ルビィ「終わった、その後」 (50)

自分が「できない子」なのだと気付いたのはずいぶん昔の事でした。

「黒澤」の次女という立場上、私は・・・ルビィは、ランドセルを背負う前から多くの習い事に励んでいました。

舞踊、茶、琴、習字、また礼儀作法にまで至る色んな事。

先生は誰もが、その道を専門として、誇りを持ち、人生を捧げていた人たち。

そんな人たちの貴重な一日数時間を、どうしてルビィなんかに費やしていたんだろう。今更言っても仕方ないけど。

始めた頃はどれもが新鮮で、舞の動作一つ覚えるだけで物凄い達成感に包まれたし、「くろさわるびぃ」を初めて書けたときは嬉しくてたまらなかった。

でも、ルビィが喜んでも先生方は喜びませんでした。最初に思い浮かぶのは、疲れと呆れの入り混じった、そんな顔ばっかり。

そりゃそうだよね、お姉ちゃんは、見せて、話して、間違いを正して、そしてそれを繰り返して、そんなことする必要無かったんだから。

ルビィは、だって、私と先生しかいなかったから、自分が「できない」子だなんて思わなかった。考えもしなかった。だから怖かった。

会う毎に表情の消えていく顔が。感情の無くなっていく声が。かと思えばふと爆発するその度に、ルビィは自分が小さくなっていくような気がしました。

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理由を知ったのは風邪を引いたある日。

いつもより静かな私室まで流れ込んだ音に引かれ、ふらふらとたどり着いたのは、今日は使わないはずの離れ部屋。

そこまで来て初めて、耳に触る心地良い旋律が、いつもヘロヘロ鳴らしている弦楽器によるものだと気付きました。


ダイヤ「~♪」


箏に向かう凛とした姿勢。落ち着いた佇まい。響きに合わせて移ろう指。

そして何より、これだけの演奏をしながら辛さの一つも見られない楽し気な顔。

ルビィはやっとわかりました。先生が求めていたのはこれだったんだと。

あの人たちは、弦を弾く度に強弱も高低もバラバラになるような小娘のお守りをするためにいるわけじゃないんだと。

なんて、当時のルビィにそこまできれいなネガティブシンキングはできませんでしたけど。

目と耳を通ってどんな言葉よりも強烈にぶつけられる理想像。キラキラしたもの。黒澤ダイヤ。

ダイヤ「・・・? っ!?ルビィ!」

ルビィ「あ・・・」

ダイヤ「何をしているの!寝てないとダメじゃない!」


身を隠そうともせずに棒立ちになっていたルビィに気付き、お姉ちゃんが目の前まで来ても、動けませんでした。

気遣いと叱責の入り混じった言葉も通り抜け、ルビィの中に反響していたのはあの音色。

胸が苦しくなり、手を引かれて踏み出す足の一歩一歩が重かったのは、決して熱だけのせいではなかったと思います。

やがて義務教育が始まり、畳敷きの座敷ではなく、鉄筋コンクリートとシート張りの教室へ。

授業中も、食事中も、正座を強要されないことにびっくりしました。

国語も算数も全部同じ先生が教えてくれることにびっくりしました。

何より、誰かが答えを間違えても怒られないことが信じられませんでした。

でも家に帰ると、またあの息の詰まる時間がやって来ます。

ルビィなりに上達はしていたんだと思います。たぶん。一度も褒められなかったけど。

先を行くお姉ちゃんとの間は、きっと年齢の三倍以上の差が広がっていて。

学校へ行っても、みんなと同じ教室にいても、ルビィはどこかに浮かんでいるような気持ちでした。

なんでみんなと違うんだろう。なんでお姉ちゃんと違うんだろう。

お腹に溜まった粘っこい何かの吐き出し方も分からず、陰気なルビィと先生たちの日々が終わったのは、高学年に入った年の冬。

その日の先生は、比較的若い男の人。有望株として期待されていた書道家さんだったそうです。いつか、謝りにいかないと。

特別な何かがあったわけではありません。

いつもより少し大柄で、いつもより少し声の大きい人。ただ、それだけ。

でも、いつものように不揃いな文字を指摘する回数が両手で数えられなくなった辺りで、ルビィは部屋を飛び出していました。

家を抜け出し、道を駆け出し、ツリーの照明が煌めく街を彷徨い、それでも何かが追ってくる気がして、とにかく走り通しました。

いや、ルビィの癖によく頑張ったと思います。褒められたもんじゃないんですけど。

お母さん達が親不孝な娘を見つけたのは、陽の沈み切った内浦の海辺。

黒澤の面子に泥を塗ったルビィは、罪滅ぼしのように身体中を砂にまみれさせ、ポツンと座り込んでいました。

駆け寄り様にルビィを抱きしめたお母さんは、そんな必要無いのに謝罪の言葉の数々を温かいシャワーのように浴びせかけました。

「もういいの」というフレーズを何度も何度もかけられた時、ルビィは、ふと、何かを諦められたのだと思いました。

そして、自分自身は未だに諦めていなかったことに気付きました。

狂ったように泣き喚くルビィとお母さんは、今思えばちょっとした見世物だったと思います。ああ、夜で良かった。

ともかくそれからは、「勉強」の名目で先生たちが来ることは無くなりました。

ただ翌日、生徒を逃がしてしまったあの人は、わざわざ必要のない謝罪をするため、お屋敷までやって来て下さいました。

謝るのはルビィの方でした。それなのに、自室からあの大柄な体を見ただけで、ルビィの体は芋虫みたいに縮こまってしまう始末。

お姉ちゃんの胸に抱かれながら、情けなさよりも暖かさを感じてしまい、ルビィはやっと諦めが付きました。

中学生になったお姉ちゃんはあの風邪の日よりも更に輝いて見え、たぶん、これからもその光を増していくのでしょう。

だったら、お姉ちゃんがいればいい、私はキラキラしなくてもいい。

そう思ってしまえば、もうルビィを苦しめるものは何もありません。

ちょっとでもお姉ちゃんに近づきたくて伸ばした髪も切り落とし、今までとは違う自分に。

お姉ちゃんはずっと優しかったし、友達にもそこそこ恵まれ、親友もできました。

                                                             ―――ジッ

スクールアイドルにのめり込んだのもそれからです。ルビィとは違い、不安一つ見せず全力で輝きを放つ人たち。

                                                            ―――ジリリリリ

分相応に生きていこう。画面の向こうで踊る女の子たちに二人で沸きながら、そう決めました。

                                                          ―――ジリリリリリリリ!

胸の中で生まれた憧れに見ない振りをして―――

ジリリリリリリリリリリッ!!!

―――鬱陶しい夢は、そこで途切れました。

ぼんやり開いた瞼。最初に見えたのは、腕元で毎夜温もりを与えてくれる抱き枕。

ルビィは・・・私は、半覚醒の頭で鳴り響く騒音のもとを探して、視線をきょろきょろ。夢で見た私室よりさらにモノが増えています。

枕、天井、ぬいぐるみ、脱ぎ散らかした制服、好き勝手に散らばったティッシュ屑と、一しきり彷徨った後、すぐ後ろにあった目覚ましに手を伸ばす。

ここ一年は鳴る前から目覚めていたから、何だか夢のあの頃に戻った気分。

そう、夢と言えば。

ルビィ「・・・嫌な夢見たなあ」

昨晩はそこそこ心地よい眠りに就けたと思ったのですが、まさかもう忘れかけたあの頃の私の追体験をする羽目になるとは。

どうせなら、浦の星に入学した後の夢も見せてくれれば良かったのに。

誰に向ければ良いか分からぬクレームを、とりあえず腰回りの布団にぶつけて跳ね飛ばし、ぐいと背伸び一つ。

ルビィ「っ!」

その拍子か、昨日の大画面がフラッシュバックしました。

ルビィ「・・・あー」

言葉未満の声が漏れ、一泊置いてため息をついて。

ルビィ「終わっちゃったなあ」

もう一度しっかりと思い出す。うん、やっぱりあっちは夢じゃないですよね。



高校最後のラブライブ。私たちのグループは全国3位の結果に終わりました。

続きはそのうち

定刻通りに部屋を降りると、お茶の間の真ん中に陣取る座卓の傍らで、お母さんが振り返った。

黒澤母「おはよう、ルビィ」

ルビィ「うん、おはようお母さん」

ルビィ「・・・って、また見てる!」

黒澤母「いいじゃない、減るもんじゃなし」

ルビィ「えぇ・・・」

私から視線を戻した先には、座卓を挟んで部屋の対角線側に配置された液晶テレビ。

その四隅の向こうで踊っているのは、紛うことなく私たち。昨日の決勝のステージです。

私は一緒にライブを眺め・・・ようとして止めて、朝ごはんの盛り付けに取り掛かりました。

ルビィ「昨日の夜も散々見てたのに」

黒澤母「何度見ても良いものよ。大事な娘の晴れ舞台だもの」

そういえばAqoursの決勝も、お姉ちゃんを入れてそんな会話をしたような。

あの時は、私もお母さん陣営でチャンネル片手に再生しては巻戻してを繰り返してました。

ルビィ「お姉ちゃんは?」

東京の大学へ進学したお姉ちゃん。現在は春休みということで帰郷しています。

黒澤母「昨日から帰ってないわよ。お友達のところへ泊まると言っていたから」

昨日、アキバドームまで応援に来てくれたお姉ちゃんをはじめとする旧Aqoursの皆。

表彰式を終え、控室で一しきりの称賛を投げかけた後、卒業生達は余韻のままに打ち上げに向かいました。

学校のお金頼りで日帰り強制の私たちと違って、その辺のフットワークの軽さは大学生の特権なんだろうな。

黒澤母「こっちには帰ってきてるらしいわよ」

ルビィ「あ、そうなんだ。鞠莉さんとこかな?」

黒澤母「そこまでは聞いてないけど」

言いながら、お母さんは映像を巻戻しました。何度目なんだろう、これ。

私は私で、新聞を手に取り聞こえない振り続行。いや、だって恥ずかしいじゃん。

黒澤母「てっきり、もっと目を赤くして降りてくると思ったわ」

ルビィ「私が?」

黒澤母「他にいないじゃない」

ルビィ「ないって。3位だよ?十分じゃん」

黒澤母「でも、ずっと優勝するって言ってたでしょ」

ルビィ「・・・まあ、ね」

黒澤母「イジメてるわけじゃないのよ」

視線を俯く娘に戻したお母さんは、優しく包み込むような声で言いました。

黒澤母「悔しかったら、ちゃんと泣いた方がいいわ。ため込んでも、辛いだけ」

ルビィ「・・・」

いつかの事を言われているようで、少しだけ居心地が悪い。

姿見に映った起き抜けの顔を見て、すぐ証拠隠滅(洗面所)に走ったことが、結果として仇となりました。

これはいけない。話題を変えよう。

ルビィ「お父さんは?」

黒澤母「早くから出てますよ。最近、忙しくなってきたから」

ホッとしたような、ちょっとだけ寂しいような。

黒澤母「お父さんも30回は見てるわよ?」

すかさず入る援護ならぬ擁護射撃。何を、と聞くまでもありません。

ああ、そうだった。小5のあの日以来、お母さんは娘の気持ちに敏感になってるんだ。

黒澤母「立派なステージでしたよ」

ルビィ「・・・ありがとう」

やっぱり勝てないなあ。

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https://2ch.me/vikipedia/F9

お母さんとの少し長めの歓談を終え、朝食を済ませた後元気良く家を出たのが20分前。

思った以上の寒風に、家にコートを取りに帰ったのが18分前。

門前で出くわした近所の奥様に折り目正しくお辞儀+たわやかな挨拶(一応お嬢様なんです、私)を返したのが15分前。

通常ルートが工事で塞がっているのを目撃したのが12分前。

想定外のランニングの後、地元の中学生らと遭遇したのが7分前。

サイン+写真+握手といくつかの雑談を終えたのが2分前。

かくして、次のバスまで15分の待ち時間を獲得した私は、今小さな男の子を連れたお母さまと和やかな談笑に興じていました。

主婦「惜しかったわねえ~、でも、とても良かったわ」

ルビィ「ありがとうございます」

流石は全国的に長いブームを保つスクールアイドル活動。一見関わりのなさそうな奥様まで、私たちのことを知ってくれています。

主婦「貴女、確か一年の頃も決勝まで行ってたわよね。あのステージも素晴らしかったわ」

主婦「貴女、確か一年の頃も決勝まで行ってたわよね。あのステージも素晴らしかったわ」

ルビィ「え、そこまで知ってるんですか?ありがとうございます!」

ルビィ「あの時はお姉ちゃんと一緒に踊ったんです!」

主婦「ああ、あの、サファイアちゃん」

ルビィ「ダイヤです」

そんな感じの会話をしていると、ふとお腹の辺りから視線を感じました。

男の子「・・・」

小学校入学前くらいの男の子は私の赤い髪でも珍しいのか、何も言わずじっとこちらを見つめていました。

ルビィ「どうしたの?」

男の子「おかあさん」

主婦「え?」

男の子「この人、だれ?」

主婦「スクールアイドルよ」

男の子「すくーるあいどる?」

主婦「ええ、そう、テレビに出てたのよ。すごい人なの」

男の子「へー!」

ひどくざっくばらんな説明ですが、このくらいの子に分かるように言うなら、こんな感じなんだろうな。

男の子「お姉ちゃん!」

ルビィ「うん?」

男の子「何かやって!」

なんかやって?

ルビィ「えーっと・・・」

どうやらこの子は、スクールアイドルと芸人さんを同じ業界の人間だと勘違いしているようです。

息子の思わぬオファーに、さしもの奥様も何と言って良いか困惑している様子。

でも私は、落ち着いていました。

このような時、偉大なる先人からの有り難いプレゼント(持ちネタ)を頂いていました。一方的に。

ルビィ「ふぅ・・・」

一歩下がって深呼吸。今から何かが起こるという雰囲気に男の子が固唾を飲んだような気がしました。

手のポージングを決めて、準備完了。

ルビィ「・・・にっこにっこにー!」

練習の甲斐あって、我ながら相当なクオリティに仕上げたつもりです。

宇宙No.1アイドルの必殺奥義に、さしものご子息もたちまち満面の笑顔を―――

男の子「・・・?」

あれ?あ、あんまり効いてない?

うそでしょ、ルビィ高校生上がるまではこれやってもらっただけですぐ泣きやんだのに・・・!

主婦「おおー!にこにー、にこにーよ!」

焦る私にも息子のノーリアクションにも気付かず、手を叩き年甲斐もなくはしゃいでいるご婦人。いや、あなたに喜ばれても。

ルビィ「あっ」

そっか、矢澤にこさんがスクールアイドルやってたのはもう6、7年前。

そんな昔では、この子が生まれていたとしても、にこにーの奥義とゴリラの威嚇行為の区別すらつかないのでしょう。

困りました。困りました。困りました。

「にっこにっこにー!」を封じられてしまった今、私にできるのは「がんばルビィ!」か「ふんばルビィ!」の二択のみ。

しかし去年、クラスのクリスマス会で前者を披露した際、隣の席のA田さん(仮名)から

A田「それが許されるのはギリ中学生まででしょ・・・」

と、手遅れな忠言を賜って以来、この技は封印していました。

正直私もこれが今の情勢をひっくり返す核ミサイル足りえるとは思えません。

つまり、万事休す。

どうしよう、いっそのこと身体能力に物を言わせてロンダートからのバク転でもやって誤魔化そうかと思いましたが、ここは往来の一般歩道。

下もざらざらで怪我の危険もある上、関係各位への体裁もあります。あとスカート。

男の子「・・・お姉ちゃーん?」

彼のクライアントは未だ演者への期待を損なわず、まなざしを向け続けています。

とにかく自分が情けなくなっていく感覚に囚われながら、私は側頭部にくっつけた手を戻すのも忘れ、必死に記憶を辿っていました。

何か、何か、なにか!

数瞬の間に18年と半年弱の人生をフローバックした後、結局見つかったのは比較的新しい記憶の一筋。

これなら、フレッシュさと分かりやすさ共に充分のはず!

駄目だったらお菓子でも買ってあげようと思いました。

ルビィ「ふぅー・・・・・・・・・」

無我の構えでさっきの三倍の深さの深呼吸。空気を察した少年とお母さま(ていうか助けてよ)は、もう一度静寂に身を委ねました。

いざ。

ルビィ「シャイニー☆」

とびっきりのウインクと、目元に添えたピースサイン。

男の子「おおー!マリーだ!」

今はイタリアで大学二年生をやっている小原鞠莉ちゃん。

跡目候補として日夜勉学に励む彼女は、忙しい日々の傍らで、なんと小原グループの広告塔としての役割までこなしているんです。

幸い容姿はお墨付きですし、観衆に物怖じしない鞠莉ちゃんは、番組合間の各15秒、荘厳なホテル映像のラストで、

よろしくついでにこのポーズを毎回披露していました。

これがお茶の間に受けたようで、流行語大賞の候補にまで上り詰めたとか。

ともかくこれには男の子も満足したようで、しばらく「シャイニー!シャイニー!」と大喜びの大騒ぎでした。

持つべきものは金銭感覚の狂った先輩ですよね、なんて思いながら、私は年長者の威厳を損なわず済んだことに胸をなで下ろすのでした。

主婦「シャイニー!シャイニーよ!」

だからさぁ。

またそのうち

男の子「ばいばーい!」

満足気な母子に右手で返し、下ろす流れそのままに左手首を見た後、壁のような背広の横から時刻表を確かめました。

そっけない書体で並ぶ単位抜けの数字の羅列。間違えの無いよう目を凝らしますが、どうやらバスは若干遅れてるみたい。

もう一度腕時計を確認し、妙な寂しさがぶり返した私は、けれど気付かないように空を見上げました。

その隅に映った古い電柱。そこから垂れ下がる線の一つに、二羽のカラスがのんびり日光浴でもするかのように乗っかっていました。

他に見るものもなかった私は、なんとなく目を離さずに観察を続けます。

ゴミ捨て場のないこの通りでは、満足できるような朝食にはありつけないんじゃないかな。

あえてここに留まっているということは、食後の小休止か、それとも私たちの地球に優しくない行為でも期待しているのか。

何してるのかな。

どこ見てるのかな。

会話とかしないのかな。


やあやあおはようカラ子さん。今日もいい天気だね。

おはようカラ太くん。あなたはいつも元気そうね。

そう言う君は元気がないね、いいミミズでも見つからなかったのかい?

そうね。でも今朝は新鮮なネズミが転がっていたから、お腹いっぱいよ。

それなら何かあったのかい?群れのカラ恵さんと喧嘩でもした?

ううん。カラ恵ちゃんは今リーダーのカラ助さんとマイホーム作りの真っ最中よ。すごく幸せそう。

ああ、そう言えば良いハンガーが見つかって喜んでいたね。うらやましいなあ。

ええ。

じゃあ、何があったんだい?残念だけど僕にはわからないや。

実はね、昨日のクロ―アイドル決勝戦で、ライバルのカラ亞ちゃんに負けてしまって―――

ルビィ「いやいやいや」

頭を振って首ほぐし、荒唐無稽な想像を振り飛ばしました。

ブーーーーー

上出来すぎるタイミング。動き出した列に混じり、ようやく現れたバスに乗り込むのでした。

花丸「ちゃんと眠れたずら?」

ごとんごとん。がったんごっとん。

大小不規則なリズムで揺れながら、今日もスーツや制服姿をたくさん飲み込んでひた走る路線バス。

一駅すぎて乗車し、座席争いにも参加できなかった花丸ちゃんは、運転席付近のつかみ棒に左半身を押し付けながら言いました。

ルビィ「え、いきなりどうしたの」

花丸「だってルビィちゃん、昨日電車の中で泣きっぱなしだったし」

ルビィ「あーあーあー!」

花丸「皆で晩ごはん食べてる間もグズッてたし」

ルビィ「さ、最初だけだよ、最後の方は普通にしてたもん」

花丸「ああ、デザートのケーキ食べてる間は嬉しそうだったずら」

ルビィ「いじめないでよぉ・・・」

結局就寝前にもう1セット泣きはらしたんだけど、言いたくないなあ。

でも、花丸ちゃんは今の会話だけで伝わっちゃうんだろうな。

私の自慢の親友は、私の事なら何でもわかっちゃう子なんです。

花丸「いや、何でもはわからないずら」

ほら。

花丸「まあ、そんなに心配はしてないんだけど」

花丸「ルビィちゃんがこの3年間頑張った証なんだから、恥ずかしがること無いと思うよ」

花丸「仏さまだってそう言うんじゃないかな」

お寺の娘さんはそれらしく付け足しました。

ルビィ「ほんと?」

花丸「うん、笑ったりするやつには罰が当たるずら」

ルビィ「花丸ちゃん・・・」

花丸「一年生たちは引き気味だったけどね」

ルビィ「いじめないでよぉ!」

ルビィ「花丸ちゃんだって一緒に泣いてた癖に・・・」

花丸「いやいや黒澤さんほどでは」

ちくしょうめ。

花丸「でもまあ」

花丸「三年間通して全国行けたマルはやり切ったって実感があるよ」

一息で吐き出した言葉に、強がりのようなものは感じられなかったと思います。

だから、その後に続く問いが少し怖かったけど。

花丸「ルビィちゃんは違うの?この3年間に胸を張れないの?」

あの頃のように、「ルビィなんか」って思ってる?

ルビィ「ううん、やり切った。私は、自分にできる精一杯で走り切った」

あの1年間と、この2年間で。

ルビィ「・・・と思いたいなぁ」

花丸「ふふっ」

花丸「ルビィちゃんはきっと、人より頑張った分、目標に届かなかったことを呑み込むのに時間がかかってるだけ」

花丸「でも、もうすこし時間が立てば、受け入れられるはず」

花丸「千歌ちゃんだってそうだったでしょ?」

1年前、すべてが終わった後の先輩達の姿は、まだくっきりと記憶に残っています。

花丸「ルビィちゃんもそう。凄く強く、大人になった」

花丸「『ルビィ』って、自分で言わなくなったもんね」

ルビィ「う・・・ぐ」

「うゆ」と言いかけて軌道修正。うん、18歳だもんね。

花丸「マルも18歳ずら」

親友は、私の事なら何でもお見通しなんです。

B子「おはよー」

少ししてから、この二年間の友人が現れました。

B子ちゃん(仮名)は、二年生の時に編入した先で出会った先住者、つまりは、同じスクールアイドル部の仲間です。

彼女はいよいよ人口密度が大変なことになってきた車内を慣れた動作で割り進み、花丸ちゃんの真横に着けました。

ルビィ「おはよー」

花丸「ずら」

長らく落としていた視線を上げた花丸ちゃんは、しかし真横に水平の高さまでスライドさせた後、またも手元の書物に戻してしまいました。

そうです。実は花丸ちゃん、私と最初に挨拶を交わした以降は、一度として顔を上げていないのです。

首痛くなんないのかなとも思いますが、彼女にはそうせざるを得ない逼迫した事情があります。

B子「あれ?あんたら今日はこのバスなんだ。どうしたの?」

ルビィ「トラブル」

花丸「寝坊」

B子「なにやってんの」

B子ちゃんが10分前の私と同じことを言いました。

花丸「うるせえずら。むしろあの後帰って机に向かった私は褒められるべき」

B子「うーっわ・・・進路決まってないやつは辛いわぁ」

これ善子ちゃんが言ってたら足踏まれるだろうなあ。

花丸「ふん!」

B子「っだぁぃ!」

あ、踏むんだ。

私が言うのもなんだけど、打ち解けたもんだね。

とかしみじみしてる場合じゃないよね。明らか機嫌悪くなってるし、花丸さん(取り扱い注意)。

ルビィ「は、花丸ちゃんなら大丈夫だよ!私より頭いいんだしさ、力さえ出しきれればだいじょうぶ!」

花丸「前期、万全の状態で挑んだんだけど、なんで私落ちたのルビィちゃん」

しょせんは黒澤ルビィ。覆しようのない現実には返す言葉もありませんでした。

一方、よほどの衝撃だったのか、いまだアイドルにあるまじき顔で悶えているB子ちゃんは、なおも懲りずに言いました。

B子「っ痛”うう・・・てか、今更単語帳なんて見て意味あんの?」

花丸「なんか読んでないと落ち着かないずら」

ルビィ「ああ、それ精神安定剤だったんだ。さすが花丸ちゃん」

花丸「さすが?さすがって何が?」

ルビィ「ごめんなさい適当言いました。顔近づけないでください花丸さん」

目つきが怪しいのは、寝不足のせいじゃないよね。ごめんなさい。

B子「まあいいや。聞いて聞いて」

花丸「まあいいや?」

B子「私さっき他所の学校の子にサインねだられちゃった!」

ルビィ「あ、私も」

花丸「私も」

B子「・・・あぁそう」

ルビィ「ちなみに私は1年の頃から!」

花丸「マルも!」

B子「・・・あぁ、そう」

花丸「どうせ善子ちゃんもだから、無駄に自慢とかしても恥かくだけずら」

ルビィ「言葉選んで」

B子「善子は別に良いわよ、なんか痛い子ばっかだし」

ルビィ「言葉選んで」

それは、いよいよ堕天使キャラに羞恥心が勝ってきた善子ちゃんの、大きな悩みの種なんだから。

すっかりしょげてしまったB子ちゃんは、いつものように部活やスイーツや勉強の事をつぶやく作業に入りました。

B子「あ、理亞ちゃんつぶやいてる」

ルビィ「っ・・・なんて?」

B子「応援して下さった皆様へ、だって」

つり革を支えにB子ちゃん側へ重心を寄せると、確かに前述の書き出しに始まるお礼の言葉が並んでいました。

今でも初対面の人と愛想のいい会話ができない、なんて悩み(というか愚痴)を聞いたのはまだ記憶に新しいのですが、

彼女は顔の見えない不特定多数になら、こうしてどこに出しても恥ずかしくない挨拶ができるのです。

敬愛する姉様のように。

B子「うへぇ、優勝するとこんなこともしなきゃいけないんだ」

花丸「未来ずらぁ~」

ルビィ「花丸ちゃん?私たちもやったよ?鞠莉ちゃんとお姉ちゃんが書いてるの見たよね?」

B子「あんたらが優勝したって、たまに信じられなくなる時があるわ」

がたんごとん、がたがたがったん。キィーーーッ

この2年で歩き慣れた通学路、更に浦の星のそれよりやや広い校門を抜けた先、見上げた校舎には、出立前とは一つの違いがありました。

B子「・・・仕事早くない?」

ルビィ「・・・うん」

『祝 スクールアイドル部 全国大会3位入賞』

文字だけでは飽き足らず、校章や私たちのロゴマークまでセンス良く散りばめられたこだわり。

横断幕制作の方は存じ上げませんが、よっぽど学校か、ないし私たちがお気に入りでいらっしゃるのでしょう。その両方か。

想像以上に気合の入った出来栄えに、見上げる私たち3人は喜ぶ前に呆然としていました。

花丸「・・・ブツブツ」

見上げてない人がいました。

ルビィ「花丸ちゃん、ほら前、ほら上」

あと、危ないから下向いて歩かないで。

花丸「ブツブツブツブツ」

いよいよやばいわこれ。誰か助けて。

ルビィ「・・・ってあれっ!?いないし!」

気が付けば別クラスの彼女は消え、いつの間にか私と花丸ちゃん改めラブライブ開催スケジュールの被害者だけが残されていましたとさ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

なんとか花丸ちゃんを正気に戻した後、犬の散歩みたいに袖を引きながら私たちのクラスへ。

ちなみに「なんとか」について説明すると。


ルビィ「花丸ちゃんこれ、のっぽパンあげる」

花丸「っずらぁ!」


はい終わり。


女生徒1「ルビィちゃんおはよー!昨日かっこ良かった!」

女生徒2「花丸ちゃんもおはよ・・・なにやってんの?」

男生徒「うぃーす黒澤。なんで国木田の介護してんの?」

見知った顔におはようとお礼と説明を返しながら、やっとの事で花丸ちゃんの席までたどり着きました。

花丸「ありがとルビィちゃん」

途端花丸ちゃんは、着席とノートの取り出しをほぼ同時に済ませ、記憶のおさらいモードに入ってしまいました。

受験生の鑑。皆に見習わせたくなる程の姿勢ですが、その鬼気の迫り様には感心よりも不安が先立ってきてしまいます。

ルビィ「・・・ねぇ、実際どうなの?」

花丸「やばい」

ルビィ「わぁ」

躊躇いがちの質問にノータイムの返答。

私は教室内をぐるりと見渡し、席の主が現在この場にいないことを確認した後、花丸ちゃんに向かい合う形で座りました。

ルビィ「なにか私ができること無いかな?」

花丸「うーん・・・」

今度は即答ではありませんでしたが、

花丸「ないかなぁ」

声色だけで感情を伝える微妙に器用な事をしながら、やはり花丸ちゃんの手は止まりませんでした。

そうは言っても、私にも「そっか、じゃあ頑張って」とは言いづらい事情があります。

花丸「ルビィちゃんが気に病むことは何にもないよ」

ルビィ「花丸ちゃん、エスパー?」

花丸「ちがう」

どこまでが計算なのか、ちょうど紙面上にピリオドが打たれて。

花丸「推薦じゃなくて一般にしたのは、マルの意思だから」

ルビィ「そうなんだけどさ、夏も秋も相当フォローしてもらったし」

花丸「じゃあ、マルはステップの練習に付き合ってもらったからおあいこずら」

本当、敵わないなあ。

ルビィ「・・・こう見透かされてばっかりだと、自信なくしちゃうよ」

花丸「そもそも、ルビィちゃんに隠し事は無理ずら」

ルビィ「うぎゅぅ」

軌道修正、失敗。邪魔にならない範囲に突っ伏しました。

花丸「褒めてるよ?」

ルビィ「ていうか、また私がフォローされちゃってるし!」

花丸「あははっ」

まあ、花丸ちゃんが少しはリラックスしてくれたならいっか。

花丸「大体、進路に関してはマルより先生の方がよっぽど詳しいんだから、十分相談した結果なら・・・」

硬直。

ルビィ「?どうし―――」

花丸「ぁああっ!」

ルビィ「きゃ!?」

突如立ち上がった花丸ちゃん。私の眼前で潰れていた双丘が、つられて張り出しました。

そういえば言っていませんでしたが、・・・ていうか触れたくなかったんですが、この二年、花丸ちゃんは凄いことになりました。

二次性徴終わって無かったんかい、と言いたくなるほど縦にぐいんと伸び、さらに例の箇所もつられてばいんと膨らみました。そのままにしとけよ。

もはや縮める気が失せるほどの差。物理的にも精神的にも見上げる存在となった私の親友は、いまちょっとだけ、ジェラシーの対象でした。

花丸「忘れてた!」

叫ぶ花丸さん。ああ、そういえばそんな流れでしたね。

ルビィ「どうしたの?」

花丸「採点してもらった模擬試験、職員室取りに来るよう言われてたの忘れてた!」

ルビィ「あー」

ぐるんと振り返って時計確認。

ルビィ「まだ時間あるし、今から行ってきたらどうかな?」

花丸「うん!ルビィちゃん、あとはよろしく!」

ルビィ「えっ何を?」

よっぽど切羽詰まっていたのか、意味不明な依頼を残して返事も聞かずに去っていく花丸ちゃん。

ルビィ「・・・」

とりあえず「よろしく」の指示先を探して、主のいなくなった机に残る赤本・・・の横の、食べかけのっぽパンを一つまみ。

もぐもぐ。もぐもぐ。

うーん、やっぱりこの味だよねえ。

もぐもぐ。もぐもぐ。

ごっくん。

ルビィ「あっ、鞄置かないと」

A田「おはよう、今日はゆったりだったね」

ルビィ「ゆったり、って感じではなかったなぁ」

一連のハラハラとヒヤヒヤを思い返し、そう結論。

A田「そうなの?ってか、今日は来ないのかと思ってた」

私たちの学校では、3月を過ぎた今はとっくに自由登校となっています。この時間になってもまばらに空いた席が見られるのは、そういう理由。

ルビィ「やる事終わってハイさようなら、って印象悪くないかな?」

A田「ああ、あんた一応お嬢だっけ」

ルビィ「・・・人に言われると傷つくなあ」

それに、後輩の子たちの練習にも顔出しときたいしね。

そんな事を思いながらもう一人のスクールアイドル部員を探してみますが、見当たりませんでした。

ルビィ「ねぇ、善子ちゃんは―――」

ガラッ!

言葉を止めた私とA田さんは、音の発生源に目を向けました。

その先では堕天使Y、もとい堕天使ヨハネ、もとい津島善子ちゃんがなにやら真剣な顔つきで開いた入口扉の前に立ち止まっていました。

善子「・・・」

教室の私たちをゆらりと眺めてから、ようやく善子ちゃんは教室内へ足を踏み入れました。

ですが、いつものように私の前の席へ座ることなく、その足は今無人の教壇へ。

普段なら声をかけに行く男子たち(堕天使Yは特に男子ウケが良い様でした)も異様な雰囲気に呑まれたのか、ただ見つめるばかり。

バン!

善子「親愛なる3-A(リトルデーモン)の皆、今日はヨハネからお話があります」

教卓を一つ叩いて口を切る善子ちゃんの目は、微妙に赤く血走っているように見えます。なんだろう、寝てないのかな。

善子「昨日、私たちのグループはあの魔都の聖地にて漆黒の閃光を放ち、その輝きは全国のリトルデーモンの網膜を通り抜け魂にまで刻まれたわ」

善子「サンクチュアリに遍く好敵手たちを打ち破った、あれほどの輝きは、私たちだけでは為しえなかったもの」

男子生徒「いや、3位じゃん」

やかましいわ。

善子「やかましい!・・・えーと、あの狂宴に参加してくれた皆と、この地で応援してくれた皆の力あってこそ、あの結果を残せたの」

善子「ありがとう、部を代表して礼を言うわ」

ルビィ「いや、代表私」

多分聞こえたはずなんですが、無視することにしたらしい平部員Y子は、こっちを見ずに続けました。

善子「そして、私・・・じゃないヨハネにも、一つの転機が訪れたわ」

ん?と思ったのは私だけじゃなかったようです。

善子「あの狂宴はこの地上と天界の境界を穿ち、神々の黙示録をも塗り替え、神域すら闇に照らしたわ」

善子「その功績を認められ、昨夜、ヨハネに天啓が降りました」

善子「・・・太古の罪を赦す、と」

ああ、そこまで聞いて、私にも漸くこの演説の意味が分かりました。

善子「かつてヨハネは、その美しさを罪ととらえた神々から、彼の地を追放される罰を与えられました」

それは、昔何かで聞かされることになった堕天使の誕生秘話。

そして、私と花丸ちゃんは、彼女がそう考えるようになった訳も知っています。

善子「永久に解かれることのない罰・・・そのはずだった」

善子「彼らの翻意を促したのは何か・・・もう、言わなくても分かるわよね」

バン!

テンションが上がってきたらしい善子ちゃんは、思わず教卓にもう一度両手を打ち付けました。

でもそれがいけなかったんでしょうか。あるいは天界の神々とやらがお灸でも据えたのか。

教卓に立て掛けてあった箒が振動で倒れ、それを抑えようとした女子生徒が身を乗り上げ、その拍子に落としてしまったペットボトル。

コロコロと転がった先の入り口には、ちょうど掃除でもしてきたのか私たちの学級委員がバケツを持って現れました。

学級委員「わっ!」

踏んづけて姿勢を崩す学級委員、もはやここまででどんな確率だって話ですが、さらに手を離れる空バケツ。

天井スレスレに山なりの軌道を描き、とどめとばかりにピークへ差し掛かる弁者の頭上へ―――

善子「そう、あのステージを通じて、奴らにヨハネの煌めきを―――ぶわっ!?」

バケツを上から被り、その煌めきと視界が覆われてしまった堕天使・・・いや元堕天使ヨハネ。

ああ・・・ホントに呪われてるなあ善子ちゃん。

善子「~~~~~~~~っ!」

思いっきり水を差された善子ちゃんは、頭部を襲った古典的なピタゴラスイッチを勢いよく外し、そのまま教卓に乗せました。

手鏡を最前席の女生徒に借りて前髪を整え、学級委員の謝罪を手で制し、一つ咳払い。

善子「おほん!・・・えー、と・に・か・く!」

代わりにバンバンとバケツを叩きながら、善子ちゃんは宣言しました。

善子「津島善子は、普通の女の子に戻ります!」

クラスメイト「・・・」

一瞬の静寂。

クラスメイト「・・・わぁああああ!」

直後、拍手とともに湧き上がる3-A(リトルデーモン)。YOHANEコールが鳴り響きました。

編入以来、突如現れた堕天使をそこそこに受け入れてくれた彼らは、いま、彼女の新たなる門出も暖かく迎えてくれました。

善子「だから、もう善子!」

今日から真逆となった抗議。けれど、嬉しさが隠しきれていません。

結局数えるほどしたヨハネと呼ばなかった私も、何だか不思議な感慨に浸っていました。

きっと、これは善子ちゃんなりのけじめだから。

不幸に苛まれる少女が、身を守る虚構に別れを告げ、自身を受け入れて生きていけるようになった証だから。

一際強く手を叩きながら、そう思いました。

善子「これでモテモテリア充の仲間入りね!」

ルビィ「台無しだよっ!」

自分の席にやってくるなり、彼女はそう言いました。なんでオチを付けるかなあ・・・。

ルビィ「私の涙を返して・・・」

善子「いやアンタ泣いてないでしょ、教壇から見えてんのよ」

ルビィ「はぁ・・・」

じゃあ無視しないでよ、と突っ込む元気もなく、私は再び机と頬をくっつけました。

善子「あっ、ずら丸だ」

ルビィ「ん・・・」

頬を入れ替えて目だけ向ければ、目当ての答案を凝視しながらちょうど戻ってきた花丸ちゃん。

ああ、だから下向いて歩いたら危ないって言ってるのに。

善子「おっはよーずら丸ぅー!」

先月受験を終えた気楽な前期合格者は、よせばいいのに獰猛な受験の鬼の元へ。

善子「ねー陰気臭い顔してどうしたのよ?何か落としたの?それとも廊下で滑って転ん―――」

花丸「ふんっ!」

善子「ぐぉあ!」

机に向かう勢いそのままのヘッドバットで、女子力の低い声をあげながらうずくまる善子ちゃん。これは彼女が悪いと思います。

ルビィ「ああ花丸ちゃん、善子ちゃんが善子ちゃんに戻るんだって」

花丸「ふぅん、なんで今更」

適当な説明でも理解できてしまう花丸ちゃんは、私の事も善子ちゃんの事もよくわかっています。

善子「モテるためよ、決まってんでしょ!」

花丸「・・・」

とてつもなく無駄なことを聞いた、という顔をして、花丸ちゃんは席に戻りました。

ルビィ「ええと、善子ちゃんは好きな人とかいるの?」

善子「いないけど、機を伺ってたイケメン男子が告白とかしてくるかもしれないじゃない」

花丸「普通に戻った割には発言が同レベルずら」

善子「どういう意味よ!」

女生徒「ヨハネちゃん」

善子「善子よ!」

女生徒「あぁごめん・・・なんか廊下で二年の男子が呼んでたよ?」

ルビィ「えっ」

花丸「マジで?」

善子「きったあああああ!」

おでこの痛みも忘れて飛び起きる善子ちゃん。

善子「あとはよろしく!」

そしてまたもよろしくされてしまった私たち。この場合のよろしくと言うと―――

ルビィ「・・・祝えってこと?」

花丸「癪ずらぁ・・・」

二分後。

丸めたノートをメガホンに見立て、持参した水筒で超簡素なお祝いパーティの準備をしていた私と花丸ちゃんの元へ、主賓が現れました。

善子「ただいま・・・」

死にそうな顔をしながら。

さすがに想定外の様相に、顔を見合わせる私たち。

ルビィ「ええと、駆けつけ一杯?」

善子「ありがとう・・・」

使い方が合ってるのかよくわからない常套句で、テンションが180°変わっている善子ちゃんへお茶を手渡しました。

花丸「・・・何があったずら?」

善子「・・・ウロボロス」

花丸「は?」

善子「異端に導かれし片翼の天使よ、我が寝殿にて慈愛のウロボロスを育まん、って言われた」

ルビィ「わぁ」

言葉の意味はよく分かりませんが、善子ちゃんのテンションがガタ落ちした理由は判明。

花丸「とりあえず下ネタずら」

ルビィ「いらないよその解説は」

私たちは主賓に慰めの言葉をかけながら、この空気を救ってくれる救世主(イケメン)を待ちわびるのでした。

来なかったけど。

またそのうち

こういう文章はラ板には向いてないがしたらばで書くと割とレスもらえるぞ
まとめられないけど

そうなんか
流石にコメントの一つもなくてどうしたもんかと思ってたし
移動しようかな

ゆうて安価とかがあるわけでもないSSはそれなりの出来なら完結してからしかあんまりレス来ないような...
ラ板行くなら誘導欲しい

ルビィ「二年後」

んじゃ移ります
ついでにタイトル変更

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