藤原肇「しんしんと、あたたかい夜に」 (50)


第5回シンデレラガール総選挙応援SS

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すっかり冷えきった唇には熱過ぎた。


思わずカップを揺らした俺を目にして、さもおかしそうに肇が笑い出す。
この上なく楽しげな様子に、俺も苦笑いを返すしかなかった。

 「……猫舌って訳じゃないんだ」


 「まだ何も言ってませんよ?」

ミルクティーを一口啜って、温かいですね、と肇が息をついた。
今度は油断するなよと舌に言い聞かせ、俺ももう一口。
渋味と酸味を抑えた苦めのブレンド。
馴染みの無いチェーン店だったが、存外に好みの味だった。

 「Pさん、ミルクもお砂糖も入れないんですね」

 「甘いのをよく食べるからな。健康には、なけなしの気を遣ってる」

 「苦くありませんか?」

 「苦い」

俺の答えを聞くと、肇が頬に指を当て不思議そうに考え込む。
寒さで赤らんだ頬が、指先に触れた部分だけ白く染まった。


 「……よく分からない私は、まだ子供という事でしょうか」

 「コーヒーをそのまま飲めるのが大人の証明じゃない」

 「どうしたら大人に成れるんでしょう」

 「もう二年で成人だ。日向ぼっこでもしてれ……冗談だ、その目は止めてくれ」

 「Pさんの冗談は面白くないです」

 「師事する先を間違えたかな……」

脳裏で頬を膨らませた楓さんを隅へ追いやって、思考を本流へ押し戻す。
大人……大人か。
そういえばちょうど先日、東郷さんと二宮さんがコーヒー越しに話し合っていた。

どうして大人として扱われないのかと鼻を鳴らす二宮さん。
私もまだ大人ではないかな、と笑う東郷さん。

さて結論がどう纏まったのかは記憶に無いが、ひとまず――


 「――大人に成りたがってる内は、まだまだ子供だな」


子供っぽい答えを返す。


やっぱり大人ってズルいです、と肇が嘯いた。


 「そろそろ行くか。ほら、肇の分」

 「はい…………えっ?」

渡された切符と乗車券を見て、肇が目を丸くする。
その顔が見たくてここまで黙っていたのは、まぁ、このまま黙っておいた方が良いだろう。

 「帰りは普通の新幹線って」

 「行きは楽しむ余裕も無かったろ。帰りはよいよい、って奴だ」

 「でも、その……結構お値段が」

 「種を明かすが先方のご厚意だ。今から返しに行くか?」

 「……」

しばらく切符とにらめっこして、諦めたように笑う。


 「……オトナになりましょう」

 「それが良い」


最新の豪華寝台列車は、乗車券も中々に煌びやかだった。


いま最も勢いに乗っている天女こと藤原肇ちゃんのSSです


http://i.imgur.com/YloMvgh.jpg
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前作とか
塩見周子は速水奏とデートがしたい ( 塩見周子は速水奏とデートがしたい - SSまとめ速報
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季節の肇ちゃんシリーズ冬の章だよ

 ― = ― ≡ ― = ―

急行ではない為、速度も抑え目だ。
それを差し引いてもこの列車は揺れも無く静かで、技術の進歩を実感させる。

 「……行きの慌ただしさが嘘みたいです」

個室の車窓に流れる東北の風景を眺めながら、肇がぽつりと呟いた。

 「ミスはどう注意したって起きる。幸い今回は肇が空いてたが」

 「幸子さん、今頃は何をしてらっしゃるんでしょう」

 「そろそろ釣り場に着いた頃かもしれないな」

最新鋭の列車。その乗車レポートを終えて、肇は一息ついている。


輿水さんのダブルブッキングが発覚したのはつい三日前だった。
海外ロケの出発直前という事もあり、大慌てで代役を探し回ったらしい。
そこで白羽の矢が立ったのがスケジュールの空いていた肇。
申し訳無さそうに謝罪しながら、輿水さんを引き摺って担当はアラスカへと向かっていった。
釣りと聞き、てっきりそちらへ肇を充てるのかと思えば、彼は頑として否定した。


 「ノルウェーが気に入っていたようですし、きっと楽しんでいるでしょうね」

 「ああ。何でも大自然とサーモンとグリズリーが名物らしい」


アラスカも悪くないが、何はともあれこちらも旅を楽しむか。
なかなか予約が取れないので有名な列車だと聞いているしな。せっかくの機会だ。
新青森から東京までの四時間弱、ゆっくりと気を休めよう。

 「朝からレポートの仕事なんて捩じ込んで悪かった、肇」

 「困った時はお互い様ですから」

 「準備の時間も無いのに上手くこなしてくれた。よく出来たな」

 「いえ。思った事を素直に、なるべく分かりやすくお伝えしただけで」

だけ、というのが俺にとっては信じがたい。
前日にこの列車をレポートしろ等と言われても、俺なら当日は立ち尽くすだけだろう。
場慣れしてきているのは、一人前のアイドルの証か。

 「握手」

 「?」

 「求められる事が多くなったな。行きの空き時間にも」

 「……そう、ですね。昔よりも、随分と」

 「面倒か?」

 「まさか」

外の景色とは正反対の、温度を感じる笑みだった。
視線を落とした先で、両手を何度か握っては開く。

 「ただ、私……アイドルなんだな、って」


 「今に、面倒に感じるくらい握手を頼まれるさ」

 「楽しみにしておきます」

ぱん、と柏手を一つ。
残念だが俺は神様じゃない。

 「せっかくの景色だ。眺望車に行かなくてもいいのか」

あそこの窓はこの個室のより数段広い。

 「はい。混んでいますし……握手をいっぱい頼まれてしまいますから」

 「言うようになったな、肇」

 「ふふ」

自信もまた、アイドルの証なのだろう。

 「それに」

 「ん?」


 「…………せっかくの、二人きりですから」

 「……」


――言うようになったでしょう?


そう微笑む肇に、俺は何と返すべきか答えあぐねていた。


 ― = ― ≡ ― = ―

 細かい事は置いといて、藤原肇ちゃんへ投票しましょう。

 ― = ― ≡ ― = ―


 「……こうして列車で向かい合っていると、秋を思い出しますね」

黙り込んだ俺に苦笑して、肇が話題を振ってくれる。

 「あれから半年弱か。早いもんだ」

 「茶碗、使ってくれていますか?」

 「……」

 「私は使っていますから。いつでも、ご遠慮なく」

肇と揃いの、桜をあしらった茶碗。
夜桜の描かれた、大ぶりな俺の茶碗と。
満開の桜を描いた、小ぶりな肇の茶碗。

 「肇」

 「はい」

 「……喋らせたいのか黙らせたいのか、どっちなんだ」

 「Pさん次第です」

 「俺は――」


言葉を続けようとして、視界の端に桜が舞った気がした。



 「――雪、ですね」


車窓に付いては剥がされ、また舞い降りる。
空を見上げると、行く先の雲はだいぶ分厚く見えた。

 「予報より早いな」

 「えっと……都内でもかなり降り出しているみたいです」

携帯の画面をスライドさせて肇が呟く。
大雪の前には着くだろうと踏んでいたが、分からなくなってきた。
明日は……肇はオフだが、俺は外回りが二箇所あった筈だ。

 「一応連絡しておくか」

そろそろ替え時の携帯を開いて、事務所の番号を呼び出す。
いつもは多くて三コールも待たないが、今日はどうしてだか繋がらない。


 『――もし……お電話、ありがとうございます。CGプロダクション……です』


ようやく繋がった先の声は、聞き慣れた同僚達のものではなかった。

 「…………渋谷さん?」

 『その声は……うん。ちょっと今、事務所もてんやわんやで』

 「雪か」

ちらりと外を眺めれば、いつの間にか本格的に降り初めていた。


 『後でちひろさんに伝えておくけど』

 「仕事は全て完了、今は岩手に。遅れるかもしれないので明日の予定の確認を、と」

 『えっと…………うん。分かった』

メモを書き付ける音の背後が騒がしい。
この分だと今日はどうも荒れそうだ。

 「なるべく早く帰るので」

 『そう祈ってるよ』

 「では」

 『あ、待って』

 「っと」

 『肇、まだ一緒に居るんだよね?』


 「え? ああ」


 『取り消すよ。ごゆっくり』


返答する前に、ぷつりと通話が切れた。


無機質な終了音を聞きながら黙り込んだ俺を、向かいの肇が不思議そうに見つめる。

 「凛さんですか?」

 「……ああ」

 「凛さんは、何と?」

再び黙った俺を見て、肇が首を傾げる。
十秒たっぷりと考え込んで、ゆっくりと口を開いた。


 「…………慌てずにゆっくり帰って来い、と」

 「慌てると危ないですもんね」


俺はリポーターに向いてないなと、改めて思った。

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