穂乃果「これからも友達で」【ラブライブss】 (23)


穂乃果には好きな香りが3つある。
夜の香りと、血の香りと、髪の長いあの女の子の香りだ。
穂乃果には嫌いなものが3つある。
真っ赤なお日様と、十字架の金属と、髪の長いあの女の子だ。
穂乃果にはしてみたいことが3つある。
一つ目は嫌いなお日様の下で散歩をすること。
二つ目は貰い物の嫌いな十字架の、アクセサリーを付けること。
それは全て三つ目の、人じゃない穂乃果が、大好きで大嫌いな髪の長いあの女の子に、恋をするという行為のためだ。

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あの女の子はおばかさんだった。
穂乃果に会った時、逃げなかったんだ。
お互いまだ小さかったからか、髪の長いあの子は友達になってほしいと言ってきた。
穂乃果はもっと馬鹿だった。
だってその子とはまだ友達なんだから。
人じゃない穂乃果はもう、生きていられる時間が短いのに。
打ち明けられず、まだ一方的に寄ってくるあの女の子は、その事を知らない。
病気なんかじゃない。
ただ穂乃果は人じゃないから。
18年しか生きられないんだ。



ある日、髪の長いあの女の子は言った。

「今度穂乃果に新しい『黒いマント』を作ってあげます」

穂乃果は喜んだ。
そして、残り少ない余命を憎んだ。
だってそのマントはきっと、誕生日にくれるから。
穂乃果はその日18歳になる。
穂乃果は自分の手で髪の長いあの女の子の記憶を消し、消えてしまわなければいけない。
人じゃない穂乃果は、人間と関わりを持つことは、絶対にしてはいけないことだったんだ。
死後の世界で穂乃果は、先に死んでいった仲間に、殺される。
それくらい罪の重いことなんだ。
でも穂乃果はそれでもいいんだ。
嫌いなあの子が穂乃果といることで幸せになれるなら、穂乃果はそれでいいんだ。
この世界に悔いはない。



吸血鬼。
それが穂乃果の本当の名前だ。
『穂乃果』は、髪の長いあの女の子が付けてくれた。
大人しくて、優しいあの子は、本を沢山読んで頭もいいから、素敵な名前をくれた。
髪の長いあの女の子は、穂乃果が人じゃない事なんてとっくの昔に知っている。
それでも穂乃果を見捨てず、一番の友達でい続けてくれる。
穂乃果にとっても初めての友達だ。
でも穂乃果は嫌いだ。
好きになってしまうから、嫌いなんだ。



あの子は、週末になるといつも血を持ってくる。
誰のものかは教えてくれない。
でも穂乃果には分かってしまう。
大好きなあの子の匂いがそのまま試験管に入っているんだ。
あの子はいつも長袖の服を着ている。
見られたくないものがあるからだ。
穂乃果は傷の在処さえも、分かってしまう。
そんなことは、あの子は知らないんだ。

「美味しいよ」

と、穂乃果は本当に思っていることを、優しく呟く。

「ふふ、これで栄養をつけてくださいね。そして今度またお出かけしましょう」

いつも同じように答えるんだ。
約束は守る。
嫌いなお日様を我慢までして、夕方に迎えに来るあの子と出かけるんだ。
手を繋いでくるあの子は、いつも笑顔だった。



「穂乃果ね、あと10日しか生きられない」

ある日突然零れた言葉に、あの子は持っていた花瓶を落とした。
バラバラに飛び散るガラス、血の色をした水。
そして、真っ赤なバラの花が転げ落ちる。

「ど....ういう....こと....ですか」

あの子の絶望した顔を見ていられなかった。
でもあの子は穂乃果の言葉を疑わない。
あと10日しか生きられないことを、即座に信じた。
その後は質問攻めにあった。
死に関することや、種族的なこと、あの子の知らないことを全部、聞かれたんだ。
どうせ死んでしまうのに、何故そんなことを聞くのだろうと思いながらも、穂乃果は一生懸命答えた。

「人間の世界に生まれ、人間に否定されて。18年ぽっちしか生きられないなんて....穂乃果が何をしたというんですか。神様は世界を平等に作ってくれてなんかいない....私はあなたがいなくなるなんて嫌です。大切なお友達なんです。あなたはもう立派な人間ではないですか!」

すべて終えた後、あの子は大粒の涙を流しながら叫ぶようにそう言った。
いつも大人しいあの子が泣き叫ぶ所なんて、初めて見た。
穂乃果はね、何があっても人間じゃない。
きっと、見た目と思考だけなんだ。
穂乃果はあの子と同じものを食べられないし、昼間に外に出た暁には、気持ち悪くなって吐いてしまう。
根本的な何かが違うんだ。
だから、死んじゃうんだ。



それから穂乃果の所には、あの子は来なくなった。
あの子は穂乃果の事を見捨てたのだろうかと、思った。
一日が経ち、二日が経ち、三日が経ち。
もう、1週間きりの命になってしまった。
二日前から降り続く雨のせいで、気持ちもどんよりしてしまう。
もうこのまま一人で死んでいくのかと諦め始めていた。
未練を感じたのかもしれない。
髪の長いあの女の子に会えないことがこんなにも辛いことだなんて、初めて知ったんだ。
それなのに穂乃果は、死ぬ前に最後の力を振り絞り、あの子の記憶を消しに行かないといけない。

「面倒くさいなぁ」

それは、悲しみのあまり溢れ出た言葉だった。
もうどう足掻いても、穂乃果はあの子に恋をしてしまっていたんだ。



残り5日。
体になにかある訳でもなく、むしろピンピンしている。
本当に穂乃果は死んでしまうのかな、と思ってしまう。
来なくなったあの子の事は、既に諦めようとしていた。
でも、その日の夕暮れ時の事だった。
鉄のドアが勢いよく開かれた。

「穂乃果っ....はぁ、んぐ、はぁ....はぁ、はぁ」

息を切らして薄暗いこの部屋に入ってきたのは、髪の長いあの女の子だった。
脚がガクガクと震え、そのまま女の子座りになるように座り込み、胸に手を当てて呼吸を整えている。
穂乃果は急な出来事に何も言えず、会いに来てくれたことの嬉しさに、それ以外のすべての気持ちが吹き飛んでしまった。

「何があったの」

それでもとっさに出た言葉だった。
精神的に不安定だった穂乃果は、少しそっけなかったと思う。
でもあの子は、やっぱり笑顔で答える。

「わたっ....しは....あなたを....穂乃果を死なせたりしません!」

いつも真面目なのに、遂におかしなことを言い始めた。
穂乃果の目をじっと見つめるあの子の目の周りは、少し赤くなっていた。
この五日間、あの子は何処でどんな気持ちで過ごしていたのか、何となく察することが出来た。

「私、ずっと調べていたんです。大切なお友達だから、あなたを見捨てるような事は絶対にできそうにないんです....私、初めてかもしれませんが、わがままを言わせてください。穂乃果を、救わせてください。私はこれからもお友達でいたい。一緒に生きていきたいんです!」

そっか、髪の長いあの女の子は、おばかさんだった。
穂乃果自身が運命だと受け止め、ただ死を待っているだけの生き物だったのに、何もしない穂乃果を責めることもなく、あの子は穂乃果を救おうと精一杯だった。
これからもお友達―一緒に生きていきたい。
その言葉を聞いて、頬に温かい、初めての感覚が流れていく。
何故か辺りがぼやけて、キラキラと光る視界。
抑えても抑えきれない変な声が恥ずかしい。
見たことしかなかった気持ち―これが―泣くってことなんだ。
穂乃果の心の奥には、密かに「生きたい」気持ちがあったんだと思う。
本当は穂乃果だって、大好きで大嫌いなあの子と一緒に、もっと楽しい思い出を作りたかったから。

「穂乃果....あなたが涙を流したところ、初めて見ました」
「うるしゃい....」

うまく喋れない。
クスクスと笑うあの子のお陰で、ほんの少しの希望が生まれた。
だってあの子は、何か確信があって来てくれたんだ。
でも、穂乃果は別に、最後の日まで一緒に過ごすだけでもいいのに。
これじゃあ幸せ者だよ。
余命がわかっているのに、どうしてこんなに幸せを感じたんだろう。

「"海未ちゃん"....ありがどっ....」
「穂乃果、私の名前....」

初めて呼んだあの子の名前。
名前を呼んでしまえば、本当に人間との繋がりが切れなくなってしまいそうで、いつも口に出すことは無かった。
その初めてを、使ってしまった。
とっくのとうに恋に落ちてしまっていたであろうこの心に、正直になってしまったから。
あの子と、穂乃果の本当の気持ちを信じると、決めたから。


「どうしたらいいの」
「方法がひとつ、あったんです。もしかしたら....いえ、多分怖いかもしれませんが、聞いてください。...."死ぬ"ことで救えるみたいなんです」

少し動揺したけど、そのままあの子の話を聞く。

「穂乃果は、完全に吸血鬼にはなっていないんですよ。穂乃果自身は自分が人間とは別の存在だと信じ込んでいるかもしれませんが、それは間違いだったんです。小さい頃、何らかの事故にあって、生きるか死ぬかの場面に出くわしたのです。そしてその現場が、ここ"アキハバラ"だった。恐らく当時の穂乃果に親御さんは居なかった」

「"アキハバラ"にはかつて吸血鬼のテリトリーがいくつもあったと言われています。そのどこかで穂乃果は生死をさまよい、魂が死ぬ前に、吸血鬼の魂が割り込んできた。乗っ取られることはなく、なぜ穂乃果は今まで生きてこられたか。それが18歳で死ぬ謎なのです。魂として彷徨う吸血鬼が、誤って子供の体に入り込んでしまい乗っ取ることが出来なかった。だからある程度体も精神的にも大人になるであろう18歳まで待っている。実はよくある話のようなんです」

事実だとしたら、現実世界の話には思えない。
でも吸血鬼という存在自体が、現実に存在すると信じられていないらしい。
あの子はまだ話を続ける。

「穂乃果の人間としての魂はまだ消えていない。だから18歳になる前に死に、吸血鬼の魂を外に追い出さなければいけないのです」

穂乃果は思わず、こう聞き返した。

「随分自信満々に話してくれるけど、証拠というか、確信できる情報はあるの」

すると、勢いを落とさず、あの子が答える。

「二つ、あります。まず一つ目、あなたは日光を浴びても灰にならない。調べていくと、吸血鬼は日光を浴びたら気持ちが悪くなるくらいでは済まないというので、そこで完全になりきっていないことが分かります。二つ目に、日光が苦手で、十字架が嫌い。そして血液しか胃に入れられないこと。それは、吸血鬼の魂から、記憶を受け継いでいるからなのです。だから自然と、穂乃果の魂は、18歳で死ぬと思い込んでしまった。それ以外にも、吸血鬼としての記憶や知識はすべて、受け継いだものだと思われます」

あまりに信憑性が高い話に、穂乃果は言葉をなくした。
なんとも言えない気持ちが頭を駆け巡る。
これが真実だったら、穂乃果は生き残れたとして、その先どうなってしまうのか。
死ぬのは怖いのだろうか。
希望と裏腹に、恐怖が浮かんできた。
そのせいで穂乃果には新しい疑問が生まれた。

「どうやって、死ぬの」

依然として勢いを落とさずに、あの子は答える。

「人間に、殺されるんです」

穂乃果はまた、言葉を失った。
日光の元で縛られるとか、十字架に縛られて自殺をするとか、そんなんじゃなく。
穂乃果の事を、誰かが殺すと言った。
そして最後の疑問が生まれた。
それは、望む答えが確立してしまっている。

「誰が、殺すの」

唾を飲み、震えるあの子の唇をただ、見つめた。

「....私が....やります」

震えながらも、あの子は真剣な眼差しで穂乃果を見ている。
望んだ答えが返ってきて、ほんの少しだけ恐怖が和らいだ。
どうせ死んでしまうかもしれないんだ。
穂乃果としても、恋をしたあの子に殺されたい、そう思う。
こうして、運命に抗う意志が、生まれた。



"生きる方法"の話のあとから、あの子はずっと穂乃果の羽を触っている。
そう、穂乃果には羽が生えている。
と言っても、飛べるわけでもなく、小さなコウモリの羽で、あの子と出かける時はマントで隠している。
実は、触られると凄くくすぐったくて、体の真ん中に刺激が伝わり、我慢しないと変な声が出てしまう。
さらに、引っ張られると全身に激痛が走る。
だから寝る時も、仰向けだと眠りにくい。

「どうして、羽を触るの」

純粋に気になったから、そう聞いてみると、あの子はこう言った。

「この羽で、あなたを殺すのです。そうすれば体には傷が残りません」

なるほどと思った。
引っ張られるだけで倒れそうになる激痛が走るんだから、切り落とされたりでもしたら―。
それに加えて、あの子はさらにこう言った。

「記憶が残るかどうか。それはわからないんです」

小さく寂しげな声だった。
記憶がなくなったら、穂乃果はあの子の事を忘れてしまう。
そんなのは嫌だし、穂乃果が生き残ったとしてもあの子とは他人になってしまうなら、死んでしまった方がいいに決まっている。
でも、あの子の存在で、穂乃果は他人の心を考えることができるようになったばかりだったから。
記憶がなくなったら、あの子が一番辛いんじゃないかと思い始めた。
あの子だけが穂乃果の事を知っていて、救うと精一杯だったのに、穂乃果はあの子の事を忘れている。
だから、あの子の覚悟がしっかり伝わってきて、ネガティブな考え方はいけないんだと自分に言い聞かせた。
恋をしたあの子をこれ以上悲しませないために、穂乃果自身も最後まであの子の事を信じなければいけない。
その後に待つ幸せな世界に夢を見て。
あの子と歩む未来を、温めて。

「そっか。いつでも、いいからね。覚悟は、出来てるから。この世界にも、悔いはないからね」

そう言うと、あの子は穂乃果の正面に来た。
しゃがんで、体育座りの穂乃果と同じ目の高さになるようにして。
そのまま、穂乃果の事を抱きしめてきた。

「....私、本当は怖いんです。どうせなら最終日まで待って、誕生日を祝ってからがよかったと思ったりします。でも、早くしなければいけないと思うと、怖いのに、焦ってしまって。誰かを殺すなんてこと、普通の人なら人生の中で経験したことがあるわけないんですから」
「....信じてもいい話だったんだよね。ううん、信じてるから。穂乃果の事をただ殺すだけになる確率なんて、考えてもないでしょ」

するとあの子は、もっと力強く抱きしめながら言う。

「それは確かに、あなたが人間に戻ることは確信していますから。でも、でも、記憶がなくなるかもしれないこと、あなたが痛みに苦しむこと、覚悟はしていたことですが、いざとなったら私....怖くて」
「ダメだよ、そんなこと考えたら。その痛みに耐えるだけで、まだ友達でいられるんだから。もう覚悟はできてるって、言ったよね」

あの子は、ただ「はい」と返事をしただけだった。
カチャ、という音と同時に、あの子のポケットから小さなナイフが出てきた。
そのままあの子は言った。

「こんなもの、持ったの初めてですよ。お母さんに止められましたが、無視をして家を飛び出してきたのです。一日だけ反抗期ですね....穂乃果、心の準備ができたら言ってくださいね。私はあなたをこのまま離しませんから」
「痛くて、暴れちゃうかも」
「それでも離しません。すべて終わるまで、私はあなたを離しません。何があってもです」

暴れちゃうだなんて言ったけど、きっと想像もできない痛さなんだ。
準備は出来てるつもりなのに、胸の鼓動が早くなって収まらない。
それはあの子も同じみたいで、ナイフを持つ手が震えて、地面と擦れ、カチャカチャとずっと音が鳴っている。



人間に戻ることが出来たなら―穂乃果はあの子との思い出を忘れていなければいいな。
もし忘れていても、泣かないでいてほしい。
きっと穂乃果は、あの子に恋をする運命なんだから。
新しく思い出を作っていけたらいいな。
今までありがとう。
ずっと一人だった穂乃果と、仲良くしてくれてありがとう。
人間じゃない穂乃果も好きでいてくれてありがとう。
色んなところに連れて行ってくれてありがとう。
言ったことがなかったけど、「楽しかった」。
一緒にいると幸せな時間だった。
いつも美味しい血をありがとう。
十字架のアクセサリー、苦手だと知っててプレゼントしてくれた意地悪なところも好きだ。
穂乃果のことを心から信じてくれる優しい心が大好きだ。
付けてくれた素敵な名前も、大大大好きだ。
世界で一番、愛してる。



「いいよ、"海未ちゃん"」
「....頑張って....くださいね....また、同じようにお話ができればいいな」

敬語じゃないあの子は初めてだ。
初めてをくれて嬉しい。
素の、甘えた話し方も、好きだ。


「穂乃果は本当に....幸せ者だよ」



背中の羽の付け根に、冷たく鋭い感触が伝わった。
その瞬間、頭の中が真っ白になった。

「―っぅぐぁがぁぁっ....んぎっ....ぁがっ....」

全身を激痛が、なんてものじゃない。
全身に鋭い針が何度も突き刺さるような痛みが、それは眼球や心臓にまで届く。
知ったばかりの涙、汗や唾液、そして背中から血ではない黒い液体が滝のように溢れ出る。
無意識に四肢が暴れ、穂乃果はあの子の肩に噛み付く。
うっすら残る意識の中で、穂乃果の鋭い歯で首を噛むことだけは避けたんだ。

「もう....少、しです....がんばっ....て....」

自分の悲鳴で、あの子の言葉なんて聞き取れない。
遂に意識が遠のいて行く。
そのまま穂乃果は失禁し、心臓側の羽が切り落とされた瞬間に意識を失った。



何も無い空間だった。
真っ暗で、何も聞こえない。
動くこともできないし、喋ることも出来ない。
地面がなく、永遠に体が空に落ちていく。
記憶だけがぼんやりと浮かび、恋をした相手がいることを思い出す。
名前も顔もわからない。
ただ漠然とした好きだという感情だけが浮かび、何も無いこの空間に対する恐怖が和らいだ。
もう、自分が誰なのかも分からなくなってしまった。
どうやってここに来たのか、何故自分がこんなところにいるのかがわからない。
考えても考えても、何もわからない。
すると突然、耳を突き抜けるような高い音が鳴り響いた。
同時に、何も見えないはずのこの空間に、1本の長くて細い糸が垂れてきたのが見えた。
その糸からは何処か懐かしい香りがして、止まっていた心臓が動き始める感覚を覚えた。
でも、それだけだった。
自分の体が、だんだんと見えなくなっていく。
それが何故か恐ろしく、体が勝手に懐かしい香りのする糸にしがみついた。
すると今度は、脳天から釘を刺されたかのような痛みに襲われ、そこでまた意識は途絶えた。



― 8月3日 ―


「どうして....起きないんです....もう....五日も....」

ふわりふわりと、誰かの声が聞こえてくる。
瞼が重くてなかなか開けない。
徐々に広がる視界には、眩しい日差しに当たる、一人の女の子が映る。
何故か体がずっしりと重くて、動かそうとしても、指が少し動く程度だ。
何処か、痛むわけでもないのに。


「....ぇ....穂乃果....?目を....ふぇ?これ、夢じゃ....穂乃果、目を覚ました....んですか?」
「....穂乃果って....私?」

素敵な名前だ。

「あなた以外に誰がいるんですか?もしかして....記憶が....私の名前、分かりますか?」
「あなたの....名前?」

経験した覚えのない記憶が、蘇っていく。
頭の中がかき混ぜられているようで、少し変な気分だ。
そんな蘇る記憶に、やっぱり懐かしさを感じる。
血の味、お日様に当たった時の気持ち悪さ。
そして、髪の長いあの女の子が―。

「あぁ....ぁ...."海未ちゃん"....だぁ....」
「穂乃....ひぅっ....ほ、穂乃果ぁ....ひぐっ、穂乃果ぁぁっ」

自分が―いや、穂乃果が、呼んだ"海未ちゃん"は、恐らく我慢していたであろ涙を解き放ち、抱きついてきた。
もう、この感覚が懐かしく感じる。
「穂乃果、穂乃果」と名前を連呼して、涙が連れてきた喉の痙攣が背中を伝って穂乃果の手にやって来る。
勢いのまま後ろに倒れ込んでも、背中に何も感触がない。
そういえば、邪魔だった、大きく鋭い歯も無くなっている。
そしてこの部屋にある唯一の窓にかかる、風で揺れる、初めて見る『黒いカーテン』の隙間から眩しいお日様の光が差し込むのが、とても気持ちいい。

「"海未ちゃん"」

穂乃果も名前を何回も呼ぶ。
柔らかくて、温かい"海未ちゃん"と触れ合うことが幸せで。
戻ってきた暁には―と考えていたこと―未だにぼんやりとした記憶の中で、一番に輝き主張しているもの。
死ぬよりももっともっと前から、ずっと、心にしまい込んでいたもの。

「好きだ....大好きだ....」

それは何よりも、一番伝えたかった言葉だった―。



穂乃果「ふぅ」

海未「穂乃果、どうしました?」

穂乃果「あぁ、うん、ちょっと昔のことを思い出してね」

海未「そのノートに書いていたんですか?」

穂乃果「そう。穂乃果と海未ちゃんの、奇跡の物語だよ」

海未「ま、まさか私が泣いたことなども書いているんじゃ」

穂乃果「か、書かないよ」

海未「わぁ、怪しいです!ちょっと見せてください!」

穂乃果「だめーっ!恥ずかしいもん!」

海未「もう....まぁ、別にいいですよ」

穂乃果「....なんかごめん」

海未「いえ、気にしてませんよ」

穂乃果「そっか」

海未「....あなたが生きてて、本当によかった」

穂乃果「....うん。ありがとう」

海未「さぁ、今日はせっかく朝からいい天気なんです。ピクニックにでも行きましょう」

穂乃果「お、いいね!穂乃果、サンドウィッチ食べたいなぁ」

海未「沢山作りましょう。手伝ってください」

穂乃果「はーい」


"海未ちゃん"と歩む、シアワセ行きの螺旋階段を、ゆっくりと踏みしめて―。
今日もまた、思い出の一ページが更新されていく―。

穂乃果「これからも友達で」 おしまい。

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