魔王「リインカーネーション」 (617)


【独房】

盗賊「……」

看守「おい」

盗賊「…スー…スピー…」

看守「寝ている? こいつ、一体どんな神経をしているんだ。おい!起きろ!!」ガンッ

盗賊「ッ!びっくりしたぁ!! なに?もう処刑の時間?」

看守「違う。もうじき、ある御方が此処へ来る。くれぐれも失礼のないように」


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盗賊「あ、そう。どんな奴?」

看守「会えば分かる」

盗賊「女?」

看守「……会えば分かる」

盗賊「なんだ、男か……」ハァ

看守「お前は本当におかしな奴だな」

盗賊「どこが?」

看守「全てだよ。処刑を言い渡されたというのに何事もなかったかのように振る舞い。手枷足枷をされた状態で熟睡し。果ては性別で一喜一憂だ」


盗賊「捕まるのは慣れてますから」ハイ

看守「盗賊が聞いて呆れるな。よくもまあ、今まで生きてこられたものだ」

盗賊「まあまあ。でもさ、あんただって厳つい男と見目麗しい女だったら後者の方が嬉しいだろ?」

看守「そんなザマで、こんな状況でもか?」

盗賊「こんなザマで、こんな状況だからさ」ニコニコ

看守「……長いこと看守をしているが、お前のような囚人は今まで見たことがない」


盗賊「褒めてる?」

看守「ああ。感心する程に愚かで、呆れる程に前向きで向こう見ずな奴だ」

看守「順番待ちしていた悪党共を差し置いて真っ先に独房に入れられたのも頷ける」

盗賊「俺には全く理解出来ないね。昨日の晩から首かしげっぱなしで首が痛えよ」

看守「単に寝違えだけだろう」

盗賊「はははっ、そうかもな。でもやっぱり納得行かねえなぁ。何もしてないってのにさ」

看守「王家の宝を狙って王宮に忍び込んだのが罪にならないとでも思ったのか?」


盗賊「未遂、未遂だから」

看守「未遂だろうが何だろうが、武器を携帯して王宮に不法侵入したんだ。暗殺の嫌疑を掛けられるのは当然だ」

盗賊「俺の眼を見てみろよ。殺しをするような奴がこんな純粋な眼をしてるはずないだろ?」

看守「純粋な奴は不法侵入などしない」

盗賊「純粋な気持ちで盗みに入ったから誠心誠意しっかり平謝りすれば不起訴で済むかも…」

看守「不起訴はあくまで不起訴であって無実にはならないからな?」

盗賊「そりゃそうだけど処刑はやりすぎだろ。見ただけで盗んだわけじゃないし、誰も傷付てないんだぜ?」

看守「はぁ…お前は極まった馬鹿なようだから分からないかもしれないが、処刑されるに足ることをしたんだ」


盗賊「見ただけなのに?」

看守「お前も分からない奴だな。それが処刑される理由なんだ」

盗賊「(人目に触れることすら禁じられた秘宝か。でも、確かにあれはなぁ……)」

ーーーー
ーーー
ーー


盗賊『(宝物庫に見張りは無しか。大体の奴等は狙い通り、王のとこに行ったみたいだな)』

盗賊『(大方、暗殺者か何かだと勘違いしてんだろう。失礼な話だぜ。ま、いいけど)』

盗賊『さて、と。やりますか』スッ

カチャカチャ…ガチリ…

盗賊『(開いた…けど、何か妙な感じだな。多少複雑な構造だったけど、そこまでじゃない)』


盗賊『(何度も開けられた形跡がある)』

盗賊『(宝物庫なんて滅多に開ける機会はないはずだ。多少錆び付いててもいいようなもんだけど……)』

盗賊『(まあ、楽に済むならそれに越したことはないか。さて、ご対面と行こうか)』

ガチャッ…ギギィィ…

『……んっ…誰ですか?』

盗賊『……は?』

『……賊、ですか。外には物騒な輩がいると常々聞かされていましたが、どうやら本当だったようですね』

盗賊『(なんだこりゃ? 何で宝物庫に女がいるんだ? つーか寝巻き? 見るからに高そうなやつだな)』


『……あなたは…ニンゲン…ですよね? わたしを殺しに来たのですか?』

盗賊『殺す? いや、王の輪転機を盗みに来たんだけど……きみは?』

『王の娘です。血縁関係はありませんが』

盗賊『(王の娘? 王女? もし本当なら、何の理由があって宝物庫に入れられてるんだ?)』

王女『どうします? 盗みますか?』

盗賊『盗むって言ってもなぁ。枕元の日記くらいしかなさそうだけど、人様の日記を盗むのはちょっと…』

王女『違います。わたしを、です』

盗賊『俺は人攫いに来たわけじゃないから止めとくよ。どうやら部屋を間違えたみたいだし』

王女『間違えてはいませんよ? わたしが王の輪転器ですから』


盗賊『きみが宝具? どこからどう見ても寝巻きを着た女性にしか見えないけど……』

王女『宝具など最初から存在しません。必要なのは王の力を受け継ぐ器。それが、輪転器です』

盗賊『……うつわ。じゃあ、きみが次の…』

王女『ええ、そうなりますね。どうします?』

盗賊『……はぁ、こりゃあ参ったなぁ』ポリポリ

王女『(何だか変な人。わたしを見て怖れる風もない。扉が開いているのも変な感じです。でも、今なら……)』


盗賊『……決めた』

王女『?』

盗賊『面倒なことになる前に帰る』ウン

王女『いいのですか? わたしを殺せば英雄になれますよ?』

盗賊『生憎、そういう類のものには一切興味がないんだ』

盗賊『それに、英雄になったら悪いこと出来ないだろ?』

王女『フフッ…ええ、そうですね』

盗賊『お休みのとこ邪魔して悪かったな。それじゃ』


王女『あっ…』

盗賊『ん?』

王女『……いえ、何でもないです』

盗賊『……大丈夫、扉は開けたままにしておくよ。この部屋から出たいんだろ?』

王女『何で…』

盗賊『顔に書いてある…ってのは嘘だけど、俺が入ってきた時のきみは何だか嬉しそうな顔をしてた』

盗賊『何て言うか、牢屋の扉が開いた時の囚人みたいな。そんな感じ』


王女『……囚人』

盗賊『何も知らないのに好き勝手言って悪い。俺がそう感じたってだけだから』

王女『……外は…楽しいですか?』

盗賊『う~ん、そうでもないんじゃいか?』

盗賊『楽しいことより辛いことや苦しいことの方が多いし』

王女『……そう、ですか…』

盗賊『でも、俺がきみだったら……』

王女『?』

盗賊『退屈ってやつに殺される前に、外に出るよ』


王女『!!』

盗賊『んじゃ、もう行くよ』

王女『あ、あの…』

盗賊『悪いけど連れて行くのは無理だ。その格好は目に毒だし。どうしてもって言うなら特別にーー』

王女『いえ、そうではなくて……その、後ろ…』

盗賊『…………』クルッ

ゾロゾロ…

盗賊『……もうちょっと早めに言って欲しかったなぁ』


『『『確保ォ!!!』』』


盗賊『うおっ!? ちょっと待っ…痛ッ! 痛い、痛いから!! 大人しく捕まるからやめろって!! 痛ッ!ちょっ…やめ……』

ーーーー
ーーー
ーー


盗賊「(……あの子、今頃何してんのかな)」

看守「……そろそろか」ソワソワ

コツ…コツ…

看守「!!」ビクッ

盗賊「どんなお偉いさんが来るのか知らないけど看守が囚人の前でビビってどうすんだよ」

看守「うるさい。静かにしろ」ビクビク

盗賊「ハイハイ」

盗賊「(この怯え、極度の緊張。どうやら当たりを引いたみたいだな。さてと、ここからが本番だ……)」

コツ…コツ……

老人「………」

盗賊「………」


老人「……下がれ」

看守「し、承知致しました」サッ

老人「お主が盗賊か。思っていたより若いな」

盗賊「あんたが魔王だろ?待ってたぜ」

老人「……儂が来ると分かっていたのか?」

盗賊「いや、来る方に賭けただけさ。来なかったら逃げてたよ」

老人「盗賊よ、お主ーー」

盗賊「あ~、ちょっと待った。話す前に枷を外させてくれ。こんなのぶら下げてちゃ集中出来ないから」

カチャカチャ…ガチッ…ガシャンッ

老人「……そう簡単に外せるものではないはずなのだが、やはりお主には意味を成さないようだな」


盗賊「なんだ、俺のこと知ってんのか」

老人「標的に定めたものは必ず奪い盗る。それが物であれ、命であれ、如何なるものでも……」

盗賊「輝くものなら何でも盗むってだけさ。光り物には眼がないもんでね」ニッコリ

老人「成る程、鴉と揶揄されるだけはある。『あれ』はそれ程まで輝いて見えたか?」

盗賊「ん~、そうだな。今まで見た何よりも輝いて見えた。瞼の裏が火傷するくらいに」

老人「フッ、中々に面白い男だ。盗賊よ、あれを殺さなかったのは何故だ?」

盗賊「あ~、何か誤解してるみたいだから言っとくけど、俺は盗むつもりで入ったんだぜ?」


老人「殺す気はなかったと?」

盗賊「無い。これっっっぽっちも無い。魔王の秘宝、輪廻転生機。通称『輪転機』。俺はそれが欲しかっただけだ」

老人「…………」

盗賊「実物を見た時は驚いたよ。まさか輪転『器』だとは思わなかったからな」

老人「では、諦めるか?」

盗賊「諦めたら逃がしてくれる…」

老人「………」

盗賊「……わけないよな。まあ、諦めるつもりはさらさらないけど」


老人「儂の眼を掻い潜り、あれを盗めるとでも?」

盗賊「既に一度掻い潜ってる。二度あることは三度あるし、一度出来れば二度目も出来る」

老人「何故そこまで固執する? いや、それ以前にあれを盗ってどうする? お主には何の役にも立つまい」

盗賊「見せたくなった」

老人「?」

盗賊「あの子が知ってる世界はあの部屋だけだ。そんなのって寂しいだろ?」

盗賊「何の不自由もない豪華な暮らし。でも、それを幸せだと感じるかどうかは本人次第だ」

盗賊「きっと彼女は生まれ変わりたいと思ってるはずさ。今の自分、今いる世界からね」

老人「……あれがそう言ったのか? あれが自ら口を開いたのか?」

盗賊「大した会話はしちゃいないさ。ただ俺を見たとき、ほんの一瞬だけ瞳が輝いたんだ」

盗賊「期待、願望。望みが叶ったような…そんな感じの眼だった」

盗賊「とまあ、色々言ったけど俺の勘違いかも。そんだけ落ち着いていられるってことは輪転器…彼女はまだあの部屋にいるんだろ?」

老人「………」

盗賊「何だよ、急に黙り込んで……悩み事があるなら聞くぜ?」

老人「……頼みがある」

盗賊「?」

老人「あれを…儂の娘、輪転器を盗んでくれ」

盗賊「………は?」

また明日


盗賊「盗ってくれっていうなら頂くのもやぶさかじゃねえけど……何か裏がありそうな感じだな」

老人「そう難しい話ではない。儂はこの通り老いた……儂の期限はもうじき切れる」

盗賊「なにそれ、賞身期限?」

老人「そんなものだ。間もなく儂は死ぬ。だが、王の力は輪転器へと引き継がれる」

老人「輪転器は魔王となり、次代の魔王が誕生するというわけだ。これまでのようにな」

盗賊「(これまでのように…ってことはこの爺さんも元々は……)」

老人「これより更に時期が迫れば輪転器を暗殺せんとする者が現れるだろう。それもまた、これまで通りだ……」


盗賊「……そっか。あんたも苦労したんだな」

老人「フッ…ああ、随分と昔の話だがな」

盗賊「……で、俺にどうしろと?」

老人「お主はあれに外を見せたいと、そう言ったな」

盗賊「ああ、確かに言った」

老人「なら盗め。そして何処へでも行くがいい。王の力が印刷される、その時まで……」

盗賊「それってさ、あんたが死ぬまであの娘を守れってことだよな?」


老人「そうだ。魔王とは不死であり、不滅の存在であらなければならない」

老人「常にニンゲンの脅威でなくてはならないのだ。あれが死ねば、『魔王』は死ぬことになる」

盗賊「要件は分かった。けど、何で俺に?」

老人「怖ろしいのは外より内だ。この歳になると身内も信用出来なくなる」

盗賊「……なるほどね。分かった。引き受けるよ」

老人「引き受けた後で悪いが報酬はない。その時には儂は死んでいるからな。それでも引き受けるのか?」

盗賊「そりゃあまあ、出来ればあった方が嬉しいけど……別に無くても構わない」

盗賊「正直、魔王がどうなろうが知ったことじゃないんだ。ただ、あの娘に死なれんのは困る」ウン

老人「何故?」

盗賊「一目惚れして目が眩んだから」


老人「それは宝にか? それとも…」

盗賊「さあ、どっちだろうね」ニッコリ

老人「………」

盗賊「そんな怖い顔しなくても大丈夫さ。きちんと盗むし、きちんと守る」

盗賊「昨日の今日で申し訳ないけど、今夜の内に盗みに行くから警備は厳重にしといてくれ」

老人「言われずともそのつもりだ。手練れを揃えておく、心して掛かれよ」

盗賊「分かってるって。じゃあ、俺は夜に備えて寝るよ。あんたも少し休んだ方がいいぜ?」

老人「これより先は休む暇はなどない。おそらく、次の眠りが最後になるだろう」

盗賊「………」

老人「……娘を頼む」

カツン…カツン…カツン…

盗賊「(老いた魔王は朽ちた輪転器。器を変えて、王の力のみが生き続けるってわけだ……)」

盗賊「………ハァ」

盗賊「(あの爺さんも、あの娘みたいに監禁されてたんだろうか……とてもじゃないけど俺には耐えらんねえな)」


王女「………」パタンッ

王女「(結局、何も変わりはしない。素直になれるのは日記の中だけ。こうして願いを綴るだけでも気が晴れる)」

王女「(だからもう、昨晩のことは忘れよう。あれはなかったこと。有り得てはならなかったことなのだから……)」

ガチャッ!

王女「!!?」ドキッ

騎士団長「姫様、御無事でしたか!!」

王女「えっ?」

騎士団長「驚かせてしまいましたね。声もかけずに申し訳ありませんでした」

王女「い、いえっ…大丈夫です」

王女「(あぁ、一瞬でも期待してしまった自分が恥ずかしい……)」


騎士団長「如何されました?」

王女「いえ、何でもありません。お気になさらないで下さい。それより何があったのですか?」

騎士団長「誠に不甲斐ないことですが、またしても賊に侵入を許してしまいました」

騎士団長「まして二日続けて同じ輩に侵入を許すなど、騎士団に身を置く者として一生の恥」

王女「彼…コホン…あのニンゲンが?」

騎士団長「ええ。王の命により以前にも増して警備を強化したのですが……情けないばかりです」

王女「し、しかしどうやって? あの賊は昨晩捕らえられたばかりではありませか」

騎士団長「ええ。ですが奴は再び現れました。まさか、あの独房から抜け出す者がいるとは……」


王女「独房、ですか? 主に処刑を言い渡された者が入るという?」

騎士団長「そうです。これまで一度たりとも破られたことはありません」

王女「あ、あのっ…」

騎士団長「?」

王女「賊…あのニンゲンは、そんなに凄いのですか?」

騎士団長「相当の手練れと見て間違いないでしょう。そして、常識の通じない相手です」

騎士団長「脱獄したその日に再び王宮に侵入するなど常人の思考ではない」


王女「………」

騎士団長「少々喋り過ぎました。さて、そろそろ行きましょう」

王女「えっ? でも、部屋から出てはならないとあれほど……」

騎士団長「奴の狙いは姫様です」

王女「!!?」

騎士団長「奴はこの場所を知っている。速やかに別の場所へ移すようにと王に命じられました」

王女「……そうですか。分かりました」

王女「(まさかこんな形で此処から出ることになるなんて……でも、彼は何故…)」


騎士団長「夜は冷えます。姫様、これを…」

王女「ありがとうございます」ファサッ

騎士団長「では、参りましょうか」

王女「はい」

コツ…コツ…

王女「(身を震わす寒さすら心地良い。このまま王宮を抜け出せたならどんなに……)」

騎士団長「止まって下さい」サッ

王女「?」

騎士団長「曲がり角に潜んでいるようだが無駄だ。不意打ちは喰わん。潔く姿を見せろ」

ザッ…

盗賊「あ~あ、見付かっちまったか。大人しく喰らってくれれば楽に済んだだけどなぁ」


王女「あっ…」

盗賊「今晩は、お姫様」ニコッ

王女「は、はい。こんばんは?」

盗賊「昨日に続いてこんな夜更けに来ちまって悪いね。早速で悪いけど攫われてくれないかな?」

騎士団長「ふざけるな!! 貴様にはドブ浚いが似合いだ!!」ダッ

ドゴンッ!

盗賊「……ふ~っ、危ねえ危ねえ。あんた、見かけ通り短気だな」

騎士団長「(素早い。我が鉄槌をああも容易く躱すとは……やはり只者ではないな)」

盗賊「(凄え腕力だ。手練れを揃えておくって言ってただけはある。さて、どうすっかな)」


騎士団長「ふ~ッ…さあ来い!!」

騎士団長「姫様を攫おうなどという不届き者め、成敗してくれる!!」

盗賊「(うん。男には好かれそうだけど女には見向きされないタイプだな)」チラッ

王女「………」ガタガタ

騎士団長「来なければ此方から行くぞ」ズンッ

盗賊「(……甲冑か。あんまり待たせて姫様に風邪引かれても困るし、ささっと終わらせるか)」スッ

ヒュパッ…グイッ!!

盗賊「重っ!! なんだこりゃ!ビクともしねえ!!」グイグイ

騎士団長「鞭で足を取る気か。小癪な真似を…だが無駄だ。その程度で倒れる程やわな足腰ではない!!」


盗賊「じゃあ、もう一本追加で」ヒュパッ

騎士団長「むっ!!」サッ

盗賊「あ~あ、避けちゃった」

グルンッ…ガシッ…

王女「えっ?」

騎士団長「何ッ!!?」

盗賊「戦いに熱中し過ぎたみたいだな。熱中症対策はしっかりしないと…ねっ!!」グイッ

王女「きゃっ!」

騎士団長「ッ、しまった!!」


王女「(あっ、落ち……)」

ギュッ…

盗賊「大丈夫かい?」

王女「え、ええ。何とか…」

盗賊「そっか、なら良かった」

騎士団長「ひ、姫様っ!!」ダッ

盗賊「(あ~あ、脚に鞭巻き付いてんの完全に忘れて走ってるな。今なら簡単に…)」グイッ

ズデンッ! ゴチンッ!

盗賊「お~、盛大にコケた。鈍い音したけど大丈夫かな? まあ、いいや……」

王女「……あ、あの」

盗賊「あのさ、今夜は月がとっても綺麗なんだ。星も沢山出てる」

王女「?」

盗賊「俺は今から外に出て星を眺めようと思ってるんだけど、良ければ一緒にどうかな?」

また明日


盗賊「ダメかな?」

王女「(今すぐに頷きたい。此処から連れ出してと叫びたい。でも、わたしが居なくなったら沢山の方に……)」チラッ

盗賊「………」

王女「(同意なんて求めずに連れ出してくれたら…っ、やっぱり、わたしは弱虫で臆病者だ)」

王女「(こんな時になっても他人に身を委ねようとしている。わたしには、何も変えられない)」

王女「(今こそが変わる機会なのに。それなのに……わたしは……)」

ガチャガチャ…

王女「っ、兵が来ます。逃げて下さい」

盗賊「そりゃ無理だ」

王女「ご自分の置かれている状況を理解しているのですか!? 殺されてしまうかもしれないのですよ!?」

盗賊「そんなことは百も承知さ。おそらく牢にぶち込まれることなくその場で殺される」


盗賊「どうかな?」

王女「(今すぐに頷きたい。此処から連れ出してと叫びたい。でも、わたしが居なくなったら沢山の方に……)」チラッ

盗賊「………」

王女「(同意なんて求めずに連れ出してくれたら…っ、やっぱり、わたしは弱虫で臆病者だ)」

王女「(こんな時になっても他人に身を委ねようとしている。わたしには、何も変えられない)」

王女「(今こそが変わる機会なのに。それなのに……わたしは……)」

ガチャガチャ…

王女「っ、兵が来ます。逃げて下さい」

盗賊「そりゃ無理だ」

王女「ご自分の置かれている状況を理解しているのですか!? 殺されてしまうかもしれないのですよ!?」

盗賊「そんなことは百も承知さ。おそらく牢にぶち込まれることなくその場で殺される」


王女「なら何で!!」

盗賊「だって、きみの返事を聞いてないだろ?」

王女「っ…わたしのことなんてどうだって良いではないですか!! もっと自分のことを…」

盗賊「そうだね。全く以てその通り」

盗賊「きみの場合、俺なんかの心配をせずに自分のことを考えるべきだ。きみの人生なんだからさ」

王女「(……わたしの…人生…)」

盗賊「それに、攫うとは言ったけど無理矢理ってのはあんまり好きじゃないんだ」

盗賊「きみが外へ出たいって言うなら、どんなことがあっても連れ出してみせる。部屋に戻りたいって言うならそれでもいい」


王女「………」

ガチャガチャ…

盗賊「……もう一つだけ。きみは輪転器なんて無機質なモノじゃない。きみは、生きてる」

王女「!!」


『『『賊め!姫様を離せッ!!』』』


盗賊「(うじゃうじゃ来やがって。まあ、道は塞がれたけど天井高いし何とかなるか)」

王女「……あの」

盗賊「ん?」

王女「まだ、間に合いますか?」

盗賊「勿論さ。何事も遅すぎるなんてことはない。出来ればもう少し早くして欲しかったけどね」ニコッ

王女「……クスッ…わたしも星空を見たいです。だから…だから、此処から連れ出して下さい」ギュッ

盗賊「分かった。じゃあ、責任を持ってお連れするよ。星空の見える場所に」


盗賊「さて、と。じゃあ、ささっと行きますか」

王女「(何でこんなにも余裕を持っていられるのでしょう? まるで、こういった状況に慣れているような……)」

盗賊「姫様、そのまましっかり掴まってくれ。それから深く息を吸って息止めて」

王女「は、はいっ」

『『『もう一度言う、姫様を…』』』

盗賊「絶対に離しません」ポイッ

ボフッ…ブワッッ…

『煙玉? こんなもので逃げられ…何だ…眼が…痛ッ!?』

『ゲホッ…ゲホッゲホッ!! 涙が止まらん!!何だこれは!!』


盗賊「よっ…」ヒュッ

王女「(奥の柱に鞭を絡ませた…一体何を…)」

盗賊「おっさん、悪いけどちょっと肩貸りるぜ?」タンッ

『ゲホッ…上だ!上にいる!天井を狙え!!』

『馬鹿、止せ!! 姫様に刺さったらどうする!!武器を下げろ!!』

グサッ…

盗賊「ッ…」ダッ

王女「(凄い、壁を走ってる。私を抱き抱えているのに……最初から、こうするつもりで…)」

盗賊「……ッ!!」グラッ

ズダンッ…

盗賊「ふ~っ、何とか上手くいったな。姫様、怪我はねえか?」


王女「は、はいっ。大丈夫です」

盗賊「なら良かった。さて、増員が来る前にずらからねえとな。しっかり掴まってろ」

王女「………」ギュッ

盗賊「ッ…じゃあ、行くか」ダッ

王女「(……風を切る音がする。それから、彼の鼓動も…)」

盗賊「(背中が痛え。こりゃあ結構深いな、後で縫って貰わねえと……)」

王女「どこか痛むのですか? 顔色が…」

盗賊「たまに顔が紫色になる体質なんだ。だから気にしなくて良い。それより聞きたいことがあるんだ」


王女「何です?」

盗賊「姫様って裁縫とか出来る人?」

王女「え、ええ。刺繍や編み物などは好きですから多少は…ですが、何故そんなことを?」

盗賊「いや、何となく聞いただけ。俺、料理と裁縫出来る人が好きなんだよ」

王女「そ、そうですか……(案外、普通の人なのかも…)」

盗賊「(感覚がなくなってきてる。視界もぼやけてきやがった。けど、もう少し…もう少しで……)」

王女「ところで、何故上に向かっているのですか?」

盗賊「正門はがっちり固められてる。一階からは無理だ。でも、下りなきゃ逃げられない」


王女「では、どうやって脱出を?」

盗賊「あの大窓から飛び降りる。丁度あの真下に厩舎があるんだ」

王女「へっ? 今までずっと上へ上へと走っていましたよね? 結構な高さがあるのでは…」

盗賊「準備はしてあるから大丈夫」

盗賊「さ、破片入らないように目を閉じて。それから舌噛まないように口も閉じてな」

王女「んッ…」

盗賊「じゃあ、行ッ…くぜ!!」ダッ

ガシャンッ!


盗賊「くッ!!」ヒュッ

ガギッ…ギシッ…ギシギシッ…

盗賊「ふ~っ…姫様、大丈夫か?」

王女「ぅ~…」

盗賊「(気ぃ失っちまったか。でもまあ、暴れられるよりはマシだな。後は壁伝いに…)」ギュッ

ギッ…ギシッ…

盗賊「(厩舎に兵が集まり始めてる。厩舎の側にある見張り塔の兵もいるな…よし…)」

王女「んっ…っ!!」

盗賊「静かに。大丈夫、大丈夫だよ。しっかり掴んでるから落ちたりしない」

王女「で、でもっ…」ビクビク

盗賊「俺は絶対にきみを離したりしない」

盗賊「だから落ち着くんだ。きみが暴れたら星を見る前に二人揃ってお星様になっちまう」


盗賊「そんなの嫌だろ?」

王女「!!」コクコク

盗賊「……高いとこは嫌い?」

王女「……ど、どうやらそうだったみたいです。今初めて知りました」ムギュゥ

盗賊「……そっか」

盗賊「(自分のことさえ知らないか。そりゃそうか、部屋から出たことねえんだもなんな…)」

盗賊「(しかし、こうも抱き付かれちゃ動けねえ。本来なら喜ぶべきとこなんだろうけど、こんな場所じゃあ素直に喜べねえな)」

王女「………」ギュゥゥ

盗賊「……姫様と同じで、星も高所恐怖症だったりしてな」


王女「?」

盗賊「たまに落ちてくるんだ。うっかり足を滑らせた間抜けな奴が綺麗な尾を引きながら」

盗賊「いや、もしかしたら地に足を着けたかったのかもしれない……」

盗賊「そりゃあもう凄い速さで落ちてくるんだぜ? 願いを唱える暇なんてありゃしない」

王女「……それって…流れ星…のことですか?」

盗賊「うん。あいつらってさ、一体何処に向かってんだろうな? 無事に着陸出来てりゃいいけど」


王女「フフッ…やっぱり変な人…」

盗賊「少しは落ち着いた?」

王女「…ええ、先ほどよりはだいぶ…取り乱してしまって申し訳ありません……」

盗賊「いいって、気にすんな」

盗賊「それより姫様、こんな場所で悪いけど一つ頼まれてくれないかな」

王女「わ、わたしに出来ることなら」

盗賊「そんな顔しなくても大丈夫さ。まずは腰の革鞄に紐の付いた玉が入ってるから取り出してくれ」

王女「分かりました。んっしょ…ん~っっ! あっ、取れました! これですか?」


盗賊「うん、それで合ってる」

王女「あのぅ…これってもしかして…」

盗賊「あ~、うん。そうだね。姫様の想像通りのものだと思う」

王女「ど、どうすればいいのでしょうか?」ガタガタ

盗賊「火を着けて厩舎の屋根の上に落とすだけでいい。右腕の手甲に擦り付ければ点火出来る」

盗賊「見ての通り俺は両手が塞がってる。これはきみにしか出来ないんだ」

王女「……わたしにしか、出来ないこと…」

王女「(だ、大丈夫。きっと出来る。此処は厩舎の真上。高さはあるけれど外すことの方が難しいくらいだもの)」


王女「(……だけど、万が一…)」

王女「(万が一狙いが逸れて兵の方々に当たったら…それに、急に風が吹いたりしたら……)」ガタガタ

盗賊「(あ、震えてる)」

盗賊「(大方、下にいる奴らに当たったら…なんて考えてんだろうなぁ)」

盗賊「(こんな時まで他人の心配か。優しいと言うか悠長というか……)」

王女「(やっぱり、わたしには出来…えっ?)」

盗賊「ん? どうかした?」

王女「いえっ、何でも……」

王女「(手のひらに血が…勿論わたしのじゃない。おそらくこれを取り出した時に付着したもの……)」


王女「(…じゃあ、これは…)」

盗賊「?」

王女「(……きっとあの時。兵の頭上を跳び越えた時に刺された…なら、彼はあの時からずっと……)」

王女「(余裕なんてないはずなのに、わたしを怒鳴ることもせず気遣って……それになのに、わたしは…)」

盗賊「姫様?」

王女「やります。もう、大丈夫です」

盗賊「いや、別に無理しなくても…」

王女「出来ます!」

盗賊「そ、そう? じゃあ、早速お願いします」

王女「(右腕の手甲に導火線を擦り付けて……)」ジュッ

王女「(後は、落とすだけ)」パッ


コツン…ドガンッ!

『な、何だ!?』

『マズい!今の音で馬が!!』

盗賊「馬達よ、夜遅くに走らせて悪いな。姫様、助かったよ。降りるからじっとしててくれ」

王女「はい」ギュッ

盗賊「(なんか顔付きが変わったような気がする。気のせいか?)」

王女「………怪我、してますよね?」

盗賊「……あ~、うん。背中をちょっと小突かれた」

王女「小突かれた程度で血は出ません。背中を刺されたのでしょう? 早く手当てをしないと」

盗賊「気持ちは嬉しいけど今は此処から抜け出すことだけ考えろ。俺のことは気にすんな」


王女「でもっ…」

盗賊「じゃあ、頼んでもいい?」

王女「ええ。わたしに出来ることであれば何でも言って下さい」

盗賊「後で俺の背中縫ってくれない?」

王女「分かりました」

盗賊「えっ?」

王女「えっ? どうかしました?」

盗賊「いや、冗談のつもりだったんだけど……本気? かなり気分悪くなると思うよ?」

王女「気分が悪くなる程度であなたの傷が塞がるなら安いものです」

盗賊「(自分より他人か。優しさとはちょっと違うのかもしれないな)」


王女「………」ギュッ

盗賊「(そうか、怖いのか。誰かが傷付くこと、傷付きを見ることが…)」

盗賊「(あんなに躊躇っていたのに爆弾を投げたのも、自分が逃げ出す為じゃなく俺の傷を知ったから?)」

盗賊「(まったく…あの爺さんは何でこんな娘を選んだんだ? いや、この娘だからこそか?)」

王女「……下は、凄い騒ぎになっていますね」

盗賊「そりゃそうさ。王女様が攫われたんだぜ?」

王女「輪転器です。彼らにとっては…」

盗賊「そうかな、姫様が輪転器だってことを知らない奴だっているんだろ?」

王女「ええ。けれど、何故か他人事のように見えてしまうのです。わたしのことなのに、別の何かを捜しているような……」


盗賊「じゃあ、自分探しだな」

王女「自分探し?」

盗賊「だって姫様は自分のこと知らないだろ? 高所恐怖症だってことも知らなかったしな」

王女「………」

盗賊「きっと迷子になってる。なら、きちんと捜してあげないとダメだ」

盗賊「自分は何が好きで何が嫌いなのか。得意なことや苦手なこと。他にも色々ね」

王女「……自分探し…わたしに見つけられるでしょうか?」

盗賊「きみにしか見つけられない。だから迎えに行こう。外に出て、探しに行くんだ」

王女「……あなたは、本当の本当に不思議なニンゲンですね」


盗賊「じゃあ、自分探しだな」

王女「自分探し?」

盗賊「だって姫様は自分のこと知らないだろ? 高所恐怖症だってことも知らなかったしさ」

王女「………」

盗賊「きっと迷子になってるんだ。なら、きちんと捜してあげないとな」

盗賊「自分は何が好きで何が嫌いなのか。得意なことや苦手なこと。他にも色々ね」

王女「……自分探し…わたしに見つけられるでしょうか?」

盗賊「きみにしか見つけられない。だから迎えに行こう。外に出て探しに行くんだ」

王女「……あなたは、本当の本当に不思議なニンゲンですね」


盗賊「そうかな?」

王女「ええ、わたしたちともニンゲンとも違うような気がします」

盗賊「よっ…」

スタンッ…

盗賊「ようやく地に足付けられたな。さて、続きは星を見ながら話そうか」

王女「いえ、傷を縫うのが先です。縫いながら話しましょう」

盗賊「ははっ、分かった。じゃあ、馬を探すから付いてきてくれ」

王女「馬ですか? 馬は先ほどの爆発で全て逃げ出したのでは?」

盗賊「あれは兵士を追っ払う為にやったんだ。一頭くらいはいるはずだ。肝の据わってる奴が…」

『こ、こらっ!暴れるな!!』

『そいつは相手にするな。誰の言うことも聞きやしない駄馬なんだ。それより賊を捜…ぐはっ!』


王女「……いましたね」

盗賊「……ありゃあ何人か殺ってるな」

王女「逞しい白馬ですね。ちょっと青白いですけれど……あれは雄でしょうか?」

盗賊「いや、あれは雌だな」

王女「見ただけで分かるのですか?」

盗賊「つぶらな瞳してるからな」ウン

王女「えっ?そんな理由で判断するんですか?」

盗賊「今のは冗談。でもあれは確かに牝馬だ。きっと男性社会でストレス溜まってるのさ」

盗賊「牝馬ってのは若い頃は粗暴なもんなんだ。さっきみたいな扱いするから男性不信になるんだよ」


王女「……あれに乗る気ですか?」

盗賊「そうだね。どうやら一番肝が据わってるのは彼女みたいだから」

王女「だ、大丈夫でしょうか?」

盗賊「大丈夫だって、俺の後ろにいてくれ」

スタスタ…

白馬「……」ギロッ

盗賊「夜更けにごめん。きみと話がしたいんだけど…ちょっといいかな?」

王女「(凄い、暴れ馬に話しかけてる。でも動物と会話だなんて出来るのでしょうか?)」


白馬「……」

王女「(あ、何か満更でもない感じ。やっぱり女性だったんですね……)」

盗賊「ありがとう。実は、この王宮から出たいんだ。きみが力を貸してくれれば出られる」

盗賊「その後……きみが良ければだけど、丘の上で星空を眺めながら干し草でもどうかな?」

白馬「……」フイッ

王女「(あぁっ…)」

盗賊「そっか、残念だよ。邪魔して悪かったね。それじゃ…さようなら」クルッ


王女「(あっさり引き下がった? あれ、馬の様子が……)」

白馬「……」グイッ

盗賊「どうしたの?」

白馬「……」グイグイ

盗賊「離してくれ、僕には時間はないんだ。本当はきみが良かったけど、きみが嫌なら仕方ない」

盗賊「女性に無理強いするようなことはしたくないんだ。さあ、離してくれ」

白馬「……」コテン

王女「(甘えた感じで彼の肩に頭を乗せた!? あれは乗せてもいいということなのでしょうか?)」

盗賊「ありがとう、僕なんかの為に……悪いけど、彼女のことも乗せてやってくれないかな?」


白馬「………」チラッ

王女「こ、こんばんは」

白馬「…フーッ…フーッ…」

王女「(もしかして嫉妬!? 馬って凄い!!)」

王女「わ、わたしは別にそんなつもりはないです。どうか乗せて下さい。お願いします」ペコッ

白馬「………」フンッ

王女「(は、鼻で笑われた。何だかよく分からないけど悔しい……)」

盗賊「さあ、行こうか」スッ

王女「わたしが前なんですか?」

盗賊「後ろで俺に掴まってたら変に見られるだろ? きみはあくまで俺に攫われるんだから」


王女「……そうでしたね。分かりました」

盗賊「じゃあ、行こうか」

ガガッ…ガガッ…

王女「(うわぁ、景色が凄い速さで変わっていく。馬ってこんなに速かったんだ!!)」

盗賊「(大門の前には槍兵と騎兵の壁か……)」

盗賊「(あの爺さん、何がなんでも俺を討ち取れって言ったんだろうな)」

盗賊「(依頼がバレないように警備を増やせとは言ったけど、ここまでやれとは言ってないぜ)」

盗賊「(槍兵は騎兵を崩せば何とかなる。戦う必要もない。隊列さえ崩せればそれでいい)」

ガガッ…ガガッ…

盗賊「どっちの馬が優れてるのか」ジュッ

盗賊「度胸試ししようじゃねえか」ブンッ

ドガンッ!ドガンッ! ブワァッ…

王女「土煙で前が!」

盗賊「そりゃあ向こうも同じさ。このまま突っ切る!!」

ガガッ…ガガッ…

盗賊「良しッ、隊列は乱れた!! 跳べッッ!!」


王女「(月が目の前に…本当に飛んでる)」

盗賊「越えた!このまま突っ走るぞ!!」

ヒュッ…ドッッ…

盗賊「ぐっ…」クルッ


射手「……………」


盗賊「(見張り塔? あんなとこから当てやがったのかよ。バケモンかアイツは)」

王女「どうかしましたか?」

盗賊「ッ、いや、何でもない。前見てろ。このまま行けるとこまで行くぞ」


王女「は、はいっ!」

ガガッ…ガガッ…

盗賊「(やっぱり報酬は貰おう。何がなんでも貰おう。これじゃ流石に割に合わねえ)」ボタボタッ

ガガッ…ガガッ

王女「かなり遠くまで来ましたけど、これからどうしますか?」

盗賊「……まだだ。もう少し…走る…」

王女「もう無理はしないで下さい。早く傷の手当てをしないと……」クルッ

盗賊「…………」

王女「あのっ、聞いてま…!!?」

盗賊「…………」グラッ

ドサッ…ゴロゴロ…

また明日


盗賊「(あれ、何で寝転んでんだ?)」

盗賊「(……あぁ、そっか。馬から落ちたのか。あちこち痛え。矢傷に刺し傷。それから打撲)」

盗賊「(まあ、あんだけのことやったんだ。命があるだけマシだと思わねえとな)」

ガガッ…ガガッ……

盗賊「(あ~あ、戻ってきちまった)」

盗賊「(ったく、そのまま逃げりゃあいいのに。今にも追っ手が来るかもしれないんだぜ?)」

盗賊「(…って言っても無駄なんだろうな。つーか少しは疑え。こんな奴を簡単に信じちゃ駄目だ)」

王女「泥棒さん!!」

盗賊「(何だよ泥棒さんって…まあ、間違っちゃいないけどさ。にしても間抜けな響きだな)」


王女「今行きます!んっしょ…きゃっ!」ズルッ

盗賊「(あっ、落ちた。馬に乗ったのも初めてなんだろ? あんまり無理すんなって……)」

王女「いたた…っ…泥棒さん!!」タッ

盗賊「(もう泥棒さんでいいから落ち着けって。そんなに走ると転んじまう)」

王女「はぁっ、はぁっ…泥棒さん!しっかりして下さい!!」

盗賊「(悪い。声が出せないんだ)」

王女「わたしの声が聞こえているなら瞬きを二回して下さい!!」

盗賊「(へ~、凄いな。そんなのどこで覚えたんだ? そういや部屋には本が沢山あったな。読書家?)」


王女「良かった。意識はあるみたい」

王女「っ、酷い傷…失血も酷い。早く手当てをしないと……」

王女「(でも、こんな所で手当てしていたらすぐに見つかってしまう。そうなったら彼は……)」

盗賊「?」

王女「(っ、そんなのは絶対に嫌。わたしが何とかしなければ彼は死んでしまう)」

王女「(わたしが助けるんだ。他の誰でもない、自分自身の手で。もう、人任せにはしない)」

王女「(とにかく、何処か身を隠せる場所に移動しなければ。手当てをするにもそれからだ)」

王女「(ここに来るまで通ってきた道にそれらしい場所は……!!)」

王女「(少し戻ってしまうけれど、先ほど通った橋の袂の坂を下って川辺に行けば…)」

王女「(でも、戻って見つかったりしたら……)」

盗賊「…ハァッ…ハァッ……」

王女「(っ、今更怖じ気付くな臆病者。見つかったら、その時に考えればいい)」


盗賊「(なに考えてんだ?)」

王女「泥棒さん、今から運びます。もう少しだけ頑張って下さいね?」

盗賊「(馬に乗せる気なのか? 止めとけ、姫様には無理だって)」

王女「んっ…おもいっ…」

盗賊「(おいおい…無茶すんなよ)」

王女「わたしが助けるんだ。絶対、絶対に助ける。わたししか、いないんだから……」

盗賊「………」

王女「…はぁっ…はぁっ…ん~っっ!!」

ドサッ…

盗賊「(……本当に乗せやがった。以外と根性あるんだな)」


王女「…はぁっ…はぁっ…」

王女「白馬さん、もう一度だけ背に乗せて下さい。彼を橋の袂まで運びます」ヨジヨジ

白馬「……ブルルッ…」

ガガッ…ガガッ…

王女「あのっ、ありがとうございます!」

白馬「………」フンッ

盗賊「(律儀か。馬相手に何してんだよ)」

王女「すぐに着きますから待ってて下さいね。きっと…ううん、絶対大丈夫ですから」

ガガッ…ガガッ……

盗賊「(……なあ、姫様。俺を変わり者だって言ったけどさ、きみも十分変わってるよ)」

ガガッ…ガガッ…

王女「あ、あの橋です! あそこから下りて下さい!!」

盗賊「(あ~あ、こんな娘が魔王になんのかよ。今のままでいいのに、勿体ねえなぁ……)」

ガガッ…ガガッ…ガガッ…


【玉座の間】

老人「そうか、捕り逃がしたか」

騎士団長「陛下、誠に申し訳ありません。全ては不覚を取った私の責任でございます」

老人「済んだことだ。もうよい、頭を上げよ」

騎士団長「ですが姫様を…」

老人「よいと言っている。して、彼奴はどうであった」

騎士団長「?」

老人「直接対峙したのはお主のみ。彼奴が強者であったのかと聞いておるのだ」


騎士団長「強者であります。紛うことなく」

騎士団長「刃は交えておりませんが、戦の最中であって沈着冷静。機転も利く男です」

老人「……ふむ。そうか…」

騎士団長「しかし陛下、何故にそのようなことをお聞きになるのですか?」

老人「……初代王の傍らには、常に一人の騎士がいた」

老人「闇夜にあって幾千の敵を討ち。屍から屍へと渡り歩くその姿はあたかも鴉のようであったという」

老人「彼の者は畏敬の念と共に死の騎士と呼ばれ。多くの騎士に崇められていたそうだ」

老人「王は彼の者を半身の如く信頼し、深く愛していた。添い遂げることは叶わなかったがな」

騎士団長「……そのような話は初めて聞きました。如何なる文献でも見かけたことはありません」


老人「そうであろうな……」

老人「これは輪廻する力に宿る王の記憶。いや、王ではなく一人の女の記憶やもしれん」

老人「幾度もの輪廻。長らく探し求めていた相応しき器。あれを得た時の歓喜たるや…フッ…フフッ…」

騎士団長「へ、陛下?」

老人「そう怪訝な顔をするな。安心しろ、呆けたわけではない。これは事実なのだ」

老人「そして、偶然か必然か。或いは輪廻か……我が娘を奪い去った男は鴉と呼ばれている」

騎士団長「……何故にそのような話を私に?」

老人「お主は期待を裏切らぬ男だからだ。これまでも、現在もな」

騎士団長「は、はぁ…」

老人「……もう下がってよいぞ」

騎士団長「姫様の捜索は…」

老人「追う必要はない。何もせずとも、あれは近々帰って来る。必ず、必ずな……」


【川辺】

盗賊「………」

王女「(革鞄には消毒薬と包帯、針と糸が入っていた。それに、体には数え切れない傷痕……)」

王女「(刺し傷に切り傷。それから火傷。命に関わるようなものも数多くあった)」

王女「……はぁ」

王女「(矢も抜いて傷口も縫って…本で見た薬草を傷口に貼って止血も出来た。後は目覚めを待つだけだ)」

盗賊「…スー…スー…」

王女「泥棒さん。あなたはいつもこんな怪我をしているんですか?」

王女「そんなに沢山の傷を負ってまで手にしたい物って何ですか?」

王女「男の人だからですか? ニンゲンだからですか? わたしには、そこまでする意味が分からないです……」


盗賊「…ッ…ぅぅ…」

王女「(震えてる。先ほどよりも冷えてきているし、何より血を流し過ぎたから)」

王女「(わたしが羽織っていたものを被せたけど、これだけでは足りない……)」

王女「(でも、どうしよう。彼の服は血塗れだったから洗ってしまったし……)」

盗賊「…ハァッ…ぅぅ…」

王女「…………」パサッ

ギュゥゥ…

王女「(迷う必要なんてない。こうすれば温められる。この人を死なせはしない)」

王女「(あなたはあの場所からわたしを連れ出してくれた。傷を負い、血を流してまで……)」

盗賊「………」

王女「泥棒さん。わたし、まだ星を見ていないんです」

王女「一緒に星を見よう。そう言ったのはあなたでしょう?」

王女「……生きて下さい。お星様になんかなっちゃ駄目ですよ…」ギュッ

また明日

盗賊と姫様の見た目気になるな
盗賊は軽装だけど、鞭やら手甲やら爆弾やら結構色々仕込んだ装備?
姫様は寝間着にケープか何か羽織っただけで持ち物特に無しかな


盗賊「(ここは…つーか姫様…)」

ムギュゥ…

盗賊「!?」ビクッ

王女「…スー…スー…」

盗賊「(……通りで温けえわけだ。ったく、臆病なのにやることは大胆だな)」

盗賊「(包帯…手当てまでしてくれたのか。嫌なもん見せちまったな……)」

王女「…っ…ん~っ…」

盗賊「………」

王女「…スー…スー…」

盗賊「………起きるか。え~っと…服はあそこか」


盗賊「危ねっ…」フラッ

ボフッ…

白馬「…ブルルッ…」

盗賊「そっか、きみも一晩中傍に居てくれたんだね。ありがとう。助かったよ」

白馬「……」コテン

盗賊「昨日は無理させて悪かったね。怪我してなくて良かったよ」

白馬「……」スリスリ

盗賊「…っくし! ごめん。もう少しこうしていたいけど早く服着ないと…」ザッ

盗賊「(濡れてる。汚れもねえ。姫様、服まで洗ってくれたのか……)」


盗賊「(コートだけ羽織っとこ)」バサッ

王女「…スー…スー…」

盗賊「(まさか攫った相手の世話になるなんて思いもしなかったな……)」

盗賊「っくし! 寒っ…枯れ枝集めて火でも起こすか。早いとこ服も乾かさねえとな」

ーーー
ーー


パチッ…パチパチッ…

王女「…んっ。あれっ…泥棒さん?」

盗賊「お~、こっちこっち」

王女「(良かった。いなくなってしまったのかと…)」

盗賊「どうした?早くこっちに来て一緒に火に当たろう。服着てからな」


王女「えっ……あっ!!」イソイソ

トコトコ…トスン…

王女「えっと…おはようこざいます」

盗賊「うん、おはよう。傷の手当てから洗濯まで、何から何までありがとう」

王女「いえっ、そんな…」

盗賊「……きみがいなかったら、こうして朝日を拝むことなんて出来なかったと思う」

盗賊「あっ、こういう場合は朝日なんかより姫様を拝むべきなのかもな」ウン

王女「クスッ…泥棒さんが生きてて良かったです。体はどうです? ふらついたりとかは…」

盗賊「血ぃ流し過ぎたからなぁ。たらふくメシ食って寝ればその内に治るさ」


王女「………」

盗賊「いや、本当に大丈夫だから!そんな顔すんなって!!」

王女「でも、傷を負ったはわたしのーー」

盗賊「傷を負った俺が間抜けだからさ。きみのせいじゃない。この話はこれで終わり」

王女「………」

盗賊「さて、と。服も乾いたしそろそろ行こうか」ザッ

王女「えっ? 行くって何処へ……」

盗賊「何処へって、姫様の自分探しに決まってるだろ?」


王女「………」

盗賊「いや、本当に大丈夫だから!そんな顔すんなって!!」

王女「でも、傷を負ったはわたしのーー」

盗賊「傷を負ったのは俺が間抜けだからさ。きみのせいじゃない。はい、この話はこれで終わり」

王女「………」

盗賊「さて、と。服も乾いたしそろそろ行こうか」ザッ

王女「えっ? 行くって何処へ……」

盗賊「何処へって、姫様の自分探しに決まってるだろ?」


王女「(彼は本当に何なのだろう?)」

王女「(あんなにも酷い傷を負っているのに、わたしの何倍も疲弊しているはずなのに……)」

王女「(何故こんなにも、瞳をきらきらと輝かせていられるのでしょう?)」

盗賊「まずは姫様の服を買って、それからメシも食わねえとな」ウン

王女「(まるで昨夜のことなどなかったかのよう。はしゃいでいる子供のような、そんな笑顔…)」

盗賊「姫様も腹減ってるだろ?」

王女「えっ? は、はい…」

盗賊「じゃあ行こうか。俺が外を案内するよ」ニコッ

王女「(彼といれば、わたしもこんな風になれるのでしょうか? 彼のように、自由に……)」

>>92
盗賊は軽装備で複数のウエストポーチ?のようなものに色んな道具を入れています。
所持しているのは鞭と爆弾と催涙玉。それから縄に鉤爪の付いてるやつ。他の武器などは後から出てくると思います。

姫様は寝巻きの上に白熊みたいな、もふもふしてるやつを羽織ってるだけです。

また明日。


【街道】

ガガッ…ガガッ…

王女「わぁ…凄いなぁ…」

王女「(どんどん景色が変わっていく。わたし、本当に外に出たんだ)」

王女「(青空には先ほどより輝きを増した太陽が。ふわふわとした雲は泳いでいるようにも見える)」

王女「(白馬さんが地面を蹴って体が浮くたび、わたしも空を飛んでいるような…そんな気分になる)」

ガガッ…ガガッ…

王女「(ほのかに香る土の匂い。風に揺られる草花。それから挿絵とは全く違う、本物の緑……)」

王女「(何処を見ても何を聴いても心地良い。此処には…外には全てが詰まってるんだ)」

盗賊「姫様、気分はどうだい?」

王女「とっても楽しいです! でも、まだ信じられません。何だか、ちょっとだけ怖いんです」


盗賊「怖いって何が?」

王女「……昨日までとは違いすぎるからです。望みが叶うなんて思いもしませんでしたから」

王女「それから、こうも思うのです。もしかしたら、これら全ては夢なのではないか…と」

盗賊「人なんて夢遊病者みたいなもんさ。寝てる奴も起きてる奴も、みーんな夢を見てる」

王女「……誰もが、夢を見る…」

盗賊「そ。でも大丈夫、姫様は起きてるよ。流石の俺も人様の夢にまでは入れない」

盗賊「万が一これが夢でも、姫様の夢は誰にも盗めないよ。これは、きみだけの夢だからね」

王女「……もし、もしですよ? 二人一緒に同じ夢を見ていたらどうします?」

王女「これは夢で、現実では牢に入れられてたりしたら? そう考えると、わたし……」


盗賊「ははっ、面白いこと考えるなぁ」

王女「わ、笑わないで下さい。これでも真剣に考えてるんですから……」

盗賊「分かった分かった。そんなに不安な声出すなよ。旅立ちの朝なんだぜ?」

王女「だって…何だか怖くて……」

盗賊「……もし夢だったら、だっけ?」

王女「は、はい。泥棒さんならどうしますか?」

盗賊「う~ん。そうだなぁ…夢の終わりまで一緒にいればいいんじゃないの?」

王女「どうしてです?」

盗賊「夢の中で一緒なら、目が覚めた時も傍にいるかもしれない。そしたら、またすぐに連れ出せるから」

王女「じ、じゃあ! もし別々の場所で目が覚めてしまったらどうしますか?」

盗賊「その時はきみを捜して連れ出すよ。そんで、夢の続きを見る。一緒にね」


王女「(一緒に、夢の続きを…)」カァァ

盗賊「少しは落ち着いた?」

王女「えっ、ええ。安心とは少しばかり違うかもしれませんが、もう大丈夫です」

盗賊「?」

王女「(随分と前に読んだものだから題名は思い出せないけれど、似たような台詞があった)」

王女「(確か…身分の違いから引き離され、それでも互いを愛し続けた男女の物語……)」

王女「(彼女は思い人に会えぬ辛さから心を病み、自害。遠い地にいた彼は、ある日彼女が自害したことを知る)」

王女「(彼女の死を知った彼は嘆き、絶望し、世を憎んだ。何より、強引にでも彼女を連れ去らなかったことを後悔した)」


盗賊「おっ、見えてきた」

王女「(彼も遂には毒薬を飲んで自害してしまう。そんな、悲劇的な物語)」

王女「(もう眠ろう。わたしは夢を見るのだ。何度でも何度でも。あの日に夢見た、彼女との夢の続きを……)」

王女「(毒薬を飲む直前の台詞だけれど…いえ、だからでしょうか。今でも心に残っている)」

盗賊「そろそろ着くか。あ~、ハラ減ったなぁ」

王女「…………」

ギュッ…

盗賊「どうかした? まだ怖い?」

王女「いえ、そうではありません。少しばかり体が冷えてしまいました」


盗賊「寒いのか? こんなに日が照ってんのに?」

王女「いえ、寒くはありません。熱いくらいです」

盗賊「あ~、昨日はかなり無理してたからな。もしかしたら熱があんのかも……」

王女「……熱、ですか…」

盗賊「もう少しで街に着く。それまでは何とか我慢してくれ」

王女「あっ、急がなくても大丈夫です。こうしていれば、すぐに良くなりますから……」

盗賊「えっ? よく分かんねえけど本当に大丈夫なんだな?」

王女「ええ。心配させてしまうようなことを言って申し訳ありませんでした」

盗賊「何かあったら正直に言ってくれよ? 無理して倒れたら元も子もねえからさ」

王女「(自分は傷を負っても何も言わなかったのに…もっと自分を大事にしないと駄目ですよ……)」


盗賊「姫様?」

ギュゥゥ…

盗賊「痛い痛い痛い!! 何!?どうした!?」クルッ

王女「……いえ、別に。何でもないです」プイッ

盗賊「はぁ!?」

王女「何でもないですよ?」ニッコリ

盗賊「そっ、そうですか。ならいいですけども……」

王女「前を見ないと危ないですよ? もし落馬してしまったら傷が開いてしまいますからね」

王女「また縫って欲しいのなら構いませんけれど、怪我はして欲しくないので早く前を見て下さい」

盗賊「そ、そうします(笑顔こわっ! 何かしたっけ? まるで分かんねえ)」

王女「(きっと、何を言っても聞いてはくれないでしょうね。あなたは、優しい人だから……)」


王女「………」

盗賊「(急に黙っちまった。にしても、追っ手が来ねえのは妙だ)」

盗賊「(王宮ではあんだけ警備固めて俺を取っ捕まえようとしてたってのに……)」

盗賊「(あの爺さんなら、俺との関与を少しでも疑われないように大勢使って追わせるはずだ)」

盗賊「(……やっぱり、あの爺さんにも何か裏がありそうだな)」

盗賊「(儂が死んで力の印刷が済むまでとか何とか言ってたけど、それだけじゃねえような気がする)」

盗賊「(……王の輪転器か)」

盗賊「(もう少し調べてみた方が良さそうだな。姫様にも知らされてねえ事実がありそうだし)」


王女「泥棒さん?どうしました?」

盗賊「いや、何でもねえ。それよりさ、街に着いたら服買うけどどんなのがいい?」

王女「服ですか? 特にこだわりはないので、どんなものでも構いません」

王女「あっ、これからは移動することが多くなると思いますので、動き易いものが良いすよね?」

盗賊「あ~、そうだな。じゃあ旅人みたいな格好にするか」

王女「でも、よろしいのですか?」

盗賊「何が?」

王女「……わたしはお金品など一切持っていないので、泥棒さんに負担が掛かるでしょう?」

盗賊「そんなの気にすんな。高い物は買わねえしさ。でも、服で誤魔化せっかなぁ」

王女「?」

盗賊「何て言うか…気品?みたいのが邪魔しそうなんだよ。仕草とか口調とか」


王女「泥棒さん?どうしました?」

盗賊「いや、何でもねえ。それよりさ、街に着いたら服買うんだけどどんなのがいい?」

王女「服ですか? 特にこだわりはないので、どんなものでも構いません」

王女「あっ、これからは移動することが多くなると思いますので動き易いものが良いですよね?」

盗賊「あ~、そうだな。じゃあ旅人みたいな格好にするか」

王女「でも、よろしいのですか?」

盗賊「何が?」

王女「……わたしは金品など一切持っていないので、泥棒さんに負担が掛かるでしょう?」

盗賊「そんなの気にすんな。高い物は買わねえしさ。でも、服で誤魔化せっかなぁ」

王女「?」

盗賊「何て言うか…気品?みたいのが邪魔しそうなんだよ。仕草とか口調とか」


王女「では、教えて下さいませんか」

盗賊「教えるって何を?」

王女「泥棒の仕草です。泥棒さんのようになるにはどうすればよいのでしょう?」

盗賊「っ、あははっ! 姫様にゃ無理だって、なれっこねえよ」

王女「な、何故ですか?」

盗賊「そういうところだよ。真面目だし高所恐怖症だしさ」

王女「……なら、泥棒以外で…」

盗賊「いや、そう言われてもなぁ……まあ、街に入ったら一緒に考えようぜ?」

王女「分かり…ました……」

盗賊「(何で落ち込んでんだろ。また何か考えてんのかな。夢とか何とか言ってたし…)」

王女「(本気だったのに、あんなに笑わなくたっていいじゃないですか……)」

また明日


盗賊「見ろよ姫様。あれが街の正門だ」

王女「あ、あれが正門ですか? それにしては飾りっ気もなくて小さいような気が……」

盗賊「はははっ!そっか、小さいかぁ」

盗賊「でもまあ、王宮の大門を見ちまった後じゃそう思うのも仕方ねえかもな」

盗賊「でもさ、あの街の中には王宮にはないものが沢山詰まってる。絢爛豪華とは程遠い街だけどさ」

王女「入ったことがあるのですか?」

盗賊「ん~、何度かね。他にも候補があったんだけど、見知った顔もいるから此処にしたんだ」

王女「(……見知った顔? というか、泥棒さんは何で『こちら側』に来たのでしょうか?)」

王女「(王の秘宝。宝具を求めてやって来たと言っていたけれど、ニンゲンである彼が何故…)」


盗賊「あっ…」

王女「?」

盗賊「街に入る時に検査みてえなのがあるんだ。姫様は普通にしといてくれ」

王女「えっ!? あのっ、普通と言われましても一体どのようにしたら良いのでしょうか?」ワタワタ

盗賊「そんなに慌てなくても大丈夫さ。そのままでいいってことだから」

王女「は、はぁ…」

盗賊「但し!」

王女「はいっ! 何でしょう?」

盗賊「何があっても馬から下りないように。何があっても俺が何とかするから」

王女「……分かりました。無茶はしないで下さいね?」

盗賊「心配しなくても大丈夫さ。簡単に通れるさ、簡単にね」


王女「(そう簡単に行くでしょうか……)」

王女「(こちら側の者はニンゲンに対して敵対的。とは言わないまでも友好的とは言い難い)」

王女「(国家で認定されているような商人ならば問題はないでしょうが、彼のようなニンゲンには風当たりは強いはず……)」

王女「(……けれど、これら全ては本で得た知識でしかない。実際に目の当たりにしたわけではないから何とも言えない)」

門番「はい、そこで止まって下さ…何だ、ツノ無しか……」

王女「(あぁっ、露骨に嫌そうな顔してる。やっぱりこれが普通の反応なんだ……)」

盗賊「角が立たないようにしてるんだ。何事も丸く収まるようにね」


王女「(な、何で挑発するようなことを…)」

門番「そうか。だが残念だったな。たった今、お前の不用意な発言で角が立った」

門番「さあ、今すぐに馬を下りろ。ニンゲンに見下ろされるのは大嫌いなんだ」

盗賊「はいはい」ザッ

門番「……連れがいたのか。女、お前も下りろ」

王女「(ど、どうしよう。下りなきゃ何をされるか分からない。でも泥棒さんは下りるなって…)」

門番「聞いているのか!さっさとしろ!!」

盗賊「まあまあ落ち着けよ。今なら円満に解決出来るぜ?」ポンッ


門番「気安く触るな」バシッ

盗賊「やれやれ、一方的に嫌われてちゃ会話もままならねえな。今なら円満に解決出来るのに」

門番「お前はもう黙ってろ。次に口を開いたら牢にぶち込むからな」ジャキッ

盗賊「………」

王女「(つ、剣を抜いた!もう耐えられない。早く下りないと…)」

門番「………」ツカツカ

王女「(き、来た! ど、どうしよう……)」オロオロ

門番「ん?何だこの馬? まるで青ざめたような毛色だな。気色の悪い」


白馬「………」ピキッ

盗賊・王女「あっ…」

門番「あ?」

ドガッ!

門番「ぐぇッ!?」

盗賊「そうやって外見で判断すっからそうなるんだよ。色だのツノだの尻尾だの耳だの…挙げればキリがねえ」

門番「こ、この野郎……」

盗賊「おいおい、何怒ってんだよ。蹴られたのはあんたが彼女を侮辱したからだろ?」

盗賊「これからは気を付けた方がいいぜ? 女性ってのは繊細なんだからさ」

門番「言われんでも分かるわ!こちとら妻子持ちじゃボケ!!」ダッ

盗賊「あ、そうなんだ。じゃあ、これで美味いもんでも食わせてやれよ」ピンッ


門番「あだっ!? これは…き、金貨!?」

盗賊「言ったろ、円満に解決出来るって。ニンゲン嫌いでも金貨は好きだろ?」

門番「………」

盗賊「で、通ってもいい?」

門番「……とっとと行け。気が変わらんうちにな」

盗賊「あんたが話の分かる人で助かったよ。さて、行こうか」

白馬「……ブルルッ…」

盗賊「大丈夫さ、気色悪くなんかない。彼にはきみの魅力が分からないんだよ」

王女「(まったく動じてない。わたしなんて、まだ脚が震えてるのに……)」


盗賊「よっ…じゃあ行こう」

門番「………」

盗賊「あ、そうだ。ご家族によろしく」ニコッ

門番「……うるさい。さっさと行け」

盗賊「分かった分かった。でも、そんなに怖い顔してると子供に嫌われるぜ?」

カカッ…カカッ…

門番「(金貨三枚。家族分ってわけか。もう一枚足りないんだが、まあいい……)」

門番「(しかし妙な奴だったな。口の減らない奴だったが、怒る気も失せてしまった)」

門番「……帰りにせがまれてたおもちゃでも買って行くか。それから、嫁にも…」


ガヤガヤ…

王女「うわっ、人が沢山いますね」

盗賊「賑やかだろ?王宮の連中は時計仕掛けで決まった動きしかしないけど、此処の連中は違う」

盗賊「いや、この街に限ったことじゃない。それぞれがそれぞれの生活をしてるんだ」

王女「な、何だか目が回りそうです」

盗賊「はははっ、慣れるには時間が掛かるだろうな。さて、服を買いに行くか」

カカッ…カカッ…

王女「(皆さん、とっても活き活きとしている。王宮の静けさとはまるで真逆……)」

王女「(それぞれがそれぞれの生き方をして、行きたい場所へ向かって歩いている)」

王女「(わたしと泥棒さんも、周りから見ればそのように見えているのでしょうか?)」


カカッ…ピタッ…

盗賊「はい、此処が服屋」

王女「何だか怪しげな場所ですね。あまり人気もないですし、お店も暗そうな感じで……」

盗賊「ここらの店は大体こんなもんさ。実際怪しげなもの売ってるしな。骸骨とか」

王女「骸骨!? 何に使うのですか?」

盗賊「さあ?飾ったりすんじゃねえの? 此処はそういう物好きが来る場所なんだ」

王女「……あの、この店は大丈夫なのですか?」

盗賊「う~ん。割と普通、なのかな?」

王女「割と…普通……」

盗賊「大丈夫大丈夫。俺も此処で服買ったことあるから。変装用のやつ」スタッ


王女「変装?」

盗賊「まあ、入ってみりゃ分かるさ。さ、掴まって」スッ

王女「あ、申し訳ありません。まだ一人では下りられなくて……」ギュッ

盗賊「昨日今日で出来るようになるのは無理だ。少しずつ覚えていけばいい。よっ…」

スタッ…

王女「(少しずつ、かぁ……)」

盗賊「さ、入ろうぜ」

王女「白馬さんはどうするんです? 置いていくのですか?」

盗賊「ちょっとだけ待っててもらう。あんまり待たせないようにささっと済ませよう」

王女「そうですね。一人は危ないですし……白馬さん、ちょっとだけ待ってて下さいね?」


盗賊「ほら、行こうぜ」

王女「は、はいっ。白馬さん、ちょっと行って来ます」ペコッ

白馬「………」イラッ

ゴツンッ…

王女「あうっ…す、すぐに来ますから」

ゴツンッ…

王女「あうっ…な、何で頭突き…」

ゴツンッ…

王女「あたっ…」

盗賊「(何やってんだ。つーか、やっぱ変わってんなぁ……)」

ーーー
ーー


王女「どうでしょう?」

盗賊「う~ん。似合わないわけじゃないけど、やっぱり違和感があるな」

王女「そうですか……」

王女「出来れば泥棒さんのような服装が良かったのですが、駄目でしょうか?」

盗賊「いや、駄目ってわけじゃないんだ。何て言うか、隠せてないんだよ」

王女「隠せていない? 何をです?」

盗賊「街に来る途中にも言ったけど、気品っていうか姫様の感じが隠せてない」

盗賊「これから追っ手が来るって考えたら、違和感なく見付かりにくい服装が良いだろ?」


王女「確かにそうですよね……」

盗賊「う~ん……あ、これとかどうかな?」スッ

王女「それは、修道服…ですか」

盗賊「俺みたいなもんと一緒にいるのは違和感あるだろうけど、姫様単体で見た時は違和感ないと思うんだ」

盗賊「言葉遣いや仕草もこれ着てれば自然に見えるはずだ。いい案だろ?」

王女「そうですね……ただ、人の眼を欺く為に修道服を着るのはどうなのでしょうか?」

盗賊「……まあ、そのくらいなら神様も目を瞑ってくれるさ。神には誓えないけどね」

王女「フフッ…分かりました。それにしましょう。あまり時間を掛けたら白馬さんに悪いですし」

盗賊「じゃあ決まりだな。一応こっちも買っとくか。姫様が気に入ったやつ」


王女「そんなっ、一着で十分です」

盗賊「せっかく来たんだ。買わなきゃ損だろ? 着るかどうかは別としてさ」

王女「買わなきゃ、損?」

盗賊「だってそうだろ? 外に出てから初めての買い物だし記念みたいなもんだと思えばいい」

盗賊「それに、あって困るもんでもないだろ? 姫様が泥棒になれるかは別としてさ」ニコッ

王女「い、いつか似合うようになります!」

盗賊「ははっ、そっかそっか。じゃっ、楽しみにしとくよ。気長にね」

王女「(意地悪……)」

盗賊「そんじゃ、会計済ませて早くメシ食いに行こうぜ。腹減り過ぎてくらくらしてきた」ザッ

王女「(……何故だろう。薄暗くて変な場所だけれど、とっても楽しくて胸の奥が騒がしい)」

王女「(わたしはお買い物が好きなのでしょうか? それとも服選びが好きなのでしょうか?)」

王女「(どうなんでしょう。もしかしたら、どちらも好きなのかもしれない……)」

王女「(うん、きっとそうだ。いつかまた、こんな風にお買い物が出来たらいいなぁ……)」

また明日


【訓練場】

騎士団長「う~む……」ウロウロ


『今朝からずっとあの調子だ。いつもなら稽古を付けて下さるのに……』

『姫様の安否を考えているのだろう。賊を捕り逃がしたのは自分の責任だとも言っていたよ』

『……そうか。出来ることならば、いつもの溌剌とした団長に戻って欲しいものだ』

『そうだな。あのような姿を見るていると俺まで沈んでしまうよ……』


騎士団長「(追わなくともよい、か。陛下は何を考えておられるのだろうか? 分からん……)」

騎士団長「(何やらお考えがあるようだが、単に我々騎士団ではなく隠密隊に任せたとも考えられる)」

騎士団長「(何より不可解なのは、何故にあのような話を私にしたのか。ということだ)」


【訓練場】

騎士団長「う~む…」ウロウロ

『団長は今朝からずっとあの調子だな。いつもなら稽古を付けて下さるのに……』

『姫様の安否を考えているのだろう。賊を捕り逃がしたのは自分の責任だとも言っていたよ』

『……そうか。出来ることならば、いつもの溌剌とした団長に戻って欲しいものだ』

『そうだな。あのような姿を見ていると俺まで沈んでしまうよ……』

騎士団長「(追わなくともよい、か。陛下は何を考えておられるのだろうか? 分からん……)」

騎士団長「(何やらお考えがあるようだったが、単に我々騎士団ではなく隠密隊に任せたとも考えられる)」

騎士団長「(何より不可解なのは、何故にあのような話を私にしたのか。ということだ)」


騎士団長「(初代王と鴉の騎士……)」

騎士団長「(いや、死の騎士だったか。調べてはみたものの、これと言った成果はなし)」

騎士団長「(それ程の人物であれば騎士団創設の記録に残っているはずなのだが、そのような記述は見当たらなかった)」

騎士団長「(まあ、それはいい。何より気掛かりなのは姫様の安否。しかし、姫様はあの時……ん?)」

射手「………」

騎士団長「どうした? 貴様にも弓兵隊の指導があるだろう?」

射手「……もう昼だ。休憩中」

騎士団長「む、もう昼時か。それは気付かなかったな……ところで、何の用があって此処へ?」


射手「……当てたが、逃がした。私のせいだ」

騎士団長「そんなことはない!! 私がしっかりしていれば姫様は攫われずに済んだのだ!!」

騎士団長「何よりも姫様を優先すべきだった。なのに、あろうことか戦いに熱くなって……」

射手「……あまり、気に病むな。お前が気落ちすると団の志気が下がる。これ食え」

騎士団長「弁当。貴様が作ったのか?」

射手「……料理すると雑念が消える。それ食って元気出せ」

騎士団長「っ、済まない。気を遣わせてしまったようだな。心遣い、感謝する」ペコッ


射手「……別にいい。いいから食え」

騎士団長「うむ。ありがたく頂こう」パカッ

射手「……美味いか?」

騎士団長「ああ、美味い。しかし意外だな、貴様に料理が出来るとは微塵も思わなかったぞ」モグモグ

射手「……練習したから」

騎士団長「ん?」

射手「……別に何でもない。たくさん食え」

『団長はいつになったら気付くのだろう。手作り弁当だぞ?』

『さあな。射手さんは口下手だし、うちの団長は煩悩を捨てろとか言う人だし』

『……俺達も食堂で昼飯食おうか。婆さんのしょっぱい手料理だけどな……』

『……そうだな。お二人の邪魔しても悪いし、そうするか』



騎士団長「………」モグモグ

射手「……何か、あったのか」

騎士団長「ああ。俺の聞き間違いかもしれんが、姫様はあの時……」

射手「……どうした。らしくない」

騎士団長「始めに言っておくが、この話は他言無用で頼む。まだ誰にも話していないことだ」

射手「……分かった。約束する」

騎士団長「あの夜…鞭で脚を取られ転倒した時、朧気ながらに二人の会話を耳にしたのだ」


射手「……二人とは?」

騎士団長「奴と姫様だ。奴は姫様に一緒に星を見ようなどと言葉巧みに誘ったが、姫様はそれを拒否した」

騎士団長「しかし、君は無機質なモノではない。生きている。そう言われると姫様は……」

射手「……なんだ。言ってくれ」

騎士団長「ッ、此処から連れ出して欲しいと、そう言ったのだ。そこで私は気を失ってしまった」

射手「……姫様は、自ら望んで?」

騎士団長「いや、先ほども言ったが私の聞き間違いかもしれん。そう決めるにはまだ早い」

騎士団長「それに加え、気になることがもう一つある。陛下が追っ手を出さなかったことだ」


射手「……賊を刺激しない為。そう聞いた」

騎士団長「あくまで個人の考えだが、奴が姫様を殺すとは到底思えない」

射手「……奴は切れてる」

騎士団長「ああ、確かに異常だ。二日続けて王宮に侵入するなど正気の沙汰ではない」

騎士団長「だが対峙してみると、どうにもそのような狂人や異常者の類には見えなかった」

騎士団長「それに、あれだけの警備体制を行き当たりばったりで抜け出せるはずがない」

騎士団長「今朝、侵入手口と脱出手段を聞いた。聞けば聞くほど、良く練らたものだと思ったよ」

射手「……結局、何が言いたい」

騎士団長「奴は姫様を連れ出す為だけに忍び込んだのかもしれん。事実、金品の類は一切盗まれていない」


射手「……何故、姫様を」

騎士団長「分からん。ただ、輪転機がどうのと言っていたような気もする」

騎士団長「輪転機とは王が所持する転生の秘宝。王が不死である為の宝具」

騎士団長「噂の域を出ないが、姫様は輪転機の在処を知ったが為にあのような場所へ入れられたと聞く。もしかすると……」

射手「……情報を聞き出す。その為に攫った」

騎士団長「そうだ。ただの推測だが、私はそう考えている。或いは……」

騎士団長「受け継がれてきた王の系譜を絶つべく送り込まれた、ニンゲン側の刺客」

ーーー
ーー


盗賊「俺は決めたけど、姫様は?」

王女「あっ、これ…いえ、こっちの方が…どれも美味しそうなので迷ってしまいますね」


盗賊「じゃあ、両方頼もうぜ?」

王女「えっ?」

盗賊「姫様は自分が食べる分を取る。残りは俺が食べる。そうすれば問題ないだろ?」

王女「……そうは言っても、運ばれている料理を見てみると結構な量ですよ?」

盗賊「ハラ減ってるから大丈夫だって」ウン

王女「いきなり食べると胃が痛くなりますから、ゆっくり食べて下さいね?」

盗賊「分かってるって。あ、注文お願いします!」

看板娘「あっ、は~い」

盗賊「えっ~と、これとこれ…あとこれも頼むわ。野菜多めで」


看板娘「………」

王女「(急に顔が険しくなった。まさか、またなのでしょうか? 嫌だなぁ……)」

盗賊「あの、聞いてます?」

看板娘「は~い、勿論聞いますよ。盗賊さん」ニコニコ

盗賊「……あっ」

看板娘「やっと思い出しましたぁ?」

看板娘「以前、きみの尻尾はとってもステキだね。って言われて不覚にもキュンときたんですけどねぇ」


盗賊「あ~、そんなこともあった。かもね……」

看板娘「へ~、修道女さんですかぁ。本当に見境ないんですねぇ」

盗賊「そういうわけじゃーー」

看板娘「どうやらあたしにだけじゃなくて、色んな娘に言ってるみたいですねぇ」チラッ

王女「(笑顔が怖いっ!)」

王女「(けど、綺麗な人…狐のしっぽだ。あっ、ちょっと色が変わってる)」

看板娘「よくもまあ平気な顔して女連れて来られましたねぇ。バカにしてるんですかぁ?」ニコニコ

盗賊「いやいやいや? 詳しくは話せないけど彼女とは色々な事情があってーー」

看板娘「気にしてたしっぽを褒められて舞い上がったあたしの喜びを……返せっ!!」ブンッ


盗賊「危ねっ!」ヒョイッ

看板娘「避けんなっ!」

ガシッ…

看板娘「ちょっ…離してよ!」

盗賊「いいから聞けよ」グイッ

看板娘「あっ…」

盗賊「きみの尻尾が綺麗だって言ったのは本心だ。これっぽっちも馬鹿になんかしてないよ」

看板娘「じゃあ、その娘はなんなのさ。あたしのことをからかって楽しいわけ?」

盗賊「そんな悪趣味なことはしねえよ。俺は今、彼女の護衛をしてるんだ」


看板娘「……ほんと?」

盗賊「ああ。嘘だと思うなら思いっ切り叩いて構わないぜ? きみの気が済むならね」

看板娘「なら、遠慮なく」

コツンッ…

盗賊「いてっ…」

看板娘「な~んてね。嘘じゃないのは分かるよ。あんた怪我してるしさ。また無茶したわけ?」

盗賊「あ~、うん。まあ、それなりにね。本当に色々あったんだよ」

看板娘「…ハァ…ねえ、修道女さん」

王女「えっ、わたしですか!? な、何でしょう?」

看板娘「この人、酷いくらい優しいからら本気になっちゃダメだよ?」ボソッ


看板娘「……ほんと?」

盗賊「ああ。嘘だと思うなら思いっ切り叩いて構わないぜ? きみの気が済むならね」

看板娘「なら、遠慮なく」

コツンッ…

盗賊「いてっ…」

看板娘「な~んてね。嘘じゃないのは分かるよ。あんた怪我してるしさ。また無茶したわけ?」

盗賊「あ~、うん。まあ、それなりにね。本当に色々あったんだよ」

看板娘「…ハァ…ねえ、修道女さん」

王女「えっ、わたしですか!? な、何でしょう?」

看板娘「この人、酷いくらい優しいから本気になっちゃダメだよ?」ボソッ


王女「えっ?」

看板娘「それじゃ、少々お待ち下さ~い」トコトコ

盗賊「はぁ、化かされたのはこっちじゃねえか。ったく、分かりにくい冗談は止めろよな」

王女「……あの」

盗賊「ん?」

王女「彼女とは何があったのですか? しっぽだけでああはならないでしょう?」

盗賊「ちょっとしたトラブルに巻き込まれてたから助けただけさ。それ以来、あんな感じ」

王女「(……嘘。それだけでニンゲンに対する不信感や敵対心が消えるとは思えない)」

王女「(それどころか、あの方は泥棒さんに好意を抱いている)」

王女「(それが恋愛的なものなのかは分からないけれど。何というか、信頼のような……)」


看板娘「はいお待ち」

盗賊「お~、相変わらず美味そうだな」

看板娘「あんたさ、あんまり無茶しちゃダメだよ? 一人じゃないんだからさ」

盗賊「はいはい、分かったよ」

看板娘「ったくもう。じゃっ、ごゆっくり」トコトコ

王女「………」

盗賊「どうした? 早く食べようぜ」

王女「あ、はい。そうですね……」

盗賊「?」

王女「(彼を知りたいと思うのは好奇心から? それとも単純に、彼に好意を抱いているから?)」

王女「(何だか、ちょっとだけもやもやします。それに、他人に対してこんなにも干渉的になるなんて……)」

王女「(わたしって、こういう性格だったんだ。本当の本当に、自分のことを知らなかったんですね)」


盗賊「ほい」ヒョイッ

王女「んぅっ!?」モゴモゴ

盗賊「ははっ、悪りぃ悪りぃ。口開けっ放しだったからさ、どう?」

王女「…ゴクンッ…とっても美味しいです!」

盗賊「そっか、そりゃあ良かった」

王女「でも、もう止めて下さいね? 喉に詰まったりしたら大変ですから」ニコッ

盗賊「は、はい。分かりました」

王女「あ、そうでした。白馬さんは大丈夫でしょうか? 預けた先で何もなければ良いのですが……」

盗賊「性格とかは言っといたから余計なことをしなければ大丈夫だよ。今頃は彼女も大人しくメシ食ってるだろうさ」


王女「何を食べているんでしょうか?」

盗賊「干し草とか林檎とかじゃないか? 金は渡したし腹いっぱい食ってると思うよ」

王女「ずっと走っていましたからね。凄いですよねっ!白馬さんって!」キラキラ

盗賊「(尊敬してんのかな。いや、多分してんだろうなぁ……向こうはどうなんだろ?)」

ーーー
ーー


白馬「(あの女、今頃は彼と一緒に…チッ、帰ったら一発お見舞いしてやろうかしら)」

白馬「(しかし、此処には碌な男がいないわね。まるでなっちゃいないわ)」

白馬「(彼、後で迎えに来るって言っていたけど早く来てくれないかしら。退屈……)」

また明日


白馬「(……食べよ)」モグモグ

白馬「(ま、彼が選んだ厩舎だけはあるわ。ご飯の質は悪くない。78点くらいね)」ウン

白馬「(彼があの女と二人きりなのは気に入らないけど、食べてる姿を見られるのって好きじゃないし……)」

『馬を預けたいんだが空いてるかな?』

『ええ、大丈夫ですよ』

『そうか、助かるよ。ところで、あの馬は?』

『ああ、つい先ほどやって来たお客様のものですよ。よい牝馬です。ウチで育てたいくらいですな』

白馬「(フン、まっぴら御免だわ。というか食事中なんだから静かにしなさいよ)」モグモグ

ツカツカ…

『ふむ、まだ若い。これは成長が楽しみだな。競走馬にしたらさぞや人気が出るだろう』


白馬「………」ギロッ

『あ、あまり近付かないで下さい。とても気性が荒いとのことなので……』

『この馬を預けたのはどんな男でした?』

『……何故、そのようなことを?』

『友人の馬によく似ているんだ。もしからしたら、と思ってね。どんな風貌だったかな?』

『申し訳ありませんが他のお客様のことはお話出来ません。トラブルの元ですので……』

『女性を連れていなかったか?』

『いえ、お一人でした。さあ、もうよろしいでしょう。手続きはこちらでお願いします』トコトコ


『……怖いか?』

白馬「………」フンッ

『中々肝が据わってるな。普通なら逃げ出すか暴れ出すんだが……』

白馬「(こいつ…)」

『睨み返すとは良い度胸だな。ニンゲンに渡すには惜しい馬だ。まあ、今はいい。今は…』

『お客様?どうされました?』

『……ああ、これは済まない。あまりに美しいものだから見惚れてしまってね。今行くよ』

ツカツカ…

白馬「(っ、何なのあいつ……鼻が曲がりそう。何で誰も気付かないの?)」

白馬「(まるで汚濁そのものを煮詰めたような悪臭。こんなにも酷い臭いは嗅いだことがない)」


白馬「(あれは何かが違う…)」

白馬「(あいつは『今は』と言っていた。それが本当なら、まだ時間はある)」

白馬「(彼とわたしを追ってきたのは間違いない。もしくは、あの女を狙っている)」

白馬「(伝えるにも苦労しそうだけど、彼が来たら何とかして伝えないと……)」

ーーー
ーー


盗賊「はぁ~、こちそうさまでした!」パンッ

王女「フフッ…ご馳走さまでした」

盗賊「ハラ減ってたのもあるけど、やっぱり美味かったなぁ。うん、満足」

王女「泥棒さん、本当に全部食べちゃいましたね……道行く方も見入ってましたよ?」


盗賊「そうでなくちゃ困る」

王女「?」

盗賊「泥棒になりたい姫様に一つだけ教えよう。泥棒とは目立ちたがり屋でなくてはならない」

王女「えっ? 主に暗がりや路地裏などを移動するのではないのですか?」

盗賊「と、思って捜すだろ?」

王女「……あっ、なるほど。泥棒ではなく泥棒を追う立場になって考るということですね?」

王女「確かにこんな人通りの多い場所。まして屋外で食事しているだなんて想像もしないです」

盗賊「でも、確実に姿を消す方法はない。向こうだって泥棒の立場になって考えてるからね」

王女「へぇ~、そういう駆け引きがあるんですか。色々考えているのですね」


盗賊「そう、時には派手に大胆に」

盗賊「ある時は繊細且つ慎重に…ってね。状況によって変わるんだ。服装とか仕草とかもね」

王女「泥棒さんはどっちが好きですか? 派手か、慎重か」

盗賊「派手か慎重か?」

盗賊「そんなこと聞かれたのは初めてだな。そうだな、強いて言うなら……どっちも?」

王女「フフッ、両方ですか。欲張りなんですね」

盗賊「そりゃもう当たり前さ!」

盗賊「って言うか、欲張りで目立ちたがりじゃなきゃダメだ。そうじゃなきゃ面白くない」


王女「質問があります」ハイ

盗賊「はい、どーぞ」

王女「それは盗むのが楽しいのですか? それとも盗むまでが楽しいのですか?」

盗賊「ん~。そう聞かれるとどうなんだろうな? あんまり考えたことねえや」

王女「では、質問を変えます」ハイ

盗賊「ん。どーぞ、何でも聞きたまえ」

王女「色々な女性に気のあるような素振りや言動をしているというのは本当ですか?」

盗賊「……え~っと。保留出来ます?」

王女「残念ながら出来ないようです」ニッコリ

盗賊「……別にそんなつもりはない。ってこともないんだけどさ。何て言うかなぁ…」


王女「(何と答えるのでしょう?)」

盗賊「まず、男なら女の前で格好付けます。そういうもんです。多分」

盗賊「女だって美しくありたい綺麗に見られたいと思うだろ? それと同じさ」

王女「それは、そうかもしれませんけど……」

盗賊「だろ? で、男ってのは強がって粋がって死ぬまで走り続けるんだよ。本当に、死ぬ瞬間まで……」

王女「(顔を伏せた…声も少しだけ震えているような……)」

盗賊「いつかヘマして死んじまってもさ。あいつは格好の良い泥棒だった。そう言われたいんだ」

盗賊「って言うと子供っぽいかな?」

王女「い、いえっ! そんなことはないです。わたしには理解は出来ないですけど……」


盗賊「はははっ!そうだよな。まあ、俺はそんな感じ」

王女「(……笑ってる。わたしの気のせいだったのでしょうか?)」

盗賊「お~い、金はテーブルに置いとくからな~!」チャリン

看板娘「は~い!良かったらまた来てね!」

盗賊「おう、ごちそうさま!」

盗賊「さ~て、そろそろ迎えに行くか。首長~くして待ってるだろうからさ」

王女「ええ、そうですね」

盗賊「ふ~、腹一杯食ったら眠くなってきた。早めに宿の予約しとくかぁ」

王女「(……自分から聞いておいて何ですが、何故話してくれたのでしょう?)」

王女「(先ほどのは本当は全部嘘で、はぐらかしただけなのでしょうか? それとも全部本当のことを話したのでしょうか?)」


盗賊「姫様?」

王女「いえ、何でもありません。行きましょう」

トコトコ…

王女「(考えが読めなくて不思議な人……でも、だからこそ知りたいと思う)」

王女「(本の続きが気になる感覚と似ている。早く知りたい。もっと見ていたい)」

王女「(でも、そう簡単には結末に辿り着けない。泥棒さん、それはわざと? それとも天然?)」

盗賊「蛇料理か。美味いのかな……」

王女「(フフッ、きっとあれが自然なんですね。表も裏もない、そのままの姿……)」

王女「(わたしは彼と居て楽しいと感じている。だったら難しく考える必要はない)」

王女「(わたしの結末は変わらないけれど、こうして外に出られただけでも幸せなのだから……)」


ザワザワ…

盗賊「ん? 何だか騒がしいな」

王女「泥棒さん!あ、あそこを見て下さい!」

盗賊「……煙、ありゃあ厩舎のある辺りだな。こっからじゃ分からねえ。急ごう」

王女「は、白馬さんは大丈夫でしょうか?」

盗賊「姫様。今は彼女の心配より自分の心配をした方がいい。もしかすると追っ手が来たのかもしれない」

王女「だからってあんなことを…」

盗賊「まだそうと決まったわけじゃない。でも、もしそうなら。あれは狼煙かもな」

王女「複数で来たと? 王宮から騎士が来たのなら街が騒ぎになると思いますが……」

盗賊「騎士じゃねえのかもしれない。とにかく、行ってなけりゃ分からない」

また夜


ザワザワ…

盗賊「ん? 何だか騒がしいな」

王女「人集りが出来ていますね。何があったのでしょ…ど、泥棒さん。あれ……」

盗賊「……煙? ありゃあ厩舎のある辺りだな。こっからじゃよく分からねえな。急ごう」

王女「は、白馬さんは大丈夫でしょうか?」

盗賊「姫様。今は彼女の心配より自分の心配をした方がいい。もしかすると追っ手が来たのかもしれない」

王女「だからって火を付けるなんて…延焼して大火になったら街の人がーー」

盗賊「そうと決まったわけじゃない。追っ手の連中が上げた狼煙の可能性もある」

王女「王宮から大勢の騎士が来たのなら街が騒ぎになると思いますが……」

盗賊「騎士じゃないのかもしれない。とにかく行こう。直接見なけりゃ分からない」


王女「そ、そうですよね……」

盗賊「(とは言ってみたものの…すっげー嫌な予感がする。妙な感覚だ。気持ち悪りぃ)」

王女「(……もしこれが追っ手の仕業なら、わたしが外に出たせいだ)」

王女「(外に出ても輪転器であることは変わらない。大人しくあの部屋にいるべきだったんだ)」

盗賊「姫様、背中に乗れ。俺が姫様をおぶって走った方が早い。はぐれる心配もないしな」

王女「でも、背中の傷がーー」

盗賊「いいから早く乗ってくれ。離れられちゃ困るんだ。姫様だって迷子になりたくないだろ?」

王女「……分かりました」ギュッ

盗賊「ッ…よし、行こうか。それから、あんまり考えるな。自分を責めたって何も変わらない」ダッ


王女「わたしは何も言ってません……」

盗賊「言わなくても顔見りゃ分かるよ。姫様は顔に出やすいから」

王女「…………」

盗賊「(落ち着いたら話してみるか。でも、今はこっち優先だ。追っ手の仕業かどうか確かめねえと)」

ーーー
ーー


盗賊「はぁっ、はぁっ…厩舎は無事みたいだな」

王女「ええ、煙は既に収まっているようですね。火事ではなくて良かった……」

『なあ、何があったんだ?』

『ついさっき兵士の会話を聞いちまったんだが、厩舎の主が焼け死んでたって話だ……』


『ってことは、さっきの煙…おぇっ…』

『……そういうことだろうな。気の良い人だったのに…本当に残念だよ』

王女「えっ…そんな……」

盗賊「…………」

『し、焼身自殺ってやつか?』

『そこまでは分からんよ。ただ、壁に妙な落書きがあったとか何とか言ってたような……』

盗賊「……悪い。ちょっと通してくれ」ザッ

王女「ど、泥棒さん。わ、わたしっ……」

盗賊「さっきも言ったろ。まだ、そうと決まったわけじゃない」

盗賊「仮に追っ手の仕業だとして、騎士団の連中が無関係の奴を手に掛けるとは思えない」


王女「で、でもっ…」ガタガタ

盗賊「(駄目だ。完全に怯えちまってる。あんな話を聞いたんだ。落ち着けって方が無理か)」

警備兵「此処は今立ち入り禁止…お前、ニンゲンか?」

盗賊「ああ、見ての通りニンゲンだ。此処に馬を預けてたんだけど……」

警備兵「入れ。俺もお前に聞きたいことがある。背中にいる女性は?」

盗賊「連れの修道女さんだ。事情は聞かないでくれると助かる」

警備兵「……まあいいだろう。付いて来い」

盗賊「(妙だな。ニンゲン嫌いが滲み出てんのにすんなり現場に入れるなんて…)」

王女「泥棒さん、辛いでしょう? もう下ろしてください。自分で歩けますから……」


盗賊「……分かった」トサッ

盗賊「なあ姫様。かなり気分が悪いだろうけど、俺の傍から離れないでくれ」

王女「……はい。あのっ、腕に掴まっていてもよろしいでしょうか?」

盗賊「ああ。でも無理に見る必要はない。近くにさえいてくれればーー」

王女「いえ、行きます。わたしなら大丈夫です。大丈夫ですから……」キュッ

盗賊「……分かったよ。じゃあ、行こうか」

ザッ…ザッ…

王女「あれ、馬がいない。預けに来た時は沢山いたのに。白馬さんはーー」

警備兵「馬なら裏手の牧場にいる。この厩舎の主の焼死体と一緒にな」


盗賊「どういう意味だ」

警備兵「見て貰った方が早いんだがな。そちらの女性には刺激が強すぎるだろうから説明しよう」

盗賊「……助かるよ」

警備兵「主人は首を斬られて殺害。馬も同様の手口で殺害されていた。預けられていたものも含めてだ」

警備兵「何の理由があって馬を殺害したのかは分からないが、奇妙なのはここからだ」

盗賊「野次馬の話だと燃やされてたらしいな」

警備兵「それだけじゃない。主人の遺体は山積みされた首無し馬の上にあった」

警備兵「両手を頭上より高い位置まで伸ばし、自分の頭部を掲げるようにしてな」


王女「うっ…」フラッ

ガシッ…

盗賊「……大丈夫か?」

王女「ご、ごめんなさい。大丈夫です」

警備兵「ああ、これは済まない。火に当てられたせいか説明に熱が入りすぎたようだ」ニコリ

盗賊「随分と悪趣味な男だな」

警備兵「その台詞は是非とも犯人に言ってやってくれ。一番迷惑しているのはこっちなんだ」

盗賊「……で、俺みたいなニンゲンを現場に入れた理由は?」

警備兵「どうやら一頭が逃げ出したようなんだ。その馬は青ざめたような毛色だったらしい」

警備兵「門番の話によれば、その馬は門を抜けて街の外へと逃げ出したそうだ」


盗賊「それは俺が預けた馬だ」

警備兵「ほう、意外に正直だな。ニンゲンにしては」

盗賊「あんたは一言余計なんだよ。それで?」

警備兵「犯人は馬が怯えて逃げ出す前に殺害出来るような奴だ。首を一太刀で両断してる」

警備兵「手際が良いと言うか、そのままの意味で手が早いんだろう。凄まじくな」

警備兵「そんな奴が一頭だけ見逃したんだ。何か意味があると思うだろう?」

盗賊「ああ、俺もそう思うよ」

警備兵「気が合うな。それから、外壁には次のような殴り書きがあった。血文字でな」ニコリ

王女「………」カクンッ

盗賊「ッ、あんたには呆れたよ。余計なことは言わずにさっさと話してくれ」


警備兵「冠を戴くのは勝利者」

警備兵「我が王冠は貴様の手に在り。貴様の王冠は我が手に在る。さあ、戴冠の戦を始めよう」

盗賊「いや、まるで意味が分からねえ。思いっ切りイカレてんじゃねえか」

警備兵「追伸」

盗賊「は?」

警備兵「嘘吐きは嫌いだ。嘘を吐かせのは貴様だな。実に良い馬だ。生かしておこう」

盗賊「………」

警備兵「生きているのはお前の馬だけだ。これはお前に向けられたメッセージで間違いない」


警備兵「嘘を吐かせたというのは何だ?」

盗賊「馬を預けた時、誰に何を聞かれても一人だったと言ってくれって主人に頼んだ」

盗賊「嘘を吐かせたと言われて思い浮かぶのはそれだけだ。他に思い当たる節はない」

警備兵「何故そんなことを言った」

盗賊「さっきも言っただろ。理由は聞かないでくれると助かるってな」

警備兵「今、それが通用すると思うのか?」

盗賊「分かった分かった。怖い顔すんな、ちゃんと答えるよ」


警備兵「さっさと言え」

盗賊「道ならぬ恋ってやつさ。見ての通り彼女は修道女でね。一緒に逃げて来たんだ」

警備兵「修道女である前に、ニンゲンと恋に落ちる女がいるとは思えないがな」

盗賊「なんなら彼女に聞けばいい。あんたのせいで気を失っちまったけどな」

警備兵「…チッ…心当たりは?」

盗賊「こんなに素敵な女性をニンゲンが奪ったんだ。恨んでる男なんて山ほどいるだろうさ」

警備兵「……だろうな。彼女を抱えていなければ叩き斬ってるところだ」

盗賊「あんた、意外と素直なんだな。もっと冷静で嫌味な奴かと思ってたよ」


警備兵「口の減らない奴だ」

盗賊「それはお互い様だろ?」

盗賊「それより、俺なんかに構ってる暇があるなら犯人を捜した方が良いと思うぜ?」

警備兵「………」

盗賊「……もう用がないなら行かせてもらうけど、いいかな?」

警備兵「……いいだろう。今のところは見逃してやる。ただ、犯人が見付かるまで街から出ることは許さない」

盗賊「……そんなつもりはねえさ」ボソッ

警備兵「何?」

盗賊「いや、何でもない。色々教えてくれて助かったよ。じゃあな」ザッ

警備兵「(狂人に狙われていると知っても冷静さを保っていられるとはな。奴は何者だ?)」

警備兵「(奴の正体はともかく、この事件に関わる重要人物であることは間違いない。監視を付けるか)」


トコトコ…

盗賊「(どう考えても普通じゃねえ)」

盗賊「(俺を狙うってんなら分かる。無関係の奴まで平気で殺すのがどうかしてる)」

盗賊「(あんなに残忍な方法で殺す意味が分からねえ。犯人の目的なんなんだ?)」

盗賊「(王冠ってのが姫様のことを指してんなら、やっぱり輪転器絡みだよな……)」

盗賊「(王宮から遣わされた奴か?)」

盗賊「(いや、王宮から遣わされた奴が殺しをする理由がねえ。狙うなら俺にするはずだ)」

盗賊「(ましてあの爺さんが指示したとは考えらんねえ。なら爺さんとは無関係の、独自で動いてる暗殺者?)」

盗賊「(……輪転器を暗殺せんとする者がいるとか言ってたけど、暗殺者にしては過激だ)」

盗賊「(恨みっつーか怨念めいたもんを感じる。あの爺さん、やっぱり何か隠してやがるな)」



盗賊「(……駄目だ。幾ら考えても分かりゃしねえ)」

盗賊「(ただ確かなことは、死人が出ちまったってことだ。気の優しいオッサンだったのに……)」

盗賊「…………」ギリッ

盗賊「(もし死人が出るとしても、それは俺だと思ってた。それが間違いだったんだ)」

盗賊「(俺の考えが甘かったせいでオッサンを巻き込んじまった。俺が死なせちまったんだ)」

王女「…んっ…うぅ…」

盗賊「(……魘されてるのか)」

盗賊「(姫様もかなり参ってる。目が覚めたら泣くだろう。きっと自分を責めるだろう)」

盗賊「(……くそっ!何が輪転器だ。何が魔王だ。何でこの娘じゃなきゃならねえんだよ)」


盗賊「(何で、こんな娘一人に押っ被せんだよ)」

盗賊「(普通の娘じゃねえか。自由になりてえと思って何が悪りぃんだよ)」

盗賊「(外を見たかっただけなんだぜ? ただそれだけなのに、何でこんなことになっちまうんだ)」

盗賊「(……姫様を守ると約束した。いや、今はもうそんなことはどうでもいい)」

盗賊「(約束がなくても絶対に守る。でもな、狙うなら俺を狙えよ糞野郎……)」

盗賊「(戴冠式だか何だか知らねえが、俺とお前の戦だろうが。他の奴に手を出すんじゃねえ)」


『あれが輪転器。ふむ、あれならば申し分ないだろう。あれこそ私に相応しい』


盗賊「…………」ピクッ


『勘の良い奴だ』

『少々手こずるかもしれないな。だが、それは必ずやこの私が貰い受ける』

また明日


【詰所】

警備兵「……有り得ない」

警備兵「(犯人を目撃したという情報は数多く寄せられた。そこまでは順調だった)」

警備兵「(だが何故だ。あれだけの目撃情報がありながら何故見付からない……)」

警備兵「(白銀の甲冑を身に付けた騎士)」

警備兵「(そんな目立つ格好をした奴が、どうやったら姿を消せるというんだ)」

警備兵「(甲冑などそう簡単に脱ぎ捨てられるものではない。かといって持ち歩けるわけもない)」

警備兵「(派手な現場。多くの目撃情報。俺も含め警備隊の皆は早期解決すると思っていた)」

警備兵「(だが、一向に進展は見られない。一切の手掛かりも掴めていない)」

警備兵「(確かなことは、犯人はあのニンゲンに対して並々ならぬ感情を抱いているということだ)」

警備兵「(そこで、一度犯人から離れ、あのニンゲンについて調べてみることにした)」


警備兵「(だが、それも空振りに終わりそうだ)」

警備兵「(ニンゲンの犯罪者名簿。これを見始めてから何時間が経っただろうか……)」

警備兵「(幾らページをめくっても、出てくるのは人相書きに処刑済みの判が押されている者のみ)」

警備兵「(まあそうだろう。こちら側で犯罪を犯すということはそういうことだ)」

警備兵「(だからこそ、これは犯罪者名簿ではなく死亡者名簿と呼ばれている。故に、これを見る者などいない)」

警備兵「(ニンゲンの前科者など存在しない。何故なら既に処刑されているから。これが我々の常識になっている)」

警備兵「(しかし奴の落ち着きようから見て、まず真っ当な生き方はしていないだろうということは分かる)」

警備兵「(そう思ってリストを見てみたものの、やはり処刑済みの判で埋め尽くされている)」


警備兵「……ふ~っ。もう、夜か…」

バサッ…

警備兵「チッ…事務員の奴め」ガタッ

スタスタ…

警備兵「(書類整理くらいしっかりしろ。茶を啜りに来るのが仕事だとでも思ってるのか。まったく……?)」

警備兵「これは中央から届いた犯罪者名簿? 届いたのは、今朝か……」ペラッ

警備兵「……!!?」

警備兵「(罪状は王宮への侵入。暗殺未遂。現行犯逮捕。特別独房行き。処刑確定……)」

警備兵「これは、これは一体どういうことだ?」

警備兵「(この人相書きは間違いなく奴だ。それはいい。問題は既に処刑済みの判が押されているということだ)」

警備兵「(こんな大罪人を生かす理由がない。が、奴は確かに生きている)」

警備兵「(まるで意味が分からない。死亡者扱いにしてまで生かしている理由は何だ?)」

警備兵「(……どうやら、もう一度話をする必要がありそうだな…)」


【宿屋】

王女「んっ…暗…」

盗賊「あ、起きたのか。おはよう姫様。よく眠れた?」

王女「あの、此処は……」

盗賊「あぁ、此処は宿屋だよ。姫様の部屋みたいに立派なもんじゃないけどね」ニコッ

王女「……ごめんなさい」

盗賊「?」

王女「昨晩からというもの、わたしは泥棒さんには迷惑ばかり掛けてしまっています」

王女「此処までも泥棒さんが運んでくれたのでしょう? 今更ですけど、何だか情けなくて……」

盗賊「そんなことねえよ。それに、姫様は軽いから運ぶのは楽だったしさ」ウン


王女「何故ですか…」

盗賊「何故って何が?」

王女「何故そんな風に出来るのですか? わたしと一緒にいても碌なことにならないのに……」

盗賊「何だよ急に。どうしたんだ?」

王女「人が殺されたんですよ!? わたしが外に出なければこんなことにはならなかった!!」

盗賊「…………」

王女「泥棒さんに傷を負わせたのも厩舎の主さんを死なせてしまったのも、元はと言えばわたしの我が儘のせいです」

王女「……あまりにも軽く考えていました。何処へ行こうと、わたしは輪転器なんです」


王女「………戻ります」

盗賊「それは駄目だ。俺がさせない」

王女「何故ですか!? だってこのままじゃ、また関係のない方がーー」

盗賊「姫様、少し落ち着いてくれ。それから、今から俺が話すことを良く聞いて欲しい」

王女「………はい」

盗賊「……俺は、きみを外へ連れ出すように頼まれた。きみの父親、魔王からね」

王女「えっ…」

盗賊「俺に依頼した理由は内部に輪転器を暗殺しようとする奴がいるからだと言ってた」

盗賊「だから、王の力が受け継がれるまできみを守って欲しい。そう依頼されたんだ」

盗賊「そして、俺はその依頼を受けた。きみを連れ出し、きみを守る為に」


王女「……そう…だったのですか……」

盗賊「それから、厩舎の主を殺害した犯人は俺にメッセージを残してた」

盗賊「どうやら俺と王冠を賭けた戦をしたいらしい。その王冠ってのは、おそらくきみだ」

王女「………」

盗賊「酷なことを言うけど、きみが王宮に戻ろうが外にいようが命を狙われることに変わりはない」

王女「……依頼されたから…ですか?」

盗賊「?」

王女「連れ出してくれた時の言葉も、高所で励ましてくれたことも……」

王女「これまでの優しい言葉や笑顔…」

王女「昨晩から今に至るまでの全ては、父に依頼されたからしたことなのですか?」


王女「泥棒さん。答えて下さい……」

王女「あなたがわたしに向けてくれたもの。あれらは全て偽りだったの?」

盗賊「違う」

王女「あなたがわたしに見せてくれたものは何? 何もかも依頼されたからやっていたことなの?」

盗賊「違う」

王女「あなたは何の為にわたしを連れ出したの? 報酬を得たいから?」

盗賊「……違うよ」

王女「なら何故です?」

王女「何故そこまでしてくれるのですか? わたしには、あなたが見えません」ポロポロ


盗賊「一目惚れしたから」

王女「えっ…」

盗賊「あの時、きみに一目惚れした。今まで見た何よりも綺麗で、誰よりも輝いて見えた」

王女「……それは…わたし?」ポロポロ

盗賊「そう、きみだよ。輪転器なんかじゃない。きみを盗みに行ったんだ」

王女「ほんとう?」

盗賊「本当さ。まあ、当初は輪転機を盗もうとしてたけどさ……」

盗賊「俺はきみを連れ出して、色々なものを見せたくなった。勿論、きみの同意を得てからね」ニコッ

王女「……グスッ…うぅ~…」

盗賊「え~っと…大丈夫?」

王女「ぜんぜん大丈夫じゃないです。泣きすぎて頭が痛いです。うれしくて、はずかしいです」


盗賊「そっか。盗んで良かったよ」

王女「……わたしも、ぬすまれてよかったです」

盗賊「はははっ、やっぱり変わってんなぁ」

王女「泥棒さんはひどいです。ひとの気持ちをもてあそんで…グスッ…」

盗賊「……あのさ」

王女「はぃ?」

盗賊「守るから。きみを傷付けないように、傷付けるものから守るよ……」

王女「……泥棒さん…」

盗賊「だからさ、嬉しいなら笑ってくれよ。泣いてる顔は、あんまり見たくないんだ」

王女「……グスッ…いまは、むりです。それどころじゃないです。うれしすぎて…ダメです……」

盗賊「……そっか」

王女「(泥棒さん…ありがとう。わたしを見てくれて…そんな風に言ってくれて、ありがとうございます……)」


王女「…グスッ…」

盗賊「あんまり泣きすぎると枯れちまうぞ?」

王女「……大丈夫です。こんなに泣いたのは初めてなのでまだまだ泣けます。今までずっと泣き溜めしてましたから」

盗賊「寝溜め食い溜めは聞いたことあるけど、泣き溜めは初めて聞いたな……」

王女「わたしも初めて言いました。でも、泣くっていいですね。すっきりしました」

盗賊「落ち着いた?」

王女「……油断してるとまた泣きそうです」

盗賊「あ~、それは困るな。そうだ、準備するから手伝ってくれないかな」


王女「準備ですか? 一体何の?」

盗賊「傷付けないとか言っといてなんだけどさ、犯人と戦うことになると思うんだ」

王女「戦うって…まさか犯人とですか!?そんなの危険過ぎますよ!!」

盗賊「分かってる。けど、そうするしかない。あんなことをする奴だ。避けることは出来ない」

盗賊「宿屋の周りには街の警備隊がいる。俺を監視してるんだ。だから、街から出ることも出来ない」

王女「そんなっ…まだ傷も癒えていないんですよ? そんな体で戦ったらどうなるかーー」

盗賊「ああ、どうなるか分からない」

盗賊「ただ、そうしなきゃ終わらないってことは確かだ。奴が諦めるとは到底思えない」

盗賊「俺の後を付けて背後から刺す。そんな奴ならまだマシだった。奴は違うんだよ」


王女「違う?」

盗賊「狙ってる奴に対して自分の存在を知らせるなんてことはしない。普通ならね」

盗賊「奴の執着心はそれだけ異常なんだよ。それを示す為に殺した可能性は充分にある」

盗賊「ただ、俺を狙っているのか姫様を狙っているのか。それが読めないんだ」

王女「……泥棒さんは先ほど王冠という表現をしていましたよね? あれも犯人の?」

盗賊「ああ。我が王冠は貴様の手に、貴様の王冠は我が手に在り。そんな文面だった」

盗賊「俺か姫様か。どっちが狙われてようと危険だってことは変わらない」

王女「……泥棒さんが考えている通り犯人の王冠がわたしを指しているとしたら…」

王女「泥棒さんの王冠とは何なのでしょう? 文面通りに捉えれば犯人が持っているんですよね?」


盗賊「何か、そうみたいだな」

盗賊「でも、どれだけ考えたって誰かに何かを預けた憶えはないんだ。混乱させるつもりなのかもしれない」

盗賊「そもそも白銀の甲冑を身に着けた騎士の知り合いなんていねえしさ」

王女「……白銀の騎士?」

盗賊「目撃者は口を揃えてそう言ってた。すぐに見付かりそうなもんだけどーー」

王女「泥棒さん。目撃者の方達は本当に白銀の騎士と言っていたんですか?」

盗賊「ああ、目撃者は大勢いるみたいなんだ。宿屋に来るまでに何度か耳にしたよ」


王女「白銀の騎士。白い騎士…」

王女「あのっ、壁に書かれていた文面のことをもう少し詳しく教えて下さいませんか?」

盗賊「え~っと、王冠を戴くのは勝利者。戴冠の戦を始めよう。とかだったかな」

王女「!!」

盗賊「何か心当たりでもあるのか?」

王女「その…でもこれは…」

盗賊「些細なことでもいいんだ。知ってることがあるなら教えてくれないか」

王女「……全面戦争にはならなかったものの、我々とニンゲンは過去に三度の戦をしています」

盗賊「今の線引きが出来上がる前の時代だろ?最後の戦は三百年も前だっけ? それがどうかしたのか?」

王女「その戦の度に、歴史に名を残すような騎士が現れて戦を収束させているのです」

王女「一度目の戦に現れたのが白い騎士。攻め入ったニンゲンを退けた後、すかさず侵攻を開始」

王女「そこからは勝利に次ぐ勝利。当時の境界線を塗り替え領土を拡大したという話です」


盗賊「勝利に次ぐ勝利、ね」

王女「ええ。更にはその時代の王から王冠を力を受け継ぎました。つまりは戴冠です」

王女「ですが、幾ら活躍したとはいえ騎士が王になるなど余りに荒唐無稽な話……」

盗賊「まあ、確かにそうだな」

盗賊「その頃には既に輪転器はあるわけだし、次期王も決まってるはずだ」

王女「その通りです。だからこそ白い騎士には様々な憶測があります」

王女「わたしが読んだ文献の中では、白い騎士は自分が王となるべく王にさえも戦を挑んだ。とありました」


盗賊「勝利に次ぐ勝利、ね」

王女「ええ。更にはその時代の王から王冠と力を受け継ぎました。つまりは戴冠です」

王女「ですが、幾ら活躍したとはいえ騎士が王になるなど余りに荒唐無稽な話……」

盗賊「まあ、確かにそうだよな」

盗賊「その頃には既に輪転器はあるわけだし次期王も決まってるはずだ」

王女「その通りです。だからこそ白い騎士には様々な憶測があります」

王女「わたしが読んだ文献の中では、白い騎士は自分が王となるべく王にさえも戦を挑んだ。とありました」


盗賊「戴冠の戦か……」

王女「はい。事実かどうか確かめる術はありませんが、似通った部分があると思ったのでお話ししました」

盗賊「……姫様。その白い騎士はどうなったんだ?」

王女「数多くの勝利を積み上げた彼も、死に勝利することだけは叶いませんでした」

王女「彼は共に戦を駆けた甲冑を身に着けたまま亡くなった。と記されていました」

盗賊「一応聞いておくけどさ、そいつは死んだんだよな?」

王女「勿論です。一度目の戦は千年近くも前ですから。でも、やっていることも似ているので何だか怖ろしくて……」


盗賊「似てる?」

王女「彼の逸話と事件の内容です」

王女「彼は積み上げた遺体の上に立つと、これこそが勝利の証であるとした。ともありました」

盗賊「勝利と功績か。そういったもんを誇示すんのが大好きな奴だったんだな」

王女「ええ。挿し絵では積み上げた屍の上に城を築く姿が描かれていましたから……」

盗賊「う~ん。聞けば聞くほど似てるな。犯人はそいつを真似てんのかもな」

王女「わたしもそう思います」

王女「自分を他人だと思い込み、あたかも本人であるかのように振る舞う」

王女「度を超した憧れや崇拝が心蝕み。遂には塗り潰してしまう。それはとても怖ろしいことです」

盗賊「……もしかしたら、生まれ変わりたかったのかもしれないな」


王女「えっ…」

盗賊「自分に嫌気が指して、違う誰かになりたかったのかもしれない」

盗賊「まあ、本当のところは本人に聞いてみなきゃ分かんねえけどさ」

王女「(わたしもそうなってしまうのでしょうか。力を受け継いだ時、まったくの別人に…)」

盗賊「まっ、幾ら考えても仕方ねえか。でも勉強なったよ。ありがとう」

王女「いえ、そんな…でも、警備隊の方達は知らないのでしょうか?」

盗賊「何を?」

王女「白い騎士のお話です。捜査の役に立つかは別ですけれど……」


盗賊「有名な話なのか?」

王女「そう言われると…どうなのでしょうか。外ではあまり知られていないのかも……」

盗賊「(そうか。知識の一つを取っても比較する相手がいねえから分からねえんだ)」

盗賊「(姫様の世界と外の世界じゃ知識の常識ってやつが違うんだろうな……)」

王女「あっ、そうでした」

盗賊「?」

王女「準備を手伝って欲しいと言っていましたが、わたしは何をすればよろしいのですか?」

盗賊「あ、そういやそうだった。まあ、準備って言ってもこれを渡すだけだけどね」


盗賊「とりあえず、はい」スッ

王女「……これは、泥棒さんが投げていた煙玉ですよね?」

盗賊「煙玉っつーか目潰しみてえなもんだな。舞い上がった粉が目に入れば涙が止まらなくなる」

盗賊「何かあったら、それを相手の足下に投げて逃げるんだ。強風や雨の場合は使えないけどな」

王女「……なるほど。分かりました」

盗賊「ああ、これは革鞄ごと姫様にやるよ。腰に巻いといてくれ」

王女「えっ? それでは泥棒さんがーー」

盗賊「いいっていいって遠慮すんな。それに、姫様に渡せるものはそれくらいしかないんだよ」


王女「?」

盗賊「だってさ、そういうもんならともかく爆弾なんか渡されても姫様は使わないだろ?」

王女「……はい。多分使えないと思います」

盗賊「だろ? だから、それはあくまでも護身用ってやつだ。それなら使えると思ってさ」

王女「泥棒さんはどうするのですか?」

盗賊「俺? 俺はまあ、手持ちの物を色々使って何とかするよ。でも、向いてねえんだよなぁ」

王女「向いていない?」

盗賊「うん。基本、盗む時って戦う必要はないんだ。見付かったら終わりだからな」

盗賊「この爆弾だって爆発音で見張りを追っ払ったりするのに使ってるんだ」

盗賊「服装だってこの通り。動き易いもん着てるだろ? だから真正面の戦いには向いてない」

王女「で、ではどうやって戦うのですか? 何か有効な策が?」


盗賊「あ~、出たとこ勝負?」

王女「出たとこ勝負ってそんな…自分のことなんですよ!?」

盗賊「そりゃあ分かってるさ」

盗賊「でも、どんな戦い方をしてくるかなんて分からないだろ? 臨機応変にやるしかない」

王女「……無茶ですよ。背中の傷だって全然治ってないのに……」

盗賊「大丈夫。自分で何とかするから」

王女「……っ、服を脱いで下さい。包帯を取り替えます」


盗賊「え?」

王女「昨晩から取り替えてないですからね。どんな状態なのか確認しておきたいですし」

盗賊「そ、そう? じゃあ、お願いします」パサッ

王女「………」クルクル

盗賊「何か悪いな。嫌なもん見せちまってさ」

王女「そんなことないです。やはり、まだ出血がありますね。血止めの草を張っておきます」

盗賊「そんなの持ってたっけ?」

王女「昨晩、念の為に数枚採って泥棒さんの革鞄に入れておきました」


盗賊「(凄えな姫様…)」

王女「ごめんなさい、ちょっと染みます。じっとしていて下さいね」プチッ

ポタポタッ…

盗賊「ッ、ビリッてきた。今のは?」

王女「今のは痛み止めです」

王女「小さな果実なんですが、潰して液体を傷口に垂らせば麻痺させる効果があります」

盗賊「へ~、そんなのがあんのか……」

王女「それから血止めの草を張って」ペタッ

王女「後は包帯で固定すれば終わりです。矢傷の方も同様のやり方で……」クルクル


盗賊「姫様って物知りなんだな」

王女「そんなことは…これら全ては本で得た知識。古い古い民間療法です」

王女「きっと今なら、こんなことをせずとも傷薬を買えば済むのでしょうね……」

盗賊「でも、森や草原に薬屋はいないからなぁ」

王女「?」

盗賊「姫様の言う通り、今の薬の方が効くかもな。でもさ、いざという時に役立つのはそういう知識だと思うんだ」

盗賊「もし姫様にそういった知識がなかったら、俺は昨日の晩にお星様になってた」

王女「………」クルクル

盗賊「だからさ、誇っていいと思うぜ? 今時そういうことを出来る人はいないだろうし」


王女「そう…なのでしょうか……」

盗賊「うん。それに、普通は傷を縫ったり出来ない。多分逃げ出すんじゃないかな? 怖くてさ」

王女「怖い?」

盗賊「怖いっていうか嫌だろ? 血を流して死ぬ姿を見るなんて誰だって嫌なもんだよ」

王女「……わたしは死を見るより、あなたがいなくなることの方が怖かったです」

王女「もしかしたら、一人になることが怖かったのかもしれません。自分の為だったのかも…」

盗賊「それでもいいさ。生きてんだから」

王女「……生きて下さい。そして今度こそ、一緒に星を見ましょう」

盗賊「いつの夜なるか分かんねえけど、それでもいいなら……」


王女「構いません。いつまでも待ちます」

盗賊「(こういうことをさらっと言うのがズルいんだよ。分かってなさそうだけど…)」

王女「(わたしに共に戦うことは出来ない。けれど少しくらい、あなたの役に立たせて下さい)」

クルクル…キュッ…

盗賊「………」

王女「終わりました。効果は短いでしょうが多少は痛みも和らぐと思います」

盗賊「ん、ありがとう」バサッ

王女「……お役に立てるか分かりませんが、白い騎士について思い出したことがあるのでお話しします」


王女「彼は特殊な武器を扱っていたそうです」

王女「それは籠手と剣が一体化したようなもので、彼の技量も相まって凄まじい威力を誇ったとされています」

盗賊「籠手の先に短剣をくっ付けた。みたいな感じ?」

王女「いえ、刃は長剣です。近接ではなく中距離で戦うことになると思います」

王女「籠手も泥棒さんのものとは違い、拳から肘辺りまで完全に覆うものでした」

盗賊「(パタとかいうやつか? やりにくそうだな……)」

王女「もし犯人が白い騎士に成り切っているとしたら、同じ武器を扱っているかもしれません」

王女「それからもう一つ。その姿はあたかも舞うようであった。とのことです」


盗賊「(隙は無さそうだな……)」

盗賊「(つーか甲冑着ながら舞うんじゃねえよ。面倒くせえ奴だな)」

盗賊「(甲冑着てるってだけでも面倒なのに。でもまあ、近付けば何とかなるか)」

王女「……お役に立てましたか?」

盗賊「ああ、イメージは出来た。その武器なら腕の振りが早いのも頷ける」

盗賊「厩にいた馬を手早く捌けたのも、それがあったから出来たのかもな……」

王女「白馬さん、今頃何処にいるのでしょう。心配です」

盗賊「帰ったのかもな。幾ら肝が据わってても、そんな危ない奴がいたら逃げるに決まってる」

王女「……泥棒さんは、逃げようとは思わないのですか?」

盗賊「逃げられない。ってこともないけど、向こうが逃がしてくれそうにないからな」

盗賊「出来ることなら此処で終わらせたいんだ。追われるのって疲れるしさ」


王女「……犯人。この街にいるんですよね」

盗賊「だろうな。何処に隠れてんのか見当も付かねえけどさ」

コンコンッ…

盗賊「盗み聞きにしちゃあ長かったな。厩にいた警備隊だろ? さっさと入れよ」

王女「えっ?」

ガチャッ…パタンッ…

警備兵「…………」

王女「(あっ、本当に昼間の警備隊の人だ。この人、苦手だなぁ…)」

警備兵「何だ、分かっていて話していたのか?」

盗賊「理解を深めて欲しくてね。俺のこと調べてたんだろ?」


警備兵「その前に、何故俺だと分かった」

盗賊「歩き方。つーか、そんなことが聞きたくて来たのか?」

警備兵「気味の悪い奴だな。まあいい、早速本題に入ろうじゃないか」

王女「(嫌な予感しかしない。何だか蛇のような眼をしている。何を考えているのでしょう……)」

警備兵「王宮への侵入及び暗殺未遂。特別独房行き。これに間違いはないな」

盗賊「侵入は認めるけど目的は暗殺じゃない。盗みに入っただけだ」

盗賊「それ以外は大体合ってる。つーか特別独房だったのか。にしてはお喋りな看守だったな」


警備兵「何を盗むつもりだった?」

盗賊「王の秘宝。輪廻転生機」

警備兵「……次の質問だ。何故、お前は生きている」

盗賊「何か難しい質問だな。哲学?」

警備兵「そのままの意味で、だ」

盗賊「心臓が動いてるからじゃねえの? そこに関しちゃ俺もあんたも変わらねえと思うけどな」

警備兵「はぐらかすな。此処には処刑済みの判が押されてある」ガサッ

盗賊「あ、本当だ。つーか人相書き下手だな。もっと上手く書いて欲しいもんだ」

警備兵「答えろッ!!」

王女「きゃっ…」ビクッ

盗賊「分かった分かった。話すから大きい声出すな。『姫様』が怖がってんじゃねえか」


警備兵「……姫様だと」

盗賊「ああそうさ。偉大なる王の娘にして次の魔王。ついでに言うなら輪廻転生機の正体だ」

警備兵「何を馬鹿なーー」

盗賊「俺は王から直々に彼女を攫うよう依頼された。内部に暗殺者がいる可能性があるらしい」

盗賊「俺は依頼を受けて彼女を攫った。それに関しては彼女の同意も得てある」

警備兵「………」

盗賊「疑うなら王宮に手紙でも出せばいい。応答があるかは分かんねえけどな」

盗賊「とにかく、これが全てだ。用が済んだら帰ってくれ。あんまり関わるとあんたも殺されちまうぜ」


警備兵「白い騎士にか?」

盗賊「聞いてたんなら分かるだろ?」

警備兵「お前が語ったこと全てが嘘なのか? それとも全てが本当なのか?」

盗賊「それはあんたが決めることだ」

盗賊「俺が何を言っても所詮はニンゲンの言うことだからな。どうせ信じやしないだろ?」

警備兵「……作り話にしては話が大きすぎる」

警備兵「それだけ口が回るなら、もっと控え目な嘘を吐くはずだ。納得の行く程度の嘘をな」

盗賊「だろうな。普通なら」

警備兵「信用されたい奴が吐くような嘘ではい。が、俄には信じ難い」


盗賊「どうする?」

警備兵「………」チラッ

王女「全て本当のことです。彼は嘘など吐いていません。投獄するというなら、わたしも行きます」

警備兵「…チッ…どうにも面倒なことになったな」

盗賊「思いっ切り関わるか、この場で手を引くか。今の内に決めといた方がいい」

盗賊「俺と彼女が狙われてるのは事実なんだ。関われば確実に巻き添えを食う」

警備兵「……お前は一体何なんだ」

盗賊「俺か?」

盗賊「俺は監視がいると分かっていながら逃げもせずに彼女の寝顔を眺めてた間抜けな泥棒さんだよ」


警備兵「……質問がある」

王女「はい。何でしょう」

警備兵「君は何故このニンゲンと共にいる。いや、何故共にいられる?」

王女「……わたしは長らく一つの部屋で生きてきました。彼は、わたしが会った初めてのニンゲンなのです」

警備兵「………」

王女「あらゆる文献を読みました。知識の中にあるニンゲンは狡猾で怖ろしい種族……」

王女「ですが、彼はそうではありません。わたしにとっては、そうではないのです」

警備兵「君にとってはそうかもしれないが、このニンゲンは犯罪者だ」

王女「ええ、分かっています。本来であれば怖れるべき人物なのでしょう」


警備兵「なら何故?」

王女「彼のことは、不思議と怖ろしいとは思わないのです」

王女「彼は傷を負い、血を流しました。けれど、それでもわたしを王宮から連れ出してくれた」

王女「閉ざされていた世界の扉を開き、わたしに外の世界を見せてくれたのです」

警備兵「恩人というわけか」

王女「いえ、失いたくない人です」

警備兵「………分かった。二人共に詰め所に連行する」

王女「そんなっ、彼を裁くのですか!?」

警備兵「いや、死んだニンゲンは裁けない。そのニンゲンは世界から抹消された存在だ」

王女「ならば何故連行するのです!?」

警備兵「関わるか否か。その答えが出たからだ。これより君を保護する。宿屋よりは安全だ」


盗賊「俺は?」

警備兵「勝手にしろ。逃げたければ逃げるがいい。彼女の傍にいないのなら、そうしろ」

盗賊「あ、そう。じゃあ、お言葉に甘えてご同行しまーー」

ガチャンッ…

盗賊「……おいおい、そりゃないだろ」

警備兵「黙れ。こうでもしないと示しが付かないんだよ。仲良しこよしで歩けるか」

盗賊「何だよ。素直じゃねえなぁ」ニヤニヤ

警備兵「お前には手錠より轡が必要のようだな。耳障りなことばかり口にする」

盗賊「舌の根が乾いたことがないのが自慢でね。罪にはならないだろ?」


盗賊「俺は?」

警備兵「勝手にしろ。逃げたければ逃げるがいい。彼女の傍にいたいのなら、そうしろ」

盗賊「あ、そう。じゃあ、お言葉に甘えてご同行しまーー」

ガチャンッ…

盗賊「……おいおい、そりゃないだろ」

警備兵「黙れ。こうでもしないと示しが付かないんだよ。仲良しこよしで歩けるか」

盗賊「何だよ。素直じゃねえなぁ」ニヤニヤ

警備兵「お前には手錠より猿轡が必要だな。耳障りなことばかり口にする」

盗賊「舌の根が乾いたことがないのが自慢でね。罪にはならないだろ?」


警備兵「行くぞ、猿」グイッ

盗賊「痛い!痛いから!」

警備兵「さあ、君も来るんだ。詰め所までは警備隊が護衛する」

王女「あ、ありがとうございます!」ペコッ

警備隊「………」ザッ

ガチャッ…パタンッ…

警備兵「ほら、歩け」グイッ

盗賊「んなことしなくても歩くって!! ったく、乱暴な男は嫌われるぜ?」

警備兵「お前に好かれるくらいなら舌を噛み切って死んだ方がマシだ」

トコトコ…

王女「本当にいいのですか? 狙われるかもしれないのですよ?」

警備兵「こう見えて仕事熱心なんだ。職務放棄はしたくない。それから、昼間は済まなかったな」ザッ

トコトコ…

王女「(何だか不思議。泥棒さんといると色んな人が変わっていくような気がする。わたしも変わったのかな……)」

また明日


【詰所】

盗賊「男ばっかだな。きちんと掃除しろよ」

警備兵「少し黙ってろ」

盗賊「ハイハイ。分かったから睨むなよ」

警備兵「…チッ…着いて早々で悪いが、君は何故狙われているんだ?」

王女「……あの、今更言うのも何ですが兵士さんはわたしが王女であると信じるのですか?」

警備兵「信じたわけではない。ただ、君とそこにいる猿が狙われてることは確かだ」

警備兵「君が宿屋で話していた白い騎士とやらに関しても同様の見解だ」

警備兵「千年も前のことはともかくとして、犯人が白銀の甲冑を身に着けていたことは疑いようのない事実だからな」

王女「……なる程、あくまで事件解決の為ということですか」

警備兵「その通りだ。その為に、君が王女だと仮定して話を進めようというわけだ」


盗賊「何だそりゃ?」

盗賊「そんなの信じてんのと変わんねえじゃねえか。あんたって本当に素直じゃないんだな」

警備兵「黙ってろ。次に口を開いたら自慢の二枚舌を三枚に下ろすからな」

盗賊「ハイ」

警備兵「……さて、お聞かせ願おうか」

王女「先ほど話した通り、わたしは長らく一つの部屋で生きてきました」

王女「ですので、王宮の内情については詳しくありません。それでもよろしければお話しします」

警備兵「それでも構わない。思い当たることがあれば話してくれ」

王女「……明確な意思を持って狙うとするなら、兄以外には考えられません」

王女「輪転器とは王の力を継ぐ器。本来であれば実子である兄が次期の王になるはずでした」

警備兵「実子である兄? ちょっと待ってくれ。ということは、君はまさか…」


王女「ええ、お考えの通りです」

王女「魔王である父とわたしに血の繋がりなど一切ありません」

警備兵「……これはまた、とんでもない話だな」

盗賊「そうなのか?」

警備兵「王の血は途切れることなく今日に至る。純血であり神聖なる存在。それが常識だ」

警備兵「彼女の話が本当なら、俺はとんでもない秘密を聞いてしまったことになる……」


盗賊「ビビってんのか?」ニヤニヤ

警備兵「お前はニンゲンだから笑っていられるだろうが、国を揺るがす事態に発展する可能性も十分に有り得る」

警備兵「民は王を神の如く崇め、唯一無二の存在としている。魔王とは、そういう存在なのだ」

盗賊「へ~、そうなんだ。それよりさ、姫様って姫様になる前はどうしてたんだ?」

王女「遊牧民の子だったような気がするのですが、王宮に入る前後の記憶が曖昧なのであまり…」

盗賊「……そっか。あっ、悪い。続けてくれ」

警備兵「では、兄が暗殺者を差し向けていると? 白い騎士も彼が?」

王女「断言は出来ませんが、その可能性は高いと思います」

王女「他所から連れて来た見ず知らずの娘に力を継がせるなど許せないでしょう?」


警備兵「確かに…」

盗賊「で、どうすんだ?」ニヤニヤ

警備兵「…チッ…お前は王家の跡継ぎ問題を街の警備隊がどうにか出来ると思うのか?」

盗賊「出来ねえだろうな。おまけに犯人の目星も付いてねえ、正に八方塞がりってやつだ」ウン

警備兵「随分と能天気な奴だな。事の重大さを分かっての台詞なら尚更だ」

盗賊「まあまあ。跡継ぎ問題とかは置いといて、罪のないうら若き女性が狙われてるんだぜ?」

盗賊「だったら警備隊としてやるべきことは決まってるんじゃねえの?」

警備兵「守るしかない、か? 確かにその通りだ。だが、お前に言われると無償に腹が立つな」


盗賊「ニンゲンだから?」

警備兵「口の減らない小僧だからだよ」

盗賊「そうかい。ところで、俺と姫様の後に街に入った奴は調査したのか?」

警備兵「当たり前だ。既に調べてある」

盗賊「あ、そうなんだ。でも、その様子じゃ進展なしみたいだな」

警備兵「お前が厩に馬を預けた直後に入った男がいてな。そいつで確定かと思ったんだが証拠は出なかった」

盗賊「参考までに聞いとくけど、その男はどんな奴だった? 右手に火傷してなかったか?」


警備兵「何故それを…」

盗賊「決まりだな。そいつが犯人だ」

警備兵「何を言ってる? その男は甲冑はおろか武器の類も一切所持していなかったんだぞ?」

盗賊「白い騎士が使ってた武器の話は聞いてたか?」

警備兵「籠手と剣が一体化したようなもの。だったか? それがどかしたのか?」

盗賊「犯人は馬の死体と厩の主の死体を運ぶ時、その武器を外したんだ」

盗賊「パタってのは籠手の中に握りのある武器だ。籠手ごと外すしかない。つまりは素手」

盗賊「で、火を放った。その時に火傷したんじゃねえかと思ってさ」


警備兵「面白いが決定打に欠けるな」

盗賊「でも、疑わしいのはそいつしかいない。いっそ正面切って行ってみるか?」

ガチャ…ガチャ……ザッ…

警備兵「!!」

王女「ま、まさか……」

盗賊「姫様、奥に隠れててくれ」

王女「は、はいっ」サッ

コンコンッ…

警備兵「何故俺だと分かったのかと聞いた時、お前は足音で分かったと言ったな」

盗賊「あ?」

警備兵「甲冑の音に気付かなかったのか? 全く、肝心な時に役に立たない耳だな」

盗賊「あのなぁ、扉の前に来て初めて聞こえたんだぜ? それまでは馬の足音しか聞こえなかった」


警備兵「…チッ…まあいい。用意はいいか?」ザッ

盗賊「どうする気だ?」

警備兵「扉ごと奴をぶっ飛ばす。その間に彼女を連れて逃げーー」

『夜分に申し訳ない。少しばかり訊ねたいことがあるのだが宜しいか?』

盗賊・王女「あっ…」

警備兵「どうした?」

盗賊「え~っと。なんつーか…知り合い? 出来ることなら二度と会いたくなかったけどさ」

警備兵「……お前の仲間じゃないだろうな?」

盗賊「違う違う。俺とは真反対の正義の味方だよ。かなり暑苦しいけどね……」


警備兵「いいんだな?」

盗賊「まあ、問題はあるけど今の状況なら何とかなる。大丈夫だ」

警備兵「……今開ける」

『おお、有難い。では、失礼する』

ガチャ…

騎士団長「ん?」

警備兵「……王宮騎士か?」

盗賊「よっ!」

騎士団長「なっ…き、貴様ァ!姫様は!姫様は何処だ!! まさかーー」

盗賊「姫様、呼んでるぜ? 出てこいよ」

ガタガタッ…

王女「お、お久しぶりです」ヒョコッ

騎士団長「ひ、姫様!? よ、良かった。本当に良かった。ご無事で何よりです……」


盗賊「あのさ、頼みがあるんだけど」

騎士団長「誰が貴様の頼みなど聞くか!この場で引っ捕らえてーー」

王女「き、聞いて下さいっ!!」

騎士団長「ひ、姫様?」

騎士団長「(あの大人しい姫様が声を張り上げた? 顔付きもどこか頼もしくなられたような…)」

盗賊「手短に話すから良く聞いてくれ。この街で殺人事件が起きた。犯人は姫様を狙ってる」

盗賊「犯人の目星は付いたけど姫様を一人にするわけにはいかない。守ってくれる奴が必要なんだ」

盗賊「犯人は手練れだ。おそらく警備隊だけじゃ足りない。あんたの力が必要なんだ。力を貸して欲しい」


騎士団長「………」チラッ

王女「事実です。どうか、信じて下さい」

騎士団長「……分かりました。姫様の頼みとあらば断るわけには行きません」

盗賊「いや~、助かったよ」

騎士団長「貴様に礼を言われる筋合いはない。姫様に感謝するんだな」

王女「あの、先ほどから気になっていたのですが、どうやってこの街に来たのですか?」

騎士団長「それが、何と言ったらよいのか。馬の導きとでも言いますか……」


王女「馬の導き?」

騎士団長「ええ、そこの賊が逃走する際に乗っていた馬です」

騎士団長「いきなり帰って来たかと思えば、付いてこいと言わんばかりに走り出しましてな」

騎士団長「これは何かある。そう思って追い掛けてきた次第であります」

カカッ…カカッ…

白馬「………」

盗賊「(やっぱりそうか。賢い馬だとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかったな)」

王女「は、白馬さんっ!」タタッ

白馬「………」カカッ

ゴチンッ…

王女「あたっ…でも良かった。無事だったのですね。本当に心配したんですよ?」

白馬「(別にあなたの為じゃないわ。彼の役に立ちたくて走っただけよ)」フンッ

また明日


【玉座の間】

将軍「宜しいのですか父上」

老人「何がだ?」

将軍「騎士団長が独断で輪転器を追った件についてです。支障が出るかも分かりません」

老人「それならばそれでよい。あの男ならば遅かれ早かれそうするであろうと思っていたからな」

将軍「これも予定通りですか」

老人「予定通りとは言えぬが想定していた通りの動きだ。その程度で計画が狂うことはあるまい」

将軍「………」

老人「焦るな。誰もが思惑に沿って動くわけではない。して、白騎士は?」

将軍「街に入りましたが接触はまだのようです。結果は明日までに出ることでしょう」


老人「フッ、そうか……」

老人「どのような結果が出るか楽しみだな。これ程まで朝を待ち遠しく思うのは久方ぶりだ」

将軍「……父上はあのニンゲンを随分と買っているようですね。期待するに値する男でしたか?」

老人「それを確かめる為に白騎士を遣わした。場合に寄っては今夜で終わってしまうだろう」

将軍「……それにしては落ち着いていますね。父上には既に見えているのですか」

老人「見えてなどおらんよ。ただ、確信めいたものを感じるのだ。奴は必ず蘇るとな」

将軍「それは、中にいる者がそう言っているのですか。それとも父上個人が?」

老人「どうなのだろうな。王の力を継いでから随分と経つ。最早どちらがどうであるかなど分からんよ……」

将軍「……父上、これが王の悲願であることは重々承知しております。ですが、無理はしないで下さい」


老人「無理などしておらん」

老人「儂とて出来ることならば早く手放したいところだが夜が明けるまでは何とも言えん」

老人「確信はある。だが、奴がそうでなかった場合は次を待つことになるだろうな……」

将軍「………」

老人「転生に次ぐ転生。幾人もの魂を渡り歩いて千と余年が経ち、遂に相応しい器が現れたのだ」

老人「儂はただ、此度の転生が長く苦しい旅路の末であることを切に願う。王からの解放をな」

将軍「力は? そうなった時、王の力はどうなるのです?」

老人「分からん。相応しき者へと渡るか、或いは願いを叶えて消えるか。そのどちらかだろう」


将軍「っ、失礼します」ザッ

老人「待て」

将軍「何でしょうか」

老人「それ程までに王の力を欲するのならば奪ってみせよ。お前が何を目論んでいようと止めはせん」

将軍「有り難う御座います」

老人「但し、此度の輪転器は一つではないことを忘れるな。野望を叶えたいのなら、焦らぬことだ」

将軍「……はい。分かっております」

ーーー
ーー


王女「えっと。というわけで今に至ります」

騎士団長「何と、そのような残忍な事件が起きていたとは…しかも将軍が関与しているなど……」

王女「まだそうと決まったわけではありません。あくまでも、そうする可能性が高い人物を述べただけです」


騎士団長「………」

王女「……あの、申し訳ありません。急にこんな話をされては混乱しますよね…」

騎士団長「……謝ることなどありません。ただ、整理するには時間が掛かるかと思います」

警備兵「(それはそうだろう。街の警備隊である俺ですら動揺を隠せないでいるんだ)」

警備兵「(極めて近しい立場。王宮にいた者にとってその衝撃は計り知れないものだろう)」

警備兵「(血縁ではないという事実。輪廻転生機の正体。王位継承の裏で蠢く策謀)」

警備兵「(王に仕える騎士団)」

警備兵「(その団長である彼にとって、これらを一辺に理解しろと言うのはあまりに酷な話だ)」


騎士団長「姫様は…」

王女「?」

騎士団長「姫様は姫様です。血縁がどうだと言われても、私にとって姫様は姫様なのです」

騎士団長「輪転器であったことも王位継承の件についても私にしては…その、何と言いますか…」

騎士団長「それら全ては些細な事。と言ってしまうと語弊がありますが、何も変わりません」

王女「何も…変わらない?」

騎士団長「先程も申し上げた通り、姫様は姫様です。私が姫様に抱くものは幾らかも変わってはおりません」

盗賊「へ~。気の利いたこと言えるんだな。もっと不器用かと思ってたよ」

警備兵「話の腰を折るな。猿は黙っていろ」

盗賊「……あのさ、その猿って呼び方はニンゲン呼びから昇格したの? それとも見下してんの?」


警備兵「それくらい自分で考えろ。猿」

盗賊「猿と話せるってことはあんたも猿ってことになるわけだけど、それについてはどう考えーー」

警備兵「黙ってろ」

盗賊「はぁ~、話にならねえな」

警備兵「何故だか分かるか? それは俺が猿ではないからだ。そもそも話になるわけがない」

盗賊「あんた友達いないだろ」

警備兵「うるさい」

王女「フフッ…」

盗賊「えっ?」

王女「あっ、ごめんなさい。何だかんだ言いながら楽しそうにお話していたので、つい笑ってしまいました」


警備兵「良かったな。笑われて」

盗賊「あんたも笑われてんだよ!」

王女「フフッ…」

騎士団長「……姫様、一つ聞いておきたいことがあります」

王女「は、はい。何でしょう?」

騎士団長「……昨晩、その男に連れ去られた時のことです。私は二人の会話を聞いていました」

王女「!!」

騎士団長「気を失う直前のことでしたから聞き間違いではないかと思っていました。いや、そう思いたかった……」


騎士団長「姫様、どうかお答え下さい」

騎士団長「外へ出たのはご自分の意思ですか。それとも、その男に誑かされーー」

王女「違います」

騎士団長「!?」

王女「外へ出たのは、わたし自身の意思です。わたしが決めたことです」

騎士団長「っ、やはり…そうでしたか。何とはなしに、そんな気はしておりました」

王女「えっ?」

騎士団長「ご自分ではお気付きにならないでしょうが、とても晴れやかな顔をしています」

騎士団長「私はそのような顔を…何の屈託もなく笑う姫様を見たことがありません。感情を露わにするお姿も……」

騎士団長「そんな姫様を見て嬉しく思う反面。何も知らなかった自分を情けなく思います」


騎士団長「姫様、申し訳ありませんでした」ザッ

王女「そんなっ…頭を上げて下さい。迷惑を掛けているのはわたしなのに……」

騎士団長「謝らなければならない理由はそれだけではありません。実はその…」ガサゴソ

王女「?」

騎士団長「何かしらの手掛かりになるかも知れないかと思い…姫様の部屋からこれを……」スッ

王女「そ、それは…か、返して下さい!!」バッ

騎士団長「申し訳ありませんでした!!」

王女「……見ましたか?」

騎士団長「そんなまさか! 婦女子の日記を盗み見るなどするわけがありせん!!」


盗賊「本当かぁ?」

騎士団長「貴様のような盗人に言われたくはないわ!! その日記は姫様の為に隠していたのだ」

盗賊「姫様の為?」

騎士団長「そうだ。中に重大な機密情報が書かれていたとしたら大変だからな。何者かに持ち出される前に私が守っていたのだ」

盗賊「言ってることはともかく、やってることは盗人そのものじゃねえか」

騎士団長「喧しい!!」

王女「あのぅ、本当に見てないですよね?」

騎士団長「勿論です!誓って見ておりません!!」


王女「(はぁ、良かった……)」

警備兵「諸々の状況整理は終わったな。で、お前はどうする。行くのか?」

盗賊「場所さえ教えてくれればな。あんたと団長さんは此処に残って姫様の警護をしてて欲しい」

警備兵「一人でやる気か?」

盗賊「ああ、俺の戦だからな。当然、向こうもそのつもりでいる。だから、俺が終わらせる」

警備兵「………」

盗賊「それとも何か? ニンゲンの俺に手を貸してくれる奇特な奴がいんのか?」

警備兵「……場所はお前がいた宿とは真逆。街の西側にある宿だ。さっさと行け」

盗賊「分かった。そいつが当たりかどうか分かんねえけど、とりあえず行ってみるよ」


盗賊「……姫様を頼む」ボソッ

警備兵「ああ、任せろ。彼女は我々警備隊が責任を持って警護する」

王女「ま、待って下さい!!」タッ

ガシッ…

王女「!?」

騎士団長「……姫様、なりません」

王女「一人で行くなんて危険過ぎます!! 彼は怪我をしているのですよ!?」

盗賊「大丈夫。すぐに帰って来るよ。それまでは此処で待っててくれ。んじゃ、行ってくる」ザッ

王女「泥棒さーー」

ガチャ…バタンッ…


王女「……何故ですか」

警備兵「何故とは?」

王女「先程はわたし達を保護すると言ったではありませんか。それなのに何故……」

警備兵「君を保護するとは言った。だが、二人を保護するとは言っていない。協力するともな」

王女「そんなっ…」

警備兵「外を知らないから仕方がないかもしれないが、我々とニンゲンには埋められない溝がある」

警備兵「加えて言うなら奴は大罪人だ。罪人同士が殺し合おうが知ったことではない」

警備兵「どちらが死のうと結果的に罪人一人が消えてくれるなら安いものだ。違いますか?」

騎士団長「………」

王女「っ、そんなの間違っています。姿形は違えど我々もニンゲンも同じーー」


警備兵「黙れ」

王女「!!」ビクッ

警備兵「これまで何の苦労もなく温々と過ごしてきた奴に何が分かる」

警備兵「向こう側で行き場を無くした屑共が流れ込み多くの犯罪を犯しているのが現状だ」

警備兵「それを……言うに事欠いて我々とニンゲンが同じだと? 笑わせるな」

警備兵「ニンゲンが死んで喜ぶ奴は数多くいるだろうが悲しむ奴などいやしない」

警備兵「そもそも君が外へ出なければこのような事態にはならなかった。それを忘れるな」

王女「わたしはただ…」

警備兵「君が何を思おうが起きた事実は変わらない。分かったなら黙っていろ『お嬢さん』」

王女「…っ、はいっ…」キュッ

騎士団長「(姫様が思っているほど、外は美しい世界ではない。私を含め、彼のような考えを持っている者が大半だ)」


騎士団長「(ただ、少なくとも…)」チラッ

警備兵「………」コクン

騎士団長「(やはりそうか。少なくとも彼だけは協力するつもりでいた)」

騎士団長「(しかし、警備隊である彼がニンゲンに手を貸せば立場は危うくなる)」

騎士団長「(奴はそこまで考えて一人で行くと言ったのか? だとしたら……)」チラッ

王女「………」

騎士団長「(だとしたら姫様が信頼するのも分からなくはない。あんなニンゲンはこれまで見たことがない)」

騎士団長「(……姿形が違えど、か。もしそうであれば、どれだけ良い世界になっていただろう)」

ーーー
ーー


盗賊「(……そういや、一人で歩くのは久しぶりだな。いや、そうでもねえか)」

盗賊「(大した時間は経ってねえはずなのに、姫様とは長いこと一緒にいたような気がする)」


トコトコ…

盗賊「っくし! 冷えてきたな」

盗賊「(しっかし静かだな。街の皆様方はお布団の中でぐっすりか。羨ましいぜ)」

盗賊「(さっさと終わらせたいとこだけど、どうなるもんかな。一応準備はしてきたけど上手く行くかどうか……)」

ブワッ…ヒュゥゥゥ…

盗賊「なんだ…今の風……」ゾクッ

シーン…

盗賊「(……気味が悪りぃ)」

盗賊「(一瞬で空気が重苦しくなった気がする。まるで沼の中に沈んでくような感じだ)」

盗賊「(首筋にジリジリきやがる。全身が粟立つのが分かる。向こうで何かが起きたのか?)」


トコトコ…

盗賊「っくし! 冷えてきたな」

盗賊「(しっかし静かだな。街の皆様方はお布団の中でぐっすりか。羨ましいぜ)」

盗賊「(さっさと終わらせたいとこだけど、どうなるもんかな。一応準備はしてきたけど上手く行くかどうか……)」

ブワッ…ヒュゥゥゥ…

盗賊「なんだ…今の風……」

シーン…

盗賊「(……気味が悪りぃ)」

盗賊「(一瞬で空気が重苦しくなった気がする。まるで泥沼の中に沈んでくような……)」

盗賊「(ッ、首筋にジリジリきやがる。全身が粟立つのが分かる。向こうで何かが起きたのか?)」


盗賊「(にしては悲鳴の一つも聞こえねえな)」

盗賊「(一体何なんだ? 街の雰囲気すら一変したような気がする。嫌な予感しかしねえ)」

盗賊「………」ザッ

盗賊「(この街、こんなに暗かったか? 街並みはそのままなのに全く別の場所に感じる)」

盗賊「(もし…もしこれが奴の放つ気配だとしたら奴は人じゃない。勿論『こっち側』の奴でもない)」

盗賊「(ツノだとか牙だとか耳だとか尻尾だとか、そんな話しじゃねえ。正真正銘のバケモノだ)」

盗賊「……ッ…何にせよ、行かなきゃ始まらねえか」ダッ

ーーー
ーー


盗賊「(……着いた。辺りは静かだな)」

盗賊「(でも、空気は重苦しいいままだ。宿屋の中は…この中はどうなってる?)」ザッ

ガチャ…ギィィィ…


盗賊「…ッ…酷え…」

ビチャッ…ビチャッ…

盗賊「(滅茶苦茶だ。何をどうしたらこんな風になるんだ? 天井も壁も床も全部血で……)」

ズルッ…ドシャッッ…

盗賊「ッ、いい趣味してるぜ」

盗賊「(まともな死体は一つもありゃしねえ。飛び散った肉片が壁や天井に張り付いてやがる)」

盗賊「(血の雨でも降ったような…ってのは正にこのことだろうな。あっという間に血塗れだ)」

ゴトッ…

盗賊「!?」バッ

「ひっ…た、助けてくれ。頼む。もう止めてくれ。私は何もしていないんだ」


盗賊「落ち着け。やったのは俺じゃねえ」

「分かってる。そうじゃない。違う。違うんだ。あいつが、白い騎士が来る。出て来る」

盗賊「……出て来る? それよりあんた、その手の火傷はーー」

「違うっ! 私じゃない。私じゃないんだ。出て来るんだ。勝手に…出て来るおぇぇッ…」

盗賊「お、おいっ。しっかりしろ!!」

「はな…でろ…ばだでろ…離れろ。いげ、もう。もう。だめだ。ぐる…ででぐるっ!!」

盗賊「ちっ!!」バッ

「おげぇぇッ…ぎ、ぐるででぐる腹がか突きやぶってぐぼぁっ…」ガクガク


盗賊「(何だ? 口から何かが…)」

ゴバッッ!

白騎士「…ハァァ…やれやれ、脱ぐにも一苦労だな」

盗賊「なっ…」

白騎士「これはこれは…随分と見苦しい所を見せてしまった。どうした?顔色が悪いぞ?」

盗賊「……通りで見付からねえわけだ。まさか甲冑が人を着てるとはな」

白騎士「驚いたかね?」

盗賊「ああ、吐き気がするほどにな」

白騎士「はははっ、恐怖を植え付けるには良い演出だっただろう?」

白騎士「これは戦に必要不可欠な技術であり、戦場を彩る数少ない芸術でもあるのだ」

盗賊「悪りぃけど全く共感出来ねえな。俺とあんたじゃ美的感覚が違い過ぎる」


白騎士「そうか。それは残念だ」

盗賊「(マズい。完全にやられた。この野郎、俺が来るのを待ってやがったんだ)」

盗賊「(まともにやって勝てる相手じゃねえ。何とかして此処から出ねえと……)」

白騎士「此処は狭いな。やはり屋外、開けた場所にすべきだったか」

盗賊「(ッ、今しかねえ!!)」ヒュッ

ドガンッ!

白騎士「……逃げたか。面白い奴だ」

白騎士「しかし、あんなものは見たことがないな。武器も戦も変わったと言うわけか」

ーーー
ーー


盗賊「(外へ出たのはいい。この先はどうする? どうやって勝つ? 考えろ。考えるんだ)」ダッ


盗賊「(甲冑の隙間。関節部位…突けるか?)」

盗賊「(そもそも近付けるかどうかも怪しいもんだ。とにかく、今はこのまま距離をーー)」ゾクッ

ズドンッ! パラパラッ…

盗賊「…っぶねえな」

白騎士「よく避けた。褒めて遣わす」

盗賊「そりゃどうも。つーか色々おかしいだろ。どうやったら甲冑着けたまま飛べんだよ」

白騎士「そういった常識や限界は自らを拘束する枷でしかない」

盗賊「答えになってねえよ」

白騎士「常識に囚われるなということだ」

白騎士「凡人は往々にして限界を定め自らに枷をする。不可能などないというのに」

盗賊「あんたの動きはヒト科の範疇を超えてんだよ。少しは弁えろ」


白騎士「弁える必要などない」

白騎士「勝利するには何者をも寄せ付けぬ力が必要なのだ。その為には理の外へと踏み出さねばならない」ザッ

盗賊「(武器は姫様の言ってた通りだ。刃は長く厚い。籠手でいなせるような代物じゃない)」

白騎士「……故に進む。進み続ける。ただひたすらに、勝利のみを求めて」トッ

盗賊「(また跳びやがった。身が軽いとかって話じゃねえぞ!!)」

ドギャッッ! 

盗賊「…ッ、跳ぶわ走るわ…とんでもねえ奴だな。中身入ってんのか?」スタッ

白騎士「知りたいのなら勝利して確かめろ」

盗賊「(……やっぱり、こいつは半端じゃねえ)」

盗賊(石畳を砕いて地面を抉りやがった。刀身が根本までぶっ刺さってる)」

盗賊「(斬擊や打突の類じゃねえ。ぶん殴るって表現が一番しっくりくる)」


白騎士「………」ズッ

盗賊「(相手は甲冑装備。素早さなら勝てると思ってたけど、ぎりぎりだな)」

白騎士「眼が良いな。実に良い眼をしている」

盗賊「そりゃそうさ、まだまだ夢見る年頃なんでね。綺麗なもんだろ?」

白騎士「ハハハッ! 夢、夢ときたか。そうだな、夢を抱くのは良いことだ」

盗賊「……あんた眼はどうだ?」

白騎士「何?」

盗賊「あんたはその兜の奥でどんな眼をしてる? あんたの眼は何を見てる?」


白騎士「無論、輪転器」

盗賊「なら、こんな道草食ってる暇はねえと思うけどな。行かれても困るけど」

白騎士「民草の血肉は喰らったが道草は食っていない。求めるものは目の前にある」

盗賊「あんたが求めてんのは俺との戦か? 戴冠の戦だっけ? 俺の冠が見当たらねえけどな」

白騎士「案ずるな。此処に在る」

盗賊「……まるで意味が分からねえ。あんたは何なんだ? 生きてんのか?死んでんのか?」

白騎士「難しい質問だな」

盗賊「千年も前に死んだって聞いたぜ。死には勝てず、甲冑を身に付けたまま眠ったってな」

白騎士「あの輪転器から聞いたのか。しかし、私の時代の書物が残っているとは考えられん」

白騎士「大方、後期の者が好き勝手に書いたのだろう。過去に泥を塗るような脚色は好かんな」


盗賊「脚色?」

白騎士「他に何が書いてあったかは知らんが、ただ一つだけ確実に間違っている点がある」

盗賊「何がだよ」

白騎士「私は負けてなどいない」

盗賊「……あんた、すっげー頑固だな」

盗賊「本物かどうかは分かんねえけど、本物並みに勝利に餓えてんのは間違いなさそうだ」

白騎士「私を真似られる者などいない。後にも先にも、私は私だけだ」

盗賊「自分でそんなこと言うなんて随分と驕り高ぶった御方だな。王様に喧嘩売ったってのも頷けるぜ」


白騎士「そうでなくてはならない」

盗賊「?」

白騎士「夢を抱き夢を叶えようとするのなら、敗北は決して許されない。勝ち続けるしかない」

白騎士「貴様もそうであろう? 得難きを得るべく歩き続けているのだから」

盗賊「………」

白騎士「故に驕り高ぶり、故に限界を定めず、己が往く道を妨げる者は徹底的に排除する」

白騎士「積み上げた勝利。勝利の上の勝利。全ては私が到達せんとする場所に辿り着く為に」

盗賊「……その為なら何をしても許されるってか?」

白騎士「私以外に私を赦す存在はいない。私を赦せる存在などいてはならない」

盗賊「ああそうかい。なら、今からでも俺に謝る準備しとけ。絶対に許さねえけどな!!」ヒュパッ


グルンッ…ギチッ!

盗賊「あんたの首を貰う」グイッ

白騎士「……実戦で鞭を使うとは少々驚いたな。だが、その程度で首は取れんぞ」ブチンッ

盗賊「んなことは分かってるさ」

白騎士「(何の武器も無しに向かって来るか。何か策があるのだろうが……)」スッ

盗賊「(あの構え、突いてくるか斬ってくるか判断出来ねえな。けど、行くしかねえ。懐に潜る)」

白騎士「敵が特殊な武器を扱う場合、その特性を殺す。先を取り懐に潜る。基本だな」

盗賊「(ッ、腰を落としやがった)」

白騎士「鞭による奇襲。予想外の武器を扱った割に攻め手は教科書通りか」


盗賊「(下からの突き。直線攻撃。半歩外)」

ゴッッ!

盗賊「(ッ、脇腹掠めた。危ねえ、もう一歩踏み込んでたら腹に風穴空いてたな)」

白騎士「(二度。たった二度見ただけでこれを見切るか。流石はーーー)」

ズドッッ!

盗賊「(入った。普通なら、これで終わる。つーか終わってくれ)」

白騎士「……ミセリ…コルデ…か」ガクンッ

盗賊「……あんたに対して慈悲の気持ちはないけどな。痛いなら無理しないで倒れてくれねえか」

白騎士「フッ、フフッ…これで確信したぞ。やはり貴様で間違いない」ズッ

ガシィッ!

盗賊「がッ…まだ動けんのかよ。俺のことはいいから…先に…逝ってろ!!」ジャキッ


白騎士「!?」

ズギャッッ!

白騎士「……これはジャマダハルに似ているな。まさか籠手にまで武器を仕込んでいるとは」

ミシッ…ミシミシッ…

盗賊「ぐっ…ガハッ…無理すんな。安らかに眠れ」

白騎士「こうも痛みが酷くては眠れんよ。かえって目が覚めた」ググッ

盗賊「ッ、さっさと逝け。冥府の船頭に渡す金がねえなら後で代わりに出してやる」

白騎士「此処まで来てのだ。二百年も待てんな」

盗賊「頑張っても五十年だ。向こうで待ってろ。つーか何で死なねえんだよ」


白騎士「!?」

ズギャッッ!

白騎士「……これはジャマダハルに似ているな。まさか籠手にまで武器を仕込んでいるとは」

ミシッ…ミシミシッ…

盗賊「ぐっ…ガハッ…無理すんな。安らかに眠れ」

白騎士「こうも痛みが酷くては眠れんよ。かえって目が覚めた」ググッ

盗賊「ッ、さっさと逝け。冥府の船頭に渡す金がねえなら後で代わりに出してやる」

白騎士「此処まで来たのだ。二百年も待てんよ」

盗賊「頑張っても五十年だ。向こうで待ってろ。つーか何で死なねえんだよ」


白騎士「知りたいのならーー」

盗賊「勝利して確かめろ…だろ?」ニヤッ

白騎士「ほう、この状況になって尚も笑うか。まだ何か策があるというのか?」

盗賊「ゲホッ…さあ…どうだろうな」

白騎士「出来ることならばもう少し付き合いたいところだ。しかし、私には時間がない」

盗賊「なに…言ってんだ?」

白騎士「(あれだけ喰らってもこの程度しか保たんとはな。此処では駄目だ。あの場所へ行かなければ……)」ダンッ

ズガンッ!ズガンッ!ズガンッ!

盗賊「ガハッ…(ったく、こんな夜更けに民家の壁ぶち破るなんて何考えてんだ。常識ってもんはねえのか)」

盗賊「(それより、何で心臓刺されてんのに走れるんだ。手応えはあった、外したはずはねえ)」

ズガンッ!ズガンッ!

盗賊「(ッ、今ので完全に傷が開いたな。痛み止めも切れた。すっげー痛え)

盗賊(背中縫って貰わねえと…姫様、怒るだろうな……あ~、頭が回らねえ…)」


ダッダッダッ…

白騎士「ぐっ…」ブシュッ

ボタボタッ…

白騎士「(……最早己の肉体さえ儘ならぬか)」

白騎士「(だが終わらんぞ。終わりなど認めん。この私に終わりなど訪れるはずがない)」

白騎士「(死など存在しない。あってはならない。私は不滅でなくてはならないのだ)」ダンッ

バリンッッ!

『な、何だぁ!?』

白騎士「ハァァァ…」クルッ

『ひッ…ひぃぃッ!!』

白騎士「(これでは駄目だ。これでは足りぬ。今は喰らう時間すら惜しい。急がねば)」タッ

ドガッッ!パラパラッ…

『て、天井が……な、何だったんだ今のは……』


白騎士「………」ズダンッ

盗賊「…ゴフッ…ゲホッゲホッ…何を焦ってんだ。まだ夜は始まったばかりだってのによ」

白騎士「フッ、そうだな。これは始まりの夜だ。新たな始まり、終わりではない」

盗賊「何を言ってんのかさっぱり分かんねえ。俺にも分かるように言ってくれよ」

白騎士「話すより見せた方が早い。理解出来るかは別としてな」ダンッ

盗賊「(また跳びやがった。ったく、どんな跳躍力してんだ。つーか高え、着地出来んだろうな)」

ビョゥゥゥ…

白騎士「欲したものは必ず手に入れる。何があろうと、必ず……」

盗賊「(……今、何か言ったな。風に遮られて良く聞こえなかったけど……)」


ビョゥゥゥ…

盗賊「(……つーか、この状況はマズいな)」

盗賊「(この高さだ。首根っこ掴まれたまま着地されたら間違いなくボキッといっちまう)」

盗賊「(仕掛けは済んでる。今ならやれるか? いや、風に邪魔されちまうのがオチだ……ん?)」

白騎士「………」ブシュッ

盗賊「(……何でか分かんねえけどさっきから出血してんな。俺が刺した場所以外からも血が溢れ出てる)」

盗賊「(掴む力もかなり弱まってる。今なら内肘を刺して振り解けるんじゃねえか?)」

盗賊「(でもなぁ、これは流石に高すぎる。下に何か…落下の衝撃を逃がせる何かがあれば……)」チラッ

盗賊「(……あった。どうせこのまま落ちたら首折れて死ぬんだ。やるしかねえ)」


盗賊「……あんた、流れ星は見たことあるか?」

盗賊「消える前に願いを三度唱えれば、その願いは叶うらしいぜ。間に合えばだけどな」

白騎士「……何を言っている」

盗賊「見せてやるよ、流れ星。三度唱える時間があるか分かんねえけどな!!」ヒュッ

グサッッ!

白騎士「ぐっ!?」ズルッ

ビョゥゥゥ…

盗賊「ふ~っ…これで思いっ切り空気が吸える。よしっ…」

盗賊「助かりますように助かりますように助かりますように助かりますように!!」

盗賊「(何だよ、案外簡単に言えるじゃねえか。一回多く言ったけど、流れ星の願いって叶うのかな……)」

ビョゥゥゥ…

盗賊「(……まあ、なるようになんだろ)」


ボフッッ!

盗賊「……願っといて良かった」ガサッ

盗賊「(あの野郎が跳んだ先に牧場がなかったら死んでたな。あちこち痛えけど生きてりゃいいや……)」

盗賊「……ん、何だありゃ?」ザッ

盗賊「(地面が淡く光ってる。これは焦げ跡? ってことは遺体があった場所か)」

盗賊「(妙な紋様もあるな。あの野郎、儀式でもしたのか? やっぱりまともじゃねえな)」

ズダンッッ!

盗賊「!?」クルッ

白騎士「落ちた時は少々肝を冷やしたが、そこまで運ぶ手間が省けたな」


盗賊「……早かったな。願いごとは唱えたかい?」

白騎士「願いとは叶えるものだ。唱えるだけでは叶わない。私の願いはそう安いものではない」

盗賊「……その願いってのは何人殺せば叶うんだ。そこまでして叶えたい願いってのは何なんだよ」

白騎士「直に分かる。ここからが戴冠の戦だ」ザッ

盗賊「(相変わらず何言ってんのか分かんねえ。輪転器が狙いじゃねえのか?)」

盗賊「(そもそも何で俺と戦う必要がある? あの爺さんに殺せって命令されたのか?)」

白騎士「冠を戴くのは勝利者のみ」ブシュッ

盗賊「(……まあ、それはいい。それより、何であの出血で動ける。歩くたびに甲冑から死が噴き出てーー)」

白騎士「往くぞ」ダンッ

盗賊「(鎧通しでぶっ刺した。心臓も貫いた。それなのに、まだこんな動きが出来んのかよ)」


白騎士「………」グオッ

ブンッッ!

盗賊「(さっきと同じだ。ぶん殴るような大振り。これを避けてもう一度中にーー)」

白騎士「先の攻撃に眼が慣れたようだな。撒かれた餌とも知らずに」

盗賊「回っ…くっ!!」

ザンッッ!

盗賊「…はぁっ…はぁっ…くそっ…」ガクンッ

白騎士「(咄嗟に身を捩ったようだが傷は深い。だが、眼は生きている)」

白騎士「(要らぬ小細工をされると厄介だ。もう一押し、際の際まで追い詰める)」ダンッ

盗賊「(ッ、気を保て集中しろ。大きく動くな小さく躱せ。まだ終わらねえ、勝ち目はある)」


白騎士「(眼が変わったな)」ズッ

盗賊「(突き。よく見える。これは誘いだ。飛び込んだ瞬間に肘を曲げて背中を刺すつもりか)」

白騎士「(……縦ではなく横に動いた。この程度の誘いには乗らんか)」

白騎士「(深傷を負えば勝負を急くだろうと思ったが、中々に冷静な男だな)」

盗賊「…ハァッ…ハァッ…」ジャリッ

白騎士「(諦めた様子は微塵もない。まだ勝とうとしているのか、面白い)」ヒュンッ

盗賊「(野郎、さっきとはまるで違うじゃねえか。一撃の力押しを止めて繋げて来やがった)」

ザシュッッ…ジリッッ…

盗賊「(ッ、しかも途切れねえ。これを全て躱し切るのは無理だ。どうしても小さいのを貰っちまう)」

盗賊「(このままじゃ受けてちゃマズい。何とかしてえけど、ああもくるくる舞われたら付け入る隙もねえ)」


白騎士「(眼が変わったな)」ズッ

盗賊「(突き。よく見える。これは誘いだ。飛び込んだ瞬間に肘を曲げて背中を刺すつもりか)」

白騎士「(……縦ではなく横に動いた。この程度の誘いには乗らんか)」

白騎士「(深傷を負えば勝負を急くだろうと思ったが、中々に冷静な男だ)」

盗賊「…ハァッ…ハァッ…」ジャリッ

白騎士「(諦めた様子は微塵もない。まだ勝とうとしているのか、面白い)」ヒュンッ

盗賊「(野郎、さっきとはまるで違うじゃねえか。一撃の力押しを止めて繋げて来やがった)」

ザシュッッ…ジリッッ…

盗賊「(ッ、しかも途切れねえ。これを全て躱し切るのは無理だ。どうしても小さいのを貰っちまう)」

盗賊「(このまま受けてちゃマズい。何とかしてえけど、ああもくるくる舞われたら付け入る隙もねえ)」


白騎士「(この眼、機を窺っているな)」

白騎士「(私にも時間はない。何もさせぬまま、このまま押し切る)」グンッ

盗賊「(ちっ、まだ上がんのかよ。くそっ、速過ぎる。これ以上は避けきれねえ……)」グラッ

白騎士「(血を失いすぎたか。捉えたぞ)」

グサッッ!

盗賊「………」ガクンッ

白騎士「右肩を貫いた、利き腕はもう使えまい。この戦、私の勝ちだ。後はあの場所ーー」

盗賊「籠手は右手にあるからな。こうするしか方法はなかった。膝を突いたのは隠す為だ」

盗賊「俺の持ってる爆弾は小せえし威力も高くない。でもな、近距離で二つ三つ爆発させれば話は別だ」


白騎士「何?」

盗賊「……あんたはすぐに鞭を引き千切ったけど、巻き付いた部分は首に残ってる」

盗賊「鞭の先には爆弾を括り付けてある。甲冑を着けてても首を吹っ飛ばせるくらいにはな」ジュッ

白騎士「!!」バッ

盗賊「今更取ろうとしても遅えよ」ヒュッ

白騎士「(蹴り飛ばして距離をーー)」

盗賊「(このままじゃ俺まで巻き込まれる。後ろにーー)」

ドガンッッ!

盗賊「…はぁっ…はぁっ…危ねえ」

盗賊「(タイミングが良かった。跳んだ瞬間に蹴り飛ばされてなかったら巻き込まれてたな)」


白騎士「(この眼、機を窺っているな)」

白騎士「(だが、私にも時間はない。何もさせぬまま、このまま押し切る)」グンッ

盗賊「(ちっ、まだ上がんのかよ。くそっ、速過ぎる。これ以上は避けきれねえ……)」グラッ

白騎士「(血を失いすぎたか。捉えたぞ)」

グサッッ!

盗賊「………」ガクンッ

白騎士「右肩を貫いた、利き腕はもう使えまい。この戦、私の勝ちだ。後はあの場所にーー」

盗賊「こうするしか方法はなかった。左手さえ動けば着火出来るからな」

白騎士「……何?」

盗賊「俺の持ってる爆弾は小せえし威力も高くない。でもな、近距離で二つ三つ爆発させれば話は別だ」


白騎士「だから何だとーー」

盗賊「あんたはすぐに鞭を引き千切ったけど巻き付いた部分は首に残ってる」

盗賊「その鞭の先には爆弾を括り付けてある。爆発すれば甲冑を着けてようが首を吹っ飛ばせる」ジュッ

白騎士「!!」バッ

盗賊「今更取ろうとしても遅えよ」ヒュッ

白騎士「(蹴り飛ばして距離をーー)」

盗賊「(このままじゃ俺まで巻き込まれる。後ろにーー)」

ドガンッッ!

盗賊「…はぁっ…はぁっ…危ねえ」

盗賊「(タイミングが良かった。跳んだ瞬間に蹴り飛ばされてなかったら巻き込まれてたな)」


盗賊「ッ、詰め所に…戻らねえとな……」フラッ

盗賊「(くそっ、意識を保つのがやっとだ。気を抜いて倒れたらそのまま逝っちまう)」

ガシャッ…

白騎士「…ゴボッ…ガフッ…」

盗賊「(おいおい冗談だろ。首吹っ飛んでんのにまだ生きてんのかよ。頭が胸元まで垂れ下がって……)」

白騎士「……右肩を狙わせたのは武器を封じる為か。利き手を失ったのは私の方だったと言うわけだ」ザッ

盗賊「(有り得ねえ。今に分かったことじゃねえが、あいつは本物のバケモノだ)」

白騎士「ゴフッ…鞭を使ったのは先を取る為ではなく、初めからこれを狙ってのこと……」

白騎士「全ては確実に仕留める為の布石。堪え忍び、息を殺し、この時を待っていた。そうであろう?」

盗賊「(もう、声も出ねえな。ここまで来ると笑えてくるぜ)」

白騎士「見事、実に見事。褒めて遣わす。それでこそ私の輪転器に相応しい」


盗賊「(何? 今、何て言った?)」

白騎士「私は終わらん。私に死は訪れない。新たな血と肉を得て、私は再び歩き出す」ダッ

盗賊「(……ざけやがって、あんなのどうしろってんだよ。もう策は尽きた。避けようにも体が耳を貸さねえ)」

白騎士「ハハハッ! 体が歓喜に震える。久しい、久しいぞ。そうだ、そうであった」グオッ

盗賊「イカレ野郎が……」

ガシッッ!

盗賊「ぐッ…ゲホッ…」

白騎士「求めるものは苦難の果てにある。それこそが勝利。私の求めるもの」

ダッダッダッ…ドサッ!

盗賊「(ぐっ…この場所は遺体があったとこか? 何だ、さっきより光が……)」


白騎士「これで準備は整った」

盗賊「(まさか男に覆い被さられる時が来るなんてな。これが美女なら諦めも付いたのに……)」

ゴシャッ! ズルリ…

盗賊「(今の音は何だ? 垂れ下がった頭が邪魔で何も見えねえ)」

白騎士「今こそ、転生の時……」

ゾブッ…

盗賊「(ッ、何だ。腹ん中に何かが入ってくる。くそっ、すっげえ痛え…力が抜けてく……)」

盗賊「(寒くて冷たくて眠い。今目を閉じたら、さぞや気持ち良く眠れるんだろうな)」


白騎士「貴様の死が、私の新たな始まりだ」

盗賊「(……ああそうか、これが死ってやつか。何か、妙に落ち着くな。悪くねえ気分だ)」

盗賊「(死ぬのはいい。どうせいつかは死ぬんだ。でも、こんな奴に殺されんのは御免だ)」

白騎士「さあ眠れ。私の器として生まれたことを光栄に思うがいい」

盗賊「……そんなに死ぬのが怖いのか。あんた、案外臆病な奴なんだな」

白騎士「まだ減らず口を叩けるとはな。だが、もうじき終わる」

盗賊「……口さえ動けば上等さ。口さえ動けば、喉元に齧り付けるからな」

ガブッッ! ブチブチッ!

白騎士「がッ!?」

盗賊「(これで死ぬかどうか分かんねえ。ただ、やれることはやる。死ぬまで諦めねえ)」


白騎士「…ゴブッ…よ…ぜ…やめろ」

盗賊「………」ギチッ

白騎士「やめろォォォッッ!!」

盗賊「………」グイッ

ブチブチッッ! ゴロンッ…

白騎士「」ドサッ

盗賊「……どんな奴でも死ぬときゃ死ぬんだよ。憶えとけ」

ガシャンッ…

盗賊「?」チラッ

盗賊「(兜が外れたのか。つーか、あの顔……まあいいや。何かもう、色々疲れた……)」

また明日


【詰所】

コンコンッ…

警備兵「誰だ?」

『事件現場の見張りを担当している者です。報告があります』

警備兵「その場で話してくれ」

『裏手の牧場にて白い騎士とニンゲンが交戦。両者共に死亡したかと思われます』

王女「そんなっ!! あなた達は一体何をしてーー」

警備兵「黙っていろ」

王女「!!」ビクッ

『何か問題でも?』

警備兵「いや、何も問題ない。それより死亡したと思われるとは何だ? 生存確認は?」

『いえ、しておりません。その必要はないと判断しました』


【詰所】

コンコンッ…

警備兵「誰だ?」

『事件現場の見張りを担当している者です。報告があります』

警備兵「その場で話してくれ」

『裏手の牧場にて白い騎士とニンゲンが交戦。両者共に死亡したかと思われます』

王女「そんなっ!! あなた達は一体何をしてーー」

警備兵「黙っていろ」

王女「!!」ビクッ

『何か問題でも?』

警備兵「いや、何も問題ない。それより死亡したと思われるとは何だ? 死亡確認は?」

『いえ、しておりません。その必要はないと判断しました』


警備兵「……今から行く。医者を手配しておけ」

『その必要はないかと思いますが』

警備兵「念の為だ。死亡していた場合は医者の診断書が必要になる」

警備兵「後になって報告書に時間を取られると面倒だ。早い内に済ませたい」

『それもそうですね。了解しました』ザッ

タッタッタッ…

警備兵「申し訳ない。お聞きの通り急用が出来たので少しばかり外します」

騎士団長「ああ、了解した」

王女「…………」

警備兵「では、失礼」ザッ

ガチャ…パタンッ…

王女「……これも、外では当たり前のことなのですか?」


騎士団長「姫様、聞いて下さい」

王女「彼等は警備隊なのでしょう!? 警備隊とは守る立場にある方々ではないのですか!?」

王女「先ほど報告に来た方は現場にいたと言っていました!彼等なら助けられたかもしれない!!」

騎士団長「(姫様……)」

王女「……助けることは出来なくともお医者様は呼べたはずです。なのに放って置くなんて、わたしには理解出来ません」

王女「それも、あんなにも平然としていられるなんて……何故ですか? 彼がニンゲンだからですか?」

騎士団長「……そうです。ニンゲンとは我々にとって『その程度』の存在なのです」


王女「っ、何故そこまで…」

騎士団長「守る立場だからこそです。我々のような者にとって、ニンゲンとは犯罪者でしかない」

王女「全てがそうと言うわけではないでしょう?中には善良なニンゲンもいるはずです」

騎士団長「確かにそうでしょうな。全てのニンゲンが悪であるとは思いません。民間人の中には親しくしている者もいるかもしれません」

騎士団長「しかしながら、私のような立場にある者は犯罪を犯すニンゲンしか知らない」

王女「知らない?」

騎士団長「知らないと言うより、仕事上悪党を相手にすることが圧倒的に多いのです」

騎士団長「その為、私や警備隊の彼等にとってニンゲンとは悪であるという考えが根付いた」

王女「……余りにも偏った考えです。そこに救うべき者がいるのなら種族など関係ないはずです」

騎士団長「そうでしょうな。私もそうあるべきだと思います。しかし、世に平等などない」


騎士団長「この際、はっきりと言っておきます。姫様が仰っていることは綺麗事です」

王女「!!」

騎士団長「差別もあれば偏見もある。それはニンゲンに限ったことではありません。此方側でも起きていることなのです」

騎士団長「耳や尻尾を持つ者を獣だと迫害する者もいれば、私のように角がある者を野蛮だと罵る者もいる」

王女「………」

騎士団長「……ニンゲンによる殺人事件が起きた場合、そのご家族は誰を憎むと思いますか?」

王女「いきなり何をーー」

騎士団長「彼等は犯人ではなく、ニンゲンという種族そのものを憎みます」

王女「…………」

騎士団長「同族による殺人事件ならば犯人を憎むでしょう。しかし、種族が違えば種族を憎む」


王女「……わたしには、分かりません」

騎士団長「そうでしょうな。姫様には書物で得た知識しかない。彼等が与えられた痛みを見たことがないのですから」

王女「……っ」キュッ

騎士団長「彼等警備隊はその痛みを知っている。何度も何度も見てきたことでしょう」

騎士団長「そして、一度根付いたものは消えることはない。種族の違いとはそれ程までに大きい。姫様、これが現実なのです」

王女「だからニンゲンである彼を見殺しに? ニンゲンならば見殺しにしても構わないと?」

騎士団長「………」

王女「……被害者の家族は犯人ではなくニンゲンそのものを憎む。そう言いましたね」


王女「そのお言葉を返すようですが」

王女「わたしはニンゲンという種族に救われたのではありません。わたしは彼というニンゲンに救われたのです」

王女「彼は彼です。自由で優しい、温かい心を持った…わたしの……」ポロポロ

騎士団長「………」

王女「……彼は境界線を飛び越えて、種族を飛び越えて、わたしをわたしとして連れ出してくれた」

王女「まだ二日と経っていないけれど、彼は短い間に沢山のものを見せてくれたのです……」フラフラ

ガシッ…

王女「離して下さい。彼に会いに行きます……」

騎士団長「なりません。姫様を守ると約束しました。これは奴の頼みでもあります」

王女「…っ…うぅ…わたしは、まだ彼に何も……与えられてばかりで…何も……」ポロポロ


王女「お言葉を返すようですが」

王女「わたしはニンゲンという種族に救われたのではありません。わたしは彼というニンゲンに救われたのです」

王女「彼は彼です。自由で優しい、温かい心を持っています。彼は…彼はわたしの……」ポロポロ

騎士団長「………」

王女「……彼は境界線を飛び越えて、種族を飛び越えて、わたしをわたしとして連れ出してくれた」

王女「まだ二日と経っていないけれど、彼は短い間に沢山のものを見せてくれたのです……」フラフラ

ガシッ…

王女「離して下さい。彼に会いに行きます……」

騎士団長「なりません。姫様を守ると約束しました。これは奴の頼みでもあります」

王女「…っ…うぅ…わたしは、まだ彼に何も……与えられてばかりで…何も……」


騎士団長「姫様、落ち着いて下さい。まだ奴が死んだと決まったわけではありません」

騎士団長「此処を出る前に警備兵が医者を手配させたのを憶えていますか?」

王女「……ええ、死亡診断書とやらを書いて貰う為でしょう?」

騎士団長「いえ、私はそうではないと思います。彼は奴に助力するつもりでしたからな」

王女「えっ…」

騎士団長「おそらく、報告書や診断書云々は医者を呼ばせる為の方便」

騎士団長「どうにかしてあのニンゲンを助けたい……」

騎士団長「などと言った所で聞く耳を持たなかったでしょう。あのように言うしかなかったのです」


王女「では、兵士さんは泥棒さんを……」

騎士団長「ええ、助けるつもりです。死亡確認していないのであれば、まだ分かりません」

騎士団長「ですが、先程の報告者は確認するまでもない言っていました。となれば相当の深傷を負っていると見て間違いないでしょう」

王女「……助かる可能性はあるのですね?」

騎士団長「可能性はありますが助かるか否かは分かりません。そればかりは運としか……」

王女「……なら、待ちます。あのっ、先程は取り乱してしまって申し訳ありません」ペコッ

騎士団長「そ、そんなっ、姫様が謝ることなどありません!! 謝らなければならないのは私です。姫様に対してあのような過ぎた口をーー」

王女「お気になさらないで下さい」

王女「あれは警備隊の方々や此方側が抱えている様々な問題。それらを教える為に言って下さったのでしょう?」


騎士団長「………」

王女「現実。そう言われた時は頭をがつんと殴られたような気がしました」

王女「差別について納得は出来ませんが、現実に起きていることとして受け入れようと思います」

王女「ですから、謝ることなどありません。いつまでも無知なままでは駄目ですから」

騎士団長「姫様……」

王女「外は美しい世界だとばかり思っていました。これからは気を付けなければなりませんね」

騎士団長「これから? それは一体どういう……」

王女「泥棒さんが帰って来たら、また旅に出ることになると思いますから」


騎士団長「ですが、生きているかーー」

王女「ええ、生きているかどうかなど分かりません。だからこそ、信じて待ちます」

王女「泥棒さんはすぐに帰ってくると言っていました。だから、きっと大丈夫。きっと……」

騎士団長「(姫様のこんなお姿は見たことがない。たった一日で随分とお変わりになられた)」

騎士団長「(……いや、姫様が変わったのではない。私が姫様のことを何一つ知らなかったのだ)」

騎士団長「(私にとって、姫様があの部屋にいるのは当たり前だった。姫様が苦しんでいることなど知る由もなかった)」

騎士団長「(……違うな。もっと言うなら、私は知ろうとすらしていなかった)」


王女「……どうか、彼をお救い下さい」

騎士団長「(内向的で読書が好きな少女。勝手にそう思い込んでいたが、どうやら違っていたようだな)」

騎士団長「(おそらく、これこそが本来の姫様なのだろう)」

騎士団長「(泣きもすれば笑いもする。感情を露わにするのは変化ではない。当たり前のことだ)」

騎士団長「(しかし、また旅に出たいなどと言い出すとは。出来ることなら一刻も早く王宮へ戻って欲しいが……)」チラッ

王女「……お願いします。彼をお救い下さい」

騎士団長「(奴が生きて帰ったらどうするべきか……今の内にどちらを選ぶか決めておいた方が良さそうだな)」

また明日


【厩舎】

『おい、これ見ろよ』ジャラッ

『こ、こいつは凄え。それ全部金貨かよ。このニンゲンは一体何者だ?大した身なりじゃないが……』

『そんなことはどうだっていい。それよりどうだい? 二人で山分けにしないか?』

『おいおい。死人から剥ぎ取る気か?』

『人聞きの悪いこと言うなよ。どうせ使い道がないんだ。このままじゃ金が泣いちまうだろ?』

『……まあ、それもそうだな。今なら誰にもバレやしない。今のうちに頂いちまおう』

『へへっ、現場の見張りなんて退屈で仕方なかったが、まかさこんなご馳走にありつけるとはな』

『ああ、これで当分は遊んで暮らせる。いっそ警備隊なんぞ辞めてーー』

ザッ…

『『!!?』』

警備兵「厩の前に姿がないから何をしているかと思えば二人揃って死体漁りか」


『何だよ。文句あんのか?』

警備兵「いや? 別に文句はない。ただ、考えていた筋書きと異なる展開なので少々困っている」

『筋書き?』

『まさか独り占めにする気じゃねえだろうな?』

警備兵「……勇敢な警備隊員が殺人鬼に襲われていたニンゲンを助け、殺人鬼を打ち倒した」

警備兵「忌むべきニンゲンをも救おうと奮闘した警備隊員は街の英雄となり、更には莫大な報奨金を手に入れる」

警備兵「事件は解決。警備隊全体の評価も上がる。とまあ、こう考えていた」


『ちなみに、その勇敢な警備隊員ってのは?』

警備兵「お前達以外に誰がいる?」

『……いまいち信用ならないな。あんたは何をしに来た』

警備兵「そこの白い騎士に警備隊が使っている剣を刺しておこうと思ってな」

『何でだよ?』

警備兵「そこのニンゲンに手柄を横取りされては警備隊の面子が潰れるだろう?」

『誰もニンゲンがやったなんて思わねえだろ』

警備兵「甲冑を見てみろ。見る奴が見れば誰がやったか分かる。そのニンゲンが使ったのは特殊な武器のようだしな」


『た、確かにそうかもしれねえな』

警備兵「そこで、警備隊が殺したという確固たる証拠が必要になるわけだ」

警備兵「だが、『今のところ』そんな証拠は何処にもない。さて、どうする」

『なる程、読めたぜ。なければ作れば良いってわけだな?』

『そういうことなら俺達の剣を使ってくれ』ザクッ

警備兵「そうか、それは助かる。二本ともしっかり刺しておこう。報告書にもそう書いておく」

『裏切ったらただじゃおかねえぞ』

警備兵「そんな馬鹿な真似はしない。そんなことをすれば俺も終わるからな」


『共犯ってわけだな。後は頼むぞ』

警備兵「ああ、そうだ。ちょっと待て」

『『?』』

警備兵「名誉の負傷だ。受け取れ」

ヒュッヒュッ…ブシュッッ…

『いぎゃあああ!!』

『ひ、ひぃぃっ!! 腕、腕が!!』

警備兵「傷がなければ不審がられる。それも必要な証拠だ。さっさと医者に行け。血相を変えてな」

『か、肩を貸してくれ』

『ッ、早くしろ。行くぞ』

タッタッタッ…

警備兵「富と名誉の為なら斬られても文句一つ言わないか。欲深い奴らだ」

警備兵「……しかし、奴等が英雄か。あの傷が癒えたら、酒場あたりで女相手に得意気に語るのだろうな」


『共犯ってわけだな。後は頼むぞ』

警備兵「ちょっと待て」

『『?』』

警備兵「名誉の負傷だ。受け取れ」

ヒュッヒュッ…ブシュッッ…

『いぎゃあああ!!』

『ひ、ひぃぃっ!! 腕、腕が!!』

警備兵「傷がなければ不審がられる。それも必要な証拠だ。さっさと医者に行け。血相を変えてな」

『か、肩を貸してくれ』

『ッ、早くしろ。行くぞ』

タッタッタッ…

警備兵「富と名声の為なら斬られても文句一つ言わないか。欲深い奴らだ」

警備兵「……しかし、奴等が英雄か。あの傷が癒えたら、酒場あたりで女相手に得意気に語るのだろうな」


警備兵「…チッ…まあいい。おい、人払いは済んだ。もう出て来ていいぞ」

ガサガサッ…

医師「………」

警備兵「何をしてる。さっさと始めろ」

医師「あんたも警備隊だろ? 何でそこまでしてニンゲンをーー」

警備兵「いいからさっさとしろ。それから、来る途中にも言ったはずだ。お前に拒否権はない」

医師「……例の件、本当に見逃してくれるんだろうな」

警備兵「ああ、助けることが出来たらな」

医師「っ、畜生。何でニンゲンなんか治療しなけりゃならないんだ……」ブツブツ

カチャカチャ…ヂョキヂョキ…

医師「……酷いな。脈はあるが助かるかどうか分からんぞ。適切な処置をしても見込み薄だ」


警備兵「…………」

医師「も、勿論全力は尽くす。けどな、助からなくても文句は言うなよ」

警備兵「文句は言わないが口が滑るかもしれないな。怪しげな薬を売り捌いて違法に利益をーー」

医師「分かった!分かったよ!! やれば良いんだろ!!」

キュポンッ…バシャバシャ…

警備兵「今の液体は?」

医師「消毒と止血剤だ。微量の麻痺毒も混ぜてある。体が跳ねるかもしれないから抑えててくれ」

警備兵「分かった」ガシッ

医師「しっかし、この傷で生きてるのが不思議なくらいだ。普通ならとっくに……ん?」

警備兵「どうした?」

医師「臍の辺りに何かが刺さってる。何かの破片のようだが……まずはこっちだな」


ジクジク…

医師「……なあ、やっぱり聞かせてくれないか」

医師「何でニンゲンを助ける? あんたは今まで何人ものニンゲンを取っ捕まえてきた」

医師「殺したことだってあるはずだ。それなのに何故だ? どうにも理解出来ない」

警備兵「お喋りな医者だな。まずは自分の口を縫ったらどうだ」

医師「真面目に聞いてるんだ。答えくれ」

警備兵「……偽りの名声を得る為に斬られる奴。誰かの為に命を張る奴。お前ならどっちを取る」

医師「それは後者だろうよ。ニンゲンじゃなければな」

警備兵「そうだな、ニンゲンじゃなければ隠れて助ける必要もなかった。あんな奴等に手柄をくれてやることも……」

医師「……あんたがそこまでして助けるなんて今でも信じられない。そんなに良い奴なのか?」


警備兵「いいや、悪党だ。王宮に侵入して王の秘宝を盗もうとして捕まった」

医師「そんな馬鹿な……冗談だろ? そんなことしたってんなら既に処刑されてるはずだ」

警備兵「…………」

医師「……マジなのか?」

警備兵「ああ、これ以上詳しくは言えないがな」

医師「だったら尚更だ。何で助ける?」

警備兵「馬鹿だからだ」

医師「は?」

警備兵「このニンゲンは此方側の女の為に命を張って戦った。たった一人で、助けを求める素振りも見せずにな」

警備兵「まるで種族なんぞ関係ないように振る舞って、当然のように一人で戦いに行ったんだ」

医師「それでこのザマってわけか。正しく馬鹿で愚か者だな。満足げな顔しやがって……」


警備兵「気に入らないだろ?」

医師「気に入らないな。この顔を見てると腹が立ってくる。いけ好かない奴だ」

ビクンッ!

医師「っ、始まったか。しっかり抑えててくれよ」

警備兵「ああ、分かっている」ガシッ

医師「……その女ってのはさぞかしイイ女なんだろうな。男を馬鹿にさせるくらいに」

警備兵「そんな魔性ではない。確かに美しいが世を知らぬ箱入り娘だ。純粋で疑うことを知らない」

医師「そういう女の方がそそるのかね。まあ、分からんでもないな。守りたくなるってやつか?」

警備兵「かもしれないな。俺は御免被るが」

医師「何でだい?」

警備兵「彼女と共にいれば命が幾つあっても足りないからだ。傍にいれば『こうなる』」

医師「何でまた、そんな厄介な女に……」

警備兵「言っただろう。馬鹿なんだよ、こいつは……だから何としても助けたい。そして、俺が捕まえる」

医師「……そうか、なら協力しないとな。こんな凶悪犯をあの世に逃がすわけにはいかない」


ジクジク…ヌリヌリ…

医師「……よし。後は破片だけだな」

警備兵「これは?」

医師「白銀のように見えるな。しかし妙だ。出血が全くない。刺さっていると言うより、めり込んでいるような……」

医師「とにかく引き抜いてみるしかない。金属片というのは厄介だからな。これで挟んで……」カチッ

ズズ…ズルリ…

警備兵「……長いな。こんなものが腹に入っていたのか」

医師「まるで結晶柱のようだ。綺麗に磨き上げられてる。それより見てくれ、引き抜いた箇所には傷一つない」

警備兵「こんなことが有り得るのか? 傷を負わせずに杭を打ち込むようなものだぞ?」

医師「……何かは分からないが、下手に触らなくて正解だった。小瓶に入れておこう」


医師「(しかし気味が悪いな)」

医師「(微かに脈があるような気がする。まるで生きているようだ……)」

カチャカチャ…カランッ…キュッ…

医師「ふ~っ、これで終わりだ。最善は尽くした」

警備兵「いや、まだ終わっていない。運ぶのを手伝え」

医師「…ハァ…ああ、分かったよ。しかし当てはあるのか?」

警備兵「ある。そこの荷車に乗せて運ぶぞ。急げ」

医師「まったく、本当に人使いの荒いお人だな。俺は医師だぞ? 走るのは馬の仕事だ」

警備兵「さっさとしろ。準備は良いな?行くぞ」

医師「準備もなにも拒否権は無いんだろ? 分かってるよ」ハァ

ガラガラガラ…


ーーー
ーー


『気でも狂ったか白騎士よ』

『私は正気だ。ただ、仕える人物を間違えた。私が仕えるべきは貴様ではない』

『呑まれたか。哀れな男だ……』

『哀れ? 哀れだと? 貴様に私を哀れむ資格など微塵もない。貴様も所詮は王の傀儡だ』

『……我が国の英雄の最期がこれか。やはり渡すべきではなかったな』

『何とでも言うがいい。私が仕えると決めたのは生涯ただ一人。彼女だけだ』

『聞け、白騎士。彼女はもういないのだ。正気を取り戻せ、それに呑まれるな』

『ならば待つまでだ。百年だろうと千年だろうと待ち続けよう。彼女は必ずや蘇る』


『……最早何を言っても無駄なようだな』

『私が勝利を捧げるべきは彼女のみ。勝利は我が手に在り。いざ、参る』

盗賊「ッ!!」ガバッ

ゴツンッ!

盗賊「(ッ、いってえ!! 体中が痛え!!)」

盗賊「(あ~痛え。ていうか暗いし狭いな。これは蓋か? 足で押してみるか)」ググッ

ギギィッ…ガコンッ……

盗賊「(開いた…けど薄暗いな。此処はどこだ? つーかこれ棺桶じゃねえか。死んだと思われたのかな)」

盗賊「(でも、毛布が掛けてあるってことは生きてるの分かってて棺桶に入れたってことだよな)」

盗賊「(……端っこに机と椅子がある。机の上にあんのは姫様の日記か?)」

盗賊「(ってことは姫様は無事なのか。でも何だってこんなとこにーー)」

コツコツ…ガチャッ…

王女「泥棒さん、林檎と葡萄の絞り汁を持って来ました。少しでも栄養を取らなーー」ポトッ

盗賊「………えっ~と、お帰りなさい。いや、ただいま?」

また明日


『……最早何を言っても無駄なようだな』

『私が勝利を捧げるべきは彼女のみ。勝利は我が手に在り。いざ、参る』

盗賊「ッ!!」ガバッ

ゴツンッ!

盗賊「(ッ、いってえ!! 体中が痛え!!)」

盗賊「(あ~痛え。ていうか暗いし狭いな。蓋でもされてんのかな? 足で押してみるか)」ググッ

ギギィッ…ガコンッ……

盗賊「(おっ、開いた…けど薄暗いな。此処はどこだ? つーかこれ棺桶じゃねえか。死んだと思われたのかな)」

盗賊「(でも、毛布が掛けてあるってことは生きてるの分かってて棺桶に入れたってことだよな)」

盗賊「(……端っこに机と椅子がある。机の上にあんのは姫様の日記か?)」

盗賊「(ってことは姫様は無事なのか。でも何だってこんなとこにーー)」

コツコツ…ガチャッ…

王女「泥棒さん、林檎と葡萄の絞り汁を持って来ましたよ。少しでも栄養を取らなーー」ポトッ

盗賊「………え~っと、お帰りなさい? いや、ただいま?」

また明日


王女「泥棒さん…グスッ…よかった……」ペタン

盗賊「お、おいっ…」

王女「お医者様に意識が戻らないかもしれないって言われて、傷も酷いし体はとっても冷たくって……」ポロポロ

盗賊「……そうだったのか」

王女「わたしを連れ出してくれたあの日から泥棒さんは傷を負ってばかりです。本当に、本当にごめんないっ」

盗賊「この傷は姫様に負わされたものじゃない。姫様が謝ることはないよ」

王女「でもっ、わたしは何もしてあげられない。あなたに与えられてばかりで何も……」

盗賊「姫様、自分のことをそんな風に思ってたのか。そんなことないのに」

王女「へっ?」

盗賊「俺は姫様に色んなものを貰ってる。だからさ、そんな悲しい顔しないでくれ」


王女「…グスッ…何をです?」

盗賊「えっ? 何って何が?」

王女「わたしに貰っていると言いました。わたしは泥棒さんに何かを与えているのですか?」

盗賊「何って言われると上手く言えないけど、傍にいてくれりゃあそれでいいよ」

王女「……あ、ありがとうございますっ」カァァァ

盗賊「よっと」スタッ

王女「あっ、急に動いては体に障ります。まだ横になっていないと……」

盗賊「んなこと言われてもな。さっきから腰を抜かして立てないんだろ? ほら」スッ


王女「(左手。やっぱり右手はまだ……)」

盗賊「どうした?」

王女「い、いえっ。何でもありません……」スッ

ギュッ…グイッ…

盗賊「そういや、さっき何か落としたみたいだけど。あぁ、これか?」ヒョイ

王女「あ、それは軟膏です。右肩の刺し傷と胸の切り傷、それから背中にも塗るようにとお医者に渡されました」

盗賊「へ~、そりゃありがたいな」

王女「後はこれを頂きました。葡萄や林檎をすり潰して作った飲み物です」

盗賊「美味そうだな、早速飲んでもいいか?」

王女「ええ、どうぞ。ゆっくりと飲んで下さいね?」スッ

盗賊「ん、分かった。んっ…ゲホッゲホッ…」

王女「だ、大丈夫ですか!?」

盗賊「ゲホッ…悪い。気を付けて飲んだつもりだったんだけどな……」


王女「っ、泥棒さん」

盗賊「けほっ…けほっ…ん?」

王女「ちょっとずつ。口に含んでからゆっくりと飲んでみて下さい」

盗賊「そうするよ……んっ…お~、めちゃくちゃ美味いなこれ。じわってくる」

王女「……よかった。さっきは口に含んだ量が多かったので体が驚いたんだと思います」

盗賊「胃とか弱ってんのかな。腹は減ってんだけど、この調子じゃ食うのは無理そう…ッ」クラッ

王女「!!」

ギュッ…

盗賊「っと……悪い、ちょっとふらついた。もう大丈夫だ。一人で立てる」

王女「……無理はしないで下さい。立っているだけでも負担は掛かります。横になりましょう?」


盗賊「えっ、せっかく棺桶から這い出たのに永眠しろとーー」

王女「泥棒さん、掴まって下さい。それから永眠とか言わないで下さい。そういう冗談は嫌いです」

盗賊「ハイ、ゴメンナサイ」

王女「んっしょ…」ギュッ

トコ…トコ…トサッ…

王女「ふぅ…大丈夫ですか?」

盗賊「あ、うん。つーか姫様に運ばれるのはこれで二回目だな。ありがとう」

王女「………」キュッ

盗賊「?」

王女「……こんな聞き方は狡いですけれど、泥棒さんは後悔していませんか?」


盗賊「人生に?」

王女「………」

盗賊「冗談、冗談だから。で、何に後悔してるって?」

王女「それはその……『こうなって』しまったことに。です」

盗賊「ない。これっぽっちもない。そもそも俺が攫ったんだ。後悔なんてするわけない」

盗賊「姫様は後悔してんのか? あの時、外に出たいなんて言わなかったら良かったってさ」

王女「外に出たことに後悔はありません。けれど、それによって巻き込まれ命を奪われた人がいます」

王女「あの時、泥棒さんはわたしの人生だと言ってくれました。その時、わたしは自由に触れたいと思ったのです。自分の思うように生きてみたいと……」

王女「でも、自由とは無関係の方々まで巻き込んで手にするものなのでしょうか……」


盗賊「人生に?」

王女「………」

盗賊「冗談、冗談だから。で、何に後悔してるって?」

王女「それはその……『こうなって』しまったことに。です」

盗賊「ないよ。これっぽっちもね」

盗賊「姫様は後悔してんのか? あの時、外に出たいなんて言わなかったら良かったってさ」

王女「……外に出たことに後悔はありません。けれど、それによって命を奪われた方がいます」

王女「泥棒さんはわたしの人生だと言ってくれました。そう言われた時、わたしは自由に触れてみたいと思いました。自分の思うように生きてみたいと」

王女「でも、それは無関係の方々の命を奪ってまで欲するべきものなのでしょうか……」


盗賊「かなり思い悩んでるみたいだけど、姫様が自分を責める必要は全くないぜ?」

盗賊「殺しの動機は分かんねえけど、命を奪ったのは紛れもなく白い騎士の仕業なんだ」

王女「でも、犯人はわたしを狙ってこの街にーー」

盗賊「その前提から間違ってる。奴は姫様を狙ってこの街に来たんじゃない。俺を狙って来たんだ」

王女「……えっ」

盗賊「俺も最初は姫様を狙って来たもんだと思ってたよ。でも違ったんだ」

王女「あの、何故そう言い切れるのですか?」

盗賊「奴は俺のことを輪転器だと言った」

王女「!?」

盗賊「びっくりだろ? 奴は初めから俺を狙ってたんだ。実際、姫様のとこに向かう素振りは一切見せなかったしな」


王女「い、意味が分かりません。何で泥棒さんを輪転器だなんて言ったのでしょう?」

盗賊「さあね、俺にもさっぱりだ。でも、奴は確かに輪転器と言った」

盗賊「私の器として生まれたことを光栄に思え。今こそ転生する。そう言ってたよ」

王女「ですが、輪転器とは王のみが所持するものなのですよ?」

盗賊「ああ知ってる。だからこそ秘宝って呼ばれてるわけだしな。でも、それだけじゃない」

王女「?」

盗賊「奴にとどめを刺した時、あるものを見たんだ」

盗賊「血を流し過ぎて頭がおかしくなったのか幻覚を見たのかもしれない。それを踏まえた上で聞いてくれ」

王女「えっ…は、はい。分かりました」

盗賊「意識を失う直前、奴の顔を見た」

盗賊「……俺と同じ顔。まるで水面に映したみたいにそっくりだった」


王女「冗談…ではないのですね」

盗賊「ああ、朦朧としてたけどはっきりと憶えてる。兜が外れたと思ったら俺の顔が出てきたんだ」

盗賊「……まあ、だから何だって話なんだけどさ。でも同じ顔なんて気味が悪いだろ? 輪転器だとか言われるしさ」

王女「……今のお話を疑うつもりはないですが、顔や白騎士について確かめる術はありません」

盗賊「確かめる術がない? 遺体が消えてたとか?」

王女「い、いえ、そうではありません」

王女「王宮関係者である騎士団長さんも立ち会って身元を確認したらしいのですが、判別不能だったと言っていました」


盗賊「えっ、何で?」

王女「……遺体が枯れ果てていたらしいのです。まるで血の一滴まで吸い取られたように」

盗賊「んな馬鹿な!! あんなに元気に飛び跳ねてたってのに中身は干涸らびてたってのかよ」

王女「兵士さんや騎士団長さん。警備隊の皆さんも同じ反応をしていました。あり得ない…と」

盗賊「ってことは白騎士については何も掴めなかったのか。益々わけが分からなくなったな」

王女「……そうですね。様々な思惑が蠢いているような気がします」

盗賊「(あの爺さんが嘘吐いてんのか? それとも将軍が裏で何かやってんのか?)」

王女「………」キュッ

盗賊「(……家族に命を狙われてるかもしれないんだ。血の繋がりがなくても、そう考えるだけで辛いだろうな)」

盗賊「(姫様は巻き込んだって言ってたけど、巻き込まれたのは俺達の方なんじゃねえか? 何かもっと、大きなものに……)」


盗賊「………」ウーン

王女「泥棒さん? どうしました?」

盗賊「あ~。いや、何でもない。さっきのやつまだ残ってるかな。喋り過ぎて喉が渇いてきた」

王女「あっ、はい。まだありますよ」スッ

盗賊「ありがとう。んっ…あ~、美味い。ところで姫様、俺はどのくらい寝てた?」

王女「丸二日です。あの夜、兵士さんとお医者様がこの教会跡地に運んでくれたのですよ?」

盗賊「……そっか。じゃあ後で礼を言わねえと。姫様にも面倒掛けちゃったな」

王女「いえ、そんなことはありません。わたしにはこれくらいしか出来ませんから……」

盗賊「そんな風に言うなよ。俺はその『これくらい』ってやつに助けられたんだからさ」ニコッ

王女「……泥棒さん…」

盗賊「それに、長いこと此処に居て様子を見ててくれたんだろ? そこの机に日記あるし」


王女「それはその、色々ありまして……」

盗賊「色々って?」

王女「……街のお医者様がニンゲンに付きっきりで看病することは出来ないと仰ったのです。今にも息絶えようとしているのにですよ?」

盗賊「そ、そうなの?」

王女「はい。それでわたし、恥ずかしながら怒鳴ってしまいまして……泥棒さんの命を救って下さった恩人に対して何て失礼な真似を……」

盗賊「ま、まあそれは仕方ねえさ」

王女「……仕方がない?仕方がないとは何が仕方ないのですか? 死んでいたかもしれないのですよ?」

盗賊「(怖っ!!) い、いや、俺みたいなニンゲンを看病したら気が触れてると思われちまうだろ?」

盗賊「死にかけのニンゲンを助けようとしてくれただけでもありがたいもんだよ。軟膏とかもくれたしさ」


王女「……泥棒さんは傷付いたりはしないのですか?」

盗賊「ニンゲンの扱いに?」

王女「ニンゲンの扱いではありません。ニンゲンに対する接し方に。です」

盗賊「接し方…ね。こっち側じゃあ随分と変わった言い方だな。初めて聞いたかもしんねえ」

王女「っ、やはり酷いのですか?」

盗賊「別に酷いとは思わない。こっちにはこっちの常識ってもんがある。だろ?」

王女「……わたしには…あなたを殺してしまう常識など必要ありません」

盗賊「姫様?」

王女「ニンゲンだから助けない。ニンゲンだから一人で戦わせる。ニンゲンだから死んでも構わない。ニンゲンだからっ……」キュッ


盗賊「そう言ってたの?」

王女「……はい。差別や偏見はニンゲンに限ったことではない。それはこちら側でも起きていることなのだと言われました」

王女「泥棒さんにはこちら側に思うところはないのですか? そういったものに対して……」

盗賊「ん~、何だか難しい話だなぁ。あのさ、これって俺個人の考えでいいんだろ? ニンゲンとして。とかじゃなくてさ」

王女「はい。泥棒さんの考えを聞かせて下さい」

盗賊「俺はこっちも向こうも変わりないと思うよ? 良い奴はいるけど悪い奴はもっといる」

盗賊「確かに風当たりは強いけど、初めて会った奴といきなり仲良くなんて出来ない」

盗賊「姫様だって初対面の奴に『同族なのでお友達になりましょう』なんて言われたら戸惑うだろ?」

王女「そう…かもしれませんね」

盗賊「なっ? だから種族なんて関係ないのさ。そんなのは性格の不一致ってやつだよ」


王女「……性格だけではないと思います」

盗賊「そりゃあ根付いた差別なんかが邪魔するかもしれないけど、良い奴は良い奴さ」

盗賊「ツノがあっても尻尾があっても牙や爪があっても、そこは絶対に変わらない」

王女「そうなのでしょうか……」

盗賊「そうさ。だって実際に助けてくれたのはニンゲンじゃないだろ?」

王女「それは…そうですけれど……」

盗賊「姫様は難しく考え過ぎだよ。種族は違っても男は男。女は女」

盗賊「どのくらいの種族がいるのか知らねえけど性別は二つしかない。必要なのは愛だよ、愛」ウン


王女「あ、愛!?」

盗賊「だってそうだろ? 種族が違っても綺麗な女性は綺麗な女性なんだ」

盗賊「ツノが生えていようが尻尾が生えていようが綺麗な女性だという事実に変わりはない」

盗賊「男は女性を守るべきだし女性は男を優しく包み込む存在であるべきだ。と私は思うわけだよ」

盗賊「そう考えれば種族間の問題なんて些細なもんさ。そう思うだろ?」

王女「……何だか、やけに饒舌ですね。言い慣れているように思えます」

盗賊「……これは種族の垣根を越えて仲良くなる為の必要技能なんだ」

王女「綺麗な女性と。ですか?」ニコッ

盗賊「いやいやいや? 俺は別にーー」

王女「泥棒さんが眠っている間、あのお店の看板娘さんから色々な話を伺いました。先日お見舞いに来てくれたんですよ?」ニコッ


盗賊「へ~、そうなんだ。それは嬉しい限りですね」

王女「ええ、わたしも嬉しかったです。ニンゲンとしてではなく本質を見ている方でした。あのような方がもっといれば良いのにと心から思います」

王女「ところで、とってもお上手なようですね。女性を口説くのが」

盗賊「姫様、それは違う。あれは行き違いというか擦れ違いというかアレがアレなんだよ」

王女「フフッ、何がですか?」

盗賊「……え~っと。ほら、アレだよ。気になる女性に微笑みかけられると俺に惚れてるんじゃないかと思ったりするやつだ」

盗賊「あのキツネ娘は俺が助けた時に掛けた何気ない言葉をそのように捉えたのだと思います」ハイ

王女「勘違いさせるような言葉を言ったのではないのですか? 例えば……」

王女「俺はきみの尻尾は綺麗だと思うぜ? 他の奴等が何を言ってるか知らないけどさ。とか」

王女「尻尾にその模様がなかったら俺ときみがこうして出会うこともなかった。とか」

王女「きみが特別だから尻尾も特別なんだよ。きっと天が二物を与えたのさ。とか」

盗賊「(……あのキツネ、都合のいいとこだけ切り取って姫様に話しやがったな)」


王女「……本当に色々なことを聞きました」

盗賊「?」

王女「思い立ったらすぐに動く。何かあれば所構わず飛び込む。無茶ばかりしていると」

王女「根付いた差別や偏見などどこ吹く風、種族も境界線も飛び越えて何処までも自由に……」

盗賊「そんなに考えてねえよ。やりたいことをやってるだけさ」

王女「……大凡の者はそのようには出来ません。何故です? 何故そのように生きられるのですか?」

盗賊「単純な話さ。こういう奴なんだよ、俺はね」

王女「……それでは答えになってませんよ。ずるいです」

盗賊「でもさ、そんなもんだよ。行きたい場所へ行って、見たいものを見る」

盗賊「俺がやってるのはそれだけさ。余計な荷物は肩に載せないようにしてるんだ」


王女「余計な荷物?」

盗賊「差別だとかそういうもんだよ。そんなもんベタベタくっつけてたら身動き取れなくなる」

王女「………」

盗賊「くぁ…ごめん。急に眠たくなってきたから寝るよ」ゴソゴソ

王女「あっ、はい。申し訳ありません。傷が痛むのに長話に付き合わせてしまって……」

盗賊「そんなことないよ。多分さっきの飲み物に何か入ってたんだと思う。姫様も疲れてるだろ? 早めに休んだ方がいいぜ」

王女「……はい、そうします。ゆっくり休んで下さい」

盗賊「ん、お休み……」

王女「あ、ちょっと待って下さい。包帯の取り替えと軟膏を塗らないと」

盗賊「あ~、そっか。じゃあ、お願いします」ムクッ

スルッ…パサッ…

王女「(酷い傷。何度も見たけれど、見るたびにそう思う。治るまでにどれだけの時間が……あれ?)」


盗賊「…スー…スー…」カクンッ

王女「あっ…」

ポフッ…

王女「ふぅ、危なかった。無理をさせてしまいましたね。後は任せてゆっくりと休んで下さい」

スルスル…ヌリヌリ…

王女「(右肩と胸の傷は勿論、背中の傷にもまだ熱がある。触れていると火傷しそう)」

王女「(聞きたいことは沢山あったけれど、こうして生きているのならそれだけで……)」

盗賊「…ん…」ビクッ

王女「(やはり痛むのでしょうか。泥棒さん、ごめんなさい。もう少しで終わりますから)」

盗賊「…くす…ぐったい…」

王女「(ふふっ、くすぐったかったんですね。何だか赤ん坊みたい……)」


盗賊「…ん~……」

王女「(そう言えば看板娘さんが言っていましたね。こんな無防備な姿はそうそう見られるものじゃないって)」

盗賊「…スー…スー…」

王女「………」スッ

プニプニ…

王女「(体は引き締まっているけれど頬は柔らかい。黒髪、おでこ、瞼、鼻筋、唇……)」

王女「(顎から首をなぞって鎖骨から胸板に……)」

盗賊「……寒…い……」

王女「(っ、わたしは何を……早く終わらせて服を着せないと……でも、何だかおかしい)」

王女「(早く傷が癒えて元気になって欲しいのに、ずっとこのままでいられたらなどと考えてしまう……そんなこと駄目なのに)」

ズキッ!

王女「っ、違う。わたしは何も間違っていない。ずっと二人きり。そう、この人はわたしのーー」


【玉座の間】

老人「首尾はどうだ。順調か」

将軍「それは父上が一番良く分かっているでしょう。私が改めて報告せずとも感じているはずです」

老人「ああ分かっている。分かっているからこそ、お前の口から聞きたいのだ」

将軍「……全ては父上の目論み通りですよ。奴は白騎士に勝利しました。辛勝ではありますが」

老人「納得出来ないと言った顔だな。まだ信じられぬか?」

将軍「いえ。白騎士に期限が迫っていたとは言え、奴は最後まで一人で戦い抜き勝利した。その戦術と技量は認めざるを得ません」

将軍「加えて意志の強さ。抗い難い死の誘惑をも撥ね除ける力を持っている。相応しい器だとは思います」


老人「ふむ。ならばその顔の陰りは何だ?」

将軍「認めざるを得ない男ではあります。しかし、奴はニンゲン。器として保つのか否か。そこが気掛かりでなりません」

老人「白騎士に勝利したのが何よりの証明だと思うがな。現に呑まれてはいまい?」

将軍「それは三騎士の全てに通じることです。その結果、彼等は呑まれている」

老人「呑まれたのは彼女を求めたからに他ならない。だが此度は違う」

老人「長い長い時を経て、遂に二つの輪転器は揃ったのだ。求めるものが傍らにあるのなら呑まれはせんだろう」

将軍「輪転器が輪転器の狂いを抑えると? 不確定なものに縋るのは如何かと思いますが」


老人「フッ、抑える。か」

将軍「……何か可笑しいことでも?」

老人「お前は誰かを愛したことがあるか?」

将軍「質問の意味が分かりません。それとこれと何の関係がーー」

老人「良く聞け。もう二度と会うことは叶わぬと悲観に暮れていた。その最中に思い人と再会出来たらどうする?」

将軍「……戸惑うでしょうね。もう二度と会えぬはずだったのですから」

老人「悲観に暮れていた時が千年ならばどうだ? いや、もっと長い時ならばどうする?」

将軍「……想像も出来ません。父上、この問いの意図は何です?」

老人「結論から言えば抑えることなど出来はしないと言うことだ。何せ千年以上も煮詰めた愛だ。止める術などありはせんよ」


将軍「あの二人を引き合わせたのは、その狂いを抑える為だったのでは?」

老人「それもある。が、儂の目的は王の力からの解放。あの二人を引き合わせたのもその為だ」

将軍「……今のは父上自身の言葉ですか?」

老人「ああ、これは紛うことなく儂の言葉。彼女の愛を垣間見た、王の声だ」

将軍「千年以上も愛し続けるなど常軌を逸している。そんなものを見続けるなど苦痛でしかないと思いますが」

老人「……王の力を継承をした者の宿命だ。だが、直に解放される。このまま何の邪魔も入らなければな」

将軍「………」

老人「その様子だと上手く行っていないようだな。早めに手を打つものと思っていたが」

将軍「時を計っているだけです。輪転器の破壊はより一層慎重にすべきだということが今の会話で分かりました」

老人「計っている間にも時は回る。頭の中で策を巡らすだけでは何も得られぬぞ」


将軍「急かしているようにしか聞こえませんね」

老人「助言しているだけだ。父としてな」

将軍「父の言葉といえども助けにならぬものを助言として受け取るわけには行きません」

老人「フッ、そうか。ならば好きにするがよい」

将軍「元よりそのつもりです。では……」ザッ

ギギィ…パタンッ…

将軍「(奴は負傷している。父上が次の騎士を動かす前に一度仕掛けてみるのも手だ。騎士団長のお陰で口実は出来ている)」

将軍「(こういった場合は挑発に乗った方が面白い。如何なる状況だろうと楽しむ。苦境など苦境と思わなければいい)」

将軍「(明らかに不利な戦であろうと常に有利であるような心持ちで動く。心に余裕があれば戦術の幅も広がる)」

将軍「………そうですよね、父上…」ポツリ


【詰め所】

警備兵「……ハァ」コトッ

警備兵「(報告書を書こうにも何と書けば良いのか分からない。この二日で何枚無駄にしただろうか)」

警備兵「(事実は事実。起きた事をそのまま書けば良いのだろうが、問題はその事実というやつだ)」

警備兵「(干涸らびた遺体が殺人を犯したなど誰が信じる? これではまるで作り話。創作だ)」

警備兵「…チッ…もう面倒だ。やはりそれらしく現実的に書いた方がーー」

ガチャッ…バタンッ…

騎士団長「……はぁ」

警備兵「お疲れのようですね。団長殿」

騎士団長「それは君もだ。隈が酷いぞ」

警備兵「創作のような事件をさも現実の事件のように創作するのに四苦八苦していましてね」


騎士団長「報告書か。こんな街の警備兵にしておくには勿体ない程に勤勉だな」

警備兵「お褒め頂き光栄です。団長殿は彼女の付き添いを?」

騎士団長「うむ。あのような輩と二人きりにするわけにはいかんからな。今ならば問題ないだろうが」

警備兵「ということは、奴はまだ?」

騎士団長「ああ、未だ目覚めてはいない。姫様もいつになく思い悩んだ顔をしておられた」

警備兵「……そうですか。ところで彼女は何処に?」

騎士団長「医師の所へ送り届けた。今頃は奴の経過などを話していることだろう」

警備兵「一人で置いてきたのですか。この二日間、片時も離れずに護衛していたというのに」

騎士団長「今日もそのつもりではいたのだが、私が傍らにいると姫様の気が休まらないと思ってな……」


警備兵「まあ、そうでしょう」

騎士団長「?」

警備兵「いや、湯浴みにさえ付いて来られればそうなるでしょう? 流石にあれは度が過ぎていますよ」

騎士団長「ぐっ…し、しかしだな……」

警備兵「ご心配なさるお気持ちは分かりますが彼女の素性は知られていません。もう少し楽にしたらどうです?」

騎士団長「それは自分でも思う。しかし敢えて手を抜くだとか肩の力を抜くだとか、そういう類のことは昔から苦手なのだ」

騎士団長「戦闘や訓練ならば出来ないこともないのだが、こういった任務だと中々な……」

警備兵「(厳密には任務ではない。それを任務と捉えて行動するあたりが正に堅物だ。良く言えば勤勉。悪く言えば融通が利かない)」

警備兵「(ただ、部下に好かれる男だということは分かる。思いやりがすぎる嫌いはあるが……)」


騎士団長「同じく隊を率いる君に聞きたい」

警備兵「は、はぁ。何でしょう?(こんな街の警備隊と王宮騎士団を一緒にしていいのか……)」

騎士団長「君はいつもどうしている? 癖のある連中をまとめるのは疲れるだろう」

警備兵「まとめてなどいませんよ。事件が起きた時は私が勝手に推理して勝手に解決しているだけです」

騎士団長「何? では、これまで起きた事件の全てを一人で?」

警備兵「ええ、大体は。私ような奴に付いてくる者はいません。ここでは変わり者ですから」

騎士団長「うぅむ、街の平和の為に尽力する者を変わり者扱いか。まるでなっとらんな」

警備兵「……警備隊とは言っても自警団に毛が生えた程度ですからね。仕方がないですよ」

警備兵「隊長はかなり高齢の方で腰痛を理由に長らく休んでいますしね」

騎士団長「高齢ならば若い者が代わればいいではないか。彼は次期隊長を指名しなかったのか?」

警備兵「……実のところ何度も頼まれてはいるんですがね。独断専行の自分には隊長など務まらないと固辞しています」


騎士団長「いかんな」

警備兵「?」

騎士団長「如何なる集団だろうと長は必要だ。頼るとも頼らざるとも部下の自由だが、長がいれば個々が締まる」

騎士団長「警備隊の面々を見たが、俺がやらずとも誰かがやるだろうという雰囲気に満ちている。その『誰か』というのが君だ」

警備兵「………」

騎士団長「有能が故に同僚と馴染めないのなら、才を活かして上に立つべきだ」

警備兵「親身になって頂いて恐縮ですが、私は人を束ねるような器ではないので……」

騎士団長「束ねずともいい」

警備兵「どういうことです?」

騎士団長「上に立つ者が成果をあげれば勝手に付いてくる。君の場合、同じ立場だからいかんのだ」


警備兵「はぁ、そうなんですかね」

騎士団長「ああ、断言出来る。君と似た奴が王宮で隊長をやっているからな」

警備兵「(意外と懐が深いんだな。輪を乱す者は許さない徹底した規律を持つ集団かと思っていたんだが……)」

騎士団長「そいつは腕は良いが口数が少なくてな……」

騎士団長「誰よりも献身的なのだが人目に付かないようにしていたものだから誰もそれに気付かなかった」

警備兵「では、どうやって隊長に?」

騎士団長「周りが放っておかなかった」

警備兵「?」

騎士団長「倒れたのだ。何もかも自分で出来るものだから無理が祟ったのだろう。それをきっかけに皆が気付いた」

騎士団長「訓練用の武器の手入れや管理。それらを知らぬ間に片付けていた存在にな」


警備兵「………」

騎士団長「何でも出来るが頼ることを知らん。口数も少ない。ならば皆で支えよう……という運びになったようだ」

警備兵「そうなるとは限りませんよ。私と彼では環境が違う」

騎士団長「うむ、そうだな。しかし、このままでは機能しなくなるぞ」

警備兵「まあ、考えてはみますよ。それより、そろそろ迎えに行った方が良いのではないですか?」

騎士団長「そ、そうであった!! 早く行かなくては……では、失礼!!」ザッ

ガチャッ…バタンッ!

警備兵「慌ただしい人だ。しかし、あんな風に話したのは初めてだな。あれも彼の人柄の為せる業か……」

警備兵「……俺にああいったことは出来ない。そもそも上に立つなど柄じゃない。やはり一人の方が性に合ってーー」

ガサッ…バサバサッ…

警備兵「……いや、やはり事務員くらいは欲しいな。あまりお茶を飲まなくて綺麗好きでうんと真面目な奴がいい」

今日はここまで

ーーー
ーー


医師「……何でまたそんなことを」

王女「深い理由などありません。ただ、あの人にはもう少しだけ休んでいて欲しいのです」

王女「あの日からというもの傷を負ってばかり。ゆっくりと眠る間も、傷を癒やす間もありませんでしたから……」

医師「だから嘘を? まだ二日しか経っていないから今はそれで凌げるかもしれないが長くは続かないぞ?」

王女「ええ、分かっています。でも、せめて人の手を借りてでも動けるようになるまでは休んで欲しいのです。だから協力をーー」

医師「悪いが無理だ。俺の立場も危ういんだ。警備兵の旦那には何かあったらすぐに報告しろと言われてる」


王女「っ…どうか、お願いしますっ」

医師「………ハァ…分かったよ。あんたのような美女にそこまで頼まれちゃあ断れん」

王女「!! あ、ありがとうございますっ……」

医師「一つ聞いても良いか?」

王女「え、ええ。わたしが答えられる範囲であれば……」

医師「なに、そう難しい話じゃない。俺個人の興味から来る極々単純な質問だ」

王女「?」

医師「お嬢さん。あんたはあいつに惚れてるのか? あのニンゲンに」

王女「はい。わたしはあの人を愛しています。もう、随分と前から……」


医師「………」

王女「あの、どうかしましたか?」

医師「い、いや、あまりに素直に答えたもんだから面食らった。付き合いは長いのかい?」

王女「……どうなのでしょうね」ポツリ

医師「?」

王女「自分でも分からないのです。とても長かったような、ほんの瞬きの間だったような気もします」

王女「気付いた時にはあの人を愛していました。この思いは決して叶わぬこととは分かっていながら、わたしはあの人を愛してしまった……」

医師「(叶わぬ恋か。それはそうだろうな。ニンゲンと恋に落ちるなど許されるはずがない)」

医師「(美人な上に家柄もかなり良さそうだ。きっと親が猛反対したんだろう)」


医師「………」

王女「あの、どうかしましたか?」

医師「い、いや、あまりに素直に答えたもんだから面食らった。付き合いは長いのかい?」

王女「……どうなのでしょうね」ポツリ

医師「?」

王女「自分でも分からないのです。とても長かったような、ほんの瞬きの間だったような気もします」

王女「気付いた時にはあの人を愛していました。この思いが決して叶わぬことと分かっていながら、わたしはあの人を愛してしまった……」

医師「(叶わぬ恋か。それはそうだろうな。ニンゲンと恋に落ちるなど許されるはずがない)」

医師「(美人な上に家柄もかなり良さそうだ。きっと親が猛反対したんだろう)」


王女「あの日のことは、今でも忘れられません」

医師「(なんて深い悲しみに満ちた顔だ。というか、これは若い女が出来る表情じゃない。何というか、まるで未亡人のような……)」

王女「……ごめんなさい、あの人とのことは上手く言葉に出来ません。本当に沢山の…色々なことがありましたから」

医師「そ、そうか。色々と大変だったんだな。済まないな、立ち入ったことを聞いしまって……」

王女「いえ、そんなことはありません。今のわたしはあの人に寄り添って生きていける。それだけで幸せですから」

医師「…ハァ…まったく、そこまで言ってくれる女がいるなんて心底羨ましいぜ」

医師「奴が起きたら今の言葉を直接言ってやれ。痛みを忘れて飛び跳ねて喜ぶだろうよ」

王女「そ、そうでしょうか?」

医師「何を言ってんだ? そこまで言われて喜ばない野郎がいるわけがないだろう?」


王女「……難しい人ですから」

医師「そうなのか? 話を聞いた限り馬鹿で向こう見ずで楽天的な奴だと思っていたんだが」

王女「そう見えるだけで内面はしっかりしていますよ? 白い騎士との戦いに臨んだのも熟考した上でのことです」

王女「そうでなければ白い騎士を相手に五体満足で勝つことなど出来なかったでしょう」

医師「……まあ、確かに」

王女「考え無しに思えて実はそうではないのです。あの人はあの人なりにしっかりと物事を見ているのですよ?」

医師「分かった分かった。負けたよ。だからそんなに熱く愛を語らないでくれ。このままじゃ胸焼けしそうだ」

王女「そ、そんなつもりで話していたわけではありません!」カァァ

医師「ハハハッ! 済まないな。あまりに熱心に語るもんだからからかいたくなった」

王女「真面目に話していただけなのに……」

医師「(……やけに大人びてると思えば恥じらう少女のように顔を赤らめる。こういうとこにやれらたのかね)」


カランッ…カタカタ…

医師「っ、またかよ。本当に気味が悪いな。何なんだよこいつは……」ガシッ

王女「………」

医師「驚いたろ?」

王女「えっ……あっ、はい。とても驚きました。申し訳ありません。突然のことで声も出なくて……」

医師「こんなものを見れば誰でもそうなる。俺も初めて見た時はそうだったからな」

医師「一見普通の結晶に見えるが生き物みたいに動きやがる。興味深いがそれ以上に不気味でな……」

王女「……あの、それをどこで?」

医師「これは奴の腹から取り出したものだ。半ばまで突き刺さっていたんだが傷一つなかった。まったく奇妙なもんだよ、こいつは」カランッ

王女「っ、もし宜しければその結晶を頂けませんか?」

医師「はぁ? 何だってこんなもんを?」

王女「既にご存知だと思いますがあの人は泥棒です。そのような珍妙な品には目がないのですよ」


医師「泥棒?」

王女「え、ええ。そうです。ご存知だと思っていましたが……」

医師「(……そう言えば、警備兵の旦那が王宮に忍び込んだとか言ってたな。詳しくは教えちゃくれなかったが)」

王女「……あの、駄目でしょうか?」

医師「いや、別にやるのは構わんよ。置いていても不気味なだけだ」スッ

王女「あ、ありがとうございますっ。急に譲ってくれなどと言って申し訳ありませんでした」

医師「礼も謝罪もいらんよ。元々は奴の腹に刺さってたものだからな」

王女「………」ギュッ

医師「大層嬉しそうだが泥棒ってのはそんなものでも喜ぶのか? 変わってるんだな」

王女「……こういった曰く付きの品を蒐集するのが好きな人なので……」

医師「世の中にはそういう奴がいるみたいだが俺にはさっぱり理解出来んな。何がいいのやら……」

医師「しかし、あんたのようなお嬢さんが泥棒に恋をするなんて信じられんよ」


医師「しかも奴はニンゲンだ。尚更疑問だよ」

王女「種族の違いなど些細なことです。同族であっても見るに堪えない争いを起こします」

王女「種族の繋がりなど脆い。今この瞬間にも同族の手によって苦しんでいる方もいるでしょう」

医師「………」

王女「そんな世界で誰を信頼し、誰を愛するのか。それはとても難しいことです」

王女「けれど、わたしは幸運にも彼のような存在に出会えました。この人だけは失いたくない。そう思える存在に……」

王女「彼が何者であろうと、わたしは最期まで共にいるつもりです。それがわたしの望みですから」

医師「(夢見る年頃。良いとこのお嬢さんかとばかり思っていたが、どうやら間違っていたようだ)」

医師「(まさかこんな覚悟を持っていたとは思いもしなかった)」

王女「?」

医師「(まったく、立派な女性だよ。歳で判断するもんじゃないな……)」


ガチャッ!

医師「!?」

騎士団長「ひ…お嬢様!!!」

王女「!!」ビクッ

騎士団長「良かった。入れ違いになってしまったのかとーー」

医師「…ハァ…心配して来たのは分かるが驚かさないでくれ。お嬢さんの心臓が止まったらどうする?」

騎士団長「も、申し訳ない……」

王女「あの、何かあったのですか?」

騎士団長「いえ、異常はありません。お迎えに上がりました」

王女「そ、そうですか……」

騎士団長「お嬢様、もうじき日が暮れます。宿に戻りましょう」


王女「え、ええ。分かりました」

騎士団長「さあ、行きましょう。何があるとも分かりませんからな」

医師「なあ、警護の人」

騎士団長「……警護? あ、ああ。私に何か?」

医師「いや、随分と過保護だと思ったもんでな。彼女はそんなに良いとこのお嬢さんなのか?」

騎士団長「良いとこのお嬢さんだと……貴様、この方を誰だと思っている」

医師「いや、だから良いとこのお嬢さーー」

騎士団長「喧しい!! いいか、1度しか言わぬから良く聞け!! この方は畏れ多くもーー」


王女「あ、あのっ!」

騎士団長「如何しまし………」ハッ

王女「落ち着きましたか? では、そろそろ行きましょう」

騎士団長「は、はい。そうですな」

王女「お騒がせして申し訳ありません」

医師「え? あ、ああ……」ポカーン

王女「それから、お話を聞いて下さってありがとうございます。では、今日はこれで失礼します」

バタンッ…

医師「何がなにやら。まるで嵐のようだったな……」ポツン


トコトコ…

王女「………」

騎士団長「(う、うぅむ。何か気を悪くさせるようなことをしてしまったのだろうか)」

騎士団長「(先程から何も言わず俯いたままだ。やはり湯浴みに付いていこうとしたのが悪かったのか……)」

王女「……騎士団長さん」

騎士団長「な、何でしょうか?」

王女「好きな人はいますか?」

騎士団長「は…えっ!? 姫様、今なんと?」

王女「何かを犠牲にしても守りたいと思う。真っ先に思い浮かぶ。そういった方はいますか?」


騎士団長「い、いえ、おりません」

王女「それは何故です?」

騎士団長「何故と言われましても。職務上、愛や恋に現を抜かす暇などありませんので……」

王女「今はそうでしょうけれど恋をしたことはあるでしょう?」

騎士団長「……それは、まあ…騎士になってから交際したことはありませんが」

王女「苦しくはないのですか?」

騎士団長「そんなことはありません。職務の方が大事ですので」

王女「……そうですか。わたしは苦しかったです」ポツリ


騎士団長「姫様?」

王女「自分の気持ちを押し殺し、あの場所に閉じ籠もっているのはとても苦しかった」

王女「皆の為に諦めた自分の想いや願い。それらを見続ける毎日でした。あの日から、ずっと……」

騎士団長「………」

王女「こうして再び外に出られるだなんて想像もしていませんでした。もう二度と…そう思っていましたから」

騎士団長「……王宮に戻りたくはないと?」

王女「ええ、そうですね。出来ることならこのままでいたいと思っています」

騎士団長「(っ、姫様のお気持ちも今ならば分かる。しかし、騎士としてやるべきはーー)」

王女「けれど」

騎士団長「?」

王女「けれど、そうもいかないことは分かっています。いずれは戻らなければならないでしょう」


騎士団長「いずれは? それは一体どういう?」

王女「騎士団長さん、一度だけ我が儘を聞いてくれませんか? 一度だけの頼み事です」

騎士団長「……それは、内容によります」

王女「そんなに険しい顔をしなくても大丈夫ですよ。そう難しい話ではありません」

王女「彼が目を覚ますまで待って欲しいのです。彼が目覚めれば王宮に戻ります」

騎士団長「何故そこまでして……」

王女「愛しているからです」ニコッ

騎士団長「なっ…」

王女「わたしがこんなことを言うなんて意外ですか?」

騎士団長「い、いやいやっ! そういうことではありません。奴は悪党、無法者ですぞ!?」


王女「ええ、言われずとも分かっています。ですが、それとこれとは話が別です」

王女「彼がわたしを救ってくれたことに変わりはないのです。受けた恩を返すくらいはさせて下さい」

騎士団長「し、しかし…」

王女「とても意地の悪い言い方になりますが、如何にニンゲンとはいえ恩人を見捨てるような真似が出来ますか?」

騎士団長「うぐっ…それは……」

王女「騎士団長としても個人としても、そういった人道に背くようなことを出来るような人とはとても思えませんが……」

騎士団長「わ、分かりました。少しばかり時間を下さい。今すぐには答えられません」

王女「……考えて下さるだけでもありがたいです。先程は意地の悪いことを言って申し訳ありませんでした……」


騎士団長「いえ、姫様の仰る通りです」

騎士団長「恩人に対して何も返さぬというのは私も如何なものかと思います」

王女「……ありがとうございます。騎士団長さんが来てくれて良かったです。他の方ならどうなっていたか…」

騎士団長「姫様、まだそうすると決めたわけでは……」

王女「そ、そうでしたね……」

騎士団長「(もう一度あの医師に奴を診断して貰わなければ。その結果次第で決めることにしよう)」

騎士団長「(あまりに長く掛かりそうな場合は姫様には申し訳ないが諦めて頂く他ない)」

トコトコ…

騎士団長「そろそろ宿に着きますな。私は部屋の前にいますので何かあれば仰って下さい」

王女「あのぅ…それなのですが、あれから宿も変更して部屋も広いですし中にーー」

騎士団長「何度も言いましたがそれは出来ません。ましてや姫様と同じ部屋に入るなど決してーー」


王女「湯浴みには付いてこようとしたのに。ですか?」

騎士団長「そ、それははそれ。これはこれです。出掛ける際は必ず同行します。湯浴み以外は……」

王女「フフッ…ええ、そうしてくれると助かります。他の女性客の方達も驚いていましたから」

騎士団長「申し訳ありませんでした。姫様が刺客に狙われているかと思うと周りが見えなくなってしまって」

王女「いえ、わたしだけならばよいのです。ただ、他のお客様にまでご迷惑を掛けるのはちょっと……」

騎士団長「………」

王女「どうしました?」

騎士団長「いえ、何でもありません。さ、宿に着きましたぞ。入りましょう」


王女「は、はい。そうですね」トコトコ

騎士団長「(世辞にも姫様が泊まるに相応しい宿とは言えん。にもかかわらず文句一つ言わず、それどころか他の宿泊客のことまで配慮して……)」

騎士団長「(以前に王族関係者の警護をした時とは天と地の差。あのような輩には姫様の爪の垢でも煎じてーー)」

王女「どうしたのですか? 冷えてきましたし入りましょう? 風邪を引いたら大変ですよ?」

騎士団長「………」ジーン

王女「?」

騎士団長「姫様のことは命に代えてもお守りいたします。御安心下さい」ドンッ

王女「へっ?」

騎士団長「さ、入りましょう。冷えてきましたからな。風邪を引いたら大変ですぞ?」

王女「は、はぁ……」


【宿屋】

騎士団長「(愛している。か)」

騎士団長「(あのような快活な笑顔を見るのは初めてだ。恋する乙女とは正にあのことだろう)」

騎士団長「(……だが、あの表情の奥にはそれだけではない何かがあるような気がする)」

騎士団長「(会話の最中には気にならなかったが、今になって妙な違和感を覚える)」

騎士団長「(どう表現すればいいのか分からんが。何というか、姫様らしくなかった)」

騎士団長「(何も知らぬのにらしくないと言うのもおかしな話だが、何かが引っ掛かる)」

『今はそうでも恋をしたことはあるでしょう?』

『何かを犠牲にしても守りたいと思う。真っ先に思い浮かぶ。そういった方はいますか?』

騎士団長「(………あたかも年上の女性と話しているような……そうだ。違和感はそこにある)」


騎士団長「(からかうのとはまた違う)」

騎士団長「(母親から恋人が出来たのかと訊ねられた時のような。そんな感覚……)」

騎士団長「(あの時の姫様は少女と言うにはあまりにも大人びていた。表情や口調。それらが目上の者に対するものではなかった)」

騎士団長「(道に迷う若者に物腰柔らかく語り掛けるような。あれは、人生を『知っている者』特有のーー)」

コツコツ…

警備兵「随分と難しい顔をしていますが、どうかしましたか?」

騎士団長「いや、少し気になることがあってな。それより、君は何故此処に?」

警備兵「これを届けに来ました。団長殿宛てです」スッ

騎士団長「書簡? こ、この印は……」カサッ

警備兵「……では、私はこれで失礼します」


警備兵「(王宮からの書簡……)」ツカツカ

警備兵「(大方、彼女を連れ帰れという指示か何かだろう。だが何故だ。何故、騎士団長がこの街にいることを知っている?)」

警備兵「(彼は独断でこの街に来たと言っていたはずだ)」

警備兵「(当初は何かしらの密命を帯びているのかとも思ったが彼は人を騙すような……いや、そんな器用な人物だとは思えない)」

警備兵「(彼が王宮に報せた様子も無い。情報交換をしているとしたら先程の反応はあまりに不自然だ)」

警備兵「(ならば、王宮に情報を流している何者かが街に潜伏していると考えるのが自然だろう)」

警備兵「(……書簡の内容には非常に興味を引かれるが、これ以上の詮索はすべきではないな)」

警備兵「(俺には俺の、彼には彼のやるべきことがある。早く詰め所に戻って報告書の続きでも書くか)」ガチャリ


ドタドタドタッ!

警備兵「ん?」クルッ

ガシッ!

警備兵「!!?」

騎士団長「…はぁっ…はぁっ…ま、待ってくれ」

警備兵「ど、どうしたんです? 血相を変えて……」

騎士団長「頼みがある」

警備兵「は、はい?」

騎士団長「事情は説明する。しかし此処ではまずい。姫…お嬢様には申し訳ないが部屋で話そう」

警備兵「いや、急にそんなことを言われましても。それに、まだ協力するとは一言もーー」

騎士団長「頼むっ!この通りだ!!」ザッ

警備兵「……一大事。ですか」

騎士団長「……ああ。一大事だ」

警備兵「……分かりました。では、急ぎましょう。表情から察するに時間もなさそうだ」


ーーー
ーー


盗賊「………殺す?」

看板娘「そ。不要になった輪転機の破棄。それから輪転機が輪転器であることを知る者の抹消」

盗賊「つまりは姫様と俺を殺せってことか。依頼に裏があるとは思ってたけど随分と急だな。それは爺さんが?」

看板娘「違う違う。王サマの息子、将軍だよ」

盗賊「あ、そう。まあ、それはどっちでもいい。それより足洗ったんじゃなかった?」

看板娘「あれ、足洗ってるとこなんて見せたっけ? 一緒にお風呂入ったことないよね?」

盗賊「……見られてなくても風呂に入ったら足は洗えよ。清潔感のない奴は嫌われますよ?」

看板娘「失礼な。ちゃんと隅々まで洗ってるよ。なんなら嗅いでみる?」


盗賊「魅力的な提案だけど遠慮しとくよ。で?」

看板娘「ん? 何が?」

盗賊「何がじゃねえよ。質問の意味分かってんだろ。お前はどっちの味方なんだ?」

看板娘「あたしが敵に見えるわけ? 敵はこんなにペラペラ喋らないよ」

盗賊「……王宮の奴等に情報売ってた癖に良く言うぜ」

看板娘「あたしが売らなくても奴等なら直に嗅ぎ付けてた。それに、そのまま売ったわけじゃないから安心して? 現にこの場所まではバレてないし」

盗賊「はぁ…お前、王宮の奴等相手に偽情報掴ませてたのか。相変わらずだな」

看板娘「全部が嘘ってわけじゃないよ。真実7の嘘2。創作1って感じ」

盗賊「……比率なんかどうでもいいんだよ。いいのか? また前みたいなことになっちまうぞ」

看板娘「大丈夫。そうはならないしヘマもしない。何せ、これが最後の仕事だからね」


盗賊「……何でだよ」

看板娘「?」

盗賊「せっかく表に慣れてたのに何で戻っちまったんだ。真っ当な人生に飽きちまったのか? あんなに憧れてたってのによ」

看板娘「……あんたのこと嗅ぎ回ってる奴がいたんだ。あんなの見ちゃったら仕方ないでしょ?」

盗賊「だったら俺に直接言えば良かっただろうが。危険を犯して情報流した意味が分かんねえ」

看板娘「ちょっとでも向こうの足を遅らせようと思ってさ。駄目だった?」

盗賊「駄目っつーか、せっかく手にしたもんを簡単に手放すなよ。店の制服似合ってたのに勿体ねえな……」

看板娘「……今の暮らしを手に出来たのはあんたがいたからなんだ。だからさ、少しくらい恩返しさせてよ」


盗賊「返される恩がデカ過ぎんだよ」

看板娘「そう? あの時と同等のものを返そうとしてるつもりなんだけどね」

盗賊「そもそも恩を売ったつもりはねえ。だから返す必要なんかないんだ」

看板娘「あんたがそう思ってても、あたしにとってはそうじゃない。返すなら今しかないの」

盗賊「……今を捨ててまで返すもんじゃないだろ。もう少し後先考えろよ。嫁に行くとか色々あるだろ」

看板娘「結構前から嫁ぎ先は決めてるんだけど相手が乗り気じゃないからね~」ニコッ

盗賊「……職業柄、収入が不安定なんだ。結婚するなら安定した収入のある男にしときなさい」

看板娘「はぁ、いつもそうやってはぐらかすんだから……罪な男だよね、あんたってさ」

盗賊「そりゃあ常日頃から罪深いことばっかやってるからな。何たって泥棒さんだし」


看板娘「……あの、さ」

盗賊「ん?」

看板娘「姫様のこと、本気なの?」

盗賊「どの辺から本気なのか分かんねえけど、今までにないくらい欲しいと思ってる」

看板娘「これでもかってくらいに本気だね。泥棒のクセに姫様に心奪われたわけだ」ニヤニヤ

盗賊「ん~、そうかもしれねえな。上手く言えねえけど姫様は何か違うんだよ」

看板娘「………そっか。やっぱりそうだよね。うん、分かった」


盗賊「分かった?」

看板娘「気にしないで、こっちの話だから。それより動けるよね?」

盗賊「そんな風に聞かれたら「はい」としか言えねえだろ。向こうの手筈は整ってんのか?」

看板娘「勿論。向こうには騎士団長と警備兵がいるからね。色々あったけど何とか協力する方向に持っていけたよ」

盗賊「……良く信用してくれたな」

看板娘「事情を説明したら分かってくれたよ。警備兵には過去のことを根掘り葉掘り聞かれたけどさ……」

盗賊「そりゃそうだろうな。で、どうすんだ? 策は練ってあんだろ?」

看板娘「うん。あんたと姫様を今夜中に奴等の手の届かない場所に逃がす」

盗賊「そんなとこあるっけ?」

看板娘「一つだけね。こっち側で王の力が一切及ばない安息の地ってやつがね」


盗賊「分かった?」

看板娘「こっちの話。それより動けるよね?」

盗賊「そんな風に聞かれたら「はい」としか言えねえだろ。向こうの手筈は整ってんのか?」

看板娘「勿論。向こうには騎士団長と警備兵がいるからね。かなり苦労したけど何とか協力する方向に持っていけた」

盗賊「……良く信用してくれたな」

看板娘「事情を説明したら分かってくれたよ。警備兵には過去のことを根掘り葉掘り聞かれたけどね……」

盗賊「そりゃそうだろうな。で、どうすんだ? 策は練ってあんだろ?」

看板娘「うん。あんたと姫様を今夜中に奴等の手の届かない場所に逃がす」

盗賊「えっ、そんなとこあんの?」

看板娘「一つだけあるんだ。こっち側で王の力が一切及ばない唯一の安息の地っやつがね」

盗賊「分かったって何が?」

看板娘「こっちの話。それより動けるよね?」

盗賊「そんな風に聞かれたら「はい」としか言えねえだろ。向こうの手筈は整ってんのか?」

看板娘「勿論。向こうには騎士団長と警備兵がいるからね。かなり苦労したけど何とか協力する方向に持っていけた」

盗賊「……良く信用してくれたな」

看板娘「事情を説明したら分かってくれたよ。警備兵には過去のことを根掘り葉掘り聞かれたけどね……」

盗賊「そりゃそうだろうな。で、どうすんだ? 策は練ってあんだろ?」

看板娘「うん。あんたと姫様を今夜中に奴等の手の届かない場所に逃がす」

盗賊「えっ、そんなとこあんの?」

看板娘「一つだけあるんだ。王の力が一切及ばない唯一の安息の地ってやつがね」


盗賊「安息の地、ね……」

看板娘「そんな顔しなくたって大丈夫。此処にいるよりは何十倍も安全だから。多分」

盗賊「多分ってお前…行ったことねえのかよ……」

看板娘「まあまあ、そこは着いてからのお楽しみってことにしといてよ」ニコッ

盗賊「……はぁ、分かったよ。どの道、今はお前を信じるしかなさそうだしな」

看板娘「理解が早くて助かるよ」

盗賊「で、俺は何をすればいい? この体でどこまでやれるか分かんねえけど出来ることはするぜ?」

看板娘「………」

盗賊「どうした?」

看板娘「あんたがそういうニンゲン……」

看板娘「ううん、そういう男だってことは分かってるつもり。けどさ、少しは考えなよ」


盗賊「はぁ? 何だよ急に」

看板娘「惚れてる女がいるなら悲しませるような真似はすんなって言ってんの」

盗賊「……ちゃんと考えてるさ」

看板娘「考えてない。意地張って格好付けて、無理して無茶して死ぬ際まで行って……」

盗賊「そうしなきゃならなかった。戦う以外に道はなかったんだ。仕方ねえだろ?」

看板娘「あんたは止まることを知らない。普通の…まともな奴なら逃げてる。化け物と戦おうなんて考えない」

盗賊「かもな。でも、知っての通り俺は普通じゃない」ニコッ


看板娘「ッ、ヘラヘラすんなっ!!」

バチンッ!

盗賊「………」

看板娘「今まではそれで良かったかもしれない。けど、今は違うでしょ!?」

看板娘「あんたが姫様のことを思ってるように、姫様もあんたのことを思ってる」

看板娘「姫様を本当に大切だと思うんなら、姫様が大切にしてるあんたを大切にしなよ……」ポロポロ

盗賊「……お前…」

看板娘「あんたに自覚はないだろうけど、何かを決めて走り出した時のあんたは、まるで死を迎えに行ってるように見える」

盗賊「………」

看板娘「あんなことをいつまでも続けてたら、いつかは絶対に死ぬ。惚れた女を残して逝くなんて最低だよ?」


盗賊「確かにそいつは最低だな。でも、置いて逝っちまうつもりはねえよ」

看板娘「だったら!!」

盗賊「大丈夫さ。俺を見ろよ。棺桶には入っちまったけど生きてるだろ?」ニコッ

看板娘「…………はぁ、もういいよ。あんたはホントに変わらないね」

盗賊「お前は変わったな。狐の嫁入りが見られるとは思わなかったよ」

看板娘「何なら狐の婿入りを見せてくれても構わないよ?」クスッ

盗賊「俺の目はそう簡単に雨は降らせねえよ。さ、長話はこの辺にして安息の地とやらに行こうぜ」

看板娘「ああ、そうだね。早いとこ…? ちょっと待って、誰か来る……」サッ


盗賊「ッ、王宮の奴等に嗅ぎ付けられたか。何人だ?」

看板娘「一人。ちょっと見てくるよ。あんたは此処で待ってて、一人なら何とか出来る」ザッ

盗賊「ちょっと待った」ガシッ

看板娘「どうしたの?」

盗賊「俺も行く。まだ満足には動けねえけど陽動くらいなら出来る」

ギュッ!

看板娘「ありがとね……」

盗賊「おっ、おい。こんなことしてる場合じゃーー」

看板娘「盗賊。あんたなら、そうしてくれるって信じてた」ポツリ


盗賊「は? 何を言ってーー」

看板娘「ごめんね……」

チクッ…

盗賊「何を…ッ…」クラッ

看板娘「あんたはホントに変わらないね。でも、狐につままれるのはこれで最後。お休み、盗賊」

盗賊「っ、お前、何するつも…りだ……」フラッ

ギュッ…

看板娘「……終わったよ。油断させるのにちょっと手間取ったけど、予定通りでしょ?」

ザッ…

警備兵「ああ、予定通りだ。彼女と団長殿は先に行った。次は我々の番だ。さあ、行くぞ」


ーーー
ーー


ガララララッッ…

警備兵「良かったのか?」

看板娘「そっちこそ良かったの? 死体を捨てに行くとかって身内に嘘まで吐いてさ」

警備兵「警備隊を身内だと思ったことはない。俺が棺桶を運び出す時の奴等の顔を見ただろう」

警備隊「無関心で無責任。警備隊という立場にありながら問題を見過ごす。それが今の警備隊だ」

看板娘「へ~、そりゃ大変そうだね。そんな奴等より、あたしの方が役に立つんじゃないの?」

警備兵「かもしれないな」

看板娘「あれ、予想外の反応だね。冗談のつもりだったんだけど」

警備兵「それ程までに人員が不足している。悪狐の手も借りたいくらいだ」


看板娘「………」

警備兵「どうした? 皮肉の一つでも返してくると思ったのだがな」

看板娘「あんたがそんなこと言うなんて、ちょっと意外でさ」

警備兵「意外? 何が?」

看板娘「堅物で嫌味ったらしくて、あたしみたいな奴のことは許容出来ない器の小さい男だと思ってた」

警備兵「俺も最近まで自分はそういう質だと思っていた。後ろの奴と出会うまではな」

看板娘「盗賊と関わって何か変わった?」

警備兵「忌々しいことにな。劇的に何かが変わったというわけではないが、ただ……」


看板娘「ただ?」

警備兵「……奴の行動を見て目が覚めた。上手く言えないが、そんな感覚だ」

警備兵「角がなかろうと尻尾が生えていようと、俺が認めると思えた奴は認めてやろうと思えた」

看板娘「うわぁ、一介の警備兵が偉そうに。そんなだから嫌われてるんじゃないの?」ニヤニヤ

警備兵「誰に嫌われようが構うものか。あんな連中と連むよりは一人でいる方がよっぽど楽だ」

看板娘「あらそう。ところで孤独な警備兵サン。あなたに一つお訊ねしたいことがあるのだけど宜しいかしら?」

警備兵「何だその口調は……で、何だ?」

看板娘「大嫌いなニンゲン。知性の欠片もないケモノ。そんな奴等と一緒に馬車に乗ってる気分は如何?」

警備兵「……そうだな。机から落ちた山のような書類を拾い上げて整理している時よりは幾らかマシだ」


看板娘「っ、あははっ!! そっかそっか。ま、繕ったこと言われるよりはずっと良いかな」

警備兵「お前はどうなんだ」

看板娘「あたし? あたしは気分良いよ?」

警備兵「何故?」

看板娘「普段からご自慢の角を見せびらかして肩で風切ってる奴に運転させてるからね」

警備兵「そんな風に見えるのか。そんなことをした覚えはないのだがな」

看板娘「あたし等にはあんたら種族は皆そう見えるのさ。あたし等を見下して嗤ってる」

警備兵「否定はしない。奴等はケモノ、品性も知性もない。そう言われて育ったからな」


看板娘「それはあたし等も同じだよ」

看板娘「角にしか養分が行ってない能無し。野蛮で粗暴、おまけに傲慢。そう言われて育ったからね」

警備兵「…チッ…全く、これこそ品の無い諍いだ。一体、何処の誰が言い出しのだろうな」

看板娘「さあね。とっくの昔に土に還ってるだろうから、幾らあんたでも見つけ出すのは不可能だろうね」

警備兵「……火種を撒くだけ撒いて土の中に雲隠れか。先人は面倒な問題ばかり遺してくれるな」

看板娘「しかし彼等がいなければ今の我々はいない。今ある文化や生活基盤は先人なくして有り得ないのだからね」

警備兵「………」

看板娘「ね、今のどう? 知識人っぽかった?」

警備兵「ああ、悪狐の化けの皮は何枚あるのか興味が湧いた。お前の毛皮はさぞかし高く売れるだろうな」


看板娘「お~、怖い怖い。今夜中に消えないと本当に剥がされちゃいそうだね」

警備兵「行く当てはあるのか? 元密偵には要らぬ世話かもしれないが」

看板娘「新しい皮を被れば何処でも生きてける」

警備兵「……そうか」

看板娘「同情してくれてんの?」

警備兵「同情? 何を馬鹿な。そんな生き方はしたくないから真っ当に生きようと思っただけだ」

看板娘「真っ当に、か。その方がいいよ。お日様の下で堂々と生きていけるしね」

警備兵「そうありたいものだが、それも今日までかもしれない。これが発覚すれば晴れてお前と同じ日陰者だ」


看板娘「?」

警備兵「大罪人の逃走幇助。将軍の命に背いた反逆罪。片一方でも処刑は確実だ。人生を棒に振ったようなものだ」

看板娘「なら何で協力したのさ。あたしにはそれが一番意外だよ。そういうタイプには見えないし」

警備兵「自覚はしている。しかし、あんな話を聞かされれば仕方がない」

看板娘「姫様の話を信じるの?」

警備兵「信じる信じないの話じゃない。あの時の彼女には有無を言わさぬ何かがあった」

警備兵「威厳、風格。発する言葉の一つ一つに強い意志を感じた。あの時の彼女は王女というより女王のようだった」

看板娘「確かに。あれだけ言葉に力がある人は見たことない。初めて会った時とはまるで別人みたいだった」

警備兵「……本当に別人なのかもしれないな。もしそうであったとしても最早驚きはしない」


看板娘「まあ、あんな話聞いた後だしね」

看板娘「王の力の封印が解けるとか、再びニンゲンとの戦争が起きるとか、四人目の騎士とかさ」

警備兵「お前はどうなんだ?」

看板娘「あたしは盗賊を逃がす為に協力しただけ。他にはなんにもない。あんたもそうだと思ったけど、違うの?」

警備兵「分からない。ただ、やらなければならないと感じた。これは必要なことなのだと」

看板娘「……運命、みたいな?」

警備兵「……ああ。運命だとか占いだとか、そういう類は一切信じない質なんだがな」

看板娘「その選択が間違ってたらどうすんのさ。それがただの思い込みだったら本当に人生を棒に振っちゃうんだよ?」


警備兵「そうでないことを祈る」

看板娘「祈るって誰に? 偉大で永遠なる神の如き魔王サマ?」

警備兵「こんな時に神になど祈らない。まして魔王に祈るなど今となっては笑えない冗談だ」

看板娘「じゃあ誰に祈るのさ?」

警備兵「父と母だ。そろそろ河に着くぞ」

看板娘「此処まで来といてなんだけどさ、棺ごと河を渡らせるとか本当に大丈夫なの?」

警備兵「俺に聞くな。そもそも船があるかどうかも分からない。なければ終わりだ」


看板娘「船に棺を載せて流して下さい。お二人にお願いしたいのはそれだけです。だもんね……」

警備兵「彼は必ず辿り着くとも言っていた。船があったとしても沈めば終わりだというのに」

看板娘「でも、目的地に行くには河を渡るしかなない。姫様の言ってた通り河に続く道だけは兵が張ってなかったし」

警備兵「彼女が先に街を出たのが大きい。城に戻ると言い出した時は驚いたがな」

看板娘「………」

警備兵「どうした?」

看板娘「凄いよね。殺せって命令が出されてるのに何の迷いもなく城に戻るとかさ……」

警備兵「無謀とも言えるがな」

看板娘「そうだね。それに、今まで守ってた奴が命狙って来るわけでしょ?」


警備兵「そうなるだろうな」

看板娘「……はぁ、こりゃ勝てないわけだ」

警備兵「?」

看板娘「どんな策があるのか分かんないけどさ、あの娘は……姫様は諦めてない」

看板娘「こんな状況でも盗賊を生かすことを諦めてないんだよ」

看板娘「何て言うか、覚悟が違う。あの娘は愛に殉ずるってことをホントに出来るんだと思う」

警備兵「………着いたぞ、早く下りろ。よし、船はあるな。さあ、さっさと棺を運ぶぞ」

看板娘「……分かってる」

ザッ…ザッ…ザッ…ガコンッ…

警備兵「よし、固定したな。押すぞ」グッ

看板娘「んっ(はぁ、あたしに出来るのはこれくらいか。何だか、ちょっと悔しいな)」グッ

ズリズリ…バシャバシャ…ユラユラ…

看板娘「(盗賊、生きてね。どうか、無事に辿り着けますように……)」ギュッ


警備兵「おい」

看板娘「?」

警備兵「まだ終わったわけじゃない。俺達には帰りもある。気を抜くな」

看板娘「はいはい分かってるよ」

警備兵「………恋だろうが何だろうが生きている限り可能性はある。行くぞ」ザッ

看板娘「ありがと……」ポツリ

ーーー
ーー


戦士「もう夜明けか。巫女様の予言によればそろそろ来るはずだが、果たして本当に来るのか?」

戦士「予言が外れればご自身の立場すら危ういというのに……」

戦士「船頭には鴉が立つ。それは死を載せた船。棺には傷を負った鴉の騎士」

戦士「……鴉の騎士、死の騎士か。我が部族は過去に囚われたままーー」

カァー カァー カァー

戦士「鴉? 何処から…………!!?」ダッ

バシャバシャ!


ザブンッ!

戦士「ぷはっ!!」

戦士「(見えた。確かに見えた。あれは確かに船だった。霧の晴れ間に船影があった)」

バシャバシャ!

戦士「はぁっ!はぁっ!ぷはっ!!」

カァー カァー カァー

戦士「(まるで私を呼んでいるようだ……鴉の声がなければ間違いなく見逃していたな)」

戦士「(如何に巫女様と言えど今回の予言ばかりはと思ったが、まさか本当に現れるとは……)」

戦士「(巫女様は私が見つけることを知っていたのか? それともただの偶然なのか?)」

戦士「(……いや、違う。こうなった以上は必然だ。恐らく、この先に訪れるであろうことも)」

バシャバシャ!

戦士「はぁっ、はぁっ…まずいな」

戦士「(ここから先は流れが速い。渡し船程度では耐えられない。急いで乗り込まなければ)」


バシャバシャ!ガシッ!

戦士「ぷはっ…ッ!!」

ザバッ!ゴロンッ…

戦士「はぁっ、はぁっ、けほっけほっ……船頭に鴉。死を載せた船。棺には傷を負った鴉の騎士」

戦士「今は棺の中身を確認している場合じゃないな。流される前に岸に戻らないと……」

ギィ…ギィ…ギィ…

戦士「しかし、こんな小舟でここまで辿り着くとはな。沈まずに流れて来たのが奇跡だ」

カァー カァー

戦士「ああそうだったな、お前もいた。ずっとそこにいたのか? 難儀な船旅だっただろう?」

戦士「お前が呼んでくれたお陰で見付けることが出来たんだ。ありがとう」

カァー

戦士「霧の中で棺を載せた船を漕ぐ。こんな経験は初めてだな。冥府の船頭にでもなった気分だ」

戦士「そろそろ岸に着く。この棺の中身まで川を渡っていなければ良いが……」

ギィ…ギィ…ギィ…


ギィ…ギィ…ザザァ…

戦士「ふ~っ、何とかなったな」

カァー カァー バサバサッ!

戦士「……役目は終えた、か? 遺体に集るのでなく棺を導くとは不思議な鴉もいたものだ」

戦士「さて、中を改めなければ。棺を暴くなど気乗りしないが仕方が無い」

ガコンッ!

盗賊「…スー…スー…」

戦士「……寝ている。何だコイツは? 若いし体も細い。こんな奴が本当に鴉の騎士なのか?」

戦士「もっと壮年で逞しい男を想像していたんだが拍子抜けだな。ウチの男達の方がまだマシだ」


盗賊「…スー…スー…」

戦士「おい、いつまで寝ている。いい加減に目を覚ませ」

ペチペチッ

盗賊「……んっ、寒っ…」

戦士「おい」

盗賊「……姫様? 無事だったのか…って言うか此処は? 狐娘は? 騎士団長と警備兵は?」

戦士「何を言ってる? 寝惚けているのか?」

盗賊「………あ~、悪い。人違いだったみたいだ。早速で悪いけど此処は? きみは一体ーー」

戦士「説明なら幾らでもしてやる。取り敢えず起きろ。話はそれからだ」


盗賊「ああ、分かった。よっ…痛っ…」クラッ

ガシッ!

戦士「その様子だと本当に傷を負っているようだな。ほら、私に掴まれ」

盗賊「……いや、いい。大丈夫さ、一人で歩けるよ」

戦士「ん、そうか。なら付いてこい」

盗賊「(日に焼けた肌。額に短い一本角。目元、鼻筋、唇。目つきと肌の色以外はそっくりだ)」

戦士「どうした。早く来い」

盗賊「悪りぃ悪りぃ、今行くよ(ったく、どうも調子が狂うな。民族衣装を着た姫様にしか見えねえ)」

盗賊「(いや、んなことはどうでもいい。それより姫様だ。姫様は無事に逃げ切れたのか?)」

盗賊「(姫様には騎士団長と警備兵が付いてるって言ってたけど大丈夫なのか?)」

盗賊「(つーか何で俺だけがこんなとこにいる。俺達二人を逃がすって言ってたけど失敗したのか?)」

盗賊「(くそっ、何がどうなったのかさっぱり分かんねえ。取り敢えず現在地を確認しねえと始まらねえな)」


パチパチッ…

戦士「何で火を焚いた?仲間にでも知らせる気か? 此処は渓谷だから無駄だと思うぞ」

盗賊「違う。きみの服を乾かす為にやったんだ。俺も寒かったからな」

戦士「そうか。しかし、まさか自分の棺を壊して火を付けるとは思わなかったぞ」

盗賊「乾いている木はあれしかなかったからな。使えるもんは何でも使うさ」ジャキッ

戦士「!!」バッ

盗賊「っと、悪い。驚かせちまったな。ちゃんと動くかどうか確認したくてさ」

戦士「………」ジー

盗賊「そんなに警戒すんなって、何もしやしない。なんなら、ほら」スッ

戦士「……そこに置いて三歩下がれ。ゆっくりだ。妙なことはするなよ」


盗賊「はいはい、分かったよ」トサッ

ザッ…ザッ…ザッ…

戦士「…………」ツンツン

盗賊「なあ、あんまり弄くんなよ。下手したら怪我すんーー」

ジャキッ!

戦士「わっ!!」

盗賊「はぁ、だから言ったろ。もう良いかい?」

戦士「……なるほど、此処から刃が出る仕組みか。見たことない武器だ。これは何という武器だ?」ツンツン

盗賊「さあ? 自分で作ったから名前なんかねえよ」

戦士「これを自分で作ったのか!? お前、手先が器用なんだな。女みたいだ。体も細いし」


盗賊「編み物とかしないのか?」

戦士「しない。私は戦士だから」

盗賊「戦士、ね……」

盗賊「(つーか本当に似てんな。姫様は遊牧民の子だったとか言ってたし、後で聞いてみるか)」

戦士「何だ? 女が戦士を名乗るのが可笑しいか?」

盗賊「いや? ただ、きみには戦って欲しくないと思ってさ。戦うとこなんて見たくもねえ」

戦士「敵がいれば戦わなければならない。私には敵と戦う覚悟がある。だから戦士になった」

盗賊「……(敵?)そっか。ところで、そろそろそこに戻ってもいい? 座りたいんだけど」

戦士「ん、もういいぞ。ただ、これは預っておく。なんか危ないからな」

盗賊「どーぞ。で? きみは何で俺を助けてくれたんだ?」

戦士「お前を待つように言われた。巫女様の予言だ。こうして話すのも私でなくてはならないらしい」

盗賊「……予言」

戦士「疑うか?」

盗賊「いや、信じるよ。話を続けてくれないか。知りたいことは山ほどあるんだ」


パチパチッ…

盗賊「第四の騎士。王を打ち倒す者」

盗賊「俺が死の騎士の生まれ変わりね……白い騎士が輪転器って言ってたのはそういうことか」

戦士「輪廻転生。お前は全ての始まりで、全てを終わらせる者。巫女様にはそう聞いた」

盗賊「……全てってのは何を差してる?」

戦士「そこまでは分からない。未来だという者もいれば世界だという者もいる。解釈は多々ある」

盗賊「どっちにしろ碌な結果は生まなさそうだな。そんな危険な奴を何で助けた?」

戦士「初代の王と鴉の騎士は選択を間違えた。それを正すのがお前らしい」

盗賊「選択?」

戦士「そう、選択だ。どんな考えがあったのか知らないが、二人は存在してはならない力を世界に遺してしまった」


盗賊「存在してはならない力…王の力か?」

戦士「あれがある限り自由はない。あれは鎖だ。世界は千年以上もあれに縛られ続けてる」

盗賊「ん~、何だかよく分かんねえな……」

盗賊「要は俺が魔王を倒すことになるってことなのか? 第二第三の騎士を倒して?」

戦士「そうだ。そうすることで何かが終わり、何かが変わる。お前にその意思があれば」

盗賊「……あのさ、俺はただのニンゲンだぜ?」

戦士「知ってる。それも巫女様から聞いてた。鴉はいずれ境界線を飛び越えてやって来ると」

盗賊「……輪転器のことも知ってるのか?」

戦士「それなら私より巫女様の方が詳しい。私は今の話を伝えるように言われただけだからな」


盗賊「巫女様は何できみに?」

戦士「理由は分からない。ただ、私の話なら大人しく聞くだろうと言っていたな……」ウーン

盗賊「(そりゃそうだ。彼女じゃなけりゃ姫様を捜しに行ってた。こんな話には付き合わなかった)」

盗賊「(冷静でいられんのも彼女がいるからだ。似てるからか? どこか安心してる自分がいる)」

戦士「何だ?」

盗賊「いや、何でもない。それより、きみはさっき敵と言ってた。その為に戦士になったってさ」

戦士「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」

盗賊「きみの敵ってのは何だ? きみさえ良ければ教えてくれないかな?」

戦士「……魔王だ。私がまだ幼い頃、奴に全てを奪われた。両親を殺され妹は行方知れず。もしかしたら攫われたのかもしれない」


盗賊「…………」

戦士「あれは本当に突然のことだった」

戦士「奴は大軍を率いてやって来た。部族の皆は必死に抵抗したけど大半は殺された」

盗賊「……何で魔王はきみ達の部族を襲った? 巫女様には予知出来なかったのか?」

戦士「それが私にも疑問なんだ」

戦士「あの時、巫女様は何処に逃げれば助かるか知っていた。なのに襲撃されることは言わなかった」

戦士「巫女様は何も言わなかった。誰に何を言われても酷く罵られても、その件についてだけは今でも絶対に喋らない」

盗賊「………」

戦士「私も何度か聞いたけど駄目だった。だからあれ以来、巫女様は肩身の狭い思いをしてる」

盗賊「こう言っちゃ何だけど、何でそんな奴を信じる?」

戦士「親を亡くした私を育ててくれたのが巫女様だ。今でも色々言われてるけど、本当に優しい人なんだ……」


盗賊「(……育て親、か)」

戦士「服は乾いた。輪転器について知りたければ集落に案内するから付いてこい。これは返す」スッ

盗賊「ありがとう。助かるよ」

戦士「……お前は変な奴だな」ポツリ

盗賊「?」

戦士「話すつもりじゃなかったことまで話してしまった。お前は変な奴だ……」

盗賊「そうかな。俺からしたらきみの方が変わってるぜ? ニンゲン相手にこんなに優しくしてくれるんだからさ」ニコッ

戦士「………行くぞ。付いてこい」ザッ

盗賊「(巫女様とやらに会えば輪転器の疑問が解けるかもしれねえ。そうなれば、あの爺さんや将軍が何を企んでんのか見えてくるはずだ)」

盗賊「(もしかしたら姫様の居場所だって分かるかもしれねえ。今は、何にでも縋る。何にでも……)」

ここまで


ザッ…ザッ…

盗賊「……凄え。渓谷っていうより峡谷だな」

戦士「凄い? 何がだ?」

盗賊「この景色。目に映るもの全てさ」

盗賊「ここにあるものは、生まれてからこれまでの時間をそのまま生きてるって感じだ」

盗賊「色んなとこを見てきたつもりだけど、こんなに手付かずの自然は見たことない」

戦士「ここはまだ幼いからな」

盗賊「幼い?」

戦士「巫女様がそう言っていたんだ。河の浸食による地形変化。地形輪廻と言うらしい」


盗賊「地形輪廻……」

戦士「この渓谷はそれが始まったばかりで、これから長い年月を掛けて更に姿を変えていく」

戦士「この形になるまで気の遠くなるような時が流れたようだが、それでもまだ幼いらしい」

盗賊「へ~、物知りなんだな」

戦士「……そんなことない。今話したことは全て巫女様に教えられたことだからな……」

盗賊「いやいや、未来も見通すような物知りから教えられたんだ。きみだって立派な物知りさ」

戦士「お前は良く口の回る奴だな」

盗賊「だろ? 出会った奴には大体言われる」

戦士「………旅、してたのか?」

盗賊「ん? ああ、諸国を廻って泥棒してた」


戦士「お前、盗人だったのか」

盗賊「盗人じゃなくて泥棒ね。ドロボウ」

戦士「どっちにしろ同じだ。というか、何でそんなことを話す? 黙っていればいいものを……」

盗賊「きみは色々話してくれただろ? だから隠し事は無しにしようと思ってさ」

戦士「……何で盗む?」

盗賊「それを美しいと感じるから」

戦士「それ、とは何だ? 美しいというのは金や銀のことか?」

盗賊「勿論そういった物だって盗むけどそれだけじゃないぜ? 俺が盗むのは形あるものだけじゃない」

戦士「?」

盗賊「ん~。例えば、そうだな……女の子の泣いてる顔とか、塞ぎ込んでる女の子の悩みとか」


戦士「……それのどこが美しいんだ」

盗賊「盗んだものが美しいんじゃない。盗んだ後に見せてくれるものが美しいんだよ」

戦士「お前が何を言いたいのかさっぱり分からない。はっきり言え」

盗賊「答えは笑顔さ。女性が最も輝いて見える瞬間ってのは笑ってる時だからな」ウン

戦士「言っていて恥ずかしくならないのか」

盗賊「いや、別に。だって本当のことだろ?」

戦士「……知らん。私には縁の無い話だ」

盗賊「そんな顔してると疲れちまうぜ? くすぐってやろうか?」

戦士「私がどんな顔をしてるのか分からないが、お前と話している方が疲れる」


盗賊「………」

戦士「どうした?」

盗賊「喋ると疲れるって言うから黙ってみたんだけど駄目だな。俺が耐えられそうにねえや」

戦士「なら、何か話してみろ。集落に着くまでの暇潰しになる」

盗賊「…………外の世界を知らない女の子がいた。その子はずっと外の世界を夢見ていた」

盗賊「鍵の掛けられた部屋が彼女の世界だった。彼女は一人きりで、ずっとそこにいたんだ」

盗賊「ある日、そこに一人の男が現れた。男は彼女に外の世界を見せたくなった」

戦士「その女を不憫だと思ったのか?」ガサッ

盗賊「それもあるけど彼女は美しかった。その男は彼女に一目惚れしちまったのさ」ガサッ


戦士「随分と軽い男だな」

盗賊「まあまあ、そう言ってやるなよ」

盗賊「で、男は彼女を外に連れ出した。馬に乗せて草原を駆け、街に着けば買い物をした」

盗賊「彼女は目を輝かせていたよ。男には見慣れた光景でも彼女には新鮮で鮮烈だったんだ」

盗賊「そんな彼女の顔を見て、男は嬉しくなった」

盗賊「ほんの短い間しか過ごしていないのに、男の中で彼女は存在は大きくなっていたんだ」

盗賊「それこそ何物にも代えがたいくらいにね。男は少し戸惑った。これまでは一度もそんなことにはなかったから」

戦士「……それで?」

盗賊「甘やかな時は長く続かなかった。非情な現実ってやつが次々と彼女を襲ったんだ」

盗賊「彼女は悩んだ末に元いた世界に帰ることにした。が、男がそうさせなかった」


戦士「随分と軽い男だな」

盗賊「まあまあ、そう言ってやるなよ」

盗賊「で、男は彼女を外に連れ出した。馬に乗せて草原を駆け、街に着けば買い物をした」

盗賊「彼女は目を輝かせていたよ。男には見慣れた光景でも彼女には新鮮で鮮烈だったんだ」

盗賊「そんな彼女の顔を見て、男は嬉しくなった」

盗賊「ほんの短い間しか過ごしていないけど、男の中で彼女の存在は大きくなっていたんだ」

盗賊「それこそ何物にも代えがたいくらいにね。男は少し戸惑ったみたいだ。これまでは一度足りともそんな気持ちにならなかったから」

戦士「……それで?」

盗賊「甘やかな時は長く続かなかった。非情な現実ってやつが次々と彼女を襲ったんだ」

盗賊「彼女は悩んだ末に元いた世界に帰ることにした。が、男がそうさせなかった」


戦士「惚れた女を離したくなかったのか?」

盗賊「それもあるかもしれない。でも、それだけじゃない」

盗賊「男は彼女の世界が変わり果てていることを知っていたんだ」

盗賊「何故か。実はその男、その世界の主に彼女を連れ出すようにと頼まれていたのさ」

盗賊「男がそれを告げると彼女は涙した。これまでの全てが嘘だったのか……ってね」

戦士「その男はどうした?」

盗賊「そりゃあ否定したさ」

盗賊「あれは本心だ。貴女と共にいたいという気持ちに嘘偽りはない。ってな」

盗賊「彼女は再び涙を流した。けど、それは先程とは全く違う色の涙だ」

盗賊「男は彼女の涙を見た時に決心した。彼女の為に戦うことを」


戦士「戦う? 誰と?」

盗賊「非情な現実ってやつが形を成した怪物さ」

盗賊「どんなに刺し貫いても倒れない『それ』を見た時、男にはそいつが不死にすら思えたよ」

戦士「勝てたのか? 不死の怪物に」

盗賊「何とか勝利することが出来たみたいだ。で、男は戦いの末に気を失って目覚めると棺桶の中だった」

戦士「………」

盗賊「彼女とは目覚めた直後に再会出来た。しかし、更なる現実が彼女を襲おうとしていた」

盗賊「それを知った男は何とかしようとしたが、再び深い眠りに落ちてしまう」

盗賊「目覚めるとそこは見知らぬ土地。男は彼女の居場所を知るべく、藁にも縋る思いで預言者の元へ向かった」

盗賊「自らを戦士と名乗る美しい女性の助けを得ながら、ね」ニコッ

戦士「……その男は彼女と再会を果たせると思うか?」

盗賊「どうだろうな。ただ、少なくともその男だけは彼女との再会を信じてるだろうさ」

ここまで


ガサッ…ガサッ…

戦士「……ん。この辺りならいいだろう」

盗賊「どうしたんだ?」

戦士「集落はまだまだ先だ。少し休むぞ。お前もそこら辺に座れ」

盗賊「疲れたのか?」

戦士「馬鹿を言うな。私がこの程度で疲れるわけがないだろう」

盗賊「なら何で? 早く行かねえとーー」

戦士「お前の事情は把握した。巫女様に会いたいという気持ちは分かる。だが焦るな」

戦士「私はお前を無事に集落に連れて行かなければならない。お前、今の自分がどんな顔をしているか分かるか?」

盗賊「さあな、鏡がないから分かんねえよ。それに、今は自分を見つめ直すほど暇じゃないんだ」

戦士「まだ減らず口を叩けるのか、お前は中々に根性のある男だな。見掛けは当てにならないとは良く言ったものだ」


盗賊「そりゃどうも。でも休む必要はないぜ?」

戦士「………頑固な奴だ」ザッ

盗賊「お、おいおい何だよ。何か怒らせるようなこと言ったっけ?」

戦士「脱げ」

盗賊「……え~っと、そういうのはお互いを深く理解して少しずつ段階を踏んでからにしないか?」

戦士「いいから服を脱げ。早くしろ」

盗賊「分かった、分かったよ。軽い冗談じゃねえか。そんなに凄まなくたっていいだろ……」スルッ

戦士「!!」

盗賊「………だから見せたくなかったんだ」

戦士「(包帯だらけだ。この傷を背負いながら私の後を付いてきていたというのか?)」

戦士「(右肩、胸から腹に掛けての傷。それから背中。打撲している箇所も多々ある。顔色も酷い。普通なら倒れているか気を失ってる)」

戦士「(意識を保つにもやっとのはずだ。私に気取られないよう痛みに耐えていたのか、今までずっと……)」


盗賊「もういいか?」

戦士「良いわけがないだろう。棺に入っていた所持品の中には薬があったな。それを寄越せ、というか座れ」

盗賊「………はぁ、分かった。負けたよ。薬は腰にある革鞄のどれかに入ってるから取ってくれ」トスッ

戦士「ん、これだな。この先、集落に着くまでお前の荷は私が持とう。軽装備とは言え、その状態では辛いだろう」

盗賊「悪いな……」

戦士「………まずは包帯を外すぞ」

クルクル…

盗賊「ありがとう。助かるよ」

戦士「礼は要らない。それより何故傷のことを言わなかった? このまま歩き続けていれば無茶では済まなかったぞ」

盗賊「……立ち止まりたくなかったんだ。止まっちまうと余計なことばかり考えちまう」


戦士「………そうか。薬を塗るぞ」

盗賊「ああ、頼むよ」

戦士「(酷い傷だ。胸の斬り傷は深く、肩の傷は貫通している。背中のこれは矢傷か?)」

ヌリヌリ…

盗賊「ッ!!」ビクッ

戦士「す、済まない。染みるだろうが暫く堪えてくれ」

盗賊「気にすんな、これくらいなら大丈夫さ。眠気覚ましにはピッタリだ」

戦士「……ずっと戦っていたんだな」

盗賊「ああ、ガラにもなく頑張っちまった。まさか化け物と戦う羽目になるとは思わなかったけどな」

戦士「何故だ? 何故そこまで戦える? その女はそこまで大切な存在なのか?」

盗賊「(あ~、そういや前に姫様にも同じようなこと聞かれたっけな)」チラッ


戦士「ん? 何だ?」

盗賊「……いや、何でもない」

戦士「?」

盗賊「男ってのはさ、女の前で格好付けたくなるもんなんだよ。きみの部族の男だってそうだろ?」

戦士「ああ、惚れた女に渡す為の獲物の大きさ競い合ったりしている。女が受け入れるかは別だが」

盗賊「へ~、男の勝負ってわけだ」

戦士「そのようだな。私には理解し難いが男達は熱心にやっている。だが、こんな傷は負わない」

戦士「どんな強者でも退く時は退くものだ。お前の場合は度が過ぎているんじゃないか?」


盗賊「そんなことはねえさ」

戦士「……意味が分からん」

戦士「お前は女の前で格好を付ける為だけに無茶な戦いをするのか? こんな傷を負ってまで?」

盗賊「まあ、うん。そうみたいだな」

戦士「何故だ? お前は死を怖れていないのか?」

盗賊「……死ぬことよりも怖ろしいものがあるんだ」

戦士「?」

盗賊「大事な何かを失うことさ」

戦士「信念や誇りか?」

盗賊「ま、それは人それぞれさ。とにかく、それを失ったら二度と立ち上がれない。生きていけないんだ……」


戦士「……死んだら、終わりなんだぞ」ポツリ

盗賊「?」

戦士「命を晒すのは愚か者のすることだ。勇敢と無謀は違う。自らの命を差し出すような真似はするな」

戦士「大事なものを守れても生きていなければ意味がない。だから、生きる為に戦え」

盗賊「……そんな顔しないでくれよ。薬なんかよりそっちの方が沁みる」

戦士「何を言ってる?」

盗賊「……え~っと、そうだな。今のきみがどんな顔してるか分かるかい?」

戦士「知りたくもない」

盗賊「じゃあ教えてやらないとな。何て言うか、迷子の子供みたいに泣きそうな顔してた」

戦士「うるさいぞ。傷口と一緒に口も塞がれたいのか」

盗賊「いつ死んだっていいような目をしてる。俺には生きる為に戦えとか言ったくせに」


戦士「黙れ」

盗賊「戦わない道だってある」

戦士「黙れっ!!」ドンッ

ドサッ…

盗賊「…………」

戦士「……お前に何が分かる」

盗賊「少しは分かるさ。大方、魔王と戦って死ぬ気つもりなんだろ?」

戦士「ああそうだ。その為に生きてきた。それが私の生きる理由、目的だ」

盗賊「復讐か」

戦士「それ以外に何がある。帰るべき家も両親も妹も失った。よく遊んだ幼友達も……」


盗賊「………」

戦士「瞬きの間に辺り一面が火に包まれた。叫び声を上げながら焼けていく様を見た」

戦士「家族と過ごした記憶、皆で作った花の王冠、木登り競争、あの頃は皆が笑っていたんだ」キュッ

戦士「……決して色褪せることのない思い出さえ、あの日以降は辛いものでしかなくなった」

戦士「失ったものは家族だけじゃない。記憶や思い出さえも失った。あの炎に塗り潰された」

戦士「真っ赤な炎が全てを焼き尽くした。いいか、何もかもだ!! 何もかもを奪われた!!」

盗賊「……けど、きみは生きてる」

戦士「っ、うるさいっ!!」

バキッ!

盗賊「……ゲホッ…復讐なんて止めてくれ」

戦士「っ、まだ言うか!!」

バキッ! バキッ! バキッ! バキッ!


盗賊「…ゲホッ…ゲホッ…」

戦士「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

盗賊「………手、大丈夫か? 痛めてねえか?」スッ

ギュッ…

戦士「は、離せっ!!」

盗賊「……聞いてくれ」ギュッ

戦士「う、うるさいっ、お前の言葉なんか聞きたくないっ!! 手を離せ!!」

盗賊「きみには戦って欲しくない。だから、復讐なんて止めてくれ」

戦士「っ、何なんだ。何なんだお前は……言うに事欠いて復讐を止めろだと? ふざけーー」

盗賊「俺がやる」

戦士「…………えっ?」

盗賊「俺が魔王を殺る。だから復讐は止めろ。さっきも言ったろ? きみが戦うとこなんて見たくないんだ」


戦士「……お前、自分が何を言っているか分かっているのか?」

盗賊「勿論分かってるさ」

戦士「ふざけるな……」

戦士「お前には魔王と戦う理由などないはずだ。巫女様に会いに行くのも、さっきの話に出ていた女の為なんだろう」

盗賊「ああ、そうだ」

戦士「なら何故だ。何故戦う。それに何の意味がある。私を憐れんでいるのか」

盗賊「………そっくりなんだよ」ポツリ

戦士「何?」

盗賊「あのさ、妹がいるって言ってたよな。双子か?」


戦士「その問いに何の意味がある」

盗賊「いいから答えてくれ。頼む」

戦士「………ああ、双子だ」

盗賊「やっぱりそうか。じゃあ、もう一つ。きみの部族は元々は遊牧民だったろ?」

戦士「……何故それを知っている。それもニンゲンであるお前が……」

盗賊「決まりだな。戦う理由なら今出来た」

戦士「何だそれは……お前が何を納得したのか私にはさっぱり分からない。説明しろ」

盗賊「きみとさっき話した女の子がそっくりなんだよ。似てるなんてもんじゃない、瓜二つなんだ」

戦士「私とその女が姉妹だと言いたいのか? 断言出来るだけの根拠は?」

盗賊「他の種族とは違う額の一本角が何よりの証拠だ。きみと彼女以外にそんな種族は一度も見たことがない」


戦士「そ、それは確かなのか?」

盗賊「当たり前だろ。こんな悪趣味な嘘は吐くかよ。ただ、彼女には幼い頃の記憶が無いんだ」

盗賊「遊牧民の子だってことは憶えてるみたいだ。でも、受け入れられなかったんだろうな……」

戦士「………姫様」ポツリ

盗賊「?」

戦士「お前が目覚めた時、私を見てそう言った。妹は王宮に囚われていたのか」

盗賊「……ああ、そうだ」

戦士「お前はその理由を知っているのか」

盗賊「……ああ」

戦士「教えてくれ。魔王は何故、妹を攫ったんだ」

盗賊「直接聞いたわけじゃない。これから話すのは仮説、憶測だ。それでもいいのか?」


戦士「そ、それは確かなのか?」

盗賊「当たり前だろ。こんな悪趣味な嘘吐くかよ。ただ、彼女には幼い頃の記憶が無いんだ」

盗賊「遊牧民の子だってことは憶えてるみたいだ。でも、受け入れられなかったんだろうな……」

戦士「………姫様」ポツリ

盗賊「?」

戦士「お前が目覚めた時、私を見てそう言った。妹は王宮に囚われていたのか」

盗賊「……ああ、そうだ」

戦士「お前はその理由を知っているのか」

盗賊「…………ああ」

戦士「教えてくれ。魔王は何故、妹を攫ったんだ」

盗賊「直接聞いたわけじゃない。これから話すのは仮説、憶測だ。それでもいいのか?」


戦士「それでも構わない。話してくれ」

盗賊「……彼女は、輪転器なんだ」

戦士「!!?」

盗賊「もう察しが付いただろ。魔王がきみの部族を襲撃したのは彼女を手に入れる為だ」

盗賊「双子の姉、きみがいるのに何で彼女を攫ったのか。そこまでは流石に分からないけどな」

戦士「そんな……だとしたら、巫女様は全てを知っていて黙っていたのか? 私を育てたのは何故だ? 魔王に輪転器を与える為に部族の皆を裏切ったのか?」

盗賊「お、おい。しっかりしろ」

戦士「何故そんなことをするんだ? 王の力を断ち切るのが目的ではなかったのか? その為に私はお前とーー」


盗賊「ッ!!」

ギュッ!

盗賊「……もう止せ。今は何も考えるな」

戦士「なあ、教えてくれ……」ギュゥ

戦士「私はどうしたらいい。何を信じればいい。誰を憎めばいい。何か言ってくれ。私は、私は……」ポロポロ

盗賊「お互い、今は何を考えても答えは出ない。預言者に答えを聞こう」

戦士「っ、無理だ。情けないことに震えが止まらない。私は、知るのが怖いんだ……」

盗賊「大丈夫、大丈夫だ。俺が傍にいる。怖くなんかない。一緒に聞こう」

戦士「……お前は怖くないのか。全てが仕組まれていたのかもしれないんだぞ。妹との出会いすらも」

盗賊「もしそうだったとしても、俺がやることは変わらない。寧ろ、これではっきりしたよ」

戦士「やること?」

盗賊「女を泣かせた責任は必ず取らせる。戦う理由なんてのはそれだけで充分さ」


盗賊「ッ!!」

ギュッ!

盗賊「……もう止せ。今は何も考えるな」

戦士「なあ、教えてくれ……」ギュゥ

戦士「私はどうしたらいい。何を信じればいい。誰を憎めばいい。何か言ってくれ。私は、私は……」ポロポロ

盗賊「落ち着くんだ。今は何を考えても答えは出ない。預言者に答えを聞こう」

戦士「っ、無理だ。情けないことに震えが止まらない。私は、知るのが怖いんだ……」

盗賊「大丈夫、大丈夫だよ。俺が傍にいる。怖くなんかない。一緒に聞こう」

戦士「……お前は怖くないのか。全てが仕組まれていたのかもしれないんだぞ。妹との出会いすらも」

盗賊「もしそうだったとしても俺がやることは変わらない。寧ろ、これではっきりした」

戦士「?」

盗賊「女を泣かせた責任は必ず取らせる。戦う理由なんてのはそれだけで充分さ」


戦士「女を泣かせた。それが戦う理由?」

戦士「お前はそんなことの為に命を張るのか? 本気で言っているのか? お前は馬鹿か?」

盗賊「馬鹿でも阿呆でも構わない。俺にはそれだけで充分なんだ。それに、もう一つ見たいものが出来た」

戦士「見たいもの? 何だそれは」

盗賊「きみの笑った顔だよ。背負わされた痛みや悲しみは俺が全部拭い去ってやる」

戦士「傷だらけの奴が言っても説得力がないな」

盗賊「……せっかく格好付けたんだ。せめて頬を染めるなり恥ずかしがったりしてくれよ」

戦士「私がそんな女に見えるのか?」

盗賊「そう見えないから見たいんだよ。見せないから見たくなる。分っかんねえかなぁ……」


戦士「分からんな。まったく理解出来ない」

盗賊「そっか、そりゃ残念だ」

盗賊「それより、そろそろどいてくれないかな? 跨がられて抱き付かれたまま話すのは……」

戦士「苦しいか?」

盗賊「まさか、そんなわけないだろ? でもほら、この状況を見られたらあらぬ誤解を生みそうだしさ」

戦士「此処には私達しかいない。だから誤解は生まれないし何も起きはしない。違うか?」

盗賊「……あのさ、それは男として見てないってこと? それとも信用してくれてーー」

戦士「お喋りな鴉だな」ギュッ

盗賊「怖いのか?」

戦士「………もう少し。もう少しだけ、このままでいさせてくれないか。まだ、震えが止まらないんだ」


盗賊「……そっか」

戦士「………」ギュゥ

盗賊「(何か、姫様に抱き付かれた時のこと思い出すな。状況は全然違うけど……)」

戦士「……痛むだろう。殴って悪かった」

盗賊「気にすんな。何も知らない奴に知ったような口を利かれたら殴りたくもなるさ」

戦士「………妹は…その、どうなってた?」

盗賊「ん~、最初は引っ込み思案で自分の気持ちに素直になれないって感じだったな」

盗賊「でも王宮を出てからは明るくなった。気弱に見えるけど、実は気が強くて芯がある。そんな子だよ」

戦士「……そうか。出来ることなら会ってみたいな。記憶がなくとも構わない、色々話したい」

盗賊「きっと会えるさ。というか、ニンゲンにこんなことしていいのか?」


戦士「こんなこと、とは?」

盗賊「今の状況のことだよ。触れたり抱き着いたり、抵抗とかないのか?」

戦士「ニンゲンの方がまだマシだ。火を放った奴等はこっち側の奴等だからな」

盗賊「……そうか。あのさ、襲撃以降は隠れ住んでるのか?」

戦士「ああ、何せ王が直接襲撃したんだ。王に敵視された種族が外で生きるなど危険過ぎる」

戦士「私達が『こうなった』のは他の種族も知っている。私達には此処で生きる他に道はなかったんだ」

盗賊「(姿を消した種族の隠れ里。狐娘が言ってた安住の地ってのは此処なのか?)」

戦士「お前こそ抵抗はないのか?」

盗賊「ん?」

戦士「ニンゲンはこちら側の奴等を蛮族と忌み嫌っているのだろう?」

盗賊「みたいだな。俺は角があろうと尻尾があろうと美女とあれば大歓迎だけどさ」

戦士「……お前の瞳には嘘がないな。妹が信用したのも分かる気がする」


盗賊「そうかな……」

戦士「ああ、お前の瞳は今までに見たことのない色をしているよ。何というか、綺麗だな」

盗賊「口説いてんのか?」

戦士「馬鹿を言うな。だが、これ以上は妹に悪いな。そろそろ退こう」スッ

盗賊「大丈夫か?」

戦士「ああ、もう随分と楽になった。休ませるつもりが余計に無理をさせてしまったな……」

盗賊「いいさ。薬塗って包帯を取り換えてくれただけでも充分だよ。んっ…いってえ」

戦士「無理するな。ほら、服を貸せ」

盗賊「……悪い」

戦士「前屈するようにして両手を下げろ。袖に通したら一気に着せられる。行くぞ?」


盗賊「んっ。何だか急に年取った気分だ」

盗賊「ったく、脱ぐ時は割と楽だったってのに。片腕を動かせねえってのはキツいな」

戦士「肩と胸の傷は癒えるまでに時間が掛かるだろう。完全に治癒するとなるとなれば数ヶ月は必要だ」

盗賊「……そこまで待っていられるほど時間はない。何とかやってくさ。さあ、行こうぜ」

戦士「待て」

盗賊「ん? 何だ?」

戦士「此処からは一定距離を進んだら休息を取るようにする。傷を増やしてしまったしな……」

盗賊「それはもういいって。ほら、行こうぜ」ニコッ

戦士「(私の笑った顔が見たいと言ったが、こいつのように笑えるとは自分でも思えない)」

盗賊「どうした?」

戦士「いや、何でも無い。先に進もう」ザッ

戦士「(いつかはこいつと同じように笑える日が来るのだろうか? 再び外で暮らせる時が来るのだろうか?)」

戦士「(私は『その先』など望んでいなかったはすなのに………何か、妙な気分だ……)」

ザッ…ザッ…ザッ…


盗賊「んっ。何だか急に年取った気分だ」

盗賊「ったく、脱ぐ時は割と楽だったってのに。片腕を動かせねえってのはキツいな」

戦士「肩と胸の傷は癒えるまでに時間が掛かるだろう。完全に治癒するとなれば数ヶ月は必要だ」

盗賊「……そこまで待っていられるほど時間はない。何とかやってくさ。さあ、行こうぜ」

戦士「待て」

盗賊「ん? 何だ?」

戦士「此処からは一定距離を進んだら休息を取るようにする。傷を増やしてしまったしな……」

盗賊「それはもういいって。ほら、行こうぜ」ニコッ

戦士「(私の笑った顔が見たいと言っていたが、こいつのように笑えるとは自分でも思えない)」

盗賊「どうした?」

戦士「いや、何でも無い。先に進もう」ザッ

戦士「(いつかはこいつと同じように笑える日が来るのだろうか? 再び外で暮らせる時が来るのだろうか?)」

戦士「(私は『その先』など望んでいなかったはすなのに………何か、妙な気分だ……)」

ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…

ここまで


ザッ…ザッ…ガサガサッ…

戦士「ん。よし、此処で止まれ」

盗賊「あのさ、こんな調子で大丈夫か? 気遣ってくれんのは嬉しいけど、これで五度目だぜ?」

戦士「いいから腰を下ろせ。話がある」

盗賊「……何だよ、改まって」トスッ

戦士「もうじき集落に到着するんだが、その前に伝えておかなければならないことがある」

盗賊「あ~、しきたりとか掟とか?」

戦士「まあ、そんなものだ。私達には私達の常識というものがあってな。それを知って欲しい」

盗賊「……何だか難しそうだな」

戦士「そう難しい話ではないから安心しろ。誤りのないようにしておきたいだけだ」

盗賊「誤りって?」

戦士「まず、我が部族に長はいない。長と呼ばれる者はいるが権力者というわけではないんだ」


盗賊「仕切ってる奴がいないってことか?」

戦士「そうだ。長とは人望のある者、話の出来る者を指す。分かり易く言うなら世話役だな」

盗賊「何それ、お悩み相談でもしてんのか?」

戦士「正にそうだ。諍いを止めたり仲を取り持ったりする仲介役でもある」

盗賊「へ~、世話焼き婆さんみたいだな」

戦士「認識としてはそれでいい。親しみやすい人物だからな。しかし、先程も言ったように権力者ではない」

戦士「命令を下したりなどは一切しないし強い発言権も決定権もない。それが我が部族の長だ」

盗賊「なら誰が指揮を執るんだ? 例えばこう、狩りに行くぞ。とかさ」

戦士「お前が想像しているような明確な首長はいない。私達は個々の意志で行動する。ただ……」


盗賊「ん? 何だ?」

戦士「集落には皆に尊敬されている戦士がいる。狩人という男だが、大戦士と呼ぶ者もいる」

戦士「奴は孤独を好み、他者を寄せ付けない。しばしば姿を消すこともある」

盗賊「うわぁ、すっげー気難しそうな奴だな」

戦士「ああ。だが、何も言わずとも人を動かす力を持っている。ひとたび武器を手に取れば皆が立ち上がるだろう」

盗賊「長よりもそいつを敵に回した方が厄介ってわけだ。そいつに嫌われでもしたら集落全体が敵になるんだろ?」

戦士「そうなるだろうな」

戦士「いいか、狩人に悪態は付くなよ。本人がどうするかは別として周りが黙ってはいない」

盗賊「そりゃ怖いな。忘れないように傷口にしっかり塗り込んでおくよ」

戦士「是非そうしてくれ。巫女様と話す前に荒事を起こすのは避けたいだろう?」


盗賊「そうだな。集落に入ったらきみの後ろで極力は大人しくしておくよ」

戦士「…………」ジー

盗賊「しらを切る泥棒を見るような目で見ないでくれ。大丈夫だって」

戦士「馬鹿にされたり嗤われたりしても黙っていられるか? 多少の痛みも伴うかもしれないぞ?」

盗賊「大丈夫さ。きみに迷惑を掛けるような真似はしないよ。鴉にだって鳴かない日はあるんだ」

戦士「………本当だろうな?」

盗賊「本当さ。それより一つ聞きたい、狩人と預言者の関係は? 対立してたりすんのか?」

戦士「いや、そこは問題ない。狩人は巫女様に対してある程度の敬意を示している」

盗賊「……なるほど、そいつのお陰で預言者は肩身の狭い思いをするだけで済んでるのか」

盗賊「部族の危機を見過ごした預言者が何で生きてんのか不思議だったけど、これで合点がいった」


戦士「………」

盗賊「っ、ごめん。別に貶すようなつもりはなかったんだ。ただ、さっきから気になっててさ。悪かった……」

戦士「……いや、いい。お前の言う通りだ。狩人がいなければ巫女様は殺されていただろう」

盗賊「狩人は何で預言者を…その……」

戦士「生かしておいたのか、か?」

盗賊「………ああ。だって他の奴等は嫌ってんだろ? 何で狩人だけが?」

戦士「分からん。殺すつもりならとっくに殺していただろう。奴は語らない、皆を煽動するようなこともしない」

戦士「やるとしたら一人だ。その意志を誰に告げることもない。標的に忍び寄り無慈悲に粛々と実行する」


盗賊「……怖ろしい御方ですね」

戦士「実際にそうだからな。寡黙で逞しく、恵まれた体格と優れた力を持ち。それをひけらかす真似もしない」

盗賊「へ~、そりゃあ老若男女問わず好かれるわけだ。本物の格好良い男ってやつだな」ウン

戦士「ああ、だからこそ信頼も厚い。付け加えておくと、狩人はお前のような奴が大嫌いだ」

盗賊「うん、そうだろうね。そんな気はしてた。俺もそういう奴が苦手だから気持ちは分かるよ」

戦士「しつこく言うが本当に気を付けろよ。もし会っても要らぬことは絶対に言うな」

盗賊「分かってるさ。でも、良かったよ」

戦士「良かった? 何が?」

盗賊「いやほら、色々と訳ありって感じだけど狩人と預言者は対立してないんだろ?」

盗賊「その二人が敵対関係になくて本当に良かったと思ってさ。俺は預言者に会えればいいわけだし」

戦士「胸をなで下ろすにはまだ早い。巫女様に会うまで……いや、集落に入ってから出るまで気は抜くな」


盗賊「分かっております」

戦士「……はぁ、幾ら身を案じてもこれだ。見知らぬ土地に足を踏み入れるんだぞ? 少しは緊張感を持ったらどうだ」

盗賊「ぶっ倒れそうなくらい緊張してるよ。表に出してないだけさ」ニコッ

戦士「(これだけ言ってもまだ笑うか。雲の如く掴み所のない男だな。その胆力も凄まじい)」

戦士「(いち戦士として、この男がどんな道を歩んできたのか興味がある。しかし……)」チラッ

盗賊「はぁ~、どれもこれもすっげえ樹だ。こんだけ大きいと登ってみたくなるな」ウズウズ

戦士「やめろ馬鹿。今の自分がどんな有り様なのか忘れたのか、このニワトリ頭」

盗賊「冗談です」

戦士「……はぁ、まあいい。これで話は終わりだ。そろそろ行くぞ」


盗賊「そうだな。さぁて、行くかぁ」ノビー

戦士「(こんな奴だ。どんな道を歩んできたのか聞いた所で真面目に答えはしないだろうな)」

盗賊「急がなきゃならないとは分かってるけど、どんな所なのか楽しみだな」

戦士「(まったく、子供のような奴だな。怖れも迷いもなく、ただただ明るく温かい表情をする)」

ザッ…ザッ…

戦士「(思えば、以前は皆もこうだったな。明るく陽気で大らかで、温かい心を持っていた)」

戦士「(日の光を浴び、涼やかな風を受け、空を見つめ、何処までも続く草原を駆ける)」

戦士「(……皆がそうだった。あの日が訪れるまでは……)」

戦士「(今では家族を失った癒えぬ痛みと深い悲しみ。それらを抱えながら鬱々と過ごす日々)」

戦士「(あれから十数年が経ったが皆の時は止まったままだ………)」チラッ

盗賊「?」

戦士「(この男にとってはいい迷惑だろうが、期待している自分がいる。出会ったばかりだというのに……)」

戦士「(……こいつが私に与えてくれたもの。言葉には出来ない『それ』を皆が感じてくれたなら。もしそうなれば、きっと何かが変わる)」


【玉座の間】

老人「よくぞ無事に帰ってきた。礼を言うぞ」

騎士団長「……いえ。しかし、未だに現状が理解出来ません。御子息、将軍はなにゆえに姫様を?」

老人「あれが何を考えて兵を差し向けたのかは分からん。ただ、事が事だ。あれは地下牢に入れてある」

老人「娘の命を狙ったのは許せぬが、盗賊を捕らえられなかったとは不甲斐ない奴よ」

騎士団長「(攫えと依頼しておきながら何を……一体何を考えておられるのだ)」

老人「もう下がってよいぞ。疑問はあるだろうが今は傷を癒せ」

騎士団長「陛下、私に処罰は無いのですか?」

老人「何を言うかと思えば……」

騎士団長「如何なる理由があれど、職務を放棄して出奔したのは罪であります」

老人「お主は娘を捜し出しただけでなく、その身を挺して暗殺者から守り抜いたのだ。どう処罰しろというのだ?」


騎士団長「部下に示しが付きません」

老人「フッ、如何にもお主らしい。まあよい、お主には謹慎を申し付ける」

騎士団長「そ、それでは余りにーー」

老人「軽い、か?」

騎士団長「…………」

老人「分かってくれ、儂が与えられる罰はこれが精一杯だ。娘の恩人を罰する親など何処にいようか」

騎士団長「(これが本心でないことは私にも分かる。が、今の私が何を問おうと得られるものは何もない)」

騎士団長「(だが、ただ一つだけ確かなことがある。以前の陛下とは何かが違う。何かが……)」

老人「ふむ、色々と思い悩んでいるようだな。迷い、憂い、戸惑い。そして、疑念」


騎士団長「!!?」

老人「フッ…今は何も分からぬだろう。しかし、いずれ分かる時が来る。そして、その時は近い」

騎士団長「……その時、とは?」

老人「珍しく質問が多いな。お主から怖れを感じるぞ。何を怖れる? 何かを『知った』か?」

騎士団長「(な、何もかも見抜かれている。いや、見透かされているのか?)」

老人「誰に何を聞いたのかは知らぬが、妄言に惑わされるな。己の目で真実を見極めろ」

騎士団長「……っ、はい。では、失礼します」

老人「あぁ、言い忘れるところであった」

騎士団長「何でしょうか?」

老人「娘に此処へ来るようにと伝えて欲しいのだ。今すぐにでも顔が見たい。今すぐにな……」


騎士団長「………」ゾクッ

騎士団長「(今になって、今になって初めて、私の目の前にいるのが何者であるのか理解した)」

老人「先程より顔色が悪い。どうやら血を失い過ぎたようだな。早く戻って治療を受けるがよい」

騎士団長「……そうします」

老人「娘への言伝、頼んだぞ」

騎士団長「了解致しました。では……」

ザッ…ザッ…

騎士団長「(瞳の奥底に何かが潜んでいた。あれが姫様の言っていたものなのか?)」

騎士団長「(澱んだ水底に沈められたような息苦しさを感じた。それに酷い寒気がする。これは血を失ったからではない。怖れているからだ……)」

騎士団長「(ッ、冷や汗が止まらん。姫様の言っていた通り『あれ』は我々とは違う)」

騎士団長「(間違いない、あれこそが姫様の危惧している存在。封じられし、王の力……)」

ここまで


ギギィ…パタンッ…

騎士団長「……何だ、これは…」

ザワザワ…

『では、将軍指揮下の特殊部隊が姫様を襲ったと?』

『どうやらそうらしい。姫様のことは騎士団長殿がお守りしたようだ』

『陛下の命で騎士団も駆けつけたらしいぞ。幾ら騎士団長殿といえど、お一人では守り抜けなかっただろう』

『御子息に対しても警戒していたのか。流石と言うべきか、用心深いと言うべきか……』

『貴様、口が過ぎるぞ。しかし、将軍は何故に姫様を亡き者にしようとしたのだろうな』

『輪転機が関係していると聞いた。不死の力を求めたのかもしれない』


『俺は世継の問題だと聞いた。陛下は姫様を次期の王にするつもりだとか何とか……』

『何を思って将軍に付いたのか分からないが余りに浅薄だ。処刑は間違いないだろう』

『ああ。それもそうだが、陛下は徹底的に叩くだろうな。一切の埃が出なくなるまで……』

『敵と見做せば我が子にも容赦無しか。何とも怖ろしい御方だ』

『何を馬鹿なことを、それは王として当然のことだ。時には冷徹にならねば国を統治出来ん』

『ところで姫様は? またあの部屋に?』

『いや、亡きお妃様の部屋に移ったようだ。盗賊の件もあったからな』


『その盗賊は何処に?』

『姿を消したらしい。目下捜索中のようだが、果たして見付かるかどうか……』

『確かに。何せ、二度も王宮に忍び入った奴だ。そう簡単に見つかるとは思えない』

『しかし謎だな。結局、奴は姫様を攫って何をしたかったのだろうか?』

『さあな、狂人の考えることなど分からんよ。いや、理解したくもない』

『お前達、此処で何を言おうと勝手だが姫様が攫われたことは口外するな。あらぬ噂が立つ』

『言われずとも分かっている』

『姫様は王宮から出たことなどない。異性に触れたことなど一度もない』

『そうだ、それでいい。我々も民も何が起きたかなど知らない。いや、そもそも何も起きていないのだ』

騎士団長「(何と騒々しいことか。嘗て、これ程までに王宮が揺れたことがあっただろうか)」

騎士団長「(……いや、事の重大さを鑑みれば仕方のないことなのかもしれん)」


ザッ…

騎士団長「……皆、道を開けてくれないか」

『騎士団長殿!!?』

『も、申し訳ありせんっ!!』サッ

騎士団長「………」ザッ

『……見ろ、甲冑が傷だらけだ』

『凄まじいな、正に命を賭して守り抜いたのだろう。あの甲冑に刻まれた傷こそがその証だ』

『突然王宮から姿を消したかと思えば姫様を保護しての帰還。何とも凄まじい行動力だ』

『出奔したと聞いた時は耳を疑ったが全ては姫様の為、延いては陛下を思ってのことだったのだろう』

騎士団長「(……過大評価だ。私は後先考えずに突っ走っただけの愚か者に過ぎない)」

騎士団長「(ッ、私のことなどどうでもいい。一刻も早く姫様にお伝えせねば。私がこの眼で見たものを……)」ザッ


騎士団長「やれやれ、やっと着いたな」

騎士団長「廊下にあれだけの人数がいると此処まで来るにも一苦労……?」

射手「……姫様に何か用か?」

騎士団長「そうか、貴様が警護を担当していたのか。姫様の具合はどうだ? お怪我は?」

射手「……安心しろ、何ともない。お前はどうだ? 手当ては受けたのか?」

騎士団長「俺なら大丈夫だ。手当てなら到着した際に受けたからな」

射手「……顔色が悪いな。もう一度しっかり治療を受けろ。それから沢山飯を食え」

騎士団長「ああ、姫様への報告が済めばそうするとしよう。む、そう言えば、まだだったな」


射手「?」

騎士団長「礼がまだだった。姫様の下に駆け付けてくれたこと、心より感謝する」ザッ

射手「……礼はいい。ただ、もう無茶はするな。部下の皆が心配していたぞ」

騎士団長「そうか。皆には後で詫びなければならないな」

射手「……私も、心配した」

騎士団長「そ、そうか。それは済まなかったな。それより、姫様にお話せねばならないことがある」

射手「……分かった」

コンコンッ…

王女『はい』

射手「……騎士団長です。姫様にお話ししたいことがあると申しております」


王女『分かりました。通して下さい』

射手「……さ、入れ」スッ

騎士団長「姫様、失礼します」

ガチャッ…パタンッ…

王女「騎士団長さん、王はどうでしたか?」

騎士団長「……以前とは明らかに様子が違っております。瞳の奥底に但ならぬ何かを感じました」

王女「そうですか……」

騎士団長「それと、陛下がお呼びです」

王女「分かりました。王が呼んでいるのであれば行かなければなりませんね。あまり気は進まないですけれど……」スッ

騎士団長「ッ、待って下さい」

王女「?」クルッ

騎士団長「一つ、お訊ねしたいことがあります。どうか正直にお答えて下さい」


王女「何でしょう?」

騎士団長「………あなたは誰です?」

王女「………」

騎士団長「今の姫様は、人が変わったなどという表現では済まない程に……その、違っています」

王女「違う? 何が違うというのですか?」

騎士団長「迂遠な会話は不要です。お答え下さい。私は知りたいのです、真実を……」

王女「……いつ、お気付きになったのですか?」

騎士団長「奴を逃がす案を練っている時です。貴方は我々に対して指示を出しました」

騎士団長「自らが先に街を出ることで囮となり奴を別の道から逃がす。貴方は我々にそう『命じた』」

王女「ええ、確かにそう言いましたね。それのどこが不自然だったのでしょう?」

騎士団長「不自然ではないこと、それを不自然に感じたのです。まるで『慣れている』かのようでした」


王女「なる程、そうでしたか……」

騎士団長「…………」

王女「………騎士団長さん。あなたは真実を知りたいと、そう言いましたね?」

騎士団長「はい」

王女「お話しするのは構いませんが、わたしが語る真実を信じることが出来ますか?」

王女「自分で言うのも妙ですが、とても信じ難いものだと思いますよ?」

騎士団長「王の力や死の騎士のことですか?」

王女「それは表面的なものに過ぎません」

騎士団長「?」

王女「あなたが知ろうとしているのは原因と結果。言わば、今に繋がるまでの全てです」


騎士団長「今に繋がる全て……」

王女「ええ、そうです」

王女「本当に真実を知りたいのであれば付いて来て下さい。わたしはこれから、その原因と話さなければなりません」

騎士団長「原因?」

王女「ええ、あの者に宿るもの。王……いえ、輪転器から溢れ出ようとしている存在です」

王女「わたし個人としては、あなたにはこれ以上のことを知って欲しくはありません。知らずともよいこともあるのですよ?」

騎士団長「……いえ、行きます。中途半端には出来ません」

王女「後悔することになりますよ? 今ならまだ間に合いますが、本当に宜しいのですか?」

騎士団長「構いません。貴方が何者かは分かりまんが、私は姫様を守ると誓いました」

王女「……早速で申し訳ありませんが、それはもう叶いません」

騎士団長「何をーー」

王女「正直に話せと仰ったので正直に話します。あなたが姫様と呼ぶ存在はもういません」

王女「これは嘘でも冗談でもありません。これもまた、あなたが求めた真実の一つです」


騎士団長「……何を、言っている」

王女「彼女は存在しないと言ったのです。彼女はわたしの器となってしまいましたからね」

王女「輪転器のことは既にご存知でしょう? 彼女はわたしの輪転器なのですよ」

王女「器となった者は消える。わたしという存在が流れ込んだ時、彼女は彼女でなくなった」

騎士団長「そんな馬鹿な話がーー」

王女「いいえ、あなたは既に分かっている。だからこそ、こう訊ねたのです」

王女「『貴方は誰か?』と」

騎士団長「それはっ…」

王女「真実は否定しようがない。目の前に在るものならば余計にそうでしょう」

王女「例え己の理解を超えていようとも、今のあなたは感じているはずです」

王女「わたしが王女なる存在ではないこと。そして、わたしの言葉に嘘偽りの無いことを」

ここまで


騎士団長「………有り得ない」

王女「有り得ない、ですか。それは信じ難いものを目にした時などに口にする言葉ですね」

王女「あなたの場合はそれを口にすることで心を保とうとしている。求めた真実を否定してまで……」

騎士団長「違う。体を残して命が消えるなど有り得るはずがない。そう言っているのだ」

王女「では、目の前にいる存在をどうやって証明するのですか? 気が触れたとでも?」

騎士団長「ッ、貴方こそ、どうやったらそんなことが出来る。それこそ証明しようがないはずだ」

騎士団長「肉体はそのままに姫様が亡くなったなど到底信じられるものではない」

王女「では、憑依しただとか乗り移ったとでも言えば納得するのですか? それはそれで疑わしいと思いますが?」

騎士団長「これは納得出来る出来ないの話ではない。これは余りにーー」

王女「あまりに荒唐無稽、まるで絵空事のようだ。ですか?」


騎士団長「………」

王女「随分と思い悩んだ顔をしていますね。真実を感じていながら理解は出来ていない」

王女「……いえ、直感が真実だと告げているけれど心が理解したくない。でしょうか?」

騎士団長「(ッ、そうだ。感じてはいる。目の前の存在が姫様ではないであろうことも分かっている……)」

騎士団長「(紡ぐ言葉に内包された強い意志。気圧される程の存在感と威圧感。これらは姫様のような少女が身に付けられるものではない)」

騎士団長「(それ故にこれが嘘ではないと分かる。理解したくなくとも理解させられる。しかし……)」

王女「もう一度言いますが、これは現実です」

王女「わたしはこの子を器として転生してしまいました。千と余年の時を経て」


騎士団長「……千と、余年?」

王女「ええ、あの人と別れてからそれだけの年月が経ちました。本当の本当に気の遠くなるような時間が……」

騎士団長「………改めて問います。貴方は誰です」

王女「あら、最初の質問に戻ってしまいましたね」

騎士団長「答えて下さい」

王女「……先程とは顔付きが変わりましたね。とても強い決意を感じます。迷いは消えましたか?」

騎士団長「決意などではありません。腹を括っただけのことです。さあ、お答え下さい」

王女「……そうですか。では、あまり時間もないので簡潔に申しましょう」

王女「わたしは魔王と呼ばれた存在。王の力をその身に宿した最初の王です」


騎士団長「(力を宿した、始まりの王……)」

王女「あら、あまり驚かれないのですね」

騎士団長「驚くだけの余裕がないだけです。お気になさらず、そのまま続けて下さい」

王女「分かりました。では続けましょう」

王女「長くなるので力を宿した経緯は省きますが、王の力は途轍もなく強大でした」

王女「そこでわたしは、力を封印することにしたのです。暴走を防ぐために」

騎士団長「しかし、力は代々の王にーー」

王女「ええ、そうですね。封印された力は代々受け継がれてきました。わたしと共に」

騎士団長「……い、意味が分かりません。どういうことです?」


王女「わたしと共に封印したのです。あの時、わたしと王の力は一つでしたからね」

王女「抑え付けたと言うべきか縛ったと言うべきか。何と言えば良いのでしょうね」

王女「え~っと、分かり易く言うなら力を閉じ込めました。わたしが容れ物なったのです」

騎士団長「容れ物、ですか」

王女「そうです。それこそが輪転器の始まり」

王女「わたしが力を封じ込めた容器だとすれば、輪転器となった者は容器の容器ということになります」

騎士団長「あの、いまいち意味が……」

王女「あっ、申し訳ありせん。少々分かり辛かったですね。わたしと王の力、双方を受け継いできという意味です」

騎士団長「……王の力は貴方が封じた。王は代々、貴方と王の力の双方を受け継い……双方?」


王女「わたしと共に封印したのですよ。あの時、わたしと王の力は一つでしたからね」

王女「抑え付けたと言うべきか縛ったと言うべきか。何と言えば良いのでしょう……」

王女「え~っと……分かり易く言うなら力を閉じ込めました。わたしが容れ物となったのです」

騎士団長「……容れ物、ですか」

王女「そうです。それこそが輪転器の始まり」

王女「わたしが王の力を封じ込めた容器だとすれば、輪転器となった者は容器の容器ということになります」

騎士団長「あの、いまいち意味が……」

王女「あっ、申し訳ありせん。少々分かり辛かったですね。わたしと王の力、双方を受け継いできたという意味です」

騎士団長「……王の力は貴方が封じた。王は代々、貴方と力の双方を受け継い……双方?」


王女「ええ、そうです。双方です」

騎士団長「では、貴方が此処にいるということは……」

王女「お考えの通りです。わたしがこの輪転器に入ったことにより封印は解けつつあります」

騎士団長「(……街を出る間際に言っていた王の力の封印とはこのことだったのか)」

王女「どうしました?」

騎士団長「いえ、それより封印はどうなるのですか? 私が見たものは、今の陛下の中にいるのは何なのです?」

王女「あなたが見たものは、輪転器から溢れ出つつある王の力そのものです」


騎士団長「力そのもの?」

王女「ええ。厄介なことに、あれには意志があります」

王女「我々とは決して相容れぬ意志。とても危険なものです。わたしはそれ故に封印を施しました」

騎士団長「それ程までに危険なものであるなら何故に……転生、でしたか? それを実行したのですか?」

王女「……誘惑に負けたのです。わたしの輪転器と成り得る者。つまり、この子の現れによって」

騎士団長「誘惑?」

王女「……あの人に会いたかった。あの人に触れたかった。あの時のように抱き締めて欲しかった。あの時のように、もう一度……」

騎士団長「………」

王女「もし次があるのなら、次こそは自分の望みを叶えたい。そう思い続け、そう願い続けていました……」


騎士団長「(自分の、望み………!!)」

王女『自分の気持ちを押し殺し、あの場所に閉じ籠もっているのはとても苦しかった』

王女『皆の為に諦めた自分の想いや願い。それらを見続ける毎日でした。あの日から、ずっと』

騎士団長「(そうか、そうだったのか。あの時の言葉はこういうことだったのか)」

王女「……千年という月日は、余りに長すぎました……」

王女「王の力を封じることは出来たというのに、時が経つにつれて強くなる自分の想いを封じることは出来なかった……」

騎士団長「…………行きましょう」

王女「えっ?」

騎士団長「知りたければ付いて来て下さい。そう言ったのは貴方です」

王女「いいのですか? わたしは王女ではないのですよ? あなたが守ると誓った者ではないのですよ?」


騎士団長「もし……」

王女「?」

騎士団長「もし姫様が『戻られる』ことがあるのなら、私は貴方を守らなければならない」

王女「残念ですが、そんなことは有り得ーー」

騎士団長「証明出来ますか? そんなことは有り得ないと断言出来ますか?」

騎士団長「私にとっては貴方の存在ですら信じ難く有り得ないものなのです。ですから、私は信じられる」

王女「信じる?」

騎士団長「はい。有り得ないと思えるようなことも時には起こり得る。貴方の存在が正にそうです」

騎士団長「姫様は戻らないと言われようと、そんなことは有り得ないと言われようと、私は信じます。姫様は必ずや戻って来ると信じています」

王女「……そうですか。では、わたしからはもう何も言うことはありませんね……」

騎士団長「……さあ、行きましょう。真実を知る覚悟は出来ております」

王女「分かりました。では、参りましょうか。王が……あの者が、わたしを待っています」


ガチャッ…パタンッ

射手「……長かったな」

騎士団長「諸々の状況整理をしていたのだ。陛下には街での出来事を改めてお伝えしなければならない」

射手「……ということは、お前も一緒に?」

騎士団長「ああ、俺は姫様と共に陛下の元へ行く。先程は詳しく話すことが出来なかったからな」

射手「……そうか。ところで姫様は?」

騎士団長「何やら探し物があるらしい。少しばかり待っていて欲しいとのことだ」

射手「……そうか」

騎士団長「………ああ……」

射手「……っ、私も一緒に行ーー」

騎士団長「駄目だ。扉の前で何を聞いていたのか知らんが妙な気は起こすな」


射手「……私では守れないと?」

騎士団長「そういうことではない。そもそも貴様には俺と共に来る理由がない」

射手「……理由なら、ある。私はーー」

騎士団長「如何なる理由があろうと来る必要は無い。貴様は絶対に来るな」

射手「……何故だ。何故私では駄目なんだ」

騎士団長「……貴様はこの先を知らなくていい。知る必要もない。だから、これ以上は立ち入るな」

射手「……っ、何だそれは、警告のつもりか」

騎士団長「警告ではない。貴様の身を案じて言っているのだ。どうか、分かってくれ……」

射手「……私だって…私だってお前をーー」

ガチャッ…パタンッ

王女「申し訳ありせん。お待たせしました」

騎士団長「お探しの物は見付かりましたか?」

王女「……いえ、見付かりませんでした。おそらく襲撃の際にでも落としてしまったのでしょう」

王女「非常に残念ですけれど無いものは仕方がありません……さあ、参りましょう」


騎士団長「分かりました。後は頼むぞ」

射手「……っ、分かった」

騎士団長「俺に…いや、王宮に何かあれば峡谷を目指せ。突然こんなことを言われても意味が分からんと思うが心に留めて置いてくれ」ポツリ

射手「待っーー」

騎士団長「行ってくる。備えは怠るなよ」

ザッザッザッ……

射手「……っ、いつもこれだ。お前はいつの時もそうだ。私が傍に立とうとする度に背を向ける。何も言わせずに遠ざける……」ギュッ

ーーーー
ーーー
ーー


ギギィ…バタンッ

王女「………」

騎士団長「………」

老人「……来たか。遂に、遂にこの時が来たのだな。我が子よ、愛しき娘よ……」


王女「あなたの娘になった覚えはありません」

老人「お主も儂から生まれ出た一つだ。娘と呼ぶことに差し支えはあるまい」

王女「……その者の意識はあるようですね。残り僅かのようですが」

老人「うむ、器に選ばれただけのことはある。今の儂では破ることは出来ぬだろう」

老人「しかし老いた器の意識など直に霧散する。現に儂は儂自身の言葉で話している」

王女「………」

老人「これが消えた時、儂は再臨する。この者の比ではない、若く強靱な器を得て……」

王女「……なる程、そういうことですか」

騎士団長「(まるで意味が分からん。王の輪転器とは姫様のことではなかったのか?)」

老人「否、王の輪転器はその娘…王女ではない」

騎士団長「!!?(やはり読まれている? しかし、心を読むなどーー)」

老人「不可能ではない。自らが不可能であるとするから不可能なのだ。本来ならば全ては…まあ、よい………」


老人「まあよい、今はお主の疑問に答えをくれてやろう」

老人「王女とは我が子の輪転器。王の輪転器は別にある。誰の手も届かぬ場所にな」

騎士団長「…………」

老人「今すぐにでも転生したいところだが、あれは儂が動かずともやって来る。自らの意志で、あの忌々しい鴉と共にな」

騎士団長「……貴方は、一体……」

老人「儂については既に聞き及んでいるはずだ」

騎士団長「……王の力。今の陛下に宿っているのは、王の力そのものだと……」

老人「宿っている? そう言ったのか?」

王女「…………」

老人「フフッ…そうか。己が犯した罪を告げることなく、それを真実としたか。何とも醜い娘よ」


王女「………」キュッ

騎士団長「罪?」

老人「その娘は儂から力を奪った。大義や世の為などではなく、たった一人の男の為にな」

騎士団長「……馬鹿な。王の力とは相容れぬ意志を持つ存在、それ故に封じられたはずだ」

老人「封じた?封じただと? それは間違いだ。その女は愛に狂った。狂った末に輪廻さえも狂わせた」

騎士団長「何を……」

老人「儂が真実を与えてやる。お主は真実を得るために此処に来た。これまでのように」

騎士団長「これまで? 何を言ってーー」

老人「三百年毎に起きたニンゲンとの戦を疑問に思ったことはないか? ニンゲンとお主等種族が別たれたことを疑問に思ったことはないか? ニンゲンと別たれた原因が何であるか知っているか?」


騎士団長「だから何をーー」

老人「全ての原因はその娘にある。神の一柱として生まれながら、愚かにもニンゲンを愛した憐れな女」

老人「鴉は人の子。世に在る全ての者の為に我と戦い、戦いの果てに散って逝ったニンゲンだ」

老人「しかし、その女は鴉の死を受け入れなかった。あろうことか儂から力を奪うことを選択した」

老人「元々は我を亡き者にすべくニンゲンとお主等種族は手を取り合っていた。だが、その女が『それ』を選択したことでニンゲンとお主等は別たれた」

老人「分かるか? 全ての原因、今に至る全てはその女の『選択』によって生じたのだ」

老人「最後の最後に倒すべき者の力を欲し、全てを裏切った。逆らう者は奪った力でねじ伏せた。それこそが魔王と呼ばれる所以」

老人「その身に我が力を宿し、器が老いては転生を繰り返す化け物。愛する男との再会を千年以上も待ち続けた狂神よ」


王女「………」

騎士団長「な、何故黙っているのです。こんな馬鹿げた話はーー」

老人「その沈黙こそ肯定の証。これは揺るがぬ真実である」

騎士団長「ッ、そんな突飛な話を信じられるものか。空想や妄想の類にしか聞こえん」

老人「まあよい、いずれは信じる。いや、望む望まざると信じざるを得ない時がやって来る」

老人「今は信じずとも、お主は知らねばならない。これまでと同じように、真実の語り部として」

騎士団長「……真実の、語り部?」

老人「これもまた狂わされた輪廻。三百年毎に現れる歴史の語り部、真実の求道者。それがお前だ」

老人「始まりの時から数えて四人目になる。おそらく、お主が最後の語り部となるだろう」

騎士団長「……馬鹿げている」

老人「そう言うだろうと思っていた。しかし、お前には否定は出来ない。否定しようがない」


騎士団長「ッ、何が言いたい」

老人「お前という存在に対して言うことなど何もない。重要なのは知るということだ」

老人「これはお前自身の為ではない。聞け、そして知れ。それがお前に出来る唯一だ」

騎士団長「(声がのし掛かってくるようだ。この呑み込まれるような感覚は何だ……最早、声を出すことすら……)」

老人「話を続けよう。その娘は儂から生まれ出た一つ。神の一柱にして維持を司る者」

騎士団長「(神? 神だと?)」

老人「お主等の言葉を借りればな。ただ、そもそも儂は神などという存在ではなかった。無論、王の力でもない」

老人「神という存在に堕とされたのだ」

老人「森羅万象、触れ得ぬ全て、それが儂だった。貴様等が神などと名付け提議定説し崇めるまでは……」


騎士団長「…………」

老人「神と名付けられたそれは意志を持ち、触れ得ぬはずの存在は実体を得て世に降り立った。それが儂だ」

老人「そこから生まれ出たのがその娘よ。神の一柱、世を維持する者としての役目を持ってな」

老人「同じ神であるからこそ儂の力を御することが出来た。人の身では器となることすら不可能」

騎士団長「(不可能? では、人の身である輪転器は何故ーー)」

老人「実に模範的な疑問だ。人の身で不可能あるのなら何故に輪転器は我の力に耐えられたのか」

老人「その女が『封じた』と言うのはその点だ。輪転器から溢れ出さぬよう、自らを力の器としたのは事実だ」

老人「しかし、これらはあの男の為に行った処置に過ぎない。醜く歪んだ愛によって生じた因と果」

老人「百年が経った頃から狂い始め、遂には儂の力を使って鴉の輪転器を生み出した。此度は己の輪転器さえも生み出した」

老人「全てはあの時に叶えられられなかった夢を叶えるため……」

老人「愛する男と添い遂げる為だけに我を解き放ったのだ。あの時をなぞるように」

騎士団長「(……たった一人の意志。それが世界を創造したというのか? これが事実だとしたら……)」


老人「そうだ。狂っている」

老人「下らぬ愛などに執着した結果がこれだ。その女が世界と輪廻を歪めたのだ。己の意志でな」

王女「……終わりにする為です。間違いを正すにはこうするしかなかった」

老人「正す?正すだと? お前がか? 狂った神が何を正す? 笑わせるな、正せるわけがない」

老人「結果など目に見えている。お前が何をしようと更に狂わせるだけだ」

王女「あなたには分からないでしょうね。全てを始まりに戻そうとする、あなたには……」

騎士団長「(……どういう意味だ)」

王女「この者は元に……全てに還ろうとしているのですよ。世に在る全てを呑み込んで……」

老人「聞き間違えでなければ罵っているように聞こえるな。己がしでかした事は棚上げか、どこまでも自分本位な醜女よ」

王女「先程から聞いていれば随分とそれらしい口を利くようになりましたね。全てであった者、全ての力であった者よ」


老人「……何が言いたい」

王女「あなたは強烈な自我を得た。そうなった今でも元に戻ることが出来ると思いますか?」

老人「我に出来ぬことなど無い。どうあろうと結果は変わらぬ。あの時と同じように鴉は死ぬ」

老人「ただ一つ違うとすれば、此度は貴様も死ぬということだ。望みを叶えられぬまま消え去るがいい」

王女「あの時とは何もかもが違いますよ。あなたもわたしも、辿る結末も……そして、彼も……」

老人「……欠片を渡したな」

王女「ええ」

老人「奴を鴉に仕立ててどうする? 再び我と戦わせる気か? それで何が変わる?」

王女「何もかも。わたしの選択すらも」

老人「愛する男に尻拭いをさせる気か? 醜悪な神もいたものだな。貴様のような女に愛された鴉が不憫でならん」

王女「……否定はしません。ですが、あなたには消えてもらいます。次こそは、世の為に……」

老人「戯言を抜かすな。鴉は彼の地に在り、輪転器と共に此処へ来るが定め。何も変えられはしない」


王女「果たしてそうでしょうか」

老人「……何?」

王女「人の心は時に予想外の行動を生む。愛というものは男女間だけのものではありません」

老人「愛に狂った貴様が真っ当な愛を語るか。いや、狂っているからこそか? 何にせよ滑稽なことだ」

王女「全ての出来事は想いから始まると言っているのです。それが愛であれ憎しみであれ、変化はそこから訪れる」

老人「………」

王女「そう言えば、あなたには息子がいましたね。彼はあなたをどう思っていましたか?」

老人「何とも下らん問いだ。貴様もこの器の中にいたのだから知っているだろう」

王女「ええ、知っています。あなたが父であるのかどうかを何度か疑っていましたね」

老人「そんなことか、最早どうでもよいことだ。あれならば既に破棄してある」

老人「貴様がその輪転器に移った時でも良かったのだが、何やら策が見えたものでな」


騎士団長「(破棄……)」

騎士団長「(やはり、この者は我々とは違う。いや、この者だけではない。姫様の中に在る者も……)」

王女「策とは?」

老人「あれは貴様が此処へ来るきっかけ、鴉が彼の地へと旅立つきっかけを作った。そうなれば用は無い」

老人「父上などと慕ってくる様は鬱陶しくて仕方が無かったが、存外使える男だった。もう使い物にはならんだろうが」

王女「……そうですか」

老人「何だ、まさか身を案じているのか? 魔王として数え切れぬ命を奪った貴様が」

王女「いえ、案じてなどいませんよ。ただ、想像通りの答えに落胆しただけです」

老人「貴様が何を期待していたのか知らんが事は順調に運んでいる。後は輪転器を待つのみだ」

王女「器が此処まで無事に辿り着けると? 随分と信頼しているのですね」


老人「……信頼、それは鴉のことを言っているのか?」

王女「ええ、もちろん。彼以外の誰が器を守ると言うのですか?」

老人「……奴はしぶとい。能力的には有角族や獣人族より劣っているが、種族を超えた何かを持っている」

老人「思い出すだけでも忌々しいが、我は奴のそこに敗れたのだ。貴様が言うところの想いとやらにな」

王女「怖れているようですね。彼を」

老人「怖れ? そんなものはない。確かに奴には敗れた。しかし、我を殺す術など存在しない」

王女「……己の変化にすら気付いていないとは、あなたも憐れですね」

老人「挑発のつもりだろうが、あまり図に乗るな。新たな器に入らずとも貴様を消すことなど容易い」

王女「そうですか。では、出来るのにそうしないのは何故です?」

老人「貴様のことは鴉の目の前で消すと決めているからだ。そうなれば我が手を下さずとも鴉は壊れる。死は、貴様の存在なくして保てない」

王女「随分と悪趣味になりましたね。全てであった者の言葉とは到底思えませんよ?」

老人「貴様にだけは言われたくはない。己の欲望の為だけに数多の命を奪った気狂い女が」


王女「………」

老人「そうだ。本来なら語ることなど出来はしない。いや、口を開くことすら許されない」

老人「事の発端であり歪みの根源である貴様に、自戒や弁解など許されるはずがない」

老人「何せ、己の望みを果たす為に数え切れぬ者共の運命を狂わせた大罪人なのだからな」

老人「その元凶たる貴様が、開き直った挙げ句に間違いを正すなどど言い出すとは恐れ入る」

王女「…………」

老人「……まあよい。鴉が来れば全てが終わるのだ。結末は変わらん」

騎士団長「(……全てはこの者達によって引き起こされたことなのか。これまでの、全てが?)」

騎士団長「(これが真実であるなら悪夢としか言い様がない。この者達の意志によって、世界は無に帰すというのか……)」


老人「そうであった。まだ、お主がいたな」カツン

騎士団長「(……何だ…)」

老人「先程語ったことは貴様を通して世に伝わった。此処には居らぬ者、誰も彼も何もかもが真実を知ったであろう」

老人「つまり、貴様は語らずして語り部の役目を果たしたと言うわけだ」

老人「何故そんなことが出来るかなどと聞いてくれるなよ。理屈など必要ない、儂にはそれを可能にする力がある」

騎士団長「(……あり得ない。そんなことが出来る者がいるとしたら、それはーー)」

老人「神だ」

騎士団長「(ッ、重い。言葉を発しているだけだというのに何という圧力だ……)」

騎士団長「(先程の比では無い、見えない何かに体を抑え付けられているようだ。指先はおろか視線さえも動かせん)」


老人「………」スッ

ゾブッ…

騎士団長「!!?」

老人「信じたか? いや、信じざるを得まい」

騎士団長「(ば、馬鹿な。腕が胴を突き抜けた?いや、すり抜けたのか? 何故だ、何故何の感覚もない。出血どころか一切の痛みも……)」

老人「理屈など要らぬ、儂には出来る。このまま手を引き抜けば、お主は死ぬ」

騎士団長「(……傲慢で冷酷無慈悲、己以外のことなど一切省みず、己以外は物か何かとしか見ていない)」

騎士団長「(これが神であるなら何とも救われない話だ。教会で祈る人々が不憫でならない」

老人「我を神としたのは貴様等だ。こうなった原因の一端は貴様等にあるとも言える」

老人「貴様等は無自覚に罪なる存在だ……まあ、よい。ともかく、お主は役を果たした」


老人「故にーー」ズッ

騎士団長「がッ…」

ブシュッ…ボタボタッ…

老人「故に、存在する必要は無い」

騎士団長「(……意識が薄れていく……それはそうだ。腹に穴が空いたのだから当然だ……)」

騎士団長「(これまでにも死を覚悟したことはあったが、いざこうなると実感が湧かんな)」

騎士団長「(……しかし呆気ないものだ。詰まるところ、私は神に弄ばれただけというわけか)」

騎士団長「(姫様は……)」

王女「………」

騎士団長「(姫様は、あの者の中で生きておられるのだろうか? そうであって欲しい。そうでなければ、あまりに救いがなさ過ぎる)」

騎士団長「(……姫様、申し訳ありません。騎士として誓いを守れずに逝ってしまうこと、どうかお許し下さい………)」


騎士団長「……姫……さ……」

老人「……逝ったか。最期に恨み言の一つでも吐くかと思ったのだが、当てが外れたな」

老人「しかし大したものだ。守ると誓った者を想って逝くとは……この輪転器が騎士の長を任せただけのことはある」

王女「…………」

老人「満足か」

王女「問いの意味が分かりません」

老人「ふざけるな、此処に来なければ死ぬことはなかった。死に追いやったの貴様だ」

王女「何を言い出すかと思えば……実際に手を下したのはあなたでしょう」

老人「ああそうだ、確かにその通りだ。否定はしない。だが、貴様には分かっていたはずだ」


王女「分かっていた? 何をです?」

老人「惚けるな。この男が真実を求めることを貴様は分かっていた。分かっていながら共に来た」

王女「分かっていたらどうだと言うのです? これは騎士団長自身の選択。その結果でしょう?」

王女「わたしが踏み止まるように言っても頑として同行すると言った。真実を知りたいと、自らの意志で……」

老人「物は言い様だな」

王女「あなたこそ、自分の手で殺めておきながらわたしの所為にするのはどうかと思いますが」

老人「何がどうあれ、貴様の選択が発端だ。全てはそこから生じた。この男の死さえもな」

王女「そうかもしれませんね。ですが、彼なら変えられるでしょう。今に至る全てを……」

老人「何が変わろうとも貴様の罪が消えることはない。許されもしない。決してな」

王女「言われずとも分かっていますよ。だから待っているのです、彼を……」


老人「何を言うにも彼、彼、彼」

老人「常軌を逸した執着心と独占欲。吐き気を催す程のそれを貴様は愛と曰う」

老人「貴様は与えられた役割を放棄し、世を歪め輪廻すらも歪めた。それすらも愛の為か」

王女「そうです」

老人「くっ、はははっ!! これまでの千年、その間に払った犠牲を愛だと言い切るか。大したものだ」

老人「その異常さが貴様にとって正常なのだろうな。現に、目の前で起きた死に眉一つ動かしはしなかった」

王女「それはあなたも同じでしょう。その手で殺めておきながら何も感じていないのですから」

老人「幾らかも心を痛めていないのは認めよう。だが、これだけは言える。貴様とは違う」

王女「そうですか、あなたがそう仰るならそうなのでしょう。しかし、妙ですね……」


王女「しかし妙ですね。いつまで経っても王宮内に変化がない」

王女「世の全てに真実を伝えたのであれば、今頃は大混乱に陥っているはずです」

王女「真実を告げたのはニンゲンに対してのみですね? 向こうから戦を仕掛けさせるつもりですか?」

老人「どうなるかはニンゲン次第だ。あれを真実として額面通りに受け入れる者はまずいまい」

老人「だが、動揺はする」

老人「動揺は混乱へ変わり、混乱は戦を呼ぶ。内乱か大戦か、それは然したる問題ではない」

老人「戦は戦を呼ぶ。例えニンゲンが手を出して来ずとも、此方側でも戦は起きる」

王女「……起きるのではなく起こすのでしょう? 二番目を使って」

老人「ああそうだ。そうしなければ鴉を殺すことは叶わぬ」


王女「クスクス…そうですか」

老人「……何を嗤う」

王女「わたしとは違うと仰いましたが、結局はわたしと同じ。理由はどうあれ、あなたも彼を求めているのですよ」

王女「憎んでいながら彼の為に騎士を利用し、彼を鴉として殺す為に戦を起そうとしている」

老人「…………」

王女「かつて自分を追い詰めた者をその手で殺す為に如何なるものも犠牲にする。その執着心と独占欲を狂っていると言わず何と言いましょう?」

王女「わたしにはそれが可笑しくて可笑しくて……ですから、あなたを嗤いました」

老人「……精神も肉体も二度と立ち上がれぬ程の、想像し得る限り最悪の恥辱や凌辱をくれてやろうか」

老人「それとも二度と会えぬ面にしてやろうか。奴に顔向け出来ぬ姿に変わり果てるまで……」

王女「そのようにしたければ、お好きにして下さい。何をされても、わたしは『変わりません』ので」


老人「………」ズッ

ゾブッ…ボタボタッ

王女「……満足ですか?」

老人「いいや、満足などしていない。気を静める為にしただけのことだ。だが、認めよう」ズッ

王女「…けほっ…何をです?」

老人「貴様が言ったことだ……まあ、よい。そろそろ鴉も彼の地へと足を踏み入れた頃だろう」

ーーーー
ーーー
ーー


ドガッ!

盗賊「けほっ…熱烈な歓迎だな。これもしきたりかい? にしても男だけってのはーー」

バキッ!

盗賊「ぐッ…」ドサッ

『黙れ、何が鴉だ。薄汚いニンゲンが』

『こんな奴が我等を救う存在であるわけがない。こんな、ニンゲンが……』

『下手に希望など持たせるからこうなるんだ。これで巫女も終わりだな』

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