勇者「救いたければ手を汚せ」 (969)


ーー生きる目的は?

生きる目的なんかねえよ。

捨てられてからずっと、生きるのを目的に生きてきた。

大体そんなこと考えながら生きてたら、今頃土の中で眠ってた。

あ、誰も墓なんか建ててくれるわけねえか。

精々が鴉の餌、どっかで屍晒してただろうな。

でも、生きる目的か。

そんなこと訊かれたのは初めてだな。


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ーー自身の生き方に、罪の意識はありますか?

ない、とは言い切れねえな。

昔はなかったけど今はある。最近、俺に惚れた女が死んだんだ。

俺が悪党じゃなけりゃ、あいつは死ななかっただろうな。

でもさ、この生き方を選んだから、色んな奴等と出逢えたんだと思う。

俺が悪党じゃなけりゃ、あいつと出逢うことはなかっただろう。

俺がこの道を選ばなければ、大事な友達と出逢うこともなかった。

隊長さんや情報屋、酒場の店主、気の短いアホ魔女とも出逢うことはなかったはずだ。

だから、なんつーか……うん、生き方に後悔はしてねえかな。

ただ、あいつを死なせちまったことは今も後悔してる。あれは、俺の罪だ。

ったく、何で死んじまったんだろうな?

罰ってのは罪を犯した人間に下るもんだろ。普通……


ーーあなたは死を悼む心を持っている。
ーー命を奪う行為に、躊躇いはないのですか?

それはねえな、殺す時に躊躇うような奴を的にしたことはないから。

他人から奪って幸せになってるような奴だぜ?

だったら俺に何されたって文句ねえだろ? つーか言わせねえ。

誰かに恨まれんのを承知でやってるわけだから、そんくらい覚悟してるはすだ。

命を喰らって生きてる奴等は、色んな奴に恨まれて、いつか必ず殺される。

悪党には悪党が寄ってくるもんなんだよ。

早い内に痛い目見て、真っ当な生き方してりゃあ、俺に狙われることもなかったんだ。

まあ、殺されて喜ばれるような奴等なんだから、死んだ方が世のためだろ?


ーー自分の行いが正義だと?

どう考えても正義ではねえだろ。

盗み殺す相手が悪党だってだけの話だ。

俺だってそいつら同様、色んな奴等に恨まれてるだろうさ。

殺した相手が悪人だろうが善人だろうが、人殺しは人殺しだ。

厄介なのはあんたが言うような、自分を正当化して正義を語る悪人。

罪を罪だと認めない奴等だ。

義賊だなんだと抜かしちゃいるが、そんなもんは屑の言い訳だ。

自分は悪人ではない。

と、思ってる悪人ほど汚え奴はいねえ。

自分のことを疑いもせず、俺はまともだ、正義だと思い込んでんだ。

そういう奴が一番頭おかしいんだよ。あんたもそう思うだろ?


ーーええ、まあ…確かに……
ーー御自身のことはどう思っていますか?


俺か、俺は…何だろうな。

まあ、普通に考えて犯罪者じゃねえの?

強盗に殺人、他にも色々やってるからなぁ。やっぱり、どう考えたって極悪人だな。

西部で降霊術師を殺したのも、西部の為なんかじゃなくて、友達が狙われてたからだ。

盗んだ金をばらまいたりすんのは好評らしいが、元々は拾った奴等の金だ。

悪人が良いことすると、やたら持ち上げられて本当は良い奴みたいに言われるだろ?

俺はそんな感じなんじゃねえのかな。多分。

つーか、自分のことなんて考えたことねえから分かんねえよ。


ーーあなたは、不思議な人ですね。
ーー人々は、あなたを赤髪だと噂していますが…


ああ、赤髪だよ。

別に隠すつもりはなかったんだけどさ、表立って言うこともないだろ?

赤髪狩りで大半は死んだし、生きてんのは俺と巫女くらいじゃねえのかな。

南部じゃ悪魔扱いだ。まったく、宗教ってのは本当に怖いですよ。

我等が神に仇なす異端の者共、魔に仕えし者共よ。

主の世に生まれた出たことが罪であり、誕生の瞬間より裁かれるべき存在なのだ。

消えよ、穢れし者。主に仇なす前に、我等が末を与えてやろう。

こんなん唱えながら責めてくんだぜ? 狂ってんだろ、あいつ等…

まあ、生まれた瞬間から罪人だってのが事実なら、俺は最初から罪人だな。

まあ、神なんざ信じちゃいねえけどさ。


ーーそれは何故ですか? やはり憎い?


いやいや、この世にいない奴は憎めねえだろ。

だって、会ったことも話したこともねえんだぜ?

どっちかって言うと、神の為だとか言いながら人殺しまくった奴等を殺したい。

大体さ、そんなに好かれて崇められてる神様が、人間に人殺しを命じると思うか?

さあ、人間同士で殺し合いなさいってさ。

そんな神だったら、とてもじゃねえけど、俺は信じる気にならねえな。

あ、これは赤髪としてじゃなくて俺個人の考えだからな。


ーーでは、赤髪の一族としてはどうですか?


そこら辺は難しいな。

俺は王として育てられたんだけど、結局は捨てられちまったしさ。


ーー赤髪の王、ですか?


うん、俺が赤髪の王様。

預言で選ばれたっつーか、生まれる前から決まってたって話だ。

北部で同族に会ったけど、敵としてだった。

出来れば色々と話したかったけど、それは叶わなかったよ。

最後に和解出来たけど、結局、そいつら全員死んじまったよ。


ーー今後は何を?


さっき言った通り、一人だけ残ってんだ。

俺は、そいつを守らなきゃならない。

王なら民を守れとか何とか言われて、半ば押し付けられたようなもんだけどな。

けど、約束しちまったもんは仕方ねえ。

ガキの世話なんて出来るかどうか分かんねえ。

でも、お前なら出来るはずだなんて言われたら、やるしかねえだろ?

聖地は奪われ、故郷も焼かれた……

領土を奪われ、民は一人しかいなくなったが、民を守るのが王の役目だ。

赤髪には行くあても帰る場所もねえけど、守るべき民がいる。

つっても一人だけだけど、頼まれた以上、面倒を見ねえとな。

俺は、王様だからさ


勇者「盗賊はこれからどうするの?」

盗賊「そうだな……取り敢えず、こいつを連れて西部に行く。北部に居場所はねえからな」

巫女「…………」

魔女「本当にあんた一人で大丈夫なの? この子、まだ口も利けないのに……」

盗賊「心配すんな。向こうなら頼れる奴もいるし、何とかするさ」

魔女「(……何だか不安だけど、私に何が出来るわけでもない。口出しするのは止そう)」

勇者「……そっか、すぐ行くの?」

盗賊「ああ、もう行くよ。大して戦ってもねえのにやけに疲れた」

盗賊「……それに、少し考えてえんだ。勇者、お前はどうすんだ?」

勇者「怪我人を運んだりするの手伝って、その後で東部に帰ろうと思う」


勇者「僕も、少し考える時間が欲しい……」

盗賊「勇者、自分がやったことを疑うんじゃねえぞ」

勇者「えっ…」

盗賊「胸張れってことさ。でなけりゃ、お前を信じて信じて逝った奴等が浮かばれねえ」

盗賊「戦になれば人は死ぬ。皆が笑える結末なんざ、絶対に有り得ねえ」

盗賊「悲しむなとは言わねえ。ただ、罪人みてえな顔すんな」

勇者「……分かった」

バシッ!

勇者「いてっ」

盗賊「分かったんなら顔上げて背筋伸ばせ、勇者なんだろ?」

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◆4RMqv2eks3Tgの酉はどうしたの?
偽物か?


勇者「っ、うん!!」

盗賊「……お前は変わらねえな。他人を気に掛けて、傷を増やしてばっかりだ」

盗賊「なあ勇者、今更だけどさ……」

勇者「?」

盗賊「あの時、助けてくれて、ありがとな」

勇者「……お礼なんていいよ。僕の方こそありがとう。来てくれて助かった」

勇者「盗賊が元気で良かったよ、また会えて嬉しかったし」ウン

盗賊「そりゃ俺もさ。牢屋ん中だったけど、お前に会えて良かったよ」

魔女「うわっ、気持ち悪っ…」

盗賊「あっ、ごめんなさい。友達が一人もいない哀れな人間には分からない話でしたね」


魔女「………」イラッ

盗賊「あ、それよりさ、お前はこれからどうすんの?」

魔女「私? 私は他の魔術師達と協力しようかと思ってる」

勇者「組織化するってこと?」

魔女「うん、その方が良いと思うんだ」

魔女「個々で活動するのが危険だってことは、今回の件で思い知らされたからね」

魔女「医療術専門でやってる人には、そのまま医療に従事してもらって……」

魔女「集めるのは、私みたいに戦闘向きの魔術を習得してる人になるかな」

魔女「ま、そんなに簡単には集まらないだろうけど、やるだけやってみる」

魔女「幾ら東王の助けがあっても、軍を立て直すまで時間掛かるだろうし、私達魔術師が何とかしないとね」

勇者「(もう、そこまで考えてるのか。僕は、どうしよう……)」

盗賊「お前、見かけによらず色々考えてんだな。まあ、頑張りたまえ」


魔女「こいつ…」イラッ

盗賊「待て、火出すなよ」

魔女「ふんっ!」

ベチンッ

盗賊「いってえな! すぐ暴力振るうのやめろよ!!」

魔女「人が真面目に話したのに腹立つ言い方するからでしょ!!」

勇者「あははっ!」

魔女「……はぁ、まったくもう」


ーー勇者さーん!精霊さんが呼んでますよー!


勇者「今行きます!!」

勇者「ごめん、行かないと……盗賊、必ずまた会おう。気を付けてね」

盗賊「ああ、またな」

勇者「うん、またね」

タタタッ…

盗賊「……魔女、勇者のこと気に掛けてやってくれ」


魔女「何よ、急に…」

盗賊「あいつは優しい奴だ。人の痛みで泣くような、そういう奴だ」

盗賊「だから兵隊さんも勇者を信じた。なんつーか、傷を治せる奴なんだよ」

魔女「……それは、何となく分かる」

盗賊「巫女のことを勇者に預けようと考えたんだ。こういうのは、俺より勇者の方が向いてる」

盗賊「でも、それは出来ねえ」

魔女「何でさ? 悪くないと思うけど?」

盗賊「あいつは色んなもんを背負い過ぎてる。これ以上はキツいだろ?」

盗賊「体はでかくなったけど、まだ12のガキなんだぜ?」

盗賊「好きな女とも会えねえ、俺らと違って親は生きてるが、母ちゃんとも会ってねえんだ」

盗賊「生きてんのに会えねえんだ。死んでりゃ諦めもつくのにな……」


魔女「…………」

盗賊「だからさ、頼むわ」

魔女「……うん、分かったよ」

盗賊「ありがとな」

魔女「何かさ、友達っていうか兄弟みたいだよね。あんた達ってさ」

盗賊「兄弟か、そんな感じかもな……」

盗賊「あ~、いや、勇者は凄えと思うぜ? でも放っとけねーんだよ。分かるだろ?」

魔女「ふふっ…うん、まあね」

盗賊「牢屋ん中でさ、救いはあるかどうかって話したろ?」

魔女「あ、うん。そう言えばしたね、そんな話」

盗賊「あいつにはさ、他人を救うだけじゃなく、救われて欲しいんだ」


魔女「……そうだね」

盗賊「あ、勇者には言うなよ? 恥ずかしいから」

魔女「気持ち悪ッ!」

盗賊「うっせーな!お兄ちゃんは大変なんだよ!!」

魔女「はいはい、分かったよ」

魔女「勇者のことは任せて、とは言えないけど……ちゃんと見るから」

盗賊「……おう。そいじゃ、そろそろ行くわ。落ち着いたら、また三人で会おうぜ」


魔女「うん、またね」

盗賊「……あ、そうだ」

魔女「?」

盗賊「好きならガンガン行けよ? 王女からぶんどってやれ、手強いだろうけどな」

魔女「うっさい、早く行け馬鹿」

盗賊「おう、じゃあな」


ガララララ…


魔女「……まあ、好きかって聞かれたら、もう好きなんだろうけどさ」


タタタッ…


勇者「あれ、もう行っちゃった?」

魔女「うん、今さっき行ったとこ」


勇者「……盗賊、大丈夫かな」

魔女「あの子のことなら自分で何とかするって言ってたし、大丈夫じゃない?」

勇者「そうじゃなくて、盗賊自身のことだよ。何だか、悩んでるように見えたから……」

魔女「(凄いな、言わなくても分かるんだ。友達か、羨ましいな……)」

勇者「やっぱり赤髪のこと気にしてるのかな」

魔女「……私には分かんない。あいつ、自分のことは何も話さなかったから」

勇者「……そっか」

魔女「あいつが困ってたら、今度は私達が助ければいい。だから、その…何て言うか……」

魔女「友達って、そういうものなんでしょ?」


勇者「魔女…うん、そうだね。ありがとう」

魔女「あ、言っとくけど犯罪の手伝いはしないからね。あいつのやり方を認めたわけでもないし」

魔女「ただ、助けてくれたことに感謝してる。だから、借りは返すよ」

勇者「……まだ、盗賊のこと嫌い?」

魔女「好きとか嫌いとかじゃない」

魔女「私は、あいつの生き方を受け入れられない。どんな理由があったにしてもね……」

魔女「奪われた側として、認めるわけにはいかないんだよ」

勇者「……ごめん。意地悪な聞き方した」

魔女「別にいいよ。あいつと仲良くして欲しいんでしょ? あんた、本当に盗賊好きなんだね」

勇者「好きっていうか…」

勇者「盗賊は今まで一人で生きてきたから、一人に慣れてる。生きる力が強いんだと思う」


勇者「でも、一人は大変だろ?」

勇者「だから、何て言うか、盗賊にもっと友達が出来たらなぁと思って……」

魔女「(……哀れんでるわけじゃない、本当に心配してるんだ)」

魔女「(盗賊は盗賊で勇者のこと心配してるし。はぁ…お互い、少しは自分の心配しなさいよ)」

勇者「魔女? どうしたの?」

魔女「ううん、何でもない。あんた達、やっぱり似てるなと思ってさ」

勇者「?」

魔女「……ねえ勇者、あの子は大丈夫かな」

勇者「あの子なら大丈夫。だって、盗賊が何とかするって言ったんだから」


ガララララ…


盗賊「あ~、馬車苦手なんだよなぁ。やたら揺れるし……」チラッ


巫女「…………」

盗賊「(まだ俯いてやがる。親同然、家族同然の奴等が死んじまったんだ。仕方ねえか)」

盗賊「(精霊が言うには一時的なもんらしいが、話せねえってのはきついな。主に俺が)」

盗賊「(引き受けたのはいいが、こんなことしたことねえしなぁ……大丈夫か、俺)」

盗賊「……はぁ、王様になんてなるもんじゃねえな。こりゃあ、苦労しそうだぜ」


ガララララ…


盗賊「そろそろ日が暮れるな。馬を休ませねえと……おい、腹減ってねえか?」

巫女「……ぁ…」フルフル

盗賊「(なんも食わねえと胃が弱る)」

盗賊「(確か、果物すり潰して飲ませろとか言ってたな。林檎あるしやってみるか)」


シャリシャリ…

盗賊「ほれ、ちょっと飲んでみろ」スッ

巫女「…コク…コク……」

盗賊「無理して飲むなよ? 大丈夫か?」

巫女「…………」コクン

盗賊「まだあるから飲みたい時に飲め。あぁ、寒くなるから毛布被っとけ」

ファサ…

巫女「………」ギュッ

盗賊「よし、ちょっと馬に水飲ましてくるから待ってろ」

巫女「……ぁ…ぇ……」


盗賊「あ? なんだ?」

巫女「…………」クイッ

盗賊「一人は嫌だってか? 仕方ねえな、おぶってやるから掴まれ」

ギュッ…

盗賊「(軽いな。まだ、ほんの子供……)」

盗賊「(勇者よりも小せえガキだ。大人ぶってもガキはガキ、こうなって当たり前か)」

盗賊「(……弱え奴の気持ちなんて、考えたこともなかったな)」

盗賊「手塞がると馬引っ張れねえから、お前は馬に乗っとけ。よっ…」

トスン…

巫女「…………」

盗賊「うっし、行くぞ」グイ

ザッザッザッ…カカッ…カカッ…


>>>>>

同日深夜 荷馬車

盗賊「…スー…スー……」

巫女「…………………」


『使えないと思っていたが、案外役に立つものだな。巫女、貴様を拾っておいて良かった』

『貴様など道具にすぎん。使えぬのなら廃棄するまてだ』


巫女「…!! ハァッ…ハァッ…ハァッ…ぅぅ!!」

グイグイ…

盗賊「……ん? おい…大丈

巫女「…た……ぇ…て…」

盗賊「…っ…手ぇ寄越せ」グイッ

ギュッ…

巫女「……ぅっ…うぅ…グスッ…」

盗賊「泣くな。俺の目を見ろ、俺が見えるか?」


巫女「…グスッ…」コクン

盗賊「俺は此処にいる。だから泣くな」

巫女「…グスッ……ぅ…」

盗賊「お前が寝るまでこうしててやる。何処にも行かねえから、さっさと寝ろ」

巫女「…ぁい……」

盗賊「(まだ震えてる。何かに怯えてんのか? まるで分かんねえ)」

盗賊「(……勇者なら、上手くやるんだろうな。あいつ、花屋のガキとかに好かれてたし)」

盗賊「(第一、この俺にガキの世話なんて出来るわけねえんだよ……どうすりゃいいんだ?)」


巫女「…スー…スー…」

盗賊「……もう寝やがった」

盗賊「あんまり悩む必要ねえのかもな。くぁ…俺も寝るか」

盗賊「(明日の夕方頃には都に着く。着いたら酒場行って、空き家捜して…そんで…)」

盗賊「…スー…スー…スー……」

巫女「…スー…スー…スー…」


『皆、あれを見ろ!』

『こんな小さな子供まで……南王め、許せん』

『いや、まだ息がある!!』

『しっかりしろ、お前も逃げてきたのか?』

『……そうか、ならば我々と共に来い。最早、南部に我々の居場所はない』

『皆で生きよう。何としてでも……』


巫女「…スー…スー……」ツー


ガララララ…ガタンッ…

巫女「…ッ!!」ガバッ

盗賊「お、やっと起きたか。昨日の残りがあるから飲んどけ」

盗賊「あぁ、木箱の中に食い物もあるから、食いたくなったら食え」

巫女「…………」ドンッ

盗賊「あ? 何だよ?」

巫女「…ぁ…っ!!」

ドンドンッ!

盗賊「何だよ!うっせーな!」

巫女「…ぅぅ」

ドンドンッ!

盗賊「暴れんな!運転中なんだよ!」


巫女「…っ…ぅぁ」

ドンドンッ!!

盗賊「うるせえ!! 何なんだ!止めろってか!?」

巫女「…………」コクン

盗賊「ったく、しょうがねえな……」


ガララララ…ガガッ…ガガッ…


盗賊「おら、止めたぞ? で、何だ?」

巫女「…………」スッ

盗賊「茂みを指差して…あぁ、小

ガスッ!

盗賊「いってえ!?」


巫女「……………」グイグイ

盗賊「……俺も来いってか?」

巫女「…………」コクン

盗賊「はぁ…分かったよ」

ザッザッザッ…ピタッ…

巫女「…………」スッ

盗賊「此処で待て、見張れ」

巫女「…………」コクン

盗賊「分かったよ。ほら、さっさと行け、早くしろよ」


ガサガサ……


盗賊「(北部じゃ大人びた話し方してたが、中身はあんなもんか)」

盗賊「(しかし、一人で用も足せねえとは思わなかったな)」


盗賊「(いや、これも怯えからくるもんなのか?)」

盗賊「(一人でいることを異常に怖れてる節もある。赤髪狩り、孤独……)」

盗賊「(同族がいたから気が紛れていただけで、根っこに恐怖が染み付いてるのかもしれねえ)」

ガサガサ……

巫女「…………」クイッ

盗賊「(そういや勇者が言ってたな、将軍と黒衣は依存の関係だとか何とか……)」

盗賊「(精霊は、巫女はその傾向が強いと言ってたっけな。依存、依存か…俺には分かんねえな)」

巫女「…………」グイグイ

盗賊「あ? あぁ、終わったのか。さっさと戻ろうぜ」


ザッザッザッ…


盗賊「こっからは止まらねえからな、飯は勝手に食え」

巫女「…………」コクン

盗賊「うっし、行くぞ」バシッ

ガララララ…

巫女「…ンク…ンク…コクン……」モグモグ


…ポツッ…ポツッ……ザァァァ…

盗賊「ちっ、降ってきやがった。風も強え…囲い布の紐を結ばねえと……」

盗賊「おい! 雨風入ってこねえように紐結べ!」

巫女「……ッ…ンッ…」

スルスル…ギュッ!

盗賊「よし、閉めたな。着くまで毛布被っとけ!分かったら何か叩いて音鳴らせ!」

巫女「………………」キョロキョロ

巫女「……ぅぅ…ァ…!!」スッ


……ガンッ!ガンッ!ガンッ!


盗賊「うるせえな!」

盗賊「何度も鳴らすんじゃねえよ!! 一回鳴らせば聞こえんだよクソガキ!!」

ガンッ!

盗賊「うるせえって言ってんだろ!!」


ザァァァ…ゴロロ…カッ!

盗賊「荒れてきたな、急がねえと……」

ガンッ!ガンッ!

盗賊「何だよ!雷が怖えのか!?」

ガンッ!

盗賊「馬だって頑張ってんだよ!もうすぐ着くから!お前も我慢しろ!!」

ガサッ…

盗賊「おい!開けんな馬鹿!! 風が入って囲い布が…


ゴォゥゥ…バサバサッ! …ブチッ!


盗賊「飛んだじゃねえか!!」

巫女「…………」スッ

盗賊「おい、何する気だ。まさか馬に飛び移るんじゃねえだろうな、危ねえからやめ

巫女「…………」タンッ

ストン…

盗賊「……もう勝手にしろ。しっかり掴まれ、落ちんなよ」

巫女「…………」スッ

ガンッ!

盗賊「頷くだけで済むだろうが!うるせえから捨てろ!!」


ガララララ…ガガッ……

盗賊「……あ~、ようやく着いた」ポタポタ

巫女「…………」ポタポタ

盗賊「俺はこれから酒場に行く、着いてくるなら勝手にしろ」ザッ

巫女「……………」


トコトコ…ギィ…パタンッ……


店主「……盗賊か、久し振りだな」

盗賊「おう、準備中のとこ悪いな。早速で悪りぃけど頼みがある」


巫女「……………」

店主「……その娘は?」

盗賊「北部赤髪部隊の生き残りだ。同じ部隊の奴に頼まれた」

盗賊「部隊を率いてた将軍がやらかしたもんで、北部に落ち着ける場所はねえんだ……」

盗賊「だから暫くの間、西部に身を置こうと思ってる。状態の良い空き家があれば教えてくれ」

店主「目立たない場所の方がいいのか」

盗賊「うーん、そうだな…その方がいいかもしれねえ」

店主「なら、この近くにある。店から出て左対面の路地の抜けた先だ」

店主「三軒の空き家が並んでる右端、赤煉瓦の家だ。それなりに大きな家だ、すぐに分かる」

店主「あの界隈の空き家は、殆ど荒らされていないはずだ」

盗賊「へ~、じゃあ早速行ってみるわ。ありがとな」


店主「何かあれば、また来い」

盗賊「おう、助かるよ」

巫女「…………」

店主「……盗賊、途中に服屋がある。その娘に替えの服を買ってやれ」

盗賊「替えの服なら空き家ん中にあんだろ?」

店主「いや、あの家に住んでいたのは老夫婦だ。子供用の衣服があるとは思えん」

店主「それと、身を置くつもりなら、要らん騒ぎは起こすなよ」


盗賊「分かってる。今んとこ金はあるしな」

店主「……それと、これを持っていけ」

店主「雨に打たれて体が冷えてるはずだ。温めて飲ませてやれ」コトッ

盗賊「お、ありがとな」

盗賊「ガキの世話なんてしたことねえからさ、助かるよ」

店主「礼はいい」

店主「それより早く行って休んだ方が良い。お前、酷く疲れた顔をしているぞ」

盗賊「……ああ、そうするよ。じゃあ、またな」ザッ

ガチャッ…パタン……


>>>>>

同日夜 赤煉瓦の家

巫女「……スー…スー…」

盗賊「……寝たか。はぁ、やっと一息付けるな」

盗賊「(喋ることは出来ねえみてえだけど、動けないわけじゃねえ)」

盗賊「(発作みてなもんを起こす意外にも、行動がガキみてえだ)」

盗賊「(ガキには変わりねえんだけど、どうもおかしい……)」

盗賊「(これも一時的なもんなのか? それとも、どっか壊れちまったのか?)

盗賊「(元々がそうだったのか、将軍の一件でこうなっちまったのか、それも分からねえ)」


盗賊「(分からねえっつーか、こいつの元々を何一つ知らねえから判断出来ねえ)」

盗賊「(つーか、何で俺が悩まなきゃならねえんだ。ったく……)」

盗賊「(ふー、苛ついたってどうにもならねえ。明日になったら店主に相談してみるか)」

巫女「…スー…スー…」

盗賊「(誰かを救うなんて、俺に出来んのか?)」ギュッ

盗賊「(奪って殺して生きてきた奴が、治すとか与えるとか、そんなこと出来んのかな)」


盗賊「駄目だ、分かんねえ……」

前スレは作者以外の削除依頼で削除されてました。
新たに立てようかと思いましたが、まとまってからにしようと思って……

中々まとまらなくて期間が空きましたが、よろしくお願いします。

今日はここまでにします。
酉確認したので寝ます。

>>12 最初から付けておくべきでした。申し訳ない。


>>>>>

翌日夕方 闇酒場

盗賊「量は少ねえけど飯は食ってるし、今んとこ眠れてる」

盗賊「動きに支障はないみてえだけど、声が出ない」

盗賊「後は、そうだな……昨日、急に飛び起きて泣き出した。嫌な夢を見たらしい」

盗賊「それから、行動が幼い気がする。ガキって言えばそれまでだけど、ちょっと引っかかるんだよ」

盗賊「俺が分かるのは、こんなもんだ」

店主「確か、最も信頼していた人物に裏切られ、家族代わりの同族も姿を消した。だったな」

盗賊「ああ、そう聞いた」

店主「……おそらく、存在を否定するような言葉や行為が原因だ」

店主「何をされたか知らんが、心を砕くに十分なものだったんだろう」


盗賊「心……」

店主「異形種に襲われ、気が触れた奴を見たことはあるか?」

盗賊「……ああ、ある」

店主「あれと似たようなものだ」

店主「過度の恐怖を感じた場合、肉体の損傷がなくとも、心が壊れる」

店主「眠りが浅い、恐怖体験を繰り返し夢で見る。突然暴れ出す……」

店主「他にも声を失う、精神が幼い状態になるなど症状は様々だ」

店主「俺は医者ではないが、そういう奴は何人もみたことがある」

店主「それを紛らわせる為に酒に溺れ、自ら命を断った奴もいる」


盗賊「……巫女も、そいつと同じだと?」

店主「いや、俺が見た奴とは目が違う。あの娘の目には、まだ生きる力がある」

店主「重度の奴は誰が見ても分かる。力無く、だらりとして、上の空だ」

店主「あれになると治療は不可能だ。だが、あの娘は違う。治る見込みはあるはずだ」

店主「但し、薬もなく治療は困難だ。ふとしたきっかけで治る場合もあるが……」

巫女「……ンク…ンク…♪…」モグモグ

店主「あの状態が続く場合もある。確実な治療方は存在しない」

店主「あの娘が存在を否定されたというなら、それを取り除くしかない」


盗賊「……どうすりゃいい?」

店主「何があっても見捨てず、傍にいてやることだ。特別なことをする必要はない」

店主「妻子持ちが短期間で治癒した例がある。誰かが傍にいるというのが重要なようだ」

盗賊「なら、今のままでいいってことか?」

店主「否定的な言葉や行動、原因となった出来事を思い出させなければいい」

盗賊「……離れた席に座らせたのも、その為か」

店主「ああ、切っ掛けとなった出来事を思い出させない為だ」

盗賊「なる程な……話を聞く限りでは簡単、なのか?」

店主「単純だが難しい。治すには、お前自身の心が試されるだろう」

店主「見捨てた方が楽だと思えば、あの娘はそこで終わる」


店主「お前がどう向き合うか、どう接するか、それが重要になる」

盗賊「……向き合う、ね」

店主「あの娘が失ったものを、お前が見つけてやれ」

盗賊「全然簡単じゃねえな、形のないものなんて見つけられんのか?」

店主「人の心は、それだけ複雑なものだ」

盗賊「……詳しいんだな」

店主「こんな仕事だ。これまでに色んな奴を見て、色んな奴の人生を聞いた」

店主「誰もが、傷を抱えて生きてる」

盗賊「店主もか?」

店主「ああ、俺もだ。傷のない人間はいない」


盗賊「……そうだな」

店主「そろそろ店を開ける」

店主「客が来る前に帰った方がいい、あの娘が混乱するかもしれん」

盗賊「分かった。話し聞いてくれてありがとな? また勉強になった」

店主「……盗賊、あの家に本はあるか?」

盗賊「あった…かもな」

店主「なら、読み聞かせでもやってみたらどうだ? お前の退屈凌ぎにもなるだろう」

盗賊「王子と姫みたいなやつか?」

店主「出来れば綺麗な話の方が良いだろうな」

盗賊「……帰ったら探してみる。おい、帰るぞ」


巫女「………」トコトコ

盗賊「また来る。これ、受け取ってくれ」チャリ

店主「何だ、これだけか」

盗賊「こいつが治ったら財布ごとやるよ。それまでは分割払いでお願いします」ニコッ

店主「なら、さっさと治して貰わんと困るな」

盗賊「……これからも世話になる。じゃあ、またな」ザッ

巫女「………ぁ…ぅ…」ペコッ

店主「気を付けてな」

巫女「……っ…ぇ…」コクン


トコトコ…ガチャッ…パタン…


店主「………変わったな。暗闇から抜け出すか、盗賊よ」


同日夜 赤煉瓦の家

盗賊「……しかし、姫は王子が偽物であることを見抜きました」

盗賊「王子に成り済ましていた魔法使いは、姫を連れ去ってしまいます」

盗賊「報せを聞いた王子は、白馬に乗って、魔法使いの住み家に辿り着きました」

盗賊「王子は魔法使いを説得しようとしましたが、魔法使いは姫を離そうとはしません」

盗賊「……えーっと…」

巫女「…ぅぅ…」グイグイ

盗賊「今読むから、ちょっと待て」

盗賊「(ふざけんな、姫も王子も死ぬんじゃねえか。どうにかして幸せな結末にしねえと……)」


盗賊「……姫は一瞬の隙を突き、魔法使いの腕を振り解くと、王子に駆け寄りました」

盗賊「王子は姫を抱き寄せると見せ掛け、自慢の拳で、魔法使いを星の彼方に吹っ飛ばしました」

盗賊「王子と姫は結婚して、魔法使いは遠い星で幸せに暮らしましたとさ」

盗賊「おら、終わりだ」

巫女「……………」

盗賊「終わりだって言ってんだろ」

巫女「……………」ジッ

盗賊「何だよ、もう読まねえぞ」

巫女「…ぁ…っ!!」バシバシ

盗賊「いてえな! つーか、まだ読むのかよ!もう寝ろって!!」


バシバシ!

盗賊「分かった!読むから叩くな!! これで最後な!!」

盗賊「えーっと…毒林檎夫人? ふざけんな!こんなもん読めるかボケ!!」

巫女「……………」ニコニコ

盗賊「……楽しいのか?」

巫女「…ぁぅ…ぅ…」コクン

盗賊「あ、そう。でもこれ、確かに面白そうだな。主に表紙と題名が……」

盗賊「えーっと? 愛する夫を救うため、夫人は剣を携え、幻の毒林檎を探す旅に出ました」

盗賊「……なんじゃそりゃ」

巫女「…スー…スー……」トサッ

盗賊「何だ、寝ちまったのか。ん? 随分と分厚い本だな、何の本だ?」スッ

盗賊「……これ、花の図鑑か」

盗賊「こいつ、花が好きなのか。ふ~ん、見たことねえのが載ってんなぁ」


ペラッ…ペラッ…


盗賊「……!?」

盗賊「聖地に咲く、奇跡の花…?」


翌日早朝 赤煉瓦の家

盗賊「お前さ、花が好きなのか」

巫女「……ッ…ぁぃ……」コクコク

盗賊「この花、見たことあるか?」

巫女「…………」フルフル

盗賊「この花は、俺達の故郷に咲いてるらしい。今も咲いてるか分かんねえけどな」

盗賊「……俺が小せえ頃は、そこら中に花や草木があった。あの風景は今でも忘れられねえ」

盗賊「来る日も来る日も訓練で最悪だったけど、辺りの景色は好きだった」

盗賊「時々、あの場所に帰りたくなる……」


巫女「…………」カキカキ

盗賊「なに書いてんだ?」

巫女「…………」スッ

盗賊「花…お前、絵描くの上手いんだな。絵、好きなのか?」

巫女「…ぅ……」ニコニコ

盗賊「……そっか、なら沢山描け」

盗賊「でも、それだと書きにくいだろ。絵描き道具でも買うか?」

巫女「…!!…」コクコク

盗賊「じゃあ、後で買いに行くか。此処ら辺にはねえから時間掛かりそうだな……」

盗賊「くぁ…まだ早いし、もう少し寝ようぜ」


巫女「……ァー…ぁぅ…」グイグイ

盗賊「今から行く気かよ、気が早過ぎんだろ。まだ開いてねえよ」

盗賊「だから絵でも描いて暇潰し……書く…書く!?」

巫女「?」

盗賊「お前、字は!? 字書けるか!?」

巫女「…ァ…ぅぅ」フルフル

盗賊「そうか、良い案だと思ったんだけどな。書けないんじゃ仕方ねえな……」

巫女「……ぁぅ……」

盗賊「そんな顔すんな、責めてるわけじゃねえよ。書けねえなら、書けるようになればいいんだ」

盗賊「……俺が教えてやる。書き方の前に読み方教えた方が…まあ、どっちでもいいか」

盗賊「まずは紙に書いて……」カキカキ

巫女「……………」ジー

盗賊「よし出来た。いいか? まず、これがーーー」


数時間後

巫女「…………」カキカキ

巫女【はなはきれい】

盗賊「まあ、かなり汚えけど読める。続ければ綺麗に書けるようになるだろ」

盗賊「これで家の中なら会話出来るな。外に出る時も一応持ち歩いとけ」

巫女「…………」コクン

盗賊「あ~、何か疲れた。人に何か教えるってのは大変なんだな」

グイグイ…

盗賊「なんだ?」

巫女【かいもの】

盗賊「ああ、そういやそうだった。そろそろ良い時間だし行くか」

盗賊「高いやつは買わねえからな、あんまり期待すんなよ?」

巫女「…………」コクコク

盗賊「よし、じゃあ行くか」

トコトコ…ガチャッ…パタン…


盗賊「取り敢えず、店が並んでるとこに行ってみるか」

巫女「…………」コクン

盗賊「じゃあ、一旦向こうの通りに…」


タタタッ…ドンッ…ドタッ…


盗賊「いてっ、何だぁ?」クルッ

ーーご、ごめんなさい! 痛ッ…

盗賊「脚捻ったのか。ほら、掴まれ」スッ

ーーあ、ありがとうございます。

盗賊「歩けるか?」

ーーはい、大丈夫です。すみませんでした……


盗賊「あ、ちょっと待った」


ーーは、はい?


盗賊「あんた、絵描き道具売ってるとこ知ってるか?」

盗賊「画家が使うような本格的なもんじゃなくていいんだ。鉛筆と大きめの紙さえあればいい」


ーーえーっと、文具屋さんなら向こうにありましたよ?
ーー反対側の通りに出て、左に進むと帽子屋さんがあります。その向かい側です。


盗賊「危うく逆側に行くとこだった。教えてくれて助かったよ、ありがとな」

盗賊「その花……あんた、墓参りに来たのか?」


ーーえっ…はい、これから行くところです。


盗賊「……そっか、引き留めて悪かった。気を付けてな」

ーーは、はぁ、ありがとうございます。


トコトコ…


盗賊「……………」

巫女「?」クイッ

盗賊「あ、いや…何でもねえ。さて、道も分かったし行くか」


トコトコ……


店員「いらっしゃいませ!」

盗賊「結構デカい店だな。へ~、画家が使う絵具まで置いてんのか」

盗賊「折角来たんだし見て回るか?」

巫女「……!!…」コクコク

盗賊「はしゃいでんなぁ、言っとくけど買うのは鉛筆と画用紙だけだ。見るだけだぞ」


トコトコ…

巫女「…………」ジー

盗賊「元素で微細な変化が可能、あなたの色はあなたが決める……」

盗賊「凄え値段だな。魔術師の使う絵具か、魔術師にも画家がいんのか」

巫女「…………」スッ

盗賊「あ、それも高いな。そんなもん買う奴の気が知れねえな」

盗賊「ん? 向こうに絵画が飾ってあるな。見に行こうぜ」

トコトコ…

巫女「…………」カキカキ

盗賊「どうした? 行かねえのか?」

巫女「…………」スッ


巫女【たのしい】

盗賊「…!! そうか、そりゃ良かったな」

巫女【とうぞくもたのしい】

盗賊「ん~、あんまり興味無かったけど……まあ、悪くねえな」

盗賊「ほら、さっさと来い。はぐれたら面倒だ」


トコトコ…


巫女「………」

盗賊「裸婦か、何で脱ぐのか分かんねえな。服着てても綺麗なのに」

巫女「………」クイッ

盗賊「こっちは絵を描いてる男か……」

盗賊「じゃあ、絵を描いてる男を見ながら、絵を描いた男がいるわけだ」


巫女「…ぁ…っ……」プルプル

盗賊「絵を描いてる男は、何の為に絵を描いてんだろうな……」

盗賊「絵を描いてる男の絵を描きたいので、絵を描いて下さい…って言われて描いてんのか?」

盗賊「絵を描いてる男の絵…の中の絵は、どうなったんだろうな」

巫女「……っ…っ!!」プルプル

盗賊「何笑ってんだよ。人が真面目に考察してんのに……」

盗賊「ほら見ろよ? 小せえけど、この男の絵も中々のもんだぜ? 完成間近だな」ウン

巫女「~~!!」プルプル

バシバシッ!

盗賊「はははっ、悪りぃ悪りぃ。だって面白えだろ?」


巫女「……ハァ…ハァ…」

盗賊「良く見ると、ちょっと悲しげな顔してんだよな。もしかして、無理矢理描かされてんのか?」

巫女「…ンッ…フッ…フフッ…」カキカキ

巫女【やめて】

盗賊「分かった分かった。もう言わねえから睨むなよ」

巫女「…………」グゥー

盗賊「そろそろ買って帰るか、どっかで飯食っていこうぜ。それから…」

巫女「?」

盗賊「……今度は画廊にでも行ってみるか?」


巫女「…ぁぅ…」コクコク

盗賊「んじゃ、鉛筆と画用紙探して会計するか」


トコトコ……


店員「お値段は此方になります」

盗賊「じゃあ、これで」チャリ

店員「はい。此方お返しになります。ありがとうございました」ペコッ

盗賊「ま、こんだけ買えば飽きるほど描けるだろ。買うもん買ったし帰ろうぜ?」

巫女【ありがとう】

盗賊「……礼なんていいんだよ。ほら、行くぞ」

トコトコ…ガチャ…パタンッ…


盗賊「?」

ザワザワザワ…

盗賊「(何だ、あの人集り……)」


巫女「…ぁ…ぅぅ…」グイグイ

盗賊「安心しろ、ただの野次馬連中だ。怖がることはねえよ」


ーー路地裏で男が殺されたらしい。
ーー今話題の、女を買う野郎を狙った殺人鬼か?

ーーああ、そうらしい。
ーー俺達には関係ないが殺され方が、なぁ?

ーーあぁ、想像するだけで縮み上がるよ。
ーー他の街から移ってきた娼婦って話だ……

ーーいや、未だに捕まらないから亡霊じゃないかって噂もある。
ーー馬鹿、そんなわけないだろ。


盗賊「……………」

巫女「?」

盗賊「飯食って帰るか」

巫女「………」コクン


トコトコ…


盗賊「(娼婦絡みの殺人か、こんな真っ昼間から殺すなんてのは普通じゃねえ)」

盗賊「(余程の恨みがあったのか、女を取られた男の仕業か……まあ、関係ねえな)」


同日夜 赤煉瓦の家

巫女「……♪…」カキカキ

盗賊「(一緒に過ごし始めて4日か、少しだけ表情が柔らかくなってきたな)」

盗賊「(声が出ないのは変わらねえが、昨日の夜は魘されて起きることもなかった)」

盗賊「(……治ったら、どうすっかな。いつまでも此処で暮らすわけにもいかねえ)」

盗賊「(まあでも、一緒に暮らすってのは案外悪くねえかもな。退屈しねえし)」

盗賊「(家、帰る場所、故郷……そんなもん、とっくに諦めてたはずなんだけどな)」

巫女「…ァぃ…ァぅ…」

盗賊「お、完成したのか。帰ってからずっと描いてたもんな」


盗賊「何描いたんだ?」

巫女【むかしのけしきをかいた】

盗賊「へ~、そりゃ楽しみだな。見せてくれよ」

巫女「…ぇ…ゅ…」スッ

盗賊「……………」

巫女【じょうず】

盗賊「あ、あぁ、上手い。想像以上だったんで、驚いてなんも言えなかった」

盗賊「にしても凄えな、鉛筆でここまで描けるもんなのか……」

盗賊「ここら辺は、指で擦ったのか?」

巫女【かぜがふいてるから】

盗賊「はぁ~、なるほどなぁ…これ見てると、何か懐かしい気分になるな」


巫女【あげる】

盗賊「……ありがとな。また何か書いたら見せてくれ」

巫女「……ぁぅ」ニコッ

盗賊「(救われてるのは、俺の方だ)」

盗賊「(救おうだの治すだの……俺は巫女のことを病人としてしか見てなかったのか)」

盗賊「なあ、俺はお前に


ドンドンッ!

ーー盗賊さん!いますか!?盗賊さん!!


盗賊「この声、酒場の奴か…すぐ戻る」ザッ

ドンドンッ!

盗賊「うるせえ!今開けるから待ってろ!」カチッ


ガチャッ…

盗賊「何だよ、この場所を誰から


ーーオヤジが!酒場のオヤジが刺されたんです!
ーー俺達が店に入った時には、もう血塗れで……


盗賊「なッ!!?」

盗賊「今から行く!医者は呼んだのか!?」


ーーはい!他の奴が呼びに行きました!!
ーーそろそろ来ると思います!


盗賊「よし、お前等は先に戻ってろ。すぐに行く」


ーーわ、分かりました!
ーー畜生、一体誰があんなことを……



盗賊「……ふざけやがって」


グイグイ…

盗賊「巫女……」

巫女【わたしも】

盗賊「ッ、駄目だ、お前は家で待ってろ」

巫女「…ぁ…ぅぅ!」グイグイ

盗賊「……………」ガチッ

巫女「?」

盗賊「この腕輪は、俺が手にした中で一番綺麗な宝……この世に一つしかねえ」

盗賊「失ったら二度と手に入らない。巫女、手ぇ出せ」

巫女「…………」スッ

カチッ…

盗賊「……これを、お前に預ける」

盗賊「必ず取りに戻る。だから、この腕輪を守っててくれねえか?」

巫女「………ぅ…」コクン

盗賊「ありがとな、我慢してくれて……すぐ戻るから、絵描いて待ってろ」


巫女「…………」カキカキ

盗賊「ん、なんだ?」

巫女【いってらっしゃい】

盗賊「!!」

盗賊「……おう、行ってくる」ザッ


ガチャ…パタンッ…


巫女「……………」ポツン

……シーン……

巫女「…ぁぅ…ぅぅ…グスッ…」

チャリッ

巫女「…?…ぁっ…グスッ…」ギュゥッ

『俺は此処にいる。だから泣くな』

巫女「……ぅぃ……」グシグシ


ザワザワザワ…

盗賊「…………」ザッ


ーー何があったんだ?

ーー酒場の店主が刺されたんだってよ。
ーーまたかよ、昼間にも一人殺されたんだろ?

ーー近頃噂になってる殺人鬼か?
ーーかもな、裏で売春斡旋でもしてたんじゃないか?


盗賊「うるせえ!さっさと退けッ!殺されてえか!!」


ビクッ! ドヨドヨ…


盗賊「…………」ザッ


コツ…コツ…コツ…ギィ…パタンッ…


店主「…ゲホッ…盗賊…か?」

盗賊「ああ、俺だ……」

治癒師「お話中に申し訳ない。ご家族の方ですか?」


盗賊「……ああ、息子だ」

治癒師「出血は治まりましたが、此処ではこれ以上の治療を出来ません」

治癒師「これから馬車に乗って病院に運びますので、あなたも同乗して下さい」

盗賊「あぁ、分かった。お前等、店の前にいる奴等を下がらせてくれ」


ーーはいッ!!
ーーお前等も手伝え!行くぞ!

ーー店主のあんな顔、初めて見たぜ……
ーーああ、この前なんて盗賊さんが来たって嬉しそうに笑ってた……

ーー酷い、誰があんなこと…
ーー私達の居場所、なくなっちゃうのかな


盗賊「…………」ググッ

治癒師「皆さんも少し離れて。息子さんは、そちら側を持って下さい」


店主「……済まな…い…な…」

盗賊「いいんだ。目を閉じて楽にしてろ」ニコッ

店主「……………」スゥ

治癒師「さあ、行きましょう」

盗賊「悪りぃ、誰か扉を開けてくれねえか」


ーーう、うん。
ーー盗賊、店主のこと頼むよ。


盗賊「……ああ、任しとけ」


ザッザッザッ…


ーー盗賊ちゃん、泣いてたね…
ーーうん、無理して笑わなくたっていいのに……

ーー私らにも、何か出来ることないのかな。
ーー何かって、仲間張らせて犯人捕まえるとか?

ーーやめときなよ、仲間が殺されたら責任取れるわけ?


ーーあの人、前に殺された子の…
ーーやめな、この酒場であの子の話題は禁句だよ。

ーー皆、取り敢えず出よ?
ーーうん、そうだね……


ガラララ…


盗賊「なあ、親父はどうなる」

治癒師「……後遺症、麻痺が残る可能性が高いでしょう」

盗賊「……そうか、はっきり言ってくれてありがとよ」

治癒師「いえ、いずれは言わなければならないことですから……」

盗賊「命に問題はねえんだな?」

治癒師「今はまだ何とも言えません」

治癒師「容態が安定したとしても、数ヶ月は入院してもらわないと……」


盗賊「……そうか」

店主「………………」


ガラララ…ガガッ…ガガッ…


治癒師「これから中へ移します」

治癒師「治癒術による治療を行いますので、待合室でお待ち下さい」

盗賊「……ああ、分かった」

治癒師「では、そこの台に……1、2、3!」

トサッ…

店主「………………」

カラカラ…

盗賊「(服には幾つもの細かい穴があった)」

盗賊「(おそらく普通の刃物じゃねえ。多分、錐みてえなやつで何度も……)」

盗賊「(いや、んなことはどうでもいい。今は店主が目を覚ますのを待とう)」

盗賊「(……巫女、悪い。家に帰るのは少し遅れそうだ……)」

今日はここまで、また明日

レスありがとうございます。寝ます。


>>>>>

同日深夜 医療所

店主「……………」

治癒師「施術は終わりましたが、まだ予断を許さない状態です」

治癒師「おそらく数日の間は、意識が戻らないかと思われます」

盗賊「寝台の下……床にあるのは何だ?」

治癒師「これは治癒術の陣です」

治癒師「これがあれば、常時治癒させることが出来ます」

治癒師「主に重篤な患者にのみ使うものです」

治癒師「彼の場合、失血量が多かったので供給の陣を使用しています」


盗賊「……俺にも魔術が使えりゃあなぁ」

治癒師「魔術が使えなくとも、ご家族が傍にいれば力になります」

盗賊「はぁ? 意識がねえんだぞ」

治癒師「意識はなくとも、感じるものです。一人の力など、たかが知れている」

治癒師「人は人を感じて生きる。意識はなくとも、息子さんの存在が力になる」

盗賊「……そういうもんなのか?」

治癒師「ええ、そういうものですよ」

盗賊「(傍にいるだけで力になる、か。店主も似たようなこと言ってたな……)」


治癒師「ところで、他のご家族は?」

盗賊「……妹がいる。現場を見せるわけにはいかねえから、家に置いてきた」

盗賊「人一倍怖がりな奴なんだ。一人で眠れてるかどうか……」

治癒師「ふむ…でしたら一度戻って、頼れる方に預けてみてはどうです?」

盗賊「それは、出来ねえ。他に頼れる奴はいないんだ……」

盗賊「迷惑は掛けない。だから、此処に居させてくれないか」

治癒師「いや、それは……」

盗賊「…っ…どうか、お願いします。助けて下さい」

治癒師「……分かりました」

盗賊「!!」

治癒師「早く行ってあげなさい。きっと、心配して待っているでしょうから」


盗賊「……ありがとうございます」ザッ

ガチャ…パタンッ……

盗賊「…………」


『どうか、お願いします。助けて下さい』


盗賊「(あれは、俺が言ったのか。死に際の奴が何度も言うような、命乞いを……)」

盗賊「(助けてくれる奴なんていなかった。助けたいと思う相手も……)」

盗賊「(失う物も守るものも、俺には何一つなかたったはずなのに……)」

盗賊「(知らねえうちに、気付かぬうちに、一人じゃなくなってたんだな)」

盗賊「(……なあ勇者、守りたい奴がいるってのは、こんな気分なのか?)」

盗賊「(お前はずっと、こんな気持ちで戦ってきたのか?)」

ザッザッザッ…


盗賊「巫女のやつ、一人で眠れてっかな」スッ

ガチャ…

巫女「!!」ピクッ

盗賊「……静かだな、寝てんのか?」

タタタッ!

盗賊「!!?」


ヒュッ…ドゴッッ!


盗賊「がッ…お前、突っ込んで来んな。つーか、やっぱり起きてたのか」

巫女「…ぅぅ…グスッ…」ギュッ

盗賊「……遅くなって悪かったな。早速で悪りぃけど医療所に行くぞ」


巫女「?」

盗賊「酒場の店主が倒れたんだ。目を覚ますまで傍にいようと思う」

盗賊「だから、お前も来い。一人にして悪かったな」

巫女「………」コクン

盗賊「医療所まではおぶって行く。絵描き道具と毛布持って来い、外は冷える」

巫女「……ぁぃ」トコトコ

盗賊「(店主、死ぬなよ。俺はまだ、あんたに何も返してねえんだ)」

巫女「…ン-…」グイグイ

盗賊「準備出来たか。ほら、来い」スッ

ギュッ…

盗賊「うっし、行くぞ」ザッ

ガチャ…パタンッ……


>>>>>>

店主「……ん…此処は…」

盗賊・巫女「…スー…スー…」

ガチャ…

治癒師「……目が覚めましたか。五日も眠っていたんですよ」

店主「……………」

治癒師「どうしました?どこか痛みますか?」

店主「……痛みはない。それより、もう少し眺めていたい」

盗賊・巫女「……スー…スー…」

治癒師「……ふふっ、本当に仲の良いご兄妹ですね。親思いの、良いお子さんだ」

治癒師「二人共、ずっとあなたの傍にいたんですよ?」


店主「そうなのか」

治癒師「ええ、容態が安定しても、目を覚ますまでは離れないと言ってね」

治癒師「……では、後でまた来ます」

店主「ああ、すまんな」

治癒師「良いお子さんを持ちましたね。私には子供がいないので羨ましいです……」

治癒師「いや、失礼。ではまた……」


パタンッ…


店主「…………」

盗賊・巫女「……スー…スー…」

店主「………?」

カサッカサッ…

店主「ん、何だ……」チラッ

店主「これは、俺か……あの娘が描いたのか、上手いものだな……」


>>>>>

盗賊「……動けない?」

治癒師「補助があれば立ち上がることは出来ますが、自分の力で動くのは困難です」

治癒師「どの程度の段階であるのか。それは、これからの経過を見なければ分かりません」

盗賊「治癒術で治すことは出来ないのか?」

治癒師「……治癒術と言っても限界があります」

治癒師「あの状態を完全に治癒するには、高度な魔力操作と元素調整が必要なんです」

治癒師「こんなことは言いたくありませんが、腕利きの医療術師でも、完全に治すのは不可能でしょう」

盗賊「……千切れた腕や腕を一瞬で治すような魔術師がいたら、親父を治せるか?」

治癒師「そんな馬鹿な……骨折を治すだけでも相応の時間が掛かるんですよ?」


治癒師「進歩したとは言え、魔術は万能ではない」

治癒師「まして欠損部位を接合するなんて至難の……いえ、神業と言っていい」

盗賊「いや、接合じゃない。欠損部位の再生だ」

治癒師「……目を背けたくなる気持ちは分かりますが、冷静に考えて下さい」

治癒師「そんなことは、不可能です」

盗賊「答えてくれ。そんな魔術師がいれば治せるのか」

治癒師「……もし、そんな魔術師が存在するなら、可能かもしれません」

盗賊「そうか、変なこと聞いて悪かったな。今の質問は忘れてくれ」

治癒師「……かなり混乱しているようですが、大丈夫ですか?」

盗賊「悪い、ちょっと外に出て頭冷やしてくる。親父と妹を頼む……」


治癒師「……分かりました」

治癒師「早めに戻って下さい。妹さんが心配しますから」

盗賊「……ああ、分かってる」ザッ


ザッザッザッ…


盗賊「(仮にいたら、か。精霊なら一瞬で治せるんだろうが……)」

盗賊「(魔女の師匠…魔導師の体は既に手放してる。今の精霊に魔術は使えねえ)」

盗賊「(くそっ、どうすりゃいい……)」

トントン…

盗賊「あ?」

ーー盗賊、久しぶりだね。ちょっと話さない?


盗賊「……あの時以来だな」

盗賊「お前、何か雰囲気変わってねえか? 今は何やってんだ?」

娼館主「今は娼館の主、貯めてたお金で建物買って改装して……今のところ上手くやってるよ」

盗賊「凄えな、まだ若えのに一国の主か」

娼館主「ふふっ、そんなんじゃないよ。それに、私一人じゃ到底無理だった」

娼館主「あの子と二人でこつこつ貯めたんだ。二人の夢だったから……」

盗賊「夢?」

娼館主「そ。昔、仲間が殺されちゃってさ。その時に決めたんだ」

娼館主「あんなことが二度と起きないように、安全に稼げる場所を作ろうってね」


盗賊「……そっか」

盗賊「あいつも、きっと喜んでる」

娼館主「ふふっ、だといいけど」

盗賊「…………」

娼館主「…………」

盗賊「……医者がさ」

娼館主「…うん」

盗賊「もう、動けねえかもしれねえってさ。医療術でも、治すのは無理だってよ」


娼館主「……そう、なんだ…」

盗賊「犯人、まだ捕まってねえのか?」

娼館主「それ聞いて何する気」

盗賊「何もしねえさ。ただ、聞いてみただけだ」

娼館主「……今は、店主の傍にいてあげなよ」

娼館主「あんたが消えてから、ずっと寂しそうにしてたんだから」

盗賊「……そろそろ戻るわ。お前と話せて良かったよ」ザッ

娼館主「…っ…何かあったら言って!私に出来ることならするから!!」

盗賊「おう、ありがとな」ヒラヒラ

ザッザッザッ…


>>>>>

店主「帰れ」

盗賊「あ? 何だよ、それ」

店主「此処へは、もう来るな。行け」

盗賊「ッ!何でだよ!!」

店主「一時の感情に振り回されるな。大体、お前に何が出来る」

店主「盗賊、お前はその娘を治すんだろう。俺に構うな」

盗賊「……あんたのことも、治してみせる」

店主「思い上がるな。お前には何も出来ない」

店主「俺の体のことは、俺が一番良く分かる。俺の体は、死んだも同然だ」

店主「もう、お前と話すことはない。その娘を連れて帰れ」


盗賊「ッ!! 巫女、行くぞ」ザッ

ガチャ…パタンッ…

巫女「………」

店主「どうした。お前も早く行け」

巫女【きらいなの】

店主「……あいつは、手の掛かる奴でな。こうでも言わないと断ち切れないだろう」

店主「何者にも縛られぬ自由を、あの翼を奪いたくはない」

店主「出来れば、もっと見ていたかったがな……」

巫女「…………」

店主「お前も、生きたいように生きろ。さあ、行け」

巫女「………ぇぅ…」コクン


トコトコ……ガチャ…パタン…


店主「…………………」

短いけど今日はここまで


>>>>>

同日昼 赤煉瓦の家

巫女「…スー…スー…」

盗賊「(お前には何も出来ねえ、か)」

盗賊「(確かにその通りだ。治すにしたって、治す術がねえ。どん詰まりだ)」

盗賊「(もう来るな?話すことはない?)」

盗賊「(さっさと切り捨てて、すっぱり忘れて、何も残さず都を去れってか?)」

盗賊「(ふざけんな。今更そんなこと出来るかよ……?)」

カサッ…

盗賊「(あぁ、図鑑で見た花の絵か。確か、聖地に咲く奇跡の花だっけ……)」

盗賊「(こんな花、見たことねえんだよな。何処に咲いてんだ?)」


ペラッ…ペラッ…

盗賊「(南部の自然豊かな土地に住む蛮族、赤髪の一族……なんか腹立つな、この図鑑)」

盗賊「(彼等は神の存在を信じてはおらず、大自然の意志と呼ばれるものを信仰している)」

盗賊「(それが集うとされる霊峰があり、その頂上にのみ咲いている)」

盗賊「(……真偽は定かではないが、霊薬として扱われたという逸話がある)」

盗賊「(赤髪族の人権を主張し、加勢した東部の若い兵士が、これを煮込んだものを服用……)」

盗賊「(その兵士は瀕死の状態から回復し、数日で完治したと伝えられている)」

盗賊「……霊薬」


ペラッ…


盗賊「(しかし、この花の成長は非常に遅く、40~50年掛かると言われており……)」

盗賊「(登頂が困難な上、周囲の元素濃度は非常に薄い為、魔術の使用も困難である)」

盗賊「(その為、幻の花とも呼ばれている。おそらく、先百年は見ることは叶わないだろう)」


パタンッ…

盗賊「(かなり胡散臭えけど、こんなもんにでも縋りたくなっちまうな……)」

盗賊「(いや、胡散臭かろうが何だろうが、可能性があるなら行ってみる価値はあるはずだ)」

巫女「……ンゥ…?」ムクッ

盗賊「どうした? 疲れてんだろ、まだ寝てていいぞ?」

巫女「…………」カキカキ

盗賊「?」

巫女【へんなゆめをみた】

盗賊「また怖い夢か?」

巫女【ちがう】

巫女【とうぞくが はなをさがすゆめ】


盗賊「!!?」

盗賊「……巫女、俺は花を見つけられたのか?」

巫女【わからない】

盗賊「(そういや、巫女の婆ちゃんには未来を見る力があったと隊長の部下が話してたな)」

盗賊「(巫女は力を否定したらしいが、同じ力かあるのか? ただの偶然か?)」

盗賊「(いや、それは今関係ねえな。どの道、俺は行くつもりだったんだ)」

盗賊「……巫女、話がある」

巫女「?」

盗賊「店主を治す方法が見つかったんだ。もしかしたら、治せるかもしれねえ」


盗賊「この図鑑に載ってたやつだ」

盗賊「前に話した聖地に咲く花……俺は、これを探しに行こうと思う」

盗賊「この花は山の頂上にある。お前を連れてくわけには行けない」

盗賊「……だから、待っててくれねえか?」

巫女「…………」カキカキ

巫女【まってる がまん】

巫女【わたしも あのひとを なおしてあげたいとおもった】

盗賊「!!」

盗賊「……そうか、ありがとな。その腕輪は、もう暫くお前に預けとく。必ず戻るから」

巫女「……ぁぃ…」コクン

盗賊「一人だけ頼れる奴がいるんだ。今から、そいつの所に行こう」


>>>>>

娼館主「……事情は分かったよ」

娼館主「あんたが帰ってくるまで、この子の面倒は私が見る」

盗賊「ありがとう。巫女のこと、よろしく頼む」

娼館主「……盗賊、あんた変わったね」

盗賊「変わった? 俺が?」

娼館主「そう、あんたが」

娼館主「何て言うか、初めて会った時より表情が優しくなった」

娼館主「前はどんな顔も作ってるみたいだったけど、今は素の顔なんだなって感じるよ」

娼館主「きっと、元々が優しく出来てるんだね。温かい奴なんだよ、あんたは」

娼館主「でなきゃ、あの子が惚れるわけない」


盗賊「……そうかい」

娼館主「ふふっ、照れてんの?」

盗賊「うっせえな、褒められるのに慣れてねえんだよ。それより、店は休みなのか?」

娼館主「これから行くって時に悪いけど、一昨日の夜、うちの常連客がやられた……」

娼館主「きっと例の殺人鬼だと思う。だから、今は臨時休業中なんだ」

娼館主「まあ、見廻りの兵士も増えてるから、近いうち捕まるとは思うんだけど…正直不安だよ」

盗賊「…………」

娼館主「ちょっと、変な気起こすんじゃないよ? あんたは店主を治すんだ」

娼館主「犯人捜しは兵隊さんに任せて、今すべきことをやればいいの」

盗賊「……分かってるさ。巫女、行ってくる」


巫女「…………」カキカキ

巫女【さびしい がまんする まってる】

盗賊「おう、待ってろ。すぐに見つけて帰ってくるからよ」

ギュッ…

盗賊「大丈夫だって、前もちゃんと帰って来ただろ?」

巫女「と…ぞく…」

盗賊「!!?」

巫女「とう…ぞく…いってらっしゃい」ニコッ

盗賊「……ああ、行ってくる」ニコッ

ザッザッザッ…


娼館主「……行っちゃったね」

娼館主「どうしよっか? あ、そうだ。ご飯でも食べに行く?」

巫女「…………」カキカキ

娼館主「(……やっぱり、まだ普通に話すのは難しいか)」

巫女【おじさん おみまい】

娼館主「ふふっ、分かった。じゃあ、行こっか」

巫女「………」コクン

娼館主「(店主、あんたは諦めたみたいだけど、盗賊とこの子は諦めちゃいないみたいだよ?)」


>>>>>>

同日夕方 医療所

店主「盗賊はどうした」

店主「何故、お前がその娘と一緒にいる」

娼館主「怖い顔して睨まないでよ。盗賊に頼まれたんだ」

店主「娘の傍にいろと言ったんだがな。あいつは何処にいる」

娼館主「盗賊は花を摘みに

店主「ふざけているのか、真面目に答えろ」

娼館主「ふざけちゃいないよ。その花なら、店主を治せるかもしれないんだ」

娼館主「きっと、縋るような気持ちで探しに行ったんだと思う」

店主「……俺には構うなと、そう言ったはずなんだがな……馬鹿な奴だ」


巫女「ひ…とりは…さびしい…から……」

巫女「とうぞく…がんばるから…だから…おじさんも…」

店主「お前、声が……」

娼館主「そろそろ受け入れてあげたら? この子だって心配してる」

娼館主「……私には何も出来ないけどさ、この子の想いくらいは受け取ってよ」

店主「……………」

娼館主「……また来るよ。さ、そろそろ帰ろう?おじさん、疲れてるみたいだから」

巫女「…………」コクン


ガチャ…パタンッ……


店主「……もう、充分なほどに受け取った。だから、もう来るなと言ったんだ」


>>>>>

巫女「………♪…」カキカキ

娼館主「(盗賊が南部へ向かって三日……今のところは大丈夫だけど……)」

娼館主「(夜になると不安な顔をして、いつ帰ってくるか何度も何度も聞いて、それから眠る)」

娼館主「(はぁ…なんか都の空気がピリピリしてるし、人も出歩かなくなったし……)」

娼館主「(更に増員したって話だけど、殺人鬼は未だ捕まってない)」

娼館主「……何だか、嫌な予感がする」ポツリ

巫女「………」クイクイ

娼館主「んっ?どうしたの?」

巫女「……これ、あげる」スッ

娼館主「私のこと描いてくれたの!? ありがとうっ!」


ギューッ…

巫女「……あったかい」ギュッ

娼館主「盗賊が帰ってきて店主も治ったら、皆でご飯食べようね」

巫女「……うんっ」ニコッ

娼館主「じゃっ、そろそろ時間だし、お見舞い行こうか」

巫女「……とうぞく、だいじょうぶかな?」

娼館主「大丈夫、あいつは絶対に帰ってくる」

娼館主「盗賊を笑顔で出迎えてあげれるように、しっかりご飯食べないとダメだよ?」

巫女「……うん」

娼館主「(盗賊、あんまり長くは保ちそうにない。あんたがいないと、この子は……)」




盗賊「……ハァッ…ハァッ…」ガシッ

ヒョゥゥ…

盗賊「くッ!!」ガシッ

盗賊「(くそっ、何が霊峰だ。切り立った崖の上なんて聞いてねえぞ)」


盗賊「(今、どの辺なんだ?)」

盗賊「(二日登りっぱなしだってのに、まだ終わりが見えねえ)」

盗賊「(つーか、すっげえ寒ぃ……こんな嘗めた格好で来たのが間違いだった)」


ガシッ…ガシッ…ガラッ!


盗賊「……危ねえ…気を付けねえと」

盗賊「(下も上もねえみてえだ。手許以外に何も見えねえ。落ちたら、流石に死ぬな)」

盗賊「(巫女のやつ、大丈夫かな。ちゃんと眠れってっといいけど……)」

盗賊「(……うっし。待ってろよ、必ず持って帰るからな)」グッ


ガシッ…ガシッ…ガシッ……


盗賊「…ハァッ…ハァッ…ハァッ……」

盗賊「(マズいな、少し休んでも腕の震えが止まらねえ……!?)」

盗賊「(今、ちらっと上が見えた。岩壁が途切れてるってことは、頂上だよな?)」


盗賊「(もう少し、もう少しだ)」グッ


ヒョゥゥ…グサッ!


盗賊「いってえッ!!?」

黒鷹「協力はしないといったはずだぞ、勇者」

盗賊「ッ!? 何だてめえ!?」

黒鷹「フン…相変わらず、ふざけた男だ」

盗賊「わけ分かんねえこと言ってねえで離せ!! 翼引き千切んぞ!!」

黒鷹「……………」


ググググ…


盗賊「分かった!話なら後で聞いてやっから!! さっさと離せ馬鹿鳥!!」

黒鷹「……勇者では、ないのか?」

盗賊「俺が勇者なら生きとし生けるもの全てが勇者になれるわ!!」


盗賊「さっさと離せ!ツメが痛えんだよ!!」

黒鷹「………………」ズッ

盗賊「あ~、いってえな」

盗賊「この件については特別に不問にしてやる。俺は忙しいんだ。どっか飛んでけ」グッ


ガシッ…ガシッ…ポタポタッ……


黒鷹「何故登る」

盗賊「てめえには関係ねえだろ」ガシッ

黒鷹「答えろ。答えなければ引き摺り落とす」

盗賊「……助けたい人がいる。恩人で、人生の先輩、親父見てえな存在だ」

盗賊「助けるには、この上に咲いてる花がいる」

黒鷹「何を馬鹿なことを……そんなことをせずとも、命を奪えばいいだろう」

盗賊「話し聞いてたか馬鹿猛禽、俺は助けるって言ったんだ」

黒鷹「……診たところ確かに空のようだが、惚けているのか?」


盗賊「はぁ?さっきから何言ってんだ?」

盗賊「つーか邪魔なんだよ、さっさとどっか行けアホ鳥」

黒鷹「まさか本当に

盗賊「しつけーな!どっか行けって言って…」フラッ

盗賊「(マズい、血流しすぎた。ちくしょう……力が入らね……)」ズルッ


ヒョゥゥ…


黒鷹「……………」バサッ

ガシッ…

盗賊「……何だよ、食うつもりか? そこそこ美味いと思うけど腹壊すぞ」

黒鷹「黙れ。お前が何者であるのか、確かめさせてもらう」


バサッ…バサッ…バサッ!


盗賊「確かめるって、何をだよ……俺は、お前のことなんざ知らねえぞ」

黒鷹「姿が変わろうと、この眼で診れば分かる。お前が、俺の知る勇者……王か否か」


>>>>>

店主「盗賊はまだ帰らないのか」

娼館主「霊峰とか言ってたから、高いんじゃないの? 一日二日じゃ流石に…」

店主「霊峰? 霊峰だと?」

娼館主「あれ、言ってなかった?」

店主「天を刺す岩棘」

娼館主「何よ、それ」

店主「霊峰と呼ばれるものの別名だ。名の通りの姿で、針のようにも見える」

店主「未だ登頂した者はいないと聞く」

娼館主「ちょっと、そんなこと言ったら…」チラッ


巫女「…………」

店主「他の奴ならな、盗賊なら分からん」

店主「というか、登ってもらわんと困る。そうだろう?」

巫女「…………」コクン

娼館主「(はぁ、どうなることかと思った)」

ガラッ…

娼館主「先生? まだ面会時間は終わってな…

店主「避けろ!」

娼館主「えっ…?」


ドガッッ! ドサッ…


道化師「こんにちは、お嬢さん♪ ボクと一緒に来てくれないかな~?」


ガシッ!

巫女「……ヒッ! ぅぅ……」

店主「……お前は、誰だ」

道化師「盗賊を恨む者です。此処では殺人鬼と言われてますけどね♪」

店主「……俺を刺した奴とは違うな。仲間がいるのか、何が目的だ」

道化師「あいつを、二度と笑えないようにしてやることだよ」

店主「復讐なら盗賊に直接しろ。その娘は関係ない、離せ」

道化師「嫌だね♪ これは盗賊を誘き寄せる為の、道具なんだから♪」



巫女「………どう…ぐ」ズキッ


『使えぬ道具は、廃棄するまでだ』
『使えぬ道具は、廃棄するまでだ』
『使えぬ道具は、廃棄するまでだ』
『使えぬ道具は、廃棄するまでだ』


巫女「…ハァッ…ハァッ…」ブルブル


『道具は道具は道具は道具は道具は道具は
 廃棄する廃棄する廃棄する廃棄する廃棄
 廃棄するまでだ廃棄するまでだ廃棄する
 廃棄廃棄廃棄廃棄道具廃棄廃棄道具廃棄
 道具道具廃棄ーーーーーーーーーーーー」

『お前は廃棄だ』

『道具は廃棄』

『お前はもう、必要ない』


巫女「…ぁ…あああああッ!!!」


ガンッ! ドサッ…

店主「…………」

道化師「煩いなぁ……ん? 怖い顔しないでよ♪ほらっ、笑って笑って♪♪」

店主「俺に何もしないのは、意味があるんじゃないのか」

道化師「……気に食わない奴だなぁ、まあいいけどね♪」

道化師「盗賊に、1週間以内にボクを見つけないと、この娘を殺すって言っといて♪」

店主「手掛かりの一つもくれないのか。気前の悪い奴だな」

道化師「1350248226」

店主「……それだけか」

道化師「それだけ♪じゃあねッ♪」グイッ

巫女「……………」ダラリ


ガラッ…パタンッ……


店主「おい!誰かいないのか!!」


……シーン……


店主「おい!誰か!! 誰か返事してくれ!!」


>>>>>

霊峰 頂上

黒鷹「では、診させてもらう」

盗賊「……動けそうにねえし、好きにしろ。あ、ちょっと待った」

黒鷹「何だ」

盗賊「一つだけ頼みがあるんだ」

盗賊「あそこに咲いてる花を、西都にある医療所に届けてくれ」

盗賊「乾燥させるか煮込んで飲ませれば、体は動くようになるはずだ……多分な」

黒鷹「お前、そんな不確かなものを採るために、此処まで登ってきたのか」

盗賊「不確かだろうが掴めるもんは掴むさ。人間ってのはな、奇跡を信じるもんなんだよ」


黒鷹「……どうするかは、診た後に決める」カッ

盗賊「……………」

黒鷹「……………」

盗賊「……えっ、終わり?」

黒鷹「ああ、終わりだ。診ると言っただろう」

盗賊「なんだよ。腹掻っ捌くのかと思ったのに違ったのか……」

盗賊「覚悟して損したな、金寄越せ」

黒鷹「……やはり、間違いない」

盗賊「何がだよ?」

黒鷹「お前は、我々の王だ」


盗賊「……なに言ってんの?」

黒鷹「本当に、何も知らないのか……」

盗賊「いやいや、一人で納得してねえで分かるように教えろ」

黒鷹「お前は最初で最後の王」

黒鷹「数多の種族の王を従えた、王の中の王だ」

盗賊「……俺が?」

黒鷹「そうだ。魔核を取り込むという稀有な力を持ち、多くの強者をその身に宿した」

盗賊「そんな力ねえけどな、降霊術師も普通に殺したし」

黒鷹「力とは自覚と認識がなければ使えない。だから、お前の中は空なのだ」


盗賊「ふ~ん、そんで?」

黒鷹「何?」

盗賊「いや、だから何だって訊いてんだよ」

黒鷹「お前は、自分を知りたくはないのか?」

盗賊「俺のことなら、教えられなくても知ってる。お前は色々知ってるみてえだけど……」

盗賊「お前が知ってる俺は、俺じゃない。まあ、暇になったら聞いてやるよ」

盗賊「さてと、よっこらしょ………」ムクッ

黒鷹「………………」

盗賊「念の為、何本か摘んでいくか……あ、ちょっと質問が」プチッ


黒鷹「何だ、言ってみろ」

盗賊「俺が魔神族の王なら、何故誰も気付かねえんだ? つーか魔力ねえんだけど」

黒鷹「未だ何者の力も宿していないからだ。魔力の根源は、王自身にはなかったと聞く」

黒鷹「俺の眼ならば見抜けるが、他の者には無理だろう」

盗賊「じゃあ、他人から奪った力がねえと何も出来ねえわけだ?」プチッ

黒鷹「いや、何も所持していない状態でも魔力耐性は高かったようだ」

黒鷹「怪盗、勇者、救世主、略奪王、比類無き者……」

黒鷹「嘗てのお前は、様々な名で呼ばれていた。新たな勇者が現れるまではな」

盗賊「……新たな勇者? そりゃ、どういう意味だ」


黒鷹「あれは、統一を果たした直後のこと」

黒鷹「突如、人間達が攻めてきた。破魔の力を持った軍団を従えてな……」

黒鷹「これまで守護していた我々を裏切ったのだ。それを扇動したのが、人間の勇者だ」

盗賊「ん? 待て待て待て、俺も人間だぜ?」

黒鷹「王は原初の人間だと聞いた。力も似て非なるもの、奴等とは違う」

黒鷹「奴等は魔を封じる力を持っていた。何処とも分からぬ、無明の底に堕とす力を……」

盗賊「そんで、俺はどうなったんだ?」プチッ

黒鷹「力はあれど人間には変わりない。王は封じられることなく殺された」

盗賊「なら、何で俺が王なんだ。魔神族じゃねえんだから甦らねえだろ、普通」プチッ


黒鷹「……それは、俺にも分からん」

盗賊「あっそ。まあいいや、取り敢えず乗せてけ」

黒鷹「?」

盗賊「いやいや、お前のせいで怪我したんだぜ? お前が医療所まで運ぶのが筋だろ?」

黒鷹「ハハハッ!」

盗賊「……鳥って、笑うと怖えんだな。初めて見た」

黒鷹「いいだろう。俺は、お前の行く道を見てみたくなった」

盗賊「流石は鳥、頭の切り替えが早え早え」

黒鷹「馬鹿にするなら乗せんぞ」

盗賊「分かった分かった。そう拗ねるなよ」

黒鷹「拗ねてなどいない。尊厳を傷付けるなと言っているだけだ」

黒鷹「これから救う人間は、お前の父であり人生の先輩だと言ったな」


盗賊「何だよ急に……」

黒鷹「その人間に、お前は同じ言葉を吐けるか? 病に伏した姿を見て、蔑みや偏見を向けるのか?」

盗賊「……ッ、済まねえな、俺が悪かったよ」

黒鷹「フン、これだから人間は嫌いなのだ。性根が腐っている」

盗賊「お前のそれも偏見じゃねえか!!」

黒鷹「さっさと乗れ、行くぞ」

盗賊「仕切ってんじゃねえよ!! お前が付いて来るんだろうが!!」

黒鷹「従うとは言っていない」

盗賊「こいつ……まあいいや、じゃあ行こうぜ。待たせてられねえからな」タンッ


バサッ…バサッ…ヒュンッ!


盗賊「おー!すげ~、はええ!!」

黒鷹「(こんな男が王であったのなら、俺も従ったんだかな……)」

今日はここまで
感想ありがとうございます
寝ます また明日

誤字脱字あるみたい。気を付けます。
説明が分かりにくければ言って下さい。
まだ矛盾はないはず。


>>>>>

同日夕方 西都上空

黒鷹「そうか。やはり今の世も対立しているのか」

盗賊「そりゃそうさ」

盗賊「人間が先に攻めてきたってのが事実でも、今の人間は何も知らねえんだ」

盗賊「歴史に埋もれたのか、大昔の人間が都合の良いように事実を歪曲させたのか……」

盗賊「それは分かんねえけど、いきなり異形の存在が現れて襲ってきたら戦うだろ?」

黒鷹「……人間の裏切りさえなければ、こうはならなかった」

盗賊「大昔に何があったのか知らねえが、今の人間は生き延びる為に戦ってる」

盗賊「お前等の痛みも憎しみも、今の奴等には到底分からねえよ……」

盗賊「お前が過去を語ったところで誰も信じねえ。化け物の戯れ言だと笑われて終わりだ」

黒鷹「なら、お前はどうなんだ。俺の言葉が偽りだと思っているのか?」


盗賊「真実かどうか知る術はない」

盗賊「第一、俺が王だなんだと言われてもピンとこねえしな」

盗賊「ただ、お前に戦う意思がないのは分かる。今まで殺した奴等とも違う」

盗賊「こうやって話した奴は、お前が初めてだ」

黒鷹「……昔はこうだった。会話したり談笑したり、人の死に涙を流したこともある」

黒鷹「我等と人間が共に生きていた、あの頃はな……」

盗賊「そんな辛気くせえ声出すな。せっかく蘇ったんだろ? 第二の人生…鳥生を満喫しろ」

盗賊「……きっと、悪いことばっかじゃねえはずだ」

黒鷹「過去数百年を忘れろと?」

盗賊「そうは言ってねえよ。昔を思い出して腹立ってもいいけどさ……」

盗賊「昔は昔として、今の世界を見るのも悪くないだろって言ってんだ」


黒鷹「……………」

盗賊「……まあ、そう簡単には行かねえよな」

黒鷹「……お前が言っていた通りだな」

盗賊「あ?」

黒鷹「俺の記憶にある男と、お前は違う。先程、お前が甦った理由は分からないと言ったが……」

黒鷹「思えば極々単純なこと、転生したのかもしれんな」

盗賊「転生ね。魔神族の王様なのに、随分とまあ時間が掛かったもんだ」

盗賊「前世も罪人だったのか?」

黒鷹「王は最後まで魔神族の為に戦った。だが、人間からすれば裏切り者だ」

盗賊「……なる程な、そりゃあ大罪人だ。まあ、悪くねえじゃねえか」


黒鷹「何故?」

盗賊「あっちこっちフラフラするような男は嫌いなんだよ。俺は」

盗賊「間違いだと言われようと、最後まで貫いた姿勢は評価したい」ウン

黒鷹「フッ…おかしな奴だ」

盗賊「そろそろ降りようぜ。お前はどうする?」

黒鷹「付いていくと言っただろう」

盗賊「いやいや!お前デカいから無理だって!!」

黒鷹「なら小さくなればいい。少し離れた場所に降りるぞ」グンッ

盗賊「急に降りんなよ!危ねえだろ!!」ガシッ


黒鷹「掴まってろ」

盗賊「だから!そういうのは先に言えよ……」


ヒョゥゥゥ…バサッ…バサッ……


盗賊「あ~、胃がぐわってなった……」

黒鷹「おい、早く降りろ」

盗賊「あのねえ、少しは気遣いってものを覚えなさい。そんなんじゃ、この先やってけないよ?」

黒鷹「……済まなかったな」

盗賊「(こいつ、真面目な奴だなぁ。まあ嫌いじゃねえけど……降りよ)」トンッ

盗賊「で? 何するって?」

黒鷹「お前の肩に乗れる大きさまで、体を縮める」ズズズ


盗賊「へ~、そんなことまで出来んのか」

黒鷹「体内魔力を操作すれば、ある程度は体格を変えられる」

盗賊「鷲よりは小せえくらいか。まあ、それでも大きいけど……」

盗賊「鉤爪が食い込むから肩は無理だな。籠手なら付けてるから腕に乗ってくれ」

黒鷹「そうさせてもらう」ガシッ

盗賊「これだと腕が塞がるな、後で肩当てでも買うか……」

黒鷹「もう少し縮めるか?」

盗賊「肩当て買ってからでいいよ。さあ、行こうぜ?」ザッ

黒鷹「(……人の腕に乗るのは、初めてだ。悪くはないが、落ち着かんな)」

夜にまた更新します。


>>>>>

防具屋「肩当て肩当て…ちょっと待ってな」

盗賊「なあ、隣の店は休みか?」

防具屋「ん? ああ、例の騒ぎで休む店が増えたんだ」

盗賊「……まだ捕まってねえのか」

防具屋「みたいだな。ほれ、肩当てだ」

盗賊「ありがとよ、釣りはいらねえ」チャリンッ

防具屋「それじゃ、ありがたく」スッ

盗賊「此処で着けてくか…」


カチャカチャ…


黒鷹「……………」

防具屋「兄さん、鷹匠だろ? 立派な鷲だな」


盗賊「まあ、そんなもんだ」カチャ

防具屋「よく訓練されてるな。まだ若いのに大したもんじゃないか」

盗賊「訓練なんかしてねえよ、ちょっとばかり話しただけだ」

盗賊「まだ知らねえことは沢山ある。訓練が必要なのは俺の方さ」

黒鷹「(すぐそこに自分の人相書きが貼ってあるというのに……よくもまあ、ぺらぺらと……)」

防具屋「ほぉ~、やっぱり職人は言うことが違うねえ」

盗賊「……うっし、出来た。じゃあな」ザッ

防具屋「兄さん、さっきも事件があったんだ。気を付けなよ?」


盗賊「何があった? また殺しか?」

防具屋「何でも、医療所が襲撃されて女の子が攫われたって話だ」

防具屋「幸い、死人は出てな

盗賊「ッ!!」ダッ

防具屋「あちゃあ、医療所に身内でもいたのかね。気の毒に……」


ザワザワ……


ーーまた店主が狙われたらしい。
ーー娼館の主人も襲われたって話だ。

ーー娼館の主人が? 何でまた?
ーー店主の見舞いに来てたらしい。

ーー攫われたのは二人の娘なんだろ?
ーーはぁ~、店主と娼館の主人がねえ……

ーーこれまでに殺された奴も、二人に関係あったみたいだ。
ーー裏家業だからなぁ、そりゃあ恨みも買うだろう。


ーー貴様等、捜査の邪魔だぞ!!
ーーほら、散った散った!


盗賊「……………」


ーーほら、そこの君!早く帰りなさい。
ーーちょっと待て、様子がおかしい……


盗賊「……中に入らせて下さい。中に父がいるんです」


ーーそうだったのか、気の毒に……
ーーさあ、入りたまえ……


盗賊「ありがとうございます。悪い、お前は外で待っててくれ」

黒鷹「…………」バサッ

盗賊「…………」ザッ


ガチャッ…パタンッ……


娼館主「…ッ!? 盗賊!!」ガタッ

娼館主「巫女ちゃんが!巫女ちゃんが攫われて!私…私ッ…」


盗賊「分かってる」

盗賊「だから落ち着け、お前はもう大丈夫なのか?」

娼館主「……うん、私なら平気、気絶させられただけだから……」

盗賊「そうか、店主は?」

娼館主「さっきまで兵士と話してたみたい。もう入っても大丈夫だと思うけど……」

盗賊「店主は無事なんだな?」

娼館主「怪我はないけど、巫女ちゃんを目の前で攫われたのが…」

盗賊「……分かった。お前はもう少し休んでろ。俺は店主に会ってくる」

娼館主「盗賊、ごめん……」

盗賊「お前が謝ることねえよ。俺が戻るまで待っててくれ」


娼館主「……うん、分かった」

盗賊「それと、これを……」スッ

娼館主「この花…これが、奇跡の花?」

盗賊「ああ、それが奇跡の花だ。ただ、効能が確かなものか分かんねえ」

盗賊「今すぐ医者に渡して、危険がないか調べるように伝えてくれ」

娼館主「うん、分かったよ」タタッ

盗賊「………どうか、本物であってくれ」ザッ


ザッザッザッ…ガチャッ…


店主「……遅かったな、待ちくたびれたぞ」

盗賊「随分、くたびれた顔してるな」

店主「あの娘が、巫女が攫われた。狙いは盗賊、お前だ」


盗賊「……………」

店主「……盗賊、よく聞け」

店主「犯人は、1週間以内に自分を見つけなければ、巫女を殺すと言っていた」

店主「巫女を攫った犯人は俺を襲った奴とは違うが、奴は俺を知っている」

店主「おそらく、殺人犯は一人ではない。複数人で共謀しているはずだ」

盗賊「特徴は」

店主「攫ったのは若い女、顔は道化師の面をしていたから分からん」

店主「これと言って目立った特徴もないが、一つだけ手掛かりがある」

店主「手掛かりと言っても、1350248226……この数字の羅列だけだがな」


店主「今の数字に覚えはあるか?」

盗賊「……いや、ない。一度戻って考えてみる」

店主「そうか、もしかすると何かの暗号かもしれんな……」

店主「盗賊、焦るなよ。疲れているなら少し休め」

盗賊「ああ、そうする」

盗賊「店主もゆっくり休め。医療所近辺は兵士が警備してるから、もう大丈夫だ」

店主「……盗賊、あの娘を救ってやってくれ」

盗賊「ああ、巫女は必ず見付け出す。待っててくれ」


店主「ああ、頼む……」

盗賊「じゃあ、また来るよ」ザッ


ガチャッ…パタンッ……


治癒師「……お待ちしてました」

盗賊「花の効能はどうだった? 治せるのか?」

治癒師「ええ、弱った花に一滴垂らしてみたところ、見る間に花を咲かせました」

治癒師「回復力を高め、組織を活性化させる効果があると思われます」

治癒師「ただ、人に試すとなると……」

盗賊「なら、俺が飲む。デカい鳥にやられた怪我が治ってねえんだ」


治癒師「しかし副作用があった場合…」

盗賊「俺は完全種だ。そんくらい、何とでもなる」

治癒師「……分かりました。では、此方へ」


ザッザッザッ…


盗賊「服脱ぐから、傷の治りを見ててくれ」グイッ

パサッ…

治癒師「!!?」

治癒師「(酷い。背の肉が削られ、骨が剥き出しになっている。どうやったら、あんな傷が……)」

治癒師「(今のところ治癒の兆候も見られない。完全種の回復力ですら追い付いていない……)」

盗賊「試すには、良い機会だろ。じゃあ、見ててくれ」


ゴクッ…

盗賊「味はそんなに…ゲホッ……」

治癒師「大丈夫ですか!? 今すぐ吐き出し

盗賊「ハァッ…大丈夫だ。かなり気持ち悪りぃけど、何とか耐えられる」

盗賊「…ゲホッ…大分、落ち着いてきた。一時的なもんみてえだな」

治癒師「……………」

盗賊「なあ、背中はどうなってる? 吐き気が酷くてそれどころじゃなかったんだ」

治癒師「……な、治りました」

盗賊「本当か!?」

治癒師「ええ、まるで時間を早めたように傷が見る見るうちに塞がって……」

治癒師「これは凄い発見です! これを使えば治せますよ!」


盗賊「そうか、良かった……」

治癒師「しかし、凄まじい治癒力だ。分量調整しなければ……」

治癒師「少しばかり時間を下さい。私の方で分量を調整してみます」

盗賊「ああ、よろしく頼む。人待たせてあるから、そろそろ行くわ」

治癒師「ええ、任せて下さい。それより、その…」

盗賊「ん?」

治癒師「妹さんのこと、申し訳ありませんでした」

盗賊「……聞かせてくれ、医療所の中で何があったんだ?」

治癒師「急に道化師の仮面をした何者かが現れて、眠り粉を撒き散らしたんです……」


治癒師「気付いた時には、もう……」

盗賊「……そうか。まあ、仕方ねえさ」

盗賊「それに、本当に謝らなきゃならないのは、俺の方なんだよ」

治癒師「えっ?」

盗賊「犯人は俺を狙ってる。あんたは、巻き添えを食ったんだ」

治癒師「そんな馬鹿な、冗談でしょう? 何故あなたが狙われるんですか」

盗賊「……そうか、そういや、まだ名乗ってなかったな」

盗賊「俺は盗賊、死刑間違いなしの犯罪者。手配書で見たことくらいあるだろ」


治癒師「!!?」

盗賊「俺に幻滅しようと罵ろうと構わない。ただ、親父のことだけは助けてくれ」

治癒師「あなたが、盗賊……信じられない」

盗賊「あんたが信じようと信じまいと、俺は盗賊だ」

治癒師「……出て行って下さい」

治癒師「お父様のことは、私が責任を持って何とかしますから」

盗賊「ああ、分かったよ。ありがとな……」ザッ


ガチャッ…パタンッ……


治癒師「…………………」


>>>>>>

同日深夜 娼館

黒鷹「……それが、お前の歩んできた人生か。まあ、恨まれて当然だな」

盗賊「うるせえ、んなことは分かってるよ」

黒鷹「それで、どうするんだ?」

黒鷹「七日のうちに巫女とやらを助けなければならないのだろう?」

盗賊「……ずっと考えてんだけどな、さっぱり分かんねえ」

黒鷹「この、数字の羅列か」


【1350248226】


盗賊「何となく、どっかで見たような気はすんだけどなぁ」


娼館主「………はぁ」

盗賊「何だよ?」

娼館主「……まさか異形種とお友達になるなんてね。あんた、やっぱり変わってる」

盗賊「友達じゃねえよ。こいつが勝手に付いてきただけだ」

黒鷹「お前は驚かないのか?」

娼館主「私の知ってる異形種とは違うし、姿は鷲だからね。そこまで怖くないんだ」

娼館主「まあ、喋り出した時は驚いたけど……」

盗賊「お前、疲れてんだろ? そろそろ寝ろよ」

娼館主「眠れそうにないから起きてんの、あんたこそ休んだら?」

娼館主「二日の間、休みなしで登りっぱなしだったんでしょう?」


盗賊「この数字が気になって眠れねえんだよ」

娼館主「……金庫の暗証番号、とか?」

盗賊「あ~、金庫、金庫ねえ………!?」ガタッ

娼館主「な、なによ!?」

黒鷹「何か思い出したのか?」

盗賊「ああ、思い出した。ちょっと行ってくる」ザッ

娼館主「ちょっと!何処に行くつもり!?」

盗賊「……宝石商の家だ。その数字は、奴の金庫の暗証番号だ」

娼館主「でも、宝石商は

盗賊「ああ、俺が殺した。けど、何か手掛かりがあるかもしれねえ」


盗賊「黒鷹、そいつを頼む。守ってやってくれ」

黒鷹「……いいだろう。この小娘のことは任せろ」

娼館主「小娘って……まあいっか、ありがとう」

盗賊「じゃあ、行ってくるわ」


ザッザッザッ……


黒鷹「妙な男だ……」

黒鷹「あらゆる悪事に手を染めながら、命を賭けて人を救おうとする」

黒鷹「あれは偽善や罪滅ぼしではなく、言ってしまえば自己満足だ」

黒鷹「俺は今まで、あれほど純粋に我が儘な奴は見たことがない」

娼館主「そうかもしれないね……でも、そういうところが気に入ったんじゃないの?」

黒鷹「……そうかもしれんな」

ちょっと休憩


>>>>>

4日後…

治癒師「投薬を開始してから2日経ちますが、調子はどうです?」

店主「良好だ。ぴくりともしなかった手足が、難なく動く」

店主「……世話を掛けたな。かなり屈辱的だったが、礼を言う」

治癒師「仕方がありませんよ。動けなかったんですから……」

店主「……退院したら、盗賊に礼を言わなければならんな」

治癒師「あのっ…」

店主「何だ」

治癒師「その……あなたと盗賊、巫女ちゃんは、実の親子ではありませんよね」


店主「やはり気付いていたのか」

店主「ああ、お前の言う通りだ。俺と盗賊、巫女には血の繋がりなどない」

治癒師「……彼は本当に悪人なんでしょうか。私には…信じられない」

店主「盗賊は紛れもない悪人だ。疑う余地もなく悪だ」

店主「ただ、それと俺と救ったことは話が別だ」

治癒師「えっ…」

店主「悪人だろうと善人だろうと、人を救えるということだ」

店主「間近で見ていたのなら、分かるはずだ。あいつが、本気で助けようとしてることを」

治癒師「……私は、あなたのように器用に考えられません」


店主「……もし


ガチャッ!


治癒師「誰です!?」

盗賊「俺だ!!ちょっと聞きてえことあんだけど良いか!?」

盗賊「人を仮死状態に出来る花ってあるか!? 図鑑持ってきたから教えてくれ!!」

治癒師「急に何を

盗賊「いいから早くしてくれ!!巫女の命が掛かってんだ!!」

治癒師「……本を貸して下さい」

盗賊「あ、はい」スッ

ペラッ…ペラッ…

治癒師「……この、紫色の花がそうです。医療にも使われるので、良く目にします」


盗賊「……これで間違いないんだな」

治癒師「ええ、間違いありません」

治癒師「他のものは致死性が高く、扱いが非常に困難ですから」

盗賊「助かったよ。ありがとう」

治癒師「……………」

店主「見付かったのか?」

盗賊「ああ、もう見付かったも同然だ」

盗賊「今日中に連れて来るから楽しみに待ってろ。つーか、動けるようになったんだな」

店主「……ああ、お陰様でな」

盗賊「そっか、そりゃ良かった」ニコッ

治癒師「!!」

盗賊「じゃあ、急いでるから行くわ!!」


ガチャッ…バタンッ!


店主「今ので分かっただろう? 世の中には、あんな悪人もいるんだ」

治癒師「ふふっ…いえ、ますます分からなくなりました。悩んでた私が馬鹿だったみたいです……」


>>>>>

道化師「あれから4日、飽きもせず一生懸命捜してるみたいだね」

道化師「腐るほど人を殺してるクセに、君のことを必死に助けようとしてる」

道化師「まっ、目の前で殺してやるつもりなんだけどね♪」

巫女「……………」

道化師「お前が死んだ時、盗賊がどんな顔をするか楽しみでならないよ」

巫女「…………」

道化師「ボクはね、お前が憎くて憎くて仕方がないよ」

道化師「一緒に笑ってるところを見たときは、どうにかなりそうだったなぁ」

道化師「あいつは、ボクの大事な人の命を奪ったんだ」

道化師「あいつにも、ボクと同じ思いをさせてやる。奪われる苦しみを与えてやる」

巫女「……フッ…フフッ…」

道化師「何がおかしい」

巫女「いや、礼を言いたくてな」


道化師「……は?」

巫女「この4日で、貴様は盗賊の動向を事細かに聞かせてくれた……」

巫女「盗賊が如何にわたしを大事にしていて、わたしが如何に恵まれているか」

巫女「貴様にそんなつもりは一切なかったのだろうが……」

巫女「貴様のお陰で、はっきりと理解出来た。盗賊が、わたしの支えになっていたということをな」

巫女「盗賊が寄り添ってくれても、わたしは己を肯定することが出来なかったというのに……」

巫女「あろうことか、貴様の言葉よって己の存在価値を再び見出すことになるとは……」

巫女「何とも皮肉な話だ。そうは思わないか?」

道化師「お前、何で喋れ

巫女「安心しろ。貴様の復讐を邪魔するつもりはない」

巫女「どんな結末を迎えるのか見届けてやる。ただ、覚悟しておけ」

巫女「盗賊は貴様が思っている以上に、悪い奴だ」

明日で盗賊編終わると思います


>>>>>

盗賊「よう、帰ったぞ」

黒鷹「来たか、遅かったな」

娼館主「4日も戻って来ないで何処ほっつき歩いてのよ。心配し

盗賊「尻尾を掴んだ。今日でケリを付ける」

娼館主「……えっ?」

黒鷹「ほう、それは面白い。あの数字から、どうやって辿り着いた。聞かせてくれ」

盗賊「……始まりは宝石商の金庫だ」

盗賊「俺はあの夜、封鎖されていた宝石商の店に入り、金庫を開けた」

盗賊「そこで確信した。嘗て罪を被せた使用人が監獄から出たことをな」


娼館主「ちょっと待って」

娼館主「何で開けただけで、そこまで分かったわけ?」

盗賊「開けただけ、だからさ。俺が開ける前に、誰かの手で開けられていたんだ」

盗賊「暗証番号を知るのは、死んだ宝石商、俺、そして使用人の三人だけ」

盗賊「宝石強奪の計画を実行する時、俺は奴にも暗証番号を教えていた」

盗賊「奴の信用を得るためにな」

盗賊「まあ、奴に実行する度胸はなかったから、実際に開けたのは俺なんだが、それはいい……」

盗賊「俺はすぐに監獄に向かい、奴が脱獄したのかどうか確かめた」

盗賊「あれから1年も経っていない。刑期を終えているはずはねえ」


盗賊「だが、予想は外れた」

盗賊「奴は脱獄などしていなかった。まあ、奴の性格からして脱獄なんて無理だ」

盗賊「奴は2週間程前に獄中で既に死んでいたんだ。死因は服毒による心停止」

娼館主「じゃあ、一体誰が金庫を……」

盗賊「気になるだろ? だから、墓を暴いた」ウン

黒鷹「(罰当たりな奴だ。常識というものがないのか……)」

盗賊「棺の中に、奴の死体はなかった」

盗賊「土には掘り起こされた痕跡が、棺には内側から開かれた跡、傷があった……」

娼館主「えっ…じゃあ、一度は毒を飲んで死んで、棺の中で生き返ったってこと?」


盗賊「そうみたいだな」

盗賊「さっき医者に聞いてきたんだが、この花の実を使えば、死を偽装出来る」

盗賊「心拍を弱めることを目的に使われるらしいが、これを使って死んだように見せかけた」

盗賊「奴の死を偽装し、墓から出した奴がいる。店主の言ってた通りだった……」

盗賊「殺人鬼は、二人いる」

盗賊「店主によると、巫女を攫った道化師は女だ。そいつは使用人同様、俺を憎んでる」

黒鷹「お前に復讐するべく、協力者を得たわけか。だが、何故協力者を得る必要がある?」

盗賊「……俺を真似たのさ」

黒鷹「どういう意味だ」

盗賊「おそらく、使用人は身代わりに利用されただけだ。大体、あの小心者が人を殺せるわけがねえ」

盗賊「娼婦を買った男、娼館の常連は、胸を滅多刺しにされ局部を潰されてる」

盗賊「いくら俺が憎くて復讐に協力したとしても、使用人にそんな真似は出来ねえ」


盗賊「使用人がやったのは、店主だけだ」

盗賊「使われた刃物は同じだが、刺し傷はバラバラで統一性がなかった。相当焦っていたのが分かる」

盗賊「……世間から見れば、同じ奴の仕業に見えるだろうけどな」

黒鷹「成る程な。再び身代わりに……哀れな人間だ」

盗賊「……おそらく、奴に復讐するつもりはなかったと思う」

盗賊「ああいう奴は、一生の中で何かに本気になるなんてことは出来ない」

盗賊「薄いんだよ。何もかもな……」

盗賊「塀の中から出られれば良い……それくらいしか考えてなかったはずだ」

盗賊「強要脅迫されねえ限り、あいつに人を刺せっこねえ」

盗賊「今頃、捜査に怯えて首吊ってるかもな。まあ、使用人のことはどうでもいい」


盗賊「重要なのは道化師の女だ」

娼館主「その女のことも分かったの?」

盗賊「……ああ、正体は分かった。だが、居場所が分からねえ」

盗賊「だから戻って来た。そいつが今いる場所を、お前に訊くためにな」

娼館主「わ、私!?」

盗賊「あいつが住んでいた場所を教えてくれ。犯人は、そこにいるはずだ」

娼館主「ちょ、ちょっと待ちなよ!あの子はもう死んでるんだよ!?」

娼館主「葬式だってしたじゃない!!情報屋や隊長さんも一緒に

盗賊「落ち着けよ。俺が捜してるのは、あいつの妹だ」


娼館主「……あの子の、妹?」

盗賊「ああ、多分な……」

盗賊「この前、巫女と絵描き道具を買いに行こうとした時、若い女とぶつかったんだ」

盗賊「墓参りに行く途中だったらしくてな、花束を持ってた」

盗賊「花束の中には、紫色の花も一緒に入っていた。さっき話した、毒花がな」

娼館主「見間違いじゃ…」

盗賊「いや、間違いない。あいつの墓には、あの女が持っていた花束があった」

盗賊「毒花だけが抜かれた状態でな……おそらく、使用人に渡した後に墓へ行ったんだろう」

盗賊「墓参りに行く女とぶつかった日と、使用人が獄中で死んだ時期は重なってる」


娼館主「だ、だからって、あの子の妹だと決まったわけじゃないでしょ」

盗賊「髪の長い女だったが、転んだ時に顔が見えたんだ。前髪で隠れていた瞳も……」

盗賊「同じ瞳の色で、顔もどことなく似ていた。あの時は他人の空似かと思ったんだけどな」

盗賊「一応、訊いとく、あいつに姉妹はいるのか」

娼館主「……うん、妹の写真を持ってたのは憶えてる。いつか会いたいって……」

娼館主「……あの子、14くらいで親に売られてるんだ。どんな理由かは、聞けなかったけど」

娼館主「まったく…何で、こんなことになっちゃうのかな……」

盗賊「……居場所を、教えてくれ」

娼館主「あの子と私は廃墟を転々としてた。一つの場所に絞ると、色々危ないから……」

娼館主「最後にいた場所は、徴兵されて潰れた南の工場跡地。多分、そこだと思う」

盗賊「………………」

娼館主「ほら、早く行きな。巫女ちゃんのこと、頼むよ……」


盗賊「行ってくる」ザッ

ガシッ…

盗賊「…………」

娼館主「盗賊、お願い。あの子の妹も、助けてあげて……」

娼館主「滅茶苦茶な頼みだと思う。でも、どうか助けてあげて……」

盗賊「おう、任せろ。二人共連れて来てやるよ。だから泣くな、今は娼館の女主人なんだろ?」

盗賊「そんなんじゃ、あいつに笑われちまうぜ?」

娼館主「……ふふっ、そうだね。泣いたら、笑われちゃうね」

盗賊「……じゃあ、後でな」ザッ


ザッザッザッ…ガチャッ…バタンッ……


黒鷹「……愛した女の妹が犯人か、何とも救われない話だ。動機は、何なのだろうな」

娼館主「……そんなに気になるなら付いて行けばいいじゃないか。私は構わないよ」

また後で


>>>>>>

同日夕方 工場跡地

道化師「…………」


ザッ…ザッ…ザッ……


道化師「ようやく来た。待ってたよ、屑男」

盗賊「まあ、否定はしねえよ」

盗賊「でもよ、あんな手懸かり一つで辿り着いたんだ。お褒めの言葉くらい寄越せ」

道化師「軽口叩くな、人でなし」

盗賊「それはお互い様だろうが、外道」

道化師「あははっ♪ それもそうだね♪ それよりさぁ、あんたの記事を読んだよ?」

道化師「悪党には悪党が寄ってくる。だっけ? 正にその通りだね」

盗賊「そんなこと言ったっけ? 最近は忙しかったからな、忘れちまったよ」


道化師「あっ、そう」

道化師「じゃあ、そうやって姉さんのことも忘れたわけだ」

道化師「子守りに夢中で、お前を心から愛して逝った女を忘れたわけだ」

盗賊「……………」

道化師「姉さんを忘れて、あのガキと家族ごっこしてたよねぇ」

道化師「仲良くお出かけして、絵描き道具まで買っちゃってさぁ」

道化師「そんなことしてるから、大事な人が壊されるんだ」

道化師「大体さぁ、お前みたいな屑が、幸せになれるわけないだろうが」

道化師「悪党は悪党らしく、惨めに卑しく生きるしかないんだよ」


盗賊「……終わりか?」

道化師「あ?」

盗賊「お前さ、俺がお前に興味持ってる前提で話してんだろ」

盗賊「悪りぃけど、てめえには一切興味ねえよ。此処に来たのは巫女の為だ」

盗賊「あんな下らねえ遊びに付き合ったのも、てめえに会うためじゃねえんだよ」

道化師「ッ!!」

盗賊「さっさと巫女を渡せ。それとも掛かってくるか? 俺は構わねえぞ?」

盗賊「何とか言えよ、玉潰しが趣味の気違い女が」

道化師「何も知らないクセに、お前は…助けてくれなかったッ!!」ダッ


盗賊「……………」スッ

ドズンッ!

道化師「かッ!!?」

盗賊「何だよ、殴らねえとでも思ったのか? あのさ、自分の立場分かってる?」

盗賊「てめえは、俺の大事な人達を傷付けた。何されても文句言うなよ」

道化師「どの口が…」

盗賊「何か間違ったこと言ってるか? 言ってねえだろ?」カチッ

ドンッ!

道化師「うッ…」ドサッ

盗賊「痛えだろ? まあ、悪いことしたのはお前だからさ、こうなっても仕方ねえよな?」カチッ


ドンッ!

道化師「がッ…」

盗賊「お前が俺に復讐する自由があるように、俺がお前を殺すのも自由だ」

盗賊「恨まれ疎まれ。所詮は同じ、人でなし」

道化師「…ハァッ…ハァッ…何で!何でだよ!!」

盗賊「はぁ?」

道化師「何で姉さんが死んだのに笑ってられるんだよ!!」

道化師「やっと見つけたと思ったら姉さんは死んでて!! 姉さんの愛した男は、それをなかったことにして笑ってた!!」

道化師「お前には!人を想う心ってもんがないのかよ!!」

盗賊「殺人鬼がまともなこと言ってんじゃねえよ。笑わせんな、阿呆」

盗賊「つーか、そんなガキみてえな理由で、俺に復讐しようとしたのか。馬鹿だなぁ、お前」


道化師「ッ、この屑野郎!」

道化師「姉さんを返せ!! お前なんかに関わったから姉さんは死んだんだ!!」

道化師「お前さえいなければ!姉さんは死ななかった!! お前が死ねば良かったんだ!!!」

道化師「何でお前が生きてる!!? 何で姉さんが死んだ!!何でだよッ!!」

道化師「墓参りにも来ないで!何でガキの相手なんかしてんだよ!! 答えろよ屑野郎ッ!!!」

盗賊「言いてえことは、それだけか?」

道化師「!!?」

盗賊「てめえが何を感じて何を想おうが勝手だ。ただ、それとこれとは別だ」

盗賊「こう見えて結構怒ってるんだ。一度殺さなきゃ気が済まねえ」

盗賊「安心しろ。お前が死んでも誰も気にしない。誰も悲しみはしない……」カチッ

盗賊「独りのままで、死んで逝け」


ドンッ!


道化師「あ…ぅ…」ドシャッ

『何でお前が生きてる!!? 何で姉さんが死んだ!!何でだよッ!!』

盗賊「……本当に、何で死んじまったんだろうな。俺も知りてえよ」

盗賊「何で、俺じゃなかったんだろうな……」ザッ

ザッ…ザッ…ザッ…


巫女「……………」

盗賊「巫女、迎えに来たぞ。大丈夫か?」ニコッ

巫女「やっと来たか、随分と長かったな。待ちくたびれたぞ」

盗賊「!?」

盗賊「お前、戻ったのか!?」

巫女「……ああ、道化師のお陰でな」

盗賊「は? 待て、意味が分かんねえぞ?」

巫女「貴様に説明する必要はない。それと、これを返す……わたしには、必要ないから」スッ

盗賊「……久しぶりだな、これ着けるの」ガチッ

巫女「それから……わたしは、わたしの生きたいように生きることにした」


盗賊「……そうかよ、なら勝手にしろ」

巫女「ああ、そうさせてもらう」グイッ

ヨジヨジ…

盗賊「……変わってねえじゃねえか」

巫女「うるさい。さっさと歩け」

盗賊「あ~、はいはい。分かったよ……ん、来たか」


バサッ…バサッ……


黒鷹「終わったか、この女はどうする」

道化師「……………」

盗賊「(とんでもなく面倒な女だったな。顔は似てるが、性格は全然似てねえ……)」

盗賊「(ったく、助けて欲しけりゃ、居場所か欲しけりゃ、最初からそう言えよ)」

黒鷹「おい、どうかしたのか?」

盗賊「いや、何でもねえ……どうすっかなぁ…」

巫女「盗賊、この大鷲は? 何故魔神族が

盗賊「帰ったら説明してやる。黒鷹、この女はーーーー」

休憩


>>>>>

盗賊「はぁ~、空は広いな……」

ヒョゥゥ…バサッ…バサッ……

黒鷹「あれが、お前のやり方か?」

盗賊「いいじゃねえか、俺の勝手だろ?」

黒鷹「……如何に悪などと言っていても、好いた女の顔は、流石に撃てなかったか?」

盗賊「俺だって人間ですよ? 躊躇うことくらいあります」ウン

黒鷹「殺人鬼の汚名を背負うことに躊躇いはないのか。益々、おかしな奴だ」

黒鷹「自己満足も、そこまで行くと違ったものに見えてくる」

盗賊「……やりたいことやってるだけだ。その場の思い付き、気まぐれ」

黒鷹「その思い付きに付き合わされる身にもなれ。お前の所為で、人間共に追われることになった」

盗賊「嫌なら逃げればいいじゃねえか。別に付いてこいなんて言ってねえぜ?」


黒鷹「……気が向いただけだ」

黒鷹「それに、そう悪い気はしない。今はな…」

盗賊「へへっ、そうかよ……」チラッ

巫女「……何だ、あんまり見るな」

盗賊「巫女、お前は残っても良かったんだぞ?」

巫女「わたしは、盗賊と同じ景色を見たい。貴様がいないと、困る」

盗賊「へ~、本当かぁ?」

巫女「……言っておくが、依存してるわけじゃない。もっと、別のやつだから……安心しろ」

盗賊「好きな女ならいるからな、無理だぞ?」

巫女「うるさい、そういうのじゃない。馬鹿にするな」


盗賊「………絵描き道具持ってきたか?」

巫女「うん、ちゃんと持ってき……くっ…」

盗賊「わざわざ難しい喋り方しなくてもいいんだぞ? 子供なんだから」ニヤニヤ

巫女「大鷲、霊峰の花が見たい。行ってくれないか?」

黒鷹「ふむ、あそこならば落ち着けるな。いいだろう」

盗賊「おい、無視すんなよ」

巫女「からかうからだ」

盗賊「……なあ、巫女」

巫女「……なんだ」

盗賊「……画廊に行くのは、当分先になりそうだ。なんつーか、悪かったな」


巫女「別に構わない」

巫女「わたしは、この景色だけで満足してる」

盗賊「……そうか。もう、寂しくはないか」

巫女「…………うん。もう、寂しくない」

盗賊「……もう少し、店主や娼館主と一緒にいたかっただろ。勝手に決めて悪かったな」

巫女「いい、また会えるから。我慢出来る。わたしは、大丈夫」

黒鷹「……………」バサッ


ヒョゥゥ…バサッ…バサッ……


黒鷹「(記憶などないはずだ。だというのに、自ら人間を敵に回すか……)」

黒鷹「(盗賊にそんな意識はないのだろうが、魔は、王に呼応する)」


盗賊「お~、綺麗なもんだな。夕陽が近え」


黒鷹「(統べるか、滅ぼすか。それはお前が決めるがいい)」

黒鷹「(ただ、魔を統べ、王となるならば、俺はお前の、王の象徴となろう)」


盗賊編#2 終

長くなりそうだったので、店主、娼館主、治癒師、道化師のその後は別に書きます。

ありがとうございました。

>>191 乙!
今日見つけてようやく追いついた


【羨望】

勇者「盗賊ばっかり……」

盗賊「そんなに拗ねんなよ」

勇者「……お父さんが王だと思ってた。流れ的に」

盗賊「あ~、まだ出てねえもんな」

勇者「お母さんも出てないし……」

盗賊「次くらいに出るんじゃねえの?」

勇者「……いい加減、早く会いたい」

盗賊「王女との恋路とかもあるだろ?」

勇者「会えないよ。北部で危険な目に遭わせちゃったし」


王女「わたくしは気にしていませんよ?」

盗賊「あ、初めまして、勇者の友達の盗賊です」

王女「あなたが、王なのですね」

盗賊「まあ、今んとこは……はい」

王女「私が王というのも中々面白いと思ったのですが……どうでしょう?」

勇者「流石につらいよ。僕が」

王女「よい案だと思ったのですが、駄目でしたか。残念です」

精霊「じゃあ、私が黒幕っていう立ち位置で行きましょう」

特部隊長「それなら、俺の方が面白くなるんじゃないか?」

勇者「だったら、僕が王の方が重くなるよ?」

盗賊「俺がキツいわ」

魔女「私が死ぬ展開とか?」

勇者「…………」

盗賊「…………」

魔女「嘘でしょ?」


寝ます。
たまには、ふざけたやつも入れたい。
>>193 ありがとうございます。嬉しいです。


【どんな人にも趣味がある】

娼館主「その仮面、外さないの? 不気味だから外さないよ」

道化師「ボクは顔を見られるのが嫌いなんだ」

娼館主「綺麗な顔してるのに、もったいない」

道化師「うるさいな。ボクの勝手だろ」

娼館主「……じゃあ、もっと可愛いのにしなさいよ」

道化師「一応、替えの仮面は持ち歩いてる。ほら」

娼館主「そんなに沢山あるんだ。ちょっと見せてみなよ」

道化師「…………」

ゴソゴソ……


道化師「ほらよ」

娼館主「(えーっと? ウサギ、狐、狸、猫各種、犬各種……)」

娼館主「……あのさ」

道化師「何だよ」

娼館主「可愛いのが多いよね? 犬猫好きなの?」

道化師「ボクが動物好きに見えるか?」

道化師「可愛い可愛い言ってるような、そこらの馬鹿女と一緒にするんじゃない」

道化師「特に理由はない、それしかなかっただけだ」

娼館主「あ、そう。じゃあ、猫の…これ頂戴よ」スッ

道化師「だ、だめっ!!それは店に一つしかなくて今じゃ手に入れるのは難しいんだ。他のだって苦労して集めて大事にしてるから絶対ダメ。特に苦労したのがウサギの仮面で……」

道化師「前にお気に入りのクマの面を壊しちゃって、それから道化師の面を着けてるんだ。これまで買った中で一番可愛いやつだったのに、あの時は一日中落ち込んだよ」

娼館主「(今度、ぬいぐるみでも買ってあげよう)」


勇者「……………」


サァァァ…カサッ…カサカサ…


剣聖「何処かと思えば、こんな所におったのか」

勇者「あ、お師匠様……」

剣聖「どうした? 北部の一件が終わって気が抜けたか?」

勇者「別に、そういうわけじゃありませんよ」


…カサッ…カサカサ…


勇者「ただ、落ち葉の鳴らす音が心地良くて、聴き入っていただけです」


サァァァ…


剣聖「…………」

勇者「山も庭の木々も、すっかり色付いて……」

勇者「あっ…やっぱり、気が抜けてるように見えますか?」


勇者「……お師匠様は相変わらずですね」

剣聖「ん? 何がだ?」

勇者「褒めるわけでも叱るわけでもなく、そうやって、はぐらかすだけじゃないですか」

剣聖「何だ。俺に褒めて欲しいのか?」

勇者「はい」

剣聖「くっ…はははっ!! お前は相も変わらず馬鹿正直だな」


ワシャワシャ…


勇者「はぁ…いつもこれだ」

剣聖「少しは成長したかと思っていたんだがなぁ、ちっとも変わっておらん」

剣聖「念願叶って上背だけは伸びたのだ。少しくらいは装ったらどうだ?」

勇者「お師匠様の前で大人ぶっても、意味ないでしょ……」


剣聖「……勇者、更なる成長を望むか」

勇者「何ですか急に真面目な

剣聖「答えろ」

勇者「……それは、出来るものならしたいです」

剣聖「ならば旅に出ろ」

勇者「えっ? 旅…ですか?」

剣聖「ああそうだ。俺との修業で得られるものなど、たかが知れている」

剣聖「己の脚で歩き、己の目で世界を見ろ。目的地などなくともよい」

剣聖「お前は考えすぎる。たまには気の向くまま流されてみるのも悪くはないだろう」


勇者「しかし魔神族が……」

剣聖「勇者、お前は魔神族を倒す為だけに生きておるのか? お前の命はそれだけの為にあるのか?」

剣聖「戦の先は? お前の命はそこで終いか? 勇者とは、そこで完結するのか?」

剣聖「そんな人生など、つまらんとは思わんか? まるで自分を生きていない、屍同然だ」

剣聖「今のお前には様々な想いが絡み付き、心だけでなく体の自由さえも奪っている」

剣聖「さぞかし窮屈に感じていることだろうな。五体が、自分のものではなく思える程に……」

勇者「……っ…」

剣聖「勇者、こうあるべきだ…などど考えるな。そんなものに囚われているようでは先はない」

剣聖「そんな心構えでは、いつまで経っても俺に勝てん。いずれは自分を見失う」


勇者「……なら、どうすれば」

剣聖「ひたすらに歩き続け、人の道を学べ。俺が教えられるのは剣だけだ」

剣聖「何を目指すのかはお前の自由だが、まずは己が何者であるのかを知れ」

勇者「自分が、何者であるのか……」

剣聖「いつまでも剣士の影を追っているようでは、見えているものも見えなくなる」

剣聖「剣士の真似事ばかりでは先には進めん。剣の道も、人の道もな」

勇者「……やっぱり、真似してたの分かります?」


剣聖「当たり前だ。馬鹿者」

ベシッ!

勇者「いてっ…」

剣聖「ふーっ…大方、剣士ならこう振るだろう。などと考えておったのだろう」

勇者「(お師匠様って、いつもこうだ。見てないようで、しっかり見てる)」

勇者「(そこまで分かるなら、その場で言ってくれればいいのに……)」

剣聖「お前の剣は別の所へ行こうとしておるのに、お前はその声に耳を貸さん」

剣聖「勇者、内なる声を消すな。お前はお前の道を行け」

剣聖「俺は、お前のような馬鹿は嫌いではない。大いに悩み、大いに迷え」


勇者「……はい」

剣聖「今すぐなどとは言わん。行きたい時に、行きたい場所へ行けばよい」

剣聖「勇者、何度も言うが何事にも囚われるな。人とは、元々自由だ」

剣聖「体に纏わり付く余計な想いなど振り払え。思うままに生きろ」

剣聖「少しは、盗賊の小僧を見習え」

勇者「(盗賊は、今頃何をしているんだろう? 元気だといいけど……)」

剣聖「まあ、仮に旅に出たとしたら……」

勇者「?」

剣聖「お前を祭り上げておる連中や、化け物だ何だと言いながら頼っておる連中は騒ぐだろうなぁ」ニヤニヤ


勇者「うっ…嫌なこと言わないで下さいよ」

剣聖「はははっ!!」

剣聖「まあ気にするな。そんな連中の想いなど、さっさと断ち切ってしまえ」

勇者「……本当に、大丈夫なんでしょうか」

剣聖「案ずるな、人は強い。お前一人が旅に出たところで滅びはせぬよ」

勇者「……それは、経験からですか」

剣聖「ああ、人間の生への執着は凄まじい。力なき者ほど、それは強い」

剣聖「魔神族など無頓着なものだ。余程のことがない限り、死ぬことはないからな」

勇者「お師匠様には、怖れや執着はないんですか」

剣聖「ん? 俺か? 俺は、どうだろうなぁ…」


サァァァ…

剣聖「ふーっ…冷えてきたな」

剣聖「俺は部屋に戻る。旅に出るか否か、それはお前が決めろ」

剣聖「その気があるなら精霊と話してみろ。十中八九、反対するだろうがな」

剣聖「長々と話したが……俺が言いたいのは、やりたいようにやれ。それだけだ」


ザッザッザッ…


勇者「結局、いつものようにはぐらかされたな」

勇者「でも、戦いの先、人の道か……強くなることばかりに囚われて、考えたことなかったな」

勇者「旅、旅か……精霊が帰って来たら話してみよう」





精霊「そろそろ時間ね。では、今日の内容を復唱しなさい」

特部隊長「……魔神族に魔術は通用するが、体表面を覆う魔力を貫通するには元素が必要となる」

特部隊長「但し、彼等の防壁を突破貫通することは容易ではない。相当量の元素が必要になる」

特部隊長「完全種に対しても魔術は有効で、魔力に耐性はあるが、元素には耐性がない」


精霊「……続けて」

特部隊長「……魔術師と戦闘になった場合は、どの属性に長けているのかを見極めることが肝要」

特部隊長「四属性の中で最も揮発性の高いのが火術であり、火術を高威力で扱える魔術師は総じて魔力が高いとされる」

特部隊長「……だったか? 抜けている箇所があれば言ってくれ」

精霊「いえ、概ね合ってるわ。今日はここまでにしましょう」

特部隊長「ふぅ…今日も勉強になったよ。いつも城に足を運んでもらって済まない」

特部隊長「教えを請うのであれば、此方から出向くのが筋だというのに……」

精霊「お礼なんていいのよ。勇者は剣聖と修業中で、私は暇だから」


特部隊長「何だか不満そうだな」

精霊「あら、顔に出ていたかしら?」

特部隊長「北部の一件が終わってから、ちょくちょく顔を合わせているからな」

特部隊長「それほど時間は経っていないが、少しくらいは分かる。勇者が心配なのか?」

精霊「……心配というか、何と言ったらいいのかしら。私にも分からないわ」

特部隊長「分からない? あなたにも分からないことがあるとは意外だな」

精霊「知った気でいただけよ。私にだって分からないことはあるわ」

精霊「あの子が何を考えているのかさえ、最近は分からないもの……」

特部隊長「勇者が幼い頃から共にいると聞いたが……」


精霊「過ごした時間が長いからといって、多くを理解していることにはならないわ」

精霊「北部騒乱以降は口数も減って、考え込むことも多くなった……」

精霊「以前は答えを求めてきたけれど、今では自分で答えを導き出せる」

精霊「あの子は成長したわ。この先、私が世話を焼く必要はないかもしれない」

精霊「ついこの前までは子供だったのに……何だか、随分と昔のことのように感じる……」

特部隊長「……北部に渡ったのは、魔術で肉体の成長を促進させる為だと聞いた」

特部隊長「俺は成長した後の姿しか知らないが、あなたは以前から共にいる」

特部隊長「共にいたからこそ、勇者の急激な成長に戸惑っているんじゃないのか?」

精霊「そうね。それもあるかもしれないわ……」

精霊「こんなことを言うのは、自分でも意外だけれど、寂しいのかもしれない」


特部隊長「帰ったら話せばいい。彼には、あなたが必要だ」

精霊「そうかしら?」

特部隊長「ああ、彼は多くを背負いすぎている。将軍の死や赤髪部隊の存在、感じるところはあったはずだ」

特部隊長「第一、あの歳で戦に身を投じるのは早過ぎる。成長したとはいはえ、彼は子供だ……」

特部隊長「多感な年頃だろうし、道を誤る可能性もある。支えとなる人物が必要だ」

精霊「…………」

特部隊長「……っ、いや、済まない。憶測で知ったような口を…」

精霊「別に怒ってないわよ。ただ、人間関係で悩む日が来るなんて思いもしなかったから……」

精霊「ハァ…人間の色々から解放される為に、この体になったっていうのに……」


特部隊長「……一つ、訊きたいことがある」

精霊「何かしら」

特部隊長「以前から気になっていたんだが、何故、人間であることをやめたんだ」

精霊「…そうね…きっと、人間ではなかったからでしょうね」

特部隊長「それは…」

精霊「別に深い意味はないのよ? 人間らしくない人間だったってだけ」

精霊「私自身、今の方が人間らしいと思える」

精霊「以前の私なら、こんな風に誰かと話すことなんてなかったもの……」


特部隊長「……そうか」

精霊「…………」

特部隊長「…………」

精霊「……そろそろ帰るわ」

精霊「しっかり復習して、下位の魔術くらいは扱えるようになりなさい」

精霊「魔導鎧があるから、魔術を使う機会は滅多にないかもしれないけれど、覚えて損はない」

特部隊長「折角教えてもらったんだ。無駄にはしないよ。じゃあ…気を付けて」

精霊「ええ、さようなら」フワッ


ヒュン…


特部隊長「………はぁ…」

魔導鎧「大尉、講義は終了しました」

魔導鎧「講義終了後の魔力鍛練、術法練習を始めないのですか?」


特部隊長「いや、今は止めておくよ」

特部隊長「雑念が払えない……これでは、とても集中出来そうにない」

魔導鎧「雑念とは、精霊のことですか?」

特部隊長「……ああ、彼女の気持ちも考えずに、余計なことを言ってしまったからな」

特部隊長「元気付けるつもりだったんだが……彼女相手には難しいようだ」

特部隊長「彼女と俺では、生きた時間が違いすぎる。軽々しく口を開くべきではなかった」

魔導鎧「そんなことはないと思います。大尉の気持ちは伝わっています」

特部隊長「……彼女のことが分かるのか?」

魔導鎧「はい。仮に、不快だと感じていたのなら、そう言っていたはずです」

魔導鎧「精霊は他人を罵倒することに躊躇いはありません」

魔導鎧「何も言わなかったということは、大尉の心遣いを不快だとは感じなかったからでしょう」


魔導鎧「まあ、悪くないわね……」

魔導鎧「くらいには思っているはずです。ですから安心して下さい」

特部隊長「(精霊は魔導鎧の思考の基となった人物だ。感覚的に理解出来るのか?)」

特部隊長「(仕組みはさっぱり分からないが、声や思考が似ているのはその為なのだろうか)」

魔導鎧「大尉」

特部隊長「ん、何だ?」

魔導鎧「大尉は、人間に興味がないのですか?」

特部隊長「……済まないが質問の意味が分からない。何が言いたいんだ?」

魔導鎧「短い間ではありますが、大尉が人間関係で悩むところを見たことはありません」

魔導鎧「東軍には未だ大尉に不満を抱いている方もいますが、それに対して悩んでいるとも思えません」

魔導鎧「それは恐らく、大尉が行動で示せばよいという考えを持っているからでしょう」


特部隊長「……………」

魔導鎧「彼等は軍人です」

魔導鎧「常日頃から生きるか死ぬかの中にある彼等に対し、言葉で信頼を勝ち取るのは非常に難しいと思われます」

魔導鎧「事実、北部騒乱以降、批判的な声は以前より少なくなりました」

魔導鎧「戦場での行動が評価され、大尉に対する認識が改まったのは確かです」

特部隊長「……話が見えないな。今の話と精霊に何の関係がある」

魔導鎧「全く関係がないからこそ疑問なのです」

特部隊長「何?」

魔導鎧「今現在、軍部の信頼を勝ち取ることの方が重要です」

魔導鎧「だというのに、大尉は精霊を案じている。それは何故ですか?」

魔導鎧「軍内部の批判など意に介さない大尉が、精霊の顔色一つで頭を抱えている。疑問でなりません」

特部隊長「それで、人間に興味がないと言ったのか……」


魔導鎧「はい。違いますか?」

特部隊長「ああ、人間に興味がないというわけではないよ。どう対処すべきかを知っているだけだ」

魔導鎧「知っているとは?」

特部隊長「君が言うように、信頼を得たり、良い関係を築くには語るより動いた方がいい」

特部隊長「戦場では尚更だ」

特部隊長「隊を率いる者には、適切な判断と献身的な行動が求められる」

特部隊長「傍らに死がある状況下で、冷静な判断力と実行力が問われるんだ」

特部隊長「俺は戦場には慣れているが、先程のようなやり取りには慣れていない」

特部隊長「戦場とは真逆…日常の中で、行動ではなく言葉で表現するというのが、どうも苦手なんだ」

魔導鎧「成る程、だから悩んでいたのですね。安心しました」


特部隊長「安心?」

魔導鎧「はい。人間には一切興味がなく、精霊のような、曖昧な存在に惹かれる傾向があるのかと……」

特部隊長「惹かれているかは別として、知的で魅力的な女性だと思うが…」

魔導鎧「……………」

特部隊長「どうしたんだ?」

魔導鎧「大尉、彼女は駄目です。大尉は人間の女性と結ばれて幸せになって下さい」

特部隊長「飛躍し過ぎだ」

特部隊長「結婚以前に、そもそも恋愛する時間などないし、する気もない……」


魔導鎧「大尉?」

特部隊長「あ…いや、何でもない。落ち着いたし、そろそろ訓練場に移動しよう」

特部隊長「下位魔術とはいえ、部屋の中で練習するのは危険だからな」

特部隊長「一応着替えを用意しておいた方が良いな。済まないが少し待っていてくれ」

魔導鎧「……はい、了解しました。私は部屋の前で待機しています」ガシュッ


ガチャ…パタン……


魔導鎧「(この感覚…この揺らぎは何なのでしょう)」

魔導鎧「(精霊は大尉に知識を与えた。なら私は? 私は大尉に何を…)」

魔導鎧「(……やめましょう。私は大尉を守る為にあればいい。他に何かをする必要はない)」

魔導鎧「(私は、その為に造られたものでしかない。私は魔導鎧、精霊ではない。私は私……)」


ガチャ…

特部隊長「待たせたな。さあ、行こうか」

魔導鎧「はい」

特部隊長「しかし、訓練の度に魔術を受けて貰って済まないな……」

特部隊長「低威力とはいえ、魔術の的にされるのは気分が良いものではないだろう?」

魔導鎧「問題ありません。大尉の魔術では傷一つ付かないので、安心して下さい」

特部隊長「……確かにその通りなんだが、はっきり言われると少々傷付くな」

魔導鎧「大尉、何事も継続ですよ」

特部隊長「はははっ、ああ、そうだな。焦らずに今出来ることを地道に続けるよ」


ザッ…ザッ…ザッ…


魔導鎧「(私には、何が出来るのでしょう)」

魔導鎧「(精霊は知識を与えた。私も、大尉に何かを与えることが出来るのでしょうか……)」


ガシュッ…ガシュッ…ガシュッ…


>>>>>

同日夜 剣聖の屋敷

精霊「……話って何かしら」

勇者「お師匠様と話してみて、色々考えたんだ。北部でのことや、これから先のことを……」

精霊「あれから、ずっと考え込んでいたものね。どう? 答えは出た?」

勇者「いや、まだ出てない。でも、お師匠様から一人旅に出てみたらどうかって言われたんだ」

精霊「ッ!!」

精霊「……そう。あなたはどうしたいの?」

勇者「今すぐってわけじゃないけど、近いうちに旅に出ようかと考えてる」

精霊「……東王や王妃、王女様には話さないつもり?」

勇者「話さない。今の状況で東王様と話せば、東部を離れられなくなるかもしれない」

勇者「北部の件以降、勇者は軍に所属すべきだって声が日に日に強くなってる……」

勇者「僕を崇める人まで出始めて、最近は色々と問題が起きてるらしいし……」

勇者「東王様は、勇者は自由であるべきだと訴えてるけど、民衆の声を抑えるのも限界がある」


勇者「これ以上、迷惑は掛けられない」

精霊「だから旅に出るというの?」

勇者「それもあるけど、それだけじゃない……」

勇者「北部では君の忠告も聞かずに突っ走って、神聖術師に捕らえられた」

勇者「挙げ句、王女様までも危険に晒してしまった……」

精霊「…………」

勇者「……それに、単独行動に走る人間が軍に入ったところで、足を引っ張るだけだ」

勇者「東西合併してから日は浅い。軍に余計な揉め事を増やすのは避けたい」

精霊「勇者、あなたにどんな考えがあろうと、あなたが居なくなれば民衆は混乱する。非難の声も挙がるでしょう」

精霊「あなたが何を考え、何を想うのか、彼等には伝わらないわ」


精霊「……いえ、違うわね」

精霊「きっと、理由を話したところで知ろうとすらしないでしょう」

精霊「あなたを勇者としてしか見ていない人間には、あなたの姿は見えない」

精霊「……崇拝だなんて、理解からは程遠いもの」

勇者「…………」

精霊「勇者、私は何も言わないわ。あなたが決めたのなら、それでいい」

精霊「もっと我が儘になってもいいくらいだわ」

勇者「……精霊…」

精霊「ふふっ、どうしたの? 怒鳴り散らして反対するとでも思っていのたかしら?」

勇者「まあ、うん……正直、こんな風に話せるなんて思ってなかったから」


精霊「それは私もよ」

精霊「旅に出るなんて聞いて、こんなに冷静でいられるなんて、自分でも驚いてるもの……」

精霊「でも、そうね……」

精霊「あなたが旅に出たら、とても寂しくなるでしょうね」

勇者「…っ…子供のお守りには飽き飽きしてたんだろ? ようやく一休み出来るじゃないか」

勇者「他にもほら、前に色々言ってたろ? 私は束縛されるのが嫌いだとか……」

精霊「ええ、そんなことも言ったわね。けれど、やることがなくなってしまったわ」

精霊「ついこの前まで、泣き虫で寂しがり屋で聞き分けがなくて小憎たらしい…小さな…」

精霊「小さな…ほんの小さな、子供だったのに……」


ギュッ…


勇者「…………」

精霊「あっという間に、こんなに大きくなって……」

勇者「精霊のお陰だよ。君が傍にいたから、僕は成長出来たんだ」


精霊「……無理しちゃ駄目よ」

勇者「うん」

精霊「朝昼晩、三食きちんと食べるのよ?」

勇者「うん」

精霊「それから…それから…無理しちゃ駄目…」

勇者「……大丈夫、分かってる」

精霊「………そう、ならいいわ」

勇者「精霊に、ずっと言いたかったことがあるんだ」


精霊「何かしら?」

勇者「……精霊と一緒にいると落ち着くよ。いつの日からか、家族のように思ってた」

勇者「歳の離れた、お姉さんのような、母さんのような……」

勇者「あんまり上手く言えないけど、そんな風に思ってる」

精霊「今の言葉、王妃が聞いたら嫉妬するでしょうね。今度会ったら自慢しようかしら」

勇者「あのさ、本当に止めてくれる? 会いにくくなるから」

精霊「ふふっ、冗談よ。それより、どんな旅にするつもり?」

勇者「お師匠様は自分を知れと言った。誰かの模倣は止めて、自分自身の声を聞けと……」

勇者「僕は僕の足で歩いて、僕の目で見て、僕が出来ることをする」


勇者「……僕等が知らないだけで、苦しんでる人は何処かにいるはずだ」

勇者「此処に、都に声の届かない人達の助けになりたいと考えてる」

勇者「後は、そうだな。感情を抑える術を学ばないと駄目だと思う」

勇者「戦いの経験だけじゃなくて、何て言うか……とにかく、色々な経験をしたい」

勇者「昔、君とお兄ちゃんと三人で旅した場所を巡りながら……」

精霊「……なら、母親に会いなさい」

勇者「えっ?」

精霊「今まで一度も連絡を取らずにいたでしょう。手紙を渡すだけでもいい、きっと彼女も安心するわ」


勇者「……………」

精霊「勇者、今のあなたは、親しい人物が危険に晒されるのを怖れている」

精霊「王女様の件で、以前より更に過敏になっているのは分かるわ。でも、旅に出るなら会うべきよ」

勇者「……大丈夫かな」

精霊「こんな言い方はしたくはないけれど、あなたが行く場所は、全て危険になる」

精霊「母親のいる村だろうと、王女のいる都だろうと関係ない」

精霊「向こう……魔神族がその気になれば、何処だろうと戦場になる」

勇者「……開き直れって言うのか」

精霊「ええ、それくらいの心の強さ…図太さがなければ、とてもじゃないけど旅なんて出来ないわ」

精霊「少なくとも、あなたが今でも背中を追っている男は、旅の最中に怯えたことなどなかった」


勇者「!!」

精霊「彼が戦っていたのは、目に見える脅威だけじゃない」

精霊「ふいに襲い来る不安、いつ来るとも知れない魔神族への恐怖…」

精霊「傍らには、守らなければならない幼い命もあった。その重圧は凄まじかったはずよ」

精霊「けれど彼は、何処で何が襲い掛かって来ようと負けなかった」

精霊「……旅に出たら、何が起きても自分で対処しなければならない」

精霊「あの頃とは違う。あなたを守ってくれる存在は、もういないの」

精霊「脅かすつもりはないけれど、それだけは覚悟しておきなさい」

勇者「……分かった」

精霊「……母親に会うかどうかは、あなたが決めなさい」


精霊「でも、もし会うのなら……」

精霊「あなたは嫌がるでしょうけど、身元を偽って会えば長居せずに済むわ」

精霊「まあ、偽ったところで、会った瞬間に息子だということは分かるでしょうけどね……」

勇者「じゃあ、嘘を吐くことないだろ?」

精霊「柔軟な対応を身に付けなさいってことよ。分かる?」

勇者「……時と場合によるだろうけど、考えとくよ」

精霊「そんなに深く考えなくても大丈夫よ。そういう嘘は自然と出るものらしいから」

勇者「そうなの?」

精霊「そういうものよ。時には真実よりも、偽りの言葉が救いになることもある」

精霊「それが、偽りだと分かっていてもね」


勇者「……僕には、まだ分からない。そんな時が来たら、その時に考えてみる」

精霊「ええ、今はそれでいいわ。いずれ分かる時が来るでしょうから」

精霊「それにしても……フゥ…何だか、今日はやけに疲れたわ」

勇者「あ、今日も大尉さんの所に行ったんだ? 大尉さんって勉強熱心な人なんだね」

精霊「ええ、勤勉で実直な優等生ね。元帥が気に入るのも頷けるわ」

勇者「へ~、一度ゆっくり話したりしたかったなぁ」

精霊「(気が合いそうではあるけれど、かなり地味な会話になりそうね)」

勇者「……それじゃ…もう遅いし、そろそろ自分の部屋に戻るよ」

精霊「本気で旅に出るつもりなら、今の内から準備しておきなさいよ?」


勇者「うん、分かったよ」

勇者「今日は、久しぶりに精霊と話せて良かった。お休みなさい」

精霊「ええ、お休みなさい」


カララ…パタン…


精霊「(……いつでも体に入れる準備は出来てる。あの子が行っても、私がいれば問題無い)」

精霊「(ハァ…全く。たかだか数年で、私も随分と甘くなったものね)」

勇者『歳の離れた姉のような、母さんのような……上手くは言えないけど、そんな風に思ってる』

精霊「(ふふっ…まさか、あんな言葉が聞けるなんて思いもしなかったわ)」


『彼には支えが必要だ』


精霊「(これでは、どちらが支えられているか分からないわね)」

精霊「(……でも、そうね。上手く表現出来ないけれど、悪い気はしないわ)」

かなり眠いので寝ます

>>199>>200の間が抜けていました。


剣聖「囚われずにいることは良いことだ」

剣聖「此処へ来たばかりの頃のお前は、巡る季節を見ようともしなかった」

剣聖「明けても暮れても稽古ばかり、山々や木々の彩りになど気付きやしない……」

剣聖「頭にあるのは業の研鑽、堅く握った剣から目を離そうとはしなかった」

勇者「……僕は、あの頃より成長しましたか?」

剣聖「お前はどう思う」

勇者「それは、まあ…色々ありましたから……前よりは見えるようになったと思います」

剣聖「そうか。お前がそう感じると言うなら、成長したのだろうな」

今後気を付けます。また明日


>>>>>

8日後…

剣聖「……とまあ、そういうわけだ」

東王「……そうか、寂しくなるな。しかし、丁度良かったのかもしれん」

剣聖「なんだ、何かあったのか?」

東王「ああ、とても厄介な人物が勇者に会いたいと書状を送ってきてな……」

東王「勇者の行動は私が決定することではない、彼の行動は彼の意思に任せる」

東王「……とは答えたが、どうにも諦めてくれそうになくてな。困っていたところだ」

剣聖「託神教…教皇か? いつになったら出て来るかと思っていたが、案外遅かったな」

東王「……彼のことだ。勇者が民衆の支持を得るのを待っていたのかもしれん」

東王「今の世、異形種出現後、目に見えて神に縋る者が多くなった」

東王「教皇と勇者が会談したとなれば、教義に関心のなかった民衆からも支持を得られる」


東王「書状には……」

東王「勇者は国の垣根を越えて悩める人々を救い、罪深き魔術師をも救った」

東王「……などと、手放しの絶賛、賞賛する文面が長々と続いていたよ」

剣聖「ふーっ……何が罪深き魔術師か。彼奴等も医療術を使っておるだろうに……」

剣聖「誰が何を信じるかは勝手だが、つくづく厄介な連中だ」

東王「いいや、真に厄介なのは救いを求める人の心だ」

東王「暗黒の世を浄化し、後の千年へと導く者。彼等が呼ぶところの救世主……」

東王「勇者こそが救世主だと、そう信じる者も少なくない」

剣聖「……暗黒の世、彼奴等が言うところの試練か」

剣聖「今の状況すら神が与えたものと信じているとは、全く以て理解出来んな」


東王「……そうだな」

東王「だが、信仰の力とは凄まじいものだ。時折、言い知れぬ怖ろしさを感じることがある」

東王「全てを神に託し、新たな始まりに備えよ。崇め、祈り、唱え……さすれば……」

剣聖「天上の父が、汝に降り掛かる災厄を悉く討ち払うであろう。か?」

東王「流石に知っているか……以前なら信じなかったが、その文言、あながち間違ってはいないのかもしれん」

剣聖「…………」

東王「西部は事実上の崩壊。北部は北王が尽力しているが、復興は未だ遠い」

東王「そんな中で唯一、人々による争い、内乱が起きていないのが南部だ……」

東王「異形種による被害は少なくないとは言えないが、教徒が積極的に異形種討伐に参加している」

東王「我々からすれば命を捨てるような行為だが、彼等からすれば『あるべき場所に還る』だ」

東王「強制でも、命令でもない。彼らは『自ら望んで』命を散らす……」


東王「それにだ。嘗ての赤髪狩りの件もある」

東王「赤髪狩りは教皇が南王に進言したのだと、父上から聞かされた」

東王「あの頃以上に、教皇の力は増している。今や南王をも凌ぐ発言権を持っていると言っても過言では無い」

剣聖「……………」

東王「……長くなったな、この話はまたにしよう。まだ動きがない以上、暫くは様子を見なければならない」

剣聖「……そうか。では、俺は行くぞ。まだ、やらねばならんことがある」

東王「分かった。勇者のことは心配するな、民衆への対応は任せてくれ」

剣聖「弟子が迷惑を掛けて済まんな」

東王「なに、気にすることはない。軍に属しているわけでもない。一人の少年が、旅に出るだけだ」

東王「事を大きく捉え、あれやこれやと騒ぐ方がどうにかしている」

剣聖「勇者の管理者…と、呼ばれる男が口にする言葉と思えんな」

東王「いつからかそう呼ばれるようになったが、一度たりとも名乗った憶えはない」


剣聖「分かった分かった」

剣聖「ほんの冗談だ。そう怖い顔をするな。時に、姫君は?」

東王「ん? 娘なら、おそらく城内庭園にいるだろう」

東王「勇者帰還後、以前に増して考え事が多くなってな。今も物思いに耽っている」

東王「残っている用事とは、娘に?」

剣聖「ああ、弟子に頼まれたものでな。まったく、師が弟子に使いを頼まれるとは思いもしなんだ」

東王「……変わったな。剣士を弟子にした頃とは、まるで違う」

剣聖「剣士の奴は、優秀で手の掛からなかったからなぁ……水をやらずとも勝手に育った」

剣聖「剣を振らずとも剣を学べるような奴でな。あれ程に目が良い奴は……」

剣聖「……まあ、そうはおらんだろうな。あまりに出来が良すぎて、可愛げが無かったが」


東王「はははっ!」

東王「勇者君はどうだ? やはり、放ってはおけないか?」

剣聖「お前も分かるだろうが、何かと危なっかしい奴で見てられん……」

剣聖「この前など、王女に手紙を書くか否かで三日三晩悩んでおった」

東王「……ほう、それは何故?」

剣聖「心配を掛けない為に書くか、心配を掛けない為に書かずに行くか……だそうだ」

剣聖「真顔で何を相談してきたかと思えば、そんなことばかり口にする。馬鹿馬鹿しくて何も言えん」

東王「ふっ、勇者君らしいじゃないか」

剣聖「まあ、そう言われれば何も言えん……あぁ、忘れるところであった。ほれ」スッ


東王「これは、私宛てか?」

剣聖「お前と、王妃様に宛てたものだ。但し、今は読むな。今の内に心を決めて、夜にでも読め」

東王「何だ、まるで中身を見たような言い方だな」

剣聖「中身など見なくとも容易に想像出来るだろう。王妃様が号泣し、城内が騒ぎになる様がな」

東王「……何をしたところで、どの道、泣くと思うのだが」

剣聖「其処は亭主が何とかしろ。さて、俺はそろそろ行く。姫君にも渡さねばならんからな」

東王「分かった。娘を宜しく頼む」

剣聖「言っておくが、取り乱した姫君に気の利いた言葉など言えんぞ?」

東王「いや、それでは困るな。涙を流したのであれば気を静め。怒れば宥めてやって欲しい」

東王「想いの込められた手紙を渡す者には、そうする義務がある。それに、師としての責任もな」

剣聖「はぁ…やはり、無理にでも精霊に任せておくべきだったか……」

短いけど此処まで寝ます


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王女「ハァ…ハァ…」

王女「(まるで駄目ですね。いくら剣を振ってみても、すっきりしない)」

王女「(あの時……)」


神聖術師『……私は勇者を愛している』

神聖術師『けれど悔しいことに、勇者はあなたを愛しているようだ』

神聖術師『だから、あなたを殺して、勇者の傷付いた心を癒すことにした』

神聖術師『心も体も、全てを私の物にする。お前という存在は、邪魔でしかない』


王女「(神聖術師に襲撃されて以来、勇者の枷であるという考えが頭から離れない)」

王女「(事実、そうなのでしょうね。そうだろうと言われれば、否定は出来ない)」

王女「(戦いの中で役立てるわけもない、会って励ますことすら……)」

王女「(精霊さんや魔女さんのような、戦える女性が羨ましい)」

王女「(戦い傷付くのが常であっても、共に居られるのなら。わたくしはそれで…)」


王女「などと、何を馬鹿なことを……ッ!!」


ヒュンッ!ブンッ!ヒュッ!


王女「(戦場でも構わないから共に居たい? 覚悟のない者の戯れ言、ただの我が侭ではないですか)」

王女「(身を案じるだけなら、待つだけなら、誰にでも出来る)」

王女「(ならば、待っている間に何を出来るか考えるべきでしょう)」

王女「(……かと言って、そう簡単に浮かぶ訳もない)」

王女「(父様に世の現状を知らされてはいるものの、わたくしごときが口出し出来る問題ではない)」

王女「(西部には支援隊を派遣、復興はまだまだ先になりそうですが、概ね順調)」

王女「(しかしながら軍は東西合併以降、未だに足並みが揃っているとは言えない)」

王女「(北部は崩壊こそ免れたものの、土台から造り直さなければならないでしょう)」

王女「(北王は不眠不休で建て直しの策を練り、自ら指揮している)」

王女「(それぞれが前に進んでいるけれど、問題は山積み。人が危機に瀕しているのは間違いない)」

王女「(……今や、かつて啀み合っていた人達が手を取り合っている)」

王女「(全ては、異形種出現があったから成し得たこと。何とも皮肉な……)」


カサッ…

王女「!?」バッ

剣聖「随分と迷っておられる御様子。それでは、斬れるものも斬れませぬ」

王女「……剣聖様」

剣聖「お久し振りに御座います」

剣聖「今日は姫君に急ぎの報せがあり登城した次第。突然の訪問、何卒ご容赦頂きたく……」

王女「ふふっ、畏まった振りは止して下さい。可笑しくて真面目に話せません」

王女「それで、急ぎの報せとは何でしょう?」

剣聖「これを…」スッ

王女「手紙?」

剣聖「それは我が弟子、勇者から預かった物。どうか姫君に渡して欲しいと懇願され申した」


王女「……………」


『突然だけど、旅に出ることにした』

『北部の一件で、僕の存在は広く認知されることになった。良くも、悪くも…』

『その所為か、体が重いんだ。色々なものが纏わり付いて、思うように動かない』

『だから一度、枠から外れようと思う。東部の勇者とかじゃなくて、何て言えばいいのかな……』

『東部だけじゃなくて、何処にでも現れる勇者……そんな感じになりたい』

『誰かに命じられて戦うんじゃない、自分自身の意志に従って戦うんだ』

『この考えが、とても危険なものだとは理解してる。真実を見誤れば大惨事を招くから……』

『だから、物事を見極められる目を養おうと思う。飛び交う情報に惑わされない為にも』

『それに、軍の手の届かない場所にも僕なら行けるだろ? 旅に出るのは、その為でもあるんだ』

『出来ることなら、会って伝えたかった。君の顔を見て話したかった』

『旅立つ前に、君の声を聞きたかった……文字にすると恥ずかしいけど、そう思ってる』

『君が手紙を読んでる頃は、既に旅に出た後だろうけど……行ってきます。体に気を付けて』


王女「(行ってらっしゃい、勇者。どうか、お元気で……?)」


王女「この、分厚い紐のようなものは何です?」

剣聖「それはおそらく、勇者が編んだ物にございます」

剣聖「手首に結び付けるそうで、まじないが宿るとも言われておりまする」

王女「まじない、ですか。何か由縁が?」

剣聖「……その昔、とある娘が恋をした。相手方は由緒あるお家柄、美男子だったそうな」

剣聖「周りの女子は競うように煌びやかな品を贈り、その男の心を掴もうと躍起になっていた」

剣聖「しかしながら娘の家柄は貧しく、他の女子のように贈り物などしようにも、とてもとても……」


王女「…………」

剣聖「そこで娘は、一着だけ残して他の着物を解き、組み紐にして渡した」

剣聖「当然、周りの女子は笑い物にした。何せ、着ているのは襤褸切れのような着物…」

剣聖「手は土仕事でぼろぼろ、体は痩せ細っていて見られたものではない」

剣聖「男は受け取るかどうか悩んだが、娘の着物を見て悟った」

剣聖「組み紐が、娘の着物から作られたことを」

王女「彼は、何故分かったのです?」

剣聖「他の女子とは違い、娘は少ない着物を着回していた。少ない配色だからこそ気付いたと言われております」

王女「ということは、彼も彼女を見ていたのでしょうか? 初めから気になっていたとか?」

剣聖「いやいや。会う度に色が変わる女子達の中、一人だけそんな娘がおれば嫌でも憶えましょう」


王女「会う度に、色が変わる……」


王女『実際、仲の良かった方が突然態度を変えて接してきたこともありましたから』

勇者『ふーん、僕は会えないからって嫌いになんてならないよ?』

王女『勇者、それは本当の言葉ですか?』

勇者『本当の本当。だって僕は、嘘つき王子様じゃないから』ウン


王女「……………」

剣聖「……男は改めて娘に訊ね。娘が思いの丈を伝えると、男はその健気さに惚れた」

剣聖「こんなにも美しい贈り物を貰ったのは初めてだと、人目憚らず涙した」

剣聖「その後、紆余曲折を経て二人は結ばれ、お家は益々繁栄した、と言われておりまする」


王女「では、これは……」

剣聖「ん? まあ、文には書かずとも『そういうこと』でございましょうなぁ」

王女「……それが、わたくしの想う『そういうこと』ならば、喜んで結びましょう」キュッ

王女「剣聖様、ありがとうございます。煙っていた胸の内が晴れたような気がします」

剣聖「(顔付きが変わったか。勇者、この手の女子は、その気にさせると厄介だぞ……)」





勇者「!?」バッ

シーン…

勇者「(あれ、誰も居ない。少し過敏になり過ぎてるのかな)」

勇者「(そろそろ、村に着く……此処に来るまで襲ってきた魔神族は7体…)」

勇者「(予想してたより多い。やっぱり、軍が守ってる都近辺とは訳が違う)」

勇者「(言語を介さない下位の魔神族だけど、群れて行動する奴もいたし)」

勇者「(最後に倒した奴の牙には、衣服の切れ端が挟まってた。あれは、おそらく子供の……)」

勇者「……………」ピタッ

勇者「(森に入って、残りの奴をおびき寄せるか……まだ気配がある、居るのは間違いない)」

勇者「(僕に寄ってくるって言うなら、それを利用するまでだ)」

短くて申し訳ない。また今度。
勇者「救いたければ手を汚せ」短編 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475602616/)
設定とか主要人物以外の話を書いてます。よかったら見て下さい。


ガサッ…ガサッ……

勇者「(近くに川があるし、ここら辺がいいな)」トスン

勇者「(村にはいつでも行ける。奴等の数を減らしてからでも遅くない)」

勇者「(あれは多分、召喚士が使役してた魔の獣と同じ類い。あれよりも下位、野犬程度なんだろうけど……)」

勇者「(好んで人を襲うのは共通してるし、力や俊敏性は野犬とは比べ物にならない)」

勇者「(魔神族がいた頃は、あんなのが普通に彷徨いてたのか……)」

勇者「(いつ殺されるかも分からない恐怖。人は、日々を怯えながら生きてたのかもしれない)」

勇者「……はぁ」

勇者「(暗いからか、気が滅入るな)」

勇者「(森の中からだと分かりにくいけど、日が暮れるのも随分早くなった)」

勇者「(落ち葉のぶつかる音が、やけに大きく感じる。静かだから、余計に……)」


勇者「…………」スッ


【救世主】
【神の子】

【穢れなき者】
【安息の千年をもたらす者】


勇者「……振り払え。想いに取り憑かれるな」

カサッ…

勇者「想いが絡み付く前に、動け」クルッ

ザンッ!

勇者「(囲まれたのは承知の上だけど、どんどん増えてる)」

ザンッ!ゴシャッ!

勇者「(以前からこの森にいたのか、僕が居るから新たに湧いて出たのか……)」タンッ

ズシャッ!

勇者「(どっちにしろ、人を狙ってるのは確かなんだ。だったら…)」


勇者「…………」ググッ

ザンッ!ゴキャッ!ザシュッ!

勇者「(一匹残らず、斬り捨てる)」

ザシュッ!

勇者「(群れの仲間がやられても、あくまで向かって来るか。怯えや恐怖はないのか?)」

勇者「(あるべき本能。生き延びることより、人間…僕を殺すことを優先してる?)」


ズシャッ!ザンッ!


勇者「僕が、何をしたっていうんだ……」タンッ

勇者「(生まれた時から狙われて、お兄ちゃんを殺されて…)」

勇者「(僕の存在が、そんなに憎いのか? だから、周りの人の命まで奪ったのか?)」

ガブッ…

勇者「(痛ッ…くっ!!)」ガシッ

ゴキッ!

勇者「…ハァッ…ハァッ…止まるな、動け」タンッ

ゴシャッ…ズドッッ…

勇者「(……今は、何も考えるな)」




ザシュッ…ゴシャッ…ズンッッ…ザンッ…




勇者「…ハァッ…ハァッ…ゲホッ…」

勇者「(そういえば、初めてだな。これだけの数を相手にしたのは…)」チラッ

勇者「(僕は血塗れなのに、刀身は綺麗なままだ……血を弾く術式とかあるのかな)」

勇者「…ハァッ…ハァッ…」

勇者「…フーッ…それにしても、酷い臭いだ。体と…服も洗わないとな」

勇者「……荷物、あの木の根元だっけ」ザッ

ガサガサ…

勇者「あ、あった。早く、川に行かないと……」


ザッザッザッ……


勇者「(うわ、明るいな。月明かりが眩しいくらいだ。血が乾く前に、服から洗おう)」

ジャブジャブ…

勇者「(……目立たない程度には落ちた、かな。精霊から貰った外套、脱いでて良かった)」

勇者「(汚したら、何を言われる分かったもんじゃない。大事にしないと…あっ、熊だ)」


…チラッ…ザブザブ…

勇者「(……行ったか)」

勇者「(熊だって、普段から凶暴ってわけじゃないんだな)」

勇者「(どんな獣にも穏やか時はある。魔の獣には、それがない……)」

勇者「駄目だ。やっぱり、一人だと考え事が多くなるな」タンッ


ザブンッ!


勇者「ぷはぁっ! あ~、寒ッ!!」

勇者「つ、冷たいけど、考えなくて済む。心地良いくらいだ…もう一回潜ろ」

ドブンッ…

勇者「(何か、水の中って落ち着く…体から、余計なものが剥がれていく気がする)」

勇者「(木々の鳴らす音とは全然違う。川の流れ、水音は止まないんだ)」

勇者「(……水中にも水面にも月がある。月明かりもゆらゆらしてて、不思議な感じ)」

勇者「(綺麗だなぁ…もう少し見ていたいけど、やっぱり寒い。そろそろ上がろ)」ザバッ


勇者「はぁ~、さっぱりした」ブルブル

ザブザブ…ザバッ…トコトコ…

勇者「う~、寒いッ!」

勇者「さ、さっぱりしたけど、水の中より寒いッ…か、か、風が痛いくらい寒い」ガタガタ

勇者「い、勢いに任せて飛び込んだのが間違いだった。は、早いとこ、着替えないと…」


スルッ…キュッ…バサッ…


勇者「だ、駄目だ」

勇者「ふ、服着ても寒い。が、外套羽織っても寒い。芯から冷えてる」ガタガタ

コソコソ…ジーッ…

勇者「…………」カチャッ

…シーン…

勇者「(何かいるな。でも、魔神族みたいな禍々しさは感じない。兎か何かかな……)」

勇者「…………」ブルッ

勇者「と、とりあえず、枯れ枝を集めて火をおこそう。このままじゃ寒くて駄目だ」


パチパチッ…

勇者「あ~、暖かい。眠い…」ボー

勇者「(今からテント張って、寝床作るのか。嫌だなぁ、面倒臭い、このまま眠りたい)」

勇者「……………」ポケー

カサッ…コソコソ…

勇者「……………」カクンッ

勇者「…ハッ…もう少しで寝るとこだった。テント張らないと」


ゴソゴソ…カンカンッ……


勇者「(何か、変な感じだ)」

勇者「(一人旅って、もっと気楽なものだと思ってたけど、違うみたいだ)」

勇者「(いつもは精霊が傍にいて、口煩くて……退屈だとか思わなかった)」

勇者「(はぁ、一人は寂しい。なんて言ったら、精霊に笑われるだろうなぁ)」

勇者「良しっ、出来た。火も消したし寝よう」ガサッ

ゴロン…

勇者「(………)」パカッ

勇者「(………王女様、お休みなさい)」


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翌朝 川辺

勇者「…スー…スー……」

ぞり…ぞり…

勇者「…ンー…ん…いったいなぁ」ガバッ

しろねこ「にゃ~」

勇者「……なんで、ねこが…」

ぞり…ぞり……

勇者「ちょっ…顔舐め…痛ッ、痛いから」グイッ

しろねこ「ああ、舌が痛かったかな?」

しろねこ「済まないね。君の無防備な寝顔を前に、我を忘れてしまったようだ」

勇者「……………」

しろねこ「あまり見つめないでくれ。その、あれだ……照れるじゃないか」


勇者「………は?」

白猫「フフッ、驚くのも無理はない。実は、昨晩から機会を窺っていたんだが……」

白猫「君は随分と疲れているようだったし、明日の朝にした方がいいかと思ってね」

白猫「とは言え、私も寒かったから同衾させてもらった」

白猫「ん? 今の私に生殖機能はないから、同衾という表現は正しくはないのか」

白猫「まあ、それはいい……」

白猫「しかし、君の体温は実に心地良いな。ぐっすり眠れたよ」

白猫「こんなに安眠出来たのは、魔術に傾倒する以前…子供の頃以来かもしれない」ウン

勇者「……何で、お前が」

白猫「実を言うと、私も急なことで戸惑っているんだ」

白猫「精霊に犬か猫か選べと言われて、猫を選んだら雌猫に魂を移されてね」

白猫「まあ、容姿や生殖機能に関しては、多少の注文を付けさせて貰ったが……」


勇者「……死んだはずだ」

白猫「おや、精霊は神聖術師は死んだと、そう言っていたかい?」

勇者「…………」

白猫「精霊は、私の肉体に利用価値があると判断し、私を生かした」

白猫「殺されてなどいない。来るべき時の為、眠らされていただけだ」

勇者「来るべき時…何のことだ」

白猫「再び、肉体が必要になった時だよ。それが、今というわけだ」

白猫「君という大きな戦力。その穴を埋める為に、精霊は私の肉体に入った」


勇者「!!?」

白猫「使えるモノは何でも使う」

白猫「それが、魂だろうが何だろうが。彼女はそういう魔術師なんだよ」

白猫「フフッ、魔導師の弟子……魔女が知ったら、どんな顔をするか楽しみだ」

白猫「まあ、今更あんな小娘になど何ら興味はないが……」

勇者「…………」

白猫「どうしたんだい?」

勇者「本当に、精霊がお前を生かしたのか」

白猫「……精霊を擁護する気はないが、魔術師とはそういうものなんだよ。勇者」

白猫「何より、君の為にしたことだ。他者を救うという魔術師の理念からは、外れていない」

白猫「告げ口するようだが、精霊はとても心配しているよ……」


勇者「お前は、何の為に此処へ来た」

白猫「来たと言うより、飛ばされたんだ。一人では寂しいだろうから、と」

勇者「馬鹿な、そんな理由で…」

白猫「冗談でこんなことを言うと思うかい? あの女はそういう魔術師だと言っただろう」

白猫「そもそも、私に拒否権などなかった。まあ、拒否するつもりなどなかったが……」

勇者「……何で、ねこ?」

白猫「単純に、可愛らしいからだ」

勇者「…………」

白猫「見た目は重要だ。愛らしい方が良いに決まってる。何かと便利だろう?」


勇者「(……確かに)」

勇者「(湧き上がる怒りが緩和されてるのは、猫だからだ)」

勇者「(人間の姿だったら、間違いなく戦闘になってただろう)」

勇者「(まあ、姿が変わろうと、相変わらず受け入れ難い思考の持ち主だけど)」

白猫「……精霊は、私が勇者に危害を加えないのを分かった上で、無害な器に入れたんだ」

白猫「猫になっても思い人の傍にいたい。そんなことを願う女は、そうはいない」

白猫「私が悪さしない為の処置なんだろうが、恋心まで利用するとは……」

勇者「(あぁ、一緒に居たくない、置いていきたい。けど、この白猫…の体には罪はない)」

勇者「(よりによって神聖術師を送ってくることないだろ。魔女に会った時、どう説明すればいいんだ)」

白猫「ああそうだ。勇者、これに血を垂らしてくれないか。一滴だけでいい」ピラッ


勇者「…………」

白猫「疑う気持ちは分かるが、これは精霊に預けられた物だ」

白猫「私に魔力がないことは、既に分かっているだろう?」

勇者「……護符みたいだけど、効果は?」

白猫「垂らせば分かる。さあ、早く」

勇者「………」カリッ

ポタッ…ジジッ…

勇者「?」

『…ゆ…ゃ…勇者!!』

勇者「魔女!?」

魔女『あのさ、昨日の夜からずっと呼びかけてたんだけど? 何してたわけ?』


勇者「えっ、いや、僕も今渡されたばかり

魔女『雌猫も一緒なんだよね』

勇者「雌…まあ、うん。知ってたんだ…」

魔女『精霊から理由は聞いたよ』

魔女『その時はどうしてやろうかと思ったけど、体が必要だったみたいだし、一先ず置いとく』

魔女『雌猫一匹殺したところで、気が晴れるわけないし。先生が帰って来るわけでもないからね』

勇者「……魔女…」

魔女『すっごく腹立つけどね!!!』

勇者「怒って当然だよ。仇なんだから……」

魔女『今も、傍に居るの』

勇者「(声が凄く怖い。何で僕が…何も悪いことしてないのに……)」


魔女『おい』

勇者「います。寝転んでます」

白猫「(ふん、朝から喧しい女だ。これでは、どちらが雌猫か分からないな)」ゴロゴロ

魔女『……ふ~ん、そうなんだ』

勇者「……はい」

魔女『…………』

勇者「…………」

魔女『まっ、取り敢えず連絡取れて良かったよ。大丈夫?』

勇者「えっ? うん、僕は平気だよ。魔女はどう? 魔術師の仲間は集まった?」

魔女『集まるには集まったよ? まあ、女だけだけどさ……』


勇者「そっか…」

勇者「でも、あんまり急ぐことはないよ。多ければ良いってものじゃない」

勇者「信頼とか、そういうものは、簡単に築けるものじゃないから」

魔女『……うん、ありがと』

勇者「魔神族はどう?」

魔女『ん、今のところ大丈夫。そんなに多くないし、私達で対処出来てる』

魔女『それとさ、精霊が盗賊にもその術具渡したみたいだから、盗賊とも連絡取れるよ?』

魔女『連絡取るときは、そこにいる盗賊に話し掛ける。みたいな感じで大丈夫』

勇者「本当? じゃあ、後で連絡取ってみるよ。魔女はもう話した?」

魔女『ちょっとだけね。あの子、話せるようになったってさ』

勇者「……そっか。盗賊、頑張ったんだね」

魔女『色々あったみたいだけどね……ふわぁ…ごめん、そろそろ寝る』


勇者「分かった」

勇者「魔女、連絡ありがとう。これからは、連絡取り合おう」

魔女『…………』

勇者「魔女?」

魔女『あっ…うん。そだね…』

勇者「眠たいみたいだし、また今度話そう。お休み」

魔女『ん、おやすみ。またね』


…ジジッ…シーン…


勇者「(何か、元気が出るな。よしっ、テント片付けて村に行くか)」

白猫「(目の前で、他の女と話される。それが、これ程の苦痛だとは知らなかった)」

白猫「(猫でなければ、忌々しい魔女を始末出来るものを……)」

今日はここまで寝ます。
レスありがとうございます。
読んでくれて嬉しいです。


勇者「準備は出来た。これから森を抜ける」

白猫「……勇者」

勇者「なに?」

白猫「その…衣服の収納やら何やら、何も手伝えなくて申し訳ない」

白猫「君の役に立ちたいとは思っているんだよ? でも、今は何も出来ないんだ」

勇者「別に、気にしなくていい。猫なんだから」

白猫「そうか。では、そうしよう」ピョン

勇者「…………」

白猫「さあ、出発だ」

勇者「あのさ、何で当然のように他人の荷物の上に乗れるの?」


白猫「人間と猫では歩幅が違う」

白猫「この方が、君に迷惑を掛けずに済むと思ってね」

勇者「このまま森に置いていくっていう選択肢もあるけど」

白猫「私を置いて行く? 何故? 私が何をしたというんだ?」

勇者「……民衆の不安を煽り、魔術師達を不当に拘束。北部を混乱に陥れた」

勇者「魔導師さんを死に追いやり、魔女の心に傷を付けた」

勇者「更には、騎士さんを昏倒させ、王女様を殺そうとした。これが、お前がしたことだ」

白猫「(自分が傷付けられたことに関しては、何も言わないのか……)

白猫「(傷付くことに慣れているからだろうか? これは、あまり良くない兆候だな)」


勇者「何とか言ったら?」

白猫「それらは全て、神聖術師がしたことだ」

勇者「ああ、お前がやったことだ」

白猫「違うな。今は、ただの白い猫だ」

勇者「ふざけるな」

勇者「姿が変わって罪が消えた…なんて思ってるなら、此処に置いていく」グイッ

勇者「自分が傷付けた人間を、失われた命を忘れるな。沢山の人が死んだんだぞ」

勇者「死んだら二度と会えない。顔も見られないし、声も聞けない……」

勇者「軽んじてるようだから何度も言う。彼等は、もういないんだ。分かるか?」

白猫「わ、分かった。分かったから、私の話も聞いてくれ」


勇者「……歩きながらでいいなら」ザッ

白猫「ああ、それでも構わない」

勇者「……………」

白猫「まず、私には魔術師を恨むには充分な理由がある」

白猫「あの頃の私にとって魔術は全てだった。唯一、誇れるものだったんだ」

白猫「だが、師に奪われた」

白猫「お前は危険だ、と言ってね。私の必死の懇願、叫びを無視して奪い取ったんだ」

白猫「抵抗したが、無駄だったよ。魔力を奪われ、居場所も失った」

白猫「その日から、魔術を取り戻す為……何より、日々を生きる為に何でもやった。体も売った」

白猫「屈辱だったが、先にある目的の為だ。何とか耐えられたよ」

白猫「糸口を掴みかけた頃には、魔導師なる人物が賞賛されていた。私と同じ顔を魔術師、妹がね……」


勇者「……………」

白猫「今でこそ言えるが、妹なら助けてくれるんじゃないか…と期待していた時期もあったんだ」

白猫「恨み、憎しみは増した。魔術への渇望も、復讐の念も、更に強くなった」

白猫「君は怒るだろうが、魔導師が死んだのは当然の報いだと思っている」

勇者「……事情は分かったけど、共感は出来ない」

白猫「フフッ…ああ、それでいい。知ってさえくれれば、それでいいんだ……」

勇者「……つらかった?」

白猫「ああ、つらかったとも……」

白猫「あの頃は、魔術の放つ輝きに魅了されていたからね」

白猫「私の誇り、唯一無二、希望の光だった」


勇者「僕にもある」

白猫「それは、王女様のことを言っているのかな?」

勇者「…………」

白猫「君を傷付けるつもりはなかった。傷付いた君を癒したかったんだ」

勇者「無茶苦茶だ。破綻してる」

白猫「愛の形は、人それぞれだ。壊してでも手に入れたかった」

勇者「そんなの、僕には理解出来ない」

白猫「しなくていい」

白猫「君は、君のままでいい。ただ、自分を犠牲にするのは止めた方がいい」

勇者「魔女にも、似たようなことを言われたよ。自分を大事にしろって……」

勇者「でも、そうするしかない時だってある。誰も傷付かない結末なんてない」

白猫「それには同意するが、自分が言ったことを忘れたのかい?」


勇者「えっ」

白猫「死んだら二度と会えない。君は先程、確かにそう言った」

白猫「君が命を晒すことで、救われる者は大勢いるだろう。救いを求める者もね」

白猫「しかし、君がそうすることで悲しむ者もいるんだ。それを忘れてはならないよ?」

勇者「……その言葉は憶えておく」

白猫「是非、憶えておいてくれ。私の為にもね」

勇者「……今のは忘れる」

白猫「フフッ、まあいいさ。いずれ、君を虜にしてみせる」

勇者「いい加減、諦めたら? もう猫なんだからさ」


白猫「猫が恋をしてはいけないのかい?」

勇者「いや、別にそういうわけじゃないよ。ただ、絶対に好きにならないってだけ」

白猫「…………」スッ

かぷっ…れろっ…ちゅっ…

勇者「っ!? ふざけ

白猫「ふざけているのは君の方だ」

白猫「私の、君に対する気持ちを踏みにじるような事を言ったな?」

白猫「姿が猫だから馬鹿にしているのか分からないが、あまりに酷い仕打ちだ」

白猫「頼むから、傷付けるようなことは言わないでくれ……」

勇者「……ごめん。そんなに本気だとは思ってなかった」

白猫「謝らなくてもいいさ。君に嫌われてるのは、分かっていたから……」

白猫「それでも…はっきり言われると、悲しいものだね……」


勇者「…いやっ、違

白猫「気休めは止してくれ…愛せとは言わないよ。ただ、邪険にしないでくれないか」

勇者「それは、難しいな……」

白猫「勇者、女性は繊細なんだ」

白猫「君はもう少し、心の機微というものを学んだ方がいい」

白猫「配慮を欠く物言いをして、王女様を傷付けたくはないだろう?」

白猫「……いや、君のことだ。もしかしたら、知らぬ内に傷付けているかもしれない」

勇者「まさか、そんなはずは

白猫「ないと言えるのかい? 私を泣かせておいて?」

勇者「それは……」

白猫「会話の中で学べばいい。何を言われても、私なら平気だから……」


勇者「いや、もう酷いことは言わないよ」

勇者「神聖術師が犯した罪は消えないし、許せるかどうかなんて分からないけど……」

白猫「ありがとう、勇者。それだけで充分だ。許せだなんて言わないよ」

白猫「そもそも、いきなり信用しろと言う方が無理な話だろう?」

勇者「……そうだね」

白猫「慣れるまで時間は掛かるだろうが、行動を共にする以上、役立てるよう努力する」

白猫「だから、改めて言わせてくれ。これから、宜しく頼む」

勇者「……うん、分かった」

勇者「そろそろ村に着くから、あまり大きな声で喋らないでくれ」

白猫「勿論だとも」

白猫「(フフッ、少々難航したが上々だ。これで、見棄てられることはないと見ていいだろう)」

白猫「(いずれは精霊を出し抜き、新たな体を手に入れる。容易ではないが、方法は必ず見つけ出す)」

今日ここまで寝ます


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勇者「……着いた」

白猫「至って普通の村だな。気になっていたんだが、こんな場所に何の用が?」

勇者「この村は、僕の生まれ故郷なんだ」

勇者「あの人と旅に出て以来、一度も帰ってない。あれから、8年近く経つかな……」

勇者「此処へ来たのは、母さんに会う為だ。会うと言っても、手紙を渡すだけだけど」

白猫「そうだったのか。君は、それだけでいいのかい?」

勇者「……いいんだ。さあ、行こう」

白猫「(ふむ、下手に口出しするのは止した方が良さそうだな)」

白猫「(しかし、勇者の母か…非常に興味がある。どんな人物なのだろうか)」


ザッ…ザッ…ザッ…


勇者「(あぁ…これだ。この景色だ)」

勇者「(畑があって、家はやたら離れてて……何だか、時間がゆったり流れてる気がする)」

勇者「(都の賑やかさ、石畳のゴツゴツした感じも好きだけど……こっちの方が落ち着く)」

勇者「(空気や雰囲気、一番違うのは匂いだ。都にはない、土の香り……)」

白猫「これが、君の生まれ故郷か……」

白猫「何とも穏やかで、美しい風景だ。こんな場所で暮らすのも、悪くないかもしれないな」

勇者「……本当にそう思ってる?」

白猫「疑り深いな、嘘を吐く理由がないだろう」

白猫「此処は、静かに生き、静かに逝ける場所だ。余生を過ごすには最適だろう」ウン

勇者「(あっ、すっかり忘れてたけど、百年以上生きてるんだっけ)」

勇者「(お婆ちゃん猫だと思えば、少しは優しく出来る…気がする)」


白猫「ところで勇者」

勇者「うん?」

白猫「結構歩いたが、まだ着かないのか?」

勇者「家はまだ先だよ」

勇者「それから、お前は荷物に乗ってるだけ、歩いてるのは僕だ」

白猫「いや、まあ…それはそうなんだが。揺られていた所為か、眠くなって

ドンッ!

白猫「!!?」ビクッ

勇者「……………」

ガサッ…

老猟師「そこから動くんじゃない。さっきは、敢えて外した。次は当てる」


勇者「あの、僕は

老猟師「黙れ。誰が喋って良いと言った。腰の物を地面に置け、ゆっくりとな」

勇者「怪しい者じゃ

老猟師「黒い外套に身を包んで得物を隠し、背には喋る化け猫……」

老猟師「怪しむな、と言う方が無理な話。二度は言わんぞ、今すぐ、得物を地面に置け」

勇者「(……知ってる人に銃口を向けられるのは、流石に傷付くな)」

勇者「(誤解を解きたいけど、今は従うしかなさそうだ。目が本気だし)」スッ

カチャッ…

老猟師「手を頭の後ろで組み、此方を向いたまま五歩下がれ」

勇者「…………」ザッ

老猟師「この剣は預からせて貰う。小僧、この村に何をしに来た」

勇者「猟師さん、僕です…勇者です。此処へ来たのは、母に会う為です」


老猟師「何を馬鹿な…」

老猟師「あの子が生きているならば、十二そこそこ。お前はどう見ても十八、九……」

老猟師「何なら勇者の母である聖女を呼んでくるか? お前の化けの皮など、すぐ剥げる」

勇者「………」

老猟師「何とか言ったらどうだ」カチッ

勇者「……父の名は戦士」

勇者「元南軍の兵士で、母さ…聖女とは赤髪狩りのさなかに出逢った」

勇者「聖女…彼女は若くして、託神教の設立した赤髪討伐軍に志願…」

勇者「当時は、女騎士の名で通っていた……僕が生まれたのは真冬、難産だったと聞きました」

勇者「産婆は、猟師さんの奥さん。あなたも立ち会ったはずです」

勇者「それから、猟師さんには僕より四つ上の娘がいて、目元には黒子が二つ並んでる」

勇者「あ、二人で畑で泥遊びしてたら怒られて、泥団子ぶつけて逃げた時もあったな」


老猟師「……………」ズルッ

ガシャッ…ドンッ!

勇者「危なッ!? 猟銃を落とすなんて…おじさん、大丈夫?」

老猟師「……ほ、本当に、勇者…なのか?」

勇者「うん、色々あって普通の12歳より大きくなったけど…」

老猟師「…はっ…ははっ…」

白猫「まさか、狂っているのか? これだから、老いというのは嫌なんだ」

勇者「(まさか、自分のことを普通だと思ってるのか? だとしたら、そっちの方が怖い)」

老猟師「よくぞ、よくぞ戻って来た…」

ガシッ…

老猟師「小さかった手が、こんなにも大きく…背丈も伸びて……」

勇者「(8年、か……)」

勇者「(あんなに大きかった手が、小さく感じる。顔付きも、お爺ちゃんみたいに……)」

老猟師「勇者、聖女さんはウチの女房と向こうの畑にいる。早く行ってやりなさい」

勇者「……うん、ありがとう」ザッ


ザッ…ザッ…ザッ……


老猟師「よし、皆に伝えなければ」

老猟師「しかし、あの剣は一体……何やら妖気のようなものを感じたが…」


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ザッ…

勇者「(あの後ろ姿、母さんだ……)」

聖女「?」クルッ

勇者「あっ…」

聖女「勇者、何してるの? ほら、早くこっちに来て手伝いなさい」ニコッ

勇者「う、うんっ!今行くよ!!」スッ


バサッ…ドサッ!


白猫「ふぎゃっ…勇者め、私が居るのを完全に忘れているな」

婆様「そりゃあ、数年振りの再開だもの。仕方ないさぁ…よっこらしょ…」トスン

白猫「驚かないのか?」

婆様「奇妙なもんなら、今まで沢山見てきたからなぁ。猫が喋っても何とも思わねえさ」


白猫「……そうか」

白猫「ところで、彼女は何故、聖女などと呼ばれている? 奇跡でも起こしたのか?」

婆様「バケモンが出た時、旦那さんと一緒に村を救ってくれたんだ」

婆様「そん時から、誰ともなく聖女様と呼ぶようになったのさ」

婆様「おっかながる者もいたけども…今じゃあ、みーんな受け入れてる」

白猫「(化け物…魔神族か)」

白猫「(彼等のような力持たぬ者から見れば、奇跡だったのかもしれないな)」

婆様「あんな嬉しそうな顔は、久方ぶりに見た。やっぱり、子供ってのは凄いもんだなぁ」


聖女「晩御飯、何にしようか」

勇者「う~ん、僕が作るよ。料理も覚えたんだ」


白猫「……飛び上がって喜ぶものかと思ったが、そうでもないな」


婆様「そりゃあ、これからさ」

婆様「思いもしない出来事ってのは、理解するまで時間が掛かるもんだよ」

聖女「……勇者、勇者?」

勇者「ん? どうしたの?」

聖女「おかえりなさい。無事で…本当に良かった……」

聖女「こう言える日を待ってた。ずっと、ずっと待ってたよ。あの日から、ずっと……」ポロポロ

ギュッ…

聖女「おかえり…おかえり、勇者……」ポロポロ

勇者「…っ、うん。ただいま、お母さん……」

聖女「うんっ、うんっ…」

白猫「…………」

婆様「ほらな? あんな風に急に来るもんなんだ。水差してらんねえ、あたしは帰るよ…」ザッ

白猫「(私の知る涙とは、あんなにも美しいものだっただろうか)」

白猫「(母親にさえ嫉妬してしまう私は、やはり醜いのだろうな……)」

短いけどここまで寝ます


聖女「あぁ~、泣きすぎてアタマ痛い」

勇者「(凄かったな。あまりに泣くもんだから、涙が引っ込んじゃったよ……)」

聖女「ねえ、勇者?」

勇者「ん?」

聖女「……今更だけど、本当に勇者だよね?」

勇者「本当に今更だな!勇者だよ!!」

聖女「いや、疑ってるわけじゃないんだよ? 何というか、直感というか…その、分かる」ウン

聖女「でも、妙に大っきくなってるし。実感が湧かないんだよね」


勇者「う~ん…あっ、そうだ。胸の痣…」スルッ

白猫「(む、何とも奇妙な痣だな。紋様のようにも見えるが…)」

聖女「……お腹が冷えるから、早く仕舞いなさい」

勇者「疑っといて、よく言うよ」

聖女「あのねぇ、こ~んな小さかった子が…」チョコン

聖女「こ~んなに大っきくなって帰って来たら、疑りたくもなるっての」ビョンッ

勇者「(まあ、いきなりだし、8年振りだし、魔術で体も変わってるからな。それもそうか……)」

勇者「(…っていうか母さん、凄い跳んだな。元気そうで良かった)」


聖女「………」

勇者「母さん?どうしたの?」

聖女「……今まで会いにも行かず、他人様に預けっぱなしで…私は…」

勇者「会いに来なかったんじゃない。来られなかったんでしょ?」

勇者「この辺りに軍はいない。この8年、母さんが村を守ってたんだ。違う?」

聖女「だとしても、言い訳にしかならない」

聖女「まだ三つの息子をほっぽり出したことに、変わりはないんだから……」

聖女「旅の中で、色々と言われたでしょう? 沢山、つらい思いを…」


勇者「本当は…」

聖女「?」

勇者「本当は、手紙を渡すだけにしようと思ってた。でも、やっぱり無理みたいだ」

勇者「顔を見て、声を聞いたら…そんな気持ちは、すっかり消えてなくなった」

勇者「……さあ、家に帰ろう? ご飯は僕が作るから」

聖女「(本当に、大きくなった)」

聖女「(私が想像していたよりも、ずっと大きくなって帰って来た)」

聖女「(剣士、精霊…ありがとう)」


>>>>>

聖女の家 夕方

勇者「どう? 美味しい?」

聖女「ごめんね。息子が目の前にいるのが嬉しすぎて、味なんて分からなかった」

勇者「えぇ…」

聖女「ごめんごめん。そういうことだから、明日もお願いしてもいい?」

聖女「次は大丈夫だと思うから。ね?」

勇者「うん、良いよ」

聖女「ところで…」チラッ

勇者「?」

聖女「その白猫は、『なに』?」


白猫「…………」

勇者「え~っと、何て言ったら良いのかな…」

勇者「(殺されかけたなんて言ったら、どうなるか分からない……)」

聖女「まあ、その猫の姿をした『何か』のことは置いといて…ッ…」ギュッ

勇者「母さん?」

聖女「大丈夫、何でもない」

聖女「……勇者、あなたに、話しておかなければならないことがあるの」

勇者「……それは、父さんのこと?」

聖女「そう、戦士のこと。それから勇者、あなたのこと。精霊からは、何か聞いた?」

勇者「父さんが南軍の兵士で、母さんが託神教にいたことくらい……」

勇者「知ってるのは断片的なことだけで、詳しくは知らないんだ」


聖女「……なら、全てを話さないとね」

聖女「これは、私の口から伝えなければならないことだから」

聖女「つらい話になるけど、その前に一つだけ…」

勇者「?」

聖女「私も、あの人も、あなたを愛してる。それだけは確かよ。だから、信じて……」

勇者「……大丈夫、分かってる。僕も、父さんと母さんを愛してる」

勇者「だから、僕は大丈夫だよ」

聖女「……勇者、私と戦士が、赤髪狩りに関わっていたことは聞いた?」

勇者「それは聞いた。でも、何故なのかは知らない」

聖女「……そう。じゃあ、そこから始めましょう」


今から16年前……

思えば、あの時から世界が変わり始めたのかもしれない。


現東王、現北王が王位継承する以前。

西部が独裁国家として、軍事の道を直走っていた頃……

南王は、西王による独裁政権を危惧。領土拡大を目論んでいた。

大戦になれば、西部に隣接した赤髪一族の住まう土地が、重要な拠点にとなる。

けれど、邪魔なものが一つ。

勇者「邪魔なもの?」

何代も前の南王が決めた、赤髪一族との条約。彼等の土地を、略奪、侵害してはならない。


勇者「じゃあ、何で赤髪狩りが……」

現教皇の力に寄るところが大きかった。

停戦が続いていたとはいえ、世代を超えて尚、南部の人々は赤髪一族を怖れていた。

根付いた差別、語り継がれた赤髪の恐怖は、百年経とうと消えはしない。

我等とは違い、神に愛されぬ者。

許されざる咎人、血塗られた悪魔の血を引く、忌むべき者共。

託神教の教典にある文言を用いて、教皇は赤髪狩りを宣言した。

民衆は教皇に賛同し、南王はそれに後押しされる形で、赤髪狩りを実行した。

託神教の軍。

神罰代行を自称する『魔狩りの大隊』と共に……


私はそこに属していた。

その頃は、両親の影響で教えを信じていた。これから行われることは、純然たる正義だと。

最初は軍に志願したけど、受け入れては貰えなかった。そこで、大隊に志願したの。

戦場であれば、周囲に怖れてきた完全種の力も役立つだろう。

そう考えて、男装をしてまで入隊した。

恐らく気付かれていただろうけど、私が完全種だから黙認したのかもしれない。

それから程なくして、これまでにない大規模な赤髪狩りが始まった。

大隊は、教典の文言を唱えながら進軍。今思えば、異様の一言に尽きる。

神罰なんて言っていたけど、あの光景は、虐殺に違いなかった。

森林に潜み、奇襲を掛けてくる赤髪一族。南軍と大隊は、数で押し潰しながら進んだ。

森林での戦いは、戦死者の遺体と負傷者の呻き声で満たされ、凄惨を極めた。


私も、何人もの赤髪を殺した。

相次ぐ奇襲で疲弊していたけど、その時はまだ、この行いが罪だとは思わなかった。

いえ、何度も脳裏を過ぎりはしたけれど、その度に振り払った。

これは必要な戦いで、相手は悪魔。

あれらは決して人ではないと、自分に言い聞かせて。

気付いたのは、大怪我をして前線を離れ、後続の部隊と合流し、傷を癒した後のこと……

同じく後続部隊に送られた、大柄の男。

戦士に、赤髪の捕虜を見せられた時だった……


女騎士『馬鹿な!捕虜などいるものか!!』

女騎士『我々は捕虜を取らない!! 奴等を滅する為だけに戦っている!!』

戦士『なら、付いてこい』

戦士『真実を見せてやる。信仰に身を包んだ人間の、醜い本性って奴をな』


女騎士『何だ…これは……』

そこで目にしたのは、人間だった。

どうしようもない、人間そのものだった。

目を覆いたくなる程の暴力と凌辱の渦。

獣にすら備わっていない、人間の異常なまでの獣性。

捕虜などではなかった。奴隷などでもない。それ程までに、狂気に満ちていた。

使命に燃えていた敬虔な信者が、返り血に塗れ、嗤っていたのだ。

信じていた教義、戦う意義、心身を支えていた絶対的な正義。

それら全てが、一瞬にして崩れ、散った。


女騎士『……違う』

女騎士『あれは、あんなことは、人間のすることじゃない』

女騎士『私は違う。あんなことの為に戦っていたわけじゃない。私は正義の為に戦っていた』

戦士『お前がどうあろうが、あれが真実だ。あの姿が、神の名を騙る者共の真の姿だ』

戦士『俺は、出世する為に戦に出た。誰よりも多く赤髪を殺し、武勲を得る為にな』

戦士『だが、あれは何だ!?』

戦士『あの有り様は何なんだ!! これは、人の戦ではなかったのか!?』

戦士『あれに近いことなら、これまでにも見てきた。見てきたが、その度に諌めた』

戦士『嬲りものにするくらないなら、すっぱり殺してやれ。捕虜ならば、丁重に扱えとな』


過去にも衝突したことがあるらしい。

それが原因なのか、此処にいる南軍の兵は、彼を遠ざけていた。

彼も、彼等には近付こうとはせず、軽蔑の視線を向けるのみ。

力量は確かなのに後続部隊に送られたのは、それが関係していたのかもしれない。


戦士『糞共が、あんな奴等と分かり合えなくて当然だ』

戦士『あれを見るに、南軍にさえ、誰一人として止ようとする者はいなかったようだ』

戦士『同じ目的の為ならばと、そう思っていた。だが、それも今日で終いだ』

戦士『ふざけやがって……』

戦士『どうやら俺は、奴等に…悪魔に、贄を差し出していただけだったらしいな』


悔恨と自戒に満ちたような声だった。

剣を握る手は怒りに震え、柄の軋む音は、悲鳴のようにも聞こえた。

戦とは野心に満ちたものだ。彼も、立身出世を望んでいたのだと思う。

けれど、続く言葉に一切の迷いはなかった。

戦士『俺は、この戦から下りる』

戦士『最早、武勲や出世など望みはしない。俺は人間として戦う』

戦士『人間であることを後悔したくない。後の世で、この事実が明るみに出る時が必ず来るだろう……』

戦士『あんな糞共と同列に扱われると思うと、虫酸が走り反吐が出る』

未だ受け入れられずにいる私に、彼は宣言した。

これから、自分が何をするのか。

そして、人間が倒すべき本当の敵が、何処に居るのかを……


戦士『刈るべき悪魔は、奴等だ』

戦士『此処にいる奴等は皆殺しだ。他の捕虜収容所も捜し出し、組する奴等は全て殺す』

戦士『命を賭けて殺すべき相手は、赤髪などではない。俺は、俺の戦を始める』

そう言うと、真っ直ぐに檻へ向かった。

彼は檻の前で吼え猛り、大剣で檻を切り裂き、状況を飲み込めずにいる兵を皆殺しにした。

用を足していた見張りが、謀叛だ離叛だと叫ぶ。

騒ぎを聞き付け、続々と兵士達がやって来た。斬っても斬っても、増援が現れる。

大隊の兵士は勿論、南軍の兵士達も……

彼は躊躇うことなく斬り伏せた。言葉に違わず、既に覚悟は出来ていたようだった。

檻の前に立ったまま、一歩も譲らず戦い続けた。

戦う意味を見出したかのように、猛然と大剣を振るい、弓を引き絞り矢を射った。


何度斬られようと退かなかった。

時には矢を掴んで射返した。彼は、決して身を隠そうとしなかった。

あまりの形相に逃げ出す者、中には線が切れて笑い出す者もいた。

数十分か、一時間か、戦いは終わった。

私達の送られた後続部隊は、彼一人の手で壊滅したのだ。

彼はしぶとく笑って見せて、背後にいる人間に、こう言った。


戦士『まだ生きてるか、人間』


死んでいたと思っていた彼等、彼女等は、無言のまま頷いた。

檻の中の人間達を守るために戦っていたのだと、その時に気付いた。


戦士『俺はこれから、悪魔共を殺しに行く』

戦士『その気があるなら、まずは傷を癒せ。一匹だけ生かしてある』

彼は草陰に隠れていた治癒術士を引っ張り出して、彼等の傷を治癒させた。

その後で、話せば逃がすと言って、他の収容所の情報を聞き出した。

逃げ出した治癒術士が、私の横を通った。

逃げ延びたという確信、隠しきれない安堵。その厭らしい笑みを、見逃すわけもなかった。

気付いた時には、頭部を失った胴体が、足をも散らせ地に伏せた。

気付かぬ内に、剣を振り抜いていたのだろう。

自分が何をしたのか、誰に向かって剣を振ったのか、それすら理解出来なかった……


戦士『捕虜収容所は、後衛に数ヶ所ある』

戦士『俺はこれから、其処を潰しに行く。あ、お前等、腹が減ってるだろう?』

戦士『食い物なら、そこら中に腐るほどある。あれは人間の食い物だ。だから、お前達が食え』

戦士『食い物に罪はない。まずは腹を満たせ。何をするにも、それからだ』

戦士『残った物は、各自分担して持って行けばいい。それなりに保つはずだ』

戦士『さぁて、俺も腹が減った。食ってから行くとするか』

彼は野営陣の食糧を掻き集め、彼等の前に置くと、黙々と食べ始めた。

腹を満たすと、残りの全てを差し出して、呆然とする彼等彼女等に背を向け、歩き出した。

つい先程まで人間を虐げていた、悪魔の屍を踏み付けながら。

私には、彼の後を追うことしか出来なかった。


勇者「……それが、父さんと母さんの?」

聖女「そう、これが本当の出逢い」

聖女「勇者が小さい頃に聞かせたような、綺麗な出逢いなんかじゃない……」

勇者「精霊に、二人の出逢った場所が戦場だと聞いた時から、そんな気はしてた」

勇者「母さん、早く続きを話して」

聖女「えっ…」

勇者「ごめん。間を置かれると、逃げ出したくなりそうで、怖いんだ」

聖女「……………」ギュッ


その後、赤髪狩りは混迷を深めた。

戦士による捕虜収容所襲撃。

赤髪の人権を説く東部からは、元帥が率いる少数部隊が赤髪一族に加勢。

北部からは将軍が参じ、南軍に加勢。

後に聞いた話によれば…

西部と戦になった時に備え、南部に恩を売るのが得策だと、前北王を口説いたらしい。

様々な思惑はあったのだろうけど……

世の流れは、赤髪一族にとって絶望的なものだった。


その頃、私達は……

戦士『何故、俺に付いてくる』

戦士『というか貴様、共に来るなら何故斬らない? 腰の剣は飾りか?』

戦士『散々っぱら赤髪を斬っておいて、教徒は斬れないってか。戦う気がないなら、さっさと消えろ』

彼の傍には、十数名の赤髪がいた。

収容所から解放された赤髪達が、知らぬ間に集まり、いつの間にやら、彼の背中を守っている。

大した会話もないのに、戦闘の意思疎通は完璧と言える程で、さながら歴戦の部隊のようだった。

ある者は弓や斧の手入れを、ある者は薬草を練り、大した興味もなさそうに、私を見つめている。


女騎士『だ、黙れッ!貴様だって赤髪を殺しただろう!!』

戦士『ああ、殺したとも。生かそうなどとは微塵も思わず、ひたすらに殺した』

戦士『だが、それがどうしたんだ? 今と何の関係がある?』

女騎士『……捕虜を解放し、自分の罪は帳消しになった。とでも言いたいのか』

戦士『罪だと? 戦場で敵を殺すことの何が罪か、誉れではないのか?』

戦士『俺が戦った赤髪は強かった』

戦士『惚れ惚れする程に、俺を殺しに来た。俺も、全力でそれに答えた』

戦士『武器を交えている間だけは、分かり合えている気がした。自然と、笑みがこぼれるんだ』

戦士『お互いに、どう殺すか考えているのにな。友のようにも感じたよ……』

戦士『俺はな、俺と戦った奴のことが好きなんだ。命を取ったが、友達だと思ってる』


女騎士『……何が、言いたいんだ。貴様は』

戦士『殺したことに後悔はないと言ってるんだ。後悔したら、これまでの戦いが台無しだ』

戦士『強い奴と出逢って、そいつに全部出し切って、俺が勝った。それだけが、俺の誇りだ』

戦士『負けても、全部出し切って死ぬ。欠片も残さず、俺の全てをぶつけて、それから死ぬ』

戦士『俺はなぁ、こいつらと共に戦って、こいつらに殺されるなら、それでもいいと思ってる』

戦士『それにな? 手前勝手な話だが、殺されるなら、血の通った人間に殺されたいんだよ』

戦士『欲を言えば、足の先から髪の毛の先まで血の通った、本当の人間がいい』

その言葉を聞いて、赤髪達は腹を抱えて笑った。

私には何が可笑しいのか、さっぱり分からなかった。けれど、とても楽しそうだった。

彼は何も言わず、微笑むだけ。

ただ、その空間の中心が、彼であることは確かなようだった。


すると彼は、ふと何かに気付いたように……

戦士『なぁ、貴様が治癒術士を殺したのは、気付いたからじゃないのか?』

戦士『倒すべき敵を理解したからじゃないのか? 俺はそうだとばかり思っていたが、違うのか?』

戦士『話が通じるもんだから、人間かと思ったんだが……』

女騎士『…ッ…私は、貴様のようには思えない。これまでの戦いを、過ちだとしか思えない』

女騎士『私は後悔している。正義はこの手にあるものと信じていたんだ』

女騎士『だが違った。私の手に正義などなかった。この手を、血に染めただけだ』

戦士『何だ、随分と小難しいことを考える奴だな。女ってのは、皆そうなのか?』

女騎士『戦場に男女は関係ない』

女騎士『それに、人間なら当たり前だ。貴様のような奴が異常なんだ』


戦士『どうとでも言え』

戦士『貴様のように何もせず、うじうじ悩むよりはマシだ』

戦士『というか貴様、その手を血に染めたとか言ったが、そのままにしておくつもりか?』

女騎士『今更この手で何が出来る。血に染まり、汚れた手で、何を……』

戦士『その手は、汚れてなどいない』

女騎士『何を言っている? 気休めのつもりか?』

戦士『違う』

女騎士『ならば何だ? 私には、貴様の言葉の意味が分からない』

戦士『貴様は救われたくて、正しきことをしたくて、罪と過ちを償いたいんだ』

戦士『だから、ぐちぐち悩んでいるんだろう?』

女騎士『ッ!!』

戦士『間違いを正したいのなら剣を取れ、自分を救いたければ手を汚せ』


彼の言葉に、何も言い返せなかった。

言わんとしていることは分かったからだ。彼は、戦えと言っている。

再び剣を取り、戦場を駆け、その手で正せと言っているのだ。

彼は、更に続けた。

戦士『あの治癒術士を殺したのも、間違いだったか?』

女騎士『…………』ギュッ

戦士『正義も大義もない糞みたいな戦場だが、やれることならある』

戦士『四方八方飛び回り、囚われの人間を解放する』

戦士『それを正義とするなら、それは正義だ。裏切りとするなら、それは裏切りだ』

戦士『どう捉えるかは、お前が決めろ』

女騎士『……私はーーー』

ちょっと休憩します。


私は、戦うことを選んだ。

正義や大義の為などではなく、自分の為に戦うことを選んだ。

気付けば、その行いが誰かを救っていた。

自分を保つ為に、救われたくて戦っていたはずなのに……

当初はその矛盾に戸惑い、悩みもしたけれど、逃げ出そうなどとは微塵も思わなかった。

彼と共にいる内に、何かが少しずつ変わっていったのだと思う。

元帥と剣士に出逢ったのは、その頃だった。


勇者「何で、お兄ちゃんが…そんな話は、精霊にだって一度も……」

聖女「……剣士は、元帥率いる部隊に所属していたの。彼等は、赤髪一族を救うために来た」

勇者「僕は本当に…本当に、何も知らなかったんだな」

聖女「(こんな話を聞かせるのは、今だって躊躇われるのに、旅に出た当時に話すなんて到底……)」

勇者「……………」

聖女「……勇者」

勇者「……大丈夫。僕は大丈夫」

聖女「……聞きたいことは沢山あるだろうけど、もう少しだけ我慢して頂戴」

聖女「それに今は、戦士とあなたの話。剣士のことは、後で必ず教えるから」

勇者「……うん、分かってる」


その後…

戦士と私、赤髪達は、次々と収容所を襲撃、解放していった。

戦列に加わる赤髪達も増えたけど、同時に非戦闘員も増えた。

彼女達を赤髪一族の聖地に送り届けるのは、困難と言わざるを得ない。

前線には未だ健在の大隊と、南軍がいる。

加えて、北部より加勢に来た将軍もいることも把握していたからだ。

頼みの綱は東部元帥。

けれど、おそらく彼等は前線にいる大隊を足止めをしている。

私達は、背後から大隊と南軍を突くことを検討していた。其処を突破しなければ、捕虜を帰すことは出来ない。

だが、その必要はなかった。

理由は分からないが、大隊と南軍が引き返して来たからだ。


戦士『俺達をやりに来たわけじゃないようだ。だが、あれは何だ? 奴等に何があった?』

戦士『東部の元帥殿は優れた戦略家だ』

戦士『だが、あの数を相手に勝利したということは、万に一つもない』

戦士『何かがあったのだ。想像も付かぬ何かが……』

これぞ好機、皆を率いて前線に向かうと思っていたが、彼は慎重だった。

それもそのはず、敗走したかに見える兵士達は、『化け物が出た』と口にしていたからだ。

何かの策かとも考えたが、破壊された後続部隊の野営陣を見ても、彼等は無視して走った。

最後の部隊を見送った後も、戦士は切株に腰掛けたまま、何やら思案していた。


女騎士『どうした? 何をぶつぶつ言っている』

戦士『…………』

女騎士『おい、行かないのか? 退却したようだし、絶好の機会だ』

女騎士『残った兵は少ないはずだ。今なら背後を突いて、東部元帥と合流出来る』

女騎士『それに、彼等も限界だ。嫁子供を早く帰してやりたいと言っている』

戦士『それは俺もだ。さっさと帰してやりたい』

女騎士『なら、何故迷う? 貴様が迷うなど、どうにかなったのか?』

戦士『どうにかしているのは、森の中だ』

戦士『嫌な予感がする。ただの勘だが、この先には何かがいる』

女騎士『何かって、奴等の言っていた化け物か? まさか信じているのか?』

戦士『あの怯え、中には狂乱している者さえいた。前線を張る精鋭達が、だ』

女騎士『確かに異様ではあったが、集団で幻覚を見た、とかではないのか?』


女騎士『理由など、それ以外に考えられない』

女騎士『恐怖は伝播すると言うし、些細な切っ掛けで崩れたのかもしれない』

女騎士『もう数ヶ月経つ。年を跨ぐことも視野に入れねばならないだろう』

女騎士『長期の戦だ。そんなことが起きても、何ら不思議はない』

戦士『俺が言いたいのは、そんなことが起きて逃げるような連中じゃないのに、逃げたってことだ』

戦士『現に、全軍撤退したわけじゃない。決して油断はするな。だが、動かぬわけにもいかない』

女騎士『そこで提案があるんだが、二つに分けて進むというのはどうだ?』

女騎士『貴様と赤髪の戦士達が先導し、私が赤髪の女性達を連れて後を追う』

女騎士『……そうだな、そうしよう。動かずに頭を捻っても、何が変わるわけでもない』

戦士『食糧は全て預ける。俺達に何があっても、逃げられる準備だけはしておけ。いいな?』


女騎士『止せ、縁起でもないことを言うな』

戦士『現実を見てるだけだ』

戦士『前線には厄介な奴が残っている。将軍やら、大隊や南軍の主だった指揮官やらがな』

戦士『最初から敵であれば、大手柄になったんだがなぁ……』

女騎士『何故、そこまで出世に拘るんだ?』

女騎士『貴様は、そういう類いの者とは縁遠い性格なのに』

戦士『出世と言うより、証しが欲しい。それを誇りに死んで逝けるような、生きた証しがな』

戦士『何もせず、何も遺さず死にたくはない。自分の成し遂げた何かを、息子や娘に伝えたい』

女騎士『貴様に妻子がいるとは、実に意外だ』

女騎士『てっきり独り身かと思っていたぞ。貴様の妻は、さぞ心配しているだろう』


女騎士『いや、それ以上に危険だ』

女騎士『赤髪に加担したことが明るみに出れば、貴様の妻子は……』

戦士『あぁ、悪い。紛らわしい言い方だったな。妻子はいない、妻も子供もこれからだ』

戦士『幼い頃から、男として生を受けたのなら誇れる父になれ、と教えられたものでな』

女騎士『家訓か?』

戦士『そんなに大層なもんじゃない。爺様の口癖だったんだ』

女騎士『……ふ~ん、貴様が父親か』

戦士『何だよ、その憐れむような眼は』

女騎士『いや? 貴様のような無鉄砲な男の嫁子供は、さぞかし苦労するだろうと思ってな』

女騎士『共にいる私や赤髪達ですら、日々の心労が絶えないというのに……』

戦士『それは違う、まるで違う。貴様は何も分かっていないな』


女騎士『いいや違わない。私は事実を言ったんだ』

戦士『あのなぁ、好き好んで俺の嫁になるような女だぞ? 俺に苦労すると思うか?』

女騎士『そもそも、そんな女性などいないと思うが……』

戦士『……ま、まぁ、それはいい。嫁も子供も、全ては生きていたらの話だからな』

女騎士『見つかるといいな。そんな奇特な女性が現れることを、祈っているよ』

戦士『祈りなどいらねえよ。どうにかこうにかして見付け出してやる』

女騎士『……出逢いを待つのではなく、見付け出すか。貴様らしいな』

戦士『女じゃあるまいし、男なら当たり前だ。俺の嫁は、俺が迎えに行くと決めている』

女騎士『フッ…狼か何かだと勘違いされて、逃げられなければいいがな』


戦士『誰が狼だ。人を野獣のように言うな』

戦士『大体、神を信じる者は、何故に狼を悪の表現として用いるんだ?』

戦士『あれだ、羊の皮を被った何とやらだ……』

戦士『彼等は確かに農作物を奪い、家畜を襲うが、他の害獣を駆逐する役割も担っている』

戦士『そもそも、狼というのは慈悲深く賢い生き物なんだ』

戦士『家族は勿論、他の種族さえも愛するという点に於いて、彼等から学ぶべきものは多々ある』

戦士『信仰を隠れ蓑に悪魔染みた所業を働くような、下卑た輩とは違うんだ』

戦士『彼等もまた、信仰が生み出した犠牲者と言えるだろうな』


彼は見かけによらず博識だった。

思いがけない反撃に言葉を失って、彼の講義に夢中になっていた。

私にとって、狼とは嫌われ者の象徴でしかなく、そんな側面があるとは思いもしなかったからだ。

狼の生態について考えたこともなければ、知ろうと思ったことすらない。

そしてそれは、行動を共にする彼等彼女等に対しても言えることだった。

戦士『何も知らぬ癖に批判して、その者の存在すら貶めて嘲笑うのは、人間だけだ』

戦士『様々な信仰や思想によって、迫害が生まれる。それが人だろうと、獣だろうとな……』

女騎士『……それは、赤髪のことを言っているのか』

戦士『さぁな、好きに受け取れ。さて、もう腹は決めた。そろそろ行くぞ』

女騎士『あ、ああ、そうだな。行こう……』

戦士『皆、長いこと待たせて悪かった。じゃあ、ぱぱっと行くか』


こうして、私達は前線に向かって歩き始めた。

その時の私は上の空で、藪を掻き分けながら、赤髪一族について考えていた。

何を以て、彼等を侮蔑するような文化が根付いたのだろうか……

彼に狼の話を聞かされてから、そんなことばかりを考えていた。

物思いに耽っていた私は、戦士の叫びによって、思考の海から引き摺り出された。

私と赤髪の女性達は、直ぐさま身を隠した。

間違いない、敵が現れたのだ。

大隊か、南軍か、それとも将軍率いる部隊か。

退却したのは、私達を誘い出す為の罠だったのだ。誰もがそう思った。


だが、どうも様子がおかしい。

敵兵を発見して叫ぶなど、彼がすることではない。

葉を掻き分けると、敵の姿が見えた。

遠目でありながら、その姿をはっきりと捉えた。

あれは正に、異形の生物だった。

粘着くような黒い塊が、身体全体に蠢く赤い眼を浮かび上がらせ、戦士達を見下ろしている。

実態を把握するのに手間取ったが、姿や形、その有り様は、狼と言わざるを得なかった。

彼の話した慈愛に満ちた狼などではない。

私の想像していた悪者の狼とも違う。

酷く怖ろしく、醜く歪んだ何かが、狼の姿を模しているだけに違いない。

あれ程までに悪意と憎悪に満ちた生物など、この世に存在するわけがないからだ。

戦士『なる程な。これが、奴等の言っていた化け物って奴か』


皆が立ち竦む中で、彼だけが剣を構えた。

化け物の大口が開き、口元が歪むのが見えた。頬を引き攣らせ、笑って見せたのだ。

そして、標的を見定めるかのように、幾つもの眼が一斉に動き出し、戦士を姿を捉えた。

魔狼『我ハ、此処ニ、示ス』

魔狼『決シテ、変エラレヌ結末…が、あることを』

これが始まりの出来事、その起こり。

元を辿れば、此度の赤髪狩りが始まった時から、既に決まっていたことなのかもしれない。

重なるはずのない過去と現在が、抗いようのない因果によって交錯した。

これが、人間と魔神族の邂逅、今に繋がる全てが動き出した瞬間だった。


戦士『貴様は、何だ……』

魔狼『救われぬ、奪われぬ、潰えぬ、何者も抗えぬ事柄だ』

魔狼『我と我等は、望みを絶つ存在。望みを絶つことを胸に抱き、滅び去った者』

魔狼『我と我等は、闇に沈んだ古き者共より産まれ出た。故に、我は示さねばならぬ』

戦士『何を、示す』

魔狼『現世に遍く全てのものを喰らい尽くし、輪廻を絶つ』

くぐもった声が、背中を這ったような気がした。

人を喰らったであろう大口からは、臓腑を吐き出しそうになる程の悪臭が立ち込め、私達を包んだ。

戦士は会話を長引かせながら、私達に向かって、何度も合図していた。

先に行けと、何度も何度も。しかし、私達は動けなかった。

手足が縫い付けられたかのように、その場から動くことが出来ないでいた。

泣き叫ぶことすら、叶わなかった。


魔狼『汝は、我に、何を示す』

戦士『くふっ…ふふっ…』

皆、気でも違ったのかと思った。

数百とある禍禍しい眼に凝視され、正気を失ってしまったのだろう。

自らを絶望の化身だと語る獣に、心蝕まれ、食い尽くされたに違いない。

大剣片手に天を仰ぎ、かたかたと、小刻みに震える彼の様子は、そう思わせるに充分だった。

戦士『人生、何があるか分からないとは言うが……』

戦士『まさか、化け物と戦うことになろうとは、思いもしなかったよ』


耳を疑った。

私の中に、あれを相手に【戦う】などという選択肢はなかったからだ。

だが現に、彼は大剣を握り締め、巨躯の化け物に挑み掛からんとしている。

戦士『貴様なんぞに、喰われて堪るものかよ』

魔狼『ヌハッ…実によい、生に満ちた眼をしておる。先程喰らった者共とは、似ても似つかぬ』

魔狼『同じ人間とは思えぬ程に雄々しく、愚かだ。逃がして、やっても、よいぞ』

獣は心を見透かしたように嗤い、縋りたくなる誘いをちらつかせ、口元を歪めていた。

彼は即座に断った。

言葉ではなく、剣を用いて答えた。

迷いなく振り抜かれた刃は、魔狼の下顎を切り落とした。


戦士『皆、先へ進め』

魔狼『己の命を的にして他者を生かし、逃がすのか』

戦士『逃がす? 馬鹿を言うな』

戦士『俺は逃げない。此処にいる誰一人として、貴様に背を向けて逃げたりなどしない』

戦士『皆、先へ進め。逃げるのではない、進むのだ。この化け物は、俺がやる』

戦士『化け物といえど斬れば死ぬ。すっぱり斬ってから後を追う。だから、走れ』

皆が、一斉に走り出した。

正気を失っていたのは戦士ではなく、私達の方だったらしい。

奇妙なことに、化け物に追う気配は一切なかった。体中に浮かぶ眼は、戦士のみを見ている。

切り離された不気味な黒塊が、のろのろと浮き上がり、化け物は笑った。

皆の姿が見えなくなる頃には、化け物の顔は、すっかりと元通りになっていた。


魔狼『ヌハッ…』

魔狼『死か。汝は、我に、死を示すと申すか』

魔狼『神に祈り、虚勢を張り、声を高らかに、希望は潰えぬなどと、宣うかものと思うたが……』

戦士『はっ、此処に神がいるのなら、貴様のよう化け物を野放しにするわけがない』

戦士『まあ、存在は否定しない。否定しようがないからな』

戦士『ただ、いつの世も神は留守だ。待てど暮らせど、現れることはない』

魔狼『ほぉほぅ…フヌ…中々に、面白いことを言う。神に縋らず、剣に縋るか』

魔狼『此処に出たのは、戦の血の臭い、欲望渇望、その他諸々の渦に惹かれたものかとばかり……』

魔狼『だが、どうにも違うたようだ』

魔狼『そんなものより強烈な、人一人が醸すには異常異様な何かに、誘われ出でたのかもしれぬ』

戦士『物の怪を誘った覚えは一度たりともないが、出て来たものは仕方が無いな』


魔狼『おぉおぉ、実に良き男じゃ』

魔狼『今尚、続々と惹かれておる。見よ、我を見よ。我等の眼が一様に、お主を見ておるぞ』

魔狼『その眼、その魂に、皆々が惹かれておる証しだろうて。誇るがよい、稀な者よ』

戦士『そんな証しなどいらねえよ。まして誇りになどなるわけがない』

戦士『第一、物の怪を斬ったなど誰が信じる。元より、お前などいなかった』

彼は斬り掛かり、化け物は前脚を叩き付けた。

轟音と地鳴り。彼の雄叫び。

つい先程まで鳥が囀り、葉の鳴らす音さえ感じ取れたというのに、戦いの音が、一瞬にして塗り潰した。


魔狼『見事也、稀な者よ』

魔狼『さぁ、我等を救ってみせよ。見事、断ち切って見せよ』

戦士『それが、救いを求める者の言葉かよ』

すぐそこで繰り広げられている戦いなのに、途轍もなく遠い場所での出来事のようだった。

信じられない光景だ。

人と化け物が戦うなど、終末そのものではないか。

繰り広げられる戦いに、私は、世の終わりを連想せずにはいられなかった。

たった一人の男が巨大な怪物に挑み、己の持つ力の限りを尽くし、奮闘している。

だが、四肢を斬り落とし首を刎ねても、一向に死ぬ気配はない。

嘲笑うかのような笑みは消え去り、戦いを楽しんでいるかのように見えた。


魔狼『類い稀なる人間よ、勇敢なる者よ』

魔狼『我等を救ってみせよ。見事、打ち倒してみせよ』

戦士『自らを絶望と称する物の怪が、救ってくれと望むとは、これは一体如何なるものか』

魔狼『王は死に、我等は嘆いた』

魔狼『無明の闇の奥底で、人を呪いて混じり合う、王を想うた者共よ』

魔狼『なれど未だに想いは消えぬ。恨み辛みは募るばかり。消え入ることも望みのうちよ』

戦士『ならば答えろ。その望みは何処にある』

魔狼『想いが宿るは胸のうち。人であれ魔であれ、それは変わらぬ』

戦士『そうか。なら、腹を掻っ捌く』


彼は、直ぐさま走った。

しかし、化け物は木々をも容易く薙ぎ倒し、鉛色の爪を幾度も振り下ろす。

致命傷は免れているようだったが、額から流れ出たであろう血が、今や肩にまで流れている。

化け物は一切手を休めず、荒れ狂った爪は、更に苛烈さを増した。

最早、血に染まっていない場所を探す方が困難な程に、彼の鎧は赤と黒に染まっている。

足場が悪い所為か、失血によるものか、彼は膝を突いて、遂には止まってしまった。

その隙を逃すわけもなく、鉛色の爪が容赦なく振り下ろされる。

あの時は、酷くゆっくりに感じた。

私まで死んでしまうような、そんな気さえした。

命を賭して戦っているのは彼なのに、共に戦っている気でいたのかもしれない。

その時、何者かの声がした……


『動け!動いてくれ!!!』

『貴様は人間に殺されたいと言ったな!! そんな化け物に、貴様の命をくれてやる気か!!?』

『頼む…頼むから動いてくれ。お願いだから!死なないで!!!』

泣きじゃくる子供のような、何とも情けない、無茶苦茶な叫び声だったよ。

だが、その叫びに化け物が反応した。

彼のみを見つめていた数百の眼が一斉に動き、声の主を凝視していた。

化け物は、私を見ていた。

草藪に身を潜め、必死に息を殺していたはずの私を、観察するように。

呆れたことに、我が侭な叫び声の主は私だった。泣きじゃくっていたのも、私だったんだ。

『女の声は、頭に響く』

『全く…お前、そんな所に居たのかよ。先に行けと言ったのに、馬鹿な奴だ』


魔狼『ヌッ!!?』

眼を戻すより早く、爪が振り下ろされるより早く、戦士は腹の下に潜り込んだ。

一息の内に喉元に剣を突き立て、刀身が見えなくなるまで押し込み、尾まで一気に駆け抜ける。

戦士『くっ…ウォアアアアアッ!!!』

魔狼『ヌッ…グゥオアアアアッ!!!』

全てを絞り出すような彼の雄叫びと、化け物の絶叫が重なった。

腹を裂かれた化け物は、よろめきながら数歩進み、嗄れた呻き声を上げると遂に倒れた。

またも再生するかと思ったが、ぶよぶよとした黒塊は、地面を這うばかりだった。

戦士『お前の、負けだ……』

戦士『卑怯だとか言ってくれるなよ。戦いの中で目を逸らした貴様が招いた結果だ』

戦士『しかし、その眼を全て奪われるとは、化け物にも女を見る目はあるらしい』


魔狼『ヌハッ…ヌフッ…見事、実に見事なものだ』

戦士『まだ喋るか。で、どうやったら死ぬ』

魔狼『我は死ねぬ。死なぬのではない。これでは、死ねぬのだ』

戦士『……意味が分からねえな。お前は、どういう仕組みで動いてる』

魔狼『腹の中を見れば分かる。中にあるのだ。死ねぬ理由が……』

化け物の腹の中には、体を覆う黒とは真逆の、光り輝く宝玉のようなものがあった。

魔核。

今でこそ知られているけど、当時の私達には、それが何なのか知る由もない。

それに、普通なら破壊して終わるけれど、化け物の核は、通常とは異なるもの。

厳密に言えば、あれは魔核などではなかった。


戦士『これを壊せば、お前は死ぬのか』

魔狼『いいや、それこそが我等を救う者。絶望の淵にあろうとも、それは必ずある』

魔狼『どれだけ嘆いても、胸の内には必ずあるのだ。それは、そういうものだ』

魔狼『我と我等を救う者。我と我等と相反する者。決して分かり合えぬ者』

戦士『相反…希望か』

魔狼『フヌ…フヌ…ヌハッ…見えた、見えたぞ』

戦士『何?』

魔狼『そうか、全てはこの出逢いの為であったか。ならば、此処へ惹かれて当然よ』

魔狼『何を迷うことがあろう。この者にならば任せられようて。何せ、我等を倒した人間じゃもの』

魔狼『恨み辛み、夢、希望、絶望。人間には、初めから全て揃うておるではないか』


戦士『何を、言っている……』

魔狼『誰あろう、お主が我等を救うのだ。その身を賭して、我等を倒したようにな』

魔狼『では、暫しの別れ。再会を楽しみにしていよ』

戦士『……消えた? 宝玉も…』

戦士『何だ、何だったんだあれは……まるで意味が分からん』

森には、静けさが戻っていた。

暴れ狂った疵痕だけを残して、おぞましい【何か】は、跡形もなく消えた。

一体何だったのか、幾ら頭を捻っても何も分からぬまま、時間だけが過ぎた。

私達は考えるのを止め、先を行った彼等の後を追うことにした。

彼が倒した【何か】以外にも、化け物がいるかもしれない。


それに、将軍や大隊のこともある。

過ぎ去り、消え去った危機よりも、この先に待ち構える危機の方が気掛かりだった。




けれど、消えてなどいなかった。


彼や私に、これから起こり得ることなど想像出来るわけがない。

惹かれ、結ばれ、子供を授かるなんて、その頃は思いもしなかった。

だが、自らを絶望と称した【それ】は、そうなることを見抜いていたのだ。

再び現れたのは、勇者、あなたが生まれてすぐのこと。

冬の晩、私が勇者を寝かし付けようとしていた時、それは突然現れた。

音もなく、其処にいたかのように佇んで、私達を眺めていた。

忘れたくても忘れられない、あの時と同じ眼で、じっと見つめていた。


以前と違うのは人の形をしていたことだ。

煤けたような、焼け爛れたような、妙な雰囲気の襤褸切れを身にまとった壮年の男。

罪人のようにも、王のようにも見えた。

風体や所作から見て、そのように感じたが掴み所はなく、存在しているのかも分からない。

目深く被ったフードの奥に顔はなく、ごぞごぞと蠢く闇があるだけだった。

私は勇者を抱き締め、為す術なく震えていた。

あの時と同じように、やり取りを見ていることしか出来なかった。

襤褸『四年振りになるか、この時を待ち侘びた』

襤褸『あぁ、座ってもいいかね? いや、勝手に上がり込んだのだ、勝手にさせて貰おう』

襤褸『ヌフッ…会いとうて会いとうて、胸焦がれる想いであった。久しい、久しいのぉ』


戦士『…あの時の、化け物か』

襤褸『そう睨むなよ。準備が整ったようだから、様子を見に来てみただけだ』

戦士『何故生きているかなど、この際どうでもいい。俺に何の用だ。準備とか言ったな』

襤褸『希望でなければ、我等を消すことは出来ない。それは憶えているな?』

戦士『…………』

襤褸『我等は、滅びを望みながら、救われたいとも願っている』

襤褸『矛盾した存在なのだよ』

襤褸『絶望の名を冠しているのに、その核が希望とは何とも笑えぬ話だろう』

襤褸『相反しているのに、消すことは出来ない』

襤褸『そこで、お前に目を付けた。我等を倒した人間、稀な者よ』

戦士『……さっさと要件を言え。お前の声を聞いていると、どうしようもなく腹が立つ』

襤褸『そう焦るな。以前、人間に殺されたいと言っていたな。それで閃いた』

襤褸『我等は相反する一つ。厄介なことに、互いが互いを消すまいとしている』


襤褸『故に、死ねぬと言うわけだ』

襤褸『ならば、二つに別たれれば良い。そうなれば、矛盾した存在ではなくなる』

襤褸『絶望は比類無き絶望として、希望は遍く照らす希望として、現世に降り立つ』

戦士『その手助けをしろと? 馬鹿か貴様は、手を貸すと思うか?』

襤褸『お前が断れば、不滅の化け物が世界を滅ぼすだろう。お前は、首を縦に振るしかない』

襤褸『突如として身に降り掛かる理不尽。これは、そういう類のものなのだ』

襤褸『その気になれば、あの時の姿になれる。そうしないのは、敬意を払っているからだ』

襤褸『皆々が、お前を選んだ。良き人間であり良き男、我等にとって、この上ない存在なのだ』

襤褸『我等の総意は、お前の体を依り代に顕現する。ということで落ち着いた』


襤褸『お前が断れば我等は我等を保てなくなる』

襤褸『そうなれば、世界を飲み込む終末の獣が現れるであろう』

襤褸『決して死なぬ、決して救われぬ。あの時の比ではない我等がな』

戦士『……………』

襤褸『止せ止せ、間違っても戦おうなどと思うな。最早、以前の我等とは違うのだ』

襤褸『以前の我等は、百で百を成そうとした。それでは、大した力は出ないと知った』

襤褸『今の我等は、百で一を成そうとしている。それはそれは、凄まじい力になるだろう』

襤褸『これは真実だ』

襤褸『疑うようなら、お前に示す為だけに、都市の一つを消してやってもよい』


戦士『……別たれれば、貴様を殺せるんだな』

襤褸『ヌハッ…その意気だ』

襤褸『勿論殺せる。殺せるとも。お前の了承を得た上で、二つに別たれればな』

襤褸『だが、その前に一つ。お前自身に、選んで貰わねばならないことがある』

戦士『……何だ』

襤褸『汝、我等となり、希望を喰らうか』

襤褸『汝、我等となり、絶望を打ち砕くか』

戦士『待て、片方が俺なのは分かる。だが、もう片方は誰がやる。まさか剣士か』

戦士『奴も一度、候補には挙がった。だが、あの程度ではどちらも務まらぬであろう』


戦士『……別たれれば、貴様を殺せるんだな』

襤褸『ヌハッ…その意気だ』

襤褸『勿論殺せる。殺せるとも。お前の了承を得た上で、二つに別たれればな』

襤褸『だが、その前に一つ。お前自身に選んで貰わねばならぬことがある』

戦士『……何だ』

襤褸『汝、我等となり、希望を喰らうか』

襤褸『汝、我等となり、絶望を打ち砕くか』

戦士『待て、片方が俺なのは分かる。だが、もう片方は誰がやる。まさか剣士か』

襤褸『いや、違う。一度、候補には挙がった。だが、あの程度ではどちらも務まらぬだろう』


襤褸『もう一人は、お前の息子だ』

襤褸『様々な者が候補に挙がったが、お前の血を引く者でなくては、皆々が納得しなかったのだ』

襤褸『お前自身が希望の依り代となれば、その赤子を殺すだけで全てが終わる』

襤褸『何も起きず、世界が揺らぐこともない。一瞬で我等を葬り去れる』

襤褸『意図も容易く脅威は去る。断言しよう。二度と甦ることはない』

襤褸『ヌフッ…そう、断言しよう。二度と甦ることはない。我等は勿論、その赤子も』

戦士『貴様ッ!!』

襤褸『そう怒鳴るな。赤子が起きてしまうぞ? さて、そろそろ失礼する』

襤褸『いいか、三日後までに決めておけ。万に一つも、逃げられるなどと思うなよ』

襤褸『あの時、お前と我等は繋がったのだ。我等との縁からは、決して逃れられぬ』

襤褸『あぁ…言い忘れていた』

襤褸『赤子が無事に生まれたようで何よりだ。我等も、とても喜ばしく感じている』







襤褸『生まれてくれて、ありがとう』





ここまで寝ます。
説明長くて申し訳ない。勇者編長くなりそうです。

期間空いたし長いけど、読んでくれてありがとうこざいます。


残された時間、与えられた猶予は三日。

絶望と希望が別たれれば、互いが互いを討ち滅ぼすべく、熾烈な戦いを繰り広げるだろう。

どちらを選んだとしても、夫と息子は、決して相容れぬ存在となってしまう。

血を分けた親子が、殺し合うことになるのだ。

あの時、あの化け物は、私達の運命すら読み解いて、利用することに決めたのだろう。

信じたくなかった。夢であって欲しかった。

彼と私の出逢い、育んだ何もかもが、あんな奴に利用される為にあったのか。

全てが【あれ】の思うがままで、私達の人生が【あれ】の為にあったとしたら。

そんな考えが頭を過ぎり、血の気が失せ、どうにかなりそうだった。

受け入れて堪るものかと強がってみても、突き付けられた事実は変わらない。

襤褸切れの男が去った後も、濃密な悪意と嘲りを含んだ声が、頭から離れない。

あの人は、私と勇者を抱き締めながら、優しく微笑んでくれた。


その微笑みは、何度も見たことがある。

戦う覚悟を決めた時も、大丈夫だと言ってくれた時も、同じように微笑んだ。

人を支えるような、彼の笑み。

何度も救ってくれた彼の笑顔が、その時の私にとっては絶望を突き付けるものでしかなかった。

彼は既に、どちらを選び取るか決めている。

自らが絶望の受け皿となり、我が子に殺されることを心に決めている。

話し合っても結果は同じだっただろう。

生まれてきたばかりの我が子を、愛する息子を、その手に掛けられるはずがない。

襤褸切れの男はそれを知った上で、彼に選ばせるなどと口にしたのだ。

敬意など微塵もない、彼の心を悪戯に弄んだだけだったのだ。


許せなかった。

それ以上に悔しかった。でも、私達には為す術がない。

あのまま【あれ】を倒すことは出来ない。

相対する希望以外に、【あれ】を討ち滅ぼすことは不可能だ。

嘘の可能性だってある。彼を手にする為の偽言だったのかもしれない。

けれど、彼も私も、奴の言葉が嘘だとは到底思えなかった。

対峙したからこそ、あの言葉が真実であるということが分かってしまう。

嗚咽雑じりに泣き続ける私を、私を案ずる彼を、生まれたばかりの我が子が見ていた。

無垢な瞳は堪らなく愛おしく、小さな手は希望を与えてくれた。


だからこそ、涙が止まらなかった。

生まれたばかりの無垢な子に、何故こんなことが起きるのか。

何の罪もない我が子が、初めから囚われていたなど、あまりにも残酷過ぎる。

心の内で何度も祈った。

縋るように、懇願するように何度も。

けれど、神があらわれることは遂になかった……

……三日後には、夫と息子が別たれる。

絶望と希望。

夫と息子が互いを傷付け合うなど、想像しただけで胸が張り裂けそうだった。

襤褸切れの男が言った通りだ。

これは逃れようのない理不尽で、絶望と呼ぶに相応しく、変えようがない事柄だ。

その夜、彼も私も、あなたの傍から離れることはなかった。

彼が、あやすように言った。


戦士『息子よ、愛しているぞ』

戦士『俺は、誇れる父になれるよう、自慢の父になれるように生きてきた』

戦士『希望になどならずとも、お前は俺と彼女の希望だ』

戦士『愛する我が子、勇者よ。お前にならば、必ずやれる』

戦士『息子とは父を超えるもの。お前にならば、俺を超えられる』

戦士『……出来ることなら、三人で暮らしたい。お前が成長するさまを見ていたい』

戦士『三人で田畑を耕し、三人で山菜を採り、三人で釣りをして、三人で食卓を囲み……』

戦士『嫁の料理を食べながら、三人で笑い合う。そんな家庭を、夢見ていた』

戦士『父の夢は、お前が叶えてくれ。お前は幸せになれる。いや、ならねばならん』

戦士『何があろうと、決して諦めるな。如何なるものが道を塞ごうと、切り開いてみせろ』

戦士『息子よ。俺は、俺はこんなにも、お前を愛しているぞ……』

彼の涙を見たのは、これが初めてのことだった……

続きは夜に


朝がやってきた。

息子の顔を眺めていたら、いつの間にやら寝てしまったようだ。

ひょっとしたら昨日のことは全て幻で、これまで通りの平穏な日々が続くんじゃないか。

夫と息子と三人で、何事もなかったかのように暮らしていけるんじゃないか。

この幸せが運命に囚われているなんて、信じられなかった。

雪が積もり、屋根から落ちる。

雪かきをして、暖炉に火をくべて、朝食をとる。

周囲の人もいつも通りの朝を迎えて、何気ない挨拶を交わして家に戻る。

昼ご飯は何を作ろうかと考えながら、息子に毛布をかけ直す。


あの人は、微笑みながら此方を見ていた。

私も、それに応えて笑う。

これが、この幸せな日々が、明後日には消えてなくなる?

そんなわけがない。

あれはきっと悪い夢だったのだ。夢でなければ何だと言うのだ。

あれは夢だ、そうに違いない。

そう思い込むのに、必死だった。

ただ待つことしか出来ず、夫を失い、最愛の息子までもが苛酷な運命に囚われる。

何か、何か希望はないのか。

この状況を変えてくれる何かがあれば、それに縋りたかった。


彼が現れたのは、そんな時だった。

彼の傍らには、美しい女性の姿をした何かが、宙に浮いている。

彼女は、精霊と名乗った。

剣士『間に合った……』

間に合ったとは、どういう意味だろう。

何故かは分からないが、彼は私達の身に何が起きたのか知っているようだった。

剣士とは三年振りになる。

戦士の良き友人であり、あの戦を共にした戦友だ。

滅びを察した赤髪一族が、一族の総意によって特攻を仕掛けるまで、共に戦った。

あれから三年、彼が何をしていのかは知らないが、彼にも何かがあったようだ。


剣士『いきなり来て済まない』

戦士『そんなことはない、顔を見られて嬉しいぞ。しかし、何故此処へ?』

剣士『……僕が治癒術でも治せない程の大怪我をした時、君は僕を救ってくれた』

剣士『切り立った崖を登り、奇跡の花を採ってきてくれた』

剣士『今を生きていられるのは、君のお陰だ』

戦士『……懐かしい話だな』

戦士『だが、此処へ来たことと何の関係が? 剣士、お前にも何かがあったのか?』

剣士『話したいのは、その時のことだ。よく聞いてくれ』

剣士『これから話すのは、君達の子供に関係することだ』


戦士『……聞こう』

剣士『君が霊峰を登っている頃、僕は巫女という老婆に予言された』

剣士『こんな話、以前の君なら笑っただろうな。僕も信じられなかった』

剣士『けど、今なら信じてくれるはずだ』

戦士『ああ、信じる。信じるとも。予言の内容は?』

剣士『……友に災いが取り憑き、運命を絡め取る。妻子供さえも、囚われるであろう』

剣士『父は大いなる災いとなり、子は唯一の希望となる』

剣士『災いは友の体を奪った直後、妻子を殺す。希望が育つ前に、消し去らんとする』

戦士『……なる程、如何にも奴のやりそうなことだ。済まない、続けてくれ』


剣士『お前は、それを防がねばならん』

剣士『お前の魂も、輪の中にある。友と同じ、囚われの魂。宿命だ』

剣士『肉体なき魔術師を捜せ、彼の者であれば、知恵を授けてくれるであろう』

剣士『……時が経ち、その子が八つになる頃、災いは再び現れる』

剣士『お前が守らねば、希望の子は死ぬ。他ならぬ、父の手により命を落とす』

剣士『大いなる災禍と化した父によって、希望の子が死ぬ。そうなれば、現世は、魔と災いで溢れかえる』

剣士『お前は二度、その子を守られねばならん』

剣士『だが、その子を守れば、お前が命を落とすと知れ』

剣士『肉体なき魔術師を捜し、魔を断ち切る太刀を得よ。友を、救いたければ……』

剣士『……大体は、こんな感じだ。その時は、まるで意味が分からなかった』

剣士『朦朧としていたし、夢か現か、それすら判断出来なかったから……』


戦士『なら何故?』

剣士『災いが、現れたからさ』

剣士『襤褸切れを羽織った不気味な男。自らを絶望と称する者が……』

戦士『何だと!?』

剣士『……やはり、君の所へも奴が来たんだな』

戦士『ああ、来た。つい先日だ』

剣士『……奴が言うには、赤髪狩りの頃から、僕等に目を付けていたようだ』

剣士『どうやら僕は、奴のお眼鏡に適わなかったらしい』

剣士『僕の前に現れたのは2年程前、予言を思い出したのも、丁度その時だ』

剣士『こんな話、誰に言っても信じないだろうから、一度軍を抜けた。彼女を捜す為にね』


戦士『精霊、とか言ったな』

剣士『ああ、あちこち捜し回って、北部の湖で見つけた。説得するのに3ヶ月掛かったよ……』

剣士『彼女が推測するに、奴は、滅びた者共が生んだ憎悪の塊らしい』

戦士『滅びた者共?』

剣士『魔神族という存在のようだが、今話すことじゃない。それよりも、その子だ』

戦士『……本当に良いのか? 予言が正しければ、お前は死ぬんだぞ?』

剣士『構わない。次は、僕が君を助ける番だ』


戦士『……恩に着る』

剣士『とは言っても、君の命は……』

戦士『気に病むな。息子が生きる為ならば、奴に命をくれてやるよ』

戦士『なぁに、俺が死んでも息子がいる。俺の子が、必ず奴を打ち倒す』

戦士『我が子に背負わせるのは心苦しいが、奴を殺すには、それしかない……』

戦士『剣士、策はあるんだな?』

剣士『ある。奴が分離した瞬間、この剣で君を刺す』

剣士『受肉したばかりで繋がりは弱い、殺せなくとも仮死状態には出来る』

剣士『その後で君の肉体を封じる。おそらく5年、6年は保つはずだ』

剣士『そして、封印が解ける前に……』

戦士『どうした?』

剣士『……封印が解ける前に、その子を連れて行く。僕が、その子を育てる』

戦士『…そう、か……話は分かった。剣士、済まないが、嫁と二人で話をさせてくれないか』

剣士『僕は、村の集会所に居る。戦士、残された時間は……』

戦士『二日だ。その時になったら、迷わずやってくれ。後のことは、頼む……』


剣士と精霊が後にした。

その時の私は、何を嘆き、何に涙してしているのかさえ分からなかった。

分けの分からぬ内に、話はとんとん拍子に進み、夫は既に死を覚悟している。

私達を絶望させる為に、何もかもが都合良く動いているように感じた。

本当に、宿命や運命というものがあるのなら。

もしも、それが目に見える物であったのなら、この手で粉々に壊してやりたかった。

怒りや悲しみで震える体を、あの人はずっと抱き締めていてくれた。

暫くして落ち着きを取り戻すと、私達は話した。今までにないくらい、沢山話した。

起こり得る未来のことには一切触れず、過去に輝く思い出を語り合った。

けれど、次第に会話の種もなくなり、遂には沈黙が訪れた。


戦士『そう言えば……』

何かに気付いたのか、彼は私の肩を掴み、じっと見つめた。

何を言われるか怖ろしかったけれど、彼から目を離すことは出来ない。

これ以上、怖れることはないと意を決した時、彼の口から出たのは予想だにしない言葉だった。

戦士『嫁に来いだの、俺に付いて来いだの、そう言うことばかりしか言わなかったな』

戦士『その、何だ…こんな時でなければ言う機会はないだろうから、言わせて貰う』

戦士『一度しか言わぬからよく聞け。決して忘れるな』

戦士『……俺は、お前を愛している。こんな俺の嫁になってくれて、ありがとう』

これが最初で最後、後にも先にも一度だけ。彼から貰った、最後の贈り物。


この後のことは、さっき話した通り。

剣士の言った通りのことが起きて、剣士と精霊が、それを止めてくれた。

友は友の為に手を汚し、放心する私を懐抱した後、彼の体を担いで姿を消した。

後は、あなたの記憶通り。

四歳になる頃、剣士と精霊がやって来た。

その頃には、各地で魔神族が出没し始めていた。

西部の脅威や大戦の兆しは、皮肉にも、魔神族によって防がれたと言える。

剣士の話によれば、勇者には魔神族を引き寄せる力があるらしい。

その力が高まる前に、連れて行くとのことだった。原因は胸の痣。

それは、切り離された希望が宿った時に出来たもの……

どうやらそれが、一種の術式のような役割を担っているようだと、彼は言っていた。

旅に出るのは、絶望の獣に対抗出来るように鍛える為、魔神族の魔の手から、あなたを守る為。

それから更に四年後のある日、剣士の訃報を知った。私はすぐに悟った。

封印が解け、彼は奴の手によって殺されたのだ。彼自身が語った、予言の通りに……


聖女「私が知っているのは、此処まで……」

ちょっと休憩、もう少し書きます。


はさまれ?


勇者「……希望」

勇者「誰かの、とかじゃなくて…そのものってこと?」

聖女「そう。勇者、あなたが絶望を打ち砕く、唯一の希望」

聖女「混沌から生まれた相反する二つ。その片割れが、あなたの中にはある」

勇者「じゃあ、父さんは…」

聖女「ええ、矛盾した二つは別たれた。あの人は、望みを絶つ者となった」

聖女「いえ、ならざるを得なかった。選択肢など、初めから一つしかないのだから……」

聖女「あの人は途方もない数の憎悪を身に宿し、息子に、あなたに希望を託した……」


勇者「……母さん、ごめん」

聖女「どうしたの、急に謝って…」

勇者「父さんは、僕を守る為に姿を消した」

勇者「小さい頃から聞かされてはいたけど、どこかで疑う気持ちがあったんだ」

勇者「全く、僕は馬鹿だな。こんなにも愛されていたのに、疑うなんて……」

聖女「……疑うのは仕方がないことよ」

聖女「何も知らなかった…いえ、何も知らされていなかったんだもの」

聖女「それに、謝るのは私の方。こんな話を聞くのは、辛かったでしょう」


聖女「ごめんなさい……」

勇者「いいんだ。もう、充分に分かったから」

聖女「?」

勇者「その『襤褸切れを着た男』が、父さんを奪い、兄さんを殺した」

勇者「倒すべき敵がはっきりした。それが分かっただけで、今はいい」

勇者「……希望だとか絶望だとか、存在理由だとか、そんなことはどうでもいい」

勇者「父さんやお兄ちゃんの話を聞いたら、悩むのが恥ずかしく思えてきたんだ」

聖女「……………」

勇者「……でも、いずれ父さんと戦うことになるのか。どちらかが、倒れるまで……」

勇者「どれだけ割り切って考えようとしても、それだけは、やっぱり苦しいなぁ……」


聖女「……ッ」ギュッ

勇者「母さん、そんな顔しないで…」

勇者「僕は大丈夫。凄く苦しいけど、それだけじゃない」

聖女「えっ?」

勇者「僕は嬉しいんだ。どしようもなく、嬉しいんだよ」

勇者「父さんは、確かに僕を愛してた。それが何よりも嬉しくて堪らない」

聖女「……勇者…」

勇者「僕は、父さんの息子で良かった。今なら一切の迷いなく、そう言える」

勇者「未来がどんなに苛酷なものだろうと、生まれたことを呪いはしない」

勇者「僕は、誇りに思う。まだ何も成してはいないけど、父さんが僕の誇りだ」

聖女「フフッ…そう……あの人が聞いたら、きっと大喜びするでしょうね」

勇者「会って伝えるさ。たとえ、父さんではなくなっていたとしても、必ず……」


勇者「……少し、夜空を見てくるよ」

聖女「あっ…長話してたら、もうすっかり暗くなったわね」

聖女「お布団、用意しておくから。早く帰って来なさいよ?」

勇者「大丈夫、すぐ戻る。家の前にいるから」


ガチャッ…パタンッ……


勇者「ふ~っ、シッ!!」ズッ

ヒュッ!

勇者「……母さんは、あんな想いを抱えながら一人で待ってたのか」

勇者「父さんも、母さんも、お兄ちゃんも、凄い人ばっかりだ……」カチッ


勇者「不思議と落ち着いてる」

勇者「もっと、取り乱すかと思ったんだけどな」

白猫「確かに、あんな話を聞いた後だというのに、晴れやかな顔をしているな」

勇者「……そういや、いたんだっけ」

白猫「酷いことは言わないんじゃなかったのかい?」

勇者「あ~、そうだっけ?」ニコッ

白猫「フフッ、優しい顔になったね。つい先程までとは、何だか違って見える」

勇者「……吹っ切れたのかもしれない」

勇者「望まれない命だと思ってた。憎まれる為に生まれたのだと……」

勇者「でも違った。僕は、あんなにも愛されてた。望まれない命なんかじゃなかった」

勇者「それに、夢が出来たんだ」

白猫「どんな夢だい? 是非、訊かせて欲しいものだね」

勇者「子供が誇れるような父親になって、幸せな家庭を築く」

今日はここまで回想説明終わり。
誤字脱字や重複申し訳ない。
レスありがとうございます。嬉しいです。
>>392 はさまれ?

>>399
ああすまない
昔、主(>>1限定では無いが)のレスとレスの間に書き込みしたら はさまれ って書いてたんだよ
んで挟まれるかどうかわからないから?を付けただけ
混乱させて申し訳ない

>>400 なるほど、そんな歴史が……


【それぞれの掛け声】

魔女「てやっ」

王女「せいっ」

道化師「くたばれ、カス男」


魔導師「散れ、愚か者」

神聖術師「悶え苦しめ」

精霊「消えなさい」

花屋娘「わぁ~い」


王妃「……チッ」


【魔女っ子☆三姉妹】


精霊「ふふっ、悪い子ね…」数百歳


魔導師「あなたは、私達、魔女三姉妹が……」百歳以上二百歳未満


神聖術師「魔法の力で……」同上


三姉妹「お仕置きするにゃん☆」



魔女「きっつ…」

すいません。短編用にかいたやつです。

寝ます


>>>>>

同日深夜 聖女の家

勇者「(憎悪の主、絶望の化身。終末の獣)」

勇者「(絶望を打ち砕く者、現世を遍く照らす希望……)」

勇者「(この言葉だけを聞くと世界の一大事だ。でも実際は、二人の人間が戦うだけ)」

勇者「(たった二人の生き死にが世界を左右するなんて、何だか実感が湧かないな)」

勇者「(きっと、その時になって初めて実感するんだろう)」

勇者「(変わり果てた父さんの前に、相容れぬ存在、敵として立った時に初めて……)」

白猫「眠れないのかい?」

白猫「姿が猫とはいえ、女性と一緒に寝るのは緊張するのかな?」


勇者「…………」

白猫「ほんの冗談じゃないか…」

白猫「だから、そんな顔をしないでくれ。父のことが気掛かりなのかい?」

勇者「ん~、まあ、それもあるけど…想像してたことと違ってたから。ちょっとね」

白猫「想像?」

勇者「……あの日、都でお兄ちゃんが殺された時から、あれは王の仕業だろうと思ってたんだ」

勇者「でも母さんの話を聞く限り、襤褸切れの男と魔神族の王は同一じゃない……」

勇者「王は死に、我等は無明の闇の奥底で、嘆き悲しんだ……」

勇者「そこから気になってたんだ。魔神族なら、王も封じられているはず……」

勇者「なのに、死と表現してる」

勇者「最初から王などいないのか、または甦らない存在なのか」

勇者「……王って、どんな存在なんだろうと思ってさ」


白猫「ふむ、確かに気になるな…」

白猫「しかし、尊敬か畏怖かは分からないが、随分と慕われ、好かれていたようだ」

勇者「魔神族の王が?」

白猫「ああ、王を失った悲しみと嘆きが混ざり合い、絶望の名を冠する異形となったのだろう?」

白猫「王を失った彼等の絶望感は、それ程までに凄まじかったと見える」

白猫「彼等にしてみれば唯一の、偉大な王だったはずだ。希望と言った方が……希望?」ピョン

トコトコ…

勇者「ちょっ…何処に行くつも

白猫「少し黙っていてくれないか、考えたいことがあるから邪魔しないでくれ」


勇者「は、はい。分かりました……」

白猫「希望…希望……」ウーム


グルグル…ウロウロ……


勇者「(急にどうしたんだろう)」

勇者「(真剣な顔…いや、真剣な声を出すから頷いちゃったけど……)」

白猫「戦乱を終わらせ世を統一した者、比類無き者、唯一の王、彼等には救世主とすら言える」

白猫「彼は正に、魔神族の希望と言える存在だったのではなかろうか」ブツブツ

白猫「それを絶ったのが人間だ。だが、人間は何故、彼等と戦った?」

白猫「幾ら完全種がいようと、魔神族を滅ぼすことなど出来るのだろうか……」ウーム

白猫「大体、それだけの力があったのなら、何故もっと早くに戦わない?」

白猫「まして統一後に戦を仕掛けるなど、どうかしているとしか……」ウロウロ


白猫「いや待て…」

白猫「そもそも、そうしなければならなかったとしたらどうだ?」

白猫「統一後でなけれならない理由が…」

ウロウロ…ブツブツ…ピタッ…

白猫「……どんな理由があろうと、人間が魔神族を滅ぼしたのは事実。現在は人の世だ」

白猫「因縁因果はそこから生まれ、滅びの獣が現れた。と言うわけだな」

白猫「人間とは、何とも罪な生き物だ。今や千年が過ぎ、罪は罰へ、因は果となる」

白猫「……人間の犯した悪業。これが、滅びの上に立つ者への報いというわけか」

白猫「フフッ、フフフッ…なる程、理解したぞ」

勇者「……あのさ、大丈夫?」

白猫「あ…いや、その…済まなかった。つい考え込んでしまった」


勇者「謝らなくていいよ。勉強になったから」

白猫「勉強?」

勇者「全部、口に出てた。自分で気付いてなかったの?」

白猫「……全く気が付かなかった」

勇者「ずっと一人だったから、癖が付いたんじゃないの?」

白猫「何故、一人だったと? 確かに、長らく一人ではあったが……」

勇者「あんなに自然な感じで、一人で問答する人なんて見たことない。だから、何となく」


白猫「……そうか」

白猫「しかし、あまり褒められた癖ではないし、以後気を付けよう」

勇者「(猫が歩きながら考える様子は可愛いから、別にやめなくていい)」

勇者「(とは言えない。あんまり褒めたりすると、すぐ調子に乗りそうだし)」

白猫「さて、そろそろ寝ようか」ピョン

ボフッ…

勇者「……あのさ、シラミとか大丈夫だよね」

白猫「失敬な。その辺は抜かりない」

勇者「へ~、ならいいや。お休み」

白猫「待て勇者、君に一つ教えておこう」

勇者「(あっ、長くなりそうな気がする……)」


白猫「いいかい、勇者」

白猫「どれだけ長く生きようと、女性は女性であることを忘れてはならないんだ」

白猫「身嗜み、嗜好品、様々なものに気を付けなければならない」

白猫「身体の美しさも大事だが、言葉遣いや姿勢など、努力して手に入れる美しさも多々ある」

白猫「容姿が美しい女性は、世に幾らでもいる」

白猫「容姿や美容以外にも、嗜みというものを持たなければ、自慢の美貌も損なわれる」

白猫「礼儀や気品といったものが重要なんだ」

勇者「(確かに、そうかもしれない……)」

勇者「(以前、綺麗な人が音を立てて食べてた時は、ちょっと残念な気持ちになった)」


白猫「時代によって、求められる女性像は変わる」

白猫「しかし! それを追うのでは駄目だ。何故ならば、それは真の美しさではないからだ」

白猫「そんなものに踊らされているようでは、二流、三流がいいところ」

白猫「女性の持つ普遍的な美しさというものは、その程度の美ではない」

白猫「それらは絵画や彫刻、文学の中でも見かけることが出来るが…それは置いておこう」

白猫「自分の美しさはどうあるべきか、それを求めるのが一流だと、私は思う」

勇者「(なる程、人それぞれの美しさか)」

勇者「(見た目と違って清廉だったり、清楚に見えて悪女だったりする…らしいからなぁ)」

白猫「フッ、思い当たる節があるようだな。そう、あの魔女など女性失格なのだよ」ニヤッ

勇者「(魔女か、根は優しいんだろうけど…確かに言葉遣いは悪い)」

勇者「(顔は可愛いんだけど、やっぱり言動がなぁ、いきなり火を出したりするし)」

白猫「……まあ、身嗜みだ何だと言ったものの、当の本人が全裸では説得力がないな」


勇者「……猫はみんな全裸だよ」

白猫「元は人間だ」

白猫「これでも、本当は恥ずかしいんだ。でも君になら、見られてもいい……」

勇者「いや、そんな艶っぽい目で見られても何とも思わないから」

白猫「まさか男色の気が

勇者「ないから。もう寝るぞ。ほら、来い」グイッ

白猫「首根っこを掴まれた私は、問答無用で布団の中に引き摺り込まれ、為す術なく……」

勇者「うるさいな」

白猫「それは済まなかった。お休み、勇者」

勇者「はいはい、お休み。妙なことするなよ」

白猫「はしたない真似はしない。だから、安心して眠りたまえ」ウン


勇者「(顔舐めた癖に…まあいいや、寝よう)」

白猫「(あぁ…やはり温かい。今日も心地良く眠れそうだ……)」

白猫「(しかし、女性に甘いと思っていたが、意外にも強引な一面もあるようだ)」

勇者「…………」ゴロン

白猫「(……希望、か)」

白猫「(私は神など信じないが、いるとしたら、随分と酷いことをする奴だ)」

白猫「(今や、法や道徳は失われつつある。いずれ人間は、罪に塗れた存在に堕ちるだろう)」

白猫「(この世界を想像した神こそが悪だ…というなら、神の存在を肯定してやってもいいがね)」チラッ

勇者「……スー…スゥ…スゥ…」

白猫「……寝たか。勇者、私はね…」

白猫「私がいることで、少しでも君の気が紛れるのなら、今はそれで満足だよ……」

白猫「君の為なら、幾らでも馬鹿な振りをしよう。君が笑ってくれるなら、そう悪い気はしない」

白猫「忠実な犬とは違って、猫は猫なりに、『主人』に尽くすものだからね」

ちょっと休憩。


>>>>>

翌日早朝

勇者「ん~っ」ノビー

勇者「あれ、いない。何処行ったんだろ? 神聖じゅ…白猫、何処にい


……ヨセ、ヤメロ…クルナ…ギャー!


勇者「何だろ?」

白猫「勇者!私だ!助けてくれ!!」ガリガリ…

勇者「いつ出たんだ? っていうか、扉を引っ掻くの止めてよ」

白猫「いいから!早く開けてくれ!!」

勇者「うるさいなぁ、こっちは起きたばっかりなのに…」


白猫「勇者!!」

勇者「はいはい、今開けるよ」

ガチャッ…ビュンッ…ズサーッ!

勇者「うわっ、びっくりしたぁ…」

白猫「…ハァ…ハァ…」

勇者「随分慌ててたし、毛も汚れてるけど、何かあったの?」

白猫「……君が目を覚ます前、身柄を拘束されてね。洗い浚い吐かされた」

白猫「あの手の尋問には相当慣れているようだ。まったく、怖ろしい女だよ」


勇者「尋問? 母さんが?」

白猫「それ以外にないだろう。あんな…口に出すのも憚られるモノを目の前に……」

白猫「抵抗出来ない私に、ソレを鼻先まで近付けると、うぞうぞと蠢いたアレが……」

勇者「(ミミズとか、芋虫みたいなやつかな。いや、ヘビかもしれない)」

勇者「それで、何を喋らされたの?」

白猫「私が何者で、何故勇者と共に居るのか、何をしてきたのか。だ」

勇者「何だ。じゃあ、何されても仕方ないよ」


白猫「何をされても仕方がない?」

白猫「馬鹿なことを言うな、あれは私の愛の形だ。狂おしい程に愛していたが故に

聖女「故に、貴様は息子を傷付け、王女様を亡き者にしようとしたわけだ」

白猫「ああ、そう…ハッ!?」

聖女「罪を認め、謝罪すれば、まだ良かった」

聖女「まさか自らの過ちを認めず、開き直った挙げ句、あれは愛だ…などと抜かすとはな」

聖女「元素に身を焼かれる苦しみは、私も良く知っている」

聖女「内から炙られるような痛みだ。あれが如何に辛いか、貴様にも味合わせてやる」

勇者「(怖ッ!!)」

勇者「(あんな顔、見たことない。何か、口調も違うし…別の人みたいだ)」

聖女「勇者、その白猫…神聖術師を渡しなさい。これで、ぶっ刺してやる」スッ


白猫「ヒッ…」

勇者「(熱せられて、尖端が赤に輝く火かき棒。うわぁ、えげつないな)」

白猫「勇者、お願いだ。助けてくれ」ガクガク

勇者「大丈夫だよ。治癒術を使える人なら、村にもいるから」

勇者「それに、同じようなこと沢山してきたんでしょ?」グイッ

白猫「なっ、なにをする気だ!? まさか、本当に渡すつもりじゃ

勇者「仕方ないよ。ほら、何だっけ?」

勇者「あぁ、そうだそうだ。昨日言ってた、因果ってやつだよ」ニコッ


白猫「いや待て!待ってくれ!!」

聖女「目か、耳か、鼻か、口か、肛門か。貴様に選ばせてやる」ズッ

白猫「止せ!私は生まれ変わったんだ!! 勇者を傷付けるようなことだけは二度としない!!」

勇者「……だけ? だけって何?」

白猫「……………」

勇者「……………」

聖女「……………」

白猫「止せ!私は生まれ変わったんだ!! 勇者を傷付けるようなことは二度としない!!」

勇者「間を置いて言い直せば良いってもんじゃないだろ!! また悪さする気なのか!?」

白猫「わ、私は悪くない。悪くないのに、何故謝らなければならないんだ」


勇者「母さん、この人…」

勇者「……この猫のことは僕に任せてよ。怒っても疲れるだけだから」

聖女「そうみたいね。終わったことに腹を立てても仕方がないし、息子は無事だったんだから……」

聖女「でもこの猫…神聖術師は、いずれ必ず何かをしでかすわよ?」

勇者「大丈夫。躾は、きちんとするから」ニコッ

白猫「(なッ…何という蠱惑的な微笑み。ある種、悪魔的とさえ言っていい)」

白猫「(勇者に、こんな魔性が秘められていたとは驚きだ……)」

白猫「(人には二面性があるという。時に、それが更なる魅力を生み、異性を魅了する)」

白猫「(……まさか、加虐的嗜好の持ち主なのか? 容姿と違って激しい質なのかもしれないな)」ウーム

聖女「そうして頂戴。私も、猫をいたぶるのは気が引けるから……」


勇者「うん、任せて」

勇者「朝から疲れたでしょ? 朝ご飯は僕が作るから、母さんは休んでてよ」

聖女「そう言えば、昨日の夜に頼んでたわね。じゃあ、お願い」

勇者「うん」ニコッ


ガチャッ…パタンッ…


白猫「…………」

勇者「…………」

白猫「…………」

勇者「…………首輪、買わないとな」ボソッ

白猫「!!?」ビクッ

勇者「どうしたの?」

白猫「いや、何でもない。助かったよ」


勇者「はぁ、あんまり困らせないでよ……」

勇者「じゃあ、今から朝ご飯作るから。大人しく待っててね」

ガチャッ…パタンッ…

白猫「(嗚呼、何てことだ。私は何をされてしまうんだろうか……)」

白猫「(首輪だなんて…やはり、勇者には倒錯的な趣味があるらしい)」

白猫「(フッ…フフッ…まあいい。どんなことだろうと、受け入れてみせる)」




聖女「あ、美味しい」

勇者「本当? 良かった……」ホッ

聖女「結構しっかりやってたみたいね。味も盛り付けも、大雑把じゃないし」

聖女「てっきり、剣術や武術ばかりに打ち込んでるかと思ってた」

勇者「お師匠様が面倒臭がりだから、自然と覚えたんだ。その癖、注文は多いし」


聖女「へ~、そうだったの。お師匠様って、どんな方なの?」

勇者「何て言うか、ふわふわしてて何を考えてるか分かんない人かな……」

勇者「普段は隙だらけに見えるけど、実際は違うんだ」

勇者「稽古で勝ったことは何度かあるけど、真剣で稽古した時は全然駄目だったし」

勇者「剣聖と呼ばれるに相応しい人だよ」ウン

聖女「……剣聖…剣士の師だった人よね?」

勇者「やっぱり知ってたんだ」

聖女「赤髪狩りの時、三人で話してたから。その時に聞いたの」

聖女「剣士も、勇者と同じようなことを言ってた。戦士も、会いに行ったことがあるわ」


勇者「そうなの!?」

聖女「赤髪狩りが終わって、東王の計らいでこの村に来たばかりの頃にね」

聖女「剣士から手紙が来て、一度だけ遊びに行ったのよ。その時に会ったみたい」

勇者「へ~、そうだったんだ。母さんは行かなかったの?」

聖女「まだ村に馴染んでなかったし、家を空けるのは嫌だったのよ」

聖女「でも、もう14年も前のことだし、お爺ちゃんでしょう?」

勇者「……ううん、まだ30代半ばくらいだよ。見た目は、ね」

聖女「あなた、それを分かった上で弟子になったのよね?」

勇者「うん、精霊も大丈夫だって言ってたから。知らない仲じゃないみたいだし」

聖女「あらそう、ならいいの。けど、変な人よね。人間…完全種の弟子を取るなんて」


勇者「お師匠様曰く、人生は暇潰しなんだって」

勇者「自分を倒せる人間が現れたら、それ以上に幸せなことはないって言ってた」

聖女「……独特の死生観ね。だから、あの人と戦おうとしたのかしら」

勇者「えっ!?」

聖女「詳しくは知らないけど……」


戦士『久々に凄い奴と会ったぞ。あんな奴がいるとは、世の中は広い』

戦士『真剣での勝負を望まれたが、嫁がいるからと断った。やり合っていれば俺が勝…いや、止そう』

戦士『だが、剣士が若くして、あれ程の境地に至ったのも納得だな。もっと早くに会っていれば……』


聖女「……とか言ってたわね」

勇者「……良かったね。真剣で戦わなくて…」

聖女「ホントよ。強さを求めるのは理解出来るけど、死なれたら堪ったもんじゃないわ」


勇者「でも、そっか。そんなことが……」

ザザ…ジジジッ…

勇者「ん、何だろ?」カサッ

盗賊『勇者、久しぶりだな!! 元気か!?』

勇者「盗賊!? うん!元気だよ!! 盗賊は?何か風の音が聞こえるけど…」

盗賊『空飛んでるからな! それより、今どこだ!?』

勇者「僕? 僕は実家にいるけど……空?」

盗賊『実家かぁ、母ちゃん元気か? 体壊してなかったか?』

聖女「フフッ、面白い子ね」

勇者「うん、大丈夫。元気だよ」ニコニコ


盗賊『そっか、そりゃ良かった!!』

盗賊『ちょっと厄介なことが起きたんだ!直接会って話してえから今から行くわ!!』

盗賊『朝っぱらからゴメンナサイって、母ちゃんに言っといてくれ!! じゃあな!!』

ザザ…シーン……

勇者「……何か、今から来るって」

聖女「フフッ、全然構わないわよ? 賑やかになりそうで楽しみね」

ザザッ…

勇者「あれ、まただ。どうしたんだろ?」

盗賊『悪りぃ、言い忘れ!!』

勇者「うん、どうしたの?」

盗賊『もう少ししたら魔神族の気配するだろうけど気にすんな!! それ、俺だから!!』

勇者「………は?」

盗賊『悪りぃ!俺もよく分かんねえ!!』

盗賊『鳥が言うには!俺が王の生まれ変わりなんだってよ!!』

今日はここまでにします
レスありがとうございます。助かります。


【みんなの掛け声・必殺技】

魔女「出でよ氷柱!砕けて消えろ!!」カッ

魔導師「魔術だけだと思ったか? 愚かだな」ザンッ

神聖術師「元素の海で藻?くがいい」カッ

精霊「ハァ…面倒だから死んで頂戴」ズオッ

花屋娘「その花は毒です。じきに死にます」

王女「わたくしを侮った瞬間から、あなたの負けは決まっていたのです」ザシュッ

巫女「赤髪の力、見せてやる」ゴッ

王妃「殺されたくない? ならば舌を噛め」

道化師「アハハッ!一つは残してやるよ!!」グチャッ

【批評】

勇者「……う~ん、王女様かな。敵を侮っちゃ駄目だよ」ウン

盗賊「俺は魔導師だな。こう、裏を掻くみてえな感じがいい」ウン

特部隊長「精霊だな。戦いだというのに気怠げな感じがいい」

東王「いや、嫁が一番怖い。本当に言いそうだから」

【完】

向こうにも書きますが、投下終わりに下らないのを一つ書く感じにしたいです。
本編中に馬鹿げた感じにしたいのに中々出来なくて。

寝ます。


ザザッ…シーン……

勇者「……途切れた。意味が分からない」

勇者「(今のは赤髪の王じゃなくて、魔神族のってことだよな)」

勇者「(盗賊が王? そんな馬鹿な。完全種と魔神族は真逆の存在だ)」

勇者「(第一、盗賊自身に魔力はない。当然、魔核なんてあるわけない……)」

勇者「(盗賊の方は、混乱させる為じゃなく、単に事実を伝えようとしてたみたいだけど…)」

勇者「(鳥が言うには、と言っていた。その鳥に何かされたのか? 何が起きた?)」

勇者「(父さんやお兄ちゃんと同じように、盗賊まで奴等に奪われるのか?)」ギュッ

聖女「勇者、きっと大丈夫よ。だから、そんなに怖い顔しないの」


勇者「母さん…」

聖女「さっきの声の主は、お友達なんでしょう? なら、信じて待ちましょう」

勇者「でも、あんなの聞いたら……」

聖女「彼、何だか焦ってるようだったし、言葉が足りなかったんだと思うわ」

聖女「伝えたいことがあり過ぎて、上手く纏まってないような、そんな風だった」

聖女「厄介なことが起きたとも言っていたから、力を貸して欲しいんじゃない?」

勇者「多分、そうだと思う。盗賊が助けを求めるなんて、きっと余程のことがあったんだ」

勇者「心配だけど、今は何を考えても仕方ない。来たら訊けばいいだけだ」


聖女「(盗賊君、ね)」

聖女「(神聖術師によると、北部で勇者を助けた友人の一人だったかしら)」

聖女「(南部の義賊、若き犯罪王が息子の友人か。何だか、かなり複雑な気分だわ……)」

聖女「(けれど、声を聞いた限りでは悪い子には思えなかった。いつ出逢ったのかしら?)」

聖女「(はぁ…にしても、精霊に神聖術師に剣聖。息子の周りには変わった人が多いのね)」

勇者「あっ…」

聖女「どうしたの?」

勇者「盗賊、家の場所分かるのかな? 実家は東部にあるとは言ったけど…」


聖女「えっ!?」

聖女「まさかあの子、場所も知らないのに今から行くとか言ってたの!?」

勇者「うん。しかも空飛んでるとか言ってたし、益々わけが分からない」

聖女「……妙な薬とか使う子じゃないわよね?」

聖女「ほら、よく言うじゃない。使うと飛んでる気分になるだとか何とか……」

勇者「いやいやいや!絶対ないから!!」

勇者「盗賊はそんなことしない。そういうの大嫌いだから」

勇者「危険な薬で人の心を壊して金を奪うとか、ましてそれを使うような人間じゃないよ」

勇者「(寧ろ、そういう人間を的にして金を奪うはずだ。母さんの手前、言えないけど……)」


聖女「そう、ならいいの。ごめんね」

聖女「でも、どうしようか。お友達が来るなら、何か出さないと……」

勇者「何かって、そんなに大したものないよ?」

聖女「そうなのよね……あっ、朝ご飯食べないだろうから、何か作りましょうか」

聖女「猟師さんに貰った鹿肉もあるし、茸もあるし炊き込みにでも……」ウーン

勇者「(母さんがいてくれて良かった)」

勇者「(頭から熱が引いていく……物事を冷静に考えるようにならないと駄目だな)」


聖女「ほら、あなたも手伝いなさい」

勇者「あっ、うん」

聖女「事情を聞くにも、まずは食事を取らないと。お腹が空くと苛々しやすいし」

聖女「フフッ、でも、こんな日がくるなんて夢みたい」

勇者「?」

聖女「息子のお友達が遊びに来る」

聖女「お友達の為に、息子と二人で料理を作るなんて思わなかった」

聖女「一緒に台所に立つなんて、まるで普通の…普通の、幸せな……」ポロポロ

勇者「……母さん」

聖女「ごめんごめん」グシグシ

聖女「ふーっ…よしっ、もう大丈夫。さっ、作りましょう」ニコッ


勇者「……うん」

勇者「(奴は、僕が必ず倒す。もう二度と、大事な人を奪われてたまるか)」

勇者「(でも、何処にいるんだ。奴は、お兄ちゃんが亡くなった日に消えた)」

勇者「(相討ちとも聞いたけど、死んではいない。一体、何を企んでる……)」

聖女「こらっ!刃物持ちながらぼーっとしないの!!」

勇者「へっ!? あっ、ごめん」

聖女「まったくもう」ニコニコ

勇者「(母さんが嬉しそうに笑ってるんだ。今考えるのはやめておこう)」

勇者「(……それに、いずれ向こうから来る)」

勇者「(向こうが来ないなら、こっちから行けばいいだけの話だ)」

続きは夜に。


>>>>>

勇者「……来た」ガタッ

聖女「あら、随分早いわね。本当に空でも飛んできたのかしら……」

勇者「気配は村の外からだ。ちょっと迎えに行って来るよ」

聖女「気を付けてね。あっ、猫はいいの?」

勇者「話がこじれると面倒だから、部屋に置いていく。何かしそうだし……」

勇者「あ、そうだ。白猫のご飯も作っておいたから、出しておいて」

聖女「はいはい」

勇者「ありがとう。じゃあ、行ってきます」


聖女「………」

勇者「母さん?」クルッ

聖女「えっ!? あっ…行ってらっしゃい」ニコッ

勇者「うん!すぐ戻るから待ってて!!」

ガチャッ…パタンッ……

聖女「…グスッ…はぁ~、やっぱり駄目ね」

聖女「出掛けの挨拶なんて何年振りかしら。こんな日々が続けばいいのに……」

聖女「ふ~っ、勇者も長くはいられないだろうし、あんまり泣かないようにしないと」



勇者「……魔力は感じるんだけどな。何処だろう」

バサッ…バサッ……

勇者「……影? 上か!?」バッ

黒鷹「(……あれが、盗賊の友。今の世の勇者か)」


勇者「あれは、大鷲か?」

バサッ…バサッ…ズシンッ…

勇者「…………」

黒鷹「(警戒はしているが怖れはない。武器を構える様子もない、か)」

黒鷹「(面白い。少し、視てみるか……)」カッ

勇者「……盗賊は何処だ」

黒鷹「ふむ、なる程な。その魂の輝き…そうか、そういうことか」

勇者「?」

黒鷹「救いを求めた同族の希望であり」

黒鷹「奪うのではなく、与える力を欲した王の願い……というわけか」


勇者「何を…」

黒鷹「後々話す。おい、さっさと下りろ」

盗賊「ざけんなバカ! ゆっくり降りろって言っただろうがよ!!」

盗賊「すっげー気持ち悪ぃんだぞ!! つーかさぁ、少しは気を遣いなさいよ……」

黒鷹「王ともあろう者が、情けない」ズッ

ドサッ…

盗賊「この野郎、急に小さくなりやがって。気持ち悪ぃって言っただろうが……」

黒鷹「だから小さくなったんだ。背で吐かれて堪るか、汚らわしい」

盗賊「何か、態度がキツくなってねえか? あの頃はもっとこう…」

黒鷹「何があの頃だ。それより、友が待っているぞ」


勇者「…………」ポカーン

盗賊「あ、迎えに来てくれたのか。悪いな」

勇者「盗賊」

盗賊「あ? どうした?」

勇者「……君には、訊きたいことが沢山ある」

盗賊「そうか、俺もだ。話してえことが山ほどある」

勇者「まあ、そうだろうね……」

勇者「じゃあ、取り敢えず家に行こう。話はそれからだ」

盗賊「おう、そうだな。おら、行くぞ」

黒鷹「言われずとも分かっている。盗賊、肩を借りるぞ」ガシッ


盗賊「よっしゃ、んじゃ行くか」

ザッ…ザッ…ザッ…

勇者「そっちは大鷲か、うちのとはえらい違いだな」

盗賊「何だ、お前んとこにも何かいんの?」

勇者「白猫がいる。色々と事情があってね……」

盗賊「あ~、神聖術師だろ? そういや、魔女から聞いたわ」

勇者「あっ、そうだったんだ」

盗賊「精霊も無茶苦茶するよなぁ……」

勇者「そうだね。女の人の行動力ってさ、本当に凄いよね」

盗賊「ああ、すっげー分かる。何であんなこと出来んだろうな」

勇者「(元素で苦しめといて、愛してるだもんな)」ハァ

盗賊「(金玉踏み潰すか? 有り得ねえだろ。普通)」ハァ

勇者「……あっ、そうだった。盗賊、朝ご飯食べた?」


盗賊「いや、食ってねえ……」

盗賊「腹減ってんだけど何かあるか? ちょっとしたもんで構わねえ」

勇者「大丈夫。母さんと作ったから、着いたら食べてよ」

盗賊「ありがてえ……」

盗賊「おい、今の聞いたか? これが気遣い、人の優しさってやつだ」

黒鷹「それくらい分かる」

黒鷹「俺が気に入らないのは、お前が横柄な態度を取っていることだ」

勇者「(常識的な人…大鷲だな。魔神族全体が、話の通じる奴ばかりだったら良いのに……)」


黒鷹「何だ?」

勇者「いや、考え方とか、人間とあまり変わらないんだな……と思っただけです」

勇者「それに、こんな魔神族がいるとは思わなくて……さっきは、姿や形で判断して申し訳ない」

黒鷹「いや、謝ることはない」ウム

黒鷹「此方こそ、急に値踏みするようなことをして済まなかった」

勇者「いえ…それより、その眼には何か特別な力が?」

黒鷹「……ほぅ、よく気付いたな。俺の眼は、あらゆるものを見通せる」

黒鷹「肉体は勿論、病や怪我、魂の状態も視ることが出来る」


勇者「じゃあ、さっきは僕の魂を?」

黒鷹「ああ、そうだ」

黒鷹「しかし、お前のような礼儀ある男が、これの友人とは信じられんな」チラッ

盗賊「あ?」

黒鷹「少しは勇者を見習え」

盗賊「見習った結果、こうなったんだよ。赤髪の孤児にしちゃあ、真っ直ぐな方さ」

勇者「あ、そうだ。あの子はどうしたの?」

盗賊「あいつは家に置いてきた。話こじれそうだし、何かしそうだからな」

勇者「……大変だったんだね」

盗賊「……ああ。でも、お前もだろ?」

勇者「……ははっ…うん、まあね」

勇者・盗賊「…………ハァ」

ザッ…ザッ…ザッ……


>>>>>>

勇者「王は、原初の人間」

勇者「……そうか。だから、奴は王は死んだと言っていたのか」

勇者「16年前、既に盗賊は生まれてた」

勇者「でも、奴が気付かなかったのは、まだ盗賊が魔核を取り込んでいなかったから……」

勇者「それから、僕の力は王の願い。でしたよね?」

黒鷹「そうだ」

勇者「他者の力を奪う能力を持っていた王が、与えることを望んで生まれた力か……」

黒鷹「ああ、この眼で本質を視た」

黒鷹「その力には、僅かではあるが、確かに王の残滓を感じる」


黒鷹「但し……」

黒鷹「与えると言っても、まずは自身が与えなければ、他者から与えられることもない」

黒鷹「それが希望や勇気、或いは憤怒や憎悪であっても、お前の力となる」

勇者「……そして、その力を以て人を救う。か」

黒鷹「何故そんな使い勝手の悪い力にしたのか。そこまでは流石に分からないがな」

黒鷹「ともかく、僅かに残された人間への愛、共存の意思、それらが希望の正体だ」

黒鷹「戦や滅びを嘆きながら散った、魔神族の願い。その結晶と言ってもいいだろう」

勇者「……でも、信じられないな」

勇者「まさか、嘗ては魔神族と人間が共存していて、人間を守護していたなんて」


黒鷹「やはり、疑うか」

勇者「いえ、眼を見れば分かります。過去を語っている時、とても悲しそうでしから」

黒鷹「…………」

勇者「人間が裏切り、戦を仕掛けた理由は分かっていないんですよね?」

黒鷹「ああ、突然のことだったからな」

黒鷹「人が変わったかのよう……とは、正にあのことだろう」

勇者「……一体、何が」

盗賊「あ、勇者のお母さん、おかわり下さい」

聖女「フフッ、はいはい。というか、細いのに良く入るわね」

聖女「……あの、盗賊君、あの時は

盗賊「謝んなくていいよ。あれは、赤髪一族が決めたことだ」

盗賊「……仕切りをやってた爺様や婆様が勝手に決めて、勝手に滅んだだけなんだ」

盗賊「ったく、勇者の父ちゃん母ちゃん、東部の人等が助けてくれたってのに……」

盗賊「誇りを胸に死んだって、後に繋ぐもんがなけりゃ意味ねえだろうが……」


聖女「……独りは、辛かったでしょう」

盗賊「ん~、まあ、楽しくはなかったかな」ニコッ

聖女「(辛い、とは言わないのね。強い子……)」

聖女「(この子が赤髪の王。あの時、一族が命を賭して繋いだ希望、か)」

盗賊「つーか、酷えな。勇者にも、父ちゃん母ちゃんにも罪はねえってのに……」モグモグ

盗賊「終末の獣、襤褸切れの男だっけ? 会ったら息の根止めてやる」

聖女「あんまり無茶しちゃ駄目よ? 悪いことも程々にね?」

盗賊「悪にしか裁けない悪もある。まあ、俺が悪人には変わりねえけどさ」モグモグ

盗賊「誰かが助かるなら、悪事も善行になるのさ。場合によるけど」ニコニコ

聖女「(短絡的に見えるけど、そう装ってるだけなのか……掴み所のない、不思議な子ね)」

ちょっと休憩


盗賊「ご馳走様でした」

勇者「盗賊、鼻に粒が付いてるよ。何でそんなとこに付くんだ……」ハァ

黒鷹「(勇者と盗賊。彼等もまた、二人で一つと言える)」

黒鷹「(何かの意志か、或いは輪廻か、二人の運命が重なっているのは確かなようだ)」

黒鷹「(これが、前世の縁というやつか……)」

勇者「ところで、厄介なことってなに?」

盗賊「力を自覚したからか分かんねえけど、出たんだよ」

勇者「魔神族が?」

盗賊「ああ、俺にも魔を引き寄せる力があるみてえだからな。多分、その所為だろ」


勇者「で、何が出たの?」

盗賊「鬼族のお姫様だ。魔神族にも色々種族があるんだってよ」

勇者「……鬼族か、戦いはしなかったんだ」

盗賊「ああ、何だか分かんねえけど、前の俺…王が、鬼王の力を奪ったみてえなんだ」

勇者「なら、やっぱり復讐しに?」

盗賊「いや、逆だ。奴等…鬼族の場合は特に、人間とは考えが違うんだよ」

盗賊「強さ、力こそが全てって感じだな」

盗賊「敬愛する父を打ち倒した男こそ、理想の男である。この身を捧げるに相応しい」

盗賊「父も笑いながら逝った。己より強き者の糧となるのは誉れなのだ」

盗賊「それが後に王になった。これ以上に喜ばしいことはなかろう……とか言ってたな」

勇者「う~ん、その独特な思考はともかく、他に問題はないように聞こえるけど……」


勇者「その、鬼姫さんだっけ?」

勇者「その魔神族は、人間に危害を加えようとしてるわけじゃないんだよね」

盗賊「まあ、今んとこはな。問題は、他にも来てるってことだ」

盗賊「霊峰地下に、地下街みてえなもんが出来たんだよ。ざっと二百以上はいる」

勇者「!!?」

盗賊「それも一種族だけじゃねえ。異種族混合、ごちゃごちゃした地下街さ」

勇者「彼等の存在は……」

盗賊「今のところは知られてねえ」

盗賊「聖地は、西部とやり合う為に奪われたが、異形種騒ぎでほっぽり出されたままだ」

盗賊「あ~あ。まったく、何の為の赤髪狩りだったんだろうな……」


勇者「(彼等を見て、赤髪と重ねたのか?)」

勇者「(口では何ともないみたいに言ってるけど、想いは強いはずだ)」

盗賊「こんなの、人間には頼れねえだろ? だから、お前んとこに来たんだ」

勇者「……そうだね。魔神族は討伐対象、人類を脅かす存在だ」

勇者「最近になって、更に増えた。こんな状況で、手を貸してくれるはずがない」

勇者「盗賊、彼等は友好的と考えていいのか」

盗賊「多少気の荒い奴はいるが、強い力を持った奴はいねえ。大して人間と変わらねえよ」

盗賊「俺とお前なら、皆殺しに出来る」

盗賊「どうせ見つかりゃ殺されるんだ。だったら、その方がいいのかもしんねえ」


勇者「やめろ」

勇者「こんな時に、思ってもないことを口にするな。助けたいから来たんだろ」

勇者「君は、そんなことをするような男じゃない。無慈悲な殺人鬼なんかじゃない」

勇者「悩んでるなら悩んでるって正直に言ってくれ。僕が出来る範囲で手を貸す」

勇者「僕等は友達だ。僕の前で、悪人の振りをする必要はない」

盗賊「……悪りぃ、ありがとな」

盗賊「なんつーかさぁ、奴等が現れて、話して、王だなんだって言われて、頼られて……」

盗賊「あぁ、こいつらは俺等が知ってるような奴等じゃねえなって……」

盗賊「人を襲って喰っちまうような、そういう奴等じゃねえって分かったんだ」


勇者「…………」

盗賊「不思議と懐かしいような気分になった。知らねえ奴等なのに、知ってんだ」

盗賊「今の世に、奴等を受け入れる人間はいない。過去とは違って、数も人間より少ねえ」

盗賊「誰かが匿って守らなけりゃ、すぐに死んじまうだろう……」

盗賊「……本当は、お前に話す前から決心はしてたんだ」

勇者「……彼等の、魔神族の王になるつもりなんだね」

盗賊「ああ。まあ、なったところで何が出来るか分かんねえけどな」

勇者「本当にいいのか、世界が敵になるぞ」

盗賊「はははっ! んなことは分かってるさ。だから、味方に話してんだろうが」


勇者「……そっか。あのさ」

盗賊「何だ?」

勇者「さっきの皆殺しとかって話、もしかして、僕を試した?」

盗賊「あ~、試したっつーか、確認だな。思った通りの答えで安心した」ウン

勇者「はぁ…試すにしても、さっきのは流石に質が悪いよ」

勇者「……ちょっと気になるんだけど、何で霊峰地下に現れたの?」

盗賊「現れたっつーか、奴等が勝手に作ったんだよ。三日やそこらでな」

勇者「僅か三日で街を、凄いな……」

盗賊「体の小せえ髭生やした奴等で、手慣れたもんだったよ」


盗賊「現れた理由は……なんだっけ?」

黒鷹「元素が極端に薄く、魔が集まりやすいからだ。世界には、そういった場所が数ヶ所ある」

黒鷹「勇者、一つ言っておく。霊峰地下の者達は共存を望んではいない」

勇者「えっ? 友好的ではないのですか?」

黒鷹「盗賊…王に対してはな。彼等は、人間を怖れている」

黒鷹「出来ることなら、静かに暮らせる場所にしてやりたい」

勇者「……彼等と、話をさせて下さい」

勇者「それと、地下に魔力探査が通用するか確かめておきたい」

勇者「地下にまで及ばなければ、彼等は見付からずに暮らしていけるはずだ」

勇者「ずっと隠し通すのは無理だろうけど、それでもやっておきたい」

勇者「精霊や魔女の力を借りたいところだけど、今は討伐で忙しい。白猫の知恵を借りよう……」


盗賊「あの変態女かぁ…大丈夫なのか?」

勇者「大丈夫、だと思いたい。それに今は、縋れるものがあるなら、何にでも縋る」

勇者「それと、大鷲さん」

黒鷹「何だ?」

勇者「話し合いが終わった後、別の低元素地域を捜したいので手伝って下さい」

勇者「もしかしたら、他にも彼等のような存在がいるかもしれない」

黒鷹「承知した」

盗賊「なっ、頼れる奴だろ?」

黒鷹「お前はもう少し考えろ。王になるなら、自覚を持て」

黒鷹「強大な力を持つ種族王でも現れたら、お前はどうするつもりなんだ」

黒鷹「如何に魔に耐性があるとはいえ、今のままでは殺されるぞ」


盗賊「なるさ」

黒鷹「何だと?」

盗賊「だから、そういう奴等の力を奪って、王になるって言ってんだ」

盗賊「俺は赤髪、最初っから人間なんかじゃなかったんだ。この体が変わろうと未練はねえ」

盗賊「……なあ、勇者」

勇者「ん?」

盗賊「俺が魔神族の王…長えから魔王でいいや。俺が魔王になっても

勇者「友達だよ。優しい王様になってくれるならね」ニコッ

盗賊「はははっ! そっか、そうだったな。王様は優しくねえと駄目だったな」

盗賊「……あの、勇者の母ちゃん」

聖女「何? どうしたの?」

盗賊「勇者を巻き込んでしまって、申し訳ありません」

聖女「……いいのよ。勇者を、息子をよろしくね。あの子、まだまだ子供だから」

盗賊「……はい、分かってます」


勇者「大鷲さん」ボソッ

黒鷹「?」

勇者「僕の片割れ、奴が何処にいるか分かりますか?」

黒鷹「地上にはいない。おそらく元いた場所、無明の闇の底だ」

黒鷹「相当の深傷を負い、傷でも癒やしているのか……」

黒鷹「それとも、来るべき戦いの為に、力を蓄えているのか。何とも言えんな」

勇者「(……深傷、お兄ちゃんが与えた傷か!!)」

勇者「(いや、幾ら深傷を負ったとしても、4年もの間、傷を癒やしているとは考えられない)」

勇者「(俺の片割れ。比類無き絶望よ。お前は何を考えてる。何をする気だ……)」

盗賊「勇者、準備が出来たら行こうぜ」

盗賊「あんまり長いすると、奴等を引き寄せちまうかもしれねえ」

勇者「……えっ? あ、うん。そうだね。すぐに支度する。ちょっと待ってて」

勇者「(霊峰地下、魔神族の地下街か……ちょっと楽しみだな。どんな街なんだろう)」

今日はここまで寝ます。
このスレも半分近くになりました。
まだ長くなるとは思いますが、終わりは見えてきました。
これからも読んでくれると嬉しいです。お休みなさい。

説明が足りてない箇所があれば言って下さい。
他にも、矛盾点や腑に落ちない部分があればお願いします。


>>>>>

同日昼 聖女の家

聖女「……………」

盗賊『美味えな、これ』モグモグ

黒鷹『がっつくな。全く、品のない奴だ』

黒鷹『勇者、済まないな。俺にまで食事を用意してもらって』

勇者『あの、本当に鹿肉を湯に浸しただけで良かったんですか?』

黒鷹『ああ、これだけでいい。俺は人間を食わない、狩るのは兎や狐だ』

勇者『へ~、普通の鷲や鷹とあまり変わらないんですね』

盗賊『けっ、何だよ。お前だって、ちゃっかり食ってんじゃねえか』

黒鷹『食うなと言ったんじゃない。食べ方が汚いと言ってるんだ』


勇者『あの、大鷲さんは何故、盗賊と?』

黒鷹『王に足る器だと思ったからだ』

黒鷹『元々、俺の一族は王の象徴として神聖視されていてな。各種族王が尋ねて来たものだ』

黒鷹『大いなる鷲よ、猛る翼よ、我に仕え、力の象徴となり賜え…とな』

黒鷹『如何に傲岸不遜な種族の王でさえ、我々の前では頭を下げた』 

勇者『へ~!凄いな!! 大鷲さんも種族王の誰かといたんですか?』

黒鷹「いや、全て断った」

黒鷹『各種族王は競うようにして我々を求めた。勿論、俺の元へも来た』

黒鷹『大きければ大きいほど、その者の力が偉大であるとされるからな』


勇者『なる程、見栄みたいなものですか』

黒鷹『正にその通りだ』

黒鷹『そんなものに利用されて堪るか。奴等の心の内など、この眼で視るまでもなく透けて見えた』

黒鷹『どんな言葉を用いても、腹の内では…こいつを手懐ければ……などと考えている』

白猫『……ふむ、それは興味深い。以前は人間もそうだった。貴族などが正にそれだ』

白猫『権力の誇示、象徴。一種の儀式めいたそれが、魔神族から受け継がれていたとは……』

黒鷹『ほう、喋る猫か。様々な獣人はいたが、これは中々珍しいな』

白猫『獣人とはどんな種族だ? 交尾は人と変わらないのか?』

黒鷹『体毛で被われている以外、人と差して変わらない。勿論、言語もだ』

黒鷹『男女が愛し合い、子をもうける。一度に出産する子は、人間より多い。1度に5人は産む』


白猫『フッ、フフッ、そうか…」

白猫「ドワーフとやらに頼んで、この姿を人に近付ける術具を作らせれば、或いは…』ブツブツ

勇者『ねえ、部屋で待っててって言ったよね』

白猫『……君がいなくても寂しかったんだ。分かるだろう?』

盗賊『うるせえな、猫撫で声出してんじゃねえ。ババアの癖に色気出すな、気持ち悪りぃんだよ』

白猫『私と勇者の会話を邪魔するな。貴様のような屑が勇者の友人とはな、穢らわしい』

盗賊『んだとコラ!! その毛を真っ赤に染めてやるよ!てめえの血でな!!』

勇者『……うるさいなぁ』

黒鷹『互いに苦労が絶えんな。やはり、生き物を飼うというのは難しい』ウム

勇者『あ、飼い主のつもりだったんですね……』


……シーン…


聖女「ついさっきまで、あんなに賑やかだったのに……」


コンコンッ…

聖女「誰かしら? はい、どなた?」

トコトコ…ガチャッ…

聖女「あ、猟師さんの娘さんね。どうしたの?」

狩人「こんにちは、おばさん。あのっ、勇者を迎えに来たんですけど、留守ですか?」

聖女「今さっき出掛けたのよ。帰りはいつになるか分からないわ」

狩人「そ、そうですか。残念だな、お祝いしようと思ったのに……」

聖女「そうだったの……ごめんなさいね。何せ急なことだったから」

狩人「いえ、いいんです。でも、皆が楽しみにしてて、ちょっと帰りづらいかな……」

聖女「皆!? そんな大掛かりな…仕方ないわね。何か変わりに用意しましょう」


狩人「変わり、ですか?」

聖女「ええ。そうと決まったら熊を獲りに行きましょう」

狩人「えぇ!? そんな、キノコ採りにいくみたいな気軽さで…」

聖女「山の恵みと豊穣を願って、熊にもきちんと感謝すれば大丈夫よ」

聖女「勿論、お供え物もきちんと用意するわ。さあ、行くわよ」

狩人「(おばさんは、相変わらず凄い行動力だ。でも、そっか…行っちゃったのか)」

狩人「(勇者の成長した姿、見たかったな)」

狩人「(もう18歳くらいに見えるとか言ってたから、私よりも大きいはずだ)」

狩人「(一緒に泥遊びしてた頃が懐かしいや。会いたかったなぁ……)」


狩人「あのっ、おばさん!」

聖女「どうしたの?」

狩人「勇者は、何処に行ったんですか?」

聖女「……ごめんなさい。それは教えられないわ。今頃は空の上、かしら」


ヒョゥゥゥ…


勇者「……凄い、地上を眺める日が来るなんて思わなかった」

勇者「あっ、ところでさ、巫女は家に待たせてるって言ってたけど、家は何処にあるの?」

盗賊「霊峰の頂上だ。髭の奴等に作らせた」ウン

勇者「(一体どんな人達なんだろう。凄腕の大工さんみたいなもなのかな……)」

勇者「(でも、そうだよな。彼等だって滅びる前は普通に生活してたわけだし)」

勇者「(鍛冶職人とか時計屋とかもいるのかな。あっ、北部の時計屋のお爺さん、元気かな)」


盗賊「……なあ、勇者」

勇者「ん?」

盗賊「せっかく実家にいたのに、引っ張り出して悪かった。母ちゃんと一緒にいたかっただろ?」

勇者「元気な姿を見られただけでも充分だよ。元々、長くはいられなかったし」

盗賊「魔を引き寄せる痣があるんだっけ?」

盗賊「人間を恨んでる奴等には、希望こそ憎しみの対象。だったよな、確か」

勇者「……今更だけど、大丈夫?」

盗賊「何が?」

黒鷹「勇者の痣は、好戦的な魔神族を引き寄せる。だから、大丈夫かと聞いているんだ」

盗賊「あぁ、それなら俺にだってあるじゃねえか」

黒鷹「お前に引き寄せられるのは、比較的穏健な者達。勇者が引き寄せる輩とは違う」

盗賊「そうなの?」

白猫「ハッ、貴様の頭は飾りか? 犬にでもくれてやるがいい」


勇者「…………」グイッ

白猫「ど、どうしたんだい勇者?怖い顔をして」

勇者「挑発したり、馬鹿にしたりするな。これからは一緒に行動するんだ」

勇者「無理に仲良くする必要はない。ただ、輪を乱すようなことはするな」

白猫「いや、しか

勇者「僕が言ってること分かるよね」

白猫「勿論だとも」キリッ

勇者「そっか、ならいいんだ」ニコニコ

白猫「(この微笑み…まさか、私が秘められた性癖を目覚めさせてしまったのか?)」

白猫「(他者を屈伏服従させる喜びを知ってしまったのか?)」

勇者「いきなり掴んだりしてごめん。あ、落ちると悪いし、入れとこう……」スッ


白猫「……むぐっ…」

勇者「よしっ、これで大丈夫」ウン

白猫「(服の中に入れられてしまった)」

白猫「(勇者の体温を直に感じる。柔らかな匂いと素肌の滑らかさ。飴と鞭か、やはり天性の…)」

黒鷹「盗賊」

盗賊「あ?」

黒鷹「勇者に魔が寄ってきた場合はどうする。何らかの対策が必要だ」

盗賊「好戦的ってのは強い奴等だろ?」

黒鷹「その可能性は高い」

黒鷹「尊厳が高く、力を誇示する者は、人間に負けたことを屈辱だと感じているだろうからな」

盗賊「なら簡単だ。俺が魔核を喰えばいい」

盗賊「そうすりゃあ、勇者を狙う奴は減るし、人間に手出しする奴も減る」


黒鷹「降伏した場合は?」

盗賊「そういう奴ってのは大抵裏切る。問答無用で喰うまでだ」

盗賊「大体、殺しに来といてゴメンナサイで済むかよ。んな奴は知らねえ」

黒鷹「そうだ。それでいい」

黒鷹「強き者ほど貪欲だ。己を救った者であろうと、躊躇いなく背中を刺せる」

黒鷹「食うか、食われるかだ」

黒鷹「お前の判断で、地下街の者達の行く末が決まる。王ならば、徹しろ」

盗賊「……大丈夫さ、そういうのには慣れてる」


勇者「…………」

盗賊「そんな顔すんな。これが、俺の決めた魔王の在り方だ」

盗賊「悪りぃけど、『みんな』には優しく出来ねえ」

盗賊「出来てたら、人の世もこんな有様にはなってねえだろ?」

勇者「分かってる。でも、本当にいいの?」

盗賊「ああ、もう決めたからな」

盗賊「それに俺がどうなろうと、俺を分かってる奴が一人いるんだ。そうだろ?」

勇者「……ああ、君がどう変わろうと、僕達は変わらない」

盗賊「う~ん…でもなぁ、顔が変わったりすんのは勘弁願いてえな」

勇者「そんなに変わるのかな。大鷲さん、分かります?」


黒鷹「以前の王は変わらなかった」

黒鷹「力を行使する場合は多少変わるようだったが……」

黒鷹「だが、安心するなよ。抑え込む力がなければ影響を受ける」

黒鷹「種族王ともなれば、その力は凄まじい。王は、それらを幾つも宿していたのだ」

黒鷹「決して揺らぐなよ。魔王を名乗るのならな」

盗賊「分かってるさ……」

黒鷹「さぁ、そろそろ降りるぞ。しっかり掴まれ」グオッ


ヒョゥゥゥ…


勇者「…ハァッ…ハァッ…」

盗賊「……大丈夫か?」

勇者「ごめんちょっと待って本当に気持ち悪い。胃が持ち上がるみたいな感覚が残ってる」


黒鷹「済まない」

盗賊「ご機嫌で急降下すっからだろ。つーか、俺にも謝れよ」

黒鷹「済まなかった。だが、お前も態度を改めろ」

盗賊「……大鷲さ~ん、ありがとうございま~す」

黒鷹「やめてくれ。寒気がする」

盗賊「ざけんな!じゃあどうしろっつーんだよ!!」

黒鷹「この際、言葉遣いはいい」

黒鷹「問題は態度だ。上に立つのであれば、礼儀正しくしろ」

盗賊「はいはい分かったよ。勇者、そろそろ大丈夫か?」


勇者「……うん、もう平気」

盗賊「さて、じゃあ我が家に行くか」

勇者「家って、あれだよね」

盗賊「おう、あれだ」

勇者「あのさ、もう少し、質素な感じに出来なかったの?」

勇者「城とまでいかないけど、ちょっとしたお屋敷だよ」

盗賊「好きにしろって言ったら、あんな感じになってたんだよ。凝り性なんだろうなぁ」ウン

勇者「(屋敷っていうか、何て言うか、石造りの小さなお城みたい感じだな……)」

盗賊「寒いし入ろうぜ。巫女も待ってるしな」

勇者「うん、そうだね」


ザッザッザッ…


>>>>>

霊峰 盗賊の家

盗賊「……と、言うわけで、勇者が協力してくれることになった」

巫女「そうか、それは心強い。おい、勇者」

勇者「?」

巫女「あの時は助かった。礼を言う」

勇者「別にいいよ。もう平気なの?」

巫女「ああ、問題ない」

勇者「あのさ、君のお婆さんも巫女って名前だったんだよね? お婆さんを憶えてる?」

巫女「ああ、勿論憶えてる」

巫女「祖母は赤髪狩りで死んだ。名は、勝手に継がせてもらったんだ」

勇者「……あのさ、君は何故、赤髪狩りの時のことを知ってるの?」

勇者「赤髪狩りは16年前、君はどう見ても12歳かそこらだ」

勇者「ずっと気になってたんだ。良ければ教えてくれないかな」

ちょっと休憩


巫女「そんなことか、別に構わないぞ?」

巫女「乳児期が異様に長かったらしい。何故かは分からないが、成長しなかったようだ」

勇者「えっ…じゃあ、生まれたのは赤髪狩りより前ってこと?」

巫女「そうなるな。何かの病らしいが、わたしには分からない」

勇者「じゃあ、盗賊と同い年くらい?」

巫女「ああ、そうかもしれないな」

盗賊「へ~、初めて聞いた。つーか、そんなこと気にしてたのか?」

勇者「そういえば、と思ってさ。でも、そうだったのか。僕より年上なのか」


巫女「わたしのことは、巫女さんと呼べ」

勇者「えっ、嫌だ」

巫女「ちっ、聞き分けのないガキだ」

勇者「だってさ、こんな小さい子にさん付けしてたら、頭を疑われるよ?」

巫女「小さくとも年上だ。わたしを敬え」

盗賊「へ~、お前、また『お絵かき』してたのか」ニヤニヤ

巫女「巫女でいい。勇者、宜しく頼む」

勇者「お絵か

巫女「話は終わりだ。これから地下街へ向かう。わたしに付いてこい」ザッ

勇者「えっ? 地下街へ行くなら、一度霊峰から降りないと駄目なんじゃないの?」

巫女「銀髪の奴等が、家の中に便利なモノを作ってくれた。それが、これだ」スッ


勇者「これは、転移術式?」

盗賊「仕組みは分かんねえけど、これで此処と地下を往き来できる」

勇者「地上に出入り口はないの?」

盗賊「万が一にも見付からねえように、最初に作った地上の出入り口は塞いだんだよ」

盗賊「後も残さず、綺麗さっぱりな。これ以上、鬼姫を待たせてらんねえしな」

盗賊「あの女、すぐに…まあいいや、行こうぜ。何されるか分かんねえ」

勇者「何か不安だけど、行かなきゃ始まらないし、行こう」ザッ


……ジジッ…フッ…バシュッ!


勇者「……うわっ!眩しいな!!」

盗賊「凄えだろ? 奴等は明かりも『造った』んだ。輝度はこっちの方が高いかもな」

勇者「造ったって、どうやって?」

勇者「人間が造った街灯は、火元素供給してあるから分かるけどさ」


勇者「だって、彼等には元素を使えないはずじゃ……」

黒鷹「あの光源は、純粋な魔力だ」

黒鷹「元素は混じっていないから輝度も違う」

黒鷹「炎熱に耐えうる菱形の容器は、ドワーフが造った」

勇者「……なら、あの炎を閉じ込めた容器自体が、術具のようなものなんですか?」

黒鷹「術具とは違うな。あれ自体が、ドワーフの魔術のようなものだ」

黒鷹「鍛冶精錬に特化された彼等だからこそ、あれが作れる。炎が保っていられるのもその為だ」

勇者「でも、材料は何処から……」

黒鷹「あれらは、人間では精錬することの出来ない物質から作られている」


白猫「ミスリルか?」ヒョコ

黒鷹「ほう、知っているのか」

白猫「魔術師ならば知っていて当然だ。私の使っていた杖もミスリルで出来ている」

白猫「現在でも人間には無理だ。人間にはな。高位の魔術師であれば別だがね」フフン

勇者「へ~、何かよく分かんないけど、彼等にしか扱えない特殊な鉱物があるのか」トコトコ

勇者「僕が普段見ているものの中にも、そんなものがあったりしたのかな……」

勇者「……にしても凄い。娯楽施設まである」

勇者「地下だってこと以外は、普通の街と変わらない。天井は高いから圧迫感もない」トコトコ


…ワイワイ…ガヤガヤ…


勇者「何より賑やかだ…って、あれ!?」ポツン


勇者「ま、迷った……」

白猫「大丈夫だ。私がいる」ヒョコッ

勇者「服の中にいれといて良かった。取り敢えず、どうしようかな……」

白猫「ふむ、鬼姫とやらの魔力は感じないのかい?」

勇者「薄ぼんやりとしか……何か、薄い膜みたいのに遮られてる感じだ」

白猫「なる程、既に対策済みと言うわけか。ならば、ドワーフを捜そう」

勇者「えっ、何で?」

白猫「私の知識と彼等の技術があれば、君に魔が寄ってくるのを防げるかもしれない」

白猫「退魔の力を宿した術具はあるが、彼等に造らせれば、より強力なものとなるだろう」

勇者「まあ、そんなものがあるなら、確かに助かるけどさ……」

勇者「造らせればって言ったって、そんなに都合良く造ってくれるかな」

白猫「それは交渉次第だろうね。むっ、何やら騒がしいな」


勇者「本当だ。どうしたんだろ」

トコトコ…

刀匠「部屋を改築しろだぁ!? 俺は鍛冶職人たぞ!!ふっざけんじゃねえぞバカヤロウ!!」

刀匠「てめえらエルフの頼みなんざ聞くかボケ!!オークにでもなっちまえ!!」

刀匠「お高くとまりやがって、なーにが美しい髪が埃まみれに…だ!!」

刀匠「髭も生えねえカマ野郎が!!禿げ上がって死んじまえ!!」

勇者「髭の生えた小さいおじさん。あの人が、ドワーフ?」

刀匠「ケッ、気分悪りぃぜ、チクショウ」ペッ

ドスドス…

勇者「(こっちに来る。て言うか、ガラ悪っ!!)」

刀匠「オイ、何見てんだテメエ……あ~ん?テメエ、人間かぁ?」

勇者「はい、人間です。あの、鍛冶屋さんなんですよね」

刀匠「ヘェ~、いいモン差してんじゃねえか。ちょっと見せろよ」

勇者「(まるで人の話を聞いてない。これは交渉出来そうもないな)」


刀匠「オイ、聞いてんのかコラ」

勇者「は、はい。どうぞ見て下さい」スッ

刀匠「…………」

勇者「……あの~、どうですか? そろそろ返してくれます?」

刀匠「小僧、俺の工房に来い」ガシッ

勇者「えっ!ちょっ、ちょっと!!」

白猫「勇者、これはいい機会だ。このまま付いて行こう」

勇者「いや、付いて行くって言うか、これは最早拉致だろ!!」

刀匠「小僧、コイツは凄え。確かに凄え剣だ。けどな、それだけに惜しいんだよ。分かるか?」

勇者「いや、ちょっと分かん

刀匠「そうだよなぁ!!」

刀匠「な~に、時間は取らせねえ。テメエは座ってりゃいい。コイツは、俺の手で鍛えてやる」

勇者「(駄目だ。まるで会話にならない。大人しく付いて行くしかなさそうだ……)」

今日はここまでです。
レスありがとうございます。嬉しいです。


勇者「これは、転移術式?」

盗賊「仕組みは分かんねえけど、これで此処と地下を往き来できる」

勇者「地上に出入り口はないの?」

盗賊「万が一にも見付からねえように、最初に作った地上の出入り口は塞いだんだよ」

盗賊「後も残さず、綺麗さっぱりな」

盗賊「つーか、そろそろ行かねえと。これ以上、鬼姫を待たせると厄介だ」

盗賊「あの女、すぐに…まあいいや、行こうぜ。何されるか分かんねえし」

勇者「何か不安だけど、行かなきゃ始まらないし、行こう」ザッ


……ジジッ…フッ…バシュッ!


勇者「……うわっ!眩しいな!!」

盗賊「凄えだろ? 奴等は明かりも『造った』んだ。輝度はこっちの方が高いかもな」

勇者「造ったって、どうやって?」

勇者「人間が造った街灯は、元素供給を施してあるから分かるけどさ」

>>497 盗賊の台詞がおかしかったので訂正。
他にもあるようなので以後気を付けます。


>>>>>>

ドワーフの工房

カンッ!カンッ!ジュゥゥ…ゴゴンッ!

勇者「凄い音だ…っていうか耳が」キーン

勇者「髭のおじさん達も沢山いる。工房っていうか、工場みたいだ……」

白猫「ふむ、どうやら当たりのようだ」

勇者「当たり?」

白猫「ほら、見てごらん」

白猫「製造しているのは武器だけではない、装飾品なども製造しているようだ」

白猫「彼等に依頼すれば、何とか出来るかもしれないな」

勇者「そう上手く行かないよ。だって」チラッ

刀匠「オイ!しっかりやってるか!!」

職人達『バカヤロウ!これがサボってるように見えんのかよ!!』


刀匠「ハハハッ!!」

刀匠「……いいか、鬼族の小娘が言ってた通り、今や何が起きてもおかしくねえ」

刀匠「エルフの奴等はムカつくが、地下街を守るためだ!! やってやろうぜ!!」

職人達『おう!!!』

刀匠「おっしゃ!俺もやるか!! 小僧、こっち来い」グイッ

勇者「あの、僕にも頼みたいこと

刀匠「頼まれなくても剣は仕上げてやるよ。俺に任せとけって!!」

勇者「いや、そうじゃな

刀匠「分かる。テメエの言いたいことは、よ~く分かってる」ウン

刀匠「造った奴を馬鹿にはしねえよ。人間の技術で鋼とミスリルを重ねたのは評価してる」

刀匠「だがな、まだ足りねえ。これじゃあ足りねえんだよ」ウン


勇者「さっきから言ってますけど、何が足りないんですか?」

刀匠「単純に、重量が足りねえ。軽過ぎる…と思ったことはねえか?」

勇者「!?」

刀匠「あるだろ」

勇者「は、はい!あります!!」

勇者「剣そのものが軽い所為か、以前戦った時、槍で簡単に弾かれてしまって……」

勇者「斬れるんですけど、何て言うか、ぐっと押し込めないんです」

刀匠「やっぱりな……」

刀匠「美しさも重要だがよぅ、実用性がなけりゃあ意味がねえ」

刀匠「今までコイツでやってこられたのは、テメエの腕が良かったからだろう」

刀匠「よく懐いてる。コイツも、小僧の役に立ちてえはずだ」


勇者「な、懐いてる?」

刀匠「どんなモンでも使えば宿るもんだ。言ってみりゃあ魂みてえなもんだな」

刀匠「より強く、もっと強く、更に強く。そんな想いを、コイツから感じる」

勇者「……でも、何で鍛えてやるなんて言ったんです?」

刀匠「泣いてたからさ」

刀匠「主の力になりたい。主の手の中で、この身が朽ち果てるまで戦いたい…ってな」

勇者「そんなことまで、分かるんですか……」

刀匠「伝わるもんさ。俺の仕事は、その声を聞いて、叶えてやることだ」

勇者「へぇ~!何か格好いいですね!!」

刀匠「よせやい!照れるじゃねえかバカヤロウ!!」

バシバシッ!

勇者「ぐっ…一打一打が重いッ…ゲホッ…そ、それで、どうするんですか?」

刀匠「刀身を厚くする。テメエが丁度良い重さだと感じるまでな」


勇者「分かりました」

勇者「あなたに預けます。だから、どうか宜しくお願いします」

勇者「もっと強く、更に強く、理不尽な程に、敵を斬れるように……」

刀匠「(なッ、何て眼をしやがる!この小僧、何を見てきたんだ……)」

勇者「どうしました?」

刀匠「やる前に、一つ訊いておく。テメエは何の為に剣を握る」

勇者「……父を超え、因果を断つ為です」


刀匠「小僧、名は」

勇者「……勇者です」

刀匠「そうか、テメエが……」

勇者「やっぱり人間の…いや、僕の剣を鍛えるのは嫌になりましたか?」

刀匠「バカヤロウ」

刀匠「一度言ったことは曲げねえ。それにテメエは、アイツとは違う」

刀匠「あの野郎は、女子供も問答無用で切り刻むような、クソッタレのイカレ野郎だった」

刀匠「王も奴にやられたんだ。あの野郎さえ現れなけりゃ、俺達は……」

勇者「(震えてる……)」

勇者「(魔を滅ぼし人を救った勇者も、彼等にとっては冷酷な虐殺者でしかない)」

勇者「(そもそも、人と魔は共存していたんだ。本当に救う為だったのかすら、今や疑わしい)」


刀匠「なあ小僧……」

刀匠「悪いことは言わねえ。此処で、その名を出すな」

刀匠「これは、テメエの為に言ってんだ。地下街の連中に何をされるか分かんねえぞ?」

勇者「……はい、分かりました」

刀匠「黒い外套…黒マント、長い襟……肌は、やや青白いな。耳は……」ブツブツ

勇者「?」

刀匠「小僧、此処では吸血鬼とでも名乗っとけ」

勇者「はぁ!?」

勇者「魔力ないし、すぐにバレますよ…って言うか、吸血鬼なんて本当にいたんですか?」


刀匠「知らね。会ったことねえ」

刀匠「まっ、位の高そうな種族を名乗れば問題ねえだろ。多分」

刀匠「鬼族の小娘みてえに、何かで魔力を隠してると思われるはずだ。多分な……」

勇者「えぇ…」

刀匠「襟は立てとけ」

刀匠「それから、『僕』なんて言うな。俺様だとか吾輩とか言っとけ」

刀匠「嘗められたら終わりだ。分かったな?」

勇者「は、はぁ…」

刀匠「さてと、長話が過ぎたな。仕事を始めるから、お前はそこら辺に座っとけ」

刀匠「俺の方でも調整するが、本人に持ってもらった方が楽だからな」


勇者「お願いします」

刀匠「さぁて、始めるかぁ!!」

刀匠「よーしよし、テメエはどうなりたい? 俺が叶えてやる。さあ、言ってみろ」

勇者「(完全に自分の世界に入ったな。切り替えの早い人だ)」

白猫「勇者、良かったじゃないか。外見や言動はともかく、理解ある人物で助かった」

勇者「そうだね。てっきり追い出されると思ったけど、優しい人で良かったよ」ウン

白猫「しかし、急に暇になってしまったな」

勇者「でも、眺めてるだけでも楽しいよ。ドワーフの職人さん達も笑顔だし」

カンッ!カンッ!カンッ!ジュゥゥ…

勇者「……ちょっと、うるさいけどね」

白猫「小気味良い音色じゃないか。確かに喧しいが、悪くない」


勇者「昔は、こうだったのかな……」

白猫「そうかもしれない。彼等と人間が、別たれるまでは……」

勇者「……こんな人達まで、何故…」

白猫「それは黒鷹も分からないと言っていた。だが、何かがあったのは確かだ」

白猫「共存していた魔神族でさえ滅ぼすなど、正気の沙汰ではない」

白猫「残念だよ。素晴らしい技術、人材、それら全てが失われたのだからね」

勇者「時間は、戻らない」

白猫「ああ、如何なる魔術だろうと、時間を飛び越えるのは不可能だろう」


カンッ!カンッ!カンッ!ジュゥゥ…ギコギコ…


勇者「…………」

白猫「…………」

刀匠「うおッ!! オイ小僧!!コイツは何だ!?」


勇者「えっ?何がです…かッ!!?」

ゴーレム「熱くていられたものじゃない。久しいな、勇…吸血鬼」

刀匠「何だよ、知り合いだったのか。オイ、ちょっと持ってみろ」スッ

勇者「は、はい」ガシッ

刀匠「どうだ?」

勇者「……ん~、もっと重くても大丈夫です」

刀匠「そうか、分かった」ザッ

ジュゥゥ…カンッ!カンッ!カンッ!

勇者「ごめん。出すの忘れてた」

ゴーレム「構わん。しかし、大きくなったな。あの時は、まだ小さかった」

ゴーレム「まはか、こんな風に話す時が来るとは……思いもしなかった」


勇者「……そうだね。君には、本当に助けられた」

勇者「君が手を貸してくれなければ、魔女は召喚士に殺されていたかもしれない」

ゴーレム「体を貸しただけだ。操作したのはお前自身、礼などいらん」

ゴーレム「ずっと眠っているつもりだったんだが。どうしたものか……」

勇者「う~ん、もっと小さくなれたりする?」

ゴーレム「出来ないこともないが、何かに形状を変化させた方が楽だ」

勇者「鎧とか?」

ゴーレム「いや、武器がいい。殴られるより殴る方が好きだからな」

勇者「あ~、そうだったね。君には随分と殴られたっけ。痛かったなぁ…」


ゴーレム「……勇者」

勇者「うん?」

ゴーレム「命を拾ってくれたこと、化け物としてではなく、俺個人として接してくれたこと……」

ゴーレム「今更だが、心から礼を言う。本当に、ありがとう」

勇者「いいよ。僕だって、君には助けられたんだから」

白猫「おい、土塊。貴様に訊きた

ゴーレム「つちくれ、だと? 今、俺を土塊と言ったかッ!!」ギシッ

ズドンッ!

勇者「……ゲホッ…ゴーレム、ごめん。今ので勘弁してくれないか」


ゴーレム「…………」スッ

勇者「神聖術師、僕が言ったことを忘れたのか。そろそろ本当に怒るぞ」

勇者「お前は生まれ変わったと言った。だったら、そういった発言は控えろ」

白猫「……済まない」

白猫「どうにも染み付いたものが抜けていないようだ。先程の礼節を欠いた発言、謝罪する」

ゴーレム「……次はない」

ゴーレム「その小さな頭蓋を、この手で握り潰してやるからな」

白猫「承知した。誠に、申し訳なかった……」

ゴーレム「……この件は、これで終わりだ。お前、俺に聞きたいことがあったんじゃないのか」


白猫「些細なことだ」

白猫「人間の大きさで、更には形すら変えられるとは、稀なゴーレムだと思ってね」

ゴーレム「そうなるように造られたからな。俺は生物ではない。兵器のようなものだ」

ゴーレム「自覚はしている。理解もしている。だが、モノとして使われるのは許せん」

ゴーレム「俺のような土塊にも、心はある」

ゴーレム「痛みも苦しみも感じる。悲しみ、葛藤することもある。憶えておけ、元人間」

白猫「……………」

刀匠「オイ、話は終わったか?」

勇者「……はい。もう、終わりました」

刀匠「ホレ、持ってみろ」

勇者「……うん、丁度良いです。って言うか、本当に早かったですね」

勇者「研ぎまで済ませてあるし。こんな短時間で仕上げるなんて凄いな……」


刀匠「だろ!?」

刀匠「俺達ドワーフは、エルフみてえな役立たずとは違うんだよ!!」

勇者「エルフって、さっき喧嘩してた人ですか?白銀色の髪をした長身の…」

刀匠「ああ、アイツ等は俺達を見下してやがるんだ。土を掘って街を造ったの俺達だってのに…」

刀匠「それによぅ、自分達の容姿を見せびらかすような、気取った態度が気に食わねえ!!」

刀匠「女みてえに美しさがどうだの言いやがって!! チクショウ、腹が立って来たぜ!!」

刀匠「さっきの武闘家ってカマ野郎も

武闘家「カマ野郎、ね。そこまで言うなら正々堂々、戦おうじゃないか」

ちょっと休憩


刀匠「!?」

勇者「(この人が武闘家。何か、黒衣達と同じような歩き方だな)」

武闘家「刀匠さん。あなたは私を侮辱した。私には、あなたに報復する権利がある」

武闘家「鬼姫様からの同意も得てある。街の掟は知っているでしょう?」

勇者「街の掟?」

刀匠「異種族同種族関係なく、対話では解決しない場合は、互いが納得するまで戦うことを許される」

刀匠「地下街を仕切ってる鬼の小娘から、その了承を得ればな」

武闘家「さぁ、闘技場に行こうか」ニコッ

刀匠「気に入らねえドワーフを潰す為に、手の込んだ真似を……」


勇者「えっ…」

刀匠「この野郎は、最初から俺をぶちのめすのが目的で、改装しろと抜かしやがったんだ!!」

刀匠「俺が鍛冶職人なのを分かってて……そうなんだろ!? クソエルフ!!」

武闘家「そう受け取りたければ、ご自由に。私が酷い侮辱を受けた事実は変わらない」

刀匠「そうかよ」

刀匠「じゃあ、やってやろうじゃねえか!! 言っておくが、俺は絶対に謝らねえからな!!」

武闘家「なら、殺されても文句はないわけだ」

勇者「なっ!?」

武闘家「納得するまで。とは、そう言うことなんですよ。それが、地下街の掟」


勇者「行き過ぎてる。鬼姫さんに

ガシッ!

勇者「……離せ」

武闘家「いいや、離さない。私の邪魔をするんじゃない。大体、貴様は誰なんだ?」

勇者「……吸血鬼だ」

武闘家「吸血鬼?」

勇者「俺は、王に連れられて来たばかりなんだ。鬼姫からの命令で力は封じてある」

勇者「白猫、このままだと危ないから、服から出てくれ」

白猫「……承知した」ピョンッ

武闘家「使い魔か何かかな?」

勇者「そんなところだ。そろそろ、手を離してくれないか」

武闘家「離すとも。貴様が余計なことをしないと約束してくれるならな」


勇者「悪いが、それは出来ない」

武闘家「何故かな?」

武闘家「貴様には関係ないだろう? 違うかね?吸血鬼君」

勇者「いや、大いに関係ある」

勇者「地下街で争いが起きるのは好ましくない。不和は更なる不和を呼ぶ」

勇者「殴り合いは結構だが、殺し合いともなれば話は別だ」

勇者「どちらかが死亡すれば、この決闘自体が、異種族間の軋轢を生む」

勇者「だから、この場は怒りを鎮めてくれないか。彼にも言って聞かせるから」

刀匠「……………」

勇者「どうか、頼む」

武闘家「……いいだろう」


勇者「なら、手を離してくれ」

武闘家「……………」グイッ

ブチッ…チャリン……

武闘家「あぁ、済まないな。ペンダントの鎖を千切ってしまったようだ」

勇者「……………」

武闘家「私が拾おう」スッ

勇者「……返せ、それに触れるな」

武闘家「触れなければ、返せないだろう」パカッ

勇者「返せと言って

武闘家「ほぅ、この女性は、吸血鬼君の奥方かな?」


勇者「だったら何だ」

武闘家「やはり、エルフの女性の方が優れているな。あぁ、馬鹿にしているわけじゃない」

武闘家「だが、何ともまぁ、恥ずかしげもなく、こんな物を…やはりエルフとは違うな」

勇者「…………」ギュッ

武闘家「しかし、実に意外だよ」

武闘家「吸血鬼という種族は美女を好むと聞いたが、どうやら口伝とは異なるようだ」

武闘家「何なら今度、エルフの女性を見てみるといい。きっと気が変わるはずだ」

武闘家「一度エルフを見れば、この程度の女性では満足出来なくなるだろう」

勇者「…………ッ!!」

ガシッ!

武闘家「離ッ…離せッ!!」

勇者「離すとも、お前が謝罪するならな」

武闘家「そこのドワーフの件を忘れたのか? 私次第で、貴様の辛抱が水の泡に

勇者「いいさ、思う存分戦うがいい。だが、その前に僕と戦え」パッ


武闘家「……何だと?」

勇者「街の掟なんだろ? 対話では済まない場合、戦うことが許される」

勇者「お前は彼を…ドワーフを殴りたい。僕は、お前を殴りたい」

勇者「なら、僕とお前が殴り合えば万事解決だ。お前の気も済むし、僕の気も済む」

武闘家「馬鹿馬鹿しい、この程度で認められるはずが

勇者「黙れ。彼の代わりに、僕が殴られてやるって言ってるんだ」

勇者「お前が侮辱された気持ちは、よく分かるよ。今、僕も同じ気持ちだからな」

勇者「それとも、戦うのが怖いか?」

勇者「僕の思い人だと知った上で、彼女を侮辱して挑発したんだろ……」

勇者「それなのに拳を引っ込めて、しっぽを巻いて逃げるのか?」


武闘家「……いいだろう」

武闘家「貴様を初めて見た時から、気に入らなかった」

勇者「……もっと理性的な人物かと思ってたよ。外見だけで判断するものじゃないな」

武闘家「後悔するなよ」

勇者「いや、大丈夫。この件に限ってそれはない」

勇者「あぁ、闘技場に案内してくれないか。先程言ったたように、来てから日が浅い」

勇者「闘技場へ行くのも、これが初めてなんだ」

武闘家「……こっちだ、来い」ザッ

ザッ…ザッ…ザッ…

ゴーレム「どうする」

白猫「さて、どうしたものかな」

刀匠「すまねえ!俺の所為だ!! 仲間にも気を付けろと言われてたってのに……」


ゴーレム「気を付けろとは?」

刀匠「あの手口にだよ!! 既に何人かやられてんだ!!」

白猫「やられたとは、殺されたということかな?」

刀匠「いや、違う」

刀匠「ボコボコにされて、足蹴にされて、無理矢理謝罪させられたのさ」

白猫「君達が簡単にやられるとは思えない。あのエルフとやらは、そんなに強いのか?」

刀匠「言いたかねえが、エルフってのは優れた種族だ。魔術、腕っぷし、何でも良しだ」

刀匠「闘技場で武器の使用は禁止されてる。尚更、奴に有利なんだ」


刀匠「巧いんだよ。やり方が……」

ゴーレム「……待て。『武器は』禁止と言ったな」

刀匠「気付いたか。そう、魔術はありなんだ。目に見えなけりゃあな」

白猫「まずいな、急がないと」タッ

ゴーレム「待て」ガシッ

白猫「何だ、無礼は働いていないぞ。まさか潰す気なのか?」

ゴーレム「違う。はぐれると面倒だから持っただけだ。さあ、闘技場に案内しろ」

刀匠「お、おう!」

ドスッ…ドスッ…ドスッ…


>>>>>

地下街 闘技場

ワァァァッ!!

勇者「闘技場っていうか。見世物小屋だな」

『やれッ!やっちまえ!!』
『あの子、初顔ね。エルフ?』

『吸血鬼ですって、ふふっ、可愛らしいわぁ』
『初めて見たな。実在したのか……』

『いや、どっちもエルフだろ。女の取り合いか』
『エルフ対ドワーフって聞いたんだが……』

『すっきり出来れば何でもいいわよ』
『どっちが勝つかしら?』

武闘家「もう逃げ場はないぞ。人間」

勇者「あ、やっぱり気付いてた?」

武闘家「当たり前だ。あんな見え透いた嘘に騙されるか」


勇者「そうだね。やっぱり嘘はいけないね」ダッ

ドズンッ!

武闘家「ぐっ…ッ!!」グッ

ドゴッ!

勇者「がっ…」

武闘家「口だけか? シッ!!」タンッ

ドゴッ!ズドッ!ドズンッ!

勇者「…ハァッ…ハァッ…ハァッ…」

勇者「(何だろう。怒りって言うより、怯えのようなものを感じる)」

武闘家「どうした。来ないのか?」スッ

勇者「(体が……なる程、武器は駄目でも、視認出来ない魔術なら良いわけか)」

武闘家「脚にきてるようだな。どうする?続けるか? それとも降伏するか?」


勇者「絶対に嫌だ」

武闘家「そうか、なら仕方ない」ダッ

ズドッ!ドズンッ!メキッ…

勇者「…ハァッ…ハァッ…終わり?」

武闘家「(忌々しい完全種なのは間違いない。だが、この人間は何だ……)」

勇者「ふーっ…あのさ、何に怯えてるの?」

武闘家「黙れ」

ズドッ!

勇者「……怒ってるのは、怖いからだ」

武闘家「何なんだ!貴様は!!!」

勇者「見ての通り、正真正銘の人間だよ。吸血鬼にでも見えた?」


武闘家「ふざけるなッ!!」

ドゴッ!ズドッ!ドズンッ!

勇者「……話す気がないなら、別にいいけどさ。そろそろ動けるようにしてくれる?」

武闘家「断る」

勇者「なら、仕方ないな」

武闘家「?」
   
勇者「じゃあ、僕も魔術を使うよ。掴め、ゴーレム」

武闘家「ハッ、何を馬鹿…ッ!!?」ミシッ

勇者「あ~、痛かった」

勇者「次は僕の番だ。動けないフリってのは疲れるな……」ザッ

武闘家「脚が…これはッ!!?」

勇者「さっきから闘技場の砂に紛れてたんだけど、気付かなかった?」ザッ


武闘家「……止せ、分かった。謝罪する」

勇者「謝らなくていいよ。一度吐いた言葉は絶対に消えないから」

勇者「でも、何でこんなことを? 答えたら、拘束を解くよ」

武闘家「…ッ…貴様の言う通り、怖れていたからだ」

勇者「何に?」

武闘家「エルフは、日の光を浴びなければ醜い獣…オークになってしまう」

武闘家「情けない話、エルフはドワーフの作った疑似光源で生かされている」

武闘家「エルフが、ドワーフなんぞに生かされているんだぞ。こんな屈辱があるか……」


勇者「それで苛々したから、ドワーフを?」

武闘家「……………」

勇者「……僕はね? 此処以外にも、こういう場所があるか捜そうと思ってる」

勇者「もしかしたら、陽の下で暮らせる場所があるかもしれない」

エルフ「!!?」

勇者「そんな場所が見つかったら、其処へ移り住めばいい。諦めちゃ駄目だ」

武闘家「……分かってたのか」

勇者「いや? 怒ってるって言うより、怖がってるから怒ってるみたいに見えたんだ」

勇者「だから、何かあるのかなと思って」

武闘家「幾つだ」

勇者「18歳」

武闘家「………そうか。私は、こんな子供に負けたのか」


勇者「嘘吐いた。本当は12歳なんだ」

武闘家「クッ!アハハハッ!! そうか、なる程。どおりで言動が幼いはずだ……」

勇者「君は何歳? 25歳くらい?」

武闘家「200歳前半だ」

勇者「えっ、嘘でしょ?」

武闘家「嘘ではない」

武闘家「我々は長命な種族なんだ。嘘だと思うなら、ドワーフに訊いてみろ」

勇者「そうするよ。じゃあ…」グッ

武闘家「待て。何故、拳を握る」

勇者「拘束を解くとは言ったけど、殴り返さないとは言ってない」

勇者「それから、王女様を侮辱したことを許すなんて、一言も言ってない」

武闘家「フッ…悪ガキめ」

勇者「大丈夫。そんなことは言われなくても分かってる」ニコッ


盗賊「かぁ~、勇者も容赦ねえなぁ……」

盗賊「(でもまあ、当たり前か。何十発も棒立ちのまま殴られてやったんだしな)」

鬼姫「のぉ、妾の王よ。あれが勇者かえ?」ワクワク

盗賊「おいコラ、妙な気起こすなよ」

盗賊「(しっかし、黒鷹がいなけりゃ見付けらんなかったな)」

盗賊「(勇者の奴、何で銀髪とやり合ったんだ? 鬚のおっさんは客席で泣いてるし……)」

鬼姫「あれが、王の友にして希望の化身!!」

鬼姫「ウム、良き人間!良き男じゃ!! 見事!天晴れじゃな!!」パチパチ

盗賊「うるせえ!!」

鬼姫「あれだの、勇者とは中々に面白い男じゃの。妾も戦こうてみたいのぅ」

盗賊「やれるもんならやってみろ。その時は、俺がてめえを殺す」

鬼姫「(確かに、王はもとより、あれと戦うたら死ぬかもしれぬ。母上のように、切り刻まれて…)」

鬼姫「(そう、死ぬかもしれぬ。死ぬかもしれぬが、さぞ楽しかろうて。きひっ…疼きよるわ)」

今日はここまでです。
レスありがとうございます!
もう少し勇者編が続きますが、魔女編は短いと思います。
途中で切れる可能性もあるので、その場合は何か書いて埋めます。


『へぇ…あの坊や、中々やるじゃない』
『エルフに勝ちやがった。まさか、本当に吸血鬼なのか?』

『吸血鬼君かぁ、憶えておかなきゃね』
『武闘家が負けるなんてな、こりゃあ大番狂わせだぜ』

『何だ、軟弱なツラしてんのに強えじゃねえか』
『顔は気に入らないが、腕っぷしは気に入った』

『私の血、吸ってくれるかしら』
『鏡見てこい、ヘビ女なんかの血を吸うかよ』


白猫「ふむ、過程はともかく、彼等に認められたのは大きな収穫だ。勇者ではなく吸血鬼として、だが」

白猫「ところで、刀匠とやら」チラッ

刀匠「あの小僧、本当に俺の代わりに殴られたってのかよ。会ったばかりの、俺のために…」

刀匠「チクショウ、まだ12のガキに助けられたのかよ。俺ぁ、大バカヤロウだ……」


白猫「おい、髭。いつまで泣いている」

刀匠「俺ぁ泣いてねえ!!」

白猫「そうか。君がそう言い張るなら、それでいいさ。問題はそこじゃない」

刀匠「あん?」

白猫「勇者に受けた恩は、きっちり返してもらわなければならない」

白猫「君が受けた恩義の重さは、剣を鍛え直しただけでは到底釣り合いが取れるものではない」

刀匠「ケッ、恩着せがましいクソ猫だな」

刀匠「まあいいさ。あの小僧の為なら、何でもやってやる。二言はねえ」

刀匠「それで、望みは何だ?」

白猫「勇者は少し厄介なモノを抱えていてね。それを封じる装飾具を作って欲しい」


刀匠「厄介なモノ? 病か?」

白猫「彼は魔を引き寄せる。それを防ぐか、弱める物が必要だ」

白猫「彼自身、地下街の人々を危険に晒すのは心苦しく感じている」

白猫「それは、先程の戦いを見れば分かったと思うが。どうかな?」

刀匠「引き受けた」

白猫「フフッ、話が早くて助かるよ。早速作業に取り掛かってくれ」

刀匠「言われなくてもそのつもりだ。今日中に作ってやる」

刀匠「礼は、その時に伝える。それに、剣の鞘も作らにゃならねえからな」ザッ


白猫「あぁ、待ってくれ。私も行く」ピョン

刀匠「何だ、テメエも何かあるのか?」

白猫「退魔の術式は、魔である君達より人間である私の方が詳しい。少しでも、知識を役立てたいんだ」

刀匠「……それだけじゃあ、ねえよなぁ? 何か裏があるんだろ」

白猫「フフッ、裏などないさ。もう一つ、頼みたいことがあるんだよ」

白猫「まあ、それは工房に到着したら話す。今は退魔の装飾具が先だ。さあ、行こう」

刀匠「チッ、エルフなんぞより面倒な奴に掴まっちまったぜ」ザッ


ドスッ…ドスッ…ドスッ……


勇者「ふ~っ、終わった終わった」

『ねえねえ!何か言ってよ~!!』
『勝者は名乗りを上げるもんだぜ!』

『新顔なんだろ!挨拶しろや!!』
『坊や、早くしないと怒られるわよ~』

勇者「えっと…吾輩の名は吸血鬼!! 魔王の友人として地下街へやって来た!!」

勇者「これから宜しく頼む!!」

勇者「それと、この度は勝手な真似をして済まない!!」

勇者「本来はエルフとドワーフの決闘だったが、諸事情により、代理としてこの場に立った!!」

勇者「両種族には深い溝があるようだが、地下街で共に暮らす以上、無用な戦いは控えてくれ!!」

勇者「吾輩はもとより、他種族に迷惑を掛けるのであれば、王が黙ってはいない!!」


勇者「(こんな感じで、良かったのかな……)」チラッ


『ふ~ん。吸血鬼って、あんな感じなんだ』
『いが~い。もっと冷徹な種族だと思ってた』

『王の友か。なる程な、強いはずだ』
『ハァ…強い奴には従うよ。死にたくないし』

『エルフの血は吸わないのか!?』
『なあ、吸血するところ見てくれよ!!』


勇者「(あれ、本当に信じてる?)」

勇者「(でも、どうする。血なんて吸えないし、吸わなきゃバレる……あっ、そうだ)」


『どうしたどうした!さっさとしろ吸血鬼!!』
『お子ちゃまには無理なのかしらん?』


勇者「黙れ!吾輩は美女の血しか吸わん!! むさ苦しい男の血なんぞ吸ってたまるか!!」

勇者「そもそも吸血とは極めて神聖なものなのだ!! 見世物ではない!!」

勇者「挨拶は終いだ!行かせてもらうぞ!!」


勇者「(よし、これで凌いだ)」ザッ

『ねえ待ってよ~、好みの女は~?』
『美女って言ったけど、どんな美女なわけ?』

『かぁ~、女ってのは馬鹿だね』
『此処にマトモな女なんざいねえよ……』

『吸血鬼君、答えてよ~』
『女を待たせるもんじゃないよ、吸血鬼』

勇者「……美しく、気丈で、強くあろうとする女性。礼儀正しくて、少し年上の人」

勇者「遠く離れていても、彼女の姿は、瞼に焼き付いて離れない」

勇者「夜になると彼女を思い出す。そのたびに、胸が締め付けられるんだ。痛いほどに……」

勇者「昨日の晩も、その前の晩も、何度目の夜だろうと、彼女を想わない夜ない」

『……あら素敵』
『案外、一途なのね。吸血鬼って……』

『お母さん。これ、お芝居?』
『しっ…黙って聞きな。いいとこなんだから』

勇者「会えないけど、想うだけなら許される。彼女に逢えるのなら、夢の中でも構わない」

勇者「そう願って、想いは繁がっているものと信じて、再び眠りに付くんだ」


『芝居がかっててクセえな』
『吸血鬼ってのはキザな連中なんだろうよ』

『ウチの旦那に聞かせてやりたいよ』
『吸血鬼様は、純愛がお好きなのね』

勇者「もし彼女に危機が迫れば、この身を賭してでも守りたいと、心の底から思っ……あっ…」

……シーン…

勇者「吾輩は、そんな女性がいい!! 武闘家の治療は任せる!!」

勇者「ゴーレム!早く行こう!!」ダッ

サァァァァッ…

『いででッ!!目が…な、なんだこりゃ!?』
『砂だな。吸血鬼ってのは砂を操るのか……』

『ありゃりゃ、行っちゃった』
『彼、恥ずかしがり屋なのかしら?』

『幼馴染みのあの子は元気だろうか』
『俺も、早く嫁に会いてえ……』

『年甲斐もなく、ときめいちゃったわぁ』
『俺って、汚れてたんだな。あ~、恋してえなぁ』


盗賊「……すげぇな」

黒鷹「お前のように擦れていないのが、婦女子に受けたのかも知れんな」

盗賊「やかましいわ。巫女、お前は鬼姫と一緒に屋敷に戻っててくれ」


巫女「分かった。盗賊は?」

盗賊「俺は勇者と合流してから、そっちに向かう。黒鷹、行くぞ」ザッ

黒鷹「承知した」

ザッ…ザッ…ザッ…

鬼姫「…………」

巫女「どうした鬼姫、らしくないな」

鬼姫「妾は今まさに、二人の男の間で、心揺れておるところなのじゃ」

鬼姫「一方の妾は、猛き雄々しい王の妃となりとうて堪らぬと、身を焦がしておる」

鬼姫「もう一方の妾は、狂おしい程に、あの賢き子を愛でたいと、身悶えておる」

鬼姫「妾の中の女性と母性が、せめぎ合うておるのだ。お主なら、どちらを選ぶ?」

巫女「聞くまでもなく分かっているだろう。わたしは、盗賊を選ぶ」


鬼姫「何ゆえに?」

巫女「男を愛するのに理由などない。わたしは、この想いに従うまでだ」

鬼姫「王を堕とすのは難儀じゃぞ? 王には心に決めた女子がいるのであろう?」

巫女「勇者も同じだ。どちらを選ぼうと、わたしと貴様に付け入る隙はない」

鬼姫「何じゃ、諦めておるのか」

巫女「違う。わたしは待っているだけだ」

鬼姫「フム、なる程のぅ…そのなりでは、確かに厳しかろう」

巫女「無駄話は終わりだ。さぁ、行くぞ」ザッ

鬼姫「……ぬぅ」

鬼姫「勇者は憎いが、あの子は愛しい。愛しゅうて愛しゅうて堪らぬ」

鬼姫「妾は王に惹かれて現世に来たのか。それとも、勇者が憎くて現世に来たのか……」

鬼姫「う~む、二人が一人であれば、妾も悩むことなどなかろうに、なんとも罪な男じゃわえ」


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地下街 鬼姫の岩屋敷

ピチョン…ピチョン…

鬼姫「よう来てくれたな」

勇者「はい。初めまして、勇者です」 

鬼姫「いやいや、今は吸血鬼であろう?」

勇者「見てたんですか……」

鬼姫「ウム、天晴れであった。彼奴の胸の内まで暴くとは、誠に見事なり」

勇者「はぁ、ありがとうございます」

鬼姫「……さて、既に聞いておるとは思うが、魔力探査について心配する必要はない」

鬼姫「工房の煙などは陣を使って排出しておるし、暖も明かりも問題ない」


鬼姫「唯一の問題は食料じゃな」

鬼姫「地下では食物の発育が悪かろう? 家畜を飼うにしても、餌がないのじゃ……」

勇者「分かっています」

勇者「その為にも、僕は明日から大鷲さんと一緒に新たな土地を捜しに行こうと思います」

勇者「僕がいると魔が寄ってくるかもしれないし、それに、もうじき秋も終わる……」

勇者「冬を越せなければ、人に見付かるまでもなく、地下街は滅びる」

勇者「土地を見付けても、今から開墾収穫するのは無理だ。とにかく掻き集めるしかない」

勇者「何とかして、この冬を越せるだけの食料を……」

鬼姫「任せてよいのかえ?」

勇者「はい、もう決めたことですから」

鬼姫「……フム。やはり、以前の勇者とは似ても似つかぬ。黒鷹殿も、そう思うであろう?」

黒鷹「ああ、あの男は我々を汚物と断じ、殺戮の限りを尽くした。同じなのは、名だけだ」


勇者「…………」

黒鷹「奴は屍の上に屍を築き、その上に、今の人の世が築いたのだろう」

黒鷹「その後に奴がとうなったかは知らんが、我々の滅びの上に、今の世があるのは確かだ」

勇者「……どんな人だったんですか?」

盗賊「人形みてえな奴だったってさ」

勇者「人形?」

盗賊「鬼姫や黒鷹が言うには、それを成す為だけに生まれてきたかのよう。だとよ」

勇者「それは、魔神族を滅ぼす為だけに生きた人ってこと?」


盗賊「そうだったよな?」

黒鷹「ああ、その認識で間違いない」

勇者「馬鹿な、そんな人間がいるはずがない。だって、一緒に暮らしていたんでしょう?」

鬼姫「それを言いたいのは妾達じゃ、何が何だか分からぬ内に、あの有様よ」

鬼姫「彼奴は数多の完全種を率いて、突如として攻めてきおったのだ」

鬼姫「あっという間。波に飲み込まれるかのように、これが滅びだと理解する間もなく、妾は消えた……」

黒鷹「あの頃は、魔神族統一で浮き足立っていたからな。国中が祝い事をしている最中だった」

黒鷹「狙い撃ったようにも思えるが、戦の準備をしている気配など微塵もなかった……」

鬼姫「妾も、こうして闇の底より出でるまで、ほんに滅びたなどとは思わなんだ」

鬼姫「まるで別の世に来たかのような、何とも言えぬ気味悪さを感じたわ」


勇者「(襤褸切れの男と同じだ)」

勇者「(突如として現れ、この世を滅ぼすという目的の為だけに生きる)」

勇者「(でも、その後は? 滅ぼした後、奴はどうするつもりなんだ……)」

巫女「……埒の明かぬ話は終わりにしよう。明日から探索を始める。それだけだ」

鬼姫「そうじゃな。我等の王よ、我等の勇者よ。どうか、お頼み申す……」

勇者「はい、出来る限りのことはします」

盗賊「おう、任せとけ」

黒鷹「ところで勇者、あの白猫とゴーレムの姿がないが?」

勇者「ドワーフの刀匠さんと何か作ってるみたいです。今日は此処に残ると言っていました」

勇者「ゴーレムは剣の中が落ち着くらしくて、鞘が出来上がるまでは地下街にいると……」


黒鷹「そうか。なら、俺達は戻ろう」

盗賊「長え長え一日だったな。さっさと帰って休もうぜ」ザッ

勇者「そうだね。本当の本当に疲れたよ……」

ザッザッザッ…

巫女「勇者」

勇者「なに?」

巫女「道に迷って騒ぎを起こし、自分で撒いた種で疲れたとは、だらしのない奴だな」

勇者「はぁ…」スタスタ

巫女「無視するな」

勇者「あのさ、迷惑を掛けたのは謝るよ」

勇者「でもさ、嫌いなら嫌いって、はっきり言ってくれないかな。面倒臭いから」


巫女「えっ?」

勇者「君が僕を嫌いなら、とことん嫌われる。君が僕を好きなら、もっと好かれたいから頑張る」

勇者「大体、嫌いな相手を好きになる必要なんてないし、無理に話す必要もないだろ?」

勇者「これから一緒に行動するんだ。喧嘩なんてしてる暇はない」

勇者「でも、そっちがそうなら、僕もそうする」

勇者「まあ、僕が距離を取れば済む話だから。君は何もしなくていいよ」

勇者「子供に言うことじゃない、とか言わないでね。僕もまだ12歳の『ガキ』だからさ」

勇者「僕は、君を敬えそうにない。ごめんね、結構根に持つ奴なんだ」ザッ

ザッザッザッ…

巫女「…………」ポツン

盗賊「やっちまったな。あ~あ、知~らね」


黒鷹「……意外だな。勇者は『ああ』なのか?」

盗賊「昔から誰にでも『ああ』なのさ。敵意には敵意を、好意には好意をってな」

盗賊「それに、ああ言っときゃ、腹の探り合いをする必要もなくなるだろ?」

黒鷹「仲を深める気がないなら、か?」

盗賊「かもな。神聖術師を見放さねえのも、それがあるからだろうよ」

盗賊「好きになる努力っつーか、あの変態女と向き合う努力はしてるはずだ」

黒鷹「それが、思い人を殺そうとした相手でもか? 随分と極端な線引きの仕方だな……」

黒鷹「交友関係に制限や決め事でもあるのか? 言い慣れているかのような口調だったが」

盗賊「さぁな、でも……」

盗賊「北部で再会して、色々な話を聞いたよ」

盗賊「8歳で人の想いが『見える』ようになってから、色々あったって言ってたな」

盗賊「口じゃあ『勇者様』でも、心の中じゃあ『化け物』『怪物』だったりしたんだとさ」


黒鷹「いや、しかし……」

黒鷹「何も、あそこまで言う必要はないだろう。あれは言い過ぎだ」

盗賊「そうかぁ? 初っぱなから、私を敬えだのガキだのって言った方が悪りぃだろ」

黒鷹「巫女はまだ子供だぞ?」

盗賊「それを言ったら勇者だってガキだろうが。闘技場での勇者を見ただろ」

黒鷹「しかしだな…」

クイッ

盗賊「あ?」

巫女「……勇者に謝るから手伝って」

盗賊「めんどくせえッ!!」

黒鷹「お前が最年長の人間なんだ、少しは仲間をまとめるように努力しろ」

黒鷹「これから魔王となるなら、この程度の問題は

盗賊「分かった!分かったよ!! やりゃいいんだろ!!」

黒鷹「分かれば……ん、勇者?」

巫女「!!」ビクッ

スタスタ…

勇者「(勢いで出てったけど、帰り道分からないんだった。巫女にも言い過ぎちゃったな)」


勇者「(きちんと謝らないと……)」ウン

巫女「(わたしが、あんなこと言ったんだ。謝らないと……でも、どうしよう)」

勇者「巫女、さっきはごめん」

巫女「えっ、何で…」

勇者「君が本気で言ってないことは分かってた」

勇者「でも、武闘家に王女様のことを言われてから、苛々してたみたいだ」

勇者「……神聖術師には、偉そうに輪を乱すなとか言った癖に、自分で輪を乱すような真似をした」

勇者「当たり散らすようなことを言って、本当にごめんなさい」

巫女「……王女様って、どんな人なの」

勇者「えっ? えっと、この人だよ。この人が王女様」パカッ


巫女「この人が好きなの?」

勇者「好きだ。とても、大事な人なんだ……」

巫女「……帰ったら、この人の似顔絵を描きたい。出来は期待していい」

巫女「だから、その…仲直りしよう?」

勇者「うん、勿論いいよ。でも、一つだけ注文があるんだ」

巫女「注文?」

勇者「難しいかもしれないけど、笑った顔にして欲しい。彼女の笑顔が見たいんだ」

巫女「任せろ。少し時間が掛かるけど…」

勇者「何日掛かってもいい。何日でも待てる。だから、よろしくお願いします」

巫女「……うん」

黒鷹「(フッ、案ずるまでもなかったか。素直な子供達だ……)」

盗賊「一件!落着!!」

黒鷹「(こっちはこっちで目が離せんな。少しは自分を見せればいいものを……)」

今日はここまでです。
進むの遅くて申し訳ない。
次からは少し進むと思います。

レスありがとうございます。読んでる方ありがとうございます。
また明日。


>>>>>>

五日後 ドワーフの工房

刀匠「ざけんなクソ猫!!」

白猫「喧しい髭だな。君は私の言った通りにやればいいんだ」

刀匠「んだとコラ!! テメエの言う通りにやった結果どうなったか忘れたのか!!」

白猫「……少しばかり元素の配分を間違えただけだ。大した問題ではない」

刀匠「大した問題じゃねえだと!?」

刀匠「俺を含めた工房の連中全員がぶっ倒れたんだぞ!! 臭いは酷えし!吐き気も酷え!!」

刀匠「初日に造るはずが、テメエの所為で3日も寝込むはめになったんだ!!」

刀匠「納期が4日も遅れたら普通は廃業だぞバカヤロウ!!」

刀匠「大体なぁ!あんなもんを身に付けて地下街を歩かれてみろ! 間違いなく死ぬわ!!」


白猫「そう怒るな。死んでないじゃないか」

刀匠「死ぬ前に俺がぶっ壊したからだろうが!! じゃなけりゃ、あの程度で済むかボケ!!」

白猫「ふむ、そんなに臭うか? 私には分からなかったが?」

刀匠「だろうな!! 魔神族じゃねえテメエには一生分かんねえだろうよ!!」

刀匠「あ~、チクショウ、まだ臭うぜ。あんな殺人的な臭いは嗅いだことがねえ……」

白猫「次は大丈夫だ」

刀匠「……本当だろうな」

白猫「勿論だ。私が君の足りない部分を、君は私に足りない部分を補う」

白猫「人の魔術とドワーフの技術が融合するのだ。さあ、やりたまえ。歴史を塗り替えるのだ」

刀匠「(確かに、俺達じゃ元素とやらは使えねえ。ありゃあ元々、精霊族のもんだった)」

刀匠「(認めたかねえが、俺達に退魔の力を宿すのは難しい。軽い魔除け程度ならいけるが…)」


白猫「私を信じろ。さあ、早く」

刀匠「うるせえ!今から始めんだよ!! ちょっと黙ってろ……」

刀匠「ふ~っ、装飾具に施す能力を退魔に特化。それをクソ猫の描いた陣、元素で中和」

刀匠「手順は前と同じ。上手く行けば、小僧の引き寄せる力を相殺出来る。失敗すれば…」

刀匠「いや、この俺が失敗するはずがねえ。クソ猫、本当に大丈夫なんだろうな?」

白猫「君の込める魔力を考慮して元素を再調整、供給の陣も描き直した。安心しろ」

刀匠「……形状は腕輪。所持者のみ着脱可能。小僧の引き寄せる力のみを打ち消す…だったな」

白猫「ああ、退魔の腕輪で、痣の力を相殺する。故に、同じ容量をぶつけなければならない」

白猫「先日失敗したのは、供給する元素が多く、片一方に比重が傾いたからだ」

白猫「魔に対しての攻撃性。君達に言わせれば、毒性が強すぎたのだろう」


白猫「だが、二度はない」

白猫「魔術師だろうが職人だろうが、許される失敗は一度だけだ。次はない」

ゴーレム「……おい。いい加減喋るのはやめて、さっさと始めたらどうだ」

刀匠「……腕輪を持って陣に入り、その瞬間に起きる反発を抑えるのが、テメエの役だ」

ゴーレム「ああ、分かっている」

刀匠「……本当にいいのかよ。元素で死ぬかもしれねえんだぞ」

ゴーレム「死にはしない。魔核は勇者の剣の中だからな。大本の俺が体を操作しているだけだ」

ゴーレム「この体が崩れようと、魔核さえ無事なら体は復活する」

ゴーレム「相応の時間は要するだろうが覚悟の上だ。受けた恩義は返す。行動でな」


刀匠「小僧には?」

ゴーレム「言ってある」

ゴーレム「剣を強化した影響か、久しぶりに出た所為か、どうにも様子がおかしい」

ゴーレム「だから暫くの間、力を貸すことは出来ないだろう。とな」

刀匠「……嘘じゃねえか」

ゴーレム「ああ、嘘だ。説得すれば分かってくれただろうが、時間が惜しい」

白猫「(土塊にも心はある。か……)」

ゴーレム「始めよう。周囲の奴等には伝えたのか?」

刀匠「大丈夫だ。既に人払いは済ませてある。さぁて、始めんぞ」


白猫「ゴーレム、頼んだよ」

ゴーレム「任せておけ。必ず抑え込んでみせる」

白猫「君は最早、人と何ら変わらないな。君が魔術によって造られた存在だろうと、ね」

ゴーレム「意外だな。つい先日、土塊と言った者の言葉とは思えない」

白猫「……私だって、時には反省するさ」

ゴーレム「……始まるぞ、集中力しろ」

白猫「……ああ、分かっているよ」

刀匠「……………」スッ

刀匠「地の底より這い出んとする邪悪なる者共を退け、我等が希望を護りたまえ…」ズズズ

カンッ!カンッ! 

刀匠「彼の者の名は勇者、遍く照らす希望にして絶滅を打ち倒す者」

カンッ!カンッ!カンッ!

刀匠「我の名は刀匠、作り手の意志に従い、我の言霊を宿す腕輪となれ」


刀匠「これで『入った』。後は…」チラッ

ゴーレム「……腕輪を」

刀匠「……………」スッ

ゴーレム「死ぬわけじゃない。死に別れのような顔をするな」

刀匠「ハハハッ! そうだったな…またな、ゴーレム」

ゴゴッ…ゴゴゴ…

白猫「ゴーレム、陣を起動するぞ!!」

ゴーレム「言われずとも分かっている」ザッ

バヂヂヂヂヂッ!!

ゴーレム「ぐぬッ!!」ビキッ

ギシッ…ミシミシッ! パキッ…

ゴーレム「……やはり、そう長くは保たないか。勇者は、これ以上の痛みに耐えたのか」


ゴーレム「まるで、藻掻いているようだ……」

ゴーレム「腕輪にも、痛みはあるのか。俺と同じ、作り物よ…ヌッ!!」ガシッ

バヂヂヂヂヂッ!!

ゴーレム「ぐっ…ぬぅ…」

バキンッ…パラッ…ビキッ…

勇者『あんたが良い奴なら一緒に戦えた』

勇者『あんたが優しい奴なら心強い仲間として、良き友達として背中を預けて戦えたはずだ』

ゴーレム『何を馬鹿な…』

バヂヂヂヂヂッ!!

ゴーレム「(あの時、勇者に出会っていなければ、俺は道具のままだった)」

ゴーレム「(言われるがままに人を殺し、破壊するだけの化け物……)」

ゴーレム「(壊れれば棄てられるだけの消耗品。俺に価値などなかった)」

ゴーレム「あの日、勇者に救われるまでは…フンッ!!」ガシッ


ゴーレム「勇者、いずれ…」

ビキッ!バキッ…ミシッ!ミシミシッ!!

ゴーレム『本気で言っているのか?』

勇者『僕ならそうした』

勇者『だって怪物なら、怪物を怪物とは言わないだろう?』

勇者『互いに罵り合うこともなく、痛みだって分かち合えた。姿が違っても分かり合えた』

勇者『君の痛みは分からないけど、その道を選んだのは君自身だ』

勇者『出逢う時が違えば……もしかしたら、僕等は友達になっていたかもしれない』

ガヂヂヂヂヂッ!!

ゴーレム「……いずれ、また会お

ガシャンッ…シュゥゥ…サァァァ……

刀匠「……なあ」

白猫「……何だ」

刀匠「元人間の元魔術師よぅ。作り物が、あんな真似出来ると思うか」

白猫「……姿や形が作り物だとしても、彼の心は作り物ではない」

白猫「道具として生み出された存在だろうと、彼自身が生み出した心は、道具ではない……」

ちょっとた後で書きます


>>>>>>>

ヒョゥゥゥ…

盗賊「なんつーか、一気に派手になったよな」

勇者「普通で良いって言ったんだけどね。刀匠さんが全然聞いてくれなくて……」

盗賊「朱に金か、綺麗な細工だな。ふ~ん、剣のベルトも変わってんのか」

勇者「地下街では吸血鬼なんだから、これくらい派手なくらいが丁度良いんだって」ジャラッ

勇者「格好良いし、嬉しいんだけどさ。何か、貴族の人みたいでちょっと……」

黒鷹「そう言ってやるな」

黒鷹「磨いた技術を使わないのは、相手に対して無礼だと感じたんだろう」

黒鷹「まあ、確かに異様な雰囲気にはなったが、剣自体が使えるなら問題はないはずだ」


勇者「いえ、別に不満ではないんです」

勇者には「こういうのを身に付けるのは初めてなので、戸惑っているというか…」

盗賊「(あんまり服とか装飾品に頓着ねえからなぁ、そりゃあ戸惑うわな)」

勇者「大鷲さん、ちょっと質問が」

黒鷹「ん、何だ?」

勇者「以前、王は複数の種族王を、その身に宿していたと言っていましたよね」

黒鷹「ああ」

勇者「彼等はどうなったんですか? 他の魔神族同様、現れるんでしょうか」


黒鷹「王は人間だが、彼等は魔神族」

黒鷹「だが、彼等は王の中にいた。ならば、消滅したと考えるのが妥当だろう」

黒鷹「まあ、断定は出来んが。だが何故?」

勇者「もし彼等が現れたら。力を貸してくれるんじゃないか、と思って」

黒鷹「そう簡単には行かない。十中八九、力を示せと言われ、戦いになる」

黒鷹「二日前に行った低元素地帯に現れた、蛇族の姫もそうだっただろう?」

勇者「……そうですね」

勇者「まるで話を聞く耳を持たず、いきなり噛み付いて来ましたから」


勇者「でも、予想は当たってましたね」

勇者「地下街同様、低元素地帯を根城にしようとしている魔神族がいる……」

黒鷹「これから行く場所…西部大峡谷にも何か居る。種族王かもしれん、油断するな」

勇者「はい」

黒鷹「盗賊、俺はお前に言っているんだ」

盗賊「俺? 心配すんな、大丈夫だって」

勇者「本当に大丈夫? 取り込んだ魔核の影響とか…」

盗賊「あぁ、大丈夫大丈夫。力の使い方も分かったしな。ほら」ズルリ


勇者「毒蛇の束か、手品みたいだ」

盗賊「毒蛇を操って襲わせる…だけだな。地味な力だよなぁ」

盗賊「まあ、偵察やら暗殺やらに使えるし、便利っちゃあ便利なんだけどさ」

盗賊「もっとこう、派手な

黒鷹「なッ!!?」

勇者「えっ…うわっ!!」グラッ

ヒュゥゥゥ…

盗賊「勇者ッ!! おい!何があった!!」

黒鷹「……翠緑の王か」

盗賊「はぁ!?」

黒鷹「盗賊、下を見ろ」

盗賊「それより勇者だ!墜ちちまう前に掴まねえと!!」


黒鷹「無理だ。その前に俺達が掴まれる」

盗賊「何に掴まれ…は? 何だよ、あれ」

黒鷹「見ての通り、大量の蔦だ」

黒鷹「まさか、この高さまで伸びるとは。地に居ながら空を掴むか」

盗賊「種族王なのか」

黒鷹「種族ではない。彼自身が一つの種族であり、彼自身が王だ」

黒鷹「戦などとは無縁の穏やかな人物のはずだが、何故だ。やはり勇者が憎いか……」

翠緑王『怖れ、友を見捨てるか?』

盗賊「(……蔦が、喋ってやがる)」

翠緑王『来い。来てみろ。王を名乗るなら、そんなものに頼らず、一人でな』


盗賊「てめえ…」

黒鷹「挑発に乗るな。奴の思う壷だ」

翠緑王『来い。飛べは助けてやる。お前が来ねば、友が墜ちるぞ?』

盗賊「………ッ!!」バッ

ヒュゥゥゥ…

黒鷹「馬鹿が!!」

盗賊「ちょっと待ってろ!すぐ戻る!!」

黒鷹「何を馬鹿な!死ぬぞ!! くっ…」

翠緑王『黙って其処にいよ。鳥は飛ぶもの、緑は座すもの』

ヒュゥゥゥ…

盗賊「(あ~、勢いで飛んじまったけど、どうやって着地すっかなぁ……)」

翠緑王『浅はかだな。軽はずみな行動は身を滅ぼすぞ』

盗賊「この行動が軽はずみだと思うのか? 友達を助けることが浅はかだと?」

盗賊「迷いなく飛び降りて、迷いなく助けたいと思える友達なんだ。それを浅はかだぁ? ふざけんなバカ」

盗賊「まあ、お前には何言っても分かんねえだろうな。そんな友達いねえだろ?」

翠緑王『………………』

盗賊「あいつを見捨てるくらいなら、死んだ方がマシなんだよ。死ぬ気はねえけどな」

短いけど今日はここまで


ヒュゥゥゥ…

勇者「うわあぁぁぁぁぁ!!」

ヒュゥゥゥ…

勇者「あああぁぁぁぁぁ!!」

ヒュゥゥゥ…

勇者「あぁぁぁぁぁ…」

ヒュゥゥゥ…

勇者「……何か、長いこと落ちてた所為か、冷静になってきたな」ウン

勇者「(はぁ…やっぱり、退魔の腕輪が完成するまで待つべきだった)」

勇者「(第一に、下に何がいようと、空の上なら何とかなると思ってたのが間違いだったんだ)」

勇者「(僕自身に翼があるわけじゃないのに、いつの間にか慣れてしまっていたんだろうな……)」

勇者「(盗賊と大鷲さんは無事だろうか、あの蔦に絡め取られてないといいけど……)」

ガシッ! グンッ!!

勇者「ぐッ!? 引っ張ら…これは縄? じゃない、蛇?」

盗賊「勇者!それ掴んで俺を引っ張れ!!」

勇者「……盗賊…」

盗賊「早くしねえと解けちまう!!さっさと引っ張れ!!」

勇者「くッ!!」グイッ

盗賊「うおっ…」ガグンッ

ヒュゥゥゥ…

勇者「……盗賊、何で」

盗賊「まあ任せとけ、俺が何とかする。落ちてる間に方法は考えた。だから大丈夫だ」ウン


勇者「考えって……」

勇者「大鷲さんは蔦に阻まれてるし。僕だって、今はゴーレムを呼べないんだ」

勇者「上手いこと木々に…って言っても、この高さ、この落下速度じゃ流石に無理だ」

盗賊「まあ見てろって、もう少し草木が近くなったら仕掛ける」

勇者「分かった。任せるよ」

盗賊「おう、任しとけ。失敗しても死ぬだけだ!心配すんな!!」

勇者「……その台詞は要らないよ」

盗賊「はははっ!大丈夫さ!! 死なねえし、死なせもしねえよ」


勇者「何だか不安になってきた……」

勇者「でも、盗賊が大丈夫って言うんだから、それでいいや」

盗賊「……ったく、こいつは」ポツリ

勇者「翠緑王か、どんな人なんだろう……」

盗賊「(なあ、勇者。お前、俺が魔王になったら世界が敵になるって言ったよな)」

盗賊「(それでも俺の友達でいるってことは、お前も世界の敵になるってことなんだぜ?)」

盗賊「(この世に、魔王の友達はお前一人しかいねえんだ。死なせて堪るかよ)」

盗賊「(もう二度と死なせはしない、奪われもしない。絶対にな……)」


勇者「盗賊」

盗賊「ああ、そろそろだな。集え、朽ち縄」カッ

ズズンッ…

勇者「でかっ!あれも蛇なの!?」

勇者「いや、あれはもう蛇っていうか……何て言うか、川みたいだ」

盗賊「はぁ~、凄え。やりゃあ出来るもんだな。ヘビって意外と便利」ウン

勇者「それで?」

盗賊「ん?」

勇者「いや、ヘビを出したのは確かに凄いよ。凄いけど、これからどうするの?」


盗賊「あ~、喰われる」

勇者「あれに? あのヘビに?」

ずり…ずり…ぐわっ…

盗賊「うん、あれに」

勇者「……なる程、滑る筒みたいな感じか」

勇者「あの大きさ、あの長さなら、衝撃受けずに済むね」

盗賊「見た目はちょっと気持ち悪ぃけどな。それでも、死ぬよりマシだ」

勇者「どうやって出るの?」

盗賊「入った瞬間に内側から剣を刺して、こう…する~っと行くだろ? そんで止まったら、中から出る」


勇者「盗賊、剣なんて持ってないよね」

ヒュゥゥゥ…

盗賊「うん」

勇者「はぁ…」チャキッ

勇者「……可変一刀、二刀型」ガヂッ

勇者「はい」スッ

盗賊「おう、ありがとな。さて、そろそろ行っ

………ばくんっ…

翠緑王『あれは蛇族の……既に力を手にしていたか』

翠緑王『私は、お前の行動を長に報告する。先程のような手荒い真似は二度とするな』

翠緑王『…ッ、あんな奴等を生かして何になるんです!! 以前のように争いが起きたら…』

翠緑王『争いになどならない。長も、そう言っておられた。出過ぎた真似をするな、小童』


>>>>>>

西部大峡谷 大森林

勇者「…………」ヌチャァ

盗賊「…………」ヌチャァ

ギャア…ギャア…キィキィ…バサバサッ…

勇者「まず、服をなんとかしようか」

盗賊「そうだな。にちゃにちゃするし、凄え臭え」

ザザァァッ…ゴォォォォォッ…

勇者「そこら中から川の流れる音がする」

勇者「上からじゃ分からなかったけど、小川が沢山あるみたいだ」

盗賊「この音、川っつーか滝じゃねえのか? かなり近いぜ?」

勇者「う~ん。じゃあ、滝に行ってみようよ」

勇者「辺りの地形とか見えるかもしれないし。それに、今いる場所も把握したいんだ」


盗賊「じゃあ、そうすっか」

ギャア…ギャア…キィキィ…バサバサッ…

盗賊「……にしても、こりゃあ森林じゃなくて密林だな」

盗賊「つーか、翠緑王とかいう奴が出て来ねえよな? どっかから見てんだろ」

勇者「うん、見られてる気はするけど魔神族の気配はない。どうも、妙な感じだ」

盗賊「まあ、考えても仕方ねえか。さっさと滝に行って、服を洗おうぜ?」

勇者「うん、そうだね」

ザッザッザッ…

翠緑王『今ならやれるのに、何故ッ…』

翠緑王『争いの種を撒くのは簡単だ。だが、どうやって責任を取るつもりだ?』

翠緑王『そ、それは…』

翠緑王『……少し休んで、頭を冷やしなさい。二人の様子は私が見る』

翠緑王『……はい、承知致しました』

また後で書きます。


勇者「じめじめしてるなぁ」

勇者「汗や湿気で服が重いくらいだ。向こうとは気候が全然違う」

勇者「此処は年中『こう』なのかな? 見たことない植物も沢山ある……」

盗賊「魔神族がいる頃から残ってるらしいからな。当時の植物もあるんじゃねえか?」

盗賊「普通に虎とかいるみてえだし、俺達の知ってる『自然』とは違うな」

勇者「どれくらい昔からあるんだろう……」

盗賊「もしかしたら、人間どころか魔神族が生まれる前からかもな」

盗賊「昔は西部の探検隊とかが来てたらしいが、全員消息不明になったとかで、それっきりなんだとさ」


勇者「消息不明、か」

盗賊「まあ、今はどうでもいいけどな。そんなこと」

ザッザッザッ…

勇者「……にしても、暑いね」

盗賊「……ああ、クソ暑いな」

勇者「大鷲さん、大丈夫かな……」

盗賊「蔦の襲撃は収まったみてえだし、大丈夫じゃねえのか?」

盗賊「……でもなぁ、降りて来ねえのが気になる。あの程度で逃げるような奴じゃねえし」

勇者「……そうだね。大鷲さんの眼なら、僕達のことは見えるはずだし」

盗賊「あいつ、何し…おっ、抜けたな。勇者、見てみろよ」

ゴォォォォォッ…

勇者「これは……洗濯したり水浴び出来るような勢いじゃないね」

盗賊「ああ、これじゃあ服ごと持ってかれる。断崖から辺りを見てみるか」

翠緑王「これ、そこから身を乗り出すのは危険じゃ。やめておきなさい」


勇者「あ、はい。そうですね……えっ?」

盗賊「……爺さん。あんた、どっから出て来た」

翠緑王「ずっと、お主達の近くにおったよ。お主達が気付かんかっただけじゃ」

翠緑王「あぁ…儂は翠緑の王と呼ばれておる者」

翠緑王「自ら名乗った憶えは一切ないが、まあ…そういうことにしておこう」

勇者「……さっきの蔦は、あなたが?」

翠緑王「儂ではないが、儂でもある」

勇者「?」

盗賊「爺さんの眷族じゃねえのか?」

翠緑王「眷族とは、ちと違うな。それも追々説明する。二人共、ちょっと着いてきなさい」


翠緑王「と、その前に……」スッ

ザァァァァッ!!

勇者「……雨を降らせた?」

盗賊「……いや、これは雨じゃねえ。木々から噴き出てるみてえだ」

翠緑王「ほれ、これで汚れは落ちたじゃろ? さあ、こっちに来なさい」

勇者「盗賊、行こう。今はお爺さんに従った方が良さそうだ」

盗賊「……あの眼、見透かされてるみてえで気に入らねえな。でも、今は仕方ねえか」

翠緑王「皆、済まぬ、ちょっと道を開けてくれんか。歩き慣れぬ者には辛かろう」

ガザザザ…

勇者「木々や草花が、移動した?」

盗賊「……何なんだ、あの爺さん」

翠緑王「何しとるんじゃ、早う来んかい。年寄りを待たせるでない」


勇者「は、はいっ」タタッ

盗賊「(敵意は全く感じねえ)」

盗賊「(あれだけのことが出来んだ。その気になりゃあ、いつでも殺せたはずだ)」

盗賊「(魔力も一切感じねえ。あの爺さん、何を考えてやがる)」ザッ

勇者「あの、お爺さん」

翠緑王「なんじゃ?」

勇者「その、魔力を感じないんですけど、本当にあなたが翠緑王なんですか?」

翠緑王「相変わらず、せっかちな子じゃな。きちんと説明すると言うたのに……」

翠緑王「勇者、まずは辛抱することを覚えなさい。急いだところで、地下街の者達は救えまい」


勇者「えっ!?」

翠緑王「先程も言うたであろう。ずっと、お主達の近くにおったとな」

翠緑王「……そう、儂はずっとおったんじゃよ。人の傍にも、魔神族の傍にも…」

勇者「(魔神族じゃないのか? でも、何だか不思議なお爺さんだなぁ)」

勇者「(姿は人間なのに、自然に溶け込んでる。このお爺さん自身が、自然みたいな……)」

翠緑王「のう、魔王とやら。何故、儂を疑う? 心の内で、儂を怖れておるのか?」

盗賊「うるせえな、さっさと話せよ」

翠緑王「ほほっ、威勢だけはいいのぉ」

翠緑王「では、此処らで良かろう。二人共、好きな場所に腰を下ろしなさい」トスン


勇者「はい」

盗賊「一々指図すんじゃねえよ」

翠緑王「……さあ、共に感じるのじゃ」スッ

勇者「(足を組んで目を閉じた?真似をしろってことなのかな?)」スッ

盗賊「(面倒臭えな、年寄りは前置きが長えんだよ。つーか意味あんのか、これ)」スッ

翠緑王「………………」

勇者「(あれ? 何か眩しい、太陽か。視界を覆ってた木々の葉も、移動してたのかな)」

盗賊「(明らかに空気が変わった。さっきまで、あんなに湿気が強かったってのに。何か、暖けえな……)」

翠緑王「………………」

勇者「(お爺さんは、何を伝えたいんだろう)」

盗賊「(案外、こういうのも悪くねえかもな)」

翠緑王「………………」

勇者「…………」

盗賊「…………」

翠緑王「……………………」カクンッ

盗賊「寝てるだけじゃねえか!! おいこらジジイ!さっさと起きねえとぶっ飛ばすぞ!!」

短いけど今日はここまでです


翠緑王「なんじゃ、喧しいのぉ…」

勇者「あの、お爺さん。目を閉じたことに何の意味が?」

盗賊「どうせ大した意味なんかねえよ。ジジイが寝てただけじゃねえか」

盗賊「つーか、こんなのに付き合ってる暇はねえんだよ。要件があんなら、さっさと言え」

盗賊「…ったく、黒鷹は何処に行っちまったんだ……」

翠緑王「そう苛つくな。焦らずとも、あの大鷲なら迎えに来る」

盗賊「あ?」

翠緑王「大鷲には既に話を通してある」

翠緑王「今頃、退魔の腕輪とやらを持ってこっちに向かっているはずじゃ」


勇者「何で、そこまで…」

盗賊「なあ、爺さん。あんた、何を企んでる」

翠緑王「かぁ~!呆れた呆れた!!」

翠緑王「お主は本当に疑り深い奴じゃなぁ。人の善意を信じられんのか?」

盗賊「善意なんてのは裏切る為の下準備だ。後で何をされるか分かったもんじゃねえ」

盗賊「なあ、爺さん」

盗賊「あんたが今見せた善意は、後にどんな結果を生む。信頼か?裏切りか?」

翠緑王「ふぬ、信頼を得る為の善意か、後に裏切る為の善意か。それしかないと?」

盗賊「それしかなかったからな」

翠緑王「虚しいな。少しは心を開いたらどうじゃ? それでは王など到底務まらんぞ?」


盗賊「何が言いてえ」

翠緑王「自分達の王が、どんな人物かも分からない。これは民にとって怖ろしいことじゃ」

翠緑王「何をすれば喜び、何をすれば悲しむのか。そして、自分達に何を与えてくれるのか……」

翠緑王「見えない心にどうやって近付く? 見えない存在をどうやって信じる?」

翠緑王「よいか盗賊。心を掴むには、まずは己の心を見せなければならん」

盗賊「……………」

翠緑王「盗賊よ。お主は、何を成すべく王となった?」

盗賊「あいつ等を守る為だ」

翠緑王「カッ…これはこれは……随分と可笑しなことを言う奴じゃ」

翠緑王「これまでに数多くの財や命を奪っておきながら、言うに事欠いて守るじゃと?」


翠緑王「笑わせるな!愚か者めが!!」

盗賊「…ったく、うるせえジジイだな」

翠緑王「なんじゃと?」

盗賊「そんなことは、てめえに言われるまでも分かってんだよ」

盗賊「生き延びる為だ何だと言ったところで、結局は人殺しの言い訳だってこともな」

盗賊「俺もいつかは誰かに殺されるだろう。以前、俺がやったように……」

勇者「(……盗賊…)」

盗賊「それとも何か? 悔い改めて真っ当な人生を送れってか?」

盗賊「てめえの言うように、散々奪って殺して生きてきたのに?」

盗賊「ハッ、それこそ可笑しな話だぜ。悔い改めて何になる?」

盗賊「あなたは充分に罪を償いましたね。良いでしょう、もう許してあげますよ」

盗賊「……なんて、誰が言ってくれんだよ?」


盗賊「誰が俺を許す?」

盗賊「みんなが大好きな神サマか?教会の連中か?」

盗賊「有り得ねえ、俺は生まれた瞬間から神サマに嫌われてんだからな。望みナシだ」

盗賊「どれだけ善行を重ねようが、犯した罪が許されることはない。過去からは逃げられない」

盗賊「俺が殺した奴等も、恨まれ憎まれ、同じように殺されることを願ってるだろうよ」

翠緑王「ならば何故、弱者を守る」

盗賊「爺さん。あんたには、俺がそんなに良い事してるように見えんのか?」

盗賊「誰かを守るってのは、そんなにも素晴らしく尊いことなのか?」

盗賊「俺は、そうは思わねえ」

盗賊「見返りを求めない行為だとか、清く美しい行いだとか、自己犠牲とか色々あるけどよ……」


盗賊「結局は自己満足じゃねえか」

盗賊「行き着く先は其処なんだ。自分がそうしたいから、そうするってだけの話だろ」

盗賊「それが悪事だろうと善行だろうと、自分で決めたことなら最期までやり通すさ」

盗賊「……それにな、こんな俺を愛して逝った女がいる。救われて欲しいと願った女がいる」

盗賊「だから、俺は俺を辞める気はない。俺は俺のままで死ぬ」

盗賊「開き直り?自己擁護?自己弁護?」

盗賊「そんなもん知るか、誰に何を言われようが知ったことかよ」

盗賊「守りたいと思ったから守る。小難しい理由なんざ必要あるか?」

翠緑王「……………」

盗賊「てめえがどんだけ長く生きてんのか知らねえけどな、ごちゃごちゃうるせえんだよ」


翠緑王「……ふ~ん。あ、そうなの」

盗賊「は?」

翠緑王「全ての行いは自己満足か」

翠緑王「それが、お主の行動原理か。まあ、それならそれで良かろう」

翠緑王「そこまで言うなら、儂がとやかく言うこともない。否定も肯定もせんよ」

翠緑王「まあ、良かろう。合格じゃ」

盗賊「えっ、何言ってんの?」

翠緑王「お主は、救いようのない愚か者だと言っとるんじゃよ」

翠緑王「生まれ、捨てられ、疎まれ、彷徨い、悪事に手を染め、果ては王になるか」


翠緑王「正しく、愚か者じゃな……」

盗賊「んなことはどうでもいいんだよ。それより、勇者を落としたこと謝れよ」

盗賊「悪いことしたらゴメンナサイだろうが。そんなことも知らねえの? 何年生きてんの?」

翠緑王「うっさいわ!大体、儂はやっとらん!!」

勇者「え、でもさっきは……」

勇者「儂だけど、儂ではない。みたいなこと言ってましたよね?」

翠緑王「うん、言った。確かに言ったけども」

盗賊「うっせえ、さっさと謝れや」

翠緑王「お主は何なんじゃ!? こんな年寄りを虐めて楽しいのか!?」


盗賊「うっせえジジイ!!」

盗賊「てめえだって、俺のこと好き勝手言っただろうがよ!!」

翠緑王「幾らなんでも酷すぎるじゃろ!? 何故こんなに責められなければならんのじゃ……」

勇者「盗賊、あんまり打たれ強いわけじゃなさそうだし、そろそろ止めようよ」

盗賊「だってよ、説明するとか言ってたのにしねえじゃねえか」

翠緑王「そんなに知りたいなら教えたるわい!!この大峡谷自体が儂なんじゃ!!」

翠緑王「此処に棲む植物、その一つ一つが意思を持っておる!!」

翠緑王「お主達を攻撃したのは、その一つなんじゃ!!儂の意思ではない!!」

翠緑王「じゃから、儂から大きな魔力など感じぬのだ!! 本気を出せば凄いんじゃ!!」


盗賊「ふ~ん、そうなんだ」

翠緑王「……勇者、お主なら分かってくれるじゃろ?」

勇者「ええ、まあ……」

盗賊「爺さん、もう帰って寝ろよ。俺達も黒鷹が来たら帰るから、な?」

翠緑王「馬鹿にしおって……」

翠緑王「盗賊、お主がそういう態度を取るなら!! 儂にも考えがあるぞッ!!!」ゴッ

ビシッ…ビリビリ…ゴゴゴ…

勇者「なッ!? これがお爺さんの魔力!? 蛇姫とは桁が違う!!」

盗賊「こいつはやべえな……」

盗賊「爺さんだからって嘗めてたぜ。勝てんのか、こんな奴に……」

翠緑王「…ハァッ…ハァッ…駄目じゃ…ちょっと座っとこ」トスン

盗賊「……やっちまおう。今なら余裕だ」

勇者「えっ…いや、流石に息が上がってるお年寄りに対してそれは……」


翠緑王「…ハァッ…ハァッ…なぁ…盗賊よ…」

盗賊「あ、何だよ?」

翠緑王「本当は、お主に力を分けてやるつもりじゃった。が、やっぱり止めた」

盗賊「別にいらねえよ」

翠緑王「強がるな強がるな、実は気になっとるんじゃろ?」

盗賊「知りたくもねえな」

翠緑王「……勇者は知りたいな?」

勇者「は、はい。あの、力ってどんな?」

翠緑王「花を芽吹かせ、成長を促し、草木を操る。儂の力の一欠片じゃ……」

翠緑王「どうじゃ、凄い力じゃろう? 冬を越すには必要な力だとは思わんか?」

盗賊「いいもん持ってんじゃねえか、さっさと寄越せよ」


翠緑王「嫌じゃ」

盗賊「このジジイ…」

勇者「お爺さん、お願いします。力を貸して下さい」ザッ

翠緑王「今のは冗談じゃよ。そんなことせんでも、ちゃんと分けてやるわい」ニコニコ

盗賊「(?吐け。ご機嫌じゃねえか。ったく、面倒臭え爺さんだな……)」

翠緑王「……ただ、勇者よ。お主にも、一つ訊かねばならんことがある」

勇者「はぁ、何でしょうか?」

翠緑王「お主の戦う理由は何じゃ。因果を絶つだけではあるまい?」

勇者「襤褸切れの男と戦う理由ですか?」

翠緑王「そうじゃ」

勇者「あの、それは…人類の存続や破滅を防ぐとか広い意味ではなく、僕個人の?」


翠緑王「嫌じゃ」

盗賊「このジジイ…」

勇者「お爺さん、お願いします。力を貸して下さい」ザッ

翠緑王「今のは冗談じゃよ。そんなことせんでも、ちゃんと分けてやるわい」ニコニコ

盗賊「(嘘吐け。ご機嫌じゃねえか。ったく、面倒臭え爺さんだな……)」

翠緑王「……ただ、勇者よ。お主にも、一つ訊かねばならんことがある」

勇者「はぁ、何でしょうか?」

翠緑王「お主の戦う理由は何じゃ。因果を絶つだけではあるまい?」

勇者「襤褸切れの男と戦う理由ですか?」

翠緑王「そうじゃ」

勇者「あの、それは…人類の存続や破滅を防ぐとか広い意味ではなく、僕個人の?」

ちょっと休憩


翠緑王「うむ、そうじゃ」

勇者「……奴と、戦う理由」

翠緑王「……………」

勇者「………復讐です。復讐する為です」

勇者「……奴は、父さんと母さんの運命を弄び、挙げ句、お兄ちゃんの命までも奪った」

勇者「僕は、奴が憎い。どうしようもない程に、奴を殺したくて堪らない」

翠緑王「父だろうと、か?」

勇者「そうしなければ、父さんの魂は解放されない。母さんも悲しみ続ける。勿論、僕も……」

勇者「この怒りを、この苦しみを、この悲しみを、奴に教えてやる」

勇者「あらゆる苦痛を与え、この剣を突き立て、死を以て償わせる」

勇者「僕がやろうとしているのは、紛れもない復讐。世界の為でも、破滅を防ぐ為でもない」

勇者「僕の家族を引き裂いた理不尽を、この手で葬り去る。この手で終わらせる」


勇者「その為なら、何だってする」

勇者「どんな汚い真似だろうと、卑怯だと言われようと構わない。僕は必ず、奴を殺す」

盗賊「(……勇者の奴、こんだけの殺意を隠して…いや、ずっと抑え込んでたってのか)」

盗賊「(まあ、そりゃそうだよな。憎くないわけがねえ)」

盗賊「(しかしなぁ、まさか勇者の口から殺すなんて言葉を聞くとは思わなかったぜ……)」

勇者「……ただ、復讐を遂げれば、それが世界を救う結果になる。救ったことに、なってしまう」

勇者「ただの個人的な復讐なのに、そうなってしまうんです」

勇者「それを考えると、とても苦しくなります。決して、褒められたものではないですから」

勇者「終わったら、打ち明けるつもりです。誰の為でもない、全ては自分の為だったんだって……」


翠緑王「……何故、打ち明ける」

勇者「大事な人との約束なんです」

勇者「……それに、嘘を吐くのは、やっぱり嫌いだから」

勇者「でも、可笑しな話ですよね」

勇者「僕は絶望と憎悪の化身を、絶望を打ち倒す為の存在……」

勇者「希望であるべき存在なのに、怒りと憎しみ、復讐の念に囚われてる」

翠緑王「復讐。それが、お主の戦う理由か」

勇者「はい。これが、嘘偽りのない、僕の気持ちです」

翠緑王「(何とも、悲しみに満ちた眼じゃ……)」

翠緑王「(この子の身に降り掛かった理不尽は、あまりにも重い)」

翠緑王「(千年の間、魔神族を見てきた。滅びの後の千年は、人間を見てきた)」

翠緑王「(その儂でさえ同情してしまうほどに、この子が不憫でならん)」

翠緑王「(じゃが、今のままではいかん。今のままでは、この子が救われぬ……)」


翠緑王「……何故、打ち明ける」

勇者「大事な人との約束なんです」

勇者「……それに、嘘を吐くのは、やっぱり嫌いだから」

勇者「でも、可笑しな話ですよね」

勇者「僕は絶望と憎悪の化身を、絶望を打ち倒す為の存在……」

勇者「希望であるべき存在なのに、怒りと憎しみ、復讐の念に囚われてる」

翠緑王「復讐。それが、お主の戦う理由か」

勇者「はい。これが、嘘偽りのない、僕の気持ちです」

翠緑王「(何とも、悲しみに満ちた眼じゃ……)」

翠緑王「(この子の身に降り掛かった理不尽は、あまりにも重い)」

翠緑王「(千年の間、魔神族を見てきた。滅びの後の千年は、人間を見てきた)」

翠緑王「(その儂でさえ同情してしまうほどに、この子が不憫でならん)」

翠緑王「(じゃが、今のままではいかん。今のままでは、この子が救われぬ……)」


黒鷹「(……勇者…)」

…バサッ…バサッ…バサッ……

勇者「……あっ、盗賊。大鷲さんが」

盗賊「やっと来やがったか。ったく、遅えんだよ」

黒鷹「翠緑の王よ、お待たせした」

翠緑王「いや、それ程待っておらん。この二人との会話は実に楽しかった」

翠緑王「誇り高き大鷲よ、先程は手荒い真似をして済まなかったな」

黒鷹「いや、構わない。此方としても、貴方と事を構えるのは避けたい」

黒鷹「では…」

翠緑王「うむ。分かっておる。盗賊よ、これを受け取れ」

盗賊「宝石…いや、魔核か?」

翠緑王「どちらでもない。そもそも、儂は魔神族ではないからの」


勇者「えっ!?」

黒鷹「我々が王と呼んでいただけだ」

黒鷹「確かに強大な魔力を持っているが、魔神族ではない」

黒鷹「起源は我々より古い。彼は、自然そのものに魔力が宿った存在」

黒鷹「花であり、草木であり、石であり、岩でもある。故に、彼は滅びなかった」

黒鷹「いや、生きていく上で、滅ぼすわけにはいかなかったのだろうな」

翠緑王「大鷲よ、皆が王の帰還を待っておるじゃろう。早く吉報を届けてやりなさい」

黒鷹「では、約定通り。盗賊、行くぞ」

盗賊「あ? 勇者は?」

翠緑王「勇者は此処に置いていってもらう。それが、お主と大鷲を出す条件じゃ」


盗賊「!!?」

黒鷹「……勇者、これを受け取ってくれ」

勇者「あ、はい。ありがとうございます。これが、退魔の腕輪か……」ガチッ

黒鷹「勇者、よく聞いてくれ。誓って言うが、俺は裏切ったわけではない」

勇者「大丈夫です。裏切りだなんて…何か事情があるんでしょう?」

黒鷹「……済まん」

勇者「大鷲さん」

黒鷹「?」

勇者「盗賊をお願いします。それに、魔王がいないと、あの街は機能しないから」

黒鷹「…ッ…ああ、任せてくれ」


盗賊「ッ、ざけんなよジジイ!!」

盗賊「黒鷹、てめえもだ!俺はそんな条件飲まねえぞ!!」

翠緑王「今のお主に話すことはない。もう、用は済んだ。居るべき場所へ帰るがよい」

盗賊「てめえ、最初から勇者を…黒鷹、てめえ、何勝手に決め

勇者「盗賊、僕なら大丈夫」

勇者「さあ、早く行かないと皆が心配する。きっと、魔王を待ってるはずだ」

盗賊「何言ってんだバカ!俺だけじゃねえだろ!! お前のことだって待ってる!!」

盗賊「鬼姫も巫女も白猫も!! 髭のおっさんも銀髪も! 皆、お前を待ってる!!」

盗賊「大体何でお前は、そんなに物分かりが良いんだ!! 少しは疑え!!」

勇者「お爺さんが盗賊に『それ』を渡した。それは、信じるに値することだと思う」

勇者「……予定とは違うけど、冬を凌げる方法が見付かったんだ。今は、それでいい」

翠緑王「盗賊、少しは落ち着かんか。置いて行けと言っても、ほんの僅かな期間じゃ」


盗賊「……いつまでだ」

翠緑王「地下街の冬が終わる頃、春までじゃな。この子には、教えねばならぬことがある」

盗賊「それは、勇者に必要なことなんだな」

翠緑王「……この子が生きる為に、必要なことなんじゃ。分かったら、早う行け」

ゴゴッ…ガザザザザ…

翠緑王「……皆、苛立っておる」

翠緑王「これ以上長居すると、出られなくなるぞ。そうなれば、儂の言うことなど聞かぬ」

盗賊「……黒鷹、帰ったら説明しろ」タンッ

黒鷹「分かっている。行くぞ」グオッ

…バサッ…バサッ…バサッ……

盗賊「勇者、連絡寄越せよ!!」

盗賊「皆にお前の声を聴かせねえと、何されるか分かんねえからな!!」ニコッ

勇者「うん、分かった。気を付けてね」ニコッ

盗賊「(何でだよ。何で、すんなり受け入れられんだよ。いつも、お前ばっかじゃねえか……)」

盗賊「(世界の敵。魔王には…仲間じゃなくて、友達が必要なんだよ……)」

翠緑王『虚しいな。少しは心を開いたらどうじゃ? それでは王など到底務まらんぞ?』

翠緑王『見えない心にどうやって近付く? 見えない存在をどうやって信じる?』

翠緑王『よいか盗賊。心を掴むには、まずは己の心を見せなければならん』


盗賊「………うっせえんだよ、クソジジイ」

今日はここまでです。また明日。
連投申し訳ない。

酉付け忘れしたり、色々申し訳ない。
レスありがとうございます。
何か、若い女子とかより、お爺さんを出した方が受けがよいのですね。
また明日。


翠緑王「勇者よ」

勇者「はい」

翠緑王「結局は、盗賊の言う通り騙すような真似をしてしまった」

翠緑王「じゃが、どうか分かってくれ。これは、必要なことなんじゃ」

翠緑王「今は裏切りにしか見えぬだろうが、いずれ必ず実を結ぶ」

勇者「……僕は、どうなるんですか」

翠緑王「奴と戦えば、死ぬ」

勇者「負けると?」

翠緑王「そうではない。絶望は打ち砕かれるが、希望も潰えるのじゃ」

勇者「……負けませんよ。あんな奴に、僕が負けるはずがない」


翠緑王「違う。そうではない」

翠緑王「勇者、何故に彼奴がお主を希望の器として選んだか分かるか?」

勇者「父の血を引く者でなければ、奴の中にいる旧き者共が納得しなかったと聞きました」

翠緑王「それは偽りじゃ。彼奴の本当の狙いは別にある」

勇者「そんなこと、どうだっていい」

勇者「この手で奴を殺せるなら、その力があるなら、それだけで充分だ」

翠緑王「……それじゃよ、勇者。それこそが、彼奴の狙いなんじゃ」

勇者「どういう意味です」

翠緑王「希望の器は、お主でなくとも良かった。血の繋がりなどなくとも、力は移せた」

翠緑王「その候補が剣士じゃった。お主の父、戦士と比肩する力を持つ者」


勇者「お兄ちゃんが…」

勇者「でも、だったら何故、赤ん坊の僕を選んだんです」

翠緑王「父の肉体が奪われ、気高き魂までもが囚われた」

翠緑王「母は夫を失い、深い悲しみ、耐え難い苦しみに縛られておる」

翠緑王「それを息子が知った時、どうなるかなど言うまでもなかろう」

勇者「……子は、憎悪と復讐に囚われる」

翠緑王「そうじゃ」

翠緑王「希望である存在が闇に堕ち、その心が憤怒と憎悪に染まるのを待っておる」


翠緑王「勇者よ……」

翠緑王「これはお主を、希望を希望ではなくする為に練られた策なんじゃ」

翠緑王「故に、縁深き者を選んだ。己を憎ませ、復讐の念に駆り立てるべく……」

翠緑王「彼奴にとって厄介なのは、相対する希望のみ。それさえなければ、怖れるものなどない」

翠緑王「輝きを失った希望など、立ち所に噛み砕かれるであろう」

翠緑王「精々が相打ちか。どちらにしても、お主は命を落とす」

勇者「……ならば、復讐の念を捨てろと? そう仰るのですか」

翠緑王「(何と闇深き眼よ。これでは、この子までもが絶望と同化してしまう)」

翠緑王「(それだけは、何としてでも防がねばならん。命を落とすだけならば、まだ良い)」

翠緑王「(命尽きようと、やりようはある)」

翠緑王「(だが、戦いのその先を与えてやらねば、この子は奴に利用されたまま、生を終えてしまう)」


翠緑王「復讐の念を捨てろとは言わん」

勇者「なら何故、僕を此処に留めるのですか?」

翠緑王「落ち着きなさい。師の言葉を忘れたか?」

翠緑王「何ものにも囚われず、自由に、己の眼で見よ。その眼には、何が見える」

勇者「……何も、見えません」

翠緑王「よく聞きなさい。これより儂が、お主の眼を開かせる」

翠緑王「因果から解き放たれた、真の自由を得る方法も授けよう」

勇者「そんなこと、どうやって…」

翠緑王「儂に着いて来なさい。まずは、ゆっくりと話せる場所へ往こう」

勇者「……はい」

…ザッ…ザッ…ザッ……


翠緑王「ところで勇者」

勇者「はい、何でしょう?」

翠緑王「そろそろ日暮れ、腹が減らぬか?」

勇者「あまり、食べたくありません」

翠緑王「…………」ポイッ

コツンッ…

勇者「いてっ…」

翠緑王「カカッ…今投げた小石を奴とするなら、お主は死んでおったな」

翠緑王「戦う依然の問題じゃ、想いに縛られ、動くことすら出来ぬ」

翠緑王「こんな老いぼれと共にいて何になる。そう思っておるな?」

翠緑王「じゃが、お主は、老いぼれが投げた小石すら躱すことが出来なかった」


翠緑王「塞がった眼、閉じた心」

翠緑王「カッ…結末など見届けるまでもない。戦うまでもなく負けておるわ」

勇者「ッ!!」

翠緑王「おっ、来るか?」

翠緑王「ほれ、儂には此処じゃ。来るなら来てみろ。儂に打ち込むことが出来たら……」

翠緑王「そうじゃなぁ、こんな下らぬ問答は止めて、お主を帰してやる」

翠緑王「ほれ、そこの枝を取れ。どうした、さっさと掛かって来んか」

勇者「……………」

翠緑王「なんじゃ、臆したか? 父は勇敢な男だったが、息子は臆病者じゃのぅ」


勇者「黙れ」ダッ

ずぼっ…ドスン…

勇者「(落とし穴。こんなものに…)」

翠緑王「はははっ! まんまと引っ掛かりおった!! ま~るで見えておらんなあ」

勇者「…………」ガサッ

翠緑王「む、まだ来るか?」

勇者「いえ、もう大丈夫です。お爺さん、ありがとうございました」

翠緑王「(ほぅ、笑っとるわ)」

翠緑王「(うむ、割かし切り替えは早いと見た。冷静さを失ってはおらん)」

翠緑王「(父に似たか、師に似たか。ふぬ、あの悪童…剣聖は元気かのぉ)」


勇者「お爺さん」

翠緑王「ん、何じゃ?」

勇者「お腹が空きました」ニコッ

翠緑王「カッ…はははッ!! そうじゃ!今はそれでよいのだ!!」

翠緑王「此処には居ない敵を見るな。今を見よ。生きるとは、その連続じゃからな」トコトコ

勇者「(……この人から、学ばなければ)」

勇者「(お爺さんの言う通り、今のままでは戦う依然の問題だ。戦いにすらならないだろう)」

勇者「(でも何故、僕や盗賊を助けてくれたんだろうか。地下街のことまで……)」

翠緑王「どうしたんじゃ? もたもたしておると日が暮れるぞ? ほれ、早う来んか」

勇者「は、はいっ!今行きます!!」


>>>>>>

大峡谷 洞窟

勇者「凄いな、岩肌が輝いてる。湧き水まで…」

翠緑王「今日から此処がお主の家じゃ。良い修練場にもなる」

勇者「修業ですか……」

翠緑王「そう身構えるな。鍛えるのは肉体や剣技ではない。ここじゃ」トンッ

勇者「心、精神ですか」

翠緑王「一度取り憑き、心に根を張った復讐の念は、決して消えはせんだろう」

翠緑王「じゃが、燃えたぎる憤怒を和らげ、憎悪を抑えることは出来る」

翠緑王「我慢ではない。耐えるのではない。その身から、少しばかり切り離すのじゃ」


勇者「切り離す?」

翠緑王「以前、お主自身が魔女とやらに言うたであろう」

勇者「……嫌な気持ちは、別の場所に置く」

翠緑王「その通り。お主に教えるのは、それと似たようなもんじゃよ」

翠緑王「お主の内にある憎悪憤怒復讐を切り離し、向き合うのじゃ」

翠緑王「其奴が何を考え、何を望むのか。自分自身を理解してやらねばならん」

翠緑王「己の心の醜い部分ほど、目を背けたくなるものはない。じゃが、それも自分」

翠緑王「それが如何に醜くとも、自分くらいは、自分を認めてやらねばならん」

勇者「…………」

翠緑王「勇者よ、まずは自分を愛しなさい。大事にしてあげなさい」

翠緑王「よいか、傷付きを怖れるのは恥ではない。人として当然のことなんじゃ」

翠緑王「勇敢と無謀を履き違えてはならん。これまでの戦いは、忘れなさい」


勇者「忘れる?」

勇者「それは出来ません。この命を的にしなければ、奴等には勝てなかった」

勇者「この命を的にしなければ、誰も助けることは出来なかった」

勇者「その結果、沢山の傷を負ったけど。でも、僕はそれで構わない」

勇者「僕がそうすることで、より多くの人の命が助かるなら、それでいい」

翠緑王「綺麗事じゃな」

翠緑王「復讐に取り憑かれている身で何を言うか。それでは、ただの偽善者ではないか」

勇者「……綺麗事を言わなきゃ駄目ですよ」

勇者「綺麗事を口にして理想を追われなければ、理想なんてものはすぐに消えてしまう」

勇者「復讐に取り憑かれていても、僕がやるべきことは、今までと変わらない」

勇者「偽善者と言われようと構いません。偽善も貫き通せば善になる……そう信じてる」

勇者「死ぬまで、最期の最後まで偽善者なら。その人は偽善者だなんて言われない」

勇者「綺麗事を言い、常に善人らしくあろうとする。僕は、それが人間だと思います」


翠緑王「……………」

勇者「あ、流石に今のは大きく言い過ぎたかな。人間全て、ではないですね……」

勇者「僕が、そういう人間ってだけです」

翠緑王「カッ…はははッ!!」

翠緑王「背負っとるものは違うのに、お主と盗賊はよう似ておる」

翠緑王「自己満足を貫く者、偽善を貫く者。どちらも同じく愚か者よなぁ」

翠緑王「そんな人間が二人か……」

翠緑王「それも、互いに共に手を取り合い歩むとなれば、自ずと人も魔も集まるわな」

勇者「ははっ…変わった人ばかりですけどね……」

翠緑王「それも縁というものじゃ。さて、そろそろ食うか」スッ

ズズズ…

翠緑王「今日のところは、それで我慢せい。肉はお預けじゃ」

翠緑王「明日から修練を始める。それを食うたら、今日は休みなさい」

翠緑王「儂もそろそろ戻らねばならん。きちんと連絡するんじゃぞ? ではな…」ザッ

勇者「はい。ありがとうございました」

続きは夜書きます。


>>>>>>

洞窟 14日後…

翠緑王「調子はどうじゃ?」

勇者「思考は理解は出来ましたけど、やっぱり乱暴粗暴な感じですね」

勇者「言葉は要らない、全てを力で解決する。そんな感じです」

勇者「言葉遣は悪い、態度も悪い、目付きも悪い、我が儘で自己中心的。なのに寂しがり屋」

勇者「僕の悪い部分を掻き集めて凝縮したような、初めは凄く嫌な子でした」

翠緑王「ふぬ。しかし、それもまた…」

勇者「自分、ですよね。大丈夫です。目を背けたりはしませんから」

勇者「まあ、友達になれるかどうかは別ですけどね。彼、文句ばっかり言うし……」


翠緑王「文句?」

勇者「……何故俺ばかりがこんな目に合うんだ? 俺なんて、生まれて来なければ良かった」

勇者「俺の命に価値はない。死んで元々、奴を殺して俺も死ぬ」

勇者「何故、こんなに苦しいのに誰も助けてくれない。どいつもこいつも鬱陶しい」

勇者「こんな世界なんて壊れればいい」

勇者「人間も魔神族も大嫌いだ。寂しい、傍にいて欲しい。お母さんに会いたい」

勇者「……言ってることが滅茶苦茶なんです。初めは聞いてるだけで腹が立って来ました」

勇者「駄々をこねて喚き散らすように、取り敢えず言いたいことを叫ぶんです」

勇者「でも、自分を客観的に見るのは良い機会なので、何度か対話はしてます」

勇者「……それに彼は、最後は必ず泣いちゃうので、泣き止むまでは傍にいることにしてます」

勇者「彼の気持ちは、何となく分かるから……」


翠緑王「……それでよい」

翠緑王「何事も、まずは知ることからじゃ。少しは落ち着いたか?」

勇者「落ち着いたというか、心の中の僕…便宜上『彼』と呼びますけど……」

勇者「彼の気持ちは、自己対話や瞑想開始時より鎮まっているような気がします」

翠緑王「(危うい状態は脱したか)」

翠緑王「(やはり、幼い頃の出来事が影響しておるのは、確かだったようじゃな……)」

翠緑王「(嫌な想いは他の場所へ移す。勇者は確かにそう言った)」

翠緑王「(しかし、移すなど不可能。心は一つしかない。置き場も同様じゃ)」

翠緑王「(他に置き場を作るということは、心を切り離すということに他ならない)」


翠緑王「(四つで母と離れたことに始まり)」

翠緑王「(旅の中で幾度も魔神族に命を狙われ、七つの頃に、守護者である剣士が殺害……)」

翠緑王「(力に目覚め、他人の想いを見てしまったことは、苦痛でしかなかったはずじゃ)」

翠緑王「(耐え難い悲しみ、恐怖を連続して経験した為に、それが起きたのじゃろう)」

翠緑王「(その防衛手段として生まれたのが、勇者が彼と呼ぶ存在……)」

翠緑王「(理不尽に嘆き、寂しさに泣き喚き、救いを求め、赤子のように暴れ狂う)」

翠緑王「(これは、抑圧された願望に違いない。勇者は、まだ十二……)

翠緑王「(今まで彼が表に出て来なかったのが不思議でならん。いや、待て……逆かもしれん)」


翠緑王「(十二にしては心が強すぎる)」

翠緑王「(あたかも、痛みに耐えうる為に生まれたかのように感じる)」

翠緑王「(加えて、盗賊が言っていたように、勇者は聞き分けが良すぎる)」

翠緑王「(更に言えば人格が薄い、希薄と言ってよい部分もある)」

翠緑王「(じゃが、目の前の勇者が、自衛の為に生まれた人格だとしたら合点がいく)」

翠緑王「(痛みや苦しみを一手に引き受け、理想の自分でいてくれる存在……)」

翠緑王「(在りし日の剣士のような、守護者のような存在を求めていたとしたら……)」

翠緑王「(だとすると、中にいる勇者こそが、本来の、あるべき勇者か……うぅむ…)」

翠緑王「(じゃが、精神の混乱や人格交代の心配はない。手を打っておいて正解じゃったな)」

翠緑王「(このまま彼との対話を続ければ、自ずと安定していく。崩れることはあるまい)」

翠緑王「(問題は、どう繋がるかじゃ。春まで時間を設けたが、果たして足りるか否か……)」


勇者「どうしました?」

翠緑王「む、済まんな。少しばかり、考え事をしておったのじゃ」

勇者「?」

翠緑王「勇者よ。その彼は、お主と仲良くしたいように思うか? 歩み寄りは?」

勇者「う~ん、前よりは近くで話せます」

勇者「でも、彼はとても怖がりで子供っぽいから。きっと素直になれないんじゃないかな」

勇者「話すのは母さんのことや、お兄ちゃんのこと、昔の思い出ばかり」

勇者「今のことを話そうとすると、怒ったり泣き出したりするんです」

勇者「あっ、でも…2日前、だったかな。ちょっとだけ話せました」


翠緑王「ほぅ、何を話したんじゃ?」

勇者「俺も色んな景色が見てみたい。いつか、君と一緒に行きたい…って、言ってくれました」

翠緑王「ふぬ。それは、彼から言ったのか?」

勇者「はい。かなり恥ずかしそうでしたけど、そう言ってくれました」

翠緑王「そうか。あまり無理をせぬよう、彼に伝えておいてくれ」

勇者「はい、分かりました」

翠緑王「(これは、思っておった以上に早いかもしれん。それ程、捻くれてはいないようじゃ)」

翠緑王「(それとも勇者を通して、これまでの出来事を見ていたからか……)」

翠緑王「(少しばかり変化するやもしれんが、必ずや、よい方向へ歩き出すじゃろう)」

休憩。もう少し書きます。


>>>>>>

洞窟 38日目…

翠緑王「本当によいのじゃな?」

勇者「はい、彼と決めたことですから」

翠緑王「ふぬ。じゃが、ちと早過ぎはせんか?」

勇者「気持ちが揺らぐ前に、そうしたいと」

翠緑王「……よかろう」

翠緑王「じゃがな。これから行うのは対話ではなく対面じゃ、心して掛かれ」

翠緑王「何が起きても、自分を受け止めるんじゃ。よいな?」

勇者「はい。話し合った結果です。覚悟は出来ています」

翠緑王「……では、目を閉じよ」

翠緑王「彼を想像し、強く念じよ。それから目を開けるのじゃ」

翠緑王「準備が整い、目を開けた時、お主と彼だけになっておるはずじゃ。当然、儂はいない」

翠緑王「お主は彼を、彼はお主を見ておる。さあ、始めるがよい」


勇者「…………」スッ

サァァァァァ…ヒュォォォ…

勇者?…………?

勇者【来たか、勇者】

勇者?ああ、来たとも?

勇者【俺が何をするか、分かっているんだろう】

勇者?ああ、分かってるさ?

勇者【俺は、消えなくない】

勇者?消すつもりなんてない。一緒に行くって言ったのは君だ?

勇者【それが、消えるってことなんだ。説明しなくても分かるだろう。お利口さん】


勇者「…………」スッ

サァァァァァ…ヒュォォォ…

勇者『…………』

勇者【来たか、勇者】

勇者『ああ、来たとも』

勇者【俺が何をするか、分かっているんだろう】

勇者『ああ、分かってるさ』

勇者【俺は、消えなくない】

勇者『消すつもりなんてない。一緒に行くって言ったのは君だ』

勇者【それが、消えるってことなんだ。説明しなくても分かるだろう。お利口さん】


勇者『だから、戦う道を選んだのか』

勇者【悪いな、偽物として消えるのは嫌なんだ】

勇者『どっちが本物か偽物か。まだ、そんなことに拘ってるのか?』

勇者【お前と違って、気にするんだよ。俺は、そんなに出来た人間じゃない】

勇者『だからって、戦って決めることはないだろう』

勇者【いつまで、お兄ちゃんの真似を続けるつもりなんだ? それが、お前の生き方か?】

勇者『……自分自身のことすら、戦うことでしか解決出来ないのか』

勇者【北部でもそうだった。お前は結局戦った。無視することも出来たのに……】

勇者『あれを認めてたら、今頃どうなってた。魔女も魔術師達も死んでいたんだぞ?』

勇者【そうだな。自分の納得出来ない平和を否定して、お前は将軍と戦った】


勇者『ああ言えば、こう言うな』

勇者『大体、僕等が戦って何になる。戦いの先に何があるって言うんだ』

勇者【元の自分に戻るのさ。俺でも、お前でもない、最初の自分にな】

勇者『消えたくないんじゃなかったのか?』

勇者【一人では消えたくない。俺は寂しがり屋なんだ、分かるだろ?】

勇者『全く。40日近く話したのに、相変わらず滅茶苦茶な奴だな。君は』

勇者【滅茶苦茶さ、生まれた時から、何もかもが滅茶苦茶だった。そうだろう】

勇者『母さんが聞いたら悲しむぞ』

勇者【黙れ】

勇者『本当に子供だな。そういうところが嫌いなんだ。もう少し発言に責任持てよ』

勇者【そんなこと考えてたら何も喋れない。お利口なお前とは違うんだ】


勇者『君が馬鹿なだけだ』

勇者【本当に苛つく奴だな。お前は】

勇者『それは、お互い様だよ』

勇者【……抜けよ。さっさと始めるぞ】

勇者『……分かったよ。じゃあ、始めようか』


勇者『【可変一刀、二刀型】』


勇者【なあ。斬ったら死ぬのか】

勇者『ああ。斬られたら死ぬさ』

勇者【行くぞ、俺の偽物。お兄ちゃんの模造品】

勇者『ずっと隠れてた臆病者が、僕の本物か。笑わせんなよ』

勇者【黙れ。子供の癖に生意気なんだよ】

勇者『どっちが子供だ。さっさと掛かって来いよ。本物ならな』


勇者【後悔、するなよ……】

ズンッ! ガギッ…グググッ……

勇者『お前は狡い奴だ』

勇者『何も努力してないのに、僕と同じくらい強いんだから』

勇者【お前だからな。強いのは当たり前だ】

ギギッ…ギャリィッ…ガギンッ!

勇者『……本当に、いいんだな?』

勇者【剣を交えたのに、まだ迷うのか? それでも父さんの息子か】

勇者『ずっと僕の後ろに隠れてた奴に、その台詞は言われたくないな』

ギンッ…ザンッ! ガギィッ…ドズンッ!

勇者『…ッ…躊躇いないな』

勇者【人間だろうが魔神族だろうが…自分だろうが、俺なら斬れる】

勇者『だから何だ。ただ闇雲に剣を振るうだけなら、誰にでも出来る』


勇者『こんな風にな』

ヒュッ! ガギンッ!ザシュッ!

勇者【ハッ、お前だって躊躇いないじゃないか】

勇者『自分に殺されるような間抜けじゃない。大体、君は何の為に剣を握る』

勇者【善人振って説教か。そういうところが、気に入らないんだよ】

勇者『僕も君も、所詮は半端者。どっちが勝っても、灰色のままだ』

勇者【だろうな。俺もお前も、本当の意味では誰も救えない】

勇者『偉そうに救うとか言うな。そんなんじゃ友達は出来ないぞ。寂しがり屋』

ギャリィッ! グググッッ…ギシッ!ギシギシッ…

勇者【互いに囚われの身。理不尽な運命に弄ばれ、復讐の念に囚われてる】


勇者『君の場合は、憤怒と憎悪だろ』

勇者【想いは同じだ。あいつが憎くないのか】

勇者『憎くないわけ、ないだろうが!!』

ザンッ! ガギィッ…ヒュッ…ズドンッ!

勇者『……こんなこと、いつまで続ける気だ』

勇者【なあ。父さんが母さんに言った言葉、憶えてるか?】

勇者『戦場で何も出来ずにいた母さんに、父さんが言った言葉か』

勇者【ああ、そうだ……】

勇者『何で、急にそんなことを?』

勇者【さぁ、何でだろうな?】

勇者【ただ、その言葉だけが、俺の耳にずっと残ってるんだ】

ガギンッ! ギャッ…ギリィッッ……ザシュッ!


勇者『…ハァッ…ハァッ…ハァッ……』

勇者【…ハァッ…ハァッ…ハァッ……】

勇者【勇者。俺はな、俺から救われたいんだよ】

勇者『そうか、勇者。僕は、僕を救いたいのか』

勇者【まあ、どっちでも同じ事だ。どちらも俺で、どちらもお前だ】

勇者『そうだな。誰かを助けたいなら、やるべきことは変わらない』

勇者【戦って良かっただろ? それに気付けたんだからな。俺に感謝しろ】

勇者『うるさい奴だな。恩着せがましい奴は嫌われる。少しは謙虚になれ』

勇者【もう、分かるよな】

勇者『ああ、分かるとも』

勇者【……………】

勇者『……………』

勇者【『僕を俺を救いたければ、手を汚せ』】


勇者編#2 終

勇者編が終わったので、今日はここまでにします。
次からは魔女編です。

魔女編が終わったら、一旦区切りが付くかなと思います。
当初考えてたより長くなってますが、読んでくれると嬉しいです。

レスありがとうございます。また明日。


魔女「うあ~、寒い~」

符術師「そうですねぇ」

魔女「この前まで秋だったのに、もう冬だよ。重ね着しても寒いしさぁ……」

符術師「仕切りも殆どない洞窟ですからね~」

魔女「……あのさ、そんな薄着なのに何で平気なわけ?寒くないの?」

符術師「へへっ、実はですね。これです!」

魔女「なにそれ?」

符術師「最近暇だったので、持ってるだけで暖かくなれる符を作ってみました!!」

魔女「……符術ってさ、自分で維持しなくてもいいから便利だよね。私にも頂戴よ」


符術師「えぇ、嫌ですよ」

符術師「普通の術符と違って、これを作るの結構面倒くさいんですから」

符術師「それに、魔女ちゃんに渡したら、皆の分まで作らなきゃなりません」ウン

魔女「えぇ…私が一番偉いんだから別にいいじゃんか」

符術師「それを本気で言ってるなら、友達をやめなければなりません」

魔女「いや、冗談だよ?冗談だからね? そんな顔しないでよ」

符術師「ならいいです」

符術師「でも、そういうことは冗談でも口にしない方がいいです」

魔女「あいあい、分かりました」

符術師「ふふっ。あっ、北王の野郎との謁見はどうでしたか?」


魔女「あぁ、あの野郎なら……」

北王『異形種討伐、感謝する』

魔女『別にあんたの為にやってるわけじゃないから。お礼なんていらないし』

魔女『て言うか、これで何回目? 表彰なんてしなくていいって言ったよね?』

北王『……私だって貴様になど会いたくない。しかし、こうしなければ民が納得しないのだ』

北王『くぁ…徹夜続きで眠い。もう帰っていいぞ』

魔女『あのさ、呼び出しといて何なわけ? て言うか、私も民の一人なんだけど』

北王『浄戒の執行者なる魔術師集団の指導者であり』

北王『聖痕の魔女などと、矛盾したような名で呼ばれている輩が善良な民だと?』


魔女『そんな呼び名は必要ないんだけどね』

魔女『大体、それは友達が悪ふざけで勝手に付けただけだし』

北王『まさか格好良いとでも思っているのか? 私なら恥ずかしくて外を歩けんな』

魔女『ケッ、国を滅ぼしかけたバカには言われたくないね』

魔女『軍も未だにカダガタだし、あんな啖呵切っておいて、そのザマなわけ?』

魔女『現側近…監視さんが人望ある人で助かったね』

魔女『でなきゃ、あんたは今頃、土の中で安らかに眠ってたよ』

北王『謝っただけで信頼を取り戻せるか!そうだったら、こんなに苦労はしていない!!』

魔女『逆切れすんなバカ!それは全部自分で撒いた種だろうが!!』

魔女『こちとら先生を亡くしてんだ!! 王様なんでしょ!だったらもっと頑張れや!!』


北王『五月蝿えな!!』

北王『貴様が異形種をやればやる程、私が肩身の狭い思いをする羽目になるんだ!!』

北王『というか王の御前だぞ!? 少しは礼節を学んだらどうだ!? あぁ!?』

魔女『うっさいな! あんたは他人に物言えるような人間じゃないだろうが!!』

北王『それとこれとは話が別だ!!』

魔女『話すり替えんな!女々しい男だな!!』

北王『…ッ、側近!此奴をつまみ出せ!!』

監視『………ハァ』

魔女『アハハッ!ばーか!! 部下にすら呆れられてやんの!!』

監視『あのぅ、お二方、口喧嘩はその辺にして下さいませんか』


監視『陛下、そろそろ本題に…』

北王『ああ、そうだな。こんな奴と口喧嘩している暇はない』

魔女『じゃあ、さっさと本題に入ってよ。そんなだから嫌われるんじゃないの?』

北王『嫌われてはいない。好かれてないだけだ』

魔女『嫌われてんじゃん』

北王『……東西軍部からの報告書。その写しだ。これを持って、さっさと魔窟に帰れ』

北王『見終えたら、すぐに燃やせ。これは正当な情報提供ではないからな』

魔女『もう何度目だと思ってんの? そのくらい分かってるから』

魔女「……って、感じだった」

符術師「あの野郎も相変わらずですねえ。それで、魔神族関連はどうしでした?」


魔女「東西共に、今は落ち着いてるみたい」

符術師「勇者さんが、精霊様の作った退魔の腕輪を身に着けているいるから。なのでしょうか?」

魔女「う~ん。一概にそうとは言えないね」

魔女「勇者に寄ってくる魔神族。それが、出て来てないだけかもしれない」

魔女「そもそも、自らの意志で現出することが出来るかも分かってないし」

魔女「ただ、『今は』出て来る奴等が減ってるのは確かだね」

魔女「報告書を見る限りでは、ちょこちょこ出てるみたいだけどさ」

魔女「高位の魔神族じゃないし、あんまり大きな問題にはなってないみたい」

符術師「精霊様は、それについて何か仰っていましたか?」

魔女「こっちから行くことは出来ないから、暫くは『待ち』だろう。だってさ」


符術師「そうですかぁ」

符術師「じゃあ今まで忙しかった分、暇になっちゃいますね」

符術師「でも、私達が暇なのは良いことです」ウン

魔女「色々と厄介な問題はあるけどね…」ボソッ

符術師「どうかしました?」

魔女「へっ? ううん、何でもない」

符術師「嘘です。何か考え事をしてます」

符術師「いいですか、魔女ちゃん。考え事をする時は、一人の方が落ち着きます」

符術師「そういう時は、一人にして下さいって、素直に言ってくれて良いんです」ウン

魔女「(相変わらず気配り上手で優しい子だ。には真似出来ないや)」


符術師「では、私は部屋に戻りますね」

符術師「魔女ちゃんは最近お疲れのようですから、きちんと休んで下さい」

魔女「うん、ありがと」

符術師「……………」

魔女「どうしたの?」

符術師「あの、魔女ちゃん」

魔女「ん?」

符術師「えっと…魔女ちゃんがいなければ、私達が集うことはなかったです」

符術師「集まったところで、今のように力を合わせることもしなかったでしょう」


符術師「最初はバラバラでした」

符術師「皆が皆、我が強くて、才能溢れる子ばかり。掴み合いの喧嘩も日常茶飯事……」

符術師「でも、今は違います。皆が皆を思い遣るようになりました」

符術師「それは、魔女ちゃんが嫌われ役をやったり、叱咤激励してくれたりしたからです」

符術師「私も、最初は魔女ちゃんが大嫌いでした。何て、傲慢な人なんだろうって……」

魔女「(だろうね。あの頃は、思いっ切り先生の真似してたから)」

魔女「(いや、先生が言うなら問題ないんだよね。経験から来る、言葉の重みがあるから)」

魔女「(でも、それを私みたいな小娘が口にしたら、そりゃあ誰だって腹立つよ)」


符術師「魔女ちゃん?」

魔女「ん?」

符術師「今は違いますからね!? 今は大事な仲間で、大事な友達ですよ!?」

魔女「え~?ホントかなぁ?」ニヤニヤ

符術師「本当!ですッ!!!」

魔女「(欠点。とても優しくて良い子だけど、冗談が通じない)」

符術師「魔女ちゃん!私の話を聞いてますか!?」

魔女「はい、聞いてます聞いてます」

符術師「もうっ…」

符術師「……皆さん同世代ですから、まとめ上げるのは苦労したでしょう?」

符術師「指導者であろうとするのは立派です。でも、張り切り過ぎちゃ駄目です」ウン

符術師「私が伝えたかったのは、これだけです。何だか長くなっちゃいましたね……」


魔女「ううん、ありがとう。嬉しかった」

符術師「へへっ、私も、やっと伝えられたので嬉しいです。じゃあ、またね」ニコッ

ガチャッ…パタンッ……

魔女「仲間、友達か……」

魔女「(でも、仲間とはいえ、全てを話すわけにはいかない)」

魔女「(信頼してないわけじゃない)」

魔女「(魔神族を憎む子は多い。盗賊や地下街のことは、彼女達には言えない)」

魔女「(ていうかさぁ……)」

盗賊『あ、そうだった。俺、魔王になったから』


魔女「(じゃないつーの!!)」

魔女「(説明するなら、結果だけじゃなくて過程も話せっての!!)」

魔女「(まあ、勇者から細かな説明は受けたし、理解は出来たけどさ……)」

魔女「(盗賊が、王の生まれ変わりか。あいつが魔神族の王……何だか、実感湧かないな)」

魔女「(っていうか、魔神族の地下街ってどんな感じなんだろ?)」

魔女「(盗賊と話した時、随分と賑やかな声が聞こえたけど、ごく普通の街なのかな?)」

魔女「(まあ、今は地下街のことはいいや。勇者は、絶望の内にあった僅かな希望だっけ……)」

魔女「(私が関わった二人が、そんなに大きな存在だったなんて信じらんないな)」

魔女「(まあ、何が変わるわけでもないけどさ、ちょっと心配だ)」ウン

魔女「(……勇者、勇者か。声しか聞いてないけど、どこか変わったような気がしたなぁ)」

魔女「(今も修業してるのかな。元気かな。希望とか言われて、辛くないのかな)」

魔女「………勇者に、会いたいな」


魔女「……ん?」

バシュッ!

精霊「久し振りね」

魔女「……あのさ、急に来るのはやめてよ」

精霊「あら、寂しいかと思って来たのだけれど。邪魔だったかしら」

魔女「邪魔なんかじゃないよ?」

魔女「ただ、びっくりするからさ。先に連絡くれればいいのになぁって」

精霊「それで、勇者に会いたいんですって?」トスン

魔女「……隊長さんとは上手く行ってるの?」

精霊「ふふっ、顔が赤いわよ? 話を逸らすのが下手ね」

魔女「暖炉の近くにいたから!顔が赤いのはその所為だから!!」


精霊「あらそう」

精霊「でもまあ、以前より素直になったみたいで良かったわ」

精霊「男性への偏見も、ほんの少しばかりは和らいだようだし」

魔女「少しはね。それで? 隊長さんとはどうなのさ」

精霊「どうもこうも、そんな間柄じゃないわよ」

精霊「魔神族が現れた時に一緒に戦うくらいで、他に会うことなんてないもの」

魔女「ふ~ん。魔導鎧からは、個人的な付き合いがあるって聞いたけど」

精霊「個人的、ね……時々、魔術の基礎について教えてるだけよ」


魔女「あのさ、本当に何とも思わないの?」

魔女「先に言っとくけど、別にからかってるわけじゃないからね?」

魔女「一緒に戦ったり、教えたり、話したりさ」

魔女「精霊もさ、誰かと一緒にいる内に、そういう気持ちが芽生えたりしないのかなって」

精霊「……そうね。彼と一緒にいると、悪い感じはしないわね」

魔女「ほら、そういう言い方する」

精霊「だって、他に言いようがないもの」

精霊「確かに気が楽ではあるけれど、それは好意ではないでしょう?」

精霊「魔導鎧が勝手にそう考えてるだけで、彼が私に好意を抱いてるかなんて分からないじゃない」


魔女「う~ん、そうかなぁ」

魔女「隊長さんは、いつも精霊の話をする。って魔導鎧が言ってたよ?」

精霊「あら、それは気になるわね」

魔女「それをネタにからかう気でしょ? 隊長さんが可哀想だよ」

魔女「それに、話って言ったってさ……」

特部隊長『気のせいかもしれないが、今日の彼女は、どこか寂しそうだった』

特部隊長『もしかすると彼女にとって、勇者が支えだったのかもしれないな』

特部隊長『それはともかく。俺も、部隊の連中も、彼女の世話になりっぱなしだ』

特部隊長『彼女に守ってもらうのは当然だと、そう思っている者さえいる』

特部隊長『…ッ…軍人として、男として、それを情けないとは感じないのか!!』


特部隊長『一度、彼女なしで戦う必要がある』

特部隊長『我々だけの力がどれ程のものか、再認識する良い機会だ』

特部隊長『勿論、俺も生身でやる。君に守られたままでは、周りが納得しないからな』

特部隊長『彼女は人間だ。軍人ではなく一般人だ。まして兵器などではない』

特部隊長『それについて、彼女自身がどう考えているかなど俺には分からない』

特部隊長『ただ、兵器として扱われる彼女を見るのは、俺が気に入らない』

特部隊長『彼女は人間だ。戦う為だけの存在ではない。勇者のこともそうだ』

特部隊長『あんな子供を戦場に立たせ、それを当然のように思っていた連中に腹が立つ』

特部隊長『旅に出たことを批判するなど、馬鹿としか言いようがない』

特部隊長『自分の子供が戦場に立つことを想像してみろ。正気ではいられないはずだ』

特部隊長『戦場の醜さ、凄惨さを知るのは、我々軍人、大人だけでいい……』


魔女「こんな感じらしいよ?」

精霊「…………」

魔女「好きかどうかは分からないけどさ、精霊のことを本気で考えてるのは分かるでしょ?」

魔女「だから、精霊はどう思ってるのか、ちょっと訊いてみたかっただけ」

精霊「魔女、ありがとう」

魔女「へっ?」

精霊「次に会った時、からかってみるわ」

魔女「……流石に怒ると思うよ」

精霊「いっそ嫌ってくれた方が楽だわ」

精霊「それに、仮に彼が私に好意を抱いているとしても、それが実ることはないでしょう」


魔女「『そうなる』ことが嫌なの?」

精霊「嫌とかではないの。私は今の関係で充分満足してるってだけの話よ」

魔女「うわぁ、なんか今の…大人の女っぽい」

精霊「きっと、彼だってそうじゃないかしら?」

精霊「以前、彼の友人…情報屋から聞いたのよ。西部時代に、彼は恋人を亡くしている」

精霊「私を恋人だと勘違いしたのか、隊長さんを幸せにしてやってくれ。なんて言われたわ」

魔女「そうだよ、幸せにしてあげなよ」

精霊「ふふっ、何よそれ」

魔女「何かさ、そういうのあるでしょ?」

魔女「結婚を誓った恋人を亡くした男性、彼に恋をした私は……みたいな話」


魔女「そういうの読んでるとさ……」

魔女「好きなら、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとくっつけよ。って思うんだ」

魔女「でも、距離を縮めるのを躊躇う場面とか、あぁ~…ってなるから、もどかしいんだよね」

精霊「私と彼が、それに似ているの?」

魔女「ううん。そういうわけじゃないけど、大人って大変なんだなぁって思うんだ」

魔女「過去の恋愛とか、肩書きとか、立場とかさ。そういうのがあるでしょ?」

精霊「そうみたいね」

魔女「いつか、私が大人になったらさ……」

魔女「自分の気持ちすら、そういうのに邪魔されて、伝えることが出来ないのかなって」

精霊「何言ってるのよ。既に指導者としての立場があるじゃない」


魔女「ちょ、ちょっとやめてよ!」

魔女「指導者だなんて、そんな大層なもんじゃないし、先生の足下にも及ばない」

精霊「いえ、このまま時が経てばそうなるわ。魔術師達の偉大なる指導者にね」

魔女「あははっ! 私が指導者?ないない!なりたくないもん」

精霊「周りが、そうするべく動くかもしれないわよ? さあ、どうなるかしらね」

魔女「えぇ…脅かさないでよ」

精霊「まあ、頭の隅には置いておきなさい」

魔女「分かった。逃げる準備はしておくよ」

精霊「ふふっ、面白い子……」

魔女「あっ、そうだ。王女様は何してるの?」

精霊「南部と正式に同盟関係を結ぶ為に、使者の役を買って出たわ」

精霊「色々と問題はあったけど、もう大丈夫でしょう」


魔女「問題って?」

精霊「南王の息子。王子が、王女様に求婚を迫ったのよ」

魔女「はぁ!?」

精霊「幼い頃から交流があったらしいわ」

精霊「けれど、先代東王が赤髪一族の人権を訴え元帥を派遣して以来、関係が拗れた」

魔女「それで、再会して恋心が…ってやつ?」

精霊「そんな美しい話じゃないわ。下卑た下心よ」

精霊「まあ、最初は紳士的な態度で接していたし、情熱的に想いを伝えていたわ」

精霊「けれど、振り向いてくれないと分かった途端、同盟をちらつかせて関係を迫ったのよ」


魔女「……最低。それで、王女様はどうしたの?」

精霊「私も同行していたから、その時のことは憶えてるわ」

南王子『現在の東部は、西部と北部、二つの荷物を抱えている状態だ』

南王子『君が同盟の使者として来たのは、東部を救いたいという強い決意の表れだろう?』

南王子『君の父君…東王陛下は反対したらしいが、君の判断は正しい』

南王子『ただ、我が国でも託神教という厄介な相手に手を焼いている』

南王子『支援するのは構わないが、対価がなくては同盟は成り立たない』

王女『その対価が、わたくしですか』

南王子『そうは言わない。これは、個人的な申し出だよ』


南王子『最近、私の父…』

南王子『南王陛下が、そろそろ身を固めろと煩くて困っているんだ』

南王子『君が此方に来てくれれば、過去の確執を水に流し、両国の新たな門出となる』

南王子『更には、悲しみに暮れる民に、世界平和という素晴らしい贈り物を届けられるんだ』

王女『お断りします』

王女『わたくしと貴方が婚姻など結ばなくとも、両国の同盟は実現する』

王女『御存知の通り、貴方の父、南王陛下は同盟を望んでおられます』

王女『南王陛下の頭痛の種。何よりも危惧しておられるのは、託神教などではない』

王女『何より怖れているのは、我が父である東王が、世界を手にすることでしょう』

王女『先程仰ったように、西部北部は、今は重い荷でしかありません』

王女『しかし異形種の脅威が去り、世界に平和が戻り、復興が済めば、我が国は大国となる』


王女『南王陛下は、先の先を見据えている』

王女『おそらく、今の段階で恩を売っておけば……という、お考えでしょう』

王女『同盟の申し出を断った場合、お困りになるのは其方では?』

王女『まあ、父に世界を手にする気があるかどうか。それは、わたくしにも測りかねますが』ニコッ

南王子『…ッ』

王女『正直、貴方と再会した時は嬉しかった。とても、懐かしい気持ちになりました』

王女『一緒に遊んだことも思い出しました。そして突然、貴方の態度が変わったことも……』

南王子『あれはッ!!』

王女『ええ、今は分かります』

王女『あれは丁度、赤髪狩りの是非を巡って、意見を違えた時期でしたから』

王女『おそらく南王から、有りもせぬことを聞かされていたのでしょう?』

王女『あの時の貴方には、明らかな敵意がありました』


南王子『なら、今からでも』

王女『貴方は変わりました』

王女『最初から政治のことなど持ち出さず、個人として、友人として話していれば……』

王女『わたくしも、あんな恫喝染みたことを言わずに済んだのに……』

王女『もう、貴方と話すことはありません。失礼致します』

南王子『待て』

王女『……手を、離して下さい』

南王子『よくも、恥を掻かせてくれたな。父には、もう婚約すると言ってあるんだぞ』

王女『はぁ…それは、貴方が勝手にお決めになられたことでしょう』

南王子『君も変わったな。昔はもっと可愛げがあったのに』

王女『痛ッ…貴方も変わりましたね』

王女『今の貴方の眼は、見るに堪えぬ程に濁っています』


南王子『こっちに、来い!!』

王女『頭を冷やしなさい。こんな馬鹿な真似は止めて、手を離すのです』

南王子『……そもそも、君が気を持たせるようなことをするから悪いんだ』

王女『貴方が勝手に解釈しただけでしょう。わたくしに、そんな気は毛頭ありません』

南王子『この部屋に誘ったのはそっちだ』

王女『はぁ…皆の前で言うのは貴方に申し訳ないと思ったからです』

王女『大体、どうやったら、わたくしが貴方に好意を抱いていると思えるのですか』

王女『顔を見れば分かりそうなものですが、貴方には分かりませんでしたか?』

南王子『……無理矢理だろうと、君を従わせることも出来るんだぞ』


王女『呆れた……』

王女『暴力をちらつかせ、婦女子に乱暴するような男性だとは思っていませんでした』

王女『わたくしに何かしたら、どうなるか分かっているのですか?』

南王子『何かされたとして、それを言えるのか? 同盟相手に犯されたと?』

南王子『それに、婚姻前である女性が犯されたと知れれば、どうなるか分かるだろう?』

南王子『女は何をされようと、男に逆らえないように出来ているんだよ』

南王子『法も、常識も、何もかも、男に有利なように作られている』

南王子『女である君に、何が出来る』

王女『……貴方には、失望しました』

南王子『失望されようが、構うものか』

王女『最後に、もう一度だけ言います。手を、離しなさい』

南王子『こうでもしないと逃げられるだろう。ん、この貧相な紐は何かな?』


王女『貴方には関係ありません』

南王子『何だ、その顔…あぁ、なる程。そうか、既に思い人がいるのか』

南王子『この程度の品しか送れないとは、大した男ではないようだ』

南王子『王女、君は処女か』

王女『……………』

南王子『ふふ。そうか、処女か。それは申し訳ないな。痛むだろうが我慢してくれ』

南王子『君の純潔を奪うのは彼ではなく、私だ』

ビリッ…

南王子『おお、やはり美しい。思った通り。いや、それ以上だ』

王女『……これぐらいで充分でしょうか。そろそろ限界です』


王女『少し、痛みますよ』

ズンッ…

南王子『かッ…ひゅ…』

王女『それは、男性のみが知る痛み』

王女『あら、そんなに痛みますか? わたくしは女なので、全く分かりません』

南王子『はッ…くふぅ…』

王女『わたくしは乱暴に組み敷かれ、衣服を裂かれた挙げ句、乳房を露わにされた』

王女『手首には、貴方に付けられた痣がある。こんなにも、くっきりと…』

王女『わたくしの姿を見ても、法は貴方の味方してくれるでしょうか?』

王女『この体には、未だ誰一人触れたことはない。生涯、あの人だけにと決めていた』

王女『見るも触れるも、あの人だけと、そう決めていたのに……』

王女『無論、わたくしの肌合いなど、あの人は知らない。なのに、よりによって……』

王女『よりによって、こんな下郎、下劣な輩に見られるなど、堪えられるわけがない』


南王子『ひッ!』

王女『わたくしが受けた辱めを、その程度の痛みで精算出来るとは思っていないでしょうね』

王女『一度二度では済まされない』

王女『わたくしは、今から叫び声を上げます。ですので、兵が来るまでの僅かな間……』

王女『わたくしの怒りが、どれ程のものか』

王女『己の罪の重さと、差別侮辱される女性の憤りが如何程のものか、思い知るがいい』

南王子『や、やめッ…かっ…くふォッ…』

精霊「……こんな感じだったわね」

精霊「王女様は、これを不問にしたわ。決して口外しないとも言った」

精霊「これにより南王は、王女様に大きな大きな借りを作ってしまったの」

精霊「馬鹿息子の愚かで軽率な行為が、東部にとって有利な同盟を結ぶ結果となった」


魔女「……………」スッ

パチパチパチ…

精霊「そんな顔で拍手する人を見るのは、長く生きてきたけれど、あなたが初めてだわ」

魔女「本当は凄く怖くて仕方なかったはずなのに、王女様は、それに耐えて戦った」

魔女「先のことまで考えて、受けた屈辱をなかったことにしてまで、国の為に……」

魔女「……その男はどうなったの」

精霊「異変を察知される前に私が治したわ。兵士に化けて、部屋に入る準備は出来ていたから」

精霊「事に及ぶ前では早過ぎる。事が始まってしまえば、もう遅い」

精霊「南王子が同意の上だと言い張れば、それで終わってしまう」

魔女「だから王女様は、それまで耐えたんだね。南王子の悪事を証明する為に……」

魔女「王女様は大丈夫…っていうか、私に話して良かったの?」


精霊「誰かに喋るのかしら?」

魔女「ううん、絶対話さない」

精霊「この話は、東王陛下さえ知らないわ。女王陛下には話したみたいだけれど」

魔女「そんな極秘情報を話さないでよ……」

魔女「でも、そっか。王女様は、勇者に知られたくなかったんだね」

魔女「不問にしたのも、もしかしたら同盟の為なんかじゃなくて、勇者の為に……」

魔女「王女様の『好き』が、そんなに強いなんて思わなかったな……」

精霊「今の勇者が知ったら、どうなるかしらね」


魔女「……考えたくもないよ」

魔女「お爺さんも、統合したものの、未だ完全に安定したとは言えん。とか言ってたし」

精霊「あら、翠緑王と話したの?」

魔女「ちょっとだけね」

魔女「今は非常に大事な時期だから、余程のことがない限り、連絡は控えるようにって」

魔女「経過は順調だし、混乱状態になったりすることはないみたい」

魔女「このまま行けば、冬が終わる前に安定しそうだ。とは言ってたけど……」

魔女「それでも二ヶ月以上ある。それまでは、私達が頑張らないと」ウン

精霊「ねえ、魔女」

魔女「ん?」

精霊「私は近々、魔王に会いに行くわ。地下街に興味があるなら、一緒に来てみない?」


>>>>>>

8日後…

魔女「敵は?」

符術師「潜伏場所は山頂付近」

符術師「魔獣中型、類型は猿、凶暴、食人性有り、被害者は8名、いずれも麓の村の住人です」

符術師「主に狙うのは女性や子供、お年寄りといった弱者……」

符術師「敵数34、魔力使用は今のところ確認されていません」

魔女「了解」

魔女「……皆、よく聞いて」

魔女「山頂付近には、既に雪が積もってる。不用意に近付いて逃げ遅れたら、捕まって食われる」


魔女「足場には十分注意するように」

魔女「次は作戦内容」

魔女「まず、私と符術師が森に入る」

魔女「符術師が木々に符を張り、奴等を指定の場所へ追い出す」

魔女「奴等が森から出たら、風術隊が空中から一斉掃射」

魔女「但し、銃使用は禁止。音で逃げられると厄介だから元素弓を使って」

魔女「気付かれた後も打ち続け、その場に縫い付ける」

魔女「その間に水術隊は地面を液化させ、奴等を泥の海に沈める」

魔女「土術隊は液化した地面を凝固、沈んだ奴等をまとめて圧殺する」


魔女「残った奴等は、私と火術隊で仕留める」

魔女「風術隊は空中で待機、その他の部隊は合流して待機」

魔女「異変を感じたら攻撃は即刻中止。全員、空へ退避するように」

魔女「自分は大丈夫だなんて思うな。大丈夫じゃないから、皆で戦うんだ」

魔女「私は全力を尽くす、皆も全力を尽くす。皆で戦って、皆で帰る」

魔女「無理をしない、ヤケにならない。それから、絶対に死ぬな」

『了解でーす!!』
『了解した』

『分かってるわよ』
『いつも通り』

魔女「じゃあ、行こうか」ザッ

魔女「(はぁ、偉そうにしちゃってさ。ガラじゃないんだけどなぁ)」

…ザッ…ザッ…ザッ…


符術師「……ねえ、魔女ちゃん」ヒソヒソ

魔女「ん? どした?」

符術師「これを見て下さい。奴等とは違う足跡があります。それに、あそこ……」

魔女「木に、何かがぶら下がってるね。ここからじゃ分からない、確認しに行こう」

魔女「強い魔力も感じる。これは、魔の獣程度が出せる魔力じゃない」

符術師「……獣の気配も感じないですね。一体、何が起きたんでしょうか」

魔女「まだ何とも言えない。皆にも伝えておかないと……」スッ

ジジッ…

魔女『森林内で高い魔力を確認。獣の気配はない。全員、森から離れて待機』

魔女『風術隊は空中待機のまま、周囲を警戒』

『了解』

ジジッ…

魔女「符術師、私に掴まって。風術で行った方がいい」

符術師「うん。ありがとう」ギュッ


魔女「行くよ」

フワッ…ヒュォォォォ…

符術師「……魔女ちゃんは、何でも出来ますね。羨ましいなぁ」

魔女「これは私一人の力じゃないよ。今だって、皆がいるから戦える」

魔女「それにさ、魔術より符術の方が精密性が高くて便利だよ?」

魔女「強力な魔力を込めた符を複数作っておけば、魔力切れの心配もなく連発出来るでしょ?」

符術師「……その代わり、複雑な作業工程を踏まなきゃならない」

符術師「それに、設置、起動、起爆ですから。どうしても瞬発性に欠けるんです」

符術師「よーいどん…だったら、魔術には敵わないと思います。私の魔術は弱いですから……」

魔女「出遅れたっていい、私が何とかする。私が何とかしたら、後はあんたが何とかする」

魔女「符術は、私にも皆にも扱えない。だから私は、あんたを相棒に選んだ」

魔女「扱えたとしても、あんた以上の奴はいないよ。勤勉で努力家の、あんたにしか出来ない」


符術師「……魔女ちゃん」

魔女「今の、かなり偉そうだったよね。ごめん」

符術師「ううん、そんなことないです。あの…」

魔女「?」

符術師「その、魔女ちゃんは、私に何か隠し事してます……よね?」

魔女「うん」

符術師「ふふっ。そんなにあっさり認められたら、何も言えないじゃないですか」

魔女「言ってもいいけどさ、皆に話したら、何人かいなくなると思うんだよね」

符術師「……魔神族を殺すのに躊躇いが?」

魔女「本当に勘が良いっていうか……時々、符術師のことが怖くなるよ」

魔女「もしかしたら、心の中を見られてるんじゃないかってくらい」


符術師「話しては、くれないんですね……」

魔女「……あのさ」

符術師「はい?」

魔女「もし、私達の知っている歴史が、正しくなかったとしたらどうする?」

符術師「えっ?」

魔女「遠い昔、人間と魔神族は共存していて、『彼等』は人間を守護していた」

魔女「勿論、中には酷い連中もいただろうね。人間を虐げるような……」

魔女「それが、私達の知ってる『魔神族』。だけど、彼等は違う」

魔女「彼等は、そういう連中から人間を守っていたんだよ。長い、長い間……」

魔女「けれど、人間が突如として彼等を裏切り、遂には魔神族そのものを滅ぼした」


符術師「……………」

魔女「今、私達の知らない魔神族が、平和に暮らしている場所がある」

魔女「魔の獣のような人を喰らう奴等じゃなくて、私達と変わらない魔神族が住む街がね……」

魔女「彼等の数は少ない。人間が怖いから、地下に隠れ住んでる」

魔女「それに、今まで倒してきた魔神族……魔の獣じゃなくて、高位の魔神族ね?」

魔女「彼等が、嘗て裏切った人間への恨みから、人間を襲っていたとしたら?」

魔女「遠い昔の人間が犯した罪」

魔女「その罪が巡り巡って、今を生きる私達に、罰となって降り掛かってる……」


魔女「今の話が真実だとして……」

魔女「人間は彼等に恨まれて当然のことをした。だから、何をされても文句は言えない」

魔女「……とは、流石に思えない」

魔女「だって、私は今を生きる人間だから。正直、過去なんて知ったこっちゃない」

魔女「まあ『人間として』考えると……」

魔女「ああ、人間はなんて悪いことをしたんだろう……って思うよ?」

魔女「でもさ、『人類』ってだけで、過去の人間がやったことの責任取らされんの?」

魔女「私はそんなのゴメンだね。恨まれるのは、まあいいよ」

魔女「昔のバカ共が、そんだけのことをしでかしたんだから」

魔女「だからってさ、殺されて堪るかっての。向こうがやる気なら、私は戦う」

魔女「……でもね、さっき言ったみたいに、隠れ住むような魔神族がいるのも事実なんだよ」

魔女「彼等は静かに暮らしたいだけで、人間と関わろうとは思ってない」


魔女「勿論、人間に危害を加える気もない」

魔女「そんな彼等のことを、魔神族だからって理由で殺すのは違うと思うんだよね」

魔女「何て言うのかな…人間にも良い奴と悪い奴がいるし、人間と変わらないと思う」

魔女「でも、彼等の居場所が見つかったら、魔神族だって理由だけで殺される」

魔女「良い奴悪い奴関係なく、皆殺しにされる」

魔女「今まで言わなかったのは、きっと理解されないだろうと思ったから」

魔女「魔神族に大事な人を殺された子とかが情報を流したりしたら、とんでもないことになる」

魔女「だから、話さなかった……」

符術師「そう、だったんですか……」

魔女「…っていう、妄想にしといてくれない?」

符術師「いや?いやいやいや!? それは流石に無理ですよ!?」

魔女「えっ、まさかホントに信じるわけ? 今のは私の妄想だよ?」


符術師「……その、実は私」

魔女「えっ、なに? まさか託神教から派遣された隠密だったとか?」

符術師「違います!! 私、知ってたんです…」

魔女「何を?」

符術師「以前、魔女ちゃんの部屋に行こうとした時、聞いてしまったんです」

符術師「今のようなことを、精霊様と魔女ちゃんが話しているのを……」

符術師「その話は史実とは全く違っていて、とても信じられるような内容じゃなかった……」

符術師「でも、お二人共、真剣に話していました。人間のこと、魔神族のこと……」

符術師「精霊様は私に気が付いていたはず。それでも話を続けたのは……」

符術師「私が『こうする』と、分かっていたからかもしれません」


魔女「こうするって?」

符術師「きっと私なら、魔女ちゃんの口から改めて今の話を聞くだろう」

符術師「この話が真実か否か、確かめずにはいられないだろう」

符術師「精霊様には、私の気性が分かっていたのだと思います」

魔女「……で、どうするの?」

符術師「二人だけの秘密にしちゃいましょう」ニコッ

魔女「うわ~、悪い顔だね」

符術師「だって皆に伝えたところで、余計な混乱を生むだけですよ?」

符術師「皆が信じるかどうかって言うより、仲間割れの方が困ります」

符術師「誰も傷付かないなら、その方が良いに決まってますから」ウン


魔女「……ごめんね。今まで黙ってて」

符術師「いえいえ、私が魔女ちゃんだったら同じことしてました」

符術師「だから、大丈夫です」

魔女「信じるよ?」

符術師「へへっ、はい、信じて下さい」ニコッ

魔女「ふふっ…うん、分かった」

魔女「……さてと、じゃあ気を取り直して、この獣の死体について話そうか」

符術師「そうですね。臭いに耐えながら話を聞くのは辛かったです」

魔女「……帰ってからでも良かったじゃんか」

符術師「盗み聞きする人がいるかもしれませんからね。私みたいに!」ウン

魔女「胸張って言うことじゃないでしょ…」


魔女「まあいいや。今はこっちに集中しよう」

符術師「え~っと、これはまた…見事に魔核を引き抜かれてますね」

符術師「主な傷痕は、この胸の穴だけ…みたいです」

符術師「胸から背にかけて貫通してる。まるで、真正面から杭でも打たれたような感じです……」

符術師「それから、まだ胸の穴から湯気が出てますから、そんなに時間は経ってないみたい」

魔女「……これさ、成人男性の拳くらいの大きさだよね。素手でやったのかな」

符術師「おそらく。獣の体毛…ほら、ここの辺りに血を拭った跡があります」

魔女「あ、本当だ。指の跡がある」

魔女「これを人間がやったとしたら、完全種以外に考えられないけど……」

符術師「はい。先程感じた強い魔力、その説明が付かないですね」


魔女「でも、今は消えてる」

魔女「意識的に体表面の魔力を抑えられるのは、高位の魔神族くらいだしなぁ……」

符術師「何処かに潜んでいる可能性が高いですね。しかし、獣を殺す意味が……」

魔女「そうなんだよね」

魔女「大体、魔核だけを取り除く魔神族なんて聞いたことがないよ」

符術師「なら、何かの儀式でしょうか?」

符術師「降霊術師のような、強力な魔術や呪術を扱う魔神族もいますから……」

魔女「そうかもしれないけど、今は何とも言えない。そろそろ、皆の所に戻ろう」

魔女「獣の気配はなく、他の隊からの目撃情報もない…か」

符術師「何だか釈然としないですね。やる気満々だった分、拍子抜けと言うか……」

魔女「34体全てが、私達が到着するまでの僅かな間にやられたとしたら…」

符術師「まさか、そんなこと出来るわけありませんよ」


魔女「だよね。流石に考えす

ヒュッ…

魔女「ッ!? 符術師ッ!!」ガバッ

符術師「きゃっ…」

ズズンッ!

魔女「…ハァッ…ハァッ…符術師!大丈夫!?」

符術師「は、はい。一体何が…ッ!?」

魔女「(人間、じゃない。額に二本角がある。っていうか何で上半身裸……)」

魔女「(しかも魔核喰ってる。じゃあ、この男が獣を…待て、二本角、二本角……)」

魔女「(盗賊が言ってた、鬼族とかいう魔神族の特徴と合致する。しかも、この魔力………)」

魔女「種族王、鬼王……か…」

鬼王「俺を知っているのか。現世にも名が残っているとは流石だな、俺」モグモグ

魔女「(明日は精霊と地下街に出掛ける予定だったのになぁ……)」

魔女「(よりによって種族王が相手か…やるだけ、やるか。符術師だけでも、逃がす)」ズズズ

鬼王「なあ小娘。やり合うのは構わんが、その前に訊きたいことがある」モグモグ

魔女「……なに?」

鬼王「一人娘を捜している。娘の名は『鬼姫』というんだが、何か知っているか?」

今日はここまでです。
次から地下街です。レスありがとうございます。


魔女「(さて、どうしようか……)」

魔女「(地下街を治めてるのは、血の気の多い鬼族の女。盗賊からはそう聞いてる)」

魔女「(多種多様の魔神族を従えるのは容易じゃない。彼女の力は強大なはずだ)」

魔女「(彼女が鬼姫という可能性は充分有り得る。まず間違いないだろう)」

魔女「(でも、名前は知らないんだよね……聞いておけば良かった)」

魔女「………………」

符術師「(……魔女ちゃん、何か考えてる)」

符術師「(きっと何か策があるんだ。だったら、此処は私が何とかしないと……)」

符術師「あのぅ、鬼姫さん…でしたか?」

鬼王「そう、俺の愛娘だ」

符術師「……その、娘さんは可愛い…ですか?」

鬼王「……ああ、昔は父上父上と、紅葉みたいに小さな手で、隙あらば殴り掛かって来たもんだ」


鬼王「ただなぁ、嫁に似て気性が荒いんだ」

鬼王「何とか淑やかに育てようとしたんだが、まるで駄目だ。日に日に嫁に似ていく……」

鬼王「……それでも、成長する我が子を見ているのは、この上ない幸せだった」

鬼王「だが結局、あの腐れ外道の所為で、娘の成長した姿を見ることなく死んだ」

魔女「(……腐れ外道。以前の勇者か)」

鬼王「きっと今頃は、絶世の美女になっているに違いない。何せ俺の娘だからな」

鬼王「なあ、お前もそう思うだろ?」

符術師「え~っと、鬼姫さんのことは見てないので何とも言えません」


符術師「でも、鬼王さんは優しい感じです」

符術師「きっと、鬼姫さんもお父さんに似て優しい顔なんでしょう」

符術師「鬼と聞くと怖いですけど、角を除けば、それほど人とは変わらないですし……」

符術師「何というか、爽やかなお父さんって感じです。見た目もお若いですよ?」

鬼王「……女子のようだ、軟弱そうだと馬鹿にされることはあったが、褒められたのは初めてだな」

鬼王「実を言うとな、それが原因で嫁に一度断られている。それに、歳の差もあったからな……」

鬼王「最初は相手にもされなかった。小僧が何を言うかと、見向きもしなかった」

鬼王「あの時ほど、自分の顔を呪ったことはない。まあ、紆余曲折経て結ばれたが」

符術師「苦労したんですねぇ……」

鬼王「苦労だと感じたことはない。惚れた女を振り向かせる為なら何でもする」

符術師「へぇ~、男らしいです。私にも、そんな男性が現れるでしょうか……」

鬼王「そればかりは縁だな。出逢いってのは、予期せぬ時にやってくるもんだ」


符術師「なるほど~」

魔女「(……符術師、あんたは凄いよ)」

魔女「(って言うか早く来てよ。何してんだ、あのバカ……)」

鬼王「おい、小娘」

魔女「なに」

鬼王「固まってないで、さっさと仲間を逃がしたらどうだ?」

鬼王「掛かってくるのは勝手だが、向かって来たら最後までやるぞ、俺は」

鬼王「相手方が如何なる弱者であろうと、それがか弱き女子だろうと本気でやる」

鬼王「全力で戦い、禍根残さぬよう、一人残さず殺す。それが戦の習いだ」


魔女「……じゃあ、そうさせてもらうよ」スッ

ジジッ…

魔女『種族王と遭遇した』

魔女『今のところ、種族王に戦う意思はない。ただ、これから何が起こるか分からない』

魔女『この場は私と符術師で何とかするから、皆は今すぐ撤退して』

魔女『これは命令。聞きたいことは沢山あるだろうけど、質問は一切受け付けない』

魔女『皆、家で会おう。以上』

ジジッ…

魔女「……鬼姫について話す前に、私からも訊きたいことがある」

鬼王「いいぞ? 何でも聞け」

魔女「会ったら、どうする気」

鬼王「会いたいだけだ。居るのは分かるが、場所が分からん」

鬼王「娘の顔を見られるのなら、それだけでいい」


魔女「もう一つ」

鬼王「何だ」

魔女「……今、王と再会したら、どうする?」

鬼王「憎悪と憤怒に囚われた嫁の魂を救い出す。王と共に、奴を消す」

魔女「(憎悪と憤怒。終末の獣、襤褸切れの男か……)」スッ

ジジッ…

魔女「って、言ってるけど?」

盗賊『鬼王、俺が鬼姫の居る場所に案内する。だから、ちょっと待っててくんねえか』

盗賊『別に監禁してるわけでもねえからさ、いきなり仕掛けてくんのはやめてくれよ』

鬼王「お前は?」

盗賊『現世の魔王だ』

盗賊『黒鷹が言うには転生したらしい。理由は分かんねえ』

鬼王「黒鷹が……そうか、分かった。俺は此処で待つ」


盗賊『魔女、悪りぃな』

魔女「ううん、いいよ。後のことは王に任せる。無茶しないでね」

盗賊『しねえよ。つーか、明日来るんだよな? 何か食いてえもんあるか?』

魔女「えっ、いいよ別にそんな

盗賊『まあ、何も出す気はないですけどね』

魔女「………」イラッ

盗賊「あれっ、もしかして本気にしちゃいました?』

魔女「うっせーバーカ死ねッ!!」

ジジッ…

魔女「と言うわけで、今から魔王が来るから。後はよろしく」


魔女「符術師、さっさと帰ろう。寒いし」

符術師「えぇっ!?」

魔女「いいから。私達には解決出来ないし、これ以上いても邪魔になる」

魔女「……あのさ、『王と共に』ってことは、そういうことなんだよね」

鬼王「おそらく、お前の想像している通りだろうな」

魔女「……そっか。じゃあ『さようなら』」ザッ

鬼王「……ああ、さらばだ」

符術師「あっ、ちょっと待って下さい。あっ、鬼王さん、さようなら」ザッ

ザッザッザッ…

魔女「(勇者の家族だけじゃない。色んな人の大事な人が、奴に囚われてる)」

魔女「(……人間が裏切らなければ、こんなことにはならなかったはずだ)」

魔女「(人間は……勇者は、何の為に魔神族を滅ぼしたんだろう)」

進むの遅くて申し訳ない。
また後で書くと思います。


>>>>>>

同日夜 魔導師の洞窟

魔女「そっか。じゃあ鬼王は…」

盗賊『娘の顔見たら満足したらしくてな、自分から魔核差し出して逝っちまった』

盗賊『死んだって言っても、俺ん中で生きてんだけどさ……』

盗賊『あんな奴、見たことねえ。本当に、あっさりしたもんだったよ』

魔女「鬼姫は?」

盗賊『部屋に籠もって出て来ねえ』

盗賊『流石は父上。とか言ってたけど、落ち込んでんじゃねえかな』

魔女「行ってあげたら?」

盗賊『行かねえ』

盗賊『あいつは、そういうことされんのが嫌いな奴だ。何されるか分かんねえ』

盗賊『まして泣き顔なんざ、絶対に見せたくねえはずだ。だから、そっとしとく』

盗賊『それに、俺が行かなくても巫女が傍にいるからな。大丈夫だろ』


魔女「仲良いんだね」

盗賊『歳は、すっげえ離れてるけどな』

盗賊『多分、巫女のことを妹みてえに思ってんじゃねえかな』

魔女「……そっか」

盗賊『……その、なんつーかさ』

魔女「ん?」

盗賊『鬼王は、強い父親って感じだったよ』

盗賊『嫁と娘が大好きで、家族を守る為なら何だってするような、そんな感じだ』

盗賊『魔核貰う前に色々話したけど、嫁自慢と娘自慢ばっかりだったしな……』

盗賊『これから死ぬっつーのに、本当に楽しそうに話すんだよ』

盗賊『家族はいいぞって何度も言われた。初めて、羨ましいと思った』


魔女「家族が?」

盗賊『家族っていうか、他人に胸を張って自慢出来るものがあるってのが羨ましかったんだ』

盗賊『家庭なんて俺には想像も出来ねえけど、そう悪くねえんだろうな。って思ったよ』

盗賊『お前さ、理想の家庭とかってあんの?』

魔女「……好きな人と結ばれて、好きな人との子供を授かって、穏やかに暮らしたい」

魔女「子供の成長を見守って、笑ったり泣いたり、そうして老いていく……」

魔女「特別なものはいらない。私はただ、それだけでいいや」

盗賊『不老にはならねえの?』

魔女「ん~、あんまし興味ない。あんたにはないの? 理想の家庭ってやつ」

盗賊『分かんねえ。嫁と子供が出来たら、それが理想なんじゃねえの?』

盗賊『ていうか、魔王に嫁にくるような女なんていねえだろ』


魔女「前の王にはいたのかな?」

盗賊『さぁ、どうだろうな。聞いたことねえ』

魔女「……あっ、王で思い出したんだけどさ」

魔女「鬼王は何で封印されてたわけ? 王と一緒に消えたとか言ってなかった?」

盗賊『よく分かんねえけど、王が死ぬ間際に出たとか言ってたな』

盗賊『取り込んだ王自身が弱ったからなのか、王自身の意思で出したのかまでは分かんねえ』

盗賊『まあ、結局は前の勇者…クソッタレ救世主にやられちまったらしいけどな』

魔女「……救世主か。どんな奴だったんだろ」

盗賊『誰彼構わず、女子供関係なく、魔神族を皆殺した奴だってことは確かだな』


魔女「そんなこと出来る人間、いる?」

盗賊『魔神族からすりゃあ、殺戮人形だからな。心ってもんがねえんじゃねえの』

盗賊『魔神族全てを皆殺しだぜ? やろうと思って出来るか?』

盗賊『やれって言われても出来ねえだろ。普通』

魔女「……うん、どう考えても正気じゃない」

魔女「もしかしたら、その時と同じで、また現れたりするのかな」

盗賊『何も知らねえ奴等には、正に救世主の再来だろうな』

魔女「出たらどうする」

盗賊『聞くまでもねえだろ』

盗賊『ぜってえ殺す。俺が駄目なら、勇者がやるはずだ。そんな野郎を許すわけがねえ』


魔女「……勇者は、どうしてるかな」

盗賊『……あいつはあいつで、やらなきゃならねえことがある』

盗賊『誰かの為じゃねえ、あいつ自身が生きる為に必要なことなんだ』

盗賊『何とかしてもらわなきゃ、俺が困る』

魔女「……寂しい?」

盗賊『寂しいっつーか、体から何かが抜けてったみてえな、妙な気分なんだ』

盗賊『あるはずのもんが、なくなっちまったみてえな……』

魔女「……きっと、それが寂しいってことだよ」

盗賊『……かもな』

魔女「明日、精霊と一緒に行くから。何か用意しとけ」

盗賊『はははっ!仕方ねえな、分かったよ』


魔女「……盗賊」

盗賊『あ?』

魔女「私はさ、どんな王様だって悲しい時は泣いていいと思う」

魔女「魔王だって人間なんだ。私達と変わらない、心を持った人間なんだ。だから…」

魔女「だからさ、魔王だって、涙くらい流してもいいと思う」

魔女「……私は、魔王が泣いても笑わないよ。盗賊が泣いたら笑うけどね」

盗賊『……なんじゃそりゃ』

魔女「あははっ!じゃあ、また明日」

盗賊『…………』

魔女「えっ、なに?まさか本当に泣いてんの?」

盗賊『魔女』

魔女「?」

盗賊『……ありがとな』

ジジッ…

魔女「……ありがとう、か」

魔女「ていうか、何が魔王だっつの。自分で名乗っといて名前に負けんなバカ……」

短いけど今日はここまでです。


>>>>>>

翌朝 魔導師の洞窟

符術師「7日ですかぁ…寂しくなりますね……」

魔女「あくまで予定だからね? こっちに何かあったら、すぐ戻って来る」

符術師「いや、そんなに心配しなくても……流石に昨日のようなことは起きないと思いますよ?」

符術師「それに出現率自体は減ってるので、きっと大丈夫ですよ!」

符術師「こっちは私達に任せて、魔女ちゃんはゆっくりしてきて下さい」ウン

魔女「……ありがと」

符術師「……というかですね」

魔女「どした?」

符術師「昨日のようなことは、もう二度と起きないで欲しいです」

符術師「戦闘にならなかったのは幸いでしたけど、皆さんに説明するのが一番大変でした……」


魔女「あ~、うん。大変だったね。符術師が」

符術師「何で……」

魔女『後の説明は符術師に頼む』

符術師「とか言えるんですか!!」

魔女「いや。もういいかな…と思って」

符術師「よくないですよ!!」

符術師「あそこからが一番大事な所だったじゃないですか!!」

符術師「二人は何で無事だったの、とか!種族王はどうなったの、とか!」

符術師「その後に現れたバカみたいに大きな魔力は何だったの、とか!」

符術師「本当に!本っ当に大変だったんですからね!!」


魔女「上手く誤魔化してたじゃん」

魔女「よくもまあ、あんなにペラペラと口から出任せ言えるよね」

魔女「あの場を凌ぐのは私には無理だったよ。符術師、ありがとね」

符術師「えへへっ、ありがとうございま…じゃないですよ!!」

魔女「なんかさ、元気だよね。今日」

符術師「まあ、昨日は友達が秘密を打ち明けてくれましたからね。そりゃ嬉しいですよ」

符術師「元気なのは、友達を疑わずに朝を迎えられたからです」

魔女「……ごめんね。ずっと黙ってて」

符術師「いえ、話してくれたからいいです」

符術師「いきなり言い訳を任されるとは思ってもみませんでしたけどね!!」


魔女「だって、そういうの得意でしょ?」

魔女「口が上手いというかさ、昨日なんて息するように嘘吐いてたし」

符術師「……それ、褒めてますか?」

魔女「褒めてるよ!真面目な顔で、こう…」

符術師『訊きたいことはあるでしょうが、皆さん、お静かに……』

符術師『いいですか、この件は決して口外してはなりません』

符術師『対処出来なかったことが知れれば、北部の皆さんが混乱します』

符術師『軍が機能していない今、北部を魔神族から守っているのは私達なんです』

符術師『その私達が対処出来ない事態が起きたと知れたら…その先は言うまでもありません』

符術師『新たに現れた魔力の正体が何だろうと、脅威は去ったんです』

符術師『後の捜査は東部元帥と精霊様がして下さります。ですので、私達の任務はこれで終了です』


符術師『これ以上の詮索も不要』

符術師『私達に出来ることはありませんし、する必要もありません』

符術師『私達は北部を守っているんです。意味は分かりますね? では、解散して下さい』

魔女「全部が全部、嘘ってわけじゃないけどさ。有無を言わさず終わらせたでしょ?」

魔女「急に話をぶん投げられたのに、よく取り繕えるよね。あれは真似出来ないよ」ウン

符術師「……ぶん投げたっていう自覚はあったんですね」

魔女「言い方が悪かったね。急に面倒臭くなって説明を任せた。です」

符術師「何一つ変わってないですよ」

符術師「急に面倒臭くなって…って言ってるじゃないですか」

魔女「何かさ、ああいうの苦手なんだよね……」


符術師「ええ、それは分かります」

符術師「魔女ちゃんが説明すると、大体の話が逸れちゃいますからね」

符術師「質問されると、あっちに行ったりこっちに行ったり……」

符術師「最初の頃なんて、しょっちゅう喧嘩になってたじゃないですか」

魔女「そうなるから嫌なんだってば」

符術師「いや~、会議の度に殴り合ってた頃が懐かしいですねぇ」ニコニコ

魔女「……楽しそうだね」

符術師「拳で語るって素敵じゃないですか?」

符術師「互いの主義主張を拳に乗せて、次第に分かり合っていく」

符術師「そこには魔術師の優劣なんて関係なくて、意思の強さ、根性が物を言うんです」

符術師「何度殴られても立ち上がる姿は、皆さん素敵でしたねぇ」

魔女「(時々、この子が分からなくなる。不思議な感性だなぁ)」


魔女「そう言えば、符術師って負けたことないよね」

符術師「へへっ…実は昔、森を走りながら木々に符を張る練習をしてたんですよ」

符術師「枝を避けながら全力で走るんです。素早さが大事ですからね」

符術師「それを続けているうちに、自然と殴る動作が身に付いたみたいです」

魔女「武術じゃん」

符術師「こう…まずは爪先で立ってですね」スッ

符術師「下から突き上げるように、ぐっと腰を入れて、手の平を顎に向かって…」

符術師「えいっ!」シュバッ

魔女「はやっ!!」

符術師「へへっ、これなら一撃で意識を刈り取れます。糸が切れたように倒れるんですよ?」

魔女「……怖ろしいことを恍惚とした表情で語るのはやめてよ」

符術師「だって私、魔術も弱いし体も小さいから馬鹿にされてたじゃないですか」

符術師「だから、力でねじ伏せた時の快…感覚が忘れられなくて……」


魔女「快感って言おうとしたよね」

符術師「……えへへっ」

魔女「(うわぁ、悪い顔で笑うなぁ。女の子らしくて可愛いけども……)」

符術師「でも、魔女ちゃんも強いですよね」

符術師「絞め技を使って失神者の山を作ってたじゃないですか」

魔女「あぁ、あれは先生に教わったんだ。それにさ、女の子を殴るのはちょっとね……」

魔女「符術師みたいに、一発で綺麗に意識を刈り取るなんて私には無理だしさ」

符術師「……あの時はただの喧嘩でしたけど、今思えば、あれも良い機会だったと思います」

符術師「魔術に優れた人は、何かと魔術に頼りがちですから」

魔女「そうかもね。先生も同じようなこと言ってたよ」

魔女「魔術師だからこそ、魔術にばかり頼っては駄目なのだ」

魔女「魔術を使う間もなく無力化出来れば、その方が良い。魔術とは、ひけらかすものでもない」


魔女「だから、武術剣術も教えられた」

魔女「最初は痛くて怖くて、武術の修業は大嫌いだったけどさ、今は本当に役立ってる」ギュッ

符術師「……その杖は、魔導師様の形見でしたよね。いつ見ても不思議な輝きです」

魔女「何か『みすりる』とかいう鉱物が使われてるんだってさ」

魔女「人間が精練するのはかなり難しいみたいだけど、先生は出来たみたい」

符術師「へ~、鋼じゃなかったんですね」

魔女「地下街に行くのは、この杖を改良して貰う為でもあるんだ」

魔女「皆の分も作って貰おうかと思ってる。そんなに時間は掛からないはずだよ」

符術師「えっ、そんなに簡単に作れるものなんですか?」


魔女「私達には無理だよ?」

魔女「地下街には、鍛冶工芸に長けた種族がいるらしくてさ……」

魔女「その人達なら2日も掛からず作れるみたい。退魔の腕輪を作ったのも、その人なんだ」

符術師「退魔の腕輪……精霊様が作ったんじゃなかったんですね」

魔女「引き寄せる力のみ抑えるなんて都合の良い物は、流石の精霊でも無理みたい」

魔女「魔神族を撃退したり消し去るものなら、少し時間を掛ければ作れるらしいけどさ」

符術師「はぁ~、精霊様でも作れないような代物なんですか……」

符術師「やはり魔術だと、防御より攻撃特化になっちゃうんですかね?」

魔女「そりゃあね……」

魔女「そもそも魔術…治癒術は人間を癒す為に生まれたものだから仕方ないよ」

符術師「魔神族にもいるんでしょうか……」


魔女「うん?」

符術師「あっ、いえ。魔神族にも、治癒術を使うような人がいるのかなって」

魔女「いるよ。きっといる……」

魔女「心ない者ばかりなら、人間の裏切りがなくても自滅してたと思う」

符術師「……その、魔女ちゃんは魔神族と共存出来ると思いますか?」

魔女「無理だろうね」

魔女「人間が犯した罪は絶対に消えない、彼等の魂に深く刻み込まれてる」

魔女「私達が幾ら頭を下げても、彼等と共存するのは無理だと思う」

魔女「人間だけの世界になってもこの有様なんだから、異種族と共存なんて夢のまた夢だね」


符術師「なら、何で…」

魔女「……綺麗事を言って、夢や理想を追わなきゃダメなんだって」

魔女「それが実現出来ないとしても、それに近付くことは出来る」

魔女「沢山の人に無理だ無駄だとか言われても、何もやらないよりはずっといい」

魔女「…って、勇者が言ってた」

符術師「へ~、勇者さんて馬鹿みたいに青臭い理想論者なんですね」

魔女「(顔に似合わず辛辣だなぁ)」


符術師「でも、うん…素敵だと思います」

魔女「勇者さんは口先だけではなく、それだけのことをやってます」

符術師「事実、勇者さんは北部を…沢山の魔術師を救ってくれましたからね」

符術師「私も皆さんも、その中の一人です。感謝してもしきれません」

符術師「きっと、男性としても素敵な方なんでしょうねぇ」

魔女「まだ12のがきんちょだけどね。体は18くらいだけど」

符術師「そんな男性なら、年齢なんて関係ないですよ。将来が楽しみじゃないですか」ウン


魔女「えっ、12歳だよ?」

符術師「えっ? 自分好みの男性に育てるとか憧れません?」

魔女「い、いやぁ…私にはちょっと分からないかなぁ……」

符術師「年下の『男の子』が、自分好みの『男』になるんですよ?」

符術師「あんなに小さくて頼りなかったあの子が、私を守ってくれるんですよ?」

符術師「お姉ちゃんとか呼んでた子が、ある日突然、名前呼びしてくるんですよ!?」

魔女「そんなに好きなの?」

符術師「だって、本の中では女性ばかりがそういう扱いじゃないですか」

魔女「あ~、小さい子を自分好みに…みたいなやつか。あれさ、焚書にならなかったっけ」


符術師「書いた人は処刑されましたね」ウン

魔女「符術師は、あれ読んだの?」

符術師「はい、読みました」

符術師「だから、女性が男性を育てるっていう物語があってもいいと思うんです」

符術師「調教や服従させるとかではないですよ? 年下と恋愛するのって夢があるなぁって……」

符術師「魔女ちゃんはどうです?」

魔女「私? 私は年下とか年上とか関係ない…かな。っていうか年下か年上か分かんないしね」

魔女「妙に大人っぽい時もあるし、子供みたいな時もあるし、不思議な奴なんだよ」

魔女「それに、怖くないんだよね。逆に安心するって言うか、そんな感じの…」

符術師「…………」ニコニコ

魔女「……そんな感じの人がいたらいいよね」


符術師「そうですねぇ。勇者さんみたいな」ニコニコ

魔女「……ハァ、もういいよ。好きだし」

魔女「でも、怖くないから好きなのか、好きだから怖くないのか分からないんだ」

魔女「私自身、どういう類の好きなのか分かんないから何とも言えないし」

符術師「あれっ、意外にあっさり認めちゃうんですね。少しからかいたかったです」

符術師「ちなみに私には、さっき言ったような趣味はありません」

魔女「おい!!」

符術師「だって魔女ちゃん、恋愛の話になると露骨に嫌そうな顔するじゃないですか」

符術師「皆さんも恋愛話したいのに、魔女ちゃんの前だから気を遣ってるんですよ?」

魔女「えっ、そうだったの? うわぁ、何か悪いことしちゃったな……」

魔女「だけどさ、体験人数…とか話す子もいるでしょ? ああいうのが嫌なんだよね……」

符術師「あぁ、なる程。そういう話が嫌いだったんですね。でも、もう大丈夫です」


魔女「なにが?」

符術師「そういう話以外なら大丈夫だって言っておきます」

符術師「その後で、魔女ちゃんは勇者さんが好きだって言いふらせば、皆さんも気軽に

魔女「やめろ」

符術師「冗談です」キリッ

魔女「……符術師にはいないの?」

符術師「う~ん。本を読んで、こんな恋愛が出来たら素敵だなぁとは思います」

符術師「でもほら、現実より創作の方が美しいじゃないですか?」

魔女「まあ、やたら現実的に描写しても楽しくないからね」

符術師「でしょう? だから、私は本の中の恋愛だけで満足なんです」

符術師「出逢って気になって距離を縮めて…とか、面倒なことをしなくて済みますし」


魔女「へ~、意外だな」

魔女「符術師って見かけに寄らず積極的だから、恋愛にも積極的だと思ってたよ」

符術師「積極的というか面倒なんですよね。少しずつ距離を詰めたりするのが」

符術師「仲良くなりたいと思ったら、こっちから行った方が早いですし」

符術師「仲良くなれたら嬉しいですけど、嫌われたら…まあ、それはそれでいいです」

符術師「花束なんかくれなくてもいいんですよ」

符術師「『俺はお前が好きだ!』って、バシッと言ってくれた方が何倍も嬉しいです」

符術師「そうしてくれたら『私は嫌いです!!』って、ズバッと言えるじゃないですか」


魔女「断るんだ……」

符術師「そうした方が、お互いに楽じゃありませんか?」

魔女「経験ないから分かんないけど、うだうだ悩むよりは良いかもね」

符術師「だから、魔女ちゃんも悩まない方がいいですよ」ニコッ

符術師「好きなら、自分の気持ちに自信を持たなきゃ駄目です」

符術師「どんな好きであっても、勇者さんを好きだということは変わらないでしょう?」

魔女「それは、まあ…そうだけどさ」

符術師「ぐいぐい行けとは言いませんけど、今のままじゃ何も変わりません」

符術師「まずは服装を変えて、それからお化粧してみましょう」


魔女「符術師はぐいぐい来るね」

符術師「だって勿体ないじゃないですか」

魔女「勿体ないって?」

符術師「まず、すらりとした体なのに、ぶかぶかのローブ着てるのは減点です」ハイ

符術師「引き締まった体の線を目立つようにした方が良いと思います」

符術師「それから髪型ですけど、それだと長すぎますね」

符術師「肩に掛からないくらい短くした方が良いかもしれません」

魔女「そんなに短くするの!?」

符術師「魔女ちゃんのように瞳がキリッとした顔立ちの方には、長髪はあまり似合いません」


魔女「け、結構厳しいな」

符術師「そんなことはありませんよ?」

符術師「髪型で顔を小さく見せたり、誤魔化す女性は多いですが……」

符術師「輪郭がはっきりと見えるくらい短い髪型が似合う女性は、そうはいないんです」

符術師「魔女ちゃんの顔立ちは少し冷た…涼しげな顔立ちなので、よく似合うと思います」

符術師「ふわっとした感じで輪郭をぼかすのではなく、何というか、こう…」

符術師「体の線と同様に、輪郭もピシッと見せた方が凛々しく見えるはずです」

魔女「要するにピチッとした服を着て、髪を短くして顔をはっきり見せろと?」

符術師「まあ、そうですね。ピチッとした服の上からローブを羽織れば、更に映えると思います」

符術師「でも、そうなると……下手にお化粧しないで、素の方がいいかもしれませんねぇ」

符術師「凛々しさの中にある可愛いらしさ。これを生かしていきましょう」

符術師「普段はキリッとした彼女が見せる愛らしい笑顔!これですよ!!」


魔女「は、はぁ…そうなの?」

符術師「精霊様は遅れるようですから、早速やってみませんか?」

魔女「あ、うん。別にいいけど」

符術師「……私から提案しておいて何ですけど、魔女ちゃんは本当に頓着ないですね」

魔女「戦闘中に髪が邪魔したり、服が引っ掛かったりする時もあるからさ」

魔女「それを考えたら、そっちの方がいいかなぁと思って」

符術師「じゃあ、やりましょうか」スチャッ

魔女「えっ? 用意してたの?」

符術師「はい。この日が来ることを待ち望んでましたからね」


魔女「そ、そうだったんだ」

符術師「さっ、こっちの椅子に座って下さい」

魔女「あ、うん。っていうか私、そんなに酷かったの?」ストン

符術師「酷いとかじゃなくて、勿体ないんですよ。だから見ていられないというか……」

符術師「……じゃあ、行きますよ?」

魔女「うん、お願いします」

チョキチョキ…

魔女「……実を言うとさ、ちょっとした対抗意識の現れでもあるんだよね」

符術師「対抗意識……ということは、勇者さんには既に思い人が?」

魔女「ううん、既に相思相愛だと思う。その人は、すっごく可愛いんだよ」

魔女「ふわっとした感じだけど芯がある。それに気品みたいなのもあるし」

魔女「私はどう頑張っても、あの人のようにはなれないからさ……」


符術師「……そうだったんですか」

チョキチョキ…

魔女「だから、符術師の話を聞いて、半端にしてないでバッサリいっちゃおうと思ったんだ」

魔女「気分転換というか、自分に合った格好があるなら、そっちの方がいい」

魔女「それに、勇者と盗賊に置いて行かれたくないんだ。格好からでも、前に進みたい」

符術師「魔女ちゃんだって、魔術師を束ねて頑張ってるじゃないですか……」

チョキチョキ…

符術師「だから、自信を持って下さい」

魔女「……それは難しいかな。私が一歩進んだら、二人は四歩も五歩も先に進んでるから」

魔女「色々な葛藤があって、苦しんだりしてるだろうけど、私にはそれすら羨ましいんだよね」

符術師「……だから、そんな気持ちごとバッサリ切っちゃおうと思ったわけですか」


魔女「……うん、そんな感じかな」

チョキチョキ…

魔女「って言うかさ…」

符術師「はい?」

魔女「短くない?」

符術師「それはもう、バッサリいきましたから。後は少しだけ左右をふわっと…」

魔女「……まあ、いいや」

符術師「いやぁ、思った通り似合ってますね。後は服だけです」

符術師「今のままだと、服が重く見えて変ですからね」

魔女「う~ん、何か…そうだね。髪型と服が合ってないのは分かるよ」

魔女「何かこう、ぼてっとしてるような……」


符術師「安心して下さい」

魔女「へっ?」

符術師「服は既に作ってあるので、今すぐ持ってきます」

魔女「ちょっ、ちょっと待ってよ。どんな服なの?」

符術師「服と言うよりは、戦闘用に作成した軽装のような感じですね」

符術師「まあ、楽しみしてて下さい。きっと似合いますから。では!」

タタッ…ガチャ…パタンッ……

魔女「何か、上手いこと言いくるめられて遊ばれてる気がしないでもないけど……」

魔女「まあ、戦いやすくなるならいっか……」

ガチャパタンッ!

符術師「お待たせしました!」


魔女「はやっ!」

符術師「では、早速着替えて下さい。さぁ、早く」サッ

魔女「着替える、着替えるから! ちょっと向こう見ててよ」

符術師「分かりました」クルッ

魔女「ハァ…」スルッ

バサッ…シュル…グイグイ…

魔女「(上下繋がってるのか。素材は…革だけじゃない。伸縮性が高くて動きやすいし)」

魔女「(肌に密着してるけどキツくはない。ぴったりし過ぎて、ちょっと恥ずかしいけど)」

魔女「(後は、前に付いてる留め金で…)」

パチンッ…パチンッ…パチンッ……

魔女「出来たよ」

符術師「やはり似合いますね。胸はキツくないですか?」


魔女「布巻いて絞ってるから大丈夫」

魔女「それより羽織るものない? これだけだと、ちょっと恥ずかしいんだけど……」

符術師「だと思って、ロングコートも作ってあります」スッ

魔女「ん、ありがと」バサッ

符術師「おぉ~、予想より格好いいです」

魔女「……着といてなんだけどさ、奇抜じゃない? 全身黒だし、ぴっちりしてるし」

符術師「だからこそ、髪の色と白い肌が映えるんじゃないですか」

魔女「別に目立ちたいわけじゃ

バシュッ…

精霊「遅れてごめんなさい。ちょっと問題が起きて……」


精霊「…………」

魔女「…………」

精霊「…………」

魔女「……何か言ってよ」

精霊「随分と思い切ったことをしたのね。その髪型、とても似合っているわ」

精霊「その服は戦闘服かしら? 体の線がはっきり見えるけれど大丈夫なの?」

魔女「う~ん。動きやすいし、コート着てるから気にならないよ?」

魔女「機能面で言えば全く文句はないんだけど、やっぱり変かな?」

精霊「変というか、それだと何かと目を引くんじゃないかしら」

精霊「コートを脱げば、腕や脚は勿論、胸や腰の凹凸がはっきり見えるもの」

魔女「それ言ったら、精霊は胸の谷間とか見えてるじゃん。そっちの方が目を引くよ」


精霊「そうかしら?」

魔女「うん。私には精霊の格好の方が無理かな。肌を隠せてる分、こっちの方がいい」

精霊「肌は隠れていても、体の線が見えているから心配なのよ。そっちの方が見られるわよ?」

魔女「そうかな?」

符術師「どちらも魅力的だと思いますよ? 隠す色気、魅せる色気、どちらも素敵です」

魔女「(色気……この服には一切罪はないけど、何か勘違いされそうで嫌だ)」

魔女「……精霊」コソッ

精霊「何かしら」

魔女「冗談抜きで、この服って色気出してるように見えるの?」

精霊「度を超して露出が高いのは論外として、どんな服でも見る側の受け取り方に寄るわ」


魔女「この服はどう?」

精霊「物珍しさで見る者はいるでしょうけど、色気と言われると違うわね」

精霊「他を寄せ付けない殺気なら感じるけれど」

魔女「じゃあいいや。それより、精霊は何で遅れたの?」

精霊「私が休暇を取ることを知った兵士達が騒ぎ出して、隊長が激怒したからよ」

精霊「彼の部下に、どうか隊長を止めてくれと泣き付かれてね……」

魔女「精霊はどうしたの?」

精霊「魔神族を倒すより、人間を滅ぼす方が楽そうね。と言ったら黙ったわ」

精霊「ふふっ、私に迷惑掛けるなんて、全く困った人だわ」

魔女「(精霊って、こんな顔で笑うんだ。初めてみたかも……)」

符術師「精霊様は、隊長さんが好きなのですか?」


精霊「嫌いじゃないわね」

魔女「(あ、そこは変わらないんだ。でも、まんざらでもない、のかな……)」

魔女「(あ、そうだ。今度、魔導鎧に伝えておこう)」

精霊「魔女、そろそろ行きましょう」

魔女「あ、うん。そうだね」

符術師「もし、何かあれば連絡します。お二人とも、お気を付けて」

魔女「ありがとう。みんなによろしくね」

精霊「あなた達で対処出来ない『何か』があれば、私も来るわ」

符術師「本当ですか!ありがとうございます!!」

精霊「魔女、先に送るわ。すぐに行くから向こうで待っていなさい」


精霊「私は、符術師と話すことがあるから」

魔女「ん、分かった」

魔女「符術師、行ってくるよ。服、ありがとう。大事にするから」

符術師「いえいえ、気に入ってくれて良かったです。行ってらっしゃい」ニコッ

バシュッ…

精霊「符術師」

符術師「……はい、何でしょう?」

精霊「あの服…術法衣を作るのは、かなりの時間を要したはずよ」

精霊「あれを、あなた一人で作れるはずがない。『あなた達』が作ったのね」


符術師「ええ、皆さんに手伝って貰いました」

符術師「前線に立って戦うのは、いつも魔女ちゃんですから……」

符術師「知っての通り、魔女ちゃんは最大戦力であり最大の盾でもあるんです」

符術師「傷は容易く癒やせますが、戦闘の度に傷を負う姿を見るのは、皆さん辛いんです」

符術師「憎まれ口を叩く人もいますが、魔女ちゃんを想ってない方はいません」

符術師「本人は明るく振る舞っていますが、私達には、時に痛々しく感じるんです……」

精霊「……………」

符術師「少しでも痛みを和らげたい。そんな想いから、あれを作ることにしたんです。」

符術師「……でも、地下街に行けば、あの程度の術法衣より優れたものがあるのでしょう?」

符術師「へへっ…本当は喜ぶべきことなのに、ちょっと悔しいな……」


精霊「大丈夫よ。魔女はあれを着続けるわ」

精霊「私は改良させるつもりだけれど、形状は絶対に変えないでしょうね」

符術師「……何故、そう言い切れるんです?」

精霊「魔女は、あなた達が時間を掛けて作ったことを分かっている。だから、魔女はあれを着たのよ」

符術師「えっ?」

精霊「でなければ、幾ら機能面で優れていても、体を見せ付けるような服を着るはずがないもの」

精霊「髪を伸ばしていたのも、大きめのローブを着ていたのも、無頓着だからではないわ」

精霊「無意識か意識的か分からないけれど、全ては自分を守る為にしていたことなのよ」


符術師「……そうですか」

符術師「女性しか集めなかったのは、やはり『そういうこと』でしたか……」

精霊「勘付いてはいたのね」

符術師「ええ。しかし、確証を得るにも本人に訊くことは出来ません」

符術師「恋愛…肉体関係について訊かれた時、露骨に顔を顰めたので、もしやと思いましたが……」

符術師「そうですか…そうだったんですね……」

精霊「……髪を切り、服を変えるだなんて、一般的には大したことのないことでしょうね」

精霊「けれど、あの子にとってはとても勇気のいることだったはずよ」


符術師「……軽率でしたね。ごめんなさい」

精霊「謝る必要はないわ。あなたを責める為に言ったわけじゃないの」

精霊「魔女があの服を着たのは、自分と仲間との信頼の証だと感じたからでしょう」

符術師「じゃあ、自分の為ではなく、私達の為に着たと…」

精霊「おそらく、そうでしょうね」

精霊「……回りくどくなってしまったけれど、私が言いたいことは別にある」

符術師「……何でしょう?」

精霊「あれだけの術法衣を短期間で作るには『誰かが』寝ずにやりでもしなければ無理よ」


符術師「……………」

精霊「魔女を傍らで支え、皆の分の声転送の符を作り、自らが使う符も作り……」

精霊「更にはあの術法衣まで作るとなれば、休む間などなかったでしょう」

符術師「……私には、皆さんのような力はありません。おそらく、一番劣っているでしょう」

符術師「だから、皆さんとは別のところで頑張らないと駄目なんです」

符術師「それに魔女ちゃんは、こんな私を必要としてくれました……」

符術師「力ある方々を差し置いて、私が魔女ちゃんの相棒になるなんて最初はつらかったです」

符術師「だから、だから私は…もっと…もっと頑張らないと、駄目なんです……」

精霊「……………」スッ

ギュッ…

符術師「んっ…精霊さ…

魔女「隠し事してたのは符術師も同じだったね」


符術師「魔女ちゃん!?」

符術師「えっ、何で…先に行ったはずじゃ…あ…姿を消して…」

魔女「最近疲れてるから何してるかと思ったら。まったく、無理しすぎだよ」

魔女「でもこれで、私も友達を疑わずに眠れるよ」

符術師「うぅ…こんなの、ずるいですよぉ」

魔女「ごめんね……」

魔女「こうでもしないと本音を聞けないと思ってさ。精霊に頼んでおいたんだ」

魔女「あんた、人の心配はするのに自分のことは話さないし」

符術師「うぅ~、まさか魔女ちゃんにしてやられるなんて…」

魔女「いやいや、そこまで鈍感じゃないから。あんたの中で、私はどんな奴なのさ」


符術師「……もっと馬鹿だと思ってました」

魔女「酷くない?」

符術師「いえ、能ある鷹は…と言いますが、魔女ちゃんは違うと思ってたんです」

魔女「遠回しにバカって言ってるの分かる?」

符術師「……はい」

魔女「はい、じゃないよ。ていうか泣くなバカ」

符術師「だって…だってこんなの…うぅ」

ギュッ…

魔女「……符術師も休みなよ。ね?」

符術師「嫌です」

魔女「コイツ…」

符術師「魔女ちゃんだって遊びに行くわけじゃないんですから。だから私も…」

魔女「いいから休め。帰ってきた時に隈作ってたら本気で張っ倒すからね」


符術師「ふふっ…はい、分かりました」

魔女「よし。じゃあ、行ってくるよ」

符術師「魔女ちゃんも無理しないで下さいね?」

魔女「分かってる」

符術師「精霊様、魔女ちゃんを宜しくお願いします」

精霊「ええ、任せて頂戴。しっかり休むのよ?」スッ

バシュッ…シーン……

符術師「うあ~、見事にやられちゃた……」

符術師「今までこんなことなかったのになぁ、やっぱり天才には敵わないのかも……」

符術師「……でも、不思議と悪い気はしないや。ありがとう、魔女ちゃん……」


>>>>>>

地下街 魔王の間

バシュッ…

盗賊「お、やっと来たな」

魔女「久しぶりだね」

盗賊「えっ、何その殺る気満々な格好。殺しに来たの?」

魔女「そう見える? なら良かったよ」

盗賊「髪もバッサリ切っちまって…あ~、勇者にフラれたのか。すぐに火出すから…」

魔女「いや、違うから。ていうか、お前を燃やしてやろうか」

盗賊「無理無理。俺、今や魔王だからな。やれるもんな

ボゥッ!

盗賊「あっつ!? 服燃やすのはやめろよ!!」パタパタ

魔女「うっさいな! 大体、こんなバカみたいな部屋作ってバカじゃないの!?」

盗賊「雰囲気って大事だろうがよ!?」

盗賊「威厳とか言われても分かんねえしさ、まずは形から入ろうかと…」


精霊「魔王」

盗賊「おう、あんたとも久しぶりだな。勇気のいない寂しい生活には慣れたか?」

精霊「相変わらず、身の程を知らない餓鬼だ。腕の一本では足りなかったか」

魔女「(怖ッ!! っていうか、腕吹っ飛ばしたんだ……)」

盗賊「嘘、冗談です。で、話ってなんだよ?」

精霊「ハァ、まあいいわ……魔核回収の方はどうかしら?」

盗賊「蛇姫、屍王、鬼王、爺さんから貰った力と、後は瞳術と翼くらいだな」

盗賊「鬼王が言うには、他にも種族王が来るみてえだ」

精霊「あなた一人で対処出来る?」

盗賊「分かんねえけど、何とかなるさ。髭のおっさんに便利な道具貰ったしな」

精霊「(ドワーフが無償で協力してくれるのは、盗賊にとって大きな強味ね)」

精霊「(彼等なら神でさえ殺す武器を作れる。相応の対価を支払えば、だけれど……)」


精霊「魔王」

盗賊「おう、あんたも久しぶりだな。勇者のいない寂しい生活には慣れたか?」

精霊「相変わらず、身の程を知らない餓鬼だ。腕の一本では足りなかったか」スッ

魔女「(怖ッ!! っていうか、腕吹っ飛ばしたんだ……)」

盗賊「嘘、冗談です。で、話ってなんだよ?」

精霊「ハァ、まあいいわ……魔核回収の方はどうかしら?」

盗賊「蛇姫、屍王、鬼王、爺さんから貰った力と、後は瞳術と翼くらいだな」

盗賊「鬼王が言うには、他にも種族王が来るみてえだ」

精霊「あなた一人で対処出来る?」

盗賊「分かんねえけど、何とかなるさ。髭のおっさんに便利な道具貰ったしな」

精霊「(ドワーフが無償で協力してくれるのは、盗賊にとって大きな強味ね)」

精霊「(彼等なら神さえも殺す武器を作れる。相応の対価を支払えば、だけれど……)」


盗賊「聞きてえことはそれだけか?」

精霊「……翠緑王から、勇者についての連絡は」

盗賊「あんたに答える気はねえな」

精霊「連絡はあったのね」

盗賊「さぁ、どうだろうな。好きに受け取れよ」

魔女「ちょっと待ってよ!何でそんな言い方するの!!」

盗賊「お前にどう見えるかは知らねえけどな、その女は勇者の為に動いてるだけだ」

盗賊「俺のことや地下街の連中なんざ、知ったこっちゃねえのさ」

盗賊「こうして様子見に来たのも、魔核回収の進行状況を聞いたのも、心配するフリだ」

盗賊「俺が勇者と友達だから気遣ってるわけじゃねえ、利用価値があるからってだけだ」


魔女「そんなことない!!」

盗賊「お前に対しては『そういう奴』かもな」

盗賊「俺に対してもそうなら、軽口一つ叩いた程度で腕一本吹っ飛ばしたりしねえよ」

魔女「で、でも…」

盗賊「大体、お前も精霊も人間側だ。仲良しこよし出来るわけねえだろ」

盗賊「こうした繋がりがあるのは、勇者がいるからだ。それ以外に繋がりはない」

盗賊「互いの為だとか、そんなんじゃねえ。現に魔女、お前だって俺を利用してるじゃねえか」

魔女「はぁ!?」

盗賊「俺の存在を仲間に黙って、体良く鬼王を処分させようとしただろ」

盗賊「お前は魔神族を殺してえ、俺には力が…種族王の魔核がいる」


盗賊「互いに利用し合ってるってだけの話だ」

盗賊「仲間だとか、どんな綺麗な言い方をしようが、俺達の関係なんざそんなもんだろ」

魔女「違う!!バカなこと言うな!!」

盗賊「お前がどう思おうが知るかよ。やってることに違いはねえんだ」

盗賊「仲間だ何だと言ったところで、そういう風に出来てんのさ」

魔女「違うよ!私はあんたを信頼してる!!」

盗賊「笑わせんなアホ」

盗賊「信頼してんのに、人間のお友達には話せねえのか。結局は自分が大事なだけじゃねえか」

盗賊「魔女、お前はいつまで曖昧な立場にいる気だ?」

盗賊「俺にあんたは人間だと言ったな。ありゃ何だ? 仲間、友達としての言葉か?」

盗賊「それとも魔女という人間として、魔神族に対しての哀れみから出た言葉か?」


魔女「違うよ…」

盗賊「その場だけなら何とでも言えんだよ」

盗賊「隊長さんは、人間として人間の為に戦う。人間側に立つって、はっきり言ってくれたぜ?」

盗賊「俺が妙な方向へ向かったら、人間として、友人として、死んでも止めてやるってな」

魔女「さっきから何なの!?敵か味方かしかないわけ!? そんなの間違ってる!!」

盗賊「間違ってんのはお前だバカ!!」

盗賊「魔術師ってのは人を癒す為に生まれた存在だろうが!! だったら徹しろ!!」

盗賊「甘ったれたこと言ってんな!! 腹括ってねえなら、さっさと舞台から降りろ!!」

盗賊「そんな奴がいても邪魔なだけなんだよ!! 俺にとっても!勇者にとってもな!!」


魔女「……ッ…」ギュッ

盗賊「精霊、てめえは神聖術師と同じだ。勇者以外がどうなろうが構わねえんだろ?」

精霊「……………」

盗賊「利用する気なら、初めからそう言えよ」

盗賊「てめえが考えてる程、赤髪の魔王様はバカじゃねえんだ」

盗賊「俺が誰かを利用すんのはいい。でもな、誰かに利用されんのは大嫌いなんだよ」

盗賊「あんたもそうだろ? だから、誰にも腹の内を見せねえ」

精霊「……ええ、そうね。私には私の目的がある。それは認めるわ」

盗賊「……俺は勇者に協力する。魔女の手助けもしてやる。ただ、あんたには何もしねえ」

盗賊「助けもしねえし邪魔もしねえよ。あんたの好きなようにすりゃあいい」


盗賊「だから、俺が何をしようと詮索すんな」

盗賊「腹の探り合いは面倒なだけだ。これ以上話すことはねえ」

盗賊「分かったら、さっさと出て行け。髭のおっさんに話は通してある」

精霊「ありがとう、助かるわ。魔女、行きましょう」

魔女「……盗賊。私は、あんたを仲間だと思ってる」

魔女「昨日の夜に話したこと…あんたに言ったことは、哀れみの言葉なんかじゃない」

盗賊「世界…人間の敵になる覚悟も、俺の敵になる覚悟もねえのに口だけは達者だな」

盗賊「用が済んだら、さっさと帰れ」

盗賊「お前みてえな人間に対して、地下街の連中は優しくねえからな」

魔女「何でそんなことしか言わないの!? あんたは損得だけで物言う奴じゃないでしょ!?」


盗賊「お前が俺の何を知ってんだよ」

魔女「えっ…」

盗賊「今まで犯罪者だ何だと散々言ってたってのに、心変わりの早え女だな」

魔女「ッ、あんた、いい加減に

精霊「魔女、やめなさい……争ってる場合ではないわ。行きましょう」

魔女「…ッ…分かった……」

ギギィ…バタンッ……

盗賊「………あ~、めんどくせえ」

翠緑王『下手に関わり続けると、あの娘まで奴に狙われるじゃろう』

翠緑王『仲間や繋がりは強い力を生む。じゃが、時に取り返しの付かぬ悲劇を生むこともある』

翠緑王『盗賊よ、よく聞くんじゃ。如何に力ある者だろうと、覚悟なき者は脆い……』


翠緑王『あの娘、今のままでは死ぬぞ』

盗賊「……一応それっぽく言ったけど、あいつは勇者好きだし、多分聞かねえだろうなぁ」

ギュッ…

鬼姫「うむ、そうじゃろうな」

盗賊「……………」

鬼姫「恋する女子の意志は固いからの、何を言われようと、そう易々と曲がらぬわ」

鬼姫「しっかし、あれは疎い女子じゃな!」

鬼姫「王の温もり、言の葉の奥にある優しさに気付かぬとは、まっこと馬鹿な娘じゃて」

盗賊「(鬼とは隠よ、故に隠れる必要もなし。だったっけか? ったく、いつから居やがった)」

鬼姫「なんじゃ、ぴくりともせぬ。驚きもせぬとは面白くないの。妾に飽きたのかえ?」

盗賊「飯、食ったのか」

鬼姫「……まだじゃ、何も食いとうない」

盗賊「そうか。じゃあ、俺が腹減ったから何か作れよ」

鬼姫「……父上が言わせておるのか?」

盗賊「お前がそう思うなら、そうなんじゃねえの。腹減ってるのは俺だけどな」

鬼姫「腹拵えの後は夜伽を

盗賊「うるせぇ、さっさと作れ。多めにな」

鬼姫「くひっ…少しばかり塩気が多くなるかもしれぬが、それでもよいかえ?」ギュッ

盗賊「……おう、美味けりゃ何だっていいさ」

短いけど今日はここまで


>>>>>

ガヤガヤ…

魔女「(うわ、すっごい賑やかだ)」

魔女「(地下にある街が、こんなに明るい場所だなんて思わなかったな……)」

魔女「(地下を照らす光源も、道行く人も、皆が明るくて、皆が笑ってる)」

魔女「(もしかしたら、地上に在るどの街よりも活き活きしてるかもしれない)」

魔女「(……彼等には彼等の世界があって、私には私の世界…居場所がある)」

魔女「(違うのは、彼等の居場所は此処しかないということ。唯一の居場所だ……)」

魔女「(住む場所や触れ合う人、何もかもが限定された中で彼等は生きている)」

魔女「(地上に彼等の居場所がないように、地下に私の居場所はないだろう)」

魔女「(居るべき場所は、1つだけ……)」


魔女「(両方は、選べない)」

魔女「(二つの内の一つを選べば、もう一つは捨てなきゃならない)」

魔女「(人として、人の世で生きるのか。人の世で生きるのを辞め、地下で生きるのか)」

魔女「(盗賊はそういうことが言いたかったのかな。私の認識が甘かったのかな……)」

精霊「魔女、どうしたの?」

魔女「……ねえ、精霊。ちょっと話さない?」

精霊「ええ、良いわよ。じゃあ、そうね…向こうで座りながら話しましょうか」スッ

魔女「うん」

トコトコ…トスン…

魔女「……盗賊は、何であんなこと言ったのかな」

精霊「彼の真意は私にも分からないわ」

精霊「けれど、どんな意図があるにせよ、彼が言ったことは紛れもない事実でしょう?」

精霊「彼の言う通り、私達は人間側にいる。私達は、彼の為に何かしたことがあるかしら?」


魔女「……それは…」

精霊「強いて言うなら、魔神族の情報提供くらいかしら」

精霊「私がしているのは、ただそれだけ」

精霊「それ以降、最も重要な魔核回収に手を貸したことは一度もない」

精霊「数多くの魔神族、時には種族王と対峙、会話や対話、説得を試みる……」

精霊「けれど、その多くは実ることなく、戦闘になっていることでしょう」

精霊「彼は魔神族の王として、人間に頼ることなく、それら全てを自分自身で行っている」

精霊「仮に、私が協力を申し出たとして、彼が受け入れるとは思えない」

精霊「受け入れるか否かは別としても、私が何もしていない事実は変わらない」

精霊「胸を張って言えたことではないけれど、利用していると言われれば、返す言葉はないわ」


魔女「それは、私も同じだよ……」

精霊「私とあなたでは違うわ」

精霊「今話したことは、私が彼に対して何もしていないということよ」

魔女「違わないよ。何もしていないのは、私も一緒だしさ……」

魔女「鬼王のことを盗賊に任せたクセに、皆には事実を隠して、自分の手柄にしたんだから」

精霊「魔女、聞きなさい」

魔女「…………」

精霊「あなた達は、互いの心情を知っている」

精霊「あなたが魔王…盗賊との関係を公に出来ないことは、彼自身も良く分かっているはずよ」

精霊「それを知った上で発言したのだから、何かしらの意図があるのは確かでしょう」


魔女「意図って、敵になるか味方になるか選べってこと?」

魔女「仲間なんて…言葉だけ。お互いに利用価値がなかったら関係は成り立たないとか……」

魔女「そんなこと、冗談だろうと一度も言ったことないのに……」

精霊「彼の友人でありたいと、そう思っているのね」

魔女「……うん」

魔女「先生に追い出された時、私は教会で懺悔して、あいつの言葉に救われた……」

魔女「その後で勇者と出逢って、北部があんなことになって、三人で色々話したんだ」

魔女「盗賊が言ってた通り。きっかけ、繋がり、その中心は間違いなく勇者だと思う」

魔女「勇者がいなかったら、盗賊と話すこともなく、理解しようとすらしなかった」

魔女「直接話を聞いて、盗賊の境遇は分かったよ? でもね、認めちゃいけないと思うんだ」

魔女「だって、それを認めちゃったら……」

魔女「私から家族を奪って、私をいいようにした男まで、許したことになりそうだから……」


魔女「だから、私は認めちゃ駄目だと思う」

魔女「でも、盗賊がそういう奴とは違うって分かってるんだよ? だから、友達だと思える」

精霊「……あなたは、どうしたいの」

魔女「……今は、何も分かんない。力になりたいけど、そんな力もないし」

魔女「舞台から降りろっていうのは、最もだと思う。でも、二人の力になりたいんだ」

魔女「二人に貰ったものは凄く大きいから、私も二人の為に何かしたい」

精霊「そう。降りるつもりはないのね」

魔女「うん。一度降りたら、二度と戻って来られない気がするから」

精霊「……私はね、勇者に生きて欲しいのよ」

魔女「えっ?」

精霊「あの子は、絶望の獣に復讐して終わらせようとしている」

精霊「因縁因果だけではなく、自分の命すら、そこで終わらせようとしているのよ」

精霊「私は、その先も生きて欲しい。今はこれしか言えないけれど、それが私の目的」


魔女「……何で、私に話したの?」

精霊「さぁ、何故かしら……」

精霊「勇者が生きるその先に、あなたも居て欲しいと思ったから…かしらね」

精霊「未来には、私のような妙な存在より、あなた達のような存在が必要なのよ」

魔女「……精霊は、その未来にはいないの?」

精霊「どうかしらね。それは全てが終わった後にならなければ分からないわ」

精霊「絶望だなんて存在と戦ってどうなるかなんて、私にも想像が付かないもの」

魔女「……死ぬ気なの」

精霊「ふふっ、そんな顔しないの。私は死なないわ。さあ、そろそろ行きましょう」スッ

トコトコ…

魔女「(考えよう。何が出来るのか、何をしたいのか、何が足りないのか……)」

魔女「(それから…他の誰でもない、私自身が何を望むのか……)」

魔女「(確固たるものがないと、二人には絶対に追い着けない)」

魔女「(それが決まらない内は、前に進めない。だから、考えよう……)」ザッ

短いけど今日はここまで


>>>>>>

ドワーフの工房

ガンッ!ガンッ!ガンッ!ジュゥゥ…ゴゴンッ!

魔女「(確かに、髭のおじさんだ……)」

魔女「(この人達がドワーフ、鍛冶工芸において彼等の右に出る種族はない。らしい……)」

魔女「(腕なんか丸太みたいに太いのに、背は私よりも小さいんだ)」

魔女「(もっと怖い種族かと思ってたけど、見た目はそんなに人と変わらない……)」

魔女「(こういう偏見を持っちゃうから駄目なんだろうな。気を付けないと……)」

精霊「作業中に申し訳ないけれど、刀匠という方はいるかしら」

…ピタッ…シーン…

『あの女が、王の言ってた奴か』
『何だってあんな奴等に手を貸さなきゃならねえんだ』

『勇…吸血鬼坊やの知り合いらしいぜ』
『小僧は俺等の為に体を張ったが、あいつ等は違う』

『何もしねえクセに物造れ、だぜ?』
『盗賊の頼みなんだ、仕方ねえだろうが』


『刀匠さんが承諾したんだ。俺はやるぜ』
『仕方ねえよ、親方が受けた仕事なんだから』

『今回一度きりだしな。割り切ろうぜ』
『だな、終われば一切関わることはねえんだ』

魔女「(嫌わてるって言うより、心底関わりたくないような感じだ)」

魔女「(そりゃそうだよね……人間と関わりたくなくて、地下世界に住んでるんだから)」

刀匠「…………」ドスドス

魔女「あの人が、刀匠さんかな」コソッ

精霊「ええ、おそらくそうでしょうね」

刀匠「お前等!さっさと仕事戻れ!!」

刀匠「こっちの仕事は全部俺がやる!お前等が関わることはねえ!!」


『……親方』

刀匠「いいか!盗賊の武器は幾つあっても足りねえんだ!!」

刀匠「一本たりとも手ぇ抜くなよ!!いつも通り完璧な仕事を頼むぜ!!」

『……おう!任しとけッ!!!』

カンッ!カンッ!カンッ!ギコギコ…

刀匠「待たせたな」

魔女「いえ、ありがとうございます」

刀匠「礼はいい。詳しい依頼内容は俺の工房で聞く。ここじゃ仕事の邪魔になるからな」

刀匠「こっちだ。付いてきな」ザッ

ドスドス…

魔女「…………」

精霊「魔女、どうしたの?」

魔女「あっ、ごめん。何でもないよ、行こう?」

精霊「…………」

トコトコ……


刀匠「そんで、精霊ってのはどっちだ?」

精霊「私よ」

刀匠「そうか。なら、まずはテメエからだ」

刀匠「そっちの小娘の依頼は、こっちの依頼を聞いた後だ。それまでは、そこで待ってな」

魔女「は、はい」

精霊「すぐ戻るわ」

魔女「うん、行ってらっしゃい」

ギギィ…バタンッ……

魔女「(はぁ、何だか緊張するなぁ。それより、どうしよう……)」

魔女「(皆の武器と符術師用の装身具に付与する力は考えてるけど、私のが決まってない)」

魔女「(魔力を高める…魔力を吸い取る…これじゃ安直だし、あんまり役立ちそうにない)」

魔女「(種族王の魔力なんて吸い取れないし、魔力を高めても、純粋な魔力で押し負ける)」


魔女「(向こうは魔力の集合体…)」

魔女「(崩すには元素が有効だけど、それだと偏りが出るし……)」

魔女「(う~ん。そこじゃないのかな、もっと他の視点から考えた方がいいのかもしれない)」

魔女「(原点は治癒術だけど、敵を倒すとなると違うしなぁ……)」

ギギィ…バタンッ……

魔女「精霊、早かっ…?」

白猫「久しぶりだな」

魔女「(猫人間…じゃないや、確か獣人族だっけ? ていうか、この声は…)」

白猫「どうした。何を悩んでいる」

魔女「……あんたと話すことなんかない。どっか行け」

白猫「どっち付かずの半端者に、そんな口を利かれるとは心外だな」


魔女「ッ、黙れッ!!」

白猫「喚くな。少しばかり、知恵を貸してやる」

魔女「うるさい、誰があんたなんかに…」

ガシッ! ググッ…

魔女「がっ…」

白猫「黙って、聞け」

白猫「魔術は使えないが、獣人の肉体を得た。首を捻り切ることなど造作もない」

白猫「元素の少ないこの場所で、人間が魔術を使うのは困難だ」

白猫「正常な状態な兎も角、首を絞められた状態では、まず不可能だろうな」


魔女「…ぅ…らぁッ!!」

バキッ…

白猫「……………」

魔女「魔術は無理でも…手は…出せる。猫ってさ…鼻弱いんだっけ?」

白猫「置かれた立場も分からず無謀な行動を取るところは、相変わらずのようだな」

白猫「私はね、お前を見ているだけで腹が立つんだよ」ググッ

魔女「ぐッ…はな…せッ!!」カッ

ゴゥッ…ジュゥゥ…

白猫「(やはり炎か)」

白猫「(威力はどうあれ、低元素地帯で魔術を行使するか。認めたくはないが、才はある)」パッ

ドサッ…

魔女「…ゲホッ…ゲホッゲホッ……」

白猫「(類い稀なる才、傲慢とも言える生来の気の強さ。この女は、全てを失う前の私だ……)」

白猫「(だからだ、だからこそ腹が立つ)」

白猫「(昔の自分を、魔術に愛されていた頃の私を見ているようで、どうしようもなく腹が立つ)」


魔女「…ハァッ…ハァッ…ゲホッゲホッ…」

白猫「……私も、お前と会話するなど御免だ」

白猫「魔女が地下街へ来ることがあれば謝罪して欲しいと言われたが、そんな気は毛頭ない」

魔女「(謝罪…勇者かな…)」

白猫「魔導師が私にしたことを鑑みれば、あれは当然の報いだ。お前に恨まれようが構わない」

白猫「代わりと言っては何だが、悩んでいるようだから知恵を授けてやる」

白猫「お前のような半端者でも、多少は役に立つかもしれないからな」

魔女「……ッ…」ギリッ

白猫「魔女、お前は火術に長けている。癪だが、極めて稀な才能と言って良いだろう」

白猫「女性魔術師の大半が水術を得意とする中で、お前は異端だ。普通ではない」

白猫「司るのは憤怒と破壊。それらの思念が強い者ほど火術を得意とするのは知っているな」


魔女「ゲホッ…当たり前でしょ…」

白猫「……火、炎には他にも意味がある」

白猫「穢れを焼き払い浄化する慈悲の怒り。闇を暴く光、言わば正義だ」

白猫「或いは、火そのものが真理なのではないか。とさえ言われている」

白猫「更には生命の炎とも呼ばれるように、始まりと終焉を意味する。つまり、生と死だ」

白猫「今の言葉から何を見出し、何を求め、何を成すか、それはお前次第だ」

魔女「…………」

白猫「勇者には悪いが、私はお前がどうなろうと知ったことではない」

白猫「私は勇者の傍に居られるのなら、それだけでいい。愛されることは諦めてないがね」

白猫「この体を見れば分かるだろうが、姿や形が人間ではなくなろうと構わない」

白猫「私は、勇者の為なら何だってする。1度は死んだ身だ。覚悟は出来ている」


白猫「だからこそ、お前が気に入らない」

白猫「何の覚悟も持たない半端者にうろちょろされると、勇者が迷惑するだけだからな」

魔女「……なら、何で…」

白猫「謝罪の代わりだと言っただろう。二度も言わせるな」

白猫「私も暇ではないんだ。これで失礼するよ」ザッ

ザッザッ…ピタッ…

魔女「?」

白猫「本当はもう少し違った接し方をしようと思っていたんだが、君相手には少々難しい……」

白猫「それに、勇者とも2ヶ月近く会っていないんだ。それもあってか、気が立っていたようだ」

白猫「先程の行いについては謝罪する」

白猫「……魔女、手荒な真似をして済まなかったね」


魔女「!!?」

白猫「それともう一つ。これは話すつもりではなかったが……」

白猫「勇者は、自分と関わったことで魔女に危機が及ぶかもしれないと、君の身を案じていたよ」

白猫「勇者や盗賊と共に居たいと願うのなら、それ相応の覚悟を決めた方が良い」

白猫「それから、何があろうと、勇者を悲しませるような結果だけは生むな」

白猫「その為に授けた知恵だ」

白猫「魔術の外から考えてみろ。君なら、きっと答えを見つけられるだろう」


魔女「(魔術の外……)」

白猫「炎には成長と発展、傲慢と破滅の二通りがある。私は後者だった」

白猫「くれぐれも、傲慢の炎で身を焼かれぬよう、気を付けることだ」

魔女「……神聖術師。あんたは、魔術師として何を目指してたの…」

白猫「『それ』が、君の答えになる」

魔女「えっ?」

白猫「……これ以上、話すことはない」

ザッザッザッ……

魔女「(……魔術の外ってことは、魔翌力や元素は一切関係ないってこと?)」

魔女「(なら、火そのものの性質を変化させる? 穢れ焼き尽くす慈悲の怒り、浄化の炎)」

魔女「(これなら種族王にも……いや、駄目だ。魔神族を穢れと断じるのは間違ってる)」

魔女「(そんなんじゃ、嘗ての勇者…救世主と一緒だ。私が求める力は、そんなんじゃない)」


魔女「(……なら、生命かな?)」

魔女「(始まりと終焉、発展と破滅。対になるものが、一つの中がある)」

魔女「(発展はどうだろう……)」

魔女「(元素応用や下位魔術は、今や一般家庭にまで広く普及してるし)」

魔女「(でも、それ以前は違う。人も魔神族も、火の恩恵があったから発展したんだ……)」

魔女「(でも、火は時に炎となり全てを呑み込む。だから、憤怒や破滅に喩えられる)」

魔女「(……対極の意味を持ちながら、一つであるもの。これは、四元素の中で火だけだ)」

魔女「(闇暴く光、正義。もっと広義、象徴としての炎は……世界を照らすもの? 太陽?)」

魔女「(違う、これじゃデカすぎる。そもそも二つを一つにした力なんて、どうやったら…)」

ギギィ…バタンッ……

精霊「終わったわよ」

魔女「あ、うん。じゃあ、次は私だね」

精霊「彼女…神聖術師が出て来たでしょう。あら、首が赤いわね。彼女がやったの?」スッ

パァッ…シュゥゥ…

魔女「ありがと。でも大丈夫、ちょっと話しただけだから」


精霊「……そう」

魔女「神聖術師の奴、変わってた。姿だけじゃなくて、何て言うか…雰囲気とかさ」

魔女「別人とまでは言わないけど、まさか謝るなんて思わなかった」

精霊「彼女が謝罪を?」

魔女「先生のことに関してじゃないよ? 首を絞めて悪かった…って言ったの」

魔女「まあ、謝って済むかって話だけどさ。それでも、びっくりした」

魔女「……勇者も盗賊も、知らない内にどんどん変わっていく」

魔女「神聖術師さえ変わった。何かの為、誰かの為、皆が変わっていくのに、私は……」

精霊「魔女、焦りは何も生まないわ。今出来ることだけを考えなさい」

精霊「変化…成長したいと思うのなら、どのように成長したいか考えなさい」

精霊「望む姿になるには何が必要で、何が足りないのか、それを考えるの」

精霊「人にも魔術にも、完成や完全というものはない。日々、改善改良していくしかないのよ」


魔女「……完成はない、か」

魔女「でも、そうだよね。今に満足しちゃったら、其処で終わるだけだ」ウン

精霊「さ、分かったら行って来なさい。あまり待たせると大変だから」

魔女「うん。行ってきます」

ギギィ…バタンッ…

刀匠「来たか。そこに座れ」

魔女「………」トスン

刀匠「オマエ、男が苦手なんだってな。嫌なら精霊を連れて来ても構わねえぞ?」

魔女「いえ、大丈夫です。ちょっと緊張してるだけですから……」


刀匠「そうか」

魔女「……はい」

刀匠「…………」

魔女「…………」

刀匠「……ドガンッ!!!」

魔女「はぬやッ!!?」ビクッ

刀匠「ハハハッ!!」

魔女「びっくりしたぁ!! いきなりおっきい声出すな!何してんだバカもの!!」

刀匠「嬢ちゃん、これから何かを成すってヤツが、そんなツラしちゃいけねえなぁ」

刀匠「どんなに強い力を得ようが、心に迷いがあれば、勝てるヤツにも勝てねえぜ」


魔女「…………」

刀匠「下向くな、顔上げろ」

刀匠「どんな時でも強がって、しぶとく笑ってみせなきゃダメだ」

刀匠「戦うのは武器じゃねえ、オマエ自身なんだ。それを忘れちゃならねえぜ」

魔女「は、はいっ!ありがとうございます!!」

刀匠「おう、それでいい。男だろうが女だろうが、そうじゃなきゃ始まらねえ」

刀匠「うだうだメソメソしてるヤツに、世界は救えねえだろ?」

刀匠「希望が留守にしてる間は、テメエ等に何とかしてもらわにゃならねえんだ。頼むぜ……」


魔女「希望…勇者が、あなた達の希望?」

刀匠「何だ、可笑しいかい?」

魔女「いえ、人間嫌いなのに不思議だなって…」

魔女「勇者が、そんな風に受け入れられてるなんて思ってなかったから」

刀匠「……個人的な借りもあるが、アイツは何かを語る前に行動したからな」

刀匠「新しい土地を捜し、盗賊と共に種族王と戦い、果てはガキの子守りまで……」

刀匠「過去が過去なだけに吸血鬼なんて名乗らせちまったが、今じゃ皆が気付いてるだろうよ」

刀匠「だが、勇者がそうだからってだけで、どんな人間も信じられるわけじゃねえ」

刀匠「さっき人間嫌いと言ったが、そりゃ勘違いだ」


魔女「勘違い? だって皆、私達を…」

刀匠「あの態度は嫌いだからじゃねえ、心底ビビってんのさ」

魔女「怯えてる?」

刀匠「ああ、敵意を剥き出しにすんのは、ビビってんのを隠す為だ」

刀匠「『あの時』のように、人間は再び何かをしでかすんじゃねえか」

刀匠「言葉交わすこともなく、無慈悲に殺されちまうんじゃねえか……」

魔女「そうか…魔神族には『殺された記憶』がある。だから…」

刀匠「ああ、そりゃあ怖ろしいもんさ」

刀匠「昨日まで一緒に暮らしてたってのに、魔神族廃滅を掲げ、突然の虐殺だ」

刀匠「人間は何を考えてるか分からねえ。イカレ野郎の集まりだ。とまあ、そう思われてんだ」

刀匠「他の連中が勇者一人を信じるのに、どんだけの時間が掛かっただろうな……」


魔女「……刀匠さんは、違うんですか?」

刀匠「色々あってな。出逢ったその日に助けられちまったんだ」

刀匠「きっと、武闘家の野郎も同じはずだ。あいつも、勇者に助けられた一人だろうな……」

魔女「武闘家?」

刀匠「あ~…いや、こっちの話だ」

刀匠「長々と悪かったな、連れを待たせちゃ悪いだろ。嬢ちゃんは何が望みだ」

魔女「えっと…これです」スッ

刀匠「書いてきたのか…どれ…」カサッ


刀匠「なる程、一の杖か」

刀匠「杖一つでは大した力は出ねえが、全ての杖、仲間が集まれば莫大な力を生むってわけだ」

魔女「はい。魔術師という集団の中で、特定の個人に大きな力を与えれば、おそらく崩れる」

魔女「結束が崩れるわけじゃなくて、力を与えられた人が、力の重圧に押し潰されると思うんです」

魔女「なら、集団で最大の力を発揮出来るように、各自に分担させようと考えたんです」

魔女「1人では無理でも、2人3人…40人50人が結束すれば凄まじい力になる」

刀匠「だから、敢えて1本の杖に全ての力を込めず、総数62本の杖に力を分けようと考えたわけか」

魔女「後は、ちょっと安直な考えですけど、皆が同じ物を持てば結束が強まるかな…と思って」


刀匠「いいんじゃねえか?」

刀匠「士気高揚にも使える。武器が与えるのは、何も力だけじゃねえからな」

刀匠「武器でなくても、同じ服や装身具を身に付けるとかな」

刀匠「集団で戦う場合は、一体感ってのが重要になる。悪かねえ考えだ」

魔女「それから、そこには書いてないんですけど、指輪を二つ造って欲しいんです」

刀匠「指輪?」

魔女「私が使うのような魔術とは違って、符術を使う子がいるんです。指輪は、その子の為に…」

刀匠「符術……あぁ、札を貼るやつか」

魔女「そうです。魔術とは違って、符の数だけ高威力の魔術を使えるんですけど…」

魔女「設置と発動に手間取るのが悩みらしくて、それを解消する為の指輪です」


刀匠「なる程な。で、指輪には何を込める?」

魔女「射出と起動です」

魔女「風術を使うことなく符を飛ばして対象に貼り付け、任意で起動させる」

刀匠「単純だが効果的だな。まあ、その程度のモンなら簡単に造れる」

刀匠「後は射出に追尾を付加して、所有者にしか使えねえようにすれば問題ねえな」

魔女「えっ、そんなことまで出来るんですか?」

刀匠「ハハハッ! そんなことまで出来なけりゃ、ドワーフで職人は名乗れねえさ」

魔女「(凄い。人間の技術なんて、この人には到底及ばない。でも、だったら何で……)」


魔女「……あの」

刀匠「あん?」

魔女「何故、そんなに凄い術法…魔法具を造れるのに

刀匠「人間に負けちまったのか、ってか?」

魔女「………」コクン

刀匠「……簡単なことさ、使わなかったんだ」

魔女「えっ…何で……」

刀匠「俺達は色んなヤツに色んなモノを造った。倒す、守る、癒す、用途も色々だ」

刀匠「戦に使われたモンは千や二千じゃねえ、数え切れねえ程に造ったよ」

刀匠「でもな? 人間を殺す為に造ったモンなんてねえんだ」

刀匠「人間軽視の種族王だろうと、根底にあるのは魔神族統一だからな」

刀匠「強者を打ち倒す為の武器を求めるヤツはいたが、弱者を嬲るような力を求めるヤツはいなかった」

刀匠「そんな、強者を屠った自慢の武器を、自分の誇りを、人間に使えるかい?」

ちょっと休憩


魔女「……誇り」

刀匠「そう、誇りだ。種族を束ねる王として、強者としてのな」

刀匠「中には、人間を守護してた種族王もいるんだ。そう簡単には使えねえさ」

刀匠「で、そうこうしてる間にやられちまったわけだ。向こう…救世主に躊躇いはねえからな」

魔女「そんな…」

刀匠「だから言っただろ?」

刀匠「どんなに強い力を得ようが、心に迷いがあれば、勝てるヤツにも勝てねえ……」

刀匠「戦うのは武器じゃねえ、武器を持った自分自身だ。ってな……」

魔女「……バカだ。人間は大バカだ」ボソッ

刀匠「嬢ちゃん?」

魔女「人間が、そんなにバカな種族だと思わなかった。何て、何て惨いことを……」

魔女「何て卑怯で、何て狡いんだ。最初から、手出しされないのを分かってて……」

魔女「何で、そこまでする必要があったんだろ。そうまでして世界が欲しかったのかな?」


刀匠「…………」

魔女「はっ…ははっ…何が、神が創った…だよ……全部壊して、全部奪っただけじゃんか…」

魔女「偽物の救世主に嘘の歴史、魔神族をいなかったことにして……」

魔女「そんなことしてまで世界手に入れたのに…赤髪差別して…戦争して…絶望の獣まで……」

魔女「まったく、まったく本当に…人間って奴は…人間って種族は…何なんだろ……」

刀匠「……嬢ちゃん、ありがとうよ」

魔女「…私は…何もしてないよ、何も出来ないし……」

刀匠「してるじゃねえか」

魔女「…っ…?」

刀匠「今此処で、俺達の為に涙を流してくれてるじゃねえか」

刀匠「……それを見せてくれた人間は、嬢ちゃんが初めてだ」


魔女「…泣いてる…だけです」

刀匠「……ああ、そうだな。端から見られりゃ泣いてるだけだ」

刀匠「だがな、勇者も盗賊も泣いたことはねえ。どんな話を聞こうが、決して涙は流さなかった」

魔女「そりゃそうだよ…」

魔女「人間は…絶対に泣いちゃ駄目なんだ。泣きたいのは…そっちなんだから……」

魔女「……だから、二人は泣かなかったんだ。私は弱いから…泣いちゃっただけ…」

魔女「怒られるよ…こんなの駄目だ……人間が泣くなって…言われるだけだ……」

刀匠「……それでも、嬉しいもんだよ」

刀匠「人間にも心があるってことを、涙を流すってことを、嬢ちゃんは教えてくれた」

刀匠「そんな人間がいるってことを、見せてくれた。それは、決して弱さなんかじゃねえ」


魔女「私は…弱いんです。二人には、到底及ばない…」

刀匠「そりゃ違うな」

刀匠「嬢ちゃんは優しいのさ。優しい人間だから、そんな風に泣けるんだ……」

魔女「…うぅ~…魔術師は…人間を癒す為にいるのに…私は…魔術師なのに…」

魔女「魔術師なのに…私は人間が…人間なんか

刀匠「それ以上は言っちゃいけねえ。魔術師が人間に絶望したら、誰が人間を癒す」

魔女「…ッ」

刀匠「だから、口が裂けても、人間をそんな風に言っちゃいけねえよ。分かったかい?」


魔女「……っ、はい、分かりました」

刀匠「……そういや、嬢ちゃんの望みを聞いてなかったな」

刀匠「この紙には杖の改良って書いてるが、どうするかは書いてねえ。つーか話せるか?」

刀匠「何なら、もう少し落ち着いてからでもいいけどよ……」

魔女「いえっ、はいっ、もう大丈夫です」グシグシ

刀匠「(……気丈な娘だ。勇者と盗賊が心配するのも分かる)」

刀匠「(戦わせたくねえ…いや、自分達の戦いに巻き込みたくねえんだろう)」

魔女「やっぱり、改良はやめます。私の杖は、皆と同じでいいです」

刀匠「何でまた…」

魔女「これは、亡くなった先生の杖なんです」

魔女「私は先生にはなれない。私は、私の目指す私にならないと駄目だから…」


刀匠「……そうか」

魔女「あのっ、一つ、お願いがあるんです」

刀匠「?」

魔女「対価を支払った時、望みを叶えてくれる腕輪を作ってくれませんか?」

刀匠「対価? 対価だって?」

刀匠「それは対価を支払う程の力なのか? それとも、複数の望みがあるのか?」

魔女「多分、対価を支払う程の力になると思います。ただ、まだ決まってないんです」

刀匠「……ってことは、求める力が決まった時、相応の対価を支払う為の腕輪を作れってことだな」

刀匠「対価…契約の腕輪ってわけか。叶える望みは一つでいいのか?」

魔女「はい」

刀匠「……嬢ちゃん。先に言っておくが、支払った対価は二度と戻ってこねえ」

刀匠「求める力にも寄るが、それが大きければ、差し出す対価も大きくなる」


刀匠「対価は肉体に限らねえ」

刀匠「記憶や、この先の運命、辿るべき未来すら支払うことになる」

魔女「あの、命はなくならいんですか?」

刀匠「……それが残酷なところなんだ。どんなに大きな対価を払っても、死ねないんだよ」

刀匠「対価に苦しみながら、生き続けることを強いられる。勿論、力の返還は出来ねえ」

刀匠「自ら命を断つことも不可能になる。決して逃げることは出来ねえ」

刀匠「寿命尽きるその日まで、それを背負いながら生きていくことになる」

魔女「…………」

刀匠「……それでも、契約の腕輪が欲しいのか」


魔女「はい、お願いします」

刀匠「……そうか、分かった。杖、指輪、腕輪だな。三日程で出来る」

魔女「じゃあ、私はこれで。色々教えてくれて、ありがとうございました」ペコッ

刀匠「いいんだよ、礼を言いたいのはこっちの方だ。気を付けてな」

魔女「はいっ。じゃあ、三日後にまた来ます」

刀匠「ずっと盗賊んとこに泊まんのかい?」

魔女「いえ、精霊と一緒に東都の城に滞在する予定です。他にも会いたい人がいるので」

刀匠「そうか、目一杯楽しんできな」ニコッ

魔女「はいっ! じゃあ、また来ます!!」

ギギィ…バタンッ……

刀匠「ハァ…あんな若え娘が、対価を支払ってまで戦うのかよ……」

刀匠「ったく、何処の誰が、こんな世界にしちまったんだ……」

刀匠「人の説く創造神とやらか?」

刀匠「ざけやがって、今の世は生者亡者の境界もねえ、地獄じゃねえか」

刀匠「神がいるなら、つくづく陰険意地悪で罪に塗れたヤツなんだろう」

刀匠「俺達も人間も、神に遊ばれてるだけなのか? チッ、胸糞悪りぃぜ…クソッタレのバカヤロウが」

今日はここまでです、寝ます
魔女編、このスレに収まらないですね。
きりの良いところまで書いたら、一旦区切ろうかと思ってます
こんなに長くなるはずじゃなかったのに


レスありがとうございます、読んでる方ありがとうございます

分からないところや説明不足な部分があったら言って下さい


>>>>>>

東都城 5日後…

王女「はい、どうぞ」コトッ

魔女「うん、ありがと」

魔女「はぁ~、やっぱり美味しいね。何度飲んでも飽きないや」ウン

王女「ふふっ、それは良かったです」

魔女「でも、ごめんね? ずっと王女様の部屋に入り浸っちゃってさ」

王女「謝ることなどありませんよ?」

王女「魔女さんとお話しすることは、とても楽しくて、とても嬉しく思っています」

王女「わたくしには同世代の友人…女性の友人などいませんでした。だから、余計に……」

魔女「……小さい頃から、あんまり城から出られなかったんだっけか」

王女「ええ。あの辺りから異形種…魔神族が増え始めましたから」

王女「魔神族出現以降、極力外出は控えるようにと、父様に言われていたので…」


魔女「そっか、そうだったね…」

王女「それより魔女さん。もう、観光はしなくてよろしいのですか?」

王女「ずっとわたくしと居ても退屈なだけではないかと、少々不安になります」

王女「何せ、友人を自室でもてなすなんて、これが初めてのことですから……」

魔女「そんなことないよ!」

魔女「王家の人だから、もしかしたら凄く偉そうな人かも…とか思ってたけど全然だしさ」

魔女「こんなに普通に接してくれるなんて思わなかったし、しかも……」

王女『わたくしと、お友達になって下さい!』

魔女「……なんて言われるとは、夢にも思わなかったよ」


王女「我ながら、何とも恥ずかしい。他に言葉が出てこなくて…」

魔女「恥ずかしくなんかないよ」

魔女「あの時は言えなかったけど、すっごく嬉しかったんだよ?」

王女「(普段の凛々しい顔とは違う、柔らかで人懐っこい笑顔…思わず、どきっとしてしまう)」

王女「(一目見ただけでは冷淡。しかし、その仮面の奥には確かな愛らしさがある……)」

王女「(知れば知るほど惹かれるような…神秘的な女性とは、このことなのでしょう)」

王女「(そして、戦う女性にしかない魅力。引き締まった体、すらりと伸びた手足……)」

王女「(真白い指の先に至るまで、しなやかに動くことが見てとれる)」

王女「(精霊さんが醸し出す妖艶さとは違う。艶麗、均整の取れた美しさ…でしょうか)」


魔女「それにさ」

王女「はっ、はい?」

魔女「ある程度は都を見て回ったんだけど、あんまり楽しくなかったんだよね」

王女「……何か、あったのですか?」

魔女「いや、そんなに大したことじゃないよ?」

魔女「作ってくれた友達には悪いけど、何て言うか…その…暗殺者みたいな格好でしょ?」

魔女「戦闘用に作ってくれたものだから仕方ないんだけど、やっぱり目を引くんだよね」

魔女「それにほら、元素供給の紋様は指先にまであるから怖がられちゃってさ」


王女「そうでしたか……」

魔女「言っとくけど、私も不安だよ?」

王女「不安? 魔女さんが?」

魔女「そりゃそうだよ」

魔女「3日前に精霊が出掛けた時、わざわざ王女様の方から部屋に来てくれたでしょ?」

魔女「初めて会ったのに部屋に招いてくれて、お茶まで出してくれてさ」

魔女「今じゃ、こうして入り浸ってるし。嬉しいんだけど、申し訳ないと言うか」

王女「わたくしだって、上手く出来ているか心配です。慣れていませんから……」

魔女「(もじもじしてる…そういう仕草が可愛いんだよね。あざとくないしさ)」

魔女「(ふわっとしてて、ふにっとしそうだけど、思い切り抱き締めたら壊れそう)」

魔女「(華奢ではない…ように見えるのは、やっぱり胸が大っきいからかな……)」

魔女「(背が小さいから余計に目立つんだよね。こう、むぎゅってしたくなる感じだ)」

魔女「(男が守りたい!って思う女性って、正にこんな感じなんだろうなぁ)」


王女「あのっ!」

魔女「えっ、なに?」

王女「魔女さんのことは以前から知っていたので、仲良くなりたいと思っていたんです」

王女「精霊さんや西部司令官から、魔女さんの色々な話を聞きました」

王女「だからでしょうね……」

王女「一度も会ってもいないのに、あなたを友人のように思っていました」

魔女「それは私もだよ……」

魔女「写真でしか知らない、話したこともないのに、友達みたいに思ってた」

魔女「その、ちょっと恥ずかしいけどさ……」


王女「何です?」

魔女「会えたらどんな話をしようかな? どんなことを話すんだろうな?」

魔女「……とか、想像してたんだよね」

王女「ええ、それは良く分かります。わたくしも同じでしたから」

魔女「……初めて会ったにも拘わらず、夜が明けるまで話しちゃったもんね」

王女「ええ。あんなに話したのも、あんなに笑ったのも、あの夜が初めてです」

魔女「何かさ、やっと会えた! って感じがして、歯止めが利かなくなったんだよね」

王女「ふふっ…ええ、そうでしたね。私も釣られてしまいました」


魔女「……あのさ、本当にいいの?」

王女「それは、勇者のことですね?」

魔女「うん、勇者のこと」

王女「……つい先日も言いましたが、わたくしが口出しすることではありませんよ」

王女「わたくしが先に出逢ったのだから、あなたは身を引け…などと言う気は毛頭ありません」

王女「勇者への想いを告白された時は驚きましたが、魔女さんを拒絶する理由にはならない」

王女「寧ろ逆です。互いをより深く理解する良いきっかけになったではありませんか」

魔女「……本当?」

王女「勿論です。わたくしは、貴方のような女性と友人になれたことを誇りに思います」

王女「……それに、わたくしにはどうやっても出来ないことも、貴方なら出来る」


魔女「出来ないこと?」

王女「貴方は、勇者と共に戦える。正直なところ、わたくしは嫉妬しています」

王女「魔女さんが苦悩していることは存じていますが、それでも羨ましいのです」

王女「共に戦い、互いに支え合う……それは、わたくしには出来ないことですから」

魔女「……そんな風に思ってたんだ」

王女「言い出す機会がありませんでしからね」

王女「誰かさんが、王女様はズルい!王女様が羨ましい! とばかり言うものですから」


魔女「うっ…だって仕方ないじゃんか」

魔女「手編みの組み紐とか、如何にも相思相愛です!って感じだしさ」

王女「魔女さんだって、素敵な懐中時計を貰ったではないですか」

魔女「こ、これは好きになる前だから違う!!」

王女「違うんですか?」

魔女「いや、違うことはないけどさ…王女様のとは……ほら、違うじゃんか」

王女「(あら、可愛らしい)」

魔女「それにさ、王女様は王女様な上に可愛いし、料理とかお茶の入れ方まで上手だし」


魔女「何て言うか、色々と反則だよね……」

王女「ふふっ、反則ですか?」

魔女「そりゃそうだよ。それ以上頑張られると、まるで勝てる気がしない」

王女「今なら勝てると?」

魔女「私、負けるの大嫌いだからね」

王女「奇遇ですね。わたくしもです」

魔女「私は全力でやるけど、王女様は手を抜いてね。真っ向勝負はキツいっすわ」

王女「くっ…あははっ!! やっぱり魔女さんは面白い方ですね」

王女「はぁ可笑しい。でも、駄目です。やるからには全力でやります」

王女「折角現れた好敵手に対して手を抜くなんて、失礼ではありませんか」

魔女「好敵手かなぁ? 私、そんなに大したことないよ?」


王女「いえ、わたくしは危機感を覚えます」

魔女「えっ、何でさ? 王女様の方が圧倒的優位じゃんか。私は追い掛ける側だよ?」

王女「だからですよ」

王女「今の状況に満足していたら、勇者の心が魔女さんへ向かうのではないか……」

王女「世辞ではなく、貴方は魅力的な女性です。正直、不安でなりません」

魔女「勇者が揺らぐことはないと思うけどなぁ」

王女「わたくしも、そう信じています。ですが、不安なものは不安なのです」

魔女「……やっぱり、会えないとつらい?」

王女「ええ、顔さえ見れば不安など吹き飛ぶのでしょうが……」


魔女「そうなんだよね……」

王女「……ありがとうございます、魔女さん」

魔女「へっ? どうしたのさ、急に」

王女「これまで、こんな風に話せたことはなかった。わたくしは、それが嬉しくて堪らない」

王女「嘘偽りなく、真っ直ぐに向かって来る貴方だから、わたくしも自分の気持ちを話せた」

王女「出逢ってから数日、それなのに……」

王女「今まで出逢った誰よりも、わたくしを理解してくれる友人が出来た」

王女「貴方は思っていた通りの…いえ、わたくしが思っていた以上に、素晴らしい方です」

魔女「どうしよう、王女様に褒められちゃった」


王女「ふふっ、光栄に思いなさい」

魔女「あははっ! うんっ、ありがとね」

王女「あぁ、恥ずかしい……」

魔女「光栄に思いなさい」キリッ

王女「や、やめてっ! ああもうっ、本当に恥ずかしい…」

魔女「あははっ、ごめんごめん。もうしないよ」

王女「ふぅ~」パタパタ

魔女「……そんなことしちゃ駄目だよ。服の中が見えてる。私が男だったらどうする気?」


王女「ご、ごめんなさいっ…」

魔女「えっ?あっ…いや、違う。その…ごめん……」

王女「……いえ、いいんです。分かりますから」

王女「魔女さんは、女性が露出の高い服を着ていることも嫌いなのですか?」

魔女「嫌いって言うか…だって、危ないよ……」

魔女「『襲われたのは、そんな格好してるからだ』とか言う奴も居るしさ」

魔女「王女様がやったような仕草を見て、変な勘違いを起こす奴もいる」

魔女「何気ない仕草にも気を付けないと、身を守れない。誰が見てるか、分からないから……」

ギュッ…

魔女「わっ…」

王女「(一度刻まれた恐怖は、そう簡単に消えない。過去の傷痕が、今も彼女を苦しめる……)」

王女「(何を言っても安くなる。彼女に気休めは言わない。言ってはならない)」


王女「…………」

ギュゥゥ…

魔女「……何も、言わないんだね」

王女「言葉では、何も伝わらないでしょう」

魔女「……そうかも…ありがとう」

王女「いえ、こんなことしか出来ませんから」

魔女「充分だよ……」

魔女「王女様って、背小さいね。すっぽり包めるよ。ほら」

王女「……本当ですね。隠れてしまいました」

王女「ふふっ…これでは、魔女さんがわたくしを抱き締めているように見えるでしょうね」


魔女「……ありがとう」

魔女「私の話を沢山聞いてくれて、沢山話してくれて、本当にありがとう」

王女「お礼を言うのは、此方の方です」

王女「貴方と出逢えたこと、友人になれたこと。これは、わたくしの宝になるでしょう」

魔女「………っ、あのさ!」パッ

王女「は、はいっ!何でしょう?」

魔女「『これ』について、相談があるんだ」スッ

王女「昨日完成したという契約の腕輪、ですよね」

王女「魔術師でもないのに、わたくしが役に立てるとは思いませんが……」


魔女「魔術の外側からの意見を聞きたいんだ」

王女「…と言うことは、何を望むか、まだ決まってないのですね?」

魔女「う~ん、火を司る物にしたいとは思ってるけどバシッと決まらなくてさ……」

魔女「頭が魔術で固まってるみたいで、火がどんなものなのか、上手く捉えられないんだ」

王女「だから、わたくしに?」

魔女「うん。急に聞かれても困るだろうけど、火を見た時、どんな感じがする?」

王女「火に何を感じるか。ですか…」

王女「魔女さんは、何を想像しましたか? 同じものでは参考にならないでしょう」

魔女「えっと……」カサッ

魔女「今まで考えたのは憤怒や破壊、成長や発展、闇暴く正義、生命、輝き…これくらいかな」


王女「それらは、全て象徴ですね」

魔女「そう、火そのものに囚われないようにしたんだけど……」

王女「では、火そのものから連想してみましょうか。火に関連するものから連想するんです」

魔女「……暖炉、とか?」

王女「暖炉なら…薪…薪の燃える音……」

魔女「(音か、新しい発見だ。こんなに簡単に出るとは思わなかった……)」

魔女「(着眼点の違いってやつかな。広い視野を持たないと駄目だな)」ウン

王女「…音…火花の音…飛び散る…火の粉。魔女さん、火の粉はどうでしょうか?」


魔女「火の粉…でも、それだけだと

王女「暖炉にあるのは、火の粉だけではありませんよ」

魔女「あっ、そっか。暖炉から連想してたんだっけ」

王女「まず、大本には親である火…炎があり、周囲には子である火の粉がある」

王女「先程、生命に喩えたように、炎は火の子を生み出す…とも考えられませんか?」

王女「大火災にしても、延焼させるのは大本の炎ではく、火の子ではないでしょうか?」

魔女「……すげえ」

王女「?」

魔女「生命…炎は燃え尽きまいと、新たな命を生む。命を絶やさない為に、子を産む」

魔女「高熱の輝き…光点、一つじゃない。単体であり、複数でもあるもの……明星じゃないや、星群かな?」

魔女『……神聖術師。あんたは、魔術師として何を目指してたの…」』


白猫『『それ』が、君の答えになる』

魔女「魔術師、栄光と破滅。目指したものは栄光、光そのもの……!!?」

魔女「そうか、自分自身が『それ』になるのか」

魔女「自らが輝きを放ち、闇照らす光となる。周囲には子を与え、決して明かりを絶やさない」

魔女「生命の炎。炎は親、火の粉は子供」

魔女「親…炎がある限り、子は生まれる。それぞれ異なった性格、異なった力を持って……」

魔女「憤怒、正義、発展、浄化、破滅、生命、生と死。それぞれの子に、様々な力を付与する」

魔女「大本の炎。その役割は、私が担う」

魔女「子に意味を持たせ、それらを攻撃と治癒に分ければ……唯一であり無限だ」

魔女「はっ、あははっ!! やった!やってやった!! これなら一つで全てを行使できる!!」


王女「…………」ポカーン

魔女「あっ…」

王女「……その、大丈夫ですか? 色々と…」

魔女「……お願いだから、そんな眼で見ないで。結構、心に来るものがあるから」

王女「だって、わたくしが見付けたんですよ? なのに魔女さん、一人ではしゃいで……」

魔女「あっ…そこだったんだ」

魔女「まるで狂人を見るかのような眼だったから、てっきり心の距離を取られたのかと思ったよ」

王女「いきなりブツブツ言い出して、急に笑い出した時は、ちょっと悩みましたよ?」サッ

魔女「避けるのはやめて? 本当にキツいから」

王女「でも…ふふっ…何だか子供みたいで、とても可愛らしかったです」

王女「新しい玩具を手に入れたような、褒められて大喜びしているような、そんな感じでしたよ?」


魔女「あぁ~、恥ずかしいなぁ」

王女「……魔女さん」

魔女「ん~?」チラッ

王女「アハハッ!! やった!やってやったぞッ!! これなら、一つで全てを行使できるッ!!」

魔女「やめてッ!! しかもちょっと違う!!」

王女「これで、おあいこです」

魔女「いやいやいや、私の方が痛いって」

王女「……真面目な話に戻しますが、対価はどうするつもりなのです?」

王女「先のを聞いた限り、凄まじい力になるなは違いないでしょう?」

王女「大きな力には、それに見合う対価が必要になると、そう仰っていたではありませんか」

魔女「……対価については、初めの内から考えてあるんだよね…」

魔女「だから、大丈夫。大丈夫だよ……」


王女「何を、差し出すつもりなのですか」

魔女「私が望む、しあわせ、かな…」

王女「望みを叶える為に、望みを差し出すと?」

魔女「そ、そんな怖い顔しないでよ」

魔女「理想の力の在り方が見付かったってだけで、まだ決まったわけじゃないんだからさ」

魔女「それに、力を求めるにしたって、もっと小規模にするつもりだから大丈夫だよ」

王女「そ、そうですか。はぁ…なら良かったです……」

魔女「ごめんね、びっくりさせちゃって」

王女「勇者もそうですが、自分を犠牲にするようなやり方に慣れてはいけませんよ?」

王女「絶望から世界を救った者が犠牲になるなど、あってはならないことです」

王女「世界が絶望から解放されようと、皆さんが生きていなければ意味がない」

王女「……寂しい想いをするのも、待ち続けるのも、もう沢山です」


魔女「大丈夫、誰も死なないよ」

魔女「皆、生きる為に戦うんだからさ。だから、きっと大丈夫」ウン

王女「……そうですよね、きっと大丈夫。ごめんなさい、不吉なことを言っしまって……」

魔女「不安な気持ちは分かるよ。私だって怖いし」

王女「ずっと、此処にいてもいいんですよ?」

魔女「へへっ、ありがとね。是非そうしたいけど、仲間は裏切れないよ」

魔女「その中には好きな人もいる」

魔女「だから、逃げるわけには行かないんだ。絶対にね」

王女「……こんなことを言うのは、とても厚かましいですが…」


魔女「ん? どしたの?」

王女「友人として頼みます。彼の者と戦う時、わたくしの分まで頑張って下さい」

王女「こんなことは、力持たぬ人間、戦わぬ者が言えた台詞ではありませんが……」

王女「どうか、お願い致します……」

魔女「こういう時ってさ、勿体なき御言葉…とかって言うんだっけ?」

王女「ふふっ、まったくもう」

魔女「へへっ、冗談冗談。任せといて、戦えない人の気持ちは分かるからさ」

魔女「王女様の想いは確かに受け取った。だから、もう少し待っててね」

魔女「戦いの終わりも、勇者のことも、もう少しだけ待ってて……」

王女「ええ、待っています。魔女さんのことも、待っていますから…」


魔女「と言っても…」

魔女「別に今すぐ戦うわけじゃないし、そんなに考えなくても大丈夫だよ」

魔女「終わったら、すぐ会いに来る。あ、今日もこの部屋で寝ていい?」

魔女「出来れば、喋り疲れて口も利けなくなるまで話したい……」

魔女「顔を見て話すなんて滅多に出来ないだろうし、心残りのないようにしたいんだ」

王女「ふふっ…ええ、勿論良いですよ。此方からもお願いします」

王女「言葉尽きるまで語りましょう。わたくしも、後悔したくはありませんから」

王女「……あっ!そう言えば明日ですね!!」

魔女「あ~、そうだったね。もう明日かぁ、早いなぁ……」

王女「……やはり緊張しますか?」

魔女「……そりゃあ緊張するよ。王女様だって、まだ会ったことないんでしょ?」

王女「ええ。ですので、会った後にどういう方だったのか教えて下さい」

王女「好きな食べ物、趣味、苦手なもの、どんな女性に好感を抱くか…等々…」

魔女「わぁ~、ちゃっかりしてるなぁ」

王女「うっ…魔女さんも知りたいでしょう?」

魔女「そりゃまあ…知りたいよね。好きな人のお母さんなんだから……」

今日はここまでです。
残り三、四回の投下でスレ埋まりそうなので
次回聖女との対面とか色々で一区切り付いたら、後は小ネタとかになるかもしれません。

レスありがとうございます。嬉しいです。


>>>>>>

翌日 山あいの村

バシュッ…

魔女「うわっ、真っ白だ」

魔女「(……都はそうでもなかったけど、山も村も草木も、全部雪に包まれてる)」

魔女「(雪化粧っていうか厚化粧? 元の景色がどんなものなのか、まるで分かんない)」

魔女「(朝でも昼でも夜でもない。現時刻は雪…みたいな感じだ)」

魔女「(にしても静かだなぁ、時間が止まってるみたいだ。動いてるのは私だけ……?)」

ぴとっ…

魔女「ひゃっ…」

ふわふわ…

魔女「(うわぁ~、雪って、こんなにふさふさもさもさしながら落ちてくるものなんだ)」

魔女「(東部と北部じゃ、雪の質も違ったりするのかな。こっちのが柔らかい感じがする)」


魔女「……寒っ…早く行こ」

ザウッ…ザウッ…

魔女「(新しい足跡もないや。そりゃこの雪だし、出歩く人もいないか)」

魔女「(あっ、雪掻きしてる人がいる。こんなに積もってたら毎日大変だろうなぁ)」

魔女「(こっち家の玄関には雪だるまが三つ。お父さん、お母さん、その間に子供雪だるま)」

魔女「(一緒に作ったのかな? 寒いけど、あったかい所なんだろうな)」

魔女「(雪だるまか…引き取られたばかりの頃、洞窟の前で先生と一緒に作ったっけ……)」

魔導師『見ろ、魔女。これが芸術だ』

魔女『今のも、まほう?』

魔導師『ハァ…違う。何度も言うが、これは魔法ではない。魔術だ』


魔女『なにがちがうの?』

魔導師『……ふむ。そう言えば、何が違うのだろうな』

魔女『先生も、わからないことあるんだ』

魔導師『勿論あるとも。私は姉の気持ちさえ、理解してやれなかった』

魔女『お姉さんがいるの?』ゴロゴロ

魔導師『……正確には姉がいた、だな。私は魔術を得たが姉を失った』

魔導師『あの時、私が手を差し延べていれば、あんなことには……』

魔女『見て先生、雪だるま!げいじゅつだよ!!』

魔導師『…そうだな、それも立派な芸術だ。しかし、少し寒そうだ。帽子を被せてやろう』

魔女「(……雪だるまで思い出した)」

魔女「(あの時の…優しい先生の寂しい声。本当は姉を、神聖術師を助けたかったのかな……)」


魔女「……行こ」

ヒュカッ!

魔女「うわっ!!?」

狩人「今のは警告だ。次は頭を撃ち抜くぞ。この村に何の用だ」

魔女「(いつから見られてた? 魔力も気配も感じなかった。完全種?)」

狩人「聞いてるんか!!」

魔女「ちょ、ちょっと待った!!」

魔女「ゆっくり振り向くから何もしないでくれる?」

魔女「事情はきちんと説明するし杖も置くからさ。ほら、これで良い?」ポスッ

狩人「……よし、振り向け。妙なことはするな」

魔女「(はぁ、何でこんなことに……)」クルッ

狩人「(顔が綺麗怖いッ!! この人、絶対に暗殺者か殺し屋さんだよ!!)」

魔女「(うっわ!すっごい眼で弓引き絞ってる!! 完全に顔面狙ってる!!)」


狩人「(どうしよう……)」

狩人「(あ、そうだ。まずは目的を訊いてから判断する。だったよね、お父さん)」ギシッ

魔女「(ッ、眼光の鋭さが半端じゃない)」

魔女「(あの指が離れたら、私の頭は吹っ飛ぶ。下手に動いたらやられる)」

魔女「(っていうか、村の娘ってこんなに野性的なの? さながら女傑。あ、八重歯が素敵…)」

魔女「(じゃないよ!! 動作にも構えにも全く隙がないし……)」

魔女「(おそらく完全種。魔術を使うにも、魔力の流れを読まれたら終わる)」

魔女「(って言うか戦う気なんかないのに、やっぱり格好がマズかったのかな……)」

狩人「何しに来た」

魔女「聖女さんに会いに来たんだ。本人には既に話を通してあるんだけど……」

狩人「(そう言えば、今日はお客さんが来るって、おばさんが言ってた……)」


狩人「(じゃあ、この人が魔女…)」チラッ

魔女「……………」ゴゴゴ

狩人「なわけない!絶対に殺し屋だよ!!」

魔女「へっ!?いやいやいや!違うから!!」

狩人「じゃあ名前、名前を言って」

魔女「フッ、人に聞く時はまず自

ヒュカッ!

狩人「そういうの要らないから、早く言えよ」

魔女「冗談です。私の名前は魔女」

狩人「ホントに!?」

魔女「えっ? うん、本当だよ」


狩人「じゃあ、証明してくれる?」

魔女「えっ、証明って言われても…」

狩人「本当に魔女なら、勇者に貰った懐中時計を持ってるはずだよ!!」ビシッ

魔女「えッ!?」

狩人「騙そうとしても無駄だからね」

狩人「この前、精霊さんから魔女の話を聞いた。私は魔女のことを知ってるんだ」

狩人「でも、そんな妙ちきりんな格好してる女だなんて聞いてない!!」

魔女「妙ちきりんって…」

狩人「さぁ、本物なら懐中時計を出してみな」ニヤニヤ


魔女「……ほい」チャリ

狩人「……ちょっと見せてよ」

魔女「ん、壊さないでね」

狩人「二人が手を伸ばしてる懐中時計…本物だ」

魔女「ほら、もう分かったでしょ? そろそろ返してくれる?」

狩人「…………」スッ

魔女「ん、ありがと」

狩人「っ、ごめん!!!」

魔女「うわっ! びっくりしたぁ…」

狩人「てっきり暗殺者か殺し屋だと思ってた!勘違いして、本当にごめん!!」ペコッ


魔女「い、いいよいいよ」

魔女「こんな格好だしさ、そう思われても仕方ないよ……」

魔女「きちんと話しを聞いてくれたし、お互い怪我せずに済んで良かった」ウン

狩人「(思ってた人と違うけど、悪い人じゃなくて良かった)」

狩人「(お父さんの真似をしてみたけど…やっぱり慣れないことはするものじゃないな)」

魔女「あ、そうだ。名前は?」

狩人「私は猟師の娘。名前は狩人」

狩人「勇者とは幼馴染みで、精霊さんとも知り合いなんだ。さっきは、本当にごめん」ペコッ

魔女「(素直な子だ。何て言うか、自然が似合う女の子って感じだ)」

魔女「(活発そうだし笑ったら可愛いんだろうけど、腰にウサギぶら下げてるから怖い……)」

魔女「(……でも、何だろ。初めて会ったような気がしない。前から知ってるような気がする)」

魔女「(前に何処かで会ってる…わけないし。う~ん、何か引っ掛かるなぁ)」


狩人「どうかしたの?」

魔女「あのさ、さっき精霊が来たって言ってたけど…」

狩人「……これから、私もおばさんの家に行くんだ。歩きながら話そう」

魔女「あ、そうなんだ。分かったよ」

魔女「(今、明らかに表情が曇った。何かあったのかな……)」

ザウッザウッ…

魔女「病気?」

狩人「病気というより、後遺症」

狩人「精霊さんによると、赤髪狩りの時、多量の元素を浴びたことが原因じゃないかって…」

狩人「体内に残留してた元素…抜けきらなかった毒素が、徐々に体を蝕んでたみたい」


魔女「(戦の後遺症か……)」

狩人「4日前に精霊さんが来たんだけど、私もおばさんの家にいて…」

狩人「三人で話してたんだけど、おばさんが急に胸を抑えて倒れたんだ」

魔女「(4日前…精霊が出掛けた日だ。そんなことが起きてたなんて知らなかった……)」

狩人「おばさんは『それ』を隠しながら、魔神族と戦ってたんだ」

狩人「代謝が活発になると毒素を吐き出そうとするらしくて、それが進行を早めたんだって」

魔女「……元素が原因なら、治癒術も逆効果になる」

魔女「本来必要になるはずの元素が邪魔なわけだしさ……精霊はどうやって治したの?」


魔女「残留してる元素を取り除いたとか?」

狩人「いや、転移が進んでるから、それは得策じゃないだろうって…」

狩人「取り除くにも負荷が掛かるとかで、魔術による摘出は断念したんだ」

魔女「えっ? じゃあどうやって」

狩人「よく分かんないけど、知り合いを頼って新薬を持ってきてくれたんだよ」

狩人「西部で開発されたものらしくて、とても希少価値の高いものらしいけど……」

魔女「(新薬……盗賊が言ってた、奇跡の花から抽出精製したものか。治癒師さんだっけか…)」

狩人「今は、そのお薬のお陰で容態も安定してる。でも、おばさんは独り暮らしだから心配で…」

狩人「もう大分良くなったけど、回復するまでは傍にいようと思ってる」


狩人「私も村の皆も、おばさんに救われた」

狩人「あの人がいたから、私達は今でも此処で暮らせてるんだ」

狩人「受けた恩は返し切れないけど、少しでも役に立てるなら何でもしたい」

魔女「……そっか…」

狩人「あ、そろそろ着くね。邪魔になるだろうから、おばさんの顔を見たら一旦帰るよ」

魔女「……狩人も居てくれないかな」

狩人「えっ? でも、大事な話があるって…」

魔女「大事な話だから、聞いて欲しいんだ」

狩人「……私達、会ったばかりだよ? ホントにいいの?」

魔女「変な話だけど、狩人とは初めて会った気がしないんだよね」

魔女「こうして出逢ったのも何かの縁だろうし、もし良かったら居て欲しい」


狩人「魔女って、変わってるね」

魔女「うん、知ってる。駄目かな」

狩人「はははッ!分かった、分かったよ!!」

狩人「ったく。そんな眼、そんな顔で頼まれたら、断るわけにはいかないよ」

魔女「(どっかで見たことあるんだよなぁ…)」

狩人「どうかした?」

魔女「ううん、何でもない」

狩人「?」

魔女「あのさ、いきなり変なこと言ってごめんね? 初対面なのにさ……」


狩人「謝らなくていい」

狩人「胡散臭い人じゃなくて安心したよ。おばさんに、なんの話が?」

魔女「……聖女さんが、家族をどう思っているのかを聞きに来た」

魔女「これは冗談抜きで私に必要なこと、知らなきゃならいことなんだよ」

狩人「何で、そんなことを?」

狩人「勇者のことなら、既に精霊さんから聞いてるんじゃないのか?」

魔女「今必要なのは勇者の情報じゃない。今必要なのは、聖女さんの気持ち」

魔女「どれだけ大事で大切なものか知っておかないと、支払うべき代償にならない」

魔女「私の思い描く『しあわせ』を明確なものにしないと、手に入らないものがあるから」

狩人「えっと…初対面の認識にこんなこと言いたくないけど、アタマ大丈夫?」

魔女「あははっ!そりゃそうなるよね。でも、必要なんだ」

魔女「……どうしても、必要なことなんだよ」


狩人「謝らなくていい」

狩人「胡散臭い人じゃなくて安心したよ……おばさんに、なんの話が?」

魔女「……聖女さんが、家族をどう思っているのかを聞きに来た」

魔女「これは冗談抜きで私に必要なこと、知らなきゃならいことなんだよ」

狩人「何で、そんなことを?」

狩人「勇者のことなら、既に精霊さんから聞いてるんじゃないのか?」

魔女「今必要なのは、勇者の情報じゃない。今必要なのは、聖女さんの気持ち」

魔女「どれだけ大事で大切なものか知っておかないと、支払うべき代償にならない」

魔女「私の思い描く『しあわせ』を明確なものにしないと、手に入らないものがあるから」

狩人「えっと…初対面の人間にこんなこと言いたくないけど、アタマ大丈夫?」

魔女「あははっ!そりゃそうなるよね。でも、必要なんだ」

魔女「……どうしても、必要なことなんだよ」

今日はここまで
次の投下で一旦終わると思います


>>>>>

狩人が、私を不思議そうに見つめてた。

私はその場を誤魔化すように微笑んで、待たせると悪いからと、先に歩き出した。

その後は終始無言だったけど、道々、狩人は私をちらちらと見てきた。

さっきの意味不明な発言で気味悪がられたんじゃないかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。

何かを聞こうと口を開いて、その度にはっとした顔をして、出掛かった言葉を呑み込んでる。

狩人は、その動作を何度か繰り返してた。

勘違いだったら恥ずかしいけど、心配してくれてるんじゃないかと思う。

もしくは、さっき私が口にした言葉。

しあわせとか、犠牲とか、その真意を知りたいのかもしれない。


私は迷ったけど、話してみることにした。

何故かは分からないけど、そうするべきだと思った。

私がこれから話そうとしてることは、王女様にも話してないことだ。

求める力を小規模にして、支払う対価を最小限に抑えるなんて言ったけど、あれはウソ。

そう言わないと、きっと私を止めただろう。きっと涙を流しただろう。

それだけは避けたかった。負い目を感じさせたくなかった。

狩人「魔女?」

なのに、狩人には話せる気がする。胸の内にあるもの全てを吐露出来る気がする。

泣かせるつもりも、同情してもらうつもりもない。ただ、彼女には知って欲しい。

初対面なのに、何故ここまで信頼しているんだろう。自分でも不思議だ。


魔女「……あのさ」

魔女「今から話すことを、狩人に聞いて欲しいんだ」

急に喋り出したもんだから驚いてたけど、私の気持ちを悟ったのか、狩人は無言で頷いてくれた。

私は、ゆっくりと話し始めた。

地下街のことや真実の歴史、現状については、精霊から聞いたのか、既に知っているようだった。

それなら話は早い。前置きをすっ飛ばして、私自身の想いを告げられる。

契約の腕輪。

これは、願いを叶えてくれる夢のような魔法の腕輪だということ。

それから、願いを叶えるには条件があるということも話した。

すると、初めは瞳を輝かせていた狩人の表情も、次第に曇っていった。


私は構わずに続けた。

求める力を手に入れるには、相応の対価を支払わなければならないこと。

支払う対価を確固たるものにする為に、聖女さんに会いに来たということ。

それから……

夫が出来た喜びを、子を宿した喜びを、家族となった喜びを、私は知らなければならない。

それらを奪われた怒りを、悲しみを、虚しさを、心の嘆きを、私は知らなければならない。

そう、私が言った瞬間。

狩人「おばさんにそれを聞くことが、どれだけ残酷なことか分かって言ってるのか」

狩人は私の胸ぐらを思い切り掴み、矢を射るときのような鋭い眼で睨み付けた。

目尻には、涙がしがみついていた。

聖女さんの孤独、勇者への愛を知っているからだろうと、私は思った。

聖女さんをどんなに大事に思っているかが、服を掴む指先の震えから伝わってくる。


私は……

私は、分かっているから聞くんだと言った。

私は『しあわせ』を失う。その前に、しあわせを知りたい。

何で聖女さんなのか。

それは、彼女のしあわせが、私のしあわせに最も近いと思ったからだ。

聖女さんは一度は戦う意味を見失ったけど、愛する人と共に戦場を駆け、戦い意味を見出した。

私は先生を亡くし、一度は諦めた。でも、勇者や盗賊に助けられ、魔術師としてすべきことをした。

聖女さんが戦場で体験したことと、私が北部で体験したことには、共通点がある。

全部が全部、同じだなんて言わない。似てる部分があるってだけ。

だって、私と聖女さんには決定的に違う部分があるから。

聖女さんは戦士さんと結ばれた。

けれど私は、勇者と結ばることはないだろう。

そう伝えると、狩人は服から手を離して、行き場をなくした右手を、左手でぐっと握り締めた。

それから暫く間があって、頭に雪が積もり始めた時、私は俯く彼女に声を掛けた。


私は……

私は、分かっているから聞くんだと言った。

私は『しあわせ』を失う。その前に、しあわせを知りたい。

何で聖女さんなのか。

それは、彼女のしあわせが、私のしあわせに最も近いと思ったからだ。

聖女さんは、戦う意味を見失ったけど、愛する人と共に戦場を駆ける中で、戦う意味を見出した。

私は先生を亡くし、一度は全てを諦めた。

でも、勇者や盗賊に助けられたことで、魔術師としてすべきことを出来た。

聖女さんが戦場で体験したことと、私が北部で体験したことには、共通点がある。

全部が全部、同じだなんて言わない。似てる部分があるってだけ。

だって、私と聖女さんには決定的に違う部分があるから。

聖女さんは戦士さんと結ばれた。

けれど私は、勇者と結ばることはないだろう。

そう伝えると、狩人は服から手を離して、行き場をなくした右手を、左手でぐっと握り締めた。

それから暫く間があって、頭に雪が積もり始めた時、私は俯く彼女に声を掛けた。


魔女「今ので分かってくれた?」

魔女「聖女さんはね、私の望むしあわせを知ってるんだ……」

魔女「出逢い、結ばれ、愛する人との子を産んで、和やかな家庭を築く」

魔女「何も特別なことなんて必要ない。ただ、それだけでいい……」

魔女「それが私の夢。聖女さんは、それを既に知っている。失う痛みも知っている」

魔女「だから、聞くんだよ」

魔女「力を手に入れた時、私がどれだけ多くのものを失うのか……」

魔女「力を手に入れた時、失ったことを後悔する為に聞くんだ」

狩人「……私には分からない。何でそこまで力を求めるのか、全然分からない」


狩人「事情は知ってるよ」

狩人「何か分かんないけど、凄いのと戦うんだよね……精霊さんに聞いた」

狩人「だからって自分の夢を捧げるとか、そんなの矛盾してる。馬鹿じゃないの?」

狩人「アンタには仲間がいる。魔女がそうなったら、悲しむ人が居るんだよ?」

魔女「……そうだね。心底馬鹿だと思うし、本当に身勝手で我が儘な理由だと思うよ」

魔女「でもね、仕方ないんだ。そうしないと、一緒に戦えないからさ」

魔女「これは、私が私の為にしてることなんだ。人の気持ちも考えずに、自分の為だけにしてる」

魔女「迷惑だなんて考えてたら、何も出来ずに終わっちゃう。それだけは嫌なんだ」

魔女「夢を失っても、何か出来るなら、何でもしたいんだよ」

魔女「この想いを失っても、そうしたいんだ。それくらいの覚悟がないと、舞台には上がれない」


狩人「そんなの滅茶苦茶だ」

狩人「自分だけの為だとか言ってたのに…何でそこまでする必要があるんだよ」

魔女「理由なんかない。そうしたいし、そうすべきだと思うんだ」

魔女「結ばれないからヤケになってるわけじゃない。すっごく良い言葉で言えば使命感」

魔女「そのまま言えば、ただの思い込みに過ぎないのかもしれない」

魔女「……今の話は、聖女さんにも正直に話すつもりだよ。怒られても叩かれても構わない」

魔女「全部話して、気持ちを伝えて、お礼を言って、謝って、自分の居るべき場所に帰る」

狩人「……何で私に話したの? 何で会ったばかりの私なんかに、全てを話せるの?」

魔女「……似てるから。かな」

狩人「似てる? 誰に?」

魔女「……もうお終い。そろそろ入ろう?」


狩人「…っ、魔女!!」

魔女「ん?」

狩人「アンタが勇者への気持ちを忘れたり失ったりしても、私は忘れない」

狩人「アンタが勇者を好きだってことは、私がしっかり憶えておくから」

狩人「だから、何がどうなっても勝ってよ。勝って笑って、その先も生きていけ」

狩人「後悔を消し飛ばすくらいの『しあわせ』を掴むんだ。捜す手伝いくらいはするから」

魔女「……ありがとう」


その後は、聖女さんと狩人と三人で話したんだ。

意外なことに、聖女さんは一切怒らなかった……

一発殴られるくらいの覚悟はしてたけど、優しく微笑んで話してくれた。

体が弱ってる人だなんて到底思えない、力強く包み込むような笑顔。

あれはきっと、お母さんにしか出来ない、お母さんだけが出来る笑顔なんだと思う。

得たもの、失ったもの、それを聞いている内に、またしても泣いちゃったんだ。

家庭どころか、恋人もいたことない。

なのに堪らなく悲しい気持ちになって、悔しくなって、涙が止まらなかった。


横を見ると、狩人も号泣してたよ。

それを見た聖女さんは困った風に笑って、私達が泣き止むまで抱き締めてくれたんだ。

全て聞き終わる頃には夕方になっていて、三人で夕ご飯を食べた。

狩人が仕留めたウサギは、可哀想で食べられなかったけどね……

その後、精霊が心配して迎えに来てくれたんだけど、話し込んじゃってさ……

精霊は一旦城に帰ったんだけど、また戻ってきたんだ。王女様を連れてね。

あの時は、本当にびっくりしたよ。

どうやら、帰りの遅い私を心配した王女様が、精霊のとこに行ったらしくてさ。

精霊は精霊で説明が面倒だったみたいで、そのまま転移術式で連れて来たみたい。

その日は結局、精霊も王女様も泊まることになったんだ。


色々話したよ。

精霊と隊長さんの話、狩人と勇者の小さい頃の話、王女様の気持ち、私の気持ち……

それぞれがそれぞれの想いを話して、笑ったり泣いたりした。

泣いたのは、小娘三人だけだけどね。

聖女さんが、嫁が二人出来たとか言って笑ってさ、私と王女様は顔真っ赤にして……

王女様にも、本当のことを話したよ。

凄く怒られたけど、本当は勘付いてたみたい。私って、分かりやすいんだってさ。

その夜は沢山沢山話して、5人で寝た。

あれは、一生忘れられない思い出だよ。どんなに時間が経っても色褪せない、心の宝物。

だからもう、何も怖くない。

魔女「…って、この話は何度もしたよね」

符術師「……魔女ちゃん…私のことはいいですから、早く逃げて下さい…」


魔女「逃げないよ。もう、腹は括ったから」

符術師「……魔女ちゃん、駄目です。やめて下さい。そんなの…そんなの駄目ですよ」

魔女「私が皆を守る。何がどうなっても絶対に守る。もう、迷わない」

魔導師「どうした魔女、それで終いか」

魔女「…………」

魔導師「お前の力はそんなものか。私の育てた弟子は、その程度で終わるのか?」

魔導師「私を救えるのは、この憎悪を消し去されるのは、お前だけだ」

魔導師「お前にしか私を殺せない。勇者だろうと、私を救うことは出来ない」

魔導師「仲間など何の役にも立たん。私にとっての希望は、お前なのだから」

魔女「……心配しなくても、もう大丈夫です」

魔女「あいつに囚われた先生の魂は、私が絶対に救い出してみせますから」ザッ

ザッザッザッ…

符術師「待って…魔女ちゃん、行かないで……うぅ、何で、何でこんなことをするんですか!!」

魔導師「奴に魅入られ、魔女が舞台に立った時から、こうなる運命だった。それだけの話だ」

符術師「……ッ…何で…何でこんなことになっちゃうんだろう……」

符術師「……ねえ、みんな。私達、何か悪いことしちゃったのかなぁ……」


襤褸『理由などない』

襤褸『善も悪もない』

襤褸『理不尽とは、誰にでも降り掛かるものである』

襤褸『我と我等は、現世にある望みを、等しく絶つだけだ』

襤褸『我と我等には、人も魔の境界もない。等しく底で混じり合う』

襤褸『我と我等は、等しい悪意を持って、ただただ嗤っている』

襤褸『愛する者を救う為に、愛する者を手に掛ける。人間とは、実に愚かで見苦しい』

襤褸『美しい程に、矛盾に満ちている』

襤褸『ヌフッ…ヌハッ…私はそれを見るのが、それを与えるのが、愉しくて仕方がない』

襤褸『乱れ翻弄されろ、理不尽を嘆いて死んで逝け』

ここで終わりです。
まだ残ってますが、このまま続けると半端な所で切れます
ですので、次スレから始めた方がいいかとおもい、ここで切ります。

ぽつぽつ小ネタ書いて埋めます。
指摘質問、感想とかあればお願い致します。


【待ちに待った】

花屋娘「つまらないです」

花屋娘「なぜなら、一切でばんがないから」

花屋娘「ゆうしゃとのラブストーリーもない。わたしは、若手注目株1位なのに……」

花屋娘「若手注目株1位、リーグ単独首位で独走してるのに、でばんがない」

花屋娘「ゆうしゃとのラブストーリーもない」

花屋娘「……めがねを掛けたら、にあうかもしれない」

花屋娘「そう思ったけど、目は悪くないので、やめた」

コンコンッ

花屋娘「……はいるがよい」

ガチャッ…パタンッ……

襤褸「お主が、花屋娘か」

花屋娘「たのみがあります」

襤褸「フヌ、申してみよ」

花屋娘「……わたしも、あくやくとしてデビューしたい」

襤褸「身を焦がす程の憎悪があるならば、それも可能だろう」

花屋娘「(だめだ。言ってるいみが、わからない……)」



【伝説の……】

盗賊「お前さ、言ってみたい台詞とかある?」

勇者「僕はお父さんの台詞と題名言ったから…他にはないかな」

盗賊「……ここだけの話だけどよ」

勇者「なに?」

盗賊「誰にも言うなよ?」

勇者「うん、言わないよ」

盗賊「俺が考えてた台詞、既に言われてんだよ」

勇者「えっ、どういうこと? 他の人に言われたってこと?」


盗賊「……人っていうか、猫なんだけどさ」

勇者「白猫…神聖術師?」

盗賊「いや、違う。他の猫だ」

勇者「は?」

盗賊「まあ、その辺はいいんだよ。いいから聞いてくれ」

勇者「あ、うん、いいけど」

盗賊「猫が言ったのは……」

盗賊「吾輩はお前から、世界を奪う!!」

盗賊「みたいな感じだったな」

勇者「へ~、格好いいね。それが言いたかったの?」

盗賊「まあ、予定としてはな……」

盗賊「でもよ、人様の台詞を盗むとかダセえだろ?」


勇者「う~ん……」

勇者「知らない内に被ってることもあるし、大丈夫じゃないかな」

勇者「そんなの挙げたらきりがないよ? 似たようなの沢山あるし」

盗賊「……実はな、もう一つあるんだよ。これは、大先輩の台詞だ」

勇者「大先輩?」

盗賊「ああ、超えられねえ壁ってやつだな」

勇者「盗賊がそこまで言うなんて珍しいね。どんな台詞なの?」

盗賊「腰抜かすなよ?」

勇者「……そんなにハードル上げて大丈夫なの?」

盗賊「余裕だよ。ほら」スッ

勇者「へ~、本になってる人なんだ。凄いな」

盗賊「読んでみろよ」

勇者「読む? 僕が? 大丈夫なの?」

盗賊「伏せ字入れれば大丈夫だろ。多分」

勇者「……何言われても知らないよ」


以下台詞

『王……何!!? 王○○○○だ…ト???』

『ソノ服の中身は……ハ…』

『トック特区ニ滅ンダト思ッテイタガ!!!』

『デ、ソノ 王○○○○……ガ……ココデ何ヲ…シテイ…ル』

『屑籠漁リガ 今ノオ前ノ仕事ナノカ…?』

『ドノミチ ヌケガラダナ!!!』


    クローゼット
『アノ…廃棄所ニアルモノノホトンドハ、主ヲ失ッテ、ウチステラレタモノバカリダ!!!!』


『ソノ主ガ戻ッテ来テ、一緒ニ滅ンデクレルノダ………服モ本望ダロウ!!!!!』

『コノ世ニ不要ノ、アワレナ主デモナ…!!!』

『何ダっっ!!?一体何ヲ盗ムっっ!!!? コノ屍トナッタ国カラ何ヲッッッッ!!』

『今マデ、ドコデ何ヲクスネテ、キタノカ知ランガ』


 カラッポ     ヌケガラ       ヌケガラ
『空蝉ナノダッッ 空蝉ニスギンノダヨ空蝉に』






中略





『……俺が何を盗むか……だって?』

『ここには盗むものなどなにもないーーーもし、あるとしたら』

『お前から 世界を盗む』


       ベルベット
『お前が、その天鵞絨で覆い尽くそうとしていた世界を……』

『この星から脱出して頂くよ』


『……聞いてくれ…盗むってのは……たぶん……』

『最高の賛美なのさ……』

『そして……この世界が賛美に値する限りーーー』



『王○○○○は、盗み続けるよ。』




盗賊「ほらな、格好いいだろ?」

勇者「……うん、いちいち格好いい人だね。凄く自由な人だ」

盗賊「だろ?」

勇者「……これ、言うの?」

盗賊「いやいや、それは流石に言えねえよ…伝説の王○○○○の台詞だからな……」

勇者「じゃあ、何か考えないとね」

盗賊「……今のを超える台詞なんて出て来ねえよ」





某5作目が発売されるにあたり
某王○○○○とのコラボを期待していました。

絵の世界や音の街、服が人を着る、恋愛税など、独自の世界観がとても魅力的な作品です。

怪盗とドロボウ、どちらも格好いいです。ペ○○ナ使いに対して、王○○○○が


         かお
「あんたに今必要な仮面は、そこにはないぜ」


と言ったりして欲しかったです。
誰かクロスssを書いてくれないかなと日々願ってます。長々すいません。

乙 もう半分過ぎたと思うと寂しくなる


【魔王の野望】

盗賊「人間とは手を切る」

巫女「酒場のおじさんも?」

盗賊「まあ、こうなった以上は会えねえだろうな」

巫女「…………」ギュッ

盗賊「いつかは地下街も見付かる」

盗賊「そうなった時、俺は世界に証明しなけりゃならねえ」

盗賊「あいつ等の…魔神族の王だってことを、人間の敵だってことをな」

盗賊「魔神族に殺された人間は腐るほどいる」

盗賊「コイツらは他の奴等とは違うんですぅ。良い奴ですぅ、なんて言っても無駄だ」

盗賊「下手な対話を試みるより、いっそのこと対立した方が良い」


盗賊「関わり合いにならねえのが、一番なんだ」

巫女「……人間の裏切りから始まったというのに、人間は罪を犯したことすら知らない」

巫女「知らないこと、知ろうとすらしないこと。わたしは、それが一番の罪だと思う」

盗賊「歴史が人を騙してるんだ。気付ける奴なんざいねえよ」

盗賊「でもまあ、この世に生きてる人間が罪人ってのは間違いねえかもな」

巫女「…………」

盗賊「なあ、巫女」

巫女「?」

盗賊「寂しいなら、店主と一緒に居てえなら、人間側で生きても良いんだぜ?」

盗賊「お前は自由だ。嫌になったら、すぐに言え。俺が何とかしてやる」


巫女「……わたしは、貴様と共に居る」

巫女「酒場のおじさんと会えないのは寂しい。でも、其処に盗賊が居なかったら意味がない」

巫女「出来ることなら、三人で暮らしたい。仕事の手伝いをして、三人で出掛けたりしたい」

巫女「煙たくて、妙な連中ばかり集まる酒場だけど……」

巫女「わたしは、あの場所が大好きなんだ」

巫女「……でも、下手に接触すれば酒場のおじさんが何をされるか分からない」

巫女「だから、わたしはこっち側にいる」

巫女「わたしは、我慢出来る。大事な人がいなくなるのは、もう沢山だ」

盗賊「ガキが無理すんな」

巫女「うるさい。子供扱いするな」

盗賊「つーかさぁ、東王に直に頼んだら、西部貰えねえかな」


巫女「馬鹿を言うな」

巫女「そんなことしてみろ、間違いなく隊長が出て来る。元帥も黙ってはいない」

盗賊「だよなぁ…なら、盗っちまうか」

巫女「……それは、本気で言っているのか」

盗賊「さぁ、どうでしょう?」

巫女「(笑ってる。あの笑顔は、悪いことする時のやつだ……)」

巫女「(……悪い顔だけど、あの笑顔は結構好きだ。頼もしくて…か、格好いいから好きだ)」

盗賊「でもよ……」

巫女「な、何だ?」

盗賊「偉大な魔神族の王なのに国がねえってのは、格好が付かねえよなぁ」




【変わりゆく二人】

特部隊長「この部隊編成は狙撃手が…」

コトッ…

特部隊長「ん? あぁ、わざわざ済まない。丁度喉が渇いてたから助かる」

特部隊長「しかし意外だな。あなたが飲み物を持ってきてくれるなんて」コクッ

特部隊長「ふ~、最近めっきり寒くなった。そんな格好で寒くはないのか?」

特部隊長「……いや、そんなことはない。服装にケチを付ける気はない」

特部隊長「ただ、胸元や脚を見せるのは寒いだろうと、そう思っただけだ」

特部隊長「……そんなことは聞かないでくれ。俺は服に詳しくない」

特部隊長「いや、似合ってる。似合ってるが……からかってるのか?」

特部隊長「はぁ…俺のような若僧には、あなたが何を考えているかなど分からない」

特部隊長「以前から掴み所のない人物だったが、体を得てから更に分からなくなった」


特部隊長「理解したいとは思っている」

特部隊長「しかし、あなたと俺では生きた年月が違いすぎる」

特部隊長「何を語るにしても、あなたに何を言ったらいいか分からないんだ」

特部隊長「軽々しく口出しして、下手に苛つかせたくはない」

特部隊長「……命令?要望? 部隊長として?」

特部隊長「あなたに対して命令するのか…急に言われても困るな」

特部隊長「少しだけ時間をくれないか」

特部隊長「ほんの少しでいい、待たせはしない。だから、部屋を出る必要はない」

特部隊長「そのまま、そこに座っいてくれないか。あ、いや、今のは命令というわけでは……」


特部隊長「命令、命令か。そうだな……」

特部隊長「強いて言うなら、何もして欲しくない。戦うこともして欲しくない」

特部隊長「あなたを軍に縛るようなことは、したくないんだ」

特部隊長「精霊。あなたは自由になりたくて体を捨てたと言ったな」

特部隊長「だから俺は、その自由を奪うような真似はしたくないんだ」

特部隊長「……待ってくれ」

特部隊長「精霊。この紅茶はとても美味しかった……」

特部隊長「……気が向いた時で構わない、あなたが良ければ、また紅茶を入れてくれないか」

特部隊長「願いが小さい?」

特部隊長「そんなことはない。俺にとっては大きすぎる願いだ」

特部隊長「………はぁ…こっちは真剣に言ったんだ。笑わないでくれ」


特部隊長「命令、命令か、そうだな……」

特部隊長「強いて言うなら、何もして欲しくない。戦うこともして欲しくない」

特部隊長「あなたを軍に縛るようなことはしたくないんだ」

特部隊長「精霊。あなたは自由になりたくて体を捨てたと言った」

特部隊長「だから俺は、その自由を奪うような真似はしたくない」

特部隊長「……待ってくれ」

特部隊長「精霊。この紅茶は、とても美味しかった……」

特部隊長「……気が向いた時で構わない、あなたが良ければ、また紅茶を入れてくれないか」

特部隊長「願いが小さい?」

特部隊長「そんなことはない。俺にとっては大きすぎる願いだ」

特部隊長「……はぁ…真剣に言ったんだ。笑わないでくれ」


変わりゆく二人 終


【酒場の治癒師】

治癒師「ぷはぁ~っ、美味しいっ!!」ドンッ

店主「あまり飲み過ぎるなよ」

治癒師「大丈夫ですよぉ~」

治癒師「……あれ~? 前に来た時は賑やかだったのに、今日は人が少ないですねえ」

店主「お前が因縁を付けて暴れたからだ」

治癒師「あれは向こうが悪いんらッ!!」

店主「先に手を出したのはお前だ。医者が怪我人を出してどうする」

治癒師「生き遅れのババアとか言う奴が悪いんだ!まだギリギリ二十代なのにっ!!」バンバン

店主「揺れるから叩くな。酒瓶が倒れる」

治癒師「……あ~、それでしらぁ、店主さんは結婚しないんれふか?」


店主「縁がないからな」

治癒師「……私じゃ、駄目ですか」

店主「もっと若い奴がいるだろう」

治癒師「必要なのは若さじゃないでしょう。はぐらかさないで下さい」

店主「…………」

治癒師「病室で二人を…盗賊君と巫女ちゃんの寝顔を眺めていた貴方の顔はとても優しくて……」

治癒師「私はあの時から貴方を…貴方のことが……だから私…あなたの傍にいたい……」

店主「飲みすぎだ。お前には入院中に世話になった。風呂や厠の世話までな」

治癒師「私は医者としてじゃなく、女として貴方を支えたいんです…女として……」

治癒師「貴方と、盗賊君と、巫女ちゃんと、四人で暮らして…それで…へへっ…」ガクンッ


治癒師「…スー…スー…スー…」

店主「……面倒な女だ」

治癒師「…スー…スー…スー…」

店主「……悪くない女なんだが、結婚出来ない理由はこれだろうな」

治癒師「…またまたぁ…だらら精霊さんは…結婚出来らいんれすよぉ~」

店主「おい」

治癒師「ふぁい、なんれすら?」

店主「本気で家庭が欲しいなら、酒をやめろ」

治癒師「…はぁい…分かりますら……」ガクンッ

店主「二日酔いに利くものでも作っておくか……」



酒場の治癒師 終わり


【終わりなき退屈】

鬼姫「退屈じゃの」

巫女「のんびりすればいい」

鬼姫「いい加減、地下におるのも飽きてきたのじゃ。王もおらぬ、勇者もおらぬ……」

鬼姫「やれることなぞ限られておるし……何か気晴らしがしとうて堪らぬわ」

巫女「わたしは別に退屈じゃない。鬼姫と居ると、退屈しないからな」

鬼姫「中々素直になったではないか。会ったばかりの頃は、あんなに嫌っておったのに」

巫女「人間は変わる。それに、別に嫌いだったわけじゃない。苦手だったんだ」

鬼姫「だったら正直に言えば良かったではないか。王の背に隠れ、露骨に避けおって……」

鬼姫「大体、妾の何が苦手だったのじゃ。ほれ、怒らぬから申してみよ」

巫女「……呼んでもないのに勝手に家に来たり、馴れ馴れしかったり、初めは鬱陶しかった」


巫女「勿論、今は違うぞ?」

巫女「鬼姫が距離を詰めてくれなければ、わたし達はこんな風に話すこともなかっただろう」

巫女「……今更だが礼を言う。ありがとう」

鬼姫「鬱陶しいか…のう、巫女よ。王も、妾を鬱陶しいと思っておるのだろうか?」

鬼姫「今も相手にされぬまま、こうして放って置かれておる。妾は心配じゃ……」

巫女「……やめよう」

鬼姫「うむ、そうじゃな。そろそろ飽きてきたところじゃ。次は何をして暇を潰す?」

巫女「少し地下街を歩いてみないか? このまま部屋にいても退屈だ」

鬼姫「……だ、駄目じゃ、それはならん」

巫女「ん?」

鬼姫「なら『ぬ』」

巫女「言い直しは無しと決めたはずだ。この勝負も、鬼姫の負けだな」

鬼姫「ぬぅ…もう一度じゃ!もう一度やるぞ!! 妾ばかり負けておるではないか!!」

巫女「はぁ…仕方ないな。もう一回だけだからな?」

鬼姫「くひっ…次は負けぬ。必ずや勝ってみせようぞ」


終わりなき退屈 つづく

何か思い付いたら、また後で書きます。
>>925 ありがとうございます。ととも嬉しいです。


【やりたい人、出来ない人】

巫女「ん?」

白猫「巫女か……」

巫女「やつれているように見えるが、どうかしたのか?」

白猫「私はドワーフの力を借り、念願叶って獣人の肉体を得たわけだが……」

巫女「肝心の勇者がいない、か」

白猫「ああ、その通りだ」

白猫「会いに行こうにも、勇者の邪魔になる。大事な時期だ。今は抑える」

巫女「なら、何を悩んでいる」

白猫「獣人の肉体は得たが、勇者と愛し合うことが出来ない」

白猫「猫となった時、性交渉は出来ないようにしてくれと、精霊に頼んでしまったからな」

巫女「……心底どうでもいいが、ドワーフに頼めば何とかなるだろう?」

白猫「体自体に『それ』が無い。無いものは、どうしようもないんだ」


巫女「なら、潔く諦めろ」

白猫「……巫女、恥を忍んで言うが、君の体を貸してくれないか」

巫女「一つ聞きたい。そこまでして勇者と肉体関係を結びたいのか?」

白猫「恥ずかしい話……」

白猫「実は最近、昂ぶることが多くなってね。おそらく発情期のようなものだと思うのだが……」

白猫「勇者以外とは関係を結びたくない。何とか発散したいんだが、その術もない」

白猫「体の火照りが治まらないんだ。君も盗賊と居るとそんな気持ちに

巫女「ならないな」

白猫「ちょっとくらいは

巫女「ない」

白猫「なら肉体関係でなくてもいい、胸に飛び込んで甘えたいと思うことはないか?」

巫女「そ、それは…したいけど…//////」

やりたい人、出来ない人 終わり

まとまるまでの息抜き小ネタ。寝ます


【魔女の正しい笑い方】

魔女「魔女らしい笑い?」

符術師「誰もが納得するような、イメージ通りの笑い方を目指しましょう」

魔女「イメージ通りって、お婆ちゃん魔女みたいな?」

符術師「そうです」

魔女「……じゃあ、見本見せてよ」

符術師「えっ?」

魔女「いや、勧めたのは符術師なんだから、それらしいのやってみてよ」

魔女「私が気に入ったら、これからはそれで通すからさ」

符術師「……分かりました」

魔女「じゃあ、どうぞ」

符術師「イッヒッヒ…」ドバー

魔女「ドマ城に毒流しそうだから却下」

符術師「ケッーケッケッケ…」グルグル

魔女「遥か昔、ねるねる菓子を作ってた魔女みたいだから却下」


符術師「……てへっ♪」コツンッ

魔女「個人的に苛つくから却下」

符術師「魔女様だぞ☆」

魔女「アウト」

符術師「刺青魔女、頑張りますっ!」

魔女「馬鹿にしてんの?」

符術師「イーッヒッヒッヒ!」

魔女「カイエンに斬られろ」

符術師「魔女にゃんだにゃん! にゃははっ!」

魔女「……猫キャラね。色々いるよね」

符術師「アハハッ!男なんて死んじゃえ!!」

魔女「あ~、いるよね。そういうの」

符術師「さて、この中から

魔女「選ぶわけないよね」



魔女の正しい笑い方 終わり


【魔女らしい性格】

符術師「さあ、考えてみましょう」

魔女「早速やってみてよ」

符術師「ふえぇぇ、わかんないよぉ」

魔女「私に似合うわけないよね」

符術師「もうっ、勇者ったら…////」

魔女「無理」

符術師「ふ、ふんっ、別にこれくらい余裕よ」

魔女「素直になれよ、めんどくさい女だな」

符術師「この惚れ薬さえあれば…へっ、勇者!?」

ゴクンッ

符術師「あっ…」

魔女「うん、色んな所で見かけるね」

符術師「男っぽくて純情。いきます」

魔女「タイトル言ってから…まあいいや。どうぞ」


符術師「ちょっ、ちょっとやめろよ!!」ドンッ

符術師「あっ、違っ…俺、そういうの馴れてないから……びっくりして…」

符術師「好きか? バ、バカじゃねえの!! もういいから、あっち行けよ!!」

符術師「……あのバカっ。好きじゃなかったら、一緒に旅なんかしねえっつーの」ボソッ

魔女「そういう人、既にいるよね。名前変えればいいってもんじゃないよ」

符術師「クールに見えて情熱的、いきます」

魔女「はい、どうぞ」

符術師「勇者、ちょっと来て」

符術師「そう、貴方にしか出来ないこと。皆に見付かると色々と不都合だから……」

符術師「えっ、何もないじゃないか? あなた、何を言ってるの?」

符術師「……ここには、私がいるじゃない」グイッ

符術師「…っ…んっ…ぷはっ…ふふっ、その顔が見たかったのよ。さ、戻りましょうか」

魔女「……ないわ~」

符術師「さあ、この中から選んで下さい」

魔女「………最後のやつ、かな」

符術師「えっ!?」



魔女らしい性格 終わり


【医師と患者】

『私があの患者の担当だったら、新薬は私のものになってたはずだ』

『全くだ。裏社会の人間でなければ私が担当していたんだがな』

『あの新薬だって、あの女が作ったものじゃない。医師としての力量は我々が上だ』

『しかしあの新薬が完成すれば、世間から医師としての評価は…』

『あんなものは偶然の産物だ!あの女は運が良かったに過ぎない!!』


治癒師「はぁ」

老婆「あら、患者の前で溜め息なんて吐いては駄目よ?」

治癒師「あっ、ごめんなさい……」

老婆「顔色が悪いわね。最近忙しいようだけれど、何かあったの?」

治癒師「いえ、大したことではありませんよ」


老婆「意地悪でもされた?」

治癒師「!!?」

老婆「……あんな大声で話していれば嫌でも聞こえるわ。酷い人がいるのね」

治癒師「っ、医師も所詮人間ですから。仕方がないことですよ。では、失礼」

老婆「先生」

治癒師「……何でしょう」

老婆「私、あなたの患者になれて良かったわ」



治癒師「えっ…」

老婆「沢山沢山頑張って医師なんて立派な職業に就いて。医師になってからも努力して…」

老婆「けれど、どんなに頑張っても女性軽視な同僚に嫌味を言われ。それでもめげずに一生懸命頑張ってる」

老婆「私、あなたを見ているだけで元気が出てくるの」

治癒師「……当たり前のことですよ」

老婆「いいえ、私が若い頃は考えられなかった。いえ、違うわね。私はそこまで強くなかった」

老婆「若い頃は『時代に負けない』、なんて思ったこともあったけれど駄目だった」

老婆「親に勧められるまま結婚して、夫の言うことをきいて、子を育て、気付けば老いていた……」

治癒師「…………」

老婆「あなたは、私がなりたかった女性そのもの。男になんか負けないって思っていた頃の、私の夢」


老婆「意地悪でもされた?」

治癒師「!!?」

老婆「……あんな大声で話していれば嫌でも聞こえるわ。酷い人がいるのね」

治癒師「っ、医師も所詮人間ですから。仕方がないことですよ。では、失礼」

老婆「先生」

治癒師「……何でしょう」

老婆「私、あなたの患者になれて良かったわ」


治癒師「えっ…」

老婆「沢山沢山頑張って医師なんて立派な職業に就いて。医師になってからも努力して…」

老婆「けれど、どんなに頑張っても女性軽視な同僚に嫌味を言われ。それでもめげずに一生懸命頑張ってる」

老婆「私、あなたを見ているだけで元気が出てくるの」

治癒師「……当たり前のことですよ」

老婆「いいえ、私が若い頃は考えられなかった。いえ、違うわね。私はそこまで強くなかった」

老婆「若い頃は『時代に負けない』、なんて思ったこともあったけれど駄目だった」

老婆「親に勧められるまま結婚して、夫の言うことをきいて、子を育て、気付けば老いていた……」

治癒師「…………」

老婆「あなたは、私がなりたかった女性そのもの。男になんか負けないって思っていた頃の、私の夢」


治癒師「夢? 私が?」

老婆「そう、夢。男に負けない、強い女」

治癒師「私は、強くなんて……」

老婆「私が、あなたに強くあって欲しいのよ」

治癒師「!!」

老婆「先生、負けちゃあ駄目よ。あなたは絶対に負けちゃあ駄目なの」

老婆「あなたが諦めたら、あなたの後ろにいる女性たちは誰を見て、誰を追いかければいいの?」


治癒師「私の、後ろ?」

老婆「そう。あなたよりも更に若い世代……」

老婆「あなたがいれば、追う背中があれば、私のような弱い女でも頑張れる」

老婆「あなたはこれからの女性たちの目標、道標、希望になれる」

治癒師「……何故、そこまで?」

老婆「だってあなたが負けたら、私の夢が壊れてしまうもの」

老婆「……だから、負けないで。なんて、押し付けがましいかしら?」ニッコリ

治癒師「いえ、ありがとうございます。では、失礼」


ガララッ…パタンッ…


治癒師「(女である前に医師だと思っていた。性別など関係ないと……)」

治癒師「(けれど、そうじゃなかった)」

治癒師「(私は医師である前に女だ。女として、あんな男たちに負けるわけにはいかない)」

治癒師「(医師として、あんな医師に潰されて消えるわけにはいかない)」ザッ


医師と患者 終

>>961はミスです。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年11月30日 (水) 16:30:25   ID: kAzX4nsp

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