まゆ「これは、プロデューサーさんの椅子……」 (38)


※ラジオドラマ風

※ ナレーション(cv大川透)

『――某日 事務所』

 ガチャ。
 
まゆ「おはようございます」

『佐久間くんがやって来ました』

まゆ「……誰もいないんですね。スケジュールは……」

『辺りをきょろきょろと見回すと、とことことスケジュールの書き込まれたホワイトボードの前へ」
 
まゆ「どうやらお仕事やレッスンで……しばらくは事務所に一人ですか」

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まゆ「どうしようかな……一人で待ってるのもつまらないから……ちょっと喫茶店にでもいこうかな――」
 
まゆ「…………!」

『おや? どうやらプロデューサーの椅子が目に入ったようですね』


まゆ(一人っきりの事務所、無防備に置かれたプロデューサーの椅子、誰かが戻ってくるまではまだ時間がある――)

まゆ(でも、それってどうなのかしら? 人の目を盗んで座るなんてまるで悪い事してるみたいで――)

まゆ(いけない、いけないわ! まゆ! 誘惑に負けちゃだめ! ここはほら、強い自制の心を持って――)

 ぽふっ。
 
まゆ「――っ! い、いつの間に!?」

『佐久間くん、誘惑に陥落』

『もばます!』


まゆ「あぁ……これがプロデューサーさんの椅子……」

まゆ「大きくって固くって、それでいてゴツゴツして……」

『うっとりとした表情ですね。なんだか、いけないものを見ている気分です』


まゆ「……でも、はっきり言って座り心地は最悪です」

まゆ「お尻が痛くなっちゃう。今度、椅子用のクッションをプレゼントしようかな……もちろん、手編みで♪」


まゆ(まゆ、嬉しいよ。俺のために手作りの座椅子カバーをプレゼントしてくれるなんて)

まゆ(そんな! まゆはただ、プロデューサーの身体を心配して……)

まゆ(いや、その優しさにお礼をしなくちゃいけないな。そうだ! 今度二人でドレスの下見にでも――」

まゆ「ど、ドレスってもしかして……や、ヤダ! プロデューサーさんったら!」

まゆ「でも、どうしてもっていうのなら……着てあげても、いいんですよ?」


まゆ「なんて、なーんてっ! キャー! 恥ずかしいですぅ!」

『両手をほっぺたに当てて恥ずかしがる佐久間くん。可愛いですねぇ』

『もばます!』


まゆ「――つい、取り乱してしまいました」

まゆ「ダメですね。事務所だって言うのに、一人だとちょっと気が緩んじゃいます」

まゆ「あぁ……でもこの椅子に、いつもプロデューサーが座ってるんですよね」

まゆ「つまりまゆは今、プロデューサーの膝の上に乗っていると言っても過言ではない……!?」

『それは、どうなんでしょうか』


まゆ(プロデューサーさんの膝の上って、なんだかドキドキしますね……)

まゆ(重たくないですかぁ? 薫ちゃん達と違って、まゆは大きいですし)

まゆ(全然そんな事はない? そうですか、よかったぁ)

まゆ(――きゃっ! いきなり頭を撫でるのはダメで――可愛かったから? な、ならしかたない……かな?」

まゆ「い、イヤじゃないですよぉ! 出来れば、もっと撫でて欲しい……なんて」


『またもや、妄想が駄々漏れです』

『もばます!』


まゆ「はっ! 普通に座った姿勢が膝の上に乗る事になるならば」

『おっと。佐久間くんが一度椅子から立ち上がり、背もたれに向かって正座するように座りなおしましたよ?』


まゆ「腕をこう……背もたれに回すと……」

まゆ「なんとなく、プロデューサーさんと抱き合ってる気分が味わえるかも……」

まゆ「あぁなんだか……ドキドキで熱くなってきちゃいました」

『これはいけませんね。アイドルとしてあるまじき表情になってます』


まゆ「このまま、溶けちゃいそう……」

『先ほどから机の下で気配を殺している星くん! 同じユニットの仲間として、止めるなら今しかないですよ!』

輝子(フヒッ!? い、今のいままで気配を消してたのに……)

輝子(急に話を振られても……私にこの状況をどうにかできる自信なんて……ないぜぇ)

『もばます!』


まゆ「…………」

輝子「…………やぁ」

まゆ「……いつから?」

輝子「えっ?」

まゆ「いつから見てました?」


輝子「え、えっと……まゆ……さんが、事務所にやって来た時から……です」

『物音に振り返った佐久間くんは、机の下でキノコを抱える星くんに気がついてしまいました』

まゆ「……ホワイトボードには、輝子ちゃんの予定はなかったはずですけど」

輝子「き、キノコの世話……日課だから」


『そう言って霧吹きを見せる星くんの手は、ぷるぷると震えて……その胸中、お察しします』

まゆ「そうですか」

輝子「……なんか、ごめん」

まゆ「いいんですよぉ……私と……輝子ちゃんの仲じゃないですかぁ?」

輝子「ヒッ! な、なんで近づいて……こわっ――」

輝子『も、もばますぅぅーッ!!』


まゆ「それで、どうですかぁ?」

輝子「……凄く、恥ずかしい……です」

『先ほどの佐久間くんのように椅子に正座する星くんと、それを机の下から眺める佐久間くん』


輝子「あの……いつまで続ければ……?」

まゆ「まだダメですよぉ。私も同じくらい、恥ずかしかったんですからぁ」

輝子(今誰かが帰って来てこの姿を見られたらと思うと……じ、地獄だぜぇ)

 ガチャ。

『案の定、タイミングよく誰かが帰ってきちゃいました』


P「うー外はまだ寒い寒い……ただいまー」

輝子「……あ」

P「…………」

輝子(す、凄くこっち見てるぅぅっ!)


輝子「あ、あの……これは、その……なりゆきというかなんていうか」

輝子「別に、やましい気持ちがあったりしたわけじゃなくって、その……」

まゆ(ふぁ、ファイトですよ輝子ちゃん!)


輝子「あの……その……」

P「……輝子」

輝子「あ、暖めてた……」

輝子「そ、外回りから冷えて戻ってくるプロデューサーのために、私が体で椅子を暖めて待ってたんだぜぇー!! ヒャッハー!!」

『戦国時代、信長の草履を秀吉が懐で暖める、有名な逸話があるんです』

『もばます!』


P「うん……確かにほんのり温かい」

輝子「そ、そうか……良かった……フヒッ」

P「方法はともかく……心配してくれてありがとな」

『星くんが人力で暖めた椅子に座り、Pが感想を言います』


まゆ(どうしましょう……なんだか凄く出て行きづらいです)

『机の下では気がついてもらえなかった佐久間くんが、這い出るタイミングを完璧に逃してしまっています』


P「そうだ! なにかお礼でもしてあげようかな……ちょうど昼時だし、ご飯でも奢るよ」

輝子「へっ……そ、そんな……良いのか?」

P「あ! でもあんまり期待しないでくれよ? そう高いものは無理だからな」

輝子「ぷ、プロデューサーと一緒なら……ど、どこでも……後、キノコさえあれば……」

『こうして、そのまま事務所から出て行く星くんとP。部屋には、佐久間くんが一人残されました』


まゆ「今のうちに……机の下から出て……っと」

まゆ「うぅ……それにしても輝子ちゃん……プロデューサーさんとお昼なんて羨ましい」

まゆ「……あのまま私がここに座っていたら、今頃はまゆがプロデューサーさんとお昼を……」


『再び椅子に正座する佐久間くん』

まゆ「あ……プロデューサーさんの温もりが残ってる……気がする」

『星くんのものかもしれませんけどね』


 ガチャ。

未央「今日も元気にぃ! おっはようござ――」 
 
まゆ「――――ッ!!」


未央「――います……?」

まゆ「…………あ、あの……」

未央「お、お邪魔しましたぁ!」

 パタン!!
 
まゆ「ま、待って!! 誤解、誤解ですからぁー!」

まゆ「このまま一人にしないでくださいーっ!」


『個性的なアイドル達が生活する。そんな日常の風景でありました』


 おわり

 おしまいです。読んで下さってありがとうございました。

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