八幡「由比ヶ浜タートル」 (13)

私と少女は向かい合うように座っていた。

少女は今日、あったことを話す。

好きな人が自分をぞんざいに扱うこと。

好きな人と女友人が話している空間に入れないこと。

それから少女は肩を震わせて瞳に涙を湛えながら、私に尋ねる。

「どうして、見てくれないのかな

あたしって、そんなに、だめ、なんでしょうか」

それはちがう。

ぜったいに、アナタのせいではない。

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「ううん、結衣は可愛いよ。あたしが言うんだから間違いない」

「いいえだめなんです。分かってます、こんな軽いノリはただの飾りなんです。

ホントのあたしは、暗くて、嫉妬深いから」

「誰にだって、そういう一面はあるよ。

むしろ比企谷君なんて、その権化じゃん。そのものじゃん」

比企谷君。

その言葉を聞いた途端、目の前の少女の表情はさらに歪んだ。

ああ、失敗した。わたしは心中で舌打ちをする。

今の結衣は普段と逆なんだ。

繊細で傷つきやすい、由比ヶ浜結衣。

それは、彼女の弱点であり、切り離すことができない影だった。

「とにかく、その垂れてる鼻水ふいて。せっかくのカワイイ顔が台無しだよ」

ポケットティッシュを渡すと、彼女はそれをぼんやりと眺めるばかり。

ふぅ、世話の焼ける子だ。

左手で結衣の頭部を固定し、右手でティッシュをとり、ぐしぐしと鼻をかませてやった。

「いひゃいよ…おはながとれちゃう」

そうは言うものの、結衣は抵抗しなかった。着せ替え人形のようにされるがままになっている。

数分後、わたしはようやく彼女を解放した。

「よしよし。少しはましになったかな」

それでも赤く腫れた瞼は、彼女の涙を主張していた。

そんなわたしの目線に気づいたのか、結衣は何度も目をこすりながら、ぎごちなくつぶやいた。

「ありがとう、ございます」

「どーいたしまして」

「……これじゃあ、だめなんだ。

あたし、変わらなきゃだめですよね。もっと強くならないと」

強く

強く

うつむいた結衣は何度もその言葉を復唱した。

一週間前も、そのまた前も、同じことを言っていた。

彼女はそれに気付いていないのだろうか。

ならば、いくら自分が変わっても解決できない問題があることを教えてあげよう。

わたしは諭すような口調で、彼女の独り言を遮った、

「それは違うよ、結衣。問題はあの二人。

変わらないといけないのは、あの二人なんだよ」

結衣は目をぱちくりとして、わたしを見た。

「えっ?」

「つまり、比企谷くんと雪乃ちゃんが付き合い始めないと、結衣は救われないんだよ」

彼女は石像のように固まってしまった。わたしはそれに乗じて、一気に畳み掛ける。

「薄々分かっているんでしょう。アナタがどんなにいい子だって、どんなにかわいくたって、比企谷くんは雪乃ちゃんを選ぶよ。

だってあの二人は他の子なんて目に入らないくらいに、惹かれあっているんだから。」

結衣の唇は小さく震えたが、意味を成す言葉はでてこない。

「そもそも結衣はね、人懐っこくて奉仕部の潤滑油としてはぴったりだったから、受け入れられたんだと思うよ。

比企谷くんと雪乃ちゃんは、好きでアナタを入れたわけじゃない。

必要だから、入れたんだよ。

実際、結衣がいなかったらあの二人がここまで仲を深めることはなかっただろうね。

結衣はえらいねぇ。」

「やめてください」結衣は幽霊のようなかすれた声で囁いた。

「やめないよ、だって結衣の気が付いてないふりしているから。わたしはそれを教えてあげたいの」

「あたしは、気が付いていないふりなんて…」

「いいえ、してるよ。結衣は、あの二人が結衣を騙していたことをさ、ずっと見ないふりをしているんだ」

それを聞いた結衣は、本当に壊れてしまったようだった。

肩から力が抜けて、その場で崩れそうになっている。

「あぁ、弄んだと言った方が正しいかもね。でも大差ないよ。

比企谷くんは結衣の感情に気付いていながらも、奉仕部のためにそれを黙殺した。

雪乃ちゃんは結衣の感情に気付いていながらも、比企谷君を好きになった。

結衣は誰よりも二人のことを大切に思っているけれど、二人はそう思っていない。

だってそうでしょう、アナタの想いを何一つ汲み取ってくれていないんだから」

結衣は右手で胸の辺りを掴んでいる。

そこが痛むのだろうか、涙が頬をつたっていた。

「……ちがう」

「そうかな。今までそう感じたことないの?

わたしは結衣がさっき話してくれたこともそれを示していると思うよ。

比企谷くんが結衣をぞんざいに扱うことも

比企谷くんと雪乃ちゃんが話している空間に入れないことも。

ぜーんぶね」

「でも二人はやさしいし、楽しいし……」

「はぁ、結衣は友達を信じるんだね。でもそれが二人の狙いだよ」

「……なにを言っているんですか」

「結衣は友達を悪く言えないよわい女の子。

言ったら言われる気がして、どうしても口をつぐんでしまう。

そのことに、あの二人が気付いていないとでも。

だとしたら、結衣はばかだね。周りにばかだと言われても、気付けないくらい愚かだよ。

どうしてあの二人が、結衣を軽視すると思う?

それは、結衣があの二人と離れたくないことを二人は気付いているからだ。

だめだめ耳を塞いだって無駄なんだ、由比ヶ浜結衣。

ここは現実じゃなくて夢の世界。

言葉を発せずとも、アナタには分かる

だってそれはあなたが心の奥底で思っていることだから」

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