ありすは激怒した。 プロデューサーをぎゃふんと言わせねばならぬと決意した。 (37)

ありすは激怒した。

必ず、かの女心の分からぬプロデューサーをぎゃふんと言わせねばならぬと決意した。

ありすには料理がわからぬ。

少し前の料理番組に出演してそのことを学んでから、頑張って勉強した。

今やタブレットのメモリは沢山の料理の電子書籍が詰まっている。

ありすは、アイドルである。

歌を歌い、踊りを踊るのが仕事である。

けれどもそれ以外のこと対しても、人一倍に負けず嫌いであった。

きょう未明ありすは家を出発し、スーパーに寄り食材を買い、つくった料理を抱いて電車で十里を駆けて自分達の事務所にやって来た。

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ありすには一人、プロデューサーがいる。

プロデューサーは、ざわめく街の中のたくさんの人の中から私を見つけ、ここまで連れてきてくれた恩人である。

なかなか素直になれないが、とても沢山の感謝の想いを抱いている相手だった。

そして、とても沢山の仕事を抱え込んでいつも死人のような笑顔を浮かべている人であった。

だから、成長した自分の腕で作った美味しい料理を食べてもらって元気になってもらおうと思った。

あわよくばその料理を切っ掛けに、自分の見方を変えてもらえればなという計算もあった。

いつもより早く事務所に着き、いつも通りに早くからデスクで仕事をしているプロデューサーの元に駆け寄ってこう言った。

「おはようございます、プロデューサーさん。作りすぎたので、朝ごはんをお弁当に詰めてきました。よかったら食べませんか」

話し終えたありすは、プロデューサーの様子を怪しく思った。

ひっそりしている。

もう日が昇って時間も経って、既に朝食を摂った後なのかもしれないが、けれども、なんだか、そのせいばかりでは無く、事務所全体が、やけに寂しい。

ありすも、だんだん不安になって来た。

隣の部屋から覗いていた島村卯月をつかまえて、どうしてなのか、少しまえに神谷奈緒がお弁当を持って来たときは、夜でも北条加蓮が歌をうたって、事務所は賑やかであった筈は

ずだが、と質問した。

島村卯月は、首を振って

「頑張ります」

としか答えなかった。

隣にいた結城晴に、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。ありすは両手で結城のからだをゆすぶって質問をした。

結城は、女の子らしい可愛く高い声で、「そりゃそうだろ」と答えた。

「前の料理番組の惨状を思い出せ」とも言った。

「どうしてそんなことを言うんですか」

「いちごをメインの材料に使うからだ、誰もそんな、いちごがいっぱい入った料理なんて求めていねーよ」

「皆さんはいちごが嫌いなんですか」

「そうじゃない、いちごが入ったパスタが嫌いなんだ。それから、生クリームが乗ったパスタもだ」

「それなら大丈夫です。今日はいちごが入ったハンバーグです」

「びっくりだ。ありすは頭がおかしいのか」

「いいえ、おかしくなんてありません。私が好きないちごを使って、私の料理を作るんです」

聞いて、結城はため息をついた。「呆たやつだ。ほおっておこう。」

ありすは、後ろを向いた。

プロデューサーがそろそろ料理に手を付けてくれた頃かと思ったのだ。

そこには、4分の1ほどになったいちごハンバーグを席に残したままコーヒーサーバーにしがみついているプロデューサーがいた。

調べられて、ごみ箱の中からいくつかの底に少しのコーヒーが残った紙コップが見つかったので、大きく騒いでしまった。

「何をしているんですか!コーヒーで流し込むなんてやめてください!」

橘は大きな声で、威厳もなにもなく叫んだ。

「ごめんマジで無理。朝から生クリームは無理」とプロデューサーは泣きそうな声で言った。

「生クリームがですか」橘は、憫笑した。

「じゃあ生クリームを外して食べればいいじゃないですか」

「勘弁してくれ」

とプロデューサーは、額に手を当てて反駁した。

「お前全然前の反省が活きてないじゃん!いちごを料理に使うのはナンセンスだって言ってたじゃん!」

「いちごの中の酵素が肉を柔らかくするんです!プロデューサーさんだって知ってるはずです!」

橘は落着いたつもりで呟つぶやき、そして溜息をついた。

「私は、いちごを使って美味しい料理を作りたいんです」

「なんの為の料理だ。自分を満足させるためか」

こんどはプロデューサーが嘲笑した。

「苺を潰して火をとおして、なにが料理だ」

「言いましたね」

橘は、さっと顔を挙げて報いた。

「分かりました。今から家に帰って私の得意料理であるいちごパスタを作り直してきます。あまりの美味しさにほっぺが落ちても知りませんから」

「おいやめろ。今日はとときら学園の収録があることを忘れたのか」

「問題ありません。3時間で戻ってきます。必ず、ここへ戻りその一皿でプロデューサーさんを黙らせます」

「ばかな」

とプロデューサーは、震えた声で言った。

「と、とんでも無いことを言うな。今は大事な時期なんだぞ」

「......プロデューサーさん、きっと大丈夫です。......パスタは比較的早く出来上がると言います」

二人のやりとりを後ろで眺めていた鷺沢文香がずっ、と前へ出た。

「......ありすちゃんは約束を守ります。......彼女を、三時間だけ......許して下さい。......もしものことがあれば、私が代わりに収録に出ましょう。......それでもご迷惑をおかけするでしょうが......お願いします」

それを聞いてプロデューサーは、むむむと呟きながら、ちょっとほくそえんだ。

彼女たちに折れた振りして、放してやるのも面白い。そうして文香をとときら学園に出演させるのだ。

彼女は決してバラエティー向けの性格ではないが、華がある。

きっとあの番組の中でも存在を示すことができるだろう。

ブレイクの切っ掛けになるかもしれない。

「願いを、聞いた。三時間後には必ず帰って来るように。おくれたら、二人ともどもとときら学園で罰ゲームだ」

「ちゃんと帰ってきます。罰ゲームになんてなりません」

「はは。ちょとだけ遅れてきたら、今回の放送は園児服を勘弁してやろう」

 ありすは口惜しく、地団駄を踏んだ。そんなことに釣られて文香さんを裏切るわけがない。

「それでは、車に気を付けてな」

「いってらっしゃい、ありすちゃん」

「プロデューサーさん、文香さん、行ってきます」

「大丈夫、美味しい」

ありすは、満足のいく味に仕上がったことにうなずいた。

時計を確認すると、まだかなり時間に余裕があることが分かった。

安心したせいか、はたまた今日はいつもより早起きしたからか。

まぶたの重みに耐えきれなくなってしまったので、ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。

無理に電車に乗って駅を乗り過ごすのも良くないし、少し時間が経てば、雨も小降りになっているだろう。

ありすの頭の中では、朝のハンバーグも決して悪くない味に思えていたことが引っかかっていた。

もしかしたら自分は、いちご料理を創作し、そして試食しているうちに味覚がおかしくなってしまっているのではと思った。

ならば、今回の料理もまた、プロデューサーさんを困らせてしまうのでは、と思った。

歳不相応に大人びているからこそ、ありすは考える必要のないことが頭に浮かんでは消えることがある。

そのせいか、あまり良い夢をみることはできなかった。

タブレットの目覚ましアプリが起動し、ありすは跳ね起きた。

ちょうど良い時間である。

これから支度をして出発すれば、約束の刻限に十分間に合う。

ありすは、悠々と身仕度をし、玄関のドアをあけた。

雨が、先ほどよりも強くなっていた。

「ど、どうしよう。急がないと!」

部屋に戻ってパスタを箱とビニールで包み、自の身にはカッパをまとい雨中、矢の如く走り出た。

私は、収録日に何をやっているのだろう。

収録にも打ち合わせにももちろん間に合う。

しかし、また別の過ごし方があったのではないか。

それでも、走らなければならぬ。

私を信用してくれた文香さんのために走らねばならぬ。

とときら学園はバラエティーである。

決して、文香さんが輝く場所ではない。

ありすは、つらかった。

幾度か、立ちどまりそうになった。

えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。

とときら学園は、自分にも厳しい仕事である。

ほんの少しばかり遅れてしまえば隣に文香さんが居てくれる。

それは、私にとってどれほど素晴らしいことだろうか。

改札をくぐって、電車に飛び乗った。

ありすは額ひたいの汗をこぶしで払い、次の駅に着くのをまった。

待ちながら、考えた。

きっと走っているうちに崩れてしまったこのパスタをホームのごみ箱の中に入れて少し遅れてしまおうかと。

そうすれば、私はなんの気がかりもなく番組に出れる筈だ。

プロデューサーさんに料理を悪く言われることも無い。

文香さんにとっても厳しい仕事になるだろうが、あの方はきっと嫌がりはしないだろう。

次の駅につき、電車の扉が開いた。

ホームに足を数歩踏み出したところで、ありすの歩みははたと、とまった。

見よ、前方の広告を。

同じ事務所の別の部署。

押しも押されぬ人気アイドルの佐久間まゆが、お弁当を作っている様子が描かれたスターライトステージの広告を前に彼女は茫然と、立ちすくんだ。

隅々まで眺めまわし、ああ、と、声をもらした。

広告は、朝陽を受けてきらきら光っている。

「ああ、もうだめです」うめくような声が、自分の口から聞えた。

ありすの頭の中に浮かぶのは佐久間まゆとそのプロデューサーが仲良く彼女が作ったお弁当を食べさせ合っている光景だった。

「私はきっとあんなふうにはなれません」

「あんなに可愛くないし」

「あんなに美味しいご飯もつくれっこないし」

ぽろぽろと聞こえる自分の声が足にまとわりいた。

朝と比べて確実に重くなった右足を、それでもとなんとか踏み出した。

それでも遅れることはできない。

自分を信じてくれた文香が待っているのだから。

「このパスタは捨ててしまいましょう。きっと誰も幸せにできませんから」

一人、自分だけに聞かせるつもりでこぼした言葉に応える声があった。

「そんなことはない!シャキっとせんかい!」

「巴さん!」

突然聞こえた友人の声に、ありすはびっくりして振り向いた。

「事情は聞いとる!車を回しとるから付いて来いや!」

「ありがとうございます、巴さん。これで文香さんに申し訳が立ちます。あと......できればごみ袋を下さい。これを捨ててしまいたいので」

「いや、その必要はない」

前にも言ったじゃろ、お前のそれは天才の仕事じゃ。

そうかっこよく告げてた巴にそのまま黒塗りの車に乗せられ、ありすは疾風の如く事務所に飛び込んだ。間に合った。

「プロデューサー、文香さん。約束のとおり、いま、帰って来ました」

車の中で巴に勇気づけられたありすは、そう大声でプロデューサーと文香さんむかって叫ぶつもりであったが、やはり自分の数少ない得意料理をプロデューサーに食べられる前、と

いうことで緊張してしまい、うまく声は出せなかった

「帰ってきたな、ありす。さあ、腹が減った。料理を食べさせてくれ」

プロデューサーは、私は嘘が付けない男であるぞ、と不遜に笑った。

ありすはパスタをプロデューサーに渡し、文香の元へ向かった。

ありすは眼に涙を浮べて言った。

「私を殴ってください。私は、途中で一度、ずるいことを考えました。文香さんがもし私を殴ってくれなければ、私は抱擁する資格さえありません」

 文香は、すべてを察した様子でうなずきながら優しく微笑んだ。

「......ありすさんこそ、私を叩いてください。......私もこの三時間、もしもありすちゃんが遅れて来れば、一緒にとときら学園に出られるのに、......ということを考えていました。......ありすちゃんが私を殴ってくださらなければ、私も抱擁ができません」

二人は静かに手を取り合い、そして見つめ合った。

二人の間に、それ以上の言葉も、抱擁さえもいりませんでした。

うしろから「まじか。バカうめえ」という声が響いた。

ありすが振り向くと、そこにはパスタを口に頬張るプロデューサーがいた。

ありすは、静かに赤面した。

おしまいです。
読んでくださった方、ありがとうございました。

乙と感想ありがとうございました。
この形式だと気軽に楽しく創作気分を味わえるので、またいつか他の文学作品でもやってみたいですね。

それではhtml化出してきます。

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