塩見周子「小早川のお狐さん」 (108)


 モバマスより小早川紗枝と塩見周子のSSです。
 ファンタジー要素、独自解釈、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。

 某他作品のネタが多く含まれております。
 Pの出番はあんまりありません。

 主に地の文、合間に台本形式で進行します。


 ↓のSSと設定共通しています。よろしければこちらもどうぞ。
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/)


(わかりづらいので酉を付けました)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1510159749




「お狐さん」

「あら~寂しわぁ、名前で呼んでくれへんのやね、人間はん」

「狐ってのは、どこまで生きるものなん?」

「はぁ、ややこしい質問どすなぁ。はて、百か、二百か……うちもどこまで永らえるか、わからへんのよ」

「……そりゃまた、退屈そーで大変だねぇ」



   〇

 ちょっとした昔話をしよう。

 あたしが、まだ京都にいた頃のことだ。


 家に帰る時、あたしはよく遠回りをしていた。
 別に何か目的があるわけじゃない、っていうか目的が無いからそうする。

 あたしが生まれた京の街並みは、物心ついた時からほとんど変わることがなかった。
 まあ当然っちゃ当然だけど。千年の歴史を誇る古都が、小娘一人が生まれて十何年でそうホイホイ変わるかって話だし。

 だもんで、つまらなかったんだ。正直。

 変わらない街。変わらない人々。あっちこっちには百年単位で変わらない史跡。

 そりゃあ大変価値のあるモノなんだろうけども、物心ついた時から近くにいた身としては、ありがたみなんてさっぱり感じないわけで。
 あちこちの旅行者を、あたしはどっかしら冷めた目で見送ってた。いやー我ながら嫌な地元民だったね。


 日課の遠回りは、今にして思えば、そんな退屈への精一杯の抵抗だったんだろう。
 何か刺激は無いかなーってさ。家に帰り着いて日常に戻るまでの、せめてもの延命処置のつもりで。
 
 お狐さんと出会ったのは、そんなことを繰り返していた一年前の三月。

 五分咲きの桜が街を彩る、まだ肌寒い宵だった。


 出町桝形商店街を冷やかして河合橋を途中まで渡り、鴨川沿いに綻びつつある桜を見た。

 感想としては、まあフツー。

 きれーだなあ、あとどんくらいで満開だっけ、今日の晩ご飯何かな、おなかすいたーん――とまあ。
 そういう大変しゃらくさい気持ちのまんま、橋を渡り切ろうとしていた。

 そんな時、視界の果てにちらつく光を見た。

 桜色に反する銀光は、人の形をしていた。

 それにどうしてそこまで引き付けられたか、今考えてもよくわからない。
 遠くの光の色ほど信用ならないものは無いっていうのに。

 あたしは帰るのをやめて、鴨川沿いを下っていた。


 銀色の非日常は、そこにいた。


 その子は、桜並木の下をしずしず歩いていた。
 今どき珍しい、きっちりした着物。
 お人形さんみたいに小柄だけど、後ろから見てもその立ち居振る舞いは完璧で。
 

 風に揺れる銀の長い髪が、その子の現実感を更に薄れさせていた。


 揺れる川が彼女と桜を映し出している。
 水面に映るあっちとこっちの、どっちが現実なのかあたしは一瞬わからなくなった。

「ねえ」

 と、声をかけてしまった後で「しまった」と思った。
 何て言うのか決めてない。
 君、綺麗だね、とか? アホか。安いナンパ師でももっとマシな方便こけるわ。

 ゆっくり振り返る女の子の瞳は黒蜜のように深くて、あたしは思わず息を呑んだ。

 きっと何を言おうとしていても、その視線で全部吹き飛んじゃっただろう。


「あら、まあ――」

「あんたはんは、うちが見えてはりますの?」


 その一言で、ああ――と思った。

 この子は、この世のものじゃない。
 少なくとも、人界のものじゃないんだなぁ、って。


 初めてじゃないんだ、そういうのは。
 結構小さい頃から、人ならざるものの存在をあたしは知っている。

 それもまた京の日常だと思っていたけれど、目の前にいる子は、それを差し引いても浮世離れしていて。

「ああうん、見えてる――けど」
「まぁまぁ、眼のええお人もおるんどすなぁ。うちすっかり油断してしもうて」
「……うん、遠くからでもわかったから。でもそう言うってことは……」

「おおむね、あんたはんの考えてはる通りやと思います」

 話の最中に気付いたけど、この子が周りから見えてないんだったら、あたし一人がブツブツ言ってることになりやしないだろうか。
 人通りは少なくない。不審者扱いはごめんだった。

「どないしはりました? 急にきょろきょろしてもうて……」
「いや大したことじゃないんだけど。あたし、変じゃないかなって」
「はてぇ?」
「いやだって、普通は見えないんでしょ?」


 まああたしも人並みの女の子ではあるので、当然結構ワクワクしたりする。
 非日常の具現みたいなのが目の前にいたら、流石に冷静なまんまじゃいられないでしょ?

 幽霊か桜の精か、それとももっと大きな神仏の類か。そこらへんの可能性まであたしは考えちゃってた。

「場所、変えない? 色々聞きたい話もあるし。他の人に見えないんなら、どこか人通りの少ないとことか……」

 ああ。
 という風な顔をして、長い銀髪の女の子は、口元を隠して少し笑った。

「うそうそ、あれは嘘やて」

「は?」
「うちはなーんにも隠れてまへん。最初っからどなたはんにでも見えてますえ?」
「…………」
「こん♪」


 なんだこのやろう。

 というのが、小早川のお狐さんに対する、あたしの第一印象なのでした。


   〇

紗枝「あら周子はん、何見てはりますのん?」ヒョコッ

周子「ん~? ああ、実家から送られてきたアルバムだよー」

紗枝「どれどれ~? ……あらぁ、ちっこい周子はんもかいらしなぁ」

周子「せやろせやろー? ご近所でも評判の美少女だったからねぇ、シューコちゃんは」

紗枝「これでもうちぃっと慎み深いお人やったら、文句あらへんのやけどねぇ……」

周子「どっこいそうじゃないんだなぁ。残念でしたー」

 パラ パラ……

紗枝「人に歴史ありどすなぁ。このおかむろはんみたいな子ぉが、こないなってまうんやから」

周子「どないやねん。あたしはこれでも健全に育ってるつもりですけど?」

周子「……しかしまあ、こうして改めて見ると、ちょっと変な気分だわ。我ながらイメージ変わったなぁ」

紗枝「せやねぇ」ペラ


紗枝「昔の周子はんの髪。餡子様みたいに黒ぉて、きれぇやったもんなぁ」


周子「ん~~~……」

周子「あたしは今の髪も、結構気に入ってるけどねー。大福みたいで」

   〇


 京都には化け狐がいる。

 狸もいる。天狗もいる。天狗みたいな人間がいるって噂も風に聞いた。

 それ以外の魑魅魍魎悪鬼羅刹天神地祇も、見たり聞いたりしたことはないけど、京のことだから多分いる。

 けど、下鴨に堂々と馬鹿でかいお屋敷を構える狐なんてのは、あたしは想像だにもしなかった。
 なんとなれば、狐ってものは隠匿を是とするイキモノだと思ってたから。
 ここまで人間社会で大手を振ってるお狐様がいるとは、って。

 中学ん時以来の化け狸の友達はいるけど、狐と知り合ったのはこれが初めてということになる。


「――塩見の、周子はん、いうんどすなぁ」

「うち、小早川は紗枝いいます。これからも何度かお目にかかると思いますさかい、よろしゅうになぁ」


 そもそも何故あたしがその手の話に詳しいのかというと、実家が老舗の和菓子屋だからだ。

 和菓子は特別だ。
 一人や少数でスナック的に楽しむこともあれば、きっちり折り詰めにして人様に贈ることもできる。
 何かを詫びる時も、寿ぐ時も。気楽な時も改まった時も。古来から、人と人を繋ぐ重要な手段として機能してきたのだ。
 なにしろお殿様に向けた「山吹色の菓子」としても重宝されていたんだから――いや、これはちょっと違うか。

 で、あっちにもあっちの社会ってものがあって、やっぱり贈り物の定番といえば和菓子なのだった。
 いっつも妙ちくりんな酒で心身ともにぷかぷか浮いてるような連中も、餡子様を摂取したくなる時は必ず来るってこと。

 以上の次第で、昔からやってる和菓子屋には「人じゃない」常連さんも結構付いていたりして。
 なのであたしの両親や爺さま婆さま、もっと遠いご先祖様に至るまで、人外に対するそれなりの処世術を身に着けていたのだ。

 そこらへんを簡単にまとめると、以下のようになる。


 一つ、稲荷には手を出すなかれ。
 一つ、天狗だけは怒らすなかれ。
 一つ、狸はまあなんでもいいや。


 ――この「塩見家三訓」は三代前のご先祖の筆で記されて、今でも居間の額縁の中にある。


 稲荷には手を出すなかれ――
 とは、言ってもだ。


 結論から言うと、あたしの日常が劇的に変わるなんてことはなかった。

 もー全然さっぱり。普通も普通。塩見屋のシューコちゃん、今日も今日とて看板娘です。

「お~、ここの生八つ橋。お父はんがおいしいおいしい言うて食べてはりましたわぁ」
「また来たん。せっかくなんだからなんか買っていきなよ」
「買い食いなんてしてもうたら、えらいどやされてまうんよ~」

 小早川紗枝、というらしい。
 川の水面に映える、小さやかな紗(うすぎぬ)の枝――なるほど雅な名前だ。

 彼女はあれ以来、あたしの前にちょくちょく現れるようになっていた。
 で、それが日常生活に何かしら支障をきたすってことも全然なかった。


 お狐さんは妙な子だった。

 日本人形みたくちんまりしていて、あたしより年下にしか見えないけれど、たまにすごく年を重ねたようにも思える。
 飄々としているようでいて、たまにドキッとするような鋭いことを言ったりする。
 世間ズレしているように見えて好奇心旺盛で、街で面白そうなものを見つけたらあっちへふらふらこっちへふらふら。

 示し合わせて会うこともなく、互いの動きを追うこともなく。
 こっちとあっちのタイミングがかち合えば、他愛もない雑談や、ちょっとした散歩を共にするようなことがあった。

 それもまた普通の日常。

 けれど視界のどこかに、あの銀の長い髪を探すことは、あたしにとってそれなりの楽しみになっていた。

 どうにも妙に馬が合う。
 どうしてなのかはわからないけれど。


「人」
「人」
「狸」
「人」
「狸」
「狐」
「人」
「狸」
「おっ、激レア。天狗」
「――ほな、あの別嬪はんは?」
「人……ん? いや天狗? あれ、人? わかんない。パス」


「はぁ~、どえらいなぁ。九割当たりどすえ」
「そりゃどーも」

 あたしにとって清水寺は甘味を食べに来るくらいの場所だ。
 茶屋の縁台でわらび餅を頬張りながら、道行く人々の化けの皮当てゲームをすること小一時間。

 どうにもお狐さんに会ってから、「そういうの」を見抜く目に磨きがかかった気がする。
 昔からの慣れみたいな感じはあったんだけど、精度が上がったというか……。

 ま、上がったところでどうしたって話だけども。


 彼女はあたしの差し向かいで、きつねうどんを器用につるつる頂いている。
 買い食いがどうこうって話はどうした。

 かと思えば、半分ほど中身の残ったお鉢をそっと差し出してくる始末だ。

「お腹いっぱいになってもうた。人間はん、やっつけたっておくれやす」
「だからこんな半端な時間におうどんなんて……って、ご丁寧にお揚げだけ全部食べてるし」
「うちお揚げが欲しゅうてこれ頼んだんよ。おほほ」

 おほほじゃないっつーの。

「それにしても、京ってのはつくづく色んなモノがいるねぇ、まったく」
「今はすっかり平和や思いますえ。桓武や平城の御世は、それはもうえげつないもんやったと聞きます」

 森は減り、人は増え、夜の闇は薄まりゆく。
 まあ当たり前のことだ。京の歴史に寄り添う人外のモノは、そこから去るのではなく共存を選んだのだろう。

「今は平和かぁ。だよね、まぁ。平和が一番やね」
「お嫌どすか?」
「嫌じゃないよ、もちろん。でも――」

 まだ熱いうどんの麺をつるりと呑んで、あたしは言葉を切った。

「――いいや、なんでもない」


 面白きことは、良きことなり。


 これ、誰が言い出したんだっけ――まあともかく。
 京の風に乗って聞こえたこの言葉を、あたしは「難しいなぁ」と解釈していた。

 だって、言うは易しだ。
 変わらない日常の中から「面白きこと」を見つけるのは、それ自体がもう並大抵のことじゃない。
 
 日々を楽しむということは、それ自体が凄いエネルギーの要ることで。
 波風をずんずん立てて、平和をがんがん乱すような気概が無ければ到底出来ないことなのだ。

 だからこれを言ったのは凄い奴に違いなく、きっと人生を楽しむ達人で、ひょっとしたらとびきりの阿呆でもあったかもしれない。


 ――あたしはといえば、さっぱり。

 日常のぬるま湯に浸かったまま、そこから出ようともしなかった。

 生活圏に狐が一匹増えたことにだって、自分でも驚くくらい感慨が無かった。
 初対面のインパクトはどこへやら。
 蓋を開ければ京にはありふれた狐狸妖怪であって、古都の枠組みから外れるようなことは一つも無くて。

 慣れだ、要するに。
 生意気にも、ぜーんぶに慣れちゃってたんだな。

 平和は嫌じゃないけど、自分のそういう感情的な不感症には、少しだけ自己嫌悪だった。


   〇

紗枝「もう一年とちょいになるんどすなぁ」

周子「まだ一年なのかーって感じだけどね、あたしは」

紗枝「あらあら。一年で音ぇ上げとったらあきまへんえ? まだまだ、これからなんやから」

周子「はぁ~、人生って長い……。あたしの上がりはいつになるのやら」

紗枝「今からそないなこと気にしはるもんやありまへん。周子はんには、息災でいて貰わへんとなぁ」

周子「そっか。そうだよねぇ」

紗枝「そうどす。だって――」


紗枝「うちは、あんたはんを祟っとるんやから」


   〇

 一旦切ります。
 少し長いので、あとは順次投稿させて頂きます。


   〇

 踊る阿呆に見る阿呆。

 あたしは間違いなく後者で、それも冷めてるタチの悪い阿呆だった。

 けれどそんな手合いにも、浮世の波は寄せるもので。

   〇


「周子」

 正直びっくりした。

 うちの父さんは頑固一徹を絵に描いたような和菓子職人で、その寡黙さときたら地蔵もかくやのレベルだ。
 なので日々の雑談なんてものは全然しなくて、なんならあっちからあたしに話しかけてくること自体が珍しかった。

「な、なに?」
「最近、お前の周りでなんやおかしなことが起きたりしてへんか」

 質問の意図が全然わからない。
 おかしなことは、多分起きてる。

 お狐さんのこと。

 話すかどうかあたしは迷った。塩見家三訓、稲荷には手を出すな――もちろんこれを塩見家当代は厳粛に守っているだろう。
 けど少なくともあの子は無害だ。
 下手に話せばややこしいことになるかもしれない、そう思ったあたしは咄嗟に嘘をついた。

「うんにゃ、別に。平和そのものだよ」

 父さんはじっとあたしの目を見て、

「ならええ」

 とだけ言って、作業場に戻った。

 今にして思えば父さんは、あたしが何をしているのか、これから何が起ころうとしているのか、なんとなく察知してたのかもしれない。


   〇

「で、これをこう構えて」
「ほぉほぉ」
「狙いを定めて――こうっ!」

 ひゅかっ、と。

 放たれたダーツの先端は、あたしの狙いのちょっと右に突き立った。

「あっちゃ、惜しい。もうちょっとでダブルブルだったのにぃ」
「ほぉほぉほぉほぉほぉほぉ」

 あたしの右手と向こうの的を何度も見比べて、お狐さんは目を輝かせる。

「とまぁ、ダーツってのはこういうもんなんやけど……お気に召した?」

 こくこく頷く。

「やってみたい?」

 こくこくこくこくこく。

 そこまでされるとダメとは言えない。
 やってみ、と渡してみたのが運の尽きで、世紀の大暴投をフォローするのにあたしは大変な労力を使った。


 お狐さんはあたしを通して、色んな遊びを吸収しているようだった。

 まあ、はばかりながら現代っ子ですから。
 古風な小町娘にわからないような遊びが、この上も無く新鮮に見えたのかもしれない。

 ……狐の血って、献血してみたらどうなんのかな?

 という好奇心も出るには出たけど、流石に勧めるのはやめておいた。
 献血車を見るなり、お狐さんは脱兎の勢いで逃げ去っていったのだ。


 たとえばこんなこともあった。

 ダーツバーで息抜きしている時、大きなソファで雑誌を読んでいるあたしに、お狐さんがぽてぽて寄ってきた。
 貰ったダーツをしこたま外して機材に傷という傷をつけ、マスターに泣きつかれたその後のことだった。

「人間はん、何読んではるの?」
「ん、見る?」

 別に大層なもんじゃなくて、ロビーに積まれていた普通の芸能誌なんだけど。
 かわいいなぁって思いながら見ていたページを、お狐さんは食い入るように見つめた。


「……あいどる?」


「うん、アイドル。知ってる?」
「はぁ、聞いたことくらいは……。せやけど、どないなもんかはようわかりまへん」


 アイドルとは何ぞや、と改めて聞かれても、しっかりした定義なんてわかんないけど。

 知ってることを説明してみると、お狐さんはとりあえず納得したみたいだった。

「芸妓はんみたいなもんなんやねぇ」
「んー……まあ、そんな感じかな、大きく言えば」

 メディアに乗って商品を出して、と活動の幅は大きく広がることになるけど。
 そこらへんはまあ、業界の縁の下の力持ちが頑張ってくれているんだろう。

 紙面には、少し前にデビューしたという旬のアイドルの特集が載っていた。

 純情可憐、もぎたて天然。誰もが恋するキュートでフレッシュな女の子――

 という微妙に盛りすぎ感ある見出しにも、その子は全然負けてなかった。
 素朴な黒いショートカット、どこかおっとりした感じの大きな目、はにかむようないじらしい笑顔。
 こんな子この世にいるんだなぁ、と割と素で感心していたところだ。


「なんや、糺の森辺りにようおる阿呆に似てへん?」
「言い方。つか、アイドルの顔見ていきなり阿呆呼ばわりする人初めて見たわ」
「うち人やあらしまへんもの~。それに、かいらしいお顔やと思いますえ?」

 と言いつつ、ほうほう、あらあら、と興味津々のご様子。


 こういうこと言うのもなんだけど――と頭の中で前置きした上で、

「にしてもちょっと意外だわ」
「はてぇ? 何のことどすやろか?」
「いや。お狐さんもこーゆーの興味あるんだなーって。ダーツもだけど」

 んまっ。
 と、お狐さんは露骨に心外そうな顔をした。

「何を言わはるかと思えば……。当たり前やない。うちかて、今風のやんぐなんどすえ?」
「本当のヤングはそんなこと自分で言わんわ」
「もぉ、いけずなこと言うて。稲荷の娘かて霞を食んで仙術の鍛錬ばかりしとるわけやあらしまへん」

 雑誌の表紙を指でいじいじしながらむくれてみせる。
 ま、確かに、狐とはいえ人間社会に暮らしてるわけだから。
 そこの文化に興味を持つのは当然のことなのだろう。

「お父はんも言うんよ。あない俗なもんに浸り続けとったらあかんて」
「お父さんが……?」

 少し、気になった。


「お父さんってのは、厳しいの?」
「古風なおひとやから。化け術を磨け、仙道を究めろ、天狗になぞ負けるなかれ、狸になぞもってのほかじゃ――とまあ、こないな調子どす」
「ねえ、その仙道っての具体的に何?」
「まぁ色々ありますなぁ。飛んだり跳ねたり、火ぃ噴いたり何や凍らしたり大風吹かしたり雷雲呼んだり」

 何やら話が物騒になってきた。後半に至っちゃ天変地異じゃん。

「……あ、知ってはります? ちょぼっと前にあった、烏丸通の大喧嘩」
「ああ、町屋の瓦が飛ぶわ電柱折れるわ窓が軒並み割れるわの大騒ぎでしょ? ……って、喧嘩?」

 何かの事故って形で、一応は片付けられてたと思うんだけど。
 確か原因は究明できてなかったような――

「あれ天狗同士の喧嘩やいう話どすえ」
「うっそ!?」

 驚くしかない。まさに神通力だ。
 天狗だけは怒らすなかれ……なるほどご先祖の言うことはまことに正しい。


「狐はそないな元気のおよろしいことは出来ひんけど……まあ、やる修行は大して変わらへんのかなぁ思います」

 でも、と言葉を区切り、お狐さんはいたずらっぽく微笑む。


「それだけやったら、なぁんも面白くあらへんやろ?」


 あ、と思った。

 笑う彼女の目にあるものが、あたしには見覚えがあったからだ。


「これな、秘密にしてくれはる?」
「おっ内緒話? いいよいいよ、聞こうか」

 お狐さんは声を潜めて、なんだかうれしそうに秘密を打ち明けた。

「うちな。街のお姉はん達に、色々教えてもろうとるんどす」
「色々?」
「日舞やらお花やら、お茶もやなぁ。これ知っとるんはお母はんだけなんよ」
「ほほー……そういえばその口調、京言葉にしてもかしこまってるなぁと思ったけど」
「ふふ。舞妓はんの真似っこどす♪」

 人の芸事を狐が習うというのは、確かにおかしな話かもしれない。
 けれど、それを語るお狐さんのほころぶような笑みは、本当に心から楽しそうで。

「うちはお姉はんがたの芸事も、周子はんが教えてくれはるような遊びも好きや」


「これからも、色々教えておくれやす♪」


   〇

 すーっ ぱたんっ


 その日は朝から晴れていて、雲一つない青が街の空いっぱいに広がっていた。
 あたしのやることはいつも通りだった。
 学校行って、帰り道で遊ぶか、帰って遊ぶか。


 すーっ ぱたんっ


 そういえば今日はお狐さんどこにいるんだろ。
 ダーツを教えるにしても、まずは初歩の初歩というか、あの奇跡的コントロールをまず改めさせないとな。
 と考えながら、心地の良い夕間暮れの大通りを歩いていた。


 すーっ ぱたんっ


 と、鼻先に冷たさを感じた。
 なんだろうと思って触ってみると、指先が濡れていた。


 すーっ ぱたんっ


 ……雨粒?
 見上げれば雲一つない空から、冷たい雨滴がさぁっと落ちてきて。



 ――――ぴしゃんっ



 気が付けば、あたしは仄暗い座敷にいた。


 ………………ん? 座敷??


 妙に細長い、異様に静かな座敷だった。

 灯りはといえば、隅で燃える行灯だけ。

 まったくもってわけがわからない。靴だって履きっぱなしだった。

 振り向いたら後ろは壁で、左右も壁。

 前を見れば、やけに遠い座敷の果てに、ぴっちり閉じた襖があって――

 すーっ ぱたんっ

 と、音を立てて開いた。


 左右の壁には、和紙で出来た狐の面がいくつもいくつも張り付いていた。


 いやいやいや、どういうことやねん。
 
「お狐さん?」

 返事は無い。

「ねえ、お狐さんなん? 冗談にしちゃタチが悪くない?」

 やっぱり、返事は無い。
 あたしは往生した。
 こんなこと人間にできたもんじゃない。

 ともあれ、返事もないのに呼びかけていても仕方ない。
 あたしは唯一の出口と思しき、襖の向こうに踏み入った。


「……って、何……これ」

 敷居を跨いだ先は、また全く同じ細長い座敷。
 行燈の光、左右に壁、壁には無数の狐の面。

 すーっ ぱたんっ

 と向こうの襖がまた開き、代わりにすぐ後ろの襖が、

 ぴしゃんっ

 と音を立てて閉まった。


 あたしは先に進んだ。
 少なくともそうするしかなかった。
 襖の向こうはまだ同じ光景。

 襖が開く、襖が閉じる。

 歩みはやがて駆け足になって、あたしは遠い遠い座敷の一本道をただ走り抜けようとする。

 行き先は判を押したように同じ座敷。薄闇が背後に迫る。狐の面がこっちを見ている。

 やがて、どうして自分が走っているのかわからなくなった。

 あたしはどこにいるんだろう。

 ……どこへ、行くんだろう。

 通り過ぎる座敷には、いつの間にか変なものが置いてあった。
 奇妙な仕掛けの、からくり幻燈だ。
 それがどの座敷の四隅にも置いてあり、勝手に動き出して、赤い景色を投影する。


 から回る幻燈の赤い灯、遠くから聞こえる祭のお囃子、走るあたしは誰かに呼ばれた気がして。

 襖が開く開く開く、閉じる閉じる閉じる、囃子が近くなる、やがて闇が爪先まであたしを呑み込む。




「あきまへん」


 鈴の鳴るような声が、あたしの意識を正常に戻した。

 見ればすぐ横、畳に一匹の獣がちょこんと座っている。
 眼も醒めるような、銀毛の狐だった。

 その狐が細面を上げ、暗い虚空に呼びかけたのだ。


「このお人は、隠してもうたらあきまへんよ、お父はん」



 ――――何がどうなったのか、よくわからない。


 気が付けばあたしは元の場所にいて、ポカンとアホ面下げて立ち尽くしていた。
 鼻先を濡らす水も、降り注いだ筈の雨も、その痕跡からありはしなかった。

 一旦切ります。
 あと一~二回くらいに分けることになると思います。

 狸がなんでもいいのは、上二つよりぶっちぎりで無害で親しみやすいので、あんま畏まらないでいいよという意味だそうです。


   〇

 その夜、お狐さんから珍しくお誘いがあった。

 夕方の件を詫びたいというのだ。

 
 桜はもう満開になって、はらはらと散りかけていた。
 例の鴨川沿いの桜並木で待っていたお狐さんは、随分しょんぼりして見えた。

「えろうすまへんなぁ、うちのお父はんが」
「いやまあ」

 こっちからしてみれば、相手から何を仕掛けられたのかすらさっぱりだけど。
 人間のおつむでわかることと言えば、多分あのままだとヤバかったということ。
 それを、目の前の子がなんとか止めてくれたらしいということだけだ。

 だから感謝こそすれ、この子に謝られるようなことはないんだけど……。

「お父はんにはきつぅく言うて、もういらんことせぇへんよう指切りしましたよって、もう大丈夫やと思います」


「……なんて、都合のええことばっかり言うてられへんねぇ」


「うちの道楽に付き合うてもろて、ほんまにありがとさんどす。けどそろそろ潮目かもしれへん」

 言うべき言葉が出てこない。
 夕方の混乱が、まだ頭の中で尾を引いているのかもしれない。

「お父はんを止めたかて、この後で何が起こるかも知れたもんやあらへん。狐いうんは悪ぅいもんやからなぁ」

 相手の方でもうとっくに結論は出ているようで、それに向けてすらすら話を進めていく。
 あたしは口を挟むタイミングが掴めず、化かされたように聞いているしかない。

「せやからな、お互いもう、納まるとこに納まって――」

 にゃーん。


 ……にゃーん?


 二人とも目を丸くした。

 見れば木陰から、白くてちっちゃい毛玉がぽてぽて歩み出てきていた。

 両手に乗るような大きさの、仔猫だ。
 野良なのだろう。猫は鼻をひすひす動かしてあたしら二人を見比べ、にゃーん、とまた鳴いた。


 グッドタイミングだった。
 話が途切れたその一瞬を狙って、あたしは仔猫をぱっと抱き上げる。

 そして、そいつのもふもふで自分の顔を隠した。

「…………人間はん?」
「にゃーん」
「急に何してはるん」
「人間ではありません。あたしは通りすがりの、にゃんこ仮面なのだ」

 にゃんにゃん、と前足を振ってみせる。
 仔猫が楽しそうににゃーんと鳴いた。


「にゃんこ仮面は通りすがりだけど、事情通なので、例の人間のことも知ってるにゃん」

「まあぶっちゃけ、人間にはややこしいことはよーわからへん」

「そちらさんのお家とか、狐の都合や思惑なんてのは、聞いても聞かんでもサッパリやと思う」

「だもんで、人間は目の前のお狐さんと、お狐さんがしてくれたことでしか判断できんの」


 誰がどう見ても阿呆の所業である。
 相手は目をぱちくりさせたままだ。
 
 いつもは軽妙洒脱のクールな美少女でならしてるシューコちゃんでも、言わなきゃならないことはある。

 にゃんこの仮面を被ってでも。

「人間はお狐さんに助けられたし、それに感謝しとる。だからそのお狐さんが申し訳なさそうにしとるのはあかんと思う」

「納まるところに、なんて、そんなさびしーこと言いなや」

 にゃーん。

 ほら、猫もそう言ってるし。

 お狐さんはしばしぽかんとした後、花がほころぶように笑った。


「――にゃんこ仮面はんの言うことやったら、仕様があらへんなぁ」


 穏やかな夜風が吹いて、花弁がまた一枚はらりと散った。
 ベンチに並んで座りながら、あたしはきつねのはなしを聞いている。

 膝の上ではにゃんこ仮面こと白い仔猫が丸まって、ぷぅぷぅ寝息を立てていた。


「稲荷もね、これはこれで一つの阿呆なのかもしれへん」

「すといっく、いうんどすやろか。求道もんやねぇ。今どき山伏でもようせぇへんわ」

「お父はんは表事業で成功しましたよって、うちも何不自由なく食わしてもろてますけど」

「化け術と仙道、そぉいうんを究め尽して、どこまでも高みに昇りつめたろと。そないなことを本気で考えてはります」

「下界はこれ全て俗、狐は仙たるべし。これはもうお父はんだけの考えなんやなくて、稲荷いうもんの千年不変の性質なんやと思います」

 細い指先で仔猫の喉を転がして、お狐さんは桜を見上げる。
 自らの出自を語るその横顔には、なんとも言えない寂寥感があった。


「うちはそれが、退屈でしゃあないんよ」


「退屈いうんは、ただ飼うとるだけなら悪さはしいひん」

「けどな。退屈病を拗らしてまうと、今度は不安が出てくるんよ。ぼぉんやりした不安がな」

「不安は影になって追っかけてくる。追いつかれたらそれが百年目や」

 細い首に指を這わせ、ぴっと空を指差す。
 首にかかる退屈の縄。締め上げるは時の流れ。それは真綿のように、今も静かに心を苛む。
 
「――ちょん、と。お月はんにぶら下がってもうて、おしまいなんどす」

 おどけたような物言いで、彼女は微笑んだ。
 あたしにはそれが、自虐と寂しさを内に秘めた笑みに見えた。
 どうしてそう見えるのかの理由は、自分が一番よくわかっている。

「仙道やがて天狐に至る……なんてお題目、うちにはようわかれへん。道楽もあらへんのやったら、この世は苦界そのものやわ」


「人が山にあると書いて『仙』と読みます。けどうちはそないな高みに届かんでも、谷底で『俗』の中におる方がええ」


 ああ、そうか。

 どうしてこの子とウマが合うのか、なんとなくわかった気がした。
 同じなんだ。
 漠然とした退屈。さりとて不満は全くない恵まれた生活。日常にあぐらをかくことへの、ちょっとした罪悪感と、影のような不安。

 このまま流されていくのだろうかと、そればかり考えていた。

 それらを全て理解して呑み込むには、多分あたしらは子供すぎるんだ。


 そこで、ふと思い立った。

「ねえ、一つ頼まれてくんない?」
「はて……? なんどすやろ」
「お狐さんの舞、見てみたいな」

 お狐さんは目を丸くしてこちらを見返した。

「所詮は道楽どす。人様に披露できるほどのもんやあらへん」
「道楽だからこそ、だよ。お狐さんは舞ってて楽しい?」
「もちろんどす」
「ならその楽しさをあたしにも分けて欲しいな」

「夕方のこと。申し訳なく思ってるんなら、まあ詫び代わりってことで?」

 流石にちょっとずるい言い回しなことは自覚している。
 けど、同じ退屈を飼い[ピーーー]者同士。二人の間にあるものを慰めるには、道楽や酔狂でなくちゃと思うのだ。

 十秒くらいして、お狐さんは微笑した。
 
「お詫びというんは、ちぃと面映ゆいどすが――」

 懐から取り出したるは、薄紅色の京扇子。


「よろしおす。舞をひとさし、奉じさせてもらいまひょ」

(規制入ったんでもう一回レスします)


 そこで、ふと思い立った。

「ねえ、一つ頼まれてくんない?」
「はて……? なんどすやろ」
「お狐さんの舞、見てみたいな」

 お狐さんは目を丸くしてこちらを見返した。

「所詮は道楽どす。人様に披露できるほどのもんやあらへん」
「道楽だからこそ、だよ。お狐さんは舞ってて楽しい?」
「もちろんどす」
「ならその楽しさをあたしにも分けて欲しいな」

「夕方のこと。申し訳なく思ってるんなら、まあ詫び代わりってことで?」

 流石にちょっとずるい言い回しなことは自覚している。
 けど、同じ退屈を飼い殺す者同士。二人の間にあるものを慰めるには、道楽や酔狂でなくちゃと思うのだ。

 十秒くらいして、お狐さんは微笑した。
 
「お詫びというんは、ちぃと面映ゆいどすが――」

 懐から取り出したるは、薄紅色の京扇子。


「よろしおす。舞をひとさし、奉じさせてもらいまひょ」


 最初はゆっくりと。
 丁寧に、穏やかに、お狐さんは舞う。

 あたしは芸事にはあんまり明るくない。
 すっかり門外漢ではあるけど、そんなナマクラの目から見ても巧みな舞だと思う。
 たおやかで雅で、音楽がなくとも、流れる水のように淀みがない。

 ――けれど、どこか大人しい。

 まだ、何かを抑えているように思えた。
 人が定めたものを踏襲し、舞い一式の調和を狂いなく再現しようとしているような動き。

 ――だけど、それは。

 膝の上の仔猫はいつの間にか顔を上げて、お狐さんの舞をじっと見つめていた。


 やがて。
 舞う彼女の面貌から、しがらみが消えていく。

 遠慮、迷い、はたまた長年の退屈。

 そうしたものから解き放たれ、定められた順の軛を解いていく。


 お狐さんは笑っていた。

 きっとそれは、先生になる者が見たら激怒するような舞いだったと思う。

 ペースは千変、体捌きは万化。
 もう「再現」の域を超えて、心身に透徹した遊びと雅の論理のまま、自らの舞を描いていく。

「あ――」

 思わず声が出た。
 いつしか彼女には、驚くほど大きな耳と尾が備わっていて。

 舞は佳境に入る。あたしも猫も目が離せない。

 着物の裾を翻し、乗りに乗った興のまま、お狐さんは不意にぐぐうっと背を逸らした。

 そして、あたしの頭上の桜を見上げて、



「   こんっ   」



 鳴いた。 


 信じられないことが起こった。

 背後の桜の木が声を受け、一本丸々ぶわっと花弁を散らしたのだ。

 千万無量の花弁が、まるで地上に生まれた雲みたいだった。

 桜吹雪はお狐さんの手の内にあった。
 ひらひらはためく扇子に合わせて、生きているようにその模様を変えていった。

 やがて彼女は、ぴょんと飛んで。

 小さな足を花弁に乗せて、花と一緒に舞い始める。


 散る花弁にまた乗って、ひらり。そうかと思えばまた飛んで、別の花弁に、ひらり。
 重力さえ無視して、蝶のように風と戯れる。


 くるくる踊りながら、彼女は阿呆みたいに笑っていた。


 白状しちゃうと、あたしはすっかり見惚れてしまっていた。

 銀毛に月光の輝きを湛え、さらりと流れる軌跡で夜陰を払う。
 月の泳ぐ川に桜花爛漫を写し取る。

 楽しくってたまらないような笑い声が、夜風に乗って天へと届く。

 千年不変の無聊に、偶さかの華を添えるように。


 にゃーんと鳴いた猫の声に、あたしはハッと我に返る。

 こん、と控えめな返事と共に、お狐さんは扇子を畳み。

 過ぎ去った桜霞を惜しむように、深々とお辞儀をするのだった。


   〇

 面白きこととは、探さなければ見つからず、作らなければもたらされない。

 とうにわかっていた筈のことに、あたしはそろそろちゃんと向き合ってみようと思っていた。


 阿呆が一匹、いい加減自分も踊る番なのだ。

   〇


「東京、どすか?」
「うん。ま、なーんも決まってないけどねまだ」

 鴨川沿いのベンチに隣り合い、あたしの膝には仔猫。
 この構図が一つの定番になっていた。

 桜はもう散って、鮮やかな若葉が芽吹きつつある。よく晴れた暖かな日だった。

「あっちで就職しよっかなーって。なんていうか社会経験的な?」
「それはええことや思いますけど……お家の方はどないしはりますの」
「……どうだろね。そこも話してないから、なんも決まってないってことなんよ」

 仮にあたしが本当に東京へ行くと言ったら、父さんはどう出るだろう。
 何も言わず行かせてくれるだろうか。
 それとも、うちを継げ、と言ってくれるんだろうか。

「どっちみち、お狐さんには聞いて欲しくてさ。結構重大な話だし」
「――そらまた、どうして?」

 どうしてもこうしても。

 京言葉お決まりの迂遠な物言いがわずらわしくて、あたしはたまに意識して率直な物言いを選ぶことがある。

 ……はっきり言うのは、正直ちょっとハズいんだけど。


「だって、友達やん」


「ともだち」

 お狐さんは何故か、目をまんまるに見開いたまま固まった。
 ……え。そのリアクション予想外。

「そう、友達」
「ともだちて、誰と誰が」
「いやだから、あたしと、お狐さんが」

「ともだち………………」

 彼女はやはり何故か、きょときょと視線を泳がせて。

 ようやくあたしの言葉を呑み込んだか、耐えきれないように口元を押さえたのだった。


「…………ぷふっ」

 は?


「ふっ、ぷふふっ、うふふふふっ」
「え、ちょっと待って、何なんいきなり」
「ああ、いえいえ、ちゃうねん。でもな、ふふふふふっ」

「なんやおかしゅうて、うふっ、うふふふふふふっ」

 こんなに愉快なことはない。
 とでも言うように、お狐さんはころころ笑い続けた。

 あたしは何が起こってるのかもよくわからないで、ぽかんとしていた。

「ふふ、ふふふっ! ともだち! うちが、うふふふふふっ!」

「いやいや、どしたんよ!? あたしなんか変なこと言った?」

「うふふふふふふふーっ」

「ああ、ちょっとどこに……って速っ!?」


 お狐はんは笑いながら、ぴょいんぴょいんと毬のように跳ねていった。
 追いかける術もなく、ただ見送るしかなかった。

 膝の上で猫が鳴く。


 その日以来、お狐さんはあたしの前から姿を消した。


 なんのことはない。

 あたしは盛大にずっこけたのだ。

 狐の都合や思惑なんてのは、聞いても聞かんでもさっぱりわからん――いみじくも自分でそう言った通りなんだろう。
 つまり、人の尺度で狐を測るべきじゃなかったってことだ。
 
 向こうからしてみればこっちは友達でもなんでもなく、長い長い退屈を潰す小さな玩具だったのかもしれない。
 それをあたしが勝手に友情感じちゃったから、おかしくなって大爆笑、といったところか。

 怒るようなことじゃない。

 あたしは笑われて然るべきド阿呆だったんだと思う。


 なんとなれば、こっちは人で、相手は狐なんだもの。


 というか、そのことで予想以上にショックを受けてる自分にこそショックだった。
 
 日常はびっくりするほど元通りに戻った。
 変わらない街。変わらない人々。あっちこっちには百年単位で変わらない史跡。

 で、変わらないあたし。

 東京行こうなんてのはふとした思い付きで、お狐さんの笑い声に吹き消されてしまった。
 すっかり気持ちが萎えて、あたしは誰にも何も言わないまま退屈に沈んだ。

 学校行って店番して、塩見屋のシューコちゃんは今日も今日とて看板娘だ。

 鴨川沿いに行けば、例の仔猫が顔を出す。
 一体どこで餌をもらって、どこをねぐらにしているんだろう。こいつもこいつで妙な奴だ。
 その喉を撫でてやるのが小さな楽しみで、それくらい。

 ……ま、いいや。最初っから何かを失ったわけじゃない。

 あたしはこのまま、実家でぬくぬく暮らしていくんだな。


   〇

 そんな折、店に変わった二人連れが来た。
 観光客――という感じでもない。どうも東京から来たようだった。仕事かなんかだろうか。

「いらっしゃーい。適当に見てってー」

 言いつつ、ちらっと一瞥する。

 あたしはつい、初めて見る相手が「何者か」を見極めようとしてしまう。
 お狐さんとやった化けの皮当てゲームが変な癖になっちゃってたのだ。

 とはいえまあ、大抵は人。たまに狸。ほんの時たま狐、レアなのが天狗ってパターンだったんで感慨もなく。

 さてこの一見さんは、まあ人間だと思うけども。あたしは雑誌で顔を隠し、二人連れを盗み見る。

 向かって右の、スーツのお兄さんは普通の人間。
 左の女の子は――


 何これ?



 いや、見た感じは完全に人間なんだけど。
 ちんまりした体に、きちんと着込んだ和服、琥珀色の長い長い髪。

 お狐さんと装いこそ似ていても、その気配は人や狐狸や天狗の類とも違い過ぎるほど違う。

 なんだか潮と土と、巨きな樹の匂いがした。


 え、ちょっと待って、シューコちゃんこういうの初めて見たんだけど。
 隣の人は平気なの? ていうか気付いてない? そもそもどういう二人組?

 固まるあたしの内心を知ってか知らずか、お二人連れは店の中をのんびり見て回る。

 どうも仕事先……仕事仲間? へのお土産を物色しているようだった。


 生まれてこのかた変わらない空間に、遠い異国の風が吹き込んだような気がしていた。


 声をかけられている。

 呼びかけられている。


 ――――ということに何秒か遅れて気付いた。

「ああ、はいはい、お会計ね。えーっとお土産? 保冷剤入れとく?」

 とにかく慌てて看板娘モードに戻り、仕事をこなそうとする。
 お兄さんの方はまあとことんフツーに会計を済ませ、領収書を切った。

 例の「樹の匂いのする女の子」は、物珍しそうに店の中を見て回っている。
 なんだかそれが、数百年ぶりに下界へ降りた神仙の振る舞いのように感じられた。

 と――
 お兄さんがあたしの顔を見ていることに気付いた。


 見ている前で、彼は懐から名刺を取り出した。
 そこには東京のある芸能プロダクションの名前と、お兄さんの名前があって――

「――――は? アイドル?」

 驚くを通り越して意味がわからなかった。
 つまりこれって、スカウト?

「いやいやいや。どうしてあたしなのさ。あたし、今、仕事中。忙しい。東京、行けない。オーケー?」

 それはまあ面目ないがと頭を掻いて、お兄さんは彼なりの理由を言った。


 ――寂しそうだったから。


 寂しそうな顔を見せたつもりは、全く無い。
 だけど、どうして彼がそう感じたのかは、なんとなくわかる気がした。


 もちろん、名刺貰ったからハイそーですかと一緒に東京に行けるわけがない。

 考えておいて欲しいという旨のことを言って、お兄さんは意外なほどあっさりと店を出た。

 ――寂しそうだったから。

 残されるあたしとしては、たまったもんじゃない。
 彼の放った言葉の棘が、心臓の裏っかわに残されたままだった。


「――そなたー」

 涼やかな声に顔を上げると、例の女の子が微笑んでいる。

「……なに?」

 ていうか、何者? ――とは直球で聞けない。

「そなたの身の内よりー、幽けき糸が見えまするー」
「は? 糸? どこ?」
「ものではありませぬー。これなるはー、そなたが持つ、縁というものー」


 縁……って。
 オカルトめいた物言いだけど、目の前の相手の言葉には得体の知れない説得力があった。

「とても善くー、とても美しきー、陰陽の隔てを越えし、分かちがたき現世の縁なのでしてー」
「ちょっとちょっと、なんのこと? あたしにはさっぱり……」
「そなたにはー、無沙汰をしているお友達が、おられるのでしょー?」

 言葉が出てこない。
 穏やかな目を細め、彼女はかわいらしく小首をかしげた。

「縁はまだー、途切れておりませぬー。努(ゆめ)、友の情を捨ててしまわれませぬようー」

「ちょっと! それってどういう……!」
「答えはー、そなた自身で決めることなればー」


「――しかしながらー。わたくし達との縁、これもまた、大事にしてくださればー、とても嬉しいのでしてー」

 言って、女の子はふわりと踵を返した。
 あたしはそれを、ただ見送っているしかなかった。



「あーそなたー、お待ちくださいー。待ってー。まってーーーーー」

 …………あんまり素早い方じゃないらしい。


   〇

 縁、ったって。

 実家の生活のこと、友達のこと、自分のこと、突然舞い込んだスカウトの話。
 それら全部が頭の中で引っ張り合って、もうぜんぜんわからん。

 
 っていうか。
 こーゆー思い悩むのはあたしのキャラじゃないんだけど。

 決めた。

 もう一回、お狐さんを探してみよう。
 探して探して、それでもどこにもいなくて、今日いっぱい使って会えなかったら、もう諦めよう。


 だらだら寝るには人後に落ちない自信のあるこのシューコちゃんが、土曜のなんと7時に起きた。
 目を丸くする母さんの前で朝食をしっかり頂いて、とっくに作業場にいる父さんに何も告げないで家を出た。

 お狐さんを探す上で、心当たりの場所なんて一つもない。

 これまで出会った場所、遊んだ場所、散歩で回った場所――

 あるいは、下鴨の小早川屋敷か。

 正直、行く発想は今まで無かった。これが腹の括りどころか、と腕まくりをしたのが一時間前。


 辿り着かない。
 いっくら歩こうが、話に聞く小早川のお屋敷なんてどこにも見えてこないのだ。

 同じ場所を堂々巡りしている気がした。
 曲がったはずの路地に同じ光景が広がっていた。
 北へ行っていると思ったら南に進んでいた。


 ……これは、お父はんとやらに相当嫌われてるのかもしれへん。

 あたしはとうとう、万策尽きた。


   〇

「ねー、チビ助や」

 にゃーん。

「あたしともあろうものが、街中駆けずり回っちゃったよ。しかも収穫ゼロときたもんだ」

 にゃーん。

「……こりゃもう、お手上げってことなんやろね」

 にゃーん。

 縁、か。
 でもそれを手繰り寄せられるのは、ただの人間には難しいのかもしれない。

 あたしはどこまでも人だ。
 化けらんないし空も飛べないし、縁の巡りは神頼みしかない。

 …………潮時かな。


「んじゃね、チビ助。あたしもうここには来ないと思う」

 にゃーん。

 人の言葉を知ってか知らずか、猫はいつものノリでにゃーすか鳴く。

「これからどうするかは…………まあ、帰ってから考えようかな」

 どんな答えにしても、何かしら後悔は残るんだろうけど。
 なんとなく、そんな感じがした。

 にゃーん。

 にゃーん、にゃーん、にゃーん。

「……って、何? やけに食い下がるね今日は」

 普段そうしないのに、猫ときたらやたらに足元にまとわりつく。
 まるで、行くな、と言っているかのようだ。

 ……そんなこと言われたって。

「しゃあないでしょ、もう決めたんだから。あんたも自分の人生……猫生? を生きなってば」

 にゃーん、にゃーん。

「だからもー、行かせてってば! あんましつこいと蹴っ飛ばすよ!」

 にゃーん。


 脅かしてみると、猫はさっと茂みに引っ込んだ。
 それで行こうとすると、また顔を出してついてくる。
 こんなへっぽこ人間一人にどんだけの未練があるというのか。

 もー知らん。縁の切れ目だ。

 あたしはすっかり維持になって、ポケットに両手を突っ込んだままずんずん進んだ。

 猫には縄張りがあって、それを越えたら深追いはしてこないだろうとタカをくくっていたのだ。
 それに弱っちい仔猫。街に出て周りが騒がしくなったら、ビビって引き返すのが関の山だろうと。

 その目論見は、すっかり外れた。

 歩いて歩いて、鳴き声が喧騒にまぎれて聞こえなくなった辺りで、いい加減まいただろと振り返ると。


 今しがた通りすぎた横断歩道を、チビがよちよちついてきているところだった。

 信号は、とっくに赤だった。


 通過する車から見たら、そんなものは小さなビニール袋くらいにしか見えないだろう。

 にゃあと鳴く、道路の向こうから真っ赤な車が一台、あたしは何も考えずに踵を返す。

 そう、こちとらどこまでも人間だから、不思議な力なんて一つも持ってない。

 そういうのに触れてたから、なんとなく自分もちょっと特別なんじゃないかと錯覚することもあったけど。

 ひらりとかわすとか、変わり身を作るとか、そんなことできるわけないって当然わかってはいた。


 わかってはいたけど、仕方ないじゃんねぇ。


 あいつだって、友達なんだもん。


 衝撃があって、体の中のいろんなものがひしゃげる感触。
 逆さまになった街並みが見えて、どんな花より赤い花弁が視界にちらつく。

 意識が途切れた。


   〇


「――ほんま、手ぇのかかるお姫(ひい)さまなんやからねぇ」


「狐の仙術いうたかて、万物自在なわけやあらしまへんのに」


「森羅万象よりの霊威をほんのちぃとお借りして、身の内で練って、ぱっと咲かす。それだけの理屈どす」


「全ては自然の御業や。半端もんの狐一匹が大業を成すには、うぅんと背伸びせなあかんのよ」



「せやからな。これはどえらい『貸し』どすえ?」


   〇


 起きた。

 あたしは鴨川沿いの例のベンチに、腑抜けたようにして座っていた。

 体には、傷一つありはしなかった。

「……!?」

 全身動く。痛みもゼロ。歩き詰めでちょっと疲れてるくらい。
 猫は膝の上でピンピンしていた。

 わけがわからない。

 あたしは猫を抱いたまま、ついさっきの横断歩道に駆けつけた。
 何も起こってはいなかった。
 喧騒も車通りもいつもと同じ。立ち尽くすあたしの後ろを、邪魔そうな顔でおっさんが通り過ぎていく。

 渡らないまま、目の前で信号が赤に変わる。

 少し間があって、あの見覚えのある真っ赤な車が、ちょっと危ういくらいの速さで通り抜けていった。


 腕の中の白毛玉が、知らん顔でにゃーと鳴いた。


 間違っても夢を見たんじゃない。
 その証拠を、あたしは持っている。


 普通に歩いて家まで帰ると、いつもおっとりしてる母さんが心底びっくりしていた。
 お父さん、お父さん、と作業場まで呼びに行って、何事かとやってきた父さんまでが表情を硬くした。

「周子」

 自分自身に何が起こってるのか、帰る途中で流石にこっちも気付いている。

「そん髪はどないした」


 あたしの髪は、一本残らず雪みたいに真っ白になっていた。


 それらしい方便が五つくらい浮かんだものの、すぐ全部却下した。
 塩見家ご当代を相手にして、怪力乱神の御業を今さら誤魔化すというのも無いものだ。

「狐に化かされてもうてん」

 父さんは、小さくうなずいた。

「…………ほうか」


 父さんも母さんも、それ以上何も言うことはなかった。


 あたしは翌日、修行の旅に出ることになった。


   〇

 …………修行ったって、和菓子作りを学ぶでもなし。

 塩見の娘は狐に化かされた。
 となればこの体には深山幽谷由来の仙気が凝っているわけで、真っ白になってしまった髪はその証左。

 まともな人に戻るには、俗世に触れて狐の仙気を落とさなければならない――というのが、建前としての決まりだった。

 要するに体よく家からおん出すくらいのノリなんだけども、あたしにはそれがなんだかありがたかった。


 キャリーバッグ一個に納まる程度の荷物をまとめて、片手の資料に目を落とす。
 例のお兄さんがいるプロダクション。これがまた相当しっかりした会社らしくて、ありがたいことに女子寮まで完備しているそうな。

 ……あたしは資料請求した覚えはないんだけど。
 独りで思い煩わんでも、娘の気持ちなんて両親はとっくによーく承知していたのかもしれない。


 慣れ親しんだ自室に別れを告げて居間に降りると、珍しく父さんも母さんと一緒に朝ご飯を食べていた。
 あたしも一緒に卓を囲んで、軽い世間話と、これからどうするかをちょっとばかり話した。
 いつもと変わらぬ味ともしばしお別れだ。両手を合わせ、ふと額縁を見上げる。


 塩見家三訓、
 稲荷には手を出すなかれ、
 天狗だけは怒らすなかれ、
 狸はまあなんでもいいや。


 去り際にあたしは言う。

「ねえ、父さん」

 父さんは目だけであたしを見る。

「現代っ子の狐やったら、手ぇ出しても案外ヘーキなもんやと思う」
「ほうか」

 いつもと変わらない受け答えがなんだかおかしくて、ちょっと笑ってしまう。

 車に気ぃ付けるんよ、風邪引いたらあかんよ――といつまでも娘を離そうとしない母さんをなだめて、あたしは塩見の家を出た。


   〇

 キャリーバッグをころころ引きながら駅へ向かう。

 途中、半ば無理やり持たされた塩大福をぱくつく。
 塩見屋名物、父さんの自信作のそれは、子供の頃から変わらぬ絶品の味。

 朝日に映える餡子の黒が、なんだかひどく懐かしかった。


「あらぁ、えろうおいしそうどすなぁ」

 道端に立つ彼女を、あたしは案外驚かずに見返した。

「やんないよ」

 小早川のお狐さんは、風呂敷に包んだ行李を背負っていて。


 その髪は、つい先日までのあたしとよく似た黒。


「ありがとう…………でいいんかな、この場合」
「お礼なんていりまへん。うちが勝手にしたことやさかい」

 狐の仕掛けの常として、やられたこっちは何がなんだかわからない。
 けれどこの子が助けてくれたことはわかる。前と同じだ。

 ……でも、なんでこの子まで旅の装いなんだろうか。

「うちなぁ、勘当されてしもうてん」
「え゙」
「ま、ええどすけど。お父はんうちに駄々甘やから、そのうち泣いて戻って来いー言うてくるに決まっとります」
「いや、そりゃまた、勘当ってのはどうして」

 んふ、と彼女はおかしそうに笑う。

「人間風情に仙気を使い尽くしてもうてけしからん、取り戻すまでうちの敷居は跨がせん、いうことどす。髪もこないに黒くなってもぉて」
「いや、まずそっからわかんないんだけど。――だって、なんでそこまでして、あたし助けたん」

 お狐さんは大きな目であたしを見返した。
 そしてわずかに目を伏せて、ぼそりとこう言う。


「――友達や言うたんは、あんたはんやないの」


「え」
「なんどすか」
「え何、じゃああの時えらい笑ったのは?」
「だってうち、あないなこと言われたん初めてやったから。なんや頭ふあーってなってもうて」
「これまでずーっと姿も見せてくんなかったのは」
「それは」

 目を逸らす。長い髪に顔が隠れて見えなくなる。

「…………どないな顔して会うたらええか、わかれへんかったもの」

 …………。
 ……。

 ……あ! 照れてる!?

「ひょっとして照れてる? ねぇねぇ今照れてる? お狐さん照れてる?」
「やめてんか。今うちの顔見たらあきまへん」
「またまたそんな~。あっ耳が赤あいたっ!」

 扇子で鼻っ面をぴしゃりとやられた。

「知りまへん。勝手にしたらよろしおす」
「……まーまー、そう言わないでさ」

 なんだ、じゃあこっちの一人相撲だったってわけか。
 なんかアホらしくて笑えてきちゃった。大山鳴動して鼠一匹、正体見たり枯れ尾花、まさにそんな感じだ。


 自然、足並みは揃い、京都駅が見えてくる。

「……それじゃ、昨日あたしを助けてくれた時は、たまたま近くにいたん?」
「なんやうちのことえらい探してはるから、いい加減顔見せたろかなと思ったらあれや。そそっかしいんやから」
「それはまあ、面目次第もない」

「で、そっちはこれからどうすんの?」
「仙気を取り戻せぇいうんがお父はんの言いつけやけど、それはまあどうでもええかな思とります」
「……ちなみにその取り戻すってのはどうするわけ?」
「さぁ~。あんたはんの命取ってしもたら手っ取り早いんやないどすやろか」

 うげ。

「ちょっとやめてよ、そう何度も死にかけたりできないって」
「当たり前や。せっかく拾うた命なんやから、簡単に捨てられたら困ります。――ああ、せや」


「決めました。うち、あんたはんを祟らしてもらいます」


「は?」
「祟って憑いて、注いでもうた仙気をゆっくりゆっくり取り戻すんや。ええ、そうしまひょ。もう決めましたさかい」
「いやでも、あたし東京行くんだけど。東京行って――」
「あいどるにならはるんやろ?」

 京都駅の大階段を見上げ、彼女はその向こう、ずっとずっと先にあるものを見通しているようだった。

「うちもついてって、あいどるになってみよかな思うんどす」

 マジか。
 という顔を見返して、本気どすえ、と笑ってみせる。

「狐の東下りや。命の恩人の一世一代の大決心、よもや止めますまいな?」
「…………はぁ、なるほど。長い付き合いになるってわけだ」
「んふふ。これからもよろしゅうにな、人間――――」

 と、ここで言葉を切る。
 裾で口元を隠し、何やらもごもご言葉を転がして、上目にあたしを見た。

「――周子はん、とお呼びした方が、ええどすやろか?」

 その初々しい様子が、またなんだか変に新鮮でおかしい気持ちになる。

「せやね。この先、人間はんになんて山ほど会うんだから。それに……友達だもんね、紗枝ちゃん?」

 この期に及んで初めて名前で呼び合い、目を見合わせて笑った。
 さて、電車の時間が近い。
 あたしらは京都に背を向けて、大階段の最初の一段を踏み出すのだった。



「…………っていうか紗枝ちゃん、切符持ってるの? 唐突に決めたっぽいけど」
「なんですのん切符って。手形じゃあきまへんの?」
「そっからかぁ~~~~~~~~…………!!」


   〇

紗枝「――うちはあんたはんを祟っとるんどす」

紗枝「せやから、あんまし勝手なことされてもろたら困りますえ」

周子「それ前から言ってるけどさー、全然実感ないんだよねぇ。だいたい祟って具体的に何するん?」

紗枝「あら、そんなん決まっとるやない。まずは、またぞろ何処かで逝ってしまわへんよう監視してな?」

周子「監視して?」

紗枝「それで、あんたはんがヨボヨボに老いさらばえて往生しはる時、枕元で大爆笑してやるんどす♪」

周子「うわ地味に嫌」

紗枝「そうそうその顔、そないなお顔が見たいんよ~♪」コンコン


   ブロロロロ…… バタンッ

周子「あー来た来た。まったく、乙女二人を待たせて何してたんだか」

紗枝「そないなこと言うもんやありまへんえ。おおかた、迷子にでもなってはったんやろ」

周子「いやそれも結構酷いこと言ってるからね? ――さて、じゃあまあ、昔話はこの辺にしとこか」

紗枝「はいな。あいどるのお仕事、始めまひょか~」

   〇



「周子はん」

「んー? どったの、紗枝ちゃん」

「長生きしたってな」

「まかしとき。200まで生きてやるっての」

「せやせや、その意気やで~。ふふふ♪」



 ちなみに、例の白い猫に関して言えば――

 あいつは「大福」と名付けられて、今も塩見家でふくふく暮らしている。



~オワリ~

 以上となります。
 以下、ちょっとオマケを投下します。


〇 オマケ


美穂「――それで、この先がレッスンルームで、その向かいがシャワールーム。シャワーはいつでも使っていいから」

周子「ほうほう」

紗枝「えろうすまへんなぁ、案内までお任せしてしもて……」

美穂「ううん、全然大丈夫! わからなかったら何でも聞い……て……」

周子「…………」ジー

美穂「ど、どうしたの……?」

周子「…………いやぁ、やっぱ可愛いなぁと」

美穂「えぇえっ!? そそそそんなことないよ!! 二人の方がずっと綺麗だし、か、可愛いよ!?」

紗枝「あらあら~、真っ赤になってしもて。かいらしなぁ」

美穂「あわわわわわ……」プシュゥ

<……オーイ
<ミホー?

周子「お? あの声……」

紗枝「美穂はん、呼ばれとるんちゃいます?」

美穂「あ、ほんとだ……! ごめんね、私行かなきゃ」

周子「おっけおっけ。寮でまた色々教えてねー」

美穂「うん! ――――プロデューサーさんっ!」タッ


周子「う~~む」

紗枝「どないしはりました、周子はん? 美穂はんとプロデューサーはんのお二人に、そない熱い視線……」

紗枝「…………あぁ~~~~~~♡」ニタァ

周子「いやなんか勘違いしてるっぽいけど、とりあえず違うからね?」

紗枝「ええんよええんよ、うち応援しますさかい。周子はんも大きうなってぇ」

周子「どういう立場からの物言いかっつの。じゃなくて、美穂ちゃんよ、あの子って多分――」


楓「やっぱり気になります?」ヒョイッ


周子「うわびっくりした。え? あ! ど、どうも?」

紗枝(……えらい別嬪はんやなぁ。京にも万に一人おるかおらへんかやない? どちら様どすやろ?)ヒソヒソ

周子(いやいや、高垣楓だって。この事務所の最古参で、今でもトップの稼ぎ頭)ヒソヒソ

楓「ごめんなさい、びっくりさせてしまったかしら」

周子「や、そういうわけじゃ。えーっと、高垣楓、さん?」

楓「はい、高垣楓です♪ あなたたちは、最近ここに来た子かしら?」

紗枝「この春からお世話になります、小早川紗枝いいます。不束者やけど、よろしゅうおたのもうします~」ペコリ

周子「塩見周子です。どうぞよろしく」ペコリ

楓「これはご丁寧に。こちらこそ、よろしくお願いしますね」ペコリ


楓「それで、美穂ちゃんのことなんですけど」

楓「あなたたちもあの子を見たということは、もう察しているんでしょうけど。あの子――」

周子(まさかこの人も、気付いて……?)


楓「――プロデューサーに、ホの字なんじゃないかしら?」


周子「ホの字て」

楓「うふふ、若いって素敵ですねぇ。隠しきれない恋、好意は行為に表れる……ふふっ」

楓「あら、もうこんな時間。引き止めてごめんなさい。私も行きますね」

周子「いやいや、こっちこそ。行ってらっしゃい~」

紗枝「おつかれさんどす~」


楓「ぽんぽこ~♪」ヒョイヒョイ

周子「……おっどろいた。どこまでわかってはんねやろ、あの人……」

紗枝「…………」ジー

周子「紗枝ちゃん? どしたの変な顔して」

紗枝「いやぁ――」


紗枝「ここは退屈せぇへん、ええとこやなぁ思いまして」

周子「…………せやね。それにはまったく同意だわ」


~オワリ~

 おしまいです。長々とお付き合いありがとうございました。
 依頼出してきます。


 以下に現行までの過去作をまとめましたので、よろしければどうぞ。

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