男「アットホームな職場です? 週休六日制!? ……応募するしかねえ!」 (41)


つまらない理由で新卒で入った会社を辞めてしまった俺は、
やがて失業保険の給付期間も終わってしまい、再就職活動に明け暮れていた。

しかし、選り好みする性格や前職で大したスキルを身に付けられなかったことが災いし、
次の就職先はなかなか決まらなかった。

そんなある日、俺はある求人広告で、とんでもない募集を目にした。


「なんだこりゃ……アットホームな職場です? 週休六日制!? ……応募するしかねえ!」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1466586211


さっそく俺は市販の履歴書と職務経歴書に必要事項を書き上げ、何枚か残っていた証明写真を貼り付け、
広告に記載されていた住所に送付した。


とはいえあまりに破格の条件の求人。
はりきってはいたものの、はっきりいって期待はしていなかった。


書類落ちが妥当、運よく面接までこぎつけたとしても、勝算はまるでなし。

就職活動というよりは宝くじを買うような……そんな気分であった。


ところが数日後、早くも別の求人広告に目を通している俺に、一本の電話がかかってきた。

登録していない番号だったので、若干緊張しながら電話に出る。


「……もしもし」


相手は、先日俺が履歴書を送った応募先の採用担当者だった。

この瞬間、俺は自分の心臓がドクンと高鳴ったのが分かった。


「このたびは私どもの求人にご応募下さり、誠にありがとうございます」

「あ、いえ、とんでもないです! こちらこそ!」

「ところで先日送っていただいた履歴書を拝見させていただいた結果……」

「面接ですか!」

「いえ、今あなたの声を聞いて確信いたしました。採用です」

「……へ?」


再び心臓が高鳴る。ただし高鳴り方はだいぶ違っていたが。


「ところで、肝心の最初の出勤日なのですが」

「は、はい」

「明後日からということでよろしいでしょうか」

「明後日!?」


明後日といえば、今日は金曜なので、日曜だ。
みんなが休んでる時にやるような仕事なのか……俺の頭の中に黒いもやのようなものが覆いかぶさる。


「えぇと、週休六日制……なんですよね? 六日間は休めるんですよね?」

「はい、そうです」


少し考えてから俺は、


「分かりました……明後日からよろしくお願いします」


自分でも驚くほどあっさり承諾してしまった。

ここで根掘り葉掘り尋ねると、せっかくの話がパーになってしまう気がしたからだ。


電話を切ってから、俺の中で不安が加速的に増大していった。


面接すらなく、履歴書と電話だけで採用なんてことがありえるのか。
そういえば仕事の内容を知らない。せめてそれぐらい聞くべきだったのでは。
もしかしたら危ない仕事じゃないのか。
いやそれ以前に仕事ですらなく、出勤したとたん眠らされて内蔵を奪われでもするんじゃないのか。
もっと慎重に決めるべきだったんじゃないのか。


頭の中にクエスチョンマークが立て続けに浮かび上がる。
しかも、どれももっともすぎる疑問である。


俺の不安は、早くも後悔に変わりつつあった。


だが一方で、面倒な関門をくぐることなく再就職先が決まったことに対して、喜んでる部分もあった。

これでもう、あの飽きるほど書くはめになった履歴書や辛い面接ともおさらば、と思えば
多少の理不尽には目をつぶることだってできる。


「そうだよ……もしやばい就職先だったら、あんなまともな求人広告に広告出すはずないし、
 仮にもし本当にやばそうだったら……逃げればいいんだから!」


むりやり自分の中にある臆病心を納得させ、消そうとする。

もちろん、こんな理屈で消えることはなかったが……。


二日後、俺は電話で教えられた通りの住所に向かった。


「えーと……たしかこの辺だよな……」


土地勘がない地域だったが、目的の住所にたどり着くのはさほど苦ではなかった。
が、俺はしばし立ち尽くすこととなる。


「なんだこりゃ……完全に人の家じゃねーか」


あったのはオフィスではなく、木造平屋建ての民家であった。

自営業か、もしくは相当の零細企業なんじゃ……俺の中で不安の占める割合が一気に高まる。


まごついて初日から遅刻するわけにはいかない。意を決して戸を開け、中に入ると、


「おかえりなさい」


いきなり若い女性が出迎えてくれた。
決して美人ではないが、それを補って余りある優しさと快活さを備えているといった感じの女性だった。

俺の中にあった不安は一気に解消され、むしろこんな女性と一緒に仕事をできることを嬉しく思った。


「た、ただいま」


俺の口から自然とこんな言葉がこぼれた。


女性に案内されるまま廊下を歩き、奥に進む。


「やあ、おかえり」

「おかえりなさい!」

「おかえりなさーいっ!」


温かい声が新人である俺を出迎える。

奥にある広い部屋には、おそらく俺の上司になるであろう年配の男女と、さらに子供が三人いた。
姿は見えなかったが猫の鳴き声も聞こえた。もしかしたら飼ってるのかもしれない。

なるほど、たしかにアットホームな職場だ……と俺は感心した。


ちゃぶ台を囲み、俺は同僚らと共に食事を取り始めた。

ご飯に味噌汁、キャベツに豚の生姜焼き、他におかずが数品と、
決して特別でない、ごく家庭的な料理であったが、その素朴さが俺の心にずんずん響いた。
箸が止まらなかった。


「ひゃあ、うまい!」

「うふふっ、ありがとう」


俺はこの時点で、教えられずとも、なんとなく己の役割を理解することができた。

同時に確信した。俺ならばこの職場でやっていけると。


次の日――といっても、実際はまだ日曜なのであるが――とにかく次の日、俺は会社へと出勤した。

俺の隣の席には、特徴的なぶ厚い唇を持つ男が座っていた。


「やぁ~、おはよぉう」

「おはよう」

「前任者が急に辞めちゃった時はちょっと焦ったけどもぉ~、君を見て安心したよぉ~。
 姿も声もプァ~フェクト、君なら大丈夫だぁ~」


軽く挨拶を交わした後、互いに「この仕事をしている時の名前」で呼び合う。


「これからよろしくねぇ~、フグ田くぅん」

「ありがとう、アナゴ君!」


俺の仕事は毎週日曜、夜の30分間だけ、ある家族の一員を演じること。
拘束時間は短いが、プレッシャーは大きく、過酷な仕事である。

だが、きっとやってみせる、立派にやり遂げてみせる。

みんな、どうかテレビの前で見ていて欲しい。





― 終 ―

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