女「"You may word dream."」男「素敵だね」 (18)

色々書いたんですが、どれもあまりしっくり来なかったので普通のを。

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ある小説に"You may word dream."って文章があった。

英文を翻訳する課題でこれを

「あなたが夢を語らんことを」

って訳したらこっぴどく怒られたんだ。

「意訳しすぎだ」って先生は言ってた。

「これは小説なんだから意訳した方が良いじゃないか」

そう私は反論したんだけど結局ダメだった。

議論の末に私が折れて最終的には

「あなたは夢を語るでしょう」

なんて平々凡々とした翻訳をしたんだ。

大差ないのに変なの、って思った。

でもね、私は思うんだ。

なんて素敵な文章なんだろうって。



女「男はさ、夢ってある?」

男「夢?」

女「うん」

男「どうだろう…小さい頃は色んな夢があったけど…」

女「えー気になる、どんなの?」

男「別に普通だよ。警察官とか消防士とか…あとは医者かな。それぐらい」

女「ふーん…でも意外だね」

男「何が?」

女「普通に男の子の夢だなあって」

男「それ、どういう意味?」

女「あはは、ごめんごめん。悪気はないんだけどね」

男「それぐらい分かってるよ」

女「むぅ…一本取られたなり…」

男「なり?なにそれ」

女「語尾」

男「そんなの付けてなかったじゃんなり」

女「それ、使い方違うと思うよ?」

男「正しい使い方なんてあるの?」

女「ないかも」

男「それ最高」

女「でしょ?」



男「じゃ、また明日ね」

女「うん、また明日」


どうして時間はこんなにも残酷なのだろう。

もっとゆっくりしていってくれても良いのに…。

明日はもっと色んな話をしよう。

それこそ頭が処理しきれないぐらいに沢山。

処理しきれない……?

オーバーフローさせようということか…。

大変なバトルを挑もうとしているな、

そう気づいて一人で小さく笑った。



女「昨日の続き、してもいい?」

男「えっと…夢の話?」

女「うん。今は夢とかないの?」

男「どうかな…安定した職に就きたい、とか?」

女「それは夢ってより目標じゃない?」

男「かもね。女は夢とかないの?」

女「私はね…そうだなぁ……好きな人と結婚して子どもを産んで幸せな家庭を築くのが夢かな」

男「それは目標じゃなくて?」

女「私一人の力じゃどうにもならないからね。アンケートだと『どちらかと言えば夢である』に分類されるんじゃないかな」

男「なるほどね…そういうのなら僕もあるよ」

女「どんなの?」

男「素敵な女性と色んな話をしたいんだ」

女「へぇ…」

男「そんな目で見ないでよ、今の時間もとても有意義だし素敵だよ」

女「えっ…す…素敵だなんて……」

男「ダメだった?」

女「う、ううん、そんなことないよ…むしろ……」

男「え?ごめん、最後の方聞き取れなかった」

女「いいよ別に、大したことじゃないから」

男「そっか」

女「男はどんな話をしたいの?」

男「そうだなぁ…わりとなんでも良いのかも。夢の話でも、数学のロマンあふれるエピソードでも、本当にくだらない話でも。どっちかって言うと、自分が話したい相手と会話をするってことが大事なんだ」

女「それ分かるなあ。話したい相手とだとなんでも楽しいよね」

男「そうそう、それ」



お互いに短く挨拶をして解散した。

昨日よりは上手く話せただろうか。

相手に不愉快な思いをさせてはいないだろうか。

そんなことばかりが気になっていた。

この感情はなんだろう?

名前も正体もきっと知っている。

それでも確定させてはいけない気がした。

包もうとすれば、型に入れようとすれば、きっと壊れてしまう。

そんな予感がしたから。

なんて弱い人間なんだろう。

自分を軽く嘲笑した。



女「今日はさ、少し視点を変えてみない?」

男「視点?」

女「今まではさ、実現させたい夢について話してたじゃん。そうじゃなくて寝るときに見る夢の話をしたいなって思ってさ」

男「確かに…同じ夢でも真逆だね」

女「でしょ?ね、最近見た変な夢とかなかった?」

男「うーん…夢ってぼんやりとしか覚えてないし、起きてしばらくしたら忘れちゃうからさ」

女「そうなの?」

男「僕の場合はね。他の人のことは分からないよ。女は?」

女「私はわりと覚えてる方かなぁ…この前なんてさ、ビルから飛び降りる夢を見たの。びっくりして飛び起きちゃった」

男「そういう夢で起きて『はぁ…夢か……』ってなった時の力が抜ける感じって独特だよね」

女「夢で良かったって思うんだけど、どことなく残念って思っちゃうんだよね」

男「残念?どうして?」

女「そのまま死ねたら良かったのに、って思うんだ」

男「……死にたいの?」

女「あはは、冗談冗談。もうこんな時間だし帰ろうか?」

男「そうだね、さよなら」

女「うん」



『死ねたら良かったのに』

その言葉が胸につかえていた。

なぜあんな事を言ったのだろう?

気の迷い…?

それとも…?

理由は何であれ

あのシチュエーションにはそぐわない

明らかに似合わない発言だった。

言葉の真意は別の場所にいる。

それを踏まえてもよく分からなかった。

まるで思考の迷宮に迷い込んだみたいだ。

他人がこの迷宮に入ってしまったら

たぶん一生出られないだろうな、なんて考えて吹き出してしまった。



女「ねえねえ、"you may word dream"ってなんて訳す?」

男「うーん…どんな場面で?」

女「ある小説でね、一組の男女が会話をしてるの。それで夢についての会話の場面で…。だから『あなたが夢を語らんことを』って訳したんだけどさ…」

男「素敵じゃない。何か気に食わなかったの?」

女「先生がね『意訳しすぎだ』って言うの」

男「ひどいね。それで?」

女「でしょ!仕方ないから『あなたは夢を語るでしょう』って訳したの。中学生かっちゅーの」

男「まあ良いじゃん。自分で良いと思う翻訳ができた、それを認めてくれる人が目の前にいる。それだけでさ」

女「うん…そうかも。ありがとね」

男「それほどでも」

女「あ、男だったらなんて訳す?」

男「うーん…『きっと素敵な夢でしょう?』かなぁ」

女「それ良いね。どうして?」

男「これってさ、よく分からないけど二人が夢を語ってるんでしょ?僕がそれを言う立場だったら、夢そのものを肯定してあげたいなぁって」

女「なるほど…確かに「言うんだろ?言ってみ?」よりも「素敵な夢なのでしょう?ぜひ語って下さい」の方が良いよね、うん」

男「ちょっと極端な対比だけどそんな感じだね。てか良く分かったね?」

女「バカにしてる?」

男「あはは、そんな。言葉足らずってたまに言われるからね」

女「私、そんなこと言ったことあったっけ?」

男「あ、女のことじゃないよ。ごめん」

女「そっか、良かった」



じゃあね、と言って別れた。

心がちくりとした。

いつからだろう?

毎日のように話すようになったのは。

別れ際の挨拶が辛くなったのは。

別れてから明日は何を話そうかなんて考えるようになったのは。

いつからだって良い。

この事実が大事なのだ、と気づいた。

翻訳、か…。

さっきの会話を反芻する。

ラブストーリーで翻訳と言えば

「月が綺麗ですね」が真っ先思い浮かぶ。

そうだ、これが通じれば良いのだ。

そうすれば自分の気持ちは自ずと伝わる。

問題はどうやって月を見るか、だが…。

必死に月を見に行くための口実を考えている自分を自覚して笑ってしまった。

なんてことはない。

話の流れでこれを言ってしまえば良いのだ。

全くバカバカしい。

あまりのバカバカしさに笑いを抑えるのに必死だった。



女「あのさ…夏目漱石って知ってる?」

男「旧千円札の人でしょ?」

女「そうそう。あの人って色んなの書いてるよね」

男「国語の教科書に色々載ってるよね。吾輩は猫である、こころ、坊ちゃん、それから…これぐらいしか知らないけどね」

女「鉄板、って感じだよね」

男「うんうん。あ、作品じゃないけど『月が綺麗ですね』ってのは知ってるよ」

女「有名だよね。どんな意味だっけ……?」

男「えっ…それはほら…あ、"I love you"を訳したやつ…じゃん」

女「すごく好きなんだ、それ」

男「僕も。どんなとこが好きなの?」

女「えっとね…二人の気持ちが…通じ合ってるところ、とか…?」

男「あぁ…やっぱりそれだよね…」

女「うん……」

男「………」

女「………」

男「あ、あのさ…」

女「ん…なに…?」

男「見て、空が綺麗……だよ」

女「………ほんとだ」

男「あは…あはは…」

女「えへへ…」



それから何を話したのか、あまり覚えていない。

心臓がバクバクして破裂するんじゃないかと思ったのと、

別れ際に今までにはなかった、

お互いに少し見つめ合う、という手順が追加されたこと

覚えているのはそれぐらいだろうか。

今までの感情が間違っていなかったと確認できたのも素晴らしく、評価に値するポイントだった。

それにしても

まさか相手が都合よく夏目漱石の話を出してくるなんて、

こんな幸運があって良いのだろうか…?

なぜあのタイミングで夏目漱石の話が出たのか…?

こればっかりは神のみぞ知る、といったところか

あるいは神のちょっとしたイタズラだろう、ということで決着した。

神のイタズラ?

都合の良い時ばかり持ち上げるんだな…。

これもやっぱりバカバカしくて笑いを堪えられなかった。



女「ね、これまで色んな夢を話してきたじゃない?」

男「そうだね」

女「私ね、思ったんだ」


目を閉じて顔を近づける。

もう分かっているでしょう?と言わんばかりに。

呼吸が近づく。

気配。

鼻息。

僅かな温もりと感触。

目を開けて目の前の男を見る。

夕焼けと同じぐらい顔が真っ赤だ。

きっと私もだろうな、と思うと顔が一気に熱くなる。

なんとなく気恥ずかしくて目を合わせられない。

深呼吸。

少し経って落ち着いた。



女「えへへ…」

男「なんかこれ、恥ずかしいね?」

女「私も」

男「あ、さっき何か言おうとしてなかった?」

女「うん。私ね、思ったんだ」

男「何を?」

女「"夢はどれも素敵だね"って」

男「……あぁ、そういうこと」

女「良いでしょ、これ」

男「最高だよ」


言い終わると、二人同時に大笑いをした。

こんなに笑ったのはいつぶりだろう、なんて考えてしまうぐらいに。

笑い終わると目が合った。

もう一度、今度は少し長めに唇を重ねた。


女「また…明日ね?」

男「うん、また明日」


二人の影が寄り添って、しばらくしてから歩きはじめた。


おしまい

短いですが…。

お付き合い頂きありがとうございました。

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