勇者「勇者なんてクソ喰らえ」 (23)

~騎士学校・闘技場~

教官「これより、騎士学校の卒業試験を始める。では、受験者はまずペアを作るように」

ユ「は?」

試験開始の銅鑼が高らかに鳴らされた。俺がポカンと口を開けている間に、周りの連中は半ば事務的にペアを完成させていく。
そんなのってありかよ。騎士学校の最終試験はドラゴン討伐じゃなかったのか。どうすればいいんだ。俺は騎士学校で友達なんか、いや知り合いの一人もできなかったのに。くそ。

教官「今年から実技よりもコミュニケーション能力を重視するようになった。これまでの勇者は己を磨き過ぎたばかりに、仲間との連携が取れずみな魔王城で朽ち果てていったのだ」

滔々と話し続ける教官。俺はとにかく走り回って、まだ誰ともペアを組めていない生徒を探した。ダメだ。受験者101名、俺を除いて100名。
全員ペアを組んで着席していやがる!
教官の叱責が飛んだ。

教官「ユ・ウシャー。規定時間内に二人組を作れなかったな。貴様は落第だ!」

ユ「うわ、マジかよ……」

代々、勇者を輩出してきたユ家。今この瞬間、俺は家の名に泥を塗りたくったのである。だいたい101名でペアを作れだなんて、教官も趣味が悪い。あぶれた人間を見て楽しいかハゲ。
闘技場から追い出された俺は、トボトボと帰路についた。騎士なんてクソ喰らえだ。

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~ユ・ウシャーの家~

J( 'ー`)し「あら、ウッちゃん。今日はヤケに早いわね。騎士学校の卒業試験じゃないの?」

庭でカーチャンが洗濯物を干していた。バッタリ会うなんて最悪だ。適当に受かったとか何とか誤魔化して、早く自分の部屋に行こう。そして、一刻も早くシコッて寝よう。

ユ「ああ、試験なら受かったよ。意外と簡単だった。多分八割はいったんじゃないかな」

J( 'ー`)し「どうかしらね。ウッちゃんの『できた』はあまり信じられないわ。気難しい表情の方が、案外成績がいいのよ。知ってる? あなたのお父さんもね、ドラゴンを狩った時はどうも腰の調子が悪くて、杖をついたまま……」

あーうぜー。なんで長話するかなぁ。俺はシコりたいんだよ! あとオニギリも買いに行きてぇんだ! 一個で金貨15枚の鮭オニギリと炒飯オニギリとタラコオニギリを食いてぇんだ!

J( 'ー`)し「あら……凄い殺気。これ全部、私に向けたのかしら? 流石ね……」

俺は二階に上がって、椅子に座った。そして卒業できない悔しさを股間にぶつけて、オニギリを買いに家を出た。家と騎士学校の往復で何度も通った石畳の道。正直、もう二度と歩きたくない。どこか遠くへ行ってしまいたい。

ユ「騎士学校を卒業すれば、俺だって城勤めできたのかなぁ……」

城勤めは高望みでも、遠くの場所を転々とできる職業はないのだろうか。このままではニートになってしまう。俺が道に立てられた看板をふと目にした時だった。

ユ「勇者募集だって?」

20歳前後なら誰でも可。試験は純粋な技量のみを見る。コミュ力は問わない。つまり人と全く話せなくても、馬鹿みたいに強ければ勇者になれるわけだ。

ユ「勇者ね……いいじゃん!」

勇者の試験会場は街の外れにあった。迷路のように入り組んだ路地裏を抜けて、西の監視台を登る。最上階まで登ったところで、一人の老人が掲揚旗の下に座っているのが見えた。
夕陽が老人を照らし、彼の影法師が飴みたいに後ろへと伸びている。幻想的だ。

ユ「おい、てかなんで俺しかいないんだ」

もしかして、来ちゃいけないタイプのヤツだったか? とまでは流石に言えない。
ツルッパゲの老人は汚れた糞僧衣を整えて、いきなり俺に向かって拝跪してきた。全く以て意味が分からん。だが、悪い気はしない。
他人に跪かれるなんて経験、今まで一度もなかったからな。意外と良い気分じゃないか。

老人「勇者アブドゥルムウミンの末裔、ユ・ウシャー殿であらせられるか。この老骨、貴殿がここに来ることを待ちわびておりました」

ユ「アブドゥルムーミン? なんだそりゃ。冷やかしなら帰るぞ。時間無駄にしたわボケが!」

老人「お待ちください! 看板を見たのでしょう。勇者を募集していると」

ユ「ああ、見たよ。見たとも。だがすぐに嘘と分かった。教官が言ってたんだ。今年から勇者は実技よりもコミュニケーション能力が重視されるって。そうなんだろ?」

老人「およよ? それは誰が流した戯言ですかな? その教官、少々勘違いをされているのではあるまいか」

ユ「勘違いだって?」

老人「勇者は昔から孤高の存在。巨悪に一人で立ち向かうからこそ、勇ある者と謳われるのです。数人で連携して殴ろうなど、チンピラの考えとまるっきり同じではありませんか」

ユ「なるほど、で、あんたは俺を勇者だと認めてくれるわけかい?」

老人「まだですな。勇者の末裔ではあるが、勇者としてはヒヨッコ。魔王を倒さぬ限り、勇者とは認められません」

ユ「分かったよ! 勇者の末裔でいいよ面倒くさいな! 勇者の末裔な! はいはい!」

だが、俺は老人以外の場所では勇者と名乗ることを決めた。だって勇者と言ったら、年収ガッポガッポなんだろう? 他の奴らからも尊敬の眼差しで眺められるんだろう? 名乗っておいて損はないはずだぜ。

勇者「魔王を倒すには、どこへ行けばいい」

老人「この街から南に出ると、ヒースの咲き乱れる桃色の原野が広がっております。原野を抜けて、パピプペポ山を登りなさい」

勇者「そのパピプペポ山とやらに、魔王の城があるのか?」

老人「いえ、そこには山小屋があります。簡素なベッドに年を経て硬くなったパン。火の消えかけた暖炉がございます。一夜を明かすのには、ギリギリ丁度いいかと」

勇者「オイ! 俺は不動産屋に来てるわけじゃあないんだぜ。さっさと勇者様に道案内をしろや、この薄汚れたボロ雑巾がよ~!」

老人「増長なさるな増長なさるな」

勇者「増長なんかしてないぜ! キレかけただけだ! 武器と盾と馬と食料を寄越せ!」

老人「申し訳ございません。貧しい私はこれしか用意できません」

老人が渡したのは、ひのきの先端を削って作った槍だった。逆上した俺は、即座に老人を突き殺し、べっとり血のついた金貨をポケットに押し込んだ。これで、俺も晴れて勇者デビューだぜ! イェイ!

老人を殺した俺は、ひのきの槍を背負ったままヒース咲き乱れる原野を駆けていった。なだらかな丘陵の端に、夕陽の欠片が消えていく。
待ってくれ、松明も無いんだぞ。真っ暗な夜を越せるわけがないじゃないか。俺は勇者だってのに、何てザマだ。先祖に顔向けできないぜ。

勇者「腹が減った……。くそッ! あのジジイ、鼠の尻尾しか持っていなかった。こんなの、どうやって食えばいいんだよ!」

カサッ、カサカサッ

勇者「なんだ? 切り株の陰で何かが蠢いているぞ? 蠢動ってやつ? 槍を投げてみるか」

俺は切り株の陰めがけて、槍を放り投げた。槍は回転しながら落ちて、草のクッションで優しく受け止められた。くそう! 膂力も貧弱だってのか! 俺は騎士学校で優秀な生徒だぞ!

???「鍛錬不足だな。剣だけを扱うのが、騎士というわけではない」

切り株の陰から、全身を鈍色の鎧で包んだ騎士が現れた。ガッチャンガッチャン、金属の擦れる音がうるさい。兎だと思うてたらごっついゴリラ紳士かよ。頼むから消えてくれ。

勇者「変人め。こんな夕方、一人で花畑に寝転がって。言わせてもらうぞ、不審者かな?」

不審者「不審者と聞きたいのはこちらだ。ひのきの槍だけで、どこへ行く。まずは冒険者ギルドで装備を整えるのが普通だろう」

勇者「必要ない。俺は勇者だから」

不審者「黙れ。よく見かけるのだよ。自分を勇者と偽り、不貞を働く輩がな。そして、私はそんな不届き者を始末するアサシン」

勇者「アサシン? 馬鹿かアンタ。そんな重装備で暗殺なんて、ちゃんちゃらおかしくって」

騎士の姿が消えた。
いや、消えたんじゃない。
上に跳び上がったんだ!

跳び上がった騎士は剣を真っ直ぐ振り下ろしてきた。俺がスイカなら、きっとパックリ綺麗に割れてるんだろうな。だが俺は人間だ。人間には、回避行動という選択肢がある。

勇者「トロいんだよアホッ!」

三十六計逃げるに如かず。騎士の重い一撃を横っ飛びで避けた俺は、背中を見せてスタコラサッサのスタコラサッサ。足の速さだけには自信がある。騎士は重装備だから、そう俊敏な動きはできないはずだ。

不審者「ほほう、勇者が逃げるか」

勇者「うわッ! ぴったり張り付いて来てる! 鎧があってそのスピードかよ!」

俺は驚天してその場で足を踏み外した。もう原野は抜けた。あとは目下に広がる川……。

勇者「川!? おい待て、こんな激流に落ちたら死んでしまうではないか!」

不審者「フム、自然の力に頼るのも悪くはない。おい貴様、死ね」

俺は腰を蹴り飛ばされた。両脚がふわッと浮く。気持ちの悪い浮遊感が数秒続いて、冷たい川の流れが俺の全身を切り裂いた。

俺「ガボ!? ガバガバガババ……アバババ」

魔王討伐初日から溺れ死ぬなんざ、聞いて呆れるだろう?
悲しくて涙が出そうだ。
もうこのまま川に流されて、死んでしまえ。
次に生まれ変わった時は、普通の家に生まれて普通の学校に行って普通に結婚して……普通……普通……。
カーチャン……ごめんよ……。

暗い。光も世界も今が昼だか夜だかもさっぱり分からない。
パチパチと火の爆ぜるような音が聞こえる。誰かが焚火をしてんのか?
指や足は全く動かない。磔の刑にされた感じだ。いや、磔はもっとキツイよな。
とにかく、どんな形にせよ俺は生きてる。流されて、偶然どっかの川岸に流れ着いたんだな。
これが幸運と取るべきか不運と取るべきか、まだ判断しかねるぜ。
できればここが修道院の医務室的なところで、隣にかわいい修道女がいれば助かるんだけどな!

???「……金目のものはナシ。ったく、拾い損だった。早いとこ捨てちまおう」

女の声? それも若いぞ。そうか、年端もいかぬ少女が俺を救ってくれたんだな。
勇者が少女に救われるなんて悔しいが、一応礼は言っておかねぇとな!

勇者「……ア”ア”ッ!!!!!!!!!!!!」

???「なッ!? こいつ、生きてるのか?」

飛び退いた気配がした。俺のことを水死体だと思っていたらしいな。
声を出そう。腹の底から溜まった水を吐き出すように、声を絞り出そう。
指も動かせるか? いや、まだ駄目だ。氷みたいに冷たい。

勇者「ギャアアッ!!!!!!!! アガガガガッ!!!! ヴァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

???「やめろ、騒ぐな。あたしの声は聞こえる?」

勇者「聞こえる! 聞こえるよ! だが見えねぇ! 目の前が真っ暗なんだ! あと指も足もみんな凍り付いちまってんだァ!」

???「安心しな。あんたの手足は凍っちゃいない」

勇者「ここはどこだ? 修道院?」

???「川沿いのキャンプ地。主にあたし一人が利用してるんだけどね」

キャンプ地? キャンプ地ってぇと、家族連れで訪れるあのキャンプ地? なんでこいつは一人で来ているんだ? ぼっちなのか?

???「あんた、王都から来たんだろう? 王都から出る旅人はみんな、ホショ・ツァイダム川を渡河するんだ。必ずと言って差し支えないほどにね」

勇者「ホショだか何だか知らないけどな、俺は川を渡るつもりはなかった。鎧を着こんだ不審者に着け狙われて、川に落ちたんだ」

???「ハッ、バカだねぇ。あんた所持品は流されちまったみたいだけど、職業は何をしてたんだ?」

勇者「王都の騎士学校に通ってる学生だ。本当なら、今日の卒業試験で無事合格の判を押されて、エリート街道を歩むはずだった」

???「へー」

勇者「だが、俺はただペアを組めなかっただけで、失格にされた。なんだよこれ……技能もクソもあったもんじゃねぇ。俺の三年はなんだったんだ」

途中から愚痴のようになっていた。
顔も名前も知らない女に語っても、意味がないというのに。

???「まぁー……過ぎたことは仕方ないよ。とりあえず目が回復するまで休みな。ちょうど、寝床に空きがある」

勇者「すまねぇな、迷惑をかけるぜ」

???「礼はいらない。あたしも昔ペアを組めなかったことがある。だからあんたの気持ち、全部とはいかないけど分かるんだ」

勇者「やっぱり、お前も俺の仲間だったのか」

なんだか変なことになっちまったが、ぼっち仲間がいたのを知ってだいぶ気力が戻ってきたぜ!

ようやく目が見えるようになった。樹々の隙間から差し込む暖かい光は、きっと朝陽のものだ。
俺は昨日の夕方から今朝までずっと眠りこけていたんだ。はあー、情けないったらありゃしねぇ。
身を起こすと、俺は皮張りのベッドから飛び降りた。よくもまぁ、動物の皮と骨だけでここまで立派な寝床が作れたモンだよ。
あの少女は一体何者なんだ? 

勇者「さてと、命の恩人の尊顔を拝みに行くとするかね」

屈伸運動と背伸びをそれぞれ二回。駄々をこねるように両腕をブンブン振り回し、ジャンプをしながら川に向かう。
ん? 笛の音? 水の流れ落ちる音に紛れて、か細い煙のような笛の音が漂ってくる。
川の中州、大きく聳えた岩の上で、笛を吹いている黒髪の少女が一人。あいつか、俺を助けてくれた女は。
弓を背負ってやがんな。もしかして狩人かもしれない。獣を狩って自給自足する、隷属民だ。
王都では傭兵の次に低俗な職として、毛嫌いされている。くあー、隷属民に助けられた自分がますます恥ずかしい。

勇者「おーい!」

俺が手を振ると、女も笑顔で手を振り返してくれた。

少女「目は見えるようになった?」

勇者「ああ、おかげさまでな。恩人、お前の尊名を伺いたい。俺はユ・ウシャー。勇者の一族で知られたユ家の者だ」

アイシャ「アイシャ。アイシャ・ハジャル・ベギム。勇者様の一族と会えるなんて光栄だよ。さぞかし、実家は金持ちなんだろうね」

勇者「そりゃ金持ちっちゃ金持ちだ。金貨15枚の鮭オニギリと炒飯オニギリとタラコオニギリを毎日買える程度にはね」

アイシャ「オニ……ギリ……だって……?」

アイシャの目が丸くなった。
どうやら王都では一般食のオニギリ、狩人の間では年に一度ありつけるか否かの高級品らしい。
俺は一瞬、鼻で笑いそうになった。だってありえねぇだろ、オニギリすら買えないなんてさ(笑)
しかしアイシャは命の恩人。ゴホンと咳払いをして気を取り直す。
直球だが聞いてもいいだろう。

勇者「アイシャ、魔王の居場所を知らないか」

アイシャ「魔王の居場所ねぇ……その前にひとつ、あたしの頼みを聞いちゃくれない? あんた、勇者様なんだろ?」

勇者「ああ、いかにも。ところで図々しいとは思うけどさ、腹が減ってるんで飲み食いできる物はあるかい?」

アイシャ「もちろんあるよ。依頼料と考えれば安いものさ。ついてきな!」

川を泳いで渡ったアイシャは、赤々と燃えている焚火に近寄った。串の刺さった魚が焼いてある。うわ……オニギリじゃねーのかよ。内臓とかきちんと取ってあるんだろうな? クソが。

アイシャ「ほら食べな。あんたの身体は冷え切ってる。魚を食べて、ホットにしてかないと魔素に冒されて死ぬよ」

勇者「魔素ってなんだ?」

アイシャ「魔王が魔族以外の生命体を滅ぼすために振りまいた、エネルギー体みたいなモンだよ。子供、老人、病気持ちが特に冒されやすい。冒されたら最後、死ぬか魔族の仲間入りかどちらかを選ばされるんだ」

勇者「魔王も物騒なことしやがるなァ。オイ、これ頭も食べなきゃなんねーの?」

アイシャ「あたしは頭から尾鰭まで全部食べるけどね。要らないんなら、もらうよ」

勇者「悪ィな、頭と尾鰭だけ喰ってくれ。あと内臓もいらねぇ。他に食い物は?」

アイシャ「あたしの職業知ってる? 狩人は自給自足の生活を送ってるんだ。今日の朝餉は魚の丸焼きだけで勘弁してくれ」

勇者「はー、分かったよ。正直、ここにふわふわの白パンがあれば最高だったんだが」

アイシャ「調子いいこと言わない!」

勇者「で、相談てなに」

アイシャ「あたしを金持ちにしてくれ。それはもう、豪邸が何件も立つ程の大富豪に」

勇者「はっ?」

両手を大きく振り上げて説明する女狩人を、俺はぼんやりとした目で見つめていた。こいつは何を言っているんだ? そんなランプの魔神にするような願いを俺に頼んでどうする。

アイシャ「今すぐにとは言わない。魔王討伐も協力するし、道案内だって引き受ける。だから魔王を斃した暁には、沢山の褒美を馬車に積んで、狩人の村に凱旋したいんだ」

勇者「凱旋してどうすんの?」

アイシャ「あたしをいじめていた奴らを、金の力で見返してやるんだ」

勇者「金の力で見返す、か。くだらね。昔のことをまだ根に持ってんの? 執念深い女は嫌いだ」

すると女狩人は急に立ち上がって、俺の胸ぐらを掴んだ。その顔は抑え切れない怒りと悲しみの入り混じった、複雑な表情で満ちていた。
しまった、逆鱗に触れちゃったかな?

アイシャ「村八分にされた女の気持ちが、あんたに分かるとでも!?」

勇者「ハハッ、スゲー剣幕。はいはい、この話はやめにしよう。お前は俺を助ける。見返りに莫大な褒美がお前に与えられる。それでいいな?」

アイシャ「すまない、取り乱してしまったね。手を打とう。よろしく、ユ・ウシャー」

勇者「キツい旅になるぜ、アイシャ」

こうして仲間が増えた。
狩人は弓の名手で知られるから、ちょっとだけ心強い。
しかし女と二人旅か、なかなか緊張するぜ。

朝食を済ませた俺は、無性に小便がしたくなった。思えば昨日の朝から、一回も厠に行っていない。道理で股間の自己主張が激しくなったわけだ。俺はアイシャが笛を吹いていた岩に立ち、ズボンを下ろして用を足した。
小便の匂いにつられて、魚が集まってくる。イヤー、壮観壮観。仰げばパピプペポ山。

勇者「あれは山なのか? まるきり崖じゃん。急峻な断崖だよ! 滑り台としては0点だね!」

中腹に雲が漂ってる。
ウヒャー、山が真っ白い浮き輪を身につけているみたいだせ。だがあれだけずっしりと構えた高山のことだ、浮き輪なぞすぐに破けちまうんだろうな。案の定、漂っていた雲は形を崩し、小さな欠片となって山の裏側に消えた。

勇者「痩せないからだぜ、高山紳士」

ヒュウと口笛を吹いた時、柔らかい俺の喉に、ダガーの刃が押し当てられた。背後に誰かいる! 全く気配を感じ取れなかった。
俺の脳裏に鎧を着たアサシンが去来する。

勇者「ここまで追ってきたか、不審者め。殺すなら殺すがいいさ!」

アイシャ「あたしだ、バカ」

勇者「あらら? アイシャさんでしたか……」

アイシャ「油断をするな。パピプペポ山は魔族の巣窟。いつどこから敵が襲いかかってくるか、狩人のあたしでも予測つかない」

勇者「今のは油断した俺が悪いのか」

アイシャ「当たり前だ。あんたは鈍い。反応があまりに鈍過ぎる。本当に勇者様か疑うほどに」

勇者「うるせぇ! 調子が悪かったんだよ!」

武器が必要だった。獣を狩るにも、魔族を殺して金を奪うにも、族長のカワイイ娘を救うにも。全てにおいて、武器が大前提だ。特に片手剣がいい。ダンビラみたいな幅広の刀や、レイピアのような細剣ではいけない。適度な大きさのThe Swordが欲しいんだ。
武器の旨をアイシャに伝えたら、弓で思い切り殴られた。イテェな!

アイシャ「勇者はあらゆる武器をマスターせねばならない。幼児でも知っている基本事項よ。あんた、騎士学校で一体何を学んできたんだ」

勇者「剣の扱い方」

アイシャ「あんたもクソだが、その教官も大概
だね。騎士は剣だけ扱えればイイものじゃない。槍・弓・槌・斧etc……。加えて魔法も撃てなきゃ、魔王には到底歯が立たないだろうよ」

勇者「歯が立たなけりゃ、旗でも立てよかギャハハハハッ」

アイシャの正拳突きが、俺の鳩尾にめり込んだ。ヴォエ! 痛いというより、苦しい。消化し切れてない魚がボタボタ口から溢れでる。

アイシャ「真面目に考えな。そうでなきゃ、死ぬよ。温室育ちの坊ちゃん」

勇者「お前も20前後だろガバァ!」

強烈な平手打ち。吹き飛んだ歯が地面に刺さっている。ウワーイ、歯が立たったぞー。
なんて呑気してる場合じゃなかった!
どうにかしてアイシャを引き離さねーと。
山を登る前にパワハラで死ぬぞ。

勇者「とんだ暴力女に捕まっちまったぜ……」

移動式の住居を畳んだアイシャは、俺を荷物係にして颯爽と前を歩き始めた。クソ重い。両肩が外れちまいそうだ。俺は勇者様だぞ。偉大なアブなんちゃらの子孫なんだぞ。隷属民の狩人如きが、良い気になりやがって。
自然の前では人間の法など、まるで無力。
あー、吐きそう。

勇者「オイ! 松林に入ったみてぇだが、道はこっちであってんの!? 闇雲に進むだけじゃ、道は開けないと思うぜ!」

アイシャ「あんたを迷わせるメリットがどこにある。無駄口叩かずついてきな。今日中にパピプペポ山の麓まで行く予定だ」

ああそうだ。この女、金目当てで水先案内人を買って出たんだよな。ドライな関係だぜ!

アイシャ「あたしは6歳まで、狩人の村で暮らしてた。弓の技術から隠密行動、爆薬の調合、罠の設営に至るまで徹底的に教え込まれてさ」

前を歩くアイシャが、ぽつりぽつりと過去を話す。6歳の時にアイシャの両親が狩りでヘマして、遺族の恨みが子供のアイシャに集まったんだとか。ひでぇとばっちりだ。

勇者「村八分にされて、お前はどうやって10年以上も生きてきたんだ?」

アイシャ「必要な物資は、みんな自力で手に入れた。各地を旅して、受け入れてくれる場所がないか必死に探したよ。でも、ダメだった」

アイシャの両親が犯した罪は特殊な情報網を通じて瞬く間に広がり、災厄の子アイシャを受け入れる集落はどこにもなかったという。
面倒な過去を持ってんな、こいつ。俺は背負った荷物の重さも忘れて、暫し考えに耽った。

アイシャ「やめときな。カラッポの頭で考えても、何も思いつきやしないよ」

勇者「やかましい!」

俺の名はユ・ウシャー。騎士学校からドロップアウトして勇者に転職。社会の鎖から解放され、意気揚々、魔王城へいざ行かんと故郷ジャララバードを出立した……はずだった。
それがヒースの原野で変態騎士に追いかけ回され、川に落ちて、暴力女の配下になっている。
朝から歩き続けて、もう日暮れ。脚が痛くて、これ以上進めそうにない。

勇者「ったく、嫌な世の中。勇者なんてクソ喰らえだ。やってられっか」

疲弊しきった俺の目に、ふと『INN』の三文字が飛び込んできた。

勇者「アイシャ! 宿屋があるぜ!」

アイシャ「宿屋? どこだい」

勇者「ほら! あそこだよあそこ! 茂みの向こうにINNの看板が輝いてるだろう!」

アイシャ「……勇者、そいつぁ罠だ。疲れた旅人が泊まるのを狙っているのさ」

勇者「狙う? 誰が」

アイシャ「魔族が」

勇者「ヘッ! 戯言を申しなさるな。もうすぐパピプペポ山。旅人が準備を整える場所として最適じゃあないか! アイシャ、俺は行くぞ!」

俺は荷物を放り出して、茂みをかき分けた。
むむ、なんと素晴らしや。こんこんと湧き出す綺麗な泉と、こじんまりとした丸太小屋があるではないか。扉を乱暴に殴りつける。

勇者「一文無しだが無理やり泊まってやる! お頼み申す! お頼み申す! パピプペポ山を越えようとしておりましたが、日も暮れ、難儀しちょります! 一夜の宿を貸してくだされ!」

「ハ~イ、少々お待ちなさい」

老婆「こんばんは、旅の方。もうすぐ夜の帳が下ります。さぁさ、中にお入りください」

勇者「あの、お代は……」

老婆「久方ぶりのお客様じゃ。別にお代はいりませんよ」

腰の曲がった老婆が俺を出迎えてくれた。しかも、払わなくてもよいとは。
川岸を歩いている時に豊旗雲を見かけたが、あれは無料で宿泊できる瑞祥であったか……。
何がともあれ、アイシャと一緒にいなくて安心だぜ。
雨風を凌げる寝床を手に入れたんだ。たとえベッドがふかふかじゃなくても、パンが石みてぇに固くても我慢してやるよ。

老婆「しなびたパンと胡麻のスープ。それから水しかございませんが……」

勇者「えッ!? 葡萄の実やミルクさえないの!?」

老婆「申し訳ございませぬ。なにぶん、険しい山の麓でございますから。王都まで食料を調達するのが困難なのですじゃ」

勇者「じゃあ野菜を栽培すればいいじゃん」

老婆「それができれば嬉しいのですが。パピプペポ山の火口から噴き出した魔素が降り積もり、野菜を怪物に変えてしまうのでございます」

勇者「宿屋が繁盛しないのも、魔王の仕業ってわけね。婆さん、どうしたら魔素を止めることができるんだ?」

老婆「旅の方、人に質問ばかりしてはいけませんよ。信じられるのは己の心のみですじゃ」

勇者「俺の心は、婆さんを信じろと囁いている」

老婆「ありがとうございます。そう言ってもらえると、この婆も気が休まるというもの」

部屋を見渡していた俺は、暖炉の前に寝転がっている人影を認めた。

勇者「誰だあいつ」

近づいてみると、そいつは人ではなかった。
顔かたちはまるっきり人間なのだが、白い猫の耳と尻尾が生えているのだ。いわゆる獣人? または亜人?
上半身が裸なせいか、ピンク色の乳首が露わになっている。エロい! って邪な考えを持ってはならん! 首を振って気を取り直す。
この猫娘も俺と同じく旅人で各地を巡っているんだろうか。俺は猫娘の耳をつねり上げた。

猫娘「いたい! あいたたた! いたい!」

勇者「へェー、獣人でも人並に痛がるんだねェ」

猫娘「ちょっとー、いきなり人の耳つねるのやめてくださいよー」

勇者「本当は乳首をつねりたかったんだがな」

猫娘「困りますねー、おっぱいが出なくなっちゃうじゃないですかぁー」

勇者「俺は勇者。魔王を倒すべく旅をしている者だ。名を聞かせてもらおうか、露出狂」

猫娘「私の話も聞いてくださいよぉー」

勇者「いいから早くお前の名を聞かせろってんだよ!」

俺は猫娘を担ぎ上げると、ベッドの上に放り投げた。
彼女の細い両腕を押さえつけて、猛り狂う種馬をひくつく穴に挿し込む。

猫娘「ちょ、やめッ、いだだだ! 何をやってるんですかー」

勇者「うるさい、黙ってろ! 勇者の特権を楽しんでるだけだ!」

俺は猫娘の中に精を放って果てた。

その瞬間、猫娘の姿が煙と消えた。
猫娘だけでなく老婆も宿屋自体もゆらゆら陽炎の如く揺れて消え去った。
あとに残されたのは、下半身を露出させた俺だけだった。
なんだよこれ……露出狂なのは俺の方じゃないか!

アイシャ「はぁー……呆れた呆れた」

樹の上でアイシャが汚いものを見るような目つきで、俺を眺めている。
まだ状況が把握できていない。どうして宿が消えちまったんだ?
まさか、狐に化かされていたと?

アイシャ「悪戯好きの精霊が、あんたを宿に泊めて肉を喰らおうとしたんだよ。分かる?」

勇者「肉を喰らう? やっぱり罠だったんだな。お前が助けてくれたのかい?」

アイシャ「いいや。けど、その姿を見るに中で相当馬鹿なマネをしてきたみたいんだね。精霊も尻尾巻いて逃げ出すような」

勇者「助かって嬉しいのと、バカにされて悔しいのと、複雑な気分だぜ」

アイシャ「とっととパンツとズボンを履きな。下級の精霊に化かされるなんて、お笑い種にもならないよ」

勇者「はいはい……」

山の麓まで行くと、へんちくりんな建物があった。すべすべした透明な岩が螺旋階段のように渦を巻いており、その頂上に星型の(これは黄金色に輝いてんだけど)奇妙な家が見える。
なんじゃこれ。アイシャも首を傾げたままだ。

アイシャ「変な建物だねぇ……あたしはここら一帯をいつも散策しているけど、こんな建物初めて見たよ。建築者の目的は何だろうね?」

勇者「ああ、あれだろ。気象観測台。本部と魔法でデータをやりとりしてんじゃねぇかな」

アイシャ「わざわざ麓に建てる必要があるのかどうか、考えものだね」

勇者「とりあえず行ってみようぜ。意外とレストランかもしれないし」

腹が減っていた俺は、安易にレストランだと決めつけ、アイシャを置いて走り出した。

アイシャ「またあのバカは……」

アイシャが背中の長弓を構えた。おっ、弓矢で止めてみるか? バーカ。お前のヘロヘロ矢なんざ当たるかよ。大人しくケツの穴でも……。
カッ!
鏃が岩に刺さる音が、すぐ横で響いた。
あと数cm右にズレていたら、間違いなく俺の眉間を貫いていただろう。

アイシャ「あたしも一緒に行く。今度こそ抜け駆けは許さない」

勇者「クッ、なんつー腕前だ。思考の範疇を軽く超えてきやがる……!」

俺は額に浮かんだ脂汗を掌で拭うと、岩壁になすりつけた。

アイシャ「ふむふむ、魔族変形実験室……所々かすれて読めないが、扉の前に立つ石碑には、そう書いてあるよ」

勇者「あ、あんだて? 魔族変形実験室? 魔族を変形させてどうするってんだ」

アイシャ「さぁね。対魔族用の生物兵器でも生み出すつもりなのかしら」

勇者「化け物をこねくり回したところで、科学の進歩に貢献するとは思えねぇな。黒魔術だとか疑われて、火刑に処されるのがオチだぜ」

俺はドアノブに手をかけたが、押しても引いてもスンともしない。助走をつけて蹴破ると、カビの匂いと埃の霧がもわッと溢れ出てきた。
くっさ! 人体に及ぼす悪影響は計り知れない。

勇者「マスクをくれ! ひっでぇ匂いだ!」

アイシャ「腐乱死体が転がってそうな程の悪臭だね……。ほらよ、バンダナ貸してやる」

勇者「アザッス! 姐さん!」

アイシャ「やめろ気色悪い。あんたに姐さんと呼ばれると鳥肌が立つ」

勇者「テ、テメェ……!」

アイシャ「勇者、来てごらん。ラジオがあるよ。電気魔法を撃てば、まだ使えそうだ」

勇者「ジャララバード放送局に繋げば、騎士学校の首席の名前が分かるな」

アイシャ「なんだい、あんた騎士学校に未練たらたらじゃないか」

卒業試験は剣技のみを査定基準とする、まさに俺のためだけにあるような内容だった。
だからこそ、最初に剣技以外の面で落とされたのが悔しくてたまらない。
時間を戻せるのならば、今すぐ三年前の騎士学校入学式に返りたい。

アイシャ「どうした、口をパクパクさせて。酸欠?」

勇者「ん? ああいや、これは違うんだ。埃を食べようかと思いましてね」

アイシャ「埃を喰っても、腹は膨れやしない。勇者、ラジオはあたしに任せて、あんたは食い物を探してきな」

勇者「うへぇ~い」

食い物を探せ? アホか。四方八方、見渡す限り書類の山だぞ。
紙面には『RC-3型の機能不全による東ジャララバード炭鉱閉鎖』とか意味不明な文言がズラズラ書かれてる。
結局、生物兵器の製造工場ってことで良かったのかねー。
空腹で頭が回らねーよ。いや、物理的に頭は回らないけど、整った思考ができなくなってんの。
床に散乱した書類をひとつひとつ片づけていくと、下へ続く真鍮製の蓋が現れた。

勇者「この下が食料貯蔵庫になってんのかな」

蓋を開けると、次にあったのは透明な螺旋階段だ。
よほど丁寧に磨かれたらしく、気を緩めるとツルリと滑ってしまう。
手摺を掴みながら、慎重に慎重に階段を下りていく。
一番下までゆくと、今度は緑青の吹いた大きな銅の扉があった。

勇者「意外と作り込まれてんな」

左右は肩の位置まで土に埋もれている。つまり、扉の先は地下だ。
俺は階段を駆け上がって、ラジオと睨めっこしているアイシャの肩を揺さぶった。

勇者「アイシャ! 地下まで続いてる階段を見つけたぞ! やべぇ、食料どころじゃねぇ!」

アイシャ「了解了解、静かにしてくれるかい。王都の電波をキャッチできるか試してるんだから」

勇者「いいから来いよ! 一緒に扉を開けようぜ!」

アイシャ「静かに! 何か聞こえる」

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