる光だけでは無理でも
周りの人たちがキミの光を今でも照らしていますよ。」


「周りの人たち…?」


「恋人の悦子さん。彼女は病を克服してキミの帰りを待っています。
それに捜査一課の伊丹さんや芹沢さん、角田課長たちや米沢さん、花の里の幸子さん、
それからかつて特命係に在籍していた
亀山くんや神戸くんもキミが帰ってくることを心底待ち望んでいますよ。」


心の闇とは時として簡単にその心を飲み込むかもしれない。

それは自身の心の光だけで抗うことだって困難な時もある。

だがそんな時、周りにいる人たちが支えになってくれる。

カイトにはその人たちがいることを右京は伝えてみせた。



「それにキミのお父さんに……この僕もキミが帰ってくることを望んでいます。」


「カイトくん、キミは決して一人ではありません。
今、話したようにキミには支えてくれる人たちがいる。
それにかつての彼らも…
亡くなった小野田さんたちも僕たちの危機を救ってくれた。」


「だから改めて伝えたい。
かつてキミを助けてくれた彼らのため、
今もまたキミを信じて待ち続けている人たちのため、
今度こそ正しい道を歩んでください。それがキミに出来る唯一の償いです。」


それが右京の伝えたい言葉だった。

その直後に看守から面会時間の終了を促された。これで本日の面会は終了となった。

看守に付き添われて面会室を退室させられるカイト。

そんなカイトだが最後に一言、右京にこう伝えてみせた。


「杉下さん…ありがとうございました…」


その言葉を伝えると同時にカイトは退室した。

『ありがとう』

その言葉には右京と相棒を組んでからこの3年間、様々な想いが込められていた。

カイトから送られたこの言葉を胸に抱きながら

右京は先ほどカイトに見せたかつての写真をもう一度覗きながら思った。


「官房長、改めて僕たちの命を救ってくれたことを彼に代わってお礼を申し上げます。」


今はもうあの世にいるかつての仲間に礼を述べる右京。

特命係が作られてから30年近くが経過した。

あの時の生き残りは自分と石嶺小五郎のみ。

もう一人の生き残りだった萩原壮太も数年前に癌を発症して帰らぬ人となった。

彼らから託されたこの命、決して無駄にはしないと堅く誓ってみせた。



「ここまでで結構です。どうもありがとう。」


それから数時間後、職員に車椅子を押されて右京は拘置所の建物から出てきた。

外は先ほどの雨は上がったもののまだ天気は生憎の曇り空。

この分だとまた雨が降る可能性が高い。

そうなる前に携帯でタクシーでも呼ぼうと思った時だ。


「闇…ですか…」


ふと、先ほどのカイトとの会話を思い出した。

カイトがダークナイトとして活動するきっかけとなった心の中に宿っていた闇。

それは別にカイトだけが特別なわけではない。

誰もが心の中に闇を宿している。それはこの右京ですら例外ではなかった。


「闇とは…嫌なものですねぇ…」


職員が施設の方へ戻っていき、右京一人になった直後のことだ。

右京自身にほんの少しだけ嫌な思いが過ぎった。

それは不安や恐怖といった負の感情。

3年前の事件、あの時は相棒のカイトが居てくれた。

だからたとえ山村貞子という邪悪な敵が相手であろうと立ち向かうことができた。

だが今は一人孤独の身だ。

かつての相棒だった亀山薫と神戸尊は自らの元を去った。

それにカイトもこの拘置所に収監された。さらに先日の事件で負ったこの怪我。

孤独感とさらに傷の痛みが負の感情に拍車をかけていた。

これがカイトの言っていた心の闇ならば彼が容易く堕ちたのも肯けなくもない。

そう思っていた右京だが、そんな時に誰かが声をかけてきた。



「あら、杉下さんじゃありませんか。こんなところで奇遇ですね。」


それは元女性議員の片山雛子だ。

こんなところで彼女と鉢合わせするとは妙な偶然だ。

そんな雛子だがある少女を連れていた。

年齢は三歳ほどの白いワンピースを着た少女だ。

だが片山雛子はまだ独身。結婚したなどと聞いたことがない。

まさか隠し子ではと思わず勘繰ってしまった。


「一応説明しておきますけどこの子は遠縁の子です。
それでこの子の親が亡くなったので私が引き取ったので妙な誤解をなさらないでください。」


「失礼しました。そうですか。遠縁の子ですか…」


「そういえばまだ自己紹介していませんでしたね。
この子の名前は真砂子ちゃん。年齢は3歳とまだ子供ですがしっかり者なんです。
さあ、ご挨拶して。」


「はじめまして、まさこです。」


「こちらこそ、僕は杉下右京といいます。」


そんな中、挨拶を交わす右京と真砂子。

それにしてもこの少女…

何処となく雰囲気が誰かに似ている。

かつて救えなかった…あの井戸の女…山村貞子に…

それから握手をしようとした時だった。

右京の手を握ってきた真砂子がこんなことを告げた。



「おじさん、まっくらだね。まるで…いどのそこみたい…」


真っ暗だと…そんなことを言われた…

まるでこの年端もいかない幼気な少女に心の内を見透かされたような気分だ。

嫌な感じがした。自分の心が闇に染まっていく感じだ。


“孤独” “恐怖” “絶望” “嫉妬” “憎悪” “後悔” 


凡ゆる負の感情が右京の心を揺さぶった。

このままだと闇に引き込まれて二度と抜け出せないようなそんな気がした。


「右京さん、大丈夫ですか。」


そんな時だった。

誰かが自分の名前を気安く呼びながら背後に近づいてこの車椅子を引いた。

気になった右京が後ろを振り向くとそこには…



「冠城くん…キミはどうしてこちらへ…?」


「偶然…という言い訳は苦しいですよね。
まあ気になって後を尾けてきました。あ、お叱りは後ほどで…」


冠城亘、カイトがいなくなった後に現れた右京の元同居人。

この3月まで法務省のキャリア官僚だったが

青木年男が唯一の目撃者となった事件で捜査妨害を行ったことで法務省を退職。

その後は直属の上司だった日下部彌彦の計らいで晴れて正式に警視庁へ異動。

これまで特命係に配属された中ではかなり異色なキャリアの持ち主だ。


「だから言ったじゃないですか。
右京さんは先日の事件で怪我がまだ完治してないんだから付き添うって…」


「僕も申し上げたはずですよ。
今回はどうしても一人で行きたいから遠慮してほしいとね。」


「けどそうやって一人で秘密を抱えてると気になっちゃうじゃないですか。
いつも右京さんも言ってるでしょ。細かいことが気になるのが僕の悪い癖だってね。」


そんな軽快な軽口で右京の叱責を躱す冠城。

普段ならこのふざけた態度に少しは腹立だしく思えるが

今日に限ってはそれが何故か心地よく思えた。

それに気づけば先ほどまで心の中に渦巻いていた負の感情がなくなっていた。

まるで闇に一条の光が差し込んだが如く消し去られたみたいに…



「どうしました?まさか傷口が開いたんじゃ…」


「いえ、大丈夫ですよ。むしろそのお節介のおかげで助かりました。」


そんな礼を述べられて冠城は思わず首を傾げた。

先ほどカイトに伝えたあの言葉。

周りの人たちが光を照らしてくれると…

まさか自分が伝えた言葉が右京自身に招く結果になるとは妙な気分だが悪くはなかった。


「おじさん…さっきとはちがう…なんかひかりがもどってる…」


立ち直った右京に真砂子はそう述べた。

光を取り戻せたと…

まさか最初の頃はぞんざいに扱っていた冠城に救われるとは…

愚痴りながらも右京は満更でもない笑みを浮かべた。


「さあ、行きましょうか。帰りが遅いと角田課長に心配されますよ。」


「そうですね。その前にひとつだけよろしいでしょうか。」


それから右京は真砂子の前に近づき、この少女の瞳を覗き込んだ。

その目はまだ何物にも染められていない純粋なものだ。

まだ少女はこの世の汚れを知らないのだろう。

このまま何も知らない方が案外幸せなのかもしれない。

もしかしたら自分が考えていることは実に馬鹿らしいものだ。

だがそれでも敢えて伝えなければならないことがあった。



「真砂子ちゃん、キミに伝えたいことがあります。
その昔、貞子という女性がいました。彼女には不思議な力があった。」


「ですがそのことを忌み嫌われて貞子は悲惨な結末を辿ってしまった。」


「僕はそんな彼女を救いたかった。しかしそれは叶いませんでした。」


「結局、彼女は自らの心の闇に囚われ最後はその闇の中へと堕ちていった…」


3年前、井戸で貞子を助けられなかったことを悔やみながら語る右京。

もしもあの時、貞子を救うことが出来たらと何度も悔やんだ…

だからこそ目の前にいるこの少女に伝えておきたいことがあった。


「真砂子ちゃん、将来キミは自分のことについて悩むことがあるはずです。」


「ですがその時はどうか内なる心の闇に囚われないでほしい。」


「人の心には闇と同時に光もある。」


「あなたの心の光をどうか消さないでください。」


それは先ほどカイトにも伝えた言葉だった。

自らの心の闇に囚われないでほしいと…

しかし真砂子はこう尋ねた。


「けどそれでもダメだったらどうしたらいいの?」


それは悪意のない無邪気な質問だった。

もしも心の闇に囚われたらどうしたらいいのか?

そんな真砂子の質問に対して右京は冠城に車椅子を押されながらこう答えた。



「その時は僕たちを訪ねてください。」


「警視庁の暇人が集う陸の孤島、特命係。」


「そこで僕たちはいつでもお待ちしていますよ。」



End

これにてこのssは終わりです。

一応当時の内容にちょっとばかりダークナイトネタを入れてみました。

ちなみに何でこのネタを入れたのかというと実は相棒本編だと

カイトくんはこの時期にダークナイトとしての犯行に及んでいたからです。

それでひょっとしたらカイトくんが犯行に及んだ背景にはこんな出来事があったんじゃね的な展開でした。

あと最後に出てきた女の子は…まあ想像するにアレがコレになった的な感じです。

そんなわけでこれでようやく修正ができてほっと一安心です。

あと最後に何で右京さんが怪我してるのかというと
序盤とラストのシーンは今夜放送する映画の後日談的なお話だったからです。
それでは今夜の映画相棒Ⅳを見るまでの暇潰しにでもご覧下さい。

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