莉嘉「願いの叶う魔法のアイテム」 (38)

謎理論がありますがこまけぇこたぁいいんだよ!の精神でご覧いただけると幸いです。

「にしても、売れてませんよねえ」

「ちひろさん、泣きたくなるのであまりそういうことを言わないでください」

「あ、すみません」

そう、はっきり言ってうちのアイドルは売れていない。

だけど決して魅力がないというわけではないんだ。贔屓目に見てるわけではない…と思う。

ただ、あそこがファンを独占しているんだ。

「でも、みんなあそこに負けてるとは思えないんです。」

「ええ、俺もそう思います。」

「なんで売れないんでしょう。なんで勝てないんでしょう。」

少数ながらも個性豊かなあのプロダクションのアイドル達は、俺たちがプロダクションを立ち上げる頃には

すでに全員トップアイドルとして活躍し、今日まで続くアイドルブームを作り上げていた。

おそらく原因はそこにあるのだろう。もはやアイドルといったらあそこのプロダクションといった風潮すらある。

新規のファンはみんなあそこに流れる。それどころかそれ以外のアイドルファンは情弱、

マイノリティ気取りなんてふざけた考えもネットじゃ珍しくない。

その上他のアイドルはテレビにもあまり出られないためファンもこぼれない。

人気なのが人気の理由…この現象になんか名前があったような…まあいいか。

うちは大きく差をつけられてはいるが、2番手といったところまで登りつめている。

2番手で売れてない扱いだ。一体アイドルファンの何割があそこのプロダクションを追っかけてるんだろう。

でもさっきも言った通り、魅力では負けてないんだ。いずれ追い抜き、トップになりたい。

でも…

「…っ」

「プロデューサーさん?どうかしましたか?」

人気なのが人気の理由。トップなのがトップの理由。

あのプロダクションがトップを走っているのが本当にそんな理由だとしたら、

もう絶対に…

「いえ、なんでもありません」

いや、やめよう。俺はただ彼女たちのプロデュースに最善を尽くすだけだ。

しかし一体どうしたら……

っと。騒がしい足音が聞こえてきたな…帰ってきたか。

勢いよく開かれた扉とともに莉嘉が跳びかかってきた。

「Pくんただいまー!」

「おかえり、莉嘉」

「あら、お帰りなさい」

「ただいま」

「ただいまー!」

「おかえり。美嘉、みりあ」

「お帰りなさい」

この3人のユニットが今日最後のはずだから…

これで今日仕事のあった子はみんな帰ってきたな。まあ俺はまだやるべきことが有り余っているんだが。

「よいしょっと」

美嘉がソファに腰をかけテレビを点けると、バラエティ番組で例のアイドルが出てきた。

『ええー!じゃあ全員ハワイでロケ!いいなあ~!』

『えへへ、もう少し後ですけど、7月25日に生放送!ぜひ見てくださいね。』

『ヒャー!ちゃっかりしてるぅー!!』ドッ

くそ、こっちがプロデュース方針すら決めあぐねてるときにハワイか…

逆恨みもいいとこと分かっちゃいるが、やはりくるものがあるな…

「プロデューサー」

美嘉の声だ。美嘉はテレビを見たまま顔をこちらに向けず静かに、だけど力強く言った。

「あたし、絶対トップアイドルになるから」

「…!」

……バカか俺は。俺が彼女たちを引っ張っていかなくちゃいけないのに、何泣き言を言ってるんだ。

「ああ、当たり前だ」

俺は絶対に皆をトップアイドルにしてみせる。

美嘉が振り返り、ニッと笑った。

「あー!お姉ちゃんPくんと見つめあってるー!」

えっ

「美嘉ちゃんはプロデューサー大好きだもんね!」

「まっ///」

「ゴシップは勘弁してくださいねー」

「「ちょっと待てー!///」」

「戻ってきてすぐですけどもう遅いですし、そろそろ帰った方がいいんじゃないですか?」

「それもそうだね。莉嘉、ぬいぐるみカバンに直しなさーい」

「えー」

「ブーたれない。みりあちゃんも帰らなきゃだし」

流石はお姉ちゃんだな。

「うー。莉嘉ちゃん、またぬいぐるみ貸してね!」

「うん!」


「じゃあ送って行きますね」

3人を送って事務所に帰ってまた仕事に取り掛からなきゃだな。

少しばかり辛いが仕方ない。

「待って下さい。カバン忘れてますよ」

「…?いえ免許証は車の中ですし、まだ仕事が残ってるので」

「最近残業続きじゃないですか。今日はもうそのまま帰って下さって大丈夫ですよ。」

「いえ、そういうわけには」

ただでさえさっき皆をトップアイドルにすると心に刻んだばかりだ。

今頑張らなくちゃダメなんだ。あそこはうちの何倍も売れていてうちよりずっと忙しいはずなんだ。

努力だけでは勝たなくちゃいけないんだ。

「プロデューサー」

後ろから声が聞こえ、振り返ると美嘉が呆れた顔をして立っていた。

「悪い、すぐ行くから待ってくれ」

そう言うとさらに渋い顔をして、ふいにぐいっと顔を近づけてきた。

キスでもするのかってくらい、近く。

ちひろさんが「きゃっ」と小さく声を漏らす。

美嘉がじっとこちらを見て動かない。何を、見ている。

まさか本当に、う、そだろ?待て待て待てマジか顔が近いいい匂いちがうそうじゃない
顔を離さなきゃ離したくなバカか俺はゴシップマジなのいやだめだろ何を考えて好き

「ヒゲ、伸びてる」

瞬間ぐおっと体を反らし顔、もとい顎を隠した。

何やらかすんだこのカリスマギャルは処女ヶ崎じゃねえのかよ
ヒゲかよ恥ずかしっ色々恥ずかしっ!

顔を手で覆ったままチラッと美嘉を見ると赤面してそっぽを向いていた。
やっぱり処女ヶ崎じゃないか!てかなんでやった方が照れてんだ!

ちひろさんも赤面していた。
あんたもかよ!

赤面したまま美嘉は口を開く。

「あの、さ。ヒゲに気付かないくらい仕事に一生懸命なのは立派だよ。
でもさ、無精髭伸ばしたまま営業先行ったらうちの評判落ちると思うの」

「……」

「だから今日はさっさと帰ること!ほら、車に乗る!」

本当に今日は教わってばかりだな。自分が情けなくなってくる。

「すみません、カバンを」

「…あっはい!どうぞ!」

3人を家に送り、車を家に停めた。でも…


『ヒゲ、伸びてる』


なんとなく帰る気が起きない。ちょっと近所に散歩に行こう。


アイドルを送るような時間なので当然だがあたりは真っ暗だ。

このあたりは街灯も少ないし月明かりもない、今日は新月みたいだな。

人通りも少なく自分の足音だけが鮮明に聞こえる。

歩きなれてるから転ぶことはないだろうがなんというか…。

…別に怖くなんかないぞ?

新月の夜。静かでとても居心地がいい。

決して怖くなんかない。うん。


『ヒゲ、伸びてる』


だから、何を考えてる?

俺があいつを好きになるわけにはいかないし、逆も許されない。というかありえない。

いや、俺がトップアイドルに導いたら、ちょっとくらい振り向いて…

そこまで思考を巡らせた瞬間に俺は自分を頬をバチンと叩いた。

「何考えてんだ、俺は」

思い出せ。


『あたし、絶対トップアイドルになるから』


美嘉は真剣にトップアイドルになろうとしているんだ。

下心を持ってプロデュースしていいはずがない。

いいはずが…


『ヒゲ、伸びてる』


いい、はずが……

本当…か?本当にそうか?

考えてみれば、どっちにしろやることは一緒なのだ。

俺がやるべきことは皆をトップアイドルにすること。

そこに下心の有無は関係ないんじゃないのか?

なら、俺にできることは……

「絶対に美嘉を、トップアイドルに…!」

手段を選ばずに、美嘉を、押し上げることだ。

ふぅ、と軽く息を吐く。

「帰るか」と呟いてふと目線を下げると草むらの中の妙なものが目に映った。

いつもなら何にも思わず素通りしていただろう。

近付き、ましてや拾うことなんてなかったのだろう。

俺はいつから魅入られてしまっていたんだろう。

それは、干からびた『猿の手』のようなものだった。

う~ん眠い、おふとんきもちいい~

でもKYな着信のせいで目が覚めちゃった。サイアクー!

とりあえず携帯とるためにも目を開け、て……

なんか、明るくない?

今、何時?10時半。今日のお仕事は?10時から。

ヤッバーイ☆

じゃないほんとにヤバいよこれ!とりあえず携帯を…

着信:お姉ちゃん

ヤッバーイ☆

じゃないよおおおおお!!ホントに怒られるやつだよこれ!

ううう…お腹を…捌く?死んじゃうよね。まいいやお腹捌いて出ないと!

「もし、もし?ごめんなさい!すぐ行くから!ホントに今起きたとこでね、すぐ支度するから!」

「ていうか起こしてよお…あ、ごめんなさい!え、何?………」

「何で?何で行かなくていいの?ひょっとしてクビ…じゃないよね、よかった!でも何で?」

「……えっ?」

ホントーにビックリした。あの、莉嘉のライバル、そのうち追い越すつもりだけど、
今一番人気のアイドルグループを乗せたヒコーキが落っこちて、みんな死んじゃったらしい。

とりあえず今日の番組は全部あの子たちのニュースやドキュメント?とかになったみたい。

莉嘉の寝坊は怒られずに済んだけど(お姉ちゃんにはちょっと怒られたけど)、流石に喜べないよ。

一人でいるのも落ち着かなかったし、やっぱり事務所に行ったんだ。

そこには皆いたよ。お姉ちゃんも、Pくんも、みりあちゃんも。ほかのユニットの皆も。

空気が重いって今までイミわかんなかったけど、あの事務所みたいなことを言うんだね。

皆悲しい顔をしてた。でもお姉ちゃんは凄い恐い顔をしてた。

一瞬寝坊した莉嘉を怒ってるのかな、って思ったけど違ったみたい。

下唇を強くかんで、目に涙をにじませてた。アタシね、思うんだけど、
お姉ちゃんはあの子たちに勝ち逃げされたのが悔しかったんじゃないかな。

違うかな。アタシが思ってるだけだから分かんない。

でももっと分かんないのがね、Pくん。

Pくんは、すっごい顔を青くして、ちょっと震えてたんだ。目から光がなくなってたし。

ひょっとして風邪をひいてるだけとか…ないよね。

まあPくんはあの子たちと話したこととかあるだろうし、莉嘉たちよりビックリしてたのかも。

その後、莉嘉とみりあちゃんとお姉ちゃんのユニットは一気に人気がドッカーン☆

お姉ちゃんはあの子たちの、なんだっけ?がま、がま…ガマガエルに座る?みたいで気に入らないとか言ってたけど。

うぇ。確かにそれはキモいなー。でもどこからきたんだろ、ガマガエル。

でもでも、一番人気!色んな大会で優勝したし、全アイドル人気投票だってお姉ちゃん、アタシ、みりあちゃんで1,2,3位!

ほかの皆も上のところに集まって、ホントサイコーだった!

アタシたち、トップアイドルになれたんだよ!!

……でも、なんで?Pくんは、人気投票の次の日からいなくなっちゃったの。

電話にも出ないし、みんなで探したけど見つからないの。

せっかくトップアイドルになれたのに…なんで……?

それからまた数ヶ月がたって、新しいプロデューサーとも仲良くなってきたんだ。

「莉嘉ちゃん、お疲れ様」

「ありがとプロデューサー!」

でもお姉ちゃんはそのプロデューサーにちょっと怖くて、仕事以外で話したりしないの。

「美嘉さん、お疲れ様」

「…ありがと」

やっぱりPくんのことかなあ。Pくんとお姉ちゃん、多分両想いだったし。

なんて思いながらお姉ちゃんと帰ってた時ね、

莉嘉、お姉ちゃんの後ろを歩いてたんだけど、急にお姉ちゃんが立ち止まるからぶつかっちゃったんだ。

どうしたの?って聞いても、前をじっと見たまま動かなくて、なんだろうって思って莉嘉も前を見たんだ。

そしたら、なんとなんと、Pくんがいたの!なんかすごいガリガリになってたし

目の下のクマもすごいことになってたから一瞬分かんなかったけど絶対Pくん!

向こうもこっちを見て驚いた顔して、やっぱりこれ絶対Pくんだ!って思ったんだ。

そしたらPくんはくるって後ろむいて走り出したんだ。気まずいのかな?

でもそうやすやすと逃がさないもんねー☆

「「待てっ!」」

お姉ちゃんとハモった!ちょっとうれしー!

ガリガリのPくんに日々のレッスンで鍛えられたアタシたちが負けるわけないのであった。大勝利!

Pくんのマンションに上がり込んで洗いざらい話してもらうことにしたんだけど、うんともすんとも言わないの。

アタシたちの質問の途中に「お茶淹れてくる」って消えて行って、しんじらんない!

でも、これはチャンス!アタシを放っておいたPくんが悪いんだからね!

お姉ちゃんはPくんの後ろ姿をじーっと見てるし、今やるしかないよね!

何気に気になってたPくんの私生活が今、露わに!


と思って周りを見回してたんだけど、Pくんの家ってあんまり物がないんだねー。

この部屋にある家具といえばテレビ、ソファ、あと家でのお仕事に使うのかな、

ムズカシそーな本や私たちのDVDがたくさん入ってる本棚、机ぐらい。あ、あとイス。

とりあえず本棚をみてみたけど、頭が痛くなってきたからやめた。

次に机だね!写真立てに入ってるのはアタシたちの集合写真!これ前の人気投票の時のやつじゃん!

ホントになんで辞めちゃったのかなあPくん。そう思いながら引き出しに手をかける。

「ちょっと莉嘉!」

うわっ!Pくん?!

振り向いてみたら声の主はお姉ちゃん。セーフ。ビックリしたー。

ていうかなんで今まで気付いていなかったの。Pくん見すぎ!

あ、そうだ。

「お姉ちゃん!Pくんがなんで辞めちゃったのか気にならない?」

「それは…」

「ひょっとしたらこの部屋にその理由があるかもしれないんだよ?!」

あっホントにそうかも!デマカセだったけど意外とありそー!

お姉ちゃんも説得(?)したし探索続行!

さて引き出し引き出し。

楽しみは一番最後にとっておきたいんだけど、Pくんもそろそろ戻ってきそうだし、

そうも言ってらんないよねー。ってわけでいきなり大本命の一番下の大きな棚で!

よいしょっと…と引き出しに手をかけたら、なんていうか、黒くてもやっとした感じになったの。

待って、これマジのやつなんじゃない?怖いなー。でも、うーん…

よし、決めた!覚悟を決めて、ガラッ!と開けると中には…

金庫、だよねこれ。ちょっと小さいけど。4ケタの数字を入れて開けるタイプのやつ。

そしてその金庫に触ったの。そしたら、何かは分からないけど、すごく怖くなった。

さっきのもやもやがアタシの中に入ってくる気がして、思わず手を離しちゃった。

でも、尚更怪しい!って思って、アタシは手に取ってカギを開けようとしたんだ。

とりあえずアタシの誕生日を入れてみる。…開かない。ちぇー。

次にPくんの誕生日。開かない。お姉ちゃんの誕生日、みりあゃんの誕生日もダメ。

「ゴホッ!ゴホッ!」

お姉ちゃんが咳き込んだ。ビクッとして手を止めると、部屋の外から足音が聞こえた。

ヤッバー!Pくん帰ってくるじゃん!どうしよー!

「莉嘉!あんた何やってんの!?」

あの後アタシはあの金庫を持ってPくんの家から飛び出したんだ。

それを見たお姉ちゃんは遅れてアタシを追いかけて、アタシも家まで逃げてきた。

後ろを見たらお姉ちゃんだけでPくんはいなくて、とりあえずそこはホッとしたんだけど…

冷静になってみるともしかして…って、もしかしなくてもドロボーだよね。しかも金庫。

机を漁るのを見て見ぬフリをしてたお姉ちゃんもさすがにこれは大ケンマク。愛は伝わるけど恐いよー…

「まったくもう…ほら、謝りに行くよ。それ貸して」

さすがにもうハンコーするのは恐いから素直に渡す。

そして金庫がお姉ちゃんの手に乗った瞬間、お姉ちゃんの顔が固まった。

2、3秒経った後、手を震わせて、だくっと汗をかいて、口を開いた。

「莉嘉、あんたこれ、どこで拾ったの?」

「え?だからPくんの引き出しに…」

そう言うとお姉ちゃんはなにかブツブツ呟いてた。

よく聞こえなかったけど、「なにこれ」、とか、「なんでこんなものが」、とかかな?

そして黙ったと思うと、家の方へ歩いて行ったんだ。アタシたちの。

「お姉ちゃん?行かないの?」

そう聞くと、お姉ちゃんは振り返りもせずに「莉嘉の予想、当たってるかもしれない」

そう言って家の中に入っていった。

「番号、なんだと思う?」

「分かんない。でもアナログだし、10の4乗、1万通りだから手当たり次第いけないこともないけど」

うわーわけわかんないこと言い出した。って1万通り!?1万回ガチャガチャしなきゃいけないの!?

アタシがそう思ってたらお姉ちゃんはこっちを見てクスッと笑って

「流石に面倒だしアタリをつけてから調べるよ」

って言った。顔に出てたかな?

「莉嘉、初めにガチャガチャやってたよね?あれ何入れてた?」

「えっとね、アタシとお姉ちゃんとPくんとみりあちゃんの誕生日」

お姉ちゃんは「日付か」って呟いて金庫をいじった。

でもダメだったみたい。小首を傾げて尋ねてきた。

「何かプロデューサーに関係のある日ってない?何でもいいからさ」

う~ん、Pくんと関係のある日…?

「Pくんがいなくなった日」

「その日と前日は入れたけどダメだった」

「人気投票の日」

「それはいなくなる前日」

う~分かんない…Pくんとの思い出はたくさんあるのに…

Pくんと関係のありそうなこと…大会?いっぱいあったしな。遊びに行った日?こんな金庫の番号にするかな。

莉嘉が頭を抱えてたら、ふと、あるPくんが頭に浮かんだんだ。

顔をすっごく青くして、小さく震えてるPくん。目から光をなくしたPくん。

いつのことだっけ、えっと…

「飛行機が墜落した日?」

そう呟くとお姉ちゃんはガッと肩を掴んだ。

「プロデューサーが?!プロデューサーがその事故に関係あるの!?」

「い、痛いよお姉ちゃん!」

ハッと我に返ったって感じでお姉ちゃんは「ごめん」って謝った。

「あのね、関係があるかどうかって言われたらビミョーなんだけど…」

お姉ちゃんは莉嘉の目をじっと見つめてくる。

「Pくんね、あの事故の日、様子がおかしかったの。顔も青かったし、震えてたし…」

それを聞くとお姉ちゃんは金庫に向き合った。「気のせいかも」ってアタシが言っても「分かってる」とだけ。

そして金庫の数字を合わせた。『0725』あの生放送の予定日。

莉嘉とお姉ちゃんが同時に生唾を飲み込む。

ガチャ

ガチャガチャ

……開かない。なーんだ。ビックリした。だよねだよね。Pくんがあの事故に関係あるわけないもん。

当たり前だけど怖かったー☆でもこれで振り出しかー。なんだろー。

ガチャ

え?

莉嘉が金庫の方を見るとお姉ちゃんがまだ金庫を触っていた。

数字は『0724』さっきのひとつ前。

お姉ちゃん。事故にPくんは関係ないよ?

ガチャガチャ

「お姉ちゃん!何やってるの!?」

お姉ちゃんは返事をせずに錠をいじる。開かない。当たり前!

ガチャ
『0723』

「お姉ちゃん!」

ガチャガチャ
カチャッ

!!

「開いた」

お姉ちゃんがそう言うまでアタシは固まっていた。

なんで、いやいや、偶然かもしれない。7月23日。2日も離れてるし。

今年のやつとは限らないし。そもそも日付なのかすらわからないんだよ。

アタシが考えてるとキィ…って音を立てて金庫が開けられた。お姉ちゃんと一緒に覗き込む。

中には、うぇ、なんだこれ。手?しわしわの。…人間のじゃないよね?


「干からびた『猿の手』…かな?」

お姉ちゃんが言う。言われてみればおサルさんみたい。

「でも、なんでこんなものがPくんの家に?それも金庫の中に?」

「分からないけど…」

そう言ってお姉ちゃんは『猿の手』に触る。

すると、すごい驚いた顔をしてすぐ手を引っ込めた。

なんだろう。アタシも触って…

「待ってっ!」

アタシは「えっ」と口から漏らしてお姉ちゃんを見る。

お姉ちゃんはフクザツな顔をしながら首を振って「ごめん」と言った。

どうしたんだろう。触らない方がいいのかな。

でも、き…気になる……やっぱり触っちゃえ!

アタシは『猿の手』に触った。

「うっ…!」

『猿の手』からアタシに…何かが流れ込んでくる…みたい。

さっき…金庫を…触った感覚に似てる。やっぱり…これのせいだったんだ。

「も、もう離した方がいいんじゃ…」

お姉ちゃん、の…声。コンキョは…ない。けど、少しくらいなら…大丈夫…たぶん。

それに…触ってたら、頭の中で…声が聞こえてくる。聞いたことのない、声で。

途切れ途切れで、よく…聞こえない。けど…大事そうなとこだけ…わかる。

でも流石に限界っ!

パッと手を放す。

「莉嘉、大丈夫!?」

「た、ぶん…だいじょぶ。それに…使い方、分かったかもしんない。」

「…えっ?」

「『猿の手』を掲げて願いを叫ぶと叶う?」

「うん…多分」

お姉ちゃんは半信半疑って顔してる。まあそりゃそうだよね。

願いの叶う魔法のアイテムなんてありえない。

莉嘉はもうそんなの信じてないし、お姉ちゃんはもっとだろう。

でも…

このなんか異様な『猿の手』、それをPくんが持ってたってこと。

ひょっとしたら、もしかしたら…。

「まあ、願いを言うだけ言ってみようよ!言うだけなら損はないでしょ!」

「…それもそうだね」

お姉ちゃんがニッと笑った。


「何を願う?」

「じゃあさじゃあさ!『Pくんを事務所に戻らせる』ってどう!?」

「いいね!でもそれだけじゃ物足りないなあ、あれだけ心配させといて★」

「あっ確かにー!」

「じゃあこれはどう?『プロデューサーを事務所の皆に謝らせる』

謝らせついでに無理やり事務所に引き込んじゃうの★」

「うっわお姉ちゃんひっどーい!でもそれいいね☆」

なんて感じで願いは決まった。

二人で『猿の手』を持つ。う~やっぱりこの感覚なれないなー。

お姉ちゃんを見るとお姉ちゃんも莉嘉を見ていた。

じゃあいくよ、と目で合図。

「プロデューサーを!」

「Pくんを!」

「「事務所の皆に謝らせてー!!」」


辺りにアタシたちの声が響く。なんかちょっと恥ずかしいな。

隣を見るとお姉ちゃんの顔も真っ赤だった。

『猿の手』を置いて、二人で同時に笑った。

二人でお腹を抱えて笑った。

お姉ちゃんのこんなまっすぐな笑顔、久しぶりに見たかもしれない。

Pくんがいなくなってからお姉ちゃんはまっすぐ笑えなくなってた。
(お仕事での作り笑いに気付く人は莉嘉たちくらいしかいなかったけど)

『猿の手』が本物かはわからないけど、お姉ちゃんは笑えたんだ。

それだけでアタシは満足!…あ、いや、もちろんPくんも戻ってきてほしいよ!?

次のお仕事の日、アタシは珍しく早起きしたんだ。お姉ちゃんより早かったんだよ?スゴくない?!

お姉ちゃんもビックリして、褒めてくれたんだー!

いつもお姉ちゃんはアタシを起こした後2人分トーストを焼いて、
アタシはいつも2度寝するから冷めたトーストを齧ってた。(遅刻はしてないよ!)

でも今日はトーゼンあつあつのトーストを食べれたんだ!

あつあつのトーストを食べたのも、お姉ちゃんと一緒に朝ご飯食べれたのも久しぶりかも!

そして今日はお姉ちゃんと一緒に事務所に行くの。

お姉ちゃんは向こうで自主トレするからっていつも行くのが早いから。

だけど今日は、ううん、今日からお姉ちゃんと一緒に自主トレするんだー!


「この時間は莉嘉いつも寝てるのにねー」

「あ、明日からもすぐ起きるもん!」

「お、言ったなー?」

玄関の前で、靴を履きながらお姉ちゃんと話して笑い合う。

アタシが靴を履いて、お姉ちゃんが靴を履き始めた時に家電が鳴った。

「あれ、ゴメン莉嘉、先行ってて」

いやだもんねー!今日は絶対お姉ちゃんと一緒に行く!

「ううん、待つよ!」

それを聞くとお姉ちゃんはすごく嬉しそうに「ありがとう」と笑った。

この時間に電話ってなんだろー。学校?じゃないよね。今日休みだし。

友達…寝てるでしょ。……え?寝てるよね。莉嘉がネボスケって訳じゃないよね?

間違い電話…にしては長くない?でもお姉ちゃんなら知らない人でも盛り上げられるんだろうなー!

あ、足音。戻ってきた。つま先をトントンとして行く準備をする。

「お姉ちゃーん?」

返事が返って来ない。

「電話誰からだった?」

またしてもムシ。むー。

「もー!お姉ちゃん!」

アタシが振り向くと、お姉ちゃんが速足でこっちに来ているのが見えた。

さっきまでの笑顔が消えていた。

「お姉ちゃん?」

「ごめん」

そう苦笑いして、靴を履き始める。

心なしか震えている手で靴を履き終えた後、

お姉ちゃんはそのまま何も言わず、玄関から出たんだ。

事務所で聞いた。Pくんが、Pくんが…死んでたって。

Pくんは昨日、大家さんに妙な事を言っていたらしい。

「明日の朝、できるだけ早くうちに来てください」って。

大家さんは言われた通り朝にPくんの部屋に行ったんだけど、ピンポンを押しても返事がなかった。

呼び出しといてなんだって大家さんも怒ったけど、
カギが開いてることに気付いてそのままドアを開けて入ったんだ。

すると、…Pくんが、首を吊って、死んでた。らしい。

大家さんはPくんがうちのプロデューサーだってことを知ってたし、

机にうちの電話番号の書いた名刺を置いていたからすぐにうちに電話をかけてくれたらしい。

ちひろさんが封筒を渡してきた。

アタシとお姉ちゃんに一枚ずつ。それにはアタシの名前が書いていた。

事務所の皆は封筒の手紙を読んでいた。

首を吊っていたPくんのそばに皆の名前の書いてある封筒がまとめて置いてあったらしい。

それって、イショ…ってやつだよね。

Pくんが伝えたかったこと。何で死んじゃったのかを教えるための最期の手紙。

アタシは、ごくりと唾をのんで封筒を開け、便箋を取り出した。

 突然の事で驚いているだろうと思う。だがどうか落ち着いてくれ。

いきなり聞かせてもらうが…中身は見たか?

見てないのならそれでいい。そのまま箱ごと捨ててくれ。

本当なら寺にでも納めてもらいたいが…とりあえず絶対に手元には置いておくな。

もし既に見ていたら……間に合っていることを祈っている。

だが聞いてくれ、莉嘉。何かを得るためには必ず対価が、代償が必要なんだ。

お菓子を買うにはお金がいる。お金を得るには働かなくてはならない。当たり前だな?

そして…地位を得る、つまり凄い人になるには、本当に、すごく努力しなくちゃいけないんだ。

頑張って頑張って、頑張らなくちゃいけないし、運だってもちろん必要だ。

そしてそれは正しいことだ。お金、労働、運、その他色々…正しい代償だ。

……覚えておいてくれ。世の中には、決して使ってはいけない代償の払い方があるんだ。

一見楽そうに見える道は、実は正しい道よりずっとずっと危ない道なんだ。

正しい代償で届かないのなら、それでいい。それが運命なんだ。

何の代償もなく何かが手に入るなんてありえないんだ。

詳しくは言わない。だがこれだけは覚えておいてくれ。

絶対に『それ』を使うな。

 普通に言っても受け流されるかもしれないからこのような形になった。

だが責任は感じなくていい。予想できるわけもないし、悪気はなかったことは分かっている。

それに…俺は元々、お前たちをトップアイドルにした後に死ぬつもりだった。

ここまでズルズル生きていたのが間違いなんだ。

ただ、しっかりと受け止めてくれ。俺の死に、どうかせめてもの意味を与えてくれ。

努力とか、正しい代償を払わないのなら…間違った代償を払わなくてはいけない。

どんなに欲しくても。どんなに憧れても。

あの道だけは、決して選んではいけなかったんだ。

俺はそれを知っているようで知らなかった。

莉嘉達にも本当に悪いことをした。汚れた道による結果を与えてしまった。

本当にすまなかった。


アタシがそこまで読んだ時、すぐ隣ですすり泣く声が聞こえた。

お姉ちゃんだ。目をウルウルさせて、鼻水を垂らしている。

でも、耐えきれなかったみたい。

ぼろぼろと涙をこぼして、うずくまって、大声で泣き出した。

その時にチラッと見えたんだ。

お姉ちゃんの手紙に一文『好きだった』って。

あれから一週間経った。

お姉ちゃんは部屋から出なくなった。

あんなこともあったし、仕方ないってママも言っている。

時間が解決するから、今は一人にさせた方がいいって、そっとしておいた方がいいって言っている。

けど、ゴハンも全然食べてないし、大丈夫かな…。


「おはようございます」

「あ、莉嘉ちゃんおはよー!」

「みりあちゃん。おはよー」

みりあちゃんは強い。あの日は泣いていたけど、次の日にはいつも通り、

ううん、いつも以上に元気になってた。ときどき目をウルウルさせるけど、すぐキリッとした顔に戻る。

Pくんがイショに元気を出すように書いたのかな?

それでも強いなー。アタシも見習わなきゃ。

みりあちゃんにはお姉ちゃんは喧嘩して来なくなったと言っている。

みりあちゃんが立ち直ってるのに、憧れのお姉ちゃんがまだ塞ぎこんでたら

頑張れなくなっちゃうかもしれないって思ってとっさについたウソ。
(流石にお仕事先では病気ってことになってるけど)

「もー!早く仲直りしなきゃダメだよ!」

「アハハ、分かってるんだけど…」

「そうだ!みりあが仲直りのお手伝いしてあげる!」

実際お姉ちゃんはみりあちゃんを気に入ってたし、みりあちゃんに励ましてもらうのも…

いやいや、何歳も下の子に励まされたら余計凹むかも!やっぱり今はそっとしといた方がいいかな。

「ありがとう、でも大丈夫だよ」

「う~」

でもそんな悲しそうな顔されたらムネが痛いよー。

「莉嘉ちゃん、みりあちゃん。そろそろ出るので準備の方お願いします」

「「はーい!」」


そうそう、『猿の手』のことだけど、実はまだうちにあるんだ。

いやいや、捨てるのがメンドーだった、とかじゃないよ?

やっぱりPくんの言う通り、あれはお寺に納めるのがいいと思ったんだ。

これのせいで苦しむ人をなくす為にも、アタシたちのケジメをつける為にも、
アタシとお姉ちゃん二人でお寺に行こうと思ったんだけど…

お姉ちゃんはあれからずっと部屋にこもりっきりで、
今こんな話をするべきじゃないかな、って思って元気を出すのを待ってたの。

「今日のお仕事は終わりだね。二人ともお疲れ様」

「「お疲れ様でしたー!」」

ふぅー。今日も一日おつかれアタシ。

さあ荷物まとめて、かえろー。

「ねえ、莉嘉ちゃん?」

みりあちゃんが話しかけてきた。

「みりあちゃんおつかれー。どしたの?」

「うん。おつかれさま。あのね」

みりあちゃんは笑わずに言った。

「あのね、莉嘉ちゃん…無理してない?」

「えっ…」

ちょっとギョッとした。

『引いた』とかじゃなくて『バレちゃった』って感じで。

だってイショにはああ書いてたけど、Pくんを殺したのは絶対アタシだもん。

お姉ちゃんを誘ったのだってアタシだし、Pくんの家からアレを持ってきたのもアタシ。

アタシが変なことしなきゃこんなことにはならなかった。

そう考えると、アタシはアタシが許せなくなる。

死んじゃった方がいいんじゃないかなって。死ぬべきなんじゃないかなって。

「…っ」

うう、また…

そうだよなんでアタシが生きてるのアタシのせいでお姉ちゃんにも事務所の皆にもメーワクかけちゃって
死ぬべきPくんみたいにイショ残して死んだらお姉ちゃんも戻るかも絶対戻る
じゃあなんでアタシ死なないのPくん殺して何で生きてるのさっさと死ねクズ
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねアタシのせいでPくんは死んだんだアタシのせい
お姉ちゃんの大好きなPくんが死んだんだPくんもお姉ちゃんが好きだった
アタシが邪魔をしたアタシが引き裂いたアタシがアタシがアタシがアタシがアタシが
ごめんなさい許してごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ図々しい許されようなんて人を殺して傷付けて
クズ人間ダメ人間死ぬ死ななきゃ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死

「あのね、莉嘉ちゃん」

みりあ、ちゃん。ダメ、なの。アタシはかわいそうな人なんかじゃないの

「一人で、頑張らないでね?」

やめて、やめて…優しい言葉をかけないで…っ

「辛かったら、みりあに言って…」

「やめてよっ!」


「アタシは!!すっごく悪い人なの!絶対に!許されないことしちゃったの!!」

「アタシなんか…死んじゃった方がいいの!死ななきゃいけないの!」

「許されちゃいけないの!アタシなんか、アタシなんか……」


「あのね…」

「あのねあのねっ!」



「莉嘉ちゃんが悪くてもね?みりあが、みりあが一緒に謝ってあげる!」



…あれ?
なんで今、ココロが軽くなったんだろう。


「莉嘉ちゃんが言いたくないなら、みりあ、何も聞かないよ」

「でもね、自分が悪いって思いこまないでね」

「ママに前教えてもらったんだけどね、取り返しがつかないことなんてないんだよ!」

「窓を割っちゃったら、少しずつ弁償すればいいんだよ!」


少しずつ…弁償…?


「プロデューサーがあんなことになって、美嘉ちゃんとも喧嘩して、

疲れてるかもしれないけど…みりあにできることがあったら言ってね?」
                       
「みりあは、何があっても莉嘉ちゃんの友達だからね?」

「だからね?お願い、一人で、抱え込まないで…」

そこまで言って、みりあちゃんは泣き出しちゃった。

今まで何考えたの…?アタシ……

Pくんを殺して、そのまま死んじゃえ、なんてムセキニンもいいとこじゃん!

少しずつ…Pくんのためにできることがあるはず!

「ありがとう、みりあちゃん」

そう言ってハンカチをみりあちゃんに渡す。涙でぐしゃぐしゃになってるよーもう。

するとみりあちゃんもポケットからハンカチを出して渡してくれた。

ひょっとして…って思って手鏡で莉嘉の顔を見る。

あっ…アタシもぐしゃぐしゃじゃーん☆



みりあちゃんのおかげで気付けた。自分がとんでもないことを考えてたってことに。

みりあちゃんがいて、よかった、よかった…


瞬間、全身の毛が逆立った気がした。

アタシはみりあちゃんがいたから、道を踏み外さなくて済んだ。

じゃあ……お姉ちゃんは?

ずっと部屋の中で一人で、ちょっと前のアタシのようにひたすら苦しんでいるんじゃ…

アタシはみりあちゃんが。悩みを聞いてくれる人がいたけど、

お姉ちゃんは、ずっと、一人で。

アタシはメーワクをかけないようにお仕事の時は考えないようにしてたけど、

お姉ちゃんは、一日中、ずっと、ずっと。


「みりあちゃん、ありがとう!でも、やることがあるから!」

アタシは大急ぎで外に向かって駆け出した。

みりあちゃんは驚いた顔をしたけど、すぐ笑ってくれた。

「「ハンカチ、洗って返すからー!」」

アタシにはみりあちゃんがいた。お姉ちゃんはずっと一人だった。

一人にさせちゃった。放っておくべきじゃなかった。

「お姉ちゃん…」

勢いよく家に入り、廊下を全力で走る。

お姉ちゃんの部屋ドアを思いっきり開けた。

「お姉ちゃん!」


その時のお姉ちゃんはこころなしかほっそりしてた。

顔を青くして、小刻みに震えてたし、目に光がなかった。

ちゃんと寝てないのかも。目の下のクマが酷かった。

「……莉、嘉?」

アタシが恐れていたことはしていなかった。

けど…

「お姉ちゃん!なんで…そんなもの持ってるの!?」

お姉ちゃんは…『猿の手』を手に持っていた。

「莉嘉、ごめんね」

「お姉ちゃん?」

「アタシが開けようなんて言ったから、アタシが開けたから…」

「違うよ。お姉ちゃんのせいじゃない!」

「ううん、アタシのせいなの。でもね、もういいの」

そこまで言って、お姉ちゃんは笑った。

いつものニッとした笑顔じゃない。顔の肉を無理やり吊り上げたような、

悪魔みたいなゾッとする顔。

「何でも叶えてくれる『猿の手』。これに頼めば、プロデューサーは、生き返るの」

あああ…。

実は、アタシも思ったことがある。でも、すぐ考えないようにした。

だって、死んでる人を生き返らせるなんて、絶対にやっちゃいけない。

骨だけか、ゾンビか。どうなってるかわからないし、それはPくんかわからない。

それにPくんが『猿の手』を使うなって言ったんだもん。Pくんのイショに書いてたんだもん。

「プロデューサーが生き返ったら、莉嘉も嬉しいでしょ?」

お姉ちゃんは限界なんだ。悩みすぎたんだ。じゃなきゃ、こんなことしようとしない。

「ダメッ!」

アタシはお姉ちゃんに飛びついた。でも…

「離して!」

振り払われて、壁に勢いよくぶつかった。

お姉ちゃんは申し訳なさそうな顔をして言った。

「ご、ごめん、莉嘉。でも、プロデューサーはプロデューサーなんだよ。会いたいでしょ?

それに、もう何も悩まなくていいの。プロデューサーが生き返ったら、それでチャラになる。

アタシたちは胸を張って生きれる。楽に、なれるの。お願い。分かって。分かって、莉嘉」

「お、ねえ、ちゃん……」

お姉ちゃんはアタシのところから視線を戻して、『猿の手』を掲げ、

大きく、叫んだ。


「プロデューサーを…生き返らせて!」

願いを言った。言っちゃった。

でもどうなるかはわからない。ゾンビが町を歩くのか、家に帰るのか、

ひょっとしたら体がないからってまたすぐ死んじゃうかもしれない。



ピンポーン

玄関でインターホンが鳴った。

お姉ちゃんが目を光らせ、玄関まで走る。

「プロデューサーだ!プロデューサーが来た!」

アタシもふらふらとついていく。

ホント…?

でも確かに、そのまま生き返るんだったらそれでいいんじゃない?

ゾンビや骨だけなんて限らないし、生き返られるんならPくんも喜んで皆ハッピー!だよね?

止める必要なんてなかったのかな。もう、悩む必要も、ないし、Pくんのイショに従うことも…

Pくんの、イショ……


『何かを得るためには必ず対価が、代償が必要なんだ』

『何の代償もなく何かが手に入るなんてありえないんだ』


「待っ…て……」


『正しい代償を払わないのなら…間違った代償を払わなくてはいけない』


「待って…!」


『窓を割っちゃったら、少しずつ弁償すればいいんだよ』


「お姉ちゃん、待って!」


お姉ちゃんは勢いよくドアを開けた。

「プロデュー…サー……」

「……美嘉…」

ドアの前にはPくんが立っていた。

見た目も、声も、何もかもが前と同じ。どちらかというと今の方が顔色が良いくらい。

Pくんはドアの前で、優しい目でお姉ちゃんを見つめて、

「…あっ……」

お姉ちゃんを抱きしめた。

「美嘉…」

「プロデューサー…プロデューサー!」

お姉ちゃんは涙を流しながら抱き返した。


「アタシ、すごく苦しかったんだよ!アタシ、ずっと、ずっと悩んでた!」

「プロデューサーを殺しちゃったって!大好きだった…プロデューサーを!」

「こんなアタシは、アイドルになる資格はないって、皆に、会うことも、できないって…」

「でも!またプロデューサーと会えたの!もう、苦しま、なくて…」


Pくんは目をつぶって、静かにお姉ちゃんの話を聞いていた。

「美嘉…」

そして、目を開いた。




「なぜ、『猿の手』を使った?」




冷たい声だった。


「使うな、と遺書に書いたはずだ」

「そ、それは、プロデューサーに生き返って欲しかったから……」

お姉ちゃんがそう言い終わらないうちに、Pくんの右の頬の肉が落ちて骨が見えた。

「ひっ…!」

「生き返った、か。そうかもしれない。だが、よく覚えていないんだ」

「な、何が?」

Pくんは悲しい目をしていた。

「お前の事だ。」

「……えっ?」

「俺には生前の僅かな記憶、それとお前が俺を生き返らせたことという実感しか残っていない」

「そんな……」

「っ…ぐっ…」

そう呻いたかと思うと、Pくんは黙った。

どうしたんだろうと思っていたらお姉ちゃんが代わりに口を開いた。

「ち、ちょっとプロデューサー、苦しいよ」

お姉ちゃんが腕をほどこうとした。Pくんが強く抱きしめすぎているみたい。

でもPくんは腕を放そうとしない。それどころかさらに強く締め付けた。

「プロデューサー!痛い!痛いって!」

Pくんがやっと口を開いた。

「痛い?痛いか?」

「痛いよ!放して!」

「痛いか…でもな?俺はもっと、もっともっと…痛いんだ」

「プロ…デューサー?」

「体中が、痛くて、痛くて…」


「痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて
痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて
痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて
痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くてたまらない」

お姉ちゃんの体がめきめきと音を立てる。

「ぐ、う゛ぇ…ブロ゛……」

骨が砕ける音がする。Pくんが締め付けを強める度お姉ちゃんの口から血が噴き出る。

「ヂュゥ、ザ、お゛っ…ぶ……」

「美嘉…よくも生き返らせてくれたな。この地獄の苦しみをよくも味わわせてくれたな」

Pくんの顔は憎しみで染まっていた。絶対にPくんがお姉ちゃんにする顔じゃなかった。


ハッとアタシは我に返った。ボーッとしてる場合じゃない!早くしないと、お姉ちゃんが死んじゃう!

でも、どうしたら?Pくんに力で勝てるとは思えない。武器を取りに行ってる時間はない!

何も出来ないもどかしさで泣きそうになって下を向くと、お姉ちゃんが持ってきた『猿の手』が足元に転がっていた。

それを使う…『猿の手』を使うことの意味…


『絶対に『それ』を使うな』

『決して使ってはいけない代償の払い方があるんだ』


だけど…


『アイドルグループを乗せたヒコーキが落っこちて、みんな死んじゃったらしい』

『事務所で聞いた。Pくんが、Pくんが…死んでたって』


だけど…!


『俺には生前のわずかな記憶、それとお前が俺を生き返らせたことという僅かな実感しか残っていない』

『この地獄の苦しみをよくも味わわせてくれたな』


だけど!


アタシは、『猿の手』を拾い、空に掲げた。

「Pくんを…!」

声に気付いたPくんが顔をこちらに向ける。
すると顔を青くしてお姉ちゃんを投げ捨て、アタシに向かって走ってきた。

「やめろ!莉嘉!」


「Pくんを…殺して!!」



「ぐう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛
お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


Pくんはこの世の終わりのような叫び声を上げ、体がぼろぼろと崩れていく。

「り゛か゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!み゛か゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!な゛ぜ!!な゛ぜっな゛ぜ、ごろ゛ずっぐう゛う゛っ」

「ごろ゛じっい゛ぎがえ゛ら゛ぜ、な゛ぜま゛た゛ごろ゛ずう゛う゛う゛う゛っ!!!」

Pくんはガブッと血を吐いた後、前のめりに倒れた。

ごめんなさい。ごめんなさい。許して。Pくん。

アタシは急いで血を流して横たわっているお姉ちゃんに駆け寄ろうとした。

そしたら、足に違和感があった。

「り゛……っがっ…」

Pくんがアタシのズボンの裾を掴んでいた。

ビックリして取り乱しそうになったけど、Pくんの目を見て落ち着いた。

悲しい目。さっきお姉ちゃんに向けられたとても悲しい目がアタシを見つめていた。

「P…くん……」

Pくんは口を開き、やっとのことで絞り出したような声で言った。

「ず、ま゛…い゛……。ぼん゛……に゛………っ」

そして、一筋の涙を流し、Pくんは灰になって消えてしまった。

「Pくん…ごめん…こっちこそ…本当に、ごめんなさい……!」

あの後アタシは急いで救急車を呼んだ。

でも、内臓のあちこちが破裂してて、もう、手遅れだったらしい。


……お姉ちゃんを死なせてしまったのは、アタシだ。

お姉ちゃんを一人にさせてしまった。

そして、Pくんを殺したのも、アタシだ。

Pくんのイショを無視して、『猿の手』を使って、2回も殺してしまった。

それに、お姉ちゃんを止めるときに迷わなかったら、こんなことにはならなかっただろう。


でも、アタシはそれを受け止める。

お姉ちゃんを死なせたこと、Pくんを殺したこと。

決して許されることじゃない。

アタシは一生苦しんで生きていく。

アタシにはその義務がある。死んじゃいけないんだ。

『猿の手』はもう使わない。正しい代償で支払ってみせる。

一生をかけて罪を償ってみせる。

明日、事務所にお姉ちゃんの事を言いに行って、お寺に『猿の手』を納めに行こう。

アタシはバッグに『猿の手』をしまった。

だけどー、やっぱそんなの辛すぎるしー?

2人がいなくなった世界なんて生きていけないからさー!

やっぱり死んじゃおーってなったんだ☆

だってだって!2人ともだーい好きだったし!みんなも分かってくれるよね!

バイバイみんな!みんなとはもう会えないだろうけど、あっちでも応援してるからね!

待っててねPくん!お姉ちゃん!今そっちに行くからねー☆






「莉嘉ちゃん、美嘉さんのこと報告に来てからずっと来ませんね…」

「ええ、大丈夫でしょうか……」

「莉嘉ちゃんと美嘉ちゃん、早く仲直りできるといいなあ!」



おわり

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