モバP「いや~楽しいっすね楓さん!あ、俺んち来ます?是非!」楓「……」 (22)


酒は飲んでも飲まれるな、とはよく言ったものだ。

今日の俺に関しては進んで飲まれにいった感は否めない。良い所を見せようとハイペースで飲み続けて、いつもほろ酔いで済ませているラインを大きく飛び越してしまったようだった。

因果応報? いや、この場合は自業自得の方が正しいのか。

結果として、酔いがさめてからは滝のように出てきた汗をひたすらぬぐう作業を続ける羽目になっている。

「へえ、ここがプロデューサーのお部屋なんですね」

授業前、宿題を家に忘れてきたことに気が付いた少年のような、そんな苦々しい表情をしている俺とは対照的に、彼女は興味津々といった感じに目線を四方にばら撒いていた。

「やっぱり帰りましょう、楓さん」

えー、と彼女――高垣楓さんから声が上がる。こちらを振り向いた彼女の頬は少し紅潮していたが、その表情は実に楽しげで、ふらついていたり、目が据わっていたりということもなくて。つまり、そんなに酔っぱらってないのだろう。

まあ、なんていうか。

俺の期待が間違っていなければ、自覚をもって俺に誘われたんであって。

正直、その点はたまらないのであった。

「折角来たのに?」

「いやあのですね、折角とかそういう問題ではないというか、なんというかですね……」

「他でもない、プロデューサーがここに連れてきたのに?」

「……」

「プロデューサーが来るかって言ったから来たのに、私、帰らされちゃうんでしょうか?」

うまい返しが思い浮かばず閉口する。それと同時に、理性を飛ばして下心を丸出しにしていた少し前の自分をぶん殴ってやりたくなった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1496378481


「あのですね、楓さん」

「なんでしょう?」

俺はゆっくりと、言葉を選びながら、

「プロデューサーとして、担当アイドルを家に呼んでしまったというのはですね……その、本当に申し訳ない、というか、あってはならないことだと思うんですけれど。さっきまで本気で酔っ払っていましてね? だから、その……なかったことにして、帰っていただけないでしょうか?」

と言った。我ながらなんとも情けないお願いだった。

「そうですね……」

楓さんは声だけは真面目にそう返事をしつつも、何か玩具でも探すようにキョロキョロとあたりを見回して、そして、

「却下です♪ ……えいっ」

ポスン、というなんとも軽い音。楓さんが俺のベッドにダイブしたのだ。勢いよく飛び込んでいったのに、あんまり音が出ているようには感じない。

この人、ちゃんと食べてるんだろうか。

「ちゃんと食べてます?」

思わず口に出していた。

「さっきまで一緒に食べてたのに、忘れちゃったんですか?」

「まあ、そうですけど」

「とにかく」

ベッドに転がっていた枕をぎゅっと胸に抱き締めつつ、彼女はにっと笑った。

「私、今夜は帰りません♪」


――――――――――――――

『何をヘタレてるんだ?』

ふいに、そんな声が聞こえてきた。実際は音として聞こえたわけではなく、声の主は自分の中にいる。いわゆる、心の声というやつだ。

『いいじゃないか、楓さんとお泊り。お前、たまに妄想してたし、飲み会のたびにこうなることを少し期待してたじゃないか? 何より、本人が泊まりたいって言ってるんだぜ? 据え膳食わぬは男の恥って言葉もある。だから……な?』

酔いがさめるのと同時に復活した理性に反して、俺の心中は欲望に素直になることを推奨してくるようだった。なんとなく、何もない空間に、

「うるせえ」

と返事をしてみる。当然、それに対しての反応はない。今、部屋にいるのは俺だけだった。

シャワールームから水の滴る音と、鼻歌が聴こえてくる。俺の涙ぐましい20分ほどの説得時間は、結果的に全くもって彼女には響かなかったのだった。

彼女は俺の話を適当に聞いたふりをしつつ、俺の話が終わったと見るや、

「じゃあ、シャワー浴びてきますね」

軽く微笑んでそう一言。さらには、

「『先にシャワー浴びて来いよ』って言わないんですか? ふふっ、お約束ですよね?」

ともう一言。まさに馬耳東風だった。

どうにも、彼女の笑顔に俺は弱いらしい。気付いたら反論する気も失せていた。ノックアウトKO負けといった感じ。




飲まれたのは、酒ではなく彼女にではないだろうか。

ふと、そんなことを考える。一度思いつくと、そう思わずにはいられない。

綺麗で、アイドルの中でもひときわ輝いていて。そんな近くにいても別世界に住んでいるような彼女が、一応担当ではあるが、ただのプロデューサーである俺とこうして酒を飲んでくれて、あまつさえ部屋にまで来てくれているのだ。

「……うん」

どう考えても飲まれていた。というか、飲まれない方がおかしかった。また声がする。

『な? お前、今幸せだよな』

「うるせえ」

本日二度目の独り言。心なしか、さっきよりも勢いがなかった。


「どうしたんですか?」

そうこうしているうちに、楓さんはシャワーから上がっていたらしい。声のした方向に目を向けると、彼女は部屋の入り口で不思議そうにこっちを見ていた。

「う……いや、なんでもありませんよ、はは」

反射的に出そうになった「うるせえ」を飲み込みつつ、適当に誤魔化しつつ時計を確認する。どうやら、気付かないうちに随分と時間が経っていたようだ。改めて楓さんに視線を戻す。




少しの間、息が止まったかのような錯覚がした。

しっとりと、湿り気を帯びている髪の毛。服から出ている手も足もほんのりと赤くて、なんだか凄く色っぽい。

湯上りの楓さんが、俺の部屋に立っている。

どうあがいても、滅茶苦茶なまでの破壊力だった。

このまま直視し続けるとどうにかなりそうで、とりあえず何かないかと逃げるように彼女の肩にかかっているタオルに視線を移す。結果、タオルでさえ少しいつもと違って見えて戦慄する羽目になった。

あれは本当に俺のタオルなのだろうか。白のシンプルなタオルは、いつも俺の肌を無駄にこすり上げる憎きごわごわなアイツには到底見えない。なんなら高級感すら漂っている。なるほど、使用者によってこうにも印象というのは変わるものなのか。シャツだって、センス皆無を自称する俺の物とは思えない。一周回ってオシャレな感じがする。

……俺のシャツ?

「ちょ、なんで俺のシャツ着てるんですか!」

「あいにく、着替えを持ってきていなかったので」

よどみなく返される。

「いや、でも。さっきまで着ていた服は?」

「プロデューサーは、お風呂に上がってから一度着た服をもう一度着るんですか?」

「それは、ない…………ですけれど」

たまに洗濯物が増えるのを嫌って着ることがあるのは秘密である。まあ、休日の部屋着だし。

「じゃあ、いいじゃないですか。一晩だけ、貸していただけますか?」

「……わかりました」

返す言葉もなく、しぶしぶそう返事をする。でもよくよく考えたら、選択肢として服を貸す以外なかったのかもしれない。さっきまでの無駄な思考のせいで敏感になりすぎていたようだった。

「あっ、この服、プロデューサーの匂いがしますね」

「着てもいいので匂い嗅ぐのは勘弁してください!」

前言撤回。やっぱりこの人は油断ならない。そう思いつつ、くれぐれも部屋を探索しないようにと釘を刺して、俺は逃げるように脱衣所に向かうのだった。




―――――――――――――――

馬鹿げた話だが、シャワーをあびるのも一苦労だった。要因はいくつか挙げられる。

まず第一、これが一番の問題だったのだが、非常にいい匂いがした。女性というのは男と違って何かいい匂いを出す器官がついているんじゃなかろうか。いや、きっとついているのだろう。

鼻呼吸をして、やっぱり楓さんに悪いような気がして口呼吸をして、いやいや意識する方が何かうしろめたい感じがしてもう一度鼻呼吸をする。その繰り返し。我ながら阿呆な悪循環に陥ったものだ。

そして第二、これは自分の変態性がなんとなく垣間見えて認めたくはなかったが、楓さんが使ったあかすりを俺も使うかどうか、かなり迷って悶々としたのだ。

滴る水滴。端っこをちょいとつまんでみるとまだ温かい。

世の中にあかすりに興奮する男などどこにいるというのだろう。

「どうしよう……」

そうつぶやいても当然、誰も助けてくれる人などいない。もう一度あかすりの端をつまんでみる。悪いことをしているわけではないのに、なんとなくキョロキョロとあたりを見まわしてしまう。前に向き直ると、鏡越しにあかすりをつまんで息を荒くしている変態と目が合った。まぎれもなく俺自身だ。

死にたくなった。

「俺、やっぱ楓さんのこと好きなのかな……」

酔うと適当な事でも口に出してしまう。今回もきっとその類だろう。そうに違いない。

『いや、好きなんだろ』

呆れたような心の声。「うるせえ」と言うことはできなかった。


「随分と長かったですね」

俺の葛藤などいざ知らず、楓さんはそう言って風呂上がりの俺を出迎えた。

「ええ、まあ」

楓さんを見る。よかった、湯上りマジックは解けているみたいだ。楓さんはよく見なくても綺麗だったが、俺のシャツはよく見ればいつものダサいシャツだった。それはそれで少し傷つくが。

「じゃあ、明日も仕事があるし寝ましょうか」

ドライヤーで髪の毛の水分を雑に飛ばしてから、矢継ぎ早にそう提案する。意思が変わらないうちに、というか、俺の理性が保たれているうちに早く眠ってしまいたい。

「焦らなくても、夜はまだ長いですよ?」

「長いからこそ寝たいんですよ俺は」

「残念です」

さして残念そうでもなく彼女は言った。

「折角、マジックミラー号についてお話を聞きたかったんですけど、本当に残念です」

「部屋漁ったんですか!?」

今日一番の声が出た。シャワーで流したはずの冷や汗がまたしても体中からふきだしてくる。

「見るつもりはなかったんですけど、たまたま目に入ってしまって」

「いやあの、たまたま目に入るようなところには置いてなかったんですが……」

どう考えても見るつもりだった。

「プロデューサー、ああいうのお好きなんですね」

生暖かい目で見られる。俺が悪いわけじゃないのにめちゃめちゃいたたまれない。あと、普通に恥ずかしい。

「マジックミラーで、素人に、どうしろーと言うんでしょう?」

「ハハァ……」

もう笑うしかなかった。



――――――――――

ベッド論争――俺がカーペットで寝て楓さんがベッドで寝るVS一緒に布団で寝る――は、楓さんの勝利で幕を閉じたことは言うまでもないだろう。論争はシーソーゲームの様相を呈し、アイドルとプロデューサーとしての一般常識をかざす俺にも勝機はあったはずだったのだが、

「……マジックミラー号」

ぼそりと楓さんがそう呟いたことでこの論争は完全に雌雄を決した。マジックだった。

「そんなに端っこで寝たら落ちちゃいますよ?」

「俺はいつもこうなんです。気にしないでください」

そう言って、ギリギリまで楓さんとの距離を離して横向きになる。彼女が寝てからベッドから落っこちたことにしてカーペットに移動する。俺なりのささやかな抵抗作戦だった。

「じゃあ、お休みなさい」

これ以上彼女に何か言われたらたまったものではない。なにより、きっと俺の理性が持たない。背中越しに少し不満げな雰囲気が伝わってきたような気がしたが、お構いなしに電気を消した。

真っ暗になった部屋の中、後ろから呼吸の小さな音が聞こえてくる。自分の部屋なのに、酷く居心地が悪い。

「プロデューサー?」

少しして、楓さんから声をかけられる。少し迷ったが、寝たふりをすることにする。

「寝ちゃいましたか?」

ズリ、ズリと。少しずつ楓さんがこちらに近づいてくる音がする。首に息がかかってこそばゆい。

「本当は、起きてるんですよね?」


ふー。楓さんが俺の首に息を吹きかける。今更ながらにドキドキとしてきた心臓の鼓動。反応しそうになる身体を必死で押しとどめた。



反応したら負けだ。絶対にスルーするーのだ。



……我ながら驚くほどのギャグセンスのなさだった。日がな一日中寒いおやじギャグを連発する楓さんだって、もう少しましな――

「私の事、スルーするーんですか?」

忘れていた。彼女も大概だった。

楓さんは、息を吹きかけてみたり、俺の背中を触ってみたり、もう一度息を吹きかけてみたりと、俺が寝ているのを随分と疑っていたようだったが、それらに全くリアクションを起こさない俺をみてようやく諦めたようだった。

布団と布のすり合う音が聞こえる。少し遠くなった呼吸音から察するに、どうやら元の位置に戻ったようだ。

「ヘタレ」

小さな声で、そう言ったのが聞こえた。



それからどれほど時間が経ったのかはわからないが、楓さんの呼吸が寝息に変わったのがなんとなくわかった。

勝った。勝負していたわけでもないのにそんな言葉が頭に浮かぶ。ゆっくりと布団から抜け出して、カーペットにあおむけに寝そべってようやく一つため息をつく。

ヘタレ、か。


それがどんな意味を持つ言葉だったのか、これまでの人生でお世辞にも女性経験が多いとは言えない俺でも何となく察することができる。楓さんには悪いことをしたかもしれない。だがしかし、楓さんに悪いことをしなかったら世間的に悪いことをしたわけで。自分がまいた種とはいえ、あまりにも逃げ場のない選択肢だ。

だからこそ、というか。だから、これでよかったのかもしれない。

ベッドの上からすやすやと寝息が聞こえてくる。カーペットに横たわって数分、やっと自分の部屋にいるような気がしてきた。それと同時に、急激に眠気が強まってく感じ。

最後に、寝顔でも拝もうか。

ふいに、そんなことが頭に浮かんだ。ここまで我慢したのだ、ちょっと寝顔を見るくらい罰も当たらないのではないだろうか。

『やったれやったれ』

心の声も投げやりだが肯定的である。そうだ、見るだけなら何も問題はないではないか。

音を立てないように、ゆっくり、ゆっくりとベッドに近づく。自然と呼吸が荒くなる。そして――――

「やっぱり、起きてるんじゃないですか」

薄暗闇の中パチッと目を開けた楓さんと目があい、反応する暇もなく服を掴まれて。

その瞬間、俺は本日の全敗を悟ることになったのだった。


――――――――――――――

「今日もいい天気ですね」

「そうですね……」

翌朝。なんだか楽しげな楓さんとは対照的に、俺の声は沈み切っていた。

「本当に、その……」

「いいじゃないですか」

「え?」

「お互いお酒に酔っていたんですし、仕方がないじゃないですか」

「そう、なんでしょうか」

「そうなんです」

そうなのか。そう思うことにした。





酒は飲んでも飲まれるな、とはよく言ったものだ。

でも、今回は、絶対に。

「また、『お酒』飲みましょうね。ふふっ」

嬉しいが8割、まずいやらの感情が2割ほど。色々な思考が混ざり合っている中でさえ。

飲まれたのは酒にではないと、自信をもって断言できるのだった。






おわり

終わりです、読んでいただいてありがとうございました。
書き終わってから気が付いたのですが、楓さんとお泊りするssすごく多いですよね。ネタ被りに関しては本当に申し訳ございません。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom