海未「あなたは強引でいいんです」 (20)



「えへへ、宜しくお願いしますっ」

太陽のような笑顔で、そして大粒の涙を流しながら。
拙くぎこちない、初めて伝える私の気持ちを受け止めてくれた。
それと同時に温かくて柔らかいその手が私の手を握りしめて、彼女の、涙で光る頬へと連れていく。
その瞬間に温もりが伝わり、私の中から喜びや達成感などが混ざりまくった感情が溢れ出す。
そんな言葉に変えられない思いを片手に、自由なもう片方の手で、彼女を丸ごと抱きしめて。
答えるように抱き返した彼女の嗚咽する声が、街と街とをつなぐこの大きな橋の上に鳴り響く。
月は私たちを照らし、誰もいないこの橋の上で、二人きりの私たちに遠慮した強い風が、そよ風になって。
優しさに包まれながら、想いの欠片が一つになったことを実感します。

気づかないうちに、私も泣いていました。
それまで抱えていた、緊張、恥じらい、恐怖、願い、悩んだことが全て馬鹿らしく思えてしまうくらい、彼女の見せたあの笑顔や涙が、安心になったこと。
彼女が、こうして喜んでくれたこと。
他の思い出の価値を下げるわけではなく、純粋に人生で一番幸せを感じている気がします。
これからも続いていくと思うと、それはもう余計に泣き止まなくなってしまって。

この素敵な夜は、サンタからの贈り物だとは思いたくありません。
私自身が掴んだ夢のような宝物。
悩み苦しみ我慢し続けていた辛い過去は、もう今となってはかけがえのない財産です。
きっと振り向いてもらえないと思い、死にたくなってしまったこともあります。
しかし、彼女が"諦めなければきっと夢は叶う"と教えてくれた。
彼女自身は何も深く考えずに放った言葉なのかもしれない。
でも、でも、私には励ましの言葉となった。
好きなものがあるから夢を見ていられる。
大好きだから離したくないものがある。
その時、乗り越えられない大きな壁だと思っていたその夢は、ゴールなどではなく、通過点でしかないということを知りました。
その先にまた、いくつもの夢という通過点がある。
なぜ目指し続けていられるのか、だって好きなものはどう足掻いても諦めきれないんですから。
ゴールなんてない、だから私は、好きなものを絶対に離すなというエールとして受け止めました。

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彼女が泣き止んだタイミングで、私たちは住む街の方へと歩き始めます。
お互い、ハンカチで涙を拭きながら、まだ目を合わせて話せなくても、彼女はいつも通り口を開きます。

「こんなに嬉しいの....きっと今、世界で一番の幸せ者だぁ....ふふ、たくさん泣いちゃったから顔むくんじゃうよ」

冗談交じりに、彼女なりの言葉で気持ちを表現してくれる。
普段は天真爛漫で猪突猛進な彼女も、今みたいに女の子らしくて、大人しい一面もあるんですよ。
いえ、どちらも素の彼女なのかもしれません。
自分を飾らなくて、それでもって思いやりの心もあって。
小さい頃から一緒だったので、もうお互いの事を知りすぎてしまっているのです。
だから自然に、それでもあの気持ちだけはどうも伝えることが出来なかったんですけどね。

「....ねぇ、今日、このままずっと一緒にいたいな。お泊りしに行っちゃダメかな」

ぼやっと考え事をしていたら、彼女が急にそんなことを言い始めたのです。
お泊まり会なんて小さい頃から頻繁にしていましたのに、何故か胸がドキドキしてしまいます。
別にお泊まり会をするからと言って、何かあるわけではないでしょう。
私は何を考えているのですか。
キスとか、そんなことはまだ展開が早すぎます。
こんな破廉恥な事を考えてしまうなんて、私はどうかしてしまったのでしょうか。
答えられないまま、時間だけが過ぎていきます。

「えと....なんか、ごめんね....空気、読めてなかったかな」

案の定、彼女を困らせてしまいました。
彼女は耳のあたりをわしゃわしゃとかき混ぜて、下を向いてしまいました。
思わず私は、自分の嘘をつけない意思のままに、手を握りました。
恋人同士になってから、自分から握ったのは初めてです。

「ぁっ....どうしたの?」

何も付けてない私の手に、歩き始めてすぐ装着したモコモコしている彼女の手袋の感触が伝わってきます。
私がそのまま微笑むと、彼女は指を組むようにして、握り返してくれました。
すかさず私はこう伝えます。

「先程は、すぐ答えられなくてすみませんでした....なんだか緊張してしまったといいますか」

嘘だと指摘されたら嘘なのですが、大体真実のつもりです。
彼女だって多少は、まぁ、破廉恥なことを頭に浮かべるくらいはするでしょうから。
そのまま私は話します。

「私も、お泊まり会はしたいです、すごく。出来るものならずっと、あなたを離したくないです....なんて」

恥ずかしいことを言ってしまった気がしますが、これが私の本心なんです。
恥ずかしい気持ちがなければ、ずっと抱きしめていたい。
頭を撫でたり、頬を擦りあったり、もっと気軽にできるようになりたい。
でも今はこれだけで十分なんです。
大好きな人とこうして歩くだけでも、私は泣きそうなくらい幸せなんです。
私が話し終えて少し歩いているうちに、街灯は彼女の真っ赤に染まる耳を照らします。
彼女はもう片方の手で、握り合う両手を包み、小さな声で呟きます。

「捕まっちゃった、なんて....これじゃ捕まえた、かな?えへへ。帰ったらたくさんお話したいなぁ。お泊まり会、楽しみっ」

それは、普段聞かない甘えた声でした。
仕草も話し方も何もかも、いつもの彼女からは想像出来ないもので、それでも作っているわけではなく。
素の女の子らしい、甘える彼女がそこにはいて。
呼吸が荒くなっていくのを隠したいのか、腕にしがみついてくる。
私の方が少しだけ背が高いのですが、あまり変わらないので、その瞬間にシャンプーのいい香りが鼻をくすぐり。
どうしたものか、私はまた泣きそうになっていて、だってもう死にたいくらいに可愛すぎるから。
我慢していないと、猛獣のように襲いかかってしまいそうで。
そんな気持ちを全部まとめて、私は言います。
それはずっと抱えてきて、今日初めて言えた言葉。
ですのに、今はぽろりと、自然にこぼれてしまう。

「好きです」



「こうやってお布団並べて寝るの、ワクワクする〜」

家に帰り、暖房器具のスイッチを入れればそこは天国のようです。
彼女も私も足が疲れきっていて、少しでも寝転がったならそのまま眠ってしまいそうです。
泣き疲れたというのもあるのでしょう。
それでも布団を敷けば、彼女の言った通りこの私でもワクワクしてしまう。
昔からお泊まり会や修学旅行などの夜はこういうものでした。
しかし、気を抜けば恥じらいが生まれてしまうのが一つの違いです。
もう各自でお風呂にも入ったので、後は寝るだけ。
即ちガールズトークが繰り広げられるというわけです。
先陣を切るのはもちろん彼女で、布団に入った途端に私のほうへ寄ってきます。

「ふふっ、本当に恋人同士になったんだよね」

豆電球の明かりでも、彼女がクスクス笑うのがわかります。
そういえば、私が想いを伝えた側ですのに、私よりも喜んでくれている。
両思いだったなんて、と、少し不思議な気分です。
それゆえに生まれてしまう素朴な疑問。
質問内容的には立場が逆ですが、無意識のうちに口にしていました。

「私の―どこが好きなんですか?」

すると、一人腕枕で横を向いてた彼女が、仰向けになり躊躇いもなく答えます。

「そうだなぁ、失敗しちゃった時は怒らないし、困ってる時は助けてくれる―泣いちゃった時は一緒に泣いてくれるし―優しいところ、かなぁ」

私は、彼女にどう見られているかなんて知らなかったので、具体的な答えにすこしくすぐったい気持ちです。
彼女も考えるのに夢中なせいか、さっきまでのテンションとは程遠くなっています。
しかし、彼女はペースを落としません。

「あと、武道とかで鍛えてて強いしかっこいいでしょ。なのに女の子らしいところもたっくさんあるし!でもね、やっぱり優しいから―優しいとこ、本当に大好きなの」

楽しそうに話す横顔を見つめながら、すっかり聞き入ってしまいました。
私自身もそうだから、やはり優しいところに惹かれ合うのでしょうか。
でも優しいだなんて、そうしようとしてきたつもりではないんです。
好きだから、むしろ自分らしさを出したかった。
彼女の瞳に映る私は、きっとすごい子なんでしょう。
不思議と彼女の考えていることがわかってしまう。
自分はダメだけど、好きな人は―と。
なぜ分かるかは、私自身もそうであるから、ということは言うまでもなく。
他人にしか自分の価値は、わからないのです。
自分は弱虫だ、臆病だ、口下手だ、色々あると思いますが、それが気になるのは自分だけで。
私にはキラキラ光って見える彼女も、実は自分の事が嫌いかもしれない。
それは多分、私にとって魅力なのか、それごと彼女だと認識しているのか。
そんな優しい世界に彼女もまた、同じようなことを考えているのかもしれません。
そうして再び彼女を見ると、腕枕でこちらを向いたところで―。

「ふわぁあ....へへ、横になると急に眠くなるんだよねぇ」

と、彼女は目を擦ります。
なんだか頭の中で色々と考えていると、時間の進みが変に感じてしまいます。
だんだん、彼女は静かになっていきます。
「今日は....夜更かしするんだ」と、あまりにも眠たそうな声で言うので、私は笑いながらただ、"はい"と答えます。
そして我慢できなくなって諦めたのか、私の手を握ってきたと思うと、遂に寝てしまいました。
握られた手は温かく、橋の上のそれとはまた違う感触で。
穏やかな寝顔に可愛い寝息、無防備な彼女のことを考えると、ついつい胸の鼓動が速くなってしまいます。
ですがもう、起きているのは私一人です。
スマートフォンに映る時刻は二十二時半。
速くなったままの鼓動を抑えるように、私もぎゅっと目を閉じます。
正直に言えば、緊張して寝れそうにないのですが。



「んんっ....ふぅ」

朝の光は気持ちがいい。
自然の眩しいその光は、ステージで見るサイリウムの海とはまた違う。
この光を浴びる時間は、始まる一日に期待しつつ、自分の反省会をします。
この反省会は、大体治ることのないもので、気休めのようなもの。
当然、彼女に対しての態度だとか、もう少しこうしていればよかったなど、どうにもならない事ばかりです。
しかし今日はいつもと違うのです。
後ろを振り向けば、隣で寝ていた彼女がいる。

「すぅ....くかぁ....」

ヨダレを垂らしながら、静かな寝息を零しています。
寝相がよくて、枕を抱きながら腕枕で寝るのは夜から変わっていません。
腕、痺れてしましそうですが。
そして、その腕で潰れる頬も愛らしくて。
いつまでも眺めていられそうです。
が、ふと気づいてしまいました。
寝顔を見られることは、すごく恥ずかしいことなのではと。
自分でもそうではないのかと思いつつも、やはり欲望のままに見つめてしまう。
可愛すぎる。
そのせいで私は、カーテンを開けたままぼんやり突っ立っていました。
そしたら当然眩しかったのか、彼女は寝返りを打って唸るような声を上げます。

「んぅぅぅ....」

しまった、と思いましたが、もう遅くて。
寝返りで完全に眠りから覚めたみたいで。

「んぁ?....ふん....朝ぁ」

むくりと体を起こしたので、私はもうドキドキしていて。
時計を見るとまだ七時になったばかり。
休日なのに早く起こしてしまったどうしようと、そんなことばかりが頭をぐるぐる駆け巡ります。
私がそんなだとは知らずに彼女は振り返ります。

「おはよ....う、―わっ!」

突然、ハッとした態度を見せた彼女は、鼻から下のあたりを腕で隠しました。
一瞬ですが、日に当たる彼女の頬に、キラリと光るアレが見えた気がしました。

「よ、ヨダレ....ってあああっ!!これ借りてるパジャマだっ!ご、ごめん!どうしよう―」

そしてアタフタとせわしなく動く彼女。
ついつい"ああ、彼女らしいな"と思ってしまいました。
彼女にとっては、まるで寝起きドッキリのような出来事なのではないでしょうか。
パジャマの事なんて気にしなくてもいいですし、どうにか彼女を安心させて、落ち着かせてあげたいと、私は近くに寄ります。
同時に戸惑う彼女の腕を下ろし、私の手でヨダレを拭いてあげるのです。
もちろんハンカチで、ですが。

「ぁう―」
「おはようございます、少し落ち着いてください」

目を瞑る彼女の耳元で囁きかけます。
もうどんなことをしても頬や耳が赤く染まるのが少し面白いです。
なので、思わず悪戯心が、というか、何となくしたくなってしまい、彼女の頬をふにふに撫でたのです。

「んぅ?....ど、どうしたのっ?」

私の変な行動に驚き、女の子座りの彼女は背筋がピンとなってしまっていて。
ですが朝日を浴びて少し元気な私は、そのままいつもより大胆に、彼女に一つのお誘いをします。

「今日も、どこかにお出かけしませんか?」

彼女に全部任せるのはいけないなと思い、実はある程度候補は決めていました。



「美味しいにゃぁ〜!」

隣には彼女がいて、二人でデートをしていたはずなのですが。

「ふふ、ほっぺにクリーム付いてるよぉ」

な、何故なのですか。
何故この仲良しコンビがいるのですか。
私達は朝食を食べてから家を出て、午前中は近場で遊ぶということで歩いていたのです。
そこで新しいクレープ屋さんを見つけて、買おうとしたところにこの二人が。
もちろん大好きな友達なんですから、嫌という訳ではありませんが、二人きりのデートのつもりだったので、ソワソワするといいますか、なんだか一緒に過ごす時間が減ってしまいそうで。
それに彼女は優しいので、妹分でもある仲良しコンビにいつも通り対応していて。
でも、たまに私の方をチラチラと見てきて、目が合うと苦笑い。
恐らく、用事があるといえばこの場は凌げそうなのでクレープを食べ終わるまでは仕方ないですけれど。
それにしても、出会った時には既にこの二人が持っていた"白米スムージー"とは一体どんな味がするのでしょうか。
そう気になって見ていたところです。

「ん?....あ、飲んでみる?」

どうして気になっていたのが分かったのですか、と言いそうになりましたが、ずっと見ていたのは私のほうでした。
片方はとっくのとうに二つも飲み干して空にしていますのに。
もしかして、本当は美味しくないのでは。
しかしそんな顔もしていないので、余計に気になってしまって、"はい"と返事をして手を伸ばしたその時―。

「ぁ....だ、だめっ!....あ....えと....こ、これ最近話題のやつだよね!あ、あとで自分たちで買うよっ」

そう言った彼女はすごく焦っている感じで。
普段あまり見せないそんな反応に、二人もポカーンとしていました。
まぁ、シェアし合って味を確かめるのもいいですが、彼女の言うことも正しいので、彼女の意見で納まりました。
でもなぜあんなに、焦っていたのでしょうか。
結局答えが出ないうちに、みんなクレープを食べ終えました。
そのタイミングで私達は用事があると伝えて、その場を離れることに。
二人は残念そうにしましたが、"バイバイ"と手を振って。
少しほっこりしました。


「えへへ、昔からこういう所で知り合いに会っちゃう体質なんだよねぇ」

彼女は笑いながら言います。
確かに思い返してみれば、私も心当たりがあります。
お祭りがある時や、休日に家族でショッピングモールへ出かけた時など、私自身も彼女に会うことが多かった気がしますから。
私はそれがもう嬉しくて嬉しくて。
家族ぐるみの付き合いが他と比べて多かったので、そのまま一緒にお買い物をしたり。
彼女もわざとそうしてきたわけではないけれど、やっぱり彼女がいた方が私は、何をするにも楽しかったから。
奇跡だとか、運命だとか、そんなことを考えると胸がキュンとしてしまいます。
このような思い出を懐かしんでいたら、たわいもない会話ですらいつも以上に笑顔になってしまって。

「ぷっ、なんかいつもより元気いっぱいだねっ」

なんて、吹きながら言われてしまいました。
目的地までただ歩いて話しているだけなのに、こんなに楽しくて。
真面目だけが取り柄の私が、彼女みたいな子と恋人同士になるなんて、似合わないかもしれないけれど。
私たちがお互いに求め合い、楽しいキラキラした未来が続いていくんですから、実はお似合いカップルだったりして―。

「あ、ここだね、白米スムージー売ってるの。ほらっ、テレビで紹介されたって!」

ぴょんと彼女が駆け寄ったそのお店は、この街の移動カフェで。
中でただ一人作業をしているのはなんと女性。
珈琲の、良い香りがしてきます。

「すみません、白米スムージーを"一つ"ください」

一瞬、"ん?"と思いましたが、会計のやり取りをしてくれている彼女に全て任せます。
一つを二人で分け合うんですね。
小学生くらいの頃、いつもおやつを半分こにしていたのを思い出します。
でも、さっき彼女が言っていたようなこととは矛盾してしまうような気もします。
疑問は絶えないまま、カップをひとつ受け取った彼女。

「先に飲んでいいよ」

そう言って、そのまま私に渡してきました。
お金まで払ってしまい、今日はずっと私がリードするつもりだったので少し悔しいですが、素直に受け取ってひと口いただきます。
―思わず目がぱっちりと開いてしまいました。
想像していたよりもずっと美味しいのです。
甘くて、お米のつぶつぶ感もしっかりあって、噛むと本当にお米の味がして。
これはお米好きにはたまらないとは思いますが、少し量が多い気もします。
女の子が一人で飲むには大変な気がしますし、あの子はよく二杯も飲み干したと驚き。
流石としか言いようがありません。

「どう?美味しい?飲ませてっ」

そう言って彼女が、両手を前に出してひょこっと寄ってきたので手渡ししました。
何でもない、無意識のうちの行動がとても可愛いので、ついつい微笑んでしまって。
彼女の事を見守るだけでも楽しい気持ちになれるんです。
ですが、彼女は私からカップを受け取ってから、なかなか飲もうとはしません。

「どうかしました?」

そう聞いてみると―。


「え?あ、ううん、何でもないよ」

と、慌て気味の彼女。
そしてすぐ呼吸を整えたあと、思い切ってひと口。
ちゅうっと吸って、ゴクリと飲むと、ほっとため息をつき、次は片手を頬に当てて"ぅはぁ"とニヤけた顔を見せました。
そんなになるほど美味しかったのですか。
ですが、どこか不思議な気配を感じて、何となく気になってしまいます。

「あ、あの―」

そうして声をかけると、ビクッと反応した彼女は、私にカップを返します。

「えへへ、美味しいねっ」

頬がほんのり赤くなって―これ、アルコールが入っているわけではないですよね。
―私が気になって何を聞いても、焦りながら誤魔化すだけで。
モヤモヤした気持ちのまま、もう一度飲もうとストローを口に近づけた瞬間、今さっきよりも顔が真っ赤になっている彼女と目が合いました。
彼女は反射的に目をそらしましたが、私はその一瞬では何も理解できず、再び自分の持つカップのストローに目を向けた瞬間、謎が解けました。
自分の鈍感さが恥ずかしくなり、顔は熱くて頭は真っ白。
自分の意志とは関係なく、勝手に目が泳いでしまい、オドオドしながらも彼女に改めて聞いてみます。

「ど、どうかしましたか―」

もちろん、急に雰囲気が変わった私を見た直後は口をぽかんと開けて大きな目でしたが、すぐ下を向いて、口をもごもごさせて―。

「―内緒―」

と、小さく聞こえてきました。
これで、私の中で思ったことが本当になって。
あの時、私が仲良しコンビにひと口貰おうとしたのを拒んだのも、私のあとに飲んだ彼女があんな仕草を見せたのもそのためで。
彼女らしくない。
"友達"としては見せなかった、素の、好きな人の前で見せる行動や仕草や考えることも全部可愛すぎて―。
もう、今にでも抱きしめてしまいそうで。
こんなの、ずるいです。


結局、意識しすぎてスムージーも飲めなくなってしまい、お昼を食べに入ったお店で無理やり話しかけるまでは、ずっとぎこちない空気が続いてしまいました。
気を抜くと彼女の柔らかそうな唇に目がいってしまう。
こうして、同じ容器のものを飲んだり、友達だった頃は普通だったことも、今ではそう上手くはいかない。
やはり恋人になったのですから、もっと気軽に体に触れたり、はたまたそれ以上の事を求めたりしてもいいのでしょうか。
彼女は自分に嘘をつかず、やりたくてあんな行動をしました。
なら私は―。
まだダメだと、破廉恥すぎると、考えるばかりで。
自分の本当の気持ちが何なのか、分からなくて。
とても辛くなってしまう。




「うわぁぁ....ここのイルミネーション凄いねぇ!!」

あたりもすっかり暗くなってしまい、昨日はお泊まり会で家に帰っていないので、今日は早く帰らなくてはということで―。
それでも長く一緒にいたくて、明るく安心できる大通りを帰路として歩いている途中、私達が普段見れないであろうイルミネーションだらけの広場を見つけました。
彼女はそれを見つけるなり駆け寄って、早く早くと急かしてきたと思えば、既にイルミネーションにメロメロになってしまっていて。
正直私は、単純に"綺麗だ"としか思えなかったのですが、彼女は目を輝かせて、口を閉じるのを忘れるくらい見入ってしまっているので、心なしか私も先ほどの初見時よりもっと綺麗に見える気がします。

「イルミネーション....大好きなんだぁ....昔初めて見に行った時も一緒だったよね。覚えてる?」

そう聞かれて、思い出さなくても覚えている大好きな思い出を想像します。
確か彼女のお父さんが車で連れて行ってくれて、彼女は「キラキラしてるの!?」とか「まだ着かないのっ?」とかって大はしゃぎ。
その隣で話を聞いていた私も、期待が高まるばかりで。
到着して目にしたのは、一面に広がる幻想的な世界でした。
今見ているものよりも比べ物にならないくらい規模が大きく、彼女のお父さんが笑いながらからかってきたものですから、きっと私達は二人して固まっていたんだと思います。
あれから何年もたって、自分たちで出かけられるようになって。
懐かしく思うと同時に、少し切なくて。
こんなにあっという間に時は経ってしまっていたのかと、それはもしかして彼女と一緒だったからなのだろうかと。
いつも楽しすぎて、時の流れが早く感じてしまう。
"好き"の二文字を伝えられなくてウジウジしていた時間が今更悔しくて、その時間があればもっと彼女との思い出が増えていたんだ、と。
また今、自分の気持ちが分からなくて戸惑っているこの時間も、後で悔やむようになるのでしょうか。

「懐かしいなぁ。って、さっきも昔とやってること同じだったかな、見とれちゃってさ。....ほんと、凄いよね....あんなに小さな光が集まって、一生懸命になってついには喜んでくれる人が集まってさ」

聞いてるうちに、μ’sも同じなんじゃないかと思い、でも何も言いませんでした。
もう、一年前の話ですから―。
今でも寂しくなってしまうんです。
九人全員で集まることなんて、今年は二回だけでしたから。

「さっき歩いた大きな交差点なんかは、人が集まるから有名になったりするのに。こうして二人きりでいても....誰かが見てくれてるわけじゃないんだよね。なんだか、寂しいなぁ」

どういう事なのかは、よく分かりません。
でも彼女の顔には笑みが浮かんでいて。
そのまま話を続けます。

「人混みの中の二人として混じるなんて楽しくないもんね....二人の方が断然、楽しいもんね。大好きなイルミネーションも、一人で見に来たら面白くないかもしれないし。一緒にいることで喜んでくれる人なんて、こんなに近くにいてくれた....自分勝手で、一人で突っ走って、失敗して、溜め込んで、本当は弱い子でも、ずっと一緒にいてくれる人が―こんなに近くにいてくれた」

彼女の瞳が本当にキラキラと輝き、話し終えてから出たため息で夜空の星が落ちていくように流れ―。
もう何も言わずに、私の腕にしがみついて。
片手で目を擦ったり、鼻をすすったり、それでも恥じることなくイルミネーションを―じっと見つめている。


あなたは強引でいい。
元気いっぱいで、いつも笑顔を絶やさないことは、周りの人も笑顔にする。
行動力だけがあっても先に進めないかもしれない。
でも、それでいい―そんなあなたのおかげで救われる人がいる。
あなたは辛くても頑張ってしまうかもしれない。
周りに迷惑をかけないように、そして誰かを傷つけないように。
空回りしてもいい。
失敗してもいい。
またこうして、私に助けを求めてくれればいい。
あなたが私と一緒にいることで喜んでくれるなら、同じように私も嬉しい。
私は不器用で、恥ずかしがり屋で、その上少ない語彙力で想いを伝えることなんて、もちろん難しい。
だからあなたにお返しができない。
どうしたらいいのか分からない。


優しく、彼女の名前を呼ぶ。
ゆっくり私と目を合わせる彼女を、正面から抱きしめる。
やはりこうなってしまう。
不器用だからと理由をつけて、言葉よりも先に行動して。
中途半端に恥ずかしく、それ以上のことは出来ない。
彼女はそんな私に気づいているのか、そこまでは頭が回らない。
しかし、彼女は頭を擦り付けてくる。
強く強く、抱き返してくる。
私が何かをすると、何でも受け入れてくれるんです―。

「ごめんなさい」

急に抱きしめたことを謝ります。
でも、何故か離せない。

「どうして、謝るの?....すごく嬉しいのに....大切にしてくれてるって―伝わるよ―」

何をしても、何を言っても、都合のいい答えしか返ってこない。
私に甘えてくれて、何かを待っているように。
自然と、縛り付ける緊張や恥じらいが解けていく。
わからない自分の気持ちに、正直になってみたい。
大好きな彼女に、触れることが大好きで。
抱きしめた時の温もりも、手を握った時の優しい感触も、柔らかい髪の毛から伝わるほのかな香りも。
全部好きで、いつも答えてくれる微笑む顔も大好きで。
その時に、理性が揺らぐ感覚を覚えていて、我慢しなければ初めての唇だって奪ってしまうかもしれない。
それでも今は不思議と、高鳴る鼓動を抑えてでも、彼女の瞳を見続けていられる。

「う....なんか、恥ずかしいね....」

ゆっくり腕を離して、今度は正面で手を繋いでいると、彼女はモジモジし始めます。
ああ、やっぱり。
私が中途半端だから、彼女はこれから何かをされるんじゃないかと、密かに希望を抱いている。
私はそれに導かれるように、さらに半歩近づきます。
もう、彼女の白い息が当たるくらいに近くで。
リップクリームの甘い香りもしてきます。


「ふぁぁ....ち、ちょっとタンマ!や、やっぱり恥ずかしいかもっ!恥ずかしいよぅ!」

そのままでいたら、さっきまで私よりも冷静だった彼女が叫び始めました。
振りほどいた両手を頬に添えて、"うわぁ"と頭を振って。
いざとなったら恥ずかしい、だなんて。
彼女らしいその反応に、とうとう完全に緊張が解けました。
結局私が支えてあげなければいけないんです。
私はクスクスと笑いながら彼女の肩に手を乗せて―。

「ふふ、そんなに恥ずかしがらないで―」

しかし、"やっぱり無理無理!"と顔を覆ってしまうんですから、どうしようもなくて。
私の顔が変だったとかそういうんじゃないですよね、と考えるくらいには、私も自然体になれました。
彼女が誘うように導いてくれていたのに、こんな反応されたら、不器用な私はどうすればいいのか。
指で腕をつついても、がっしりして離れないので―。
少し、意地悪かも知れませんが。
彼女の前髪をどけて、目を瞑って無防備なおでこを露出させます。


「―えっ」

戸惑い目を開く前に、私はそのまま彼女のおでこに―。

「....へぁ....あ、えっ....な、何を....?な、えっ、ふぇぁあっ!?」


当然、がっしりしていたガードも無くなり、じたばた慌て始めます。
両手をパタパタさせ、二、三歩後ろに下がり、今度は別の意味で頬に手を当てて。

「い、今何―おでこに、チューしたの!?」

そう言われると、なんだか変な気分なのですが。
顔から湯気が出そうなくらいの反応を見せるので、本当のキスなんて出来るのかと、少し不安になります。
しかし、よく考えてみれば私も、急すぎた気がして―。
もちろん私だって、彼女の顔を直視出来なくなりました。

「おでこなんて....は、恥ずかしすぎるしっ!も、もう!うぅぅぅっ!!」

ポカポカ私の胸のあたりを叩いてきます。
だから、こういう無意識のうちの行動が―可愛すぎて。


「嫌、でしたか?」

そう聞くと、ピタッと動きが止まりました。
首を横に振り―
「意地悪」と、一言。

続けて彼女は、まだ怒っているのか、一方的にお願いしてきます。

「目、瞑って。は、早く!何も言わないで!」

彼女は運動の後のように息切れしていて。
私はまた高鳴る胸の鼓動を抑えながら、言いなりになります。
ぐいぐい寄ってきて、さっきの私のように肩に手を置いて。
長い前髪を、器用にかき分けます。



誰もいないこの広場の真ん中で―彼女と二人きり、初めての経験をして。
こんな初々しい経験が、いつかはまた懐かしく思えるようになるのでしょうか。

「ん....はぁ....し、仕返しだから!」

これもまた、通過点。
ゴールなんて、きっと無い。

海未「あなたは強引でいいんです」おしまい。

前に書いたのも
穂乃果「これからも友達で」穂乃果「これからも友達で」【ラブライブss】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1481718744/)

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