【モバマスSS】モバP「遺伝」 (17)

 ――今日、新しいアイドルの子が来ます。


 アシスタントを務める千川ちひろが、俺の出勤直後にそう告げた。この女はいつも事後承諾だ。そして今回は『候補生』の文字がない。どういうことか。


 ――その子は、複数のプロダクションでアイドルとして活動されていましたが、度々不幸なことが起きて、前のプロダクションが粉飾決算で倒産してしまったんです。


 それって不幸じゃねえじゃん。むしろ、あくは滅びたじゃねえか。幸運だな。


 ――彼女はこれで四社目なんです。


 ジャーニーウーマンもびっくりだわ。どんだけ渡り歩いてんだよ。その子は。


 ――十三歳です。


 もうツッコむのも付かれた。本人に会わせてくれ。


 応接間に行くと、ちょこんと座る一人の少女がいた。猫背で覇気がなくなんというか暗い。本当にアイドルやってたのか疑いたくなる。


 黒い髪を顔の輪郭まで伸ばした短い髪型。困り眉で目はぱっちりした幼い女の子だ。


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「名前は?」


「白菊ほたるです……」


 俺に届く前に消えてなくなりそうなか細い声で話す。ダメだ。彼女がアイドルやってきたイメージが付かない。


「前のプロダクションが無くなって、こちらに来たそうだね。大変だったね」


「いえ、それは私のせいです。私がたまたま持っていた書類が警察官の前で落として拾われて……」


 それは不幸なのか、せいなのか。ともかくそんなプロダクションじゃ、こき使われて使い捨てられて終わりだったんだから幸運じゃないかね。


「それじゃ、テストがしたい。三十分後にダンスとボーカルレッスンを行う。運動着、あるよね?」


「は、はい……」


 自信なさそうに頷くほたる。更衣室まで案内して終わったら、レッスンルームに通す。


「わあぁ……」


 ほたるの顔が初めてゆるんだ。なんだ、笑顔は年相応じゃないか。もしかしたら笑顔が出来ない子だと思っていたが、そう言うわけじゃなかったか。

「は、はい……」


 自信なさそうに頷くほたる。更衣室まで案内して終わったら、レッスンルームに通す。


「わあぁ……」


 ほたるの顔が初めてゆるんだ。なんだ、笑顔は年相応じゃないか。もしかしたら笑顔が出来ない子だと思っていたが、そう言うわけじゃなかったか。


「それじゃ、準備運動やっててくれ」


 もちろんこれもテストの一つだ。いくら本番の成績が良くても、準備を怠ける奴は落とす。アイドルも社会人と同じで、旬日が出来なければ本番はそれと同じかそれ以下のパフォーマンスしか出せない。それが俺のポリシーだ。


 あらかじめセットしていたカメラでほたるの様子を眺める。まずは柔軟運動を行い、ルームの周りを走り始めた。が、


「きゃっ!」


 足がもつれて転ぶのが三回。ジャージの裾を踏みつけて滑るのが二回。しかし、これでケガをしないのがすごい。普通捻挫してもいいはずだが。

 定刻通り三十分後にトレーナーが入室。まずはダンスレッスンとしてトレーナーのステップについて来れるかの確認。ミスは少しあったが、十分合格点だ。


 次はボーカルレッスン。発声練習から実際に課題曲を楽譜を見ながら歌ってもらった。


「いかがですか?プロデューサーさん?」


 隣でちひろが微笑みながら見ている。


「合格だ」


 レッスンルームに入り、ほたるに合格を告げ応接間で正式契約に入ろうとする。しかし、彼女の表情は晴れない。


「合格したくなかったのか?」


「いえ、そう言うわけじゃありません……。ただ、私がここに入ったら、ここも私の不運で無くなってしまうのではと思って……」


 ほたるの言葉に俺は鼻で笑う。


「うちは、清く健全なプロダクションだ。粉飾決算も怪しいこともしていない。キミは大船に乗った気持ちで一生懸命アイドル活動をしてくれればいい。俺たちが全力でサポートする」

 大抵のアイドルはこの言葉で納得してくれるのだが、ほたるは首を縦に振らない。


「そう言ってくれてたんです……。どこの社長さんもでも、私の不運が――」


「悪いが、その不運は遺伝なのか?」


「い、遺伝?」


「お前の両親、どっちかから受け継いだのか?」


「わ、分かり――」


 俺は超食い気味でほたるの言葉を遮った。この質問の答えなんてどうでもいい。


「んなわけあるか。お前の両親は幸運だ。お前がこうして五体満足で生きているのが何よりも証拠だ」


 ほたるは何かに気づいたらしく、少しだけ微笑んだ。


「そう言うことだ。七十億もいる中で一番平和な日本で生きているのは一億ちょっと。これでもかなり幸運で、アイドルが出来るくらい裕福な家庭で何不自由なく生活できたことを最高に幸せだと思え。当然のことが出来ない奴はこの世界じゃごまんといる。それを肝に銘じて日々生きろ。いいな?」

「は、はい……!」


 初めてほたるの大きな声を聞いた気がする。澄んだ声だ。


「良い声じゃないか。これから頼むぞ」


 ほたるにサインをしてもらい、無事契約完了となった。ほたるを帰してちひろと二人きりになった。


「かっこよかったですよ。『お前の不運は遺伝するのか?んなわけあるか』か。私も言ってもらいたいなあ」


「バカヤロ。冷やかすんじゃねえ。一生懸命やってる奴にはそれ相応に良いことが待ってなくちゃいけないんだよ」


「プロデューサーさんは意外とロマンチストなんですね」


「…勝手にしろ」

 俺は廊下に出て一人になる。間もなく桜の便りが届きそうな穏やかな陽気が俺を照らす。


 人はどこまで遺伝するのか。歳をとる度周りから言われる、親父に似てきた。という言葉。それは見た目だけなのか、それとも雰囲気や言動を含めてなのか。


 この問題の答えは分からないが、もう一つの答えはもう見えている。


 ――すぐに満開の花を咲かせて、報告しに行ってやるよ。だからもう少しだけ待っていてくれ。親父。


 俺は大きく息を吐いて部屋に戻った。

以上です。

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