【艦これ】球磨型軽巡のクリスマス (17)

ギリギリセーフ!

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1.

冬の、まだ暗い朝。
グラウンドのトラックに沿って走る少女。

「はっ、はっ、はっ、はっ」

木曾である。
早朝のランニングを日課にしている艦娘は少なくない。
他にも何人かグラウンドには姿が見える。
そのうちのひとりが猛烈な勢いで追いついてくる。

「遅いッ遅いクマーッ!」

「姉さん」

長姉の球磨が次女の多摩の手をひっぱって追い抜いていく。

「ほらっ多摩! しっかり走るクマ!」

「え~ねむいにゃぁ~」

ぼやきながらも姉の快速にしっかりついていく多摩。
木曾はペースを崩さない。
今度は木曾が別の姉に追いつく。

「北上さんっがんばってください!」

「あーうん、がんばるよー」

大井と北上である。
力の抜けた走り方をする北上を後ろから大井が応援している。
追い抜いた木曾に、しばらくしてからまたも球磨と多摩が接近してくる。

「早いな……」

「おらーッ多摩っもっとペースあげるクマーっ!」

「これいじょうはむりにゃ」

いつもの光景であった。

 

2.

球磨らは汗を流して食堂へ向かう。
朝食である。

「いただきます!」

球磨と、そして食事ばかりは多摩もがつがつと食べる。
早起き早飯は軍隊の常である。
木曾も粛々と手早く片付ける。

「お味噌汁の具はやっぱり豆腐だよねー」

「そうですね! 北上さん!」

「あれ。大井姉さん、大根が好きだって言ってなかったっけ」

「………。もー木曾ってば聞き間違いか勘違いよ」

「へーそーなんだー。あたしも大根すきだよー」

「わっ私も好きです! 両想いですね!」

「二つとも好きなことを両想いっていうクマ?」

「ただの二股にゃ」

「大井姉さんは北上姉さんと提督と二股してるのか」

「木曾ちょっとあんた表でなさいよ」

「大井っち朝ごはん早く食べなよ~」

「はいっ北上さんっ!」

そうして5人とも食べ終わった。

「ごちそうさまでした!」

 

3.

午前の訓練では、北上は駆逐艦を担当していた。
海の上に立って、並ばせた朝潮型に告げる。

「あたしのスカーフに触れたらあんたらの勝ちねー。制限時間は30分」

「はい!」

「そんじゃはじめー」

即座に大潮と満潮が飛び出す。
波を蹴立てての突進を難なくかわす北上。

「はっ!」

時間差で攻めた朝潮の手を避け、霞のタックルをいなす。
霰の貫手を捌き、荒潮のハイキックを上体を下げて回避。
組みつこうとする朝雲の手を取って海面に転がす。

「行きます!」

朝潮の号令で、朝潮・大潮・満潮・荒潮が一斉に四方から北上に躍り掛かった。

「連携は上々」

すい、と進み出た北上が大潮の手を引いてバランスを崩させ、朝潮の足をひっかける。
満潮と荒潮の挟み撃ちにも動じず、急加速で離脱して満潮の背後にまわりこみ二人を衝突させる。

「このッ!」

背後から急襲した霞を掴んで投げ飛ばした。
独特のリズムで山雲が迫る。同時に背後から霰が正確無比な軌道で足を狙ってきていた。
後進一杯で霰のタイミングをずらし、逆に足をからめて姿勢を崩したところで手首を握って振り回し山雲にぶつける。

「北上さん……素敵ッ!」

大井は訓練をさぼっていた。

 

4.

木曾は潜水艦の訓練に協力していた。
海中に潜航する彼女らに模擬爆雷を投下する役である。

「よっと」

パッシブソナーに耳を傾けながらの攻撃だが、自分でも正直精度に自信はない。

『伊19、損傷』

それでも爆雷の効果範囲は広いので一隻捕まったようだ。もちろん被害は擬似的なものである。

『イクは浮上して待機、木曾は爆雷を続行するでち』

嚮導艦である58の通信に「了解」と返した木曾はふと思い出した。

(そういえば今日はクリスマスだったな……サンタのプレゼントが爆雷ってのは笑えねぇが……)

浮上して訓練海域を離脱していくイクの先を見遣る。
そこにはすでに待機しているまるゆがいた。

(あいつにも何かくれてやるか。しかし時間もないしな……)

艦娘は軍属であり基本的に暦とは無関係の勤務である。
クリスマスはもとより艦娘に休暇をもたらすイベントではない。
海外艦にはこの時期に休暇を申請する者も多いが、それが認められるかどうかは各提督の判断である。

『伊8、損傷。あとはゆーとしおいだけでち!』

「……了解」

売店でなにか買うしかないか。
木曾は考えながら爆雷を放り投げ続けた。

 

5.

球磨と多摩は出撃任務である。

「多摩、例のやつはオーケークマ?」

「もちろん、抜かりないにゃ」

水雷戦隊を率いて深海棲艦に突撃しながら、二人は日常会話を進める。

「晩御飯のあとでいいクマ?」

球磨の砲撃が敵重巡に命中し、爆破炎上して沈んでいく。

「いいにゃ。ラッピングは頼んでおいたし、大丈夫にゃ、問題ない」

多摩の雷撃が敵戦艦に突き刺さり、大破させる。

「いやはや、一騎当千じゃのう」

「子日たちも負けないぞーうっ!」

「がんばりましょう!」

「……やるぞ」

初春型の四人が敵駆逐を蹴散らし、

「じゃ、あとは計画通りに頼むクマ」

「頼まれたにゃ」

二人の秘密の打ち合わせが終了するとともに、敵の全滅で戦闘も終了したのだった。

 

6.

午後の訓練は大井がメインを張っていた。

「私に一発でも砲撃を当てられたら終わりにしてあげる。30分以内にね」

夕雲型の面々が構え、大井の号令で海面を走り出す。丸腰の大井は悠々と逃げていく。
最初に撃ったのは朝霜。
回避行動すら見せなかった大井が増速して朝霜に迫り、焦る彼女を投げ飛ばした。

「次!」

長波と清霜が狙うがやはり当たらない。
二人を続けて投げ飛ばした大井が初めて身をかわす。

「はずれよ」

夕雲である。
歯噛みする彼女を守るように巻雲が射撃。
するりとそれを避けて大井が高波に肉薄する。

「うっ撃った人を投げるんじゃないかもですかっ!?」

「そんなこと一言も言ってないわよ」

困惑したまま高波が海面を転がり、静かに狙いを定めていた早霜に対して大井がじぐざぐに接近。
照準できないまま早霜が宙を舞い、接近戦を仕掛けた風雲と沖波も同様である。

「なんやあれ。えげつないなぁ」

「えーいつもどおりだよー」

背伸びしてその様子を見ていた龍驤がけらけら笑った。
北上は昼食のときの爪楊枝をまだくわえている。

「落ち着いて! 連携するの!」

夕雲が必死に叫んでいた。
 

7.

木曾は武道場で天龍と稽古していた。
二人の持つ竹刀がぶつかり合う。

「おらおらァッ! ビビってんのか!?」

「怯えているのはそっちだろう、よく吠える」

「あァ!?」

「くくっ」

天龍の打ち込みが激しく、しかし単調になる。
挑発にも調子にも乗りやすいのが天龍である。

休憩時間に木曾は天龍にクリスマスプレゼントのことを話してみた。

「ああ、今日だな。まっ、お前からならなんでも喜ぶんじゃないか、まるゆの奴は」

「そうだと嬉しいが、それではなにも進んでいない」

「そうだなぁ。あいつは何が好きなんだ」

「知らない」

「知らねぇのかよ!」

「あ、そうだ、プリンとか好きだ」

「食べ物じゃねーか! ただの好き嫌いだろそれはよ」

「お前が好きなものを聞いたんだろ」

「もっとこう、もうちょっとプレゼントっぽいものだよ」

「なんでも喜ぶといったのもお前だぞ」

「うるせえな!? もう晩飯のデザートでいいだろ!」

「うん? うん。それはいいな」

「いいのかよ!」
 

8.

「まるゆ」

夕食が始まる前に、今日のデザート(ババロア)を持って木曾は潜水艦らのテーブルへと近づいた。

「あっ木曾さん! 午前中はお世話になりました!」

「ああ、いいんだあれしき」

「? どうかしましたか?」

「いや。これ、やる」

「へ? まるゆの分、ありますよ?」

「ええとだな……」

「でっちー。あれ、クリスマスプレゼント、ですって!」

「クリスマスプレゼントがババロアってマジでち? いくらなんでもそれは……」

「ああっプレゼントですか! ありがとうございます木曾さん! 嬉しいです!」

「いいんでちか! ババロアで! クリスマスプレゼントが!」

「倒置しすぎなのね」

「悪いな、そんなんしかなくてよ」

「いいえ! まるゆババロア好きですから!」

「来年はちゃんと用意しておくから。じゃあな」

「はいっありがとうございます!」

「同じこと、去年も言ってた気がする……」

「あれ絶対来年も忘れるの」

「リア充爆発しろ」

「イムヤちゃんどうしたのー?」

「しおい、そっとしとくでち……」

「えへへへ、まるゆだけのサンタさん……」

まるゆは二つ並んだババロアを見て、顔をほころばせるのだった。
 

9.

「ごちそうさまにゃ」

「ん? 多摩姉さん早いな」

「ちょっと先に部屋戻ってるにゃ」

「わかったクマー」

「相変わらず多摩姉さんは自由だねー」

「北上が言えることじゃないクマ」

「そうだねーあたしってフリーダムだから」

「北上さんっ素敵です!」

「球磨姉さん。多摩姉さん、体調が悪いんじゃないか?」

「ん? そんなふうには見えなかったクマ」

「俺もだけど、いつもより食べる量が少なかったんじゃないか?」

「そだねーあたしもなんか少なくない? って思ったー」

「ダイエット、とかじゃないですか?」

「んー今日の出撃でも特に問題なかったし、だいじょうぶクマ。なんなら後で聞いとくクマー」

「ああ、そうしてくれ」

「多摩姉さんのことだからつまみぐいしてお腹すいてなかったとかじゃないでしょうか」

「木曾は姉思いだねー」

「心配ですね! 多摩姉さん!」

「ねー」

「いや掌返し早すぎクマ……」

 

10.

「メリークリスマース! にゃー」

ぱぱん!
球磨型の部屋に帰ってきた途端、クラッカーの音が鳴り響いた。
ひとつは前から、もうひとつは後ろから。

「なっなんだっ? 多摩姉さん!?」

「あーやっぱりなんか隠してたんだ球磨姉さん」

「バレバレですよね」

「ええーもっと驚いてほしかったクマー」

「とりあえず木曾には大成功にゃ」

室内のローテーブルにはケーキが置いてある。

「ほらほら、さくさく座った座った」

「これ、どうしたんだ? ああ! この準備のために早く食べ終わったのか!」

「気が付くの遅すぎるわよ」

「そうクマ。だから心配しないでいいクマー」

「心配? なんのことにゃ」

「木曾は多摩の食べる量が少ないからって体調不良を心配していたクマ」

「ふえぇ多摩はいい妹を持ったにゃぁ~……!」

「私は察してましたけどね」

「去年もおんなじだったよねー」

「まんねり言うなクマッ!」

「言ってないよー」
 

「木曾? どうしたにゃ」

「ああ、いやちょっとびっくりして。いや、姉さんたちは本当にいい姉だなと思って。俺は幸せ者だ」

「あっはっはー、もっと言ってよー」

「涙でそうクマ……」

「多摩もだにゃ……」

「………」

大井は顔を真っ赤にしていた。


「それで、これがクリスマスプレゼントにゃ~」

「はい北上。これが大井。こっちが木曾のクマ」

「おーありがとねー」

「有り難く頂きます」

「ありがとう。嬉しいぞ」

そしてケーキのろうそくに火を点けて、五人で一斉に吹き消した。

「メリークリスマース!」にゃー!」クマー!」

球磨型の部屋は夜更けまで電気が消えず、その晩五人はいっしょに寝たのだという。
おしまい。


 

ありがとござましたー

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