小日向美穂「こひなたぬき」 (70)

アイドルマスターシンデレラガールズの小日向美穂のSSです。
ファンタジー要素、独自設定など含みますため、ご留意ください。

※台本形式、地の文、両方あります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1508431385


あんたがたどこさ 肥後さ

肥後どこさ 熊本さ

熊本どこさ 船場さ

船場山には狸がおってさ それを猟師が鉄砲で撃ってさ

煮てさ 焼いてさ 食ってさ

それを木の葉で ちょいとかぶせ――――


 ―― 事務所

美穂「へぷちっ。……う~」

美穂「ふぇ、あ、ふぁ、ふぁっ……ぺしゅんっ」

モバP(以下P表記)「どうした美穂、風邪か?」カタカタ

美穂「プロデューサーさん……いえ、そんなことないと思うんですけ、ぇぅ、ぱみ゙ゅっ」

美穂「なんだか鼻がむずむずし、あ゙じゅっ」

P「いちいちくしゃみがやたら可愛い」

美穂「おっぺすっ」


P「やっぱ風邪の初期症状かもしれんなぁ」

P「美穂、大事を取って午後からは休んどきなさい。連絡は俺が回しておくから」

美穂「えっ!? そ、そんなっ悪いですよ! 私なら大じょ、ぷしゅっ」

美穂「……ゔ~……ごめんなさい、やっぱりそうして貰っていいですか……?」

P「はいよ。ちょっと待ってな、スケジュール確認するから」カチカチ

美穂(……私、どうしちゃったんだろ。本当に風邪じゃないと思うんだけど、鼻の調子が……)

美穂(ぁ、お、おっきいの出そう……っ)

美穂「ん、ふぁ、はぇ――」

美穂「ぱぇっくしゅっ!!」


   ポンッ!


美穂「――――――っ!!!?」


P「お、出た出た。この後はボーカルレッス……」クルッ

P「……なんでテーブルの下に尻突っ込んでんの?」

美穂「あ、あのいえっ、ひょっとしてお尻を冷やしたのがいけなかったのかなって、あは、あははっ!」

P「なに、お尻が……!? それは良くないな。美穂の美尻に何かあったらコトだ」

美穂「びっ……ぷ、プロデューサーさんっ! それセクハラですよ!?」

P「小日向尻は重要文化財」

美穂「何言ってるんですか、もうっ!」ポコポコ

P「ムハハ! ムハハ! そよ風に撫でられたようだわ!」

P「……っていうのはともかく、じゃあトレーナーさんには俺から伝えとくよ」

P「美穂は寮に帰って、あったかくして休んでなさい。そろそろ寒くなってくる時期だしな」

美穂「は、はい、ごめんなさいプロデューサーさん」

P「いいっていいって。健康が一番大事なんだから」

美穂「じゃあ、お言葉に甘えちゃいますね。お疲れ様でしたっ」


美穂「……ふぅ」トコトコ

美穂「あ……危なかったぁ~~~~……っ!」


 ―― アイドル女子寮、共用トイレ

   ジャー パシャパシャ

美穂「つめたっ。……ふう、もう大丈夫かな」

美穂「くしゃみも、なんとか収まったみたい。プロデューサーさんとトレーナーさんに後で謝らなくちゃ……」

美穂「なんだったんだろ。ううん、それより、もっと気を引き締めなきゃっ」グッ


美穂「――ちょっと、尻尾が出ちゃったし」


 お尻を触って、確かめて……よしっ、ちゃんと引っ込んでる。
 本当に、気を付けなきゃ。だって――


 私、小日向美穂は、人間に化けた狸だから。


 船場山には狸がおってさ――

 っていう童謡が熊本にはありますけど、そういう名前の山はほんとはありません。
 なんでもその昔、熊本城近くの川に船着き場があって、そこが「船場」って呼ばれてたんだとか。
 川の近くにあった小高い丘がいわゆる「船場山」らしいんですが、どっちにしろ、ずっとずっと昔のお話。


 私の故郷は、八代市から太い球磨川を上流までぐぐーっと遡った先、人吉は鏡山の山頂付近にあります。

 山にはぽかぽか陽気の降り注ぐ静かなお堂があって、その日当たり良好な縄張りを巡る熾烈な化け合戦を制したのが、私のご先祖様。

 そもそも「小日向」っていう氏は、その武勇伝に因む……らしいです。お爺ちゃんが言ってました。


 狸は人間が大好きです。

 人間も人間の暮らしも大好きで、みんな憧れてます。

 だから、ある程度大きくなって力を蓄えた狸は、みんな通過儀礼みたいに人間に化けてみるんです。
 そうして山を降りて、人と話したり、街で遊んだり、商売なんてやってみたり、
 人と結婚しちゃったり(これには狸界でも賛否両論ありますけど!)――

 狸は化けるにも何をするにも尻尾が、あとお尻が大事です。とにかくお尻を冷やしちゃダメって教わりました。
 私のお尻が、身長に対してその、ちょ、ちょっと大きめ……なのも、それが関係してたり。


 それじゃあ私は、人に化けて何をしたかっていうと――



  「――ん。――ちゃん――」

響子「美穂ちゃんっ」

美穂「ふぇ!? ――あ、響子ちゃん? どうしたの?」

美穂(ここは……寮のリビング)

美穂(そっか、私、ソファで寝ちゃってたんだ……)

響子「ご飯できたよーって呼んでも来なかったから……。寝ちゃってました?」

響子「そういえばプロデューサーさんが、美穂ちゃんがくしゃみしてたって……ひょっとして風邪とか?」

美穂「ううん、大丈夫っ。ごめんね心配かけちゃって。今行くね」

かわいい



  ―― 食堂

響子「今日は、響子特製の和風ハンバーグですっ!」

輝子「フヒ……ナイス醤油ソース……しめじ君の、きらめき……」

みく「いっただきまーすっ! ……ん~~~、おいしいにゃあ!」

みく「響子チャン、ちょっと食感が変わってるけど、何か入ってるの?」

小梅「うん……しゃきしゃき、してる……ね。それに……」ピリッ

小梅「なんだか……ちょっと、ピリッと……する。おいしい……」モムモム

響子「えへへ、実はですねぇ……」ゴソゴソ

響子「じゃーんっ! 美穂ちゃんの実家から送られてきた、辛子蓮根です!」

響子「これをちっちゃく刻んで、ハンバーグのタネに混ぜてみましたっ!」

蘭子「火の国より授かりし黄金の宝玉! 我が魔翌力は極限まで高められようぞっ!」ムフー

美穂「わぁ……! 私も、いただきますっ!」

美穂「……くしゃみ、もう大丈夫かな。大丈夫だよね……?」スンスン


周子「………………」ジー

>>10
みほたんはかわいい(真理)



 何の話だったっけ――そう、私が人に化けて何をしたか。

 その前に、私がまだタンポポみたいな小さい仔狸だった時のお話をしますね。


 ある日。
 ぽかぽか陽気の古びたお堂に、誰かがゴミを捨てていきました。

 たまにあるんです、こういうこと。人って言ってもいい人ばっかりじゃないから。

 こういう時、小日向の狸たちはぷりぷり怒りながらゴミをまとめて、人に化けて出しに行きます。

 私はというと、ごちゃごちゃしたヘンテコなガラクタが物珍しくて、お父さんたちの周りをちょろちょろしていました。
「向こうで遊んどかんね」と言われても、すっかり私はゴミに夢中。
 辟易したお父さんは、ゴミの中でもそこそこ状態のいいものを掴み出して、私に一つくれたんです。

 古びたポータブルテレビでした。



 だいぶボロボロで、ぜーんぜん型落ちの、ほんとに壊れる一歩手前みたいな代物でしたけど。

 尻尾で撫でたり前脚で叩いたり、がじがじやったりしてる内に、なんと息を吹き返しました。

 中に残った電池が、最後の力を振り絞ったんだと思います。

 宝箱が開くんだと思いました。
 けど実際はちょっと違いました。

 なけなしの電力がボロの体に火を入れて、折れたアンテナが電波を掴んで、ひび割れた画面にノイズまみれの映像が映し出されて。

 そこで、女の子が踊っていたんです。

 それは、私が生まれて初めて見た人の姿。


 すっごく綺麗で、可愛くて、何もかもがキラキラしていました。

 画面の汚れとノイズを簡単に吹き飛ばして、彼女は私の両目に焼き付きました。

 アイドル――って言うんだそうです。


 アイドル。


 テレビはすぐに壊れちゃったけど、私はそれからアイドルのことを考えるようになりました。
 お父さんが人里で買ってきた辛子蓮根をぽりぽり齧ってる時も、
 お堂の境内で化学(ばけがく)の稽古を付けてもらってる時も、
 隣山の狸一族との化け合戦にてんやわんやぽんぽこしてる時も、

 アイドルは、私の中にずっといました。


  ―― 事務所

美穂「――っていうことがあって、昨日は大変だったよー」

卯月「そうなんだ……今は大丈夫なの?」

美穂「うん、全然平気だよ。でも原因がわからなくって……あれ何だったのかなぁ」

 ガチャ

P「ちーす」

卯月「あ、プロデューサーさん!」

美穂「おはようございまっもぺっしゅっっ!!」

P「グワーッ唾!!」

美穂「ええっ!? ああああごめんなさいわたっぁひゅっぺじょんっ!!」

P「グワーッ割と嫌じゃない!!」

卯月「わああっ美穂ちゃん! どどど、どうしましょう、まず口を塞いで!」

美穂「んぅ……っちゅん! ……っぷし! …………な、なんとか落ち着きましたぁ」

卯月「よ、良かったぁ……。あ、プロデューサーさん、お顔拭きますね?」フキフキ

美穂「本当にごめんなさいっ」

P「いやいや、気にするなってこれくらい」フカレフカレ

P「けど、いよいよもって風邪じゃないか? 一回お医者さんに見て貰おう。俺が連れて行くから」

美穂「そうですね、ごめ……」

P「言いっこなし、だ。すまん卯月、記者さんには説明しとくから、インタビューの時間をずらさせてくれ」

卯月「はいっ、私ここで待ってますね! 美穂ちゃんも、あんまり気にしないでね?」

美穂「うん……ありがとう卯月ちゃん。ちょっと、行ってくるね」


 人里に降りるばかりか、上京までする。

 そんな私の決断に両親は大反対。お母さんなんか小川が出来るくらい泣いちゃうし。
 説得はかなり大変だったんですが、お爺ちゃんとお婆ちゃんは私の味方をしてくれました。

 長い説得の結果、両親は私の上京と人界での暮らしを許可してくれました。 

 山を降りて新幹線に乗る前の夜、お母さんは私の化け姿に目を丸くしました。

 まうごつ、もじょか(訳:めっちゃ可愛い)――ですって。えへへ。

 別れ際にお父さんは、とにかく気を付けるようにと口を酸っぱくして言いました。
 都会では何があるかわからないし、どこで化けの皮が(文字通り)剥がれるかわからないから。

 大丈夫だよと元気に返して、私は熊本を出ました。


 とはいえ、行った先で具体的に何をどうするかは決めていませんでした。

 奥多摩の山にお父さんの知り合いの狸がいて、一時ちょっとお世話になって、考えました。
 まず、街を見に行こう。
 テレビで見たあの子たちが暮らして、笑ったり泣いたりして、アイドルをやっている街――東京。

 その街の空気を浴びて、どんな人たちがどれだけいるのか、自分の肌で感じようって。

 かくして私は熊本狸の最先端ファッションに身を包み、東京の街に繰り出したのです。

 最初に出かけたその一度では、ほとんど何も考えてませんでしたが。

 私は、そこで――




 「君、アイドルになってみないか?」



  ―― 一ノ瀬志希のラボ

志希「ん~~~。あたしが見たところでは、キミは全然まったく健康だよー?」

美穂「そう……かな? お医者さんもそう言ってたけど……」

志希「フムン。あたし、医学は専門じゃないからにゃ~。何らかのアレルギー反応か、呼吸器系の異常?」

志希「てゆーかキミってなんだか薬の効きが人と違うよね? 前から思ってたんだけどさー」

美穂「そ、そうかなぁ」ドキッ

志希「いえーっす。効き目が早かったり遅かったり、むしろ効果ゼロだったり」

志希「志希ちゃんは、キミのその体質にヒントがあると見たっ!」ピシ

志希「てことでちょっとシンキンタイム。未知の事象には、再現性があるかないかを確認することが肝要なのだよ」

美穂「再現性……それが起こる条件、みたいな?」

志希「そそそ。ざっくりキミ自身の所感を聞いてみよっか。ずばり、くしゃみが出る時ってどんな時?」

美穂「くしゃみが、出ちゃう時……」


美穂「――プロデューサーさんと一緒にいる時、かなぁ」


志希「ほほうっ」ピンッ

美穂(はうっ、獲物を見つけた猫みたいな目……!)

志希「ほほほ~う……ここでプロデューサーが出てくるとは、さしものあたしも予想外」

志希「プロデューサーから放たれる何らかの成分が、美穂ちゃんの体質に反応してるとか?」

志希「てことはやっぱり一種のアレルギー? それとも心因性? う~ん罪なオトコ」

美穂(プロデューサーさんアレルギー……か、考えたくない!)

志希「まいいや、じゃあちょっと上着脱いでみよっか?」

美穂「え……はっ!?」

志希「だーいじょぶだいじょぶ、ただの診察だから! ついでにキミの体質の正体を知りたい! 神妙にお縄を頂戴しろ~っ!」

美穂「ででででもっさっき医学は専門じゃないってっ、あああー! らめえええええっ!」


  ―― 帰り道

美穂「うぅ……ひ、酷い目に遭った……」フラフラ

美穂「――はぁ、もう夕方かぁ。今日この後は何もないし、帰ろうかな……」

  スタスタスタ

周子「やっほ、美穂ちゃん」

美穂「あ、周子ちゃん。お仕事の帰り?」

周子「うん、今日は軽い撮影くらいだったからねー。それより大丈夫だった? 志希ちゃんにイロイロされたんちゃう?」

美穂「うぅう……。で、でも、志希ちゃんにも悪気はなかったと思うしっ」

周子「あはは。まーあの天才は変なスイッチ入ると色々大変だからね~」

周子「あ、そうそう、そういえばなんだけど」


周子「美穂ちゃんってさぁ、化け狸なん?」


美穂「」

美穂「」

周子「……おーい美穂ちゃん? もしもーし?」

美穂「な」

美穂「な、――ななななんのことかわからないですぽこ」

周子「あははっ、ぽこって何やの、鳴き声? だいじょぶだよ、あたしはわかってるから」

周子「ま、初めて会った時から、なんとなーくそうなんじゃないかなって思ってたんだよねー」

美穂「え、え、わかってたって、それ」

周子「あたしを誰だと思ってんのさ。古くは平安の時代から魑魅魍魎やら狐狸妖怪やらそーゆーのが跋扈してた京の女、シューコちゃんだよー?」

美穂「あ……っ!!」

美穂「ま、まさか周子ちゃんって、き、狐――」

周子「あーちゃうちゃう、お稲荷様じゃないってば~。なんかよく言われるんだけど、あたしは違うよ。混じりっけなしの人間」


周子「中学ん時の友達にね、化け狸がいたんだ」


周子「知ってる? 京都って狸めちゃくちゃいるの」

美穂「え、そうなの?」

周子「そそ。ちなみに化け狐もふつーにいるけど、そっちはおっかないよ~? 気難しいしさ、今でも祟ったり平気でするんだって」

美穂「うあぁ、や、やめてよぉ……」ブルブル

周子「で、狸の話ね。京都にはあっちこっちに歴史の長い狸一族があって、化けたり化けてなかったり、イタズラしたり集会したり、要は自由気ままに生活してるわけさ」

周子「まー面白きこと最優先の阿呆の集まりだもんで平気で人間社会に混ざったりもして、あたしの友達もそういう手合いだったのね」

周子「っていう次第だから、シューコちゃんは化け狸にもそれなりに理解があるのでした。わかった?」

美穂「……」ボーゼン

周子「あ、信じてないなぁ? 自分だって狸のくせにー」

美穂「ご、ごめん。あんまり急だったから……」

周子「あはは。でも、あたしは結構嬉しかったなー。地元出た先でも、懐かしの狸と一緒にアイドルできてるんだもん」

周子「狸はみーんな阿呆が相場だと思ってたけど、熊本のは真面目なんやねぇ」

美穂「それは多分、田舎狸だから……。って、そうだ周子ちゃんっ、私の正体は……!」

周子「言わない言わない。でもさ、最近ちょっと危ないんじゃない?」

美穂「危ない……? どういう意味?」

周子「例の、くしゃみ。あれ、悪化すると変化が解けちゃうやつでしょ」


 私をスカウトしたことについて、プロデューサーさんはこう言います。

 ――あの時、たまたま美穂の姿が目に入って。

 ――あ、この子しかいないな、って思ったんだ。

 見た目が可愛かったりとか、雰囲気があったりとか、普通スカウトの理由は色々あるんでしょうけど。
 プロデューサーさんはそういうのを吹っ飛ばして、私に惹き付けられたんだそうです。

 って、自分で言うのってちょっと恥ずかしいんですけど……。

 とにかく私は、プロデューサーさんのスカウトを二つ返事でお受けしました。
 今にして思えばちょっと変なんだけど、私にもすぐ思いつく「理由」は無かったように思います。

 これでアイドルになれる、とか。人間のことを学べる、とか。どれも後から頭に浮かんだことで。

 初めて出会ったその時、私も――「あ、この人しかいないな」って感じたんです。


 それからは、もう色々と大変でした。

 アイドル活動を始める上で、なんていうか……本籍? とか、経歴? みたいなのが必要になるらしくて。
 そこはお父さんとお母さんがうまいことやったみたいで、なんとか正面から事務所に入れました。

 厳しいレッスン、宣材写真の撮影、初めてのステージ、CDデビュー、ユニットデビュー……。

 私は緊張しいで、それだからいつ化けの皮が剥がれるかビクビクしてて。
 だけど色んな経験が自信になって、私は、アイドル小日向美穂として羽ばたきました。

 あの時テレビで見た女の子みたいに、輝くことができたんです。

 プロデューサーさんが、いつも私の傍にいてくれたから。

 私は、ずっとずっとプロデューサーさんの隣にいたから。


周子「これはあたしの例の友達の、またその友達の親戚の、飲み仲間のバイト仲間の近所狸のお父さんの息子の話なんだけどね」

美穂「と、遠くない?」

周子「その狸はすっごく化け力が高い一級の阿呆なんだけど、一つ大きな弱点があるんだって」

美穂「弱点?」

周子「ある相手を前にすると、化けてらんなくなる。ただの狸に戻っちゃうそうな」

美穂「ひええっ……! そ、そんな相手がいたら、狸はみんなおしまいだよぉ!」

美穂(っていうかそんなことまで知ってるって、周子ちゃんこそ何者……っ!?)

周子「まー安心してよ、誰にでもってわけじゃないからさ。ある条件があるんだって」

美穂「条件? 教えて、周子ちゃん。どんな条件なの……?」

周子「ん~~~~……そだねぇ。論より証拠、ちょっと試してみよっか」

周子「これからあたしが言うことに反応しちゃ駄目だよ。びっくりしたり反論したりしないで、ただ平然としててね。出来る?」

美穂「??? う、うん。よくわかんないけど、やってみるね」

周子「そうこなくっちゃ。じゃ、今から言うね――」





周子「美穂ちゃんって、プロデューサーさんのこと好きでしょ」


   ポンッ!!


 無理でした。
 一撃でした。

 耳と尻尾が思いっきり出た私に、周子ちゃんはしばらくお腹を抱えて笑っていました。




周子「ねーねー美穂ちゃーん」

美穂「……」プクッ

周子「笑ったのは謝るからさ。ごめんなさい、堪忍して、お願いっ」

美穂「……うぅ」

周子「だって即だとは思わへんやん? あんな一発で……ば、バレバレ……くふふっ」

美穂「ま、また笑ってっ、もうっ!」ポコポコ

周子「あははっ、ごめんてぇ! ――って、別にからかいたいだけじゃなくてさ」

周子「あのね、そういうことなんよ」

美穂「そういうって、どういう……」

周子「好きな人……心底惚れ込んだ相手の前だと、化けてられなくなる。くしゃみは多分、その前兆なんだと思う」

周子「今まではなんとかなってたけど、美穂ちゃんは多分、もうプロデューサーさんへの想いを抑えられてないんじゃないかな」

美穂「――――」

周子「恋する乙女っていうのは、いいもんだけど。この場合に限って言えば……ちょっと難しいかもね」


 最初は、先生みたいな人だなって思って。

 それからどんどん打ち解けていって。

 信頼できる人間の男の人に初めて会えたから、私は緊張したり舞い上がったり、とにかく落ち着きがありませんでした。
 けどプロデューサーさんはそんな私を見守ってくれて、導いてくれて。
 素敵な仲間にも会わせてくれて。

 今でも覚えています。
 初めてのステージを成功させた時、舞台袖で待っていたプロデューサーさんはなんだか泣きそうな顔をしていました。
 私も感極まって泣きそうだったんだけど、その顔がなんだか面白くて、逆に吹き出しちゃって。

 ……この人のそんな顔を、また見たいって思うようになって。

 正直言って、自覚できたのは本当の本当に最近。

 周子ちゃんに言われてようやく、自分の中ではっきり言語化できたくらいでした。


 そうか――――私、恋してるんだ。




 これはよくある話です。

 つまりは、人ならざる者の不文律。昔話とかでもお決まりの類型。

 人に憧れ、人と暮らして、人に恋した人外の者は、その正体が知れてしまったら――


 人の世界にいては、いけない。



  ―― 夜道

 ブロロロロロロ

P「今日の仕事は随分遅くまでかかっちゃったな。美穂、寝ててもいいんだぞ?」

美穂「だ、大丈夫です……」ウトウト

美穂「……っ、ぷしゅっ」

P「それ、良くならないなぁ。熱とか、他のとこは悪くないからまだいいけど……」

美穂「あはは……どうしてなんでしょうね」

美穂(ほ、本当の原因なんて、言えないよう……)

P「でも、今日のロケはばっちりだったな。東京都内に大自然あり、森とたわむれる小日向美穂……か」

P「美穂ってなんか、森とか木とか、そういう感じが似合うよな。森ガールってのとはちょっと違うけど……」

P「なんか、馴染むっていうか。癒されるのかな?」

美穂「えへへ、ありがとうございます!(そりゃまあ、山で生まれ育ちましたし)」

美穂「でも私もびっくりしちゃいました。都内にもこういう自然があったんですね。この道も、すごく暗い……」

P「夜の山道はそりゃな。街の灯りが恋しいよ。もうちょい辛抱してくれな」

美穂「はい……あっ」

P「ん?」

美穂「プロデューサーさん……ちょっと、あそこのカーブの手前で停まってくれますか?」


P「美穂? そこに何か落ちて……あっ」

美穂「…………」

P「狸……か。道路まで降りて、車に轢かれちゃったんだな。気の毒に」

美穂「そう、ですね。……よしっ」ダキッ

P「な!? お、おいおい、抱きかかえてどうするんだ!?」

美穂「どこか、近くに埋めなきゃって。大丈夫ですよ、そんなに重くないし……」

P「そうじゃない。動物の死骸ってのは、何か良くない雑菌があるかもしれないだろ。道端に放置されてるならなおさらだ」

美穂「ぁ……そ、そうですね。私、余計なことを……」シュン

P「そいつは、俺が抱くから」パッ

美穂「あ、えっ、そんな! 汚れちゃいますよ!」

P「スーツなんか洗えばいいさ。美穂に何かある方が俺は嫌だよ」

美穂「でも、でも……」

P「ほら、一緒に埋めてやろう。こいつ、このままじゃ可哀想だもんな」

美穂「ぁ……はいっ」パアッ

P「車の中に非常用の折り畳みシャベルがあったと思うから、取ってきてくれるか?」

美穂「って、シャベル? そんなの積んでるんですか?」

P「まあ、いざって時とかに……。何年か前に都内でもめちゃくちゃ雪積もったろ? ああいう時用に積むようにしてるんだ」

美穂「わ、わかりました、取ってきますね!」タッ


 パン パン

P「これでよし……と。すまんけど、人を恨んでくれるなよ……」ナムナム

美穂「…………」オイノリ

美穂(若い、オスの狸だった。街へ行こうとしたのかな……ごめんね、ちゃんとしたお墓にできなくて)

美穂(それで、多分、もう一匹……)

美穂「あの、プロデューサーさん。お願いがあるんです」

P「ん……なんだ?」

美穂「明日の夜、もう一度ここへ連れてきてくれませんか?」

P「もう一度……? ちょっと待てよ、手帳見るから」

P「うん、少し詰めれば十分往復できる。……けど、急だな。どうしてまた」

美穂「その。よくわからないこと言ってる、って思うかもしれませんけど」

美穂「お話したい子が、いますから」


美穂「狸って、愛がすっごく深いんです」

美穂「一度ツガイになったオスとメスは、お互いその一匹だけを生涯愛し続けるんですよ。たとえ、片割れが……その、死んじゃっても」

美穂「だからこういう時、残された方の狸は、ツガイが死んじゃった場所に居座ったり、何度も通ったりするんです」

美穂「いつまでも、いつまでも……。まるでそこにいれば、愛する相手が帰ってくると信じてるみたいに」

美穂「でも、あそこ車道ですから。そっちの子も車に轢かれて……っていう事故も結構あっちゃったりして」

P「そうなのか……全然知らなかったぞ」

美穂「そうなんです。だから、この子が誰かとツガイになってたなら、きっとここに奥さんが来ます」

美穂「その子まで事故に遭ったら、可哀想だから。私、危ないよってお話をしようと思うんです」

P「お話、ったってお前……狸だぞ?」

美穂「大丈夫ですっ。誠意を持って話せば、きっと伝わりますから!」

P「そうか……。うん、わかった。美穂がそこまで言うなら」

美穂「ありがとうございます!」

美穂「うっかり轢いちゃわないように、車はちょっと離れたとこに停めてください。あとは、私が一人で行きますから!」


 翌日の夜、プロデューサーさんは本当に私をそこまで連れてきてくれました。
 きっとわけのわからないことを言っちゃったから、断られるか、叱られるくらいの覚悟はしてたんですけど……。

 今まで美穂が嘘をついたり、無意味なことをしたことはないから、いつも通り信じるよ――って。

 ……そういうのを、さらっと言ってくるんだから、ずるいと思います。


 少し離れたところで、プロデューサーさんに待っていて貰います(念のため私の話し声も聞こえないくらいの距離で)。
 何かあったらすぐ連絡しろって、彼はアイドリング状態の車で待機していました。

 メス狸は、例のオス狸が倒れていた場所にいました。

 私とそう歳の違わない若い子。

 冷えた道路に鼻をくっつけ、いなくなった恋人の残り香を探しているみたいでした。

 
 実際、話し合いはそれはもう紛糾しました。

 当たり前です。狸はすっごく一途なんです。
 危ないからここから離れろっていうのはその実、「恋人を忘れて暮らせ」って言ってるようなもので。
 仮に私なら絶対嫌だし、相手も嫌って言いましたけど、でも命には代えられません。
 
 お互いの主張は平行線、とにかく弁舌を振るう腹鼓もぽんぽこ打つ、
 ついには化け合戦で白黒つけるかというところまで行き着く寸前、とうとう相手が折れました。

 体はここに無い、魂もどこにいるかはわからないけど、私たちが作ったお墓があるから。
 安全なその場所になら、ずっといられるから。

 行く場所が変わっただけでも結構な変化なのですが、根本的な解決にはなっていません。
 あの子は、恋人のことをびたいち忘れてなんていませんから。

 ……けど、狸ってそういうものです。私がどうこうできる問題じゃないし、それに、気持ちは痛いほどわかります。

 いつかまた様子を見に来ようと思います。


 ……それにしても、夜で良かったです。
 彼女と別れて車に戻る時、私の顔は真っ赤になっていたと思うから。

 別れ際にあの子が、あんなこと言うから。その――

「あのオスが、あなたのツガイなの?」……だなんて。
 


 それからというもの、私はちょっと怖いことを考えるようになってしまいました。

 もし、私があの子の立場だったら。

 つまり、好きな人を何かの形で失ってしまったら――って。

 なにも死別じゃなくて、もっと別の方法ででも。
 例えば担当が外れるとか、プロデューサーさんが異動になっちゃうとか……。

 中でも一番現実的なのは、「私が狸だってことがバレる」です。

 こうなっちゃったらもう駄目です。イチコロです。
 だって人間と狸なんだもの。百人中百人が首を横に振る恋だと思います。

 狸だってバレて、みんな大騒ぎになって、私は尻尾を巻いてすごすご熊本に帰る……。
 それが多分、一番ありそうな結末です。

 
 周子ちゃんに恋を言い当てられて。

 メス狸にツガイのことを意識させられて。

 そういう考えがあればあるほど、恋心を自覚すればするほど。
 私のムズムズは、もう我慢できる限界を超えていました。


美穂「プロりゅ、ぱぇっ!!」

美穂「ごめ、ぺぅっしゅっ!!」

美穂「こ……今度こ、ふぇ、おしゃんてぃ!!」

美穂「ぱっしょんっ!!」

美穂「めっしゃっ!!」

美穂「ぁ、しゃいんっ!! まじゅっくっ!!」

美穂「ぽんこしゅっ!! らぶでしゅっ!! んぎゅ、ふぇ、ふぇ――――」
 


 たまに夢を見ます。

 アイドルとしての私が、全部夢だった夢。
 狸の大仕掛けに化かされて、みんな幻だったってことがわかっちゃう夢です。

 綺麗な舞台、華やかな街、応援してくれるファン、大切な仲間、好きなあの人――それらが全部、木の葉や木の枝で作ったイミテーションで。
 ある日突然化けの皮が剥がれて、シャボン玉みたいに、パチン! ――と消える。

 目覚めた私は、なんにもない原っぱに一匹ぽっちで転がってる。

 そういう夢です。


 この頃になると、私はプロデューサーさんの傍にいる時にこうなる、ということをみんな理解してきました。
 原因はさっぱりだけどとにかくそうなんだから、私のパフォーマンスの為、プロデューサーさんは私と距離を置くようになりました。

 連絡や打ち合わせも電話で、ステージやお仕事を見守る時も遠くから、事務所ではできるだけ鉢合わせないように。

 そういう風に、なってしまいつつありました。

 
 ふと、ある歌のことを思い出しました。

 私はお仕事でよく恋の歌を歌わせてもらいます。初々しい恋も、重く深い愛も、色々。

 うち一つに、城ヶ崎美嘉ちゃんと歌った一曲があります。
 後で改めて、相葉夕美ちゃん、赤城みりあちゃん、上条春菜ちゃんも加わって、五人で歌い上げた恋の歌。
 そのフレーズが、なんとなく私の中でくるくる回ります。


 ――大好きと伝えていいですか?
 ――消えてなくなったりしませんか?


 色んなことがあっても、でも。
 でもです。

 私は、人間が好き。
 アイドルが大好き。
 プロデューサーさんが、大好き。
 


美穂「……まだここにいたい」

美穂「みんなと……プロデューサーさん一緒に、アイドルやりたいよ」


 けど。
 多分それは、もう限界なのかもしれません。

 決めました。

 せめて、この気持ちだけでも伝えよう。


 ―― 事務所

美穂「ふろりゅーしゃーしゃん」

P「! 美穂……」

P「…………どうして鼻に洗濯バサミを?」

美穂「く、くひゃみが、れひゃうから……」プルプルプルプル

P「め、めっちゃ耐えとる! ダメじゃないか美穂、俺に近付いちゃ!」

P「せめてくしゃみの原因がわかるまで、離れてないと……!」

美穂「ふろりゅーしゃーしゃんっ!!」

P「っ! ……何だ?」

美穂「お、おふぁ……おふぁ、ふぁ、ふぁ、ふぁ」プルプルプルプル

美穂「んぐっ」

美穂「おふぁなひが、あるんれふ」

P「……そうか」

P「わかった、美穂。実は、俺からも話したいことがあるんだ」


美穂「……」

P「……」

美穂(ソファに隣り合って座って)

美穂(こんな状態じゃなければ、嬉しいシチュエーションなのに……)

P「実は……な。美穂の担当を外れる、という話が上がってるんだ」

美穂「……っ」

P「小日向美穂は、うちにとっては欠かすことのできないアイドルだ」

P「ユニットメンバーとしても個人としても、この事務所の要だ。穴を開けるなんて絶対にできない」

P「だから、お前のパフォーマンスを守る為にって、ちひろさんや社長とも相談した」

美穂「…………っ」ジワワ


P「……相談して、でもやっぱり嫌です、って言っちまった」

美穂「えっ」


P「原因はわからないけど、俺のせいで美穂が大変なことになってるのはわかってる」

美穂(違います、あなたのせいじゃないんです、私のせいなんです)

P「だから普通に考えたら、美穂にとって俺はもう傍にいちゃいけない存在なんだ」

美穂(そんなことありません、むしろ逆です、いてくれないと私)

P「でも、俺が美穂をスカウトした時、この子しかいないと思った。その直感は本当なんだ。それは今でも続いてる」

P「だから……絶対になんとかしてみせますからって。必ず原因を突き止めて、どんなに時間かかっても解決するし、その間の仕事も抜かりなく進めるから」

P「まだ、美穂はもっともっと輝けるから。その手伝いをしていたいから」

P「担当を外れることだけは勘弁してくださいって、めちゃめちゃ頭下げまくった」

美穂「――――」

P「……駄目な奴だよな。さんざん迷惑かけといてさ」

P「美穂。やっぱり俺、お前と離れたくないよ」


 言いたいことは山ほどあったのに。
 最初からそのつもりだったのに、胸がいっぱいになって、私の言葉が出てきません。


 好き。好きです。大好きです。あなたのことが好きなんです。


 だけどもし伝えたら、パチンと消えてしまうのは「あなた」ではなく「私」で。

 嬉しくて切なくて、もどかしくて、眼が潤んで息が詰まって、鼻とお尻がむずむずして、

 もう限界で――――


    ポンッ!!




 ああ、やっちゃった。


 目を丸くするプロデューサーさんの顔。ぴゅっと動く私の体。

 アイドル小日向美穂は、もうどこにもいません。

 いるのはテーブルに頭隠して尻隠さずの、ぷるぷる震える毛玉が一匹。




 一度狸になってしまえば鼻のムズムズは無くなりましたけど、そういう問題じゃありません。

 バレました。
 完全に正体を見られました。

 私はもうどうしようもなくて、逃げるのも申し訳なくて。
 戸惑いながら撫でてくれるプロデューサーさんの膝の上で、しばらくすんすん泣いていました。

 
P「…………えっと」

美穂「……くすん」 ←戻った

美穂「そういう、ことなんです。私ほんとは人間じゃなくって、狸なんです」

美穂「今まで騙していてごめんなさい。ファンのみんなにも、アイドル仲間のみんなにも私、酷いこと……」

美穂「私、山に帰ります。正体がばれた狸は人里にいちゃいけないんです」

美穂「プロデューサーさん。今まで、お世話に――」


P「――なぁんだ、そんなことだったのか」


美穂「…………え?」

P「じゃあ、くしゃみもその関係だったんだな? なんか不調だったのか?」

P「あ、でも今は止まってるな。一回戻って気分がスッキリしたとか?」

美穂「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、なんでそんなに普通なんですか!?」

美穂「私、化け狸なんですよ? 人間じゃないんです! なのにどうしてそんな、平然とっ」

P「……って言ってもな、今更だぞ? ちょっとおいで」クイ

美穂「えっ」

  スタスタスタ…
 

 
   ―― アイドル女子寮

P「ほら。うちそもそも本物のサンタがいるだろ」

イヴ「あ、お呼びですか~?」ヒョコ

美穂「そ、そういえば……!」

P「あと由緒正しきお稲荷さん」

紗枝「あらいややわぁ、そない簡単に正体明かしてしもて、ぷろでゅーさーはんのいけず~」コンコン

美穂「ぇぇえええっ!? お狐様って、紗枝ちゃんの方が!?」

周子「あ、ごめん言ってなかったねー。狸と狐って相性悪いと思ったからさー」

紗枝「そういうんは昔の話どす~。小早川のお家も、お狸はんにはよう楽しませてもろてますえ?」

P「あと霊感少女」

小梅「オス狸さんの幽霊が、言ってた、よ……。『色々ありがとう』、って……」

P「あと神様の依り代」

芳乃「肥後の山々はー、とても良き処と聞き及んでおりまするー。いずれわたくしもー、狸様へのご挨拶に参りたいのでしてー」

P「あと多分神様」

茄子「神様だなんてそんな~、ちょっとご近所付き合いをさせて頂いてるだけですよ~」

P「あと……なんかよくわからん」

こずえ「ふわぁー……」ズモモモモモ

P「あと……」チラ

蘭子「…………!!」フンスッフンスッ

P「……可愛い熊本県民」

蘭子「なぁっ!? わ、我が名はブリュンヒルデ! この姿は現世に降臨せし為の仮初の器なるぞっ!」プンプン
  (訳:そ、そこは私も何か言ってくださいよ~!)


美穂「」


P「……な? だから、お前の居場所が無いなんてことは絶対にありえないんだよ」

美穂「ぽ、ぽこ……」
 

 
 忘れてました。
 うちの事務所が、とんでもない個性派揃いだっていうこと。


 私の正体は、そういう風にしてバレました。

 他の特殊なアイドルの子達と一緒で、アイドル仲間や事務所のごく一部(ちひろさんとか)以外に正体を伏せることにして、あとはいつも通りです。

 私はといえば――心配をかけちゃった卯月ちゃんと響子ちゃんには直接伝えておきたくて、プロデューサーさんの許可を取って、全て打ち明けました。

 全っ然拒絶とかされませんでした。びっくりはされたけど。
 それどころか狸姿が大ウケで、今でもお泊まり会の時なんかは卯月ちゃんの抱き枕にされたりします。

 志希ちゃんは私の正体にものっすごいエキサイトして、化け術の学術的分析とか、狸に効く新しい薬とか新種のフレグランスとかを考案しちゃって、
 私は正直戦々恐々です。ま、間違っても解剖とかはされないと思いますけど……されないよね?

 周子ちゃんにはアドバイスとかお世話になったから、改めてお礼を言いました。今度、紗枝ちゃんと三人で京都に行こうって約束をしています。
 京都の狸と出会えるのがとても楽しみです。それから、お狐様にも。……周子ちゃんは怖いって言ってたけど、紗枝ちゃん見る感じ、そんなことないと思うなぁ。

 狸の姿に戻るのは深夜、寮の自分の部屋だけという決まりを作ってましたけど、今はそこそこ自由に戻ったりします。

 みくちゃんは「た、狸系アイドル!? 思わぬライバルの登場にゃ……!」と気合を入れ直してました。系っていうか、狸そのものなんだけど……。

 たまに飼い主さんと来る猫のペロ、犬のアッキーくん、イグアナのヒョウくんと遊ぶこともあって、私は今の立場が結構気に入っています。
 

 
 そうそう、化け術の弱点は個狸個狸にあるそうですが、私に関して言えば、自分の心の方に問題があったようです。

 つまり「バレちゃいけない」「化けてなくちゃいけない」と自分を抑圧する気持ちが恋心と摩擦を起こして、くしゃみとして表に出たんだとか。

 なのでもうそういう段階じゃなくなった今は、プロデューサーさんの傍にいても平気になりました。
 でもちょっとクセになっちゃってるみたいで、ドキドキするとまたくしゃみが出るようになってて、そこは追々改めていくしかなさそうです。

 目下の問題は、狸と人間が本当に結婚できるのかどうか。
 そういう噂は聞くし、そんな昔話ならあった気がするけど……。
 今度帰省した時に、両親に話を聞いてみたく思います。


 そんなこんなで私、小日向美穂は、相変わらず東京でアイドルしています。

 たまのお休みの日には、都心から少し離れた某自然公園で日向ぼっこをしたりします。

 もしそこに来ることがあれば、スーツの男性ともふもふの狸がベンチでお昼寝してる――なんて光景が見られる、かも?
 

 
 気持ちを伝えたとして、パチンと消えちゃうことはなくなったけど。

 ……大好きって言うのは、やっぱりもうちょっと後になりそうです。


美穂「……はちゅんっ」

   ポンッ!


~オワリ~

以上となります。
初投稿で色々至らぬ所もあったかもしれませんが、お付き合いありがとうございました。
HTML依頼を出してきます。

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