フレデリカ「怪談ごっこ、その3」 (33)


これはモバマスssです
不快になる展開、表現が含まれるかもしれません


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フレデリカ「フンフンフフーン、夏」

杏「もうちょい頑張れー……」

肇「ふ…夏…サマー…無理ですね、辿り着けません」

文香「随分と眠そうですね、杏さん。クマが出来ていますよ」

杏「昨日の夜……うーん、朝までゲームやってた」

肇「それで、夏と言えば何なんですか?」

フレデリカ「えっとねー、怪談!」

肇「部屋でて右手の突き当たりにありますから、好きなだけ昇り降りしてきて下さい」

文香「饅頭」

杏「冷蔵庫にゼリーなら冷えてるよ」

文香「……それで妥協します」

フレデリカ「アタシのなんだけどなー」




肇「それで、怪談話でもするんですか?」

文香「どうせでしたら……キャンプファイヤー囲みながらにしませんか?」

杏「こないだ怒られたばっかりでしょ」

フレデリカ「えっとねー、フレちゃんとっておきの怖い話考えて来たんだー」

杏「お、どんな感じ?」

肇「電気、消しましょうか?」

文香「ポップコーンとカルピスの準備は出来ています」

フレデリカ「20日締めなのに通信制限来ちゃった……」

杏「……え、笑えない程怖くない?」

肇「外でそんなに……何してたんですか?」

フレデリカ「えっとねー、喫茶店にいるときにずっと文香ちゃんのテレビ通話に付き合わされてたの」

文香「……ポップコーン、少し分けてあげます」




杏「……え、終わり?」

フレデリカ「もう一個あるよー。その後帰ったら部屋から冷たい空気が……」

肇「……冷房、付けっ放し……」

文香「……あぁ……光熱費が……」

杏「日常にはこんな恐ろしいものが潜んでるんだね」

フレデリカ「いじょー、フレちゃんの怪談劇場!」

肇「それ、今度の夏の特番で披露するつもりですか?」

フレデリカ「スポンサーがFUJIT○Sらしいーしアリじゃないかなー?」

文香「Fがついていますし……おそらく、大丈夫かと」

杏「文香ちゃん、肇ちゃんに比べて完成度ひどくない?」



フレデリカ「じゃー杏ちゃんは?まだ話してなかったよねー?」

杏「おおっと、その流れは読んでたぜ!」

肇「なんとぉ!」

文香「流石ですね……まるで怪談博士です」

杏「無限ループ入るからスルーするよ」

フレデリカ「それで、どんなお話しなのかな?」

杏「絶対そろそろ杏に振られると思ってね、ずっと色々調べてたんだよ」

肇「楽しみですね」

文香「……期待が、たかまります」



杏「それじゃー……うーん、眠い」

フレデリカ「いぇーい!録音していーい?」

杏「ノーモアー怪談泥棒だよ」

肇「私達よりも面白いお話し、お願いしますね」

杏「おっけー……うん、二人に習ってこれは体験談って事にしよっかな」

文香「杏さんの声だと……緊張感、出ませんね」

杏「ゆっくり実況にしてやろうか?……まぁいいや、それじゃーー」





これは、夏が本格的に始まり始めた七月下旬のお話しだよ。
まぁ要するに、ついこないだのお話しだね。
蝉が鳴くにはまだ早くて、夏休みの予定を建てるには遅過ぎる、そんな中途半端な時期の。
花火をするには早過ぎて、洗濯物を干すには遅過ぎる、そんな中途半端な時間帯から始まったんだ。

ただいまー……あー、あっつい……

買い物袋を開けて、冷房ガンガンに入れて、テレビの前に寝っ転がる。
仕事が終わったのが16時過ぎで、何処に遊びに行くにも微妙だったから帰ってきて積みゲー消化しようとしてたんだ。
でも部屋が冷えるにはまだ時間かかりそうで、なんとなくやる気が起きなくて。
だらーんとしながらテレビをBGMにスマホ弄ってお茶飲んでた時にね。

『来週のこの時間は、本当にありそうな怖い話3時間SP!』

怖い話の番宣が流れて来たんだ。
毎年この時期になると恒例の番組だよね。
夏といえばホラーだし、ホラーといえば夏だし。
まぁもう近年はそんなに見てなかったけど。

そこで思い出したんだよ。
そう言えば、杏とフレデリカちゃんだけ怪談話してないんだった、って。
んでもってもう夏でしょ?
絶対近いうちにフレデリカちゃんに怪談話してーって振られるだろうな、ってね。

なら善は急げ。
早速手持ちのスマホで色々怪談を調べ始めたんだよ。
適当にありがちな話でも良かったんだけど、肇ちゃんや文香ちゃんぐらいのクオリティのお話しにしたかったからね。
フレデリカちゃん?どうせ適当に何か言って流してくるでしょ。



とは言え困った事に、これだー!ってくる怪談や都市伝説がなかなか見つからなくてさ。
どれもこれも、なんかどっかで聞いた事があるような話ばっかりで。
んで下手に地方の伝承とか都市伝説に手を出そうとすると、文香ちゃんにボロ見抜かれそうだし。
もういっその事杏が蒸発して怪事件でも起こしてやろうかな、ってアホな事考えてた時にだよ。

『〇〇区で起きた怪事件!連れ去られた小学生!』

なんかもうふた昔前の掲示板かよ!みたいな見出しの記事を見つけたんだ。
パッと見た感じ誘拐事件だし、何時もだったらスルーしてただろうけどね。
その〇〇区ってのが、杏が住んでるとこから歩いて1.2キロくらいの場所でさ。
随分身近に起きた事件なんだなーって、ちょっと興味を持ってね。

詳しく調べてみると、確かに少し不思議な事件だった。
事件が起きたのは、四日前の夕方17時過ぎ。
公園で遊んでいた小学生達が、そろそろ門限だと解散をし始めた頃。
……なんだか小学生時代の夏の夕方を思い出して懐かしくて哀しくなってきた。

おっと、そうじゃなかったね。
5.6年生が混ざって遊んでて、夕方のチャイムが鳴ってからちらほらと少しずつ帰り始めたらしい。
んで、その内の一人が誘拐されて、翌々日に近くの河原で……発見されたんだって。
ここだけ聞くと、普通の事件なんだけどさ。

そこで遊んでた全員が言うには、全員が全員二人以上で帰って行ったんだって。
当然一緒に帰るって事は、家の方向が同じな訳で。
つまり、そんな近所な二人が分かれてから家に着くまでの超短時間のうちに誘拐されたって事になる。
まぁ、それでも不可能じゃないとは思うけどね。

その誘拐された少女と、一緒に帰った友達がいないんだって。
いや、その少女に友達がいないんじゃなくて。
全員が二人以上で帰ってた筈なのに、その女の子と一緒に帰ったって言う子がいないんだってさ。
でも間違い無く、その女の子も誰かと一緒に公園から出て行った、と。



……つまり、どう言う事なんだろ?

超常現象が起こりうる可能性を考慮すると、幽霊的なモノが子供達の遊びに参加して、その後攫っていった、みたいな?
夕方は色々と入り混じる時間帯って言うし、無くは無い……いや、ないでしょ。
幽霊がオッケーならこの世界に密室事件が無くなる。
霊体ってどうやったらブロックできるんだろ、塩かな。

……とまぁこんな感じで、みんなに話すネタが見つかったなー、良かった良かった、なんて思ってたのさ。
不謹慎極まりないね、今思い返せば反省ものだよ。
まぁ夏場の暑さと疲れのせいって事にしといて。
部屋もう涼しかったけど。

夕飯、作るのめんどくさいなぁ……
シャワー浴びて、あとテレビ消さなきゃ……
ん、やばい、寝そう、夏の夕方の眠気って異常だよね。
まぁいっか、起きてから色々やろう……

窓の外の色は、少しずつ赤から黒に変わっていた。





うーん……暑い。
少し汗をかいて目を覚ますと、冷房がサーモスタット機能のせいで止まっていやがった。
ありがたい機能なんだけどね、やめて欲しかったかな。
優しさは時として人を傷付けるよ。

静かな部屋でのんびり買ってきた惣菜をチンしながら、連絡が着てないか確かめる。
フレデリカちゃんからだけだった、スルー、後で返すよ。
それから適当に動画見たりゴミをまとめたりシャワー浴びたりして。
でそこで気付いたけど、22時回ってた。

うっわ……見たかった番組終わってる。
まぁいいや、積みゲー消化しよ。
高校生の夏休みの夜なんてそんなもんだよね、多分。
そんなこんなで、杏は夕方調べた事を完全に忘れてた。

ちなみにゲームはクリアできなかったから糞ゲー。




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翌日、撮影が終わって涼しい電車に乗って家に帰ろうとしてる時の事。
区境の橋を渡ってる時、なんとなく昨日調べた事件の事を思い出したんだ。
丁度その女の子が発見された川に掛かってる橋だったからさ。
それで、この辺りなのかなーって窓から橋の下を見下ろしてね。

……え?

自分の目を疑ったよ。
橋の下に、沢山の人とパトカーが集まってた。
まさか……また?!
急いでスマホで、事件の事を調べてみた。

杏が考えた通り、先日起きた誘拐事件とほぼ同じ事が起きたらしい。
昨日の夕方から行方不明になってた女の子が、前回と同じ場所で発見された。
一緒に遊んでた子供達の証言も、概ね前回と一緒。
近辺の学校側は、対策としてしばらく集団下校を設けるらしい。

区境の公園だったって事もあって、杏が住んでる区の学校も同じ対策を取る、と。
そしてようやく、杏は恐怖を感じた。
隣の区だったから、殆ど他人事だったのかもしれないけど。
自分が住んでいる区となると、途端に不安になってくる。

流石にこの歳で公園で遊ぶ事なんて無いけどさ。
夜一人で歩く事になったら注意しないと。
ユニットの他の3人と違って、杏は大人に襲われたらひとたまりもないからね。
なんて考えているうちに、最寄駅に着いた。



まぁまだ15時だし、不安になる事もないでしょ。
コンビニでお菓子や飲み物や色々買って、家に入って冷房起動。
蒸し暑過ぎて汗が酷いし、冷えるまでシャワー浴びてよ。
あ、洗濯機も回さないと。

少しずつ、また杏の日常が戻り始めた。
事件の事よりも、昨日クリア出来なかったゲームの攻略法の方が脳を占める。
アイテム無駄遣いするのもアホらしいし、今日はひたすらレベリングしようかな。
シャワーを浴びて、キンキンに冷えた麦茶とアイスを開けてテレビの前に寝転がる。

あー……贅沢な夏だ……
光熱費の事は考えたら負けだと思ってる。
部屋の掃除は……そのうち誰かが遊びに来た時にしてもらえばいいや。
……あ、死んだ、ちくしょう。

うーん、昨晩も3時過ぎまでゲームやってたから眠い。
スマホを確認したけど特に連絡は無し。
やってるソシャゲのスタミナもまだまだ回復し切らないし、しばらく寝ようかな。
夜になったら適当に夕飯買いに行けばいいや。



掛けておいたアラームのおかげで、20時ぴったりにサクッと起床!
……って訳にはいかなかった。
アラームに起こされるだけで人間はストレスを感じるらしいし、なおかつ夏の夕方のお昼寝だったからね。
起きるの凄く怠かったよ。

目覚ましがてら近くのコンビニまで散歩して、人類の英知の結晶冷凍食品をカゴに突っ込む。
もちろんポテチと飴も忘れない。
買い物袋を片手に、スマホをポチポチしながら夏の夜の道を歩く。
七月下旬とは言え、20時を回るとそんなに暑くないね。

そんな時、なんとなく、ほんっとになんとなく。
まだ眠気覚めきらないし、少し散歩してから帰ろうかな、なんて。
そんな事を考えちゃったんだ。
気を付けようなんて考えてた事なんて、完全に忘れてたんだよね。

ふらふらーっと、のんびり大通りから一本離れた道を歩く。
自分が住んでる町なのに、案外まだ知らない道があって楽しい。
人通りは少ないけど、まぁ完全に0ってわけじゃないしそんなに危険もないでしょ。
お、こういう小道って昔は気になって入ってったなー……

なんて、歩いて。
杏は道に迷った。
アホか、私17歳だぞ。
ま、まぁ夜で見通し悪いから仕方ない事だし、なんて誰にでもなく言い訳してみた。

仕方ない、グーグル先生の出番かな。
マップを開くと、気付かないうちに結構歩いていたのかあと500メートルも歩けば隣の区に入りそうな場所だった。
こんな時間に杏がこの辺りをうろついてたら警察に色々言われそうだなぁ。
さっさと帰ろ、頼んだよ先生。



そこでね、さっさと引き返せば良かったんだ。
早く帰って、家でゲームしてれば良かったんだ。
そうすればさ、見ずに済んだんだよ。
でも、気になっちゃったから。

少し先の交差点の右から、赤い光が点灯してるのが見えた。
遠くからでも分かりやすい、クルクルと回ってるであろう赤いランプ。
あ、何かあったんだな、ってすぐ気付いちゃったし。
どうしても、何があったのか知りたくなっちゃったんだ。

恐る恐る近づくと、かなりの数の人がいる事が分かった。
慌しく、警察が行ったり来たりしてる。
まだ引き返せる、気付かなかった事に出来る。
そんな心の安全弁は、その場所の雰囲気のせいで全く働いてくれなかった。




そして、杏は見た。

遠目からでも、チラッと目に入っただけでも直ぐに分かった。
小道の道路、塀、標識、電信柱。
その全てが、赤、赤、赤に染まっている。
赤灯のせいじゃない、アレは間違いなく……

「……え……ぁ……」

真っ赤な小道に背を向けて、杏は全力で走り出した。






買い物袋を手放さなかったのは奇跡だと思う。
その後の事は、ハッキリとは覚えてない。
ただ、杏はきちんと家に帰る事ができた。
人間の帰巣本能って凄いね。

……そうじゃなくて。

ブルーシートのおかげで、ソレを直視する事は避けられたけど。
あの道は間違いなく、血で染まってた。
見なければ良かった、なんて後悔は今更遅過ぎる。
それを目にした時の風景は、鮮明過ぎる程に脳裏に強く焼き付いてる。

事件の事は、ニュースでも放送されていた。
かなりマイルドな表現になっていたけれど、掲示板や他SNSとの情報を併せれば、あれが普通の殺人事件に収まらない事は直ぐに分かった。
あれは、バラバラ殺人事件だった。
思い返して吐きそうになるのを必死で堪える。

事件が起きたのは、今日の夕方頃。
被害者は20歳前後の女性。
大学の講義には、その日もきちんと出席してたらしい。
駅から自宅への帰宅途中と思われる、との事。

そして、少し不思議な情報を目に挟んだ。
夕方頃、その近くで女の子の泣き声が聞こえたらしい。
もちろん、らしい、であって確定じゃないけど。
本格的に女の子の幽霊説が掲示板で持ち上がってて、何とも言えない気持ちになる。



そして、ここ連日に起きている3件の事件のまとめが色々なまとめサイトに載せられていた。
まー近くに住んでないネット民からしたらお祭り騒ぎだよね。
近くに住んでる杏からしたらたまったもんじゃないけど。
夜に散歩なんて二度としないね。

そして、その事件に関する考察や下らない陰謀なんかが飛び交っていた。
その中でも一際目立っていたのが、その事件が起きた場所の地図。
一人目の女の子が誘拐された公園、二人目の女の子が誘拐された公園、その二人が発見された河原、今日の事件が起きた小道。
その全てが、綺麗に一直線上にほぼ等間隔並んでいた。

あははー、こりゃ3人に話す怪談にはもってこいだね。
……なんて、軽いこと言ってられる様な事態じゃないんだよなぁ。
ネット民共も探偵ごっこなんてしてんじゃないよ。
なんて、その地図を見てた時。

「……え?」

気付いちゃった。
気付かなければ良かった。
全身に鳥肌が走った。
一気に恐怖が押し寄せてくる。

「……杏の、家?」

等間隔で起きている事件の今日の位置から、その延長線上等間隔3倍分の場所に。
今、杏が居る。
この部屋があった。






翌日、杏は一日中引きこもっていた。
仕事も誰かと遊ぶ約束もないし、ゲームの消化も身の安全の確保も出来て一石二鳥。
……なんて能天気な考えは、流石に出来なかった。
あんなネット上の誰が言ったかも分からない素人の推理如きに悩まされるのは癪だけど、ありえなくはないからね。

……あと2回事件が起きたら、次は杏が……

不安を脳から叩き出そうと、ゲームに熱中しようとした。
当然、出来るはずなんてなかったけどね。
頭を埋めるのは、事件の事。
昨日目にした、あの真っ赤な小道。

杏も、あんな風に……

犯人が幽霊だった場合はもうどうしようもないから茄子さんあたりに頼るしかないけど、まぁ常識的に考えて犯人は人間だろう。
だとすれば、部屋から出ない事で対処できる。
買い物は……ユニットのメンバーかプロデューサーに頼もう。
それかお昼前くらいの外出なら、事件が起きる可能性は低いでしょ。

一応杏が住んでるのは一軒家じゃないから、杏が狙われる可能性は確率的には5%にも満たなかった。
けど、不安を安心に変える為にわざわざ事件現場の海抜まで調べちゃって。
その全部が海抜すら一緒で、それと同じ高さに杏の部屋があって。
結果として、それは杏の不安を煽るだけだった。



ユニットの誰かの家に泊めてもらうという選択肢もあったけどね。
確証もない推理で、そこまで迷惑を掛けるわけにもいかないし。
元々犯人が杏を狙っていた場合、それこそ甚大な被害をお裾分けしちゃうことになるし。
そもそも信じて貰える筈もなくて、言い出せなかったよ。

結局日が暮れて日付が変わるまで、集中出来ないながらもゲームで乗り越えた。
明日は午前中くらいは買い物に行こうかな。
食事は面倒だけど栄養を摂らない方がマズいしね。
ウィダーを握り潰してシャワーを浴びて、ベッドに転がった。

今日は、事件起きてないといいな。
そう祈りながら、夢の世界へダイブ。
精神的に疲れていたのか、意識は一瞬で薄れていった。




翌日起きて、顔を洗う。
目の下にはクマができていた。
こりゃ撮影は無理だね、二日はオフで良かったよ。
不安が大きすぎて、安眠は出来なかったみたい。

きちんと鍵がかかってる事を確認して、近くのコンビニで買い物を済ませる。
何時もよりも多目、まぁ三日は外に出なくても大丈夫なくらいの量をね。
両手で買い物袋を抱えて、夏の陽射しが降り注ぐコンクリートの上を歩いた。
クソ暑い、さっさと帰ろ……

ピーポーピーポー……

「……嘘でしょ……」

遠くから、最も聞きたくなかった音が聞こえてきた。
ふざけんな、こっちゃ疲れてるのに。
いや、でもまだ普通に速度違反した車を追いかけてるだけの可能性もあるし……
……確認、しておこっかな。

音が聞こえた方へ、足を延ばす。
今回は、大した距離はなかった。
音源は当然パトカーで、それは前回の事件現場から杏の家までの大体1/3位の位置。
もうそれだけで、全てを察した。



現場は見ない。
精神的に苦しくなるだけだから。
ネットで情報も集めない。
不安が募るだけだから。

家に帰って、何もせず寝っ転がる。
何も考えないで、ひたすら時間を浪費した。
ゲームもつけない、テレビもつけない。
なにも、する気力が起きない。

多分明日はもっと事件現場が近づいて、明後日は……

考えるだけで怖くなる。
変な事考えるんじゃなかった。
怪談ごっこにぴったりな話はないかなーなんて。
そんな気楽に考えてた自分をぶん殴りたい。

今日の夕方を迎えるのが怖かった。
事件は何時も、昼と夜の境界で起きていたから。
超常現象、犯人は幽霊だーってのも、あながち間違いじゃないのかもね。
夕方って、そう言う時間らしいし。

……ん?



少し、ひっかかった。
そう言えば、さっきパトカーが停まってたって事は事件が起きたのは深夜から明け方に掛けてだと思う。
だって夕方に起きてたら、間違いなく直ぐに誰かが発見して通報するだろうから。
となると、今回の事件だけが他の3件と時刻が違う……?

不安を押し殺し、ネットで情報を集めた。
被害に遭ったのは40代後半の会社員。
事件が起きた時刻は推定午前2時。
会社の同僚と飲み会をして、別れたあとの帰宅途中に、との事。

なんで、今回だけ深夜なんだろ?
今まではずっと基本幽霊だったのに。
犯人は実はそんなに時間に拘ってなかった?
幽霊だったならもう知らない、無理。

一連の事件現場の地図は、相変わらず一直線に並んでた。
等間隔で伸びるその線は、次の次で杏の部屋に辿り着く。
まぁもう分かってた事だしね。
さっき確かめたばっかりだし。

……分かってるけどさ、怖いよ……

どんどん不安の渦にのまれ、思考が薄れていく。
目に浮かんだ涙が、視界をじわじわと淀ませた。
ただ好奇心で調べてただけなのに。
こんな事になるなんて、思わないじゃん……



なんでこんな事になっちゃったのさ……
いっその事、何も知らなければよかった……
怖くて、悲しくて。
誰かの声が聞きたくなって、信じて貰えなくてもいいからユニットのメンバーに電話をしようとして。

そんな時、また前回と同じ情報を目にした。
午前2時に、付近の住民が女の子の泣き声を聞いたらしい。
もちろんそんな匿名の情報を信じる訳じゃないけど。
今は少しでも、解決策に辿り着くための情報が必要だった。

そう言えば。
狙われたのは、女子小学生、女子大学生、酔っ払いの会社員。
共通点って言えるほどの共通点じゃないけど。
全員が、やろうと思えば女子中学生ですら犯行に及べそうな人達だった。

だから警察の捜査も難航してるのかもしれない。
中学生以上が小学生の遊びに紛れ込むなんて若干無理があるし。
かと言って中学生以下が深夜に街を出歩く筈がないし、親が警戒してる今は尚更。
そもそも、そんな事をする理由が……



「……あ」

一つ、思い浮かんでしまった。
絶対に当たっていて欲しくない、最悪の解答。
でも、それなら不可能じゃない。
あり得なくは、ない。

……違う!
絶対に違う。
そんな筈がない。
そんな事があっていい筈がない。

理屈が通ってるからって、それが正しい訳じゃない。
確証もないのに、そんな下らない推理で不安を増やすなんて馬鹿げた事だ。
あり得ないし、あってほしくない。
そんな事考える暇あったら宿泊先探せ。

でも、何処かで。
心の何処かで。
気付いていたのかもしれない。
覚えていたのかもしれない。

だから、私は。
全てを確かめる為にプリデューサーに電話を入れて、ワンコールで切って。
それから、意識を手放した。







起きたのは、18時過ぎだった。
急いでスマホを開くと、17時前にプロデューサーから電話が入っていた。
それから、何かあったのか?とのライン。
そして、杏はマナーモードにしてない。

不安が積み重なって、吐き気がする。
でも、確かめなきゃいけないんだ。
そして、テレビをつけようとして。
そんな事をしなくても、確証を得た。

ピーポーピーポー、と。
外からけたたましいサイレンの音がする。
事件はやっぱり起きていた。
音の大きさと位置からして、多分今朝の事件現場と杏の部屋の中間地点だと思う。

そして。
事件は全て。
杏が寝てる間に起きていた。
もう、これ以上のヒントは必要ない。






「……杏だったんだ……全部……」

思えば、ヒントは最初からあった。
付けっぱなしにしてたテレビが消えていた事。
女子大学生が襲われた現場に、偶然辿り着いた事。
8時間以上寝た筈なのに、目の下に大きなクマが出来ていた事。

小学生の遊びに混ざるのも、杏なら可能だった。
5、6年生同士なら面識がない子がいてもおかしくないし、その日初めて会った子と仲良くなるのも杏なら苦じゃない。
女子小学生と一緒に居ても違和感ないし、女の子の泣き声だって出せる。
一人暮らしだから、好きな時間帯に外出もできる。

電話が入って、杏が起きない筈がない。
なのに起きなかったって事は、そもそもその時間は起きてたって事。
事件現場の調整だって、完璧に設定出来るだろう。
全部が全部、繋がってしまった。



「……何がいい事件ないかな……これだ、だよ……」

全部、自分がやってたんじゃん。
最高の話のネタだと思ってた。
やけに身近な場所だと思った。
凄く、怖かった。

当たり前だよね、仕組んだのは全部自分だったんだから。

そして、寝てる間の杏が自分の無意識を読み取って動いてるんたとしたら。
自分の意思でコントロールしてるんじゃなくて、好き勝手やってくれてるんだとしたら。
杏の被害なんて関係なしに、ただひたすら怪談向けの話を作る為に動いているんだとしたら。
もういっその事杏が蒸発して怪事件でも起こしてやろうかな、なんてアホな言葉に従ったとしたら。

次は間違いなく、自殺するだろう。

……いやだ。
ここまで自分が事件を起こしておいて、今更何を言ってるんだなんて思われるかもしれない。
それでも、怖い。
次寝たら、もう目覚める事なんて無いなんて……



「イヤだ……杏は、死にたくない……!」

涙が零れ落ちそうになるのを全力で抑える。
体力を使うな、眠くなる。
寝たらダメだ、寝ちゃダメなんだ!
寝たら……終わりだから。

罰にしては軽過ぎるけど、覚悟を決めるには重過ぎる。
それでも、私は。
生きる為に、死なない為に。

眠るわけにはいかないんだ……









杏「っと……以上だよ。お付き合いありがとね」

肇「私達二人と方向性違い過ぎません?」

文香「その……怖かったと思います」

フレデリカ「まったくもー杏ちゃんったらー。困った時は頼ってくれていーんだよ?」

杏「そこはほら、作り話だから」

肇「実話だったら警察行きとかのレベルじゃないんですけど」

杏「まぁまぁ、作り話だからさ」

文香「ところで、本当に眠そうですが……大丈夫ですか?」

杏「ちょっと寝不足だからさ。でも良かったよ……話す事が出来てさ」

フレデリカ「……杏ちゃん?」

杏「……杏、少し仮眠とろっかな……おやすみ、みんな」



寝不足の言い訳をするお話
お付き合い、ありがとうございました

過去作です、よろしければ是非
フレデリカ「怪談ごっこ、その1」
フレデリカ「怪談ごっこ、その1」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1481607706/)
フレデリカ「怪談ごっこ、その2」
フレデリカ「怪談ごっこ、その2」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1483961335/)

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