魔王「この空とともに旅をしよう」 (206)

兵士A「待て」

兵士A「そこの剣を持った男だ、待たぬか」

男「……」

兵士A「見慣れない身なりだな。お前、王都の民ではないな?」

兵士A「ここは王都の市門。この先は、王侯貴族と王都の民以外、通行証なしに通ることはまかりならん」

男「通行証……? あっ」

兵士B「通行証がないんですかぁ?」

男「通行証はな……ありません」

兵士A「なら残念だが、お引き取り願おう」

男「……が、こういうものなら」ガサゴソ

兵士A「金貨や物で我らを釣ろうとしてもそうはいかぬぞ。我らは誇り高き王都を……」

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兵士B「げっ! これは……!」

兵士A「何だ兵士A。安易に奇声など発して武官としての心構えがなっとらんぞ」

兵士B「で、でもぉ」

兵士A「そういう所がなっとらんのだ。見せてみろ」バッ

兵士A「うげひょうっ!」

兵士B「何ですかその意味不明な奇声はぁ!」

兵士A「そんなこと言ったって、これはお前……!」

兵士B「だから驚いたんじゃないですかぁ」

兵士A「いや、これはそういう問題ではなくてだな……」

兵士A「男殿、元帥閣下の招待状をお持ちと存じ上げずに働いてしまったご無礼をお詫びします」

男「あ、いや」

兵士A「この者に元帥閣下の屋敷までご案内させますので、どうかご容赦のほどを」

男「いやいや、元帥の家の場所は知っているので、それには及びませんよ」

兵士A「しかし、魔王を討伐した三傑の一人である元帥閣下のお客様とあってはですね……」

男「それなんですが……」

兵士A「何でございましょうか、男殿」

男「こんなものも……」ガサゴソ

兵士A「拝見いたしましょう。……これは、王立魔道研究院長様の招待状!」

兵士B「王立魔道研究院の院長様も、魔王を討伐した三傑の一人じゃないですかぁ」

兵士A「おい兵士B! 急ぎ王宮に向かい、4頭立ての馬車を手配してくるのだ」

男「待ってください。一人で歩いて行きますから、お気遣いは無用です」

兵士A「そうはおっしゃるが、王都は外部の方が一人で歩くにはあまりに危険すぎますので……」

男「まさかそんな」

兵士B「街中でキョロキョロしたりすると確実に狙われますよぉ」

男「もしかして、治安が悪いのですか?」

兵士A「ええ、お恥ずかしい話ですが」

男「……そう、なんですか」

男「でも、いざとなればこの剣がありますから、ご心配には及びません」グイッ

兵士B「変わった剣ですねぇ。どこの剣なんですかぁ?」

男「これは……、そう、隣国の剣ですね」

兵士A「隣国といえば、鉱山の国ですかな。あそこの剣ならさぞかし良質な剣でしょうね」

兵士B「試しに抜いてみてくれませんかぁ?」

兵士A「ばっ……! 何をお願いしているのだ兵士B」

男「それはお断りします。この剣は、命の危機にさらされない限り、他国では抜かないと決めていますので」

兵士A「心遣いに感謝します、男殿」

兵士A「兵士B! 城門で無闇に剣を抜かせるとは、何を考えておるのだ!」

兵士B「ひいっ! すいませんですぅ!」

兵士A「だいたいお前という奴は、兵士としての心構えがだな……」

男「あの、通らせていただいてもいいですか?」

兵士A「あっ、これは失礼しました! どうぞお通り下さい。何もお構いできませんが、道中の無事をお祈りします」

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戦士「あれが魔王城……」

僧侶「ようやくここまで来ましたね」

勇者「ああ、ここからが本番だ」

魔法使い「……魔王城にしては随分小さいわね」ボソ

戦士「そうかぁ? 塀も門も物々しいし、敷地も広大そうじゃねえか」

僧侶「でも、確かに天を貫きそうな塔みたいなのはありませんね」

戦士「言われてみれば……塔どころかせいぜい2階建ての建物が点在しているだけに見えるな」

魔法使い「魔王の別荘かしらね」

僧侶「魔王とは関係のない建物だったりして」

勇者「いや、これまで魔物たちから得た情報から考えて、あれが魔王城であることに間違いはないんだ」

戦士「で、どうすんだ? 早速乗り込むか?」チャキッ

僧侶「準備は万端です!」グッ

魔法使い「……」コク

勇者「いや、今日は夜も遅い。一晩英気を養って、早朝に奇襲をかけるとしよう」

戦士「おいおい、魔物は夜だからと言って休んではくれねえぞ」

僧侶「最期に、神にお祈りを捧げるのも悪くありませんね」

勇者「最期じゃないさ。今晩は、俺たちの勝利の前夜祭だ」

僧侶「も、もちろんです! そのために戦ってきたんですから!」

戦士「ま、ここで半日程度急いでも仕方ねえか。なら景気付けに、この酒を開けちまおう」

僧侶「戦士さんはいつも二日酔いになるから駄目です!」

魔法使い「……」クス

勇者「酒は魔王を倒した後に取っておくとして、持ってきたすべての食材を使って晩餐にしようか」

戦士「なあ勇者」

勇者「何だ?」

戦士「勇者は『青空』てえのを知っているか?」

勇者「いや、話でしか聞いたことがないな」

戦士「じゃあ、やっぱり……」

勇者「ああ、空と言えば灰色の雲しか見たことがない」

僧侶「私の故郷でも、やっぱり空はいつも灰色でしたね」

戦士「魔王を倒せば『青空』が戻ると言われてるが、魔王ってのはここ数十年で急に生まれたものじゃねえだろうし……」

僧侶「確かに、一体いつからどんな理由で王国から青空が消えたのか、謎と言えば謎ですよね」

勇者「魔王に会えば謎も解けるだろうし、魔王を倒せば王国に青空が戻るはずだ。だから、あと少しだけ……」

勇者「この空とともに旅をしよう」

僧侶「私たちは、勝てるんでしょうか?」

戦士「んあ!? 『勝てるか』じゃなくて『勝つ』んだろうが。俺たちはこれまでもそうやって戦ってきたじゃねえか」

僧侶「でも、魔王はボスです。しかも一回限りの勝負で、小さなミスも許されません」

戦士「だ・か・ら、そのためにこれまで戦ってきたんだろうが」

僧侶「……」

勇者「戦士の言う通りだ。これまでの戦いの経験、失敗も成功も含めて、それらの蓄積は魔王城で安閑としていた魔王にはない。多少の力の差は、経験が必ずカバーしてくれる」

僧侶「これまでの戦い……」

勇者「思い出したくない戦いばかりだったかもしれない」

勇者「魔物が人間を追い出して我が物顔で働く農場、人間が魔物を利用して村人を恐怖に陥れる村、不信に陥った人間同士が抗争に明け暮れる都市……」

戦士「何だか対魔戦より対人戦の方が多かったみてえな回想だな」

魔法使い「後味が悪かったのは対人戦ばかりよ」ボソ

勇者「そんな戦いで俺たちは腕を磨き、勝ち方を学び、折れない心を育んだ」

勇者「魔王には恐らく魔力を含めた『腕』しかない。だからこそ、俺たちが勝てるんだ」

僧侶「……わかりました。明日は魔王が皆さんに指一本触れられないよう、本気で祝福します!!」

勇者「ああ、頼りにしてるよ、僧侶」ポンポン

僧侶「は、はい! ///」カァァ

戦士「フッ、勇者はその気にさせるのが上手いな」

勇者「その気にさせるとか、そんなんじゃないよ」

勇者「近接戦では戦士に頼りっぱなしだし、敵が多いときは魔法使いの範囲魔法がなければとっくに死んでいたし、僧侶の治癒魔法がなければ旅にすら出られなかったよ、俺は」

魔法使い「否定はしないわ」

戦士「確かにな」フッ

戦士「だがな、今みたいに心が折れた奴を立ち直らせることができるのは勇者だけだ」

戦士「そのバカでかい両手剣とか、そんなことは関係ねえ。俺たちは勇者がいたからこそ、ここまで来れたんだ」

勇者「ああ、ありがとう」

戦士「礼なら魔王を倒した後にしてくれ」ニッ

勇者「そうだな」ニコ

勇者「ならみんな、魔王を倒して王国に戻ったら何をしたい?」

戦士「俺はそうだな、行方不明になった友人探しにでも出るかな」

魔法使い「私は家族と静かに暮らしたいわ」

僧侶「私はまず、王都の修道女ちゃんのところに行きます」

勇者「友達?」

僧侶「私たち一行が王都で神の祝福を受けたときに、祝福する側として同席していたんです」

僧侶「私が王都に出てきて以来の友達なんです」

勇者「神の祝福の時なら、みんなお世話になったんだね」

戦士「礼を言わなければならねえ奴は、確かに沢山いるな」

勇者「その為にも、魔王を倒して帰ろう」

勇者「……もう時間も遅い。今日はこれくらいにして、明日に備えよう」

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勇者「みんな、この門の扉を開けたら後戻りはできない。いいな」

戦士・僧侶・魔法使い「「「ああ」」」

勇者「よし、行こう!」ギイッ

??「待つがいい!」

戦士「……!!」

勇者「何者だ!」

??「私は門番。この魔王城を裏切者の闖入から守る番人だ」

僧侶「私たちは王国に青空を取り戻すため、神の祝福を得て魔王を討伐に来たのです。裏切者などではありません!」

門番「クフフ、そうれはどうかな」

勇者「俺たちの中に魔王サイドのスパイがいるとでも言うのか? そんな陳腐かつチープな心理戦に惑わされるとでも思ってるのか!」

門番「クフフ。ではある男の話をしよう」

戦士「……」

門番「ある男は衛兵として王宮に仕えていた。その剣術は王国一とも言われ、王宮でも特に国王陛下の警護を任されることが多かった」

門番「ある男には一人の友人がいた。同じく衛兵として王宮に仕え、剣術こそある男に劣るものの、武術ではなかなかの腕前を誇る奴だった」

門番「ある時、ある男に魔王討伐隊に加わらないかという打診があった。ある男は名誉ある打診に感激しながらも、国王陛下をお守りできなくなることに不安を覚え、その友人に相談した」

門番「ある男曰く、『魔王討伐隊に参加したいが、国王陛下の警護が気がかりだ。そこで、そなたに国王陛下の警護を一任したいが、受けてくれぬか?』。友人は魔王討伐の話を初めて聞いた様子だったが、ある男の要請を快諾した」

門番「ところがその友人は、その後、ある男の事実無根の噂話を王宮内に流し、魔王討伐隊への参加を白紙撤回させたのだ」

門番「事実無根の噂話の影響はそれだけにとどまらず、ある男は王宮警備の任からも外されてしまった」

門番「その後伝え聞いた話では、その友人が魔王討伐隊に加わったという」

門番「……戦士として、な」

勇者「なっ……」

僧侶「そんな……」

戦士「…………」

戦士「変な所で会ったと思ったら、そんなことで闇堕ちしたのか、貴様は」

門番「そんなこと、だと? そなたが奪ったのは私の職ではない。私がこの手で築き上げてきた名誉や信頼をすべて奪ったのだ!」

戦士「その責任は確かに俺にある。何も弁解するつもりはねえよ」

門番「クフフ、随分素直だな、裏切者め」

戦士「……だがな、俺は貴様が魔王討伐隊になど行くべきじゃねえと思ったんだ」

門番「何だ、嫉妬にでも狂ったか?」

戦士「理由は何度も話したろうが。貴様が聞く耳を持たなかっただけだ」

門番「忘れたな」

戦士「当時、貴様には婚約者がいたじゃねえか……!」

戦士「貴様から魔王討伐隊の話を聞いた後、俺も魔王戦のことを色々調べたんだ」

戦士「ここ50年の間、ほぼ10年間隔で魔王討伐隊が送り込まれているが、正常な状態で帰還した者はゼロだった」

戦士「婚約者がいる奴を、そんなふざけた戦いに行かせられるかってんだよ!」

門番「クフフ、後からなら何とでも言えるな。そなたはこれからもそうやって醜聞を美談に変えていくのだろうな」

戦士「ふざけるな! 人の話も聞かずに闇堕ちなんかしやがって、婚約者はどうしたんだ!」

門番「クフフ、忘れたな」

戦士「のやろっ……!」チャキッ

門番「ああ、そなたはのような裏切者はこの私が通すわけにはいかん。相手になろう」スッ

勇者「ま、待て戦士。こいつの言っていることはおかしい。こんな奴と1対1で戦うことはないぞ」

僧侶「そうです! そこの門番、私達4人が相手です!」

戦士「いや勇者、これは俺とこいつの戦いだ」

勇者「違う!」

戦士「こいつを闇堕ちさせてしまったのは俺の責任なんだ。ここは俺にケリをつけさせてくれ」

僧侶「戦士さん…」ウルウル

戦士「そんな顔すんなって。すぐに追いかけるから勇者たちは先に行っててくれ」

魔法使い「……」

戦士「さっさと魔王の居場所を探しとけっつってんだろ!」

勇者「すまん戦士、魔王の玉座の前で待ってるぞ!」ダッ

戦士「ああ、また後でな」

門番「クフフ、では始めようか」

戦士「ああ……来い!」

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男(えっと、ここの武器屋の角を曲がって……)

男(おかしいな、元帥の家はこの辺りだったはずだけど……)

男(何で会堂みたいな馬鹿でかい建物に出ちゃうんだ? というか何で武器屋の並びに会堂があるんだ?)

男(雨が降ってきたし、早く見つけたいんだけど……、もう一周してみるか)

ザッザッザッ

男(…………)

ザッザッザッ

男(……)クルッ

サッ!

男(誰かにつけられてる!? そういえば、街中でキョロキョロすると危ないって言われてたっけ)

男「私に用があるなら出てきていただけませんか!」

…………

男「そこの角に隠れているのは分かっていますよ!」

???「バレておるのならやむを得ん」

男「!!」

???「我が主の屋敷に近づく不届き者め、覚悟せい!」ダッ

男「わっ、ちょっ……何、急に!」

???「去ね! 不審者め!」シュッ

男「いきなり襲い掛かってくるとか、魔物じゃないんですから……」

???「何を訳の分からぬことを! 立ち去らぬのなら、切り捨てるまで……!」ビュンッ

男「本気!? ああもう仕方ない」グイッ

???「御免!」シュンッ

ザンッ キーン

???「……なっ! 我が主に忠誠を誓った大切な剣が真っ二つに」

男「正当防衛ですよ。悪く思わないでください」

???「くっ……! かくなる上はわしを殺せ!」

男「いや、一つお尋ねしたいんですけど……」

???「ただし我が主には指一本触れさせぬぞ!」

男「あの、少し話を聞いてください!」

???「ふん、訳の分からぬ心理戦などには惑わされんぞ」

男「元帥の家を知りませんか? 確か、この辺りにあったはずなんですけど」

???「やはり命を狙っておったか」

男「命を狙う人が家の場所を訊きますか!?」

???「誰が貴様なんぞに我が主の居場所を教えるものか」

男「いや、ですから……って、主? あの、もしかしたらあなたの主からこのような招待状を頂戴したかもしれませんので」ガサゴソ

???「!!!!!」

???「こっ、これは、我が主が書かれた招待状では……」

男「やはりそうでしたか。しかし、元帥は偉くなったんですね、あなたのような騎士を抱えるなんて」

老騎士「わしとしたことが、我が主の賓客に何たることを……」ガクッ

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給仕「紅茶をどうぞ」カチャ

男「あ、どうも」

老騎士「先ほどは大変失礼なことをしてしまい、まことに面目なく……」

男「とんでもない。元帥はあなたのような勇猛な家臣に恵まれて幸せ者です」

老騎士「そう言って頂けると救われます。我が主に降りかかる厄災は全てこの手で振り払う覚悟です故」

男「ところで、元帥は……?」

老騎士「そのことですが、実は今、我が主は所用で王城に出掛けておりましてな……」

男「そうだったのですか」

老騎士「予定ではそろそろ戻ってきてもよい頃なのです。少しだけこちらでお待ち頂けますかな」

男「分かりました」

男「ところで、城門で聞いたのですが、王都は治安が悪いようですね」

老騎士「王都というか王国全体の話ですが……、客人殿はこの国の方ではないのですかな? あまり見かけぬ風体ですが」

男「ええ、隣国から来ました」

老騎士「ほう、隣国から」

男「はい、今日来たところでして」

老騎士「隣国は豊富な鉱石を生かして数々名剣を生み出す国。我々騎士にとっては、一生に一度は訪れたい聖地じゃ」

男「ははは……」

老騎士「済まぬがもう一度その立派な剣を見せては頂けぬか?」

男「えっと、この剣は、使いたくも見せびらかしたくもないんです。お守りのようなものですから」

老騎士「そうですか。いや、不躾なことを申して誠に申し訳ありませんな」

老騎士「さて、お尋ねの治安のことですが……」

男「はい」

老騎士「王国の治安はかなり悪いと言えましょう。原因は主に二つあるのですが、発端は一つですな」

男「なるほど」

老騎士「まずは発端の方からお話ししましょう」

老騎士「全ては魔王を倒し、魔界との往来ができなくなったことに始まります」

男「魔王が亡くなって平和になったのではないのですか?」

老騎士「戦士として魔王を打倒した我が主のことを悪く言うつもりは毛頭ありませんが、そうはなりませんでした」

男「それは一体どういうことですか?」

老騎士「戦争は、収まりました」

男「それなら」

老騎士「戦争が収まり、混乱が顔を出したのです」

男「……」

老騎士「実は、魔王戦線が続いている頃から、王国には非公認ながら少数の魔族がおりました」

男「まさかそんな……」

老騎士「いえいえ、密貿易で王国の港に出入りしていたり、戦線で捕虜となったり、様々な出自の魔族がいました」

男「そんなことが……」

老騎士「無論、王国は彼らの存在を公にしなかったので、あくまで非公認でしたがな。しかし、魔族とのコネクションや特殊技能を買われ、王国では厚遇されていたのも事実」

老騎士「ところが魔王戦線が終わると、結界が封鎖されたため、彼らは魔界に帰ることができなくなってしまいました」

男「なるほど」

老騎士「しかし魔界との停戦の条件として、王国に残った魔族は王国が責任をもって保護し、魔界に残った人間は魔界が責任をもって保護することも取り決められました」

男「その条件が守られなかったという事ですか?」

老騎士「いやいや、守られたから混乱が始まったのです」

男「???」

老騎士「魔王戦線終了後、非公認だった魔族は特殊技能者として王国に公認されました。特殊技能者の身分は、農奴やギルドの徒弟よりはるかに高いものでした」

老騎士「そして、晴れて公認の身となった彼らは、更なる飛躍を求め、王都に集結するようになりました」

老騎士「戦乱終結直後、荒廃から立ち直る途上であった王都に、魔族が自分たちより高い身分となって集結する……王都や農村の大多数の人々は、それまでにも増して魔族に怒りを覚えました」

老騎士「……これが、原因の一つ目ですな」

男「そんな馬鹿な……」

老騎士「事実ですのじゃ。怒りの遣り場を無くした民が多いからこそ、王都の治安は悪くなり、荒廃からなかなか立ち直れません」

男「……」

老騎士「さて原因の二つ目ですが、これは一つ目と関連しています」

老騎士「魔族の王都への集結によって、王都や他の街につながる街道の治安は悪化しました」

男「それは分かりましたが……」

老騎士「魔王討伐の三傑である我が主はそのことに責任を感じ、国王軍を常備軍にして王都の警備と街道の警備を行うよう国王陛下に進言しました」

老騎士「国王陛下はその進言を受け入れ、王都も街道も治安は一定程度回復しました。さらに、街道の往来が活性化し、以前にも増して物流や商売が盛んになりました」

男「幸せな未来しか描けませんが……」

老騎士「これに怒ったのが王国内の諸侯です。彼らにしてみれば、自分たちの領内の街道を国王の軍隊が進軍するなど、侵略行為以外の何物でもありませんでした」

老騎士「彼らは以前であれば教会と組んで国王を廃位に追い込んだのでしょうが、魔王戦線以降、教会は世俗に関わらなくなったため、教会をあてにできなくなりました」

老騎士「その結果、国王と諸侯、教会、有力者が集い内政の協議をする三部会の度に、諸侯は大量の軍勢を連れて王都に押し寄せ、国王に無言の圧力をかけるようになりました」

男「それじゃ、王都はまるで戦場じゃないですか」

老騎士「前回の三部会の時は、諸侯の軍勢同士が王都でいざこざを起こす始末。もはや本物の戦場です」

男「……」

バタン!

???「大変です!」

老騎士「ノックもせずに何事じゃ、若騎士! 客人の前であるぞ!」

若騎士「申し訳ありません! しかし、元帥閣下の件で至急お伝えせねばならないことがあります」

老騎士「何だ、申してみよ」

若騎士「元帥閣下が、三部会の場で山麓の辺境伯に切り付けられたと……!」

老騎士「何じゃと!!」クワッ

若騎士「その場は元帥閣下の旧友であられる王宮警備隊長殿が治めたようですが、各諸侯の軍勢も入り乱れ、王宮内は緊張状態とのことです」

老騎士「無知蒙昧な小人どもめが……! 馬鹿と鋏は使いようじゃが、馬鹿が鋏を持つと時代が逆回転するようじゃな」

若騎士「私は今から元帥閣下の警護と諸侯の鎮圧のため、王宮に向かいます!」

老騎士「待つのじゃ」

若騎士「しかし!」

老騎士「王宮にはわしが向かうとしよう」ヨイショ

若騎士「王宮は危険です! 体力のある私が行きますので」

老騎士「それには及ばん」

若騎士「何故ですか!」

老騎士「これはわしの役目じゃ」

若騎士「あなたはいつも自分が動こうとする。しかし、私だって元帥閣下のお役に立ちたいのです」

老騎士「……だからこそ、わしが行くのじゃ」

若騎士「いえ、今日は私も譲れません!」

老騎士「甘えたことを言うな!」

若騎士「なっ……!」

老騎士「これから先、我が主は、この国の将来を誰に相談すればいいのじゃ? 誰が一緒に道を探してくれるのじゃ?」

老騎士「我が主は強い。わしらなんぞとは比べ物にならぬほどな。じゃが、武官出身ゆえ、王宮内や諸侯の権謀術数にはやや疎いところもある」

老騎士「これから我が主を支えていけるのは、諸侯の家出身で、我が主と同じような歳の若騎士だけじゃ。下らぬいざこざで命を落とすことなどあってはならぬ」

若騎士「しかし……しかし、それではあなたは?」

老騎士「なに、無知蒙昧で変化を受け入れる勇気もない小人どもを一喝してくるだけじゃ。こういうのは死にかけの老人が行った方が箔が付くのじゃ」カッカッカッ

老騎士「重ね重ね申し訳ありませんな、客人殿。我が主はちょっとしたいざこざに巻き込まれてしまったようで、戻るまで今少し時間がかかりそうじゃ。わしも少しこの館を開けねばならぬが、お待ちいただけますかな」

男「わかりました。お気をつけて」

老騎士「それでは、ちょっと王宮に行って参るぞ」

若騎士「どうかご無事で」

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男「なかなか熱い方ですね……」

若騎士「熱いというか、暑い?」

男「確かに」ハハハ

若騎士「でも、元帥閣下はもっと熱いお方ですよ」

男「へえ」

若騎士「この屋敷も、元々は普通の屋敷だったのです」

若騎士「ところが、国王軍の元帥ということで、各地の領主たちから様々な訴えなどがあり、それをすべて聞き捨ててはならぬと、私財を投じて会堂を作ってしまったのです」

男「あの男が……ねぇ」

若騎士「以前は、正義感は強いもののどこかドライな所がありましたが、魔王討伐以降は、人が変わったように正義感を貫徹させるようになりましたね」

男「でも、魔王が亡くなってから5年が経つというのに、王都は混乱の真っただ中のようですね」

若騎士「……これでも、かなり良くなったのです」

男「王都で諸侯たちが紛争を起こす状況でですか?」

若騎士「盗賊は減りました。諸国からの物資は魔王戦線のころと比較して格段に増えました。一般の民は少しづつですが荒廃から立ち直りつつあります」

男「しかし、王国は一体どこに向かおうとしているのですか?」

若騎士「『到達点が見えねえだと?そんなこと気にするな』」

男「えっ!?」

若騎士「『出発点が見えなくなったぞ。俺たちはそれだけ進んできたんじゃねえか』」

若騎士「……元帥閣下の台詞です。到達点など見えなくても、信じる方向に突き進むしかないのです」

男「……」

若騎士「すいません。ついつい変なことを語ってしまいました」

男「いえいえ、そんなことはありませんよ」

若騎士「紅茶がすっかりなくなっているではありませんか。すぐに替わりをご用意しましょう」

男「あ、いえ。そろそろお暇しようかと思います」

若騎士「そんな、元帥閣下はしばらくしたら戻ると思いますので」

男「実は、王立魔道研究院長からも招待を頂いているので、先にそちらに伺ってこようと思いまして」

若騎士「そうでしたか」

男「ちょうど雨も上がったようですし」

若騎士「分かりました。またいらしてください」

男「ええ、もちろん」

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僧侶「はあっ、はあっ」タッタッタッ

魔法使い「戦士を独りにして良かったの?」

勇者「良くはないけど、心残りがあるなら魔王戦の前に整理させてやりたい。俺たちは4人で胸を張って王都に凱旋したいじゃないか」

僧侶「そんなものですかね……?」

勇者「……っと、ここは何の建物だ? 比較的大きい館のようだが」

僧侶「平屋のようですけどね」

勇者「まあいい、開けてみよう」ギイッ

???「ようこそ、魔王立図書館へ」

勇者「今度は何者だ!」

???「我が名は黒騎士……」

僧侶「黒霧……」

勇者「ちょっ、僧侶。それじゃ焼酎だろ」

僧侶「ええ、魔王より格下であることが一発で伝わるネーミングです」

勇者「いやいや、こいつは今『黒木氏』と名乗ったんだ」

黒騎士「黒木氏!? イントネーション違くね!?」

僧侶「そうですよ。やっぱり黒霧ですよねえ」

黒騎士「それもイントネーション違うだろうが! どこの産まれだよ!」

僧侶「王都から西に3日ほど行ったところにある長閑な港町です」エッヘン

黒騎士「本物の田舎者でした。なんかすいません」

勇者「ところでお前は、敵、という事でいいんだよな」

黒騎士「コホン、まあ待たれよ。我が血族はこの館にて裏切られし者を調べ、裏切りしものを断罪することを生業にしている」

僧侶「また裏切りですか?」

勇者「さっきもそんなことを言ってる奴がいたが、俺たちは誰かを裏切るようなことをしていない。邪魔したな」クルッ

黒騎士「待たれよ!」

勇者「待つ必要がないだろ」

黒騎士「そこの魔法使い」

魔法使い「……」

黒騎士「その方、その類稀なる魔術をどこで習得したのだ?」

魔法使い「……そう来るのね」フッ

魔法使い「この魔界で、ダークエルフの一族に教わったわ」

僧侶「えっ!」

勇者「いつの間に……?」

魔法使い「……私の父は魔術師としての腕を買われ、王都の魔道師団に所属していたの」

魔法使い「魔族は、人間でありながら魔術を操り、魔族をけん制する父が憎かったのかしらね。数年前、我が家は魔族の一団に襲われたわ」

魔法使い「父と母は目の前で惨殺され、妹はリザードに攫われた」

魔法使い「自分の無力さを許せなかった私は、闇堕ちしたふりをしてダークエルフの里を訪ね、魔法の教えを乞うたのよ」

黒騎士「その魔法をもとに、我が魔族を屠ったと申すのだな?」

魔法使い「そうなるのかしらね」

黒騎士「それがダークエルフに対する裏切りでなくて何であろう」

魔法使い「私はダークエルフを一人たりとも殺めていないわ」

黒騎士「話を矮小化するでない! 魔族から習得した魔法で魔族を殺める。すなわち裏切りではないか」

魔法使い「……」

黒騎士「その方の手も心も汚れきっておる」

魔法使い「分かってるわ、そんなこと」

黒騎士「何だと?」

魔法使い「範囲魔法って便利よね」

黒騎士「魔法がどうしたのだ?」

魔法使い「魔王討伐隊で一番多く殺めてきたのはこの私よ。……魔族だけでなく、人間もね」フフッ

黒騎士「一応、自覚があるようだな」

魔法使い「罪を背負う覚悟がなければ、魔王討伐隊になんか参加していないわ」

黒騎士「しかし、何と薄っぺらい覚悟なものか」

魔法使い「あなたにどうして覚悟のほどが分かるのかしら?」

黒騎士「その方は『罪』という言葉を隠れ蓑にして、生けるものの命に優劣を付けては殺戮を繰り返してきただけではないか」

魔法使い「……なら、あなたたち魔族は私の父や母や妹を返してくれるのかしら?」

黒騎士「今度は話のすり替えか?」

魔法使い「すり替えていないわ」

黒騎士「今はその方の魔族に対する仕打ちの話だ」

魔法使い「その前提に私たちに対する魔族の仕打ちがあるのよ」

黒騎士「斯様な話はしておらぬ」

魔法使い「そういう話をしているのよ……!」

魔法使い「守るべき大切なものに無理やり優先順位を付け、優先順位の低いものを数多殺めてきたわよ! 大切な妹を助けるために、二度と妹に顔を合わせられないくらいこの手を汚して、自分でも何のためにこんなことしてるのか分からなくなって……、それでも、助けなきゃ、って……! あなたたちの行いががそうさせたんじゃない!!!」

黒騎士「斯様な話は聞いておらぬ」

黒騎士「魔法使い、その方の罪、万死に値する」ザンッ

魔法使い「適当な屁理屈をこねて殺戮したいだけなのね、結局」

魔法使い「……いいわ、かかってきなさい。どちらが万死に値するか教えてあげるわ」

勇者「早まるな魔法使い。魔法使いは何も間違っていない」

僧侶「そうです魔法使いさん。それに魔法使いさんは魔王討伐隊として戦ったのですから、万が一それが罪だというのなら私たち4人が等しく背負う罪なのです!」

魔法使い「ごめんね。勇者、僧侶」

勇者「だったら!」

魔法使い「範囲魔法だからって、罪の意識を感じないなんてことはないのよ」

僧侶「分かってます、魔法使いさん!」

魔法使い「一瞬で消した魔族や人々の名前を私は知らない」

勇者「だからそれは……」

魔法使い「……けど、その悲鳴一つ一つを私は決して忘れない」

魔法使い「そんな悲鳴の数々を胸に私は戦ってきた」

魔法使い「だからこそ、事象の表層だけを捉えて殺戮の理由をでっち上げる奴を私は絶対に許さない」

僧侶「魔法使いさん……」

勇者「その思いはみんな同じだ」

魔法使い「『 心残りがあるなら魔王戦の前に整理させてやりたい』って言ったのはあなたよ。お願い、ここは私に任せて」

勇者「くっ……」

勇者「魔法使い、そいつを倒してこい。後で一緒に魔王に挑もう」

魔法使い「ええ、もちろんよ」

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男(今度は惑わされないぞ。ただの民家を探そうとしてはいけないんだ)

男(「魔道研究院」だからな。きっと怪しげな研究所みたいになっているんだろう)

男(怪しげな研究所……怪しげな研究所……)

男(いや、王都の居住区で怪しい場所とか……)

男(怪しいどころか修道院の寄宿舎みたいな場所に出ちゃったよ)

男(しかし、この寄宿舎でかすぎるだろ。どんだけ人の多い修道院なんだ? これだけ人が多いという事は……)

子供A「バケモノは出ていけー!」

子供B「出ていけー!」

子供C「王都は俺たちの都だー!」

子供D「都だー!」

ヒュッ カーン

男(やっぱり、悪どい手段で蓄財した修道会なんだ。子供たちに石を投げつけられてるよ)

???「待ちなさい、あなたたち!」

子供A「ババアが現れたぞー!」

子供B「逃げろー」

???「しかし、まわりこまれてしまったようですよ」ザザッ

子供C「!!!」

子供D「助けてー!」

???「今、助けてと思っているのはあなたたちではありません」

???「寄宿舎の中であなたたちの投石に怯えている者たちです!」

子供A「バケモノのことなんか知るか!」

???「バケモノなんてこの王立魔道研究院にはいません! 王立の施設にいる者をバケモノ呼ばわりするという事は、王様をバケモノ扱いすることと同じですよ!」

子供B「ぐっ……!」

子供C「だって、パパとママが……」

子供D「そうだよ、『バケモノのせいで満足な晩御飯も食べさせてあげられない』って……」

???「この施設には、あなたたちから晩御飯を取り上げるような者は一人もいません」

子供A「嘘だッ!!!」

子供B「いや、誰だよお前」

???「この施設は、あなたたちの晩御飯の食材が安全に運ばれるよう、街道を整備する技を学んだり、山に隧道を掘る技を学んだりするところです」

子供C「だって、パパとママが……」

???「あなたたちのパパやママの手助けをする術を学ぶところなのですよ」

子供B「信じられるかよそんなこと!」

???「聞き分けのない子は院長様の魔法を受けて頂きますよ。いえ、院長様の手を汚すまでもありません。ここは、わたくしが教育的指導を……!」コォォ

子供A・B・C「わあっ、ごめんなさいっ!」

子供D「パパとママの手助け……」

???「どうしたんですか、僕?」

子供D「あ、あの……っ」オズオズ

???「良かったら、一度中を見学してみませんか?」

子供A・B・C「おい何やってんだ子供D、早く帰るぞ!」

子供D「あ、うん……ごめんなさい!」タタタッ

???「ふう、雨が上がるとすぐこれですから、全く……」

???「……っと、失礼しました。あなたは?」

男「お取込み中すいません。実はこの通り、王立魔道研究院長から招待状を頂いているものでして……」ガサゴソ

???「院長様のお客様でしたか。見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。さ、屋敷の方へどうぞ」

-------

???「王立魔道研究院にようこそお越しくださいました」ペコリ

男「あ、いえ」

???「生憎、院長は実地講習で外に出ておりまして、戻りは夕方の予定ですので、あと一刻ほどお待ちいただけますでしょうか?」

男「ああ、わかりました」

???「お越し頂いたところ、申し訳ありません」

男「こちらが急に伺ったのですから……。しかし、大きな研究所なのですね?」

???「ここは研究所というより、研修所や養成所といった性格が強いところですから」

男「なるほど。しかし、さっき子供たちが『バケモノ』とか言ってましたが……?」

???「ここでは、魔法を研究するという性格上、多くの魔族を講師や研修生として抱えています。口の悪い人たちは、彼等を『バケモノ』と呼ぶのです」

男「やはり、魔族たちは『バケモノ』なのですね」

???「残念ながら……」

男「普通の人間は魔法という言葉だけで恐怖を感じるものですからね。まして魔族となると……」

???「私もそれは仕方のないことだと思っていました」

???「しかし、ここはそういう偏見をなくすために活動している施設なのです」

男「研究所がですか?」

???「この研究院は、職のアテもなく王都に来てしまった魔族たちを講師として雇用することからスタートしました。魔法の研究というより、魔族たちの暴走を防ぐのが目的でしたから」

男「しかし、それではこの研究院は本当に恐れられたのでは……」

???「院長はこれを逆手に取ろうとしたのです」

男「逆手?」

???「院長は、魔法を王国内で有効活用する方策を考案し、その策を魔族たちに研究させようと努めたのです」

男「というと……?」

???「火炎魔法の焦点を工夫し、強固な岩盤を溶かすことで山を貫通させる方法ですとか、氷結魔法を活用し、一時的に大河を氷結させて大量の人や物資を移動させる方法ですとか……」

男「そんなことができるのですか?」

???「まだ問題のある技術もありますが、大方は実用段階に入っています」

???「この数年間で王国に張り巡らされた街道網は、それ以前の数百年間に張り巡らされた街道網よりも多いのですよ」

男「王国がそこまで進化しているとは……」

???「院長の慧眼はそれだけではありません。これらの魔法の実習生として、王都の人間を多数招き入れ、魔法を活用した王国の開発に人間を参加させました」

男「人間にも魔法を使わせるのですか?」

???「王国にはもともと魔道師団もありましたし、魔法を使う人間はいましたから」

男「しかし、それはかなり限られた人数だったはずでは?」

???「確かに少数ですが、人間と魔族が力を合わせることのできるものが必要なのです」

男「魔法を使って人間と魔族が協力して王国を開発……」

???「それこそが院長の狙いだったようです。さらに」

男「さらに?」

???「魔法の詠唱の不得手な人間のために、魔法陣の書き方も体系化し、誰でも有効な魔法を発動できるよう研究に余念がありません」

男「なるほど……、しかし、さっきの子供たちは寄宿舎に向かって石を投げていましたが、あそこにいるのは研修生の人間たちなのでは?」

???「あの寄宿棟にいるのは人間たちではなく、迫害を受けたり両親を無くしたりした魔族の子たちです」

男「ここは孤児院も運営しているのですか?」

???「そんな甘いものはありません。彼等も、研修生として魔法を学んでいます」

男「魔族が魔法を学ぶ必要があるんですか?」

???「大ありです。彼等の多くは、生きるために魔法を窃盗や暴力的な目的で使用してしまいます」

???「しかし、そんな魔法は王国にとっても魔族にとっても害悪でしかありません。彼らに、正しい魔法を使うことの重要性を説かなければならないのです」

???「正しい魔法を使うことの重要性を理解できれば、彼らは魔法で王国を支えることに何のためらいもなくなるのです」

男「魔族が人間に魔法の使用方法を教え、その人間をまた魔族が補佐するというのですか」

???「ええ、それを日常生活の中で実現することこそが重要なのです」

男「確かに実現できれば素晴らしいですが、現実にさっきの子供たちは……」

???「魔王が倒れてから、まだ5年です。数百年かけて築かれた先入観は、そんな短期間には崩れません」

???「しかも、王都は未だ混乱の真っただ中ですから……」

???「でも、いつか感情は事実の後を追いかけてきてくれると信じています」

男「ところで、ババア殿」

???「あぁん!?」ガタッ

男「ひっ……! あ、いえ、あの、すいません。呼び方が分からなかったもので、つい、さっきの子供たちが読んでいた名前を……」

???「あのクソガキども……いえ、子供たちから見ればそういう歳かもしれませんが、あなたよりはほんの少し上なだけだと思いますよ」

男「では女教師ですか? 研修生から“氷の魔術師”とか恐れられる……」

???「はぁ!? 私は魔法を教えるほど魔法に長けていませんし、誰からも恐れられていませんけど?」

男(いや、後者は嘘だろ)

???「……あなたにも教育的指導が必要なようですね」

男「魔法に長けているじゃないですかり! 人の思考を読んだりして!」

???「読まれたくなたったら、表情を隠してください!」

???「私は、この研究院で女執事として勤めています」

男「執事、ですか」

女執事「多忙を極める院長の補佐役ですね」

男「なるほど」

女執事「ま、それは表の役割ですが」

男「えっ……?」

女執事「本当の役割は、王国から院長の監視役として派遣されています」

男「しかし、王立の施設を王国が監視とは……」

女執事「施設というより、院長の監視ですね」

男「穏やかな話じゃないですね」

女執事「院長は、魔法使いとして魔王を討伐した三傑の一人です。王国では絶大な人気を誇っています」

女執事「そのような方が王国で魔族を束ねて魔法を研究する---これほど、王宮にとって危険な存在はありません」

男「院長の監視……」

女執事「ええ、院長の監視」

女執事「もちろん、院長の交友関係の監視も」フフッ

男「!!!」

女執事「冗談ですよ」フフフ

男「ちょっ……!」

女執事「今の私には院長を監視する気はありません。院長の姿勢を目の当たりにすれば、そんな気持ちはすぐになくなりますから」

男「監視役が監視対象を信用していいんですか?」

女執事「院長は実地講習で外に出ていると申しましたよね。今日は、魔法で火山活動を抑えるため、実習生と国境の火山に向かっています」

男「そんな危険な……」

女執事「危険でも必要であれば現地に赴く、そして危険であればこそ、誰よりも先頭に立つ。それが院長ですから」

男「なるほど……、院長が素敵な人のようで安心しました」

女執事「それは何よりです」

男「しかしあなたは、さっきから『教育的指導』と称して変な詠唱を始めてばかりです」

男「そんなことでは、人間の魔法に対する恐怖心を煽ってしまいますよ?」

女執事「私も、魔道研究院の端くれとして治癒魔法くらいは使えますから」

男「ですから、使えるからと言って人に向けて使っちゃ……」

男「治癒魔法?」

女執事「ええ、治癒魔法」フフフ

女執事「向こう見ずな上司を持つと、非常に役立つ魔法なんですよ」

男「そろそろ一刻経ちますが……」

女執事「もしかしたら、院長はいつもの場所に寄ってから戻るのかもしれません」

男「いつもの場所?」

女執事「魔王戦線の戦没者墓地です。人間も魔族も眠っているところです」

男「院長は、よくそこに行くのですか?」

女執事「3日に1回は行っているかもしれません」

男「そんなに……」

女執事「1月に1度の王宮への報告書は忘れがちなのに、『私たちが行いを報告すべき相手は王宮ではない。未来を信じて亡くなった戦没者よ』と書き記して譲りません」ハァ

男「まあ、院長らしいとは言えますね」

女執事「しかし、戦没者墓地に寄っていると、ここに戻るのはあと一刻ほど遅くなってしまいます」

男「それでしたら、一旦元帥の屋敷の戻りましょう」

女執事「元帥閣下のお屋敷、ですか?」

男「ええ、実はここに来る前にお伺いしたら、外出中だったもので」

女執事「そうでしたか、では、ぜひ先にそちらへ……」

男「ええ、一旦失礼させていただきます」

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僧侶「勇者さん、この魔王城なんかおかしくないですか?」

勇者「魔王城なんだから基本的におかしいだろ」

僧侶「それはそうですけど……、挙げ足を取って裏切りがどうとか、魔王城の住人は何でそんなことばかり言うんでしょうか?」

勇者「うーん、奴らはみんな魔王城の秘密警察だったとか?」

僧侶「そういうのは魔王の忠臣を監視するんじゃないですか? 私たちは裏切りとか関係なく、問答無用で彼らの敵なはずです」

勇者「そうなんだよなぁ」

僧侶「彼らの目的がさっぱりわかりません」

勇者「まあ、答えは魔王を見つけて訊くしかないと思うよ。とにかく今は魔王探しに専念しよう」

僧侶「そうですね」

勇者「この館は今までで一番大きい」

僧侶「天井も高く、中も広そうですね」

勇者「魔王がいるとしたら、ここだろうか」

僧侶「開けてみましょう」

勇者「そうだな」ギイッ

??「魔王様の執務棟へようこそ、勇者殿」

勇者「魔王だと!?」

僧侶「ついに来ましたね!」

勇者「……っと、その前にお前は誰だ!」

僧侶「勇者さん気を付けてください。この人は勇者さんを勇者だと認識しています」

勇者「ああ」

??「その大きな両手剣を仕舞ってください、勇者殿。私にはあなたと戦闘する意思はありません」

勇者「なんだと?」

??「私の名は側近。ここ、魔王様の執務室で、魔王様の執政の補佐と身の回りの世話を仰せつかっております」

勇者「そうか。では俺を魔王のもとに案内してほしい」

勇者「俺の名を知っているという事は、来訪目的も承知しているのだろう」

側近「かしこまりました」

勇者「えっ、いいのか?」

僧侶「側近さん、魔王はどこにいるんですか?」

側近「ご案内できるのは勇者殿のみです」

僧侶「へっ!? 何言ってるんですか? 私たちは勇者討伐隊ですよ」

側近「裏切者は抹殺せよとの命を受けておりますので」

勇者「まだ裏切者とか言ってるのかよ。僧侶は小さいころから教会で神に仕えてきた身だぞ。裏切りとは無縁だ」

僧侶「そうです。神に誓って断言できます」

側近「あなた自身はそうかもしれませんね」

勇者「なら無罪放免だな」

側近「しかし、あなたの所属組織はどうでしょうか?」

勇者「おいおい……。俺たちは魔王討伐隊なんだから、魔物のいくらかは裏切ってても仕方ないだろ」

側近「魔物ではありません。我々は魔族という誇り高き種族です」

僧侶「そういえば、魔法使いさんもそう呼んでましたね」

側近「話を戻します。僧侶殿、問題はあなたの所属する教会です」

僧侶「教会が裏切り? 何のことですか?」

側近「その胸に聞いてみてはいかがですか?」

僧侶「この胸……?」タユンタユン

勇者「いや僧侶、多分胸っていうのはそういう事では……///」

僧侶「やっぱり分かりません。側近さんと違って聞く胸はあるんですけど……」

勇者「ブッ!」

側近「はあぁぁ??? 何、私の胸がないみたいな風説を流布しようとしてんの???」

僧侶「すいません! そういうつもりじゃなかったんですけど、触れてはいけないことに触れてすいません!」

側近「殺す! ぶっ殺す!」

勇者「まあまあ、僧侶も謝ってることだし……」

側近「お前も笑ったよな? 『ブッ!』とか言ってたよな? 殺す! 一緒に殺す!!」

勇者「ちょ……っ! 魔王のもとに案内してくれる話はどうなったんだよ」

側近「……コホン。取り乱してしまい失礼しました」

側近「そこの僧侶殿が事実無根の風評被害を招こうとしていたので、ついムキになってしまいました」

勇者(事実無根(笑)の風評被害(笑))

側近「勇者殿! 心は読めてますからね、(笑)の部分まで!」

側近「教会は、長年私にコンタクトをとってきました」

勇者「教会が魔族に……?」

僧侶「そんな話、聞いたことがありません!」

側近「僧侶殿は聞き及んでいないのですか? 教会上層部の間では周知の事実かと思いましたが」

勇者「……とりあえず話を聞こう。詳しく教えてくれ」

側近「人間界の教会は、神に仕え、ときには神の声を聞く立場にありながら、政治的に王家より低い地位に置かれることに不満を抱いていたようです」

側近「王家主導で人間界と魔界間の戦争を始めて以降、特にその傾向は強まっていたようです」

側近「ある時、教会の上層部が極秘に私を訪ねてきました」

側近「そして彼らは『魔界を実務的に統べるあなたと、人間界の神を代弁できる我々が手を組めば、人間界と魔界を我々の自由にできますよ』と提案してきたのです」

僧侶「そんな……嘘です!」

勇者「仮に本当だとして、教会は何で魔王ではなく側近を訪ねたんだよ。おかしいじゃないか」

側近「実は、魔界はこのところ、魔王様が10年ほどで代替わりし続けているのです。これは、1000年単位で生きる種族も多い魔族にあっては、非常に不安定な状態なのです」

側近「それに引き換え、我が側近家は命ある限り魔王様を補佐し続けますから、安定性を買われたのかもしれませんね」

僧侶「信じられません」

側近「では、これをご覧いただきましょう。教会側が私に提示した契約書案です」

勇者「!! 教皇聖下のサインだ……」

僧侶「そんな……」ガクッ

側近「さ、これでお分かりいただけたでしょうか? 魔王討伐隊に私と手を組もうという勢力がいたという事実を」

僧侶「……私が裏切者だとしたら、教会と手を組もうとした側近さんも裏切者じゃないですか!」

側近「私が教会側の提案を受け入れたと、いつ言いましたか? 私は答えを保留したままです」

僧侶「……っ!」

勇者「確かに、教会上層部の行為は人類に対する裏切りそのものだ。でも、それを知らなかった僧侶は裏切りとは無縁だろう!」

側近「何と言われようと、裏切る勢力を魔王様に近づけるわけにはいかないのです」

僧侶「分かりました」

勇者「おいおい僧侶。側近は裏切者を抹殺すると言ってるんだ。納得しちゃだめだ」

僧侶「私は側近さんと戦います」

勇者「無茶だ! 僧侶は回復専門じゃないか」

僧侶「魔王を倒して、王国に凱旋したとします」

勇者「え? ……ああ」

僧侶「その時、私は教会という、魔界と手を組もうとした邪悪な組織と対峙しなければなりません」

僧侶「そのためには、教会がすがろうとした人も生かしてはおけないのです。教会と側近さんは、どちらが残っても世界を不安定にしてしまいます」

僧侶「これは私の出身母体が起こした不祥事です。私に始末させてください」

勇者「だったら俺も加勢する」

僧侶「私にやらせてください!!」キッ

勇者「そうはいかない。一連の討伐は我々4人の任務なんだから」

僧侶「勇者さんには勇者さんにしかできない役割があります!」

勇者「あるとしたら、今ここで僧侶とともに戦うことだ」

側近「勇者殿をここに留めておく理由はありません。魔王様の執務室にお行き下さい」

勇者「待て! 俺は絶対に僧侶を一人にはしないぞ! 共に戦い、共に帰るんだ」

僧侶「……勇者さん」

勇者「僧侶の生まれ故郷の港町に戻って、二人で暮らそう」

僧侶「ありがとうございます。でも……」

側近「勇者殿、自ら魔王様の執務室に行かないのなら、強制的に行ってもらいます」コォォ

勇者「なっ、転移魔法など……やめろ!」

-------

側近「……これで邪魔者がいなくなりました」

僧侶「なら、始めましょうか」

側近「この状況でよく落ち着いていられますね」

僧侶「私は側近さんに勝てないかもしれません」

側近「そうでしょうね。ではなぜ落ち着いていられるのですか?」

僧侶「私はいいんです」

側近「何が良いのですか?」

僧侶「どうなっても構わないです、私は」

側近「随分諦めがいいですね」

側近「私も任務ですからあなたと戦いますが、正直あなたに罪はないと思っていますよ」

僧侶「……いいんです」

僧侶「私ががどうなろうと、勇者さんが魔王を倒して王国に青空を取り戻してくれると信じていますから」ニコ

-------

ドスン

勇者「いてっ」

勇者(確か側近に転移魔法で飛ばされて……、ということはここは……)

魔王「君が勇者か? 待っていたぞ」

勇者「お前は……魔王、か?」

魔王「ああ」

勇者「いや、人間の青年にしか見えないけど…」

魔王「魔王本来の形態もあるが、君とは色々話をしたかったんでな」

勇者「話す?」

魔王「ああ」

痛恨のコピペミス!

すいません。>>78はきれいさっぱり忘れてください。
次の章で貼る奴です。
ネタバレしてないはず。大丈夫、大丈夫だ……

さっ、認知症にかかったところで投下を続けます。

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(↑僧侶 vs 側近 回想シーン終わり↑)

男(この峠を越えれば港町が見えるはず)

男(辺境の港町というから、静かな所なんだろう)

男(お、そろそろ海が……)

男(おお、海が……見えたけど……あれ?)

男(……随分立派な都市にみえるぞ)

男(しかも、王都並みに立派な城が建っているようだけど、何の城だ?)

ワーワー キャーキャー

男(歓声!? とりあえず長閑とは縁遠そうだな)

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案内係「こんにちは」

男「え? ああ、こんにちは」

案内係「パスポートのご購入はあちらのチケットブースですよ」

男「パスポート? 通行税か何かのことですか?」

案内係「ホーリーランドの入場チケットですよ」

男「ホーリーランド? えっと、パスポートとやらを買えばこの街に入れるのですね?」

案内係「初めてのご来園ですか?」

男「来園……ええ、初めてです」

案内係「今日一日のご利用でしたらワンデーパスポートをご購入ください」

男「滞在は1日の予定ですから、それでよさそうですね」

案内係「お目当てのアトラクション等はおありですか?」

男「アト、ラク、ション……?」

案内係「えっと、行きたいところ、と言いますか……」

男「ああ、行きたいところはいくつかありますね」

案内係「1日で複数のアトラクションを確実に楽しみたい方は、園内で免罪パスをご利用になると便利ですよ」

男「免罪……だと?」

案内係「アトラクションの前で事前にチェックを済ませると、予定の時刻にアトラクションを楽しめるという魔法のパスです」

男「訪問先で待たされないというのは魅力ですね」

案内係「では、あちらのチケットブースでワンデーパスポートをお買い求めの上、ゲートをお通り下さい」

男「ふむ、あそこの小屋で衛兵に挨拶して通行税を払い、市門をくぐればよいのですね」

案内係「あっ、その前に!」

男「何でしょう?」

案内係「その大きな剣は園内に持ち込めません」

男「えっ、これは護身用に持っておきたいのですが……」

案内係「規則で園内にはいかなる武器も持ち込めません」

男「しかし、街の中で誰かに襲われたら……」

案内係「園内には武器を持ったものは一人もいませんので、そんな心配は無用です」

男「街の中の治安はいいのですか?」

案内係「勿論です。オープン以来、園内の暴力沙汰は1件も発生していません」

男「う~ん……」

男「分かりました」

案内係「では、その剣は私がお預かりしましょう」

男「はい」ドサッ

男「では、小屋に行ってきます」

案内係「……」

-------

男(市門をくぐったら静かな町が現れるかと思たけど……)

男(何だ、この生活感が一切感じられない空間は)

男(しかも……)

幸せ娘「パパー、次は魔海の海賊に行こー」キャッキャッ

幸せ父「えぇ? 市場の向こうじゃないか」

幸せ娘「いーくーのー!」

幸せ母「あらあら、この娘ったら」フフフ

男(なんで幸せそうな奴らで溢れかえってるんだ???)

男(まあ、そんなことはいい。まずは目的を……)

幸せ女「晴れてよかったね」

幸せ男「最近雨が多かったからね」

幸せ女「私達の想いが通じたんだね」

幸せ男「うん、そうだね」

幸せ女「でも、晴れるとホーリーランドは一段と綺麗ね」

幸せ男「確かにホーリーランドも綺麗だけど、幸せ女ちゃんの方がもっと(ry」

男(ああ、歴代の魔王は滅ぼすべき街を滅ぼし忘れたんだな)

キャッキャウフフ

男「すいません!」

幸せ男「あっ!?」

幸せ女「えっ!?」

男「お尋ねしたいんですが!」

幸せ女「は、はい?」

男「大神官の生家はどちらでしょうか?」

幸せ女「大神官様の生家……」

幸せ男「大神官の家と言えば、あれじゃね?」

幸せ女「えっ、あれ、生家じゃ……」

幸せ男「でも、大神官の家っぽいのあれしかないし」

幸せ女「まあ……確かにね」

幸せ女「たぶんあれだと思いますよ、ホーリーランドで一番目立つところにある、あのお城」

男「なんと! 大神官は王女か何かだったのですか?」

幸せ男「いやぁ、違うと思うけど」

幸せ女「でも、ここで大神官様がお住みになりそうなところは、あのホーリー城だけですから」

男「分かりました。行ってみます。ありがとうございました」ペコリ

幸せ男「あいつ、こんなところに独りで何しに来たんだ?」

幸せ女「さあ……?」

-------

男(なんか、言われるままに城の3階に上がらされてしまったけど)

男(こんな生家があるだろうか? どう考えても住居じゃないぞ)

マオウヲタオスゾ! オー!!!

男「わっ!」

男(な、なんだいきなり)

男(からくり人形か……。魔王を倒す様子を表現しているみたいだな)

男(あ、危ない! そこ、左だ! よしよし……しむ、否、戦士後ろ!)

男(……無事に魔王を倒したみたいだ。次に行こう)

男(大きい絵だ。けど随分おぞましい絵だな)

男(悪魔のような領主と教会が村の人を苛めている構図かな。趣味の悪い絵だ)

男(次も絵か)

男(大神官が旗をもって民衆と立ち上がる絵……)

男(次は……隣の部屋か)

男(おおすごい!これは天国のジオラマか?)

男(見るだけで幸せな気持ちになれそうだけど……)

男(神が描かれるべき位置に大神官の像が置かれてるんだが)

男(次の部屋は……っと、城の入り口に戻ってきたか)

男(この町は一体……)

幸せモブA「おい、スプラッシュ的な何かが空いてそうだぞ」

幸せモブB「この時間から濡れるのはなぁ」

幸せモブA「でも、普段はいつも行列してるから」

幸せモブB「ま、時間つぶしにはなるかもな」

男(わざわざ濡れに行くというのか? いったい何を考えているんだろう)

-------

司祭「ずぶ濡れじゃないですか、どうされたんですかの?」

男「いや、まさか晴れている日に水しぶきを浴びるとは思わなかったもので……」

司祭「それは大変でしたの。あちらの神殿で拭くものをお貸ししましょう」

男「ありがとうございます。……って、あなたは教会関係の方ですか?」

司祭「教会? ええ、まあそうですが」

男「ちょうどよかった。神殿とやらでお話を伺えますか?」

司祭「わかりました。参りましょう」

司祭「さあ、手拭いです。使ってください」

男「ありがとうございます」フキフキ

男「あの、ところで、この町は……?」

司祭「町、といいますと?」

男「ここのことです。大神官の産まれた町と伺っていたのです。港町と伺っていたのです」

男「それなのに、ここは何なんですか?人が生活している感じが全くありません。何というか、みんな王国の真似事をして楽しんでいるような感じじゃないですか」

司祭「なるほど」

男「納得したいのはこちらです」

司祭「これは申し訳ない。見慣れない装束ですが、貴方は異国からいらしたのですかの?」

男「ええ、隣国から来ましたが……」

司祭「隣国……鉱山の国ですかの」

男「ええ」

司祭「なるほど、あそこはこの王国と教圏が同じですから、余計にこの王国が奇妙に映るのかもしれませんの」

男「王国というか、この町が奇妙なんですが……」

司祭「分かりました。一からご説明しましょう」

男「お願いします」

司祭「三傑によって魔王が滅ぼされるまで、この王国や鉱山の国を含む教圏では、一人のトップ、教皇聖下が全ての教会を統率していました」

男「それは知っています」

司祭「しかし、魔王討伐に参加した僧侶、つまり今の大神官様によって、教会が腐敗していることが明らかにされたのです」

司祭「各地方の教会は利益を得んがために各地方の領主と結託し、教皇聖下は各国の国王に対抗するために魔王と結託しようとしていましての」

男「……」

司祭「驚かれませんね。この辺りは鉱山の国にも伝わっているのですかの」

男「まあ、風の噂といいますか、その程度には……」

司祭「なるほど」

司祭「さて、そのような腐敗を目の当たりにした大神官様は、王都に凱旋すると同時に行動を起こしました」

男「教皇聖下の行いを糾弾したわけですか?」

司祭「簡潔に言えば、そういうことになります」

司祭「しかし、問題はどのように糾弾したかでしての」

男「国王を味方につけるため、魔王討伐の報告を兼ねて国王にお伝えしたのではないですか?」

司祭「それでは現在の王国の教会はなかったでしょう」

男「それは一体どういう……」

司祭「大神官様は、教会が自らの利益のために領主や魔王と結託した結果、多くの民を救えなかったことに心を痛められたのです」

司祭「国王と結託してしまっては、結託する相手以外は何も変わりません。大神官様は、いかなる権力とも結託しないことこそが民を救える道だと悟ったのです」

司祭「大神官様は、知り合いのいた王都の小さな教会から、王都の民に向けて、これまでの教会の行いを発表したのです」

男「なるほど……」

司祭「王都の民に伝わった教会の行状は、ほぼ一瞬にして王国内の民に伝わりました」

男「しかし、それでは王国内で教会に対する暴動が起こったのではありませんか?」

司祭「暴動が怒る直前という微妙なタイミングを逃さず、大神官様は立ち上がったのです」

男「立ち上がったところで、教会に対する怒りは収まらない気がしますが」

司祭「王国内では、魔王を倒したという称号には絶大な影響力があります」

司祭「大神官様が『教会は私たちが変えなければならない』と言ったとき、民は大神官様への協力を惜しみませんでした」

司祭「教会に対する怒りが、教会の中の困った人への怒りに変わったのです」

男「タイミングが良かったということですか」

司祭「……ここまでは、運を天に任せていた部分もあったのでしょう」

司祭「しかし、ここから先は決して運ではありません」

司祭「民の声を背景に、教皇聖下の影響力を王国内から排除し、新たに大神官として王国内の教会全てを統率する立場に就きました」

男「教会のトップが変わっただけではないのですか」

司祭「全く違います」

司祭「それを機に、教会は王都や一部の都市のみに集約し、各地にある教会は神殿に再編されました」

男「教会と神殿は何が違うのですか」

司祭「神殿は各地にあるお祈りするところですね。神殿は、教会時代にあった政治や金銭にまつわる一切の権限を剥奪されました」

司祭「教会は、神学の研究を行ったり、神殿を束ねたり、金銭の管理を行ったり、世俗と対外的な交渉をしたりする、事務的な組織です」

男「教会が世俗と交渉するのなら、これまでと何も変わらない気がしますが」

司祭「大神官様をはじめとする厳しい監視の目が届くところで、世俗と近づきすぎない交渉をすることが重要なのです」

男「しかし、それでは神殿はやることがなくなりそうですが」

司祭「教会の領地や寄付によって得られた収入は、教会から各地の神殿に分配され、各地の神殿はこの資金を各地の民に役立つよう使うことが義務付けられました」

男「役立つこととは一体……」

司祭「雨の少ない地域にある神殿では教育施設を作り、ため池や運河を作る技術を広めました」

司祭「麦が豊富にとれるけど辺境にある地域では、麦を加工する工場を作り、民の働く場を作るとともに、作物を他の地域に運びやすくしました」

男「神殿は交易まで行うのですか?」

司祭「それはあくまで民の仕事です。しかし、各地にこういった施設が増えた結果、物資の行き来が増えたのは紛れもない事実でしての」

男「そんな資金が一体どこから……?」

司祭「王宮や領主との無駄な相互干渉を無くすことで、十分捻出できます。何しろ、王宮や領主から教会への寄付はなくなったわけではないのですから」

男「それはすごい」

男「ですが……それなら、何で王国は混乱の真っただ中なのでしょう」

司祭「貴方は、この王国でいくつの町を巡ってこられましたかの」

男「王都とこの町だけですが……」

司祭「やはりそうですか」

男「やはりとは?」

司祭「この王国で、未だに混乱が収まらないのは、王都とごく一部の交易都市くらいです」

男「えっ……?」

司祭「王都は特別です。王宮があり、諸侯が住み、各種労働者が暮らし、魔族も集まる……利害がぐちゃぐちゃな稀有な都市です」

司祭「しかし、地方のほとんどの町は違います。農地があり、耕す農奴と、管理する領主がいるだけの世界です」

司祭「そういう世界では、民の暮らしが良くなればそれに異を唱える者などおりません」

男「そうだったのですか」

司祭「我々教会は、祈ることと伝えることしかできません」

司祭「街道を整備することも、街道を安全にすることもできません」

司祭「しかし、その街道を活用する人々を育てるのは、民とともに祈り、伝えることのできる教会と神殿にしかできないことなのです」

男「ところで、この町は一体……?」

司祭「ほっほっほっ、そうでしたの」

司祭「そもそもの話として、ここは町ではありません」

男「えっ? じゃあここは……」

司祭「テーマパークでしての」

男「テーマ、パーク……???」

司祭「魔王を倒し教会を民のものに変えた立役者である大神官様の偉業を、遊びながら知ることのできる施設ですね」

男「えっ、では、大神官の産まれた港町というのは……」

司祭「勿論ありますよ」

男「それはここにあったのではないのですか?」

司祭「厳密にいうと、このホーリーランドというテーマパークは、港町の手前に作られたのです」

司祭「ですから、港町はここから港に向かって歩いたところにあります」

男「峠からここに来るまで、全く見えませんでしたが……」

司祭「峠からここまでの道程と、この園内からは町が見えないように設計されていましての」

男「そんな……。なぜ、こんな施設を作ったのですか?」

司祭「大神官様が就任されたとき、当然その生家がある港町は聖地として巡礼者が殺到することが予想されました」

男「でしたら、港町を聖地にすればいいではないですか」

司祭「大神官様が、それを望みませんでした。長閑に暮らしてきた人々を好奇の目に晒したくはないと」

男「そうだったのですか……」

司祭「そこで、だったら別に聖地っぽく振り切った施設を作っちゃおうと、年甲斐もなく張り切らせて頂きましての」ホッホッホッ

男「あなたの悪ノリですか!」

司祭「まあまあ、結果的に王国の教会や神殿一の集客施設となり、私の株価も鰻登りでしての」

男「何の話ですか!」

男「だいたい、大神官を教祖の様に祀り上げて神格化するなんて、大神官が望んでいるとは思えません」

司祭「……それは否定しません」

男「だったら……!」

司祭「それはこの施設をオープンする前から、教会上層部で議論を交わしてきたのです」

男「でしたら、あなたが強行したということですか?」

司祭「いいえ、とんでもない。教会として出した結論です」

司祭「たとえ行き過ぎた表現があったとしても、今日の教会や神殿の意味を民にわかりやすく伝えることの方が重要なのです」

男「そういうことですか……」

男「ただ……」

司祭「なんですかの」

男「随分と高い通行税を取るんですね」

司祭「通行税? パスポートですよ」

男「同じですよ!」

司祭「国王も農奴も平等に同じ代金を払い、平等に同じアトラクションを楽しめるのです。究極の平等を実現した夢の世界と言って頂きたいですの」

男「いや、まあ……そういう考え方もある……のか?」

司祭「しかも、園内は全ての人が平等に平和と安全を享受できるよう配慮しています。そういう世界が現存することを体感していただきたいのです」

男「それは確かに素晴らしいですが……」

司祭「我々教会は、祈ることと伝えることしかできません」

司祭「しかし、我々は伝えることができるのです。この力から目を背けることは、神に対しても民に対しても裏切りです」

司祭「魔王討伐の三傑の一人であり、教会を正しい姿に変えた大神官様のことは、どんな形であっても語り継ぐべき事実です」

男「ちょっ……!」

司祭「どうしましたかの」

男「今、魔王討伐の三傑と言いましたか?」

司祭「ええ」

男「王国に来てから、ずっと気になっていたのです。その三傑っていうのは一体誰のことなんですか?」

司祭「おやおや、他国にはこんな大事なことが伝わっていないのですかの」

司祭「三傑というのは、僧侶、魔法使い、戦士……つまり、今の大神官様、王立魔道研究院長様、元帥閣下の3人です」

男「えっ…………」

男「あの、勇者が魔王討伐に行ったのではないですか?」

司祭「ああ……、かつての魔王討伐では勇者が他の者を引き連れて魔王討伐に向かったようですの」

男「かつて……」

司祭「今回は、 僧侶、魔法使い、戦士の3人が魔王討伐に向かい、魔王を倒して帰ってきたと聞いています」

男「勇者はいなかったというのですか?」

司祭「『いなかった』とは聞いておりませんが、『いた』という話はありませんの」

男「…………」

司祭「いやいや、他国への話の伝わり方というのは興味深いものですの」

男「…………」

本日の投下はここまでです。

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案内係「こんばんは」

男「え? ああ、さっきの……」

案内係「お預かりしていた剣、お返ししますね」

男「あ……、そうか」

案内係「ホーリーランドはお楽しみいただけましたか?」

男「何というか、想像とは違いましたが……」

男「まあ、貴重な体験はできましたよ」

案内係「それはよかったです」

案内係「この後はどちらに行かれるのですか?」

男「近くに宿屋街があると聞いたので、そちらで投宿と食事をしようかと……」

案内係「幸せそうな人たちに囲まれてですか?」

男「あ……、いや、でも、仕方ないですから」

案内係「私は間もなく仕事が終わるので、よかったら港町で一緒に食事しませんか?」

男「いや、しかし……」

案内係「宿屋も港町の方がはるかに安いですよ」

男「う~ん、じゃあ」

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男「いやあ、助かりました。普通に食事できるところがあったんですね」

案内係「小さいと言っても、由緒ある町ですからね」

男「でも、峠の方からはこんな町があるなんて全然気が付きませんでした」

案内係「知らない人には豪華な宿屋で高級ディナーを召し上がっていただくのが、教会流のおもてなしですから」

男「大神官様大変です。教会が金儲けに邁進しはじめてます」

案内係「そのお金は民のために使っているのですから。それに私たちは個人では蓄財を許されていません」

男「農奴も逃げだしそうな待遇なんですね」

案内係「ホーリーランドで働く者は全て聖職者ですから」

男「あ、なるほど……」

案内係「それに、ホーリーランドがあるおかげで、この町は今でもゆっくりとした時間が流れているんですから」

男「確かに、そうなのかも知れませんね」

男「来たかったのは、テーマパークではなくこの町だったのです。長閑な港町と聞いていたので」

案内係「どなたにお聞きになったんですか?」

男「いや……、その、知人から?」

案内係「ふーん」

案内係「港と言っても小さな漁港ですから、見るようなものは特にありませんよ」

男「この先にある村に行くついでに、立ち寄ってみたかっただけですから」

案内係「この先にある村って……、確かただの農村ですよ。それこそ何もないところです」

男「知り合いの出身地でしてね」

案内係「ふーん」

男「しかし、びっくりしました」

案内係「教会がテーマパークを運営しているのがですか?」

男「それもありますが、魔王討伐に勇者が加わっていなかったという話です」

案内係「……」

男「いえ、隣国では魔王は勇者が倒すものだと言い伝えられていましたので」

案内係「王国に凱旋したのは大神官様をはじめとする三傑の方々だけでした」

男「かつての魔王討伐は勇者主導だったのに、今回は勇者がいないなんて……」

男「何か理由があったんでしょうか?」

案内係「勇者も魔王討伐の旅に出ましたよ」

男「えっ!?」

男「いえ、先ほどの司祭さんが言うには、直近の魔王討伐は三傑のみによって行われたと……」

案内係「凱旋したのが三傑の方々だけなのですから、間違ってはいないと思いますが」

男「しかし、司祭さんは勇者の存在を聞いたことはないと……」

案内係「それが、この王国での定説になっていますから」

男「定説とはどういうことでしょう?」

案内係「……随分、勇者の動向が気になるみたいですね」

男「いや、そういうわけでは……」

男「ただ、私が伝え聞いていた話とは色々と相違点があるもので、消化しきれないのです」

案内係「ところで勇者さん?」

男「何でしょうか」

男「……って、えっ!?」

案内係「……やっぱり」

男「いや……二人で会話していて呼びかけられたら、反射的に答えるでしょう」

案内係「さっき、この町を『長閑な港町』と聞いたと言いましたよね? 誰から聞いたんですか?」

男「ですから、知人から聞いたと……」

案内係「ここを『長閑な田舎町』と呼ぶのは大神官様の口癖なんですけどね」

男「ぐっ……偶然?」

案内係「あと、この先の農村に行くとか言ってましたけど」

男「ええ、知り合いの出身……」

案内係「例の勇者の出身地なんですけどね」

男「」

男「いやいや、出身地だけで人物を特定されても……」

案内係「じゃあ、その剣について聞いてもいいですか?」

男「この両手剣ですか? これは隣国の剣ですよ。鉱山の国ですから豊富な鉄鉱石をふんだんに用いて、このような大きい剣が主流になっているのです。さらに近年では、鉄に他の金属を混ぜることによって、更に強靭な……」

案内係「祝福の剣じゃないですか、それ」

男「シュクフクノツルギ……ナンデスカソレハ……」

男「もしかしてあれですか? 勇者しか装備することができないとかいう伝説の武器ですか?」

男「まさか、ありえませんね。笑っちゃいますよ。はは……ははは……」

案内係「私、見たことありますから。祝福の剣」

男「あ、あなたは一体……」

案内係「魔王討伐隊が王都を旅立たれた日、神の祝福を受ける儀式がありましたよね?」

男「いや……そうなんですかね」

案内係「そういうのいいですから」

案内係「私、その時同席していました」

男「!! もしかして修道女さん?」

案内係「覚えていてくれましたか? 勇者さん」

男「ぐっ……!」

案内係「その通りですよ、勇者さん。私は間近で勇者さんも、その剣も見ていました」

男「いやだなあ修道女さん。間近で見ていたのなら、勇者がこんな顔だったのかどうか覚えておいて欲し……」

案内係「そういうのいいと言ったでしょう!」バンッ

男「すいません……」

案内係「確かに、顔も口調も違っていますが、装備も所作も勇者さんそのものです」

男「それは……」

案内係「もう一度お訊ねします。勇者さんなんですよね?」

男「……ええ」

案内係「……随分酷いことするんですね、勇者さんって」

男改め勇者「結果として騙すことになってしまって、すいません」

案内係「そういうことではありません!」

勇者「では一体……」

案内係「どうして……」

案内係「どうして、すぐに僧侶ちゃ……大神官様のもとに駆け付けてあげないんですか?」

勇者「それは……」

案内係「三傑の方々が王都に凱旋した時、教皇聖下の影響力を王国から排除した時……」

案内係「教会のたちも王都の人たちも歓喜に沸いていたけど、大神官様だけは寂しそうな瞳でどこか遠くを見つめていました」

案内係「大神官様は、魔王討伐隊として独りで王都に呼び出されて以来、あなたを頼りに生きてきたんじゃないですか?」

案内係「そんな大神官様に対する、あなたの答えがこれなんですか!」

勇者「それは……申し訳ないと思っています」

案内係「申し訳ないとか……! そういうことを言っているんじゃないでしょう!」バンッ

勇者「でも、今は大神官のもとには行けません」

案内係「何でですか! 魔王も倒せなかった腑抜けっぷりが恥ずかしいとか?」

勇者「いや、そういうことではないのですが……」

案内係「ふん、どうだか。勇者の存在は恥ずかしいから、王国の歴史から消されたんじゃないですか?」ケッ

勇者「勇者は如何なる辱めを受けても構いません。でも今、勇者が戻ると、王国は不幸な歴史を繰り返してしまうのです」

案内係「王国が不幸って何ですか? 既に大神官様を不幸にしておいて、何が勇者ですか!」

案内係「そんな勇者ってあんまりじゃないですか! 貴方なんて勇者と言えません!」

勇者「……ええ、私は勇者とは言えないのでしょう」

本日の投下はここまでです。
既に勇者が登場していますが、本当の勇者編は次回からになります。

さて、この後勇者はどう動くか?
安価>>78

……嘘です。ちゃんとやります。安価スレではありません。

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ドスン

勇者「いてっ」

勇者(確か側近に転移魔法で飛ばされて……、ということはここは……)

魔王「君が勇者か? 待っていたぞ」

勇者「お前は……魔王、なのか?」

魔王「ああ」

勇者「いや、人間の青年にしか見えないけど…」

魔王「魔王本来の形態もあるが、君とは色々話をしたかったんでな」

勇者「話す?」

魔王「ああ」

勇者「一体どういうことだ? 俺たちはお前を倒すためにここに来たんだぞ」

魔王「混乱させてすまない」

魔王「しかし、我はこの通り人間の形態だし武器も持っていない。戦闘は話を聞いてからでも遅くないだろう」

勇者「まあいいだろう。俺も仲間がここに来るまでは戦闘を開始したくない」

魔王「仲間……か」

勇者「ああ、あいつらが来るまでの猶予だ。手短に話してくれないか」

魔王「では、順を追って話そう。君がいう通り、我は人間だ」

勇者「なっ……」

魔王「いや、『元』人間というべきだな」

勇者「門番の様に闇堕ちしたってことか?」

魔王「闇堕ちとは違うな。むしろ正義を貫いた結果だからな」

勇者「……頼む。わかりやすく説明してくれないか?」

魔王「分かった。では我の通常形態を披露しよう。戦闘は行わないので安心してほしい」メキメキッ

勇者「つ、角と羽が……」

魔王「我は魔王だからな。これが魔王本来の形態だ」

勇者「黒いオーラも……」

魔王「さて勇者、この顔に見覚えはないか?」

勇者「魔王に見覚えなんか……、って、 先代の勇者……っ!」

魔王「さすがだな。王宮にある歴代勇者の肖像画を憶えていたか」

勇者「何てことだ……、先代の勇者が人間を裏切り、魔王となっていたなんて」

魔王「裏切ってなどいない。我は10年前、神の祝福を得て魔王討伐の旅に出て、そして魔王を討ち取ったのだ」

勇者「じゃあなんだ、その形相は」

魔王「勇者よ、魔王になるにはどうしたらいいか知っているか?」

勇者「そりゃ、魔王の家に産まれるとかじゃないのか?」

魔王「魔界は力が全てに優先する世界。家柄などはそれほど大きな意味を持たない」

勇者「それじゃあ一体……」

魔王「魔王になるには、魔王を倒せばいいんだ」

勇者「何だ、単純なことじゃな……えっ!」

魔王「10年前、我は魔王を討ち取った結果、自動的に魔王になってしまったんだ」

勇者「そんな馬鹿な……。勇者が魔王を討つと魔王になるなんて」

魔王「しかし、それが事実なんだ」

勇者「いや待てよ……。仮にそうだとしたら、魔王となった瞬間に王国に凱旋し、国王に事情を説明すればいいじゃないか」

魔王「勇者よ、王国による魔王討伐にどれくらいの歴史があるか知っているか?」

勇者「ああ、約50年前に始まって以降、ほぼ10年周期で魔王討伐隊が結成されている」

魔王「詳しいな」

勇者「出立前にそれくらいの知識は習得していて当然だろ」

魔王「それもそうだな。では、それが何を意味するか……?」

勇者「……まさか、50年前から魔王は人間だったってことか!?」

魔王「ああ、そういうことだ」

魔王「50年前、最初の人類による魔王が誕生した」

魔王「その魔王は、今まさに君が言ったように行動しようとしたようだ」

勇者「なら、なぜその時点で人類と魔族が和解出来なかったんだ?」

魔王「魔王たるもの、魔界の統治や魔族の繁栄を第一に考えなければならない」

魔王「最初の人類魔王はその点を失念していたので、王国に行くことを側近たちに許してもらえなかった」

勇者「それじゃ、体のいい幽閉じゃないか」

魔王「まあ実際幽閉だったんだろう。しかし、そんな幽閉生活は10年ほどで終焉を迎える」

勇者「おっ、ついに解放されるか」

魔王「二代目の勇者に討たれるという形でな」

勇者「そうだった……」

魔王「二代目の勇者は初代勇者であった魔王から自身の失敗を聞かされ、まず魔界統治に専念した」

魔王「そして10年ほど経った今から30年前、王国と和平交渉をするために単身王都に赴いた」

勇者「ならその時に平和が訪れたはずじゃ……」

魔王「王国の歴史では30年ほど前に何があったと伝えられている?」

勇者「人類を裏切った勇者が魔王となって王都に攻め込んできた、王国最大の危機……か!」

魔王「その通りだ」

勇者「でも何故だ? 三代目の勇者は和平交渉をするために王国に凱旋したんだろ?」

魔王「魔王の形態で乗り込んだのが誤解を招いたのだろう」

勇者「だったら人間の形態で、戦意を示さずに凱旋すればよかったのに……」

魔王「それでは凱旋する意味がない」

勇者「どういうことだ?」

魔王「さっき我の人間形態を見て気付かなかったか?」

勇者「気付くって、見たこともない青年だとしか……あっ!」

魔王「ああ、魔王になってしまうと、人間形態では本来の顔とは全く別の人相になってしまう」

魔王「つまり、人間形態で王国に凱旋しても、勇者だとも魔王だとも認識してもらえない」

勇者「難しいな」

魔王「それに……」

勇者「まだ何かあるのか?」

魔王「どの形態で王国に凱旋したとしても、交渉など成立しなかっただろう」

勇者「なぜだ?」

魔王「王国内には、国王と魔王の和解を快く思わない勢力がいくつもあったからな」

勇者「……」

魔王「さて、あらぬ疑いをかけられた魔王には、即座に追討隊が派遣された」

魔王「それが、三代目勇者だ」

勇者「30年前の危機に、そんな背景があったなんて……」

魔王「さて、その三代目勇者だが……」

魔王「追討の際、二代目勇者から先代と自身の悲劇を聞かされたのだろう。王国を信用できなくなってしまったようだ」

勇者「そういえば、魔界との戦争が一番激しかったのは30年前から10年前だったはずだ」

魔王「ああ、そんな話を聞きながら魔王になった三代目勇者は、王国への復讐を始めてしまったんだ」

魔王「王国の空がこの魔界の空のような色に染まってしまったのも、30年ほど前からだ」

勇者「待てよ、そうしたら四代目の勇者はどこへ行ったんだ?」

魔王「20年ほど前に王都を出発した勇者隊か?」

勇者「ああ。四代目の勇者が魔王を倒したのなら、そんな復讐は終わったはずだ」

魔王「四代目の勇者隊は魔王に敗れた」

勇者「なんと……」

魔王「そして約10年前、我が五代目勇者として、魔王である三代目勇者の討伐に向かった」

勇者「お前が今ここにいるってことは、三代目勇者に勝ったんだな」

魔王「そうなるな」

勇者「『そうなるな』じゃないだろ。お前はこの10年間、いったい何をしてきたんだ」

魔王「もちろん、魔界繁栄のために尽くしたな。そのために資金が足りなければ、魔王城の巨塔等を売り払ってでも資金を調達したりしながらな」

勇者「だから魔王城は小さい建物ばかりなのか」

魔王「そういうことだ。これでも善政を敷いているつもりだ」

勇者「ふん、そんな魔界にとっての名君が俺と何の話をしようというんだ」

魔王「無論、魔界繁栄のために尽くしたのは表面的な活動に過ぎない」

魔王「この10年間、君が来るのを待っていたんだ」

勇者「なっ、一体どういうことだ?」

魔王「元勇者の話を聞かずに追討隊を送り込む国王は信用できない」

魔王「かといって、側近と手を組もうとする教会も信用できない」

勇者「なぜそれを知っているんだ?」

魔王「なぜって、側近から報告と相談を受けているからに決まっている」

勇者「……」

魔王「我は、王国と魔界を和解させる最期の望みとして、勇者を待っていたんだ」

勇者「信じられないな」

魔王「何が信じられないというのだ?」

勇者「人間と魔族の戦闘は、ここ10年間も続いてきた。和解を望む奴のやることとは思えない」

魔王「ここ10年の戦闘は魔族の一部の部族と王国の集落単位での小さな諍いのみだ。魔王軍として王国に乗り込んだことは一度もない」

勇者「でも、王国の空は未だに灰色のままだ」

魔王「あれは先代の魔王が掛けた呪いでな」

勇者「何で解かない」

魔王「あえて解く理由がないからだ」

勇者「解く理由がないだと?」

魔王「あの呪いは、王国の人間の心理を反映している。過半数の人間が信じる未来が暗ければ暗い色になり、明るければ晴れ間が射すというものだ」

勇者「それじゃ、空が灰色なのは……」

魔王「ああ、君たちの多くが明るい未来を信じていないからだ」

勇者「そんな……」

勇者「お前の話は分かった。ただ……」

魔王「何か不明なことがあるか?」

勇者「当たり前だ。だったら何で俺の仲間たちを『裏切者』呼ばわりして妨害するんだ?」

魔王「勇者を裏切った国王、王国を裏切ろうとしている教会……王国と魔界の和解は、裏切者に阻まれてきたと言っても過言ではない」

魔王「そんな要因を排除するのは当然のことだ」

勇者「だからと言って、僧侶たちを裏切者扱いすることはないだろ」

勇者「戦士は仲間の幸せを思って行動しただけだし、魔法使いは魔族から受けた仕打ちに対抗しようとしただけだ。僧侶に至っては本人に何の落ち度もない」

魔王「気持ちはわからないでもない」

勇者「だったら……!」

魔王「だが、個々の事例をいちいち考慮していたら危険要因を排除できない」

勇者「……こる?」

魔王「何だ?」

勇者「それで何が残る?」

勇者「みんな、目的を達成するために動いた結果じゃないか。それをいちいち排除していたら、残るのは何も行動しなかった奴だけだ」

勇者「そんな奴を集めて、何ができるというんだよ」

魔王「君はそうじゃないだろう?」

勇者「……平行線だな。僧侶たちを迎えに行ってくる」

魔王「それは駄目だ」

勇者「駄目かどうかなんて知るか。じゃあな」クルッ

ガチャガチャ

勇者「くっ……なんだこのドアは」

魔王「そのドアは内側から封印を施している。我を倒さない限り外には出られない」

勇者「仕方ない。だったらここで僧侶たちが来るのを待たせてもらう」

魔王「彼らはここには来れないだろう」

勇者「どういうことだ?」

魔王「ここは魔王城。我の城だ。君の仲間のことはよく調べたうえで、こちらが絶対的に有利になるよう部下を配置させてもらった」

勇者「っの野郎!」

魔王「間違いなく君の仲間たちは我の部下に消される」

勇者「なら俺がやることは一つしかない」

勇者「お前を討って僧侶たちを助けに行く!」

魔王「君が次の魔王になるぞ」

勇者「知るかそんなこと!」

魔王「人間と魔族の諍いが続くぞ」

勇者「そんなことは魔王になってから考える!」

魔王「君が考えている間に、何人の人間や魔族が命を落とすかな」

勇者「黙れ!」

魔王「我が黙れば、第二第三の魔法使いのようなものが現れなくて済むのか?」

勇者「それは……でも、そのために今の魔法使い達を見殺しにはできない」

魔王「我は君と戦いたいわけではない。王国と魔界の和解を実現したいだけだ」

勇者「お前が和解を実現できるという確証はない」

魔王「それはそうだが、君一人でできるという確証はもっとない」

勇者「……!」

魔王「君は我と組んで和解を実現するか、我と戦うか、好きな方を選ぶといい。ただし君が我に勝った場合、君は強制的に魔王になるぞ」

魔王「魔王になるということがどういう結果を招くか、よく考えるんだな」

勇者「……」

魔王「我と組む場合、君の仲間の命は諦めてもらうが、我を倒した場合、君の仲間を蘇生するのは君の自由だ」

勇者「俺は蘇生なんてできない」

魔王「側近が蘇生術を心得ている。神の祝福を得ているわけではないので完璧とは言えないけどな」

勇者「……なら、話は簡単だ」

魔王「ほう」

勇者「俺は魔王討伐隊としてここに来たんだ。討伐隊の仲間を見捨てた先にある未来など描けるはずがない」

勇者「魔王、お前を討つ。覚悟しろ!」グイッ

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本日の投下はここまでです。


受付係のお姉ちゃんは男を勇者と見た目で判断したってことは、男が魔王ってわけじゃないのか…?
にしても魔王さんも勇者の仲間をこんなやり方で倒そうとしなければ、もう少し交渉も簡単に行きそうなもんだが

>>139三代目の勇者ってなってるとこ、二代目の間違いじゃないか?

>>152
読み返してみたら、>>139の三代目勇者は、二代目勇者の間違いですね。
ご指摘ありがとうございます。
それから受付係の判断基準は、>>123をご参照下さい。

なお、本日中にネタバレ含め集中投下します。

勇者(昼でも夜のように暗いこの森を抜ければ我が故郷……)

勇者(その名も『ブレイブスタジオキングダム』が見えてくる)

勇者(なんてな。でも、勇者の偉業を称える聖地を期待してしまうな)

勇者(何しろ、この森の手前までは立派な街道が開通していたんだから)

勇者(さて、その角を曲がれば……)

勇者(ああ、懐かしい光景だ……)

勇者(あの日からきっかり6年分風雨に晒された感じの集落)

勇者(そうだろうな。勇者はいないことになっているんだ、うん)

勇者(人通りのない表通りもあの頃のままだな)

勇者(さて、俺の家は……)

勇者(……)

勇者(おかしいな。あの頃のままの出身地で迷子になってしまった)

勇者(今までなら町の人とかが声を掛けてくれてどうにかなったけど……)

勇者(ここは誰もいない。さすがは我が農村。というか6年前より人がいない!)

勇者(いや、落ち着け。あの切り株を右に曲がって……、この麦畑を左に曲がったところに我が家が……)

勇者(野菜畑が広がってる。どういうことだ?)

勇者(隣りの牧草地に人がいる! 話を聞いてみよう)

勇者(……っていうか隣に住んでいたおじさんじゃないか、あの人)

勇者「あの、すいません」

牧夫「ん? 誰だおまえっちは」

勇者「っと、旅の者なんですけど」

牧夫「旅? 何だ、王都からの技能者じゃないのか」

勇者「技能者?」

牧夫「旅の者には関係ない話だ。それより、こんな農村に何の用だ?」

勇者「いえ、その、昔の知り合いを訪ねに来たのですが……」

牧夫「知り合い? 誰だか知らんけんが、若い衆らなら村はずれの川のところにおるに」

勇者「いえ、この隣りの野菜畑のところにあったお宅なのですが……?」

牧夫「隣りって……! おまえっち、勇者一家の知り合いけ?」

勇者「やっぱり、勇者はいたのですか!?」

牧夫「いたも何も、この村の衆らはみんな勇者の帰りを待ってるもんでね」

勇者「そうなんですか!? いえ、王都や港町では勇者の存在を知らないという人ばかりでしたので」

牧夫「それはな、そういうことにしてるだ」

勇者「どういうことですか? 勇者は何かやらかしたのですか?」

牧夫「詳しくは俺っちも知らん。王都の役人さんに聞いた話だもんでね」

勇者「どんな話でも構いません。ご存知でしたら教えてください」

牧夫「そうだなあ。ペラペラしゃべっちゃ意味ない話だけんが……」

牧夫「遠くからわざわざおいでになったんだし……」

勇者「お願いします」

牧夫「6年前、俺っちの隣に住んでいた若者が神の祝福を受け、仲間とともに魔王討伐に旅立った」

勇者「しかし、王都でも港町でも、勇者がいたという話はほとんど……」

牧夫「若者が神の祝福を受けた時、王都の役人や教会の偉い人が沢山やってきて、村長も交えて協議をしたに」

牧夫「その後、若者を勇者として送り出す宴を、一晩かけて行ったに」

牧夫「6年前、勇者がこの村から旅立ったのは紛れもない事実だに」

勇者「なるほど」

牧夫「しかし5年前、勇者一行が魔王を倒したとの知らせが入った直後、王国には勇者を除く一行だけが凱旋した」

勇者「……」

牧夫「その後、王都の役人衆が隣の勇者の家にやってきて、勇者の家族をこっそり王都に移住させようとしたに 」

勇者「一体。なぜ……!」

牧夫「いい機会だと思って俺っちは役人衆らに聞いてみた」

牧夫「勇者はなぜ戻ってこないだ? 何があっただ? とな」

牧夫「役人衆らは黙って首を横に振るばかりだった」

勇者「そんな」

牧夫「俺っちもそれで納得するわけにはいかないもんで、『王都の衆らは理由も話さず村の衆を拉致するのか!』と問い詰めたら、少しだけ理由を話してくれた」

牧夫「詳しくは話せないが、勇者は別の世界に行っておりしばらく王国に戻ることができない」

牧夫「しかし、必ず戻ってくる時が来る」

牧夫「その時、勇者がどのような形でも王国に戻ってきやすいように、王国の民には勇者の去就や勇者の存在を積極的に公表しないでおきたい」

牧夫「勇者の家族も、この村にいては噂を聞きつけた旅人の格好の餌食にされてしまう恐れがあるので、その時が来るまで王都で保護したい」

牧夫「……王都の役人衆らはそんなことを言っていたに」

勇者「なるほど。どんな形でも帰ってきやすいように、あえて存在を伏せたということですか」

牧夫「そんな話を聞いても、いまいち理解できやせんかったけどな」

牧夫「ただ、役人衆らの話に嘘はなさそうだったし、勇者は戻ってくると聞いたもんで決めたに」

勇者「何をですか?」

牧夫「この村は、勇者の帰りをいつまでも待つってな」

勇者「……」

勇者「……いや、だったら」

牧夫「なんだ?」

勇者「何で、勇者の家を取り壊して、畑にしているんですか?」

牧夫「え、いや、その……これからは野菜畑の時代だって若い衆らが言うもんで」

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村人A「さて、今日は畑の水路づくりけ?」

村人B「そろそろ俺っちの村の畑も完成しちゃうで」

村人C「折角、王都の技能者とも仲良くなれただに」

村人D「大方はもう帰ったけん」

村人A「俺っちは無口の魔道研究院長たんが帰ってしまってから、院長ロス状態に」

村人B「あー、わかるわかる」

村人C「お前っちは趣味が悪いだよ」

村人A「何だと!」

村人C「氷の女執事様の冷たい魅力が分からないなんて、餓鬼もいいところじゃんね」

村人D「そうそう。女執事様に罵倒されながらハイヒールで踏みつけられたい!」

村人A「女執事の先生はハイヒールなんて履いてないだら。いつも茶色の編み上げのロングブーツだ」

村人B(うわぁこいつ実は詳しい)

村人C「あっ、女執事先生、おはようございます」

女執事「おはようございます」

女執事「早速ですが、今日は……」

村人A「畑の水路づくりだらあ?」

女執事「ええ、畑の灌漑事業の総仕上げです」

村人B「はい」

女執事「では、畑に水路を引くにあたって、灌漑事業のおさらいをしておきましょう」

女執事「この村の野菜は甘みが強く肉厚で、王都では人気があります」

女執事「にもかかわらず、この村では野菜を定期的に王都に出荷するどころか、自分たちで食べる分すら満足に作れません」

女執事「それはなぜですか? 村人C」

村人C「ひゃいっ!」

村人A「女執事先生、村人Cに話しかけないでください。刺激が強すぎるに」

女執事「……? いいから答えを、村人C」

村人C「雨が少なく、日照りが続きがちで、野菜の生育が不安定だからだに」

女執事「正解です。しかし、この村の傍には川が流れています。なぜ、川の水を使わなかったのでしょうか? 村人D」

村人D「この村は台地になっています。川は谷底の渓谷のようなところを流れているため、川の水を村の段々畑に汲み上げる手段がありません」

女執事「その通りです。ですから、今回の灌漑事業は水を川の上流にある滝の上から確保することにしたのです」

村人B「しかし女執事先生。水を確保しやすい対岸の滝の上から水道橋を作ったのはいいのですが……」

村人B「一旦対岸の川岸まで下ってきた水道橋の水は、こちら側の村の段々畑の上の方まで、上がっていかないんじゃ?」

女執事「そこは問題ありません。水は、下った高さより低い高さなら難なく登ります」

女執事「畑の水路を完成させたのち、村の広場に共同の水場を作ることも十分可能です」

村人B「なんと」

女執事「それに、水道橋が対岸経由でこの村に繋がっているということは、何を意味するでしょう? これは難問ですけどね」

村人A「俺っちが対岸に行きやすくなるし、対岸にも水があるから、対岸にも畑を作って王都に沢山野菜を集荷できるら?」

女執事「………」

村人A「あれ、欲張りすぎたけ?」

女執事「……まさか、正解が出るとは思いませんでした」

村人A「おおっ!」

村人C「おい村人A! その役は俺に譲れや!」

村人D「そうだそうだ!」

村人B「いや、お前っちは痛罵されたいんだら!?」

女執事「はい静かに! それでは全容の説明を終えたところで、今日の作業です」

女執事「村の川岸にある水道橋から畑に水路を引き、村の広場に共同の水場を作ります」

女執事「地面を掘り返すだけの作業ですので、魔法は不要です。皆さんだけで作業をお願いします」

村人C「ええっ!?」

村人D「いきなり水路なんて作れれないに」

村人B「おい、お前っち!」

女執事「もし、技術的に不安なら、神殿が水路技術の指導をしてくれるはずです」

村人C「そこは技能者の力も借りて一気にドカンドカンと……」

女執事「確かに魔法を使えば早いのかもしれませんが」

女執事「本当にそれでいいのですか?」

村人A「……」

女執事「異界からの技能者と村人が協力するのは結構ですが、この村の畑に爆発系の魔法を使って、あなたたちは何も感じないですか?」

女執事「5年前まで続いた魔族との戦いにおいて、魔法で畑を焼かれていたのではないですか?」

牧夫「もういいだら、お前っち!」

村人B「どうした牧夫」

牧夫「お客さんが若い衆らにも会いたいというもんで、連れてきたに」

牧夫「そんなことより、畑で魔法を使うとか、冗談でも言っていいことと悪いことがあるら?」

村人A「その通りだに」

村人B「この畑は俺っちのものだ。畑に手を加えていいのは俺っちだけだ」

村人C「……そんなことは分かってるだよ」

村人D「女執事先生ごめんね。ちょっと絡みたかっただ」

村人A「絡む……、踏みつけられたいのが、絡む……ね」

女執事「……」

村人A「さ、じゃあ作業を始めまい」

村人B「ああ、勇者が帰ってくるのにふさわしい村を作らなきゃな」

村人C「おお、この村は勇者の里だからな」

村人D「王国中でこの村の野菜を売って、王国に帰ってきた勇者をびっくりさせるら」

女執事「……やはりこの村の野菜は、王国一美味しい野菜になりそうですね」

女執事「お久しぶりですね」

勇者「ええ」

女執事「……さっきから笑っていますけど、何か言いたそうですね」

勇者「まあ」

女執事「『誰からも恐れられていないとか言ってたくせにこの有様かよ?』ですか」ジト

勇者「いやいや」

勇者「王都で見た光景は混沌と憎悪しかなかったけど、この村では村人が魔族と付き合い、積極的に村を良くしようとしているんだなと思って……」

女執事「開発の恩恵を受ける者がいれば、必ず犠牲になる者がいます」

勇者「えっ?」

女執事「開発に取り組む者の陰には必ず、開発を阻止したい者がいます」

勇者「一体、何を……?」

女執事「あなたは、たまたま王都では陰の部分を目撃し、この村では光の部分を目撃しただけかもしれません」

勇者「そう言われると何とも……」

女執事「ただしこの村には、村を良くしたいと思う方が非常に多いのは確かです」

女執事「勇者とかいう、不思議な伝説のおかげですかね」

勇者「やはり勇者の存在は、信じられていないのですか?」

女執事「魔王討伐隊に勇者がいたかどうかは、存じません」

女執事「しかし今、私の目の前には勇者がいます」

勇者「えっ!」

女執事「自分たちの手で畑に水路を作り、野菜を育て、村を繁栄させようという勇者たちがいます」

勇者「……ああ」

女執事「私たちは街道を作り、橋を作り、灌漑設備を作ります」

女執事「でも、その設備を使って村や町や王国を反映させるには、それを活用する勇者たちが必要なのです」

女執事「この村にはその勇者がいます。この王国に村の勇者と王都の三傑がいれば、いずれその中間にいる者たちは良き方に流れていくはずです」

勇者「ええ」

勇者「……そうでしょう。ここは勇者たちの里なのですから」

-------
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戦士「痛ててっ……」

僧侶「うぅ~ん……」

魔法使い「…………」

僧侶「戦士さん……ですか?」

戦士「その声は……僧侶か?」

僧侶「ええ……って、戦士さん! その腕はどうしたんですか?」

戦士「どうしたって……どうなってんだこりゃ!? 俺の右腕がねえぞ!」

僧侶「傷口きれいには塞がってますけど……」

戦士「僧侶こそどうしたっていうんだよ!」

僧侶「えっ、私ですか?」

戦士「髪が完全になくなってるじゃねえか!」

僧侶「えっ? えっ?」

戦士「一体、何があったんだよ」

僧侶「何がって、側近さんと戦って、それで……あれ?」

僧侶「戦士さんこそ、門番さんとの戦いはどうなったんですか?」

戦士「そうだ!あいつと……どうしたんだっけな」

僧侶「それに、ここはどこなんでしょう?」

戦士「随分と小奇麗な部屋だが、俺たち魔王城に来たんだったよな?」

??「目が覚めたかな」ガチャ

戦士「貴様! 魔王! ……っと剣を掴む腕がねえ!」

僧侶「戦士さん、魔王じゃありませんよ。この顔は勇者さんじゃないですか!」

魔法使い「!!」

??「ああ、俺は勇者だ」

戦士「けどよ、この角と羽はどう見たってだな」

??「そうだな、今はその……、魔王なんだ」

戦士「一体、何がどうなっちまってるんだよ」

僧侶「勇者さん、説明してください。勇者さんのこと、私たちのこと……」

??「実は……」

-------

僧侶「そんな、魔王を倒したら魔王になったなんて……」

戦士「その突拍子もない話を信じろっていうのか?」

勇者改め魔王「この姿を見て信じられないのなら、無理に信じてくれとは言わない」

戦士「なら、その話は一旦置いといてだな……俺たちはどうしてこの部屋で寝ていたんだ?」

魔王「みんなは……、門番や黒騎士、側近に敗れたんだ」

戦士「…………」

魔王「受け入れがたいのはわかるけど、これh」

戦士「ははっ、ま、そりゃそうだろうな」

僧侶「……私も、元から勝算なんてありませんでしたしね」フゥ

戦士「俺だって、人間時代に格上だった奴が更に闇の力なんかつけやがって」ハハハ

魔王「みんな……」

僧侶「でも勇者さん……今は魔王さんでしたっけ? それなら私たちはなんで生きているんですか?」

戦士「負傷具合が尋常じゃねえけどな」

魔王「側近に頼んで、蘇生をしてもらったんだ」

魔王「ただ、僧侶や教会のように完全な蘇生をする力はなかったので、損傷のひどい部分は、どうしても諦めざるを得なかった」

戦士「……今のところ、話に大きな矛盾はねえな。だから、俺は右腕を失い……」

僧侶「私は髪がなくなって……」

僧侶「ところで、さっきから魔法使いさんがずっと黙っていますけど……」

戦士「あいつはいつも無口だったじゃねえか」

魔王「いや、彼女は思いを秘めていただけだ」

魔法使い「…………!」バンバンバン

僧侶「どうしたんですか魔法使いさん? 床なんか叩いて」

魔法使い「…………!!」スラスラスラ

戦士「今度は床に指を走らせて何だ? 魔法陣でも描こうってのか?」

魔王「書くものが欲しい……のか?」

魔法使い「!!!」コクコク

魔王「はい、羽ペンと羊皮紙」

魔法使い「…………」スラスラスラ

戦士「えっと、なんだって? <私はどうやら声を失ったようね> ……って、本当かよ、おい!」

魔法使い<魔法使いが詠唱できないのなら、もう両親や妹に会うことも叶わないわね>

戦士「ああ、俺も友人を闇から救えなかったようだしな」

僧侶「側近さんに治癒していただいたということは、王国は裏切りにあう可能性が残っているわけですし……」

魔王「それは心配ない」

魔王「戦士の友人は、魔王討伐隊参加の打診を受けたところからの記憶を消したうえで、闇から解放しておいた」

戦士「そうか……」

魔王「魔法使いの両親はさすがに蘇生できなかったけど、妹さんはリザードの集落から魔王城に移動済みだ」

魔法使い<でも、妹はリザードに酷い目に遭わされたはずよ>

魔王「それも確認済みだけど、幽閉中は丁重に扱われていたようだ」

僧侶「側近さんは……」

魔王「彼女の魔王への忠誠は本物だ。教会からのコンタクトは、全て先代の魔王に相談していたんだ」

僧侶「……まあ、それでしたらいいです。私は心置きなく教会を壊します。壊して、神に祈る場所を新たに作ります」

魔法使い<なら、みんなで王国に戻れるのね?>

戦士「いや、けどよ、魔王を倒したら自分が魔王になっちまったなんて話、見てねえ限り信じろという方がだな……」

僧侶「私は勇……魔王さんを信じたいです」

戦士「だが、これが本来の魔王の罠だとしたら……」

僧侶「ですから、勇……魔王さん、これから私のする質問に答えてください」

魔王「ああ」

僧侶「魔王さんは、これから王国に帰ったら、そ、その…///」

僧侶「ど……どう暮らしたいですか?」

戦士「なんだそのモジモジした聞き方は?」

魔王「……僧侶、ごめん」

戦士「ほら見ろ、なんだかよく分からねえが、こいつはお前の質問に答えられないじゃねえか」

魔王「俺は王国には戻れない」

僧侶「そ、それは……どういう意味ですか?」

魔王「もちろん、僧侶との約束は覚えているよ。僧侶の故郷で暮らしたいという話だよな」

戦士「お前、それって……」

僧侶「だったら、どうして……!」

魔王「俺はいま、魔王なんだ。この姿で王国に戻っても相手にされないのは、さっき話した通りだ」

僧侶「そんな……」

僧侶「だったら、何で……」

戦士「僧侶……?」

僧侶「だったら何で、私を蘇生なんてしたんですか!」

僧侶「私は側近さんと戦うとき、勇者さんと二度と会えないことを覚悟しました!」

僧侶「生き返ってもまた勇者さんと会えなくなるなら、生き返りたくなんてありませんでした!!」

戦士「おいおい勇……魔王、随分見くびられたもんじゃねえか」

魔王「どういうことだ?」

戦士「俺たちは30年前の勇者の悲劇なんて繰り返すつもりはねえ。俺たちがお前の無実を証明してやるに決まってんだろうが」

僧侶「でも、戦士さんは勇……魔王さんを信じていないんじゃ……?」

戦士「馬鹿野郎! 目の前で幸せを諦めようとしている奴を見過ごせるようなら、俺は初めから魔王討伐隊になんか加わってねえんだよ!」

魔王「……それを聞いて安心した」

戦士「ふざけるな! 俺も、僧侶も、安心なんて全然できねえよ」

魔法使い<もしかして、この魔界のことを気にかけているのかしら?>

魔王「もちろん、それもある」

魔法使い<それなら魔界は私に任せてくれない? 私は魔族に恩も負い目もあるわ。適任でしょ?>

魔王「魔王は俺なんだ」

戦士「そうは言うけどな」

魔王「みんながここで目覚めるまでの間、ずっと考えていたんだ」

魔王「俺の考えを聞いてくれないか?」

魔王「俺は魔王として、この魔界を取り仕切る責任がある」

魔王「もちろん、人間としてのプライドを捨てるつもりはない。人間に手を出す種族等には鉄槌を下す必要もある。そのためにも俺は魔界にいなければならない」

魔王「一方で、王国側も変わらなければ、王国と魔界の戦いは終わらない」

魔王「魔王憎しの感情が先行し、魔王を供給し続けている王家」

魔王「その王家の専横を快く思わない勢力の魔界への接触」

魔王「王国も魔界も、統率が取れない限り、戦いが終わることはないだろう」

戦士「だから、お前が王国と魔界を往復すれば済む話じゃねえか」

僧侶「わ、私は魔王さんと一緒に暮らせなくてもいいです! 少しでも一緒にいることができれば、それだけで……!」

魔法使い<人間とか魔族とかにこだわり続ける限り、結局いつかは諍いの元になるのよ?>

魔王「それはわかっている」

魔王「でも、今は人間と魔族が融合するには時期尚早すぎる」

魔王「仮に今、俺が王国に戻ったとして、国王や大臣たちは俺を信用しないだろう」

戦士「だから、それは俺たちがだな」

魔王「国王や大臣だけではない。王都の民衆も俺を恐れて、やがて国は恐怖に包まれるだろう」

僧侶「そんな誤解、私たちが時間をかけてでも解きます!」

魔王「そんなことに時間をかけていては駄目なんだ」

魔王「魔王に対する恐怖心を解く間に、王国の乱れは進むだろう」

魔王「魔界だってそうだ。力がすべての世界で一時でも魔王を欠くことは、無秩序状態を招くことを意味する」

戦士「くっ……! だったらどうしろっていうんだ」

魔王「みんなは王国に戻って、こう伝えてほしいんだ」

魔王「『勇者と魔王は戦い、相討ち死した』とな」

僧侶「そんな……!」

魔王「王国内で魔王が死んだということになれば、少なくとも対魔戦に関する消耗や負担はなくなる」

魔王「もちろん、その隙を突いて魔界にアクセスしようとする輩が出てくるだろうが、そこは俺が魔王として目を光らせる」

戦士「勇者のいない王国で、どうやって王国を変えろっていうんだよ」

魔王「みんな魔王討伐隊じゃないか」

魔王「さっきみんな、熱い想いを話してくれただろ? その想いがあれば、王国は必ず変わるはずだ」

魔法使い<私たちに、王国を託すというの?>

魔王「ああ」

僧侶「魔王さんの言いたいことはわかりました」

僧侶「でも、私は嫌です! 魔王さんともう会えないなんて、そんなの……」

魔王「僧侶……」

魔王「一生会えないわけじゃないさ」

僧侶「でも……」

魔王「さっき言ったろ。『今は人間と魔族が融合するには時期尚早すぎる』って」

魔王「お互い、一日も早く人間と魔族が融合する環境を整えるんだ」

僧侶「魔王さん……」グスッ

魔王「俺は負けないよ」ニコ

僧侶「わ、私だって負けません! こっちが早く環境を整えて……」グスッグスッ

僧侶「『魔王さん遅いじゃないですか!』って叩いてやるんですから!』

戦士「こりゃ、僧侶のためにも俺が足を引っ張るわけにはいかねえな」

魔法使い「……」コク

戦士「けっ、詠唱できねえ魔法使いがなに頷いてんだよ」

魔法使い<あなたがさっきヒントをくれたのよ。“魔法陣”ってね>

魔法使い<ちょっと戦士、実験台になってくれない? 初めてで攻撃力の制御ができないから>サラサラサラ…

戦士「おいバカなに始めてるんだ。その変な記号を消…くぁwせdrftgyふじこlp」

魔王「この城を壊さないでくれよ。魔界への宣戦布告になっちゃうからな」

僧侶「そんなことになったら、もう一生魔王さんに会えません……」

ハハハハハ・・・

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----

ザッ

勇者改め魔王(これが水道橋か……)

魔王(わずか5年の間に、王国はこんなものを辺境にまで作るようになったというのか)

魔王(こんな辺境で作った野菜を王都に出荷? それが今の王国なのか?)

魔王(王国は魔界より変化が少ないだろうと思っていたが……)

魔王(谷底の川の流れは昔と変わらないか)

魔王(いや、あの頃の川はこんなにキラキラしていなかったな)

エイ! ヤー! エイ! ヤー!

魔王(ん? 少年……か? 威勢がいいな)

魔王「少年よ、腰をもっと低く。剣は腕ではなく全身で扱うのだ」

少年「お兄さん誰?」

魔王「旅の者だ。この王国には立派な街道や橋があると聞いてね」

少年「へえ、どこから来たの?」

魔王「隣の国だ」

少年「隣というと……鉱山の国?」

魔王「いや、そっちじゃない」

少年「でも、それ以外に隣の国なんて……?」

魔王「あるんだ。いずれ少年にも明かされる日が来るだろう」

少年「へぇ、どんな国なの?」

魔王「この王国に技能者と呼ばれる者たちがいるだろう?」

少年「うん」

魔王「そういう者たちが沢山いる国だ」

少年「え、じゃあエルフとかも沢山いるの?」

魔王「エルフか、もちろんいるぞ」

少年「そっかぁ、じゃあ、あの子もそういう所に行きたいのかな……」

魔王「あの子?」

少年「ううん、何でもない」

魔王「そうか。しかし、この村で剣術の鍛錬なんて珍しいな」

少年「うん……」

少年「僕、勇者になりたいんだ」

魔王「ほう」

少年「隣に住んでいるエルフちゃん、村の悪い奴らに虐められてるんだ」

魔王「……」

少年「僕がそんな奴らからエルフちゃんを守ってあげたいんだけど、あいつら、束になって虐めるから……」

魔王「それで鍛錬か?」

少年「うん。だから勇者になって、あいつらを成敗してやりたいんだ!」

魔王「そうかそうか」

少年「でも……」

魔王「なんだ、弱音か?」

少年「違うよ!」

少年「もう魔王はいないんだし、勇者なんて必要とされないから……」

魔王「そんなことないさ」

少年「だって」

魔王「俺はここに来るまでに、王国で沢山の勇者を見てきたぞ」

少年「えっ!?」

魔王「王国の軍制を改革し王国を守ろうとする勇者、魔法を使って人間と魔族の協力により王国を開発する勇者、教会の不正を正して民のために投資する勇者……」

少年「三傑じゃないか」

魔王「それ以上の勇者もいるぞ」

少年「誰?」

魔王「三傑を支える勇者たちだ。人を支えるには、勇気と度量と知恵が必要だ」

魔王「そして、村の野菜を王国一にしようと頑張る村の勇者たち」

魔王「彼らがいなければ王国は動かない」

少年「なんか違う……」

魔王「違うことないさ」

少年「もっとこう、悪をバサバサ斬り捨てるような……」

魔王「非常時の勇者より、平時の勇者の方が難しいんだぞ」

少年「???」

魔王「非常時の勇者なんて、神から勝手に祝福されて決まるんだからな」

魔王「でも、平時の勇者はそうじゃない。誰にも任命されず、自ら立候補し、自らすべきことを考えなきゃいけないんだ」

少年「うーーん……」

魔王「それにな、非常時の勇者は、一番大切な者を守るために二番目に大切な者を見捨てなければならないこともある」

魔王「大切なことを守るため、大切な者に会えないこともある」

魔王「そんな奴は、もう二度と現れる必要はないんだ」

魔王「大切な者を純粋に守り通せるのは、平時の勇者だけだ」

少年「……」

魔王「だから少年よ、平時の勇者を目指すんだ。そしてエルフさんをずっと守るんだ」

少年「……うん! よくわかんないけど頑張ってみるよ!」

エイ! ヤー! エイ! ヤー!

魔王(頑張れ少年……いや、小さき勇者)

魔王(この5年間で魔界は大方軌道に乗った)

魔王(各種族ごとに生計を立て、種族間の抗争も絶えない原始的な社会だったが、粘り強く抗争の仲介を行うことで魔界内の抗争はほぼ消滅した)

魔王(また、種族間の交流を進めることで、各種族の特性を生かした近代的な社会が構築されつつある)

魔王(しかしこれは、魔王が力を背景に絶対的な権力を持つ魔界だから達成できたことだ)

魔王(王宮、教会、諸侯らの利害が入り乱れる王国の安定が容易でないことなど、最初から容易に想像できた)

魔王(しかし、王都の惨状はその想像を上回っていた)

魔王(どうしたものかと思ったが……)

魔王(王都で、港町で、この故郷で、新たな勇者たちの活躍もまた、想像を上回っていた)

魔王(戦士、魔法使い、そして僧侶-)

魔王(俺は相討ち死したことにしてくれと頼んだのに、俺が帰ってきやすいように勇者の存在を隠蔽しちゃうとか……)

魔王(戦士、魔法使い、僧侶、やっぱりみんなすごい奴だ)

魔王(でもそれ以上にすごい奴らが沢山いた)

魔王(この王国は勇者の量産でも始めたのか?)

魔王(王国で勇者の裾野がこんなに広がっているなんて、想像だにしなかった)

魔王(王都に着いたとき、雨が降っていたから気付かなかったけど、王国はずっと太陽が出ているじゃないか)

魔王(俺は呪いを解いていないのにな)

魔王(……王国は、大丈夫だ)

魔王(勿論、まだまだ紆余曲折はあるだろう)

魔王(でも、王国は、大丈夫だ)

魔王(俺は必ず、魔王として王国に戻れる時が来る)

魔王(だから僧侶、もう少しだけ待っていてほしい)

魔王(この次、王国に来るときは、魔王として、数多の新しい勇者たちの末席に名を連なる者として、堂々と王都の門をくぐろう)

魔王(そして、僧侶と二人で……)

魔王「この空とともに旅をしよう」

=完=

……という構成の長編をいつか書きたいな、というお話でした。

以上であります。

コメントをくださった方、催促していただいた方、ミスを指摘していただいた方、botの方、
ありがとうございました。
本日、HTML依頼をしましたので、ご報告させていただきます。

伏線を回収しきってしまったので、続きはちょっと……。

年に1~2個はSSを投下しています。
酉は基本的に毎回変えていますが、またいつか他のSSを御笑覧頂ければ幸いです。
ではでは。

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